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随筆 人間世紀の光 No.204/205

随筆 人間世紀の光 No.204/205(2009.9.2021付 聖教新聞)

友情の道 信頼の城
㊤㊦

「人の振舞」こそ近隣友好の大道
勇気と確信の対話で「地域の宝」と光れ!


 永劫の
  大河の流れに
    わが生命
  無上の使命と
     無量の功徳を

 19世紀ドイツの思想家ニーチェは力強く歌った。
 「大河と偉大な人間とは悠然として曲った道をゆく/曲りながら 然し決してその目標をあやまたぬ」
 その通りだ。大河は山々の谷を縫い、緑野を走り、平原を潤しながら、滔々と流れる。いかなる紆余曲折があろうが、水源からの流れに、数多の支流を豊かに加えつつ、最終目的地の大海は絶対に見失わない。
 御聖訓には、「水は昼夜不退に流るるなり少しもやむ事なし」(御書841㌻)と仰せである。
 我らの妙法流布の大河には、瞬時の停滞もない。
 民衆の平和と幸福の実現という根本目的に向かって、威風堂々と前進する!
 これが創価の使命だ。
 これが師弟の誓願だ。
        ◇
 法華経に登場する「地涌の菩薩」は、「難問答に巧みにして 其の心に畏るる所無く」と説かれる。
 人は、ともすれば、他者との交流を「畏れ」、自分から「心の壁」をつくってしまう場合が少なくない。
 しかし、地涌の菩薩は、万人の生命に内在する尊極の仏性を、心広々と信じ、一切の壁を勇敢に取り払って対話を広げていくのだ。
 創価の地涌の友は、まさしく「畏るる所無く」、相手が誰人であれ、語りに語り抜いてきた。
 経文通りに、嵐の中、怒濤の中を突き進んできた。
 ただ人間の尊厳のため、民衆の幸福のため、世界の平和のために、一心不乱に信念の行動を貫いてきた。
 その真実を知るゆえに、世界の多くの友人たちは、何があろうが、変わらざる信頼で共鳴を語り、連帯のエールを送ってくださっている。その友情に触れるたび、私たちは、いよいよ勇気を強くし、さらなる平和への前進を決意するのだ。
 何ものにも揺るがぬ友情と信頼を築こう!
 そのためにも、まず自分自身が周囲の人びとの友となり、友の支えとなって、成長していくのだ!
     ◇
 太陽の
  母は地域に
    輝けり

 平和は、万人の願いだ。
 それは、いずこに求めたらよいのか。
 アメリカの女性平和学者エリース・ボールディング博士は、私に言われた。
 「平和は、たんに危機に対処するだけではなく、お互いが日常的に助け合うなかにあります。
 家庭、そして地域社会こそが、きわめて重要な平和の出発点なのです」
 平和は、どこか遠くにあるのではない。実は、私たちの足下から始まるのだ。
 博士は、こうも語られた。
 「そこで私は、まず隣人たちについて知ろうと思いました。お互いが助け合うためには、どうしても近くに住む人たちをよく知る必要があるからです」
 平和の起点は、近隣同士が日常的に助け合い、互いを知り合うことである。
 近いが故に難しく、近いが故に見落とされがちなのが、「近所付き合い」だ。
 隣人に心を配り、近隣に友好の花園を育みゆく「人の振る舞い」が、いかに尊いことか。
 アメリカの鉄鋼王カーネギーは、母を讃えた。スコットランドから移住して、苦労しながら、地域の太陽と輝いていったお母さんであった。
 「母はほんとうにいそがしかった。しかし、あらゆることを一手に引受けていながら、近所隣の人たちは彼女が賢明な、また親切な女性であるのを知って、困難な問題に直面するとすぐ相談に来たり、たすけをもとめるのであった」
 「近隣の間で、どこへ行っても、母は輝かしい存在であった」
 人びとから慕われる、わが創価の母たちと、なんと深く重なり合う姿か!
 法華経には「人中《にんちゅう》の宝」と記される。
 地涌の菩薩には、人びとを結び“地域の宝”“社会の宝”と光りゆく使命があるのだ。
 そこで、そうした“地域友好の達人”だちから寄せられる模範の実践、また私自身の経験を踏まえ、「近隣友好」の三つの心がけを確認し合いたい。
        ◇
近隣友好の心がけ
①地域の安穏と繁栄を祈ろう!
②礼儀正しく 良識豊かに!
③励まし合い 助け合う連帯を!


 第一は、まず「地域の『安穏』と『繁栄』を祈ること」だ。
 私たちが日々、読誦する法華経寿量品には「我此土安穏」(我が此の土は安穏にして)との経文がある。
 今、自らのいる使命の国土を安穏ならしめ、その地域の人びとを守り抜いていくことを、祈り行動する。これが法華経の行者だ。
 近年、地域の絆が一段と希薄になっていると、多くの方々が危惧している。
 日蓮大聖人は、「立正安国論」で、「一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か」(御書31㌻)と仰せであられる。
 「四表」とは、東西南北の四方を指す。自分の周りの地域・社会であり、広くは世界をも包む。ゆえに「四表の静謐」とは、地域の安穏であり、さらには世界の平和といってよい。
 “近所の絆”を尊び、近隣の方々の健康と幸福を祈念していくことから、互いの心の扉は開かれる。
 地域の繁栄と幸福への深い祈りは、「一身の安堵」──すなわち自身の幸福につながり、わが身に返ってくることは必然の法則だ。
 日々、この“立正安国の精神”に直結し、自らの足で地域の大地を踏みしめながら、広宣流布を進めてくれているのが、模範の「無冠の友」の皆様である。

 この地域
  わたしが守りて
     幸の道

 かつて「無冠の友」の方々にお贈りした句である。
 私も妻も、日本はもとより、尊き全世界の友が住む各国・各地域の安穏を祈らぬ日は、一日としてない。
 地元の新宿区をはじめ、渋谷・港・千代田区等の近隣も、時間を見つけては、車で回りながら、題目を送り続けている。
        ◇
 二点目は、「礼儀正しく良識豊かに」である。
 「不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」「賢きを人と云いはかなきを畜といふ」(同1174㌻)との仰せは、信仰者の根幹を示されている。
 人間として、自分自身の賢明なる言葉と行動をもって、信頼を築き、友情を広げ、自他共の幸福の花を身近に咲かせていくことだ。
 「このたび越してまいりました池田です」
 昭和27年の夏、私たち夫婦は、それまで住んだ目黒区三田から、大田区山王の秀山荘に転居した。
 「今後ともお世話になりますが、どうかよろしくお願い致します」と、私も名刺を片手に、近隣へのあいさつ回りに歩いた。
 そして近隣の方々と顔を合わせるたび、声をかけ、心を通わせた。
 私の自宅には、青年部をはじめ、遅くに訪ねて来る同志も少なくなかった。
 若いメンバーが大勢なので、注意していても、近隣には騒がしく感じられる場合もあったにちがいない。
 そんな時は、翌日、妻が「昨夜はうるさくなかったですか……」と、近所の方にあいさつに伺った。その一声で安心し、理解してくださった。
 幼い時から個人会場の家に育った妻は、同志を温かく迎えるとともに、礼儀と誠意を尽くしての近隣友好を心がけていた。
 ともあれ、普段から、垣根をつくらず、自然なご近所付き合いをしていくことが大事であろう。
 「近隣友好」は、わが地域即寂光土への確かな幸福と和楽の土台となる。
 それだけに、座談会など地域の会場を提供してくださる尊き皆様に、改めて心から感謝を申し上げたい。
 妙法を弘通する法座である。集い来る友が一生成仏へ前進しゆく道場である。わが地域の繁栄のための立正安国の拠点である。その信心の長者のご家庭の福徳は計り知れない。
 皆で最大に感謝し、大切に使わせていただくことだ。会場のご一家や近隣に迷惑をかけぬよう、こまやかな配慮をお願いしたい。

 三世まで
  おお一族は
    栄えなむ
  広宣流布に
    振る舞う仏と

 ニーチェの言葉は「断章」(『ドイツ詩集』所収)山口四郎訳(角川書店)。カーネギーは『鉄鋼王カーネギー自伝』坂西志保訳(角川書店)

共生・共栄は世界平和への第一歩

 「人間は孤立すると、自己を見失う。すなわち人間は、広い人間関係のなかに、自らのより大きく、より真実な自己を見出すのである」
 これは、インドの大詩人タゴールの言だ。
 先日、八王子の創価大学のキャンパスに、この詩聖タゴールの像が設置された。21世紀を担う学徒に、「人間の中へ! 民衆の中へ!」と励ましを送ってくれている。
 折しも、わが英知の学生部・女子学生部が新出発した。新部長は、男女共にアメリカ創価大学出身の俊英だ。この人材の大河から、必ず新しき希望と勝利が開かれることだろう。おめでとう!
 人間は、人間を離れて人間になれない。人間の中でこそ、より大きな自分となり、より大きな喜びを得るのだ。
 その意味でも、近隣友好の心がけの三点目として申し上げたいことは、「励まし合い、助け合う麗しき連帯を!」である。
 人間関係には、顔を合わせる関係、あいさつを交わす関る関係、あいさつを交わす関係等々、さまざまな次元がある。その中でも、互いに励まし合い、助け合いながら向上していく絆こそ、人間世界の華であろう。
 御義口伝には、「鏡に向って礼拝を成す時 浮べる影 又我を礼拝するなり」(御書769㌻)と明かされている。
 地域に尽くせば、地域の方々から守られる。
 深い縁《えにし》があればこそ、近隣同士として巡り合った仲であることを銘記したい。
 第2次世界大戦下にパリで暮らしたフランス文学者の椎名其二《そのじ》氏が、当時の思い出を書き残されていた。
 フランスにとって敵国の日本人であるゆえに、戦争末期には、幾度も身の危険に遭遇した。だが、しばしば命がけで援助してくれたのは、フランス人の友人であり、隣人であったという。
 困っている人に手を差し伸べずにはいられない──それは、慈愛とも勇気ともいうことができようが、この仏文学者は「ボンテ」(善良さ)と呼んだ。そして、ボンテとは、「ほんとうに人間の心の底から出てくるものなのだ。彼等にあっては、それは『働きかける善良さ』であった」というのだ。
 味わい深い言葉である。
 「働きかける善良さ」とは、積極的に他者に関わる行動を伴った善意であろう。学会精神にも通じる。
 ことに、多宝会、宝寿会、錦宝会をはじめ、尊き“学会の宝”である皆様が、勇んで友と関わり、“地域の宝”と輝いている。嬉しい限りだ。
 創価の誇りを胸に、地元の消防団等で活躍される壮年・婦人部、青年部の友もいる。
 「団地部」「地域部」「農漁村部」「離島部」の友を筆頭に、わが同志は、高齢化や過疎化等の各地域の課題にも率先して挑んでおられる。なくてはならぬ依怙依託の存在だ。
 広宣流布のモデル地帯・沖縄では、入会していない方々から、友人葬の導師を依頼されるケースもある。
 毎年、沖縄戦の終結の日(6月23日)の慰霊祭では、自治会等の要請で、学会リーダーを中心に法華経の方便品・自我偈の読経唱題を行う地域もあると伺った。
 健気なる沖縄の友は、根強い旧習の壁も超えて、それほどまでに絶大なる信頼を勝ち得てこられたのだ。
 なお、秋の彼岸に当たり、亡くなられた功労者の方々、また全同志の先祖代々の諸精霊の追善回向を懇ろにさせていただいている。
 日蓮大聖人は、若き南条時光に深く打ち込まれた。
 それは、苦難の時にこそ強盛なる信心を勇猛に貫き通すことだ。そうすれば、亡き父も成仏できる。これこそ、最高の親孝行となり、そして一家も、生死を超えて護られるという方程式である。〈御書1512㌻参照〉
 ともあれ、「祈り」「良識豊かな行動」「助け合いの精神」を心がけながら、近隣の方々と結んだ友好は、何ものにも替え難い宝となる。
 特に各地の「兄弟会」の友どちは、長年、誠実一路の交流を重ねてこられた。それは、“創価のメロス”たちが打ち立てた、勝ち誇りゆく人間の信義の旗といってよい。
        ◇
 わが国土
  はたまた社会の
     柱たれ
  広布の闘将
    ここにあるかと
 本年春、武蔵野に三鷹平和会館がそびえ立った。
 「学会の会館は、明るい、芸術の薫りがする」「まさしく『平和』という名にふさわしい建物です」──近隣に住む高名な芸術家の方が来館され、述懐しておられたそうだ。
 会館は、地域に聞かれた“文化の城”であり、近隣との“友情の象徴”である。
 生命の尊厳を掲げ、市民の方々を厳然と守る“平和と安穏の牙城”として、信頼されていることも、わが創価の会館の誉れである。
 5年前(2004年)、わが信越の新潟は相次ぐ災害に見舞われた。7月に襲った豪雨、10月の新潟県中越地震……。
 私と妻も、愛する新潟の同志の安穏と、一日も早い復興を祈りに祈った。
 この時、災害の対策本部が置かれたのが、前年に完成した長岡平和講堂である。小千谷平和会館をはじめ、各地の会館も市民の避難所となった。
 婦人部の皆様が作ったオニギリ等の支援物資は、なんという温もりであったことか。
 阪神・淡路大震災の折、その奮闘に世界が涙した青年部のバイク隊やボランティア隊は、新潟でもフル回転した。
 ドクター部や白樺会・白樺グループの救護の奉仕も崇高であった。
 救援の指揮を執られた市の関係者の方々からも、「創価学会が一番最初に支援の手を差し伸べてくださった」との感謝の声が寄せられている。
 長い被災の苦難を乗り越えて、わが中越の友は断固として勝った! わが新潟の同志は一切を変毒為薬して大勝利した!
        ◇
 名誉ある
  正義の勲章
   大勲位
  偉大な権威は
    庶民の中にと

 我らの会館といえば、こんな思い出もある。
 19年前、人材拡大の城・東北の福島県にある白河文化会館を初訪問した。
 車が前庭に入る時、会館に隣接する、企業の社屋に目を向けた。社員の方々であろう、多くの人が会社と会館を隔てるフェンス越しに、こちらの様子を見ておられた。
 会館の玄関前では、地元・福島の幹部たちが待ってくれていたが、私は車から降りるやいなや、隣の会社の方々の所へ、あいさつに向かった。
 「騒がしくしてしまって申し訳ありません」──深々と頭を下げると、みな驚かれながら、親しみの笑顔を浮かべられた。
 私は私の立場で、「白河文化会館のことを、今後ともよろしくお願いします」との思いを伝えたかったのである。
 日頃、私と同じ心で、真心から近隣を大切にしてくださっている宝の友がいる。
 会館守る会、香城グループ、王城会、牙城会、創価宝城会の各種グループのメンバーや、会館長、副会館長、会館運営長、会館管理者の皆様方。さらに会合運営に毅然と携わってくれる創価班、白蓮グループ、婦人部香城会の友……。こうした陰の友の労苦ありての地域広布である。
        ◇
 英国の詩人ポウプは叫んだ。「友人、両親、隣人をまず抱擁し、ついで祖国を、つづいて全人類を」
 近隣の方々と共に生き、地域と共に栄える──共生・共栄こそ、世界平和への第一歩なのである。
 昭和32年、あの大阪事件の直後、私は戸田先生から、東京・葛飾の総ブロック長(現在の総区長など)の任命をいただいた。それまでのタテ線から、地域に根差した新体制の模範を、人情味豊かな下町で築き上げることを、師から託されたのだ。
 私は、大きな会合よりも、座談会と家庭指導を中心として、新しい拡大の大波を起こしていった。
 宿縁深き同志たちのことは、わが生命から永遠に離れることはない。
 昭和52年の4月、待望久しかった葛飾文化会館の誕生の折も、私は駆けつけた。そして語り合った。
 「1人が、10人の本当の友人をつくっていこう! そこに実質的な広宣流布がある」
 この誓いのままに、葛飾の友は、麗しき人間共和のスクラムを朗らかに粘り強く広げてくれている。
 ロシアの大文豪トルストイが胸に刻んでいた、米国の哲人エマソンの箴言がある。
 「その日その日が一年のうちでも一番良い日だということを、深く肝に銘ずるがよい」
 さあ、創価の友よ!
 新たな広宣流布の前進へ、立ち上がって、打って出よう! 沈黙していないで、語りかけよう!
 一日一日、友情と対話のドラマを綴るのだ!
 そして共々に、使命の天地に“幸福拡大の本国土”を築きゆこうではないか!

 今日もまた
  自身の心を
     開きゆけ
  そこに新たな
    不滅の軌道が

 タゴールの言葉は『人間の宗教』森本達雄訳(第三文明社)。椎名其二は蜷川讓『パリに死す 評伝・椎名其二』 (藤原書店)。ポウプは『人間論』上田勤訳(岩波書店)=現代表記に改めた。エマソンはトルストイ『文読む月日』北御門二郎訳(筑摩書房)から。
2009-09-20 : 随筆 人間世紀の光 :
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