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随筆 人間世紀の光 No.202/203

随筆 人間世紀の光 No.202/203(2009.8.28/29付 聖教新聞)

人間の中へ 民衆と共に㊤㊦

偉大な力は「一対一の対話」から!
総仕上げが勝負! 悔いなく勝ち飾れ


 誠実な
   広布の時間は
    三世まで
  君の生命に
   功徳と成るかな

 「SGI(創価学会インタナショナル)の活動は、なぜ、これほど世界的に広がりを見せるようになったのでしょうか」
 アメリカの未来学者ヘンダーソン博士から質問されたことがある。
 「環境運動の母」としても名高い博士は、私たちの運動に、驚くべき“拡大の秘訣”があるのでは、と思われたようだ。
 重ねて問いかけられた。
 「どうやって、不撓不屈の団体をつくりあげてきたのでしょうか」
 私は率直にお答えした。
 「まず、一心不乱に事に当たったからです」
 誠に素朴だが、「一心不乱」──この一点に徹し抜いてきたからこそ、学会はここまで発展したのだ。
 いかなる時も、人生と広布の「勝利」を目指して、心を一つに定め、強盛に祈り、勇敢に動き、誠実に語る。これが学会精神だ。
 ともあれ、わが同志が、元気いっぱいに社会のため奮闘している。その躍動する地涌の菩薩の群像こそ、創価の誉れの勝利なのだ。
 「そのうえで」と、私は博士の質問に答え、創価の拡大の理由を申し上げた。
 「『徹して一人の人を大切にしてきた』からです」
 すべての勝利も栄光も「一人」から開かれる──これが、広布前進の変わらざる鉄則だ。いな、変わってはならぬ根本である。
 「一対“大勢”」ではない。どこまでも「一対一」で、納得と執念の対話に、敢然と飛び込んでいくのだ。だから強い。だから負けない。遠回りのように見えても、これこそ共感と理解を広げゆく直道であり、常勝の王道なのだ。
        ◇
 一人立て
   されば千人
     続かなむ
  仏の如くに
    菩薩の如くに

 日蓮大聖人は、「一人を手本として一切衆生平等」(御書564㌻)と仰せになられた。
 「一人」のなかに、尊極なる仏の生命を見出した。これが仏法の発見である。そこには、大宇宙を包み、人類へ広がりゆく偉大な力が秘められている。
 その力を現実に一人ひとりから呼び覚まし、糾合していくのが、日蓮仏法の「立正安国」の対話である。
 まだ交通の便も良くない時代、創立の父・牧口常三郎先生は、「一人」を励ますために、ある時は東北の福島へ、ある時は20時間、30時間もかけて、九州の福岡や鹿児島へと、勇んで足を運ばれた。70歳を超えても、なお、意気軒昂に正義を師子吼なされた。
 「折伏」「個人指導」──広宣の師・戸田城聖先生が、最も力を入れ、取り組まれたのも、膝詰めの「一対一」の対話であった。
 まず祈る。そして、人と会うことだ。声を掛けることだ。語ることだ。心を通わせることだ。
 私も、戸田先生に薫陶を受けた若き日より、今日に至るまで、内外を問わず、目の前の「一人」と誠心誠意の対話を続けている。
 「法華経を二人・三人・十人・百千万億人・唱え伝うるほどならば妙覚の須弥山ともなり 大涅槃の大海ともなるべし」(同288㌻)
 この撰時抄の仰せ通り、今、世界中に創価の平和と文化と教育のネットワークは広がっているのだ。
        ◇
 大いなる
  勝利の希望の
    喜多区かな
  今日も明日も
     強く楽しく

 それは、第3代会長に就任して3年後(昭和38年)の5月。私は、東京・北区の田端を訪れた。
 新進気鋭のリーダーとなった青年に会うため、彼の実家に伺ったのだ。
 ご両親は草創からの広布の功労者で、自宅を会場に提供してくださっていた。
 私は、心から謝意を伝えずにはいられなかった。
 「いつも本当にご苦労様です。会場提供の功徳は、あまりにも大きいのです」
 この思いは今も同じだ。私の妻の実家も、草創から蒲田支部の会場であった。妻と共に、会場を提供してくださっているご家庭に、深く深く感謝し、ご一家の幸福と繁栄を祈っている。
 私は、北区の功労の父母《ちちはは》に申し上げた。
 「いついつまでも、長生きでいてください!」
 人生も、戦いも、総仕上げが勝負だ。一番大切なのは、最後である。
 御聖訓にも、「法華経の信心を貫き通していきなさい。火をおこすのに、途中でやめてしまえば、火は得られない」(通解、同1117㌻)と仰せである。
 最後に勝ち誇って、勝利の松明を掲げゆくのが、仏法の真の道である。
 北区の家庭訪問から30年目、私は、そのお宅からほど近い場所にそびえ立つ北文化会館を初訪問した。高台にある“北の砦”の会館からは、大東京を見渡すような感慨を覚えた。
 まさしく、北区の前進が全東京の勝利だ。“喜多”は、隣接する足立、荒川、板橋、豊島、文京、そして川口、戸田、鳩ケ谷、蕨、草加、越谷、三郷、八潮など埼玉県の同志たちとも一体である。
 この天地には、異体同心の勝利の実証によって、“多くの喜び”を、世界の友に贈りゆく、不思議なる使命があるのだ。
 御書に「随喜する声を聞いて随喜し」(御書1199㌻)と記される通りである。
        ◇
 厳然と
  わが大本陣を
     守り勝て
  祈り祈りて
     走り走りて

 昭和54年の4月──私は、神奈川の横浜・旭区にいた。会長辞任を発表する4日前のことである。
 文京支部の時代から、苦楽を共にしてくれた縁深い同志のお宅に伺ったのだ。
 草創の保土ケ谷地区で活躍した、健気な旭の同志を前に、私は叫びたい気持ちでいっぱいだった。
 旭、保土ケ谷、さらには全横浜、全神奈川の友に、栄光あれ! 幸福あれ! 大勝利あれ!──と。
 創立80周年へ保土ケ谷の文化会館建設の朗報も、本当におめでとう! 横浜旭文化会館も、明年2月には、開館15周年の佳節を刻む。法友である皆様方の闘志に満ちあふれた笑顔が、目に浮かんでくる。
 私の妻もまた、私の心を携えて、時間を見つけては対話に歩いてきた。
 この昭和54年7月、私の名代として第1回関西記念合唱祭に出席した翌々日にも、妻は草創の同志のもとへ向かった。大阪・淀川区のお宅である。
 集った婦人部の友と、懇談に花が咲いたようである。何があろうが、わが大関西の婦人部は太陽のように明るい。朗らかだ。
 『母』『大地』などの名作で知られる、アメリカの作家パール・バックも、関西に思い出深い足跡を残した一人だ。彼女は、自らの母を感謝を込めて讃えた。
 「母はどんな場合にも恐れたことがない」
 「母の脈管に流れる開拓者の血の力は、彼女を落ち着かせ、強くし、恐怖を知らぬ者とする」
 私と妻には、まさに、愛する関西の母たちの「負けたらあかん」との叫びと、重なって響いてくる。
 大阪支部の初代の婦人部長・白木文《ふみ》さんも、微笑みながら語っていた。
 「私たち関西の婦人部は、どんな時でも、喜んで挑戦し、困難にあえばあうほど、勇気百倍しました。それを誇りに戦ってきたのです。
 『月月・日日につより給へ』(御書1190㌻)の御聖訓のまま、『いざや前進 恐れなく』と進んできたのです」
 この常勝の母の心は、今、錦宝会(多宝会)はもちろんヤング・ミセスにも、池田華陽会の乙女にも、生き生きと脈打っているのだ。
        ◇
 名誉会長になった私が、本格的に訪問対話を開始したのは、30年前(昭和54年)の8月下旬である。
 草創からの広布功労者や同志たちが、忘恩堕落の坊主に苛められる地域もあった。断じて許せなかった。
 正義は、第一線の会員の中にこそある!
 第一号の訪問対話となったのは、長野・佐久の功労者であった。先日も、ご家族の勝ち栄えゆく嬉しい近況を伝えてくださった。
 山梨、東京、神奈川、長崎、岐阜、奈良、滋賀、愛知……私は全国を巡った。
 いずこの地にあっても、わが創価家族は、この世で果たしゆく使命と栄光の劇を堂々と飾っておられる。

 恐れるな
  また歓喜せむ
   この人生
  無量の諸天が
    われらを守らん

 バックは『ノーベル賞文学全集7』所収「母の肖像」村岡花子訳(主婦の友社)

人間の中へ 民衆と共に

堂々と 青春勝利の旗高く!
戦い切った栄冠は わが生命に燦たり


 堂々と
  民衆の旗
   高らかに
  先頭 立ちゆく
     偉大な人たれ

 わが創価の妙音菩薩たる芸術部の友は、常に広布の前進の曲を奏でてくれる。なんと力強い響きか!
 芸術の闘士ビクトル・ユゴーは、昂然と綴った。
 「最上の手段は最後の決心から生まれてくる」
 その通りだ。「断じて負けない」と決めた一念ほど、深く強いものはない。
 往年の大横綱の納谷幸喜さん(元・大鵬親方)も、聖教新聞の紙上で、青年に語りかけてくださった。
 「『もうだめだ』と思った次の瞬間に『もう一歩!』と踏ん張る“耐える精神力”が大切だよ」と。
 反撃の執念こそが、わが生命を、金剛の力士の如く鍛え上げるのだ。
        ◇
 忘れもせぬ昭和56年の師走──大九州の大分に飛んだ私は、空港から、国東半島の付け根にある日出町《ひじまち》の功労者宅へと走った。
 第一次宗門事件の暴風が吹き荒れた大分で、理不尽な誹謗・中傷に耐え、戦い抜いた方々である。
 この勇者を讃えずして、誰を讃えるのか。この一人を励まさずして、誰を励ますのか。その一人は、必ず地域へ、未来へ波動する。
 福岡でも秋田でも、三重でも千葉でも、さらに群馬、宮城、また、石川、富山でも……いずこでも、私の足は立ち止まらなかった。
 法華経の行者の行住坐臥には、無駄な時間はない。瞬時の出会いでも、一本の電話でも、仏縁を結べる。
 それが、友の幸福を願い、正義を広げゆく地涌の菩薩の実践行動である。
 昭和58年3月、大阪・枚方市の関西創価小学校で“宝の王子・王女”を励ました後には、門真市に入り、大阪市鶴見区の友が営む店に立ち寄った。隣接の旭区にも店を構えておられた。勝利の人生を祈った。
 さらに一路、守口門真文化会館(当時)に向かい、和歌を贈った。

 守口と
  ともに門真の
   広宣に
  つくし果せし
    君に幸あれ
        ◇
 続く3月15日には、兵庫・西宮市の功労者宅に伺った。戸田先生が好まれた“大楠公”の歌の舞台でもある兵庫の弟子は、必ず“師弟”で立ってくれる。
 そう信じ、私は「3・16」のエピソードを通し、戸田先生との厳粛なる「師弟の劇」を語ったのだ。
 そして、私は宣言した。
 「私たちは、絶対に負けなかった。私たちは完全に勝った」
 あれから26星霜──誉れの兵庫の友は、大震災をはじめ幾多の苦難を勝ち越え、常勝不敗のスクラムを築き上げてくれている。
 「人間もほんとに信じあって一つにかたまると、こうも強く美しくなるもんか」──文豪の吉川英治氏が、楠木正成を中心とする団結を讃えた一節である。それにも勝る至高の結合こそ、我らの大関西なのだ。
 その後も、中国方面の島根や山口などで出会いを重ね、500軒目の功労者訪問は、愛する四国であった。愛媛・大洲のお宅である。昭和60年2月のことだ。
 さらに、対話の花園は、北海道にも、静岡にも、沖縄にも広がり、いつしか日本全国、600軒を超えて、語らいの花また花を咲かせていった。
 一人ひとりと結んだ“師弟の絆”は三世永遠である。
        ◇
 なんのため
  生き抜く我は
    成し遂げむ
   社会と世界に
     平和を築くと

 人類の議会たる国連のチョウドリ前事務次長は、私との対談で語られていた。
 「理解の輪を広げるには、まず、自分で自分をエンパワー(啓発)することが大切です」と。
 わが魂に力が漲っているか、情熱が燃えているか。ここが急所である。
 だからこそ、共に励まし合いながら、強盛なる祈りを根本に、自分で自分を勇気づけていくのだ。
 そしてトルストイが結論した如く「勝つと決めた人間が必ず勝つ」と大確信をもって、持てる力を出し切っていけばよいのである。
 チョウドリ博士は、さらに言われた。
 「自分自身から他の何人かの関心を呼び起こすことができる。そして今度は、その数人が、エンパワーメント(能力開花)の輪を広げていくのです」
 「やがて、二人、三人、四人と、『平和の文化』に取り組む人の輪が広がっていきます。これは実に魅力的で、大いなる変革です」
 自身の決定した一念が、目の前の一人の納得を呼び覚ます。そして、共感の波は一波、万波と広がっていくというのである。これは、私の長年の経験からも疑いのない方程式だ。
 蓮祖は、使命の戦いに臨む門下に仰せになられた。
 「釈迦・多宝・十方の仏・来集して我が身に入りかはり我を助け給へと観念せさせ給うべし」(御書1451㌻)
 すなわち全宇宙の仏天を、わが生命に「入其身《にゅうごしん》」させゆく祈りを教えてくださっている。広宣流布のため、苦難に挑むなかでこそ、汝自身の胸奥から、仏の真髄の大生命を発揮していくことができるのだ。
 これこそ、究極の「エンパワーメント(能力開花)」に通ずるといってよい。
 さらにチョウドリ博士は結論された。「すべての人びとを結ぶ『平和の文化』の壮大な連帯を築く“主役”は、青年です」と。
 私が出会いを重ねた祖父母や父母たちの信心を受け継ぎ、立派に成長する男子・女子・学生部の人材群が、今、世紀の大舞台に躍り出る時代となった!
 誠に頼もしい限りだ。
        ◇
 若き君
  立ちて走りて
      常勝譜

 今、青葉を広げる青年桜の側には、かつて「創価青年会館」があった。
 私の提案で建設された、初の本格的な“青年の牙城”であり、現在の世界青年会館の先駆の砦であった。
 その誕生は、40年前の8月30日であった。
 落成の前日、私は同会館を訪れ、若き後継の師子たちの大いなる成長と飛翔、そして大勝利を念じた。
 青年よ、戦うのだ!
 青年よ、走るのだ!
 青年よ、勝つのだ!
 嬉しいことに、今、新たに「常勝関西青年会館」の建設も進捗している。
 さらに、来る9月1日は、私か心から信頼する牙城会の記念日である。全国の宝城を、私と同じ心で厳護してくれている。
 広布の勇将・創価班の諸君とともに、わが直系中の直系の勝利の英雄である。

 青春の
  炎と炎が
    舞いあがり
  広宣流布と
   世界をつつまむ

 15年前、世界青年会館の誕生に贈った一首だ。
 「創価学会は、人材の城を築け!」──戸田先生は東北の天地で叫ばれた。
 一番大切なのは、不屈の“人材の城”である。創価の青年の一人ひとりだ。
 雄々しく戦い抜く、わが池田門下の男子部!
 麗しく対話の華を広げるわが池田華陽会の女子部!
 鋭き英知の言論を放つ、わが本門の学生部!
 清流の如く前進する青春の王女・女子学生部!
 広布第2幕の機は熟した。頭《こうべ》を上げて胸を張れ!
 今こそ、わが青春の生命をば、揺るぎない大城の如く、そびえ立たせるのだ。
        ◇
 かの英国の信念の指導者チャーチルは叫んだ。
 「最後まで戦うならば、栄冠以外のものはありえない」「何が起ころうとも、われわれはみんな最後まで戦ったと(後世)記録されるだろう」
 悔いなく戦い切った時、考えてもみなかった人間革命のドラマが待っている。わが地域に、功徳の華花《はなばな》が咲き薫ることだろう!
 創価の同志よ、誇り高く前進しよう! 目の前の一人から、朗らかに永遠の勝利の道を開きゆくのだ。
 日蓮大聖人は、愛弟子の太田左衛門尉に言われた。
 「法華経の持者は 教主釈尊の御子《みこ》なれば争《いかで》か梵天・帝釈・日月・衆星も昼夜・朝暮に守らせ給はざるべきや」(御書1017㌻)
 生命の位において「第一の人」であられる皆様方を、無数の諸天善神よ、守りに護り給えと、私も妻も、祈り抜いている。

 我らには
  内なる栄光
   満々と
  富にも勝る
    最後の勝利が

 ユゴーは『レ・ミゼラブル』豊島与志雄訳(岩波書店)。吉川英治は『私本太平記』(講談社)。チャーチルは『チャーチル名演説集』チャーチル研究会訳(原書房)、クート編『チャーチル名言集』天野亮一訳(同)。
2009-08-30 : 随筆 人間世紀の光 :
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