忘れ得ぬあの瞬間 第8回

忘れ得ぬあの瞬間
名誉会長と共に80周年へ
  (2009.8.10付 聖教新聞)

第8回 初の男子部幹部会

嵐の中を諸君とともに

 青年たちの燃えるような瞳が、壇上を見つめていた。会場の熱気を一身に集めて、池田第3代会長が勢いよく登壇した。
 昭和35年(1960年)5月10日。学会本部に近い千駄ケ谷の東京体育館。会長就任後、初の男子部幹部会である。
 池田会長は冒頭、「諸君とともに」という言葉を、4度、繰り返している。
 「最後まで諸君とともに戦い、諸君とともに苦しみ、諸君とともに喜び、諸君とともに悩み、そして護法のために一生を過ごしたい心でいっぱいでございます」
 諸君とともに──この一言に、若き池田会長は万感を込めた。
        ◇
 9年前(昭和26年)の7月11日、男子部結成の日は豪雨だった。180人ほどが戸田第2代会長のもとに集まった。戸田会長は、次のように語った。
 「きょう、ここに集まられた諸君の中から、必ずや次の創価学会会長が現れるであろう」
 「その方に、心からお祝いを申し上げておきたい」
 月日は巡る。
 恩師亡き後の学会を、池田第3代会長が背負って立った。
 かつて200人足らずで出発した男子部。この日、参加者は2万を超えたと当時の本紙は報じている。
 不思議にも、再び雨の中の出陣となった。
 池田会長は「開目抄」の一節を引いて語った。
 ──男子青年部が「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」(御書232㌻)の心で、日本の柱となり、眼目となり、大船とならねばならない宿命に立ったことを自覚していただきたい──
 ──狭い日本だけにとらわれず、広く世界に雄飛せよ!──
 学会は嵐の中を進む、民衆の希望の船だ。その険しい旅路の象徴が、きょうの雨じゃないか。
 さあ、俺たちが全軍の先頭に立つぞ! 池田先生とともに! そう心に定め、折伏に走った。個人指導に歩いた。
 敢えて雨の中を征こう。
 障魔の嵐を突き抜けろ!
 そこにのみ、学会の活路は開かれる。師弟の正義が輝く。
 これこそ結成以来、学会男子部が誇りとしてきた魂である。
        ◇
 学会伝統の「破折」についても、この日、明快な指針が打ち出された。
 民衆を欺き、不幸に突き落とす動きを、断じて許してはならない。これが日蓮大聖人直結の、私たちの変わらざる信条である。
 「必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退く」(御書109㌻)
 「いよいよ・はりあげてせむべし」(同1090㌻)
 学会は、仏敵と戦う“賢者の団体”である。だから発展したのだ。
 破折とは、一方的な強弁ではない。ましてや人を軽蔑する暴言であってはならない。それらとは真逆の、「大誠実の闘争」であることを、池田会長は丁寧に訴えた。
 「もっとも効果的な、もっとも価値的な方法は、座談会です」「これが大事な民主主義の縮図でもある」等と強調。正々堂々と、「一対一」の対話を最重視する方針を確認した。
 男子部よ、「敵を恐れおののかせゆく師子王の心」を持て! しかしその態度は「真摯に」「あくまでも礼儀正しく」。
 そして、勇んで最前線の「支部に入れ」「地区に入れ」とも語った。
 いつの時代も、青年部が広宣流布の全責任を担い立つのだ──この日、火蓋は切られた。
 未曾有の前進が始まったのである。
2009-08-13 : 忘れ得ぬあの瞬間 :
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