池田名誉会長の人物紀行 第4回

池田名誉会長の人物紀行 「歴史の巨人」と語る
                (2009.7.6付 聖教新聞)

第4回 近代科学の父 ガリレオ・ガリレイ

勝ってこそ正義は永遠に光る‼

 ガリレオ・ガリレイは、「対話の人」であった。
 彼は、生き生きと天空を見上げ、星たちと論じ合った。そしてまた、陽気に街へ飛び出して、人々と話し合った。
 友人たちと共に「真理の間をさすらい、論議を重ねながら歩むのは、この上もなく楽しいことだ」と語っている(ジョルジョ・ド・サンティリャーナ著、武谷三男監修、一瀬幸雄訳『ガリレオ裁判』岩波書店)
 「近代科学の父」は、少しも気どらない。偉ぶらない。ざっくばらんな人であった。
 1981年の5月。私は、イタリアの青年たちと一緒にピサの斜塔を見つめた。
 ガリレオが、それまでの固定観念を覆し、「落体の法則」(重い物も軽い物も同じ速度で落ちる)を証明したと伝えられる歴史の塔である。
 今、わがイタリアの友は、ガリレオの故郷ピサなど、全国の4300カ所で快活に座談会を繰り広げている。
 時を超えて、我らの座談会にガリレオを招き、「宇宙と生命」 「迫害と人生」など、語り合えたならば、どれほど心躍る交流が広がることか。
        ◇
 ガリレオが自作の望遠鏡で、人類初の天体観測を行ってから400年。今年は国運等が定めた「世界天文年」である。日本委員会公認のイベントも、この春から、東京の荒川区、世田谷区、足立区、豊島区、中野区、墨田区、また町田市や東大和市などで、活発に開催・予定されている。
 月面の凹凸、木星の衛星、太陽の黒点、金星の満ち欠けなど、ガリレオの新発見は、何と鮮烈に、我ら人類の眼を宇宙へ開いてくれたことか。
 「私は、この宇宙を、これまでのすべての時代の賢人たちが考えていたものより、百倍も千倍も拡大した」と、ガリレオが自負する通りだ(前掲書)。
 天文年という佳節に、私が一緒に対談集を発刊したブラジルの著名な天文学者モウラン博士は語っておられた。
 「地球も宇宙の一員なのです。さまざまに存在する世界の一つとして、自らの世界を認識する──天文学が人間を謙虚にする一つの側面が、ここにあります」(『天文学と仏法を語る』第三文明社)
 天文学を学びゆくことは、平和を愛する世界市民、大宇宙市民の心を育むことだ。
 関西創価学園ではNASAの教育プログラム「アースカム」に参加してきた。国際宇宙ステーションに搭載されたデジタルカメラを、学園生が遠隔操作し、地球を撮影している。世界一の参加回数の記録を更新中である。
 さらに、創価大学の開発による人工衛星が、いよいよ2010年に、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の金星探査機と共に打ち上げられる。
 400年前、手作りの望遠鏡で真理の探究を続けたガリレオの求道の心は、最先端の天文教育に挑む若き創価の俊英に脈打っている。
        ◇
 ガリレオの観測は、ヨーロツパ中から喝采を博した。一方、輝く業績を否定したり、誹謗したりする動きもあった。
 望遠鏡を覗くと、頭痛がすると拒む者もいた。覗いてみたが、何も見えないと却下する者もいた。新しい天体は望遠鏡の筒の中に施されていると、放言する者さえいたのだ。
 「無知とは、もろもろの悪意、嫉妬、瞋恚の母であり、他のすべての悪の中で、最も卑劣で醜い罪悪である」と、ガリレオは憤怒した(『世界の名著21 ガリレオ』中央公論社)
 真実の光は絶対である。どんな虚偽も白日の下にさらし出す。真理の力は無敵である。いかなる邪説も粉砕せずにはおかぬ。ここに精神闘争の決着がある。

嵐を恐れるな!
 ガリレオは観測から、地動説の正当性を確信する。また、発見した木星の衛星を「メディチ星」と名づけた。
 メディチ家は、イタリア・ルネサンスの推進力となった学問・芸術の保護者である。
 フィレンツェにあるSGIのイタリア文化会館も、メディチ家ゆかりの館を整備・修復したものである。
 ガリレオは、メディチ家付きの哲学者・首席数学者として、研究を重ねていった。
 こうした目覚ましい活躍を妬む人間も少なくなかった。目先の利く陰謀家ら、ガリレオ失墜を目論む徒が蠢いた。嫉妬と虚栄と権威は結託する。これは歴史の鉄則である。
 ガリレオは黙っていなかった。矢のように降り注いできた論拠なき暴論を、一つ一つ滔々たる弁舌で破折した。
 言われたら、言い返す!
 打たれたら、打ち返す!
 私が対談を重ねた、世界的な経済学者ガルブレイス博士も、不当な中傷には迅速かつ徹底的に反論することを、心がけておられた。
 ガリレオの反撃の書の表紙には、ベネチアのシンボルであった獅子に跨った戦士の像が描かれていた。まさしく、彼は正義の獅子となって真実の言論を放っていったのだ。
 「われわれはもはや、暗黒も、真っ向から吹つけてくる嵐をも、恐れる必要はありません」と、彼は叫んでいる(『ガリレオ裁判』)

大敵に勝つ喜び
 嫉妬に狂った卑劣漢は、毒意に満ちた残忍な奸計を仕組んだ。科学では太刀打ちできない。ゆえに、宗教の次元にすり替えようとしたのだ。ガリレオの手紙の写しを入手すると、それを改竄して、聖書の教えに反した地動説を唱えていると、ローマの異端審問所に告発したのである。
 以後、地動説を支持してはならないと訓告された。
 さらに、支持者であったメディチ家の当主の死を機に一派の憎悪が襲いかかった。
 しかし、ガリレオの巌の信念は揺るがなかった。
 「弱い小敵より勇敢な大敵にたいして勝ちのこるほうが、うれしい」(『世界の名著21』)
 いや増して、正義の言論の炎は燃え上がった。敢然と科学革命の大著『天文対話』の執筆に着手したのである。
 どうすれば禁令に背くことなく、地動説を紹介できるか。
 重篤な病を押しながら、ガリレオが編み出したのは「対話形式」による著述であった。天動説の支持者、地動説の支持者、そして良識ある市民、3人の人物の対話を通して、両学説を説明し、是非の判断は、読者に委ねようと試みたのである。
 日蓮大聖人の「立正安国論」も対話形式であった。
 難解な論文は、なかなか多くの人々に読まれない。その点、対談形式は読みやすい。
 また、多くの御書は庶民のために仮名交じりであった。
 「皆に、わかりやすく」──そこに、慈悲から発する価値創造の智慧が光る。
 ガリレオも、この『天文対話』を、学術的なラテン語ではなく、当時の日常語であるイタリア語で著した。
 平易な表現でありながら、含蓄豊かな彼の書は、市民はもちろん学者や聖職者からも絶讃されたのである。
 しかし半年後、発売禁止になり、ガリレオはローマの異端審問所に強制召喚された。
 容疑は、地動説を棄てるようにとの誓約を破り『天文対話』を発刊したことであった。
 これは理不尽な冤罪であった。そもそも、教皇庁の許可の上での出版であったからだ。背景には、陥れの讒言があったという説もある。
 ガリレオは、底知れぬ人間の嫉妬や悪意を「征服しがたい獣性」と慨嘆していた(スティルマン・ドレイク著、田中一郎訳『ガリレオの生涯③』共立出版)
        ◇
 7月6日は、先師・牧口先生、恩師・戸田先生が狂った軍部権力の手により、逮捕・投獄された日である。
 正義ゆえに、悪口される。
 真実ゆえに、弾圧される。これこそ先覚者の誉れである。
 不当な裁判の結果、幽閉の身となりながら、ガリレオは今まで以上の情熱と闘魂をもって研究と著述に没頭した。
 病により肉体は衰弱し、両眼の光も失った。だが、胸奥には不敗の希望が輝いていた。
 それでも地球は回っている──。たゆみなく前進しゆく宇宙の確かな力と法則に目覚めたガリレオは、自らも使命の軌道を断固と進み続けた。
 未来のため、人類のため!
 「無限のそして素晴らしい結論に満ちた新しい考えへのドアが開かれた。それをほかの創造的な人たちが行使するときがやがてやってくるだろう」とは、彼の遺言である(オーウェン・ギンガリッチ編、ジェームズ・マクラクラン著、野本陽代訳『ガリレオ・ガリレイ』大月書店)

愛弟子の叫び!
 ガリレオが亡くなったのは、1642年1月8日。宗教権力の圧力ゆえに、その遺骸は、公的な礼拝堂から離れた一隅にひっそりと葬られた。
 この大功労の師匠への冷遇に、悔し涙する弟子がいた。その名は、ヴィヴィアーニ。若き20歳の弟子の心には、最晩年の師から受けた薫陶が明々と燃え上がっていた。
 愛弟子は、師・ガリレオの学問を発展させ、師の研究を継承する学会も発足させた。とともに最初の伝記を発刊し、師の全集を世に出している。
 さらに彼は、不当に葬られた師の墓所を栄光ある礼拝堂に移し、公の記念碑を建てさせるため、必死に尽力し抜いた。執念の戦いであった。この愛弟子は「ガリレオ先生! ガリレオ先生!」と生涯、叫び切って死んでいったのだ。
 師の偉大さを宣揚し抜いた弟子の悲願が、生死を超えて成就したのは、1737年。ガリレオの改葬と記念碑の設置は、遂に実現したのである。
        ◇
 私が今、対談を進めるアメリカの女性詩人ワイダー博士は、「師弟」の結合を、太陽と地球に譬えておられた。
 師匠という太陽の存在があればこそ、弟子は地球の如く回転できる。師匠の「励まし」に弟子が「感謝」を込めて応えゆくところに、十全なる人間の可能性の開発、すなわち「人間革命」がある、と。そのモデルを、博士は創価の師弟に求めてくださっている。
 1994年5月25日、私は再びピサの斜塔を訪れた。
 その2年前、時のローマ法王ヨハネ・パウロ2世により裁判が誤りであったことが認められ、ガリレオに謝罪が表明された。逝去から実に350年後の名誉回復であった。
 斜塔は8階建て、高さ55㍍の英姿を微妙に傾けたまま、6世紀以上にわたって、人間の栄枯盛衰、毀誉褒貶を見つめている。
 その偉容から、歴史の審判を勝ち越えたガリレオと弟子たちの師弟の勝鬨が聞こえてくるようだった。
 「真実は勝たねばならぬ! 断じて勝ってこそ、真実も正義も永遠の光を放つのだ!」

 本文中に明記した以外の主な参考文献=山田慶児/谷泰訳『星界の報告』岩波文庫、青木靖三訳『天文対話』(上・下)岩波文庫、青木靖三著『ガリレオ・ガリレイ』岩波新書、田中一郎著『ガリレオ』中公新書、伊東俊太郎著『人類の知的遺産31 ガリレオ』講談社、シテクリ著・松野武訳『ガリレオの生涯』東京図書、W・シーア/M・アルティガス著・浜林正夫/柴田知薫子訳『ローマのガリレオ』大月書店、デーヴア・ソベル著・田中一郎監修・田中勝彦訳『ガリレオの娘』DHC
2009-07-07 : 人物紀行「歴史の巨人」と語る :
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