随筆 人間世紀の光 No.192

随筆 人間世紀の光 No.192  (2009.6.28付 聖教新聞)

対話こそ わが人生

人類を友に! 世界を味方に!
「立正安国」は語らいから始まる


「平和の世紀」の黎明は 沖縄の栄光から!
声をあげよ! 「正義」と「友情」の名曲を

 群衆に
  交わり楽しく
    立ちあがれ
  おお 素晴らしき
     青春王者と

 「精神を鍛練する もっとも有効で自然な方法は、私の考えでは、話し合うことであると思う」
 私が若き日に愛読した、フランスの思想家モンテーニュは、対話の意義をこう強調した。さらに続けて、「話し合うということは人生の他のどの行為よりも楽しいものだと思う」と。
 その通りだ。語らいには、常に新鮮な発見がある。
 「さあ、対話をしましょう!」
 あの大歴史学者トインビー博士と私の対談も、一緒に名曲を奏でゆくような弾む心で始まった。
 2年越し40時間に及ぶ語らいは、人類と世界、歴史と未来、そして宇宙と生命を論じ合いながら、魂の共鳴を深めていった。
 「若いあなたは──」
 対談の最終日、84歳の博士は、45歳の私の手を握って言われた。「このような対話を、さらに広げていってください!」
 遺言の響きをもった一言であった。博士から託された対話の調べは、今、世紀を超えて、壮大な交響楽となり、世界に広がった。
        ◇
 全世界
  妙法の声
    高らかに
  平和と文化の
    金の橋かな
 
 「対話」とは、英語で「ダイアローグ」である。
 これは、ギリシャ語の「ディアロゴス」に由来する。「言葉の意味が流れ通う」という意義になろうか。
 対話は、自説に固執した自己主張のぶつけ合いではない。単なる言葉の往復でもない。対話を通して、互いの語る言葉の「意味」を共有し、理解し合うことである。そして、新たな価値を創造しゆく作業なのだ。
 対話がなくなれば澱む。活発な対話のあるところ、新しい命が流れ通うのだ。
 恩師・戸田先生は展望されていた。
 「これからは『対話の時代』になる。人と語るということは、信念のために戦うことである。また、心を結び合うということだ」
 さらに先生は語られた。
 「世界宗教の創始者たちが一堂に会したならば、大きな慈愛の心で語り合い、尊重し合うであろう。
 そして人類の恒久の幸福に向かって、戦争や暴力・紛争を断じて食い止めようと、手を携えて立ち上がっていくに違いない」
 これは、牧口先生も、戦時中に述べられていた信念であった。

語らいは7千人に
 私は、牧口・戸田両先生の弟子として、全世界の指導者・識者と対話を重ねてきた。その数は、7千人を超えるようだ。
 現在は、インドネシアの哲人指導者・ワヒド元大統領とも、新たにイスラムと仏法の対話を進めている。
 世界は広い。人類は多彩である。語り合うことは、学び合うことである。知り合うことである。そして、尊敬し合うことである。
 対話は、人類を友とし、世界を味方にすることだ。
        ◇
 声 仏事
  君の福徳
    三世まで

 「言論を嫌うよりもより大きな災いを人が蒙ることはありえない」
 これは、対話の名手ソクラテスの発言であった。
 「対話」こそ、生命の尊厳を脅かす、あらゆる「暴力」と対峙する砦である。
 日蓮大聖人が権力の魔性を正された「立正安国論」
は、問答形式(主人と客人の対話)で示されている。
 それ自体が、時の最高権力者に、「対話」の重要性
を真っ向から打ち込まれた警鐘とも拝される。
 「立正安国論」の冒頭は「旅客来りて嘆いて曰く近年より近日に至るまで天変地夭・飢饉疫癘・遍く天下に満ち広く地上に迸《はびこ》る」(御書17㌻)と書き起こされている。
 対話の出発点は、乱れ切った社会への悲憤である。苦しみ悩む民衆に同苦する心である。
 この共通の地平に立てば、いかに差異があっても、同じ人間として、真摯な対話が、いつでも可能なのだ。

違いを恐れるな!
 昨年、私は、韓国を代表する総合誌「月刊朝鮮」からインタビューを受けた。その中で、「対話を上手に行うにはどうすればよいか」という質問があった。
 私は、お答えした。
 ──いかなる立場や信条の人であっても、「生老病死」という、人生の苦悩を避けることはできません。
 この根本問題に無縁の人は一人もない。それを共有する人間同士として語り合う。そうすれば、どんな人とも話は通じます、と。
 私たちには、生命の真髄を解明した仏法がある。そして、現実の社会に積極果敢に関わっていく「立正安国」の理念と行動がある。
 ゆえに誰人に相対しても萎縮することはない。毅然と闊達に、よりよき人生と社会を開く対話を繰り広げていくことができるのだ。
        ◇
 「立正安国論」の対話では、「客 色を作して」「客猶 憤りて」等と、主人から鋭く破折された客人が、顔色を変えて怒り出すという局面が、何回となくある。
 主人は、客人がどう反応しようと、言うべきことを明快に言い切っていく覚悟であった。そして、客人の怒りをも悠々と受け止め、より強く、その心をつかみ、対話を高めていった。
 やがて客人は心から納得し、共に「立正安国」への道を歩む決意をするのだ。
 笑みを湛えて相手を包み込む対話には、今は反発する相手の生命にも、仏性が厳然と具わっていることへの大確信が脈打っている。
 世法の次元では、人それぞれの立場があり、見解がある。千差万別だ。
 仏法の対話は、そうした違いに囚われない。主眼は、相手の仏性を呼び覚ましていくことだ。「立正安国」、すなわち人間の幸福と世界の平和のために、人びとの力を糾合していくことだ。これが、対話の焦点である。
 ここに、御本仏が広々と示してくださった、至高の対話の劇がある。
        ◇
 35年前、私が初めてモスクワを訪れた時のことだ。
 ソ連共産党・国際部の幹部だったコワレンコ氏が、当時、話が進んでいた日中平和友好条約について、厳しい口調で批判を始めた。深刻な中ソ対立の時代である。
 「そうは言っても池田会長!」と、コワレンコ氏が声を荒げて机を叩いた。
 「ソ連は日本を壊滅させる力がある。何なら、もう一回戦争しましょうか」
 氏は対日関係のキーパーソンである。日本人相手に、いわゆる恫喝外交の強面としても恐れられていた。
 目を光らせ、ドンドンと激しく机を叩く氏──だが私は笑顔で、「手は痛くありませんか?」と返した。
 氏は、拍子抜けしたような表情を浮かべた。
 こうした応酬を経て、互いに本音で語り合える仲になった。そこから本当の人間外交が始まったのだ。
        ◇
 天をつく
  沖縄健児の
    雄叫びは
  諸天も 諸仏も
     喜び守らむ

 昭和35年(1960年)の7月16日──。
 それは、「立正安国論」による国主諌暁から満700年の日であった。この日、私は、いまだアメリカ施政権下にあった沖縄へ飛んだ。パスポートを手に降り立った那覇の大地には、誇り高き「地涌の勇者」たちが待っていてくれた。
 到着前に降った驟雨が緑の草木を蘇らせ、爽やかな光風が吹き渡っていた。
 沖縄訪問は、第3代会長に就任した私が、早急の実現を期した悲願であった。それは、恩師から託された使命でもあったからだ。
 「とうとう、来たよ!」
 出迎えてくれた友に、私は万感の心を伝えた。あの胸の高鳴る第一歩は、生涯、忘れることはできない。
 「イチャリバチョーデー」(行き会えば、皆、兄弟)──沖縄には、人と人との出会いを大事にし、いかなる出会いも深き友情に高めゆく豊かな精神性がある。
 「やあ、兄弟!」──そう言って、胸襟を開くところには、どちらが上とか下といった、息苦しい関係はない。その平等に語り合う場には、海風が薫り、明るい青空や星空が広がる。
 我らの「沖縄精神」は、まさに「対話の精神」だ。
 日本中、いな世界中、いずこに行っても、沖縄出身の方々に出会う。そこで、また友情が広がる。
 南米のペルーでも、チリでも、ボリビアでも、沖縄出身の友が、広宣流布の先駆の大道を切り開いてくださった。
 アフリカ・ザンビアのハツコ・カラブラ総合婦人部長も、その一人である。
 沖縄には、「相互扶助」「助け合い」を意味する「ユイマール」という伝統の心がある。「ユイ」は「結い」である。
 人と人、心と心を結ぶのである。その「結ぶ」力は、今や悠々と海を越え、国境を超える。
 まさに「沖縄精神」が、溌刺と世界を結ぶ時代に入ってきたといえまいか。

「人間革命」の第一歩
 45年前の12月2日、私は那覇の沖縄本部で、小説『人間革命』の最初の原稿を書き始めた。
 「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない」から始まる「黎明」の章である。
 沖縄から、「平和の世紀」の黎明を告げるのだ。
 那覇から、「民衆の勝利」の永遠の都を築くのだ。
 これが、私の祈りであり、誓願であった。
 後年、その執筆開始の小さな質素な部屋を訪れた、南アフリカの詩人ムチャーリ氏は、しみじみと語られた。「大いなる仕事は、いつも小さなところから始まります」
 “千里の道も一歩から”だ。その一歩をおろそかにして、遥かな希望の旅路を勝利することはできない。
 我らが掲げる平和の大道である「人間革命」もまた、一人との誠実な対話から始まる。
 それは、対話によって、自分自身も、縁する人も、変えていく戦いである。
 小さな殻を打ち破り、無慈悲なエゴの壁を乗り越えながら、善緑を結び、広げていく行動である。
 勇気をもって人と会い、誠意をもって人と語ることこそが、最も確実な「人間革命」の第一歩なのである。
 那覇をはじめ沖縄の友は、世界で最初の広宣流布のモデル地帯の誇りも高く、尊き金の汗を流しながら、今日も前進している。
        ◇
 賑やかに
  また朗らかに
   恐れなく
  君も 私も
   元初の仲間と

 待っているだけでは対話は始まらない。歩み寄り、
声をかけていくことだ。
 香港SGIの総合文化センターは、輝く海を望み、天然の屏風の如き山々に抱かれた景勝の天地にある。
 その入り口のすぐ側に、年配のご婦人が住んでおられた。私が青年たちと散策に出る時など、よく顔を合わせた。
 「いつも、大変にお世話になっております」
 「何か、ご迷惑をおかけしてないでしょうか。騒がしくて申し訳ないですね」
 私と妻が挨拶を申し上げると、そのご婦人は「いいえ、賑やかな方が好きですから」と、笑顔で応じてくださった。
 可愛いお孫さんが、一緒に歓談の輪に加わったこともある。
 開館から13年。地域から親しまれ、香港社会から愛される総合文化センターとして歴史を刻んでいる。
 ささやかな出会いであっても、そこに縁を見出す。それが仏法の眼である。
 そして縁を強め、より深き縁を結んでいく。それが仏法の智慧である。
        ◇
 恐るるな
  悪しき者らの
   奸言は
  我らの信仰
   鍛えるものかな

 誠実に信念を語る人間の声ほど、美しい音律はない。
 法華経では、人びとのために法を説く菩薩の声を
「深浄《じんじょう》の妙声《みょうしょう》」と讃えている。
 電話での語らいは、この声の力の真価を、最大に発揮するチャンスである。
 学会本部、聖教新聞社等の電話の交換台で活躍する「金声会」の乙女たちには、「爽やかだ」「清々しい」「美事な応対である」など、多くの賞讃が寄せられる。
 わが創価の世界には、最も美しく、最も正しい人間の声が響いている。それゆえに、いかなる邪悪な陰謀にも断じて負けないのだ。

電話で仏縁を拡大
 思えば、30年前、本部と聖教本社に電話が殺到して、回線がパンク状態になったことがある。
 それは、昭和54年の4月24日──私が第3代会長を辞任した時のことである。
 「なぜ、先生が辞めなければならないのか!」
 衝撃の声、憤怒の声、悲憤の声……。聖教本社だけでも、この日、3千本以上の電話をいただいた。
 わが真正の同志の、胸も張り裂けんばかりの叫びであった。何ものにも壊されぬ、師弟の誉れの訴えに、交換台の乙女たちも、“私たちの先生は池田先生しかおられません”等と、涙をこらえながら、懸命に応対してくれた。
 私と妻の心から離れぬ歴史である。
 ともあれ、一本の電話の持つ力は計り知れない。
 顔が見えない分だけ、声や話し方が大事である。
 「電話応対コンクール」でも高く評価される金声会の友が、心がけるべき3項目をまとめてくれた。
 一、温かな、微笑みを含んだ声で話す。
 一、相手の話に耳を傾ける。
 一、相手の心を変えていく
 「ワンモア・ワード」(もう一言の真心こもる言葉を添える)──。
 「声仏事を為す」(御書708㌻)である。
 だからこそ、一本一本の電話、そして一回一回の対話が仏縁を結び、福運を広げる仏道修行と思い、深き祈りを込めて、声を響かせていくことだ。

偏見も必ず変わる
 先般、私と対談集を発刊したブラジルの大天文学者モウラン博士は、父君の教えを大切にされていた。
 「人間の考えは、たとえ今がどうあれ、それが最後まで変わらないということはない。偏見は必ず、時とともに変えることができる」と。
 博士は、その偏見を変えていく方途こそ、「対話の道」であると結論された。
 そして、「世界に展開される創価の『対話』は、決して音を立てて大げさにする対話ではなく、静かなる対話の流れ、川の流れのような、弛みなき対話の流れであると思います」と語ってくださっている。
 なかんずく、青年が、乙女が、学生が、真剣に積み重ねる若き世代の対話が時代を開くのだ。
 さらにまた、母たちの声が歴史を変えてきた奇跡を、私たちは知っている。
 そして、社会の荒波を乗り越えゆく壮年の信頼の対話も、千鈞の重みである。
 人びとの頭の上を飛び去っていくような絶叫は必要ない。川の流れのように、一人また一人と心に染み入る対話を続けていくのだ。
 そこに、勝利の活路は、必ず開かれる。
 法華経には「我れは是れ世尊の使なり 衆に処するに畏るる所無し」(創価学会版法華経420㌻)と記されている。我らは仏の使いとして、そして広宣流布の大師匠の弟子として行動する。この誇り高き使命を帯びて、人間群に飛び込んでいるのだ。
 ゆえに、何を恐れることがあろうか。臆さず堂々と、皆が驚くような力を出し切って、戦い勝っていくのだ!
 対話こそ、わが人生──この対話の道が、麗しき人間共和の大道へと開かれゆくと信じて!

 大天地
  創価のスクラム
   一段と
  深く結びて
   全てに 勝ちゆけ


 モンテーニュの言葉は『エセー』原二郎訳(岩波書店)。ソクラテスの言葉はプラトン著『パイドン』岩田靖夫訳(岩波書店)。
2009-06-28 : 随筆 人間世紀の光 :
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