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随筆 人間世紀の光 No.191

随筆 人間世紀の光 No.191  (2009.6.23付 聖教新聞)

創価の源流・大東京

法華経に勝る兵法なし!
本陣よ!堂々たる正義の師子吼を


 堂々と
   巨人の如き
    魂で
  今日も勝ちぬけ
    歴史を勝ちとれ

 「僕は進んであらゆる出来事に挑戦したい」
 古代ローマの哲学者として名高いセネカは、満々とあふれる闘志を語った。
 さあ、何でも来い!
 はち切れんばかりの生命力で戦おうではないか。
 人だ。人である。「永遠の都」ローマを築いたのも、勇敢なる人間の大情熱だ。
 今、その魂は、生き生きと、わがイタリアSGIの友に脈打っている。
 嬉しいことに、創立80周年に向かい、世界広宣流布の首都・東京でも、新しき民衆の「平和の城」建設の槌音が力強く響いている。
 春3月には、三鷹平和会館がオープンした。
 これから、世田谷平和会館、町田平和会館、江東平和会館、荒川平和会館なども、堂々とそびえ立つ。広宣の会館は、地域社会に、繁栄と安穏の大光を贈りゆく灯台である。

反撃だ! 巌窟王の闘魂で立ち上がれ

戸田講堂30周年
 この6月、豊島区の巣鴨に立つ東京戸田記念講堂は、晴れの開館30周年の佳節を迎えた。
 守る会をはじめ、いつも真心で我らの師弟城を荘厳してくださっている方々に、厚く感謝申し上げたい。
 戸田講堂は、立川文化会館、神奈川文化会館、荒川文化会館などとともに、創価の正義の旗を掲げて、“反転攻勢”の歴史を刻んできた。
 昭和54年の6月2日──私は、真新しき講堂をそっと訪れた。翌日の開館を前に、懸命に準備に当たる同志の姿が、あまりにも健気であった。
 大広間には、牧口初代会長、戸田第2代会長の肖像写真が、皆を見守るように掲げられていた。
 私が第3代会長を辞任して40日である。
 両先生の慈愛の目が厳しかった。お二人の叫びが聞こえるようだった。
 どんなに壮麗なる建物ができても、創価学会に師弟不二の絆が失われ、破邪顕正の剣を捨ててしまえば、抜け殻と同じである。
 ましてや豊島区は、両先生が法難を受け、投獄されていた東京拘置所があった場所だ。豊島公会堂で、方便品・寿量品講義や御書講義を行われる戸田先生は獄死した先師を偲びなら、権力の魔性へ憤怒の炎を滾らせておられた。
 その恩師の名前を冠した記念講堂は、正義の闘士が集う大講堂である。
 反撃だ! 今再び、創価の巌窟王の闘魂を燃え上がらせるのだ! これが私の決心であった。
 地元・豊島の同志も、隣接する北区の友も、“戸田講”を広布の戦艦として、共に船出をしてくれた。
        ◇
 戸田記念講堂が開館した6月3日は、さかのぼれば、嘉永6年(1853年)、浦賀にアメリカのペリーの黒船が来航した日でもある(旧暦)。
 「幕末」は、この日から始まったといわれ、日本の新しい夜明けの時であった。
 この激動期を新時代へ動かし、江戸の街を救った指導者が、本所(墨田区内)の出身の勝海舟であった。
 海舟は訴えていた。
 “一身の栄辱を忘れ、世間の毀誉を顧みず、自ら信ずるところを断行せよ”
 全く、その通りだ。大事なことは、混迷の世に、庶民の命と暮らしを、どうすれば守れるかである。
 民衆の幸福を心から願った、牧口先生、戸田先生は、狂気の国家権力によって弾圧されながら、恐れることも、動ずることもなかった。師子王の如く、獄中で決然と正義を貫かれた。
 戸田先生は、巣鴨から中野の豊玉刑務所へ移られた直後に出獄された。昭和20年の7月3日──この日、戦禍の焼け野原に立たれて、中野から、学会再建への歴史的な第一歩を踏み出されたのである。
 思えば中国の周恩来総理も、日本に留学中、現在の中野文化会館のすぐ近くに一時期、下宿されていた。
 人情豊かな中野の庶民との心の交流も、大切に胸に温めておられた。
 「つねに大衆から離れず、大衆に学び、大衆に援助の手をさしのべる」
 青春時代から一生涯、貫き通された総理の信条だ。
 そして、わが創価学会は、この東京を起点とし、大衆と共に! 大衆のために! 平和と文化と教育の大連帯を、世界中に結び、広げてきたのだ。
        ◇
 広宣の
  大河の源流
   大東京
  使命も 功徳も
     世界一かな

 「源遠流長」(源遠ければ流れ長し)──。
 日蓮大聖人は、末法万年尽未来際へ、「広宣流布」そして「立正安国」の魂魄を、武州池上(現在の大区内)すなわち東京に留められて、入滅された。
 その大東京こそが、創価学会の発祥の天地である。
 世界を潤す大河となった広宣の源流は、東京なのだ。
 “江戸っ子”の私も、ここ東京で恩師に出会い、広宣流布を誓った。東京で75万世帯達成への突破口を開いた。そして東京中を走り抜いてきた。
 地図を開けば、あたかも第2総東京を頭として、師子が吼え、今まさに跳躍せんとする姿にも見える東京である。
 東京は師子だ。いな永遠に師子であらねばならぬ。
 大聖人は「師子の声には一切の獣・声を失ふ」(御書1393㌻)と仰せである。
 大東京は、いついかなる時も、断固たる師子王の勝鬨を轟かせて、あらゆる魔軍を退散させていく使命があり、天命があるのだ。
        ◇
我らは東京家族! 一丸で勝利の栄光劇へ前進

 四方に隣接する山梨県、神奈川県、千葉県、埼玉県、さらに関東も、東海道も、信越も、みな「大東京合衆国」として、一体不二の心で進んでくれている。
 仏法で説く四大天王は、正法正義の世界を四方から厳然と護る働きである。
 東を護るのは「持国天」である。国を治め、民を安んずる働きを持つ。
 西を護るのは「広目天」である。天眼で、悪を呵責し、一切衆生を見守る。
 南を護るのは「増長天」である。悪を打ち砕き、善を増長させる。
 北を護るのは「毘沙門天」(多聞天)である。常に仏の説法を聞き、道場を厳護する。
 最大に頼もしい力用だ。
 さらに仏典には、四大天王の働きについて──
 「常に勝利を得させる」
 「怨敵を降伏させる」
 「あらゆる眷属を増やす」
 「智慧の光で法を説く者を護る」とも説かれる。
 私には、広宣流布の本陣を厳然と護ってくださる、全国の同志の祈りと行動そのものと思えてならない。
 密只は、全同志の真心に、断じて応えてゆくのだ。
        ◇
 法華経に
  勝る兵法
   なきゆえに
  我らは勝たなむ
    思い出 三世に

 正義は勝ってこそ、正義となる。本陣は勝ってこそ、本陣となる。
 見栄や格好などかなぐり捨てて、広宣流布のために、ひたぶるに戦い抜いてこそ、大東京は、未来永遠にわたる、師弟勝利の本陣となるのである。
 私は、「常勝将軍」であられた戸田先生から“勝利の要諦”を学んだ。
 ここでは、その勝負のポイントを、4点、御聖訓を拝しながら綴りたい。

仏法は勝負なり
 第1に、「夫れ仏法と申すは勝負をさきとし」(同1165㌻)である。
 ──必ず勝つと決めた弟子が勝つという眼目だ。
 それは、昭和48年の3月29日であった。
 私は、目黒の友と、記念撮影会を行った。皆の瞳が涼やかに光っていた。
 “師弟正義の目黒”は、恩師がこよなく愛された天地だ。私と妻が結婚して最初に住んだ、懐かしい地域でもある。
 妻も、広布のトップランナー「ヤング・ミセス」の先駆として、蒲田支部・品川地区・目黒班の班担当員を務めながら、目黒婦人部の激励に走った。
 記念撮影会の当日、目黒の同志から届けられた菖蒲の花に、私は驚いた。
 桜の季節に、初夏の花が誇らしげに咲いている。用意するのに、どれほど苦労されたことか。
 仏法は「勝負」である。そして「菖蒲」もまた、「勝負」に通ずる。
 絶対勝利への強き一念が、すべてに漲っていた。
 目黒は勝ったな! 私は、そう深く確信した。
 強盛なる祈りと、そこから発する真剣な行動のなかに、“勝利のドラマ”は生まれるからだ。
        ◇
 第2には、「月月・日日につよ(強)り給へ」 (同1190㌻)である。
 「つよる」とは、弛みなき前進であり、恐れなき勇猛心である。
 昭和52年の9月12日、私は、わが荒川壮年部の総会に出席した。東京各区の壮年部総会の、記念すべき第1号であった。
 下町・荒川には、血の滲む苦労を重ねて、自営業を営んでおられる壮年も多い。
 社会の荒波のまっただ中で奮闘する「創価の黄金柱」に、何としても勇気を送りたかった。
 揺れ動く社会だ。晴れの日もあれば、激しい風雨の時もある。だが、朗々と妙法を唱える胸中には、常に、赫々たる勝利の太陽が昇るのだ。
 沈むことなき勇気の旭日をいだいた人間王者に、どうして破れぬ壁があろうか! 乗り越えられぬ困難があろうか!
 わが荒川の戦友が、庶民の王者らしく、勇気、勇気の拡大で、見事なる金字塔を打ち立ててくれたことは、不滅の歴史である。
 “庶民の勇気”に勝るものなしだ。勇気が自分の殻を打ち破る! 勇猛精進の題目で勝利を開くのだ。

「声仏事を為す」
 第3のポイントは「声仏事を為す」(御書708㌻)である。
 この御文を通して、私は、「希望の特区」町田の同志を励ました。昭和53年の10月2日のことである。
 町田が圏(ゾーン)に発展したその日、忘れ得ぬ第1回の圏総会が開催された。
 「さあ、いらっしゃい」
 会合の前には、懐かしき町田会館に立ち寄り、会館裏の畑で作業をしていた功労者のご婦人をお呼びし、一緒にカメラに納まった。
 「お久しぶりです」──町田文化会館に到着した後も、館内を巡りながら、友と語り合った。厨房にいた婦人とも懇談した。
 「どんどん話すのです。『声仏事を為す』だよ」
 黙っていては、何も起こらない。つんとして、壁をつくっていたら、自分の世界を狭めるだけだ。引っ込み思案で、縮こまっていたら、自分の世界も変わらない。
 声を出す。声をかける。声を届ける。それが「善縁の拡大」につながる。また、それが、自他共の「幸福の拡大」になるのだ。この原理は不変である。
 「おはようございます」「お元気ですか」──当たり前のあいさつが大事なのだ。どんな地域にあっても、爽やかなあいさつに嫌な思いをする人はいない。
 近隣関係が希薄だ、冷たいといわれる大都市であっても、人は、やはり人間同士の温かい結びつきを欲するものだ。
 熱き心の東北から、東京の友人を訪ねて来た方が語られていた。
 ──オートロックのマンションの敷居が高くても、真心込めたふるさとの言葉の響きには心の扉を開く力がある! と。
 自分から周囲へ、わが家から近隣へ、春風の如く、自然のうちに、温かい声、明るい声、力強い声を広げゆくところに、民衆の幸福と平和の地盤が出来上がっていくのだ。
        ◇
 第4に、「教弥よ実なれば位弥よ下れり」(同339㌻)である。
 妙法という最極の法は絶対の真実であり、いかなる人も救い、絶対の幸福境涯に導く。
 この妙法を持った人は、皆が尊極の仏である。その信心においては、広布に戦う人が偉い。立場や役職の上下は関係ないのである。
 ゆえに、仏法のリーダーは、どこまでも最前線で範を示し、最前線の同志を敬い抜くのだ。
 昭和58年の1月30日、私は世田谷文化会館に走った。北風をものともせず、世田谷の勇者が集った第1回幹部会である。
 私は強調した。
 「全員が、広布の第一線で戦い抜こう!」
 世田谷の友は、この私の心を心として、“山の手広布”の道を開いてくれた。
 拡大の舞台は最前線だ。
 ゆえに、第一線へ走れ!
 最前線で勝つのだ!
        ◇
 大東京
  世界の広布の
   本陣と
  走りし貴女《あなた》は
    菩薩なるかな

 7月12日には、誉れの「総東京婦人部 幸福・勝利の日」を迎えると伺った。
 東京23区、また第2総東京、山梨総県、そして伊豆諸島栄光圏の信頼する婦人部の皆様方が、全国の友と心を通わせながら、幸の花を爛漫に咲かせゆく語らいを、朗らかに広げておられる。神々しい限りだ。
 この7月12日は、総東京婦人部の一員である、私の妻の入信記念日でもある。幼き日の妻は、牧口先生の手を引いて、わが家の座談会にご案内した。特高刑事の監視にも微動だにせぬ、“創価の父”の師子吼は、妻の命から離れることはない。

7・12「東京大会」
 昭和32年、私が無実の罪で逮捕・勾留された大阪事件の渦中に、戸田先生は、烈々と正義の糾弾の声を上げてくださった。
 その「炎の東京大会」が台東区の蔵前国技館で聞かれたのも、この7月12日であった。
 2年前(2007年)の7月12日、台東の東京上野平和講堂に設置された「正義の東京大会 顕彰の碑」には刻まれている。
 「万年の創価の勝利を決せんは 本陣・東京の責務なり」
 「師弟凱歌の旭日を元初の朝に示さんは 本陣・東京の使命なり」と。
        ◇
 団地部の
  勝利は 断じて
   栄光の
  人材伸びゆく
    尊き歴史と

 来る6月25日は、わが「団地部の日」である。団地部や地域部の友は、社会の依怙依託となり、信頼の灯台として光っている。
 先日、北多摩の要衝・村山総区のある団地で、未明に火事があった。団地部の友が真っ先に駆けつけ、大事に至らなかったと伺い、心から安堵した。
 その後も、被災者の方の集会所への避難、差し入れ、仮住まいの手配等々。団地部の友の迅速な行動と連携に、感謝と感動が広がったとお聞きしている。
 足立、そして新宿、北、板橋、練馬、江東、さらに江戸川、葛飾、杉並、八王子など、東京団地部は「輝け『幸福の城』」の歌声も楽しく前進されている。
 御義口伝には「足立」という二字が記されている。
 すなわち、「不軽菩薩・法性真如の三因仏性・南無妙法蓮華経の廿四字に足立て」(同768㌻)と仰せである。
 不軽菩薩は、まだ正法に目覚めぬ人びとにも、その人の仏性を信じて礼拝行を貫いていく。どんなに理不尽な圧迫を受けても、「人間尊敬」の対話の行動を絶対にやめない。
 その強さは、妙法という究極の正義の大地に、厳として、わが足で立っているからである。
 創価の賢者が、毎日毎日、わが足で歩きに歩き、相手の命を最大に敬い、粘り強く重ねゆく対話こそ、「不軽菩薩」の真髄の実践なのである。
        ◇
 あの池上兄弟の心意気を継ぐ、大東京の青年部の団結と勇気も頼もしい。
 師弟不二の東京、異体同心の東京は、一丸となれば無敵である。歴史が変わる。
 魔や仏敵は、人と人、地域と地域を引き裂こうと、傲慢や無関心といった人の心のスキにつけ込んでくる。
 仏法は、どこまでも「縁起」を説く。すべての人が「縁」でつながっている。
 「自他彼此の心なく水魚の思を成し」(同1337㌻)である。
 ゆえに、「私も、あの人も勝利を!」と団結して戦うのだ。東京は一つである。
 誉れの本陣同志よ!
 誇り高き東京家族よ!
 今こそ、我ら大東京の底力を、満天下に示そうではないか!

 大東京
  勝ちて世界に
   太陽が
  昇るが如き
    創価の光を


 セネカの言葉は『セネカ 道徳書簡集──倫理の手紙集(全)』茂手木元蔵訳(東海大学出版会)。周恩来の言葉は、日中国交正常化20周年記念・周恩来展の図録『周恩来展』中国革命博物館編(日本周恩来展実行委員会)から。勝海舟は『氷川清話』によった。
2009-06-24 : 随筆 人間世紀の光 :
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