随筆 人間世紀の光 No.188

随筆 人間世紀の光 No.188  (2009.6.3付聖教新聞)

華陽の誓い

美しく また強くあれ わが女子部
共に「歓喜の中の大歓喜」の大道を


創価の姉妹よ 使命の華と舞え!
私は負けない! 師弟共戦の青春に永遠の誉れ!


 華陽会
  広布の女子部の
   先駆たれ
  価値ある青春
   三世の功徳と

 今日も、日本列島の各地から、そして世界の各国・地域から、女子部の池田華陽会の溌剌たる前進の便りが届く。21世紀の創価の栄光の凱旋門が、晴れ晴れと開かれていく思いだ。私も妻も、本当に嬉しい。
 北米のアメリカ、カナダ、中米のメキシコ、パナマ、南米のブラジル、アルゼンチン、ペルー、チリ……。
 オセアニアのオーストラリア、ニュージーランドやミクロネシア……。
 欧州のフランス、イタリア、イギリス、ドイツ、オランダ、さらにバルカン半島のスロベニア……。
 韓国や香港、台湾、フィリピン、インド、マレーシア、シンガポール、タイ、インドネシア、カンボジア……。
 そしてアフリカのコートジボワール、カメルーン、ザンビア……いずこの地でも、生き生きと妙法の乙女たちは躍動している。
 少人数で出発した国もある。しかし「私たちの手で、平和と幸福を建設しよう!」と、凛然と立ち上がった華陽会の心は、あまりにも崇高である。
 つい先日も、アメリカから嬉しい連絡があった。
 全米のバネッサ・ショー女子部長が、有名なラジオ番組に登場して、「青春と信仰」をめぐって、インタビューを受けたのである。
 彼女は、仏法の哲理と師弟を力に、ハリウッド女優としても活躍する充実の日々を清々しく語った。
 多くの方々から「勇気をもらった」「素晴らしかった」等々と、反響が届いたようだ。
 日蓮大聖人は、「日輪・東方の空に出でさせ給へば南浮の空・皆明かなり」(御書883㌻)と仰せであられる。
 凛々《りり》しき華陽の友の心には、社会を照らし、一国をも照らしゆく太陽が昇っているのだ。
 第2期の結成式も行われ、フレッシュな同志の歌声が響いている。
        ◇
 美しく
  また強くあれ
    わが女子部
  万世《ばんせ》の福運
   積みゆく今日かな

 今、日本中、そして世界でも歌われている池田華陽会歌「華陽の誓い」──私が、この歌の原案を最初に聴いたのは、今年の2月18日であった。
 いい歌だ。よく頑張ったと思った。だが、華陽会の友なら、もっともっと良いものができる。もう一歩、壁を破れば、不朽の歌になると直感した。
 私が薫陶してきた、若きリーダーたちの力を信じていたからだ。
 私は、ちょうどその日に行われた婦人部・女子部との最高協議会で、そうした心情を伝えた。
 わが華陽の乙女たちは、瞳を輝かせ、心を一つに、再び挑戦を開始した。
 真剣に祈り、燃え立つ生命で、もう一重、深き誓いを歌詞に込めたのである。
 ──師は弟子を信ずる。信ずるゆえに甘やかさぬ。信ずるゆえに訓練もする。信ずるゆえに厳しいのだ。
 その師の心に真っ直ぐに応えていく時、無量の力が発揮される。これが師弟の呼吸だ。勝利の共鳴だ。
 生まれ変わった歌を聴いたのは、2日後だった。
 曲のイメージも「歓喜」が前面に出て、一新された。

♪今 師とともに
     正義の心で
 世界の女性《とも》に
     平和の世紀を
 華陽の姉妹と
     スクラム楽しく
 「使命の華と舞え! 池田華陽会」
 報恩の「華陽の誓い」
      喜び果たさむ (3番)

 御義口伝には──
 「初めて我心 本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(同788㌻)
 さらに「自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」(同761㌻)と仰せだ。
 仏法上の「歓喜」とは、単なる「喜び」ではない。「本来の仏」である自身の尊極の使命を知ることだ。全民衆を救う妙法に巡り会えた喜びに燃え、友と友が勇んで立ち上がることだ。
 その使命に生き抜く歓喜と、誇り高き心の結合が、美事に歌い上げられていた。
 何があっても負けない!
 さあ、新たな決意で出発しよう!
 この瑞々しい息吹が伝わってきた。
 私は嬉しかった。
 「すごくいい。盤石だ!」
 妻も微笑んで言った。
 「明るくて、さわやかで、覚えやすくて、とてもいいですね!」
 池田華陽会の歌は、英語版も、さらに中国語(北京語)版も完成して、希望の音律を広げている。
        ◇
 忍耐と
  信心の二字
    忘れずに
  幸福 勝ちとれ
     宝の山へと

 戸田先生は、時代の流転に翻弄され、宿命の悲哀に泣いてきた女性史の転換を、常々、訴えておられた。
 そして、女子部の友に、慈父の如く言われた。
 「私は、皆が絶対に幸せになってもらいたい。
 5年、10年たったあと、『先生、私はこんなに幸せになりました』と、報告に来てほしいのです」
 私も妻も、まったく同じ気持ちである。
 いな、すべての女子部員が、一人も残らず幸福をつかむ。それが、私たち夫婦の誓願であり、決心である。
 とともに「女子部の幸福」は、創価家族の先輩として、全リーダーの祈りであらねばならない。皆で、女子部を大切にし、励まし、支え、応援していくことだ。
 かつて、草創の女子部の一員として戸田先生の指導を受け、婦人部へ進出しながら、団結を乱し、後輩に意地悪を重ねる幹部がいた。
 戸田先生の逝去から1年、後輩たちが新出発への誓いを込めて一生懸命に女子部歌を完成した。
 ところが、その幹部は、こともあろうに、「これは正式な女子部歌ではない」と冷酷に言い放った。以前、自分たちの時代に作った歌だけが今でも女子部歌だというのであった。
 戸田先生が生前、鋭く、厳しく見抜かれていた通り、のちに、忘恩の夫と、怨嫉に狂って、尊き和合を撹乱し、弓を引き、転落していった。
 御書には「前車のくつがへ(覆)すは後車のいまし(誡)めぞかし」(同1083㌻)と留められている。
 喜ばしいことに、今、わが婦人部と女子部は、最高に麗しい「婦女一体」の姉妹のスクラムで大行進している。
 杉本婦人部長や川原書記長たちも、女子部時代から、人材グループの「青春会」として走り続けてきた。
 多くの先輩から温かな励ましを受けたように、自分たちも女子部の成長へ励ましを惜しまぬ婦人部でありたいと語ってくれている。
        ◇
 華のよう
  朝日のようにと
   華陽会
  恩師も見つめん
    深き誓いを

 今の池田華陽会の全身に当たる華陽会は、昭和27年の秋に発足し、恩師・戸田先生が手塩にかけて育ててくださった。
 すでに婦人部になっていた私の妻も、戸田先生から直々にお話があり、この名誉ある華陽会に名を連ねさせていただいた。
 もともと妻は、昭和26年の7月19日の女子部結成式に参加した、74人の中の一人である。
 蒲田支部の二月闘争(昭和27年)でも、妻は女子部の班長として奔走した。今でいえば、地区リーダー、また部長であろうか。
 銀行に勤め、職場で実証を示しながら、来る日も来る日も、草創の女子部の建設に奮闘していた。

広布の原動力は女性
 結成の年の師走には、戸田先生が出席された女子部の会合で、妻は御書を拝して研究発表をした。テーマは「職場と信心」である。
 「や(箭)のはしる事は弓のちから・くものゆくことは りう(竜)のちから、をとこ(夫)のしわざはめ(婦)のちからなり、いまときどの(富木殿)のこれへ御わたりある事 尼ごぜんの御ちからなり、けぶり(煙)をみれば火をみる あめをみれば りう(竜)をみる、をとこ(夫)をみればめ(婦)をみる」(同975㌻)
 家庭や社会、地域にあって、女性がいかに重要であるかを示した御文である。
 この富木尼御前御返事の有名な一節を拝して、妻は語っていった。
 「広宣流布に邁進する創価学会の原動力は、じつに私たち女性であり、大事な存在であることを自覚せよとの御言葉であると拝され、私たち女性の立場のいかに重要であるかを痛感いたすのであります」
 続いて、戸田先生の「家庭の仕事を放り投げ、職場をおろそかにして、仏法は受持できない」とのご指導を通して呼びかけた。
 「各人の持ち場においてなすべきことを完全に果たし、他の人から尊敬され、職場における重要な人となることであります」
 そして、広宣流布という大局を忘れて、価値判断を誤らないように、「あくまで御本尊を中心とした行動でなければなりません。そして戸田先生を真にお慕いし信じることであります」と訴えたのであった。
 恩師も、笑みを湛えて拍手を送っておられた。
 師弟こそ、人間の究極の道であり、人生勝利の正道である。女子部の先陣である妻は、報恩の「華陽の誓い」を喜び果たしてきた。
        ◇
 全宇宙
  貴女《あなた》を包まむ
   妙法の
  功徳は確かと
   愉快に生き抜け

 今年は、国連が定めた「世界天文年」である。
 イタリアの大科学者ガリレオ・ガリレイが、望遠鏡を用いて、初めての天体観測を行ってより、満400年を記念するものだ。
 このガリレオが、先駆の業績ゆえに、嫉妬の攻撃を受け、不当な裁判の迫害を受けたことは。あまりにも有名である。
 この苦境の大科学者を支えるため、誰よりも心をくだいたのは、最愛の娘マリア・チェレステであった。
 「一人の敬虔な娘の祈りは偉い人たちの保護にも優る」──これが彼女の自負だったのである。
 愛娘はローマの地で戦う父へ、フィレンツェ郊外から励ましの手紙を送った。
 「私が今 手紙を書く気になったのは、私がこの責め苦を共にしていることをお伝えすることで、父上がそれに耐えることが容易になると考えたからです」
 それは、苦難の渦中にある父ガリレオの心を、黄金の光線の如く、照らしたに違いない──。
 「父上の信仰、仕事、年齢に伴う精神の強靱さをもって、これらの打撃に耐え抜くのです。そして父上は極めて広い経験によって、この悲惨な世界のあらゆることの偽りと移ろいやすさを熟知しておられますので、このような激動をあまり気にとめることなく、それらはすぐに鎮静するものであり、困難と見えたものは等量の満足に変わってしまうのだという希望をお持ちになってください」
 正義のゆえに、難を受け、悪口罵詈され、苦労する。しかし、断じて屈しない。これが至高の人生の劇だ。
 30年前、私の会長辞任の嵐の中で、幾多の女子部の友が、紅涙を滴らせながら、断固たる師弟共戦の決意の手紙を送ってくれた。この父娘《ちちこ》の絆の一通一通を、私と妻は創価の誉れの宝として保管している。
        ◇
 晴ればれと
  若さの限り
   生き抜かむ
  悩みを乗り越え
    勝利の王者と

 戸田先生のもとで、華陽会が学んだ一書に、『若草物語』がある。その著者であるルイザ・オルコットは、日記に記した。
 「失望が重なり、たえず『運命』に叩かれることは、リンゴなら完熟するための成熟過程になる」
 青春は、悩みの連続だ。
 社会も揺れ動いている。仕事で壁にぶつかることもあろう。時には体調を崩すことだってある。人間関係も難しい。人が羨ましく見えることもある。悔し涙をこらえる日もあろう……。
 しかし、御義口伝には、「煩悩の薪を焼いて菩提の慧火《えか》現前するなり」(御書710㌻)と仰せの如く、「煩悩即菩提」が日蓮仏法の真髄である。
 煩悩(悩み)がなければ菩提(悟り)の智慧もない。成長もない。成仏もない。
 この究極の希望の哲学を持った女性は、思うようにいかない日も、明るく朗らかに胸を張って進むのだ。
 御聖訓には、「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経ととな(唱)へゐ(居)させ給へ」(同1143㌻)と記されている。
 苦しい時は苦しいまま、題目を唱えていけばいい。必ず道は開かれる。信心で突破できない行き詰まりなど、絶対にないのだ。
 自分だけの小さな悩みに振り回されて、わびしく過ぎ去ってしまう青春も多い。
 しかし、広宣流布という大願に走りゆく青春は、大きく悩んだ分だけ、大きく境涯を開き、大きく福運を積める。
 苦労して築き上げた汝自身の生命は、何ものにも壊されないのだ。
 「地道の生活に
  信心の大功徳は
      薫るなり」
 もう四半世紀前になるだろうか。東京・目黒区の草の根学習会のメンバーに贈った揮毫である。
 20年前には、世田谷区の女子部に書き綴った。
 「信心を貫いた人は
    必ず幸福者に。
 此れが法華経であり
   仏法である」
 目黒区も、世田谷区も、当時の女子部が立派な婦人部となって、幸福勝利の実証を報告してくれている。時を逃さず、真剣に手を打つことが、未来の華を咲かせるのだ。
        ◇
 朗らかに
  広布の太陽
    勝ちまくれ
  仏天 護らむ
   貴女《あなた》を見つめて

 カナダの女性作家モンゴメリーが描いた「赤毛のアン」も行動の青春を生きた。
 アンをはじめアボンリー村に暮らす青年たちは、地域をよくしようと、村の改善協会を立ち上げる。

「赤毛のアン」の対話
 初仕事は、村の公会堂の塗り替え計画で、村人の協力を求めて、各家庭を訪ねることになった。
 まず、アンと親友のダイアナが向かったのは、村でも名うての「変わり者」たちが住む通りだった。
 ダイアナが「村じゅうで最悪の道よ」とこぼすと、アンは快活に言い切った。「だから えらんだのよ」
 苦手に挑んでこそ、新しい勝利が開かれるのだ。
 アンとダイアナは、一人また一人と、対話を重ねた。
 確かに、聞く耳をもたず、冷たい言葉を浴びせる人もいた。居留守を使って、顔も出さぬ人もいた。
 だが、思いがけず、気持ちよく、温かく応えてくれる人もいた。人は話してみなければわからない。
 アンの機転で、子どもが生まれて大喜びの家を訪ねると、気難しい主人が、進んで協力を申し出てくれた。
 噂や先入観にとらわれて、相手を決めつけてしまうことは愚かである。
 もちろん濁世であるゆえに、悪人は鋭く見破り、断じて近づけてはならない。
 夜も帰宅が決して遅くならぬよう、注意し合っていくことだ。聡明に、決して父母《ちちはは》に心配をかけず、健康で、絶対に無事故の日々であっていただきたい。
 ともあれ、嫌なことも嬉しいことも、すべて、たくましく前進の力としながら、青春の道を笑顔で歩み抜くことだ。語り通すことだ。
 善の拡大のために、勇気をもって動けば、必ず変化の風が起きる。誠実に語れば、必ず理解の輪が広がり、味方を拡大していける。
 そして、祈りに祈っての行動を、必ず諸天善神が護る。不退の人は必ず勝つ。
 今、毎日毎日、世界一の不滅の青春の物語を生み出しているのが、わが池田華陽会の乙女たちである。
        ◇
 華陽の青春勝利のスクラムは、社会の暗雲を破り、乱れゆく世紀に希望の光を贈り始めた。
 東京・八王子市の牧口記念庭園に植樹した「世界池田華陽会」の杏の木も、年々歳々、皆さんとともに天に向かって伸びていく。
 さあ、「華陽の誓い」を高らかに歌いながら、朗らかに賑やかに勝ち進もう!
 私も妻も、皆さんの晴れやかな笑顔を、最大の生きがいとして、祈り見つめている。
 結びに、大東京の女子部に贈った一首を、重ねて全世界の尊き華陽の友に贈りたい。

 勇敢な
  信心ありせば
   恐れなく
  この世 全てが
    仏土なるかな

 ガリレオの娘の手紙は、ソベル著『ガリレオの娘』田中一郎監修・田中勝彦訳(DHC)。オルコットは師岡愛子著『ルイザ・メイ・オルコット』(表現社)。モンゴメリーは『アンの青春』掛川恭子訳(講談社)。
2009-06-03 : 随筆 人間世紀の光 :
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