随筆 人間世紀の光 No.189/190

随筆 人間世紀の光 No.189/190  (2009.6.12/13付聖教新聞)

創価の母に万歳を!㊤㊦

広宣流布とは新たな連帯の創造
殻を破れ! 勇気の対話で心を結べ!


「太陽の婦人部」は世界第一の輝き
さあ 正義の声を 共戦の波を朗らかに!


 限りなく
  希望に生きゆく
    人生は
  幸福《さち》の道なり
    創価の道なり

 この6月、わが尊き創価の母たちは、「世界一の婦人部・共戦月間」を、まばゆいばかりに生き生きと、そして晴れ晴れと大前進している。
 フランスの大文豪ユゴーは叫んだ。
 「太陽とは何であるか?
 それは愛だ。愛と言わば婦人だ。ああそこにこそ全能の力はあるんだ。それが婦人だ」
 傑作『レ・ミゼラブル』に記された名句である。
 創価学会にも、偉大なる「太陽」がある。
 わが婦人部である。限りない平和の力を秘めた、世界第一の婦人部である。
 6月10日は「婦人部の日」──昭和26年のこの日、第2代会長に就任されて間もない師匠・戸田先生のもとに婦人部の代表が集い来り、新生のスタートを切ったのである。
 男女青年部の結成が、その1カ月後であったことを思う時、恩師がいかに婦人部を大事にされていたか、計り知れない。
 母が大地の如く厳然としていれば、青年は伸び伸びと大樹に成長できる。母が希望に輝いていれば、青年は朗らかに前進できる。
 これが、生命の法則であるからだ。
 太陽の光は、天空の眼のように、大地を明るく照らし、暗闇を消し去る。
 母にも“神通力”の光がある──家族のことは何でもお見通しだ。外では威張っている父も、ふだん素直に言うことを聞かない息子や娘も、いざという時は、母に頭が上がらない。
 悪人、善人を判断する、母の“嗅覚”は鋭い。
 「あの演説は、美辞麗句ばかりで、胡散臭いわ!」
──テレビを見て、パッと言い放つ舌鋒の確かさ。
 母の目は常に本質に向かって見開かれている。母の眼光からは、何ものも隠れることはできない。
 母は忙しい。婦人部は多忙だ。家事もある。育児にも、未来部の育成にも一生懸命だ。仕事に、地域貢献に勤《いそ》しむ方も多い。最愛の家族を亡くされても、健気に頑張る母もおられる。
 日々の生活を一切合切、引き受けながら、「あの人のために!」「この友のために!」と走りゆく、婦人部の仏菩薩の行動は、あまりにも尊い。
 誰が見ずとも、諸天善神が必ず皆様を護る。「冥の照覧」は絶対であり、想像だにせぬ大功徳の花々が、偉大な婦人部を荘厳することは間違いないのだ。

ペルーの先駆の母
 58年前、わずか52人から出発した婦人部の麗しく楽しき連帯は、今や世界中に広がった。
 地球上、いずこの地にも、朗々と妙法を唱え、自他共の幸福を願い、平和を祈る母がいる。正義の行動に立ち上がった女性がいる──すごい時代になった。
 その世界広布の先駆の母として、私が忘れられない方に、南米の「太陽の国」ペルーで、婦人部長、総合婦人部長等を歴任されたローサ・キシモトさんがおられる。
 日々、友の激励に走り回るローサさんは、暮らしも身なりも質素にしながら、一切を広布のために捧げておられた。それでいて信仰で磨かれた、高貴な生命の輝きと気品が薫っていた姿が印象深い。模範の女性リーダーである。
 35年前(1974年)、2度目のペルー訪問の折も、そうした誠実な姿を目の当たりにし、後日、日本の婦人誌で紹介したこともある。
 ローサさんはペルー生まれの日系2世である。
 彼女には人を隔てる壁がなかった。人間平等を説く仏法を根本に、人種と人種、人と人との間に垣根をつくらず、決して気取らず、多くの方々と、まことに深い交流をもたれていた。
 戦争の影響もあって、小学校しか出ておられなかったが、誰に対しても臆することなく、悠々と対話を重ねていかれた。
 「人間は皆、平等よ!」
 どんな相手であろうと、友情を結ばれた。
 庶民から慕われる“ペルーの母”は、今も、南米最古の名門大学の元総長夫人等とも、豊かな友誼を紡ぎ続けておられる。

親交は精神の修業
 現代社会の大きなテーマは、地域にあっても、広くは世界にあっても、人間の「連帯」を、いかにつくっていくかにあるといえる。
 資源のリサイクルをはじめ、子育てや高齢者の介護に至るまで、人びとの協力が今ほど切実なテーマとなっている時代はない。
 その人間の心と心を結び合わせ、足元から新しき連帯のネットワークをつくるのが、私たちの広宣流布の運動でもある。
 「親交は精神の修業である」と、フランスの思想家ボーブナルグは記した。
 人との交わりのなかで、人間は、自分を磨き、鍛えていくことができる。
 人間の交流は、まず勇気をもって対話することから始まる。それは、ともすれば、人との関わりを避け、自分だけの世界に閉じこもってしまおうとする、自己の殻を打ち破ることだ。
 「閉ざされた自分」から「開かれた自分」への転換の第一歩が、対話への挑戦なのである。
 また、私たちの結びゆく親交は、相手の幸福を願うとともに、共に地域・社会の繁栄と平和を実現していこうという心から発する、人間交流である。
 ゆえに、信頼を勝ち取り、相手にも啓発を与えられる自分になることが大事だ。そのためには、わがままや自分勝手な生き方を排し、日々、自分を高めゆく努力がなくてはならない。
 そこに、自身の成長も、「人間革命」もあることを知っていただきたい。
 友情は一生の「宝」だ。麗しき交友を重ねながら、自身を磨き抜いた生涯こそ最上の人生であろう。
 つまり“人間の絆を結ぶ名手”たる、わが婦人部の皆様は、人生を最高に輝かせる達人なのである。
 その力をいかんなく発揮して、花の笑顔と勇気ある対話で、わが地域に、賢者の連帯を、幸福の連帯を、勝利の連帯を、厳然と築いていっていただきたい。
        ◇
 私が3度目にペルーを訪れ、社会の希望の光となって活躍する、わが地涌の同志と、歓喜の再会を果たしたのは、25年前の1984年であった。
 この折、栄えある国家勲章「ペルー太陽大十字勲章」を、当時のベラウンデ大統領から拝受したのである。
 叙勲から4日後、それは滞在の最終日であったが、私たち夫婦は大統領官邸での昼食会に招かれた。ベラウンデ大統領ご夫妻をはじめ、首相、教育相など閣僚も列席された。
 ここで私の通訳をされたのが、婦人部のローサ・キシモトさんである。急きょの話であったが、「先生のためなら!」と引き受けてくださったのだ。
 彼女は、専門的な通訳の訓練を受けたことはなく、まして国家元首の通訳など初めてである。当然ながら緊張しておられた。
 しかし、さすがは婦人部である。私が「心配しなくていいよ」と声をかけると安心されたのか、昼食会が始まると、気品のある声で、まことに堂々と大役を果たしてくださった。
 「よかったよ。ありがとう!」。終わって、私がねぎらうと、ローサさんは満面の笑みであった。
 心が決まると、女性は強い。いざという時、婦人の智慧と機転に勝るものはない。そして、決然と師弟に生き抜く人生には、希望の劇が開かれていくのだ。
 ローサさんには口ぐせがある。「ペルーの土となって!」──生涯、愛する地域のため、わが友のためにとの決意であった。
 それは、「命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也」(御書955㌻)との日蓮大聖人の御精神にも通じる覚悟である。
 根底に、その確固不動の決意があるからこそ、彼女は、周囲のメンバーを優しく笑顔で包み、何があっても揺るがず、ペルー広布に生き抜いてくることができたのである。
        ◇
 嘆くなよ
  愉快に生きゆけ
    母たちよ
  哲学 持ちて
    旅路も楽しく

 同じく南米ブラジルにおいても、わがSGIへの信頼はまことに厚い。
 ルラ大統領も、“私たちブラジル全国民が、SGIの平和・文化・教育、そして人権への世界的規模の活動を見守り、その成功を祈っております”と、期待を寄せてくださっている。
 そのブラジルSGIの礎を営々と築いてこられた最大の功労者が、ブラジルの婦人部長、総合婦人部長を務めた、故シルビア・サイトウさんである。関西出身で、東京・目黒でも広布拡大の歴史を残された。

全ては祈りから!
 ブラジルは長い間、軍事政権下にあり、しかも学会への誤解から、私の入国のビザが下りず、やむなく訪伯の予定を断念したこともあった。
 そのなかで、シルビアさんは決意する。“いつの日か、必ず先生にブラジルに来ていただこう。そして、国をあげて、学会を讃え信頼する時代をつくろう!”
 真剣な決意は、必ず真剣な行動を生む。
 彼女は、それを「強盛な祈り」から開始した。題目の渦を起こした。そのシルビアさんと心を合わせて、多くの婦人たちが、決然と唱題に挑み始めた。
 そして、学会の正義を、仏法の真実を、師弟の道に生きる誇りを、社会で語り抜いていったのである。
 婦人部のメンバーの多くは、家計も苦しく、子育てや病気など、さまざまな悩みを抱えていた。しかし、師弟不二でブラジル広布を願う、母の祈りと行動は、微動だにしなかった。
 大聖人は仰せである。
 「末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり」(御書1360㌻)
 広宣流布を願い、題目を唱えることができるのは、地涌の菩薩であるからだ。広布のために戦い、唱題する時に、自身の胸中に、地涌の菩薩の大生命が、歓喜と希望と勇気の、充実感に満ち満ちた大生命が脈打つ。そこに「境涯革命」があるのである。
 その清らかで強い生命の力によって、自身の悩みを突き抜け、乗り越えていくことができるのである。
 婦人部「実践の五指針」に掲げた通り、「祈りからすべては始まる」のだ。
 ゆえに、広宣流布の一つ一つの活動に、自身の悩みや宿命の転換をかけて、真剣に祈り抜き、戦い抜いていくことである。
 自身の抱える悩みの克服が「自転」ならば、広布の前進は「公転」である。
 また、個人の幸福は「自転」であり、社会の繁栄は「公転」である。
 「自転」即「公転」であり、それらが共に成就するのが、仏法なのである。
 大聖人は「南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪やあるべき来らぬ福《さいわい》や有るべき」(同497㌻)と断言されている。
 私たちの活動は、法のため、社会のためであると同時に、それはすべて、自己自身の崩れぬ幸福のためであることを、ここにあらためて確認しておきたい。
 ともあれ、こうした婦人の、健気な祈りと行動が、ブラジル社会の賞讃を勝ち取っていく源泉となったのである。

常勝の歌よ轟け!
 30年前のあの昭和54年──私が第3代会長を辞任したあと、柱なき学会の破壊を狙う三類の強敵の烈風は、いやまして激しく吹き荒れていた。
 そんな時、私の「正義」の師子吼に、雄々しき「共戦」の歌声をもって続いてくれたのが、わが大関西の同志であった。
 それは“師弟の月”7月の15日のことである。
 この日、大阪の関西戸田記念講堂で、盛大に第1回「関西記念合唱祭」の幕が開かれたのだ。
 当時は、反逆の輩と陰険な宗門の圧力により、私が自由に動けず、会合で指導もできず、ほとんど表舞台から姿を消した暗い暗い時代であった。
 しかし、わが関西の不二の同志は、嵐に挑み立つように決意した。“池田先生は、学会歌のなかにいらっしゃるやないか!″
 学会精神とは折伏精神である。草創以来、その広宣流布の息吹が脈打つ歌声のなかに、師弟はあった。
 前年(昭和53年)、私は同志のために、「広布に走れ」「青春桜」などの各部の歌、さらに関西の歌「常勝の空」などの各地域の歌を、新たに30曲にわたって作り抜いた。
 その学会歌、なかんずく「山本伸一」作詞──つまり私が作成した歌を歌うことに、誰にも文句は言わせないと、同志は立った。
 その日、大関西の共戦の友は、これでもか、また、これでもかと、“師弟の大音声《おんじょう》”を轟かせ、弟子の誓いを新たにしたのだ。
 大関西で生まれた「威風堂々の歌」があった。関西婦人部が熱唱した、美しき「母の曲」もあった。
 この日、友が歌った歌は実に49曲──中でも、誕生から1周年を迎えた「常勝の空」で幕を開け、一切の暗雲を打ち払って、「常勝の空」で棹尾を飾った弟子たちの叫び──。

♪今再びの 陣列に
 君と我とは 久遠より
 誓いの友と 春の曲
 愛する関西 勇み立て

 この大関西の歓喜の歌声のなかへ、私の心を抱いた名代として馳せ参じてくれたのが、私の妻であった。
 その後の数日間、妻は、「大阪の戦い」を私と共に戦ってくれた“常勝の母たち”をはじめ、関西婦人部の皆様と語り合った。家庭指導にも歩いた。
 「私たちは負けません」──関西婦人部の目は生き生きと光っていた。報恩の誓いに燃えていた。
 妻から逐一報告を聞き、私は確信した。
 関西は健在なり、関西の母たちは意気軒昂なり!
 関西には師弟がある! 絶対に大丈夫だ!
 関西の久遠の友よ、今こそ勇み立とう!
 関西から、東京を揺り動かすが如く、反転攻勢を
起こそうではないか!
 あれから30星霜──。
 関西に燃え上がった「創価の魂」の火は、東京へ、日本中へ、そして世界に燃え広がった。師弟の魂が、一切の障魔の嵐を打ち破ったのである。
 常勝の「関西魂」は創価学会の永遠の宝である。
 それはいかなる劣勢もはね返す、不撓不屈の負けじ魂だ。以信代慧の肉弾となって壁を破る、雄々しき民衆の突破力だ。いかなる苦難も歓喜に変える、ダイナミックな変革の力だ。
 尊き“常勝の母たち”が厳然としている限り、創価の民衆城は盤石である。
        ◇
 日蓮大聖人は、池上兄弟が迫害を受けて苦闘している渦中に、東京婦人部の先輩ともいうべき夫人たちを励まして言われた。
 「一同して夫の心をいさ(諌)めば竜女が跡をつぎ末代悪世の女人の成仏の手本と成り給うべし」(同1088㌻)
 夫や家庭の試練にも、また社会の苦難にも、女性が毅然として、「変毒為薬」の信心で立ち上がれば、不幸に屈服することは断じてない。
 満々たる勇気で立て!
 そこに絶対的幸福の人生の大道を、悠然と切り開いていけるのだ。
 女性音楽家クララ・シューマンは綴った。
 「人生では辛く苦しく思われることが、幸福へつづく道であることがよくあるものです」
 「多くのものが絶えざる苦闘によってのみ、かち得る」


 ユゴーの言葉は『レ・ミゼラブル』豊島与志雄訳(岩波書店)。ボーブナルグは『不遇なる一天才の手記』関根秀雄訳(岩波書店)。シューマンは『クララ・シューマン/ヨハネス・ブラームス 友情の書簡』原田光子訳(ダヴィッド社)=現代表記に改めた。

創価の母に万歳を!

女性こそ平和と幸福の英雄
進もう!「賢者はよろこび愚者は退く」
勝利の笑顔よ! 「白ゆり」の城に咲き香れ



 断固して
  この一生を
    勝ち抜けや
  幸福博士と
    賢き日々たれ

 それは、風薫る昨年5月のことであった。
 アルゼンチンの人権活動家でノーベル平和賞受賞者であるエスキベル博士が来日され、多忙な日程を縫って、ご夫妻で創価大学を訪門されたのである。
 私と妻は残念ながらお会いできなったが、創大生らと有意義な交流のひと時をもたれた。その折、高名な芸術家でもある博士は、大切にされていた自作のデッサン画6点をお贈りくださった。
 いずれも女性や母子の像である。「正義のために戦う母」「愛するものを守り抜く母」を讃えて、わが創価の女性たちに贈ってくださった。
 その中に、大地の恵みを全生命で受け止めるかのような、どっしりとした女性の絵があった。先住民に伝わる「パチャママ」(母なる大地の象徴)を描かれたものであると伺った。
 実は、エスキベル博士にとっても、この“母なる大地”のような偉大な女性がいた。母方の祖母のエウヘニアさんである。
 現在、出版の準備が進んでいる私との対談集でも、博士は、「私の英雄」と敬慕されるおばあさんの思い出を語っておられる。
 エウヘニアさんは、幼くして母を亡くしたエスキベル博士を温かく育み、純真な心深くに、絶大な影響を与えた存在であった。
 特に、彼女は、出会った相手が、善良な人なのか、うわべはよくても、本質は高慢な人間なのか、それはそれは鋭く、厳しく見抜かれていたという。
 この人は悪い人間だ──そう気づくと、彼女はエスキベル少年に忠告した。
 「その人には気をつけなさい。その人は正面からものを見ない。いつでも爪でひっかくよ!」
 「言いにくいことを言うさいに、あなたを正面から見なかったり、頻繁に顔をそむける人は、信頼してはならない。その人は怪しい人だ」
 人間の本質を突いた知恵の言葉である。
 目は「心の窓」だ。どこかにウソや悪意がある人間は、相手を正面から見ることはできないものだ。
 とりわけ、自分が世話になった恩人の目を、まっすぐに見ることのできない人間、また外面はよくとも、陰で何をしているかわからないような人間は、絶対に信用できない。
 ましてや、母親に顔向けができないような暗い生き方は不幸である。
 日蓮大聖人は、「仏法を学せん人・知恩報恩なかるべしや」(御書192㌻)と仰せである。
 青年は、母という太陽を胸中に抱さながら、正々堂々と生き抜いてほしい。
 民衆の英知を象徴するような祖母に育まれたエスキベル博士は、SGIの女性に対して、限りない期待を寄せてくださった。
 「皆様が人類的な諸課題を的確に理解すべく、問題解決への担い手、つまり価値創造の主役たらんとされているのは、喜びにたえません。
 女性が主体者となり、平和の体現者となる。これこそ現代の希望といえるでしょう」
 創価の女性の連帯こそ、光り輝く「現代の希望」であり、「未来の希望」なのである。
        ◇
 エスキベル博士と、初めてお会いしたのは1995年の12月。この時、博士から往復書簡等で対談を続けたいとの要請をいただいたのである。
 博士は、帰国に際して、私に伝言された。
 「私は、私が信頼する人が非難され、悪口を言われ、圧迫を加えられている時は、その人に何も言いません。
 しかし、その人が、誰からも非難されなくなった時は、(それは闘争をやめたことを意味するゆえに)私は不満を述べるでしょう」
 そして、かの『ドン・キホーテ』の物語に由来する素晴らしい箴言を贈ってくださったのである。
 「犬どもが吠えている。それは、我々が馬に乗って進んでいる証拠だ!」と。
 不思議にも、私は、エスキベル博士だけでなく、たびたび世界の友人から、この同じ箴言を贈っていただいた。
 ──ローマクラブのホフライトネル名誉会長、ブラジルの音楽家ビエイラ氏、チリのインファンテ前駐日大使などである。
 信念の魂は共鳴する。
 ともあれ、御聖訓には「必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退く」(同1091㌻)と仰せである。
 この御書を、現代において、不退の賢者として、身で読んでいるのが、私たちなのである。

「夫がこの場所で!」
 30数年前、アルゼンチンでは、軍事政権の手で、多数の市民が、次々に行方不明になった。犠牲者は3万人に上るともいわれる。
 エスキベル博士自身も、14カ月もの投獄を耐え抜いた人権の闘士である。
 この博士が拘束された時、アマンダ夫人の勇気と機転が、博士の生命を救うきっかけとなった。
 知らぬ存ぜぬで闇に葬ろうとしていた軍部政府に対して、公衆の前で、夫人は敢然と真実の声をあげた。
 「夫はこの場所で逮捕されたのです!」
 この夫人の叫びにより、軍部も、しぶしぶ博士を逮捕したことを認めざるを得なくなった。つまり「行方不明」を装うことができなくなったのである。
 かつて私は、日本を代表する作家の一人、井上靖先生と往復書簡を交わした。
 その中で氏は、明暗さまざまな舞台に主役となって登場する人も皆、母親のおなかから出て、生い育った人間であると強調された。そして、こう綴られた。
 「地球上の現実に対して、烈しく抗議する資格のあるのは、おそらく母というものであり、それ以外にはないのではないか」
 「生命の世紀」「人権の世紀」「女性の世紀」を築きゆくためには、断然、女性が声をあげることだ。
 沈黙は迎合であり、屈服を意味する。
 母には、声をあげる権利がある。その母の叫びに勝るものはない。
 まして、偉大なる女性の声、創価の母の正義の声を封じ込めることは、絶対にできないのだ。
        ◇
 女性の声は、社会を動かし、世界を変える。
 ことに「女性参政権」の実現は、まさに人類史上、新時代を画する「声」であったといってよい。
 この女性参政権を、国政レベルで最初に実現した国が、オセアニアのニュージーランドである。116年前の1893年(明治26年)のことであった。
 その年の国政選挙では、新たに選挙権を得た女性たちが、喜び勇んで自身の権利を行使したという。

女性が声をあげれば
 この偉業を導いたヒロインの1人が、ケイト・シェパード夫人であった。
 参政権獲得の5年前(1888年)、シェパード夫人は、なぜ女性が投票すべきなのかを、10項目の理由を挙げて訴えた。
 たとえば──
 「家庭の静寂の中にあって、女性は男性よりも単なる党派的感情には動かされにくく、候補者の生き方の実直さや廉直さに大きな価値を見いだす傾向が強いからである」
 「女性には次世代の福祉を常に心配する気持ちが備わっているので、彼女らは現在の瞬間より遠くを見据えた関心をもつことができるためである」
 「女性は注意深い習性をもち、平和、法、秩序を常に維持すること、とりわけ力に対する正義の優越に深い関心を抱いているからである」
 1世紀以上たった今でも、「まさに、その通りだ」と、深く頷けるのではないだろうか。
        ◇
 偉大なる
  希望に燃えゆく
    婦人部が
  朝日の輝く
    人生 飾らむ

 私たちの「創価世界女性会館」が、本陣・新宿の信濃町に完成して、明年で10周年になる。
 これまでに約65万人の女性たちが訪れ、世界からお迎えした賓客も、大統領夫人や国連の要人、大学総長など、千客万来の賑わいである。
 大きく女性の連帯を広げゆく、平和と幸福と哲学の宝城を、皆で護り、発展させていただきたい。
 さて、現在は「第二女性会館」となっている、もとの「創価婦人会館」がオープンしたのは、昭和53年の6月7日であった。今年は31周年になる。
 「白ゆり山」──私が贈った山号である。婦人部の皆様方が、白ゆりの如く、幸福と勝利の笑顔に包まれゆくことを願ってのことであった。
 開館記念の集いで、私は、前日がお誕生日だった創価の父・牧口常三郎先生の扁額を紹介した。
 それは、「學會の母」という文字である。
 創価学会は、広宣流布を遂行しゆく仏意仏勅を蒙った崇高な団体である。
 その学会の「母」であることは、どれほど尊き使命と福徳を持った存在であることか!
 「学会の母」とは──
 誠実に「幸福・勝利」を祈る母であり、「正義の師子吼」の母である。
 「健康長寿の智慧」の母であり、「後継育成の慈愛」の母である。
 「友の安心の灯台」の母であり、「勇気と歓喜の対話」の母である。
 「異体同心の団結」の母であり、「師弟不二の信心」の母である。
 まさに婦人部が「実践の五指針」に掲げた“祈り” “和楽” “後継” “地域” “体験”を、自らの生命の宝冠とした母である。
 だからこそ、「学会の母」婦人部は、燦然たる「世界の太陽」として輝き渡っているのである。

毎日が新しき挑戦!

 使命ある
  貴女《あなた》もともに
   三世まで
  広宣流布の
    幸福女王《じょおう》と

 南米ボリビアの女性識者も、貴き創価の女性たちの実践に、強い共感を寄せてくださっている。
 「創価の女性たちの人生に立ち向かう姿勢、社会に献身する行動力には、いつも感動します。
 これからもSGIの皆さんとともに、より良き社会を築いていきたい」
 今、この瞬間にも、日本中、世界中で、婦人部の誇り高き行動を、その慈愛の対話を、心待ちにしている友がいるのである。
 トインビー博士のベロニカ夫人が、晩年、私に贈ってくださった手紙には、こう書かれていた。
 「私のなすべき仕事は、ここに沢山あります!」
 私と妻も同じ思いだ。
 「今、ここで戦おう!」「まだまだ語り抜くのだ!」「まだまだ走り抜くのだ!」と、常に自分に言い聞かせている。
 毎日、毎日が、「新しき挑戦」である。
 毎日、毎日が、「新しき開拓」である。
 それが「今を生き抜く」真実の姿であるからだ。
 あのヘレン・ケラーは綴っている。
 「最も肝要な問題は、環境の如何ではなく、日々脳裡にある思想の如何であり、追求する理想の如何であり、約言すれば、実に人格の如何に存するものであります」
 世界第一の哲学を持《たも》ち、全民衆の幸福と平和を目指して生き抜く、創価の母ほど尊貴な存在はない。
 結びに、私は万感の思いを込めて叫びたい。
 頼もしき、わが創価の母たちよ!
 わが婦人部に健康あれ!
 わが婦人部に幸福あれ!
 わが婦人部に勝利あれ!
 わが婦人部に栄光あれ!
 新たな対話の大波を!
 新たな友情の連帯を!
 そして、新たな創価完勝の時代を!
 わが創価の母、万歳!


 シェパードの言葉は「ニュージーランド女性が投票すべき10の理由」(『世界史史料9』所収)山本真鳥訳(岩波書店)。ヘレン・ケラーは「私の宗教」(『ヘレン・ケラー全集5』所収)岩橋武夫・島史也訳(三省堂)。
2009-06-12 : 随筆 人間世紀の光 :
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