5・3記念代表者会議 ③

5・3記念代表者会議 ③
         (2009.5.3 東京牧口記念会館)

苦労の大地に勝利と幸福の花よ咲け

婦人部の皆さん、いつも本当にありがとう!
母は偉大な平和の創造者
女性は戦争廃絶への力を持つ(トインビー博士)


 一、学会発展の大きな原動力は何か。
 それは、偉大なる婦人部の皆様の活躍である。婦人部の真剣で誠実な、地道な活動の積み重ねである。
 もちろん、男性も頑張っている(笑い)。
 しかし、女性に比べると、男性は、ややもすると要領や策に走ってしまう。見栄を張り、自分のことばかり考えて、エゴに陥ってしまいがちである──こうした厳しい指摘もある。
 婦人部の皆様が、学会の大発展を支えてくださっていることは厳然たる事実だ。
 どんな権威や権力も恐れない。強き祈りと師弟を根本に、堂々と真実を叫び切っていく。悩める友を救っていく。勇気の行動で勝利を開いていく──それが創価の婦人部だ。
 女性の時代である。男性の幹部に対しても、婦人部は正しい意見は、どんどん言つていくことだ。ともに、よりよい学会をつくっていくのだ。
 これからも、私たちは“創価の太陽”である婦人部の意見を最大に尊重し、その活躍を讃えながら、朗らかに前進してまいりたい(大拍手)。

生涯 感謝と報恩の道を

200を超える“恩人”を列挙
 一、前にも申し上げたが、5月といえば、トインビー博士との対談が懐かしく思い出される。〈対談は1972年と73年の5月に行われた〉
 対談を陰で支えてくださったイギリスの同志、応援に駆けつけてくださったアメリカなどの同志の皆様方に、今もって感謝は尽きない。
 博士と私は、実に多くの点て意見が一致した。
 人間にとって「感謝の心」が、いかに重要であるか。この人生観も、深く共鳴し合った一つである。
 トインビー博士は大著『歴史の研究』を結ぶに当たり、200を超える人や書籍などに対し、丁重な「感謝のことば」を記しておられる。
 博士は、誠に義理堅い方であられた。
 その「感謝のことば」の筆頭に掲げられた恩人は、いったい誰か。
 それは、若き博士に“報恩感謝の大切さ”を教えてくれた、古代ローマの哲人皇帝マルクス・アウレリウスであった。
 この哲人皇帝が、有名な『自省録(省察録)』の第1巻に、自らが受けた「精神的恩義」を列挙していたことに、博士は深い感銘を受け、ご自身の人生の範とされたのである(「歴史の研究」刊行会訳『歴史の研究 第20巻』経済往来社。以下『歴史の研究』の引用は同書から)

利己主義者には感謝も恩もない
 一、20世紀を代表する文豪トーマス・マンは語った。
 「感謝出来る、感受性の強い性質──普通は欠陥の多い人生から可能なものを創り出すために、これ以上よいものがあり得るでしょうか」(森川俊夫訳『トーマス・マン 日記 1937─1939』紀伊國屋書店)
 「感謝の心というのはしかしながら受動的なものではなく、創造的な特質であります」(同)
 真に創造的、建設的な人は、恩を知り、感謝を知る。一方、破壊的な卑劣な輩は、恩を知らず、感謝もできない。皆様方がご存じの通りだ。
 文豪ゲーテは『ファウスト』の中で綴っている。
 「ただわが身が可愛いというのが、いつでも利己主義者の信条だ。感謝も恩義も、義務も名誉もないのだ」(大山定一訳『ゲーテ全集 第2巻』人文書院)
 「畜生すら猶 恩をほうず 何に況や大聖をや」(御書204㌻)とは、「開目抄」の一節である。
 仏法は、人間にとって一番大事な「恩」を教えている。
 法華経の重恩に報いようとしない人間を、日蓮大聖人は「不知恩の畜生」(同㌻)と厳しく断じられた。
 知恩・報恩の道を最大に重んずる仏法の世界にあって、忘恩、背恩の悪行は、あまりにも罪が深い。

トインビー博士
母のお陰で「歴史の研究」は生まれた


幼き日に聞いた物語が出発点に
 一、このいわば「精神的な師匠」に続いて、トインビー博士が深く感謝を捧げたのは、誰であったか。
 それは、「お母さん」であられた。
 母君は博士が幼い子どもの時から、いつも枕元で、イギリス史の物語を話し聞かせてくれた。
 「記憶の遡り得る限り、幼い頃から、それまでに母が私のためにしてくれたことのお蔭で、すでに私は、それ以来決して私から去ったことのない歴史に対する愛にとりつかれていた。
 もし母が幼時に、私の頭に──そしてまた胸にも──この好みを与えてくれなかったら、私は決してこの本(『歴史の研究』)を書かなかっただろうと確信する」と、博士は母君から受けた恩恵を記されているのである。
 その意味において、今、ヤング・ミセスの方々が、地域に根を張って進めておられる「読み聞かせ運動」のことをトインビー博士が聞かれたら、さぞかし手を叩いて喜んでくださったに違いないと、私の胸は躍る。
 いずれにしても、トインビー博士が「母の恩」を最重視されていたことは、誠に味わい深い。
 御聖訓には、「母の恩の深き事 大海還って浅し」(御書1527㌻)とも記されている。
 「5月3日」は、「創価学会母の日」。5月10日は「母の日」である。ここでもう一度、広布の母の皆様方に最敬礼して、感謝を捧げたい(大拍手)。
 「母を悲しませない心」「母に喜んでもらう心」──それこそが、平和を創る出発点であることを、深く深く銘記していきたいのである。

「青春桜」よ薫れ
 一、さらにトインビー博士が、「感謝のことば」の結びに、印象深く感謝を表した方がいる。
 それは、博士の研究と人生を支え続けたベロニカ夫人であった。
 博士と私の対談を、ロンドンのご自宅で、私の妻と並んで、静かに微笑みながら、最後まで見守ってくださったことは、今も私の胸から離れない、尊き光景である。
 トインビー博士は、母君や夫人はもとより、女性の存在が社会においてどれだけ大切であるかを、強く訴えてきた指導者であられた。
 私との対談のなかで、“戦争の廃絶”という「人類が近い将来に到達しなければならない目標」の一つを達成するために、「最も重要な要素」とされていたのも、「女性の美徳」であった。
 今、崩れざる平和と幸福の世界を築きゆく、広宣流布という大目標の達成にあって、最も重要な、実質的な貢献をなされているのも、健気な婦人部、女子部の皆様方である。
 ちょうど(5月3日に)東京・信濃町の創価女子会館では、女子部歌「青春桜」の歌碑の除幕式が、清々しく行われた。
 今、世界に響き渡る「青春桜」の詩が、昭和53年、第2総東京の立川文化会館で指揮を執るなかで誕生したことも、思い出深き歴史である。
 世界中の「池田華陽会」の溌剌たる連帯を、私は妻と共に、何よりもうれしく見守っている。
 それは美しい、健気な乙女たちの平和への前進だ。文化と平和の使者である、美しき瞳の“華陽会”の方々が、深い愛情と信仰をもって進みゆく尊い姿を、いつの日か人類は、そして歴史は、心から讃嘆しゆくことであろう。
 一、さて、トインビー博士が語る「感謝」は、実に、こまやかであられた。
 その対象には、博士が乳母車に乗せられていた幼少のころから、博士の心を大陸や四足獣、また詩人や画家、彫刻家、哲学者、科学者への興味で満たしてくれた施設や博物館も含まれている。
 なお、先の「大三国志展」をはじめ、東京富士美術館にも、多くの青年や少年少女が訪れてくれている。こうした展示が、未来を担う若き友の心の宝となり、糧になれば、私にとってこれ以上の喜びはない。
 また、東京富士美術館の国際性豊かな、質の高い展示の数々に対しては、世界中の方々から、喜びと感銘の声が寄せられていることも報告しておきたい(大拍手)。

活字文化を復興
 一、トインビー博士は、「原文で読むことのできない」イスラム文学や中国文学の古典を教えてくれた翻訳者にも感謝されていた。
 私は、この機会に、あらためて、「創価の鳩摩羅什」と讃えるべき、日本をはじめ、世界各国の最優秀の翻訳陣・通訳陣に心から感謝を捧げたい。
 私が、皆様の大恩を忘れることは、絶対にありません。
 皆様方の心血を注ぐ戦いあればこそ、一閻浮提の広宣流布は、たゆみなく進み、光り輝いていくのだ。
 その大功徳は、計り知れません。その功績は、何ものにも、かえがたいものであります(大拍手)。
 一、さらにトインビー博士は、常に大切にし、自身の“伴侶”としてきた「歴史地図」や、「月光に照らされた瀬戸内海」「サンフランシスコの金門橋の彼方に沈む夕日」「中国の万里の長城」の光景を見たことなど、多種多様な物事から受けた恩恵についても記しておられる。
 そして、トルストイの『戦争と平和』や、ヴィクトル・ユゴーの『九十三年』など、優れた歴史小説については、その「恩恵に感謝の意を表さなかったら、私は恩知らずになるであろう」とまで綴っておられる。
 一、活字文化の力は、まことに大きい。
 私は、この活字文化を担い立たれる方々から、真心あふれる顕彰を授与していただいている。
 先日(4月28日)も、縁深き地の立川書籍商協同組合から「活字文化に対する貢献賞」を拝受した。この席をお借りして、重ねて御礼申し上げたい。
 とともに、世界的に活字文化の衰退が憂慮されるなかで、崇高な努力を懸命に続けておられるご関係の皆様方に、心からの尊敬の念を表したい(大拍手)。

創立者への思い
 一、トインビー博士は、学問上の恩人や、研究に建設的な批判を寄せた人々に対しても感謝を語られていた。
 さらに、自身が学んだ学園(名門のパブリックスクール〈私立学校〉であるウィンチェスター校)の創立者に対し、次のような深い感謝を記されている。
 「(創立者である)ウィッカムのウィリアムは私に教育を授けてくれた」
 「(創立者は、私が)奨学生に選ばれる五百七年前に、私のためにその準備をしてくれたのである」
 「彼の死の四百八十五年後に生まれたにもかかわらず、まるで生前の彼に接するかのような熱烈な直接の個人的な感謝と愛情を感じた」
 500年の歳月を経ても、創立者と学生の間には、かくも深く強い絆が生き生きと結ばれているのである。
 私も創立者として、500年先、そして1000年先の未来にあっても、誇りと希望をもって、学生が学び集える学園、大学を築き上げたい。
 そのための総仕上げに、いよいよ力を注いでいく決心である。
 なお、トインビー博士が私との対談集の発刊に際して、誠に丁重な、心温まる序文を寄せてくださったことは、今でも忘れられない。
 〈トインビー博士はこう綴っている。
 「いまここでアーノルド・トインビーは、池田大作に感謝の意を表したい。
 本対談を行うにあたり、池田大作がのイニシアチブ(主導権)をとってくれたこと、またその後 本書の発刊にさいして諸手配をしてくれたことに対してである。
 すなわち、アーノルド・トインビーがすでに旅行を困難と感ずる年齢に達していたとき、池田大作はすすんで訪英の労をとり、わざわざ日本から会いにきてくれた。
 本対談中の彼自身の発言部分についての英訳を手配したのも、本書の全内容を書物形式に編集すべく手を尽くしてくれたのも、すべて池田大作であった。これもまた、大変な仕事であった。
 アーノルド・トインビーは、これらの諸事をその若い双肩に担ってくれた池田大作に対し、心から感謝している」〉

真心は、必ず伝わる 真剣勝負で青年を鍛えよ
未来を開く人材の大城を


「一人」を大切に
 一、きょうは、教育本部や学術部の代表の皆様も出席されている。いつも、本当にご苦労さまです
 皆様は、どこまでも生徒や学生に尽くしゆく教育者であっていただきたい。
 生徒や学生が、どれほど鋭敏な心を持っているか。彼らは教師のことをよく見ている。
 先生が、自分たちのことを本当はどう考え、どう思ってくれているのか。若い心は、そのことを鋭く察知している。表面を繕ってみても、すぐに見破られてしまう。
 大事なのは、生徒や学生の成長と幸福を本気になって祈っていくことだ。苦労をいとわず、真剣勝負で行動し、実践していくことだ。
 トーマス・マンは「労苦を知らぬ精神は根なし草、実体なきものであります」(山崎章甫・高橋重臣訳『ゲーテとトルストイ』岩波文庫)と綴った。
 苦労していく中でこそ、自分自身鍛えられていく。また一歩、大きな人間へと成長することができる。
 苦労の大地に、幸福と勝利の花は、彩り豊かに咲き薫るのである。
 ともあれ、若き友に尽くした真心は、必ず伝わる。たとえ今は結果が出なくても、将来、必ず芽を出し、花開いていく。
 そのことを深く確信し、どこまでも「一人」を大切にする人間教育の模範として、輝いていただきたい(大拍手)。
2009-05-12 : スピーチ・メッセージ等 :
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