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台湾SGI勝利大会へのメッセージ

台湾SGI新本部「至善文化会館」落成記念の台湾SGI勝利大会へのメッセージ(2009.5.3)

 「美麗島」に希望の大城! ──台湾SGI(創価学会インタナショナル)の新本部「至善《しぜん》文化会館」が台北市に完成。落成記念の台湾SGI勝利大会が3日、同会館で晴れやかに開催された。これには池田SGI会長がメッセージを寄せ、真心から慶祝。SGI台湾訪問団(団長=池田博正SGI副会長)が出席して同志を讃えた。訪問団は2日、国父記念館(同市)を表敬。台湾芸術大学からSGI会長へ感謝状が贈られた。また同日、故宮博物院(同)を訪問した。


冬は必ず春となる
逆境を勝ち越え築いた不滅の大城


 あまりにも晴れやかな、あまりにも誇り高い新宝城の誕生、誠に誠におめでとうございます。
 これほど嬉しく、これほど尊い大勝利の祝典が、いったい、どこにあるでしょうか。
 きょうの晴れの式典を、何より胸躍る5月3日の慶事として、世界192力国・地域の同志と万雷の大拍手を送りながら、見守っております。題目を送り続けております。
 台湾の皆さま方が、他のいずこにもまして、真剣に拝読してこられた「顕仏未来記」には、「月は西より出でて東を照し日は東より出でて西を照す仏法も又以て是くの如し正像には西より東に向い末法には東より西に往く」(御書508㌻)と明言なされております。
 かくも壮麗に、かくも堂々とそびえ立った、この妙法流布の大城こそ、まさに日蓮大聖人の「未来記」の一大証明であります。
 御本仏は、どれほど、お喜びであられるか。三世十方の仏菩薩も、こぞって「善哉《よきかな》。善哉」と喝采され、讃嘆されているに違いありません。

創価の三代会長と台湾
 1960年の春、第3代会長への就任を前に、私は日記に「一日も早く、アメリカ、インド、台湾に行かねば、と思い馳せるなり」と記しました。
 台湾への溢れる思い──それは、わが永遠の師である戸田城聖先生から受け継いだ強き祈りであります。
 「大作、一緒に台湾に行きたいな。阿里山《ありさん》も見てみたいな」と、戸田先生は幾たびとなく言われました。
 さらに、それは、殉教の父・牧口常三郎先生の深き願いでもあったのであります。
 独創の地理学者であられた牧口先生は、若き日より、台湾最高峰である玉山《ぎょくさん》の威容を讃え、台湾の人々の自然との共生の英知にも、注目されていました。
 この師弟不二の心から、そしてまた「仏法西還」の甚深の方軌の上から、戸田先生は私に「大事な建築物を造るときは、必ず要所に台湾の優れた資材を使うように」と厳然と遺言されたのであります。
 弟子の私は、その通りに実行してきました。
 そして今、「世界四大博物館」の一つである、故宮博物院の正面に、このように素晴らしき「平和」と「文化」と「教育」の創価の宮殿が完成しました。
 この皆さま方の晴れ姿を、牧口先生も、戸田先生も、さぞかし会心の笑顔で見守っておられることでありましょう。

北宋の大詩人
善きことは艱難より出ずる


万人が仰ぎ見る尊き勝利の殿堂
 この荘厳なる至善文化会館は、まさに皆さまが、幾多の試練を勝ち越えて築き上げられた、尊き「勝利の大城」であります。
 1962年の8月31日、台湾支部は、風雨の激しい嵐の夜に結成されました。
 支部結成の翌年の1月27日、台北の松山《ソンサン》空港に降り立った私は、待っていてくださった同志の方々に、万感の思いを込めて御聖訓の一節を贈りました。
 「冬は必ず春となる」(同1253㌻)
 この年の4月、台湾支部に「解散命令」が出され、厳寒の苦難の冬が始まりました。それは、法華経に「猶怨嫉多し。況や滅度の後をや」と留められた通りの法難でありました。
 活動は禁止であります。御本尊、また御書、さらに学会出版物も没収されました。
 信心ゆえに、職場で解雇や左遷などの難を受けた方も、大勢おられます。
 しかし皆さま方は、絶対に負けなかった。
 「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を、経文には『若有聞法者無一不成仏』ととかれて候」(御書1253㌻)
 この御文を、心肝に染め、台湾の皆さまは、烈風に胸を張って立ち向かっていかれたのであります。
 まさに試練の冬に、皆さま方は金剛不壊の信行学を鍛え上げ、磨き抜かれたといってよい。
 それは、中国の名句に「雪 青松《せいしょう》を圧せば 松さらに翠《みどり》なりて、霜 梅花を打たば 花さらに艶やかなり」と謳われる気高き不屈の姿でありました。
 台湾の同志は、あの「熱原の三烈士」の如く、そしてまた、創価の師・牧口先生、戸田先生の如く、何ものにも屈しない「不惜身命」の信心の真髄を示してくださった。
 この至善文化会館の正面に立つ故宮博物院には、北宋の大詩人・蘇東坡《そとうは》の書も所蔵されております。蘇東坡は、力強く詠いました。
 「美好《びこう》、艱難に出づ」(善きことは艱難より出ずる)と。
 この上ない艱難を勝ち越えゆく中にこそ、この上ない善(至善)が生まれ出ずる。
 これが、生命の究極の法則であります。
 そして今、万人が仰ぎ見る、この至善文化会館が堂々と完成したのであります。

至善の道雄社会貢献の道
 「至善路」に面して立つこの文化会館は、社会に開かれた信頼の殿堂であります。
 「至善」という言葉は、ご存じの通り中国文化の偉大な思想体系の柱である四書の一つ『大学』の冒頭に掲げられた、有名な綱領に由来します。
 「大学の道は、明徳を明かにするに在り、民を親《あらた》にするに在り、至善に止まるに在り」(赤塚忠著『大学 中庸』明治書院)
 ──学問修養の道の目指すところは、天から授けられた聡明な徳を明らかにすることにある。広く民を進歩させるところにある。最高至上の善に身を保つことにある。
 「至善」とは、社会を繁栄に導きゆく規範として記された言葉なのであります。
 台湾SGIの皆さまは、妙法を根本として、「我らの『至善の道』は社会貢献の道なり」と定めて、誠心誠意の行動を展開されてきました。
 昨年より、台湾各地の大学などで開催されている。“人間精神の変革展”にも、大きな反響が広がっています。
 3月から160会場で行われてきた、伝統の「地域友好文化祭」も大盛況でありました。
 先日、一会場に2万人が集われた文化祭に参加した日本の青年も、驚嘆しておりました。いな、感涙しておりました。
 台湾全土に建設された28の会館や個人会場のお宅が、社会を照らしゆく文化と友情と安穏の灯台として光り輝いていることも、よく存じ上げております。
 災害の折に、台湾SGIの友が、即座に力強い救援活動に取り組んでこられたことも、世界的に感動を広げております。
 これまで、内政部より「社会優良団体賞」に15回連続、「社会教育功労団体賞」に7度、「優良宗教団体賞」に6回連続で輝いておられます。
 各界各地の指導者の方々から、賞讃の声は枚挙にいとまがありません。
 すべて、わが同志の皆さま方が真剣に、誠実に、忍耐強く取り組んでこられた、信心と社会貢献の健気なご努力の結晶であります。
 子々孫々に伝わる栄誉であり、台湾SGIが厳然と護られ、勝ち栄えてゆく象徴なのであります。
 深い御厚情を寄せてくださった名士の方々、友人の方々にも、何かの折に、改めて、尽きせぬ感謝の心を、お伝えいただければ、幸いであります。御恩は永遠に忘れません。
 一生涯、私と妻は、仏法者として、報恩の祈りを捧げ抜いてまいります。

師弟共戦の人材の宝城
 嬉しいことに、台湾には力ある人材が、陸続と育っております。
 わが男子部、女子部、そして学生部の活躍も、素晴らしい。未来部の育成は、世界が手本と学んでおります。
 この文化会館は、「従藍而青」の原理の如く、限りなく未来に開かれた「人材の宝城」であります。
 草創期の学会活動が制限されるなかで、朱萬里《しゅまんり》名誉理事長は「文化活動」を通して、仏法の人間主義を次の世代に伝えようとされた。
 そこで結成された「口琴《こうきん》(ハーモニカ)隊」の隊長を務めてこられた青年リーダーこそ、林《リンツァオ》理事長でありました。
 私は30年前のことを、思い起こします。それは、1979年。私が会長を辞任した年の8月でありました。
 台湾においても、ようやく海外旅行が自由化されたばかりという時に、若き林理事長が、日本の長野研修道場で指揮を執る私のもとへ、勇んで駆けつけてくれたのであります。
 嵐の讒言が吹き荒れる時に、万難を排して集い来てくれた、その心が、私は何より嬉しかった。
 そしてまた、誰よりも日本に駆けつけたかったであろう朱名誉理事長が、後継の青年を押し出しておられる心も、よくわかりました。
 この「青年を大切にする精神」もまた、台湾の発展の原動力であります。
 私は、若き林理事長に語りました。
 「最も苦難に満ちた場所で、最も苦しい思いをしながら戦い抜いた人こそ真の人材です」と。
 この師弟共戦の魂は、世代から世代へ、厳然と受け継がれている。
 だからこそ台湾には、師弟正義、そして師弟勝利の真実の後継の逸材が澎湃と育っているのであります。
 「宋学の祖」と仰がれる思想家の周敦頤《しゅうとんい》先生は叫びました。
 「人は生れて蒙《くら》く、長じて師友無きときは則ち愚なり。是《か》かれば道義は師友に由って之を有し、而して貴く且つ尊きことを得《え》るなり」(西晋一郎訳)と。
 すなわち、正しい師匠と同志を得て、初めて人は道義を知り、尊貴な存在になるというのであります。
 いわんや、仏法においては、師弟なくして、正しい信心を受け継ぐことはできません。
 師弟こそ、広宣流布を永遠たらしめていく、根本であることを、改めて確認しておきたい。

「戦う行学」の伝統輝く
 台湾の人材育成において、「行学の二道」の伝統は、美事であります。
 あの1963年の「解散命令」の後、朱名誉理事長が開始されたのが、「御書の翻訳」でありました。
 自らの研鑚と同志の激励はもとより、未来の広宣流布のために、毎夜、地道に翻訳を積み重ねて、遂に、34年後の1997年に全訳を完成されました。
 さらに3年後には、使用人口15億人ともいわれる中国語圏において、初めての「御書全集」の発刊となったのであります。
 永遠に輝きわたる壮挙であります。
 そして「戦う行学」の伝統を受け継ぐ教学部員は、実に3万5000人を超える陣容となったのであります。

青年 女性が発展の原動力

「女性の世紀」の希望と輝け
 台湾は、「女性の社会進出」においても、アジアを大きくリードしてきました。
 草創期より、「台湾の母」として尽力してこられた朱林秀鳳《しゅりんしゅうほう》さん(朱名誉理事長夫人)、そして聡明な世界の模範の陳蓁蓁《ちんしんしん》婦人部長をはじめ、幾多の尊き女性の方々が、どんなに苦労を重ねて、広宣流布の道なき道を開いてこられたか。
 私の妻は、いつも涙を浮かべながら、語っております。
 さらにいま、台湾青年部を朗らかにリードする楊智雯《ようちぶん》青年部長は、「アジア初の女性青年部長」であります。
 世界広宣流布において、いやまして婦人部、女子部の活躍が重要となります。
 「乙女は、いかなるところでも美しく平和であり、皆に温かな光を与える。絶対に乙女を大事にしなければ平和の永続はない」
 これが、戸田先生の教えでありました。
 今、その通り、台湾女子部の皆様も、はつらつと、華陽のスクラムを広げておられます。
 御義口伝には「南無妙法蓮華経と唱え奉るは自身の宮殿に入るなり」(同787㌻)と仰せであります。
 どうか、わが生命の幸福の大宮殿を、心も晴れ晴れと開いていってください。

文化が行き交う「黄金の十字路」
 台湾は古来、民族と民族、文化と文化が行き交う天地でありました。国際経済の上からも、「黄金の十字路」と呼ばれております。
 この要衝にあって、皆さま方には、末法万年尽未来際まで、黄金の平和と発展の航路を開きゆかれる、あまりにも重要な大使命があります。
 3000㍍を超える山々が200以上もそびえる台湾は、今なお、毎年、隆起しています。
 発展すればするほど、成長すればするほど、厳しき烈風との戦いであります。
 しかし唐の大詩人・劉禹錫《りゅううしゃく》は「息《とま》らざるを以って体と為し、日に新たなるを以って道と為す」と詠じました。
 まさしく「進まざるは退転」であります。
 戸田先生も、常々、最高峰の山々を見つめながら、「瞬時も戦いを止《や》めないから、神々しいまでに荘厳なのだ」と語られておりました。
 わが愛する台湾の同志の皆さま!
 どうか、いよいよ朗らかに、いよいよ負けじ魂を燃やしながら、新たな前進また前進をしていってください。
 愛する台湾のわが友よ! 世界最高峰の「勝利の人材山脈」を築きゆけ! 人類最初にして、永遠に崩れぬ「平和と幸福の美麗島(フォルモサ)」を創りゆけ! と祈り叫んで、私の記念のメッセージといたします。
2009-05-09 : スピーチ・メッセージ等 :
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