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5・3記念代表者会議 ②

5・3記念代表者会議 ②
         (2009.5.3 東京牧口記念会館)

恐れるな! 戦って強くなれ

師子王の心で虚偽を攻め抜け

喜びを 感激を 勇気を
広布の同志に最敬礼 勝利の伝統を今つくれ
皆に尽くし抜くのが真の指導者


 一、激動の時代にあって、わが創価学会は5月3日を、上げ潮のなかで迎えた。本当にすごいことだ。
 広宣流布のために、世界中の同志が、喜び勇んで前進している。
 こんな団体はない。偶然にできたものでは決してない。どんな試練にあっても、師弟の道を貫き通したからこそ、築かれたのだ。
 「わが人生、師匠は戸田先生お一人だ。師の大恩を、永遠に忘れない」──これが私の決心であった。
 「難こそ誉れ」「難こそ喜び」──この覚悟で生きてきた。
 どんなに偉そうな格好をしていても、苦労は人に押しつける。そんな指導者は遊んでいるのと同じだ。
 同志に尽くし抜くのが、真の指導者だ。戸田先生は、身をもって教えてくださった。
 どうしたら、皆に勇気と希望を贈れるか。
 どうしたら、皆が感激を分かち合い、喜びにあふれて、前進していけるか。
 そのために祈り、智慧を出すのである。
 会合も、いつもと同じ、通り一遍ではいけない。尊き同志に最敬礼する思いで、皆の心を鼓舞していくのだ。
 未来にわたる勝利の伝統を、今、わが地域に築いていきたい。
 一つ一つが、真剣勝負である。

「大きな崩壊は小さな原因から」
 一、有名な御聖訓には、「師子王は前三後一といって、蟻を取ろうとする時にも、また、猛々しいものを取ろうとする時も、全力で飛びかかることは、まったく同じである」(御書1124㌻、通解)と仰せである。
 どんな小さなことにも手を抜かず、油断しない。全魂を込めて勝ち抜いていく。ここに、師子王の師子王たる所以があるのだ。
 戸田先生が、まさにそうであられた。
 その先生が逝去されると、最高幹部の多くが、茫然自失していた。そのなかにあって私は、一日一日、会員のため、学会のために、峻厳なまでに責任を果たしていった。
 会員の皆さんが一歩前進していけるように、迅速に手を打つことだ。それが広布のリーダーの責務である。
 「小さな原因から、しばしば大きな崩壊が生じる」とは、レオナルド・ダ・ヴィンチの戒めである(セルジュ・ブランリ著、五十嵐見鳥訳『レオナルド・ダ・ヴィンチ』平凡社)
 私の心の奥には、常に、この厳しい言葉が響いている。

渾身の「設営」
 一、戸田先生が霊山へ旅立たれて1カ月後の昭和33年(1958年)の5月3日。思い出深き墨田区両国の旧国技館(後の日大講堂)で、第18回の春季総会が開催された。
 その前日、私は準備のために、会場へ足を運んだ。真剣に設営に当たってくださる同志を、私は心からねぎらい、励ましていった。
 会場の外に掲げる「春季総会」との大看板も、用意されていた。一つの文字が、畳2畳分もあろうかという大看板である。
 しかし、残念ながら筆勢が弱々しかった。
 恩師亡き後、学会の未来を決しゆく最重要の総会である。同志の悲しみを吹き払い、前進の気迫あふれる会合とせねばならない。私は心を鬼にして、書き直しをお願いした。
 「文字が死んでいます。この看板の文字を見た人が皆、躍動し、吸い寄せられるような思いで、明日は集っていただきたいのです。歓喜の人々の集いにしたいのです」
 担当した同志の皆さんは、即座に私の心を理解してくださった。
 そして、祈りを込めて、勢いみなぎる見事な文字の大看板に作り替えてくださった。
 私が、7年ごとの前進を期す「七つの鐘」の未来構想を発表したのは、この総会であった。希望の大光を、わが同志の胸に注ぎ、勇気の炎を点火していったのである。
 今、私の心を心として、我らの広宣流布の歴史の舞台を、一回また一回、深き一念で荘厳してくれる友がいる。親友がいる。同志がいる。
 栄光会、創匠会、鉄人会、炎の会、韋駄天グループ、虹の会、達人会、暁会、鉄拳会、正義会、城将会、創城会、王城会、徹人会、砦会、巌会など、各地の設営グループの皆様!
 さらに、男子部の白鳳会、女子部のデザイングループ、婦人部の創峯会をはじめ各種行事のデザインに携わってくださる皆様!
 こうした気高き匠の友どちに、この席をお借りして、心より私は感謝の念を捧げたい。
 いつも本当にありがとう!(大拍手)
 仏法の因果の理法に照らして、皆様の生命が生々世々、荘厳されることは、絶対に間違いありません。

詩人シラー
人間に与えるべきもので真理より大きいものはない

若き友へ
悩みや悲しみを越えて創造の翼を広げよ


 一、私がフランスの学士院で講演を行ってから、今年で20年となる。テーマは「東西における芸術と精神性」であった。〈1989年6月〉
 今もって、当時、参加された知性の方々からうれしいお便りをいただく。
 フランスといえば、19世紀の詩人にボードレールがいる。青春時代、作品を手にしたことも懐かしい。
 彼の芸術批評も鋭い。フランスの美術史家ルネ・ユイグ氏が、私との対談で触れられた。ブラジル文学アカデミーのアタイデ総裁も愛読されていた。
 ボードレールは謳った。「僕は知る、苦悩こそ唯一の高貴なもの」(福永武彦編集『ボードレール全集Ⅰ』人文書院)
 詩人ゆえの苦悩──そこに彼は高貴な光を見いだす。
 また、青春は、苦悩の連続であるかもしれない。しかし、苦悩こそ創造の泉だ。 彼は、こうも語りかける。
 「広漠とした悩みと悲しみを後にして/輝かしい清朗な境地へと飛翔する/たくましい翼をもつ者は しあわせだ」(エンツォ・オルランディ編、及川馥訳『ボードレール』評論社)
 精神こそ翼だ。勝利と栄光の人生へ飛翔する大いなる翼こそ、信心にほかならない。
 わが青年部よ! 嵐を突き抜けて飛翔しゆく、たくましき翼を鍛え上げよ!──こう声を大にして訴えたい。
 若き創価の友の青春に万感の期待を託し、「友情あれ! 希望あれ! 充実あれ!」と申し上げたい。
 一、ドイツの詩人シラーは、「人間が人間に与えるべきもので、何か、真理よりももっと大きいであろうか」と力説した。大学教授に就任した時の講演である。〈新関良三訳「世界史とは何か、また何のためにこれを学ぶか」、『世界文学大系18 シラー』所収、筑摩書房〉
 私どもにとって、究極の真理とは、妙法である。
 万人を幸福に導く大法であり、最も普遍的な、人間と大宇宙を貫く根本法則である。
 最高の真理を世界に広げる。これほど誇り高い人生はない。

「天が落ちても正義を貫け!」
 一、ロシアの文豪卜ルストイは喝破した。
 「最高の正義の前では、罰を受けない悪などというものはありません」(米川正夫訳「それはお前だ」、『トルストイ全集14』所収、岩波書店、現代表記に改めた)と。
 若き日に読みふけったトルストイのこの言葉は、仏法の方程式と同じであると実感したことが、今でも私の心に残っている。
 善のため、平和のため、民衆のため──そこに正義は輝く。
 戸田先生は、「学会に敵対するならば、いかなる者であれ、大聖人が許さない」との大確信であられた。
 また、私が忘れ得ぬ出会いを結んだ、インド最高裁判所の元判事であるモハン博士の信条がある。博士は詩人としても有名である。
 その信条とは、「天が落ちることがあっても、正義は貫かなければならない」。
 仮に「天が落ちるようなことがあっても」、正義の人間は戦い抜かねばならない。そして、断固として勝たねばならないのだ。
 ともあれ、正義は勝ってこそ正義である。

大学を守り抜く
 一、イギリスの科学の巨人ニュートンは、大学に不当な権力が介入してきた時、教員として敢然と立ち上がった。
 徹底的に調査し、法律に基づいて、大学側の“正義”を、大学の人々に訴えた。
 「勇気をもって法を固守してほしい」
 「法律をわが味方と奉じ、まことの勇気をもってあたれば、すべてが守れるはずである」と。
 その信念と勇気は、皆に広がり、迫害にも屈せず、大学の自治を守り抜いたのである。〈ジェイムズ・グリック著、大貫昌子訳『ニュートンの海 万物の真理を求めて』日本放送出版協会〉

「虚言」は罪悪
 一、同じイギリスの知性である、作家オーウェルも、断固として、正義の言論の矢を放った。
 社会に流布された虚偽の報道に対し、自分の目で見てきた事実に照らして、「この話は絶対に嘘です」と断言する。
 その際、自らの信念を、こう記した。
 「言論界では中傷されている人々のために正義を求めるのです」〈塩沢由典訳「レイモンド・モーティマヘの手紙」、『オーウェル著作集I』所収、平凡社〉
 さらに、ドイツの哲学者カントは指摘する。
 虚言は「他人の権利の毀損」となる。それは、虚言を弄する者自身の「人格に対して罪を犯すこと」であり、人間を軽蔑すべきものに貶める「恥ずべき行為」である、と(白井成允・小倉貞秀訳『道徳哲学』岩波文庫)
 嘘がはびこる社会では、人権が、人間の尊厳が踏みにじられる。
 だからこそ、正義は沈黙してはいけない。
 後世の人々の希望となり、鑑となる歴史を残すためにも、断じて正義を勝ち栄えさせていくことだ。
 いわんや、広宣流布は最高の正義の拡大である。
 「創価学会は、正義の中の正義の団体である。ゆえに、絶対に勝たねばならない」
 これが、戸田先生の厳命であった。

邪悪ヘこの攻撃精神をもて!
 一、あの熱原の法難の渦中、日蓮大聖人は、日興上人をはじめ門下に仰せになられた。
 「あなた方は、恐れてはならない。いよいよ強く進んでいくならば、必ず、正しい経緯が明らかになると思います」(御書1455㌻、通解)
 この法難は、幕府の強大な権力者・平左衛門尉による大聖人門下への、狂いに狂った迫害であった。日興上人等とともに熱原の農民の弟子たちは、讒言や謀略などに一歩も退かず立ち向かって、戦い抜いた。
 大聖人は、本抄だけでなく、常に、門下たちに「少しも恐れてはならない。強く強く戦い抜け! そうすれば必ず仏になる。正邪は明らかになる」と打ち込んでいかれたのである。
 この何ものをも恐れない「師子王の心」に、寸分違わず行動されたのが、創価の父・牧口先生であり、戸田先生であられた。
 牧口先生は言われた。「戦えば戦うほど、こちらが強くなればなるほど、仏法勝負の実証は早く出てくる」
 戸田先生も、繰り返し叫ばれた。
 「折伏精神以外に信心はないと、覚悟することだ」
 「折伏の『折る』というのは、悪い心を折る。そして折伏の『伏する』ということは、善い心に伏せしめるということだ」
 さらにまた、戸田先生は、次のように徹して教えていかれた。
 「悪に対する反撃の根性を持て!」
 「信心とは、邪悪への攻撃精神である」
 この攻撃精神で戦い抜いてきたゆえに、学会は、世法や国法においても、そして仏法の上でも、正義の勝利を燦然と刻んできたのである(大拍手)。
2009-05-08 : スピーチ・メッセージ等 :
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