未来対話 夢の翼 第1回〜第5回

未来対話 夢の翼

第1回 夢は青年の特権なり
   (2017年5月1日付 未来ジャーナル)

必ず開ける! 君の使命の舞台が

 ──新しい「未来対話」、本当にありがとうございます。未来部の友から、喜びの声が数多く届いています。

池田先生 みんなのためだったら、何でもしてあげたい。未来部の皆さんの前進こそが、私の希望だからです。
 さあ、大いに語り合おう!

 ──今年度は「夢の翼」と題し、「仕事」や「職業」をテーマに、お話を伺いたいと思います。

池田先生 いいね! とても重要なテーマだね。
 「あの仕事がしたい」「この職業に就きたい」と、夢に向かって挑戦する青春は、春の太陽のような朗らかな輝きがあります。
 今、みんなは、どんな「夢」を描いているかな。
 私の恩師•戸田城聖先生は、よく「青年は夢が大きすぎるくらいでいい」と言われました。
 夢は「翼」です。世界のどこにだって、羽ばたていける。
 夢は「スイッチ」です。自分の眠っていた力を目覚めさせてくれる。
 夢は「灯台」です。苦しい暗闇の時も、進むべき道を示してくれる。
 そして、夢は「青年の特権」です。夢に挑む限り、永遠に成長できるのです。
 もちろん、夢は叶っていないからこそ夢です。実現するためには、現実の上で努力する以外にありません。
 まだ、なかなか夢を持てないという人もいるでしょう。でも、焦らなくていいんです。大事なことは、目の前の一つ一つの課題に一生懸命、取り組むことです。その人には、自分らしい夢と出あうチャンスが必ず巡ってくるからです。

 ──伝統の夏季研修会では、 各分野で活躍される先輩方を講師に、未来部時代の体験や、仕事のやりがいなどを学ぶ「ドリームブース」が大好評です。
「海外留学なんて、諦めていた。でも、お話を聞いて、もう一度、本気で英語を勉強して、 世界の人と話してみたいと決意しました」「仕事への見方が変わり、将来への期待が膨らみました。必ず夢を叶えます」などの声が寄せられています。

池田先生 未来部のために尽くしてくださっている全て方々に、あらためて心から御礼を申し上げます。
 社会には、たくさんの仕事があります。皆さんの身の回りの物を見ても、多くの「仕事」でできていることが分かります。
 洋服を手に取れば、原材料を作る仕事、生地を作る仕事、デザインをする仕事、裁縫の仕事、完成した服を運ぶ仕事、店で売る仕事……どれか一つが欠けても、私たちは服を着ることができません。
 どの仕事も、楽しいばかりではない。それぞれに大変な苦労があります。でも、その仕事を通して、人々の笑顔を広げ、自分も笑顔になる。「仕事」とは、皆の幸福を創り、自分も幸福になる「喜びの源泉」なのです。
 「はたらく」とは、「はた (=そばにいる人)を楽にすること」と言った人がいます。そこには、「人の役に立つ」喜び があり、誇りがあります。
 また、「働」という字は「にんべん(人)」に「動」と書きます。悩んでいる人、苦しんでいる人のために信念を持って行動することが、どれほど尊いか。
 ゆえに、人々の幸福のために、より良き社会のためにと動き、 尽くし抜いている、皆さんのお父さんや、お母さん、おじいさんや、おばあさん、皆さんを支えてくれる学会のおじさん、おばさん、お兄さん、お姉さんは、一番、偉大な人たちであると、私は断言したいのです。

 ──挑戦する前から、「自分には無理だ」「できっこない」 と考えてしまい、夢を広げられない友もいます。

マータイ博士の言葉
ささやかな行動でも 何度も繰り返せば 世界を変えられる

池田先生 今は、情報があまりに溢れているから、あれこれ考えすぎて、一歩、踏みだせないこともあるだろう。
 でもね、何でも、やってみないと分からないものだよ。
 私も若き日、ある尊敬する先輩から、「池田君、何があっても、青春は、『当たって砕けろ』の勇気でいこうよ!」と励まされたことがあります。今でも思い出す言葉です。
 たとえ、君が、貴女が、自身を持てな くても、私は皆さんを信じます。皆さんの無限の可能性を信じます。皆さんの無敵の勇気を信じます。
 「できない」理由を探すよりも、「できる」と決めて、努力した方がいい。困難は多 いけれど、その分、「できた」 時の喜びはひとしおです。仮に思った迎りの結果が出なかったとしても、努力したことは、必ず生きます。そこから新たな希望の道が絶対に開けます。
 ともあれ、皆さんは若い。若さは、どんな財産にも勝る、最高の生命の宝です。だから、失敗しても、くよくよしないで、 朗らかに粘り強く挑戦し抜いてほしい。
 苦労しながら学び、使命の道を開いた一人として、私は、ワンガリ•マータイさんを思い起こします。「もったいない(MOTTAINAI)という日本語を世界に広めた、アフリカの環境の母です。2005年2月、聖教新聞社で1時間にわたって語り合いました。太陽のように明るい笑顔と、人間への慈愛に満ちた姿は、今も脳裏に焼き付いて離れません。

 ──マータイさん は、ケニアの出身です。アメリカ留学をへて、母国のナイロビ大学で博士号を取得。アフリカの大地に木を植える「グリーンベルト運動」をしました。独裁権力と戦い、逮捕・投獄されたこともあります。
 2004年、「持続可能な開発、民主主義と平和への貢献」で、アフリカ人女性初のノーベ ル平和賞を受賞しました。

池田先生 マータイさんたちが推進した植樹は、開始以来、約30年間で、実に3000万本に上りました。「木を植える」 ことは、地味に見えるかもしれない。しかし、その小さな行動の執念の積み望ねが、やがて世界をも動かしたのです。
 「行動の人」「信念の人」であったマータイさんは語っています。
 「私たちは、自分たちのささやかな行動がよい変化をもたらしていることを知っています。 私たちがこれを数百万回繰り返せば、世界を変えられるんです」
 この不屈の精神は、幼少時代から、働きながら学び続けた努力に支えられていました。
 マータイさんが生まれた頃、 ケニアでは、女性に教宵は必要がないと思われていたのです。 彼女も幼い日から、農作業や家事を手伝ってきました。
 懸命に働きながら向学心を燃やし続けたマータイさんは、中学を卒業した後、全寮制の女子高校に進学します。そこで、先生方から、大切な信念を教わりました。
 「社会は本来善きもので、人は最善を目指して行動する」
 私も 、強く深く共感します。
  どんなに悲惨な事件が続こうとも、どんなに悲観主義に覆われようとも、世界は、そして未来は、必ずより良く変えていける。
 日蓮大聖人は、「仏の住む浄土といっても、汚れた国土を意味する穢土といっても、二つの別々の国土があるのではなく、そこに住む私たちの心の善悪によって違いが現れる」(御書384㌻)と教えてくださいました。
 社会を、未来を、明るく、楽しく、希望に満ちあふれた世界に! その変化は、私たちの「心」からスタートするのです。
 マータイさんは、未来を信じ、自身の可能性を信じて、挑戦に挑戦を重ねました。結局は、心が負けなかったからこそ、世界を変え、現実社会で勝利を開くことができたのです。
 私が出会い重ねてきた世界の一流の方々も、皆、不屈の楽観主義の闘士です。
 環境がどうあれ、現状がどうあれ、〝絶対に乗り越えてみせる!〟〝必ず変えてみせる!〟という気概を持って、戦ってきた。そして、〝世界はもっと良くなるはずだ!〟 と信じ、行動し抜いてきたのです。
 いわんや、若くして仏法を持ち、日々の唱題で希望の太陽を胸中に昇ららせゆく、わが後継の皆さんは、どうか確信してほしい。
 君が縦横無尽に活躍する使命の舞台が、必ず開けることを!
 貴女の未来は、前途洋々と広がっていることを!

 ──若き日の池田先生も、戸田先生の事業が苦境に立たされていた日々に、未来を見つめ、奮闘されました。どんな思いで 仕事に励まれたのでしょうか。

池田先生 ただ「戸田先生のために」──その一点です。私は肺病を患っていて、医師からは「30歳まで生きられない」と言われた体でした。でも、「師匠のために」と決め、真剣に祈りながら働くと、勇気も希望も、智慧も力も、そして、生命力も湧いてきました。大きく活路を開くことができたのです。
 先生が経営する出版社に入社し、少年雑誌の編集に携わった時は「正義を伝え、勇気を贈る記者になりたい」という、子どもの時の夢が叶ったようで、とてもうれしかった。でも、戦後の不況で、先生の事業が思うようにいかなくなり、それまでと全く違う仕事することになりました。私にとっては、苦手な仕事でした。
 しかし、私は決めていました。どんな仕事でも、世界一の哲学を持ち、世界一の師匠に薫陶を受けいるのだから、世界一の仕事をするのだ。世界一の戸田先生を、仕事で絶対に宣揚してみせるのだ、と。日々、阿修羅のように働き、勉強も望ねました。戸田先生の夢をわが夢として、一つ一つ実現してきました。これが私の誇りです。
 大聖人は「御みやづかいを法華経とをぼしめせ」(御書1295㌻)と仰せになられました。仕事を「法華経の修行」と思いなさいということです。社会で奮闘する皆さんの先輩の指針にもなっている、希望の御金言です。
 皆、「自分がいる場所が、わが使命の舞台だ」「仕事を通して人間して、社会に実証を示そう」と心を定め、会社や職場の発展を祈り、真剣に、誠実に、努力しています。負けじ魂に燃えて働 く学会員には、経営者や識者からも、多くの称賛と信頼が寄せられています。
 英語の「Work」とという言葉には「仕事」のほかに「勉強」「努力」といろ意味があります。夢を持って一生懸命、働き、学び、努力できる人は、すでに勝利者です。誰が何と言おうと、私は皆さんの未来の大勝利を確信しています。
 右手にも左手にも勝利のVサイン、合わせれば「Work」のWサインになります。この努力と栄光のサインを掲げて、日本中、世界中の同志と共に、私は、皆さんの成長を楽しみに待つています。


参考文献はワンガリ•マータイ著『UNBOWED へこたれない』小池百合子訳(小学館)、同著『モッタイナイで地球は緑になる』福岡伸一訳(木楽舎)、筑摩書房編集部著『ワンガリ•マータイ「MOTTAINAI」で地球を救おう』(筑摩書房)


第2回 語学は「互学」   (2017年6月1日付 未来ジャーナル)

相手の側に立つ国際人たれ

 ──前回は、夢を持つことの素晴らしさや、働く意義などについて語っていただきました。
未来部の友から、「自分にしか果たせない夢を見つけます」「夢は大きく! そのために目の前の課題にベストを尽くします」など、数多くの決意の声が 寄せられています。

池田先生 うれしいね。未来は「待つ」ものではなく、「創る」ものです。みんなの心に描かれる夢や理想こそが、将来の自分を築く力であり、未来を照らす光です。

 ──今回のテーマは「語学」です。グローバル化が進む今、語学の力は、ますます重要になっています。

池田先生 みんな、語学が大事だということは、十分、分かっているよね。だけど、いざ教材を開くと眠くなってしまうこともある……(笑い)。

 ──英語の勉強について「苦手意識がある」「なかなか成績が伸びない」という悩みも、よく聞きます。

池田先生 壁に直面していると感じるのは、前進している証拠です。そこで、あきらめないことだ。自転車だって、みんな初めから乗れたわけではないでしょう。乗れるまで練習を続けたから乗れたのです。転んでも手足をすりむいても、歯を食いしばって。
 でも、いったん乗れるようになってしまえば、体が覚えてくれる。勉強も同じではないだろうか。
 私がお会いした世界的な学者の方が言われていたことがあります。学んでいくと、「ここは越えられない」という壁にぶつかる。その時が勝負だ。そこで踏みとどまって、もう一歩、また一歩と挑戦すると、パッと開けてくる、というのです。
 とくに語学は〝世界へのパスポート〟です。習得すべき時を逃したら、もったいない。うまくいかなくても、体当たりでぶつかれば、必ず身に付きます。「若い今がチャンス!」と、学び抜いてほしいのです

 ──現在、日本では2020年の東京五輪へ向けて、外国人の観光客や留学生の倍増が目指されています。英語を社内公用語とする企業もあります。社会に出てからも、英語の勉強は欠かせなくなっています。

池田先生 国際化の流れは、 あらゆる次元で進んでいるね。
 今はインターネットの普及によって、〝いつでも〟〝どこでも〟世界とつながる環境に暮らしています。世界のインターネット情報は、ほとんどが外国語であり、半分以上が英語だともいう。その意味からも、語学力があれば、自身の世界をそれだけ大きく楽しく広げていくことができます。
 皆さんがリーダーとして踊り出る時代には、さらに社会は国際化、多様化、IT化が進み、 想像を超える変化が起きているでしょう。
 その中で、世界中の人々と手を携えて、幸福と平和の方向へ社会をリードしていくのが、皆さんだ。だから、語学は、ぜひとも自在に使いこなしてもらいたいんだよ。

 ──日本人は、英語を使う〝楽しさ〟よりも〝恥ずかしさ〟の方が先立ってしまうとい 指摘があります。

池田先生 これは、語学に限った話ではありません。気を付けたい〝心のクセ〟です。
 よく「プラス思考」「マイナス思考」と言ううでしょう? ここでは、分かりやすく、「足し算思考」「引き算思考」と言い換えてみよう。
 足し算思考では、自分が今いるところを〝ゼロ地点〟と見る。だから、英単語を一つ覚えれば〝プラス1〟です。一言でも外国人と会話ができたら、大きなプラスだ。上手に話せなくても、良い経験としてプラスにとらえればよい。挑戦する限り、失敗はない。全てを向上の糧にできるからです。
 一方で、引き算思考では、〝100点満点〟と比べて、自分がどれだ劣っているかを考えてしまう。英単語を一つ覚えても、〝まだ一つ〟と感じる。 外国人と会話できても、うまく話せなかったことを気にして、クヨクヨする。やっぱり語学は苦手だなと、気持ちが重くなる。引き算思考は、そういう傾向があるんじゃないかな。
 そもそも、語学を身に付ける上でも、頭がいいとか、悪いとか、大したした違いなんか、ないんです。
 私の師匠である戸田城聖先生は天才的な数学者でした。でも、「頭がいいのと悪いのと、 どのくらいの差があるか」と質問されると、筆をとって半紙にサッと一本の線を引いて、「この線の『上』と『下』くらいの差しかないんだよ」とニッコリされました。その「線一本」とは、何だろうか。
 「やってみよう」「学んでみよう」という「挑戦する勇気」 だと、私は思う。勇気ならば、 いくらでも出せる。いわんや、 皆さんには、勇気の源泉となる勤行•唱題があるじゃないか。
 まずは一歩を踏み出してみよう。単語帳を開くことも、学校の先生に質問することも、勇気の一歩です。英語の歌を聴くことだって、大きな前進だよ。
 御書には「一は万が母」(498㌻)とあります。全ては最初の一歩から始まる。地道な一歩また一歩の積み重ねがあって、万里の先のゴールに到達できるのです。

 ──ある未来部の先輩は、英語の教科書の音読•暗唱に挑戦したところ、成績がぐんぐん伸びたと語っています。

池田先生 努力の勝利だね。人間は、生まれた時から、言葉 のシャワーを浴びながら、その言葉をまねる中で、言語を習得していきます。この点からも、 正しい英文を繰り返し聞き、音読し、体で覚えていくことは、 大事な基本なんだね。
 中国の外国語大学の先生方に、「人は何カ国語ぐらいまで、しゃべれるようになります か」と聞いたことがあります。
 答えは、「7、8カ国語」です。若いみんなは英語力を、いくらだって伸ばせるし、さらに幾つもの言語を習得できる。
 マレーシア創価幼稚園では、かわいらしい世界市民たちが、マレー語と中国語と英語の3つの言語で学んでいます。
 未来部の先輩の中からも、通訳をはじめ、数多くの語学のエキスパートが誕生しています。
 今から45年前の5月、世界的な歴史学者アーノルド・J•トインビー博士と、ロンドンにある博士の自宅で対談を開始しました。翌年もロンドンでお会いし、対談集を発刊しました。
 ある日、トインビー博士が、バッキンガム宮殿の近くにある格式高いクラブの昼食に招待してくださったことがあります。
 食事後、通訳がつかないで、博士と二人きりで話すことにな りました。いや、この時ほど、もっともっと英語を勉強しておけばよかったと悔やまれたことはありません(笑い)。
 それでも、博士は、ゆっくりと簡単な英語で話してくださいました。私は、博士のお気遣いに感謝しつつ、身ぶり手ぶりを交えて語り、なんとか意思の疎通ができました。
 「思いを伝えよう」という誠意は、必ず相手に伝わります。
 それはそれとして、若い後継の皆さんには、私の分まで語学を磨いて、世界のどこへ行っても、堂々と自らの信念を語り、友情の輪を広げられる人になってほしいんです。

 ──東京•関西の創価中学校では毎年、アメリカ創価大学(SUA)での英語研修を実施しています。同じ時期にブラジル創価学園の生徒もSUAを訪れ、合同の研修や交流会を行っています。

池田先生 うれしいね。これから、創価教育のネットワークを軸に青年の大交流時代が到来します。その主役は皆さんだ。
 「百聞は一見にしかず」です。今は、いろいろな奨学金制度や、語学の研修プログラムなども充実しているから、学校の先生や、先輩に相談して、大いに活用してほしい。
 世界のどこへ行っても、SGIの同志がいます。勤行と唱題を実践し、「ザダンカイ」を明るくにぎやかに開いています。この世界広布の息吹を、心広々と呼吸してください。
 地球は丸いのだから、皆さんがいる場所が「地球の真ん中」です。だから、自分らしく、今いる場所で輝くことが、世界広布につながります。
 何より、真の国際人のモデルは、皆さんのお母さんやお父さん、おじいさんやおばあさんです。自分中心ではなく、世界の人々のため、平和のために、智慧と慈悲と勇気を発揮して行動している。「人のため」「社会のため」という大きな心こそ、国際人の根本の要件なのです。
 一次元からいえば、語学の習得は、「相手の側に立つ練習」ともいえます。言語には、国や地域の文化•思想•歴史も詰まっていて、丸ごと学ぶことができるからです。
 私も、SGIの同志を迎える時や、海外の方との会見の際には、相手の言語や文学などを事前に学び、その言葉であいさつし、その国の心を語り合おうと心掛けてきました。
 「相手の側に立とう」「相手から学ぼう」という〝生き方〟を培うことが、語学を磨く醍醐 味です。それは、お互いに学び合い、共に成長しゆく〝互学〟の道なのです。

 ──創価大学、SUAは今、 世界から留学生を迎え、心豊かな国際人を育成するキャンパスとして大きく発展しています。

池田先生 創大は、やがて希望できる全ての日本人学生が、卒業までに留学・研修など海外 で学びを経験できる時代になります。国際教養学部の学生も頼もしく成長している。私も視察に伺った男子の滝山国際寮、女子の万葉国際寮にも、世界中から最優秀の学生を迎えていま す。また、SUAでは、3年生になると、全ての学生がアメリカ国外へ留学することになっています。全米でも、全学生が留学する大学は珍しいと言われています。
 「世界民(世界市民)」を唱えられた牧口先生、「地球民族主義」を訴えられた戸田先生も、今の創価教育の発展の様子をご覧になられたら、どれほど喜ばれるだろうか。
 世界に誇る創価教育の学びやも、そして世界の友との創価の大連帯も、一切、皆さんに託しゆく〝師弟の大城〟です。私が世界に道を開いてきたのは、全て、皆さんのためです。
 皆さんが、世界平和の大空へ、勢いよく雄飛する日を、私は楽しみに待っています。さ あ、今こそ語学の翼を鍛えに鍛えよう! 朗らかに挑戦だ!
 「The wise will rejoice while the foolish will retreat(賢者はよろこび愚者は退く)」。
 これが我らの合言葉なり!


第3回 法律家 民衆を守る勇者
  (2017年7月1日付 未来ジャーナル)

抜苦与楽の専門家《スペシャリスト》たれ

創価の人権闘争
「誰もが人間らしく幸福に生きる権利」が最も尊重される社会を

 ──みんなで「夢の翼」を広 ける連載は、今回からいよいよ、具体的な仕事や職業に光を当てていきたいと思います。

池田先生 愛する未来部の皆さんが、夢に向かって努力し、夢をかなえていくことほど、私にとってうれしいロマンはありません。
 どの仕事にも、かけがえのない使命とやりがいがあります。仕事を通して、自分の生命を輝かせ、人々と社会に貢献していくことができるからです。
 だから皆さんが、この「夢の翼」で取り上げていく仕事に就かないとしても、それぞれの道で働いている人たちのことを学ぶ意義は大きい。人知れぬ舞台で、世のため、人のために尽くしている偉い人が、いずこにもいます。
 そうした意味でも、「夢の翼」では、その職業に徹して、尊い責任を果たしている人たちへの敬意と感謝を忘れずに語り合っていきたいと思うが、どうだろうか。

 ──はい! よろしくお願いします。
 まず最初に取り上げる職業は、弁護士や検事、裁判官など、「法律に関わる仕事です。ニュースやドラマなどでも目にする場面があります。

池田先生 「法律」と聞くと、みんな、何を思い浮かべるかな。「難しい」「堅苦しい」「近づきがたい」といったイメージがあるかもしれない。
 けれど、法律は、私たちの暮らしを、見えないところでしっかり守り、支えてくれている。 日々の当たり前の暮らしは、法律があるからこ成り立っています。
 例えば、未来部の会合を行い、自由に皆で集まって、学び合い、語り合うことができる。 これは今の日本の憲法で、言論や集会の自由が保障されているからです。
 皆さんが毎日、学校で学べるのも、誰もが差別されることなく等しく教育を受けられることが「教育基本法」で定められているからです。
 残念ながら、まだ世界には、十分に教育を受けられない子どもたちが、数多くいます。

 ──「いじめ」を防ぐための法律もあります。最近まで、いじめは、①弱いものに対して一方的に、②継続的になされ、③相手に深刻な苦痛が生じた、④それを学校が事実確認した、という条件がそろって初めて認められていました。これでは、誰かが苦しい思いをしているのに、いじめと認められないケースが出てきてしまいます。
 そこで「いじめ防止対策推進法」が制定(2013年)されて、いじめられた側が心身の苦痛を感じているなら、インターネットでの行為も含めて「いじめ」と認定されるようになったのです。

池田先生 被害者が泣き寝入りせず、すぐに対策が取れるようになったんだね。いじめの多くは「犯罪」です。絶対にしてはならないし、させてもならない。また、いじめを受けたら、我慢しないで声を上げるべきです。人間の権利を軽んじてはなりません。
 法律とは、「人権を守る」ものであり、「暮らしを守る」ものです。だから、とても身近で、なくてはならない存在なんです。

 ──法律に関する仕事も、たくさんあります。弁護士や検察官、裁判官をはじめ、行政書士、司法書士、弁理士、社会保険労務士……まだまだあります。どれも重みのある名前です。

池田先生 みんなは「六法全書」という、分厚い本を見たことはあるかな。「憲法」「民法」「商法」「民事訴訟法」「刑法」「刑事訴訟法」という六つの基本的な法律をはじめ、さまざまな法令を集めた本です。
 法律のスペシャリスト(専門家)になることは、そうした膨大な法律を学び、使いこなしていく挑戦です。
 未来部の皆さんの先輩で、弁護士になる夢をかなえたメンバーが、「法律家」とは、どんな仕事ですか?」と聞かれて、誇り高く 答えています。
 「事件など、さまざまな問題にぶつかった時に、人の悩みを軽くしてあげる仕事です。人の生活を守る事です」と。
 仏法で説く「抜苦与楽」すなわち「苦を抜き、楽を与える」という精神にも通じます。
 法律は「剣」です。人をだます悪や、人間を不当に苦しめる原因を断ち切ります。
 法律は「盾」です。襲い掛かってくる苦難や、思いも寄らないトラブルから厳然と守ってくれます。
 法律は「地図」です。私たちの現状を知らせ、次に進むべき造を示します。
  ゆえに、人生という〝冒険〟に臨む上で、法律を知ることは大いなる力です。
 たとえ法律家にならなくても、法律を学ぶことは大切です。その学びを通して、人の意見に振り回されたり、その場の雰囲気に流されたりせずに、「自分の頭でじっくりと考える」という、未来を切り開いて いく力がつきます。

  ──弁護士を目指しているメンバーから、「創価の法律家の使命は?」「正義の法律家とはどういう人ですか?」と質問がありました。

池田先生 素晴らしい質問だね。
 私が確信を持って言えるのは、「創価とは、母と子の幸福を創る闘争なり」「正義とは、邪悪を許さない庶民の心なり」 ということです。
 21世紀に入って間もない2002年、私は、フィリピンのヒラリオ•ダビデ最高裁判所長官と会見しました。巌の如き信念光る大指導者でした。その際、 私は、長官が法律家を志したきっかけを尋ねました。
 長官は、幼い日々を思い出すように原点を語ってくださいました。
 田舎の生まれで、家庭が貧しかったこと。そのために周囲から差別され、軽蔑され、 心ない言葉を何度も何度も浴びせられてきたこと。まるで、押しつぶされるような思いで生きていたこと
 「そのなかで、私は考えました 貧しい人々が虐げられ、 バカにされるような社会は、まちがっている、と。それが、きっかけでした」
 偉大な負けじ魂が、偉大な人生をつくるのです。
 さらに、長官は言われました。
 「『裁判官は、ピースメーカー(平和の創造者)であるべきだ』というのが私の持論なんです。平和を促進すること──これこそ裁判官の本当の役割だと思います」と。
 「創価の正義の法律家」の信念と響き合っています。

 ──7月6日は、戦争中の1943年に、悪法である治安維持法違反と不敬罪容疑で、牧口常三郎先生と戸田城聖先生が軍部政府に逮捕された日です。

池田先生 峻厳なる創価の人権闘争の歴史です。当時の軍部政府は、国民に対し、自由に信仰することすら許さなかった。 人間が人間として生きていく最も根本の権利である、思想•信教の自由を押しつぶしてしまった。悪法は、正義の人を弾圧する凶器となります。
 牧口先生は牢獄にあって一歩も退くことなく信念を貫き、殉教されました。牧口先生の獄中闘争は、まさに、「信教の自由」を守るための偉大な人権闘争だったのです。
 戦争が終わり、憲法で「信教の自由」が保障されました。そして戸田先生は、牧口先生の遺志を継がれ、苦しむ庶民のため、日蓮大聖人の仏法を弘め、 人々を幸福へと導いていかれました。皆さんが日々、勤行•唱題ができるのは、何よりも尊く、 価値のある「権利」なのです。
 戸田先生は、よく言われていた。「世法(世間法)は評判」「国法は賞罰」「仏法は勝負」である、と。
 皆さんのお父さん、お母さんは、よき隣人、よき社会人として世法•国法を尊重し、日々、仏法を実践して自他共の幸福の社会を築いています。それは、人類が長い時間をかけて命がけで獲得してきた「人権」を、最も輝き光らせていく戦いです。 誰もが人間らしく幸福に生きる権利が尊重される、勝利の歴史を開いているのです。これ以上、尊い人生はありません。

 ──7月3日は、1945年、戸田先生が出獄された日です。さらに池田先生が、1957年、無実の選挙違反の容疑によって大阪府警に不当逮捕された日です(「大阪事件」)。本年はちょうど60年の節目です。

池田先生 15日間、勾留され、取り調べけました。当時の検察は横暴でした。私に「罪を認めなければ、戸田会長を逮捕する」と迫ったのです。悪いことなど、何一つしていないにもかかわらず、です。
 苦悩しました。やっていないことを認めるわけにはいかない。しかし、戸田先生の身に、もしものことがあれば……。
 そして私は、戸田先生を守るため、いったんは罪を認め、裁判で正義を示し切ることを決意したのです。
 戸田先生は、「裁判長は、必ずわかるはずだ」「最後は勝つ」と言われました。
 弁護士は、私に、〝無実であっても、検察の主張を覆すことは難しい。有罪は覚悟してほしい〟と告げました。裁判では、 検事が事実を曲げてでも、私に罪をかぶせようとしました。権力の魔性の底知れない恐ろしさです。
 4年半に及んだ裁判で、私は堂々と真実を語り抜きました。 裁判長の判決は「無罪」──。 正義を満天下に示すことができました。
 私は自らに言い聞かせました。どれほど多くの罪なき市民が、不当な権力に苦しめられてきたことか、と。そして、一生涯、信頼する青年たちと共に、 民衆を守り、民衆に尽くしゆくことを、誓ったのです。

 ──創価大学には、開学(71年)と同時に法学部が設立され、2004年には、法科大学院が開設。以来、昨年までで300人以上が司法試験に合格しています。

池田先生 頼もしいね! 卒業後の大活躍の様子も伺っています。
 私は、創価大学の法科大学院に、「邪悪を正す冷徹な知性」「人間を愛する温かな慈愛」「勝利を決する強靭な魂」との3指針を贈りました。この精神を胸に、皆さんの先輩方が、社会に雄飛しています。
 日運大聖人は、「智者とは、世間の法から離れて仏法を行ずるのではない。世間において、世を治める法を十分に心得ている人を智者というのである」(御書1466㌻、通解)と仰せになられました。
 大聖人ご自身も、凶暴な権力から、民衆の正義を守るために、「問注」という当時の裁判を通して戦われ、見事なる勝利の歴史を刻まれています。
 ともあれ、人間のため、民衆のため、正義のため──ここに真の法律家の魂がある。皆さんの中から、そうした力ある法律家が一人でも現れれば、社会は必ず、変わっていきます。
 未来と世界平和の扉を大きく開くのは、君たち、貴女たちの正義のスクラムなのです。


第4回 言論人──希望を贈る賢者  (2017年8月1日付 未来ジャーナル)

言葉の力で友を笑顔に!

 ──「未来部躍進月間が明るくスタートしました(8月31日まで)。メンバーは夏の太陽のように元気いっぱい、勉学に、部活動等に努力を重ねています。中学•高校の3年生は、 進路を決める重要な時期を迎えています。

池田先生 みんな、よく頑張っているね。活躍の様子は、いつも聞いています。本当にうれしい!
 受験生の皆さん、ご苦労さま! ここからが勝負です。これまで思い通りに勉強が進んでいなくても、今から、いくらでも実力を伸ばしていける。
 どうか、健康第一で、「きょうもベストを尽くそう」と、自分らしく思い切り挑戦していってください。私も妻と、朝な夕な、皆さんの前進と勝利を真剣に祈っています。

 ──伝統の「読書感想文コンクール」「E1ランプリ」も始まりました。毎年、全国や海外から寄せられる力作に、担当者が感動しながら審査に当たっています。

池田先生 私も毎年、とても楽しみにしているよ。皆さんの力作を拝見すると、希望が広がります。美しい心、新鮮な発想、あふれんばかりの想像力、豊かな表現力……。いつも感心しています。
 何より「応募してみよう」「やってみよう」との、心自体が尊い。チャレンジする一人一人の頭に、私は〝青春勝利の月桂冠〟をかぶせてあげたいんです。

 ──そこで今回は、「書く」ことに携わる職業を取り上げていただきたいと思います。
 新聞記者や雑誌編集者、ジャーナリスト、作家等々、「書く」職業はたくさんあります。 また、どんな仕事に就いても、 企画書や報告書をまとめるなど、文章力は必要不可欠です。

池田先生 その通りだね。
 幸福な人生とは何か—それは、使命に生きることだ。我が使命を果たすために戦い抜くことだ。その戦いを勝ち抜く非暴力の武器が「言葉の力」であり、「書く力」です。
 私が少年時代になりたいと思った職業は、新聞記者でした。
 19歳の夏、戸田城聖先生と出会い、やがて師弟の語らいから聖教新聞が生まれました。
 そして私は、先生と共に、書いて、書いて、書きまくり、夢がかないました。全て恩師のおかげです。
 言葉には力がある。思いを伝え、心を動かし、共々に人間革命していくパワーが、文字にはあります。
 日蓮大聖人は「仏は文字によって人々を救っていく」(御書153㌻、通解)と仰せです。
 言葉は、どんな距離も超えて、人と人を結びます。空間も時間もやすやすと超えて、過去を今に伝え、今を未来へと伝えます。なかんずく文字には、永遠性の力があります。
 一方で、人を傷つける言葉や嘘の言葉もある。人々の心を引き裂き、惑わす卑劣な言葉も少なくない。社会を混乱させる言論が存在するのは、まぎれもない事実です。ゆえに、正義の走者たる皆さんは、邪論を鋭く見破っていく眼を培ってほしい。
 戸田先生は、「広宣流布は言論戦」と言われました。人々を幸福に導く言論、邪悪を喝破していく言論を広げていことが、そのまま世界平和につながっていくのです。

 ──いざ原稿用紙を前にすると、「何を書けばよいか思い付きません」と語るメンバーもいます。「どうしたら上手に文章が書けますか」との質問もありました。

池田先生 いきなり原稿用紙に向かわなくても、携帯電話でもパソコンでも、メモ用紙でも、何を使って書き始めてもいいんだよ。堅苦しく考える必要はありません。また、たとえ短くとも、想いを込めた文章は伝わります。短歌は31文字だし、 俳句は17文字です。最初から、うまく、長く書こうなんて思わなくていいんだ。
 考えすぎないで、まず手を動かして書いてみる。書いていくうちに、考えも深まる。自分の新しい一面を発見することだってできる。文章は、書けば書くほど、うまくなります。
  大事なことは一点、心が光っていることです。文を書こうとすることは、すでに偉大な挑戦なんです。皆さんが書く文章には、テス卜のような「不正解」はありません。それぞれが「正解」です。だから人と比ベる必要もないんです。
 もし、何も思い浮かばなかったら、本を読んで心に響いた一文を「書き写す」ことから始めてみてはどうかな。「これはいいな」と思った言葉や文章を、ノートに書き写してみる。
 若き日のナポレオンは、「読書の鬼」でした。絶えず本を開き、大切なところはノートに書き写したそうです。私も青春時代から、日本や世界の名著を読んでは、「書き写し」を実践してきました。
 日記を書くことも、良い練習になるよ。その日にあった出来事や感じたことを、素直に記していけばいい。自分との対話です。世界中で読まれている『アンネの日記』も「キティー」という自らの分身との語らいでした。一日を振り返って一言でもつづっていけば、それが自らの黄金の記録になります。文章を書くことは、自分を励まし、自信を深める力なんだね。

 ──池田先生は若き日、戸田先生のもとで、編集者として働かれました。

池田先生 懐かしい原点です。戸田先生が経営していた出版社「日本正学館」で、雑誌 「冒険少年」(後に「少年日本」と改題)の編集を担当しました。若き編集長として〝日本一の少年雑誌を!〟と、全力で取り組んだのです。
 連載の企画や、原稿の依頼・受け取り、挿絵の依頼、レイアウトなど、一人で何役もやりました。作家の都合がつかない時には、「山本伸一郎」のペンネームで、自ら偉人の伝記を執筆したこともありました。
 みんなが今、何を読み、求めているのか、直接、子どもたちの意見も聞いて回りました。未来に生きる子どもたちに、少しでも勇気と希望を送りたい! どんなに疲れていても、子どもたちのことを思えば、カと知恵が湧いてきました。
 うれしいことに、「鉄腕アトム」や「火の鳥」などで知られる大漫画家の手塚治虫先生も、「この本(『冒険少年』)からは、何か特別な情熱みたいなものを感じたよ」「『冒険少年』 は、ぜひ描きたい雑誌だった」 と述べてくださいました。
 やがて、戦後の経済の混乱の中で、会社が経営不振となって、雑誌は休刊を余儀なくされましたが、この時の経験は、私の文筆活動の礎です。
 青春の労苦に、何一つとして無駄はありません。

 ──将来、ジャーナリストを目指すメンバーから「さまざまな情報があふれる現代にあって言論人に大切なことは何でしょぅか」との質問がありました。

池田先生 鋭い質問だね。
 何より大切なのは「信念」です。戸田先生は、「信なき言論、煙のごとし」、すなわち信念のない言論は、所詮、煙のように消え去っていくと喝破されました。
 最高の信念は、妙法の信仰です。広宣流布に生きる以上の信念はありません。ゆえに、若くしてこの信仰を持った皆さんは、たとえ自分自身は書くのが不得意だと思っていたとしても、生命の奥底からは、「言葉の泉」が、こんこんと湧き出てくるんです。
 そして皆さんが真摯に書き、 語った本物の言論は、必ず時代を動かしていきます。
 忘れ得ぬ〝ペンの闘士〟に、 中国の大文豪・巴金先生がいます。私も4度、語り合いました。先生は世の毀誉褒貶にも揺るがず、幾多の困難をを耐え抜き、勝ち越えました。
 作家活動は、70年間に及びました。晩年は、けがや病気で、 握ったボールペンが何キロもの重さに感じたこともあったといいます。
 それでも、「私はペンに火をつけて、わが身をを燃やします」と、命懸けの言論闘争を貫き、 一日に200字、300子字ずつでも、毎日、書き続けました。著者の秘訣は「心を読者に捧げることです」と。
 誰のために畜くのか、民衆のため、人々の幸福のため、そして全ての母が、全ての子どもが、 笑顔になるために書く。これ以上の正義の言論はありません。
 牧ロ先生、戸田先生の言論は、まさに真の正義でした。苦悩に沈む友を、断じて不幸にしてなるものかという烈々たる信念に貫かれ、どこまでも温かく、慈愛に満ちていました。だからこそ、悪に対しては鋭く、厳しかったのです。この両先生に、私も続きました。
 涼やかな瞳の未来部の友から、「どうして、そんなに、たくさん小説などを書かれるのですか?」と質問を受けたことがあります。
 私は、こう答えました。
 「それは、人を励ますためです。一人でも読んだ人が励まされるならと思い、私は書くのです」と。
 皆さんのお父さん、お母さんのため、そして、君のため、貴女のため、読んでくれる「一人」 のために、その顔を思い浮かべれば、ペンを執らずにはいられません。後継の皆さんは、この師弟の言論戦に続いていってください。
 創価の父母たちは、どれほど、いわれのない悪口を浴びせられ、悪らつな嘘を書き立てられたことか。そうした悪口罵詈など、未来永遠に圧倒していく正義と真実の言論を放っていただきたいのです。

 ──8月24日は「聖教新聞創刊原点の日」です。1950年のこの日、戸田先生と池田先生の語らいで、聖教新聞の構想は生まれました。そして、師弟の闘争で事業の苦境を勝ち越え、 翌51年4月20日、創刊されました。

池田先生 「聖教新聞を日本中、世界中の人々に読ませたい」それが戸田先生の願いでした。その願いの通り、聖教新聞は世界の〝セイキョウ〟として愛され、デジタル時代を迎えて地球のすみずみにまで読者を広げています。
 今、私は愛する未来部の皆さんに真実の歴史を伝え残すために、小説『新・人間革命』を、 毎日、書きつづっています。
 未来部員の中からも、立派な言論人が続々と育ち、世界的な大文豪もか必ずや誕生することを、私は大確信しています。
 これからのリーダーは、ますます「書く力」が大切になります。21世紀のの大指導者に育ちゆく皆さんは、この夏も、夢に向かって、実力を磨いていってください。
 日本中、世界中に、皆さんがつづり、語る、希望の言葉を、 今か今かと待ち望む人たちが大勢いることを、心に刻み、思い描きながら!

第5回 「科学の時代」をリード      (2017年9月1日付 未来ジャーナル)

「生命の世紀」の開拓者《パイオニア》たれ!

 ──先月、創価大学で「全国未来部夏季研修会」「首都圏中等部夏季研修会」が行われました。未来部の研修会では、さまざまな分野で活躍する先輩方が講演する「ドリームブース」が大好評でした。

池田先生 うれしいね。忙しい中、後輩のために駆け付けてくれた先輩の皆さん方に、心から感謝します。本当にありがとう! 宇宙開発に携わる創大出身の先輩も来てくれたんだね。

 ──はい。未来部メンバーは、宇宙科学の最前線を走る先輩の講義に、胸を膨らませていました。

池田先生 ロマンが光っているね。私も、恩師・戸田城聖先生から天文学を教わりました。忘れ得ぬ「戸田大学」での一こまです。先生は万般の学問を個人教授してくださり、教材も当時の最新のものが選ぱれました。
 『新科学大系』というシリーズもそうです。新刊が出た数日後に、早朝の講義で取り上げられたこともありました。〝これからの指導者は、何でも知っておかなければならない。学会は時代の最先端をいくのだ〟との先生の訓練でした。
 科学は日進月歩です。新たな発見や技術が次々と誕生していきます。だからこそ皆さんも探究心を燃やし、いつも生き生きと学んで、時代をリードする力をつけていただきたいのです。
 アメリカ創価大学では2020年を目指し、新しい校舎である「科学棟」の建設と、新たな集中コースである「生命科学」などの開設へ、本格的な準備が始まっています。生命の可能性を開花させゆく科学の新時代へ、哲学と人格を兼ね備えた世界市民を育む、希望の一歩です。

 ──今回のテーマは「科学」です。現代では、科学技術と無関係の職業はないといえます。人工知能(AI)の発達が仕事にどう影響していくかなども、注目されています。

池田先生 「科学」と聞くと、難解そうな数式や専門用語が浮かんでくるかもしれない。しかし、私たちの周りは科学の果実であふれています。
 身近なスマートフォンも、そうでしょう。昔なら考えられなかったようなことが、手のひらで、簡単にできる時代になりました。
 車の自動運転が発達して交通事故がなくなることも期待されています。夢物語だった月旅行や海底探検が、簡単にできる時代も来るでしょう。すでに、コンピューターの世界を通して、その場にいながらにして地球のどこにでも行ったような体験ができるようになってきました。目を見張る未来が、皆さんの前に広がっているのです。

 ──世界的な環境学者のヴァイツゼッカー博士が、池田先生をとの対談で、地球的な課題を克服する科学技術の役割を強調されていました。

池田先生 私は、世界の各分野の科学者と語り合うことを大切にしてきました。戸田先生から学んだ時のように、科学の最先端や基本的な原理を、どんどん質問しました。聖教新聞を通して、多くの人に分かりやすく伝えられるようにと心掛けてきました。民衆が科学の知識を深めることが、平和の力になるからです。
 科学の力、科学の可能性は本当に大きい。
 とともに、科学には〝両面〟があります。スマートフォンだって、あらゆる人とつながりやすくなった一方で、誰かを簡単に傷つけてしまう場合がある。
 科学の発展が、そのまま人間の「幸福」につながるわけではない。良い影響を及ぼすこともあれば、悪い影響を与える存在にもなるのです。
 その最悪の例が、核兵器です。
 多くの尊い生命を一瞬のうちに奪い、一人一人が幸福な人生を歩むために積み重ねてきた努力も、皆で長い時間をかけて育んできた貴重な文化や歴史の宝も、全て破壊してしまう──この理不尽さに、核兵器の残酷な非人道性が表れています。科学の進歩が行き着いた先に、なぜこのような「人間の生存を否定する悪魔の兵器」を生み出してしまったのか。
 大歴史学者のトインビー博士は、私との対談集の最終章で、科学技術の水準が急速に上昇してきたのに、人間の心は少しも向上してこなかったことを指摘されました。
 大事なのは人間の心です。その心が、どこに向いているかです。科学が進歩すればするほど、それを扱う人間自身も進歩しなければならない。心を鍛え、人間性を磨かなければならない。そうでないと、協調は排他へ、創造は破壊へと、いとも簡単に転じてしまう──これが20世紀の教訓だったといえるでしょう。
 科学の力を、人間の幸福のために正しく位置づけ、リードする哲学が今こそ求められています。この時代の要請に応えゆくのは、仏法の生命尊厳の哲学を若くして実践する未来部の皆さんであると、私は声を大にして宣言したいのです。

 ──20世紀は「科学の爆発」の時代だと強調したのは、世界的な物理学者・平和活動家であり、池田先生と対談集を発刊した、ロートブラット博士です。「私と池田会長は、異なる立場から出発して、同じ結諭に達しました」と博士が言われていたのが印象的でした。

池田先生 博士と私が達した結論もまた〝一切の根本は人間である〟〝人間の心の変革に、平和を築く鍵がある〟という点です。博士は、核兵器廃絶を目指す科学者の組織「パグウォッシュ会議」で、初代事務局長、会長などの要職を歴任した〝行動する科学者〟です。
 1908年、ポーランドのワルシャワで生まれ、戦時下の貧困に苦しむ中、〝科学を通して戦争のない世界を創ろう〟と、夢を広げました。学費を払う余裕がないため、「高等学校に行けないならば、自分で勉強すればよい」と、15歳の時から、昼は電気技師として働き、夜は本を読んで猛勉強を重ねました。
 御聖訓には、「鉄《くろがね》は炎打《きたいう》てば剣《つるぎ》となる」(御書958㌻)と仰せです。偉大な人は皆、どんな逆境にあっても、くじけない。それを成長へのバネとして、徹して学び鍛えて、自分を磨き上げていくのです。

 ──博士は、アメリカの原爆開発プロジェクト「マンハッタン計画」に参加した一人ですね。〝ヒトラーが先に原爆を開発すれば恐ろしいことになる〟というのが参加を決めた理由でした。しかし、ナチスが原爆を製造していないことを知ると、完成前に離脱しました。

池田先生 平和の信念の選択をした博士に対し、周囲は〝敵国の協力者〟との悪口を浴びせました。しかし博士には、〝科学を平和のために〟との少年時代の誓いがありました。だから、勇気をもって行動したのです。
 しかし、結局、広島、長崎に原爆が投下されました。博士は、大地が崩れ落ちるほどの衝撃を受けたそうです。
 その後、博士は核物理学から放射線医療の研究に転進しました。それは、自分が行った研究が人々のためにどう役立っているかを、自分の目で見える所で使われてほしいという切なる願いからでした。
 人任せにしない。結果に責任を持つ──博士の姿勢は、科学者だけではなく世界の指導者の模範です。未来を担う皆さんにも大切にしてほしい心です。
 博士は、核兵器の廃絶を世界に訴え続け、連帯を広げてきました。沖縄で博士とお会いした時、来日の長旅を気遣い、「お疲れになったでしょう」と声を掛けました。
 91歳の博士は、ほほ笑みながら、「私は疲れることを、自分に許さないのです」と言われました。博士は述懐しています。「使命を果たすには、あまりにもなすべきことが多くありすぎまて、とても疲れている暇などなかったのです」と。
 人は、自らの使命を自覚したとき、最も強く、最も正しく、自分自身の英知と力を思う存分にに発揮していくことができる。皆さんも、博士のように、青春時代の誓いと使命に生き抜く勇者であってください。

 ──かつて池田先生は、「英知を磨くは何のため 君よそれを忘るるな」との指針を創大生に贈られました。科学の探究においても、重要な指針です。

池田先生 〝私は学ぶ! 学び続ける! 父母のため、友のため、民衆の幸福のために! 世界の平和のために!〟──創価教育の根本精神です。
 人間の幸福を忘れてしまえば、〝学問のための学問〟〝人間を手段とする学問〟になって しまう。科学を人間の幸福に奉仕する学問にするには、常に「何のため」と問い続けていく以外にありません。「何のため」との問いこそ、偉大な探究と創造の道を開くキーワードです。
 「科学の世紀」を「戦争の世紀」にしてしまった20世紀──皆さんは、その終幕から希望の21世紀を先導する転換期に生まれた不思議な世代です。
 21世紀を「生命の世紀」「平和の世紀」へと転じていく。それが、皆さんの深き深き使命なのです。

 ──本年は戸田先生の原水爆禁止宣言から60周年。その重要な佳節に、国連で「核兵器禁止条約」が採択されました(7月)。

池田先生 人類の大きな転機です。核兵器を「絶対悪」と断じ、その全面禁止を求めた戸田先生の精神が、いよいよ国際社会の規範となりつつあります。核兵器廃絶への民衆の連帯を、いや増して強めていかねばなりません。
 1957年の9月8日、先生は5万人の青年を前に、神奈川の天地で、「原水爆禁止宣言」を発表されました。原爆は、人間の心の中にある悪が生み出した魔物です。ゆえに先生は、〝人間の生命の魔性の爪〟をもぎ取ろうと、青年に「遺訓の第一」として託されたのです。
 以来、60星霜、私は、この恩師の師子吼を、片時も忘れたことはありません。世界の指導者と対談を重ね、毎年、平和提言などを通し、恩師の精神を訴えてきました。創価学会・SGIも、世界で平和の展示活動やシンポジウムなどに積極的に取り組んできました。
 核兵器廃絶という平和の闘争に生きたロートブラット博士が、最も信頼したのも青年でした。私も今、全く同じ気持ちです。世界の友と手を携え、この地球に平和の大潮流を起こしていってください。
 さあ、君も、貴女《あなた》も、「生命の世紀」の英知光る開拓者《パイオニア》として、共に立ち上がろう!
2017-09-07 : 未来対話 夢の翼 :
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