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随筆 永遠なれ創価の大城 17 東北は世界の希望

随筆 永遠なれ創価の大城 17   (2017年3月11日付 聖教新聞)

東北は世界の希望


不屈の魂の「人材城」は厳たり
新しき民衆の連帯に「福光の春」


 今、私は、妙法で結ばれた創価家族の縁の深さを嚙み締めております。
 それは、生死を超えて「常楽我浄」の生命の旅を共々に続ける絆です。
 御本仏・日蓮大聖人は遠く離れた門下へ、「我等は穢土に候へども心は霊山に住べし」(御書1316㌻)と仰せになられました。
 いかなる試練にあろうとも、私たちの心は、常に大聖人とご一緒です。亡くなられたご家族も友も、広宣流布に懸命に進みゆく私たちの心の霊山に一緒なのであります。
 あの東日本大震災から6年――。未曽有の災害の犠牲になられた全ての方々に、さらに震災後の苦難の中で逝去された方々に、あらためて、心からの追善回向の題目を送らせていただきます。
 そして、縁深き東北の皆様の幸福勝利と郷土の繁栄を、ひたぶるに祈念し続けてまいります。
 「生死一大事血脈抄」には、「過去の生死・現在の生死・未来の生死・三世の生死に法華経を離れ切れざるを法華の血脈相承とは云うなり」(同1337㌻)と明かされています。
 法華経に結縁した生命には、成仏の血脈が滔々と流れ通い、「三世の生死」にわたって、決して離れることも、切れることもありません。
 ゆえに妙法に包まれた「仏界の生死」であり、「生死ともに仏」(同1504㌻)です。これ以上、大安心の生死は、断じてないのです。

「仏をば能忍と」
 仙台の新・東北文化会館を中心に6県を結んで行われた、凱歌の「新生・東北総会」を、私も嬉しく見守った。
 「負げでたまっか!」――わが東北の同志は、この負けじ魂を命がけで発揮してきた。皆が勇敢なる信心で「心の財」を無量に積み、東北中に「功徳の山々」を築き上げてきたのだ。
 御聖訓に、「此の世界をば娑婆と名く娑婆と申すは忍と申す事なり・故に仏をば能忍と名けたてまつる」(同935㌻)と仰せである。
 すなわち苦悩多き娑婆世界にあって、あらゆる苦難を「能く忍ぶ」勇者を「仏」というのだ。
 御本仏はその永遠の鑑を、打ち続く大難に「いまだこりず候」(同1056㌻)と立ち向かう御自身のお姿を通して示してくださった。
 不撓不屈なる東北家族が、この「師子王の心」に直結していることは、絶対に間違いないのだ。
 復興は道半ば。今も、多くの方々が仮設住宅や避難先で暮らされている現実がある。帰還にも、期待と不安は交錯する。
 まして、悲しさや寂しさ、苦しさは皆違う。一人ひとりの心の復興への歩みは、時間で測れない。
 それでもなお、東北の皆様方は、今いる場所、今いる地域で、生きる勇気を奮い起こし、凍てつく大地から再び草木が芽吹くように、雄渾に立ち上がってこられた。
 御書に「妙とは蘇生の義」(947㌻)とある。妙法とは最極の希望の力といってよい。
 ゆえに私は、宮城、岩手、福島の3県をはじめ、青森、秋田、山形の「歓喜の友々」こそ、「世界の希望なり!」と声を大にして叫びたいのだ。
 この東北の希望の足音に歩調を合わせてこそ、真の「人間主義の世紀」が生まれていくのだと、私は確信してやまない。

支え合って強く
 今回、東北を訪れ交流したSGIの友も、どこまでも温かく、明るく、強靱な、みちのくの同志の姿に感動していた。
 目の前に、苦しむ人、悲しむ人がいれば、そっと手を差し伸べ、寄り添ってきた。ありのままに悩みを語り合い、分かち合い、励まし合って生き抜いてきた。
 信心で戦えば元気になる。だから一緒に戦いたいと声を掛ける――ある被災地の婦人部の友が、深い決意を語っていた。
 「目的は『壁を破る』こと。誰かと比べて勝つことじゃなくて、今の自分より進歩すること」
 そうやって、一歩また一歩と歩みを重ねる一人ひとりが、互いに支え、支えられて、地域社会は強く豊かになる。
 今、私には、「一切衆生は互に相助くる恩重し」(御書435㌻)との御金言が、不滅の輝きをもって拝されてならない。
 我らは、いやまして強盛な「立正安国」の祈りで進み、同苦と励ましの連帯を広げ、地域に根ざした人のつながり、友情で結ばれた心の結合を強めていきたい。そこに、生命尊厳と共生の社会の創造があるからだ。
        ◇
 尊きブラジルの来日メンバーは「タイヨウ音楽隊」の代表であった。音楽の持つ偉大な励ましの力を、生き生きと体現する若人たちだ。
 福島でも、浜通りの北部、4市町村(相馬市、南相馬市、新地町、飯舘村)からなる「福島旭日県」の皆さん方は、各部それぞれに合唱団をつくられている。
 壮年部は「福光銀河合唱団」、婦人部と女子部は合同で「福光春風合唱団」、男子部は20代のメンバーを中心に「福光若獅子合唱団」を結成した。苦闘の日々、歌が元気の力になってきたという。
 昨年の「うつくしまフェニックスグループ」(原発事故等の影響で福島県内外に避難した友の集い)の総福島での大会でも、〝福光の春〟を声高らかに歌った。
 しなの合唱団、創価グロリア吹奏楽団、関西吹奏楽団、創価ルネサンスバンガード、そして東北の音楽隊が被災各地で行ってきた演奏は、100回を数える。
 法華経に登場する妙音菩薩は、「能く娑婆世界の諸の衆生を救護する者なり」(創価学会版法華経616㌻)と説かれる。
 私の心を心とし、希望と勇気の妙音を響かせてくれている創価の楽雄たちに感謝は尽きない。

尊き3つの椅子
 東北国際女性会館に、この度、設置された「東北福光みらい館」を観賞した海外の友の反響も、大きかった。
 展示品の中に、石巻の木工作家の方が制作してくださった、尊い3つの椅子がある。大津波で亡くされた3人のお子さん方への尽きせぬ愛情と祈りが込められている。
 椅子の写真を拝見し、まるで3人のお子さん方が仲良く笑って腰掛けているような、平和と幸福の光を感じ取り、私は深く合掌した。

私には宝がある
 思えば、1970年(昭和45年)の1月、私は未来部への詩「大いなる希望」に詠んだ。
 「昭和54年に 第七の鐘は ひとたび鳴り終わる」「次に新しい 七つの鐘を鳴らすのは 君たちしかない」
 当時、岩手県雫石町の6人の少年少女部員が、私の詩を読み合い、決意の手紙を送ってくれた。
 嬉しかった。「すみれグループ」と名付けられた少年少女たちは、冬を越えて咲く花のように、けなげだった。
 「岩手に行ったら、必ず会いましょう」と、すぐに伝言を託した。
 その約束は2年後(1972年)の7月に実現した。将来の夢やご両親のことなどを語り合い、次のような言葉を書籍に認め贈った。
 「辛くとも 私は 決して くじけない 私には 私には 希望という 宝があるからだ」
 「希望という やさしい そして 強い心をもって 私は いつまでも 幸をつくっていくのだ」
 使命が大きいゆえに、試練もあろう。残酷な現実に直面する時もあるかもしれぬ。だが、それでも希望を忘れてはならない――そう願って綴った。
 今も私の心は、未来部の友と直結だ。生命と生命はつながっている。
 今回の東北総会では、最後に宮城の青葉少年少女合唱団が凜々しく壇上に立ち、東北の歌「青葉の誓い」を全参加者と歌い上げてくれた。
 この4月には、震災直後に小学校に上がった友が中学生になり、中学に上がった友は大学生や社会人になる。6年という歳月に、東北の若人たちは何と逞しく成長してくれたことか。未来を限りなく照らす希望の宝だ。

〝流れ〟を未来へ
 40年前(1977年)の3月、私は福島の地で、3・16「広宣流布記念の日」の意義を語った。
 広宣流布は〝流れ〟それ自体である。青年が先駆となり、人材の流れを強く、深く、大きくするという儀式こそ「3・16」の意義なのだ、と。
 「広布の総仕上げ」を託した東北から、負けじ魂に燃える後継の地涌の陣列が躍り出ることを、私は祈り、信じた。
 今その通りになった。世界が東北を希望とし、東北の底力に励まされているではないか。
 岩手出身の詩人・宮沢賢治はうたった。
 「はがねを鍛へるやうに新らしい時代は新らしい人間を鍛へる」と。
 いつも私の心の真ん中には、鍛え上げられた、新生の東北家族がいる。
 「学会精神は、東北に学べ!」と、誰もが仰ぎ見る「凱歌の人々」だ。
 「冬は必ず春となる」――見よ! この不滅の大法則のままに、「福光の春」は輝き始めた。
 わが東北の不屈の魂の人材城よ、師弟の誓いの大城よ、永遠なれ!

 宮沢賢治の言葉は『宮沢賢治全集2』(筑摩書房)。
2017-08-14 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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