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御書と歩む 11〜20

御書と歩む 11 SGI会長が贈る指針       (2016・4・13付 聖教新聞)

題目こそ幸福の源泉

 只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪やあるべき来らぬ福や有るべき、真実なり甚深なり是を信受すべし(聖愚問答抄、497㌻)

通解 ただ南無妙法蓮華経とだけでも唱えるならば、滅しない罪があろうか。訪れてこない幸福があろうか。このことは真実であり、極めて深い法門である。これを信受すべきである。

同志への指針
 全ては「祈り」から始まる。
 真の祈りとは、漠然とした願望などではない。「断じて成し遂げてみせる!」という深き強き「誓願の祈り」だ。それが自分自身の崩れぬ境涯を開くのだ。
 題目の功力は、宿業を転換し、福徳を呼び起こす。この真実にして甚深なる妙法を信受して進むのだ。真剣に唱題し抜いた人は、いかなる苦難があっても、最後は必ず勝つ。

御書と歩む 12 SGI会長が贈る指針       (2016・4・18付 聖教新聞)

全世界の同志が祈っている!

 何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すな(呵責謗法滅罪抄、1132㌻)

通解 どのように世の中が乱れていても、あなた方のことを「法華経や十羅刹女よ、助け給え」と、湿った木から火を出し、乾いた土から水を得ようとする思いで強盛に祈っている。

同志への指針
 熊本・大分など各地で続く地震の被災者の皆様に心からお見舞い申し上げます。大好きな九州家族を苦しめる災害の終息を祈り抜いています。
 大悪をも大善に変えるのが変毒為薬の妙法です。最も大変な時に最も偉大な勇気の光を放つのが、地涌の菩薩です。
 わが大九州の宝友を、諸天よ、断じて護り給え!と、全国全世界の同志と共に、強盛に題目を送り続けていきます。

御書と歩む 13 SGI会長が贈る指針       (2016・4・28付 聖教新聞)

立宗の大精神を胸に

 南無妙法蓮華経と高声によばはりて二十余年をふる間・或は罵られ打たれ或は疵をかうほり或は流罪に二度死罪に一度定められぬ、其の外の大難数をしらず(妙密上人御消息、1240㌻)

通解 (日蓮は)南無妙法蓮華経と高声に題目を唱えて、二十余年を経た。その間というものは、あるいはののしられ、あるいは打たれ、あるいは傷を受け、また流罪には伊豆、佐渡と二度あい、さらには一度、竜の口の法難という死罪に定められたのである。それ以外の大難は数知れない。

同志への指針
 立宗のその日から、妙法流布に一身を捧げ、幾多の大難を越えられた大聖人の御振る舞いが偲ばれてならない。
 「末法の一切衆生を救う」との大誓願。「民衆を不幸にする邪悪は許さない」との大情熱。「いかなる苦難にも屈しない」との大確信──。我らには、この宗祖の大闘争に連なる誇りがある。「師子王の心」で世界広宣流布と立正安国の万年の大道を開きゆくのだ。

御書と歩む 14 SGI会長が贈る指針       (2016・5・10付 聖教新聞)

朗らかに、勇んで進め!

 一切衆生・南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり経に云く「衆生所遊楽」云云、此の文・あに自受法楽にあらずや、衆生のうちに貴殿もれ給うべきや、所とは一閻浮提なり日本国は閻浮提の内なり(四条金吾殿御返事、1143㌻)

通解 一切衆生にとって、南無妙法蓮華経と唱える以外に遊楽はない。寿量品には「衆生の遊楽する所なり」とある。この文は「自ら法楽を受ける」ことを言っているのである。「衆生」の中に、あなたが漏れることがあろうか。「所」とは一閻浮提(全世界)であり、日本国は、その閻浮提の内にある

同志への指針
 人は何のために生まれてきたのか。それは、幸福を勝ち取るためである。その究極の力が信心である。
 「貴殿もれ給うべきや」──一人も漏れなく、衆生所遊楽の境涯を開くことができる。
 「所とは一閻浮提なり」──地球上のいずこであれ、人間革命の勝利を広げていける。
 妙法を唱え抜き、歓喜の中の大歓喜の人生を、朗らかに、勇んで進もう!

御書と歩む 15 SGI会長が贈る指針       (2016・5・18付 聖教新聞)

立正安国の声を広げよ

 法華経の法門を一文一句なりとも人に・かたらんは過去の宿縁ふかしとおぼしめすべし(椎地四郎殿御書、1448㌻)

通解 法華経の法門を一文一句であっても、人に語るのは、過去世からの縁が深いと思うべきである。

同志への指針
 昼夜を分かたず、法のため、友のため、社会のために、打って出る信念の対話は、全て宿縁ふかき地涌の菩薩の行動である。仏縁が広がらないわけがない。
 苦悩に沈む友に寄り添い、励ましの声を掛ける。民衆の幸福の社会を築くために正義と真実の声を上げる──。
 大聖人に直結する我らの希望と信頼のスクラムこそ、「立正安国」への直道なのだ。

御書と歩む 16 SGI会長が贈る指針         (2016・5・26付 聖教新聞)

信心の実践は全てが福運に

 たとへばくろがねをよくよくきたへばきずのあらわるるがごとし、石はやけばはいとなる金は・やけば真金となる(兄弟抄、1083㌻)

通解 (難に遭う意味は)例えば、鉄を念入りに鍛え打てば、内部の疵が表面に現れてくるようなものである。石は焼けば灰となるが、金は焼けば真金となる。

同志への指針
 妙法を信受する生命は「金」である。乗り越えられない難など絶対にない。
 宿命転換の仏法である。障魔は、我らの信心を試しているのだ。
 仏道修行は、金剛不壊の境涯を開く鍛錬である。ゆえに、全てが福運に変わる。
 逆境と戦う友よ、勇敢に題目を響かせ、生命を「真金」と輝かせゆけ! 未来へ希望を贈る勝利劇を!

御書と歩む 17 SGI会長が贈る指針       (2016・6・2付 聖教新聞)

一人と会い、一人を励ませ

 一日も我がかたとて心よせなる人人はいかでかをろかなるべき(高橋入道殿御返事、1460㌻)

通解 たとえ一日であろうと、わが味方として心を寄せてくれる人々を、どうして粗略にできようか。

同志への指針
 たとえ一日であっても、心を寄せてくれる人をおろそかにしない──これが御本仏の大きな大きな慈悲である。
 広宣流布は、このお心を拝し、一人と会い、一人を励ます民衆運動である。縁する友人に、勇気と誠実と確信の対話を広げるのだ。
 内外の友と楽しく、朗らかに仏縁を結びながら、わが地域に崩れざる信頼のスクラムを粘り強く築いていこう!

御書と歩む 18 SGI会長が贈る指針         (2016・6・8付 聖教新聞)

一人と会い、一人を励ませ

 法性の空に自在にとびゆく車をこそ・大白牛車とは申すなれ、我より後に来り給はん人人は此の車にめされて霊山へ御出で有るべく候、日蓮も同じ車に乗りて御迎いにまかり向ふべく候き(大白牛車御消息、1584㌻)

通解 法性の空へ自在に飛びゆく車を大白牛車とはいうのである。私(日蓮)より後に来る人々は、この車に乗られて霊山へおいでになるがよい。その時、日蓮も同じ車に乗ってお迎えに向かうであろう。

同志への指針
 妙法を唱え、広布に走る生命には、三世永遠に壮大な幸福境涯が約束されている。金銀等の七宝で飾られ、六万余の仏菩薩と共に法性の空を駆け巡る荘厳なる大白牛車は、その象徴だ。
 御本仏が、この大白牛車で迎えに来てくださるとまで仰せである。生々世々、無量の福徳に満ち、「生も歓喜、死も歓喜」の境地に包まれゆくことを大確信されたい。

御書と歩む 19 SGI会長が贈る指針             (2016・6・14付 聖教新聞)

障魔を打ち破って進め

 生死をいで仏にならむとする時には・かならず影の身にそうがごとく・雨に雲のあるがごとく・三障四魔と申して七の大事出現す(三沢抄、1487㌻)

通解 生死を出離して仏に成ろうとする時には、必ず影が身に添うように、雨の時に雲があるように三障四魔といって七つの大きな障魔が現れてくるのである。

同志への指針
 広宣流布の前進とは、常に障魔との戦いの中にある。魔の本性を鋭く見破り、立ち上がるのが仏の智慧である。
 ゆえに障魔を越えてこそ、広宣流布は拡大する。自身の人間革命もできる。正法を実践して競い起こる難は、全て一生成仏の推進力となる。
 「なぜ自分が」などと嘆く必要はない。「今こそ宿命転換の好機なり」と、勇気ある信心で断固と打ち勝っていくのだ。

御書と歩む 20 SGI会長が贈る指針         (2016・6・23付 聖教新聞)

異体同心の団結こそ飛躍の力

 二人一同の儀は車の二つのわの如し鳥の二つの羽のごとし(兵衛志殿御返事、1108㌻)

通解 (池上兄弟に対して)あなた方兄弟二人が団結した姿は、ちょうど車の両輪のようである。また、鳥の二つの翼のようである。

同志への指針
 団結は力だ。団結あるところ、前進があり、飛躍がある。
 広宣流布は、異体を同心とする連帯によって実現する。地涌の友が互いに支え合い、善を拡大する時、妙法の功力は限りなく現れる。立正安国の誓願を、断じて勝利で飾ることができるのだ。
 「イタイドウシン」は、今や世界の共通語である。仲良く朗らかに、平和と幸福のスクラムを勝ち広げていこう!
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2016-06-27 : 御書と歩む :
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随筆 永遠なれ創価の大城 8 誓い忘れじ壮年部

随筆 永遠なれ創価の大城 8         (2016年6月18日付 聖教新聞)

誓い忘れじ壮年部

広宣流布の闘魂に燃えて前進!
王者の風格で「正義」と「真実」を語り抜け


 御本仏・日蓮大聖人は佐渡流罪の大難の中で、「今に至るまで軍やむ事なし」(御書502㌻)と仰せられた。
 この如説修行の闘魂を真っ直ぐに受け継ぎ、進んできたのが、牧口先生・戸田先生以来、我ら創価の壮年の誉れである。
 いかなる事業も、闘魂なくして成し遂げることはできない。たとえ地味であっても、わが戦野に臨んで、崇高な使命を果たしゆく闘魂ほど、誇り高いものはあるまい。
 我らの闘魂とは、広宣流布への闘魂だ。自身の人間革命と、苦悩の民衆救済への誓願だ。
 末法万年にわたる未来のため、混乱極まる五濁悪世の真っ只中で、立正安国の大闘争に身を投じ、戦い切って一生を終える。これほど充実した、悔いなき英雄の人生は絶対にない。

五勇士が堂々と
 わが盟友たる壮年部が今、各地で意気軒昂に、「ブロック五勇士」に取り組んでくれている。
 あの地でも、この地でも、新たな「黄金柱」が堂々と立ち上がった。
 聖教紙面に並んだ写真を拝見しては心が躍る。各地域の名前から、「あの時、駆けつけたな。懐かしい」「この地域も頑張っているな」などと、思いを馳せている。
 本年、「五勇士」の拡大の火ぶたを切ってくれたのは、「鉄桶の団結」の大埼玉である。
 埼玉ゆかりの作家・武者小路実篤翁は言った。「男子立ち上れば/何かする。/きつと何かする/しないではをさまらない/胸がすくまで、何かする/皆がよろこんでくれることを/何かする。」
 健気な創価の家族が喜んでくれるならばと、いかなる労苦も厭わない。皆の胸がすくまで、激流が迸り、流れ続けるように、戦って戦って戦い抜くのだ。
 だから強い。どんな権威にも、どんな邪知にも断じて負けないのだ。
 壮年が決然と一人立つならば、どれほど大きな力が出るか。父が厳然としていれば、どれほど安心と喜びが広がるか。
 一騎当千である。その「一人」を大切にする。粘り強く通い、信頼を育み、励まし続ける。熱い男の友情と連帯を、私は最大に讃えたい。
 また、陰で懸命に祈り、応援してくださる婦人部の方々がいますと、常に妻から言われている。

武蔵の剣の極意
 御聖訓には、「法華経の剣は信心のけな(勇)げなる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼう(鉄棒)たるべし」(御書1124㌻)と記されている。
 勇気ある信心を貫く丈夫は、「絶対勝利」の宝剣を持っているのだ。
 今、八王子市の東京富士美術館では、〝刀剣展〟(「ザ・刀剣――千年の匠の技と美」)が行われている。
 ここには、かの宮本武蔵が所持していたともいわれる刀「無銘 伝正宗」(名物武蔵正宗、刀剣博物館所蔵)が特別出品されている。
 無双の剣豪・宮本武蔵は、晩年を九州・熊本の地で過ごし、独自の兵法観と思想を集大成した『五輪書』をまとめた。
 そこに「生国播磨」――今の兵庫出身と記した彼は、生涯で60数回にわたって勝負をして一度も負けなかったという(出生地には、美作〈現・岡山県内〉説もある)。
 なぜ、強かったのか。
 武蔵は自身の剣術について、「水を本として、心を水になすなり」と譬えた。水は形を自由に変える。この水の如く、自分を自在に変えることができたから強かったというのである。さらに実際の太刀の使い方や構えにも、固定的な型はないと述べている。
 千差万別の相手に、自在に対処していくのだ。決して過去の成功にとらわれず、電光石火で対応を変化させる。これこそ武蔵の必勝の哲学だ。
 『五輪書』は、「一人の敵に自由に勝つときは、世界の人にみな勝つところなり」と論じてもいる。
 我らが真剣勝負の対話で、一人の心をつかむことは、万人の心をつかむことにも通じよう。
 大聖人は、「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか」(御書254㌻)と明言なされた。「断じて勝つ」との強き一念で御本尊に祈り、勇敢に一歩を踏み出せば、世雄たる仏の随縁真如の智は、いくらでも湧いてくるのだ。

「忍辱の鎧」で
 神奈川出身の吉川英治氏の名作『宮本武蔵』は、奥深い“水の心”に触れた言葉で結ばれている。
 「波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚は歌い雑魚は躍る。けれど、誰か知ろう、百尺下の水の心を。水のふかさを。」
 世に、自らの我欲や保身のため要領よく泳ぐ小才子は多い。しかし、いかに雑音を浴びせられようと、「忍辱の鎧」を着して耐え抜き、無骨なまで、広布の誓願のために奮闘する。これが、まことの勇者の境涯だ。

我らは滝の如く
 私も〝水の心〟を詩に詠んだことがある。

 滝の如く 激しく
 滝の如く 撓まず
 滝の如く 恐れず
 滝の如く 朗らかに
 滝の如く 堂々と
 男は
 王者の風格を持て

 45年前の6月、新緑まばゆい青森の奥入瀬渓流を訪れた折、清冽にほとばしる滝を見た感慨を詠ったものだ。
 翌年、青森出身の芸術部の方が詩に曲をつけてくださった。
 この「滝の詩」を、長年、地元・青森の同志が大切に歌い継いでくれていたのである。
 その後、「滝の詩」の曲を収めたCDを、青森の壮年部有志が届けてくださった。とても良い歌だ――私は、直後の会合で、関西男声合唱団の皆さんに歌っていただいた。
 「男は 王者の風格を持て」と呼びかける、その雄々しき歌声は、大きな感動を呼び、瞬く間に全壮年部の愛唱する歌となっていったのである。
        ◇ 
 我ら壮年部は、本年で結成50周年を迎えた。
 結成記念日の「三月五日」は、数字を反対に置くと「五月三日」となる。「創価学会の日」であり、「創価学会母の日」ではないか。
 陰で、一切の土台となって学会を担い立つと、腹を決めた、我らの責任感の象徴ともいえる。
 我らは厳として創価の王城を死守する。そして、太陽の婦人部や後継の青年部に、思う存分、活躍してもらうのだ。
 創価学会には、壮年部の深き一念から、安心と信頼と感謝がみなぎる。異体同心となり、全軍に躍進の勢いが生まれる。
 婦人部と青年部の輝く65周年。全学会員に完勝の宝冠を捧げる。それこそが齢五十の壮年部の重大な天命なのだ。

仏法は勝負なり
 壮年部の勇戦の鑑ともいえる牧口常三郎先生が使われた御書には、「夫れ仏法と申すは勝負をさきとし」(御書1165㌻)の箇所に朱線が引かれていた。ページの余白には、「勝負」の二字も書き込まれている。
 60年前、私が関西の友と拝した御文がある。
 「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし、『諸余怨敵・皆悉摧滅』の金言むなしかるべからず」(同1192㌻)
 門下の柱として必死に戦う壮年・四条金吾に送られた御指導である。
 学会の勝負は、最後は壮年部が決するのだ。
 堂々と正義と真実を語り抜き、学会の偉大さを満天下に示すのは、師弟の真髄を結果で体現する壮年部なのである。

「今ここ」で勝つ
 わが壮年部の友は、打ち続く障魔の嵐の中、私と共に広布の道なき道を切り開いてきてくれた。
 自らの試練も、宿命も、断固と勝ち越え、生き抜いてこられた百戦錬磨の同志だ。不思議にも、今この時に居合わせ、苦楽を分かち、勇猛精進する戦友だ。「宿縁深し」と思えてならない。
 「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり」(同1451㌻)――「今ここ」が勝負所であり、広布の決戦場であり、自身の宿命転換の正念場である。こう自ら決めて祈り、行動する時、勝利の突破口は豁然と開かれるのだ。
 大聖人は厳命された。
 「願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ」(同1589㌻)
 さあ、壮年の出番だ。信頼する創価家族の父たちよ! いかなる強敵にも怯まぬ無敵のスクラムを組んで、師弟の大道を戦い進もう!
 「王者の風格」を持って世界広布新時代の開拓へ、元初より誓い願った今生の勝ち戦に、いざ打って出ようではないか!
  
 歴戦の
  正義の王者
   我なりと
  岩をも砕きて
   凱歌 勝ちとれ
  
 ――明日は「父の日」。ご一家そして地域社会の柱たる、大切な皆様方の健康長寿と絶対勝利を心から祈りつつ。
 

 武者小路実篤の言葉は『武者小路實篤全集11』(小学館)、『五輪書』は佐藤正英校注・訳(筑摩書房)、吉川英治は『吉川英治全集18』(講談社)。
2016-06-18 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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世界教育者サミットへのメッセージ

世界教育者サミットへのメッセージ
                   (2016年6月12・13日 アメリカ創価大学)

アメリカ創価大学(SUA)大学院が主催する「世界教育者サミット」が12、13の両日、SUAのキャンパス(カリフォルニア州オレンジ郡アリソビエホ市)で開催された。創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長はメッセージを寄せ、人類意識に目覚めた世界市民の連帯をさらに広範に築き、「平和の文化」創造への潮流を断固として高めていきたいと念願した。同サミットには、32カ国の教育者・学識者が出席。アンワルル・チョウドリ元国連事務次長が議長を務め、国際平和教育研究所名誉創設者のベティー・リアドン博士、国際大学協会のズルキフリ・アブドゥル・ラザク会長らが講演した。また席上、「世界教育者サミット宣言」が満場一致で採択された。
 「サミットがSUAで開催されたこと自体に、大きな意義があります。なぜなら、ここに世界市民教育の模範があるからです」
 国際大学協会のズルキフリ会長は語った。
 SGI会長が世界市民教育の理念などについて論じた、米コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジでの講演(1996年6月13日)。当時、SUAのオレンジ郡キャンパスの開学への準備が着々と進んでいた。
 講演の質疑応答では、SUAの展望についても質問が飛んだ。これに対しSGI会長は、「平和」「人権」「生命の尊重」を柱とし、「21世紀、22世紀をリードする学生を育てたい」と応じた。
 まさに、この講演で示された〝平和の世紀を築くため、人類に貢献する世界市民の育成を!〟とのSGI会長の教育理念を体現するために誕生したのが、SUAなのである。
 同カレッジでの講演で、SGI会長は具体的な提案をした。
 「人類の将来を展望するうえで、国家の枠を超えた教育者の地球次元での連帯が、何よりも重要となってくると、私は強く思う一人であります。その意味において、私は、いわゆる政治家だけの『サミット』ではなくして、『教育者のサミット』を最大に重視し、提唱したいのであります」
 講演から20周年――〝創立者の構想実現こそ私たちの使命!〟とSUAの大学院生、教職員が奔走。今回の「世界教育者サミット」が開催されたのである。
 平和教育の大家であるリアドン博士も「20年前の池田会長の呼び掛けに、SUAの学生たちが応え、サミットが実現したことに感動しています」とSUAに駆け付けた。


メッセージ

「生命の尊厳と平等」が輝く未来へ
智慧・勇気・慈悲の世界市民を育成


 一、人類の未来を、鮮烈な希望の光で照らしゆく、意義深き「世界教育者サミット」の開催、誠におめでとうございます。
 世界には多くのサミットがありますが、「教育」という旗印を掲げた本サミットは、何と誇らかに理想の高みに立ち、何と広々と信頼の連帯を結び、そして何と力強く地球の明日へ前進しゆく集いでありましょうか。
 きょうは、世界32カ国から、多くの教育者・研究者の先生方が、わがアメリカ創価大学のキャンパスにお越しくださいました。
 議長を務めてくださるアンワルル・チョウドリ博士、講演を行ってくださるベティー・リアドン博士をはじめ、全ての諸先生方に心より御礼を申し上げます。
 20年前、私はコロンビア大学のティーチャーズ・カレッジで行った講演で、世界教育者サミットを提案いたしました。
 アメリカ創価大学の大学院生、教員の先生方が中心となって、このように実現してくださり、創立者として、これほどうれしく、これほど光栄なことはありません。尊きご尽力に感謝は尽きないのであります。
 一、なぜ、「世界教育者サミット」の開催を提唱したか――。
 それは、世界の教育者たちが、国家の枠を超えて、「人間の幸福」「生命の尊厳と平等」のための教育の在り方を、グローバルな視野から、共に探究し、連帯しゆくことが、平和な地球社会の創造にとって、何よりも重要であり、何よりも希望となると考えたからであります。
 世界では今なお、貧富の格差の拡大、自然環境の破壊、凄惨なテロや紛争の頻発など、人間社会を分断し、生命の尊厳を根底から脅かす、さまざまな形の暴力が吹き荒れています。そして、その最も深刻な犠牲となるのは、子どもたちであります。
 こうした人類社会の悲劇を、何としても平和と共生と人道の方向へ転換していきたい。その鍵こそが、教育ではないでしょうか。
 尊敬するベティー・リアドン博士は訴えておられました。「『暴力の文化』の転換は、教育によってこそ可能であり、教育が一番の希望でもあるのです」(藤田秀雄・淺川和也監訳『戦争をなくすための平和教育』明石書店)と。
 世界の教育者が、「平和の文化」の創造へ、英知を結集し、新たな「教育の世紀」へ連帯を強め広げゆくなかにこそ、人類の希望はいや増して輝くことを、私は確信してやまないのであります。

地球民族主義の大理想を掲げて

 一、今回のサミットでは、「世界市民のための教育」とのテーマのもと、ディスカッションが行われ、「平和」「人権」「開発」「環境」の各分野での課題が考察されると伺っております。
 「世界市民の育成」は、創価教育の出発点からの理念であり、根幹の精神であります。
 創始者である牧口常三郎先生は、すでに1903年に発刊した、若き日の大著『人生地理学』において、自身の「郷土」を立脚点としつつ、それぞれの国家の国民であるとともに、一人の「世界民(世界市民)」であることを自覚すべきであると促しておりました。誠に透徹した、先見の主張でありました。
 やがて、日本が凶暴な国家主義に傾斜し、教育までが抑圧されていくなかで、牧口先生は平和の信念を貫いて軍部政府と対峙し、獄死を遂げられております。
 その後継である戸田城聖先生も、第2次世界大戦後、「地球民族主義」というビジョンを提唱しました。そして、東西冷戦下にあって、地球に住む人類は一つの民族であり、運命共同体として、世界平和を実現していかねばならないと訴えたのであります。人類の幸福と平和に貢献する、揺るぎない信念を持つ世界市民の育成――これは、この先師・恩師から私が受け継いだ、大いなる理想であり、使命なのであります。
 一、20年前の講演で私は、私たちが目指すべき「世界市民」の要件として、三つの資質を挙げました。
 すなわち――①生命の相関性を認識する「智慧」②他の民族や文化との差異を恐れない「勇気」③他の国の人々の痛みにも同苦する「慈悲」、であります。
 壮大な人間教育、民衆教育の哲理といえる仏法においても、「智慧」と「勇気」と「慈悲」は、あらゆる人間の生命に等しく具わると説かれています。
 そして、この一人一人の生命に内在する力を、人々のため、社会のために貢献する行動と対話の中で、十全に薫発し、開花させていくことを教えているのであります。
 ともあれ、「知識」を「智慧」へと昇華させ、「恐れ」を「勇気」へと変え、「傍観や無関心」を「慈悲」の行動へと転換していく教育の在り方が、現代ほど希求されている時代はないでありましょう。
 その最先端の道を開拓しゆくアメリカ創価大学オレンジ郡キャンパスの構想を、私が広く世界に披露したのも、20年前のアメリカ訪問の折でありました。
 創価教育の夢の結晶であるアメリカ創価大学で、世界市民教育をめぐって討議されるこのたびのサミットが、人類社会の在り方に、貴重な示唆を贈りゆくことを心から期待するものであります。

自らを変革せよ
 一、敬愛してやまないチョウドリ博士は、私との対談の中で、「どうやって自分の貪欲や偏見を克服するか」「どうやって他者への共感を育むか」等々、教育における人間自身の変革と成長の意義を強調されていました。
 そして、「教育の目的は、あらゆる意味において、“より良い人間”となり、世界市民となって、人類のために働くことです」と明確に語られております。
 この人間生命の変革と、人類意識に目覚めた世界市民の連帯を、さらに堅固に、さらに広範に築き上げながら、「平和の文化」創造への潮流を断固として高めていく――ここに、教育に託された希望の挑戦があると言えないでしょうか。
 私自身、アメリカの諸大学はもとより、世界中の教育機関を訪れ、イデオロギーや政治体制など、あらゆる差異を超えて、教育の連帯を結んできました。これは、アメリカ創価大学の俊英たちに受け継いでもらう宝です。
 人間の社会的ネットワークの重要性は、近年の社会医学の知見からも、今、大きな注目を集めております。すなわち、私たち人間の相互のつながりは、善きものを実現する力ともなり、脳が一つのニューロンではできないことを実現するように、一人の人間ではできないことを成し遂げていくというのであります。
 私たちは、この人間と人間の善きつながり、そして世界市民教育の共感の波動を、きょう集われた尊敬する先生方と共に、世界へ、未来へ、さらに大きく広げてまいりたい。

手を取り合い希望の一歩を
 一、思えば、1969年7月、人類初となるアメリカの有人宇宙船アポロ11号の月面着陸という歴史的な第一歩を、私は創立間もない創価学園の学園生たちと見守りました。
 そして、「地球人」として宇宙に心を広げながら、戦争のない時代への一歩を踏み出すことを約し合ったのです。
 私は、今回の世界教育者サミットを、大きな希望の一歩として、地球上の全ての青少年の笑顔輝く「教育の世紀」「平和の世紀」の創出のために、共々に力を合わせ進んでいきたいと念願しております。
 最後に、ここに集われた、かけがえのない地球家族の皆様方のますますのご健勝を心からお祈り申し上げ、私のメッセージといたします(大拍手)。
2016-06-18 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 7 創価の女性の六月

随筆 永遠なれ創価の大城 7       (2016年6月9日付 聖教新聞)

創価の女性の六月

幸福常勝の太陽万歳!
希望と励ましの連帯は無敵なり


 6月10日は、我ら創価家族の尊き母たちの大切な原点の日である。
 結成65周年の「婦人部の日」を、皆で感謝を込めてお祝いしたい。
 本当におめでとう!
 いつもありがとう! 
 さらに、6月4日は、世界の華陽姉妹の記念日であり、広布の華・女子部の清らかな笑顔が一段と明るく咲き薫った。
 日蓮大聖人の法門は「太陽の仏法」である。
 「今法華経の時こそ女人成仏の時・悲母の成仏も顕われ」(御書223㌻)と仰せの如く、女性の生命が最高に輝き渡る法理である。今や妙法を唱える女性たちの活躍が、世界中で慈愛の陽光となって人びとの心を照らし、温める時代に入った。
 先月、SGIの研修会に参加されたコートジボワールの友は、「太陽の仏法」が必ず世界を照らしゆくとの仏法西還の誓願が記された「諫暁八幡抄」を学び合った。
 「ホッシャクケンポン(発迹顕本)支部」――誠に崇高な名前を冠した支部で婦人部長を務める友からの報告も伺った。
 民族間の紛争や伝染病の蔓延など過酷な現実にも怯まず、題目の師子吼を響かせ、勢いよく対話に駆けておられる。
 「私たちが『ソレイユ(太陽)』となって、アフリカの女性が輝く時代を必ず切り開きます!」
 御本仏が願われていた一閻浮提の「女人成仏」、一切衆生の「発迹顕本」へ、希望の光彩はいやまして地球を包んでいる。

尊き慈悲の実践
 「諫暁八幡抄」には、「一切衆生の同一苦は 悉く是日蓮一人の苦と申すべし」(同587㌻)との大慈悲が示されている。
 この御本仏の闘争に連なり、人びとの苦悩にどこまでも同苦し、「抜苦与楽」の慈悲の実践を現実社会の中で繰り広げているのが、創価の女性たちである。
 自らも悩みや苦しみと戦うからこそ、同苦できる。一緒に題目を唱え、苦難に負けない「師子王の心」を取り出して、一歩一歩、幸の道を力強く進んできたのである。
 先日も、埼玉の友の元気な近況を懐かしく聞いた。私が青年部の第一部隊長の頃、県内の各地を家庭訪問や座談会に動く中でお会いした女子部の方たちである。
 「水の流れるような信心を!」と約束した通り、90代、80代となっても不退の心で、仲良き〝華陽姉妹〟は〝多宝姉妹〟として、各支部の最前線で、使命の対話を積み重ねておられる。
 お世話になった座談会場のお嬢さんも、立派な埼玉婦人部のリーダーと光っている。
 わが師・戸田城聖先生が「一人ももれなく幸福に!」と望まれた如く、それぞれに挑んだ学会活動の歴史は、全てが自他共の幸福勝利の足跡となっていくのだ。

タンポポの笑顔
 現実の悩みは絶えない。言うに言えない辛労に涙する時もあろう。
 だが、創立の父・牧口常三郎先生は、獄中から「心一つで地獄にも楽しみがあります」と家族に書き送られた。
 先師が命を賭して教えてくださった精神の宝こそ、「一念三千」の法理である。一念の心の変革が、一切を変えていく。ゆえに、心を強く、また賢く育んだ人は幸福だ。
 胸に蘇る一詩がある。
 「踏まれても 踏まれても なお咲く タンポポの笑顔かな」――私が関西の友と、幾度も心に刻んできた詩である。
 大地に深く根を張り、笑顔の花を咲かせる小さな太陽・タンポポの如く、妙法受持の女性たちは、いかなる宿命の嵐にも、凜然と顔を上げた。朗らかに「冬は必ず春となる」の勝利劇を、現実に示し切ってきたのである。

〝白菊〟薫る熊本
 「おお 明るい母の声こそ勇気の響きなり
 母を思えば乗り越えられぬ試練はない」
 信濃町の創価世界女性会館にある「母」の歌の碑文に、私は綴り贈った。
 思い返せば、〝女性のための会館〟の先駆けは、熊本の阿蘇にあった九州白菊講堂である。
 阿蘇地方には、「孝女白菊」――西南戦争で行方知れずとなった父を探し、旅に出る乙女・白菊の物語が伝わる。40年ほど前、熊本で若き女性のための法城を願う声が上がった折、こうした話が縁となり、〝白菊講堂〟の誕生に至ったのである。
 1981年(昭和56年)師走、私が訪れたのも、この講堂であった。
 今回の熊本地震では、本年2月に新築完成した阿蘇白菊会館が、被災者の一時避難所、救援活動の堅固な拠点となった。不眠不休の友の献身に、安堵の笑みが広がった。
 なかんずく、母たちの励ましは、あまりにも温かく尊貴である。
 大聖人は、女性の団結の大切さを「同心なれば」(同1324㌻)、「常によりあひて」(同1114㌻)と仰せになっている。
 生々 世々、我らは異体を同心とし、苦楽を分かち、越すに越されぬ坂をも勝ち越えていくのだ。
 この〝希望と励ましの花綵〟は、北は北海道・東北から南は九州・沖縄まで、日本列島の津々浦々に広がっている。
 壮年部の〝ブロック五勇士〟また男女青年部の拡大の陰でも、どれほど婦人部が支えてくださっていることか。

〝婦女一体〟の絆
 「孝女白菊」は明治の国文学者・落合直文により詩に詠まれた。恩師がお好きだった〝大楠公〟も、彼の名作の一つである。
 〝大楠公〟といえば、阪神・淡路大震災から5年後(2000年)に、楠木正成ゆかりの湊川に近い神戸の長田文化会館を訪問できたことが忘れられない。震災当時、避難所としてフル回転した会館である。この日、館内の一室で、朗々たる題目が響いていた。
 婦人部の皆様方が神戸の復興を、全同志の幸福勝利を、厳然と祈ってくださっていたのである。
 ああ、この尊き母たちの祈りが「常勝の太陽」を昇らせてきたのだ!
 私は、広間のピアノで〝大楠公〟を奏でるとともに、地元の同志と追善の勤行を行い、語った。――人生は幸福になるための戦い。妙法を唱え、戦う人は、どんな苦難も乗り越える力と自分自身を築いていけるのです、と。
 7年前(2009年)の6月4日、創価女子会館を妻と訪問した時も、私は〝大楠公〟を弾いて若き友に贈った。父子の詩の意義を込めて。
 女子部の友は、「華陽の誓い」の歌を清々しく歌い上げてくれた。見守る婦人部の先輩たちも嬉しそうであった。
 わが〝婦女一体〟の麗しい連帯がある限り、学会は永遠に未来の門を開いていける。私と妻の心も晴れやかであった。
        ◇
 大聖人は「母の御恩忘れがたし」(同1398㌻)と言われた。尾張国(現在の愛知県)に住んでいたとされる女性門下へのお手紙の一節である。
 大聖人は、法華経こそ最高の父母孝養の経であると示され、中部有縁の女性に「この法門を善知識(善友)に会って、何度も聞いていきなさい」(同1401㌻、通解)と励まされている。
 会って話を聞く。会って語り合う。励まし合って共に立つ。広宣流布も、ここから始まる。
 今、その後継の女性たちが、喜び勇んで正義を語り抜き、〝諸天舞え〟との信力・行力で、前進してくれている。

生命世紀の走者
 先日、アメリカのオバマ大統領が広島を訪れ、平和記念公園の原爆死没者慰霊碑に献花し、〝核なき世界〟へ決意を表明する演説を行った。
 1975年(昭和50年)、広島で開催した本部総会以来、私は、世界の指導者は原点の地・広島を訪問し、原爆の悲劇を直視すべきだと訴えてきた。核廃絶の未来へつながる一歩に感慨は深い。広島、長崎さらに沖縄をはじめ、平和への祈りと行動を貫いてきた母たちの思いもいかばかりか。
 創価の平和運動の淵源は、恩師の原水爆禁止宣言である(1957年)。実はその2カ月後、神奈川で総会を行い、被爆体験や原爆問題の研究発表に取り組むなど、恩師の遺訓の継承に先駆したのは、わが女子部であった。
 平和と生命尊厳の世紀の走者こそ女性たちだ。
 「太陽の時代」を提唱した未来学者ヘンダーソン博士は、ご自身の母上に、こんな歌を贈られた。「本当の勇気とは、日々、人のために働くこと。本当の勇気とは、見返りも賞讃も求めずに、未来を信じ続けること」と。
 母の翼の下で人は生まれ、育まれ、成長する。この母の恩には、どれほど感謝しても足りない。誠実と行動をもってしか応えることはできない。
 この母の心に合掌し、庶民の幸福のため、社会の繁栄のために奮闘する正義の人材群を送り出していく。ここに「立正安国」の確かな勝利がある。
 ゆえに我らは、創価の母である婦人部と共に、そして、従藍而青の女子部と共に、輝く生命の光を広げゆこう!
 人類が待ち望む「人間世紀」の建設へ力走だ。今日も元気で!

 太陽の
  母娘《ははこ》のスクラム
   にぎやかに
  声を光と
   希望 放ちて
2016-06-09 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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アメリカ創価大学第12回卒業式へのメッセージ

アメリカ創価大学第12回卒業式へのメッセージ    (2016年5月27日 アメリカ創価大学・創価芸術センター)

 アメリカ創価大学(SUA)の第12回卒業式が27日午後2時(現地時間)、カリフォルニア州オレンジ郡アリソビエホ市の同大学・創価芸術センターで盛大に行われた。創立者・池田SGI(創価学会インタナショナル)会長は祝福のメッセージを贈り、まず10年を目標に、平和と幸福を広げる価値創造の人生を歩み続けてほしいと呼び掛けた。また、コスタリカ元大統領でノーベル平和賞受賞者のオスカル・アリアス・サンチェス博士が記念講演を。SUAのハブキ学長、理事や教職員、卒業生の家族、支援者、同窓生ら約1000人が出席した。

不屈の楽観主義で前進
「まず10年」を目標に 実力と人格を鍛えよ


メッセージ

 一、本年、アメリカ創価大学は、開学15周年という意義深き佳節を迎えることができました。
 「第2の草創期」の誇り高き建設者たる12期生の皆さん、大学院の新教育プログラム第1期生の皆さん、見事な発展の歴史を築いてくれて、本当にありがとう! 卒業、おめでとう!
 私は、一人一人と固い握手を交わし、肩を抱きかかえる思いで、これまでの努力と挑戦の日々を労い、讃えたいのであります。
 ご一緒に苦労を分かち合いながら、きょうの晴れの日を勝ちとられた、ご家族・ご友人方にも、心からのお祝いを申し上げます。
 また、アメリカ創価大学の前進を温かく見守り、支えてくださるご来賓の方々、いつもいつも、ありがとうございます。
 そして、宝の英才たちを、全力で薫育してくださった教員の先生方、職員の方々に、創立者として最大に感謝申し上げます。
 一、本日は、私たちが尊敬してやまない、オスカル・アリアス・サンチェス博士が、皆さんの祝福に駆け付けてくださいました。
 世界の歴史に輝く偉大な平和の闘士を、〝人類の平和〟を建学の根本精神とする、わがアメリカ創価大学にお迎えできたことを、何よりもうれしく、また光栄に思っております。
 誉れの12期生の新たな旅立ちにあたり、アリアス博士との忘れ得ぬ語らいを振り返りつつ、3点にわたり、はなむけの指針を贈りたい。
 第1は、「不屈の楽観主義で、夢に向かって挑戦を!」ということです。
 アリアス博士がコスタリカの大統領に就任されたのは、今から30年前の1986年――博士が45歳の時であります。
 当時は東西冷戦に翻弄され、ニカラグアなど中米では泥沼の内戦が続いていました。アリアス大統領は、打ち続く紛争の終結のために、新たな和平構想を打ち出し、中米はもとより、欧米の各国とも、忍耐強く対話を重ねていかれました。
 そして、立ちはだかる困難を一つ一つ毅然とはねのけ、誰もが不可能と諦めていた和平合意を、ついに勝ちとられたのであります。まさしく人類史を画する壮挙でありました。平和を願ってやまなかった各国の民衆の喝采に包まれながら、博士は語っておられます。
 「本当に、夢を見続けてきたかいがありました。大多数の人々にとって、私の見てきた夢は実現不可能であり、ドン・キホーテ的ユートピア、幻想にすぎませんでした。しかし、人間は夢を一生懸命見続けていますと、それが実現する時がやって来るものです」(竹井博友著『平和をわが手に』竹井出版株式会社)

試練の時こそ使命の炎を燃やし前へ

 皆さんも、さまざまな難題が山積する現代社会にあって、いよいよ壮大な夢への挑戦の開始です。現実のあまりの壁の高さに、たじろぐことも、何度もあることでしょう。
 しかし、その試練の時こそ、縁も深き学友と励まし合い、学究へ挑み続けた、アメリカ創価大学での宝の日々を思い出していただきたい。そして、わが胸中に灯した尊き使命の炎を、さらに烈々と燃えたぎらせながら、粘り強く前へ前へと進んでいってください。
 人生の苛酷な試練を乗り越え、社会福祉事業家としても活躍した、あのヘレン・ケラーは、「楽観主義とは、ものごとを達成へと導く信念です。希望なくしては何事も成就することはできません」と語りました。
 闇が深いほど夜明けは近い。困難の闇が深ければ深いほど、不屈の楽観主義という太陽を逞しく朗らかに、わが生命に昇らせて、希望の光を放ちゆく皆さんであっていただきたいのであります。
 一、第2に申し上げたいのは、「民衆と連帯し、知恵の門を生き生きと開け!」ということです。
 民衆の大地に依って立つ人は強い。民衆と共に、民衆の中で、民衆のために生きゆく人生には行き詰まりがありません。
 アリアス博士が、平和を切に訴える一人の庶民の母の涙に奮起して、その期待に何としても応えようと、至難の和平交渉を貫き通されたことも、心に染み入るエピソードであります。
 アリアス博士と共に私は、1996年、コスタリカのサンホセで、核兵器の廃絶を訴える“核の脅威展”の開幕式に参加しました。
 会場と隣接の子ども博物館の間には、低い壁があるだけで、ほとんど吹き抜けのため、子どもたちの自由奔放な声が、そのまま聞こえてきました。
 あいさつに立った私は、申し上げました。
 「にぎやかな、活気に満ちた、この声こそ、姿こそ、『平和』そのものです。ここにこそ原爆を抑える力があります」と。
 アリアス博士はじめ来賓の方々も、会心の笑顔でうなずいてくださいました。
 世界のいずこであれ、母と子の明るい笑い声がさざめく、希望と安穏の時代を築いていきたい――この熱願こそ、私たちの平和闘争の大いなる源泉であります。
 アメリカ創価大学には、平和を希求してやまない世界中の民衆からの真心あふれる期待とエールが寄せられております。皆さんは、この民衆との心のつながりを、何よりの誇りとし、張り合いとして、汲めども尽きぬ知恵の門を限りなく開いていっていただきたいのであります。

差異を乗り越える強き意志を持て
 一、第3に、「世界に友情の対話を広げ、平和と幸福の価値創造を!」と訴えたい。
 世界は今、「貧富の格差」の拡大や、異なる価値観や利害の衝突など、社会を引き裂く深刻な諸問題に直面しています。
 この「分断」と「対立」を、いかに「調和」と「相互理解」の方向へ転じ、共生と人道の社会を築いていくか――その重要な鍵こそ、平和の共和国コスタリカの民衆が育んでこられた「対話の文化」であります。
 博士は、「対話をする上で、一番大切なことは何でしょうか」との、日本の高校生の問いに、明快に答えられました。
 「それは、差異を乗り越える意志です。暴力を使わないための方法を、何としても探し出す、強い意志が必要です」と。 
 皆さんは、「国外からの留学生の割合」が全米トップの「地球の縮図」たるキャンパスで、心開かれた「対話の文化」を体得してこられました。
 これは、何よりの強みです。いずこにあっても、この対話の力を自在に発揮し、世界市民の友情を幾重にも広げてください。
 一、近年、イギリスの研究機関が発表した「地球幸福度指数」(HPI)で、第1位に輝いた国はコスタリカでした。
 人々が豊かな自然環境と調和を図りながら、最も満足度の高い人生を送っている国が、コスタリカであるというのであります。
 2001年に開学したアメリカ創価大学は、21世紀の人類の幸福と平和のために価値創造しゆく大学であります。
 卒業生の皆さん一人一人の勇気ある挑戦が、そのまま地球社会の「平和と幸福の指数」を高めゆく軌跡となっていくことを、私は確信してやみません。
 東洋には「十年一剣を磨く」という箴言があります。まず10年を一つの目標として、一日一日を丁寧に生き切り、身近に信頼のネットワークを結びながら、じっくりと実力をつけ、人格を錬磨していってください。
 さあ、いよいよ新たな出発の時です。
 皆さんの使命の舞台は、地球社会へ、そして未来の彼方へ、大きく開かれています。空飛ぶ者の王・鷲の如く堂々と羽ばたき、地走る者の王・獅子の如く恐れなく、走り抜いていってください。
 私は、皆さんが一人も残らず、健康で和楽で、悔いなき栄光と凱歌の人生を歩みゆかれんことを、毎日毎日、祈り、見守り続けていきます。
 前進と不屈の12期生、万歳!
 挑戦と勝利の12期生、万歳!
 きょうは、本当におめでとう!(大拍手)
2016-06-01 : スピーチ・メッセージ等 :
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勝利の人間学 94〜97

第94回 正義の大言論戦を   (2016.4.20付 創価新報)

言葉の力で時代を動かせ
 御聖訓には、「仏は文字《もんじ》に依って衆生を度し給うなり」(御書 153㌻)と記されている。
 希望の言葉が人を動かし、時代を動かす。
 戸田先生は、「言論戦で広宣流布を切り開こう」と語り、聖教新聞を創刊された。この4月20日で、満65年である。「日本中、世界中の人に読ませたい」との恩師の願いもまた、後継の君たちが受け継いでもらいたい。
 「建設を また建設と 若人が
   人のためにと 平和のためにと」
 わが青年部の機関紙「創価新報」の創刊号に寄せて、私が贈った一首である。
 青年が「非暴力の武器」「文化の武器」である言論を勇敢に放ち、人のために献身しゆく日々こそ、平和の建設に直結するのだ。

勇気の対話が信頼を広げる
 日蓮大聖人は、女性の門下に、「法華経をいくら謗ろうとも、宝石が石にならないように、法華経の偉大さは少しも損ずることはない」(同1114㌻、趣意)と仰せである。
 真実は真実だ。正義は正義だ。誰が何と言おうと、恐れることはない。
 誤った認識や偏見は、聡明に正して、善に目覚めさせていくことが、本当の慈悲である。
 悪や嘘がまかり通れば、人の心は濁り、社会は乱れる。惑わされてはならない。
 青年ならば、鋭く見破ることだ。胸を張って正義を言い切ることだ。その勇気が真の信頼を広げることを忘れまい。

前進! 破邪顕正の精神で
 「立正安国論」は、客と主人が、相次ぐ災害や飢饉、疫病に苦しむ人々を目の当たりにして、共に憂慮するところから始まる。
 途中、客は顔色を変えて反発し、席を立とうとするが、主人は「咲《え》みを止《とど》めて」(同24㌻)──笑顔をたたえて悠然と対話を続ける。
 破邪顕正の精神は、朗らかにして粘り強い確信の対話となって表れる。納得と共感を勝ち取る語らいは、こちらの一念にかかっている。強盛な祈りで生命力を満々と漲らせ、一人一人を味方にする対話に打って出よう!

第95回 成長と向上の青春たれ   (2016.5.4付 創価新報)

試練と苦闘に栄光の未来が

 熊本・大分の地震に際し、被災された方々にあらためてお見舞いを申し上げるとともに、支援に尽力してくれている九州をはじめ青年部の尊き献身に、心から感謝申し上げたい。
 思えば、阪神・淡路大震災の折・青年部として奮闘してくれた同志が、その労苦の体験をカに転じ、21年を経た今、見事なる広布と社会の指導者群として大活躍している。
 5年前の東日本大震災を乗り越えてきた東北の青年部・未来部のメンバーたちも、何と立派に成長していることか。
 愛する九州の若き地涌の友も、この試練を断じて変毒為薬しながら、必ずや栄光の未来を勝ち築いてくれることを、私は信じている。

「信」の一字で明日を開け!
 御義口伝には、「一念三千も信の一字より起り三世の諸仏の成道も信の一字より起るなり、此の信の字元品の無明を切る利剣なり」(御書725㌻)と仰せである。
 正しき「信」こそ、仏道修行の根本である。
 強き「信」こそ、一切の魔を破るカである。
 大宇宙の究極の法則である妙法を信受し、広宣流布のため、立正安国のため、行動したことは、全部、自分の生命に返ってくる。
 すべてが、仏になるための労苦なのだ。御本尊を信じ、自分を信じ、未来を信じて、恐れなく勇敢に戦い、大きく境涯を開こう!

きょうも一歩前進の指揮を
 「日に日に向上して、心に笑《え》む可《べ》きのみ」と、戸田先生は、若き日の日記に記された。師と仰ぐ牧ロ先生にお会いした頃である。
 「日々向上」が、創価の青年の特権だ。
 その爽快なる推進力が信心である。きょうも勝つために、強盛な祈りから出発するのだ。
 「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとな《唱》へゐ《居》させ給へ」(同1143㌻)との仰せの如く、題目を唱え抜いて前へ進むのだ。
 一番大変な時に、一番偉大な歴史を創れる。
 わが不二の愛弟子よ、師弟誓願の五月三日より、朗らかに一歩前進の指揮を頼む!

第96回 新たな金字塔を君たちが   (2016.5.18付 創価新報)

みずみずしい学びの心で
 新社会人の友が、生き生きと使命の場で活躍する姿は、まことに清々しい。
 失敗することもあるだろう。だが、失敗から学ぶことは多い。若いのだから、臆さず怯まず、何があっても朗らかに学んでいくのだ。良き先輩から、どんどん吸収していくのだ。
 戸田先生は、「自分の勤めに楽しみと研究を持ち、そして、自らの持ち場をがっちりと守れ」とよく語られていた。
 みずみずしい学びの心と、不屈の挑戦の根性がある限り、決して行き詰まらない。知性の探求と行動があるか否かで、青年は決まる。
 疲れをためず健康第一で! 健闘を祈る!

青春の勇戦を思い切り
 御聖訓には、「師子王は前三後一と申して・あり《蟻》の子を取らんとするにも又たけ《猛》きものを取らんとする時も・いきをひ《勢》を出す事は・ただをな《同》じき事なり」(御書1124㌻)と説かれる。
 いかなる試練も、この「師子奮迅のカ」で挑んでいくのが、創価の青年である。
 60年前の「大阪の戦い」も、不可能を可能としゆく、私と不二の若人の勇戦であった。
 大関西では、愛する男女青年部を先頭に、〝今再び〟の拡大に力走してくれている。
 自身のため、社会のため、立正安国の闘争ほど、意義ある青春の晴れ舞台はない。思い切りぶつかった分、必ず勝利の劇は開かれる。

皆のためのリーダーたれ
 「大阪の戦い」で、私が青年リーダーと確認し合った一点は、「一人一人のことを思い浮かべて真剣に祈ろう! それが〝百人が一歩前進する〟力となる」ということだ。
 皆のために自分がいる!──そう決めて祈り、戦っていけば、自分の殻が破れる。
 日蓮大聖人は、「異体同心なればかち《勝》ぬ」(同1463㌻)と仰せである。
 大事な一人一人の個性や持てる力を尊重し、生かしていこう! そして、皆が輝き光る異体同心の団結で勝ち進んでいくのだ。
 新たな60年を開く、広宣流布の不滅の金字塔を、君たちが打ち立ててくれ給え!

第97回 華陽の青春を朗らかに!  (2016.6.1付 創価新報)

一人も残らず幸福の勝利劇を
 戸田先生は、女子部を励まされた。
 「もったいなくも、御本仏と同じ生命を持っている自分自身に誇りをもちなさい。気高い心で、人生を勝ち抜くことです」と。
 最極の生命哲学を学び、実践する青春が、どれほど尊貴であるか。ゆえに、他人の言動に振り回されて、自信をなくす必要などない。自分は自分らしく、妙法と共に、同志と共に、朗らかに広宣流布に走りゆくのだ。
 正しき信仰によって福運をつけた女性には、誰も敵わない。今はたとえ大変な境遇にあっても、この信心に生きる乙女は、一人も残らず、幸福の勝利劇を飾りゆくのだ。

福智の光で周囲を照らせ
 日蓮大聖人は、健気な信心を貫く女性に、「百千万年くらき《闇》所にも燈を入れぬればあか《明》くなる」 (御書1403㌻)と教えられた。
 わが創価の乙女こそ、福智の太陽である。
 いかに時代が暗くとも、聡明な女子部がいれば、希望の智慧で照らしていける。
 殺伐とした社会でも、華陽姉妹のスクラムがあれば、慈愛の温もりを広げていけるのだ。
 太陽は何があっても弛まない。いかなる闇にも怯まない。何ものにも光を惜しまない。
 毎朝の勤行・唱題で、久遠元初の太陽をわが生命に赫々と昇らせて、家庭も、職場も、地域も、常寂光土へと輝かせていこ!

励ましの種を友の心へ!
 一番苦しんできた人が、一番幸福になる。どんな宿命も、絶対に転換できる。そう言い切って、悩める友に手を差し伸べ、一緒に乗り越えてきた。これが永遠の学会精神である。
 心田に植えられた「励ましの種」は、やがて芽を出し、大きく花開く時が必ず来る。御聖訓には、題目の力用について、「一切衆生の心中の仏性を唯一音《ひとこえ》に喚び顕し奉る功徳・無量無辺なり」(同557㌻)と仰せである。
 一人また一人に題目を送りながら、仏性を呼び覚まし、蘇生のドラマを創りゆくのだ。
 華陽の友よ、楽しく賑やかに生きよ!
 女子部の青春勝利を、私は祈り待っている。
2016-06-01 : 勝利の人間学 :
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