韓国の日刊紙 中央日報 ハンギョレ新聞への寄稿

韓国の日刊紙 中央日報 ハンギョレ新聞への寄稿      (2016年6月24/25日付)

 市民社会の代表らが集う第66回の「国連広報局(DPI)/NGO(非政府組織)年次会議」が、世界市民教育をめぐって、あすから韓国で開かれる(6月1日まで)。これに先立ち、池田SGI会長が、同国大手の日刊紙である中央日報(24日付)、ハンギョレ新聞(25日付、オンラインの英語版)に「世界市民教育」をテーマに寄稿した。

持続可能な開発目標の達成へ
一人一人に具わる無限の可能性引き出し 地域社会から変革の波動起こせ


 来る5月30日から6月1日まで、アジア初となる第66回「国連広報局/NGO年次会議」が韓国の慶州で開催されます。
 そこでは、「世界市民教育――持続可能な開発目標(SDGs)を共に達成しよう」をテーマとし、国連で新たに採択された2030年に向けての「持続可能な開発目標」の推進などをめぐって、活発な議論が期待されています。
 気候変動や環境保全、防災やエネルギーなど、「持続可能な開発目標」が対象とするテーマは多岐にわたりますが、その取り組みを軌道に乗せるためには、各国政府や国際機関に加え、NGOをはじめとする市民社会の行動の輪を広げていくことが欠かせません。
 昨年9月、「持続可能な開発目標」の採択にあわせて、国連開発計画(UNDP)主催による注目すべきキャンペーンが行われました。地球上に生きる70億の人々に、「貧困の根絶」や「男女平等」など、17分野に及ぶ同目標のメッセージを届けようと、世界各地で計17本の旗を立てるものです。
 このうち「飢餓ゼロ」の旗を、昨年4月の地震で大きな被害を受けたヒマラヤ山脈の村で掲げたのは、ネパール人の女性登山家ニムドマ・シェルパさんでした。彼女自身、子どものころ、飢えに苦しんだ経験があり、国連世界食糧計画(WFP)が提供する給食のある学校に通う中で、夢を抱くようになったといいます。
 世界7大陸の最高峰の踏破という偉業もさることながら、私が深く心を打たれたのは、ネパールでの地震の際、彼女が登山技術を生かして高地にある被災地の緊急支援に携わり、飢餓の解消に貢献したことでした。かつて飢餓に苦しんだ女性が、教育で自身の可能性を開き、夢を果たすとともに、同じ苦しみに直面した人々のために行動する――こうした「教育のエンパワーメント」を通じて、一人一人に具わる無限の可能性を引き出しながら、地域や社会で変革の波動を起こす挑戦を積み重ねていく中でこそ、「持続可能な開発目標」を前進させる道が大きく開けてくるのではないでしょうか。
 今回の会議では、「SDGsの第4の目標に根差し、幅広く市民社会から戦略・専門性・リソースを活用し、参加型で安全で公平な質の高い教育を確保し、万人に生涯学習の機会をもたらす」教育イニシアチブに関する討議が行われます。
 中でも、「持続可能な開発目標」でも明記された「世界市民教育」は、これらの目標達成の基盤として不可欠なものだといえましょう。
 国連の潘基文事務総長も2012年から、教育を国際社会の最優先課題にする「グローバル・エデュケーション・ファースト」のイニシアチブを立ち上げ、その柱の一つに21世紀の複雑な諸課題に取り組むことができる地球市民の育成を掲げています。
 また、「世界市民教育」については、韓国政府が積極的な取り組みを進めてきたことは有名であり、その韓国で行われる年次会議で重要な成果が導かれることを、強く念願してやみません。
 貧困に苦しむ人々の半減を達成した昨年までの「ミレニアム開発目標」の取り組みから、さらに踏み込む形で、「持続可能な開発目標」では、さまざまな地球的課題に取り組む上での前提として、「誰も置き去りにしない」との誓いが掲げられました。
 「最大多数の最大幸福を追求する上で、多少の犠牲が生じるのはやむを得ない」といった考え方が、政治や経済など社会のさまざまな分野でみられ、近年、その風潮が強まってきていることが懸念されます。
 しかし、気候変動の問題一つをとってみても明らかなように、今は自分に関係ないように思えても、長期的にみればリスクと無縁な場所など地球上のどこにもないはずです。
 他の多くの人が直面する苦境を半ば看過するような考え方の行き着く先は、やがて人類の生存基盤をも突き崩しかねないことに、思いをはせる必要があるのではないでしょうか。
 グローバル化が急激に進む世界で、さまざまな出来事が、分かちがたい“関係性の網”で結び付いており、そうした相互依存のつながりに対する認識を「世界市民教育」を通じて実感をもって深めていく。その中で、「自分だけの幸福もなく、他人だけの不幸もない」「他国の人々が悲惨に見舞われている中で、自国だけの平和や繁栄もない」との思いを、国境を超えて市民社会の間で分かち合う土壌が培われていくに違いありません。
 迂遠のようであっても、その土壌を堅実に耕していく努力なくして、2030年に向けた国際社会の共通目標として掲げられた「誰も置き去りにしない」とのビジョンを、現実のものにすることはできないと、私は強く呼び掛けたいのです。
 そして、その時代変革の主役を担う存在こそ、青年です。今こそ、あらゆる場所で、あらゆる機会を通じて「世界市民教育」の潮流を高めつつ、青年世代の連帯の裾野を広げながら、「持続可能な開発目標」の達成に向け、市民社会の側から突破口を開こうではありませんか。
2016-05-29 : スピーチ・メッセージ等 :
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希望の虹 第27回 作家 井上靖さん

第27回 作家 井上靖さん  (2016.6.1付 少年少女きぼう新聞)

えんぴつを持つ勇気!

 1本のえんぴつには、ふしぎな力があります。その力は、えんぴつを持つみなさんによって、いくらでも引き出すことができます。
 それが「文を書く」という挑戦です。「作文」という冒険なのです。
 もちろん、書くことは大変です。
 私も毎日、文を書いてきました。それでも、スラスラとは書けないものです。書いては直し、また書いては直して、もとのものとは、まったくちがってしまうことだってあります。
 だから、毎年の「きぼう作文コンクール」に応募してくれる少年少女部のみなさん一人一人に、私から賞をおくって、ほめてあげたい気持ちでいっぱいです。
 私は若い時、人生の師匠である戸田城聖先生から、「書いて、書いて、書きまくれ!」とはげまされました。
 私には、「正しい人生とは何か」「希望とは」「幸福とは」「生命とは」「平和をつくるには」など、戸田先生から教えていただいた真実を、書いて世界に伝える使命があります。
 そして、民衆のため、社会のため、人類のために、みなさんのおじいさんやおばあさん、お父さんやお母さん方と行動してきた歴史を、未来に残す責任があります。
 だから、私はこれからも、書き続けていきます。
 この「書く」という戦いを、みなさんが受け継いでくれることが、私の何よりの喜びなのです。
   *   *   *
 私は、作家の方々からも多くのことを学びました。その1人に、井上靖さんがいます。みなさんのなかにも、ものがたり『しろばんば』や『あすなろ物語』などを読んだ人がいるでしょう。
 井上さんは1907年、北海道に生まれました。お父さんの転勤が多かったこともあって、おさないころは静岡県の伊豆に住むおばあさんにあずけられ、愛情たっぷりに育てられました。夏はカエルの大合唱、秋は虫の声につつまれる自然豊かなところでした。
 そのおばあさんが亡くなり、中学に入ると、今度は親せきの家にあずけられました。それでも井上少年は、さみしくありませんでした。仲の良い友だちがいたからです。その友だちが読書好きだったこともあり、詩や歌、俳句、小説に興味を持つようになりました。
 自分でも詩を作り始めました。
 やがて新聞記者となって活やくした後、作家として名作を次々に発表されたのです。
   *   *   *
 私が井上さんとお会いしたのは、1975年のことです。もう40年以上も前になります。3時間半、語り合っても話はつきず、続きは手紙をやりとりして、月刊誌にのせることになりました。井上さんは67歳、私は20歳年下でした。
 連載が始まる直前、私は3度目の中国訪問をして、日中の教育交流を進めていました。井上さんも、長年、日中友好に力をつくしてこられた方です。
 最初にいただいたお手紙では、ご自身が中国を訪問した時のことを振り返り、記されていました。
 ──揚子江(中国で1番長い川)の岸で、手を赤くして甕(入れ物)を洗っている女性たちを見た。私もまたそのようなところで、そのようにして私の文字を書きたいと、言われたのです。
 自分が特別だから文を書くのではない。悠々たる水の流れとともに、一生けんめいに文を書いていきたい。永遠の時の流れにも失われることのない、人間の誇りをとどめたい──その井上さんの心が伝わってきました。
 このころ、井上さんは、長編小説に取り組んでいました。「今のところは深い霧の中にいるような思いであります。書いてゆくうちに私なりのわかりかたおも方をしてくるかと思います」
 井上さんのような大文豪でも、書く前は、悩むものなのです。ねばり強く書き進めるなかで、何を書けばよいか見えてくるのです。ししんし見えてくるのです。
 手紙では、大切にしている指針も紹介してくださいました。それは、人や物を見る時は「自分の目で見ること」でした。思いこみや、人から聞いた話ではなく、自分の目で正しく見たものを信じることでした。
 その通り、井上さんは、創価学会がうそばかりの悪口をいわれた時も、真実の姿を見つめ、いささかも変わることなく信頼してくださいました。偉大な人とは、友情を貫く人のことです。
 春夏秋冬にわたる私たちの手紙のやりとりは、後に『四季の雁書』として本になりました。「雁書」とは「手紙」を意味します。
 最近、井上さんのご長女が出された本の中でも、お父様と私の交流のことを記してくださっていて、なつかしく拝見しました。
   *   *   *
 井上さんは、子どもたちの詩を大切にされていました。
 第2次世界大戦が終わってまもなく、井上さんは児童向け雑誌の編集にたずさわったことがあります。その時、2人の少女の詩を読んで、おどろきました。
 文をたくさん書いてきた自分自身が、「何もかも初めからやり直さなければならない」と思うほど、心をゆさぶられたというのです。
 〝小学校時代は、みんな、大人の詩人もおよばないほどの、するどい感性をを持っている〟──と。
 「詩を一篇書けば、それはもう誰でも詩人」とも、井上さんは言われています。
 私も戸田先生のもとで少年雑誌の編集をしましたので、井上さんの気持ちがよく分かります。
 みなさんがのびのびと書いた文章が、どれほど光を放っているか。
 そこにこそ、未来の夢がある。人類の希望がある。世界の平和があると、私は信じています。
   *   *   *
 井上さんが人生の総仕上げに書かれた、忘れ得ぬ詩があります。

 樹木も、空も、雲も、風も、鳥も、
 みな生きている。
 静かに生きている。
 陽の光りも、遠くの自動車の音も、
 みな生きている。
 生きている森羅万象(宇宙)の中、
 書斎の一隅(片すみ)に坐って、
 私も亦、生きている。

 この宇宙のありとあらゆるものには「いのち」があります。
 それを言葉にして書き残す時、その瞬間から、「いのち」は未来に向かって生き続けていくのです。
 文を書くことで、自分の思いを形にできます。それは、永遠の宝物になります。その文を読んだ人にも、思いが伝わります。
 お父さん、お母さんへの感謝を書けば、親孝行です。大事な友人のことを書けば、友情のドラマになります。本の感想を書けば、その本と一生の友だちです。
 えんぴつを持つ勇気を出せば、文は書けます。思い切って書き始めれば、知恵が出てきます。あきらめずに書き続けていけば、みんな、「ペンの勇者」なのです。
 今年の夏も、伝統の「きぼう作文コンクール」があります。多くの先輩たちが、このコンクールをきっかけに、文章の力をつけ、大きく成長してきました。みなさんにとっても、自分の可能性を広げるチャンスです。
 さあ、大空を見上げ、自分自身の「いのち」をかがやかせながら、思いを言葉にしてみよう。
 君にしか書けない文がある。あなたにしかつづれない詩がある。なぜなら、みなさんは「生まれながらの詩人」なのだから!


※井上靖の言葉や詩は、井上靖著『わが一期一会』(毎日新聞社)、黒田佳子著『父・井上靖の一期一会』(潮出版社)、『井上靖全集 第一巻』(新潮社)から。参考文献は、井上靖著・竹内清己編『作家の自伝18 井上靖』(日本図書センター)、井上靖著『幼き日のこと・青春放浪』(新潮社)、浦城いくよ著『父 井上靖と私』(ユーフォーブックス)、松本昭著『人間復活──吉川英治、井上靖、池田大作を結ぶこころの軌跡』(アールズ出版)ほか。
2016-05-24 : 希望の虹 :
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未来の翼 第27回 マレーシアの木陰

第27回 マレーシアの木陰      (2016.6.1付 未来ジャーナル)

「思いやりの世界」を広げる人に!
人々のために 社会のために 自分を磨き鍛えよ


 ──それは、200年前のマレーシアの物語です。
 ある少年が、毎日、お父さんに語学の勉強をさせられていました。
 〝もう勉強は嫌だ!〟
 遊び盛りの少年は、ついに我慢ができなくなってしまいます。
 すると、なぜ学ぶことが大切なのか、お母さんが優しく語り掛けてくれました。
 「もし、私たちがあなたにある程度の財産を残したとしても、あなたの運が悪ければ、それは一瞬のうちに目の前から消え失せてしまうでしょう。
 立派な知識と学問は、そのようなものではありません。命があなたの体から離れて行く時に始めて、それは離れて行くのですよ」と。
 これは、マレー文学の古典『アブドゥッラー物語』の名場面です。
 この父母の励ましを胸に、アブドゥッラー少年は、勉強に勉強を重ね、やがて〝言語の教師〟として歴史に名を残していくのです。
 私は、この逸話が好きです。
 「学ぶ」ということが、どれほど、かけがえのない宝であるか。その宝をこそ、子どもに託したい親の愛情が、どれほど深いか。胸に迫ってくるからです。
 そして私の敬愛するマレーシアの父母たちと後継の若人も、この物語の如く、親子一体の尊い勝利の劇を飾っているからです。
 マレーシアは、教育に力を注ぎ、人材が満天の星空のように輝く国です。

 日本と、ほぼ同じ面積の国土に、マレー系、中国系、インド系など、多様な民族が共存する天地が、マレーシアです。
 国教はイスラム教ですが、信教の自由が尊重されており、仏教やヒンドゥー教の祝日もあります。多彩な文化が交わり、マリンロード(海の道)の〝黄金の国〟と謳われる海洋貿易の要地です。
 首都のクアラルンプールには、伸びゆくマレーシアを象徴するように、大きなビルやタワーが並んでいます。21世紀が開幕した2001年には、「マレーシア総合文化センター」が誕生し、わがSGI(創価学会インタナショナル)の同志が、良き国民、良き市民として、生き生きと活躍しています。
 今年の創立記念日を目指して、マレー半島南端の都市・ジョホールバルに、「SGI東南アジア研修センター」の建設も進んでいます。アジアの平和の連帯のため、そして、その未来を担う皆さんのため、着々と手を打ってきました。
 これまで、私は、1988年と2000年の2度、この美しき国を訪問しました。街の歩道には木々が豊かに生い茂り、そこを歩けば濃い緑の香りに包まれます。
 常夏の国・マレーシアの日差しは、とても強い。その中にあって、街路樹の〝自然の日傘〟で陰のできた緑道が、道行く人々を守り、安らぎを贈っています。
 街では、さまざまな言語で書かれた看板が、次々と目に飛びこんできます。マレー語、中国語、英語──。人々の会話では、言語を自在に使い分け、仲良くコミュニケーションを図っているのです。
 街のいたるところで「思いやりの心」を発見できる。そんな温かな社会がマレーシアにはあります。
 創価大学が交流協定を結ぶ名門マラヤ大学も、「人類のために学ぶ」という理念を、誇りも高く掲げています。
 医学校として創立された当初から、他の国々から移住した人々への医療を充実させるなど、「生命への奉仕」「民衆への奉仕」を果たしてこられました。
 「自分のため」だけではなく、「人々のため」「社会のため」に、という学びの挑戦の中でこそ、本当の自分の底力が発揮されます。
 「思いやりの心」と「学びの心」という二つの翼を、家族や友人を大切にしながら、学校へ、社会へ、そして世界へと広げていこうと努力できる人は、自分を無限に強く、高めていくことができる人です。

 古来、マレーシアは、中国やインドを結び、大陸から太平洋の方向へと南下する民族移動の地でもありました。
 1927年、この「文明の十字路」を旅した一人の詩人がいます。インドの詩聖・タゴールです。
 マレーシアのマラッカ、クアラルンプール、ペナンなどの都市を訪れた彼は、自らが創立した「タゴール国際大学」の建学理念でる「全人教育」「世界市民の育成」について語り、賛同を集めて歩きました。彼は、遠く離れた異国の地で、祖国・インドの文明が、他の文化と共存している姿を、深く心に刻んでいったのです。
 タゴールは、「平和というものをは、外からくるものではなく、内から出てくるものなのです」と叫びました。友情や思いやりといった「内なる精神」の力が、真の平和を築くと考えました。大学を創立したのも、どこまでも青年たちの人間性を高めるためなのです。
 わが創価大学には、「タゴール広場」があります。キャンパスでは、マレーシアやインドをはじめ各国からの留学生が、多様性を認め合いながら、共生と友情の絆を育んでいます。若き世界市民が励まし合いながら、グローバル社会の未来を担う英知の指導者に成長しゆく様子を、タゴール像も、じっと見守ってくれています。
 「思いやりの心」と「学びの心」があれば、どんな違いがあっても、人類は共感し合い、皆の幸福と世界の平和のために、前進していくことができるのです。

 タゴールとほぼ同時代を生きた創価教育の父・牧口常三郎先生の生誕から、今月で145周年になります(6月6日)。
 牧口先生は、正義と勇気の教育者でした。軍国主義に突き進む日本では、子どもたちは「お国のために戦場へ」と教えられました。
 その中で、牧口先生は、教育の根本目的は「子どもたちの幸福」であると断言したのです。いかなる迫害をも恐れない、師子王の叫びです。
 とともに牧口先生は、誰よりも子どもたちを思いやる方でした。
 若き日、北海道での教員時代、あかぎれの子どもがいれば、教室でお湯を沸かして手を洗ってあげたり、雪道を登下校する児童の手を引いたり、背負ったりされたことも、感謝を込めて語り継がれてきました。
 東京での校長時代は、弁当を持ってこられない子どものために、自身の給料から、豆もちや簡単な食事を用意されてもいたのです。
 誰も置き去りにしない「思いやりの心」──それが、創価教育の原点であり、学会精神です。

 2000年、国立プトラ大学での式典の折、驚き、胸を打たれたことがあります。
 マレー語でスピーチされていたカマリア教育学部長が、その最後を、じつに美しい発音の日本語で結んでくださったのです。
 「世界平和という池田先生の『生涯の夢』が達成されますように」
 学部長は何度も、日本語を練習してくださっていたのです。
 語学の力が、友情をいかに深めるものか、あらためて心にしみ入りました。
 ともあれ、真の知性の人には「思いやりの心」があります。真の人格の輝きがあるのです。
 「法華経」に説かれる知性の人間像に、「観世音菩薩」がいます。観世音とは、「世音」すなわち世の中の「音」「動き」を公正に「観ずる」菩薩とされています。
 この菩薩は、多様な現実に応じ多様な姿を現して、人々を救っていきます。
 それは、仏の姿や、梵天、帝釈という大指導者の姿をはじめ、さらに王、長者、大臣、在家の男女、子どもの男女の姿です。あらゆる職業、立場、階層にわたる、全部で33のさまざまな姿を現じて人々を救うと説かれます。
 そして、この観世音菩薩の相手を思いやる「智慧」と「生命力」は、唱題によって、わき上がってくるのです。
 「どうしたら、この友を励ませるだろう」「どうしたら、あの友が笑顔になるだろう」、さらに「どうしたら、こうした難題を打開できるだろう」──真剣に、祈り、悩み、学び、智慧をしぼって行動していく。そうすれば、真心は必ず通じます。道は開かれます。
 本当に賢い人とは、思いやりと真心で友情を広げ、あらゆる創意工夫を重ねて世界を変えていく挑戦者なのです。

 マレーシア創価幼稚園を初訪問した際(2000年)、園内に、マレーシア・シンガポール・香港・札幌の「創価幼稚園の木」と、「創価学園の木」を記念に植えました。棕櫚というヤシ科の木々は今、青い葉を茂らせ、未来に伸びゆく人材の象徴となっています。
 私は、マレーシアの友に詠み贈りました。

 青春の労苦は
 ことごとく未来大成の養分だ
 それなくしては大樹は育たない
 労苦とは鍛えの異名
 飛翔のための
   尊き〝心の財〟なのだ
 ゆえに
 勇んで労苦を引き受け
 友と同苦し
 民衆に 社会に
 奉仕しゆく利他の人であれ

 大いなる理想に向かい、〝信心の根っこ〟を深く、がっちりと伸ばした人は、将来、自身の勝利の枝葉を、堂々と社会に広げていくことができます。
 「根ふかければ枝しげし」(御書329㌻)との御金言の通りです。
 マレーシアの未来部のメンバーも、友を、家族を、世界の人類を大きく自在に守りゆく大樹へと育ってくれています。
 強い日差しにも負けずに枝葉を伸ばし、人々に、憩いと安心の木陰をもたらしてくれる、マレーシアの街路樹のように──。
 マレーシアの同志の社会貢献はめざましい。国家の独立記念の行事での見事な活躍とともに、水害の復興にも尽力されています。さらに「ラン・フォー・ピース(Run For Peace)」という、平和を願っての大行進も大きな反響を呼んでいます。

 日蓮大聖人は、仰せになられています。「蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり」(御書1173㌻)と。
 青春時代は、生涯の土台をつくるチャンスです。
 「広宣流布」即「世界平和」という大目的に向かって、学びに学び、鍛えに鍛えた若き生命は、知性と人格という「心の財」を限りつなく積んでいくことができます。
 皆さんが、この豊かな「心の財」を粘り強く積み重ねながら、お父さん、お母さんも、そして世界の同志も、皆が喜び、喝采してくれる勝利の物語を、百年先、二百年先の未来へ示してくれることが、私の希望です。

※タゴールの言葉は我妻和男ほか訳「書簡集」(『タゴール著作集第11巻所収、第三文明社刊)。参考文献はアブドゥッラー著『アブドゥッラー物語』中原道子訳(平凡社刊)、『タゴール著作集』第8・10巻(第三文明社刊)、我妻和男著『人類の知的遺産61 タゴール』(講談社刊)。
2016-05-24 : 未来の翼 世界が君を待っている :
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未来の翼 第26回 メキシコの空港

第26回 メキシコの空港      (2016.5.1付 未来ジャーナル)

夢への飛翔は「今ここから!」
「努力する才能」に勝るものはなし。喜び勇んで挑戦を!


 晴れわたる希望の5月です。
 5月3日は、「創価学会の日」です。それは、1951年、わが師・戸田城聖先生が第2代会長になられた日です。さらに1960年のこの日に、私も恩師の心を継ぎ、第3代会長に就任しました。
 そして5月5日は、わが未来部の皆さんに次代の全てを託す、「創価学会後継者の日」です。
 未来部出身の先輩たちは、青春の誓いを胸に、世界中で、社会のために奮闘してくれています。
 中米・メキシコの詩人レイエスは、「私の家は地球である」とうたいました。これから、ますます、地球全体が、皆さんの活躍の舞台です。192カ国・地域の創価の地球家族も、皆さんが世界市民と躍り出て、思う存分にに乱舞してくれる日を、待ち望んでいます。

 皆さんの道を開く一心で、私は世界54カ国・地域を歴訪してきました。その中でも、特別な意味を持った国があります。
 それは「メキシコ」です。戸田先生が夢に見て、「行ってみたい」と念願していた国だからです。
 私は、飛行機の給油で立ち寄ったことも含めて5回、訪問し、尊き同志たちと忘れ得ぬ出会いを刻みました。
 メキシコは、近代日本が初めて平等条約を締結した国です。ラテンアメリカで真っ先に日本人移住者を迎え入れてくれたのも、メキシコです。日本にとって、大恩ある国なのです。
 戸田先生は、そのメキシコに、強い関心を持たれていました。
 メキシコに関する本を読まれ、折に触れて、私にも語ってくださいました。また、幼少期をメキシコで過ごした関西の婦人に、現地の生活の様子などについて、よく尋ねられました。その方の話を、うなずきながら楽しそうに聞かれていた笑顔が、忘れられません。 そして1958年、亡くなる前月の3月、広布と人生の願業を成就された戸田先生は、ある朝、私を枕元に呼んで語られました。
 「大作、メキシコへ行った夢を見たよ」「待っていた、みんな待っていたよ。日蓮大聖人の仏法を求めてな」──その夢を携えて、私は不二の弟子として、世界を駆け巡ってきたのです。
 今、メキシコ広布は、目を見張るほどの大発展を遂げています。私が第一歩を印した1965年以来、尊き同志たちは、「良き市民」「良き国民」として誠実に社会貢献の人生を歩んできました。広布50周年の佳節を迎えた昨年11月には、メキシコ市の中心に、念願の「メキシコ平和文化センター」が誕生しました。
 恩師が満面の笑みで喜ばれる姿が、私の目に、ありありと浮かんできます。

 20年前の1996年6月、私は、コスタリカから、メキシコのベラクルス国際空港に向かいました。アメリカへの経由地として、メキシコに立ち寄ることができたのです。その機中、私は一詩を詠みました。

 おお!
 偉大なるメキシコ
 わが恩師が愛し憧れし 天地よ
 「待っていた。
 みんな待っていたよ」──
 恩師が 夢見し
 不思議なる縁の同志よ!……

 空港のロビーに降り立つと、そこには、戸田先生の夢見た通りの世界が広がっていました。熱気に満ちた数百人の友。生き生きと輝く瞳。はじける信仰の大歓喜に、私の胸も揺さぶられました。
 わずかな時間でしたが、勇み集った同志と共に永遠の時を刻む思いで、記念撮影も行いました。
 「どうか、一人ももれなく、力強く生き抜いてほしい。幸せになっていただきたい」──私は、メキシコの全同志の人生勝利を祈りつつ、滑走路へ向かう飛行機の機窓から、空港ビルで手を振るメンバーにカメラを向けました。
 機中で、私は即興の詩を詠み、再度、友に贈りました。

 ……ここにも 懐かしき
 創価の友がいた
 ここにも 使命に燃える
 地涌の友がいた

 あの日、ベラクルス国際空港で、青・黄・赤の旗を振って、真心の歓迎をしてくれた少年少女に、私は語り掛けました。
 「皆さん、ありがとう! 皆さんのことは、忘れません。大きくなったら、日本にいらっしゃい!」
 その中に、「ヨウコソ!」と日本語で花束を手渡してくれた、一人の少女がいました。私の呼び掛かけに、少女は、「いつか、必ず日本に行こう!」と固く決意したといいます。
 メキシコから見て、日本は地球の反対側。飛行機でも丸1日を要します。お金の工面も大変です。それでも彼女は、夢を思い描き、心躍らせながら、「どうすれば、日本に行けるか」と具体的に祈り、一生懸命、勉強を重ねました。
 その後、大学、大学院を経て、大手の石油会社に就職。社会で実証を示しながら、白蓮グループなど学会活動に元気に励みました。そして2011年のSGI研修会に、女子部のリーダーとして、念願の来日を果たしたのです。
 私は妻と、その報を聞き、「本当に来てくれたんだね。うれしい!」と伝えました。彼女は、「創価の心を、メキシコ中に広げていきます!」と、今日もメキシコ広布に走り抜いています。
 メキシコで最も著名なピアニストの一人、アレハンドロ・マトスさんとの出会いも忘れられません。1981年3月5日、メキシコ・ハリスコ州の芸術局長だったお父さまが、私たちをグアダラハラ市のご自宅に招いてくださったのです。
 当時、16歳で、ピアニストを目指していたマトス青年は、瞳を輝かせて、ピアノ演奏を披露してくれました。その流麗な響きに、美しい心と大きな可能性を感じ、私は真剣にエールを送りました。「大音楽家になってください」「何があっても負けないで!」と。
 以来、35年。「皆に勇気を送る音楽家に!」と志も高く、ピアノの練習に力を注ぎ、今や、マトスさんは、音楽の国オーストリアから国家勲章を受章するほどの世界的なピアニストとして輝き光っています。私たちとの心の交流も、深く続いています。
 夢をかなえた人たちに共通していること──それは「根性」であ「努力」です。
 「結局は『努力より才能』だ」という大人もいるかもしれない。しかし、私は断言します。
 「『努力する才能』に勝るものはない」。それは、「誰にも等しくそなわっている」と。
 努力を重ねても、思うようにいかないこともある。悔しい思いをし、失破に傷つくこともある。しかし、努力する中でこそ、人格は磨かれる。人間としての深みが増し、強く、優しくなれる。
 45年前、私が、高校生の時から見守ってきた一人の青年が、メキシコへ雄飛しました。その時、私は、あえて厳しく言いました。
 「外国に行くのだから、大変です。生やさしいものではありません。根性の人になりなさい。努力の人になりなさい。根無し草になってはいけない」と。
 彼は、根性を発揮し、努力を重ねて、メキシコ初の日本人公認会計士となり、メキシコの同志に大いに尽くしてくれました。
 300年前のメキシコで活躍した偉大な詩人ソル・フアナは、きっぱりと宣言しました。
 「私は宝も財産も望まない。喜ばしいことは知性を豊かにすることである」
 圧倒的な男性優位の時代に、学問の道を志した少女ソル・フアナは、本を友として、「読んでまたさらに読む」という努力を繰り返しました。
 すると、彼女は一つのことに気づきました。
 「ひとつの分野が他の分野の妨げにならないばかりか、たがいに補助しあって、催互の異同(違い)と隠れた関連によって光を当てあい、道を開きあうことになる」
 そして、力をつけた若きソル・フアナは、どんな傲慢な学者らと討論しても、毅然と論破していったと伝えられます。
 学べば学ぶほど、努力をすればするほど、学んだことや努力したことが互いに助け合って、「道」を開いてくれる。ここに気づけば、学ぶ努力ほど楽しいものはない。無駄な努力は一つもありません。
 未来を担う皆さんには、伸び伸びと学んでいただきたい。得意なものは、もっと得意に。その努力は、苦手なものさえ得意なものに変えてくれます。得意なものが見つからなければ、いろいろ学んでみよう。自分らしい得意な道が、必ず見つかります。
 皆さんは、若き朗らかな「努力博士」になってください。

 メキシコは、日常の中に音楽とダンスがある、文化薫る国です。街中でも、家でも、陽気な音楽が響き、ダンスが始まります。
 81年の訪問では、メキシコSGIの親善文化祭に出席しました(3月1日、メキシコ市で)。各地の伝統音楽に合わせ、色彩豊かな民族衣装をまとったメンバーが笑顔を輝かせて踊ってくれた姿が忘れられません。皆、仕事や勉強などで多忙な中、練習に挑戦してきたのです。未来部も、鼓笛隊をはじめとして大活躍でした。
 私は、法華経に説かれる「地涌の菩薩」を見る思いがしました。
 地涌の菩薩は、悩み苦しむ人々を救うため、大地から涌き出てきた、仏の直弟子たちです。その活躍の場は、末法の娑婆世界という人の心や思想が乱れた現実世界です。正しい教えを弘めるにも、困難や反発があります。
 しかし、日蓮大聖人は、「(地涌の菩薩のリーダーである)上行菩薩が大地から出現された時は、踊り出てこられた」(御書1300㌻、趣意)と仰せです。地涌の菩薩は、苦難を前に「踊りながら」喜び勇んで出現したのです。
 その「地涌」の力を最大限に引き出す源泉が、日々の勤行・唱題です。
 題目を唱えると、不思議と心が躍ります。「歓喜の中の大歓喜」がこみ上げてきます。「僕には可能性がある!」「私は困難に負けない!」と、生命の奥底から決意できます。
 ゆえに、題目を唱える人は、希望を創りゆく勇者なのです。
 現代メキシコの詩人で作家のオクタビオ・パスは、作品の中で、希望の光を見失わせようとする「心の闇」に、こう言い放ちます。「時間の中では、一分一分が永遠の種子なのだ」「我々は時の子供、時こそは希望さ」と。
 「いつか」ではない。「今」です。
 今この時に題目を唱えて、踏み出す一歩が、永遠に輝きわたる希望の未来を開きます。
 さあ、「全てが今ここから始まる!」と勇気の翼を広げて、私と一緒に、使命の大空へ、大きく高くフライトしよう!



ソル・フアナの言葉は『知への賛歌 修道女フアナの手紙』旦敬介訳(光文社刊)ほか。オクタビオ・パスの言葉は『ラテンアメリカ文学選集③ くもり空』井上義一・飯島みどり訳(現代企画室刊)
2016-05-24 : 未来の翼 世界が君を待っている :
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未来の翼 第25回 グラスゴーの緑の広場

第25回 グラスゴーの緑の広場      (2016.4.1付 未来ジャーナル)

新しい出会いから弾む心で出発!
朗らかなあいさつで友情の金の道をひらいていこう


 温かく陽光が降り注ぎます。
 明るく桜花が咲き誇ります。
 「春」は英語で「Spring(スプリング)」です。その通り、あらゆる生命が跳びはねるように躍動しています。
 新入生の皆さん、心躍る入学、本当におめでとう! 進級した先輩たちも、新たな挑戦の開始だね。
 誰しも、環境の変化を不安に思ったり、緊張したりするものです。
 しかし、皆さんには、勇気を奮い起こす題目がある。
 新出発を切る、わが未来部の皆さんに、英国スコットランドの国民詩人バーンズの詩を贈ります。
 「財宝も、快楽も、
 長く私どもを幸福《さいわい》にはせぬ。
 心こそ常に人の幸不幸を
 定むる機官だ」
 幸福《こうふく》は、心から生まれます。
 勝利は、心から花開きます。
 未来は、心から創られます。
 さあ朝の勤行・唱題から心に勇気の太陽を昇らせて、一日一日を勢いよくスタートしよう!

 英国スコットランドは、私にとって忘れ得ぬ心の故郷です。
 1994年の6月、私はスコットランド第一の都市グラスゴーを訪れ、民謡にも謡われるローモンド湖のほとりに到着しました。
 民族楽器バグパイプの妙なる調べが、湖をわたる風に響いて、迎えてくれました。湖に映る広い空は、どこまでも青く輝いていました。歓迎くださった地元の皆さんも、「こんな空は見たことがない」と喜ばれるほどの晴天でした。
 この地域は雨がよく降ります。そして、雨降りの日にも楽しみがあります。それは、雨上がりの美しい虹を見ること。日照時間のすくない故郷も、詩情豊かに「虹の国」と讃える人々は、人生を朗らに生きる賢者です。
 スコットランドは、イングランド、ウェールズ、北アイルランドと共に、英国を構成する連合王国の一つです。6世紀に始まったグラスゴーの歴史は、石畳の路と歴史的な建造物に映し出されています。人類史の大転換となった18世紀の「産業革命」の電源地として、ロンドン、パリ、ベルリンに次ぐ人口を誇るヨーロッパ第4の都市として栄えました。
 スコットランドの人々は、勤勉にして、誠実で忍耐強い。そして、「自由のある所、これ、わが故郷なり」という勇壮な心で、世界各地に雄飛して活躍してきました。
 日本との関係も、とても深い。
 江戸から明治へと時代が変わる時、日本は鎖国から開国へと舵を切りました。世界との〝出あいの時〟がやってきたのです。
 西洋の進んだ技術に学ぶため、海外から専門家や技術者を招いて、急速に近代化を進めました。そのうち、実に半数に当たる約2000人が英国出身で、大半はスコットランド人です。産業革命を支えた知識や経験を惜しみなく伝えてくれました。
 今、私たちの生活を支える上下水道、鉄道、灯台、近代銀行制度などは、全て、海を越えて来てくれた、この先人たちに学んだ技術がもとになっています。地震学、言語学、考古学など学問でも、大きな影響を受けました。日本に近代化をもたらしたスコットランドは、まさに〝大恩の国〟なのです。

 グラスゴーが産業革命の電源地となり得たのは、なぜか。学問の革命や技術の革命を担う逸材を陸続と育てたからです。その人材の揺籃として〝教育の大城〟と輝くのが、名門グラスゴー大学です。
 このグラスゴー大学から、私は戸田城聖先生の弟子として、名誉博士号を拝受しました。
 授与式が行われたのは、6月15日。石造りとモザイク模様が美しい学舎が迎えてくれました。街を見晴らす高台に立つキャンパスは、大学併設の美術館、博物館も有名です。
 創立は1451年。日本が戦国時代に入ろうとする頃、この最高学府は誕生しました。
 大学は、知と知、人間と人間の〝出会いの場〟です。私は、産業革命を開いた友情の逸話に思いをはせました。
 ──蒸気機関の発明で知られるスコットランド出身のジェームズ・ワットは、無名の器具造り職人でした。ロンドンで修行を積み、1年で技術を習い修めた後、グラスゴーで開業しようとしました。ところが、ギルド(同業者組合)から許可が出ません。正式なグラスゴー市民ではなかったことと、修業期間が短すぎるという理由からでした。
 優れた才能をもちながら、〝慣習〟の壁にぶつかったワットは、途方に暮れます。そんな青年に手を差し伸べた人物がいました。当時、グラスゴー大学で教員を務め、後に「経済学の父」と呼ばれた、若き日のアダム・スミスです。
 スミスの助力もあり、ワットは大学内に作業室を借り受け、仕事ができるようになりました。スミスは、ワットの作業室に足を運び、励ましの声を掛けたといいます。
 多くの学者との交流等を通して科学技術の知識をさらに深めたワットは、後年、人類初の蒸気機関を誕生させます。「職人」と「学者」という立場の違いを超えた二人の出会いが、時を経て、人類の歴史を変える発明に結実したのです。

 スコットランド出身の歴史家カーライルは、「人間が人間に与える力は無限である」と綴っています。全く、その通りです。人は、人と出会い、学び合い、励まし合う中でこそ、偉大になっていくのです。
 出会いは、自身を成長させる、かけがえのない宝です。
 出会いは、人生を彩る美しきドラマです。
 出会いは、歴史を創るエネルギーの源泉なのです。
 新学年になると、多くの新しい友達との出会いがあります。
 よき友と誠実に語り合えば、今まで分からなかった自分の長所にも気づくでしょう。
 「新しい友との出会い」は「新しい自分自身との出会い」のチャンスでもあります。
 日蓮大聖人は、「この法門を語り、他の人と比較にならないほど、多くの人に会ってきた」(御書1418㌻、通解)と語られています。  生命の哲理を明かした仏法を、若くして探究し、実践する皆さんは、最も価値ある出会いを広げていける人です。
 70億人という人類の中から、不思議にも、今ここに集い白った縁《えにし》を大切にしながら、新たな友にも「はじめまして!」「よろしくね!」と朗らかに声を掛けてください。そして、伸び伸びと聡明に、友情の金の道を開いていっていだきたいのです。

 グラスゴー大学での授与式は、まことに荘厳で、厳粛でした。
 会場は、天井の高い壮麗なビュート・ホールです。パイプオルガンの重厚な調べが轟く中、銀の職杖を掲げた儀官を先頭に、入場が始まりました。
 私は、他の9人の受章者の方と共に、中央の通路をゆっくりと進みました。ステンドグラスには、かの国民詩人バーンズをはじめ英国の誇る文化人の肖像が描かれ、見守っていました。
 式典では、受章者が一人ずつ、「ブラック・ストーン・チェア」といわれる椅子に座り、それぞれの推挙者から紹介されます。
 目と耳と口の三重苦を乗り越えて人類に貢献した女性ヘレン・ケラーさんも、かつて名誉博士号を贈られ、座った椅子です。
 私の番が来ると、グラスゴー大学の評議会議長である、マンロー博士が、「推挙の辞」を読み上げてくださいました。
 博士は、凜然としたよく通る声で、「池田氏の人生の方向を決定づけたのは、1947年、戸田域聖氏と出会い、氏の弟子になられたことであります」と語られました。
 19歳で戸田先生に出会って以来、私は弟子として一筋に生き抜いてきました。
 先生の事業を支えるため、夜学を断念せざるを得ませんでしたが、先生は、「私が責任をもって、君の個人教授をしていくよ」と、激務の合間を縫って、亡くなる直前まで個人授業をしてくださいました。
 誉れの「戸田大学」です。
 当時の日記には、「先生の悠然たる姿。あまりにも大きい境涯。未来、生涯、いかなる苦難が打ち続くとも、此の師に学んだ栄誉を、私は最高、最大の、幸福とする」と記しました。
 私は、将来、必ずや恩師の偉大さを世界に宣揚して、恩返しを果たすのだと誓ったのです。
 マンロー博士の「ジョウセイ・トダ」の声がホールに、何度も何度も響きました。今も耳から離れません。
 マンロー博士自身も、師匠との出会いによって人生が決まりまた。学生時代、アフリカ研究を専攻していた教授と出会い、その大情熱いに触れ、実業界への進路を変更して、アフリカ経済史の研究に生涯を捧げようと誓ったのです。
 「どんな世界でも、道を極めるには、師弟の関係を除いてはありえない」と博士は断言されました。
 ありがたいことに、マンロー博士は、その後も、創価大学からの留学生たちを、それはそれは温かく迎え、慈父の如く励まし続けてくださっております。
 グラスゴー大学に学んだ創価の友が、今、世界の各界で立派に活厳してくれていることも嬉しい限りです。
 また22年前、共に栄誉を分かち合ったスコットランドの友人方が、さらに信頼のスクラムを広げながら、社会に貢献されていることが、このうえない喜びです。

 私の最大の幸福は、戸田先生という師に出会えたことです。師のおかげで、真実の正しい人生の道を歩み通すことができました。
 そして今、私には後継の全てをたく託す、未来部の皆さんがいる。これほど幸福なことはありません。
 戸田先生は、「大作がいて、私は本当に幸せだ」とおっしゃってくださいました。
 今、私は、恩師と全く同じ思いです。「未来部の皆さんがいて、私は本当に幸せだ」──と。
 愛する皆さん、この1年間も、よろしく! 弾む心で、一緒に進もう!


※バーンズの言葉は『バーンズ詩集』申村為治訳(岩波書店刊)、カーライルの言葉は山崎八郎訳『ゲーテ=カーライル往復書簡』岩波文庫所収。参考文献は高橋哲雄著『スコットランド 歴史を歩く』岩波新書
2016-05-24 : 未来の翼 世界が君を待っている :
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世界広布新時代第18回本部幹部会へのメッセージ

「世界広布新時代第18回本部幹部会」「全国婦人部幹部会」へのメッセージ
                         (2016年5月21日 東京戸田記念講堂)

 「世界広布新時代第18回本部幹部会」が21日午後、「全国婦人部幹部会」の意義を込め、巣鴨の東京戸田記念講堂で晴れやかに開催された。これには原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長をはじめ各部の代表が、研修会のために来日した海外の同志と共に出席した。池田SGI(創価学会インタナショナル)会長はメッセージと和歌を贈り、広宣流布に〝力走〟する全国・全世界の同志を心から賞讃。また、来月に結成65周年を迎える世界一の婦人部の奮闘を最大にたたえつつ、立正安国の平和の楽土を築くため、励ましと信念の対話を広げゆこうと念願した。さらに席上、SGI会長が1979年(昭和54年)の5月3日に認めた「師弟山」の書が紹介された。
 本部幹部会の舞台前方に、色とりどりのガーベラの花が飾られていた。主な花言葉は、「希望」そして「常に前進」――それは、いかなる試練の風雪にも耐え、幸の花を咲かせゆく広布の母たちの合言葉にも通じよう。
 婦人部は来月で結成65周年。友は今、「太陽の励まし 拡大勝利月間」を、にぎやかに前進している。
 音楽隊・創価グロリア吹奏楽団が、全世界の婦人部への尽きせぬ感謝と尊敬を込めて、学会歌「母」「今日も元気で」を演奏した。

メッセージ

生き生きと慈愛の声 確信の声 智慧の声で価値創造の大連帯を

題目の師子吼を響かせよ
戸田先生「妙法受持の女性は最も尊貴」


 一、日本全国、全世界の尊き同志の広宣流布の「力走」を讃え、メッセージを贈ります。
 走れば風が起きる。わが友の真剣な行動と対話から、新たな希望の風が生まれ、幸光る薫風が広がっています。
 何よりも、御本仏・日蓮大聖人が、創価家族の「月月・日日につより」(御書1190㌻)ゆく大前進を、「善き哉、善き哉」「貴し、貴し」と絶讃してくださっていることでありましょう。
 きょうは、SGIの指導者の皆さんをお迎えし、「広布のサミット」ともいうべき本部幹部会になりました。
 初めて来日された友も、多くおられます。崇高な求道の旅を、私たちは熱烈に歓迎しようではありませんか!(大拍手)

娑婆世界で開花
 一、昭和26年(1951年)の6月10日、戸田先生は、五十数名の庶民の女性リーダーに語られました。
 「妙法受持の女性は、最も尊貴な女性であることを自覚してもらいたい。妙法の実践の証明が、未来にどう開花していくか、今後、私と共に、どこまでも戦ってもらいたいんです」と。
 ここに、創価学会婦人部が誕生しました。
 毎日毎日、自行化他の題目を朗々と唱え、わが家族のため、友のため、地域のため、社会のため、祈り、動き、語り、戦ってくれている婦人部の一人一人こそ、まぎれもなく、妙法蓮華の当体であります。
 戸田先生が宣言された通り、「最も尊貴な女性」なのであります。
 泥沼の如き娑婆世界の真っ只中で、まさしく「如蓮華在水」の法理のままに、「妙法の実践の証明」を開花させてこられました。
 結成より65周年――学会婦人部は「生命尊厳の世紀」「平和と人道の世紀」を開きゆく、名実ともに世界一の女性の大連帯となりました。
 きょうも、熊本地震の被災地では、大九州の健気な母たちが「負けんばい」と歯を食いしばって、皆に勇気と希望を贈ってくれています。
 九州をはじめ、日本中、世界中の偉大な「広布の太陽」の皆さんに、尽きせぬ尊敬と感謝を込めて、いついつまでも健康で、お達者でと、万雷の大拍手を捧げましょう!(大拍手)

言い切っていけ
 一、大聖人は、千日尼に、仰せになられました。
 「一の師子王吼れば百子力を得て諸の禽獣 皆頭七分にわる」「法華経の師子王を持つ女人は一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣に恐るる事なし」(同1316㌻)と。
 創価の女性たちの声こそ、何ものにも負けない師子吼であります。
 それは、不軽菩薩の如く、どんな人の生命からも仏の力を呼び覚ましていく「慈愛の声」です。
 太陽のように、卑しい虚偽の闇を打ち破り、邪悪を正さずにはおかない「確信の声」です。
 そして、幸福博士となって、いかなる大悪も大善へと変毒為薬しながら、生き生きと価値創造のスクラムを拡大していく「智慧の声」であります。
 「声仏事を為す」(同708㌻)であるゆえに、一人また一人と誠実に語った分だけ、歓喜の仏縁が結ばれます。
 勇敢に言い切った分だけ、不幸の魔性は退散します。
 忍耐強く訴え抜いた分だけ、立正安国の平和の楽土が築かれていくのであります。
 我ら創価家族は、婦人部を中心に、また壮年部を要とし、そして男女青年部を先頭に、一丸となって、励ましと信念の対話を師子王の如く轟かせていこうではありませんか。

烈風に揺るがぬ
 一、戸田先生は、最晩年、ご一緒に富士の山を仰いだ折に言われました。
 「『富士』は『不二』に通ずる。牧口先生と私、私と大作とで、富士の如く、師弟不二の山、『師弟山』を築くことができたな」と。
 あの昭和54年(1979年)の5月3日、私は八王子から向かった神奈川文化会館で一枚の書を認めました。それは「師弟山」――。
 「共戦」「正義」に先駆けて記した書であります。
 我らには、三障四魔の烈風にも、断じて揺るがない「師弟共戦の山」があります。
 我らには、どんな強敵も恐れず、立正安国の旗を誇り高く掲げ抜く「師弟正義の山」があります。
 そして我らは、今この時を共に戦う最も宿縁深き真実の同志として、題目の師子吼を響かせながら、「師弟常勝の山」を、いよいよ異体同心で、いよいよ威風堂々と聳え立たせていこうではありませんか。
 大切な大切な、全世界の友の「健康長寿」と「絶対勝利」を祈りつつ、

 愛弟子よ
  嵐に勝ちゆけ
   師弟山
   正義は勇気と
    乱世に凱歌を

と贈り、私のメッセージといたします(大拍手)。
2016-05-22 : スピーチ・メッセージ等 :
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創価大学 通信教育部 機関誌「学光」への特別寄稿

創価大学 通信教育部 機関誌「学光」への特別寄稿    (2016年5月号 「学光」)

 きょう5月16日は、創価大学通信教育部(東京・八王子市)の開学式から40周年の佳節である。通信教育部の開設は、戦争によって青春の貴重な時を奪われ、戦後は働きながら夜学に通った創立者・池田名誉会長の悲願の一つだった。創大開学から5年後の1976年(昭和51年)のこの日、創立者は、式典に出席できなかったが、激務の合間を縫って、通教生への万感の思いをテープに録音して届けた。以来、創立者と共に、生涯教育の伝統を築いてきた通信教育部。ここでは、開設40周年を記念して、創立者が通信教育部の機関誌『学光』5月号に贈った「特別寄稿」を紹介する。


「信」を「通」い合わせ人間教育の大道を


 人生の年輪を重ねると、一年ごとに、うれしい佳節を多くの友と分かち合える機会が増えます。
 その中でも、わが創価大学通信教育部の開設40周年は、この上ない喜びであり、感無量の慶事であります。
 創立以来の悲願であった通信教育部が、晴れの開学式を行ったのは、1976年(昭和51年)の5月16日。「重大な歴史の日」として、私の人生においても、黄金の輝きを放っております。
 以来、創価の誇り高き向学の友たちは、日本全国、さらに世界各地で、年齢も、立場も、国籍も超えて、互いに励まし合い、学び続けてきました。
 見事に卒業を果たした学友は、1万8000人に上ります(2016年3月現在)。教員採用試験の合格者は、15年連続で100人を超え、累計で3000人を突破し、教育界に希望と信頼を広げる連帯となりました。
 私のもとへ、通教同窓生の皆さん方から、社会での尊き奮闘と勝利を伝える便りが届かない日はなく、創立者として、これほどありがたく、胸に迫ることはありません。
 「学は光なり。無学は闇なり」――。創価教育の父、牧口常三郎先生のこの信念こそ、私が創大通教の機関誌を「学光」と命名した由来であります。
 私たちの世代は、戦争のゆえ、最も学べる時に「学の光」を奪われました。
 私も終戦の17歳の時から夜学に入り、その後も必死に働きながら学んだ一人です。
 それは、常に時間の制約と、生身の体力の限界との闘争でした。あまりに体がつらくて、教科書を一ページすら読み進めることができない日もありました。それゆえに、言うに言われぬ皆さんのご苦労は、痛いほど分かっているつもりであります。
 求道の心燃ゆる皆さん方は、それぞれに光を求めて、「学問探究の道」「価値創造の道」「人生勝利の道」を切り開くため、創価の人間主義の最高学府を選んでくださいました。その崇高な心に、私は胸奥より感謝します。
 学べば「世界」は広がる。「学ぶ」こと自体が「喜び」であり「幸福」です。「学ぼうとする決意」は即「希望の光」であり、「学び抜こうとする執念」は即「勝利の光」であるとは言えないでしょうか。

いかに学ぶか

 よき伝統には、よき原点があります。
 110年ほど前、牧口常三郎先生が、働きながら学ぶ女性たちに対して「通信教育の勉強法」を語られた、貴重な講義録が残っています(『創価教育研究』第6号に収録)
 34歳の牧口先生は、自ら創立した「大日本高等女学会」で「外国の地理」を担当されていました。
 新しい世界を学び始めた女性たちに、先生は――皆さんは、教室で直接、教師から授業を受けても理解しづらい学問を、自宅で自習しようというのですから、難しいことはもちろんです。教える側にとっても、すこぶる困難なことである――と寄り添っていかれます。そして、これまで幾多の若人を薫育されてきた経験を踏まえつつ、誠にこまやかなアドバイスを贈られるのです。
 一、教科書を読む時は、とても一回の読み流しで覚えられるものではありませんから、少なくとも2、3回は繰り返して読むこと。
 一、声に出すと記憶しやすいこと。
 一、教科書を目で見ただけでは覚えられるものではない。丁寧でなくてよいから、自分で書いてみること。
 一、ノートに書き込んだ大切な事柄は、順序よく並べ直して、繰り返して見ること。
 一、優れた学生には、いろいろと工夫して自習ノートを作って学んだ人が多いこと。
 一、用事の隙間、仕事の合間に、ちょっとずつ、二つ三つと、徐々に学ぶこと。
 まさしく時を超えても通じる実践知です。

皆が光の宝友
 牧口先生の目の前には、家庭で、職場で、さまざまな壁に直面しながら、夢や理想を胸に、孤独な勉学の闘いを開始した人たちがたくさんいました。
 どうすれば彼女たちが、初めて接した学問の高き峰々を踏破できるか――教える側が振り絞る、この「知恵の奔流」こそ、創価教育の熱き源流であったと、私には思われてなりません。
 牧口先生が通信教育にささげた情熱は、歴史に輝く教育改革の淵源の一つとなりました。それはまた、「生活の学問化」と「学問の生活化」の往復作業を土台として、考察を深めゆく「創価教育学」の核心ともなっています。
 わが恩師・戸田城聖先生は戦後も、牧口先生の価値創造の大原則を受け継ぎ、中学生向けの数学や英語などの通信添削に取り組まれました。
 牧口・戸田両先生も、私も、学びたくとも思うように学べない青春を過ごしました。だからこそ、けなげに学ぶ人々と力強く「信」を「通」い合わせて、「学は光」の大道を開きたいと願ってきたのです。
 それは、人間生命の持つ尊厳性への「信」であります。自他共の無限の可能性への「信」であります。
 さらに社会と世界を必ずよりよく変えていける人類の英知の力への「信」であります。
 今、わが創大の通信教育部の皆さん方が、この誉れの系譜に真っすぐに連なってくださっています。
 創大通教に学ばれる愛娘を、東日本大震災で亡くされた宮城県石巻市のお母さまが、その遺志を受け継がれて、通教に学ばれております。
 東北の通教家族の慈母として皆を温かく励ましてくださっていることも、涙の出る思いで伺いました。
 通教の皆さん方が、これから無数に続く学友たちとも、限りなく「信」を「通」い合わせてくれる未来を、私は思い描いております。今、厳しくも楽しき「自己との闘い」に粘り強く挑みながら学び、「心の財」を積まれている皆さんへ、そして将来の通教生たちに、私は、若き日から大切にしてきた法華経の一節を贈りたい。
 「忍辱の大力 智慧の宝蔵あり」と。
 私にとっては、創大通教で学ぶ皆さん全員が、かけがえのない光の宝友であり、最も期待してやまない英才です。共々に、栄光の開設50年を目指し、悔いなく朗らかに、新たな前進を開始していきましょう。
 最後に、いつも尊き真心と情熱で、建設の労苦を共にしてくださっている教職員の先生方、また各地でお世話になっているすべての方々に心から深謝し、
 創大通教同窓の友よ
 皆、健康王であれ!
 幸福長者であれ!
 勝利博士であれ!
 学光王者であれ!
と願い、私の寄稿とさせていただきます。
2016-05-16 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 6 五月三日の誓願の旗

随筆 永遠なれ創価の大城 6           (2016・5・9付 聖教新聞)

五月三日の誓願の旗

尊き共戦の同志に勝利あれ
対話の薫風をわが街にわが地域に!


 4月28日の「立宗宣言の日」、さらに5月3日の「創価学会の日」「創価学会母の日」を迎えるごとに、私が心新たに拝読する御書がある。
 信心の志深く「妙密上人」と尊称された門下の夫妻への御消息である。
 日蓮大聖人は、本抄で「日本国の中に但一人・南無妙法蓮華経と唱えたり、これは須弥山の始の一塵 大海の始の一露なり」(御書1241㌻)と宣言された。そして、広宣流布の流れは必然であると仰せである。
 ――これまで謗じてきた人びとも、今は題目を唱えているであろう。やがて、法華経の神力品で説かれているように、万民が一同に南無妙法蓮華経と唱えることもあるに違いない――と。
 大聖人は、それを「木はしづかならんと思へども風やまず・春を留んと思へども夏となる」(同㌻)と譬えられた。
 1970年(昭和45)の5月3日、難に直面する渦中の本部総会で、私は1時間半の講演を、この御書で結んだ。
 誰人たりとも、我らの広布前進の風を止めることなど絶対にできない。何があろうとも、学会は師・戸田城聖先生が広宣流布の大闘争に出陣された「5月3日」を起点として、攻勢に転じ、断固と時を創っていくのだ。
 これが創価の拡大と勝利のリズムである。その勢いを生み出すのは、勇敢な率先の行動だ。
 今年も、誉れの友は労苦を厭わず、5月3日を「行躰即信心」の息吹の中で飾ってくれた。私は心より感謝したい。

「勇気」の大九州
 甚大な地震被害に遭われた熊本と大分で、わが同志は毅然と変毒為薬に立ち上がっておられる。
 いまだ余震が続き、復旧・復興へのご苦労はいかばかりか。自らも被災されながら、友と地域に尽くす、余りにも尊き献身に、私は涙する。青年・壮年部の「かたし隊」の奮闘も有り難い限りだ。
 「勇気は刻下の問題に対してよくこれに応ずる力を有する処にある」
 これは、熊本出身の英文学者・戸川秋骨氏が訳したアメリカの哲人エマソンの言葉である。
 今いる、その場所で、「自分の為すべき事を即座に成す」力こそが勇気だというのである。
 まさしく、愛する九州家族の勇戦の姿そのものではないか。
 九州の友は、東洋広布・世界広布の先駆の誇りも高く、アジアをはじめ海外のメンバーと深く交流を結んできた。
 忘れ得ぬ九州の父母の歓待を受けた世界の友人たちも、我がこととして強盛に題目を送ってくれている。
 私自身、アジアへの往来を九州を拠点として、共に歴史を刻んできた。
 1980年(昭和55年)4月には、第5次訪中を終えて長崎空港へ帰国した。青葉光る長崎に思い出は尽きない。
 5月3日を前に、福岡での県本部長会で、私は不退の決意を訴えた。
 「広宣流布の胸中の旗を断じて降ろすまい!」
 「折伏の修行の法旗を決して降ろすまい!」
 「一生涯の成仏の、信心の炎の光を絶対に消すまい!」と。
 この不撓不屈の闘魂を発揮し、勝利また勝利の歴史を綴ってくれているのが、福岡そして大九州の不二の同志なのだ。

「終りの勝」こそ
 九州・福岡藩の祖となった黒田官兵衛すなわち黒田孝高(如水)は軍略に優れ、かの信長・秀吉・家康という三人の天下人からも大変、重要視された傑物であった。
 彼の生まれは播磨国の姫路である。今の兵庫を地盤としながら、勲功を挙げ、やがて九州に本拠を移したのだ。
 黒田官兵衛は、後継者の子息・長政に、「終りの勝を計れ」と教えた。戦いの大きな流れを見失い、目先の勝敗に翻弄されてはならぬ。「良将」は軽率な動きを排し、あくまでも全体観に立って戦うゆえに勝利を全うできるというのだ。
 長い人生の戦いにあっても、途中には幾多の苦難がある。壁にぶつかる時もあろう。思いもよらぬ難関が立ちはだかる。
 だが、我らには「法華経の兵法」がある。ゆえに迷いなく、定めた決勝点を目指して、辛抱強く力走するのだ。そして「最後は、信心しきったものが必ず勝つ」ことを、執念で証明するのだ。
 この負けじ魂を満天下に示したのが、兵庫・西宮の阪神甲子園球場で開催した、あの「雨の関西文化祭」であった(1966年9月)。
 台風接近の影響による激しい雨がグラウンドを打ち付ける中、わが関西の青年たちは、試練の逆境をはね返し、偉大な人間讃歌の舞台に変えた。
 その常勝不敗の魂は、半世紀を経た今も脈々と流れ通っている。
 先日も、兵庫で広布の法城を厳護してくれている壮年部の王城会の友の便りに綴られてあった。
 ――21年前、阪神・淡路大震災を共に歯を食いしばって乗り越えてきた創価班や牙城会等の仲間たちが今、黄金柱の世代となりました。世界一の婦人部、従藍而青の青年部と心を一つに、「負けたらあかん!」と奮闘しています、と。

民衆の力で劇を

 「広布の一番星」と輝く愛知の講堂では、先月、全国男子部幹部会が雄々しく開催された。
 堅塁・中部の草創の父母が団結と不屈の魂で護り抜いてきた「勝利の旗」を、後継の若人が受け継いでくれている。本当に嬉しく、頼もしい。
 この講堂は1992年(平成4年)、「5・3」を祝す本部幹部会が行われた場所だ。あの日、私は、中部の友と語り合った。
 「民衆が力を合わせた時、〝奇跡〟ともいうべきドラマが生まれる」と。
 誓願の「この道」を、威風も堂々と走り抜いた師弟共戦の友は、「至誠天に通ず」の如く、あらゆる諸天を動かし、悪鬼魔民をも味方に付ける祈りで、見事な勝利劇を飾ってきたのである。
 大聖人が、ある女性門下に送られた御書には、「よき師と・よき檀那と・よき法と此の三寄り合いて祈を成就し国土の大難をも払ふべき者なり」(550㌻)と示されている。ここに、立正安国の勝利の要諦があるのだ。

後継と友情の糸
 妙法の令法久住は、未来へ連綿と信心の志が受け継がれる「後継」という縦糸と、わが街、わが郷土に大きく広げゆく「友情」という横糸によって、織り成される。
 この5月3日も、世界192カ国・地域で、言語も文化も違う多様な人びとが、「広宣流布」すなわち人類の幸福と平和という一点で心を同じくして、希望の大行進を開始した。
 「在在諸仏土 常与師俱生」――法華経には、師と弟子が、常に同じ仏国土に生まれ、共に仏法を行ずると説かれる。
 大きな視野に立てば、この地球自体が一つの仏国土といってよい。今この時に生まれ合わせた世界の同志は皆、同じ仏国土で戦う、久遠からの共戦の地涌の菩薩なのだ。
        ◇
 それは1978年(昭和54年)、私が第3代会長を辞任した直後の5月3日のことである。
 八王子から横浜に入った私は、海に臨む神奈川文化会館で、「共戦」と認めた。真実の同志と共に、世界広布へ新たに船出する誓いを込めた。
 立場や肩書など関係ない。わが学会には、麗しき異体同心の団結がある。正義の志がある。ゆえに、絶対に負けない。
 翌年(1980年)には、四国から3度にわたり、延べ3000人もの同志が、波濤を越えて、神奈川に来てくれた。
 以来36星霜――。本年3月には、かつて集ったメンバーの子や孫にあたる四国男子部の代表が神奈川を訪れ、地元男子部との交流の会合が行われた。初対面の友ばかりだったが、会場は「共戦」の熱気に包まれた。
 創価の勝利のため、どこまでも共に――この共戦の絆は、次の世代へ厳然と継承されている。

人間共和の都へ
 大歴史家トインビー博士と語り合ったのは、新緑の5月であった(1972年と73年)。
 世界を旅した博士は、述懐されていた。
 「だれかと直接 顔を合わせて会い、どこかある風景を自分の眼で見ることは、数巻の文字や、写真や、地図を見るよりも価値がある」と。
 そして、「新たな友人」をはじめ、こうした旅の中で得たものこそ、生涯にわたる「貴重な財産」になると強調された。直接、会い、語り合うことは、自他共の人生を何倍も豊かにするのだ。
 今、全国各地の共戦の同志たちが、あの友、この友のもとへと足を運び、対話の薫風を起こしてくれている。
 「妙密上人御消息」には「一を重ぬれば二となり・二を重ぬれば三・乃至十・百・千・万・億・阿僧祇の母は唯・一なるべし」(御書1237㌻)と記されている。
 一人との誠実の対話から無限の希望が広がる。
 いよいよ、創価の威光勢力を増しながら、民衆の幸福の凱歌が轟く「人間共和の都」を、わが地域に、わが街に、強く、朗らかに築きゆこう! 広布誓願の旗高く!



エマソンの言葉は『エマアソン全集4 社交及孤独』戸川秋骨訳(国民文庫刊行会)=現代表記に改め、傍点も外した。黒田孝高は岡谷繁実著『名将言行録4』(岩波書店)、トインビーは『トインビー著作集7』所収「東から西へ」長谷川松治訳(社会思想社)。
2016-05-09 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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第41回「SGIの日」記念提言「万人の尊厳 平和への大道」

第41回「SGIの日」記念提言「万人の尊厳 平和への大道」
                            (2016・1・26/27付 聖教新聞)

 きょう26日の第41回「SGI(創価学会インタナショナル)の日」に寄せて、池田大作SGI会長は「万人の尊厳 平和への大道」と題する提言を発表した。提言ではまず、国連で昨年9月に採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の基調をなす、「誰も置き去りにしない」との誓いに触れ、仏法の尊厳観とも相通じるものがあると強調。その尊厳観に立脚し、SGIが国連支援の活動で重視してきた基盤として教育と対話を挙げ、牧口初代会長や戸田第2代会長の思想を通しながら、人間の限りない力を引き出す教育や、歴史創造の最大の推進力となる対話の意義を浮き彫りにしている。続いて、戦後最大規模となった難民問題を踏まえ、5月の「世界人道サミット」で、難民の生命と人権、特に子どもたちを守るための対策とともに、多くの難民を受け入れている国々を支える国際協力の強化を合意に盛り込むことを提案。次に、温暖化防止の合意として先月採択されたパリ協定を軌道に乗せるために、日本と中国と韓国が協力して意欲的な挑戦を進める環境誓約を、日本で今年行われる日中韓首脳会談を機に制定を目指すよう提唱している。最後に軍縮に関連し、紛争やテロの拡大を防ぐために武器貿易条約の批准促進を呼び掛ける一方で、核兵器の問題に言及。ジュネーブで年内に開催予定の核軍縮をめぐる国連の公開作業部会を成功に導くとともに、青年を中心に民衆の連帯を広げる中で核兵器禁止条約の交渉開始を実現させ、核時代に終止符を打つことを訴えている。

民衆の力強い連帯と行動で人道の世紀開く曙光を!!

 私どもSGIが、国連を支援するNGO(非政府組織)としての活動を本格的に開始してから、今年で35年を迎えます。
 2度に及ぶ世界大戦の反省に立ち、国連が掲げてきた目標は、戦争の惨禍を食い止め、差別と抑圧をなくし、人権が守られる世界を築くことにありました。
 それはまた、私どもが信奉する仏法の根幹をなす、「平和」「平等」「慈悲」の理念とも通じ合うビジョンにほかなりません。人間には誰しも幸福に生きる権利がある。その権利を守るために民衆の連帯を広げ、地球上から「悲惨」の二字をなくすことに、SGIの運動の眼目はあり、国連支援はその当然の帰結ともいうべきものなのです。

難民と避難民が6000万人に
 世界で今、多くの人々の生命と尊厳を脅かす深刻な危機が広がっています。
 シリアでの紛争が続く中東をはじめ、各地で難民や国内避難民が急増し、戦闘や迫害から逃れるために家を追われた人々は6000万人にもなります。 
 また相次ぐ災害により、わずか1年の間に1億人を超える人々に被害が及びました。洪水や暴風雨など気候に関連したものが9割近くを占めるといわれ、地球温暖化がもたらす影響の拡大が懸念されます。
 こうした中、国連で史上初となる「世界人道サミット」が、5月にトルコのイスタンブールで行われることになりました。
 これまでのサミットの準備会合でも、かつてない規模で広がりをみせる人道問題への危機意識が高まっています。紛争の早期終結とともに、多くの人々が直面する厳しい状況を打開する道を何としても見いだしていかねばなりません。
 難民問題や災害をはじめとする「人道」をめぐる課題は、長年にわたって私どもが取り組んできたテーマでもありました。
 SGIとしても、国連NGOとして「世界人道サミット」に参加し、信仰を基盤にした団体が人道支援に果たす役割などについての議論を深めながら、市民社会の側から連帯の輪を大きく広げていきたい。
 創価学会が、国連広報局のNGOに登録されたのは1981年でした。
 SGIが、国連経済社会理事会との協議資格を持つNGOとなったのは、私がこの毎年の提言を最初に行った83年のことで、現在まで「平和・軍縮」「人道」「人権」「持続可能な開発」の4分野を中心に活動を続けてきました。
 そこで今回は、私どもが国連支援に取り組む上で基盤としてきたアプローチに触れつつ、人道危機などの地球的な課題を解決するために重要となる視座や、市民社会の役割に焦点を当てて論じたいと思います。

2030年に向けた国連の新目標が採択

「誰も置き去りにしない」との誓い
 国連で昨年9月、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」=注1=と呼ばれる、新しい目標が採択されました。
 2000年に合意され、昨年まで貧困や飢餓などの改善を進めてきたミレニアム開発目標に続くもので、そこで積み残された課題に加え、気候変動や災害といった喫緊のテーマを幅広く網羅し、2030年に向けて包括的な解決を図ることが目指されています。
 何より注目されるのは、目標の筆頭に掲げられた「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる」との文言が象徴するように、すべての課題を貫く前提として「誰も置き去りにしない」との誓いが明記された点です。
 極度の貧困層の半減を達成したミレニアム開発目標の取り組みから、さらに踏み込む形で、誰一人として見捨ててはならないことが宣言されたのです。
 具体的には、さまざまな脅威の深刻な影響を受けやすい存在として、子どもや高齢者、障がいのある人をはじめ、難民や移民などを挙げ、最大の留意を促す一方で、そうした人々へのエンパワーメント(内発的な力の開花)が欠かせないことが強調されています。
 また、人道危機の影響を受けた地域の人々や、テロの影響を受けた人々が直面する困難を取り除くことと併せて、弱い立場にある人たちが特に必要とするものに対する支援の強化が呼び掛けられています。

5年に及ぶ紛争が引き起こした被害
 私もこれまで、国連の新目標に「誰も置き去りにしない」との骨格を据えることを訴えるとともに、項目の一つに「すべての難民と国際移住者の尊厳と基本的人権を守ること」を盛り込むよう提唱してきました。
 かつてない規模で難民が増加する中、その状況と真正面から向き合わずして、21世紀の人類の未来は開けないと考えたからです。
 その意味で、国連の新目標にとっての最初の正念場が、難民問題などが議題となる「世界人道サミット」だといえましょう。
 5年近くにわたり紛争が続くシリアでは20万人以上が犠牲になり、人口の約半数が家や故郷から追われる状態に陥っています。
 住居や商店、病院や学校など、あらゆる場所が戦渦に巻き込まれ、避難場所にも攻撃が及んでいるほか、主要な道路が封鎖され、食糧や救援物資の入手が困難になっている地域がいくつもあるといいます。
 その結果、紛争前には、「世界で最も多くの難民を受け入れてきた国」の一つだったシリアが、今では「最も多くの難民が発生している国」になってしまったのです。
 一向にやまない紛争から逃れるため、多くの人が国外脱出を余儀なくされたばかりか、行く先々で危険な目に遭い、家族と離れ離れになった子どもたちも少なくありません。中東を襲った大寒波や、地中海をわたる船の転覆事故などで亡くなった人も大勢います。
 「難民として生きる人生は、動くたびに沈む流砂にはまったようなものだ」(国連難民高等弁務官事務所のプレスリリース、昨年3月12日)
 国連難民高等弁務官を先月まで務めたアントニオ・グテーレス氏は、シリアから逃れた一人の父親が語ったこの言葉を紹介しつつ、状況の深刻さを訴えましたが、どこまで逃れても安心が得られず、先の見えない日々が続く中で生きる縁を失いかけている人は、今も後を絶たないのです。
 アフリカやアジアでも、難民や国内避難民が増加の一途をたどっています。国連難民高等弁務官事務所をはじめとする、さまざまな救援活動が行われてきましたが、依然として、多くの人々が支援を切実に必要とする状況にあるのです。

胸を痛める心が灯す「人間性の光明」
目の前の一人を徹して大切に


戦時中に難民を守り支えた人々
 大勢の難民がヨーロッパに向かうようになり、さまざまな反応が広がる中、国際通信社IPS(インター・プレス・サービス)の記事で報じられていた、イタリアの港町で暮らす人の言葉が心に残りました。
 「彼らも私たちと同じく生身の人間です。私たちは彼らが沖合で溺れているのを見て見ぬふりをしているわけにはいきません」(「進退窮まる移民たち」、昨年5月11日)
 世界人権宣言には、「すべての人は、迫害を免れるため、他国に避難することを求め、かつ、避難する権利を有する」とあります。
 しかしそれ以前に、先の言葉に宿っていたような〝胸を痛める心〟こそが、人権規範のあるなしにかかわらず、どんな場所でも灯すことのできる人間性の光明だと思うのです。
 創価学会平和委員会が協力し、昨年10月に東京で行われた「勇気の証言――ホロコースト展 アンネ・フランクと杉原千畝の選択」でも、その点がテーマとなりました。
 展示では、ナチスの迫害のためにオランダで身を隠す生活に置かれながらも希望を失わなかったアンネ・フランクの生涯とともに、6000人ものユダヤ難民を救うために、訓令に反してビザを発行し続けた日本の外交官・杉原千畝の行動が紹介されました。
 当時、ユダヤ人への迫害が広がっていたヨーロッパで、いくつもの国の外交官たちが、本国政府の方針に背くことを覚悟の上で、自らの「良心」に従う勇気をもって行動し、難民たちを救っていったことが、歴史に刻まれています。
 また、こうした難民の命を守る行動は、アンネの家族の隠れ家生活を命懸けで支えたオランダの女性をはじめ、多くの国の民衆が、人知れず行っていたものでもありました。私は、ここに歴史の地下水脈に流れる「人間性の輝き」をみる思いがしてなりません。
 同じく現代でも、自分たちが住む町に突然現れた難民の姿をみて、どれだけの辛酸を味わってきたことかと胸を痛め、やむにやまれず手を差し伸べてきた人は少なくないと思います。
 その一つ一つの手が、難民の人たちにとって、どれだけ大きな励ましとなり、かけがえのない命綱になってきたことか――。
 このことを考えるにつけ思い起こすのは、マハトマ・ガンジーが、周囲から投げかけられてきた〝大勢の人をすべて救うことなどできない〟との声を念頭に置きつつ、自分の孫に語りかけた言葉です。
 「その時々に、一人の命に触れるかどうかが問題なんだ。何千という人々すべてを見まわすことは、必要じゃない。あるとき、一人の命に触れ、その命を救うことができれば、それこそ私たちが作り出せる大きな変化なんだ」(塩田純『ガンディーを継いで』日本放送出版協会)
 ささやかな行動だったとしても、それがあるかないかは、差し伸べられた人にとって決定的な重みをもつ大きな違いなのです。

人間の苦しみに無縁なものはない
 このガンジーの信条は、私どもSGIが信仰実践の面はもとより、国連支援などの社会的な活動を展開する上でも銘記してきた、「徹して一人一人を大切にする」との精神と深く響き合うものがあります。
 仏法の根幹は、すべての人々の生命の尊厳にありますが、それは釈尊の次の教えが象徴するように、気づきや内省を促す中で説かれてきたものでした。
 「すべての者は暴力におびえる。すべての(生きもの)にとって生命は愛しい。己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ」(『ブッダの真理のことば 感興のことば』中村元訳、岩波書店)
 つまり、自分が傷つけられることを耐えがたく思い、わが身をかけがえのないものと感じる心――その動かしがたい生命の実感を出発点としながら、〝それは誰にとっても同じことではないのか〟との思いをめぐらせていく。
 そして、その「己が身にひきくらべて」の回路を開いていく中で、他の人々の痛みや苦しみが、わが事のように胸に迫ってくる。
 こうした「同苦」の生命感覚を基盤としながら、いかなる人も暴力や差別の犠牲にすることのない生き方を歩むよう、釈尊は呼び掛けたのです。
 仏法が説く「利他」も、自分を無にすることから生まれるものではない。
 それは、自分の存在と切っても切り離せない胸の痛みや、これまで歩んできた人生への愛しさを足場としつつ、人間の苦しみや悲しみに国や民族といった属性による違いなどなく、〝同じ人間として無縁な苦しみなど本来一つもない〟との生命感覚を磨く中で、おのずと輝き始める「人間性の異名」なのです。
 哲学者のカール・ヤスパースも釈尊の評伝をつづる中で、「曚くなりゆく世において、わたしは滅することなき法鼓を打とう」と立ち上がった釈尊の生涯は、「一切の者にむかうとは、ひとりひとりの人にむかうことにほかならない」との決意に貫かれていたと、強調していました(『佛陀と龍樹』峰島旭雄訳、理想社)
 私どもSGIは、この精神を現代に受け継ぐ形で、目の前の一人の苦しみに寄り添い、共に涙し、喜びもまた共にしながら、手を取り合って生きるつながりを広げてきたのです。

法華経の世界を貫く誓いと歓喜の生命劇

これまでの苦難も人生の糧に変える
 仏法を貫く「徹して一人一人を大切する」との精神には、このような視座に加えて、もう一つの欠くことのできない重要な柱があります。
 それは、これまでどのような人生を歩み、どんな境遇に置かれている人であっても、誰もが「自分の今いる場所を照らす存在」になることができるとの視座であり、確信です。
 目に映る「現れ(これまでの姿)」で人間の価値や可能性を判断するのではなく、人間に本来具わる「尊厳」を見つめるがゆえに、その輝きによって、今ここから踏み出す人生の歩みが希望で照らされることを、互いに信じ合う。
 そして、これまで味わった苦難や試練も人生の糧としながら、自分の幸福だけでなく、人々のため、社会のために「勇気の波動」を広げる生き方を、仏法は促しているのです。
 私どもの信奉する日蓮大聖人は、すべての人々に尊極の生命が具わり、限りない可能性を開花させることができるとの「一切衆生皆成仏道」の法理こそが、釈尊の説いた法華経の真髄であり、仏教全体の肝心であると強調しました。
 法華経では、釈尊とその弟子をはじめとする、多くの人々が織り成すドラマを通じて、この法理が説かれています。
 ――まず、釈尊の説いた教えを理解した弟子の舎利弗が、自分自身にも尊極の生命が具わっていることを心の底から実感し、「踊躍歓喜」する。
 続いて、他の四人の弟子も、その歓喜のままに誓いを立てた舎利弗の姿と釈尊の励ましを目の当たりにして、同じく歓喜し、無量の宝を「求めずして自ずから得た」喜びを表すべく、自分たちの言葉で釈尊の教えを長者窮子の譬え=注2=を通して語りだす。
 こうした誓いと歓喜のドラマが幾重にも続く中、多くの菩薩たちが、人々の幸福のためにどんな困難も乗り越えて行動する決意を、「ともに同じく声を発して」誓い合う。
 そして最後に、釈尊の滅後に、そうした実践を誰が担っていくのかが焦点となった時に、数え切れないほどの地涌の菩薩が現れ、いついかなる時代にあっても、どのような場所においても、行動を貫き通すことを誓願する――。
 そこで広がっているのは、釈尊の教えに触れて、尊極の生命に目覚めて歓喜した弟子たちが、他の人々にも等しく尊極の生命が具わっていることに気づき、自他共にその生命を輝かせ、社会を照らす光明になっていきたいと決意し、次々と誓いを立てていく、〝誓願のコーラス〟ともいうべき光景です。

竜女の成仏の姿が周囲に広げた波動
 なかでも特筆すべき場面の一つは、「私は、大乗の教え(法華経)を弘めて、苦しんでいる人たちを救っていきます」との誓いを立てた幼い少女(竜女)が、誓いのままに行動する姿をみて、多くの人々が「心大歓喜」(心の底からの大歓喜)をもって称えた場面でありましょう。
 その歓喜の渦が巻き起こる中で、数え切れないほどの人々が、自分にも尊極の生命が具わっていることを覚知していきました。
 つまり、当時の通念として、成仏に最も縁遠い存在として捉えられていた幼い少女が、自らの誓いのままに行動する姿を通して周囲に歓喜の波動を広げ、「一切衆生皆成仏道」の法理を証明する希望の存在となっていったのです。
 大聖人も、この法華経の場面を踏まえつつ、人生の苦難を乗り越えようとする女性たちに、「竜女が跡を継ぎ給うか」(御書1262㌻)などの言葉を贈りながら、励まし続けました。
 13世紀の日本にあって、相次ぐ災害に苦しむ民衆を救おうと、為政者を諫めた大聖人は、何度も迫害を受けました。そうした中、流罪の地で弟子たちへの手紙をしたためたり、遠路はるばる訪ねてきた信徒に対し、真心を尽くして激励を重ねられました。
 また、一つ一つの手紙を周りにいる仲間たちと寄り合って読みながら、皆で支え合い、苦難や試練を共に乗り越えていくよう、励まされていったのです。
 私どもSGIが、創価学会の草創期からの伝統としてきた、小単位のグループで開催する座談会にも、そうした「誓い」と「歓喜」と「励まし合い」の世界が息づいています。
 座談会に参加し、悩みがあるのは自分一人ではないと知り、苦難を乗り越えようと奮闘する友の姿に勇気をもらう。そして、決意を新たにした自分の姿が、さらに多くの友の心に力強い勇気を灯していく。
 この励まし、励まされる心と心の往還を通し、一人の誓いが次の一人の誓いへと伝播する中で、困難に直面してもくじけることのない「希望の力」を共にわき立たせていく生命触発の場が、座談会です。
 老若男女、社会的な立場や境遇の違いを問わず、同じ地域に暮らす人々が集まり、かけがえのない人生の物語や心の中に積もった思いに耳を傾け合いながら、共に誓いを深める座談会は、今や世界の多くの国々に広がっています。
 それはまた、世界を取り巻く脅威や危機が拡大し、複雑化する中で、ともすれば埋没し、蔑ろにされがちな〝一人一人の生の重みと限りない可能性〟を取り戻すために、SGIが社会的使命として実践してきた「民衆の民衆による民衆のためのエンパワーメント」の基盤ともいうべき場にほかなりません。
 平和運動や国連を支援する活力も、そこから生まれているのであり、まさに信仰実践と社会的活動は地続きの関係にあります。
 私どもは、そうした往還作業を通し、「他人の不幸の上に自分の幸福を築かない」「一番苦しんだ人が、一番幸せになる権利がある」との誓いを共々に踏み固めながら、すべての人々の尊厳が輝く世界の建設を目指してきたのです。

貢献的生活を提唱した牧口初代会長 善いことをしないのは悪に通じる「応用の勇気」こそ教育の真価

「独立的生活」がもたらす危険性
 その挑戦を続けてきた私どもが、国連支援の活動において重視してきたのが、教育のアプローチであり、対話の実践です。
 まず、教育に関して言えば、二つの大きな役割に注目してきました。
 第一は、自分自身の行動がもたらす影響を正しく見定めながら、自分にも周囲にもプラスの変化を起こす力を磨く役割です。
 人間教育の先駆者だった創価学会の牧口常三郎初代会長は、1930年に発刊し、SGIの源流ともなった『創価教育学体系』で、人間の生き方には大別して3段階あるとして、「依他的生活」や「独立的生活」から脱却し、「貢献的生活」に踏み出すことを呼び掛けました(『牧口常三郎全集』第5巻、第三文明社)
 「依他的生活」とは、自分が持つ可能性をなかなか実感できず、目の前の状況をどうしようもないものとあきらめたり、周囲や社会の流れに合わせて生きていくほかないと考えてしまうような生き方です。
 また次の「独立的生活」は、自分の人生を舵取りしようとする意思は持ちあわせているものの、自分とは関わり合いのない人々へのまなざしは弱く、他人がどのような状況にあっても、基本的には本人の力で何とかすべきだと考えてしまう生き方といえましょう。
 牧口会長は、そうした生き方がはらむ問題を、次のようなわかりやすい譬えを通して、浮かび上がらせています。
 ――鉄道の線路に石を置く。これはいうまでもなく悪いことである。
 しかし、石を置いてあるのを知っていて、それを取り除かない、つまり善いことをしなかったら、列車が転覆してしまう。結果的には、善いことをしないことは悪いことをしたのと同じである――と。
 つまり、危険があることを知りつつも、自分に被害が及ばないからといって、そのまま放置しておくこと(不善)は、結果において悪と変わらないのであり、「悪行の罪だけは誰でも教えるが、不善の罪をとわないのは理由のないことであり、根本的な社会悪の解決策とはならない」と訴えたのです。
 なぜ〝何もしないこと〟が、悪と同義とまで言い切れるのか――。一見すると理解しがたいかもしれませんが、翻って自分が列車に乗っている身だと想像してみるならば、おのずと胸に去来する思いがあるのではないでしょうか。

「世界市民意識」の涵養が持続可能な未来を築く礎


関係性の網の中で変革の波を起こす
 現代においても、「最大多数の最大幸福を追求する上で、多少の犠牲が生じるのはやむを得ない」といった考え方が、政治や経済をはじめ社会のさまざまな分野でみられます。
 しかし、気候変動の問題一つをとってみても明らかなように、今は自分たちに関係ないように思えても、長期的にみれば、リスクと無縁な場所など地球上のどこにもありません。
 むしろ、他の人々の苦境を半ば看過するような考え方の行き着く先は、人類の生存基盤を突き崩しかねないことに、目を向けるべきだと思うのです。
 自分本位の短期的利益の追求が優先される風潮に警鐘を鳴らしてきた、政治哲学者のマーサ・C・ヌスバウム博士も、世界市民意識の涵養を呼び掛ける中で、こう述べていました。
 「過去のどの時代にも増して、私たちの誰もが、一度も会ったことのない人々に依存し、彼らもまた私たちに依存しています」
 「このグローバルな相互依存の外にいる人は一人もいません」(『経済成長がすべてか?』小沢自然・小野正嗣訳、岩波書店)
 地球的な課題の解決を目指して行動する民衆の連帯の裾野を広げるためには、まずもって、そうした関係性への「想像力」を、教育によって培う必要があるのではないでしょうか。
 人間の歩むべき生き方として「貢献的生活」を挙げていた牧口会長は、「真の幸福は、社会の一員として公衆と苦楽を共するのでなければ得る能ざるもの」(前掲『牧口常三郎全集』第5巻)と訴えましたが、そうした意識を地球大へと広げながら生きていくことが、今日、ますます要請されていると思えてなりません。
 仏法では、この世のすべての存在や出来事は、分かちがたい〝関係性の網〟で結びついており、その相互連関を通じて瞬間瞬間、世界は形づくられているとも説かれています。
 その〝関係性の網〟の中で、自分という存在が生き、生かされていることの実感を、一つまた一つと深めていく中で、「自分だけの幸福もなく、他人だけの不幸もない」との地平が、一つ一つ開けてくる。
 そして、〝今ここにいる自分〟を基点とし、変革の波を起こす中で、自らが抱える課題のみならず、周囲や社会の状況をも好転させゆく「プラスの連鎖」を生み出していく――。
 こうした生命感覚を、自分と他者、自分と世界とのつながりを見つめ直すための座標軸の骨格としていくことを、仏法は呼び掛けているのであります。
 その意味からいえば、教育は、人間が他者の苦しみを前にした時に、〝胸の痛み〟を通じて浮かんでくる人生の座標軸の骨格に、一つ一つ肉付けをする上で、絶対に欠かせないものだといえましょう。
 例えば、環境問題や格差の問題にしても、教育による学びを通じて〝背景や原因を見つめるまなざし〟を磨いてこそ、問題に向き合う座標軸がより鮮明になり、揺るぎないものとなるのではないでしょうか。

自分だからこそできる価値創造
 この点に加えて、教育においてもう一つ重要となると思われるのは、困難に直面しても、くじけることなく行動する勇気を発揮していくための〝学び〟の場としての役割です。
 人類を取り巻くさまざまな課題は、貧困や災害といったように呼び名は同じでも、その具体的な様相は、問題が起きている場所や周囲の環境によって、それぞれ異なります。また、先に触れた気候変動のように、さまざまな脅威が引き起こす影響は、同じ地球に生きている以上、いつでもどこでも、誰の身にも及ぶ可能性があるものです。
 そこで必要となるのは、危機が深刻になる前に未然に防ぐとともに、被害に見舞われた場合でも、困難な状況をたくましく立て直していく知恵と行動――いうなれば「レジリエンス」の力を、それぞれの地域で日頃から強めていくことだといえましょう。
 牧口会長が教育の主眼として提起したのも、自分を取り巻く出来事の意味を見極め、能動的に応答する力を磨くことでした。
 教育で得た知識を最大限に生かすために、「応用の機会を見出す習慣」を養いながら、機会を捉えた時には逃さず行動につなげていく。そうした「応用の勇気」を一人一人が発揮することに、教育の目的があると呼び掛けたのです(前掲『牧口常三郎全集』第3巻)
 そこで求められるのは、「先ず応用せらるべき場合の最も多く存在する方面を示して、此の点に注意を集めしめること」(同、現代表記に改めた)であり、正解のようなものを提示することではない。教育で培った〝問題と向き合う道筋を見いだす力〟を糧としながら、自分自身で問題解決の糸口をつかんでいく「応用の勇気」の発揮に焦点を置くべきと強調したのです。
 この自発能動の学びに基づく「応用の勇気」こそ、状況に押し流されず、自らが望む未来を切り開く原動力となるものです。
 例えば、国連が新目標を通して築こうとしている「持続可能な地球社会」にしても、具体的な有り様が最初から決まっているわけではないと思います。
 問題や脅威の現れ方が、それぞれの場所で違うように、方程式で導かれるような“共通解”は、もともと存在しません。
 持続可能性を追求する上で「経済と社会と環境のバランス」に留意するにしても、何か一つの“収束点”に向けて着地を果たすこと自体が、ゴールとなるわけではないはずです。
 近年、刻々と変化する現実に応答する「レジリエンス」の重要性が注目される中、持続可能性の追求が本来目指すべきは、「琥珀に閉じ込められた静止状態ではなく、健全なダイナミズムである」(アンドリュー・ゾッリ/アン・マリー・ヒーリー『レジリエンス 復活力』須川綾子訳、ダイヤモンド社)との主張がなされています。
 先に言及した仏法の〝関係性の網〟に基づく世界観に照らしてみても、深く共感できるものです。
 「持続可能な地球社会」の姿も、一人一人が〝かけがえのないもの〟に思いをはせ、それをいかにして守り抜き、未来につないでいけるのかについて、知恵を出し合い、行動を重ねる中で、具体的な輪郭を帯びて浮かび上がってくるものではないでしょうか。
 であればこそ、今この場にいる自分でなければ発することのできない言葉や行動が生み出す「価値創造」の意義が、いやまして輝いてくると思うのです。
 私は、応用の実行といった表現ではなく、あえて「応用の勇気」との言葉を用いた牧口会長の思いに、一人一人の存在の重みをどこまでも大切にする心と、どんな困難にも屈しない力が人間に具わっていることへの限りない期待を感じてなりません。

8億6000万の夢と変化を生む力
 その意味で私は、国連ウィメン(国連女性機関)が企画し、ニューヨークの国連本部で昨年2月に行われた公開討論会で、アフリカのジンバブエ出身の10代の女性が語った言葉に、強い共感を覚えました。
 「私たちは発展途上国で暮らす8億6000万人の若い女性・女児です。しかし、単に8億6000万という統計上の数字に留まるのではありません。私たちには8億6000万の夢があり、考えがあり、変化をもたらす力があるのです」(国連ウィメン日本協会のホームページ)
 彼女の言葉が示唆している通り、世界で今、脅威や危機が広がれば広がるほど、その問題の大きさを前に埋没しそうになっているのが、一人一人の生の重みであり、限りない可能性だといえましょう。
 それぞれの人間が紡いできた人生の物語や大切な夢をはじめ、心の中に積もった思いや、足元から変化を起こす力までもが、おしなべて見過ごされそうになっているのです。
 私どもSGIが、教育によるエンパワーメントを通じて目指してきたのは、そうした一つ一つの重みをかみしめ合い、互いの可能性を豊かに開花させながら、自分たちを取り巻く現実に力強く応答する力を磨き、鍛え上げていくことにほかなりません。
 なかでも、1982年にニューヨークの国連本部で開催した「核兵器――現代世界の脅威」展以来、地球的な課題の解決に向けての〝民衆発の活動〟の中軸に、私どもが据えてきたのが世界市民教育です。
 SGIでは今述べてきたような教育の二つの役割を踏まえ、さまざまな角度から世界市民教育を展開し、次の四つの柱からなるプロセスを進めていくことを目指してきました。

 ①自分を取り巻く社会の問題や世界が直面する課題の現状を知り、学ぶ。
 ②学びを通して培った、人生の座標軸と照らし合わせながら、日々の生き方を見直す。
 ③自分自身に具わる限りない可能性を引き出すためのエンパワーメント。
 ④自分たちが生活の足場としている地域において、具体的な行動に踏み出し、一人一人が主役となって時代変革の万波を起こすリーダーシップの発揮。
 今回、国連の新目標で「世界市民教育」の重要性が明記されたことを受け、SGIとしても、この四つのプロセスに重点を置いた活動に、さらに力を入れていきたいと思います。

苦しみ抱える人々の声に耳を傾け地球的課題の解決を!

仙台防災枠組で掲げられた原則
 こうした教育のアプローチと併せて、私どもSGIがすべての活動の基盤として重視してきたのが、対話の実践です。
 「誰も置き去りにしない」世界を築くために、まずもって対話は絶対に欠かせない――それは、私自身の信念でもあります。
 人類が直面する課題の解決といっても、その取り組みによって一番に守るべき存在は何か、それを誰がどのようにして守っていけば良いのかについて、常に問い直しながら進むことが大切ではないでしょうか。
 つまり、「厳しい状況に置かれている人々の目線」から出発し、解決の道筋を一緒に考えることが肝要であり、その足場となるのが対話だと思うのです。
 近年、災害や異常気象による深刻な被害が相次ぐ中、昨年3月、仙台で第3回「国連防災世界会議」が行われました。
 採択された仙台防災枠組=注3=では、2030年までに世界の被災者の数を大幅に削減するなどの目標が掲げられましたが、私が注目したのは、原則の一つとして「ビルド・バック・ベター」の重要性が強調されたことです。
 「ビルド・バック・ベター」とは、復興を進めるにあたって、災害に遭う前から地域が抱えていた課題にも光を当てて、その解決を視野に入れながら、皆にとって望ましい社会を共に目指す考え方です。
 防災対策として、独り暮らしの高齢者の家の耐震化を進めたとしても、それだけでは、その人が日々抱えてきた問題――例えば、病院通いや買い物にいつも難儀してきたような状況は取り残されてしまう。こうした被災前から存在する、見過ごすことのできない課題も含めて、復興のプロセスの中で解決を模索していく取り組みなのです。

「三重の楼《たかどの》」の話
 こうした復興の課題を考える時、思い起こすのが、次の仏教説話です。
 ――ある時、富豪が建てた三重の楼を見て、その高さや広さ、壮麗さに心を奪われ、同じような建物が欲しいと思った男がいた。
 自分の家に帰り、早速、大工を呼んで依頼すると、大工はまず基礎工事に取りかかり、一階、二階の工事に入った。
 なぜ大工がそんな工事をしているのか、理解できなかった男は、「私は、下の一階や二階は必要ない。三階の楼が欲しいのだ」と大工に迫った。
 大工はあきれて述べた。
 「それは、無理な相談です。どうして一階をつくらずに二階をつくれましょう。二階をつくらずに三階をつくれましょうか」と(「百喩経」)――。
 その意味で、復興の焦点も、街づくりの槌音を力強く響かせることだけにあるのではない。
 一人一人が感じる〝生きづらさ〟を見過ごすことなく、声を掛け合い、支え合いながら生きていけるよう、絆を強めることを基盤に置く必要があるのではないでしょうか。
 つまり、人道危機の対応や復興にあたって、「一人一人の尊厳」をすべての出発点に据えなければ、本当の意味で前に進むことはできないことを、私は強調したいのです。
 そこで重要となるのが、危機の影響や被害を最も深刻に受けてきた人たちの声に耳を傾けながら、一緒になって問題解決の糸口を見いだしていく対話ではないでしょうか。
 深刻な状況にあるほど、声を失ってしまうのが人道危機の現実であり、対話を通し、その声にならない思いと向き合いながら、「誰も置き去りにしない」ために何が必要となるのかを、一つ一つ浮かび上がらせていかねばなりません。
 何より、つらい経験を味わった人でなければ発揮できない力があります。
 「仙台防災枠組」では、市民や民間団体の役割として、知識や経験の提供などを挙げていますが、なかでも被災地から発信されたものには何ものにも替えがたい重みがあると思います。
 東日本大震災でも、自らが被災者でありながら周りの被災者を励まし、心の支えとなる行動を続け、復興の力強い担い手となってきた人は大勢いました。私どもは復興支援を続ける中でその意義をかみしめながら、防災をめぐる国際会議などで「被災者の声と力が復興を進める重要な鍵となる」と訴えてきたのです。
 同様に、国連の新目標の推進にあたっても、厳しい状況にある人たちの声に耳を傾けることが、各国や国際機関、またNGOなどが、自らの活動の方向性を見定め、さらに実りあるものにする上で外せない一点ではないかと思います。
 その意味で、新目標のとりまとめに尽力した、国連のアミーナ・モハメッド事務総長特別顧問が、国際社会の結束を強めるための要諦について語った次の言葉に深く共感します。
 「この問題は、私たちの人間性の居場所を見つけることにもつながります。課題や紛争が山積し、来る日も来る日も、良いニュースがほとんどないような世界へと迷い込む過程で、私たちが落としてきたものを再び拾い上げる、ということです」(国連広報センターのホームページ)
 対話とはまさに、その人間性を社会が取り戻すために、いつでもどこでも誰でも始めることのできる実践ではないでしょうか。

マータイ博士とイチジクの木
 次に、対話が果たすもう一つの大切な役割は、対立が深まる時代にあって、自分と他者、自分と世界との関係を結び直す契機となり、時代を変革するための新しい創造性を生み出す源泉となることです。
 21世紀の世界を規定する潮流は何といってもグローバル化ですが、多くの人々が生まれた国を離れ、仕事や教育などのために他国に一時的に移動したり、定住する状況はかつてない規模で広がっています。
 多くの国にさまざまな文化的背景を持つ人たちが移り住む中、交流の機会も芽生え始めています。
 しかし一方で、レイシズム(人種差別)や排他主義が各地で高まりをみせていることが懸念されます。
 昨年の提言で私は、各国で社会問題化しているヘイトスピーチ(差別扇動)に警鐘を鳴らしましたが、「どの集団に対するものであろうと、決して放置してはならない人権侵害である」との認識を国際社会で確立することが、焦眉の課題となっているのです。
 排他主義や扇動に押し流されない社会を築くには何が必要となるのか――。
 私は、「一対一の対話」を通して自分の意識から抜け落ちているものに気づくことが、重要な土台になっていくと考えます。
 仏法には「沙羅の四見」といって、同じ場所を見ても、その人の心の状態で映り方が違ってくることを説いた譬えがあります。
 例えば、一つの川を見ても、清流の美しさに感動する人や、どんな魚がいるのかと思う人もいれば、洪水を心配する人もいる。
 問題なのは、その違いが「映り方」の違いで終わらず、結果的に「風景そのもの」を変える可能性をはらんでいることです。
 そのことを物語る具体例として思い起こされるのは、私の大切な友人であったケニアの環境運動家のワンガリ・マータイ博士が、自伝の中で紹介していた話です。
 ――博士が生まれたケニアの村では、皆が「畏敬の念」をもって大切にしていたイチジクの木を中心に、自然が守られていた。
 しかし、アメリカへの留学を終えた博士が、ある時、故郷に立ち寄ると、信じられない光景が広がっていた。
 イチジクの木が立っていた土地を新たに手に入れた人が、「場所を取りすぎて邪魔だ」と考え、イチジクの木を切り倒し、茶畑にするためのスペースがつくられていたのです。
 その結果、風景が一変しただけでなく、「地滑りが頻繁に起こるようになり、きれいな飲み水の水源も乏しくなっていた」と(『UNBOWED へこたれない』小池百合子訳、小学館から引用・参照)
 自分が限りなく大切にしてきたものが、他の人には邪魔としか映らない――。
 こうした認識の違いが引き起こす問題は、人間と人間、ひいては文化的背景や民族的背景が異なる集団同士の関係にも当てはまるのではないでしょうか。
 つまり、自分の意識にないことは、「自分の世界」から欠落してしまうという問題です。

対話による生命の触発が新たな創造の地平を開拓

ステレオタイプを打ち破るための鍵

 人間はともすれば、自分と近しい関係にある人々の思いは理解できても、互いの間に地理的な隔たりや文化的な隔たりがあると、心の中でも距離が生じてしまう傾向があります。
 しかもそれは、グローバル化が進むにつれて解消に向かうどころか、情報化社会の負の影響も相まって、レッテル貼りや偏見などが、むしろ増幅するような危険性さえみられます。
 その結果、同じ街に暮らしていても、自分と異なる人々とは、できるだけ関わり合いをもたないようにしたり、ステレオタイプ的な見方が先立って差別意識を拭いきれなかったりするなど、相手の姿を〝ありのままの人間〟として見ることのできる力が、社会で弱まってきている面があるのではないかと思われます。
 私は、こうした状況を打開する道は、迂遠のようでも、一対一の対話を通し、互いの人生の物語に耳を傾け合うことから始まるのではないかと訴えたい。
 昨年、国連難民高等弁務官事務所は「世界難民の日」に寄せて、難民となった人たちの物語を紹介するキャンペーンを行い、その物語に触れた人が周囲や友人にも知らせることを併せて呼び掛けました。
 そこで、難民となった人たちの名前と共に紹介されていたのは、「園芸家・母親・自然愛好家」や「学生・兄・詩人」など、国籍の違いに関係なく“身近に感じられる姿”を通して語られる人生の物語であり、今の境遇への思いです。
 たとえ一人の物語であったとしても“身近に感じられる姿”を通して接する経験を持つことができれば、ともすれば一括りに扱われがちな難民の人たちに対する意識も、次第に変わってくるはずです。
 私も以前、デンバー大学のベッド・ナンダ教授と対談した際、インド・パキスタン紛争の勃発(1947年)によって、当時12歳だった教授が、母親と一緒に故郷を逃れて何日も何日も歩き続けた話を、伺ったことがあります。
 後に国際法の道に進み、人権や難民問題の第一人者となった教授が、「あの体験が、私の人生に大きな影響を与えたことは間違いありません。生まれ故郷を離れなければならなかった悲しみは、終生忘れられません」(『インドの精神』、『池田大作全集』第115巻所収)と語った言葉は今も胸に残っています。
 異なる民族や宗教に対する認識も、難民の人々に対するまなざしと同じように、たとえ「一人」でも直接会って話すことができる関係を持てれば、そこから見えてくる“風景”も、おのずと変わってくるのではないでしょうか。その「一人」と胸襟を開いて対話を重ねる中で、意識から抜け落ちていたものが目に映るようになり、自分にとっての世界の姿が、より人間的な輝きを放つようになっていくと思うのです。

心の世界地図を友情で描き出す

 思い返せば、冷戦対立が激化した時代に、反対や批判を押し切ってソ連を初訪問した際(74年9月)、私の胸にあったのは、「ソ連が怖いのではない。ソ連を知らないことが怖いのだ」との信念でした。
 対立や緊張があるから、対話が不可能なのではない。相手を知らないままでいることが対立や緊張を深める。だからこそ自分から壁を破り、対話に踏み出すことが肝要であり、すべてはそこから始まる――。
 モスクワに到着した夜、「シベリアの美しい冬に、人びとが窓からもれる部屋の明かりに心の温かさ、人間の温かさを覚えるように、私どももまた、社会体制は違うとはいえ、人びとの心の灯を大切にしてまいることを、お約束します」と、歓迎宴であいさつしたのは、その偽らざる思いからだったのです。
 時を経て96年6月、キューバを初訪問した時も、思いは同じでした。
 キューバによるアメリカ民間機撃墜事件が起こった4カ月後のことでしたが、平和への意思で一致できれば、どんな重い壁も動かすことができるとの決意で、カストロ議長と率直に意見交換したのです。
 そして、国立ハバナ大学での記念講演で述べた「教育こそが、未来への希望の架橋である」との信念のままに、教育交流をはじめ、文化交流の道を広げる努力を続けてきました。
 それだけに昨年7月、アメリカとキューバが54年ぶりに国交正常化を果たしたことは、本当にうれしく感じてなりません。
 現代において切実に求められているのは、国家と国家の友好はもとより、民衆レベルで対話と交流を重ね、民族や宗教といった類型化では視界から消えてしまいがちな「一人一人の生の重みや豊かさ」を、自分の生命に包み込んでいくことではないでしょうか。
 その中で、一人一人が「心の中にある世界地図」を友情や共感をもって描き出していくことが、自分を取り巻く現実の世界の姿をも変えていくことにつながると訴えたいのです。
 私の師である戸田城聖第2代会長も、さまざまな問題を〝国や属する集団の違い〟の次元だけで捉えて行動することの危険性を、常々訴えていました。
 国が違っても、個人同士の関係からみれば、互いに文化的な生活を送ろうとする人が少なくないはずなのに、ひとたび国家と国家の関係になると、「表面が文化的であっても、その奥は実力行使がくりかえされている」(『戸田城聖全集』第1巻)状況に陥ってしまう、と。
 また、思想の違いが原因となり、「地球において、政治に、経済に、相争うものをつくりつつあることは、悲しむべき事実である」(同第3巻)と述べ、集団の論理のぶつかり合いが“同じ人間”という視座を見失わせる弊害に、警鐘を鳴らしていました。
 そして戸田会長は、どの国の民衆も切望してやまない平和を結束点に、「世界にも、国家にも、個人にも、『悲惨』という文字が使われないようにありたい」(同)との思いを共有する、「地球民族主義」という人間性の連帯の構築を呼び掛けたのです。

創立20周年迎える戸田平和研究所
 その師の名を冠する形で、私が創立した戸田記念国際平和研究所が、「世界的諸宗教における平和創出の挑戦」をテーマにした国際会議を、来月、東京で開催します。
 キリスト教、ユダヤ教、イスラム、仏教など、異なる宗教的背景を持つ研究者や識者が集まり、宗教が本来持つ「人間の善性を薫発する力」に光を当てながら、暴力や憎悪ではなく、平和と人道の潮流を21世紀の世界で共に高めるための方途を探るものです。
 かつて「世界人権宣言」の起草に携わった哲学者のジャック・マリタンは、さまざまな思想の違いを超えて、人間の行動として外してはならない共通項を掘り当てる「良心の地質学」のアプローチの意義を強調しました(『人間と国家』久保正幡・稲垣良典訳、創文社)
 来月11日に創立20周年を迎える戸田記念国際平和研究所が、「地球市民のための文明間の対話」をモットーに続けてきた活動は、その挑戦を現代で展開してきたものでもあります。
 人間の心を深部において揺り動かすものは、定式化された教条や主張などではなく、その人自身でなければ発することができない〝人生に裏打ちされた言葉の重み〟です。
 そうした言葉の交わし合いによってこそ、互いの生命の奥底にある「人間性の鉱脈」が掘り当てられ、社会の混迷の闇を打ち払う人間精神の光が輝きをさらに増していく。私もその確信で、さまざまな民族的、宗教的背景を持った人々と対話を重ねてきました。
 思うに、歩んできた道が異なる人間同士が向き合うからこそ、一人では見ることのできなかった新しい地平が開け、人格と人格との共鳴の中でしか奏でることのできない創造性も育まれるのではないか。
 そこに、歴史創造の「可能性の宝庫」となり、「最大の推進力」となりゆく、対話の意義があると思えてなりません。
 同じ場所で同じ時間を過ごしながら、対話によって培われた友情と信頼――。その堅実な挑戦の積み重ねこそが、世界平和の創出と地球的な課題の解決のために行動する「民衆の連帯」のかけがえのない礎となると、私は確信してやまないのです。

「世界人道サミット」の共同宣言で難民支援の国際協力を強化

 続いて、国連の新目標が目指す「誰も置き去りにしない」世界を築くために、各国と市民社会の連帯した行動が急務となる課題として、①人道と人権、②環境と防災、③軍縮と核兵器禁止、の三つのテーマに関する提案を行いたい。

子どもの生命と権利を共に守る
 第一の柱は、人道と人権です。
 具体的には、5月にトルコで行われる「世界人道サミット」に関し、二つの提案をしたいと思います。
 一つ目は、深刻の度を増す難民問題について、サミットの場で「国際人権法に基づく対応を第一とすること」を確認した上で、特に難民の子どもたちの生命と権利を守るための対策を強化することを約し合うことです。
 難民の数が戦後最大規模に達する中、多くの受け入れ国の間で、社会不安の広がりや財政負担の増大、また、難民を装う形での入国によってテロ行為が引き起こされることなどへの懸念が生じています。
 こうした点を踏まえ、各国で何らかの対策を講じることが必要になってくるとしても、その対策は対策として、難民問題の対応の基盤は国際人権法の中核をなす「人間の生命と尊厳」の保護に置くことを再確認すべきだと思うのです。
 紛争によって、多くの人々が突然、住み慣れた場所を追われ、生きる希望を奪われた状態は、災害で家を失い、避難生活を余儀なくされた人々の窮状と変わらないものです。
 何より難民の半数以上を占める子どもたちは、なすすべもなく避難するほかなかった、紛争の最大の犠牲者にほかなりません。
 昨年は、紛争下の子どもたちの保護に関する国連安全保障理事会決議1612=注4=の採択から、10周年にあたりました。
 紛争によって子どもたちが暴力や搾取に巻き込まれる事態の防止はもとより、紛争から逃れるために避難を強いられてきた子どもたちを守ることが急務ではないでしょうか。
 この点、ユニセフ(国連児童基金)のアンソニー・レーク事務局長も、「すべての子どもは、あたりまえの子ども時代を平和に享受する権利をもっています」(日本ユニセフ協会のホームページ)と強調しています。
 国連の新目標でも、さまざまな脅威による深刻な影響を受ける存在として、子どもを筆頭に挙げており、この子どもたちの平和的に生きる権利の確保を“扇の要”として、難民への国際的な支援を強化すべきだと訴えたいのです。
 人道危機の解決といっても、子どもたちがつらい経験を乗り越え、未来への夢を抱いて前に進むことができるようになる中で、希望の曙光は輝き始めるのではないでしょうか。
 そうした子どもたちの笑顔はまた、故郷を離れて、新しい場所で生活を立て直そうとしている人々にとって、「生きる力」を取り戻す源泉となっていくに違いないと思うのです。

中東地域で進む受け入れ国支援
 次に、「世界人道サミット」に関する二つ目の提案として、国連が主導する中東地域での受け入れ国支援の強化と、アフリカやアジアなど他の地域でも同様のアプローチを重視することを合意に盛り込むよう、提唱したい。
 現在、世界全体の難民の9割近くが途上国で生活する状況となる中、水の確保や公共サービスの面で影響が出るなど、国際的な協力が得られなければ、受け入れを続けることが困難になってきている地域も少なくありません。
 難民条約の前文では、「難民に対する庇護の付与が特定の国にとって不当に重い負担となる可能性」への留意を促した上で、「問題についての満足すべき解決は国際協力なしには得ることができない」と記されていますが、この条約の原点に脈打つ国際協力の精神を今一度想起し、難民問題に臨むことが求められていると思うのです。
 私も昨年の提言で、難民となった人々へのエンパワーメント(内発的な力の開花)を進めるにあたって、受け入れ国の青年や女性も一緒に教育支援や就労支援を受けられるような仕組みを各国の協力で設けることを呼び掛けました。
 現在、この難民への支援と、受け入れ国への支援を組み合わせた国連主導の取り組みが、中東の5カ国で行われています。
 「シリア周辺地域・難民・回復計画」と呼ばれるもので、難民への人道支援と併せて、受け入れ国の社会的インフラの向上を図り、住民の生活や雇用を支援していく取り組みです。
 100万人以上のシリア難民が避難したトルコやレバノンをはじめ、多くの難民が身を寄せるヨルダン、イラク、エジプトの負担を国際協力によって軽減し、地域の安定に寄与することが目指されてきました。
 これまで食糧の確保や安全な飲み水の利用、保健に関する分野などで改善が進んでおり、先月には、今後の方針と具体的な目標が打ち出されました。
 私は、この国連主導の計画に関する討議をサミットで行い、課題や経験を共有しながら、資金面での協力を含め、今後の活動を軌道に乗せるために各国が連帯して行動することを、サミットの合意に盛り込むよう訴えたい。
 また、日本の取り組みとして、これまでシリアと周辺国への人道支援を続けてきた経験を生かしながら、今後は特に「子どもたちの未来を育むための支援」に大きな力を注ぐことを呼び掛けたいと思います。
 現在、トルコやレバノンなどでは、難民の子どもたちが学校や一時的な教育施設に通える状況も生まれていますが、大半の子どもは教育から取り残されたままとなっています。
 国連の計画では、さらに多くの難民の子どもが「学ぶ機会」を得られる環境づくりを目指しています。ユニセフと連携し、シリアや周辺国での教育支援を進めてきたEU(欧州連合)とともに、日本がその分野での貢献を果たしてほしいと願ってやみません。
 これに関連して、現在、日本のいくつかの大学が、国連難民高等弁務官事務所と協力して、難民となった若者たちに大学教育の機会を提供する「難民高等教育プログラム」を実施していますが、こうした若い世代への教育支援をあらゆる形で広げていくべきではないでしょうか。

排他主義に流されない人権文化の確立が急務

態度と行動を育む取り組みが焦点に

 市民社会の側からも、難民問題などの人道的課題に連帯して行動することが重要となってきており、SGIでは「すべての人々の尊厳を大切にする世界」を目指す観点から、特に人権教育の推進に力を入れていきたいと考えています。
 国連加盟国の合意として人権教育の国際基準を初めて定めた、「人権教育および研修に関する国連宣言」が採択されて、今年で5周年になります。
 難民と移民に対する偏見や蔑視をはじめ、人種差別や外国人嫌悪の動きが各国でみられる中、宣言の掲げる目的のうち、喫緊の課題になると思うのは次の二つの要素です。
 「自由で平和、多元的で誰も排除されない社会の責任ある一員として、人が成長するよう支援すること」
 「あらゆる形態の差別、人種主義、固定観念化や憎悪の扇動、それらの背景にある有害な態度や偏見との戦いに貢献すること」(阿久澤麻理子訳、アジア・太平洋人権情報センターのホームページ)
 ここで焦点となるのは、自分が差別をしないだけでなく、「誰も排除されない社会」を築くために、偏見や憎悪による人権侵害を許さない気風――すなわち、人権文化を社会に根づかせることにあります。
 この提言の前半で、教育の役割について論じた際、牧口初代会長が〝不善は悪に通じる〟と警鐘を鳴らしたことに言及しましたが、一人一人の行動が鍵を握る人権文化の建設には、そうした不善の意味に対する問い直しが強く求められるのではないでしょうか。
 国連の宣言では、人権に関する知識の習得や理解の深化にとどまらず、「態度と行動を育むこと」を明確に射程に入れているほか、人権教育と研修を「あらゆる年齢の人びとに関わる、生涯にわたるプロセス」と位置付けています。
 これはまさに、人権文化を豊かに花開かせるための要諦がどこにあるのかを、指し示したものにほかならないと思うのです。

SGIの新たな人権教育の展示
 起草段階から宣言の制定を、市民社会の立場から支援してきたSGIは、2011年12月の採択以来、映画「尊厳への道――人権教育の力」の共同制作や上映のほか、意識啓発の展示活動を行ってきました。
 また2013年には、アムネスティ・インターナショナル、人権教育アソシエイツなど他の団体とともに、「人権教育2020」という市民社会ネットワークを立ち上げました。
 国連の宣言や人権教育世界プログラムの推進を後押しする協力を深め合う中、「人権教育2020」では昨年、『人権教育の指標に関するフレームワーク』を出版し、各国での人権教育と研修の実践をより良いものにするためのガイドブックとして利用できるようになっています。
 SGIでは現在、「人権教育2020」に携わる他の団体とも協力し、宣言の採択5周年を期して、新たな人権教育展示を開催する準備を進めています。
 国連の新目標が掲げるさまざまなテーマを人権の角度から掘り下げつつ、「すべての人々の尊厳を大切にする世界」を築くための行動を誓い、共に強めていけるような展示を開催していきたいと思います。

温暖化防止の地域モデルを目指し「日中韓の環境誓約」制定を

世界195カ国がパリ協定に合意
 続いて、第二の柱として環境と防災に関する提案を行いたい。
 一つ目は、地球温暖化の要因である温室効果ガスの削減に関するものです。
 昨年11月から12月にかけて行われた国連気候変動枠組条約の第21回締約国会議で、温暖化防止の新たな合意となるパリ協定=注5=が採択されました。
 世界の平均気温の上昇を産業革命以前の時代から「2度未満」に抑えなければ、深刻な事態を避けることはできないとの懸念が広がる中、先進国のみならず、195カ国が〝共通の枠組みの下での行動〟を約束したことは、大きな意義があるといえましょう。
 目標達成の義務化は見送られたものの、各国がそれぞれ自主的に目標を定め、国内対策を実施することが義務付けられました。
 温暖化の防止は容易ならざる課題ではありますが、世界のほとんどの国の参加を得たことをパリ協定の最大の強みとしながら、各国が人類益に基づく積極的な貢献を果たす流れを協力してつくり出すことが重要ではないでしょうか。
 特に私は、異常気象による被害が相次いでいるアジア、なかんずく、世界の温室効果ガスの排出量の3割を占める、日本と中国と韓国の3カ国が連携し、意欲的な挑戦を先行して進めることを、提唱したいと思います。
 昨年11月、3年半ぶりとなる日中韓首脳会談が、韓国のソウルで開催されました。
 政治的な緊張を乗り越えての首脳会談の再開は、私も繰り返し訴えてきただけに、今回、首脳会談の定期開催を再確認したほか、日中韓の3カ国協力の完全回復が宣言されたことを、うれしく思っています。
 この3カ国協力の端緒となり、中核となってきたのが環境分野での協力です。
 「北東アジアは一つの環境共同体である」とは、3カ国の環境大臣会合で一致をみてきた認識であり、外交関係が悪化した時でも、環境協力をめぐる対話だけは毎年続けられてきた経緯があります。
 私は昨年の提言で、そのさらなる発展を願い、日中韓による「持続可能なモデル地域協定」を提案したところでした。
 大気汚染や黄砂といった、地域で焦点となっている課題とともに、温暖化防止のための地域協力を強めていくならば、パリ協定の目標達成に向けての重要な一つの足場となるに違いありません。
 具体的には、省エネルギーの分野をはじめ、再生可能エネルギーや3R(廃棄物の発生抑制、再使用、再資源化)の分野などで知識や経験を共有し、その相乗効果をもって3カ国が「低炭素社会」への移行をともに加速させていってはどうでしょうか。
 今年は日本で首脳会談の開催のほか、青年たちが北東アジアの平和や環境について話し合う「日中韓ユース・サミット」の開催が予定されています。
 そこで私は、パリ協定の目標となる2030年までの温暖化防止の協力に焦点を当てた「日中韓の環境誓約」の制定を、今年の首脳会談を機に目指していくことを呼び掛けたい。
 また、日本でのユース・サミットの開催を大成功に導きながら、3カ国の青年たちが創造的なアイデアと活動の経験を共有するための仕組みを設けることや、若い世代の発案による意欲的な活動と環境協力のための青年交流の支援を、3カ国の共同事業として立ち上げることを提案したいと思います。

世界各国の都市が連携強め低炭素社会への移行を加速

多くの市民の納得と誇りが推進力に
 次に私が、こうした国家間の協力に加えて呼び掛けたいのは、各国の都市が温暖化防止対策で連携し、パリ協定の推進を牽引する水先案内人の役割を担っていくことです。
 面積でいえば、地球の陸地部分のわずか2%にすぎない都市は、世界全体における炭素排出量の75%、またエネルギー消費の60%以上を占めるといいます。
 それだけ大きな環境負荷が世界の都市で生じているわけですが、この事実は半面で、「都市が変われば、世界が大きく変わる」可能性を示したものとはいえないでしょうか。
 確かに、密集性という都市の特徴は、さまざまな問題が一カ所に集中し、より大きな負荷を生み出す弱点ともなります。
 しかし一方で、省エネルギーの推進や再生可能エネルギーの導入といったように、都市が「低炭素社会」に向けて本格的に舵を切れば、その密集性によって効果が絶大なものとなることが期待されます。
 2年前に行われた「国連気候サミット」を契機に、世界の都市が独自の削減目標を立てて行動を起こす「首長誓約」と呼ばれる動きも始まっており、すでに400以上の都市が加わっています。
 ひとたび都市が新しい方向に動きだせば、変化が目に見える形で現れ、その手応えがまた、多くの市民に納得と誇りをもたらす。そこから市民の協力がさらに広がり、持続可能な社会に向けた勢いが増す――。
 こうした都市が持つ〝プラスの連鎖〟のダイナミズムこそが、パリ協定の達成に向けた各国の自主的な努力を軌道に乗せるエンジンになると思うのです。
 私は以前、国連の新目標を制定する出発点となった4年前のリオ+20(国連持続可能な開発会議)への提言で、多くの人が「これこそが私たちが果たすべき共通目標である」と納得し、そのために協力したいと思える目標を打ち立てるべきと訴えました。
 国連の新目標でテーマの一つに掲げられた「持続可能な都市」は、自分の足元での努力の積み重ねが、地球環境にとっての大きなプラスの変化につながるという意味で、まさに多くの人々が納得と誇りをもって取り組むことができる挑戦であると強調したい。

ハビタット3で対話フォーラム
 10月には、南米のエクアドルで第3回「国連人間居住会議」(ハビタット3)が行われます。
 各国政府だけでなく、地方自治体が公式に意見を表明できるこの会議は、それぞれの実績や教訓を分かち合いながら、「持続可能な都市」に向けた連携を国家の枠を超えて広げる絶好の機会となるものです。
 環境運動家のワンガリ・マータイ博士がケニアで始めた「グリーンベルト運動」も、1976年にカナダで行われたハビタット1に参加し、勇気づけられたことが契機となったといいます。
 「バンクーバー周辺の美しい環境や、私と同じように環境に対する懸念を募らせている人々とのふれあい」が、「失敗に落胆していた私が必要としていた気付け薬だった。私は再び元気をもらい、自分の考えをうまく実現させようと決意してケニアに帰ってきた」と(『UNBOWED へこたれない』小池百合子訳、小学館)
 国や住む街が違っても、自分の子どもや孫たちの世代に〝より良い環境〟を残したいという気持ちに変わりはないはずです。
 先ほど私は、国レベルでの日中韓協力を呼び掛けましたが、ハビタット3の開催に合わせ、3カ国の地方自治体や環境分野で活動するNGO(非政府組織)の代表などが集まる形で、「環境協力のための自治体対話フォーラム」を開催してはどうでしょうか。
 昨年3月、仙台で第3回「国連防災世界会議」が行われた際、SGIの主催で、防災・減災分野で活動する日中韓の市民団体の代表らが参加するシンポジウムが開催されました。
 席上、シンポジウムを後援した日中韓三国協力事務局の陳峰事務次長が、「3カ国のうち、どこか1国で発生した災害は、他の2国にも同様に大きな苦しみを与える。ゆえに防災は、常に優先して協力すべき課題である」と強調しましたが、環境問題も同様の性質をもった課題であるといえましょう。
 日中韓3カ国の地方自治体の間では、合計で600を超える姉妹交流が結ばれています。この姉妹交流の絆を基盤としながら自治体同士の協力を広げ、互いの暮らす街が同じ「環境共同体」に属している意識を深め合っていくことは、日中韓3カ国の友好と未来にとって非常に大きな財産となっていくに違いないと、私は確信するのです。

生態系保全による防災・減災の活動
 二つ目の提案は、「生態系を基盤とした防災・減災」に関するものです。
 現在、世界で約8億人が飢餓や栄養不良に苦しむ中、食糧生産の基盤となる世界の土壌の3割が劣化した状態にあります。
 土壌は農業のみならず、水の貯蔵や炭素の循環をはじめ、生態系において欠くことのできないものでありながら、長い間、十分な注意が払われない状態が続いてきました。
 わずか1センチの厚さの土壌がつくられるまで100年以上も要するにもかかわらず、いったん劣化してしまうと簡単には再生できないのが、土壌なのです。
 また森林についても、減少率は鈍化していますが、毎年1300万ヘクタール(日本の面積の3分の1に相当)が失われているといわれ、生物多様性への影響など環境面で深刻な事態を招くことが懸念されています。
 国連の新目標でも、「土地の劣化の阻止・回復」や「持続可能な森林の経営」が掲げられており、生態系の保全や、炭素の貯留という温暖化防止の面でも、待ったなしの課題となっているといえましょう。
 近年、こうした生態系を守る取り組みは、防災の観点からも重要な意味を持つとの考え方が広がってきました。
 「生態系を基盤とした防災・減災」と呼ばれるもので、2004年にスマトラ島沖地震が起きた際、マングローブ林があった場所となかった場所との間で、津波による被害に大きな差があったことをきっかけに、注目されるようになったアプローチです。
 これまで砂丘を安定化させるための植林や、湿地を活用した水害防止、洪水被害を抑えるための都市緑化をはじめ、さまざまな取り組みが世界各地で進められてきました。
 特筆すべきは、その地域で暮らす人々による意欲的で継続的な関わりが何よりの支えとなる点です。
 5年前の東日本大震災によって被災した地域では、子どもたちも参加して、海岸防災林の再生や整備のために苗木を植える活動などが行われています。
 そうした活動は、地域における生態系の大切さを共にかみしめ合ったり、〝自分が植えた木が誰かの命を守ることにつながるかもしれない〟といった思いを広げる機会ともなってきているのです。
 このように皆で汗を流した体験の後、その場所を通るたびに目に映る〝風景〟は、以前にもまして「かけがえのないもの」として胸に迫ってくるのではないでしょうか。
 自分の日々の生活が、地域の生態系によって知らず知らずのうちに支えられているのと同じように、地域の環境や防災を支える上で自分の関わりが「なくてはならないもの」であることを心の底から実感する――そんな一人一人の思いが、年々、成長する一本一本の木と分かちがたく結びついていく中で、地域のレジリエンスは揺るぎない強さを帯びるようになるに違いないと、私は考えます。
 つまり、自分たちの手で地域の生態系を守ることがそのまま、地域の〝未来〟と〝希望〟を育むことにつながっていくのです。

若者と子どもは社会変革の主体

 折しも国連では、「持続可能な開発のための教育(ESD)の10年」に続く取り組みとして、「ESDに関するグローバル・アクション・プログラム」が始まっています。
 そこでは、重点項目の一つに「若者の参加の支援」が挙げられていますが、私はその一環として、植樹をはじめとする「生態系を基盤とした防災・減災」の取り組みを、若者や子どもたちと一緒になって、各地域で積極的に推進していってはどうかと提案したい。
 昨年3月の第3回「国連防災世界会議」で採択された仙台防災枠組でも、災害リスクの削減には社会をあげての関わりと協力が必要であるとし、若者と子どもを〝変革の主体〟と位置付けて、防災に貢献できるような環境づくりが欠かせないと強調されています。
 これまでSGIは、他のNGOとともに「ESDの10年」の制定を呼び掛けた2002年以来、「変革の種子」展や「希望の種子」展などの環境展示を各地で行ってきました。
 この展示は、小・中学校や高校の生徒たちが数多く訪れる環境教育の場ともなってきたものです。
 私どもがESDを重視してきた理由も、人間と環境との切っても切れないつながりを学びながら、教育の重要課題として牧口初代会長が提起していた「応用の勇気」を、子どもから大人にいたるまで、それぞれの地域で力強く発揮する輪を広げていきたいとの思いからにほかなりません。
 このように地域を足場にした行動を積み重ねる中で、地球環境を守るための確かな軌道も敷かれていくのではないでしょうか。

武器貿易条約への批准促進で紛争やテロの拡大を防止


通常兵器の拡散が招いた甚大な被害
 最後に第三の柱として、軍縮と核兵器禁止に関する提案をしておきたい。
 一つ目は、人道危機の悪化や各地で相次ぐテロ行為の背景にある「通常兵器の拡散」に歯止めをかけるための制度強化です。
 紛争地域に大量に流入した拳銃や自動小銃などの小型武器によって、毎年、世界で非常に多くの人たちが命を落としています。
 この〝事実上の大量破壊兵器〟とも呼ばれる小型武器をはじめ、戦車やミサイルなど通常兵器の取引を包括的に規制する武器貿易条約=注6=が、2014年12月に発効しました。しかし、現在の批准国は79カ国で、焦点となる武器移転の報告制度のあり方についても合意をみていません。
 昨年8月、メキシコで第1回締約国会議が行われましたが、報告内容を一般に公開するのか、対象となる武器はどこまで範囲が及ぶのかなど、多くの点で意見が完全には集約できず、結論が持ち越されることになったのです。
 武器取引の規制は、21世紀の世界の平和を展望する上で決して放置することのできない課題として、私も1999年以来、毎年の提言などで繰り返し訴えてきたテーマでした。
 難民問題が深刻化する今、この条約を基盤にして通常兵器の蔓延に終止符を打つことが、ますます切実な課題となっています。
 多くの武器の存在が、紛争の泥沼化を招く要因となり、多くの人々を難民状態に追いやる状況を生み続けているだけでなく、紛争が終結しても再燃の恐れが残るために、人々が安心して帰還する道までも塞いでしまうのです。
 なかでも小型武器は、持ち運びや取り扱いが容易であるため、子どもたちが兵士として動員される状況も招いています。
 その結果、世界で30万人もの子どもたちが、兵士として戦闘に参加させられ、命を落としたり、心に深い傷を負っているのです。
 また、各地で相次ぐテロの拡大を防ぐ上でも、通常兵器の取引を厳格に規制することは避けて通れない取り組みです。
 これまで、テロ防止のための条約が数多く整備されてきましたが、武器貿易条約との相乗効果によって、テロ防止の体制を強化することが急務ではないでしょうか。
 紛争の長期化や難民の増大に加え、子ども兵士やテロ問題の背景にあるのが、通常兵器の蔓延にほかならず、武器貿易条約を柱に、各地で高まる〝憎しみと暴力の連鎖〟を押しとどめる防波堤を築き上げねばならないと訴えたいのです。
 国連の新目標でも、武器取引は「暴力、不安および不正義を引き起こす要因」であるとし、2030年に向けて違法な武器取引を大幅に減少させることが打ち出されました。
 私は、この目標を軌道に乗せる誓いの証しとして、各国が武器貿易条約への批准を早急に果たしていくことを呼び掛けたい。
 また、報告制度についても、情報の一般開示や、武器取引の数量の明記など透明性を十分に確保し、条約の実効性を運用面でも高めることを望むものです。

原爆投下70年を機に高まった核なき世界を求める連帯
合意なく閉幕したNPT再検討会議

 二つ目の提案は、核兵器の禁止と廃絶に関するものです。
 広島と長崎への原爆投下から70年となった昨年、ニューヨークの国連本部でNPT(核拡散防止条約)再検討会議が行われましたが、最終合意を得られないまま閉幕しました。
 2010年の再検討会議での最終文書で、核兵器使用の非人道性と国際人道法の遵守への言及が盛り込まれて以来、3回にわたって「核兵器の人道的影響に関する国際会議」が開催されるなど、非人道性への懸念が幅広く共有されるようになりました。
 しかしながら、今回の会議でも核保有国と非保有国との溝は依然として埋まらず、この歴史的な節目にNPT加盟国の総意としての合意が実らなかったことは、極めて残念な結果と言わざるを得ません。
 それでも、希望が完全に失われたわけではありません。注目すべき動きが、さまざまな形で起こっているからです。
 その動きとは、①核問題を解決するための連帯を誓う「人道の誓約」の賛同国が拡大していること、②昨年末の国連総会で事態の打開を求める意欲的な決議がいくつも採択されたこと、③市民社会で核兵器の禁止と廃絶を求める声が高まる中、信仰を基盤にした団体による取り組みや、若い世代による行動が広がっていること、であります。
 このような新しい動きを突破口に「核兵器のない世界」への道筋を描き出し、具体的な行動をもって実現に導く挑戦を開始しなければならないと訴えたい。

一切を無にする非人道性の極み
 今月6日、北朝鮮が核実験を行う中、核拡散の脅威が高まり、国際社会の懸念が強まっています。
 どの地域であれ、ひとたび核兵器が使用され、核攻撃の応酬が始まるような事態が起これば、どれほど多くの人々が命を奪われ、後遺症に苦しむことになるのか計り知れません。
 そればかりか、山積する地球的な課題に対し、どれだけ努力を尽くしていったとしても、すべて一瞬にして無に帰してしまう元凶となりかねないのが、いまだ世界に1万5000発以上も存在する核兵器であるといってよい。
 例えば、難民問題一つをとってみても、核兵器の爆発による影響は国境を越えて非人道的な被害を及ぼすだけに、6000万人という現在の世界の難民の数をはるかに上回る、数億もの人々が住み慣れた場所から逃れ、避難生活を強いられる恐れがあります。
 また、わずか1センチの厚さを形成するのに最長で1000年を要するといわれる土壌を守るために、どれだけ努力を重ねたとしても、その土壌が核爆発によって広範囲にわたり汚染されてしまいかねません。
 さらに最近の研究によれば、核攻撃の応酬が局地的に行われただけでも、深刻な気候変動が生じることが予測されており、「核の飢饉」と呼ばれる食糧危機が起こるとともに、人間の生存基盤である生態系に甚大な影響が及ぶことへの警鐘が鳴らされています。
 これまで貧困や保健衛生の改善のために積み上げてきた国連のミレニアム開発目標の成果も、その後継として始まった国連の新目標の取り組み――例えば、防災や持続可能な都市づくりにしても、あらゆる取り組みの意味を根底から突き崩してしまうのが、核兵器の存在なのです。
 こうした破滅的な末路が避けられず、計り知れない犠牲を世界中に強いることになったとしてもなお、核兵器によって担保しなければならない国家の安全保障とは一体何でしょうか。
 国を守るといっても、多くの人々に取り返しのつかない被害を及ぼす結果を前提に組み上げるほかない安全保障とは、そもそも何を守るために存在するのでしょうか。それはつまるところ、本来守るべき民衆の存在を捨象した安全保障になりはしないでしょうか。
 現代まで続く軍事的競争の端緒となった20世紀の初頭(1903年)に、ある分野での競争が目的に適う手段として機能しない状態が続くと、競争の形式や質的な転換が迫られるようになると分析していたのが、私どもの先師である牧口初代会長でした。
 「交戦漸く久しきに亘れば、内国諸般の方面に影響を及ぼし、其極《そのきわみ》、国力の疲弊は免るべからざれば、其れによりて得る所は容易に喪《うしな》う所を償《つぐな》う能《あた》わず」(『牧口常三郎全集』第2巻、第三文明社、現代表記に改めた)
 牧口会長がこう指摘していた軍事的競争の限界は、第1次世界大戦と第2次世界大戦を経て、冷戦時代から現代にいたるまでの核軍拡競争によって、行き着く所まで行き着いてしまったのではないでしょうか。

国連の公開作業部会で一致点を見いだし核兵器禁止の交渉開始を

CTBTの制度が果たす人道的貢献
 実際、非人道性の観点からも、軍事的な有用性の面からも、核兵器が〝使うことのできない兵器〟としての様相を一層強めていく中で、軍事的競争の限界から生じた「人道的競争への萌芽」ともいうべきものが、一つの形を結ぶまでになってきています。
 それは、CTBT(包括的核実験禁止条約)の採択を機に誕生した国際監視制度が、さまざまな形で果たしてきた貢献です。
 条約は今なお、残り8カ国の批准が得られず発効にいたっていませんが、核爆発実験を探知する監視制度は、条約機関(CTBTO)の準備委員会によって整備されてきました。
 先日の北朝鮮の核実験をめぐる地震波の検知や放射性物質の観測のような本来の役割に加えて、最近では、世界中に張りめぐらされた監視網を活用して、災害の状況や気候変動の影響を幅広くモニターする活動なども行われるようになっています。
 例えば、海底地震の探知によって津波警報を早期に発令できるように支援したり、火山噴火の状況を監視して航空機のパイロットへの警戒情報につなげたり、大規模な暴風雨や氷山の崩壊を追跡するなど、〝地球の聴診器〟としての重要な役割を担ってきました。
 国連の潘基文事務総長が、「CTBTは、まだ発効していないうちから命を救っています」(IPS通信「核実験を監視するCTBTOは眠らない」、昨年6月17日)と功績を称えたように、核軍拡と核拡散に歯止めをかけるための制度が、多くの生命を守るという人道的な面でも欠くことのできない存在となっているのです。
 条約採択から20周年となる本年、残りの8カ国が一日も早く批准を果たし、CTBTを名実ともに力強く機能させ、核実験が二度と行われることのない世界への道を開くよう、あらためて呼び掛けたい。
 そして、核問題解決への取り組みを加速させ、軍縮の促進はもとより、CTBTの採択を土台に生まれたこの活動のような「世界の人道化」に向けた潮流を、本格的に強めていくべきではないでしょうか。

民衆の犠牲を前提にした安全保障
 かつて、冷戦対立の激化で核開発競争がエスカレートする中、私の師である戸田第2代会長は「原水爆禁止宣言」(1957年9月)を発表し、次のように訴えました。
 「核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今、世界に起こっているが、私はその奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」(『戸田城聖全集』第4巻)
 つまり、核実験の禁止を求める世界の人々の切実な声に共感を寄せつつ、さらにそこから踏み込んで、多くの民衆の犠牲の上にしか成り立たない安全保障の根にある生命軽視の思想を克服しない限り、本当の意味での解決はありえないことを強調したのです。
 この師の叫びを胸に、私は、核問題の解決は核兵器保有の「奥に隠されているところの爪」を取り除くこと――すなわち、「目的のためには手段を選ばない」「他国の民衆の犠牲の上に安全や国益を追い求める」「将来への影響を顧みず、行動をとり続ける」といった現代文明に深く巣食う考え方を転換し、世界を人道的な方向に向け直す挑戦にほかならないと考え、行動を続けてきました。
 地球上に核兵器が存在する限り、核抑止力を保持し続けるしかないといった考え方が、核保有国やその同盟国の間に、いまだ根強くあります。
 しかし、核抑止力によって状況の主導権を握っているようでも、偶発的な事故による爆発や誤射の危険性は、核兵器を配備している国の数だけ存在するといってよい。
 その脅威の本質から見れば、核兵器の保有が実質的に招いているのは、自国はおろか、人類全体の運命までもが〝核兵器によって保有されている〟状態ではないでしょうか。
 核兵器の威嚇と使用に関する違法性が問われた国際司法裁判所の勧告的意見において、NPT第6条の規定を踏まえ、「すべての側面での核軍縮に導く交渉を誠実に行い、かつ完結させる義務が存在する」との見解が示されてから、今年で20年を迎えます。
 にもかかわらず、核軍縮の完結の見通しが一向に立たないどころか、すべての保有国が参加する形での誠実な交渉が始まっていない現状は、極めて深刻であるといえましょう。

「人道の誓約」と意欲的な国連決議
 こうした状況の打開を求めて、昨年のNPT再検討会議への提出以来、賛同国が広がっているのが「人道の誓約」です。
 「核兵器を忌むべきものとし、禁止し、廃絶する努力」を、国際機関や市民社会などと協力して進める決意を明記した誓約には、国連加盟国の半数を優に超える121カ国が参加するまでになっています。
 その誓約の中で、早急に開始すべき具体策として提起されているのが、核兵器の禁止および廃絶に向けた法的なギャップを埋めるための効果的な諸措置を特定し、追求することです。
 昨年の国連総会でも、その追求を呼び掛ける決議がいくつも提出される中、効果的な措置について実質的な議論をするための公開作業部会の開催を求める決議が採択されました。
 決議では、ジュネーブで年内に行われる公開作業部会を「国際機関や市民社会の参加と貢献を伴って招集すること」と併せて、「全般的な合意に到達するための最善の努力を払うこと」が明記されています。
 NPT再検討会議での停滞を乗り越えて、実りある議論を行い、国際司法裁判所が勧告していた「核軍縮に導く交渉を誠実に行い、かつ完結させる」道を何としても開くよう、強く呼び掛けたい。
 非人道性の観点からも、特に私は、①核報復のための警戒態勢の解除、②〝核の傘〟からの脱却、③核兵器の近代化の停止、の3項目について、市民社会の声も踏まえながら議論を進めることを提案したい。
 最初の2点について言えば、非人道性の観点からも軍事的な有用性の面からも、核兵器が実質的に〝使うことのできない兵器〟となっている状況を踏まえ、まずもって着手すべき課題だと考えるからです。
 2度の世界大戦を機に、各国が開発を競った化学兵器や生物兵器が、その非人道性ゆえに、どの国にとっても〝使うことが許されない兵器〟となった歴史を、今一度、想起すべきではないでしょうか。
 以前、アンゲラ・ケイン前国連軍縮担当上級代表もこう訴えていました。
 「どれだけの国が今日、自らが『生物兵器保有国』であることや『化学兵器保有国』であることを誇るでしょうか。攻撃か報復であるかにかかわらず、いかなる状況下であれ、腺ペストやポリオが兵器として使用されることが合法であると、誰が論じているでしょうか。私たちが、〝生物兵器の傘〟について話をすることがあるでしょうか」(2014年4月、ニュージーランドのビクトリア大学での講演)
 何より、軍事・安全保障上の核兵器の役割低減は、2010年の再検討会議での最終文書でも、保有国が速やかに取り組むべき課題の一つとして明確に掲げられていたものでした。
 その意味からも注目すべきは、昨年、ブラジルなどが国連総会に提出した決議で、核兵器の役割を低減させる取り組みを「核保有国を含む地域同盟の一員であるすべての国」に奨励したことに加え、日本が主導した決議においても、「関係する加盟国」に対して役割低減に向けた見直しが呼び掛けられた点です。
 この総会決議を主導した日本は、「関係する加盟国」の先頭を切る形で、〝核の傘〟による安全保障からの転換に着手すべきではないでしょうか。
 G7(主要7カ国)のサミットに先立ち、4月に広島で外相会合が行われますが、核兵器の非人道性に関する議論をはじめ、北朝鮮の核開発などの拡散防止の問題や、北東アジアの非核化に向けた核兵器の役割低減についても議論を行うことを強く望むものです。

核開発と近代化が世界に及ぼす弊害
 3点目の「核兵器の近代化」がもたらす問題については、昨年の提言でも警鐘を鳴らしましたが、核兵器の維持のために年間1000億ドル以上もの予算を費やし続けることにより、結果として〝地球社会の歪み〟を半ば固定化する恐れがあることです。
 南アフリカ共和国などが提案した総会決議でも、この点に関し、「人間の基本的ニーズがいまだ充足されていないこの世界では、保有核兵器の近代化に充てられる膨大な資金は、このような目的でなく持続可能な開発目標を達成するために振り向けることができる」(「核兵器・核実験モニター」第482-3号)と、提起されたところでした。
 このまま核兵器の近代化を進めることは、次の世代やそのまた次の世代まで、核兵器の脅威にさらされることを意味するだけではありません。核兵器が使用されない状態が続いたとしても、国連の新目標を達成するための道を閉ざしかねず、〝地球社会の歪み〟が今後も続く事態を意味するのではないでしょうか。
 「核軍縮は国際的な法的義務であるのみならず、道徳的・倫理的至上命題である」(同)とは、総会決議の提案にあたって南アフリカ共和国の代表が訴えた言葉であります。
 その思いは、原爆投下によって筆舌に尽くしがたい苦しみを味わってきた被爆者や、核開発と核実験の影響で被害を受けた各地の〝ヒバクシャ〟をはじめ、「人道の誓約」に賛同した国々、そして平和を求める多くの人々の一致した思いではないでしょうか。
 私どもSGIも、昨年のNPT再検討会議で発表された「核兵器の人道的結末に対する信仰コミュニティーの懸念」と題する共同声明に加わり、キリスト教、ユダヤ教、イスラムなどの各団体の代表とともに、次のようなメッセージを発信しました。
 「核兵器は、安全と尊厳の中で人類が生きる権利、良心と正義の要請、弱き者を守る義務、未来の世代のために地球を守る責任感といった、それぞれの宗教的伝統が掲げる価値観と相容れるものではない」
 「核兵器を禁止する新たな法的枠組みに関する多国間交渉について、すべての国々に開かれた、いかなる国も阻止できない場における、これ以上の遅滞ない開始を訴える」
 核開発競争は、軍事面でも意味を失いつつあるどころか、保持し続けるだけで世界に深刻な負荷を与え続けるという意味で、かつて牧口初代会長が軍事的競争の限界を論じていたように、実質的に破綻をきたしているとの認識に立つべきだと思うのです。
 年内にジュネーブで行われる公開作業部会で、「核兵器のない世界の達成と維持」のために必要となる効果的な措置をリストアップし、国連のすべての加盟国が取り組むべき共同作業の青写真を浮かび上がらせることができるよう、建設的な議論を行うことを切に希望するものです。
 そして、2018年までに開催されることになっている「核軍縮に関する国連ハイレベル会合」を目指し、核兵器禁止条約の締結に向けた交渉開始を実現に導くことを訴えたい。

青年世代の誓いの深さが人類の未来を決する鍵に

世界青年サミットを継続的に開催
 明年は、戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」発表から60周年にあたります。
 この宣言を原点に活動を続けてきたSGIとしても、核兵器のない世界への潮流をいよいよ揺るぎないものに高めていきたい。
 そして、多くの国と市民社会が力を合わせ、民衆のイニシアチブによる“国際民衆法”としての意義も込めながら、核兵器の禁止と廃絶を何としても実現したいと決意するものです。
 「核兵器は過ぎ去った時代の象徴でありながら、今も現実の世界に甚大な脅威を突きつけています。しかし、私たちが紡いでいく未来には核兵器の居場所などありません」
 昨年8月、広島で行われた「核兵器廃絶のための世界青年サミット」で発表された「青年の誓い」の冒頭の一節です。
 SGIなど6団体からなる実行委員会が主催し、23カ国から青年が集ったサミットには、アフマド・アレンダヴィ国連事務総長青少年問題特使も出席し、被爆体験の継承や同世代の意識啓発をはじめ、人類共通の未来を守るための行動が誓い合われました。
 その成果は、国連総会第1委員会の関連行事として10月にニューヨークで行われた報告会でも発表され、若い世代が核兵器のない世界の実現に向け、国連や各地域でどのように行動し、問題解決のために参画できるかが議論されました。
 今後も志を同じくする人々や団体とともに、「核兵器廃絶のための世界青年サミット」を継続的に開催していきたいと思います。
 「核兵器の廃絶は私たちの責務であり、権利だ。核廃絶のチャンスが失われるのを、もはや黙って見過ごしはしない」
 「私たち青年は、あらゆる多様性と深い団結のもと、この目標の実現を誓う。私たちは『変革の世代』なのだ」
 国の違いを超えて青年たちが広島で分かち合った誓いが、世界に大きく広がっていけば、乗り越えられない壁などなく、実現できない目標などありません。
 若い世代の心に脈打つ誓いの深さこそが、核兵器によって多くの生命と尊厳が踏みにじられる世界ではなく、すべての人々が平和的に生き、尊厳を輝かせていくことのできる世界を築く何よりの礎なのです。
 私どもSGIは、「変革の世代」である青年の連帯を基盤としながら、核兵器の禁止と廃絶とともに、国連の新目標の達成を後押しし、「誰も置き去りにしない」世界への軌道を確かなものにすることを、ここに固く誓うものです。



語句の解説

注1 持続可能な開発のための2030アジェンダ
 昨年9月の「国連持続可能な開発サミット」で採択された成果文書。宣言のほかに、17分野169項目からなる「持続可能な開発目標」が掲げられている。2030年までに、貧困や飢餓、エネルギーや気候変動など、多岐にわたる課題の包括的な解決を目指している。

注2 長者窮子の譬え
 法華経信解品にある譬喩。幼い頃に家出し、他国を流浪した男が長者の家で仕事を得て、財産管理を任されるまでになったが、財産は自分と無縁のものと思い込んでいた。しかし長者が臨終を迎える時、自分が長者の実の息子であったことを聞かされ、無上の宝聚を求めずして得た喜びで歓喜する物語。「仏」を父、「衆生」を子に譬え、すべての衆生が仏と同じ最極の生命を開くことができるとの法理を示した。

注3 仙台防災枠組
 2030年までの国際的な防災指針をまとめたもので、災害が起こる前からあった問題も含めて解決を目指す「ビルド・バック・ベター」の原則をはじめ、災害リスクの理解や強靱化に向けた防災への投資などを優先行動に掲げている。2005年から推進されてきた「兵庫行動枠組」の成果を踏まえ、昨年3月に採択された。

注4 国連安全保障理事会決議1612
 2005年7月、国連安全保障理事会で採択された決議。紛争下で子どもの命を奪う行為をはじめ、子ども兵士の徴集、学校や病院への攻撃、人道的なアクセスの妨害や拒否など、子どもの権利の重大な侵害行為を監視し報告する仕組みが設けられたほか、安全保障理事会に「子どもと紛争に関する作業部会」が設置された。

注5 パリ協定
 先進国の温室効果ガスの排出量削減を定めた「京都議定書」に代わる新しい枠組み。新興国や途上国を含め、195カ国が削減目標を国連に提出し、国内対策を実施することを義務付けた。2023年から5年ごとに進捗状況を検証する仕組みが設けられ、21世紀後半に排出量を森林などによる炭素吸収量と相殺して「実質ゼロ」にすることも目指されている。

注6 武器貿易条約
 6年以上に及ぶ交渉を経て、2013年4月に国連総会で採択された、通常兵器の国際取引を規制する初めての条約。国際人道法や国際人権法に対する重大な違反をはじめ、テロ防止に関する条約の違反につながらないことなどを輸出の判断基準とし、ジェノサイド(集団殺害)、人道に対する罪、戦争犯罪に使用されることが明白な場合には輸出を禁じている。
2016-05-08 : 提言 :
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5・5「後継者の日」40周年記念大会へのメッセージ

5・5「後継者の日」40周年記念大会へのメッセージ          (2016・5・5 広宣会館)

2030年へ、希望の前進! 「創価学会後継者の日」が5日、制定40周年を迎えた。池田SGI(創価学会インタナショナル)会長は未来部の友にメッセージを贈り、「自分にしか歩めない使命と栄光の道を、堂々と力走していってください」と呼び掛けた。関西(4月29日)に続き、首都圏の記念大会が5日、東京・信濃町の広宣会館(学会本部別館内)で開催され、原田会長が出席した。
 「5月3日が学会の永遠の原点の日ならば、5月5日の『創価学会後継者の日』は永遠の希望の日です」(『未来対話』)
 この〝希望の日〟が誕生したのは1976年5月5日。関西で開かれた未来部の会合の折、SGI会長によって、毎年5月5日を「創価学会後継者の日」とすることが発表された。
 さらに席上、未来部が堅持する指針として、「健康でいこう」「本を読もう」「常識を忘れないでいこう」「決して焦らないでいこう」「友人をたくさんつくろう」「まず自らが福運をつけよう」の6項目が贈られた(2013年、七つ目として「親孝行しよう」がSGI会長によって加えられた)。
 以来、師の真心を抱き締めて学びの青春時代を送り、使命の道を歩んできた鳳雛たち。未来部出身者は国内外の各分野のリーダーとして活躍している。
 SGI会長が未来部に寄せる期待は一貫して変わらない。世界広布新時代を生きる未来部の友は、師の励ましに応えようと誓いも新たに前進している。
 首都圏の記念大会では、石黒未来本部長のあいさつに続き、吉野桜香さん(小学6年)が、SGI会長の著作を合唱団や家で学ぶ中で勇気の心を湧かせ、人間関係に悩む友人に励ましを送ることができた様子を報告。また濵﨑優子さん(中学3年)は、学会家族の庭で自分らしく成長する誇りと、美術の授業で作った作品が区で評価された喜びを披歴した。村木香一君(高校2年)は、SGI会長が世界に開いた友情の道に続こうと語学に挑戦する決意を語った。
 木﨑未来部長、山本女子未来部長は「今いる場所で努力を重ね、夢に向かって勇気の一歩を」と呼び掛けた。
 原田会長は、一人も残らず師の心を受け継ぐ後継者として世界に羽ばたき、周囲の希望と輝く人材に大成長をと念願した。
 最後に、参加者全員で未来部歌「正義の走者」を力強く歌った。

メッセージ

強さ 楽観主義 親切 感謝で世界に飛翔


 わが宝の未来部の皆さん! 晴れやかな5・5「創価学会後継者の日」、誠におめでとう!
 40年前、私は、5月の5日を「創価学会後継者の日」とすることを発表しました。
 今日は、愛する後継の皆さんと一緒に、わが「SOKA」のアルファベットの一文字一文字を頭文字にして、世界に飛翔しゆくための「翼」を確認し合いたい。
 まず「SOKA」の「S」は「Strength(ストレングス)」――そう、「力」であり、「強さ」です。正しき信仰は、人間、なかんずく青年を、限りなく強くする力です。
 日蓮大聖人は「師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし」(御書1190㌻)と仰せになられました。
 創価後継の皆さんは、一人ももれなく「正義の師子王」と育ちゆく、誇り高き師子の子なのです。
 第2に「O」は「Optimism(オプティミズム)」。これは「楽観主義」、いいかえれば朗らかな負けじ魂です。題目は無限の希望の源泉です。
 ゆえに、「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経」(同1143ページ)と仰せの如く、皆さんは何があっても題目を唱えながら、明るく希望に燃えて、前へ前へ、一歩また一歩、学び進んでいっていただきたいのであります。
 第3の「K」は「Kindness(カインドネス)」。
 つまり「親切」であり、「思いやりの心」です。
 この心を、現実社会の真っ只中で誰よりも発揮して行動しているのが、皆さんのご両親や地域の創価家族です。
 悩む友を励まし、勇気を贈る学会員は、最高に温かな思いやりの人です。皆さんには、この創価の誉れの菩薩道を継いで、世界の民衆のために大活躍する使命があるのです。
 最後の「A」は「感謝の心」を意味する「Appreciation(アプリシエーション)」です。
 私の師匠である戸田先生は、青年たちに、感謝の心で自分の親を大切にすることから、「人間革命」の戦いは始まると指導されました。
 お父さんやお母さん、また見守り励ましてくれている方々へ、「ありがとう!」と感謝の笑顔を贈れる皆さんであってください。
 その最大の恩返しは、今は勉学に挑み、健やかに力をつけて、立派な広布と社会のリーダーに育っていくことです。
 ともあれ、人類が「SOKA」の未来部の成長を待ちわびています。私も祈りに祈っています。
 どうか、胸を張って、自分にしか歩めない使命と栄光の道を、堂々と力走していってください。
 ご家族に、くれぐれもよろしくお伝えください。
 健康第一で!
 良き友と愉快に前進を!
 「正義の走者」を共に歌いながら。
2016-05-07 : スピーチ・メッセージ等 :
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戸田第2代会長就任65周年に寄せて 全同志に和歌

 戸田第2代会長就任65周年に寄せて 全同志に和歌     (2016・5・3付 聖教新聞)

きょう5月3日は、「創価学会の日」「創価学会母の日」。本年は、戸田城聖第2代会長の就任65周年の佳節に当たる。池田SGI(創価学会インタナショナル)会長は3首の和歌を詠み、「全世界の創価家族の健康とご多幸 各国各地の安穏と繁栄を心より祈りつつ」と添えて贈った。また、イタリア・フィレンツェ市がSGI会長を「名誉市民」として迎えることが決定。通知書とともにダリオ・ナルデッラ市長から祝辞が寄せられた。



 師弟立ち
  六十五年の
    凱歌かな
  平和の柱と
   創価は厳たり

 地球つつむ
  母の祈りは
    揺るぎなく
  乾ける土より
    蘇生の泉を

 誓願の
  地涌の生命の
    青年なれば
  試練の坂も
   いざ勝ち越えよ
2016-05-07 : スピーチ・メッセージ等 :
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世界広布新時代第17回本部幹部会へのメッセージ

「世界広布新時代第17回本部幹部会」「SGI(創価学会インタナショナル)春季研修会」「聖教新聞配達員大会」へのメッセージ            (2016年4月15日 東京戸田記念講堂)

栄光の5月3日「創価学会の日」「創価学会母の日」を記念する「世界広布新時代第17回本部幹部会」が15日午後、「SGI(創価学会インタナショナル)春季研修会」「聖教新聞配達員大会」の意義を込め、巣鴨の東京戸田記念講堂で開催された。これには原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長をはじめ各部の代表が、海外55カ国・地域250人の友と出席した。池田SGI会長はメッセージを贈り、地震の被害が続く九州・熊本の友へ心からのお見舞いを寄せた。また一人一人が妙法と一体の無限の生命力を発揮し、世界と未来を照らす希望の光にと念願した。



メッセージ


さあ新たな一歩前進を共々に! 「地涌の菩薩」の誇りに奮い立て!
御聖訓「わざはひも転じて幸となるべし」
何があっても絶対に負けない 我ら創価の人生は不屈なり!


 一、輝き光る我らの5月3日を、全世界の創価家族と、希望に燃えて飾ることができました。わが誉れの同志の皆さん、誠におめでとう!
 特に55カ国・地域から、勇躍、集われた気高きリーダーの皆さん、ようこそ、お越しくださいました! 本当にありがとう!(大拍手)

世界宗教の大潮流

 一、思えば、恩師・戸田城聖先生が第2代会長に就任されたのは、1951年の5月3日。まさしく、20世紀の折り返し点であり、人類史の大いなる分岐点でありました。その時に先生は、東洋、さらに世界の民衆の苦しみをわが苦しみとされ、「地上から『悲惨』の二字をなくしたい」と立ち上がったのであります。
 それは、「閻浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」(御書505㌻)との、釈尊、そして日蓮大聖人の師子吼に応えゆく大闘争の出陣でありました。
 以来65星霜――。創価の師弟が呼び出した地涌の菩薩は、世界192カ国・地域に陸続と登場し、社会に貢献しております。人類の幸福と地球の平和を実現しゆく「一閻浮提広宣流布」の流れは、もはや、いかなる魔性たりとも、決して断絶させることのできない21世紀の世界宗教の大潮流となりました。
 我らは、威風堂々と「創価は勝ちたり!」「未来永遠に勝ちゆくなり!」と、大勝利の宣言をしたいと思いますが、どうでしょうか(大拍手)。

不思議な生命の縁
 一、戸田先生は、会長就任の記念の写真の裏に、和歌を記して私に贈ってくださいました。
 「現在も 未来も共に  苦楽をば 分けあう縁  不思議なるかな」と。
 広宣流布、また立正安国という大誓願を果たしゆくために、不二の心で苦楽を分かちあい、どこまでも共に戦い抜いていく。この最も尊く、強く、美しい、不思議なる生命の縁で結ばれているのが、私たちです。私と一緒に、どんな労苦もいとわずに、荒れ狂う娑婆世界で奮闘し続けてくれている全同志に、心から感謝を表したいのであります。
 なかんずく、聖教新聞の創刊65周年に当たり、毎日毎朝、「冥の照覧」光る配達を担ってくださっている無冠の友の皆さんの健康と絶対無事故を祈りつつ、万雷の大拍手をお送りしようではありませんか!(大拍手)

勇んで信念の対話へ
 一、戸田先生が学会の発迹顕本を期して、強調された御聖訓があります。
 「国中の諸人我が末弟等を軽ずる事勿れ」(同342㌻)――日本国中の人々よ、私(大聖人)の末弟たちを軽んじてはならない――との一節であります。
 悪世末法において、自行化他の題目を唱える「地涌の菩薩」ほど、尊貴な存在はいない。諸宗の元祖などより百千万億倍も勝れている。それこそ、わが学会員なのである。そして、この学会員の「一対一の膝詰め談判」によって、広宣流布は成し遂げられると、先生は叫ばれました。
 巡り来る5月3日は、一人一人が久遠元初の生命の太陽を輝かせ、地涌の菩薩の最極の誇りに奮い立つ時です。歓喜踊躍して信念の対話に打って出て、新たな「一歩前進」を恐れなく開始する時なのであります。

幸福境涯を勝ち開け
 一、昨晩(14日)の九州・熊本の地震に際し、心からお見舞いを申し上げます。
 被災地の方々のご無事を祈り、仏天の加護も厳然であれと、題目を送っております。
 どうか、いずこにもまして強く温かな、わが九州家族の不屈の団結で、「わざはひ(禍)も転じて幸となるべし」(同1124㌻)との御聖訓の通り、変毒為薬していかれるよう、お願いいたします。私たちも全力で応援をいたします。
 現在、神戸市の関西国際文化センターで行われている展示会を通して、東北の被災地で復興に挑む方々へ多くのエールが届けられています。
 阪神・淡路大震災を乗り越えてきた兵庫の一人のご婦人からは、「共に同じ体験をした私たちは、断じて世界一、いや宇宙一の幸福者に!」とのメッセージが寄せられておりました。
 何があっても絶対に負けない。妙法と一体の無限の生命力を発揮し、自他共にこれ以上ないという幸福境涯を勝ち開いてみせる。この創価の人生こそ、世界を照らし、未来を照らす希望の光ではないでしょうか。
 インドの最高峰の知性であられるロケッシュ・チャンドラ博士は、「人類が何千年もの間、抱き続けてきた夢――その夢の中から生まれ、今、聞こえてくる歌声。それが創価学会なのです」と語ってくださいました。

後継の青年の使命
 一、今、男女青年部が立派に成長し、スクラムを拡大してくれ、頼もしい限りです。私が青年室長の任命を受けた、その時に心肝に染め、我ら青年の使命と定めてきた御金言を、後継の君たちに託し伝えたい。
 すなわち、「結句は勝負を決せざらん外は此の災難止み難かるべし」(同998㌻)と。
 わが創価の青年よ、勇敢に朗らかに粘り強く、戦い進め! 正義の君たちが一つ一つ勝ち切って、民衆の幸福と平和の凱歌を、断固と轟かせてくれたまえ! と申し上げ、私のメッセージといたします。
 皆さん一人一人の「人間革命」の勝利、そして皆さんの地域と国土の「立正安国」の安穏・繁栄を祈り、題目を送り続けていきます。
 わが愛する同志の皆さん、お元気で! お達者で!(大拍手)
2016-05-07 : スピーチ・メッセージ等 :
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新時代第9回全国男子部幹部会へのメッセージ

新時代第9回全国男子部幹部会へのメッセージ   (2016・4・10 中部池田記念講堂)

新時代第9回全国男子部幹部会」が10日、名古屋市の中部池田記念講堂で開かれ、原田会長、橋元青年部長、竹岡男子部長らが愛知・三重・岐阜の代表、さらに全国各方面のリーダーと共に出席した。池田SGI(創価学会インタナショナル)会長はメッセージを贈り、日本の中心である中部で、勇敢に正義の拡大の旋風を巻き起こしている友を心から賞讃。我らの決めた誓願の「この道」で、不退の堅塁中部の旗を翻し、勝利の歌を高らかに歌い上げようと呼び掛けた。
 参加者の目に、真っ先に飛び込んできたのは、会場のステージ両脇に大きく掲げられた2首の和歌だった。
 右には「いざや起て いざや築けと 金の城 中部の堅塁 丈夫勇みて」。左には「いざや征け 仏の軍は 恐れなく 中部の堅塁 立つは楽しき」と。1957年、若き日の池田SGI会長と、戸田第2代会長が詠み交わした歌である。
 中部が急所だ! 広宣流布の命運を決する最重要の決戦場も、大中部に違いない! それが「戸田先生と私の深く一致した確信であった」(SGI会長)。
 今、中部池田記念講堂に後継の青年2700人が集った。この日までに中部3県の友が広げた対話は112万人。〝日本一の拡大〟を成し遂げて、いざ、師弟が展望した広布の堅塁城の構築へ――。


メッセージ

歴史回天の使命の地に 堅塁の旗よ翻れ

 広布の名城そびえ立つ大中部での男子部幹部会、誠におめでとう!(大拍手)
 わが愛弟子の諸君が、天下の中心たる大中部で、勇敢に正義の拡大の旋風を巻き起こしてくれて、これほど頼もしいことはありません。
 古来、中部は宿命的に新たな歴史を開く決戦場であった。
 戸田先生がお好きだった天下人・織田信長は、〝生のあるあいだに何をしておこうか〟と、よく歌った(太田牛一著、榊山潤訳『信長公記(上)』ニュートンプレスを参照)。そして、徹して攻め続けて勝ち戦の歴史を残しました。
 広宣流布と立正安国こそ、青年として、人間として、生あるあいだに成し得る、最高無上の偉業であります。ゆえに、断じて一歩も退いてはならない。
 私が、苦楽を分かち合ってきた、愛知、三重、岐阜の草創の戦友たちは、「絶壁も、よじ登ってみせる」「大誠実で道を切り開く」という心意気で、一つ一つ勝ち抜いてくれました。
 今日、私は、この大中部の「団結の旗」「不屈の旗」「勝利の旗」を、誇り高き堅塁の父母たちと一緒に、後継の諸君に確かに手渡します。
 日蓮大聖人は、「如説修行抄」に仰せになられました。
 「忍辱の鎧を著て妙教の剣を提げ一部八巻の肝心・妙法五字の旗を指上て未顕真実の弓をはり正直捨権の箭をはげて大白牛車に打乗って権門をかっぱと破りかしこへ・おしかけ・ここへ・おしよせ」「或はせめ返し・せめをとしすれども・かたきは多勢なり法王の一人は無勢なり今に至るまで軍やむ事なし」(御書502㌻)と。
 大聖人に直結する創価の師弟が、忍辱の鎧を身につけ、智慧の宝剣を提げ、正義の旗を掲げて、如説修行の大闘争に挑み抜いていく。そのなかにこそ、妙法とともに隆々と栄えゆく平和と安穏の社会建設があることを、深く強く確信していただきたいのであります。
 ともあれ、勝つために歴史回天の大中部を使命の舞台として、今この時に躍り出た君たちだ。
 眼前にある乱世の現実は過酷であり、熾烈である。
 だからこそ、何があっても異体同心の同志と励まし合いながら、一人一人が職場で社会で、堂々と勝利者となってもらいたい。
 一人また一人と、この友情と青春勝利の連帯を、賢く朗らかに広げてもらいたい。
 そして、我らの決めた誓願の「この道」で、不退の堅塁中部の旗を翻し、断固として勝利の歌を高らかに歌い上げていってくれたまえ!
 「法華経の兵法」の祈りを忘れず、健康で無事故で一日一日を勝ち切っていく前進であれ!
 また、明るい笑顔で親孝行を頼みます。
 世界広布新時代の一番星、堅塁中部男子部、万歳!
 炎の革命児たち、万歳!(大拍手)
2016-05-07 : スピーチ・メッセージ等 :
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創価学園東京校第49期生、関西校第44期生入学式/創価小学校入学式へのメッセージ

創価学園東京校第49期生、関西校第44期生入学式へのメッセージ
                        (2016・4・8 東京・関西の各キャンパス)

創価学園の入学式が8日、東京・関西の各キャンパスで晴れやかに開催された。創立者の池田名誉会長は記念のメッセージと和歌を贈り、21世紀が開幕したのと同じ時期に生まれ合わせ、学園に集い来った新入生を、心から祝福。学園生たちの努力とともに、友情とともに、時代は栄え、21世紀は平和になると強調し、「世界を結ぶ『英知の翼』を鍛えゆけ!」「桜梅桃李の『友情の園』を広げよ!」「朗らかに『挑戦』そして『勝利』の歌を響かせよ!」と呼び掛けた。また同日、東西の創価小学校の入学式、札幌創価幼稚園の入園式も元気に行われた。

創価学園入学式への創立者のメッセージ

新しき希望の学園生よ学べ!
君の力は無窮なり


 一、私にとって、新しい希望が無限に生まれ出ずる最上の喜びの日――それが、わが創価学園の入学式であります。
 今年の新入生の皆さんは、いかなる縁でしょうか、21世紀の開幕の時に誕生しました。
 実は、私の師匠で、創価教育学の道を開かれた戸田城聖先生は西暦1900年に生まれ、20世紀に輝く不滅の歴史を残されました。
 それから、ちょうど1世紀を隔てて躍り出たのが、皆さん方なのです。
 ですから、皆さんの学びとともに、21世紀は明るくなる。皆さんの努力とともに、21世紀は栄える。皆さんの友情とともに、21世紀は平和になる。その大いなる心意気をもって、きょうから、偉大な学園生活を開始していただきたいと思うが、みんな、どうだろうか!(大拍手)
 ご家族の方々、いまだ厳しい経済情勢のなか、学園に送り出してくださり、誠にありがとうございます。
 教員の先生方、職員をはじめ、陰に陽にお世話になる方々、どうか、人類の宝たる、この英才たちの薫陶を、よろしくお願い申し上げます。

人類の幸福と 平和に貢献せよ
 一、きょうは、学園桜の舞いゆくキャンパスを、皆さんと歌声も高らかに、共に行進する思いで、3点、指針を贈らせていただきます。
 第1に、「世界を結ぶ『英知の翼』を鍛えゆけ!」ということです。
 わが創価学園は、東西ともに、文部科学省の「スーパーグローバルハイスクール」に指定されております。これまでにもまして、学園生が、いよいよ力強く世界へ羽ばたいていく時代に入っているのです。
 昨年の秋、世界的な文化人類学者である、ハーバード大学のヌール・ヤーマン博士を、学園にお迎えしました。トルコ出身の博士は、若き日から、英語、フランス語、ドイツ語など、語学力を磨きに磨き、イギリスの名門ケンブリッジ大学へと進学しております。
 博士は、私との対談の中で、語られました。
 「人間にとって大事なことは、できるかぎり心を開いて、他の言語や他の思想、他の体験や他の人びとに接しながら、それらの優れた点に学んで、自らの社会を豊かにしていくことにあります」と。
 皆さんも、この学園で、語学をはじめ、思う存分に「英知の翼」を鍛えていってください。翼が強ければ強いほど、自由自在に世界を飛び回り、人類の幸福のため、地球の平和のために貢献できるからです。

暴力やいじめは 断じて許さない
 一、第2に、「桜梅桃李の『友情の園』を広げよ!」ということです。
 学園には、桜は桜、梅は梅、桃は桃、李は李と、互いの人格を最大に尊重し合い、一人一人が自分らしく伸び伸びと、個性を開花させていく麗しい伝統があります。暴力やいじめは、断じて許しません。
 学園生に深い期待を寄せられる「詩心の母」であり、アメリカ・エマソン協会の会長を務められたワイダー博士は語られていました。
 「他の人と活発に考えを分かち合うことで、自分一人では辿り着けなかった場所に行き着くのです」と。
 皆さんは、人類73億人の中から、不思議にも集い合った仲間です。
 寮や下宿生活、また長距離の通学、クラブ活動などで、明るく楽しく励まし合いながら、世界一の「友情の園」を広げていってください。

負けじ魂を胸に 勝利の歌声高く

 一、第3に、「朗らかに『挑戦』そして『勝利』の歌を響かせよ!」と申し上げたい。 学園生は、私の命です。学園生のご一家は、私の家族です。
 関西校の1期生で、お父さんが闘病中の学園生がいました。私も、寮から実家に一緒に電話して、ご両親を激励させていただきました。
 彼女は、学園で学ばせてくれている父母の真心に何としても応えるのだ、後輩の道を開くのだと努力を重ねて、立派な医師になりました。後に弟さんも東京校を卒業し、医師となって、姉弟で活躍してくれています。
 どんなに苦しいことがあっても、学園生には「負けじ魂」がある。自分のため、父母のため、未来のため、朗らかに不屈の挑戦を貫いてください。
 そして、勝利の歌を断固と響かせていただきたいのです。
 私も、皆さんと、ご家族のことを、懸命に祈り抜いていきます。
 結びに、わが愛する皆さんの新出発を祝して、
 
 学園生
  君の力は
   無窮なり
  学び出せよ
   世紀のために
 
 との一首を贈り、私のメッセージといたします(大拍手)。



創価小学校入学式への創立者のメッセージ


早寝早起き 読書 勇気の太陽に

 新1年生の皆さん、入学、おめでとう! 
 ご父母の皆さま、ご家族の皆さま、心からお祝いを申し上げます。
 笑顔いっぱいの新入生の皆さんの姿を思い浮かべると、私の胸は高鳴ります。皆さんが太陽の光をいっぱいに浴びながら、堂々と天高く、大樹と育ちゆく日を、何よりも楽しみにしています。
 創価小学校の皆さんは、かがやく未来の宝です。皆さんが立派に、のびのびと成長するのを、世界中の人々が待っています。
 きょうからみんなで、3つの太陽を目指しましょう。
 1つ目は「早寝、早起きの太陽になろう」です。
 一日の始まりは、のぼりゆく太陽とともに、元気に起きて出発です。
 朝ご飯をしっかり食べて、はつらつと「おはよう!」と、あいさつをしましょう。それが、じょうぶな体、強い気持ちをつくる基本となります。
 早く起きるには、夜はできるだけ早く寝ることです。皆さんは、ぜひ、この毎日のリズムを、かしこくつくってください。
 2つ目は「読書の太陽になろう」です。
 よい本は、心の光です。読書をすると、太陽がかがやくように、自分の心が強く、あたたかく、ゆたかになります。よい本を開けば、多くの人たちと出あい、新しい世界を学ぶことができます。おどろくような発見や、胸がわくわくするようなぼうけんも、たくさんあるでしょう。
 皆さんは、一さつ、また一さつ、読書に挑戦し、みんなを明るくてらしていく人になってください。
 3つ目は「勇気の太陽になろう」です。
 困っている友だちに、親切にできる人。間違ったら、すなおに「ごめんなさい」、助けてもらったら、「ありがとう」と言える人。その人が、勇気の人です。
 苦手なことに挑戦するのも勇気。もう少し頑張ろうと、勉強にとり組むのも勇気です。勇気という“負けない心”があれば、皆さんは無敵の太陽です。
 さあ、これから楽しい学校生活が始まります。どこまでもほがらかに、そして元気いっぱいに、毎日をすごしてください。
 お父さんやお母さんに、親孝行のできる、力ある人になってください。私はいつもいつも、皆さんの健康と成長と勝利を祈り、見守っています。
 大好きな創価小学校の皆さん、万歳!
 新入生の王子・王女の皆さん、万歳!
2016-05-07 : スピーチ・メッセージ等 :
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創価大学第46回、創価女子短期大学の第32回入学式へのメッセージ

創価大学第46回、創価女子短期大学の第32回入学式へのメッセージ
                           (2016・4・2 創価大学記念講堂)

 開学45周年、おめでとう! 創価大学の第46回、創価女子短期大学の第32回入学式が2日、東京・八王子市の創大記念講堂で盛大に挙行された。創立者の池田名誉会長は、和歌とメッセージを贈り、宝の新入生の出発を心から祝福。若き世界市民の舞台で、思う存分に、真理の探究と価値創造、そして平和連帯の誇り高き青春の劇を演じていこうと呼び掛けた。式典には、台湾・高雄大学の黃肇瑞学長一行、戸田記念国際平和研究所総合所長でニュージーランド・オタゴ大学のケビン・クレメンツ博士ら多数の来賓が列席した。
 「ここで一つ提案したいことがあります」
 入学式典の席上。創立者から贈られたメッセージに、新入生は、じっと耳を澄ませた。
 「それは、皆さんがきょうの晴れの日までにお世話になった方々の顔を思い浮かべてみよう、ということです」
 創立者は続けた。
 「お父さん、お母さん、ご家族、また学校の先生や先輩・友人、さらに、皆さんの合格・進学を、わがことのように喜んでくれた地域の方々もいるでしょう。まさに、無数の方々の熱い真心に包まれて、皆さんは、今ここに立ちました」
 創大記念講堂の壮麗な天井を大きく仰ぐ友がいた。そっと目を閉じる友もいた。あの日あの時の励ましを回想するかのように――。
 長野県の高校から創大の国際教養学部に進んだある女子学生は、式典の直前、語っていた。「9年前に父を亡くして以来、ずっと支え続けてくれた家族や親戚、先輩、多くの方々のおかげで、憧れのキャンパスにたどり着くことができました。恩返しの思いで、国際舞台で活躍できる世界市民に成長したい」
 その母も愛娘の晴れの出発に駆け付けた。「主人は〝2人の子を創大に〟とずっと願っていました。今、長女は創大法学部で学び、そして次女がきょう、入学しました。主人との約束を果たした喜びと、少し肩の荷がおりた気持ちです。お父さん、ずっと見守ってくれて、ありがとう!」
 新入生の数だけ、励ましと挑戦のドラマがある。報恩と向学の青春を誓う若人が集った式典は、創大のプライド・オブ・ソウカとパイオニア吹奏楽団のファンファーレで開幕。石川短大学長が開式の辞を述べ、谷川創大常任顧問が創立者のメッセージを代読した。
 続いて創大の奥富学生部長が、入学した学部生1615人、通信教育部生739人、別科生および交換留学生129人、大学院博士前期課程および修士課程130人、博士後期課程8人、法科大学院生27人、教職大学院生19人、短大生274人を紹介。新入生を代表して松下由紀さん(創大・国際教養学部)、青山奈々さん(短大・英語コミュニケーション学科)が、日本語と英語で抱負を述べた。
 馬場創大学長は、創立者が期待する「真の世界市民」を目指し、「語学の習得」「読書と書くこと」「専門分野の探究」に徹し抜こうと呼び掛けた。
 創大の原田最高顧問は、創立者と学生一人一人の〝強き絆〟の積み重ねによって今日の創大・短大の大発展があると強調。その伝統に連なる誇りを胸に、学びに学び、人間教育の新たな歴史を築こうと念願した。
 式典終了後、来賓から感動の声、真心のエールが寄せられた。
 「創大は創立者の平和思想に基づき、学生のための大学という理念を持っています。新入生の輝く瞳の奥に、自身の夢や目標を実現しようとする強い決意を感じました」(高雄大学の黃肇瑞学長)
 「春の美しき花々が見つめるこの良き日は、新入生にとって、一生の思い出になるでしょう。創大は新たな価値を創造し、無限の可能性を開花できる学びやです。激動の世界で活躍できる実力を磨いていってください」(クレメンツ博士)


創立者のメッセージ

開かれた若き世界市民の舞台で友情と平和の橋 広げよ
父母のため 民衆のため 社会のために! 志高く雄大に学び抜け
生命尊厳の正義の賢者たれ


 創価大学は46期生の皆さん!
 創価女子短期大学は32期生の皆さん! 
 また、大学院生の皆さん!
 さらに、通信教育部の皆さん!
 そして、最優秀の留学生の皆さん! 
 万朶の桜も寿ぎ、青春の無限の希望光る入学式、誠におめでとうございます!
 英知輝く我らの〝桜の城〟には、今、47カ国・地域から俊英が勇み集われています。
 この開かれた若き世界市民の舞台で、きょうから思う存分に、真理の探究と価値創造、そして平和の連帯の誇り高き青春の劇を演じていってください。
 大切なお子さま方を深い深いお心で送り出してくださった、ご家族の方々に、私は創立者として厚く御礼を申し上げます。
 誠に誠に、ありがとうございます!(大拍手)

努力の果てに 偉大な歴史が
 一、きょうは、光栄にも、わが創大が交流を結ぶ、台湾の名門・高雄大学の黃肇瑞学長ご一行、また、私も対話を重ねてきた、世界的な平和学者のクレメンツ博士ご夫妻はじめ、ご来賓の先生方、さらに中国の交換教員の先生方が、若き皆さんの新たな門出を温かく見守ってくださっております。
 大拍手をもって、感謝と歓迎を表そうではありませんか(大拍手)。
 もう40年以上も前になりますが、中国からお迎えした最初の留学生の皆さん方と一緒に、私は桜吹雪の舞う構内を楽しく対話しながら歩んだ、忘れ得ぬ思い出があります。
 本日も、愛する新入生の皆さん方と、春の息吹が漲るキャンパスを、共に語らい散策する心で、祝福のエールを、3点、贈りたいと思います。
 第1に、「志高く雄大に学び抜く、感激の青春たれ!」と申し上げたい。
 ここで一つ提案したいことがあります。
 それは、皆さんがきょうの晴れの日までにお世話になった方々の顔を思い浮かべてみよう、ということです。
 お父さん、お母さん、ご家族、また学校の先生や先輩・友人、さらに、皆さんの合格・進学を、わがことのように喜んでくれた地域の方々もいるでしょう。
 まさに、無数の方々の熱い真心に包まれて、皆さんは、今ここに立ちました。その方々の恩に応え、報いていくためにも、決然と志を高く雄大に掲げていただきたい。
 かの孫文先生の盟友に、台湾の崇高なる教育者、于右任先生がおられます。于右任先生が青年を励まされた言葉を、私は、高雄大学の黃学長とご一緒に、新入生の皆さんへ、お伝えしたいのであります。
 「多くの英雄豪傑の種々の偉大な功績や、人びとを感激の涙にむせばせる事蹟をなしたのをあまねくみれば、立志に始まらないものはない」(西出義心著『于右任傳 金銭糞土の如し』書道芸術社)と。
 父母のため、民衆のため、社会のため、世界のためにと、大いなる志を立て、学び抜く挑戦には、それだけ労苦も多いでしょう。壁に突き当たることも多々ある。しかし、だからこそ、真の充実がある。尽きることのない喜びがあります。
 どうか、皆さんは、忍耐強い努力、また努力の果てに、やがて人々をも感激せしめる偉大な歴史を創っていっていただきたいのであります。

多様な文化を 結ぶ対話の力
 一、第2には、「足元から友情の橋、平和の橋を広げる世界市民たれ!」と申し上げたい。
 創価教育の道を開かれた、わが恩師・戸田城聖先生は、「地球民族主義」の理念を示されました。この師の心を心として、私は世界の識者と文明を結び、人類を結ぶ対話を続けてきました。
 現在は、ブルガリア科学アカデミーのジュロヴァ博士とも、新しい対談を進めています。
 ソフィア大学を代表する女性の知性のリーダーである、このジュロヴァ博士にも、師匠から受け継いだ信念があります。それは、「人間と人間の間に、人生の究極的な目標である平和の橋、相互の友好関係の橋を築く」ということです。
 そこにこそ、「創造的人間」が世界の人々のために果たすべき責任があるといわれるのです。そして、この博士が、世界の多様な文化を尊重し、人々を結ぶ対話の力を発揮することを期待してやまないのが、わが創価の青年なのです。
 創大と世界の大学との交流は、52カ国・地域の179大学にまで広がっています。グローバルな人材を育成するためのさまざまなプログラムも、短大の語学研修制度も、ますます拡充していきます。
 皆さんの舞台は地球です。世界の友と闊達に語学を磨き合い、異文化への理解を深めながら、友情の橋、平和の橋を大いに架けていってください。

創価教育創始 90周年へ前進
 一、そして、第3に「生命尊厳の正義の賢者たれ!」と申し上げたい。
 わが創大・短大は、時空を超えて、遠大なスケールで、人類の魂の巨人たちをも、心の友としていく学舎です。
 この講堂の緞帳に描かれたソクラテス、プラトン、アリストテレスたちも、また、大学キャンパスに像がある、ナワイー、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ビクトル・ユゴー、トルストイ、ホイットマン、ホセ・リサール、タゴール、マリー・キュリー等々も、新たな地球社会を創造しゆく皆さん方の精神の盟友なのです。
 その一人レオナルドが、眼光鋭く自然と人間の生命の実相を探究して得た一つの結論があります。それは、「まことに、生命を尊重しないものは生命に値いしない」(杉浦明平訳『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上』岩波文庫)ということです。
 日本の軍国主義と戦い獄死した、創価教育の父・牧口常三郎先生の揺るぎない信念の根幹も、「生命の尊厳」でありました。
 世界には、ますます生命を蹂躙する暴力が噴出しております。それゆえに私たちは、生命尊厳の旗を、いやまして勇敢に聡明に掲げてまいりたい。
 レオナルドが「魂の中の最善なるものは智慧である」(足立重訳『レオナルド・ダ・ヴィンチの手帖 文学・思想篇』六興商会出版部)と洞察した如く、正義と人道と共生の智慧の力をいよいよ強めていきたいのであります。
 生命の尊厳といっても、抽象論ではありません。皆さんが賢者となって、自身と、縁する一人一人の生命を大切にすることから始まります。留学などの機会も増えます。乱れた時代であるがゆえに、一日また一日、強く賢く朗らかに、健康で、また絶対に無事故で、わが生命の可能性を遺憾なく引き出していっていただきたいのです。
 私は、わが生命そのものである、かけがえのない皆さん方が、断固として守られるように、日々、妻と祈り抜いております。さらに真剣に祈り切ってまいります。私と心を同じくしてくださる先生方、職員の方々、どうか、これからも、何卒よろしくお願い申し上げます。
 一、46期生の皆さんが卒業する2020年は、創価教育の創始から90周年、大学の開学から50年目です。
 短大も先日、30回目の卒業生を送り出し、新時代の希望の建設が始まっております。
 新たな創価教育の黄金の歴史を築いていくのが、皆さんです。その皆さんの前途に思いを馳せつつ――
 
 青春の
  無限の価値を
   創りゆけ
   学びの翼で
    世界へ 未来へ

 と贈ります。
 新入生、万歳! 留学生、万歳! わが愛する君たち、あなたたちよ、断じて勝ちゆけ! きょうは、本当におめでとう!(大拍手)
2016-05-07 : スピーチ・メッセージ等 :
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創価大学第42回、創価女子短期大学第30回卒業式へのメッセージ

創価大学第42回、創価女子短期大学第30回卒業式へのメッセージ
                           (2016・3・18 創価大学記念講堂)

 創価大学の第42回、創価女子短期大学の第30回卒業式が18日、東京・八王子市の創大キャンパスで晴れやかに挙行された。式典は、創大(創大記念講堂)と短大(創大中央教育棟・ディスカバリーホール)に分かれて開催された。創立者の池田名誉会長は、和歌とメッセージを贈り、卒業生の栄光の門出を心から祝福。創価の世界市民の旗を高らかに掲げ、一生涯、平和の価値創造に挑もうと呼び掛けた。また、元国連事務次長のアンワルル・チョウドリ博士が祝辞を述べた。バングラデシュのラバブ・ファティマ次期駐日大使ら多数の来賓が出席した。

創立者のメッセージ

時代を変える気概を持て
眼前の課題に自分らしく挑戦!
タゴール「苦労の中に人間の栄光がある」


 一、きょうは、光栄にも、私が心から敬愛してやまないチョウドリ博士ご夫妻が、バングラデシュのファティマ次期駐日大使とご一緒に、卒業生を祝福してくださり、これほどうれしいことはありません。
 また、多くのご来賓の先生方が温かく見守ってくださり、厚く厚く御礼を申し上げます。

民衆の熱願に断固と応えよ
 一、それは、1975年の3月でありました。
 創価大学の第1回卒業式の席上、1期生の友と、私は約束し合ったことがあります。
 「創価大学の一会(連帯)は儼然として未だ散らず」との心で、生涯、共々に前進しようと。
 40星霜を経て、今、母校を厳然と担い立ってくれている馬場学長、田代理事長、またアメリカ創価大学の羽吹学長も、1期生であります。
 そして、この草創の先輩方に勝るとも劣らない大情熱と団結をもって、新時代の創大・短大の建設に取り組み、見事な歴史を刻んでくれたのが、きょう、誉れ高く巣立ちゆく、わが創大42期生の皆さんであり、わが短大30期生の皆さんです。
 本当にありがとう!
 本当におめでとう!
 とともに、世界17カ国・地域から勇み集って、学び抜いてくれた英才の留学生の皆さん、また通信教育部の皆さん、さらに大学院の皆さんに、その気高き「学は光なり」の努力を讃えて、私たちは祝福の大拍手を送りたいのであります(大拍手)。
 全魂で薫陶に当たってくださった先生方、職員の方々、また大学を、陰で支えてくださっている皆さま方、誠に誠にありがとうございます。
 力強く発展を遂げているキャンパスを訪れるたびに、私が思い起こすのは、大学の設立に当たって、汗と涙の浄財で応援してくださった方々のことです。
 質素な生活の中から、「21世紀の世界の平和を築くリーダーを育成するために協力したい。戦争などで、尋常小学校もまともに通えなかった自分たちの分まで、思う存分に学んでもらいたい」と、あまりにも尊い真心を寄せてくださいました。その民衆の熱願に断固とお応えしゆくのが、私たちの使命であり、責務であります。
 皆さんのご家族も、どれほど深いお心で、お子さん方を大学へ送り出してくださったことか。
 本日、晴れて授与される学位記を、後ほど、皆さんから、お父さん、お母さん方に、最大の感謝と報恩の決意を込めて捧げ、美しい人生の劇を留めていただきたいと思いますが、どうだろうか(賛同の大拍手)。

人類の幸福へ情熱燃やして
 一、きょうは、愛する皆さんへのはなむけとして、三つの指針を贈らせていただきたい。
 第1に、「創価の世界市民として、一生涯、平和の価値創造を!」ということであります。
 本日、お迎えしたチョウドリ博士が、20代の新進気鋭の外交官として奮闘されていた時、母国バングラデシュの独立戦争が始まりました。
 若き博士は、あまたの市民のかけがえのない命が犠牲となるのを目の当たりにされ、また危難から逃れてきた難民の方々に寄り添われながら、どれほど心をえぐられる思いであられたことか。博士は、この悲劇を原点として、常に苦難に晒されて貧困に喘ぐ民衆の側に立って、闘い抜いてこられました。
 人類の議会たる国連を舞台に、不屈の勇気で、まさしく人生を賭して、民衆の幸福のため、「戦争の文化」を大転換する新たな「平和の文化」を創出してこられたのであります。
 チョウドリ博士と私との対談集で、一つの焦点となった課題があります。
 それは、多くの青年は、学生時代は平和への理想に燃えているが、社会に出て働くようになると、いつしか視野が狭くなり、世界市民たらんとの熱意を失ってしまう――というジレンマでした。
 博士と私とは、だからこそ、青年たちの心に人類貢献への信念と情熱の炎を、生涯にわたり赤々と灯しゆく人間教育が必要であると、深く一致したのであります。
 私が深く感銘するのは、博士がいつでも、いずこでも、自ら「平和の文化」を若々しく体現され、青年一人一人を全身全霊で激励されながら、世界市民を育成されていることです。
 どうか、皆さんも、永遠の青年たるチョウドリ博士のごとく、創価の世界市民の旗を高らかに掲げていってください。
 そして、後に無数に続く後輩のためにも、いよいよ勇敢に忍耐強く、平和の価値創造に挑んでいただきたいのであります。

正義を貫く人に
 一、第2に申し上げたいことは、「苦難を勝ち越えて栄光の叙事詩を綴れ!」ということです。
 チョウドリ博士の故郷であるバングラデシュは、偉大なる詩聖ラビンドラナート・タゴールが「黄金のベンガル」と謳い上げた、麗しく豊かな大地です。
 不滅の栄光に包まれたタゴールも、その人生行路は、波瀾万丈の試練との闘争でありました。
 若き日は、画一的な学校教育になじめず、いわゆる“優等生”とは程遠い存在でした。
 また、詩人として活躍を始めてからは、相次ぐ最愛の肉親の死に直面しております。
 さらに、自らが設立した大学の資金を捻出するために、言うに言われぬ労苦を重ねました。
 そのなかで、新たな境涯を開き、時代を超え、国を超えて、人類の心に、勇気と希望の光を贈る珠玉の詩歌を紡ぎ出していったのであります。
 タゴールは明言しました。 
 「人間は現在を超えてさらに成長するために、またまだ存在していないものになるために、働きそして苦労を重ねている。この苦労の中に人間の栄光がある」(美田稔訳『タゴール著作集 第八巻 人生論・社会論集』第三文明社)と。
 正義を貫き、苦難に遭い、それでも屈せずに、なお前進し続けていく――。
 その人こそが勝ち綴ることのできる、宇宙の究極の法則と融合する栄光の叙事詩があるのです。
 現実社会の荒波へ船出しゆく皆さんに、私が22歳、恩師・戸田先生の事業の最悪の苦境にあって、自分を励まし書き留めた一節を贈りたい。
 「社会は、遊戯場ではない。いかなる、社会でも、時代でも、耐え尽くせる、自己を作ろう」と。

今いる場所でベストを尽くせ
 一、第3は、「自分が今いる舞台で歓喜の勝利劇を!」ということです。
 かつて、実現は絶対に不可能であろうと言われた「対人地雷全面禁止条約(オタワ条約)」の成立に、民間人の立場で大きな貢献を果たしたリーダーに、ジョディ・ウィリアムズさんがいます。
 バイタリティーに溢れた彼女は語っていました。
 「毎朝起きるたび、好奇心いっぱいに『今日はどんなことをして世界を変えようか』と自問しています」(アンゲリーカ・U・ロイッター、アンネ・リュッファー著、松野泰子、上浦倫人訳『ピース ウーマン ノーベル平和賞を受賞した12人の女性たち』英治出版)と。
 昨年、アメリカ創価大学に来学された折にも、「この世界をより良くするため、行動を起こそう」と学生たちに熱いエールを贈ってくださいました。
 どうか、皆さんも、今いる使命の舞台で、「世界をより良く変えてみせる」との気概を秘めつつ、眼前の課題に自分らしく挑戦していってください。
 「自他共の幸福」のためにベストを尽くしながら、断じて、歓喜の勝利劇を飾っていただきたいのであります。
 一、何があろうとも、創立者は、皆さんの味方です。
 学生と創立者の絆は、最極の「水魚の交わり」であり、最強なる「異体同心」の連帯であります。
 私は、皆さんの健康と幸福と勝利を、一生涯、祈り、永劫に見守り続けてまいります。
 どこまでも共に希望の前進を続けゆく不二の命の皆さんに――
 
 永遠に
  勝利の誓いの
   君と我
   生命の讃歌で
    地球を包まむ

 と贈り、お祝いのメッセージといたします。
 わが愛する卒業生、万歳! ご家族、万歳!(大拍手)
2016-05-07 : スピーチ・メッセージ等 :
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創価学園東京校46期生 関西校41期生卒業式へのメッセージ

創価学園東京校46期生 関西校41期生卒業式へのメッセージ
                        (2016・3・16 創価学園東西キャンパス)

 創価学園の卒業式が16日、東京・関西の各キャンパスを音声と映像でつなぎ、晴れやかに開催された。創立者の池田名誉会長は和歌とメッセージを寄せ、栄光の未来へ新たな一歩を踏み出す友を最大に祝福。青春の誓いを胸に「感謝の心光る学びの道」「友情讃歌の轟く平和の道」「不屈の勇気に燃える勝利の道」を粘り強く進みゆこうと呼び掛けた。同日、札幌創価幼稚園の卒園式も開かれた。

創立者のメーッセージ

世界平和の使命を継ぐ君たちよ 負けじ魂を貫く正義の走者たれ
感謝 友情 勇気 胸に学び抜け
苦難にも諦めず支え合い前進を
執念の努力で勝利の頂へ


 一、世界のどこよりも、明るく、清々しく、誇りも高き卒業、誠におめでとう!
 私は全員と、がっちり心の固い握手を交わしながら、一切を見つめております。かくも見事に大成長してくれた、わが卒業生たち一人一人の栄光の未来に思いを馳せ、無限の夢と希望を広げております。
 ご家族の皆様方にも、心よりお祝い申し上げます。誠におめでとうございます。

親孝行の決意を
 一、いつもいつも、君たちと一緒に歌い上げてきた「負けじ魂ここにあり」の歌詞に、「進め 我が君 この道を」という一節があります。
 胸を張って新たな一歩を踏み出す皆さんと共に、きょうは、我らの進む「この道」を、3点にわたって確認し合いたい。
 第1に、「感謝の心光る学びの道」であります。
 私たちの大切な友人に、オーストリアの女性リーダーで、ソプラノ歌手のサイフェルト博士がいます。博士は、今回、卒業する学園生の皆さんのことも、ずっと温かく見守り、ヨーロッパから祝福してくださっております。
 博士はしみじみと語られておりました。「私がこれまで達成したことは、どれ一つとっても、自分一人で成し得たことではありません」と。
 そして目の不自由な中、自分を育て上げ、歌を教えてくれた、ご両親をはじめ、自分を支えてくれている人たちの恩に、誠実に報いようとされています。
 皆の心を打たずにはおかない、博士の妙なる歌声には、深く美しき感謝の響きが託されているのであります。
 皆さんが晴れの卒業を迎えられたのも、苦労に苦労を重ねて学園に送り出してくださったお父さん、お母さんのおかげです。ご家族のおかげです。ここで、これまでの尽きせぬ感謝と、そして、これからのいよいよの親孝行の決意を込めて、お父さん、お母さんに大拍手を送りたいと思うが、皆さん、どうだろうか!(大拍手)
 また日本一の学園生を立派に薫陶してくださった先生方、職員の方々、さらに陰に陽に学園を守ってくださっている皆様に、私からも厚く御礼を申し上げます。
 「感謝」とは、人間性の真髄です。その心は、「学ぶ」という、同じく人間性の真髄と一体となって、人生を限りなく高めてくれる二つの翼であります。
 東洋の大先哲は、なぜ学問をするのか、それは智慧を習い究めて、最高の人格を開き、恩ある人々を、皆、幸福に導いていくためであると示されております。勉学と人生の極意が、ここにあります。
 もちろん、焦ることはありません。今は、じっくりと学び、力をつけて、根を張り、幹を鍛える時です。「じっとこらえて今に見よ」と、父母も、皆も仰ぎ見る、偉大な大樹と育って、民衆の大地に恩返しを果たしていただきたいのであります。

「一人」を大切に
 一、第2に申し上げたい「この道」は、「友情讃歌の轟く平和の道」です。
 先月、関西校を訪問された、中国・大連芸術学院の王賢俊理事長は、凜々しき学園生との出会いを喜ばれながら、語られておりました。
 「平和への道は、まず、一人と一人との友情から始まります。一対一の友情をつくれば、世界は平和になると確信します」と。
 私も同じ信念で、いずこの国に行っても、一対一の友情を結び広げてきました。
 平和がどんなに遠くとも、嘆いているだけでは何も変わらない。一人の人を大切にし、一人の友をつくれば、そこから突破口を開き、平和の波動を起こせます。
 わが創価学園には、「生命の尊厳」「人格の尊重」に則った、深き友情の伝統があります。君たちには、共々に崇高な誓いを果たしゆく一生涯の友がいます。
 残念ながら、社会には、醜い悪意や嫉妬や嘘なども渦巻いています。ゆえに、誑かされても、惑わされてもならない。だからこそ、正義の青年は、断じて強く賢く鋭く、善良な人々の連帯を厳然と守り、拡大していかなければなりません。
 どうか、君たち学園生は、心広々と世界の友と明るく友情讃歌を轟かせながら、「希望の光」「平和の光」で、地球を照らし、人類を結び合っていってください。創価の誉れの世界市民として、語学にも一段と自分らしく挑戦をお願いします。

何度でも挑戦!
 一、第3の「この道」とは、「不屈の勇気に燃える勝利の道」です。
 「カリブ海の真珠」と呼ばれるキューバを、私が訪れて今年で20年になります。かつて中国やロシアを初訪問した時と同じように、多くの反対がありましたが、私は、皆さんが続いてくれる未来の道を、あえて大胆に開いたのです。
 このキューバの「独立の大英雄」ホセ・マルティは、19世紀の後半、皆さんと同じ年代で正義と人権を守る言論の大闘争に立ち上がりました。迫害を受ければ受けるほど、いやまして情熱を燃やして学び抜き、民衆の自由と尊厳を勝ち取るために、命を賭して歴史を転換していったのです。
 このマルティは叫びました。「高きにしかと目を据えれば、イバラの道も、砂利の道も、旅人の心を乱すことはありません」(青木康征・柳沼孝一郎訳『ホセ・マルティ選集第2巻』日本経済評論社)と。
 使命が大きいゆえに、皆さんの前途には、幾多の苦難が立ちはだかるでしょう。時には、つまずいたり、倒れたり、迷ったりすることも、あるかもしれません。
 しかし、君たちには、この学園で見定めた「王者の山」がある。「理想の峰」がある。「栄光の旗」がある。くじけず、へこたれず、あきらめず、良き学友たちと、支え合い、励まし合って、一歩また一歩、不屈の勇気で前進していただきたい。
 人生は長い。勝負は途中では決まりません。目先のことで一喜一憂する必要もない。何があろうと、何度でも立ち上がって挑戦し、朗らかに執念の努力を貫き通した人が、必ず晴れ晴れと勝利の頂に到達できるのです。
 一、私と君たちとは、ほぼ70歳の開きがある。世界平和への使命のバトンを私から受け継いで、21世紀の先頭に立って22世紀へと力走してくれる、正義の走者こそ、君たちです。どうか、私と不二の負けじ魂で、断固として「この道」を粘り強く勝ち進んでいってください。
 愛する君たちに――

 世紀をば
  託さむ後継の
    門出かな
   恐れず怯まず
    笑顔で勝ちゆけ

 と贈ります。
 わが宝の中の宝たる学園生、万歳! 本当におめでとう! 皆、元気で!(大拍手)
2016-05-07 : スピーチ・メッセージ等 :
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キルギス共和国 ウズゲン工科教育大学「名誉博士号」授与式への謝辞

キルギス共和国 ウズゲン工科教育大学「名誉博士号」授与式への謝辞(代読)  
                           (2016・3・13 創価大学本部棟)

 中央アジア・キルギス共和国の「オシ工科大学ムルズブライモフ記念ウズゲン工科教育大学」から、同大学初の「名誉博士号」が、創価大学創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に授与された。世界平和建設への長年にわたる尽力を讃えたもの。授与式は12日、アサンベク・アクマタリエフ学長、キルギス民族会議理事会のベックテミル・ムルズブライモフ理事長、キルギス・ロシア教育アカデミー学長補佐の伊藤広宣氏が出席し、東京・八王子市の創価大学本部棟で行われた。

 「私は若き日から、池田博士を世界的な哲学者として敬愛しておりました」
 「なぜなら、わが国の文豪アイトマートフ氏と池田博士との対談集『大いなる魂の詩』を読み、深く感銘を受けた一人だからです」
 ――アクマタリエフ学長はSGI会長との〝出会い〟をこう振り返る。
 同対談集のロシア語版は1994年に発刊。ロシア文学論やペレストロイカの歴史的意義、核時代と人類益などをテーマとした語らいは、教材として用いる大学があるほど、キルギスでは広く人々に読まれている。
 学長は続ける。
 「池田博士は〝人はいかに生きるべきか〟〝どのような世界を目指すべきか〟という命題について、自ら模範を示しておられます。ゆえに池田博士に、名誉博士号を授与できることは、誠に光栄なことなのです」
 キルギス南部のオシ州ウズゲン市に立つウズゲン工科教育大学。歴史的に、多民族が共存する同地域にあって、さらなる相互理解と繁栄の未来を築くべく、95年にオシ工科大学の分校として開校。2002年に現大学として出発した。
 高等教育学部と中等職業教育学部の2学部に、教育学・経済学・自然科学等の学科を設置。1500人を超える学生が学んでいる。
 SGI会長への「名誉博士号」の授与は、厳正な審査を経て、学術評議会の全会一致で決定されたもの。同大学で第1号の名誉博士である。
 アクマタリエフ学長はウズゲン出身の38歳。オシ国立大学を卒業後、ウズゲン工科教育大学の教員となり、学科長、副学長を経て昨年、現職に。若きリーダーとして大学建設に汗を流す。
 同大学に名を冠するムルズブライモフ氏は、キルギス国立科学アカデミー正会員で、これまで同国議会の教育学術委員長や大統領顧問などを歴任。
 現在は、キルギス民族会議理事会の理事長を務めている。
 ムルズブライモフ氏は、オシ工科大学の総長時代に、分校の設立に尽力。その後も、キルギス教育界の発展に貢献してきた。
 オシ国立大学の総長時代の2004年11月、池田SGI会長に「名誉教授」称号を贈り、その際、創価大学でSGI会長との出会いを結んだ。
 さらに10年8月にも、オシ人文教育大学とオシ農業大学の「名誉教授」称号授与式で再来日を果たした。
 今回、同氏はSGI会長との交友を述懐し、「池田先生との出会いは、生涯、忘れることができません。先生の一言一言が温かく、自然と心を開いて、語り合うことができました。池田先生は私にとって、家族のような存在です」と親愛の情を語った――。
 キルギス共和国の国歌で厳粛に始まった授与式では、ムルズブライモフ氏が登壇。
 「私たちの兄であり、友人である池田先生に対し、キルギスから再び、名誉学術称号を授与できることを、心からうれしく思います」と祝辞を述べた。
 その後、アクマタリエフ学長が「授与の辞」を読み上げた。
 そして「名誉博士」の学位記が同学長から馬場創大学長に託されると、ひときわ大きな拍手が会場を包んだ。
 創大の田代理事長がSGI会長の謝辞を代読した。
 この日、アクマタリエフ学長に「創大最高栄誉賞」「創価友誼之証」、ムルズブライモフ氏に「創大教育文化賞」が贈られた。


アクマタリエフ学長の授与の辞

人々と調和していくため いかに生きるかを示した

 本日、私は、世界的なヒューマニストであられる池田大作博士に対して、キルギス共和国の地方高等教育機関の中でも先端を行く「オシ工科大学ムルズブライモフ記念ウズゲン工科教育大学」の高位の称号である名誉博士号を授与する栄誉に浴しました。
 池田博士は、SGI会長として、地球上の平和と安穏のために不滅の全人類的価値の拡大に献身的に尽力されている人物として、日本だけでなく、国外でも知られています。
 池田博士は、文化交流を通して、民族間や国家間の調和と相互理解、友情、協力などの価値ある目的を達成するために、創価学園、創価大学、民主音楽協会、東京富士美術館、さまざまな研究機関、文化施設を国内外に設立されました。
 世界各国における写真展の開催、詩や童話の創作、世界の一流大学での哲学に関する講演等、池田博士の多岐にわたる活動は、平和や寛容、民族間の友好などの思想の普及に大きく資するものであります。
 また、世界の著名な学者や哲学者、社会活動家、作家らと語り合い、人類が直面する喫緊の問題とそれに対する答えを探究し、多くの対談集を編んでこられました。
 そこから池田博士の深い思想や信念を理解することが私たち全てにとって、いかに重要であるかということを特に申し上げたいと思います。
 わがキルギスが生んだ偉大な作家であるチンギス・アイトマートフ氏との対談集『大いなる魂の詩』(『池田大作全集』第15巻所収)では、昔から存在し、世代を超えて人類を不安にさせているテーマが掘り下げられています。
 不安に満ちた今の世界において、全ての人々との調和のために、真の人間とはどう生きるべきかという優れた模範を示されている池田博士に、わが大学の名誉学術称号を授与することができ、心よりうれしく、また、誇りに思います。
 終わりに、親愛なる池田博士のご健康をお祈り申し上げるとともに、人生の全てにおいて幸あれと念願いたします(大拍手)。

SGI会長の謝辞

民衆と共に! 正義の人材山脈を
勝利の峰へ 勇気で進め
キルギスの格言「真の人間なら鋼鉄の如く強くあれ」
行動こそ幸福のスクラム広げる力
君よ人類のため学び抜け 挑戦の中で可能性は開花


 一、私は、今、詩心あふれる貴・キルギス共和国が生んだ20世紀の民衆詩人・トコムバエフ先生の至言を、しみじみと思い起こしております。
 それは、「友情の法則に従い、我らは強靱となる。世界に、友情ほど確実なものは断じてない」という言葉であります。
 私たちが、偉大な教育者であられるムルズブライモフ博士を創大祭・白鳥祭にお迎えしたのは、12年前の秋でありました。以来、博士と結んだ、かけがえのない黄金の友情は、いよいよ輝きを増しております。とともに、博士との友情によって、貴国の学術教育界との交流は一段と大きく開かれ、次代の世界市民の連帯を幾重にも広げることができたのであります。
 このたびも博士は、若き英邁なアクマタリエフ学長、また、本学の誉れの卒業生である伊藤先生とご一緒に、新たな出会いを心広々と刻んでくださいました。
 光栄にも、本日、シルクロードの要衝たるキルギス共和国に輝く知性の殿堂・ウズゲン工科教育大学より、私は最上に意義深き名誉博士の学位を賜りました。
 この栄誉を、私は、わが不二の創大生、短大生をはじめ、全世界の創価後継の青年たちと一緒に、人類を結ぶ友情と平和のシルクロードを、さらに開きゆく決意を込めて、謹んで拝受させていただきます。誠に誠に、ありがとうございました。
 尽きせぬ感謝を込めて、ここでは貴国の偉大な精神性に学びつつ、未来を照らす「人間教育」の指標を3点、確認させていただきたいと思います。

一歩を踏み出す

 一、第1に、「きょうも学びの一歩を! 自身と人類の生命の潜在力を開発せよ」ということであります。
 貴大学が屹立するウズゲンは、中世よりカラ・ハン朝の都として繁栄し、ロマン薫る偉大な文化を創出してこられました。
 さらに、貴国で名高い、良質な米を産み出されていることでも知られております。
 この悠久にして、豊穣なる「文明の十字路」にあって、青年の生命の大地を耕し、無窮の英知と創造力を引き出しておられるのが、貴・ウズゲン工科教育大学なのであります。
 千年の昔、キルギスの大詩人・バラサグンは、「知恵とは、歓喜の中の歓喜なり。それは、行動によって、正義となり、幸福をもたらす」と謳い上げておりました。
 尊敬してやまないムルズブライモフ博士は、まさしく、この歓喜あふれる「知恵」と「正義」と「幸福」の人間教育のスクラムを、若き日から、たゆまず拡大してこられたのであります。
 博士は、ご自身の尊い尊い苦学の経験を踏まえられながら、温かく学生たちを支援し、力強く「生涯学習」のエールも送り続けておられます。
 ――一人一人がまだまだ「開発しきれていない潜在力」を秘めている。命ある限り、開かれた心で、いつでも何かを学んでいこうではないか、と。
 生命を蹂躙する暴力が渦巻く現代世界にあって、学ぶことそれ自体が、自身と人類の生命を信じ、守り、いやまして尊厳ならしめていく挑戦であるといっても、決して過言ではありません。
 ゆえに、私たちは、教師も学生も一体となり、世界の友と手を携えながら、きょうも、生き生きと張り切って、学びの一歩を踏み出していこうではありませんか(大拍手)!
 一、第3に申し上げたいのは、「民衆と苦楽を共に! 正義の人材山脈を築きゆけ」という点であります。
 私の大好きな貴国の箴言に、「魚の一生は湖と共に 勇者の一生は民衆と共に」とあります。
 私が深く感銘するのは、貴大学で薫陶された英才たちが、愛する郷土をはじめ、社会でも、世界でも、民衆奉仕の活躍をなされていることです。
 幾たびとなく語り合い、対談集を発刊した貴国の信念の大知性・アイトマートフ先生が語られていた一言が、私は忘れられません。
 それは「才能とは責任感の異名なり」と。
 大学では、何のために学ぶのか。
 大学で身に付けた英知は、誰のために使うのか。
 あくまでも、「民衆の幸福」のためであります。
 この責任感に徹する時、真実の才能は行き詰まることなく、十全に発揮されるのでありましょう。
 私が何よりもうれしいことは、わが創価教育の出身者が、毀誉褒貶の風などに紛動されることなく、それぞれの使命の道で、民衆と苦楽を共に断固として奮闘を貫いてくれていることであります。
 共々に「正義の人材山脈」を築きゆく創価同窓の友に、私は、トコムバエフ先生の獅子吼を贈りたい。
 すなわち「私は民衆の幸福を謳う、その幸福を守りゆくために! そして、敵の砲弾には、山となって立ちはだかり、精神の力によって、この民衆の幸福を守り抜くのだ」と。

忍耐は黄金なり
 一、第3として、「不屈の勇気で前進を! 粘り強く勝利の峰を制覇せよ」と申し上げたい。
 幾多の文明の栄枯盛衰を越えて、誇り高く生き抜いてこられたキルギスの民は「不屈の精神を具えた民族」と賞讃されています。
 格言の宝庫たるキルギスには、「忍耐――それは黄金なり」とも、「正真正銘の人間であるならば、鋼鉄の如く強くあれ」ともあります。
 ムルズブライモフ博士も、「強靱なる鋼鉄」という素晴らしい意義のお名前を持っておられます。
 あの東日本大震災より5年、わが東北の友は、まさに「鋼鉄」の如く不屈の精神で、復興に進み抜いてこられました。
 きょうは、東北から、わが大学に学び、希望の旭日の光を放ってくれている皆さんも出席してくれております(大拍手)。
 本当にありがとう! 送り出してくださった、ご家族にもくれぐれもよろしくお伝えください。
 アクマタリエフ学長は、常々、愛する学生たちに対して、「ひとたび始めたら恐れるな!」と励まされ、「あらゆる障害を乗り越えて、すべてを勝ち取れ!」と勇気づけておられます。
 創価の負けじ魂とも響き合っております。
 貴国の大空高く聳え立つ天山山脈の最高峰は、その名も「勝利峰」。「勝利の峰」であります。
 我らは、友のため、父母のため、社会のため、そして、人類の未来のために、敬愛するキルギスの青年たちと共々に、断固として青春と人生の「勝利の峰」へ、邁進していこうではありませんか!
 一、ウズゲンの天地には、貴国の伝説の大英雄・マナスの像が立ち、若人の前途を見守っています。
 終わりに、世界の宝の叙事詩「マナス」の一節に、私たちの心意気を託させていただきます。
 「前進する者は勝利する。
 勇敢なる者は立ち止まってはならない。
 勇敢なる者は断じて勝利するのだ。
 勇敢なる者を勝利の喇叭が呼ぶ。
 勇敢なる者を前進させよう!」と。
 キルギス共和国、万歳! ウズゲン工科教育大学、万歳! と叫び、私の謝辞とさせていただきます。
 チョン・ラフマット!(キルギス語で「誠にありがとうございました!」)(大拍手)
2016-05-07 : スピーチ・メッセージ等 :
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世界広布新時代第16回本部幹部会へのメッセージ

「世界広布新時代第16回本部幹部会」「全国壮年部幹部会」「関東総会」 
                      (2016・2・27 さいたま市 埼玉文化会館)

 「世界広布新時代第16回本部幹部会」が27日午後、「全国壮年部幹部会」「関東総会」の意義を込め、さいたま市の埼玉文化会館で盛大に開催された。これには、原田会長、長谷川理事長、永石婦人部長、分部関東長、洲崎同婦人部長をはじめ各部の代表が、15カ国・地域の友と出席。関東5県14会場と中継を結んで行われた。池田SGI(創価学会インタナショナル)会長は和歌とメッセージを寄せ、異体同心の友の前進を最大に賞讃。かつて埼玉婦人部に「地道乃 人生に 最高の幸あり」と書き贈ったことを紹介するとともに、地域社会に「幸福の花」「人材の花」「平和と文化と教育の花」を爛漫と咲かせゆこうと呼び掛けた。

メッセージ

祈り動き語り 人類共和の大連帯を 幸福と人材の花を爛漫と咲かせゆけ
一歩を踏み出せ! 一人と語れ!
我らは未来永遠の誓願の同志


 一、この1月、幾重にも思い出深き埼玉文化会館を、妻と訪問できました。
 皆の真心で荘厳された創価の会館は、それぞれの国土を勝ち栄えさせてゆく、友情と和楽の城であり、哲学と文化の城です。安穏と福運の城であり、正義と人材の城です。 
 本日は、「広布の旗」翻る、愛する埼玉の法城に、大関東をはじめ、日本全国と世界の異体同心の友が集い合いました。
 私と妻の心は、きょうも、ここ埼玉文化会館にあります。関東の各会館の皆さん方とも、心は一つです。
 晴れがましい関東総会、また、意気軒昂の全国壮年部幹部会、さらに、団結みなぎる本部幹部会、誠におめでとう!(大拍手)
 尊き研修のカナダ・ニュージーランドの皆さん、ペルー・パラグアイの皆さん、ヨーロッパ青年部の皆さん、台湾の皆さん、マレーシアの皆さん、そして韓国の皆さん、ありがとう! 本当にありがとう!(大拍手)

「3・16」を前に
 一、あの忘れ得ぬ「3・16」の広宣流布の後継の儀式を前にして、恩師・戸田城聖先生が、しみじみと拝されていた一節があります。
 それは「御義口伝」に記された「霊山一会儼然未散」(御書757㌻)という文です。法華経が説かれた霊鷲山の会座は、いまなお厳然として散らず、永遠に常住しているとの意義であります。
 戸田先生は戦時中の法難の牢獄で、その極理を覚知され、そして、日蓮大聖人が宣言なされた「地涌の義」を現実の上に現し、生涯の願業である75万世帯に及ぶ陣列を呼び出されたのです。
 戸田先生は言われました。
 ――わが学会員は皆、霊山一会に共にいた誓願の同志であり、家族である。この久遠の会座は、生死を超えて、未来永遠にわたって続いていく。
 我らは、地涌の菩薩として、どこまでも共々に、娑婆世界で立正安国を推し進め、一閻浮提の広宣流布を成し遂げていくのだ、と――。
 広宣流布のために、労をいとわず「一歩」を踏み出す地道な行動が、どれほど大きく希望の道を開くか。
 立正安国のために、勇気を出して「一人」と語り合う地道な対話が、どれほど深く幸福の仏縁を結ぶか。
 以前、埼玉の全婦人部の皆さんから、発心光る署名アルバムを届けていただいた折、私は御宝前にお供えして題目を唱え、色紙に書き贈りました。
 「地道乃 人生に 最高の幸あり」と。
 今、埼玉文化会館の恩師記念室に展示されています。
 創価の最前線の母たち、また父たちほど、法のため、友のため、社会のため、来る日も来る日も、コツコツ、コツコツと尽くしている方々が、一体、どこにいるでしょうか。
 不軽菩薩が悪口罵詈にも屈せず、どんな人にも仏の命があると語りかけた如く、わが同志は何があっても、あきらめず、へこたれず、法華経の最極の仏道修行に徹し抜いている。地道だから、決して揺るがない。断じて負けない。これが、学会の強さであり、深さです。
 東日本大震災より5年――。
 この創価の負けじ魂の真髄を示し切って、心の復興を果たしている大東北の誇り高き凱歌の友に、皆で大拍手を送ろうではありませんか!(大拍手)

妙法の種を
 一、御聖訓には、「然どもいまだこりず候 法華経は種の如く仏はうへての如く衆生は田の如くなり」(同1056㌻)と仰せであります。
 闘諍言訟の末法であるゆえに、時代は乱れ、濁っている。荒れ果てた衆生の「心の大地」を蘇生させることができるのは、大聖人の正統の我らしかいません。
 いよいよ「いまだこりず候」と、祈りに祈り、動きに動き、語りに語り、「妙法の種」を蒔いて、そして、身近な地域社会にも、壮大な地球社会にも、「幸福の花」「人材の花」「平和と文化と教育の花」を、爛漫と咲かせゆこうではありませんか! 
 一、法華経の「霊山一会」とは、あらゆる差異を超え、久遠元初の誓いで結ばれた、仲睦まじく、清く楽しい究極の世界市民の大連帯です。
 すなわち、最高に晴れ晴れとした「人類共和」の我ら創価家族の世界です。
 その中心に輝く「太陽の婦人部」の皆さん、また「共戦の壮年部」の皆さん、そして、「後継の青年部・未来部」の皆さんの健康と栄光を心から祈りつつ、記念の和歌を贈ります。
  
 常勝の
  旗をば胸に
    三世まで
   共に進まむ
    楽土を築きて
  
 どうか、皆さん、お元気で! 一生懸命に題目を送ります(大拍手)。
2016-05-07 : スピーチ・メッセージ等 :
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農漁村ルネサンス体験主張大会へのメッセージ

農漁村ルネサンス体験主張大会へのメッセージ   (2016・2・6 新宿区常勝会館)

今月17日は「農漁光部の日」。この日を記念する第20回農漁村ルネサンス体験主張大会が6日、東京・新宿区の常勝会館(本部第2別館内)で行われ、同部の代表が参加した。
 大会には、池田SGI会長がメッセージを寄せ、「一切の根本である『食』を育み、『命』を養う農漁業の営みは、人知れず、そして労苦をいとわずに、自らの心血を注ぎゆく究極の聖業であります」と、農漁業に従事する友をたたえた。
 山口県の岡村淳一郎さんが「未来を開くアジ船団の若き船長」、香川県の土居加代子さんが「私のオリーブは世界ブランド」、長野県の野村利彦さんが「人生かけた『ノムさんのトマト』」と題してそれぞれ体験発表。会場は共感の大拍手に包まれた。
 原田会長は「自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」(御書761㌻)を拝読。わが使命の天地で、人間革命のドラマをつづり、自他共の幸福を築きゆこうと念願した。


メッセージ

「食」を育み「命」を養う究極の聖業

  日本列島を明るく結び、そして希望の未来を開きゆく農漁村ルネサンス体験主張大会、誠におめでとうございます(大拍手)。
 ご多忙の中、全国の中継会場にご臨席を賜りました諸先生方、ご友人の方々に心より御礼申し上げます。本当に本当にありがとうございました。
 素晴らしい主張を発表してくださる皆さん方、また陰で大会を支えてくださっている皆さん方も、感謝に堪えません。
 愛する東北の同志の心意気を起点とする、この大会も、おかげさまで、今や全国35万人以上の方々が参加され、旭日のごとく地域を照らし、社会を照らす〝日本最大級の農漁村の集い〟となりました。
 一切の根本である「食」を育み、「命」を養う農漁業の営みは、人知れず、そして労苦をいとわずに、自らの心血を注ぎゆく究極の聖業であります。
 私も海苔屋の息子です。少年時代に、真冬の東京湾での海苔作りを手伝った思い出を、今も掛け替えのない宝としております。
 わがふるさとでは、どんな寒風の日のつらい労作業であっても、決して「寒い」とは口にしませんでした。あえて朗らかに「今日は、いいあんばいですね」と声を掛け合い、ねぎらい合ったのです。海が冷たければ冷たいほど色つやのよい、おいしい海苔ができると考えられていたからです。
 時を超えて、今も農漁業を貫く、誇り高き「負けじ魂」と麗しいチームワークに、私は最大の敬意と感謝を表したいのであります。
 今、私たち創価の連帯は、世界五大陸の102カ国・地域に広がりました。そして、いずこにあっても、生命尊厳の仏法の哲理を実践しながら、農漁業に取り組んでいる誉れの同志がおります。
 先月は、イタリア全土の22会場を映像で結び、歓喜の大会が盛大に開かれました。その中心会場となった私どものミラノの会館は、いにしえ、緑したたる農場が広がっていた天地です。現在、16世紀の建物を修復した事務所や近代的な講堂が立つ敷地の前には、万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチが設計に携わったとされる運河が、ゆったりと流れております。
 経済の難局が続く時代にあって、私の友人たちも激闘を重ねておりますが、その中で、力強い成長産業として、イタリア社会の活力となっているのが、農林水産業であると伺いました。
 聞けば、戦後の急速な発展のなかで、イタリアの村は、日本以上に、深刻な過疎化が進み、街は荒んでしまったといいます。
 そうした中で、地域の自慢の食材や美しい景色、伝統の建物などを大切に生かして、新しい田舎の魅力をつくろうと、手作りの運動が起こりました。
 当初は「無謀だ」と批判されましたが、地道な訴えの積み重ねで、だんだんと理解が拡大していきました。やがて、国レベルの取り組みとなり、世界から観光客が訪れる憧れの田園風景が、見事に築かれていったのです。
 この創造的な挑戦においては、何といっても女性の活躍が際立ち、さらにうれしいことに、多くの若者が希望を見いだしているといいます。
 ファシズムと勇敢に戦い、地球環境を守る先駆を切った、ローマクラブ創立者のペッチェイ博士も、私との対談で、こうした草の根の運動を高く評価されていたことを、懐かしく思い起こすのであります。
 昨年のミラノ万博では、和食を紹介する日本館に長蛇の列ができました。また先日は、3年連続で日本の農林水産物・食品の輸出額が過去最高になったと発表されました。今、世界の熱い視線が、安全でおいしい日本の食に注がれる時代となったのです。
 なかんずく、青き地球を包む壮大なスケールで、女性力・青年力を発揮し、知恵と創意工夫を重ねゆく、わが農漁光部の皆さんと大切な友人の方々こそ、生命共生と地域復興の新時代を切り開く〝ルネサンス〟の主役である!――私は、そう確信してやみません。
 課題は、あまりにも多いでしょう。しかし、だからこそ、私たちの農漁業の未来には、無限の沃野が開かれております。
 古代ローマの哲人セネカは、“賢者との出会いが、何より必要である”と叫びました。
 大地を踏みしめ、大海原を見つめながら、最極の人生を生きゆく賢者が集い合う今日の会合が、大いなる知恵を分かち合い、新たな船出の機会となることを念願し、記念のメッセージとさせていただきます。
 「生命の世紀」の先頭を照らす、平和の太陽のスクラム、万歳!(大拍手)
2016-05-07 : スピーチ・メッセージ等 :
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戸田平和研究所の国際会議へのメッセージ

戸田平和研究所の国際会議へのメッセージ     (2016・2・6)

戸田記念国際平和研究所(オリビエ・ウルバン所長)の創立20周年を記念する国際会議が6日から8日まで、東京都内で行われた。同会議に寄せられた創立者・池田SGI会長のメッセージを掲載する。

メッセージ

  一、どの民族も、いかなる国の人々も犠牲にならずに、ともに平和と幸福を享受できる世界を築かねばならない――。
 私の師である、創価学会の戸田城聖第2代会長の忘れ得ぬ叫びであります。
 1996年2月、私は、この「地球民族主義」をはじめとする戸田会長の思想を原点として、師の名を冠した平和研究所を設立いたしました。
 その発足にあたって呼び掛けたのが、人類が直面するさまざまな課題を解決する道筋を探るために、それぞれのテーマごとに「研究協力のネットワーク」を形成し、世界の英知を結集するアプローチであります。
 以来、20年間にわたり、本日ご臨席の諸先生方をはじめとする、世界の多くの学識者の方々のご支援、ご協力を賜る中、国連の強化、核兵器の廃絶、軍縮、紛争解決、人間の安全保障、多文化社会、食糧問題、気候変動など、時代の喫緊の課題をテーマにした会議を開催してまいりました。
 こうした共同研究を通じて、国や民族、宗教の垣根を越えての「対話」の道を開いてきましたが、世界で今、戦後最悪といわれる難民問題に凝縮された形で現れているように、紛争の長期化や排他主義の高まりといった「戦争の文化」に歯止めをかけることは、平和研究にとっての一大焦点であるのみならず、人間の良心を糾合して取り組むべき急務であると思えてなりません。
 その意味で今回、キリスト教、ユダヤ教、イスラム、仏教を背景とする研究者、運動家、宗教者が一堂に会し、各地で広がる「暴力と憎悪の連鎖」を乗り越え、世界に「平和と人道の潮流」を高めゆくために、宗教、また信仰を持った個々人がどのような役割を果たしていけるのかについて探究する意義は大きく、会議の成功を心から願うものであります。

具体的な提案は平和実現への柱
 一、「新しい文明を生み出し、それを支えていくべき未来の宗教というものは、人類の生存をいま深刻に脅かしている諸悪と対決し、これらを克服する力を、人類に与えるものでなければならない」(『21世紀への対話』、『池田大作全集第3巻』所収)
 これは、20世紀を代表する歴史家、アーノルド・J・トインビー博士が、私との対談の中で述べておられた言葉であります。
 トインビー博士が、この諸悪として、「貪欲」などとともに挙げていたのが、「戦争と社会的不公正」でありました。
 長い歴史の中で多くの宗教が平和を希求しながらも、時として対立を助長するような要因となったケースがあったことは否めません。
 しかし博士は、その事実を踏まえつつも、歴史をさらに紐解いていくならば、宗教が平和裡に共存していた事例がいくつもみられることを指摘しつつ、宗教が人間の善性を薫発し、諸悪を乗り越える道を開く可能性に期待を寄せていたのです。
 トインビー博士の歴史観の核心が、「挑戦と応戦」というテーマにあったことはよく知られますが、かつて、特に宗教に焦点を当てながら、次のような問題提起をしていたことが、思い起こされます。
 宗教が本来求められる役割を発揮するためには、それぞれの宗教が「もう一度自己に忠実にならなければならない」(『現代が受けている挑戦』吉田健一訳)と強調した上で、具体的な課題として、以下の三つの変化が求められると提起していたのです。
 第1は、「お互いに対する態度と行動を、敵意と敵対から愛と協力に変えなければならない」こと、第2は、「実際的な方法で、各時代の重大な問題に関与しなければならない」こと、第3は、「制度、教義、教えの永久に変わらぬ本質から、長い歴史のうちに本質を覆い隠してしまった非本質的な付着物を取り去らなければならない」ことであります。
 一、この問題提起を受けて、私が宗教者としての立場から申し述べたいのは、博士の言う第2の課題――すなわち、時代の重大な課題に対し、自らの信仰に照らして行動を起こすことを起点に据えていけば、第1の課題や第3の課題と向き合う道も、おのずと浮かび上がってくるのではないかということです。
 私自身、一人の仏法者として、その問題意識を念頭に置きつつ、行動を重ねてまいりました。師の戸田会長が語った、「人類の平和と進歩のためには、具体的な提案をすることが大切である」「具体的な提案は、実現への〝柱〟となり、人類を守る“屋根”ともなっていく」との言葉を胸に、現代の諸問題を乗り越えるための方策を探究し、毎年の記念提言で発表してきました。
 また、人類を取り巻く危機を打開し、次の世代に希望の未来をつないでいきたいとの思いで、さまざまな思想的な背景をもった各国の識者の方々との対話を続け、友好と連帯を深めてきました。そして、その一つ一つの対話を通じて、自らが信仰する仏法の本質とは何かを見つめ直してきたのであります。
 一、折しも国連では昨年9月、2030年に向けての新しい国際目標となる、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されました。
 そこでは、世界が直面する課題の解決に臨むにあたって「誰も置き去りにしない」との誓約を掲げるとともに、その冒頭に「平和」と題する一節が設けられ、次のように宣言されています。「我々は、恐怖及び暴力から自由であり、平和的、公正かつ包摂的な社会を育んでいくことを決意する」
 誰も置き去りにすることなく、すべての人々が平和に生き、尊厳を輝かせていける世界を築くために、宗教が担うべき役割はますます重要になってきています。今回の会議で、その役割を力強く発揮するための要件が掘り下げられ、21世紀の世界への指標が発信されていくことを願ってやみません。
 最後に、ご臨席の諸先生方のますますのご健勝とご活躍を心から念願し、私のメッセージとさせていただきます。
2016-05-07 : スピーチ・メッセージ等 :
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ホセ・マルティ生誕163周年記念 第2回国際会議へのメッセージ

ホセ・マルティ生誕163周年記念 第2回国際会議へのメッセージ
                           (2016・1・25 ハバナの国際会議場)

キューバ共和国の国民的英雄ホセ・マルティの生誕163周年を記念する第2回国際会議「すべての人々とともに、すべての人々のために」(主催=同会議組織委員会、後援=ユネスコほか)が25日から28日(現地時間)まで、首都ハバナの国際会議場で盛大に開催された。これには、同国のミゲル・ディアス・カネル国家評議会副議長や、ウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領をはじめ世界51カ国の識者ら約750人が出席。池田SGI(創価学会インタナショナル)会長は、同会議組織委員会の要請に応え、連帯のメッセージを贈り、マルティが強調した「人間の尊厳」を文明の指標にと呼び掛けた。28日に執り行われた閉幕式には、池田博正SGI副会長を団長とするSGI中米訪問団が列席した。

メッセージ

人類の未来を照らせ! 太陽の如き不屈の楽観主義で

 キューバ共和国の「偉大なる精神の師父」ホセ・マルティの名を冠した、意義深き第2回国際会議の大成功を、心からお祝い申し上げます。
 敬愛するキューバの友として、また、崇高なるマルティの人間主義に共鳴する一人として、平和と連帯のメッセージを贈らせていただきます。
 1996年6月、私は、貴国を訪れ、フィデル・カストロ前国家評議会議長をはじめ多くの方々とお会いし、文化・教育の交流を結ばせていただきました。
 それは、指導者はもとより、一人一人の市民や青年の心に生き生きと脈打つ「マルティの心」との出あいの旅であったといっても、決して過言ではありません。
 その後、光栄にも、ホセ・マルティ研究所所長のシンティオ・ヴィティエール博士と私は対話を重ね、対談集『カリブの太陽 正義の詩――「キューバの使徒 ホセ・マルティ」を語る』を発刊するに至りました。
 この対談集は日本語、スペイン語、英語で出版されております。人類の宝たるマルティの思想と人生をめぐって、世界の多くの方々、とりわけ若い向学の世代と共に学び、語らう魂の広場を、未来へ継続して分かち合えますことは、私にとって何よりの喜びであります。
 今回の会議では、125年前、マルティが建国の基本精神を明かした歴史的なスピーチのタイトルが掲げられています。
 「すべての人々とともに、すべての人々のために」と。
 何と簡潔明瞭でありながら、何と奥深く、気高い哲学が結晶している表現でしょうか。
 まさに、地球的問題群に挑む世界市民が共通の指標とすべき、21世紀文明の旗印なりと、私は感嘆するのであります。
 ここには、マルティが共和国の第一の原則と定めた「人間の品位に対する尊厳」が貫かれております。
 マルティは、人間生命が具える善性を、揺るぎなく信頼してやみませんでした。
 「民衆はすべて、共通の堂々とした、すばらしい何かを――空よりも広く、大地よりも大きく、星座よりも輝いていて、海よりも洋々としたものをもっています。それは人間の精神です」と。
 時代の混迷が深ければ深いほど、私たちは、マルティがいついかなる時も手放さなかった「人間の品位に対する尊厳」に立ち返って、一人一人の生命に秘められた、限りない智慧と力を、いよいよ解き放っていきたいと思うのであります。
 それを可能ならしめる翼こそ、マルティが見事に体現しているごとく、一つは「連帯への対話」であり、一つは「人間教育」ではないでしょうか。
 マルティは喝破しました。
 「人間を分けたり、限定したり、切り離したり、囲いに入れたりすることは、すべて人類に対する罪である」(エルミニオ・アルメンドロス著、神尾朱実訳『椰子より高く正義をかかげよ』海風書房)と。
 20年前、貴国へ第一歩をしるさせていただいた時、私の胸に響いていたのも、このマルティの獅子吼でありました。
 そしてまた、マルティは、「もっとも幸せな民衆とは、子どもたちによりよい情緒教育や思想知識を与えることのできる民衆である」と洞察しております。
 今、うれしいことに、貴国の誇る名門ハバナ大学と、私が創立した創価大学の学術・教育交流も、素晴らしい成果を収めていることを、ここに謹んでご報告申し上げます。
 教育を人生最大の事業と定めてきた私は、「すべての人々とともに、すべての人々のために」とのテーマに、なかんずく「すべての青年とともに、すべての未来のために」と加えさせていただきたいのであります。
 ともあれ、マルティの太陽のごとき不撓不屈の楽観主義は、「民衆が疲れても、決して諦めない人間たれ」と私たちを勇気づけてくれております。
 このマルティから託された勇気を、私たちは自らの信念の行動を通して世界の青年に示し、厳として受け継いでいきたいと願っております。
 東洋の英知の言葉に「人のために火をともせば、わが前も明らかになる」とあります。
 私も、尊敬する先生方と手を携えて、マルティが夢見た人類の平和と幸福の未来を、さらに明々と照らしゆくことを、ここにお誓い申し上げます。
 最後に、愛するキューバ共和国のますますの栄光とご発展、そして本日、ご出席のすべての皆さま方のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げ、私のメッセージとさせていただきます。
2016-05-07 : スピーチ・メッセージ等 :
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中等部結成記念大会へのメッセージ 

中等部結成記念大会へのメッセージ         (2016・1・17 東京戸田記念講堂)

結成51周年となる1・15「中等部結成記念日」を祝賀した中等部の首都圏大会が17日、巣鴨の東京戸田記念講堂で行われ、池田SGI会長がメッセージを寄せた。

メッセージ

愛弟子よ! 皆の成長こそわが誇り
大文豪ユゴー 「大きな苦しみは魂を大きくする」


 わが命、わが宝の、愛する中等部の皆さん! 晴れやかな結成記念大会、誠におめでとう! 真心あふれる担当者の方々にも、最大に感謝いたします。最も期待し、信頼してやまない皆さんと、一緒に肩を組んで、「正義の走者」を高らかに歌いゆく思いで、すべてを見守っております。
 日蓮大聖人は、正月のお手紙で、後継の若人が父母の信心を、より強盛に受け継いでいる姿を讃えられて、「青は藍より出でて藍より青く、氷は水より出でて水より冷たいようであると感嘆し、喜んでいます」(御書1554㌻、趣意)と仰せになられました。
 私にとっての何よりの誇りも、中等部の愛弟子の皆さん方が、ますます立派に成長してくれていることなのです。
 65年前の1月、私は、恩師・戸田城聖先生から頂いた本を読了しました。フランスの大文豪ビクトル・ユゴーの『九十三年』です。現在は、創価大学の中央図書館に所蔵されています。
 この『九十三年』に、忘れ得ぬ一節があります。それは、「大きな苦しみは、魂をとてつもなく大きなものにする」(榊原晃三訳)という言葉です。
 たとえ、いやなことや、つらいことがあっても、勇気を出して挑戦した分、人間は強く大きく成長できるのです。なかんずく皆さんには、どんな苦難も、断じて乗り越えていける題目があります。絶対に励まし合える同志がいます。断固と味方になってくれる良き先輩がいます。
 どうか、何があろうとも、負けじ魂を朗らかに燃やし、一日一日、粘り強く学びの努力を重ねて、偉大な自分自身を創り上げてください。そして人類の幸福と、地球の平和のために、思う存分、大活躍をしていただきたいのです。私も、皆さん一人一人に題目を送り続けます。
 世界第一の希望の中等部、万歳! 皆、親孝行を頼むね!
2016-05-07 : スピーチ・メッセージ等 :
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希望の虹 26 ノーベル賞を二つ受賞した ポーリング博士

第26回 ノーベル賞を二つ受賞した ポーリング博士            (2016.5.1付 少年少女きぼう新聞)

のびのびと学びの道を

 草や木が、いっせいに色とりどりの花を咲かせ、新しい葉をのばしていきます。
 みなさんも新しい気持ちで、授業で新しいことをたくさん習い始めていることでしょう。知らなかったことが、一つ一つ分かるようになると、とてもうれしいものです。これが発見の喜びです。
 この発見の喜びを、一生涯、大切にした、世界的な大科学者がいます。
 私が尊敬する、ライナス・ポーリング博士です。
 博士は化学という理科の分野で、世界中の役に立つ不滅の歴史を残されました。また、奥様と力を合わせ、世界平和にも貢献されています。
 私も何度もお会いし、科学や健康、平和のことを話し合ってきました。
 この5月3日で開学15周年となるアメリカ創価大学には、ポーリング博士夫妻の名前がついた建物があります。ポーリング博士のように偉大な人物が、次々と羽ばたくように、との願いがこめられています。
 博士は子どものころから、のびのびと学び、大人になっても、常に新しい気持ちで学び続けました。
 今回は、この尊い学びの道について、考えてみましょう

 ライナス・ポーリング博士は、1901年、アメリカ西部のオレゴン州で生まれました。私の師匠・戸田城聖先生(1900年生まれ)とは、1歳ちがいです。
 お父さん、しっかり者のお母さん、それに2人の妹がいました。小さいころから、麦畑で働く大人と話をしたり、チョウを追いかけたり、学校で野球やかくれんぼをしたりして、すくすくと成長していきました。
 ポーリング少年は、薬局で仕事をしているお父さんが、いろんな薬を取り出して、まぜ合わせたりするのを見るのも大好きでした。そうして、身の回りのいろいろなものに興味を持つようになります。さらに、本もたくさん読みました。お父さんの持っていた、ぶあつい本も次々と読み終えました。
 ところが、9歳の時、大好きなお父さんが、病気で亡くなってしまったのです。少年は深く悲しみましたが、お母さんや妹たちを支えなければいけないと思い、負けませんでした。
 本を買えないので、多くの虫や、きれいな石を集めては、図書館で昆虫や石の本を借りて調べました。そのたびに「もっと知りたい」という気持ちがわいてきて、これは何だろう、なぜだろうと考えるようになりました。
 ある寒い朝、列車に乗ろうとしていたポーリング少年は、冷え切った地面を歩き回った後、目をかがやかせて、お母さんに言いました。
 「歩いているとあまり寒くないのはなぜだかわかったよ。地面に足がついている時間が半分になるんだもの」
 自分が〝ふしぎだな〟と思ったことについて、ポーリング少年は、いろいろ考え、自分なりの答えを出しました。なかには、正しくない答えもあったことでしょう。
 でも、それでいいのです。正しい答えは、もちろん大事ですが、知らないことや新しいものに興味を持って、見たり、聞いたり、調べたり、考えたりすることは、それだけで、すばらしいことです。
 ある日、友だちが家で理科の実験を、まるで手品のように見せてくれました。ワクワクすることが起こる理科が、大好きになりました。
 働きながら高校に通い、さらに大学へ行きました。「私が青年時代に主に興味をもったのは、世界についてでききるかぎり学ぶことでした」とポーリング博士は言っています。
 そうやって、新しいことを知ろうと努力し続けるなかで、だれも説明できなかった物質の仕組みについて新発見をして、1954年にノーベル化学賞を受賞したのです。
 そんなポーリング博士にも、大きな失敗がありました。長い時間をかけて熱心に研究してきたことがあったのですが、その結果が、まちがっていたのです。それでも博士は、へこたれませんでした。研究を重ねて、世界中の学者たちから尊敬される、〝大博士〟となりました。
 さらに、博士は、科学の研究を戦争に使うことに反対し、平和のためにも働き続けました。そして、1963年にノーベル平和賞がおくられました。
 今まで、一人の研究や行動でノーベル賞を2回受賞した人は、ポーリング博士のほかにいません。
 私が博士とはじめてお会いしたのきは、1987年のことです。ある時、「頭のよくなる薬はありませんか」と聞いたことがあります。
 すると博士はニッコリされて、こう答えてくださいました。
 「やはり努力、努力しかありません。いかなる試練に直面しても、あきらめないで、自分は、やれば必ずできるという自信を持って、探求し抜くことです」
 まさに、博士の生き方どおりの答えでした。何があっても負けないで「学びの心」「挑戦の心」を持ち続けることが、何よりの〝頭のよくなる薬〟なのです。
 自分から学ぼうとする人が、勝利者です。自分らしく学び続ける人が、勝利博士・幸福博士です。

 1997年10月には、博士の息子さんで医師のポーリング・ジュニア博士が、ご家族の方といっしょに、私の創立した関西創価学園に来られました。
 そして学園生のみなさんに、〝一人一人が自分で考え、自分で決める力を持つことが大事です〟と話してくださいました。
 新しいこと、知らないことを学ぶといっても、むずかしいことではありません。自分ができることから始めればいいんです。
 たとえば、道ばたに花を見つけて図かんで調べれば、大発見です。
 本を読んで知らない言葉を見つけて辞典を開けば、大博士です。
 あしたの時間割を見ながら、〝どんな勉強をするのかな〟と教科書を開いたり、ノートやえんぴつを準備したりすることも、新しいこと、知らないことを学ぶ挑戦です。
 特に、予習をすることは、授業での理解を深め、自分で考える力をのばしてくれる、大事な取り組みです。
 今年は、未来部の英会話コンテスト「E-1グランプリ」に、少年少女部も参加できるようになると聞きました。語学博士へのチャレンジは、世界へのとびらを開きます。
 さあ、気持ちいい青空の下で、新しいことに挑戦してみよう!
 自分が知らない何かを見つけて、調べてみよう!
 ポーリング博士のように、のびのびと学びの心を広げながら!
 あきらめない挑戦の心を燃え上がらせながら!


※ポーリングの少年時代の言葉は、A・Serafini著『ライナス・ポーリング ─その実像と業績─』加藤郁之進監訳(宝酒造)から。参考文献は、テッド・ゲーツェル、ベン・ゲーツェル著『ポーリングの生涯 化学結合・平和運動・ビタミンC』石館康平訳(朝日新聞社)、村田晃著『ライナス・ポーリングの八十三年』(共立出版)、トム・ヘイガー著『オックスフォード 科学の肖像 ライナス・ポーリング』梨本治男訳(大月書店)ほか。
2016-05-07 : 希望の虹 :
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希望の虹 25 「赤毛のアン」の作者 モンゴメリ

第25回 「赤毛のアン」の作者 モンゴメリ  (2016.4.1付 少年少女きぼう新聞)

きょうも、朝の太陽はのぼる!

 希望の春がやって来ました。
 1年生のみなさん、入学おめでとう。進級したみんなも、新しい出発だね。朝の太陽とともに、1日1日を、元気いっぱいにスタートしよう!
 たとえ、くもりの日でも、雨がふっても、雲の向こうには、休むことなく太陽がのぼります。
 太陽が顔を出すと、明るくなり、あたたかくなって、花や木も、動物や虫たちも、元気になります。
 みなさんがさわやかに「おはよう!」とあいさつすることは、朝の太陽の光のように、ご家族や友だちの心を照らすのです。
 みなさんは、『赤毛のアン』という本を読んだことはありますか。悲しいできごとがあったり、失敗をしたりしても、朝になったら元気になって、太陽のように明るく生きた少女の物語です。カナダの女性ルーシー・モード・モンゴメリが書いたお話で、世界中で読まれ続けています。
 きょうは、朝の光とともに、『赤毛のアン』の世界に、行ってみようよ。
   *   *   *
 作者のモンゴメリは、1874年の11月、カナダの東部にあるプリンス・エドワード島で生まれました。モンゴメリがまだ2歳にもならないうちに、お母さんは病気にかかり、亡くなってしまいます。お父さんは、仕事で島をはなれたため、おじいさんとおばあさんに育てられました。
 両親がいないさびしさをなぐさめてくれたのは、島の美しい自然です。家の周りには、きれいな森や海や湖が広がり、小川が流れ、色とりどりの花が咲いて、動物たちもたくさんいました。モンゴメリは大好きな花や木、場所に名前をつけては、自然を友だちのように大切にして成長していきました。
 小学校の入学式の翌日のことです。モンゴメリは学校をちこくしてしまいました。だれにも気づかれないよう、こっそりと教室に入り、自分の席に、すわりました。
 しかし、大失敗! あわてていたので、ぼうしをかぶったままだったのです。それを見たクラスのみんなは、大笑い。モンゴメリは、あまりのはずかしさで、教室からぬけ出してしまいました。大人になっても、この日のことは忘れられませんでした。
 でも、そんな思いをしたからこそ、モンゴメリのお話には、自分のことがいやになったり、友だちのことがうらやましくて、さみしくなったりした子どもたちへの「はげまし」にみちています。
 その時はくやしいこと、いやなことも、長い人生の中では、必ず力になって、役に立っていくものです。すばらしい信心をもっているみなさんにとっては、なおさらです。大事なのは、何があっても負けないこと、失敗してもくじけないことなのです。
   *   *   *
 モンゴメリは本を読むのが大好きでした。家にある本は暗記するぐらい、何度も読みました。9歳のころから「日記」をつけ始め、楽しいこと、悲しかったことなど、何でも書きました。そして、作家になる夢を大きく育てていったのです。
 卒業したモンゴメリは、19歳の時、学校の先生となりました。作家になる夢を忘れられず、家に帰ると机に向かい、作品を書き続けましたが、なかなか進みません。
 そこで、朝1時間早く起きて、文を書くようにしました。冬はこごえるほど寒い部屋でコートを着て、ペンをにぎりました。やがて、少しずつ自分の作品が新聞や雑誌にのるようになります。そして33歳で『赤毛のアン』を出版することができたのです。
 モンゴメリは、夢に向かって朝一番に努力しました。来る日も来る日も、たゆまずのぼる太陽とともに、朝をがんばりぬいて、夢をかなえたのです。
   *   *   *
 『赤毛のアン』もまた、そんなすばらしい朝の出発のお話が、たくさん出てきます。
 ──物語のはじまり、小さい時にお父さん、お母さんをなくしたひとりぼっちの少女アンは、ある駅にいます。
 むかえにきてくれたのは、年老いたマシュウさん。妹のマリラさんといっしょに、農場の手伝いができる「男の子」を、しせつからもらうことにしていました。それが、いきちがいがあって、「女の子」のアンがくることになってしまったのです。
 マシュウやマリラもびっくりしましたが、一番悲しかったのは、アンです。自分が来たのはまちがいだったことを知って、食事ものどを通らないほどでした。
 しかし、次の日の朝、アンが目をさまして窓から外を見ると……。
 「朝だ。こんなにも気持ちよく晴れわたった朝だ。それの窓の外では、サクラの花が満開だ。悲しみの黒雲なんか吹きとばしてしまえ!」「朝があるってほんとにすばらしいことじゃない?」と、元気を取りもどしていくのです。
 木々も、花も、小川も、森も、朝のすべてが、アンをはげましてくれているように思えました。
 そんなアンを、マシュウもマリラも好きになって、いっしょに仲良くくらしていきます。そうしてアンは二人にとって、かけがえのない宝物になっていくのです。
 物語が進むと、アンがすばらしい成績で進級し、先生になるための学校の入学試験を受ける場面があります。
 アンは、算数が苦手でした。いよいよ、あしたはその試験の日です。アンは、自分に言い聞かせました。
 「あたしが幾何(算数)で失敗しようがしまいが、太陽は相変わらずのぼったり沈んだりするんだわ」
 そうです! 何があっても、太陽はのぼるのです。暗い夜のような、さみしく、つらい時がずっと続くように思えても、朝は必ずやってくるのです。
 だから、うまくいくかどうか心配するよりも、思い切ってやってみることです。うまくいかなかったら、また、挑戦すればいいんです。太陽が、またのぼるように!
   *   *   *
 『赤毛のアン』には、続きのお話が、たくさんあります。
 『アンの青春』という物語には、大人になったアンが、小さな村の先生になって、がんばる姿が書かれています。
 うまく教えられない自分がいやで、落ち込むアンを、マリラがはげまします。その真心のおかげで、アンは次の朝、晴ればれとしていました。そして、大好きな詩をうたいます。
  「朝ごとに、
  すべては新しく始まり
  朝ごとに、
  世界は新しく生まれ変わる」
 みなさんにも、毎日毎日、新しい朝が来ます。たとえ、きのうまで失敗続きでも、悲しいことがあっても、新しい朝が来て、新しい一日が始まるのです。
 「きょう」という一日は、まだ何も決まっていません。それどころか、自分でどうするか決めることができる、希望にみちた一日なのです。「きょうは、がんばるぞ」と心に決めれば、少し大変なことがあっても、その通りにしていくことができます。
 だから、まず朝を元気いっぱい出発しよう! 私たちには、その最高の元気を引き出せる勤行・唱題があります。
 勤行ができない時は、題目三唱でもいい。題目には、全宇宙に向かって、「おはよう」のあいさつをおくるような、すごい力があります。はつらつと、題目をとなえれば、エネルギーが満タンです。
 さあ、朝だ! 光だ! 希望だ!
 きょうも元気に飛び出そう!


※参考文献は、「険しい道 モンゴメリ自叙伝』山口昌子訳(篠崎書林)、モンゴメリ著『赤毛のアン』村岡花子訳(旺文社)、モンゴメリ著『アンの青春』松本侑子訳(集英社)、奥田実紀著『名作を生んだ作家の伝記 6 「赤毛のアン」の島で~L・M・モンゴメリ~』(文溪堂)ほか。
2016-05-07 : 希望の虹 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 5 民衆厳護の言論王

随筆 永遠なれ創価の大城 5            (2016・4・20付 聖教新聞)

民衆厳護の言論王

御聖訓「妙とは蘇生の義なり」―
不撓不屈の大九州たれ!

創刊65周年――世界に希望と勇気の師子吼を!
聖教と共に前進! 勝利の大叙事詩を綴れ


 このたび九州の熊本県、大分県で起こった大地震により、被災された全ての皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
 熊本地方、阿蘇地方、そして大分県……打ち続く地震に、眠れぬ夜を過ごされている方々を案じ、胸をかきむしられる思いです。
 また、南米エクアドルでも大きな地震があり、心を痛めております。
 日蓮大聖人は、「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か」(御書31㌻)と、「立正安国」の根本の祈りを示してくださいました。
 甚大な災難が、突然、人びとの絆を断ち切るが如く襲いかかる時、その試練をはね返すものは、我ら民衆の、何があっても共に守り合い、生き抜いていくという誓いであり、祈りではないでしょうか。
 自分も負けない。決して屈しない。とともに、苦しんでいる人を絶対に置き去りにしない。手を取り合い、支え合って、断固と乗り越えてみせる――この最も強く温かな心を燃え上がらせ、進んでくれているのが、愛する九州家族です。
 御聖訓には、「真実一切衆生・色心の留難を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり」(同1170㌻)と、厳然と仰せであります。
 色心を苦しめる、いかなる難にも怯まず、一つ一つ必ず打開していく原動力が、妙法の信心です。
 「妙とは蘇生の義なり」(同947㌻)です。不退の負けじ魂で、蘇生の希望の光を広げゆかれる同志に、私も、日々、懸命に題目を送っております。
 苦難に遭遇した時に、「師子王の心」を取り出し、最大の生命の底力を発揮して、一切の艱難の山を登り切ってみせる。これが日蓮仏法の極意であり、創価の師弟の誇りです。
 わが熊本の同志よ!
 わが大分の同志よ!
 世界一の勇気と同志愛で先駆する、わが大九州の勇者たちよ!
 断じて、負けるな!
 今こそ不撓不屈たれ!
 「未来までの・ものがたり(物語)なに事か・これにすぎ候べき」(同1986㌻)と謳われゆく「異体同心」と「変毒為薬」の凱歌の歴史を頼みます。

「人間主義」の旗
 今、あらためて思うことは、東日本大震災の時も、阪神・淡路大震災の時も、聖教新聞に報じられる同志の姿が、大きな勇気と希望の光となった事実である。
 未曽有の震災の中、「負げでたまっか!」「負けたらあかん!」と悲しみに耐え抜き、前進する能忍の魂。家族のため、友のため、地域のために行動し、励ましを送り続ける尊貴な姿。同苦の涙と汗を流しながら、懸命に救援活動、復興支援に奮闘し抜く勇姿――。
 いかなる大難にも壊されない「心の財」を持つ生命の光彩を伝えてきたのが聖教新聞である。
 4月20日は、この聖教新聞創刊の日――。
 1951年(昭和26年)、恩師・戸田先生の第2代会長就任に先駆け、広宣流布の闘争開始を告げる「吶喊(鬨の声)」の如く誕生したのだ。今年で65周年の歴史を刻んだ。
 戸田先生は、〝地涌の菩薩を旗頭として、その使命完遂のために聖教新聞は働くのである〟と宣言されている。
 聖教新聞は、「人間主義」の旗を掲げる新聞である。災害時などには、逆境の中で輝く人間の真価を、尊厳なる生命の宝として宣揚し抜いてきた。
 聖教新聞は、「立正安国」の言論城である。徹して民衆の側に立ち、正義と人道の連帯を広げる力となってきた。
 法華経には、地涌の菩薩の英姿を、「志固くして怯弱無し」「難問答に巧みにして 其の心に畏るる所無く 忍辱の心は決定し」(創価学会版法華経472㌻)と記される。
 まさしく聖教新聞は、この地涌の力用をもった言論紙なのである。
 「信念」の新聞であり、「勇気」の新聞である。「智慧」の新聞であり、「対話」の新聞である。「慈悲」の新聞であり、「堅忍不抜」の新聞である。その言論力で、広宣流布の大誓願を完遂していくのだ!
 1号また1号、今日もまた、明日もまた――。

新聞が結ぶ奇跡
 「毎日、新聞が出るということはそれ自体すでに奇跡であります」と言ったのは、チェコの作家チャペックであった。
 社会に巣くう悪、さらに暴虐非道のナチスなどに、「民衆新聞」の記者としてペンを武器に挑んだ勇者である。ゆえに、真実を追求し伝える新聞が読者の元に届くことが、いかに至難であり重大であるかを知り抜いていたのであろう。
 この〝奇跡〟というべき発展の歴史を、気高き同志の力の結集で、わが聖教新聞は歩んできた。その歩みは、今や1万9000号を超えた。
 日々、限られた時間の中で懸命に紙面を作り上げ、確実に読者のもとへ届けていく、編集、整理、電送、印刷、輸送、販売店など全ての方々の尽力の結晶である。
 最前線の躍動する息吹を伝えてくれる通信員の皆様の奮闘も光る。
 この熱き心のリレーのアンカーを、雨の日も、風の日も担われているのが、〝無冠の王〟たる配達員の皆様である。尊き陰徳に、「冥の照覧」は、絶対に間違いない。
 さらに聖教は、新聞長をはじめ幾多の同志、幾百万の読者の皆様に支えられている。
 聖教新聞は、労苦をいとわぬ全ての方々の心血が注がれた、広宣流布への正義の弾丸である。

世界市民の誕生
 本年2月、「セイキョウオンライン」が刷新され、約140カ国・地域で閲覧されていると伺った。
 また世界各地で、日本の聖教新聞や大白蓮華に当たる機関紙誌が刊行されている。その数は80以上にも上る。
 先のチャペックは、「世界市民は新聞を読むことから生まれた」とも言っていた。
 今、聖教新聞と姉妹紙誌を共感と対話の広場として世界に広がりゆく、平和・文化・教育のスクラム――それは、万人の尊厳性を確信し、「自他共の幸福」を願って行動する草の根のネットワークである。
 ここに、「新たな世界市民」の誕生の黎明を見るのは、私一人ではないはずだ。
 「聖教新聞を、日本中、世界中の人に読ませたい」と願われた恩師・戸田先生がどれほど喜ばれていることだろうか。

文字と言葉の力
 目覚ましい発展を続けるスペインSGIにも、機関誌「シビリサシオン・グロバル(地球文明)」がある。以前、その編集長を務めていたのが、カプート理事長である。
 彼は15年ほど前、来日した折に、念願だった聖教新聞の配達を、新宿婦人部の〝無冠の友〟に同行して体験した。
 「まるで宝物のように新聞を優しく抱きかかえ、同志の元へ。その姿が肌寒い早朝の大気を温めているかのようでした」――彼は、配達の感動を語っている。
 日々、一軒また一軒と、〝無冠の友〟が聖教新聞を届けてくださる真心は、そのまま広宣流布への「一対一の対話」の真心に通じていよう。
 大聖人が「仏は文字に依って衆生を度し給うなり」(御書153㌻)と仰せの通り、広宣流布は「文字の力」「言葉の力」で友に希望を送りゆく戦いであるからだ。
 相手の仏性を信じ、一人また一人と語りかける我らの勇気の対話こそ、大聖人のお心に直結した慈悲の行動である。
 大事なことは友の幸福を祈り抜くことだ。立正安国への誓願の祈りだ。その深き祈りを根本とした言論こそ、無敵の力なのである。

民衆の声は偉大

 私が欧州に初めて一歩を印したのは、55年前、デンマークの首都コペンハーゲンであった。
 この国で活躍された女性詩人・グレース博士と、私たちは深い友情を結んできた。博士の詩に、こうあった。
 「ささやかな一言が 世界を善く変えられる ささやかな一言が人間を善く変えられる」
 庶民が持つ変革の力を確信する博士の口癖は、「ふつうの人の声が大事なんです。ふつうの民衆を尊敬し、崇めるべきなのです」であった。
 わが同志の確信の言葉によって、どれだけの人が奮起し、苦しみから立ち上がってきたことか。
 日々の学会活動で紡がれる言葉一つ一つは、無上の価値を持つ。
 同じ言葉でも、発する人間の誠意で重みは変わる。いわんや友の幸福を願い続けた心が届かないはずはない。行動に裏打ちされた真心、言外にあふれる思いが相手の胸に染み入るからである。
 最も誠実な民衆の声、すなわち仏の声を、聖教は発信し続けるのだ。

越せぬ坂はない
 1981年(昭和56年)の師走――永久に忘れ得ぬ歴史がある。
 競い起こる三障四魔の迫害の嵐と戦い、必死に激闘する大分、熊本、そして福岡の同志の元へ、私は飛び込んでいった。
 大分で私が発表した長編詩「青年よ 二十一世紀の広布の山を登れ」を即日の作業で紙面に掲載し、日本全国の同志へ電撃的に伝えてくれたのは、聖教新聞であった。
 阿蘇の〝白菊講堂〟への道で、若き友の手作りの凧を仰いだことも、私は忘れない。正義の旗の如く寒風に翻っていた。
 あの竹田の岡城址、さらに熊本市の壱町畑公園で結んだ不滅の“師弟の一会”を、大きく引き延ばした見開きの写真と記事で紹介したのも、聖教であった。皆と歌った「荒城の月」と「田原坂」は、我らの胸に凱歌の如く轟き渡っている。
 「雨はふるふる 人馬はぬれる 越すにこされぬ 田原坂 ……」
 創価の師弟に、「越せない坂」は絶対にない!
 これが、未来永遠に変わらざる九州同志と私との不撓不屈の誓いだ。

立正安国の挑戦
 65年前の5月3日、第2代会長に就任された戸田先生は、「楽土日本を築くのだ」「この地上から『悲惨』の二字を無くすのだ」との一念で、一段と強盛なる祈りを開始された。
 弟子の私も、第3代に就任した5月3日(1060年)より、いやまして強く、祈り続けてきた。
 「世界が平和であるように」
 「大地震がないように」
 「豊作であるように、飢饉がないように」
 三災七難に負けずに、民衆の安穏と社会の繁栄、そして地球の平和を実現する。この人類の悲願へ、我らは自行化他の妙法を朗々と唱え、立正安国の挑戦を貫いていくのだ。
 いかなる災害や危機にも、断固と立ち向かう希望の大城が創価であり、その揺るぎなき言論の柱、民衆厳護の言論王こそ、聖教新聞である。
 さあ、今日も、聖教と共に、「生命はかくも尊厳なり。無窮なり」と、人間革命の讃歌を、民衆勝利の大叙事詩を、綴りゆこうではないか!


チャペックの言葉は『カレル・チャペックの新聞讃歌』田才益夫訳(青土社)。
2016-05-07 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 4 正義の王者の誇り

随筆 永遠なれ創価の大城 4            (2016・3・30付 聖教新聞)

正義の王者の誇り

広布の使命に青年よ立て
「魂の炎のバトン」握り拡大の春へ!


「創価学会は宗教界の王者である!」
 昭和33年(1958年)の3月16日――わが師・戸田城聖先生は、不滅の「広宣流布記念の大儀式」において、宣言された。
 それは、戦時中の大弾圧を勝ち越え、75万世帯の弘教を成就された先生の凱旋であられた。
 そして、門下の私たち青年に、厳然と託してくださった宝冠である。
 日蓮大聖人は、毅然と同志の先頭に立つ千日尼へ、「此の経文は一切経に勝れたり地走る者の王たり師子王のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲のごとし」(御書1310㌻)と仰せになられた。
 「宗教界の王者」とは万人成仏の法を明かした「一切経の王」たる法華経の精神を身に体して、広宣流布という最も至難な大聖業を遂行する王者のことである。
 「地走る者の王」の如く走り叫び、民衆を不幸に陥れる邪悪を打ち破る正義の師子王のことだ。
 我ら創価の師弟は、未来永遠にこの「王者」の心で、威風も堂々と戦い続けていくのである。

恩師の夢を抱き
 「3・16」の儀式に続く日々は、対話の一瞬一瞬が、師から弟子への相伝の宝の時間であった。
 ある日の朝、先生は、私を傍らに呼ばれた。
 「大作、メキシコへ行った夢を見たよ」
 「待っていた、みんな待っていたよ。日蓮大聖人の仏法を求めてな」
 体は衰弱されていても、恩師の胸には、壮大なる世界広宣流布の夢が広がっていたのである。
 御書に「広宣流布の時一閻浮提の一切衆生・法華経の行者となるべきを涌出とは云うなり」(834㌻)と仰せである。
 誰もが、地涌の菩薩の使命をもっている。必ず、その尊き使命に目覚める時が来るのだ。
 「みんな待っていたよ」との言葉から、先生の悠然たる大確信が伝わってきた。
 先生は私に言われた。――生きろ。うんと生きるんだぞ。そして、世界に征くんだ!
 不二の弟子は、「空飛ぶ者の王」鷲の如く勇気と智慧の若き翼を広げ、嵐も恐れず、一閻浮提広布の天空へ舞いゆけ――この師の熱望に応えて、私は先陣を切った。
        ◇
 私がメキシコに第一歩を印したのは、先生との語らいから7年後(1965年)である。
 先生が夢にまで思い描かれた天地で、メキシコの革命記念塔などを同志と共に視察した。
 以来、広布50周年の佳節を迎えた昨年、その革命記念塔の目の前に、創価の宝城「メキシコ平和文化センター」が誕生した。半世紀前、約10人だった宝友は、今や7000人の地涌の連帯と輝いている。
 17世紀のメキシコで活躍した女性詩人ソル・フアナは詠った。「ひとつ苦しむごとに、あなたは栄光に近づく」と。
 わがメキシコの同志の前進にあっても、あまりにも尊き太陽の母たち、女性たちの無数の労苦があったことを、私は忘れない。
 メキシコ発展の礎は、「求道」の一念である。
 私がメキシコに足跡を留めたのは5回。飛行機の乗り継ぎで立ち寄り、空港に着いたのが明け方の時もあった。それでも、友は駆け付けてくれた。その一期一会が、永遠の黄金の思い出である。
 20年前、キューバ、コスタリカを初訪問してアメリカへ向かう際、カリブ海に臨む港湾都市ベラクルスでも、空港が出会いの舞台となった。
 空港ロビーで「ヨウコソ!」と歓迎してくれた少女も、その後、白蓮グループのリーダーとして活躍し、地域で社会で、立派に貢献している近況を伝えてくれた。
 わが同志が、世界のいずこでも、福徳と勝利の実証を示してくれていることが何より嬉しい。
 広宣流布は、人間に会い、仏縁を結ぶことだ。妙法の種を蒔き、一人ひとりの生命に具わる無限の可能性を解き放っていくことだ。そして「人間革命」という王者の勝利劇を、共々に綴っていくことである。

世界照らす太陽
 「観心本尊抄」には、「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか」(御書254㌻)と明言なされている。
 この太陽の仏法を受持した若人が、己の誓願の国土で、時代の闇を晴らす希望の光を放つのだ。
 アフリカ各国の青年部も、世界広布新時代の「3・16」を勝ち飾っている。
 カメルーンの青年部は、これまでで最大の 1200人の総会を行い、席上、100人の友へ新たに御本尊が授与された。
 「アフリカの世紀」を担い立ち、勇気の波動を広げるリーダーが凜然と決意を寄せてくれた。
 「自身が勝ち、皆が勝利できるように一人ひとりを支え、そして偉大な世界宗教の道をいよいよ邁進していきます」と。
 創価の若き世界市民の連帯は、生命尊厳の宝塔を揺るぎなく林立させながら、平和の地球社会を照らし始めているのだ。

未来を恐れない
 真の「王者」は、次代の発展のため、確固たる後継の流れを創り上げる。
 恩師が「一度会ってみたいものだ」と言われたインドの初代首相ネルーも、独立が実現した後、社会改革の〝継承〟のため、真摯に手を打っている。
 世代間に生ずる意識の差など困難な課題を直視しつつ、次の世代を薫陶し、根本の精神性を伝え、若き生命の最善の力を引き出すことに焦点を定めていた。
 この〝継承〟を信じるゆえに、ネルーは「わたくしは未来を恐れない」と言い切ったのである。
 今、仏教発祥の天地たる、このインドでも、法華経の人間主義の源流を受け継いで前進する創価の青年たちに、絶大なる信頼が寄せられている。
 大聖人は、地涌の菩薩の強さを、「能く能く心をきた(鍛)はせ給うにや」(御書1186㌻)と洞察なされた。
 仏道修行という、最も地道にして、最も偉大な生命の錬磨によって、心を鍛えている地涌の若人ほど、頼もしき正義の後継者はいないのだ。
 この誇りと自信をもって、青年部の君たちは胸を張ってもらいたい。
        ◇
 それは、大聖人の御精神を踏みにじる、民衆蔑視の邪宗門との熾烈な攻防が続いていた25年前(1991年)の3月のことであった。
 「3・16」を記念する全国青年部幹部会が愛知・名古屋を舞台に、意気高く開催された。勇んで出席した私は、創価の「この道」を走りゆく、わが中部青年部に、後継を頼むと熱願した。
 さらに、「『魂の炎のバトン』を君たちに」と題するメッセージを若き弟子たちに贈ったのだ。
 本門の師弟の力走を続けて、私が神戸の大通りにそびえ立つ兵庫の文化会館を初訪問したのは、この年の10月である。
 記念の総会では、大阪事件の無罪判決の歴史を通し、苦楽を共にしてきた常勝関西の同志と、あらためて「仏法は勝負」と、生命に刻んだ。
 ――いかなる悪戦苦闘をも突き抜けて、断じて勝ち切るのだ! 弟子の勝利こそ、師への最高の報恩となるからだ、と。
 わが兵庫、わが関西の共戦の友は、その4年後の阪神・淡路大震災の悲劇も決然として乗り越えてきてくれた。
 この兵庫の文化会館で先月、全国男子部幹部会が行われた。師弟の大道を歩み抜く青年たちの姿が、私は頼もしかった。
 「不幸な人の味方となり、真実に全民衆が、安心して暮らしていける世の中を築き上げよう」
 私が、大阪事件の勝訴の前夜に尼崎で叫んだ、この「立正安国」の闘魂を、常勝の負けじ魂の若人たちは朗らかに発揮してくれているのだ。

追撃また前進だ
 「追撃の手を緩めるな!」――これは私たち青年が、恩師・戸田先生から直々に頂戴した最後の指針である。
 追撃だ! 前進だ! 立つ時は今だ。前進なくして勝利も幸福もない。
 先日、久方ぶりに訪れた文京区の同志との合言葉も「前進」である。
 広宣流布は、永遠に仏と魔との戦いだ。あえて三障四魔をも駆り出し、勇猛に打ち破り、生命の凱歌を上げていくのだ。
 栄光の「5・3」へ、いよいよ、わが男女青年部の「正義拡大月間」がスタートした。
 さあ、青春乱舞の4月。
 青年よ進め。広布後継の「魂の炎のバトン」を握り、快活に進め!
 激流が巌を越えて進むように勢いよく、4月も断固と勝ち切ろう!
  
 烈々と
  広布を継ぎゆけ
   弟子なれば
  王者の闘魂
   日々に光らせ


ソル・フアナの言葉はオクタビオ・パス著『ソル・フアナ=イネス・デ・ラ・クルスの生涯――信仰の罠』林美智代訳(土曜美術社出版販売)、ネルーはメンデ著『ネールは主張する』大山聰訳(紀伊國屋書店)。
2016-05-07 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 3 響け「福光」の凱歌

随筆 永遠なれ創価の大城 3            (2016・3・11付 聖教新聞)

響け「福光」の凱歌

「冬は必ず春」を我らが実証
東北の負けじ魂はいよいよ厳たり


 あの未曽有の「東日本大震災」から、5年の節を迎えました。
 私は、妻と共に、一段と強く深く、全ての犠牲者のご冥福を祈り、追善回向の題目を送ります。
 ご家族や友人をはじめ縁深き方々を亡くされた悲しみを抱えながらも、不屈の心で苦難と戦い続けておられる皆様方に、真剣に題目を送ります。
 仮設住宅や避難先で、また地元で、さらに新たな天地で、懸命に奮闘されている皆様方に、共戦の題目を送ります。
 「題目を唱え奉る音は十方世界にとずかずと云う所なし」(808㌻)と御書にあります。
 この究極の希望の源泉たる題目を唱え響かせて、三世の同志と共々に金剛不壊の「心の財」を生命に積み上げ、断固と「福光」の未来を開いていってください。

風雪を耐え抜き

 日蓮大聖人は、厳然と仰せくださった。
 「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(御書1253㌻)
 この不滅の御金言を賜ったのは、健気に信心を貫く一人の母である。
 大聖人と一門への迫害が打ち続く風雪の渦中であった。師弟の道を歩み通した正義の夫は僅かな領地も奪われて、大聖人が佐渡流罪から赦免を勝ち取られる晴れ姿を見ずして逝去した。いかばかり悔しかったことか。
 まさに厳寒の冬の境遇の下で、病の子どもらを抱きかかえて、必死に生き抜いてきた母である。
 「法華経を信ずる人は冬のごとし」と言われた時、この母は、ああ、今の自分たち一家のことだと拝されたであろう。その冬の生命が、必ず「春」へ開くと、御本仏が断言なされたのである。
 煩悩即菩提である。一番苦しんだ人こそ、一番幸福になる権利がある。
 「冬は必ず春となる」――この御文を生命の底から最も深く拝し、人生の上に、また現実社会の上に、堂々と実証してこられたのは誰か。それこそ「わが偉大な東北の同志なり!」と、私は声を大にして叫びたい。
 大聖人は、この母に対して、信念に生き切った夫君を讃嘆されながら、こう励まされている。
 「大月輪の中か大日輪の中か天鏡をもって妻子の身を浮べて十二時に御らんあるらん」(同1254㌻)と。
 妙法で結ばれた家族は、生死を超えて「常楽我浄」の春を、一緒に勝ち開いていけるのだ。

生命の絆は永遠
 災害や事故などによって、互いに結び合っていた人生が突然に「死」と「生」に引き裂かれてしまう。それは、何より辛く、悲しい別離だ。
 肉親や近しい人の死は、生前には気づけなかった思いを湧き上がらせる。〝もっとこうしていれば〟と、振り返って涙が頬を伝う時もあろう。追憶は尽きることがない。
 法華経寿量品には、「方便現涅槃(方便もて涅槃を現ず)」と、死もまた方便であると説かれる。生も死も同じ永遠の生命に具わる現れであり、生死は不二なのである。
 永遠の生命観で捉えるならば、死によって「心の絆」「生命の絆」が切断されることは決してない。
 亡くなった家族や友人の遺志を受け継ごうと、ひたぶるに御本尊に祈る中で、切れず離れず、生死を超えて共にあると、私たちは深く感じ取ることができる。寿命も、福運も、誓いも、全て受け継いでいく「後継者」なのである。
 妙法は三世にわたって生命に凱歌を響かせゆく大法である。ゆえに「我ら東北家族の絆は永遠! 永劫に幸福勝利なり」と確信し合いたい。

一歩また一歩と
 若き日、学の都・仙台に留学した中国の文豪・魯迅は綴っている。
 「『人生』という長い道のり」にあって「分れ道」や「行きどまり」にぶつかる時がある。
 その時にどうするか。
 「私は、泣きもしなければ引返しもしません」と魯迅は言うのである。
 断じて「踏み越えて行きます。いばらの中でもかまわない」と。
 震災5年――。被災された方々には、困難や矛盾をはらんだ「分れ道」や、「もう、これ以上進めない」と天を仰ぐような「行きどまり」の連続であったに違いない。
 「震災から5年」とは、「震災が始まって5年にすぎません」と表現した友がいる。時間の進み方は皆が違う。暦に合わせて、悲しみや苦しみが薄れるわけではない。
 それでも、わが同志は、一歩また一歩と、自らの歩幅で「福光」への歩みを重ねられた。勇気を奮い起こして、いばらを踏み越え、能忍の前進を続けられた。
 私は、一人ひとりの肩を抱き、握手を交わす思いで最大に讃えたい。

庶民の王者たち
 信心とは無限の希望であり、最強の勇気だ。
 深い闇に夜明けの光を求めるように、未曽有の大苦難の日々にあって、あの母が、あの父が、必死に御本尊に向かい、『御書』を開いた。
 御文はただの文字ではなかった。日蓮大聖人の師子吼であり、慈愛の肉声であった。一節一節を大聖人と対話するように拝し、命に刻んできた。
 「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし(中略)つたな(拙)き者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし」(御書234㌻)
 この御文を拝しては、今が「まことの時」だと思い定め、「負げでたまっか!」と頭を上げ、地域を陽光の笑顔で照らす母がいる。
 御聖訓には、「夫れ木をうえ候には大風吹き候へども つよ(強)きすけ(扶)をかひ(介)ぬれば・たうれず」(同1468㌻)とも仰せである。
 ゆえに我らは互いに支え支えられながら、生き抜いていくのだと、一人また一人、一軒また一軒、粘り強く激励に歩き続ける父がいる。その中で、正義の〝五勇士〟の連帯も大きく広がっている。
 なんと尊き〝如説修行の父母たち〟か!
 「難来るを以て安楽」(同750㌻)と立ち向かう。その覚悟に、大聖人と同じ仏の生命が涌現するのだ。
 それは、命にも及ぶ大難の中を、「師子王の心」で民衆救済の大闘争に走り抜かれた御本仏に直結する生命である。
 我らの東北には、三世の諸仏の御賞讃に包まれゆく、地涌の旗頭たる「庶民の王者」が無数におられるのだ。

青年は勝った!

 新生の
  人材 永久に
      東北城
  
 3月6日の日曜日、宮城・利府町の大舞台に、東北六県の若人をはじめ7000人が集い、春を呼ぶが如く第1回「東北青年音楽祭」が行われた。
 青年部・未来部による福光の凱歌と希望の調べ――その歓喜と感動は、私のもとまで明るく晴れ晴れと轟いてきた。
 皆それぞれの使命の場所で奮闘し、そして日本一の希望の拡大を見事に果たしての祭典である。
 その陰には、どれほど慈愛の父母たちの祈りと支えと温かな励ましがあったことか。
 あの友、この友へと「励ましの絆」を広げ、「共に立ち上がろう」と勇んで関わり、働きかけずにおられないのが、東北の創価家族である。
 あらゆる苦難を変毒為薬し、大東北は勝った!
 宮城。岩手。青森。秋田。山形。そして、福島――全東北の皆の心が一つになって、フィナーレを飾ったのは、青年部有志が作詞した「希望の光彩」であった。
 「いかなる時も 壊されない/心の財 師と共に/我らが果たす 青葉の誓い/希望の光彩 未来へと」
 悲哀の闇を乗り越え、新時代の夜明けを開いた、君たち、貴女たちの姿よ、歌声よ!
 若き君たちの「生命の讃歌」は、亡きご家族や同志の生命をも包み込んでいくに違いない。
 それは、法華経の会座で、妙音菩薩が娑婆世界に舞い来り、「天の曲」「天の歌」を奏で、末法広宣流布を誓う人びとを鼓舞した如く、福光の未来を大歓喜で晴らしゆく「希望の光彩」なのだ。

人間復興の旗手
 今月、いよいよ仙台で「レオナルド・ダ・ヴィンチと『アンギアーリの戦い』展」が開幕する。
 レオナルドは、鳥の飛翔について「翼を開いて逆風をそれにとらえ、それによって高く上昇する」と洞察していた。
 生命には、逆風に敢然と立ち向かう、不屈の力がある。試練を転じて、飛翔する力がある。
 過酷なる運命の烈風に晒された一人が、みちのくの負けじ魂で、人間革命の翼を広げる英姿が、地域に社会に、どんなに勇気を贈りゆくことか。
 一人の「生命の宝塔」の限りない尊厳性に、万人が眼を開く。そこに「立正安国」の出発点もある。
 新生・東北の皆様こそ、新たな「生命尊厳の文明」を創り開く、人間復興の希望の旗手なのである。
 今、東北ルネサンスの太陽は昇った! 
 東北の春は、創価の春だ。人間勝利の春だ! 桜梅桃李の生命の花よ、民衆連帯の人材の花よ、爛漫と咲き薫れ!


魯迅の言葉は『魯迅選集3』竹内好訳(岩波書店)、レオナルドは『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』杉浦明平訳(岩波書店)。
2016-05-07 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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SGI会長と共に 新時代を創る No.1〜10

SGI会長と共に 新時代を創る

第1回 広布と人生 いざや勝て
 新しい決意で広布に走りゆく全同志と共に、「世界広布新時代 拡大の年」を元気にスタートすることができ、本当にうれしい。
 大切なご家族、ご友人と一緒に、創価の新春は、千客万来の賑わいである。
 晴れわたる元朝、同志を迎える広宣流布大誓堂は、青空に月が浮かび、飛行機雲が一直線に伸のびて、鮮やかな天空の劇が荘厳した。
 飛行機は、ひとたび離陸したならば、何があろうと必ず目的地へと到達する。
 我らもまた、悪戦苦闘を突き抜け、一生成仏という大目的へ向かって、まっすぐに、勇気ある信心で、生きて生きて生き抜くのだ。
 戸田先生は言われた。
 「鐘は強く打てば強く響き、弱く打てば弱く響く。御本尊も同じだ。こちらの信力・行力によって、仏力・法力が現れ、大功徳があるのだ」と。広布の誓願の祈りに勝る力はない。
 朗々と題目を響かせて、あの地でも、この地でも、人材が躍り出る。幸福の実証が開花する。そういう大願成就の年にしていきたい。
        ◇ ◆ ◇
 日蓮大聖人は、「此の経文は一切経に勝れたり地走る者の王たり師子王のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲のごとし」(御書1310㌻)と仰せになられた。
 妙法を唱え、行じ、弘めゆく我らは、この一年も、師子王のごとく、大鷲のごとく、全てを悠々と厳然と勝ち越こえゆくことを、決意し合いたい。
 皆さんの尊き連続闘争によつて、今や全世界192カ国・地域で活躍するSGIの同志の歓喜の勝関が、絶え間なく、地球上に轟きわたる新時代を迎えた。
 いよいよ、これからが、我ら創価家族の本舞台──。この正月、私も妻と大誓堂で勤行し、全同志が、ますます健康で長寿であられるよう、和楽のご家族と悔いなき大勝利の一日一日を力強く歩みゆかれるよう、ご祈念しました。さらに強盛に祈り抜いていきます。

 いざや勝て
   広布と人生
      凱歌あれ

第2回 幸福は友のために生きる中に  (2016.1.16付 聖教新聞)

 あすは阪神・淡路大震災から21年。お亡くなりになられた全ての方々を追善し、懇ろに題目を送らせていただいております。
 生命は永遠です。亡き家族も、今を生きる皆様と一体です。笑顔で見守っておられると確信します。
 皆様が、大災害にも屈せず、人間の復興を成し遂げてこられた姿は神々しい。その尊き希望の灯《ひ》は、東北はじめ全世界で災害と闘う人々の胸に明々と受け継がれています。
 深い悲しみも、不屈の心で、崇高な使命に昇華された。まさに仏であり、地涌の菩薩にほかならない。
 自ら誓いを立て、行動するのが菩薩だ。菩薩が発《おこ》す「四弘誓願」の第一で、日蓮大聖人が「肝要」とされたのが「衆生無辺誓願度」である(御書846㌻)。
 すなわち「全ての衆生を生死の苦しみから救済し、成仏に導こう」との誓いに生き抜く。その崇高な誓いのまま、人々の苦悩に真っ正面から取り組み、社会に価値を創造していくのだ。
 ここに最極の生きがいが光る。「人を幸福にする」ことこそが「自分が幸福になる」道だからである。
       ◇ ◆ ◇
 この世から「悲惨」の二字をなくしたい。これが戸田先生の願いであられた。
 その師の心をわが心として、60年前、私は「大阪の戦い」に打って出た。
 青年部の友と一緒に勤行する際、こう語り掛けた。
 自分の身近に、悩んでいる人はいないか。父母は、元気か。祖父母は、どうか。近くのおじさんやおばさん、知り合いの中で、悩んでいる人は、いないか──と。
 自分が縁する一人一人のために祈り、尽くし、皆の力を引き出して戦うのだ。
 戸田先生が「対話においては、相手の悩みの中心に触れ、相手が求めるものに応えていくのだ」と教えられた通り、友の苦しみを除き、喜びを分かち合って、世界に希望を創り広げる。これが慈折広宣流布だ。
 真冬の今、木々は春の芽吹きの準備をする。厳寒を越えて、桜梅桃李の劇は始まる。我らも、幸福と勝利の春へ、心も軽く、朗らかに友情の対話を広げよう!

第3回 誓いの師子よ 広布の旗高く  (2016.1.22付 聖教新聞)

 冬晴れの光に包まれ、懐かしい埼玉文化会館を訪れた(20日)。埼玉、関東はじめ全同志の無量無辺の福徳と勝利を妻と深く祈念した。
 1階ロビーには、幾たびも共に歌った県歌「広布の旗」の歌碑が輝いていた。

 ♪あの峰この河 埼玉は
 恐るるものなし 師子の子は
 友の心も 光りけり
 ああ埼玉の 楽土見む
 ああ埼玉の 勝利見む

 愛する埼玉は、わが青春の破邪顕正の言論戦の舞台だ。志木支部川越地区の御書講義にも通った。御本仏の勇敢なる大闘争を共に拝し、“一人ももれなく人材に!”と励ましを送った。
 御聖訓には「過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」(御書 231㌻)と仰せである。
 うれしいことに、明るく伸びゆく埼玉の大地に今、文化は薫り、功徳の花が咲く。私たちが日々、蒔いている人材の種、仏縁の種、平和の種が、さらに絢爛と開花する未来を思うと、胸は高なる。
       ◇ ◆ ◇
 恩師記念室に置かれたピアノも奏でた。もう40年近く前、思い出深い大宮会館(現・大宮文化会館)で弾いたピアノであった。
 当時、いかなる障魔の嵐にも、わが友よ断じて負けるなと願い、私は訴えた。
 どこまでも自身のため、同志のため、広布のため、題目根本に、偉大なる人間革命の道を征くのだ!
 埼玉の友と「開目抄」を拝し、困難な時こそ誓いを貫く「まことの時」だ、と一切を勝ち越えてきた。
 今、その負けじ魂を継ぐ青年たちが育っている。
 帰途、前を通った埼玉平和会館では、尊き地元の婦人部の皆様方が唱題をしていた。母の祈りこそ、すべてを勝ち開く常勝の太陽だ。
 私は忘れない。第三代会長の推戴に、どこよりも早く声を上げたのは埼玉だ。永遠に“鉄桶の団結”で進むのだ。
 戸田先生と私は常に語り合った。大埼玉が立てば、大東京が動き、大関東が動く。大関東が動けば、日本が変わる。ともどもに広宣流布を!──と。
 わが天地から全世界へ、幸福勝利の旗を翻すのだ。

第4回 徹して「一人」を大切に  (2016.1.30付 聖教新聞)

 記録的な寒波により九州・中国方面等で断水するなど、甚大な被害に心からお見舞い申し上げます。地域によっては、今後も雪が続きます。各地の皆様の無事安穏を、毎日、妻と懸命に祈っております。
       ◇ ◆ ◇
 来る3月5日、壮年部は結成50周年を迎える。全国で意気高く前進されている様子が頼もしい。東北の被災地でもブロック5勇士を各地で達成されたという報告をうれしく伺っている。
 皆が王者だ。英雄だ。何と晴れがましい顔《かんばせ》か。言語に絶する苦難を越え、希望の柱と生き抜いてこられた丈夫《ますらお》たちの勝利の証しだ。
 何より、壮年部を応援してくださる婦人部をはじめ創価家族の麗しい連帯に、合掌する思いである。
 妙法の「転重軽受」「変毒為薬」の大哲理を知った我らの人生に恐れはない。
 御聖訓には仰せである。
 「我れ等は仏に疑いなしとをぼせば・なにのなげきか有るべき」(御書97㌻)
 いかなる宿命の嵐があろうが、信心さえ揺るがなければ、必ず必ず、悔いのない素晴らしい大勝利の一生を飾ることができるのだ。
       ◇ ◆ ◇
 戸田先生は、「指導」とは「激励」であり「励まし」なのだと教えてくださった。
 一人また一人、訪問・激励していくことだ。真心の限りを尽くしていくのだ。
 会えば、心がつながる。誠意の声が人を力づける。その方々から、希望のスクラムがさらに広がる。
 たとえ反発があっても、大誠実は心から消えない。敵さえ味方に変わるのだ。
 一対一の対話こそが、璧を破り、新しい道を開く。
 さあ伝統の2月だ。
 広宣流布の最前線を走りゆく、偉大なる地区部長、地区婦人部長の皆様! 栄えあるブロック長、白ゆり長の皆様!
 誇り高き地涌の菩薩のリーダーとして、皆を温かく励ましながら、徹して一人を大切に、同志愛の世界を築いていただきたい。
 まだまだ寒さは厳しい。多宝の賢者の皆様方は、決して無理をせず、悠々と題目第一で進んでください。
 この命を何に使うか。わが誓いを貫く人生それ自体が、多くの友への鑑となる。広布の大使命に共に、朗らかに生き抜こう!

第5回 希望の光の哲学を社会へ  (2016.2.7付 聖教新聞)

 各地で真剣に御書講義が行われている。寒風の中、最高峰の生命哲学を学ぶ友の姿がすがすがしい。
 心に刻んだ御書は、勇気の泉だ。勝利の力だ。自他共の幸福の土台となる。
 御聖訓には仰せである。
 「(南無妙法蓮華経の)『妙』の文字は、月である。太陽である。星である。鏡である。衣服である。食物である。花である。(万物を生む)大地である。(すべての川を収める)大海である。一切の功徳を合わせて『妙』の文字となられたのである」(御書1484㌻、通解)
 功徳の集まりが御本尊である。妙法を信ずる人は胸中の御本尊を輝かせていける。広布に生きる人生に行き詰まりは断じてない。
 今、SGIの各国でも、教学の研修が活発だ。地涌の菩薩のスクラムは、あらゆる差異の壁を越えて、世界を結んでいる。
 全人類の宿命を転換しゆく平和の原動力こそ、太陽の仏法なのだ。
       ◇ ◆ ◇
 日蓮大聖人の仰せに「一切衆生の同一苦は悉く是日蓮一人の苦と申すべし」(同587㌻)とある。何と広大な慈悲であられるか。
 まさに、この心を拝して行動しているのが、東日本大震災に立ち向かってきた東北の凱歌の人々である。
 その東北に励ましを送るのが、阪神・淡路大震災を越えてきた兵庫そして大阪の久遠の友である。
 大悪をも大善に転じゆく希望の哲理を抱き締め、共に忍耐強く、福光の未来へ歩み抜いてこられた。
 最も苦しんでいる人に寄り添い続ける。共に立ち上がる。どんな人も、あきらめない。ここにこそ、仏法の出発点がある。
 「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(同234㌻)
 この御金言を共に拝し、わが創価家族は、いかなる苦難も勝ち越えてきた。
 我らは今再び、不退転の決意を燃え上がらせ、宿命と闘う友を抱きかかえながら、心一つに、生老病死の苦悩をも常楽我浄の大歓喜の劇へと転換しゆくのだ。
 永遠に崩れぬ常勝の人材城をともどもに築こう!

第6回 恩師と共に功徳満開の春へ  (2016.2.13付 聖教新聞)

 戸田城聖先生を偲び、生誕の日に恩師記念会館で勤行・唱題した(11日)。広宣流布の大願に生き抜かれた崇高な生涯を仰げば、無限の勇気が湧き上がる。
 巌のごとき師であった。
 恐れなき師子であった。
 青年を愛し、青年の未来を信ずる慈父であった。
 昭和33年(1958年)の3月、戸田先生は後継に広布の印綬を託された。
 会館の展示室には、関東の友から届けられた、その当時を描いた絵画が掛けられてあり、妻と共に懐かしく拝見した。
 「追撃の手をゆるめるな!」──烈々たる師の叫びが耳朶から離れない。
 師匠という大山ありて、弟子の桜は咲く。その爛漫たる勝利の人材の開花を、恩師はどれほどお喜びか。
 法華経の化城喩品には、「在在の諸仏の土に 常に師と俱に生ず」と説かれている。
 師弟一体で戦い抜き、師弟不二で勝ち切って、正義を打ち立てるのだ。
       ◇ ◆ ◇
 師の慈愛の深さ、人間味あふるる温かさを思うと、熱いものが込み上げる。
 最愛の家族を亡くした方に「本当にかわいそうに」と、わが事のように涙し、とことん励まされる。
 苦境の友に心を砕かれる姿は、“これほどまでに”と思うほどであった。
 一対一の個人指導に全精魂を注ぎ、不幸にさせてなるものかと大激励された。
 ここに学会の生命線がある。師弟の実践がある。
 苦悩にあえぐ友の幸福を祈り、世界平和を願われた師の心を心とし、私たちは民衆の中へ飛び込むのだ。
 
 「報恩抄」には、「極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず」(御書329㌻)と仰せである。
 恩師が教えてくださった「難を乗り越える信心」そして「異体同心の団結」を断じて忘れてはならない。
 共に祈り、共々に語り、広布に走る一日は、黄金の思い出となる。
 人を励まし育てた歴史は、無上の宝と輝く。
 楽しく、心軽く進もう!
 健康の道、使命の道、三世にわたる栄光の道を!
  
 偉大なる
  恩師と共に
   学会は
  三障乗り越え
    三類勝ちたり

第7回 創価の女性は世界の希望  (2016.2.20付 聖教新聞)

 今、創価の友は、わが地域から社会へ、希望の対話を広げ、生き生きと人間主義の連帯を築いている。
 新時代の2月闘争だ。友の奮闘に感謝しつつ、この20日に「渋谷の日」を迎える、東京・渋谷平和会館の前を車で通った(17日)。会館と共に、地域が発展しゆく様子は、うれしい限りだ。皆、誠実な粘り強い日々の行動で、幾重にも信頼を勝ち開いてこられた。
 小事が大事である。地道な努力の積み重ねが、大きな勝利の花を咲かせる。
 戸田先生が教えてくださった、広布の指導者の心得がある。それは──
 「個人指導を大切に」
 「小会合を大切に」
 「言葉遣いを大切に」
 「ふだんの交流を大切に」
 「その家庭を大切に」
 「その人の立場を大切に」──この六つである。
 どうすれば、皆が元気に喜んで進んでいけるか。具体的に手を打つことだ。
 何があろうと、妙法の力で変毒為薬していく。共に祈り、苦難を乗り越える。これが、我ら創価家族だ。
 分け隔てなく、励まし合い、支え合う。心と心の絆が安心社会をつくるのだ。
       ◇ ◆ ◇
 桃の節句が近づくと、よみがえる思い出がある。
 戦争中、空襲で、わが家は全焼した。なんとか運び出した長持ちに入っていたのは「ひな人形」だった。
 気丈な母が言った。「このおひなさまが飾れるような家に、きっと住めるようになるよ!」。その明るい一言に、皆が救われた。
 仏法は「声仏事を為す」(御書708㌻)と説く。確信の声、慈愛の声、智慧の声が、人の心を温める。
 清々しい声で希望の門を開いてくれているのが、白蓮グループの皆様である。
 その薫陶を宝として、たくさんの先輩たちが各界に世界に羽ばたいている。
 国際的に活躍する女性教育者が、白蓮での薫陶は、どんな学府でも成し得ない生命の鍛錬であり、最高の幸福の土台になっていますと振り返っておられた。
 麗しい華陽姉妹は、いつまでも、いくつになっても、広宣流布ひとすじに、青春の心で、はつらつと生き抜いていただきたい。
 「題目」と「勇気」、そして「学会精神」を胸に!

第8回 朗らかに広宣の華と舞え  (2016.3.6付 聖教新聞)

 日蓮大聖人は、門下に女の子が生まれたと聞かれ、「春の野に華の開けるが如し」(御書1110㌻)と祝福なされた。
 いずこであれ、妙法を唱え広める女性は、試練の冬を勝ち越え、希望の春を呼び、喜びの華を咲かせる。
 友のため、社会のため、広布のために、祈り、動き、語る全国の婦人部・女子部の皆様方に、御本仏の御賞讃はいかばかりか。
 3月3日は女子の幸せを願うひな祭りであり、「大阪婦人部の日」「先駆九州女性の日」でもあった。
 晴れわたるこの日、広布の門を開く全女性に健康と幸福と勝利あれと念じつつ、妻と共に創価女子会館へ向かった。会館の前で、女子部のリーダーたちの清々しい決意を伺い、何よりもうれしかった。
       ◇ ◆ ◇
 昭和33年(1958年)の3月──。
 戸田先生に、何度となく「広宣流布は私たちがやります」との誓いを込めて、力強い歌声をお聞かせしたことが思い出される。
 未来は青年の腕にある。後継の若き力によってこそ大事業は成就するのだ。
 この6日には、宮城・岩手・青森・秋田・山形・福島の地涌の友が集い、「東北青年音楽祭」が行われる。東日本大震災から5年──不屈の勇気の凱歌で、「希望の光彩」を世界へ未来へ輝かせゆく祭典だ。
 大東北の尊き父母たちも厳寒の中、全国模範の聖教新聞の拡大を成し遂げて、わが青年たちを熱く応援してくれている。
 あまりにも健気な若人たち一人一人と、心の握手を固く交わす思いで、私は大成功を祈りたい。
       ◇ ◆ ◇
 忘れ得ぬ3月16日、広宣流布の記念式典で、戸田先生は厳然と宣言された。
 創価学会は、宗教界の王者なり!──と。
 恩師の師子吼を胸に、勇気凜々、朗らかに進もう!
 創価の我らが行くところ、皆の心に太陽が昇る。わが使命の本舞台で舞い、歓喜の歌を轟かせるのだ。

第9回 さあ今日も使命の最前線へ  (2016.3.20付 聖教新聞)

 春季彼岸勤行法要に当たり、私も、ご尊家の亡くなられたご家族の方々、そして広宣流布に連なる全ての故人と先祖代々の追善回向を懇ろに行い、三世永遠にわたる安穏と福徳を心から祈念させていただいております。
 御義口伝には「題目の光無間に至りて即身成仏せしむ」(御書712㌻)と仰せである。
 全国の主要会館や墓地公園等で追善の祈りを捧げる意義も計り知れない。
 日蓮仏法では「常彼岸」である。私たちは、日々の勤行でも追善回向を行っている。広布に走る無量無辺の大功徳を、一家眷属へ、一切衆生へと回らし向けていけるのである。
       ◇ ◆ ◇
 50年前(1966年)の3月、壮年部の結成式で、私は「勇気」の信心で戦おうと訴えた。翌日、その先頭に立って、南北アメリカへ広布旅に出発した。
 軍事政権下のブラジルで、悪意や偏見にも、誠意を尽くして対話した。一人一人の青年を励まし、隣国アルゼンチンから駆け付けた同志も抱きかかえて迎えた。初訪問のペルーでも、けなげな地涌の友と不退の前進を約し合った。
 その時に蒔いた黄金の種が、半世紀を経た今、幸福と勝利の大樹となって林立している。北米・南米でも、創価の平和・文化・教育の連帯は、揺るぎない信頼を勝ち得てきた。
 大事なことは、勇敢に動くことだ。眼前の一人を大切にすることだ。確信を込めて語り切ることだ。
       ◇ ◆ ◇
 戸田先生は、苦難に挑む後継の友に語られた。
 「永遠の生命から見れば、苦しい時期といっても、瞬間のようなものである。最後まで、しっかり頑張りきってごらん。必ず結果が出るよ」と。
 師弟不二の祈りと戦いは無敵である。
 日蓮大聖人は、「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ」(同1190㌻)と仰せだ。
 3・16を正義の拡大で勝ち飾った青年の師子の陣列も頼もしい限りである。
 さあ、きょうも、使命の最前線へ! 互いの健闘を讃え、励まし合って前進しよう。
 広布の旗を掲げて立ち上がれ! 粘り強く大勝利の人生を! 尊き同志を諸天よ護れ!と私は毎日、懸命に祈っている。

第10回 限界の壁を破るのが青年    (2016.3.26付 聖教新聞)

 先日(20日)、青年時代からよく通った懐かしい文京区内を車で回り、文京文化会館を視察した。また、この日、伸びゆく未来部の希望コンサートが同区内で行われていることも、うれしく伺った。
 未来は青年で決まる。
 戸田先生は叫ばれた。
 「科学も、文化も、教育も、政治も、経済も、すべて人間の手に取り戻して、人類の幸福と平和の糧とすることだ。ここに創価学会が果たすべき使命がある。仏法の社会的行動がある」
 この心のままに、青年部が日本中へ、アジアへ、世界へと大きく友情を広げている。本当に頼もしい。
 時代を創るものは、常に青年の熱と力なのである。
       ◇ ◆ ◇
 青春時代は、失敗も財産だ。苦労が宝になる。うまくいかなくても、くよくよせず、また挑戦すればいい。「当たって砕けろ」の心意気で、勇気を持って、臆さずに挑むのだ。
 何事も、思い切りやってみて、場数を踏めば、最初は素人でも、やがて達人になる。充実が生まれ、喜びが湧き上がる。限界の壁を破るのが、青年の特権だ。
 変毒為薬の信心である。苦難からも価値を創造できる。苦労をいとわぬ広布の大闘争が、大功徳を生み、大境涯を開くのだ。
 御書に「妙法蓮華経の五字を唱うる功徳莫大なり」(13㌻)と仰せである。一遍の題目を唱える功徳でも無量無辺である。全てに勝ちゆく根本は、題目しかない。題目をあげて、朗らかに、戦っていくことだ。
       ◇ ◆ ◇
 青年部は一人も残らず、地涌の菩薩だ。私は、そう確信して、若き陣列で世界平和の道なき道を開いた。
 たとえ遠くとも、奮闘する同志がいれば、そのもとへ行こう! 「いつか」ではない。「今」を逃して、いつ行くのか!――こういう思いで全精魂を注いだ。
 婦人部・壮年部の皆さんは、いずこにあっても、青年部をわが子のように、弟・妹と思って応援し励ましてくださっている。
 会いに行く。一緒に祈る。一緒に動く。一緒に語る。その中で、人は育つ。新しい人材が躍り出てくる。
 いよいよ対話拡大の春だ! 青年と共に、青年の心で飛び出そう! 永遠の歴史に残る大勝利の創価桜の道を開こうではないか。
2016-05-07 : SGI会長と共に 新時代を創る :
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御書と歩む 1〜10

御書と歩む 1 SGI会長が贈る指針        (2016・1・7付 聖教新聞)

壮大な広布のドラマを

 法華経の第七に云く「我が滅度の後《のち》後《のち》の五百歳の中に広宣流布して閻浮提に於て断絶せしむること無けん」等云云、経文は大集経《だいじっきょう》の白法隠没の次の時をとかせ給うに広宣流布と云云(撰時抄、258㌻)

通解 法華経の第7巻には「我が滅度の後、後の五百歳の中《うち》に広宣流布して、この閻浮提に於て断絶させてはならない」(薬王品第23)と。このように経文には、大集経の白法隠没の次の時を説き示して広宣流布と言っている。

同志への指針
 広宣流布は世界と未来へのたゆまぬ流れである。一閻浮提広布を絶対に断絶させない日蓮大聖人から託された、この壮大な遺命に、創価の師弟は立ち上がった。
 全同志の奮闘で大法弘通の大河は水かさを増し、地涌の人材の沃野は広がつている。万年の広宣の遠征を共に励まし、共々に進もう。この一年、栄光と勝利の日々を、御書と歩みゆこうではないか!

御書と歩む 2 SGI会長が贈る指針        (2016・1・29付 聖教新聞)

女子部は全員が幸福に

 女人の御身として法華経の御命《おんいのち》をつがせ給うは釈迦・多宝・十方の諸仏の御父母《おんぶも》の御命をつがせ給うなり此の功徳をもてる人・一閻浮提に有るべしや(日女御前御返事、1250㌻)

通解 あなたが女人の身でありながら法華経を信仰し、法華経の御命を継いでおられるのは、釈迦・多宝・十方《じっぽう》の諸仏の御父母《おんふぼ》の御命を継いでおられることになるのである。このような大きい功徳を持っている人は、世界中に、他にいるであろうか。決していないのである。

同志への指針
 華陽の乙女が、はつらつと希望の対話に走っている。殺伐とした世の中にあって、友の悩みに耳を傾け、幸を祈り、励ましを広げる菩薩行がどれほど偉大であるか。
 妙法を語り伝えゆく功徳は絶大である。一人も残らず、幸福にならないわけがない。
 仏天も喜び見守る、花の「ロマン総会」の大成功を讃えたい。華陽のスクラムに、私と妻も題目を送っています。

御書と歩む 3 SGI会長が贈る指針          (2016・2・5付 聖教新聞)

報恩の一念から無限の力が

 仏教をならはん者父母・師匠・国恩をわするべしや、此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ智者とならで叶うべきか(報恩抄、293㌻)

通解 仏教を学ぼうとするものが、どうして父母の恩、師匠の恩、国の恩を忘れてよいだろうか。この大恩に報いるには、仏法を完全に習得し、智慧のある人となってはじめて可能となるのではないか。

同志への指針
 断じて師匠の大恩に報いるのだ!──私は、この一念で広宣流布のあらゆる突破口を開いてきた。
 あの蒲田での「2月闘争」も、戸田先生に喜んでいただきたいとの弟子の誓願が成就したものである。
 報恩の心は強く深い。豊かである。「師弟」に生き抜けば、無限の力が出る。自身の壁を大きく打ち破れる。必ず全てに勝利できるのだ。

御書と歩む 4 SGI会長が贈る指針          (2016・2・10付 聖教新聞)

報恩の一念から無限の力が

 一句妙法に結縁すれば億劫にも失せずして大乗無価の宝珠を研《みが》き顕すを生値《しょうち》仏法と云うなり所謂南無妙法蓮華経の仏法なり(御義口伝、793㌻)

通解 たとえ一句でも妙法に縁を結ぶならば、その宿福は億劫という計り知れない長遠な年月の間にも、失われることはない。そして、大乗教の究極である無上に高価な宝珠、すなわち衆生の胸中にある仏の尊極の生命を磨き顕していくことができる。これを「(宿福深厚にして)生まれて仏法に値えり」というのであり、その「仏法」とは南無妙法蓮華経の仏法なのである。

同志への指針
 今、日本と世界の津々浦々で、後継の青年が拡大に挑戦してくれている。何と頼もしく、尊い姿であろうか。
 下種仏法である。ひとたび妙法に縁した福徳は決して消えない。仏法対話に励んだ功徳は三世永遠に輝きわたる。折伏は難事中の難事である。挑んだ分だけ境涯が広がり、真実の友情は深まる。満々たる生命力で、信心の確信を朗らかに語り抜くのだ。

御書と歩む 5 SGI会長が贈る指針          (2016・2・17付 聖教新聞)

報恩の一念から無限の力が

 上行菩薩・末法の始の五百年に出現して南無妙法蓮華経の五字の光明をさしいだして無明煩悩の闇をてらすべし(寂日房御書、903㌻)

通解 (法華経神力品の「斯人行世間《しにんぎょうせけん》〈斯《そ》の人《ひと》世間に行じて〉」の5文字は)上行菩薩が末法の始めの五百年に出現して、南無妙法蓮華経の五字の光明をさしいだして、無明煩悩の闇を照らすであろうということである。

同志への指針
 日蓮大聖人に連なり、末法という「今この時」に妙法を唱え弘める我らは、皆、地涌の闘士である。広宣流布は、全人類の宿命を転換し、世界の平和を実現しゆく究極の大聖業だ。一人一人が、久遠から誓い願って躍り出てきた宿縁深き兄弟姉妹なのだ。
 さあ、共々に元初の太陽を生命に昇らせながら、いかなる苦悩の闇も打ち破り、勝利の大光を放ちゆこう!

御書と歩む 6 SGI会長が贈る指針          (2016・3・3付 聖教新聞)

広布の丈夫よ 勇んで進め!

 人身は受けがたし爪の上の土・人身は持ちがたし草の上の露、百二十まで持ちて名を・くたして死せんよりは生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ(崇峻天皇御書、1173㌻)

通解 人間に生まれることは難しく、爪の上の土のようにまれである。人間がその身を全うするのは難しく、草の上の露のようにはかない。120歳まで長生きしても悪い評判を残して終わってしまうよりは、生きて一日でも名をあげることこそ大切である。

同志への指針
 壮年門下の四条金吾に贈られた、厳愛の指針である。
 「名をあげる」とは、世間の名声などではない。妙法流布に勇敢なる闘争の歴史を残すことだ。「あの人がいたからこそ」と同志の心に刻まれゆく、誠実と励ましの名将として、戦い勝つことだ。
 受け難き人身を得た我らだ。壮年部結成50周年の節──広布の「黄金柱」として、堂々たる大前進を共々に!

御書と歩む 7 SGI会長が贈る指針          (2016・3・16付 聖教新聞)

令法久住のバトンを託さん

 釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏菩薩・虚空にして二仏うなづき合い、定めさせ給いしは別の事には非ず、唯ひとへに末法の令法久住の故なり(諸法実相抄、1360㌻)

通解 釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏・諸菩薩が虚空会にあって、釈迦・多宝の二仏がうなずき合い、定められたのは別のことではない。ただ、ひとえに末法における令法久住のためである。

同志への指針
 今、世界中で、青年が令法久住のバトンを受け継いでくれている。地涌の若人の躍動を、恩師もどれほどお喜びか。
 三世十方の諸仏が集い来るのも、末法広宣流布を後継の人材に託すためである。
 創価の師弟こそ、法華経の真髄の体現者だ。久遠の誓願に立ち返れば、無窮の力が湧く。さあ、共に尊敬し励まし合って、妙法の広布の旅路を進み征こうではないか!

御書と歩む 8 SGI会長が贈る指針          (2016・3・22付 聖教新聞)

人間王者の凱旋の道を!


 法華経の行者あらば必ず三類の怨敵あるべし、三類はすでにあり法華経の行者は誰なるらむ、求めて師とすべし一眼の亀の浮木に値うなるべし(開目抄、230㌻)

通解 法華経の行者がいれば、必ず三類の怨敵が現れる。三類の怨敵は、すでにいる。法華経の行者は一体、誰だろうか。探し求めて師とすべきである。(法華経の行者に出会うことは)一眼の亀が浮木にあうようにまれなことである。

同志への指針
 日蓮大聖人の仰せ通り、現代において、三類の強敵と戦い、難を受けてきたのは、誰か。創価の師弟である。創価学会しかない。
 我らには、不惜身命を貫き通す誇りがある。正義の師弟の道に徹しているからこそ、一閻浮提広宣流布を成し遂げることができたのだ。
 威風堂々と胸を張り、人間王者の凱旋の道を朗らかに歩み抜こう! 世界の友と!

御書と歩む 9 SGI会長が贈る指針          (2016・4・1付 聖教新聞)

誠実と忍耐で勝ち光れ

 仏法は体のごとし世間はかげのごとし体曲れば影ななめなり(諸経と法華経と難易の事、992㌻)

通解 仏法は体であり、世間は、その影のようなものである。体が曲がれば影はななめになる。

同志への指針
 春4月。新社会人の友も、新天地で出発の友も、健康第一で明朗に新風を、と祈りたい。
 仏法は一人一人が胸を張って社会に貢献し、人生を勝利するための根本の柱である。
 我らには、一切を打開できる信心がある。励まし合える同志がいる。大変な時ほど、題目を唱え、負けじ魂で立ち向かうのだ。わがフレッシュマンよ、誠実に粘り強く、勝ち光ってくれ給え!

御書と歩む 10 SGI会長が贈る指針          (2016・4・1付 聖教新聞)

幸福広げる太陽たれ!

 法華経の師子王を持つ女人は一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣に恐るる事なし(千日尼御前御返事、1316㌻)

通解 法華経の師子王を持つ女性は、一切の地獄、餓鬼、畜生などの百獣に恐れることはない

同志への指針

 4・11「ヤング・ミセスの日」30周年、おめでとう!
 現実は戦いだ。悩みも尽きない。しかし、題目の師子吼を唱える女性は負けない。所願満足の人生を勝ち開くことができる──これが、御本仏の絶対のお約束である。
 飾らず、つくろわず、ありのままの姿でいい。今の苦労が皆を照らす希望の光となる。一歩一歩と前進し、自他共の幸福を広げる太陽たれ!
2016-05-07 : 御書と歩む :
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