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随筆 永遠なれ 創価の大城 第2回 勇気凜々 2月を先駆

第2回 勇気凜々 2月を先駆                (2016・2・4付 聖教新聞)

「声も惜まず」我らは進む!

誠実 真剣 明朗 春呼ぶ対話の花を

 2月は、わが師・戸田城聖先生の生誕の月だ。
 そのお祝いに、沖縄の友が、戸田先生のお好きだった桜の花便りをいち早く届けてくれた。
 思えば、55年前(1961年)、恩師の悲願であった東洋広布へ私が第一歩を踏み出した時も、不二の心で日本一の折伏の金字塔を打ち立ててくれたのが、沖縄の同志であった。
 誉れ高き沖縄家族は、世界初の広宣流布、立正安国のモデル地帯をと、人生に「福徳の花」を、地域に「友情の花」を、社会に「人材の花」を、爛漫と咲き薫らせながら、前進している。
 「先駆」の誇りの九州との異体同心の連携も、頼もしい限りである。
 日蓮大聖人は、「さきがけ」の闘魂を大事になされていた。
 「先さきをしてあらん者は三世十方の仏を供養する功徳を得べし」(御書1415㌻)とも仰せである。
 四国青年部の心意気から誕生した「紅の歌」に「魁光りぬ」と謳い上げられているように、我らの学会精神の強さと深さが、ここにある。

埼玉に拡大の波
 東にあって「先駆」の気概に燃える天地が、関東であり、埼玉である。
 埼玉といえば、戸田先生の事業が最悪の状態にあった時、先生と訪れ、苦境の打開へ奔走した思い出がある。恩知らずの弟子が次々と去っていく中で一人、懸命に支え、お守りしていた時期だ。
 「必ず創価の春を勝ち開いてみせます!」。私は師に誓い、猛然と祈り抜き、阿修羅の如く戦い抜いた。
 先月、私は妻と共に、幾重にも懐かしき埼玉の文化会館を訪問した。
 埼玉そして関東の同志は今、3月の本部幹部会に向け、「わが地域の新時代を開こう」と、まさに先駆の心で「広布拡大」「対話拡大」に勇んで挑戦してくれている。
 「対話」の要諦とは、いったい何か。
 埼玉出身で、日本の近代経済の父・渋沢栄一翁は訴えている。
 「世に至誠ほど、偉力あるものはない」と。
 至誠、つまり「誠実」の限りを尽くす以上の偉大な力はないのだ。
 渋沢翁はさらに、〝至誠をもって、わが真心を表し、人と向き合うことだ。そうすれば、いかに交際が下手でも、必ず、相手に心は通じる。小手先の策を用いる必要などない〟(趣意)とも言われていた。
 その通りである。
 大聖人は「心こそ大切なれ」(御書1192㌻)と仰せられた。
 わが友に幸せになってほしい。よき社会、よき未来を一緒に築いていきたい――真心からの真剣な祈りと、勇気の対話が、自身の境涯も大きく開いていくのだ。
 戸田先生は、よく語ってくださった。
 「相手に真面目に真実を語る。そして心にあるものを訴えていく。
 これが創価学会の発祥の原理であり、発展の原動力である」と。
 心を打つものは心だ。妙法は、人間の心を強く聡明にする。自他共に幸福の峰へ導き、我らの地域を繁栄させ、平和の世界を築いていくための力である。慈悲と智慧の哲理であり、人間学であり、大法則なのである。

時を創り平和へ
 65年前(1951年)、私は埼玉の中核であった、当時の志木支部川越地区に通い始め、足かけ3年にわたって渾身の御書講義を重ねた。
 「この埼玉の地から、無数の地涌の菩薩よ躍り出で給え!」
 そう祈り、若き情熱を注いで迎えた最終の講義は、1953年(昭和28年)の2月10日――戸田先生の誕生日の前日であった。
 参加者も約50人に増えた盛況の中で、皆で拝したのは「佐渡御書」であったと記憶する。
 「日蓮は此関東の御一門の棟梁なり・日月なり・亀鏡なり・眼目なり」(同957㌻)
 大聖人を流罪し、「自界叛逆難」の様相を招いた狂乱の権力者に対する、烈々たる師子吼を留められた重書である。
 私が川越での御書講義を担当した当時、世界は厳しき東西冷戦の真っ只中にあった。
 交通や通信の発達によって、世界は急速に狭くなった。人類は一つの地球に暮らす仲間ではないか――。そう考えれば、東西の分断と対立とは、大聖人が警鐘を鳴らされた「自界叛逆難」であるとも捉えられる。
 その渦中に、戸田先生は「地球民族主義」を提唱され、弟子の私たち青年に、世界の平和のため、民衆の幸福のために立ち上がれと、深く期待されたのである。
 先生の名代として、愛する埼玉の講義を修了した、その夜の日記を繙くと、こう記してある。
 「次第に、人材、人物が、輩出して来た様子。」
 「共産主義国対自由主義国、世界の二大陣営の激突に苦悩する。吾々の前進が、その第一段階の橋渡しか。」
 「時を待て。時を待て。同志よ。民衆よ。人類よ。――」
 東西冷戦の冬の時代を越えて、SGIの平和と人道の連帯は、192カ国・地域に拡大した。粘り強く時を待ち、時を創り、人類の幸福の春を呼ぶ民衆の乱舞が、今、地球を舞台に、絢爛と花開いているのだ。

キューバの発展
 かつて核戦争の恐怖に人類を震撼させ、東西冷戦の象徴的事件となった「キューバ危機」から半世紀――。昨年7月に、アメリカとの国交回復の朗報が世界を駆け巡ったことは記憶に新しい。
 そのキューバでも、わが地涌の同志が生き生きと活躍している。
 SGIは「国家の平和と安定に寄与している団体」と高く評価され、「よき市民」としての貢献は社会に輝きを放っているのである。
 この発展するキューバ創価学会の源流にも、一人の母の奮闘があった。
 もう35年ほど前になろうか。学会員であった日本人の夫と結婚し、その後、入会して神奈川の婦人部として活動されていたキューバ出身の女性を、私と妻は全力で励ました。
 「あなたには、深い使命があります。題目をあげて前進してください。ご家族と必ず幸せになってください!」
 彼女は、「愛する祖国に平和と希望の種を蒔こう!」と、尊い誓願を立てられた。
 そしてキューバにいる両親を入会に導き、妹も続いた。今、その妹さんがキューバ創価学会のリーダーを立派に務め、和楽のスクラムを牽引しておられる。これほど嬉しいことはない。

師子吼の一人に
 「一人立つ」勇者がいれば、そこから必ず状況は変えられる。
 「真剣な一人」「必死の一人」から、勝利の突破口は開かれるのだ。
 キューバ独立の英雄ホセ・マルティは叫んだ。
 「正義に無頓着な大衆より、たった一人の正義の人の存在が強いのです。真の勝利を得るには、まず精神の上で勝利することです」
 日蓮仏法の実践の魂も「一人立つ」ことだ。勇み立って、「法華折伏・破権門理」の戦いを起こすことである。
 黙っていては、正義を為すことはできない。
 語らなければ、真実は伝わらない。
 御聖訓には、「彼等は野干のほう(吼)るなり日蓮が一門は師子の吼るなり」(御書1190㌻)と仰せではないか。
 「声も惜まず」(同726㌻)、「言をもおしまず」(同356㌻)と叫ばれた誉れある大聖人の一門として、自信満々と、正義の言論戦を繰り広げるのだ。
 今、全国各地の男子部・女子部・学生部が先頭に立って、「青年の声」を結集し、「青年の連帯」を拡大している。
 地域の太陽・婦人部は明るく皆を照らし、励ましの光を、いやまして快活に広げてくれている。
 創価の黄金柱・壮年部も、結成50周年の佳節を前に、堂々たる行進を開始した。
 「伝統の二月」から、創価の春へ!
 聡明に、健康第一で、一日一日を勝ち進もう!
 仲良く励まし合って、皆が力を出し切ろう!
 胸を張り、声も惜しまず、わが信念を語ろう!
 朗らかに伸び伸びと、笑みを湛えて、友情を結ぼう!
 勇気凜々、創価の師弟桜の道を、晴れ晴れと開きゆくのだ!
  
 伝統の
  勇気の拡大
   二月かな
  いざや楽しく
   広布の旗 振れ


渋沢栄一の言葉は、渋沢青淵記念財団竜門社編『渋沢栄一訓言集』(国書刊行会)。
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2016-02-04 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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池田名誉会長が贈る 勝利の人間学 68〜89

第68回 陰の労苦が幸福の礎に   (2015.2.18付 創価新報)

人知れぬところで努力を
 人間として光っている人——その人たちに共通する点がある。それは、人知れぬ努力を重ねていることだ。また、苦労をいとわず、人のために尽くしていることだ。
 創価の尊き同志は、目に見えないところで、友の幸福を祈り、どんなに悪口を言われようとも、社会の繁栄と平和に尽くし抜いてきた。だからこそ、世界を照らしゆく、今日の学会の大発展があるのだ。
 「陰徳あれば陽報あり」(御書1178・1180㌻)である。わが青年部の皆さんは、日々、誇り高く偉大な信念の陰徳を積み、未来に偉大な勝利の陽報を輝き光らせていただきたい。

青春時代にうんと苦労せよ

 日本を代表する経済人・松下幸之助さんは、しみじみ言われた。「やっぱり、若い時の苦労は、買ってでもせな、あきまへんなぁ」と。
 仕事でも、芸術でも、スポーツでも、一流の次元に到達するためには、修行の道がある。良き師、良き先輩について、無我夢中で努力するなかで、本物の力が鍛えられる。
 人生は戦いである。鍛錬である。それを知った人間が勝つ。なかんずく、仏道修行は、仏の生命を鍛え上げる大道である。
 何があっても、「苦楽ともに思い合せて」(同1143㌻)題目を唱え抜き、友と励まし合い、朗らかに乗り越えゆくのだ。

人生の土台を今、築きゆけ

 青年にとって、失敗は、全て次の勝利への出発である。ゆえに、失敗を恐れるなかれ! 挑戦しない臆病こそを恐れよ!
 厳しく叱られたことも、クヨクヨしないで、前向きに自分の成長につなげればよい。
 私も、戸田先生に、どれだけ叱られたことか。全部、かけがえのない訓練であった。
 青春は、人生の土台作りの時だ。それは、地味であり、地道である。しかし、土台さえ盤石であれば、いくらでも大きな建物が建てられる。何事にも揺るがぬ自分になれる。
 学会活動の中で、究極の人間学を学びながら、人生勝利の土台を築いてくれ給え!

第69回 悩んだ分だけ強くなれる!  (2015.3.4付 創価新報)

妙とは蘇生の羲なり
 東日本大震災から4年——。
 被災地にあって、わが創価の若人たちは、不屈の魂で戦い抜いてくれた。
 それは、最大の試練に挑んで、「人間の力はかくも偉大なり」と、世界に示してきた誇り高き光跡である。
 私は、一人一人の手を取り、高く掲げて、その尊き青春勝利の劇を労い、讃えたい思いでいっぱいである。
 御聖訓には、「妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがえる義なり」(御書947㌻)と仰せである。妙法は、一切を蘇らせゆく源泉だ。
 これからも、「心の復興」への若き旗頭の皆さんが、題目を根本に、蘇生の力を、郷土に、社会に漲らせていっていただきたい。

同苦の祈りが友の希望
 悩みは千差万別である。相談を受けても、十分に答えられない時もあろう。大切なことは、悩みを分かち合い、共に祈ることだ。
 掛ける言葉が見つからなくとも、誠実に話を聞くだけでも力となる。信頼できる先輩を紹介して、アドバイスを求めても良い。
 そして、その人が立ち上がるまで、題目を送っていくことだ。
 「同苦」の祈りが、友の希望となり、勇気となることを忘れまい。

苦難と戦えば仏の力が
 我が恩師・戸田先生は言われた。
 「大聖人の仏法は、逆境にある人が、必ず幸福になる宗教である。信心で、苦難に立ち向かえば、すごい仏の力が出る。その人こそ、本当に皆を励ますことができ、悩める人の味方になれるのだよ」と。
 ゆえに、宿命との闘争を恐れてはならない。
 自分自身が苦難と戦っているからこそ、苦しんでいる人の心が分かる。
 朗々と妙法を唱えに唱えて、友の中へ、人間の中へ、勇んで飛び込み、励ましの声を響かせていくのだ。
 「冬は必ず春となる」(同1253㌻)との御金言を抱きしめて!

第70回 妙法のリズムで偉大な前進を  (2015.3.18付 創価新報)

一切は朗々たる題目から
 日蓮大聖人は、「我等が頭《こうべ》は妙なり喉《のど》は法なり胸は蓮《れん》なり胎《はら》は華なり足は経なり」(御書716㌻)と明快に仰せになられている。
 この私たちの身体そのものが、最も尊貴な妙法蓮華経の当体なのである。
 妙法は、大宇宙を貫く大法であり、同時に小宇宙である我が身の法でもある。ゆえに、私たちが妙法を唱え、広宣流布に生きゆくとき、生命が大宇宙の根本のリズムと合致し、自在の大境涯を開いていくことができる。
 さあ、朗々たる題目から出発しよう! 生き生きと躍動する生命力で、頭を使い、足を運んで、今日も勝利の劇を綴りゆくのだ。

「時」を逃《のが》がすな、勝ち取れ
 仏法では、まず「時」を知り、その「時」にかなった実践をすることを重んずる。
 日興遺誠置文には「ああ、仏法にめぐりあうことはまれである。例えば優曇華の花が三千年に一度咲くようなものであり、一眼の亀が願いどおりの浮木を見つけ、その穴に入ることが極めて難しいようなものである。それよりもなお、正法にはあいがたい」(同1617㌻、通解)と記されている。
 あいがたい仏法に出あい、あいがたい広布の「時」を、善き同志と共に生きることが、どんなに素晴らしいことか。 「時」を逃してはならない。自らの使命の最前線で、人間革命の「時」をつかみ、勝ち取るのだ。

王者の魂で「5·3」へ
 わが師·戸田城聖先生は「3·16 」の式典で、「創価学会は宗教界の王者なり」と宣言なされた。青年部が受け継ぐ師弟の魂とは「王者の誇り」であり「師子王の心」である。
 「王」とは、その字の如く「天」と「地」と「人」を貫いて少しも傾かない存在をいう。
 いかなる苦難の烈風にも微動だにしない。胸を張り、立ち向かう人間王者をつくる——ここに信仰の真髄がある。
 学会は「3·16」から「5·3」 へ、連続勝利のリズムで前進する。その勝ち戦の先陣として、若き師子王よ、颯爽と走りゆけ!

第71回 日に日に新たに  (2015.4.1付 創価新報)

朝に勝ち、一日を勝つ
 何事も大事なのは、基本に徹することだ。仏道修行の基本は、勤行・唱題である。
 御書に「朝朝《ちょうちょう》・仏と共に起き」(御書737㌻)とある。私たちは 朗々たる朝の勤行で、胸中に「元初の太陽」を昇らせよう! 今日も、凱歌のファンファーレを奏でゆくのだ!
 わが師・戸田先生は、朝に厳しかった。「朝の出勤で人物がわかる」と言われ、遅刻は厳重に戒められた。
もちろん、仕事や勤務の形態は多様だろう。要は、1日のスタートダッシュの勢いである。
 とくに新社会人は、皆に先んじて出社し、元気に声を出して、挨拶をしていくことだ。

「目標への執念」で決まる
 戸田先生は、「まず “こうするのだ” と決める。 “必ず勝つのだ” と決める。一念を定めるかどうかで、勝敗は決まる。これが勝負の哲学である」と教えてくださった。
 明確な「目標」を掲げ、「断じて勝つ」と誓願を立て、そして猛然と祈っていくのだ。
 日蓮大聖人は、「法華経の行者の祈りのかな《叶》はぬ事はあるべからず」(同1352㌻)と、断言されている。いかなる状況であれ、決定《けつじょう》した祈りに、諸天が動かないわけがない。祈り抜き、戦い抜き、最後は必ず勝つのだ。
 青年よ、「目標への執念」を忘るるな!

戦いは慣れと油断を排せ
 生命は間断なき戦いである。ゆえに、「慣れ」と「油断」を排さねばならない。
「これぐらいでいいだろう」「自分は大丈夫」と思う慢心に、魔はつけ込んでくる。
 常に題目を忘れずに、傲らず、弛まず、怯まずに勇猛精進していくのだ。
 創価の父・牧口先生は、「荀《まこと》に日に新たに、日日に新たに、又《ま》た日に新たなり」(中国の古典 『大学』 )を座右の銘にされていた。
 日々挑戦、日々向上、日々人間革命——これが仏法の魂だ。ここに信心の勝利がある。
青春とは躍進する生命だ。はち切れんばかりの息吹で、希望満開、勇気満開の春を!

第72回 動き、語り、大境涯の人に  (2015.4.15付 創価新報)

自分から声を掛けよう
 新年度が始まり、職場や学校など、新たな環境で出発した友も多い。新しい出会いは、新しい自分をつくるチャンスだ。
 釈尊は「自分から声を掛ける人」であったと伝えられる。気取りなどいらない。青年は誰に対しても臆してはならない。
 御書には、「言葉というのは心の思いを響かせて、声に表したものをいうのである」(563ページ、通解)と仰せである。
 自らの思いを込めて、誠実に、率直に、そして礼儀正しく、言葉を発していくのだ。
 世代間や価値観の断絶が指摘される時代だ。だからこそ、君たちの勇敢にして聡明な「声の力」を響かせて、殺伐とした社会を蘇生させてもらいたい。

行動した分、友情が広がる
 広宣流布のために、動いた分、走った分、語った分、真の友情の道が開ける。自他共の幸福の地図が広がる。これ以上、充実した、悔いなき歴史はない。
 向かい風であっても、泥沼であっても、友と手を携え、前へ前へ進み抜いていけば、崩れざる「異体同心」のスクラムができあがる。
 地元から離れた組織を担当して頑張っている人もいる。苦労も大きい分、境涯も大きく豊かになっていくことは間違いない。
 強盛の大信力で、全てを前進の力に変えて、かけがえのない青春を、挑み舞いゆけ!

眼前の課題を勝ち切れ!
 「ローマは一日にして成らず」だ。何事であれ、建設は死闘である。
 ましてや、広宣流布という、人類の境涯を最高に高め、希望と平和の「永遠の都」を築きゆく大偉業は、一朝一夕にはできない。
 着実にして、たゆみない一日また一日の積み重ねを要する。世代から世代へ、後継の人材の流れをつくっていく以外にない。
 なかんずく、今この時、自ら誓い願って躍り出てくれた地涌の青年に、私は一切を託す。
 眼前の課題を、一つ一つ勇んで戦い切り、勝ち切ってくれ給え!
 今の勝利こそが未来の栄光を開く——と

第73回 青年の可能性は無限大  (2015.5.6付 創価新報)

若さ自体が「財宝」
 若さは、それ自体が、無上の「財宝」 だ。
 どんな富豪よりも、どんな帝王よりも、伸びゆく若人の生命が美しく、豊かなのである。
 その青春の生命を最大に光輝あらしめていくのが 、正しき信仰の実践だ。
 「深く信心を発《おこ》して日夜朝暮にまた懈らず磨くべし」(御書384㌻)と仰せの通りである。
 自行化他の題目で生命を磨こう!
 対話に打って出て人格を磨こう!
 仏法は「現当二世」だ。後ろを振り向く必要はない。前へ前へと進んでいけばよいのだ。
 君たちは、「無限の可能性の宝」なのだから。

新しい力を引き出せ
 わが青年部の大奮闘によって、学会は「5・3」を大勝利で飾ることができた。
 さらなる躍進のために、新しいリーダーを抜擢し、大切に励まし、伸ばしていこう。
  新しい息吹と力、新しい考え方と智慧を、どんどん引き出して、生かしてもらいたい。
 先輩は、後輩を下に見るのではなく、自分以上に使命深き地涌の菩薩として、尊重する。賢く大きな心で、桜梅桃李の人材が伸び伸びと長所を開花できる希望の園をつくるのだ。
  自分の時代に、共に広布へ走る中で、どれだけの人材を糾合し、育てることができるか。その明確な祈りと挑戦を忘れまい。

歓喜の一波を万波へ
 御書には、「とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし」「何《いか》にとしても仏の種は法華経より外になきなり」(同552㌻)とある。
 相手が聞いても聞かなくても、仏法の対話は、心の大地に「仏の種」を蒔くことだ。ゆえに、勇気を出して語り切っていけばいい。
 真剣な唱題と激励を積み重ね、妙法を持《たも》つ新たな同志が誕生する瞬間ほど、歓喜踊躍《ゆやく》する時はない。まさしく「今生人界の思出」(同467㌻)となるのだ。
 信心の歓喜を、自分から周囲へ、一波から万波へ起こしゆくことが、広宣流布の実像だ。
 さあ、五月の薫風が吹き渡るように「喜び勇んで、若き地涌の連帯を広げゆけ!

第74回 折伏の目的は自他共の幸福  (2015.5.20付 創価新報)

相手を思う心こそ大切
 皆で御書を学び合った折、 一人の女子部の友から、「折伏が思うように進まないのですが」と質問されたことがある。
 折伏のことで悩む。その心それ自体が、仏の心である。仏の悩みである。
 私は最大に讃えつつ、申し上げた。
 「折伏については、結局は相手を思う一念です。 一人の不幸な人を救おうよ。一人の命は地球よりも重いのです」と。
 報恩抄には「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の他未来までもながるべし」(御書329㌻)と仰せである。
 折伏は、この御本仏に連なる最極の慈悲の行動である。友の幸せを祈り、友を思う真心からの対話は、互いの未来を開いていくのだ。

まず「できる」と決めて
 若き日、私も折伏が進まず、大いに悩んだ。
 その中で私は、「戸田先生は末法の折伏の師匠である。私はその弟子である。ならば、折伏ができないはずがない」と心を定めた。
 折伏は、まず「できる」と決めることだ。
 その人の生命を、永遠の幸福の軌道ヘリードしていく、人間として最高に尊い振る舞いである。ゆえに、題目を根本にして、朗らかに自信満々と、仏法を語り、体験を語り、創価の世界を語り切っていけばよいのだ。

随力弘通、力の限り語れ
 戸田先生は、確信を込めて言われた。「人に聞かせているだけで、それは折伏であり、聞法下種になるのです。すぐ功徳は出る」と。
 折伏は、実っても、実らなくても、功徳は厳然とある。計身の成長と人間革命に直結し、希望の仏縁と真実の友情が広がる。
 諸君の先輩たちも、折伏の実践のなかで、境涯を革命し、家庭を革命し、職場にあって勝利の実証を示し、信頼を築いてきた。
 日興遺誡置文には、「未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事」(同1618㌻)と仰せである。
 「随力弘通」こそ学会精神だ。自分が持てる力を青年らしく出し切って、戦おう!

第75回 心に太陽を! 朗らかに進め(2015.6.3付 創価新報)

リーダーは笑顔で励ませ

 笑顔には、不思議な力がある。
 日蓮大聖人は、日に二、三度、親に笑顔を見せるだけでも親孝行になるのだと、青年に教えられた(御書1527㌻、趣意)。
 笑顔は笑顔を生む。聡明な振る舞いが幸福を広げるのだ。
 御書には、「笑う」ことを「咲《わら》う」とも書かれている。自分らしく前進し向上する精神の充実が、笑顔の花と咲き表れるのだ。
 もちろん、無理をする必要はない。苦しい時は苦しいままに、題目を唱えながら、ありのままの生命を輝かせていけばよい。
 リーダーの皆さんは、行くところ向かうところで、皆がそれぞれの希望の花を咲かせていける励ましをお願いしたい。

自分も、周囲も、元気に
 大変だからこそ、「朗らかにいこう!」と決めることだ。その人は、すでに勝利しているからだ。
 うまくいかない時は、原点に戻ればよい。
 たとえ、職場の雰囲気が暗くギスギスしていたとしても、「自分がもっといい職場にしよう」と思えばよいのだ。自分が太陽になれば、やがて暗い影は消え去っていく。
 若き日に詠んだ私の一詩を贈りたい。
 「青年は/真剣に 目的に進む時/最も尊く 最も気高い/——されど 決して/微笑《ほほえみ》を忘れてはならぬ/常に快活であれ/中天の太陽のように——」

君よ嘆くな、強くあれ
 真剣と深刻とは違う。勇敢と悲壮とは違う。勇気の人は明朗である。確信の人は冷静である。知性の人は余裕がある。
 大聖人は、竜の口の法難にお供する四条金吾を、「これほどの悦《よろこ》びをば・わらへかし」(同914㌻)と励まされた。
 仏法は、誰もが強く明るく生き抜くためにある。君よ、嘆かず、恐れず、仏の頑健な生命力を発揮して、一日一日を勝ち切ろう!

第76回 青年の行動が“時”を創る         (2015.6.17付 創価新報)

広布拡大の先駆者たれ
 御聖訓には、「一闇浮提にひろまらせ給うべき瑞相に日蓮さき《魁》がけしたり、わたう《和党》ども《共》二陣三陣つづきて」(御書910㌻)と仰せである。
 日蓮仏法の魂は、「さきがけ」の勇気だ。
 この勇気に燃えて、「二陣三陣」と、創価の青年が立ち上がったからこそ、日本中、世界中に、大法弘通の波動が広がってきた。
 これが、変わらざる拡大の方程式である。
 まず自分が、決然と一人立つことだ。思い切って行動を起こすことだ。
 先陣の苦労は大きい。しかし、その分、大きく人間革命できる。必ず諸天に守られる。
 「我、広布拡大の先駆者なり!」と誇りに胸張り、人材の流れを開いていってくれ給え。

社会の平和と安穏のため
 平和な社会、安穏な地域を築くためには、生命尊厳の正しき思想を打ち立てることだ。
 大聖人は、絶え間ない三災七難を深く憂い、「結句は勝負を決せざらん外《ほか》は此の災難止み難《がた》かるべし」(同998㌻)と断言なされた。
 正義が勝ち栄え、正法が興隆することが、民衆の幸福と、国土の繁栄に連動していく。    
 その推進力が「立正安国」の対話である。伸び伸びと信仰の歓喜を語ればよい。信心していて良かったことを伝えればよい。
 確信に満ちた朗らかな声は、相手の生命の奥底に、必ず響いていくものである。

創価の哲学を時代精神に
 創価の父・牧ロ常三郎先生は、人類の歴史が、軍事的、政治的、経済的競争の時代から、人道的競争の時代へ移行すると展望された。それは、国や文化の違いを超え、触発し合い、人類への貢献を競い合う時代といえる。
 キーワードは「友情」である。主役は「青年」である。「仲良くしよう」という心を広げ、新たな“時”を創るのだ。
 青年が自らの行動で、青年を糾合するのだ。
 目の前の友と語らい、友情を結ぶ。最も地道で最も確実な平和の王道が、ここにある。

第77回 白蓮華の如く強く清らかに
       (2015.7.1付 創価新報)

希望の花は現実の泥中で咲く
 御聖訓には、「妙法蓮華経と申すは蓮に譬えられて候」(御書1580㌻)と仰せである。
 その蓮華の名を冠する白蓮グループとは、なんと尊貴な使命と福徳の集いであるか。
 「如蓮華在水」——蓮華が泥沼にあって清浄無比の大輪を開花させるように、白蓮の乙女たちは、どんな環境でも、強く清らかに希望の花、歓喜の花を咲かせ広げていけるのだ。
 また、蓮華は花と実が同時に成長するゆえに、仏の生命を開く原因も結果も同時に具わる「因果倶時」の法理を表している。
 この妙法に則って決意し、祈り、行動する白蓮のリーダーは、最高に充実した青春の劇を飾りながら、長い一生の幸福勝利の果実も育んでいるのだ。その誇りと確信を忘れまい。

悩みに「負けない心」で
 悩みは、心が成長しゆく証《あか》しといってよい。悩みがあるからこそ、境涯を深められる。リーダーが悩みと戦うからこそ、皆を励ませる。
 御書には、「煩悩の淤泥《おでい》の中に真如の仏あり」(740㌻)と説かれている。
 苦悩する人々の中へ分け入って、抜苦与楽の対話を貫く生命こそが、仏なのである。
 いかなる悩みの淵にあっても、心が負けなければよい。「負けない心」が未来を創る。
 同志と共に、創価家族と共に、題目を唱え抜いて、この現実社会で、わが生命を“妙法蓮華の当体”と輝かせ切っていくのだ。

「さわやかな声」で幸の連帯を
 白蓮グループの愛唱歌「星は光りて」は、私の妻も大好きな歌である。
  「疲れたる友に さわやかな声」
  「涙の人をも 喜びゆかんと
  晴れの姿を 見おくる姫《ひめ》らは」
 一回一回の着任、一つ一つの振る舞いが、最も気高く、最も偉大な仏道修行である。
 「法のため」「人のため」に尽くしゆく日々は、無上の「心の財《たから》」を積んでいるのだ。
 白蓮の皆さんの「さわやかな声」が響くところ、幸の連帯が広がる。諸天善神も集まり、創価の行進を讃え、護りゆくに違いない。

第78回 わが生命を磨く向上の夏
         (2015.7.15付 創価新報)

信心即生活のリズムで
 まず祈りから出発だ。そして祈った通りに行動する。これが「信心即生活」である。日蓮大聖人は、「此(こ)の妙法蓮華経を信仰し奉る一行(いちぎょう)に功徳として来(きた)らざる事なく善根として動かざる事なし」(御書500㌻、「聖愚問答抄」)と仰せになられた。
 妙法という大宇宙の根本の大法則に合致した一日一日が、どれほど大きな功徳と善根を積み広げていけるか、計り知れない。
 朝晩の勤行・唱題は、究極の健康と勝利のリズムだ。暑い夏だからこそ、白馬が大草原を駆けゆくような清々(すがすが)しい題目で、生命力満々と、きょうも価値創造の行動を!
 
心を結ぶ友好の深化を
 友との良き連帯は、何ものにも勝る宝だ。
 夏は、懐かしい旧友との再会や、新しい友人との出会いの機会も多い。青年らしく伸び伸びと交流し、友好を広げゆくことだ。
 法華経の修行の真髄は、不軽菩薩の「人を敬う」振る舞いにあることを忘れまい。
 誠実に、闊達(かったつ)に、聡明に友情を育むことが、そのまま大事な仏縁を結ぶことになる。
 直接会えずとも、連携を取る。声を掛ける。「お元気ですか?」――その心のつながりが、人は嬉しいものだ。相手に即して、家族のこと、仕事のこと、近況などを気づかいながら語らえば、心と心はよリ深く通い合う。
 仏法とは、最極の人間学の実践である。

眼前の課題に勇んで挑戦
 人間革命の舞台は、どこにあるのか?
 「今ここ」である。目の前の課題に勇んで挑戦するなかに、常に青年の成長はある。
 わが恩師・戸田先生は教えてくださった。
 「鉄は熱いうちに打て! 人間も若いうちに自らを鍛えねばならない」
 尊い使命ある君たちだ。希望の未来へ、心も体も頭も、磨き鍛え上げていただきたい。
 人知れずに努力を重ね、忍耐強く、苦労し抜いた人が、青春の勝利者である。
 この夏、力強くダイナミックな行動力で、一回り大きく成長していってくれ給え。

第79回 学会活動は日々、平和の創造       (2015.8.5付 創価新報)

信心は生命を根底から変革
 仏法は、人の心も、また社会の精神性も、深く鋭く映し出す英知の鏡である。
 日蓮大聖人は、その明鏡に照らして、時代の混迷の元凶は人間の生命に巣くう「貪瞋癡」の三毒にあり、「戦争は瞋り(怒り)から起こる」(御書1064㌻、趣意、)と喝破されている。
 「貪瞋癡」の生命を根底から変革する力が、我らの信心である。命の奥底から泉を湧き立たせて、三毒の炎を消していくのだ。
 この生命尊厳の大哲理を学び、語ろう!
 自他共の生命を変える智慧が、ここにある。学会活動は、日々、偉大な平和の創造なのだ。

座談会は心を結ぶ広場
 戸田城聖先生は、戦後の混乱の世にあって、座談会から学会の再建を始められた。
 一人の悩める友を励まし、幸福へと蘇生させる。この最も地道な対話を、希望の武器として、渦巻く暴力の魔性に挑んだのだ。
 戦後2年目の夏に、私が入信した起点も、戸田先生が出席された座談会であった。
 恩師は、「青年が座談会に飛び込み、若き力で広宣流布の組織を盛り上げるのだ」と叫ばれた。心と心を結ぶ少人数の座談で築き上げた民衆の連帯こそが、平和の土台となることを確信されたい。

足元から歓喜と和楽の波を
 人間社会は複雑で、矛盾や対立が絶えない。
 その不幸な流転に負けずに、万人の幸福と平和の道を、いかにして切り開いていくか。
 日蓮仏法には、人類の根本的な宿命転換の方途が厳然と示されている。それは、常楽我浄と所願満足への明確なる軌道である。
 被爆・終戦70年の今、広島、長崎、沖縄をはじめ日本全国、さらに世界各地で、創価の青年が平和運動の旗手となり、歌声も高らかに、新たなスクラムを広げてくれている。
 「立正安国論」には、「汝《なんじ》須《すべから》く一身の安堵を思わば先《ま》ず四表の静謐《せいひつ》を禱《いの》らん者か」(同31㌻)と仰せである。
 今日も、世界平和を祈り、自らの足元から、歓喜と和楽の波を創り起こしてくれ給え!


第80回 先手を打ったところが勝つ
      (2015.8.19付 創価新報)

最高の作戦から最高の行動へ
 一つ一つの課題について、皆で真剣に協議し、智慧を出し合い、先手、先手を打っていく。これが学会の強さである。
 御聖訓には、「謀《はかりごと》を帷帳《いちょう》の中に回《めぐ》らし勝つことを千里の外《そと》に決せし者なり」(御書183㌻)と仰せである。万事において、最高の作戦を練り、勝利を決することを教えておられる。
 どうすれば同志が喜ぶか、広宣流布が進むか、人材が育つか――常に祈り、思索し、中心者で心を合わせ、打ち合わせていくのだ。
 そして、皆で一致したら、すばやく「最高の行動」に出る。ここに常勝の要諦がある。

新任リーダーは百日が勝負
 各地で新たなリーダーが誕生している。
 地涌の青年の躍動は、何よりも頼もしい。
 任命を受けたら、「最初の百日が勝負」である。初心のままに、走り抜くのだ。
 リーダーにとって大事なことは、「責任」である。責任をもって友の幸福を祈り、責任をもって、広布のために地域を駆けるのだ。
 自ら激励に歩き、一人一人と会い、語り合う。これこそ、尊い仏道修行である。
 メンバーのために汗を流した分、組織は発展していく。それが、永遠に朽ちない自身の福運となる。全部、自分に還ってくるのだ。
 「我は勝ちたり!」という歴史を頼む。

賢く大きな心で同志を大切に
 リーダーは、大鷲《おおわし》が飛ぶような、悠々たる境涯で名指揮をお願いしたい。賢く大きな心で友を包み、皆を人材に育ててほしい。
 日蓮大聖人は、四条金吾のことを「極めて負けじ魂の人であり、同志を大切にする人である」(同986㌻、通解)と讃えられた。
 「尊き同志のために」との一念に立つ時、限りない勇気と活力が湧いてくる。
 もちろん、一人で全てを抱え込む必要などない。「共に戦おう!」という心で、皆を尊敬し、皆の力を引き出していくのだ。
 その中で、「あの人も人材だ」「この人も人材だ」と見えてくる。そこから、共戦の陣列が必ず陸続と生まれていくのだ。

第81回 確信と情熱を胸に進もう      (2015.9.2付 創価新報)

最高峰の思想を学べ
 どうすれば、人は幸福になれるのか。世界を平和にできるのか──これが、人生の根本命題であり、人類の永遠の課題である。
 仏法には、その究極の指標が示されている。ゆえに青年ならば、求めて研鑽すべきである。
 戸田城聖先生は言われた。
 「最も高き思想から学べ! 御書を拝していけば、あとのことは、全部、分かってくるものだ」
 高い山の頂に登れば、すべてを見下ろしていける。遠くまで見わたせる。
 日蓮大聖人の仏法を深く学び、行ずれば、大きく境涯を開き、自分に勝ち、社会で勝つ「賢者の道」を歩むことができるのだ。

御文を声に出して拝しゆけ
 御書を拝せば聡明になる。心が美しくなる。
 その一文字一文字は、大聖人の師子吼であられる。無限の勇気と慈悲が込められている。
 毎日、一文でも、一節でもいい。声に出して拝読し、生命に刻みつけていくことだ。
 そして、「我もいたし人をも教化候へ」(御書1361㌻)と仰せの如く実践していくことだ。
 私も青年部時代の激闘の中で、日々、御書を開き、日記などにも要文を抜き書きした。
 御書には、魂の滋養が満ちている。
 御聖訓を若き心肝に染め、人格も知性も、本物に鍛え上げていただきたい。

学んだ歓喜を語り広げよう
 恩師は、教学の姿勢について、「求道の心で大聖人の御精神に触れ、感動していくことだ。そうすれば、昔、習ったことを思い出すように、生命で会得していける」と教えられた。
 この秋、青年部教学試験1級、また任用試験が行われる。教える側も、教わる側も、希望に燃えて、行学の二道に励んでいこう!
 たとえ初めは分からなくても、真剣に学んでいけば、「ああ、そうだったのか!」と必ず納得できる。心に大きな歓喜が漲る。「法自ら弘まらず人・法を弘むる故に人法ともに尊し」(同856㌻)である。
 学んだ喜びを、勇んで語り、広げよう!

第82回 節目、節目を勝ち飾れ      (2015.9.16付 創価新報)

目標を明確にして一点突破
 「広宣流布」は、人類史の希望である。
 それは、確固たる信念の人材を幾重にも育て、あらゆる活動の根幹に、生命尊厳と人間主義の哲学を浸透させゆく運動だ。
 壮大な遠征であるからこそ、一つ一つ、戦いのホシを明確にし、一歩一歩、前進するのだ。
 御聖訓には、「竹の節を一つ破《わり》ぬれば余の節亦《また》破《わ》るる」(御書1046㌻)と説かれている。
 破竹の勢いといっても、「一点突破」の挑戦から生まれる。その主役は青年だ。
 学会は、記念日や節目を目指して一人一人が明確な目標を定めて祈り、勝ち取ってきた。だから、今日の常勝の学会となった。この偉大な伝統を断固、受け継いでくれ給え!

広布の歓喜にあふれて!
 日蓮大聖人は、「うれしきかな末法流布に生れあへる我等」(同1439㌻)と仰せである。
 大いなる広布のロマンを抱き、不思議な縁《えにし》の同志と共に「うれしきかな」と、いよいよ喜び勇んで、楽しく仲良く進みゆくのだ。
 「ただ心こそ大切なれ」(同1192㌻)である。心で決まる。何があっても、まず題目だ。そして、目の前の課題に、「よし、また福運をつけよう!」と、張り切って取り組むのだ。
 生き生きと、はつらつと広布に走る若人を、諸天善神が護らないわけがない。勝利の道は必ず開かれる。

地道な努力こそ王道なり
 何事も、地道な人には、かなわない。地道に戦い抜いている青年は、最も神々しい。
 題目また題目、折伏また折伏、激励また激励に徹し抜くことだ。基本を倦《う》まず撓《たゆ》まず繰り返していく。その人が一番、強いのだ。
 わが師・戸田先生も、豪放磊落でありながら、緻密で正確な努力を大切にされた。
 「激動の時代である。勝負の世紀である。自分の足元を固めた人が勝者となる。これが鉄則である」と強調された。
 100年先、200年先の礎を、私たちは築いている。無量の大福徳を確信し、自らが担う創価の組織を盤石に創り広げよう!

第83回 地域、社会の希望の柱に      (2015.10.7付 創価新報)

スピードに人間性が光る
 戦いは「スピード」と「確実性」で決まる。学会は、この早さと真心で勝ってきた。
 友への激励も、時を失してはならない。迅速に声をかけ、手を打っていくのだ。そこに、リーダーの人間性が光る。
 もちろん、慌てて雑になってはならない。一人一人に、誠心誠意、接していくことだ。それができるリーダーでありたい。「軍《いくさ》には大将軍を魂とす」(御書 1219㌻)である。
 リーダーの真剣と献身から、新たな大回転が始まる。どうすれば、やりがいをもって友が活動できるか、常に心を砕くことだ。打てば響く反応を忘れず、元気な声で、どんどん励ましを送ってくれ給え。

今いるところを寂光土に
 地域に根差していくことが大事である。
 地域に根を張らない人生は、儚くわびしい。
 御義口伝には「今《いま》日蓮等《ら》の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住処は山谷曠野皆寂光土なり」(同781㌻)と仰せである。
 今いるところを「寂光土」に輝かせていく究極の力が妙法である。
 愚痴や文句からは、価値は生まれない。
 自分の地域を「よきところ・よきところ」(同1183㌻)と讃え、感謝していくなかに、福運が増し、自他共の幸福の地盤が広がる。

最後に勝つ負けじ魂を
 誰人にも、思いがけない試練が競い起こる。
 そこで負けない土台を築くために、青年部時代の訓練がある。創価班、牙城会、白蓮グループ等の薫陶を受けた人は強い。
 戸田先生は、私に贈ってくださった。
 「勝ち負けは 人の生命《いのち》の 常なれど
      最後の勝《かち》をば 仏にぞ祈らむ」
 濁世では、ずる賢く要領のいい人間が、一時、もてはやされることがあるかもしれない。
 しかし、最後に勝つのは、真面目で粘り強く努力を貫く人である。否、誠実の人が断じて勝たねばならない。
 そうした世の中を創るために、我らの広宣流布があることを忘れまい。

第84回 異体同心の本領発揮を      (2015.10.21付 創価新報)

納得と共感から前進の力が
 創価の友は、全員がかけがえのない人材だ。
 御聖訓に「皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱えがたき題目なり」(御書1360㌻)と仰せではないか。ゆえに、リーダーは一人一人が地涌の自覚に立てるよう、励ますことだ。
 大切なのは、納得と共感である。
 「鏡に向かって礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり」(同769㌻)と説かれる。
 友の生命の仏性を尊敬して、誠実を尽くす振る舞いから、納得と共感は生まれていく。
 人に応じ、心に応じ、時に応じ、所に応じた、きめ細やかな激励に、人の心は動くものだ。
 その積み重ねこそが前進の力となる。

「仲良く」が仏法の根本精神
 わが学会は、一閻浮提広宣流布を遂行しゆく、ただ一つの和合僧団である。
 「どこまでも仲良く」──ここに限りなく功徳があふれ、拡大が進み、人材が育つ。
 大目的を忘れ、小さな感情にとらわれて、皆と団結できなければ、自分が損をする。
 戸田先生は語っておられた。
 「信心が同じであるがゆえに、互いに嫉《そね》むことなく、憎むことなく、相和《あいわ》して御本尊に仕えまつる。この精神を、和合僧の精神というのである」
 我らは「自他彼此の心なく」(同1337㌻)進む同志だ。「心を合わせよう」「皆の心を一つにしていこう」と、異体同心の祈りから出発して、和楽と歓喜の絆を強めゆくのだ。

平和を創る人間主義の連帯を
 一人一人が勇気をもって立ち上がり、大きく力を合わせれば、世界を変えられる。民衆のスクラムには、いかなる権力も敵わない。
 恩師の「地球民族主義」とは、あらゆる差異を超えた、生命という共通の基盤に立って、民衆と民衆が心を結んでいくことだ。
 私たちは、人類が夢に見た世界市民の結合を、192カ国・地域に築き上げてきた。
 権威主義でもなければ、形式主義でもない。麗しい人間主義の大連帯を、全世界の創価の若人が、いよいよ広げゆく時代である。

第85回 声を惜しまず語れ     (2015.10.21付 創価新報)

功徳を広げる仏法対話
 真実の言葉ほど、胸に響くものはない。
 体験が大切である。悩みと戦い、苦労して勝ち取った体験以上の真実はないからだ。
 飾らず、繕わず、ありのままの信心の喜びを伝えれば、相手の生命に仏種が蒔かれる。
 御聖訓には「この娑婆世界は、耳で仏法を聞いて、成仏する国土である」「この法門を耳にする、すべての衆生は、功徳を得ていくのである」(御書415㌻、通解) と仰せである。
 難しい話をする必要はない。明るく誠実に語り切れば、それでよいのだ。
 妙法の種は、必ず必ず、花開く時が来る。

「言葉の力」が心を結ぶ
 言葉には、色があり、熱がある。景色があり、音楽がある。言葉一つで、希望の太陽を昇らせ、勇気の曲を奏でることができる。
 戸田先生は「心と心の交流、友情の拡大、異なる文化の理解を育む“人間主義の対話”が大事である」と教えてくださった。
 「一切の法は皆是れ仏法なり」(同564㌻)である。仏法の世界は大きい。その智慧は、すべてに通ずる。
 文学でも、芸術でも、スポーツでも、また、お互いの好きなものなど、何でも語り合い、ロマン豊かに友好を深めていくことだ。
 声を惜しまず語った分だけ、仏縁が結ばれる。言葉の力で、人間の連帯の門を開くのだ。

生き生きと弾む声で
 人生は、生き生きと動き、戦う人が勝つ。これが鉄則である。
 その勝ちゆく息吹は「声」に現れる。
 一言の元気な挨拶で、自分も相手も清々しい命に変えることができる。若いのだから、臆さず、どんどん声を出していくのだ。
 原動力は、朗々たる題目である。
 日蓮大聖人は「白馬のなくは我等が南無妙法蓮華経のこえなり」(同1065㌻)と示された。大変であればあるほど、白馬が嘶《いなな》くような張りのある勤行で、一日を出発しよう!
 妙法という大宇宙の最極の音声《おんじょう》で、満々と生命力を漲らせ、今日も勝ち進め!

第86回 師弟の息吹で広布は進む     (2015.11.18付 創価新報)

「随縁真如の智」を発揮せよ
 社会は変化の連続である。変化に即応するとともに、時代の動きを先取りして、価値を創造していくのが、創価の青年の本領である。
 その源泉が、妙法から湧き出ずる智慧だ。
 題目の「南無」とは「帰命」の意義であり、御義口伝には「命《みょう》とは本門随縁真如の智に命《もとづ》くなり」(御書 708㌻)と示されている。
 正しき信仰は、硬直した教条主義とは無縁である。いかなる現実にも、生き生きと自在に英智を発揮しと、活路を開きゆく原動力なのである。ゆえに、決して行き詰まらない。

使命に生きて生き抜け
 戸田先生は、期待を込めて語られた。
 「青年ならば、その立場立場で、喜んで生きることだ。自らの使命に生き切るのだ。
 苦しいことがあっても明朗であれ!
 わが舞台で、日本一、天下一を目指せ! これが青年らしい生き方だ」
 自分の心がどうかである。他人が決めるのでも環境で決まるものでもない。愚痴や文句を言う前に、一歩踏み出してみよう。
 「自分は、これでいく」と腹を決めるのだ。そして、強く朗らかに進むのだ。最高峰を目指してベストを尽くし「これでよし」と悔いなく叫ぶのだ。
 師弟不二とは、師匠も弟子も師子王となって戦い、断固と勝ちまくることである。

心を合わせて勝利劇を
 我らの創立の日は、師弟不二の出発《たびだち》の日だ。
 『創価教育学体系』の発刊も、若き弟子・戸田先生の陰の奮闘あればこそ、実現した。
 「師弟相違せばなに事も成《なす》べからず」(同900㌻)である。
 広宣流布を誓願する師弟の心が一致すれば、万事を成ずることができる。
 私も、いとまあらば唱題に励み「戸田先生だったら、どうされるだろうか」と常に考えて、一心不乱に行動してきた。
 だから、力が出た。必ず道が開けたのだ。
 わが愛弟子《まなでし》たちも、師弟の息吹を漲らせて、敢然と勝利劇を綴ってもらいたい。

第87回 一年の総仕上げから 希望に燃えて明年へ
  (2015.12.2付 創価新報)

青年は悩んでこそ成長
 60年前の師走、戸田城聖先生は、翌年の“大阪の戦い”に挑みゆく私に言われた。
 「大ちゃん、人生は悩ねばならぬ。悩んで初めて信心も分かるんだよ。それで偉大な人になるんだ」と。
 全てを見守ってくださっている師匠の励ましに、命の底から勇気が漲ってきた。
 青春は悩みとの戦いだ。成長しているから悩む。悩みがあるからこそ、より成長できる。
 いわんや、広宣流布の大闘争の中で悩む。それは、仏の悩みに通ずる。「煩悩即菩提」という法理の上から、大きく悩んだ分だけ、大きな境涯が開かれていくことを忘れまい。

今こそ自身の発迹顕本を
 今いる所の発展は、自身の向上から始まる。自分が率先して行動し、労苦を惜しまない。その中でこそ、自分自身を革命できる。
 日蓮大聖人は「花は咲いて木の実となり、月は出て必ず満ち、灯火《ともしび》は油をさせば光を増し、草木は雨が降れば茂っていく。(それと同じように)人は善根を積めば、必ず栄える」(御書1562㌻、通解)と断言なされている。
 人のため、皆のためにと苦労したことは、全部、自らの福運となり、実力となる。その人が、周囲をも栄えさせていける。大変な時にこそ題目を唱え、体当たりでぶつかって、わが生命の発迹顕本を果たすのだ。

常勝の総仕上げと出発を
 何ごとも、総仕上げが肝心だ。一年もまた同じである。終わり良ければ、全て良しだ。
 慌ただしい年末だからこそ、決して油断せず、無事故で、健康第一に、充実の一日一日を悔いなく勝ち取っていただきたい。
 ともあれ、戸田先生は若き友に言われた。
 「創価の師弟に、一生をかけていけ! 後悔は絶対ない。勝利の笑顔で、勝利と幸福で、人生を必ず飾っていけるよ!」と。
 さあ「拡大」の年へ、私と一緒に、希望と勇気の翼を大きく広げてくれ給え! 友と広布のロマンを朗らかに語り合いながら、常勝幸福の連帯を拡大しようではないか!

第88回 常勝の方程式に学べ  (2016.1.20付 創価新報)

一切の根本は強き祈りから
 日蓮大聖人は、「法華経の行者の祈る祈りは響《ひびき》の音に応ずるが如し・影の体にそえ《添》るがごとし」(御書1347㌻)と仰せである。
 新たな戦いを始めるには、まず祈ることだ。
 状況が厳しいと嘆く前に、まず祈ることだ。
 自分には力がないなどと、卑下することはない。題目三唱も、朗々と唱えれば、滾々と勇気が湧いてくる。力が漲ってくるではないか。
 60年前、あの「大阪の戦い」に臨んで、私は「一人でも多く、このたびの大法興隆の戦列に加わって味方となること」を祈った。
 わが関西の同志は、この私の一念と心を合わせ、祈って、動いて「〝まさか〟が実現」と驚かれる栄光の歴史を残してくれた。
 我らは、「広宣流布」「立正安国」という最高の目的へ、最高の祈りから出発するのだ。

拡大の突破口は最前線にあり
 「自らが動け! 一番、苦労している最前線の尊き同志を励ませ!」──これが、わが恩師・戸田城聖先生の一貫した御指導であった。
 この師の叫びのままに、私は青年らしく、大坂中を駆け巡った。一人また一人と会い、語り、誠実に励ましていった。そこから突破口を開き、波動を起こしていったのである。
 リーダーが動いた分、勇気は広がる。
 リーダーが尽くした分、人材は育つ
 リーダーが心と心を結んだ分、団結は強まり、地涌のスクラムが築かれるのだ。

今日を負けるな、明日《あす》も勝て!
 「命已《すで》に一念にすぎざれば仏は一念随喜の功徳と説き給へり」(同466㌻)と説かれる。
 大事なのは今の一念であり、今この時だ。これまでがどうか、ではなく、これからをどうするかだ。未来は、いくらでも変えられる。
 ゆえに、朝の勤行・唱題から出発して、今日一日を戦いきることだ。壁が立ちはだかっても、「当たって砕けろ」の心意気で、思い切って挑むことだ。若いのだ。失敗しても前を向いて、明日《あす》また挑戦すればよい。
 たくましく、朗らかな「負けじ魂」の一日一日が、自分自身を不敗にする。
 わが後継の青年よ、常勝の青春を進め!

第89回 師子王と立て! 創価班よ 牙城会よ  (2016.2.3付 創価新報)

厳護の誇りに生き抜け
 正しい仏法を行ずる人々を断固として護り抜く──これが法華経を貫く誓願である。
 日蓮大聖人は、熱原の法難の渦中、同志を護るため、矢面に立って奔走した若き南条時光に感謝なされ、「賢人」とまで讃えられた。
 この賢人の行動を、現代に受け継いでいるのが、わが創価班であり、わが牙城会である。
 それは、御義口伝に「最上第一の相伝」(御書 781㌻)と仰せの「当起遠迎《とうきおんごう》、当如敬仏《とうにょきょうぶつ》」(当《まさ》に起《た》って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし)の実践である。これほど誇り高き仏道修行はない。
 日夜、仏意仏勅の学会を厳護する君たちを、御本仏は最大に讃嘆してくださっている。

陰の労苦ありて人間は偉大に
 一回一回、どれほど苦労し、やりくりしての着任であるか。自らが悪戦苦闘しながら、同志のため、地域のため、使命に徹してくれていることも、私はよく分かっている。
 戸田先生の訓練も厳しかった。「全体観に立って、陰で万全を尽くして手を打つ人間がいてこそ、戦いは勝利できるのだ」と。
 ここに、常勝の人間指導者の薫陶がある。
 創価班・牙城会で自らを鍛えた青年は、本物だ。社会のいずこでも勝ち光る、真生の実力を磨いていることを、自負してもらいたい。
 君たちの偉大な「陰徳」の行動が、必ずや無量の「陽報」となって輝きわたることを、わが人生の勝利劇をもって証明するのだ。

世界広布の最強の連帯を
 御聖訓には、「各各《おのおの》師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし」(同1190㌻)と仰せである。
 師子王は、いかなる強敵も断じて恐れない。
 師子王は、いかなる邪悪も勇敢に打ち破る。
 どんな宿命の嵐が吹き荒れようと、題目の師子吼を唱え抜き、楽観主義で進むのだ。
 今、世界中で、創価班・牙城会の友が、社会の第一級のリーダーと育ち活躍している。この仲間と最強の連帯を組み、破邪顕正の言論を広げ、民衆の凱歌を轟かせるのだ!
2016-02-01 : 勝利の人間学 :
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