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随筆 民衆凱歌の大行進 No.11 創価家族は威風堂々と

随筆 民衆凱歌の大行進 No.11 (2014.8.29付)

創価家族は威風堂々と

わが道は誓願の道 師弟の道!
逞しく広布と人生の戦いを勝ち飾れ


 台風や集中豪雨による災害が相次ぐ中、広島、京都、兵庫など、各地の甚大な被害に対し、重ねてお見舞い申し上げます。

 1日も早い地域の復旧を祈り、強盛に題目を送っております。
        ◇
 「大悪を(起)これば大善きたる」(御書1300㌻)──我らが生命に刻んできた御文である。

 この妙法の強靭なる力を身に対して、わが東北家族も前進されている。
 宮城県東松島市に住む長距離トラック運転手の壮年は、東日本大震災で夫人を亡くされた。
 最愛の伴侶を突然失った悲しみ。気持ちの整理はつかない。それでも、逞しく成長する3人の子どもたちの姿に励まされたという。

 ある日、壮年は、高校生になった長女に「お母さんとの宝物」を聞いてみた。娘さんは、きっぱりと答えたそうだ。
「小さい頃に、お母さんの膝の上で一緒に題目をあげたこと」

 何ものにも壊されない宝。それこそ「心の財」なのだと、壮年はあらためて噛みしめ、わが子を立派に育んでくれた妻への感謝が溢れた。

 子どもたちを後継の人材に育て上げ、一緒に戦い抜く。この妻との誓いを断じて果たすのだと、今日も壮年は大型トラックのハンドルを握る。
 御書に「法華経は宝の山なり」(1502㌻)と仰せである。一番苦しい時こそ、妙法の功徳は、無量の宝の山の如く積まれていくのだ。

同志の恩に感謝
 日蓮大聖人は、若き南条時光に「父母の恩」とともに「一切衆生の恩」を教えられている(御書1527㌻)。

 広布の活動は、この「一切衆生の恩」を知り、報じていくことでもある。
 私も、苦楽を分かち合い、正法流布の激戦を共に勝ち越えてくださった草創の同志の御恩は一つ一つ忘れ難い。人生の年輪を重ねるほどに、胸に温かく蘇ってくる。
 病を抱えながら奔走する若き私を、無名にして無冠の庶民の父母たちは、真心から案じ、励ましを贈ってくださった。

 8月24日──わが入信記念の日は「壮年部の日」である。私にとって、入信に導いてくださった師父であられる戸田城聖先生はいうまでもなく、偉大な先輩方に感謝を捧げる日である。
“宗教史上の奇跡”とも讃えられる沖縄創価学会の大発展にあっては、「四天王」と謳われる4人を中心とする壮年たちの「ヌチカジリ(命がけ)」の奮闘があった。
 なぜ、あの残酷な戦争を生き抜いて、自分はここにいるのか。愛する沖縄に平和の楽土郷を築き上げるためだ──。
 
「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり」(同1451㌻)との御金言のままに、広布に邁進していかれた。
 あまりにも尊い、この学会精神の真髄を、誉れ高き沖縄の同志は見事に受け継いでくれている。

頼もしき友
 我ら創価家族には、世界一の太陽の母たちとともに、なんと頼もしい「おやじさん」「おじさん」が光っていることか。
 大切な同志のため、宿縁の地域の方々のため、仕事で疲れていても、一軒また一軒と歩き、笑顔と安心を届けてくれる。
 
とりわけ、支部長、地区部長、ブロック長をはじめ、最前線の壮年リーダーたちが、広宣流布という民衆の安全地帯の拡大をいかに担い、支えてくださっているか。
 庶民の文豪・山本周五郎は後輩に呼び掛けた。
「苦悩、困難、悪条件があって、こいつに体当たりをくれて、そうして生きていくところに張り合いがあるんじゃないでしょうか」と。
 まさしく、万事において体当たりで苦難と戦い、「信心即生活」「仏法即社会」の道を切り開いているのが、わが壮年部の戦友たちなのである。
        ◇
 我らが誇り高く掲げたモットーには、「生涯求道の壮年部」「職場で勝利する壮年部」「地域貢献の壮年部」とある。

 「現実社会で勝つ!」──これが壮年部の心意気である。

 日蓮大聖人が「おみやづかい(仕官)を法華経とをぼしめせ」(御書1295㌻)と仰せの通り、職場をはじめ自分が活動する場所こそ、仏法実践の主戦場である。
 
戸田先生は、何より大事なのが「信用」だと、鋭く指導されていた。
 それには、自分の為すことに確信を持つことだ。惰性と慢心を拝し、何ものにも揺るがぬ自己を確立していくのだ、と。

 アメリカの思想家エマソンは、「正しい努力が成功をおさめなかったためしはない」と言った。
 真面目な信心を貫いての努力は、全てが人間革命の光となる。その闘いの中で、力強さも風格も、そして信用も磨かれ輝いていくことを忘れまい。

人間革命の連帯
 SGI(創価学会インタナショナル)の各国・各地域の壮年部も、世界広布新時代の暁鐘を鳴らすが如く、勢いよく活動を展開している。
 
我らは、目の覚めるような「人間革命」の息吹をもって、平和への連帯を広げていくのだ。
 この8月、世界では、アメリカ、カナダ、ニュージーランド、メキシコ、パラグアイ、ボリビア、ベネズエラ、エクアドル、ウルグアイ、フランス、香港、マカオ、フィリピン、タイ、マレーシア、シンガポール、インド等の壮年部が意気高く集った。チリでも勇躍の会合を行う。
 
あの地この地に林立する民衆の黄金柱は、なんと壮観であることか。
 
見よ! この創価の大将軍たちの躍進する陣列を! 私は全世界に向かって、こう叫びたい気持ちでいっぱいである。

新生への3段階
 私が初訪問して以来、50周年の節目を迎えたオーストラリアでも、今月、壮年部が記念の総会を開催し、次の50年へ異体同心で新出発した。

 先日・発刊された『平和の哲学と詩心を語る』は、オーストラリア・シドニー平和財団のスチュアート・リース前理事長と私の対談集である。
 その中でリース前理事長は、社会的格差等の解決の必要性を訴えた上で、今、苦しんでいる人々が新しい生き方に踏み出し、人生を主体的に歩むための3つの段階を示されている。
 第1段階は、あきらめを克服すること。「何をしてもだめ」という心を排することから始めよ、と。
 第2段階は、仲間との信頼の構築。共に努力していく同志こそ大切にしなければならない。
 第3段階として、自立のための手段や技術を身に付けることである。
 前理事長は言われた。
 「『小さな勝利』の積み重ねこそが重要であり、一つ一つの段階に到達して、次に進むこと自体が『小さな勝利』であるというのが、私の信念なのです」
 眼前の「小さな勝利」を一つ一つ確実につかみ取る執念が次の勝利を生む。いわば“勝利の中の勝利”なのである。
 そこで大切な急所は、根本目的を見失わないことだ。我らにおいては、「大願とは法華弘通なり」(御書736㌻)と仰せの大誓願である。この一点から、仏に等しい「力」と「智慧」が、滾々《こんこん》と涌現するのだ。
 広布への誓いに燃え、我らは「常勝の道」を、「誓願の道」「師弟の道」を、朗らかに進むのだ!
        ◇
 今日の「聖教新聞」が私たちの手元に届いているのも、偉大な無冠の友の皆さまのお蔭である。

 雨の日も、暑い日も、寒い日も、本当に、本当にありがとう。
 8月24日は、「聖教新聞創刊原点の日」。
 1950年(昭和25年)のこの日、戸田先生は新聞の大きな力への深い洞察から、“学会も近い将来、独自の新聞を創るべきだ、よく考えておいてくれ”と、私に展望を語ってくださった。

 先生の事業が窮地に追いやられていく渦中のことであった。その嵐を跳ね返すような師弟の対話から、“人間の機関紙”は生まれたのだ。
 全国の読者、配達員、通信員、また新聞長の皆さまをはじめ、全ての関係者の方々と共に、平和と正義の言論紙を携えて前進していきたい。
        ◇
 大聖人は南条時光に、「生生世世に皆 恩ある衆生なれば皆 仏になれと思ふべきなり」(同1521㌻)と仰せになられた。
 
三世永遠の生命観の上から、縁する人びとを誠実に大切にし、「一生成仏」の希望の哲理を語り伝え抜いていくのだ。

壮《さか》んなる力を!
 「世界広布新時代 開幕の年」も、はつらつと後半戦をスタートした。
 「平和の連帯《スクラム》」拡大月間を駆ける青年部を先頭に、婦人部と壮年部が力を合わせ、一段と目覚ましい広布推進の人材の育成を成し遂げていこう!

 我ら創価家族は、団結固く、威風も堂々と!

 壮んなる
  力を出して
共々に
  悔いなく生き抜け
   この世 雄々しく

 山本周五郎の言葉は土岐雄三編『山本周五郎からの手紙』(未来社)=現代表記に改めた。エマソンは『エマソン選集3』小泉一郎訳(日本教文社)。
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2014-08-30 : 随筆 民衆凱歌の大行進 :
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希望の虹 第6回 作家 樋口一葉

第6回 作家 樋口一葉   (2014.9.1付 少年少女きぼう新聞)

みんな「いいところ」ある

 いよいよ2学期が始まったね。
 夏休みは、なごりおしいものだけど、秋もまた、楽しい、充実の季節です。スポーツにも、読書にも、勉強にも、一番いい季節です。
 だから何か一つ、今学期は、これをがんばってみようというものを決めて、スタートしたら、どうだろうか。その挑戦が、大きな成長のチャンスになることでしょう。
 自分かいいなと思えるものでいいんだよ。好きなことや、とくいなことは一人一人ちがうからね。
 みんな、自分だけの、自分にしかない「いいところ」が必ずある。それも、いっぱいあるんだ。
 江戸時代から明治時代に大きく変わった世の中で、「 自分の『いいところ』は、いろいろなお話を作って、文章を書くこと」と気づいた、一人のに女性がいました。
 樋口一葉という人です。五千円札に印刷されているから、みなさんも顔を見たことがあるかもしれません。
 一葉は「小説」を、いくつも書き、日本文学の名作を残しました。その作品は、もともとは、むかしの言葉づかいで書かれていますが、小学生向けに読みやすくした本もあります。
       * * *
 樋口一葉は、今から140年ほど前の1872年(明治5年)、東京で生まれました。私たち創価学会の初代会長である牧口常三郎先生は1871年の生まれなので、一葉よりも一つ年上です。
 一葉とはペンネームで、本名は奈津。「なっちゃん」です。
 家庭のつごうで、住む家を何度も変えねばなりませんでした。
 4歳から9歳の少女時代、また本格的に小説に取り組んだ、18歳から亡くなる24歳までのほとんどの時期を、現在の東京・文京区でくらしました。
 文京区は、私にとって若き日から、多くの友と「前進」を合言葉に学会活動に走った、なつかしい天地です。ああ、このあたりで、樋口一葉が家族と暮らし、一生けんめいに小説を書いていたんだと、思いをめぐらせたこともあります。
 なっちゃん、すなわち一葉は、勉強が大好きでした。小学校を卒業したら進学して、ちっと勉強したいと願っていました。でも、そのころは「女性に学問はいらない」と考える人が多い時代でした。裁ほうや料理がに上手になって、早く結婚して家庭をつくることがよいといわれていたのです。
 一葉のお母さんも、そういう考えを持っていたので、一葉は進学させてもらえませんでした、深く悲しんでいる一葉を見て、お父さんは、学校のかわりに「和歌」を勉強する塾に通わせてくれました。
 「和歌」というのは、主に、ひらがなで数えて、「5文字・7文字・5文字・7文字・7文字」というルールに合わせ、自然や気持ちなどを表現する、目本の伝統的な詩です。言葉がリズムにのって、心から心に、すっと届きます。
 私も、人生の師匠である戸田城聖先生から、はげましの和歌をいただきました。私からも、先生に決意と感謝の和歌をおくりました。
       * * *
 14歳で和歌の塾に通い始めた一葉はすぐ気がつきました。生徒がみんな、きれいな着物を着た、お金持ちや有名な家のおじょうさんだったのです。人力車に乗ってくる人もいました。
 一葉も、せいいっぱい、身なりをととのえましたが、まわりの人たちのような、はなやかな着物は、家にはありませんでした。
 一葉は落ちこんでしまいました。しかし、自分を塾に通わせてくれているお父さんや、苦労して育ててくれているお母さん、また、妹のことを思いました。
 着ているものでは、人間のねうちは決まらない!──一葉は、気持ちをきりかえて、一生けんめいに勉強を続けました。
 みんなが、一年のうちで一番きれいに着かざってくる新年の歌の会にも、一葉はお母さんが用意してくれた、古着をぬい直した着物で出席しました。そして、60人以上の出席者の中で、すばらしい和歌を作り、みごとに第1位の成績をとったのです。
 このことで、一葉は自信を持つことができました。しっそな身なりをしていても、少しもはずかしくありませんでした。自分には、すばらしい和歌を作ることができるというっいいところ」がある。そう思った一葉は、自分の長所をもっともっと伸ばして、物語を書く仕事をしたいと考えたのです。
 じつは、彼女の時代には、そういう仕事をしている女性は、まだ一人もいませんでした。一葉は、日本の女性で初めての「職業作家(小説を書くことを仕事にして生活する人)」なのです。
       * * *
 新しい時代の先頭に立つ人は、きまって苦労の連続です。一葉にもその後、お兄さんとお父さんがつづけて亡くなるなど、たくさんの苦難がありました。書くだけでは家をささえられず、ほかにも仕事をしなければなりませんでした。
 それでも彼女は「負けじ魂」を燃やしました。たくさんの本を読みたかったので図書館に通い、学びに学んで、すばらしい物語を書きつづけました。
 有名な『たけくらべ』という作品は、下町で、みんなよりも少し年上の男の子や女の子が成長していく姿をえがいたものです。一葉は、大変な生活のなかで見たり聞いたりしたことを、物語に生かしていきました。苦しいことや悲しいことも、ぜんぶ宝物に変えていったのです。
 彼女は残念ながら、24歳の若さで、病気で亡くなりました。でも、そのみじかい人生のなかで、のちの時代まで人々に愛される、自分にしか書けない作品を生み出したのです。
       * * *
 樋口一葉は、こんな言葉を残しています。
 「この世に生をうけた人間は、貧富貴賤(貧しかったり豊かだったり、身分や位か高かったり低かったり」の違いはあっても、すべて同じ人間であることには変わりはない」
 その通りです。
 仏法では、「桜梅桃李」という言葉があります。「桜、梅、桃、李《すもも》、どれも花の形はちがうけれど、それぞれが、それぞれにしかない美しさを持っている」という意味です。
 そして、その美しさを最大に自分らしくかがやき光らせていく力が、正しい信心なのです。
 みんな、それぞれに「いいところ」があります。だから、自分と人をくらべてうらやましく思う必要などありません。
 がんばっても、がんばっても、なかなか、うまくいかない。自分の「いいところ」なんて分からない──そんな時は、題目を唱えてみてください。題目を唱えれば、元気が出てきます。自信がつきます。そして、よし、がんばってみようという勇気がわいてきます。
 「ありのまま」に悩み、祈り、また胸をはって挑戦していく──そうすることで、自分の心がみがかれる。心の中の宝物が光っていく。きみの、あなたの「いいところ」が、必ず見えてくるのです。
 みなさんの「いいところ」は、たくさんある。友だちにも「いいところ」がたくさんある。だから、仲よく、はげましあって、その「いいところ」を大いに伸ばしていってほしいんだ。
 「いいところ」とは、何かができることだけではありません。
 失敗をおそれない「勇気」があれば、すごいことです。
 お父さんやお母さん、まわりの人のことを「思いやる心」を持っていれば、それもまたすばらしいことです。
 樋口一葉は“心にはダイヤモンドがある”とも言っています。
 みんなも、自分の心のダイヤモンドを見つけよう!
 そして、そのダイヤモンドを大事にして、キラキラと、かがやかせていこうよ!

樋口一葉の言葉は、『完全現代語訳 樋口一葉日記』高橋和彦訳(アドレエー)から。参考文献は、真鍋和子著『樋口一葉』(講談社)。樋口一葉著『たけくらべ』(集英社)。
2014-08-26 : 希望の虹 :
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未来の翼 第6回 不屈の都 モスクワ

第6回 不屈の都 モスクワ      (2014.9.1付 未来ジャーナル)

君よ、貴女《あなた》よ、負けじ魂の名優たれ!
春の来ない冬はない。苦しくとも粘り強く、自分を鍛え上げよ


 モスクワ大学のキャンパスがある「雀《すずめ》が丘」の展望台からは、壮大なスケールの首都の街並みが一望できます。
 ロシアの大文豪トルストイの名作『戦争と平和』にも、この「雀が丘」の近くからモスクワの街を眺めた様子が描かれています。
 「すべてが薄い澄んだ大気のなかで、目の痛むほどかがやき、胸は秋の香りの高い空気を吸い込んでたくましくなり……」と。
 そう、秋は、トルストイがいうように、「香りの高い空気」を大きく深呼吸しながら「たくましく」伸びていく季節だね。皆さんも、この秋、心も広々と、一回りも二回りも「たくましく」成長していってください。
 私には、世界都市モスクワで育った、多くの素晴らしい友人たちがいます。その一人、宇宙飛行士のセレブロフ博士は、病弱だった少年時代に、スポーツに挑戦して心身を鍛え、さらに勉学にも励んで、数学や物理のオリンピックに出場しました。
 博士は、「一人ひとりの素質は粘土のようなもの」で、「それを次第に形につくり上げていくのが『努力』です」と語られています。
 皆、それぞれの課題に挑み、自分自身をじっくりとつくり上げていく「努力の秋」そして「充実の秋」にしていこうよ!

 私がモスクワを初めて訪れたのは、ちょうど40年前──1974年の秋9月のことでした。今のロシアがまだ、ソビエト連邦(ソ連)だった時です。
 第2次世界大戦後、世界は、アメリカを中心とした資本主義の西側諸国と、ソ連を中心とした社会主義の東側諸国に、大きく二分され、激しく対立していました。いわゆる東西の「冷戦」(冷たい戦争)と呼ばれる時代です。両陣営の“壁”を象徴する「鉄のカーテン」という言葉もありました。
 西側陣営である日本にとって、ソ連はいわば「敵国」。ソ連に関する正確な情報はほとんどなく、多くの日本人が“冷たい”“怖い”というイメージを抱いていました。
 こうした状況は、日本にとっても、ソ連にとっても不幸なことだと、私は考えていました。“ソ連が怖い”のではなく、本当は、“知らないことが怖い”のだと。
 だからこそ私は、ソ連の人々の素顔を、自らの目で確かめ、多くの人に伝えたいと思ったのです。
 ソ連に行く前には、「宗教者が、宗教否定の国へ何をしに行くのか」などの批判の声が巻き起こりました。当時、ソ連と中国も対立を深めていたので、私が中国に続いてソ連を訪問することも、なかなか理解されませんでした。私は迷わず、「そこに人間がいるから、行くのです」と答えました。

 平和を願う、同じ人間に会いに行く──これが私の決心でした。
 その初訪ソの折、とある街中で結婚式を終えたばかりの若い二人に出会いました。後に「雀が丘」でも同じ光景を見掛けたことがありますが、ロシアでは新婚の二人で名所を回る習慣があるのです。
 すると突然、同行してくれていたモスクワ大学の方々が、「にがいぞ、にがいぞ!」と“声援”を送りました。初々しい夫婦に、わざと「にがい」と言って、ますます「あまく」仲よくさせる──ロシアの人々の愉快な慣習と温かな心に触れ、私も妻と一緒に、心から祝福の拍手を送りました。
 こうした人間味あふれる情景を、日本の人たちに伝えたい。それが私の偽らざる真情でした。
 「人間」こそ、一切の根本です。
 平和も、文化も、教育も、人間から始まり、人間に帰るのです。この「人間主義」のバトンを、後継の皆さんに受け継いでもらいたい。私は、そう強く願っています。

 ロシアは、ユーラシア大陸を横断する、世界で一番面積の大きい国です。それは日本の約45倍、海面を除いた地球の面積の8分の1に当たります。
 また、この大地は、人類の宝ともいうべき芸術・文化を生み出してきました。特に19世紀には、音楽ではチャイコフスキー、文学ではプーシキン、トルストイ、ドストエフスキーなど、世界的巨匠が次々と活躍しました。
 私も若き日から、こうした巨匠たちの傑作に親しんだ一人です。ロシアの芸術作品に表現された、人間への限りない愛情と信頼、生命の讃歌と深い精神性に、私は胸を熱くしたものです。
 これまで6度、ソ連・ロシアを訪れてきましたが、母なる大地に育まれた、おおらかで情に厚く、辛抱強いロシアの人々の素顔に、何度も心温まる思いがしました。
 ロシアの人々にとって、20世紀は激動の時代でした。ロシア革命、2度の世界大戦、そして独裁政権による粛清(方針に反する者を排除すること)──それでも明日への希望を失わず、民衆は断固として前進してきました。
 トルストイは、皆さんと同年代の時、日記にこう綴っています。
 「忍耐と勤勉。そうすればぼくの欲するすべてのものを得るであろうと確言」
 忍耐ほど、自分を鍛え上げてくれるものはありません。「粘り強さ」こそ勝利を開く秘訣なのです。
 たとえ今、どんなに苦しくとも、春の来ない冬がないように、それが永遠に続くことはありません。だから断じて負けてはいけない。戦い続ける人が、必ず勝利します。
 日蓮大聖人は「仏を能忍《のうにん》(難をよく忍ぶ人)と名づけるのである」 (御書935㌻、通解)と仰せになられました。
 世界が渇望する人間主義の未来を担いゆく皆さんです。一人も残らず、かけがえのない使命を持った君たち、貴女たちです。それだけに、試練も苦難も多い。
 ゆえに、この「能忍(よく忍ぶ)」という一点を、心に留めておいていただきたいのです。
 40年前、ロシアには、SGI(創価学会インタナショナル)のメンバーは一人もいませんでした。今、モスクワをはじめロシアの大地には、地涌の菩薩が躍り出て、社会に貢献しています。
 世界最高峰の学府・モスクワ大学と創価大学の間では毎年、交換留学生の往来を重ねています。

 ナターリヤ・サーツさんも、私と妻の大切な友人です。
 サーツさんは、世界初の「子どものためのオペラ劇場」である「国立モスクワ児童音楽劇場」を創設し、総裁を務めた方です。
 最初の出会いは1981年5月。「雀が丘」から、ほど近い児童音楽劇場で、「ナターシャおばさん」と慕われるサーツさんが、笑顔で迎えてくれました。
 大きな身振り手振りで、あふれ出る感情を表現される姿は“天真爛漫な少女”のようでした。私と妻の間に入って手を取り、自ら素敵な劇場を案内し、ご自慢の子どもたちを紹介してくださいました。
 サーツさんは、9歳でお父さまを亡くされました。さらに最愛のご主人も独裁政権によって粛清され、自身も「人民の敵の妻」として5年間、強制収容所に入れられました。美しい栗色の髪は、瞬く間に白くなってしまいました。
 最大の心の支えだったお母さまも、空爆で亡くなりました。お母さまは被弾した後も、サーツさんの舞台衣装を抱えて友人の家までたどり着き、絶命されたのです。
 収容所から出た後、その友人宅を訪れたサーツさん。夜、お母さまが息を引き取ったというソファに横になり、静かに目をつぶっていると、お母さまの夢を見たそうです。夢の中で、お母さまは語り掛けました。
 「歌うのよ、ナターシャ、何があっても歌うのよ。人生って、それは楽しいものなんですから」
 サーツさんは、絶望の淵から顔を上げました。いかなる困難にも、度重なる悲しみにも、負けることなく、前へ進みました。そして、子どものための芸術活動に献身する人生を歩み抜いたのです。
 サーツさんは語っています。
 「何でも簡単にできたことは一度だってなかった。常に困難があって、むしろそれをのり越えるのが好きだ」と。

 サーツさんが心掛けていた「困難を勝ち越える知恵」があります。
 それは──つらくて仕方がない時は、もう一人の自分が舞台に立っている姿を想像すること。そして、あたかも自分が演出家のようになって、舞台上の自分にウインクしながら、「ちょっぴりやっかいになってきちゃったね。さあ、ナターシャ、あなたがどうやってここを切りぬけるか、みものだわ」と語り掛けるという方法です。
 人生、そして青春は「劇」です。
 楽しい出来事もあれば、思わぬハプニングもある。苦闘の時期や胸躍る大逆転の瞬間、時にはほっと一息つく幕間もあるでしょう。いろいろあるから、おもしろい。
 だから、君がつらい時、貴女が苦しい時こそ、それは、「さあ、ここからだ!」「いよいよ勝負の時が来た!」という“青春勝利の舞台の見せ場”なのです。
 大聖人は、苦難にも負けずに前進する弟子の戦いを、「未来までの・ものがたり」(御書1086㌻)と讃えておられます。
 最高の妙法を持《たも》つ皆さんの奮闘は、必ずや未来の後輩が、世界の人類が、「あの人の負けじ魂の劇を見よ!」と仰ぎ見る物語となっていくのです。

 冷戦を終結させた元ソ連大統領のゴルバチョフ氏と初めてお会いしたのは、1990年7月27日のことです。
 この時、大統領の日本初訪問の実現が危ぶまれていました。モスクワのクレムリン宮殿で、私は開口一番、「きょうは、大統領と“けんか”をしに来ました! 火花を散らしながら、何でも率直に語り合いましょう。人類のため、日ソのために!」と切り出しました。
 するとゴルバチョフ氏は、一気に表情を崩し、はずむ語らいの中で、その次の年の“桜の咲くころ”に日本を訪問したいと希望を語られました。トップニュースとして、世界に発信されました。
 翌年の4月、氏はその約束を守り、ソ連の最高指導者として初の訪日が実現し、両国にとって歴史的な友好の春が花開きました。
 後年、その氏を、わが関西創価学園にライサ夫人と共にお迎えできたことも、金の思い出です。(97年11月)。氏と共に茨の道を歩んだ夫人が語られた言葉を、学園生たちも大切にしています。
 人生には、さまざまな痛手を受けることがあります。心の傷が癒えないこともあります。必ずしも夢のすべてを実現できるわけでもありません。しかし『達成できる何か』はあります! 何か『実現できる夢』は必ずあるのです!
 だから、最後に勝利する人とは、たとえ転んでも、立ち上がり、再び前に進む人です」
 わが人生という舞台で、自分が誇れる「何か」を残せば、たとえ途中がどうであろうと、それは勝利劇です。へこたれないで朗らかに、わが使命を信じ抜き、戦いのドラマを最後まで演じ切った人が真の勝利者です。君たち、貴女たちの「名演」が、どれだけ多くの世界の友を鼓舞し、勇気づけていくことでしょう!
 さあ、君たち、貴女たちにしか綴れない、「自分自身の物語」の幕が上がりました。
 名俳優の君、名女優の貴女の負けじ魂の舞を、父母も、創価家族も、私も、そして、未来の地球の若人たちも、大喝采を送りながら、見つめています。

トルストイの言葉は、トルストイ著『戦争と平和』藤沼貴訳(岩波文庫)、『トルストイ全集18 日記・書簡』中村融訳(河出書房新社刊)。セレブロフは、、アレクサンドル・セレブロフ/池田大作著『宇宙と地球と人間』(潮出版社刊)。サーツは、『私か見つけた「青い鳥」 ナターリヤ・サーツ自伝』斎藤えく子訳(潮出版社刊)から。
2014-08-26 : 未来の翼 世界が君を待っている :
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池田SGI会長指導選集 「幸福と平和を創る智慧」 第1部 第4章 4-1〜4-10

 第4章 「苦悩を突き抜け歓喜へ」

 この章を読むに当たって

 信仰とは、限りない希望の異名です。
 もとより何の苦難や苦悩のない人生などありません。では、打ち寄せる波のように襲い来る苦難や苦悩に、どのように向き合えばいいのでしょうか。
 目を背けて逃げるのか。すべてを諦めて受け入れるのか。それとも希望を捨てずに、真正面から向き合って挑戦していくのか。人生の幸不幸は、その姿勢によって決まります。
 日蓮大聖人は、困難を避けるのではなく、むしろ〝成仏という偉大な境涯を開くチャンス〟と捉え、勇気をもって立ち向かっていくよう、さまざまな法理を通して教えています。
 例えば、「煩悩即菩提」という法理では、「煩悩」を断じるのではなく、そのまま「菩提」へと開いていけると説きます。また「変毒為薬(毒を変じて薬と為す)」という法理では、苦悩(毒)を転じて、その身のままで成仏という人生究極の幸福を勝ち取っていける(薬)と説きます。さらに「転重軽受(重きを転じて軽く受く)」という法理では、過去世・現世・来世という三世の生命を踏まえ、過去世の重罪を転じて、現世で軽くその報いを受けるのだから、現世で宿命転換に挑んでいくよう教えています。
 本章では、こうした法理に基づきながら、苦しみや悩みが大きければ大きいほど、強き信仰の力によって、大きな幸福、大きな歓喜に転換していくことができると強調しています。

 4-1 人生の勝利劇の主人公は自分自身

 困難を乗り越えて、人生の勝利をつかみ取るには、どうすればいいのでしょうか。この節では、人生の勝利劇の脚本《シナリオ》を書き、演ずるのは、ほかの誰でもなく自分自身であるという、仏法の「一念三千」の法理に基づく積極的な人生哲学について論じます。

【池田SGI会長の指針】
◎アメリカ代表者会議でのスピーチから 
        (1993年3月9日、アメリカ)

 自分が「勝利劇」の「脚本家」である。そして「主人公」である。
 シェークスピアは、大劇作家らしく、何度も、次の意味のことを書いている。
 「この世界はすべてこれ一つの舞台、人間は男女を問わずすべてこれ役者にすぎぬ」(『お気に召すまま』小田島雄志訳、『シェイクスピア全集』Ⅳ所収、白水社)──。
 仏法が教えるのは、人生劇の「脚本《シナリオ》」を書くのも、「演じる」のも、自分自身だということである。
 他の何ものかが、脚本《シナリオ》を書くのではない。自分が書いて、自分が名優として演ずる。これが「一念三千」の法理にこめられた、きわめて積極的な人生哲学である。
 自分が作家で、自分が主人公である。大切なことは、すばらしい劇《ドラマ》を演じるためには、まざまざと鮮やかに目に浮かぶまで、〝脚本〟を頭にたたきこまねばならないということである。心の中でリハーサル(練習)も必要かもしれない。「勝利劇」の目標(受験や、会社の成績など)を、紙に書いて、何度も何度も心にしみつくまで繰り返すことが効果的な場合もあろう。
 ある男の子は、小さいころの事故で片足が短くなった。しかし両親は、どんなことでも、「お前にはできない」とか「お前には無理だ」とか、絶対に言わなかった。何でも他の子どもと同じようにさせ、スポーツもさせた。「できると思えば必ずできる」「『できない』としたら、お前が、やる前に『できない』と思ったからだ」──と。
 それは精神主義や観念論ではなく、人間の潜在能力(眠っている力)への確信であった。その子は、学校時代はフットボールの名選手となり、社会でも成功した。
 ロシアの作家ゴーリキーが「才能とは、自分を信じることだ、自分の力を信ずることだ」(『どん底』野崎詔夫訳、『世界文学全集』44所収、筑摩書房)と言ったとおりになった。
 イギリスの大小説家ウォルター・スコット(1771年──1832年)は言っている。
 「臆病な人間にとっては一切は不可能である。なぜなら、彼には一切が不可能に見えるからだ」
 「不可能だ」「ダメだ」という一念が、本当に何もかもを「不可能」にするのである。親から、いつも「ダメな子だ」と言われていると、自分もそう思い込んでしまい、本当に「ダメな子」になってしまうかもしれない。
 御書には、華厳経(大乗仏教の経典)を引いて仰せである。
 「心は工《たくみ》なる画師《えし》の種種の五陰《ごおん》を造るが如く一切世間の中に法として造らざること無し」(564㌻)──「心」は、すぐれた画家が自在に種々の姿を描くように、世の中のあらゆる現象を造りだしていく──。
 「心の外《ほか》に別の法無し」(同㌻)──心の外《ほか》に別の法はない(すべての現象は心の産物である)──。
 大聖人の御手紙を拝するとき、つねに相手に応じた〝たとえ〟を引かれ、〝文証〟を引かれて、何とか「心」を変えよう、「一念」を強めよう、「確信」と「自信」をあたえようとされている。
 つねに「希望」と「励まし」を太陽のように送っておられる。「心」が変われば「一切」が変わることを熟知されていたからであろう。
 「うまく勝利した人は、条件がよかったのだ」と考える人は多い。こういう人は、たいてい「もしも、自分にあれがあったならば」「もしも、自分がこんな問題をかかえていなかったならば」と考えている。
 しかし、それは結局、グチである。困難をかかえていない人はいないのである。
 ある実業家が友人に言った。「君は、いつも『問題が多くて』と嘆いているが、じつは、私の知っている場所で『一万人もいるのに、だれひとり問題をかかえてもいないし、悩んでもいない』という場所がある。紹介しようか?」
 友人が「ぜひ頼む」と答えると、連れていかれたところは──墓園であった。
 人間は、生きているかぎり、必ず「悩み」があり、「課題」がある、と教えたのである。その「課題」を〝どうやって〟克服するか。その挑戦によって、より豊かな人生となる。
 仏法では「煩悩即菩提」と説く。「悩み」が大きいほど、唱題の力によって、より大きな「幸福」に変えていけるのである。
 釈尊の時代、ある女性が、かわいい子どもを病気で亡くした。悲しみのあまり、正気を失い、死んだ子どもを抱いたまま町をうろついていた。会う人ごとに、「この子に薬をください」と言った。
 ある人が、哀れんで彼女を釈尊のもとに連れてきた。釈尊は言った。
 「よしよし、良い薬をあげよう。町へ行って、白いケシをもらってきなさい。ただし、『死人を出したことのない家』の白ケシでなければいけないよ」
 彼女は、町じゅうを一軒一軒、歩いて探した。けれども「死人を出したことのない家」は一軒もなかった。ついに、彼女は自然に理解した。「人間は必ず死ぬ」のだ、と。自分の悲しみだけが特別なのではない──。そして「永遠の生命」を悟るために、釈尊の門下となり、聖者と仰がれるまでになった。
 釈尊は、自分だけの悲しみにとらわれていた彼女の心を、こういう方便を使って、ほぐし、解放し、三世の生命観に立った、より大いなる知恵に目覚めさせたのである。
 ともあれ〝境涯を開く〟ことである。人間、いつも自分のことだけを考えていると、しだいに「小さな心」「小さな自我」に固まってしまう。
 法のため、人のため、社会のためという、開かれた大きな目的に向かって働けば、「一心《いっしん》の妙用《みょうゆう》」によって、「大きな心」「大きな自我」が築かれていく。「大きな心」は即「大きな幸福」を味わえる心である。
 「小さな心」には重圧であった悩みも、軽く感じ、悠々と見おろしていけるようにもなる。皆さまは、この「一心の妙用」を見事に、晴れやかに証明する人生であっていただきたい。

 4-2 煩悩の「薪」で幸福の「炎」を

 「幸福」というのは「悩み」のない状態であると、往々にして人は考えがちです。この節では、「煩悩の薪を焼いて菩提の慧火《えか》現前するなり」(御義口伝、御書710㌻)という「煩悩即菩提」の法理を示した御聖訓を踏まえ、妙法を信ずる一念を強くして題目を唱え抜いていけば、どんな「悩み」も「幸福」へのエネルギーに転じていけると述べています。

【池田SGI会長の指針】
◎『青春対話』から 
             (1999年3月刊)

 仏法では「煩悩即菩提」と説く。わかりやすく言うと、煩悩とは「悩み」であり、悩みを起こさせる欲望です。菩提とは「幸福」であり境涯が開けることです。
 ふつうは、煩悩と菩提はバラバラです。悩みと幸福は正反対です。しかし日蓮大人の仏法では、そうではない。
 悩みという「薪」を燃やして、初めて幸福の「炎」が得られると説く。幸福の光とエネルギーが得られるのです。題目によって「薪」を燃やすのです。
 題目をあげれば、悩みが全部、幸福へのエネルギーに変わる。前進への燃料に変わる。
 いちばん苦しんだ人が、いちばん幸福になる。いちばん悩みをもった人が、いちばん偉大な人生となっていく。これが仏法です。だからすばらしいのです。
 悩みといっても、いろいろある。自分のこともあれば、お父さん、お母さんに、長生きしてもらいたい──これも悩みです。友だちが元気になってほしい──これも悩みです。
 さらには、もっと大きく、世界の平和をどうするか、新世紀をどういう方向にもっていくか──これは偉大な悩みです。どんな悩みも全部、題目によって、自分のガソリンに変わる。生命力に変わる。人間性に変わる。福運に変わるのです。だから、大いに悩み、大いに題目をあげきって、成長していけばよいのです。
 信仰とは、目標という悩みの「山」をつくり、「山」をめざし、「山」を登りながら、山を登りきるたびに大きな自分になっていく軌道なのです。

 4-3 どんな苦悩も変毒為薬できる

 仏法には、「変毒為薬」(毒を変じて薬と為す)という法理があります。この節では、悩みや苦しみという「毒」を、信心によって「薬」としながら、人生の「最後の勝利」を飾っていくよう教えています。

【池田SGI会長の指針】
◎創立六十周年開幕記念支部長会でのスピーチから

                       (1989年7月27日、東京)

 人生には当然、勝ち負けがある。ときには悲しみ、苦し人む場合もあるかもしれない。
 しかし、仏法は「煩悩即菩提」「生死即涅槃」である。悩みや苦しみが大きければ大きいほど、信心によって、大きな喜び、幸福へと転じていくことができる。
 そして、信心は、だれのためのものでもない。すべて自分自身に生ききっていくための信仰であり、行動である。自身の福徳を増し、幸福の道を開いていくための信心なのである。ゆえに、少々のことで一喜一憂したり、心を動かされるのでは信仰者とはいえない。
 ともあれ妙法の世界では、何があったとしても、必ず時とともに「変毒為薬」していけるのである。
 「薬」と「毒」の関係をいえば、じつは両者の間には、ある意味で、明確な境界線はない。その配合や、服用する人の生命力との関係で、「毒」として働く場合もあれば、「薬」として働く場合もある。この事実を一言で「薬とは生命を救う毒」と表現した学者もいる。
 人生の勝敗においても、また同じである。最後に勝てば、一切が「薬」になったことになる。逆に、最後に負ければ、それまでいかに「薬」として働いていたものでも、結局は一切が「毒」となってしまったということができよう。
 では、最後の勝利とは何か。それは「信心の勝利」である。これこそ「人間としての勝利」であり、「三世永遠の勝利」につながる。

 4-4 未来を開く「本因妙」の仏法

 仏教では一般に、過去における自身の行いが「因(原因)」となって、現在の幸・不幸という「果(結果)」がもたらされるという「生命の因果」を説いています。ただ、こうした捉え方は、人間を必要以上に過去に縛り付け、生きる姿勢を後ろ向きにしてしまう傾向があります。この節では、日蓮大聖人の仏法が、人間を過去に縛るのではなく、つねに現在を出発点として未来に向けて前進させていく「本因妙」の大法であることを示します。

【池田SGI会長の指針】
◎全国青年部幹部会でのスピーチから
        (1988年4月29日、東京)

 「生命の因果」「人生の幸、不幸」──これらについて人が真剣に考え始めるのは、多くの場合、自身が切実な不幸にあったときではないだろうか。
 何事もない安穏なときには、なかなか人生の重大事には思いいたらない。その意味でも、苦難こそ、より深き人生への大切なステップなのである。また、そうしていかなければならない。
 もとより、何ら苦難もなき人生など、ありえない。幸福そうに見える生活も、裏返せば、それが不幸を感じる因となる場合が、人生にはあまりにも多い。そのことは、経験を積み、年輪を重ねるほど、ありありと見えてくる。
 たとえば、祝福されてて結婚しても、子どもが病気で生まれてくる。経済が行き詰まる。火事や事故、離婚や一家の不和、人間関係のもつれなどで、生涯苦しむ場合もあるかもしれない。まさに凡夫には〝一寸先は闇〟である。不幸など自分には関係ないことだなどと断言できる人はいないであろう。
 平穏無事なら無事で、年齢とともに、むなしさがつのってくる。忙しそうに充実して動いているようであっても、自分を見つめることができず、さびしさ、わびしさから逃げ続けているにすぎない人もいる。
 笑顔の底に悲しみがある。楽しさの後を空虚さが追う。苦しみ、悩み──それが避けられない人生の現実である。
 しかし、それでも人間は生き続けていかなければならない。では、どう生きるのか。どう苦しみを真実の歓喜へと変えていかれるのか……。この万人にとって最大にして根本の課題を解決したのが、日蓮大聖人の仏法なのである。
 大聖人の仏法は「本因妙」の仏法である。すなわち仏となる根本の〝因〟を妙法蓮華経と明かされ、ただ御本尊の受持のみによって、仏の「因行」も「果徳」もすべて今世で得ていかれると教えられた、画期的な大法である。
 どこまでも未来を志向し、未来を煌々と照らして進みゆく。ここに「現当二世」の大聖人の仏法の真髄がある。
 信心していたとしても、決して悩みが消えてなくなるわけではない。十界互具が生命の実相であり、仏界にも苦悩の九界が具わる。また九界の現実に即してしか、仏界の顕現もない。
 大切なことは、苦難あるときに、絶対にひるまぬことである。仏の慈悲と確信して、いよいよの強盛な信心で進むことである。
 「信仰しているのに、なぜ……」などと弱々しく疑ったとしたら、その弱き一念が、一念三千の法理にのっとり、三千次元に回転して、ますます苦しみの境涯をつくっていく。これでは、強信とはいえない。
 その時点で、凡夫にはわからなくても、長い目で見るとき、必ずや、その意義がわかってくる。また「変毒為薬」していける。これは私の40年間の体験のうえからも絶対にまちがいない。5年でわからなければ、10年でわかる場合もある。10年で自覚できなければ一生のうちに、わかってくる場合もある。また三世という永遠の観点から見れば、すべてが御仏智なのである。

 4-5 何があっても喜んでいける人生

 すべてを「喜び」に変えていける人、その人こそ「人生の達人」です。この節では、苦難があればあるほど、いよいよ喜び勇んで進んでいく、人生の究極の生き方を教えています。

【池田SGI会長の指針】
◎各部代表幹部会でのスピーチから
         (1993年6月28日、東京)

 「喜べ! 喜べ! 人生の事業、人生の使命は喜びだ。空にに向って、太陽に向かって、星に向かって、草に向かって、樹本に向かって、動物に向かって、人間に向かって喜ぶがよい」(「日記」、『トルストイの言葉』小沼文彦訳編、彌生書房)
 「喜べ!」──これがトルストイの一つの結論であった。何があっても喜んでいける人生。そこには人間としての大境涯があり、強さがあり、幸福がある。
 反対に、何があっても、文句ばかり、批判ばかりの人生。それでは、たとえ外見は立派そうに見えても不幸である。
 トルストイは、1901年、教会から破門された。72歳という晩年のことである。海外からも尊敬を受けている偉人を、こうすれば困るだろうと「破門」──。
 しかし、その権威の画策を、彼は、歯牙にもかけない。悠然と見おろしていた。
 「喜べ! 喜べ!」。その信条は変わらなかった。彼には、燃え上がる〝闘争の一念〟があった。
 トルストイの生涯は、創作の苦しみ、家庭生活の不幸、自分の体の不調など、すべてが順風というわけではなかった。しかし文豪の魂は、どこにあっても、いかなるときでも「喜び」を求めた。「喜び」をつくりだしていった。
 仏法に通ずる生き方といえる。皆さまも、そうした人生であっていただきたい。
 日蓮大聖人は、「南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(御書788㌻)と仰せである。
 広布の人生は、「大歓喜」の人生である。
 さらに、「流人なれども喜悦はかりなし」(同1360㌻)──流罪の身ではあるが、喜悦は計り知れない──。
 「御勘気をかほ《蒙》れば・いよいよ悦びをますべし」(同203㌻)──権力による処罰を受けたので、いよいよ喜びを増すのである──。
 「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(同1448㌻)──大難が来れば強盛の信心(の人)は、いよいよ喜んでいくべきである──と。
 また、竜の口の法難のさいにも、門下の四条金吾に「これほどの悦びをば・わらへかし」(同914㌻)──これほど喜ばしいことではないか。笑いなさい──と仰せになっている。
 苦難があれば「賢者はよろこび愚者は退く」(同1091㌻)──これが大聖人の教えである。
 挑戦すべきことがあればあるほど、いよいよ喜び勇んで進んでいく。さっそうと戦っていく。これが仏法の真髄である。人生の究極の生き方である。
 〝喜べない人生〟は不幸である。「またか」「たいへんだな」(笑い)などと、いつも下を向き、苦しい顔をして、文句や批判ばかり。これでは御書に反してしまう。
 すべてに「喜び」を見いだしていける人。すべてを「喜び」に変えていける人。その人こそ「人生の達人」である。
 「佐渡御書」には、「賢聖《けんしょう》は罵詈して試みるなるべし」(同958㌻)──賢人、聖人は罵って、本物かどうか試みるものである──と仰せである。どんな批判をも耐えぬき、それでも悠々と喜びの人生を送っていけるかどうか──そこに本当に偉大な人かどうかの分かれ目がある。
 すべてに喜びを見いだしていく──自分が喜べば、周囲もさわやかになる。笑顔が広がる。価値が生まれる。リーダーは、何より皆が「喜んで」前進できるように、心を砕くことである。

 4-6 苦も楽も共にあるのが人生の実相

 人生には、順風の時もあれば、逆風の時もあります。この節では、苦難に直面していた弟子の四条金吾に対する日蓮大聖人の励ましを通し、目先の出来事に一喜一憂することなく、すべてを悠然と乗り越えゆく偉大な境涯を築いていくよう望んでいます。

【池田SGI会長の指針】
◎本部幹部会、九州総会でのスピーチから
     (2005年4月21日、東京)

 皆さんも、よく知っている御書の一節を拝したい。主君を折伏したがゆえに、冷遇され、同僚からも憎まれ、苦境にあった四条金吾を励まされた御手紙である。
 「苦を苦と悟り、楽を楽と開き、苦楽共に思い合わせて南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい。これこそ、自受法楽(仏の悟りを自ら楽しみとして受けること)ではないですか。ますます強盛な信心をしていきなさい」(御書1143㌻、通解)
 今は苦しみの連続かもしれない。しかし、永遠に続く楽しみなどないように、永遠に続く苦しみもない。人生には、楽もあれば、苦もある。勝つこともあれば、負けることもある。
 苦も楽も共にあるのが人生の実相である。だからこそ、苦しくとも、また楽しくとも、ありのままの姿で、南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさいと、大聖人は教えておられるのである。
 その人は、妙法の智慧と力によって、最高の幸福境涯となっていく。何ものにも負けない人生を生きることができるのである。
 「自受法楽」の「自受」とは、「自ら受ける」ということである。人ではない。自分自身で決まる。人に何かをしてもらったり、他から与えられるものではない。自分が自分で幸福をつくり、自分で幸福を味わっていく。どんな苦楽の道も、悠然と楽しんでいける強く大きな自分になっていく。それが「自受法楽」である。また、必ずそうなっていくのが、南無妙法蓮華経の力なのである。
 ゆえに私たちは、人と比べる必要などない。御本尊への信仰を根本に、自分らしくいけばいいのである。そして、健康で、目標を持って、周りの人と仲良く、調和をとりながら進んでいくことだ。その振る舞いのなかに、「あの人はいいな」「すばらしい人格だな」「話をしてみたいな」と慕われるような魅力がおのずと輝いていく。自分自身を最高に発揮できるのが妙法なのである。
 そうなっていけば、もうどこへ行っても、何があっても心配ない。目先のことに一喜一憂することなく、自分のやるべきことをやりきって、「私はこれで満足だ!」と言いきれる、悔いのない人生を生きぬいていける。その人こそ勝利者なのである。

 4-7 苦難を安楽に転ずる一念の力

 この節では、迫害また迫害、難また難の連続を厳然と勝ち越えていかれた日蓮大聖大の大境涯を通し、どんな苦難をも安楽へと転じゆく「一念」の力について語ります。

【池田SGI会長の指針】
◎長野県総会でのスピーチから
         (1991年8月4日、長野)

 日蓮大聖人の御一生は、二度に及ぶ流罪をはじめ、迫害また迫害、難また難の連続であられた。いったい、どこに安楽があるのか──多くの門下のなかには不信を起こす者もいた。
 しかし、大聖人は難こそ安楽であると述べられ、さらに、繰り返し繰り返し、「幸なるかな」(御書509㌻)、「悦ばしいかな」(同㌻)、「大に悦ばし」(御書237㌻)、「あらうれしや・あらうれしや」(御書505㌻)等と仰せになっておられる。また「幸なるかな楽しいかな」(御書975㌻)との大境涯であられた。
 難が起きることは、経文に照らして必然である。大切なのは、それをどう「変毒為薬」し、新たな前進への力としていくかである。
 嵐が吹きすさぶたびに動揺したり、ただ嘆いているばかりでは意味がない。何が起ころうとも、一切を〝追い風〟にしてみせるとの強靭な「一念」さえあれば、必ず道は開けていく。
 「現在」からつねに「未来」を志向し、ただ前へ、そして前へと進みゆく──この「現当二世」の信心で、今日までの学会の大発展の歴史は築かれてきたのである。
 「難」がなければ、真の「仏道修行」ではない。「戦い」がなければ、真の「幸福」もない。それでは、本当の人生とはいえない。成仏もない。こう定めた信心に行き詰まりはない。
 「境涯」の力は不思議である。「一念」の力は無限である。同じ環境、同じ状況にあっても、わが「境涯」と「一念」しだいで、百八十度、違う結果となり、人生となろう。
 「広布前進」への一念強き人は、風が雲をみるみるうちに追い払うように、わが福運の青空を晴れやかに、急速に、大きく広げていくことができる。

 4-8 困難を通じて生命を磨け

 幸福のために信心したのに、どうして難を越えなければならないのか。この節では、ダイヤモンドの結晶が極度の高温高圧の中でできあがるように、厳しい苦難を乗り越えてこそ、金剛不壊の〝生命の王者〟と輝くことができると語っています。

【池田SGI会長の指針】
◎船橋幹部大会でのスピーチから
         (1987年7月13日、千葉)

 なぜ私どもが「難」を忍ばねばならないか。いうまでもなく、信心の目的は成仏である。成仏とは絶対的幸福である。幸福のために信心したのに、どうして難を越えなければならないのか。それは、わが胸中に仏界という金剛不壊の生命の「我」を打ち固めるためには、難という試練が必要だからである。
 たとえばダイヤモンドという宝石の王者がある。鉱物のなかで最高の硬度と光沢をもつ。清浄無垢を象徴し、その名も、「征服されないもの」「無敵のもの」という意味のギリシャ語に由来する。
 このダイヤモンド、すなわち金剛石は、どのようにしてできあがるか。私は科学者ではないが、常識的観点からいえば、もともとダイヤの化学組成は炭素で、黒鉛と同じである。それが地下の深所で、何らかの触媒によって極度の高温高圧のもとにダイヤの結晶へと構造を変化させる、と考えられている。
 私どもの生命も同じである。「難」という凝縮した圧力と厳しい苦難の熱に鍛えられてこそ、ダイヤモンドのごとき金剛不壊の仏界の生命へと、わが「一念」、「我」が結晶していくと私はみたい。
 すなわち難があってこそ、わが色心も仏身という「金剛身」を得、金剛石のごとく堅固で、いかなる苦悩や迷いにも壊されない、絶対の光り輝く幸福境涯となる。何の苦難もない平穏無事のみの修行では、生命を真実に磨ききることはできない。最大の難を乗り越え、最高の熱と圧力を乗りきってこそ、最高のダイヤのごとき〝生命の王者〟と輝くことができる。
 その生命は、純粋無垢にして、美しき不滅の光を放っている。いかなる社会の荒波にも、邪悪な障害にも厳然として不動であり壊れない。南無妙法蓮華経に徹し、広宣流布に徹した生命である。三世にわたって、永遠に妙法と一体であり、自在に広布に活躍していける。そして御本尊を正しく受持しきっていくことによって、生々世々、仏界というこの最高の生命の自身となっていける。
 皆さま方は〝金剛不壊の人生〟と輝いていただきたい。ダイヤモンドのごとき、心美しく輝く〝幸福〟の結晶の自身となっていただきたい。そのためには難を恐れてはならない。悪口等に負けてはならない。むしろ、それらはすべて、わが生命を磨いてくれるありがたい存在であるからだ。
 難があればあるほど、信心の大確信を強盛に発揮して、喜々として仏道修行していく人の人生こそ、金剛石のごとき王者の人生である。
 この大切な一生を、〝美しい信心〟と〝美しい同志愛〟で立派に飾っていただきたい。そして金剛の〝美しき生命〟の光を幾重にも広げ、正法正義を証明しきって、生涯を全うしていただきたい。

 4-9 冬は必ず春となる

 日蓮大聖人は、門下の妙一尼に対して「冬は必ず春となる」と励まされています。この節では、人生の〝冬〟は、すばらしい〝春〟に至るための鍛えの時であり、正しき法にのっとった人生は、自身の生命が宇宙の根源のリズムに合致していき、三世に輝く勝利の〝春〟を必ず迎えていけると語っています。

【池田SGI会長の指針】             
◎本部幹部会、東京記念総会でのスピーチから 
  (1990年4月29日、東京)

 日蓮大聖人は仰せである。「冬は必ず春となる」(御書1253㌻)──法華経を信ずる人は冬のようであるが、冬は必ず春となるものである──と。
 このお言葉を支えに、どれほど多くの友が、蘇生の春、人生の春への道を歩んだことか。私どもにとって、永遠の指針である。また、これから幾億、幾十億の、真実の幸福を求める世界の民衆も、ここから限りない希望を得ていくにちがいない。その意味で、この御金言に込められた御本仏の大慈悲の一端を拝しておきたい。
 これは、未亡人であった門下の妙一尼への励ましのお言葉である。彼女の夫は、強き信仰の人であった。大聖人の竜の口の法難のあと、法華経信仰のために所領を没収されたようだ。正しいがゆえに迫害される。これが悪しき人間社会の法則である。いずれの時代、いずこの国でも、この実相は不変である。妙一尼の夫は、信念を貫いたまま、大聖人の佐渡御流罪中に亡くなった。あとに残ったのは、老いた妙一尼と子どもたち──。なかには病弱な子や女の子もいる。尼自身も丈夫なほうではなかった。
 大聖人は、そうした状況を、よくご存じであられた。「亡くなったご主人は、どんなにか、あなた方家族のことが心配であっただろう」と深く思いを寄せられている。そして「ご主人は、私(大聖人)のことも、さぞかし心配されていたことでしょう」と思いやっておられる。
 極寒に見舞われる佐渡、生きて帰れぬといわれる佐渡に、師匠は流されてしまった。その大難の最中に自分は死んでいく。まことに無念である。このような心でもあったろうか。
 大聖人は、苦難のなかに亡くなった勇敢な門下をしのばれて、こう述べられている。
 「此の御房はいかなる事もありて・いみじくならせ給うべしとおぼしつらんに、いうかいなく・なが《流》し失《うせ》しかばいかにや・いかにや法華経十羅刹はとこそ・をもはれけんに、いままでだにも・なが《存》らえ《生》給いたりしかば日蓮がゆりて候いし時いかに悦ばせ給はん」(御書1253㌻)
 ──ご主人は「法華経が広まるにつれてこの御房(大聖人)はいろいろとすばらしいことがあって、立派に敬われる立場になられるにちがいない」と期待されていたことでしょう。ところが、(大聖人は)はかなくも佐渡に流されてしまった。「これは、どうしたことか、いったい法華経や諸天善神である十羅刹女の守護は、どうしたのか」と思われたでしょう。せめて今まで生きておられたなら、日蓮が佐渡から赦免になった時、どれほど喜ばれたことでしょう──。
 他の御書からもうかがえるように、多くの門下は、大聖人が赫々たる栄誉の立場になられると期待していた面があったようだ。ところが実際には、難また難の連続である。日本中からの悪口と嘲笑、圧迫が息つぐひまもなく襲ってくる。自分も偉くなれると思った目算がはずれて、退転・反逆の徒となる者も現れる。彼らは権力者の手先となって、かつての師匠と同志をいじめるために暗躍する。
 そうしたなか、妙一尼の夫は最後まで信念に忠実であり、誠実であった。それだけに、どんなにか大聖人の凱旋のお姿を夢見ていたことであろう。また、裏切りの徒の卑しい心根を、どんなにか、悔しく思っていたことであろう。
 大聖人は、そうした門下の心を、すべてくみとっておられた。一切を知っておられた。そのうえで、いささかも悪と妥協することなく、あえて大難のなかへと進まれたのである。
 ゆえに、亡くなった妙一尼の夫が、大聖人の佐渡からの御帰還という、当時だれも思いもよらなかった事実を知ったなら、どんなに喜んだろうか、うれしかったろうか、と仰せなのである。苦労してついてきた門下に、御自身の勝利の姿を見せたい、だれよりも喜んでもらいたい──そうした大聖人のお心が強く伝わってくる。
 さらに大聖人は「かねてから言っていたとおり、蒙古襲来が現実となっている世相を見たら、(ご主人は『見よ、わが師匠の予言どおりではないか』と)どんなに喜ばれたであろう。(国を思えば、襲来は悲しむべきことだが)凡夫であるから」とも、尼に語られている。
 苦も楽も、すべて私たちは一体ですよ、との御本仏のお声が、彼女には聞こえるような思いがしたのではないだろうか。
 「冬は必ず春となる」とのお言葉には、要約すれば、こうした背景があった。
 ──ご主人は〝冬〟のうちに亡くなった。しかし〝春〟が来た。冬は必ず春となるのです。あなたも生きぬきなさい。信念を貫く人は必ず仏になります。幸福にならないはずがありません。ご主人も必ず、あなた方一家を見守っておられますよ、と。
 さらに大聖人は「いざとなったら、幼い子どもたちの世話も、私がいたしましょう」とまで、深き慈愛をそそがれている。この、限りなき優しさ、あたたかな人間性にこそ、大慈大悲の大聖人の仏法は脈動している。いわゆる権威のかけらすら見られない。すばらしいことである。
 このように、「必ず春となる」との御断言には、佐渡での絶望ともいうべき状況から〝勝利の春〟を迎えられた、大聖人御自身の御確信と実証が込められていると拝される。
 大難に次ぐ大難。もったいないことであるが、普通ならば、病に倒れるか、神経をむしばまれるか、殺されるか、自殺するか、仏の力なくしては、とうてい乗り越えられるものではない。
 しかし大聖人は、一切に勝たれた。生きて、生きぬかれた。全人類のため、三人秘法の大仏法を末法万年尽未来際(未来際を尽くす=未来永遠)に伝え、残していかれるために。この大慈大悲を、私どもは深く拝さねばならない。
 この〝冬から春〟への勝利を、門下よ、よく見ておきなさい、あとに続いて、あなたも生きぬきなさい、との大聖人のお心に、妙一尼はどれほど感動したことであろうか。
 もとより次元は異なるが、私どもも、長年ともに戦ってきた同志のためにも、自分自身が〝幸福の春〟を勝ち取らねばならない。後輩の人が、その姿を見て、ああよかった、信心を続けた人はあんなに立派になり、幸福になるのだと、喜んでいかれるだけの歴史を示してあげねばならない。
 私も、この十年でだれ人も想像しなかった〝勝利の春〟を勝ち取った。全部、広布のため、同志のためとの一念であった。
 ともあれ、苦労してきた友のためにも、先輩は、断じて勝利の姿を示していく責任がある。もちろん、勝利とは世間的な外見とか、表面的な名誉ではない。一人の人間として、信仰者として、わが人生の使命を晴ればれと、堂々と総仕上げしていった、その無冠にして偉大なる境涯の実像こそ、真実の勝利なのである。
 さて〝春〟には、いっせいに花が開く。しかしその前に、花たちはいったん、冬の寒さに十分さらされなくてはならない。──もし〝冬〟を知らないと、どうなるか。
 春に咲く植物は、秋になると〝休眠〟の準備に入る。春に向けてエネルギーを蓄え始めるのである。もしも冬の休眠の途中で気温が上がり、眠りからさめると、春の到来を待っていた芽が未熟のまま開き始める。そこにふたたび寒さがもどれば、芽は枯れてしまい、死となる。
 そうならないために、植物は十二分に〝冬〟を経験したあとでなければ、咲かないようにできている。これが、春の開花にそなえる、植物の〝知恵〟である。
 人生も仏道修行も、その原理は同じといってよい。〝冬〟は、すばらしい〝春〟のための充電と鍛えの時である。その時にこそ、永遠に崩れぬ「成仏」へのエネルギーは蓄えられ、宇宙大の広がりを秘めた生命活動の力が培われていく。
 しかも、そのエネルギーは、難にあえばあうほど大きさを増す。そして、正しき法にのっとった人〝冬〟のたいへんな時に、信心の向上のための世界から逃げたり、疑ったりして、十分に力と福運を蓄えておかなければ、すべてが中途半端となってしまう。ましてや「満足」の人生を、送ることはできない。
 〝冬〟の間にこそ、どう戦い、どれほど充実した時を過ごすか。必ず来る〝春〟を確信し、どう深く生きるかである。時いたれば、自然界には花咲く春が間違いなく訪れる。それが生命と宇宙のリズムである。しかし、現実の社会にあっては、〝冬〟のままで人生を終える人があまりに多い。そうならないために、〝春〟を呼ぶ宇宙のリズムに生命が合致しなければならない。そのための妙法の仏道修行なのである。
 その意味で、正しき信仰とは〝永遠の幸福の翼〟である。苦難を乗り越えるたびに福運を積み、境涯を高めていける。今世において一生成仏すれば、三世永遠に「所願満足」の生命の〝大空〟を悠々と羽ばたいていくことができる。これが仏法の法理であり、生命のリズムなのである。

 4-10 仏法を実践する偉人な功徳

 日蓮大聖人は、人生の苦難の意味について様々な角度から門下に教え、励ましています。信仰ゆえに迫害を受けていた弟子の池上兄弟(宗仲《むねなか》、宗長《むねなが》)には、過去世・現世・来世という三世の生命観を踏まえ、過去の宿業によって未来に大苦《だいく》を受けるところを、仏法の実践の功徳によって現在において軽く受けるという「転重軽受」の法門を教えています。この節では、「転重軽受」の法門に基づき、苦難の時を大いなる飛躍の時と捉え、いよいよ強く、いよいよたくましく人生を開いていくよう訴えています。

【池田SGI会長の指針】
◎全国青年部幹部会でのスピーチから
      (1988年4月29日、東京)

 日蓮大聖人は、障魔との戦いの渦中にあった池上兄弟に対し、次のように激励されている。
 「今生《こんじょう》に正法を行ずる功徳・強盛なれば未来の大苦《だいく》をまね《招》ぎこし《越》て少苦に値うなり」(御書1083㌻)──今世において正法を行ずる功徳が強く盛んであるため、本来であれば地獄に堕ちるべき未来の大苦を、今世のうちに招きよこして、今こうして少苦にあうのである──と。
 正法護持の功徳、すなわち「護法の功徳力」によって、未来に大苦を受けるはずの重い宿業を転じ、現世に軽く受けていく。この「転重軽受」の法理を、よくよく確信しきっていかなければならない。また信心の深さに応じて、あるていど、そうした実相は感じとれるものである。
 たとえば、かりに事故にあっても、もっとひどい、他の多くの人をまきぞえにするような大事故を未然に、軽く受けたという場合もあるであろう。他にも同様のケースは数多くある。
 さらに、ここから、三世永遠の生命観に立った〝難の意義〟も明瞭になる。
 つまり、あえてさまざまな難に遭うことによって、重く暗き悪因悪果の生命の流転を、今世においてすべて転換し、晴れやかにしてすがすがしき仏界の大境涯へと、わが生命を壮大に開ききっていけるのである。
 この「転重軽受の法門」また「護法の功徳力」について、大聖人は佐渡流罪中の「開目抄」「佐渡御書」で、御自身の御姿に即されて仰せになっておられる。
 つまり、もったいなくも大聖人は、示同凡夫の御立場から、御自身が大難を受けておられる御姿をとおして、末法万年の門下のために、〝なぜ難に遭うのか〟を示してくださっている。そして〝難を乗り越える信心〟を教えてくださっている。この一点は、人生においても、広布においても、要となる御指南であると確信する。
 3年前(1985年)の秋、私は10日間、入院した。初めてのことである。しかし客観的には、いつ倒れても決して不思議ではなかった。入信以来、40年間、また戸田先生の遺志を継いで、30年近く、走りに走ってきたからだ。
 〝30までしか生きられない〟といわれた弱い体で、働きぬいてきた。走りに走ってきた。つねに嵐と戦ってきた──。
 入院の件はマスコミ等でも大きく報じられた。あらぬ憶測や、利害や思惑がらみの姑息な動きも数多くあった。しかし私は、それらのさざ波を達観していた。
 私は、この病は仏の大慈悲である、と深く実感していた。もう一度、一人立って、真の総仕上げを開始すべき〝時〟を教えてくださったと確信した。
 今こそ、本当のものを語っておこう。後世のためにも、本格的に、あらゆる角度からの指導を、教え、残しきっておこう。そして創価学会の真実を、その偉大なる意義と精神を伝えきっておかなければならない──と。
 それまで、学会も盤石にしたし、教えるべきことは教えたとも考えていた。しかし、この病気を契機として、私はこれまでの10倍、20倍の指導を残そう。10倍、20倍の仕事をしよう、と決意した。そして、今まで以上に、いやまして真剣に走り始めた。これからも走っていく。
 ともあれ、これから諸君の人生にあっても、大なり小なり、苦労と苦難は避けられない。しかし、すべては諸君を大樹へと育てゆく仏の慈悲と確信してもらいたい。
 そのことを確信し、堂々と一切を乗り越え、難あるごとに、いよいよ強く、いよいよたくましく、いよいよ朗らかに人生と広布を開いていく、〝信仰王者〟として生きぬいてもらいたい。
2014-08-25 : 池田SGI会長指導選集 :
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創価大学通信教育部 新世紀第13回学光祭へのメッセージ

創価大学通信教育部 新世紀第13回学光祭へのメッセージ
       (2014.8.19 創価大学中央教育棟・ディスカバリーホール)

 創価大学通信教育部の新世紀第13回(第38回)「学光祭」が19日、東京・八王子市の創大中央教育棟・ディスカバリーホールで開催され、全国各地、また海外16カ国・地域から夏期スクーリングに参加した学友の代表らが集い合った。これには、創立者の池田名誉会長が祝福のメッセージを贈り、気高き「生涯学習」の大道を歩む友の学業の成就と人生の大勝利を念願した。

創立者のメッセージ

通教生の皆さんこそ「創造的人間」の鑑
今日という一日を輝かせよ


 尊貴なる生命の輝きに満ちあふれた学光祭、誠に誠に、おめでとうございます。
 猛暑の中、休みも返上して、本当に本当に、ご苦労さまです。
 今、私も、日本そして世界から勇み集われた皆さん方と肩を並べて、ディスカバリーホールに馳せ参じる心でおります。
 わが誉れの通教生の皆さん方こそ、不撓不屈の探究によって、偉大な「ディスカバリー」すなわち「発見」を積み重ねている「創造的人間」の鑑なりと、私は心からの喝采をお送りしたいのであります。
 このディスカバリーホールには、先月、ノーベル平和賞受賞者の、バングラデシュの経済学者ムハマド・ユヌス博士も来訪されました。
 「貧しき人たちのための銀行家」と謳われる博士は、語られています。
 人間というのはそれぞれみな、まだ発掘されていない財宝のような存在だ」
 「人それぞれに限りない可能性を秘めている」(猪熊弘子訳『ムハマド・ユヌス自伝 貧困なき世界をめざす銀行家』早川書房)と。
 そして、この万人の“内なる財宝”“限りない可能性”とは、「世界全体の人々の幸福を増やすために貢献しようという力」(猪熊弘子訳『貧困のない世界を創る ソーシャル・ビジネスと新しい資本主義』早川書房)であると強調されているのであります。
 まさしく、学の光でわが生命の財宝を照らし出し、自らの新たな可能性を発揮しながら、他者のため、社会のために価値を創造しゆく皆さん方の人生が、どれほど崇高であるか。
 皆が休み、皆が遊んでいる時にも努力を続けることは、苦労も多いでしょうが、何ものにも代え難い充実があり、誇りがあり、喜びがあります。
 創価大学では、昨年より新たに看護学部が開設されました。
 思えば、「日本のナイチンゲール」と讃えられた看護の先駆者・萩原タケ先生も、若き日に、一家を支えるために働きながら、通信教育で学んだ女性です。
 創価教育の父・牧口常三郎先生とほぼ同世代で、創大に近接した今の、あきる野市に生まれ、世界に友情を広げながら日本の看護界の発展に尽くされました。
 「向学」と「献身」の人生を貫いた彼女は、「今日の後、今日は無し(今日之後無今日矣)」(森禮子著『献身 萩原タケの生涯』白水社)との言葉を大切にしていました。かけがえのない今日という一日を、最大に輝かせ切っていく太陽こそ、皆さんが燃え上がらせておられる「学の光」でありましょう。
 日本中、世界中の良き学友と共に、気高き「生涯学習」「生涯求道」「生涯貢献」「生涯創造」の大道を歩みゆかれる、使命深き通教生の皆さんと、私もさらに深く強く、心の信頼を通い合わせながら、健康とご多幸、学業の成就と人生の大勝利を、祈り抜いてまいります。
 暑い日が続きますので、どうか、体を大事になさってください。お帰りになりましたら、送り出してくださったご家族や地域の皆様方に、くれぐれも宜しくお伝えください。
 わが敬愛してやまぬ学光のスクラム、万歳!(大拍手)
2014-08-20 : スピーチ・メッセージ等 :
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名誉会長と共に 新時代を開く 11〜30

第11回 青年部の幸福と勝利を祈る  (2014.3.16付 聖教新聞)

 苦難を越え、広宣流布を成し遂げる、師弟不二の大誓願に立つ。それが3・16だ。
 今、日本でも、世界でも、青年が立派に育っている。その姿に感動する。これほど、うれしいことはない。
 君たち青年部の時代に入った。幸福と勝利を祈っています。
    *   *
 日蓮大聖人は門下に仰せになられました。
 「仏というのも私たちの心の中にいらっしゃるのです」「私たち凡夫は、まつげが近くにあるのと虚空が遠くにあるのとは見ることができません。私たちの心の中に仏がおられるのを知らないでいたのです」(御言1491㌻、通解)
 妙法を持《たも》った皆さん方は、まさしく、心の中に仏の生命を輝かせていける幸福の博士です。
 現実は毎日、忙しく、苦しいことや、つらいことも、多々あるでしょう。しかし、「煩悩即菩提」、さらにまた「変毒為薬」の妙法です。
 迷いも、悩みも、試練も、全てが偉大な福徳に変わります。自分に縁する人も、必ず幸福に勝ち光っていくための信心です。
 戸田先生は語られました。
 「仏法は、最高の道理を説いている。最高の生命力を輝かせて、人生の幸福を満喫するために、信心に励むのである。最後には、必ず、それそれにふさわしい花を咲かせることは、絶対に間違いない」
 自信満々と希望の声を響かせ、一人また一人と、歓喜の対話を重ねていく。幸と平和のスクラムを、仲良く、賢く、朗らかに、広げていく。
 そこから新たな3・16の勝利の劇が始まるのです。

第12回  一人一人が大福徳に輝け  (2014.3.23付 聖教新聞)

 一対一の対話が、学会の伝統である。訪問・激励に徹してきたゆえに、今、世界中に人材が育っている。私も、一人一人のもとに足を運び、全身全霊で励ましてきた。
 うまく話せなくても、くよくよせず、カラッと前へ進むのだ。誇り高い仏の仕事だ。全部、立派な指導者になる修行である。きょうも一軒、きょうも一人と、広布のために動き語った分、境涯が深まり、福徳も輝くのです。
    *   *
 御本尊を信受する功徳が、いかに大きいか。日蓮大聖人は“三世永遠にわたって、御本尊が、あなたの前後左右に立ち添って、あたかも暗闇の夜に燈火を得たように、また、険しい山道で強力(=荷を担ぎ、道案内してくれる人)を得たように、あちらへ回り、こちらに寄り添って、あなたを囲んで、守ってくださるでしょう”(御書1244㌻、趣意)とお約束であります。これこそ、広宣流布ひとすじに、労苦をいとわず戦い抜いている皆様の尊き生命の境地なのであります。
 現実は、言うに言われぬ試練もあるでしょう。しかし、全部、御本尊が、また御本仏がお見通しです。師・戸田城聖先生は言われました。
 「思いもかけぬこともある。けれど、すべて三世で見ていくのだ。今、苦労して宿命転換し切っていけば、万年の幸福を開けるんだよ。大事なことは、一人一人が力を出し切って、悔いなく勝ち進んでいくことである」と。
 燃え上がる信心がある限り、わが学会は永遠に勝ち続けていくことができます。共に戦い、共に舞い、共に喜びあふれる絶対勝利の人生を深く大きく飾っていきましょう!

第13回  幸福の太陽はわが胸中に  (2014.3.30付 聖教新聞)

 桜花の春、恩師・戸田先生の巌のごとき雄姿が、懐かしく胸に浮かぶ。
 戦争の時代に、命がけで正義の念を貫かれた先生である。
 今、創価の平和の連帯に、世界から大きな期待と賞讃が寄せられている。恩師が、どれほど喜ばれることか。
 戸田先生は市ケ谷にあった学会本部の分室等で、毎日のように個人指導をされた。
 八方ふさがりの苦境の友にも、渾身の力を振り絞り、絶対勝利の信心の大確信を打ち込んでいかれた。
 一人が力だ。一人が宝だ。かけがえのない一人一人に勇気と希望を送るのだ。
 先生は言われた。「私は、一本の旗をもって、たった一人で、濁流の中に立っているみたいなものだよ。少しでも油断すると、旗と一緒に、濁流に流されてしまうのだ」
 一回の出会い、一回の励ましが、真剣勝負である。
 苦しんでいる人を救うのが本当の宗教である。学会は不幸な人の味方なのだ。いかに迫害されても、その人たちのために戦うことこそ、最高に誉れ高き偉業ではないか。
    *   *
 世界が仏法を求めている。学会のありのままを語ればいい。真実に勝るものはない
 御聖訓には仰せである。「百千万年の間、闇に閉ざされていた所でも、灯《ひ》を入れれば明るくなる」(御書1403㌻、通解)
 幸福の太陽は、わが胸中にある。大変な時ほど題目を唱え抜き、いかなる苦難の闇も朗らかに打ち破って、友に励ましの陽光を、思う存分に注いでほしい。
 各部一体で、青年を育て、未来部を応援し、功徳の花、喜びの花、人材の花を爛漫と咲かせていこう。報恩の心で!

第14回  御書を拝して大境涯を開け  (2014.4.6付 聖教新聞)

 アメリカでも青年部の教学運動が目覚ましい。尊き地涌の菩薩の使命に燃えている。
 韓国・台湾では、壮年・婦人も青年と一体で教学試験に挑み、異体同心の団結が麗しい。アジア、南米、オセアニアで、さらに欧州やアフリカの友も、幸福と平和と希望の哲理を探究している。
 「女子部は教学で立て」との恩師の指針を、全世界の華陽の友が実践している。
 すごい時代だ。最高に尊い。うれしいことである。
 御書を学べば、あらゆる難を乗り越える大確信がほとばしる。冬は必ず春となる! 不屈の勇気が湧いてくる。
    *   *
 戸田先生はリーダーに、よく語られた。
 「疲れた時にこそ、御書を拝読していけ! たとえ一行でも、二行でもよい。御書を拝して、自らの境涯を、もう一歩、開くのだ」
 戦後、師と共に苦境を乗り越えた青春の日々。私は日記に御書を記した。
 「法華経の剣は信心のけな《勇》げなる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼう《金棒》たるべし」(1124㌻)
 ──法華経という剣は、勇気ある信心の人が用いてこそ役に立つのであり、これこそ「鬼に金棒」なのである──
 病との闘いも続いたが、その中で、教学を学び、弘教に励んだ。友人と会う約束を反故にされたり、座談会に新来者を迎えられなかったり、それでも奮起して挑戦した。仏道修行こそが、真の人生の価値を生むからだ。
 「煩悩即菩提」「変毒為薬」の法理のごとく、広布に戦えば、悩みは全部、成長の因に変わる。疲れは充実と喜びに変わる。これが「妙法」である。その功徳は永遠である。

第15回  桜梅桃李、自分らしく咲け  (2014.4.13付 聖教新聞)

 人生の新しい一歩を踏み出した新入生や新社会人を、皆で応援したい。戸惑いや不安も多いでしょう。私も一人一人のもとへ行き、励ましたい気持ちでいっぱいです。
 若いのだから、失敗を恐れず、へこたれないで進もう!
 桜梅桃李、自分らしく輝けばいい。あせる必要はない。必ず咲く時が来る。声高らかに題目をあげ、自らの使命の花を咲かせていくのです。
     *   *
 若き日、私は日記に恩師の法華経講義の感動を記した。
 「ああ、甚深無量なる、法華経の玄理に、遇いし身の福運を知る。戸田先生こそ、人類の師であらん」「吾れ、弱冠二十にして、最高に栄光ある青春の生きゆく道を知る」と。
 日蓮大聖人は「ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給うべし」(御書1360㌻)と仰せになられた。
 妙法という究極の正義の法則に則って、学会と共に、同志と共に生き抜いていく──これほど、永遠性の生き甲斐があり、宇宙大の充実がある世界は絶対にありません。
 戸田先生は、新たな責任を担わんとする私に「苦難の道を歩みゆけ」と言われた。
 広宣流布のための苦難は、無上の誉れである。
 広宣流布のために勝ち越えられない苦難はない。
 全ての苦難は、必ず功徳と栄光に変わります。
 私は毎日、全同志の幸福を祈り、一切を見守っている。安心して、誇り高く、使命の舞台に躍り出てもらいたい。どこに行っても、信念と朗らかさを持って、張り切って戦い進んでくれたまえ!
 皆、健康第一で!
 わが掌中の珠たる君よ!
 爛漫の青年桜のように、大きく堂々と勝ちまくれ!

第16回  友情は「人間の心の宝」
  (2014.4.27付 聖教新聞)

 我ら創価家族の集いは、世界一、明るく、にぎやかだ。
 入学、進級をされた未来部の皆さん! 新しい舞台で、希望に燃えて前進しよう!
     *   *
 今、桜前線が列島を北上しています。新生・東北の“福光桜”も開花し、いよいよ北海道も桜満開の時を迎えます。生命の躍動する季節です。
 今年も、創価大学では「周桜」をはじめ、たくさんの桜が、冬を勝ち越えて、美しく咲き薫りました。この「周桜」は、中国の人民の指導者・周恩来総理と私たちとの友情の証しとして、植樹した桜です。毎年、多くの友人たちが世界から見に訪れます。
 良き友情は「人間の心の宝」です。「青春勝利の力」です。「世界平和の希望」です。どうか、皆さんも、自らが太陽と輝いて、友情の花を、楽しく、賢く、咲き誇らせていってください。
     *   *
 私たちの大切な同志であり、世界的な音楽家であるアメリカのウェイン・ショーターさんは呼びかけています。
 「予想外のことや、知らないことにも真っ正面から立ち向かおう」と。
 これから、皆さんの前にも、「むずかしいな」 「大変だな」と思うようなことも、次々に現れてくることでしょう。その時に、「よし、やってみよう!」と立ち向かう「師子王の心」を持つことが大事です。その勇気の源泉が、題目なのです。勉強にも、読書にも、スポーツにも、そして親孝行にも、勇んで挑戦し、自分らしく朗らかに、勝利の道を進んでいこう!
 一切を託しゆく、わが後継の未来部の成長を、私は、いつも真剣に祈っています。

第17回  誓願の祈りで 世界の友と  (2014.5.5付 聖教新聞)

 晴れわたる5月3日から、我ら創価家族は、希望に燃えて新出発した。
 この日、私は広宣流布大誓堂で、完成記念署名を御宝前に供え、全同志の健康と幸福と勝利、亡くなられた方々の三世永遠の安穏を祈って勤行・唱題した。そして、新しき広宣流布の大道がいやまして開かれ、後継の人材が全世界に躍り出ることを、深く強く祈念した。
 昨年の落成以来、大誓堂には日本全国はもとより、世界70カ国・地域の友が集い、誓願の祈りを捧げた。本当に素晴らしいことである。
 創価学会常住の御本尊には「大法弘通慈折広宣流布大願成就」とお認《したた》めである。慈悲の精神を根底に、正義と真実を師子吼し、平和と幸福の大法を弘通しゆく。ここに全人類の宿命を転換する道がある。いかなる障魔も打ち破り、異体同心の団結で、常楽我浄の功徳あふれる前進を、今再び開始してまいりたい。
     *   *
 広布は破竹の勢いだ。功労の同志も、青年も、皆、本当によく戦ってくれている。
 戸田先生は語られた。「焦らずに信心していくんだよ。信心で、どんなことも必ず幸福の軌道に乗る。祈りとして叶わざるはなく、どんな悩みも解決できる」
 そして、この大確信を持って、悩める人に、また、正しき人生を求める人に、信心を教えていこうではないかと呼び掛けられた。
 一人の「歓喜の信心」「率先の信心」「勇気の信心」から全てが変わっていく。どうか、あの友も、この友も、朗らかに聡明に包み、励ましながら、新時代の地涌のスクラムを広げ、仏縁と福運の花園を咲き誇らせていただきたい。

第18回  堂々と絶対の安穏の道を  (2014.5.12付 聖教新聞)

 新しい広宣流布の開拓をするのは今だ。皆、本当に頑張っている。なかんずく婦人部の皆様に一段と光を当て、心からの感謝を捧げたい。全ての同志を最大に賞讃したい。
 広布の功労は不滅だ。妙法の功徳は無量である。
 御聖訓には仰せである。
 「国中の人々に、一人から二人へと妙法が広がり、やがて千万億の人が題目を唱えるようになれば、思いもよらぬほどの功徳が、あなたの身に集まることでしょう。その功徳は、あたかも露を集めて大海となり、微塵を積んで須弥山となるようなものです」(御書1241㌻、通解)
 信心一筋に生きる皆様を、諸天が護らないわけがない。
 もうすでに、絶対の安穏の軌道に入っているのだ。何があろうと負けないで、堂々と広布へ進む。生老病死の苦しみも、信心を強める糧にする。その姿自体が、偉大な勝利だ。私は、一人一人と握手を交わし、讃え、ねぎらいたい気持ちでいっぱいである。
     *   * 
 人生には、つらいことや悲しいこと、絶望の淵に沈むこともあるかもしれない。
 無数の尊い命が奪われた戦時中、正義の獄中闘争を貫かれた戸田先生は、ありとあらゆることで苦しんだからこそ、今、大勢の人を励ませるのだ、大衆のリーダーとして、人の心が分かる人間になれたのだと語っておられた。
 煩悩即菩提である。妙法は、「煩悩の薪」を焼いて幸福前進の智慧の炎に転じていける究極の大法である。
 題目をあげれば、わが年命に太陽が昇る。自分が太陽になれば、全ての闇は消える。亡くなった人も、題目の光りで救っていける。いわんや、生きている人を幸福にできないわけがない。信心は、生き抜く力の源泉である。「変毒為薬」の希望の大道なのである。

第19回  生命の鍛錬を!幸福の礎を  (2014.5.19付 聖教新聞)

 列島各地で創価青年大会への取り組みが素晴らしい。
 青年が皆、元気でうれしい。青年が大成長している。皆で応援していきたい。
 婦人部・壮年部も一体となって、若き友を、わが子のように、弟・妹のように温かく励ましてくださっている。
 大会を支えてくださる全ての皆様方のご健康と無事故、大会の大成功を心から祈りたい。
     *   *
 戸田先生は喝破された。
 「もはや、日本の国も、世界も、青年の嵐の如き絶賛の支持がなければ、何もできない時代が来た」と。
 未来を託すのは青年だ。共に何かをつくり上げていく中で、心が通う。人は育つ。
 人材育成といっても、特別なことではない。会合の行き帰りも、悩みや夢を語り合う機会となろう。
 “後輩を自分以上の人材に”“必ず偉大な使命がある”──
その信念と祈りが、相手の生命に響くのだ。
 誰人であれ、試練のない人生などありえない。病や経済苦、人間関係で行き詰まることもある。それらを乗り越えるには、生命の鍛錬が必要だ。
 青年大会を通し、自らの壁を破る中で揺るぎない信心の確信をつかんでいける。一生の幸福の礎が築かれる。
 信心で勝った皆さんの姿自体が、人間革命の劇であり、学会の真実を雄弁に伝えていく。
     *   *
 現代社会にあって、人間の豊なつながりが、いかに大事か。
 仏法では、共同体を栄えさせるための徳目を説いている(四摂事《ししょうじ》)。
 それを、分かりやすく言えば──
 人に何かを与え、励ましや哲学を贈り、不安や恐怖などを取り除くこと。思いやりのある言葉をかけること。他者のために行動すること。人々の中に入って、上も下もなく平等に、一緒に行動することだ。
 大いに友情を広げ、宝の思いでをつくってもらいたい。世界中の誓いの青年と共に!

第20回  粘り強く勝利の根を張れ  (2014.5.24付 聖教新聞)

 明るく朗らかな、希望あふれる未来部の皆さん!
 野には、あちらこちらで、タンポポが黄色い花を咲かせ、白い綿毛をパラシュートのように軽やかに飛ばしていきます。
 私が少年時代から大好きな詩に、「踏まれても 踏まれても なお咲く タンポポの笑顔かな」とあります。
 このたくましいタンポポの“元気の秘密”は、どこにあるのでしょうか?
 それは、大地の中に伸びる長い「根っこ」にあります。
 目に見えない土の中でガッチリと根を張っていくから、強いのです。
 日蓮大聖人は、「陰徳あれば陽報あり」(御書1178㌻)と記されております。
 分かりやすくいえば、人が見ていないところで「善い行い」をすれば、それが根っことなって素晴らしい花を咲かせるように、必ず「善い報い」を受けていくことができるという法則です。
 未来部の皆さんが、今、地道に粘り強く、努力を重ねていくことは、一番大事な根っこを伸ばしているのです。広宣流布のための会合に出ることも、偉大な福運に変わります。
 どうか、さまざまな悩みや苦しみがあっても、題目を朗々と唱え、「よし、壁を破ろう!」と勇気を出して、思い切りチャレンジしていってください。
 わが後継の皆さんには、乗り越えられない試練など絶対にないことを、私は断言しておきます。
 さあ、元気はつらつと学び、グングン成長して、人類の未来に、幸福の花を、勝利の花を、平和の花を咲かせていこう!
 皆さんの健康を祈り、題目を送ります。親孝行を頼みます!

第21回  生き生きと! 戦う人は美しい
  (2014.6.2付 聖教新聞)

 流れている川は美しい。
 戦っている心は美しい。
 心の美しい人に、豊かな福徳は輝く。心を磨き、信心を深めゆく婦人部・女子部のスクラムほど神々しいものはない。
 有名な御聖訓には「大地はささばはづ《外》るるとも虚空《おおぞら》をつなぐ者はありとも・潮のみ《満》ちひ《干》ぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかな《叶》はぬ事あるべからず」(御書1351㌻)と仰せです。誓願の祈りに勝るものはありません。どんな行き詰まりも絶対に打開できるのです。
     *   *
 自分らしく、強く生きるのです。強く生き切った人が幸福です。皆も幸福にしていける。どんな姿であっても、人のために祈り、語り、心を尽くす。その人はすでに菩薩であり、仏です。大事なのは、信心そして行動なのです。
 日寛上人は明言されました。「我等、妙法の力用《りきゆう》に依《よ》って即蓮祖大聖人と顕るるなり」(当体義抄文段)
 広宣流布の大精神で進めば、偉大な仏の生命力が湧現する。これが究極の法理です。何があっても、自身が妙法の当体なりとの大確信で、苦しみも楽しみに変え、全てを変毒為薬しながら、はつらつと、勝ち進んでください。
 あの人も、この人も、明るく仲良く包み、一人一人が大功徳を山のように積んでいってください。そこに自分自身の、そして一家眷属の「幸福の門」が開かれ、広宣流布の新たな「人材の門」が広がっていくからです。
 私も、皆さん方に一生懸命、題目を送り続けていきます。
 どうか、お体を大切に!
 人生は楽しく! 生活は生き生きと聡明に!
 胸中に希望の太陽を昇らせながら、喜び光る日々であられんことを!

第22回   あの人を人材に!幸福に!  (2014.6.15付 聖教新聞)

 時代を動かすのは青年だ。
 今、日本の各地で、男子部が大いなる弘教のうねりを起こしている。女子部も、婦人部の温かい励ましのもと、楽しく、にぎやかにスクラムを広げている。先駆の学生部も凜々しい。創価家族に育まれ、大勢の未来部が、青年大会に集っている。
 うれしい限りだ。わが愛する後継の友の健康・無事故・大成長を、私は毎日、一生懸命、祈っている。
     *   *
 あの人を人材に!
 この人も幸福に!
 強き祈りと大誠実ありて、人は動く。友が奮い立つ。
 深き誓願で同志と結ばれれば、何倍もの力が出る。そこから新たな歴史が始まる。
 戸田先生は語られた。
 「広宣流布は長い。一生の戦いである。いな、永遠の戦いである。たとえ苦闘の嵐があっても、君たちよ、断じて負けるな!」
 広宣流布の大願があるゆえに、我らは断じて負けない。
 我らの生命には、偉大なる勇気と希望の太陽がある。この太陽を、共々に励まし合い、限りなく輝き光らせていくのだ。
     *   *
 信心こそ勝利である。信心こそ栄光である。信心こそ永遠の凱歌である。
 日蓮大聖人は、病と闘う弟子に「一日の命は三千界の財にもすぎて候なり」「而して法華経にあわせ給いぬ一日もい《活》きてをはせば功徳つもるべし」(御書986㌻)と信仰の真髄を教えておられる。
 何があろうと、恐れることはない。いざという時こそ、もう一歩、強盛なる執念で、題目を唱え抜いていくことだ。
大事なのは、勇猛精進の祈りだ。師子奮迅の戦いだ。異体同心の前進である。
 君よ、貴女《あなた》よ、わが青春を、悔いなき勝利の劇で飾れ! 勝って勝って勝ち抜いて飾れ!

第23回   最高峰の哲学に生きよ    (2014.6.23付 聖教新聞)

 時代は、世界は、揺るぎない精神の柱を求めている。
 今こそ、大確信をもって、妙法の素晴らしさを語るのだ。それが折伏である。
 折伏は最高の仏の仕事である。ゆえに、苦しんでやるのではなく、楽しく悠々と仏縁を結んでいくのだ。
 戸田先生は言われた。
 「初めから立派過ぎたのでは人々の中に入っていけないから、われわれは仏法を弘めるためにわざわざ凡夫の姿をとって生まれてきたんだよ」と。
 苦労しているから、人に寄り添える。悲哀に負けないから、嘆きの友を励ませる。
 悩める人を幸福にするために、自らが悩みを乗り越え、勝利の実証を!──これが広布に生きる師弟の誓願である。
 われ、地涌の菩薩なり!──この偉大なる使命を自覚した人は強い。何も恐れない。
 大変な時こそ御書を拝するのだ。一切は御書に明鏡のごとく示されている。
     *   *
 何のための一生か。幸福とは何か。どうしたら、強い自分になれるか。
 人生の根本命題に、文証・理証・現証から、一つ一つ明快に答えてくれるのが、最高峰の仏法の生命哲学である。
 御義口伝には「始めて我心《わがこころ》本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名《なづ》く所謂《いわゆる》南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(御書788㌻)と説かれる。
 自身が本来、尊極の仏の当体なのだ。妙法を唱え広めゆく生命には「歓喜の中の大歓喜」が躍動する。
 人類よ、自らの尊厳に目覚めよ!──そう仏法は教える。
 仏法の光が、人間を高め、民衆を結び、世界を照らす時、崩れぬ平和が生まれる。
 「行学の二道」が、試練を勝ち越える力となる。限りなき精神の宝庫の扉を開く。
 わが心に、希望輝く大哲学の柱を打ち立てるのだ。

第24回   君よ世界一の勝利の歴史を  (2014.6.30付 聖教新聞)

 出獄と
   入獄の日に
      師弟あり

 七月の

   三日忘れじ
       富士仰ぐ

 関西をはじめ、苦楽を共にしてくださった全国の同志の皆様に、必ず恩返しをするのだと決意して、私は戦い、そして勝った。
 嵐の時こそ、同志愛が光る。師弟不二の魂が燃え上がる。
御聖訓には仰せである。

 「難来《きた》るを以って安楽と意《こころ》得可《うべ》きなり」(御書750㌻)

 人生の逆境にあって、断じて信心だけは一歩たりとも引かない。そこに、最高の信頼と栄光が築かれる。必ずや、永遠の誉れと功徳が輝く。

 一番、苦しい日々が、一番の思い出になる。一番の宝の日々なのだ。苦難と戦う中にこそ、大いなる希望の夜明けは来る。
     *   *
 志が人間をつくる。
 青年の挑戦の汗ほど、尊く美しいものはない。
 わが友よ、同じ生きるならば、勝利の歴史を残すのだ。

 使命の大舞台で世界一になってもらいたい。

 そう私は祈りに祈り、皆の成長を見守っている。
 戸田先生は、誰よりも青年を愛し、青年を信じた。
「学会も、中核の青年がいれば、いな、一人の本物の弟子がいれば、広宣流布は断じてできる」と、絶大な期待を込めて語られた。
 今や後継の陣列は、日本だけではない。アジアでも、オセアニアでも、そしてアフリカ、ヨーロッパ、北中南米でも、平和と幸福のバトンを継いで、力強く友は走る。
 時代は大きく変わり始めた。世界中で絢爛たる広布の人材群が躍り出ている。

 さあ、晴れ晴れと、希望の歌を、勇気の歌を、我らの民衆城から轟かせるのだ。

第25回   幸福は自分でつかむもの  (2014.7.5付 聖教新聞)

 幸福は、他から与えられるものではない。自分でつかむものだ。幸福への扉のカギは、自分自身が持っている。
 御義口伝には仰せである。
 「我等が頭《こうべ》は妙なり喉は法なり胸は蓮《れん》なり胎《はら》は華《げ》なり足は経なり此の五尺の身妙法蓮華経の五字なり」(御書716㌻)
 信心によって、わが身を仏と開いていける。いかなる波浪に遭おうとも、負けない強さと輝きを、生命それ自体が秘めているのだ。信仰こそ、宿命を転換させる根源の力であ。人生を勝ち抜く土台である。
 まだ、妙法を知らない多くの人々に、我らは、希望の種、平和の種を植えていくのである。
 人々と親しく交流し、誠実に心を通わせ、縁した人の幸福を祈っていきたい。
 創価学会は、いわば、壮大な仏法と人生の “大学校” だ。
 共に学べば、希望が湧く。和楽があふれる。自己の可能性を最大限に発揮していける。連帯と向上の場となり、精神の安全地帯が広がっていく。人間と人間の絆を強めながら、有意義な研鑽を重ねようではないか。
     *   *
 仏法は、全人類そして全宇宙の生命を輝かせる「最高の善」である。その根本法則にのっとっていけば、最高に価値ある人生となる。妙法を信じ唱えれば、わが生命が大宇宙のリズムに合致していく。
 戸田先生は折伏の要諦を、こう語られた。
 「自分自身が南無妙法蓮華経で生きているということです」「ただただ、自分は南無妙法蓮華経以外になにもない! と決めることを末法の折伏というのです」
 南無妙法蓮華経の中に「智慧」も「勇気」も「力」も「優しさ」も、全部、含まれている。
 生老病死を乗り越える力は、妙法しかない。自他ともに「常楽我浄」の完全勝利の人生の幕を大きく開くのだ。

第26回   清き生命で 歓喜の舞を  (2014.7.14付 聖教新聞)

 創価青年大会で、後継の友がぐんぐん伸びている。
 君よ負けるな!
 貴女《あなた》らしく輝け!
 我らには、大悪をも大善に変えゆく絶対の哲理がある。なんと希望にあふれた青春の道か。
 御聖訓には仰せである。
 「迦葉《かしょう》尊者にあらずとも・ま《舞》いをも・まいぬべし、舎利弗にもあらねども・立ってをど《踊》りぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をど《踊》りてこそい《出》で給いしか」(御書1300㌻)
 壁を破った歓喜の舞ほど、人の心を打つものはない。
 祈りを込めた歌声ほど、生命を揺さぶるものはない。
 今この時に巡り合わせた喜びを胸に、ともどもに人間革命の大叙事詩を綴りゆこう!
     *   *
 青春の鍛えが幸福を築く。清き生命が、社会に希望を送る。
 戦後、私が戸田先生と出会ったころ、人の心は荒《すさ》んでいた。
 戦争の悲劇から精神的に立ち上がるのは、文化しかない──私は、この信念を貫いてきた。文化や芸術には、人間を内側から解放する力があるからだ。
 法華経には、「清涼《しょうりょう》の池」との一節がある。いかなる国土であっても、妙法を広げ、妙法の力によって、その社会を、清らかで涼やかな水が流れるような世界に変えていく。一切の渇きを癒やすのが妙法の功力である。
 戸田先生は、「平和と安穏の世界を築くのが、仏法の法理なのである。人間が心から願望している光景だ。ゆえに、広宣流布を広げていかねばならない」と力を込めておられた。
 創価の大文化運動は、人々の心を豊かに蘇生させ、あらゆる鎖から解き放つ。疲れた心を癒やし、みずみずしい価値創造の生命力を輝かせるのである。

第27回   朗らかに喜びの花の道を  (2014.7.19付 聖教新聞)

 創価の花・女子部の結成記念日、本当におめでとう!
 今、日本全国で、また世界中で、朗らかな華陽姉妹が真剣に健闘している。「ここに希望がある」「信じ合える友がいる」「最高に充実した青春の道がある」と喜びが広がっている。本当に嬉しい!
 戸田先生は語られていた。
 「女子部の皆さんが、若くして信心するということは、一生涯、幸福になるためです。女性の本当の幸福の勝利は、40代からです」
 あせる必要はない。永遠の幸福の土台をつくっているのだ。
 女子部の皆さんは、妙法を持《たも》ち、友のため、家族のために懸命に祈っている。平和のため、社会のために誠実に行動している。何と美しい心か。そのありのままの姿が何より尊い。
 女子部が一人いれば、それだけで皆が明るくなる。希望が湧く。女子部こそ光だ。太陽だ。
 世界一の生命哲学を学び、悩みと戦いながら、何があっても負けない青春を謳歌している。
 御義口伝には「自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」(御書761㌻)と仰せである。大歓喜の花を、わが心に、友の生命に咲かせていくのだ。
     *   *
 時代の変化は激しい。草創期とは違う苦労がある。どうしたら、女子部が自信をもって力を発揮し、伸び伸びと進んでいけるかIIt皆が心を尽くし、智慧を出すのだ。女子部を守り、皆で応援していきたい。広布の門を開いてくれるのは、この方々しかいない。かけがえのない宝を真心で励ましていくのだ。
 女子部は一人も残らず健康で! 幸福に! そう私と妻は来る日も来る日も、真剣に祈っている。
 楽しいところ、ほっとするところ、新鮮な感動が生まれるところに、人は集まる。心豊かに友と語り、賢く大らかに思い出を刻みながら、ロマン薫る幸福の大道を前進していただきたい。

第28回  朗々たる勤行で日々勝利  (2014.8.3付 聖教新聞)

 勤行・唱題は、自分と大宇宙が交流しゆく儀式である。
 自分の中にある「宝の蔵」を開ききっていく。わが生命の泉から、限りない智慧と慈悲と勇気をくみだしていくのだ。
 朗々たる勤行で、満々たる生命力が湧かないわけがない。
 日蓮大聖人は仰せである。
 「白馬がいななくのは、我らが唱える南無妙法蓮華経の声である。この唱題の声を聞かれた梵天、帝釈、日月、四天等が、どうして、色つやを増し、輝きを強くされないはずがあろうか。どうして我らを守護されないはずがあろうかと、強く強く思われるがよい」(御書1065㌻、通解)
 我らの題目は、諸天善神を動かし、我らを、そして一家を、社会を守り、栄えさせていく。
 強い強い信心があれば、必ず一切の道が開かれていく。
 たとえ、苦しいことや嫌なことがあっても、いかなる状況になろうとも、題目を唱え抜いていくのだ。どんなことも祈り抜いていくのだ。御本尊に語り掛けるように祈るのだ。
 目には見えなくとも、願いを叶えるために、全宇宙が動く。一番、悩んだ人が、一番、偉大な人生となっていくのである。
 祈りから、全ては始まる。
     *   *
 青年部をはじめ、秋の教学試験への取り組みも進んでいる。
 教学を学ぶ人は、「哲学者」である。哲学とは、よりよく生きる「智慧」である。戸田先生は「仏法で学んだことは、どしどし口に出して話しなさい。そうすれば、やがて身につくものです」と語られていた。
 先生の教学は、どこまでも、「実践の教学」であり、「広宣流布の教学」であった。今こそ正義を学び抜き、生涯不退の原点を築いていただきたい。
 暑い日が続く。健康は智慧である。聡明に工夫し、心晴れ晴れと大成長の日々を送ろう!

第29回  妙法の生命の絆は三世永遠  (2014.8.9付 聖教新聞)

 各地の大雨や台風の被害に、あらためてお見舞い申し上げます。皆様の無事安全を心から祈っております。
 まだ暑い日が続くので、熱中症にくれぐれも注意され、健康第一で、価値光る一日一日を、と念願してやみません。
     *   *
 新暦の8月の盂蘭盆(お盆)を迎え、学会の墓地公園や納骨堂では諸精霊追善勤行法要が厳粛に営まれる。豊かな自然に包まれ、多くの方々が、すがすがしく集われる姿を、故人もきっと喜ばれるに違いない。
 日蓮大聖人は、夫に先立たれ、わが子までも失い、悲しみに暮れる南条時光の母に、その心中を思いやられて、仰せである。「同じ妙法蓮華経の種を心に孕《はら》まれるなら、同じ妙法蓮華経の国へお生まれになるでしょう。あなたがた親子三人が顔をお揃えになる時のそのお悦びは、どれほどか嬉しく思われることでしょう」(御書1570㌻、通解)
 生命は永遠である。信心を貫いた人は、新しい生命で、新しい使命をもって、また生まれてくる。必ず、すぐそばで喜び合っていける。それが妙法の偉大な力用《りきゆう》なのである。
 大事なことは、亡き人をわが胸にしっかりと抱《いだ》いて、徹して広布の道に生き抜くことだ。
     *   *
 思えば、終戦当時、誰もが前途に希望を持てなかった。だが戸田先生は、5年、10年たてば、どんな苦労も皆、夢のようなものだと語り、こう励まされた。
 「絶対に、人生の苦難に屈してはならない。負けてはならない。必ずや、あとになれば、あのとき、頑張りぬいて本当に良かったと、さわやかに思い返せるものだ」
 時には、もうこれまでかと落胆することもあろう。しかし、苦しい時ほど、同志と共に、師弟の魂を燃え上がらせて進むのだ。平和のために、全ての生命が輝く世界を築くために!

第30回  友情を結べ! 開かれた心で  (2014.8.17付 聖教新聞)

 よき友情を広げゆくことは、人生の大きな喜びである。
 広布に生きる皆さんこそ、人間共和の太陽であり、友好の全権大使である。仏法の真髄は、人の振る舞いにあるからだ。
 近隣の友と出会う。「いつもお世話になります」 「お元気ですか」「お体を大切に」──何か一言、添えるだけでも、心が通う。久しぶりに会う古い友にも、初めての新しい友にも、励ましの声、温かな声を分け隔てなく掛けていくことである。
 悩める友に、大誠実を尽くす。皆が喜ぶように力を注ぐ。慈悲があれば、智慧は、いくらでも出てくる。「あなたのことは忘れない。どんなことも相談してほしい。私も相談したい」という心のゆとり、心の広さをもっていきたい。
 信じ合える心の絆は、人生の宝だ。善き友が多い人こそ、最も富める人であろう。
     *   *
 日蓮大聖人は、「一切衆生のさまざまな苦悩は、ことごとく日蓮一人の苦である」(御書758㌻、通解)と述べられ、平和と幸福の大法を残された。
 世界にも、国家にも、個人にも、「悲惨」という文字が使われない時代を──これが恩師・戸田先生の願いであった。
 全同志に功徳を受けきった生活をさせたい。全世界に向かって「創価の友の勝利の姿を見よ」と誇り高く訴えたい──これが恩師にとって総仕上げの戦いであった。
 師は叫ばれた。
 「一人として功徳を受けない者はない、みな功徳を受けているという実証輝く、信心の闘争をしようではないか」
 私も、ただ祈るのは、友の幸福であり、世界の平和である。
 道は遠いようでも、一人また一人と、開かれた心で語り、共に希望に生きる。その友情の広がりに永遠平和の直道がある。
2014-08-17 : 名誉会長と共に 新時代を開く :
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アメリカ創価大学14期生入学レセプションへのメッセージ

アメリカ創価大学14期生入学レセプションへのメッセージ   (2014.8.6 アメリカ創価大学芸術センター)

 世界平和のリーダーを育むアメリカ創価大学(SUA)に栄光の14期生が入学した。
 新入生歓迎のレセプションが6日、カリフォルニア州オレンジ郡アリソビエホ市にある同大学の創価芸術センターで晴れやかに行われた。
 これには、創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長がメッセージを贈り、祝福。有意義な学問の探究と対話を重ね、自らを錬磨しながら、「自他共の生命に平和の砦を築きゆけ」と万感の期待を寄せた。
 希望に燃えてSUAの門をくぐった103人の英才たち。チェコ、スロバキア、スリランカから初の留学生もいる。固い握手を交わし合う友の笑顔は、地球文明のパイオニア(開拓者)の誇りに満ちあふれていた。
 「ウェルカム(ようこそ)! きょうから私たちは創価ファミリーです!」
 スコット・バウアー学生自治会委員長が歓迎のあいさつを述べると、場内は拍手と歓声に包まれた。
 在学生が作った祝賀の映像が上映された後、アサワ副学長が創立者のメッセージを代読。続いて、3人の代表が抱負を語った。
 ブルガリア出身のガリア・ゼコーヴァさんは、高校卒業後、一度は観光関連の仕事に従事。だが、他者との関わり合いの中で、異なる思想や価値観を学ぶ意欲が湧いた。「多様性の豊かなSUAで、友と学び合い、自身の世界観を広げたい」と瞳を輝かせた。
 インドで生まれ育ったヒデオ・ダイコクさん。工学分野の大学に進むつもりだったが、世の中に大きく貢献するには、幅広い知識と創造性が不可欠だと考え、SUAの道を選んだ。「社会や人間のあり方に光を当てるこの大学で、21世紀をリードする教養を培います」と力を込めた。
 アマンダ・ボラレッサさんはアメリカの出身。高校では人権について学ぶクラブに所属し、貧困など社会問題の多くが、人間によって引き起こされたものだと痛感した。「人々の福祉の向上のため、人類の幸福のために学び抜きます」と意気込みを語った。
 最後に、ハブキ学長が、世界から集った宝の俊英たちの前途にエールを送った。


創立者のメッセージ

愛する14期生よ 強くあれ
「戦争の100年」から「平和の100年」へ
歴史を創る指導者に

 一、親愛なる14期生の皆さん、アメリカ創価大学(SUA)に、ようこそ!
 晴れの入学、誠におめでとうございます。
 最優秀の英才である皆さんが、世界の数ある大学の中からSUAを選び、勇んで集ってくれました。創立者として、これほど光栄な、これほど嬉しいことはありません。
 かけがえのない宝の俊英を送り出してくださったご家族の皆様方にも、心からの御礼とお祝いを申し上げます。
 いつも学生を温かく励ましながら、その限りない可能性と力を引き出してくださる教員の先生方、職員の皆様方も、本当にありがとうございます。
 人類の“希望”であり、新たな“地球社会のリーダー”たる栄光の14期生を、どうかよろしくお願い申し上げます。
 この5月、SUAは節目となる10期生を社会へと送り出しました。先輩たちが築いた「第一の10年」の良き伝統の上に、14期生の皆さんは、さらなる発展と飛翔の「第二の10年」を、誇りも高く切り開いていってください。
 今日の門出にあたり、一人ももれなく、最高に有意義な学生生活を送られることを心から念願し、次の3点について訴えておきたい。

人間を信じよ
 一、第1に、「自他共の生命に平和の砦を築きゆけ」ということであります。
 本年は、第1次世界大戦が勃発してから100年となります。
 SUAは、生命尊厳の思想を根本とし、人類の平和と幸福に貢献する世界市民を育む大学です。世界史の大きな節目に入学した皆さんは、「戦争の100年」を「平和の100年」へと転換しゆく崇高な使命を担われた一人一人であると、私は見つめております。
 世界の恒久平和の実現のために、最も地道にして、最も確実な道とは何か──。
 それは、大科学者アインシュタイン博士が「我々は、自らの心を変え、勇敢に声を発することによってのみ、他者の心を変えることができる」と語ったように、わが生命の中に、勇敢なる「平和の心」を鍛え上げていくことでありましょう。
 一人の人間生命の変革は、わが家庭、わが地域、わが社会を変革し、やがて人類の未来をも変えていく。
 わが生命に燃え上がらせる信念と情熱の炎こそが、一人、また一人と友の生命を輝かせながら、人類の前途を明るく照らしていくのです。
 世界的な物理学者で、核兵器の廃絶のために戦い抜かれた、パグウォッシュ会議の指導者ロートブラット博士も、SUAの平和の理念に心から共感してくださった一人です。2001年10月、同時多発テロの直後に、1期生を前に講演してくださいました。この時、博士は、93歳になろうとしていました。
 博士は、私との対談の中で、こう語っておられました。
 「私は、人間は内在的に“善”であると信じます。これが最初から私を支えてきた哲学であり、この信条があればこそ、平和のために戦うことができたのです」(『地球平和への探究』潮出版社)と。
 平和を願い、愛する心。それは誰人の生命にも、厳然と輝いています。この人間生命への深い信頼を基盤として、世界市民の“善”の連帯を世界に広げていきたい──これが、私たち創価の人間教育の出発点であります。皆さんが、この4年間、多くの有意義な探究と対話を重ね、自らを錬磨しながら、自他共の生命に「平和の砦」を築きゆかれんことを、強く念願してやみません。
 一、第2に申し上げたいのは、「不屈の大情熱で知性の宝剣を磨き抜け」ということであります。
 私が対談した大歴史学者のトインビー博士が洞察した通り、人生も、社会も、文明も、試練からの挑戦に応戦していくなかにこそ、成長があり、発展があり、創造があります。
 博士ご自身も、第1次世界大戦が起きた際、向学の志高き25歳の青年でした。この時、取り掛かっていた著作『ヘレニズム』の執筆は、戦渦によって中断を余儀なくされたのです。
 しかし、戦争という時代の「野蛮な大変動」も、博士の探究の炎までは消せなかった。若き博士は、大著『歴史の研究』をはじめ、営々と執筆作業を続けます。
 そして、『ヘレニズム』が出版の日の目を見たのは、第1次大戦から40年以上が経った時でした。
 探究への不屈の大情熱を失わない限り、学問の可能性は、限りなく開かれています。
 皆さんの大学生活も、順風満帆な時ばかりではないかもしれません。しかし、嵐の時、悲運の時や、思うようにいかない時があっても、心は晴れ晴れと未来を志向し、粘り強く、挑戦を続けゆくことです。
 「負けない人」が勝利者です。最後まで前進し続ける人に、勝利の栄冠は輝くのであります。
 世界人権宣言の起草者の一人としても有名な、アメリカの人権の母エレノア・ルーズベルトの言葉を、私は皆さんに贈ります。
 「私が深く確信すること。それは“私たちの歴史は、私たちが創っている”ということです。歴史がどのような方向に進むかは、私たちの選択によって決まります。その選択は、人々の持つ思想、信念、価値観、そして夢から生まれてくるのです」

友のために勝て
 一、3点目に、私は、「開かれた心で、世界に友情の翼を広げよ」と申し上げたい。
 世界との友情こそ、私が人生を賭けて信じ、君たちに託しゆく平和の翼です。
 私が今、対談を進める、著名な経済学者で香港中文大学の劉遵義博士は、博士の父君が、友情について語った言葉を紹介されていました。
 それは、「友のために、もうひと踏ん張りの努力をすべきだ」との信念です。誠に美しい言葉であると、深い感銘を受けました。
 博士の父君は、一切の妥協を許さない、厳格な人柄であった。しかし、友人に対しては、常に丁寧で、礼儀正しく、それでいて気さくに接しておられた。そして常に、もっと友のために努力しよう、という信念の持ち主であられたというのです。
 仏典には「人のために火を灯せば、自分の前も明るくなる」との一節があります。友のために行動する、その真心と誠実が、自らの人間性を輝かせ、赫々たる未来を照らし出していくのです。
 14期生の皆さんは、世界の各地から集われた、不思議なる縁《えにし》の学友です。どうか、互いに支え、励まし合いながら、さらなる友情の翼を、世界に広げていってください。私は、このアリソビエホの美しきキャンパスで、皆さん一人一人が最高に充実した価値ある大学生活を送られますことを、心から祈り、見守っております。
 最後に、「愛する14期生よ、強くあれ! 悔いなき向学の青春を勝ち抜け!」と申し上げ、祝福のメッセージといたします。
2014-08-15 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 民衆凱歌の大行進 No.10 正しき人生とは

随筆 民衆凱歌の大行進 No.10 (2014.8.14付)

正しき人生とは

「自他共の幸福」の大道を歩め
生死の闇を照らす太陽を胸に


 台風11号の甚大な被害に、重ねて心からお見舞いを申し上げます。
 災害との闘いが続くなか、大切なわが宝友の無事安穏を、さらに一切の変毒為薬を、いやまして祈り抜いております。
      ◇
 広宣流布の大師匠たる戸田城聖先生に、私が初めてお会いしたのは、2度目の終戦の日を迎えようとする前夜であった。昭和22年の8月14日のことである。
 この時、19歳の私には、どうしても知りたい命題があった。それは、「正しい人生とは」という一点である。そして遂に、この問いをぶつけることのできる信念の大哲人に巡り合えたのだ。
 先生の答えは、まことに明快であった。
 「人間の長い一生には、いろいろな難問題が起きてくる」と語られ、なかんずく「生老病死」という根本問題が正しく解決されなければ、真の正しい人生はあり得ないと結論なされた。
 先生は私に「日蓮大聖人は、この人生の難問題、すなわち生命の本質を解決してくださっている」「実践してごらんなさい。青年じゃありませんか」と、力強く勧めてくださったのだ。
 私は戸田先生を信じ、10日後の8月24日に入信した。
 以来、67年。この上ない「正しい人生」を、師と共に、同志と共に歩み抜くことができたと、感謝は尽きない。

 最極の
  信仰 持ちて
   敢然と
  正しき軌道を
   進み勝ちゆけ

命のある限り!
 生まれる苦しみ。老いる苦しみ。病む苦しみ。死にゆく苦しみ……。
 誰人《たれびと》も避け得ぬ「生老病死」という現実にあって、生命と宇宙を貫く大法則に則《のっと》って前進する旅が、いかに心強いか。
 私たち夫婦の忘れ得ぬ白樺グループ・白樺会(看護師の集い)の先駆の女性は、重い病と闘う病床にあっても、常に御書を拝した。とりわけ心に刻んでいた一節がある。
 「命のある限り、南無妙法蓮華経と唱え抜いて死んでいくならば、その生命は、釈迦・多宝・十方の諸仏に瞬時に包まれる。そして、無数の諸天善神に守護されながら、確かに寂光の宝土へと送り届けられるのである」(御書505㌻、趣意)
 この仰せのままに、命の炎が燃え尽きるまで、妙法を唱え抜き、夕日が真っ赤に燃え上がるように使命を果たして、安らかに霊山へ旅立たれた。ご家族も後継の道を立派に勝ち進んでおられる。
 イギリスの大歴史学者トインビー博士も、生死の苦悩から救われるためには、「何らかの宗教を持《も》つ以外に方法はないと信じます」と強調されていた。さらに、「他人への愛や他人の幸福に対する思いやり」「自己を越えた何ものかを求めるように導くことによって、自己中心性から脱却させてくれる精神」が必要である、と。
 まさに永遠不滅の妙法を抱き、目の前の一人を励まし、広布の大ロマンに生きる、創価の友の姿そのものではないか。

常楽我浄の輝き
 法華経では、生命尊厳の象徴として、壮麗なる宝塔が涌出する。
 「御義口伝」には、この宝塔の四つの面とは、「生老病死」のことなりと仰せである(御書740㌻)。我らが一身の生命の宝塔は、実は、生老病死をもって荘厳されていると言われるのだ。
 我らが妙法を唱えて生き抜く時、生老病死の流転の人生が、そのまま「常楽我浄」の香風に包まれていくのである。
 皆、生身《なまみ》の人間である。体調を崩すこともある。年とともに、思うように体も動かなくなる。
 しかし、わが生命そのものが、最も尊極なる宝塔である。何があっても題目さえ離さなければ、人生の四季折々に、すべてを「常楽我浄」へ転じつつ、自他共に宝塔を輝かせ切っていけるのだ。
 そもそも法華経には、仏も「少病少悩」と説かれている。その意義を踏まえて、戸田先生は闘病中の人に語られた。
 「衆生は皆、病気を抱えている。その衆生を励まし救うには、仏自身も病気を持っていないと、つきあいにくいのです」
 あえて自ら病や悩みを引き受け、勝ち越えて、皆を勇気づけ、力づけていくというのである。
 妙法の力用は絶大である。私たちには、その証明者である“多宝”の大先輩がいらっしゃる。
 聖教新聞では、「生老病死を見つめて」という連載が始まっている。
 「死を受け入れる」という難しいテーマに取り組み、大きな反響が寄せられていると伺った。
 記事で、白樺会の友の言葉が紹介されていた。
 「私は、“自分が受け持つ患者さんに出会えたことに感謝しよう”と常に心掛けてきました」「感謝の心があれば、亡くなっていく患者さんを包んでいける。臨終を恐れる患者さんの心境も、変えていけるのです」
 本来、感謝される側が感謝の心に立つ。永遠の生命観の上から、祈りと真心で献身する。何と深遠な志であろうか。白樺の方々、またドクター部の振る舞いこそ、現代医療の光明なりと信ずる。

追善回向の本義
 この8月15日、青年部主催の「世界平和祈念 戦没者追善勤行法要」。また東日本大震災の被災地・東北をはじめ、全国各地で「諸精霊追善勤行法要」が営まれる。
 広宣流布の途上に逝《ゆ》いた同志や家族、縁ある方々に対し、最大の感謝を込めて、追善回向の題目を送っていきたい。
 回向とは、自分自身が仏道修行で積んだ功徳善根を、他者に回《めぐ》らし向けることである。私たちが毎日の勤行と学会活動に励むこと自体が、尊い追善回向の儀式となる。
 愛する方々と死別した悲しみは、容易に癒えるものではない。だが、生きている時も、四六時中、一緒にいられるわけではないであろう。
 ところが、妙法で結ばれた故人の生命は、瞬時も離れず、わが胸奥に一体不二である。自分が朗々と唱えゆく題目が、そのまま故人を福徳で包みゆく力となる。自分が希望に燃えて前へ踏み出すことが、故人の未来を照らしゆく光となるのだ。
 亡くなられた方々も、生きている方々も、共に歓喜し幸福になる。これが、偉大なる仏法の追善回向の本義である。

護り支える誇り
 日本は今、急速な高齢社会を迎え、介護に当たる方も多い。老老介護などの現実も深刻であり、地域をあげ、社会全体で知恵を合わせ、力を合わせていくべき最重要の課題である。
 時代の変化に呼応し、学会の男子部は、介護・福祉に従事する集い「妙護グループ」を発足し、社会貢献の人生を誇り高く歩んでくれている。
 介護の心労は計り知れない。その人知れぬ苦闘を描いた名作に、アメリカのエレナ・ポーターの『スウ姉さん』がある。
 主人公のスウ姉さんは、母親を亡くして、父親の介護や弟妹《きょうだい》の世話などに追われ、自らの夢も、諦めざるを得なかった。
 だが、その中で「いちばんの幸福は人に頼られ、人から求められること」と目覚めるのだ。皆に愛情と励ましを贈り続けるという生きがいに──。
 尊き生命を護り支える労苦は、何と尊貴な輝きを放っていることか。
 日蓮大聖人は、家族の介護に尽くした女性を労い、讃えられる御聖訓も留めてくださっている。
 ともあれ、三世永遠の次元から、「陰徳あれば陽報あり」(御書1178㌻)との因果の理法を深く確信していきたい。

広布の大理想へ
 現代は「死を忘れた文明」といわれる。生死という苦悩から目を逸《そ》らすことは、生命軽視の温床となり、ひいては人間への無関心を助長する。
 私が入信間もなく拝して、深く胸を打たれた「如説修行抄」には、「代は羲農《ぎのう》の世となりて今生には不祥の災難を払ひ長生の術を得、人法共に不老不死の理《ことわり》顕れん時を各各御覧ぜよ」(同502㌻)と仰せであられる。
 日蓮大聖人は、戦乱のない平和世界、災難にも負けない民衆の連帯、そして人類が生死の苦悩を打開し、幸福長寿の人生を謳歌しゆく時代を志向されて、広宣流布の大理想を私たちに託してくださったのである。
 私たちが友に語る仏法哲理こそ、生死の闇を照らす太陽となる。私たちが広げる助け合いの絆こそ、共生の社会建設の土台となるのだ。
 本年は第1次世界大戦の勃発から100年。今こそ、人類の宿命を転換し、「平和の100年」を創り開いていく時である。
 生命尊厳の思潮を全地球に広げる主役は我ら!
 誉れも高く、自他共の幸福を築きゆく、正しき人生の道を前進しよう!
 地域の同志と、仲良く朗らかに、励まし合いながら! 世界の同志と、希望のスクラムも固く!

 生命の
  生老病死の
   鍵 持てり
  常楽我浄の
    世界 開けや

 トインビーの言葉は『続・未来を生きる トインビーと“あなた”の対話』(毎日新聞社)。ポーターは『スウ姉さん』村岡花子訳(河出書房新社)。
2014-08-14 : 随筆 民衆凱歌の大行進 :
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創価大学通信教育部夏期スクーリング開講式へのメッセージ

創価大学通信教育部夏期スクーリング開講式へのメッセージ    (2014.8.10 創価大学記念講堂)

 創価大学通信教育部の「夏期スクーリング」が始まった。
 開講式は10日、東京・八王子市の創大記念講堂で行われた。
 これには、創立者の池田名誉会長がメッセージを寄せ、偉大なる学究と求道の友を賞讃。祝福の句を贈った。
 1976年(昭和51年)の開設以来、「生涯学習の模範」として輝かしい伝統を築いてきた通信教育部。現在、卒業生の連帯は1万7000人を超え、それぞれが使命の舞台で奮闘する。
 昨年は、最難関の司法試験に2人の通教出身者が初合格。また、実績を重ねる教員採用試験の合格者は13年連続で100人を突破した。
 さらに通信教育部では、2016年の開設40周年へ、本年度から新たな取り組みをスタート。①DVDによるメディア授業の導入②時代のニーズに応える新カリキュラムの充実③専任教員らによる学習サポートの推進を通し、「学生第一」の教育環境を一段と整える。
 今回の夏期スクーリングには、第1期から第3期までの15日間で、のべ5000人が参加。海外からも16カ国・地域の友が集う。
 開講式では、田代理事長、花見通信教育部長があいさつ。馬場学長は「人間教育のキャンパスで良き学友と切磋琢磨し、大成長の日々に」と念願した。
 参加者からは決意の声が多く寄せられた。
 「高校卒業後、経済的理由で大学進学を断念せざるを得ませんでした。今回、40年越しの夢であった大学に通うことができ、感無量です。生涯、学びの人生を歩んでいきます」(60代男性、愛知)
 「創立者の温かな励ましに包まれ、新たな出発を切ることができました。また先日、一人娘が〝私も通教に挑戦したい〟と言ってくれました。親子そろって、卒業を目指し、頑張っていきたい」(70代女性、福岡)


創立者のメッセージ

エジソン
「考えながら働くことほど楽しいことはない」
“学の光”で地域社会を照らせ


 尊き学びの「黄金の汗」光る、伝統の夏期スクーリング、誠に誠にご苦労さまでございます。
 台風など悪天候が続く中、日本全国をはじめ、遠く海外からも、本当によく集《つど》ってくださいました。多忙なところ、懸命にやりくりして参加されていることも痛いほど分かっております。偉大な学究と求道の大情熱に、心からの喝采を送りつつ、私も八王子のキャンパスで、皆さん方と一緒に学び合う思いで一切を見守っております。
 全力で講義に臨んでくださる先生方、また真心からサポートしてくださる職員の方々、いつもいつも、ありがとうございます。
 常に瑞々しい生命の輝きは、どこから生まれるか。それは、向学の挑戦でありましょう。
 常に新鮮なる価値創造の光は、どこから広がるか。それは、学び続ける努力ではないでしょうか。
 今、東京富士美術館では「発明王エジソン展」が開催されていますが、エジソンもまた、弛まず学び続けた、偉大な挑戦の人でした。
 その生涯において、蓄音機や白熱電球をはじめ、およそ1300の発明を成し遂げ、世界を明るく照らしたことは、皆さんもご存じの通りです。
 学校に通ったのは小学校のわずか3カ月だけで、あとは全て、働きながら学び抜き、学びながら働き抜いた、崇高な労学一体の人生でした。若くして、耳が不自由になるという試練にも遭いました。
 しかしエジソンは、朗らかに語っています。
 「人間にとって考えながら、働くことほど楽しいことはない」(ヘンリー幸田著『天才エジソンの秘密 母が教えた7つのルール』講談社)と。
 白熱電球の発明では、じつに1万回以上も失敗を重ね、周囲からも、もうやめた方がいいと呆れられたほどでした。けれども、人の何倍、何十倍もの挑戦と努力、創意工夫で、“生みの苦しみ”を突破していったのです。
 晩年、自ら築き上げてきた研究所が火事に見舞われた時も、「自分はまだ六十七歳でしかない。明日から早速、ゼロからやり直す覚悟だ」「意気消沈などしているヒマはない」(浜田和幸著『快人エジソン』日本経済新聞社)と、新たな開拓に奮い立っていったのです。
 目指しゆく山が高ければ高いほど、その途上は苦しく厳しい。その分、やがて眼下に広がる光景は、より壮大に、より荘厳に開かれていくものでありましょう。
 どうか、私と同じ誇り高き使命と充実の登攀に挑みゆかれる通教の皆さんは、不撓不屈の負けじ魂と、明朗快活なる創価の心を明々と燃やしながら、最高に意義ある価値創造の光を放っていってください。
 たとえ、どんなに地味なようであっても、皆さんの“学の光”こそが、不滅の光です。一家眷属を、地域社会を、世界を赫々と照らしゆかれることは、絶対に間違いありません。
 暑い日が続きますので、疲れをためないよう、水分と休憩、睡眠を十分にとって、聡明にお願いします。
 結びに誉れの通教生に、

  挑み勝て
   歓喜の生命《いのち》の
       学光道《がっこうどう》

 と贈り、私のメッセージといたします。
 わが不二の学友・通教生に、健康あれ! 幸福あれ! 栄光あれ!
2014-08-14 : スピーチ・メッセージ等 :
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全国未来部夏季研修会へのメッセージ

全国未来部夏季研修会へのメッセージ    (2014.8.3 創価大学キャンパス)

日々たゆまぬ勉学 努力 労苦を!
わが生命を磨き鍛えよ


 日本全国から、わが高等部の最優秀の英才が創価大学に集まってくれました。これほど心躍り、これほど希望あふれる研修会はありません。皆、ありがとう!
 今年は、私が第3代会長に就任して真っ先に高等部を結成してより50年。今この時に、これからの50年先の世界広宣流布を担い立たんと、さっそうと躍り出てくれた若き地涌の菩薩こそ、まぎれもなく君たちです。なんと偉大な使命の青年か! なんと不思議な宿縁の若人か! 私は、皆さんに最敬礼します。
 日蓮大聖人は仰せになりました。
 「金《きん》は大火にも焼けず、大水にも流されず、朽ちることもない。鉄は水にも火にも堪えることができない。賢人は金、愚人は鉄のようなものである。あなたはまさに真金(真実の黄金)ではないか。法華経の金を持《たも》つ故だろうか」(御書1337㌻、通解)と。
 若くして生命尊厳の大仏法を探究し、題目の師子吼を唱える皆さんは、一人ももれなく、最高の大賢人と育ちゆくリーダーです。日々のたゆまぬ勉学も、努力も、労苦も、一つ一つが、わが生命を磨き、黄金に輝かせていく光です。立ちはだかる苦難も、障害も、失敗さえも、全部が、わが生命を強くし、金剛不壊に鍛え上げていく試練です。
 ともあれ、一番不幸な人を救うために、そして世界の平和という人類の夢を実現するために立ち上がった団体が、この創価学会です。どんな権力にも屈せず、財宝や名声などにもとらわれない、最も美しく崇高な世界なのです。
 このかけがえのない学会の未来を、今日ここに集った皆さんに私は託します。
 皆さんが不退転の誓いを貫いてくれるならば、世界の広宣流布の前途は明るい。何があっても朗らかな負けじ魂で、良き友と励まし合い、前進していってください。今は、学びに学び、思う存分、力をつけてくれたまえ!
 皆さんを送り出してくださったご家族に、くれぐれもよろしくお伝えください。担当者の方々も、お世話になります。未来部に尽くしてくださる皆さんのご一家は、陰徳陽報の法理に照らし、必ずや子々孫々まで勝ち栄えていかれるでしょう。
 終わりに、若き愛弟子に

 わが後継
  輝き光る
   金の汗
 鍛え伸びゆけ
   勝利の夏を

と贈り、私のメッセージといたします。
2014-08-10 : スピーチ・メッセージ等 :
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広島・長崎・沖縄 平和サミットへのメッセージ

広島・長崎・沖縄 平和サミットへのメッセージ
          (2014.8.2/3 長崎平和会館)

 広島・長崎・沖縄の青年部の代表らによる「3県平和サミット(第23回青年平和連絡協議会)」が2、3の両日、長崎市の長崎平和会館で開かれた。青年部の平和運動「SOKAグローバルアクション」の一環である。
 これには、池田大作名誉会長がメッセージを寄せ、若き情熱と力で平和の連帯の拡大をと念願した。
      ◇ 
 初日の2日には、広島・長崎・沖縄の青年部の代表が、それぞれの平和運動の現状と展望を発表。
 その後の質疑応答では、身近な平和への行動も話題になった。
 「留学生との対話の中で、お互いの理解を深めてきました。今では多くの友人ができました」「困っている人がいたら、声を掛けるようにしているという被爆者の方の言葉を大切にしています」「つながり続けたことで、小学校の同級生と平和について、真剣に語り合えるようになりました」など、参加者自身の体験が語られた。
 浅井青年平和会議議長、木下女性平和文化会議議長は、誠実な対話で平和の連帯の構築をと強調。橋元青年部長が「被爆70年の明年に向け、最重要のこの夏、核兵器廃絶を求める青年の意思を社会へ発信しよう」と述べた。
 翌3日には、被爆者で平和案内人の田中安次郎さんと共に長崎原爆資料館を訪れた。



名誉会長のメッセージ

青年よ 勇気の言論で立て

恩師の叫び
いかなる理由があろうと核兵器の使用は許さない

 「戦争と核兵器のない世界」の実現に向け、心を一つに前進を続ける、広島、長崎、沖縄の青年部の皆さん。「平和サミット」の開催、誠にご苦労さまです。
 民衆の生命と尊厳を踏みにじる戦争の魔性と闘い抜いた牧口先生、戸田先生の精神を受け継ぎ、正義と人道の若きスクラムを幾重にも広げゆく皆さんの存在こそ、私の最大の誉れであり、創価の無上の宝です。21世紀の希望です。
 主催地の長崎の皆さんをはじめ、平和の誓いを果たすため、尊い青春の情熱を燃やしゆく皆さんの健闘を、私は何よりも頼もしく見つめています。
 私たちの敬愛するマンデラ元大統領が、27年半に及ぶ獄中生活の中で、紛争と軍拡がやまない世界の現実を前に、捕われの身として忸怩たる思いにかられながらも、希望の拠り所としていたものがあります。
 それは「世界平和のために一生懸命、勇気を持って尽くしている」団体や人々が、厳然と存在していることへの期待であり、連帯感でありました。
 このマンデラ氏の忘れ得ぬ言葉に、「人間として、何もせず、何も言わず、不正に立ち向かわず、抑圧に抗議せず、また、自分たちにとってのよい社会、よい生活を追い求めずにいることは、不可能」(ネルソン・マンデラ『自由への長い道』NHK出版)とあります。これは、今から52年前(1962年)の8月、反アパルトヘイト運動の途上で逮捕された折の叫びです。
 その前年に、パグウォッシュ会議の創設者ラッセル卿が「ヒロシマ・デー(8月6日)」に核兵器反対の運動を行ったゆえに有罪を宣告されたことを踏まえ、マンデラ氏が自らも同じく良心に従い行動してきた誇りを込めて、法廷で獅子吼されたのであります。
 私たちにとって、“人間としての良心”、さらには“弟子としての誓い”に照らして、絶対に譲れないもの──それは、パグウォッシュ会議が創設されたのと同じ年(1957年)に、戸田先生が「原水爆禁止宣言」で遺訓の第一として言明された「核兵器の禁止と廃絶」にほかなりません。
 戸田先生が世界の全民衆の生存権を守り抜くために宣言なされた、いかなる理由があろうと、いかなる国であろうと、核兵器の使用は絶対に許されないとの思想は、時を経て今、国際社会で大きな潮流を形づくりつつあります。
 「核兵器の人道的影響」に関する共同声明に賛同する国々の輪は、すでに国連加盟国の3分の2を占める125カ国にまで拡大しています。
 NPT(核拡散防止条約)の成立以来、さまざまな合意がされながらも、本格的な軍縮が進まない「約束に約束が積み重なる“終わりのないサイクル”」が続いてきたと指摘されますが、それを打破するには、市民社会、なかんずく“21世紀の主役”たる青年世代が、圧倒的な意思を示す以外にありません。
 このことを考えるにつけ、私の脳裏に蘇ってくるのは、対談集を共に発刊したパグウォッシュ会議のロートブラッド博士の信念です。
 真正の勇者は、苦しんでいる人々の側に常に立つ──。原爆製造の「マンハッタン計画」から意を決して離脱し、戦後は人々の生命を救うための放射線医療の研究に従事した博士です。
 1995年に国際司法裁判所で核兵器の使用と威嚇の違法性が問われた時には、核実験の影響にさらされてきたソロモン諸島の意見陳述のサポートを買って出ました。
 厳しい審理が予想されるなかで、イギリスに住んでいた博士は国の違いを超えてソロモン諸島の代表団に加わり、陳述文書をまとめあげたのであります。
 博士は、ここ長崎、また広島、沖縄にも足を運ばれ、平和への信念をいやまして強められたことを私に語ってくださいましたが、対談を通して深く共感したのは、核廃絶の運動にあたって、博士が唯一、武器としてきたのは“勇気の言論”であったという点でした。「言葉をもって相手を説得する。それが、私たちが続けてきた平和運動の根幹だった」(ジョセフ・ロートブラット/池田大作『地球平和への探求』潮出版社)と。
 このロートブラッド博士が最も期待を寄せていたのが、平和のために勇んで行動する若い世代の存在です。私の思いもまったく同じであり、わが後継の青年部の皆さんへの全幅の信頼を込めて、博士の生涯を貫いた一言を贈りたい。
 「自分の行動に責任をもつこと。いつでも、自分は人類のために全力を尽くし働いていると、心の底から言えるように──」(同前)
 結びに、広島と長崎への原爆投下、また沖縄戦の悲劇から70年となる明年を「戦争と核兵器のない世界」への転換点にすることを目指し、若き情熱と力で平和の連帯を幾重にも大きく広げていただきたいと念願し、私のメッセージといたします。
2014-08-04 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 民衆凱歌の大行進 No.9 伸びゆけ未来部!

随筆 民衆凱歌の大行進 No.9 (2014.8.1付)

伸びゆけ未来部!

宝の師子の子を全力で育もう!
若き心の大地に信心の壹ぴの種を


 ひまわりの
  笑顔の花の
    未来部よ
  希望の青空
    強く伸びゆけ

 大地に根を張り、たくましく芽を出し、嵐にも怯まず、ついに開花の時を迎えた喜びを、太陽に向かって全身で表現するひまわりの花──。
 その姿は、私が心から愛し、信頼する未来部の皆さんの輝きと二重写しに見えてならない。
 先日、東西の創価中学校から、校内に植えられた「ど根性ひまわり」が咲き誇っている、との“花便り”をいただいた。
 宮城・石巻市の青年から贈られた種の一部を、学園生たちが丹精込めて育ててくれたのだ。
 この種は、東日本大震災の津波によって、海水をかぶった石巻の土地に流れ着いたもので、がれきの中で、凜として大輪の花を咲かせた。
 「ど根性」とは、どんな困難があろうとも、強く朗らかに乗り越えていく「負けじ魂」であろう。
 未来部の君たち貴女《あなた》たちが、苦難にも負けず、勝利の花と咲き開くその姿は、父母の喜びであり、私の誇りであり、世界の希望であるのだ。

金の思い出を!
 後継の友を励ます「未来部躍進月間」にあって、少年少女部は「きぼう作文コンクール」と「少年少女希望絵画展」。中・高等部は「読書感想文コンクール」などへの挑戦を通し、成長の節を刻んでいる。
 学会の新たな伝統になった「創価ファミリー大会」も、列島各地で賑やかに行われている。
 結成50年を迎えた高等部では、全国から代表が創価大学に集い、「夏季研修会」が行われる。無事故で、麗しい友情の連帯を結び広げながら、生涯にわたる原点と、かけがえのない金の思い出を築いていただきたい。
 ロシアの文豪ドストエフスキーは綴った。
 「子どものときから大事にしてきたすばらしい神聖な思い出、もしかするとそれこそが、いちばんよい教育なのかもしれません」と。
 創価家族の温かな思い出を、感受性豊かな子どもたちの心に、どれほど多く残しゆけるか──。壮年・婦人の未来本部長の方々、男女青年部の21世紀使命会の諸君、さらに教育本部の皆様方の最大の励ましを、切にお願いしたい。
 現在の未来部の友は、学会創立100周年の2030年を青年部の中核となって迎える、大事な大事な世代である。その希望の使者たる未来部の担当者の皆様こそ、末法万年の広宣流布の沃野を切り開く誉れの先駆者だ。

座談会を舞台に
 福井の景勝・三方五湖《みかたごこ》を擁するある支部では、未来部をはじめ若い力が陸続と育っている。
 この支部には、未来部育成にあたり、初代支部長の時代から継承されてきた伝統がある。
 それを三つの柱に分ければ、第1に「座談会こそ後継者育成の舞台」という取り組みであろうか。
 初代支部長も、座談会を通して子どもたちを育てようと真剣だった。
 御書の拝読なども積極的に子どもたちに担ってもらう。大人はこまやかに見守り、健気な奮闘を皆で心から讃える。
 学校で頑張った報告があれば、惜しみない拍手を送る。子どもたちの顔は次第に自信に輝き、座談会が楽しみになる。

わが子の如く
 第2の柱は「未来部は皆わが息子・わが娘」。
 支部の壮年・婦人は、とても面倒見がいい。よく褒めてくれる。褒めるだけでなく、もしも人として過った道に迷いかけた子がいたら、あえて叱る時もある。普段、大人の言うことに耳を貸さない子も、“学会のおじさん・おばさん”には、なぜか素直になるそうだ。
 わが地域の子どもたちを信じ、幸福を祈り抜いて、生命と向き合う真剣勝負──だからこそ若き心に届くのだろう。

地域の誇り語れ
 3つ目の柱は「郷土愛を育む」。
 自分たちが住む地域に、どんな広布の歴史があるのか。先達たちがどれほどの苦労を重ねて、今の地域広布の土台を築いてくれたのか。大人たちは、常日頃から子どもたちに誇りをもって語り聞かせている。
 支部内の地域で生まれ育ち、創価女子短期大学を卒業後、地元に戻って活躍する、女子部のリーダーは振り返る。
 未来部時代。勉強でも部活でも、彼女が目標を達成できたと言うと、学会のおばさん、お姉さんたちが共に喜び、「よく頑張ったね!」と抱きしめてくれた。反対に悲嘆に暮れた時には、「つらかったやろ……」と涙を浮かべて、嬉しかった時以上に、ぎゅっと抱きしめてくれた。
 自分も、大好きな故郷に尽くしていきたい──彼女は、感謝の心で華陽の友を励ます日々だ。
 この地域では、創価の学舎に、大切なお子さん方を毎年のように送り出してくださっているとも伺った。創立者として、厚く御礼申し上げたい。

広布の生命線
 日蓮大聖人は、仏の願いを、こう仰せである。
 「未来に法華経を弘めて未来の一切の仏子にあたえんと・おぼしめす」(御書236㌻)
 広宣流布とは、「末法一万年の衆生まで成仏せしむる」(同720㌻)聖業なのだ。その生命線は、未来を開く後継の人材が、澎湃と育ちゆくことにほかならない。
 今、目の前の一人の未来部員を大切にし、全力で育てることが、御本仏に直結し、崇高な仏の振る舞いにも通ずることを、誉れ高く確信していただきたい。
        ◇
 「世界広布新時代 開幕の年」である本年。
 日本の「未来部の日」に合わせ、ブラジルやイタリアなど海外の未来部から応援のメッセージが届くなど、未来部の成長と前進もまた“世界同時進行”である。

少女と母の約束
 ブラジル創価学園に通う、一人の少女部員の話を伺った。
 本年、彼女は最愛の母を、がんで亡くした。病がわかった時、母は、幼い娘に精いっぱいの笑顔を見せた。「負けないよ。先生の弟子だもの」
 闘病中、夫を入会に導き、自宅も広布の会場に提供。悩める友がいれば、何を差し置いてでも激励に飛んでいった。
 「みんなを幸せにできる人になるうね」──これが、母と娘が交わした約束だったという。
 数年に及ぶ闘病生活を生き抜き、使命を果たし抜いた母は、娘の頬に手をあて、優しく語った。
 「お母さんはとっても幸せだったわ」
 そして、創価の師弟に生き抜き、同志と後継者に恵まれた喜びを伝え、言葉を継いだ。「あなたも幸せになるのよ」
 少女部員は先日、未来部の会合に参加し、笑顔で語ったという。
 「私の胸に、お母さんは生きています。側には、いつも励ましてくれる学会の優しいお兄さん・お姉さんたちがいます。だから負けません」
 彼女は今、父と毎日、勤行に挑戦中という。そして一生懸命、勉強に励みながら、将来の夢である“平和の心を伝える歌手”を目指して努力を続けている。

学会の庭で成長
 「子どもは、学会の庭で育てていきなさい』
 これは、わが師・戸田城聖先生が繰り返し訴えておられた、信心継承の要諦である。
 学会には、一人ひとりが自身の可能性に目を開き、確かな自信と安心と希望を得ていくための豊かな励ましがある。
 そして、人間として生きていく上で、最高の誇りと自覚をもつことがでざる哲理がある。
 「生命とは」「使命とは」「師弟とは」──担当者が真剣に語る言葉は、たとえその時は全てが理解できずとも、若き心の大地に成長の種として植わり、信心の根を深く広げていくものだ。
 何より、子どもたちが鋭敏な生命で感じ取っているのは、大人たちの「自他共の幸福を目指す真剣な生き方」であり、「正義の道を貫く勇気と信仰の喜び」であろう。
 さあ、後継者育成の夏、共に成長の夏だ。大切な未来部を皆で励まそう!
 宝の師子の子を、全力で育てよう!
 ここにこそ、広宣流布の永遠の前進と勝利の大道があると確信して!

 学会は
  人材 湧き立つ
    大地なり
  皆で正義の
   大樹 育てむ


 ドストエフスキーの言葉は『カラマーゾフの兄弟5』亀山郁夫訳(光文社)。
2014-08-02 : 随筆 民衆凱歌の大行進 :
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