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希望の虹 第3回 大学の創立者 福沢諭吉

第3回 大学の創立者 福沢諭吉   (2014.5.1付 少年少女きぼう新聞)

学べ! また、学べ! 学ぶ人が偉い人

 みなさんは、本当に「偉い人」とは、どんな人だと思いますか?
 世の中では、いまだに有名人や人気のある人、お金持ちや位のある人などが「偉い人」として注目されています。
 でも、本当にそうでしょうか?
 すでに、140年以上も前に、福沢諭吉という大教育者は、「偉い人」とは「学ぶ人(学問をする人)」であると宣言しました。
 今回は、この福沢諭吉と語り合うような思いで、人間の「偉さ」と「学ぶ」ことの意義をいっしよに考えていきましょう!
       * * *
 福沢諭吉の名前を初めて聞いたという人も、その顔はどこかで見たことがあるかもしれません。今の一万円札に描かれている人物です。
 日本を代表する私立大学である慶応大学を創立しました。
 この慶応大学の病院は、東京の信濃町にあり、創価学会の総本部のご近所になります。
 「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」
 これは、日本が江戸時代から明治時代へと変わった直後に、福沢諭吉が書いた『学問のすすめ』の始まりの言葉です。この本は、当時、日本中の十人に一人が読んだともいわれ、小学校の教科書としても使われました。
 なぜ、諭告はこのようなことを書き、それが、どうして、多くの人の心をつかんだのでしょうか?
 それまでの江戸時代には、「士農工商」という身分制度があり、身分の上下が決められていました。生まれた時から家の階級にしばられ、差別されていたのです。
 明治になって、みんなが平等に生きていく時代が始まりました。しかし、人の心はなかなか変わりません。
 そのなかで、諭告は『学問のすすめ』を通して、みんなに、はげましを送っていったのです。
 この本は、今まで“学問”したことのない人でも読めるよう、やさしい言葉で書かれており、多くの人が学び始めるきっかけとなりました。
 どんな人でも勉強すれば偉くなって、人々の幸福のため、社会の発展のため、つくしていける。福沢諭吉は、そういう時代を願って、教育に力を注いでいったのです。
       * * *
 みんなに学問をすすめるくらいだから、きっと諭告は子どものころから勉強が大好きで、頭がよかったんだろうな、と思う人がいるかもしれません。
 でも、じつは、諭吉少年は、勉強が大きらいだったんです。
 福沢諭吉は、1835年、5人きょうだいの末っ子として、お父さんの仕事先だった大阪で生まれました。
 お父さんは九州の中津藩(今の大分県)に仕える武士でした。まじめで、学問が好きで、すぐれた人でしたが、階級が低かったので地位が上がらず、家は貧しかった。そのうえ、諭告が1歳の時、お父さんが病気で亡くなり、一家は中津へ帰ることになりました。
 しかし、言葉づかいなども違って、引っ越し先でのくらしになじめません。友だちができず、木登りや水泳も苦手でした。手先が器用で家の手伝いをよくしましたが、本を読むのは大きらいでした。
 そんな諭吉少年にお母さんは、お父さんが亡くなる前に「勉強して立派になってほしい」と願っていたことを聞かせたこともありました。
 ようやく学校に通うようになったのは14歳ごろ、今でいう中学生のころです。まわりは自分より年下の子たちばかり。しかし、諭告は、負けじ魂を燃やして、むちゅうで勉強しました。やってみるとおもしろくなり、みんながとちゅうで投げ出してしまう、15巻もある中国の歴史の本を、11回も読み返したといいます。
 このねばり強さで、みんなに追いつくだけでなく、だれにも負けない力をつけていったのです。
 勉強は苦手だなあ、好きな科目がないなあと思っている人も、心を決めてまず一つ、じっくり挑戦してみると、必ずわかるようになります。そうすれば、がんばることが楽しくなる。
 創価教育の父である牧口常三郎先生は、よく「学は光」と語られました。みんなの「学ぼう!」という心が、のぼりゆく太陽のように光を放っていくのです。
       * * *
 江戸時代の日本が交流していた西洋の国は、オランダだけでした。そのため、福沢諭吉は19歳で長崎へ行ってオランダ語を学び、西洋の学問をどんどん吸収していきました。
 その後、大阪の緒方洪庵という有名な学者のもと、「適塾」で猛勉強しました。そこには、日本中から最新の学問を求める青年が集まり、みんな時間をおしんで学びぬいたのです。
 そうして力をつけ、23歳で江戸(現在の東京)へ出て、オランダ語の塾を開きました。
 諭吉は、ある日、外国との貿易が少しずつ始まった横浜に行きました。ところが、出会った外国人に話しかけても言葉が通じない。店にかかる外国語のかんばんも読めない。
 それもそのはず、見るもの聞くもの、オランダ語ではなく、英語であふれていたのです。すでに時代は変わり、今まで勉強してきたことが役に立たない。大きな大きなショツクでした。
 けれども、くよくよと落ちこんでいる諭吉青年ではありませんでした。
 “こんどは英語の勉強だ”-横浜から帰った翌日から、さっそく英語を学び始めたのです。
 大変な時に負けない。カベにぶつかつたら、もっと力を出して乗りこえる。この勇気の心にこそ、希望の虹はかがやきます。
 そうして勉強していくと、諭吉は、英語がオランダ語に似ていることに気づき、語学の力をみがきました。
 「苦労して学んだことは、むだにはならない。必ず役に立つ」と、私の師匠である戸田城聖先生も言われていました。
 その後、諭吉は、江戸幕府の使節団として、アメリカやヨーロッパヘ行き、進んだ文化を学びに学び圭しか。そして、みがき、きたえた英知の力をはっきして、時代を動かしていったのです。
       * * *
 1868年、江戸時代が終わり、明治時代になった年のこと。新しい政府の軍隊と、反対する人たちとの間の戦いが始まりました。
 この時、福沢諭吉は、自らが創立した慶応義塾(現在の慶応大学)で、経済学の授業をしていました。
 ドカーン、ドドドーン!
 遠くのほうで、大砲の音がひびきました。しかし諭吉は、まったく動ずることなく、授業を続けました。心には、ゆるきない信念が燃えていました。
 「ペンは剣よりも強し」
 学問の力は、武器の力よりも強い。新しい時代を開く力は、断じて学問であり、教育である、と。
 慶応大学の図書館のステンドグラスには、今でも、この言葉がラテン語で残されています。
 勉強する人が、偉い人です。
 努力する人が、勝利者です。
 その人には、だれもかなわない。
 みなさんのお父さんやお母さんも、創価学会という「学ぶ会」で、みんなを幸福にし、世界を平和にしていく生命の大哲学を学び、実践しています。世界一偉い人だと、私は誇りに思っています。
 みなさんは、その後継者です。
 勉強は、いつでも、どこでも始められます。だれからでも、何からでも学ぶことができます。学んだことは、すべていかしていくことができます。
 「学」は、栄光と勝利の道です。
 さあ、きょうから、今から、偉人な学びの道を歩み始めよう!
 一歩また一歩、一目また一目、朗らかな負けじ魂で!
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2014-05-31 : 希望の虹 :
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池田SGI会長指導選集 「幸福と平和を創る智慧」 第1部 第3章 3-1〜3-11

 第3章 生命変革の実践

 この章を読むに当たって

 日蓮大聖人の仏法における生命変革の原理を明かした前章に続いて、この章では、生命変革の最も基本的な実践となる勤行について示していきます。
 勤行では、御本尊を信じて南無妙法蓮華経の題目を唱える唱題と共に、法華経の方便品第2と如来寿量品第16の読誦を行います。
 法華経は、仏教の智慧と慈悲の精華というべき最高の経典です。日蓮大聖人は、この法華経の文底にこめられた肝要の法を南無妙法蓮華経として示し、御本尊という信心・修行の対象として顕されました。
 池田SGI(創価学会インタナショナル)会長は、大聖人の説かれた「事の一念三千」の法理に基づき、南無妙法蓮華経とは、生命と宇宙を貫く根本法であり、勤行とは、わが生命と宇宙が御本尊を介して交流しゆく儀式であると述べています。私たちが、御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱題するとき、わが生命が大宇宙の妙法のリズムに合致し、限りない智慧と慈悲と勇気を発揮していけるのです。
 日蓮大聖人が諸御抄で示されている通り、この勤行には、あらゆる仏道修行の意義が含まれています。たとえ法門を深く理解できなくても、特別な人にしかできないような修行をしなくても、勤行の実践を根本とした生き方を通して自身の境涯を限りなく向上させていくことができます。大聖人の仏法は、民衆に聞かれた、民衆のための仏法なのです。
 さらに、現実の人生を変革するためには、勤行に励むだけでなく、勇気をもって行動することが不可欠であると強調しています。

 3-1 勤行は大宇宙と交流する儀式
 
 この節では、「此の身の中に具《つぶ》さに天地に倣《なら》うことを知る」(御書567㌻)など、わが生命と宇宙の相関《そうかん》を説いた仏典の記述を踏まえ、生命と宇宙を貫く根本法が南無妙法蓮華経であることを示します。そのうえで、南無妙法蓮華経と唱える実践によって、わが生命に限りない妙法の力が現れてくると教えています。

【池田SGI会長の指針】
◎『青春対話』から 
                   (1999年3月刊)

 勤行・唱題は、自分自身と大宇宙とが交流しゆく儀式です。御本尊を根本として、自分という「小宇宙」の中に「大宇宙」の生命力を、生き生きとくみ上げる作業が勤行です。
 自分は生きている。生命がある。それと同じく大宇宙も一個の巨大な生命である。生命即宇宙であり、宇宙即生命である。私たち人間も、大宇宙と同じく一個の生命であり、「小さな宇宙」なのです。
 ある学者は「人間の体は、星と同じものでできている」と言い、人間を「星の子」と呼びました。「小宇宙」です。物質だけでなく、宇宙の「創造と破壊の作用」「生と死のリズム」も、わが身を貫いている。また重力の法則、エネルギー保存の法則、その他、ありとあらゆる法則も、一個の小宇宙にかかわっている。
 地球が太陽の周りを365日と5時間48分で1周する。厳然たる秩序がある。人体の細胞も60兆と言われるが、それらが毎日、整然と、秩序正しく運行しているのが、健康な生命の状態です。不思議であり、絶妙な働きです。地球が太陽の周りを回る。ちょっとでも軌道がずれたら大変です。いな、地軸が少し傾いただけで、すべての生物は絶滅の危機を迎えるでしょう。それほど微妙であり、しかも厳然として、大宇宙即生命の「法則」がある。小宇宙も同じです。
 こういう「目には見えないが実在する法」を探究したのが科学であり、その成果を応用してつくったのが、さまざまな機械です。たとえば、船は、見えない「浮力」の法則を応用してつくったものであり、飛行機なら「揚力」の法則です。ラジオ・テレビは「電波」という法則などでしょう。それらは宇宙の部分的な法則です。
 それに対し、仏法は、物心のあらゆる法の根本にある「生命の大法」を探究し、発見したのです。それが「妙法」です。妙法は、目には見えない。しかし厳然と実在する。この妙法の力を引き出せるよう、日蓮大聖人が御本尊を御図顕してくださったのです。だから戸田先生は「もったいないことであるが、御本尊は幸福製造機にたとえられる」と、わかりやすく教えてくださった。
 御本尊に勤行・唱題することによって、小宇宙のわが身が、見事に大宇宙と調和していくのです。崇高な儀式です。自分自身の中にある「宝の蔵」を開き切っていく作業です。わが生命の大地に、生命力のわき出ずる泉を掘っているのです。こんこんと、くめども尽きぬ智慧と慈悲と勇気の源流を掘っているのです。
 「宇宙」も、その本体は南無妙法蓮華経です。「わが生命」も南無妙法蓮華経の顕れです。そして「御本尊」も南無妙法蓮華経の御当体です。三者とも南無妙法蓮華経であり、本来、一体なのです。ゆえに南無妙法蓮華経と唱えゆく時、御本尊を中心にして、わが生命と宇宙が、きちっとギアをかみ合わせ、幸福の方向へ、幸福の方向へと回転を始めるのです。春夏秋冬、365日、大宇宙のリズムに合致して、どんな悩みも乗り越えられる「生命力」と「智慧」と「福運」を発揮していける。「仏界」という生命力のエンジンを爆発させながら、行き詰まりを打開し、前へ前へ、希望の方向へ、正義の方向へと、勇んで走っていけるのです。

 3-2 民衆に開かれた修行

 一般的に仏教は、実践が困難な様々な修行法を説いています。これに対し、日蓮大聖人は、すべての修行の意義が唱題に集約されていると仰せです。この節では、大聖人の御聖訓をもとに、形式にとらわれた修行ではなく、信心根本の唱題こそ成仏の直進であると強調しています。

【池田SGI会長の指針】
◎イタリア代表者会議でのスピーチから
     (1992年7月2日、イタリア)

 日蓮大聖人の門下に、富木常忍という信徒がいた。大聖人が彼に送られた書の中に、末法の正しい修行を述べられた「四信五品抄」がある。その中で、大聖人は、末法の修行は、「信の一字を詮と為す」(御書339㌻)──信の一字を究極とする── と教えられている。
 大聖人の仏法の肝要は、形式ではない。「心」である。「信心」が根本である。そして御本尊を信じて、「唱題」する修行に、すべての修行が含まれていると、大聖人は仰せである。
 そのたとえとして、わかりやすく次のように述べられている。
 「日本の二字に六十六国の人畜財《にんちくざい》を摂尽《しょうじん》して一《ひとつ》も残さず」(御書341㌻)──日本という二文字に、日本66カ国の人、動物、財宝のすべてを収めつくしており、一つも残すものがない──と。
 同様に、「南無妙法蓮華経」という題目に、法華経の一切が含まれているから、唱題行が、そのまま成仏の直道となる。それ以外の、形式にとらわれた修行は、枝葉《えだは》の修行であり、かえって信心を邪魔するものになってしまう。
 さらに、この題目の深い意義がわからなくても、題目の功徳を、そのまま身に顕していくことができる、と教えてくださっている。それは、あたかも「小児乳を含むに其の味を知らざれども自然《じねん》に身を益《やく》す」(同㌻)── 子どもが母のお乳をすうのに、その味(中身)を知らなくても、自然に、その身に利益《りやく》を得る(成長していく)── のと同じである、と。
 生まれたばかりの赤ちゃんのように、法門を理解していなくても、題目を疑わずに唱えていけば、自然と、題目の偉大な力を身につけていくことができる。大聖人の仏法は、〝民衆〟に開かれた〝民衆のための仏法〟なのである。
 また「妙法蓮華経の五字は経文に非ず其の義に非ず唯一部の意《こころ》なるのみ」(御書342㌻)──妙法蓮華経の五字は、たんなる経文ではない。その意義でもない。ただ法華経全体の心である──ともおっしゃっているのである。
 私たちの唱える題目は、法華経の心であり、根本的には大聖人の魂そのものなのである。
 したがって、その意味がわからなくても、御本尊を信じて題目を唱えるとき、大聖人の魂にふれていくことができる。わが身に、南無妙法蓮華経の大聖人の生命を涌現させていくことができる。なんとありがたいことか。

 3-3 唱題は人生に勝利する力

 どのような心構えで唱題に取り組めばいいのか。この節は、小説『新・人間革命』で、主人公の山本伸一が、信心して間もないペルーの同志に語った言葉です。「断じて勝つと心を定めて、獅子の吼えるがごとく……」など具体的にアドバイスをしています。

【池田SGI会長の指針】
◎小説『新・人間革命』11巻「開墾」から 
        (2002年10月刊)

 永遠の幸福を築くのは誰か。人生の勝利を収めるのは誰なのか──それは、生涯を、妙法とともに、広布とともに、学会とともに生き、真剣勝負で戦い抜いた人です。皆さんには、全員、人生の大勝利者になっていただきたい。では、そのための要諦は何かについて、今日は少しお話ししたいと思います。
 それは、第1に、お題目です。
 健康ということも、勇気も、智慧も、歓喜も、向上心も、あるいは、自分を律するということも、生命力のいかんで決まってしまうといえる。その生命力を無限に涌現しゆく源泉こそが唱題なんです。ゆえに、唱題根本の人には行き詰まりがない。
 ともかく、日々、何があっても、題目を唱え抜いていくことです。題目は宇宙の根本の力です。朝な夕な、白馬が天空を駆け巡るように、軽快に、すがすがしい、唱題の声を響かせていくんです。
 仏と相対するわけですから、厳粛な気持ちを忘れてはいけませんが、素直な心で御本尊にぶつかっていけばいいんです。御本尊は、大慈悲の仏様です。自分自身が願っていること、悩んでいること、希望することを、ありのまま祈っていくことです。
 苦しい時、悲しい時、辛い時には、子どもが母の腕《かいな》に身を投げ出し、すがりつくように、「御本尊様!」と言って、無心にぶつかっていけばいいんです。御本尊は、なんでも聞いてくださる。思いのたけを打ち明けるように、対話するように、唱題を重ねていくんです。やがて、地獄の苦しみであっても、嘘のように、露のごとく消え去ります。
 もし、自らの過ちに気づいたならば、心からお詫びし、あらためることです。二度と過ちは繰り返さぬ決意をし、新しい出発をするんです。
 また、勝負の時には、断じて勝つと心を定めて、獅子の吼えるがごとく、阿修羅の猛るがごとく、大宇宙を揺り動かさんばかりに祈り抜くんです。
 そして、喜びの夕べには「本当にありがとうございました!」と、深い感謝の題目を捧げることです。
 御書には、「朝朝《ちょうちょう》・仏と共に起き 夕夕《せきせき》仏と共に臥《ふ》し……」(737㌻)と仰せですが、題目を唱え抜いている人は、常に御本仏と一緒です。それも今世だけでなく、死後も、御本仏が、諸天・諸仏が守ってくださる。
 だから、生命の底から安堵できるし、何も恐れる必要がない。悠々と、人生を楽しみながら、生き抜いていけばいいんです。
 題目は、苦悩を歓喜に変えます。さらに、歓喜を大歓喜に変えます。ゆえに、嬉しい時も、悲しい時も、善きにつけ、悪しきにつけ、何があっても、ただひたすら、題目を唱え抜いていくことです。これが幸福の直道です。

 3-4 法華経の要《かなめ》は方便品・寿量品に

 勤行の際には、法華経の方便品・寿量品を読誦します。この節では、一切衆生が皆、仏であるという法理を明かす方便品と、永遠の生命の哲理を説く寿量品の意義について述べます。

【池田SGI会長の指針】
◎世界平和祈念勤行会でのスピーチから
      (2002年9月8日、東京)

 朝夕に
  方便品と
    寿量品
  宇宙の曲に
    合わせ楽しめ

 かつて私は、こう詠んだことがある。
 仏法の最高峰である法華経、その真髄である方便品と寿量品を読誦し、仏法の究極の大法、宇宙の根本の法則である南無妙法蓮華経を朗々と唱えゆくことが、いかにすばらしい幸福と平和の創造であるか。
 法華経は、「一切衆生の成仏」のために説かれた経典である。文底から拝すれば、法華経は、「末法万年尽未来際」にわたって、一閻浮提(=全世界)」の一切衆生の成仏を開く根源の一法である南無妙法蓮華経の御本尊の、いわば〝説明書〟としての深遠な意義がある。
 その要諦を納めているのが、諸法実相が説かれた「方便品」であり、久遠実成が説かれた「寿量品」である。
 「方便品」では、南無妙法蓮華経の智慧が甚深無量であることが讃嘆され、「一切衆生が皆、仏である」という法理が明らかにされている。
 とくに、「諸法実相・十如是」の部分は、千変万化するすべての生命(諸法)が、ことごとく南無妙法蓮華経の姿(実相)であることが示されている。日蓮大聖人は、「十界の依正の当体・悉く一法ものこさず妙法蓮華経のすがたなり」(御書1358㌻)と仰せである。本来、いかなる衆生も妙法の当体なのである。すなわち、題目を唱え、広宣流布へ行動していく人は、ありのままの姿で、必ず、仏の生命となっていくのである。
 どこか、遠いところに行くのではない。何か、特別の自分になるのでもない。今いる、その場で、そのままの姿で、大宇宙とわが生命をダイナミックに交流させながら、自分自身の本来の「実相」、すなわち南無妙法蓮華経の当体としての姿を輝かせきっていく。それが、勤行である。信心の世界である。
 そこには、妙法の智慧と勇気と慈悲が、限りなく涌現してくる。ゆえに、何ものをも絶対に恐れることはない。
 寿量品の「寿量」とは、仏の寿命・功徳を詮量するという意義である。文底から拝するならば、「南無妙法蓮華経如来」の久遠、永遠の寿命と功徳を、つまびらかに量り、明らかにすることである。
 ここでは、「永遠の生命」が明かされ、それが一切衆生の生命の真実の姿でもあることが説かれている。そして、この大法を弘めて、一切衆生を救っていくのが「地涌の菩薩」の使命であると示されていくのである。
 なかんずく寿量品の「自我偈」は、「自身」の尊極にして永遠の大生命力を謳いあげた、壮大な「詩」である。
 日蓮大聖人は、自我偈の最初の「自我得仏来」(創価学会版法華経489㌻)の「自」と、終わりの「速成就仏身」(同493㌻)の「身」を合わせて、「始終自身なり」(御書759㌻)と御指南されている。自我偈とは、終始一貫して、仏の「自身」、仏の「生命」を讃嘆したものであり、それはそのまま、われわれ自身の三世永遠にわたる自在の境涯を謳いあげた詩といってよい。
 「この人生を生きる意味とは何か」「わが生命の本来の姿とは何か」「われわれは、いずこより来りて、いずこへ行くのか」「生死とは何か」という、一切の思想・哲学・宗教の根底をなす、生命の究極の命題にまっこうからこたえたのが、自我偈である。
 ここに、全人類、全生命を永劫に照らしゆく希望と歓喜の法理がある。
 自我偈には、「我此土安穏 天人常充満 (我が此の土《ど》は安穏にして 天人は常に充満せり)」(創価学会版法華経491㌻)とある。
 この現実の社会には、大火に焼かれるような苦しみが、いまだに絶えることがない。その中にあって、永遠の生命の哲理を掲げて、人類が永遠に理想として願望してきた、安穏にして平和の幸福世界を断固としてつくり上げていこうというのが、広宣流布の大運動である。
 ここに、多くの哲学者、宗教者、平和学者等が願望してきた、全人類が幸福に生きる権利を21世紀に打ち立てゆく道がある。

 3-5 勤行が生命を清浄に

 この節では、勤行が生命錬磨の根本法であることを示します。勤行の実践によって、知覚・感覚の機能である六根(眼《げん》・耳《に》・鼻《び》・舌《ぜ つ》・身《しん》・意《い》)が浄化され、生命を清浄に転換していけるのです。


【池田SGI会長の指針】
◎芸術部総会でのスピーチから
         (1987年5月10日、東京)

 妙法こそ生命を磨きゆく根本である。「一生成仏抄」には次のように仰せである。
 「譬えば闇鏡《あんきょう》も磨きぬれば玉と見ゆるが如し、只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし 、深く信心を発《おこ》して日夜朝暮に又懈《おこたら》らず磨くべし何様《いかよう》にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり」(御書384㌻)
 ──たとえば、曇った鏡も磨きあげれば、玉のように輝いていく。迷い悩む生命は、磨かない鏡のようなものである。これを磨くならば、必ず、真実の悟りの智慧の明鏡となる。深く信心を奮い起こして、朝も夕もつねに怠ることなく生命を磨かねばならない。どのように磨けばよいか。(御本尊に)南無妙法蓮華経と(自行化他にわたる)題目を唱えていくことが、生命を磨いていくことになる──と。
 現代は悪縁の絶えない社会である。清浄な生命も、すぐに曇り、汚れてしまう。ゆえに、この生命錬磨の根本法が絶対に必要となる。
  磨きぬかれた生命には智慧が輝く。その智慧は〝人生の勝利〟を導く光となる。法華経の法師功徳品第19には、妙法を受持した人の智慧を「又《ま》た浄明なる鏡に 悉《ことごと》く諸《もろもろ》の色像を見るが如く」(創価学会版法華経547㌻)と説く。清浄にして明るい鏡が、あらゆる物の像をはっきりと映し出すように、磨きぬかれた生命は、世の中のあらゆる現象を明瞭に見ぬくことができるのである。
 この経文について、日蓮大聖人は「御義口伝」に次のように仰せである。
 「六根清浄の人は瑠璃明鏡の如く三千世界を見ると云う経文なり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は明鏡に万像を浮ぶるが如く知見するなり」(御書763㌻)と。
  瑠璃とは七宝の一つ。六根清浄とは、この法師功徳品に説かれた、正法の実践者の功徳である。すなわち眼《げん》・耳《に》・鼻《び》・舌《ぜつ》・身《しん》・意《い》の六根という知覚・感覚の機能、つまりは生命の全体が清浄に輝いてくる。
 鍛えられ、磨かれたこの生命の「明鏡」は、宇宙と社会と人間の全体を、あますところなく映しだす。「明鏡」とは根本的には、御本尊のことであられる。すなわち日蓮大聖人の御生命である。総じて、御本尊を信ずる大聖人門下の「一心の明鏡」である。
  信心の重大な意義がここにある。強盛なる信心によって生命の色心が、もっとも清浄に、もっとも力強く、向上し変革されていくのである。大切なことは、信心 による生命の浄化は、〝人間としての勝利〟の原動力となることである。ゆえに信心を最後の最後まで貫き通さねばならない。

 3-6 変革は祈りから始まる

 法華経の行者の祈りは、必ず叶うことを断言された日蓮大聖人の御聖訓(祈禱抄)の講義です。大聖人の仏法の祈りは、正しい実践を促す原動力であると訴えるとともに、単に祈るだけでなく、実践を伴ってこそ現実の人生の変革が可能になると教えています。

【池田SGI会長の指針】
◎「『祈禱抄』講義」から 
       (1977年10月22日「聖教新聞」掲載)

 されば法華経の行者の祈《いの》る祈《いのり》は響《ひびき》の音に応ずるがごとし・影の体にそ《添》えるがごとし、す《澄》める水に月のうつるがごとし・方諸《ほうしょ》の水をまねくがごとし・磁石の鉄をす《吸》うがごとし・琥珀の塵をとるがごとし、あき《明》らかなる鏡の物の色をうかぶるがごとし」(御書1347㌻)
 ──したがって、法華経の行者が祈る祈りは、響きが音に応ずるように、影が身体に添うように、澄んだ水に月が映るように、方諸(鏡の一種)が水を招くように、磁石が鉄を吸うように、琥珀が塵を取るように、明らかな鏡が物の色を浮かべるように必ず叶うのである──
 法華経の行者の祈りは、必ず叶うことを断言された御文です。引かれた譬えが、いずれも自然の道理、事実の姿であることに、日蓮大聖人の強い御確信をみる思いがします。
 音には響きが応ずるように、体に影が従うように、法華経の行者の祈りのあるところ、そこに結果が出ないわけはない。祈りに応じて、自己の生命の色心にわたる回転が起こり、また依報(=自身の生命を取り巻く環境世界)もそれに呼応して動くとの仰せであります。
 祈りとは、決して観念ではない。現代人の目からすれば、目に見えない生命の世界は観念の産物にすぎないと考えるかもしれません。しかし、もし物質的な観点だけで物事をとらえていったならば、人と人との関係、人と物との関係の大部分は、偶然の混沌の中に埋没してしまうでしょう。
 仏法の透徹した英知は、その混沌の奥に生命の法を見いだし、事象を内より支え、動かしていく力をとらえているのであります。
 「命已《すで》に一念にすぎざれば仏は一念随喜の功徳と説き給へり」(御書466㌻)と仰せのように、瞬間瞬間に如々として来って内より自身を支え、本源的な方向性を与えていくものこそが、最も問題とされなければならないわけであります。祈りとは、この本源的な世界における、生命の迷いとの唯一の対決の在り方といってよいでありましょう。
 したがって、祈りとは、正しい実践、粘り強い行動を貫くための源泉であります。祈りのない行動ほどもろいものはない。それは、ある時は順調で、意気盛んにみえるかもしれません。しかし、ひとたび逆境に直面するや、枯れ木のように、もろくも挫折してしまうでありましょう。なぜなら、そこには、我が胸中を制覇するという一点が欠けているがゆえに、現実社会の浮き沈みの中で、木の葉のように翻弄されてしまうからであります。
 人生の坂は、一直線に向上の道をたどるようなものでは、決してありません。成功もあれば失敗もある。勝つときもあれば負けるときもあります。そうした、様々な曲線を描きつつ、一歩一歩、成長の足跡を刻んでいくものであります。その過程にあって、勝って傲らず、負けてなお挫けぬ、強靭な発条《ばね》として働くのが、祈りなのであります。
 ゆえに祈りのある人ほど強いものはない。我が強盛なる祈りに込めた一念が、信力、行力となってあらわれ、それと相呼応して仏力、法力が作動するのであります。主体はあくまで人間であります。
 祈りとは、人間の心に変化をもたらすものであります。目に見えないが深いその一人の心の変化は、決して一人にとどまるものではありません。また一つの地域の変革は、決してその地域のみにとどまってはいない。一波が万波を呼ぶように、必ず他の地域に変革の波動を及ぼしていくのであります。
 そうした展転《てんでん》の原点となる最初の一撃は、一人の人間の心の中における変革であると、私は申し上げたいのであります。
 仏法は道理である、と言われることの深意もここにあるといってよいでしょう。譬えの中の「音」「体」「すめる水」等は祈りの姿であり、「響」「影」「水にうつる月」等は、祈りの叶っていく自然な様相をあらわしていると拝することもできます。それらの譬えが自然の理法であるように、法華経の行者の祈りは、生命の世界の必然の法として、道理として、必ず叶っていくのであります。
 こうした祈りは、傲慢や慢心とは、およそ縁遠いものでありましょう。端座唱題の凜然たる姿には、浅薄な自己の智慧、わずかな経験への執着を乗り越えて、仏の智慧によって見いだされた生命の法、自然、宇宙の根源のリズムに冥合しようとの、謙虚な姿勢が脈打っているものであります。卑屈にもならず、一切の活動を一念へと凝縮し、生命の充電を受けつ、無限の飛躍を期している。それは人間生命の、最も健康にして充溢した姿なのであります。
 ともかくも、私どもは、生活の、人生のすべての問題を御本尊に祈りきって、取り組んでいこうではありませんか。
 祈ることが大事であり、そこから一切が出発することを忘れてはならないと申し上げたい。事のうえにおいて、祈りを失って、我が生命を回転させなければ、どのようなうまい話をし、高尚な理論を展開しても、それはすべて理であり、夢であり、幻となってしまう。信心といい、学会精神といい、すべて現実を、強く、深く祈ることから始まるといってよいのであります。
 仏法の祈りは、単に祈っていればいいというものではない。
 満々たる生命力をはらんだ矢が射られていくごとく、行動、実践をはらんでいるのであります。したがって、行動なき祈りは観念であり、祈りなき行動は空転なのであります。
 ゆえに、偉大なる祈りは、偉大なる責任感から起こると申し上げたい。仕事に対し、生活に対し、人生に対して無責任な姿勢、どうでもいいという姿勢からは、決して祈りは起こってきません。自己のかかわる一切に責任を持ち、真剣に取り組んでいる人こそ祈りを持つものであります。
 世の中が厳しいだけに、生活の一つ一つに強い祈りを持って取り組んでいただきたいことを重ねて申し上げ、私の講義とさせていただきます。

 3-7「大切なのは、あげる姿勢? それとも、あげる数?」


 イタリアのメンバーの「題目は、〝あげる姿勢〟と。〝あげる数〟と、どちらが大切でしょうか」との質問に対し、信心とは、「こうしなければならない」という形式ではなく、自分が満足し、充実し、価値的に行勤していくことが大事であるとアドバイスしています。

【池田SGI会長の指針】
◎「7・3」記念北イタリア代表幹部会でのスピーチから
(1992年7月3日、イタリア)

 10万リラ(イタリアの通貨)のお札は、1万リラのお札よりも、質が高い。10万リラ札のほうが良いのは当然です。真剣な、確信ある唱題が大事です。そのうえで、10万リラ札を、数多く持っていれば、いちばんいいわけです(笑い)。質も、量も、両方、大事なのです。
 また、仏法では感応が大切です。たとえば電話は感度が良ければ、小さな声で「もしもし……」と、ささやいても通じる。叫ぶような声で「もしもし! もしもし!」とやっても通じない場合もある。祈りが通じるには、ありのままの自分で、ぶつかっていくことです。
 御書には「夫信心と申すは別にはこれなく候」(1255㌻)──そもそも信心というのは、特別なものではない──と仰せです。ありのままの自分でよいのです。
 大聖人は続けて「妻のをとこをおしむが如くをとこの妻に命をすつるが如く、親の子をすてざるが如く・子の母にはなれざるが如くに、法華経釈迦多宝・十方の諸仏菩薩・諸天善神等に信を入れ奉りて南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを信心とは申し候なり」(御書1255㌻)
 ──妻が夫を大切にするように、夫が妻のために命を捨てるように、親が子を捨てないように、子どもが母から離れないように、法華経と釈迦仏、多宝如来、十方の諸仏菩薩、諸天善神等を信じ奉りて、南無妙法蓮華経と唱え奉るのを、信心というのである──と仰せです。
 無作というか、苦しければ苦しいままに、悲しければ悲しいままに、思ったとおりに祈っていくことです。
 大聖人の願いは私どもの幸福なのだから、その大聖人の御生命にふれ、つながっていって、幸福になれないはずがない。
 大聖人のお使いとして広宣流布のために働いた人を、大聖人が守ってくださらないはずがありません。
 どこまでも自分のための信心です。唱題も「自分が満足する」ということが大切です。 決して、何遍やらなければいけないとか、形式ではない。目標を立てることは意味があるが、疲れているときとか、眠いときとか、心もうつろに、惰性で口を動かしているだけ? それならば、早く休んで、はつらつとした心身で行うほうが、価値的な場合がある。
 自分が、ああ、すっきりしたと満足することが、いちばんです。その毎日毎日の積み重ねが、自然のうちに、「所願満足」の人生を開いていくのです。

 3-8「どうすれば、いつも意欲的に祈れるか?」

 イタリアのメンバーの「SGI会長と共に唱題していると、自分の夢を実現させようという意欲と勇気がこんこんとわき上がってきました。どうしたら、いつでも、このような気持ちで唱題し、勇気をもって生きていけるでしょうか。との質問に答え、信心を持続していけば、必ず最高に価値ある人生の道を歩んでいけると教えています。


【池田SGI会長の指針】
◎「7・3」記念北イタリア代表幹部会でのスピーチから
(1992年7月3日、イタリア)

 たとえ一遍の題目でも、全宇宙に通じます。いわんや「心」「一念」をこめた題目は、一切を揺り動かしていく。一般的にも、同じ「愛しています」という言葉でも、心がこもっているか、目先だけかでは、全然ちがう(笑い)。
 ともあれ、「わが身が妙法の当体なのだ」と深く深く確信した題目、「私は、仏の使いとして、妙法を弘めるために生きるのだ」と一念を定めた題目が、御本尊に響かないはずはない。宇宙に届かないはずはない。必ず自在の境涯になっていく。
 もちろん、何事においても、初めから、〝達人〟にはなれません。さまざまな障壁を乗り越え、また乗り越え、進み続けてこそ、〝達人〟のごとき境涯が開いていく。
 信心も同じです。自分に負けて、決意がうすれていく場合もある。思いどおりにいかず、あせる場合もある。けれども、ともかく唱題し続けていく。願いが叶おうが、すぐには叶うまいが、疑うことなく、題目を唱えぬいていく。
 そうやって信心を持続した人は、最後には必ず、自分自身にとって、〝これがいちばん良かったのだ〟という、価値ある「最高の道」「最高の峰」に到達できる。すべてが喜びであり、使命であると言いきれる、「所願満足の人生」を築くことができる。それが妙法であり、信仰の力です。
 御本尊は、なぜ大切なのか──。それは、御本尊への「信」によって、私どもの胸中の本尊、仏界を開けるからです。
 この「御本尊」は、自身の「信心」のなかにこそある、と大聖人は仰せです。
 妙法の当体である自分自身、人間自身が大事なのです。その胸中の妙法を顕すためにこそ、御本尊が、こよなく大切なのです。

 3-9「頑張っても悩みが解決できないが……」

 未来部員の「悩みを解決しようと、一生懸命に勤行をしているのですが、全然解決できません」という質問に対する答えです。「祈りとして叶わざるなし」の信心であると述べたうえで、御本尊の功徳には、すぐに現れる「顕益《けんやく》」と、次第に現れてくる「冥益《みょうやく》」があり、たとえ、すぐには結果が出なくても、粘り強く祈りと努力を重ねていけば、自分にとっていちばんいい方向に必ず進んでいけると強調しています。


【池田SGI会長の指針】
◎『青春対話』から
                    (1999年3月刊)

 「祈りとして叶わざるなし」の信心です。しかし、祈ってすぐに叶うのは、〝手品の信仰〟だ。「明日、宝くじに当たりたい」「明日のテストで100点を取りたい」と祈って、簡単にそうなるものではない。しかし、もっと深く、長い目で見た場合に、祈った分だけ、全部、幸福の方向に行っているのです。
 目先の願いが叶う場合もあれば、叶わない場合もある。しかし、あとから振り返ると、その結果が「いちばんよかった」という形になっているものです。
 仏法は道理であり、信心即生活です。信心即現実だ。現実のうえで、努力もしないで、安易に願いが叶うわけがない。
 さらに、宿業的なもの──『過去に根の深い原因がある苦悩を変えていくには、長い努力が必要になってくる。
 「切り傷が治る」のと「内臓疾患が治る」のとでは、治り方の時間も違ってくる。薬で治る病気もあれば、手術が必要な病気もある。それと同じです。また、信心の度合いも一人一人違いがあるし、もっている宿命も一人一人違う。
 しかし、祈っていくことによって、必ず「よい方向へ」「よい方向へ」と、本格的な希望が開けていくことは間違いないのです。
 何でも「すぐ」ということは、あり得ない。「すぐ」に叶ってしまえば、その人の堕落につながる。安易な人生になってしまう。ちょっと絵を描くのが好きな人が、バッバッと絵を描いて、すぐに展覧会ができて、絵が売れてしまうことなど、あり得ない。仕事をしないで遊び回り、そのせいで貧乏になっている人に、貧乏だからといって、たくさんお金をあげて、その人は幸福になるだろうか。
 建物でも、こちらをいじったり、あそこを直したり、目先の改築を何回も重ねるよりも、新築するほうが丈夫で立派なのができるし、強い。目先のことではなくて、生命が根底から変わるのが信心です。生命が芯から強くなっていくし、永遠に消えない福運が固まっていくのです。
 御本尊の功徳には「顕益」と「冥益」がある。「顕益」というのは、病気とか、人間関係とか、何か問題が起こった時に厳然と守られ、すみやかに解決できる利益です。
 「冥益」とは、木がゆっくりと育つように、また海の水が満ちていくように、次第に福運を積み、豊かな大境涯を築いていく。毎日、見ていても変わっていないようで、何年間か長い目で見た場合には、厳然と幸福になっている。成長している。それが「冥益」です。「顕」とは、はっきり目に見えるということ。「冥」とは、なかなか目には見えないことを意味する。
 題目を唱えていけば、「顕益」の場合もあれば、「冥益」の場合もあるが、結果として必ず、自分にとっていちばんいい方向になっていくのです。
 ともあれ、何があっても「祈り続ける」ことです。そうすれば、必ず幸福になる。その時は、自分が思っているような解決をしなくても、もっと深いところ、あとから考えると、「いちばんよかった」という方向になっていたことがわかるものです。これがすばらしい「冥益」です。
 たとえば、「きょう腹いっぱい食べて、一生、飢えて暮らす」よりも、「今すぐには腹いっぱい食べられなくても、一生涯、悠々と食べていける」人生のほうが、はるかによい。日蓮大聖人の仏法は、そのようなものです。

 3-10「勤行ができなかったが……」

 未来部員の「勤行ができなかった日は、〝罪悪感〟にさいなまれる」との悩みに答え、「仏法は人間を自由にするものであり、人間を縛るものではない」と強調し、少しずつで挑戦を続けていく心が尊いと語っています。

【池田SGI会長の指針】
◎『青春対話』から 
                   (1999年3月刊)

 御本尊を信じている限り「罰」なんか出ません。心配しなくてもいい。日蓮大聖人は「一遍の題目にも、限りない功徳がある」(御書940㌻など、趣意)と言われている。
 いわんや、真剣に勤行・唱題を続けたら、どれほどすばらしいか。全部、自分のためです。義務ではなく、自分の権利です。
 御本尊は決して、拝んでほしいなどと言われていない。こちらから、拝ませてくださいというのが信心です。やった分だけ、自分が得をする。お題目を何遍あげなければいけない、というようなことは大聖人は、おっしゃっていない。本人の自覚の問題です。信心は一生のことなのだから、神経質にとらわれてはいけない。
 ともかく窮屈に考える必要はない。仏法は人間を自由にするものであって、人間を縛るものではないのです。少しずつでも、毎日することが大事です。 毎日、ご飯を食べてエネルギーとなる。勉強も毎日、積み重ねることによって力となる。「毎日の生活が即人生」となる。だから「毎日の生活即向上」でなければならない。その推進力が勤行です。
 勤行という行に励むことは、毎日の「心のトレーニング」です。自分自身の生命を清浄にし、エンジンをかけ、軌道に乗せていくことです。心身ともに回転を促し、リズムを整えていくのです。
 「ともかく御本尊の前に」──その心が大事です。「少しでも、お題目を唱えていこう!」「毎日、御本尊に祈っていこう!」と挑戦を続ける心が尊いのです。

 3-11「経文や題目の意味がわからない……」

 アメリカのメンバーの「意味がわからない経文や題目を唱えて、どんな価値があるのか」という疑問に対し、たとえ意味は分からなくても、勤行・唱題は、御本尊に通じ一切の仏・菩薩に届く、いわば「仏・菩薩の世界の言語」であり、勤行・唱題によって大いなる幸福と充実と歓喜を実感することができると語っています。


【池田SGI会長の指針】
◎アメリカSGI青年研修会でのスピーチから
  (1990年2月20日、アメリカ)

 もちろん、経文や題目の意義がわかったほうがよいことは当然である。ただし、それは法への確信を強めるためである。わかっても実践しなければ何にもならないし、その深義のすべてを論理的に理解するというわけにはいかない。
 しかし、たとえば犬が鳴き、鳥がさえずる。犬には犬の、鳥には鳥の世界の声があり、言葉・信号がある。人間が間いてもまったくわからないが、犬同士、鳥同士には通じあっているにちがいない。また暗号や略語、外国語も他の人にはわからなくても、その世界の人には立派に通じる。夫婦の間なら「あれよ、あれ!」だけで通じる場合もある(笑い)。
 勤行・唱題の声は、たとえ人間に意味がわからなくとも、御本尊に通じ、三世十方の仏・菩薩の世界には、きちんと通じている。いわば仏・菩薩の世界の言語ともいえよう。
 ゆえに、御本尊への勤行・唱題の声は、一切の仏・菩薩・諸天善神のもとに届き、「善哉《よきかな》、善哉《よきかな》」「エクセラント(すばらしい)!」「ベリー・ナイス!」等と、喜び、たたえ、全宇宙が私どもを福光でつつむのである。
 大聖人は、勤行・唱題によって、私どもは毎日、いながらにして大宇宙を旅行するような大境涯を得るという意味のことを、教えてくださっている。
 たとえば「我等が弟子檀那とならん人は一歩を行かずして天竺の霊山を見・本有の寂光土へ昼夜に往復し給ふ事うれしとも申す計り無し」(御書1343㌻)と。
 ──大聖人の出家・在家の門下となる人は、一歩も動くことなく、法華経の会座がもたれたインドの霊鷲山に行き、宇宙にもともとある寂光土(仏の世界)へ、毎日、昼夜に往復されることは、うれしいとも何とも言いつくせない──
 御本尊を拝すれば、わが小宇宙の扉は、その場、その時に、大宇宙へと全開し、全宇宙を見おろすような悠々たる大幸福感を味わうことができる。大充実感と、大歓喜、一切を掌《たなごころ》に収めたような大確信を実感することができる。宇宙につつまれていた小宇宙が、宇宙をつつみかえしていく。
 また「南無妙法蓮華経の唱への母にあた《暖》ためられ・まいらせて(中略)実相真如の虚空にかけるべし」(御書1443㌻)と。
 ──南無妙法蓮華経と唱える声が無明の卵を温める母となって、やがて仏という鳥となり実相真如の虚空(仏界の大宇宙)へと必ず飛翔していく──
 さらに「我が身は藤のごとくなれども法華経の松にかかりて妙覚の山にものぼ《登》りなん、一乗の羽をたのみて寂光の空にもかけりぬべし」(御書1430㌻)と。
 ──あなたもわが身は藤のようであるが、御本尊という松にかかって、「妙覚の山」に登るであろう、一乗(妙法)の羽の力で「寂光(仏界)の空」にも翔けていくであろう ──
 最高峰の山頂に立てば、下界を晴ればれと見おろせるように、私どもは「最高の知恵」(妙覚)の山に登ることができると。
 また大宇宙に飛びゆくように、きらめく銀河、走る流星群、とりどりの美しき星々を眺めつつ、生命の無限の広がり、奥行きを刻々に味わい、かみしめて生きる常楽の境涯となる。
2014-05-27 : 池田SGI会長指導選集 :
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アメリカ創価大学 第10回卒業式へのメッセージ

アメリカ創価大学 第10回卒業式へのメッセージ
(2014.5.23 アメリカ創価大学 創価芸術センター)

 アメリカ創価大学(SUA)の第10回卒業式が23日午後(現地時間)、カリフォルニア州オレンジ郡アリソビエホ市の同大学・創価芸術センターで挙行された。これには、創立者・池田SGI(創価学会インタナショナル)会長がメッセージを贈り、民衆の幸福と社会の繁栄、そして世界の平和のため、信念と誠実の対話で勇敢なる世界市民の連帯の構築をと念願し、晴れの門出を祝福した。式典ではノーベル経済学賞受賞者のアマルティア・セン博士が記念講演。SUAのハブキ学長、理事や教職員、卒業生の家族、支援者、同窓生ら約1200人が出席した。
 創立者賞を受けたチェルシー・ダガーさんの凜とした声が、創価芸術センターに響く。
 「私が伝えたいのは、感謝の心です。私たちを支えてくださる皆さんがいたからこそ、きょうという日を迎えることができたのです。皆さん、どうぞお立ちください!」
 両親や家族、支援者、教員らが一斉に立ち上がる。雷鳴にも似た、ひときわ大きな拍手と喝采が轟いた。 
 さらにダガーさんが呼び掛ける。「卒業生の皆さん! 私たちは、“世界が望む変化”そのものであり続けましょう!」
 再び拍手と歓声が湧き上がり、会場の熱気は最高潮に達した。
 式典終了後、ダガーさんは語った。「SUAでは、何よりも団結の力を学びました。私たちは皆、一人一人が異なる分野や物事に情熱を抱いています。そうした情熱を持ち寄って手を携えるとき、人は最も強くなり、世界をも変えていく力を得ることができると確信しました!」
 今回、卒業を迎えたのは、アメリカ、インド、韓国、イギリス、ネパール、マレーシアなど9カ国・地域から集った10期生93人。
 卒業生の心は、「感謝」と「団結」で一つに結ばれていた。


創立者のメッセージ


人類史の地平を開く不屈の挑戦を


誓いの光で未来を照らせ
詩聖タゴール
人間の最大の力は自分の中に

 一、人類の宝であり、21世紀の希望である、わがアメリカ創価大学10期生の皆さん! 晴れのご卒業、誠におめでとう!(大拍手)
 送り出してくださったご家族、励ましてくださったご友人の方にも、心からのお祝いを申し上げます。
 さらに、常日頃より大学を見守り、支えてくださっているご来賓の先生方、また、学生を温かく激励し薫陶してくださった教員と職員の方々に、心からの感謝を申し上げます。
 光栄にも、本日の式典では、世界最高峰の経済学者・哲学者であり、私たちの敬愛してやまないアマルティア・セン博士が、祝福の記念講演を行ってくださいます。
 信念の大知性の啓発が、若きリーダーの前途にとって、どれほど、かけがえのない励ましとなることでしょうか。厚く厚く御礼申し上げます(大拍手)。
 一、今、私のまぶたには、誉れも高き栄光の10期生として、アリソビエホの丘から勇躍と旅立ちゆく、晴れがましい皆さん方の英姿が鮮明に映じております。皆、本当によく学び抜き、鍛え抜いてくれました。
 10期生の皆さんは、先輩たちの良き伝統を立派に継承し、深化させながら、アメリカ創価大学が万代まで勝ち栄えゆく盤石なる大発展の礎を見事に創り上げてくれました。
 私は、開拓の誇りに満ちた皆さん方の一人一人と固い固い握手を交わしながら、その努力と功労を労い、最大に讃えたいのであります。
 ありがとう! 本当にありがとう!(大拍手)

人生を貫く主題
 一、きょうは、皆さん方が挑みゆく10年、20年、さらには100年先へと心を広げ、共々に語り合うような思いで、3点にわたり祝福のメッセージを送ります。
 第1に申し上げたいことは、「誓いは光なり。新たな未来を照らし出せ!」ということです。
 文学にせよ、絵画にせよ、音楽にせよ、偉大な芸術作品には、それぞれに偉大な主題があります。
 偉大な人生にも偉大な主題があります。
 皆さんが、この創価の学舎で心に刻んだ青春の誓いは、偉大な使命の人生を貫く主題であるといっても、決して過言ではないでしょう。
 青春の誓いは、波瀾万丈の人生航路にあって、確固たる羅針盤となり、進むべき針路を厳然と指し示すとともに、混迷の闇を打ち破る光明となるものであります。
 アマルティア・セン博士は、若き日に、愛する故郷ベンガルを襲った大飢饉の惨状を目の当たりにしたことが、救世の経済学者として歩みゆかれる原点になったと伺っております。
 人間が人間として、人間らしく幸福に、尊厳に生きることができる社会を、何としても築いていかねばならない──人生を賭して、貧困をはじめ「人間の安全保障」の先駆的研究などに、一貫して取り組まれてきたセン博士の胸中には、その烈々たる大情熱が常に燃え盛っているに違いありません。
 皆さんも、眼前の課題に一つ一つ粘り強く取り組み、臆さず、焦らず、惑わず、力をつけながら、遠大な理想を追求し抜いていってください。
 そのたゆまぬ不屈の挑戦こそが、人類史の新たな地平を照らし出していくからであります。

可能性を開く要諦
 一、第2に、「生命は無限なり。自他共に希望の力を解き放て!」と申し上げたい。
 非暴力の大英雄ガンジー翁に「マハトマ」(偉大なる魂)との尊称を贈った詩聖タゴールは、セン博士に「永遠に生きる者」との意義を持つ「アマルティア」の名を授けられました。
 その絶大なる期待に応え抜いてこられたセン博士の探究と貢献の足跡は、まさに永遠なる光彩を放っております。
 大教育者であったタゴールは、「人間の最大の力は自分の内にある」(蛯原徳夫訳「真理の呼び声」『タゴール著作集第8巻』所収、第三文明社)と断言されました。心から賛同します。
 なかんずく、青年の生命に秘められた可能性は無限であります。皆、自分が思っている以上の十倍も、百倍も、いな、仏典に記される表現でいうならば百千万億倍もの生命の力を備えているのであります。
 その力を開いていく要諦は、どこにあるか。
 タゴールの慧眼は鋭く洞察していました。
 「完全な善に生きることは、自分の生命を限りなく実現していくことにほかならない」(美田稔訳「サーダナ」前掲書所収)と。
 生命尊厳の哲理に立脚して、民衆の幸福のため、社会の繁栄のため、世界の平和のため、善の行動に徹していく。それは、立ちはだかる試練や苦難との戦いの連続であります。
 しかし、その激闘の中にこそ、真の「人間革命」があり、一切を勝ち開いていく価値創造の力、すなわち「創価」という生命の希望の力が自他共に尽きることなく解き放たれていく。この信条を、私は後継の皆さんに託しておきたいのであります。

民衆の幸福へ!平和へ!
善の行動が希望を広げる


“非暴力の武器”
 一、そして第3に、「友情は宝なり。勇敢なる世界市民の平和の連帯を広げゆけ!」と申し上げたい。
 思えば、タゴールが、自ら創設した学園を発展させ、セン博士の母校であるタゴール国際大学(ヴィシュヴァ・バーラティ大学)の創立を構想されたのは、ここ南カリフォルニアの地でした。
 詩聖は、陽光輝くオレンジの果樹園で思索しながら、民族や国家の違いを超えて人類を結びゆく、新たな学府を創立したい──そう決意して、帰国後、大学の建設に着手されたのであります。それは、わがアメリカ創価大学の建学の精神とも、深く強く響き合っております。
 若き世界市民が、教育という普遍の広場で、いかなる差異の壁も超えて、闊達な友情を結び合うことこそ、人間を不幸に陥れる、あらゆる悪と戦い、人類の悲願である平和を構築していく“非暴力の武器”であります。
 私は、このアメリカ創価大学の開設に尽力してくださった「人権の母」ローザ・パークスさんとの友情を思い起こします。パークスさんは、一生涯、交友を大切にされた方です。
 パークスさんの公民権運動の戦いが、歴史を変える力となった陰にも、その豊かな幅広い友人のネットワークがあったと指摘されております。
 ともあれ、この世界のいずこにも負けない、麗しく開かれた友情のキャンパスから躍り出る皆さんは、行くところ向かうところ、信頼と誠実の対話を交わしながら、明るく賢く朗らかに、勇敢なる世界市民の連帯を広げていただきたいのであります。
 私は、大切な大切な皆さんが世界の晴れ舞台で、思う存分に舞いゆく未来を最大の楽しみとし、生き甲斐としつつ、見守り続けてまいります。
 一、最後に、もう一人の「人権の母」エレノア・ルーズベルトの言葉を贈り、お祝いのメッセージとさせていただきます。
 「我々は現在の危機にあたって、自らに向き合う勇気を持たなければなりません」「人類に善なる価値をもたらすために、自らが持てるあらゆる知識を駆使し、力を合わせていかなければなりません。
 そのように行動した時、私たちには恐れるものなど、何もないのです」
 栄光の10期生、万歳!
 喜びあふれる誉れのご家族、万歳!
 愛する皆さんに、健康あれ! 幸福あれ! 勝利あれ!
 どうか、お元気で!(大拍手)
2014-05-26 : スピーチ・メッセージ等 :
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ペルー共和国 国立工科大学 「名誉博士」授与式への謝辞

ペルー共和国 国立工科大学 「名誉博士」授与式への謝辞
         (2014.5.22 創価大学本部棟)

 南米ペルー共和国の最高峰の名門「国立工科大学」から、創価大学創立者の池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長に、「名誉博士号」が授与された。長年にわたる平和・文化・教育への多大な貢献を讃えたもの。SGI会長に世界の大学・学術機関から贈られた名誉学術称号は、「350」となる。授与式は22日、国立工科大学のアウレリオ・パディジャ・リオス総長とフェルナンド・カジェル・サラス文化局長、エラルド・エスカラ駐日ペルー大使らが列席し、東京・八王子市の創価大学で挙行された。 「ここは、世界一の教育環境であると実感しました」
 パディジャ総長は、創価大学の首脳らに真剣な面持ちで語った。
 新緑まばゆい創大キャンパス。学生たちの盛大な歓迎を受け、これから「名誉博士号」の授与式に臨もうという、その直前のことである。「来日前の私の想像を、期待を、大きく上回る感動です」
 ペルーの首都リマから日本まで、20時間を超える空の旅。
 その途次で、総長が「待ちきれない」とばかりに楽しみにしていたことがあるという。それは「創価教育に学ぶ若者が、どれほど素晴らしいか。早くこの目で見てみたい」。
 総長一行は授与式の前日(21日)、東京・創価学園を訪問。懇談会で生徒たちから次々と質問が寄せられた。
 「真の友情とは?」「英知を磨くには?」 総長は驚き、感銘した。「若くして、人間としての正しい価値観を追求している」
 創大では、学生たちのペルー民謡の歓迎に満面の笑みを見せた。「私たちの祖国を大切に思ってくれていることがうれしい」と。
 創価教育の精華を肌で感じ取った総長は、感慨深く語った。
 「平和と教育の偉大な闘士であられる池田大作博士に『名誉博士号』を授与できることは、わが大学にとって最高の栄誉です」


パディジャ総長の授章の辞

池田博士が示す「人間革命」こそ地球的課題解決に不可欠な哲学

 池田大作博士は、半世紀前から、民衆と民衆を結ぶ対話を促進し、相互尊重の心を育んでこられた世界的に偉大な人物であります。
 ペルー共和国「国立工科大学」にとり、池田博士に名誉学術称号を授与した五大陸の300を超える学術機関に連なることは大変に光栄なことであります。
 池田博士がその思想の根本とされている仏法哲学は、わが国では広く知られているわけではありませんが、創価学会インタナショナルの皆さまが池田博士の思想を普及させるため継続的に活動されていること、また、ペルー学術界の東洋文化に対する関心が高まっていることにより、これまでペルーの11の一流大学および学術機関が最高栄誉である学術称号を池田博士に授与し、博士を宣揚するに至っております。
 わが大学は、学回としてのエンジニアリングを専門に教える、ペルーで最初の教育機関として、1876年に創立されました。当然ながら、未来を見つめ、科学・工学・建築学に造詣の深いリーダーを養成することを目指しています。そのため本学は「価値教育」を最も重視しています。「創価」とは、まさに「価値の創造」という意味です。本学は、それを一つの基盤として学生を養成していきたいと願っております。
 在家仏教団体である創価学会は、第2次世界大戦によってもたらされた日本国民の塗炭の苦しみを分かち合われましたが、その淵源を特徴づけるものは連帯感でした。
 私個人も、フィリピン国民に対する池田博士の言葉に感銘を受けました。それは、日本の軍国主義により犠牲となった方々に哀悼の意を表されたものでした。これこそ、真の模範の行為です。誰かが謝罪する勇気を持つ時、一つの種が植えられるのです。その種は、加害者と被害者が歩み寄り、一致点を見つけようというメッセージとなって実を結ぶでしょう。
 本学の科学・工学・建築学分野の学生に、池田博士の思想を知ってもらいたいと願っております。機械の組み立て方やビルの建て方に精通しているだけの単なる技術者になってほしくはありません。「『対話こそ平和の王道』とは、人類史がその歩みを止めようとするのでない限り永遠に背負い続けていかねばならない宿題ではないでしょうか」との池田博士の呼び掛けを、彼らが深く掘り下げることが必要なのです。
 ペルーは目覚ましい発展を遂げるにはまだまだですが安定した経済成長を続けており、今の若者たちは、彼らの親の時代よりも多くのチャンスに恵まれています。しかし、これは、権利だけがあり、義務はないと考える利己主義をもたらしかねません。若者たちは、他者に対して義務があることを顧みず、自分の権利ばかりにとらわれる誤りに陥ることもあり得ます。
 それゆえ、将来、大学を卒業して専門家や学術者となりゆく人々は、ペルー市民、また世界市民として果たすべき義務を知らなければならないのです。本日の受章者である池田博士が述べられているように、戦争・環境破壊・貧富の差・民族紛争などの課題に取り組むためには、「人間革命」が必要となっていることを理解することが不可欠なのです。
 私は総長として、本学からの技術支援を行うため、ペルーの多くの町や村を訪問してきました。また、交流協定を結ぶため、世界のさまざまな大学を訪問してきました。このような国内外での訪問の全てで“技術は必要であるが、技術だけでは足りない”ということを確認しました。
 それゆえ、「国立工科大学」および大学審議会を代表し、また、私自身の名におきまして、本学の「名誉博士」となられる池田博士が人類のために尽力されている多大なご貢献に感謝を申し上げ、「授章の辞」といたします。
 私は、名誉学位記を授与する際、“これは「並外れた功績」に対する顕彰である”と申し上げていますが、本日、池田博士が成し遂げてこられたことに対して「並外れた功績」と述べさせていただく時、この言葉は、より一層深い尊敬と賞讃の意味を持つのです。
 本日の授与式は、わが大学、そしてわが国にとりまして、歴史的な式典となりました。ご列席いただきました皆さまに心からの感謝を申し上げます。大変にありがとうございました(大拍手)。

SGI会長の謝辞(代読)

王者の大連峰アンデスの如く! 英知の人材山脈を未来のために

君よ挑戦の炎を燃やせ
「学問」こそ新しき前進の智慧
現代の苦悩の闇晴らす光たれ


 一、本日、創立138年の歴史と伝統を誇る南米最高峰の名門であるペルー共和国の国立工科大学より、最高に栄えある名誉博士号を授与いただきました。
 とともに意義深き「ハビッチの松明」賞を賜り、これはどの光栄はございません。誠に誠に、ありがとうございます。
 私が憧れのペルーの天地を初めて訪問したのは、1966年(昭和41年)3月でありました。
 以来、48年──。
 貴国の良き国民・良き市民として、勇敢に誠実に、忍耐強く、社会への貢献を続けてきたペルーの友人たちのことが、私の胸から離れることはありません。
 その尊き草創の父母たちの開拓に続き、素晴らしい後継の青年も立派に育っております。
 私は、この栄誉を、何よりもまず、苦楽を共にしてきた、尊きペルーの創価の宝友たちと分かち合わせていただきたいのであります(大拍手)。

新世紀を開きゆく三つの希望の松明
 一、貴大学は、いにしえより文明の光彩を放つ「太陽の国」ペルーに輝く「太陽の学府」であります。
 本日、その名誉ある一員とさせていただいた私は、貴校から三つの赫々たる「松明の炎」を受け取り、ここに集われた各国からの最優秀の留学生の皆さん、また、わが創大生、短大生の代表と共に、明々と燃え上がらせていきたいと思います。
 第1に、困難をエネルギーに転ずる「探究と創造の炎」であります。
 私には、貴大学を創立し、初代総長として活躍なされたハビッチ博士の奮闘が思い起こされてなりません。
 19世紀の後半、貴大学は誕生して間もなく、勃発した戦乱のため、校舎を敵国軍の参謀本部として占拠され、貴重な所蔵図書や参考書、さらに事務書類までが破棄されたといいます。
 しかし、そうした困難の渦中にあっても、ハビッチ初代総長をはじめとする大学関係者は、破棄された書籍を拾い集め、個人の家に学びの場を移して、授業を再開・継続されました。
 断じて、学問の炎を消してはならない!
 未来のために、今こそ青年を育てるのだ!
 戦争という暴力の嵐にあっても、貴大学は「学」の希望の光を放ち続けていきました。
 まさしく、貴国ペルーの目覚ましい大発展は、貴大学の「探究と創造の炎」とともにあったのであります。
 一、貴校に学んだ、鍛え抜かれた精神のエンジニアたちは、全国各地の橋やダム、基幹道路や電力システムなど公共インフラの設計・建設に尽力されるとともに、国民が抱える現実の課題を打開する科学の力を発揮してこられました。
 そして今、貴大学は、偉大な教育指導者であられるパディジャ総長の傑出したリーダーシップのもと、
 「人類に対する責任」「私たちが住む地球に対する責任」を担い立ち、グローバル時代の新たな難問に敢然と挑んでおられるのであります。
 最近では、日本との協力による、地震・津波災害の防災研究をはじめ、高度な医療用エックス線画像処理ソフトの開発など、民衆の生命と健康を厳然と守る分野での貢献も大きな話題となりました。
 また本年の2月には、貴大学の開発による、ペルー初の小型人工衛星「チャスキ号」の打ち上げが成功したことも、嬉しいニュースであります。
 この人工衛星の名称「チャスキ」は、インカ帝国の時代に人々を結び、情報網を支えた「飛脚」に由来すると伺いました。
 21世紀の天空高く新たな「希望のネットワーク」を広げゆく貴大学の壮挙を、私たちは大拍手をもって讃えたいのであります(大拍手)。
 一、東洋の哲学の真髄では、火の持つ二つの力用。すなわち「照らす」働きと「燃焼」の働きを、智慧の力に顕えております。
 一つは、真理の探究によって、苦悩の闇を照らし晴らしていく智慧であり、もう一つは、困難を燃料として新たな前進へのエネルギーを生み出していく価値創造の智慧とも言えます。
 わが創価の英才たちも、21世紀が要請するこの智智慧の炎を、一段と強めていっていただきたいのであります。

確たるビジョンで大きな変化に対応
 一、貴校から学ぶ第2の「松明の炎」は、よりよき変化を起こしゆく「挑戦と成長の炎」であります。
 「唯一の不変なものは、変化をすることである」
 これは、貴大学の卒業生学位取得者協会がモットーと掲げられた、古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスの箴言です。
 世界は今、いやまして大きな変化のうねりの中にあります。国際情勢のさまざまな変動とともに、地球温暖化による自然環境の変化など、未来の予測がますます難しい時代となってきました。
 だからこそ、目まぐるしい変化に応ずるだけでなく、確固たる信念とビジョンをもって、よりよき変化を起こしゆく英知を育まねばなりません。そのためには、たゆまず学び続ける挑戦の炎と、皆で啓発し合い、手を携えて共々に成長していくチームワークの炎が、必要不可欠となります。
 貴大学の壮麗な校歌には、「太陽を目指して昇る あの偉大な階段のアンデスのように 祖国のために成長しよう」と謳われております。
 地球の王者の大連峰アンデスの如く、わが創価大学は、貴大学をはじめ世界の向学の友と、どこまでも成長しゆく「人材の連帯の山脈」をさらに大きく広げていきたいのであります。

ペルー地質学の父リソーン博士
「失敗を恐れず努力せよ」
執念の先に勝利の太陽


世界の青年たちに伝えたい不屈の魂
 一、第3に、貴校から学ぶ「松明の炎」は、千の失敗から千の勝利をもたらす「忍耐と執念の炎」であります。
 科学の発見や発明も、なべて偉大な大事業は、幾多の失敗を乗り越えてこそ、成し遂げられます。
 貴大学の卒業生で、「ペルー地質学の父」と仰がれるリソーン・ベインゴレア博士は励まされました。
 「失敗を恐れてはいけません。信ずる心と忍耐をもって努力する前に、間違えることを恐れて努力をやめてはいけません。千回でも失敗するのです。そうすれば、自身の道を切り開くことができるでしょう。そのかわり、真剣に学ぶのです」と。
 世界の青年たちに伝えたい不屈の魂の炎です。
 失敗は青春の財産です。青年は、何度失敗しようとも、そこから、より強く、より賢く、より大きくなって立ち上がれば、勝ちです。そして、何ものにも怯まぬ勇気と、何ものをも諦めぬ希望に燃えて、最後に断固として大勝利の太陽を昇らせていけばよいのです。
 貴大学の校歌には──
 「千の勝利を勝ち抜き さらなる千の勝利のために 我々は常に準備している」と、誇りも高く謳い上げられております。
 我らも、この心意気で進んでいきたいと思いますが、学生の皆さん、どうだろうか!(大拍手)
 一、尊敬するパディジャ総長は、人生の最大の喜びを「学生の成功」とされ、「教え子が成功すれば、教員の苦労は報われるのです」と語られています。
 私も、また創大・短大の教員も、同じ心です。
 本日より、私は貴・国立工科大学の一員として、先生方とご一緒に、貴大学の学生の皆さんの成功と幸福と栄光を、一生涯、祈り続けてまいります。
 そしてペルー共和国の永遠無窮の平和と繁栄を心よりお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
 ムーチャス・グラシアス!(スペイン語で「大変にありがとうございました!」)(大拍手)
2014-05-24 : スピーチ・メッセージ等 :
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中国 天津外国語大学 「名誉教授」称号授与式への謝辞

中国 天津外国語大学 「名誉教授」称号授与式への謝辞
 (2014.5.16 天津外国語大学・馬場道キャンパス)

 中国の天津外国語大学から、創価大学創立者の池田大作名誉会長に「名誉教授」称号が授与された。日中友好と世界平和への多大な貢献を讃えるもの。授与式は16日午後、天津外国語大学・馬場道キャンパスの鐘楼で挙行され、同大学の修剛学長はじめ、羅明学長補佐、段雅睿弁公室主任、啜京中国際交流センター長らが出席。創大の馬場学長に「名誉教授」の証書が託された。また、名誉会長は天津外国語大学に漢詩を詠み贈った。
 すがすがしい青空が広がっていた。時折、涼風がそよぎ、色とりどりの草花が踊るように揺れる。
 創価大学の馬場学長ら一行が、新緑輝く天津外国語大学の馬場道キャンパスへ。
 歓迎した修学長は満面の笑みを浮かべ、流暢な日本語で次のように語った。
 「ようこそ、お越しくださいました!」「皆さんをお迎えすることができ、本当にうれしい。きょうは、創価大学について勉強させてください!」
 大学時代、日本語を専攻した修学長。両国の歴史・文化的関係を学ぶ中、周恩来総理と池田名誉会長との出会いを知った。
 1985年、28歳の若さで同大学の学部長に就任。教育に関する書物を貪り読む中で、名誉会長の著作と出あう。93年の副学長就任後も、名誉会長の思想を学び、大学建設への思索を重ねた。 修学長は言う。「池田先生は、私の“教育の恩師”です!」


修学長の授与の辞

池田思想の精髄を学び人材育成を促進したい

 このたびの授与式は、池田大作先生の長きにわたる世界平和と中日友好へのご尽力に対し、心からの敬意を表するものであります。
 また、本日の授与式にご参列くださいました創価大学の馬場学長はじめ御一行の皆さまを、熱烈に歓迎申し上げたいと思います。
 池田先生に本学の「名誉教授」をお受けいただくことは、大変光栄なことであります。
 先生は、世界の50以上もの国や地域を訪れ、各国の政治家、学者らと対話を重ね、世界平和のための活動を推進してこられました。
 とりわけ、文化交流、環境保護、人権擁護などの事業に尽力され、国際社会からも大変に高く評価されております。
 池田先生は、中国人民の「老朋友《ラオポンヨウ》(古く親しい友人)」であります。これまでに幾度も中国を訪問され、周恩来、鄧小平、江沢民、胡錦濤といった中国の幾世代もの指導者と親しく交流し、中日国交正常化を提唱した一人であります。
 平和の使者、中日友好の懸け橋として、世界平和と人類の幸福への理念を提唱し、実践しておられます。著書も数多くあり、その思想は深く、世界中の平和を愛する民衆から尊敬と敬愛を勝ち得ていらっしゃいます。
 特筆すべきは、一貫して中日両国の大学間の友好交流を大変重視してこられたことです。池田先生によって、創価大学と中国の大学の間では、温かな交流が行われてきました。その先生の中日友好交流への多大なるご貢献と、学術に対する理念を高く評価し、本学の学長弁公室での検討・協議を経て、名誉教授称号を授与することが決定しました。
 このたびの授与式を契機として、池田先生の思想の精髄と学術に対する理念への理解をさらに深めるとともに、教員・学生たちに池田先生の人材育成の理念を広め、世界平和に貢献していくことを、心から念願するものであります。
 さらには、本学と創価大学との協力交流関係を促進し、両校の学術交流や学生交流、また国際化などにおいて実質的な進展を見ることがでさればと存じます。
 結びに、池田先生の言葉を紹介したいと思います。
 “友誼は青春を彩る最も美しき花である”
 池田先生のご健康を心よりお祈り申し上げます。また創価大学との友誼がいつまでも続くこと、そして両大学のますますの発展と永遠の青春を、心よりお祈り申し上げます。
 大変にありがとうございました(大拍手)。

SGI会長の謝辞(代読)

「午前8時の太陽」の生命力で友情と信頼の道を限りなく!

心結ぶ交流が平和を創る
周恩来総理
「世界の人々が平等に助け合い努力を」

 一、本日は、世界市民の英知の港と輝きわたる、貴・天津外国語大学より、深き意義が込められた「名誉教授」の称号を賜り、これに勝る光栄はございません。
 李虹《りこう》書記、修剛《しゅうごう》学長をはじめ諸先生の御厚情に、最大に御礼を申し上げます。誠に誠に、ありがとうございました!(大拍手)

“桃李門に満つる”人材群の広がり
 一、ここ天津は、私たちの敬愛申し上げてやまぬ周恩来総理が「私の第2の故郷」と、こよなく愛された地であります。
 そして、その周総理が直々に提唱なされて、1964年、先駆の外国語学校として創立されたのが、貴大学であります。
 以来50年、貴大学は「中外求索《ちゅうがいきゅうさく》 徳業竟進《とくぎょうきょうしん》」との校訓の通り、古今内外の真理と文明の精髄を探究し、人格と学問を兼ね備えて世界平和に貢献しゆく人材群を、まさに“桃李門に満つる”広がりをもって薫陶してこられました。
 その名誉ある貴大学の一員に連ならせていただきましたことを、私は何よりもまず、周総理に謹んで御報告を申し上げたいのであります。
 一、今、私の胸には、貴大学の壮大な志の校歌が高鳴っております。
 「交際 文化を跨ぎて 外語 紐帯を結びたり 学子 天空を搏ちて 放飛し英才と成れり」と。
 ここには、未来へ、世界へ、「平和」を創造しゆくビジョンが、なんと明確に、なんと勇壮に、謳い上げられていることでしょうか。
 「平和の流れ」は、青年を慈しみ、人をつくり、人を育てる教育から生まれます。
 「平和の結合」は、多彩な文化と言語を学び、心を結ぶ交流から広がります。

向学の英知 不屈の情熱 快活なる連帯
混迷の時代ほど青年は輝く


頼もしい世界市民の若きスクラム
 一、思えば40年前、周恩来総理は、30歳若い私の目を真っ直ぐに見つめられながら、語ってくださいました。
 「中日友好が今日まで発展できたのは、私たち双方の努力の成果であり、そして、私たちは、その努力をこれからも続けていくよう希望します」
 さらにまた、「全世界の人々が、お互いに平等な立場で助け合い、努力することが必要です」と。
 凜然とした総理の信念の声は、今も私の心に轟いて離れることはありません。
 会見の最後に、周総理は、美しい日本語で「さようなら!」と見送ってくださいました。
 何とも言えない温かな慈愛に満ちた響きの一言でありました。私は即座に「謝謝!」と中国語で返礼を申し上げました。
 一期一会となった、この平和への語らいを、両国の青年たちに、さらには世界の若き世代にも託していきたいIそのための友情と信頼の道を限りなく開いていくことを、私は決意いたしました。
 私は行動が信条です。
 周総理とお会いした翌年には、国交正常化後で初となる国費留学生を、わが創価大学にお迎えしました。
 その先駆の英才方と共に総理を偲んで、キャンパスに植樹した「周桜」、また総理と一体不二であられた鄧穎超先生とのご夫妻の絆をとどめた「周夫婦桜」は、仰ぎ見る大樹と育ち、今春も、爛漫と咲き誇りました。
 今、うれしいことに、創価大学からも、また、アメリカ創価大学からも、多くの友が中国に留学し、貴国の青年たちと共々に学び合っております。
 若き世界市民のスクラムほど、頼もしいものはありません。
 貴大学の最優秀の学生の方々が、あの大成功を飾った「北京オリンピック」、また「夏季ダボス会議」等々の国際行事においても、通訳・翻訳のボランティアとして大活躍するなど、幾多の尊き社会貢献を重ねておられることも、誠に有名であります。
 まさしく青年は、昇りゆく旭日であります。
 時代の混迷の闇が深ければ深いほど、青年の向学の英知が光ります。不屈の情熱が光ります。快活なる連帯が光るのであります。

大恩ある中国と万代の友好を!
 一、私は若き日から「午前8時の太陽」という言葉が大好きです。
 「午前8時の太陽の如く」を合言葉に友と励まし合いながら、ありとあらゆる苦難を乗り越え、勝ち越えてきました。
 貴大学の校章には、青き地球を背景に、壮麗な鐘楼とともに、「午前8時」を告げる時計が描かれております。
 私も世界のたくさんの大学と交流を結んできましたが、初めて拝見した素晴らしいデザインです。
 そこには、「元気溌剌」として「活力に漲る」気概が表されていると伺いました。
 修剛学長の卓抜なるリーダーシップのもと、栄光の創立50年を見事に勝ち飾られた貴大学が、次の60周年へ、さらには100周年へ、「午前8時の太陽」の勢いで大発展されゆくことを、私は心よりお祈り申し上げます。
 とともに、私自身、栄えある貴大学の一員として、愛する青年たちと共に、一生涯、「午前8時の太陽」の生命力を燃え上がらせて、大恩ある貴国との万代の友好へ、そして、世界の平和へ、尽力してまいります。
 その決心を、かつて青年に贈った一詩に託させていただきます。
 「天空に雲ありて/風吹けど/太陽は 今日も昇る/午前八時の青年の太陽《かれ》は/無限の迫力を秘めて/滲透しつつ 正確に進む/己れの厳しき軌道を はずさずに/天座のかなた 蒼弩狭しと/王者赫々と/太陽《かれ》は ただ黙然と進む」
 「午前八時の/青年の太陽《かれ》は 今日も昇りゆく!/青年の鼓動にあわせて昇りゆく!」
 貴・天津外国語大学に、永遠無窮の凱歌あれ!
 謝謝! 誠に誠にありがとうございました(大拍手)。

名誉会長が漢詩を贈る

 話語為先和為貴
 修德立業人自剛
 風霜五十海河畔
 天外遠揚桃李香

 〈大意〉
平和は最も貴きものであり
 友好交流は先ず以って
 言葉を通じて進められます。
徳を修めて正業を成しゆく人間は
 自ずと剛毅になるものです。
1964年に海河の畔に創立されて以来
 貴大学は堂々と
 50年の風雪を勝ち越えてこられました。
天津外国語大学の名は
 今や世界に轟きわたり
 人材の花は爛漫と咲き香っています。

 ※文中に、学長の名前「修剛」と、大学の略称である「天外」が織り込まれている。
2014-05-18 : スピーチ・メッセージ等 :
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生命の光 母の歌 最終章 未来へ喜びの交響曲を

最終章 未来へ喜びの交響曲を (2014.5.11/12/13付 聖教新聞)

青年よ自分らしく光れ

サイフェルト この語らいに、読者の皆さんから寄せられた、たくさんの反響を伺いました。本当にうれしいです!
 以前に池田会長が紹介された、目の見えないご両親を支える(中学生の)お嬢さんからも手紙を頂戴し、涙する思いで拝見しました。自分もそうでしたから、彼女がどれほど苦労してきたか、よく分かります。そして、ご両親からたくさんの愛情を受けて育ってこられたことも、よく分かります。
 彼女のように、人一倍。苦労をしている若者には励ましが必要です。温かく励ましていけばいくほど、その人は大きく人生を開いていくことができるのです?

池田 博士はすぐに返事を書かれ、激励してくださいました。その真心とスピードに、博士から手紙を預かったSGIの婦人部のリーダーが深い感銘を受けておりました。
 人一倍苦労しているといえば、今の季節、私か心から声援を送りたいのが、新たな職場や学校で奮闘する皆さんです。
 ちょうど日本は4月に新年度が始まったばかりで、彼らの凜々しい挑戦の姿が光っているのです。
 私も、大切なフレッシュマンたちに「清々しい挨拶を!」「朝に勝とう!」「愚痴をこぼさず前へ!」の3点の指針を贈ったことがあります。
 実はこの時期、日本では「五月病」という言葉を、よく耳にします。新入生や新入社員の中には、新しい環境になじめず、勉強が手につかなくなったり、落ち込んだりしてしまうケースがあるのです。
 大学卒業者の場合、昨年の調査では、就職しても3年以内に離職する人が3割を超えました。社会全体で取り組まねばならない課題になっています。

サイフェルト 職場の居心地が悪かったり、合わなかったりということもあるでしょう。しかし本来、働くこと自体が大切なのです。仕事に就くことが難しい場合もあります。

池田 いずこの職場であれ、就職の際に抱いていた理想と現実の間に大なり小なりギャップがあります。そこをどう受けとめていくか。これは時代を超え、国を超えて、共通する青年の課題でしょう。
 私の恩師・戸田城聖先生は、仕事について悩む青年に信仰の実践の大切さを教えるとともに、先師の牧口常三郎先生が提唱した「美」「利」「善」の価値論を通して、次のように励まされていました。
 ──職業は、「自分が好き(美の価値)であり、得(利の価値)であり、社会に貢献できる(善の価値である)仕事」に就くのが理想だが、現実はそうはいかない。だからこそ青年らしく、へこたれずに、まず今の職場で、“なくてはならない人”になるよう全力で努力することだ。そうすれば最後には、自分にとって「好きであり、得であり、社会に大きな善をもたらす仕事」に到達できる。途中で重ねた苦労は全部貴重な財産になるよ──と。
 誰にも、自分にしかない使命がある。しかし、その使命は「いつか」「誰か」が教えてくれるわけではありません。特に若い時は「学びの時代」「鍛えの時代」と捉えて挑戦していくことです。
 もちろん、職場等での理不尽な待遇などに黙って我慢しろという意味ではありません。自分一人で抱えず、しかるべき人に相談していくことが大事です。
 スイスの思想家ヒルティは“仕事の上手な仕方”のポイントの一つに、「思いきってやり始めること」を挙げていました。〈草間平作訳『幸福論 第1部』岩波書店〉
 私の体験の上からも、そう思います。

サイフェルト その通りですね。働くことに関連して、私には息子がいるのですが、まだ主人が健在だったころ、大学を無事卒業して喜んでいた息子に「何か私たちが手助けできることはない?」「これから何がしたい?」と聞いたことがあります。すると、「まあ、本当のところ、まずは世界を見て回りたいなあ」なんて言ったのです!(笑い)
 当然、そんな考えには同調できませんでした。

池田 ご子息が今、立派に成長され、貴国で社会貢献の職務に就いておられることは、よく伺っております。

サイフェルト 私は常に仕事に責任を持ち、自分の力で人生を切り開くことを第一義に考えてきました。人が何らかの地位を得て、他の人々のために貢献できるということは、本来、神からの恵みであり、天与のたまものなのです。
 人は、自分自身に対する責任について免責されるべきではないと思います。なぜなら、それこそが生きる意味そのものだからです。人は張り合いや責任感がなくなると、自分自身の存在自体に疑問を持つようになっていきます。ですから、子どもたちには、より早い時期から人生の厳しさや本来の生きる意義を理解させることが大切だと思います。
 それがいかに重要かということは、私自身の経験からも言えます。子どもや青少年を教育するということは、若い人たちに「生死《しょうじ》」や「自身の環境や他者に対して負うべき責任」に関して考えるチャンスを与えるということなのです。
 困難は全て、克服するためにあるのです。私自身、さまざまな苦労をねてきましたが、自分が今まで歩んだ人生を取り換えようとは思いません。この人生が一番いいと思っています。

池田 自分の人生に悔いはない。一番良かった──そう言い切れることこそ、大勝利の人生の証しでしょう。
 かつて対談した日本の実業家・松下幸之助氏(松下電器産業〈現・パナソニック〉創業者)は「若い時の苦労は、買ってでもせにゃ、あきまへんな」と語っておられました。松下氏ご自身が小学校を中退して働き、大変な苦労をして事業を起こし、世界的に発展させていかれた方でした。“経営の神様”と仰がれてきました。
 人生は、働き、苦労すること自体に大きな価値がある。たとえ財産があっても、楽をし、遊んでばかりの人生では、退屈で空虚なものになってしまう。それではかえって不幸です。
 また、博士のご家族がそうであったように、親は子に、折に触れて、人生の苦難と戦った自身の体験や信念を伝えていくことが大切ですね。それは特に、子どもたちが社会に出るに当たって、何よりの“心の宝”の贈り物となるでしょう。
 私の恩師は「艱難汝を玉にす」という言葉がお好きでした。
 私は21歳の時から恩師の会社で働きましたが、師はあえて一番大変なところ、一番苦労するところに私を就かせました。後になって、その意味がよく分かりました。本当にありがたい師でした。

サイフェルト 子どもたちには「仕事があることは幸福なのだ」と教えていくべきなのです。
 確かに、今日のヨーロッパを見れば、残念ながら、博士号まで取っでも、勤め先の無い学術者があふれかえっており、困難な時代です。
 子どもたちが親に対し、自分たちの境遇が親に比べて、ずっと悪いと訴えるケースも増えているようです。“確かに最初は何もないところから始めたかもしれないけれど、今はいい暮らしをしているじゃないか”“それに比べて、子ども世代は何不自由ない生活から突然、困難な状況に置かれてしまっている!”とさえ言うのです。
 なぜこのような見方をするのか、背景を探る必要があると思われます。

池田 今、若い世代を取り巻く雇用環境は、実に厳しい。
 国際労働機関(ILO)によれば、2013年は、世界全体の失業者が初めて2億人を超えて2億200万人(失業率は6%)に達しました。中でも若者の失業率は全体の2倍以上の13%を超え、世界全体で約7450万人の25歳未満の若者が失業中と言います。また、1日に1.25ドル以下で暮らさざるを得ない労働者(ワーキングプア)は、改善されつつあるものの、3億7500万人にものぼると推定されています。
 多くの若者が、定職がない、低賃金、劣悪な職場環境、不安定な雇用形態、男女間の待遇の格差などで苦しんでいます。
 私は今年の「SGIの日」記念提言でも、国連の新しい国際共通目標として「青年」という分野も含めることを訴えました。
 そして、①「ディーセント・ワーク」(働きがいのある人間らしい仕事)の確保に各国が全力を挙げること②社会が直面する問題を解決するプロセスに「青年の積極的な参加」を図ること③国境を超えた友情と行動の連帯を育む青年交流を拡大すること──を目標に設定するよう提案しました。
 青年が、自分らしく、自らの夢に向かって力を発揮していける社会の基盤をつくらなければなりません。
        ♪
サイフェルト 素晴らしい提案です。
 もう一つ、若者が自分らしく力を発揮するという点で、聖書には「隣人を自分と分け隔てなく愛せよ」とありますが、実のところ自分自身を愛することは非常に難しく、それは多くの人が抱えている問題でもあると思います。
 大切なのは、自己の価値を認め、自分を好きになり、少なくとも自らを受け入れることではないでしょうか。そうすることから、希望が生まれます。そうすれば、ちょっとしたことで簡単に傷ついてしまうような脆さはなくなると思うです。
 私自身、非常にそのことで悩んでは闘ってきました。時には心を強くして、精神的暴力から身を守らなければならないこともありました。その際、同じような考えを持つパートナーが身近にいれば緩和されるでしょうが、独り身だったら少なくとも良き友人が必要です。これは自己の限界を破っていくために通らなければならない道です。私自身もそうでした。

池田 私の恩師は、青年に「自分自身に生きよ」と言われました。
 自分の中には尊極なる“仏の生命”がある。幸福の源泉がある。そう説いたのが仏法です。
 運命と戦い、人生を切り開いていくのも自分です。そう決めて、自分らしく生き抜く人は、いかなる毀誉褒貶にも惑わされません。全ての縁を生かしていくことができます。
 今、お話があったように、青春時代は“良き友”の存在が大切です。
 仏法でも「蘭室の友(蘭の香りのように人徳の薫り高い人)”との交わりで、蓬のように曲がっていた心が感化を受け、麻のように真っすぐ素直になる」との譬えが記されています。
 良き友との交流を通し、人はより良い人生の道を進むことができる。自分では気づかない自分の長所や強さを発見でき、自他共に輝いて生きていくことができる。良き友人を持った人生は幸福です。

全ては一人の変革から始まる

サイフェルト 今日、近代的な技術により、若い人たちにとってネットワークを築いたり、世界的なスケールでコンタクトを取り合ったり、情報を共有し合ったり、新しいことを知り、それに取り組んだりすることが、20年、30年前に比べて簡単にできるようになりました。
 差異というものは、いつの時代でもありますし、あって当然です。各人が、自身のアイデンティティーと文化的価値を持ち続けながら、隣人(他者)とその文化的環境を理解、尊敬し、違いを尊重しながら、共通項を見いだし、“共存”する努力をしていくことが要請されています。

池田 自分たちの文化を大切にしながら、相手の異なる個性や文化を認め、尊重し、良い面を学び合い、吸収し合っていくことは、グローバル社会を生きる私たちが心すべき要諦ですね。
 閉鎖的では、硬直化し、独善的になりかねない。“開かれた心”で交流してこそ、自身の可能性の新たな発見もあるのではないでしょうか。
 これからの青年のために、視野を広げ、心の世界を大きくする機会を、一段と増やしていきたいものですね。
 サイフェルト そう思います。私には義理の娘がいます。彼女は上海出身の中国人ですが、私たちの間には、日常の些細なこと、意識しないところでも、まだまだ文化的な違いがたくさんあることに気づかされます。
 しかし、だからこそ、正面から向き合うことが大事なのだと思います。つまり、ばかにされたと感じるような時も、いじけるのではなく、文化の違いから生じる差異をすぐに理解できずに異論がある場合には、オープンに意見を述べ合うことが重要です。
 そうした意味において、若いうちに自国以外の文化についても、知っていくことが非常に重要になってきます。外国語の習得も、自身の視野を広めることになると言われますね。専門分野の領域を超えた学生間の交流を、より推進していくことが望まれます。
 かつて、息子が日本へ学びに行く機会がありました。それは当時、高校修了資格試験を終えたばかりの彼にとって、その後の将来を左右するほど、大変貴重な体験になったのです。
 文化は、人間を人間たらしめるものです。そして文化的な教育は、これで十分施したということはできません。ここで言う「文化」とは、了見の狭い、偏狭な意味合いの「民族の文化」ではなく、「世界市民としての文化」です。
        ♪
池田 深く共感します。創価教育が志向してきた大きな焦点です。今年の「SGIの日」記念提言でも、「青年」と共に「世界市民教育の推進」を国連の国際共通目標とするよう、提唱しました。これは時代の流れではないでしょうか。
 アメリカ創価大学で進めている多様性を重んじた教育について、昨年行われた、ある雑誌の調査では、アメリカに約250校あるリベラルアーツ(一般教養)大学の中で、米国外からの留学生の割合で1位、人種の多様性(留学生を含まない)で5位、在学中に米国外への留学を経験する比率が100%で1位であると評価されました。
 日本の創価大学でも現在、47カ国・地域の148大学と学術協定を結ぶなど、世界市民教育に力を注いでいます。
 この4月には、待望の「国際教養学部」を開設しました。幅広い教養と専門性、高度な英語運用・コミュニケーション能力を備えた「グローバル人材」を育成するのが目的です。
 創価大学からは、貴国のクラーゲンフルト大学にも多くの留学生を送り出すことができました。同大学評議会の一員であられたご主人のウンカルト博士が、両大学の交流に尽力してくださったご高恩は、一生忘れません。

サイフェルト ありがとうございます。夫が、かなり関わった事業です。今も喜んでいるでしょう。
 平和のため、未来のために、私たちは、どこまでも沈黙してはいけません。いくつになっでも、言わなければならない時は、発言しなければなりません。そしてそういう時、私はいつも創価の皆さまから力をいただいているのです。
 人の一生は本当に短すぎると思います。年を重ねれば重ねるほど、自身の残された時間を過ごすのに、より慎重になっていくものです。だからこそ、たとえ社会の第一線を退いた世代でも、「自分の人生はまだまだこれからだ」と決意し、前向きに生きていくことが大切です。私も、自身の文化的な人間形成ということを、四六時中、念頭に置きながら、学び続けています。
 若い世代に継承することだけでなく、自分自身が、スポンジが水を吸収するように成長し続けていく。そして語っていくことが大切だと思っています。

池田 同感です。共に対談集を発刊した、平和学者エリース・ボールディング博士が、私に言われていた言葉を思い出します。
 それは──今日という日は、満100歳の人たちが100年前に生まれた日であり、また100年後に満100歳となる赤子が生まれている日でもある。
 私たちは、「200年」の範囲に生きる人々と共に、皆で「より大きな共同体の一部」をなしている。
 「私たちはこの一生の中で、若者から年配者にいたるまでの、何と多くのパートナーに接することでしょう」──と。
 ボールディング博士は、大変な闘病の中、亡くなる最期まで平和への志に生き抜かれました。お見舞いに訪れた次代の女性リーダーには、このように語り残されたと伺いました。「平和の文化は、放っておいては実現しません。自分かつくらなければ。一緒にやるのです」「歩みを止めないで! 自身がやっていることに喜びを持って!」と。

サイフェルト 感動しました。心から共感します。
 思い出したことが一つあります。面白い物語です。
 ──あるところに、2人の駆け出しの聖職者がいました。
 彼らは、生命がいつから始まるのか、つまり生殖の段階なのか、出生時なのか、議論していました。
 そばのベンチに老婦人が座っていました。聖職者たちは「彼女なら知っているだろう。聞いてみよう」と言って質問します。
 「私たちは、人生が一体いつ始まるのかと思案しているところなのですが、あなたはどのようにお考えになりますか」
 老婦人の答えはこうでした。「そりゃあ、子どもが成長して巣立っていって、夫と飼い犬が亡くなった時さ」と──(笑い)。
 そう、その老婦人は、まさにその時点から自分の人生について考え、そして彼女自身の人生を“生きる”時間を得たのです。

池田 難しい哲学の言葉は使わなくても、現実の大地に根を張ってたくましく朗らかに生き抜いてきたおばあちゃんにはかなわない(笑い)。どこの国でも、母は偉大です。
 日蓮大聖人が、門下の女性に「年は・わか(若)うなり福はかさなり候べし」(御書1135㌻)と激励されたお手紙もあります。
 正しい信仰を貫き、行動していけば、年齢を重ねるごとに、いよいよ若々しく、福徳が増していく、と教られています。誰もがそうした人生を歩んでいきたいと心の奥深くで願っているのではないでしょうか。
 今日のSGIを築いてこられた多くのお母さんたちは、年配になっても、若々しい心で、人々のため、社会のために、尽くしてくれています。

サイフェルト 私はSGIの婦人部の方々から、たくさんの精神の宝をいただきました。多くの力をいただきました。このことを、感謝の思いを込めて言わせていただきたいのです。感謝することは、何かをお願いすることより非常に大切なことです。
 東京の信濃町に、素晴らしい、新しい建物──「広宣流布大誓堂」が落成したとも伺いました。
 あらためて、おめでとうございます!
 日本に行くと、いつも本当に温かい世界に触れて、幸せを感じます。ぜひまた創価学園や創価世界女性会館などを訪問したいと、強く願っています。

池田 オーストリアのSGIの婦人部の皆さんも、博士のような偉大なリーダーからさまざまに学ぶ機会をいただき、心から感謝し、喜んでいます。
 日本の各地の女性リーダーも、博士との出会いの思い出を今も懐かしく大切にしています。

サイフェルト ありがとうございます。
 私は「奇跡を信じないものは現実主義者ではない」という言葉を座右の銘にしています。偏狭で近視眼的になった学者や、自分の考えのみによって全てのことを判断してしまうような人たちが、これに該当します。本当に気の毒です。都会から離れた地域にいる農家の女性のほうが、はるかに精神的に富んでいます。
 例えば、乳母車にいる子どもの手から人形が滑り落ちてしまって泣いていたら、(その悲しみに同苦して)空の星が震えている──そんな捉え方ができるのです。
 “重大な”政治的出来事や経済的動向などより、人生に起こる些細で劇的な出来事こそが、実は世界をも揺り動かしているということを感じて、最も重要視していくべきと思うのです。

池田 豊かな感性が伝わってくるようです。「アフリカの環境の母」と讃えられたワンガリ・マータイ博士とお会いした際、印象的な話をされていました(2005年2月)。
 博士が幼き日、母に「どうして空は落ちてこないの」と聞いたところ、「周囲の山々にいる大きな水牛の大きな角が空を支えているから」と答えてくれ、とても安心できたそうです。自然がどれだけ人間を守っているか、そのありがたみが子ども心に鮮やかに刻まれていった。それが後に、あの4000万本もの植樹運動に結実しゆく揺籃となっていったわけです。
 小さいことのようで、それがその人の心の奥底を動かし、人生を方向づけていく出来事があるものです。それは、いわゆる哲学や科学や政治、経済などの次元だけでは捉えきれない人生の実像です。
 恩師は、よく言われていました。
 「いかに優れた思想、哲学でも、たった一人の人間を救うことさえ容易ではない。できたとしても、せいぜい気休めの慰めぐらいのことではないか。ましてや、一国を根底からまるまる見事に救ったことなどない」──と。
 だからこそ、一人の人間生命の尊厳性と可能性を信じ抜き、その人間革命を目指すことから全てを出発する創価の運動の深い意義もあり、平和・文化・教育の活動へ展開する必然的要請もあると思っております。

芸術の力で 対話の力で 理解と友情の橋を架けよ

池田 ゲーテは高らかに歌いました。
 「大いなる誠実な努力も ただ たゆまずしずかに続けられるうちに
 年がくれ 年があけ
 いつの日か晴れやかに日の目を見る
 芸術も同じだ また学問も
 しずかに まじめに はぐくまれ
 ついには永遠に模範的なものが
 すべての者の財産となる」(内藤道雄訳「敬愛するフランクフルトの18人の友に」、『ゲーテ全集2』所収、潮出版社)──と。
 わが創価の同志の中にも、音楽をはじめ、芸術の分野で奮闘する友が多くいます。日々、たゆまず努力を重ね、使命の花を爛漫と咲かせています。信仰によって自身を向上させながら、心を鍛え、技を磨き、創造の道を歩んでいます。
 博士は芸術家として、常にどういうことを心掛けてこられたのでしょうか。

サイフェルト 芸術家は、それぞれが違った個性を持っています。
 真の芸術家は、内面においても、それが画家であろうと、演奏家であろうと、何であろうと、自分に与えられた才能を、きちんと認識しているということでしょうか。そして、それは自身の芸術と真摯に向き合い、人間としても、他の人に何かを伝えていくという責任と結びついているのです。そのためには、どれだけ自分を開くことができるかも問われてきます。
 私について言えば、「声」ということになります。
 声は他の人と交換できないものです。技術や技量によって、人に何かを与えたり、贈ったりすることができます。それは全て心から発せられるものであり、他の人に笑顔や喜びを届け、感動を与えることが可能なのです。
 本当に素晴らしいことだと思いませんか? 不思議ですね。なぜなら、それができるのは天与のものなのですから。
 だから私は、コンサートの前には、自らが感じ取ったことを他の人にも伝えられるよう、力を与えてください、と祈るのです。
        ♪
池田 よく分かります。
 仏法の最高の経典である「法華経」には、苦悩渦巻く娑婆世界で“天の音楽”を奏でながら、人々に限りない希望と勇気を贈る「妙音菩薩」が登場します。
 芸術家の使命は計り知れません。民音(民主音楽協会)の音楽事業は、世界の芸術家と手を携えて、平和と文化の交流の舞台を民衆の大地に広げ、人類の心を結んできました。

サイフェルト 私も、東欧の国境が鉄のカーテンで隔てられていた難しい状況下で、文化の交流に取り組みました。とても難しい時代でした。妥協を迫られたことも多々ありました。
 ただ、交流やプロジェクト、または私のアイデアに賛同して協力してくださる方々は、いつもいました。共産主義体制における著名人の中にも、人間性を失わずにいた人たちがいましたので、その方々とは本当に素晴らしい文化的なプロジェクトを実施することができました。
 しかし、私たちの支援者は、それぞれ本国の共産圏陣営で重要な地位に就いており、かなり危ない橋を渡りながら援助してくださっていたことも確かです。その方々の協力の下、大勢の芸術家、とりわけ、体制派に属さない芸術家を数年にわたって招聘することができたのです。

池田 冷戦下の厳しい状況が続く中で、今では想像もつかない困難があったことでしょう。
 そうした中でも、イデオロギーや体制の違いを超え、同じ平和を願う人間として、文化の交流、芸術の交流を行ってきたこと自体が、一条の光明だったのではないでしょうか。
        ♪
サイフェルト ええ。もちろん、そこには、研ぎ澄まされた感覚で、絶妙な駆け引きが必要とされました。お互い、それまでに築き上げてきた信頼の基盤があったからこそ、実現したのです。
 いかなる協力・提携関係においても、一番大切なのは、それが相互の信頼や尊敬の上に成り立つていることなのです。
 彼らとの数十年にわたるお付き合いの中で、心に残る出会いが数多くありました。そこで知り合った芸術家は“またここにお招きしたい、もう一度ここで何かしていただきたい”と思う方々ばかりでした。
 彼らの一番の功績は、何といっでも人々に希望を与えたことです。それはあたかも、いつもは閉ざされた世界にあって、窓が開いているかのようでした。

池田 貴重な歴史の証言です。
 迂遠のようでも、国や立場を超えた人間交流、市民交流こそが平和の基盤となり、共生の未来への潮流を生み出します。これは、私自身が各地で交流を重ねる中で実感してきたことでもあります。
 初めてソ連を訪問した(1974年)、モスクワの宿舎のホテルで「鍵番」をされていた無口なご婦人との出会いを思い起こします。お会いするごとに妻の方からあいさつの声を掛けて、親しくなりました。
 「私たちの訪問は平和のためです」と語ると、彼女はポツリと言いました。
 「私の夫も戦争で死んだのです」と。平和を願う心が響き合う語らいとなりました。
 いずこの国であっても。人間には「生老病死」の現実があります。病気の苦しみ、生活の苦労、愛する家族との死別──人間に光を当ててみれば、誰しも何らかの苦悩があるものです。その次元に立って心を開けば、必ず理解し合えます。そして対話を重ねていけば、変化が生まれます。
 対話はあらゆる差異を超えて、相互理解と友情の橋を架ける──これが私の揺るがぬ確信です。

サイフェルト 本当にそう思います。私自身も、とても大切にしてきた点ですし、常に橋を架ける役割に徹してきました。橋は“架け過ぎる”ということはありませんから。
 あらためて、民音の公演で訪れた日本では、素敵な経験をすることができました。聴衆も素晴らしかったです。日本の皆さんは本当にいい人たちです。
 日本とヨーロッパ、オーストリアでは、人との付き合い方が全然違います。ヨーロッパでは、どちらかというと、誰かが近寄ってくるのを待っていて、仲良くなるのに時間がかかります。日本ではすぐに親しくなることができ、よく一緒に笑ったりもしました。

池田 民音について過分なお言葉をいただきましたが、民音の半世紀にわたる音楽文化運動は、一流のアーティストや識者の協力はもとより、日本各地の推進委員の方々をはじめ、多くの真心の庶民による崇高にして真剣な支援によって進められています。創立者として、感謝は尽きません。

サイフェルト それは素晴らしいことです。
 「橋を架ける」ことについて、ゴットフリート・ベンの素敵な詩がありますね。“人生というものは、流れる川に橋を架けることである”
 川は常に流れては涸れ、また新たに流れを作る。そこに橋を架け続けるのだ、すなわちどんな変化があっても、前途を開く努力を続けていくのだ、と。これは私にとっての処世訓といっても過言ではありません。

池田 感銘しました。
 音楽は、いかなる困難な壁をも超え、世界を結ぶ──それが私たちの体験であり、実感です。決意であり、信念です。
 今、私の胸には、貴国の大詩人リルケの叫びが響いております。
 「光のきらめきのなかで 生き 創れ」
 「立て 身を伸ばせ 光へ向って!」(田代崇人訳「光へ向って」、『リルケ全集第1巻詩集I』所収、河出書房新社)
 闇が深ければ深いほど、暁は近い。不安や絶望が深まるほど、平和と幸福への願望は強まります。
 その時に、人々を結合させ、希望の光源となる文化の役割が、いかに大きいか。
 これでいったん、対談は終わりますが、私たちの平和への戦いは続きます。
 これからも、未来へ向かって、“生命の讃歌”“喜びの交響曲”を奏でゆくような楽しい対話を繰り広げていきましょう!
 サイフェルト博士ご一家のますますのご健勝とご活躍を、妻と共に心より祈っております。
 長い間、本当にありがとうございました。           (完)
2014-05-15 : 生命の光 母の歌 :
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5・5「創価学会後継者の日」記念大会へのメッセージ

5・5「創価学会後継者の日」記念大会へのメッセージ
         (2014.5.5 創価国際友好会館)

学会っ子は太陽の子 誇り高き庶民の味方

 一、きょう5月5日は広宣流布の未来にとって、一番大切な、一番希望あふれる「後継者の日」です。宝の皆さん方、一人一人に題目を送りながら、私は、全世界の同志と共に、この記念の集いを見つめています。
 富士中学生合唱団と富士少年希望少女合唱団の皆さんの素晴らしい歌声も、私の命に響いています。それぞれの人材グループの頼もしい成長の様子も、本日の立派な活動報告の内容も全部、嬉しく伺っています。
 担当者の方々も、いつもいつも、本当にありがとうございます。
 一、世界広宣流布のこれからの新時代を、全て託しゆく皆さんに私は、きょう、三つの後継をお願いしたい。
 第1に「正義の誇り」です。
 わが創価学会は、最も苦しみ悩んでいる庶民の味方となって戦い抜いてきました。広宣流布とは、生命を最高に光り輝かせて、人類の幸福と平和を実現していく正義の中の正義です。皆さんは、その後継者です。
 これほど価値ある、これほど偉大な青春は、絶対にありません。どうか、この誇りに胸を張って、今は学びに学んで、力をつけていってください。
 第2に「前進の勇気」です。
 日蓮大聖人は「月月・日日につよ(強)り給へ」(御書1190㌻)と仰せになられました。
 妙法は、人間を不幸にするあらゆる魔性を打ち破って前進する力です。若くして、この力を持った皆さんは、行く手に何が立ちはだかろうとも、題目を唱え、勇気を奮い起こして、前へ前へ突き進んでください。
 学会っ子は太陽の子です。師子王の子です。どんなことがあっても、クヨクヨしたりメソメソしたりせず、歌声朗らかに前進していくのです。
 第3に「勝利への忍耐」です。
 1972年(昭和47年)の5月5日、私は、イギリスの大歴史家トインビー博士と2年越しの対談を開始しました。
 博士に青年へのアドバイスを尋ねると、一言、「忍耐強くあれ!」と答えられました。大事なのは、忍耐です。
 仏法でも、仏の別名を「能忍」(よく忍ぶ)、すなわち最も忍耐強い人といいます。
 人々を幸福にする誓いを果たすため、忍耐強く戦い通して、最後は必ず勝利する。
 皆さんのお父さんやお母さん方が、私と共に貫いてきた、この創価の負けじ魂を、皆さんも断じて受け継いでくれ給え!
  一、尊き皆さん全員の健康と成長、勝利と栄光を祈り、ずっと見守り続けていくことを申し上げ、お祝いのメッセージといたします。ご家族にも、くれぐれもよろしくお伝えください。


          2014年5月5日
           「正義の走者」を歌いつつ
2014-05-06 : スピーチ・メッセージ等 :
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「スクープ・インデペンデント・ニュース」のインタビュー

「スクープ・インデペンデント・ニュース」のインタビュー
         (2014.4.16/5.7付 創価新報)

 3月16日、ニュージーランドのニュースサイト「スクープ・インデペンデント・ニュース」に、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長のインタビューが掲載された。これは、同サイトのアレスター・トンプソン記者による書面での質問に、SGI会長が返答したもの。

暴力と憎悪の渦を乗り越え「平和の文化」建設を

「生命の尊厳」を精神的基軸に
 
 ──池田SGI会長は、2013年の「SGIの日」記念提言で「生命の尊厳」について触れておられますが、人間の本能の、どのような側面が平和に貢献し、また、どのような側面が平和を妨げると思われますか。

 私は昨年の提言で、国連などで目指すべき世界像として焦点となっている「持続可能な地球社会」を建設するための方途を展望しました。
 「生命の尊厳」は、その建設への挑戦を進めるにあたって、精神的基軸に据えるべきものとして提起したものに他なりません。
 人間には、「家族との暮らしを大切にしたい」という感情もあれば、「強く力ある存在になりたい」という感情もあります。
 一見すれば、前者が穏健的で後者が好戦的な印象がありますが、状況次第ではそれが全く逆転します。
 例えば、ある集団と別の集団との対立が深刻化した時、多くの人々を最終的に暴力に駆り立ててしまうのは前者の感情の働きであり、一方で後者の感情は、ガンジーやキング博士のように憎悪や差別の渦に打ち勝つために、自身の内なる生命から“非暴力”という限りない勇気と希望を湧き出す働きともなるからです。
 その意味では、人間の何らかの本能そのものが、戦争や暴力を引き起こす本質的な原因ではないと言えましょう。
 実際、ユネスコ(国連教育科学文化機関)で採択された声明(1989年の「暴力についてのセビリア声明」)でも、「戦争あるいはその他の暴力行動は、私たち人間の本性のなかに遺伝的にプログラムされている──という言い方は、科学的に正しくありません」と強調されている通りです。
 むしろ思想家のオルテガが、現代は「『風潮』の時代」であり、思想や政治など「あらゆるものの中に吹き荒れている皮相的な旋風に対して抵抗する人はほとんどいない」(『大衆の反逆』神吉敬三訳、筑摩書房)と警告したように、集団心理や暴力的な扇動に人々が押し流されない社会の気風を育むことが、最重要の課題となります。私は、その基盤となるのが「生命の尊厳」から発する“同苦”の精神だと考えるのです。
 「愛する家族を大切にしたい」という感情が戦争や暴力の方向に押し流されないようにするには、他の集団の人々も自分と同じく「かけがえのない家族を失いたくない」と切実に願っていることに思いを馳せることが欠かせません。また、「強く力ある存在になりたい」という感情が、他の人々の生命や尊厳を脅かす方向に向かわないようにするには、「他の人々の犠牲や不幸の上に、自分の幸福を追求しない」との自戒を忘れないことが大切になります。
 ゆえに私は昨年の提言で、社会で常に顧みられるべき精神性として、「他者と苦楽を共にしようとする意志」「生命の無限の可能性に対する信頼」「多様性を喜び合い、守り抜く誓い」の三つの指標を提起しました。
 つまり、ここで「意志」「信頼」「誓い」との言葉を用いたように、社会の悪しき風潮に押し流されず、平和と共生の土塁を堅固に築くためには、「生命の尊厳」に根差した一人一人の揺るがない信念が重要となってくるのであり、その生き方を広げるために、私どもSGIでは、国連の推進する「平和の文化」や「人権文化」の建設に民衆レベルで取り組む活動を続けてきたのです。

“一対一の対話”が祖互理解広げる

 ──市民社会のエンパワーメント(内発的な力の開花)を目指すSGIの活動に関連して、一人一人の人間が「消極的暴力」の根絶のためにできる役割とはなんでしょうか。また、そのための行動が、社会の「レジリエンス(脅威や問題を乗り越えて社会を立て直す力)」に、どんな影響を与えることができると思われますか。

 一般に暴力というと、暴行や殺人から戦争にいたるまで、何らかの力を行使して人々の生命を奪ったり、負傷させたりする行為──すなわち、「物理的暴力」の問題を想起しますが、もう一つの暴力として、その横行を決して見過ごしてはならないのが、直接的に危害を加えないまでも、差別的な言葉や抑圧的な態度などで人々の権利を脅かし、尊厳を傷つける「消極的暴力」です。
 この「消極的暴力」は、それ自体、苦しみや痛みを他者に与えるばかりでなく、その横行を放置しておけば、何かのきっかけで社会が混乱した時に、より多くの人が、他の集団を排除するための「物理的暴力」に走ったり、その行為を簡単に容認してしまう状況を招く“温床”ともなりかねません。
 近年、多くの国で社会問題になっているヘイト・クライム(憎悪犯罪)とヘイト・スピーチ(憎悪表現)を見ても明らかなように、この二つは、直接的な暴力か否かの区別はあっても、“憎悪に基づいて他者を意図的に傷つける”という点では同根なのです。
 その関係を表したのが「憎悪のピラミッド」と呼ばれるもので、社会的分断や紛争は突然起きるのではなく、①先入観による行為②偏見による行為③差別行為④暴力行為⑤ジェノサイド(大量虐殺)、の5段階で問題がエスカレートし、暴力の渦が強まる中で、取り返しのつかない惨劇が引き起こされるのです。
 その意味で重要なのは、「憎悪のピラミッド」の下層──つまり、問題の端緒において、そうした行為を許してはならないと、自らの行動を戒めるのみならず、周囲の人々にも働きかけることだと言えましょう。そこで思い起こされるのは、ガンジーの令孫として「非暴力の精神」の普及に努めるアルン・ガンジー氏が、私との対談で語っていた言葉です。
 「『消極的暴力』とは、間接的で、自分でも気づかないうちに暴力に加担しているものです。他人に圧力をかける。抑えつける。差別する。強制的に何かをさせる……肉体的でないので、見過ごされてしまいがちです。祖父は、悪の行為を『見逃す』ことや、『見て見ぬ振りをする』のも、『暴力』の一種だと言っていました」
 私ども創価学会の牧口常三郎初代会長は、第2次世界大戦中に、日本の軍部権力による思想的弾圧に対して信念の闘争を貫き、獄中で生涯を閉じましたが、その牧口会長も投獄される前年に、同様の警鐘を鳴らしていました。「不善を善と考え、悪と異なると思い、法律に触れさえしなければ不善は構わないと誤解するところに、現代の病根があり、独善主義や偽善主義が横行する所以がある」(『牧口常三郎全集第10巻』第三文明社、現代表記に改めた)と。
 私どもSGIは、こうした牧口会長の信念の闘争を原点としながら、憎悪と暴力の渦にのみ込まれないよう、常に社会を平和と共存の方向へと向け直す力を高める努力を、民衆レベルで進めてきました。
 SGIは、民族や人種の違いを超えて“一対一の対話”を進めることを通し、友情という根を社会に幾重にも深く張ることに日頃から取り組んできましたが、これはレイシズム(人種差別主義)に基づく扇動や、排他的な集団心理に人々が押し流されることを防ぐ、社会の「頑強性」を高めることにつながるものと思います。
 政治や経済などで国家間の緊張が高まった時も、民衆レベルでの教育交流や文化交流に一貫して取り組み、対話と相互理解を行うためのチャンネルを断じて閉ざさないように心掛けてきました。
 また、国家と国家との友好を深める取り組みは自分の世代だけで終わらせて良いものではなく、世代から世代へ友誼の心を継承し、平和共存のための教訓(知恵)を受け継いでいくことが重要と考え、青年世代の交流の拡大に努めてきました。
 苦しんでいる人を支援する挑戦は、SGIに限らず、さまざまなNGOや市民団体が取り組んできたものでもあり、私たちは、志を同じくする団体や人々と協力しながら、引き続き社会の「レジリェンス」を高める民衆の連帯を広げていきたいと思います。

歴史を教訓に「平和と共生の道」開く

多様性尊ぶ対話で差異を超克

 ──平和構築のために、異なる宗教間の協力は可能だと思われますか。また、どうすれば最も効果的に協力を推進できるとお考えですか。

 そうした協力は可能であるし、むしろ、積極的に努力を傾けていかねばならないと思います。私自身、仏法者の一人として、世界平和の構築に向けて人間と人間との心の連帯を育むために、40年以上にわたって、異なる宗教的背景を持つ各国のリーダーや各界の識者の方々との「対話」を重ねてきました。
 その経験を踏まえて実感することは、宗教的な教義に関する見解や、信仰の根幹部分を支える思想は違っていても、「平和を求める思い」や「世界が直面する問題への懸念」、また「人類の未来に対する切なる希望」といった面では、同じ人間として共感できる部分が明確に存在しているという点です。
 例えば、インドネシアの元大統領で同国最大のイスラム団体の指導者であったワヒド氏は、私との対談で、「青年には、自身の利益だけを考える人ではなく、社会の利益を考える人、世界の平和共存のために行動する人になってもらいたい」(『平和の哲学 寛容の智慧』潮出版社)と切望しておられました。
 こうした思いは、信じる宗教は違っても、心ある人々の胸に等しく宿っているものではないでしょうか。
 では、どのようにして「宗教間協力」を築いていけばよいのか──。
 私は、紛争や環境破壊、貧困や災害といったグローバルな問題について、具体的なテーマを一つ一つ掲げながら、“自分たちは何をなすべきで、どのような智慧や精神を社会に発信していくべきか”について対話を進めて、具体的な活動についても協力を模索したり、意見交換を行っていく──いわば「問題解決志向型」のアプローチが有益ではないかと考えます。
 人類史を振り返ると、宗教的な対立が原因となって起こった紛争は少なくありません。
 しかし近年、宗教の違いなど関係なく、人々を苦しめるグローバルな脅威が“共通の課題”として深刻さを増す中で、「宗教と精神性は、動機づけ、包摂性、参加および持続可能性にとって強力なプラスの社会・文化的な力であり得る」(『宗教と開発』ジェフリー・ハインズ著、阿曽村邦昭・阿曽村智子訳、麗澤大学出版会)といった、宗教が果たす役割への期待も寄せられるようになってきました。
 実際、SGIの代表も参加しましたが、東日本大震災の数カ月後(2011年6月)にジュネーブで開催されたUNHCR(国運難民高等弁務官事務所)とNGO(非政府組織)の年次協議会でも、「保護の強化──信仰を基盤とした団体の役割について」と題する分科会が行われるなど、宗教団体の役割に焦点が当たるようになってきているのです。
 その意味から言えば、それぞれの宗教が、「破壊」ではなく「建設」、「分断」ではなく「連帯」を求める“人間の善性”を呼び覚まし、地球的問題群の解決に向けての貢献の行動を重ねて切磋琢磨し、その磨かれた人間精神の発現を通して、さらに協力関係を深めていく──こうした挑戦を、国連を軸に本格的に進めていくべき時代を、私たちは迎えているのではないでしょうか。
 この挑戦について考える時、チェコのハベル元大統領が21世紀を展望して述べた、「来たるべき世紀のヨーロッパに課せられている唯一無二の重要課題は、〈最良の自己〉であること、すなわち、その最良の精神的伝統を蘇らせ、それを通じて、新たな形の地球規模の共生の実現に創造的に関わっていくことである」(『ヨーロッパは書く』ウルズラ・ケラーほか編、新本史斉ほか訳、鳥影社・ロゴス企画)との言葉が思い浮かんできます。
 ここでいう“ヨーロッパ”という主語を、“それぞれの宗教”に置き換えてみれば、21世紀の世界で宗教が果たすべき役割が、明確な姿を帯びてくるのではないかと、私は考えるのです。
 さまざまな団体や機関と同様に、私が創立した三つの研究機関(東洋哲学研究所、戸田記念国際平和研究所、池田国際対話センター)でも、一貫して「宗教間対話」とともに「文明間対話」に意欲的に取り組んできました。
 その最大の目的も、宗教や民族や文化といった豊かな多様性を互いに尊重しながら、対話を通じて、それぞれが〈最良の自己〉とは何かを見つめ直し、地球的問題群の解決のために互いの差異の垣根を超えて行動する道を、一緒になって模索することにありました。
 現在、国連では、貧困や飢餓などに苦しむ人々の状況を改善するための「ミレニアム開発目標」に続く、2015年以降の新しい国際共通目標の検討が進められています。
 この取り組みを、人類史を画する挑戦と位置づけ、新しい国際共通目標の達成を共に目指していく中で、「宗教間対話」、そして「宗教間協力」を軌道に乗せていくべきであると、私は呼び掛けたいのです。

確かな人生観養う「人間教育」

 ──絶え間なく変化する現代世界において、インターネットや情報技術の役割をどのようにお考えですか。こうした現代社会において、私たち一人一人は、どのように行動していくべきであると思われますか。

 今から30年ほど前(1982年)に基本概念が確立し、冷戦終結を機に急速に広まっていった「インターネット」をはじめとする情報通信技術の飛躍的な発展──いわゆる「情報革命」と呼ばれる新しい時代の波は、かの18世紀の「産業革命」に匹敵するインパクトを世界に及ぼしています。
 その結果、瞬時にして世界各地で起きた出来事やニュースが伝わるというグローバルな情報伝達が可能になるとともに、冷戦時代には想像もできなかった、自由かつ柔軟なコミュニケーションの場がネット上で形成されるようになり、伝達手段という技術的意味合いにおいては、遠く離れて住む人々の交流を長らく隔ててきた地理的・物理的な制約は、急速に取り払われました。
 そして何といっても、「情報革命」の大きな意義は、知識や情報が一部の人やグループに独占されることを防ぎ、民主的に、多くの人々に共有できる道を開いた点にあるといえましょう。
 私たちは長い間、新聞やテレビなどのマスメディアが一方的に発信する情報に接してきたわけですが、貴紙のようなインターネット上のニュースサイトが、独自の視点でさまざまな問題を取り上げることの意義は大きく、その取り組みによって、人々が新たな問題に目を向けるようになったり、多様な視点に気づくことができるようになったりしたことは、社会の健全化の基盤となるものです。
 私どもSGIも、長年にわたって途上国の視点に立ったニュースを配信してきた国際通信社IPS(インタープレスサービス)と共同で、「核兵器のない世界を目指して」と題するサイトをインターネット上に開設し、記事や論考を発信するプロジェクトを進めてきました。
 2年前に行われたリオ+20(国連持続可能な開発会議)の公式関連行事として、SGIが教育をテーマに円卓会議を開催した際、IPSのコスタンツォ中南米総局長が「私たちメディアが発信する情報は、読者の意識を高めることができます。報道の力によって、社会的な問題への関与が生まれます。メディアは情報提供によって、教育に携わっていると考えられます」と強調していましたが、貴紙をはじめとするインターネット上のニュースサイトの役割は、今後ますます大きくなっていくと思えてなりません。
 もちろん一方で、情報技術の発展がもたらした可能性を悪用する動きもみられ、ネット空間が偏見や憎悪に基づく対立を増幅する温床として利用されたり、恣意的な情報操作やステレオタイプ(紋切り型)的なイメージの吹聴によって世論が巧みに誘導されたりしてしまう危険性も、よく指摘されるところです。その意味からえば、まさに「技術」を善の方向に生かすか、悪用するかは、それを使う「人間」の側にかかっていると言えましょう。
 また、ネットで検索すれば、どんな知識もたちどころに閲覧できるようになったのは便利に違いありませんが、そうしたデータの多くは玉石混交であり、場合によってはミスリードを目的にした悪意に基づくのさえあります。
 ゆえに、貴国やオーストラリアなどの国々が取り組んでいるような、「メディアリテラシー(情報や知識を主体的・批判的に読み解く力)」を磨くための教育を、世界全体で進めていくことが喫緊の課題であります。
 私の師であり、教育者であった、創価学会の戸田城聖第2代会長は、「知識を智慧と錯覚しているのが、現代人の最大の迷妄である」「知識が即智慧ではない。知識は智慧を開く門にはなるが、知識自体が決して智慧ではない」と喝破していましたが、どれだけ情報を集めても、かえって自分の考える力を埋没させたり、悪意の情報に流されてしまえば、本末転倒になってしまう。「知識」へのアクセスがより簡易になり、多くの人々に開かれた時代であればこそ、その「知識」を正しい方向に生かしていく「智慧」を育むことが欠かせないのではないでしょうか。
 私は、こうした「智慧」の源泉となるものは、自分の生き方の基盤に“何のため”という目的観を据えることであり、メディアリテラシーの力を磨く努力とともに、そうした確固たる人生の目的観を涵養する「人間教育」に焦点を当てていくことが、一切の基盤になると考えるものです。

人道的競争への転換を

 ──池田SGI会長は以前、牧口初代会長の著作を通し、ニュージーランドについて言及されたことがありますが、「水半球」の中心と位置づけられるニュージーランドの担う役割とは、どのようなものとお考えですか。

 創価学会の牧口初代会長は、“国家に奉仕する人間”を育むことが教育の最優先課題とされていた戦前の日本にあって、「子どもたちの幸福」を第一義に掲げた教育者でした。
 その一方で地理学にも造詣が深く、20世紀初頭(1903年)に著した『人生地理学』(以下、『牧口常三郎全集第1巻』第三文明社を参照。引用は現代表記に改めた)で、地球の姿を従来のように国境線が引かれた平面図として捉える見方だけでなく、人間の生活に与える影響という面から地球を「陸界」と「水界」に二分して捉える視座を提示し、具体的にロンドンを一方の極とした「陸半球」と、ニュージーランドをもう一方の極にした「水半球」を、それぞれ球体を示す円形の地図として紹介していました。
 その上で牧口会長は、海を他の国々との間を隔てる“壁”とみなすのではなく、他の国々との間をつなぐ“道”と捉えて、世界に「平和の道」「友情の道」「調和の道」を開いていく気風を育むことが重要になる、と訴えました。
 そうした限りない可能性に満ちた海を中心に構成される「水半球」の中心に、貴国ニュージーランドが位置していることは、現代的な視座からみても、極めて意義深いと、私には思えてなりません。
 歴史を振り返れば、第2次世界大戦中、「大西洋」が第1次世界大戦に引き続いて戦場となっただけでなく、ニュージーランドと日本が面する「太平洋」もまた、激しい戦闘が繰り広げられた場所となりました。
 こうした歴史の教訓を踏まえて、「水半球」から平和と共生のゾーンを広げるためには、貴国が長い歳月をかけて育んできた「多様性を尊重する文化」に加えて、明確な非核政策に基づいて「南太平洋非核地帯」の成立に尽力した努力のような、悲惨な戦争を二度と起こさない断固たる意志が欠かせません。
 また、貴国は、世界でいち早く国政レベルでの女性参政権を実現させるなど、人権保障の確立に力を入れると同時に、社会福祉制度の充実を図ってきたことで知られており、「人権」と「人道」を国家の重要目的に据えていることは、世界の多くの国が後に続くべきモデルとなる存在に他なりません。
 牧口会長は、先の『人生地理学』(以下、『牧口常三郎全集第2巻』第三文明社を参照。引用は現代表記に改めた)において、国家間の競争の主軸を、自国の利益を限りなく求めるあまりに他国に多大な犠牲をもたらすことを厭わない「軍事的競争」「政治的競争」「経済的競争」から、他国や世界全体への貢献を良い意味で競い合い、その努力を通じて自国の姿をさらに良いものへと磨き上げていく「人道的競争」へと転換しなければならないと訴えていました。
 私は、こうした「人道的競争」を21世紀の世界においてリードしていくのが、ニュージーランドであると考えております。
 いつまでも、弱肉強食的で冷徹な“ゼロサム・ゲーム(覇権争い)”によって、多くの国の人々が虐げられるような世界の状態を、続けて良いはずがありません。
 そうではなく、自他共の平和と幸福を追求する「人道的競争」を通じて、どの国の人々の尊厳も輝く“ウィン・ウィン(共存共栄)”の世界を目指す必要があり、私は、貴国のリーダーシップに日本をはじめとして多くの国が続く形で、こうした新しい地球社会が建設されていくことを、強く願っているのです。
2014-05-05 : 提言/寄稿/インタビュー等 :
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随筆 民衆凱歌の大行進 No.5 輝かしき五月の三日

随筆 民衆凱歌の大行進 No.5 (2014.5.2付)

輝かしき五月の三日

共戦の同志よ 正義の大道を断固と!
さあ出発だ! 広布の誓願に燃えて


 「よろこばしい青春よ きたれ ここに
 そして見よ 明けはなれゆく朝を」
 英国の詩人ブレイクは歌い上げた。
 今、創価の若人が、新たな希望の朝を告げている。なんと輝かしき五月三日であろうか!
 先日、ある関西の青年から届いた便りに、「五月三日の誕生花の一つはタンポポです」とあった。
 タンポポは、けなげだ。
 踏まれても、踏まれても立ち上がる。他の草花が成長する一足前に、春を告げて黄色い花を咲かせる。
 そして、一つの花から二百もの冠毛(綿毛)をつけた種子を飛ばし、新たな生命を育んでいく。
 どんな困難の嵐も乗り越え、あの地でも、この地でも、朗らかに対話の花を爛漫と咲かせる広布の母たちの姿と、重なってならない。
 五月三日は「創価学会母の日」である。広布一筋の偉大な婦人部の皆様方に、心から感謝申し上げたい。

仏法は誰のために

 共戦の
  正義の同志《とも》に
      凱歌あり

 仏法は、なかんずく法華経は、いったい「誰のため」に説かれたのか──。
 740年前の5月に、日蓮大聖人が認《したた》められた「法華取要抄」には、明快に記されている。
 「滅後衆生の為なり」(御書334㌻)、「我等が為なり」(同335㌻)と。
 濁悪の世に生きる民衆のために仏法はある。民衆を苦しめる悪とは、どこまでも徹して戦う。ここに、仏法者としての生き方がある。
 昭和54年(1979年)の5月3日。
 私は、横浜の神奈川文化会館に到着した。会長職を辞した直後である。会館にも、眼前に広がる山下公園にも、多くの同志が連日のように集まってこられた。
 この学会員ほど、尊く、美しく、誠実な人びとが、どこにいようか! 私はいかなる立場であれ、会員のために戦い続ける!
 それが正義であるからだ。
 御聖訓の通りに生き抜く人生である。ゆえに法難は当然だ。私は、命より大切な学会を死守するのみだ。
 目の前に洋々と広がる海を眺め、世界の広宣流布へ新しき開拓の誓いを込め、私は「共戦」、そして「正義」と書き留めた。
 この神奈川文化会館での誓いから35年──。
 当時、約90カ国・地域であったSGI(創価学会インタナショナル)は今や192カ国・地域へと大発展を遂げ、若き「共戦」の陣列が澎湃と躍り出ている。これが、何よりの「正義」の「勝利」の証しである。
 神奈川では、先月、懐かしい宿縁深き鶴見の天地で、国内最大級の会館となる記念講堂の定礎式が盛大に執り行われた。
 わが後継の神奈川青年部の意気軒昂の総会(4月29日)の模様も、頼もしく伺った。
 席上、この春、医師としてスタートした女子部員が体験発表を行った。まだ母のお腹にいた時、父をがんで亡くした乙女である。
 彼女の母もまた、かつて高等部の時、姉妹して、あの山下公園に駆けつけてくれた学会っ子であった。
 夫に先立たれて間もなく、2歳の長男と乳飲み子の長女を抱えて奮闘する若き母を、私の妻は「絶対に幸せになりますよ。絶対に!」と励まし、見守り続けてきた。一つ一つ変毒為薬して、輝く幸福勝利の実証を示されているご一家の晴れ姿が、本当に嬉しい。
 ともあれ、苦楽を共にしてきた神奈川家族の希望の笑顔は、私の誇りである。

責任をもって立て
 「全部、自分たちで責任をもって考えよ」
 私は恩師から、そのような訓練を受けてきた。
 哲学者ベーコンも、「若い人々は判断するより考案することに適し、忠告より実行に適し、決まりきった仕事より新しい企画に適している」と綴っている。
 指示を受けてから腰を上げる。与えられたことだけを細々とこなす。それでは前進の力は生まれない。
 広宣流布の責任を進んで担い立ち、未来の勝利を開いていく。それが青年だ。
 60年前、私は青年部の室長に任命された。広布の飛躍的前進へ、一切の活動の企画・立案を意図したものであったが、恩師は何をすればいいかを明示されることはなかった。
 皆がロマンを感じられるようにするにはどうすべきか。時代の動向を見据えて、どう手を打つか。あらゆる角度から、熟慮を重ねた。
 就任直後、私は青年部の会合に参加した感想を、日記にこう記した。
 「この人、この青年、二十年後、必ず檜舞台に立たせねば──。責務重大なり」
 広布の未来は、どこまでいっても人材で決まる。
 人材を見つけ、人材を伸ばしていく以外にない。
 そして、御書の一節を記した。
 「命と申す物は一身第一の珍宝なり一日なりとも・これを延るならば千万両の金《こがね》にもすぎたり」(御書986㌻)と。
 一瞬一瞬が勝負だった。
 今できることを一歩一歩と着実に進めていった。
 任命から1カ月余で青年部は5000人結集を達成し、半年後には倍増の1万人結集を成し遂げたのである。

青年が希望の鐘を
 昭和33年(1958年)5月3日。私が本部総会で、創立以来の歩みを踏まえ、7年ごとの前進を期す「七つの鐘」という構想を発表したのも、青年部の室長の時代であった。
 この「七つの鐘」のリズムの中で、学会は幾多の嵐を越えて発展してきた。
 初代会長・牧口常三郎先生の殉教という歴史が刻まれたのは、「七つの鐘」の2番目の時であった。
 当時、軍国主義という誤った思想が民衆を狂わし、国は破滅への一途をたどっていた。その中で、牧口先生は、わが命をも顧みず、仏法の正義を掲げて思想の乱れを糺されたのである。
 この厳然たる事実が、アジアをはじめ、世界での信頼につながり、今日の学会の揺るがぬ礎になっていることは、言うまでもない。
 今、学会は2001年から2050年までを「第2の七つの鐘」と位置づけ、前進を続けている。そして明2015年の「5・3」は、ちょうど2番目の鐘が鳴り終わる節目である。
 この時、勇んで躍り出て、人間勝利の鐘を響かせる、地涌の世界市民は誰か。
 それは、後継の宝の青年である! わが敬愛する直弟子の君たち、貴女《あなた》たちである! 成長頼もしい未来部のみんなである!
 今、「第2の七つの鐘」の2番目の総仕上げへ、青年部は「SOKAグローバルアクション」と銘打ち、生命尊厳と平和の思想を社会へと発信している。
 いよいよ、埼玉・長野、また群馬・三重・沖縄・愛知を先頭に、全国各地で「創価青年大会」が行われる。
 どうか諸君は、「我らの熱と力で新たな栄光の歴史を創ってみせる!」と大いに夢とロマンを広げ、思う存分に戦ってもらいたい。
 そして、創価の青年らしく堂々と、華陽の乙女らしく清々しく、仏法を語り、地域に正義の旗を打ち立てていくのだ。その挑戦こそが、必ずや「世界広布新時代」に、希望の鐘を打ち鳴らしていくからだ。
        ◇
 60年前の昭和29年(1954年)5月3日。戸田先生は、両国の旧国技館で語られた。
 さまざまな悩みを抱えていたとしても、「しっかり信心して、来年のきょうは、功徳をうけた顔で、われもわれもと集まっていただきたい」と。
 私も今、同じ心である。
 さあ、明年の五月三日へ、勢いよく出発だ!
 かのブレイクは叫んだ。
 「私は進み続ける そして何ものも私の進路を妨げることはできない」と。
 そうだ! 一歩でも半歩でも人間革命し、輝かしき歓喜と功徳の花また花で、わが地域を包みゆこう! 新学会歌「誓いの青年《きみ》よ」の歌声も高らかに!

 誓いたる
  勝利の道を
    勇み征け

ブレイクの言葉は最初が『ブレイク詩集』寿岳文章訳(岩波書店)、二つ目は『ブレイク全著作』梅津濟美訳(名古屋大学出版会)。ベーコンは『ベーコン随想集』渡辺義雄訳(岩波書店)。
2014-05-02 : 随筆 民衆凱歌の大行進 :
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希望の虹 第2回 看護の母 ナイチンゲール

第2回 看護の母 ナイチンゲール   (2014.5.1付 少年少女きぼう新聞)

人を喜ばせれば自分も楽しい

 みなさんは、「さつき晴れ」という言葉を聞いたことがあるでしょう。「さつき」とは、5月のこと。晴れわたった5月の空は、じつにさわやかです。
 5月の5日は、わが創価学会の大切な大切な「後継者の日」です。みなさんが「さつき晴れ」の青空のような、かがやく心で、大きく、のびのびと成長していくことが、私の何よりの願いです。
       * * *
 「後継者の日」から一週間後の5月12日は、「国際ナース・デー(看護師の日)」です。これは“看護の母”として尊敬されるフローレンス・ナイチンゲールの誕生日を記念して決められたものです。
 創価学会にも、看護の仕事をされている方の「白樺会」「白樺グループ」という集まりがあります。
 また創価大学には、新たに「看護学部」ができて、みなさんの先輩たちが、一生けんめいに学んでいます。
 こうした方々のお手本となっているのが、ナイチンゲールです。
 ナイチンゲールは、今から200年ほど前の1820年、イギリス人の父母のもとに生まれました。
 イタリアの花の都フィレンツェで誕生したので、その都の英語名であるフローレンスと名づけられました。
 90年の生涯で、人類に、健康と幸福の花をおくり続けた、この偉大な女性のことを、きょうは、いっしよに学んでいきましょう。
       * * *
 みなさんも、かぜをひいたり、ケガをしたりして、看護師さんにお世話になったことがあると思います。大きらいな注射の時も、看護師さんにやさしくはげましてもらって、がまんできた経験はありませんか?
 おさないころから体が強くなかった私も、そうでした。
 とくに戦争中、肺結核という病気をかかえながら、無理をして鉄工所で働いていた時のことです。
 ある日、体が重く苦しくて、たおれてしまいました。
 その時、一人の看護師さんが、それはそれは親切に、めんどうを見てくださったのです。「ちゃんとした病院でみてもらいましょう」と、仕事場から病院まで付き添っていただきました。温かいはげましの真心は忘れられません。今でも感謝の題目を送っています。
 ナイチンゲールも、かん者さんを安心させ、勇気づける、すばらしい人柄の持ち主でした。
 ナイチンゲールの時代の病院は、今からは想像できないくらい、あちこちよごれていて、いやなにおいのする場所でした。病人の世話は、だれもやりたがらない仕事でした。
 ナイチンゲールは、そのような時に、自分から進んで看護に取り組みました。そして、看護師という仕事を、だれからも尊敬される仕事に変えていったのです。
 どうして、そんなことができたのでしょうか?
 「人が喜ぶことをしたら、その人も自分も楽しく元気になれる」という生き方をつらぬいたからではないかと、私は思います。
       * * *
 ナイチンゲールの家は裕福な家庭でした。お母さんはやさしい人で、よく、同じ村のこまっている人に食べ物を届けてあげたり、病気の人のおみまいに行ったりしていたようです。おさないナイチンゲールも、母を見習って、近所にいる病人のお世話をすることがありました。「ぐあいは、いかがですか?」と声をかけ、薬を飲むのを手伝ってあげたのです。
 そんなナイチンゲール自身がかぜをひいてしまい、何日も高い熱にうなされた時は、日ごろの彼女の助けに感謝していた、たくさんの人たちが、村じゅうから、おみまいに来てくれたといいます。
 こうして、ナイチンゲールは、人のためにつくすことに喜びを感じるようになり、「看護師」を、自分の一生涯の仕事にしようと思い始めました。
 しかし、じっさいに彼女が看護の仕事を始めることができたのは、30歳を過ぎてからでした。家族の大反対にあったからです。
 そもそも当時は、裕福な家の女性がはたらくこと自体が“よくないこと”とされていました。ましてや、苦労の多い看護の仕事です。「看護師になりたい」と、ナイチンゲールが打ち明けると、お母さんは泣き出し、お父さんだけでなく、お姉さんまで大反対しました。
 でも、彼女は決してあきらめませんでした。熱心に本を読み、看護の勉強を続けました。夢に向かって、試練に負けず、何年も何年も努力をつみかさねたのです。
 だんだん、味方をしてくれる人もふえ、お父さんの応援も勝ち取りました。そして仕事を始めると、それまでの勉強を役だて、みんながおどろくような、看護のゆき届いた最先端の病院づくりをリードしていったのです。
 そんななか、イギリスと、ロシアとの間に戦争が始まりました。新聞からは、多くの兵士たちが命を落とし、けがをしていることが伝わってきます。
 ナイチンゲールは立ち上がりました。彼女は自分から願い出て、だれも行きたがらない危険な地域の、あれ果てた病院に向かったのです。その深く尊い決意に、これまで反対しながらも見守ってきた、お母さんやお姉さんも心を動かされ、応援してくれるようになりました。
 病院は、けがをしたり、病気になったりした兵士であふれていました。薬やベッドも満足にありません。でも、心を強くきたえてきたナイチンゲールは、断じて負けませんでした。寝る間もおしんで看病にあたりました。みんなが寝静まった夜もごフンプをもって病室を回り、苦しんでいる人がいれば、はげましていきました。
 心も体も傷ついた兵士たちは、ナイチンゲールが通るのを見るだけで気持ちが安まり、よく眠れたそうです。
 人々は、その姿を「ランプをもつ天使」と呼んで、感謝しました。
 こうして、「人のために」がんばる看護師さんは、みなから尊敬される仕事になっていったのです。
       * * *
 日蓮大聖人は「人のために明かりをともせば、自分の前も明るくなる」(御書1598㌻)と、言われています。
 人が喜ぶことをすれば、自分の心も喜びでいっぱいになります。
 みんなのお父さんやお母さん、また近所の学会員のみなさんも、同じ思いで、なやみがある人に会いに行き、話を聞いて一生けんめい、はげましておられます。
 自分がなやみで大変であっても、それでも人のために行動します。時には、真心が理解されず、悪口を言われることもあります。でも、あきらめません。みんなで幸せになるために、ますます題目をとなえ、ますます元気になって、また行動していきます。これが、創価の生き方なのです。
 その後継者である少年少女部のみなさんも、いつまでも、「人ためにという心」「人を思いやる心」を持ち続けてください。
 その心には、「勝利の太陽」がのぼります。心に「勝利の太陽」がかがやけば、自分自身はもちろん、お父さんやお母さん、おじいさんやおばあさん、周りの友だち、さらには世界の人たちまで、明るく照らしていくことができます。
 5月の青い空のもと、さあ、元気いつぱい自分の目標に向かって、いっしよに、がんばろうよ!
2014-05-02 : 希望の虹 :
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未来の翼 第2回 ニューデリーの虹

第2回 ニューデリーの虹         (2014.5.1付 未来ジャーナル)

苦も楽も青春勝利の光彩

仏法は「本因妙」。「さあ今から」「これからだ」と前進する希望の哲学
ありのままの自分で題目をあげきり伸び伸びと進め


 虹は、天空が贈ってくれる喜びの笑顔であり、希望の笑顔です。
 悠久の大国インドの首都ニューデリーで天が見せてくれた二重の虹も、会心の“笑顔”でした。
 西には黄金の夕日が輝き、東には深緑の大地から七彩の虹が光の弓のように湧き立っていました。
 この日、私は、インドのラジブ・ガンジー首相の写真展の開幕式に出席しました(1997年10月19日)。
 式が始まる直前、この季節のニューデリーにはめずらしく、にわか雨が降り始めました。ほこりっぽい空気が慈雨で清められ、一陣の風が大地を駆け抜けると、あたりはぐっと涼しくなりました。
 来賓の方々と、「雨は、きっと喜びの雨でしょう」と語り合ったことが懐かしく思い出されます。
 大きな二重の虹を見たのは、式典を終えて、宿舎に戻ったばかりの時でした。壮大なる天空の芸術に、手元のカメラのシャッターを切りました。
 実は、この前の日、私は、もう一つの虹に心をはずませていました。インド創価学会の文化祭の最後の演目で、未来部の友が元気いっぱい舞台に躍り出てきた姿に、「希望の虹」を見たのです。
 インドの無限の未来が、輝きを放っていました。

 七色の虹は、「多様性」や「共存」の象徴ともいわれます。
 亡きラジブ首相が撮影した写真には、インドの大地を彩る、その多様性の共存が、鮮やかに映し出されていました。
 浜辺で砂遊びをする少女、遊牧民の少年、市場で店を構える商人、じゅうたん織りの職人──一葉ごとに民衆を愛する心があふれていました。まさに虹のように多彩に輝くインドの躍動がありました。そこに写っている誰一人が欠けてもインドではないという、断固たる信念が光っていたのです。
 また、牙をむいて威嚇するトラ、建設現場での人々の暮らし、演奏会の舞台裏、色とりどりのシルクのパラソル──生活の中で見たもの、触れたものを、飾らず、素直な心でごフジブ首相はカメラに収めていました。
 “格好なんてつけなくていいんだ。ありのままの自分で光っていくんだよ”と、写真は語りかけてくるようでした。

 インドには、4000年以上も前から文明が発達し、長い歴史のなかで、多様な民族、そして宗教が存在してきました。
 現在、公用語はヒンディー語ですが、インドの紙幣には、17もの言語が印刷されています。“車で1時間ほど走れば異なる言語が飛び交う”と言われるほど、多言語であり、多民族が共存する国なのです。
 みんなの中には。「これだけ『違うもの』が一緒になると、うまくやっていけないのでは?」と考える人もいるでしょう。
 もちろん、対立もあれば、衝突もあります。それでもインドは、幾千年の歴史の中で、民族や宗教や言語の違いを残しつつ、「精神の統一」を生み出してきました。
 インドの広大な大地は、人々に大きな心を育んできたのです。
 皆さんのクラスや部活にも、いろいろな人がいるでしょう。育った環境も違えば、性格が合わない人もいる。でも、みなが同じような人ばかりだったら、どうでしょうか。こぢんまりと、まとまっても、おもしろくないでしょう。
 むしろ違っていいのです。違うからこそ、触発があり、新たな発見があり、自分にどんな個性があるのかも分かる。いろんな人がいるから学び合えるし、互いに成長できる。大きな心で違いを認め、包み込んでいけばいいのです。
 しかし人間は、「違い」ゆえに、人を差別し、分かり合えないと決めつけるクセがあります。
 インドの大地で悟りを開いた釈尊は、「私は人の心に見がたき一本の矢が刺さっているのを見た」と説きました。
 私は、アメリカの名門ハーバード大学で行った講演で、この「見がたき一本の矢」を、「差異(違い)へのこだわり」であると論じました。
 自分の心に突き刺さった一本の矢」を抜き去り、同じ人間として相手と向き合ってこそ、心と心の間には、美しい「友情の虹」がかかります。
 世界の平和とは──この「友情の虹」を、自分から友だちへ、周囲の人々へ、一本また一本とかけていく挑戦の中に輝くのです。
 「差異《さい》」は、地球を平和で包み、幸福で彩《いろど》る「彩《さい》」へと変えられる。その力が、皆さんの中にあることを、断じて忘れないでください。

 「傷つくことを恐れてはいけません。世の中はさまざまな痛みであふれていますが、それらに立ち向かってこそ、強く勇敢になって、偉大なことを成し遂げられる自分になるのです」
 これはごラジブ首相が少年のころ、大好きなお母さんに言われた言葉です。
 私がラジブ首相と東京でお会いしたのは、1985年11月。お母さんのインディラ・ガンジー首相が暗殺され、その後を継いで首相に就任して1年後のことでした。
 明るい笑顔。毅然とした振る舞い。不屈の信念と誠実さが伝わってきました。会見はこの一度だけでしたが、首相が「青年こそ未来そのものです」と語った声は、今も私の胸に響いています。
 ラジブ首相は、もともとパイロットでした。しかし、お母さんの言葉を心に刻み、苦難を恐れず、政治の世界に飛び込んだのです。
 ある時、“好きだったパイロットの仕事をやめた気持ちは?”と聞かれた時、こう答えました。
 「どんな仕事をしていても、満足するかどうかは自分の手の中にある。一つのことを決定したあと、前のことで後悔することは、良いことではないし、私は後悔はしていない。また、私は後悔する暇もない」
 信念に生き抜く人に、後悔はありません。いわんや、偉大な仏法を持《たも》った皆さんには、後悔なんて必要がない。仏法は「本因妙」といって、常に「さあ今から!」「これからだ!」と、前へ前へ進んでいく希望の哲学だからです。
 青春の力は無限です。失敗も、苦難も、悩みも、全てをわが成長の力に変えていける。
 英語で「虹」のことは? そう、「レインボー(Rainbow)」です。
 単語を見てみると、そのなかに、「雨(Rain)」が入っています。まさに、「雨が降るから、虹がかかる」のです。
 青春の日々だって、同じです。勉強が大変。友だちのことで悩む。部活が思うようにいかない。自分の性格がイヤだ……そうして流した心の涙や、努力の汗は、全てみんなを彩る七色の虹となる。
 青春の悩みや労苦は、全て自身を限りなく成長させてくれる“恵みの雨”にできるのです。
 そして、虹が輝くためには、太陽の光が必要です。
 日蓮大聖人は、「苦を苦と悟り、楽を楽と開いて、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい」(御書1143㌻、通解)と、苦難に立ち向かう弟子を励まされています。
 題目を唱えれば、自分の長所も短所も、喜びも悲しみも、苦しみも楽しみも、一切を最善の方向へと生かしていくことができる。
 どんな時でも題目を唱える人は、わが心の大空に悠然と太陽を昇らせて、必ず「勝利の虹」をかけることができるのです。

 私がインドの大地を初めて踏みしめたのは、1961年2月のことでした。この時、釈尊が悟りを開いたブッダガヤを訪れました。
 その後、79年2月の訪問では、40人のインドのメンバーとお会いし、こう申し上げました。
 「ガンジス川の悠久の流れも一滴から始まります。と同じく、今はメンバーは少なくとも、自身がその一滴であるとの自覚で、洋々たる未来を信じて前進していきましょう」
 友と語り合った4日後の2月11日、恩師・戸田城聖先生の誕生日の夜には満月が出ました。
 戸田先生のお写真を側に置き、「月氏の国(インド)」の果てまで幸福の光を広げたいとの師の願いを胸に、インドの友の栄光の未来を、私は強盛に祈りました。
 次にインドを訪れたのは92年の2月。日蓮大聖人の御聖誕770周年である16日は満月でした。この日、私はインドの友と質間会を開きました。
 一人のメンバーが、遠慮がちに手を挙げて、質問してくれました。
 「周りの皆さんは『雄弁』や『知性』『慈愛』を目標にがんばっていますが、私にはなかなかできません」
 真剣な悩みでした。ゆえに私も真剣に、真心込めて答えました。
 「ありのままの自分でよいのです。題目をあげきりながら、自分らしく、伸び伸びと進んでいけばよいのです」
 「ありのままの“凡夫”そのもので進んでいく。題目根本に、少しずつでも向上していく。これが正しい姿であり、人間らしい生き方ではないでしょうか」
 キラキラとはじけるような友の笑顔を、よく覚えています。
 虹は、太陽の光が空気中の水滴に当たり、屈折して分解され、七色に見える現象です。一色に見える光の中に七色があるのです。
 私たちもまた、ありのままの自分の中に、色鮮やかな人間の輝きが秘められています。ゆえに、飾らず、誠実に接していけば、その
輝きが友の心に映るのです。自分らしく真剣に向上しゆく姿が信頼を広げ、友情を広げるのです。
 こうしてインドの広宣流布は、進んでいきました。
 ブッダガヤ訪問から今年で53年。インドには、今や、7万人の人間主義の連帯が広がっています。一滴の水は、悠久の大河となって未来へと流れています。

 今年の3月、ニューデリー近郊の創価菩提樹園で青年大会が開かれ、未来部、青年部の友らが見事な歌声を披露してくれました。
 君たちと同年代の若き友が、口々に、師弟に生きる誇り、仏教発祥の国の広宣流布への誓いを述べていたと伺いました。
 この様子を戸田先生がご覧になったら、どれほど喜ばれるだろうか──私の胸は熱くなりました。インド独立の大英雄マハトマ・ガンジーも、あの人なつこい笑顔で見つめておられるでしょう。
 マハトマ・ガンジーは、言いました。
 「成さねばならないことを何かあっても成すということが、『誓い』なのです。それが、強さの砦になるのです」
 「誓い」は力です。自分の中に秘められた輝きに、強さに、智慧に、何倍もの力を与えてくれます。
 世界には、あの地この地に、「誓いに生きる」友がいます。
 皆さんが、その友とスクラムを組み、世界に「平和の虹」をかける日を、私は祈り、待っています。

インディラ・ガンジーの言葉は、Rajiv,Penguin Books lndia。ラジブ・ガンジーは、シバサンカリ著『ラジーブ・ガンディーの旅』本田史子訳(せせらぎ出版刊)。マハトマ・ガンジーは、Mahatma Gandhi The Essential Writings,Oxford University Press。
2014-05-01 : 未来の翼 世界が君を待っている :
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