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希望の虹 世界の偉人を語る 1〜

希望の虹 世界の偉人を語る

第1回 喜劇王チャップリン   (2014.4.1付 少年少女きぼう新聞)

お母さんを心にもつ人は強い

 虹は、天からのおくりものです。
 雨がふった後、空に、赤・だいたい・黄・緑・青・あい・むらさきの7色のきれいな光をはなちながら、大きな橋のようにかかります。
 はじめて見た時は、みなさんもおどろいたり、わくわくしたことでしょう。
 私も、世界のあの地この地で、友と虹を見た思い出があります。
 私が世界で最初に訪れたアメリカのハワイは、虹がよく見られる島です。ここには、「雨がふるから虹も出る」という、ことわざもあります。いいことは、困難を乗り越えてこそ、やってくるという意味です。
 虹は「希望」です。雨にも嵐にも負けない希望です。
 世界の偉人たちは、困難の嵐を乗り越えて、使命の大空に「希望の虹」をかけてきました。これから、みなさんといっしよに学んでいきましょう。
       * * *
 昨年の5月、イギリスから、一通の手紙をいただきました。送り主は、女優のキエラ・チャップリンさん。「喜劇の王様」とよばれた、チャーリー・チャップリンのお孫さんです。
 みなさんは、チャップリンは、どんな人か知っていますか?
 チョビひげに、てっぺんが丸い黒ぼうし、だぶだぶのズボンに、ぶかっこうなくつをはいて、ステッキをふりながら歩く。きどらない、ほほえましい紳士の姿で、世界中の人たちに笑いと感動を届けた、20世紀の名優です。
 作った映画の数は、80本をこえます。今年は、チャップリンが映画デビューしてから100周年になります。
 私も大ファンです。人間を愛し、勇敢に信念をつらぬいて生きたチャップリンのことを、折々に、世界の友に語ってきました。
 お孫さんも、そのことを「祖父が知れば、とても誇りに思うと確信します」と喜んでくれました。
 じつは、私たちの少年部歌のタイトル「Be Brave!」(勇気を出して!)」は、チャップリンの「街の灯」という映画にでてくる、はげましの言葉でもあります。
       * * *
 チャーリー・チャップリンは、1889年4月16日、イギリスの首都ロンドンで生まれました。
 お父さんのチャールズと、お母さんのハナは、二人とも歌が上手で、劇場の舞台に出ていました。お金持ちとはいえませんでしたが、4歳年上の兄シドニーと家族4人で楽しく暮らしていました。
 しかし、お父さんはお酒ばかり飲んで、そのうち家を出て行ってしまい、お母さんが一人、働いて兄弟を育てました。その無理が、体をいためつけたのでしょう。
 チャップリンが5歳になった時のことです。お母さんは舞台で歌を歌っていると、とつぜん声が出なくなってしまいました。
 お客さんがおこって、大さわぎになりました。こまりはてた劇場の支配人は、かわりに息子を出してはどうか、と言ったのです。
 お母さんのためならばと、チャップリンは勇気を出して、舞台に立ち、歌を歌いました。そのかわいらしさにお客さんは、大喜び。これが彼の初舞台になりました。
       * * *
 お母さんの声は元に戻らず、歌の仕事がなくなって、生活はどんどん苦しくなりました。
 しかし、どんなにびんぼうでも、お母さんは明るく、やさしかった。服を作ってくれた。子どもの前で、おどったり、身ぶり手ぶりのパントマイムやおしばいも見せてくれました。
 それが、のちに、チャップリンが俳優になって、かつやくするための、大きな力になったのです。
 どこの家でも、お母さんは太陽です。わが家も、私が小学2年生の時、父が病気でたおれ、生活が大変になりました。けれども、母は「うちは、びんぼうのよこづなだよ」と朗らかに笑っていました。その声が、家族を明るく勇気づけてくれたのです。
 チャップリンのお母さんは、その後、重い病気になって入院してしまいました。彼はお兄さんと、まずしい子どものためのしせつへ入り、11歳のころから、印刷工場で働くなど、いろんな仕事をしなければなりませんでした。
 でも、チャップリンは負けなかった。どんな大変な時も、“自分は世界一の俳優になるんだ”という夢をあきらめず、努力をかさねた。その負けない心の中には、あざやかな「希望の虹」がかがやいていたのです。
 やがて舞台に出るようになったチャップリンは、才能がみとめられ、アメリカに渡り、映画俳優となって大成功をおさめました。
 しかし、どんなに有名になっても、チャップリンはお母さんへの感謝を忘れませんでした。
 「わたしがこの世界でまがりなりにも成功できたとすれば、それはすべて母のおかげです」と。
       * * *
 やがて、ドイツではヒトラーという人物が、大げさな演説で人気を得て、権力をうばい取りました。そのころは世界中で景気が悪くなり、仕事のない人もあふれていて、人々の不安につけこんでいったのです。
 しかし、チャップリンは、ヒトラーのインチキを見やぶり、戦争を起こすのではないかと感じていました。
 みんなを目覚めさせなければI-彼は正義の行動を決意します。
 1939年の9月1日、ヒトラーは強力な軍隊で領土を広げ、第2次世界大戦が始まりました。
 当時、私は11歳。今の皆さんと同じ年代でした。
 ヒトラーが起こした戦争は、あっという間にヨーロッパ中に広がり、たくさんの命がうばわれました。
 チャップリンは、映画を武器に平和への戦いを開始しました。
 この映画「独裁者」で、チャップリンはヒトラーと同じチョビひげ姿で登場します。そして最後にヒトラーとはまったくちがう誠実な言葉で、“独裁者の言いなりになってはいけない!”と演説をするのです。
 「絶望してはいけません」
 「あなた方は、人生を自由で、美しくまたすばらしい冒険にあふれたものにする力を持っています。ですから、民主主義の名の元にみんなの力を集め、ひとつの世界を作ろうではありませんか」
 そして、この大演説は、一人の女性に呼びかけて終わります。
 「人間の魂には翼を与えられていたけれども、いまやっとはじめて空を舞いはじめた。にじの中へ、光の中へと」
 「ハナ! 顔を上げて!」
 そうです。10年前に亡くなったお母さんの「ハナ」という名を、映画のヒロインにつけたのです。
 「お母さん」を心にもっている人は強い。負けない。「お母さんのために」とがんばれば、必ず正しい道、勝利の道を進んでいけます。
 どうか、みんなも、お母さんを大切に、お父さんも大切にして、親孝行していってください。
 そして、勉強やスポーツ、自分の目標に挑戦して、自分らしく「希望の虹」をかけていってください。
 その虹が21世紀の大空にかかるのを楽しみにしています。
 私にとって、一番の「希望の虹」は、少年少女部のみなさんです。
 来月また、語り合いましょう!
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2014-03-30 : 希望の虹 :
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インド サティエンドラ・ナラヤン・シンハ経営管理学院 「名誉教授」称号授与式への謝辞

インド サティエンドラ・ナラヤン・シンハ経営管理学院 「名誉教授」称号授与式への謝辞
    (2014.3.19 チンマヤ・ミッション講堂)

 インドの「サティエンドラ・ナラヤン・シンハ経営管理学院」から、池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長に「名誉教授」称号が授与された。釈尊、ガンジーの思想を現代的に展開し、人間革命運動を世界規模で推進した功績を讃えるもの。
 授与式は19日、首都ニューデリーのチンマヤ・ミッション講堂で行われた同学院とインド創価学会(BSG)が共催する「ガンジー哲学とグローバル・リーダーシップ円卓会議」の席上、盛大に挙行された。これには、N・P・シン学院長ら同学院関係者、パトナ大学のY・シムハドリ副総長、駐インド・オランダ大使館のA・ストーリンガ大使をはじめ、各界から多数の来賓が出席した。
 シン学院長は、身を乗り出すようにして、ひときわ言葉に力を込めた。
 「世界は一つの村であり、家族です。教育を基盤として、世界が一つに団結すべきであると、生涯をかけて示してくださった池田博士ほど、わが学院の名誉教授称号にふさわしい方はおりません」
 「平和と人間主義の人格者である池田博士を讃えることができ、これほど名誉なことはありません。私たちは池田博士を世界で最も偉大な人物であると思っています!」
 満場の出席者から、賛同と祝福の大拍手が湧き起こった。
 「サティエンドラ・ナラヤン・シンハ経営管理学院」は、インド東部のジャルカンド州を代表する高等教育機関の一つである。
 インド独立運動に参加した人権の闘士・サティエンドラ・ナラヤン・シンハ氏が尽力し、1978年に創立された。氏はジャルカンド州が分離する前のビハール州で首席大臣、教育大臣を務め、山岳民族の教育の充実に多大な貢献を果たした人物である。
 ジャルカンド州は石炭、鉄鉱石などの豊富な天然資源で知られ、鉄鋼の世界的企業も拠点を置くなど、同国の発展を力強くリードする。
 州都ラーンチは300万人が暮らす大都市。同学院は、この地に二つのキャンパスをもつ。
 ファイナンシャル・マーケティング・マネジメント学、情報工学、マスコミ・ジャーナリズム学などの学士課程と、経営学、コンピューター・アプリケーション学の修士課程などを設置。卒業生はインドの経済・技術の未来を担う人材として羽ばたいている。
 現在、インドをはじめ、モンゴル、イギリス、アメリカなど、国内外の大学・学術機関と教育・学術交流を活発に推進する。
 また、ジャルカンド州は、釈尊ゆかりの地・ブッダガヤの南にあり、ガンジーの人権闘争の足跡も刻まれている。
 同学院では「仏教と経営管理」など仏教の精神をテーマにセミナーを開催したり、ガンジーの非暴力運動についての教育プログラムを取り入れるなどしている。
 シン学院長が池田SGI会長を知ったのは10年ほど前のこと。同学院に「経営におけるガンジー主義」コースを開設したのがきっかけだった。
 以来、国内外のガンジー研究者と積極的に意見を交換。その中で、インド国立ガンジー記念館元館長のN・ラダクリシュナン博士から、SGI会長について詳しく聞いた。
 さらに、歴史家トインビー博士とSGI会長との対談集などの著作を熟読。創価の三代会長に受け継がれる人間主義の思想と、”地球上から悲惨の二字をなくしたい”との信念に裏打ちされた平和行動を知った。
 そして強く思った。”釈尊の慈悲の精神とガンジーの非暴力の思想を、現代に生き生きと蘇らせた池田博士を、わが学院の名誉教授に迎えたい!”と。
 シン学院長は、SGI会長の事績をさらに精査するため、専門の委員会を設置。その後、委員会による詳細な報告を受け、名誉教授称号の授与をあらためて決意した。一方で同学院の研究者や関係者に、SGI会長とSGIの平和・文化・教育運動の卓越性について語ってきた。
 そして昨年、同学院の学術評議会の満場一致で、SGI会長への名誉教授称号の授与が決定されたのである。
 晴れの授与式では冒頭、同学院の経営学部のS・K・シンハ学部長が受章者であるSGI会長の経歴等を紹介。パトナ大学のシムハドリ副総長が祝辞を述べた。
 シン学院長の「授与の辞」の後、シムハドリ副総長から、代理の大場SGI理事長に名誉教授称号の証書が託され、会場は大きな拍手に包まれた。
 大場SGI理事長がSGI会長の謝辞を代読。来賓のカンプール大学のK・N・スリバスタバ副学長がガンジーの思想と実践について報告し、同学院のS・R・プラサード教授が感謝の言葉を述べた。
 授与式終了後、シン学院長は語っていた。
 「近い将来、わが学院に池田博士の思想・哲学を探究するコースを設けたいと考えています。あらゆる階層の人々の教育、なかんずく青年の育成に心血を注いでおられる博士の思想をさらに学び、わが学院からも社会に有為な青年を輩出していきたいのです」
 なお、授与式の模様は、有力英字紙「ヒンドゥスタン・タイムズ」をはじめ、「ザ・パイオニア」など各紙で報道された。


パトナ大学
シムハドリ副総長の祝辞

普遍的な哲学を創造し平和の意識啓発に貢献

 本日は、世界的に偉大な人物であられる池田大作先生に対し、名誉授称号を授与するという、この上なく素晴らしき日を迎えることができました。
 この称号は、池田先生の教育、平和、知性への傑出した貢献を讃えるものであります。
 池田先生は創価学会インタナショナルを創設され、190を超える国・地域に連帯を広げております。
 池田先生の事績を一目見れば、先生がどれほど高名な方であるかが分かるでしょう。先生は、世界の著名な識者と出会いを重ね、交流を深め、知識を高めてこられました。
 そして、池田先生は多くの教育機関を創立され、人類の平和に尽くされてきたのです。
 S・N・シンハ経営管理学院は、多彩な学問分野を開拓し、各国の学術機関と提携を結ぶ一級の教育機関です。
 この学院から名誉学術称号が贈られる意義は、私たちが、池田大作という傑出した人物について深く知るという点にもあるのです。
 池田先生は、インドから発祥した仏教哲学を会得されています。そこから先生は、世界に普遍的な哲学を創造され、人類に広げてこられたのです。
 わが国が誇るガンジーは、世界平和の愛護者です。ガンジーが掲げた非暴力の哲学により、インドは独立を果たしました。
 仏教の創始者である釈尊も、またガンジーも、わが国で偉大な思想を生み出しました。彼らの生命は過去のものではなく、今もなお、インドのみならず世界中で、世代を超えて人々を啓発し続けています。
 本日は、インドと日本の両国にとって、誠に良き日であります。日本もまた、平和を愛する国であり、両国は常に友好関係を築いてきました。
 第2次世界大戦後、著しい成長を遂げ、世界の発展の道を切り開いたのは日本です。
 池田先生は、この素晴らしき日本の出身です。先生を知るということは、日本の文化や歴史への認識を深めることでもあります。
 本日は、このような貴重な機会をいただき、感謝いたします。

S・N・シンハ経営管理学院
シン学院長のあいさつ

人道の世界的な指導者 今こそ博士を讃える時


 きょうという日は、私たちにとりまして誠に光栄な日です。
 なぜなら平和と人道の分野において世界的に著名な人物である池田博士に対して、わが大学から名誉教授称号を授与することができるからです。
 今回の授与は大学の学術評議会において審議し、世界の平和と人道に貢献した人物を讃えるには、今が最良の時であると決議したものです。
 池田博士は、世界は一つであり、皆が団結して平和と人道のために結束して力を合わせていくことを教えておられます。
 世界を“グローバルな村”としていくためには教育、福祉、経済的な発展が、より重要な要素なのです。
 親愛なる兄弟、姉妹の皆さん。インドは今こそ、SGIとインド創価学会が何をなしているかに思いをはせなくてはなりません。
 この団体は多くの国々に広がっており、それぞれの地域で社会を支えています。人々を抱擁しているのです。これは非常に重要なことです。
 世界は大きく開かれています。インドは、SGIがしているように、先駆を切らねばなりません。
 私たちは世界をグローバルな村にしなくてはなりません。ガンジーの実践も、バラモン教の聖典であるヴェーダ、奥義書のウパニシャッドも、そう教えているのです。
 SGIやインド創価学会は、平和と調和、そして地域の発展のだめに進み続けてきました。これこそが、世界平和の根幹となっていくのです。
 「グローバルなリーダーシップ」は現代のもう一つの課題です。
 つまり、池田博士を讃える時を迎えているのです。
 この点においても、平和と人道に対する世界的な指導者である池田博士に、わが大学の名誉教授称号を授与できることは光栄なのです。

授与の辞

人類を目覚めさせる人間革命運動を展開

 桂冠詩人、仏教哲学者、教育者、作家、平和提唱者──。
 こうした呼称は池田大作博士の業績及び貢献を適切に言い表しております。
 池田博士は、人間主義の哲学者として、一人一人の人間に秘められた大きな可能性に、人類を目覚めさせることにより、偉大な人間革命の運動を世界規模で展開してこられました。
 対話の力に確固とした信頼を置く池田博士は、全世界を旅され、各国の著名な政治家、文化人、教育者と有意義な対話を重ねてこられました。
 さらに、グローバルなリーダーの現代的模範として、各種の教育機関や文化団体を築き、平和運動を世界に広げてこられました。
 特に、池田博士は、釈尊そしてガンジーの思想を現代的な文脈に展開し、推進するとともに、ご自身も実践を重ねてこられました。
 慈悲と非暴力による平和な世界の創出に向けて池田博士が執ってこられたイニシアチブを讃え、世界中の大学や学術機関から、「346」の名誉学術称号が池田博士に対し授与されております。
 本日、2014年3月19日、S・N・シンハ経営管理学院は、池田博士の偉大な貢献を讃え、ここに名誉教授称号を授与します。

SGI会長の謝辞(代読)

悠久の大地に脈打つ知恵と力で持続可能な地球社会の建設を

大いなる理想へ革新と成長の努力を
万人の幸福のためにガンジーの思想が創造力 生む


 一、私の心も今、尊敬する先生方とご一緒に、ここ、チンマヤ・ミッション講堂にあります。
 意義深き「ガンジー哲学とグローバル・リーダーシップ円卓会議」に参加して、皆様方とインドの偉大な英知の大光をもって、人類の未来を展望し、語り合う思いで、御礼のご挨拶をさせていただきます。
 本日は、崇高なる「人類愛」と「非暴力の精神」の大城と聳え立つ貴サティエンドラ・ナラヤン・シンハ経営管理学院より名誉教授の称号を賜りました。
 私は、この最高に栄誉ある英知の宝冠を、貴国の良き国民、良き市民として、平和・文化・教育に貢献する、わがインド創価学会の宝友をはじめ世界192カ国・地域の創価の同志と、謹んで拝受させていただきます。誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。
 一、貴学院には、英邁なる民衆指導者であり、偉大な非暴力の闘士であられたサティエンドラ・ナラヤン・シンハ先生のご芳名が冠されております。
 シンハ先生は、マハトマ・ガンジー率いるインドの独立運動に身を投じて、民衆の自由と幸福のために、その尊い生涯を捧げ抜かれた、不滅の大指導者であられます。
 山岳地帯に住む人々の生活の向上にも尽くされ、州の教育大臣の時代には、小学校から高校、そして大学まで、135の学校を創立されました。
 ──民衆の生活の向上のためには、ジャルカンドの豊かな天然資源を生かし、聡明に活用しゆく人材の育成が不可欠である。そのためには何としても、我らの天地に人材育成の最高学府を!──
 このシンハ先生の烈々たる獅子吼に、幾多の教育者が呼応して創立された希望の大殿堂こそ、貴学院なのであります。

進取の人材を時代が求める
 貴学院のモットーには、「革新的なアイデアで起業家を育成する」とあります。
 まさしく、青年の生命に秘められた無限の可能性を解き放って、進取の気性に富み、独創性あふれる人材を育てゆくことこそ、時代の要請でありましょう。
 貴学院の創立に多大な貢献を果たされ、今日の大発展を築いてこられたN・P・シン学院長は、鋭く語られています。
 「革新とは何か。革新とは、新たなものを世に送りだすことである。真にダイナミックな指導力を発揮するためには、自らが物事を企画し、推進する力を持つと同時に、他の人が一流の仕事を成し遂げていけるよう鼓舞する力など、多彩な能力を磨いていかねばならない」と。
 常に現状に甘んじることなく大いなる理想に向かって互いに励まし合い、知恵と力を結集して、挑戦また挑戦を貫き通していく──その間断なき革新と成長への努力にこそ、社会の閉塞を打ち破りゆく鍵があるといってよいでありましょう。
 「創価」すなわち「価値創造」の教育を目指している私たちも、貴学院の取り組みに心からの共鳴を覚えるのであります。
 とともに、貴学院では、マハトマ・ガンジーの非暴力の思想や仏教哲学を教育プログラムに取り入れ、慈愛と創造性にあふれた社会経済のあり方を探究されております。
 貧富の格差の拡大などが憂慮される現代世界にあって、平和で人道的な地球社会を創造していく上で最重要の探究でありましょう。
 なかんずく、貴学院が開設されたガンジー主義の経営管理修士コースは、私の大切な友人で、非暴力運動の偉大な闘士であられるラダクリシュナン博士との協力で実現したものと伺っております。

富を得た者は民衆に報恩を
 一、今、私は万人の幸福を心から願ってやまなかったマハトマ・ガンジーの警鐘を改めて思い起こすのであります。
 「地球は皆の“要求”を満たすには十分であるが、皆の“貪欲”を満たすには不十分である」
 「本物の経済学は社会的公正を支持し、最も弱い立場の人々も含めすべての人が平等に利益を得られるものです」(田畑健編・片山佳代子訳『ガンジー・自立の思想──自分の手で紡ぐ未来』地湧社)──と。
 最近のビジネス分野では、こうしたマハトマの思想が、貴国インドの企業に、新たな革新をもたらしているという、誠に興味深い研究もあります。
 すなわち、インドの企業には、利益の最大化を追い求めるのではなく、安価であっても「より多くの民衆の幸福のために還元されるべきである」という経営理念がある。
 それが、限られた少ない資源の中でも、その制約を受け入れながら、新たな革新を生みゆく創造力と改善を促しているというのであります。
 これは、具体的に、自動車や医薬品、携帯電話サービスをはじめ、多様な分野において、その成果がみられると指摘されております。
 一、ともあれ「万人の幸福のために」──このマハトマ・ガンジーの呼びかけは、仏法を貫く根本の誓願でもあります。
 仏典には、「努め励んで得た富は、自分一人のものと考えて、自分一人のために費やしてはならない。その幾分かは他人のためにわかち、その幾分かは、たくわえて不時の用にそなえ、また国家のため、教えのために用いられることを喜ばねばならない」ともあります。
 ここには、いかなる財であれ、自分が一時的に預かっているものと捉える考え方があります。
 だからこそ“富を得たものは、自分を支えてくれた民衆の恩に報いるべきである”と教えます。
 この思想は、現代世界の公正な「グローバル・ガバナンス」の実現にあたっても、重要な示唆を与えてくれるのではないでしょうか。

仏教の「寛容」の精神で統治したアショカ大王
人間主義の価値観もつ世界市民の連帯を強く


青年の薫陶が平和運動の焦点

 一、思えば、貴学院のあるジャルカンドをはじめ、古代インドを統治したアショカ大王もまた、仏教の「慈悲」と「寛容」の精神をもって、人道的な経済政策を実行しました。
 アショカ大王は、福祉政策の充実をはじめ、「すべての人への分配の原則」を実行して、経済格差の是正にも努めております。
 ここで注目したいのは、当初、暴虐な王であったアショカ大王が、自らが引き起こした悲惨な戦禍を目の当たりにして深く後悔し、平和と慈悲の政治を行う偉大な王に生まれ変わったことです。
 経済といっても、政治といっても、人間自身の「内なる生命の変革」なくして、真の永続的な変革は成し遂げられないでありましょう。
 私の恩師は、戦時中、日本の軍部政権に投獄された獄中で身読した「法華経」の生命尊厳の哲理を原点として、戦後の荒廃した社会の真っ只中で「人間革命」という新たな民衆の平和運動を開始いたしました。
 その焦点は、青年の薫陶であり、確固たる哲学を持つ世界市民の育成であります。
 ラダクリシュナン博士は、私との対談の中で、マハトマ・ガンジーが目指した教育とは、「人間主義的な価値観や伝統精神を備えた“新しい市民”を育成することである」と語っておられました。
 この新しい価値観を身につけた“世界市民”の平和と文化と教育の連帯を、さらに広範に結びゆくことこそ、持続可能な地球社会の創造に直結すると、私は信じてやみません。
 きょうよりは、私も誉れある貴学院の一員として、尊敬する先生方と共々に、21世紀を生きゆく青年たちの限りない創造性を引き出しながら、人類の共生と繁栄への革新の道を、さらに力強く切り開いてまいる決心であります。
 最後に、貴学院のますますの発展と、貴国インドの偉大なる栄光と発展、そして本日、ご列席を賜りましたすべての皆様方のご健康とご多幸をお祈りし、私の謝辞といたします。
 本日は、誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。
2014-03-22 : スピーチ・メッセージ等 :
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創価大学卒業式(創価大学=第40回、創価女子短期大学=第28回)へのメッセージ

創価大学卒業式(創価大学=第40回、創価女子短期大学=第28回)へのメッセージ
        (2014.3.20 創価大学記念講堂)

 創価大学の第40回、創価女子短期大学の第28回卒業式が20日、東京・八王子市の創大記念講堂で行われた。創立者の池田大作名誉会長はメッセージと和歌を贈り、卒業生の門出を祝福。いかなる困難も恐れず、大いなる希望の門を勝ち開けと呼び掛けた。また、中米コスタリカのオスカル・アリアス元大統領が祝辞を述べた。同国のアルバロ・セデニョ・モリナリ駐日大使ら来賓が出席した。

 東天に
  朝日と昇る
   君たちよ
  誓いの道で
   輝き勝ち抜け

 栄光の旅立ちの日。
 創立者は、卒業生に万感の伝言を寄せた。
 「朝から、学生歌を何度も何度も聞きながら、口ずさみながら、きょうの卒業式を見守っています。本当にいい歌だ。青春の讃歌であり、若人の讃歌であり、生命の讃歌であり、この歌が轟くところ、無限の希望が湧く。無敵のスクラムが広がる。不撓不屈の勝利の大前進が始まる」
 「世界一の人間主義の大学に学んだ誇りを胸に、お父さん、お母さんに親孝行して、偉大な人生の大勝利者となってください」
 「心は皆さんと一緒に肩を組んで学生歌を歌っています。晴れのご卒業、おめでとう!」
 ♪紅群れ咲く つつじの丘を……
 創大学生歌の大合唱が始まった。「父子一体のメロディー」が高らかに響きわたる。
 外資系企業に内定した友。高倍率の国家試験を突破した友。海外の大学院へ進学する友……。決意で瞳を光らせる卒業生たち。
 世界基準の教育プログラムで人類貢献のリーダーを育む「グローバル・シティズンシップ・プログラム(GCP)」の1期生も晴れの門出を迎えた。


アリアス コスタリカ元大統領の祝辞

生命を学び平和を教える人たれ
20世紀の悲劇の涙を繰り返すな


 一、友情は人生において最も美しく、年齢や性別、人種、国籍、階級などを超えて、われわれを一つにしてくれるものです。
 その友情が、東京のノリ養殖の地で育った一人の青年と、コスタリカのコーヒー農園で育ったもう一人の青年を結びつけてくれました。
 人類の成果、芸術、哲学、智慧という宇宙において、日本は最も輝きを放つ銀河の一つであり、池田大作博士は、その銀河系の中で最も輝きを放つ存在あります。そして、創価大学は間違いなく最も輝きを放つ星の一つであります。
 この類いまれなる場所、世界の平和と進歩の光ともいうべき場所に、ご招待いただいたことを名誉にに思います(大拍手)。
 一、池田博士は「一人の人間おける偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換を成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」と述べらました。
 教育は、まさにこのような人間革命を創出しなければなりまん。でなければその努力の価値がないからであります。教育は、人類の運命における最大のチェンジエージェント(変革をもたらす媒体)でなければなりせん。でなければ使命を果たせないからであります。
 教育は、それ自体目的ではなく、一つの道です。「教育する」「教育を受けた」というだけでなく、「何ために」と、われわれは問わねばなりません。

教育の役割とは何か?
 一、20世紀は、間違いなく、歴史上で富を最も増幅させた世紀でした。過去数十年間で、何億もの人々が貧困から脱却し、テクノロジーは世界のあらる場所をつなぎました。しかし、この物質的発展は、人間の開発には必須である一方で、われわれが必要な唯一のものではないことは明らかであります。
 多くの富と機会をんだ20世紀は同時にまた、かつてない蛮性を生み出した世紀でもありました。人の手でつくられた悲劇によって、かつてないほどの多くの涙が流され、多くの知性と思想が、拷問と暴力の名の下に封殺されました。
 これら全てにおいて、教育の役割は何だったのでしょうか。大学は人間の精神をして衰退させたのでしょうか。
 答えは、教育が十分ではなかったのです。世界は、青年たちへの教育課程に必須の講座を加えることを忘れのであります。世界は、われわれの思想に心をもたらし、学問に魂をもたらす講座を忘れたのです。その講座とは、「平和と教育」であります。そしてそれは、創価大学の教育課程の中に見いだされるものなのであります(大拍手)。
 一、一つの命の価値を理解しない学者を育てても意味がありません。戦争を正当化する教授を育てても意味がありません。今日の戦争の死傷者のほとんどは、何の罪もない民間人であるという事実を知らずにいるべきではありません。
 大学がこれを教えることができなかったら、小学校、中学・高校がこの人権に関する基本的な懸念を伝えることをしなかったら、教育は平和の道具でも人類の痛みを癒やす方法でもなくなってしまうのであります。
 平和のための教育とは、これら全てを認識することを意味します。そしてまた、街角で見たいと願うような世界を教室の中で築くことを意味します。
 学校は、往々にして競争的で、時に暴力的でさえある環境となりえます。学生たちは武器による戦争の発端である“言葉の戦争”を許され、排外主義に近い愛国心的価値を教えられ、国境と国籍によって分断された、軍事行動の勝利が成功の度合いを測るような世界で育てられます。
 わがラテンアメリカでは、これらがどこの地域よりも明確に現れています。学生たちは世界平和のために闘った人々の成果よりも、兵隊の偉業を語ることがより上手になるのです。

孤独を恐れず今の決意のまま
 一、平和のための教育を実施している、類いまれな大学を卒業される皆さんは、「非現実的だ」「純粋すぎる」などと周りから見なされるでしょう。
 私は先ほど、創価大学は人類の天空に輝く星であると申し上げました。
 つまり、ここを巣立った時、皆さんは時には、光から闇へと向かうこともあるということです。学生仲間との輝く親交から、今でも戦争を評価する世界で平和推進者の孤独へと進まれるでありましょう。
 しかし恐れる理由は全くありません。決して怯まずに、挫けずに、断じて成し遂げてください。今この時に感じている決意を、これからの人生の中で日々、思い起こし、必要な強さをそこからまた引き出して、前に進んでいかれることを私は熱望します。
 一、本日、私は、わが友人たちに会うため、友情の精神の下に、ここにやってきました。両国間の友情の精神、創立者と私が共有する友情の精神、そして平和を求める全ての人々を結びつける友情の精神においてであります。この友情こそ、これから先、行く手にあるさまざまな挑戦の中で皆さんを支え続けていくことでしょう。
 今、私が目の前に見る決意あふれる精神は、神聖な学びの殿堂の学生たちでありました。
 これから皆さんは、その先の世界に向かって進むからには、それ以上でなければなりません。
 この扉を抜けた時、ここで学んだことを世界と分かち合いながら、この地球を癒やす方法について学び続ける「生命の学生」「平和の教師」となっていかれることを願っております(大拍手)。

創立者のメッセージ

勇気に燃えて 使命の大空へ! 世界市民の連帯を結び広げよ!

不可能を可能に!
新たな価値創造の挑戦を


不屈の負けじ魂で進め
 一、希望あふれるご卒業、誠におめでとうございます!(大拍手)
 わが愛する卒業生の皆さんは、入学式で約し合った誓いを胸に、新時代の伝統を、見事に築き上げてくれました。
 東日本大震災の被災を乗り越えながら、歯をくいしばって学び抜いた、負けじ魂の学友がいます。GCPの栄えある1期生として、世界の知性も感嘆する英知の対話を繰り広げた学友もいます。後輩のため、母校のため、新しき道を切り開いてくれた、皆さんの黄金の一日一日を、私は最大に誇りに思います。本当にありがとう!
 ここで、その代表として、18カ国・地域から勇み集ってくれた留学生の皆さんの偉大な健闘を、私は皆で讃えたいのであります(大拍手)。
 一、我らの創価大学は、「人類の平和を守るフォートレス(要塞)」であります。ゆえに、平和のために生命を賭して戦っている真正の闘士をお迎えすることこそ、何よりの喜びであり、光栄であります。
 本日は、敬愛してやまない、平和の先進国・コスタリカ共和国のアリアス元大統領ならびに令夫人、さらにモリナリ大使はじめ、ご来賓の方々が、わが卒業生を祝福してくださり、これほど嬉しいことはありません。誠に誠に、ありがとうございました!(大拍手)

母に捧げる詩
 一、美しく豊かな詩心の大地コスタリカに、皆が愛誦している母への感謝の詩歌があります。すなわち、「どの女性より最も美しい人は母。
 幼子の時、その愛の腕はゆりかごとなり、毎晩一緒に祈ってくれた母。
 母よ、貴女《あなた》にこの命を捧げよう。そして私の愛情を」と。
 この詩を、皆さんを育み、わが創大・わが短大へ送り出してくださった偉大なお母様方に、最大の感謝をもって捧げたい。そして、父上、母上をはじめ保護者の方々に、親孝行の決意を込めて、万雷の大拍手をお送りしようではありませんか!(大拍手)
 皆さんを全力で薫陶し、サポートしてくださった先生方、職員の方々にも、心より御礼を申し上げます。

強気で悠然と
 一、皆さんの門出を祝して、3点の指標を贈ります。
 第1に申し上げたいのは、「大いなる希望の門を勝ち開け」ということです。アリアス博士と私が深く一致した一つに、「希望は、現実を変革し、新しい現実を創造する」との確信があります。
 人類の平和へ、対話の力で新たな「希望の門」を開かれた博士は、繰り返し訴えておられます。「今は物事のプラスの面に焦点を当てるべき時です」「対話に寄せる信頼を回復し、平和が実現する機会を作りましょう」(竹井博友著『平和をわが手に』竹井出版)と。
 1996年6月、コスタリカで「核兵器の全廃」を目指す展示会を行い、アリアス博士とご一緒に、私は開幕式に出席しました。
 国歌の厳かな斉唱で儀式は始まりましたが、壁を隔てたすぐ隣が「子ども博物館」となっており、少年少女の元気に遊び回る声が、それこそ騒々しいまでに轟いてきたのです。厳粛に式典を運営する担当者の方々の困惑する様子も、伝わってきました。
 そこで、スピーチに立った私は、冒頭、こう切り出しました。「賑やかな活気に満ちた、この声こそ、この姿こそ平和そのものです。ここにこそ原爆を抑える力があります。希望があります」と。
 アリアス博士をはじめ、壇上のご来賓方も、皆、にっこり賛同の笑顔を浮かべてくださった光景が、鮮やかに蘇ります。
 これから皆さんも、分厚い現実の壁に何度もぶつかるでしょう。だが絶対に「希望」を手放してはならない。強気で悠然と困難さえも逆手にとって、朗らかに希望を創り出していくのです。
 どんな局面であれ、恐れず怯まず「希望の門」を勝ち開いてみせる。これが「創価」、すなわち不可能をも可能にしゆく価値創造の挑戦だからです。

一人を大切に
 一、第2に、「一人を大切に世界市民の連帯を結び広げよ」と申し上げたい。
 現代化学の父で、平和の獅子であられたライナス・ポーリング博士も、「世界はコスタリカに学べ!」と強調されていました。
 このポーリング博士が私に、第2次世界大戦中、日系人の青年を庭師として雇った逸話を語ってくださったことがあります。
 日本が敵国であったため、博士の家にはペンキで落書きをされたり、脅迫状が何通も送りつけられたりしましたが、何の罪もない青年を、毅然とかばい、守り通されたのです。その思いを、博士は笑顔で淡々と「妻も私も個人に力点をおいていた、つまり私たちは一人の人間について考えていたからです」と述懐されました。
 あらゆる差異を超えて、一人の人間として、互いに生命の尊厳を認め、友情と信頼を結び合う。ここに、いかなる時代の荒波にも揺るがない世界市民の連帯があるといってよいでありましょう。
 わが創大は、皆さんの在学中に一段と勢いをまして、グローバルな交流を広げてきました。
 どうか、この開かれたキャンパスで学んだ世界市民の気風を誉れとして、自らの挑む世界で、誠実に闊達に聡明に、平和にして幸福な人間主義の連帯を結んでいってください。

コスタリカの詩
太陽が昇れば完全な闇はない

人材よ躍り出よ
 第3に、「わが生命から不屈の勝利の光を放て」と申し上げたい。
 今年は、創価教育の父である牧口常三郎先生が、軍国主義と戦い獄死されて70年。
 先生が祈り願われたことは、将来、創価の学舎から、混迷の世を照らす人材が澎湃と躍り出ることでありました。
 アリアス博士が大事にされているコスタリカの詩の一節に、「太陽が昇ろうとする時、完全な闇は決してないのだ」とあります。
 生命は闇と光との戦いです。信念がなければ暗闇にのみ込まれる。しかし深き誓願に徹すれば、常に決然と太陽が昇る。いかに深い闇であれ断固と勝ち越え、晴れ晴れと大歓喜の朝を飾ることができる──この不屈の負けじ魂の光を、私は創立者として皆さんの生命に灯してきました。これから皆さんも、私と不二の心で、無数に続く後輩に、創価の勝利の大光を示し切っていただきたいのであります。
 さあ、青春の魂の母校から、無限の可能性に満ちたフロンティアヘ、勇気に燃えて飛び立とう!
 結びに、わが愛し信ずる卒業生に──

 東天に
  朝日と昇る
   君たちよ
  誓いの道で
   輝き勝ち抜け

 と贈り、メッセージといたします。
 高貴な心の卒業生の皆さん、栄光の旅立ち、本当におめでとう!(大拍手)
2014-03-21 : スピーチ・メッセージ等 :
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創価学園の卒業式(東京校=44期生 関西校=39期生)へのメッセージ

創価学園卒業式(東京校=44期生 関西校=39期生)へのメッセージ
                    (2014.3.16 東京・関西創価学園)

 創価学園の卒業式が16日、東京・関西の各キャンパスで晴れやかに行われた。創立者の池田名誉会長は記念のメッセージと和歌を贈り、希望の門出を祝福。愛する学園生に、「学び」と「励まし」と「挑戦」の世界市民たれ! と呼び掛けた。またこの日、札幌創価幼稚園の卒園式も開かれた。

忍耐と持続 学びの青春を朗らかに!

君の成長こそ社会の光

アメリカ エマソン協会会長 サーラ・ワイダー博士
「自分のいる所から平和を」
読書と語学に一段と挑み抜け


 一、めぐり来る3月16日は、私にとって、一年中で、最も喜びと誇りと希望に満ち満ちた日です。それは、わが創価学園の卒業式だからです。
 晴れの卒業生の皆さん、本当におめでとう! 皆、よく頑張り通しました。君たちと一体不二の私には、鏡に映すように、全部、わかっております。
 あの東日本大震災の直後からスタートした、試練の時代の3年間の学園生活で、皆さん方がどれほど強く深く大きく成長してくれたことか。
 その意義は、時が経ては経つほど、これからの日本社会、さらには地球社会に鮮烈な輝きを放っていくに違いないと、私は確信してやみません。
 ご家族の方々のご苦労もいかばかりであったことでしょうか。
 ここで私は、親孝行な学園生の皆さんと一緒に、最大の感謝を込めて、偉大なお父さん、偉大なお母さんの万歳を声高らかに叫びたいのであります。
 学園生の皆さん、どうだろうか!(大拍手)
 お世話になった先生方、職員の方々にも、心より御礼を申し上げます。

未来を創る力
 一、きょうは、愛する学園生の門出に、3つの指針を贈ります。
 第1は、朗らかに希望を創る「学び」の世界市民たれ! ということです。
 私は、今の皆さんとほぼ同じ年代の17歳の時に終戦を迎えました。残酷な戦争は、私たち青年から何もかも奪い取りました。しかし、決して奪えなかったものがあります。それは「学ぶ心」です。「向学の魂」です。
 私は、戦争が終わった翌月から、早速、夜間の学校に編入しました。焼け跡にかろうじて残った校舎は、机や椅子も壊れ、割れた窓ガラスからは寒風が吹き込んできました。
 朝早くから一日、働き切って、夜は、学校に通う。体も病弱であり、厳しい戦いの連続でしたが、心は「学ぶ喜び」に溢れていました。
 わずかな給料をやりくりして、一冊また一冊、良書を手に入れ、むさぼり読みながら、世界へ大きく心を広げたことも忘れ得ぬ思い出です。
 私が今、新たな対談の連載を開始する、世界的な経済学者であり、香港中文大学の劉遵義《りゅうじゅんぎ》元学長は明確に断言されました。
 「学びの道においては、忍耐と持続をもって、絶え間なく打ち込めば、必ず報われるのです」と。
 私もまったく同感です。学びの青春に、断じて行き詰まりはありません。
 人類は、「創価」すなわち「価値創造」の英知の光を待ち望んでいます。その担い手たる皆さんは、朗らかに、たくましく学び抜いていってください。皆さんの今の学びの勢いこそが、未来の希望を創り出す原動力だからです。
 21世紀の世界市民として、語学の力も、ますます粘り強く磨き上げてください。語学はちょっと苦手だという人も、勝負はこれからです。

励ます人に!
 一、第2に申し上げたいことは、聡明に連帯広げる「励まし」の世界市民たれ! ということです。
 アメリカの詩心の母で、エマソン協会の会長を務められたサーラ・ワイダー博士は、私との対談で、学園生との出会いの感動を、しみじみと語ってくださいました。
 それは、学園生には「相手の立場に立って考え、相手を思いやる心がある」ということです。
 そしてまた博士は、学園生から、「創造性をもって困難に立ち向かうことで問題を解決に導くことができる」ことを学んだと、深く感謝されております。
 この創価の人間教育の学舎《まなびや》に育った皆さんは、どんな苦難にも立ち向かう勇気とともに、どんな悩みを抱えた人のことも思いやり、励ましていける力を、知らず知らずに培ってきたのであります。皆、自信を持ってください。
 ワイダー博士は、励ましの対話の力によって、「自分のいる場所から平和を創造しよう!」と呼びかけられました。
 皆さんは、学園の良き友人とのスクラムを一生涯の宝としつつ、これから羽ばたく、それぞれの使命の舞台でも、いよいよ自分らしく伸び伸びと、新たな友情と平和の連帯を、聡明に築き広げていただきたいのであります。

全員が勝利者たれ!
逆境の時ほど負けじ魂燃やして


使命の人生を
 一、第3に、断固と栄光勝ち取る「挑戦」の世界市民たれ! と申し上げたい。
 今年、生誕450周年を迎えるイギリスの劇作家シェークスピアは、綴りました。
 「小さな灯はすぐに吹き消されるが、大きな炎ともなればそうはいかぬ、風が吹きつのればさらに大きく燃えさかる」(高松雄一訳「ルークリース」、『世界古典文学全集46』所収、筑摩書房)と。
 その通りです。
 わが卒業生の胸には、もはや何ものにも消されない、負けじ魂の炎が灯されています。逆境の風が吹けば吹くほど、いやまして不屈の炎を明々と燃え上がらせて、挑戦また挑戦を貫いていただきたいのです。
 アフリカの人権の大英雄マンデラ元大統領と、私は一緒に歩き、目と目を見つめながら、確認し合ったことがあります。
 「使命の人生には、迫害がつきものである。迫害を乗り切り、戦い勝ってこそ、偉大なのである。真実の正義は、百年後、二百年後には、必ず実証される」ということです。
 私は皆さんの創立者として、ありとあらゆる圧迫と戦い、勝ってきました。
 学園生は、この私の直系中の直系です。
 ゆえに皆さんは「君も、あなたも断じて負けなかった! 私も断固として勝った!」と、互いに讃え合える人生の栄光の劇を飾っていってください。
 全員が、絶対に勝利者になろう! 私は、いついかなる時も、皆さんを信じ、皆さんを見守り、皆さんの成長と大活躍を祈りに祈り抜いていきます。
 一、終わりに、最愛の卒業生に、はなむけの和歌を贈ります。

 黄金の
  翼を持ちたる
   鳳雛よ
  恐れず飛び立て
    誓いの大空へ

 大切なお父さん、大切なお母さん、いついつまでも、お元気で!
 わが命の学園生に、健康あれ! 幸福あれ! 凱歌あれ!(大拍手)
2014-03-19 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 民衆凱歌の大行進 No.3 東北の城 福光の春

随筆 民衆凱歌の大行進 No.3 (2014.3.11付)

東北の城 福光の春

不屈の「みちのく魂」よ 世界に燦たれ!
胸に生き抜く力あり 心に希望の光あり


 妙法を
  唱え生き抜け
   恐れなく
  幸の光彩
   友を照らして

 未曽有の東日本大震災から3年──。
 あまりにも多くの生命が突然に奪われ、あまりにも多くの方々が傷つき、苦しまれた大災害であった。
 私は、亡くなられた全ての方々のご冥福を祈念するとともに、いやまして強く深く、追善回向の題目を送り続けていきたい。
 私の胸から、偉大な東北の大勇と忍耐の友の姿が離れることはない。
 どれほどの苦難を耐え抜いてこられたことか。
 どれほどの試練に立ち向かってこられたことか。
 よくぞ、生き抜いてくださった。自身のため、家族のため、友のため、地域のために戦い抜いてくださった。
 我らの生命には、何ものにも壊されない「心の財」がある。いかなる嵐にも消えない「勇気の炎」がある。
 凍てついた友の悲嘆をとかし、暖かな蘇生の春を呼ぶ「希望の光」がある。
 その尊貴なる命の輝きを示し切っているのが、わが敬愛してやまない東北の「凱歌の人々」だ。
 皆様こそ、日本の柱だ。世界の宝だ。不撓不屈の「人間の底力」を人類史に刻み残した、崇高なる魂の王者・女王なのである。
 私の心は、東北の久遠の同志と共にある。これからもずっと、皆様方と苦楽を共にし、祈り、歩み、生き抜いていく決心である。

「青年は勇気なり」
 我らの東北の民衆城は、堂々と聳えたり。
 尊き東北の福光の春は、冬を越えて近づけり。
 今月の2日、人間共和の理想郷・岩手の天地で、「新生・東北総会」の意義を込めた本部幹部会のメーン行事が盛大に開催された。
 さらに、宮城、福島、青森、秋田、山形の各会場を同時中継で結び、「みちのく魂」に燃えるあの友この友が、心一つに喜び勇んで集ってくれた。
 震災後に入会した青年たちの姿も多かったと聞く。
 岩手が生んだ青春詩人・石川啄木は歌った。
 「此処にあつまれる者は皆青年なり、/常に世に新しきものを作り出す青年なり。/青年は勇気なり」
 みずみずしい「開拓」の精神を抱いた青年の勇気と行動こそが地域を変える。社会を動かし、「希望」の夜明けを開くのだ。
 私のもとには、被災地で苦闘されている方々から、“青年の応援がありがたかった”“乙女の励ましに支えられ、一歩を踏み出す勇気が出た”等々、感謝の声がたくさん届いている。
 若き君だちよ! 苦難に耐えて、本当に立派に成長してくれた。ありがとう!
 震災直後から、被災地の友にエールを送り続けてくださった、アルゼンチンの人権の闘士エスキベル博士は熱い期待を寄せられた。
 「創価の青年たちの運動から、平和、文化、そして幸福の大きな波動が生まれることは間違いないでしょう」
 この博士の信頼に応えるように、今、わが青年部が「核兵器廃絶運動」「アジアの友好と安定」、そして東日本大震災の「心の復興」を主要項目に掲げた平和運動「SOKAグローバルアクション」を、全国各地で展開している。
 3月21日は、「東北青年部の日」──。
 若き君らがいれば、わが人材城は難攻不落である。
 20年前のその日、私が詠んだ歌を、今再び皆様に捧げたい。

 偉大なる
  東北勝ちたり
   築きたり
  万年までも
   崩れぬ城をば

「強くあれ」が願い
 「震災から三年──」 最愛の人を亡くされた方にとって、故郷や生活の場を失った方、原発事故で避難を余儀なくされた方にとって、その苦しみや悲しみに一区切りがつくものではないであろう。
 日蓮大聖人は、病で逝去した夫の命日を迎えた妙心尼御前を気遣われ、“決して忘れることはできないでしょう”──
とその心に寄り添われている。
 その夫のことを、大聖人は「娑婆最後のぜんちしき(善知識)なりけり」(御書1482㌻)と讃えられた。
 夫の死は、どれほど辛く悲しいことか。だが、その夫は生前、病ゆえに妙心尼の信心を強くし、逝去後も、信心の成長を励ます善知識となってくれている。
 貴女《あなた》よ、夫との絆を胸に強くあれ、幸せであれ──そう願われる御本仏の御心が拝されてならない。
 福島県相馬市に、鍼灸師をされている母がいる。津波で夫を失った。共に暮らす娘の悲しみも深かった。父の写真額の前に座ると思い出が溢れる。あの温かい励ましの声を聞けないと思うと、涙が込み上げた。
 そんな時、一本のカセットテープを地元の同志が届けてくれた。再生すると、聞き覚えのある声が──。
 「地区の皆さんのためなら、何でもやらせていただきます!」
 会合で力強く決意発表をする、父の懐かしい声たった。娘は泣きながら笑って、言った。
 「私、前に進めそうだよ」
 共に広布の道を歩んだ金の歴史。同志との励まし合い。それが家族を支えた。
 苦しんで、悲しんで、涙を流して、それでも歯を食いしばって祈り抜いていく。その先に、「負けない力」「生き抜く力」が、必ずや湧き起こってくるはずだ。

大理想に向かって
 「学会は人材をもって城となす」と、わが師・戸田先生は宣言された。
 60年前の昭和29年(1954年)春4月。私がお供をして、杜の都・仙台を一望する青葉城址に上った折のことだ。
 青葉城を造営した伊達政宗公が、東北を舞台に大国を築くとともに、海を越えて世界と交流する雄図を抱いたことは名高い。
 その契機の一つが、1611年(慶長16年)に起こった巨大地震「慶長三陸地震」だといわれる。大津波が東北沿岸を襲い、甚大な被害を被った。
 政宗公が支倉常長ら遣欧使節をメキシコ及びスペイン、ローマヘ送ったのは、大地震から3年目。異国と友好を結び、貿易交渉をするためであった。それを復興につなげる期待もあったのであろう。
 遣欧使節がメキシコのアカプルコ港に着いたのは、400年前(1614年)の1月のことであった。
 思えば戸田先生は、亡くなる直前の3月、「メキシコに行った夢を見たよ」と、楽しそうに世界広布への思いを語ってくださった。
 恩師が愛された仙台市とアカプルコ市が、国際姉妹都市協定を結んでいることにも、深い縁《えにし》を感じる。
 創価の大理想は、世界の平和である。民衆の安穏であり、人類の幸福だ。それを、我らは広宣流布と呼ぶ。
 広布とは、また無限なる使命の長征であり、三世永遠の生命の旅路である。
 逝去された同志も、次の使命を果たすため、ご家族の側《そば》に新しい生を受けていかれるに違いない。なればこそ、我らは生ある限り、使命を果たし抜くのだ。
        ◇
 東北と東京を結んだ今回の本部幹部会──。
 東京で司会役の大任を爽やかに務めてくれたのは、仙台出身の女子高等部のメンバーである。
 未来部の友たちが、災害を乗り越えて、いじらしいまでに凜々しく育ってくれていることが、うれしい。
 2030年の学会創立100周年を伸び盛りの青年として飾るのが、震災前後に生まれた子どもたちだ。
 慟哭を超えて大成しゆく東北の若人が躍り出るその時を、私は思い描く。
 黄金の未来のリーダーたちに、私は申し上げたい。
 栄光あれ! 勝利あれ! そして、父母に孝養あれ!
        ◇
 東北が生んだ文豪・高山樗牛は叫んだ。「人間社会に於て滅びざるものは、独り人道のみ」と。
 人間が最も人間らしく、支え合い、守り合い、不屈の民衆の連帯を育み、断じて滅びざる「人道」の世界を創り広げていくのが、わが誉れの東北家族である。
 「新生・東北」は、また「新星・東北」として、人間世紀の明日を導き、地球文明の希望の星と輝くのだ。
 さあ、師弟誓願の日「3・16」から、「4・2」「5・3」へ!

 東北の城に福光の春よ、爛漫たれ! 永遠に仰がれゆく民衆勝利の人材城を、世界の同志と共に、さらに断固と築こうではないか!

 ひたぶるに
  友が走りて
    開きたる
  世界広布の
   新たな夜明けよ


石川啄木の言葉は小田切秀雄編『啄木詩歌』(第三文明社)。高山樗牛は『樗牛全集第2巻』(博文館)。
2014-03-11 : 随筆 民衆凱歌の大行進 :
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未来対話 第22/23回 師弟に勝るものはなし!

第22/23回=最終回 師弟に勝るものはなし!
                        (2014.2.1/3.1付 未来ジャーナル)

最高の「人間向上の道」を共に

 ──こよみの上では2月4日が「立春」、春が立つ日です.
 まだまだ寒い日が続きますが、未来部メンバーは、「希望の春」「勝利の春」へ挑戦しています。

名誉会長 「冬は必ず春となる」(御書1253㌻)──世界中の友が心に刻んで、それぞれの試練に挑んでいる御聖訓です。
 冬が厳しいからこそ、春の喜びは大きい。受験生の皆さんの奮闘も、よく伺っています。
 厳寒の2月生まれ(11日)である私の恩師・戸田城聖先生は、大教育者でした。
 先生は、ある冬の受験の当日、会場の前で、一人の教え子を温かく励まされました。
 「落ち着いて、よく考えて問題に取り組むんだぞ。大丈夫だ!」
 その受験生は、ずっと戸田先生が見守ってくれているようで、勇気をもって全力を出し切ることができたと言います。
 私も、受験生の一人一人が、ベストを尽くして、新たな希望の道を勝ち開いていけるよう、真剣に題目を送り続けています。
 みんな、風邪などひかないようにね。
 しっかり食事と睡眠をとって、努力の成果を度胸よく発揮していくんだよ!
      □■□
 ──戸田先生は1900年の生まれです。
 今の中等部の皆さんとは、ちょうど100歳ちがいです。

名誉会長 そうだね。戸田先生は20世紀の開幕に誕生されて、20世紀を照らされました。
 そして皆さんは、21世紀の開幕に躍り出て、これから21世紀を明々と照らしていくんだよ。
 戸田先生が、どんな贈り物よりも喜ばれたのは、弟子の成長であり、弟子の勝利の報告でした。
 ゆえに、私は青年時代から師匠の誕生の月を、弟子の成長、弟子の勝利で荘厳するのだと、常に新たな戦いを起こしてきました。

 ──池田先生から、戸田先生のことを伺うたびに、「師弟の道」の崇高さに感動します。
 メンバーからは「師弟の道とは」「なぜ師弟が大事なのですか」という質問が寄せられています。

名誉会長 「師弟の道」と言っても、特別なことではありません。
 空には、鳥の飛ぶ道があります。
 海には、魚の泳ぐ道があります。
 人には、人の歩む道があります。
 人間が、最も人間らしく、価値ある人生を歩み、向上していくための道が、「師弟の道」なのです。
 学問でも、芸術でも、スポーツでも、それぞれに「道」を教えてくれる師匠の存在があります。
      □■□
 ──学校の先生も、「教師」。「教える師」と書きますね。

名誉会長 そうです。
 私にとって、仏法の道、正しい人生の道を教えてくださった師が、戸田先生なのです。
 残酷な戦争が終わった時、私は17歳でした。高等部の皆さんと同じ年代です。
 きのうまで「国のために命を捨てよ」と言っていた大人たちが、一変しました。
 世の中には、突然、「平和」「自由」「平等」「民主主義」「個人の幸福」「豊かな生活」など、いろんな考え方や価値観が語られ始めたのです。
 何か正しいのか。誰が信じられるのか。進むべき道が、まったく見えてこない時代でした。一面から言えば、インターネット等によって、情報が洪水のようにあふれている現代と相通じるかもしれません。
 私は、自分なりに懸命に本を読み、友人だちとも学び、語り合いながら、「正しい人生とは」という問いに明確に答えてくれる師匠を、ずっと求めていました。
 戸田先生と初めてお会いした日、先生は19歳の私の質問に、慈愛をもって誠実に答えてくださった。そして、青年らしく仏法の道を歩み始めることを勧めてくださったのです。
 心から感動しました。仏法の難しいことは分かりませんでしたが、先生のお人柄を、いっぺんに大好きになりました。
 戦争中、迫害されて牢獄に2年間もとらわれながら、正義と平和の信念を貫き通された勇気に、私は、この方なら信じられると直感したのです。
 今でも、先生のことを思えば、心が明るくなります。力が湧いてきます。どんなに大変なことがあっても「私は戸田先生の弟子だ。さあ、かかってこい」と心が燃え上がるのです。

 ──師匠を持つことは、青年が最も強くなれる道なんてすね。

名誉会長 うれしい、悲しい、楽しいつらい……心は常に揺れ動きます。青春時代は、なおさらだ。
 御書に「心の師とはなっても、自分の心を師としてはならない」1088㌻、通解)とあります。
 自分の心を中心に、わがまま放題に生きれば楽しいかもしれない。しかし、結局、心がいつも揺れ動いて迷走してしまう。
 だから、揺るぎなき「心の師」をもつことが大切です。私の心には、常に戸田先生がおられます。今でも、毎日、対話しています。
 先生なら、どうされるか、どうすれば、先生に喜んでいただけるか──。
 心に、この原点があるから何も迷わない。何も怖くありません。
 「師弟の道」とは、最高の「人間の道」です。正義の道であり、希望の道です。幸福の道であり、勝利の道です。
      □■□
 ──歴史を見ても、偉大な人物には必ず、偉大な師がいました。

インドの大詩人 タゴール
人は偉大な人を見ることで自分自身も偉大であることを知る

名誉会長 古代ギリシャの大哲学者プラトンには、ソクラテスという師匠がいた。日本の明治維新の道を開いた高杉晋作には、吉田松陰がいた。その松陰には佐久間象山という師がいた。アメリカの人権の闘士キング博士にはメイズ学長という師がいた。
 私が出会ってきた世界の指導者たちにも、必ず「師匠」がいました。そして皆、自分を育ててくれた師に感謝を忘れない、偉大な人物でした。
 「師匠」は、弟子を自分以上の人材にしようと育んでくれます。良い師匠につけば、弟子は自分が持っている本来の力に目覚め、その力を思う存分に発揮していくことができるのです。
 「人は偉大な人を見ることで、自分自身も偉大であることを知る」
 これは、インドの大詩人タゴールの格言です。タゴールにも、学生時代に、師の存在がありました。
 今回は、みんなに、この言葉を贈ります。
      □■□
 ──タゴールは、アジアで初のノーベル文学賞を受賞しました。
 池田先生には、タゴールの精神を継承する二つの大学から「名誉文学博士号」が贈られています。
 タゴールの生家を土台に築かれたラビンドラ・バラティ大学のムカジー元副総長とは、タゴールをめぐって対談もされました。

名誉会長 ムカジー博士は、若くして夫を亡くしながらも一人娘を育て、タゴールの教えを探究して生き抜かれた立派な女性です。
 インド最高峰の教育者であり、政治哲学者でもありました。
 このムカジー博士も敬愛してやまなかったタゴールは、意外なことに、青春時代は、あまり勉強が好きではなかったようです。裕福な家庭だったので、家で教育を受けました。厳しい教育が合わなかったのです。
 教師がやってきて勉強が始まると、いつも、襲ってくる眠気との戦いになった(笑い)。起きていても、どこからか聞こえてくる音楽に耳を傾けていた。仮病を使って、サボったこともあった(大笑い)。
 しかし、タゴールには、詩作の才能がありました。それを知った学校の先生は、ある日、彼を呼び出しました。
 “怒られるんじゃないか”と思いつつ、恐る恐る部屋に入ると、先生は親しげに、「君は詩を書くんだね!」と語りかけ、その詩を褒めてくれたのです。
 先生は、最上級のクラスに、タゴール少年を連れて行き、皆の前に立たせて、「さあ朗読してごらん」と告げました。
 タゴールは高らかに読み上げました。あまりの素晴らしさに、“この小さな少年に、ここまでの詩を創れるはずがない”と、皆、信じてくれないほどでした。
 自分の力を認めてくれた先生の存在が、タゴールの才能を開花させました。
 そして、その後も努力に努力を重ねて、世界から「詩聖」と仰がれる人になったのです。
 タゴール自身、教育にも力を注ぎ、学園を創立しています。そこから、優秀な人材が陸続と巣立っていきました。人間と人間の人格の錬磨が、何よりも重要だと信じていたのです。
 良き師は良き弟子を育みます。
 良き弟子は、いつか良き師となって、また良き弟子を育んでいく。
 真の「師弟」には、永遠性があるのです。

 ──未来部員にもよく読まれている作家の井上靖氏が、池田先生との対談(『四季の雁書』)の中で「もし恩師がなかったとしたら、今日の自分は無にひとしい存在であったに違いないといったことを(池田先生が)お書きになっているのを記憶しております。本当の師弟の関係というものは、そういうものであろうと思います」と深い感動をもってつづっています。

名誉会長
 私は、小さい時から体が弱かった。戦争のせいで、思うように学校にも通えなかった。
 父はリウマチに苦しみ、兵隊にとられていた4人の兄たちも、な
かなか戦地から戻らなかったので、肺病の私が懸命に働いて一家を支えていました。
 その私が、戸田先生のおかけで仏法を知り、正しい人生を教わり、ここまで生きることができました。恩師によって、自分の持てる力を最高最大に開花できたのです。
 師匠の大恩に報いるため、生きておられる時には、恩師に命をささげる思いで守り抜きました。そして恩師の亡き後は、先生が一番大事にされた学会と同志に尽くし抜きました。
 師匠とは、ありがたいもので、そうした弟子の心を、すべて分かってくださるものです。
 戸田先生が最大の苦境にあられた時のことです。私は弟子の誓いを和歌に託し、先生に贈りました。

 古《いにしえ》の
  奇しき縁に
     仕へしを
  人は変れど
    われは変らし

 師弟は、今この時代に決まったのではない。ずっと昔から決まっていたのだから、私の心は変わらない──「永遠に、先生と共に!」との真情を託しました。周りには、身は仕えているようでも心が崩れ、裏切っていった人間もいました。
 この歌に、先生は返歌を詠んでくださいました。

 幾度《いくたび》か
  戦の庭に
    起てる身の
  捨てず持つは
     君の太刀ぞよ

 君がいてくれれば、それでよい──歌に込められた戸田先生の心が、私の全身を電流のように貫きました。一生涯、先生の太刀となって戦おう!──こう深く心に誓いました。
 そして私は先生とお約束したことを全部、成し遂げてきました。
 創価の師弟は勝ちました!
 厳然と未来に、勝利また勝利の歴史を残しました。
 今の私には、未来部の皆さんがいます。私が、学園生に詠んだ和歌を、今回、あらためて愛弟子の君たちに贈ります。

 この世にて
  師弟に勝る
    ものはなし
  君よ 忘るな
      勝利の絆を

 タゴールの言葉は「瞑想録」(『タゴール著作集』第七巻所収、蛯原徳夫訳、第三文明社刊)。「わが回想(『タゴール著作集』第十巻所収、山室静訳、第三文明社刊)を参照した。

どこまでも「共に」進もう!

アメリカの教育哲学者 デューイ博士 
私たちには、先人から受け継いだ遺産を、よりよく、大きくする責任がある。そして、後に続く人たちが、豊かに分かち合えるようにするのだ

 ──万物が躍動する春3月が到来しました。未来部員も元気に新たなステージヘ進んでいきます。

名誉会長 卒業生の皆さん、晴れの門出、おめでとう!
 みんな、よく頑張ったね。一緒に、自分自身の万歳をして、希望あふれる未来を見つめていこう!
 進級する皆さんも、新しい決意に燃えて、模範の先輩と光っていってください。
 日蓮大聖人は、苦難にも負けず心も新たに前進を開始した門下の知らせを聞いて、「春の初めの喜びは、花のように開き、月のように満ちている」(御書1575㌻、趣意)と讃えてくださっています。年の初めに送られたお手紙ですが、新出発をする門下への励ましに満ちています。
 受験で思うような結果が出ず、悔しい思いをしている友もいるでしょう。でも、一生懸命に学んだという“努力の歴史”は誇り高く残ります。“挑戦王の宝冠”として、わが生命に輝きます。
 頑張ったけれども、思うようにいかないことがある。それでも、くよくよしないで、次の戦いを目指して挑んでいく。その人が真の勝利者です。最後に勝つのです。
 悲しいことや苦しいことを経て、人間は鍛えられる。偉大になれる。いつまでも、落ち込んでいてはいけない。
 さあ、胸を張って、明るく前向きに、勇気の一歩を踏みだそう!
      □■□
 ──前回の「未来対話」では、「師弟」について語っていただきました。全国のメンバーから感想や決意が続々と寄せられています。
 「今まで、『師弟』は難しいものだと思っていました。しかし、『師弟』は身近にあるのだと感じました」
 「池田先生は、私たちのことを『愛弟子』とおっしゃってくださ
っています。私は、ここまで信じてくださるのかと思い、とても感動しました」
 「つらい時でも、池田先生を思えば挑戦できるのは、先生と自分の間に『師弟の絆』が存在するからなのだと気づきました。何もこわくはありません。どんな困難にも打ち勝ってみせます」

名誉会長 うれしい。本当にうれしい。
 私も毎日、皆さんと心で語り合っています。皆さんのことを思い浮かべて題目を送っています。
 未来部は私の命だもの。離れていても、会わなくても、生命と生命は、強く固く、結ばれています。
 法華経には、「在在諸仏土 常与師倶生(在在《いたるところ》の諸仏の土に常に師と倶に生ず)」──至るところの諸仏の国土に常に師と共に生まれる──と説かれています。広宣流布の誓願で結ばれた師弟は、永遠に一緒に生き抜き、一緒に戦い抜いていくと約束されているのです。
 創価教育の父・牧口常三郎先生と戸田城聖先生の師弟が、深く敬愛し、学んでおられた人物に、アメリカの偉大な教育哲学者であるジョン・デューイ博士がいます。博士は、教育の目的は絶えざる
「成長」であり、それ自体が幸福であると考えました。教師と生徒が共に学び、共に成長していく──教育の根幹も「師弟」なのです。
 私も、デューイ博士の人生と思想をめぐって、その精神を継承するヒックマン博士、ガリソン博士と語り合いました。お二人との対話でも、「師弟」が大きなテーマとなりました。
      □■□
 ──お二人ともデューイ協会の会長を務められた大学者ですね。
 ガリソン博士は、「ともに探究の道を歩む──創価学会の表現で言えば『師弟の共戦』がきわめて重要になります。師が遙か先を歩んでいても、師弟はともに強い絆で結ばれています」と述べられています。
 ヒックマン博士も、「いかなる危機に直面してもなお貫き通し、さらに強まり成長するような“良き師弟関係”を呼び起こし、称揚する(褒めたたえる)ことがとりわけ重要」と語られています。

名誉会長 師弟は、人間生命の真髄の道です。
 仏法において、師匠と弟子は、一対一の関係でありながら、別々の存在ではない。上も下もない。それを「不二」といいます。
 「師弟」は「不二」なのです。
 ゆえに、どこまでも「共に」進むのです。
 私の恩師・戸田先生も、青年の意見を最大に尊重してくださった。こまかなことにも耳を傾け、青年の真剣な求道心を、心から愛してくださいました。
 私は、折あるごとに、「大作は、どう思う?」「大作の考えを聞かせてくれ」と、意見を求められました。
 “一青年にすぎない私のことを、ここまで信じてくださるのか!”──感動の日々でした。ありがたい師匠でした。
 デューイ博士は記しています。
 「私たちの責任は、受け継いだ遺産としての価値を守り、伝え、改善し、大きくすることである。そして、あとに続く人たちが、私たちが受け継いだときよりも、さらに確かなかたちで、その価値を受け継ぎ、さらに多くの人びとのあいだで、豊かに分かち合えるようにすることである」
 これは、博士の墓標にも刻まれている言葉です。今回は、後継の愛弟子である皆さんに、このデューイ博士の言葉を贈ります。
 ガリソン博士は、「この精神を完全に成し遂げているのが、創価学会なのです」と評価してくださっています。
 少し難しい表現になりますが、「師匠は原理」であり、「弟子は応用」です。師匠に学んだことを、弟子が自身の行動で、何倍にも、何十倍にも広げていく。これが、勝負です。
 私は青春時代、戸田先生から教わったことを生命に刻みつけました。冗談で言われたようなことでも、絶対にいいかげんにしませんでした。
 そして、同志を励まし、日本中、世界中に、恩師の偉大な構想を、具体的に一つ一つ、実現し抜いてきました。

 ──師弟といえば、デューイ博士にも師匠がいたそうですね。
 デューイは、15歳で当時の高等学校を卒業。大学、さらに大学院へ進学し、哲学を専攻しました。この時、モリス教授という師匠と出会います。

名誉会長 モリス教授は、博学の人でした。しかも、それを鼻にかけることなど決してなかった。授業では誠実に、情感を込めて、分かりやすく教えてくれた。
 デューイ青年は、モリス教授の純粋さ、一生懸命さ、常に快活な人柄に魅了され、いっそう勉学に励んでいった。そして、教授に教わった哲学をもとに、さらに偉大な思想を形成していったのです。
 デューイ博士は、自分の子どもに「モリス」という名を付けました。恩師をどれだけ敬愛していたか、伝わってくるエピソードです。
 みんなは「従藍而青《じゅうらんにしょう》」(藍より青し)という言葉を聞いたことがあるかな。大聖人も御書で用いられています。
 青色は、藍という植物の色素から染められますが、もとの藍よりもさらに鮮やかな青になります。
 「弟子は、師匠以上に立派に成長していくべきである」という意味です。
 私にとっては、未来部の皆さんが「従藍而青」の直弟子です。
 ゆえに、君たちよ!
 偉くなれ! 断じて偉くなれ!
 強くなれ! 徹して強くなれ!
 そして羽ばたけ、広い世界へ!
 「師弟不二」なるがゆえに、君も必ずなれる。あなたも絶対にできる。
 創価の師弟に、不可能などありません。わが未来部に、あきらめなどない。断じて、勝利できる!
 私は、永遠に、こう叫び抜いていきます。

 ──「まだ師弟について深く理解できたわけではありませんが、くじけそうな時、池田先生の本を読み、題目をあげると、“今できることをしよう!”と思えます。これが今の私の『師弟の道』だと思います」と、素直な決意を語ってくれたメンバーもいます。

名誉会長 ありがとう。その心こそ、私の喜びであり、大いなる希望です。
 みんなにとって「師弟」の行動は、一日一日の生活の中にたくさんあるんです。
 困難を恐れずに学ぶ。
 父母を大切にする。
 一生涯の友情を築いていく。
 読書に挑戦していく。
 語学を習得していく。
 クラブ活動などで心と体を鍛え抜く。
 いじめを絶対に許さない。
 題目根本で、一つ一つ、目の前の課題に立ち向かっていくことが、自身の勝利となる。
 それが、やがて、民衆の幸福を開く力となり、世界平和を確立する智慧の源泉ともなるのです。
      □■□
 ──「私たち師弟が“題目で固く強く結ばれている”ということは、どういうことでしょうか」という質問がありました。

名誉会長 今、若田光一さんが船長として乗り組んでいる国際宇宙ステーションが、はるかな天空の軌道を回っています。
 遠く離れていても、地球の基地とのやりとりは、電波を使って見事に行われます。発信機が出す強力な電波を、受信機で受けます。受ける側がスイッチを切らなければ、確実に届きます。目には見えないけれど、間違いなくつなかっているのです。
 心と心、生命と生命も同じです。私は、未来部のみんなの大成長を信じ、大勝利を信じて、毎日毎日、題目を送り続けています。
 御書には「題目を唱える声は、十方世界(=宇宙)で届かぬところはない」(808㌻、通解)と説かれるように、最も強い生命の波動です。
 だから、みんなも、自分自身の大成長と大勝利を確信して、題目を唱えてください。
 師弟一体の祈りです。間違いなく、つながります。
 たとえ今、自信が持てなくても何も心配する必要はありません。努力の人には、必ず「自信の太陽」が昇ります。
 大聖人は、「師匠」と「弟子」の心が一致すれば、何事でも成し遂げることができるという方程式を示してくださっています。
 戸田先生は、私を信じてくださいました。
 私も、「戸田先生の弟子なんだから、不可能はない!」と、自らに言い聞かせ、戦ってきました。
 当時は「不治の病」といわれていた結核も乗り越えることができた。どんな迫害にも屈することなく、あらゆる場所で、戸田先生の弟子として、厳然と勝利の歴史を残しました。
 もちろん、若い時代は、常に心が揺れ動きます。自分のことがイヤになる時や、可能性を信じられない時だって、あるでしょう。それでもいい。
 私が、その分、いや、それ以上に、みんなのことを信じている。見守っている。祈り抜いている。
 元気に、明るく堂々と、前進してもらいたい。
 私たちは、いつでも、どこでも、心で対話ができる。一緒に悩んで、一緒に前を向いて、一緒に勝ち進んでいこう!
 みんなには、断じて朗らかな大勝利の青春を進んでほしい。喜びあふれる幸福の人生を飾ってほしい。これが師匠の心です。
 みんなが歩んだ一歩が、そのまま、黄金の師弟の道になる。
 さあ、出発しよう!
 共に歩む勝利の道へ!

 デューイ博士については、教育月刊誌「灯台」の2009年12月号から11年7月号に連載された池田先生とガリソン博士、ヒックマン博士の語らい「人間教育への新しき潮流──デューイと創価教育」を参考にしました。近く、本が発刊されます。
2014-03-09 : 未来対話 :
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「世界広布新時代第4回本部幹部会」「全国壮年部幹部会」「新生・東北総会」へのメッセージ 

「世界広布新時代第4回本部幹部会」「全国壮年部幹部会」「新生・東北総会」へのメッセージ                (2014.3.2 岩手文化会館)

 「世界広布新時代第4回本部幹部会」が2日午後、「全国壮年部幹部会」「新生・東北総会」の意義を込め、盛岡市の岩手文化会館で開催された。これには、原田会長、正木理事長、杉本婦人部長、韮沢東北長、千田同婦人部長をはじめ各部の代表が出席。東北6県20会館と東京・千駄ケ谷の創価国際友好会館を中継で結んで行われた。同会館ではSGI(創価学会インタナショナル)研修会で来日中の9カ国103人の友らが参加した。池田大作名誉会長はメッセージを贈り、岩手、東北の誉れの同志を「希望のルネサンス(復興)の開拓者なり」と賞讃。「冬は必ず春となる」との希望の生命哲学を未来へ語り弘めようと呼び掛けた。

 間もなく東日本大震災から3年。それは、不撓不屈の「みちのく魂」で自他共の幸福に尽くし続ける東北家族の凱歌の調べだった。
 ♪風雪越えし 我等こそ 地涌の正義の 旗頭……
 岩手文化会館と東北6県20会館で、1万3000人による東北の歌「青葉の誓い」の歌声が高らかに響く。
 新生・東北総会を目指し、岩手、宮城、青森、秋田、山形、福島の友は、各部一体で模範の機関紙と弘教の拡大を成し遂げた。
 東北の男子部と学生部は、全国をリードする折伏で新時代の2月闘争を勝ち飾り、創価班・牙城会の大学校生は目覚ましい成長を遂げた。女子部は、題目根本に励ましの対話に徹し、友情の輪を大きく広げた。
 そして今、各県に多くの新会員が誕生。地道な訪問激励を重ね、新しいメンバーが次々と立ち上がっている。
 創価国際友好会館からの中継で、久保女子未来部長、仙台市出身の女子高等部員・今村優美さん(3年)が参加者を紹介。
 フィリピンSGIのダリサイ・セラノ婦人部長が、昨年11月の大型台風の被害に立ち向かう様子を述べ、東北の同志に共戦のエールを送った。
 さらに、1月、イタリア・ミラノで開催された「欧州広布サミット」に集った友から届けられた応援メッセージが上映され、感動の拍手が湧き起こった。
 我らの心は、いつも東北と共に!
 「未曽有の震災にも屈しない東北の皆さんの雄姿に感無量です。“人材の城”の貫禄を垣間見る思いでした」
 こう語るのは、SGI研修会でイタリア・アブルッツォ州から来日したステファノ・フェッランテさん(州壮年部長)。伝統ある旅行代理店の4代目オーナーだ。
 同国では2009年4月、大規模な「中部地震」が発生。アブルッツォ州ラクイラは甚大な被害を受けた。
 フェッランテさんは震災直後から救援活動に奔走。再会を果たした友を抱き締め、「私たちには永遠に崩れない『心の財』がある!」と、渾身の激励を重ねてきた。
 あれから5年。復興への道のりは、いまだ遠い。だからこそフェッランテさんは再び決意する。「『大悪をこれば大善きたる』(御書1300㌻)です。私たちが“希望の光”となって、必ずや愛する地域を寂光土へと変えていきます!」


わが生命《いのち》 福光の春 勝ち開け

私たちは一緒に仲良く常楽我浄の広宣の旅を

 一、私たちは、最も深く、強く、美しい絆で結ばれた、世界広宣流布の同志であり、家族です。この地球を心広々と包みゆく世界市民の大連帯です。
 きょうも海外の宝の友が、あの「3・16」の式典に馳せ参じた草創の青年部に勝るとも劣らない、大情熱の求道の心に燃えて、勇み集ってくれました。オセアニアの皆さん! ペルーの皆さん! イタリアの皆さん! フィリピンの皆さん! インドの皆さん! 韓国の皆さん! 誠にありがとうございます。そして、世界が見つめ讃える大勝利の「新生・東北総会」、晴ればれと、本当におめでとうございます(大拍手)。

大忍辱の力
 一、仏法で説く「寂光土」、つまり究極の理想の国土とは一体、どこにあるのか。それは、この苦悩の現実を離れた、どこか遠くにあるのではない。
 日蓮大聖人は、地涌の菩薩が「大忍辱の力」、すなわち大いなる忍耐の力で妙法を弘通するところに、真の寂光土がある。この忍耐の心が、実は釈尊の心であり、仏の心そのものなのであると結論なされております。
 まさしく、未曽有の大災害の中、東北の友は「地涌の正義の旗頭」として、仏に等しい忍耐の心で、言うに言われぬ苦難を耐え抜きながら、かくも堂々と広宣流布を推し進めてこられました。
 この「東北の凱歌の人々」が、自行化他の題目を唱えに唱えて、辛抱強く貢献されゆく、それぞれの誓願の天地こそ、必ずや「わざはひ(禍)も転じて幸《さいわい》となる」(御書1124㌻)寂光の国土なのであります。
 「極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず」(同329㌻)であります。
 この3年間の一千日、皆さん方は一番大変な時に、一番大変な所で、郷土の復興と広布のために、最大最高の戦いを成し遂げてこられました。皆さんと一家眷属の功徳は、極楽の百千万年をも超えるでありましょう。
 お亡くなりになられた功労者、ご家族、ご友人方も、妙法の光に照らされて成仏の大境涯に包まれていることは、間違いありません。生死を超えて、私たちは一緒に仲良く、常楽我浄の生命の旅を続けていくのです。

頼もしき壮年部よ 負けじ魂の人に

 一、創価の父・牧口常三郎先生の大事な友人を誇りとし、愛してやまなかった平和の先駆の世界市民・新渡戸稲造翁(国際連盟事務次長)は叫ばれました。
 「われわれは新時代の門口に、まさに産みの苦しみの最中に立っているのだから、恐れや悲観にわれわれの希望を挫かせてはならぬ、われわれの勇気をそがせてはならぬ」(『新渡戸稲造全集』第20巻、佐藤全弘訳、教文館)と。
 世界の各地で、災害や異常気象が頻発する現代であるがゆえに、ますます、不屈なる希望の信念と、断固たる勇気の連帯が求められているといって過言ではないでしょう。
 健気なる岩手の友は「希望と開拓」を合言葉に前進してこられました。
 私は、この岩手、そして東北の誉れの同志と声高らかに、「我らこそ、希望のルネサンス(復興)の開拓者なり」と宣言したいのであります。
 どんな災難にも、勇気をもって立ち向かい、絶対に負けない。自らの悲しみの宿命さえも、信心深く見つめ、恐れず惑わず勝ち越えて、悩み苦しむ多くの友を励まし救いゆく、使命の喜びの劇に変えてみせる。
 これが、偉大な東北の父たち母たちをはじめ、日本全国、全世界で、わが創価の同志が、一つ一つ示し切つている見事な体験の実証なのです。

確信の対話で
 一、大聖人は「此の妙法蓮華経を信仰し奉る一行《いちぎょう》(=一つの実践)に功徳として来らざる事なく善根として動かざる事なし」(御書500㌻)と仰せになられました。
 妙法は無限の希望です。この永遠の大法則に則って生きるならば、何ものにも屈しない希望が生まれ、何ものをも打開する希望が広がります。
 私たちの日々の真剣な祈り、地道な励ましの行動、たゆまぬ確信の対話こそが、千年、万年までも人類を導く「立正安国」の大道を開くのです。
 私たちは、「冬は必ず春となる」(同1253㌻)という希望の生命哲学を、地域へ、社会へ、世界へ、いよいよ語り弘め、万人が喜びあふれる大勝利の人生を飾りゆける新時代を、強く朗らかに開拓していこうではありませんか!
 今、嬉しいことに、頼もしき壮年部の奮闘を、太陽の婦人部の皆さん方も温かく喜ばれ、後継の青年部の後輩たちも喝采してくれています。
 大聖人は、壮年部の先達・四条金吾のことを、「極めて負けじ魂の人であり、同志を大切にする人である」(同986㌻、通解)と讃嘆されました。
 わが広布の戦友たる壮年部よ、共々に人間の王者として、この負けじ魂を雄々しく発揮し、人類の幸福と平和の砦である「創価の人材城」を、異体同心の団結で厳然と守護し、断じて勝ち栄えさせていこう!
 終わりに、愛する東北をはじめ全同志に「わが生命 福光の春 勝ち開け」と贈り、私のメッセージといたします。
 大切な皆さん方の健康長寿と無事安穏を強盛に祈ります。お元気で!(大拍手)
2014-03-09 : スピーチ・メッセージ等 :
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名誉会長と共に 新時代を開く 1〜10

名誉会長と共に 新時代を開く

第1回 元気に楽しく使命に燃えて  (2014.1.6付 聖教新聞)

 新しい一年を、我らは最高に晴れやかな新年勤行会から、勇んで出発した。寒風にも負けず、わが同志には広布拡大の息吹がみなぎっている。
 北海道や東北、信越、北陸など豪雪地域の皆様も、どうか、健康第一、無事故第一の前進をお願いしたい。
 私は毎日、全同志の健康と幸福と勝利を真剣に祈っています。
 大難を忍び、妙法を弘められた日蓮大聖人は、「多くの月日の間、読誦しているところの法華経の功徳は、大空にも余っているであろう」(御書1194㌻、通解)と仰せである。広宣流布の誓願の題目に、功徳が満ち溢れる。
 今、友の幸福を願って、正義を語り、大仏法を弘めゆく功徳は無量無辺なのである。
        *   *
 日本でも、世界でも、わが創価の優秀な人材が活躍している。皆、立派に成長している。友情の絆が光り、目を見張るような前進の勢いだ。
 すごい時代になった。
 牧口先生、戸田先生が、どれほどお喜びか。それを思うと、わが心は躍る。師と共に生きる人生は誇り高い。
 常勝の城を永遠ならしめるために、大事なのは、人を育てることだ。信心で、皆が幸福になることだ。
 折伏という戦いのホシをはずさないよう、聡明に、価値的に手を打つことである。
 苦難に負けない人間の輝きこそ、平和への希望だ。
 自らが広布の陣頭に立って、共に戦い、そして勝とう! 皆が「私は悔いなくやりきった」と言える歴史をつくりたい。
 我らの舞台は全世界だ。元気に、楽しく、心広々と、使命に燃えて飛び出そう!

第2回  賢者はよろこび愚者は退く  (2014.1.11付 聖教新聞)

 中国の古典に、「苟《まこと》に日に新たに、日日に新たに、又日に新たなれ」(金谷治訳)とある。
 どんな立場になっても、年齢を重ねても、毎日毎日、変わらなければならない。
 日々前進、日々向上、日々戦い、これが仏法の魂だ。
 広宣流布という大目的に向かって、いよいよ、大事な一年の行動開始である。
 皆の力で、最高の勢いと、最高の希望をもって、新年を出発できました。
        *   *
 心を動かすのは心だ。
 友のために祈るのだ。
 信仰の感激を、確信を、喜びを、ありのままに語っていくことである。
 真心を込めて語れば、「自分の幸せを、こんなに真剣に祈ってくれた」という信用が残る。感動が残る。いつか必ず花開く。
 時には無理解の壁もあろう。戸田先生は、何人もの人から折伏されても、なかなか納得しない人について、「それだけ多くの人に『聞法下種』させて、多くの功徳を与えている人なんだ」と言われていた。
 すぐに弘教が実らなくても、語った分だけ仏縁が広がる。功徳が積める。
        *   *
 日蓮大聖人は「賢者はよろこび愚者は退く」(御書1091㌻)と仰せである。
 皆、誉れある誓願に燃えて、今年は、一重深く、強く、広々と、大賢者の境涯を開きながら、喜び勇んで、一切を勝ち進んでくれたまえ!
 聡明に体を大切にして、風邪など、ひかないように! ますます若返って、私と一緒に戦い、「今生人界の思出」(同467㌻)を創りゆこう!

第3回  信心は全てを好転させる力
  (2014.1.19付 聖教新聞)

 支え合い、励まし合う人間の絆ほど尊いものはない。
 かけがえのない一人の友を救う。自分と縁した一人一人に、勇気と希望を贈り、共に人間革命のドラマを綴っていく。それこそが、最高の生命の勲章と輝く。
 わが同志の涙ぐましい奮闘は、どんなに讃えても足りない。皆、尊い歴史を築いてきた。これからも頑張って、大勝利の人生を飾ってもらいたい。信念を貫き、わが舞台で創価の名優と光ってほしい。題目で自身を磨き、勝ち誇った日々を送ってください。
        *   *
 日蓮大聖人は、婦人部の大先輩ともいうべき、池上兄弟の夫人たちに、「(法華経で即身成仏した)竜女の跡を継ぎ、末法悪世の女性たちの成仏の手本となられることでしよう」(御書1088㌻、通解)と仰せになられました。
 わが婦人部の皆様は、これからも、勇気ある信心と異体同心の団結で、未来永遠に全世界の女性たちの「手本」と光り輝いていってください。
 戸田先生は、健気な同志を励まして言われました。
 「何でも一筋縄ではいかないのが人生だよ。
 しかし、どんなことがあっても、大聖人の仰せ通り、題目を唱え切って、広宣流布に進んでいくんだ。
 そうすれば必ず勝てる。悩みが自分を仏にしてくれる」
 信心は、すべてを良い方向に変えていける力である。
 どうか、この究極の希望の大哲学を高らかに掲げて、わが地域から、新しき仏縁を大いに結び、「世界広布新時代」の勝利の虹を晴れ晴れと広げていってください。
 創価の太陽の皆様、万歳!

第4回  勇敢であれ 大胆であれ
  (2014.1.25付 聖教新聞)

 人材を育てる秘訣は何か。わが子のように、また、弟、妹のように思って接していくことだ。心から幸福と勝利を祈っていくことである。
 会合だけでなく、日々の全てが人材育成のチャンスだ。
 共に祈り、共に語り、共に動く。戸田先生は、そうやって私を、あらゆる機会をとらえ、育ててくださった。
 私は、1年365日、朝から夜中まで、先生のことを忘れない。心は常に師と共に、何十年間も戦ってきた。
 基本を師匠から教われば、あとは弟子がいくらでも開いていける。後継の友よ! 全部、自分たちでやっていくのだ。今こそ伸びるのだ。私は毎日、題目を送っている。
        *   *
 壮年部、とくに王城会が元気だ。よくやってくださっている。いつもありがとう!
 生老病死の嵐を乗り越え、広布と社会で光る皆様こそ王者だ。誰が見ていなくとも、御本仏が御照覧である。
 妙法を弘めた分、どれほどの大福運に包まれることか。自分が、一家が、三世永遠に護られ、栄えていく。
 皆さん方が意気軒高であることが、何よりもうれしい。
 日蓮大聖人は仰せである。
 「各各師子王の心を取り出《いだ》して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、彼等は野干《やかん》のほう《吼》るなり日蓮が一門は師子の吼るなり」(御書1190㌻)
 偉大な師子王の心を取り出した勇者に、恐れるものはない。何があろうと、結局は、正しい仏法を実践し、語り切った者が、必ず必ず勝つ。
 わが友よ、「勇敢であれ」「大胆であれ」「忍耐強くあれ」と願ってやみません。
 負けない人が勝利者だ!

第5回  さあ最前線へ! 青年の心で  (2014.2.2付 聖教新聞)

 伝統の2月だ。頼もしき青年部が、新しい人材が、広布の舞台に打って出て、生き生きと友情を広げている。
 皆、元気でうれしい。
 皆、この大切な一生を、みずみずしい青年の心で生き抜いてもらいたい。私もそのつもりです。
 大いなる地涌の使命に立ち上がる友の勇姿に、私は感動する。なんと尊く、何と偉大な人生か。どんなことがあっても、前へ、前へと進むのだ。必ず勝ち続けて、ますます幸せになってもらいたい。
        *   *
 恩師・戸田先生が第2代会長に就任された当時、私は大森地区の地区委員、すなわち「地区部長」であった。
 「師に直結の地区部長たれ!」──これが私の断固たる決意であった。
 妻も目黒の班担当員となった。つまり「地区婦人部長」として、子供を背負い、手をつなぎながら奔走した。
 ただ師と共に!
 同志のために!
 最前線で戦ってきた。
 誉れ高きブロック長、白ゆり長も、後継の男女青年部も、学会を支える支部長、支部婦人部長も、美しい団結で新たな前進を開始しよう!
        *   *
 組織の第一線で戦う人が尊い。思うように弘教が進まなくても、広布のために悩んでいること自体が、仏の悩みだ。自他共の幸福の種は、すでに蒔かれている。その労苦の中に大功徳が湧く。わが人生も、広布の進展も、いつか必ず花を咲かせる。
 御聖訓に「湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強情に申すなり」(御書1132㌻)と仰せである。必死の祈りが壁を破る。わが地域から世界へ、勝利の旋風を巻き起こすのだ。

第6回  真剣な祈りに勝る力なし  (2014.2.9付 聖教新聞)

 後継のリーダーの奮闘がうれしい。信心の団結が、どれほど強いか。皆さんなら、必ず新しい道を開くことができる。
 大事なのは、広宣流布を進めることだ。人材を育てることだ。同志が皆、幸福になることだ。そのために、深い真剣な祈りで勝ち抜こう!
 宝の同志を心から讃え、励まし合いながら、仲良く、楽しく進んでいただきたい。
        *   *
 幾多の風雪を越えてきた尊き功労の友が、全国におられる。多宝会・宝寿会・錦宝会の皆様! 長い間、強い信念の光る戦い、本当にありがとう。大切な一人一人と、心の握手を交わす思いで見守っています。
 御書には「南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり」(1143㌻)と仰せである。いかなる富や名声も及ばない幸福境涯が、皆さんの心には光っている。
 これからも、妙法を唱え、共に生き抜いて、朗らかな大勝利の人生を送ろう! 体を大事にして、健康長寿の一日一日をと念願しております。
        *   *
 病と闘っている友もいる。日蓮大聖人は、門下を悩ます病魔を「鬼神めらめ」と叱り飛ばされた。心で負けないことだ。広布に戦う皆様を、諸天が護らないわけがない。
 断じて全てに意味がある。大きな悩みがあるから成長する。仏の境涯を開くことができる。変毒為薬の妙法である。
 何があろうと、微動だにしてはならない。一歩も引かないで、御本尊に祈り切るのだ。悩みを突き抜けて、人がどうあれ、堂々と自分自身に生き切るのだ。信心とは、永遠の希望に生きることである。

第7回  広布へ戦う誓願こそ尊貴  (2014.2.16付 聖教新聞)

 雪の日にも、聖教新聞を配達してくださる無冠の友の尊き皆様方に、あらためて、心から深く深く感謝申し上げたい。
 ご健康を、そして、絶対の無事故を、毎日、真剣に祈っております。
        *   *
 2月16日は日蓮大聖人の御聖誕の日である。「民が子」(御書1332㌻)、「旃陀羅が子(=最下層の家の子)」(同891㌻)と自ら明言され、民衆の中に生まれたことを誇りにされた。一切衆生の苦は「日蓮一人《いちにん》の苦」(同758㌻)であると、どこまでも民衆の幸福を願われた。
 その内証が、いかに尊貴であられるか。日寛上人は智慧の尊貴、慈悲の尊貴などとともに、誓願が尊貴であられることを挙げられている。
 全生命を打ち込んで、不退の心で広布へ進む──この大誓願が日蓮仏法の魂である。
 我ら門下も、この誓願に生きゆくゆえに、最高に尊貴な人生を飾ることができるのだ。
 最も虐げられてきた民衆が、最も偉大な存在として輝いていける。何と誉れ高い、希望の群像であろうか。
        *   *
 人の振る舞いに、仏法は光る。深き祈りがあるところ、日々の交流が仏縁に変わる。
 大聖人は門下に、「主の御ためにも仏法の御ためにも世間の心ね《根》もよ《吉》かりけり・よかりけりと鎌倉の人人の口にうたはれ給へ」(同1173㌻)と教えられた。
 社会での活躍でも、信心の上でも、地域貢献でも、「素晴らしい」「見事だ」と言われる存在になる。そこに心の財も築かれる。
 わが舞台で皆から「さすがだ」と謳われゆく、そういう自分に人間革命していこう!

第8回  「よし、やろう!」と一人立て  (2014.2.22付 聖教新聞)

〈未来部の友へ〉
 大切な大切な世界の宝である、未来部の皆さん!
 担当者の皆さんも、いつもいつも、ありがとう!
 2月は、厳しい冬に負けない生命が、グングンと伸び始めていく季節です。
 青春も、苦しいことや、つらいこと、くやしいことに断じて負けない人が、真の勝利者です。
        *   *
 一生の幸福と勝利の土台をつくる。それが、青春の戦いです。
 頑張ったけれども、思うような結果が出ないときもあるでしょう。
 たとえ失敗があったとしても、そういう経験をした人のほうが、強く、大きくなる。人の心が深くわかる人間になれる。
 思い切り全力を尽くしていけば、必ず道は開ける。どんな苦労も、全部、自分をつくるためなのです。
 未来部は、全員が21世紀の主役です。偉大な使命があることを、決して忘れてはなりません。
 何があろうと朗らかに、負けじ魂で進もう!
        *   *
 すべては、自分が「よし、やろう!」と立ち上がることから始まります。
 一人の勇気が、希望の未来を創るのです。
 信心とは、人間として最も強く、最も深い勇気です。
 題目を唱えて、挑戦の一歩を踏みだそう!
 ねばり強く学びぬこう!
 皆さんの成長こそ、私の一番の喜びです。
 題目を送りながら、いつも見守っています。親孝行をお願いします。元気でね!

第9回  折伏精神を堅持して進め  (2014.3.2付 聖教新聞)

〈学生部の友へ〉
 大切な大切な、わが学生部の諸君が、世界の先駆を切って、生き生きと、広宣流布の拡大に奔走している。
 智勇兼備の学生部が、皆、元気で成長してくれて、これほど、うれしいことはありません。後継の愛弟子の健闘を讃えたい。
 これからも一緒に勝ち続けよう! 思う存分、拡大に挑戦してくれたまえ! 私は、ずっと見守っています。
        *   *
 私が学生部と共に深く拝してきた御聖訓には、「法自ら弘まらず人・法を弘むる故に人法ともに尊し」(御書856㌻)と仰せであります。
 妙法は、誰人たりとも、人生の勝利と幸福を開いていける希望の大哲理です。
 いかなる社会にあつても、平和と文化と教育の大連帯を広げていける正義の大法則です。
 この仏法を学び語っていける学生は、世界に諸君以外にいない。何と尊く、何と偉大な青春であることか。
 大事なことは、何があろうと、大いなる「折伏精神」を堅持し切っていくことです。「強い信念」の光る言論を貫いていくことです。
 私は、未来の一切を託しゆく君たちに、「断じて負けじ魂を忘るるな!」 「深い真剣な祈りで勝ち抜け!」と叫びたい。
 どうか、勉学も、進路も、題目を唱え抜きながら、勇敢に、忍耐強く、切り開いていってください。
 一人一人の青春の栄光と勝利を、ただひたすらに祈っています。
 親孝行を頼みます。健康第一で、無事故の前進を!
 世界広布新時代の若き妙法の英才・学生部、万歳!

第10回  信心の喜びを語れば大功徳  (2014.3.9付 聖教新聞)

 広宣流布の戦いの中で、人は育つ。皆、よく成長してくれて、本当にうれしい。
 戸田先生は、発展する組織の要諦を教えてくださった。
 第1に「異体同心の団結、麗しい同志愛で進め!」。
 第2に「一人一人が、絶対の確信に立って、“私が創価学会だ”という学会精神を漲らせよ!」と。
 責任感から、智慧がわく。多忙な中でも、リーダーは、きめこまやな心配りを忘れてはいけない。
 「ご苦労さまです」「お世話になります」「いつも、ありがとうございます」。同志の奮闘に心から感謝し、健康と無事故を祈って、温かい声をかけていくことだ。よく話を聞き、打つべき手を打っていく、スピードも大事だ。
 どうしたら、皆が、心軽やかに、楽しく、朗らかに前進していけるか。そこにリーダーの使命がある。名指揮を、しっかり頼みます。
    *   *
 「仏法の話があるから」と人に勧めて聴かせる。会場で座をつめて座らせてあげる。それだけでも功徳があると法華経に説かれている(随喜功徳品)。いわんや、自分から人のために仏法の話をする功徳は計り知れない。
 信心の喜びを、ありのままに語ればいいのだ。「発心下種」 (妙法を説いて相手が発心した場合)と「聞法下種」(相手が法は聞いたが発心しなかった場合)の功徳は同じである。どうか、伸び伸びと進んでいただきたい。
 御書には、「一句をも人にかたらん人は如来の使と見えたり」(1448㌻)と仰せである。弘教に励む人を讃えることが、喜びを幾重にも広げていく。友の幸福を祈る心に大功徳が薫るのである。
2014-03-09 : 名誉会長と共に 新時代を開く :
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生命の光 母の歌 第6章 「生も歓喜」「死も歓喜」の旅路を

第6章 「生も歓喜」「死も歓喜」の旅路を (2014.3.5/6/7付 聖教新聞)

所願満足の人生を飾れ!

池田 ♪蛍の光 窓の雪 書《ふみ》読む月日 重ねつつ……
 この歌は「蛍の光」といって、ちょうど今の時期、日本の学校では卒業式が行われるのですが、そうした場でよく歌われてきたものです。
 これはもともとスコットランドで、詩人ロバート・バーンズの詩に合わせて歌われてきた民謡です。私が親交を重ねてきたグラスゴー大学のマンロー博士と、その原詩をめぐって語り合ったことがあります。
 「さらば握手を こころの友/さらば握手を まことの友」(岡地嶺訳)──。
 博士は「友人が集まると歌う歌です」と語っておられました。同席されていたフィリピン大学のアブエバ元総長もご一緒に、互いの友情と重なり合う詩歌を味わいました。
 日本で歌われる歌は、原詩から歌詞の表現自体は改まっていますが、麗しき友情に支えられた青春の門出という意味で、この季節に合った歌といえましょう。
 この時期は、私にとっても、創価学園や創価大学などで立派に成長した卒業生たちを送り出す季節です。新たな舞台へと清新な息吹で進みゆく若人に勝利あれ! 幸福あれ! 栄光あれ! と祈りつつ、見守っているのです。

サイフェルト
 そうでしたか! とても余情豊かなお話です。
 池田会長はいつも、生命のエネルギーというか、大きな心で青少年をはじめ人々を包み込まれていますね。とても素晴らしいと思います。
 創価教育の同窓生とも、例えば親を亡くされた時などは “負けてはいけない! 偉く、立派になるんだ! 朗らかにやっていきなさい”と励まされるなど、こまやかなやりとりをされていると伺いました。本当に素晴らしい激励の数々です。
 会長はいつも、「人生と生命にとって、最も大切なものは何か」を教えられています。それは一度触れた人の心に、生涯にわたって残りゆくものと思います。
        ♪
池田 恐縮です。私のことはともかくとして、特に苦悩する人に寄り添い、徹して励ましゆくことは、仏法で説く「抜苦与楽(苦を除き楽を与える)」です。日蓮大聖人が一貫して示されたものでした。
 7歳の時に父と死別した青年には、「他人は五十、六十になり親子で同じ白髪になる人もいるのに、自分は若い身で親と早く別れ、いろいろ教えてもらえなかったというあなたの御心中を推し量ると涙を抑えることができない」(御書1509㌻、通解)とも仰せになっています。
 この青年は、度重なる激励を胸に、大聖人を師と仰ぎ、父とも慕って、立派に後継者として正義を貫き、人々のため、そして社会の中で活躍していきます。
 大聖人はその姿を、「亡きお父さまも、どれほど草葉の陰で喜ばれているでしょうか」(同1508㌻、趣意)と励まされているのです。

サイフェルト とても共感できます。
 私たちはどんな時も、人を激励していくべきだと思います。たとえその時、自分自身が人を激励できるような状況にはなかったとしても──。それは私自身が持とうとしている姿勢でもあります。
 ところで、今、お話のあった「生死」ということは、私の人生における重要なテーマです。前にも触れましたが、私は幼少期から父の手を引いて(父の仕事場である)葬儀へと出掛けていました。死という現象と深く向き合っていました。「なぜ私たちは人生を生きるのか」「そこにはどんな目的があるのか」と問い始めていたのです。
 特に、年を重ねるごとに、私は、今日が、あるいは明日が、“人生最後の日”になるのでは、と思ってきました。ゆえに「不滅の何か」を求め続けているのです。

池田 博士が生死というテーマについて、若き日から思索を巡らせてこられたことは、この対談でも折に触れて語っていただきました。
 「生老病死」という流転は、誰人たりとも避けることのできない人生の現実です。
 ビクトル・ユゴーは喝破しました。「人間はみんな、いつ刑が執行されるかわからない、猶予づきの死刑囚なのだ」(斎藤正直訳『死刑囚最後の日』潮出版社)と。
 ただ“死の時”がいつであるかを知らないだけだというのです。この現実を逃れられる人は一人もいません。にもかかわらず、多くの人は、この根本の「生と死」という問題を避けて通ろうとする。
 大聖人は「先《まず》臨終の事を習うて後に他事を習うべし」(御書1404㌻)と仰せです。
 死に臨めば、名声や財産なども関係ありません。悔いなく、所願満足の人生の総仕上げをいかに飾りゆくか。
 すなわち「いかに死ぬか」を見つめれば、「いかに生きるか」「何のために生きるのか」と、人はもっと深く、もっと真剣に生き方を考えていかざるを得ないはずです。
        
サイフェルト 本当にその通りですね。
 人生において、両親や兄弟、姉妹を亡くしたりすることも自然の摂理です。
 池田会長は、私が夫を亡くし、悲嘆に沈んだ時期にも、真心の言葉をかけてくださいました。
 「生命は永遠で、死は生命の一部です。ご主人は貴女《あなた》の心に生き続けるでしょう。前に進んでください。もっと強く、さらに強くなってください。貴女自身の生を全うするために、貴女は前に進んでいってください」と。
 ずっと覚えています。この過ぎ去りし14、5年間、まさに私はそうやって生きてきました。
 私の場合は、主人が亡くなることが分かっていましたので、心の準備をすることができました。しかし災害などで突然、近親者を亡くされ、深い悲しみを抱えた方々の気持ちは、本当のところ、経験した当人にしか分からないでしょう。
 慰めることなど本来は不可能であり、その人たちにして差し上げられることは、ただ抱きしめてあげることくらいでしょう。そして、悲しみに静かに寄り添ってあげることくらいです。

池田 おっしゃる通りですね。私は思うのです。今月11日で3年となる東日本大震災の時、あの未曽有の惨事にあって、創価の同志にも、自らが被災されたり、中にはご家族を亡くされながらも、他の被災された人たちに寄り添い、心から励まされ、支え続けた方々がおられました。ご自身もどれだけの葛藤と苦しみ、慟哭の日々があったことか。
 その中で、他の人々のために行動されてきた、この方々の振る舞いや一言一言は、多くの人々の強い心の支えとなったに違いありません。
 この方たちこそ菩薩です。仏です。最高に賞讃されるべき方々です。今日までの一日一日の尊い歩みに感謝は尽きません。
 仏法では「生命は永遠」と説きます。そして「法華経を持《たも》つ人は、同じ霊山に行き、会うことができる。亡くなった人もあなたも同じく法華経を信じられているので、必ず同じところに生まれてきますよ」(同1508㌻、趣意)と示されております。
 家族であっても、友人であっても、生きている間、ずっと一緒にいられるわけではありません。
 しかし、亡き家族、亡き友は、自身の胸の中に常にいる。生死を超えて一体である。
 そして、新しい生命で生まれてくることができる。同じ妙法を信じて、また身近に、一緒になっていける──そのように仏法は教えています。

サイフェルト 心から感動します。
 人は、死を文明から追いやろうとしているといえます。死の存在に気付いても、できれば自分の身には降りかかってほしくない。寿命が延びたことで、ますます、死から目を背ける状態が続いているのではないでしょうか。
 死に関して“何も知りたくない”という姿勢は、全く誤ったアプローチだと思います。死を理解することが、人生を、そして生命を、よりよく知ることにつながるからです。死というものを真摯に受け止めなければならないのです。

確かな生死観が「今」を輝かせる

サイフェルト博士
落ち込んでも頁をめくれば新しい章が始まる。人間の目は常に前を向いています
池田SGI会長
現実と向き合い、価値ある生き方を! 私たちの日々の信仰の目的もそこにある

池田 貴国オーストリア出身の哲学者イリイチ氏は、医学の進展が社会に及ぼした影響の一側面について、こう考察しています。
 「医師が人類と死のあいだにふみ込んだとき、死は四百年前にもっていた密接さや親しみを失っていた」(ロバート・フルトン編、斎藤武・若林一美訳「死と社会の変遷」、『デス・エデュケーション──死生観への挑戦──』所収、現代出版)と。
 この数百年で、死の捉え方が変容し、一面から見れば、、今や人間の病気も死も、医療システムの管理下にあるというのです。もちろん、医学を否定するものではありません。
 ただ、さまざまな病気を医学によって克服でき、寿命も大きく延ばせた半面、生死という問題を自分自身で直視することを避けてきた側面は否めないでしょう。
 ある仏典に、大切な人の死を、どうしても受け入れられない婦人の逸話が記されています。
 男の子を亡くした母親が、生き返る薬を探し歩いていた。悲嘆に暮れる彼女と出会った釈尊は「今まで死者を出したことのない家からケシをもらってくれば生き返らせることができる」と教えた。しかし、そんな家はどこにもなかった。そこで、この母は、死は世の定めであり、皆がその苦しみ、悲しみを乗り越えて生きていることを知ったのです。そして正しい人生の道を求め始めました。
 ともすれば、現代社会は、釈尊と出会う前のこの母親のような考え方が蔓延する社会になっているといえるかもしれません。
 サイフェルト博士が言われるように、確かな生死観を持ってこそ、今を大切に生きようと誓い、より一層、生も輝きを放ちます。自身の人生に大いなる意味を見いだすこともできるのではないでしょうか。

サイフェルト そう思います。ここにカードがあります。主人が亡くなった時、私の考えていたことが書かれていますので、ちょっと聞いていただけますか?
 いわゆる、主や神といった存在への願いの数々です。
 当時、私は、「どうか、生の要諦を理解するために、死の奥義について教えてください」と綴りました。さらに、「主よ、生と死の境界の壁を取り壊し、私たちが彼岸を感じ取ることができるようにしてください。主よ、私たちの死は終わりではなく、円熟なのだと」と。
 もう1枚あります。そこには、こんな死生観が記されています。
 「私は死んだのではありません。境界を破り、新しい岸へ辿り着いたのです。新しい肉体と魂をもって、新しい天と地で、新たに考え、感じていくのです。そこでは、私は、それ以前とは比べものにならないくらい貴方《あなた》たちの近くにいます」と。
 思えば、私がこうした超越的な考えを持つようになったのは、プラトンの(著書『国家』で用いられた)“洞窟の比喩”を知ってからでした。

池田 プラトンは、現実社会で生きる普通の人間を、洞窟の中に拘禁された囚人に例えていますね。
 身動きできない囚人は前方にしか目を向けることができず、後方からの光が洞窟に映す「物の影」のみ見ることができる。ゆえに囚人は「影」を実体そのものと思って錯覚する──。
 この“洞窟の比喩”は、他の識者の方々との語らいでも触れてきました。
 イラン出身の平和学者マジッド・テヘラニアン博士は、「この比喩でいう『拘禁』はすなわち『無知』を譬えたものです。『無知』から自身を解放してはじめて、人は『錯覚の鎖』を脱し、洞窟外の清浄な光を経験できるのです」等と語られていました。
 人類は、この無知の闇、なかんずく根本の生命への無知を、いかに克服していくか──。これが対談の一つの大きなテーマでありました。
 テヘラニアン博士は、生死観についても、一神教のイスラムと仏教では相違があるものの、「両者は深く通じ合うと私は確信しています」と言われていました。
 さらに、「人間は永遠なる自然の一部であることをあるがままに認識できれば、死の恐怖や欲望に結びつく種々の不安から自由になるのです」「そして、そのとき、人は、他者への奉仕に、よりよく献身できるのです。この献身のなかでは、他者の幸福が自身の幸福になるでしょう」とも強調されています。
 西洋と東洋の生死観については、前回、話題になったヨーロッパ統合の父クーデンホーフ=カレルギー伯爵とも語り合いました。伯爵が、西洋を代表する宗教であるキリスト教の生死観を取り上げ、次のように指摘されていたことが、深く心に残っています。
 ──ヨーロッパでは、人生は一冊の本のようなもので、全ページをめくり終わると死がある。
 これに対し、東洋の生死観に重大な影響を与えた仏教の考え方では、生と死は、いねば本の中の1ページであり、ページをめくれば次のページがあるように、常に生と死を繰り返すと考える──と論じられていました。
 さらに伯爵は「多くの教育あるヨーロッパ人は、それに近いものを信じている」と指摘し、仏教とも通ずる来世観である輪廻転生説を持っていたヨーロッパの偉大な哲学者として、ピタゴラスそしてプラトン等の名前を列挙されていました。
 その上で、「大部分のキリスト教徒は、人間は一度だけ生まれるのであって、二度と生まれることはない、と信じています」とも語っておられました。
 ともあれ、幾多の思想や宗教が「生死」という問題を探求してきました。これは人間の歴史における厳然たる事実といえましょう。
 それは、万人の希求でもあったわけです。
        ♪
サイフェルト 繰り返しになりますが、私は自身の生い立ちや両親との関わりによって、早い時期から死という現象に触れ、死の存在を理解するようになっていました。
 それは恐らく、私自身の内面においての理解であり、無意識的なものだったと思います。誰かに言われたり、教わったりしたことはありませんでした。
 しかし、何か他の次元の生命があって、「生」とは、それが、どう有形化するのかというところに帰着すると知っていたのです。
 そして、この考え方に再び巡り合ったのが、池田会長と初めてお会いした時だったのです。
 会長との対話は、まさに協和音を奏でるかのようでした。というのも、ヨーロッパではどちらかというと、「死」や「生死」といったテーマは、静観され、客観視されがちです。できることなら、触れずに思考から追いやってしまいたいという姿勢が主流なのです。

池田 よく覚えています。私は、法華経寿量品の「方便現涅槃(方便もて涅槃を現ず)」との一節を申し上げましたね。
 朝の目覚めから一日が始まり、日中、一生懸命に働く。夜になれば、疲れた体を休めるために睡眠を取る。そして生き生きとした次の日の目覚めがある──それと同じように、今世の尊き使命の人生を終えて、また新たな活力ある生命力を得るために「死」という“方便”の姿を示す。
 こうして「生」と「死」を繰り返しながら、生命は永遠に続いていく。しかも、個々の生命は、大宇宙の生命と律動しており、宇宙の大法則に則って、蘇生と希望のリズムを奏でていく──。
 このように仏法の法理は示しています。

サイフェルト オーストリアでは、昔からそうだったのですが、死は隠蔽するもの、という見方が中心的です。死期を迎えた人たちは、あまり人目につかない小部屋に移され、医師が患者の死を確認する。その瞬間は、人生のネガティブな時と見なされるのです。
 ここがとても大切な点だと思うのですが、死は生命の一部であって、若い世代の人たちに対しても、その点を肯定的な意味合いをもって、真摯に教え伝えるべきです。
 「死」を忘れた人は、「生」を充実させることも忘れます。我々はテレビを見に生まれてきたのでしょうか。人の悪口を言うために生まれてきたのでしょうか。戦争をするために生まれてきたのでしょうか。そんなことはないはずです。「死」を直視する人は、寸暇を惜しんで自分を磨き続けるはずです。

池田 大事な点てすね。私はかつて、アメリカのハーバード大学で「21世紀文明と大乗仏教」と題して講演しました。
 その論点として、近代社会は死の問題から目をそらし、生のプラスイメージに対して、死は悪であり無であり、不条理であり暗である等々、あまりにもマイナスイメージで捉えてきたことを指摘しました。
 しかし、「死を忘れた文明」は、必然的に真の生命の尊厳性を忘れさせ、物質的豊かさや富が全てであると暴走させて、人間の倫理観や道徳観を極端に弱めてしまった。20世紀が「メガ・デス(大量死)の世紀」となってしまったのは、そうした現代文明の延長線上の帰結といえるのではないでしょうか。
 何より、死の問題に真正面から取り組み、生命観、死生観を確立することこそ、21世紀の最大の課題です。
 前にも申し上げたように、仏法においては、死とは次の生への充電期間のようなものであり、決して「忌《い》むべき」ことではないと教えています。信仰の透徹したところ、「生も喜び」「死も喜び」であると説き明かしているのです。

サイフェルト よく分かります。もちろん、生死に関する知識や認識があったとしても、喪失感による心の痛みがあることに変わりはありません。これは自分自身が感じる痛みで、私たちは人間なのですから。
 でも、主人との別れを振り返ると、あのような経験ができたことに対して、神への感謝が湧いてきます。
 たとえ落ち込んでいる時でも肩を落とさず、「よし次だ」とページをめくれば新しい章が始まります。悲しむ必要はないのです。もちろん、どこにいても人は傷つくものですが、実際に人間の目というものは常に前を向いているのであって、決して後ろを向いてはいないのです。

池田 その通りです。
 「生命は永遠」であるがゆえに、希望を持って少しでも前へ、前へと進んでいく。亡きご主人も、その姿を喜び、見守られているに違いありません。何よりも博士は、天職である音楽を通して人々に生きる歓び、希望と勇気を贈り続けてこられました。
 ドイツの音楽家クララ・シユーマンが若き日に綴った言葉があります。
 少々長くなりますが、彼女はこう言っています。
 「芸術はやはりすばらしい天与です! 自分の感情に、音の衣《ころも》を着せるほどすばらしいことがあるでしょうか。悲しい時には、なんという慰めでしょう。また芸術によって、幾多の人に晴れやかな時をつくってやるということは、なんという楽しみ、なんというすばらしい考えでしょう! そしてまた、命をかけてもそういう芸術に身を捧げるということは、なんという崇高な感情でしょう!」(ハンス・W・ベール編、山口四郎訳「愛のデュエット」、『世界教養全集37』所収、平凡社)と。
 彼女は36歳で最愛の夫、大音楽家ロベルト・シューマンと死別しました。言い知れぬ悲しみと戦いながら、音楽や家族、次世代の育成に一身を捧げた生涯は、サイフェルト博士の姿とも重なる思いがします。

サイフェルト ありがとうございます。私にとって、主人が亡くなった時のことは、とてつもなくつらいものでした。彼は骨肉腫で亡くなりました。健康だったのが、たった5カ月もしないうちに死んでしまったのです。
 それは、私たちの結婚記念日である7月13日のことでした。主人の容体が急に悪くなり、急性腎不全で病院に搬送されたのですが、原因が分かりませんでした。
 一気に20歳も老け込んでいく彼を、ただ見ているしかありませんでした。
 でも私には、魂が不滅であることへの絶対的な確信がありました。いつも主人と確認し合ってきたことは、わが国の女性詩人バッハマンの“真実をしっかりと見据えていこう!”との言葉でした。
 ところで、覚悟をするために準備の機会を与えるという意味で、相手には、きちんと病名や病状を告知し、真実を伝えるべきではないでしょうか。自分に残された時間が一体どのくらいかが分かれば、その時間は愛に包まれながら準備をすることができる大きなチャンスだと思うのです。

池田 大事な問題提起です。お話のあった告知の問題は、人それぞれ、状況の違いもあるでしょう。
 告知するかどうかは当事者で決めるほかありませんが、告知されても、それを受け止めるのが難しい場合があるとも聞きます。
 医師や看護師、また家族など周囲による聡明で忍耐強い関わりも必要でしょう。
 大切なのは、おっしゃるように、互いに支え、支えられながら、いかに病気と向き合い、その現実に立ち向かいつつ、価値ある生を生きていくかではないでしょうか。
 私も、病と闘い、反対に周囲の人々を励まし、清々しい感動と勇気を与えながら亡くなられた多くの方々の姿を知っております。
 悔いなく生き切り、死に臨んで恐れないという不動の確信を持つ──それは、なんと偉大な人生でしょうか。私たちの日々の信仰の目的も、そこにあるわけです。
        ♪
サイフェルト おっしゃる意味は分かる気がします。
 あの時、主人に私の気持ちを伝えるため、ベッドのサイドテーブルに蝶を模したカードを置きました。そこに「毛虫が蝶になるように、人間も解放されるのだ、飛び立て! この困難から飛び立て!」と書き記したのです。執着を断ち切ることの大切さを込めました。
 私自身、今もよく考えることなのですが、私にも、いつか執着を断ち切り、自分を解放しなければならない日が来るのだろうと思っています。この問題は本当に重要なことだと思いますし、私にとって生まれた時からの最大の関心事なのです。

池田 今、蝶の飛翔の例えがありました。蝶は抜け殻を残して大空を自在に羽ばたいていきます。
 ご主人は博士の深い愛情に包まれながら、安祥として次の生へ飛翔していかれたと私は確信します。
 私も仏法者として、ご主人の追善回向をさせていただいております。
 博士ご夫妻と最初にお会いしたときにも、語らいのテーマは文化へ、そして自然のうちに、人生や生死へと向かいましたね。あの夏の夕暮れに語り合った時のご夫妻の仲睦まじい様子を一幅の名画のように思い出します。
 「生死」については、いくら客観的、理論的に認識しても、それだけでは、根本的な解決にはなりません。真の幸福とは、その人自身の生命の次元において、深く確かに感じ取っていくものではないでしょうか。
2014-03-09 : 生命の光 母の歌 :
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希望の大空へ ~わが愛する王子王女に贈る~ 21〜23

第21回 新しい朝を、新しい自分を (2014.1.1 少年少女きぼう新聞掲載) 

 さあ、2014年のスタートです。
 少年少女部のみなさん、あけまして、おめでとうございます!
 もう、今年の目標を決めたという人もいるでしょう。自分は、どんな挑戦をしようか、今、ちょうど考えているという人もいるかもしれません。
 学会は「世界広布新時代 開幕の年」というテーマをかかげ、さらなる前進を開始しました。大きな目標は、創立100周年を迎える2030年です。みんなが、学会の中心となって活躍しているころだね。
 私にとって、最大の楽しみです。
    * * *
 ところで、みんなは、学会の先ぱい方が会合などで、新しい挑戦を決意するとき、よく「人間革命していきます!」と言われるのを聞いたことがありませんか?
 「人間革命って、なんだかむずかしそうだな」と思ったことも、あるかもしれません。革命とは、かんたんに言えば、大きく変わることです。自分自身が大きく、より良く変わっていくことです。
 そのために大事なのは「心」です。心を変えることです。そして、自分が、正しい方向へ、平和と幸福の方向へと、力強く進んでいくことです。
 「人間って、心の持ち方一つで、強くなるもんだなあ」と、私の人生の師匠である戸田城聖先生が書かれた本に出てきます。さらに、“こんなむずかしいことできないよと思うか、よしやってやろうと思うか、紙一枚ほどのちがいだ。必死にがんばると、今まで持っているのに出せなかった力が、わいてくるんだ”──と。
 同じように、みんなも感じたことがあるんじやないかな? 実際に、心が変われば、自分の行動が変わります。行動が変われば、まわりの環境までも変わります。
 心が決まれば、すべてが開けるのです。
 「人間革命」とは、その人が、どんどん強く、正しく、立派になることです。自分のことが、大好きになれるんです。目標や願いをかなえられる自分に、大きく成長していくことなのです。
 みなさんのお父さんやお母さん、おじいさんやおばあさん、学会のお兄さんやお姉さん、同志の方々は、この「人間革命」に毎日毎日、挑戦しているのです。
 それを可能にするのが唱題であり、学会活動です。そうすれば、どんな時でも心に太陽をのぼらせ、希望を持つことができる。
 創価学会は、この「人間革命」をしていく人々の集まりなのです。
    * * *
 じつは、人間革命といっても、日ごろの生活の中にあります。
 丈夫な体になることも、忘れ物をしなくなることも、めんどうな準備や後片づけができるようになることも、今までできなかったことが一つでもできるようになれば、全部、人間革命です。勉強がきらいだった人が、「勉強しよう!」「努力しよう!」と決意して、一歩でも前進できたなら、それも、みごとな人間革命なのです。
 たとえ、すぐに願った通りにならなくても、君やあなたが人間革命に挑戦していけば、自分では分からないかもしれないけれど、それまでの自分とは急速に大きく変わっています。ぐんぐん成長しています。
    * * *
 私は、この人間革命ということを、戸田先生に教えていただきました。先ほど紹介した戸田先生の本も、『人間革命』という題名でした。
 そこでは、戸田先生がモデルの主人公が、「ぼくの一生は決まった!」と叫び、世界の平和と人類の幸福のための広宣流布を誓って終わります。
 その言葉通り、戸田先生は戦後、わずかな人数しかいなかった学会を大発展させ、日本の社会のなかに、平和と幸福の大道を開かれました。
 弟子の私は、この広宣流布の大事業を受け継ぐとともに、恩師の偉大な歴史と精神を後世に残すため、ペンをにぎりました。
 師匠の偉大な人間革命の道に弟子が続くのが本物の師弟です。ゆえに、題名も同じ小説『人間革命』としました。書き始めてから今年の12月で50年になります。
 この間、高熱が続き、氷で頭を冷やしながら書いたことも、疲れてペンを持つ手に力が入らず、書く内容をテープに録音したこともありました。日本中、世界中の同志が小説の掲載を待っているから、がんばりました。「人間革命の人生を伝えることが、みなの勝利と幸福につながる」と信じて、私は書き続けてきました。
 同志のみなさんのおかげで、新聞の連載回数は、この『人間革命』と、それに続く『新・人間革命』という二つの小説を合わせて6700回をこえました。ただただ、感謝でいっぱいです。
 今は聖教新聞に、大好きな創価小学校の歴史をちょうど書き残したところです。(第27巻「若芽」の章)
 小説には、たくさんの学会員の方々の「人間革命」の姿をえがきました。戸田先生お一人から始まった偉大な人間革命は、やがて多くの人が続き、その流れは大きな河のようになったのです。今もなお、日本だけでなく、世界のあの地この地で、人間革命のドラマがくり広げられています。
 学会は、今や世界192カ国・地域に広がり、地球上で平和と幸福を願う題目が、24時間とぎれることはありません。まさに戸田先生が、願われた通りになりました。
 太陽がのぼれば、すべてを明るく照らすように、一人の人間革命は、自分が輝き、まわりも輝かせます。自分が明るくなれば、家の中も、クラスも明るくなる。クラスが明るくなれば、学校も明るくなる。学校が明るくなれば、そこから素晴らしい人材が羽ばたいて社会も明るくなる。人類の歴史だって明るく変わっていくでしょう。
    * * *
 人間革命は、「自分はこうなりたい! こうなろう!」と目標を決めて題目を唱え、祈るところから始まります。
 毎日、必ず新しい朝が来るように、毎日、新しい自分に成長していくのです。
 「きょうこそ、がんばるぞ!」と新しい一日を、「今年こそ、決めたことをやりぬくぞ!」と新しい一年を、どうかスタートしていってください。この一年を、大いなる「人間革命の年」にしていこう!
 「世界広布新時代」の開幕とは、みんなの人間革命の出発から始まるのです。
 私も小説『新・人間革命』を、今年も、そしてきょうも、今まで以上の決心で書いていきます。
 くれぐれも、かぜなどをひかないように。お元気で!

第22回 夢のつばさを広げよう! (2014.2.1 少年少女きぼう新聞掲載)

 きびしい寒さが続いています。みんな、風邪などひいていないかな。
 私は、小さいころ、体が弱くて苦労したから、みなさんが健康で、じょうぶに育ってくれるように、毎日毎日、真剣に祈っています。
 まもなく2月11日。私の人生の師匠・戸田城聖先生のお誕生日です。寒い北国の石川県に生まれ、北海道で育った戸田先生は、「冬にきたえよう!」と言われていました。少年少女を、「冬は、引っこみ思案になって過ごす時ではない。きりっとした、身のしまるような気候の中で、春にそなえて活力をたくわえる時である」とはげまされたこともあります。
 進級や卒業の時を迎える春は、もうすぐそこまで来ています。どうか、寒さに負けず、一日一日を元気いっぱいに楽しく前進していってください。
    * * *
 今月は、ロシアのソチで冬のオリンピックが開幕します。6月には、ブラジルでサッカーのワールドカップもはじまります。
 さらに6年後の2020年には、オリンピック・パラリンピックが、東京で開かれます。信濃町の創価学会の総本部のすぐ側に新・国立競技場が築かれ、中心の会場になります。今の未来部のみなさんの中からも、きっと出場する人が出るでしょう。
 大好きなスポーツの道で、世界の大舞台へ躍り出ることを夢見て、チャレンジしている友もいると思います。
 「夢」は希望です。「夢」は力です。
 現在のオリンピック(近代オリンピック)も、古代のギリシャで行われていたスポーツの祭典を復活させたいという「夢」から生まれたものです。
 「夢」が未来を開いてきたのです。
    * * *
 みなさんは、人類で最初に宇宙飛行の夢をかなえた人はだれか、知っていますか?
 そう、1961年、宇宙船ボストーク1号から「地球は青かった」という有名な言葉を発した、ロシアのガガーリンです。
 日本を訪れた時、子どもたちにも、宇宙から見た地球は「やわらかい大風船のような感じでした。青い光にかこまれて、ほんとにきれいでした」と語り、大宇宙への夢を広げてくれました。
 このガガーリンが大空へのあこがれをいだいたのも、みなさんと同じ小学生の時です。飛行機のパイロットとの出会いから、夢をふくらませていったのです。
 しかし、夢の実現は、遠く、けわしい道のりでした。家がまずしかったので、働きながら夜の学校に通い、また図書館から本を借りて、学び続けたのです。
 苦労の連続でも、心は楽しく、はずんでいました。
 いつの日か、空を飛んでみせる──その大きな夢を忘れなかったからです。自分で自分に“きっと夢はかなえられる”と言い聞かせて、はげましていたのです。
 戸田先生は、夢は「大きすぎるくらいで、ちょうどよい」と言われました。なぜか? はじめから小さな夢では、何もできないで終わってしまうからです。
 未来の「夢」と、今の自分を比べてみると、まるで地球と宇宙の果てまでぐらい、遠くはなれていると思えることがあるかもしれません。
 でも、みなさんは、すごいロケットをもっています。「努力」という生命のロケットです。このロケットが、夢へ向かって、みなさんを運んでくれるのです。
 毎日の学校の勉強も、全部が、この「努力ロケット」の燃料になります。
 ガガーリンが、学校の先生から教わって大切にした信念があります。それは「成功は勇気のある人間にあたえられる」でした。
 夢をかなえるためには、「勇気」をもつことです。「やってみよう」と思って、挑戦の一歩をふみ出す勇気です。
 そして、思うようにいかないことが立ちはだかっても、へこたれず、あきらめず、努力をつらぬいていく勇気が、勝利の道を開くのです。
    * * *
 私も、子どものころから、いっぱい夢がありました。
 一つは、本を読むこと、文を書くことが好きだったので、新聞記者になりたい。さらに、みんなに勇気と希望をおくる物語を書き残したいと思いました。
 また、暗い戦争の時代だったので、日本中の駅に桜の木を植え、花を咲かせて、みんなの心を明るく晴れやかにしたいという夢もありました。
 戸田先生とお会いして仏法にめぐりあったのは、19歳の時です。
 戦争を起こした権力と勇敢に戦いぬいてきた戸田先生には、大きな大きな夢がありました。それは、「この世から、一切の不幸と悲しみをなくす」。そして「世界中の人に幸せをもたらし、平和をつくる」こと。すなわち、広宣流布という夢です。
 そのすばらしい夢を、私は大好きになりました。
 いつしか、先生と同じ「夢」を実現することが、自分の夢になっていったのです。
 この広宣流布という何よりも大きな夢をめざして、けんめいに努力し、題目を唱えていく中で、ふしぎなことに、子どもの時の夢も、一つ一つかなえていくことができました。
 「新聞記者」の夢は「聖教新聞」を発行することで──。
 「物語」の夢は小説『人間革命』 『新・人間革命』を執筆することで──。
 そして「桜」の夢は、日本と世界の各地への「桜の植樹」となって実りました。
 たとえ、夢がすぐに実現しなくても、祈って努力したことが、あとになって、必ず生きてくるのが、題目の力なのです。
    * * *
 子どもたちの幸福のための学校をつくることも、戸田先生の大きな夢でした。それは、戸田先生が、師匠の牧口常三郎先生から受け継がれた夢でもありました。そして「私の時にできなければ、大作、頼むぞ」と、私に夢のバトンを託されたのです。
 その夢をかかげて創立したのが、創価学園、創価大学・創価女子短期大学、そしてアメリカ創価大学です。創価幼稚園も、札幌をはじめ世界の各地に誕生しています。
 創価の「平和」と「文化」と「教育」の連帯を、世界192カ国・地域に開いてきました。
 牧口先生・戸田先生の夢を、一つ一つ、みなさんのおじいさんやおばあさん、お父さんやお母さん方と実現してきたのです。
 師匠と弟子の一体の夢を見つめて、私はここまで元気に挑戦を続けてきました。
 これからは、みなさんが思いきり夢を実現してくれることが、私の一番の夢です。
    * * *
 みなさんには、自分にしかできない夢が必ずあります。今は見つからなくても、目の前の課題に真剣に取り組んでいけば、自分が本当にやりたいと思うことが、必ず見つかります。
 未来には、君が、あなたが、思う存分、活躍できる使命の舞台が待っています。
 みなさんの中から、偉大な教育者も科学者も文豪も、大政治家も大実業家も、大スポーツ選手も大芸術家も、ありとあらゆる分野の力ある人材が育っていくでしょう。そう思うと、私の胸は躍ります。
 どうか、大きな心で、大きな夢を広げてください。前に進む限り、夢の世界は無限に広がります。
 さあ、自分にしかない「夢のつばさ」を大きく広げて、希望の大空へ飛び立とう!

※ガガーリンについては、小学館発刊「中学生の友 二年」1962年8月号の記事、ガガーリン著「地球は青かった」岸田純之助訳(『少年少女20世紀の記録』あかね書房、所収)。

第23回=最終回 友情の花咲く大樹に (2014.3.1 少年少女きぼう新聞掲載)

 太陽の光に、だんだんとあたたかさを感じるようになりましたね。
 でも、冬から春への変わり目には、寒さがぶり返したり、大雪がふったり、ふだんとちがうことが、しばしば起こります。
 みなさんにも、思いもよらないことが起こる時があるでしょう。そういう時こそ、大きく成長できるチャンスなのです。
 桜の前線は、日本列島を北上し、やがて、東日本大震災から3年目の春を迎える東北に到達します。被災した各地の会館に、震災の後に植えられた“福光桜”も、らんまんと咲きかおることでしょう。
 “福光桜”は、どんな困難も一緒に乗り越えて前に進みゆく、東北の友の「負けじ魂」と「友情」のシンボルです。
 また、創価大学には、「周桜」 「周夫婦桜」という桜の木もあります。
 中国の周恩来総理ご夫妻と私たちとの変わらない友情を未来へ伝える桜です。
 友情は、宝です。
 友情は、幸福です。
 友情は、平和の源流なのです。
    * * *
 日蓮大聖人は、「植えた木であっても、しっかりした支えをそえれば、大風が吹いたとしても、たおれません」(御書1468㌻、意味)と語られています。
 どんなに大きな木も、最初は、小さな木から成長が始まる。その小さな木を植える場合、一番に大切なことは、根っこが大地に根づくかどうかなのです。
 根が大地に深く広がっていかなければ、少し強い風が吹いただけで、簡単に倒れてしまう。
 だから、木が若い間は、しっかりした支えになる棒をそえて育てます。
 そうすれば、どんな大嵐にも負けない、立派な大樹へと育つのです。
 これは、人間にも同じことがいえます。
 勉強でもスポーツでも、「つかれたな」「やめたいな」などと思った時に、「負けるな!」「がんばれ!」と友だちから応援してもらえたら、元気がわいてくるでしょう。
 自分一人だったら、とっくにあきらめてしまうことも、友だちがいれば、最後までやりぬくことができるものです。
    * * *
 世界中で愛読されている、モンゴメリーの名作『赤毛のアン』を、読んだことのある人もいるでしょう。
 主人公のアンは、小さい時に父母を亡くした少女です。めずらしい赤いかみの毛で、ほおには、そばかすがたくさん。人々から悪口を言われることもありました。
 でも、アンには“負けない心”がありました。どんなつらいことがあっても、明るく、たくましく心のつばさを大きく広げました。
 「心」がかがやくアンのまわりには、どこへ行っても、いつも、笑顔のお友だちがいっぱいでした。アンは、そんな友だち一人一人をとても大切にしたのです。アンは言います。
 ──大人の入り口に立つと、新しい悩みが次から次に生まれてくる。でも、私にはいい友だちがおおぜいいるから、きっと、立派になれるはずよ──と。
 友情は喜びを2倍にし、悲しみを半分にしてくれます。
 友だちとの友情が、人生を楽しく、価値あるものに高めてくれるのです。
 春は、進級やクラスがえなどがあって、新しい友だちとの出会いの季節ですね。
 中学校に進学する6年生は、ちがう小学校の出身者もいたりするから、不安に思うことがあるかもしれません。
 今回は私が、みんなに役立つ、友だちをつくる「ひけつ」を教えましょう。
 それは「自分から声をかける」ことです。
 “人類の教師”といわれ、仏教を説いた「釈尊」も、仏のふるまいとして、自分の方から先に話しかける人でした。
 はじめて会った人でも、同じ人間として声をかけていく勇気、そして相手が自分と意見や考え方がちがっても「仲良くしていこう」と語り合っていく大きな心──これがあれば、必ず友だちができます。
    * * *
 時には、友だちと意見が合わず、ケンカになってしまうこともあるでしょう。
 そんな時も、自分から声をかけて仲直りすることが大切です。
 それさえできれば、今まで以上に仲良くなれるでしょう。私もそうしてきました。
 あやまる時は、ちゃんと相手の目を見て言おうね。そうすれば、ケンカをしても、反対に“仲良くなるチャンス”になります。
 ただし、「いじめ」は、まったくちがいます。絶対に許してはいけない暴力です。
 いじめられて相談することは、決して、かっこ悪いことではありません。「心配をかける」などと考える必要もありません。声に出すのがむずかしかったら、手紙などでもいい。味方は、いっぱいいます。
 私は、そして学会は、断じて、いじめられている人の味方です。
 苦しくて苦しくて、死ぬほどつらくても、かけがえのない自分の「いのち」を絶対に守りぬいてほしい。自分を大切にしてほしいのです。
 いじめられた人は、必ず偉くなっています。幸福になっています。いじめた方は、最後はダメになっている──これが世界の指導者とお会いして学んだ私の結論です。
 どんな人だって、おじいさんやおばあさんたち、お父さんやお母さんから、大切な「いのちのバトン」を受け取って生まれてきました。必ず、君にしかない、あなたにしかできない、自分の使命があることを、どうか忘れないでください。
 一人一人の「いのち」を大切にする社会をつくるため、私たちは題目を唱え、世界の平和を祈っているのです。
    * * *
 「生きること」は、「よき友だちをつくっていくこと」です。“今、親友と呼べる友だちはいないなあ”と思っても、あせる必要はありません。必ずできます。
 世界の平和と全人類の幸福を実現する「未来の広宣流布」も、みなさんが、よく学び、よく祈り、よく生き、よき友をつくって広げていくなかにあります。
 春に花咲く、桜、梅、桃、李には、それぞれのよさがあります。仏法では「桜梅桃李」といって、人間も“自分らしくかがやくことが大切”と教えています。
 みんなは、学会創立100周年の2030年には、どんな自分らしい花を咲かせて、立派な大人になっているだろうか──私は、考えるだけで、わくわくします。
 途中で、どんなつらいことがあっても、「冬は必ず春となる」(御書1253㌻)と固く信じて前進しよう!
 ししの子のみなさんが、私たちの「希望」です。長い間、読んでくれて、ありがとう!
 また、お会いしましょう!

参考文献はL・M・モンゴメリー著、掛川恭子訳『赤毛のアン』(講談社)。
2014-03-03 : 希望の大空へ :
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アルゼンチン・国立ビジャマリア大学 名誉教授称号授与への謝辞

アルゼンチン・国立ビジャマリア大学 名誉教授称号授与への謝辞
(2014.2.21 ブエノスアイレス アルゼンチン平和講堂)

 アルゼンチンの「国立ビジャマリア大学」から池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長に「名誉教授」称号が贈られた。授与式は21日(現地時間)、ブエノスアイレスのアルゼンチン平和講堂で行われたアルゼンチンSGIの世界広布新時代第2回全国幹部会の席上、挙行された。同大学のマルティン・ロドゥリゴ・ヒル総長、マリア・セシリア・コンシ副総長ら同大学関係者、多数の来賓が出席した。


コンシ副総長の授与の辞(要旨)

池田博士は人間の中にある無限の可能性を引き出すリーダー

 きょうは、わが大学にとって特別な日になりました。池田大作博士に対する国立ビジャマリア大学の「名誉教授」称号授与式をかくも盛大に開催できますことは、誠に光栄であります。
 池田博士は、平和と人間教育、そして文明間対話や思想の交流に尽力してこられました。さらに、一人一人が人生の困難を克服しゆくために、その人が持つ可能性を最大限に引き出す努力を続けておられます。
 創価学会の第3代会長に就任した池田博士は、SGIを発足し、世界に名だたる仏教団体へと発展させるとともに、価値創造に焦点を当てた平和・文化・教育運動を展開してこられました。
 人間の生命の中に無限の可能性があり、それを引き出す方法を教えてこられたのです。
 博士が創立した創価学園、創価大学では、この各人に備わる可能性に揺るぎない確信を持ち、一貫した“人間的な教育システム”を実践しています。
 「平和」とは、社会的な善に奉仕する一人一人が、それぞれの立場で実現させていくべきものです。
 一方、国立ビジャマリア大学では総合的教育に努め、対話の文化や宗教の多様性の尊重を推進。コミュニティー(共同体)と協力し、社会的使命を果たすプロフェッショナル(専門家)を育成しています。
 こうした人材を育むためのカリキュラムをもとに、学生たちが継続的に社会とコンタクトを取れるような活動を促進しています。
 国立ビジャマリア大学と創価大学の共通点は、ともに卒業生が多様な分野で活躍し、社会の発展に寄与していることです。ここに人間教育の重要性が示されています。
 大学の評価は、卒業生が、紛争解決の唯一の手段である「対話」を根本に、人類と社会にどれだけ貢献しているかを基準に決められるべきなのです。
 また社会に貢献してこそ、両大学の卒業生が平和──すなわち公平で尊厳性のある差異の尊重、そして社会的平等を真に学んだということになるのです。
 ここで、私たちを温かく歓迎してくださった参加者の皆さま、さらに、今回の式典にご尽力いただいた関係者の皆さまに心より感謝申し上げます。
 私は今回、池田博士という、平和のために人生をささげ、行動される卓越した人物を知ることができました。
 最後にこの顕彰を快く受けてくださいました池田博士に心から感謝申し上げます。
 ありがとうございました(大拍手)。

SGI会長の謝辞(代読)

青年よ民衆奉仕の誓いに生き抜け
人類文明の希望の夜明けを共に!


勇気を胸に使命の大道を
コンシ副総長
「人生とは前進することである」
苦労から成長が! 挑戦から歓喜が!


生命の尊厳が輝く社会へ
全ては「心の変革」から!


 一、心には翼があります。私の心も1万8000キロの距離を越えて、皆様方のもとへ馳せ参じております。
 皆様一人一人と強く固く握手を交わす思いで、満腔の感謝のメッセージを送らせていただきます。
 貴ビジャマリア大学は、雄大なパンパ(大草原)を見晴らす、豊穣にして美しき天地に聳え立つ知性の大殿堂であります。
 幾多の向学の若人が喜び来り、勇み学ぶ「知識の町」ビジャマリアの誇る最高学府として、きら星の如く優秀な英才を送り出してこられました。
 その伝統ある貴大学より、「名誉教授」の称号を賜りましたことは、このうえない栄誉であります。
 私は、この誉れ高き英知の宝冠を、何にもまして、よき市民、よき国民として大誠実の貢献を続ける、かけがえのないアルゼンチンの同志と共に、お受けさせていただきます。そして、貴国を敬愛してやまぬ全世界の創価の友と分かち合わせていただきたいのであります。誠にありがとうございます(大拍手)。

学問を力として世界に貢献を
 一、貴大学の校章には、人文科学を表す優美な「赤色の輪」と、自然科学を表す「青色の正方形」、そして、中央に躍動する多くの白い輪が描かれております。
 この白い輪は、貴大学で身につけた学問を力として、社会の難題を解決するために挑戦しゆく姿を象徴していると伺っております。
 本日、私は、名誉ある貴大学の一員とさせていただきました。ゆえに、貴大学の崇高な理念を深く心に刻みつつ、未来を託す頼もしきアルゼンチンの青年たちと一緒に、ここで三つの誓いを立てたいと思います。
 第1に、「勇敢なる民衆奉仕の誓い」であります。
 貴大学の大発展に尽力なされてきたヒル総長は、呼び掛けておられます。“わが大学に学んだことは、アルゼンチンの国民一人一人、また、生涯、大学に行けなかった人々の支えと努力のおかげである。ゆえに、卒業生は、卒業証書を受け取った時、自身がいかなる使命を授かったかを、絶対に忘れてはならない”と。
 私も、まったく同じ信条であります。
 大学は、大学に行きたくても行けなかった人のためにこそある。そして、勇敢に民衆に奉仕する人材を育てるためにこそあるのであります。
 一、貴国をはじめラテンアメリカの大地には、恐れなく民衆のために奉仕しゆく勇者たちが、なんと誇り高く躍り出ていることでありましょうか。
 私の懐かしき宝の友人であり、コルドバ大学の総長を務められたフランシスコ・デリッチ博士が毅然と、「ラテンアメリカにおいて、民主主義の普及のために最も勇敢に戦ったのは青年です」と語っておられたことを、鮮烈に思い起こすのであります。
 わが誉れのアルゼンチンSGI(創価学会インタナショナル)の同志も、草創の時から、誰が見ていようといまいと、来る日も来る日も、ただひたすらに民衆の幸福を願い、悩める友のために尽くしてこられました。だからこそ、これだけの連帯の広がりとなり、アルゼンチン社会からの共感と信頼を勝ち得ることができたのであります。
 そして今、うれしいことに、尊き父母の後ろ姿を見つめて育った青年たちが、民衆奉仕の誓願を凜然と受け継いでくれています(大拍手)。
 「使命を全うすることは、人間として最も神聖な義務である」とは、貴国の偉大な歴史家マヌエル・ガルベス先生の至言であります。私たちは、自ら願い求めた使命の大道を、これからも、いよいよ勇気に燃えて歩み抜いていこうではありませんか!

「食」を支えるリーダーを育成
 一、第2には、「断固たる生命尊厳の誓い」であります。
 貴大学は、とりわけ農産業の分野で、アルゼンチンの繁栄を大きく担ってこられました。実に多くの卒業生の俊英が、農産業の各専門分野における第一人者として活躍されております。
 農産業を大切にすることは、「命」を大切にすることです。農産業を守ることは、「未来」を育て、「平和」を守ることです。
 世界の食糧危機が叫ばれるなかで、人類の「食」を支える若きリーダーを育成する貴大学の存在は、いやまして輝きを放っているのであります。
 仏法でも明快に、「人は食によって生あり食を財《たから》とす、いのちと申す物は一切の財の中に第一の財なり」(御書1596㌻)と説かれております。
 生命ほど、尊いものはありません。
 一人一人の生命を、いかに育み、守り抜いていくか。そして、いかに、その可能性を開き、発揮せしめていくか。ここに、人間社会の営みの一切の根幹があるといっても、決して過言ではないでありましょう。
 私は、人間の尊厳、生命の尊厳のために、命を賭して戦い抜いてきた貴国の人権の闘士、アドルフォ・ペレス=エスキベル博士と、第三の千年を見つめた対談集を発刊いたしました。博士は語っておられます。
 「家族のため、地域のため、そして社会のために、人類は、その意欲と力を合わせることができると信じています。まずは私たち一人一人の心の変革から取りかかることです。夜明け前の闇が最も暗い。その夜明けは、私たちの心から始まります」と。
 私たちは「生命尊厳」の大哲学を、さらに真摯に探究し、実践してまいりたい。そして、人間革命の心のスクラムを強めながら、人類文明の希望の夜明けを赫々と告げていきたいと思うのであります。

前進そして勝利の歴史を築け
 一、第3は、「不屈なる前進勝利の誓い」であります。
 コンシ副総長が大切にしておられる言葉は、簡潔にして、まことに味わい深い。それは、「人生とは前にある」。すなわち「前進することが生きるということである」との信念であります。
 その通りです。人間の目も、前を見るためにこそあります。後ろ向きではありません。希望も前にあります。幸福も前にあります。友情も前にあります。平和も前にあります(大拍手)。
 アルゼンチンの「教育の父」として名高いサルミエント先生は厳然と叫ばれました。
 「私は幾星霜、闘争の人生を生きている。戦うから納得のいく人生なのである。向かい風の時は、負けないように踏ん張る。そよ風であっても、信念の後押しをしてくれる風に、帆を全開に広げて前進しているのである」と。
 我らもまた、きょうより新たな決意で、「闘争」あるゆえに「充実」の一日を!
 「苦労」あるゆえに「成長」の一日を!
 「挑戦」あるゆえに「歓喜」の一日を!
 そして、「前進」あるゆえに「勝利」の一日を!
 いかなる試練にも屈することなく、平和と文化と教育の連帯を広げゆく世界市民として、明るく堂々と勝ち飾っていこうではありませんか!
 結びに、ヒル総長、コンシ副総長をはじめ、ご列席を賜りました皆様のますますのご健勝とご多幸、そして貴大学の永遠の興隆と栄光を心よりお祈り申し上げ、謝辞とさせていただきます。
 本日は、誠にありがとうございました。
 偉大なるビジャマリア大学、万歳!
 偉大なるアルゼンチンSGI、万歳!
 そして、偉大なるアルゼンチン共和国、万歳!(大拍手)
2014-03-03 : スピーチ・メッセージ等 :
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『平和のためのフォーラム・池田大作 国連提言選集』の出版を記念するシンポジウムへのメッセージ

『平和のためのフォーラム・池田大作 国連提言選集』の出版を記念するシンポジウムへのメッセージ

(2014.2.20 アメリカ・ニューヨークの国連本部内)

 『平和のためのフォーラム──池田大作 国連提言選集』(I・B・トーリス社)の出版を記念するシンポジウム「世界市民と国連の未来」が20日(現地時間)、アメリカ・ニューヨークの国連本部内で開催された。シンポジウムでは、元国連事務次長のアンワルル・チョウドリ博士が議長を務め、ノーベル平和賞受賞者のベティ・ウィリアムズ博士が記念のスピーチを。国連「文明の同盟」(UNAOC)のナシル・アブドゥルアジズ・アルナセル上級代表、ジョン・アッシュ国連総会議長の代理としてポーレット・べセル官房長らが登壇した。池田SGI(創価学会インタナショナル)会長がメッセージを寄せた。

文化の多様性が輝く世界へ
国連こそ人類連帯の中心軸


 明年、国連は創設70年の佳節を迎えます。その創設の歴史的な意義に思いをはせる時、胸に浮かんでくるのが、私の師である創価学会の戸田城聖第2代会長が述べていた──国連は、20世紀の人類の英知の結晶である。この世界の希望の砦を、次の世紀へ断じて守り、断じて育てていかねばならない──との言葉であります。
 第2次世界大戦中、日本の軍部権力と対峙したために投獄された戸田会長が、出獄を果たしたのは、サンフランシスコで国連憲章が採択された1週間後のことでした。
 その憲章の前文には“一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救う”との崇高な目的が謳われていますが、戸田会長は、戦争をはじめ人類が直面する問題を根本的に解決するには、一人一人の民衆の内なる力を引き出し、国境を越えた連帯を強めて行動することが基盤になると考え、「地球民族主義」を提唱し、民衆の連帯の中心軸は国連以外にないと訴えたのであります。

師の心を継ぎ一貫して支援
 私どもSGI(創価学会インタナショナル)が国連を一貫して支援してきたのも、戸田会長の“地球的な視野に立脚した民衆の行動”の重要性に対する確信と“問題解決の中心軸としての国連の使命”に対する揺るぎない信念を、精神的淵源としてきたからにほかなりません。
 師の遺志を継いで、1960年10月、私が世界への平和運動を本格的に開始するにあたって、第一歩をしるしたのがアメリカでした。その大きな目的の一つは、ニューヨークの国連本部を訪問することにありました。
 「アフリカの年」とも言われた当時、新たに加盟したアフリカ各国の代表が“国連を通じて、より良い世界をつくりあげたい”との息吹で総会での討議に臨んでいた姿は、今も鮮烈に覚えています。
 国連の歴史をひもとけば、私が訪問した10日後の「国連デー」(10月24日)に、ハマーショルド事務総長の提案で、ベートーベンの「交響曲第九番」の全楽章を通して演奏が行われたことが記されています。
 席上、音楽にも造詣が深かったハマーショルド事務総長は、“第九”の楽曲構成における展開を、利害やイデオロギーの衝突が絶えない人類の歴史になぞらえて、「第四楽章が第一楽章に打ち勝つという信念をわれわれは決して失うことはないだろう」との希望を述べた上で、「その進化のプロセスは全員がかかわり、責任を分かち合ってゆくものである」と強調しました(ペール・リンド、ベングト・テリン著「自然と文化──ハマーショルドが愛したもの」、ステン・アスク、アンナ・マルク=ユングクヴィスト編『世界平和への冒険旅行』所収、光橋翠訳、新評論を参照)

対話の力で文明を結べ
 翻って現代において、このハマーショルドの信念と共鳴音を響かせるように、世界平和のための努力を重ねておられるのが、さまざまな文化や伝統が交差する中で生じる緊張や危機の悪化を防ぎ、相互理解と共生の世界を目指す「文明の同盟」のイニシアチブを推進されているアルナセル上級代表であり、国連の「平和の文化」に関する取り組みに尽力を続けてこられたチョウドリ元事務次長であり、北アイルランドの和平に加えて、子どもたちの生命と人権を守る活動をされてきたウィリアムズ会長であります。
 この点、昨年10月にアルナセル上級代表が、多文化主義をテーマにしたブカレストでの会議で、世界で今なお不寛容や外国人嫌いの風潮が根強いことに言及しつつ、「しかし、希望のサイン(兆候)はあります。私たちが、困難な危機を乗り越え、さまざまな人々や文化が共に生きるという希望です。だからこそ私は、こうした対立を緩和するための鍵を握る手段として『宗教間対話』と『文化間対話』を支援するのです」と述べられていたことに、私は非常に勇気づけられる思いがしました。
 私自身、世界の多様性の源であるはずの差異が“排他の記号”と化して社会を分断したり、集団心理や悪意の扇動によって憎悪と暴力が渦巻く「戦争の文化」の激流が強まることに歯止めをかけるために、微力ではありますが、異なる宗教や文化的背景を持つ各国のリーダーや識者との「対話」に取り組んできたからであります。

人間を高める教育の挑戦を
 また、1983年以来、毎年発表を続けてきた平和提言でも、そうした風潮に押し流されない精神の防波堤を築くために、「世界市民意識の涵養」の重要性を繰り返し訴えてきました。先月に発表した提言でも、今年で終了を迎える「持続可能な開発のための教育の10年」に続く、国連の枠組みとして「世界市民教育プログラム」を新たに設けることを提案し、その骨格に据えることが望ましいと考えられるものとして、大要、以下の3点を挙げました。
 一、「どんな困難な問題でも人間が引き起こしたものである限り、必ず解決することはできる」との希望を互いに共有していくための教育。
 一、グローバルな危機の兆候が表れやすい足元の地域において、行動を起こしていくための力をエンパワーメントで引き出しながら、連帯して問題解決にあたることを促す教育。
 一、他の人々の苦しみを思いやる想像力と同苦の精神を育みながら、「他の人々の犠牲の上に、自分たちの幸福や繁栄を追い求めない」ことを共通の誓いに高め合うための教育。
 国連の瀋基文事務総長も2年前に「グローバル・エデュケーション・ファースト」の運動を立ち上げ、柱の一つに地球市民の育成を掲げています。
 世界市民の連帯こそ国連の未来を照らす希望の光源であり、今回の会議がその道を広げる一助となれば、これに過ぎる喜びはありません。
 たくさんの星々がそれぞれの美しい光を放ちつつ、星座を形づくって夜空を荘厳するように、文化の多様性が互いの尊厳を輝かせる世界の建設ヘ──国連創設70周年を機に、こうした教育を軸にした挑戦を本格的に開始すべきではないでしょうか。
 結びに、ご臨席の皆さま方のご健勝とともに、関係諸団体の益々のご発展をお祈り申し上げ、私のメッセージとさせていただきます。
2014-03-03 : スピーチ・メッセージ等 :
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