スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-------- : スポンサー広告 :
Pagetop

名誉会長と共に 今日も広布へ 第2部 41〜49

第41回  幸福の道を大胆に進め (2013.10.27付 聖教新聞)

 今、若きリーダーが先駆を切って弘教に走っている。最高に偉大な青春の劇だ。大胆に進むのだ。
 折伏は、どんな善よりも、はるかに尊い、一番の善である。目先の富や満足を友に送るのとは、次元が違う。
 妙法を持《たも》つ人は、永遠に幸福になっていける。絶対的幸福の道を進んでいける。それを教える以上の善はない。
 日蓮大聖人は仰せになられた。「とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるべし謗ぜん者は毒鼓の縁となって仏になるべきなり、何にとしても仏の種は法華経より外になきなり」(御書552㌻)
 今は分からなくてもいい。下種仏法であるゆえに、種を植えれば、いつか必ず理解の芽が出る。幸福の花が咲く。
      ◇ ◆ ◇
 会うことが広宣流布の第一歩だ。
 相手の立場がどうかではなく、自分と同じ生老病死と向き合う、人間に会いにいくのである。
 戸田先生は私の手を握りながら言われた。「君よ、広布を頼むよ!」と。私は戸田先生の弟子だ。世界最高の師匠の弟子である。だから、誰と会ってもひるまない。有名人が偉いとも思わない。人間として、わが師以上の人はいないであろう。
 題目をあげ抜いて、自身の仏の命を満々と湧き立たせていけば、相手の中に眠っている仏の命を引き出していける。そうすれば、こちらの仏の命と、相手の仏の命が響き合っていくのである。
 どうか体を大事にして、尊い人生を、楽しい人生を、勇敢に飾っていってください。自らの使命の場所で、勝利をもたらしていただきたい。

第42回  尊き同志に生命の勲章を   (2013.11.3付 聖教新聞)

 全国、全世界の創価の同志が意気軒高だ。広布を支えてくださる全ての皆様方に、心から感謝を申し上げたい。
 来る日も来る日も、あの人の奮起を祈り、この一家の和楽を願って、奔走する。
 皆様こそ、生命の大勲章を贈られるべき、最高に尊貴な人である。誰が見ていなくとも、諸天が授けてくださる。三世十方の仏菩薩が、讃嘆してくださることは、仏典に照らして絶対に間違いない。
 日蓮大聖人は、「南無妙法蓮華経と唱え奉るは自身の宮殿に入るなり」(御書787㌻)と仰せである。
 いかなる状況にあっても、題目を唱えれば、生命は、“宮殿”に入っている。魂は王者である。最後は必ず幸福になる。皆、立派な勝利者の人生を綴っていってもらいたい。
      ◇ ◆ ◇
 戸田先生は大切な人間学を教えてくださった。
 「本当の偉大さとは、たとえ人にしてあげたことは忘れても、してもらったことは一生涯忘れないで、その恩を返していこうとするのだ。そこに仏法の光がある。また人格の輝きがあり、人間の深さ、大きさ、味わいがある」
 どれだけの人を育てたか。それが最高の誉れだ。紙に書かれたものだけが歴史ではない。自分が接する友の心に残すものが歴史なのである。
 生命の絆は何があろうと切れない。友情は人生の花だ。
 一人一人の可能性を信じ、人間として誠意を尽くす。かけがえのない友として、仏縁を結んでいく。その心で進めば、広宣流布の裾野は大きく広がる。皆を讃え励ましながら、人材の大城を築こう!

第43回  生涯不退転の信心を燃やせ  (2013.11.15付 聖教新聞)

 伝統の教学部任用試験が、もうすぐだ。
 受験者の皆さん、本当にご苦労さま! 風邪などひかれませんように。教えてくださっている方々、応援してくださる全ての皆様方に、心から感謝申し上げたい。
 アメリカの友は「新会員が教学試験を受けるまでが折伏だ」と語り合っているそうだ。うれしいことである。
 人生、どういう価値観を持って生きるか。人間の輝きはそれで決まる。皆さんは最高の法を持っておられる。
 財宝や地位を持つのもいいだろう。しかし、それだけでは永遠性はない。三世の生命から見たときに、一番の大躍進の源泉である妙法を、皆さんは持っている。
 仏法は、生命それ自体が最高の宝であると教えているのである。
      ◇ ◆ ◇
 有名な御聖訓には、「行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(御書1361㌻)と仰せである。
 今、多くの友が、全力で教学の研鑽に励んでおられる。青年部、未来部も、婦人部、壮年部、多宝の友も真剣だ。これほど尊い姿はない。
 生き生きと、世界一の生命哲学を学ぶ女子部のスクラムも、本当に素晴らしい。
 戸田先生は、「女子部は一人も残らず幸福に!」「清らかな強き信心で、この一生を生き抜け!」と願われた。
 大事なのは、「さあ御書を学ぼう! 仏法を学ぼう!」という求道の心である。生涯不退転の信心の原点を、今こそ築いてまいりたい。

第44回  健康第一で無上の幸福道を  (2013.11.24付 聖教新聞)

 今、多くの新会員が誕生している。世界中で新しい広布の前進が始まった。青年部もリーダー率先で、弘教が目覚ましい。うれしい限りだ。
 戸田先生は語られた。
 「御本尊への強い願いは、必ず通ずる。それには、条件が三つある。一つ、題目。二つ、題目。三つ、題目である」
 しっかり御本尊に祈つていけば、諸天善神が絶対に護らないわけがない。仏の生命力が、必ず湧いてくる。どんな場所であろうが、どんな状況であろうが、元気に進むのだ。
 私も、世界を回って題目をあげ、平和を祈ってきた。地涌の菩薩が出現するよう祈ってきた。毅然たる祈りがあれば、必ず希望の朝は来る。
 人生は長い。絶対に学会から離れてはいけない。いつまでも朗らかに! そして幸福の勝利者になっていくのだ。
      ◇ ◆ ◇
 生老病死を乗り越えるための仏法である。
 御書には「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはり《障》をなすべきや」(1124㌻)と仰せである。
 「少病少悩」といって、仏にも少しの病や悩みがある。しかし、常に生命は健康である。心はいつも楽しく、皆を包み、励まし、希望を贈っていくのだ。
 健康は智慧である。①張りのある勤行②無理と無駄のない生活③献身の行動④教養のある食生活、を確認したい。
 友のため、広布のため、喜びの対話を広げよう! 多忙な日々と思うが、どうか悠然と、体を大事にして、勇気の指揮を執っていただきたい。

第45回  一人も残らず大功徳よ薫れ  (2013.12.1付 聖教新聞)

 婦人部の前進は、本当に見事であり、健気です。皆様方のことは、いつもいつも私と妻の胸の中にあります。
 日蓮大聖人は「金《こがね》はやけば弥《いよいよ》色まさり剣《つるぎ》はとげば弥利《と》くなる・法華経の功徳はほむれば弥功徳まさる」(御書1241㌻)と仰せになられました。
 どうか、これからも仲良く賢く励まし合い、讃え合いながら、朗らかに前進していってください。そこに、「心の財」を山の如く積みながら、自他共の「幸福勝利」の門を開いていくことができるからです。新たな「希望の人材」の門が大きく広がっていくからであります。
 「祈りとして叶わざるはなし」の妙法であります。何があっても、わが仏の生命を輝かせながら、「世界広布新時代」の太陽と光っていただきたい。
      ◇ ◆ ◇
 新任のリーダーの皆さんには、一人一人に直接、偉大な広布の旗を手渡しする思いで見守っております。新たな生命力を満々とたたえ、張り切って新風を起こしていってください。
 大聖人は「其の国の仏法は貴辺にまかせ《任》たてまつり候ぞ、仏種は縁に従《よ》って起る」(同1467㌻)と仰せであります。それぞれに御本仏から託された使命の地域であり、仏勅の組織です。発展させられないわけがない。今こそ題目を唱え抜き、皆の力を引き出しながら、自分らしく、勇敢に、誠実に、忍耐強く、新たな仏縁を広げていってください。
 創価家族が、一人ももれなく功徳を受け切り、悠々と立派な幸福の勝利者の人生を綴っていかれることを祈ります。黄金時代へ勝ちまくれ!

第46回  誓願の祈りで勝利の日々を  (2013.12.8付 聖教新聞)

 威風堂々とそびえ立つ広宣流布大誓堂で「広宣流布誓願勤行会」が始まった。
 連日、友が喜び集い、学会常住の御本尊に、誓願の祈りを捧げている。
 広宣流布こそ、人類の願望である。私は、この御本尊に「広宣流布の希望の道を無限に開かせたまえ」と祈ってきた。
 広宣流布とは、人間が人間として、最も人間らしく、対話を交わし、友情を結び、信頼を広げゆくことだ。
 わが青春時代、師の選んだ広布の道を、私も必ず選んで歩みゆくことを決意した。
 師を思えば、勇気が湧く。力が出る。智慧は尽きない。
 きょうは、あの人と対話しよう!
 きょうは、この人と信頼と友情を深めよう!
 懸命に戦い、師に報告することが最高の光栄であった。
 師弟に生きる我らは負けない。負けないことから、勝利は始まる。一歩また一歩と、幸福の軌道を進みゆくのだ。
      ◇ ◆ ◇
 日蓮大聖人は、「われ法華経の行者なり」との誇りも高く、絶体絶命の大難を勝ち越えられ、「幸なるかな楽しいかな」(御書975㌻)との悠々たる御境涯を示された。
 戸田先生は、この御文を拝して語られた。
 「御本尊があるから大丈夫だ。御本尊を拝んでいるから、自分は大丈夫だ。この確信が胸の奥底から出るようになったら信心は一人前です」
 苦しんで強くなる。祈って勝つのだ。病苦や経済苦、家庭の問題。あらゆる悩みに苦しんだ人が、友の苦しみも分かる。賢明な強い人になり、多くの友を救っていける。
 さあ新時代へ出発しよう!
 永遠に輝きわたる正義の炎を燃え上がらせながら!

第47回  最後までベストを尽くせ  (2013.12.15付 聖教新聞)

 〈未来部の皆さんへ〉
 寒風に胸張り進む未来部の皆さんの尊い努力と成長こそが、世界を温め、未来を照らします。皆さんこそ、希望の太陽です。
 受験生の皆さんは、夢に向かって挑戦し、力を発揮してほしい。本当の勝負は、これからです。大変だろうけれども、体を大事にして、朗らかに前進してください。
 皆さんの栄光を、私は、これからも真剣に祈っていきます。
 世界の宝を育む使命深き担当者の皆様方も、いつもいつも、ありがとう!
      ◇ ◆ ◇
 皆、「負けじ魂」という言葉を知っていますね。これは、日蓮大聖人の御書に記された言葉です。
 苦難にも屈せず、勇敢に戦って友を励ます弟子のことを大聖人は「極めて負けじ魂の人」と賞讃されているのです。〈御書986㌻〉
 途中に何があろうとも、「負けじ魂」を燃やして、最後まで粘り強くベストを尽くす人こそ、真の勝利者です。
 若くして仏法を持《たも》ち、宇宙に響きわたる題目を唱えている皆さんは、全員が「負けじ魂の人」です。
 それぞれに、自分らしく「チャンピオン」になっていく人なのです。
 わが愛する宝の皆さんに、私がかつてお会いした中国の文豪・巴金先生の信念の言葉を贈ります。
 「私は恐れない。深い霧を突き抜ければ、前方には必ず光明があるに違いないから」と(石上韶訳『無題集』筑摩書房)
 親孝行を頼みます。
 風邪をひかないように。元気で!

第48回  尊き地区の勇者に最敬礼
  (2013.12.22付 聖教新聞)

 学会はだれも想像しなかった大発展だ。
 伸びゆく青年の姿ほど、うれしいものはない。
 戸田先生は、広布の未来を開かんと、ただ人材を育てられた。厳愛の声が響く。
 「仏法は勝負だ。闘争を開始するからには、それだけの準備と決意と闘魂をもって、断じて勝つのだ!
 指導者になりゆく君たちは、大局観を決して見失ってはならない」
 断じて民衆を守り抜く。
 一人も残らず幸福に。
 そこに指導者の責務と祈りがある。
      ◇ ◆ ◇
 広宣流布誓願勤行会が連日、歓喜にあふれ開かれている。生まれ変わった決意で進む友の笑顔が清々しい。日本中、世界中に希望が広がる。
 今再び、信心の原点を確認し、広布の第一線に勇んで飛び出したい。皆が一兵卒の覚悟で戦う時である。
 地区が本陣である。
 地区が突破口である。
 地区が電源地である。
 わが尊き地区部長、地区婦人部長の皆様こそ、広布第一線の「学会の要《かなめ》」である。
 私の心は、最も苦労し、学会を支えてくださっている要の中の要の全地区部長、全地区婦人部長と常に一緒である。偉大な地区の勇者の皆さんに最敬礼を捧げたい。
      ◇ ◆ ◇
 御書に「竹の節《ふし》を一つ破《わり》ぬれば余の節亦破《わ》るるが如し」(1046㌻)と仰せである。広布の破竹の勢いを、わが地区から起こすのだ。
 広宣流布の戦いの労苦は、全て、自分自身と一家眷属の大福運に変わる。未来永遠に一切を勝ち越えていく生命に必ずなれるということを、深く確信していただきたい。

第49回  希望を作るのは自分自身  (2013.12.29付 聖教新聞)

 この一年、本当にありがとう! いよいよ明年、全世界を照らす新年勤行会から、朗らかに、広宣流布の新時代を開いてまいりたい。
      ◇ ◆ ◇
 楽観主義の人は強い。
 何が起ころうとも、いい方向へ、楽しい方向へ、前向きの方向へと受け止めていく。それが最極の信仰である。
 法華経薬王品には「火も焼くこと能わず、水も漂わすこと能わじ」と。苦悩の火に焼き滅ぼされることはない。不幸の荒波に押し流されることなど断じてない。これが妙法を弘める大功徳である。
 生老病死の苦しみを、常楽我浄の歓喜の人生へと転じていける。大事なのは、根本の使命を忘れないことだ。猛然と信心で立ち上がるのだ。
 私たちは御本尊を持《たも》っている。わが身が妙法の当体であり、多宝の宝塔である。ゆえに、負けることはない。恐れることはない。
 希望をつくるのは自分だ。「こうなる」「こうなってみせる」と決めることである。
      ◇ ◆ ◇
 戸田先生は、「人間として幸せになっていくために、福運ある人生を歩んでいくために、その究極は妙法の信仰しかない」と言われていた。
 皆様は、自他共の幸福を築き、平和をつくる根本の行動を重ねておられる。これほど尊く、偉大な人はいない。
 仏法では「願兼於業」と説く。仮に表面は、苦難の姿であっても、実は自分が願ってその宿命を打開し、妙法の力を証明していくのである。
      ◇ ◆ ◇
 最高の誇りと勇気と使命を胸に、明年も、皆、さらに健康になって、元気に、愉快に、共に勝ちまくろう!
スポンサーサイト
2013-12-29 : 今日も広布へ 第2部 :
Pagetop

御書とともに Ⅱ 1〜17

御書とともに Ⅱ 1 名誉会長が指針を贈る    (2013.5.21付 聖教新聞)

日本第一の富者の誇り

 当世・日本国に第一に富める者は日蓮なるべし命は法華経にたてまつり名をば後代に留《とどむ》べし(開目抄、223㌻)

通解
 今の世の中において、日本国で第一に富んでいる者は、日蓮なのである。命は法華経にたてまつり、名を後代に必ずとどめるであろう。

同志への指針
 佐渡での大宣言であられる。
 日蓮大聖人は、流罪という大難のなかで、大宇宙をも包みゆかれる赫々たる御境涯を、悠然と示してくださっている。
 我らは大聖人の正統である。ゆえに、いかなる苦難も恐れない。妙法を根本に、「心の財《たから》」第一の誇りも高く、未来永遠に輝く勝利の旗を打ち立てていくのだ。

御書とともに Ⅱ 2 名誉会長が指針を贈る    (2013.5.29付 聖教新聞)

社会の勝利者と光れ

 天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか(観心本尊抄、254㌻)

通解
 天が晴れるならば、地はおのずから明らかとなる。同様に、法華経を知る者は世間の法をも、おのずから得るであろう。

同志への指針
 妙法は太陽である。社会の大地を明るく照らす、本源の智慧の光である。我らは生命尊厳の正しき法理の上から、世間の事象の本質を鋭く見極め、自在にリードしていくのだ。
 現実の荒波の中で奮闘する友よ、断じて負けるな! 題目に勝る力はない。勇気凜々と断じて社会で勝ち光れ!

御書とともに Ⅱ 3 名誉会長が指針を贈る   (2013.6.9付 聖教新聞)

「負けじ魂」で断じて進め

 此法門を日蓮申す故に忠言耳に逆う道理なるが故に流罪せられ命にも及びしなり、然《しかれ》どもいまだこりず候(曾谷殿御返事、1056㌻)

通解
 この法門を日蓮が説くので、「忠言は耳に逆らう」というのが道理であるから、流罪にされ、命の危険にも及んだのである。しかしながら、いまだ懲りてはいない。

同志への指針
 正しいからこそ、魔は競い起こる。
 日蓮大聖人は、命に及ぶ迫害の中で一切を耐え忍び、全民衆の幸福と平和のために「立正安国」の大闘争を貫き通してくださった。
 「いまだこりず候」——これこそ学会精神の真髄である。我らは何ものにも屈しない。魔の方が音を上げるほどの「負けじ魂」で、戦って戦って戦い抜くのだ。

御書とともに Ⅱ 4 名誉会長が指針を贈る    (2013.6.17付 聖教新聞)

颯爽とわが使命の道を

 日蓮生れし時より・いまに一日片時も・こころやすき事はなし、此の法華経の題目を弘めんと思うばかりなり(上野殿御返事、1558㌻)

通解
 日蓮は、生まれた時から今に至るまで、一日片時も心の安まることはなかった。ただ、この法華経の題目を弘めようと思うばかりであった。

同志への指針
 青年・南条時光に、打ち続く大難を忍ばれた御真情を綴られた一節である。この大闘争に連なる覚悟が、我らの学会精神である。
 きょう「一日」を、今「この時」を、真剣勝負で戦い切ることだ。そこに“仏の勇気”も“仏の力”も“仏の智慧”も、満々と湧き起こってくる。さあ! 友のため、社会のため、わが使命の道を颯爽と前進だ!

御書とともに Ⅱ 5 名誉会長が指針を贈る    (2013.6.21付 聖教新聞)

師弟は永遠に一体

 法華経を信じ候事は一閻浮提第一の聖人なり、其の名は十方の浄土にきこえぬ、定めて天地もしりぬらん・日蓮が弟子となのらせ給はば・いかなる悪鬼なりともよもしらぬよしは申さじとおぼすべし(妙心尼御前御返事、1480㌻)

通解
 (日蓮は)法華経を信じ奉ることは一閻浮提第一の聖人である。その名は十方の浄土にも聞こえている。さだめし天地も知っていることであろう。日蓮の弟子であると名乗られるなら、どのような悪鬼でもよもや(日蓮の名を)知らないとはいわないはずである。

同志への指針
 妙法は、宇宙と生命を貫く根本法則である。この妙法に生き抜いた勇者の名は、十方の仏土にまで轟きわたっていくのだ。
 「我は大聖人の弟子なり。創価の闘士なり」と名乗れば、悪鬼さえも従う。広布に戦う師弟は、三世永遠に「常楽我浄」の軌道を進むことができる。最後は、真面目に信心しきった人間が絶対に勝つのだ。

御書とともに Ⅱ 6 名誉会長が指針を贈る      (2013.6.27付 聖教新聞)

妙法の人は最高に尊貴

 当起遠迎《とうきおんごう》とは必ず仏の如くに法華経の行者を敬う可しと云う経文なり(御義口伝、781㌻)

通解 (法華経の普賢菩薩勧発品の)「当起遠迎(当《まさ》に起《た》って遠く迎うべきこと)」とは、法華経の行者を必ず仏の如く敬っていきなさいとの経文である。

同志への指針
 日蓮大聖人の仰せのままに広宣流布に戦う学会員ほど、尊貴な存在はない。真実の法華経の行者である。まさに仏の如くに敬っていくことだ。
 互いに健闘を讃え励まし合う心から、前進の勢いが増す。歓喜と功徳が広がる。
 さあ、我らの「生命の光」「信念の光」「団結の光」を、一段と強く地域に社会に送っていこう。立正安国のために!

御書とともに Ⅱ 7 名誉会長が指針を贈る    (2013.7.4付 聖教新聞)

学会活動は最高の善

 花は開いて果《このみ》となり・月は出でて必ずみち・燈《ともしび》は油をさせば光を増し・草木は雨ふればさかう《栄》・人は善根をなせば必ずさかう(上野殿御返事、1562㌻)

通解 花は咲いて果となり、月は出て必ず満ち、燈は油をさせば光を増し、草木は雨が降れば茂る。(と同じように)人は善根を積めば必ず栄える。

同志への指針
 広宣流布という、最高の大善根を積みゆく人は、「必ず」無量無辺の大福徳に包まれる。これが、生命の因果の理法である。
 一日また一日、友の幸福のため、社会の平和と繁栄のため、たゆまず行動する。何と尊い金の汗か! そこに人生勝利の花が咲き薫ることは、絶対に間違いない。

御書とともに Ⅱ 8 名誉会長が指針を贈る   (2013.7.15付 聖教新聞)

不屈の折伏精神を燃やせ

 弥《いよいよ》信心をはげみ給うべし、仏法の道理を人に語らむ者をば男女僧尼必ずにくむべし、よしにく《憎》まばにくめ法華経・釈迦仏・天台・妙楽・伝教・章安等の金言に身をまかすべし、如説修行の人とは是《こ》れなり(阿仏房尼御前御返事、1308㌻)

通解 ますます信心に励んでいきなさい。仏法の道理を人に語っていく者を、男女僧尼が必ず憎むであろう。よし、憎むなら憎むがよい。法華経・釈迦仏・天台・妙楽・伝教・章安等の金言に身を任せるべきである。如説修行の人とは、こういう人をいうのである。

同志への指針
 「にくまばにくめ」──わが多宝の友はこの御聖訓を抱きしめ、悪口罵詈《あっくめり》さえも、誉れとしながら、戦い抜いてこられた。
 「如説修行」に徹してきた、偉大な庶民の一人一人の尊きドラマは、仏天が莞爾と照覧されているに違いない。
 後継の友よ! この不屈の折伏精神で、新しい時代の扉を断固と開いてくれ給え!

御書とともに Ⅱ 9 名誉会長が指針を贈る   (2013.7.23付 聖教新聞)

世界広布は学会が実現

 大集経《だいじっきょう》の白法隠没《びゃくほうおんもつ》の時に次いで法華経の大白法の日本国並びに一閻浮提に広宣流布せん事も疑うべからざるか(撰時抄、265㌻)

通解 大集経で説く白法隠没の時に続いて、法華経の大白法が、日本の国並びに一閻浮提に広宣流布することも、疑いないことではないか。

同志への指針
 一閻浮提(全世界)への広宣流布という仏意仏勅を実現したのは、創価学会である。不惜身命・死身弘法の師弟の闘争あればこそ、世界192カ国・地域の大連帯となった。
 いよいよ、本格的な世界広布の飛躍の時だ。いずこにも、地涌の人材が躍り出ている。
 「異体同心」のスクラム楽しく、伸びゆく青年部・未来部の友と、さあ平和の前進だ!

御書とともに Ⅱ 10 名誉会長が指針を贈る       (2013.8.9付 聖教新聞)

平和こそ創価学会の魂

 国土泰平・天下安穏は一人より万民に至るまで好む所なり楽う所なり(立正安国論、31㌻)

通解 国土泰平、天下安穏は、上一人から万人に至るまで一切の人々があげて好むところであり、願うところである。

同志への指針
 平和は民衆の悲願、人類の宿願である。
 「立正安国」の対話は、同じ人間として、この平和への願いを分かち合うことから出発する。ゆえに、いかなる差異も超えて、必ず理解と共感を広げることができるのだ。
 平和こそ創価学会の魂だ。創立の父は平和の信念に命を捧げられた。我らも生命尊厳の哲学を語り、平和の連帯を結んでいこう!

御書とともに Ⅱ 11 名誉会長が指針を贈る        (2013.8.19付 聖教新聞)

若き友に徹して励ましを

 されば余りに人の我をほむる時は如何様にもなりたき意《こころ》の出来《しゅったい》し候なり、是ほむる処の言よりをこり候ぞ(諸法実相抄、1359㌻)

通解 人から自分が、大変によく褒められるならば、どのようになっても構わないとする心が生じてくるものである。これは、褒める言葉から起きてくるものである。

同志への指針
 人を勇気づけるのは、励ましの言葉である。褒められたら誰でも力が漲る。歓喜が湧き、心が軽くなり、明るくなる。
 皆、本来、宇宙大の仏と等しい生命がある。その力を最大に引き出すのが、仏法だ。
 互いに讃え合い、共々に勇んで前進する。特に、青年部・未来部には温かい言葉を贈り、新しい創価の人材城を築いていこう! 一丸となって希望の未来を創るのだ。

御書とともに Ⅱ 12 名誉会長が指針を贈る      (2013.9.28付 聖教新聞)

師弟不二の祈りで勝て

 だんな《檀那》と師とをもひあわぬいの《祈》りは水の上に火をたく《焚》がごとし(四条金吾殿御返事、1151㌻)

通解 檀那(弟子)と師匠とが心を同じくしない祈りは、水の上で火を焚くようなものであり、叶うわけがない。

同志への指針
 この世で、師弟の絆ほど美しいものはない。強いものはない。
 私の心には、いつも広布に戦う恩師がいる。瞬時も離れず師匠と対話している。後継の青年が、人生と社会で勝利することこそ、師の最大の喜びである。
 広宣流布の大願は、師弟の祈りで成就する。学会は、永遠に師弟不二に徹して、広布の大道を断固と勝ち開いていくのだ。

御書とともに Ⅱ 13 名誉会長が指針を贈る      (2013.10.11付 聖教新聞)

広布の大願と確信に生きよ

 法華経と申すは随自意と申して仏の御心《みこころ》をとかせ給う、仏の御心はよき心なるゆへに・たとい《仮令》・し《知》らざる人も此の経をよみたてまつれば利益《りやく》はかりなし。(衆生身心御書 、1591㌻)

通解 法華経という経は、随自意といって仏の御心を説かれたのである。仏の御心は素晴らしい心であるから、たとえよく知らない人であっても、この経(法華経)を読み奉れば利益は計り知れないないのである。

同志への指針
 法華経には、万人を成仏させゆく大願と確信がそのまま説き明かされている。
 妙法の素晴らしさをありのままに語る「随自意」こそ、法華経の魂であり、学会精神である。友の幸福を願う私たちの真心が通じないわけがない。
 時代は「希望の哲学」「生命尊厳の哲学」を求めている。いよいよ胸を張って、朗らかに堂々と大仏法を語り切っていこう!

御書とともに Ⅱ 14 名誉会長が指針を贈る      (2013.10.25付 聖教新聞)

現実に勝つための信仰

 智者とは世間の法より外《ほか》に仏法を行《おこなわ》ず、世間の治世の法を能く能く心へて候を智者とは申すなり(減劫御書 、1466㌻)

通解 智者とは世間の法以外において仏法を行ずることはない。世間の治世の法を十分に心得ているのを智者とはいうのである。

同志への指針
 「仏法即社会」であり「信心即生活」である。現実を離れて仏法はない。
 真実の智者とは、社会の真っただ中で戦い、社会で勝つ人である。
 妙法は、一人一人の人生を開く「根本の軌道」だ。いかなる試練も、題目を唱え智慧を出していけば、絶対に打開できる。必ず勝利の大輪が咲くのだ。

御書とともに Ⅱ 15 名誉会長が指針を贈る   (2013.11.13付 聖教新聞)

率先垂範の名指揮を

 兵者《へいしゃ》を打つ刻《きざみ》に弱兵《じゃくへい》を先《さき》んずれば強敵《ごうてき》倍《ますます》力を得《う》る(守護国家論 、37㌻)

通解 兵を討つ時、弱い兵を先に向かわせると、強い敵は、ますます力を得る。

同志への指針
  日蓮大聖人は勝利の鉄則を教えてくださった。すなわち「リーダー率先」である。
 戸田先生は、常に最も大変なところへ、若い、私を派遣され、突破口を開かせた。これが、青年学会の誉れの伝統だ。
 とりわけ新任のリーダーは、「同志を必ず幸福に」「いかなる魔も打ち破る」「広布の新時代を創る」との一念を燃やし、率先の足跡を残していただきたい。

御書とともに Ⅱ 16 名誉会長が指針を贈る
   (2013.11.30付 聖教新聞)

妙法の功徳は広大無辺

 問う其の義を知らざる人唯南無妙法蓮華経と唱うるに解義《げぎ》の功徳を具するや否や、答う小児乳を含むに其の味を知らざれども自然に身を益《やく》す(四信五品抄 、341㌻)

通解 問う、(妙法蓮華経の五字に法華経の道理が納まっているという)意義を知らず、ただ南無妙法蓮華経と唱える人が、一念三千の道理をわきまえる人と同じ功徳を得られるであろうか。答える、子どもが母の乳を飲むのに、その味を知らないけれども自ずから育っていくようなものである。

同志への指針
 妙法の功徳は広大無辺である。たとえ深き意義を知らなくても、母の慈愛に抱かれた幼子のように、自然と無量の福徳に包まれる。
 「信」の一宇で、真っすぐに御本尊に向かうことだ。いかなる権勢の人も、題目を唱える人にはかなわない。これが、日蓮大聖人に直結する我らの誉れなのである。

御書とともに Ⅱ 17 名誉会長が指針を贈る     (2013.12.28付 聖教新聞)

信心の根をどこまでも深く

 ね《根》ふかければは《葉》かれず・いづみ《泉》に玉あれば水たえずと申《もう》すやうに・御信心のねのふかく・いさぎよき玉の心のうちに・わたらせ給うか(窪尼御前御返事 、1479㌻)

通解 根が深ければ葉は枯れず、泉に玉があれば水が絶えないと言うように、あなたは信心の根が深く心中に潔い玉が輝いておられるのであろう。

同志への指針

 大風が草をなびかし、雷が人を驚かせるような乱世に、毅然と信仰を貫いている女性を讃嘆された御聖訓である。
 大聖人は全てを御照覧くださっている。
 信心は、断じて負けない幸福の根であり、決して行き詰まらない福徳の泉である。
 「信心一筋」の人が必ず勝つ──この希望光る生命の勝利の舞を、明年も共々に!
2013-12-28 : 御書とともに :
Pagetop

随筆 我らの勝利の大道 No.119 新時代の人材城

随筆 我らの勝利の大道 No.119   
              (2013.12.27付)

新時代の人材城

友に会おう! 励まそう!
新しき世界は我らの手で!
 来る年も 仏法勝負の 広布旅


 この一年
  我らは勝ちたり
   晴ればれと
  常勝創価の
    源流なるかな

 今も胸に熱く蘇る、忘れ得ぬ光景がある。
 昭和26年(1951年)7月、戸田城聖先生のもと執り行われた、創価学会常住御本尊を奉戴しての総会の折のことだ。
 「大法弘通慈折広宣流布大願成就」とお認めの御本尊の御前に、先生は、目覚ましい奮闘をした30数人の代表を招かれた。そして讃えられたのである。
 「ここに並ばれた方々は、私が褒めるよりも先に、大聖人様がお褒めになっているに間違いありません。私は、この方々に何も差し上げられないが、大聖人様は、すごいご褒美をくださるでありましょうから、なんの心配もいたしません」
 今、私も、全く同じ心で、尊き同志の一人ひとりをねぎらい、感謝し、讃嘆したい。
 創価の太陽・婦人部も、黄金柱の壮年部も、敬愛する多宝の友も、皆、本当に、本当によく戦ってくださった。ありがとう!
 さらに戸田先生は、総会の最後には、壇上に立った青年たちを紹介しながら、こう言われたのである。
 「皆さん、この青年男女諸君に、どうか期待してください。この若者たちが、この大法戦をやり遂げる人びとです。これら青年がいる限り、学会は絶対に盤石であります」と。
 以来60有余年──今、日本中、世界中に澎湃と躍り出ている地涌の青年の大陣列を、戸田先生はいかばかり、お喜びであろうか。創価の未来は晴れやかだ。

不軽菩薩の実践
 新時代の開幕に呼応し、各地で新リーダーが勇み、指揮を執っている。決意が漲る、皆の息吹が嬉しい。
 広宣流布の新たな前進は、どこから始まるか。
 それは、リーダーが人と会うことから始まる。
 一人また一人と、どんどん会って、語り合っていくことだ。心から友を励ましていくことだ。そこから人材が伸び、波動が広がる。これが鉄則だ。
 日蓮大聖人は「今日蓮等《ら》の類は不軽なり」(御書766㌻)と御断言であられる。
 生命の次元からみれば、いかなる人も仏性を具えている。その尊極なる仏の生命を信じて、人びとを敬っていく。誰もがその仏性を必ず開いていけることを信じ、励ましを送り続ける。
 この不軽菩薩の実践を現代に展開しているのが学会の運動である。不軽の精神とは人間尊敬の心だ。
 リーダーにその心があれば、必ず相手にも伝わる。それぞれの良さや持ち味も分かる。ここを伸ばせば、という部分にも自然と気づくものだ。
 私自身、ありがたくも、戸田先生に見出され、育てていただいた一人である。ゆえにその報恩の思いで、私は、わが友が秘めている生命の宝をより磨き輝かせるために、全力を注いでいった。誠実に友と接した。温かく包容した。粘り強く関わり続けた。
 私は青年部時代、書くことが苦手な友には、あえて会合の感想文を書くことを提案した。数字に弱い人に会計を担ってもらったこともあった。
 真剣に祈れば、知恵は必ず出る。それが妙法だ。
 人間は、機械ではない。ああ言えば、こう動いて当たり前というものでは決してない。「人生、意気に感ず」というではないか。
 まず、こちらの胸中に大情熱が燃えていてこそ、友の心も動くのだ。
 現場を歩き回り、駆け巡りながら、どれだけ祈り、考え、悩んで戦ったか。本当に苦労した分だけ、自分の力がつく。力を伸ばした分だけ、成長した分だけ、周囲も触発される。
 ここに、希望の方程式がある。
 60年前(1953年)の1月、男子部第1部隊長となった私が、出発に際し、班長会で共々に拝した御聖訓がある。
 「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり」「釈迦・多宝・十方の仏・来集して我が身に入りかはり我を助け給へと観念せさせ給うべし」(御書1451㌻)
 この一節を通し、私は、わが部隊が1年間で部員1千人の結集を成し遂げ、弘教75万世帯という師の誓願の達成へ先駆しようと呼びかけたのである。

人材拡大の4指針

 そして、いよいよ1年の総仕上げをする勝負時を、若き盟友たちと、4つの指針を掲げて走り抜いた。
 1、御本尊を信じ、自分は折伏の闘士であることを確信しよう。
 2、教学に励もう。
 3、行動にあたっては、沈着にして強く。
 4、学会精神を会得して、自ら広宣流布の人材たらんと自覚しよう。
 このうち第1、第2は、「信行学」の実践である。
 御書には「法華経は藍のようであり、修行が深いのは、藍が染めるに従って、ますます青くなるようなものである」 (1505㌻、通解)と仰せである。
 この信心は、いついかなる時も、“いよいよ”の生命力で、前へ前へ進み切っていく仏道修行である。
 その上で、やみくもに動いても結果は出ない。ゆえに第3の指針を強調した。
 実は1千人の目標に対して、10月に入った時点での部員数は600人余り。頭を抱えていたある班長に私は大確信で語った。
 「簡単だよ。一人が一人を連れてくればいいんだ」
 それを聞いた友は心軽やかに、再び動き始めた。
 今の戦いのホシが何なのかを明確につかむ。その沈着な行動が大切なのだ。
 また第4は、大目的を明確にするためであった。
 何のために戦うのか。それは広宣流布という大目的のためである。
 目的意識がなければ、その中でやり抜いていくことはできない。ロマンがなければ、勇気も湧かない。
 私は、皆に訴えた。
 ──我ら青年、これ新しき世界の創始者である、と。
 地域を変え、社会を変え、世界を変えていくのは我々なのだ! やろう、広宣流布は我らの手で!
 この心意気で走り抜いた第1部隊は、年末の男子部総会で、美事に1千人の陣列を達成したのである。
 時あたかも、学会本部が西神田から信濃町に移転した新時代の節目を、私たちは大勝利で飾ったのだ。
 総会翌日、1年の最後の本部幹部会で、戸田先生は烈々と師子吼された。
 「仏法は勝負なり!」
 絶対勝利の信心を持《たも》った我らは、いかなる悪戦苦闘があろうが、負けじ魂を燃やし、最後は勝つのだ!

「世界広布の歌」
 ♪学会健児の歌声は
 七つの海に轟き渡り
 若き地涌の天翔ける
 ともに讃えん平和境
 ああ世界広布の鐘は鳴る

 「世界広布新時代」第1回の本部幹部会(本年11月)では、この学会歌「世界広布の歌」の調べを、アメリカSGI(創価学会インタナショナル)の芸術部によるスーパーサウンズの皆さんが壮麗に奏でてくださった。さらに青年部の友らが大合唱を轟かせてくれた。
 この曲の誕生は50年前(1963年)。わが音楽隊初代隊長の作曲である。
 今も歌い継がれる歌詞の原案は、群馬から栃木まで広がる地域を舞台に活動していた青年たちが作成してくれたものであった。
 メンバーには、進学の夢も断念して必死に働く友もいた。皆、苦労していた。だが、青年部の誇りを胸に、行学の二道に励み、広布の夢に敢闘していった。
 そんな日々の中で、私が「大白蓮華」に発表した、巻頭言「青年よ世界の指導者たれ」を読んだのだ。
 そして、そこに綴られた「理想は高く、現実は、あくまでも堅実に、一歩一歩力強く進まなければならない」等の私の呼びかけに、青年たちは懸命に応えようとしてくれたのである。
 「世界広布の歌」の歌詞には、その熱き共戦の心が反響している。
 彼らは世界を旅したこともなければ、直接、海外と関わる仕事でもなかった。しかし同志と熱く理想を語り合いながら、世界を見つめ、世界を呼吸し、今いる場所から、堂々と誓願の心を広げていったのだ。
 「志」は広く世界へ! 「行動」は足元の地域から──こうした地涌の勇者たちの志念《しねん》堅固な大前進が、私の最高の喜びである。

立正安国の主人公

 置かれた状況がどうであれ、理想を持ち、向上し続ける人は「世界を変えゆく主人公」となれる。これが立正安国の信心だ。
 世界広布の内実は、地域広布に他ならない。そこで眼前の一人と仏縁を結び、語り合い、励まし合いながら、自他共の人間革命の波を起こすことなのだ。
 その確かな生き方こそ、どんな権威よりも強く気高いことを証明し、その異体同心の団結こそ、いかなる権力にも勝る平和の力となる──この真実を示してきたのが、我ら創価の誉れの歴史なのである。
        ◇
 民衆詩人ホイットマンは快活に叫んだ。
 「まだ試みられていない手つかずの未来は、まったく何の差別もなしに、君たちのため、ぼくのため、皆のためにある」
 新しい世界、新しい未来を創る主役は誰か?
 他ならぬ君であり、貴女《あなた》だ。我ら民衆なのだ!

全員が使命あり!
 見よ、堂々とそびえゆく創価の新時代の人材城を!
 全員が尊き地涌の使命を持《も》った天下の良材だ!
 ゆえに、一人ひとりを尊敬し、「一騎当千」の広宣流布の闘士に育てよう! 多くの同志が仲良く力を発揮できる団結をつくろう!
 どんな試練も、苦難も、妙法と共に、学会と共に生きゆく我らに、変毒為薬できないものはない。
 これからも、共に大勝利の人生、所願満足の人生を飾りゆこう! いやまして朗らかに、「我らの勝利の大道」を進み抜くのだ!
 皆、勿体を大切に!
 心晴れやかに、よいお正月をお迎えください。

 来る年も
  仏法勝負の
   広布旅


 ホイットマンの言葉は『草の葉』杉木喬・鍋島能弘・酒本雅之訳(岩波書店)。
2013-12-27 : 随筆 我らの勝利の大道 :
Pagetop

「世界広布新時代第2回本部幹部会」「沖縄総会」へのメッセージ

「世界広布新時代第2回本部幹部会」「沖縄総会」へのメッセージ    (2013.12.8 沖縄研修道場)

 「世界広布新時代第2回本部幹部会」が12月8日午後、「沖縄総会」の意義を込めて、恩納村の沖縄研修道場で晴れ晴れと開催された。これには、原田会長、正木理事長、杉本婦人部長をはじめ各部の代表が出席。離島を含む県内11会館と東京・千駄ケ谷の創価国際友好会館を中継で結んで行われた。同会館ではSGI(創価学会インタナショナル)研修会で来日中の海外28カ国・地域127人の友が参加した。池田名誉会長はメッセージを贈り、全同志の奮闘によって、人材と友情の花が爛漫と咲き開いてきたと強調。新しい年も元気に若々しく、人間革命の大歓喜の舞を共々に繰り広げようと呼び掛けた。

誓願を胸に世界平和の大航海を!


大勝利の1年 本当にありがとう!
妙法は常楽我浄の源泉


学会精神とは「負けじ魂」
 一、私は東京で、連日、全国・全世界から広宣流布大誓堂に勇み集われる大切な同志を間近で見守りながら、厳然と指揮を執っております。
 きょうは、遠路はるばると海外28カ国・地域より来日された世界広布の指導者と共に、ここ創価国際友好会館から、敬愛する全同志ヘメッセージを送らせていただきます。
 すべてに大勝利した今年1年の見事な奮闘を、私は最大の感謝を込めて、ねぎらい、讃嘆したいのであります。
 尊き研修会を行われているカナダの皆さん、アルゼンチン・ベネズエラの皆さん、欧州青年部の皆さん、台湾の皆さん、シンガポール・マレーシアの皆さん、韓国最高協議会の皆さん、そしてアフリカの皆さん方!
 寒い中、本当に本当にご苦労さまです。
 大好きな大好きな沖縄の同志の皆さん! 世界が見つめる希望の総会、誠に誠に、おめでとうございます!
 私の心も懐かしい沖縄研修道場にあります。健児広場の皆さん、さらに沖縄各地の皆さんの輪の中に飛び込んで、一緒に歓喜のカチャーシーを舞い踊りたい気持ちでいっぱいです。私は、きょうか18回目の沖縄訪問との思いで、皆さんの晴れ姿に大拍手を送っております。

強き信力・行力に仏力・法力は厳然
 一、本日は、皆さんと共に心に刻みたい御聖訓があります。
 すなわち──
 「大悪が起これは必ず大善が来《く》る。大正法は必ず弘まるであろう。わが門下たちよ、何を嘆くことがあろうか。迦葉尊者でなくとも、喜んで舞を舞い給え。舎利弗でなくとも、立って踊り給え。上行菩薩は、広宣流布のために大地から踊りながら出現されたではないか」(御書1300㌻、趣意)と。
 我ら地涌の菩薩は、何のために生まれてきたのか。広宣流布の誓願の舞を喜び舞うために、それぞれの使命の舞台に踊り出たのであります。
 ゆえに、どんな大悪が競い起ころうとも、断じて嘆かない。決して怯まない。
 南無妙法蓮華経という「歓喜の中の大歓喜」の音声《おんじょう》を響かせ、舞うが如く、踊るが如く、生き生きと生命を躍動させて、試練に挑み、戦い、必ずや大悪を大善へ転じてみせるのです。
 大正法を弘めるのです。
 広宣流布の誓願に徹しゆく「地涌の菩薩」の信力・行力があるところ、妙法の広大無辺な仏力・法力は厳然と現れ、苦悩に満ちた娑婆世界も寂光土へと変えていくことができる。これが、御本仏のお約束です。
 そして私と共に、ありとあらゆる苦難を勝ち越え、地域広布の模範と輝く人間共和の舞を世界に示してくれているのが、わが誉れの沖縄家族なのです。
 本当に、ありがとう! 我らの沖縄は、勝ちに勝ちました!
 青き大海原のように開かれた心で「万国の津梁《しんりょう》(=懸け橋)」となってきた沖縄の天地から、「世界広布」即「世界平和」の新時代へ、我ら創価家族は勇気凜々と、新たな大航海を開始しようではありませんか!(大拍手)

学会精神とは負けじ魂

喜び薫る絆で人類を結べ!

 一、この5日に逝去された偉大なる「アフリカの人道の闘士」マンデラ元大統領は、語り残されております。
 「幾多の災難の嵐が襲おうとしても、決意を固めた革命的闘士を押し流すことはできない。また、悲惨をもたらす不幸の連続も、その人を苦しめることはできないと確信する」と。
 マンデラ元大統領が27年半の獄中闘争を耐え抜かれて出獄された1990年に、私は東京でお迎えしました。
 多くの若人の歌と舞の歓迎を、それはそれは喜んでくださいました。
 青年をこよなく愛され、後継の世代を幾重にも育成してこられた、あのマンデラ・スマイルが思い起こされてなりません。
 今、わがアフリカ広布の闘士たちが、マンデラ元大統領が歩み抜かれた不撓不屈の信念の道に陸続と続いております。
 アフリカの婦人部のリーダーが語っていました。
 「現実は大変ですが、断じてあきらめることはありません。なぜなら、困難を乗り越える力は、自分自身のなかにある。日蓮大聖人の仏法は、このことを教えてくれました」
 「私たちが社会で生き生きと光れば、アフリカの世紀が輝きます」と。
 この負けじ魂が、学会精神です。
 一人一人が、自らの今いるその場所で、わが生命を最高に光り輝かせていく「人間革命」の勇気と正義の舞から、すべては始まるのです。
 一、琉球古典音楽を代表する「かぎやで風節《ふうぶし》」では──
 「きょうの誇らしさ、この喜びを/何に例えようか/あたかも、花の蕾が/露を受けて咲かんとしているかのようだ」(松村洋著『唄に聴く沖縄』白水社)と舞い、踊ります。
 学会も、今、新しい人材の花、友情の花が次々に咲き、また花開こうとしています。
 最高に喜び薫る創価の「蘭室の友」の絆を、地域へ、社会へ、人類の未来へ、さらに爛漫と、さらに馥郁と結んでいきましょう!

題目の師子吼を轟かせて前進!
 一、日蓮大聖人は、「妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり」(御書947㌻)と示してくださいました。妙法は、一切を蘇らせゆく無限の活力です。
 この妙法と共に生き抜く生命は、いかなる「生老病死」の苦悩も転じて、永遠に「常楽我浄」の軌道を進んでいくことができる。絶対に安心であり、どんなことがあっても、全部、変毒為薬していけるのです。
 「年は・わか(若)うなり」(同1135㌻)と仰せの如く、新しい1年、青年は、ますます元気はつらつと、多宝の同志は、いよいよ若返って前進してまいりたい。
 そして、あの友この友と語らい、「幸福勝利の舞」に、一人また一人と、いざないながら、民衆の連帯で、世界の安穏を実現しゆく「平和」と「文化」と「教育」の舞を、断固と繰り広げていこうではありませんか!
 さあ、我らは、最強無敵の題目の師子吼を轟かせ、来年も戦おう!
 全同志の皆さん、健康第一で、よいお年をお迎えください。
 お元気で!(大拍手)
2013-12-12 : スピーチ・メッセージ等 :
Pagetop

池田思想シンポジウムへのメッセージ

池田思想シンポジウムへのメッセージ
     (2013.11.23 中国 広東省広州市内)

 中国の広東省広州市内で、広東省社会科学院、仲愷農業工程学院などが主催する「21世紀の生態文明に向かって──2013 池田大作思想シンポジウム」が開催された(11月23日)。中国と日本の21の大学・学術機関などから研究者らが集い、地球規模で進行する環境問題に対し、池田名誉会長の思想を基に活発な討議を行った。

人間の生命の可能性は無限大 希望の未来へ 英知の結集を

教育 協力が「生態文明」を開く
自然と調和し共生する哲学を世界へ


 一、本日は人類の明日を照らしゆかれるシンポジウムの開催、誠におめでとうございます。21世紀の世界が進むべき新たな大道を切り開かれようとする試みに、私は深く強く感銘を受けております。
 どこまでも「人間」を見つめ、「社会」のために知恵を結集し、「未来」のために尽くし抜かれる知性と良識の先生方の尊いご努力に、私は最大の尊敬と感謝を捧げさせていただきたいのであります(大拍手)。
 一、中国では現在、「生態文明の建設」の理念のもと、政治、経済、社会、文化のそれぞれの分野で、環境の保全とともに、生態系の保護を重視する持続可能な発展が目指されています。なかでも、エネルギー分野において太陽光や風力発電といった「再生可能エネルギーの積極的な導入が目指されるなか、今年6月にドイツやフランスなどの国々とともに、「エネルギーシフト国家クラブ」を発足させ、地球的規模での再生可能エネルギーの導入拡大をも進めようとされていることは、世界の大きな注目を集めています。
 この意欲的な取り組みに象徴されるように、現代社会において人類が直面する環境問題は、国境や民族の違いを超えて英知を結集し、力を合わせて事に当たらなければ乗り越えられないことは、論をまちません。
 その意味で、貴国が取り組まれている「生態文明の建設」は、世界全体で等しく追求されるべき優先課題にほかならず、人類史を画する挑戦を確かな軌道に乗せていくために、人々の意識の大きな転換が、今ほど必要とされる時代はないでありましょう。
 そこで、この「生態文明の建設」の展望の上から、簡潔に2点の所感を申し上げさせていただきます。

環境問題の打開へ「勇気」を灯す
 第1に、「環境教育を基盤に持続可能性の追求を」ということであります。
 貴国では「生態文明の建設」の核心をなす理念として、人間と自然との相互依存性を踏まえた“良性の相互関係”の構築を掲げておられます。
 現代の国際社会で環境問題が論じられる際、「持続可能性」というキーワードがよく語られますが、私はその「持続可能性」の追求が社会全体に定着するには、制度や技術面での対応に加えて、自然とのかけがえのない関係を大切にする思想が根を深く張ることが、不可欠と考えてきました。
 この点に関し、中国教育学会の顧明遠会長が、私との対談で、「中国人は、古くから人間と自然は調和し、共存しなければならないことを認識しており、それを最高の道徳基準としていました」と語っておられましたが、そうした精神遺産から豊かな智慧を汲み取り、現代の社会に幅広く展開し、「持続可能性」の追求に資する価値を力強く創造していくことは、世界全体にとってもきわめて重要な意義をもつに違いありません。
 その挑戦を進める上で大きな役割を担うのは、何といっても「教育」であります。
 かねてより私は、環境問題の打開の原動力は「教育」なりとの信念から、行動を重ねてきました。また、私が創立した創価学園や創価大学などでも、さまざまな形で環境教育の推進に力を入れてまいりました。
 昨年発表した環境提言では、環境教育の在り方として、知識や技術の習得だけでなく、①自分が育ってきた場所を大切にする「心を受け継ぐ」ための教育②自分を取り巻く環境がもたらす恩恵への感謝の思いを「日々の行動に還元する」ことを促す教育③これから生まれてくる世代のために何を守ればよいのかを「自身の生き方の柱に据える」ための教育──3つの観点の重要性を提起しました。
 ともすれば現代の環境問題は、その規模の大きさや原因の複雑さに半ば圧倒される形で、改善に向けての意欲が失われてしまうことが、解決を難しくさせているといわれます。その難問に対し、“人間が起こした問題は、人間の手で解決できないはずがない”との希望と勇気を灯すのが「教育」にほかなりません。
 私どもが提唱し、2005年からスタートした国連の「持続可能な開発のための教育の10年」は来年で終了しますが、“人間と自然は調和し、共存しなければならない”との思想を受け継がれてきた貴国の皆さま方と共に、環境教育を基盤に据えた持続可能性の追求に取り組んでいきたいと願うものです。

ペッチェイ博士
「一人一人のもつ理解力 想像力 独創力で現状は逆転できる!」

国際的連帯が価値を創造

 第2に申し上げたいことは、「環境協力で共生の地球社会の礎づくりを」という点であります。
 私は現在、世界的な環境学者である、ドイツのヴァイツゼッカー博士と「持続可能な地球社会」を構築するための方途を探る対談を行っております。
 その博士の言葉に、「われわれはまた、環境の世紀において現在のものとは根本的に違ったまったく新しい文明・文化を必要としている」(宮本憲一・楠田貢典・佐々木建 監訳『地球環境政策 地球サミットから環境の21世紀へ』有斐閣)との問題提起がありましたが、その一つの方向性を示しているのが、貴国が掲げておられる「生態文明」であるといえましょう。
 また私と年来、交友を深めてきたアメリカのキッシンジャー博士も今年6月、貴国を訪問した折、「生態文明」をめぐる取り組みを踏まえて、「環境に関する取り組みは一国だけで実現できるものではなく、多くの国が共同で実現しなければならない」との観点を強調しておられました。
 私も同様の信念に基づいて、7年前に「日中環境パートナーシップ(協力関係)」の構築を提言し、その柱として先ほどの「環境教育の推進」に加えて、「環境汚染の防止」と「省エネルギー・循環型社会への転換」を挙げたことがあり、今年の提言でも、中国と日本が共同で主導する形で「東アジア環境協力機構」の設立を目指していってはどうかと、提案いたしました。
 両国での協力をはじめ、環境問題における国際協力の輪を幾重にも広げていくことは、共に「プラスの価値」を創造し、共に「希望の未来」を築いていく挑戦であり、「共生の地球社会の礎」へと結実していくに違いありません。
 万年の未来を見据えて、その国際協力の大道を幾重にも開きゆくことこそ、将来世代に贈ることのできる、最上にして最高の財産ではないでしょうか。
 一、こうした地球的視座に基づく国際協力の重要性を説いた、口ーマクラブの創設者ペッチェイ博士と、環境問題に対して「手遅れにならないうちに」と警鐘を鳴らしゆく対談集を発刊して、まもなく30星霜を迎えます。残念ながら、地球と人類を取り巻く環境問題は、いやまして深刻さを増しております。
 しかし、私の胸には、ペッチェイ博士の信念の叫びが今も響いて離れません。
 「人間は一人一人の中に理解力、想像力、独創力を豊富に蓄えており、そのうえまだ活用されていない、いや顧みられてすらいない道徳的資質を、豊かに備えています」「これらの蓄えは系統的に開発することができます」「そうすることによって初めて、人類はついには現状を逆転することができるでしょう」と。
 地上の資源は有限であっても、人間生命の可能性は無限であり、人間が創造する価値にも限りがない──私はこのことを、本日、お集まりになられた、尊敬する諸先生方と共に、確かめ合いたいのであります。
 最後に、今回のシンポジウムが、人類の新たな地平を切り開く大いなる一歩となることを願ってやみません。
 本日は誠に、誠にありがとうございます。
 謝謝!(大拍手)
2013-12-09 : スピーチ・メッセージ等 :
Pagetop

生命の光 母の歌 第1章/第2章/第3章

生命の光 母の歌

 池田SGI(創価学会インタナショナル)会長とオーストリアの元文部次官で声楽家のユッタ・ウンカルト=サイフェルト博士との連載対談「生命の光 母の歌」が本紙でスタート。
 ユッタ・ウンカルト=サイフェルト ウィーン大学で哲学博士号を取得。オーストリア政府の元文部次官。声楽家(ソプラノ歌手)。ヨーロッパ青年文化協会の会長として、青少年教育に尽力。これまでSGI会長が創立した民音の招へいで5回来日し、コンサートを行うなど、両国の友好を大きく推進してきた。ウィーン在住。

第1章 出会いの曲、ウィーンの調べ(上・中・下)  (2013.10.8/10/11付 聖教新聞)

人生は「今」を生き切る戦い

SGI会長
「音楽の使者」と奏でる対話のハーモニー

池田SGI会長 グーテンターク!(こんにちは!)
 文化は国境を越え、人と人との間に「心の橋」を架けていきます。
 音楽は、言語の違いを超えて、人々に「歓喜の共鳴」を広げます。
 激動の時代にあって、偉大な「文化の大使」「音楽の使者」として世界で活躍してこられたサイフェルト博士と、文化と人生、平和をめぐる新たな対談の機会を得、これほどの喜びはありません。

サイフェルト博士 池田会長、私も本当にうれしいです!
 この時を心待ちにしていました。
 自由闊達な意見交換ができればと思っております。私たちの考え方には、共通項がたくさんあるのですから!

池田 サイフェルト博士は、オーストリアや日本をはじめSGIの同志に、何度も美しい歌声を披露してくださいました。
 また、忘れ得ぬ夫君のラルフ・ウンカルト博士とご一緒に、私たち夫婦も度々お目にかかり、友誼を結んでくることができました。
 1992年6月、ウィーンを訪問した折には、わざわざ空港で迎えていただき、その真心は永遠に忘れられません。
 この対談も、陽光に緑が映える芸術の都ウィーンの公園で、コーヒーとザッハトルテ(オーストリアのチョコレートケーキ)を味わいながら、ゆったりと語らうように進めていきましょう。
 博士が語られる全てが、特に多くの母たち、女性たちへの大いなる励ましとなることは間違いありません。

サイフェルト ありがとうございます。
 でも、私からすれば、激励するという立場には当たらないと思います。
 もちろん、少しでも多くの女性たちの力になればと願っていますが、今回の対談はむしろ私自身にとっての励ましです。
 当たり前の日常にあって、まだまだやり残していることがあるのではないか──自問自答を続ける中で迎えた待望の機会だからです。
        ♪
池田 以前にお会いした折も、言われていましたね。
 「人生はあまりにも短い。“何か”を残さねばならない」と。
 今も変わらず若々しい心で、謙虚にそして真剣に人生の価値を探求し、創造される姿勢に感動します。
 私はローマの哲人セネカが友人(ルキリウス)に贈った言葉を思い出しました。
 「物事を先送りしていれば、人生はそのあいたに過ぎてしまう。この世に何一つとして、ルキリウス、自分の所有物だと言えるものはないんだ。時間だけなのだよ、これぞ自分のものと言えるのは」「これこそ、どんなに感謝してもし足りないほど値打ちのある唯一つのものなのに」(中野孝次著『セネカ 現代人への手紙』岩波書店)
 何のために、どのように、時間を使うか。そこに、その人の生き方が表れます。

サイフェルト ええ。そして、一定の年齢に達した時、つまり私にとっての最近の数年間における関心事は、いわゆる「死への準備」を整えることです。
 わが人生に、あと、どれほどの時間が残っているか、誰にも分かりません。
 だからこそ、時間は大切であり、かけがえのないものとなるのです。

池田 仏法では、「臨終只今にあり」(御書1337㌻)との覚悟で、今の一瞬一瞬を大切にし、一日一日を真剣に生き切り、最高の価値を創造していく道を教えています。
 いかに財産があっても、立場があっても、それが人生の確かな充実になるとは限らない。むしろ、虚像となってしまう場合が、あまりにも多い。
 ですから、いかなる目的を持ち、いかなる哲学を持って、人のため、社会のために尽くしていくかが大事になるのではないでしょうか。

サイフェルト 私自身がそうした深い人生を生きているかどうかは分かりません。ただ、「他者のために自分を使いたい」という強い気持ちがあるのは確かです。

池田 尊いお心です。仏法で説く「菩薩」の精神に通じます。
 さて、私はこれまで3度、貴国を訪問しました。芸術の香気あふれるウィーンの街が大好きです。世界の人々の憧れでもあります。
 貴国の作家ツヴァイクは、多くの民族と文化が融合するウィーンを、“素晴らしく交響曲化された都市”“自然と溶け合っている町”と讃え、市民が愛したブルク劇場を“大宇宙を映し出す小宇宙”と形容しました。
 また「真のウィーン人」とは“文化に対する愛、芸術への感覚を持ち合わせている人”とも綴っています。〈原田義人訳『昨日の世界I』みすず書房〉
 この先哲の洞察は、今もそのまま当てはまるのではないでしょうか。
 アメリカのニューヨーク、スイスのジュネーブとともに国連機関が置かれるウィーンは、国際的な平和交流の舞台でもあり、音楽を愛好する世界市民の都と光っています。

サイフェルト そうかもしれません。ウィーンは文化的にも揺るぎない地位を築いています。
 ウィーン・オペラは芸術的水準が非常に高いといえます。コンサートも、“どこに行ったらいいか分からない”と言っても過言ではないほど、たくさん催されています(笑い)。外国の方々が気に入りやすいと思います。
        ♪
池田 サイフェルトさんにとって、生まれ育ったウィーンはどのような街なのでしょうか。

サイフェルト 私は生粋の“ウィーンっ子”です。母はドイツ人ですが、父はウィーンの出身です。
 観光事業という点から見れば、今日のウィーンは世界有数の都市であるといえます。単に私の意見を申し上げているのではなく、何かで読んだことを記憶しています。

池田 行事の合間に地元の方に、有名なウィーンの森の一角、ヘレン渓谷を案内していただいたことも懐かしいです。
 しんとした静けさに包まれ、わきを流れる小川には“歌”があり、そよ風には“詩”がありました。1981年の5月のことです。濃淡ある美しい緑に、心が洗われるようでした。
 滞在中には、ハイリゲンシュタットにあるベートーベンゆかりの家も訪れ、近くの丘から、ドナウ川とウィーン市街を一望しました。

サイフェルト そうでしたか!
 日本の桜の季節は素晴らしいですが、ウィーンは、会長が散策された春も、そして秋も、素晴らしいです。特にクリスマスの時期は、とても素敵なのです!
 私は各国の大臣の公式訪問の準備をずっと手掛けてきましたから、ウィーンのことは熟知しています。皆さん、ぜひウィーンへお越しになってください!

池田 そう言っていただくと、読者の心も弾むことでしょう。今、日本からウィーンへは直行便も飛んでいます。
 四季折々に美しいウィーンの森のそばに、私どもSGIのオーストリア文化センターはあります。ハプスブルク家の最後の皇女エリザベートが住んだ由緒ある歴史的建造物であり、サイフェルト博士にも幾度となく訪問いただいております。
 その国の独自の文化や歴史を最大に尊重していくのがSGIの基本精神です。
 多様性を大切にしてこそ人間性が豊かに開花し、人間が真に人間らしく生きられる社会が築かれていくと信じるからです。

友のために! 希望の火をともそう

池田SGI会長
私たち《SGI》は、平和と友情と幸福の連帯《スクラム》。「自他不二」の心が未来を豊かにしたい
サイフェルト博士
学会は“わが精神の故郷”。世界中の人々が創価の確かな哲学を求めている

池田 昨年(2012年)6月に行われたオーストリアSGIの集いにも、わざわざ足を運んでくださり、あらためて御礼を申し上げます。
 ウィーンの市立公園でサイフェルト博士がSGIの友と一緒にカメラに納まった写真を、私たちは夫婦で喜びをもって聖教新聞紙上で拝見しました。
 あの公園は、私にとっても思い出深き場所なのです。
 1992年、光栄にも「オーストリア科学・芸術名誉十字章勲一等」を拝受しました。博士からは、真心あふれるスピーチもいただきました。その式典の直後、メンバーと記念撮影したのが、この市立公園なのです。
        ♪
サイフェルト よく存じ上げております。ウィーンには素晴らしい“創価の人々”がいらっしゃいます。私はこれまで、婦人部の皆さんをはじめ、多くの方々と友情を結んできました。
 実は、イギリスのタブロー・コート総合文化センターにも一度お邪魔したことがあります。自分で調べて連絡をとり、電車に乗って一人で行ったのです。
 本当に素敵な建物でした。急な訪問にもかかわらず、スタッフの皆さんが温かく迎え入れてくださいました。まるで自分の家に戻ったような感覚にさえ包まれました。
 私にとってSGIは、どこの国や地域であろうと、自宅に帰ったような居心地の良さを感じるのです。なぜなら、SGIは私の“精神の故郷”だからです。

池田 うれしいお言葉です。“精神の故郷”とは、言うなれば「家族」でありましょう。
 心通う家族と共に過ごすひとときや、故郷に帰る喜びは、何よりも大きいものです。
 私どもが今、進めている運動も、互いの生命に尊極の仏性を見いたし、対話によって心と心の絆を強め、広げていくものです。

サイフェルト 創価学会の皆さまとの出会いは、常にとても心温まる、真心のこもった深い触れ合いでした。本当に私の人生が変わったので、非常にありがたいと思っています。
 もっとSGIが発展すること──これが私の願いです。なぜなら、今ほど人々が確かな哲学を求めている時代はないからです。

池田 温かなご理解、ありがとうございます。
 私どもの信奉する日蓮大聖人は、「人のために火をともせば・我がまへあき(明)らかなるがごとし」(御書1598㌻)と言われております。
 こうした共生の心、共生の哲学が、ますます大事になってきています。“自分さえよければいい”という利己主義がはびこれば、地球は痩せ細るばかりです。
 自分が幸せになろうと思えば、まず自らの地域を安穏にしなければならない──この「自他不二」の心が未来を豊かにします。
 何より、私たちSGIは、平和と友情と幸福の縮図であると確信しています。だからこそ、この創価の希望のスクラムをさらに広げられるよう、努力していきたいと思っております。

サイフェルト そう念願します!
 私たちにとって大事なのは、“人間とは、どうあるべきか”について、明確な答えを持つことです。これは、私がいつも周囲の人々に語っていることでもあります。
 ですから私は、SGIに期待を寄せているのです。

池田SGI会長
「教育」こそ創価の原点。子どものための社会を!そこに世界平和への道が
サイフェルト博士
全盲の父に音楽を学んだ幼少期。青少年の幸福の実現が私の一番の使命

池田 サイフェルト博士は「女性の世紀」の颯爽たる旗手です。
 高名なソプラノ歌手であると同時に、オーストリアの文部次官を務められ、長きにわたって文化行政のスペシャリストとして活躍してこられました。
 お父さまが音楽家であられた影響はもちろんのこと、社会の安穏と人々の幸福に尽くす生き方は、多分にご家庭で身につけ、ご両親から受け継がれた部分が大きいと拝察します。
 「人に尽くす」ことを、ある時は言葉で、またある時は無言のうちに、その姿で伝えゆくようなご家庭であったのではないでしょうか。

サイフェルト 私にとって芸術は、人生そのものです。父はクラシックの音楽家で、私たちは実際に、家ではクラシック作品ばかりを演奏していました。父が声楽の教授だったので、本当にたくさんの楽曲を一緒に楽しみました。
 守られた少女時代でしたが、普通とは違うものでした。私は両親が全盲という状況の中で生まれました。二人は本当に一生懸命、私を育ててくれました。
 私たちは一心同体でした。それはまるで馬車を引く馬のようであり、目の見える先頭の馬に、2頭の盲目の馬が引っ張られながら、お互いのためにできることをしたのです。家族が一体となって、あらゆる出来事に当たっていたわけです。
        ♪
池田 ご苦労は察するに余りあります。幼い頃からご両親の“目”となり“杖”ともなられ、お二人の手を引いて街を歩かれたサイフェルト博士に、お父さまとお母さまは深く感謝しておられたに違いありません。

サイフェルト ありがとうございます。
 でも当時は、そんなことを考えもしなかったのです。
 私は孤独な子どもだったといえます。というのも、同年代の子どもたちとはあまり接点がなく、あったとしても私のことを理解できなかったと思います。
 それでも、父から音楽を学ぶことができ、非常に恵まれた幼少期であったといえますし、それが当時の私の人生の全てであったわけです。
 もちろん、音楽に生涯を捧げた父の人生も困難なものでした。父はオルガニスト(オルガンの演奏家)として、墓地で葬送の演奏をしていました。
 そこで私が亡くなった人を最初に見たのは、5歳の時でした。それ以来、「なぜ人は死ぬのか」「死後は何があるのか」などと、死について考えをめぐらすようになったのです。
 池田会長の幼少期には、何かそうしたことがありましたか。

池田 そうですね。小学生の頃、学校の帰り道、トラックに積んだ鉄材が崩れ、職人さんが挟まれてしまった大きな事故を目の当たりにしたことがあります。その痛ましい場面は、脳裏に刻みつけられています。
 また、私自身、幼少より体が弱かったことから、小学校時代、寝汗をびっしょりかいてうなされながら、「人間は死んだらどうなるんだろう」と考えていたことを覚えています。この病気との闘い、生死の問題への探究は青春時代も続いていきました。
 ところで、博士は、大学では音楽ではなく哲学を専攻されていますね。

サイフェルト 実は、父は私が音楽の道に進むことには反対でした。それは、母もそうでしたが、生活の安定という面から、子どもが自分たちと同じ音楽の道を歩むことを望んでいなかったのです。
 ですから大学では、哲学と古代言語を専攻することになり、その後は行政という社会貢献の道を選択しました。
 1976年に父が他界し、“ついに私自身の音楽を始めるべき時がきた”と感じたのです。
 それでも、まだ母の反対はありましたが、歌の師ともいうべき教授にめぐり合い、その方のおかげで舞台に立って声楽を披露できるまでに育てていただいたのです。

池田 よく分かりました。博士のご活躍は、ご両親の願いを幾重にも実現するものです。ご両親もきっと喜んでおられるでしょう。
 そして今もなお、サイフェルト博士は、青少年教育をはじめ、ますますお元気に社会貢献の活動に取り組まれています。

サイフェルト 私が創立したヨーロッパ青年文化協会では、多彩な活動を行っています。
 例えば、才能ある青少年のためにコンサートを企画したり、海外の団体と協力して、若い音楽家や高校のオーケストラ、合唱団を、オーストリアやヨーロッパ諸国に招へいし、国内の学校などで演奏会を催すこともあります。
 また10年前には、ルーマニアで路上孤児のための施設を開設しました。私にとって非常に大きな課題です。貧困等で子育てができなくなった親が、わが子を置き去りにするという状況が、特にルーマニアで憂慮すべき問題として浮上してきたのです。
 路上孤児のまま成長すると、犯罪に手を染めるようになり、もはや社会の一員となることは難しく、彼らを救い出すことは困難になります。
 友人からその実態を聞きつけた私は、ルーマニアの福祉関係者と連携を取り、子どもたちに必要なもの全てを用意し、心ある人たちによって寄付されたバスで現地まで運びました。
        ♪
池田 崇高な行動です。心から敬意を表します。
 ルーマニアは、私も30年前(1983年)に訪れた、忘れ得ぬ天地です。社会主義体制の崩壊後も、困難な時代が続いてきたことは伺っています。近年、SGIの支部も誕生し、希望と励ましの絆を広げながら、社会に貢献しております。
 時代の混迷は、青少年に大きな影を落とします。
 その青少年に手を差し伸べることは、何よりも大切なことです。

サイフェルト ええ。施設にはまだまだ援助が必要な状況ですが、10年たった今、少しずつ成果が出ています。
 まず年長の子どもたちは全員、学校に通っています。その中の一人の少女は、大学入学資格試験で優秀な成績を収め、国の奨学金を得て医学部に入りました。なんと素晴らしいことでしょうか!
 子どもたちの幸福の実現こそ、私の一番の生きがいであり、使命であると思っています。

池田 胸に迫るエピソードです。わが創価の原点もまた「教育」です。
 牧口常三郎初代会長は、軍国主義の時代に「教育は子どもの幸福のためにある」と主張し、独創的な『創価教育学体系』を著しました。
 第2代の戸田城聖会長もまた教育者でした。
 お二人は軍部政府の弾圧で投獄され、牧口会長は獄死しています。
 第3代の私は、平和と民衆の幸福を願った両先生の構想を実現するために、世界に創価教育のネットワークを築いてきました。
 先日も、この5月にSUA(アメリカ創価大学)を卒業した若き英才から、うれしい報告がありました。
 彼はメキシコ系移民の出身です。経済的に大変な状況の中、SUAの奨学金制度を活用して学びに学び抜き、全米屈指の教育NPO(民間非営利団体)への就職を勝ち取ったのです。「教育を受けられない子どもたちの力になりたい」と今、大いなる理想に燃えて新しい挑戦を開始しています。
 子どもたちの人権が守られ、幸福になる権利が保障される社会になってこそ、世界の平和の道は開かれます。
 この対談ではそうした点にも触れつつ、これからの青少年教育のあり方についても意見交換していきたい。そう決意しています。

池田SGI会長
人間と人間の「顔」が見える交流を。苦難に勝つ姿は多くの友を奮い立たせる
サイフェルト博士
互いを認め合う安心感や信頼感──対話において最も大切なのは「魂の共鳴」

池田 サイフェルト博士との初めての出会いは、東京でお迎えした時(1989年7月10日)でしたね。

サイフェルト そうです。当時、私はオーストリア文部省で海外担当の文部次官として働いていました。
 ある日、私はウィーン在住の日本人ピアニストと一緒に仕事をする機会がありました。彼女の友人である創価学会の方々を通じて、初めて池田会長と仏法のことを知ったのです。
 そしてSGIの方々との交流が始まりました。その中のメンバーの一人がヨシオ・ナカムラさん(現・オーストリアSGI参与)です。彼らと話すうちに、会長と私の人生観が似ていることに気がつきました。
 すると、それを察したのか、次の日には文部省の私の机の上に大きな紙袋があり、中にはドイツ語で出版された会長の全ての書籍が入っていたのです(笑い)。
 私は会長の書籍を一気に読破しました。そして、“自分はもう一人ではない! 同じような思考を持つ人がいたのだ”ということを感じ取ったのです。
 私が描いていた人生の実像が非常に明快になった瞬間でした。
 それは、輪廻やカルマ(業)といった概念で、自分の中に当たり前のようにあったものだったのです。
 実は東京で私たち夫婦が会見場に到着した時、玄関に立っておられた方が池田会長とは気づきませんでした。それまで、お目にかかったことがなかったものですから。
 一人の紳士の前を車で通り過ぎたのですが、誰かに”レントゲン″のような達眼で見透かされている気がしたのです。それが会長でした(笑い)。

池田 あの日のことは、私もよく覚えています。オーストリアと日本の修好120周年の佳節でした。
 サイフェルト博士は、両国の交流推進を強く希望され、「大事なことは、交流を通して、多くの人々が互いに『人間として理解し合う』ことです」と強調しておられましたね。全く同感です。
 あれから20数年が経ちましたが、文化交流、教育交流が、ますます大事になっています。
 これだけグローバル化され、情報化社会になっても、肝心の人間と人間の「顔」の見える交流が追いつかない。ゆえに摩擦が生まれ、衝突が起きやすくなってしまった。心の絆の大切さが、多くの人々から指摘されるゆえんです。
        ♪
サイフェルト 忘れてはならないのは、2011年に日本を襲った大地震(東日本大震災)です。本当に恐ろしい出来事でした。東北の被災地で起こっていること、特に福島のことに対して、心を痛めていない人は誰もいません。
 私たちは、日本の皆さまがいまだに生死に関わるような試練と戦っておられることに、祈る思いでエールをお送りしたいのです。

池田 あの震災の直後、サイフェルト博士のインタビュー記事が掲載されました。
 ご主人を亡くされた体験を通し、「人生には、とても多くの苦しみがつきもの」であり、「人はその苦しみに打ち勝つことができる、打ち勝たなくてはいけない」と語られたお言葉は、多くの友の心を奮い立たせるものでありました。
 この「生と死」をめぐっては、また回をあらためて取り上げたいと思いますが、博士との最初の出会いからの、私たちの語らいの主要テーマでしたね。

サイフェルト 本当にそうでした。最初の会見は、当初の予定では20分ほどの懇談で終了するはずでしたが、気がつけば2時間に及んでいました。
 しかしその時、私にとってはある意味、“再会”のように感じられました。過去世からの縁で結ばれていたと言っても、過言ではありません。そして池田会長ご夫妻にお会いするたびに、温かな真心が伝わってきました。
 私は思うのです。対話において最も大切なのは、「魂の共鳴」であると。つまり、お互いの精神の中に互いを認め合ったり、受け入れたりできる安心感や信頼感です。
        ♪
池田 おっしゃる通りですね。さまざまな差異を超えて、同じ人間として、各界・国内外の人々と交流を重ねてこられたサイフェルト博士ならではの含蓄のある言葉です。
 それはまた、私の強い実感でもあります。東西の対立が続いていた1974年9月、私はモスクワ大学の招へいをいただき、初めてソ連(当時)を訪れました。民間人の立場から、日ソ友好の道を少しでも拡大するためです。
 訪問の前に日本国内で巻き起こった、「宗教否定の国に何しに行くのか」などの批判の声に、私は迷わず答えました。「そこに人間がいるから行くのです」と。
 その信念から、教育関係者はもとより、市井の人々とも交流を重ねました。10日間の訪問の最終日に、コスイギン首相との会見がありました。
 「あなたの根本的なイデオロギーは何ですか」と問う首相に、私は間髪をいれず答えました。
 「平和主義であり、文化主義であり、教育主義です。その根底は人間主義です」
 首相は、「この思想を私たちソ連も実現すべきです」と真剣な表情で語っていました。
 会見では、当時、冷え切った関係にあった中ソ間の融和、核軍縮も話題になりました。日ソの相互理解へ、幅広い民間・文化交流を展望したのです。
 コスイギン首相とは、その翌年にもお会いしました。
 首相が亡くなられた後にはご家族を弔問し、令嬢のリュドミラー・グビシャーニさんから、首相の思い出を伺いました。
 ともあれ、他者への尊敬を根底にした語らいを! 生命尊厳の道を見つめる対話を! そこに魂の共鳴もあります。
 真の友情は、国境を越えて、世代を超えて、輝きわたります。
 私たちの対談も、まだ始まったばかりです。存分に語り合いましょう!
 平和のために!
 文化のために!

サイフェルト ええ、喜んで!

第2章 声の力、文化の力 (上・中・下)  (2013.11.4/5/6付 聖教新聞)

サイフェルト博士
何一つとっても自分一人で達成できることなどない。だからこそ感謝が大切です
池田SGI会長
あらゆる人の支えがあって今の人生がある──「知恩」「報恩」が仏法の根本の道

池田 この連載を、日本全国の友が喜んでくれています。北海道の同志からは「1991年の8月、札幌での本部幹部会でサイフェルト博士に『母』の歌を披露していただいた思い出がよみがえりました」との声が寄せられています。
 あの時、博士の独唱には、婦人部の皆さんの歌声も加わり、やがて会場が一体となっての壮大なハーモニーとなりました。総立ちとなった参加者からは、万雷の拍手と“ブラボー”の歓声がいつまでも鳴りやみませんでしたね。

サイフェルト ええ! 覚えていますとも。まるでサッカースタジアムにいるような、熱気あふれるひとときでした。
 この曲は、今や私の「十八番《おはこ》」です(笑い)。日本以外でもよく歌ってきました。オーストリアやアメリカ、アルゼンヂン等々……。お気に入りのアンコール曲です。
 そして歌い終わると、常に会場は満場の喝采に包まれます。それは、この曲が持つ音楽性も影響しているかもしれません。というのも、日本語が分からない聴衆にとっては、この歌詞の内容がすぐには理解できないわけですから。
 この曲は、どのようにして作られたのでしょうか。

池田 もともと、この「母」の歌の原詩を私が発表したのは、1971年の秋でした。残酷な戦争に苦しめられ、人生の風雪と悲しみに耐え続け、最も生命の尊厳を知っている庶民の母たちに思いを馳せて綴ったものです。それから5年後、音楽大学出身の2人の乙女が、この詩に曲をつけてくれたのです。
 実は当時、私の母は健康が優れず、病床に伏しており、奇しくも、この歌は母が亡くなるひと月ほど前に完成しました。母もテープを聴いて、喜んでくれたようです。
 母よ、あなたの願いが翼となって天空に舞いくる日まで、いついつまでも達者に──この祈りを基調にして紡ぎ出してくれたメロディーなのです。
 ところで、博士はコンサートが終わると、毎回、客席に花束を持って下《お》りていき、聴衆に花を配られると伺いました。

サイフェルト それは、私が初めてコンサートの舞台に立って以来、ずっと習慣にしていることです。最初に歌った時、「これから先、コンサートでいただくお花は、せっかく足を運んでくださった方に差し上げていこう」と誓いました。ステージで歌わせていただいたことへの「感謝のしるし」なのです。
 私にとって、舞台に立って演奏することは、聖なるもの──カトリック的に言えば聖霊でしょうか──からの贈り物を受け取り、他の人に継承
することです。
 私がこれまで達成したことは、どれ一つとっても、自分一人で成し得たことではありません。全て私に与えられたものなのです。だからこそ、非常に大切なのが感謝の気持ちだと思っています。

池田 深い美しい心に胸を打たれます。今、自分がこうして生きているのは、決して一人の力ではない。父母をはじめ、あらゆる人の支えがある。さまざまな恩恵のおかげで、自分の存在がある。ゆえに仏法でも「知恩」「報恩」を最大に重んじます。恩を知り、恩に報いる生き方を教えているのです。
 サイフェルト博士の真心が共鳴を奏でた日本各地での公演では、「浜辺の歌」「荒城の月」なども見事な日本語で披露され、大きな感動を広げたそうですね。

サイフェルト 来場された方にとって馴染みの深い歌を通し、それぞれの思い出に語りかけ、懐かしい時を共有したかったのです。日本の歌曲には舌がもつれそうな時もありますが(笑い)。
 残念なのは、私がいまだに日本語を話せないことです。とても好きで、興味のある言語なのですが、日本語を読み出して5分もたつと頭痛が始まり、目で追えなくなってしまうのです(笑い)。
 ただ、日本語の響きと構造は大変に興味深く、美しいと思います。音楽的でさえあります。ですので、よく耳を澄まして聴いていると、その響
きから、何を話しているのかは大体分かります。
池田 日本語の難しさといえば、アメリカの大科学者ポーリング博士との語らいを思い起こします。私のように姓が「I」から始まる場合、英米では「アイ」と読んでしまうことなどを挙げられながら、「日本語の発音、アクセントは私たちには分かりづらい」と嘆かれていました(笑い)。
 それはそれとして、優れた音楽家は、他国の言語であっても、独特の直感力で言葉の実の真情をくみ取ることができるのではないでしょうか。
 そこにも私は、音楽の力、芸術の力を感じます。それは立場や民族、国境を超えて、人々の心と心を結ぶ大いなる力です。
        ♪
サイフェルト よく分かります。
 日本公演といえば、もう一つ大きく心に残っているのが、2001年9月のコンサートです。
 9・11「アメリカ同時多発テロ」事件の直後のことでした。日本行きのトランクの荷造りをしていた私のところに息子が来て言ったのです。
 「だめだよ! 今、日本に行くなんて。そんなことはできないよ!」と。
 私の身を案じてのことでしたが、私は反射的に答えていました。「こんな時だからこそ、行くのよ」。その2日後(9月14日)、日本公演がスタートしたのです。
 ステージに立ち、来場した皆さんに訴えました。「ここにいる私たち全員の祈りを音楽に合わせ、テロの犠牲者の方々に捧げましょう!」
 そこには、「一体となった力」が漲っていきました。それは、私も含め、私たち全員にとって、感慨深い素晴らしい体験となったのです。

池田 「人間を高貴にするのは心情です」(柴田治三郎編訳『モーツァルトの手紙』岩波書店)とモーツァルトは記しました。まさに、やむにやまれぬ心情からの訴えだったのですね。
 「9・11」はあまりに衝撃的な事件でした。こうした時にこそ、傷ついた人に寄り添い、共々に勇気を呼び覚ます芸術家の渾身の表現は本当にかけがえのない力ですね。

サイフェルト そうです。ともかく自分が芸術に込めた魂を伝えていくことです。そうでなければ何も伝わりません。芸術家であれば、誰もが同じことを考え始めるでしょう。そしてそれこそが、私たちを人間たらしめるものだと思うのです。

池田 音楽の力は大きい。人々に勇気と希望を贈ります。東日本大震災の被災地でも、心の復興を願い、多くの芸術家がボランティアで演奏会を開いています。
 創価学会の音楽隊もコンサートを開催してきました。東北学生部の復興祈念音楽祭は「ロック・ザ・ハート(心を揺り動かせ)」をテーマに、励ましの響きを広げました。
 また、民音では昨年より、地元放送局等と共同主催で、福島や宮城、岩手の小・中学校で「東北希望コンサート」を行ってきました。
 毎回、アーティストの方々が「少しでも寄り添っていきたい」との思いで学校を訪問し、取り組んでくださっています。
 よく返礼の意味も込めて、子どもたちが校歌などの合唱をしてくれるといいます。逆境にあっても未来へ向かって生きている子どもたちの歌声に、逆にアーティストが涙しながら励まされる。そうした感動の交流が広がっていると伺っております。

サイフェルト 皆さまの行動に心から共感いたします。一番大切なことは、助けを必要としている人がどこにいるのか、ということを常に考え、行動することではないでしょうか。

サイフェルト博士
自らが体験して初めて歌に命が宿る。人生も、芸術も、経験した分だけ深みが出る

池田SGI会長
「声仏事を為す」。皆に勇気と希望を贈ろう! 自分にしか幸せにできない友が必ずいる

池田 歌は心──一流の歌手の方々が言われる言葉です。私も折に触れて、合唱に取り組む青年たちに、「心で歌い、心で聴かなければ歌の精神は分からない」と語ってきました。サイフェルト博士は歌われる際には、一曲一曲、どのような思いを込めて歌われますか。

サイフェルト
 そうですね。まずは歌詞に書いてある情景を思い浮かべます。そして、作曲家がどんなイメージを持っていたか、あるいは、作曲している時に何か特別な出来事があったのではないか、などと考えますね。

池田 作曲した音楽家の心情や背景にまで思いを寄せるには、人知れぬ研究と努力の積み重ねが必要でしょう。それは、作詞家、作曲家の深い人生観や生き方に肉薄し、共鳴してこそ成し得るのではないでしょうか。

サイフェルト
 ええ。私は歌曲を好んで歌いますが、そこには作曲家によって昇華された詩情があります。
 2、3分のとても短い時間で、表現すべき思いを歌に込めなければなりません。自分自身の内面で咀嚼し、私自身の心の奥に潜む感情を取り出して、歌曲を自分なりに消化し、理解し尽くす。そうしてすっかり自らのものとした精神状態で表現しなければなりません。
 曲の中には、若い人にとって、歌うのが難しいものもあります。もちろん若い人も歌うことはできますが、人生経験を積めば積むほど、歌い方も変わってきます。それはちょうど、20歳で読んだ本を50歳の時に読むと、また違う感想を抱くのと一緒です。

池田 含蓄ある言葉です。一つの歌曲からも、人生の年輪と共に、尽きることのない価値を創り出していけるのですね。音楽も文学も美術も、自分の生命を映し出す「鏡」であり、多彩な心を引き出す「縁」であるともいえるでしょう。同じ作者、同じ作品であっても、こちらの境涯の深まりによって、新たな発見があるものです。
 今のお話から、論点が異なるかもしれませんが、恩師、戸田城聖先生の薫陶を思い起こしました。師は折に触れ、私たち青年に歌を歌わせました。その歌に合わせて、舞われることもありました。さめざめと涙されながら聴いてくださることもありました。そして、「歌の心を知れ」と教えてくださったのです。
 歌い方一つをとっても、思いがこもっていなかったりすると、「そんな歌い方で、この歌の心が分かるか」と厳愛の指導をいただくこともありました。厳しい師でしたが、そうした一つ一つの訓練が私の人生の宝になっています。
 今、人生経験というお話もありましたが、博士の人生の中で、歌曲にまつわる忘れられない思い出は、何かありますか。

サイフェルト そうですね……。1987年、主人と結婚する以前のことですが、10年間お付き合いをしていた方が亡くなりました。本当につらいことでした。その時に、ある方が私に、「シューマンの『女の愛と生涯』を歌うのは今よ」と助言してくれたのです。というのも、この歌の中には、死んだ男性を弔いながら女性が語り出すフレーズがあります。

 ♪今、あなたは初めて私を悲しませ、それは私を突き刺した。
 冷たい、無慈悲な人、あなたは死の眠りについている。
 この残された女は前をぼんやりと見つめ、世界が虚しく思える。
 私は愛し、生きた。もう私は生きてはいないよう。

 ──彼の死は、まさに私を突き刺しました。だからこそ精神的に成熟し、それを歌えるようになっていたことも事実でしょう。しかし、本当に、つらく悲しかったのです。
 災難は、自分が体験して初めて痛みとして感じることができます。それはまるで、わが子をおなかに宿したかのように、この歌曲を命に宿すことなのです。

池田 胸に迫るお話です。かつてお会いした、「20世紀最高のバイオリニスト」と讃えられたメニューイン氏も語っています。
 「年齢を重ねて人生に身をさらすにつれて、音楽はこれまでに経験したすべてがしみこんだものとなります」(ロビン・ダニエルズ編、和田旦訳『出会いへの旅 メニューインは語る』みすず書房)と。
 そして、それこそが表現に深みを与え、聴く人の胸中に強く響くのでしょう。
 若き日、私が繰り返し聴いた歌曲の一つに、シューマンの「流浪の民」があります。その流麗な旋律を聴くたびに、たまっていた疲れがスーツと洗い流されていくようでした。ブナの森を仮の宿として、歌い踊りながら、誇り高く旅に生きる人々は、何を思い、その胸には何が燃えているのか──。思いをめぐらせたものです。
 芸術とは、自分や時間、空間を超えた、ある「大いなるもの」や「永遠性」への発信だと思います。それはまさに「祈り」に通じる営みです。
 「悩みを通じての歓喜」(ロマン・ロラン著、高田博厚訳『ベートーヴェン』第三文明社)と友への手紙に綴り、その通りの人生を生きた楽聖・ベートーベンの楽曲が、多くの人の胸を打つのも、このゆえではないでしょうか。
 サイフェルト博士は、「声というものは、聖なるものと人間を繋ぐ橋」だと言われています。本物の芸術には、どこかに必ず「聖なるもの」「大いなるもの」「永遠」が表れているはずです。

サイフェルト 全くその通りです。それが分からない人は、真の芸術家ではありません。

池田 先ほどのメニューイン氏は、こうも記されました。「人間は本来、宗教的存在であり、また、本来、芸術家的存在でもあって、たえず理想を現実に、神秘を常識に移しかえようと努力しつづけている」(イェフディ・メニューヒン、カーティス・W・デイヴィス著、別宮貞徳監訳『メニューヒンが語る 人間と音楽』日本放送出版協会)と。
 「聖なるもの」を感じる時、そこには芸術性があります。それを、宗教性と呼んでも差しつかえないでしょう。一幅の絵や書の中に、ある瞬間の楽器の音色や歌声の響きに、または舞台上でのある台詞《せりふ》に、所作の中に──。その時、人々の心の中に、深い芸術の感動が刻印され、芸術家の「祈り」が届くといえるのではないでしょうか。
 芸術・文化とは、いうなれば力強い生命の価値創造への「触媒」であると思います。
 社会がどのような状況であろうとも、この「触媒」の周りは、澄んで明るくなり、これに触れる人は、魂の解放や活力、安らぎ、潤いを得る。
 そういった生を輝かせるパワーの源であるのです。私は、音楽とは常に「人生の前進へのメッセージ」であってもらいたいと思います。

サイフェルト
 まさにそうですね。他の人に力を与えるということでもありますね。
 人間は、それぞれ独特の、その人特有の声を持っています。一人一人の顔が全く違うように、誰一人として同じ声を持っている人はおりません。そして、それぞれの声の響きを通し、その人の喜怒哀楽を伝えることができるのです。
        ♪
池田 仏典にはこうあります。「声仏事を為す」(御書708㌻)と。他の言葉に言い換えるなら、「仏事」とは、誰人にも胸中に尊極な生命があることを教え、人々に「生きゆく力」と「希望」そして「勇気」を贈るという意義になりましょうか。

サイフェルト その一節、とても素晴らしいと思います。伺って、忘れられない思い出が心に浮かびました。
 池田香峯子夫人についてです。私が個人的な悩みを抱え、本当につらかった時にお会いしたことがありました。
 内容はお伝えしなかったのですが、お別れの折、思わず涙が出てしまいました。その時、香峯子夫人は一言、とても優しく寄り添うような言葉で慰めてくださいました。そして南無妙法蓮華経との題目を唱えてくださったのです。
 それまではとても不安で、できれば家に戻りたくないというのが本心でしたが、それから帰宅し、全て解決できました。
 あの時、香峯子夫人の声に救われました。思い返すと、今でも涙が出てきます。本当に感謝しています。私に日本語ができれば、自由にお話がしたいのですが。

池田 そのお心だけでも、妻は最大に恐縮し喜ぶことでしょう。
 ともあれ、心のこもった声は命を軽やかにし、生きる力を与えます。日蓮大聖人は、「梵音声と申すは仏の第一の相なり」(同1122㌻)と綴られています。仏が持つ、人々を救いゆく数々の勝れた特徴の中で「声」が最も大切な性質であると説かれているのです。
 それは、何か特別な「声」ではありません。自分の身近な人、縁する人を、心から励ましていく。言葉巧みな言い回しなど必要ありません。真心を伝えていくことです。たとえ病気等で声が出せなくても、振る舞いで、自らの姿で人を励ますことはできます。誰にでも、その人にしか幸せにできない人が必ずいるのです。
 私たちは心広々と、「平和の声」「歓喜の歌」を高らかに響かせながら、幸福・勝利の大道を共に歩んでいきたいものです。

サイフェルト博士
私の使命は、芸術の推進とともに、人間の中へ、民衆の中へ、光をもたらすこと

池田SGI会長
文化を愛する心に国境はない。精神を豊かに耕す創造的な社会を築きたい

池田 歌には、人の心を鼓舞し、勇気を湧き上がらせる力があります。
 「あの歌があったから、今の自分がある」という方も多い。歌の持つ力は計り知れません。
 この対談を読まれている、ある声楽家からは、サイフェルト博士の最もお好きな曲、お好きな音楽家を教えてくださいとの質問がありました。

サイフェルト それは本当に難しいですね。グスタフ・マーラー、リヒャルト・シュトラウス、そしてワーグナーなどでしょうか。でも、しぼりきれません。私に10人子どもがいたとして、貴方《あなた》の一番のお気に入りの子どもは誰ですか、と聞かれているようなものです(笑い)。

池田 それは見事な答えです(笑い)。音楽が好きで好きで仕方ないという真情が、よく分かります。

サイフェルト ただ私にとって、いわゆる「座右の歌曲」といえるものは、シューベルトの「音楽に寄す」です。

 ♪やさしい芸術よ、何と数多くの灰色の時……

 で始まるあの曲です。
 この歌曲は、私にとって、まさに「芸術への讃歌」そのものです。

池田 私も大好きな曲です。

 ……人生に容赦なくわずらわされた時に/私の心に火をつけて暖かい愛情を感じさせ/よりよい別世界に運んでくれたことでしょう!(石井不二雄直訳『新編 世界大音楽全集 声楽編23 シューベルト歌曲集Ⅳ』所収、音楽之友社)

 と続くのですね。素朴ながら、味わい深い調べが織りなす名曲で、民音公演でも歌っていただき、大好評だったと伺っています。
 今、日本は「芸術の秋」を迎えています。至高の芸術といえば、懐かしく思い出すのが「ウィーン国立歌劇場」の来日公演です。
 1980年9月、民音の招聘による、世界的なソリスト、指揮者、ウィーン国立歌劇場管弦楽団、合唱団など、総勢350人の「引っ越し公演」でした。上演された「フィガロの結婚」「サロメ」などは、多くのファンをうならせ、大反響でした。
 この秋、民音は創立50周年、東京富士美術館は開館30周年を迎えました。
 貴国ともこれまで、「ウィーン・モーツァルト少年合唱団」(73年)の民音公演をはじめとして、東京富士美術館の「クリムトとウィーン印象派展」(96年)や「華麗なるオーストリア大宮殿展」(2009年)、またオーストリアにおいても「日本美術の名宝展」(1992年)などを開催し、大変な盛況を博しました。

サイフェルト 両国間で、数え切れないほどたくさんの文化行事を開くことができました。それは、これからも続いていくでしょう。この文化
交流がお役に立てたのでしたら、これ以上の喜びはありません。何よりの誇りです。
 中でも、常に感動をもって思い出されるのが、92年に私たちが手掛けた、キュンストラーハウスでの「自然との対話-池田大作写真展」です。私は、会長の撮影した写真が、とても好きなのです。

池田 あの時は本当にお世話になりました。その前年には、オーストリア芸術家協会の「在外会員」の称号をいただきました。光栄の極みです。
 写真については、私は技術的にも全くの素人です。もともと40年以上前、体調を崩しがちだった時期に、ある知人が気分転換になればと贈ってくださったカメラがあり、その真心にお応えしたいと、「自然」を対象に写真を撮り始めたのです。
 過分な評価を賜り、各地の展示会にも出品の要請をいただきました。汗顔の至りですが、少しでも庶民文化の発展につながり、国際交流の一助となれば、との思いでお受けしております。

サイフェルト 会長の写真は、魂の情景を映し出しています。被写体の中に美しいものを見いだし、真の意味で瞬間をとらえることに成功しています。
 私個人の希望を申し上げれば、池田会長は素晴らしい詩をたくさん書いておられますが、ぜひドイツ語でも多く紹介していただきたい。そこに、会長が撮影した写真が添えられていれば、なおありがたいと思っています。

池田 恐縮です。ところで、先月22日は「20世紀最大の報道写真家」と呼ばれる、ロバート・キャパの生誕100周年でもありました。実弟で、ニューヨークの国際写真センターの創立者であるコーネル・キャパ氏と懇談を重ねましたが、その時にこう申し上げました。
 「ある『瞬間』の生命に『永遠』が凝結しています。肖像写真なら、撮られた人の人間性、過去と未来、宿命、人生のドラマなどの実相が映し出されている。写真とは、その『永遠なる瞬間』をとらえ、表現する芸術ではないでしょうか」と。

サイフェルト 私もカメラを手にとった時には、池田会長の「眼」で被写体をとらえようと努力をしています。
 優れた写真は「詩」のようなものです。道徳的に縛ることなく、観る人をほっとさせる何かがあるのです。自然な形で人間を豊かにさせてくれ
るのです。

池田 ウィーン生まれで、「カラー写真の父」と呼ばれたエルンスト・ハースは、「作家がことばに対して感じるのと同じように、わたしはイメージに対して責任を感じる」(ラッセル・ミラー著、木下哲夫訳『マグナム 報道写真 半世紀の証言』白水社)と語っています。
 写真は「精神闘争」です。写真には、撮影した人の人間性が反映されます。長年の体験から、それは恐ろしいほど厳密に表れると実感します。

サイフェルト 時に、人をとりまく空気は、日常生活の煩雑さや心配事で汚されているようにも感じます。
 それを浄化して、人間の美しい本質を見えるようにしていくことこそ、人生の意義だと思います。そのために、常に努力を怠らず、自省し、自分がよって立つべきものを内面に見つけていく作業が、とても大切でしょう。
 私は、自分の使命として、「芸術の推進」とともに、「人間の中へ、民衆の中へ、光をもたらす」ことを心掛けてきました。

池田 文化とは、人間性を破壊する野蛮との闘争です。芸術を愛する心に、国境も民族の違いもありません。
 「文化を愛する心」が「人間性の真髄の心」です。人類は、その共通の原点に立ち返らねばならない。

サイフェルト ええ。その通りです。音楽や美術も、それを用いる人の思想によっては、危険な武器となりかねません。ほんの70年前には、人々は、アドルフ・ヒトラーの曲を歌いながら闊歩していたのですから。
 おそらく、私がナチズムやホロコーストの糾明に深く関かってきたからだと思うのですが、「どうして、あのようなことが起こり得かのか」「どのようにして人々は惑わされていったのか」といった疑問が頭から離れません。いつの時代も、正しい道筋を見つけることは難しいことです。
        ♪
池田 痛恨の悲劇です。「戦争と平和」については、またあらためて、じっくりと語り合いましょう。
 ともあれ、魂が空虚であれば、文化も飾りに過ぎません。本来、文化とは生き方です。心より湧き出ずるものであり、また、内面に肉化すべきものです。
 断じて文化を権力の「道具」にさせてはならない。民衆の手に取り戻さねばなりません。人間を高め、平和を推進する力にしなくてはなりません。だからこそ私は、民音を、そして東京富士美術館を創立しました。
 東京富士美術館の開館記念展示となった「近世フランス絵画展」の開催に尽力してくださった、アカデミー・フランセーズ会員のルネ・ユイグ氏は語られました。
 「『精神の闘争』なき文明は、やがて衰退していきます。ともに精神のための闘いを開始しましょう」と。
 偉大な精神こそ、文化の源泉です。そしてまた文化には、精神を高めゆく力があります。争いや破壊を押しとどめ、人々の心を平和へと昇華させゆく潮流を生み出すことができます。だからこそ、生命を深く豊かに耕す、創造性あふれる文化的社会を築いていきたいのです。

第3章 青年は世界の希望  (2013.12.4/5/6付 聖教新聞)

時代を創るのは若き熱と力

サイフェルト博士
子どもの人間形成に役立つ早期教育を。才能と可能性を伸ばす機会《チャンス》を大切に

池田SGI会長
大切なのは自分と向き合う勇気。「自体顕照」──仏法は偉大な使命への自覚を促す

池田 青年は希望です。青年は宝です。青年と会い、青年と悟り、青年と学び、青年を励ますことに勝る喜びはありません。青年は未来そのものです。青年を大切にしない団体や社会に未来はない、といっても過言ではないでしょう。

サイフェルト その点は、私も意見を一にするところです。例えば、音楽の分野などでも、天賦の才能を持っている青年が埋もれている場合が多くあります。そのままでいてはなりません。再び青年に希望を与えていくことが一番重要であると思います。
 “才能ある者で、これを使わないでいる者は、その才能は取り返される”というキリストの言葉があるのですが、私は最初これを聞いた時、「なぜ? そんな理不尽な!」と思いました。
 しかし後から、この「才能」とは「責任」を意味することでもあると捉え直しました。私が友人の皆さん、特に若い皆さんに伝えたいのは、「天与の才能は埋もれさせてはならない」ということです。その才能と向き合う勇気を持ってほしい。勇気が必要なのです。

池田 大事なお話です。これは音楽に限らず万人に通じるテーマです。博士の言われる才能とは、責任や使命に言い換えることができるということですね。
 日蓮大聖人は弟子に対し、「生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ」(御書1173㌻)と仰せになられました。
 誰人も生まれてきたからには、その人にしか果たせない尊い使命が必ずある。そこから目を背け、自暴自棄になったり、安逸に流されて無為な人生を送っては、自分も家族も社会も大きな損失です。
 万人の生命の尊厳を説く日蓮仏法は、だからこそ全ての人に、自らの偉大な使命への自覚を促し、自分らしく輝くことを教えるのです。それを「自体顕照」ともいいます。
 博士のおっしゃる通り、大切なのは自分と向き合う勇気です。自他共に、この勇気を持って、生命の力を存分に発揮し、使命の人生を歩むことを目指すのが、私たちの励まし運動でもあります。
 今、日本中、世界中で、創価の青年たちが、平和のため、新しき社会の建設へ、友との真剣な語らいを重ねながら、希望の青春を歩んでいることは、何よりの喜びです。

サイフェルト それは本当にうれしいことです。
 かつて私は、日本で大規模な創価学会の集いに同席する機会が何度かありましたが、そこで池田会長が青年と交流する姿を拝見したことを覚えています。
 皆、緊張してか、最初はおとなしくしていましたが、会長がユーモアを交えたスピーチで笑顔を引き出し、生き生きと躍動していきました。まさに希望を贈られていく光景を目の当たりにしました。

池田 サイフェルト博士には幾度となく学会の会合に出席をいただき、創価の青年たちに温かなエールを賜りました。多くの人たちがそれを大切な宝の思い出としています。
 ともかく、未来は青年に託す以外ありません。わが恩師・戸田城聖先生も「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」と、絶大なる期待を寄せておられました。
 1997年の9月、神奈川で51カ国・地域の友が参加した「世界青年平和音楽祭」にも、博士は友情出演してくださいましたね。

サイフェルト 懐かしいですね。あの時は大観衆を前に「ウィーン わが夢のまち」と「献身」の2曲を歌いました。
 SGIの皆さんと協力し、同じ目的を共有できるのは本当に幸せなことです。それこそが私の最優先したい価値あることなのですから!

池田 ありがたいお言葉です。博士は偉大な「平和の文化の大使」です。サイフェルト博士に出席いただいた北海道での本部幹部会(1991年8月)では、青年の大いなる指標になればと、私から、博士の崇高なる人生を紹介させていただきました。

サイフェルト 恐縮です。よく覚えていますとも!
 池田会長が、私の生き方を青年たちに話してくださった際の光景は、とても感動的でした。今までに遭遇した、最もすてきな出来事の一つとして、忘れがたい思い出となっています。

池田 盲目のご両親を支えつつ、声楽家のお父さまから音楽を学んだ少女時代を振り返られた博士の言葉には、青年への深い励ましの響きがあります。
 「当時、私はたくさんの歌曲やアリアに囲まれて育ちました。歌曲やアリアは、素晴らしい『精神の宮殿』でした。それが私の、心の糧となりました」
 博士が、歌曲やアリアに精神の宮殿を見いだしたように、青少年が自身の生命にある可能性や創造性に目覚めゆく「精神の宮殿」が必要です。そうした豊かな“心の糧”こそ、次の世代へのかけがえのない遺産となるでありましょう。
 博士は何歳から、どのような環境で歌や楽器の練習をされたのでしょうか。

サイフェルト 3歳の時からです。第2次世界大戦が終結した直後の混乱期でした。父のお弟子さんには、国立歌劇場の多くの学生や、国内外からの受講者がいました。ピアノがあった音楽ルームは当時、わが家で唯一、暖房設備がある部屋でしたので、外履きから乳母車まで、私の子ども時代の全てが置かれていました。そこが私の中心だったのです。
 ですから、あまりよく覚えていないのですが、両親が言うには、3歳の時には、すでにブラームスの歌曲を歌っていたそうです(笑い)。まさに芸術家としての訓練の始まりであり、それが父の指導のもとで継続されていきました。

池田 音楽がまるで“ゆりかご”のような環境だったのですね。ブラームスは、日本人にも多くのファンがいる音楽家です。民音にも、フラームスの直筆書簡が重宝として大事に保管されています。
 貴国を初めて訪れた1961年の10月、ベートーベンやシューベルトらと共にブラームスが眠る中央墓地を訪れ、追悼の祈りを捧げました。
 木々の豊かな緑に包まれた、美しい公園のようなたたずまいで、音楽の都の歴史の重みを感じたことを記憶しています。
 ブラームスは生前、思うような作品が作れず悩み苦しんでいた作曲家に、こう語ったといいます。
 「全部手に入れてしまったら、今日はうぬぼれ、明日は溺れだよ」(リヒャルト・ホイベルガー/リヒャルト・フェリンガー著、天崎浩二・関根裕子訳『ブラームス回想録集第2巻 ブラームスは語る』音楽之友社)と。
 若い音楽家を大切にし、自己には厳格だった巨匠ならではの、深みのある言葉です。
 このブラームスも幼少期に父親から音楽の手ほどきを受け、10歳にしてピアニストとしてデビューしていますね。
 やはり優れた音楽家になるには、英才教育が必要なのでしょうか。

サイフェルト それに関しては、24時間、語ることができます!(笑い)
 英才教育という言葉が適切かどうかは分かりませんが、早期の音楽教育がより良い人間を作るのに役立つことは周知の事実です。
 “より善良な人間に育つ”というのは言い過ぎかもしれませんが、少なくとも情操教育の面において、人間形成の助けになることは確かであると思います。
 ここに、私がヨーロッパ青年文化協会を設立した理由もあります。
        ♪
池田 確かに、教育は「知(知性)」「情(感情)」「意(意志)」の調和が重要であり、育む順番は「情」「意」「知」であるともいわれます。子どもたちにはできるだけ一流の音楽に触れる機会を多く作ってあげたいものです。
 ただ、昨今は早期教育が大事ということで、親が張り切り過ぎて「早く覚えさせよう」「あれもこれも身につけさせよう」として、「情」よりも「知」を重視する傾向が見受けられます。
 また親の子どもに対する、そうした大きな期待が、商業面で利用されてしまっていることに、警鐘を鳴らす専門家もいます。どうしたら真に豊かな情操を育む教育環境を作れるか。さまざまな論議がある点でもあります。

サイフェルト 早期音楽教育のポジティブな影響については、私も、数人の専門家が寄稿した『機会(チャンス)としての音楽』という本を出版しました。そこには、早期音楽教育が、子どもの感情知能の発達において決定的な促進力を持っていることが明快に強調されています。
 早期教育を施された子どもたちの人生において、他への気遣いや相互責任は、より大きな重点を占めることになります。
 早期音楽教育に重点を置く学校では、例えば、そうではない学校に比べると、校内の備品や消耗品の手入れが、10年たった後も行き届いているといいます。そこでは、子どもたちが物を大切に扱うことを学んでいきます。
 もう一つは、演奏することにより、互いに配慮し合う心が育まれていきます。つまり、オーケストラで演奏を行う場合、各自が責任を担い、自然と他者を敬う心が生まれてくるのです。
 また、その一方で、経済的な問題等で教育の機会に恵まれない立場にある子どもでも、芸術的な面で触発を受ける経験を得ることは、その人間形成において非常に重要です。
 ですから、できればお子さんに何か楽器を習わせてあげてほしい。それが難しければ、少なくとも一緒に歌を歌ってあげてほしいのです。

池田 『機会としての音楽』との本のタイトルには、今おっしゃったことが端的に示されていますね。子どもたちが人格を培う情操教育の「機会」あるいは「きっかけ」としての音楽の大いなる可能性を探究しておられるのだと拝察します。

サイフェルト おっしゃる通りです。そして、非常に大切な点は、子どもの音楽教育はすでに胎内から始まっているということです。とりわけ、「モーツァルト効果」を検証している著作が数多くありますが、クラシック音楽を聴いて育った子どもは、他の子どもたちに比べ、より穏やかで情緒豊かな子になると思います。現代は、争いや攻撃に終始する内容で、暴力的な影響を与えるコンピューターゲームがはやっています。それは非常によくないことであると憂慮しています。

池田 極めて重要な視点です。大歴史学者のトインビー博士が、“人は7歳までに、その後の全人生よりも多く、大事なことを学ぶ”と言われていたことを思い起こします。それだけに、できるだけ良い縁に触れられるようにしてあげたいものです。
 以前対談した、ロシア・国際児童基金協会のリハーノフ総裁は、別の観点から語られていました。
 「臨月の胎児は、お母さんの周りの音がよく聞こえていることが研究で明らかになっています。赤ん坊は、穏やかな話し方と優しい音楽が好きで、反対に騒々しいリズムは嫌います」。こうした時期の“子どもの思い”を大人は理解しないといけない。心理学や教育学、医学の基礎に裏付けされた愛情を持たなければならない──と。

サイフェルト だからこそ、いかに子どもたちにクラシック音楽を慣れ親しませるかというのが私の目標でもあるのです。

池田 ちょうど年末となり、日本では伝統的に各地でベートーペンの「第九」公演が行われます。文豪ロマン・ロランが、この「歓喜の歌」について、ベートーベンが「自分の不幸を用いて歓喜を鍛え出す」ことによって「世界に贈りもの」をしたと讃えたのは有名です。〈片山敏彦訳『ベートーヴェンの生涯』岩波書店〉
 EU(欧州連合)の歌ともなり、自由と民主の象徴ともなったこの曲を、私たちも愛唱してきました。特に、徳島では「歓喜の歌」合唱運動(94年)に約3万5000人が参加し、その掉尾を飾って、合唱祭が盛大に開かれました。また、九州の青年部は誇りも高く「5万人の第九」(同年)、「10万人の第九」(2001年、05年)の大合唱の歴史を残しています。沖縄や韓国の青年も共に歌い上げてくれました。
 美しく力強い名曲が津々浦々に響くこの時、たまには親子で耳を傾け、口ずさみ、「第九」などの音楽談議でもしながら、新たな未来への一歩を踏み出していきたいものです。

文化は人間愛の心を育む

サイフェルト博士
未来のためにできることはたくさんある。私が学んだ全てを次の世代に伝えたい

池田SGI会長
さあ今日も挑戦の一歩を! 行動の人、後輩を育てる人の心は生き生きとして若い

池田 アメリカの民衆詩人ホイットマンは綴りました。
 「われわれが優美とか『上品』とか呼ぶほとんどすべてのものは心から生まれる」
 「若者の間に音楽をあまねく普及させるのは、心と礼儀に磨きをかける上で計り知れないほど役に立つであろう」(溝口健二著『「草の葉」以前のホイットマン』開文社出版)と。
 日本の小・中学校では、音楽が必修の教科として学ばれていますが、音楽の専門教育については、主に音楽学校で実施されます。
 芸術の国オーストリアでは、いかがですか。幼少期から学校の必修科目として、何か特別な音楽教育が行われているのでしょうか。

サイフェルト 初等教育(小学校・6~10歳)では、子どもたちは、音楽教師の個人的な音楽性に従属し、特別な音楽教育というものは、いわゆる数少ない音楽専門小学校においてのみ、実施されることになります。
 中等教育(11~14歳)になって初めて、音楽の授業が必須教科となりますが、それも現時点では一週間に数時間に留まっており、音楽に興味を持っている子どもたちは、校外の課外活動として、いわゆる音楽学校(音楽院)へ入学する努力をしなければなりません。
 それは、往々にして非常に費用がかかることなのです。しかも、そのような学校は数が限られているためにしばしば定員超過となっており、さらに予算削減の影響が色濃くなっているために音楽教師の雇用が減少しているのです。
 これら全てのことが、私がヨーロッパ青年文化協会を設立した理由です。
 わが国の音楽大学においても、高い教育レベルを有しているという理由から、オーストリア人よりも、日本人や韓国人などの学生の姿が多く見られます。
 40年後、50年後には、私たち自身の文化を逆輸入しなければならないのではと思ってしまうほどです。ですから、“シューベルトの人生を無為にしてはならない”ということを念頭に置いて活動しているのです。

池田 そうでしたか。文化を守ることは、人類の宝を守ることです。また、文化を育むことは、人間愛の心を育み、平和の心を育むことにほかなりません。
 かつて、アカデミー・フランセーズ会員の美術史家ルネ・ユイグ氏が憂慮されていました。
 それは、フランスのリセやコレージュ(中等教育学校)で音楽教育を担うポストが削減されていることを指して、「現代の誤り」の「特徴的な例」と嘆いておられたのです。こうした傾向は世界的に見られるようです。
 そうした中でも世界各地の若い人々が、貴国に芸術や音楽を学びに集っています。ウィーン少年合唱団の希望の歌声や、共に生きる喜びを謳うニューイヤーコンサートなど、「音楽の国」の文化は世界中で愛されています。生命の躍動するウインナ・ワルツも、なじみ深い。
 調べてみると、貴国と日本の音楽を通じた結びつきにも、長い歴史があります。
 例えば、明治の文豪・幸田露伴の妹として知られる音楽教育家の幸田延《のぶ》は、1890年にいち早くウィーンへ留学し、バイオリンとピアノ、作曲を学びました。バイオリンでは、バッハの「シャコンヌ」を演奏するほどの名手となった彼女が深い感銘を受けたのは、ウィーンの家庭における音楽の浸透ぶりだったといいます。
 そして、日本に帰国した後は、専門家教育と並び、一般子女への音楽教育にも力を尽くしていったのです。〈大西健夫・酒井晨史編『オーストリア』早稲田大学出版部など参照〉
 この逸話にもうかがえますが、貴国なかんずくウィーンの人々の生活そして人生に根ざした「芸術への尊敬」「音楽への愛」は、どのようにして育まれてきたのでしょうか。

サイフェルト それはとても難しい質問です。先ほど申し上げたこととも少々関連しているのですが、文化的には非常に差異があります。
 例えば、「ベートーベンは誰でしょう」という質問をすると、(近年の映画を想起して)「犬」と答える子もいます(大笑い)。
 とはいえ、ウィーンが「音楽の街」と呼ばれるのにふさわしいのは確かでしょう。ここでは、多くの文化的なイベントが提供されています。多過ぎるといっても過言ではないかもしれません。毎日、あちこちで催し物が行われているので、5カ所ぐらい、平気ではしごすることも可能なほどです。素晴らしい国立歌劇場もあります。
 ポジティブ(肯定的)な面もたくさんあります。子どもの音楽教育に特化した観点においてのみ、まず、そのための環境を整えることが急務であると思います。
 その次に、子どもたちへ、もっとより多くの音楽教育を提供することが必要であり、そのためには、オーストリアの社会そのものを根本的に改革する必要があるのです。

池田 芸術の振興を真に願われているがゆえの率直なご意見と思います。そうした社会全体の音楽教育の環境整備は、大なり小なり各国が抱えている課題でもありましょう。音楽の都の発展を願う博士をはじめ皆さまの尊く粘り強い行動に、あらためて敬意を表します。
 “社会の芸術環境”という点で、少し角度は異なるかもしれませんが、1963年秋に私が民主音楽協会(民音)を創立したのは、「庶民の手に一流の芸術を届けたい」との思いからでした。芸術が特定の人たちだけのものであったり、経済的利潤に左右されたりするものであってはいけない──と。
 創立に際し、私は「庶民が“下駄履き”で行けるコンサートをつくろうよ!」と語りました。多くの音楽家の方々がこの心に共鳴して協力してくださいました。
 さまざまな試行錯誤を重ねる中、去る10月に創立50周年を迎え、これまでに、のべ1億1000万人の方が公演を鑑賞されています。
 出演された、日本の著名なオペラ歌手である佐藤しのぶさんは「『遠い町の人たちにも、人生で一度は本物のプッチーニ、ヴェルディというオペラの真髄を聴いていただきたい』──そんな長年の夢が民音のおかけで叶いました」と語ってくださいました。

サイフェルト その思いには、とても共感できます。
 私は、ヨーロッパ青年文化協会を作った時、私たちのプロジェクトを実施することで、目的は直ちに達成されると考えておりました。
 15年の経験を経た今、蒔いてきた種が、全て芽吹いているとはいえないということもありますが、いずれにしても、もし、クラシック音楽のラジオ番組を聴いているタクシーの運転手さんに出会えたら、私はそれだけでとてもうれしくなります。チップを弾みたいくらいです(笑い)。

池田 懐かしい世界的バイオリニストのメニューイン氏の言葉を思い起こします。
 「昼間、町を掃除する人々が、夜には四重奏を演奏する──そんな社会が実現することを望んでいます」
 「それが私たちの目指す世界です」と。

サイフェルト 本当にそう思います。メニューイン氏には、1998年、わが文化協会の創立の際、個人的にいろいろとアドバイスをいただきました。池田会長と同様に、わが団体の名誉会員になっていただきました。
 実際には、クラシック音楽の普及・拡大という点では、いばらの道です。ヨーロッパでは、かつてと違って経済状況が厳しくなり、どの国でも最初に文化や芸術分野の予算が削減されていきます。それにより、多くの芸術家がコンサート会場を借りられなくなったりしています。
 ですから、私の住居(パイプ椅子席で最大70人の収容が可能)をコンサート会場に提供することもしばしばで、時には私自ら、彼らのために手料理を振る舞ったりもします。大勢の人たちのために料理を作るのは、とても楽しいことです。

池田 若いこれからの芸術家にとって、何よりの力になりますね。どんなに大変でも、そうした後進を守り支えようという先輩たちがいてくれることが、どれほど心強いか。
 料理は心を伝えます。客を手料理でもてなしたことで知られる文豪デュマは、料理を「芸術」と語っていますね。〈辻静雄・林田遼右・板東三郎編訳『デュマの大料理事典』岩波書店〉
 博士の手料理の味も、若き芸術家たちにとって一生忘れられないことでしょう。
 民音でも、音楽振興に貢献できればとの思いで、1967年より3年ごとに、「東京国際音楽コンクール〈指揮〉」を主催してきました。
 今やアジア最大規模の「若手指揮者の登竜門」として定着し、16回目であった昨年は29カ国・地域から180人の方が応募されたと聞いています。審査を担当してくださるのも一流の音楽家の方々です。こうした取り組みに、さらに力を入れていきたいと考えています。

サイフェルト 素晴らしい取り組みです。
 若い芸術家のイベントを催すことに加えて、将来的に彼らを継続して支援してくれる可能性のある方々を招くことも、非常に大切なことです。そこで私は、歌のレッスンを行っています。
 未来のために自分ができることは、まだまだたくさんあります。私が習った全てを、バトンのように次の世代に伝え託していくことで、“ウィーン楽派”が継承されていくわけですから。

池田 感銘しました。未来のために責任を持って行動する人、青年を育てる人は、その人の心もまた若い。生き生きとしています。
 貴国と縁《えにし》のある幸田露伴は綴っています。
 「現状に満足するという事は進歩の杜絶という事を意味する。現状に不満で未来に懸望《けんぼう》して、そして自ら新《あらた》にせんとするの意志が強烈であれば、即ちそれがその人の生命の存する所以《ゆえん》なのである」(『努力論』岩波書店)
 サイフェルト博士の人生も、常に新しい挑戦の連続でしたね。かつてはイデオロギーの壁で分断された共産圏の人々と文化交流を進めようとされ、今も音楽の都の未来のために、多大な努力を払って尽くされている。その尊い歩みを、私は心から讃えたいのです。

池田SGI会長
良き「師匠」の存在こそが人生の宝。かけがえのない出会いが成長と飛躍の因に

サイフェルト博士
恩師への感謝は数千年先も色あせない。いつも胸中で対話しながら生きています

池田 私たち創価学会は、いついかなる時も歌と共に、音楽と共に前進してきました。音楽隊や鼓笛隊も、私が恩師・戸田先生に提案し、結成しました。地域のパレードやコンサートなどでも大活躍し、人々に希望と勇気を送ってくれています。
 皆、忙しい仕事や学業などの合間を縫って、常に向上心を燃やしながら、練習に励んでいます。

サイフェルト 私も学会の歌が大好きです! これまでも喉が張り裂けんばかりの大音声で、情熱を込めて歌ってきましたから(笑い)。
 学会歌は人々を魅了します。皆さまの充実の信仰実践の中で生まれた歌ですから、悪かろうはずがありません。そして、子どもたちをはじめ、若い世代を音楽に慣れ親しませ、グループを作ったりすることは本当に大切です。

池田 音楽隊も鼓笛隊も、当初は私が個人的に支援してスタートしました。最初は人数が少なく、楽器も足りませんでした。反対する先輩たちもいたんです。
 しかし宗教は、民衆の文化運動を開花させていく大地です。優れた文化は人間性を高めます。そして、争いや憎しみを超えて、一人一人が尊厳性に目覚め、皆が共に生きる平和な世界を築くためには、文化の交流が絶対に必要である。心と心を結ぶのは、芸術である。なかんずく音楽である──。私は断固たる信念を持って、自ら楽器を贈り、友の成長を見守ってきました。そして今や、名実ともに日本一の実績を誇るまでになりました。世界にも約30カ国に広がっています。

サイフェルト 素晴らしいですね! 音楽と関連していることは、大いに推進されるべきです。
 今、世界の人々は、新たな使命を探し、新たな心のよりどころを求めています。学会こそ、まさにそうした存在になるべきものだと私は思います。

池田 ありがとうございます。「青年こそ平和の担い手」とは、サイフェルト博士と私の深く一致した信条です。その青年の薫陶に音楽や文化活動の果たす役割は、あまりにも大きい。博士の協会の活動を、日本の読者のために、もう少し紹介していただけますでしょうか。

サイフェルト 分かりました。わがヨーロッパ青年文化協会では、さまざまなプロジェクトを立案し、それを教育現場で実行しています。海外の青年オーケストラをオーストリアの学校に招へいし、そこで生徒たちと一緒に演奏することで、お互いが仲良くなり、中には「ペンフレンド」という形で交流が続くこともあります。公共の施設でコンサートを実施し、学校コンサートなども設けます。その後、わが家に招き、ウィーンに彼らの音楽をもたらした証しとして、認定証を渡すのです。
 同じような形で、数人のソリストたちにも、私の自宅などでソロコンサートを開いてもらっています。この若い芸術家たちを宣伝し、彼らのキャリアの応援を試みているのです。例年、コンサートを、毎日開催しなければならないほど、たくさんの申し込みがあります。

池田 素晴らしいことですね。若い生命には、そうした交流や挑戦の新しい体験が、思いもよらぬ成長や飛躍の因となるに違いありません。
 わが創価教育の各校も、各国の学校と活発に交流を行っています。この夏も、関西創価学園にオーストラリアの名門校の教員・生徒が滞在し、有意義な交歓のひとときを過ごしました。もちろん、学園生が真心の演奏や合唱で熱烈に歓迎したことは、いうまでもありません。2001年から始まった教育交流は、今年で7回目となりましたが、互いに大きな啓発になっているようです。

サイフェルト 全ては青年に注ぎ込まれるべきなのです。それこそが、未来への最高の投資だからです。そこに疑念を挟む余地はありません。
 しかし、公共の助成金は、だんだん少なくなっていくため、私たちは新しい道を探っていかなければならない時を迎えています。

池田 「意志あるところ、必ず道あり」とは、博士が大切にされてきたモットーですね。これからも博士が、さまざまな困難をはねのけながら、「音楽の道」「青年の道」「平和の道」を広々と開きゆかれることを私は信じます。
 これほどまでに音楽を愛し、青年を大切にされてきた博士には、お父さまは当然として、手本とされる「師匠」の存在があったのではないでしょうか。
 仏法では「師弟」を重んじます。師匠と弟子は「針」と「糸」の関係に当たるともいえましょう。師匠は針で、弟子は糸です。例えば、裁縫を行う時、針は先頭を進み、後に続く糸が残って使命を果たしていく──。私はかつて、この思いを後継の高校生たちに語りました。

サイフェルト よく分かります。私には、インゲボルク・ヴァムザー先生という、強じんな内面性を持った、とても意志の強い音楽の師がいました。常に写真を飾ってありますが、彼女は私の人生において、最も大切な存在の一人です。まさに理想の教師でした。
 声楽家として、今の私があるのは、先生のおかけです。先生の写真を見るたびに“あなただったら、どう思いますか”と心の中で話し掛けて、行動するようにしているのです。先生と出会ったことによって、私は自分自身を見いだすことができたといえます。先生への感謝と愛は、数千年先も色あせることがないと思っています。
 父が亡くなり、再び一から音楽の道を出発した直後、私は声楽特有の難しさから、声帯を潰してしまいました。
 実は先生も、かつて同じ経験をされていたのです。ですから、彼女から声帯に支障をきたさない歌唱方法を伝授してもらい、それを現在は私自身の授業で活用しています。
        ♪
池田 ヴァムザー先生は師匠であり、大恩人でもあるのですね。音楽に限らず万般にわたり、模範となる鑑を持って自分自身と正しく向き合うことが大切です。勇気を持って才能を発揮し、使命を果たすためには、良き師の存在こそが、かけがえのない宝となります。

サイフェルト
 その通りですね。また、音楽と舞台芸術を専攻した大学では、エリック・ヴェルバ先生のもと、リート(ドイツ歌曲)を学びました。すでに当時から、素晴らしい歌手たちの歌曲伴奏者でもあり、彼とコンサートで共演したいというのが、私の子どものころからの夢でした。
 それが本当に実現した次の日の朝、「先生、私はもう死んでもいいです」と申し上げると、先生はクスッと笑いながら、「なんでそんなこと言うんだい」とお尋ねになりました。「先生と共演するという夢がかなったからです!」と伝えたところ、なんと「これから何百回も一緒にコンサートをしようよ!」と言ってくださったのです。

池田 名曲のように胸に響くエピソードです。世界的な音楽家であられたヴェルバ先生は生前、来日公演もされていますね。著作も邦訳されています。先生が大音楽家(フーゴー・ヴォルフ)の生涯を活写された評伝の中で引用されている言葉があります。「(音楽家は)いかなる困難にもひるまず、善を推進するとなったら最後の一人になるまで頑張ってもらいたい』(佐藤牧夫・朝妻令子訳『フーゴー・ヴォルフ評伝 怒れるロマン主義者』音楽之友社)と。
 ともあれ、良き人との出会いは、かけがえのない財産です。ましてや師弟の出会いは、人生勝利の出発点となり、原点となります。
 仏法では、さまざまな恩がある中で、とりわけ大切な恩を「師恩」と教えています。
 私は、19歳で初めて戸田先生に出会いました。最高の哲学、最高の人生の道を教えていただきました。ただただ、この師恩に報いるために、きょうまで生き抜き、戦い抜いてきたのです。
 53年前(1960年)、戸田先生の遺志を継いで、世界への平和旅の第一歩として北米に旅立った時、私は上着の内ポケットに師の写真を納めました。今日の創価学会の文化と教育の運動は、全て戦時中、軍部政府と対峙し、投獄された恩師の平和闘争を原点として広げてきたものです。
2013-12-05 : 生命の光 母の歌 :
Pagetop

未来対話 第20回 御書があれば負けない

第20回 御書があれば負けない   (2013.12.1付 未来ジャーナル)

「心に刻む御文」を持とう!

20世紀ロシアを代表する文豪 ショーロフ氏
大事なのは、その人の信念です。ある目的へ向かって、その人が目指していく力です。信念のない人は、何もできやしません。

 ──11月24日に「教学部任用試験」が行われました。多くの高等部員も真剣に挑みました。

名誉会長 ご苦労さま! 勉強やクラブ活動など、忙しい中、本当によく頑張ったね。何よりも尊く、誇り高い挑戦です。
 世界第一の生命哲学を学んだこと、それ自体が、自身の光り輝く歴史です。
 これからも、「行学の二道をはげみ候べし」 (御書1361㌻)の仰せを胸に、共々に、祈り、学び、実践していこう。全員が「信心の勝利者」になり、「幸福と平和の博士」になっていこうよ!
 受験者を励まし、応援し、教学を教えてくれた担当者の皆さん、本当にありがとうございました。
      □■□
 ──未来部には、地域の座談会などで、「大白蓮華」の「巻頭言」や、「少年少女きぼう新聞」の「師子王《ライオンキング》御書」を拝読してくれるメンバーが多くいます。ある友からは、「学会の会合では、なぜ、いつも御書を学ぶのですか」という質問が届きました。

名誉会長 よく気がついたね!
 学会は常に「御書根本」で前進しています。御書には、人生を切り開く勝利の哲学があります。最高の智慧の泉があり、不屈の勇気を呼び覚ます力があるんです。
 私の恩師・戸田城聖先生は、数学の天才でした。その先生がよく“「信」は「理」を求め、「理」は「信」を深める”と指導されていました。
 「信心」に励んでいくと、「なぜ願いはかなうのか」「どうして題目を唱えるのか」という疑問がわき、「理論」が知りたくなる。その時に御書を学べば、「なるほど、そういうことか」と納得が生まれる。その「理論」が、「信心」をさらに深めてくれるんです。
 日蓮大聖人は、「法華経の文字は一字一字が全て仏です。しかし、私たちの肉眼には、ただの文字と見えるのです」(同1025㌻、趣意)と教えてくださっています。
 題目を唱えつつ御書を拝していけば、全ての文字が「仏の力用《りきゆう》」となって、皆さんの若き生命にグングンと吸収されていくんです。
 御書には、断固として正義を貫き通す「信念」が光っています。どんな苦難も必ず乗り越えられるとの「確信」が満ちています。そして、生きていること自体が楽しいと感じられる「絶対的幸福」の道が示されています。
 ゆえに、御書を学べば、断じて負けない師子王になれる。友に希望を贈る太陽になれる。世界平和を創る賢者になれるのです。
      □■□
 ──「御書は古文だし、内容も難しい」という声もあります。

名誉会長 そうだね。私も、若き日の日記に「御書を拝読。全く難しい」「教学の度に思うことは、勉強不足である。勉学の必要を、深く深く感ずる」と書いた思い出があります。
 それでも、戸田先生のもとで、必死に学んだ。先生の名代として、御書講義を何度も行いました。疲れ切った体で家に帰った後も、必ず御書を開き、心に残った一節を、日記に認《したた》める習慣も身につけました。
 不思議なもので、若い時に生命に刻みつけた御書は、生涯、忘れません。最初は意味が分からなくても、だんだん分かってきます。
 今、世界中の友が求道心に燃えて教学に挑戦しています。
 たしかに古文は難しいけれど、海外のメンバーから見ると、御書を日本語で声に出して拝読できる皆さんは恵まれているのです。
 みんなは、学校でも古文に触れる機会があるからね。それは、御書を学ぶ力にもなる。また御書を学ぶことが、古文を勉強する際の力にもなる。
 そのうえで、大切なことがあります。頭で法理を理解し、納得することは、もちろん大事です。それ以上に重要なこと──それは、御書を「心に刻む」「身で拝する」ことです。

 ──これは、メンバーのご家族や、地域の創価家族の方々が実践していることですね。

名誉会長 その通りだね。みんなのお父さん、お母さん方は、御書の通りに実践し、大聖人の御精神を現代によみがえらせているんです。
 試練にぶつかった時には、「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(同1192㌻)との一節を思い出し、“そうだ、策ではない。今こそ唱題だ!”と勇気を奮い起こして、勝ち越えてきた同志の方々がたくさんいる。
 “自分なんて”と弱気になっていた時に、「成仏の『成』とは開く義である」(同㌻、通解)という一節を教わり、自身の無限の可能性を開き、成長していった人も、いっぱいいる。
 一節でもいい。その一節を抱きしめながら、必死に祈り、努力を重ねていけば、青春も人生も、絶対に開ける。
 そして、「御書の通りにすれば、必ず勝てる」「この信心は、すごい」と心から確信できる。それが「心に刻む」「身で拝する」ということです。
 その一節が、君の信念になる。
 その一節が、あなたの生き方になる。
 「大好きな御書の一節」を持つ人は強いんです。苦難にあっても、無敵になるんです。
 いい機会だから、家族や先輩に、「好きな一節は何?」と質問してみてはどうかな。きっと、体験をまじえて、教えてくれるよ。
      □■□
 ──それは、一人一人の人生の誉れある信念の御聖訓ですね。

名誉会長 私が初めてロシアを訪問した折(1974年)、作家のミハイル・ショーロホフ氏(1905~84年)と語り合いました。その折の氏の言葉が忘れられない。
 「大事なのは、その人の信念です。ある目的へ向かって、その人が目指していく力です。信念のない人は、何もできやしません」
 今回は、この言葉を贈ります。
 人は名誉や地位で偉いのではない。偉大な信念を持った人が、真に偉大な人です。妙法の信仰は「究極の信念」の道なんです。

 ──ショーロホフ氏は、ノーベル文学賞を受賞した、20世紀ロシアを代表する文豪です。代表作は『静かなドン』『人間の運命』。
 池田先生は、お孫さんとも麗しい交流を結ばれ、氏の生誕100周年を慶祝する「記念メダル」が贈られています。

名誉会長 庶民の中に入り、歴史の大河を描き続けた偉大な文豪でした。いかなる中傷も、苦難も、信念で乗り越えてこられた獅子です。
 ロシア南部のドン地方のさびれた村で生まれ育ち、激しい戦争のゆえに中学を卒業できませんでした。戦争が終わり、17歳になった氏は、勉強するためにモスクワに行きます。ところが、学校に入ることができず、厳しい労働で生活費を工面しました。
 それでも、氏は負けませんでした。独学で学び、作品を書き、同じ夢を持つ友と語り合いました。そして、18歳で、自分の書いた作品が初めて活字になり、世に出たのです。
 氏の向学心や創作意欲を高めてくれたのは、偉大な作家の作品でした。トルストイやチェーホフ、プーシキン、ゴーリキー、ゴーゴリなど、先人の言葉が逆境の氏を励まし、燃え上がらせたのです。
 いかにつらい環境でも、学び抜き、希望の光を見いだし、成長の活力に変えていく──まさに、「学は光」です。
      □■□
 ──ある男子部のリーダーは、幼いころから両親のけんかが絶えず、生活も苦しかったといいます。高校生のころから荒れて、遊び回る毎日を送るようになりました。
 高校3年生の時、未来部の担当者が家にやってきます。彼は拒否しますが、何度も何度もやってくる(笑い)。
 その時に教わったのが、「冬は必ず春となる」(同1253㌻)の一節でした。心に希望の火がともりました。
 その後、真剣に信心に取り組んでいきます。そして、自分の宿命を、友を励ます使命に変えながら、社会で実証を示してきました。今は一家の和楽も勝ち取り、喜びの「春」を実感しています。

名誉会長 うれしいね。担当者の方の決してあきらめない真心の激励も、本当にありがたい。
 いかなる不幸の闇も照らす希望の光こそ、御書です。全国の学会員、そして全世界のSGI(創価学会インタナショナル)メンバーの躍動する姿が、それを証明しています。
 みんなも、これから先、さまざまな悩みの壁に突き当たることでしょう。「祈っているのに、なぜ?」「どうして願いがかなわないの?」と、疑問に思ってしまうことも、あるかもしれない。
 その時こそ、御書を開くんです。御書を拝し、学ぶことは、日運大聖人の大生命に触れることです。勇気がわかないはずがない。無限に智慧がわき、大いなる希望がわく。
 そして、誓いも新たに、題目を唱え、現実に立ち向かっていくんです。
      □■□
 ──「池田先生の好きな御書は何ですか」という質問も寄せられています。

名誉会長 たくさん、あります。「座右の御書」の一つに、戸田先生から、「この御書は、絶対に命に刻んでおけ。学会の闘士は、この一節を忘れるな!」と教わった「御義口伝」の一節があります。
 「一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり」(同790㌻)
 「本来無作の三身」とは、自身にもともと具わっている仏の生命です。その生命を、瞬間、瞬間、開き現していくためには、一念に「億劫の辛労」(無限ともいうべき長い間にわたる辛労)を尽くすしかない。私たちが題目を唱えて戦うことは、その「億劫の辛労」に匹敵する勇気と智慧を尽くしていることになるのです。
 私は、どんな戦いであっても、この御文を支えにしてきました。一瞬に永遠を凝縮するような思いで唱題し、全てを乗り越え、勝ち越えてきました。
 また、あの地、この地で、皆さんのご家族と共に拝してきた、「開目抄」の一節も大好きです。
 「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然《じねん》に仏界にいたるべし」(同234㌻)
 正しいからこそ難にあう。ゆえに何があっても疑わず、いよいよ信心を燃え上がらせて、前進し抜いていけば、必ず変毒為薬できる。
 我並びに我が弟子──師弟です。師弟が同じ誓いに立てば、突き抜けられない悩みなどない。確実に栄光のゴールにたどり着くことができる。
 この御文を根本に、学会は大発展してきました。創価の師弟は、一切に勝利しました。
 これからも、ますます大勝利していくんです。
 さあ、世界広布の新時代がやってきました。
 次代を開く、未来の主役であるみんなが、御書という最強の哲学を携えて、世界平和の舞台へ躍り出て大活躍することを、私は祈り、待っています!

 『ショーロホフ短編集』(小野理子訳、光和堂刊)、『筑摩世界文學大系76 ショーロホフ1』(江川卓訳、筑摩書房刊)、『ショーロホフと現代』(F・ビリュコーフ編、秋山勝弘訳、横田瑞穂監修、プログレス出版所刊)を参照した。
2013-12-04 : 未来対話 :
Pagetop

希望の大空へ ~わが愛する王子王女に贈る~ 16~20

希望の大空へ ~わが愛する王子王女に贈る~

第16回 小さな疑問が大きな力に (2013.8.1付 少年少女きぼう新聞掲載)

 夏まっさかりだね。暑さに負けないで、みんな、元気かな?
 アサガオやヒマワリなど、夏の花たちも生き生きと咲いていますね。
 みんなは、なぜ、多くの花々があんなに美しい色をしているのか、考えたことはありますか?
 一つの理由は、あざやかな色で、ハチやチョウをさそって、花粉を運んでもらうためです。
 実は、もう一つ理由があるといいます。それは、太陽の光にふくまれる紫外線と戦っているからです。(田中修著『植物はすごい』中公新書)
 近年、強い紫外線を体に浴び続けると、植物にも人間にもよくないことがわかってきました。しかし、植物は、人間のように、ぼうしをかぶったり、日かげに移ったりすることはできません。そのかわりに、きびしい紫外線から身を守る力が、花の色に、ふくまれているのです。
 つまり、逆境に負けないように努力しているからこそ、花は美しくなる。そう思うと、野に咲く花も、私たちに励ましを送ってくれているようですね。
    * * *
 夏は、朝のラジオ体操、盆踊りや夏祭り、花火大会など、楽しい行事も多いでしょう。
 私も、小学生の時、夏休みが待ち遠しくてたまりませんでした。
 あれは、9歳の夏のことです。
 私のふるさと、今の東京・大田区の蒲田駅の周りには、夜になると、よく露店が立ち並びました。
 金魚すくいや綿菓子、あめ細工の店などをワクワクしてのぞいて回ると、夜店の列の端っこで、背の高い外国人の男の人が、カミソリを売っていました。
 「ワタシ、ニッポン、ダイスキデス」と道行く人にニコニコしながら呼びかけています。
 でも、買う人はいませんでした。それどころか、いじわるをしたり、からかったりする人すらいました。
 その時、日本は外国との戦争を始めていました。戦火は広がり、世の中は、外国人を差別するようになっていたのです。
 「同じ人間なのに、なぜ?」
 この時、私か思った疑問です。やがて戦地より、いったん帰ってきた兄から、戦争がどれほど残酷かを聞きました。おそろしい空襲も経験しました。兄が戦死し、母の悲しむ姿も、目の当たりにしました。
 「なぜ、人間どうしが、にくみ合い、傷つけ合うのか?」──この疑問は、ますます深まりました。
 のちに、この疑問をかかえた私の心を、大きな光で照らしてくださったのが、師匠・戸田城聖先生です。
 戦争が終わって2年後、1947年(昭和22年)の8月14日、創価学会の座談会で戸田先生と初めてお会いしました。
 先生は、戦争中、2年間、牢獄に入れられても負けないで、平和と正義の信念をつらぬいた方です。先生は言われました。
 「私は、この世から、一切の不幸と悲しみをなくしたいのです。これを広宣流布という。どうだ、一緒にやるか」と。
 この偉大な先生を信じて、私は、学会に入りました。少年時代からの「なぜ?」という疑問を解決し、そして「同じ人間」がみな、平和で幸福に生きる世界を建設するために、第一歩をふみ出したのです。
    * * *
 「アフリカの環境の母」とたたえられるワンガリ・マータイ博士も、小さいころの「なぜ?」「どうして?」という疑問を大切にされていました。
 私がお会いした時、話してくれました。──ある日の朝早く、うす暗い空に流れ星が走りました。博士はこわくなり、家の中に入って、お母さんに聞きました。
 「ねえ、どうして空は落ちてこないの?」
 お母さんは、やさしく答えてくれました。
 「空は落ちてなんかこないわよ。それはね、私たちの周りを囲んでいる山には、とっても大きな水牛がいて、水牛には、とっても大きな角があって、それが、お空を支えてくれているんだよ」
 博士は、お母さんの話を聞いて、ほっとするとともに、「なんて、すてきなんだろう」と思ったそうです。そして「自然がどれほど私たち人間を守ってくれているか」を思い出させる話として、今も心に残っていると語られていました。
 マータイ博士は、これが環境問題への関心を深めるきっかけとなって、学びに学んで偉大な学者となりました。そして、アフリカの砂漠化をくい止める、壮大な植林運動に人生をささげてこられたのです。
 マータイ博士をはじめ、世界のリーダーと対話する時、互いに質問をし合います。新しいことを知ろう、相手から学ぼうと、質問を次々に発します。
 質問すること自体が、新しい発見をする「探究の一歩」であり、人間の心を結び合う「平和の一歩」ともいえるでしょう。
 12年前の夏、私はアメリカのある小学校の友に、一つの詩を贈りました。
 「空は なぜ青いのか?
  磁石に 鉄が
  吸い付くのはなぜか?
  恐竜は なぜ滅びたのか?
  宇宙の果ては
  どうなっているんだろう?
  『なぜ?』『どうして?』と
  問いかける心
  それは『科学者』の心だ」──と。
 本当に頭がいい人とは、たくさんの物事を知っている人ではない。むしろ「なぜ?」「どうして?」と、いっぱい疑問をもって、問い続ける人ではないでしょうか。
 そして、すぐに答えが出なくても、ねばり強く考え抜いていく人です。
    * * *
 大切な友人に、ロシアの名門・モスクワ大学の総長をつとめられた、世界的な物理学者のログノフ博士がいます。
 博士が若い時、学校の先生が2日かかっても解けなかった問題があったそうです。
 先生も解けない問題とは、どんな問題なのだろう──興味をもった博士は、難問に何日も挑み続けました。そして、ようやく答えにたどりついた時には、「それこそ、お祭りがやってきたような気分でした」と、うれしそうに振り返っておられました。
 苦労すればするほど、わかった時の喜びは大きいものです。
 「なぜ?」と問いかけている時こそ、頭がたくさんはたらき、自分が大きく成長できるチャンスです。
 だから、大事なのは「なぜ?」と思ったことを、そのまま放っておかずに、だれかに質問したり、本で調べたりすることです。
 一つの「なぜ?」を追求していくと、また新たな「なぜ?」が生まれてくることがあります。それもまた、聞いたり、調べたりしましょう。このくり返しが、ぐんぐんと頭をよくしてくれます。
 知らないこと、わからないことは、少しも、はずかしいことではありません。「何でも聞いてみよう!」「何でも学んでいこう!」──この心こそ、青春の誇りです。
 どうか、この夏、いろいろなことに挑戦し、「なぜ?」「何これ?」「不思議だな」という疑問をいっぱい見つけてください。
 それが、きっと、新しい冒険のように、みなさんの世界を大きく広げる「希望の翼」となっていくはずです。
    * * *
 暑い日が続きます。熱中症や交通事故には、くれぐれも気をつけて、楽しい夏休みを過ごしてください。
 来月も、一回り大きくなった、みんなに会えるのを楽しみにしています。

第17回 生命の宝を受けつごう! (2013.9.1付 少年少女きぼう新聞掲載)

 この8月、私のところには、毎日毎日、日本全国そして全世界から、少年少女部の元気な活躍の様子が届きました。
 「創価ファミリー大会」でも、がんばってくれたね。
 少年少女部のみなさんが主役となって、「勤行の導師」を見事につとめてくれたり、「司会」や「体験発表」を堂々と行ってくれたり、「合唱」や「クイズ」「ゲーム」などを、リードしてくれたりしたことも、うれしく聞いています。
 本当にありがとう!
 かげで、青年部のお兄さん、お姉さん、また、壮年部・婦人部の方々が、一生けんめいに準備し、支えてくださったことも、私は、心から感謝しています。
    * * *
 ファミリー大会に、おじいさんや、おばあさんと、いっしょに参加した人もいるでしょう。おじいさん、おばあさん方は、はつらつと伸びゆくみなさんの姿を、とても喜んで見守っておられたことと思います。
 その気持ちが、私もよくわかります。
 おじいさん、おばあさん方は勇気をもって、正しい信心をつらぬいてこられました。
 相手の幸せを真剣に祈って行動しているのに、なかなか理解されなかったこともある。それでも、決してあきらめなかった。
 どんなに自分が大変なときでも、悩んでいる友のために祈り、つくしてきました。世の中のため、そして、世界の平和と人類の幸福を築く広宣流布のために、私といっしょに、がんばりぬいてこられました。
 その“信念のバトン”が、みなさんのお父さん、お母さん方に受けつがれ、さらに今、みんなが受けついでくれていることが、私たちは、うれしくてならないのです。
    * * *
 「祖父母」から「父母」へ、そして「子ども」へという3つの世代のつながりを、私が対談したイギリスの大歴史学者のトインビー博士は、とても大事にしていました。
 世界中の歴史を研究された博士は、私たちの社会などが、よりよく変わっていくためには、短い時間では足りない。少なくとも、3世代くらいの長い時間の努力が必要であると言われていたのです。
 たしかに、国も、団体も、初代が道なき道を開き、2代目が基礎をがっちり固め、さらに3代目が努力して発展させていくことで、大きく栄えていきます。
 創価学会は、初代会長の牧口常三郎先生と第2代会長の戸田城聖先生が、いかなる迫害にも負けず、平和と正義の戦いに命をかけて、土台をつくってくださいました。
 お二人の心を受けつぎ、私は第3代の会長となり、世界に仏法を広げてきました。
 家族でいえば、おじいさん、おばあさんから、少年少女部のみなさんが3代目です。3代目のみんなが立派に育っていけば、ご一家は未来へ、いよいよ栄え続けていくことができます。
 それこそが、これまで苦労に苦労をかさねてこられた、おじいさん、おばあさんの何よりの勝利なのです。
    * * *
 9月には、家族や社会に長年つくしてきた方々を敬愛し、長寿を祝う「敬老の日」があります(今年は9月16日)。
 もともと、この日は、ある村の村長さんが、お年寄りの経験と知恵を大事にして“村づくり”をしようとしたことが、きっかけといいます。
 おじいさんやおばあさんにとって、孫ほど、かわいいものはありません。いつも、みなさんの成長を願ってくれています。
 その真心には真心で、「ありがとう!」と感謝を伝えよう。
 そして、みなさんの明るい笑顔を見せたり、元気な声を電話で聞かせたりしてあげてください。
 人間は、ものごとを覚える力などは、若いときのほうが強い。しかし、困ったときに、どうするかなどを判断する力は、年をかさねたほうが、ゆたかになっていくことが、研究でわかっています。
 人類は、3万年くらい前から長生きになり、祖父母と孫が、いっしよに暮らせるようになりました。それから、いろんな知恵や技術を伝えられるようになって、大きく進化したともいわれています。
 おじいさん、おばあさんから、話を聞き、いろいろ教えてもらえることは、とてもすごいことなのです。
    * * *
 仏法では、高齢の方を大切にすることが、国の栄える根本であると教えています。
 学会は、70歳以上のメンバーのグループを「多宝会」(東京は「宝寿会」、関西は「錦宝会」)と呼んでいます。
 「多宝」とは、法華経に出てくる「多宝如来」という仏の名前です。
 妙法の偉大さを証明するために現れ、その名前の通り、多くの宝をもって光り輝く仏です。
 まさに、多宝会の方々は、信心ひとすじにがんばって、自分の人生を通して仏法の偉大さを証明してきた尊い方々です。それこそ、多くの宝をもっておられます。
 どんな宝だと思いますか?
 それは「生命の宝」「心の宝」です!
 多宝会の先輩方は、戦争中や、そのあとの大変な時代を生きてこられました。
 生活が苦しい。病気が治らない。家の中にケンカがたえない。仕事がうまくいかない……たくさんの悩みを、自分だけでなく、人の分まで引き受けて、題目をいっぱい唱え、立ち向かってきました。
 「何があっても絶対に乗り越えられる」「どんな人も必ず幸せになれる」と、みなを勇気づけ、希望を送ってきたのです。
 人の何倍も忙しくて、苦労も多かった。でも、その分、福運という「生命の宝」「心の宝」を山のように積み上げてきたのです。
 この宝は、一家に“信念のバトン”を受けつぐ人がいれば、どんどん増えていきます。みなさんも題目を唱えて、「がんばろう」と心を決めれば、そのまま宝を、すべて受け取ることができる。そして、自分の努力で、いくらでも増やしていけるのです。
 この宝があれば、どんなことがあっても負けません。「生命の宝」を「生命の力」として、みなさんは、自分の夢を大きく広げ、実現していけるのです。
 ある小学2年生の女の子は、戦争で片腕をなくした祖母が、平和を願い、広宣流布のために行動し続けてきた体験を聞きました。そして、「おばあちゃんから、大切なことを教えてもらった私だから、だれよりも、平和を守れる人になりたい」と決意したのです。
 おばあちゃんは、きっと、すべての苦労が晴れる思いがしたことでしょう。
    * * *
 みなさんは、お父さん、お母さんがいて、この世に生まれてきました。そのお父さん、お母さんが生まれてきたのは、おじいさん、おばあさんがいたからです。
 こう考えていくと、みなさんが生まれてくるまで、かぎりない“いのちのリレー”が、ずっと続いてきたことがわかります。
 このうちのだれか一人でもいなければ、みなさんは、この世に生まれていません。
 ご一家がそうであるように、人類は過去何百万年も、“いのちのリレー”を続けてきました。そして、未来に向かって、これからもずっと続けていきます。
 かけがえのない“いのちのリレー”の中で、私といつしょに、今このときを走り、そして未来にバトンをたくす栄光のランナーが、君であり、あなたです。
 その君がいて、あなたがいて、ご一家も、学会も、人類の歴史も、永遠に続いていく。大切な大切な使命あるみなさん方に、私は最敬礼して、題目を送ります。
 さあ、新学期の始まりです。
 いよいよ、新しい決意で、新しい前進を開始してください!

第18回 かがやけ! 希望の一番星 (2013.10.1 少年少女きぼう新聞掲載)

 秋は空気が澄み、星の光もさわやかです。
 きょうは、いっしょに星空を見つめ、天体観測をするような思いで、さらにまた、ともに宇宙船に乗りこんで冒険の旅に出るような思いで、語らいを進めましょう!
    * * *
 みなさんは、流れ星を見たことがありますか?
 もう20年前の夏になりますが、私は、日本列島のまん中に位置する群馬県で、青年たちと、たくさんの流れ星を見た思い出があります。「ペルセウス座流星群」です。
 その時、よんだ和歌があります。

 大宇宙
  我らを祝して
    流星群
  花火の如く
   宝石まきたり

 宇宙は、限りなく広くて大きい。
 星にも、いろいろな星があります。丸い星だけでなく、まるでジャガイモのような形をしている星もある。
 かがやく星の数は、私たちの太陽系のある銀河だけでも、2000億個とも言われます。明るさもさまざまです。「オリオン座」のリゲルという星は、じっさいは太陽の3万7000個分もの大変な明るさです。でも、はるか遠くにあるから、夜空では小さな点のように見えるのです。
 そうした星たちも、大宇宙の仲間です。そう思って見つめれば、星たちも、みんなを見守り、はげましの光を届けてくれる心の友だちとなるにちがいありません。
    * * *
 星空は、夢が広がるロマンの世界です。
 「しし座」「おとめ座」「さそり座」などの星座は、みなさんにもなじみがあるでしょう。「かみのけ座」「じょうぎ座」「ぼうえんきょう座」といったユニークな名前の星座もあり、全部で88個になります。
 星座が、どのようにして誕生したか?
 一説によれば、約5000年前、羊飼いが羊の番をしながら夜空を見上げ、星と星を結んでいったことが、「星座」のはじまりだと言われています。
 はるかな、あこがれであった宇宙を目指し、人類がはじめて人工衛星の打ち上げに成功したのは、1957年の10月4日のことです。
 宇宙時代の幕開けとなった、この日を記念して、毎年10月4日からの1週間は「世界宇宙週間」となっています。
 日本の探査機「はやぶさ」の大活躍を知っている人もいるでしょう。
 燃料もれや、エンジン故障など、次々に大きなトラブルにあいながらも、7年間、60億キロメートルの宇宙空間の旅を奇跡的に乗り越えました。そして、世界で、はじめて小惑星のかけらを持ち帰ったのです。
 新しく東京ではじまった、創価学会の「わたしと宇宙展」では、この「はやぶさ」の模型や「月の石」を見ることができます。12月の福島での展示をはじめ、これから各地を回る予定です。
 今年は、話題になっている「すい星」もあります。11月中旬から12月にかけて太陽に接近する「アイソンすい星」です。
 学会の創立記念日の11月18日ごろには、条件がよければ、夜明け前の南東の空で、おとめ座の1等星「スピカ」と、この「アイソンすい星」を、いっしよに双眼鏡で見ることができると期待されています。
 11月には、宇宙飛行士の若田光一さんが国際宇宙ステーションへ飛び立ち、半年間、宇宙に滞在し、船長を務める予定です。
 みなさんが生きる、これからの未来は、もっともつと宇宙が身近になるでしょう。
    * * *
 私は、これまで、多くの天文学者や宇宙飛行士と友情を結んできました。
 その一人に、ロシアの宇宙飛行士・セレブロフ博士がいます。4度の宇宙飛行、10回もの船外活動を命がけでおこなってきました。
 博士が宇宙飛行士になったきっかけは、みなさんと同じ小学生の時です。
 スケートの練習を終えて、コーチのニコライ先生と家に向かって歩いていました。すると、先生が突然、夜空を指さしました。セレブロフ少年が見上げると、“星のようなもの”がすごいスピードで移動していたのです。おどろいていると、先生は「あれが人工衛星だよ」と教えてくれたのです。
 セレブロフ少年は、人間によってつくられた“地球製の星”が、無数の星々の中を泳ぐ姿を思いうかべ、その日から、毎日のように夜空を見つめるようになりました。子どものころの感動は、時がたつほど夢となってふくらみ、大きな力になるものです。
 私が創立した創価学園では、「天文教育」に力を入れています。特に、関西校では、国際宇宙ステーションのカメラから地球を観測する「アースカム」(アメリカ航空宇宙局=NASAの教育プログラム)などにも参加しています。
 まさしく、宇宙からの目で、私たちのふるさと「地球」を見つめる取り組みです。
 じつは、この宇宙が何からできているかということも、全体のわずか4パーセントまでしか、わかっていないといいます。
 宇宙には、まだまだ「なぞ」がいっぱいあるのです。
 これから、そうした未知の世界を解き明かしていくのは、みなさんたちの誇り高い使命です。
 みなさんの毎日の勉強も、英知のつばさを広げて、新たな発見にチャレンジする冒険の旅なのです。
    * * *
 みなさんの中には、宇宙飛行士になりたい人もいるでしょう。
 セレブロフ博士は、宇宙飛行士に大切なこととして、二つ強調されていました。
 一つは「人間としての品性」。つまり、ずるいことなどしない、立派な人格です。
 もう一つは「仲間を尊敬できる心」。友を大切に、チームワークをつくれる力です。
 博士は、実際に宇宙に行かなくても、「地球の人類のために尊敬される生き方をする人」が“宇宙市民”だと言われていました。だから、人のため、社会のため、尊い学会活動にはげんでいる、みなさんのお父さんやお母さんは、模範の“宇宙市民”なのです。
 「わたしと宇宙展」では、“人は星のかけらからできている”というパネルが展示されます。私たちの体のもとになり、命をささえている酸素や水素、炭素、さらには金や銀などの「元素」は、星から生み出されてきたものなのです。
 仏法では、人間の体の働きを、両目は「太陽と月」、髪の毛は「星」、血管は「川」、骨は「鉱物」、皮ふや肉は「大地」、体の毛は「森林」、息は「風」などと表現しています。人間の生命それ自体が、一つの宇宙であると説いているのです。
 みなさんは全宇宙の中で、ただ一人しかいない「かけがえのない存在」です。この自らの尊さを自覚し、無限の力を引き出すために仏法があります。
 「南無妙法蓮華経」の題目は、大宇宙の究極のリズムです。
 地球がたゆまず回転しているのも、太陽が地球上の生命を照らし育んでいるのも、このリズムにのっとっています。題目を唱えることは、この大宇宙の力を、自分自身の宇宙にみなぎらせていくことなのです。
 無数の星たちの光も、かがやく銀河も、全部、わが生命の中にある。どんな大変な時にも、題目を唱えれば、自分を最高に、かがやかせることができるのです。
    * * *
 宇宙の広がりは無限大です。それと同じように、みなさんの心も無限大です。だから、いくらでも大きく強く成長できる。
 つらいことや、いやなことがあったら、星空を見上げてみよう。深いやみの中でも、星は明るくかがやいています。大きな宇宙を思えば、自分の悩みも小さく見えてきます。
 そして、宇宙から見れば、地球も一つの家のようなものです。国境線などない。みんな同じ「地球民族」として、仲良く平和に生きていけるはずです。
 今、西の夕焼け空には、「よいの明星」と呼ばれる金星が見えます。一番はじめに明るくかがやき出すので「一番星」とも言われます。
 みなさんには、自分にしかできない偉大な使命がある。必ず、何かの「一番星」になる使命をもっている。読書の一番星、親孝行の一番星、スポーツの一番星……。何でもいい。何かで一番になっていこう!
 深き使命をもった、偉大な君たちよ! 一人も残らず、希望の一番星とかがやけ!

第19回 幸福と勝利の大城を! (2013.11.1 少年少女きぼう新聞掲載)

 さあ、11月です。秋が深まり、まもなく冬もやってくる。北海道や東北など、寒い地域では雪もふりはじめるね。
 みんな、元気かな?
11月といえば18日が創価学会の「創立記念日」です。みなさんのお父さんお母さんたちは、がんばってきました。
 とくに今年は、全世界の同志が待ちに待った「総本部」が完成し、いつの年にもまして喜びが大きいのです。
 総本部は、世界の平和と人類の幸福をめざす広宣流布の未来のために、こと尊い使命を受けついでくれる世界一の未来部のみなさんに贈る「宝の城」です。
    * * *
 私が、恩師・戸田城聖先生とお会いしたころは、今のような学会の会館は、一つもありませんでした。
 先生はよく「会館もないのでは、同志がかわいそうだ」と言われていました。
 私は「日本中、世界中に立派な会館を建ててみせます」と申し上げました。
 その約束通りに、日本、世界で、あの地にも、この地にも、たくさんの人が楽しく、朗らかに集まり、希望に燃えて前進するための会館を築いてきたのです。
 みなさんも、お父さんやお母さん、未来部のお兄さんやお姉さんたちと、会館に行って会合に参加したことがあるでしょう。
 会館には、青年部の「牙城会」、壮年部の「王城会」、婦人部の「香城会」などの方々がいて、真剣に守ってくださっています。
 このグループの名前を見て、気づいたかな? 「城」という字がついているね。
 ちょっとむずかしいかもしれないけれど、「城」という漢字には、もともと“民衆を守るために、まわりに土をもって、壁をつくつったもの”という意味があるといいます。
 学会の会館は、民衆を守り、広宣流布を進める大事な「城」です。
 人々を幸福にし、地域と社会を繁栄させていく「城」です。
 学会の会館は、地震や豪雨などの自然災害があった時には、地域の一時的なひなん所となり、多くの方を守ってきました。
 海外では、実際の“お城”だった建物を、会館として使っている国もあります。
 たとえば、イギリスのロンドン郊外にあるタプロー・コート総合文化センターは、イギリス首相たちが訪れ、タイ王国の国王も滞在された有名なお城でした。今も、国の歴史的建造物に指定されています。
 また、大芸術家のレオナルド・ダビンチやミケランジェロが活躍した街・フィレンツェにあるイタリア文化会館も、国の車要文化財です。ローマに続く道を守る砦に始まる、約2000年の歴史が光ります。
 みなさんは、世界に広がる「創価の城」の王子であり、王女なのです。
    * * *
 みなさんは、お城のような大きな建物を、どうやって、つくっていくか知っていますか。
 「ピラミッドは頂上からつくられはしない」と、フランスの文豪ロマン・ロランは言いました。
 そうです。建物は上からではなく、必ず土台からつくっていくのです。
 あのエジプトの大ピラミッドが4500年という長い歳月をこえて、くずれないのも、土台がしっかりしているからです。
 見た目がどんなによくても、土台が弱ければ、ちょっとしたことで倒れてしまいます。すべては、土台で決まります。
 学会の総本部も、じっくりと時間をかけで土台を盤石につくり上げました。
 長い人生でいえば、みなさんの時代は、ちょうど「土台を築く時」です。
 今、悩んだり、苦しんだりしていることは、全部、みなさんの人生の土台を、強くじょうぶなものにしてくれます。苦労は、幸福の土台なのです。
 だから、どんなに大変なことがあっても、決して負けないでください。
 「創価の城」の王子王女とは、何があっても「負けない人」のことです。
    * * *
 私がお会いした大科学者ルネ・デュボス博士は、細菌学の研究で、多くの人の命を救った方です。
 その博士が紹介していた話があります。
 ある時、建物の材料となるレンガを汗水たらして運んでいる三人の人がいました。
 そばを通った人が、質問をしました。
 「何をしているんだい」
 一人目の人が答えました。
 「石運びだよ」
 次に、二人目の人が答えました。
 「壁をつんでいるのさ」
 最後に、三人目の人はこう言ったのです。
 「聖堂(特別な意義のある建物)を建てているんだ」
 “重いレンガを運ぶ”という同じつらい仕事をしていても、どんな心で取り組んでいるかで、まったく意味が変わります。
 “自分は偉大な建設にたずさわっているのだ”と思えば、その人は、誇りに燃えて前進することがてざるのです。
    * * *
 みなさんの毎日の勉強や努力するのも、つらい時があるでしょう。
 でも、それらは、一つ一つが自分の夢につながる。“今は、自分の偉大な城をつくっているんだ”と、心を決めて、明るく、ねばり強く、挑戦していってください。
 人間は「どんな希望をもっているか」「何のためにがんばるのか」で大きく変わります。
 私は、未来部のみなさんが、一人もれなく、自信まんまんと胸を張って生きていっていただきたいのです。
 みなさんも、自分らしく「大いなる希望」をもってください。「何のため」という目的を見つめ、それに向かって、努力をつみかさねていってください。
 そうすれば、みなさんの心の中に、幸福と勝利の大城が築かれていきます。
    * * *
 「学会は、人材をもって城とせよ!」
 これこそ、戸田先生から何度も教わった学会精神です。
 立派な総本部の建物も、みなさん方が人材となって活躍することで、「宝の城」としてかがやいていくのです。
 ゆえに、学会は永遠に人材を育てます。
 人材で広宣流布の大道を開きます。
 人材で平和と幸福の花を咲かせます。
 人材で前進し、人材で勝利します。
 みなさんは、まちがいなく全員が大人材です。
 みなさんが力をつけて、世界中に「人材の城」を築き上げてくれるのを、私は何よりも楽しみにしています。
 一人一人の成長と勝利を信じ、きょうも一生けんめい、題目を送ります。
 寒くなるから、みんな、かせなどをひかないように!
 健康第一で、元気いっぱいに進もう!

 ※参考文献はルネ・デュボス著、長野敬・新村朋美訳『生命の灯』(思索社)。

第20回 アジアの「平和の太陽」に! (2013.12.1 少年少女きぼう新聞掲載) 

 あと、ひと月で新しい一年だね。
 今年は、みんなにとって、どんな一年だったかな。もし漢字一字で表すと、どんな字になりますか?
 「喜(よろこぶ)「明(あかるい)」「挑(いどむ)」「勝(かつ)」「学(まなぶ)」「読(よむ)」「進(すすむ)」「友」「光」……こんな字が並ぶといいね。
 毎年12月12日は、「1212」の数字が「いい字一字」と読めることから、「漢字の日」といわれています。
 「漢字は、にがてだなあ」と思う人もいるかもしれません。でも、漢字には3000年以上の歴史があり、世界でたくさんの人に使われてきた、人類の貴重な文化です。
 一つ一つのなり立ちにも意味があって、たとえば「学」の字は、校舎やその屋根を意味する「(学の字上半分)」の下に「子」、つまり「教えを受ける人」がいることを表しているといわれています。一生けんめい、勉強しているみなさんの姿そのものです。
 たった一文字でも正確に意味を伝える便利な漢字は、もともと、おとなりの中国で作られた文字でした。
 日本は、大むかしから中国の文明に大きな影響を受けて、発展してきました。お米や豆腐、紙や印刷、はし、ふとん、鏡……来年は「うま年」などという「えと」も、中岡から伝わったものです。
 釈尊がインドで説いた「仏教」も、中国から、韓・朝鮮半島を通《とお》って、日本へと伝わってきました。
 日本はアジアの一員として、中国や韓国といった他のアジアの国々から、はかり知れない恩を受けてきたのです。
    * * *
 しかし、戦争は、長くおつきあいをしてきた国との間も引きさき、どちらの民衆も傷つけ苦しめてしまいます。
 私が子どものころ、父と一番上の兄から、くり返し開かされた話があります。
 かつて父は兵隊にとられ、現在の韓国の首都ソウルで2年間、すごしたことがありました。また、一番上の兄も、兵士として中国に渡りました。
 父と兄は、日本との争いでアジアの人々が苦しんでいることに心を痛めていました。二人とも「同じ人間同士じやないか。こんなことは、絶対に間違っている」と、私に教えてくれたのです。
 二人が語った平和への願いが、今も私の心に深くきざまれています。
 「アジアの平和と繁栄」は、師匠である戸田城聖先生の悲願でもありました。

  雲の井に
   月こそ見んと
      願いてし
  アジアの民に
    日をぞ送らん

 このお歌は、「雲のもれ間に、ほのかな“幸の月光”を見ようと願うアジアの民衆に、それよりもはるかに明るく、まばゆい“太陽の光”を送りたい」という意味です。
 戸田先生は、戦争や侵略で苦しんできたアジアの友の幸福を願い続けていました。
 師の心を胸に、私は韓国、中国、フィリピン、マレーシア、シンガポール、タイ、カンボジア、ミャンマー、ネパール、インド、スリランカなど、アジアの国々を訪れ、永遠の平和と友好の道を切り開いてきたのです。
 タイのプーミポン国王、インドのナラヤナン大統領やラジブ・ガンジー首相、インドネシアのワヒド大統領ら多くのリーダーたちとも、未来をになう青少年たちとも、大いに語り合ってきました。
 平和といっても、遠くにあるのではない。一人また一人と心を開いて語り合い、友情を結ぶことから、平和は生まれます。
    * * *
 1968年、私は1万数千人の学生たちを前にして、日本と中国が仲良く友好を結んでいくように提言しました。
 そのことで、たくさん悪口も言われました。命をねらわれることさえありました。
 しかし、私は戸田先生の弟子です。何も恐れません。アジアと世界の平和のために、勇気をもって信念の行動をつらぬき通しました。
 4年後の1972年、日本と中国は「友好の扉」を開き、目中両国の国交の正常化が実現しました。
 中国の「人民の父」と人々にしたわれた周恩来総理とお会いしたのは、1974年12月、寒い寒い北京でした。重い病気で入院されていた周総理が、私たちを信頼して、わざわざ病院に呼んでくださったのです。
 両国の平和友好の末来を託されようとする総理の深い心を、私は感じ取りました。
 翌年の春には、中国から日本へ初となる正式な留学生6人を、わが創価大学が受け入れました。みな最優秀の青年たちで、真剣に勉強に励み、努力を重ねました。
 今年の10月、そのうちの一人の女性が、わが創価犬学で講演してくださいました。ほんやく家としても立派に活躍されている方です。
 「創人生と手をたずさえ、中日友好の道を、いっそう広げていきたい」と後輩の学生たちに呼びかけてくださり、創立者として、これ以上うれしいことはありません。
    * * *
 100年、1000年という長い単位で人類の歴史を研究されてきた博士は、若い私に、対話の波を、アジアに、そして世界に広げゆくことを期待されたのです。
 日蓮大聖人は「鏡に向かって礼拝する時、そこにうつる影(姿)がまた自分を礼拝するのです」(御書769㌻、意味)と仰せです。人を尊敬する人が、人から尊敬されます。他の国を尊敬する国が、世界から尊敬され、平和を築くことができるのです。
 父や兄、さらに戸田先生の願いを受けつぎ、私はアジアの国々と誠実第一に友情を結んできました。これからアジアの、そして世界の「平和の道」を21世紀に創りゆくのは、みなさん方です。みなさん一人一人が、アジアの「平和の太陽」であり、世界で友情のドラマをくり広げゆく主役です。
 「光」という漢字は、“頭上に火をもつ人”の姿をしめしたものといわれます。
 みなさんは、どうか、心のなかに「勇気の火」「正義の火」「友情の火」を燃やしながら、元気いっぱいに、生き生きとかがやいて、まわりに希望の光を送る人に成長していってください。
 年末になると、特に世の中が忙しくなります。無事故第一で、そして健康第一で、お願いします。
 今年の目標に最後まで挑戦して、楽しいお正月をむかえてください。
 また来年、お会いしましょう!
2013-12-04 : 希望の大空へ :
Pagetop
ホーム

プロフィール

fmiokun

Author:fmiokun
FC2ブログへようこそ!

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。