「核兵器なき世界への連帯」展へのメッセージ

「核兵器なき世界への連帯」展へのメッセージ      (2013.9.24 広島市NTTクレドホール)

 創価学会インタナショナル(SGI)が核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の協力を得て制作した「核兵器なき世界への連帯──勇気と希望の選択」展の日本語版初公開となる広島展が24日、広島市のNTTクレドホールで開幕した(後援=広島市、広島平和文化センターほか)。開幕式には岸田文雄外務大臣が祝辞を寄せ、広島県の湯崎英彦知事、広島市の松井一実市長をはじめ、約200人の来賓が参加した。池田大作SGI会長はメッセージを贈り、「私たち民衆の“勇気と希望の選択”こそが、厳しい現実の壁を突き破る原動力となる」と訴えた。会期は今月29日まで。
 創価学会の平和運動の原点。それは核兵器を“絶対悪”として指弾した戸田第2代会長の原水爆禁止宣言(1957年9月)である。
 恩師の遺訓を胸に刻み、核兵器の廃絶を世界に訴え続けてきた池田SGI会長。2006年8月に発表した国連提言では、民衆の力を結集するために、「核兵器廃絶へ向けての世界の民衆の行動の10年」を提唱した。この提言を受け、SGIでは07年9月、国際キャンペーン「核兵器廃絶への民衆行動の10年」を開始。「核兵器なき世界への連帯」展は、同キャンペーンの一環として、ICANの協力を得て新たに制作された。
 昨年8月、広島での核戦争防止国際医師会議(IPPNW)世界大会に合わせて、英語版を初公開。以来、ノルウェー・オスロでのICAN市民社会フォーラム(本年3月)や、スイス・ジュネーブ国連欧州本部での核拡散防止条約(NPT)再検討会議第2回準備委員会(本年4月~5月)など、7カ国・7都市で開催してきた。
 人道的側面からのアプローチで核兵器を禁止しようとする動きが今、国内外で生まれている。
 先のNPT再検討会議準備委員会では、核兵器の非人道性を訴える共同声明が、75カ国の賛同で提出された。また先月の広島市の平和記念式典で松井市長は「原爆は、非人道兵器の極みであり『絶対悪』」と強く訴えた。
 あす26日からは国連総会で核軍縮に関するハイレベル会合が開催される予定である。
 日本語版として初公開となる広島での「核兵器なき世界への連帯」展──。永遠の平和原点の地から、核兵器禁止条約の実現を求める“民衆の声”を力強く発信する。



池田SGI会長のメッセージ


最も苦しんだ原点の地から「核兵器は絶対悪」の叫び高く

 永遠の平和原点の地、ここ広島におきまして、「核兵器なき世界への連帯──勇気と希望の選択」展の日本語版初公開の機会を賜りましたことは、戸田城聖第2代会長の「原水爆禁止宣言」を胸に刻んで平和運動に取り組んできた私ども創価学会、ならびにSGI(創価学会インタナショナル)にとりまして、このうえない喜びであります。
 今回の開催にあたりごご協力をいただいたすべての関係者の皆さまに、192カ国・地域のSGIを代表し、心からの御礼を申し上げます。
 私どもがICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)と共同制作したこの新展示を、昨夏の英語版初公開に引き続き、再び広島の地から開始させていただくことにしたのは、なぜか──
 それは、被爆者の方々をはじめ、広島の皆さま方が世界に発信し続けてこられた、「核兵器による悲劇を誰にも味わわせてはならない」「人類と核兵器は共存できない」とのメッセージこそが、核兵器の拡散がかつてないほど進み、その脅威が乱反射する現代にあって、私たち人間が国や民族の違いを超えて共有していくべき平和の根本精神であるからです。

非人道性の観点
 折しも世界では今、核兵器の問題をめぐって、大きな潮目の変化が生じつつあります。
 冷戦時代以来の抑止論的な安全保障観に終始する論議から脱却して、「核兵器の非人道性」の観点を、核軍縮と拡散防止に関する協議の中心軸に据えるこ
とを求める国際的な動きです。
 ご存じのように、昨年5月、ノルウェーやスイスなどを中心とした16カ国が、核兵器がもたらす人道上の深刻な懸念を強調した上で、「すべての国家
は、核兵器を非合法化し、核兵器のない世界を実現するための努力を強めなければならない」と訴える共同声明を発表しました。
 以来、このテーマに関する共同声明が積み重ねられ、今や、賛同の輪は80カ国に広がりをみせるまでになっています。
 こうした「核兵器の非人道性」に焦点を当てたアプローチが伸展した背景の一つには、国際赤十字・赤新月《せきしんげつ》運動による積極的な呼び掛けがありましたが、
その提唱の淵源にあったものこそ、原爆投下によって広島の人々が被った未曽有の惨禍にほかならなかったのであります。
 赤十字国際委員会のケレンベルガー総裁(当時)は2010年4月に行った演説で、広島で被爆者の救援にあたった最初の外国人医師であるマルセル・ジュノー氏の体験証言──“すさまじい破壊力で、人家があった痕跡すら消え去ってしまった町の光景”“病院に避難した1000人の患者のうち、600人がすぐに絶命したこと”“路面電車や列車までもが吹き飛ばされた惨状や、生存者が痛みに耐えかねて体をのけぞらせていた様子を目撃した人の話を聞いたこと”などを詳しく紹介した上で、次のような警鐘を鳴らされました。
 「我々は、人道に関する共通の価値を否定し、国際人道法のもっとも基本的な原則に抵触し、人類の生存の持続を脅かしうるこの兵器のおそるべき影響に対して無関心であることは許されません」(梅林宏道監修『イアブック「核軍縮・平和2011」』ピースデポ)と。
 その意味で、今年の平和記念式典において、核兵器は「絶対悪」であるとの明確なメッセージが、ここ広島の地から力強く発信されたことは、誠に重要な意義があります。
 核兵器に対する認識はこの精神に軸足を置いたものへと根本的に変革させていかねばならないと思うからであります。
 今、広がりをみせつつある「核兵器の非人道性」を厳しく問う国際社会の動きを、核兵器の禁止と全廃の実現につなげていくためには、保有国を含めた、更に多くの国々の決断と政策転換が欠かせません。

民衆の力を結集
 その最大の後押しとなるのが、「核兵器による悲劇を誰にも味わわせてはならない」との広島の心を共有する、世界の幅広い民衆の連帯であります。
 「核兵器のない世界」を求める私たち民衆の“勇気と希望の選択”こそが、厳しい現実の壁を突き破る原動力となるのです。
 私どもは、この民衆の力を結集するための一助となるべく、今回の展示を企画いたしました。
 「環境」「経済」「人権」「ジェンダー(社会的性差)」「科学」など、さまざまな角度から、核兵器の存在が世界に及ぼす悪影響を浮き彫りにし、核兵器の問題を自分自身に深く関わる問題として見つめ直す機会を提供しながら、「核兵器のない世界」を求める民衆の連帯の裾野を大きく広げていくことを、最大の主眼としております。
 「核兵器のない世界」の建設は、単に、核兵器の脅威をなくすだけではない。平和と共生に基づく時代を民衆の手で開く挑戦にほかなりません。
 そして、それは、将来の世代を含め、すべての人々が尊厳ある生を送ることのできる「持続可能な地球社会」の創出へとつながる道です。
 そのために、近くは、広島への原爆投下から70年を迎える2015年を目指し、核兵器の禁止に向けての具体的な動きを加速させるべく、IPPNW(核戦争防止国際医師会議)やパグウォッシュ会議、平和首長会議、ユネスコ(国連教育科学文化機関)をはじめ、志を同じくする諸団体や多くの方々と力を合わせながら、国際世論を幅広く喚起してまいりたいと願うものです。
 結びに、ご臨席の皆さま方のご健勝とともに、さまざまな面でご協力をいただきました各団体の益々のご発展をお祈り申し上げ、私のメッセージとさせていただきます。
2013-09-26 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.115 御書根本の勇将たれ

随筆 我らの勝利の大道 No.115     (2013.9.25付)

御書根本の勇将たれ

輝け!『行学二道』の勇気の太陽
「人生勝利」「幸福栄光」の大博士に!


世界が生命の大哲理を待っている

 日蓮大聖人が説いた静かなうねりが込められた『御書』は、人類の魂の書です」──インド文化国際アカデミー理事長のロケッシュ・チャンドラ博士が、こう断言されていた。
 仏教文化研究の世界的権威であられる博士は、続けて語られている。
 「だからこそ、私たちが御書を学ぶことで、世界の危機を転じゆく崇高な道が開かれていくのです」と。
 我ら創価の教学運動は、まさしく世界最高峰の哲学を究め、人類の未来を照らしゆく希望の行進なのだ。
 今、青年部教学試験2級を目前に、求道の若人が真摯に研鑽を続けている。
 また、11月に行われる伝統の教学部任用試験への尊い挑戦も始まった。
 私は“全員が信心の勝利者たれ”と祈りつつ、受験メンバーを支える同志の方々、さらに講義等を担当される先輩方にも、心から感謝の思いを捧げたい。
        ◇
 険難の
  坂に挑まむ
     御書 胸に

 大聖人は、最愛のわが子を亡くした悲しみの門下に寄り添われて仰せである。
 「法華経は仏説なり仏智なり一字一点も是を深く信ずれば我が身即仏となる」
 「毒薬変じて薬となり衆生変じて仏となる故に妙法と申す」(御書1437㌻)
 御書は、いかなる悲哀からも蘇生する光源である。
 誰人たりとも幸福勝利を開きゆく推進力である。
 この御書に則り、今、あの地この地で婦人部総会が行われ、仲良く朗らかな対話の花が咲き薫っていることを、御本仏もいかばかりお喜びくださることか。

師子吼が「文字」に
 本年は、大聖人が法本尊開顕の書である「観心本尊抄」を著されてより、740周年にあたる。
 竜の口の法難を経て佐渡に流罪されて3年目(文永10年=1273年)の御執筆であられた。
 佐渡での大聖人の境遇は過酷なものであった。その身命を削られての御苦闘は今、青年たちが研鑽している「種種御振舞御書」にも克明に記されている。
 佐渡で最初の冬を越されたのは、「天井は板間が合わず、四方の壁は破れて雪が降り積もって消えることがない」(同916㌻、通解)ような、粗末な塚原の三昧堂であった。衣食にも事欠かれていた。
 その厳しい冬を乗り越えられて、一谷《いちのさわ》に住まいを移されたが、念仏の強信者の監視下に置かれ、命を狙われることもあった。
 しかし、大聖人は執筆の手を休められなかった。状況が厳しければ厳しいほど、徹して書き続けられた。
 紙の調達も困難で、一枚も無駄にはできなかった。
 例えば「観心本尊抄」は、17枚の紙の表裏にぎっしりと書き込まれている。そのうち12枚は普通の和紙だが、残りの5枚は、裏の字が透けるような、小さく薄い雁皮紙である。
 その貴重な紙に綴られた終盤には、「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか」(同254㌻)等の御聖訓が、雄渾なる筆跡で記されている。
 命に及ぶ迫害の只中にあって、不屈の魂で民衆の幸福のために言論闘争を貫かれた御生涯を拝する時、感涙を禁じ得ない。
 「仏の御心はこの文字に備れり」(同1122㌻)と仰せの如く、御書を開き拝せば、時空を超えて、大聖人の大師子吼が、烈々と生命に轟いてくるのだ。
        ◇
 現代にあって御書に直結し、大法弘通の実践を貫いている門下は、創価の師弟の他に絶対にない。
 学会は、これまで、幾度となく、年間のテーマを「教学の年」と掲げ、大いなる前進を続けてきた。
 最初の「教学の年」は、50年前の昭和38年(1963年)であった。
 恩師・戸田城聖先生に誓った「300万世帯の拡大」を達成して、意気軒昂に迎えた年である。
 勝ち戦の時にこそ、永遠に絶対勝利の因をつくらなければならない。
 年頭の1月2日、私はリーダー1200人に自ら「法華初心成仏抄」を講義することから出発した。
 続いて6日には、全国で任用試験が行われた。
 年末年始、研鑽に励んでこられた尊き「庶民の博士」の方々を少しでも労いたいと、私は受験会場を何カ所も回った。子連れの親御さんも多くおられた。「一人も残らず未来の大指導者に」と、お子さん方を激励したことも懐かしい。
 8日には羽田空港から、アメリカ、欧州、アジアと、約3週間で世界を一周する広布旅に飛び立った。
 私は空港まで見送ってくれた友に語った。
 ──世界の広宣流布のために、10年、30年、100年先の布石をしてくるよ、と。
 行く先々で、教学試験も行った。まだ海外の同志が少ない時代である。多くは宿舎にメンバーを招いての口頭試問であった。しかし、誰もが皆、真剣であった。
 友の求道心に応えながら、私が心がけたことは、国情や文化、民族性などを進んで学び、深く理解することである。その国その地域に即し、仏法の人間主義を伝える方途を見極めていくことである。

「冬は必ず春」と
 この時の旅の最後は台湾であった。搭乗予定の飛行機が大幅に遅れ、乗り換えたのが、給油で台湾に立ち寄る便だったのだ。だが、全く予定外であったのに、友は待ってくれていた!
 健気な友の祈りに引き寄せられたような、松山空港での出会いであった。私は「冬は必ず春となる」(同1253㌻)との一節を友に贈り、全力で励ました。
 台湾では戒厳令下、組織の解散命令が出されるなど、試練の冬が続いたが、同志は、この御金言を抱合しめて苦難を耐え抜いた。
 試練の冬の中で金剛不壊の信行学は磨かれる。一節でもいい、御書をわが身で読んだ人は強い。断じて負けない。絶対に幸福の春を呼ぶことができるのだ。
 台湾SGI(創価学会インタナショナル)は、冬の時代を晴れ晴れと乗り越えた。行政院賞や内政部の社会優良団体賞(17回連続)を受賞するなど、絶大な信頼を社会で勝ち得るまでに大発展を遂げている。
 台湾のリーダーが、力を込めて語っていた。
 「『冬は必ず春となる』との御聖訓を胸に進んできた私たちは今、『春暖花開《しゅんだんかか》、満庭芳香《まんていほうこう》(春の暖かさに花開き、満園に芳香漂う)』の言葉の如く、勝利の実証を示しています」

繙けば力が湧いた
 私が対談したアメリカ実践哲学協会会長のルー・マリノフ博士は言われた。
 「日蓮大聖人は、世界に計り知れない尊い贈り物を与えてくださいました。私たちはそのことに深く感謝しなければなりません」
 欧州で「行学の二道」の先駆を歩んだ一人が、1960年代、北海道からドイツへ渡った青年である。
 若くして両親を亡くした彼は、家計を助けるために子どもの頃から働かざるを得ず、小学校も思うように通うことができなかった。
 打ち続く宿命との戦いの中で、仏法に巡りあえた。そこで一番苦心したのが教学であった。漢字がほとんど読めなかったのである。
 同志に御書の読み方を教えてもらい、漢字に振り仮名をつけた。一節一節、声に出して、書いては読んだ。
 心に刻む御文があった。
 「立正安国論」の「蒼蝿驥尾に附して万里を渡り」(同26㌻)の一節だ。
 渡独後、炭鉱で働いた。疲れ切って帰宅した時も、御文を見つめれば、力が湧いた。ささくれ、節くれだった指で御書を幡き、黒くすすけた顔をすり寄せるようにして、御金言を拝した。
 ドイツ広布を願い、ドイツ語も必死で学んだ。数少ない草創の同志と共に弘教に奔走した。後に欧州SGIの中心者となるドイツの青年が入会したのも、その頃のことである。
 仏法の精緻な「一念三千」の法理と、一切衆生の生命に仏性を見いだす人間平等の哲学は、欧州の知性にも、驚きと感動をもって受け止められた。
 何より、同志たちが自らの信仰体験で示した仏法の力が、広布拡大の原動力となっていった。
 幾多の広布の開拓者たちの汗と涙の奮闘によって、全世界に妙法の種が蒔かれていったことを、私は永劫に忘れない。
 御書は、今や海外10言語以上で翻訳され、民族や文化の違いを超えて、希望の光を贈る宝典である。
 仏法研鑽の偉大な息吹は全世界を包んでいる。本年は55カ国・地域で教学試験が行われる。
 世界のSGIのリーダーたちも、御書を根本に「異体同心の団結」で一丸となって、慈折広宣流布の指揮を執ってくれている。
 総本部の完成と時を同じくして、生命尊厳の大哲理を深め広げる潮流が、いやまして高まる世界広布の新時代なのだ。

探究と実践が両輪
 我らの信心の目的とは、自分自身の無限なる「人間革命」と共に、全人類の平和と幸福という、壮大なる「広宣流布」の推進だ。
 大聖人は、その実現への根本的な生命の軌道を、明確に示してくださった。
 「行学の二道をはげみ候べし、行学た(絶)へなば仏法はあるべからず」(同1361㌻)と。
 「行」とは、広布への祈りであり、拡大への勇気の行動である。
 「学」とは、御書の研鑽であり、自他共に絶え間なき教学の深化である。
 「自分の思想がいかに重要で真理をふくんでいるか確信していれば、情熱がおのずからわきおこる」とは、ドイツの哲学者ショーペンハウアーの信念である。
 私は誉れの門下たちに、最極の宝の中の宝である「行学」の魂を託したい。
 大聖人は、「法華経の行者は如説修行せば必ず一生の中に一人も残らず成仏す可し」(御書416㌻)と仰せである。
 大仏法の探究者たちよ、一生涯、人生勝利の大哲学者たれ!
 妙法の実践者たちよ、一人も残らず、幸福栄冠の大博士に!

 偉大なる
  行学二道の
    勇者をば
  大聖人は
    讃え守らむ


 ショーペンハウアーの言葉は『読書について』鈴木芳子訳(光文社)。
2013-09-25 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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アルメニア共和国 エレバン国立大学 名誉博士号授与への謝辞 

アルメニア共和国 エレバン国立大学 名誉博士号授与への謝辞   (2013.9.22 創価大学記念講堂)

 アルメニア共和国の名門「エレバン国立大学」から、創価大学創立者の池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長に「名誉博士号」が贈られた。授与式は22日午後、東京・八王子市の創大記念講堂で行われた「創価教育同窓の集い」に続いて挙行され、エレバン国立大学のアラム・シモニャン総長、カリネ・マナシャン准教授、アレクサンドル・マルカロフ副総長補をはじめ多数の来賓が列席。各界で活躍する創価教育出身の友が祝福した。これでSGI会長が世界の大学・学術機関から受章した名誉学術称号は「340」となった。
 日本、そして世界各地から集った同窓生でにぎわう秋晴れの創大キャンパス。
 創立者は愛する友に万感の伝言を寄せた。
 「みんな、立派になった。創立者として本当にうれしい。当然、今、大変な人もいるでしょう。全部分かっているよ」
 「大事な大事な一人一人だ。みんながいれば、創価は盤石だ。万事頼むよ。きょうは、おめでとう! 全ての創価の友に万歳だ!」
 会場いっぱいに広がる笑顔。はるばる来日したシモニャン総長が、参加者に温かなまなざしを注ぐ。
 総長は力を込める。
 「池田会長を大学の一員にお迎えすることは、私たちにとって最高の栄誉であり、誇りなのです!」
 喜びの授与式はアルメニア国歌で開幕。シモニャン総長が「授章の辞」を朗読した。
 「名誉博士号」の学位記とメダルが代理の馬場創大学長に託されると、万雷の拍手が会場に響き渡った。


シモニャン総長の授章の辞(要旨)

池田会長は世界の人道的な変革へ自身の全存在をかけ奉仕

 創価大学を訪問し、創立者・池田大作先生にエレバン国立大学「名誉博士号」を授与させていただくことは、私にとって大変な名誉であります。
 わが大学と創価の皆さまの対話が始まったのは、比較的最近のことでありますが、池田SGI会長が“全ては対話から始まる”、また“対話こそが価値創造の第一歩である”と言われているように、対話にはあらゆる人間関係を結合する力が内在しています。
 そして今、我々も皆さまと共に、価値創造しゆく交流の第一歩を踏み出しました。その交流は池田会長が生涯をかけて訴え、推進してこられた理想と価値の発展を目指すものであります。我々は、教育と文化の発展を通じて人類の平和と繁栄を目指す目的において一体なのであります(大拍手)。
 会長がリーダーシップをとっておられる創価の運動においては、人開自身の価値が最も強調されています。そして、教育、文化を推進し、平和の理想を実現するために、社会に積極的に働きかけていくことが最も重要であるとされています。
 創価教育の父・牧口常三郎氏は、教育の目的は、日常生活において価値を創造する能力を培うことにあると訴えました。また池田会長は、人間はいかなる存在か、いかに生きるべきかを明確に知ることが、教育において最も重要な問題であると述べています。私はお二人の思想に心から賛同いたします(大拍手)。
 ここで、アルメニアと日本の友好促進への貢献と自国の民族への真の奉仕の一例として、ディアナ・アブガル(ダイアナ・アプカルとも)という、長年、日本に住み、日本で生涯を終えたアルメニア人女性をご紹介したいと思います。
 第1次世界大戦と1915年のジェノサイド(虐殺)の際に生き延びることができたアルメニア人の多くは、ロシアのウラジオストクを経由してアメリカやカナダに渡っていきました。
 アブガルは、その際に散逸してしまった、民族に関わる重要な文書類を再び収集・整理することに生涯を捧げました。そして論文などを通じ、ペンの力で祖国の実情を世界に訴え続けました。
 彼女のこうした活動の結果、1918年5月28日に成立したアルメニア民主共和国は、日本をはじめとする国々から承認されました。そしてアブガルはアルメニア初の領事に任命されたのです。
 我々は同じ大学教育に携わる者として、専門的視点や知識のみならず、人類の未来に対するある種のビジョンを共有しています。それは、創造、愛、尊敬、善、知恵、良心といった価値──アルベルト・シュバイツァーの言葉を借りれば“生命への畏敬”との言葉で表される真の価値──が人間関係の基礎をなすという、人類の未来へのビジョンであります。
 アルメニアにとって、教育は常に、国の独立性を保つうえで最も重要な柱でありました。その歴史は古く、アルメニア文字を発明した偉大な教育者メスロプ・マシュトツによってアルメニアに最初の学校が誕生したのは5世紀のことです。9・10世紀には高等教育機関が発展し、タテフ・アカデミーという学校では神学、哲学、芸術、文法、修辞学、文学の授業が行われました。12・13世紀のキリキア王国時代には国立のアルメニア学校が存在しました。
 13~15世紀には大学教育が発展を遂げ、教育は国家的、全国民的事業とみなされるまでになっていました。この時期に開校したグラゾルスキー大学では、教師陣が初めて哲学、文法、修辞学、生物学、歴史、神学などの教科書を執筆しました。
 18・19世紀にかけて、アルメニアの教育施設は、ロシアやインド、ヨーロッパなどにも広がりました。
 わが大学は、1919年に創立された、現代アルメニアにおいて最も歴史ある高等教育機関です。21世紀において、学術協力を推進し、大学教育の質を保証するために、以下の5点が必要不可欠であると考えております。
 第1に、教育と研究の統合、およびそれらの調和のとれた発展。
 第2に、新たな情報教育テクノロジーの導入および発展。
 第3に、研究資源・研究成果の共同利用ならびに教員・学生の交流を活発化させるため国際協力の発展。
 第4に、大学の社会的機能の向上と拡大。
 そして最後に、専門家の再教育および研究・教育人員の若返り。特に人材の採用、評価、昇進などのプロセスにおいては、革新的なアプローチを用いて、痛みを伴わない若返りを図っていくべきであります。
 このように、わが大学の研究・教育施策を紹介したのは、池田会長がご指摘しているように、「教育は我々を自由にする」からであります。「知」の世界では、誰もが出会い、交流することができます。教育は人々の心を欲望や葛藤、迷いから解放します。教育と知識は時間をかけて知恵へと昇華し、知恵は我々に対話への扉を開いてくれます。
 対話は、民族や人々の対立を乗り越え、人道的な人類社会を構築する助けとなります。
 人道主義、対話間革命に基づいた発展が遂げられるべきであるという会長のお考えに、私は心から賛同いたします。
 池田会長が記された「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」とのテーマは、何と時代を先取りした言葉でしょうか(大拍手)。
 池田会長は、偉大な思想家であり、平和の闘士、作家、教育者、そしてご自身の全存在をかけて世界をより良く、より人道的に変えていこうとされている方であります。
 ここに池田会長の、社会への卓越した貢献、平和への闘争、人道主義と教育の理想実現に向けた活動をたたえ、エレバン国立大学「名誉博士号」を授与させていただきます(大拍手)。

SGI会長の謝辞(代読)

断固と進め!君が選びし人生を

価値創造は勇気と忍耐の道
「負けじ魂」はわが全ての同窓生の中に


 一、「教育」で結ばれた人間の絆は、何と深く、何と気高く、そして、何と伸びやかに開かれていることでありましょうか!
 きょうは、東西文明を融合する偉大な精神と文化の大国・アルメニア共和国より最高峰の知性と人格の先生方をお迎えできました。
 先生方とご一緒に、私たちは“世界最古の都”の一つであるエレバンの悠久なる歴史とも、心の対話を広げることができます。
 共々に、人類の理想郷と謳われてきた貴国の天地に立って、名峰アララト山を仰ぎ見るような心で、偉大な先人たちの魂と語らい、希望の新時代を展望し合いたいと思うのであります。
 本日、94星霜に及ぶ伝統輝く貴エレバン国立大学から最高に栄えある名誉博士号を賜りました。私のかけがえのない命であり、宝であり、未来である創価同窓の友と、かくも晴れ晴れと拝受させていただけることは、何ものにも勝る喜びであります。誠に誠に、ありがとうございました!(大拍手)

挑戦に応戦し新たな発展を
 一、私は、貴国そして貴大学の黄金の足跡に学びながら、わが同窓生と、私たちの進むべき3つの道を確認し合いたいと思うのであります。
 第1に、誇り高き探究と連帯の道であります。
 私が対談を重ねた大歴史学者のトインビー博士が敬愛を込めて洞察されていたように、アルメニア民族は、度重なる迫害と受難をも断固として乗り越え、勝ち越えてこられました。
 社会も、人生も、次から次へ容赦なく襲いかかってくる「挑戦」に対し、積極果敢に「応戦」し続けてこそ、新たな発展があり、拡大があります。
 貴大学のキャンパスの正面には、アルメニアが誇る2人の偉人の銅像が、学生たちを温かく見守っております。5世紀の初頭、アルメニア文字を考案したメスロプ・マシュトツと、その偉業を支えたサーク・パルテフであります。
 大国の間で引き裂かれた、祖国の存亡の危機に際して、2人は、愛弟子たちを各地に派遣して、新しい文字の力、教育の力によって、アルメニアの思想と伝統文化を厳然と守り抜き、民族の栄光の活路を切り開いていったのであります。
 この先哲たちは、愛する民衆に、学問・教育を通して、全世界の英知と文化とつながっていくことを呼びかけてやみませんでした。
 そして、はるかな時を超えて、この高邁なる精神を脈々と継承し、大学版の欧州連命とも言われる「ボローニャ・プロセス」に参画するなど、太陽の国アルメニアから「教育の世紀」を赫々と照らしておられるのが、ここにお迎えしたシモニャン総長なのであります(大拍手)。
 うれしいことに、このほど貴大学と創価大学の間にも新たに交流協定が結ばれました。
 ともあれ、人間は、一生涯、勉強であり、一生涯、対話です。
 我らは、全世界の大学とのネットワークを力としながら、さらに生き生きと探究を深め、心広々と友情を結び広げていこうではありませんか!(大拍手)

不屈の魂燃やし大地震から復興
 一、貴国から学ぶ第2の道は、不屈の民衆貢献の道であります。
 アルメニアの18世紀の大詩人サヤト・ノヴァは、高らかに謳い上げました。
 「我を簡単に打ち倒せるなどと、信ずべからず。我が奥底の土台は、巌のごとく堅固なり」
 「心よ、悲哀に押しつぶされることなかれ!」
 「民衆に尽くせ! 自身の命を惜しまずに」
 「善をなすのも我が責任なりと
 皆に言い切れる人生を我は歩みたい」と。
 貴国の人々は、25年前に見舞われた大地震からも、まさしく、この不屈の魂で励まし合いながら、見事なる復興を果たされたのであります。
 昨年6月、光栄にも、貴大学の誉れの卒業生であり、評議会の議長でもあられる、サルグシャン大統領を、わが創価大学にお迎えできました。
 その折、東日本大震災への真心あふれるお見舞いとともに、「この試練を経て、さらに強くなられることは間違いないと信じております」と、誠に力強いエールを送ってくださったことを、私は深い感謝とともに思い起こすのであります。
 わが創価同窓の友も、東日本大震災の被災地をはじめ、それぞれの使命の天地で、地域のため、社会のため、未来のため、民衆貢献の戦いを貫いてくれております。
 誰が知らなくとも、誰が誉めなくとも、創立者の私は陰で見守り、最大に労い、讃えております。
 皆さんは使命が大きいからこそ、人の何倍もの圧迫や障害に直面するに違いない。しかし、創価の学舎に学んだ皆さんには、何ものにも打ち倒されることのない、巌のごとき堅固な土台がある。
 ゆえに、一人も残らず断じて負けるわけがない。
 途中がどうあれ、最後は必ず勝ち切れる創価の「負けじ魂」を、わが同窓生は全員が持っていることを、私は、ここに断言し、宣言しておきます(大拍手)。

わが生命に名画を創り描きゆけ
 一、貴国からのメッセージの第3は、常に新鮮なる創造の道であります。
 貴国には、輝きわたる芸術の美が満ちております。それは、言葉に尽くせぬ苦難との戦いの中で生み出されてきた、珠玉の人類の宝であります。
 楽曲「剣の舞」で名高い、アルメニアの世界的音楽家ハチャトゥリヤンは叫びました。
 「創造のみちは受難のみちである。真に新しいものを創り出すことは、だれにとっても至難のわざなのだ」
 「受難の苦しみに耐えて努力あるのみだ」(寺原伸夫著『剣の舞 ハチャトウリヤン』東京音楽社)と。
 私たちの先師であり、恩師である牧口常三郎先生と戸田城聖先生も、「創価の道」すなわち価値創造の道は、「勇気の道」であり、「忍耐の道」であると教えてくださいました。
 アルメニアの誇る巨匠アイヴァゾフスキーは、あの世界的な名画「第九の怒濤」で、人間の勇気と忍耐の真髄を描き出しております。
 私どもの東京富士美術館でも披露させていただき、深い大きな感動を広げました。
 このアイヴァゾフスキーは、「どの作品が一番気に入っていますか?」と尋ねられた際、こう、きっぱりと答えたのであります。
 「きょう、私が描き始めた絵です」と。
 ここに集った皆さん方は、最も溌刺と創造性を発揮できる年代です。うしろを振り向く必要などありません。
 あくまでも前を見つめ、いかなる怒濤にも、たくましく朗らかに立ち向かって、一日また一日、新鮮な、そして、悔いのない価値創造の名画を、わが生命に堂々と創り描いていっていただきたいのであります。
 一、光輝満つる創立100周年へ躍進されゆく貴エレバン国立大学の無窮の大発展、そして、この9月21日に、栄光の独立記念日を飾られた貴アルメニア共和国の永遠の平和とご繁栄を、私たちは心よりお祈り申し上げます(大拍手)。
 終わりに、私の大好きなアルメニアの民衆詩人チャレンツの詩を、共々に心に響かせ、御礼のあいさつとさせていただきます。
 すなわち──
 「君は、誠実な闘いに挑む戦士のごとく
 引き下がったり
 怖気づいたりすることなどあり得ない。
 進め、勇敢に、絶え間なく
 ひとたび君が選びし道を!」
 「断固として登攀の歌を歌え、
 君の定めは、常に前進することなり!」と。
 皆さん、どうか、お体を大切に!
 お元気で!(大拍手)
2013-09-25 : スピーチ・メッセージ等 :
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アルメニア共和国 エレバン国立大学 名誉博士号授与への謝辞

アルメニア共和国 エレバン国立大学 名誉博士号授与への謝辞   (2013.9.22 創価大学記念講堂)

 アルメニア共和国の名門「エレバン国立大学」から、創価大学創立者の池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長に「名誉博士号」が贈られた。授与式は22日午後、東京・八王子市の創大記念講堂で行われた「創価教育同窓の集い」に続いて挙行され、エレバン国立大学のアラム・シモニャン総長、カリネ・マナシャン准教授、アレクサンドル・マルカロフ副総長補をはじめ多数の来賓が列席。各界で活躍する創価教育出身の友が祝福した。これでSGI会長が世界の大学・学術機関から受章した名誉学術称号は「340」となった。
 日本、そして世界各地から集った同窓生でにぎわう秋晴れの創大キャンパス。
 創立者は愛する友に万感の伝言を寄せた。
 「みんな、立派になった。創立者として本当にうれしい。当然、今、大変な人もいるでしょう。全部分かっているよ」
 「大事な大事な一人一人だ。みんながいれば、創価は盤石だ。万事頼むよ。きょうは、おめでとう! 全ての創価の友に万歳だ!」
 会場いっぱいに広がる笑顔。はるばる来日したシモニャン総長が、参加者に温かなまなざしを注ぐ。
 総長は力を込める。
 「池田会長を大学の一員にお迎えすることは、私たちにとって最高の栄誉であり、誇りなのです!」
 喜びの授与式はアルメニア国歌で開幕。シモニャン総長が「授章の辞」を朗読した。
 「名誉博士号」の学位記とメダルが代理の馬場創大学長に託されると、万雷の拍手が会場に響き渡った。

シモニャン総長の授章の辞(要旨)

池田会長は世界の人道的な変革へ自身の全存在をかけ奉仕

 創価大学を訪問し、創立者・池田大作先生にエレバン国立大学「名誉博士号」を授与させていただくことは、私にとって大変な名誉であります。
 わが大学と創価の皆さまの対話が始まったのは、比較的最近のことでありますが、池田SGI会長が“全ては対話から始まる”、また“対話こそが価値創造の第一歩である”と言われているように、対話にはあらゆる人間関係を結合する力が内在しています。
 そして今、我々も皆さまと共に、価値創造しゆく交流の第一歩を踏み出しました。その交流は池田会長が生涯をかけて訴え、推進してこられた理想と価値の発展を目指すものであります。我々は、教育と文化の発展を通じて人類の平和と繁栄を目指す目的において一体なのであります(大拍手)。
 会長がリーダーシップをとっておられる創価の運動においては、人開自身の価値が最も強調されています。そして、教育、文化を推進し、平和の理想を実現するために、社会に積極的に働きかけていくことが最も重要であるとされています。
 創価教育の父・牧口常三郎氏は、教育の目的は、日常生活において価値を創造する能力を培うことにあると訴えました。また池田会長は、人間はいかなる存在か、いかに生きるべきかを明確に知ることが、教育において最も重要な問題であると述べています。私はお二人の思想に心から賛同いたします(大拍手)。
 ここで、アルメニアと日本の友好促進への貢献と自国の民族への真の奉仕の一例として、ディアナ・アブガル(ダイアナ・アプカルとも)という、長年、日本に住み、日本で生涯を終えたアルメニア人女性をご紹介したいと思います。
 第1次世界大戦と1915年のジェノサイド(虐殺)の際に生き延びることができたアルメニア人の多くは、ロシアのウラジオストクを経由してアメリカやカナダに渡っていきました。
 アブガルは、その際に散逸してしまった、民族に関わる重要な文書類を再び収集・整理することに生涯を捧げました。そして論文などを通じ、ペンの力で祖国の実情を世界に訴え続けました。
 彼女のこうした活動の結果、1918年5月28日に成立したアルメニア民主共和国は、日本をはじめとする国々から承認されました。そしてアブガルはアルメニア初の領事に任命されたのです。
 我々は同じ大学教育に携わる者として、専門的視点や知識のみならず、人類の未来に対するある種のビジョンを共有しています。それは、創造、愛、尊敬、善、知恵、良心といった価値──アルベルト・シュバイツァーの言葉を借りれば“生命への畏敬”との言葉で表される真の価値──が人間関係の基礎をなすという、人類の未来へのビジョンであります。
 アルメニアにとって、教育は常に、国の独立性を保つうえで最も重要な柱でありました。その歴史は古く、アルメニア文字を発明した偉大な教育者メスロプ・マシュトツによってアルメニアに最初の学校が誕生したのは5世紀のことです。9・10世紀には高等教育機関が発展し、タテフ・アカデミーという学校では神学、哲学、芸術、文法、修辞学、文学の授業が行われました。12・13世紀のキリキア王国時代には国立のアルメニア学校が存在しました。
 13~15世紀には大学教育が発展を遂げ、教育は国家的、全国民的事業とみなされるまでになっていました。この時期に開校したグラゾルスキー大学では、教師陣が初めて哲学、文法、修辞学、生物学、歴史、神学などの教科書を執筆しました。
 18・19世紀にかけて、アルメニアの教育施設は、ロシアやインド、ヨーロッパなどにも広がりました。
 わが大学は、1919年に創立された、現代アルメニアにおいて最も歴史ある高等教育機関です。21世紀において、学術協力を推進し、大学教育の質を保証するために、以下の5点が必要不可欠であると考えております。
 第1に、教育と研究の統合、およびそれらの調和のとれた発展。
 第2に、新たな情報教育テクノロジーの導入および発展。
 第3に、研究資源・研究成果の共同利用ならびに教員・学生の交流を活発化させるため国際協力の発展。
 第4に、大学の社会的機能の向上と拡大。
 そして最後に、専門家の再教育および研究・教育人員の若返り。特に人材の採用、評価、昇進などのプロセスにおいては、革新的なアプローチを用いて、痛みを伴わない若返りを図っていくべきであります。
 このように、わが大学の研究・教育施策を紹介したのは、池田会長がご指摘しているように、「教育は我々を自由にする」からであります。「知」の世界では、誰もが出会い、交流することができます。教育は人々の心を欲望や葛藤、迷いから解放します。教育と知識は時間をかけて知恵へと昇華し、知恵は我々に対話への扉を開いてくれます。
 対話は、民族や人々の対立を乗り越え、人道的な人類社会を構築する助けとなります。
 人道主義、対話間革命に基づいた発展が遂げられるべきであるという会長のお考えに、私は心から賛同いたします。
 池田会長が記された「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」とのテーマは、何と時代を先取りした言葉でしょうか(大拍手)。
 池田会長は、偉大な思想家であり、平和の闘士、作家、教育者、そしてご自身の全存在をかけて世界をより良く、より人道的に変えていこうとされている方であります。
 ここに池田会長の、社会への卓越した貢献、平和への闘争、人道主義と教育の理想実現に向けた活動をたたえ、エレバン国立大学「名誉博士号」を授与させていただきます(大拍手)。

SGI会長の謝辞(代読)

断固と進め!君が選びし人生を

価値創造は勇気と忍耐の道
「負けじ魂」はわが全ての同窓生の中に

 一、「教育」で結ばれた人間の絆は、何と深く、何と気高く、そして、何と伸びやかに開かれていることでありましょうか!
 きょうは、東西文明を融合する偉大な精神と文化の大国・アルメニア共和国より最高峰の知性と人格の先生方をお迎えできました。
 先生方とご一緒に、私たちは“世界最古の都”の一つであるエレバンの悠久なる歴史とも、心の対話を広げることができます。
 共々に、人類の理想郷と謳われてきた貴国の天地に立って、名峰アララト山を仰ぎ見るような心で、偉大な先人たちの魂と語らい、希望の新時代を展望し合いたいと思うのであります。
 本日、94星霜に及ぶ伝統輝く貴エレバン国立大学から最高に栄えある名誉博士号を賜りました。私のかけがえのない命であり、宝であり、未来である創価同窓の友と、かくも晴れ晴れと拝受させていただけることは、何ものにも勝る喜びであります。誠に誠に、ありがとうございました!(大拍手)

挑戦に応戦し新たな発展を
 一、私は、貴国そして貴大学の黄金の足跡に学びながら、わが同窓生と、私たちの進むべき3つの道を確認し合いたいと思うのであります。
 第1に、誇り高き探究と連帯の道であります。
 私が対談を重ねた大歴史学者のトインビー博士が敬愛を込めて洞察されていたように、アルメニア民族は、度重なる迫害と受難をも断固として乗り越え、勝ち越えてこられました。
 社会も、人生も、次から次へ容赦なく襲いかかってくる「挑戦」に対し、積極果敢に「応戦」し続けてこそ、新たな発展があり、拡大があります。
 貴大学のキャンパスの正面には、アルメニアが誇る2人の偉人の銅像が、学生たちを温かく見守っております。5世紀の初頭、アルメニア文字を考案したメスロプ・マシュトツと、その偉業を支えたサーク・パルテフであります。
 大国の間で引き裂かれた、祖国の存亡の危機に際して、2人は、愛弟子たちを各地に派遣して、新しい文字の力、教育の力によって、アルメニアの思想と伝統文化を厳然と守り抜き、民族の栄光の活路を切り開いていったのであります。
 この先哲たちは、愛する民衆に、学問・教育を通して、全世界の英知と文化とつながっていくことを呼びかけてやみませんでした。
 そして、はるかな時を超えて、この高邁なる精神を脈々と継承し、大学版の欧州連命とも言われる「ボローニャ・プロセス」に参画するなど、太陽の国アルメニアから「教育の世紀」を赫々と照らしておられるのが、ここにお迎えしたシモニャン総長なのであります(大拍手)。
 うれしいことに、このほど貴大学と創価大学の間にも新たに交流協定が結ばれました。
 ともあれ、人間は、一生涯、勉強であり、一生涯、対話です。
 我らは、全世界の大学とのネットワークを力としながら、さらに生き生きと探究を深め、心広々と友情を結び広げていこうではありませんか!(大拍手)

不屈の魂燃やし大地震から復興
 一、貴国から学ぶ第2の道は、不屈の民衆貢献の道であります。
 アルメニアの18世紀の大詩人サヤト・ノヴァは、高らかに謳い上げました。
 「我を簡単に打ち倒せるなどと、信ずべからず。我が奥底の土台は、巌のごとく堅固なり」
 「心よ、悲哀に押しつぶされることなかれ!」
 「民衆に尽くせ! 自身の命を惜しまずに」
 「善をなすのも我が責任なりと
 皆に言い切れる人生を我は歩みたい」と。
 貴国の人々は、25年前に見舞われた大地震からも、まさしく、この不屈の魂で励まし合いながら、見事なる復興を果たされたのであります。
 昨年6月、光栄にも、貴大学の誉れの卒業生であり、評議会の議長でもあられる、サルグシャン大統領を、わが創価大学にお迎えできました。
 その折、東日本大震災への真心あふれるお見舞いとともに、「この試練を経て、さらに強くなられることは間違いないと信じております」と、誠に力強いエールを送ってくださったことを、私は深い感謝とともに思い起こすのであります。
 わが創価同窓の友も、東日本大震災の被災地をはじめ、それぞれの使命の天地で、地域のため、社会のため、未来のため、民衆貢献の戦いを貫いてくれております。
 誰が知らなくとも、誰が誉めなくとも、創立者の私は陰で見守り、最大に労い、讃えております。
 皆さんは使命が大きいからこそ、人の何倍もの圧迫や障害に直面するに違いない。しかし、創価の学舎に学んだ皆さんには、何ものにも打ち倒されることのない、巌のごとき堅固な土台がある。
 ゆえに、一人も残らず断じて負けるわけがない。
 途中がどうあれ、最後は必ず勝ち切れる創価の「負けじ魂」を、わが同窓生は全員が持っていることを、私は、ここに断言し、宣言しておきます(大拍手)。

わが生命に名画を創り描きゆけ
 一、貴国からのメッセージの第3は、常に新鮮なる創造の道であります。
 貴国には、輝きわたる芸術の美が満ちております。それは、言葉に尽くせぬ苦難との戦いの中で生み出されてきた、珠玉の人類の宝であります。
 楽曲「剣の舞」で名高い、アルメニアの世界的音楽家ハチャトゥリヤンは叫びました。
 「創造のみちは受難のみちである。真に新しいものを創り出すことは、だれにとっても至難のわざなのだ」
 「受難の苦しみに耐えて努力あるのみだ」(寺原伸夫著『剣の舞 ハチャトウリヤン』東京音楽社)と。
 私たちの先師であり、恩師である牧口常三郎先生と戸田城聖先生も、「創価の道」すなわち価値創造の道は、「勇気の道」であり、「忍耐の道」であると教えてくださいました。
 アルメニアの誇る巨匠アイヴァゾフスキーは、あの世界的な名画「第九の怒濤」で、人間の勇気と忍耐の真髄を描き出しております。
 私どもの東京富士美術館でも披露させていただき、深い大きな感動を広げました。
 このアイヴァゾフスキーは、「どの作品が一番気に入っていますか?」と尋ねられた際、こう、きっぱりと答えたのであります。
 「きょう、私が描き始めた絵です」と。
 ここに集った皆さん方は、最も溌刺と創造性を発揮できる年代です。うしろを振り向く必要などありません。
 あくまでも前を見つめ、いかなる怒濤にも、たくましく朗らかに立ち向かって、一日また一日、新鮮な、そして、悔いのない価値創造の名画を、わが生命に堂々と創り描いていっていただきたいのであります。
 一、光輝満つる創立100周年へ躍進されゆく貴エレバン国立大学の無窮の大発展、そして、この9月21日に、栄光の独立記念日を飾られた貴アルメニア共和国の永遠の平和とご繁栄を、私たちは心よりお祈り申し上げます(大拍手)。
 終わりに、私の大好きなアルメニアの民衆詩人チャレンツの詩を、共々に心に響かせ、御礼のあいさつとさせていただきます。
 すなわち──
 「君は、誠実な闘いに挑む戦士のごとく
 引き下がったり
 怖気づいたりすることなどあり得ない。
 進め、勇敢に、絶え間なく
 ひとたび君が選びし道を!」
 「断固として登攀の歌を歌え、
 君の定めは、常に前進することなり!」と。
 皆さん、どうか、お体を大切に!
 お元気で!(大拍手)
2013-09-22 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.114 偉大なり 創価の青年力

随筆 我らの勝利の大道 No.114       (2013.9.13付)

偉大なり 創価の青年力

勇気・誠実・感謝で対話の潮を!
若き希望の連帯を 伸び伸びと広げよう


力の限り 心を尽くして 語りに語れ

 燃え上がる
  若き生命《いのち》の
    スクラムに
  友は続かむ
    勇気あらたに

 わが青年部は、新リーダーが続々と誕生し、新たな拡大の前進を開始した。
 特に、男子部の創価班・牙城会の凜々しき大学校生や、女子部の白蓮グループの清新な乙女たちを先頭に、希望の対話の潮を起こしてくれている。
 英邁なる男女学生部も、次代の宝の未来部も、潑剌たる新布陣となった。
 折しも、世界60カ国・地域から、使命に燃え立つ250人もの地涌の若人が来日し、意気も高らかに青年研修が開催された。
 あの輝く瞳! あの快活な息吹! あの全身に漲る強靭な決意! まさに、“地球の明日”に希望の光を贈る青年たちだ。
 結成5周年を祝賀する世界の華陽姉妹の大会も、朗らかに開催された。
 平和と福祉に尽くしたアメリカの先駆の女性、ジェーン・アダムズは語った。
 「私たちは、精神の力を信じ、それを世界の新たな原動力として使わなければいけない」と。
 悲哀や死や破壊が繰り返されている世界を癒やして、平安な姿に戻すには、この「精神の力」が不可欠であるというのである。
 創価の若き連帯が、生命尊厳の大哲学を掲げて、「精神の力」を漲らせゆくところ、必ず希望の未来が開かれる。わが創価の青年力は偉大なのだ!

仏種を植える喜び
 「撰時抄」には、「悦しきかなや・楽《たのしい》かなや不肖の身として今度《こんど》心田に仏種をうえたる」(御書286㌻)と仰せである。
 日蓮仏法は「下種仏法」であり、仏法対話をして、自他共の“心の田”に仏の種を蒔く「下種」が一切の出発点である。
 この広宣流布の大道を、我らはたゆみなく進む。
 創価学会は、永遠に「折伏」の団体である。
 一人また一人と、誠実に粘り強く「希望の種」「幸福の種」、そして「勝利の種」を蒔いていくのだ。
 先師・牧口常三郎先生も、恩師・戸田城聖先生も、偉大な「折伏の勇将」であられた。私も、青年時代より、「折伏の闘士」として戦い抜いてきた。
 折伏は、“一対一の膝詰めの対話”から始まる。
 同じ人間である。青年である。上も下もない。
 お互いが成長し、善き人生を生きるために、胸襟を開いて語り合う。悩める友に寄り添い、同苦し、一緒に壁を破って、勝利の人生を開こうと呼びかける──この生命の触発作業こそが、我らの対話であり、折伏である。
 勇敢に快活に語り抜いた分だけ、友のことを祈り、行動し抜いた分だけ、互いの生命に「幸福の花」は必ず、咲き薫っていく。
 「大願とは法華弘通なり」(同736㌻)との御金言の通り、「広宣流布」という大願に心を合わせて前進していく時、仏に等しい力と智慧が尽きることなく湧き起こってくるのだ。

「折伏」を行ずる心
 ここで、折伏に挑戦する上で大事な3点の「心」を確認しておきたい。
 第1は「勇気」である。
 折伏は難事中の難事なりと、御書に明確に説かれている。勇気なくしては、成し遂げられない。
 恩師は常々、言われた。
 「凡夫には慈悲など、なかなか出るものではない。だから慈悲に代わるものは『勇気』です。『勇気』をもって、正しいものは正しいと語っていくことが『慈悲』に通じる。表裏一体なのです。表は勇気です」
 この指導のままに、私も不屈の勇気を奮い起こして折伏に挑戦してきた。嬉しいことも、悔しい思いをしたこともある。
 「折伏に行く。入信せず。一人の人を、折伏することは大変なことだ」と日記に綴ったのは、昭和25年11月であった。
 だが、「これ以上に、尊い、偉大な、且つ最高なる活動はない。今、一人の人が入信せずとも、幾百千万の人々が、吾等を待っている」と誇り高かった。
 苦境の恩師を支えて奮闘する渦中であった。
 翌年2月の日記には、折伏した友に、約束を破られた苦衷を記した。しかし、「若いのだ。卑屈になってはならぬ。一切、大御本尊様の照覧があると思えば、実に、人生は明るい」と、毅然と前を向いた。
 たとえ相手が信心しなくても、勇気をもって語っておけば、その人の生命の大地には仏種が植えられる。それは、いつか必ず花開く時が来るのだ。
 さらに勇気の対話の波動の中で、思いがけない人が仏法に目覚めるものだ。
 私も、昭和26年の5月3日、近所の方への折伏が実り、戸田先生の第2代会長就任の晴れのその日を祝賀できたことを、懐かしく思い起こす。
 恩師が宣言された「弘教75万世帯の誓願」の成就へ、まず1世帯の率先の拡大を果たせた。
 勇気ある折伏は、一つ一つが「今生人界の思出」(同467㌻)と光り輝いていくのだ。
        ◇
 折伏の心の第2として、「感謝」をあげたい。
 戸田先生は語られた。
 「この世に生まれて、一言にても法の説けることを御本尊に感謝して、慎み深くあらねばならぬ」と。
 沖縄で、入会第1号となった広布の母がおられる。
 沖縄戦の悲劇で、2人の愛娘を失い、戦後まもなく夫も病死。行商をして4人のお子さんを必死に育てる中、仏法に巡りあえた。
 宿命に泣く悲嘆の人生から、使命に生きる歓喜の人生へと蘇生できた、尽きせぬ感謝を胸に、島々を含め、沖縄中を駆け回った。
 十分に学校に通えなかった分、「聖教新聞」や「大白蓮華」を徹して学び、手帳にメモした御文や学会指導を通し、慈愛と確信を込めて仏法を語っていった。
 その姿に、多くの友が涙し、奮い立った。100歳を超えてなお、潑剌と燃やし続けた多宝の母の折伏精神は、福運に満ちた一家の方々へ、後継の友へ、脈々と受け継がれている。
 仏法を教えてくれた学会と師匠と同志への報恩感謝を忘れない人生は、深く、美しく、そして強い。
        ◇
 第3に、折伏を決する心は「誠実」だ。
 フランスの文豪ロマン・ロランは、年齢を重ねるにつれ、ただ一つのものが大切と確信を強めたという。
 それは「生命」であり、「生命の力および誠実さ」である。
 深遠な仏法の法理を語ることが、すぐに友人の心を動かすとは限らない。
 最後の決め手は、やはり紹介者の大誠実の振る舞いである。祈りである。真心である。相手を思いやる真剣な心が、友の心に響き、友の心を変えるのだ。
 福島県の健気な女子部のリーダーは、東日本大震災で、敬愛する姉と祖母と曽祖母を共に失った。
 その絶望と慟哭は言葉に尽くせない。しかし、残された妹は「姉さんならば、きっと信心で立ち上がるはずだ」と涙を拭った。
 姉が生前、心から大切にしていた友人にも、母と一緒に、誠心誠意、信心の話をしていった。
 「あなたに、娘の分まで幸せになってもらいたい」──こう語る母の切なる願いを、姉の友人は涙を堪《こら》えて聞いていた。やがて「信心をやらせてもらいます」と、故人の遺志を継いで、広宣流布に生きゆくことを決められたと伺った。
 妙法は永遠である。この妙法で結ばれた同志の絆も永遠である。永遠に共に、題目の音律に包まれながら常楽我浄の生命の旅を前進することができるのだ。
        ◇
 題目を唱え、広宣流布に励みゆく我らの生命それ自体が、南無妙法蓮華経の当体である。我らは久遠より、この末法濁世に大法弘通しゆくことを、自ら誓った「地涌の菩薩」なのだ。
 昭和31年10月から始まった山口開拓闘争でも、全国から同志が駆け付け、私と一緒に戦ってくれた。
 なかなか対話が実らず、悪戦苦闘の友も多かった。
 私は心から励ました。
 「折伏は必ずできます。民衆を救うために、ここに来たのではありませんか。わが使命を悔いなく楽しく果たしゆこうよ!」
 皆、この誇りと確信に立って、生まれ変わった決意で、臆さず堂々と、仏法を語っていった。その歓喜のドラマの連鎖が、延べ22日間という短期決戦で、当初の世帯数の約十倍もの拡大を勝ち開いたのだ。

強気で悠々と前進
 オーストリアの詩人リルケは言った。
 「永遠を感じる者はあらゆる不安を超越している」
 今、若者を取り巻く世情は大変に厳しい。自信をもてずに悩んでいる友が、かわいそうでならない。
 その中で、永遠なる妙法を持《たも》ち、自他共の幸福の道を開かんと誠実に生き抜く青年部の諸君は、どれほど尊い、同世代の希望と勇気の光源になることか。
 自行化他にわたって妙法弘通に生きる青春が、生命に不滅の勝利の力を現し、無量の福徳を積むことは、絶対に間違いないのだ。
 君よ! 貴女《あなた》よ!
 断じて負けるな!
 強気で悠々と、人間王者の対話を広げゆけ!
 本門の青年部の新出発に際し、私は「諸法実相抄」の一節を贈りたい。
 「力あらば一文一句なりともかた(談)らせ給うべし」(御書1361㌻)

 ジェーン・アダムズの言葉は『Jane Addams' Essays and Speeches』(Thoemmes Continuum)。ロランはツヴァイク著『ロマン・ロラン』大久保和郎訳(慶友社)。リルケは『リルケ全集9』(河出書房新社)から、城眞一訳。
2013-09-14 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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新時代第1回「世界農漁村青年会議」へのメッセージ

新時代第1回「世界農漁村青年会議」へのメッセージ      (2013.9.8 宮城県 石巻文化会館)

 新時代第1回「世界農漁村青年会議」が8日、研修で来日中のSGI(創価学会インタナショナル)メンバー10カ国24人が出席し、宮城県石巻市の石巻文化会館で開かれた。池田大作SGI会長はメッセージを贈り、「東北福光の世紀」「生命尊厳の世紀」へ、希望あふれる一歩が刻まれた会議を祝福した。これに先立ち、SGIの友は被災地を視察。石巻平和会館での「東日本大震災追善勤行会」に臨んだ。さらに、復興の象徴の看板「がんばろう! 石巻」を訪れ、震災の全犠牲者を悼んで献花した。
 「世界農漁村青年会議」の会場となった石巻文化会館。万国旗が整然と並び、大歓声の中、SGI10カ国24人が入場している。
 2年半前、誰がこの光景を想像できただろう――同会館は、津波によって1階が浸水。2階は一時避難所になった。その会館で、今も苦難と向き合い続ける地元の同志が、世界の友を迎えたのだ。
 アメリカ青年部長のデイビッド・ウィトコスキーさんは言う。
 「東北の同志から、不撓不屈の信心を学びました。全世界が勇気をもらっています。アメリカに戻ったら、見聞きした全てを、皆に伝えます!」
 会場に来る前、SGIの一行は、被災地を回り、津波の猛威を目の当たりにした。
 震災で甚大な被害を受けた女川町。この町を一望できる高台を訪れた一行を、石巻躍進県・女川希望支部の有志が迎えた。


池田名誉会長のメッセージ

「法華経は種の如く」「衆生は田の如く」
友の心に幸福の種 平和の種を


不撓不屈の青年力が不可能を可能にする

 一、きょうは、「東北福光の世紀」へ、また「農漁村ルネサンスの世紀」へ、さらに「生命尊厳の世紀」へ、尊く深く希望あふれる一歩が刻まれました。
 歴史的な新時代第1回「世界農漁村青年会議」の開催、誠におめでとうございます!(大拍手)
 アメリカから、ヨーロッパ各国から、さらに南米ブラジルから、遠路はるばる出席された、若き「世界広布の大英雄」の皆さん方、本当にようこそ、いらっしゃいました!
 私が、いずこにもまして信頼する石巻、そして大東北の同志と共に、熱烈に歓迎いたします(大拍手)。

土に触れる喜び 命を育てる喜び
 一、ここ石巻市は「食を活かした元気な石巻」都市宣言を採択しています。
 その中には、「食は、人が生きていくためにはなくてはならない命の源です」と謳われております。
 まさしく、私たちの生命の営みは、全て、農業、漁業に携わる方々の尊い尊い労苦と汗あればこそ、成り立っているのであります。
 都市化やIT(情報技術)化がいかに脚光を浴びても、新鮮で安全で十分な食べ物がなければ、命は保てない。健康も、活力も生まれません。
 農業、漁業をはじめ「食」を支える職業は、万人が敬虔なる感謝を捧げるべき聖業であります。それに携わる方々の忍耐強く、地道で、慈愛と智慧が光る労作業に対して、最敬礼する心こそ、真に健やかな社会を創りゆく基《もとい》でありましょう。
 私が対談したイギリスの歴史学者、トインビー博士も、人間の生き方として、農業は心理的にも満足感が大きいと指摘されました。その充実は、まさに、人生の生き甲斐と一体です。
 東北では、若い女性の就農者も増えていると伺いました。
 「土に触れる喜び」「命を育てる喜び」は自分自身の生命をも輝かせます。
 ゆえに、農業、漁業を大切にしない社会は、生命を軽視する野蛮な社会となり、全ての面で行き詰まる。農業、漁業に携わる方々が、いやまして豊かに幸福に光り輝く社会を──これが私の一貫した持論であり、心からの叫びであります。
 かねてより、「世界食糧銀行」の構想も提唱してまいりました。21世紀の最重要課題の一つは、地球的な食糧安全保障の確立でありましょう。
 ともあれ、東日本大震災のあまりに甚大な被害から力強く立ち上がられた石巻で、農業、漁業の未来を青年たちが語り合う本日の会議が、東北復興の希望の道標《みちしるべ》となり、「平和」と「共生」の世界を建設しゆく勇気の光源となることを、深く念願してやみません。
 一、思えば、ここ石巻の発展の歴史を開いたのも、青年でした。
 今から400年ほど前、当時20代であった治水の名手・川村孫兵衛は“五百石の良い土地を与えるから働いてほしい”と請われ、こう答えたそうです。
 “それよりも荒れ地をください。そこを開拓します”と。
 この言葉通り、荒れ地を美事な田園へと変えました。
 土木技術に長けた彼は、河川の改修をやり遂げ、港を建設。水上交通を整え、石巻は米を積み出す海運の要衝として栄えていったのであります(土木学会編『明治以前日本土木史』等を参照)
 農業の発展と地域の繁栄は、密接に結びついています。畑を耕すことは、地域を耕し、心を耕し、未来を耕し、地球を耕していきます。
 創価の先師・牧口常三郎先生は、郷土で培う「共生の生命感覚」こそが、世界市民の意識の礎となると展望されていたのであります。なかんずく、東北の大地で鍛え上げられた不撓不屈の青年力が、どれほど壮大な偉業を成し遂げるか。
 歴史上、初めて世界一周を果たした日本人も、東北の青年たちでありました。
 18世紀末、石巻の船が大風に吹かれて遭難した折、16人の船乗りを乗せた船は、約半年間も漂流した末、太平洋北部の小島に流れ着きました。
 そこで人々に温かく遇された一行は、ロシアを横断し、皇帝にも謁見します。
 その後、再び船に乗り、ヨーロッパ、ブラジル沖、ハワイを通って、帰国したのです。石巻を出てから、実に11年後のことでした。
 旅の途中で異国の地の国籍を取得した人もいました。その一人、石巻出身の青年船乗り・善六は、少しずつ言葉を身につけ、のちにロシア語と日本語を対応させた辞書を編さんしました(外交官レザノフと共同で編さん。大島幹雄著『魯西亜から来た日本人』廣済堂出版等を参照)
 その原本は、私たちが交流を重ねてきた世界的学術機関「東洋古文書研究所」に厳然と保管され、第一級の史料と評価されております。
 〈SGI会長は、東洋古文書研究所の名誉会員である。同研究所の前身は東洋学研究所サンクトペテルブルグ支部。SGI会長が創立した東洋哲学研究所と協力し、法華経写本の出版などを進めてきた〉
 青年の力は無限です。たとえ逆境に突き落とされても、ピンチをチャンスに変える。最後に勝つドラマをつくる。それが青年の強さです。
 偉大な使命に生き抜けば、偉大な自分を築いていける。いわんや、変毒為薬の妙法を持《たも》った青年には、不可能をも可能にする力があるのです。
 一、日蓮大聖人は、仰せになられました。
 「此法門を日蓮申す故に忠言耳に逆う道理なるが故に流罪せられ命にも及びしなり、然どもいまだこりず候法華経は種の如く仏はうへての如く衆生は田の如くなり」(御書1056㌻)と。
 東北をはじめ世界の農漁光青年は、この御聖訓を命に刻み、どんな苦難があっても、「いまだこりず候」と負けじ魂を燃え上がらせて、断固として仕事で勝ち、地域で勝ち、社会で勝ち、偉大な人生の勝利者となっていってください。
 皆さんの一人一人の「人間革命」の勝利の舞が、あとに続く青年たちに無限の希望を贈りゆくからであります。そして、縁する友の心の大地に、妙法という「幸福の種」「繁栄の種」「平和の種」を、勇敢に、聡明に、誠実に蒔いていっていただきたいのであります。

頑張ろう! 東北
 きょう、SGIの皆さんが献花を行ってくれた看板「がんばろう! 石巻」は、わが愛する大東北の青年力の象徴であります。
 結びに、私もきょう集われた皆さんと一緒に、「がんばろう! 東北」「がんばろう! 日本、そして世界の農漁光青年」と声高らかに叫んで、メッセージといたします(大拍手)。
 温かく見守り、陰で支えてくださった地元の創価家族の皆さんに、心から感謝申し上げます(大拍手)。
2013-09-14 : スピーチ・メッセージ等 :
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新時代第67回本部幹部会へのメッセージ

「新時代第67回本部幹部会」「全国青年部幹部会」「SGI青年研修会」「全国学生部大会」へのメッセージ
         (2013.9.7 東京戸田記念講堂)

 さあ、11・18「創価学会創立記念日」へ! 「新時代第67回本部幹部会」が7日午後、「全国青年部幹部会」「SGI(創価学会インタナショナル)青年研修会」「全国学生部大会」の意義を込め、巣鴨の東京戸田記念講堂で晴れやかに開催された。
 これには、原田会長、正木理事長、杉本婦人部長をはじめ各部の代表が、海外60カ国・地域250人の青年リーダーらと出席した。
 池田大作名誉会長は記念のメッセージを贈り、広布へ戦えば戦うほど、新たな力を発揮し、新たな勝利の道を開くことができると強調。妙法に生き抜く若き友に、平和と幸福の創造者たれと呼び掛けた。席上、青年部の新任幹部の代表が紹介された。
 「新しい発想」「新しい決意」で、青年が広布の未来を創り開く新時代が到来した。
 「イタイドウシン(異体同心)!」「ウィズ・センセイ(先生と共に)!」──五大州から集った若き友の熱気が最高潮に達する。
 幹部会では、アメリカのエリック・リーカー学生部長、イギリスのコウイチ・サミュエルズ学生部長、インドのギタンジャリ・シン女子学生部長があいさつ。巴学生部長、清水女子学生部長が新任抱負を述べた後、参加者の視線は前方のモニターに向けられた。
 「私は、諸君にバトンタッチをするため、全力をあげて戦い、道を切り開き、舞台を整えておきます」
 そこに映し出されたのは、第11回学生部総会でスピーチする池田名誉会長。9月8日で45周年となる「日中国交正常化提言」の映像であった。
 上映が終わるや、会場が一つになって発表35周年の学生部歌「広布に走れ」を大合唱。誓願の歌声が轟いた。
 あふれる感動に、瞳を光らせる世界の友。フィリピンのクリシア・マリス・タン女子学生部長は力を込める。「平和の連帯の拡大は私たち学生部に託された使命です!」
 フィリピン学生部は今月、同国で開幕した「核兵器なき世界への連帯──勇気と希望の選択」展の運営の一切を担っている。
 大学で会計を学ぶタンさん。経済苦の中、母が信心で前向きになった姿に、“私も変わりたい”と13歳で発心した。「SGIの活動を通して、自分で希望を創り、自身の可能性を開く生き方を学びました」
 現在は女子部副本部長、白蓮グループ、SGI機関誌の編集スタッフとしても奮闘。勇気の対話に先駆する。
 キリスト教国家で仏法への理解を広げることは容易ではない。
 「でも、現証に勝る力はありません! 愛するわが国で、将来に大きな夢を抱く青年世代に信仰の確信を訴え続けていきたい」
 9月8日は、恩師・戸田第2代会長が「遺訓の第一」として「原水爆禁止宣言」を発表した日でもある。
 1987年に「非核法」を定めた“平和の先進国”ニュージーランドからは、ベンソン・リエン男子部長が来日した。
 反核展示や草の根の対話で人々の意識啓発に努める同国SGI。昨年は首都ウェリントン、オークランドの両市の非核行事に共催団体として参加した。
 SGIの青年たちの真剣さに心を打たれたオークランド市のレン・ブラウン市長は本年6月、同市の平和都市宣言1周年の記念行事をニュージーランド文化会館で開催。厚い信頼が寄せられている。
 当初は平和への意識が特別に高くはなかったリエンさん。転機は2007年、同国の国会議事堂で催されたSGIの「核兵器廃絶への挑戦」展だった。
 役員として迎えた開幕式典。チョウドリ元国連事務次長はじめ、各界の識者が口々に池田名誉会長とSGIの思想と行動を称賛する場面を目の当たりにし、胸が熱くなった。
 翌年5月には本部幹部会で名誉会長との出会いが。徹して一人を大切にする姿から真の人間主義を学んだ。
 本年1月、男子部長に。先日も2人の友人と対話し、深い理解を得ることができた。
 明年はオセアニア広布50周年。「池田先生を模範とし、仏法の生命尊厳の哲学を語り抜いていきます!」
 創価の師弟の「平和の魂」は今、世界の青年たちに脈々と受け継がれている。



池田名誉会長のメッセージ


全世界 創価の若人 綺羅星と 輝き光れや 勝ちまくれ


信心とは勇気!
広宣流布の大願に生き抜け そこに「歓喜の中の大歓喜」が


 一、今皆さんが夕刻に仕事を終えて、学会活動へ打って出るころ、西の茜空には「宵の明星」つまり金星が、鮮烈に一番星の光を放っております。
 イギリスの詩人コールリッジは、「宵の明星」が晴れやかに明るく輝く姿を、まさしく「英知」の象徴なりと謳いました(上島建吉編『対訳コウルリッジ詩集』岩波書店)
 きょうは、本部幹部会とともに、広布の大明星たる青年部の幹部会、さらに創価の一番星たる学生部の大会、誠に誠におめでとう! (大拍手)
 そして、総本部が完成しゆく、この時に、世界60カ国・地域から、一堂に会した、青年リーダーの皆さん、本当にようこそ!
 経済的にも大変ななか、若い皆さんがどれほど努力しながら駆けつけてくれたことか。広宣流布のために、万難を排して尊き求道の歴史を刻んだこと自体が、青春の不滅の勝利の晴れ姿であります。
 そしてまた、必ずや、これからの人生の旅を、痛快な勝利で飾りゆく、永遠の原点となります。
 SGI(創価学会インタナショナル)の皆さん、本当にご苦労さまです!(大拍手)

大難を越えて
 一、9月12日(1271年〈文永8年〉)は、日蓮大聖人が竜の口の法難に遭われた日であります。
 凶悪なる権力によって、斬首の刑に処せられんとした、この極限の大難を勝ち越えられて、大聖人は、発迹顕本なされたのであります。
 この大法難を偲びつつ、「種種御振舞御書」の一節を、皆さんと一緒に、心肝に染めたい。
 それは、まさに頸を斬られんとするその時に、涙ながらに殉教のお供をしようとした愛弟子の四条金吾に対し、仰せになられたお言葉です。
 すなわち大聖人は「これほどの悦びをば・わらへかし」(御書914㌻)──これほどの喜びを笑いなさい──と言われたのであります。
 妙法という究極の正義の法に生き抜き、広宣流布という最極の大願に戦い抜く。この赫々たる大境涯は、何ものにも侵されない。何ものにも阻まれない。何ものにも負けない。
 そこには、「歓喜の中の大歓喜」が、尽きることなく湧き起こってくる。
 そして、妙法と一体にして、広宣流布の誓願に徹する、この一念に呼応して、大宇宙の諸天善神も、厳然と動き、働き、護ることを、かくも悠然と、かくも堂々と、かくも闊達に示してくださったのであります。
 この御本仏に直結する師子王の心で、軍国主義の弾圧に立ち向かわれたのが、初代・牧口先生と2代・戸田先生です。
 私も、戸田先生の弟子として、66年間、広宣流布の壮大な前進のために、ありとあらゆる難を受け切ってきました。
 正しいからこそ、難に遭う。
 難と戦わなければ、仏には、なれない。
 戦えば戦うほど、新たな力を発揮し、新たな人材を育て、新たな勝利の道を、晴れ晴れと開くことができる。
 このことを、私は、わが真実の同志と共に証明し抜いてきたつもりです。

あの友この友と人間革命の道を

 「混迷を深める現代を生きゆく青年たちには、これまでの世代にもまして、複雑にして困難な課題が待ち受けているでしょう。
 けれども、若くして妙法を持《たも》ち、創価の連帯と共に生きゆく君たちには、打ち破れない壁など絶対にない。
 変毒為薬できない試練など絶対にないことを、私は断言しておきます。
 信心とは──
 断じてあきらめない勇気です。
 自分と友の生命の可能性をあきらめない。
 幸福の拡大をあきらめない。
 正義の勝利をあきらめない。
 平和の創造をあきらめない。
 大法弘通を、断じてあきらめない勇気なのです。
 皆さんは、これから、私の後を継いで、長い長い、一歩も引くことのできぬ大使命の人生を歩んでくれる従藍而青の直弟子です。
 どうか、「これほどの悦びをば・わらへかし」との信仰の真髄の大確信を、わが生命に轟かせながら、いかなる障魔も、恐れず、惑わず、深き信心で見破って、強く、賢く、朗らかに、勝ち切っていってください。
 そして、最高の希望と充実と歓喜の「人間革命」の道を、あの友にも、この友にも、あの地にも、この地にも、語り広げていただきたいのであります。
 一、私が対談した歴史学者トインビー博士も、ローマ・クラブの創立者ペッチェイ博士も、戦争や貧困、環境破壊など、地球の危機を克服する力を人間生命から引き出して、「平和」と「共生」の人類文明を創造していく新たな世界宗教を展望し、待望されておりました。
 こうした要請に、いよいよ応えていくのが、21世紀を担い立つ創価の青年です。皆さんです。
 どうか君たちの熱と力で、新たな地涌の菩薩を、満天の星の如く呼び出しながら、異体同心のスクラムで、遠大な一閻浮提広布の未来を創り開いていってください。
 終わりに、わが愛する同志に──

 全世界
  創価の若人
   綺羅星と
  輝き光れや
    勝ちまくれ

 恐るるな
  大宇宙が
   味方なり
  無限の力で
   希望に生き抜け

 と贈り、メッセージといたします(大拍手)。
2013-09-10 : スピーチ・メッセージ等 :
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結成5周年記念 女子部・世界池田華陽会大会へのSGI会長のメッセージ

結成5周年記念 女子部・世界池田華陽会大会へのSGI会長のメッセージ
         (2013.9.5 創価国際友好会館)

 会場いっぱいに池田華陽会歌「華陽の誓い」の歌声が響く。
 「今 師とともに 太陽の心で……」
 世界から集った友が手と手を取り合う。
 国や文化は違っても、師を求め、広布へ進む心は一つ──。
 結成5周年を記念する女子部「世界池田華陽会大会」が5日、東京・千駄ケ谷の創価国際友好会館で行われ、世界五大州から来日した100人を超えるリーダーと共に、日本の「華陽リーダー」の代表らが朗らかに集った。
 これには、池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長が祝福のメッセージを寄せた。この中でSGI会長は「太陽のスクラムで乱世を照らしゆけ」「自分らしく『平和の文化』の華の道を開きゆけ」「負けないと決めた笑顔で、一生涯、不退転を貫きゆけ」との指針を贈り、「何があっても、『私は負けない』と心を定めて、強く朗らかに、歓喜の中の大歓喜の青春を走り抜いていってください」と望んだ。

 また席上、SGI会長が認めた次の和歌が紹介された。

 広宣乃
  戦さに姫と
   舞いに舞い
 華陽の歴史を
  創価城にとどめむ

 さらに、SGI名誉女性部長の香峯子夫人が、池田華陽会の「名誉顧問」に就任したことが発表された。



池田SGI会長のメッセージ

地球を包む太陽のスクラム
気高き生命の勝利の舞を


 世界の五大州から、華陽のリーダーが、はつらつと勇み集ってくれました。
 これほど深い生命哲学を掲げ、これほど麗しい連帯を組み、そして、これほど明るい希望に満ちた大会がいずこにあるでしょうか。
 妙法の世界とは何よりもまず「女人成仏」、すなわち女性の生命が最高に幸福に光り輝く世界であります。
 ゆえに日蓮大聖人が、また釈尊が、三世十方の諸仏が、この華陽の乙女の前進と拡大を、いかばかり喜ばれ、讃嘆なされることか。
 結成より5年──。
 大切な大切な皆さん方のことは、いつも私と妻の胸の中にあります。きょうも、間近で一切を見守っています。
 皆さんの晴れの大会に際し、第1に申し上げたいことは、「太陽のスクラムで乱世を照らしゆけ」ということであります。
 釈尊は愛弟子に語りました。「善き友をもつこと、善き仲間のいること、善き人々に取り巻かれていることは、清浄行《しょうじょうぎょう》の全体である」(中村元訳『ブッダ 神々との対話』岩波文庫)と。
 つまり、仏道修行といっても、特別なことではありません。善き友と語らい、善き友情を結び広げながら、皆で励まし合って、善き人生を勝ち開いていくことなのです。
 これが、創価学会です。これが、華陽姉妹です。

希望と勇気の光を社会へ
 御聖訓には、「夫れ木をうえ候には大風吹き候へどもつよきすけをかひぬれば・たうれず」(御書1468㌻)「されば仏になるみちは善知識にはすぎず」(同)と仰せであります。
 時代は、ますます乱世です。若い世代の行く手に、幾多の困難が立ちはだかる時代です。その中にあって、心を開いて信頼できる友を持てず、人知れずに悩み苦しんでいる青春も少なくないでしょう。
 そうした友に声をかけ、手を差し伸べ、大仏法を語って、希望と勇気の光を送っていくことが、どれほど尊い仏の振る舞いであるか。
 その時は素直に話を聞こうとしないかもしれない。しかし、若き生命の大地には仏種が深く植えられているのです。それは、いつか必ず花開く時が来ます。
 この創価という究極の「善知識の安全地帯」に縁することは、やがて絶対的幸福の生命の軌道へ通じていくのです。
 どうか、大確信に燃えて、世界の華陽姉妹と共に太陽のスクラムを、この地球上に結び、未来までも明々と照らしていってください。
 第2に、「自分らしく『平和の文化』の華の道を開きゆけ」と申し上げたい。
 私が共に対談集を発刊した、平和研究の母エリース・ボールディング博士は、「平和の文化」のビジョンについて論じられ、「社会における慈悲の実践は、小さなこと、身近なところから始まり、けれども決してそこにとどまることなく、必ずや、より大きな全体へと広がる新たな道を開くものである」と言われました。
 地道にして堅実な青春の一歩ほど、強いものはありません。背伸びをして焦る必要などない。ましてや、人と比べて自信をなくし、最も尊貴な仏の生命を持った自分を卑下しては、断じてなりません。
 今いるその場所で、題目を朗々と唱え、ありのままの自分自身を妙法蓮華の当体と光らせながら、失敗を恐れず伸び伸びと、前へ前へ進んでいけばよい。
 その皆さん方の挑戦の一歩一歩とともに、桜梅桃李の華が咲き誇る「平和の文化」の道は開かれていくのです。

生涯、学会と共に
 最後に申し上げたいことは、「負けないと決めた笑顔で、一生涯、不退転を貫きゆけ」ということです。
 1979年(昭和54年)、創価学会が、厳しい法難の嵐の中にあった時も、妻は少しも変わらぬ笑顔で、学会活動に励みました。
 ある座談会に出席した折、同志の方から色紙に一言をと言われ、妻が書き記した言葉は「不退転」であります。
 どんなことがあっても、一生涯、学会と共に「不退転」の信心を貫き通す──これが、創価の師弟の誓いなのであります。
 不思議な宿縁をもって、今この時に、それぞれの使命の天地に躍り出た地涌の菩薩の皆さんです。
 使命が大きい分、それだけ苦労もまた大きいに違いない。しかし、だからこそ、何ものにも替え難い生命の充実がある。永遠に消えることのない福運があるのです。
 何があっても、「私は負けない」と心を定めて、強く朗らかに、歓喜の中の大歓喜の青春を走り抜いていってください。
 そして「水のごとくと申すは・いつも・たい(退)せず信ずるなり」(同1544㌻)との御金言の通り、悔いなき不退転の一生を、晴れ晴れと勝ち飾っていただきたいのであります。
 一人の女性が気高き生命の幸福勝利の舞を思う存分に舞いゆくところから、家庭にも、地域にも、社会にも、世界にも、「平和」と「共生」の万波は、限りなく広かっていくからであります。
 私と妻も、いやまして創価の愛娘たちに題目を送ってまいります。いつでも、どこにあっても、心と心、生命と生命を、自在に通い合わせながら、一緒に黄金の一日一日を生き抜いていきましょう!
 わが華陽姉妹に、色心不二の健康あれ! 無量無辺の福智あれ! そして、常楽我浄の幸の宝冠あれ!(大拍手)
2013-09-10 : スピーチ・メッセージ等 :
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未来対話 第17回 「平和の種」を蒔く人に(下)

未来対話  君と歩む勝利の道

第17回 「平和の種」を蒔く人に(下)  (2013.9.1付 未来ジャーナル)
「勇気の一歩」で世界は変わる

平和の文化の母 エリース・ボールディング博士
平和は、お互いが日常的に助け合うなかにあります。家庭、そして地域社会こそが、きわめて重要な平和の出発点なのです

 ──前回の「未来対話」を読んだ未来部員から、決意の声がたくさん寄せられています。
 「戦争で、不幸になる人はいても、幸せになる人は1人もいないことを、あらためて学びました。
 自分の生命も、他者の生命も大切にするという、当たり前だけど一番重要なことから、行動していきます」ともありました。

名誉会長 うれしいね。みんながいるから、世界は絶対に良くなる。これが私の確信です。
 君の誠実な決意の中に、平和の炎が燃えている。あなたの真剣な祈りに、人類の未来が輝いている。若くして生命尊厳の仏法を持《たも》ち、平和を目指して学び続ける、みなさんこそ、何よりも尊い世界の希望です。
      □■□
 ──「ポーリング博士(ノーベル化学賞・平和賞を受けた科学者)」の姿を知り、平和のために戦う人が迫害されることに、憤りを感じました。池田先生も同じです。先生は、なぜ、迫害の連続の中、世界平和の闘争を続けることができたのでしょうか」という質問がありました。

名誉会長 君の憤りは、まさに「正義の怒り」です。
 日蓮大聖人は「瞋恚《しんに》(怒り)は善にも悪にも通ずる」(御書584㌻、通解)とご指南されています。
 前回、自己中心的な「怒り」が戦争の原因であることを、御書を拝して学びました。こうした悪に通ずる「怒り」がある一方、「怒り」は善にも通ずると仰せです。
 それは、生命という最も尊厳な「宝」を傷つける魔性への「正義の怒り」です。これこそ、平和の出発点と言えるでしょう。
 私の恩師・戸田城聖先生は、悪に対しては、それはそれは激しく憤怒された。なかんずく、最も正しく、最も偉大な師匠・牧口常三郎先生を獄死させた軍国主義への怒りは、烈々たるものでした。
 この正義の怒りに貫かれた「原水爆禁止宣言」が、私たちの平和運動の大いなる原点です。
 1957年(昭和32年)9月8日、神奈川で開催された青年部の体育大会で、戸田先生は不滅の宣言を発表されたのです。
 先生は断言されました。「われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利をおびやかすものは、これ魔ものであり、サタンであり、怪物であります」
 あらゆる戦争や核兵器は、人間の心の中に潜む魔性の現れであると、先生は見抜いておられました。その魔性を打ち砕いて、民衆の生命を守り抜くために、ご自身の命をかけて師子吼されたのです。
 そして、この「核兵器を使用した者は魔物である」という思想を世界に広めゆく大使命を、青年に託されました。
      □■□
 ──核兵器廃絶を目指す科学者の連帯「パグウォッシュ会議」の創設者・ロートブラット博士は、戸田先生を「平和の英雄」「平和の殉教者」と讃えておられました。そして池田先生に、「今、私たちは、非常に厳しい状況にあります。この状況をなんとか抜け出さなければなりません。池田先生に、そのためのリーダーシップをとってもらいたいのです」と語られました。

名誉会長 ロートブラット博士は、世界的に有名な「ラッセル=アインシュタイン宣言」(核兵器と戦争の廃絶を訴える世界的科学者たちの共同宣言)に、ポーリング博士たちと一緒に署名した偉大な科学者でした。宣言には、こうあります。「私たちは、人類として、人類に向かって訴える──あなたがたの人間性を心に止め、そしてその他のことを忘れよ、と」
 人間性に焦点を当てた宣言は、戸田先生の「原水爆禁止宣言」の精神と深く響き合うものです。
 恒久平和は、制度や法の整備だけでは築けない。どこまでも、人間自身の心に「平和の砦」を築き上げることが、一切の根本です。
 戸田先生は、民衆をこよなく愛した偉大な指導者でした。地上から「悲惨」の二字をなくすために立ち上がった平和の師子王でした。邪悪を断じて許さない正義の大英雄でした。ゆえに、一人を徹して励まし、尊い使命を教えていかれたのです。
 「原水爆禁止宣言」を聞いたあの日、私の心は燃えました。先生の弟子として、師の信念を一生涯、世界中に広め抜いていくのだ、と。
 以来、私は世界中を駆け巡り、人類を結ぶ対話を繰り広げてきました。各国の指導者と語り合い、核兵器の悲惨さを訴える展示も行っています。平和と幸福の社会を築くため、恩師の精神を広めるため、無理解の中傷を浴びようが、行動し続けてきました。
 海も前に進めば、荒波が立つ。山も高く登れば、烈風が吹く。
 「正しいこと」をしようとすれば、反対や圧迫があるのは、当然です。全部、分かっていました。しかし、恩師との誓いを断固と果たす。これが私の人生ですから。
      □■□
 ──1975年(昭和50年)1月26曰、SGI(創価学会インタナショナル)が発足しました。その際、池田先生は、51カ国・地域の代表に「皆さん方は、どうか、自分自身が花を咲かせようという気持でなくして、全世界に妙法という平和の種を蒔いて、その尊い一生を終わってください。私もそうします」と述べられました。

名誉会長 今、その「平和の種」は、世界192カ国・地域で、花となって開き始めました。
 いよいよ爛漫と咲き薫らせていくのが、未来部のみなさんです。
 種は小さい。華やかさはない。誰も見向きもしないかもしれない。でも、夏の暑さや冬の寒さにも、じっと耐え、時を待って、芽を出し、大輪を咲かせる。平和の行動だって、同じです。
 その意味から、私の大切な友人で、「“平和の文化”の母」と讃えられたエリース・ボールディング博士の言葉を贈りたい。
 「平和は、たんに危機に対処するだけではなく、お互いが日常的に助け合うなかにあります。家庭、そして地域社会こそが、きわめて重要な平和の出発点なのです」

 ──博士は、国際平和研究学会事務局長、国連大学理事などを務め、第2次世界大戦の中でも、平和の闘争に走り抜かれました。5人のお子さんを立派に育てられながら、平和運動の推進に尽力された“平和の母”です。
 先生と対談集『平和の文化」の輝く世紀へ!』を残されました。

名誉会長 この偉大な博士が手本とされたのも、ご自身のお母さんでした。
 博上が幼いころ、近所に老人ホームがあり、博士のお母さんは、そこの方々をいつも気遣っていた。時には、幼い博士を連れて行き、皆の前で歌を歌わせたり、ダンスを踊らせたりしました。
 そうした母の振る舞いから、“人々に尽くし、幸せにすることが、私の使命だ”と、博士は心に刻んだのです。
 平和の舞台は、何か特別な場所にあるのではない。家庭や学校、地域社会のどこにだってある。
 そう、みんながいる場所が、即、平和の本舞台です。日々の生活の中にこそ、平和の種が芽を吹き、花開く土壌があるのです。
      □■□
 ──未来部のメンバーからも、「平和を求めることは、世界中の誰でもできることだと思います。私もその一人として、平和を願い、少しでも、できることから行動したい」「今、私にできることは少ないけど、題目をいっぱいあげて、世界平和を祈り、元気なあいさつで、みんなを笑顔にしたいです」等々、“今いる場所で頑張る”という決意が届いています。

名誉会長 素晴らしいね。
 みんなが今、できることは、決して「少し」なんかじゃありません。むしろ、貴重な青春時代だからこそ、直接、たくさんの平和を築くことができる。
 それは、、なぜか──。
 「友情」が平和の力だからです。
 「親孝行」が平和の源だからです。
 「勉学」が平和の光だからです。
 君が友達と励まし合い、良い友情を築いた分、平和は前進します。
 あなたが成長しご両親に喜んでもらった分、平和は広がります。
 みんなが徹して学び、民衆を守る力をつけていった分、世界を平和で照らしていけるのです。
 何より、みなさんは、題目を唱えて、白身に秘められた生命の無限のエネルギーを取り出せる。
 「『魂の力』は原子爆弾よりも強い」とは、インド独立の父・ガンジーの信念でした。みなさんの生命の力は、核爆発の巨大なエネルギーを表した方程式「E=mc²」(Hはエネルギー、mは質量、cは光速)でも測れないくらい、はるかに大きいのです。
 だから、今は一生懸命、題目を唱え、みんなの周りにいる人を大切にしてほしい。学びに学び、心身を鍛え、大きく成長してほしい。それが、全部、「平和の種」となっていくんです。
      □■□
 ──空襲で家が焼かれても、家族のために明るく振る舞われた池田先生のお母さまのエピソードに感動した未来部員が数多くいました。「どんな時でも明るく周囲を照らせるお母さんに尊敬の心が湧きました。私も、支えて励ますことができるよう、努力します」と語っていました。

名誉会長 あなたが、お母さんを尊敬する美しい心こそ、平和の原点です。
 大聖人は、「悲母の恩を報ぜんために」(御書1312㌻)、すなわち “母への恩返しのために”と述べられて、民衆救済の大闘争を起こされました。
 ボールディング博士も、学会の婦人部の座談会に出席されて、「本当の人間の精神を感じたように思いました。家族と過ごしているような温かさを感じたのです」と感動を語っておられました。
 母は偉大です。母は強く、たくましく、優しい。人を慈しむ「母の心」を人類が忘れなければ、戦争は決して起こりません。母を大切にする時、みなさんの平和の心は大きく育まれていくんです。
 みんなも、お母さんのために、成長の日々を送っていこう。
 たまには家事も手伝って差し上げてください。急にお手伝いを始めたら「何かあったの?」と心配されるかもしれないけど、そうしたら「これが私の平和の第一歩です」と答えてごらん(笑い)。「うちの子は平和の天使かしら」と、きっと喜んでくれるよ。もちろん、少しは「お父さんのため」にも頑張ってね(大笑い)!
      □■□
 ──池田先生は、今からちょうど20年前の8月6日、小説『新・人間革命』の執筆を開始されました。この日は1945年(昭和20年)、広島に原子爆弾が投下された日です。

 平和ほど、尊きものはない。
 平和ほど、幸福なものはない。
 平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない。

 この冒頭の一節が刻まれた碑が、戸田先生の故郷である北海道の厚田や、池日先生が平和旅の第一歩をしるされたハワイ、SGI発足の地・グアム、モンゴルなどに建立されています。

名誉会長 20世紀は「戦争の世紀」でした。21世紀は、断じて「平和の世紀」「生命尊厳の世紀」にしなければならない。ゆえに、私は戦い、語り、書き続けます。
 何より、私には、21世紀の本命中の本命である、後継の末来部がいます。
 さあ、君の「勇気の一歩」で、世界を変えていこう!
 あなたが「正義の走者」となって、平和を創り、広げていこう!
 きょうも、何ものにも負けない若き生命のエネルギーを、満々と発揮しながら!

 ボールディング博士の言葉は池田先生との対談集『「平和の文化」の輝く世紀へ!』(潮出版社)
2013-09-01 : 未来対話 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.113 平和の道 友情の道

随筆 我らの勝利の大道 No.113     (2013.8.31付)

平和の道 友情の道

勇気の対話を! 善縁で心を結べ
関東大震災から90年 苦難に光る民衆交流史


若き地涌の連帯は世界を変える

 青年が
  立ちて平和の
      城光る

 その日、1957年(昭和32年)の9月8日は、台風一過の晴れわたる日曜日であった。
 それは、恩師・戸田城聖先生が、横浜・三ツ沢の競技場に集った5万人の若人たちを前に、不滅の「原水爆禁止宣言」を発表された日である。
 核兵器の本質を、人類の生存の権利を奪う魔性であると喝破され、この邪悪との大闘争を訴えられた戸田先生の師子吼は、今も我らの魂に轟いて離れない。

「日中提言」の熱願
 あの日、先生は、「遺訓の第一」として、この生命尊厳の平和思想を全世界に弘めることこそ、青年の使命であると強く叫ばれた。
 「思想を弘める」とは、「対話を広げる」ことだ。魂から魂へと、深き共鳴を広げゆくことだ。
 私にとって9月8日は、来る年来る年、弟子として決意も新たに、平和を祈り、平和への対話を起こす日となっていた。
 だからこそ、私はこの日を選んで、「日中国交正常化提言」(1968年)を発表したのである。
 45年前、墨田区両国の日大講堂に、わが英知の学生部1万数千人が勇んで大結集した総会の席上、私は強く訴えた。
 「諸君が、社会の中核となった時には、日本の青年も、中国の青年も、ともに手を取り合って、明るい世界の建設に、笑みを交わしながら働いていけるようでなくてはならない」
 戦争と分断の悲劇の時代を生きてきた一人として、叫ばずにはいられない熱願であった。私は展望した。
 「日本、中国を軸として、アジアのあらゆる民衆が互いに助け合い、守り合っていくようになった時こそ、今日のアジアを覆う戦争の残虐と貧困の暗雲が吹き払われ、希望と幸せの陽光が燦々と降り注ぐ時代である」と。
 さらに国際社会の動向を見据えつつ、「核時代の今日、人類を破滅から救うか否かは、国境を超えた友情を確立できるか否かにかかっているといっても過言ではない」と論じていった。
 私は、あえて「友情」と言った。国交といい、外交といっても、絶対に忘れてならないのは、根本の人間の交流であるからだ。民衆の連帯であるからだ。
 その友情と信頼の絆を強固にしてこそ、国家間の諸関係も安定する。人類の生存の権利を脅かす魔性も打ち破っていける。
 そして、青年こそ、この「友情」の中核となってもらいたいというのが、私の大いなる希望であった。
 思えば、中国革命の父・孫文先生を支えた盟友であり、日中友好に尽力した九州出身の実業家・梅屋庄吉翁は語っている。
 「如何なる時変あるも親友の間には最後なし」
 「先ず無限に友を作れ」
        ◇
 この8月、中華全国青年連合会(全青連)の招聘をいただき、わが学会青年部の友好交流団が訪中した。北京、青海省、そして上海を訪れ、誠に意義深い友誼を結ぶことができた。
 今回、交流団が初めて訪れた青海省は「三江源《さんこうげん》」ともいわれ、長江(揚子江)、黄河、そして瀾滄江《らんそうこう》(メコン川上流)の源流を擁しているという。
 この地で少数民族の方々とも新たな友情を開いてきた青年たちの報告を聞きながら、私には天台大師が言われる「源遠流長」の意義が思い起こされた。
 全育連と学会青年部との交流も、30年近い黄金の歴史を刻んでいる。
 時代、時代に、いかなる波浪があろうとも、原点とする「友好」「友情」の源流からは絶対に離れない。忘れない。死守し抜く。
 この揺るがぬ信念がある限り、我らの友好の大河は万代までも滔々と流れ通っていくに違いない。

「9月1日」に祈る
 本年の9月1日(防災の日)は、「関東大震災」から90年の節目にあたる。
 1923年(大正12年)のその日、午前11時58分に相模湾北部で起こった大地震によって、神奈川、東京を中心に関東一帯は甚大な被害を受けた。
 東京で最も痛ましい被害が出たのは、今は都立横網町公園(墨田区)となっている陸軍被服廠跡であった。
 大地震の直後、この広大な跡地に、多数の被災者が布団や家財道具を持って避難していたところへ、折からの強風で周囲から飛び火し、大火炎に包まれてしまったのである。
 こうした二次災害によって、この地だけで約3万8千人もの尊い命が失われた。関東大震災の死者・行方不明者の総数は約10万5千人といわれており、あまりにも悲惨な災難であった。
 “民衆の都”の、ここ下町一帯は、後に東京大空襲でも甚大なる被害を蒙った。
 私も、若き日から友と奔走した宿縁の地域である。近くの同志のお宅に伺った折には、一緒に勤行をさせていただき、大震災と大空襲の犠牲者の方々へ追善の題目を捧げ、国土の安穏と繁栄を深く祈念した。
 「立正安国」の祈りをいやまして強めるとともに、防災の備えと安心・安全の人間のネットワークを一段と堅固に築いていきたい。

救援に走った真心
 この関東大震災の急報に接し、海を隔てた中国で、多くの人びとが日本の救援に立ち上がられた。
 上海では、震災の翌2日から、電光石火で義援金18万5千元が集められ、白米5950包、麦粉2万包などの生活必需品が購入された。そして「新銘号」という汽船で日本へ送り出され、12日には神戸港に到着したのである。
 これが、海外から届いた救援物資の第1号であった。さらに10月にも、2度にわたり多数の救援物資が送られている。
 日中友好の先達であり、大文豪・魯迅先生と深い親交を結んだ内山完造氏は、上海の地で中国の人びとの真心に触れ、「渡る世間に鬼はないということを、しみじみと味わうことが出来た」と回想している。
 この上海における懸命な救援活動の先頭に立って尽力された人物が、著名な書画家・実業家であり、孫文先生の同志であられた王一亭《おういってい》先生である。
 救世救民の熱誠に燃えておられた王一亭先生は、震災の犠牲者への鎮魂の願いを込め、梵鐘を鋳造し、日本に寄贈する活動にも従事されている。
 中国の著名画家の協力を募り、上野での日中文化展覧会において書画の展示即売を行い、鐘楼建設を資金面でも支えられた。いわば、中国の「文化」「芸術」の力を、日本の復興支援に差し向けてくださったのだ。
 あの凄惨な被災地となった被服廠跡に、震災の慰霊堂(当初は震災記念堂)とともに鐘楼が完成し、この梵鐘が打ち鳴らされたのは、大震災から7年後の1930年(昭和5年)10月1日のことであった。
 それは、生命尊厳の哲理を根底とし、平和と共生の社会の建設を展望した、わが創価学会創立の1カ月半前でもあった。
 ともあれ、苦難の渦中に結ばれた友情──その尊い歴史を忘れてはなるまい。
 東日本大震災が起こった時に、真っ先に救援に駆けつけてくださった国の一つも、お隣の中国であった。艱難を共有し、乗り越えてきたとの思いが、新しき希望の未来を紡ぐのだ。

「人の縁《えにし》」を大切に
 かの王一亭先生のご子孫が、東京・目黒駅の側で、60年近くにわたり中国料理店を営まれている。
 先頃、王先生ゆかりの方々が集まられた席で、かつて戸田先生や私が、その店を訪れたことや、日中友好への学会の貢献の足跡も話題になったという。
 確かに戸田先生のご自宅が目黒駅に近かったこともあって、王先生のご子孫の店には、恩師も私も幾度か伺ったことがあった。随分と昔のことであるにも拘わらず、覚えていてくださり、誠に恐縮である。
 人の縁は、どこでどうつなかっているか、実に微妙、いな精妙、いな絶妙なりとしみじみ思う。
 一つの善縁から、また新しい善縁が生まれる。
 たとえ最初は、か細い縁の糸のように見えても、誠実と友誼の心で、一本また一本と丁寧に結んでいけば、やがて揺るぎない友情の金の橋ともなるのだ。
        ◇
 来る9月には、世界60カ国・地域から250人の若き地涌の友が集い、「SGI(創価学会インタナショナル)青年研修会」が開催される。
 研修中、神奈川では32会場で楽しく交流交歓会も行われる。また農漁業に関わる代表は、東日本大震災から復興しゆく宮城の石巻で、世界農漁村青年会議を開く予定という。
 神奈川は、戸田先生が「原水爆禁止宣言」を師子吼された原点の地である。
 今日、横浜港に係留されている貨客船「氷川丸」とともに市民の憩いの場である横浜・山下公園は、関東大震災で生じた膨大ながれきで造成されたものである。
 さらに、この大震災を耐えて残ったレンガ張りの英国商館を保存し、平和の発信地としたのが、わが戸田平和記念館である。
 ともあれ、国境を超えた青年のスクラムこそ、世界を結ぶ希望の虹の橋だ。
 御書には、「鏡に向って礼拝を成す時 浮べる影又我を礼拝するなり」(769㌻)と仰せである。
 相手に具わる最極の仏の生命を信じ、敬い、引き出していく祈りと行動が、そのまま自分自身の仏の生命を荘厳に光り輝かせる。
 この相互触発の善縁を広げ、世界の人びとの心を結び高めゆくことを、我らは「広宣流布」と呼ぶ。
 我らは、最も強く美しき友情の心で、眼前の一人また一人と語らい、地域に、社会に、そして世界に、「生命尊厳」の旗高く、平和の連帯を広げていくのだ。

 平和へと
  対話の妙音
      金の橋

 梅屋庄吉の言葉は小坂文乃著『革命をプロデュースした日本人』(講談社)。内山完造は『そんへえ・おおへえ』(岩波書店)=現代表記に改めた。王一亭の話は西浜二男著『友好の鐘』などを参照
2013-09-01 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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