インド・創価池田女子大学 第14回入学式へSGI会長夫妻からのメッセージ

インド・創価池田女子大学 第14回入学式へSGI会長夫妻からのメッセージ (2013.8.19 インド・創価池田女子大学)

 インド・創価池田女子大学の第14回入学式が19日、チェンナイの同大学で挙行された。これには、名誉創立者の池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長と名誉学長の香峯子夫人が万感のメッセージを贈った。式典には、ガンジー研究評議会議長のニーラカンタ・ラダクリシュナン博士が列席。同大学のセトゥ・クマナン議長、ラニ・クリストゥ・ダス学長ら教職員、在学生900人が晴れの門出を祝福した。
 創価池田女子大学の門をくぐった14期生531人。
 入学を決意した理由は何か。新入生は、口々に言う。
 「大学が掲げる価値創造の哲学に感銘したからです」
 「私のお世話になった先輩が、大学に入って生き生きとしている姿を見て、一緒に学びたいと思いました」
 同大学は、著名な詩人であり、教育者であるクマナン議長らによって、2000年に開学。議長は、SGIのメンバーではない。しかし、SGI会長の思想・哲学に深く共鳴。創価教育の実践の場をインドの地につくりたいと、創立を決めたのである。
 その熱意の証しは、「創価」「池田」を冠した大学名に。さらにSGI会長夫妻に、名誉創立者・名誉学長への就任を強く要請したのである。


自分自身が希望と幸福の光に!

使命輝く青春を歩め

マハトマ・ガンジーの令孫
次代をつくるのは青年
勇気と挑戦の心こそ夢を実現する原動力


 一、栄光の新入生の皆さん、輝く未来への扉を開く入学式、本当におめでとう!
 最高に気高く、無限の希望に躍動する式典に、私は妻と駆けつけて祝福したい気持ちでいっぱいです。
 心美しい皆さんの英姿を目に浮かべながら、メッセージを送らせていただきます。
 ご家族の皆様方にも、心より、お喜びを申し上げます。
 一、わが信念の同志であるクマナン議長が貴女子大学を創立されて、はや14期生を迎えられました。
 本年度は、新たに「タミル文学」の修士課程と、2部コースにコンピューター科学学科も設置され、これまでで最も多い新入生が入学されたと伺っております。
 貴大学は、一年また一年、素晴らしき人材の連帯を広げながら、目を瞠る大発展を遂げてこられました。
 「建設は死闘」であります。
 私は、クマナン議長をはじめ、貴大学に連なる皆様方に、最大の尊敬と感謝を捧げたいのであります。
 一、本日は、非暴力の大英雄マハトマ・ガンジー直系の、行動する知性であるラダクリシュナン博士がご臨席くださっております。
 博士を敬愛してやまない私にとりましても、これほど嬉しいことはありません。
 4年前、博士と私は、ガンジーの希望の哲学をめぐる対談集を発刊いたしました。
 その語らいで、博士の偉大なる母上の足跡を伺い、私は心からの感動を禁じ得ませんでした。

慈愛の大潮流を社会へ世界ヘ
 一、博士の母上は、マハトマの弟子として投獄にも屈せず戦う夫君を支えられながら、試練の連続の中、地域社会に貢献され、お子様方を立派に育て上げてこられた女性です。
 母上は、よく語られていたといいます。
 ──すべての人間に“善性”があるということが自分の確固たる信念であり、希望を失わないかぎり、困難な日々も必ずよりよい時代を生み出すものだ、と。
 なんと崇高な、そして、なんと明朗なる、インドの母の「太陽の心」でありましょうか!
 博士と私は、「生命尊厳の世紀」を実現するためには、家庭や地域、さらには社会全体を育んでいく“母の慈愛”の潮流を、明確な形で拡大できるかどうかにかかっていると展望しました。
 まさしく、この大潮流の先頭に立っている希望の学府こそ、我らの創価池田女子大学なりと、博士とご一緒に、私は宣言したいのであります。
 一、思えば、マハトマ・ガンジーは、不当な差別との大闘争の中で、常に女性たちを「尊重せよ」「尊敬せよ」と訴え続けた世界第一の指導者でありました。
 それは、「平和という甘露を渇望する世界に、平和の学問を教えるのは女性なのだ」(K・クリパラーニー編・古賀勝郎訳『抵抗するな・屈服するな』朝日新聞社)との強い信念に裏打ちされていたのです。
 今年は、マハトマが、最初の人権闘争を開始した天地・南アフリカに第一歩を印してより、120周年の佳節であります。
 マハトマの令孫であり、私どもの大切な友人であるエラ・ガンジー博士は、7歳の時、ただ一度、インドの祖父のもとで過ごした体験を何よりの宝とし、南アフリカで平和運動の女性リーダーとして、活躍を続けてこられました。
 博士は、マハトマが生涯を捧げた「平和」という見果てぬ夢の実現へ、勇気と絶対にあきらめない強さをもって、力の限り挑戦を続けてこられました。
 そして「次代をつくるのは青年です」と訴え、青年が平和の心を受け継いでいけば「必ず世界を変えていく力となります」と呼びかけておられます。

快活に周囲を照らして前進
 一、ともあれ、わが創価池田女子大学の皆さん方を、マハトマをはじめ歴史上の偉人たちが、さらにまた世界の良識たちが、絶大なる期待と信頼を込めて、見つめておられることを、晴れやかに誇りとし、胸を張って、使命と向学の青春を前進していただきたいのであります。
 「学ぶ人」が「賢い人」です。「強い人」が「優しい人」です。「負けない人」が「幸福の人」です。
 マハトマ・ガンジーは語りました。
 「希望の太陽は、どこか外にあるのではない。自分の中に存在する。自分の中を探究しよう。そうすれば、必ずそこに見出すことができる」
 そして「昨日よりも今日、さらにより良くできるようになろうとする努力に終わりはありません」と。
 新入生の皆さん方は、いついかなる時も、自分自身が「希望の太陽」と輝いて、快活に周囲を照らしながら、前へ前へ進んでいってください。皆さんには、共に励まし合い、共に学び合う、最高の学友がいます。
 一生涯の友情を仲よく朗らかに結び合いながら、新たなインドと世界の「女性の世紀」を潑剌と開いていっていただきたいのであります。
 麗しき21世紀の女性リーダーたちの健康と成長を、私と妻は、毎日毎日、祈ってまいります。幸多き大勝利の人生を、いついつまでも、見守らせていただきます。
 新しき時代を創造しゆく14期生、万歳! 創価池田女子大学の英知と幸福の姉妹よ、永遠なれ!
2013-08-27 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.112 地涌の誉れの「8・24」

随筆 我らの勝利の大道 No.112   (2013.8.24付)

地涌の誉れの「8・24」

「誓い」を胸に 使命の翼を広げよ!
 挑戦と成長こそ青年の宝冠なり


誇り高く「人間革命」の師弟の旅へ!

 「青春のすばらしい喜びをあなたは知っているか」と、アメリカの偉大な民衆詩人ホイットマンは呼びかけた。
 青春の喜び──それは、未来を信じ、開き、創りゆく希望の躍動である。
 どんな苦悩や失敗にも屈せず、再び挑戦しゆく朗らかな生命の充実である。
 輝かしい出会いを刻み、強き絆の友と苦楽を分かち合う魂の共鳴である。
 そして、地道に誠実に、幸福勝利の人生の土台を築きゆく建設の誇りである。
 この青春の喜びの究極の源泉こそ、正しき信仰だ。
 幸運にも、19歳で仏法に巡りあい、66年間、まっすぐに実践し抜いてきた私は、愛する青年たちに、そう断言できる。
       ◇
 青春を
  尊き広布に
     走りゆけ
  地涌の君をば
    諸天は護らむ

 自分自身とは、いかなる存在か? 多くの若人が直面する命題といってよい。
 オーストリアの詩人ホフマンスタールは語った。
 「青年は、真の自己を感ずるときは非常に強いが、同時にまた、なにかの風を装うときは非常に脆く弱い」
 青春に、見栄や気取りなどいらない。
 仏法では、わが生命が最も尊厳な妙法蓮華の当体であると明かされている。
 「御義口伝」に「桜梅桃李の己己の当体を改めずして」(御書784㌻)と仰せの如く、ありのままの自分を、最高に自分らしく光り輝かせていける。これが信心だ。地涌の底力だ。
 自分が拠って立つ大地を持つ人は強い。負けない人生を歩める。試練をも前進の力へと転じゆけるのだ。
        ◇
 法華経宝塔品に、釈尊と多宝如来の二仏が並んで座る厳粛な場面が説かれる。
 「諸法実相抄」には、その意義を、末法に妙法を伝え残す儀式であり、「我等衆生を仏になさんとの御談合なり」(同1360㌻)と記されている。
 つまり“全ての人を”“二人も残らず”仏と同じ境涯にしようというのだ。どこまでも「一人ひとりの幸福のために」──これが仏法の根本の目的である。
 一人の人間に光を当て、生命を揺さぶり、触発する作業の中に仏法はある。

正しい人生の出発
 昭和22年(1947年)の8月14日──。
 東京・蒲田の座談会で、戸田城聖先生と私が初めてお会いした折、先生は「立正安国論」の講義をされ、烈々と語られていた。
 「私は、この世から一切の不幸と悲惨をなくしたいのです!」
 若き生命を揺さぶらずにはおかぬ師子吼であった。
 先生は、私の目をじっと見つめられて、仏法の実践を勧めてくださった。
 「青年じゃありませんか。必ずいつか、自然に、自分が正しい人生を歩んでいることを、いやでも発見するでしょう」と。
 この運命的な出会いから10日後の8月24日、私は入信したのである。
 そして本当に、先生のおっしゃる通りの「正しい人生」を悔いなく歩ませていただいてきた。
        ◇
 出会い──そこには、生命と生命の触れ合いがある。魂と魂の啓発がある。
 人は出会いの中で新しい自分を発見し、磨かれる。善き出会いは、より善く生きるための相互作用だ。
 自分の小さな殻を破り、他者と共に、他者のために──このダイナミックな交流の中でこそ成長できる。境涯も変えられる。ここに学会活動の醍醐味もある。
 御聖訓には「悪縁に遇えば迷と成り善縁に遇えば悟と成る」(同510㌻)と示されている。
 社会には、青年を不幸に引き摺り込む悪縁が溢れている。それらを鋭く見破り、痛烈に破折しながら、善縁を結び、若き善友の連帯を広げていく。この「仏縁」の拡大こそが「幸福の安全地帯」の拡大なのである。
 欧州SGI(創価学会インタナショナル)では、今年も、伝統の夏季研修会が欧州各地で開催された。
 南仏トレッツの欧州研修道場には先日、青年たちが各国から集い、“人間革命にチャレンジ!”と、仏法求道の汗を流した。この真剣な生命錬磨と麗しき人間連帯の中から、必ず偉大な社会貢献の人材群が躍り出ることを、私は信ずる。
 微生物の研究で初めて伝染病の原因を解明し、幾多の命を救ったフランスの大科学者パスツールも、人間の絆が原動力であった。
 彼は根深い偏見と戦い、決定的な実験結果で真実を立証していった。その胸には、「心の灯」と仰ぐ師匠ジャン=バチスト・デュマの姿が常にあったのだ。
 発酵や結晶学の研究、また自然発生説の検証……パスツールは必死の努力で、大きな成果を残していく。だが、いかなる成功を得ても、師に対する尊敬と愛情は微塵も変わらなかった。
 ある日、師デュマは、弟子パスツールに一つの依頼をする。当時、南仏の絹産業を危機に陥れていた「蚕の病気」の研究である。
 師から委託された研究は約5年続いた。その間に、相次いで家族を失い、彼自身も大病を患った。
 それでもパスツールは師をいたわり、自身の苦悶は胸奥に沈めながら、懸命に研究に打ち込み、遂に蚕の病気の原因を突き止める。
 後年、師は、科学や人類への弟子の貢献を絶讃した。
 「君の名は史上に最も著名にして最も尊敬せられし人として残るでありましょう」──この師の喜びを、弟子パスツールは最高の誉れとしたのである。

不二の道を胸張り
 仏法の真髄は「師弟不二」である。
 ゆえに私は、このたび、光栄にも、タイ王国の名門タマサート大学から賜った名誉哲学博士号を、報恩の心で、牧口先生・戸田先生に捧げさせていただいた。
 8月14日に執り行われた荘厳な授与式には、タイSGIの同志も招待され、出席していた。
 その一人の若き英邁な青年リーダーが、力強く決意を語ってくれた。
 「私は大学を出ていません。しかし、創価の師弟の大学で学びました。その使命は、タマサート大学の精神と一致し、民衆の中に分け入り、尽くすことです。いよいよ、青年に創価の人間主義の哲学を語り、一人ひとりが幸福を勝ち取れるよう先駆を切ります」と。
 私の心には、牧口・戸田両先生の会心の笑顔が、晴れ晴れと浮かんでいる。
      ◇
 御書には、「父母の成仏即ち子の成仏なり、子の成仏・即ち父母の成仏なり」(813㌻)とある。
 各家庭でも各地域でも、「信心の継承」をさらに深く祈り、大切な大切な未来部を育成する重要な時だ。
 それだけに、各地の「創価ファミリー大会」の充実と躍動は、本当に嬉しい。
 夏の各種コンクールも、皆で応援してあげたい。
 壮年・婦人部の未来部育成部長、青年部の21世紀使命会、学生部の進学推進部長をはじめ、皆様には大変にお世話になります。
 富士を仰ぐ甲斐の天地に難攻不落の「人の城」を築いていった勇将・武田信玄は、こう語り残している。
 「人はみな十二、三歳のときに聞いて根づいたことが、一生のあいだ忘れられず、なかでも声変わりする時分が大切だ」
 さらに信玄は、その年代に「よい者と交わればよくなり、悪い者と交われば悪くなる」と言った。
 大切な未来部の時代だ。その時に接する大人の真心の励ましが、将来の飛躍の力になることを忘れまい。
 挑戦の夏、大成長の夏を、未来部員が全員、元気に無事故で送れるよう、私も真剣に祈っている。

我らは原点がある
 今、広宣流布の最前線で活躍する陣列に、未来部の出身者がいやまして燦然と輝きを放っている。
 未来部各部は、私が自ら結成した手作りである。創価学会の永遠の興隆の“本因”は、若き後継の成長にあるからだ。
 青春時代の「誓い」は、人生を開きゆく最大の力であり、成長の原点だ。
 「誓い! それは動かすことのできない、大きな容量をもつ言葉である」と語ったのは、人類初の宇宙飛行士ガガーリンであった。
 私は、あの「8・24」の「誓い」を原点として、ただただ師匠・戸田先生に喜んでいただきたい一心で広布に生き抜いてきた。
 「壮年部の日」を、学会として、この日に定めたのも、わが盟友たる壮年部には、私と同じ心で断固と進んでほしかったからである。
 また、「8・24」は、聖教新聞にとっても「創刊原点の日」である。
 忘れ得ぬ昭和25年(1950年)のこの日、事業の最悪の苦境にあって、“学会は新聞を持たねばならぬ”と構想された恩師と共に発刊を誓った、正義の言論城の原点である。
 8月24日!
 それは、創価の師弟が、偉大な「人間革命」の旅に出発する原点の日だ。決意新たに、広宣流布の戦いを奮い起こす日だ!
 いよいよ我らの総本部の完成も、目前になった。
 だが何より大事なのは、威風堂々たる「人材の城」である。君の成長であり、貴女《あなた》の勝利だ。
 青年部・未来部の君たちの躍進と栄光こそ、世界広布の大殿堂たる総本部を荘厳する宝冠なのだ。
 わが広布後継の真の弟子たちよ! 生命尊厳の世紀を築く宝の友よ!
 「師弟の道」「青春の道」「平和の道」を胸を張って進み、人類の永遠なる幸福勝利のために、地涌の使命の翼を限りなく広げていってくれ給え!

 久遠より
  この時 誓いし
    縁《えにし》かな
  創価の師弟の
     誇り忘るな


 ホイットマンの言葉は『草の葉』鍋島能弘・酒本雅之訳(岩波書店)。ホフマンスタールは『友の書』都筑博訳(彌生書房)。パスツールの話はデュボス著『ルイ・パストゥール』竹田美文・竹田多恵訳(納谷書店)、ラド著『ルヰ・パストゥール』桶谷繁雄訳(冨山房)等を参照・引用。武田信玄の言葉は岡谷繁実著『名将言行録 現代語訳』北小路健・中澤恵子訳(講談社)。ガガーリンは『地球の色は青かった』(朝日新聞社)。
2013-08-24 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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創大通信教育部 新世紀第12回学光祭へのメッセージ

創大通信教育部 新世紀第12回学光祭へのメッセージ    (2013.8.20 創価大学記念講堂)

 創価大学通信教育部の新世紀第12回(第37回)「学光祭」が20日、東京・八王子市の創大記念講堂で開催され、全国各地、また海外から夏期スクーリングに参加した学友の代表らが集い合った。
 これには創立者の池田大作名誉会長がメッセージを贈り、「知性と創造の勝利者」の友を祝福した。


君よ 負けじ魂の学光王者たれ

学は無窮の希望の光
学は永遠の勝利の道


 一、新世紀第19回の学光祭、誠におめでとうございます。
 日本全国、そして世界から勇んで集われた皆さん! 猛暑のなか、本当に本当にご苦労様でございます。
 来る年、来る年、わが創価教育の夏は、「学の光」の皆さん方ありて、神々しいまでに尊い探究と向上と連帯の歴史を刻んでおります。
 今回の学光祭に掲げられたテーマの通り、皆さん方こそ「学光王者」であり、「知性と創造の勝利者」であると、私は讃えたいのであります。
 その誇り高さ凱歌の歌声が、私の胸にも轟いてまいります。
 一、世界的な名画「アテナイの学堂」をモチーフにした、この記念講堂の緞帳は、卒業生と父母の方々から寄贈をいただいた大学の宝であります。ここには、古代ギリシャの大哲学者であるプラトンとアリストテレスの師弟が語り合う姿が描かれております。
 プラトンが創立した学園アカデメイアに17歳で入学したアリストテレスは、実に20年にわたって学問を修め、研究に励んだと言われております。師プラトンは、飽くなき探究心で学び続ける愛弟子アリストテレスを「学園の知性」と賞讃してやみませんでした。
 プラトンは、「生きている限り学ぶことを望み、重んじる者は、これからの人生においてより慎重で思慮に満ちた者になることは必然だと思う」(三嶋輝夫訳『プラトン対話篇 ラケス 勇気について』講談社学術文庫)と綴っております。
 生きている限り、師も弟子も、大情熱で、学んで学んで学び抜く──この求道の学堂に連なることが、どれほど気高く、どれほど実り豊かな賢者の人生となるか。
 アカデメイアには、毎晩、麦をひく仕事をしながら、懸命に苦学を重ねる学生がいたことも、記録に残っています。
 わが創価大学の通教生の皆さん方の、けなげな奮闘に通ずると思い、私が心に大事にしてきた逸話であります。

よき友人と充実の時を
 一、ともあれ、たくましく朗らかに学びゆく生命は、決して色褪せることがありません。時とともに、いやまして輝きを放ち、侮いなき充実の金の足跡を留めていくものであります。
 まさしく「学は無窮の希望の光」であり、「学は永遠の勝利の道」なのであります。
 と同時に、きょうの、この学光の集いのように、共に励まし合い、切磋琢磨する人間の絆が、いかに大切か。
 学園アカデメイアの誉れの英才アリストテレスも、「友を持つことによってよきひとの活動はより多く間断なきものたりうる」(高田三郎訳『ニコマコス倫理学』岩波文庫)と語っております。
 皆さん方が、それぞれの多忙を極める日々の現場で、時間を工夫し、間断なくレポートや試験勉強に取り組まれていることが、どれほど偉大であるか。
 スクーリングは、教員や学友と直接、語り合い、学び合える絶好のチャンスです。この活発な交流を通し、満々たる息吹で生き生きと価値創造の活動を加速してください。

歯を食いしばって学べ
 一、これまで私は、大詩人タゴールをめぐって、インドの教育の母ムカジー博士と対談を進めてきました。
 かつて博士が、若くして最愛の夫と父親を相次いで失い、家計も苦しく、幼子を抱えて行き詰まった時、最大の味方となってくれたのが、お母様でした。
 聡明な母上は「自分を卑下してはいけません」と励まし、育児に協力しながら、不屈の魂の大詩人タゴールの著作を学ぶように、博士に勧めてくださったというのです。
 博士は「もう一度、勉強をやりなおすのだ」と立ち上がりました。そして学問探究の世界へ舞い戻り、やがてタゴールの精神を受け継ぐ名門ラビンドラ
・バラティ大学の指導者となられました。
 偉大な母上の心を、わが心として、人間教育の真髄を体現されています。
 皆さんも、たとえ今、思うにまかせぬ逆境にあろうと、負けじ魂で歯を食いしばって学ぶことです。
 それが自らの新たな可能性を発揮し、必ずや大いなる使命を果たしゆく反転攻勢の転機となります。
 そして皆さんを陰に陽に支え、応援してくれているご家族や仲間にも、素晴らしい恩返しを果たせることは絶対に間違いありません。
 スクーリングが終わり、皆さんがそれぞれの地域に帰られても、私は妻と共に、一人一人の健康長寿と人生の栄光を真剣に祈り続けてまいります。
 通教生と創立者の心は深く強く通い合っております。
 まだまだ暑い日が続きます。くれぐれも体調を崩されませんように。どうか、最後まで、健康第一、無事故第一でお願いいたします。
 発展を続けゆくキャンパスで、世界一の学友と共に、最高に楽しく、最高に有意義な思い出を刻んでいってください。
 わが愛する学光王者の皆さん、万歳! お元気で! お達者で!
 一生涯、知性と創造の大勝利者たれ!(大拍手)
2013-08-22 : スピーチ・メッセージ等 :
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タイ 国立タマサート大学 名誉哲学博士号授与への謝辞

タイ 国立タマサート大学 名誉哲学博士号授与への謝辞   (2013.8.14 タマサート大学 タープラチャン・キャンパス)

 タイ王国屈指の名門である国立タマサート大学から、池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長に「名誉哲学博士号」が授与された。SGI会長が仏法の人間主義を基調として、日タイ両国の文化・教育交流に多大な貢献をしてきたことを讃えたもの。授与式は14日午前(現地時間)、タイの首都バンコクにある同大学タープラチャン・キャンパスで厳粛に挙行され、ノーラニット・セータブット評議会議長、ソムキット・ラートパイトゥーン学長ら大学首脳をはじめ、在タイ日本大使館の佐藤重和特命全権大使、小林茂紀参事官ら来賓が出席。代理の池田博正SGI副会長に学位記が託され、SGI会長の謝辞が代読された。タイ創価学会の代表も参加した。

ソムキット学長の授章の辞

戦争の悲惨を知り、人々の幸せのため自身を捧げる

 SGI(創価学会インタナショナル)会長である池田大作博士は、仏暦2471年(1928年)1月2日、日本で、ノリ養殖業を営む家庭に生まれました。
 まだ若き頃、第2次世界大戦の悲惨さを知り、人々に幸せと平和をもたらすため、紛争をなくすことに自身を捧げたいと強く願うようになりました。
 池田博士は、仏法の重要な教えである「法華経」に即した生き方をする哲学を堅持しておられます。
 その教えとは、人間は誰でも「仏」という尊い生命を有し、「法華経」の教えに従った実践をしていけば、その生命を顕現することができるというものであります。そして、その実践の肝心は、全ての人を最高に敬っていくことであり、仏法の人間主義であります。
 池田博士は、この哲学を文化、教育、そして平和という三つの分野を通して広め、奨励されてきました。
 文化の面では、民主音楽協会、東京富士美術館などを創設し、国際的な相互理解を育むとともに、世界的な文化交流を推進してこられました。
 タイ王国においては、プーミポン国王陛下御作曲作品のコンサートを東京で開催したほか、タイの舞踊団を日本に招聘し、各都市で公演を行っております。さらに国王陛下の御作品である絵画や写真の展示会を日本の各地をはじめ、イギリス、アメリカなどで開催されました。
 教育の分野においては、池田博士は“教育こそが正しい人生を送るための重要な根本である”と洞察し、教育によって、公平で平和を創出する人格をつくっていくことができると確信されています。
 その教育を促進するために、幼稚園、小学校、中学・高校、そして日本とアメリカに創価大学を創立されました。
 本学と、池田博士が創立された創価大学とは、1985年に学術交流協定を締結。以来、100人を超える学生の往来が実現し、多くの留学経験者が、両国の友好の懸け橋として活躍しています。
 そして、池田博士は半世紀以上にわたり、一貫して平和のために行動し続けてこられました。
 人間の生存を脅かす核兵器廃絶の運動を展開し、日本と各国との友好関係を築くために民間外交を展開されました。
 1960年から、2国間の文化・教育交流のネットワークを築き、アジアの国々と日本との友好関係の復興に尽力されました。
 さらに池田博士は、東洋哲学研究所を創立し、仏教や、さまざまな宗教の研究を推進しています。
 池田博士が、仏法の教えに基づいた人生の哲学を奨励し、広めることに尽力してきたことの証左は、これまで1600回を超える世界の識者と対話を重ねられ、60点を超える対談集を出版され、それらが世界の43の言語に翻訳されていることに明確に見ることができます。
 以上の理由により、2013年5月20日に開催された、本年度第5回のタマサート大学評議会において、その栄誉を讃え、功労と能力を後世にわたり示していくために、タマサート大学名誉哲学博士号を授与するのにふさわしい人物として決議いたしましたことを謹んでご報告申し上げ、授章の辞とさせていただきます(大拍手)。

SGI会長の謝辞(代読)

国境を超えて友情の連帯を両国の希望の未来のために

青年よ英知の指導者に
プーミポン国王
「自らの人格を磨いてこそ学問は生活に価値を生む」

平和を実現する世界市民の精神
ソムキット学長
「不公正とは勇気で戦え」

 一、タイ王国を代表する最高学府であり、アジア、そして世界の教育界をリードされる名門タマサート大学より、名誉哲学博士号を授与いただきましたことは、無上の栄誉であります。
 とりわけ、貴国の良き国民、良き市民として貢献する、タイ創価学会の友人たちと一緒に受けさせていただくことができ、これほどの喜びはございま
せん。
 かくも荘厳な式典を執り行ってくださった格別のご高配に、厚く御礼を申し上げます。誠にありがとうございました(大拍手)。
 一、貴大学の崇高な建学の歩みに思いを馳せる時、私の胸には、美しい校歌が響いてまいります。
 その一節には、「天秤のように正義を守り/法に基づいて道を進む/守り続け 高く掲げる/永遠に平和を」とあります。
 この校歌は、1963年、プーミポン国王陛下が作曲なされ、贈られたと伺いました。光栄にも、私は、3度にわたり、国王陛下を表敬する機会を賜りました。比類なき“文化と芸術の大王”であられる陛下と、教育論から音楽・芸術論まで対話させていただいたことは、私にとりまして生涯の宝であります。
 国王陛下は、教育の意義について語られました。
 「良き教育は、価値創造の基礎であり、原動力でもある。しかし、学んだ学問が、現実の生活の中に価値を生むためには、他の大切な要因がある。
 それは、自らの心と行動の教育である。人格を磨いて初めて知恵となり、正義感や責任感、そして判断力が生まれてくる。特に、最も大事なのは、忍耐力を養うことである」と。
 まさしく貴大学は、この人間教育の本義を体して、タイ王国を担い立つ「価値創造」の英知と人格の指導者を陸続と育成してこられました。

民衆に尽くせ!
 一、貴国で初めて教養学部を導入されたのも、また初の夜間大学を開校し、幅広い視野と見識を備えた、優れた人材の薫陶の道を開いてこられたのも、貴大学であります。
 なかんずく、1934年の創立以来、民衆奉仕の大学として刻んでこられた不滅の歴史に、私は心からの感動を禁じ得ません。
 貴大学の創立者で、「民主主義の偉大な指導者」と讃えられるプリディー・パノムヨン博士は、述べられました。
 「大学を卒業した者の使命は、民衆を助け、民主主義の知識を広げゆくことだ。そして民衆が正しい指針の通り、自分たちの利益のために、権利を使って声をあげていけるようにすることだ」と。
 なんと気高く、大学の使命が謳い上げられていることでありましょうか。
 この建学の心を、貴大学に学ぶ英才たちは脈々と受け継いできました。私には、貴大学の卒業生の言葉が思い起こされます。すなわち、「私はタマサートを愛する。なぜなら、タマサートが私に民衆を愛することを教えてくれたからである」という、究極の母校愛であります。
 一、わが創価大学もまた、「大学は、大学に行けなかった民衆に尽くすためにこそある」との精神を掲げております。これは、創価教育の創始者である牧口常三郎先生と戸田城聖先生の魂でありました。
 2人は、民衆の幸福と世界の平和への信念を貫き、戦時中、弾圧され、投獄されました。
 牧口先生は獄死を遂げ、後継の戸田先生は2年の獄中闘争の後、地球民族主義を掲げて、平和への民衆運動を展開していったのであります。
 実は、きょう8月14日は、66年前、この戸田先生と19歳の私が初めてお会いし、弟子として歩み始めた記念の日でもあります。
 私は、貴大学から拝受した最高に尊き民衆奉仕の宝冠を、両先生に謹んで捧げさせていただきたいのであります(大拍手)。

試練を勝ち越え
 一、「平和を築くには、平和の人材を育てることであり、国境を超え、言葉の壁を超えた青年の連帯、友情の連帯を築き上げることだ」──これが、両先生から受け継いだ、私の揺るがぬ信念であります。
 うれしいことに、わが創価大学は、1985年、貴大学との学術交流協定を結ばせていただき、以来、優秀な青年が相互に往来し、誠に有意義な交流を重ねることができました。貴大学との信頼と友情の絆は、私どもにとってかけがえのない宝であります。
 兄と慕い、大先輩と仰ぐ貴大学には、いかなる時代の試練にも雄々しく立ち向かい、勝ち越えゆかれる不屈のバイタリティーが漲っております。
 2011年の洪水で、貴大学のランシット・キャンパスが大きな被害を受けた際にも、ノーラニット評議会議長とソムキット学長の卓越したリーダーシップによって、見事な復興を果たされました。
 そして水害の危機をも、むしろチャンスに転じて、世界の一流大学としての新たなビジョンを高らかに掲げ、改革に取り組んでおられるのであります。
 2015年には、いよいよ「ASEAN(東南アジア諸国連合)共同体」が誕生し、アジア・太平洋の新時代が開幕いたします。貴大学が、ASEAN共同体を牽引する最高峰の知性のセンターとして、いやまして大発展を遂げていかれることを、私は心より念願してやみません。
 一、貴大学のシンボルカラーの黄色は、「常に法に基づいた精神と公正さ」を表し、赤は「身を尽くして社会に献身していく血潮」を表していると、いわれます。
 ソムキット学長は、「民衆を愛する。国家を愛する。公共の利益のためにあえて自身を犠牲にする精神。不公正とは勇気をもって戦う精神──これらがあってこそ、“タマサート人”である」と、宣言されております。
 この“タマサート人”の精神こそ、まさに「平和と共生」の21世紀を実現しゆく、世界市民の精神そのものといってよいでありましょう。
 私も、きょうより、誉れ高き“タマサート人”の一人として、尊敬する先生方と手を携えながら、貴国と日本の教育・文化交流の促進のため、また両国そして青年の希望の未来のため、さらに貢献を果たしていく決意であります(大拍手)。
 一、最後に、偉大なるプーミポン国王陛下のますますのご健勝とご長寿、そして、タイ王国の永遠無窮の栄光と繁栄を、心よりお祈り申し上げ、御礼とさせていただきます。
 誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。
2013-08-19 : スピーチ・メッセージ等 :
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アメリカ創価大学13期生 入学歓迎レセプションへのメッセージ

アメリカ創価大学13期生 入学歓迎レセプションへのメッセージ   (2013.8.7 アメリカ創価大学)

 アメリカ創価大学(SUA)の13期生の入学を祝賀する新入生歓迎レセプションが7日、カリフォルニア州オレンジ郡の同大学キャンパスで盛大に行われた。これには、創立者の池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長がメッセージを贈り、最優秀の英才たちの門出を祝福。創価の師子の信念を鍛え上げ、平和と人道の新世界を勝ち開く勇者にと期待を寄せた。
 晴れてSUAの門をくぐった113人の新入生。一人一人の言語や文化は異なる。しかし、”人類に希望の光を”との創立者の心に共鳴する俊英たちは、すぐに家族のように打ち解け、語らいを弾ませていた。
 午後5時。「ウェルカム!」――西日に照らされた創価芸術センターで、在学生や教職員らの喝采に包まれ、式典が始まった。


知性 正義 人間愛が輝く世界市民に

不撓不屈の信念を鍛えよ


マンデラ元大統領
「勇気とは恐れに打ち勝つこと」

 一、親愛なる13期生の皆さん!
 晴れのご入学、誠におめでとうございます。
 次代を担う、最優秀の英才の皆さんが、世界の各地から、勇んで集ってくださり、創立者として、これ以上の喜びはありません。
 送り出してくださった、ご家族の皆様方にも、心からの御礼とお祝いを申し上げます。
 お世話になる教職員の方々、どうか、よろしくお願いいたします。

難題の打開へ「智慧の泉」を
 一、今日は、新たな「希望の光」を眩いばかりに放ちゆく皆さんと共に、美しいキャンパスを逍遥しながら、ゆったり語り合う思いで、はなむけの言葉を贈りたい。
 まず第1に申し上げたいことは、「若き生命に智慧の泉を満々と湛えゆけ」ということであります。
 今、私は、ニュージーランド出身の世界的な平和学者であるケビン・クレメンツ博士と、「平和の世紀へ民衆の挑戦」をテーマに、有意義な対談を重ねております。
 博士は共生の社会を築きゆく方途として、“すべての人間がもつ深き「智慧の泉」から、平和のための処方箋を汲み取ること”を提唱されていました。
 私も全く同じ信条で、世界に対話を重ね、一人一人のかけがえのない「智慧の泉」から学び、共々に地球的問題群を打開しゆく平和の処方箋を汲み取ってまいりました。
 わがアメリカ創価大学は、世界の多彩な地域から最優秀の英才が集う、多様性にあふれたキャンパスとして、全米のリベラルアーツ・カレッジの中で、最も高い評価を受けております。
 また、スタディー・アブロード(海外留学)のプログラムも充実し、今年から新たにフランス語圏への留学も開始されるなど、多くの異なる価値観や思想に触れるチャンスにも恵まれています。
 私の好きな、イタリア・ルネサンスの巨人レオナルド・ダ・ビンチの言葉に、「わずかな知識は人に慢心を起こさせるが、大いなる知識は人を謙虚にする」とあります。
 500年の歳月を隔てて、21世紀の新たなルネサンスを担い立つ皆さんは、常に開かれた、みずみずしい向学の心で、素晴らしき教員の先生方と一緒に探究の旅を続けながら、若き生命に「智慧の泉」を満々と湛えていってください。
 そして、いかなる難題にも怯まずに、共生の地球市民社会をリードしゆく、英知の実力を心広々と磨き上げていただきたいのであります。

他者に尽くす心のスクラム
 一、第2に、「誇り高き貢献のスクラムを伸びやかに広げよ」と申し上げたい。
 一昨年、ここ創価芸術センターの近くに、新たな教育棟が完成しました。その棟の名には、アフリカで4000万本の植樹を推進した「グリーンベルト運動」の創始者である、故ワンガリ・マータイ博士の名が冠せられています。
 いつの日か、アメリカ創価大学を訪問することを心待ちにされていた「アフリカの環境の母」は、私にこう語られました。
 「人類における、すべての偉大な教師は、自分のためではなく、他の人のために奉仕するという人生を生きてきました。他者に尽くしてこそ、真に満足できる人生を実感することができるのだと思います」と。
 これは、「貢献的人生を生きゆく世界市民の確固たる潮流を築く」とのアメリカ創価大学の使命とも深く共鳴し合う言葉です。
 「貢献的人生」といっても、どこか遠くにあるものではない。まず目の前の一人を大切にし、身近な人々と聡明に友情を育んでいくことです。
 うれしいことに、1期生から12期生のアメリカ創大生が、この美しきキャンパスに「他者に尽くす心」を根付かせてくれました。先輩は後輩を弟・妹のように大切にし、苦境の友には励ましを送り、支え合う。
 さらにまた、アメリカ創価大学に期待を寄せてくださる地域の方々や、陰に陽に支えてくださる世界の友人たちとも、麗しい報恩感謝の心で結ばれております。この心の絆を支えに、多くの卒業生が世界を舞台に活躍しています。
 名門大学院で研究に挑む友、教育界をはじめ、経済界や国際機関で活躍する友、医師、弁護士、公認会計士などとして社会に尽くす友もいます。皆が、それぞれに「貢献的人生」を勇猛精進し、奮闘しています。
 東洋では、蘭の花のように香しき感化の力を持つ友人を「蘭室の友」と呼び、その交友を「蘭室の交わり」としております。
 本日、新入生の皆さんは、まさしく、このアメリカ創価大学の「蘭室の友」となり、「蘭室の交わり」の連帯に加わりました。
 どうか、世界で最も誇り高き友情を結びながら、人類貢献の使命と栄光のスクラムを伸びやかに広げていってください。

生命尊厳の哲学を受け継げ!
 一、そして、第3に申し上げたいことは、「不撓にして不屈の創価の師子の信念を鍛え上げよ!」ということであります。
 本年は、「創価教育の父」である牧口常三郎先生と戸田城聖先生が、第2次世界大戦中、民衆の人権を蹂躙し、弾圧した日本の軍国主義と対峙して、投獄されてより70年にあたります。
 2人が収監された拘置所の独房は、3畳一間の一室に、机と椅子を兼ねた洗面台とトイレが置かれているだけの、狭く粗末なものでした。夏は酷暑、冬は酷寒のこの独房の中で、牧口先生は正義の信念を貫き通し、さらにはカントの哲学などを精読されながら、73歳で獄死されたのです。
 戸田先生も2年間の獄中闘争に屈することなく、法華経という生命の極理の研鑽を究めました。さらに、独房に置ける本は8冊までと決められていたのを16冊に倍増することを勝ち取り、経済学や歴史、哲学、世界文学などの書籍も取り寄せていたのです。
 出獄した戸田先生は、栄養失調で体が弱り、左目もほとんど見えなくなっていました。しかし、殉教の先師の後継の巌窟王として、戦後の焼け野原に一人立ち、民衆の「人間革命」を基盤とした平和運動を開始されたのであります。
 この生命尊厳の大哲学を受け継ぎ、私は、幼稚園から大学まで、創価教育の学舎を創立し、青少年の育成に全魂を注いできました。そして、アメリカ創価大学の指針の一つとして、「『平和主義』の世界の指導者育成」と贈りました。
 大いなる使命に生きゆく皆さんには、試練も大きいに違いない。しかし、皆さんも、牧口先生の如く、戸田先生の如く、この私と共に、不撓不屈の創価の師子の信念を鍛え上げて、一切を勝ち越えて、偉大な平和と人道の新世界を勝ち開いていただきたいのであります。

開拓と建設へたゆまぬ歩み
 一、アメリカ創価大学は、本年5月で、ここアリソビエホの地に開学してより、満12年の歴史を重ねました。私は、毎年入学する俊英たちを宝の「1期生」と思い、迎えています。
 「1期生」には、常に「開拓」と「建設」に燃える心があります。どうか皆さんは、一人一人が新時代の「1期生」との誇りも高く、英知の最高峰を目指し、一歩一歩、学問の山を登攀していってください。そして、鋭き知性と強い正義の魂、さらに深き人間愛に輝く世界市民へと成長してもらいたいのであります。
 一、最後に、南アフリカ共和国の偉大な人権の勇者であり、私の大切な友人である、マンデラ元大統領の言葉を、皆さんに贈りたい。
 「勇気とは、恐れがないことではなく、恐れに打ち勝つことだ。
 勇気の人とは、恐れを抱かない人ではなく、その恐れに打ち克つ人である」と。
 私は愛する13期生の皆さんの4年間、さらには人生の大勝利を信じて、祈り、応援し続けていきます。
 皆、健康第一の日々であってください。
 終わりに、「わが誉れの13期生よ! 断じて負けるな! 朗らかに青春勝利の旗を振りゆけ!」と申し上げ、私のメッセージといたします。
2013-08-15 : スピーチ・メッセージ等 :
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創大通信教育部 夏期スクーリング開講式へのメッセージ

創大通信教育部 夏期スクーリング開講式へのメッセージ   (2013.8.11 創価大学記念講堂)

創価大学通信教育部の夏期スクーリングの開講式が11日、東京・八王子市の創大記念講堂で開催された。

無上の価値創造の人生を

学び抜き 共に築かむ 勝利城

 夏真っ盛りの今この時に、学びと努力と向上の汗を流す。これほど尊い人間錬磨の日々はありません。
 伝統の夏期スクーリングに、日本各地から、そして海外16カ国・地域から、遠路はるばる集われた通教生の皆さん!
 誠に誠に、ご苦労さまです。
 さらに震災から、きょう(8月11日)で2年5カ月となる東北の皆さん!
 また、このたびの記録的な豪雨に見舞われた地域など、大変な中、駆けつけて来られた皆さん!
 よくぞ、よくぞ、お越しくださいました。私は、最敬礼してお迎えいたします。
 私も皆さん方の輪の中に飛び込んで、一緒に学び、一緒に語り、一緒に挑戦しゆく思いで、開講式を見守っております。
 教職員の方々にも、暑い中、大変にお世話になります。
 私が対談を重ねてきた、アメリカ・エマソン協会元会長のワイダー博士は、母親として奮闘しつつ、学びの道を貫いてこられました。
 ワイダー博士は、語られています。
 ──真に教養ある人とは、誰か? それは「常に学び続ける人」です、と。
 まさしく、皆さん方のことであります。
 いかなる試練にあろうとも、不屈の負けじ魂で、学び続ける心ほど、強いものはありません。また、偉大なものはありません。
 創価教育に深い期待を寄せた、東北出身の世界市民・新渡戸稲造博士は、人は「理想によって活き活きする」(渡邊毅編訳 『〔新訳〕自警』 PHP研究所)と語り、理想は「遠い先にあるのではない。いつも身のまわりにあるもので、大きな仕事も今日の今から始まる」(岬龍一郎訳 『〔新訳〕 一日一言』 PHP研究所)と結論しました。
 学びゆく生命は、常に「今から」「ここから」が勝負です。
 どうか、発展を続ける創大のキャンパスで、一つまた一つ、一ページまた一ページ、目の前の課題に全力で取り組み、自身の無限の可能性を花開かせていってください。
 そして、たくましく朗らかに学び、これ以上ないという価値創造の勝利の人生を飾っていっていただきたいのであります。
 暑い日が続きますが、上手に休息をとりながら、健康第一で、充実した一日一日としていってください。
 終わりに、大切な大切な皆さん方に、「学び抜き 共に築かむ 勝利城」と贈り、私のメッセージといたします。
 世界一の通教生、万歳!
 愛する光友に、幸福と勝利よ、輝け!
2013-08-14 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.111 起稿20周年の夏

随筆 我らの勝利の大道 No.111   (2013.8.10付)

起稿20周年の夏

「新・人間革命」」と歩む広布の人生──
「言論の力」で凱歌の朝《あした》を


新しい発想と決意と行動で さあ出発だ!


 時来たる
  晴れて勝ち抜き
   いざや舞え
  人間革命
   黄金《きん》の絵巻を

 早いもので、小説『新・人間革命』の執筆を開始してより20周年を迎えた。
 ドイツの大文豪ゲーテは厳然と記《しる》している。
 「口で語ることは現在に、つまりそれぞれの瞬間に捧げられなければならないが、筆を執って書くことは遠い未来に、後につづく時代に捧げたいものだ」
 私もライフワークとも言うべき小説『新・人間革命』を、広宣流布の「遠い未来」に、そしてまた、「後につづく」創価の青年たちの新時代に捧げゆく思いで綴ってきた。
 お陰さまで、連載は5162回を数え、26巻分まで終了した。
 尊き同志の皆様方の題目に包まれ、私はますます元気で、この“師弟勝利の物語”を書き進めることができる。有り難い限りである。

平和の誓いを胸に
 1993年(平成5年)の8月6日──。
 『新・人間革命』の最初の原稿を書き始めた、この日、私は、インドのガンジー記念館館長であられたラダクリシュナン博士と、長野研修道場で、再会を果たした。
 会見に先立ち、博士は“「魂の力」は原子爆弾よりも強い”というガンジーの信念を通し、私どもに深い共感と賞讃を送ってくださっていた。
 ──創価の平和運動は、「誰もがもつ『魂の力』を引き出し、平和を生み出していく」と。
 8月6日、さらに8月9日は、広島と長崎に原子爆弾が投下された日である。
 恩師・戸田城聖先生は、逝去の7カ月前に発表された「原水爆禁止宣言」で、核兵器の本質を、人類の生存の権利を奪い去る「サタン(悪魔)」であり、絶対悪なりと断じ、地上からの廃絶を青年に託された。
 私は、この師の遺訓を実現しゆく誓いも新たに、『新・人間革命』の冒頭の一節を綴ったのである。
 「平和ほど、尊きものはない。
 平和ほど、幸福なものはない。
 平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」
 光栄にも、この言葉を刻んだ碑が、起点の長野をはじめ、北海道の厚田、米国のハワイ、グアム、モンゴルのドルノド県チョイバルサン市等に建立されている。
 厚田は恩師の故郷、ハワイは世界平和旅の第一歩の地、そしてグアムはSGI(創価学会インタナショナル)の発足地である。
 またモンゴルのドルノド県は、74年前、日本軍とソ連軍が衝突した「ノモンハン事件(ハルハ河戦争)」の戦場となった地だ。
 「戦争の悲劇」から「平和の創造」ヘ──。我らは世界の友と、この「根本の第一歩」を断固と踏み出す。
 今年も、広島、長崎、沖縄を中心に、わが後継の青年部が平和への対話を堂々と展開してくれている。
 核兵器よりも強い「魂の力」を発揮し、不戦の連帯を広げゆく青年の挑戦ほど、頼もしいものはない。
 20年前のラダクリシュナン博士との語らいでは、インドの詩聖タゴールの長野訪問も話題となった。
 1916年(大正5年)の8月、軽井沢を訪れた夕ゴールは、女子学生に講演を行い、こう語った。
 「自分は無限のなかに生れていることを覚り、この地上の特定の場所に属するばかりでなく、世界全体に属していることを覚らなければならない」と。
 我らは、永遠と無限の宇宙にあって、選んで地球に生まれ、地涌の菩薩として民衆の幸福と世界の平和のため、悩める友を救うために戦っていくのだ。
 若き福智の生命を輝かせ、使命の舞台に乱舞する創価の女子学生部も、どれほど尊い存在か。
 ここ長野は、戸田先生と私が、永遠に忘れ得ぬ師弟の思い出を刻んだ天地だ。
 わが長野の友は、「創価信濃大学校」と銘打ち、小説『新・人間革命』を教材として、人材を育み続けてこられた。新たに信心に目覚めた青年部員や新入会者、会友の方々が、仏法の生命尊厳の大哲学を学び、誇り高き創価の民衆運動の軌跡を探究する。
 そして、その一人ひとりを“断じて人材にしてみせる”と、陰で徹して支え、励まし抜いてくれる壮年・婦人部の先輩がいる。
 この民衆の真心で築かれた人間学の総合大学こそが、創価学会なのである。
 このほど、屈指の歴史と伝統を誇る長野県書店商業組合の皆様方より賜った活字文化振興への感謝状も、私は、宿縁深き長野、そして信越の同志と分かち合わせていただきたい。

生命を込めた文字
 日蓮大聖人は、2度の流罪と無数の迫害の嵐が吹き荒れる御生涯にあって、膨大な御書を認められた。
 『日蓮大聖人御書全集』に収録されている御抄は、400編を遥かに超える。
 大聖人は仰せである。
 「今の法華経の文字は皆生身《しょうしん》の仏なり我等は肉眼なれば文字と見るなり」(御書1050㌻)と。
 法華経の文字、そして、御書の文字を通して、私たちは、御本仏の大生命に触れ、平和と安寧への熱願に包まれるのである。
 御書には、無名の庶民の健気な苦闘と、そして「冬は必ず春となる」という凱旋の姿が、なんと気高く留められていることか!
 それは、どの歴史書にも綴られることのなかった、民衆の尊貴な生命の黄金の勝利を、万年まで宣揚してくださる、人類史に輝く大聖業といってよい。
 この大聖人の言論闘争に直結しているのが、わが聖教新聞である。
 毎朝配達してくださる無冠の友の皆様、拡大に尽力してくださる新聞長をはじめ、多くの関係者に心から御礼を申し上げたい。
        ◇
 第2総東京の「コスモス平和大学校」は、婦人部と女子部が一体となって、小説『新・人間革命』を読み合いながら、勇んで模範の拡大に走っておられる。
 2002年(平成14年)1月の開校以来、8万4000人に及ぶ方々が学ばれた。そのうち、実に1万1000人もの方々が、会友と地域の友人と伺った。
 この平和大学校は、小単位で学び合うのが特徴だ。互いの顔が見える集いを重ねて心の絆が強まり、「私も成長したい」「平和に少しでも貢献したい」と、進んで仏法を求める友も少なくないという。卒業生からは、組織の第一線のリーダーも多く誕生している。
 昨年末、聖教新聞の「声の欄」に、コスモス平和大学校に学ばれた母と娘の崇高な体験が掲載されていた。
 ──娘さんは、前年、進行性のがんが見つかった。それが大学校に入校したきっかけであった。
 家族一丸となって宿命転換に挑み、娘さんは一歩も退くまいと、大学校の皆と御書を拝し、『新・人間革命』を読み、学会歌を歌いながら、広宣流布の活動に取り組んでいかれた。そして病魔と闘い抜き、更賜寿命の実証を示されながら、年を越して桜の咲く頃、安らかに霊山へと向かわれた。
 「人生の輝きの全てが凝縮された、誇らかな旅立ちでした」と述懐されたお母様は、“娘の分まで”とバトンを受け継ぐ決意で大学校に挑戦された──。
 母娘の姿は、多くの友に勇気の光を送っている。
 生命は三世永遠である。
 宿命を使命に変えゆく偉大な「人間革命」の劇は、無量の福徳に満ちて、常楽我浄の光彩を放っていくことは絶対に間違いない。

自身の革命劇を!
 大聖人は、死別した夫の忘れ形見であった末子《まっし》を失う悲嘆の中で、純一無二の信心を貫く南条時光の母を励まされ、法華経の絶対の功力を教えられた。
 「此の経を持《たも》つ人は百人は百人ながら・千人は千人ながら・一人もかけず仏に成る」(同1580㌻)と。
 妙法に縁すれば、誰人であれ必ず仏になれる。自身の生命を最大に光り輝かせながら、自分らしく「人間革命」の勝利劇を飾っていくことができるのだ。
 『新・人間革命』の執筆20年は、わが愛する友の一人ひとりの「人間革命」の戦いの歳月でもあった。
 現代社会は、多くの若人が自信を持てずに、悩み苦しんでいる時代である。
 その若き生命から究極の自信を引き出し、最大に励ましながら、「人間革命」の誇りと喜びを贈っていくのが、わが青年学会だ。
 一人ひとりが、全世界の平和と民衆の幸福を成し遂げゆく「主体者」であり、「責任者」である。
 さあ、共に出発しよう!
 我らこそ、人間革命の先駆者なり!
 我らこそ、世界平和の先導者なり!
 我らこそ、未来創造の挑戦者なり!
 中国のペンの闘士・魯迅は言った。
 「今なにが必要かを問わずともよい、自分になにができるかを問うことです」
 私は、愛するわが弟子の永遠勝利のために、今日も「言論の戦い」を続ける。
 人生は常に真剣勝負だ。皆が一つでも、二つでも、「新しい発想」で、「新しい決意」で、「新しい行動」で道を開いていくことだ。
 そうすれば、創価学会はますます盤石である。広宣流布という平和の大道は、いよいよ大きく広がる。
 そこに、「一人ひとりの人間革命」即「人類の宿命転換」という凱歌の朝《あした》が必ず開かれゆくに違いない。

 師弟して
    人間革命
       光あれ
        ◇
 9日、秋田・岩手などの東北北部や北海道南西部で、記録的な豪雨により大きな被害が出ました。被災地域の皆様に、心からお見舞い申し上げます。

 ゲーテの言葉は『ゲーテ全集13』所収「箴言と省察」から、岩崎英二郎訳(潮出版社)。タゴールは『タゴールと日本』所収「瞑想」稲津紀三訳(タゴール記念会)。魯迅は『魯迅の言葉』中村愿監訳(平凡社)。
2013-08-14 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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第16回 「平和の種」を蒔く人に(上)

第16回 「平和の種」を蒔く人に(上)
                         (2013.8.1付 未来ジャーナル)
生命ほど大切なものはない

近代科学の父 ライナス・ポーリング博士
世界には軍事力や核爆弾という悪の力よりも更に偉人な力がある。
善の力、道徳や、ヒューマニズムの力である。私は人間の精神の力を信じる


 ──この夏、全国で「創価ファミリー大会」が開催されます。未来部メンバーが中心となって、企画も運営も担っていきます。

名誉会長 頼もしいね。
 私も心を躍らせて見守っています。暑い中、本当にご苦労さま!
 熱中症や交通事故などに気をつけて、楽しく有意義に行ってください。担当者、また役員の皆様も、大変にお世話になります。
      □■□
 ──ファミリー大会では、「平和」について学ぶコーナーを設けるところもあります。

名誉会長 大事だね。「平和のバトン」が、しっかりと未来へ受け継がれていく。これ以上の希望はありません。
 戦争を推し進めた軍部政府と戦って獄死された牧口先生、共に獄に入られた戸田先生も、どれほど喜ばれることか。

 ──池田先生は小説『人間革命』を、こう書き始められました。

 戦争ほど、残酷なものはない。
 戦争ほど、悲惨なものはない。

 この一節を学んだメンバーから、「池田先生の戦争体験を教えてください」というお願いがありました。

名誉会長 若い読者からの一番大事な質問です。著者として真剣に答えないといけません。
 1945年(昭和20年)の8月15日、日本が終戦を迎えた日、私は17歳でした。まさに高等部の皆さんの年代です。
 戦争は、私たちの青春をめちゃくちゃにしました。
 わが家は、今の東京・大田区で海苔の養殖・製造をしていましたが、働き盛りの4人の兄が次々に軍隊にとられ、一家の柱である父はリウマチを患い、家業は傾いてしまいました。母はグチ一つこぼしませんでしたが、その苦労は並大抵ではなかったと思います。
 幼い弟や妹もいるので、私は家計を助けるため、海苔作りの手伝いをし、新聞配達もしました。
 当時の国民学校を卒業すると、近くの鉄工所で働き始めました。14歳だから、今の中等部の皆さんの年代だね。進学したかったのですが、かないませんでした。戦争の悪は、若い人から学ぶ機会を奪うことにもあります。
 その上、私は結核にかかり、戦時中なので、十分な治療が受けられず、ずいぶんと苦しみました。
 父母が苦労してつくった立派な家は、戦争が近づくと人手に渡り、やがて軍需工場になりました。引っ越した家も、空襲が激しくなると、強制疎開といって、また明け渡さなければなりませんでした。
 ようやく、おばの家の敷地に建て増しをして、いよいよ明日から、そこで暮らせるという夜、突然の空襲で焼夷弾が直撃して全焼してしまったのです。すべてを失いました。辛うじて運び出した荷物箱から出てきたのは、妹のひな人形でした。
 家族が意気消沈したその時、母が明るい声で言いました。「このおひなさまが飾れるような家に、きっと住めるようになるよ!」
 母は偉大です。その一言で、皆の心に希望の光がともりました。
      □■□
 ──戦争が終わった時は、どういう実感があったのでしょうか。

名誉会長 平和とは「こんなに静かなものなのか」と思いました。突然の空襲警報のサイレンも、爆撃機の爆音も、気に病む必要がなくなったからです。
 そして、「こんなに明るいものか」と思いました。戦争中は夜でも灯火管制といって、家も街も暗かった。母は「明るいねえ。電気がついたよ。明るいね」と声をはずませて夕食の支度をしてくれました。
 父も母も、軍隊に行った兄たちを待ちわびていました。三男、四男、次男と、命からがらの姿で帰ってきたのは、その翌年です。
 しかし、終戦から2年がたとうとしていた5月、ただ一人、消息不明だった一番上の兄の戦死の報せが届きました。私の大好きな兄でした。背中を震わせて悲しみをこらえていた母の姿を、私は忘れることができません。
 戦争は、始まってしまえば、悲劇しかありません。「平和を築くための戦争」なんて、私は信じない。戦争が終わっても、地獄の苦しみは、ずっと続きます。わが家だけでなく日本中の多くの家族が、その苦しみを味わいました。それは、アジアでも、世界でも。
 ゆえに、戦争は絶対悪なのです。私は戦争を心から憎みます。 戦争を引き起こす魔性を断じて許さない──私はこう誓ったのです。
      □■□
 ──そんな折、人生の師となる戸田先生と会われたのですね。

名誉会長 そうです。兄の戦死の報が届いてから3カ月後の8月14日、暑い夏の夜でした。
 社会は混乱を極めていよした。正しく生きゆく「青春の道」を必死で求めていた19歳の時です。
 友人と共に参加した学会の座談会の会場に入ると、度の強いメガネをかけた壮年が、20人ほどの人に囲まれて話をしていました。
 「私はこの世から一切の不幸と悲惨をなくしたい」──情熱に満ちた戸田先生の声が、会場に響いていました。
 先生が、その時、講義されていたのは、日蓮大聖人の「立正安国論」でした。世の中を平和にするには、一人一人の心に、正しい哲学を打ち立てねばならない、という内容の御書です。
 講義が一段落した時、私は先生に、「正しい人生とは、いったい、どういう人生を言うのでしょうか」と質問しました。
 戸田先生は、まるで昔から私のことをご存じのように、温かく包みながら、答えてくださった。
 そして、「大聖人の仏法を実践してごらんなさい。青年じゃありませんか。必ずいつか、自然に、自分が正しい人生を歩んでいることを、いやでも発見するでしょう」と語られたのです。
 難しい宗教のことは分かりませんでしたが、“この人なら信じられる”と思い、10日後の8月24日に入信して、師弟の道を歩み始めました。暑い暑い日曜日でした。
 以来、66年──。戸田先生の教えのままに、私は対話を武器に、世界中に「平和の種」を蒔き続けてきました。

 ──あるメンバーから、「平和というとスケールが大きくて、何をすればいいのか分かりません」という質問が寄せられています。

名誉会長 「平和」とは、何なのか──そうやって考えていく、若き誠実なら心こそ、平和の源泉です。今は、はっきりと分からなくとも、粘り強く求め続けていくことが、平和の波を起こすんです。
 戦争の本質は「暴力」です。国や民族の間の大きな争いから、 「いじめ」にいたるまで、現実には有形無形の暴力がある。ゆえに、「いじめ」をなくそうと祈り、努力する君は、すでに平和の創造者です。平和は、自分の勇気から始められるのです。
 政治や外交、経済の次元などで平和を考えるのも、もちろん大事でしょう。しかし、それを動かしているのは、人間です。「平和」をつくるのは「人間」です。
 結局は、一人一人の「平和の心」を育む以外に、平和への確かな道はありません。
      □■□
 ──「なぜ戦争は起きるのか」という率直な疑問がありました。

名誉会長 日蓮大聖人は、「瞋恚《しんに》(怒り)が激しくなれば、その国土に戦争が起きる」(御書718㌻、通解)と仰せです。
 自己中心的な「怒りの心」が戦争を引き起こす元凶であると、見抜いておられるのです。
 怒りは、「貪・瞋・癡」(むさぼり・いかり・おろか)という生命の「三毒」の一つです。そうした“毒”がはびこってしまえば、社会は乱れ、争いが絶えなくなります。
 それに振り回されず、幸福と平和の方向ヘリードしていく、強く正しく賢い生命が「仏界」です。
 人間の尊い心を信じ、全てから希望を創造していこうとする仏の生命です。それは「絶対にあきらめない生命」ともいえましょう。
 この生命が、一切の人に具わっていると説くのが、私たちが実践する仏法です。
 自分には、何より尊い生命がある。目の前の人にも、自分と同じ尊極の生命がある。だから、自分の生命も、他者の生命も絶対に大切にしよう──これこそ、戦争を食い止める思想です。どこの国の人であれ、どの民族の命であれ。
 この「生命尊厳の思想」を、世界精神に高めていくことが、現代の「立正安国」です。
 仏界は、題目を唱えていくことで、わが生命からこんこんと湧いてきます。
 そうして湧き出《いだ》した勇気と希望と智慧を武器に、皆の心に励ましの光を送っていく。尊極の生命があることに共に目覚めていく。友のため、地域のため、社会のため、平和のために、わが学会員は、最も尊い地涌の菩薩として、立正安国の対話をしているのです。
 「平和」とは──
 絶望を希望に変える、間断なき闘争です。
 人間への信頼を断じて手放さない、不屈の根性です。
 自他共の生命を最大に尊重する、人間の讃歌です。
 今回は、私の友人である現代化学の父ライナス・ボーリング博士の、信念の言葉を贈りたい。
 「世界には軍車力や核爆弾という悪の力よりも更に偉大な力がある。善の力、道徳や、ヒューマニズムの力である。私は人間の精神の力を信じる」
      □■□
 ──博士は、ニュートンやダーウィン、アインシュタインと並び、最も偉大な科学者の一人として讃えられています。平和運動家としても活躍され、池田先生と対談集を発刊されました。
 先生の講演に参加された際には、なみいる一流の識者を前に「私たちには、創価学会があります! そして宗教の本来の使命である平和の建設に献身される池田SGI会長がおります!」と宣言されていました。

名誉会長 博士は、私たちを信頼し、平和の闘争を託してくださった。4回にわたってお会いし、人類の未来について語り合ったことは、忘れ得ぬ歴史です。
 博士は一貫して核兵器に反対し、核実験を推進する政府から迫害を受けた。それでも、“人間を苦しめるものは、断じて許さない!”と、多くの論文を書き、講演を重ね、平和への方途を示し続けました。
 なぜ博士が、苦難に負けず、行勤し続けることができたのか。
 幼少期は病気がちで、家計も苦しかった。9歳の時には父が亡くなりました。博士は、学校に通いながらアルバイトに励み、一家を支えていきます。大学進学後も、仕送りを続けながら、執念で勉学の日々を重ねていったのです。
 「人間はやればできる」──若き日の奮闘の中で、博士はこの確信をつかみとったんだね。
 博士は、弾圧にも屈しないで、勇敢に堂々と、平和の信念を叫び抜きました。その博士を陰に陽に支えたのは、奥さまの存在です。奥さまは“平和の同志”でありました。
 心から信頼し、共に行動する同志がいる。仲間がいる──これもまた、平和の源泉なのです。
 私には、平和のために戦う同志が世界中にいる。
 そして何より、「平和のバトン」を託す未来部の君たち、あなたたちがいる──これが、何よりの誇りであり、喜びなのです。

ポーリング著『ノー モア ウォー』(丹羽弥太訳、講談社刊)
2013-08-05 : 未来対話 :
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広島青年部平和総会へのメッセージ

広島青年部平和総会へのメッセージ    (2013.8.4 広島池田平和記念会館)

 総広島青年部主催の平和総会が4日、広島市の広島池田平和記念会館で開かれた。池田大作名誉会長はメッセージを贈り、若き平和の建設者たちの活躍を讃えた。席上、中国方面学生部が実施した第18回「平和意識調査」の結果が発表された。

一人を大切に! 友情と信頼の劇《ドラマ》を

 生命の光彩輝く広島青年平和総会、誠に誠におめでとう!
 暑い中、本当に本当にご苦労様です。
 駆けつけてくださった友人の皆様方、ようこそお越しくださいました。
 後継の宝・未来部の皆さんも、本当にありがとう!
 巡り来る8月6日。この日は広島を起点として、平和創造の波動を一段と広げゆく日なりと、私は心に定めてきました。
 20年前のこの日、小説『新・人間革命』の執筆を開始したのも、その決心からです。
 ここに、私の心を一番深く分かち合う広島の君たちが、かくも凜々しく若き平和の連帯を拡大してくれている──。
 私は、何より嬉しく、何より頼もしいのであります。
 日蓮大聖人は「法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊し」(御書 1578㌻)と仰せです。
 正しい「平和の哲学」が、「平和のリーダーをつくる。その「平和のリーダー」が、「平和な世界」をつくる。
 若くして、生命尊厳の妙法を持《たも》った皆さんが、どれほど尊貴な存在であるか。平和社会を築きゆく、どれはどの偉大な使命を持っているか。
 その誇り高音使命を自覚した君たちが、わが生命の無限の可能性を発揮できないわけがありません。
 ゆえに、今日よりはまた、いやまして胸を張り、日々の課題を毅然と勝ち越えながら、自分らしく、朗らかに堂々と、人間革命の勝利の歴史を残していってください。
 自らが強く賢くなることが平和の戦いです。一人の人を大切にし、身近に友情と信頼を広げることが、平和の建設です。
 どうか、宝の友と真摯に語らい、励まし合い、学び合いながら、信念光る勝利の青春を、悔いなく歩んでいっていただきたい。
 そこにこそ世界平和の揺るぎなき基盤が築かれるからであります。
 私はこれからも、皆さんを見守り続けていきます。成長と勝利を、祈り抜いてまいります。呉々
体を大事に。絶対無事故で充実の前進を!
 大切なご家族の皆様方にも呉々も宜しくお伝えください。
 愛する広島、万歳!と叫びつつ(大拍手)。
2013-08-05 : スピーチ・メッセージ等 :
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3県平和サミット(青年平和連絡協議会)へのメッセージ

3県平和サミット(青年平和連絡協議会)へのメッセージ    (2013.8.3 広島池田平和記念会館)

 青年の手で戦争と核兵器のない時代を!──広島・長崎・沖縄の青年部の代表らによる「3県平和サミット(青年平和連絡協議会)」が3日、広島池田平和記念会館で開催された。これには、池田大作名誉会長が記念のメッセージを贈り、平和の万波を起こすために、大情熱を燃え上がらせて尊い青春を進む友に心から期待を寄せた。また、長崎と広島で、未来部員と共に原爆の歴史、平和の尊さを学ぶ催しが行われた。
 戦争ほど残酷で悲惨なものはない!──戦争で最も苦しんだ広島と長崎、そして沖縄。平和を希求する3県の青年部の代表が広島に集った。
 サミットに先立って行われた被爆体験を聞く会。「呉原爆被爆者友の会」の山中恵美子さんが講演した。
 山中さんは、語り部活動を始めた当初、忌まわしい記憶を思い起こしたくないと思ったこともあった。
 証言を続けることが精神的な苦痛との闘いだった。
 しかし、池田名誉会長の長編詩「平和のドーム 凱旋の歌声」に出あって変わった。
 「惨苦を越えながらも/懊悩の幾山河は果てず/死の灰 身をむしばみ/体は思うにまかせず」──名誉会長の被爆者への同苦の思いを感じた山中さん。
 ”体験した私にしか語れないものがある。二度と悲劇を繰り返さないようにするのが私の使命”と、その日から、証言活動は海外にまで広がっていった。
 時折、言葉を詰まらせながら体験を語る山中さん。「きょう感じたことを一人でも多くの方に語り広げてほしい」と呼び掛けた。
 青年部の友は、「体験を伝えるまでの葛藤や苦しみ、そして勇気を感じました」「生の体験を初めて聞きました。もっと多くの人が知るべきです」と、決意とともに感想を語り合った。
 今年で22回を数えるサミットでは、3県の代表が活動報告した。
 長崎(前田青年平和委員会委員長、津田女性平和文化会議議長)と、沖縄(砂川青年平和委員会委員長、屋嘉部女性平和文化会議議長)の代表があいさつ。広島(淀屋青年平和委員会委員長、平井女性平和文化会議議長)からは、「広島学講座」などを通じて、全国・全世界に平和交流を広げる模様が紹介された。
 続いて、被爆70年となる2015年に広島・長崎での「『核兵器のない世界』のための拡大首脳会合」開催を目標に、世界平和の大潮流を築く取り組みについて、活発に意見交換が行われた。
 浅井青年平和会議議長、木下女性平和文化会議議長は「世界はいよいよ創価の青年に期待を寄せている。これからも挑戦を続けたい」と語った。橋元男子部長が激励した。
 同日、世界平和祈念勤行会が行われ、3県青年部の代表が参加。戦争と核兵器のない世界実現を祈念し、篠原中国長、三浦同青年部長らがあいさつした。



創価の師弟の熱願を世界へ世紀へ

「原水爆禁止宣言」は永遠の原点
核廃絶へ不屈の挑戦を


平和学者のクレメンツ博士
変革へのの道は必ずある

 一、地球上から「悲惨」の二字をなくしたい──この創価の師弟の熱願を果たそうと、英知と信念のスクラムを広げゆく、広島、長崎、沖縄の青年部の皆さん、22回目となる「平和サミット」の開催、誠におめでとう!
 暑いなか、本当に本当に、ご苦労様です。
 世界へ、世紀ヘ、平和の万波を起こすために、若き大情熱を燃え上がらせることほど、尊い青春はありません。主催の広島の皆さんをはじめ、私の誇りの英才たちの、たゆまぬ奮闘を心から讃嘆したい思いでいっぱいです。いつもいつも、ありがとう!
 一、私は現在、世界を代表する平和学者のケビン・クレメンツ博士との新たな連載対談の開始に向けて、準備を進めております。
 国際平和研究学会の事務局長をはじめ、各国の著名な平和研究所の所長を歴任され、不朽の功績を留めてきた、クレメンツ博士の“原点”とは何か。
 それは、博士のお父様の、人生を賭した平和行動にありました。
 第2次世界大戦中、博士の祖国であるニュージーランドにまで戦争の暗雲が及んだ時、お父様は“悪を悪で倒すことはできない”との信念に基づいて「良心的兵役拒否」を貫き、それゆえに4年間に及ぶ投獄生活を強いられました。戦争が終わってからも、お父様のみならず家族全員が、周囲の冷たい視線にさらされ、心ない中傷や仕打ちを受け続けたといいます。
 しかし、お父様は屈することなく、平和の信念をいやまして高く掲げていかれた。キリスト教平和主義協会の機関誌の編集長として、広島と長崎に投下された原子爆弾の悪魔的な破壊力を何よりも問題視し、核兵器反対の論陣を張り続けた。
 そして、米ソの核開発競争が激化し、水爆実験がもたらす被害が深刻化する中で、核実験の反対運動にも勇敢に身を投じられたのであります。

平和の道を築く正しき想像力を
 一、博士がお父様と一緒に反対運動に参加したのは、10歳の頃でした。〈1946年生まれ〉
 その記憶が鮮烈で、お父様に続くべく、10代半ばから「青年核軍縮キャンペーン」の活動に取り組むようになつたと、語っておられました。
 当時、核政策に疑問を呈すると、それだけで愛国心に欠けていると見なされる風潮が根強く、核兵器反対の運動に立ち上がる人たちは、いまだ少数派で、熱心な活動家は保安当局の監視下に置かれることを余儀なくされたといいます。
 しかし、博士の心が揺らぐことはなかった。「社会が当然だと思っていることを、そのまま安易に受け止めてはならない。想像力をふくらませたとき、変革するための道は必ずある──そのことを、父が身をもって教えてくれた」と、博士は感謝の思いと誇りを込めて述懐されていました。
 一、広島、長崎、沖縄の青年部の皆さんの中にも、クレメンツ博士と同じく、お父様やお母様の平和を求める深い思いを胸に、また祖父や祖母の世代の方々が味わわれた悲惨な戦争体験に根差した教訓を受け継いで、「戦争と核兵器のない世界」を築くために立ち上がった後継の旗手が、大勢いると思います。
 そして何より、私たちには、戸田先生が遺訓の第一として発表された「原水爆禁止宣言」という、永遠に継承していくべき原点があります。
 戸田先生は「核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今、世界に起こっている」と、クレメンツ博士のお父様をはじめ、世界の心ある人々が参加した禁止運動への連帯の思いを示しつつ、核兵器の問題の「その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」と師子吼されました。
 “生命尊厳の思想を根幹とする我ら仏法者は、どんな理由があろうとも、核兵器の使用は断じて許してはならない”と強調し、その廃絶を訴えたのであります。

友情の連帯で新時代へ出発!
 一、時を経て今、核兵器の非人道性に基づき、いかなる状況下においても核兵器は二度と使用されてはならず、そのためには全面廃棄を進めるしかないとの共通認識が、国際社会で高まりをみせています。
 昨年5月にスイスやノルウェーなど16カ国が共同声明を発表して以来、昨年10月には賛同の輪が35カ国となり、今年4月には80カ国にまで広がりました。「原水爆禁止宣言」を貫く精神が、時代変革を促す潮流となって、いよいよ大きく水嵩を増しているのです。
 クレメンツ博士は以前、「21世紀に生きる我々が直面する課題は、核問題に対し宗教的また人道的見地から反対を訴え続けてきた歴史的な運動に再び連なり、核廃絶に向けて“最後の一押し”をすることである」と呼びかけられました。
 私は、まさに今こそ正念場であると、声を大にして訴えたい。
 そして、この“最後の一押し”を行ううえで、かけがえのない使命を担ってくれているのが、私が心の底から信頼する青年部の皆さん方である。
 皆さんが同じ世代の友人たちと共に育んできた「平和を求め抜く友情の連帯」にこそ、新しい時代の扉を開くための不屈のパワーが宿っている、と申し上げたいのです。
 一、クレメンツ博士も、連載対談の開始にあたって、創価学会青年部による平和運動の意義を最大に讃えつつ、次のような言葉を寄せてくださいました。「私には、核兵器は必ず廃絶される、それは現在の青年部の世代によって実現されるという確信があります」と。
 広島、長崎、沖縄の青年部の皆さんは、どうか、この世界の良識からの絶対の信望を何よりの励みとし、無上の誉れとしながら、共に誓い合った2015年に向けて対話の波動を、さらに大きく広げてください。
 不戦と非核の精神を、21世紀の柱に据えゆくための不屈の挑戦を、強く賢く朗らかに、一日また一日、重ねていっていただきたいと、心より念願するものです。
 広島、長崎、沖縄の青年部、万歳!
 師の遺命を、私と共に果たしゆこう!
2013-08-05 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.110 創価の英雄に万歳を!

随筆 我らの勝利の大道 No.110    (2013.8.1付)

創価の英雄に万歳を!

共に讃え合い 励まし合い 新たな広布の大航海へ!
わが友よ 健康第一 朗らか王たれ

 初めに、豪雨災害に遭われた岩手、宮城、山形、静岡、新潟、山口、島根など各地の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。一日も早い復旧を念願しております。
 大変に厳しい天候が続くこの夏、全国の皆様の無事安穏を、私は真剣に御祈念してまいります。
        ◇
 「青年学会 勝利の年」の上半期を、わが創価の英雄たちは美事な勝利で飾り、全国各地で大いなる勝鬨が轟きわたった。正義の大旗《たいき》が力強く翻った。
 広宣流布拡大への偉大な奮闘に心から感謝したい。
 諸手を挙げて、共々に「万歳!」の声を、夏空高く響かせ、健闘を讃え合おうではないか!

 広宣に
  尊く捧げし
   大果報
  三世の果てまで
    凱歌の生命と
        ◇
 本年が生誕200年のイタリアの巨匠ベルディの名曲に「凱旋行進曲」がある。
 これまで本部幹部会などでも、富士交響楽団や創価合唱団、音楽隊の創価グロリア吹奏楽団、中部音楽隊・鼓笛隊の友らが、この勇壮な調べを奏でてくれた。
 音楽隊・鼓笛隊の友は、今夏も、各地のパレード等に勇み臨んでくれている。
 歌劇「アイーダ」では、この「凱旋行進曲」の後、民衆の喜びの歌声が響く。
 「勇士たちの進む道に/月桂樹の葉や花をまき散らそう!」と。
 私も、偉大な創価の勇士たち一人ひとりの頭《こうべ》を、凱旋を喝采する「桂冠」で、希望に輝く「華冠」で飾って差し上げたいのだ。

師に頂いたかき氷
 夏が来ると、かき氷の思い出が蘇る。
 昭和32年の7月17日──。全くの冤罪事件である「大阪事件」で不当逮捕・勾留されていた私は、大阪拘置所から出獄した。
 理不尽な権力の弾圧の矢面に立ち、全身全霊で師匠と学会を護り抜いた獄中闘争は約2週間に及んだ。
 加えて大阪の夏は暑い。意気盛んなれど、体は芯まで疲れ果てていた。
 そんな私に、恩師・戸田城聖先生は、かき氷を振る舞ってくださったのである。涼味とともに、師の真心が生命に沁みわたった。
 私も今、この猛暑の中、列島に対話の渦を巻き起こしてくださった同志の方々と、かき氷を味わいながら、心からねぎらいたい気持ちでいっぱいである。
 甲斐の国の名将・武田信玄は、リーダーの心構えとして言い残している。
 「諸将の上に思いをいたすには、人間が喉がかわくときに飲み物をしきりに欲するように、もっとも的確な心配りが肝要である」
 将の将たるリーダーが、心すべき人間学であろう。
 さらに、信玄は言った。
 「先の先まで十分に心を配ってのちのちの勝ちを大事にするように」
 我らは決して油断せず、どこまでも勇猛精進の題目で、広布と人生の爽快なる勝利劇を続けていきたい。
        ◇
 「時は過ぎても、言葉は残る」とは、大文豪トルストイの至言である。
 我らが誠実を尽くし、語った言葉は、時が経とうとも、消え去ることはない。それは、乾ける大地に水を注いだように、友の心を潤していくのである。
 現代社会は、人間関係が希薄化し、孤立化が進んでいると憂慮される。そうしたなかで、相手の「仏性」という最も尊貴な生命を信じて、声をかけていくことが、どれほど深い意義を持っていることか。
 イギリスの歴史家カーライルも語っている。
 「よき種子を蒔くこと、また蒔いたということはたしかにあらゆる光栄の最高のものであります」
 私たちが誠心誠意、蒔いた「友情の種」は、必ずや信頼と喜びの花園となって薫りゆくことであろう。
        ◇
 草創の福島広布の母は、入会の当初、重い肺病と闘い、自分が生き抜いていく姿こそ、信心の実証と決めて進んでこられた。
 東日本大震災の後も、いやまして地域の太陽として矍鑠《かくしゃく》と光っておられる。
 米寿(88歳)を迎えた昨年は、青年に清々しい弘教を実らせたそうだ。
 この多宝の母は、微笑み語られている。
 「題目をあげていると、相手が何を悩み苦しんでいるのか、わかってきます。
 折伏し抜いてきたからこそ、自分も悩みに負けずに、全部、打開できました。
 折伏こそ、大歓喜の生命の源泉です」と。

仏縁を広げる喜び
 本年、わが東北六県の誉れの友は、麗しい励ましの声をかけ合いながら、未曽有の試練を勝ち越え、偉大な広宣流布の金字塔を打ち立ててくださった。
 御書に照らし、一日また一日、極楽百年の修行にも勝る功徳を積まれていることは、絶対に間違いない。
 自他共に幸福を享受しきっていけるのが、皆成仏道を説く、この仏法である。
 ゆえに我らは、言葉の力、声の力で、広宣流布という幸福の沃野を、さらに大きく広げていくのだ。
 日蓮大聖人は、「法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし」(御書1492㌻)と明快に仰せである。
 広布に生き、人のつながりが広がれば広がるほど、福徳も自身に大きく集まってくる。仏縁を広げゆくことは、そのまま希望と幸福の拡大でもあるのだ。
        ◇
 男子部も、女子部も、そして男女学生部も皆、青年学会の新時代を担いゆく決意に燃えて、「行学の二道」に尊い汗を流してくれている。頼もしい限りだ。
 「人生は冒険であるという考え方を打ち切ってはいけない」とは、アメリカのエレノア・ルーズベルト大統領夫人の言葉である。
 彼女は、「勇敢に、張り切って、夢をもって生きる」ように、さらに苦労を避けるのではなく「挑戦を引き受けて立つ」ように訴えてやまなかった。
 人生の真髄は、生き生きとした「チャレンジ精神」の中にあるのだ。
 広宣流布とは、人びとの生命の大地に幸福の花を咲かせゆく究極の冒険である。それはまた、戦乱の絶えない世界に平和を築きゆく遠大な夢である。
 我らが勇気を奮った挑戦の一歩一歩は、自身の「人間革命」の完璧な栄光の足跡である。その着実な一歩一歩の中に、人類待望の「広宣流布」の未来図も描かれているのだ。
 何があっても前へ、粘り強く前へ!──ここに慈折広布を使命と定めた、我ら創価の真骨頂がある。

陰徳陽報の晴れ姿
 わが堅塁・大中部の広布の戦友は、40年ほど前、経営する塗料会社の工場が不慮の火事で全焼してしまった。しかし、「どんな苦難にも意味がある。どんな災難も絶対に変毒為薬できる」と不死鳥の如く再起を果たした。
 悪逆なる邪僧の迫害からも、地域の同志を厳然と守り抜いてくれた勇者だ。
 その後、創価大学の通信教育に学び、77歳で見事に卒業を勝ち取った。
 今も晴れ晴れと、中部の一番星の創価家族と共に、「人生は勝負です。実証です。勝つことが仏法です」と胸を張り、正義の「この道」を邁進されている。
 日本中、世界中に光る、こうした無名無冠の同志の奮闘あればこそ、我らの城は盤石なのである。
 私の胸には、かのカーライルの言葉が響いてくる。
 「この成功に私自身の努力が貢献したという事実を見ること以上に大きな喜びを私に与えるものは決して多くありません」と。
 いわんや仏法の因果に照らし、広宣流布の功労は、必ず必ず自身と眷属の生命の栄光となる。
 大聖人は、門下の陰徳陽報の勝利の晴れ姿を喜ばれつつ、厳然と言われた。
 「この功徳は、まだ始まりです。さらに大果報が来ると確信しなさい」(同1178㌻、趣意)と。
 御本仏が、けなげな創価家族の未来に尽きることのない大果報を約束くださっているのだ。

「二陣三陣」と続け

 今、全国で、未来部を励ます「創価ファミリー大会」が楽しく活発に開催されている。親子や家族、そして地域が一体となって、信心と学会精神を、共々に深め合う機会に──と願う。
 無事故の運営を祈り、陰で支えてくださる担当者、役員の方々にも、心から感謝申し上げたい。
 この夏、求道の若き友が研鑽する青年部教学試験2級の範囲である「種種御振舞御書」には仰せである。
 「妙法蓮華経の五字・末法の始に一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相に日蓮さきがけ(魁)したり、わたうども(和党共)二陣三陣つづきて迦葉・阿難にも勝ぐれ天台・伝教にもこへよかし」(同910㌻)
 今再び、新たな地涌の人材が、二陣三陣と躍り出る時が来た。我ら創価学会にとって、万年の基盤を創り開く、不思議な黄金の好機を迎えている。
 さあ、世界の創価の英雄たちと共に、異体同心の団結も固く、新たな船出だ!
 未来の後継者を励まし、育て、伸ばし、創立100周年の2030年へ、さらに、第2の「七つの鐘」を高らかに打ち鳴らしながら2050年へ、広布の大航海に出発しよう!

 偉大なる
  使命に生きゆく
    わが友よ
   健康第一
     朗らか王たれ


 「アイーダ」の歌詞は『名作オペラブックス13 ヴェルディ アイーダ』(音楽之友社)。武田信玄の言葉は岡谷繁実著『名将言行録 現代語訳』北小路健・中澤恵子訳(講談社)。トルストイは『文読む月日』北御門二郎訳(筑摩書房)。カーライルは『ゲーテ=カーライル往復書簡』山崎八郎訳(岩波書店)=現代表記に改めた。ルーズベルトは『エリノア・ルーズヴェルト自叙伝』坂西志保訳(時事通信社)。
2013-08-01 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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