スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-------- : スポンサー広告 :
Pagetop

創価学園「栄光の日」記念の集いへのメッセージ

創価学園「栄光の日」記念の集いへのメッセージ
       (2013.7.17 東京・関西創価学園)

 (創価学園の7・17「栄光の日」記念の集いが17日、東京と関西の各キャンパスを映像と音声でつないで行われた。これには創立者の池田名誉会長がメッセージを贈り、「不屈の勇気に燃えて、平和と正義の旗を高らかに掲げながら、未来の大勝利へ舞いゆく青春を」と祝福し、記念の和歌を詠み贈った。創立者の人権闘争の精神を刻む学園の伝統行事。学園生は、一人一人が21世紀の平和のリーダーへと成長しゆくことを誓い合った。最後に学園愛唱歌「負けじ魂ここにあり」を大合唱した)

飛躍の力は君の中に
何があっても へこたれるな 焦らず自分自身をつくれ!

 一、東京も、大阪も、暑い日が続くなか、皆、本当にご苦労さまです。
 この一学期も、よく学び、よく鍛え、よく成長してくれました。
 わが学園生が伸びている。わが学園生が育っている。私にとって、これほどの喜び、これほどの誇り、これほどの生き甲斐はありません。
 毎朝、早起きをして、長い道のりを勇んで通学してくる友もいます。
 親元を離れて、寮や下宿で、たくましく前進している友もいます。クラブ活動で、皆と力を合わせて目覚ましい活躍をする友もいます。
 家族の病気や経済的に大変ななか、歯を食いしばって奮闘する友もいます。
 今の皆さんの勉学も、努力も、苦労も、充実も、さらに失敗さえも、すべてが青春の偉大な劇です。
 何一つとして無駄なことはない。
 皆で互いの健闘に拍手を送り、共に新たな決意で、明るく、にぎやかに、「21世紀の太陽」の大行進を開始しようではありませんか!

試練をバネに伸びてゆけ!
 一、きょうは、一点、「じっくりと自分自身をつくれ! そして、未来の大勝利へ勇敢に舞いゆけ!」と申し上げたい。
 現在、私は、「人類の頭脳」と讃えられるローマクラブの共同会長で、地球環境を守るために行動する、ドイツのヴァイツゼッカー博士と対談を重ねております。
 世界的な環境学者であるヴァイツゼッカー博士は、幼い頃から、森に入って、カブトムシなど生きものたちと楽しく触れ合いながら、生命の探究を生き生きと広げてきました。
 なかでも、博士が好きな生物はチョウです。それは、なぜか。幼虫の段階から、時とともに見違えるように姿を変え、美しいチョウとなって舞いゆく劇的な成長に、心をひかれるからだといいます。
 私も、小学生の時、チョウやセミやトンボなどの脱皮を観察して、同じように驚きと感動を覚えたことを思い出します。
 生命は、目を見張るほど、大いなる飛躍を遂げる力を秘めています。なかんずく人間の若き生命には、いかなる試練にあっても、それをバネにして伸びていく力、強くなる力、賢くなる力が漲っているのです。
 ヴァイツゼッカー博士ご自身も、13歳の時に小児まひを患って、足が不自由になりました。しかし、朗らかに勝ち越えてこられました。病気で苦労したことも、人を思いやる深い慈愛に変えて、英知を磨いてこられたのです。
 この現実の社会を、よりよく変化させていくため、世界を駆け巡って信念の活動を繰り広げておられます。
 一、私が青春時代、心に刻んだドイツの大文豪ゲーテの言葉に、「大事なのは意欲と熱意です」「いま大事なのは、ほめられるとか、けなされるとかいうことではなく、学ぶことなのだ」(登張正實訳 『ゲーテ全集8』 潮出版社)とありました。
 どんなに苦しいことや悔しいことがあっても、へこたれてはならない。あきらめてはならない。人と比べて焦る必要も、全くありません。
 「負けじ魂」で学び抜き、じっくりと自分自身をつくり上げていけば、最後は必ず勝つ。社会や世界も大きく変える力を発揮できるからです。
 学園の先生方が、何よりの誉れとして、私に報告してくださることは、卒業生たちが立派に成長して大活躍する、仰ぎ見るような晴れ姿です。

学園生と共に永遠の師弟旅
 一、イギリスの有名な作家であるブロンテ三姉妹の一人、シャーロットは、友へ呼び掛けました。
 「よき勇気をおもち下さい」「すべてよき決意を貫いて下さい」(中岡洋・芦澤久江編訳 『シャーロット・ブロンテ書簡全集/註解』 彩流社)と。大事なのは「勇気」です。たとえ、何度くじけようとも、また立ち上がって挑戦する「決意」です。
 どうか、英明な君たち、秀麗な貴女《あなた》たちは、不屈の勇気に燃えて、平和と正義の旗を高らかに掲げながら、未来の大勝利へ舞いゆく青春を進んでいってください。
 いつもいつも、私は、皆さんの金の汗光る前進を見守っています。一日また一日、私の心は学園生と共にあります。未来永遠に「師弟の旅」は一緒だからです。
 皆、健康第一、無事故第一で!

 親孝行を忘れずに、お願いします。
 終わりに、わが最優秀の学園生に、記念の一首を贈り、メッセージといたします。

 挑戦の
  坂の彼方に
   栄光山
 今日も登れや
  勇気の一歩を
スポンサーサイト
2013-07-24 : スピーチ・メッセージ等 :
Pagetop

随筆 我らの勝利の大道 No.109 わが弟子の胸に誓いあり

随筆 我らの勝利の大道 No.109   (2013.7.13付)

わが弟子の胸に誓いあり

旭日の生命の勢いで躍り出よ
青年とは前進また前進の開拓者

「水滸の日」60周年
師弟の心で共々に勝鬨を!

 わが友の
  広布に走る
    その汗は
  宝珠となりて
    生命に光らむ

 猛暑の日本列島で、わが誉れの同志は、勇んで広宣流布を進めてくれている。
 真の「地涌の菩薩」でなければ、できない戦いだ。
 皆、熱中症などにならないよう、聡明に体を大事にして、健康第一、無事故第一の前進をお願いしたい。
 私も、梵天・帝釈、守り給えと強盛に祈っている。
 多宝の方々も、壮年部、婦人部の皆様も、そして、後継の青年部の友も、皆が元気で本当に嬉しい。
 7月は、まさしく「青年の月」である。
 ドイツの大文豪ゲーテは呼びかけた。
 「青年というものはすべて、いかに速やかに活動を開始するかということに、晴れやかな気持で注目するとよい」
 毎日毎日、昇りゆく旭日の勢いで出発していこう。そこに年齢は関係ない。清新な一念で活動する人が、永遠の青年であろう。
 62年前の7月、世界に誇れる男女青年部が、相次いで結成された。
 男子部は11日。
 女子部は19日。
 師匠・戸田先生は、学会の全責任を、名も無き青年たちに託された。私も妻も、青年部員として、恩師のもとに馳せ参じた。
 結成当時の青年たちが、広宣流布へ、また立正安国へ、大情熱を滾らせ、戦いに戦い抜いてきた歴史の結実が、今の創価学会である。
 そして「本門の時代」の君たち、貴女《あなた》たちの出番だ。
 今月、世界各国の青年部からも、人材拡大の希望と喜びあふれる報告が続々と届いている。
 いやまして、青年の息吹を、地域に、社会に、日本に、さらに未来世界に広げるのだ。広布開拓の闘魂を受け継ぎ、新しい力を漲らせ、勇んで躍り出るのだ。
        ◇
 この7月21日は、「水滸の日」である。
 「水滸会」は、戸田先生が自ら本格派の男子部を育成された人材グループである。当初の発足は、昭和27年の暮れであった。
 会の名前の由来ともなる中国の小説『水滸伝』を最初の教材に選び、師の魂が凝結した1回1回の研修は真剣そのものであった。
 喜びと使命感に燃えての出発であった。ところが、いつしか参加者の中に惰性の命が兆し、安逸へ流れ始める者が出てしまった。

闘魂を忘れるな!
 御聖訓には、「聴聞する時は・も(燃)へた(立)つばかりをも(思)へども……」(御書1544㌻)と、初心の亡失を戒められている。
 闘魂を失えば、師子の子ではない。師は激怒し、叱咤された。「戦う覚悟なき者は去れ!」
 私は猛省し、祈った。吼えるが如き気迫で、御本尊に向かった。この失敗を必ずや変毒為薬して、師の願業を実現しゆく本物の青年の陣列を、断じて築かねばならない!──と。
 その日、昭和28年6月16日の日記には、こう綴っている。
 「夜、水滸会。先生、ひどく怒らる。我等悪し。全く、魂なく、意気地なきことを反省する」「この転換は、信心。信心の力以外に、解決と前進の道なし」
 信心とは、惰性との間断なき戦いである。
 日蓮大聖人は「水のごとくと申すは・いつも・たい(退)せず信ずるなり」(同㌻)と仰せになられた。
 常に学会精神の源に立ち返り、清冽なる水の流れの如き不退の信心で、日々、一歩でも前に進んでこそ、魔を破ることができる。

新生の誓願に燃え
 私の人選によって、「水滸会」が43人の陣容で新出発したのが、60年前の7月21日であった。その日が、今に輝く「水滸の日」となったのである。
 新たな出陣に当たり、私たちは厳粛に3カ条の誓いを立てた。これが「水滸の誓」である。
 第1に、“御本尊に対する誓い”である。
 第2は、“師匠に対する誓い”だ。
 そして第3に、“会員同志の誓い”である。
 この3カ条は、60年の歳月を重ねた今も、広宣流布の開拓において、最重要の心構えといってよい。
 我らの一切の戦いは、根本尊敬の当体であられる御本尊に、広布を誓願することから始まる。
 ゆえに、ありとあらゆる諸天善神を揺り動かして、「大法弘通慈折広宣流布大願成就」の道を、そして「大法興隆所願成就」の道を、必ず開いていけるのだ。
 我らは、この世で最も光輝ある師弟の誓願に生き抜いている。
 だから、行く手にどんな障壁が立ちはだかろうとも、断じて屈しない。師の如く戦い切り、師と共に勝ち抜いていくのだ。
 そして我らには、絶対に同志を裏切らない「異体同心」の誓いがある。
 大聖人は、いかに人数が多くても「同体異心」であれば物事を成就することはできないと喝破なされた。
 我らは、久遠からの不思議な絆で結ばれた創価家族と共に、いついかなる時も苦楽を分かち合い、絶対の信頼と絶妙の呼吸で、大事を成じていくのだ。
        ◇
 かつて、関東の広宣のリーダーとして戦った懐かしき友も、信義に厚い「水滸会」の一員であった。
 あの大阪事件で私が不当逮捕された折には、戸田先生の愛弟子を思う心情を伝えるため、東京から大阪の拘置所に駆けつけてくれた忘れ難き同志である。
 昭和33年の「3・16」の儀式の時、衰弱された戸田先生のために、私が用意した車駕を担いでくれた青年の一人でもある。
 常々、彼が固く誓っていたことがある。
 それは「広宣流布に戦う同志を、仏の如くに尊敬し、大切にすること」だ。
 この心のままに、青年たちの中に分け入り、皆で力を合わせて汗を流した。
 そうした人知れぬ「陰徳」が、自他共に偉大な「陽報」となって輝き渡るのが、仏法の世界である。信心の労苦には、いささかも無駄がないのだ。

華陽の連帯《スクラム》の輝き
 戸田先生は、男子部の「水滸会」に先立ち、女子部には、「華陽会」を結成してくださった。
 私の妻も、「広宣流布は、女性の手でできる」との恩師の叫びを、わが人生の使命として、走り抜いてきた一人である。
 大聖人は「一代聖教の中には法華経第一・法華経の中には女人成仏第一なり」(御書1311㌻)と高らかに宣言されている。
 この御聖訓を胸に刻み、創価の女性の連帯は、社会と世界の希望と輝いている。あまりにも健気な妙法の乙女たちだ。大聖人も、牧口・戸田両先生もどれほどお喜びであろうか。
 「華陽会」の名には、「華のように美しく、太陽のように誇り高くあれ」との恩師の願いが込められている。この珠玉の集いが、わずか20人からスタートしてより60余年──。
 21世紀の今、日本では「池田華陽会」第6期生が各地で誕生し、海外各国でも、華陽姉妹による慈愛と平和と幸福のスクラムが爽やかに広がり続けている。
        ◇
 「我以外皆我師」の言葉を残し、庶民から学び続けた文豪・吉川英治氏の作品も、「水滸会」で私たちが研鑽した教材である。
 後年、「水滸会」の思い出の天地・氷川に近い、東京・青梅市の吉川英治記念館を訪れたことも懐かしい。

人生は強気でいけ
 吉川氏の名作『三国志』には綴られている。
 「(もう駄目)それをふと、自分の心に出した時が、人生の難関は、いつもそこが最後となる」と。
 弱気になるな。途中で失敗しようが、挑戦し続けるのだ。いな、青春時代の本当の失敗とは、失敗を恐れて挑戦しないことである。へこたれず、諦めなければ、失敗は栄光に変わる。人生は徹して強気でいけ
 私は全幅の信頼を託しつつ、愛弟子たるわが青年部に、申し上げたい。
 青年ならば、負けじ魂の挑戦者たれ! 突破口を断じて開くのだ。
 青年ならば、前進また前進の開拓者たれ! 新時代を切り開くのだ。
 青年ならば、不撓不屈の創造者たれ! 民衆勝利の未来を創り開くのだ。
        ◇
 「水滸会」で、世界広布の展望について質問した青年に、戸田先生は言われた。
 「世界といっても、結局、人間なんだ。すべてが人間にたどりつく。要は、人間が変わればよいのだ。そのために、一対一の立正安国の対話を粘り強く貫き通していくんだよ」と。
 その対話を、私は同志と一緒に、日本狭しと広げてきた。世界の指導者とも、平和・文化・教育の語らいを縦横に結んできた。
 この道に、青年部が颯爽と続いてくれていることは、何よりの喜びだ。

勝負を決する力
 「水滸の誓」も「華陽の心」も、現在の男女青年部に脈々と受け継がれ、世界に冠たる人材の大河となった。
 わが弟子の胸に、「師弟共戦」の誓願がある限り、広宣流布の前途は明るい。
 この「青年の月」は、「青年学会 勝利の年」の栄冠を決定づける本舞台だ。
 『水滸伝』の名将・宋江は、盟友に呼びかけた。
 「生死も勝敗も、この一戦にある。きみたち兄弟分も、みな努力して突き進み、ひるんだり動揺したりしてはならぬ」
 「勢い」と「団結」と「執念」こそが、勝利を決する力である。
 我らは“断じて勝つ”と、岩をも貫く矢の如き一念で進む。油断なく、一日一日を悔いなく勝ち抜いていく。
 そして、縁する一人ひとりを大切に、誠実な対話と友情を広げたい。その振る舞いの中にこそ、仏縁が深く結ばれていくからだ。
 共に勝鬨を晴れ晴れと轟かせよう! 共々に勝って、固い握手を交わそうではないか!
 その先駆、その太陽、その英雄こそ、わが命たる地涌の青年なのである。

 青年よ
  師弟不二の
   炎なる
  誓いを燃やして
    断固 勝ちゆけ

 ゲーテの言葉は『ゲーテ全集8』登張正實訳(潮出版社)。吉川英治は『吉川英治全集27三国志(2)』(講談社)。宋江は『完訳 水滸伝9』清水茂訳(岩波書店)。
2013-07-14 : 随筆 我らの勝利の大道 :
Pagetop

随筆 我らの勝利の大道 No.108 七月に翻る正義の旗

随筆 我らの勝利の大道 No.108      (2013.7.6付)

七月に翻る正義の旗

一人立つ勇者の団結で進め

7月6日 先師・恩師の法難70年──
立正安国の対話に創価の魂
わが信念を叫べ! 声を大に 堂々と


 忘れまじ
  あの日 覚悟の
   法難に
  蓮祖の如く
   厳たる先師を

 日蓮大聖人は、悠然と仰せになられた。
 「幸いなるかな我が身『数数見擯出』の文に当ること悦ばしいかな悦ばしいかな」(御書963㌻)
 文永10年(1273年)の7月6日に、佐渡の地で認《したた》められた御聖訓である。法華経に説かれる通りに、2度の流罪に遭われたことを「幸い」とされ「悦び」とされている。
 この巌の如き御本仏の御境涯を拝しながら、忍難弘通の道を現代に示されたのが、牧口常三郎先生であり、戸田城聖先生である。
 本年、7月6日は、両先生の法難から70年である。
 戦時の日本は、国家主義による思想統制を目論み、推し進めていた。
 信教の自由を護らんと、断固これを拒否した両先生は、軍部政府によって投獄されたのである。
 しかし、恐れや悲壮感など、微塵もなかった。
 牧口先生か、獄中からご家族に送られた書簡には、「大聖人様の佐渡の御苦しみをしのぶと何でもありません」等と記されている。
 過酷な尋問さえも、弘教の場となった。
 戦乱や天災地変の国難にあって、どうすれば、一人ひとりに安穏な幸福が到来するか。理想社会の建設のためには、正しい生命尊厳の哲理が必要である──。
 宗教の正邪を論じ、「立正安国」の法義を諄々と語っていかれた。
 当時の看守など関係者の中には、両先生の信念の師子吼が種となって、後に入会した人もいる。
 いずこであれ、いかなる境遇であれ、そこで師子吼する。正義の旗を掲げ、戦い抜いていく──ここに、学会精神の真髄がある。
 我らが妙法を唱え、広宣流布のために、決然と対話に打って出ることは、日蓮大聖人に直結し、創価の師父である両先生の如く戦うことだ。
 「師子王の心」が脈打ってこないわけがない。
 御聖訓には、「願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ」(同1589㌻)と厳命されている。
 「師子王の子」すなわち一人立つ勇者の結合こそ、創価のスクラムである。
 両先生の法難70年──師弟の魂を燃え上がらせ、威風も堂々、「立正安国」の対話を広げる時は来た。

麗しき人間の絆を
 アメリカの思想家エマソンの著名な研究者であるワイダー博士と、私がお会いしたのは、7年前の7月であった。快活にして聡明な詩人である博士の笑顔とともに、語らいは始まった。
 博士は強調されていた。
 「エマソンは、互いに『真に人間的な絆』を結ぼうと、私たちに呼びかけました。21世紀においては、これこそが私たちが取り組むべき最大の挑戦ではないでしょうか」
 その通りだ。人間と人間の麗しき絆を結びゆく挑戦の対話を、今日から明日へ、いやまして朗らかに、我らは続けていきたい。
 一つの対話から、さらに次の対話が生まれ広がる。
 これが「立正安国論」に示されている、対話を機軸とした、「人間革命」から平和創出への希望の連動なのである。
 ワイダー博士は、東日本大震災の被災地に足を運ばれ、励ましの詩心薫る東北家族とも、生命の共鳴の対話を重ねられた。
 その東北は「7月3日」を方面の日として、勢いよく前進している。
 20年前(1993年7月)の北海道南西沖地震から不屈の復興を果たされた奥尻島の同志も先日、誓い光る集いを開催された。
 わが同志が社会の安穏を願って奔走される姿は、なんと誇り高いことか。
 私が平和への祈りを込めて、初めて沖縄の那覇を訪問したのは、昭和35年(1960年)の7月16日。大聖人が「立正安国論」を提出されてから700年の日であった。
 炎暑の沖縄で、誉れの賢者たちは、広布の理想郷の建設に、喜び勇んで黄金の汗を流してくれている。

偉大な模範の庶民
 「すぐれた人たちの範例ほど私を感動させるものはありません」──これは、7月が生誕の月に当たる、イタリアの桂冠詩人ペトラルカの至言である。
 誠実一路に生き抜く人生、苦難に屈せず信念を貫く人生、自他共の幸福のために骨身を惜しまず戦う人生……そうした偉大な創価の庶民の「範例」すなわち模範の姿が、イタリアをはじめ世界中で輝いている。
 一人の勇気が友の勇気を呼ぶ。自分が壁を破れば、皆の前進の突破口になる。
 この学会の伝統のまま、壮年部・婦人部の皆様は、立正安国の連続闘争に懸命に挑んでくださっている。
 過日も、東京の99歳になられる宝寿会の母が、ご近所の100歳の友人をはじめ、尊い尊い友好を広げておられる様子を伺った。
 この母は毅然と語る。
 「“生きる”のと“生き切る”のとは違うと思います。一日一日を”生き切る”との思いで、師恩に応えていきたいのです」と。

広布の歌高らかに
 35年前の昭和53年(1978年)夏──。私は、学会の各部、各方面・県の歌を作成していった。
 7月に入ると、3日に「友よ起て」(男子部)、5日に「星は光りて」(女子部・白蓮グループ)、8日に「人生の旅」(壮年部)……と次々に発表した。
 今日は埼玉、明日は山梨、東京に戻ると次は神奈川、さらに西日本へと駆けた。約2週間、各地を転戦しながら、先手先手で歌を作っていったのである。
 「常勝の空」(関西)も、「地涌の讃歌」(中国)も、「我等の天地」(四国)も、「この道の歌」(中部)も。訪問先で劇的に披露されたことは、ご存じの通りだ。
 火の国・大九州にも、誓願の北陸にも、師弟の信越にも、凱歌の人が集う青葉の東北にも、三代城・北海道にも、歌を贈った。
 そして、東京の歌「ああ感激の同志あり」、神奈川の歌「ああ陽は昇る」も、この夏に生まれた。
 夏から秋にかけて、関東の各県や、富士を仰ぐ山梨、静岡の歌、また婦人部への「母の曲」も仕上げた。
 声高らかに、広布の山を断固、勝ち越えるのだ!
 関西では今、「常勝の空」を歌いながら育った友が、常勝魂を漲らせ、「いざや前進」と奮闘している。
 今月、大阪の支部長大会で、壮年部の共戦の友が、皆で肩を組みながら、意気軒昂に、この歌を大合唱してくれたと聞いた。
 かつて、昭和31年の「大阪の戦い」に臨んで、私と関西同志が心肝に染めた法華経の文がある。
 一つは「魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護る」(御書1242㌻)、もう一つは「病即消滅して不老不死ならん」(同㌻)であった。
 悪戦苦闘の只中でこそ、あらゆる人びとの仏性を呼び起こし、共に広宣流布に連なることができる。
 そして、一人ひとりが不老不死の大生命力を発揮しながら、健康長寿の人生を開いていくことができる。
 ともあれ、病と闘う友の平癒を、私は一心不乱に祈り続ける日々である。

「異体同心」で勝つ
 この激闘の昭和53年7月、私は埼玉を訪れ、所沢、川越をはじめ歴戦の勇士たちとお会いした。
 席上、私は様々な苦難と直面することは人生の避け得ぬ実相であり、だからこそ、何があろうが、題目を唱え抜こうと訴えた。
 「題目第一」で戦い抜く時、一切の試練も必ず変毒為薬され、黄金の思い出の歴史に転じていけることは、絶対に間違いない。
 思えば、埼玉が「鉄桶の団結」の指針に奮い立ったのは、40年前であった。
 鉄桶とは団結が固く、隙がないという意味である。
 大聖人は「畷《なわて》(水田のあぜ)は堅固であっても、蟻の穴があれば、必ず最後は、湛えた水が溜まることはない」(御書1308㌻、通解)と教えられた。
 「一人くらいは」という油断と慢心から、破綻が始まる。一人を大切にし、「もう一歩」と前進し続ける所は、団結もより強固になり、それまでの労苦と困難を、すべて勝利と福徳に変えていくことができる。
 我らは、この世で最も美しく強い「異体同心」の団結で、一日一日、面収を増し、粘り勝っていくのだ。

学会は平和の中核
 35年前の7月、聖教新聞では、小説『人間革命』第10巻の「展望」の章を連載していた。その中で私は、あの大阪の「“まさか”が実現」の勝利の直後に戸田先生が語った未来の展望を紹介した。
 ──広宣流布が進んでいけば、多くの人材が育ち、社会のあらゆる分野で活躍していくことになる。やがて創価学会は、人類の平和と文化を担う中核的存在として、そのための人材を育て上げる壮大な教育的母体になっていくだろう──
 この先生の展望通りに、創価の若き丈夫と華陽の清々しい乙女が、草創の父母たちの血の惨む開拓の労苦を継承し、地涌の人材の真価を発揮する時代が、まさに開幕した。
 青年学会の多彩な人材群は、尽きることがない。
 全ては、青年を育て、人間を励ますことから始まる。
 今いる場所から仏縁を結び広げながら、広布と人生の勝利の旗を、人類の希望と光る正義の旗を、日本中、世界中の創価家族と共に、痛快に掲げゆくのだ。
 イギリスの大詩人ミルトンは断言した。「自分の考えは何か」などの信念を、「世に向かって堂々と公表する以上に、公明正大なことがありましょうか」と。
 我らの世界広宣流布の前進は、これからが本番だ。
 胸を張って、わが情熱を伝えよう! 声を大にして、信念を語ろう!
 そして、今こそ、創価の師弟の正義を満天下に示しゆこうではないか!

 わが門下
   君も勝ち抜け
      不二の山

 ペトラルカの言葉は近藤恒一編訳『ルネサンス書簡集』(岩波書店)。ミルトンは原田純訳『言論・出版の自由』(岩波書店)。
2013-07-07 : 随筆 我らの勝利の大道 :
Pagetop

未来対話 第15回 「正義の走者」は進む!

第15回 「正義の走者」は進む!
                         (2013.7.1付 未来ジャーナル)
思いやりは勇気の行動に表れる

人間愛のペンの勇者 トルストイ
この人生における疑う余地のないただひとつの幸福は、他人のために生きることである。

 ──7月21日から「未来部躍進月間」がスタートします。「読書感想文コンクール」や「英語スピーチコンテスト」の応募も始まり、皆、決意に燃えています。

名誉会長 10代の夏は、まさに生命が「躍進」するチャンスです。みんなが健康で、事故なく、“挑戦の夏”“充実の夏”“成長の夏”を送ってくれるように、私も祈っていきます。

 ──女子未来部のメンバーからこんな質問が届いていました。「学会員は、なぜ、あんなに『人のため』に頑張れるのですか? 未来部担当のお姉さんは、仕事で疲れているにもかかわらず、私たちに会いに来て、笑顔で励ましてくれます」と。

名誉会長 うれしい質問だね。
 担当のお姉さんに感謝し、体調まで気づかってくれる心が、優しくて美しい。
 21世紀使命会をはじめ、未来部の成長に真剣に尽力してくがさる方々がいるからこそ、学会は盤石です。
 担当の皆さん方が、みんなに会いに来てくれる理由、それは「真心」です。
 悩みを聞いて一緒に祈りたい。
 目標を聞いて、共に勝利したい。
 毎日、元気でいてほしい。
 日々、前進できるように応援したい……。
 みんなの頑張る姿が、末来部担当者の喜びです、みんなが成長してくれれば、それだけでうれしいんだ。ホントだよ。
 こうした「人のために」という真心を、仏法では「菩薩会の生命」と言うんです。
      □■□
 ──仏法では、私たちの中に10種類の生命が具わっていると説かれます(地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界)。
 その9番目が、正しい法を求め、人のために尽くそうとする「菩薩界」という生命ですね。
 現代化学の父・ポーリング博士、池田先生がアメリカのクレアモントマッケナ大学で行った講演「新しき統合原理を求めて」に感銘を受け、アイ・ライク・ナンバー9(私は9番目の菩薩界が大好きで)と言われていました。

名誉会長 そうだったね。
 この「菩薩界の生命」は、題目をあげると、ぐんぐんと湧き出してくる。
 ゆえに学会員は、自分が大変でも、人のために行動できる。その清らかで力強い生命を発揮して、周りの人の心を励まし、元気づけることができるのです。
 日蓮大聖人は、菩薩の心を、「自分のことは差し置いても、他人のことを大事にする」「まず、周りの人を幸福にして、その後に自らの幸福を願う」(御書433㌻、趣意)と教えてくださっています。
 まさしく、担当者の方々の実践であると、私は讃えたい。
 これは、皆さんのお父さんやお母さんも同じです。自分の時間や体を使って、人の幸福のために、祈り、語り、行動している。
 時に、無理解な批判があるうとも、勇気を奮い起こして前進する。菩薩の信念が、生き方そのものになっているのです。
 「自分さえよければいい」という風潮の社会にあって、これは、奇跡とも言うべき尊い姿です。
 学会員こそ、「真心の勇者」なんです。
 私が青春時代から愛読してきたロシアの大文豪トルストイは、自らの哲学をこう記しています。
 「この人生における疑う余地のないただひとつの幸福は、他人のために生きることである」「われわれは他人のために生きたとき、はじめて真に自分のために生きるのである」
 人生の真髄を表現した叫びです。今回は、この言葉を皆さんに贈りたい。
 もしも、トルストイが、菩薩の道を進む創価の未来部の友と会ったならば、どれほど喜ぶことか。
      □■□
 ──池田先生には、トルストイの玄孫(ひ孫の子)に当たるウラジーミル氏から、第1号の「トルストイの時代」賞が授与されています。
 トルストイは、恵まれない人々に手を差し仲べた“人間愛のペンの勇者”です。『戦争と平和』は、世界最高峰の文学作品として有名です。

名誉会長 トルストイは、当時、奴隷のような扱いを受けていた農民の子どもからのために学校を創ったり、飢饉で苦しむ人々に、食糧を配るために被害地を回り、多くの給食所を設けたりするなど、民衆のために菩薩の行動を続けました。
 その原点は、少年時代にあります。2歳になる前に母が亡くなり、9歳の年には父も他界しました。父母を失った彼に愛情を注いでくれたのは、遠い親せきのタチャーナ・ヨールゴリスカヤ小母さんでした。
 実の母のように深い愛情で接してくれる小母さんに、トルストイ少年は、感謝の詩をささげます。
 「あなたがしてくれたことのすべてを わたしは知っています」
 小母さんの「人のために」生きる心が、トルストイの一生涯の行動の力になったと、私は思う。
      □■□
 ──「恩を忘れない」ということですね。ただ、「人のために行動するということは、自分を犠牲にすることなんでしょうか?」という質問もありました。

名誉会長 大事な問いだね。
 「自分だけ」では、利己主義です。逆に「相手だけ」では、自己犠牲になる。そうではなく、自分も、相手も、一緒に喜び、成長し、幸福になっていく。これが、本当の喜びではないだろうか。
 日蓮大聖人は、「喜とは自他共に喜ぶ事なり」 (同761㌻)と仰せです。
 「人のため」とは、相手を喜こばせてあげることです。相手が喜べば、自分も楽しい。充実がある。張り合いがある。生きがいがある。それは、自分のことしか考えてない時の喜びとは、比べものにならないほど、大きくて深い喜びなのです。
 「他人の不幸のうえに自分の幸福を築くことはしない」──これは、私が関西創価学園生に贈った指針です。
 互いに喜び、自分も他人も、大歓喜に包よれて幸福に生きる──そのために、人生はあるんです。
 御書には、こうも説かれている。「人のために灯をともせば、自分の前も明るくなる」(1598㌻、通解)
 人のためにする行動は必ず。自分のためにもなる。何よりも、自分の生命が明るく光り輝きます。
 真に「人のために」生きることは、強く賢く、自分も他人も大切にしていく生き方なんです。
 こうした幸福観を社会に広げているのが、私たち創価学会です。
      □■□
 ──「今は、自分のことだけで精いっぱいなのに、友達のことを思えるような人になれるのでしょうか」という声もありました。

名誉会長 もちろん、今、皆さんにとって大切なことは、自分自身を鍛えることです。背伸びをする必要は、まったくありません。
 その上で、身近なところから、自分が今できることを、無理せず行っていけばいいんです。
 誰の生命にも、菩薩界があります。それが縁にふれて現れる。例えば、重い荷物を抱えているおばあちゃんを見たり、困っている友達がいたりすると、“何とか助けてあげたいな”と思う。
 言」には「菩薩界の生命」が輝いている。ふだんよりも、もう少しだけ勇気を出せば、慈悲(思いやり)の心は出てくるのです。
 戸田先生は「慈悲といっても、なかなか出ない。慈悲に代わるものは勇気である」と言われました。
 この勇気の扉を開く鍵が、妙法の題目です。「菩薩界の生命」を、いつでも、どこでも、どんな時でも、みんなの胸中から引き出してくれるのです。

 ──過日、福島県の男子高等部員が、友人と共にロボット開発のコンテストに挑みました。このチームは国内予選で1位、日本代表として6月の世界大会に出場し、各国の大学生らと競って堂々の第2位に輝きました!
 彼らが考えたのは「遠隔操作のできる探査ロボット」です。原発事故を収束させるために役立つロボットを作りたい、という思いだったと伺いました。

名誉会長 すごいね。おめでとう! 本当にうれしい!
 人の役に立とうと真剣に立ち上がる時、人間は生き生きと輝く。その「勇気」が「慈悲」となる。その「慈悲」から「智慧」が湧く。
 私が対談を重ねたアメリカの大経済学者ガルブレイス博士も、「他者への思いやりこそ、人間を動かす最も大切な原動力である」と結論されています。
 人のために生きる人は、その時は、苦労が多くて損をしたように見えることがあるかもしれない。
 しかし、間違いなく「心の財」を積んでいるんです。絶対に幸福勝利の人生を飾ることができる。
 東日本大震災で、「人のために」という生き方の尊さと誇りを、わが東北の友は厳然と示してくださった。私たちは断じて忘れません。

 ──「将来、人類に貢献する仕事をしたい」「悩んでいる友達の力になりたい」というメンバーもたくさんいます。とともに、「『人のため』という言葉はスケールが大きくて、具体的にとうすればいいのか、よく分かりません」との相談が寄せられています。

名誉会長 「どうすれば人のためになるのか」と考えること自体、偉大な人生の具体的な一歩です。
 結論から言えば、仏法者である私たちは、まず、友の幸せを祈って題目をあげることができる。そこから湧きあがる勇気と思いやりの心で、友に接していくことです。
 日々の生活に当てはめれば──
 教室に一人でいる友達がいれば、一言。声をかけてみる。下を向いでいる人がいれば、笑顔で明るくあいさつしてみる。
 落ち込んでいる友を励ま才方法だってさまざまです。「大丈夫だよ」と言ってあげる。側にいてあげることだって、すごい支えになる。小さいことのように思えるけど、そうした真心が、実は一番、大きな力になるんだよ。
      □■□
 ──この7月で「正義の走者」(現・末末部歌)が誕生して35周年を迎えます。世界のため、人類のため、青年のために行勤し抜いてこられた池田先生の後継として、未来部はこれからも、正義の道を走り抜いてまいります。

名誉会長 「正義の走者」が発表された時の未来部は、みんなのお父さん、お母さんたちの世代です。私は3番の歌詞に──
 「花の輪広げん 走者なり
 ああ柱たれ 我らの時代の」
と記しました。
 末来部のみんなにも、家庭で、学校で、地威で、そして世界で、笑顔の花、対話の花、喜びの花を大きく広げていって欲しい。
 そして、皆から頼りにされる、時代の柱になってほしい。これがが永遠に変わらない、私の祈りです。


『トルストイの言葉』(小沼文彦訳、彌生書房刊)、トルストイ『文読む月日(上)』(北御門二郎訳、筑摩書房刊)、『トルストイの生涯』(人見楠郎、小波宏全、油屋みゆき編、ほさか刊)、『トルストイ研究』(法橋和彦編、河出書房新社刊)を参照した。
2013-07-07 : 未来対話 :
Pagetop

希望の大空へ ~わが愛する王子王女に贈る~ 1〜15

希望の大空へ ~わが愛する王子王女に贈る~  (2012.5.1付 少年少女きぼう新聞)

第1回 いっしょに進もう

 「少年少女きぼう新聞」の誕生、おめでとう!
 少年少女部の「王子王女」のみなさんこそが、私の一番の「希望」です。
 ですから、この新聞は、私にとっても、何よりの宝ものです。
 私は、若いころ、師匠である戸田城聖先生のもとで、子どもたちのための月刊誌をつくっていました。
 「おもしろくて、ためになる」内容にしようと、一生けんめいに努力しました。
 それを読んでくれた方が、立派な社会の指導者となって、今でも、うれしいお便りをいただくことがあります。
 私は大好きなみなさんと、この「きぼう新聞」をつくっていきたいと思います。この新聞を読んだみなさんが、未来に向かって、「希望の大空」を悠々と羽ばたく姿が、私には、はっきりと見えます。

 みなさんは、「先生」という言葉のもともとの意味を知つていますか? 「先」に「生」まれた人という意味です。そのなかでも、勉学や人生などの大事なことを教えてくれる人が、「先生」と呼ばれるようになりました。
 私にも、小学校の担任の先生をはじめ、お世話になった先生方がたくさんいます。なかでも、私にとって「一番の先生」は、戸田先生です。ほんとうに、たくさんのことを教えていただき、感謝の思いでいっぱいです。
 戸田先生は、「後生おそるべし」という、中国の言葉が大好きでした。これは、「後生」つまり「後」から「生」まれてくる若い人たちは、今からの努力によって、どれほど偉大な人になるか、はかり知れない。だから、最高に尊敬すべきであるという意味です。
 そして、その通りに、「後生」である私たち青年を、最大に愛し、大切にしてくださいました。
 戸田先生は、よく言われました。
 「君たちは『後生』だから、『先生』よりも偉くなれ」と。
 今、私も、まったく同じ思いです。
 みんなが、立派になり、偉くなるために、「先生」の私はいます。
 一番大事な君たちが成長するためならば、私は何でもして差し上げたい。
 晴れわたる5月の青空のもと、花々が咲き、鳥が歌い、チョウが舞う道を共に散歩するような気持ちで、語らいを進めていきましょう。

 みんなが元気に、楽しく、学校に通えるように、毎日毎日、私は真剣に祈っています。
 私の小学校時代は、暗い戦争の時代でした。働きざかりだった4人の兄は、次々と戦争にとられていきました。戦争が終わってから、大好きだった一番上の兄の戦死を知りました。その時の母の悲しむ姿は、忘れられません。
 戦争には絶対に反対です。かわいいみなさん方には、あんな時代を断じて経験させてはならないと、私は心に決めて戦ってきました。
 わが家は、父が病気でした。生活も大変でした。でも、母は、ほがらかに「うちは貧乏の横綱だ」と笑いながら、みんなを明るくはげましてくれました。
 私は体が弱かったのですが、うんと早起きをして、家の海苔づくりの仕事を手伝ったり、新聞配達をしたりしました。その時、体をきたえたことが、やがて世界中をかけ回れる土台になりました。
 つらいことも、悲しいことも、たくさんありました。それでも、今、振り返ってみると、子どもの時には、それはそれは苦しく思えたことも、大人になると自分の大切な歴史として思い起こされます。
 「あの時がんばって、ほんとうによかったな」と思えるものです。
 どんなに大きな悩みであっても、人間は必ず乗り越えられる。このことを、みんな、心におぼえておいてください。
 小学校時代の友だちのことは、いくつになっても忘れられません。
 大人になってから、思いがけず町で再会して喜び合い、のちに一家で学会員となった友もいます。
 いつまでも、どんな立場になっても、「○○ちゃん」と呼び合える小学校時代の友だちは、一生涯の宝です。
 私にも、なつかしい友だちとの思い出が、いっぱいあります。
 寒い寒い冬の日のことでした。
 風邪を引いていた級友のために、何人かの男の子といっしよに学校のストーブに火をつけました。実は、勝手に火をつけてはいけない決まりになっていました。
 そこへ、とつぜん、担任の先生が入ってきて、私だけが見つかってしまいました。
 「ろうかにかってなさい!」
 「ハイ!」
 私は、他の子のことは言いませんでした。しかし、教室を出ようとする私を見て、仲間が次々と、「ぼくもやりました」と言って、みんなでろうかに並びました。
 先生にしかられて、立たされているのに、なぜか、みんなニコニコしているのです。
 しばらく後で先生が、私たちをご自分の家に呼んでくださいました。先生は、やさしい笑顔でした。
 みんなでこたつに入って、先生から、いろんな話を聞きました。どれだけ私たちを心配してくれていたか、わかりました。
 そして、先生は私たちに、ご自分が尊敬している吉田松陰の言葉を、私たちにもわかるように、話してくださったのです。
 「立派な人間になるためには、よい師に学んで、恩を忘れず、よい友だちをもつことだ」
 私は、この言葉の通りに生きてきました。70年以上たった今も、変わりません。
 私が信じるのは、友情です。
 その友情を世界に広げてきたのが、私の人生です。平和のため! そして、みなさんが活躍する舞台を開くために!

 私が、今、最も語り合いたい人はだれか──それは、この新聞を読んでくれている君なのです。あなたなのです。
 未来は、誰が何といっても君たちのものです。だから──
 君の中に「平和の種」がある。
 君の中に「文化の種」がある。
 君の中に「教育の種」がある。
 君たち自身が「希望」なのです。
 お父さん、お母さんにしかられる君かもしれない。うっかり忘れ物をしてしまう君かもしれない。勉強がきらいな君かもしれない。運動がにがてな君かもしれない。けれど、未来の世界にとって、君たちこそが「希望」の太陽です。
 君たちと、こうして「対話の旅」に出発することほど、私にとって、うれしいことはありません。
 また来月も、この「きぼう新聞」で、元気にお会いしよう!

第2回 朝を元気に!   (2012.6.1付 少年少女きぼう新聞)

 少年少女部のみなさん、元気ですか?
 今月も、この「少年少女きぼう新聞」で、大好きなみなさん方とお会いできて、私は、とってもうれしい。
 今朝、みなさんは何時に起きましたか?
 がんばって、うんと早起きをした人もいると思います。それでも、もっと早起きをして、すでに、みんなのために、ひと働きも、ふた働きもしている人たちがいます。
 この「少年少女きぼう新聞」を、みなさん方の家に届けてくださった配達員の方々も、そうです。もしかしたら、みなさんのお父さんやお母さんも、新聞を配ってくださっているかもしれません。
 雨の朝など、たくさんの新聞を持って、ぬらさないように届けるのは、とくに大変です。足もとも、すべりやすい。私は、配達員さんの絶対の無事故を、毎日毎日、真剣に祈らずにはいられません。
 まだ、みんなが寝ている時に、人知れず、「きぼう」を運んでくださっている方々に、私たちは心から感謝をささげましょう。
        
 私が、おさなかったころ、家の庭には、ざくろの木が一本ありました。
 幹には、こぶがあって、梅雨のころになると、きれいな赤い花を咲かせ、なめらかな葉を茂らせます。秋に、甘ずっぱい実を食べるのも楽しみでした。
 小学校へ入る前のことです。もともと体が弱かった私でしたが、その日は急に高熱を出して、寝こんでしまいました。「肺炎」という病気でした。熱にうなされ、お医者さんがきて注射を打ってもらいました。
 ようやく、元気を取りもどしたころ、母が言いました。「あの庭のざくろをごらん。潮風と砂地には弱いというのに花を咲かせ、毎年、実をつける。おまえも今は弱くとも、きっと丈夫になるんだよ」
 当時、家は海のすぐ近くで、歩いて10分もかからない場所にありました。ざくろの木は、そんな砂地にも、しっかり根をはっていたのです。
 そのざくろのたくましい姿は、母のやさしい声とともに私の心に刻まれました。
 そして、母に心配をかけないように「丈夫になろう」「健康に生きよう」と誓って、私は生き抜いてきました。
 しかし、10代、20代のころ、私は「結核」という重い病気でした。夜になると、熱が上がり、ひどいせきが出ました。血をはいたこともあります。
 医者からは「30歳まで生きられない」と言われました。
 戸田先生のもとで働くようになり、先生の会社が苦しくなると、お給料をいただけず、着る物も十分に買えなかった。くつしたを自分でつくろい、真冬でも夏のようなかっこうで働きました。でも心は、希望と誇りに燃えていました。
 そして、戸田先生の後を継いで、創価学会の会長になってからは、同志を励ますために、日本中、世界中を駆け回りました。各国の大統領など、いろいろな分野のリーダーとも対話して、後に続くみなさんのために、平和と友情の道を開いてきました。
 ざくろの木に誓ってから、70年以上の月日が流れました。私は本当に丈夫になりました。今も元気いっぱいです。
 前にも申し上げましたが、きょうまで、こうして元気にがんばれる土台ができたのは、早起きして、家の海苔づくりの仕事を手伝ったり、新聞配達をしたりした、小学校時代だと思います。
 どちらも、朝がとても早い仕事です。冬などは、まだ夜が明けず、真っ暗な中で、働き始めました。
 毎朝、起こしてくれるのは、母でした。
 「起きる時間ですよ」
 あたたかな声でした。その一言で、私は「はい!」と返事をして、すぐ起きたと、母がのちに、ほめてくれました。
 私は寝起きがよかったのです。では、なぜ、寝起きがよかったのか。みなさんにも、とっておきのひけつをお教えしましょう。
 それは、夜、早く寝ることです。
 「な~んだ」と思った人もいるでしょう。でも、あたり前のこと、平凡なこと、かんたんなことが、じつは大事なのです。
 朝早く起きて働いて、学校では一生けんめい勉強し、友だちと思い切り遊んだ後、私は本が好きなので読書をしました。
 そうすると、心も体も大満足になりました。夜は自然と眠くなって、早めにぐっすり寝ることができたのです。
 だから、また朝になるとパッと起きることができました。
 早起き、そして早寝──この「生活のリズム」が、私の元気のみなもとでした。
 私の健康は、朝つくられたのです。
        
 私たちの一日は、みんな平等に24時間あります。それは、朝、太陽が昇り、夜になると沈み、そしてまた朝になって昇るまで、すなわち、私たちの地球が一回りするのに、ちょうど24時間かかるからです。
 私たちの生活は、太陽のリズムに合わせて、朝始まり、夜に終わります。この太陽のリズム(地球の自転)に合わせた生命の「時計」が、私たちの体の中にあります。
 私たちの体の中の「時計」は、朝の太陽の光を浴びることで、正しいリズムが刻まれるようになっているのです。最近の研究では、朝早く起きて、規則正しい生活のリズムができると、頭の働きがよくなることも、わかっています。
 元気な朝から、元気な一日をつくる。そのリズムで一日一日を積み重ねれば、元気な一年、元気な青春、元気な一生につながります。
 若い時、「朝に勝つ」リズムをつくれば、とても「得」なのです。
        
 私の人生の師匠・戸田先生も、朝を大切にされました。早朝に、さえた頭で、鋭く思索されていました。それが、天才的な発想を生み、「20世紀の奇跡」とまで呼ぱれた創価学会の大発展の力となったのです。
 私たちの朝夕の勤行・唱題も、自分で正しい生活のリズムをつくり、健康で幸福な、勝利の人生を歩むための原動力です。
 私の一番の願い──。
 それは、みなさんがいつも元気で笑顔であることです。みなさんが健康で成長してくれることです。
 そのために、朝が勝負です。
 夜は早く寝て、朝は早起きして題目をはつらつと唱え、元気に出発してください。時間がないときは、題目三唱だけでもいいんです。心をこめて朗々と唱えれば、御本尊にきちんと通じます。
 もちろん、朝ごはんをちゃんと食べることも、スポーツなどで体をきたえていくことも大切です。
 私が対談したモンゴルの大作家のツェデブ博士も、「早起きすると新しい発見があり、何かが自分のために開かれ、その発見によって勇気がわいてくる」と言われていました。
 さあ、きょうも元気に、笑顔で、勇気の一歩をふみ出そう!

第3回 歌を歌おう!   (2012.7.1付 少年少女きぼう新聞)

 みなさんは、アルメニア共和国という国の名前を聞いたことがありますか?
 一度、世界地図を開いてみてください。
 アジアとヨーロッパを結ぶ場所にある、美しい高原の国です。人びとには、他の国からの侵略など、苦難の歴史を勝ちこえた強さと明るさが光っています。
 先日(6月15日〈現地時間〉)、この国の首都エレバンで、私が撮影した写真の展示会(「自然との対話」写真展)を開いてくださいました。開幕式では、小学生から高校生くらいまでの合唱団「アルメニア・リトル・シンガーズ」が、美しい日本語で歌を歌ってくれたのです。
 その中には、東日本大震災をのりこえてきた東北の方々へのエールをこめ、福島県の民謡「会津磐梯山」もありました。
 深い感動が広がり、大拍手につつまれたそうです。この合唱団のみなさんは、7月から日本全国で公演をおこなう予定です。
 歌には、どんな違いもこえて、人の心をただちに結び合う、ふしぎな力があります。
        ♪ ♫ ♩
 私は歌が大好きです。みなさんのお父さんやお母さんたちと、いっしよに歌ったことも、いっぱいあります。みなさんが喜んでくれるならばと、ピアノを弾いたり、指揮をとったり、少しでも励ましになればと、歌を作ったりもしてきました。
 私の手もとには、少年少女部の合唱団をはじめ、学会の多くの合唱団、また、創価学園や創価大学の合唱団から届けられたCDがあって、毎日、聴いています。
 みなさんの歌っている姿を思い浮かべては、「さあ、もう一歩、がんばろう」と、仕事を続けるのです。
 みなさんの元気な歌声が、私の元気のもとなのです。
 少年少女部のみなさんにも、好きな歌があるでしょう。
 少年部歌「Be Brave! 獅子の心で」も、とても、すばらしい歌です。

 ♪Be Brave!
  負けない心を 燃やして
  平和の未来《あす》へ 出発だ……

 あの東日本大震災のとき、宮城県気仙沼の会館では、大津波に流されず、この少年部歌の歌詞を書いた模造紙が残りました。以来、大人も子どもも、みんなで、この歌を口ずさみながら、勇気をふるいおこして前進してきたのです。
 私も、この歌を聴くたびに、新しい時代の到来を感じます。少年少女部のみなさんが、勇敢に世界で大活躍する姿が目に浮かんできます。そして、希望の未来の大勝利を力強く確信するのです。
        ♪ ♫ ♩
 わが創価学会が、なぜ、多くの難を受けても、これほど発展できたのか。
 その大きな一つの力は、どんな時も、みんなで胸を張って、歌を歌ってきたことです。
 私の恩師・戸田先生も歌がお好きでした。なかでも好きだったのが“大楠公”です。父子の誓いの歌です。

 ♪青葉茂れる桜井の
  里のわたりの夕まぐれ……
               (落合直文作詞)
 先生に、「私たちが小学生の時に歌った歌です」と申し上げると、「そうか、そうか」と、ほほえまれていました。
 「早く生い立ち(=早く成長して)」という一節を力をこめて歌うと、先生は深くうなずかれ、私たち弟子が、どんな気持ちで歌っているのか、すべてわかってくださいました。
 歌を歌えば、心がまっすぐ伝わります。
 言葉では、うまく伝えられないことでも、歌は心から心へと響いていきます。
 歌は、心と心を固くつなぎ、いっしよに高めてくれる。強くしてくれるのです。
 私自身、どんなに悪口を言われても、歌を歌って、気持ちをパッと明るくして、前へ進んできました。
 まさに「Be Brave!」です。
 歌で「負けない心」を燃やせるのです。
        ♪ ♫ ♩
 もしかしたら、みなさんの中に自分は“オンチ”″で、「歌う」のは苦手だと思っている人がいるかもしれません。
 高い声や低い声が出なかったり、音程やリズムがとれなかったりして、なかなか思うように歌えない、歌詞もおぼえられないなど、いろんな理由があるでしょう。
 「人の前で歌うのがはずかしい」という人もいると思います。
 大丈夫。あせる必要はありません。最初から上手に歌える人はいません。私だって、人前で歌うのは、きんちょうします。
 でも、がんばって歌うと、聴いた人は感動してくれます。がんばった心が、聴いた人の心にまっすぐに届くからです。
 だから、まず大きな声で歌うことです。聴こえなければ、心に届かないからです。
 大きな声を出そうと思えば、おなかから声を出すことになります。私たちは、ふだん呼吸をする時、胸の中にある肺を使っています。ところが、プロの歌手などが歌う時は、おもに、おなかの筋肉、つまり腹筋を使って呼吸をしています。これを「腹式呼吸」といいます。
 これができるようになると、呼吸が安定して、のどのきんちょう
もほぐれ、声の響きがよくなります。そうすれば、歌うのが楽しくなります。「腹式呼吸」は、体にいいこともわかっています。大きな声で歌えば、心も体も健康になるのです。
 そして、合唱する時は、周りの声と伴奏を、よく聴くことです。耳は心の窓です。だから、耳はいつも開いているのです。
 心を一つに歌おう──その心が声となって、みんなの心を一つに結びます。
 歌には、心が表れるのです。命が響くのです。だから、どんな歌が歌われているかで、その世の中がわかるし、その時代のようすが決まっていきます。
        ♪ ♫ ♩
 みなさんの中には、少年少女部の合唱団に入っている人もいるでしょう。毎回の練習や出動、本当にご苦労さまです!
 合唱団の結成は、私が提案したものです。今から46年前になりますから、みなさんのお父さんやお母さんも、合唱団に入っていた方がいるでしょう。
 今の「富士少年希望少女合唱団」のもととなった「富士少年合唱団」と「希望少女合唱団」が発足したとき、私は、「21世紀の日本の将来、世界の平和は、皆さんに期待しています。立派に成長してください」とメッセージを贈りました。
 その言葉を今再び、私は、みなさんに託したい。みなさんの明るい歌声は、平和そのものです。戦争を止める力があります。人類の希望なのです。
 私の世界の友人たちが、何よりも感動されるのも、みなさんの歓迎の歌声です。
 苦しい時、つらい時ほど、みなさんには歌があることを思い出してください。そして、思い切り声を出して、歌を歌い、自分を励まし、みんなを励ましながら、また朗らかに出発してほしいのです。
 少年少女部のみなさんの元気な歌声がとどろく、健康で平和な世界──その建設のために、私はこれからも戦っていきます。
 みなさんの歌声が私のエネルギーです。
 少年少女合唱団のスローガンが、私のスローガンです。
 「勝利の未来へ! 響け! 希望のハーモニー」
 君とあなたと私の勝利の未来へ、きょうも元気に歌を歌って前進しよう!
 君とあなたと私の希望のハーモニーで!

第4回 挑戦の夏に!   (2012.8.1付 少年少女きぼう新聞)

 少年少女部のみなさん、新しい学年での1学期、よくがんばりましたね。
 先日(7月15日)、行われた「創価ファミリー大会」でも、みなさん方の代表の活躍の姿と、すばらしい歌声の大合唱に、全国のお父さん、お母さん方も、世界のリーダーたちも、心から感激していました。
 本当に本当にありがとう!
 みなさんが明るくはつらつと前進してくれることこそが、全同志の何よりの喜びであり、広宣流布の最大の希望なのです。
 いよいよ、イギリスの首都ロンドンで始まったオリンピックにも、みなさんの先輩にあたる少年少女部出身の若き友が、何人も出場して奮闘しています。
 今のみなさん方の中からも、将来、オリンピックで金メダルを勝ち取るような人が、きっと出てくることでしょう。
 みなさん方が、ありとあらゆる分野で、世界の大舞台に躍り出て、大勝利者として光り輝いていくことを、私は強く深く、祈り、信じています。
 どうか、大きな夢を広げながら、この夏休みも、元気いっぱいに、学び、遊び、きたえ、成長していってください。
    * * *
 そこで、きょうは、楽しい夏休みをすごすための合言葉を一つ、みなさんに伝えておきたいと思います。
 それは「チャレンジ」です。
 そう、何でもいいから「挑戦しよう!」ということです。
 みなさんが本当に楽しいなと感じるのは、どんな時でしょうか。もちろん、いろいろな楽しさがあります。ただ、その中で、何か目標を立てて、一生けんめい挑戦している時は、たとえ大変であっても、心が生き生きと充実しているでしょう。この充実感こそ、本当の楽しさと一体なんです。
 オリンピックで活躍する選手たちも、みんな、それはそれは苦しい練習の連続です。
 でも、「勝利」という目標に向かって、思い切り挑戦しているから、心が充実して躍動しています。その誇り高い楽しさを知っているから、きびしい訓練にも歯を食いしばってたえられるのです。
 みなさんの中には、せっかく挑戦しても、なかなか長続きしないという人もいることでしょう。私にも、よくわかります。
 でも、「三日坊主」だって、かまわない。3日間、挑戦したことは、3日分は前進し、成長したということだからです。3日続いたのだから、自分に自信を持つことです。くよくよしないで、三日坊主を何回もくり返せばいいんです。10回くり返せば、1カ月にもなります。
 何回も、こりずに決意して、挑戦できる人が、偉い人です。勝つ人です。
 大事なことは、ねばり強く挑戦を続けるということなんです。
    * * *
 ねばり強い挑戦のチャンピオンというべき人がいます。私の尊敬する友人である、南アフリカ共和国のマンデラ元大統領です。私より10歳年上で、先日(7月18日)、94歳になられました。
 長い間、黒人が差別され、いじめられてきた国で、27年半、つまり1万日もの間、牢獄に入れられながら、人間の自由と平等のために、挑戦を貫き通した不屈の人です。
 マンデラさんは、「インビクタス」という題名の詩を大切にしてきました。
 むずかしい言葉だけど、日本語では「負けない」「へこたれない」「屈しない」という意味です。みなさんが知っている「負けじ魂」と言いかえてもいいでしょう。
 マンデラさんが大統領となった翌年の1995年、南アフリカでラグビーというスポーツのワールドカップ(世界選手権大会)が盛大に行われました。
 この時、地元である南アフリカの選手たちは、マンデラ大統領から励まされ、「インビクタス」すなわち「負けじ魂」を燃え上がらせました。そして、いくつもの試練を勇敢に乗り越え、自分たちより強いと言われていたチームを次々に破って、ついに優勝をもぎ取ったのです。
 選手たちは、最高に晴れがましい笑顔で、マンデラ大統領をはじめ、黒人も白人も分けへだてのない、新しい国の全国民に「負けじ魂」の栄冠をささげました。
 自分らしく挑戦を続けている人は、途中、負けたように見えることがあっても、最後には必ず勝利者となります。
 以前、私が関西創価学園の「健康祭」に出席した時のことです。
 マラソンの途中で体調をくずしてしまい、みなから大きくおくれてしまった一人の学園生がいました。しかし、ゆっくりゆっくりでしたが、最後まであきらめずに走り通したのです。ゴールでは、みなが大拍手で迎えました。私は胸につけていた白いバラのリボンを、金メダルの代わりに差し上げて、健闘をたたえました。
 その負けじ魂の学園生は、勉学にも、ねばり強く挑戦を重ね、今は正義の弁護士となって、庶民のために大活躍しています。
    * * *
 勉強や読書においても、「もう一歩ねばる心」が力となります。“もうやめたいな”と思った時に、「あと5分」 「あと1ページ」と、自分の心をふるい立たせることです。
 最近の研究では、「ちょっとがんばってできた」という達成感は、人間の脳にとって、とてもいいことがわかってきました。新しいことにチャレンジしていくことで、脳は強く賢く成長するのです。
 私は、師匠・戸田先生の偉大な歴史を残すため、そして友に励ましを送るためにと、小説『人間革命』『新・人間革命』を書き続けてきました。1枚また1枚、1回また1回と積み重ねて、連載回数は合わせて6400回を超えました。
 これからも、力の限り書きまくって、みなさんに、創価の一切のバトンを託していく決心です。
 ともあれ、本当に楽しく充実した青春とは、自分自身の「挑戦の心」で、いくらでも広がっていきます。
 きょうは、きのうの自分に勝つ!
 あしたは、きょうの自分に勝つ!
 そのくり返しが、偉大な人生を築きます。
 さあ、「挑戦の夏」だ。挑戦の原動力である題目を唱えながら、新しいチャレンジを開始しよう!
 君の晴れ舞台で、あなたの晴れ舞台で、自分自身の新記録を打ち立てていってください。
 愛するみなさんの健康と無事故を、私は祈りに祈っていきます。
 一回りも二回りも、大きく成長したみなさんと対話することを楽しみにしています。元気でね!

第5回 大きな心 大きな笑顔で! (2012.9.1付 少年少女きぼう新聞)

 さあ、新学期の始まりです!
 みんな、元気ですか? まだまだ、暑い
日が続きます。熱中症や交通事故などに気をつけて、はつらつと前進してください。
前へ、前ヘ──これが学会つ子の精神です。
 大空に輝く月が、一日一日、満ちて、満月になっていくように、私たちも生命の勢いを増しながら進んでいくのです。
 これから迎える秋は、月がひときわ、あざやかに見える季節です。とくに「中秋の名月」は、一年で“もっとも美しい月”とされています。(今年は9月30日)
 この日には、みんなで「お月見」をしようと、ススキと、お団子を用意し、お月さまが出てくるのを今か今かと心待ちにしたものです。
 お月見の習慣は、日本など、いくつかのアジアの国々で、古くから行われてきました。
 私も、少年少女のみなさんや、海外からの留学生の方々などと一緒に、楽しいお月見の思い出をつくってきました。
 月を見ると、もようが見えるでしょう。
 日本人は、満月の日に、その形を見て、月でうさぎが、もちをついていると思い描きました。
 おとなり中国の文化のリーダーで、私の大切な友人の高占祥先生(中華文化促進会主席)は、中国では今でも「月のもとで絆を誓い合ったり、月に向かって詩を詠んだりします」と語ってくれました。
    * * *
 みなさんは、人間が、これまで一番遠くに行ったのは、どこだと思いますか?
 答えは、そう、「月」なのです。地球からおよそ38万キロの距離にあります。
 アメリカの宇宙船アポロ11号が、1969年7月20日(日本時間21日)、月に着陸しました。
 乗っていたのは、宇宙飛行士3人。ついに、人類が初めて月に立った瞬間です。
 最初に降り立った、アームストロング船長は、地球から見守る宇宙センターの仲間たちに、次の言葉を送りました。
 「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ」
 まさに、ここから、宇宙開発の新時代が幕を開け、現在の宇宙ステーションや、惑星の研究につなかっていったのです。
 みなさんが大人になる頃には、飛行機に乗るように、宇宙船で旅をする時代が来ているかもしれません。
 人類の偉大な一歩──この「月面着陸」の一歩は、一人の一歩でしたが、何百、何千人という科学者や技術者の気の遠くなるような努力によって、生み出されました。その人たちを支えた家族、友人、周りの人も数えていったら、きっと何万、何十万、いや何百万という人の数になるでしょう。
 私か対談した大歴史学者のトインビー博士も、これほど大勢の人々が心を一つに協力し合えたということに、月面着陸よりも大きな感動を覚えると言っていました。
 じつは、どんな進歩も、一人の力だけで成し遂げたものはないのです。
 私は、少年少女部のみなさんを、かけがえのない“未来からの使者”として尊敬しています。一人ももれなく「人類の幸福と進歩」を担う、尊い使命の人だからです。みなさん方がいなければ、人類の未来の扉は開きません。その大切な大切な一人が、君であり、あなたです。一人一人が、なくてはならない宝の人なのです。
    * * *
 大きな大きな期待を込めて、私か待望の「少年少女部」を結成したのは、1965年。人間が月に行く4年前のことです。
 各地で行われた、部の結成式は「秋分の日」に当たる、9月23日。喜び、勇んで集った学会の王子王女たちの瞳は、広宣流布の未来を表すかのように、希望に輝いていました。
 この時、私は、5項目を提案しました。
  ①勤行をしっかりする
  ②勉強をしっかりする
  ③学校にきちんと行く
  ④親に心配をかけない
  ⑤正しく明るい毎日を送る
 それから毎年、少年少女部の友は、“学会の庭”ですこやかに成長し、希望の未来に向かって羽ばたいていったのです。
 みなさんのお父さん、お母さんはもちろん、おじいさん方、おばあさん方の中にも、わが少年少女部の出身者がおられるでしょう。
 みなさんのことを、大きな、やさしい満月のように見守ってくれる大先輩です。
 心を広々と持てば、天空に浮かぶ、お月さまも、私たちを励ましてくれる明るい友だちであり、たのもしい仲間です。
 私の子どものころは、電灯も今のようにたくさんはありませんでした。家の近くの森ケ崎海岸で、月明かりのもと、読書をしたことも、なつかしく思い出されます。
 ブラジルの天文学者モウラン博士は、
 「夜空を照らす月は、子どもたちの心のなかに輝く希望や夢を象徴しています」と言われていました。
 私は「お月さまの願い」という詩をつくったことがあります。
   静かな 静かな 大空に
   大きな 心を 持ちなさい
   大きな 笑顔を 持ちなさい
   みんなに 語って 満月が
   静かに 静かに 顔出した
 仏法では、「心の財が第一」「心こそ大切」と説かれています。
 同じ生きるならば、大きな心を持って、大きな笑顔を光らせていくほうが楽しい。
 そのことを、お月さまも明るく、やさしく、大らかに語りかけてくれているのです。
    * * *
 心は無限大です。いくらでも広げられる。
 日蓮大聖人は、「太陽も月も、たくさんの星々も、わが心にある」(御書1473ページ、意味)と教えてくださっています。
 みなさん一人一人の心のなかに、お日さまもある。お月さまもある。お星さまもある。その光を、最高に輝かせていく力が、南無妙法蓮華経の題目なのです。
 昨年の東日本大震災や、最近の各地の集中豪雨など、大きな災害で大変な時も、大人の人たちにとって最大の希望となったものがあります。それは、少年少女部のみなさんの笑顔です。
 先の見えない、暗いトンネルに入ったような時であっても、みなさんが元気でいてくれれば、まるで月明かりに照らされたように、人々の心はよみがえるのです。
 みなさんが学び成長している限り、学会は大丈夫です。みなさんの歌声が勇気りんりんと響いているならば、広宣流布の未来は盤石です。ゆえに、一番大切なのが少年少女部なのです。
 21世紀を、みなさんの笑い声が響く平和な世紀に! ──これが、あの日、少年少女部を結成した日から、私の誓いになり、私の人生になりました。
 その通りに、私は、みなさんが世界で活躍できるよう道を開いてきました。
 今、どこの国に行っても、みなさんの仲間がいます。みなさんの舞いゆく姿を、全世界の友が見つめ、見守っています。どうか、大きな大きな心で、自分らしく勇敢に、未来へ偉大な一歩をふみ出してください。
 きょうも私は、みなさんの成長と健康と勝利を祈り、題目で応援しています。


 高占祥主席の言葉は『地球を結ぶ文化力』(潮出版社刊)から。トインビー博士は秀村欣二・吉沢五郎編『地球文明への視座』(経済往来社刊)を参照。モウラン博士は『天文学と仏法を語る』(第三文明社刊)。

第6回 読書は楽しい! (2012.10.1付 少年少女きぼう新聞)

 秋は、大空がすみわたり、大地は豊かな実りをむかえます。私たちの命を支えてくれるお米をはじめ、真心こめて育てられた農作物もしゅうかくされます。
 この大自然のリズムに合わせて、秋は、人間の心も体も大いに充実する季節です。
 ですから、よく「スポーツの秋」とか、「芸術の秋」とか、いわれます。
 食事もおいしいので、「食欲の秋」という人もいるでしょう。
 きょう、私がすすめたいのは、「読書」という「心のごちそう」です。
 「読書は、ちょっと、苦手だなあ」と思っている人もいるかもしれません。
 でも、大丈夫。好きな本が1冊でも見つかれば、すぐに楽しくなります。読書は、昔から、人類が大切にしてきた人生の大きな大きな喜びなのです。
 毎年10月27日から2週間が「読書週間」となっています。
 みんなも思うぞんぶんに、本を読んで、楽しい「読書の秋」にしませんか。
    * * * 
 読書は、心おどる冒険の始まりです。
 ドイツにヘルマン・ヘッセという作家がいました。子どもの時に、一つのきっかけから読書の楽しさに目ざめました。
 ヘッセ少年の家には、おじいさんが集めた古くてほこりをかぶった本が、本棚にぎっしりと並んでいました。むずかしそうな本ばかりだなと思いましたが、その中に、2冊だけ、気になる本がありました。
 1冊は、『千夜一夜物語』。「アリババと40人の盗賊」など、アラビアに伝わる昔話を集めた本です。
 そして、もう1冊は、『ロビンソン・クルーソー』です。無人島にたどり着いたロビンソン・クルーソーが、さまざまな試練を乗り越えていく冒険小説です。
 この2冊の本を開いてみると、それはそれはおもしろくて、ヘッセ少年はすばらしい宝物を発見したと大喜びしました。ここから“本棚の探検”に飛びこんだのです。それが、後に世界的な作品を生み出していく出発になりました。
 みなさんも、この探検をやってみましょう。近づくと、本は「読んでみて」と語りかけてきます。この小さな声に耳をかたむけ、手にとって開いてみてください。きっと新しい発見があるはずです。
 私は、小さいころから体が弱かったので、家で休むこともありました。でも、心の中は広々としていました。そばに本という友だちがいてくれたからです。
 本さえあれば、どこにいても、いつの時代の、どの国へも自由に旅することができます。歴史土の偉人や、物語に出てくる大英雄たちとも話すことができます。その人たちになりきって、何十回も、何百回も、偉大な人生を生きることもできるのです。読書をしている時ほど、きらきらした楽しい時間はありませんでした。
 この喜びを、大切な大切なみなさん方に、つかんでほしいのです。
    * * *
 読書は、むずかしく考える必要はありません。読んでみて、あまり興味がわかなかったら、途中でやめても、いいんです。もっと読みやすい本を選べばいい。
 未来部の担当者の方が、良い本をすすめてくれることもあるでしょう。
 あとで読もうと思って、そのまま積んでおいてもかまいません。これを「積《つ》ん読《どく》」という人もいます。いつかまた読むようになったり、ほかの本を読んでいるうちに、その本の内容がわかったりします。
 自分は読むのが遅いと思っている人も、たくさん読んでいくうちに、少しずつ慣れてくるものです。友だちが読んでいる本が気になったら、自分でも読んでみて、感想を話し合ってもいい。
 学校の図書室や近くの図書館なども、じょうずに活用しましょう。たとえば、その棚にある世界文学全集を、かたっぱしから読んでみるのも、大きな財産になります。
 ドイツの文豪ゲーテは毎日、名作を読むなど、良い習慣を身につけることをすすめていました。そうすれば、「その習慣によってたのしい日には自分の喜びをさらに深め、悲しい日には立ちなおることができる」というのです。
 みなさんの年代に、「読書するクセ」「いつも本を手にする習慣」がつけば、それは一生涯、たくましく、賢く、朗らかに生きぬいていく、かけがえのない力となります。
 ところで、みなさんは、多くの生きものたちにとつて、「秋」は、どういう季節だと思いますか。
 それは、やがて来る、きびしい冬に負けないように、力をつける季節なのです。
 秋に食欲が増して、十分に栄養をたくわえようとすることも、冬を乗り切っていくための準備ともいえます。
 みなさんの心にとって、「読書の秋」は、同じ意味をもっています。つまり、どんな試練の冬がおそいかかってきても、勇敢に立ち向かい、勝ち越えていく勇気と英知を、読書を通して、みがき、きたえていくチャンスなのです。
 私が尊敬する信念の大科学者に、ロートブラット博士という方がおります。この地上から核兵器をなくすために、96歳で亡くなるまで、戦いぬいた平和の闘士です。
 幼き日、博士は、第1次世界大戦のせいで、一日にパンが二切れだけという、どん底の生活を送らざるを得ませんでした。
 その博士の命の支えとなったのも、読書でした。博士は、月旅行や海底旅行を予言したフランスの作家ジュール・ヴェルヌの空想科学小説などを読みながら、「科学の力で、人類のため、世界のために貢献できるにちがいない」と夢を広げ、学びに学びぬいていったのです。
 そして、この地球上に核兵器のない「平和の春」をもたらす夢は、未来を生きる創価の少年少女のみんなに受け継いでもらおうと、博士と私は語り合いました。
    * * *
 青春時代、私にとって、読書は自分をきたえる戦いでありました。
 人生の師匠である戸田城聖先生から、私は毎日のように、「今、何を読んでいるか」と聞かれたのです。さらに「どんな内容か言ってみなさい」と鋭い質問が続きます。どんなにいそがしくても、真剣勝負で良書に、一冊また一冊と挑みました。
 この先生の教えのおかげで、世界のどんなリーダーとも、どんなテーマでも、思いのままに語りあえる力をつけることができたのです。
 創価学会は、まさに「学ぶ会」です。
 読書を通じて、良き友と学び合い、友情を結び、力をつけて発展してきました。
 みなさんも、読書に挑戦してください。
 自分の夢をえがき、実現するために! お父さん、お母さんに親孝行するために!
 そして、この世界から不幸と悲惨をなくすために!
 読書は、夢に続く階段です。
 読書は、友情のかけ橋です。
 読書は、永遠に光り輝く宝物です。
 みなさんの、きょうの読書が、自分のためになり、人のためになり、社会のためになり、世界を変えていくのです。
 いつか、みなさんにお会いした時に、私は聞いてみたいと思っています。
 「今、何を読んでいますか」と。

ヘッセの話はミヒェルス編・岡田朝雄訳『ヘッセの読書術』(草思社)、ゲーテの言葉はビーダーマン編・菊池栄一訳『ゲーテ対話録Ⅱ』(白水社)、ロートブラット博士の言葉は『地球平和への探究』(潮出版社)から。

第7回 良き出会いを結ぼう!    (2012.11.1付 少年少女きぼう新聞)

 みなさんは、最近、どんな出会いがありましたか? 運動会や遠足、体験学習、また家族で外出して、新しい出会いがあった人もいるでしょう。
 「山は山に出会うことはできない。人は人に出会うことができる」
 これは、ヨーロッパやアフリカで広く伝えられてきたことわざです。
 人間は、動き、語り、良き友と出会いを結んで、いっしよに学び合うことができる。みんなの力を合わせて、大きな歴史をつくることができます。それは、人間として味わえる、何ものにもかえがたい喜びです。
    * * *
 私も、これまで、日本中、世界中の多くの人々と出会いを結んできました。先日も、すばらしい出会いがありました。
 はるばると研修のために来日していた、アフリカの10カ国の青年リーダーたちと会うことができたのです(9月11日)。
 それぞれの国の平和と発展のために立ち上がった、最優秀の勇者たちです。地域によって、ふだん話す言葉は違っていますが、「イタイドウシン(異体同心)!」「ビクトワール(『勝利』のフランス語)!」を合言葉に仲良く団結しています。
 その2日後には、修学旅行中の関西創価小学校の6年生も、東京の信濃町へ訪ねてきてくれました。
 みんな、元気いっぱいで、いい顔をしていました。りりしい瞳が光っていました。希望と決意に燃えて、全員が立派でした。
 私は本当にうれしかった。未来に伸びゆく大樹をあおぎ見る思いがしました。
 さらに、うれしかったことは、この出会いを、関西創価小学校と友情の交流を結ぶ東京創価小学校の6年生をはじめ、みんなが、わがことのように喜んでくれたことです。その美しい心の友とも、私は固い握手を交わす思いでいます。
 たとえ、直接会えなくても、「心」と「心」、「命」と「命」が通い合う出会いがあります。それが、みなさんと私なのです。
    * * *
 みなさんは、この地球上で最も硬くて、最も輝くダイヤモンドは、何によって磨くか、知っていますか?
 同じダイヤモンドで磨きます。
 人間もまた、人間によって磨かれるのです。良き人とつながってこそ、良き生命の光をダイヤのように放っていける。
 人は、良き人と出会った分、成長します。
 反対に、もしも悪い人間にふり回されてしまえば、成長が止まってしまいます。
 日蓮大聖人は、「悪い人間に親しみ近づけば、自然に、十度のうち、二度、三度と悪人の教えに従うようになり、最後は自分まで悪い人間になってしまう」(御書1341ページ、意味)と厳しくいましめられています。
 みなさんの清らかな生命を、悪に染めてにごらせては絶対になりません。
 そして、大聖人は、「信心の志がある人々は、一つの場所に集まって、仏法の話を聞きましょう」(同951ページ、意味)と、みなで共に学び合うことの大切さを教えてくださっています。それが、創価学会の会合です。
 私の子どもたちも、信心は学会の会合で学び、良き先輩や、良き友人との出会いを重ねて成長してきました。でも、時には、会合に行くことが、気の進まないこともあったようです。そんな時、私の妻は子どもたちに言いました。
 「学会の会合は、行く前はいやでも、行った後は、すがすがしい喜びがありますよ」
 実は、私の妻も小学生の時から、会合に参加していました。自宅で行われる座談会に、創価学会の創立者である牧口常三郎先生が来てくださったので、近くの駅から手を引いて、ご案内したこともあります。
 ですから、学会の会合のすばらしさを、強く実感してきたのです。
    * * *
 学会の会合には、体験談があります。
 体験談では、いろんな悩みを乗り越えてきた戦いと、勝利のドラマが語られます。
 みな、何があっても負けないで、題目を唱えて、強く明るく前進しようとしています。そして、がんばっている人を、みんなが、家族のように「大丈夫! いっしょに勝とうね!」「私たちも、祈るからね!」などと励ますのです。こんな、良き人たちの集まりは、ほかにはありません。
 私が対談したアメリカの有名な歴史学者のハーディング博士も、SGI(創価学会インタナショナル)の座談会に参加し、感動されていました。
 創価の励ましの世界に注目する博士は、語られています。
 ──つらい現実を変えるには、“私たちにはできるのだ”と励まし合うことが大切です。その一つの方法は、いろんな人の体験を聞くことです──と。
 人と会い、体験を語り合う。学会の会合は「希望」と「勇気」をみなで分け合う集いです。だから、誰にも喜びがわくのです。
 11月18日は、学会の創立記念日です。学会は、初代会長・牧口先生、2代会長・戸田城聖先生の時代から、こうした希望の集いを地道に粘り強く積み重ねてきました。
 牧口先生が中心となった座談会は、一番苦しい戦争中の2年間でも240回以上、開催されたという記録があります。
 私が戸田先生と初めてお会いしたのも、座談会です。私は、「正しい人生」を教えてくれる人を求めていました。信仰のむずかしいことはわかりませんでしたが、私の質問に、先生は誠実に答えてくださいました。
 「この人なら」と、私は信じることができました。先生のもとで、先生と共に、広宣流布という平和と全人類の幸福を目指す、大運動に生きゆくことを決めたのです。
 そして今、学会は世界192カ国・地域に大発展し、24時間、この地球上のどこかで生き生きと座談会が行われています。
    * * *
 座談会で、少年少女部のみなさんが大活躍してくれていることも、たくさん、うかがっています。
 みなさんは、気づいていますか? 参加している人たちが、笑顔でみなさんを見つめ、拍手を送り、喜んでいることを!
 なぜなら、みなさん自身が「希望」だからです。みなさんと会うだけで、みなさんの姿を見るだけで、みなさんの元気な声を聞くだけで、人は心に「希望」を感じるのです。
 座談会で、心に「希望」を受け取った人が家に帰れば、その人の家に「希望」が広がります。一つの家に「希望」が広がれば、地域や社会にも大きく広がっていくでしょう。
 それは、やがて世界にも広がります。
 そして、世界中の人が希望を持って生きることができれば、悲しみにも負けず、みんなが幸福で平和に暮らせるはずです。
 良き人と、どれだけ出会いを重ねることができるか──これが、みなさんのこれからの偉大な使命の人生です。その出会いは、地球の未来をも明るく照らす光です。
 この1カ月も、私は、大好きなみなさんと心の語らいを重ねながら、祈り、見守っています。
 風邪などひかないように! お元気で!

第8回 時間は宝(2012.12.1付 少年少女きぼう新聞)

 もうすぐ2012年が終わり、2013年が始まります。
 私にとって、この一年、新しい、そしてすばらしい語らいがありました。それは、この「きぼう新聞」で、毎月、みなさんと進めてきた、心と心の対話です。来年も、もっともっと語り合つていきましょう!
 みなさんは、どんな一年でしたか?
 新しい友だちができた人、楽しい思い出がたくさんできた人もいるでしょう。
 なかには、友だちとけんかをしたり、勉強でつまずいたり、つらい思いをした人もいるかもしれません。
 でも、心配いりません。「終わり良ければ、すべて良し」という言葉があります。
 終わりが良ければ、その一年を、全部、良い年にすることができ、希望に燃えて、次の年へ良いスタートがきれるからです。
 だから、これまでがどうあれ、くよくよせず、「よし、この12月を、がんばろう!」と決意して挑戦すれば、いいんです。
 すべては「今から」「これから」「きょうから」始まるのです。前へ前へ、朗らかに粘り強く進んでいけば、失敗したことだって、次の成功につなげることができる。
 「今」をがんばれば、「過去」さえも光らせ、「未来」をいくらでも開いていける。
 大切なのは、「今は何をする時なのか」と考えて、それをやりきることなのです。
    * * *
 みなさんの中には、「雪山の寒苦鳥」の物語を聞いたり、読んだりした人もいるでしょう。古くから伝わる仏教のお話です。
 ──昔、インドの雪深い山に、寒苦鳥と呼ばれる鳥が暮らしていました。
 雪山の夜はそれはそれは寒くて、寒苦鳥は「寒くて死にそうだよ」「夜が明けたら、さっそく巣を作ろう」と鳴いていました。
 しかし、夜が明け、お日さまが出ると、あたたかくなり、寒苦鳥は巣を作るという「やるべきこと」を忘れて、遊び続けてしまいました。すると、また夜になって、寒くて、つらくて鳴きました。
 こうして寒苦鳥は、夜は寒さに苦しみ、昼は遊び続ける日々をくり返しました。そして、とうとう巣を作ることなく、さびしく一生を終えてしまったというのです。
    * * *
 楽しい時間は、なぜか、あっという間にすぎるのに、つらい時間はとても長く感じるものです。みなさんも、やらなければならない課題をほったらかしにして、大変な思いをしたことがありませんか。
 私も、夏休みの図工の宿題を忘れたまま新学期をむかえ、苦しい思いをしたことがあります。今でも思い出します。
 人は、だれでも、苦手なことがあります。やりたくない時も、あるでしょう。
 きらいなことや苦手なことを後回しにするのは、ちょっと楽なように見えます。でも、じつは、後回しにすればするほど、気分が重くなり、めんどうになります。
 巣を作るべき時に作らず、遊んでしまった寒苦鳥のように、後になって苦しまねばなりません。
 勉強や宿題は、するべき時にしてしまえば、後の時間を、伸び伸びとやりたいことに使えます。そのほうが、価値的ではないでしょうか。
 もちろん、遊びや休みの時間も必要です。
 「今は勉強だ!」「今は本を読もう!」「今は遊ぼう!」「今はゆっくりしよう!」と、時間帯を自分なりに決めて使うことです。そうやって時間を大切にしていけば、楽しい、じゅうじつした時間を、何倍にも増やすことができます。
    * * *
 そうは言っても、「やりたくないことはできないよ」という人もいるでしょう。
 そんな、みなさんに、きょうは、とっておきの方法を教えましょう!
 それは、自分の夢や目標を、紙に書き出すことです。言葉には、ふしぎな力があります。書いた言葉が、君を、あなたを、自分の夢や目標に導いてくれるのです。
 最近の研究でも、書くことによって、脳がしげきされ、“がんばろう!”という気持ちがわいてくることがわかっています。
 紙に書いたら、題目を唱えましょう。
 日蓮大聖人は「南無妙法蓮華経は、ライオンがほえるようなものです」(御書1124ページ、意味)とおおせです。題目は、百獣の王・ライオンのおたけびのように、何ものにも負けない、一番強い力なのです。
 題目を唱えれば、夢や目標を“必ず実現してみせるぞ!”という、師子王の勇気がわいてきます。
 そして決意したら、行動しましょう。
 行動する時にも、できれば、みなさんにためしてほしいことがあります。
 それは、きょうの「勝利メモ」を作ることです。
 むずかしいことではありません。
 まず、きょう1日のあいだに、「やりたいこと」「やらなければならないこと」を書き出します。それに「順番」と「時間」を決めれば、できあがりです。
 この「勝利メモ」を見れば、「今、何をする時間なのか」が、はっきりします。できたことには、しるしをつけてください。これを、毎日、くり返します。
 作るのがむずかしかったら、お父さん、お母さんや、未来部担当の方たちに、相談してみてください。だんだん、自分でできるようになります。
 創価学会には、「決めて、祈って、行動する」という「勝利のリズム」があります。みなさんのお父さんやお母さん、先ぱいの人たちも、このリズムで、自身の目標に挑戦し、勝ち越えてきました。
 みなさんも、「決めて、祈って、行動する」を合言葉に、1日また1日、大勝利の青春を歩んでいっていただきたいのです。
    * * *
 1日24時間は、だれにも平等です。
 しかし、大切に使えば、1日を1週間分にも、1年を10年分にもできる。私は、そう決心して生きてきました。若いころは病弱で、医者から「30歳まで生きられない」と言われた体でした。だからこそ、時間を惜しんで学び、働き、戦いました。
 仏法では、「一日の命は、宇宙の全財宝を集めた以上の宝です」(御書986ページ、意味)と説かれます。
 時間は命です。かけがえのない宝です。
 時間を大切にする人は、命を大切にする人です。
 命を大切にする人は、平和を築く人です。
 「使命」とは、「命を使う」と書きます。
 だれのために、何のために、時間を使うのか──。
 私は、学会の同志のために、世界を平和にするために、真剣勝負で命を使ってきました。
 そんな私の願いは、みなさんが、じゅうじつした「時間」をつくって、成長してくれることです。みなさんが、勝ったと言える一年一年を前進してくれることです。
 そして、いつの日か、お父さん、お母さんのために、世界の人の幸福と平和のために、その大切な「時間」を使って、がんばってほしいのです。
 未来に生きるみなさん方のために、私はこれからの「時間」のすべてを使っていく決心です。みなさんのためならば、何も惜しくはありません。
 お日さまのしずむ時間が日に日に早くなり、寒さもいよいよ厳しくなってきました。大切な大切な未来部の全員の健康を、私と妻は、毎日毎日、祈りぬいています。
 どうか、一人ももれなく健康・無事故で、楽しいお正月をむかえてください。
 来年も、いっしょに、朗らかに、語らいの時間をつくりましょう!

第9回 あいさつは希望のひびき
             (2013.1.1付 少年少女きぼう新聞)

 大好きな世界の少年少女部のみなさん、あけまして、おめでとうございます!
 みなさんも、お父さんやお母さん、ご家族や地域の方々、そして友だちと、お正月のあいさつをかわしたことでしょう。
 お正月は、ふだんとちがうあいさつなので、少しきんちょうするかな。元気よく、すがすがしいあいさつができましたか?
    * * *
 私は、心をこめてあいさつすることの大切さを、師匠の戸田城聖先生から何度も教わりました。戸田先生のもとでは、多くの学問を学ぶとともに、あいさつのような、人間としての基本についても身につけることができたのです。
 あいさつには、人の心が表れます。あいさつによって、自分の心が相手の心に伝わります。
 私が、世界のリーダーと深い友情を結ぶ上でも、戸田先生に教えていただいたあいさつが、大きな力となりました。一流の人たちは、みな、あいさつが見事です。
 私は、大統領にも、幼い少年少女にも、同じように、きちんと、あいさつすることを心がけてきました。なぜなら、一人一人が持っている生命の「宝」を、同じように尊敬しているからです。
 日蓮大聖人は、「釈尊がこの世に出現した根本の目的は、『人としてのふるまい』を説くことであったのです」(御書1174ページ、意味)と言われています。
 あいさつは、「人としてのふるまい」の中でも、とても大事なふるまいです。
 いつでも、どこでも、だれにでも、誠実に、さわやかにあいさつできる人が、本当に偉い人だと、私は思います。
    * * *
 ある年のお正月のことです。
 戸田先生に、ある人が「おめでとうございます。本年も、あいかわらず……」と、あいさつしました。
 すると先生は、「『あいかわらず』ではいけない。去年と『あいかわって』成長していくのだ。『今年こそ』と新しい決意をすることが大事だ」と語られたのです。
 新年は、それまで自分が限界だと思っていた“カラ”をやぶって、「新しい自分」へと変わっていく、絶好のチャンスです。
 そこで、みなさんに提案があります。
 それは、この新年から“3つのあいさつ”にチャレンジすることです。
 1つ目は、朝の「おはよう」です。
 私も、朝早く、新聞配達をしていた少年時代、会う人に「おはようございます!」と、元気にあいさつしていきました。
 大きな声であいさつをすると、ねむけも吹き飛び、自分自身の心に「よし、きょうもがんばろう!」と勇気がわいてきます。
 朝、起きたら、お父さんやお母さんに、元気いっぱい「おはようございます!」と言ってみてください。はじめは、てれくさいかもしれない。びっくりされるかもしれないが、思い切ってやってみようよ!
 みなさんの一言で、家族のみんなも気持ちよく一日をスタートすることができます。これは立派な親孝行です。
 学校でも、先生方やお世話になっている方々、そして友だちに、自分から進んであいさつをしていこう!
 ポイントは、相手の目を見て、はっきりと声を出すことです。よそを見て、ボソボソと言っても、心は届きません。
 昼は「こんにちは」。夜は「こんばんは」です。「こんにちは」「こんばんは」という言葉の後ろには、もともと「ごきげん、いかがですか?」といった言葉が続いていました。それが、ちぢまったものです。
 つまり、相手を心配する「思いやり」から生まれた言葉なんです。あいさつができる人は、「思いやりのある人」です。
    * * *
 2つ目は、食事の時の「いただきます」。これも、大切にしたいあいさつです。
 「いただきます」とは、まず、ごはんを作ってくれる方々への感謝の言葉です。
 また、一生けんめいに働いて、毎日、ごはんを食べられるように支えてくれているお父さんやお母さんをはじめ、多くの方への感謝も、ふくまれています。
 それとともに、米やパン、肉や魚、野菜など、私たちが食べる食材は、命あるものからできています。私たちは、ほかの生物の命を食べて、栄養やエネルギー、生きる力を得ます。つまり、自分の命は、多くの生き物の命によって支えられているのです。それが、毎日の食事です。
 だから、「いただきます」には、「あなたの命をいただきます」という、深い感謝がこめられています。目の前にならんだ食べ物に、「あなたの命をいただいて、ぼくも、わたしも、がんばっていきます」というあいさつなのです。
 以前、このことを学んだ思い出を、生き生きと作文コンクール(現・少年少女きぼう新聞主催)に書き、入賞した友がいました。
 食事が終わると「あなたの命をいただきました。ごちそうさまでした」と、感謝の気持ちをこめるようになったそうです。
 さらに、むやみに食べ物を残すことは、その命をむだにしている、ということにも気づいたと書いてくれました。
 私も、その通りだと思います。
 食事ができるということは、決して、当たり前のことではありません。世界には、食べる物がじゅうぶんになくて困っている子どもたちがたくさんいます。
 食べることは、一番大切な命をつなぐことです。農家や漁師の方々のご苦労も決して忘れず、「いただきます!」と元気にあいさつしながら、もりもり食べて、じょうぶに育っていってください。
    * * *
 3つ目は、「ありがとう」です。
 みなさんも、今まで何度も言い、言われたこともあるでしょう。人に「ありがとう」と言われると、どんな気持ちですか?
 きっと、だれでも、うれしい気持ちや、幸せな心になると思います。
 「ありがとう」は、言われた人だけではなく、言った自分も幸せを感じられる“まほうの言葉”なんです。
 人に「ありがとう」と感謝できる人は、心の美しい人です。人の真心を感じ取れる賢い人こそ、世界中の人々を幸せにできるリーダーに育つ人です。
 日蓮大聖人は、いつも最高に「感謝」されていました。けなげな庶民の真心を見のがされず、「ありがとう」のお心をこめて、はげましのお手紙を何通も何通も書き続けておられました。
 私も、世界の友と、「ありがとう」という言葉をかわしてきました。
 「サンキュー(英語)」「謝謝《シェシェ》(中国語)」「カムサハムニダ(韓国語)」「グラシアス(スペイン語)」「メルシー(フランス語)」「スパシーバ(ロシア語)」「アサンテ(スワヒリ語)」……。
 「ありがとう」が世界中でひびき合えば、もっともっと平和な世の中になる──私はそう信じて、きょうも祈りをこめて「ありがとう」と言うのです。
    * * *
 あいさつをするにも、勇気が必要です。
 相手が、ちょっと気むずかしそうに見えても、みな、同じ人間同士です。胸を張って、明るく堂々と、あいさつをすることで、心のとびらを大きく開くことができます。何げなく声をかけることが、悩んだり、さみしい思いをしたりしている友だちの大きな力となることもあります。
 ともあれ、未来部のみなさんの、はずんだあいさつの声が、家庭でも、学校でも地域でも、何よりの希望になるのです。
 この一年、私も新しい決意で、みなさんが活躍する未来を開くため、さらに真剣に働いていきます。毎日毎朝、みんなに心であいさつをし、そして、みんなの明るい希望の声を心にひびかせながら──。

第10回 「自分がやる!」という人に
             (2013.2.1付 少年少女きぼう新聞)

 新しい一年がスタートして、1カ月がたちました。みんな元気ですか。寒い日が続いていますが、風邪をひいていませんか。
 いよいよ2月。創価学会は「伝統の2月」といって、この月を大事にしています。
 私は、この寒い寒い2月が大好きです。
 それは2月11日が、私の恩師である戸田城聖先生のお誕生日だからです。私と妻は、この日になると、毎年、お赤飯をたいて、お祝いしてきました。
 先生への感謝を込め、私は若き日、このお誕生の月である2月に、それまでの拡大の壁を破る、新たな挑戦の歴史を残しました。そこから「伝統の2月」と呼ばれるまでになったのです。私の青春の誉れです。
 どうか、みなさんも、寒さに負けず、勉強に、読書に、クラブ活動などに、たくましく挑戦していってください。
    * * *
 戸田先生は、青年に、よく言われました。
 「広宣流布は、この戸田がする。君たちも手伝いたいか!」
 先生は、「やってくれ」とは言いませんでした。すべて自分でやると決めておられたからです。その先生に、私たち弟子は、「お手伝いをさせてください!」と誓って続いたのです。
 「一切の責任は私がもつ!」──これが、広宣流布の指導者の心です。
 私は、この人生の師匠から、「責任感」という「心の宝」を受けつぎました。自分が立ち上がって、世界の平和と人類の幸福という広宣流布を成しとげてみせると決めて生きてきました。
 「だれがやらなくても、自分がやる」
 この心の宝を、未来の偉大な指導者である少年少女部のみなさんも、自分の中に、はぐくんでいってください。
 それは、決してむずかしいことではありません。その第一歩として、身の回りの「かたづけ」に挑戦してみよう。
 「うーん、それは、ちょっと苦手だなあ」と思う人も多いかもしれません。
 「かたづけ」とは「自分のことは自分ですること」です。このクセをつけていくと、心の中に「責任感」を、大きく、はぐくんでいくことができます。
    * * *
 ドイツには、「人生の半分は整理整とん」という、ことわざがあります。それくらい「かたづけ」を大事にしているのです。
 そもそも、かたづけは、何のためにするのでしょうか。
 それは、「次に使う時、すぐ取り出せるようにする」ためです。食事の時に使った食器も、また、みんなが着た服も、きれいに洗ったあとは、もとの場所にもどさないと、次に使う時に、さがさなければなりません。「かたづけ」とは、決まった場所にもどすことなのです。
 みなさんの先輩の「かたづけ名人」が、アドバイスしてくれたことがあります。
 一つは、物の置き場、つまり「指定席」を決めておくことです。散らかるのは、帰る場所のない物が、いろいろな場所に“置きっぱなし”になっているからです。
 また、指定席を決めたら、何を置く場所なのか、そこに書いて分かるようにしておくことです。「学校のもの」「習いごと」「おもちゃ」「思い出の品」などと、棚や引き出し、箱が分かるようにしておけば、とても便利です。
 そして、「かたづけ」が苦手な人は、「かたづけタイム」を決めておくのもいいでしょう。まとめてやろうとせずに、毎日少しの時間でいいので「かたづけ」をするとかんたんだし、いつもきれいにすごせます。学校に、あす持っていく物のチェックもできます。
 学校にも、「そうじ」の時間があります。これは、日ごろ使っている校舎や教室への感謝をこめて、きれいにするとともに、かたづけができる人になっていく練習をしているともいえます。
 私も、小学生の時に身につけた「そうじ」の習慣が、社会に出てからも大いに役立ちました。
    * * *
 仏教には、こんなお話があります。
 むかし、師匠である釈尊と同志のために「祇園精舎」(今でいえば、学会の会館や研修道場などに当たる建物)を建てた須達長者という弟子がいました。
 人がやりたがらないことにも、自分から進んで取り組む人で、毎朝、とても広い庭園のそうじをしていました。
 ある日、長者が急な用でそうじができなくなると、そのかげの努力を見守っていた釈尊は自らほうきを持ち、長者に代わって庭をはき始めました。この師の姿に、ほかの弟子たちも、あわてて続きました。
 そうじを終えると、釈尊は弟子たちに語りました。
 ──そうじをすることによって、自分の心がきれいになり、人々の心もきよらかにすることができる。そして、自分自身が美しくなって、仏や諸天善神に守られていくんだよ──と。
 翌朝、いつものようにそうじに来た須達長者を、釈尊と弟子たちは最敬礼してむかえ、日ごろの尊い労苦に、あらためて心からの感謝をささげたそうです。
 そうじやかたづけは、自分だけでなく、家族や友だちをも、すがすがしい気持ちにさせることができます。
 先日も、東京に大雪が降った時に、わが創価学園の寮生やサッカー部、野球部の友が若い力で雪かきをしてくれ、地域の方々が大変に喜んでくださったそうです。
    * * *
 身の回りを整理できる人は、頭の中も整理できる人です。成績も必ず良くなります。
 図書館の本も、きちんと整理整とんされているから、読みたい本をすぐにさがすことができます。
 創価学会の出発にも、大事な「整理」の歴史がありました。
 小学校の校長であった初代会長の牧口常三郎先生は、仕事のあいまに、ご自分の教育のお考えを広告の紙や封筒のうらなどにしるされていました。その一枚一枚のメモの大切さを、ほかの人が理解できないなか、牧口先生の弟子である戸田先生は、みごとに「整理」され、世界的な「教育学」の本にまとめあげられたのです。それが『創価教育学体系』です。
 きちんと整理整とんできる人は、新しい発見ができるし、正しいことを多くの人々に教えることができるのです。
 何より整理整とんは、事故をなくします。地震の時に、頭の上から物が落ちてきたりしては、大けがをしてしまいます。
 だから私は、学会の会館を訪問した時にも、すみからすみまで回って、整理整とんができているかどうか、戸じまりや火の元など、細かく一つ一つ自分の目で確かめてきました。
 「小事(小さなこと)が大事」なのです。会員を守る──それが私の「責任感」です。
 どんな小さなことでも、人が見ていても見ていなくても、自分の目標にチャレンジする人が、偉い人です。
 自分のことは自分でする。その一歩をふみ出す人が、未来の大指導者へと成長していきます。
 自分の苦手なことにも挑み、やりとげていく人が、本当の勝利者です。
 身の回りも、自分自身も、スッキリして、大事な2月を強く楽しく前進しよう!

第11回 富士のように堂々と! (2013.3.1 少年少女きぼう新聞掲載)

 きびしい冬の寒さも、少しずつ、やわらぐ季節になってきました。
 土の中で力をたくわえていた動物たちが顔を出し、つぼみでジーッと時を待っていた植物たちも花を開きます。
 あらゆる生命が、生き生きと活動を始める季節です。
 春3月は、旅立ちの時でもあります。
 小学校を卒業するみなさん、おめでとう! この6年間、本当に、よくがんばりました! 私は、一人一人と握手をして、お祝いしたい思いでいっぱいです。
 とりわけ、東日本大震災から2年、どんな困難にも力を合わせて立ち向かって、前へ進んできた、被害にあわれた地域のみなさんを、私は最大にたたえます。
 中学校に行っても、ますます強く明るく、私といっしよに、「希望の道」をあゆんでいってください。
    * * *
 在校生のみなさんも、学年が一つ上がりますね。この時期は、「よし! 新しい学年は、もっと、がんばるぞ!」と、新たな決意をするチャンスです。
 「決意をする」ということは、“成長のスイッチ”を入れることです。“前進のエンジン”をかけることです。
 私も、師匠の戸田城聖先生から、いつも決意を聞かれました。
 「できるかい?」
 私は、そくざに「はい! やります」とお答えしました。
 みんなが「それは、無理だろう」ということも、たくさんありました。
 でも、師匠の前で決意し、約束したことです。できないわけがないと決めて、真剣に祈り、思いっきり挑戦しました。
 そうすると、ぐんぐんと力がわいてくるのです。そうやって、一つ一つ、ねばり強く、やりとげてきました。
 その分、自分自身が強くなり、成長でき、前進できました。これが、私の青春です。
    * * *
 今、創価学園の卒業式は毎年、3月16日におこなわれる伝統になっています。
 この日は、55年前、戸田先生のもとに、私たち青年が集まって、先生の後を受けつぎ、世界の平和と民衆の幸福のために戦っていく、決意の式典をおこなった日です。
 富士山のすそのに、全国から6000人の青年が、かけつけました。
 式典が大成功するように、すべてをまかされたのが、当時、30歳の私です。
 戸田先生は、前の年に重い病気にかかられたこともあって、歩くことも困難な、お体でした。
 それにもかかわらず、先生は、まだ寒い中、朝早く、遠くから集まってくる青年たちのためにと、あたたかい「とん汁」まで用意してくださったのです。
 弟子を思う師匠の心に、みなが胸を熱くしました。
    * * *
 式典は、私の司会でスタートしました。
 戸田先生は、青年たちに「未来は君たちにまかせる。たのむぞ、広宣流布を!」と、さけばれました。そして晴れ晴れと、「創価学会は、宗教界の王者である」と、力強く宣言されたのです。
 日本一の王者の山である富士山が、すべてを見守ってくれていました。
 私たちは、「戸田先生に続いて、富士山のように堂々と、王者の力をもつのだ! 広宣流布を進めて、世界の大指導者とも、広々と友情を結んでいくのだ!」と心から決意しました。
 今、そのとおりの世界的な創価学会になっていることは、みなさんも、よく知っていることでしょう。
    * * *
 富士山は、とても美しい。日本一の高さ3776メートルは、まわりに高い山がないため、ひときわ輝いて見えます。
 それだけに、山頂では、嵐のような烈風が吹いていることが多い。
 富士は、いつも戦っているのです。
 しかし、そんなことを少しも感じさせず、春夏秋冬、いつでも動かずに、私たちに無言のはげましをおくってくれている──それが、富士山です。
 私は、「猛吹雪 されど厳然 富士の山」という句を作ったことがあります。
 私が、小学5年生の時、担任の檜山先生が、大切なことを教えてくれました。
 それは、有名な剣豪・宮本武蔵の人生をえがいた小説の一場面でした。
 「あれになろう、これになろうとあせるより、富士のように、だまって、自分を動かないものに作りあげろ」
 心に光がさしこむ思いがしました。
 ずっと心にとどめ、私の大好きな一節となりました。
 「どんなに、つらい時も、富士のように、にげずに挑戦する自分に成長しよう!」
 この思いで、病気になっても読書にはげみ、家が経済的に苦しい時は、新聞配達をしたり、家の「海苔づくり」の仕事を手伝ったりしました。
 戦争で、家を焼かれ、兄を亡くし、わが家は何もかも失いました。
 戦争が終わり、戸田先生の会社で、はたらくようになってからも、何度も何度も、「もうダメだ」と、あきらめたくなるような時がありました。
 けれども、そのたびに富士を思い、なやみを悠々と見おろすように心がけました。「今に見よ!」と、負けじ魂を燃え上がらせて、困難に向かって、ふたたび挑戦していきました。
 そうして、私は、戸田先生の夢を、全部、実現してきたのです。
 「富士のように堂々と」──この心を、私は、大切な友人であり、世界平和の信念をつらぬいてきた、ロシアのゴルバチョフ元大統領とも語り合いました。
 ゴルバチョフ元大統領は、私がさつえいした富士山の写真を、仕事をする部屋にかかげて、毎日、見てくれているといいます。
    * * *
 「3・16」の式典(3月16日におこなわれたことから、こう呼ばれています)を通して、私は、戸田先生から、一番大事なものを受けつぎました。
 それは、広宣流布という、もっとも偉大な平和の使命のバトンです。
 陸上のリレーでは、先の走者と後の走者が二人いっしよに全力で走りながら、タイミングを合わせてバトンを手渡していきますね。
 同じように、弟子は、ただ待っているのではありません。自分から決意して走りだして、師匠からのバトンを受け取っていくのです。
 このバトンを、私は今、未来に向かって前進している、希望あふれる少年少女部のみなさんに渡します。
 今年も、まもなくおとずれる「3・16」は、みなさんと私の晴れやかな「旅立ちの式典」です。
 私が、これまで命をかけて開いてきた、世界への「友情の大道」「平和の大道」は、すべて、みなさんのためにあります。
 富士のように、堂々と前進しよう!
 王者のように、今日も勝利しよう!
 そのために、私も毎日、題目をあげて、みなさんにエールを送り続けていきます。

  負けるなと
    いつも堂々
       富士の山


宮本武蔵の言葉は『吉川英治歴史時代文庫19 宮本武蔵(六)』(講談社)から、表記をやさしく改めた。

第12回 ししの子は負けない (2013.4.1 少年少女きぼう新聞掲載)

 ♪Be Brave!
  負けない心を 燃やして
  平和の未来《あす》へ 出発だ……

 私は、少年部歌が大好きです。この歌をきくと、ますます元気がわいてきます。なぜなら、私の愛する少年少女部のみなさんの明るい笑顔がうかんでくるからです。
 新入生のみなさん、ご入学おめでとう!
 みなさんが小学生になるのを、私も楽しみに待っていました。ご家族のみなさまも、おめでとうございます。
 また、進級したみんなも、おめでとう!
 引っ越しで、新しい学校に転校した人もいるでしょう。新学年でクラスがえなどがあり、友だちができるか、不安に思っている人もいるかもしれない。
 でも、心配したり、あせったりする必要はありません。
 伸び伸びと、朗らかに前進していくなかで、必ず、すばらしい友だちもできます。
 ドイツの大詩人シラーは語っています。
 「友情は喜びを二倍にし、悲しみを半分にする」と。
 一つ一つの出会いを大切にして、自分らしく「友情のつばさ」を大きく広げていきましょう!
    * * *
 私の大切な、世界の友人の一人に、ライナス・ポーリング博士がいます。ノーベル化学賞と平和賞の二つを受賞した、偉大な科学者です。
 ビタミンCの研究でも有名な博士に、私は「頭のよくなる薬はありませんか?」と、質問したことがあります。
 博士は、ほほ笑んで答えてくれました。
 「それは、努力しかありません。一つの目標に向かって、努力していくことです」
 その言葉のとおり、博士は「努力」の人であり、「負けじ魂」の人でした。
 小学4年生の時、実家の薬局が火事で焼けてしまいました。さらに、その翌年、お父さんが病気で亡くなります。
 しかし、博士は、その悲しみに負けず、アルバイトをしながら、勉強に全力を注ぎ、大学へ進学しました。
 苦労をたくさんした人は、みんなの気持ちが分かるようになります。自分が苦しんだ分だけ、友をはげましていける人になれます。悩みがあることは、不幸ではありません。悩みに負けてしまうことが、不幸なのです。
    * * *
 どんな悩みも乗り越え、自分も、まわりの人もいっしよに幸せを勝ちとっていく。そのために、「御本尊」をあらわされ、「南無妙法蓮華経」の題目をひろめられたのが、日蓮大聖人です。
 大聖人は、弟子に呼びかけました。
 「一人一人が『しし王の心』を取り出して、どのように人がおどそうとも、決しておそれてはならない。しし王は百獣をおそれない。ししの子もまた同じである」(御書1190㌻、意味)
 「しし王」とは、すべての動物の頂上に立つ王者です。
 堂々たる「ライオンキング」です。
 「しし王」は、どんな強い相手にもおそれません。何があっても、おそれずに前進していきます。
 この一番強い「しし王の心」が、みんなの生命の中にあります。それを「取り出す」力が題目です。
 「南無妙法蓮華経」は、何ものにも負けない「しし王の心」をあらわした名前です。
 みなさんは、自分の名前を呼ばれたら、「はい!」と元気に返事をしますね。
 同じように、「南無妙法蓮華経」と唱えれば、自分の中から「しし王の心」が呼ばれて、あらわれてくるのです。勇気も、知恵も、生きる力も、思いやりの心もわいてきます。題目を唱える人は、最も強く、最も偉大な生命を輝かせていけるのです。
 創価学会の初代会長・牧口常三郎先生は、「しし王のように堂々と立て!」と叫ばれ、戦争中は正しい人をいじめ苦しめる権力と、戦いぬかれました。
 この牧口先生の弟子として、戦後、「地球上から、すべての不幸と悲しみをなくしたい」と、「しし王の心」を燃やされたのが、第2代会長・戸田城聖先生です。
 私は19歳で、戸田先生とお会いしました。
 題目を唱えぬいて、病気にも打ち勝ちながら、戸田先生の夢をすべて実現してきました。
 しし王に続く人が、ししの子です。
 未来を担うみなさんは、一人ももれなく、ししの子です。
 ししの子は強い。
 ししの子はおそれない。
 ししの子は全力で走る。
 ししの子は正義を叫ぶ。
 ししの子は友を守る。
 ししの子は負けない。
 たとえ今は、勉強が苦手でも、体が弱くても、いじめられることがあっても、お家が大変でも、みんな、ししの子です。だから、くよくよしないで大丈夫! ししの子は、必ず、しし王となるからです。
    * * *
 なかなか自分の思うようにいかず、勇気が出なかったり悩みにくじけそうになることもあるかもしれない。
 その心を、仏法では「みがいていない鏡」にたとえています。どんなにすばらしい鏡も、くもったままでは何もうつりません。しかし、みがけば、どんどん輝きます。
 心も同じです。題目を唱えることは、心を最高にみがいていくことなのです。題目を唱えれば、生命が光ります。やる気も元気もみなぎり、頭もさえてきます。
 この題目は、今や、世界192カ国・地域に広がっています。みなさんと同じ年ごろの少年少女も、たくさんいます。
 英語やポルトガル語、スペイン語、韓国語など、話す言葉はちがっても、みんな、「ナンミョウホウレングキョウ」と唱えています。
 題目は、世界共通、人類共通の言葉です。今、このしゅんかんも、地球のどこかで、題目の声が、ひびき渡っているのです。
 テレビの電波は、目には見えないけれど、つながっているように、題目を唱えることで、心と心も、いつでも、どこでも、つながることができます。つながることができます。
 私は、みなさんの成長と幸せを祈りに祈っています。だから私の生命と、みなさんの生命は、題目でつながっています。
 いつも、いっしよに生きているのです。
 どうか、きょうも朗らかに題目を唱え、ししの子らしく、自分の夢に向かって、胸を張って前進していってください。
 愛するみなさんが、しし王に育って、夢をかなえながら、世界のために堂々と活躍してくれることが、私の最大の夢です。
 最後に、進学、進級した子どもたちに寄せた戸田先生の詩を、みなさんの成長と勝利を願い、おくります。

 歌え 朗らかに 春の曲
 舞え 軽やかに 春の舞
 伸びよ おおらかに
       真っ直ぐに
 春は 四月は
      我らのものだ

第13回 平和の三色旗とともに(2013.5.1 少年少女きぼう新聞掲載)

 1年生のみなさん、学校は楽しいですか? 進級したみなさんも、元気かな?
 5月は、空も風もさわやかな季節です。
 木々の緑もあざやかな道を、いっしよに散歩するような気持ちで、語り合おう!
    * * *
 きょうは、「平和」について、いっしょに考えたいと思います。
 みなさんは、大科学者のアインシュタイン博士の名前を聞いたことがありますか?
 おそろしい核兵器をなくすために立ち上がった、平和のリーダーでもあります。
 私の恩師である戸田城聖先生は、アインシュタイン博士がアメリカから日本にやって来た時の講演を、師匠の牧口常三郎先生とともに聞かれました。そのことを誇りとして私たち青年に語ってくださいました。
 その偉大なアインシュタイン博士が、世界を平和にするために、いちばん大事だと語っていたことがあります。
 それは、「われわれの考えを変え、人の心を変えること」です。
 本当に、その通りだと思います。心が心を動かしていく。心が心を変えていきます。私たちにとって、その一番の力のみなもとが、信心です。
 みなさんのお父さん、お母さん、おじいさん、おばあさん、学会の同志の方々は、真心から人をはげまし、人を笑顔にしてきました。今も、毎日、行動しています。
 みんなの笑顔があるところに、希望が生まれる。幸福が広がる。平和が光る。
 たとえ、つらく悲しいことがあっても、人をはげませば、自分も元気になる。はげまされた人も、明るく笑顔になる。
 こうして、はげまし合って、人々の心を明るくし、笑顔をふやして、世界に平和の心を広げてきたのが、創価学会の歴史です。
 そのはげまし合いの輪は、今、SGI(創価学会インタナショナル)に発展し、192カ国・地域にまで広がっています。
 その原点の日が、5月の3日。私たちの「創価学会の日」なのです。
 今から62年前の1951年(昭和26年)の晴れわたる5月3日、戸田先生は世界から不幸をなくそうと、学会の第2代会長に就任されました。
 そして私も、1960年(昭和35年)の同じ5月3日、その師匠の心を受け継いで第3代会長に就任しました。
 5月3日は“学会のお正月”ともいわれます。「人間革命」と「広宣流布」という理想を目指して、新しい一年の目標や決意を立てて、勢いよく出発する日なのです。
 どうか、みなさんも、何か一つでも目標を決めて、新たなチャレンジを開始してみてください。
    * * *
 この学会の大切な日である5月3日は、「創価学会母の日」でもあります。
 だれよりも苦労して、がんばってくれている「創価のお母さん」に、みなで感謝し、最大にほめたたえる日です。
 日本では、5月の2番目の日曜日が“母の日”となっていますが、二重にお祝いしたいので、私から提案しました。今年で、25周年になります。
 みなさんも、5月3日には、私にかわって、お母さんや婦人部の方々に「いつも、ありがとう」とお礼を言ってくださいね。
 もう一つ、25年前に、私が提案したことがあります。婦人部の新しい旗をつくることです。すばらしい旗ができました。
 赤・黄・青色の三色で、まん中に「白ゆり」の花が、えがかれていました。
 この旗をふってみると、それだけで周囲が明るくなりました。まさに、創価のお母さんたち、そのものです。
 そして、この旗がもとになって、学会の「三色旗」ができました。
 赤は「勝利」、黄は「栄光」、そして青は「平和」という意味がこめられています。
 あの地でも、この地でも、三色旗をふって、学会はほがらかに前進してきました。
 かつて、関西のある少年部の友が、三色旗を見た友だちから、「これは、どこの国の旗?」とたずねられました。
 少年は、胸を張って答えてくれました。
 「SGIという、民衆の王者の旗やねん!」
 少年少女部のみなさんが目指す2030年は、学会の創立100周年です。
 その時、みなさんは、20代の、りりしい若きリーダーに成長している。私は楽しみでなりません。
 この「広宣流布」の道は、万年の未来まで続く道です。
 みなさんが世界の大舞台でかつやくする時代には、地球上のどこへ行っても、三色旗が“生命を大切にする希望と幸福の旗”として、ひるがえっているようにしていきたい。戦争なんか時代おくれという、平和な世界をつくりたいのです。
 ともあれ、広宣流布の大運動は、始まったばかりです。いよいよ、これからです。
 学会の未来にとって、いちばん大切な人は、だれだと思いますか?
 それは、後を継ぐ「後継者」です!
 すなわち、みなさんです!
 人類の未来は、みなさんの心の中にあります。私は、みなさんへの最大の尊敬と期待をこめて、1976年(昭和51年)に、5月5日の「こどもの日」を「創価学会後継者の日」としました。そして未来部の指針として、次の6項目を贈りました。
 1、健康でいこう
 2、本を読もう
 3、常識を忘れないでいこう
 4、決してあせらないでいこう
 5、友人をたくさんつくろう
 6、まず自らが福運をつけよう
 今回ここに、私は7つ目として、
 7、親孝行しよう
 をつけ加えたいと思います。
 人の幸せを祈り、行動する、みなさんのお母さんはえらい。お父さんもまた、本当にえらいんだ。だから、親孝行してあげてほしいんです。
 親孝行すれば、お父さん、お母さんの心を明るくすることができる。そのお父さん、お母さんが、まわりの人をはげませば、その人の心が明るくなる。また、その人が、ほかの人をはげませば……そう、世界中の人の心を明るくすることができます。
 アインシュタイン博士は、人の心を変えるには、「家庭や近所から始める」ことだとも言っています。「広宣流布」という、1万年先まで続く平和と幸福の大運動は、お父さん、お母さんに「親孝行すること」から始まります。
 みなさんの親孝行によって、広宣流布を一歩前進させることができるのです。
 むずかしく考える必要はありません。
 日蓮大聖人は、一日に2、3回、笑顔を見せるだけでも、りっぱな親孝行である、と言われています。お父さん、お母さんのためにと勉強することも、すべて親孝行なんです。「心こそ大切」です。
    * * *
 木の葉っぱを見てごらん。今は毎日、緑がこくなっていきます。太陽のエネルギーを吸収して、ぐんぐん成長しています。
 今年の新緑は、とくに勢いを感じます。
 気がつかないかも知れないけれど、みなさんも、毎日毎日、必ず成長しています。
 私は、みなさんが、一人ももれなく立派に育ち、“創価の大樹”として、日本の、そして、世界のあの地この地で、堂々と、そびえ立っている姿が目にうかびます。
 きょうも、三色旗とともに、ほがらかに! 私といっしよに出発しよう。


※参考文献はウィリアム・ ヘルマンス著、雑賀紀彦訳『アインシュタイン、神を語る』(工作舎)。


第14回 みんなの舞台は「世界」!(2013.6.1 少年少女きぼう新聞掲載)

 きょうは、目の前に、地球儀を置き、世界地図を開いて、いっしょにながめるような気持ちで、語らいを進めましょう!
 今年も、5・3「創価学会の日」をお祝いして、世界のあの地この地で、明るく、にぎやかに記念の集いが行われました。
 赤道のまわりの一年じゅう暑い国でも、北極や南極に近く冬の寒さがきびしい国でも、私たちの同志は活躍しています。
 草原の国、森の国、砂漠の国、高い山がそびえ立つ国、大きな川が流れる国……。
 今や、わがSGI(創価学会インタナショナル)は、192カ国・地域に広がりました。
 私は、毎日、世界の友が元気に前進している様子を、うれしくうかがっています。
 世界中、みなさんがどこに行っても、メンバーが家族のように温かく迎えてくれる時代に入っています。
    * * *
 私が小学5年生の時でした。
 担任の檜山浩平先生が、教室にはってあった大きな世界地図の前で、クラスの一人一人に質問されました。
 「みんなは世界のどこに行きたいかな?」
 それぞれ地図の上の好きな場所を指さしました。私は、おとなりの中国の西のほう、広々としたアジア大陸の真ん中あたりをさしました。
 “このあたりは砂ばくなんだろうな”と思っていると、檜山先生は、こう言われました。
 「池田君、そこは『敦煌』といって、すばらしい宝物がいっぱいあるところだぞ」
 それ以来、「敦煌」は、不思議な、あこがれの場所として、心にきざまれました。
 やがて、私は「敦煌の守り人」と呼ばれた中国の画家・常書鴻先生とも、深い友情を結ぶことができました。
 私が創立した東京富士美術館では、敦煌の色あざやかな壁画や貴重な宝物を紹介する大展示会を行うこともできました。
 私が書いた創作童話『さばくの宝の城』も、この敦煌が舞台となっています。
 すべて、小学生の時の気持ちが出発点となって、大きく花開きました。
 みなさんも、地球儀や地図を見ながら、「どんなところだろう?」 「いつか行つてみよう!」と、夢を広げてみてください。
    * * *
 本を読むことは、心の旅をすることです。
 みなさんは、『ロビンソン・クルーソー』という本を読んだことがありますか?
 イギリスのデフォーという作家が300年ほど前に書いた冒険物語です。
 ──イギリスに生まれたロビンソン青年が、海にあこがれ、船乗りになります。しかし、ブラジルから航海に出たところで、嵐にあい、たった一人、小さな無人島に打ち上げられてしまいました。わずかな食べ物と道具をたよりに、島での生活を始めるお話です。
 私も、この本を読んでは世界地図を開き、いっしよに冒険の旅を続け、自分だったら、どうするだろうと思いをめぐらせたことを思い出します。
 人生の師匠である、創価学会の第2代会長・戸田城聖先生も、この本を教材にして、私たち青年に、「どんな人生の荒波にも、たくましく立ち向かい、勇気と知恵をはっきして生きぬいていくんだよ」と教えてくださいました。
 幼い時から病弱で、医者から「30歳まで生きられない」と言われた私でしたが、イギリスにもブラジルにも行って、すばらしい友情を結ぶことができました。
 みなさんの舞台も、「世界」です。
 世界地図は、21世紀の主役であるみなさんへの「招待状」です。
 世界が、みなさんを呼んでいるのです。
 本を読むなかでも、時に地図を開き、世界で活躍するその日を思いえがきながら、心広々と力をつけていってください。
    * * *
 6月6日は、初代会長・牧口常三郎先生のお誕生日です。
 先生は偉大な教育者であり、それまで、だれも発表したことのない、新しい地理学の本を書かれた優れた学者でした。
 その『人生地理学』という本で、牧口先生は、“たとえば、自分が身にまとっている服は、南アメリカ、もしくはオーストラリア産のヒツジの毛を原料にし、イギリスの鉄と石炭を使ってイギリス人がつくってくれたものである”と述べられています。
 身の回りを見わたしただけでも、私たちの日々の生活は、外国と切っても切りはなせない関係がある。だから、牧口先生は、世界の人々への「感謝」を語られているのです。
 みんなの中には、パンが好きな人がいるでしょう。その原料の小麦は、アメリカやカナダ、オーストラリアなど、海外から約9割が輸入されています。
 車や飛行機を動かすエネルギーとなる石油は、ほとんどすべてが輸入され、サウジアラビア、アラブ首長国連邦などの中東の国々に、その多くをたよっています。
 また、家を建てるのに必要な木材も約8割がカナダ、ロシアなどからのものです。
 つまり、私たちの生活は、海外の国々によって支えられているのです。
 世界の人々は、みんながつながって生きている。だから、世界は絶対に平和でなければならない──と牧口先生は教えられました。そして、戦争へと暴走してしまった当時の日本の軍国主義と戦って、迫害され、獄死されたのです。
 この師匠の心を受けついだ戸田先生は、叫ばれました。
 「将来、だれもが、幸せをかみしめることができて、国境や民族のかべのない地球民族主義の平和な世界を築かなければならない」と。
 その通りに、世界に友情と平和の心を広げてきたのが、私たち創価学会であり、SGIなのです。
 SGIを発足した時、私は署名簿の国籍を書くところに「世界」と記入しました。それは、世界市民の一人として、人類の幸福のために永遠に行動し続ける、との誓いだったのです。
 私は、その使命のバトンを、みなさんに託したいのです。
    * * *
 国によって、世界地図も変わります。
 ヨーロッパの地図では、日本は右端の位置になります。南半球のオーストラリアでは、日本の地図と上下がさかさまになっている世界地図もあります。
 どこも、それぞれに世界の中心なのです。そして、だれもが、世界中の人々とつながり、世界中の人々に支えられて生きています。
 そのことに気づいて、まわりの人に感謝でき、みんなと仲良くし、みんなのために尽くしていける人が、世界市民なのです。
 世界市民として生きぬいた創価の三代に続くみなさんもまた、偉大な世界市民となることは、まちがいありません。
 さあ、地図を広げよう!
 平和な未来をめざして、いっしよに心の大航海に出発しよう!

第15回 書けば未来が輝きだす!
 (2013.7.1 少年少女きぼう新聞掲載)

 7月は、1年の折り返し地点です。マラソンでいえば、ここからが勝負です。
 地球の北半球では夏。南半球では冬。
 どちらも、若き生命のきたえの季節です。
 日本中、世界中の未来部のみなさんが、健康で元気に成長していくよう祈りながら、きょうも私は書いていきます。
    * * *
 日本では昔、7月のことを「ふみづき」「ふづき」と呼び、「文月」と書きました。これは、7月7日の「七夕」の日に、願いごとを書いて、飾ったからだといいます。
 今でも、七夕には、願いごとを書いた短冊を笹に飾るでしょう。
 昔の人は、「書くことが上手になりますように」という願いごとが多かったようです。文字や文章が、うまく書けるようになりたいと、みんな願っていたんだね。
 みなさんは、どうですか?
 学校の授業や宿題で「作文」が出ると、「いやだなあ」「文を書くのは、苦手だなあ」と思ってしまうかな? スラスラと書いている友だちを見て、あんなふうに書けたらいいなと思う時もあるかもしれない。
 でも、大丈夫! だれでも「書く力」をもっているからです。
 日蓮大聖人は、「言葉というのは、心の思いを響かせて、声としてあらわしたものをいうのです」(御書563ページ、意味)と言われています。
 みんなが、見たり、聞いたり、学んだりして、心の中に出てきた思いを、「口」でしゃべれば「声」になる。それを「手」で書けば「文章」になる。あとは、その力をのびのびと引き出していけばいいんです。
    * * *
 私も、小学1年生の時、学校の先生に作文をほめられた思い出があります。
 みんなの前だったので、てれくさかったのですが、先生が「とてもよく書けています」と言ってくださったのです。
 自分では、よくわかりませんでしたが、見たまま、思ったまま、感動したまま、むちゅうで書いたことを覚えています。
 友だちからも「大ちゃん、すごいね」と言われ、作文が大好きになりました。
 好きになってからは、さらに文をたくさん書きました。本を読んでは、好きな文章をノートに書き写したり、感想を書いたり、日記を書いたりもしました。
 こうした積み重ねが、やがて原稿や小説を書くことにも、つなかっていったのです。
 自分で「文を作る」のが、苦手だったら、「文を書き写す」ことから始めても、いいんじやないかな。先生が黒板に書いた文や、本を読んで、これはいいなと思った言葉など、忘れないうちにノートやメモに書き写してみるんです。マンガで感動したセリフでもいいんだよ。
 ともかく、手を動かして文を書く。このくりかえしが、大きな力になる。
 文字に書いてみると、自分の思いが、さらにはっきりしてきます。ふしぎなもので、書いているうちに、何を書けばいいのか、わかってくるのです。
 どんな勉強も、書くことにつながっています。だから、学び成長していけば、文章を「書く力」もいっしよに成長していくのです。
    * * *
 だれにでも、心に残る文章があります。
 みんなは、野口英世博士の名前を聞いたことがあるかな? 福島県出身で、世界で活躍した医学者です。この野口博士の苦しく大変な研究生活の支えになったのが、お母さんの手紙です。
 学校に行けなかったお母さんは、何度も何度も、字を書いて練習したといいます。
 その手紙は、こう始まっています。
 「おまイの。しせにわ。みなたまけました。わたくしもよろこんでをりまする(あなたの出世には、みんな驚きました。私も喜んでおります)……」
 一文字、また一文字、一生けんめい、書かれた母の手紙を、息子である博士は、涙を流して読みました。そして、このお母さんの愛情を力にして、さらに多くの人の命を救っていったのです。
 気どった文を書く必要はありません。大切なことは、自分の伝えたい思いを、真心をこめて書けるようになることです。
 心がこもった文は、人の心を打つ。悩み苦しんでいる人を励ます力があります。
    * * *
 「ペンは剣よりも強し」といいます。
 暴力や武力は、人をおどかしたり、傷つけたりすることはできても、人の心までは動かすことはできない。本当に強いのは、ペンの力であり、言葉の力です。
 おとなりの中国には、「文章を書くことは、後世に伝わって永久に滅びることのない、偉大な仕事である」という言葉もあります。
 勇気をもって書いた正義と真実の文は、時代をこえて未来へと残っていくのです。
 私も、師匠である戸田城聖先生のもとで、「書く力」を身につけました。
 そのおかげで、どんなことがあっても、世界の平和と人類の幸福をめざす広宣流布の道を開くために、書いて、書いて、書きまくることができました。
 時には、あまりに書きすぎて、手がはれ、肩が上がらなくなることもありました。
 熱があって体調が悪かった時には、原稿を1枚仕上げるたび、「正」の字を1画書いて枚数を記録しながら、一冊の本を書き上げたこともありました。
 書くことが、そのまま私の人生であると言っても、言いすぎではありません。
 友のために! 未来のために! 大切な大切な、みなさんのために!
 21世紀の大指導者に育ちゆくみなさんも、どうかペンの力で、言葉の力で、創価の心、すなわち、命を大切にする心、友情の心、正義の心、勇気の心、平和の心を、世界に伝え、広げていってください。
    * * *
 夏の伝統の「作文コンクール」で、長年、しんさ委員をされていた先生が、アドバイスをしてくださったことがあります。
 それは、作文の中に「お・お・き・い・み・かん」を入れるというお話でした。といっても、食べる「みかん」のことではありませんよ。
 作文を書く時は、「おと(音)」「おもった(思った)こと」「きいた(聞いた)こと」「いった(言った)こと」「みた(見た)こと」「かんじた(感じた)こと・かんがえた(考えた)こと」──この六つを書くといいというアドバイスです。
 それには、自分の目や耳、鼻、口、手、そして心という“六つのアンテナ”をピンと張っておくことが大切です。
 日ごろから身の回りで気になったこと、観察したことを書きとめておけるような「作文メモ」を持っていると、いいかもしれません。
 読書感想文なら、本を読んで、ふしぎに思ったこと、初めて知ったこと、おもしろかったことなどを書いてみよう。主人公の身になって「自分なら、どうするか?」と考えてみると、楽しさ百倍です。それを、そのまま書けばいいんです。
 友だちに、「ここがおもしろかったから読んでみて!」と、アピールするつもりで書いてみるのもいいでしょう。
    * * *
 さあ、少年少女部のみなさん!
 自分の思うこと、好きなことを、どんどん書いてみよう! きっと何かが変わる。
 みなさんの未来が輝き始めます。
 君が、あなたが、一生けんめい書いてくれた文章は、すべて私の宝物です。だから作文コンクールに挑戦してくれた全員に、できることならば、“山本伸一賞”という賞を贈りたい。「山本伸一は、私が若い時から使っているペンネーム(筆名)です。みんな、私と同じ心で文章を書いてくれる同志だからです。
 お父さん方、お母さん方、そして21世紀使命会のみなさんにも、大変にお世話になりますが、どうか未来っ子の“成長の夏”を見守り、励ましていただきたいと思います。
 「さあ、きょうは何を書こうかな?」
 この夏、私とともに、みなさんも新たな文章に挑戦しましよう!
2013-07-07 : 希望の大空へ :
Pagetop
ホーム

プロフィール

Author:fmiokun
FC2ブログへようこそ!

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。