随筆 我らの勝利の大道 No.107 創価の丈夫が共に!

随筆 我らの勝利の大道 No.107    (2013.6.15付)

創価の丈夫《ますらお》が共に!

師子よ走れ! 師子よ吼えよ!

不屈の力で人間王者の勝鬨を

 いざ今日も
  自分に負けず
   胸を張れ
  戦いの歌
   雄々しく愉快に

 我らは歌声と共に進む。
 「“歌がもつ力”のきわめて重要な側面は、人々に与える『勇気』にあるのではないかと思うのです」
 これは、マーチン・ルーサー・キング博士と共に、アメリカの公民権運動を戦ったハーディング博士が、語られた言葉である。
 歌声高らかな創価の行進から、幾たび、広宣流布の突破口が開かれたことか。幾たび、立正安国の勝利劇が創られてきたことか。
 歌が勇気を鼓舞する。
 声が戦いを前へ動かす。
 我らは不屈の魂の声を響かせ、前進するのだ。
 
「父の日」を感謝で
 「母の日」に比べて地味ではあるが、6月の第3日曜日は「父の日」である。
 日蓮大聖人は、「父の恩の高き事・須弥山猶ひき(低)し・母の恩の深き事大海還って浅し、相構えて父母の恩を報ずべし」(御書1527㌻)と仰せである。
 父母の恩に報いていく中に、仏法の真髄がある。
 家庭や地域にあっても、厳しい経済闘争にあっても、宿命転換の激戦にあっても、一家の柱、広布の要として、辛抱強く頑張ってくれている創価の父に、感謝と労いの笑顔を贈っていただければと思う。
 私には、日本全国、全世界に、黙々と「陰徳」に徹する共戦の父たちがいる。
 昭和37年(1962年)の1月、全くの冤罪であった「大阪事件」の勝訴の前夜、私は、常勝関西の心臓部、兵庫の尼崎で男子部の友と約し合った。
 「我らは不幸な人の味方となり、真実に全民衆が、安心して暮らしていける世の中を築き上げよう」と。
 私と同年齢の尼崎の錦宝の戦友は、今も、この変わらざる闘魂で広布の最前線に立ち続けてくれている。少々、耳は遠くなっても、心はますます意気軒昂なりと嬉しい近況を伺った。
 ともあれ、健気に奮闘する婦人部・女子部の「福智のスクラム」を厳護し、難関の突破口を開くのは誰か。
 それは“創価の男”だ!──この心意気で、我らは邁進していくのだ。

駿馬の勢いで進め
 「花も嵐も踏み越えて/行くが男の生きる途」とは、昭和の大詩人・西條八十氏の有名な歌の一節である。
 かつて、世田谷のご自宅を訪ね、「少年たちに偉大なる夢を与えきれる詩を」と原稿をお願いして、快諾いただいたことも、私の忘れ得ぬ思い出である。
 「男」という文字は「田」と「力」とから成る。
 創価に漲る、三つの男の「力」を確認し合いたい。
 第1に、駿馬の勢いで勝利を決する力である。
 この6月30日は、英知の学生部の結成記念日である。今年も、多くの俊英が学生部に入って活躍してくれている。大いなる希望だ。
 今から35年前、この日を祝賀して、民衆勝利の大城・荒川文化会館で発表されたのが、学生部歌「広布に走れ」であった。
 結成記念日の直前、学生部の代表から新しい部歌の案を聞き、これを契機に、私は奔流の如く歌詞を口述していった。時を移さず、徹底して推敲を重ねた。
 「広き礦野に 我等は立てり/万里めざして 白馬も堂々」……歌詞が完成すると、息つぐ間もなく私は提案した。「次は曲だ。今日中に作ろう」と。
 この呼吸に若き音楽家の友も協力に馳せ参じてくれ、深夜に及ぶ作業で、一気呵成に完成をみた。
 戦いは電光石火のスピードと決着力が命だ。
 今日、達成すべき目標がある。今、励まさなくてはいけない人がいる。
 時を逃さず、最大の価値を生み出す人が、新しい歴史を創るのだ。
 頼もしきヤング男子部の友も、勇んで拡大の先陣に躍り出てくれている。
 一日一日、一瞬一瞬、勇猛果敢に走り切る勢いが勝利を開く。その原動力は白馬の嘶くような朗々たる唱題である。
 勝負は「今」にあり──これは、人生万般に通ずる真実である。
 作家の国木田独歩は、「人間の一生は凡て『今日』の中に在り」「日、一日を、男らしく、大胆に、勤勉にくらせ」と綴った。
 独歩といえば、名作『武蔵野』は、私にとって思い出深い作品だ。その中に目黒川の詩情も描かれていた。
 近年、地道な努力で目黒川の浄化が進み、川沿いの桜並木も親しまれているとの知らせをいただいた。

連帯を粘り強く!
 第2の「男の力」は、滝の如く撓まず、粘り強く連帯を広げゆく行動である。
 本年は、昭和3年(1928年)に牧口常三郎先生と戸田城聖先生が入信されて85周年となる。
 牧口先生は、57歳。
 戸田先生は、28歳。
 創価の師弟は、その出発から“壮男一体”の共戦であったといってよい。そして、限りなく地涌の菩薩を呼び出《いだ》す闘争であった。
 法華経では、各々の地涌の菩薩が「将いる所の 諸の眷属は 其の数は量《はかり》有ること無く」(創価学会版法華経459㌻)と説かれる。
 我らの対話は、久遠からの眷属を一人ひとり呼び覚まし、正義と幸福と勝利の軌道ヘリードしゆく実践である。だからこそ、信念を語り切った分、仏縁が結ばれ、信頼が深まり、自他共に境涯が開かれるのだ。
 近年、壮年部と男子部の一致団結の流れが深まり、共に動き、共に勤行会を行うなど、力強い連携の活動が展開されている。
 鍛え抜かれた多宝会・壮年部の経験と、男子部・学生部の若きパワーとの結合は、新時代の飛躍をもたらす挑戦である。
 そもそも「創価」という名称も、牧口先生の「価値創造」の哲学を、戸田先生が若き英知で表現されたものである。戸田先生もまた、青年の意見を最大に尊重し、生かしてくださった。
 仏法の智慧は、あらゆる時代の変化に即しつつ、常に新鮮な「価値創造」の光を放っていけるのだ。
 空前の少子高齢社会に入り、人間関係の希薄化が憂慮される昨今である。
 その中で、地域に根を張った「老・壮・青」の世代が一丸となって、人間主義の対話を繰り広げていくことが、どれほど偉大な「立正安国」の進展であるか。
 特に、平日の昼間に若々しく活動される太陽会、敢闘会等の方々の貢献には、深い感謝が寄せられている。自らの持てる力を見事に社会で光らせゆく人は真の勝利者、幸福者だ。
 私たちが世界広宣流布の本陣を構える新宿は、文豪・夏目漱石の生まれ故郷でもある。漱石は、ある後輩を激励して語った。
 「おれは男だと思うと大抵な事は凌げるものであるのみならず、却って困難が愉快になる。君などもこれからが事を成す大事の時機である」と。
 人生の先輩、盟友の励ましの一言は、計り知れない力を持っている。我ら青年学会は、いかなる時代社会の荒波にも、励ましの力を強めながら、賢く朗らかに前進していくのだ。

勇気と執念で戦う
 第3の「男の力」は、最後まで「師子王の心」で攻め抜く勇気と執念である。
 日蓮大聖人は叫ばれた。「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、彼等は野干のほう(吼)るなり日蓮が一門は師子の吼るなり」(御書1190㌻)と。
 牧口先生、戸田先生は、戦時中の弾圧下、この仰せのままに戦い抜かれた。
 牧口先生は、豊島の東京拘置所で峻厳な殉教を遂げられた。戸田先生は、生きて中野の豊多摩刑務所から出獄され、不屈の学会再建の一歩を踏み出された。
 両先生の法難70年──東京戸田記念講堂に掲げられた両先生の肖像画が今、大東京の同志の勝利を見守っておられるようだ。
 師子は走る!
 師子は吼える!
 師子は断じて勝つ!
 大聖人の「師子王の心」は、創価の師弟にのみ流れ通ってきた。わが壮年部、男子部、学生部は、この直系の師子だ。何も臆さず、断固と師子吼していくのである。正義と真実は倦まず撓まず語り抜くのだ。
 大聖人は男性門下の鑑たる四条金吾に「始中終すてずして大難を・とをす人・如来の使なり」(同1182㌻)と打ち込まれた。
 途中に何があろうが、最後の最後まで戦い抜く創価の丈夫が、日本中、世界中に勝利と栄光を輝かせゆかれることを、私は祈る。共に堂々と、人間王者の勝鬨をあげようではないか!

 丈夫が
  厳と決めたる
   妙法の
  誉れの大道
   勇み勝ちゆけ


 国木田独歩の言葉は『欺かざるの記』(潮出版社)。夏目漱石は『漱石全集14』(岩波書店)=現代表記に改めた。
2013-06-15 : 随筆 我らの勝利の大道 :
Pagetop

随筆 我らの勝利の大道 No.105/6 創価の花のスクラム

随筆 我らの勝利の大道 No.105/6   
              (2013.6.5/7付)

創価の花のスクラム

朗らかに進め 使命の青春

「心の財」輝く 負けない人生を!
広布に生き抜く母娘に幸あれ


 ♪ああ わが使命
     果たさなん
  集いて来たれ
      生々《しょうじょう》の
  永遠《とわ》の都に
      爛漫と 爛漫と
  薫れ生命《いのち》の 青春桜

 昭和53年(1978年)の3月16日──。
 大東京の第二の本陣・立川文化会館で、女子部歌「青春桜」が発表された。
 それは、広宣流布という何よりも崇高な使命に生き抜く乙女たちの晴れやかな生命の讃歌である。
 当時は、悪逆な坊主や背信者らが暗躍していた。しかし、わが“創価山”に集いたる女子部の友の心は、一点の曇りもなかった。
 私は、その心に応えて、歌詞にもメロディーにも、何度も手を入れた。
 完成した「青春桜」は、何ものにも壊されない師弟の絆の調べとなった。
 私は確信していた。
 ──この清く朗らかな歌声が続く限り、我らの前進は不滅だ、と。
 発表から35年が経った今、この時の乙女たちは、変わらざる誓いのまま、地域と社会の最前線で福智輝く女性リーダーとなって指揮を執っている。
 自らの「生命の青春桜」を若々しく咲き薫らせながら、後に続く女子部を、妹の如く、娘の如く、慈しみ、励ましてくれていることは、何とも嬉しい限りだ。
 新宿区信濃町の創価女子会館には、この「青春桜」の歌碑が設置されている。
 広布の誓いに舞いゆく心は、世界の華陽の乙女に脈々と流れ通っているのだ。

華陽姉妹の誓い
 6月4日は、「世界池田華陽会の日」──。
 4年前(2009年)のこの日、私は妻と共に創価女子会館に伺い、女子部・婦人部の代表の友と記念協議会を行った。
 「朗らかな幸福の太陽たれ」をはじめ、女子部の永遠の五指針も発表された。
 人生は戦いである。
 それは、突き詰めれば、自分自身との戦いであるといってよい。
 自分に勝つか負けるか。それによって、幸・不幸は決まってしまう。ゆえに、どんなに厳しい試練や宿命が襲いかかってきても、決して負けてはいけない。
 「何があっても負けない」という、断固たる自分自身を創り上げるために、正しき生命哲学がある。
 常に勝って「これ以上の幸せはない」という人生を飾っていくために、青春時代の信心修行があるのだ。
 わが女子部の友が、一人ももれなく、最も明るく、最も清らかな、妙法蓮華の当体として、自分らしく伸びやかに幸福勝利の劇を綴っていただきたい──。
 このことを家族のように語り合う日となった。
 あの美事なる「華陽の誓い」の大合唱も、私の生命から離れることはない。
 一年一年、華陽姉妹の「幸福の太陽」の連帯は光を増し、今年も世界中から明るく賑やかな記念の集いの報告が届いている。
 日蓮大聖人は、「女人の御身として法華経の御命をつがせ給うは釈迦・多宝・十方の諸仏の御父母の御命をつがせ給うなり此の功徳をもてる人・一閻浮提に有るべしや」(御書1250㌻)と仰せになられた。
 妙法を信受した女性は、あらゆる仏を生み出しゆく最極の大生命を受け継いでいるとの御断言である。
 泥沼のような現実社会の真っ只中で、わが女子部は若き華陽の生命を光らせ、希望と勇気を放ってくれている。人の何倍も忙しく、苦労も多いに違いない。
 けれども、だからこそ、一日一日、無量の「心の財」が積まれ、「一閻浮提第一」の大功徳に包まれていくのだ。
        ◇
 “歴史的改革の時機にこそ、女性の権利の尊重と、社会への参加が実現されるべきである”とは、女性教育の先駆者・津田梅子の信念であった。
 生命を育み、一家を守り、社会を支え、世界を照らす──。この女性の声を尊重し、女性の智慧を生かしていく所は、永遠に勝ち栄える。

“白ゆり”の大行進
 創価教育の師父・牧口常三郎先生も、女性の力に希望を見出されていた。
 だからこそ、若き日に“女性のための通信教育機関”も創立された。
 その先師の生誕の日──6月6日を「部の日」とする関東婦人部の皆様は、「最強の平和のスクラム」も固く、元気いっぱいだ。
 さらに6月10日は、昭和26年(1951年)、恩師・戸田城聖先生と、香りも高き“白ゆり”の大行進を開始した、輝かしき「婦人部の日」である。
 あの日、先生は言われた。
 「妙法受持の女性は、最も尊貴な女性であることを自覚してもらいたい。妙法の実践の証明が、未来にどう開花していくか、今後、私と共に、どこまでも戦ってもらいたいのです」と。
 当時は、悲惨な朝鮮戦争(韓国戦争)の渦中であった。婦人部結成の席上、釜山出身の尊き母は、愛する祖国の平和と同胞の幸福を祈り、広宣流布に生き抜く決意を切々と訴えられた。
 以来、62星霜──。韓国にあって、婦人部・女子部の皆様方の模範的な社会貢献が、友情と信頼の花を爛漫と咲かせておられることは、聖教新聞でも報道されている通りだ。

首都圏を結ぶ往来
 仲良く麗しい団結が光る神奈川と埼玉の婦人部の友から、喜びの声を伺った。
 それは、今春から、横浜の元町・中華街と、埼玉方面を結ぶ直通列車の運行が始まり、一段と交流が伸展することへの期待であった。
 両県は、私にとっても、鶴見や川越をはじめ、青春時代から広布拡大へ駆けた宿縁深き天地である。いつもいつも、大東京を支え、苦楽を共に前進勝利の歴史を刻んでくれている。
 この東京・東海道・関東、さらに信越も一体となった、いわば“大首都圏”は、日蓮大聖人の御在世から、人間の活発な往来で結ばれてきた地域である。
 大聖人が立正安国の大闘争を展開された鎌倉からは、「鎌倉街道」と通称される道が伸びていた。
 街道は、間道も含め、大きく「上《かみ》ノ道」「中《なか》ノ道」「下《しも》ノ道」と呼ばれる。
 「上ノ道」は、今の東京・町田市、多摩方面を経て、埼玉、群馬へと、関東西部を北に進む。
 この道は、大聖人も往復され、流罪の地・佐渡への途次には、久米川(現・東村山市内)で一泊されたと御書に記されている。
 「下ノ道」は、大田区、墨田区などから、千葉方面へ向かう道である。
 「中ノ道」は、世田谷区、目黒区、そして中野区、新宿区、豊島区方面へと通じる。やがて、北区、足立区などを流れる荒川を渡り、埼玉へと北上する道だ。
 鎌倉街道は、大聖人が大難を忍ばれ歩まれた道である。門下も互いに行き来し、連携を取り合った道だ。
 その道を、今、大首都圏そして日本全国の同志が、異体同心の団結で奔走してくれている。
 御本仏の御照覧も、三世十方の仏菩薩の賞讃も絶対なりと確信してやまない。
        ◇
 思えば、御書に登場する乙御前の母も、この鎌倉街道を歩んで、佐渡の大聖人のもとへ向かった。夫と離別し、一人で愛娘を育て抜いた女性である。
 大聖人は、この健気な女性門下に、私たちが心肝に染める御聖訓を贈られた。
 「軍《いくさ》には大将軍を魂とす大将軍をく(臆)しぬれば歩兵《つわもの》臆病なり」(御書1219㌻)、「人の心かたければ神のまほり必ずつよし」(同1220㌻)と。
 男性門下への御文と思っていた人もいるかもしれない。まことに雄渾にして力強い御金言である。
 日蓮大聖人は、女性の偉大な力こそを、最大に尊重されていたのだ。
 御本仏は、勇敢な乙御前の母に、「日妙聖人」との尊称も贈られている。
 そして、広布の戦《いくさ》の“大将軍”として、絶大な信頼を寄せられたのである。
 勇気に燃える誉れのわが女性門下を見よ!
 諸天よ、広布に生き抜く母娘を讃え護れ!
 大聖人の烈々たる師子吼は、学会の婦人部・女子部を厳然と包容され、守護くださる仏意であり仏勅であると、私は拝する。

皆が幸福責任者!
 先日、妻が一通の便りを聞かせてくれた。
 昭和54年(1979年)の5月27日、妻が婦人部総会にお邪魔した、横浜市神奈川区の宝友からのお手紙である。
 私の会長辞任の直後、地域の総会の中心者として、深い深い真心で妻を迎えてくださった大ブロック担当員(現在の地区婦人部長)である。
 この時、妻と皆で語り合った、「何があっても創価学会から離れなければ、必ず幸せになります」との一言を抱きしめ、30余年、走り抜いてこられた。
 そこに集われた方々からは、退転する人は誰一人として出ていない。皆、功徳を受け、活躍されている。
 会合でカメラマンを務めてくださった、この方のご主人をはじめ、亡くなられた方々もおられる。しかし、ご家族が立派に後継の道を歩まれている。
 それぞれに、地域で誠実に友好を結びながら、学会と共に生き抜く幸《さち》の実証を示してこられた。そして、このご婦人が先頭に立って、創価家族が胸を張る完勝へ、いやまして広布開拓の対話を広げてくださっているとの報告であった。
 愛する郷土を喜びの花咲く楽土に!──わが学会には、何と偉大な「地域の幸福責任者」の歴史が、あの地にもこの地にも、光っていることか。
 「青き事は藍より出でたれども・かさ(重)ぬれば藍よりも色まさる」(同1221㌻)とは、乙御前の母への仰せである。
 創価の母たちのために!
 婦人部・女子部の、麗しき“創価の花のスクラム”と共に!
 我らは、「従藍而青」のいよいよの信心で立正安国の勝利の旗を、断固と打ち立てていくのだ。

 幾歳《いくとせ》も
  苦難に挑み
   花園と
  変えゆく母の
   無敵の祈りよ


 津田梅子の引用は大庭みな子著『津田梅子』(朝日新聞社)。

勝つと決めれば力は出る

祈り 語り 動いて築け 常勝の城
時代を変える女性の慈愛と勇気


 負けるなと
  今朝《けさ》も祈らむ
   友の幸

 豊島区巣鴨の東京戸田記念講堂に来館された方々が、平成2年(1990年)の新築以来、この4月で1千万人を超えた。
 牧口先生、戸田先生の法難の地に立つ師弟の殿堂は、今や全国、全世界の同志が集い、出発しゆく広布の勝利の電源地となった。
 “戸田講”の最初のオープンは昭和54年(1979年)6月──あの障魔の嵐に挑み戦った時代から、私も、新装の前後を合わせて60回を超える訪回を重ね、全学会の指揮を執らせていただいた。
 いつも、皆を温かく迎えてくれる、地元の豊島家族の真心も感謝に堪えない。
 晴れの1千万人目の来館者となったのは、埼玉から勇み集った、清々しい女子部の友であった。
 思えば、過日の聖教新聞では、埼玉の行田市で生き生きと活躍する同志の姿も紹介されていた(5月16日付「地域紀行」)。
 行田には、難攻不落と呼ばれ、勇気あふれる女性の歴史が伝えられる「忍城《おしじょう》」の史跡がある。

忍城の女性の物語
 この「忍城《おしじょう》」でのエピソードをもとにした短編小説が、山本周五郎氏の「筓堀《こうがいぼり》」である。
 今月は、山梨県出身の氏の生誕110周年。そして、氏は、わが神奈川文化会館が立つ横浜市の中区に居を構えておられた。
 氏が綴った物語には、人生を勝ち開く幾つもの示唆が込められている。
 ──忍城の攻略に押し寄せたのは石田三成が率いる大軍3万。しかも、その時、忍城の城主は精兵500余騎を従え小田原城へ向かっており、不在であった。
 城内に残されたのは、老兵や実戦経験の少ない将兵たち300人。圧倒的な劣勢にもかかわらず、忍城は微動だにしなかった──。
 なぜ、守り抜けたのか。
 そこには、城主の妻である真名女《まなじょ》の卓越したりリーダーシップがあった。

「強き一念」で前へ
 真名女は、何よりもまず、必ず勝つと「強き一念」を定めたのである。
 戦《いくさ》も知らない平凡な女性である。奇策も妙策もなかった。不利な状況を挙げれば、きりがない。しかし、彼女は心に誓った。
 「千のもので百のたたかいをするちからは自分にはない」「けれども十のものを十だけにたたかいざることはできそうだ」
 自分に「十の力《ちから》」があるならば、それを出し切ろうというのである。
 背伸びをする必要はない。地道に忍耐強く、前へ進むことだ。一歩でもいい。ありのままの自分で、今やれることを着実にやり切ることだ。
 まず腹を決める。その強き一念が、自分の持てる力を十全に発揮させるのだ。
 いわんや、我らには「祈りとして叶わざるなし」の御本尊がある。何ものにも勝る「法華経の兵法」という信心がある。

真剣と確信の声
 次に、勇気を広げる「確信の声」である。
 旗頭たちには“大軍相手に勝てるわけがない”との否定的な意見も多かった。
 しかし、真名女は呼びかける。
 「余るほどの武器、精鋭すぐった大軍をもっても、負けいくさになるためしは数々ある」
 「一騎当千と申す言葉がある、これはその人の強さではなく、たたかう心のあらわれを申すものだと思う、その心のあらわれが、軍《いくさ》の運をきめるのではないか」
 真剣な女性の訴えは、どれほど多くの人びとに光を与えるものか。女性の情熱の叫びに勝るものはない。
 一人の女性の確信の声が、歴史を変えるのだ。

率先垂範の行動
 そして、自ら動く「リーダー率先」である。
 城の防備を固めるため、真名女は身を忍ばせ、家臣の妻たちと一緒に、土まみれになって壕《ほり》を掘った。
 皆と労苦を共にする彼女の奮闘は、城内に限らず、領内に住む人びとにも波動していった。
 口だけではない。自らが進んで動き、汗を流す。その率先垂範の姿に、人びとも心から続くのだ。
 鉄壁な団結も、そこから生まれる。
 今、歴史の舞台となった埼玉の地をはじめ、日本、いな、世界には、“妙法の真名女”ともいうべき、一人立つ創価の女性が無数に戦ってくれている。
 この偉大なる婦人部と女子部の「祈り」と「対話」と「行動」こそが、広宣の大城を、ありとあらゆる三障四魔から、断固として勝ち護ってくれているのだ。
 わが女子部・婦人部は強い。絶対に負けない。賢く逞しく朗らかに生き抜く。一日また一日、一歩また一歩と、粘り強く広布の旅路を進んでくれている。
 この誓いがある限りこの前進がある限り、創価学会は万代に盤石であると、私は心の底から叫びたい。
        ◇
 家庭にあっても、地域にあっても、母から娘へ、学会精神という究極の負けじ魂が継承されている。

偉大な関西の母
 昭和31年(1956年)の5月。関西の天地に、1万1111世帯の弘教という常勝不滅の金字塔が打ち立てられた。
 その時の一人に、大阪の鶴見区の母がおられた。夫に先立たれ、4歳と2歳のお子さんを抱えていた。
 昼は男性に混じって工事現場で汗を流し、夕方からは、うどん屋で毎日懸命に働いた。
 それでも生活は苦しい。自分の着物を質屋に入れ、子どもの服まで質入れせねばならなかった時は、涙が止まらなかったそうだ。
 翌32年(1957年)7月──中之島の中央公会堂で行われた大阪大会にも、駆けつけてくれた。
 土砂降りの中、幼子の1人を背負い、1人と手をつなぎながら、場外のスピーカーからの声にじっと耳を傾けておられたのだ。
 冤罪による投獄から出獄した私は、厳然と宣言した。
 「最後は、信心しきったものが必ず勝つ──」
 彼女は、この一言を命に刻みつけ、広布の闘争に走り続けてこられた。
 昭和40年(1965年)10月。布施市内(現・東大阪市)での記念撮影に伺った折、私は、この母と握手をして励ました。
 その後も、働いて働いて、働き抜いて、2人のお子さんを夜間の大学まで通わせておられる。
 「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(御書1253㌻)との御金言のまま、学会活動に徹する中で、一切を宿命転換してこられた。
 悲哀の雲を一掃するように、決然と信心に励まれた創価の母。誰に褒められなくとも、何の名声もなくとも、ただ一筋に広宣流布のため、庶民の幸福と正義の常勝のために。
 この余りにも尊き母は、昨年、所願満足の姿で霊山に旅立たれた。私も妻と懇ろに追善の題目を送らせていただいた。
 現在、女子部のリーダーと育ったお孫さんたちが、世代をつなぎながら、常勝関西のロマンを立派に受け継がれている。
 「御義口伝」には「忍辱は寂光土なり此の忍辱の心を釈迦牟尼仏と云えり」(同771㌻)と仰せである。
 妙法を唱える我らの生命には、打ち続く困難も不撓不屈で耐え抜く「忍辱の心」が湧き起こる。
 母の祈りは無敵だ。
 母の慈愛は海より深い。
 母の笑顔は、いかなる闇も照らし晴らす太陽だ。
 偉大な母の心に包まれ、広布の大空へ羽ばたく大切な娘たちよ! 華陽の乙女たちよ! 婦人部と女子部の固き絆は、創価の最高の誉れである。

楽しく勝利の曲を
 私が共に対談集を発刊した、アメリカの女性未来学者であるヘンダーソン博士は、語っておられた。
 「今、世界の女性たちは『愛情』と『勇気』を、家庭や周囲の人間関係、さらには企業の経営や政治の場に注ぎ込んでいます。
 この女性のもつ力が、21世紀にとってどれほど重要なものであるか、計り知れません」と。
 博士が期待し、信頼してやまないのも、生命尊厳の大哲学を探究し、体現する創価の女性たちである。
 この尽きることのない慈愛と智慧と勇気の力を満々と漲らせて、平和と共生の社会を建設していくことこそ、我らの「立正安国」の展開なのだ。
        ◇
 「青年の月」7月へ、はつらつと出発した、東京戸田記念講堂での先月の本部幹部会──の席上、生命の弾む行進曲が轟いた。
 “平和の天使”である、わが鼓笛隊の皆さんが奏でてくれた「威風堂々」の響きである。
 イギリスの作曲家エルガーの名曲をもとにした美事な演奏と、その妙音に合わせた生命の歓喜の舞の締めくくりには、色鮮やかなポンポンで、”Vサイン”を描き出してくれた。
 そうだ! 我らの行進には、永遠に「師弟勝利の門」を開きゆく乙女たちが無限に続いてくれている。
 これはどの希望はない。
 どんなに苦しい試練が立ちはだかろうとも、共々に広布と人生のVサインを、高々と掲げゆくのだ。
 さあ、足取りも軽く、明るく、仲良く、威風堂々と、勝ち進んでいこうではないか!

 誓願の
  花のスクラム
   晴れ姿
  楽しく悔いなく
     勝利の曲を


 山本周五郎の「笄堀」は『昭和文学全集18』(小学館)所収の『小説日本婦道記』から。
2013-06-07 : 随筆 我らの勝利の大道 :
Pagetop

未来対話 第14回 いつも本とともに

第14回 いつも本とともに
                         (2013.6.1付 未来ジャーナル)

読書で新たな自分を発見!

ロシアの文豪 チェーホフ
書物の新しいページを一ページ、一ページ読むごとに、わたしはより豊かに、よりつよく、より高くなっていく


 ──6月は衣替えを行う学校も多く、未来部のメンバーは新たな気持ちで前進しています。

名誉会長 梅雨の時期だし、みんな体調に気をつけてね。
 衣替えの季節は、古来、着る服を見直すとともに、生活全般を見直してきました。その意味で“心替え”の意義があるといいます。
 仏法では、「月月・日日につよ(強)り給へ」(御書1190㌻)と仰せです。
 私たちの信心は、水が流れるように、春夏秋冬たゆまずに、いよいよ強く、前へ前へと進んでいく心です。

 ──雨ふりが多くて、イヤだなと思うこともありますが……。

名誉会長 そうだね。でも、大地から伸びゆく草木にとっては、恵みの雨にもなります。
 雨に洗われたアジサイやザクロなどの花も美しいし、雨の晴れ間に吹くそよ風も、すがすがしい。心ひとつで、楽しく賢くリフレッシュできます。

 ──アジサイは、開花していく中で多彩に色が変わることから、「七変化」とも呼ばれます。

名誉会長 私も折々に写真に収めてきました。
 アジサイの七変化は、土壌から吸収する成分の違いなどによって起こるようだ。
 さまざまな滋養を吸収して、みずみずしく成長して、見る人を驚かせ喜ばせる──未来部の皆さんの生命とも、響き合う花です。
 みんなは、“心の栄養”を存分に吸収しながら、自分らしい“使命の花”を咲かせ、多くの友にも笑顔の花を咲かせていける人になってもらいたいね。
      □■□
 ──青春時代の“心の栄養”は、やはり読書で得られるものが多いと思います。メンバーから寄せられる質問にも、読書に関するものが多数あります。

名誉会長 大事だ。読書は、青春勝利の飛躍台であり、人生の全ての土台です。知識を蓄え、知恵を湧かせる泉です。自分の世界を大きく広げ、心を豊かにし、頭脳を鍛える道場です。
 本は“世界旅行の切符”です。地球のどこにだって、瞬時に飛んでいける。アジア、ヨーロッパ、アフリカ、南北アメリカ、オセアニアの世界五大州、北極や南極、そして宇宙までも、冒険できる。
 また本は、ポケットに入る不思議な“タイムマシン”です。群雄割拠の三国志の時代やジャンヌ・ダルクの活躍の舞台へも行ける。未来社会を生きることもできる。
 さらに本は“偉人との対話の広場”です。ゲーテやトルストイと友人になれる。ナイチンゲールやキュリー夫人があなたの味方になる。ガンジーやキング博士が君の背中を押してくれる。
 時間や空間を超越し、未知の次元の世界を知ることができる。旅行の荷造りはいらないし(笑い)、お金がなくても大丈夫(爆笑)。
 いつでも、どこでも、本さえあれば、目の前にパッと新しい世界が広がる。こんなに便利な宝が、皆さんの手の届くところにある。

 ──読書が苦手なメンバーもいます。「親から『本を読みなさい』と言われるのですが、すぐに飽きてしまいます」と……。

名誉会長 苦手に挑戦していることが偉いじゃないか。それでいいんだ。いつか必ず、楽しく読めるようになるよ。
 途中でやめてもいい。読もうと思っだけど、気持ちが変わって読まずに積んでおいてもかまわない。これを“積ん読”と言うんだよ(笑い)。
 別の本が読みたくなったら、それを読めばいい。何年かたってからの方が、すっと読める場合もある。本との出合いも、つきあい方も、人それぞれです。堅苦しく考える必要はないんです。
 大切なのは、少しでも本に触れる習慣をつけることです。
 まだ読んでいないけれど、「読みたい本」がたくさんあるというのは、読んだのと同じくらい大切です。だから、図書館や本屋さんへ行って、手に取るだけでも、新聞やインターネットの本のページを見るだけでもいい。友達と本を話題にするのもいいね。「読んでいた本、面白かった?」と。
 本を目にしたり、本に触れたり、本の話を聞いたりすれば、興味が湧いてくる。読みたいと思える本にも、きっと出合えます。
 そして、いい本を読んだ人は、確実に向上していきます。
      □■□
 ──受験勉強を優先させねばならなかったり、部活で疲れてしまったり、いろんな事情でなかなか本が読めない場合もあります。

名誉会長 読みたい本を増やして、一生かけて読んでいけばいい。本を読んだ分、何倍もの人生を生きられます。
 読むことは生きることであり、生きることは読むことなのです。
 今回は、私が青春時代に戸田先生と学んだ、ロシアの文豪チェーホフの言葉を贈りたい。
 「書物の新しいページを一ページ、一ページ読むごとに、わたしはより豊かに、よりつよく、より高くなっていく!」

 ──チェーホフは、ロシアを代表する作家で、『桜の園』 『かもめ』などの戯曲が有名です。青春時代は、家が破産し、一家を支えるために、大学に通いながら雑誌に寄稿を続けた苦労人でしたね。

名誉会長 その通りです。チェーホフは小さいころから、父が営む食料雑貨店を手伝いました。休みはなく、思うように勉強できず、たびたび病気にもかかっています。父の雑貨店が破産してからは、学びながら家庭教師として働いた。当時、16歳です。
 しかし、かけがえのない楽しみがあった。新しくできた図書館に通い、読書にふけることです。食事を取るのも忘れるほど、胸を高鳴らせて、ユゴーやショーペンハウアーらの作品を読んでいったのです。苦難の中で読書を重ねたことで、心は大きく、強くなり、学力もついた。やがて、世界中を魅了する作品を、次々と生み出す作家になれたのです。

 ──池田先生も、青春時代、逆境の中で読書を重ねられました。

名誉会長 第2次世界大戦が終わったのは、私が17歳の時です。
 価値観が崩壊した時代でした。青年は皆、「正しい人生とは何か」「真の幸福とは何か」を探し求めていました。私も、その答えを求め、名著をむさぼり読んだ。病弱な体で働きながら、少しずつお金をため、古本屋へ飛んでいった。欲しかった本を買えた時のうれしさは、今も忘れられません。
 戸田先生の経営する会社で働き始めてからも、読書をやり抜いた。恩師の事業の苦境を一身で支えながら、日々、書物と格闘していった。疲れ果てて帰宅しても、必ず本を開きました。
 戸田先生は、私の顔を見るたび、「今、何を読んでいるか」と聞かれました。「あの本は読んだか」「この本はどうだ」と、内容や感想も鋭く尋ねられました。一つ一つが大切な訓練でした。あの日々があったからこそ、読書の真髄を知り、本当の力を養うことができたんです。
 牧口先生と戸田先生は、日本の軍国主義に反対し、投獄されました。
牢の中の環境は劣悪です。その牢獄でも、お二人は読書をやめなかったのです。牧口先生はこ高齢の身でありながら、向学の炎を燃やし続け、獄死の直前までカントの哲学を学ばれました。戸田先生も、多くの本の差し入れを頼まれています。
 どこでも学べる。みんなには、思いっきり勉強してもらいたい。読書にも、心ゆくまで励んでもらいたいんです。

 ──「忙しくて、なかなか本を読む時間がとれません」というメンバーもいます。

名誉会長 確かに、今の中高生は忙しいね。だけど、時間があれば読書ができるとも限りません。むしろ、読書家の多くは、多忙な人が多い。私が語り合ってきた世界の指導者や識者も、皆、激務の合間を縫って書物を読んでおられました。
 忙しいなら、「ほんのちょっと」の時間を、有効に活用していくことです。電車での移動中、朝の10分、待ち時間の5分……。
 私は墓地に行って読んだこともある。静かでいいんだよ(爆笑)。
 ともかく、「本を読もう」という小さな積み重ねが、やがて大きな財産になる。1ページでも、数行でもいいんだ。
 チェーホフの言う通り、そのたびに、君は強くなっている。あなたの心は豊かになる。
 カバンの中に、常に本を入れておくことも一つの方法だね。空いた時間は、パッと本を取り出す。そうすれば、時間もうまく活用できるようになります。
      □■□
 ──読書の“質”に関する質問も寄せられています。「どのような本を読めばいいでしょうか」「たくさんの本を読みたいけど、読むのが遅くて、なかなか進みません」等です。

名誉会長 読書に慣れてきたら、ぜひ、世界の名著に挑戦してほしい。私も戸田先生から、常に「長編を読め」「古典を読め」と言われました。時代を超えて読み継がれている名著には、やはり、くめども尽きない哲学や知恵が輝いています。必ず、みんなの人生に大きな力を与えてくれる。
 何を読めばいいか、担当の方々や学校の先生に聞いてみるのもいいでしょう。
 たとえ一冊でもいい。偉大な作品を深く読んだ人は、人類の英知を自分のものにし、大いなる希望を見いだすことができる。一生涯の友人を得たようなものです。

 ──今はインターネットや携帯などが日常的に使われ、総体として“活字”に触れる機会は、むしろ増えているといわれます。「文字や情報に触れる機会は多いから、無理して本を読まなくてもいい」という意見もあります。

名誉会長 もちろん、新しい情報に触れることも必要でしょう。
 しかし一番、大切なことは、「考える力」を養っていくことです。それは、「言葉にする力」と言ってよい。情報に翻弄されるのではなく、逆に情報を生かしながら、自分の気持ちや考えを、自分の言葉にして練り上げていくことです。
 戸田先生は常々、「青年よ、心に読書と思索の暇《いとま》をつくれ」と語っておられました。
 名著は人類の共通の財産です。それを心に刻んでおくことは、どんな人とも自在に語り合える力になります。
      □■□
 ──以前、池田先生が、難局に立ち向かうゴルバチョフ元ソ連大統領に、チェーホフの『桜の園』の一節を贈って励まされたことを思い出します。
 青年主人公の言葉で──「人類は、至高の真理、至高の幸福をめざして進む。そして、我はその先頭に立つ!」と。
 大統領も、「胸に染みる言葉です」と心から喜ばれていました。

名誉会長 皆さんは、一人ももれなく21世紀を担い立つリーダーです。
 本を読み、本と語らい、本と格闘し、本と友情を結んでいく──その努力を続けながら、思う存分、世界に羽ばたいていってください。いつも本とともに!


 『チェーホフの言葉』(佐藤清郎訳編、彌生書房刊)、アンリ・トロワイヤ著『チェーホフ伝』(村上香住子訳、中央公論社刊)を参照した。
2013-06-02 : 未来対話 :
Pagetop
ホーム

プロフィール

fmiokun

Author:fmiokun
FC2ブログへようこそ!

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索