随筆 我らの勝利の大道 No.92

随筆 我らの勝利の大道 No.92   
               (2012.12.29付)
尊き全同志に感謝

広布の誉れは永遠 功徳は無量なり
勝利から勝利へ! 決意も新たに


平和・安穏・幸福へ確かな一歩

 大勝利
  広布の歴史に
   三世まで
  友の奮闘
   名誉と光らむ

 「青年学会 拡大の年」を、我らは戦い、勝った。
 大勝利のこの一年──。私は、わが愛する同志一人ひとりの手を取り、高く掲げて、大健闘を讃えたい気持ちでいっぱいである。
 創価の母・婦人部の奔走は、何と神々しいことか。
 黄金柱の壮年部の、堂々たる前進も美事である。
 世界の希望である青年の活躍は一段と目覚ましい。
 偉大な生命尊厳の哲理を持《たも》ち、地域のために祈り、語り、動き、一人ひとりと地道に友情を広げる。その一歩また一歩が、いかに尊貴であることか。
 ロシアの法華経研究の母であるヴォロビヨヴァ博士は、語っておられた。
 「私は創価学会の皆様に叫びたい。
 皆様の一歩は、日本のみならず世界の人びとを『平和』と『安穏』と『幸福』へ導く一歩なのです」と。
        ◇
 今日も、「無冠の友」の皆様方は、厳寒の中で、誉れのわが地域を走り抜いてくださっている。
 この一年も、黙々と我らの宝城を荘厳してくださった「守る会」の同志がいる。
 さらに、今月、結成60周年を迎えた「統監部」の友が、緻密な貢献を続けられていることも、よく存じ上げている。
 それぞれの地域で、大変お世話になっている個人会場のご家庭にも、皆で心から感謝申し上げたい。
 わが学会は、陰の労苦を惜しまない尊き尊き皆様方によって支えられている。
        ◇
 日蓮大聖人が佐渡流罪の大難を勝ち越えて鎌倉へ帰られる折の、佐渡の門下との惜別の情を綴られた一節がある。「国府尼御前御書」に、こう仰せである。
 「つら(痛)かりし国なれども そ(剃)りたるかみ(髪)をうしろ(後)へひかれ・すす(進)むあし(足)もかへりしぞかし」(御書1325ページ)
 ──大変に辛い流刑地でしたが、わが身を顧みず、私を守ってくださった方々とお別れする時は、まさに後ろ髪を引かれる思いがしました──と、門下の陰の支えに深い感謝の念を表されている。
 私には、人知れず学会を厳然と護り、広布のため、後輩のためにと尽くしてくださっている、偉大な多宝の父母たちへの仰せであると拝されてならない。
 大聖人はこの国府尼に対して、「後生には霊山浄土に・まいりあひ・まひらせん」(同ページ)とも語りかけておられる。
 日蓮仏法の精神に照らせば、大聖人と御一緒に、我らは生死を超えて「常楽我浄」の生命の旅を未来永劫に続けていけるのである。
 私も、霊山に旅立たれた同志の方々に、朝な夕な、追善回向の題目を送らせていただいている。私の生命から、永遠なる広布の戦友たちが離れることはない。
 このたび蓮祖ゆかりの天地に、新たに佐渡平和会館が誕生した。佐渡の素晴らしい地域広布の大発展を、大聖人が、いかばかりお喜びくださることだろうか。

全員が大人材に!
 この12月で、師・戸田城聖先生が、男子部の人材グループ「水滸会」を結成されてから60年となる。
 初会合の冒頭、先生は「水滸会から巣立った者は、いずれそれぞれの道で一流の人物となっていくのだ」と宣言された。
 その直後の昭和28年(1953年)1月2日。25歳の私は、男子部の第1部隊長の任を受けた。
 「1年間で1千人の連帯への拡大」という目標を掲げて、337人の陣列から行動を開始した。
 私が率先して実行し、リーダーに訴えたことは──
 第1に、わが同志を慈しみ、励ますこと。
 第2に、目標達成まで祈り切ること。
 第3に、自分自身が成長し続けること。
 第4に、勇気をもって戦い抜くこと、である。
 この挑戦の中で、一人ひとりが信心の喜びに目覚め、秘めていた力を、思う存分に発揮していった。そして、皆が喜々として、励まし合いながら、目標を突破していったのである。
 実践によって青年を育て、滔々たる大河の如く、平和の人材群を、社会へ、世界へ送り出していく。ここに、創価の本領がある。
 この一年も、わが青年部の君たち、貴女《あなた》たちは、本当によく戦ってくれた。
 女子部の清新なる“華陽リーダー”も、皆、大きく成長してくれた。
 新たな男女青年部の躍進そして勝利が、新たな広布の道を開くのだ。
 雄々しき青年たちよ!
 太陽の心の乙女たちよ!
 英知の学才たちよ!
 大成長の青春たれ!
 皆、かけがえのない若き生命の明鏡を、自分らしく磨き上げながら、一流の「人間の賢者」「幸福の博士」、そして「平和の指導者」に育っていただきたい。そのための最高の修行が、日々の勤行・唱題であり、学会活動なのである。

負けじ魂の挑戦を

 「一々のことばを秤の皿に載せるような事をせずに、なんでも言いたい事を言うのは、われわれ青年の特権」とは、明治の文豪・森鷗外の言だ。
 勇敢にして闊達に、正義の声をあげる若人がいれば、未来は必ず変わる。
 鷗外が30代後半、福岡県の小倉(現在の北九州市内)に暮らしたことは有名である。
 私にとっても思い出深い北九州で開催した、第1回「九州青年部総会」から、明年で40周年を迎える。
 昭和48年(1973年)の3月21日、会場に集った青年は、勝利の喜びに満ちあふれていた。
 学会に烈風が吹き荒ぶ中にあって、不屈の信念をもって、反転攻勢に打って出てくれたのが九州の青年たちであった。
 正義の学会は、いかなる逆風も追い風に変えて、いやまして発展していけることを、先駆の拡大の歴史で実証してくれたのだ。
 席上、私は次代を担う青年たちに、次の出発に向けて5つの行動規範を提案した。「正信」「研鑽」「誠実」「品格」「連持」である。
 「連持」とは、地道に、堅実に、粘り強く、努力を持続していく力だ。この執念がなければ、自らが起こしたチャレンジを結実させることはできない。
 戸田先生は語られた。
 「青年は決して、へこたれてはいけない。自分の今の使命の舞台で全力を挙げて頑張ることだ。『なくてはならない人』になることだ」と。
 何があろうとも、負けじ魂で挑戦し続ける青年に、勝利の栄冠は輝くのだ。

今いる場所で光れ

 昭和52年(1977年)の師走──。
 私は、オープンしたばかりの立川文化会館の記念勤行会に出席し、語った。
 「勝ったね! すごい会館だ。功徳も福運も日本一の会館にしようよ!」
 「悠久山」という名称を贈った、この会館を中心に、以来35年間、地元の新立川総区をはじめ、第2総東京のわが同志は、「悠久なる人材の山脈」を創り上げてくれた。
 私にとっても、一人ひとりと金の出会いを結び、広布の未来を託してきた縁深き宝城である。
 この会館で、私が常に心がけてきたこと──それは「近隣友好」であった。
 皆が利用する最寄り駅の駅長には、すぐ地元幹部に挨拶に行ってもらった。
 私自身も、周辺の民家やお店などにも足を運んで、地域の方々と交流を深めていった。会館の敷地内で採れた果物を御宝前にお供えして、日頃の感謝の気持ちを込めて、ご近所にお配りしたこともあった。
 日蓮大聖人は「まことの・みち(道)は世間の事法にて候」(御書1597ページ)と仰せである。
 世間を離れて仏法はない。自分の今いる場所こそ、仏道修行の場であり、仏縁を結びゆく広宣流布の本舞台なのである。
 「生きることのよろこびは大きい/だが自分が生き 人を生かすよろこびはもっと大きなよろこびだ」
 このゲーテの言葉のように、我らは、地域の安穏へ、世界の平和へ、「立正安国」の旗をさらに高く掲げて、「歓喜の中の大歓
喜」(御書788ページ)の連帯を力強く、また朗らかに広げていくのだ。
 なかでも東北の皆様は、大震災から2度目の冬を迎えられている。
 私も妻も、心からお見舞い申し上げるとともに、わが尊き同志の健康長寿と幸福勝利を、さらに強く祈り抜いていく決心である。

勝って兜の緒を!
 今月、待望の「創価文化センター」が開館した。
 オープンに先立って、私も妻と共に伺わせていただき、「戸田大学」で使用した教材などの展示品を見て、実に懐かしかった。
 戸田先生が心血を注がれた、私への個人教授「戸田大学」で、なぜ徳川幕府は300年の基盤を築くことができたかが、テーマになったことがある。
 戸田先生の鋭き一つの着眼は、「勝って兜の緒を締めよ」の精神にあった。
 徳川の草創期、“天下の御意見番”と讃えられた、三河武士の大久保彦左衛門は、厳と書き留めた。
 それは、自軍の勝ち戦の中、ある老武者が「いまだ敵は多し。味方は少なく候へば、『勝って兜の緒を締めよ』ということあり」と語った戒めである。
 油断を排した、この「真剣勝負」の一念の継承を、恩師は見逃されなかった。
 いわんや、広宣流布という末法万年にわたる大願の戦いに終わりはない。それは、全人類を平和へと導いていく間断なき行動と対話の連続闘争であるからだ。
 この粘り強き勇猛精進に、私たち自身の人間革命があり、宿命転換がある。自他共の幸福と喜びがあり、崩れざる一生成仏の軌道が開かれるのだ。
 ゆえに我らは、来る「青年学会 勝利の年」も、異体同心のスクラムを堅固に組みながら、新たな決意で、勝利から勝利へ前進を続けよう!
 青年と共に、青年の心と勢いで、歴史に燦然と輝く「民衆常勝」の新時代を切り開こうではないか!

 この人生
  さらに勝ち抜け
   誇り持ち
  創価の城と
    共に栄えて

 鷗外の言葉は『青年』(岩波書店)。ゲーテは『ゲーテ全集I』大山定一訳(人文書院)。大久保彦左衛門は『日本思想大系26』所収「三河物語」齋木一馬・岡山泰四校注(岩波書店)参照。
2012-12-30 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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今日も広布へ 31〜46

名誉会長と共に 今日も広布へ

第31回 師弟とは最も強い生命の絆 (2012.9.16付 聖教新聞)

 〈SGI青年研修会へ〉
 世界広宣流布の歴史に、永遠に輝きわたる青年研修会となりました。
 皆、どれだけ真剣に祈り、どれだけ苦労して、日本へ駆けつけてくれたことか。
 「陰徳あれば陽報あり」(御書1180㌻)の法理に照らして、無量無辺の大功徳が、皆さん方についてくることを、晴れ晴れと大確信していってください。
 日蓮大聖人は、「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か」(同1337㌻)と仰せであります。
 この御金言の通りの「異体同心」の世界が、我らSGIです。
 妙法で結ばれた師弟、共に広宣流布に生き抜く同志は、最も深く強い生命の絆です。離れていても、会えなくても、いつも心は一緒であり、自在に通い合います。君たちと私がそうです。私の胸の一番奥には、君たち一人一人が厳と光っています。
 皆、尊く大きな宿縁のある大指導者です。体を大事にして、偉大な使命を達成するために、健康で生き生きと、前進していってください。
 私と一緒に、いかなる苦難にも断じて負けず、良き人間のつながりを、いよいよ広げながら、正義の道、平和の道、勝利の道を、一歩一歩、進み抜いていただきたいのであります。
 何も恐れず、この人生を勝ちまくれ!

第32回 師匠と一緒に! 同志と一緒に! (2012.9.22付 聖教新聞)

 創価の新しい人材群が元気だ。私はうれしい。皆、張り切って、自身の幸福と勝利の花を咲かせてもらいたい。
 人生は長い。晴れの日もあれば、嵐の日もあるかもしれない。しかし、戸田先生は、こう教えてくださった。
 「信心さえあれば、ことごとく功徳なのだよ」と。
 どんなに苦しいことがあっても、信心があれば、最後は全部、功徳に変わる。
 たとえ両親や夫が、また、妻が、なかなか信心をしなくとも、子どもが信心に立ち上がらなくとも、決して焦る必要はない。大事なのは、自分が信心を貫くことだ。太陽が昇れば、全てを照らしていける。自分が一家、一族の太陽になればいいのである。
 広宣流布の戦いは、困難であればあるほど、舞を舞うごとく、喜び勇んで進むのだ。
 民衆のために──この一点を忘れてはならない。人に尽くす人こそが真実の王者だ。
 そして、いつも師匠と一緒、いつも同志と一緒──この心があれば、何があろうと断じて負けるわけがない。
    *  *  *
 どうしたら、皆が伸び伸びと前進し、健康で、絶対無事故で勝利していけるか──ここにリーダーの責務がある。
 私は祈り抜き、考え抜いて、一つ一つ完璧に手を打ってきた。だからこそ今日の学会がある。要領や人任せではいけない。なすべき基本をおろそかにしてはならない。
 御義口伝には仰せである。
 「一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり」(御書790ページ)
 必死の祈りに、智慧と勇気が湧く。リーダーの真剣な一念に同志は奮い立つのだ。

第33回 声は力! 会って励ませ! (2012.9.30付 聖教新聞)

 人を動かすのは人だ。心を揺さぶるのは心だ。
 直接会う。会って語る。そこに生命の触発が生まれる。
 新しい出会いには刺激があり、新鮮味がある。人を励ませば、自分の心が励まされ、開かれていくのである。
 会えなければ、電話でもいい。心がつながればいい。
 「声仏事を為す」(御書708ページ)である。また「音《こえ》も惜まず」(同504ページ)とも仰せだ。真剣な声、誠実な声、正義の声──そこに込めた思いは、必ず通じていく。
 声が心を変える。「楽しくやろう!」「自分らしく!」「朗らかに!」──たった一言でも、皆、元気になる。
 声が力になる。「無事故でね!」「気をつけて!」。その一言が事故を未然に防ぐ。
 遠慮してはいけない。言うべきことは明快に言うのだ。
    *  *  *
 我らの目的は、広宣流布であり、世界平和である。
 その大きな目的を達成するには、地道な積み重ねが大事だ。少しずつでもいいから、全体が前進する。そういう学会を築くのだ。簡単なようで一番難しい。それをやれるのが一人前の指導者である。
 何より、最前線の人を褒め讃えることだ。わが心に師弟の魂を燃やして進むのだ。
 戸田先生は叫ばれた。
 「正義は絶対に勝たねばならない。創価学会は、正義の中の正義の団体である。ゆえに、絶対に勝たねばならない。勝ってもらいたい。永遠に勝ち抜き、勝ち誇って、一生を送ってもらいたい」
 猛然と信心で立ち上がってこそ、宿命転換できる。わが使命を自覚すれば、魔は退散する。同じ戦うならば、「どうだ!」と胸を張れる、勝利の晴れ姿を見せるのだ。

第34回 声は力! 会って励ませ! (2012.10.6付 聖教新聞)

 あの町でもこの地でも、多宝会、宝寿会(東京)、錦宝会(関西)の皆さんが意気軒高である。本当にうれしい。
 今、栄光の創立記念日へ、日一日と、秋が深まる。紅葉前線が列島を染めていく。
 赤や黄の美しい木々のように、そして、荘厳な夕日が大空に輝きを放つように、人生の最終章を、晴れ晴れと飾っていくための仏法である。
 わが敬愛する友人に、核兵器の廃絶を訴えたロートブラッド博士、アメリカ公民権運動の母、ローザーパークスさんがいる。お二人とも、90歳を超えてなお、平和と人権への歩みを止めなかった。
 恩師・戸田先生もまた、最後の一瞬まで、広布に戦われた。弟子たる我らが戦い抜くのは、当然ではないか。
 私も多宝会の一員である。
 ともどもに、大いなる理想に向かって、新しい総仕上げの人生を見事に飾りたい。
    *  *  *
 使命を忘れない人は強い。
 人生は断じて引いてはならい。くじけてはならない。
 一日一日が戦いだ。
 一年一年が勝負だ。
 最後まで「負けない」ことが「勝利」である。
 戸田先生と共に拝した「如説修行抄」に「いかに強敵重なるとも・ゆめゆめ退する心なかれ恐るる心なかれ」(御書504ページ)と仰せである。
 この決心なくして、信心のリーダーとはいえない。
 いかなる権力に迫害されても、ゆめゆめ退転するな、恐れるな、との恩師の厳しき声が、今も、わが胸に響く。
 命ある限り、題目をあげてあげ抜いて前進するのだ。
 永遠に、勝利の人生のために、健康で、朗らかに、生き抜こう! 勇気をもって!

第35回 勢いで勝て! スピードで勝て! (2012.10.13付 聖教新聞)


 いよいよ「青年学会 勝利の年」へ出発である。
 毎日、日本の各地から、世界から、さまざまな連絡を受けるが、皆、元気だ。勢いがある。
 全てが自分のため、広宣流布のための大事な戦いだ。
 仏法に無駄はない。
 動いた分だけ、語った分だけ、仏縁が広がる。生々《しょうじょう》世々、大功徳に包まれる。
 これを晴れ晴れと確信していただきたい。
    *  *  *
 激しい競争社会の中で苦労している人を、真心込めて激励していく。そこにも仏法の真価が光る。「信心即生活」である。この励ましを懸命に続けてきたから、学会は大きく発展してきた。
 人の苦労が分かる指導者になるのだ。
 どんなに小さいことであっても、しっかり反応していかねばならない。
 打てば響く反応が大事だ。反応のスピードで、学会は躍進してきた。
 恩師・戸田先生は、いざという時に、惰性の心で出遅れた者がいたら、「『遅参 其の意を得ず』だ!」と、それはそれは厳しかった。
 全て早く。先手を打つ。これが一流の人間である。
    *  *  *
 広宣流布は拡大戦だ。希望を拡大し、友情を拡大し、幸福を拡大していくのだ。
 日蓮大聖人は、打ち続く三災七難を深く憂え、「結句は勝負を決せざらん外は 此の災難 止み難かるべし」(御書998ページ)と仰せである。
 我らは敢然と、正義の師子吼を放つ。平和な幸福な、本当の人間主義の世界を創り出すのだ。

第36回 一度も しりぞく心なし (2012.10.21付 聖教新聞)

 人生も、社会も、戦いだ。
 周りを見れば、さまざまな団体が行き詰まり、疲弊している。先が見えない時代だ。
 そこを突き抜け、突進したところが勝つことができる。
 だから歩みを止めてはならない。ここが正念場だ。御聖訓には「日蓮一度もしりぞく心なし」(御書1224ページ)と厳として仰せである。
 闇が深ければ深いほど、仏法の人間主義が光る。今は一歩も引いてはいけない。
 戸田先生は叫ばれた。
 「大革命をやるのだ。武力や権力でやる革命ではない。人間革命という無血革命をやるのだ。これが本当の革命なのだ」と。
 前へ進めば、逆風もある。壁にぶつかることもある。
 もうだめだ、と思った、そこからが、本当の勝負だ。一段と題目をあげ、勇気をもって行動するのだ。
 必ず状況が変わる。境涯が大きく開ける。今世の戦いに悔いを残してはいけない。
    *  *  *
 今、学会には新しい息吹があふれている。すごい学会になった。世界の192力国・地域で、求道の心燃える同志が勇んで前進している。
 皆、よくやってくれた。
 学会が、このように強くなっているのは、同志が皆、一生懸命であり、熱心だからだ。本当に、まじめに戦ってくれたからである。
 皆が、どうすれば喜ぶか、幸福になるか──これを第一に考えるのが、新時代の指導者でなければならない。
 悩める人のためならば、飛んでいって手を尽くす人。皆のため、社会のために、働き切った人こそが、最後の勝利者となる。その実践の中で、わが生命が金剛のごとく鍛えられていくからだ。

第37回 真剣さと誠実さと闘魂を! (2012.10.28付 聖教新聞)

 今の一日一日が宝だ。健康第一、無事故第一で、信心ひとすじに進んでいきたい。
 御書には「一生空しく過して万歳悔ゆること勿《なか》れ」(970㌻)と仰せである。
 誉れある広布の将と立つならば、勇んで飛び回って皆を激励し、戦っていくことだ。
 徹底的に、同志のために奔走していく。「只今臨終」との思いで、正義を叫び切る。
 これが仏法の精神だ。
 この熱烈な真剣さがあってこそ、苦しむ人を救える。皆を栄えさせることができる。
 「いつか、誰かがやるだろう」「自分には関係ない」と思えば、本当の力は出ない。
 「今できることを、自分がやるんだ」と題目を唱えていく時、最高の智慧がわく。
 一切の勝負は、真剣さと誠実さと闘魂で決まるのだ。
    *  *  *
 私は、誰に会っても、「この人には二度と会えないかもしれない」と思って、魂魄を留める思いで接してきた。
 日本中、世界中を回って、友情の道を開いた。今、道を開いておけば、必ず青年が続く。その人が「ああ、ここまで足跡を留めてくれたのか」と励みに思うに違いない。そう信じて行動してきた。
 だから勝った。だから平和の連帯を世界に広げることができた。何事であれ、勝利すれば、味方が増える。それが大きい力になるのだ。
 悪世ゆえに、善人が迫害される。だから、善の「団結」が大事だ。互いの「応援」が大事になる。世界には、信義の人、良識の人、豊かな心を持つ人がいる。そのつながりを大切にすることである。
 一人の人を大切に──これしかない。これに徹したところが勝つ。誠心誠意の積み重ねで広宣流布は進むのだ。

第38回 「創立の精神」とは「師弟の精神」
 (2012.11.3付 聖教新聞)

 いよいよ、創立の月だ。
 学会の「創立の精神」とは「師弟の精神」である。
 牧口先生、戸田先生の不惜身命の大闘争の中に、永遠の学会精神が輝いている。
 この精神を忘れれば、大切な和合のスクラムが、魔に分断されてしまう。
 どこまでも、師弟不二の大道を歩み抜くのだ。
 いかなる時も、私の心の中には、戸田先生がおられる。
 壁にぶつかれば、「まだまだだ!」との厳しき叱咤が、雷鳴のごとく轟く。
 渾身の力で勝ち抜いた時には、「よくやった!」と破顔一笑される先生がいる。
 師弟とは、人間の究極の道である。わが胸に、正義と勇気の炎が燃えていなければ、貫くことはできない。
    *  *  *
 戸田先生は喝破された。
 「自分の足元を固めた人が勝者となる。
 自らの地域を盤石に築いた者が勝利者となる。
 これが鉄則である。生き抜く人生の鉄則である」
 新しい時代を開く、わが地域の戦いだ。勝利の勢いは、リーダーで決まる。
 師弟の魂が燃え上がるところ、それが広布の本陣だ。リーダーは、尊き使命を果たし抜くことである。
 リーダーは強くなければいけない。弱くてはいけない。
 リーダーは責任がある。その姿を見て、皆、「戦おう!」と奮起する。停滞や油断など絶対にあってはならない。
 御聖訓には「強敵《ごうてき》を伏して始て力士をしる」(御書957ページ)と仰せである。
 あえて試練を求め、試練に打ち勝ってこそ、常勝不敗の人材の大城は築かれるのだ。

第39回 励ましに徹して皆を元気に (2012.11.13付 聖教新聞)

 人生にとって何が大事か。
 一つは、人々のために、いつも尽くしたい、役立ちたいと戦い抜くのだ。
 二つには、人々から「あなたの励ましのおかげで、このように元気になりました」と感謝される人になることだ。
 三つには、人々から「あなたは、なくてはならない人、私たちにとって大事な人」と言われる人になることだ。
 戸田先生は、よく語っておられた。
 「幹部の皆さんは、できるだけ会員の人たちの世話をし、懇切に指導してあげて、『信心してよかった』と、そういう信心の喜びを味わわせてあげていただきたい」と。
 人間は、どんなに決意していても、くじけそうになることもある。だから、ありとあらゆる方法を使って、「元気づける」ことに、私は徹してきた。
 中には、忙しくて、なかなか活動できない人もいる。周囲も、よく理解し、温かく励ましてあげてほしい。
 会合に来られない人に、より一層、光を注いでこそ、広布の勢いは倍加する。
    *  *  *
 祈りこそ勝利の源泉だ。
 日蓮大聖人は「苦を苦と悟り、楽を楽と開き、苦楽ともに思い合わせて南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさい」(御書1143ページ、通解)と教えておられる。
 楽しい時も、苦しい時も、そのままの思いを、全部、御本尊にぶつけていけばいい。
 何があっても、題目を唱え抜く。その人こそが、自他共に、人生の勝利劇を晴れ晴れと飾っていける。
 どんな苦労も悠々と見おろして、皆に勇気と希望を贈りながら、朗らかに生きるのだ。

第40回 晴れ晴れと宿命転換の大闘争を(2012.11.20付 聖教新聞)

全同志のお陰で、創立記念日から新たな出発をすることができた。牧口先生も、戸田先生も、さぞかしお喜びでしょう。本当にありがとう!
 広宣流布のため、思う存分に戦える。これほどの晴れ舞台はない。そう決めて戦えば、功徳は無量無辺だ。
 大変だろうけども、全て皆が宿命を転換し、仏になるための今世の仏道修行です。
 悪世末法において、一人でも多くの衆生と仏縁を結び、この娑婆世界を三変土田していくための大闘争です。これ以上の正義の行動はない。
 御聖訓には、「結句は勝負を決せざらん外は此の災難止《や》み難《がた》かるべし」(御書99ページ)と明確に仰せである。断じて新たな歴史を開こう!
 「法華経の将軍学」を知る一人一人である。その誇りと大確信を持って、題目を唱え抜いて、鉄の団結で、皆、頑張れ!
    *  *  *
 常に、今が大事だ。常に、前へ前へと進むことだ。
 そして常に、決意を新たにすることだ。
 時を逃さず、「自分が新しい波を起こす!」と立ち上がるのだ。何があっても前向きに、強気でいくのだ。どんどん友に希望を送るのだ。「私まで励ましてくれた」──それが勢いになっていく。
 何事も執念を持って、執念を持続させることだ。
 どんなに厚い壁でも、「必ず乗り越える」「必ず打ち勝つ」──その執念が大事だ。「もういいだろう」「ここまで、やったから」と思ってはいけない。
 信心で乗り越えられないものは、何一つない。だから、しっかり祈るのだ。
 祈りから、全ては始まる。

第41回 「勝利の旗」「師弟の旗」高らかに(2012.11.25付 聖教新聞)

〈支部長・婦人部長へ〉
 戦いは「旗頭」で決まる。
 戸田先生もよく「いざという時に、旗を掲げて先駆けする人が、一番偉いのだ」と言われた。
 その名誉ある旗頭こそ、支部長であり、婦人部長であります。
 昭和53年、広布第二章の挑戦を、私は新しい「支部制」から開始しました。
 その「法旗」を、私と共に真っ先に掲げてくれたのも、誉れの支部長、支部婦人部長であります。
 それから、間もなく35年。不思議な使命と宿縁の皆さん方、一人一人に「師弟の旗」を手渡す心で、一切を見守っております。
 日蓮大聖人は千日尼に、「一匹の師子王が吼えれば、百匹の師子の子は力を得て」(御書1316ページ、通解)、あらゆる苦難を勝ち越えることができると仰せになられました。
 どうか、今こそ「師子王の心」を取り出して、思う存分の名指揮を頼みます。
 題目の師子吼が轟く、我らの広宣流布の大闘争に連なれば、必ず福徳が湧く。境涯が開ける。宿命が転換できる。
 ゆえに、尊き同志を励まし、一人でも多くの友と仏縁を結び、仲良く朗らかに、新たな歴史を創る民衆の大行進を開始しよう!
 大切な大切な一日一日、極楽百年の修行にも勝る大功徳を積みながら、「勝利の旗」を高らかに、断固として打ち立てようではないか!
 いよいよ明年「青年学会 勝利の年」へ、「晴れ晴れと 使命の君に 必勝旗」と贈りたい。

第42回 師の心を わが心として進め(2012.12.2付 聖教新聞)

 戸田先生は、真面目な庶民を見下す傲慢やエゴを断じて許さず、こう宣言された。
 「苦しみ悩んでいる人を救うのが、本当の宗教だ。本当の仏教だ。
 学会は庶民の味方である。不幸な人の味方なのだ」
 社会から悲惨の二字をなくすため、一度《ひとたび》、戦いを始めたならば、力を抜いてはいけない。全力、全魂で進むのだ。
 何より最前線の一人一人に力を注ぐ。そのために、どんどん手を打っていくことだ。
    *  *  *
 日蓮大聖人は「声も惜まず」(御書726ページ)、「言《ことば》をもおしまず」(同356ページ)、大言論戦を貫かれた。
 民衆の声が歴史を動かす。
 大きな山に挑めば、疲れたり、不安にもなろう。その時にこそ、皆が喜び勇んで進んでいけるよう、リーダーが励ましていくことである。
 励ましの声こそが、最高の武器であり戦略なのだ。
 皆が持っている力を、どう引き出していくか。どう発揮させてあげられるか。そのためにリーダーがいる。皆が思う存分、力を出せば、広布の勝利の原動力となる。
    *  *  *
 どこまでも、師匠の心をわが心として戦うことだ。そうすれば、無敵の力が出る。
 私は、戸田先生の心を心として戦った。だから、限りない力が湧いた。不可能を可能にするのは、師と不二の心で戦い抜くことである。
 君よ! きょうも晴れ晴れと勇気の師子吼を!
 貴女《あなた》よ! きょうも大福運の希望の舞を!
 今こそ、新しい時代の夜明けを、断固として開こう!
 仲良く! 朗らかに!
 「異体同心」という永遠不滅の原点を胸に!

第43回 全員が勝利の王者に(2012.12.9付 聖教新聞)

 北風に胸張り、新たな歴史を開きゆく、勇敢なる日々の挑戦、本当にありがとう!
 私の心には、いつも恩師の慈顔がある。あの豪放磊落な戸田先生の声が響く。
 「大作、戦いは、いよいよ、これからだ!
 楽しく、また断固として、一緒に戦おうじゃないか!」
 「途中に何があろうが、最後に勝て! 断じて勝て! 最後に勝てば、全部、勝利なのだ」
 一緒に広宣流布のために戦おう! 全員が勝利の王者となり、幸福の女王となって、この人生を生き抜こう!
    *  *  *
 決意は力なり。
 決意は栄光なり。
 人生と社会の舞台で、勝つために、大事なのは「気迫」だ。その「気迫」は、祈って御本尊からいただくのだ。
 御聖訓には仰せである。
 「おのおの日蓮の弟子と名乗る人は、一人も臆する心を起こしてはならない」(御書910ページ、通解)
 ピンチの時こそ、心が負けないことである。
 偉くなる人間は、いろいろな経験をして、それを乗り越えて偉大になるのだ。
 過去は過去だ。後ろは振り向かずに、前を見るのだ。
 戦いは、戦い切れば、勝ちだ。その人が勝ったのだ。
    *  *  *
 幸せな人生とは何か。
 それは、使命に生きることだ。広宣流布という永遠の法則に則って生きることだ。どんな時も、信念と朗らかさを持って生きることだ。
 妙法の人に悲嘆などない。強い心で、明るく進むのだ。
 わが友よ、悪戦苦闘を突き抜けて、信心の力で勝利を!
 栄光の大道を、晴れ晴れと歩みゆけ!

第44回 烈々たる祈りと勇気と勢いで(2012.12.15付 聖教新聞)
 
 毎日、わが友の奮闘を聞くたびに、私の胸は熱くなる。
 広宣流布の戦いは、皆が幸福になるための戦いだ。
 「いかなる事ありとも・すこしも たゆ(弛)む事なかれ、いよいよ・はりあげてせむべし」(御書1090ページ)
 この御聖訓のままに進むのだ。負けじ魂を燃やして!
 戸田先生は人生に勝つ急所を、こう教えてくださった。
 「自分が変わり、自分が成長し、自分が責任を持てば、一切に勝利できるのだ。
 要は自分だ」と。
 人ではない。自分が壁を破るのだ。断じて悔いを残してはならない。
 戦いにあって最も大事なことは、人の心をつかむことである。
 人の心を動かし、とらえるものは、策でもなければ、技術でもない。ただ誠実と熱意によるのである。
 いかなる人も、広宣流布の味方に変えてみせる!──この烈々たる祈りと勇気と勢いで、栄光の歴史を開くのだ。
    *  *  *
 縁する全ての友、そして、一緒に戦う同志の幸福を祈り抜き、尽くし抜いていく。それが創価のリーダーだ。
 わが友が、一生涯、幸福な人生を歩めるように──私はいつも、そういう思いで、祈りに祈り、励ましてきた。
 皆が最高の信心の思い出を刻める前進であっていただきたい。
 団結こそ勝利である。
 どこまでも、心を合わせ、祈りを合わせて、仲良く進むのだ。
 皆、素晴らしい人生を!
 共に勝利の万歳を!
 後世の人から讃えられる金字塔を!

第45回 わが大切な同志、万歳!(2012.12.23付 聖教新聞)

 この一年、「青年学会 拡大の年」を飾る偉大なる前進、本当にありがとう! この功徳は計り知れない。
 真剣に、懸命に、広布へ戦った全ての人が勝利者だ。これほど尊い偉業はない。
 薫陶してきた後継の友が、わが直系の弟子が、ぐんぐん成長している。そのことが、私は何よりもうれしい。
    *  *  *
 真実の対話は、心を結ぶ。
 戸田先生は「折伏しておけば、信頼というものが、必ず残る」と教えてくださった。
 人間の絆こそ宝だ。
 「古い友人を大切にし、新しい友人をつくれ」とは、トルコのアタチュルク初代大統領のモットーであった。
 縁した友を大事にすれば、巡り巡って、必ず広宣流布の力になる。どんな時でも、変わらない信義を貫くことだ。それが揺るぎない常勝の大城を築いていくのである。
    *  *  *
 励ましの言葉、励ましの声こそが、社会を生き生きと蘇らせていく原泉だ。
 リーダーは、言葉でもいい、笑顔でもいい、皆の奮闘に必ず応えていくことだ。
 リーダーの確信ある声の響きは、友を勇気づけ、魔を打ち砕き、次の勝利への威光勢力を増していく。
 日蓮大聖人は「いよいよ・はげ(励)まして法華経の功徳を得給うベし」(御書1448ページ)と仰せである。一人一人が喜び勇んで、広宣流布の大闘争に励み、いやまして広大無辺の大功徳を受け切っていく道を開いていくのだ。
 皆、健康で、晴れ晴れと、人生を勝ち抜き、生き抜いてください。皆様方の幸福と健康と勝利を、毎日、真剣に祈っています。わが大切な大切な同志、万歳!

第46回 苦労は全て永遠の功徳に (2012.12.28付 聖教新聞)

 日々、日本そして世界中の多くの同志から、この一年の勝利の報告が届いている。
 皆の喜びが、わが喜びであり、皆の勝利が、わが勝利である。人生と社会の大舞台で、皆、よくぞ戦い、よくぞ勝った。
 そして、どの地でも、どの国でも、後継の人材が立ち上がっている。新しい時代が開かれた。
 苦労は、全て、永遠の「功徳」に変わり、仏縁は、全て、広布の「眷属」に変わるのである。
 挑戦したことは全部、大指導者として、生々《しょうじょう》世々、勝ち栄えていくために、深い意味があるのだ。
    *  *  *
 「学会精神」とは「折伏精神」の異名である。
 大事なのは、これからだ。「長の一念」で、一切は決まる。我らは、日本のため、世界のために、ますます威風も堂々と前進したい。
 御聖訓には、「真実に、一切衆生にとって、身心の難(=肉体面、精神面の苦難)を防止し、打ち勝つ秘術は、ただ南無妙法蓮華経なのである」(御書1170ページ、通解)と断言されている。
 信心で、乗り越えられない苦難などない。
 題目で、悠々と、自在に、人生を開いていくのだ。
 皆、体を大切に! 年末年始を、無事故で、しっかり頼みます。
 くれぐれも、風邪をひかないように!
 どうか、よいお年をお迎えください。
2012-12-28 : 今日も広布へ :
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御書とともに 91〜100(完)

御書とともに 91 名誉会長が指針を贈る

「健康」「長寿」を祈りに祈れ

 尼ごぜん又法華経の行者なり御信心月のまさるがごとく・しを《潮》のみつがごとし、いかでか病も失せ寿《いのち》ものびざるべきと強盛にをぼしめし身を持《じ》し心に物をなげかざれ(富木尼御前御返事、975ページ)

通解
尼御前もまた法華経の行者である。御信心は月が満ち、潮が満ちるようである。どうして病も癒えず、寿命も延びないことがあろうかと強く確信し、御身を大切にし、心の中で嘆いてはならない。

同志への指針
 法華経の行者は断じて病に負けない。これが信仰の大確信であり、決心である。闘病生活が長くなっても、決して弱気になってはならない。すべて御本仏が御照覧だ。絶対に守られないわけがない。
 「なげかざれ」との御聖訓を胸に、題目を唱えるのだ。勇敢に病魔を打ち破っていくのだ。今日も強く賢く朗らかに、健康長寿の生命を勝ち開いていこう!

御書とともに 92 名誉会長が指針を贈る

 各各師子王の心を取り出《いだ》して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、彼等は野干《やかん》のほう《吼》るなり日蓮が一門は師子の吼るなり(聖人御難事、1190ページ)

通解
 あなたがた一人一人が師子王の心を取り出して、どのように人が脅そうとも、決して恐れてはならない。師子王は百獣を恐れない。師子の子もまた同じである。彼ら(正法を誹謗する人々)は野干(狐などのような、よく吠える小型の獣)が吼えているのと同じである。日蓮の一門は師子が吼えているのである。

同志への指針
 正しい信仰とは、人間を限りなく強くすることだ。
 「師子王の心」は、この自分自身の生命の中にある。題目を唱える人は、誰でも必ず「取り出して」いけるのだ。
 師子王の心を取り出せば、狐が吠えるような悪口など恐れることはない。いかなる試練にも、断じて屈することなく、誇り高く悠々と生き抜いていくのだ。

御書とともに 93 名誉会長が指針を贈る

全国の功労者に感謝

 阿仏房しかしながら北国《ほっこく》の導師とも申しつべし、浄行菩薩う《生》まれかわり給いてや・日蓮を御とふらい給うか不思議なり不思議なり(阿仏房御書、1304ページ)

通解
 阿仏房、あなたはまさしく北国の導師ともいうべきであろう。浄行菩薩が生まれ変わって日蓮を訪ねられたのであろうか。まことに不思議なことである。

同志への指針
 創価学会には、なんと多くの阿仏房・千日尼がおられることか。幾多の大難の渦中にも、まさに浄行菩薩となって、尊き広布の法城を護り支えてきてくださった。
 大聖人が「不思議なり不思議なり」と賞讃される大功績であられる。その功徳は無量であり、不滅である。
 共々に永遠の闘争を! そして勝利を!
 偉大な多宝の皆さまのご健康・ご長寿を祈ります。いついつまでも、お元気で!

御書とともに 94 名誉会長が指針を贈る

一切を包み込む大境涯

 願くは我を損ずる国主等をば最初に之を導かん、我を扶《たす》くる弟子等をば釈尊に之を申さん、我を生める父母等には未だ死せざる已前に此の大善を進めん(顕仏未来記、509ページ)

通解
 願わくは自分を迫害する国主等を最初に化導してあげよう。自分を助ける弟子等のことを釈尊に申しあげよう。また自分を生んでくださった父母等には、今生《こんじょう》のうちにこの南無妙法蓮華経の大善をすすめよう。

同志への指針
 佐渡流罪の只中の御聖訓である。
 身は命に及ぶ迫害を受けようとも、心は一切衆生を慈しみ、全世界をも包み込む。これが御本仏の大境涯であられる。
 我らも仏弟子として、いかなる境遇にあろうとも、心は絶対に負けない。どんなに苦しくとも、妙法を唱え抜き、広布に進み抜くのだ。
 その大功徳は、わが父母や縁ある人々に必ず伝わり広がる。地域・社会も厳然と正しくリードしていくのだ。

御書とともに 95 名誉会長が指針を贈る

信心根本に道を開け

 なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし、「諸余怨敵・皆悉摧滅」の金言むなしかるべからず、兵法剣形の大事も此の妙法より出でたり、ふかく信心をとり給へ、あへて臆病にては叶うべからず候(四条金吾殿御返事、1192ページ)

通解
 どのような兵法よりも、法華経の兵法を用いていきなさい。「あらゆる怨敵は、皆ことごとく滅びる」(法華経薬王品第23)との金言は、決して空しいはずがない。兵法や剣術の真髄も、この妙法から出たものである。深く信心を起こしなさい。決して臆病であっては叶わないのである。

同志への指針
 いついかなる時も、勇敢に「法華経の兵法」で道を開く。これが、大聖人直結の学会精神である。ゆえに、どんな戦いも強盛なる祈りから始めるのだ。
 妙法には、一切の魔を打ち破る大功力がある。諸天善神を揺り動かし、十界のあらゆる衆生を味方に変えていくことができる。
 この最高の兵法も、臆病では役に立たない。どこまでも「勇気」だ。我らは勇気ある信心で、すべてを勝ち開いていくのだ。

御書とともに 96 名誉会長が指針を贈る

日々の積み重ねが大事

 つゆ《露》つ《積》もりて河となる・河つもりて大海となる・塵つもりて山となる・山かさ《重》なりて須弥山となれり・小事つもりて大事となる(衆生心身御書、1595ページ)

通解
 露が集まって河となり、河が集まって大海となるように、塵が積もって山となり、山が重なって須弥山となるように、小事が積もって大事となるのである。

同志への指針
 地球を包む母なる大海原も、小さな滴の集まりである。万人が仰ぎ見る王者の大山《たいざん》もまた、塵の集まりである。一日一日の積み重ねが、大事業を成す王道だ。
 人が見ようが見まいが、一歩また一歩と前進する。一人また一人と対話する。その結集が時代を変える。たゆまぬ民衆の行進こそが、歴史を動かすのだ。

御書とともに 97 名誉会長が指針を贈る

異体同心の団結で前進

 総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思《おもい》を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か(生死一大事血脈抄、1337ページ)

通解
 総じて日蓮の弟子檀那らが、自分と他人、彼《かれ》と此《これ》という分け隔ての心をもたず、水と魚のように親密な思いを抱き、異体同心で南無妙法蓮華経と唱えたてまつるところを生死一大事の血脈というのである。しかも今、日蓮が弘通する所詮はこれである。もし、この通りになるならば、広宣流布の大願も成就するであろう。

同志への指針
 団結に勝る力はない。妙法で結ばれた連帯は、この世で最極の人間共和の世界である。「イタイドウシン(異体同心)」そして「ビクトワール(勝利)」は、今や世界の同志の合言葉だ。あらゆる国で、創価の友が心を一つに青年学会の勝利を祈ってくれている。
 心を合わせ、スクラムも固く、広宣流布の大願へ、いよいよ前進しよう!

御書とともに 98 名誉会長が指針を贈る

たゆまぬ挑戦で大果報を

 されば我が弟子等心みに法華経のごとく身命もおしまず修行して此の度仏法を心みよ(撰時抄、291ページ)

通解
 されば、わが弟子らよ、試みに法華経の通り身命も惜しまず修行し、このたび仏法を試みなさい。

同志への指針
 妙法は、宇宙と生命と社会を貫く究極の大法則である。その功力は広大無辺である。人生を賭して絶対に悔いのない幸福と勝利の道が、ここにある。
 ゆえに、思い切って仏法を実践せよ! と、御本仏が仰せなのである。中途半端では、自分が損をする。たゆまぬ挑戦で、わが人生の大果報を開くのだ。

御書とともに 99 名誉会長が指針を贈る

悔いなき今日一日に

 始《はじめ》より終りまで弥《いよいよ》信心をいたすべし・さなくして後悔やあらんずらん、譬えば鎌倉より京へは十二日の道なり、それを十一日余り歩《あゆみ》をはこ《運》びて今一日に成りて歩をさしをきては何として都の月をば詠《なが》め候べき(新池御書、1440ページ)

通解
 始めから終わりまで、いよいよ信心をすべきである。そうでなければ後悔するであろう。例えば、鎌倉から京都までは十二日の道のりである。それを十一日余り歩いて、あと一日となった時に歩くのをやめたのでは、どうして都の月を詠《えい》ずることができようか。

同志への指針

 あの「大阪の戦い」で、関西の不二の同志と命に刻んだ御文《ごもん》である。
 いかなる戦いも、「勝つ」と決めて、最後の最後まで進み抜いた方が勝つ。いざという時に戦い切れば、永遠に崩れない常楽我浄の軌道を開くことができる。
 題目の師子吼を響かせながら、今日一日、断固として勇猛精進を!

御書とともに 100 名誉会長が指針を贈る

大歓喜の人生を飾れ

 始めて我《わが》心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名《なづ》く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり(御義口伝、588ページ)

通解
 初めて自分の心が本来の仏であると知ることを、すなわち大歓喜と名づける。いわゆる南無妙法蓮華経は、歓喜の中の大歓喜である。

同志への指針
 偉大な挑戦の人生は、苦労も苦難も突き抜けて、偉大な歓喜の境涯に到達する。妙法を唱え、広宣流布の大願に生き抜く生命は、最高無上の大歓喜に包まれるのだ。
 この一年も、我らは勇敢に戦い勝った。我らの歓喜は、いかなる試練にも絶対に負けない仏の力を、思う存分、発揮していくことだ。民衆のため、社会のために尽くしながら、自他共に崩れざる永遠の幸福を勝ち開いていくことだ。
 新たな一年、新たな大勝利へ、新たな挑戦を強く朗らかに開始しよう!
2012-12-27 : 御書とともに :
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随筆 我らの勝利の大道 No.91

随筆 我らの勝利の大道 No.91   
               (2012.12.7付)
広布大願に走る

戦いの中で強くなれ!

聳え立て 栄光の民衆城
勇気と団結の「黄金の心《ゴールデンハート》」で!


 「生きるということは、人間の中で生きることだ。人間の中で生きるということは、戦うということだ」
 この言葉は、フィリピンの英雄ホセ・リサールの大闘争の雄姿を彷彿させる。
 人生は戦いだ。自然界も、社会も、あらゆる次元で戦いの連続である。
 戦うからこそ、生命の飛躍がある。発光がある。
 光栄にも、今回、この英雄の精神を継承するリサール協会から「ゴールデンハー卜賞」を授与いただき、フィリピンSGI(創価学会インタナショナル)の同志と共に拝受した。
 「ゴールデンハート」つまり「黄金の心」である。
 それは、何ものにも壊されず、決して朽ち果てることのない、「真金」の魂ともいえよう。
 日蓮大聖人は、「金《こがね》は・やけば真金《しんきん》となる」(御書1083ページ)と仰せである。
 試練に遭うごとに、いよいよ強くなり、いよいよ輝きを増す。これが、我らの「黄金の心」だ。
        ◇
 誓願を
  共に果たさむ
     師弟不二

 「御義口伝」に宣《のたま》わく、「大願とは法華弘通なり」(同736ページ)と。
 昭和26年(1951年)の晴れやかな5月3日、第2代会長就任式で、わが師・戸田城聖先生は、「75万世帯の折伏」を師子吼された。
 多くの友は“夢物語”と聞いたかもしれない。

師弟共戦の呼吸で

 しかし私は、師の誓願を全身で受け止め、わが誓いとして燃え上がらせた。
 翌年(昭和27年)の初め、思うように弘教が進まないなか、師が言われた。
 「大作、君が立ち上がってくれないか」
 「わかりました。先生がびっくりするような折伏の攻勢に転じてご覧にいれます。先生はゆっくりと見ていてください」
 この深き師弟共戦の呼吸から、蒲田支部で1カ
月の弘教201世帯という拡大の歴史も始まったのだ。
 蒲田の「二月闘争」を起点に、東京、北海道、関西、中国と、拡大の潮流は、うねりをあげていった。
 大躍進の姿に、戸田先生の喜びは、ひとしおであった。師の喜ぶ顔ほど、最高の勲章はない。
 そして、昭和32年(1957年)の12月、師の誓願であり念願であった、偉大なる75万世帯の金字塔は、遂に堂々と打ち立てられたのである。
 あれから、55星霜。この厳寒の師走も、わが友は、広宣流布の誓願に燃え、“師と共に”と走り抜いてくれている。こんなに嬉しく、有り難いことはない。
 大聖人は、相模国(現在の神奈川県)を主戦場とした、「立正安国」の法戦の中で述懐なされている。
 「但偏《ひとえ》に国の為 法の為 人の為にして身の為に之を申さず」(御書35㌻)
 国土の安穏、正法正義の興隆、そして民衆の幸福。ここに、御本仏の「毎自作是念」(毎《つね》に自ら是の念を作《な》す)があられた。
 この御一念に、そのまま直結して行動し抜いているのが、創価の師弟である。
 だから強い。だから何ものにも屈しない。
 たとえ権力や人気があろうが、いかに外面を飾ろうが、その心根が卑しい一身の我利我欲であれば、いずれ庶民の賢者から鋭く見破られ、歴史の厳しい審判を免れないであろう。
 そうした浅ましい名聞名利の姿を悠然と見下ろしながら、我らは、どこまでも民衆と共に生き抜く。
 最も誇り高き「人間の王道」を、宇宙で無上の「生命の正道」を、堂々と進み切っていくのだ。

なぜ挑戦が大切か
 「75万世帯」を達成した弟子に、戸田先生は、新たな目標として「300万世帯」と宣言された。
 なぜ、現実社会の真っ直中で、労を惜しまず「広宣流布」「立正安国」の挑戦を続けるのか。
 その意義を、恩師は故郷の北海道の同志に語ってくださったことがある。
 第1に、地域と社会への貢献を果たしながら、多くの人びとと仏縁を結んで、自他共に功徳を広げていくことができる。
 第2に、戦いを通して組織の隅々まで力を漲らせ、異体同心のスクラムを強くすることができる。
 第3に、目標に向かい、一人ひとりが「自分らしく悔いなく戦い切った」と御本尊に報告できる清々しい歴史を残し、勝利の喜びをつかめる。
 使命の激戦を一つ一つ、勝ち越えながら、わが同志が「功徳」と「和楽」と「歓喜」の実証を、いやまして仲良く賢く、朗らかに開いていくことが、先生の願いであられたのだ。
 師の遺訓となった300万世帯の夢は、弟子の報恩の奔走、そして青年の果敢なる突破力によって、わずか5年にして達成された。
 50年前の昭和37年(1962年)の11月であった。
 半世紀を経て、今や学会は「三類の強敵」の一切の大難を勝ち越え、栄光輝く「民衆勝利の大城」と聳え立った。後継の地涌の青年は澎湃と躍り出て、「一閻浮提広布」の未来を洋々と展望する時代を迎えた。
 どんなに、日蓮大聖人が、また戸田先生が喜ばれていることか。

一人残らず幸福に
 大聖人が「日本六十六箇国・二つの島」「国国・郡郡《こおりこおり》・郷郷《ごうごう》・里里《さとさと》・村村《むらむら》」などと表現された御文がある(御書1331ページ)。
 日本列島の隅々まで広大な御境涯に包まれながら、庶民が暮らす小さな地域共同体にも目を注がれていたといえようか。
 さらに「五畿(山城・大和・河内・和泉・摂津)・七道(東海・東山・北陸・山陰・山陽・南海・西海)・郡《ぐん》は五百八十六・郷《ごう》は三千七百二十九」(同1072ページ)とも記されている。
 人口についても「男は十九億九万四千八百二十八人・女は二十九億九万四千八百三十人」、合わせて「四十九億八万九千六百五十八人」等と詳細に書き留められている(同ページ、異なる人数を記された御抄がある)。
 ここでの「億」は、今と違って「十万」に当たる。大聖人は、当時の日本の全人口を約500万人と見ておられたことになる。
 私が感動するのは、大聖人が地域や人口を「一桁」の数まで掌握され、胸中に収められていることだ。
 そこに、「どんな小さな村々も残らず安穏にしていくのだ」「一人も残らず幸福にしていくのだ」との執念とも思える甚深のお心が拝されてならない。
 わが学会の最優秀の統監部の皆様方の人知れぬ奮闘も、この大聖人の御精神に真っ直ぐ連なっている。
 ともあれ、どれほど広宣流布が拡大しても、一番大事なのは、それぞれの地域で懸命に生き抜く庶民であり、その「一人」である。
 そして、北海道、東北、関東、東京、東海道、信越、北陸、中部、関西、中国、四国、九州、沖縄──どの方面、どの地域も、大切な大切な広布の舞台である。
 大聖人のお心のままに、私たちは徹して「一人」に光を当て、共に対話し、共に励まし合い、すべての地域が共に栄える、よりよき社会を建設していくのだ。

立ち向かう底力を
 先日も、東日本大震災で被災され、福島県から茨城県に避難されているご夫妻の活躍を、妻と伺った。
 先の見えない現実がある。その言うに言われぬ思いを笑顔で包み、「自分のできることから」と、近所の草むしりやゴミ拾い等を続けてこられた。避難生活の中で信頼と友好を広げることは容易ではない。だが、夫妻は今日も、近隣の方と挨拶を交わし、地道に対話を重ねながら、今住む地域の同志と前進されている。
 この健気な友を見よ。
 この麗しき家族を見よ。
 大震災に屈しない、この東北健児の底力を見よ!
 「大震災に立ち向かう姿を見せることが使命だと思って、頑張っています」と夫妻は語られる。草むしりで泥のついた、その手のひらを私は固く握り、讃嘆して差し上げたいのだ。
 日本全国、全世界、我ら戦う同志の心は、いつも、つながっている。この最極の人間の絆がある限り、断じて負けることはない。
        ◇
 ルネサンス時代の万能の巨人レオナルド・ダ・ビンチは叫んだ。
 「困難なにものぞ。努力の前には如何なる困難もなし」
 わが愛する「創価ルネサンス」の旗手たちよ、どんな困難も恐れるな!
 我らには「勇猛精進」の努力がある。最強無敵の「法華経の兵法」がある。
 「日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて・一定法華経ひろまりなんと覚へ候、悪は多けれども一善にかつ事なし」(御書1463ページ)
 この御金言通りに、我らは勇気と団結の「黄金の心」で戦う!
 そして、共々に、永遠に不滅の「正義の師弟城」を勝ち築こうではないか!

 団結の
  創価の同志は
   輝きて
  勝利の歴史を
    三世に残せや


 冒頭の言葉は『見果てぬ祖国』ホセ・リサール原作、村上政彦翻案(潮出版社)から。ダ・ビンチは『レオナルド・ダ・ヴィンチの手帖』足立重訳(六興商会出版部)。
2012-12-09 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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未来対話  君と歩む勝利の道 第8回

第8回 秀才とは親孝行の人なり  (2012.12.1付 未来ジャーナル)

報恩は究極の幸福の軌道

フィリピンの大英雄 ホセ・リサール
子供が両親に表せる最高の敬意とは、誠実な人となり、社会から尊敬される人になることである

 ──1年の締めくくりの12月、未来部のメンバーは、各自の目標に向けて元気に前進しています。

名誉会長 この1年の全員の奮闘を、私は心から讃えたい。
 とともに、何かと気ぜわしい年末です。交通事故や火災に注意をお願いします。
 受験生のメンバーをはじめ、みんなの健康・無事故と大勝利を、毎日、祈っています。
 日本では12月を「師走」と呼んでいます。私の恩師・戸田城聖先生は、ユーモアをまじえて、皆に語られていました。
 「師走といって、文字通り、“師も走って”いるのだよ。皆さんも多忙だと思うが、私も走っている。広宣流布のために、ひとつ頑張ってくれ」
 皆さんのお父さん、お母さんは、地域に幸せを広げるため、世界を平和にするために、一生懸命、走り回ってくださっている。誰よりも尊い“仏の使い”であり、誰よりも立派な”国の宝”です。どんなに感謝してもしきれません。
 皆さんは、この偉大なる父母を大切にし、親孝行を頼みます。
      □■□
 ──池田先生から、いつも「親孝行」の大切さを教えていただいています。
 ですから、忙しい親の手伝いを心掛けたり、家族で過ごす正月には「親孝行」をしようと決意したりしているメンバーもいます。

名誉会長 その気持ちをお父さん、お母さんが知ったら、涙を流すほど喜ぶよ。疲れや悩みも吹き飛び、お年玉だって余計にあげたいと思う(笑い)。親というのは、そういうものです。
 私は、高等部の皆さんに「秀才と 親孝行は 一致かな」と詠んで贈ったことがあります。
 親孝行は、人間性の芸術です。
 親孝行は、究極の幸福の道です。
 親孝行は、世界平和の礎です。
      □■□
 ──メンバーから、「親孝行をしたいと思っているのですが、何をすればいいのか分かりません」という質問も寄せられています。

名誉会長 仏法では、親孝行に三つの段階があると説きます。
 第1に、親に衣食などをプレゼントすること。
 第2に、親の思いに従うこと。それぞれ、大事な親孝行です。
 そのうえで、第3の最高の親孝行とは、妙法の力で、親の生命を永遠に救っていくことであると、教えています。
 つまり、皆さんが大宇宙の法則である題目を唱え、信心を根本に立派な人に育つことが、何よりの親孝行になるのです。
 ですから、今は大いに学び鍛え、やがて多くの友を幸福へとリードし、社会に世界に貢献していくことです。
 わが子が「あなたのお子さんのおかげで」と皆から感謝されるような人になってくれる。それは親にとって、何ものにも代え難い喜びであり、誇りです。子育ての苦労が報われたと感じるものです。
 君自身の成長が、あなた自身の栄光が、一番の親孝行なんです。
 親子の関係というのは、ずっと続く。いつまでたっても、親は親、子は子です。たとえ亡くなっても、生命はつながっている。
 ゆえに、親孝行とは、一生涯の目標といってよい。じっくり焦らずに、自分自身を磨いていくことです。
 その意味から、今回は、フィリピンの若き大英雄ホセ・リサールの言葉を皆さんに贈りたい。
 「子どもが両親に表せる最高の敬意とは、誠実な人となり、社会から尊敬される人になることである」と。
      □■□
 ──リサールは、19世紀の後半、植民地として支配されていたフィリピンを独立に導いた英雄です。35歳の若さで革命に殉じました。言語学者や詩人、小説家、医師、美術家、農学者、教育者としても活躍した、「アジアのルネサンス人」と言うべき万能の偉人です。

名誉会長 そうだね。彼の才能の原点は、両親、特に母親の愛情あふれる教育でした。
 お母さんは、リサールが幼いころから読書を勧め、時には読み聞かせもしてあげました。その時、聞いた物語が、生涯、彼を支えました。
 お母さんと共に「語学」を学び、世界市民の大きな心を養い、のちに22もの言語を使いこなせるようになっています。
 ところがある時、そのお母さんが、支配者たちの策略によって、2年半もの間、投獄されてしまう。もちろん、まったく無実の罪です。学問があったお母さんは、権力者の言いなりにはならず、ねたまれ、憎まれていたのです。
 理不尽な権力の魔性を目の当たりにしたリサール少年は、祖国の独立を誓います。母のため、国のため、立ち上がったのです。その勇者の精神は、今もフィリピンの大地に光り輝いています。
      □■□
 ──“親の恩に報いるんだ!”との思いが、リサールの精神を、迫害をも恐れぬ強い魂へと磨いていったのですね。

名誉会長 その通りです。
 私の大好きな沖縄の民謡(「てぃんさぐぬ花」)には、“天の星は数えようと思えば数えられるけれど、親の教えは数え切れない”という歌詞があります。親は、子どもが見えないところで、想像できない苦労を重ねて、君たちを育ててくれています。そうした親の恩を知り、恩に報いていく時、大いなる力が湧きます。
 日蓮大聖人は、12歳の時、父母の恩に報いようと、「日本第一の智者となし給へ」(御書888ページ等)との誓願を立てられました。
 心こそ、一切の根本です。
 「親孝行」という心があれば、人間は、どこまでも成長していけるんです。
 そのうえで、具体的な“親孝行の方法”があります。
 大聖人は、青年門下の南条時光に、「親に良い物をあげようと思っても、何もできない時は、せめて日に二度、三度、笑顔を見せてあげなさい」(御書1527㌻、通解)と、実に分かりやすく教えてくださっています。
 みんなは、まだ働いていないんだから、無理して高価な物をプレゼントしたら、かえって心配をかけてしまうでしょう。
 でも、笑顔は“タダ”です。自分の“心の銀行”から、いくらでも引き出すことができる。しかも、親が一番、喜んでくれる。
 わが子が笑顔であれば、親は無条件で幸せなのです。

 ──「素直に笑顔になれない」「いまさら照れくさい」というメンバーもいるかもしれません……。

名誉会長 まあ、思春期だもの。しょうがない一面もある。笑顔が苦手であれば、元気よく声を出すことです。
 特に、返事が大事だ。「はい!」の一言は、親を安心させる“魔法の言葉”なんだよ。
 「いってらっしゃい。気をつけるのよ」「はい! いってきます」
 「ちょっと、宿題がまだでしょう」「はい!今やります」(笑い)
 「いいかげん、テレビ消して!」「はい! すぐ消します」(爆笑)
 何でもいいんだよ。とにかく元気に「はい!」と返事をすることです。そうすれば、親はまず安心するんです。
 「宿題したの?」
 「うるさい」
 「早く寝なさい」 「やだ」
 「歯を磨きなさい」 「ウザい」
 これでは、親がかわいそうだ。親は、いつだってうるさいものです。“ああ、うちの親は、エネルギーが有り余っていて、いいな”ととらえていくことです(笑い)。
 明るい返事一つで、親も自分も、驚くほど心が明るくなる。家庭の雰囲気が温かくなる。みんなの返事には、それほど大きな力がある。
      □■□
 ──仏法でも「声仏事を為す」と、声や言葉の重要性が強調されています。

名誉会長 先日、創価学園を訪問してくださったモンゴルの大詩人メンドオーヨ先生(モンゴル文化詩歌アカデミー総裁)も言われていました。
 「言葉ほど力強いものはありません。言葉は使い方によって、『光の言葉』として人々を輝かすことができます」と。
 真心を言葉にすることです。
 「お母さん、いつもありがとうございます」
 「お父さん、肩でももみましょうか」
 「毎日、健康を祈っています」
 「必ず立派になって、将来は海外旅行に連れて行きます」
 たまには、これくらいのことを言ってあげようよ。「熱でもあるのか?」と心配されるかもしれないが(笑い)、心ではうれしいよ。
 ともあれ、何か特別なことをするのが親孝行とは限らない。
 毎朝、早く起きて、きちんと朝食を食べて学校に行く。勉強を頑張る。友達と仲良くする──そうした行動一つ一つが親孝行につながります。

 ──お父さんやお母さんがいなくて、人知れず、寂しい思いをしているメンバーも、少なくありません。

名誉会長 よく、分かります。でも、みんなは師子の子です。強く明るく朗らかに、胸を張って生きていくんです。
 お母さん一人ならば、お父さんの分まで2倍、大事にしてあげていただきたい。お父さん一人ならば、お母さんの代わりになって支えてあげてください。
 親を亡くした友もいるでしょう。しかし、あなたの胸の中で生きておられる。御本尊を拝すれば、御本尊の中におられます。題目で結ばれています。いつも成長を見守ってくれている。みんなの努力に必ず大拍手を送ってくれているのです。
 日蓮大聖人は、母を亡くした門下に、仰せになられた。
 「我が頭《こうべ》は父母の頭・我が足は父母の足・我が十指は父母の十指・我が口は父母の口なり」(同977㌻)
 ゆえに、父母から授かった我が身を使って広宣流布に励む功徳は、そのまま、すべて父母の生命に伝わっていきます。
 君の勝利の姿が、父母の勝利の姿なのです。

 ──「どうしても親を尊敬できない」と言うメンバーもいます。

名誉会長 今はそれでもいい。親がどうあれ、自分は自分です。一人の人間として、思う存分、伸びていこうよ。かけがえのない、わが青春なのだから。
 自分だけでは抱えきれない、難しい問題があったら、信頼できる学会の先輩に相談してください。
 そのうえで忘れてはならないのは、「生んでくれたこと自体に大恩がある」ということです。親も人間です。決して完璧ではない。
 聡明な皆さんは、どうか、親の悩みや苦労も察してあげられる「大人」になってください。
 戸田先生は「親をも愛せない者には、広宣流布はできない!」と、あえて厳しく言われました。
 親子の縁は不思議であり、深い意味がある。みんな、偉大な使命を果たさんがために、自分の親を選んで生まれてきたんだ。
 だからこそ、親を大切にすることは、生まれてきたこと、生きることへの感謝の表れです。親孝行しようという心は、自身の生命を大きく開くことになるのです。
 ともあれ、皆さんには、共に悩み、共に祈ってくれる創価家族もついています。私も一緒です。
 大きな明るい心で、楽しく賑やかに希望の新年を迎えようよ!
2012-12-08 : 未来対話 :
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南米ベネズエラ 国立タチラ実践大学 名誉博士号授与式でのSGI会長の謝辞

南米ベネズエラ 国立タチラ実践大学 名誉博士号授与式でのSGI会長の謝辞
  (2012.11.28 国立タチラ実践大学中央講堂)

 南米ベネズエラの最高学府「国立タチラ実践大学」から、池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長に「名誉博士号」が贈られた。教育・文化交流の推進と世界平和への献身を讃えたもの。授与式は11月28日(現地時間)、タチラ州サンクリストバル市の同大学中央講堂で開催された大学院卒業式の席上で挙行され、ホセ・サンチェス・フランク総長、オスカル・メディナ事務局長らが出席した。

SGI会長の謝辞(代読)

新時代を創りゆくエネルギーは我らの熱と力!

サンチェス総長の信念
「団結こそ力」「団結こそ勝利」

ベネズエラの歴史家
断固たる決意で臨めば 笑顔の明日へ道は開く

 一、はじめに、本日、大学院の晴れの卒業を迎えられる若き英才の皆様方に、最大のお祝いを申し上げます(大拍手)。
 一、南米の「友情交流の故郷《ふるさと》」タチラ州より光を放ち、ベネズエラの「真心の都《みやこ》」サンクリストバル市にそびえ立つ貴大学より、本日、私は栄えある「名誉博士」の学位を賜りました。
 この何ものにも替えがたい栄誉を、私は、貴国の良き市民、良き国民として、誠実に社会貢献を貫くベネズエラSGI(創価学会インタナショナル)の大切な友人たちとともに、謹んで拝受させていただきます。誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

人間教育の模範
 一、世界の大学に、それぞれ素晴らしい校歌があります。私も、縁《えにし》の大学の校歌を一曲また一曲、胸に刻んでまいりました。その中にあっても、貴大学の校歌は、ひときわ荘厳であり、民衆への慈愛と高邁なる哲学性に漲っております。
 「英知が育まれるこの祖国の殿堂を守らんと/松明の明かりを投影し我らは毅然と戦う/タチラの農業、労働と平和への敬愛を深化し/努力の人に耕された畝間《うねま》から実りを収穫しよう」
 「高潔、愛情、楽観主義は善の人の象徴である/我らは先人の勇壮な行動に照らされ、未来への信念の歩みを進める」
 雄大なるアンデスの大自然と、悠久なる文明の歴史とを気宇壮大に呼吸しながら、なんと気高き教育の理想が詠い上げられていることでありましょうか。この人間教育の模範と光る学舎《まなびや》こそ、貴・国立タチラ実践大学なのであります(大拍手)。
 一、1974年、タチラ州の象徴と輝く豊かな実りの農園跡に、民衆の願いが結晶した学府として、貴大学は創立されました。
 貴大学が高らかに掲げておられる価値観は、誠に明確であります。すなわち、「責任」「誠実」「尊敬」「自由」「公平性」「連帯」、そして「倫理」。
 この七つの指標を体現されゆく、英明なサンチェス総長の指揮のもと、貴大学は尊き庶民の期待に応えて、民衆の幸福と社会の発展に尽力しゆく最優秀の逸材を、七彩の虹の如く、次代の大空へ送り出されているのであります。
 さらにまた、最先端の農業工学、工業産業学の先駆のキャンパスとの誇りも高く、近年では酪農・肉用牛の増殖を成功させて、気候に左右されることなく搾乳と食肉の増産を可能にするなど、貴国の食料自給にも多大な貢献を果たしておられることも、よく存じ上げております。
 「食は命」であります。貴大学の探究は、まさしく「命」を守り育む最重要の挑戦といってよいでありましょう。
 一貫して「世界の持続可能な開発に積極的に携わる市民」を育成されゆく貴大学の実践は、新たな地球文明の建設への勇壮なる槌音となって、いやまして響きわたっていくであろうことを、私は確信してやまないのであります(大拍手)。

スポーツの都
 一、わが憧れのサンクリストバル市は、若き生命が躍動しゆく、明るい「スポーツの都」としても、よく知られております。
 サンチェス総長自身、青年の息吹で、自転車競技をはじめ、貴国のスポーツ振興のリーダーシップを担い立ってこられました。
 思えば、日本の軍国主義による投獄にも屈しなかった信念の教育者であり、私の人生の師である戸田城聖先生(創価学会第2代会長)も、機会あるごとにスポーツを通して青年の心身を薫陶してくださいました。
 「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」とは、この恩師の叫びであります。
 私は、貴大学をはじめ、貴国の青年に湧き起こる「熱」と「力」に、新時代を創りゆく希望のエネルギーを見出す一人であります。

忍耐強く!
 一、サンチェス総長は常々、述べておられます。「特質や能力、立場の異なる人も、目的が同じであれば、その目的の実現に向かって、団結して働くことができる」と。
 まことに、スポーツはもとより、人生の万般において「団結こそ力」であり、「団結こそ勝利」であります。
 東洋の聖賢も、「異体同心であれば万事を成就する」と説いております。
 なかんずく、教育という人類の未来を開く究極の目的のために、一致団結して働くことほど、崇高な事業はありません。
 サンチェス総長を中心とした、教職員と御関係の皆様方の見事なる団結で、学生の多様な学びの場を数多く創り上げてこられた業績に、私は、あらためて賞讃の大拍手を送らせていただきたいのであります(大拍手)。
 一、貴国の大歴史家であるペドロ・グラセス先生は、力強く語られました。「精神力、忍耐力、能力を注ぎ、断固たる態度で臨めば、それぞれが目指すものを達成することができるのだ。そこには、笑顔の明日へと続く、希望あふれる道が開かれているのだ」
 本日よりは、私も名誉ある貴大学の一員として、貴大学の諸先生方、そして卒業生の皆様方と手を携えながら、世界の青年たちの「笑顔の明日」へと続く「希望の道」を広々と勝ち開いてまいる決心です(大拍手)。
 その決意を今再び、我が誉れの母校たる貴大学の校歌の一節に託させていただきます。
 「同じ理想に燃える友情の呼びかけの音調に合わせ/我らは宇宙大の成長をもって、より良い祖国を構築する/地元とその山々に対する情熱に燃え、我らは忍耐強く耐え/心には世界の旗をなびかせる」
 一、終わりに、貴大学の永遠の御発展、そしてサンチェス総長はじめ、貴大学の諸先生方、さらに卒業生の皆様方の益々の御健勝を心からお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
 ムーチャス・グラシアス!(スペイン語で「大変にありがとうございました!」)(大拍手)
2012-12-04 : スピーチ・メッセージ等 :
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「ゴールデンハート賞」授賞式でのSGI会長の謝辞

「ゴールデンハート賞」授賞式でのSGI会長の謝辞      (2012.11.25 フィリピン文化会館)

 フィリピンの「リサール協会」から、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に「ゴールデンハート賞」が贈られた。普遍的な人間主義の思想と世界平和への傑出した貢献を讃えるもの。授賞式は11月25日、フィリピン文化会館で行われ、リサール協会のレジス・ロメロ会長、ロヘリオ・キアンバオ元会長、ヴィルヒリオ・エスグェラ元会長と、地元SGIのメンバー500人が出席した。

SGI会長の謝辞(代読)

人々の幸福へ! 使命を果たし抜く人に黄金の輝き
我らは勇気と不屈の精神の連帯


リサール博士
「英知に勝る武器はなく 心に勝る力はない」

 「心」は翼を持っております。それは、時間も、空間も、自在に超えゆく翼であります。
 私の心は世紀を超え、偉大なる大英雄ホセ・リサール博士の「黄金の心」と共にあります。
 そしてまた、3000キロの距離を超えて、博士の「黄金の心」をそのままに受け継がれる貴協会の皆様方、さらに、貴国の皆様方と一緒にあります。
 リサール博士は叫びました。
 「今、我々が必要としているのは、人々の心を燃え立たせるような勇気と不屈の精神を示してくれる人間である!」と。
 この博士の「勇気」と「不屈の精神」を中心として、私たちは、強く一つに結ばれているのであります。
 崇高な100年の歴史に輝きわたる、貴協会より、私は最高に栄えある「ゴールデンハート賞」を賜りました。
 私と同じ心で、平和と文化と教育のために、人間主義の行動を貫いてくれているフィリピンをはじめ、世界192カ国・地域のSGIの同志と共に、ここに謹んで拝受させていただきます。誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

世界一美しいマニラ湾の夕日

 私の生命に、いつも鮮烈に蘇る「黄金の光」があります。
 それは、あのマニラ湾の彼方に友と見つめた、世界一鮮やかな金色の夕日であります。
 天然の名画を、私は写真に収めるとともに一詩にも留めました。

 おお フィリピン!
 世界に名高いマニラ湾の夕焼け
 空と海を深紅に染め
 太陽が水平線に没せんとする時
 天地は荘厳なるドラマを現出する
 ・・・・・・ ・・・・・・
 燃える雲間からは
 無数の黄金色の大光の矢は放たれる
 ・・・・・・ ・・・・・・
 一日の終わりの大自然の演出は
 新しい明日への約束
 「東海の真珠」の国に生きる人々の
 希望の人生回転の象徴だ

 私が現在、進めております、貴国の大教育者・アブエバ博士との対談においても、この夕日をはじめ美しく雄大な自然に育まれたフィリピンの民衆に満ちた「世界市民の心」の素晴らしい光彩が話題となりました。
 そして、その最も良質な理想の源こそ、リサール博士の「深き人間愛」「開かれた心」、すなわち「黄金の心」であると、深く一致を見たのであります。
 アブエバ博士は、大英雄リサールへの深き敬愛の心から、フィリピンという国名を「リサーリア」とすべきではないか、とも語られておりました。
 リサール博士は呼びかけておられます。
 「現代の人間の本分は、何か。それは、人類の救済のために貢献することである」
 リサール博士という、正義にして有徳なる「永遠の青年」を模範と仰ぎ見る時、私たちの心にもまた、民衆のため、人類のために断固として貢献しゆかんとする大情熱が漲ってまいります。
 だからこそ、このリサール博士の「黄金の心」を、いささかも揺らぐことなく、一貫して深く広く宣揚してこられた、貴リサール協会の100年にわたる尊貴な尽力に対し、私たちは改めて万雷の拍手をもって、最大の敬意と感謝を表したいのであります(大拍手)。

「真金の賢人」のスクラムに続け

 「黄金の心」について、仏典には、こう説かれております。
 「金《こがね》は大火にも焼けず大水にも漂わず朽ちず・鉄《くろがね》は水火共に堪えず・賢人は金の如く愚人は鉄の如し」と。
 いかなる権力も、富も、名声も、たとえ一時、きらびやかに輝いて見えても、時の流れとともに、いずれ朽ちて色褪せてしまうのが、厳粛な歴史の常であります。
 人々の幸福を願い、社会の平和と繁栄を祈り、いかなる苦難にも耐え抜いて、断じて使命を果たし抜く賢人のみが、不朽不滅の黄金の輝きを放っていくのではないでしょうか。
 私の喜びは、この「真金の光」を帯びた賢人のスクラムに、貴国そして世界の青年たちが、はつらつと続いてくれていることであります。
 リサール博士は力強く訴えておりました。
 「人生という戦場において、人間の“英知”に勝る武器はなく、“心”に勝る力はない。
 精神を研ぎ澄まし、充実させ、磨き、そして心を鍛え、強くするのだ」と。
 まさしく、青年よ、「黄金の心」を鍛え上げてくれ給えとの、博士の熱願を聞き取るのは、私一人ではないでありましょう。
 これからも私は、貴協会の名誉ある一員として、リサール博士の「黄金の心」を携えて、未来を生きゆく青年たちの勝利の道を切り開いていくことを、固くお誓い申し上げます。
 人類の希望の行進の先頭に立って、次の100年へ前進されゆく貴リサール協会の無窮の栄光、そして敬愛してやまぬ御列席の皆様方の健康と御多幸を心よりお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
 マラミン・サラマッポ(フィリピン語で「大変にありがとうございました」)(大拍手)。
2012-12-04 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.90

随筆 我らの勝利の大道 No.90   
               (2012.11.30付)
乱世を勝ち抜く

我らは「民衆の柱」と立つ
師子奮迅の勢いで前進!


共々に「負けじ魂」の常勝絵巻を!

 ドイツの大詩人ゲーテは乱世を生きる魂を歌った。
 「ほかの人たちが右往左往しても、そなたは忠実な眼差しで見分けなさい。ほかの人たちがみじめに歎き合っても、そなたはたのしく事をはこびなさい」と。
 人の心が揺れ動く時代だからこそ、自分自身の前にある「世界の根づよい生命《いのち》と雄々しさ」を見つめ、「その内なる力と永続する力」を発揮していくように呼び掛けてやまなかった。
 汲めども尽きぬ智慧と勇気の泉は、わが生命に厳然とある。そう確信すれば、何を恐れることがあろうか。
        ◇
 「当世は世みだれて民の力よわ(弱)し」(御書1595ページ)
 御聖訓には、乱世の本質を、こう喝破されている。
 世の乱れの奥には、必ず生命の濁りがあり、貪欲や争いに突き動かされた人心の乱れがある。
 結局、自分一人では何も変わらない。何をやっても無駄だ──そうした民衆の無力感が、社会を暗くする。
 精神の柱を失い、人間の生命の可能性を信じられない絶望は、乱世の闇を深める病根だ。
 この無明の闇を打ち破る無限の希望の大光こそが、日蓮仏法である。
 本来、万人が「仏」という偉大な生命を具えている。いかなる困難の壁も、いかなる宿命の嵐も、必ず乗り越えられるのだ。
        ◇
 信仰は
  勝利を開く
     大法理

 あの「“まさか”が実現」の大阪の戦いを開始した時、関西本部の「大法興隆所願成就』の御本尊の御前で、私たちが真っ先に拝した御聖訓がある。
 「何なる世の乱れにも各各《おのおの》をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同1132ページ)
 御本尊には、南無妙法蓮華経という根源の一法を中心に、あらゆる十界の衆生が認《したた》められている。
 ゆえに、どんな苦しみや悩みを抱えた同志も、この広宣流布の大闘争のなかで大きく境涯を開き、一切の願いを成就していくのだ。
 さらにまた、信仰をしていない友とも広々と仏縁を結び、民衆の都・関西に「立正安国」の安穏と繁栄の光を満たしていくのだ。
 そう私は祈りを重ねた。
 「報恩抄」には、「極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず」(同329ページ)と仰せである。
 今も、乱世に怯まず、真の仏道修行に励みゆく、わが宝友と宝土に、“一日また一日、無量無辺の大功徳あれ!”と、私は一心不乱に題目を送り続けている。

一歩も退かぬ執念

 200年前(1812年)の夏から冬にかけて、ユーラシア大陸を舞台に決戦が行われた。
 皇帝ナポレオンが率いるフランス軍と、忍耐強く応戦するロシア軍とである。
 ロシアが厳冬を迎えるなか、戦況は一変していく。この戦いを描いた名作『戦争と平和』で、大文豪トルストイは洞察した。
 最後の勝敗を決するのは、究極のところ、戦う人間の「ひとりひとりの中にある感情だ」と。
 いうなれば、たとえ一人になっても「必ず勝つ!」と最前線に飛び込む勇気があるか、そして「絶対に負けるものか!」と一歩も退かぬ執念があるかだ。
 南アフリカの“人権の巌窟王”マンデラ氏は、獄中で『戦争と平和』を愛読された。その中で、ナポレオン軍を撃退した、ロシアのクトゥーゾフ将軍の人間像に惹かれたという。
 つまり、「宮廷の薄っぺらで変わりやすい価値観にまどわされず、自分の部下と民衆を本能的に理解して、そのうえで行動した」点である。
 そして、この本を通し、マンデラ氏は「ほんとうに同胞を導くには、ほんとうに同胞を知らなくてはならない」ことを、あらためて学んだと言われるのだ。
 本来、民衆の不屈の魂に勝るものはない。民衆の智慧と勇気を凌ぐものはない。この民衆の偉大な底力を、恐れなく勇敢に示し切ってきたのが、我ら創価の師弟である。
        ◇
 日本の北の大地・北海道や東北、信越や北陸などでも、わが同志は、今日も雪道に黄金の足跡《そくせき》を刻みながら、寒風に胸張りながら、前進してくれている。
 北海道では27日、暴風雪のため、厳寒のなか、室蘭や登別などで5万数千世帯が停電した。停電が三晩に及んだ地域もある。一刻も早い全面復旧と皆様の無事を祈り、心よりお見舞いを申し上げたい。

一番大変な所へ!
 55年前(1957年)の年頭、私は、当時の文京支部の地区があった炭鉱の街・夕張に足を運んだ。
 横殴りの吹雪を突いて、大会に集って来られる尊き同志を、私は会場の入り口に立ってお迎えした。
 偉大な使命に燃えて戦う地涌の菩薩の方々である。この皆様方なくして、この街、この地域の広宣流布は成し得ないのだ。
 半年後の6月下旬。権勢に傲った炭鉱労組による、学会員への人権侵害「夕張炭労事件」に対し、我らは敢然と抗議に立ち上がった。
 戸田先生と私の不二の決心は、善良な庶民が二度と理不尽な圧迫に苦しまぬように、この一戦を徹して勝ち切ることであった。
 私は電光石火、北海道に走った。夕張を駆けた。
 一番、苦労している友、大変な所で必死に戦っている同志のもとヘ──。
 今こそ反転攻勢で、一気に事を決するのだ。
 そのために私は──
 「断じて勝つ!」と、強盛に祈った。「私の戦いを見よ!」と、先陣切って最前線に飛び込んだ。不正を打ち破る言論戦で、恐れなく先手先手で攻め抜いた。
 その勢いは勢いを増し、北海道全土をはじめ多くの同志が、私と共に、勇気を光らせて行動してくれた。
 一方、学会と対決すると呼号していた炭労は、法的にも、また道理の上でも、不利と見るや、公開討論からも逃げてしまった。
 一気呵成に戦いを起こしてわずか数日、形勢は一変した。わが民衆の人権と正義の旗は、愛する北海天地に翻ったのである。
 我らは、永遠に異体同心で勝つ。師子奮迅の師弟の勢いで勝つのだ。

「仏法勝負」の時
 この「炭労事件」に続いて起きたのが「大阪事件」であった。
 7月3日、私は事実無根の冤罪で拘束され、2週間後に出獄した。身の潔白と正義の証明は、法廷闘争に移ることになった。
 7月17日、中之島の中央公会堂で行われた大阪大会で、私は烈々と叫んだ。
 「正しい仏法が、必ず勝つという信念でやろうではありませんか!」──これは、今もなお、私と関西同志の共戦の誓いである。
 3カ月後の初公判の翌日(10月19日)、私は同志と京都の宇治川を訪れた。
 源平合戦などの“先陣争い”の舞台として名高い、その流れを見つめつつ、関西の友と拝してきた一節をあらためて心肝に染めた。
 「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり、此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多《せた》を渡せし所よ・名を揚《あぐ》るか名をくだすかなり」(御書1451ページ)
 仏法は勝負だ。今この時この場所で、生命を赤々と燃やして戦える。それは、わが人間革命の一世一代の晴れ舞台となるのだ。
        ◇
 いずこの地であれ、勇んで立ち上がる「一人」が、どれほど大切な存在か。
 「其の国の仏法は貴辺にまか(任)せたてまつり候ぞ」(同1467ページ)
 地域に根差し、決然と「法旗」を掲げて戦う同志を励まされた御金言である。
 今、まさに、この通りに地域社会の「柱の人」「宝の人」が、日本中、世界中に躍り出ている。
 「地域の幸福責任者」との使命に燃えて、郷土の繁栄を願い、友の幸福を祈りながら、誠実に社会貢献の行動に徹しておられる。
 東日本大震災の苦難の被災地にあっても、人びとを励まし、心の絆を結びながら、復興・再生の使命に献身してくださっている。
 大聖人も、「貴方が一人立つことが勝利なのだ!」「貴女《あなた》がここの広宣流布を担う責任者なのですよ!」と、どれほど御賞讃くださっていることだろうか。
 民衆自身が、幸福と平和の強靭なる連帯を、地域から社会へ、世界へ広げていく。ここに、「立正安国」の実像もあるのだ。
 「我日本の柱とならむ」(同232ページ)──私の胸には、日蓮大聖人の師子吼が轟いてやまない。
 わが弟子たちよ、今いる場所で、師子となって立ち上がれ! 地域の信頼と希望の灯台となって、乱世の闇を照らせ! 威風も堂々と、民衆の幸福と安穏の柱となって、栄光の金字塔を築きゆこうではないか!

 乱世にて
  君も私も
    不屈なる
  闘魂光らせ
    常勝絵巻を。

 ゲーテの言葉は『ゲーテ全集1』所収「ハンス・ザックスの歌の使声」会津伸訳(人文書院)=一部調整。トルストイは『戦争と平和』米川正夫訳(岩波書店)。マンデラは『自由への長い道 ネルソン・マンデラ自伝』東江一紀訳(日本放送出版協会)。
2012-12-01 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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