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アメリカ創価大学第12回学生祭へのメッセージ

アメリカ創価大学第12回学生祭へのメッセージ
       (2012.11.18 アメリカ創価大学)

 アメリカ創価大学(SUA)の第12回学生祭が18日(現地時間)、カリフォルニア州オレンジ郡の同大学キャンパスで開催。創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長がメッセージを寄せた。

創立者のメッセージ


「創価」とは不屈と勇気の精神

 一、わが宝の中の宝である、アメリカ創価大学生の皆さん!
 麗しき友情と建学の息吹みなぎる第12回「学生祭」の開催、誠におめでとうございます!
 アメリカ創価大学は、旭日の如き大発展を続けてくれております。世界の多くの識者や教育界の方々からの感嘆の声、絶賛の声が、私のところにも、毎日のように届いています。
 皆さん方が、また卒業した先輩たちが、「わが大学を世界一に!」との気概とスクラムで、真剣に粘り強く奮闘してくれていることを、私は最大の喜びと感謝の念を持って、見守り続けております。
 一、皆さんが、学生祭の日に選んだ「11月18日」は、82年前、世界恐慌の嵐の時代に、創価教育が出発した原点の日です。
 そしてまた68年前、戦禍の只中で、創価教育の創始者・牧口常三郎先生が平和のために戦い抜き、獄中で逝去された日であります。
 まさしく命を賭して、人類の平和と共生を願い、「創価」の旗を高らかに掲げ抜いてこられた創立の父が、このSUAの英才たちの集いをどれほど喜んでくださるか。
 私は胸が熱くなるのであります。
 今日は、「創価」という命題について、第1に「たくましき不屈の探究心」、第2に「恐れなき師子王の勇気」、第3に「開かれた世界市民の精神」という3点から、簡潔にメッセージを送らせていただきます。
 一、第1に、創価とは、たくましき不屈の探究心なり、と申し上げたい。
 牧口先生は、少年時代から、貧窮のゆえに、思うように学校に通えない中、苦学を重ね、学んで学んで学び抜いて、教育者になりました。その歩みは「学ばずは卑し」「学は光」という信念に貫かれております。
 戦時中は、人間性を抑圧する軍部政府と戦い、投獄されました。
 その獄中にあっても、「独房で思索ができて、かえって良かった」と自身の境遇を悠然と笑い飛ばされながら、王者の如く信念を貫き通されたのであります。
 ご家族に送られた最後の手紙には「カントの哲学を精読している」と綴られております。まさに逝去の直前まで、向学の志を燃やし続け、平和への精神闘争を貫かれたのであります。
 人間の善性を信頼し、無限の可能性を輝かせゆく大いなる挑戦に、創価の心があります。
 そのために、いかなる境遇にあろうとも、たくましき不屈の探究心を燃え上がらせて学び続ける。そこから、尽きることなく価値創造の光が放たれることを確認し合いたいのであります。
 一、第2に申し上げたいことは、創価とは、恐れなき師子王の勇気なりということであります。
 牧口先生は常々、「消極的な善良に甘んぜず、進んで積極的な善行を敢然となし得る気概の勇者でなければならない」と語っておりました。
 第2次世界大戦中、軍国日本の悪名高き特高警察の監視下にありながら、平和と正義の主張を叫び切っていったことも、よく知られております。私の妻も、少女時代、実家での座談会で、牧口先生が刑事の居丈高な制止にも怯まず、悠々と、堂々と確信の対話を続けていかれた雄姿を命に刻みつけた一人であります。
 この牧口先生の師子王の勇気を脈々と受け継いでいくのが、創価後継の若獅子たち、すなわち、皆さんであります。
 私の大好きなアメリカの詩人ロングフェローは詠いました。
 「大いなる人々の生涯は教えてくれる、
 われらも生涯を気高くなして、
 この世を去る時、時間の砂浜に
 足跡を残していけることを」
 「われら、奮起して励もう、
 いかなる運命にも勇気をもって。
 絶えず成し遂げ、絶えず追い求め、
 刻苦してあとは待つことを学ぼう」(亀井俊介訳「人生讃歌」、『アメリカ名詩選』所収、岩波文庫)
 「一人の幸福」から「万人の幸福」へ、価値を創造し続ける限りなき闘争に立ち上がったのが、創価であります。その大闘争の未来を担い立つ誉れの皆さんは、あえて勇んで試練に立ち向かいながら、何ものにも負けぬ師子王の魂を鍛え上げていただきたいのであります。
 一、最後に、創価とは、開かれた世界市民の精神なりと申し上げたい。
 牧口先生が不二の弟子・戸田城聖先生と発刊された『創価教育学体系』は、開かれた世界市民の精神の結晶であり、そのスケールは「思想の交響楽」とも言われております。
 27年半に及ぶ獄中闘争を耐え抜いた、人道の闘士マンデラ大統領の言葉が、私には、牧口先生の信条と響き合って迫ってきます。
 「精神という武器はダイナミックなものです」
 「強固な壁の後ろに閉じ込めることができるのは、私の肉体だけなのです。私は依然としてコスモポリタン的な考えを持っています。心の中では、ハヤブサのように自由なのです」(長田雅子訳『ネルソン・マンデラ 私自身との対話』明石書店)
 精神の自由の大きさも、人間の英知や思想の輝きも、環境や条件では決まらない。
 逆境にあるほど、自身を磨き、自身の無限の尊厳性を輝かせながら、人類の勝利へ、新たな価値を創造できるのであります。
 一、ともあれ、皆さんが学生愛唱歌「平和の大道」の中で高らかに歌うように、現在の一歩一歩の足跡が、未来の人類を照らし、勇気を送る平和の大道となります。
 いかなる困難があろうとも、頭を上げて、「私の創価の生き方」を朗らかに貫く皆さんの姿が、千年の時を超えて輝きを放つ「希望の光」となることは間違いありません。
 私は妻と共に、皆さんの健康と幸福を真剣に祈り、見守っております。
 結びに、わがアメリカ創価大学生に栄光あれ、勝利あれ!──と申し上げ、メッセージといたします。
 本日は、歴史的な学生祭の開催、本当におめでとう!
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2012-11-23 : スピーチ・メッセージ等 :
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創価学園「英知の日」記念行事/モンゴル文化詩歌アカデミー 詩の金星賞授与式

創価学園「英知の日」記念行事/モンゴル文化詩歌アカデミー 詩の金星《きんせい》賞授与式
          (2012.11.17 創価学園)

モンゴル文化詩歌アカデミーから17日、SGI会長に「詩の金星」賞が贈られた。同賞は、近年モンゴル語で自著を出版した外国の詩人などに対する顕彰であり、第1回の受賞作品にSGI会長の詩集『わが心の詩』が選出された。贈呈式は、11・18「学園創立記念日」を祝賀する創価学園の「英知の日」記念行事の席上で挙行。これは、東京と関西の各キャンパスを映像と音声で結んで行われた。同アカデミーのG・メンドオーヨ総裁、同アカデミー会員のB・マグサルジャブ博士が、東京・小平市の創価学園の集いに出席した。


創立者の謝辞(代読)

使命と栄光の一番星=金星と輝け


メンドオーヨ総裁の詩
「数センチずつでも目指す山へ登れ」
頂上へ! 勇気の一歩
誓いの友と励まし競い合い前進


若き無限の英知の光が地球の未来を照らす!

 一、晴れ晴れと世界を結び、未来を開く「英知の日」、誠におめでとう!
 私の「いのちの太陽」である学園生の皆さんが元気いっぱいに成長してくれて、本当に本当にうれしい。
 私の憧れの国モンゴルには、「二つの海」があると言われます。
 皆さんは知っていますか?〈多くの手が上がり、東京・創価高校の代表が「『草の海』と『星の海』です!」と答えた〉
 そうです!
 一つは、大地に広がる「大草原の海」です。
 もう一つは、天空に広がる「星の海」です。
 私の人生の師匠である戸田先生も、モンゴルのことが大好きで、よく笑顔で言われました。
 「大作、いつの日か、二人して、モンゴルの大草原を馬に乗って走ってみたいな!」と。
 きょうは、この大草原の国から、心より尊敬申し上げる大詩人のメンドオーヨ総裁、また、マグサルジャブ先生をお迎えすることができ、これほどの喜びはありません。
 私たちは、大草原のように、大きな大きな、そして清々しい友情の心で、熱烈に歓迎申し上げようではありませんか!(大拍手)
 一、モンゴルの大空に輝きわたる「星の海」の中でも、ひときわ鮮烈に光る一番星があります。
 それこそが「金星」であります。
 本日は、光栄にも、貴モンゴル文化詩歌アカデミーより、この「金星」の名を冠した最高に意義深き栄誉を賜りました。
 厚く厚く、御礼を申し上げます。
 ユーラシア大陸のロマンの天地モンゴルで、歌い継がれてきた英雄叙事詩の一節には、「聡明な若人が現れれば、国の支えとなる。金星が出現すれば、月の支え(すなわち、天の支え)となる」とあります。
 不思議にも、金星は、創価学園の一つのシンボルであります。関西校には「金星寮」があり、関西校の男子同窓生の集いは「金星会」です。
 わが東西の男女学園生は、一人一人が新時代に使命の一番星と躍り出て、必ずや栄光の大明星と仰がれゆく未来の「金星」です。
 ゆえに、私は、この「詩の金星」賞を、こうして学園生と一緒にお受けできることを、何よりも尊く、ありがたい栄誉と感謝しております。
 メンドオーヨ総裁、誠に誠に、ありがとうございました!(大拍手)

「負けじ魂」が躍進の力に!
 一、さて、この夏、ロンドン・オリンピックが盛大に開催されました。
 これに際し、ロンドンでは、参加した全204カ国・地域の詩が紙吹雪のように天を舞い、大喝采を博しました。
 204カ国・地域の詩は、オリンピックの記念行事として、イギリスのBBCラジオでも、高らかに詠み上げられております。
 我らの「詩心の大国」モンゴルからは、人間が争うことの虚しさを訴え、世界の悠久の流れを見晴らしながら平和を謳い上げた見事な詩が選ばれ、朗読されました。
 この素晴らしい詩の作者こそ、ここにおられるメンドオーヨ総裁なのであります(大拍手)。
 一、青春時代、メンドオーヨ総裁は、「モンゴルの文学を世界に!」と願われた大詩人ヤボーホラン先生を師と仰いで、学び、自らを鍛えられました。
 正義の人の常として、総裁も妬まれたり、意地悪をされたり、悪口を言われたり、悔しいことがあったと伺っております。
 しかし、総裁は断じて負けなかった。
 苦難があればあるほど、いよいよ断固として、優れた詩歌や論文を発表してこられたのであります。
 この負けじ魂みなぎる総裁の「無限の光」と題する詩が、私は大好きであります。
 その一節を、学園生に贈らせていただきたい。
 「数センチずつでも登り続け、自身の目指す頂上に到達して、燃え輝こうではないか!」と。
 まさに、青春は、険しい山を登りゆく戦いであります。
 大事なことは、総裁が言われるように、たとえ1日に1センチでもいいから、「勇気の挑戦」「忍耐の努力」を粘り強く貫き通していくことです。
 へこたれそうな時は自分で自分に励ましの詩を贈り、つらいことは大きな歌声で吹き飛ばしながら、朗らかに胸を張って前進していくのです。
 一、さらに、メンドオーヨ総裁は綴られました。
 「英知の光は、宇宙のように無限であり、母なる地球を永遠に輝かせる」と。
 まさしく「英知」に限界はありません。真剣に磨けば磨くほど、また、労苦を惜しまず鍛えれば鍛えるほど、英知の光は輝きを増し、いかなる闇も打ち破っていくことができるのです。
 メンドオーヨ総裁が若き日、英知を錬磨する上で大事にしたことがあります。それは、何か。良き友との切磋琢磨であります。
 総裁には、モンゴル文学のさらなる発展を固く誓った10人の友人がいました。
 この親友たちと、ある時は励まし合い、ある時は競い合い、ある時は支え合い、互いに努力を積み重ね、大いなる力を発揮してこられました。
 そして今や、この友人たちは、きら星の如く活躍され、文学の世界に名を残しておられるのです。

大理想を掲げ希望に燃えて
 一、創価学園の5原則には──
 「生命の尊厳」「人格の尊重」「友情の深さ・一生涯の友情」「暴力の否定」そして「知的・知性的人生たれ!」と掲げられております。
 どうか、皆さんは、この創価の理想を掲げながら、若き正義と英知の詩人として、「我は勝ちたり」「我らは勝ちたり」と青春の勝利の讃歌を誇りも高く謳い上げていってください。
 モンゴルの格言は、「勇気はすべてに勝つ!」と教えてくれております。
 終わりに、貴国の偉大な国民詩人ナツァグドルジ先生は、モンゴルの未来を担う世代に対し、まるで、わが子を慈しむように、期待を込めて宣言されました。
 「息子たち、娘たちは、皆、活力に満ちている。人類史を先導し、未来を創る青年たちだ」と。
 この詩を、私はメンドオーヨ総裁とご一緒に、わが学園生に贈ります。
 21世紀の平和の大国モンゴルの若き友と、私たちは手を携え、共々に勇気に燃え、希望に燃えて、母なる地球の明日を、英知の光で赫々と照らしゆこうではありませんか!
 わが愛する学園生よ、創価の金星となって、学び光れ! 鍛え光れ! そして勝ち光れ!
 メンドオーヨ総裁、マグサルジャブ先生、本日は、本当にありがとうございました。
 イフ・バヤルララー(モンゴル語で「誠にありがとうございました」) (大拍手)。
2012-11-20 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.89

随筆 我らの勝利の大道 No.89   
             (2012.11.15付)
「創立」の原点に誓う

永遠に厳たり 創価の師弟城
菊花満開! 人間の真価よ輝き光れ

広布の大願へ 勇猛精進で!

 大輪の
  菊花満開
     創価かな

 11月18日「創立の日」を迎える学会本部は今、全国の同志から届けられた菊の花で輝いている。
 東京の足立、山梨、茨城の土浦・筑波、京都の友らが丹精込めた菊花が眩い。山科王朝グループの創作屛風も華やかだ。
 さらに大阪の泉州総県、また、文化本部の「菊花グループ」等の方々からの真心の大輪も香しい。
 日蓮大聖人は仰せになられた。
 「菊は草の後に仙草と見へて候、代《よ》のおさまれるには賢人見えず代の乱れたるにこそ聖人愚人は顕れ候へ」(御書1095ページ)
 他の草が秋になって枯れても、菊は咲いているため「仙草」(妙なる草の意)と呼ばれた。同じように、“世の中が乱れている時にこそ、聖人と愚人は明らかになる”と示されている。
 試練の時にこそ、人間の真価は光る。ゆえに、苦難にも胸を張り、朗らかに自分らしく開花しゆくのだ。
        ◇
 菊で思い出すのは、昭和53年(1978年)の「創立の月」、私が大阪・泉佐野市の泉州文化会館を初訪問した時のことである。
 この折、会館は1200鉢を超す菊に彩られていた。わが同志が、1年前から育ててくださったものだ。
 どんな時も、寄り添う。温かく、粘り強く励まし続ける。菊作りの労作業は、人材育成にも通じようか。
 美事な菊花は、今や地域の名物ともなっている。
 この泉州をはじめ大関西の人材城からは、先輩方の熱い激励に包まれ、「負けたらあかん」との常勝の心を継ぐニューパワーの青年が陸続と育っている。
 先日、泉州の天地には、新たな宝城・高石文化会館も堂々と誕生した。
 わが愛する関西の同志の菊花満開の笑顔が、私には何よりの喜びである。

偉大な母に感謝!
 泉州文化会館で、妻と共に、一人のご婦人と語り合ったことも懐かしい。
 その方は、若くして夫を亡くされ、女手一つで3人のお子さんを育ててこられた。夫が営んでいた会社を継ぎ、自らが社長に就いた。仕事や育児に加え、広布の活動も、一歩も引かずに頑張っておられた。
 偉大な母の奮闘を聞き、私は、すぐさま提案した。
 「明日、ご主人の法要を行いましょう」
 翌日、会館に集ってこられたお子さんに、私は、「日本一のお母さんだよ」と心から讃えた。
 人類の幸福といっても、母を大切にすることから始まる。母を大切にする社会は、必ず勝ち栄えていく。
 今、ご長男は会社を継ぎ、立派に親孝行の道を歩まれ、錦宝会(多宝会)となられた母も、ますます意気軒昂で、地域広布のために歩かれていると伺っている。
 大聖人は、病と闘う富木尼を励まして言われた。
 「末法の今の女性が、法華経を信受して、寿命を延ばすことは、秋に稲が実り、冬に菊の花が咲くようなもので、誰が驚くでしょうか」(同985ページ、通解)と。
 いかなる宿命も必ずや転換し、人生の四季を「常楽我浄」という生命の実りと彩りで最高に充実させていくために、妙法はあるのだ。
 大聖人は、「願わくは、日天、月天よ、尼御前の命に代わって助けられよ」(同978ページ、通解)とまで強く祈られていた。
 この御本仏のお心を深く拝し、私と妻も、わが久遠の創価家族の皆様方のご健康とご長寿を、ひたぶるに祈る日々である。
 ともあれ、日本、いな世界には、「清浄」「高潔」との菊の花言葉の如き、尊い広布の母が無数におられる。だからこそ、学会は強い。
 私たちは、気高き婦人部に心から感謝を捧げたい。

創価の父の大確信

 創立日
  諸天に護られ
    晴れやかに
  同志の城は
     栄光燦たり

 11月は、地域部、専門部をはじめ、各部・各地域の記念日も多い。
 2日に「創価班の日」、5日に「男子部の日」、12日に「女子部の日」を迎えた後継の友も、勢いよく記念日を飾ってくれた。
 「四国の日」「東京婦人部の日」「山口女性の日」、そして「支部結成の日」や「県の日」を飾る、青森、長崎、山形、岩手、栃木、奈良、静岡、宮城など、各地の目覚ましい躍進も頼もしい限りだ。
 11月18日は「創立の日」であるとともに、初代会長・牧口常三郎先生が、大法のゆえに獄死された「殉教の日」である。
 「但生涯本《もと》より思い切《きり》て候今に翻返ること無く其の上又違恨無し諸《もろもろ》の悪人は又善知識なり」(同962ページ)
 この御聖訓の通り、決然と、そして悠然と、戦い抜かれた「不惜身命」「死身弘法」の大英雄が、我らの創立の父であられる。
 牧口先生は獄中でも悠々と書き記されていた。
 「何処《ドコ》でも、信仰が第一です」「何の不安もない。必ず『変毒為薬(毒を変じて薬と為す)』となると存じます」と。
 この牧口先生に唯一人、獄中まで感謝を込めてお供された第2代会長・戸田城聖先生は叫ばれた。
 「牧口会長のあの確信を想起せよ。絶対の確信に立たれていたではないか」と。
 「創立の日」を、私は、関西(1976年、81年、97年)、中部(74年、95年)等でも同志と迎え、学会精神を共に命に刻んできた。
 昭和54年(1979年)の創立記念日は、神奈川文化会館で、私は、鎌倉など縁《えにし》深き共戦の友と大いに語り合った。
 「信心は、詮ずるところは確信です。自信です。希望です。何があっても、確信、自信、そして希望を生み出し、燃え続ける人が本当の信仰者なのです」と。
 私たちが妙法に巡り合えたのは、ひとえに、身命を賭した創価の師弟の大闘争があればこそである。
 ゆえに、いついかなる時も、我らは、一切の原点である「創立の精神」に立ち返りながら、迷いも恐れもなく、広宣流布の大誓願に燃えて打って出ていくのだ。
 「勇猛精進し給え!」とは、牧口先生が常に青年に贈られた師子吼である。
        ◇
 「変化の突風が吹く時、防壁を立てる人もいれば、風車を創る人もいる」と、ブラジルの大作家ベリッシモは語った。
 いかなる変化にも決してたじろがない。怯まない。人びとのため、社会のため、その変化から、大胆に勇敢に、そして聡明に、新たな価値を創造していく。
 これが、3代の師弟を貫く「創価」の生き方である。
 この9月、創価大学にお迎えしたブラジルのドン・ボスコ大学のアウメイダ理事長も、激動の時代に、幾多の苦難に挑み、自ら大学を創立された。
 理事長の信念は明快だ。
 まず、「やるからには『自分のできることは達成するまでやること』」。
 また、「何かができないことを他人のせいにせず、『自分には何ができるか』を求めていくこと」。
 アウメイダ理事長ご夫妻も、行動のバイタリティーに溢れる創大生や創価教育同窓の友との出会いを、心から喜ばれていた。
 大切なのは「人材」を育て、「未来」を創ることだ。
 ブラジルの文豪アシスは「『時』において、過ぎ去った一分は、関係ない。
 来る次の一分こそが、大事なのだ」と語った。
 いつも、本当の勝負は「これから」なのである。

大聖業を誇り高く
 牧口先生は断言された。
 「大目的が確立してこそ中目的、小目的が明確になり、その方法もうまれる」
 我らには、「広宣流布」「一生成仏」という究極の大目的がある。これほど、強く正しく、意義ある生命の軌道は絶対にない。
 私が交友を結んだ、世界的な細菌学者のルネ・デュポス博士が引かれていた寓話を思い出す。
 ──ある時、レンガ運びをしている3人がいた。彼らに通行人が尋ねた。「何をしているんだい」
 1人目が答えた。
 「石運びだよ」
 次に2人目は、「壁を積んでいるのさ」と。
 そして3人目は、誇らかに答えた。「聖堂を建ててるんだ」と。
 見た目は同じ作業をしていても、何と大きな心の広がりを持てることか。
 言われたことを、ただ、やるだけではない。表面的な目標として理解するだけでもない。その本質をとらえ、遠大な自らの理想として成し遂げていくのだ。
 広宣流布は、一人ひとりが我が生命に幸福の宮殿を築きながら、人類が夢見た人間共和の「永遠の都」を建設しゆく大聖業である。
 現実の仕事や眼前の戦いには、誠実に緻密に精確に挑み、心には宇宙大のロマンを光らせていくのだ。
 さあ、「創立の月」から、目を見張る勢いで大前進を開始しよう! 新たな人間革命の劇の幕開けだ!
 私自身も、大いなる総仕上げに、いやまして戦い抜く決心である。
 広布史上に燦然と輝きわたる大勝利劇で、世界中の同志と共に、創価の万歳を轟かせようではないか!

 湧き出ずる
   勝利の力
     師弟城

 牧口先生の獄中書簡は一部補足。デュボスの寓話は『生命の灯』長野敬・新村朋美訳(思索社)。
2012-11-17 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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第7回池田大作思想国際学術シンポジウムへのメッセージ

第7回池田大作思想国際学術シンポジウムへのメッセージ
        (2012.10.27/28 上海師範大学)

 日中国交正常化40周年を記念して、「多元文化の融合下における現代教育」をテーマにした第7回池田大作思想国際学術シンポジウム(主催=上海師範大学、創価大学)が10月27、28の両日、中国の名門・上海師範大学で開催された。これには、世界各地の43大学・諸機関から約100人の研究者らが出席したほか、72編の論文が寄せられた。創価大学創立者の池田大作名誉会長からメッセージが贈られた。


名誉会長のメッセージ(要旨)

「戦乱」と「分断」に苦しみ抜いた20世紀
21世紀に平和と共生の橋を


人間性こそ第一の宝
生命尊厳の連帯で地球的問題群に挑め


 一、広々と世界に開かれた貴・上海師範大学は、今回のシンポジウムのテーマ「多元文化の融合下における現代教育」を論じ合うのに、まことにふさわしい舞台であります。
 ここでは私なりに、このテーマに関し、
 第1に、青年の創造性を薫発
 第2に、生命尊厳の連帯を拡大
 第3に、永遠友好の金の橋を継承
 ──という3つの視点から、所感を申し述べさせていただきます。

他の文化を尊重心を開いて学ぶ
 一、第1に、多元文化の融合を「青年の創造性」を薫発する力にしていくという点であります。
 貴大学のキャンパスに像が立つ大教育者・陶行知先生は、“世界的であれ”と促されつつ、展望されておりました。
 「あらゆるところが生活の場であり、われわれが自分自身を教育する場である。有意義な生活をおくろうがため、われわれの生活力は必ず、学校の門を、地域の門を、そして国境の門をうちひらくであろう」(斎藤秋男著『陶行知生活教育理論の形成』明治図書)と。
 含蓄の深い洞察であります。
 「生きること」は、即「学ぶこと」であり、「生活の現場」を、即「成長の道場」としていくなかに、人間教育の芸術があるといっても、決して過言ではないでありましょう。
 特に、青年が自らの可能性を開花させていく上では、自らと異なるものと出あい、そこから積極果敢に学びとっていくことが、絶対に不可欠であります。
 多元文化との出あいが日常の中にも浸透してきた現代にあって、それを、いかにして若き生命の創造力の薫発へと聡明に連動させていくか。ここに、教育の一つの挑戦があるといえましょう。
 その意味において、青年が世界の第一級の文化にふれる機会をつくることが、極めて重要であると、私は思っております。
 一、日中国交正常化40周年の本年、私どもの民主音楽協会が招聘した「陝西省歌舞劇院」の公演は、日本全国39都市で大好評を博しました。「長安の月」と題された唐代楽舞詩は、19歳で日本から中国に渡った遣唐留学生・阿倍仲麻呂が、長安の都で芸術文化を学んでいく青春を謳い上げております。
 唐の大詩人・王維は、阿倍仲麻呂と国を超えた友情を結びました。胸襟を開いた魂と魂、文化と文化の交流によって、偉大な創造性が花開いていくことを、古の先人たちは示してくれております。
 また昨年から本年にかけて、東京富士美術館の企画による「北京・故宮博物院展」は、日本全国で100万人を超す人々が鑑賞いたしました。
 あの東日本大震災の後、海外からの多くの展覧会が中止されるなか、故宮博物院の先生方は、苦難に直面する日本の人々の励みになればと、展覧会を実現してくださったのです。その真心が、どれほどありかたかったか、計り知れません。
 一、故宮博物院の創設に尽力された、上海ゆかりの蔡元培《さいげんばい》先生は語られました。
 「純粋な美育は、私達が感情を陶冶し、高尚で純潔な習慣を身につけ、自分と他人は別だという観念、己を利して人を損なう観念を徐々になくす手助けとなります。美は普遍的であり、自他を区別する観念が入り込む余地はありません」(長尾十三二監修、石川啓二・大塚豊著訳『中国の近代化と教育』明治図書)と。
 世界の多彩な良質の文化を学ぶことは、他者に共感を広げ、自分の境涯を高く大きくすることです。生命の偉大な創造性に目を開くことです。他の文化に心を閉ざして孤立してしまえば、自らの力も伸ばせません。
 多元文化の啓発を受けゆく現代の青年たちが、「従藍而青」という貴国の人間教育の原理のごとく、いやまして創造力を発揮してくれるであろうことを、私は信じてやまないのであります。

教育で平和の種子を植える
 一、第2に確認し合いたいことは、多元文化の融合を通して、「生命尊厳」の連帯を拡大するという点であります。
 私は、中国教育学会の指導者であられる顧明遠会長と、3年にわたる対話を重ね、共に対談集『平和の架け橋──人間教育を語る』を発刊いたしました。
 顧会長は、国際会議の席上、21世紀に入ってから人類が遭遇している危機は、いわゆる「文明の衝突」の理論では、その原因を明らかにはできず、ましてや危機を回避することはできないと鋭く指摘しながら、論じられております。
 「人類は、文化は多元的であり、相互に受容し合い、相互に意思疎通を図り、相互に理解し合うものであってこそ、共存できることを認識しなければなりません」と。
 そして、「教育はコミュニケーションと理解の絶好の方途であり、平和の種子なのです」と結論されておりました。
 私も、全面的に賛同いたします。
 教育は、人間の生命という最も普遍的な次元に光を当てております。ゆえに、そこには多元的な文化を包括して、それぞれの多様性を尊重しながら、青年の成長と連帯のために生かしていける地平がおのずから開かれているのであります。
 それは、いかなる差異も超えた「生命の尊厳」という根源の大地であります。
 一、貴国で漢訳された大乗仏典の精髄「法華経」の見宝塔品では、地球規模の、巨大にして、金・銀・瑠璃・真珠などの七宝で荘厳された宝塔が出現します。それは、何を表象しているか。
 貴国そして日本の仏法探究の洞察によれば、この宝塔とは、無上の生命の尊厳を表し、さらに宝塔を彩る七宝とは、人間完成のために必要な七つの要素「聞」「信」「戒」「定」「進」「捨」「慚」を表していると説いております。
 敷衍して申し上げるならば──
 「聞」は、正しい真理を聞いていく求道心。他者の言説に耳を傾けること。
 「信」は、生命の尊厳を信じ、人間への信頼を決して手放さないこと。
 「戒」は、自分を律すること。倫理性を重んずること。
 「定」は、心を定め、何ものにも紛動されないこと。
 「進」は、たゆみなき精進、努力。
 「捨」は、煩悩に執着しないこと。偏見や差別にとらわれないこと。
 「慚」は、謙虚に自身を見つめ、反省し、向上を続けること──であります。
 ここには、それぞれの文化が、多彩な表現で強調している「人間としての振る舞い」が端的に集約されているといってもよいでありましょう。人間性こそ、この世の第一の宝であるという価値観であります。
 私には、深い出会いを結ばせていただいた、人民の大指導者・周恩来総理と、人民の母・鄧穎超先生の人間性に満ち溢れた尊容が彷彿として蘇ってくるのであります。
 いずれにしても人類は、「生命の尊厳」を根底として、多様な学識も科学技術も、一切を自他共の幸福、社会の発展、世界の平和のために生かし合いながら、山積する地球的問題群に力を合わせて挑んでいくべき段階に入っているといってよいでありましょう。

先人の志を継ぎ青年の交流を
 一、第3に、多元文化の融合によって、「永遠友好の金の橋」を継承していきたいということであります。
 上海で人生の総仕上げをなされた文豪・魯迅先生が、前世紀の初頭、日本の仙台医学専門学校(現・東北大学医学部)に留学し、恩師・藤野先生と心温まる交流をされた歴史を、今この時に、改めて想起するのは、私一人ではないでしょう。
 その同時代、魯迅先生も学んだ日本の弘文学院で教壇に立った創価教育の創始者・牧口常三郎先生と、貴国の留学生たちとの心通う交流も胸に迫ります。
 当時、浙江省からの留学生が発刊していた月刊誌「浙江潮」には、2号続けて魯迅先生の小説・翻訳とともに、牧口先生の『人生地理学』の抄訳を掲載していたのであります。
 誠に不思議な縁《えにし》であります。
 魯迅先生は、激動の時代、「子どもを救え」(竹内好訳『魯迅選集第1巻』岩波書店)と叫ばれ、文学と教育に奔走し、大中国の精神革命に全身全霊を捧げられました。
 牧口先生は、日本が軍国主義へと傾斜していく時代、“子どもを幸福にするための教育を”と訴えて、やがては軍部権力の弾圧によって獄死しました。
 この偉大な先人たちの志を受け継ぐ思いで、私は、これまで日本と中国の青年の交流の道を開いてまいりました。

デューイ
価値を後継に伝え 豊かに分かち合え
郭沫若
青年は人類の文化の原動力

未来のために
 一、今回のシンポジウムには、アメリカの友人たちも出席してくれております。
 かつて、革命前夜の中国の各地で、200回を超える講演を行い、青年たちと創造的なコミュニケーションを重ねた、教育者のデューイ博士の言葉を、私は皆様方と深く共有したいのであります。
 「私たちの責任は、受け継いだ遺産としての価値を守り、伝え、改善し、大きくすることである。そして、後に続く人たちが、私たちが受け継いだ時よりも、さらに確かなかたちで、その価値を受け継ぎ、さらに多くの人びとの間で、豊かに分かち合えるようにすることである」
 「戦乱」と「分断」に苦しみ抜いた20世紀に生を受けた一人として、私は、21世紀を担う青年たちに、「平和」と「共生」の金の橋を断じて託していきたいと決意し、戦い続けてまいりました。
 一、貴・上海師範大学の題字を認められた文豪・郭沫若先生は、日本で「青年は人類の文化を促す原動力である」(劉徳有著、村山孚訳『郭沫若・日本の旅』サイマル出版会)と述べられました。
 日本と中国、そして世界の青年たちが力を合わせて、新たな人類の平和の文化を創造しゆく未来のために、皆様方とご一緒に、命の限り、行動を貫いていくことをお誓いし、私のメッセージとさせていただきます(大拍手)。
2012-11-14 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.87/88

随筆 我らの勝利の大道 No.87/88   
             (2012.11.1/2付)
地域広布の勇者

今いる場所を「寂光の都」に!
誇り高く愛する郷土に貢献


使命の天地に 功徳の花よ咲け

 「地を離れて人なく、人を離れて事なし」
 明治維新の先覚者・吉田松陰は叫んだ。今から160年ほど前、東北へ遊学の旅に出た若き松陰は、地域研究にも関心が深かった。
 ──創価の父・牧口常三郎先生が大著『人生地理学』の結びに置かれたのが、この松陰の言葉である。
 足元の地域から、すべては始まる。地域を学び、地域に根を張り、地域の人びととつながる。その地道な草の根の行動から、時代を変える大事業が生まれる。
 日蓮大聖人は、流罪地の佐渡で綴られた。
 「我らが住んで法華経を修行する場所は、どこであれ常寂光の都となる」(御書1343ページ、通解)
 我らの仏法勝負の舞台は「どこか」遠くにあるのではない。今いる「ここ」が、師弟勝利の歴史を打ち立てる「寂光の都」となり、「仏国土」となるのだ。

離島部の宝の同志
 10月7日は「離島部の日」であった。この日を記念して、過日の本部幹部会には、わが島、わが地域の発展に尽くす離島部の代表が意気高く集われた。
 また今回は、ニュージーランド、ニューカレドニア、ミクロネシア、パラオ、フィジー、タヒチ、パプアニューギニアという南太平洋の島々からオセアニアの代表メンバーも、はるばる海を越えて来日。皆、「我らも離島部!」との気概で、喜び勇んでおられた。
 今や、世界大のスケールとなった「離島部の日」の淵源は、昭和53年(1978年)の離島本部の総会にある。
 この時、私は、約120の島の広布の開拓者たちとお会いした。北海道の礼文島や利尻島、東京の伊豆大島、八丈島、兵庫の家島、広島の因島、愛媛の伯方島、香川の小豆島や直島、長崎の壱岐・対馬、鹿児島の沖永良部島、沖縄の久米島や石垣島、宮古島などで奮闘する宝の同志である。
 島は一つの国のようなものだ。それぞれに風習や文化も違う。人知れぬ苦労も多い。どれほどの思いで戦ってこられたか──島々から届く勝利の朗報に接すると、私の心は高鳴る。合掌せずにはいられない。
 東日本大震災で津波被害を受けた宮城県気仙沼市の大島でも、わが同志が懸命に復興に走り、広布の先駆を切っておられる。
 結婚を機に大島に渡ったある婦人は、「島外《とうがい》」の人とされて、とけ込めなかった。しかし、屈しなかった。
 「自らの姿で創価学会を知ってもらおう」と、近隣に進んで声を掛け、着実に信頼を結んでいかれた。婦人会やボランティアクラブ、行政委員、小学校での読み聞かせと、地域活動にも献身的に取り組まれた。
 今回の震災でも、苦しみや悲しみの淵にある友に寄り添い、心の復興へ励ましの光を送り続けている。
 そんな健気な母が、誇り高く語っておられた。
 「自分が住んでいる地域で、長生きできてよかったと、みんなが言えるようになってほしい。それが、私が大島にできる恩返しですから」──。
 母が輝けば、周囲の暗闇も明るくなる。笑顔の花が一輪また一輪と咲き薫る。広布の道を進む母の祈りと行動は、必ず地域再生の大きな力になっていくのだ。
 アメリカの人権の母と讃えられるエレノア・ルーズベルトは明言している。
 「恐れるよりは希望をもつ方が、やらないよりはやる方が、より賢明なことは明らかである。それに、『そんなことできるわけがない』という人間からは何一つ生まれたためしがないということも、動かすことのできない事実なのである」
 崇高な使命に燃え、わが愛する島に幸福の理想郷を築きゆく大切な同志を、私は心を込めて讃えたい。

 妙法の
  音律 響かせ
   朗らかに
  宝の島に
   三世の歴史を
        ◇
 思えば、新潟の佐渡島を私が初訪問したのは、昭和33年(1958年)の7月であった。逝去された戸田先生のお写真を携えての旅であった。
 佐渡は、大聖人が命を賭して、正義の師子吼を放ち続けられた天地だ。
 恩師亡き学会に“空中分解”等と悪口が渦巻く中、佐渡は新たな前進への「広布大遠征の起点」なりとの確信が、私にはあった。
 この折、蓮祖ゆかりの塚原や一谷《いちのさわ》を案内してくださったご夫婦のことが、今でも忘れられない。
 帰京してすぐ、私は葉書を認《したた》めてお送りした。
 「阿仏房夫婦の如く、又四条金吾夫妻の如く、人の模範になる信心たれ」と。
 その期待に応えてくださるように、ご夫妻は佐渡広布に歩み抜かれた。
 有名な「佐渡御書」には、「鉄《くろがね》は炎《きたい》打てば剣《つるぎ》となる賢聖《けんしょう》は罵詈《めり》して試みるなるべし」(御書958ページ)と仰せである。
 この精神のままに、旧習の厚い壁に直面するたびに、一歩も退《ひ》かず、島の安穏と発展を願って誠実に語り抜かれた。友に励ましを送る中で、自らの病苦や経済苦も克服し、地域から信頼され、慕われる模範のご夫妻となられたのである。
 愛する離島部、さらに、誉れの農漁光部、地域部、団地部の皆様には、「阿仏房夫婦」「四条金吾夫妻」さながらの信心の王者が数多くおられる。
 それは、私の最大の喜びであり、誇りである。

「思いやり」の光を
 この9月、100年を超す伝統を誇る、カナダの名門ゲルフ大学のサマーリー学長ご一行が創価大学、創価学園に来学してくださった。
 「人びとの人生を変革し、生活の質を豊かに向上させる」とは、ゲルフ大学のモットーである。社会貢献の人材を育み、「世界で最も思いやりの深い大学」と表彰されてもいる。
 サマーリー学長は、こう述べておられた。
 「人類の偉大なる進歩と向上を考える時、それは決して戦争からもたらされるものではありません。他者に対する思いやりをもつ人びとの行動と相互作用によって、実現するのです」
 学長にとって、教育者として最も嬉しかったことは何か──。
 それは、以前は自己中心的で内向的だった学生が、学長と共に参加した社会貢献の活動をきっかけに、やがて、カナダを代表する大指導者へと成長していったことであるという。
 学長は、その経験からあらためて学んだこととして、「輝こうとする人の力を決して過小評価しないこと」、さらに「人びとが自ら情熱の火を点すための手助けをする方法を見つけるため、努力をすること」を強調されていた。
 誰人《たれびと》も、自分自身の人生を足元から照らし、わが生命をもっともっと輝かせていく光を秘めている。
 その光を解き放っていくのが、身近な生活の中での励ましの対話である。
 ゲルフ大学が聳え立つオンタリオ州の天地は、あの「大王者の滝」ナイアガラを擁する。
 まさしく、滝の如く──「撓《たゆ》まず」「恐れず」「朗らかに」そして「堂々と」、カナダをはじめ世界192カ国・地域の同志は、希望と勇気の対話を貫かれている。その方々の代表として、私は、ゲルフ大学の名誉博士号を拝受させていただいた。
 師弟は不二である。ゆえに、すべて光輝ある皆様方の子孫末代まで流れ伝わる英知の宝冠なのである。

自信を持って進め
 わが郷土に誇りを持てる人は逞しく、朗らかだ。
 私は各地で広布に尽くす同志たちに、自信を持ち、胸を張って地域の広宣流布を進めてほしいと、かねてから念願していた。45年前(昭和42年)、各方面に指針を示したのも、その思いからであった。
 この年に発表された指針は次の通りである。
 「新しき時代の開拓者たれ」(北海道)
 「人材の牙城・東北たれ」
 「全国の模範・東京たれ」
 「広布の堅塁・中部たれ」
 「常勝関西たれ」
 「広布の新しき潮流たれ」(中国)
 「楽土建設の革命児たれ」(四国)
 「つねに先駆の九州たれ」
 東京への指針には、「正義」の東海道、そして「完勝の電源地」関東も一体になった異体同心の大首都圏への期待が込められていた。
 さらに後年、「人間革命の天地」信越、「誓願」の北陸の各県をはじめ、全国各地へ、さまざまな機会を通し、共戦の合言葉を贈らせていただいた。
 沖縄には「世界で最初の広宣流布の地帯」との真情を抱き続けている。
        ◇
 御聖訓に曰く、「一切の草木は地より出生《しゅっしょう》せり」「一切の仏法も又人によりて弘まるべし」(御書465ページ)と。
 この大聖人のお心を身にあてて、自分の使命として「一人立つ」ところに、地域広布の出発点がある。
 ゆえに、私は、わが同志と一人ひとり握手する思いで申し上げたい。
 君よ、貴女《あなた》よ、地域広布の勇者たれ!
 今日も生き生きと「希望の種」「友情の種」「平和の種」を蒔き、爛漫と花を咲かせていくのだ!

 不思議なる
  この世の使命の
   わが天地
  無量の功徳を
    心と国土に

 吉田松陰の言葉は『講孟餘話』(山口県教育会編『吉田松陰全集3』所収、岩波書店)。ルーズベルトは『生きる姿勢について』佐藤佐智子・伊藤ゆり子訳(大和書房)。

民衆の連帯こそ幸福の大地
勇気と励ましの対話を広げよう


あの地 この地で 勝利の乱舞を

 断固して
  いずこの地にあれ
   勝ち抜けや
  同志の絆と
    広布を忘れず

 40年前の昭和47年(1972年)、学会は、「地域の年」と高く掲げて大前進した。
 最前線に勇気を与え、広布の波動を起こそう!
 訪れた地域が、希望の天地と輝くように!
 この一念で、私は、年頭から友の中へ飛び込んだ。
 足立、新宿、荒川、千代田など本陣・東京の同志。全国では、本土復帰を控えた沖縄、また静岡、千葉、岐阜、福井、大阪、兵庫へ。さらに5月に行ったトインビー博士との対談を挟み、香川、高知、北海道、山形、秋田、岩手、福岡、鹿児島、宮崎、広島、島根、鳥取、滋賀、奈良へ……。
 そこに生きる人と会い、徹して励ますことが、地域広布の大道を開くのだ。
 鹿児島の霧島では、聖教新聞の地方版を担当する記者らと、ローカル紙の使命を語り合った。
 「ローカル紙が強いのは、地元に密着しているからだ。これからは、永久に『地域の年』です。地域の独自性を汲み取り、ぴかっと光るものでいこう」
 そして、「隣の人が、地方版だけは読みたいというものを作ってください」と労いの言葉を掛けた。
 その紙面を支えてくださっている、わが聖教の誉れの通信員の方々にも、感謝は尽きない。
 そもそも「ローカル」という言葉には、「特有の」という意味がある。いずこにも、その地にしかない特有の歴史があり、文化があり、誇りがある。哲学があり、希望がある。
 「地方」とは、その土地の無数の宝がちりばめられて輝く、「地宝《ちほう》」ともいえようか。わが郷土が宝土であり、そこで共に生きる隣人が宝の人となるのだ。
 先般は、私も寄稿させていただいた東北6県の県紙のトップの方々を迎えて、“21世紀は東北の時代”とのテーマのもと、感動のフォーラムが行われた。
 大震災から1年半──。日々、復興の現場に飛び込み、被災者に寄り添って、不撓不屈の魂の発信を貫いてこられた信念の言論城に、私たちは満腔の敬意と感謝を捧げたい。
 仏法では、「心の一法より国土世間も出来《しゅったい》する事なり」(御書563ページ)と説かれている。
 いかなる絶望の淵にも断じて友を沈ませない。あまりにも強く優しく、温かく豊かな「東北の心」から、必ずや人類の未来を照らす理想郷が築かれゆくことを、私は祈り信じている。

庶民を強く賢明に
 「いったい誰が、庶民を護るのか? それは、創価学会である!」
 「庶民が強くなるとは、どういうことか? 学会が強くなることである!」
 恩師がよく吐露されていた真情である。
 いつの時代も、災害や世の乱れに最も苦しむのは庶民だ。庶民が強く賢くなり、連帯するために学会はある。
 ゆえに、戸田先生は晩年、地域における学会の組織、すなわちブロック組織の充実に力を注がれた。
 同じ地域で戦う「ブロック」という組織が力を持てば、同志間の連絡も早い。励まし合いも深まる。一人ひとりも強くなっていく。
 地域に根を張ってこそ、「信心即生活」「仏法即社会」の勝利があり、「立正安国」の確かな実現もある。
 55年前(昭和32年)、私は葛飾の総ブロック長に任命された。全国に地域広布の確固たるレールが敷かれたのも、師匠の先見からであった。
 その直前、私は夏季ブロック指導で、荒川を担当した。短期間であったが、徹底して家庭指導に歩き、世帯の1割増を達成した。
 先生に報告すると、我が意を得たりと、ブロック組織にさらに力を入れるため、私を葛飾の総ブロック長に任命されたのである。

祈って友の中へ!
 では、地域に根差した組織の構築には、何が必要か──私が葛飾で実践したのは、「強盛なる祈り」「温かな人間の交流」「師弟共戦」「勇気の信心」の4点であった。
 第1の「強盛なる祈り」とは、白馬が天空を駆け、大宇宙をも動かしゆくような勤行・唱題である。それが勝利の源泉となる。
 言うまでもなく、基本が大事である。どんなに頑張っても、基本が疎かでは、努力も空回りしてしまう。
 訪問したお宅でも、私は「さあ、まず勤行をしましょう!『勤行に勝る指導なし』です」と、共に呼吸を合わせ、皆の生命の威光勢力を強めていった。
 有名な御聖訓には、「強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾・四条金吾と鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ」(同1118ページ)と仰せである。
 “断じて、わが地域の広布を成し遂げてみせる”との誓願に立って、強盛なる祈りから出発するのだ。
 第2は「温かな人間の交流」である。私が葛飾で最も心を砕いたこと。それは一人ひとりと心を通わすことであった。
 まず自分が立ち上がる。その一人がエンジンとなって、変革が始まる。これが広布拡大の永遠不変の方程式である。次に、そのエンジンの回転を組織の隅々に伝えていくことだ。それは団結の強化ともいえよう。
 皆の心のギアをかみ合わせるのは、どこまでも一対一の個人指導であった。
 学会は麗しい同志愛の世界である。私は、あらゆる機会を通し、同志と語り合った。会合の前後に1軒でも2軒でもと、家庭指導に回らせていただいたことも懐かしい。
 部員が悩みを抱えているとの報告に、すぐに自転車に乗って駆けつけたこともあった。また、拠点に向かう途中に「そこまで来たので寄りました。何かありませんか」と、気さくに声を掛けたこともあっだ。
 ある時には、こう語った。
 「相手に思いやりのありったけをぶつけていくのです。精一杯、真心から励ましていくのです。それが、仏の振る舞いだよ」と。
 人を育てようと思うなら、励ましの声を惜しんではならない。真心こそが友の心を動かすからだ。

共戦そして勇気
 第3は「師弟共戦」。
 皆がそれぞれ、桜梅桃李の使命の分野で、師匠の構想の実現のために立ち上がっていくことである。
 さらに、師と同じ決意に立ち、師の指導のままに戦いを起こし、師に応える最高の勝利の旗を打ち立てていくことだ。
 師匠ならば、どう祈り、考え、行動するか──その一点を心の中心に置いて、師の指導をわが血肉《けつにく》とし、実践に移す戦いである。
 私は、常にそうしてきた。
 師と同じ心で戦えば、打つ手は必ず見えてくる。手を抜かず、妥協せず、ベストを尽くしていくことだ。
 そして、第4に「勇気の信心」である。
 動かなければ何も変わらない。信心とは「勇気」の異名である。一歩を踏み出す行動こそが、新しき広布の歴史を開くのだ。
 私は葛飾の地で、最前線の一人ひとりが具体的な目標を掲げ、挑戦していけるように心掛けた。同じ思いに立ってくれた友は、大きく成長していった。
 そして3年後の12月、葛飾は3つの総ブロックへと発展し、堂々たる地域広布の基盤が固まったのだ。
        ◇
 ドイツの文豪ゲーテは、「全体の幸福」を築きゆく方途について、「自分自身の足元」から始めよと語っていた。汝自身の勝利を、全体の大きな幸福に結びつけていくのだ。そこに地に足の着いた軌道もある。
 ともあれ、自分の足元から自他共の幸福の波を──そう深く誓願しての創価の陣列は、今や世界192カ国・地域へと拡大した。
 1日、24時間。
 1カ月、約720時間。
 今この瞬間も、地球のどこかで、地域の安穏を願い、我らの同志が勇気と励ましの対話を広げている。なんと麗しき民衆の平和の大連帯であろうか。ここに、「立正安国」という崩れざる幸福の大地がある。
 なかんずく、どの地域にあっても、熟練の“多宝”の先輩方が後輩たちを慈しみながら、友好と信頼の輪を広げてくださっている。
 心深き副役職の方々は、リーダーを支え、誠心誠意で広布の道を開かれている。町会やボランティアをはじめ地域活動で貢献している方々もおられる。
 皆、我ら創価家族の尊き柱であり、要である。
 オーストリアの元文部次官で声楽家のサイフェルトさんが、SGI(創価学会インタナショナル)の前進に、深く期待されていた。
 「今、時代は人のつながりが希薄になり、自己中心的な思想が蔓延しています。こうした社会にあって、SGIの皆様は温かな心を持っておられる。水面に落とされた一滴の薬が、やがて表面を覆っていくように、必ずや創価の慈悲の哲学が世界に広がっていくでしょう」と。
 今こそ、私たちが近隣との絆、地域の絆を再び結び直す時ではないだろうか。
 さあ、わが同志よ、勇んで地域の中、友の中へ!
 幸福勝利の大旗《たいき》を、使命の天地に晴れ晴れと打ち立てよう!

 偉大なる
  創価の友の
   陣列は
  あの地この地で
    勝利の乱舞を

 ゲーテの言葉は、エッカーマン著『ゲーテとの対話』山下肇訳(岩波書店)。
2012-11-04 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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