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わが教育者に贈る 4=完

わが教育者に贈る

第4回 世界に広がる創価教育の光
              (2012.9.21/22付 聖教新聞)

「いじめ」のない社会で「いのち」は輝く


南アフリカ マンデラ元大統領
人間は慈悲と肝要の存在だ。憎むことを後から学ぶのだ。ならば愛することも学べる。

 私は幸運にも、19歳で希有の大教育者・戸田城聖先生にお会いすることができました。
 残酷な戦争によって無数の命が奪われ、国破れて荒廃した戦後の社会にあって、わが師は、仏法という究極の「生命尊厳」の法理を、私たち青年に示してくださったのです。
 戦時中、軍国主義による2年間の投獄にも断じて屈しなかった恩師の信念の言葉は、絶対に信じられる希望の響きをもって、若き命に迫ってきました。
 青年を利用し、犠牲にしてきた権力者と敢然と対峙して、先生は青年を愛し、信じ、自らの心血を注いで薫陶してくださいました。
 先生が一人立って開始された「人間革命」という未聞の平和運動は、自身の内面から智慧と勇気を引き出して、一人一人が現実社会に貢献していくものです。
 その意味で、先生の青年への指導は、人間教育の真髄であったといっても、決して過言ではありません。
 先生の弟子となった私は、この仏法を友に伝えようと、勇気を出して対話を始めました。一生懸命に語りました。しかし、誰も信心しようとはしません。真っ向から反対した友人もいました。
 それでも諦めず、粘り強く対話を続けました。そのなかで最初に入会して、わが同志となったのが、学校の教師をしていた方でした。
 御聖訓に、「我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき」(御書467ページ)という一節があります。
 私自身、65年間、仏法を語り抜いてきた歴史は、黄金の「今生人界の思出」と輝いております。なかでも格別に忘れ得ぬ第1号の折伏は、不思議にも教育者だったのです。
 また、その後も、多くの若き教育者を仏法に導くことができました。
 各地で活躍しておられる教育本部の皆様は、同じ心で、同じ哲学を掲げ、人間教育に邁進してきた、かけがえのない宝友たちです。
 そして今、妙法の教育者の陣列が、かくも壮大な世界への広がりとなったことを、私は万感の思いを込めて、恩師に報告させていただきたいのであります。
 わが教育本部の同志のご健闘を讃え、私の教育を巡る所感を綴ってきた本連載も、今回で最終回となります。教育関係者の皆様方はもとより、各方面から深い理解や共鳴の声をいただき、心より御礼申し上げます。
 この連載のさなか、教育現場における「いじめ問題」が、社会問題として、これまでにもまして、ニュースにも取り上げられるようになりました。
 そして、現代における「いじめ」は、かつてのいじめっ子や、遊び・ふざけの範疇を遥かに超えて、「いのち」に関わる問題であることが、あらためて認識されました。
 本来、「いのち」を育む希望の世界であるべき教育の場で「いじめ」を受け、死を選ばなければならなかったお子さん方に、私は、仏法者として、追善のお題目を送っております。
 日蓮大聖人は、「命と申す財にすぎて候財は候はず」「三千大千世界にみてて候財も・いのちには・かへぬ事に候なり」(御書1596ページ)と宣言されました。
 一人の「命」は、全宇宙の財宝にも勝ります。この命を最大に光り輝かせていく営みこそ、教育であります。軽んじられてよい「命」など、一人としてありません。この「命」を踏みにじる権利など、誰人にもありません。
 「暴力は断じて否定する」「いじめという暴力を絶対に許さない」。このことを教えることこそ、教育の出発でなけれぱならないでしょう。
 これは、創価学園の創立者として、私の厳然たる精神でもあります。この連載でも強調したように、私は「いじめ」を断固として許しません。いじめは「いじめる側が100%悪い」と訴えてきました。
 しかし、「いじめ問題」がなくならないのは、「すべての大人の責任」です。なぜなら、子どもたちは大人の鏡だからです。大人社会の歪みが、元凶だからです。
 子どもたちを「いじめ」へと突き動かす心の闇に、今こそ光を送らねばなりません。
 現在は、国を挙げて「いじめ問題」に取り組む方針も示され、専門の諸先生方による真摯な議論が重ねられています。
 わが教育本部の皆様方も、「いじめ問題」については、さまざまな場で討議され、それぞれの教育現場でも懸命に努力を続けておられます。
 そうした、すべての方々のご尽力に、私は満腔の敬意を捧げるとともに、私自身、教育事業の総仕上げをする決心です。
 創価教育学の父・牧口常三郎先生は、言われました。「行き詰まったら、原点に返れ」と。
 では、教育の返るべき原点は、どこにあるのか。
 それは、「対話」にあるといえないでしょうか。
 教育は、「対話」より出発し、「対話」に帰着するといってもよいでありましょう。
 牧口先生は『創価教育学体系』で、デンマークの“近代教育の父”グルントヴィと弟子であるコルについて言及されています。このグルントヴィとコルの師弟が目指したのが、“生きた言葉”による「対話の教育」の実践でありました。
 また、牧口先生が、教師の理想とされていたスイスの大教育者ペスタロッチも、「対話」を重視しました。その名を世に知らしめた教育小説『リーンハルトとゲルトルート』は、まさに対話形式で書かれており、家庭での母と子の生き生きとしたやりとりが描かれています。
 教育の活力も、教育の喜びも、教育の触発も、教育改革の知恵も、この「対話」からこそ、滾々と湧き出ずるものでありましょう。
 “人類の教師”と仰がれる釈尊は、「喜びをもって接し、しかめ面をしないで、顔色はればれとし、自分のほうから先に話しかける人」であった、と伝えられます。仏とは、悟り澄まし、権威ぶった存在などではない。むしろ、“快活に気さくに自ら声をかける”──ここに仏の振る舞いがあります。
 それは、人間教育者の真骨頂とも通じているはずであります。
 牧口先生も、小学校の校長として、時間を見つけては、授業の様子をそっと見守り、校内を歩いては、一人一人の児童の表情や体調を気づかい、「どうしたの?」「大丈夫かい?」「話してごらん」等々、優しく声をかけていかれたといいます。
 牧口先生は、勉強のこと、友だちとの関係のこと、家庭のことなど、児童が心につかえていた思いを語り出すのを、じっと聞かれていきました。そして、アドバイスや励ましを送られるとともに、打つべき手を迅速に打っていかれたのであります。
 こうした牧口先生との語らいを、一生涯の宝とし、感謝を捧げた教え子たちは、大勢いました。
 「問題が起こったら、その場、その場で解決しなくてはいけない。問題を放置して残しておけば、必ず事は大きくなる。大きくならないうちに解決するのだ」──これが、牧口先生の信条でした。
 常日頃から、声をかけ、子どもたちが発するサインや変化、言葉にならないSOSを鋭敏にキャッチしていく。こうした心の交流が、ますます大事になってきているのではないでしょうか。
 牧口先生は、教育と医学は「兄弟姉妹のような応用科学」と呼びました。それは、ともに一番大切な「人間の生命」を対象としているからです。アプローチは異なっても、生命力が萎縮するのを防ぎ、生命力が伸び、拡大するのを助ける応用科学ともいえます。
 数え切れない貴重な臨床例の積み重ねが、医学の目覚ましい進歩をもたらし、多くの人命を救えるようになりました。そうした医学の緻密な取り組みから、教育界も大いに学ぶべきだと、牧口先生は促されたのであります。
 その意味において、直系の創価学会教育本部の皆様方が実践事例を積み重ねて、分析し、普遍的な教育技術に高める努力をされていることは、教育の進歩に大きく貢献するものであり、牧口先生もきっと喜んでくださることでありましょう。
 わがドクター部の皆様方のお話を伺うと、医学の最前線においても「対話」が重視されています。
 医療の現場でも、現在は「インフォームド・コンセント」(説明と同意=患者が、医療者から治療の内容や目的などについてよく説明を受け、同意した上で治療が施されること)が行われています。すなわち、同意が得られるまで説明が続けられ、「対話」が重ねられるといいます。
 病院においても、「患者さんの声に耳を傾ける」「相手のことを思いやる」などの「対話の文化」が尊重されて、誠実で心豊かなコミュニケーションの努力と創意工夫が重ねられています。
 御書には、「人がものを教えるというのは、車が重かったとしても油を塗ることによって回り、船を水に浮かべて進みやすいように教えるのである」(1574ページ、通解)と説かれております。
 一人一人の「生命」が持つ本然の可能性を、伸びやかに解き放ち、そして、滞りなく自在に前進していけるように、励まし、導いていく──ここに、教育の本義があり、その潤滑の智慧、推進の力を送りゆくものこそ、対話ではないでしょうか。
 ゆえに、私は、どんなに困難で複雑な現場にあっても、子どもたちを取り巻くすべての皆様に、「それでも対話を!」と申し上げたいのであります。そして、「子ども第一」で、何より「一番苦しんでいる子どもの側」に立って、対話を進めていただきたいのであります。
 親や周囲には心配をかけたくないと、悩みを誰にも言えずに、一人で小さな胸を痛めている子どもたちも決して少なくありません。身近な大人からの真心こもる「声かけ」が、どれほど心を照らす希望の光となることでしょうか。
 「いじめ」のない社会を築いていくことは、「人間の尊厳」を打ち立てる人権闘争であります。
 アフリカの人権の大英雄ネルソン・マンデラ元大統領は、27年半に及ぶ投獄にも耐え抜き、20世紀中には不可能ともいわれた「アパルトヘイト」の人種差別の撤廃を実現しました。
 元大統領は語っています。
 「あらゆる人間の心の奥底には、慈悲と寛容がある。肌の色や育ちや信仰のちがう他人を、僧むように生まれついた人間などいない。
 人は憎むことを学ぶのだ。そして、憎むことが学べるのなら、愛することだって学べるだろう」
 至言であります。
 人間は、誰人も尊厳な存在であり、いじめてはならないし、いじめさせてもならないこと。一人一人を大切にして、皆で共に仲良く明るく生きていくべきであること。また、必ず、そうできること──。このことを、私たちは、あらためて、子どもたちと一緒に学んでいきたいと思うのであります。

子どもの幸福へ 心一つに団結!
 学校はもとより、家庭にも、地域にも、社会にも、子どもたちを見守る、大人たちの温かくして深い眼差しが、これまでにもまして必要になっています。
 不当な差別や激しい弾圧、理不尽ないじめに、勇気をもって「ノー!」と叫び、大きく歴史を変えた、アメリカの人権の母ローザ・パークスさんは、青少年にこう語られました。
 「私は、大人も子供もみな、人生の模範として尊敬できる人をもつべきだと思っています」
 「母のレオナ・マッコーレーは、私が自尊心と黒人への誇りをいだきながら成長するよう導いてくれました」
 「ローズおばあちゃんは、子や孫へ愛情をそそぎつつ、自身の意志の強さを通し、私に良いお手本を示してくれました。そのおかげで、私自身も強い女性になることができました。   マーティン・ルーサー・キング牧師は、決意と自尊心をもって毎日生きることの大切さを、自ら良い手本となって私に教えてくれました」と。
 このパークスさんの母親も、学校の教師でした。
 心を開いて、相談できる人たちが身近にいる。尊敬を込めて、「その人だったら、どうするだろうか」と思いを巡らせる存在がある。そうした人間のネットワークが、陰に陽に、子どもたちの命を守り、支える力となるのではないでしょうか。
 ともあれ、「異体同心なれば万事を成し」(御書1463ページ)であります。児童・生徒、保護者、教師、そして学校、さらには地域が「子どもの幸福」のために心を一つにして「異体同心の団結」を築いていけば、必ずや新たな時代の幕を開くことができます。
 その団結を生み出すのは「対話」です。そして、この対話の文化が脈打つ社会の姿こそ「教育のための社会」と呼べるものでありましょう。

 釈尊の人柄を伝える経文は『中村元選集〔決定版〕第12巻ゴータマ・ブッダⅡ』(春秋社)。マンデラの言葉は『自由への長い道 ネルソン・マンデラ自伝(下)』東江一紀訳(日本放送出版協会)。パークスは『ローザ・パークスの青春対話』高橋朋子訳(潮出版社)。

「人間をつくる」ことが未来を開く

東北出身の世界市民・新渡戸稲造博士
難局打開の道は何か── 私は ただ教育の一途あるのみと断言してはばからない

 頼もしいことに、今、若き創価の教育者の奮闘が、日本全国、世界の各国各地で光っています。
 ♪世紀の太陽 燦然と
  希望の瞳 輝いて
  一人も残らず 幸福に
  未来を育む 誇りあり
 この青年教育者の愛唱歌「世紀の太陽」の響きが、教育部歌「太陽のマーチ」とともに、私の胸に力強く迫ってきます。
 わが敬愛する教育者の皆様方は、いかなる闇も打ち破って、毎日たゆまず昇りゆく「太陽」です。自らが燃えて、光も熱も惜しまず、皆を照らしゆく「太陽」です。
 太陽が明るく輝いているのは、人知れずに戦い続けて、勝ち抜いているからです。
 青年教育者の愛唱歌は、こう結ばれています。
 ♪創価の精神《こころ》は 平和へと
  世界を結ばむ 使命あり
 この一節の通り、世界を結ぶ「教育の光」が、いやまして重要な時代に入っています。
 昨年の年末には、わが教育本部の代表が「日中友好教育者交流団」として、中国の北京、天津を訪問し、熱烈な歓迎をいただきました。
 男女の青年教育者も多く参加し、有意義な教育交流を大成功で飾り、立派に使命を果たしてくれました。
 日本も、中国も、教育への取り組みは真剣です。そうした中、互いに学び合い、語り合う意義は、計り知れません。
 政治や経済の次元では、多少の波風が立とうとも、教育の交流には、普遍性があり、未来性があります。
 国を超え、民族を超えて、教育者の魂と魂が触れ合う中で、人類の明日へと架ける、希望と信頼の黄金の橋が築かれゆくことを、私は確信してやみません。
 教育本部の交流団が、「私学の雄」と讃えられる人材輩出の最高学府・北京城市学院を訪問した折には、学院の発展をリードする劉林学長が、ご自身の“師弟のドラマ”を語ってくださったことを、感銘深く、お聞きしました。
 劉学長の師匠は、私が「東洋学術研究」誌上で対談を重ねてきた顧明遠先生(中国教育学会会長)です。若き劉学長が書き上げた15万字に及ぶ博士論文を、顧先生は時間をかけて、実に丁寧に読まれ、句読点に至るまで添削してくださったというのです。
 「愛情なくして教育なし」
 これが、顧先生の教育哲学です。それをご自身が実践されてきた姿が目に浮かんできます。まさに教育者の鑑と感動しました。
 「教育とは、氷を溶かす温水です。どんなに固い氷でも、教育の力で必ずや溶かすことができます」とは、劉学長が紹介してくださった顧先生の言葉です。
 その顧先生も、自らが教壇に立たれる北京師範大学に教育本部のメンバーを快く迎えてくださったのです。特に大震災のあった東北の教育者を、心から励ましてくださいました。
 こうした麗しい教育交流に、かつて、日本に留学していた若き日の魯迅先生と、その恩師である藤野《ふじの》厳九郎先生との出会いを思い起こすのは、私一人ではないでありましょう。
 じつは、顧先生のご夫人・周藻《しゅうそう》さんは、大文豪・魯迅先生の姪に当たられる方です。
 魯迅先生の行った教育について、顧先生は次のように語られています。
 「まず第一に学ぶべきことは、彼(魯迅)が教育事業に献身的にどろんこになって取り組んだ精神である」
 「献身的にどろんこになって」、若き生命に関わり、尽くし、育む。この人間教育の不撓不屈の魂が脈打つところ、いかなる壁が立ちはだかろうと、必ず突破できることを、私は信じてやみません。
 顧先生は、私が提案し、教育本部が進めている「教育実践記録運動」の活動にも、大きな期待と関心を寄せてくださっています。
 「一人一人の事例から学び、そこから法則性を見つけ出していくことが大切です。皆さんの活動に、今後も心より期待しています」と、温かなお言葉を寄せていただきました。
 この連載でも、すでに紹介したように、実践記録については、アメリカのジョン・デューイ協会のヒックマン博士も、ガリソン博士も、最大に評価されております。
 世界が認める教育実践記録の運動です。教育本部の皆さんは、今後も自信をもって取り組み、教育技術の向上に努めていただきたいと念願します。
 今、日本も世界も、混迷の時代です。閉塞感を打ち破る希望の光は、どこにあるのか、皆が真剣に求めています。
 「難局打開の道は何か。余は只教育の一途《いっと》あるのみと断言して憚らない」
 ふるさとの東北から世界に雄飛した新渡戸稲造博士は、世界が経済恐慌に陥っている昭和初期に、その光明を「教育」に見出しました。
 本年は、新渡戸博士の生誕150周年です。農学者であり、教育家でもあった博士は、この言葉を、1930年に発刊された創価教育の原典『創価教育学体系』への「序」に認《したた》められました。
 そして博士は、牧口先生が渾身の力を込めて著した同書に対し、「行詰れる現代社会の革新に甚大なる寄与をなすものである事を信じて疑わないものである」と、「尊敬と感動」をもって賞讃したのです。
 この『創価教育学体系』は全4巻から成りますが、戸田先生は、戦後、その内の第2巻を『価値論』として再刊しました。そればかりでなく、世界約50カ国の420を超える大学や研究所に贈られたのです。師の偉大さを世界に宣揚せんとされた恩師の真心に、私は感涙を抑えつつ、この発送の実務に当たらせていただきました。
 それが一つの因となり、現在、創価教育は事実の上で世界に広がり、希望の教育思想として注目されているのです。
 南米ブラジルでは、牧口先生の創価教育学に基づいた教育プログラムに、100万人を超える児童が参加しました。2001年には、ブラジル創価幼稚園が開園し、現在、小・中学校にあたる「ブラジル創価学園」に進展しています。
 さらにブラジルでは、「牧口先生公衆衛生技術学校」が開校しました。アルゼンチンの高校には、創価教育に共鳴し、もったいなくも私の氏名を冠していただきました。すばらしい人材育成をされていると伺っています。
 インドでは「創価池田女子大学」も発展を続けるなど、世界中で創価教育と連帯する教育機関が広がっています。
 創価幼稚園は、ブラジルをはじめ、香港、シンガポール、マレーシア、韓国の海外5カ国・地域に開園。「随一」「モデル校」などと、極めて高い社会的評価を得ています。
 1992年に開園した香港創価幼稚園は、教員の優れた教育実績が評価され、特別行政区政府の「行政長官卓越教学賞」を受賞するなど、充実した教育環境を誇っています。
 「創価教育」の眼目の一つとして、「世界市民」の育成が挙げられます。
 わが教育本部の友も、毎年のように、海外日本人学校へ赴任され、これまで多くのメンバーが貴重な貢献を果たしてこられました。
 SGI(創価学会インタナショナル)の教育者とも連帯し、世界的視野に立った平和・文化・教育の大道を、たゆみなく開いていってくれております。

子どもの歓声が名曲のように!
 牧口先生の思想も、郷土から世界を展望し、学び、また郷土に立ち返って、わが地域の発展に貢献し、潤していくことを志向されていました。
 80年前の1932年2月、牧口先生は、郷土・新潟の母校である荒浜の小学校に、自身の『創価教育学体系』第2巻を寄贈しています。いかに郷土の教育を大切にされていたか、この一点を見ても明白です。
 牧口研究の海外における第一人者であられるデイル・ベセル博士(米インタナショナル大学元教授)は、創価教育の先見性として、「『新しい人間』の確立と、より人道的な社会機構の創造」という点を強調されていました。
 そして、「人類が将来、この地球上に生存しようとするなら、より理解ある新しい人間と、より人道的な社会機構がどうしても必要となる。こうした現状を考える時、牧口の教育思想は現代にこそ、その意義と重要性を持つものであると思う」と断言されていたのです。
 この博士の発言から、はや40年近く経ちました。いよいよ、創価教育の真価を発揮していくべき時代に入っているといってよいでしょう。
 ──それは牧口先生、戸田先生の悲願であった創価小学校が誕生して、日々新たな喜びが生まれる中でのことでした。
 1年生の教室の脇を通った時、中から、明るいにぎやかな歓声が、はじけるように聞こえてきました。
 私は一緒にいた先生に申し上げました。
 「あの声が、ベートーベンの名曲のように聞こえたら、一流の教育者ですね」と。
 子どもたちの元気な声こそ、伸びゆく「生命」の象徴です。世界の「平和」の希望の音律です。人類の「前進」と「創造」の源泉です。
 この子どもたちの歓喜の声が轟きわたる「教育の世紀」へ、私は教育本部の皆様方と手を携えて、さらに全力を尽くしていきたいと、決意を新たにしています。
 さあ、子どもたちの幸福のために! 人類の輝く未来のために! 希望に燃えて、新しい教育の勝利の扉を開きましょう!
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2012-09-29 : わが教育者に贈る :
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未来対話  君と歩む勝利の道 第6回

第6回 朗らかに! 粘り強く!  (2012.10.1付 未来ジャーナル)

ベストを尽くせ! それが勝利

ドイツの考古学者 シュリーマン
才能とは 何よりも エネルギーと忍耐力のことである

 ──「挑戦の秋」です。全世界の未来部の友から一生懸命、努力する様子が寄せられています。クラブ活動や、さまざまなコンクールなどで活躍するメンバーのニュースも、数多く届いています。

名誉会長 うれしいね!
 お手紙も、たくさんいただいています。担当者の方からも、毎日、報告が届きます。この「未来ジャーナル」でも、「聖教新聞」でも、スポーツや音楽、美術、語学など、あらゆる分野で奮闘するメンバーが紹介されているね。
 努力を重ね、栄冠を勝ち取ったみんなの姿は、お父さん、お母さんや家族の誇りです。地域の学会家族も喜んでくれます。
 勝利は、皆を明るく元気にし、希望と向上の力を広げます。
 でも、道は無限です。もっと、もっと上達できる。さらに向上心を燃やして力をつけ、前へ前へ進んでいってください。

 ──残念ながら、頑張ったけれど、思うような成果が出なかったり、惜しくも目標に届かなかったりと、悔しい思いをしている友もいますが……。

名誉会長 勝敗は時の運だから一喜一憂する必要はありません。思いっきりベストを尽くしたら、それが勝利です。
 人間は誰だって、勝ったり負けたりして強くなる。鍛えられていくんです。だから、くよくよしてはいけない。「心」が負けなければいいんです。
 真の勝利者とは、勝っても負けても、にっこりと、いっそう強い根性を持って、次の勝利に向かっていく人です。
      □■□
 ──メンバーから、クラブ活動では、「なかなかうまくなれない」「レギュラーになれない」という悩みを聞きます。

名誉会長 さあ、そこだね。
 「入門」という言葉が、あるよね。どんな分野であれ、基礎から始まって、奥は深い。その門に入ったからには、先生やコーチ、また先輩の教えを受け、基本の稽古や練習を重ねて、一つ一つ学んでいく以外にありません。
 それは、厳しいし、苦しい。地道だし、時間だってかかります。
 だから、始めた時の気持ちを忘れないで、へこたれず、あきらめず、じっくりと力をつけるんです。
 きのうの自分より、きょうの自分が、少しでも成長していれば、勝ちです。真のライバルは「きのうの自分」だよ。
 一生懸命、頑張っているのに、なかなか結果が出ない。それでも歯を食いしばって努力をする。その一番つらく、苦労している時が、実は一番、力がついている時なんだ。
 そうやって鍛えたことは、クラブ活動にとどまらず、一生涯の心の宝になります。
 たとえレギュラーになれなくとも、努力は無駄にならない。未来部時代、補欠として陰で頑張り抜いたことが力となって、社会の晴れ舞台で大活躍している友も、私はたくさん知っています。
      □■□
 ──なかなか上達しないと、ついつい人と比べて、「自分には才能がないのでは」と、弱気になってしまうことがあります。

名誉会長 そんなわびしい気持ちに引きずられてはいけない。
 カラッと自分で自分を励ましながら、勝つための努力を、朗らかに、粘り強く、貫き通すんです。
 本当の才能とは、何だろうか。ドイツの考古学者・シュリーマンの言葉を思い出してほしいんだ。
 「才能とは何よりもエネルギーと忍耐力のことである」(ディヴィッド・A・トレイル著『シュリーマン──黄金と偽りのトロイ』周藤芳幸ほか訳、青木書店刊)
 全くその通りです。だから、誰にも才能はあるんだ。

 ──シュリーマンは、「トロイ遺跡の発掘」という夢を実現した人物ですね。確か、今年で生誕190年になります。東京・八王子の地を、訪れたこともあります。

名誉会長 そうだったね。
 自伝(『古代への情熱』岩波文庫)等によると、シュリーマンは8歳の時に、お父さんから一冊の本をもらった。そこに描かれた古代のトロイ戦争の絵を見て夢を広げ、その遺跡を「いつか僕が見つけてみせる」と決意したのです。
 ここから、長く険しい戦いが始まりました。
 幼くして最愛のお母さんを亡くし、お父さんが職を失ったので、高校へ行かずに働かなければならなかった。時間をこじあけて勉強しても、すぐ忘れてしまうほど、体は疲れはてていた。だが、夢を実現するには、語学が必要だった。彼は独自の学び方で、英語、ギリシャ語など十数カ国語を習得した。
 また、必死で働いて事業を成功させ、資金を蓄えていきました。実際に発掘に取りかかったのは、40歳を過ぎてからです。
 そして、それまで信じられていなかった「トロイ文明」や「ミケーネ文明」が実在したことを、見事に証明していったのです。
 まさに、「才能とは何よりもエネルギーと忍耐力のことである」ことを示した勝利の劇であったと言ってよいでしょう。
      □■□
 ──シュリーマンは、自分の「やりたい夢」のために、語学や仕事など、「やらねばならないこと」も、我慢強くやり通したんですね。

名誉会長 だから勝った。
 人は「やらねばならないこと」をやり切れば、必ず「やりたいこと」の力に変えていける。
 皆さんは今、「勉学第一」ですから、「やらねばならないこと」は勉強でしょう。
 クラブが忙しくて、疲れてしまう場合もあるかもしれない。でも、将来の大きな夢を実現するために、今は積極果敢に、しっかり学んでおいた方が得だ。
 なんとか聡明に工夫して、クラブで鍛えた力を、勉強でも大いに発揮してもらいたいんだ。

 ──勉強とクラブ活動の両立に悩む未来部員から、たくさん質問が届いています。

名誉会長 確かに両立は大変だ。でも、以前、一人の女子学生から質問を受けた時、私は、こう答えました。
 「『二兎(二匹のウサギ)を追う者は一兎をも得ず』と言われる。しかし、力があれば、百兎でも千兎でも追ってごらん」
 質問してくれた乙女の顔が、ぱっと明るくなりました。
 みんなは若いんだから、それぐらい大きな心意気を持って、伸び伸びと自分の可能性を引き出してもらいたい。
 あれこれ迷っている前に、まず「やってみる」ことです。「どちらも、やり切ってみせる」と一念を定めて、祈り、知恵を湧き立たせて挑戦することです。そうすれば、試行錯誤し、悪戦苦闘しながらも、必ず道は開けてくる。
 私と対談したアメリカの歴史学者で、人権の闘士のハーディング博士は述べていました。──スポーツ選手は真剣にトレーニングを続けることによって、自分でも想像できなかったような能力を開花させることができる。同じように、私たちには無限の可能性がある。それなのに、自分で自分に限界を作ってしまってはもったいない、と──。
 みんなの可能性は宇宙大です。ましてや、若くして妙法を持っている皆さんです。
 戸田先生も、青年に、「まず肚《はら》を決めよ! 決まったら勇ましく進め」と、いつも言われていた。
 目の前の課題に、100%の自分で、思い切ってぶつかろう。
 「全てに100%で挑む」──これが、青春の勝利の秘訣です。
 もちろん試験前は、勉強に集中する。試合などの前は、練習には力を注ぐ。そうしためりはりを賢く作っていくことも大事でしょう。

 ──クラブ活動が忙しく、学会の会合になかなか参加できないということもあるようです。

名誉会長 「心こそ大切」です。少しでも会合に出ようという心が尊い。その人は、太陽の方向を向いています。必ず、明るく正しい成長の軌道を上昇できます。
 今回は参加できなくても、今の自分の目標や頑張っていることを、担当のお兄さんやお姉さん、また、未来部の仲間たちにも伝えてほしい。
 学会は「心」で結ばれた世界です。「題目」で結ばれた世界です。同志は、みんなの成長を祈り、応援してくれる“応援団”です。みんなの頑張りが、喜びとなって広がり、それが大きな力となって、みんなのところに返ってくる。同志との絆が、いざという時に、みんなを支えてくれます。
 時間がなくても、心はつながっていける。だから、都合がついた時は、胸を張って会合に参加してほしい。学会の会合は、行く前はたとえ気が乗らなくても、帰りは来た時より元気になれる!

 ──「部内の仲間と仲良くするには?」「クラブの雰囲気が悪くて、いやになる」という、人間関係の悩みも、多数、聞いています。

名誉会長 クラブもまた、一つの「社会」です。だから、目標や目的を共有して切磋琢磨できるライバルもいれば、どうしても気が合わない人もいる。競争や、時には、ヤキモチなどもあるかもしれない。
 今から50年以上も前、私は戸田先生と共に、宮城県仙台市の青葉城址に登りました。戸田先生は、その堅固な石垣を見ながら、「学会は人材をもって城を築くのだ」と教えてくださいました。
 石垣の石は、二つとして同じものはありません。大きさも形も、バラバラです。しかし、それぞれの石の特徴を生かし、的確に組み上げてこそ、何百年も崩れない堅固な石垣ができます。
 クラブという団体も同じです。一人一人が、特徴や個性を生かすことで、思ってもみないチーム力が発揮できる。
 「団体」の中でこそ、「個性」は生きるのです。
 その見事なるチーム力を発揮するには、「仲間を尊敬する」ことです。お互いが信頼し、尊敬し合えば、自ずと団結は生まれます。
 偉大な仏法を持った皆さんは、友を励まし、友の長所を見つけていく太陽の存在になってほしい。
 雰囲気が暗ければ、自分が太陽になって、皆を明るく照らしてほしい。

 ──部の中心になったメンバーからは、「皆をまとめていくには、どうすればいいか」「部長として、どうあるべきか」という質問が寄せられています。

名誉会長 偉いね。そう悩むことが、すでに立派なリーダーです。
 皆をグイグイと引っ張るリーダーもいれば、陰で皆を支える「縁の下の力持ち」のリーダーもいる。青年らしく、自分らしくで、いいんです。全部が勉強になります。
 歴史上の信念のリーダーや、私が対談してきた世界の指導者に共通していることがあります。それは「熱意」です。結局は、「熱意」のある人が信頼される。
 「勝ちたい」「皆と成長したい」「部を団結させたい」「皆に喜んでもらいたい」という熱い思いが根底にあれば、さまざまな知恵が生まれる。
 その祈りを込めた題目は、必ず全体に通じていきます。
 私も、戸田先生から、さまざまなリーダー論を教わった。確信を持つこと、誠実を尽くすこと、心を配ること、力を磨くこと──。それを支えるのは「熱意」です。その信念です。祈りです。
 ともあれ、苦労した人が偉大になる。愛する未来部の皆さんが、良き友人と朗らかに粘り強く成長し、世界の大指導者に羽ばたく日を、心から楽しみにしています。
2012-09-29 : 未来対話 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.83/84

随筆 我らの勝利の大道 No.83/84   
              (2012.9.8/9付)
不滅の原水禁宣言55周年

「核なき世界」へ対話の拡大を!
後継の君たちよ進め! 恩師の遺訓を胸に


平和と幸福を願う民衆の叫びは強し

 響きゆけ
  おお 民衆の
     金の声

 私たちは叫ぶ。
 断じて平和を!
 不戦の誓いを万代へ!
 いかなる権力人《けんりょくびと》の恫喝よりも、平和を願う草の根の庶民の勇敢な叫びは強い。
 私が対談した信念の言論人であり、広島の被爆した乙女たちへの支援でも知られる、アメリカのカズンズ博士が語っておられた。
 「庶民を励まして、自分の感じること、言いたいことが世界の前進を助け得ると信じさせなければならない」と。

勇気と希望の選択
 私たちは忘れない。
 人類史上、初めて戦争で残酷な原子爆弾が投下された広島。次いで2発目が落とされた長崎──。二つの街は破壊され、幾多の尊い命が奪われた。生存者も原爆症などの耐え難い苦しみが長く続いている。
 あれから67年となる8月、わがSGI(創価学会インタナショナル)は、広島市の平和記念公園内にある国際会議場で24、25の両日、「核兵器なき世界への連帯──勇気と希望の選択」展を行った。
 これは、恩師・戸田城聖先生の「原水爆禁止宣言」の55周年に当たり、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)と共同で、新たに制作したものである。
 世界45カ国の医師らが集った核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の第20回世界大会に合わせ、開催され、会場には多くの観賞者が訪れた。
 来場されたある識者は、こう語られている。
 「願わくは、我々が生きているうちに、この展示のように、人びとが一つになって、核兵器のない世界をつくりたいと思います」
 20世紀、人類は、核兵器という魔性の産物をもたらしてしまった。
 21世紀を生きる私たちは、このあまりにも残酷な歴史を風化させることなく、断じて「核兵器なき世界」を築いていかなければならない。たった一つの地球を守るために、人類は一つになって進んでいかなければならないのだ。
 今後、この新展示が多くの人びとの目に触れ、「平和の心」「希望の心」「勇気の心」を育む一助になることを念願してやまない。
 頼もしくも、わが広島青年部が不戦の誓いを継承するために行ってきた「広島学講座」は、今夏、150回の金字塔を打ち立てた。
 7月末には、国連軍縮担当上級代表を務めたセルジオ・ドゥアルテ氏が講演してくださった。
 「平和への第一歩は市民の声を聞くこと」
 この信条で行動される氏は、可能な限り、質疑応答の時間を設けるのが常であるという。世界の一流の識者は皆、どこまでも対話の力を重んじている。
 この日も多くの参加者が質問を希望した。しかし、時間の都合上、途中で切り上げざるを得なかった。
 会場は大拍手に包まれ、そのまま終了と思われた。ところが、ドゥアルテ氏は最前列の青年の方へと歩みを進めた。挙手をしていたが、最後まで質問の機会のなかった一人であった。
 氏は青年に語りかけた。
 「ずっと手を挙げていましたね。何を聞きたかったのですか」
 予期せぬ問いかけに驚きながらも、青年は尋ねた。
 「核兵器廃絶のために、日本の青年ができることは何でしょうか」
 その場で氏は応じた。
 「皆さんが、よい指導者を選ぶことです」
 そこには、“平和の未来を築くのは若い世代”との熱い期待がこもっていた。

 永遠の
  平和の原点
   広島に
  若き健児の
    指揮ぞ光らむ

歴史的な大師子吼

 それは、1957年(昭32年)の9月8日の日曜日。「若人の祭典」(第4回東日本体育大会)が行われた横浜・三ツ沢の陸上競技場は、台風一過の透き通るような秋空に包まれていた。
 この祭典の掉尾を飾ったのが、戸田先生の師子吼であった。青年を中心にした約5万人を前に「宣言」が放たれ、こだました。
 「われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利をおびやかすものは、これ魔ものであり、サタンであり、怪物であります」
 当時、水爆や大陸間弾道弾(ICBM)の実験が行われ、米ソの核兵器開発競争が激化していた。核戦争などによって、人類が滅亡に至るまでの残り時間を象徴的に示す「世界終末時計」も、2分前という滅亡寸前まで進んでいたのだ。
 そうした渦中に、わが師は、人類の生存さえ断絶しかねない原水爆の本質を、国家や政治体制、人種や民族といった次元を超え、「人間生命」という深層から告発したのである。
 ある参加者は広島で被爆した友人を思い出し、平和な世界を築くために、師と共に、心固く歩んでいこうと決意を新たにした。
 学会が“貧乏人と病人の集まり”と悪口された時代である。だが、困難な境遇など一切突き抜け、恩師の叫びは、皆を「広宣流布」即「世界平和」への使命に目覚めさせる、偉大な光源となった。

断じて許さない!
 実は、この大宣言に至るまで、戸田先生は入念に思索を重ねられていた。
 1年以上も前(1956年6月)、福岡の八幡市民広場(当時)での質問会に出席した時には、核戦争が危惧される世界情勢に触れるや、「原爆などを使う人間は最大の悪人だ!」と憤りを露わにされた。
 また、宣言の2カ月前の7月12日には、雑誌での対談で断言されている。
 「原子爆弾だけは許せん。アメリカでも、ロシアでも、どっちであっても、そういうことは断じて許さん」と。
 その発言には、仏法の生命尊厳の哲理を根底とした、核廃絶への揺るぎない思想的基盤があった。
 御聖訓には、「いのちと申す物は一切の財《たから》の中に第一の財なり」(御書1596ページ)と仰せである。この尊き生命を脅かし奪い去る魔性の暴力は、絶対に容認することはできない。
 東西冷戦下、世界の危機的な分断と対立が深まっていた1952年(昭和27年)、恩師は決然と「地球民族主義」を提唱された。国境やイデオロギーの壁を超えて人類を結ぶという先駆的な思想である。人類の生存を脅かす核兵器が、すべての人びとの共通の敵であるという叫びも、ここから帰結されるのだ。
 1955年(昭和30年)には、世界的な科学者が署名し、核兵器による人類の危機に際し、戦争の廃絶を訴えた「ラッセル・アインシュタイン宣言」が発表された。どの民族、どの国の人びとも、絶対に犠牲にされない世界の構築という恩師の理想に呼応するかのように、核廃絶への国際世論は高まっていった。
 さらに「ラッセル・アインシュタイン宣言」の署名者で、発表に尽力したロートブラット博士が中心となり、2年後(1957年)の7月、その精神を受け継ぐ科学者の連帯「パグウォッシュ会議」が発足したのである。
 恩師の「原水爆禁止宣言」の発表は、その2カ月後の9月。厳たる歴史の刻印を確認するにつけ、戸田先生の先見に感銘を深くする。
 ロートブラット博士は、志を同じくする「平和の英雄」と、先生を讃えてくださっている。
 私は、師の宣言の重大な意義を直感していた。ゆえに記録にも心を砕き、モノクロ(白黒)映像が主流だった時代に、カラーで撮影するなど手を尽くした。この大宣言を、後世永遠に残し伝えたい一心であった。

青年の連帯《スクラム》を!
 ともあれ、戸田先生が、全人類の平和と幸福の実現を願い訴えた「原水爆禁止宣言」を、遺言として託されたのは、他でもない後継の青年たちであった。
 55年の歳月を経て、今、恩師の「遺訓の第一」の魂は、脈々と男女青年部へと継承されている。
 歴史的な宣言発表の地を擁する神奈川では、恩師の師子吼を直接聞いた方々の子や孫の世代が最前線のリーダーとして指揮を執り、横浜・戸田平和記念館での展示の企画・運営にも携わってくれている。
 思えば、戸田先生が英知の学生部を結成されたのは、「原水爆禁止宣言」の70日前であった。
 この学生部の友たちも、世界広布の普賢菩薩たる使命を担い立って、堂々と奮闘してくれている。
 平和原点の広島をはじめ中国方面の学生部は、本年も伝統の平和意識調査を実施した。今回は、約7割が、核廃絶または軍縮が「可能」と回答している。講評された大学教授は、「『核兵器のない世界』の実現に向けて勇気づけられる」と語り、創価の青年の平和運動を高く評価してくださった。
 さらに、沖縄学生部も、沖縄戦に関する意識調査を行い、青年世代への戦争体験の継承がいかに大切かを浮き彫りにした。
 私が対談を重ねている、ドイツの世界的な環境学者エルンスト・フォン・ヴァイツゼッカー博士の父君も、わが師と同時代に、核武装への反対を宣言された戦う知性であられる。
 この父君カール・フォン・ヴァイツゼッカー博士の言葉が、思い起こされる。
 「自分の回りに平和をつくり出すことのできる者は、平和を愛する者です。それは力であり、しかも人間の最も大きな力の中の一つです」と。
 その意味でも、192カ国・地域のSGIの青年と青年が手を携え、平和のスクラムを、地域から世界へ、現在から未来へ、聡明に粘り強く広げてくれていることは、希望の光明だ。
 この青年の勇気と連帯からこそ、恩師が喝破された“民衆の生存の権利を脅かす魔性”に打ち勝つ無限の力が生まれゆくことを、私は確信してやまない。

 青年の
  平和の旗は
   ここにあり

 カズンズの言葉は『人間の選択』松田銑(角川書店)。C.F.フォン・ヴァイツゼッカーは『核時代の生存条件』遠山義孝(講談社)。

勇気で語れ! 平和と希望の大哲学
「自分から」「地域から」世界は変えられる


「一度もしりぞく心なし」の誇りで前進!


 幸の城
  平和の城こそ
    創価山

 恩師・戸田城聖先生が「遺訓の第一」と言われた平和思想を、全青年へ、そして全世界の民衆へ伝えゆくために、弟子は祈り、語り、綴り、動き、走った。
 1957年(昭和32年)9月8日の「原水爆禁止宣言」から1周年の際には、私は聖教新聞に「火宅を出ずる道──原水爆禁止宣言に思う」を寄稿した。
 その中では、法華経譬喩品の「三界は安きこと無し 猶《な》お火宅の如し 衆苦《しゅく》は充満して 甚だ怖畏《ふい》す可し」(創価学会版法華経191ページ)を通し、絶対平和の法理たる仏法を世界に弘めゆくことを呼びかけた。
 同じ譬喩品には、「衆生を安穏ならしめんが 故に世に現ず」(同196ページ)と説かれる。
 衆生の苦悩の炎、悲惨な戦火の絶えない、「火宅」の如き現実社会に出現して、人びとを救済していくのが仏であり、この師と同じ心で立ち上がる愛弟子が地涌の菩薩なのである。
 ゆえに私は、真剣に祈り抜き、一人、また一人と、励まし続けた。
 恒久平和に尽くす地涌の友よ、陸続と躍り出よ!
 私と共に、恩師の「宣言」を、断固として実現しようではないか!──と。

「使命」に奮い立つ
 長崎に
  わが友ありて
    永遠に
   平和の鐘は
    高く鳴るらむ

 長崎で被爆したある壮年は半世紀近くの間、思い出すことも口にすることさえも耐えられず、自らの体験を心にしまい込んできた。
 その凍てついた心を解かしたものは、当時、長崎文化会館で目にした「原水爆禁止宣言」の全文であった。
 「全世界に広めることこそ、全日本青年男女の使命である」──「使命」の二文字が眼に焼き付いた。
 「自分にできることから始めよう」。一徹な壮年は決めた。それは、勇気を出して「語る」ことであった。
 多くの命を奪い去った原爆の跡地に、勇気と希望の対話の花を咲かせよう。それが、生かされた者の使命だ──この思いで、真剣に語りに語った。
 「恒久の平和は脅迫によってではなく、相互の信頼を招く真摯な努力によってのみ、もたらされるものです」とは、大科学者アインシュタインの言葉である。
 平和への直道である対話を実らせるには、信頼を築いていくことだ。友情を結び、育んでいくことだ。
 そのためには──
 相手の話を「聞く」。
 相手を「敬う」。
 相手から「学ぶ」。
 これが、価値ある対話の鉄則である。
 御聖訓には、「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(御書1174ページ)と仰せである。私たちの誠実と真剣な行動によってこそ、平和の思潮の水かさも増していくのだ。
 「私の弟子であるならば、私のきょうの声明を継いで、全世界にこの意味を浸透させてもらいたい」
 恩師が「原水爆禁止宣言」で指し示されたのも、粘り強く信頼を勝ち取り、社会に平和の哲学を浸透させていくことであった。
 その思いで、私も世界を駆け巡り、各国の指導者たちと友情を結び、共生の世界を築くために対話を重ねてきた。
 長崎のその壮年は、先月9日、「原爆の日」に長崎を訪れていたトルーマン元米大統領の孫と握手を交わしたと伺った。トルーマン大統領といえば、原爆投下を指示した人物である。
 世の注目を集めることもない、ささやかな握手かもしれない。しかし私は、悲惨な過去を乗り越えて平和な未来の扉を開こうとする、それぞれの勇気に最大の敬意をもって、“歴史的な握手”と賞讃を送らせていただきたい。
        ◇
 今こそ、「核兵器のない世界」への潮流を、力強く生み出す時である。
 2年前のNPT(核拡散防止条約)再検討会議では、核兵器の非人道性に照らして国際法を遵守する必要性が、合意の中で明確に打ち出された。
 この合意を突破口として、「核兵器禁止条約」を実現させる上で、最大の原動力となるものこそ、目覚めた民衆の連帯なのだ。
 核兵器の使用に関して、どの国であれ、いかなる場合であれ、一切の例外を認めないという立場は、まさに恩師が「宣言」で先駆的に示した方向と重なり合う。
 2015年は、広島と長崎に原爆が投下されて70年となる。私たちは、この年に向けて、志を同じくする世界の人びとと手を取り合い、“核兵器は絶対悪”との精神を、人類の共通規範として確立する道を、断じて開いていくのだ。

支えになったもの
 「平和運動といっても、難しく考えることはありません。それは、周りの人たちへの優しさの表現です」
 私と妻の忘れ得ぬ友である広島の婦人は、こう言われた。爆心地から約1・3キロメートル南の明治橋で被爆された方である。
 「ヒロシマを語る会」の一員として、修学旅行生などに体験を伝えられていた。関西創価学園の生徒たちもお世話になった。
 彼女は原爆症の苦しみに加え、在日韓国人というだけで、いわれなき差別を受けた。しかし負けなかった。小学校時代の体験が支えになったからである。
 それは、いじめに遭った時、かばってくれた一人の友人がいたことであった。肩に置かれた、その手の温もりを忘れず、「たった一つの、その出来事のお陰で私の中の悲しみの記憶がどれほど消されたことか」と振り返られていた。
 誰もが、平和を望んでいる。どんな人にも、他者を慈しみ、大切にする心が具わっている。
 ほんの少しの勇気が、友を守る力となる。何気ない言葉でも、人生を変える時がある。
 大事なことは、誰の心にもある良心と勇気を一人、また一人と呼び覚まし、地域を、社会を、そして人類全休を包み込んでいくことではないだろうか。
 「ラッセル・アインシュタイン宣言」の署名者の一人としても有名な、湯川秀樹博士は語られた。
 「人類の中の選ばれた少数者によってではなく、ほとんどすべての人の心の中にあるはずの人類の良心。あるいは良識が推進力となって、核時代の次のよりよき時代が実現されることが、より一層望ましい」
 私たちの日々の学会活動は、時には地味に思えるかもしれない。しかし、友のため、地域のために励ましを送る献身の行動が、現代社会にあって、どれほど希望と輝き、どれほど歓喜となって舞い光っていくか計り知れない。

屈しない「意志」を
 今なお地球上に保有される核弾頭の総数は、推定約1万9千発といわれる。
 核戦争は人道への犯罪であり、人類を絶滅させ、地球に破滅をもたらす。
 心ある人は皆、原水爆の使用や核実験を禁止し、核を廃絶すべきことは当然だと考えている。その一方、「いくら正義を叫んだところで、現実など変えられるはずがない」とあきらめ、無関心や無気力に陥ってしまう場合も少なくない。
 しかし、「ラッセル・アインシュタイン宣言」の起草者であるイギリスの哲学者ラッセルは訴えていた。
 「私たちは、惨事にむかう競争に固執するように運命づけられてはいません。そういう惨事をひきおこしたのも人間の意志ですし、それを阻止することができるのも人間の意志です」
 さらに、彼は強調した。
 「絶望するのは賢いことではありません。恐怖や憎悪だけでなく、希望や仁愛も人間にはそれをする力があるのです」
 「創価」とは、永遠に崩れぬ、一人ひとりの精神の価値を創造しゆくことだ。
 それは「絶望」を打ち破る「希望」だ。「恐怖」にも「憎悪」にも、断じて屈しない「勇気」だ。
        ◇
 文永8年(1271年)の9月12日は、日蓮大聖人が発迹顕本された竜の口の法難の日である。
 それから2年後の9月。大聖人は流罪の佐渡の地より、大難に怯まず信仰を貫く鎌倉の女性門下らに送られた。
 「第六天の魔王が、十の大軍勢をもって戦《いくさ》を起こし、法華経の行者と苦悩渦巻く海の中にあって、聖人と凡夫が共にいる娑婆世界を、取られまい、奪おうとして争っているのである。
 日蓮は、その第六天の魔王と対決し、大兵を起こして二十数年になる。その間、日蓮は『一度もしりぞく心なし』である」(御書1224ページ、通解)
 この蓮祖の御心に直結するゆえに、我ら創価の師弟も、平和と正義の大闘争において、「一度もしりぞく心なし」と戦い抜くのだ。
 創価の母たちこそ、その偉大な模範ではないか!
 「平和研究の母」エリース・ボールディング博士は言われた。
 「現在、多くの人たちが、地域共同体の再興を叫んでいます。それは、人々は本来、もっとお互いを知り、心を配り合い、助け合うことができるからなのです。
 そうした観点から見ても、SGI(創価学会インタナショナル)の皆さまの活動は、一人一人が社会に重要な貢献をされています。素晴らしいことです」
 世界の知性は、創価の前進に限りない期待を寄せている。
 さあ、我らは威風も堂々と前進しよう! 「対話の秋」「友好の秋」を!
 生命尊厳、人間共和の麗しき平和の世紀へ! 人間主義の輝きわたる希望の新時代を目指して──。

 恐れなく
  この人生を
   共々に
  断じて勝ちゆけ
   平和の旗 持ち

 アインシュタインの言葉はネーサン&ノーデン編『アインシュタイン平和書簡2』金子敏男訳(みすず書房)。湯川秀樹は『平和の思想』所収「核時代の平和思想」(雄渾社)。ラッセルは『常識と核戦争』飯島宗享訳(理想社)。
2012-09-29 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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今日も広布へ 1~30

名誉会長と共に 今日も広布へ

第1回 妙法こそ絶対的幸福の道
 (2012.2.5付 聖教新聞)

 わが師・戸田城聖先生は叫ばれた。
 「人材、人材の創価学会でいけ!」
 人材をつくる最重要の道は折伏・弘教である。
 折伏は、人を根本的に育てる。生命力を強くする。
 そして真実の平和と文化の花咲く社会をつくる直道は、結局、妙法を弘めることだ。
 いかなる善事よりも百千万億倍すごいと説かれている。
 折伏をすることが、なぜ、すごいか。その友を永遠に仏にしていけるからである。何があろうと絶対に壊れない、幸福の人生を、共々に歩める。だから功徳も大きい。
   *  *  *
 妙法をどれだけ弘めたか。
 その歴史は、後になるほど光る。
 人生、いろいろな思い出があるが、折伏が何よりの金の思い出となる。積極的に行動し、交流することだ。それが折伏に通ずる。
 御聖訓に『南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思出《おもいで》なるべき』(御書467ページ)と仰せの通りだ。生命の法則に則った無上の行為であり、永遠不滅の思い出である。
 折伏は大変だけれども、大成長の因となる。苦しんだ分だけ、実は幸福なのである。
 仏の使いは、折伏しかない。折伏をやっている人は、仏になる。その人は、仏法の、また学会の「宝の中の宝」だ。最高に尊い。折伏は本当にすごいことなのである。

第2回 新しい開拓へ「精神の糧」を (2012.2.12付 聖教新聞)

 真実ほど強いものはない。民衆の正義の声にかなうものはない。
 それを広く伝え、永遠に残すのは、活字の力である。
 戸田先生は、口ぐせのように言われていた。「私は聖教新聞を、日本中、世界中の人に読ませたい。それ自体が、仏縁を結ぶことになる」
   *  *  *
 戦後、戸田先生の事業が絶体絶命の苦境の中で、聖教新聞は構想された。先生は、折伏と聖教の拡大を、広宣流布の両輪と考えておられた。
 その心を知る私は、来る日も来る日も、大勇猛心を奮い起こし、力の限り、書いて書いて書き続けてきた。先生の偉業を、わが命にかえても、後世に留めるために。
 自らも聖教を配り、購読を推進してきた。
 御書には「(法華経の)文字変じて又仏の御意となる」(469ページ)と仰せだ。言葉には、人を救う力がある。
 物や経済面だけではない。
 苦しんでいる友に、心のエールを。未来の主役に、宝となる指標を。新しい開拓には精神の糧が必要だからだ。
   *  *  *
 私と妻は、無冠の友の健康と無事故を、毎日、真剣に祈っている。尊き新聞長の皆さん、通信員の方々、聖教を支えてくださる全ての皆様方に心から感謝を捧げたい。
 今、聖教新聞を、平和を願う世界の友が楽しみにして読まれている。第一級の知性も注目している。
 「聖教には幸福への道が書かれている。こんな新聞は他にはない」と恩師は言われた。この聖教と共に、希望の福光を、いやまして広げていこう!

第3回 青年を育てた所が栄える
 (2012.2.19付 聖教新聞)

 戸田先生は、常々、言われていた。
 「人一倍、後輩を育てなさい」「青年が思う存分、働けるように応援する人間が偉いのだ」
 育てるといっても、会合で話すだけではない。形式ではなく、大事なのは相手を思う心の深さだ。
 後継の友を、弟・妹、また、わが子と思って、真心で接していくのです。
 何があろうと、生涯、不退転の信心を貫いていけるように、たとえ一時は信仰から遠ざかることがあったとしても、必ずまた同志と共に進んでいけるように──この根本の一点を忘れてはならない。
 一人ももれなく、功徳に満ちあふれ、大いなる信心の喜びをつかんでいけるよう、祈っていくのです。
   *  *  *
 青年を育てたところが栄える。後輩を伸ばした組織が発展する。リーダーは、一人一人が「よし、やろう!」と奮い立つような激励・指導をしていくことです。
 いつも同じ話ではなく、新しい息吹が必要だ。皆が納得し、喜び勇んで、朗らかに進んでいけるよう、声をかけていく。苦闘している友に、希望の光を送っていくのです。
 自分の心が明るくなれば、皆の心も明るくなる。
 御義口伝には「喜とは自他共に喜ぶ事なり」 「自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」(御書761ページ)と仰せである。
 自分も、人も、大歓喜の生命に包まれる。難を勝ち越え、人格も豊かに、必ず幸福になっていける。絶対勝利の人生を、共々に歩んでいきましよう!

第4回 学会は平和と幸福の大学校 (2012.2.26付 聖教新聞)

 新しい人を伸ばす。
 その鍵は、リーダーの思いやり、励まし、そして面倒を見ていく、この3つにあるといえよう。
 仏法の根本は「慈悲」の精神である。
 「あの人は、本気になって、自分のことを心配してくれた」「祈ってくれた」「大事にしてくれた」「涙して叱ってくれた」「優しかった」──だから、心に熱いものが込み上げる。生きる力がわいてくる。
 あらゆる壁を越え、魂が魂を揺り動かす。それが社会を根底から変えていく。
    *  *  *
 今、全国各地で、青年部の弘教が、大変な勢いで進んでいる。
 私は、うれしい。「ありがとう!」と最大に感謝し、讃えたい。
 尊い偉業を残してくれている。すべてが自身の黄金の歴史になる。
 女子部も、希望の大哲学を多くの人に広げている。
 本当に、うれしい。広布に先駆する友を、皆で応援してあげてもらいたい。
 恩師・戸田先生は「創価学会は、校舎なき総合大学である」と言われた。
 いわば、皆、平和と幸福をつくる「仏法カレッジ」の学生なのである。
 皆、その人でなければ果たせない使命をもって生まれてきた。法華経に「衆生所遊楽(衆生が遊楽する所)」とある通り、幸福になるために生まれてきた。
 どうか、一人も残らず、伸び伸びと、朗らかに、また、仲良く、わが人生の勝利のために、行学の二道を前進していっていただきたい。

第5回 歴史を創る時が来た
 (2012.3.10付 聖教新聞)

 〈男子部の友に〉
 自身の偉大な勝利の歴史を創りゆく、大切な時が来た。
 君たちの青年時代にとっても、大事な勝負の時がある。その大きい山を勝ち越えれば、さらに前途洋々たる大発展が開けます。
 日蓮大聖人は、強敵《ごうてき》と戦い続ける門下に「いかなる事ありとも・すこしもたゆ(弛)む事なかれ、いよいよ・はりあげてせむべし」(御書1090ページ)と仰せになられました。君たちは、今、自分がいる使命の舞台で、一歩も退《ひ》いてはならない。
 妙法のために戦う勇気にこそ、厳然と諸天善神の守護も現れることを忘れまい。
 大事な大事な諸君だ。私の宝の中の宝の君たちだ。
 絶対無事故で、健康第一の一日一日であってもらいたい。一人一人の大勝利を祈り待っています。
    *  *  *
 〈女子部の友に〉
 わが人生の師・戸田城聖先生は言われました。
 「悩みがあるから信心が深まる。自身の仏性を開き現せる。折伏をしたい、人を救いたい、この祈りが通じないわけがない」
 信心の世界には、少しも無駄はありません。
 広宣流布のために苦労したことは、全部、「心の財」となって、わが生命に積まれ、自分自身を光り輝かせてくれるのです。
 さあ、苦しい時も楽しい時も、常に題目を唱えながら、朗らかに、また朗らかに、弾む命で勝ち進みましょう!
 偉大な伝統を受け継いで、晴れ晴れと最高に充実した勝利の青春を飾っていってください。
 強く生き抜け!
 愉快に勝ちゆけ!

第6回  希望と喜びの種を蒔こう (2012.3.18付 聖教新聞)

 私たちの広宣流布は「人類を救う大運動」である。創価学会は最高の善の喜びをつくる世界だ。
 しかも学会活動は、現実の社会に開かれて、力強い。
 文化運動、教育運動、平和運動、人間革命運動、仏法運動、哲学の探究運動、そういう運動を全世界的に展開しているのである。
    *  *  *
 私たちの日々の努力、きょうの一歩。それは、足もとのわが地域とともに、人類社会にも、確実に影響を与えているのだ。
 人と会い、人と語り、希望の種を蒔く。
 ここに、偉大な歴史をつくる確かな道がある。
 地味のように見えても、将来、思いもよらぬ力になる。喜んで動けば、力は倍加する。誠実に戦いを進めたところが、最後に勝つ。これが創価の方程式だ。
 私が最初に、世界に平和と幸福の種を植えたのは、もう50年以上も前である。それが今、現実に、大きな花を開かせ始めた。
 地道に、新たな種を植えるのだ。そして、植えた種を無にはしないと、深き決意で祈るのだ。
 誠実・根性・賢さ・忍耐強さがあってこそ、種は育ち、根を張り、壮大な勝利の花を咲かせる。
    *  *  *
 草創の学会は、無理解と中傷の中で拡大していった。しかし、今は世界が味方だ。
 広宣流布のために、今、戦わなければ、後悔する。思い切って、大胆に、笑顔で、楽しく進んでいこう!
 真面目な人、優秀な人、若い人材が、皆、伸び伸びと戦えるように、リーダーは心から讃え、励ましていくのだ。

第7回 朗らかに仏縁の拡大を (2012.3.25付 聖教新聞)

 晴れの日も、雨の日も、いかなる時も、私は、恩師・戸田先生と心で対話している。
 ある時、先生は眼光鋭く、こう言われた。
 「社会の不幸に目をつぶって、宗教の世界に閉じこもり、安閑とただ題目を唱えているだけなら、大聖人の立正安国の御精神に反している。
 この世の悲惨をなくす。不幸をなくす。人権を、人間の尊厳を守る。平和な社会を築いていく。
 そのなかにこそ、仏法の実践があるのだ」
 本来、わが身だけの幸福などありえない。
 苦難と向き合う人の立場に、自分を置いてみる──この「同苦」の姿勢こそ、今の社会に一番必要なことではないだろうか。
 御義口伝には「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人《いちにん》の苦なるべし」(御書758ページ)と仰せである。
 ここに、仏法の「慈悲」が光る。この精神が、社会の土台となり、指導者の血肉となってこそ、未来は希望に包まれる。
    *  *  *
 私たちは今こそ、異体同心の団結固く、わが地域に、人間主義の大哲学を語り広げてまいりたい。
 「友情の拡大」が「仏縁の拡大」であり、自他共の「幸福の拡大」なのだ。
 さあ、打って出よう!
 万代にわたる広宣流布の地盤を築くために。自分自身の勝利のために。
 不二の弟子たる君よ!
 悔いのない一日一日を生き抜き、悔いのない一生を、断固として勝ち抜いてください。皆で守り合い、絶対無事故で! 朗らかに栄冠を飾りゆこう!

第8回 信心の行動は全てが功徳に (2012.4.1付 聖教新聞)

 先の見えない時代。その突破口を開くのは、智慧であり、勇気の行動だ。
 そして最高の智慧、最高の行動は、祈りから生まれる。
 「法華経に勝る兵法なし」であるからだ。
 信心に行き詰まりはない。
 同じ戦うならば、楽しく、愉快に、生き生きと進もう!
    *  *  *
 御聖訓には、「日蓮一度もしりぞく心なし」(御書1224ページ)と仰せである。
 広布の戦は、退いてはならない。悔いを残してはならない。戦った分、全部、功徳と福運に変わる。
 皆が、思う存分、広布へ戦えるように、リーダーは心を砕かねばならない。
 リーダーは、誰よりも苦労し、自身を磨いてもらいたい。苦労している人には、大変なところがわかる。そこに、激励の手を差し伸べるのだ。
    *  *  *
 戸田先生は詠まれた。
 「勝ち負けは 人の生命の 常なれど 最後の勝をば 仏にぞ祈らむ」
 人生の最後に万歳をあげるために、今、何をするのか。
 時を待ち、時を創る。
 人を育て、道を開く。
 いかなる状況であれ、ひとたび決めた、わが信念の旗を生涯、掲げ抜く人が光る。
 仏法も、社会も、熾烈な勝負である。なかんずくリーダーは、どこまでも、誠実に、真剣に、戦うことだ。
 尊き信心の闘争を、誰が見ていなくとも、師は見ている。諸天は見ている。
 日蓮大聖人が御賞讃してくださる。これを深く確信していただきたい。
 師弟の誓いに生きる時、恐れるものは、何もない。

第9回 新鮮な力で勝利の創価城を (2012.4.8付 聖教新聞)

 桜花の春、新しい立場、新しい地域で、心機一転、出発をする人も多いでしょう。
 未来は今の決意で決まる。
 どうか、わが舞台で、偉大な歴史を創ってもらいたい。
 悔いのない人生を生き抜いてもらいたい。
 その原動力が信心だ。
 法華経に「心懐恋慕《しんえれんぼ》、渇仰於仏《かつごうおぶつ》」──心に恋慕を懐き、仏を渇仰して──と説かれている。
 法を求める心に、大功徳がわく。「御本尊が大好きだ」「勤行が大好きだ」「学会活動が大好きだ」という信心に生きる時、「生きていることが楽しい。人生が大好きだ」という黄金の日々になる。
    *  *  *
 今、フレッシュな人材が躍り出ている。
 後継のリーダーは、胸を張って、勇敢な若武者として、自分自身の勝利の歴史を残してもらいたい。
 「広宣流布」という人類の究極の大理想を遂行している世界は、わが創価学会しかありません。今、この時に、共に戦えることを、最高無上の誇りとしてください。
 どんな苦労も、「広宣流布のため」であり、「同志の幸福のため」であり、そして「師弟不二の勝利のため」である。生き生きと張り切って、祈り、戦い、前進し抜いていってください。
 よき先輩から学び、よき同志と励まし合いながら、若き君たちの新鮮な力で、これからの大勝利の創価城を堂々と築いてくれたまえ!

第10回 勇敢に正義の師子吼を (2012.4.15付 聖教新聞)

 広宣流布のために勇んで打って出る人、そしてまた、広布へ戦う人を育て、守り、全力で応援する皆様方の功徳は大きい。
 冥の照覧は絶対である。
 日蓮大聖人は宣言なされました。「ついにをそれずして候へば、今は日本国の人人も道理かと申すへんもあるやらん」(御書1138ページ)と。
 すなわち、どんなに大難に遭おうとも、少しも恐れずに、信仰を貫き、正義を打ち込んできたから、今では日本国の人々も、日蓮の言うことが道理かもしれないと言う人もあるだろうと、仰せなのであります。
 相手がどうあれ、堂々と真実を語り、打ち込んだ分だけ、理解が深まる。
 いわんや、大確信をもって一貫して正義を打ち込むことほど強いものはありません。
 これが折伏精神です。
 これが学会精神です。
 どうか、大聖人が願われた広宣流布のため、また立正安国のため、朗らかに胸を張り、勇気凛々と対話を広げていってください。そこに、必ず幸福の仏縁は結ばれます。
    *  *  *
 さあ、朗々たる題目で、わが元初の生命を輝かせながら、いよいよ本領を発揮し、偉大な勝利の歴史を創っていこう!
 ここにこそ、悔いのない所願満足の人生があるからだ。
 戸田先生は叫ばれました。
 「正義であればこそ負けるわけにはいかない。
 断じて勝たねばならない。
 だから戦うのだ。
 師子は吼えてこそ師子である」
 どんどん、しゃべって、しゃべり抜いて、友情と信頼の薫風を広げよう!

第11回 若々しく! 不退の心で (2012.4.22付 聖教新聞)

 素晴らしい人生を生き抜こう! 健康で、長生きして、自他共に喜びを満喫して!
 勝利の栄光に輝いて、人生を生きる。それが最極の人生であり、それを仏という。
 わが使命の舞台で、勝つことが広宣流布である。自分が永遠に功徳を積んでいくために、勝ちまくるのだ。
    *  *  *
 長い人生である。
 誰人《たれびと》も避けられない「生老病死」の苦悩を、悠々と乗り越えるための信仰である。
 人生の総仕上げに、秋の黄金の実りのような豊かな自分を築くための信心である。
 今、若い人材が、どんどん伸びている。立ち上がっている。今こそ、もう一度、大きく学会を伸ばしていこう。
 そのためにも、年配になっても、元気に戦うのだ。若返って進むのだ。
 どんな立場であれ、断じて一歩も引かない決心を持つのだ。「広宣流布のために、何でもやらせていただこう」。これが大事だ。そうでないと、心が老いてしまう。
 皆と一緒に前進するのだ。若い人と共に戦えば、自分も若くなる。独りぼっちになってはいけない。そして一生涯、師弟の道を断じて貫き通す信念を持つことだ。
    *  *  *
 信心とは、役職ではない。年数でもない。心で決まる。
 妙法を修行する人は「年は・わか(若)うなり福はかさなり」(御書1135ページ)──年をとっても若々しくなり、福運も、ますます積み重なっていく、と日蓮大聖人が約束してくださっている。
 さあ、きょうも、生き生きと! 毅然たる祈りで、広布へ進むのだ。その人を諸天は守りに守る。

第12回  皆の力で新時代をつくれ (2012.4.29付 聖教新聞)

 時代は目まぐるしく動いている。その変化を見据えていかなければならない。時代を先取りして手を打ち、皆の力で勝利を開くのだ。
 今までと同じでは、勝ち抜けない。まず自分がカラを破り、人間革命していこう!
 人間革命といっても、特別なことではない。
 病気の人が健康になるのは、すごい人間革命だ。
 人に親切に声をかける。
 笑顔で親孝行していく。
 自分だけの幸福でなく、悩む人、苦しむ人に寄り添い、共に幸福の道を歩んでいく。
 自分が、よりよく変わっていく軌道が人間革命である。
 その原動力は何か。広宣流布の信心である。
 祈って誓いを立てて、自分を変え、状況を変え、一つ一つ勝利するのである。
 御書には「湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(1132ページ)と仰せである。
 不可能をも可能にしていける。これが法華経の兵法だ。
    *  *  *
 恩師・戸田先生は私たち青年部に語られた。
 「私は毅然として、時を稼ぐ。君たちは、今のうちに勉強し、力を養い、次の時代には、敢然と躍り出て、広宣流布の実現をはかってもらいたい」「すべては、君たちに託す以外ないからである」
 私も、全く同じ気持ちだ。人知れず手を打ってきた。辛労を尽くしている。
 青年部は、うんと苦労して自分を鍛えてもらいたい。
 一番大変なところに飛び込んで、励ましを届け、活力を送り、喜びの花を咲かせていくのだ。皆の心を軽くし、明るくし、勇気と希望を送るのがリーダーの責務である。

第13回  対話で世界を結べ (2012.5.13付 聖教新聞)

 平和な世界を築くために、いかに対話が大切か。
 戸田先生の力強い声が、わが胸に響いている。
 「大聖人の御生涯の戦いは、折伏という対話に徹して生命を触発し、人間の覚醒を促す『精神の闘争』『思想の闘争』であられたではないか」
 今、その偉大なる闘争を継ぐのが創価学会である。牧口先生は、真実の大聖人の御精神を叫び、実践し抜いていかれた。民衆の中に入って、座談会を開き、一人一人の苦悩の解決に全力を注がれた。
 それが学会の誇り高き栄光の歴史なのである。
    *  *  *
 文化や民族や宗教の違いを超えて、私は庶民と会い、世界の指導者と語り、共感と信頼の橋を懸けていった。
 「文明を結ぶ」
 「世界を結ぶ」
 この壮大なる人間主義の連帯を広げゆくことが、戸田先生の願いであったからだ。
 法華経寿量品に「未曾暫廃(未だ曾て暫くも廃せず)」とある。この地上から悲惨の二字をなくすまで、仏の行動は瞬時も弛むことがない。
 さあ、きょうも、我らは宝の友情を大きく広げよう!
 新しい友と語る。そこには新鮮な喜びがある。対話は貴重な自身の財産となる。
 人から学ぼう。その心があるかぎり、無限に自分を豊かにしていける。どこまでいっても、行き詰まりがない。
 一生、探求である、
 一生、勉強である。
 フロンティア・スピリット(開拓者魂)を燃やし、思い切って新天地へ飛び込み、心弾む出会いを重ねたい。
 対話で味方をつくるのだ。
 対話で哲学を深めるのだ。
 対話で歴史を開くのだ。

第14回  青年こそ創価の太陽! (2012.5.20付 聖教新聞)

 〈男子学生部の友に〉
 いついかなる時も、君たちが生き生きと英知を磨き、躍動して戦ってくれている。君たちありて学会は盤石なりと、私は心から喜び、最大に信頼しています。
 日蓮大聖人は「此の経文は一切経に勝れたり地走る者の王たり師子王のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲のごとし」(御書1310ページ)と仰せです。世界一の大仏法を持《たも》った諸君は、一人一人が、師子王の如く、大鷲の如く、青春の王者となって戦い、勝ち抜いていただきたい。
 私が世界に開いた道を厳然と受け継いでいくのが、諸君です。ゆえに、大いに学びに学ぶことです。そして大いにしゃべることです。青年は黙っていてはいけない。題目を朗々と唱え抜いて、行学の英雄となってください。

 〈女子学生部の友に〉
 信心こそ、どんな悩みも乗り越えながら、自分自身が成長し、生き生きと勝利しゆく究極の力であります。
 大聖人は女性の弟子に「爾前経では秋冬の草木のようであった九界の衆生が、法華経の妙の一字の春夏の太陽におあいして、菩提心の花が咲き、成仏往生の実がなるのである)(同944ページ、通解)と仰せになられました。
 輝きわたる大仏法に生き抜く皆さんは、一人一人が、未来を無限に照らしゆく創価と広布の太陽です。
 何でも良き先輩に相談しながら、希望に燃えて前進してください。世界一、仲良きスクラムで、朗らかに友情と仏縁を広げていただきたい。
 健康で、絶対無事故の悔いない一日一日であってください。どうか、百人力の妙法の力を抱いて、青春を強く賢く楽しく生き抜いてください。

第15回  断固して 築けや楽しき 幸福城 (2012.5.27付 聖教新聞)

 御本仏・日蓮大聖人が、新しき広布の道を開きゆく尊き皆様方を、どれほど誉め讃えておられることか。
 皆様の「心の財」は広大無辺であります。
 乱世であるだけに、さまざまなご苦労も多いでしょう。
 しかし、大聖人は、佐渡流罪の大難のなかでも、悠然と「私たちが住んで法華経を修行する所は、いずれの所であっても、常寂光の都となるであろう」(御書1343ページ、通解)と仰せになられました。
 広宣流布の大願に進む我らの人生には、何も恐れるものはない。
 学会は「日本の柱」です。
 これからも何があろうと、頭《こうべ》を上げて胸を張り、一切を「変毒為薬」しながら、強く朗らかに、戦い抜き、そして勝ち抜いていきましょう。
 これが、創価の師弟の誓いだからです。
 大切な皆様方に「断固して 築けや楽しき 幸福城」と感謝の一句を捧げたい。
    *  *  *
 わが師・戸田城聖先生は語られました。
 「人生に悩みがなければ、人生ではない。その悩みを永遠の幸福へとつなげていく力が、信心である。勇気をもって、すべてを堂々と勝ち進んでいきなさい」と。
 何があっても、断じて負けてはいけません。全部、永遠の幸福境涯のための試練であります。
 一つ一つ、乗り越え、勝ち越え、「私は勝った!」「皆も勝った!」と叫べる歴史を、朗らかにつくっていってください。
 さあ、歓喜と充実と福徳の道を大きく開きながら、共々に、仲良く、晴れ晴れと進んでいきましょう!

第16回  大勝利の人生を歩み抜け (2012.6.3付 聖教新聞)

 いかなる広布の戦いも、永遠の歴史に輝きわたる。
 立場や肩書ではない。皆、使命がある。皆、日蓮大聖人の直弟子である。皆、幸福になる権利がある。
 どういう哲学、人生観を持っているかで、人間の価値は決まるのだ。
 御聖訓には、「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」(御書1360ページ)と厳然と仰せである。
 大聖人と心を同じくして広宣流布へ戦う皆さんこそ、真の地涌の菩薩なのである。
 堂々と胸を張って、社会に希望を送るために、人間主義の哲学を語り抜こう!
    *  *  *
 団結は力であり、団結は楽しい。団結は正しい。
 どこまでも仲良く! 大目的に向かって、団結しなければ、勝利はつかめない。
 そして、陰で広布を支えてくださっている人を大事にすることだ。懸命に奮闘している人を、徹して、ほめ讃えていくことである。これが、人材育成の根幹であるからだ。
    *  *  *
 大きな会合だけでは、心に入らないことがある。
 自分から、友のもとへ足を運ぶ。一対一で胸襟を開いて語る。ご家庭で、じっくりと話を聞く。そういう対話は、一生、忘れないものだ。
 何か声をかける。励ましを送る。心を尽くし、人を育てるのだ。本物の一人ができ上がれば、そこから学会の未来は大きく開いていける。
 躍り出る新たな人材。草創の友の雄姿。それを見ることほど、うれしいことはない。
 私は祈り待っている。皆、大勝利の人生を歩み抜かれんことを! 全力を挙げて、素晴らしい一日一日を生き抜いてもらいたいのだ。

第17回  信心こそ若き友に贈る宝
 (2012.6.10付 聖教新聞)

 未来部の成長が、広宣流布である。未来部の勝利が、創価の勝利だ。
 揺るぎない大建築には、堅固な土台が必要である。同様に、人生もまた、「幸福と勝利の土台」をつくらなければならない。
 若い皆さんにとって、勉強も、体を鍛えることも、大事な土台づくりだ。しかし、根本の生命を鍛え、錬磨し、拡大するには、信心しかない。
 題目を唱えることは、わが生命に「福運の土台」をつくることになる。福運があってこそ、全ての努力が生きるのだ。
 ご飯を毎日、食べるように、日々の勤行は、心身ともに回転を促し、リズムを整える。出発のエンジンをかける。生命の充電なのである。
    *  *  *
 私たちは何のために生まれてきたのか。「人生を楽しむためだ」と仏法は教える。
 どんな時代にも、深刻な苦しみがある。なかんずく、青春時代は、悩みの連続だ。
 しかし、まっすぐに信心を貫いていけば、法華経に「衆生所遊楽」とある通り、「生きていること自体が楽しい」「何をやっても楽しい」という人生になる。必ず、なる。「祈りとして叶わざるなし」の御本尊であるからだ。
 日蓮大聖人は“一遍の題目にも、限りない功徳がある”と門下に教えられた。
 無限の宝は、わが胸中にある。生命それ自体が、宝の集まりである。その宝を、自由自在に引き出すのが「信心」なのである。
 自分だけではない。人も幸福にしていける。社会も、そして世界も、善の方向へ、平和の方向へと変えていける。
 信心こそ、若き友に贈る最高の財産なのである。

第18回  陰の労苦の友に感謝を
 (2012.6.17付 聖教新聞)

 地道な戦いが、広宣流布の一切の勝利の源泉である。
 進もう! 地道に、水の流れるごとく!
 地道に徹する人が、最も偉い。勉強も、何事も、地道な人には、かなわない。
 広布の活動も、折伏精神を赤々と燃やしながら、朝晩の勤行、会合や個人指導、励ましの対話に徹することだ。
 為すべきことを為す。地道に繰り返していく。それが一番、偉大だ。時代の変化に右往左往してはならない。
 列車も、進むべき道を外れたら大変だ。雨が降っても、何があっても、目的地へ、同じ軌道をずっと進んでいく。それが正しい。一番強い。
    *  *  *
 誰が見ていなくとも、地道に、わが使命の持ち場で奮戦する友がいる。
 「後輩のために」「未来のために」との一心で、新たな道を切り開く勇者がいる。
 わが同志を守り抜き、頑張ってくれている不二の友が、全国、全世界にいる。
 学会を支えてくれているのは、その人だ。そういう人の信心が本物だ。
 私は、広宣流布のために陰で苦労している人を、草の根をわけても探し出し、サーチライトを当てるように激励し、感謝を捧げてきた。
 「陰徳あれば陽報あり」(御書1180ページ)である。人知れぬ広布の労苦は、必ず大福徳と輝く。これを深く確信していただきたい。
 今こそリーダーの本領発揮の時だ。
 決して油断せず、大切な同志を、明るく温かく、讃え、労い、励ましながら、足取りも軽く勝ち進んでいけるように、皆が諸葛孔明になって、歴史に輝く名指揮を!
 心一つに元気で戦おう!

第19回  常勝不敗の自分をつくれ (2012.6.24付 聖教新聞)

 今年も、我ら創価の人権闘争の原点の日──7月3日が巡り来る。
 権力の魔性と戦い、師が出獄し、私が入獄した日。
 偉大なる正義の雪辱への決意の日である。
 ある哲学者は言った。「負けても、最後に勝てば、喜びだ」「苦しくとも、最後の最後に勝てば、楽しみだ」
 有名な御聖訓には「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(御書1282ページ)と峻烈に仰せである。
 人生は戦いだ。さまざまな変化がある。しかし、いかなる時でも、恐れないという、その努力の結果が、常勝不敗の自分をつくるのだ。
    *  *  *
 未来は青年で決まる。
 一日一日が、自分自身の建設だ。それが、すべての大建設につながるという確信をもつことである。
 戸田先生は、正義に燃え立つ若き友に叫ばれた。
 「青年部は、学会の後継者であり、筋金入りの人材である。恐れるな! 師子として堂々と生き抜け!」
 わが友よ!
 新しい毎日を!
 新しい挑戦を!
 新しい前進を!
 青年と共に生き、共に戦い、共に進もう! その姿自体に、万代の勝利が輝く。
 今、各地のリーダーが、新しき青年学会の建設へ、日夜、奮闘してくださっている。本当にうれしい限りだ。
 一番大事な柱の皆さんが、広宣流布のために、堂々と、忍耐強く、責任を担い立ってもらいたい。生き生きと、若々しく、指揮を執るのだ。
 皆で団結して、勝利の歴史を残していただきたい。

第20回  全てが人間を磨く修行 (2012.7.1付 聖教新聞)

 今、ブラジル、アメリカをはじめ、世界中で、青年部・未来部が伸びている。これほどうれしいことはない。
 困難な時代だからこそ、新しい希望をどうつくるか。大きな使命をもった皆さんであることを忘れてはならない。
 私も、戦後の混乱の中、懸命に戸田先生をお守りした。いかに逆風が吹き荒れても、愛する同志のために、矢面に立って戦った。
 日興上人は「この大聖人の法門は、師弟の道を正して、成仏していくのである」と厳然と記されている。
 師と心を合わせれば、限りない力がわく。師の心を心として戦えば、わが生命が燃え上がる。どんな時代になっても、師の指導から離れない。師の指導を忘れない。そういう学会を築いていくのだ。
    *  *  *
 若い皆さんは、思うようにいかない時もあるだろう。しかし、全部、意味がある。そう心して、苦労を喜びとしていくことだ。
 皆、未来の大指導者だ。
 今、偉大な人間になる修行をしているのだ。
 何があっても、決して自分を卑下してはいけない。
 戸田先生も、「小さなことに、くよくよするな!」とよく言われた。「全世界にあって、いかなる指導者も、成功者も、皆、悪口を言われ、叩かれてきたのだ。狂っていると言われ、仲間はずれにされたり、言うに言われぬ苦しみを味わいながら、それを乗り越えていった。その人が勝利者である」と。
 努力は全部、勝利につながる。無駄なことは一切ない。
 後継の君よ、自らが決めた平和の使命の大道を進め!
 最後の勝利を、私は祈り待っている。

第21回 信・行・学の基本を錬磨 (2012.7.8付 聖教新聞)

 わが地域から「青年学会」を築くのだ。人を育てることが未来をつくることになる。
 新入会の友も、皆、偉大な使命の人だ。若き友も、皆、かけがえのない宝だ。
 新しい人材を、よく激励してあげてほしい。親身になって、話を聞くことである。
 悩みを「聞いてもらう」だけでも、ぐっと心が軽くなるものだ。前へ進む力になる。
 今、手を差し伸べれば、全ての人を輝かせていける。
 日蓮大聖人は、大難と戦う門下に「師子王の心を取り出して」(御書1190ページ)と厳然と教えられた。
 現実の社会には、嫉妬もある。虚偽もある。しかし、師子は負けない。恐れない。
 幸福とは、何の悩みもないことではない。いかなる苦難にも屈しない「師子王の心」に、真の幸福は光るのだ。
    *  *  *
 草創期、戸田先生は、社会の誰からも見捨てられ、いじめ抜かれた人たちをも抱きかかえて、「本当にかわいそうだ。必ず救ってあげたい」と立ち上がられた。
 私は感動した。大慈悲の先生であった。その心を心として、全世界を駆けてきた。これが学会精神である。
 リーダーは、どこまでも誠実に、皆から信頼される人間になることだ。
 日々の研鑽、努力を怠ってはならない。もう一度、あらゆる面で姿勢を正して、信・行・学という基本を錬磨し、確立していくことである。
 広布へ戦えば、諸天が守る。題目をあげれば、智慧と勇気が湧く。リーダーが力をつけてこそ、わが地域が守られる。何があっても、朗らかに! 強く生きるのだ。

第22回 いさぎよい信心で進め (2012.7.15付 聖教新聞)

 九州をはじめ各地の大雨の甚大な被害に、心からお見舞いを申し上げます。
 一刻も早い復旧と皆様方の無事安穏を、毎日、真剣に御祈念しております。
 天候不順であり、今後も油断できません。皆、絶対無事故で、価値ある日々を進んでいけるよう、リーダーは全力で手を打ってまいりたい。互いに声をかけ、励まし合い、支え合っていきたい。
    *  *  *
 今、海外の各地に妙法が広がっている。日本は世界の模範として、いやまして求道の炎を燃やしていくことだ。
 日蓮大聖人は「みなの御心《おんこころ》は水のごとし信のよは(弱)きはにご(濁)るがごとし、信心の・いさぎよきはす(澄)めるがごとし」(御書1262ページ)と仰せになり、「いさぎよい信心」をしていきなさいと教えておられる。
 すっきりと、勇んで行動する信心に、大功徳がわく。
 臆病や愚痴や文句の心では、諸天も動かない。
 どこまでも「心こそ大切」なのである。
    *  *  *
 青年部は、求道の心で光っていくのだ。勢いよく、勝利の歴史を開くのだ。
 リーダーには「よき人格」と「強き信心」の両面がなければならない。
 皆を大事に! 後輩を大切に! 今こそ、思い切り、広布へ戦うのだ。全学会を背負って戦うことである。
 そこに、自分自身の人間革命への道があるからだ。
 最高の人生の勝利者とは、どういう人か。世間で脚光を浴びている人が勝利者か。そうではない。
 人間としての「魂の勝利者」。これが本当の勝利者であり、永遠の勝利者である。

第23回 広宣流布の大願の祈りを (2012.7.22付 聖教新聞)

 師匠だったら、どうするか。この一点を考え、祈りに祈り抜いて、いかなる広布の戦《いくさ》も勝利する。これが真の弟子だ。今、若き指導者が育ち、学会総体が一段と強くなってきた。
 いまだかつてない誉れの勝利劇を飾っていただきたい。
    *  *  *
 自分のためだけではなく、「広宣流布のため」という大願に立った祈りから、偉大なる仏力・法力は湧き出ずる。
 私も、友のため、平和のため、希望と幸福を全世界に拡大するために、毎日、真剣に祈ってきた。
 勢いある祈り、具体的な祈り、何があっても前向きな祈りが大事だ。
 御聖訓には「教主釈尊をうごかし奉れば・ゆるがぬ草木やあるべき・さわがぬ水やあるべき」(御書1187ページ)と仰せである。
 現状を嘆いても、しかたがない。青空のような大きな心で、カラッとした気持ちで題目をあげるのだ。
 どんな時も「さあ、これからだ!」と、勇気凛々と進むのが、本因妙の仏法である。
    *  *  *
 人を動かすのは、役職や肩書や格好ではない。「真心」「大確信」「大誠実」──それが人を動かすのだ。心が心を動かすのである。
 戸田先生は常々語っておられた。「創価学会は、苦しんでいる人々を救うため、広宣流布という仏の仕事をする、最高に尊い組織だ。戸田の命よりも大事な組織だ」
 わが身をなげうって、民衆のために! 正義のために!
 これが創価の師弟の心だ。
 師弟に徹し抜いた時に、未曽有の力が出るのである。
 明るく、元気に、張り切って進もう! 何ものにも負けないで!

第24回 さあ勇敢に打って出よ! (2012.7.29付 聖教新聞)

 戸田先生は、勇んで広布に走る友に、こう叫ばれた。
 「時にめぐりあい、その時に生きるということは、人生の重大な問題である」
 「仏勅によって与えられた、広宣流布のこの日にめぐりあっているわれらの喜び、誇りはこれ以上のものはない」
 我らの天地に、永遠に崩れぬ「師弟不二の人材城」を築く時は、今である。断固として、誉れ高き「勝ち戦」の歴史を開いてもらいたい。
 勝つことは、幸福である。皆が仏になるための戦いだ。広宣流布のために、頭を使い、心を砕く。その生命は、生々世々、大博士となり、大指導者となっていくのである。
 新時代の「将の将」と立つ君よ! 師弟一体の「諸葛孔明」となって、悠々と、堂々と、皆を鼓舞する名指揮を執るのだ。呼吸を合わせ、心を合わせて、楽しく、「異体同心」の出発を頼みます。
    *  *  *
 今この時に集い合った皆さんこそが、広宣流布の永遠の勝利を決していくのである。
 使命は大きい。これほど晴れがましい今世の劇はない。思い切り打って出て、栄光の舞台を飾ろう!
 信心の「剣《つるぎ》」を光らせるのは、勇気である。戦いは、徹して強気で、攻め抜いていくことだ。日々、油断することなく、一太刀一太刀、名刀を振りおろすように、鋭く先手先手を打っていくのだ。
 日蓮大聖人も、「彼等は野干(=キツネの類)のほう(吼)るなり日蓮が一門は師子の吼るなり」(御書1190ページ)と仰せではないか。
 皆、誉れの創価の弟子らしく、「勇敢」に戦おう!
 「勇敢」の二字を忘れるな!

第25回 後継の君よ 師子になれ (2012.8.5付 聖教新聞)

 この夏、宝の未来部の育成に大勢の方が汗を流し、情熱を注いでくださっている。
 10年後、20年後、30年後を決する最重要事だ。
 壮年部・婦人部の「未来部育成部長」や、男女青年部の「21世紀使命会」、学生部の「進学推進部長」、そして未来部を応援する全ての皆様方に心から感謝申し上げたい。
    *  *  *
 戸田先生は、よく語っておられた。「青年は、望みが大きすぎるくらいで、ちょうどよいのだ。この人生で実現できるのは、自分の考えの何分の一かだ。初めから望みが小さいようでは、何もできないで終わる」と。
 夢をもつことだ。アメリカの人権闘争の指導者、マーチン・ルーサー・キング博士が「私には夢がある」とスピーチしたことは、有名である。
 差別のない、自由で平等な社会を! その夢が、人類の歴史を変えていった。
 若き君の舞台は世界だ。平和のため、大いなる夢に向かって羽ばたいてもらいたい。
   *  *  *
 後継の君よ、師子になれ!
 私は、そう祈っている。
 いざ勝負となれば、困難にひるまず、全力を振り絞って必ず勝つ。この負けない心、恐れない心、師子の心こそ、学会精神である。
 御聖訓には「師子王の如くなる心をもてる者 必ず仏になるべし 例せば日蓮が如し」(御書957ページ)と仰せである。
 何事であれ、人の何倍も努力してこそ、最後に光る。苦しい試練に耐え抜いてこそ、どんな烈風にも揺るがない自分自身を鍛え上げることができるのだ。
 さあ、きょうも勇猛精進!
 師子奮迅の心で進もう!

第26回 広宣流布の功徳は三世に (2012.8.12付 聖教新聞)

 生老病死は誰人も避けられない。愛別離苦──愛する者と離別する苦しみ、思いもよらぬ悲しい別れもある。
 しかし、そうした深い悲しみから立ち上がって、けなげに生きて生き抜いた人は、人間の王者として、後に続く人々から頼られ、仰がれるであろう。自身の悲哀を乗り越え、永遠へと残りゆく何かを成し遂げゆく人生ほど、崇高なものはない。
 仏法では生死不二と説く。題目の光は全宇宙に届く。ゆえに、亡くなられた家族や友人を、追善する側の信心が大事だ。瞬時も離れることなく“故人と一緒に”、そして“故人の分まで”との思いで広布へ進むのだ。それを故人も一番喜んでいるに違いない。
   *  *  *
 広布へ戦う功徳は、三世に輝く。妙法の人の生死について日蓮大聖人は仰せである。
 「南無妙法蓮華経と唱え、退転せずに修行して、最後の臨終の時を待ってごらんなさい。妙覚の山に走り登って、四方をキッと見るならば、なんと素晴らしいことであろうか、法界は寂光土で、瑠璃をもって地面とし、黄金の縄をもって八つの道を仕切っている。天から四種類の花が降ってきて、空には音楽が聞こえ、諸仏菩薩は常楽我浄の風にそよめき、心から楽しんでおられる」(御書1386ページ、通解)
 山に駆け上がって、見渡す限り、燦然と輝く世界。見つめる自分自身も輝いている。妙なる風が吹き、心地よい音楽が聞こえる──本当に素晴らしい世界である。
 信心を貫き通した人の生命は、皆、そうなるのだ。絶対に幸福に輝くのだ。これが大聖人の御約束なのである。

第27回 心強《つよ》く、楽しく、団結固く! (2012.8.19付 聖教新聞)

 我ら学会には、新たな前進と開拓への基盤がある。今こそ「民衆の希望の柱」として、堂々と進むのだ。
 戸田先生は「形式主義を排して、実質主義でいけ!」と叫ばれた。実質的な個人指導や訪問・激励に徹してこそ、幸福の大城は築かれる。
 広宣流布のリーダーは、いかなる戦いも、深き祈りから出発することである。
 一切の勝利へ、先手を打つことが大事だ。
 悩める人を救うための学会である。苦しんでいる人がいないか。行き詰まっているところはないか。リーダーは耳を傾け、心を砕き、一番大変なところへ直ちに飛んでいくのだ。信心根本に指導し、大誠実で励ますことである。
 会合も、皆が「来てよかった!」という会合にするのだ。たとえ一人でも「つまらなかった」と言わせまいという強き一念で臨むことである。
 一段と強靭な学会をつくるために、もう一度、すべてを見直し、まずリーダーが自らを革命していきたい。
   *  *  *
 「広宣流布のために戦った功徳は、こんなにもすごいのか!」と皆が実感できるように、どこまでも激励の手を止めないことである。
 大変な時こそ、宿命転換のチャンスなのだ。大きな苦難と戦ってこそ、崩れざる大福徳が固まるのである。
 戦う一人一人の心、気力、根性──これで決まる。
 有名な御聖訓に「軍《いくさ》には大将軍を魂とす大将軍をく《臆》しぬれば歩兵《つわもの》臆病なり」(御書1219ページ)と仰せである。
 進もう! 心強く、楽しく、団結固く! 自分自身の勝利へ向かって。今この時を共に戦える喜びを胸に!

第28回 明るく元気に! 勝利の指揮を (2012.8.26付 聖教新聞)

 新しい出発の時に臨んで、大事なことは何か。それは、勢いだ。明るさである。
 リーダーは、何があっても前向きに捉えて進むのだ。
 さあ、きょうも、明るく元気に「一歩前進!」の指揮をとるのだ。そこに、信頼が生まれ、団結が生まれる。
 指導をする際に大切なのは、信心の確信にあふれていることだ。その上で、皆さんを褒める。讃える。励ましていくことである。皆を元気にするのが指導であるからだ。
    *  *  *
 一番苦しんだ人が、一番幸福に輝いていける社会を築きたい。それが我らの戦いだ。
 戸田先生は叫ばれた。
 「大聖人の仏法は、不幸な人々のためにこそある。逆境にある人が、幸せになる宗教なのだ。
 不幸な人ほど、それを乗り越えたとき、すごい力が出る。その人こそが、本当に不幸な人々の味方になれるのだ」
 正しい仏法、正しい哲学によって、「最高の幸福法」を教え、「最高の平和の法理」を広めていくのである。
    *  *  *
 今、新しい人材が次々と育っている。本当にうれしい。
 皆、頑張れ! 私は見守っている。皆が立ち上がってこそ、永遠の学会になるのだ。
 思えば、命に及ぶ佐渡流罪の大難の中で、日蓮大聖人は堂々と宣言なされた。
 「我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」(御書232ページ)
 この不滅の御聖訓をわが魂に刻み、厳然たる創価学会の基盤を、完璧に築こう!
 油断は大敵だ。一つ一つ地道に、着実に、緻密に取り組み、全てに勝利していこう!

第29回 今を勝て! 後世の模範と輝け (2012.9.2付 聖教新聞)

 生きることは戦いだ。
 戦いがあるから、人生はおもしろい。悩みがあるから、人間革命できるのだ。
 難しいことも、多々あるだろう。しかし、そこから価値を創造していけるのが、妙法を持った人間の強さだ。
 平和のため、幸福のため、正義のために、ひとたび広布の戦《いくさ》を起こしたならば、何があろうと勝たねばならない。新時代のリーダーは、この一念で、祈り抜き、語り抜き、戦い抜いてもらいたい。
 同志を断じて護り抜く。
 権力の悪を許さない。
 三類の強敵を打ち破る。
 これが、広布の将の覚悟だ。この心で私は生きてきた。
 戸田先生はよく言われた。
 「三類の強敵よ、早く出でよ。その時こそ、ともに喜び勇んで、敢然と戦おうではないか」と。難と戦い、勝ち越えてこそ、成仏はある。宿命転換のチャンスなのである。
    *  *  *
 きょう、苦闘の一日であっても、未来を見つめて生き抜いていけば、必ず、希望の太陽が昇る。決して自分の弱さに負けてはならない。
 たとえ倒れても、また立ち上がる。思うようにいかなくても、あきらめない。その人が真の勝利者である。
 日蓮大聖人は力強く仰せである(御書1300ページ)。
 ──断じて嘆くな! 大悪があるからこそ、大善がくるのだ。上行菩薩が、大地から踊って出てきたように、楽しく勇んで、前進していきなさい──と。
 かけがえのない今を、自分のために勝て! 同志のために勝て! 仲良く戦って勝つのだ。大変だろうけれども、永遠に残る歴史だから。
 皆、立派な弟子として、後世の模範と輝いてもらいたい。

第30回 皆が人材! 新しい力を伸ばせ (2012.9.9付 聖教新聞)

 今、世界の後継のリーダーが立ち上がった。壮大な青年の大舞台の幕が開いた。
 青年は太陽だ。希望の光りであり、人類の宝である。
 一番大変な最前線に飛び込んで、苦楽を分かち合い、共に立ち上がる指導者の登場を、人々は待っているのだ。
 女性は、一人も残らず、真実の幸福者に!
 男性は、一人も残らず、社会の勝利者・成功者に!
 進もう! 希望に燃えて! 私と一緒に!
    *  *  *
 恩師・戸田先生は広布のリーダーに教えておられた。
 「『組織の目』だけではなく、つねに『信心の目』で人を見なければならない。とくに、役職は高くなくても、また役職はなくても、本当にまじめな信心の方がおられる。その方々を尊《たっと》び、心から讃え、励まし、守っていく心が、自分自身の信心の証であることを忘れてはならない」
 皆が人材だ。使命の人だ。一人一人が成長し、功徳を受け、広布の庭で輝いていけるよう、リーダーは祈り、心を砕いていかねばならない。
 新しい力を伸ばす。副役職の方を励ます。多宝会の友に心から感謝を捧げる。これらも大変に大事なことだ。
 人材の大城を築き、皆が人間革命するための一切の戦いである。リーダーの皆さんは、よろしくお願いしたい。
    *  *  *
 日々、御書を拝して前進したい。日蓮大聖人は、世界の民衆を救おうと、最高の正義を貫き、最大の難を受けられた。しかし厳然と仰せである。
 「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(御書1448ページ)
 富士のごとく堂々と、尊《とうと》き一生を断じて勝ち抜け!
2012-09-09 : 今日も広布へ :
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新時代第60回本部幹部会へのメッセージ

新時代第60回本部幹部会/全国青年部幹部会/SGI青年研修会/学生部大会へのメッセージ
        (2012.9.6 東京戸田記念講堂)


 人類史の希望の朝を開くのは青年! 「新時代第60回本部幹部会」が6日、「全国青年部幹部会」「SGI(創価学会インタナショナル)青年研修会」「全国学生部大会」の意義を込め、巣鴨の東京戸田記念講堂で開催された。これには原田会長、正木理事長、杉本婦人部長をはじめ全国の代表が、55カ国・地域、250人のSGIの友、全国332大学の男女学生部の代表1000人と出席。9・15「部の日」のドクター部、8・29「国際部の日」を迎えた国際本部、結成50周年の学術部と白ゆり合唱団の友も参加した。池田大作名誉会長はメッセージを寄せ、縁する一人一人に勇気と希望を贈りながら、自らの使命の天地に、平和と幸福と繁栄の人間主義の世界を創り出していけるのが、創価の青年の底力であると期待を寄せた。幹部会では、韓国、アメリカ、ブラジル、アフリカのSGI青年部の代表がアピール。原田会長、橋元男子部長、西方学生部長らがあいさつした。

名誉会長の「座右の銘」の書を紹介

 本部幹部会の席上、中国の著名な画家・曽海涛画伯が「日中国交正常化提言」を発表する池田名誉会長を描いた絵画とともに、名誉会長の墨痕鮮やかな「書」が、池田副理事長から紹介された。

 波浪は
 障害に遇うごとに
 頑固の度を増す
 若人も斯くあれ

 ──たとえ巌に砕かれようとも、波は何度も何度も押し寄せてくる。
 人間もまた、障害があればあるほど、全力でぶつかって、前へ前へと乗り越えていかねばならない──。
 名誉会長が、若き日から「座右の銘」としてきた一節が、力強く認められている。
 1947年(昭和22年)の8月、19歳で戸田第2代会長を人生の師匠と定め、創価の師弟の道を歩み始めた名誉会長。
 以来、名誉会長は厳しい障害に遇えば遇うほど、いよいよ「頑固の度」を増して前進していった。
 師弟の誓願を胸に、「立正安国」という“対話の波”を、「令法久住」という“人材の波”を、「広宣流布」という“平和の波”を、「仏法勝負」という“勝利の波”を、日本全国、さらに全世界へ広げていったのである。
 まさに、65年の大闘争は「波浪は 障害に遇うごとに 頑固の度を増す」という一文に象徴されている。
 そして名誉会長は、「若人も斯くあれ」と呼び掛ける。
 後継の青年部が立ち上がり、この師弟不二の不撓不屈の闘魂を燃やし、広布と青春の勝利の大波を起こしゆく時の到来である。


名誉会長のメッセージ

晴れ晴れと 英知の舞の 凱歌かな

9月8日 師と弟子が正義の師子吼
「世界との対話」に打って出よ
開拓! 勇気! 連帯! で勝て


君の爛漫たる晴れ姿を 祈り見守り待っている

 一、わが敬愛する同志の皆さん!
 「月月・日日に」、広宣流布の偉大なる前進、誠にご苦労さまです。
 きょうは、全国の「青年部幹部会」、さらに、「学生部大会」、おめでとう!
 そして、海外55力国・地域から「SGI青年研修会」に、勇躍、集われた、若き世界広布のリーダーの皆さん、本当にようこそ、いらっしゃいました。
 「過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」(御書231ページ)
 この経文に照らして、ここに、一堂に会した皆さん方一人一人が、どれほど不思議な因縁をもった尊き「地涌の菩薩」であるか。
 そして、広布と社会の大指導者として、今から未来へ、どれほど崇高な使命を果たし、晴れがましい栄光に包まれゆくことか。
 私は、込み上げる喜びをもって、皆さん方の成長と活躍を祈り、見つめています。

生命尊厳の叫び
 一、きょうは、わが青年部、わが学生部の友に「創価の青年力で、人類史の希望の朝を!」と申し上げたい。
 青年力とは、道なき道を勇敢に切り開く「開拓」の力であります。
 青年力とは、いかなる邪悪にも屈しない「勇気」の力であります。
 青年力とは、朗らかに対話して友情を広げる「連帯」の力であります。
 1957年(昭和32年)9月8日、わが師・戸田城聖先生は、神奈川の天地で「原水爆禁止宣言」を師子吼され、私たち青年に託されました。
 それは、世界の民衆の生存の権利を脅かす魔性を、青年の力で断じて食い止めてもらいたい。
 いな、青年の力で断固として打ち破ってもらいたいとの遺訓でありました。
 正しい生命尊厳の哲学を掲げ、正しい師弟の道を歩み、正しい同志との絆を持った青年は、何ものにも絶対に負けないことを、戸田先生は信じ抜いてくださったのであります。
 一、私は先生の弟子として、世界との対話に打って出て、仏法の人間主義を基調とした平和と文化と教育の大連帯を、文明を超えて築いてきました。
 「原水爆禁止宣言」から11年後の1968年(同43年)の9月8日には、学生部の総会で、日本と中国の「国交正常化提言」を行いました。
 さらに、1974年(同49年)の9月8日には、東西冷戦の渦中、内外の反対を押し切って、ソ連(現・ロシア)への第一歩を印しました。
 友情と信頼を深く結ぶと共に、この大地からも地涌の菩薩が躍り出るよう、真剣に祈りました。
 時は巡り、きょうは、ロシアSGIの男子部長と女子部長も駆けつけてくれています(大拍手)。
 あの恩師の原水爆禁止宣言より、55年──。
 世界192力国・地域に広がった創価の青年たちが、昇りゆく旭日のように、いよいよ人類を照らす「一閻浮提広宣流布」の光を放ち始めたのであります。

常勝の旗高く
 一、日蓮大聖人は、熱原の法難の真っ只中で戦う、青年・南条時光に、法華経の「願うところは、この仏法の功徳をもって、普く一切に及ぼし、自分たちと衆生と皆が共に仏道を成就したい」(御書1561㌻、通解)との一文を贈られた。
 妙法を実践する青年は、わが生命を最も尊貴に光らせ、どんな苦難も突破して、どんな災難も変毒為薬できる。
 そして、縁する一人一人に、勇気を贈り、希望を贈りながら、自らの使命の国土に、平和と幸福と繁栄の人間主義の世界を、厳然と創り出していける。
 これが、創価の青年の底力です。
 ともあれ、愛する青年の勝利の道を開くために、私は生まれてきました。
 すべてを耐え抜いて戦ってきました。
 君たち青年の爛漫たる大勝利の晴れ姿を見守ることが、私の人生の誇り高き総仕上げであります。
 また、尊き壮年部、婦人部の皆様方も、さらに、広布の模範の多宝会・宝寿会・錦宝会の皆様方も、不老不死の妙法を持った「永遠の青年」です。
 共に青年の気概で、生き生きと若々しく、前進していってください。
 乱世であればあるほど、我ら創価家族は、この世で一番強く美しい「異体同心」の団結で、楽しく常勝の旗を打ち立てようではありませんか!
 一、終わりに──

 晴ればれと
  英知の舞の
    凱歌かな

 そして、

 新時代
  若き力で
    勝利城

 と贈り、私のメッセージといたします(大拍手)。
2012-09-08 : スピーチ・メッセージ等 :
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