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随筆 我らの勝利の大道 No.81/82

随筆 我らの勝利の大道 No.81/82   
              (2012.8.30/31付)
永遠なる師弟の絆

青年よ 高邁な志を燃やせ!
共に広宣流布の大願に生きよう


試練に挑んで 人間は強くなる

 青春と
   人生 貫く
     大志かな

 札幌農学校(現・北海道大学)の初代の教頭であったクラーク博士は、開校式の式辞で、学生たちへ、エールを送った。
 「青年紳士諸君よ、高邁な志(ロフティ・アンビション)を!」と。
 北海道の天地で、日本の近代教育の発展に献身してくれた大功労者である。
 あの有名な「青年よ、大志を抱け!(ボーイズ、ビー・アンビシャス!)」は、博士が学生たちに最後に残した言葉とされる。
 どこまでも高く、どこまでも大きな「志」を!──博士の思いを受け止め、この北の学舎《まなびや》から多くの英才たちが巣立ち、世界へも雄飛していったのである。
 クラーク博士の銅像が立つ羊ケ丘の近くにある札幌創価幼稚園も、開園より、はや37年目──。
 未来を指さす博士の英姿に応えるように、わが宝の園児たちが、日々、強く、正しく、伸び伸びと成長してくれている。

大事業を成す覚悟
 クラーク博士はアメリカのマサチューセッツ農科大学学長であったが、1年間休暇をとって赴任する。
 訪日を前に、周囲から「日本で新たな学校を創設するには、二年は必要でしょう」と言われると、言下に否定した。「人が二年でやることは自分は一年でなし遂げて見せる」と。
 新しい挑戦への断固たる信念。ひたぶるな大情熱。博士自身、気高き大志を抱き、開拓魂を燃やしに燃やしたに違いない。
 魂の炎は伝播する。心から心へ点火され、必ず燃え広がっていくものだ。
 クラーク博士の日本滞在はわずか8カ月であった。それでも札幌農学校1期生に灯した博士の感化の炎は消えなかった。博士と直接会っていない2期生にも、その後の学生たちにも、博士の精神は脈々と継承されていったのだ。
 2期生の新渡戸稲造、内村鑑三をはじめ、日本を代表する逸材が陸続と登場していったことは、歴史に薫る劇である。クラーク博士の「高邁な志」は、確かに、厳然と受け継がれていったのである。
 この9月1日に生誕150周年を迎える新渡戸翁は、わが創価教育の創立者・牧口常三郎先生と深き交友を結ばれた。

8月14日の出会い
 クラーク博士は、札幌農学校の開校式で、次のようにも述べている。
 ──国が国である根本は人である。そして、人が人である根本は心である。人に心があるならば、どうしてその心を磨かないことがあろうか(磨くべきである)。
 この歴史的な開校式が行われたのは、1876年(明治9年)8月14日のことであった。
 北海道を大いなる成長の故郷《ふるさと》とし、「立正安国」の大志を抱かれた戸田城聖先生に私がお会いしたのは、奇しくも、その71年後の同じ日である。
 真剣勝負の出会いは、人の心を変え、生命を変える。さらに地域を変え、社会を変え、世界をも大きく変えていくのだ。
 東京・大田区内の座談会で、初めて戸田先生にお会いした時、恩師は47歳、私は19歳であった。
 私は、真っ直ぐに先生に質問した。
 「正しい人生とは、いったい、どういう人生をいうのでしょうか」
 戸田先生は、私の目をじっと見つめ、明快に答えてくださった。
 「人間の長い一生には、いろいろな難問題が起きてくる。人間、生きるためには、生死の問題を、どう解決したらいいか──これだ。これが正しく解決されなければ、真の正しい人生はない」
 初対面の一青年に、真剣に誠実に語られる大情熱の振る舞いに、私は「この人なら信じられる」と直感的に感じた。
 加えて先生が、戦時中に軍部政府に反対して2年間も投獄された、信念の平和の闘士であることも知り、直感は確信となった。
 10日後の8月24日、私はただ戸田先生を信じ、入信したのである。

人生変革の原点
 かのクラーク博士が学長を務めた大学は、現在のマサチューセッツ大学アマースト校の前身である。同校ゆかりのマサチューセッツ大学ボストン校から、私は2010年の11月、名誉学術称号を拝受した。
 その際、モトリー学長は授与の辞で、創価の師弟についても深く論及してくださった。
 「19歳の若き貴殿は、『価値創造』を意味する仏教在家団体・創価学会の指導者であられた、恩師・戸田城聖氏によって変革を遂げられます」
 崇高な社会貢献の大教育者が洞察してくださった通りである。稀有の師匠との出会いによって、私の人生は変わり、未来を大きく開いていただいたのである。
 モトリー学長は、光栄にも、多くの青年を勇気づける励ましとして、私の言葉を引用してくださった。
 「順風満帆に見える人よりも、厳しき試練に勇敢に挑み、粘り強く悪戦苦闘した青年のほうが、後になって光る。強くなる。はるかに偉大な歴史を残していけるのだ」
 使命深き青春は、困難も、また苦難も大きい。
 わが後継の青年たちは、労多きことを誇りとして、不撓不屈の挑戦を続けてくれている。
 「陰徳あれば陽報あり」(御書1178ページ、1180ページ)とは、厳粛なる因果の理法である。
 創価の青年たちが人知れぬ苦労を重ねながら勝ち開く未来が、どれほど栄光に輝きわたることか。私の心は希望に高鳴る。
        ◇
 我らの前途には、新しい大海原が広がっている。
 民衆詩人ホイットマンは謳い上げた。
 「さあ、もはやここにはとどまるまい、いざ錨を上げて船出をしよう」
 この心意気の如く、わが弟子たちは、一心に勝利の明日を見つめて、勇気凛々と、不二なる師弟の大航海を開始した。
 毎日、日本中、また世界中から、躍動する青年たちの前進の報告が届く。

若き生命が躍動!
 先日(26日)も、大阪、兵庫をはじめ、京都、滋賀、福井、奈良、和歌山と、全関西の各地で「常勝青年大会」が堂々と行われた。
 創価班、牙城会、文化班、鉄人会の大学校の友をはじめ、次の常勝を担い立つヤングの世代の目覚ましい成長も、詳細に伺った。
 私が60年前、24歳で関西広布への一歩を印した時と、ほぼ同年代の地涌の若人たちが、かくも澎湃と躍り出てくれており、頼もしい限りだ。
 大阪の大会では、病魔を勝ち越えた若き家族の体験発表が感動を広げた。
 ご一家の幼い長男を、「両眼性網膜芽細胞腫」という目のがんが襲ったのは4年前のことであった。
 命に及ぶ難病である。残念ながら眼球は摘出せざるを得ない。視力は失ったが、手術は成功し、医師も「前例がない」と驚く順調な回復を遂げた。
 よく笑い、明るく周囲を励ましてくれる、けなげな長男を抱きしめて、ご一家は信心を燃え上がらせた。
 「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)との御聖訓を確信し、創価家族の励ましの絆を支えとしながら、毅然と前進されている。
 今回の常勝青年大会で、来月6歳になる長男は、両親と一緒に関西戸田記念講堂の壇上に凛々しく立ち、得意のドラムを力強く叩くとともに、語ってくれた。
 「ぼくは目が見えません。だけど、ぼくにも使命があります。人に勇気をあたえられる人になります!」
 そして希望の声を響かせながら、呼びかけたのだ。
 「ぼくも、がんばっています。だから、男子部の皆さんも、気合を入れてがんばってください!」と。
 講堂を埋め尽くした若人たちは涙と決意の笑顔を光らせ、大拍手で応えた。
        ◇
 日蓮大聖人は、烈々と仰せであられる。
 「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さは(障)りをなすべきや」(同1124ページ)
 どんな病気があろうとも、どんな困難があろうとも、絶対に負けない。必ず尊極なる仏の生命を輝かせ、これ以上ないという幸福を自他共に勝ち開いていけるのが、信心である。広宣流布の大願の道である。
 わが直系の青年たちは、人類に限りない勇気と希望を贈りゆく、この「正しい人生」の勝利の道を、私に続いて、強く朗らかに進み抜いていただきたい。

 師弟不二
  君も偉大な
   広宣の
  正義の大道
    歩む指導者

 クラークの言葉は大島正健著『クラーク先生とその弟子たち』(教文館)、ジョン・M・マキ著『W・S・クラーク──その栄光と挫折』高久真一訳(北海道大学図書刊行会)などを参照。「国が国……」は大島前掲書=現代文に改めた。ホイットマンは『草の葉(下)』鍋島能弘・酒本雅之訳(岩波書店)。

正義の師子吼で開け 新時代
誓い忘れず 黄金柱よ立ち上がれ


「たくましく 仏の力 今日の舞」

 広宣の
   聖教城に
     栄光あれ

 お陰さまで、全国の同志の尊き真心に支えられて、我らの聖教新聞は、民衆の言論の大城として、発展を続けている。
 聖教新聞を創刊することは、私が恩師・戸田先生から直々に託された使命であった。1950年(昭和25年)の8月24日。先生の事業が最悪の窮地にあった渦中である。
 その日、師は言われた。
 「一つの新聞をもっているということは、実に、すごい力をもつことだ。学会も、いつか、なるべく早い時期に新聞をもたなければいけない。大作、よく考えておいてくれ」
 この師弟で刻んだ“創刊原点の日”から8カ月後、戸田先生が第2代会長に就任される直前の1951年(昭和26年)の4月20日に、聖教新聞は誕生したのである。
 言論で広宣流布の新時代を開け──聖教には、師弟共戦の熱願が燃えている。いついかなる時代にも、勇気凛々と、正義の師子吼を放っていくのだ。
        ◇
 南米解放の大英雄シモン・ボリバルは、明年、生誕230周年を迎える。
 このボリバルが時代変革の最大の武器としたのも、新聞であった。
 「新聞とは新しい思想を伝える移動教壇」であり、新聞にこそ民衆を啓発し、教育する重要な役割があると考えていたのである。
 聖教新聞は、どの新聞にもまして、幅広い読者の方々が丹念に読み、真剣に学んでくださっている。これほどの誇りはない。

ペンは剣より強し
 100年前、中国の辛亥革命を言論闘争で鼓舞した闘士に、于右任《うゆうじん》という革命家がいた。実は、私が現在、対談を進めている経済学者の劉遵義《りゅうじゅんぎ》博士(香港中文大学・前学長)の母方の祖父君であられる。
 この于右任先生は、度重なる言論弾圧にも屈することはなかった。創刊した新聞が次々と廃刊を余儀なくされても、怯むことなく、新しい新聞を誕生させ続け、筆鋒鋭く悪を糾弾していったのである。
 于右任先生は、新聞記者こそ最も快活な人であり、「無冠の帝王」である、と自負されていた。
 この屹立した精神こそ、真の言論人たる闘魂の背骨でなくてはなるまい。
 「ペンは剣よりも強し」
 「声は砲弾よりも強し」
 まさしく新聞の力、活字・言葉の威力は、時代を動かす原動力なのだ。
 日蓮大聖人は、紙も十分にない法難の佐渡から、門下に御書を送られ、「心ざし」のある人びとは、寄り集まって一緒に拝読するように促しておられる。
 その「佐渡御書」には、「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし」(御書957ページ)と仰せになられている。
 聖教新聞は、この「師子王の心」を満々と漲らせて、どこまでも広宣流布の前進へ、世界平和の創出へと論陣を張っていくのだ。
 聖教の拡大に先駆してくださっている新聞長をはじめ全同志の皆様、そして、聖教を支えてくださっている配達員、販売店、通信員の方々をはじめ、全ての関係者に、私は、あらためて心から感謝申し上げたい。

不忘山の同志たち
 堂々と
  この人生を
    勝ちぬきて
  三世の宝冠
   誇りて かぶれや

 「8・24」は、黄金柱の誉れも高い「壮年部の日」である。
 思えば、1990年(平成2年)のこの日、私は東北の地にいた。
 標高1705メートルの名峰・不忘山を望む宮城・白石市の東北記念墓地公園で、尊き同志と本部幹部会に出席したのである。
 草創の頃、「不忘」の地の同志は石巻の組織に所属していた。会合に行く時は山道を5、6時間も歩いて白石に出て、列車で仙台、さらに石巻へと通った。帰りは仙台駅のホームで夜を明かし、翌朝、再び列車と徒歩で長き道をたどり、「不忘」に戻ったという。
 石巻の友も、幾度となくこの地に足を運び、弘教に勇んで挑戦しておられた。あまりにも偉大な、広布の開拓者たちである。
 この同志の不屈の行動によって、東北広布の道なき道が開かれてきたことも、この同志の金剛の絆によって、東日本大震災の苦難を耐え、乗り越えてこられたことも、私は「不忘山」の名の如く、決して忘れない。
 この1990年の東北訪問の際、墓地公園の周辺を視察していた私は、偶然、3人の壮年と出会った。地元の蔵王支部の方々であった。各種行事の無事故・大成功を、婦人部の皆様と共に、近くの場所で、陰ながら祈ってくださっていたのである。
 私は、3人と固い握手を交わし、感謝を込めて「白石の三勇士」と呼ばせていただき、再会を期した。
 4年後(1994年)、再び、この地を訪れた折、立派に広宣流布の拡大を成し遂げた友らと、晴れがましく再会を果たすことができたのである。
 誓いを忘れず──不忘の人生は荘厳である。
 この支部では、婦人部も壮年部も青年部も皆、本当に仲良き創価家族の絆で結ばれていた。
 その秘訣を教えてくれるかのように、婦人部の方が語っていた。「うちの壮年部は、みんな、親切で優しいんです」
 あれも、これも、壮年部が手伝ってくれました、と誇らしげであった。
 壮年が婦人部を守り、大切にする組織は、必ず発展する。喜びがあり、希望が広がる。

壮年は励ます力を
 壮年の「壮」の字には、「勢いが盛ん」「意気に燃えている」等の意味があり、ほかにも「元気づける」という意もある。「壮行」といえば、前途を祝し励ましを贈ることである。
 つまり自分だけでなく、周囲を励ます力を持つのが「壮年」とはいえまいか。
 青年を励ます壮年の言葉には、真心の思いやりがあり、心からの期待があり、経験を重ねた確信がある。
 石巻出身の作家・志賀直哉は言った。
 「築く。築くといふ事が大事だ。そしてそれをくづさぬやう、くづされぬやう、本物で築き上げて行く」
 我ら壮年は、自らが礎となり、石垣となり、柱となって、永遠に崩れざる人材城を築き上げ、青年たちに譲り託していくのだ。いかに時代が揺れ動こうとも、厳然と勝利へ指揮を執っていくのだ。これほど不滅の人生はない。
 「いよいよの心」を燃え上がらせ、私も壮年部の栄えある一員として、断固として戦い抜く決心である。
        ◇
 岩手県が生んだ世界市民である新渡戸稲造博士は、「如何なる手腕技倆あるものでも、最初の決心を継続して行ふものでなければ、決してその事に成功しない」と綴られた。
 そうだ。常に初心を忘れず、地道に粘り強く、戦い抜くことだ。その人が一番強い。最後は必ず勝つ。
 岩手でも、この夏、わが壮年部の友が一丸となり、聖教新聞の拡大に黄金の汗を流してくださった。ありがたい限りである。
 もちろん、壮年部の奮闘も、青年部の躍進も、その陰には、偉大な婦人部の懸命な祈りと真心の支えがあることはいうまでもない。

絶対に負けない!
 先日も、福島県のいわき市を訪問してきた、東京の婦人部のリーダーの方がしみじみと語っていた。
 ──お会いした創価の母上は97歳。少しでもねぎらい、激励させていただこうと、声をかけると、
 「私たちは何があっても大丈夫。学会と共に、師匠と共に、絶対に負けないよ。あなたも体に気をつけて頑張ってね」と、反対に励ましていただきました。
 この方々こそ仏様なりと拝む思いでした、と──。
 幾多の悲しみも苦しみも勝ち越えてきた一人の母を、大聖人は「心の月くもりなく」「即身の仏なり」(御書934ページ)と讃嘆なされている。
 創価の母たちを讃えてくださっている御金言と、私には拝されてならない。

偉大な誓いの人生
 御書には、「一切の菩薩必ず四弘誓願を発《おこ》す可し」(424ページ)と仰せである。
 一切の菩薩は、等しく「四弘誓願」、すなわち四つの広大な誓願を立てる。大聖人も「肝要」と言われたその第一は、「衆生無辺誓願度」。「全ての衆生を生死の苦しみから救済し、成仏に導こう」との誓いである。
 19歳の私が師弟の道に飛び込んだ「8・24」の旅立ちから65年──。
 創価の魂は、世界の民衆の崩れざる幸福と安穏を築かんと立ち上がった「師弟共戦の誓願」にある。
 広宣流布という永遠の大願に生きる、我らの「師弟の絆」も永遠なのだ。
 わが師匠との出会いから始まった、「立正安国」への人道と平和の大闘争!
 師に誓った、聖教新聞の日本中、世界中への拡大!
 師弟共戦と異体同心の、盤石なる民衆城の構築!
 今この時に、不思議な宿縁の新入会の友も、続々と喜び勇んで躍り出ている。
 「魂の喜びは行動の中にある」──フランスの作家アンドレ・モロワが大切にした箴言である。
 三世永遠の「師弟の絆」で結ばれたわが同志よ、今こそ前進だ! 対話だ! 励ましだ!
 快活に動こう! この世の誓いを、尊き地涌の使命を果たし抜くために!

 たくましく
    仏の力
     今日の舞

 ボリバルの言葉はサルセド=バスタルド著『シモン・ボリーバル』水野一監訳(春秋社)。于右任は西出義心著『于右任傅 金銭糞土の如し』(書道芸術社)。志賀直哉は『志賀直哉全集 補巻6』 (岩波書店)。新渡戸稲造は『新渡戸稲造全集7』(教文館)。モロワは『初めに行動があった』大塚幸男訳(岩波書店)。
 (注)四弘誓願は「衆生無辺誓願度」「煩悩無辺誓願断」「法門無尽誓願知」「仏道無上誓願成」(御書425ページ)。

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2012-08-31 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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インド創価池田女子大学第13回入学式へのSGI会長夫妻のメッセージ

インド創価池田女子大学第13回入学式へのSGI会長夫妻のメッセージ
     (2012.8.18 インド創価池田女子大学)

 南インド・チェンナイの「創価池田女子大学」で18日、第13回入学式が盛大に挙行され、438人の新入生が誕生した。式典には来賓のマドラス大学ニルマラ・プラサッド評議員、創価池田女子大学のセトゥ・クマナン議長、ラニ・クリストゥ・ダス学長をはじめ教職員、在学生、父母ら約800人が出席し、心から祝福。名誉創立者・池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長と名誉学長の香峯子夫人が晴れの出発に記念のメッセージを贈った。

きょうも前へ! 一歩でも前へ
青春の誓いの柱を打ち立てよ


 一人一人が希望の光と輝きわたる、わが敬愛するインド・創価池田女子大学の第13期生の皆さん!
 晴れの入学式、まことにおめでとうございます。
 新入生のご家族、ご友人の皆様方にも、心からお祝いを申し上げます。
 創価池田女子大学は、2000年の開学以来、尊敬するクマナン議長、ダス学長はじめ教職員の皆様、さらに麗しき連帯の同窓生の皆様方の美事な奮闘により、大発展を成し遂げてこられました。
 夜間のコースもスタートし、大学院で学ぶ俊英の皆さんを含め、学生数は1100人を超えたとうかがいました。
 卒業生の大活躍も、社会の各分野で鮮烈に光っております。私も妻も、これほどうれしい、これほど心弾む喜びはありません。
 13期生の皆さん方は、「向学」と「成長」と「友情」の香気に満ちた、この理想のキャンパスで、胸を張って伸び伸びと、学び鍛え、最高に充実した黄金の青春を飾っていってください。
 今年は、マハトマ・ガンジーが、インド独立への大潮流となる非暴力の民衆運動「サティヤーグラハ」(真理を堅持すること)を開始して105周年の佳節です。
 人類史に燦然と輝く不滅の闘争を支え、インドの未来に希望の夜明けをもたらした大いなる勝利の原動力──それは、“独立の父”ガンジーと心を一つにして戦った、多くの女性たちです。
 ガンジーは、女性たちを高く評価して語っておりました。
 「世界のいろいろな問題で、婦人たちがますます重要な役割を果たしているのを、わたしは知っています。婦人たちは、どんな運動にとっても貴重な存在になるでしょう」(クリシュナ・クリパラーニ著、森本達雄訳『ガンディーの生涯(上)』レグルス文庫)と。
 女性の勤勉と誠実、生命を慈しみ育む心、そして平和を愛してやまない熱願等々──女性の優れた力が存分に発揮され、社会の中で輝いてこそ、人類の未来は洋々と開けるのであります。
 ガンジーの期待と信頼に呼応して、インド人女性として初めて国民会議の議長に就いた詩人サロジニ・ナイドゥをはじめ多くのリーダーが育っていったことは、忘れ得ぬ歴史であります。
 ガンジーは“自らの誓いに忠実であれ”と訴えました。
 皆さんも、今こそ、若き心に大きな誓いの柱を打ち立ててください。夢を持ち、誓いを貫き通していく。その青春は、悪縁に紛動されることなく、自分自身を大きく豊かにできるからです。
 私が対談した歴史家のトインビー博士が、マハトマ・ガンジーの非暴力の精神を「私たちのすべてが見ならうべき」(『未来を生きる』毎日新聞社)と強調しつつ、若い世代にアドバイスをされたことがあります。
 それは、自らの努力が大きく実らなかったとしても、がっかりしたり、憤慨したりしてはならないということです。博士は言われました。
 「もし、あなたが、人生をほんのわずかでもよりよいものにすれば、それはたいへんな成功であり、あなたの人生は価値があったということになるのです」(同)と。
 青春、そして人生にあって、華やかな脚光を浴びることが幸福なのではありません。
 たとえ、カタツムリの歩みのように、ゆっくりであっても、地道であっても、粘り強く、辛抱強く、前進し抜いた人が勝利です。
 なかなか思うようにいかない時も、壁にぶつかった時も、あきらめないチャレンジ精神が燃えている限り、その人は勝っているのです。
 「真の幸福は、労苦によってもたらされる」とは、世界の多くの女性たちに愛読された小説『若草物語』で有名な、アメリカの作家ルイザ・メイ・オルコットの言葉です。
 自分が悩み、苦労した分だけ、苦しむ人の心がわかり、励ませる自分になることができる。その深く強い“同苦の心”こそ、幸福と平和の泉なのであります。
 ゆえに、皆さんは、いかなることがあろうとも、「きょうも前へ! 一歩でも前へ!」とのたくましき楽観主義で、明るく朗らかに、友と励まし合いながら進んでいってください。
 きょう、この場に集い合った皆さんは、不思議なる縁《えにし》で結ばれた姉妹であり、家族です。
 私と妻にとっても、世界の未来を照らしゆく、最高に尊く輝く無上の宝であります。
 どうか、クマナン議長やダス学長をはじめ、素晴らしい先生方のもと、学びに学び抜いて、社会へ、世界へ、大きく羽ばたいていっていただきたいのであります。
 私も妻も、愛する皆様の健康と成長と幸福を祈り続けてまいります。
 大切な大切な皆様に、「さいわいは心よりいでて我をかざる」との大賢哲の言葉をお贈りし、お祝いのメッセージといたします。
 どうか、お元気で!
2012-08-29 : スピーチ・メッセージ等 :
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御書とともに 1~90

御書とともに 90 名誉会長が指針を贈る

仏法を弘める誇りに燃えよ

 日蓮は世間には日本第一の貧しき者なれども仏法を以て論ずれば一閻浮提第一の富る者なり、是れ時の然らしむる故なりと思へば喜び身にあまり感涙押へ難く教主釈尊の御恩報じ奉り難し(四菩薩造立抄、988ページ)

通解
 日蓮は世間的にみれば日本第一の貧しい者であるけれども、仏法の上から論ずるならば、一閻浮提第一の富める者である。これは(末法という)時のしからしむるゆえであると思うと、喜びは身にあまり、感涙をおさえがたく、教主釈尊の御恩は報じ奉りがたい。

同志への指針
 人間の本当の豊かさとは、財力でも地位でもなく、心の境涯で決まる。
 日蓮大聖人に連なり、妙法を持《たも》ち行じる我らもまた、「第一の富る者」なのだ。この喜びに燃える庶民が築いてきたのが、金剛不壊の創価学会である。
 「世界第一の魂の長者」の誇りも高く、胸を張って大仏法を弘めゆこう!

御書とともに 89 名誉会長が指針を贈る

行学の二道を励みゆけ

 行学の二道をはげみ候べし、行学たへ《絶》なば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかた《談》らせ給うべし(諸法実相抄、1361ページ)

通解
 行学の二道を励んでいきなさい。行学が絶えてしまえば仏法はない。自分も行い、人をも教化していきなさい。行学は信心から起こる。力があるならば一文一句であっても人に語っていきなさい。

同志への指針
 御書は「希望の経典」である。御書を開き題目を唱えれば、生命の光が広がる。勇気が漲る。妙法の智慧が湧く。仏の力が脈打ってくる。
 さあ、「かたらせ給うべし」だ。はずむ命で対話に打って出よう! 語った分だけ、仏縁が結ばれ、功徳が積まれる。
 「行学の二道」に勇みゆくなかに、広布と人生の勝利が築かれるのだ。

御書とともに 88 名誉会長が指針を贈る

一家の幸福境涯を開け

 一つ種は一つ種・別の種は別の種・同じ妙法蓮華経の種を心に・はらま《孕》せ給いなば・同じ妙法蓮華経の国へ生れさせ給うべし、三人面《おもて》をならべさせ給はん時・御悦びいかが・うれし《嬉》くおぼしめすべきや(上野殿母御前御返事、1570ページ)

通解
 同じ種からは同じ果実が実り、別の種からは別の果実が実ります。同じ妙法蓮華経の種を心に孕まれるなら、同じ妙法蓮華経の国へお生まれになるでしょう。あなたがた親子三人が顔をお揃えになる時のそのお悦びは、どれほどか嬉しく思われることでしょう。

同志への指針
 妙法で結ばれた人は、必ずまた同じ妙法の国に共に生まれる。心は瞬時も離れることなく、いつも一緒に生き抜いていける。
 後継の家族が毅然と前進していくことが、故人が一番、喜んでくれる。追善の題目を心ゆくまで唱えながら、共々に常楽我浄の境涯を悠々と開きゆくのだ。

御書とともに 87 名誉会長が指針を贈る

「生命の世紀」を築け


 一切衆生のみならず十界の依正の二法・非情の草木・一微塵にいたるまで皆十界を具足せり(小乗大乗分別抄、522ページ)

通解
 一切衆生だけではなく十界の依報・正報の二法も、非情の草木や一微塵に至るまで、みな十界を具足している。

同志への指針

 仏法の真髄に照らせば、人間はもとより、全宇宙の一切に尊極なる仏性を見出すことができる。生命の尊厳を確立し、人間と人間、人間と自然、人間と宇宙が、調和しながら共生していくための智慧が、妙法なのである。
 この最高峰の哲理を、世界は深く求め始めている。私たちが仏法を語り広げる草の根の対話運動は即、21世紀を「生命の世紀」と輝かせる偉大な事業なのだ。

御書とともに 86 名誉会長が指針を贈る

宝の後継者を育てよ

 日蓮は少《わかき》より今生《こんじょう》のいのりなし只仏にならんとをもふ計りなり、されども殿の御事をば・ひまなく法華経・釈迦仏・日天に申すなり其の故は法華経の命を継ぐ人なればと思うなり(四条金吾殿御返事、1169ページ)

通解
 日蓮は若い時から今生の栄えを祈ったことはない。ただ仏になろうと思い願うだけである。しかし、あなたのことは、絶えず法華経、釈迦仏、日天子に祈っているのである。それは、あなたが法華経の命を継ぐ人だと思うからである。

同志への指針
 広宣流布に励むわが同志こそ、妙法の命を継ぐ、かけがえのない宝の存在である。ゆえに断じて守り抜くのだ!
 ──これが日蓮大聖人の深い御慈愛であられた。
 そのお心のままに戦えば、学会は永遠に勝ち進んでいくのだ。一番大切な「法華経の命を継ぐ人」である青年部・未来部を、さらに皆で励まし、育てていこう!

御書とともに 85 名誉会長が指針を贈る

強敵を迎え撃て

 釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一の善知識なれ、今の世間を見るに人をよくな《成》すものはかたうど《方人》よりも強敵が人をば・よくなしけるなり(種種御振舞御書、917ページ)

通解
 釈迦如来にとっては(迫害を加えてきた)提婆達多こそ第一の善知識ではなかったか。今の世間を見ると、人をよくするものは、味方よりも強敵《ごうてき》が人をよくしているのである。

同志への指針
 青年よ、喜び勇んで「強敵《ごうてき》」を迎え撃て!
 試練に臆し、苦難を避ける心に、魔は増長し付け入ってくる。
 「さあ、来い!」と、あえて強敵に挑んでこそ、わが生命は鍛えられ、磨かれる。そこに人間革命があり、一生成仏がある。
 日蓮大聖人に直結する我らは「師子王の心」を取り出して、何ものも恐れず、堂々と悠々と一切を勝ち越えていくのだ!

御書とともに 84 名誉会長が指針を贈る

今一重の「心ざし」を

 人の心かたければ神のまほり必ずつよしとこそ候へ、是は御ために申すぞ古《いにし》への御心ざし申す計りなし・其よりも今一重強盛に御志あるべし(乙御前御消息、1220ページ)

通解
 心の堅固な者には、諸天善神の守りが必ず強いというのである。このように言うのは、あなたのために言うのである。あなたの昔からの信心の深さは言い尽くせない。だが、それよりもなお一層、強盛に信心をされるべきである。

同志への指針
 心は不思議である。いくらでも強くなる。深くなる。その最も強く深い心が、信心である。
 堅固な信心があれば、いかなる状況であろうと、必ず厳然と守られる。
 信心は常に「いよいよ」「これから」だ。「今一重強盛」の信心で、日に日に新たな出発を期すのだ。それが、誉れ高き我らの「常勝の魂」である。

御書とともに 83 名誉会長が指針を贈る

妙法を持《たも》つことが最高の親孝行


 法華経を持ち奉るを以て一切の孝養の最頂とせり(御義口伝、774ページ)

通解
 妙法蓮華経を持ちたてまつることを、一切の孝養のなかで最高としたのである。

同志への指針
 妙法を受持することは、自身と両親の生命を無量の福徳で包み、最上の親孝行になる。
 たとえ親が信心をしていなくても、わが子が唱える題目の力によって、必ず成仏へと導き、根本の孝養を果たせる。また、亡くなられた親にも、最高の追善回向ができる。
 自分が太陽と輝いていけば、家族も眷属も社会も照らしていけるのだ。
 ともあれ、学会っ子は親孝行であれ! 父母に笑顔を忘れずに!

御書とともに 82 名誉会長が指針を贈る

「決意即行動」で挑め

 夫れ人身《じんしん》をうくる事はまれなるなり、已にまれなる人身をうけたり又あひがたきは仏法・是も又あヘり、同じ仏法の中にも法華経の題目にあひたてまつる結句題目の行者となれり、まことにまことに過去十万億の諸仏を供養する者なり(寂日房御書、902ページ)

通解
 およそ人間の身を受けることはまれである。すでにまれな人身を受けている。また、あいがたきは仏法であるが、これもあうことができた。同じ仏法の中でも法華経の題目にあいたてまつり、結局、南無妙法蓮華経の題目の行者となった。まことにまことに過去世で十万億の諸仏を供養した者であろう。

同志への指針
 深き宿縁によって、人間として生まれ、あいがたき仏法に巡りあえた我らである。この人生が、いかに尊いことか。空しく過ごして、断じて悔いを残してはならない。
 一つ一つの苦労が「今生人界の思出」となり、金剛不壊の「心の財」となる。仏法の世界に無駄はない。「決意」を即「行動」として、わが人生を“勝ち戦”で飾りゆけ!

御書とともに 81 名誉会長が指針を贈る

師子吼の題目で病魔に勝て

 南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはり《障》をなすべきや、鬼子母神・十羅刹女・法華経の題目を持《たも》つものを守護すべしと見えたり(経王殿御返事、1124ページ)

通解
 南無妙法蓮華経は師子吼のようなものである。どのような病が、障りをなすことができようか。鬼子母神、十羅刹女は、法華経の題目を持つものを守護すると経文に見えている。

同志への指針
 誰人も病気との闘いは避けられない。しかし、題目の師子吼は無敵だ。わが色心から師子王の大生命力を奮い起こす究極の力である。いかなる病魔も、広宣流布に進み抜く闘士を絶対に不幸にすることなどできない。
 ゆえに、題目を勇猛に唱え、全てを「変毒為薬」しながら、断固と勝ち越えていただきたい。わが宝の同志を仏天よ守りに護れと、私も祈りに祈り抜いている。

御書とともに 80 名誉会長が指針を贈る

勇気をもって仏縁の拡大を

 「以何令衆生・得入無上道」の御心のそこ順縁・逆縁の御ことのは已《すで》に本懐なれば暫くも持《たも》つ者も又本意にかないぬ又本意に叶はば仏の恩を報ずるなり(持妙法華問答抄、467ページ)

通解
 「なんとしても、衆生を無上道に入らしめ(速やかに仏身を成就させたい)」との御心の底、順縁・逆縁の者も共に救おうという御言葉は、まさに仏の本懐であるから、少しの間受持する者もまた本意にかなうのである。また本意にかなうならば、仏の恩を報ずることになる。

同志への指針
 仏の願いは、一切衆生の救済である。素直に仏法を信じる順縁の人はもちろん、反発する逆縁の人であろうと、仏縁によって、最後はその人が幸福になる。それが、仏の最大の喜びである。
 ゆえに、友のために勇気をもって語り、仏縁を拡大することこそが、仏の本意に叶う、大慈悲の行動となるのだ。

御書とともに 79 名誉会長が指針を贈る

仏とは戦い続ける人

 夫れ浄土と云うも地獄と云うも外には候はず・ただ我等がむねの間にあり、これをさとるを仏といふ・これにまよふを凡夫と云う、これをさとるは法華経なり、もししからば法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候ぞ(上野殿後家尼御返事、1504ページ)

通解
 さて、浄土といっても地獄といってもほかにあるのではない。ただ我らの胸中にあるのである。これを悟るのを仏といい、これに迷うのを凡夫という。これを悟ることができるのが法華経である。したがって、法華経を受持する者は地獄即寂光と悟ることができるのである。

同志への指針
 「仏」とは、自分を離れた特別な存在ではない。自他共の生命が尊極であることを信じて、この現実社会のなかで「戦い続ける人」のことである。
 「仏」と「凡夫」との違いは、自身の胸中に宇宙大の可能性があることを、確信できるかどうかである。その一点に目覚めれば、どんな厳しい環境でも屈しない。今いる場所を寂光土と輝かせていけるのだ。

御書とともに 78 名誉会長が指針を贈る

信心こそ一切の根本

 南無妙法蓮華経とばかり唱へて仏になるべき事尤《もっと》も大切なり、信心の厚薄によるべきなり仏法の根本は信を以て源とす(日女御前御返事、1244ページ)

通解
 「南無妙法蓮華経」とだけ唱えて、成仏することが最も大切である。ひとえに信心の厚薄によるのである。仏法の根本は、信をもって源とする。


同志への指針

 正しい信心こそ、勝利の根本である。妙法を唱え抜く人が一番尊く、一番強い。強盛に「信力」「行力」を奮い起こせば、無量無辺の「仏力」「法力」を、わが生命にあらわすことができる。
 どんな時も、まず題目だ。題目こそ、いかなる苦悩にも負けず、一切を打開していける究極の原動力なのである。

御書とともに 77 名誉会長が指針を贈る

仏法は万人を照らす光

 法華経は闇夜《あんや》の月のごとし法華経を信ずれども深く信ぜざる者は半月の闇夜を照すが如し深く信ずる者は満月の闇夜を照すが如し(薬王品得意抄、1501ページ)

通解
 法華経は闇夜の月のようなものである。法華経を信じたとしても深く信じない者は半月が闇夜を照らすようなものであり、深く信じる者は満月が闇夜を照らすようなものである。

同志への指針
 時代の闇は深い。だからこそ、仏法の慈悲が光る。仏法の智慧が冴える。
 万人の成仏を説ききった仏法の力を思う存分に引き出すのが、私たちの信心である。強盛な信心があるところ、必ず自他の生命を蘇生させることができる。
 創価の青年の英知と情熱こそが、満月の如く皓々と万人を照らす光源なのだ。

御書とともに 76 名誉会長が指針を贈る

揺るがぬ自己を築け

 賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり、利《うるおい》・衰《おとろえ》・毀《やぶれ》・誉《ほまれ》・称《たたえ》・譏《そしり》・苦《くるしみ》・楽《たのしみ》なり(四条金吾殿御返事、1151㌻)

通解
 賢人は八風といって八種の風に侵されないのを
賢人というのである。八風とは利《うるおい》・衰《おとろえ》・毀《やぶれ》・誉《ほまれ》・称《たたえ》・譏《そしり》・苦《くるしみ》・楽《たのしみ》である。

同志への指針
 信仰とは、何ものにも揺るがぬ、堂々たる自分を創り上げる力だ。目先の利害や毀誉褒貶に一喜一憂して、紛動される人生は儚い。人々のため、社会のため、広宣流布の大願に生き抜く人こそ、大賢人なのである。
 八風に侵されず、わが使命の道を断固として歩み通すことだ。そこに、諸天善神が動く。誇り高き「人間革命」の凱歌の劇が光る。悔いなき大勝利の歴史が残る。

御書とともに 75 名誉会長が指針を贈る

励ましは「万」の「力」

 夫《そ》れ木をうえ候には大風《おおかぜ》吹き候へどもつよ《強》きすけ《扶》をかひ《介》ぬれば・たうれず、本《もと》より生《お》いて候木なれども根の弱きは・たうれぬ(三三蔵祈雨事、1468ページ)

通解
 植えた木であっても、強い支柱で支えれば、大風が吹いても倒れない。もともと生えていた木であっても、根が弱いものは倒れてしまう。

同志への指針
 「支え」のある人間は強い。負けない。「善知識」という強い支えがあれば、いかなる試練の嵐も乗り越え、幸福と勝利の花を咲かせていける。
 「励まし」は、「万」の「力」を友に贈る。真心の対話こそ、最も地道でありながら、最も強く心を結び、最も深く信頼の根を広げるのだ。

御書とともに 74 名誉会長が指針を贈る

平凡にして偉大な幸福の太陽たれ!


 夫《それ》信心と申すは別《べち》にはこれなく候、妻のをとこ《夫》をおしむが如くをとこの妻に命をすつるが如く、親の子をすてざるが如く・子の母にはなれざるが如くに、法華経釈迦多宝・十方の諸仏菩薩・諸天善神等に信を入れ奉りて南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを信心とは申し候なり(妙一尼御前御返事、1255ページ)

通解
 そもそも信心というのは特別なものではない。妻が夫を大切にするように、夫が妻のために命を捨てるように、また親が子を捨てないように、子が母から離れないように、法華経・釈迦・多宝・十方の諸仏・菩薩・諸天善神等を信じて、南無妙法蓮華経と唱え奉ることを信心というのである。

同志への指針
 信心とは、最も人間らしい心の発露である。家族を慈しみ、わが子を守り抜く。そうした心のまま御本尊に向かえばよいのだ。
 ヤング・ミセスの皆様は日々、現実の中で奮闘されている。身近な生活こそ人間革命の劇場である。今日も、賢く、朗らかに「幸福の太陽」を輝かせゆかれんことを!

御書とともに 73 名誉会長が指針を贈る

病魔に打ち勝つ信心を


 すでに仏になるべしと見へ候へば・天魔・外道が病をつけてをど《威》さんと心み候か、命はかぎりある事なり・すこしも・をどろく事なかれ、又鬼神め《奴》らめ此の人をなやますは剣《つるぎ》をさかさ《逆》まに・のむか又大火をいだくか、三世十方の仏の大怨敵となるか(法華証明抄、1587ページ)

通 解 
(南条時光が)もはや成仏しそうになったので、天魔・外道が病気にさせて脅そうと試みているのであろうか。人の命には限りがあることであり、少しも 驚いてはならない。また、鬼神どもよ。この人(時光)を悩ますとは、剣《つるぎ》を逆さまにのむのか。自ら、大火を抱《いだ》くのか。三世十方の仏の大怨敵となるのか。

同志への指針
 日蓮大聖人は、門下に襲いかかる病魔を烈々と叱り飛ばしてくださっている。
 御本仏がついてくださっているのだ。師も同志も祈っている。断じて病気に負けてはならない。一切は成仏するための試練である。強盛に祈ろう。題目の師子吼には病魔も逃げ去る。
 広布のために生き抜いてみせるとの一念で、仏の大生命を涌現させるのだ。

御書とともに 72 名誉会長が指針を贈る

永遠に学会員として誇り高く

 もし・さきにたたせ給はば梵天・帝釈・四大天王・閻魔大王等にも申させ給うべし、日本第一の法華経の行者・日蓮房の弟子なりとなのらせ給へ、よもはうしん《芳心》なき事は候はじ(南条兵衛七郎殿御書、1498ページ)

通解
 もし(兵衛七郎殿が日蓮より)先に亡くなられたならば、梵天・帝釈天・四大天王・閻魔大王等にも「日本第一の法華経の行者・日蓮房の弟子である」と名乗りなさい。よもや粗略な扱いはされないであろう。

同志への指針
 妙法を弘め、広宣流布の大願に生き抜く人生は、なんと誉れ高く、なんと勝ち光ることか。
 その福徳は、三世永遠に不滅である。生々世々、厳として守られる。御本仏直結の学会の信心には、無量無辺の功徳が燦然と輝くのだ。

御書とともに 71 名誉会長が指針を贈る

従藍而青《じゅうらんにしょう》の人材の大河を

 こ《故》うへのどの《上野殿》をこそ・いろ《色》あるをとこ《男》と人は申せしに・其《そ》の御子《おんこ》なればくれない《紅》のこ《濃》きよしをつたへ給えるか、あい《藍》よりもあを《青》く・水よりもつめ《冷》たき冰《こおり》かなと・ありがたし・ありがたし(上野殿御返事、1554ページ)

通 解
 亡くなられた上野殿(兵衛七郎)こそ、情けに厚い人と言われていたが、(南条時光は)そのご子息であるから、父のすぐれた素質を受け継がれたのであ ろう。
 青は藍より出でて藍より青く、氷は水より出でて水より冷たいようであると感嘆している。ありがたいことである。ありがたいことである。

同志への指針
 わが青年部の成長と奮闘を、大聖人はどれほどお喜びくださるであろうか。みな功徳は大きい。名誉ある「従藍而青」の弟子として、使命の道でさらに思う存分、活躍してくれたまえ!
 恩師・戸田先生が「宗教界の王者なり」と宣言された学会を担い、威風も堂々と陣列を広げゆくのは、後継の諸君以外にない。

御書とともに 70 名誉会長が指針を贈る

学会は「生命の安全地帯」

 松栄《さかゆ》れば柏悦ぶ芝か《枯》るれば蘭なく情《こころ》無き草木すら友の喜び友の歎き一つなり(光日上人御返事、934ページ)

通解
 松が栄えれば柏は悦ぶ。芝が枯れれば蘭は泣く、といわれる。非情の草木すら、友の喜び、友の嘆きは一体である。

同志への指針
 友の喜びに我は舞い、友の嘆きに我は祈る。最も麗しく、最も強き生命の共生の絆こそ、信心で結ばれた「異体同心」の世界である。
 いかなる苦境の時も、一緒に悩み、題目を送ってくれる同志がいる。どんな試練も励まし合いながら乗り越えていける。
 学会は、どこよりも温かな人間性に満ちた「生命の安全地帯」である。この人類の宝を永遠に光り輝かせていくために、皆で「青年学会」を拡大するのだ。

御書とともに 69 名誉会長が指針を贈る

広布の実践は全て善根に

 此の妙法蓮華経を信仰し奉る一行《いちぎょう》に功徳として来《きた》らざる事なく善根として動かざる事なし(聖愚問答抄、500ページ)

通解
 この妙法蓮華経を信仰し奉るという一つの行に、いかなる功徳も集まってこないものはなく、いかなる善根も動かないものはない。

同志への指針
 妙法を唱え弘めゆく実践から、ありとあらゆる功徳・善根が生まれる。そして、広宣流布を祈り、目指す連帯から、無量無辺に功徳・善根が広がっていくのだ。学会活動には一切、無駄がない。
 ゆえに、苦難の時、悩める時こそ、勇んで前へ進むのだ。
「今」「ここ」で行動を起こす勇気から、勝利の活路が開けることを忘れまい。

御書とともに 68 名誉会長が指針を贈る

堂々と真実を語れ

 諸経は随他意なり仏一切衆生の心に随ひ給ふ故に、法華経は随自意なり一切衆生を仏の心に随へたり、諸経は仏説なれども是を信ずれば衆生の心にて永く仏にならず、法華経は仏説なり仏智なり一字一点も是を深く信ずれば我が身即仏となる(新池殿御消息、1437ページ)

通解
 諸経は随他意である。仏が一切衆生の心に随って説かれたからである。法華経は随自意である。一切衆生を仏の心に随わせて説かれたからである。ゆえに、諸経は仏説ではあるけれども、これを信ずるならば、衆生の心に随ったものであるから、永久に仏にはなれない。法華経は仏説であり仏智であるから、一字一点でもこれを深く信ずるならば、我が身は即、仏となる。

同志への指針
 法華経は、万人の無限の可能性を信じ抜き、開き切っていく、随自意の教えだ。「我が身は即仏なり」「万人が皆仏なり」との大歓喜の表現である。
 威風堂々と真実の言葉を語り抜こう。創価の随自意の大対話運動を、諸仏が賞讃し、諸天が守ることは絶対に間違いない。

御書とともに 67 名誉会長が指針を贈る

皆が尊極なる使命の人

 請う国中の諸人我が末弟等を軽ずる事勿《なか》れ進んで過去を尋ぬれば八十万億劫に供養せし大菩薩なり豈煕連一恒《きれんいちごう》の者に非ずや退いて未来を論ずれば八十年の布施に超過して五十の功徳を備う可し天子の襁褓に纒《まとわ》れ大竜の始めて生ずるが如し蔑如すること勿れ蔑如すること勿れ(四信五品抄、342ページ)

通解
  国中の人々よ、私の弟子を軽んじてはならない。進んで過去を尋ねれば、八十万億劫の間、仏に供養した大菩薩である。これこそ煕連河《きれんが》や恒河《ごうが》など大河の砂ほど 無数の仏に仕えた者にあたる。退いて未来を論じれば、80年間の布施行《ふせぎょう》の功徳にも勝り、五十展転の功徳を備えるであろう。これは、産着《うぶぎ》に包まれた天子、生まれたばかりの大竜と同じである。決して蔑《さげす》んではならない。

同志への指針

 妙法を唱える人の位は尊極《そんごく》であり、絶対に蔑《さげす》んではならない、との御本仏の仰せである。
 関西、山口をはじめ各地の友と拝した共戦の御文である。この確信に燃えて、学会は偉大な弘通を成し遂げてきた。
 我らの誉れを、どうか、尊き新入会の友、宝の未来部員にも伝えていただきたい。同志を最大に敬い、仲良く胸張り大前進を!

御書とともに 66 名誉会長が指針を贈る

ありのままの自分で

 法華経の心は当位即妙・不改本位と申して罪業を捨てずして仏道を成ずるなり(波木井三郎殿御返事、1373ページ)


通解
 法華経の本意は、「当体即妙(当位、即ち妙なり)」「不改本位(本位を改めず)」といって、罪業を捨てずに、その身のまま成仏することができるのである。

同志への指針
 人間が人間として、最高に人間らしく光り輝くための仏法である。自分を離れた何か特別な存在になるのではない。
 法華経は「その身のまま」「ありのまま」でよいのである。「ありのままの自分」が、真剣に仏法を行じ抜いた時に、仏に等しい智慧と力が湧き上がるのである。

御書とともに 65 名誉会長が指針を贈る

人類を照らす太陽の仏法

 此の法門出現せば正法・像法に論師・人師の申せし法門は皆日出《ひい》でて後の星の光・功匠《たくみ》の後に拙を知るなるべし、此の時には正像の寺堂の仏像・僧等《ら》の霊験《れいげん》は皆き《消》へう《失》せて但此の大法のみ一閻浮提に流布すべしとみへて候、各各はかかる法門にちぎり有る人なれば・たのもしと・をぼすべし(三沢抄、1489ページ)

通解
 この法門が出現するならば、正法時代や像法時代に論師や人師が説いた法門は、みな太陽が出たのちの星の光のようなものであり、名匠が出たのちに拙さが分かるようなものとなろう。この時には正法時代や像法時代の寺堂の仏像や僧等の利益はみな消え失せて、ただこの大法だけが全世界に流布するであろうと説かれている。あなた方は、このような法門に宿縁ある人なのだから、頼もしく思われるがよい。

同志への指針
 日蓮大聖人の仏法は、全世界を尽未来際まで照らしゆく「太陽の仏法」である。いかなる時代の困難をも乗り越える無限の希望の力がある。
 我らは、この大仏法に「ちぎり有る」深き宿縁と使命を持って生まれた。広布の「法旗」を握りしめ、堂々と、賑やかに勝利の道を歩み抜こう。世界の友と!

御書とともに 64 名誉会長が指針を贈る

健康長寿の宝の一日を

 法華経と申す御経は身心の諸病の良薬なり、されば経に云く「此の経は則ち為閻浮提の人の病の良薬なり若し人病有らんに是の経を聞くことを得ば病即消滅して不老不死ならん」等云云(太田左衛門尉御返事、1015ページ)

通解
 法華経という御経は、心身の諸病の良薬である。それゆえに法華経薬王品には「この経は全世界の人々の病の良薬である。もし人が病んだ時、この経を聞くことができれば、病はただちに治って不老不死になる」等と説かれている。

同志への指針
 妙法という大良薬を持った人生はなんと健やかで頼もしいことか。信仰の年輪とともに、ますます生命力を増し、心は生き生きと若返るのである。
 いかなる魔性にも負けず、永遠の仏の生命に生ききる、三世の健康長寿の道が開かれているのだ。さあ、きょうも、はつらつと使命の道を!

御書とともに 63 名誉会長が指針を贈る 

学会は「師子王の団体」

 師子王は前三後一と申して・あり《蟻》の子を取らんとするにも又たけき《猛》ものを取らんとする時も・いきをひ《勢》を出す事は・ただをなじ《同》き事なり、日蓮守護たる処の御本尊を・したため参らせ候事も師子王に・をとるべからず、経に云く「師子奮迅之力《しりき》」とは是なり(経王殿御返事、1124ページ)

通解
 師子王は前三後一といって、蟻を捕ろうとする時にも、また猛々しいものを捕ろうとする時も、勢いを出すことは全く同じである。日蓮が、守護の御本尊を認めてさしあげるのも、この師子王の姿に劣るものではない。法華経に「師子奮迅の力」(涌出品第十五)とあるのはこのことである。

同志への指針
 どんなに小さなことにも、手を抜かない。決して油断をしない。真剣勝負で臨む。そして、すべてを勝ち抜いていく──ここに師子王の真髄がある。
 学会は「師子王の団体」だ。我らの題目の音声こそ、一切の障魔を打ち破る師子吼である。智慧と勇気を湧き出す、絶対勝利の源泉なのだ。

御書とともに 62 名誉会長が指針を贈る

すべての民衆を幸福に 
 
 今日蓮は去《い》ぬる建長五年癸丑《みずのとうし》四月二十八日より今年弘安三年太歳庚辰《たいさいかのえたつ》十二月にいたるまで二十八年が間又他事なし、只妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生のロに入れんとはげむ計《ばか》りなり (諌暁八幡抄、585ページ)

通解
 今、日蓮は、去る建長5年4月28日から今年弘安3年12月に至るまで、28年の間、他事は一切ない。
 ただ妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れようと励んできただけである。

同志への指針
 日蓮大聖人が死身弘法の大闘争を貫かれたのは、ただただ民衆の幸福を願われてのことであった。この崇高な使命を受け継ぐ我らは、皆が尊き「地涌の菩薩」である。皆が宿福深厚なる「御本仏の使い」である。
 今この時、若き地涌の勇者が続々と躍り出ている。さあ、新たな広布の山を登りゆこう! あの友にも、この友にも、妙法を語り広めながら!

御書とともに 61 名誉会長が指針を贈る

黄金の人生日記を

 此の心の一法より国土世間も出来する事なり、一代聖教とは此の事を説きたるなり此れを八万四千の法蔵とは云うなり是れ皆悉く一人の身中の法門にて有るなり、然れば八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり(三世諸仏総勘文教相廃立、563ページ)

通解
 この心という一法から国土の違いも出てくるのである。一代聖教(釈尊が一生の間に説いた聖なる教え)とはこのことを説いたのであり、これを八万四千の法蔵というのである。これは皆ことごとく釈尊一人の身中の法門である。したがって八万四千の法蔵は我が身一人の日記の文書なのである。

同志への指針

 すべては、わが一念から出発する。
 いかに時代の闇が深くとも、自分の心に元初の太陽が昇れば、環境も変えられる。何があっても嘆かない。諦めない。断じて負けない。
 創価の誉れの友は、黄金の生命の日記を晴れ晴れと綴っていくのだ。

御書とともに 60 名誉会長が指針を贈る

現証に勝る力なし

 現在に眼前の証拠あらんずる人・此の経を説かん時は信ずる人もありやせん(法蓮抄、1045ページ)

通解
 今世に眼前の証拠を現した人がこの法華経を説かれる時には、信じる人もいるであろう。

同志への指針
 「現証」ほど、雄弁な力はない。だからこそ、現実社会で一つ一つ、実証を勝ち開いていくのだ。
 その体験を語っていくことが、広宣流布を進めゆく、何よりの力となる。

御書とともに 59 名誉会長が指針を贈る

対話は友の幸福のため

 なにしにか仏は強《し》いて法華経を説いて謗ずるも信ずるも利益《りやく》あるべしと説き我不愛身命とは仰せらるべきや、よくよく此等を道心ましまさん人は御心得あるべきなり(法華初心成仏抄、552ページ)

通解
 (もし権教によって仏になれるのであれば)どうして仏は、強いて法華経を説いて、謗《そし》るも信ずるも利益があると説き、経文には「我身命を愛せず」と説かれたのであろうか。
 仏の悟りを求める心がある人は、よくよくこれらのことを心得なければならない。

同志への指針
 仏法の対話は、万人が幸福になる種を植える行動である。ゆえに、臆さず堂々と、明るく自信をもって語り切るのだ。友の幸福を祈る真心は、いつか必ず通ずる。
 勇気凛々と確信の声を響かせ、楽しく有意義な対話を広げよう!

御書とともに 58 名誉会長が指針を贈る

使命の本舞台で舞いゆけ

 我等が居住して一乗を修行せんの処は何れの処にても候へ常寂光の都為《た》るべし(最蓮房御返事、1343ページ)

通解
 私たちが住んで法華経を修行する所は、いずれの所であっても、常寂光の都となるであろう。

同志への指針
 流罪の大難の中での仰せである。寂光土とは、どこか遠くの理想郷なのではない。広宣流布のために、師と同じ心で戦い抜く、「今」「ここ」にこそあるのだ。
 どんなに厳しい苦難があっても、奥底の信心の一念が揺るがなければ、必ず勝ち越えることができる。そこに、常寂光の都が輝くことを忘れまい。

御書とともに 57 名誉会長が指針を贈る

「信」の一字を貫け

すりはむどく《須梨槃特》は三箇年に十四字を暗《そら》にせざりしかども仏に成りぬ提婆は六万蔵を暗にして無間《むけん》に堕ちぬ・是れ偏《ひとえ》に末代の今の世を表するなり、敢て人の上と思《おぼし》し食《め》すべからず(三三蔵祈雨事、1472ページ)

通解
 釈尊の弟子の須梨槃特《すりはんどく》は、3年間に14文字の仏の教えすら暗唱できなかったけれども、仏になれた。しかし、提婆達多は六万蔵の経典を暗唱したけれども、無間地獄に堕ちた。このことは、ひとえに末代の今の世のことを表しているのである。決して他人のことと思ってはならない。

同志への指針
 誠実一路の人が、最後には必ず勝つ。これが仏法の世界である。
 真面目に、地道に、真剣に広宣流布に生き抜く人が、幸福になれないわけがない。わが誉れの同志の勝利の姿が、その何よりの証明である。名聞名利の忘恩の増上慢の末路は厳しい。
 一生成仏の根本は「信」の一字だ。

御書とともに 56 名誉会長が指針を贈る

われ本来、仏なり!

 我等凡夫はまつげ《睫》のちかきと虚空のとをきとは見候事なし、我等が心の内に仏はをはしましけるを知り候はざりけるぞ(十字御書、1491ページ)

通解
私たち凡夫は、まつげが近くにあるのと虚空が遠くにあるのとは見ることができない。私たちの心の中に仏がおられるのを知らないでいたのである。

同志への指針
 汝自身を知れ──人類のこの大命題に、仏法は明快な回答を示している。
 たとえ過酷な宿業に直面し、自信を失いかけようとも、我らは胸を張り、何度でも立ち上がる。最極の仏の生命が、わが心にあることを覚知しているからだ。
 一切が、わが一念で決まる。「われ本来、仏なり」と妙法を唱え抜き、朗らかに! 強く! 自分自身に生き切るのだ。

御書とともに 55 名誉会長が指針を贈る

試練ありて最高の力が

 末法には法華経の行者必ず出来すべし、但し大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし、火に薪をくわへんにさかんなる事なかるべしや(椎地四郎殿御書、1448ページ)

通解
末法には法華経の行者が必ず出現する。ただし大難が起こったならば、強盛の信心で、いよいよ喜んでいくのである。火に薪を加えれば、燃え盛らないことがあろうか。

同志への指針
 苦難と戦うからこそ、最高の仏の力が出せる。すべては、仏になるための試練である。
 大聖人は、悩みや困難があれば、むしろ喜び勇んで立ち向かえと仰せである。環境を嘆いても何も変わらない。
 難を乗り越えて成仏が決定する。これが法華経の行者の実践である。強盛なる信心で、宿命転換の歓喜の劇を! 人間革命の偉大な歴史を!

御書とともに 54 名誉会長が指針を贈る

“嫉妬”は正義の誉れ

 石は玉をふくむ故にくだかれ・鹿は皮肉《ひにく》の故に・殺され・魚《うお》はあぢはひある故に・とらる・すい《翠》は羽ある故にやぶらる・女人は・みめかたちよ《美》ければ必ずねたまる・此の意《こころ》なるべきか、日蓮は法華経の行者なる故に三種の強敵あって種種の大難にあへり(弥源太殿御返事、1226ページ)

通解
 石はその中に玉を含むゆえに砕かれる。鹿は皮や肉のゆえに殺される。魚は美味のゆえに捕らえられる。翡翠《かわせみ》は美しい羽があるゆえに殺される。女性は容姿が美しければ必ずねたまれる。これらと同じことであろうか。日蓮は法華経の行者であるゆえに、三類の強敵があって種々の大難にあったのである。

同志への指針
 いつの世も正義は妬まれ、迫害される。偉大だからこそ嫉妬されるのだ。
 大聖人の直系の誉れ高く、創価の三代の師弟は、猶多怨嫉の大難を勝ち越えてきた。全世界に信頼と友情の道を開いてきた。
 我らは進む! 御聖訓通りの悪口罵詈を悠然と見下ろして。永遠の勝利の証しを打ち立てるために!

御書とともに 53 名誉会長が指針を贈る

透徹した楽観主義


 しばらくの苦こそ候とも・ついには・たのし《楽》かるべし、国王一人の太子のごとし・いかでか位につかざらんと・おぼしめし候へ(上野殿御返事、1565ページ)

通解
 しばらく苦しみが続いたとしても、最後には必ず楽しい境涯になるのである。たとえば、国王のたった一人の太子のようなものである。どうして、最後には(国王の)位につかないことかあるだろうか、あるはずがないと確信されるがよい。

同志への指針

 師の心のままに、熱原の法難を戦い抜く若き後継の弟子・南条時光に、大聖人は渾身の激励を贈られた。
 今がどんなに苦しくとも、必ず勝利する。仏にならないはずがない──揺るぎない大確信が「宿命」を「使命」に変える。勇気ある信心が「苦難」を「歓喜」に変える。ここにこそ、仏法の透徹した楽観主義があるのだ。

御書とともに 52 名誉会長が指針を贈る

男女共に如来なり

 法華の行者は男女《なんにょ》共に如来なり(御義口伝、737ページ)

通解
 法華経の行者は、男女ともに如来である。

同志への指針
 日蓮仏法の男女平等の大宣言には一点の曇りもない。妙法に生き抜く勇者は、皆が最も尊い如来であり、仏である。同志が互いに尊敬しあうなかで、和楽と充実の前進が実現するのだ。
 なかんずく、男性は女性に、礼儀正しく接することだ。最高に麗しい人間尊敬の連帯を創り広げていく。それが創価の人間主義である。

御書とともに 51 名誉会長が指針を贈る

親の姿で信心の継承を


 御心ざしのあらわれて候事申すばかりなし、せん《詮》するところ《所》は・こなんでうどの《故南条殿》の法華経の御しんよう《信用》のふか《深》かりし事のあらわるるか、王の心ざしをば臣の《宣》べ・をや《親》の心ざしをば子の申しのぶるとはこれなり、あわれことの《故殿》の・うれし《嬉》と・をぼすらん(南条殿御返事、1531ページ)

通解
 (南条時光の供養に)表れている志は、言葉では言い尽くせない。結局は、故南条殿(時光の父)の法華経への御信用が深かったことの表れであろうか。王の志を臣が述べ、親の志を子が申し述べるとはこのことである。本当に故殿はうれしく思っておられるであろう。

同志への指針
 親から子への信心の確かな継承を、日蓮大聖人は心から賞讃なされた。広宣流布の深き志が受け継がれることは、一家一族の繁栄の基盤であり、地域社会の希望となる。
 わが家の広布の歴史を創ろう。困難に負けない勇気や、人への思いやりなど、人間として最高の「心の財」は、親の姿によって伝わる。

御書とともに 50 名誉会長が指針を贈る

峻厳なる師弟の絆


 日蓮は法華経の行者なる故に三種の強敵あって種種の大難にあへり然るにかかる者の弟子檀那とならせ給う事不思議なり定めて子細候らん相構えて能能《よくよく》御信心候て霊山浄土へまいリ給へ(弥源太殿御返事、1226ページ)

通解
 日蓮は法華経の行者であるがゆえに、三類の強敵があって、種々の大難にあったのである。しかるに、このような者(法華経の行者である日蓮大聖人)の弟子檀那となられたことは不思議である。きっと子細(深い意味)があるのであろう。よくよく信心を強盛にして霊山浄土(仏国土)にまいってください。

同志への指針
 仏法の師弟の絆が、どれほど峻厳であり、深遠であるか。師と共に難に遭い、師と共に勝ち越える。師弟不二に徹したゆえに、学会は大発展したのである。
 「誇り高く師弟に生き抜く」──この学会魂を、新時代の主役である青年部・未来部に託したい。ここに広宣流布の永遠の勝利の道があるからだ。

御書とともに 49 名誉会長が指針を贈る

追善回向の本義

 過去の仏は凡夫にて・おはしまし候いし時・五濁乱漫の世にかかる飢えたる法華経の行者をやしなひて・仏にはならせ給うぞとみえて候へば・法華経まことならば此の功徳によりて過去の慈父は成仏疑なし (春初御消息、1585ページ)

通解
 過去に仏が凡夫であられた時、五濁が盛んな世の中に、このように飢えている法華経の行者を供養して仏になられたと説かれている。法華経が真実ならば、この(南条時光が日蓮大聖人に供養した)功徳によって、亡くなった慈父の成仏は疑いない。

同志への指針
 濁世にあって広宣流布に尽くす功徳は、燦然と輝きを放つ。先祖、そして子孫まで、厳然と照らしていくのだ。
 ゆえに、学会と共に生きる私たちの題目は、最高の追善となる。故人の成仏は絶対に間違いない。
 これが、仏教の本義にかなった真の追善回向である。

御書とともに 48 名誉会長が指針を贈る

絶対無事故は「深き用心」から


 かへらむには第一・心にふかき・えうじん《用心》あるべし、ここをば・かならず・かたきの・うかがうところなり(四条金吾御書、1176ページ)

通解
 帰る時には、いっそう、心に深く用心しなさい。この帰宅の機会を必ず敵が狙うからである。

同志への指針

 無事故は即、勝利である。油断しないことが、
事故を起こさない根本だ。「深き用心」を忘れ
てはいけない。行きよりも帰り、いい調子にな
った時が危ない。
 強き祈りと細心の注意で、最高に充実した有
意義な夏を!

御書とともに 47 名誉会長が指針を贈る

師のごとく戦い抜け


 相構へ相構へて心の師とはなるとも心を師とすべからずと仏は記し給ひしなり、法華経の御為に身をも捨て命をも惜まざれと強盛に申せしは是なり(義浄房御書、892ページ)

通解
 必ず心の師とはなっても、心を師としてはならないと釈尊は経文に記されている。法華経のためには身をも捨て、命をも惜しまないようにと強盛に言ってきたのは、このことである。

同志への指針

 凡夫の心は縁に紛動され、揺れ動いてしまう。だから徹して師匠を求めることが必要である。
 広宣流布のために師のごとく戦い抜く──その時、不動の信念の山が胸中にそびえ立つのだ。
 これが師弟に生き抜く人間王者の誇りである。

御書とともに 46 名誉会長が指針を贈る

「礼」とは「文化の力」


 友達の一日に十度・二十度来《きた》れる人なりとも千里・二千里・来れる人の如く思ふて礼儀いささか《聊》・をろ《疎》かに思うべからず(上野殿御消息、1527ページ)

通解
 友達で一日に十回、二十回と訪ねてくる人であっても、千里、二千里と離れた遠くから訪ねてきた人のように思って、礼儀をいささかもおろそかに思ってはならない。

同志への指針
 友好を大きく広げる夏だ。友を迎える時も、訪ねる時も、礼儀を重んじ、真心で交流する。これが仏法者の生き方である。
 「礼」とは「文化の力」なり。傲慢は覇道。誠実は王道である。我らはどこまでも人間主義で勝ち進むのだ!

御書とともに 45 名誉会長が指針を贈る

不惜身命の勇気で立て

 御勘気を二度まで・かほり・すでに頸となりしかども・ついにをそれずして候へば、今は日本国の人人も道理かと申すへんもあるやらん(王舎城事、1138ページ)

通解
 流罪の咎めを二度までもこうむり、すでに頸の座にもついたけれども、少しも恐れず信仰を貫いたので、今では日本国の人々も、日蓮の言うことが道理かもしれないと言う人もあることであろう。

同志への指針
 日蓮大聖人の正統であるゆえに、創価三代の師弟は、命にも及ぶ大難の連続であった。しかし、少しも恐れなかった。一貫して正義の道を歩み通した。
 今や、世界の知性と良識が創価の味方である。青年部よ、この不惜身命の勇気に続きゆけ!

御書とともに 44 名誉会長が指針を贈る

最高の準備に勝利あり

 彼の太公が殷の国に入りしは西伯の礼に依り張良が秦朝を量りしは漢王の誠を感ずればなり、是れ皆時に当つて賞を得・謀《はかりごと》を帷帳の中に回らし勝つことを千里の外《そと》に決せし者なり(一昨日御書、183ページ)

通解
 かの太公望が殷の国に攻め入ったのは、西伯(文王)が礼をもって迎えたからであり、張良が謀をめぐらして秦の国を滅ぼしたのは、漢の高祖(劉邦)の誠意に感じたからである。これらの人は皆、その当時にあって賞を得ている。謀を帷帳(幕を張り作戦計画を練る場所)の中にめぐらし、千里の外に勝利を決した者である。

同志への指針
 各地の新出発おめでとう! 「先んずれば人を制す」。最初の100日が勝負だ。リーダーの要件は、第1に「誠実」である。そして、「誓願の祈り」と「入念な協議」と「率先の行動」こそが勝利を決するのだ。
 新任リーダーは全員が私の「名代」として、広布前進の名指揮を!

御書とともに 43 名誉会長が指針を贈る

我らの肉体が妙法の当体

 我等が頭《こうべ》は妙なり喉は法なり胸は蓮なり胎《はら》は華《け》なり足は経なり此の五尺の身 妙法蓮華経の五字なり(御義口伝、716ページ)

通解
 我々の頭は妙であり、喉は法であり、胸は蓮であり、胎は華であり、足は経である。この五尺の身が妙法蓮華経の五字の当体である。

同志への指針
 広宣流布のために頭を使い、体を動かすことが、どれほど偉大なことか。
 法のため、人のため、社会のために真剣に祈り、動く時、仏の広大無辺の智慧が湧かないわけがない。仏の頑健な生命力が漲らないわけがない。仏の師子王の勇気が脈打たないわけがない。この大確信で、今日も、勇躍の行動を!

御書とともに 42 名誉会長が指針を贈る

最後に勝つのが仏法

 法華経の行者は如説修行せば必ず一生の中に一人も残らず成仏す可し、譬えば春夏田を作るに早晩《わせおく》あれども一年の中には必ず之を納む、法華の行者も上中下根あれども必ず一生の中に証得す(一念三千法門、416ページ)

通解
 法華経の行者は如説修行するならば、必ず一生のうちに一人も残らず成仏することができる。例えば、春、夏に田を作るのに、早稲《わせ》、晩稲《おくて》の違いがあっても、一年のうちには必ず収穫するようなものである。法華経の行者も上根・中根・下根があっても必ず一生のうちに証得する。

同志への指針
 いかなる人も必ず成仏が約束されている。「一人も残らず」と仰せである。時として、直ちに結果が出なくても、絶対に人生を勝ち開いていけるのだ。
 一切が修行だ。すべては、いっそう強い人間となり、深い人生を歩むための御仏意《ごぶっち》といってよい。永遠の勝利を仏に祈り、晴れ晴れと凱歌の総仕上げを飾る。これが仏法である。

御書とともに 41 名誉会長が指針を贈る

桜梅桃李の劇を舞いゆけ


 桜梅桃李《おうばいとうり》の己己《ここ》の当体を改めずして無作三身と開見すれば是れ即ち量の義なり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は無作三身の本主なり(御義口伝、784ページ)

通解
 桜は桜、梅は梅、桃は桃、李は李と、おのおのの当体を改めず、そのままの姿で無作三身(本来ありのままの仏)と開きあらわしていくのである。これが一切を摂《おさ》めることであり、(無量義の)「量」の義である。今、日蓮およびその門下として南無妙法蓮華経と唱え奉る者は、すべて無作三身の本主なのである。

同志への指針
 あなたには、あなたにしか咲かせることのできない使命の花が必ずある。一人一人がもつ個性を、一番良い方向へ発揮させていけるのが信心である。
 飾らず、ありのままでよい。「自分自身に生きよ」とは、戸田先生の教えだ。遠慮したり、卑下してはならない。
 広宣流布の劇は、皆が主役である。全員が「桜梅桃李」の名優たれ!

御書とともに 40 名誉会長が指針を贈る

励ましの灯台たれ

 人に物をほどこせば我が身のたすけとなる、譬えば人のために火をともせば・我がまへあきら《明》かなるがごとし(食物三徳御書、1598ページ)

通解
 人に物を施せばわが身を助けることになる。
 例えば、人のために灯をともしてあげれば、自分の前も明るくなるようなものである。

同志への指針
 青年よ、強くあれ! 賢くあれ! 朗らかであれ! 平和のため、正義のため、幸福のために、情熱の炎を明々と燃え上がらせて、新たな価値を創造するのだ。
 “あの人のために”と深く祈り、“この人のために”と真心で対話する「励ましの灯台」たれ! 青年の真剣な一挙手一投足から、前途洋々たる希望と勇気の光は生まれる。

御書とともに 39 名誉会長が指針を贈る

誠実の心に功徳が輝く


 わどのの正直の心に主の後生をたすけたてまつらむとをもう心がうじゃう《強盛》にしてすれん《修練》をすす《修》れば・かかるりしゃう《利生》にも・あづからせ給うぞかし・此は物のはしなリ大果報は又来《きた》るべしとおぼしめせ(陰徳陽報御書、1178ページ)

通解
 あなた(四条金吾)が正直な心で、主君(江間氏)の後生をお救いしたいと思う真心が強盛であり、修練も進んだので、このような利益をも受けることができたのである。しかし、これはまだ始まりであって、大果報は、また来ると思っていきなさい。

同志への指針
 人が見ていようといまいと、友の幸福を真剣に祈り、行動する。どこまでも誠実な「陰徳」には、必ず勝利の「陽報」が輝く。学会は、この妙法の因果に完璧に則っている。ゆえに、すべてを勝ち越えてきた。
 広布の労苦には、一切の無駄がない。誠実一路が勝ち栄える。これが仏法の世界なのである。

御書とともに 38 名誉会長が指針を贈る

世界平和と普賢菩薩の力

 此の法華経を閻浮提に行ずることは普賢菩薩の威神《いじん》の力に依るなり、此の経の広宣流布することは普賢菩薩の守護なるべきなり(御義口伝、780ページ)

通解
 この法華経を全世界に行ずるということは、普賢菩薩の威神の力によるのである。この経が広宣流布するのは普賢菩薩の守護によるのである。

同志への指針

 「普《あまね》く賢《かしこ》い」智慧の力による対話で平和を創り出すのだ。これが私たちの信念である。今、世界の一級の学識者が、創価の哲学に共鳴する時代となった。
 真の知性とは、傲れる知識ではない。民衆を守りゆく誓願と正義の行動のなかにこそ、普賢の生命は躍動するのだ。
 男女学生部よ、今こそ徹して学べ! 勇敢に語れ! 「戦う知性」の大光で、人類の未来を明るく照らしてくれ給え!

御書とともに 37 名誉会長が指針を贈る

蓮華の如く使命の大輪を

 経に云く「世間の法に染まらざること蓮華の水に在るが如し地より而も涌出す」云云、地涌の菩薩の当体蓮華なり(当体義抄送状、519ページ)

通解
 法華経従地涌出品に「地涌の菩薩は、世間の法に染まらないこと、あたかも蓮華が泥水の中にありながら、清浄であるのと同じである。しかも、この菩薩は大地から涌き出た」と説かれている。これは、まさしく地涌の菩薩が当体蓮華であることを示している。

同志への指針
 人生は悩みや宿命との戦いである。しかし、蓮華が泥沼の中から尊貴な花を薫らせるように、必ず自他共に、幸福と勝利の大輪を咲き誇らせていける。それが、「如蓮華在水」の法理に生きる地涌の菩薩にほかならない。
 現実社会の真っただ中で、真剣に妙法を唱え弘めゆく命に即、仏菩薩の大生命が躍動する。尊き同志の皆さま一人一人が、妙法蓮華経の当体である。いずこにあっても、そこが久遠よりの使命の舞台であることを忘れまい。

御書とともに 36 名誉会長が指針を贈る

自分が変われば周りが変わる

 不軽菩薩の四衆を礼拝《らいはい》すれば上慢の四衆所具の仏性又不軽菩薩を礼拝するなり、鏡に向って礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり(御義口伝、769ページ)

通解
 不軽菩薩が四衆を礼拝すれば、増上慢の四衆の仏性もまた同時に不軽菩薩を礼拝するのである。これはちょうど鏡に向かって礼拝をする時、そこに映っている自分の影もまた、自分を礼拝するのと同じ原理である。

同志への指針
 仏法の真髄である題目を唱え抜いた人には誰もかなわない。相手の幸福を祈る。これほど尊く強いことはない。人の幸福を祈れること自体、仏の境涯に通ずる。
 自分が変われば、必ず相手が変わる。仏法の対話は、自分の仏性と相手の仏性を、生き生きと呼び覚ましていく最極の語らいだ。

御書とともに 35 名誉会長が指針を贈る

一閻浮提第一の福徳

 一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給へ、あひかまへて・あひかまへて・信心つよく候て三仏の守護をかうむらせ給うべし(諸法実相抄、1361ページ)

通解
 全世界第一の御本尊を信じていきなさい。あいかまえてあいかまえて信心を強くして釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏の三仏の守護を受けていきなさい。

同志への指針
 戸田先生は悠然と言われた。
 「われわれは仏法を弘めるためにわざわざ貧乏や病気の姿をとって生まれてきたんだよ」
 今の境遇は、すべて人々を救うために誓願した「使命」の舞台なのだ。私たちは一閻浮提第一の御本尊を信受している。断じて乗り越えられないわけがない。仏天をも揺り動かして、絶対に勝つのだ!

御書とともに 34 名誉会長が指針を贈る 

断じて病魔に負けるな

 このやまひは仏の御はからひか・そのゆへは浄名経・涅槃経には病ある人仏になるべきよしとかれ候、病によりて道心はをこり候なり(妙心尼御前御返事、1480ページ)

通解
 この病は仏の御計《おんはか》らいであろうか。そのわけは、浄名《じょうみょう》経、涅槃経には、病がある人は仏になると説かれている。病によって仏道を求める心は起こるものである。

同志への指針
 病気だから不幸なのではない。病気だからこそ境涯を深め、偉大な宿命転換ができる。一生成仏の信心だ。ゆえに、心は一歩も退いてはならない。
 「病ある人は仏になる」と御断言である。必ず変毒為薬できる。題目の師子吼で病魔に打ち勝つのだ。
 全同志の健康長寿を、私も、ひたぶるに祈り抜いている。

御書とともに 33 名誉会長が指針を贈る

安穏なる三世の旅路


 悦ばしい哉一仏二仏に非ず百仏二百仏に非ず千仏まで来迎《らいごう》して手を取り給はん事・歓喜の感涙押え難し(生死一大事血脈抄、1337ページ)

通解
 なんと喜ばしいことか。一仏二仏ではなく、また百仏二百仏でなく千仏までも来迎し、手を取ってくださるとは、歓喜の感涙をおさえがたいことである。

同志への指針
 我らの三世の旅路は、なんと安穏で賑やかな軌道であろうか。生死は不二にして福徳は永遠である。ゆえに瞬間瞬間、生命を磨き、人のために尽くし抜くのだ。
 その尊き一生は、全世界の同志の題目に包まれ、感謝と敬愛で飾られることは間違いない。

御書とともに 32 名誉会長が指針を贈る

福運の灯を明々と

 仏は真に尊くして物によらず、昔の得勝童子は沙《いさご》の餅《もちい》を仏に供養し奉りて阿育大王と生れて一閻浮提の主《しゅ》たりき、貧女の我がかしら《頭》をおろし《剃》て油と成せしが須弥山を吹きぬきし風も此の火をけさず(王日女殿御返事、1263ページ)

通解
 仏はまことに尊く、供養の品物で真心を測ることはない。
 昔、得勝童子は砂の餅を仏に供養して阿育大王と生まれ、全世界の王となった。ある貧しい女性が自分の髪を剃って、その代価で油を求め、灯を供養したところ、須弥山を吹き抜いた強い風も、この灯を消すことはできなかった。

同志への指針
 あの真心の貧女の灯《あか》りは、どんな強風にも消えなかった。ただただ皆の幸福を願う健気な行動が、永遠の勝利を開くのである。
 生命にともした福運の灯は、いかなる苦難の烈風でも消すことはできない。社会にともした偉大な妙法の灯も、決して消えないのだ。
 婦人部、万歳! 心から感謝申し上げます。

御書とともに 31 名誉会長が指針を贈る

創価の全権大使たれ

 転輪聖王《てんりんじょうおう》出現の時の輪宝とは我等が吐く所の言語音声なり此の音声の輪宝とは南無妙法蓮華経なり(御義口伝、733ページ)

通解
 転輪聖王が具《そな》えている輪宝(車輪をかたどった宝器)とは、我らが発するところの言語音声である。この音声の輪宝とは、南無妙法蓮華経のことである。

同志への指針
 「声」が「人」を動かす。
 「友よ、見てくれたまえ。これが地球の平和の縮図だ」といえる、人間の連帯をつくりゆこう!
 勇んで人と会い、誠実に人と語る。友情と仏縁を結ぶ地道な歩みこそ尊い。あなたこそ、生命尊厳の「パイオニア」であり、人間外交の「全権大使」なのだ。

御書とともに 30 名誉会長が指針を贈る

今日も前へ、明日《あす》も前へ

 貴辺又日蓮にしたがひて法華経の行者として諸人にかたり給う 是れ豈流通にあらずや、法華経の信心を・とをし給へ・火をきるに・やすみぬれば火をえず(四条金吾殿御返事、1117ページ)

通解
 あなたもまた、日蓮に従い、法華経の行者として多くの人に仏法を語られている。これこそ、法華経流通の義ではないか。法華経の信心を貫き通しなさい。火を起こすのに、途中で休んでしまえば火は得られないのである。

同志への指針
 一歩でもよい。今日も明日も、前へ前へ進むのだ。くじけず! へこたれず! 眼前の課題を、一つまた一つと仕上げよう。わが信念を断固として語りゆくことだ。そこにこそ、師弟勝利の栄冠が輝くことを忘れまい。

御書とともに 29 名誉会長が指針を贈る

妙法の種が功徳の花実《かじつ》に

 物たね《種》と申すもの一なれども植えぬれば多くとなり(御衣並単衣《おんころもならびにひとえ》御書、971ページ)

通解
 物の種は、たとえ一つであっても植えれば多数となる。

同志への指針
 仏法を語れば、友と自分の心に幸福の種を植え、育てることができる。労苦を惜しまず、一人また一人と語り抜こう!
 勇気と誠実で心の大地に植えた種は、思いもよらない功徳の花と咲き、実を結び、自他ともに生命を輝かせるのだ。

御書とともに 28 名誉会長が指針を贈る

万年にわたる幸福の大道を


 今日蓮が唱うる所の南妙法蓮華経は末法一万年の衆生まで成仏せしむるなり(御義口伝、720ページ)

通解
 今、日蓮が唱える南妙法蓮華経は末法一万年の衆生まで成仏させるのである。

同志への指針
 一万年先まで見つめた、遠大な思想と実践が広宣流布である。 ゆえに、今の真剣な一歩が、万年先までの民衆の幸福の大道を開いていくのだ!
 青年部、よろしく頼みます。大事業の成就は君たちの双肩にかかっている。

御書とともに 27 名誉会長が指針を贈る

正法を広める人が尊貴


 持たるる法だに第一ならば持つ人 随って第一なるべし、然《しか》らば則《すなわ》ち其の人を毀《そし》るは其の法を毀るなり(持妙法華問答抄、465ページ)

通解
 持《たも》たれる法さえ第一ならば、持つ人もまた第一なのである。そうであれば、その人を毀るのはその法を毀ることである。

同志への指針
 人間の真の偉さは何で決まるのか。心に最高無二の哲学を持《も》つ人こそ、最高に尊貴なのである。
 ゆえに、いかなる権勢の人間も恐れることはない。広宣流布のために行動し抜く人は、現実を勝ち抜く、限りない智慧と力を発揮できるのだ。

御書とともに 26 名誉会長が指針を贈る

我らは人間革命の善友


 わが智慧なににかせん、ただあつ《温》きつめ《寒》たきばかりの智慧だにも候ならば善知識たいせち《大切》なり(三三蔵祈雨事、1468ページ)

通解
 わが智慧は何の役に立とう。ただ暑さや寒さを知るだけの智慧でもあるならば、善知識が大切なのである。

同志への指針
 学会は最高の「善知識」の集いである。年齢も立場も超えて、皆が平等に励まし合う座談会を、大聖人がどれほど御賞讃されるであろうか。我ら「人間革命の善友」が団結して進めば、仏の力が湧いてこないわけがない。どんな困難も必ず乗り越えていける。

御書とともに 25 名誉会長が指針を贈る 

「同苦」こそ学会精神

 人のものををし《教》ふると申すは車のおも《重》けれども油をぬりてまわり・ふね《船》を水にうかべてゆき《往》やすきやうにをしへ候なり(上野殿御返事、1574ページ)

通解
 人がものを教えるというのは、車が重かったとしても油を塗ることによって回り、船を水に浮かべて行きやすくするように教えるのである。

同志への指針
 悩みは千差万別である。その人の心に響く励ましの言葉が大切だ。共に悩み、共に祈り、共に立ち上がっていく。この「同苦」の心こそ学会の根幹の精神である。
 誠実に耳を傾けることだ。真心の智慧の一言は、相手を思う深き祈りから紡ぎ出される。共に前進の勇気を奮い起こすのだ。

御書とともに 24
 名誉会長が指針を贈る 

妙法の家族の絆は永遠

 大月輪《だいげつりん》の中か大日輪《だいにちりん》の中か天鏡《てんきょう》をもって妻子の身を浮べて十二時に御らんあるらん(妙一尼御前御消息、1254ページ)

通解
 (亡くなったご主人は)大月輪(月)の中か、大日輪(太陽)の中か、天の鏡にあなた方、妻子の姿を浮かべて一日中、見守っておられることでしょう。

同志への指針
 妙法の家族の絆は永遠である。生々《しょうじょう》世々、常に一緒である。
 ゆえに、故人の家族は“後継者”として、寿命も福運も受け継いで、不二の生命で、今世における偉大な使命を果たしていくのだ。

御書とともに 23
 名誉会長が指針を贈る

親孝行の人たれ


 親によき物を与へんと思いて せめてする事なくば一日に二三度えみ《笑》て向《むか》へとなり(上野殿御消息、1527ページ)

通解
 (父母に孝行であれということは)親に良い物を贈ろうと思うことであり、とりたてて何もする事がない時は、日に2、3度、親に向かって笑顔を見せるようにしなさい、ということである。
同志への指針
 後継の未来部の友よ、勉学第一、健康第一で朗らかに進め! 君たちの明るい元気な笑顔を見れば、親は安心する。疲れがとれる。
 難しいことではない。心遣い一つで、「親孝行」という最極の人間学を実践できる。「心こそ大切」なのだ。

御書とともに 22
 名誉会長が指針を贈る

母は尊極の生命

 宝浄世界とは我等が母の胎内なり(御義口伝、740ページ)

通解 
 (多宝如来の住む)宝浄世界とは、母親の胎内のことである。

同志への指針
 人間という生命の宝塔は、みな、どこから現れたのか。母からである。母こそが尊極なる宝浄世界なのである
 母を悲しませない母に喜んでもらおう──この心にこそ、正しき人生を生きる起点がある。平和な生命尊極の社会を創る原点がある。

御書とともに 21 名誉会長が指針を贈る

報恩こそ「人間の正道」


 知恩をもて最《さい》とし報恩をもて前《さき》とす 世に四恩あり 之を知るを人倫《じんりん》となづけ知らざるを畜生とす(聖愚問答抄、491ページ)

通解 
 (聖人は)恩を知ることを最高とし、恩に報じていくことを第一としてきた。世の中には四つの恩がある。これを知る者を人倫(人の道に適った人間)と名づけ、知らない者を畜生という。

同志への指針
 恩を知り、恩に報いていく。この人間の正道を教えられたのが日蓮大聖人の仏法である。戸田先生も、皆が「第一級の人格」を鍛え「第一級の社会人」に育つように薫陶された。
 青年は実力をつけよ! 誠実に礼儀正しく、どこまでも「報恩の人生」を進み抜くのだ。

御書とともに 20 名誉会長が指針を贈る

創価学会は日本の柱

 我日本の柱とならむ 我日本の眼目《がんもく》とならむ 我日本の大船《たいせん》とならむ等《とう》とちかいし願《ねがい》やぶるべからず(開目抄、232ページ)

通解
 「私は日本の柱となろう。私は日本の眼目となろう。私は日本の大船となろう」と誓った願いは断じて破る事はない。

同志への指針
 立正安国の仏法が、いかに大切か。日蓮大聖人に直結する創価学会こそ、日本の柱であり、眼目であり、大船である。何ものにも揺るがない。激動の時代に、社会を平和と安定と繁栄へリードしていく力なのである。

御書とともに 19 名誉会長が指針を贈る

弟子の勝利を 断じて待つ

 何《いか》なる世の乱れにも各各《おのおの》をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し 乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり(呵責謗法滅罪抄、1132ページ)

通解
 どのように世の中が乱れていても、あなた方のことを「法華経や十羅刹女よ、助け給え」と、湿った木から火を出し、乾いた土から水を得ようとする思いで強盛に祈っている。

同志への指針
 “私が断固、わが門下を守る”と御本仏が宣言された。
 “門下よ、思う存分、戦い、すべてに勝ち抜くのだ!”
 ──この師匠の叫びに、勇猛精進して応えるのが、日蓮仏法の弟子の道である。

御書とともに 18
 名誉会長が指針を贈る

幻の虚栄を悠々と見下ろせ

 或時《あるとき》は人に生まれて諸《もろもろ》の国王・大臣・公卿・殿上人《てんじょうびと》等の身と成って是れ程のたのしみなしと思ひ少《すくな》きを得て足りぬと思ひ悦びあへり、是を仏は夢の中のさかへ《栄》・まぼろしの・たのしみなり唯法華経を持ち奉り速《すみやか》に仏になるべしと説き給へり(主師親御書、386ページ)

通解
 ある時は、人間として生まれて、諸々の国王や大臣や公卿や殿上人などの身となって、「これほどの楽しみはない」と思い、わずかな果報を得て満足し、喜び合っている。こうした姿を、仏は「夢の中の栄華であり、幻の楽しみである。ただ法華経を持ち奉り、すみやかに仏になりなさい」と説かれたのである

同志への指針
 権力や富や名声が、いかに儚く、わびしく消え去るか。幻の虚栄など、悠々と見下ろすのだ。永遠不滅の妙法を流布する我らは、自他共に崩れざる常楽我浄の境涯を開き、絶対勝利の人生を歩みゆく。人間王者の誇りも高く!

御書とともに 17 名誉会長が指針を贈る

麗しき歓喜のスクラムを

 自他共に智慧と慈悲と有るを喜《き》とは云うなり(御義口伝、761ページ)

通解
 自他共に智慧と慈悲があることを喜というのである。

同志への指針
 共に思いやり、共に励まし合い、共に学び、共に知慧を出し合いながら前進する。この仏法の本義に則った人間共和の世界が「創価」である。
 我らは、人間性の究極の光である麗しき団結で、歓喜の舞を舞いながら勝ち進んでいくのだ。

御書とともに 16 名誉会長が指針を贈る

晴れわたる5月3日へ

 日蓮も又此の天を恃《たの》みたてまつり日本国にたてあひて数年なり、既に日蓮かちぬべき心地す利生《りしょう》のあらたなる事・外《ほか》にもとむべきにあらず(四条金吾釈迦仏供養事、1146ページ)

通解
 日蓮もまた、この天(日天子)を頼みとして、日本国と戦って数年になる。
すでに日蓮は「勝った」という気持ちである。このように利生のはっきりしていることは、ほかに求められない。

同志への指針
 日本の国をあげての大迫害を、大聖人は厳然と勝ち越えられた。創価の我らも、赫々たる太陽の如く、すべてを勝ち切っている。
 今年も、晴れわたる5月3日の空に、栄光の勝鬨を轟かせよう!

御書とともに 15 名誉会長が指針を贈る

威風堂々と信念を叫べ

 がうじゃう《強盛》にはがみ《切歯》をして たゆ《弛》む心なかれ、例せば日蓮が平左衛門の尉がもとにて・うちふるまい・いゐしがごとく・すこしも・をづ《畏》る心なかれ(兄弟抄、1084ページ)

通解
 信心強盛に歯をくいしばって難に耐え、たゆむ心があってはならない。例えば、日蓮が平左衛門尉の所で、堂々と振る舞い、言い切ったように、少しも畏れる心があってはならない。

同志への指針
 この御聖訓通りに、初代・牧口先生も、2代・戸田先生も、そして3代の私も、相手が誰人であれ、正義の信念を叫び切ってきた。これが学会精神である。

御書とともに 14 名誉会長が指針を贈る

一切の油断を排せ

 さきざき申すがごとく・さきざきよりも百千万億倍・御用心あるべし(四条金吾殿御返事、1169ページ)

通解
 以前にも申したように、以前よりも百千万億倍、用心していきなさい。

同志への指針
 油断大敵である。前進の勢いが増している時ほど、絶対に事故を起こしてはならない。無事故を祈り抜き、細心の注意を払い抜いていくことだ。「百千万億倍」との仰せを、よくよく心肝に染めて、「仏法勝負」の証しを立てるのだ。

御書とともに 13 名誉会長が指針を贈る

すべての人に変革の力が

 浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり(一生成仏抄、384ページ)

通解
 浄土(仏の住む清浄な国土)といい、穢土(けがれた国土)といっても、土に二つの隔てがあるわけではない。ただ、われらの心の善悪によると説かれているのである。

同志への指針
 自分が変われば環境も変わる。一人の人間革命によって、わが地域、我が社会を浄土に変えていく実践こそ、広宣流布という大民衆運動なのである。

御書とともに 12
 名誉会長が指針を贈る

多宝会・宝寿会・錦宝会の友へ

 法華経は初《はじめ》は信ずる様なれども後《のち》遂《とぐ》る事かたし、譬へば水の風にうごき花の色の露に移るが如し、何として今までは持《たも》たせ給うぞ是《これ》・偏へに前生《ぜんしょう》の功力の上、釈迦仏の護り給うか、たのもしし・たのもしし(松野殿女房御返事、1395ページ)

通 解
 法華経は初めは信じるようであっても、最後まで貫き通すことは難しい。例えば、水が風によって動き、花の色が露によって変わるようなものです。すべて が移ろいやすいのに、あなたはどうして今まで持ち続けておられるのでしょうか。これは、ひとえに前生において積まれた功徳の上に、釈迦仏が護られているからでしょうか。まことにたのもしいことです。

同志への指針
 広布に尽くし抜いてこられた功労者の皆様方の大功徳は、絶対であり、無量である。三世十方の仏菩薩の守護と賞讃は厳然である。

御書とともに 11
 名誉会長が指針を贈る

太陽と蓮華のごとく輝け!

 明かなる事・日月にすぎんや浄き事・蓮華にまさるべきや、法華経は日月と蓮華となり故に妙法蓮華経と名く、日蓮又日月と蓮華との如くなり(四条金吾女房殿御書、1109ページ)

通解
 明るいことでは、日月(太陽と月)に過ぎるものがあろうか。浄らかなことでは、蓮華に勝るものがあろうか。法華経は、日月と蓮華のようである。
ゆえに、妙法蓮華経と名づけるのである。日蓮もまた、日月と蓮華のようなものである。
 
同志への指針
 「華陽」とは、「日月」(陽)と「蓮華」(華)の両方を包んだ甚深の名前である。どんな逆境をもはね返す妙法の力が備わっている。
 女子部の皆さんは一人ももれなく自らの華陽の生命を輝かせて、幸福の勝利者になっていただきたい。

御書とともに 10 名誉会長が指針を贈る

わが地域を誉の寂光土に


 日蓮が難にあう所ごとに仏土なるべきか、娑婆世界の中には、日本国・日本国の中には相模の国・相模の国の中には片瀬・片瀬の国の中には竜口に日蓮が命を・とどめをく事は法華経の御故なれば寂光土ともいうべきか(四条金吾殿御消息、1113ページ)

通解
 日蓮が難にあうところごとに仏国土となるであろう。娑婆世界の中では、日本国、日本国の中では相模の国(神奈川県)、相模の国の中では片瀬、片瀬の中では竜の口に、日蓮の命をとどめおくことは、法華経の故であるから、その地は寂光土ともいうべきであろう。

同志への指針
 日蓮大聖人の仰せのまま、最も尊き仏法のため、労苦を惜しまず、我らは戦う! わが使命の地域も必ず寂光土になる。勝利の旗を打ち立てるのだ!

御書とともに 9 名誉会長が指針を贈る

友の仏性を呼び覚ます祈りを


 一度妙法蓮華経と唱うれば一切の仏・一切の法・一切の菩薩・一切の声聞・一切の梵王・帝釈・閻魔・法王・日月・衆星・天神・地神・乃至地獄・餓鬼・畜生・修羅・人天・一切衆生の心中の仏性を唯一音《ただひとこえ》に喚《よ》び顕し奉る功徳・無量無辺なり(法華初心成仏抄、557ページ)

通解
 ひとたび妙法蓮華経と唱えれば、あらゆる仏、あらゆる法、あらゆる菩薩、あらゆる声聞、あらゆる梵天・帝釈天・閻魔法王・日天・月天・星々・天神・地神、さらに地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天界の、あらゆる衆生の心中の仏性を、ただ一声に呼びあらわすのであって、その功徳は無量無辺である。

同志への指針
 題目を唱え抜きながら前進だ! 我らの広宣流布の戦いは、ありとあらゆる衆生の仏性を呼び覚ましゆく善の大闘争である。

御書とともに 8 名誉会長が指針を贈る

「勇気の剣」で勝利を開け

 つるぎ《剣》なんども・すすま《不進》ざる人のためには用る事なし、法華経の剣は信心の けなげなる人こそ用る事なれ 鬼に・かなぼう《鉄棒》たるべし(経王殿御返事、1124ページ)

通解
 剣なども、進まない人のためには何の役にも立たない。法華経という剣は、信心の強い、勇気のある人が用いてこそ役に立つのであり、これこそ「鬼に金棒」なのである。
同志への指針
 勇気ある信心にこそ、無敵の妙法の力が現れる。強盛なる祈りと、不撓不屈の「負けじ魂」で、断じて勝利を開きゆけ!

御書とともに 7 名誉会長が指針を贈る

師弟の広布旅は三世永遠

 過去の宿縁追い来つて今度日蓮が弟子と成り給うか・釈迦多宝こそ御存知候らめ、「在在諸仏土常与師倶生」よも虚事候はじ。(生死一大事血脈抄、1338ページ)

通解
 あなたは、過去の宿縁によって、今度、日蓮の弟子となられたのであろうか。釈迦・多宝の二仏こそ御存知であろう。「在在の諸仏の土に、常に与師と倶に生ず」(化城喩品)の経文は、決して嘘とは思われない。

同志への指針
 仏法の師弟の絆は、三世永遠である。この絆は誰人も壊すことはできない。
 常に、師と共に使命の天地に生まれ、元初の誓願を果たしていくのだ。苦悩渦巻く娑婆世界を、常楽我浄の仏国土へと忍耐強く変革していくのだ。
 いつも、心は一緒である。広宣流布のため、共に戦い、断固として勝つのだ。

御書とともに 6 名誉会長が指針を贈る

冬は必ず春となる

 法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を(妙一尼御前御消息、1253ページ)

通解
 法華経を信じる人は冬のようである。冬は必ず春となる。昔より今まで、聞いたことも見たこともない。冬が秋に戻るということを。また、今まで聞いたこともない。法華経を信じる人が仏になれず凡夫のままでいることを。

同志への指針
 どんなに厳しい風雪であっても、必ず春は到来する。法華経を信ずる人は、一人ももれなく仏となる。もっとも苦しんだ人が、幸福を勝ち取るための仏法である。
 そして、民衆がいかなる苦難をも乗り越え、希望と勝利の人生の春を開くために、我らは行動するのである。

御書とともに 5 名誉会長が指針を贈る

師弟不二の師子吼を

 師とは師匠授くる所の妙法子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声《おんじょう》なり(御義口伝、748ページ)

通解
 (法華経の勧持品に説かれる「師子吼」の)「師」とは師匠が授《さず》ける妙法、「子」とは弟子が受ける妙法であり、「吼」とは師弟ともに唱える音声《おんじょう》をいう。

同志への指針
 師匠の心を心として、不二なる正義の音声を轟かせゆくのだ。
 妙法の師弟の師子吼こそ、あらゆる逆境をはね返し、濁世を変えゆく無敵の力である。

御書とともに 4 名誉会長が指針を贈る

御本尊は わが胸中に厳然と

 此の御本尊全く余所《よそ》に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持《たも》ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり(日女御前御返事、1244ページ)

通解
 この御本尊を決して、よそに求めてはならない。ただ、我れら衆生が法華経を持って、南無妙法蓮華経と唱える胸中の肉団にいらっしゃるのである

同志への指針
 御本尊は、わが胸中に厳然とある。尊極なる仏の生命は、広宣流布に生きゆく、わが心にこそ輝くのである。
 ゆえに、なにがあっても、強き信心があれば大丈夫だ。何も心配はない。
大切なのは仏法を持《たも》ち、行じゆく人間である。

御書とともに 3 名誉会長が指針を贈る

わが生命の宮殿は不滅

 自身の仏乗《ぶつじょう》を悟って自身の宮殿に入るなり所謂《いわゆる》南無妙法蓮華経と唱え奉るは自身の宮殿に入るなり(御義口伝、787ページ)

通解
 自身の内なる妙法を悟って、自身の宮殿に入るのである。南無妙法蓮華経と唱えていくことは自身の宮殿に入っていくのである。

同志への指針
 妙法を唱えゆく生命それ自体が仏である。心には大宮殿が広がっている。この宮殿は誰人にも壊せない。何ものにも侵されない。
 わが心を光らせ、愛する地域に、幸福と安穏の都を建設していく。これが立正安国の不屈の魂である

御書とともに 2
 名誉会長が指針を贈る

強盛な祈りで変毒為薬を


 わざはひは転じて幸《さいわい》となるべし、あひかまへて御信心を出《いだ》し此の御本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就せざるべき(経王殿御返事、1124ページ)

通解
 災《わざわ》いも転じて幸《さいわ》いとなるであろう。心して信心を奮い起こし、この御本尊に祈念していきなさい。何事か成就しないことがあろうか。

同志への指針
 変毒為薬、宿命転換の仏法である。断じて乗り越えられぬ苦難などない。打ち破れない闇などない。今こそ無量広大な仏力・法力を現す時である。
 大変であればあるほど、まず、強盛なる祈りから一歩を踏み出すことだ。勇気ある信心こそ日蓮仏法の真髄だ。

御書とともに 1 名誉会長が指針を贈る(2011.3.19付 聖教新聞)

信心は無限の希望の力

 妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがえる義なり(法華経題目抄、947ページ)

通解
 妙とは蘇生の意味である。蘇生とは蘇るということである。

同志への指針
 信心を根本に生きる人は、どんな状況、どんな場所にあっても、「ここ」から「新たな出発」を切っていける。「いま」から無限の「希望の未来」を開いていける。
 わが心、わが地域を蘇生させ、必ず自他ともに幸福の人生を飾っていくことができる。そのための仏法である。
2012-08-28 : 御書とともに :
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未来対話  君と歩む勝利の道 第5回

第5回 学び続ける人が勝者  (2012.9.1付 未来ジャーナル)

「何のために学ぶのか」を忘れない

ドイツの大文豪ゲーテ

学問のなかには
なんというすばらしい世界が
ひらけていることだろう


 ──いよいよ、新学期がスタートしました。受験生の皆さんも、大切な“秋の陣”に入ります。

名誉会長 みんなが希望の道、努力の道、勝利の道を進めるように、私はますます真剣に祈っていきます。全国、全世界の創価家族も受験生の皆さんの味方です。
 思えば、私が夜学に通い始めたのは、17歳の9月でした。第2次世界大戦が終わった翌月です。大空襲の焼け野原が一面に広がる中で、「ともかく今は勉強だ。何が何でも学ぶのだ」と、向学の心を奮い立たせたことを覚えています。
 今も私は、勉強を続けています。世界の識者との対談も、学び語り、語り学ぶ連続です。若い皆さんからも、新しいことをたくさん教えてもらいたいと思っています。
      □■□
 ──思う存分、勉強できること、それ自体が幸福なのですね。

名誉会長
 そう。勉強は権利であり、喜びです。「学ぶ」ということは、何より楽しいものなんです。
 それを若者から奪い取るのが、残酷な戦争です。その苦しさや悔しさを、次の世代には絶対に味わわせてはならないと心に決め、私は平和のために戦ってきました。
 だから、私が青春時代から愛読してきた、ドイツの大文豪ゲーテの言葉を、みんなに贈りたい。
 「学問のなかには、なんというすばらしい世界がひらけていることだろう」(ビーダーマン編『ゲーテ対話録第二巻』菊池栄一訳、白水社刊)
 学問の探究に思い切って飛び込めば、発見がある。その喜びでゲーテは生命を躍動させました。
 詩人、小説家、劇作家であり、そして、自然科学者としても、政治家としても大活躍したゲーテは一生涯、学び続けた人でした。
 今、このゲーテを巡って私は、ワイマール・ゲーテ協会顧問のオステン博士と対談を進めています。(総合月刊誌「潮」で連載)
 その冒頭、オステン博士は、ゲーテの信条について語られました。
 それは「力を入れて学んだことは、誰も奪い去ることができない、永遠である」との確信です。
 人は学ぶために、生まれてきました。「生きること」は「学ぶこと」といってよい。
 学んだ内容は、たとえ忘れたとしても、学ぶ心は、わが生命を永遠に飾ってくれるのです。
      □■□
 ──現実の学校生活の中では、「頑張ろうとは思うのですが、なかなか勉強のやる気が出なくて困っています」という声があります。

名誉会長 みんな、そうなんだよ(笑い)。「頑張ろう」と思っていることが偉いじゃないか。
 私が対談したトインビー博士ほどの世界的な大歴史学者でも、「やる気」になるのを待っていたら、いつまでたっても研究は進まない。だから、気分が乗っても乗らなくても、毎日、決まった時間に机に向かって勉強を始めることを、ご自分に課しておられました。
 「学ぶ習慣」ができれば、やる気が自然に湧く。勉強が面白くなり、努力の大切さが分かる。そこまで、あきらめないで、頑張ってほしいんです。
      □■□
 ──「なぜ勉強するのか」「何のために学ぶのか」を自らに問いかけることが大事ですね。
 池田先生は、創価大学に──「英知を磨くは何のため 君よ それを忘るるな」と指針を贈ってくださっています。

名誉会長 「何のために学ぶのか」という問いを、生涯、持ち続けてほしい。
 「自分のため」だけに勉強していると、いつか行き詰まる。「人のため」「社会のため」「世界のため」という大きな志が、勉強を楽しくする。偉大な自分をつくりあげます。
 1995年、私は、釈尊が生誕した国ネパールを訪問しました。
トリブバン大学での講演などを終え、ネパールSGI(創価学会インタナショナル)の総会に出席すると、深紅の民族衣装に金色の髪飾りをまとった、5人の可憐な小女たちが出迎えてくれました。
 少女たちは、その後、ご両親の励ましを胸に、「人材の流れをつくるために、まず自分が人材に」「民衆に尽くす指導者に成長を」と誓い、失敗してもあきらめずに両親と自分を信じて勉強に励み主した。
 17年たった今、全員が世界の大舞台で学究の道、社会貢献の道を進んでいます。ネパールの父母や同志の誇りとなり、希望となっている。そして、彼女たちに、未来部の友が続いています。
 勉強は、すればするほど、夢が大きくなっていく。力がついて、人の役に立つことができる。人を笑顔にすることができる。人に喜びを与えることができる。
 それは、結局、自分の周りに、素晴らしい世界を広げてくれるのです。
      □■□
 ──私たち未来部担当者も「中学・高校の時、もっと、しっかり勉強しておけばよかった」と反省することしきりです。

名誉会長 いや、クヨクヨ振り返る必要はありません。学ぶことは、「今から」「ここから」直ちに始めることができるからです。
 ゲーテの時代とも重なる女性の作家マルヴィーダ・フォン・マイゼンブークは、60歳の時に、こんな言葉を残しています。
 「私は学びます、学びます」「更に学ぶことができるためというこの一点でだけ私は今一度若くなりたいと思います」(シュライヘア著『マルヴィーダ・フォン・マイゼンブーク』片山敏彦訳、みすず書房刊)
 学歴イコール知識・学力ではない。まして人間の能力ではない。学び続ける心が、人間の真の実力です。わが創価大学の通信教育部では、この春、85歳と83歳の2人の女性の方も晴れ晴れと卒業を勝ち取られました。学び抜き、学び切る姿は、人間として神々しい光りを放つものです。
      □■□
 ──でも、若い時は、勉強できる環境にあるのに、つい後回しにしてしまいます。

名誉会長 まあ、後回しにするのは、それなりに理由がある(笑い)。内容が難しすぎて理解するのが大変だからとか、そろそろ机に向かおうと思った矢先に、お母さんやお父さんに「勉強しなさい」と言われて嫌になるとか(笑い)、部活が忙しいとか……。
 でも、自分の好きなことだったらどうだろう。それなら、すぐに始められて、いくらでもやれる、何時間でも没頭できるという人も多いのではないかな。
 「どうやったら、サッカーが上達できるか」「あの人みたいに上手に楽器を演奏するには、どうすればいいんだろう」「秋の流行の服は」などと関心を持てば、本を読んで研究したり、試したり、誰かに質問したりするでしょう。それは、楽しいし、面白いことです。勉強だって、自分なりに工夫すれば、楽しく面白くできるはずです。
      □■□
 ──実際、社会のさまざまな分野で活躍している人は、例外なく真剣に勉強を重ねていますね。

名誉会長 その通りです。一流のスポーツ選手も、体を鍛えるだけでなく、体のしくみや栄養のことを積極的に学んでいる人が少なくない。演技の質を磨いたり、参考にしたりするために、膨大な読書をしている俳優や芸人の方を、私もよく知っています。
 皆さんのお母さんの、いつどこで買い物をすればいいか、という分析力には、どんな経済学者もかなわないでしょう。生きた経済の動きを学んでいます。
 すべて、立派な学問です。
 だから、今の学校での勉強は、将来、それぞれの道で、好きなことを好きなだけ学ぶための「土台」と考えてはどうかな。人生、後になって、思わぬことが役に立つ。まず何かを始めてみることだ。何か努力を開始することだ。
 勉強ができるできないといっても、やるかやらないかだけなんだ。
 勉強すると息が詰まる思いがするかもしれないが、実は小さな自分を打ち破り、広々とした世界へと解放してくれる。人生を明るくしてくれる。「学は光」です。
 何があってもへこたれず、強く朗らかに学んだ人が、勝ちです。
      □■□
 ──「目の前の問題集に取り組むことが、将来の、何の役に立つのか分からない」という質問も寄せられています。

名誉会長 建物を建てる時、土台だけを見ても、上にどのような建物が建つのかは分からないものだ。また土台は、その上に建物が建てば、見えなくなるものです。
 それでも、建物を何十年、何百年にわたって支えていくのは、その見えない土台です。
 勉強も同じでしょう。君の目の前にある課題の一つ一つが、強固な土台になっていくのです。
 そもそも、勉強に挑むこと自体が、偉大な人格を磨きゆく訓練の一つです。考える力を養い、頭脳を鍛え、強い心を育んでいく。今、みんなは、その“土台作り”をしているんだよ。地道で繰り返しの作業はつまらないかもしれない。でも、地道に繰り返すからこそ、その土台は強い。崩れない。だから、毎日、自分らしく1ミリでも2ミリでも、築いていってほしい。
      □■□
 ──「学校の成績が思うように上がらなくて苦しい」と悩んでいるメンバーもいます。

名誉会長 成績が上がれば、自分もうれしいし、お父さん、お母さんも喜んでくれる。良いに越したことはない。だけど、それが君の真価を決めるものではない。人と比べる必要もない。いわんや、自信をなくす必要もない。
 だから、成績は、上手に自分の努力目標にしてほしい。少しずつ、だんだんと着実に向上していく。そういう、たくましい勉学の歴史を残してもらえたら、うれしいね。
 たとえ、不本意な結果であっても、努力を重ねた分だけ、力は必ずついてくる。成長している。
 長い人生を大きく左右していくのは、目先の成績よりも、「学び続けようとする姿勢」です。どんな状況にあっても「さあ、勉強するぞ!」という勢いのある人は、そこから人生を開いていける。
 だから、勉強に「もう間に合わない」も「手遅れだ」も絶対にない。「自分はだめだ」と思わない限り、たとえ今がビリでも大丈夫。そこから上がっていくのは、痛快じゃないか。一番もったいないのは、成績が上がらないからといって、勉強をやめてしまうことだ。
 「栄光」とは、「忍耐」です。自分が苦労し、苦しむことです。勉強も、一日では結果は出ない。大事なのは、「粘り強さ」です。ですから、受験生の皆さんには、「受験は、知性と忍耐の修行である」と贈りたい。
      □■□
 ──池田先生は、戸田先生のもとで「一対一」の個人教授を受けられました。

名誉会長 真剣勝負でした。戸田先生の事業が困難を極める中での薫陶でした。当時、日記に次のような内容を書いています。
 「朝の講義、法律学、政治学、経済学、化学、漢文と進む。
 先生の、身体をいとわず、弟子を育成してくださる恩──私は、どのようにご恩返しすればよいのか。今だ、力、力、力を蓄える時は。あらゆる力を、将来の準備として蓄えていこう」
 戸田先生は万般の学問に通じておられました。しかも、生きた学問として教えてくださいました。
 「大作、今、何の本を読んでいるか」「その本の内容を言ってみよ」と、いつでも、どこでも聞かれた。どう読んだのか、何を学んだのか、先生の追及は実に鋭い。冷や汗をかきながら、しどろもどろで答えたこともありました。
 ある講義が修了した時、戸田先生は、机の上の一輪の花を取り、私の胸に挿してくださいました。
 「この講義を修了した優等生への勲章だ。金時計でも授けたいが、何もない。すまんな……」
 それは、師匠から授かった、世界一、誇り高い勲章です。この恩師の授業があったからこそ、世界の識者と文明を結ぶ対話も残すことができたのだと、感謝の思いは尽きません。
 創価の師弟の勝利は、学び続けてきた勝利です。
 ですから、私は、毎日、強盛に祈っています。
 わが未来部の友が、さえわたる英知と正義の大指導者に育つように! どの分野に進もうとも、大人材として自由自在に力を発揮して活躍できるように! そして、一人ももれなく健康で、家族も大福運に包まれ、素晴らしい勝利の人生であるように! と。
 みんな、新学期も、元気に学び、前進しよう!
2012-08-28 : 未来対話 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.79/80

随筆 我らの勝利の大道 No.79/80   
              (2012.8.21/22付)
後継の希望・未来部

勇躍前進! 夢も勝利も前にある
創価家族で宝の人材に励ましを!
熱意と誠意の触発が若き生命を開く


 一年の
  成長の節
    葉月かな

 「先を目指す人間には新しい地平線がある」
 イギリスの作家スティーブンソンは語った。
 人間の目は前を向いている。後ろ向きではない。
 希望も前にある。
 夢も前にある。
 勝利も前にある。
 たとえ、困難が待ち受けていようとも、顔を上げ、
前へ前へ、まっしぐらに進み続ける人には、必ず新しい地平が開ける。
 学会は今、創立100周年の峰へ、勇躍前進している。
 どんな社会も、団体も、その将来は人材で決まる。
 未来部育成こそ、学会の命運を決する最重要事だ。いな、ここにこそ、広宣流布の未来もあり、人類の悲願である「平和の世紀」への希望もあるのだ。
 頼もしいことに、この夏も、創価家族の祈りと期待に応えて、わが未来部の友たちは弾ける生命で、成長し、向上してくれている。
        ◇
 スティーブンソンといえば、心躍る冒険物語『宝島』が有名である。
 この名作は当初、息子を喜ばせるために書き始めたといわれている。
 一日一章といったペースで書き進め、書き上げたその物語を、毎日、ジェスチヤーを交えて語り聞かせていったそうである。
 子どもこそ、かけがえのない宝──。その慈父の心で描いた作品だからこそ、世界中の子どもたちに愛されてきたのであろう。
 「どうしたら、子どもたちは、話を聞くようになるのでしょうか」
 一人の教育者から質問を受けた際、私は答えた。
 「子どもたちのことが好きで、好きで、たまらないという心が大切ではないでしょうか。
 自分のことを本当に思ってくれている人の言うことは、子どもは素直に耳を傾けるからです」
 生命は感応である。響き合う。いわんや、子どもの生命は鋭敏である。
 まずは、子どもたちを好きになる。そして、子どもだちと一緒に笑い、一緒に学び、一緒に心の宝を見つけていくような交流でありたい。

 学びゆけ
  君よ 世界の
      指導者に

 後継の友を励ます「創価ファミリー月間」にあって、少年少女部は「きぼう作文コンクール」や「少年少女希望絵画展」、また中等部・高等部は「読書感想文コンクール」「英語スピーチコンテスト」などを通し、知性と感性を磨いている。
 尊き努力の姿が、私には眩しく生き生きと輝いて見える。こうした地道な挑戦のなかから、20年、30年先には、大文豪も、大芸術家も、世界の大リーダーも、必ずや育っていくに違いない。
 その陰には、王子・王女たちの成長を支え、一人ひとりに丁寧にアドバイスを送り、若き創造の芽を伸ばそうと奮闘される未来部担当者の真心が光っている。誠に感謝に堪えない。

澄んだ瞳を見つめ
 私も、未来部担当者の一員との決意で、新機関紙に「希望の大空へ」や「未来対話」を、毎月、寄稿させていただいている。
 その思いは、若き日に恩師・戸田先生のもとで、少年雑誌を編集していた頃の真情と些かも変わらない。
 「未来に伸びゆく少年。春の如く快活な動作。秋空の如く、澄んだ瞳。礦野の如く限りない希望。純情な少年は尊い。未来の、次代の、社会の建設者なれば、日本の宝と思わねばならぬ」──当時の日記に綴った一文である。
 わが未来部は、まさに「世界の宝」であり「人類の宝」である。

師弟の縁深き信越
 学会の創立100周年となる2030年を見つめつつ、第1回の未来部総会を行ったのは、昭和の最後の夏となった1988年の8月である。会場は長野研修道場であった。
 師・戸田先生がこよなく愛され、師弟の深き歴史が留まる、この信濃の天地で、私も若き人材の薫陶を重ねてきた。
 未来部総会も第2回(1989年)、第4回(1991年)、第6回(1993年)、さらに未来部メンバーが大勢参加した第1回の信越青年部総会(1995年)も、ここ長野を舞台に行った。
 ある時は固い握手を交わし、ある時は一緒にラジオ体操をした。ある時はそっと通信簿を見せてもらい、ある時は本に励ましの言葉を記して贈り、思い出を作りながら、ずっと祈り、見守り続けてきた。
 この夏、私も、長野研修道場での伝統光る30回目の研修に出席した。
 運営の役員として颯爽と尽力してくれた信越の男子部、女子部、学生部のリーダーたちも皆、一人ひとり、未来部の時から、私が手作りで育ててきたメンバーである。
 信越は人材輩出の偉大な地涌の天地だ。広布開拓の青年たちの成長と活躍が、何よりも嬉しい。
 この8月24日は誇り高き「信越青年部の日」と決定され、私は祝福の和歌を贈った。

 偉大なる
  歴史を綴りし
   君なれば
  心の財《たから》は
    三世に薫らむ

人生変える出会い
 『宝島』の作家スティーブンソンは29歳の時、日本の幕末の大教育者・吉田松陰の伝記「ヨシダ・トラジロウ」(吉田寅次郎=松陰の名)を書いた。
 1880年、イギリスで発表されたこの伝記は、日本人の手によるものに先駆け、世界最初の松陰伝と言われている。
 スティーブンソン自身、こう評していたという。
 「生きる力を与えてくれる日本の英雄の話」──。
 この伝記が生まれる機縁は、1878年の夏ごろ、若きスティーブンソンが、英国留学中の松陰門下の一人と出会い、この弟子が語る師の生涯に感動したことにあった。伝記には、次のような言葉が見える。
 「他人なら落胆したようなことでも、そのためにかえって、吉田は仕事に対し情熱をかきたてた」
 「彼を支えたのは、彼自身の若さと勇気だけでなく、絶えず新しい門弟がたくさんいたからである」
 誠に生き生きとした松陰の姿が伝わってくる。
 松陰のことをスティーブンソンに語ったのは、正木退蔵という門下であった。長州(今の山口県)の萩の松下村塾に入門した時は13歳で、在籍した期間もわずか数カ月にすぎなかったようだ。その後、松陰は牢獄に囚われて江戸に護送され、志半ばに刑死する。
 しかし、清らかな、若き生命に焼き付けた師の姿は、約20年の時を経ても色褪せることはなかった。異郷にあって、敬愛する師の雄姿を、烈々と語ってやまない一人の弟子の言葉が、国も歳月も超え、作家の心を動かしたのだ。
 たった一度の出会いでも、短い時間の語らいでも、直接、会えなくとも、人生を変える励ましがある。後継の友に、かけがえのない触発となる。若き生命の無限の可能性を開くのは、まさしく関わる側の熱意であり、誠意であろう。

東北に勇気の声!
 福島県の相馬では毎年、未来部による「体験主張大会」を開催している。
 未来部員が自らの体験を語り、同じ悩みを抱える友に、勇気を送ろうと10年前から始まったものだ。
 先輩の励ましを胸に成長した友が、今は担当者として、会合の運営等を担ってくれている。ありがたく、また、頼もしい限りだ。
 昨年3月、あの東日本大震災が起こった。
 誰もが、この年、「10回目」となる節目の開催は難しいと考えた。だが、担当者の熱き思いは、未曽有の災害にも屈しなかった。
 「多くの人が不安と絶望に沈む今だからこそ、未来ヘー歩を踏み出したメンバーの『希望の声』が必要なのだ」──その思いが結集し、年末に10回目の開催を勝ち飾ることができた。
 試練に負けず、復興に貢献する人材に成長しゆくことを誓う、若き友の凛々しき主張に感動が広がった。
 福島といえば、ある年の冬、会津若松の小学生から頂いた便りも忘れられない。図書委員の仲良し3人組からの手紙であった。
 「図書館まつり」を開催するに当たって、作家の手紙コーナーに展示するための手紙を書いてほしいという依頼である。同じ学校の少女部員が持参した、私の創作童話を読んだことが、きっかけとなったようだ。
 “未来からの使者”のためならばと筆を執った。
 「雪国の心清らかな王女の皆さまからの、美しい心のお手紙、本当にありがとうございます」
 「今の、皆さんにとって、読書は『心の、すばらしき旅』です」
 私は、こう記したあと、読んだ一冊、また一冊が、若き皆さんの「限りなく、美しき世界」となり、そして自らを「限りなく、豊かに広がっていく人間」へと創り上げる力になることを語りかけていった。
 縁した一人ひとりの鳳雛が立派に巣立ち、幸福の人生を歩みゆくことが、私の最大の喜びである。
 当時、私の童話を友人に紹介した少女部員は後に、教師として未来を創る聖業に尽くされ、今はヤング・ミセスの一員として福島で活躍されていると伺った。
 いかなる苦難をも毅然と耐え抜き、乗り越えゆく、福島そして東北の天地から、未来に希望と勇気を送る若人の声が限りなく響き渡っていくことを、私は確信してやまない。

 ひたすらに
  祈り励まし
   人材を
  いやまし育てむ
   この世の使命と

 冒頭のスティーブンソンの言葉は『若い人々のために』岩田良吉訳(岩波書店)=現代表記に改めた。スティーブンソンによる松陰伝「ヨシダ・トラジロウ」誕生の経緯と「生きる力……」の言葉は、よしだみどり著『知られざる「吉田松陰伝」』(祥伝社)を参照・引用。松陰伝の本文の引用は『吉田松陰全集 別巻』(大和書房)所収の町田晃訳「吉田寅次郎」によった。

若き友の胸に「無上宝珠」を信じて
朗らかに! 命と命は必ず通じる
正義の人材を育む 真心と尽力に感謝


 偉大なる
  父母《ちちはは》 見つめむ
    後継の
  君の成長
   来る日も来る日も

 我らの目指す「人間革命」──それは将来にわたって「子どもたちの幸福」を開くための革命といっても過言ではない。
 「どのような大義も、いかなる戦争も、子どもたちから幸福に暮らす当然の権利を奪うに価するものではありません」
 これは、ナチスに屈せず、子どもたちを守り、庇《かば》いながら、強制収容所で亡くなった、ポーランド出身の小児科医コルチャック先生の叫びである。
 ほぼ同時代、日本では、創価教育の父である牧口常三郎先生が、子どもたちの生命こそ「無上宝珠」と叫び、軍国主義と対決して獄死された。
 「子どもの幸福こそ第一」「子どもの生命こそ尊極」──この信念と哲学を受け継ぐ、わが教育本部の友は、社会に、勇気凛々と希望の光を広げておられる。
 教育本部の方々は、各地で、未来部の育成にも心を砕いてくださっており、感謝に堪えない。

育成は真剣勝負!
 牧口先生は、人間教育に臨む心構えを語られた。 「自身が尊敬の的たる王座を降《くだ》って、王座に向かうものを指導する公僕となり、手本を示す主人ではなくて手本に導く伴侶となる」
 大切なことは、若き生命を“一個の人格”として最大に尊重していくことである。
 人づくりは真剣勝負だ。子どもの胸中には、立派な“大人”がいる。その“大人”に向かって語りかけていくことであろう。
 「こんなことはわからないだろう」「これくらいでいいだろう」という見下した対応は、決してあってはなるまい。
 デンマークの大教育者グルントヴィは、「お互いに語り合うことが私たち全員にとって、いっそうの楽しみになり、いっそう教育的なものになることでしょう」と強調していた。
 ともあれ、子どもたちの偉大な可能性を信じ、自他共に生命の大地を開拓していくことだ。自分の心を大きく広げた分、相手を育むことができる。ゆえに育成には、自分の成長が不可欠となる。
 この夏も、全国各地で未来部育成の多彩な取り組みがなされてきた。
 神奈川県のある地域では、世界広布の人材を育もうと、英語での会合開催に挑戦しているという。
 語学が少々、苦手な青年部の担当者も、未来部と共に世界市民の錬磨の汗を流してきた。
 御書には「花は根にかへり真味《しんみ》は土にとどまる」(329ページ)と仰せである。
 広布の王子・王女たちのために尽くした労苦は、そのまま担当者と、その一家眷属の大福運となって還ってくることは、絶対に間違いない。

 親も子も
  共に栄えむ
     創価かな

 今年は、グリム兄弟の不朽の名作『グリム童話』の記念すべき第1巻が出版されてから200周年である。
 そのタイトルは『子どもと家庭のメルヒェン集』。
 弟のヴィルヘルム・グリムは語っている。
 「微笑みの中で子供の人生は始まり、喜びの中でそれは存続する」
 明るい朗らかな家庭こそ、子どもを育む根本の揺藍《ゆりかご》であろう。

成長の庭はここに
 戸田先生は「子どもは、学会の庭で育てていきなさい」と何度も指導された。
 我ら創価家族には、「平和の文化」の太陽があり、社会貢献の人材が成長しゆく大地がある。
 地域の同志の温もりや、他者の幸福を願う慈愛に触れるうちに、未来部の心にも、自然と「平和の芽」「希望の芽」「正義の芽」が育まれていくものだ。
 ここに、「創価ファミリー大会」や「座談会」など、壮年部も婦人部も青年部も一体となって、未来部に光を当てていく重要な意義がある。
 今月の座談会には、夏休みの間に見違えるほど成長した子どもたちも、元気いっぱいに集ってくる。皆で共に喜び、讃え合い、一緒になって、心新たに出発していきたいものだ。
        ◇
 私の妻も、息子たちを連れて学会活動に出かけた。会合に行く際には、御本尊の前で「今日は大事な会合です」と、真剣に語って聞かせた。
 それを見た人から、「そんな小さな子どもに話してわかりますか」と聞かれたこともある。しかし、妻は「命と命ですから、必ずわかります」と答えていた。
 人のため、社会のために生き生きと走る姿は、若き生命に焼き付けられる。
 今はわからないように見えても、大きくなれば、必ずわかる時がくる。
 子育てに奮闘されている婦人部の皆様も、思うようにいかない場合もあろう。
 しかし焦らず、大らかに包み込んでいただきたい。しっかりと目を見て、「見守っているよ」「信じているよ」との思いを、未来からの使者たちに伝えて差し上げてほしい。
 どこまでも信じ抜く。何があっても絶対に信頼する。それが子どもにとって、どれだけの励みとなり力となるか計り知れない。

懸命な母の祈り
 福岡県のある支部には、未来部育成の輝く伝統が脈打っている。その陰には、一人の母による懸命な祈りと奮闘があった。
 2人の子どもを抱える彼女は、若くして、がんとの闘病生活を強いられた。医師からは、非情な余命の宣告を受けた。しかし、決して下を向かなかった。
 むしろ、未来を見つめ、今まで以上に信心の炎を燃え上がらせて、「わが地域から後継の人材を」と、限りある命を未来部のために注いでくださった。
 毎月の少年少女部員会の前には、手作りのチラシを携え、宝の人材たちのもとへ足を運んだ。どんな些細な悩みにも耳を傾け、若き生命に希望の火を灯していった。
 抗がん剤の副作用の、悶えるような苦しみにも負けなかった。抜けた毛髪の代わりに、素敵な帽子や鬘をつけ、優しい笑顔で未来の宝を包んでいった。
 彼女は、毅然と語った。
 「この信心と、この信心を教えてくださる師弟の道を、未来の宝の子どもたちに、そして私の大事な友人に語り伝えていくことをわが使命として、生きて生きて生き抜いてまいります」
 この誓いのままに、彼女は最後の最後まで、わが使命を果たし抜き、霊山へと旅立たれた。
 何と偉大な母であろうか。何と気高き信心の英雄であろうか。彼女の信念と真心に触れ、どれほど多くの人が立ち上がっていったことか。
 この一人の母から始まった人材育成のうねりは、堂々たる「人材の大河」となっている。
 まさに、日蓮大聖人が「一は万が母」(御書498ページ)と言われている通りの姿であった。

心の絆は切れない
 母を失い、涙に暮れていた小学生の息子さんも、地域の同志の励ましで気丈に立ち上がった。母亡き翌年に挑戦した作文コンクールで力強く綴っていた。
 「母は人をはげます名人だったと思う。これから、ぼくも、いろいろな人と出会うだろう。その一人一人を大切にして、人のためにつくす生き方をしていきたい」
 母の祈りは必ず通じる。広布に生き抜く母の祈りは、絶対に通じる。息子さんの中に、母は今でも生きている。
 わが学会には、このような尊き父母がいる。兄弟、姉妹が、あの地この地にいる。日本中、世界中にいてくれる。
 これほど温かな人間の絆の安全地帯が、どこにあるだろうか。この創価家族こそ、我らが断固として守り、広げていくべき励ましの世界なのだ。

青は藍よりも青し
 昭和45年(1970年)の8月、学会への悪口罵詈が渦巻くなか、私は高等部の代表に語った。
 「幾多の試練を受けようとも、私は令法久住の人材であり学会の後継者である諸君がいれば、最高に誇り高い人生であるし、幸福者であると思っています」
 そして、御聖訓を一緒に拝した。
 「いよいよ強盛の御志あるべし、冰は水より出でたれども水よりもすさ(凄冷)まじ、青き事は藍より出でたれども・かさ(重)ぬれば藍よりも色まさる」(御書1221ページ)
 私は、若き「従藍而青」の弟子たちに申し上げた。
 「この御文の原理の通り、君たちは、学会の後継者として、立派に私どもを乗り越え、大成長していっていただきたい。そして、不幸な人びとの最大の味方である創価学会の正法正義を広く世界に実証していってほしい」
 私が手塩にかけて育てた「鳳雛会」「鳳雛グループ」「五年会」「二〇〇〇年会」「未来会」そして「新世紀会」「鳳雛池田会」などをはじめ、縁《えにし》深き高等部、中等部、少年少女部の友たちも、立派な大鳳となった。
 さらに、心から愛する東西の創価学園卒業生らも、今では各界のリーダーとして、たくましく、わが使命を全うしてくれている。
 これほどの喜びはない。

夢の2030年へ
 イギリスの作家スティーブンソンは問いかけた。
 「人生の劇場」において「最も賢い、最も立派な、最も感謝に値する役割」は、誰によって演じられるか。答えは「無報酬の俳優」によって演じられる、と。
 わが学会の尊貴な「名俳優」「名女優」こそ、日頃から未来部に励ましを送ってくださる男女青年部の21世紀使命会、学生部の進学推進部長、壮年部・婦人部の未来部育成部長、また地域で未来部育成を支えてくださる全ての皆様である。あらためて最敬礼して御礼を申し上げたい。
 現在の未来部員が学会の中核となる2030年頃には、世界全体が少子化へ進むと言われている。
 まさに今、地域をあげて尽力してくださっている一騎当千の人材の育成こそ、世界にとっても、盤石な未来を開く力となる。
 私が海外を訪れた時も、寸暇を惜しんで、未来部の友に会い、激励してきた。その中から、多くの青年リーダーも誕生している。
 地球を舞台に、伸び伸びと成長し、躍動する未来部員の様子を聞くことが、私の最高の楽しみである。
 今の未来部員が──
 創価の魂を受け継ぎ、平和のために乱舞する英姿!
 庶民の思いをわが思いとし、人のために励ましを送り、尽くし抜く雄姿!
 2030年に夢を馳せると、私の心は高鳴る。
 その輝く未来を目指し、私は、これからも励まし続けていく。祈り続けていく。わが心を心として、宝の人材を育ててくれる、真実の創価の同志たちと共に!

 正義なる
  人材育む
   今 君は
  元初の誓いに
    諸天も守らむ

 コルチャックの言葉はコルチャック著、ジョウゼフ編著『コルチャック先生のいのちの言葉』津崎哲雄訳(明石書店)。グルントヴィは『生の啓蒙』小池直人訳(風媒社)。グリム弟の言葉は『グリム兄弟 メルヘン論集』高木昌史・高木万里子編訳(法政大学出版局)。スティーブンソンは『若い人々のために』岩田良吉訳(岩波書店)。
2012-08-23 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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創価大学通信教育部 新世紀第11回学光祭へのメッセージ

創価大学通信教育部 新世紀第11回学光祭へのメッセージ
         (2012.8.14 創価大学記念講堂)
 創価大学通信教育部の新世紀第11回(第36回)「学光祭」が14日、東京・八王子市の創大記念講堂で盛大に開催され、夏期スクーリングに参加中の海外17力国・地域をはじめ、全国各地の学友の代表らが集い合った。
 65年前の1947年(昭和22年)8月14日──。それは、正しき人生の道を求めつつ、苦学を重ねていた19歳の若き池田名誉会長が、恩師・戸田第2代会長と初の出会いを刻んだ黄金の歴史の日である。
 学光祭にメッセージを綴った創立者の名誉会長は、青春の誉れの思い出を述懐し、「恩師・戸田城聖先生との出会いより65年の日に、同じく『労学一体』の道を歩む深き縁の学光の友、万歳!」と万感の期待を寄せた。


恩師との出会いから65周年の日
私と同じ 「労学一体」の友、万歳!!


トルストイ
成長こそ喜びの源泉

生き生きと! 「学ぶ心」に行き詰まりなし

 誇り高き「生涯教育」の金の汗輝く学光祭、誠におめでとうございます。
 全国、そして世界の各地から、暑い中、本当にご苦労さまでございます。私も間近で、皆さん方と共に歌い、共に舞い、共に笑いながら、すべてを見守っております。
 いつも陰に陽に、創価の通信教育を支えてくださっている方々も、誠にありがとうございます。
 私が共に対談集を発刊したアメリカの女性の未来学者のヘンダーソン博士は、環境汚染から子どもたちの未来を守るために、一人の主婦として、また一人の母として立ち上がりました。
 行動しながら学び、学びながら行動し、「皆が勝者」となる平和と共生の21世紀の建設に、今も闘い続けています。
 博士は結論されました。「真の富(豊かさ)とは、人間自身の持つ無限の可能性のことである」
 「物質的な資源には限界があっても、人間の英知は、汲めども尽きぬ泉のように、無尽蔵なのです。言い換えれば人間の学習能力には限界がないのです」と言われるのであります。
 どんなに厳しい難局に立とうとも、「学ぶ心」が燃え上がる生命に、行き詰まりはありません。必ず、希望の突破口を見いだし、新しい未来への価値創造を、勇敢に成し遂げていくのであります。
 これが、我ら学光の同志の不撓不屈の「負けじ魂」であります。
 一人の人間がどれほど強く、賢く、自らの持てる英知を光り輝かせていくことができるか。どうか、何があってもクヨクヨせずに、前へ前へ、明るく朗らかに、そして粘り強く挑戦し抜いていってください。
 私は、これからも、創価教育の無上の宝友である皆さん方のご健康、そしてご一家の栄光勝利を毎日毎日、真剣に祈り続けてまいります。
 この創価大学の記念講堂のロビーには、風雪を勝ち越えたロシアの大文豪トルストイの像が悠然と立っております。
 そのトルストイの言葉を、愛する皆さんに贈ります。
 「成長することが不可能な状況など決してない」
 「絶え間ない成長こそが、消えることのない、いな、増え続けていく喜びの真の源泉なのである」と。
 学び成長する皆さん方の生命よ、生き生きと若々しく頑健であれ!。
 労苦を恐れず前進する皆さん方の人生よ、断固として勝ちまくれ!

 2012年8月14日──恩師・戸田城聖先生との出会いより65年の日に、同じく「労学一体」の道を歩む深き縁の学光の友、万歳! と叫びつつ(大拍手)。
2012-08-15 : スピーチ・メッセージ等 :
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アメリカ創価大学入学レセプションへのメッセージ

アメリカ創価大学入学レセプションへのメッセージ
         (2012.8.8 アメリカ創価大学)

次代担う12期が入学
12カ国・地域 104人の俊英


 アメリカ創価大学(SUA)の12期生の入学を祝賀する新入生歓迎レセプションが8日(現地時間)、カリフォルニア州オレンジ郡の同大学キャンパスで行われた。創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長はメッセージを贈り、価値ある青春の歴史を創りゆくことを期待した。

創立者のメッセージ

民衆に尽くす教養人たれ

徹して学べ! 文豪ゲーテのごとく
逆境での鍛えに英知の光


 一、地球文明の希望の明日を開きゆく、わが誉れの12期生の皆さん! 晴れの入学、誠におめでとうございます(大拍手)。
 皆さんは、世界の数ある大学の中から、わがアメリカ創価大学を選び、勇んで集ってくれました。創立者として、これほどうれしいことはありません。私は、わが不二の生命と思う皆さん方の健康と成長、栄光と勝利を、毎日、真剣に祈り、見守ってまいります。
 大切な大切な宝の俊英を、送り出してくださったご家族の皆様方にも、心から御礼を申し上げます。
 いつも学生たちを温かく励まし、指導してくださる教職員の皆様方、新時代を開きゆくフレッシュマンの薫陶を、どうか、よろしくお願いいたします(大拍手)。
 一、アメリカ創価大学は今、「第2の草創期」の息吹を漲らせながら、新たな前進へ加速しております。
 すでに多くの卒業生たちが、学術や教育をはじめ、経済や法曹、さらに医学等々、世界の多彩な分野の第一線へ躍り出て、人類の幸福と繁栄と平和のために、力強く貢献を続けてくれております。
 新入生の皆さんは、どうか、この「希望の光」に満ちた世界市民のキャンパスで、先輩方が築いた良き伝統をさらに発展させ、知性と創造の翼を大きく広げながら、次代を担い立つ真正の実力を磨き上げていってください(大拍手)。

確固たる哲学を
 一、私は今、ドイツのワイマール・ゲーテ協会の顧問であるマンフレット・オステン博士と対談を進めております。〈月刊誌「潮」で連載中の「人間ゲーテを語る──生命の詩 世界市民の光」〉
 その中で、若き日のゲーテがいかにして勉学に励み、世界的な大文豪へと大成していったのかを語り合いました。博士は、こう述べておられました。
 「ゲーテは、大学で法律を学び始めた頃から、(父親の希望であった)狭い専門教育のみに集中したのではありません。最高といえるものに到達するために、初めから一般教養教育を目指したのです」と。
 何のための学問か。何のために生きるのか──。そうした人生の根本の目的を掘り下げ、幅広い視野を養ってこそ、専門知識も真に生かしていくことができる。
 ゲーテが、芸術万般はもとより、科学においても、政治においても、多彩な才能を思う存分に発揮できたのは、まさに確固たる人生哲学と豊かな教養が、その基礎にあったからなのであります。
 一、オステン博士はまた、ゲーテが多くの外国語にも通じていたこと、6500巻もの個人蔵書を持っていたことを紹介されていました。
 皆さん方は、21世紀を照らしゆく「リべラルアーツ(一般教養)の旭日」である、このアメリカ創価大学で、ゲーテに勝るとも劣らない、大いなる志と情熱の炎を明々と燃えたぎらせ、徹して学び抜いていっていただきたい。
 その飽くなき挑戦こそが、自らの無限の可能性と青春勝利の道を開いていくからであります。
 一、ゲーテは「自分で寒暑に悩んだことのない人は 人間の価値を認めることはできない」(小牧健夫訳『西東詩集』岩波文庫)と綴りました。
 皆さんもまた、その尊き使命ゆえに、人の何倍も苦労し、悩むことがあるかもしれない。しかし、逆境の中で粘り強く学び、自身を鍛え上げてこそ、充実の青春が光り、多くの人々を包み導く、金剛の人格と英知が輝きます。
 「艱難に勝る教育なし」とは、真正の教養人を育てる鉄則ともいえましょう。

正義の魂を継承
 一、アメリカ創価大学には、「現代化学の父」であるライナス・ポーリング博士とエバ・ヘレン夫人の名を冠した教室棟があります。創価教育にも最大の期待と信頼を寄せてくださっていた博士です。
 博士は、「民衆をリードし、民衆とともに行動するのが、科学者の社会的責任です」(村田晃著『ライナス・ポーリングの八十三年』共立出版)との信念に立って、いわれなき非難や迫害にも怯まず、同志である夫人とともに、断固たる平和への大闘争を貫かれたのであります。
 ここに、真の教養人としての模範の姿がある。わがアメリカ創価大学の学生には、この気高き民衆奉仕の精神、そして勇気ある正義と人道の魂を、厳然と継承していただきたいのであります(大拍手)。
 一、ゲーテの名作『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』に、新世界アメリカに旅立ちゆく人々への印象的な言葉があります。
 「わが役立つところこそ、わが祖国!」
 「人はだれでも、至る所で自他のために役立つようにつとめよ」(関泰祐訳『ウィルヘルム・マイステルの遍歴時代(下)』岩波文庫)──。
 わが誉れの12期生の皆さんは、小さな心ではなくして、大きな大きな心をもって、世界をわが祖国とし、歴史の先哲たちも友としながら、人類の最高峰にして最先端の智慧の開拓をお願いします。
 一、アメリカ創価大学の愛唱歌に綴ったように、皆さんが「希望の光」を広げ、「自由と人道の旗」を朗らかに翻しゆく日を、悩める世界は今、まさに心待ちにしております。
 どうか、縁も深き最良の学友との生涯にわたる友情を固く結びながら、最高に価値ある青春の歴史を、強く楽しく伸びやかに、創り残していってください。
 最後に、愛する皆さんに、健康であれ! 勇敢であれ! 忍耐強くあれ! と申し上げ、祝福のメッセージといたします(大拍手)。
2012-08-14 : スピーチ・メッセージ等 :
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若き君へ 新時代の主役に語る 第5回

若き君へ 新時代の主役に語る

第5回 心も体も健《すこ》やかに  (2012.7.25/26/27付 聖教新聞)

賢明に生きるための信心です

健康の4モットー

 ①張りのある勤行
 ②無理とムダのない生活
 ③献身の行動
 ④教養ある食生活

名誉会長 「九州北部豪雨」で被災された皆様方に、重ねてお見舞い申上げます。
 熊本県、福岡県、大分県、佐賀県を中心にした広範な地域が甚大な被害を受けました。あの懐かしく、心美しき人びとの天地が──と思うと胸が痛みます。
 その中で、わが同志は、被災者の支援と激励に奮闘してくださっています。青年部の「かたし隊」の大活躍も、よく伺っています。暑い中での作業であり、さぞかし大変でしょう。本当にありがとうございます。
 御聖訓に「災《わざわい》来るとも変じて幸《さいわい》と為らん」(御書979ページ)と仰せのごとく、苦難に断じて負けない復旧と生活の再建を、私も毎日、真剣に祈っております。

 ──被災された同志の方々も、池田先生からのお見舞いの御伝言を胸に立ち上がっています。
 梅雨が明けて、いよいよ夏本番ですが、今後も局地的な豪雨や台風への備えが必要です。厳しい暑さが続くので、熱中症にも注意しなければなりません。疲れがたまって、体調も崩しがちです。
 そこで今回は「健康」をテーマに伺いたいと思います。青年部は、結成の月から師子奮迅の勢いで前進しており、その勢いを、さらに大きく着実なものにするためにも、健康は大切だと思います。

名誉会長 その通りだね。「健康」は宝です。私の青春時代は、病気との闘いの連続でした。結核で随分苦しんだ。ですから、健康が、どれほど大切か、ありがたいか、身に染みて感じてきました。
 それだけに、未来部、青年部の皆さんには、同じ苦しみを絶対に味わわせたくない。できることならば、一人ももれなく、頑健で、思う存分に若い生命を満喫してもらいたい。これが私の願いです。
 今まさに、病と闘っている友もいるでしょう。断じて勝ち越えていただきたい。生きて、生きて、生き抜いて、今世の偉大なる使命を堂々と果たし切っていただきたい。わが友に襲いかかる病魔よ、立ち去れと、私は祈り抜いています。

 ──池田先生の励ましのもと、創価学会の庭で元気な同志と共に生きゆく中で、生命力を湧き立たせ、健康を勝ち開くことができたという体験は数え切れません。

名誉会長 うれしいことです。先日も、インドの友から、青年部のメンバーが、社会の各界のリーダーとなって、目覚ましい活躍をされている様子を伺いました。
 思えば、インドを独立に導いたマハトマ・ガンジーは「真の健康」の意義について、「真理と正義の理想を不撓不屈で追求してゆくことなのです」と語っています。「健康」とは戦う生命だと言うのです。
 ガンジー自身、若き日から非暴力の大闘争を貫きました。断食を重ねて体を痛めつけ、何度も投獄されて、なお、78歳で凶弾に倒れるまで戦い抜いております。
 広宣流布という最高の「真理と正義の理想」へ前進する皆さんは、若き「健康の王者」なのです。人のため、社会のため、未来のため、わが生命を燃やして価値を創造していくところに、真実の健康は光るといってよいでしょう。

 ──池田先生は、かねてより、21世紀は「健康の世紀」「生命の世紀」と提唱され、現代化学の父ライナス・ポーリング博士ら多くの識者と語り合われてきました。
 時代は、その通りに「健康」がますます焦点となってきました。

名誉会長 皆が「生き生きと健康に」、そして誰もが「若々しく長寿で」、勝利の人生を飾る21世紀としたい。
 今、「健康」は、「生きる意味」や「生きがい」を実感できているかどうか、という観点からも深く見直されている。いわゆる「生の質(クオリティー・オブ・ライフ)」が、総合的に問われる時代に入っています。それは、「生命の尊厳」と「平和の探求」にも連動しています。
 御聖訓には、「人身は受けがたし爪の上の土・人身は持《たも》ちがたし草の上の露」(同1173ページ)と仰せです。
 この世に生まれ、人間として生きていること、それ自体が、本来、奇跡のように尊いことです。
 まして、尊い使命を自覚して、深い生きがいを感じながら、価値ある一日一日を生き切ることは、無上の幸福です。仏法は、釈尊以来、このことを一貫して目指している。生き抜く力を奮い起こし、究極の生命力を湧き上がらせていく智慧と実践を教えています。
 若くして仏法の「色心不二」「本有の生死」の生命哲学を受持した皆さんは、まさしく「新時代の人間主義のパイオニア(開拓者)」なのです。

 ──仏典には当時の最先端であったインド医学の精髄も記されています。仏教医学という分野も生まれて研究されているほどです。

名誉会長 民衆の「生きる力」を引き出すのが「仏」です。ゆえに仏法では、仏を「大医王」に譬えているのです。
 なかんずく法華経には、「此の経は則ち為れ閻浮提の人の病の良薬なり」(創価学会版法華経602ページ)と明かされています。
 天台大師は、この妙法の大良薬を弘める仏を、“単に病気を治すだけではなく、病気になる以前よりも、一段と健康に、一層、元気はつらつにする最高の医師”に譬えています。
 病気を転機として、より丈夫になり、より深い境涯を開いて、より力強く人々を励ましていける。まさに「変毒為薬」できるのです。
 ですから、若い時に思いもよらず病気に直面しても、驚いたり落胆したりしてはなりません。
 「若いんだから必ず乗り越えられる。そして、この病を通して、偉大な長寿の人生を勝ち開いてみせる」と心を決め、強く朗らかに立ち向かっていただきたいのです。
        †
 ──ここで、池田先生が以前、示してくださった「健康の4モットー」を、あらためて確認したいと思います。
 ①張りのある勤行
 ②無理とムダのない生活
 ③献身の行動
 ④教養ある食生活
 健康のポイントを、簡潔にして明瞭に教えていただきました。
 若者の体調不良の原因は、さまざまありますが、中でも多いのは睡眠不足だと思います。
 深夜までの残業などがありますし、つい夜更かしをして、疲れをためてしまう場合もあります。
 「無理とムダのない生活」が、本当に大切ですね。

名誉会長 仕事をやり切って、活動にも挑戦する──尊い青春です。しかし、無理は続かない。
 「仏法と申すは道理なり」(御書1169ページ)です。賢明に価値創造を重ねていくための信心です。
 ゆえに、自分が自分の「医王」となって、道理の軌道の上から、どう現実に「生きる力」を強めていくか、知恵を具体的に発揮していかなければなりません。
 天台大師の『摩詞止観』には、病気の原因について大きく6つの角度から述べられ、日蓮大聖人も引用されています(同1009ページ)。
 第1は、「四大が不順で、調和しないゆえに病む」です。例えば、気候の不順などの外界の変化によって、四大で構成されている身体の調和が乱れることです。仏法では「地・水・火・風」の「四大」が仮に和合し、人間の体を構成していると考える。その調和が乱れ、病気を引き起こすと見るのです。
 第2は、「飲食の不摂生のゆえに病む」です。食生活の乱れのことです。
 第3は、「座禅が調わないゆえに病む」です。落ち着かず、集中して物事に当たれないことです。姿勢の悪さや呼吸の乱れなどによるものとされます。広く見れば、生活のリズムの乱れといえる。
 第4は、「鬼《き》が便りを得るゆえに病む」です。「鬼」とは、現代的にいえば、外界から襲いかかる細菌やウイルス、さらに精神的なストレスも含まれます。
 第5は「魔の所為」。生命に内在する衝動や欲望等が心身の正常な働きを混乱させることです。
 そして、第6は「業の起こるゆえに病む」です。過去からの生命のゆがみが現れて病気になることです。
 1400年も前に言われたことだけど、現代でも十分に納得できる明晰な洞察です。

 ──はい、すごいと思います。第3項目の“生活のリズム”をつくる意味でも、睡眠は大切ですね。

名誉会長 そう。疲れを取るには、まず、ぐっすり眠ることです。
 生死を繰り返す人間の生命にあって、「眠り」は一種の「小さな死」ともいえましょう。よき眠りは、生命の奥底の次元に立ち返り、その宇宙大の広がりに戻って、色心を蘇生させるものです。だから、生命力が充電される。
 そして、朝を勢いよく出発することです。清々しく早起きできれば、心にゆとりができる。気持ちもいいし、頭も回転する。
 文豪ゲーテの家庭医も務めた、ドイツの医学者フーフェラントは、「さわやかな朝ほど、人間が自分固有の存在感を純粋かつ完璧に満喫する時点はほかにけっしてないのですから、この時点をなおざりにする人は、自分の人生の青少年期をなおざりにしているのですよ!」と戒めていました。
 この朝の勝利王こそ、聖教新聞を配達してくださっている「無冠の友」の皆さんです。
 人間の体内時計は、24時間よりも少し長いのですが、これをリセットしてくれるのは「朝の光」です。朝の日光をしっかり浴びることで、生活のリズムが整えられます。
 もちろん、仕事の状況などでかなわない場合もあるでしょうが、その中でも、充実した「生活のリズム」をどう創り出していくか、ここに信心の底力が輝きます。
 朝晩の勤行は、まさに宇宙の大法則と合致した勝利の一日のリズムを創ってくれるのです。
        †
 ──はい。一番の急所です。
 あと細かいことになりますが、寝る直前には、パソコンやテレビ等の光る画面を見ないほうがいいとも聞きました。適度な運動も、心身をリフレッシュしてくれます。疲労回復には、入浴も効果的です。

名誉会長 その通りだね。
 私も男子部時代、メンバーと一緒に銭湯に入りながら、青年拡大への作戦を練りました。
 一日の疲れも取れるので、いいアイデアも湧いた。何より、心を開いて語り合うことができて、同志の団結も強まりました。

 ──腹ぺこでいることを、なぜか、池田先生が見抜いてくださって(笑い)食事をご馳走していただいたという思い出を持つ先輩たちも多いです。

名誉会長 「食は命」です。
 御書には「食には三つの働きがあり、第一には生命を継続させ、第二には体や顔の色つやを増し、第三には心身の力を盛んにする」(1598ページ、趣意)と仰せです。
 ですから、お母さん方をはじめ、真心を込めて食事を作ってくださる方々、さらに食を支える農漁業に携わる方々に、私たちは感謝を忘れてはなりません。
 仏法では、人間生命を「聖道正器《しょうどうしょうき》」、正しく尊い行動をする大切な器だと見る。一人一人、自分ならではの尊い使命をもって生まれてきたのです。
 それを果たすためにも心身ともに健康であることが大事です。そう考えると、食事も立派な仏道修行といえるのです。

 ──「飲食の不摂生のゆえに病む」は、本当にそうだと思います。体に良くないと分かっているのに、夜遅く食べたり、つい食べ過ぎたり……(笑い)。
 反対に、女性に多いようですが「痩せ過ぎ」なども問題になっています。

名誉会長 健康であれば明るい笑顔も広がる。どこまでも「健康第一」でお願いします。そのための「食」であっていただきたい。
 先のガンジーは言っています。
 「人は、食事のしかたに応じた人間になる」と。
 たとえ質素な食事であったとしても、栄養バランスを工夫して一食一食を大切に食べれば、その人は、宝の生命を守る「最も尊貴な人」になっていくのです。

 ──今回のお話の関連で、「睡眠をしっかりとる」「朝の日光を浴びる」「バランスよく栄養をとる」「軽い運動をする」は、心の健康を保つ上でも大事だと指摘されます。

名誉会長 すべての青年部の健康、成長、大勝利を、妻と共に祈っています。若き皆さんが、心も体も健やかに、一日一日を勝ち進みゆくことを願ってやみません。

妙法は最強の「生命の大良薬」

病気だから不健康ではない。
健康は、自分自身の前向きな生き方の中にある


 ──草創の先輩から、青年室長の池田先生と一緒に“一高寮歌”を歌った思い出を伺いました。
 先生は、旧制第一高等学校に学んだ若き逸材がこの歌に込めた心意気を語られながら、青年部を励ましてくださったというのです。
 「君たちが立派な指導者になるために道を開いていくことが、私の使命です。青年部を幸福にし、広布実現の大人材にするために、私は生まれてきたんです」と。
 先生が、若き日から一貫して、一身に大難を受け切られ、青年部の私たちの幸福と健康と成長を祈って戦い続けてくださっていることに、胸が熱くなります。

名誉会長 ありがとう。
 「若き君たちの勝利のために生まれてきた」──この真情は、今もいささかも変わりません。
 私は若い時に病気を経験したことで、同じように病に苦しむ人の気持ちが深く分かるようになった。そうした人々に同苦して、心から励ましていける自分になれました。それ自体が、信心の冥益であり、福運であると思っています。
        †
 ──先生の『若き日の日記』を読みますと、例えば22歳の時には「身体の疲労重なる。調子、頗る悪し」「身体、痩せてくる。自分でよくわかる。病魔に負けては、絶対にならぬ」等と綴られています。戸田先生の事業が苦境に陥り、その打開のために池田先生が一人、奔走されていた時のことです。

名誉会長 医師からは「30歳まで生きられないだろう」と言われました。だからこそ、いつ倒れても悔いのないように、一日一日を真剣勝負で生き抜きました。
 そんな私の体を、戸田先生は本当に心配してくださった。
 ある時は、学会本部の御本尊に一緒に祈ってくださり、「生命力が弱っている。弱っていては戦《いくさ》は負けだぞ」と厳しく叱咤してくださった。本当にありがたい師匠でした。
 その師匠に何としてもお応えするのだと、私は命がけで戦った。
 当時、時間を見つけては御書を拝し、日記に書き留めて心肝に染めていきました。
 その一節に、「つるぎなんども・すすまざる人のためには用る事なし、法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼうたるべし」(御書1124ページ)があります。
 これは、わが子の病と闘う門下を励まされた御聖訓です。
 信心の真髄は「けなげ」すなわち「勇気」です。私も戸田先生の弟子として、渾身の勇気を奮い起こし、病魔と死魔に挑みました。とともに、師匠と学会に襲いかかる一切の障魔を、信心の利剣で叩き切る決心で、祈り、戦いました。
 そして今なお、元気に世界広布の指揮を執っていることを、戸田先生がどれほど驚き喜んでくださるか。すべて、師弟不二の闘争に徹し抜いたゆえの「更賜寿命」(更に寿命を賜う)の大功徳です。

 ──池田先生が病気を乗り越えて、前人未到の「平和」と「文化」と「教育」の大偉業を成し遂げられたことは、闘病中の青年たちへの最大の励ましです。

名誉会長 「生老病死」は誰も逃れられない。その意味で、一生が病との闘いです。ゆえに、病気を恐れることはない。しかし、侮ってもいけません。迅速に具体的な治療に励むことが大切です。
 御聖訓には「この病は仏のお計らいだろうか。そのわけは、浄名経、涅槃経には病がある人は仏になると説かれている。病によって仏道を求める心は起こるものである」(同1480ページ、通解)と御断言です。
 病気という苦難を糧にして、自分の信心を強め、境涯を深め広げていくことができるのです。
 病気との闘いは、妙法に照らして、永遠の次元から見れば、すべてが幸福になり、勝利するための試練です。病気だから、不健康なのではありません。他人や社会から決められるものでもない。
 健康は、何があっても負けない自分自身の前向きな生き方の中にこそあるのです。
 皆さんには偉大な使命があります。希望に燃えて、絶対に生き抜いていただきたい。断じて健康になり、病気と闘う多くの人を励ましてもらいたい。
 「生老病死」の苦しみを転じて、最高の「常楽我浄」の人生を勝ち抜いていくのです。これが「創価」の生命です。
 私も真剣に祈っています。祈り通して、一人ももれなく元気になるのを待っています。
        †
 ──日蓮大聖人の門下にも、病気と闘う多くの人がいました。そうした弟子たちに対して、さまざまな励ましを送られています。

名誉会長 その通りです。青年門下の南条時光が重い病に倒れた際には、全魂を振り絞るようにして「法華証明抄」を記され、渾身の励ましを送られています。
 弘安5年(1282年)2月、時光は24歳の若武者でした。
 大聖人は時光に仰せです。
 「(信心強盛であるあなたが)もはや仏に成ることは間違いないと見えたからこそ、天魔や外道が病にさせて脅そうと、こころみているのでしょう」(同1587ページ、通解)
 時光は、熱原の法難の際にも、勇敢な信心を貫き、矢面に立って同志を守り抜いてきました。
 病気になることは、決して敗北などではない。信心が弱いからでもない。広宣流布に生き抜く中で起きた病気という苦難は、成仏を阻もうとする魔の働きである。ゆえに、怯んではならない。
 勇敢に立ち向かって、一生成仏を勝ち開いていく勇気を教えられているのです。
 大事なことは、病気になった時にこそ、いよいよ強盛の大信力を奮い起こしていくことです。
 今こそ、信心の偉大な力を発揮するのだ! 人間として大きく飛躍するのだ! と腹を決めて、題目を唱えていくのです。

 ──重い病気にかかると、つい心も弱くなってしまいがちです。

名誉会長 「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」(同1124ページ)です。
 あらゆる病苦を打開する根源の力が、妙法にはある。妙法は最強の「生命の大良薬」です。戸田先生もよく「人間の体は一大製薬工場だ」と言われていました。
 今、受けている治療が最高の効果を発揮していくよう、全身に仏の大生命力を現して病魔を打ち破っていくよう、祈り抜き、祈り切ることです。信心を根本に戦っていくならば、必ず一切を変毒為薬できます。

 ──自分の親や家族が病気であったり、長く入院していたり、といったメンバーもいます。

名誉会長 家族の病気というのは、時には自分の病気にもましてつらい。わが家も、父がリウマチで倒れました。父が働けなくなったことで、家業(海苔の養殖・製造)も傾いていきました。
 家族の誰かが病気だと、一家は灯が消えたようになってしまう。
 しかし、「妙とは蘇生の義」(同947ページ)です。
 大聖人は、病気の家族を抱えた門下に、こう仰せです。
 「それは、決して鬼神の仕業ではないでしょう。十羅刹女が、信心の強さをお試しなのでしょう」(同1544ページ、趣意)
 諸天善神が守らないわけがない。絶対に一家で乗り越えられると励ましてくださっています。
 御書には、「大闇をば日輪(=太陽)やぶる」「法華経は日輪のごとし」(1114ページ)とも仰せです。
 妙法を唱え、実践する私たちの胸中には、赫々たる希望の太陽が昇る。あらゆる闇を打ち晴らし、どんな宿命の鉄鎖をも断ち切っていけるのです。
 たとえ、家族が信心していなかったとしても、一家で一人、自分が希望の太陽と輝いて、家族を照らしていける。幸福の方向へ、皆が強くなる方向へ、導いていくことができるのです。
 自他共の病気との闘いの中で、人間として本当に輝く健康体を勝ち取っていくことができる。
 ゆえに、一切を御本尊に任せて祈るのです。臆さず、粘り強く、戦うのです。断じて負けてはいけない。一歩も退いてはいけない。
 最後は必ず勝利するのだから!

人生には全て意味がある!

皆、仏法の偉大さの証明者。
ゆえに自身の病気との闘いも即「広宣流布」の使命の戦い


 ──現在の医学では完治が不可能とされる難病もあります。そろした病気を抱えながらも、信心根本に、はつらつと前進し、多くの人に勇気を送っているメンバーもいます。

名誉会長 偉いね。尊いことです。戦う人は、すでに勝利しているのです。
 病に屈しない君たちこそ「人間の英雄」なり! 「幸福の博士」なり! 「生命の勝者」なり! と私は讃えたい。
 大乗経典である「維摩経」には、在家の菩薩である維摩詰が登場します。「法華経」や「御義口伝」を英訳してくださったバートン・ワトソン博士とも、この維摩詰について語り合いました。
 ある時、維摩詰が病気になる。お見舞いに訪れた文殊師利は、「あなたはなぜ病気になったのですか」と聞きます。
 病床に伏していた維摩詰は語ります。
 「一切衆生が病む故に、私も病むのです。もし一切衆生の病が消えるならば、私の病も消えるでしょう」「菩薩の病は大慈悲から生じるのです」と。
 ここに、仏法における菩薩の究極の精神が示されている。あらゆる人の苦しみを我が苦しみとし、同苦し、それを共に乗り越えていく。そのためにあえて、自らも病気の姿を現しているのだと言うのです。
 仏法では「願兼於業《がんけんおごう》」と説く。他の人を救うために、自ら願ってこの悪世に生まれ、宿業と戦う。そして、自らの生き方、振る舞いを通して仏法の偉大さ、人間生命の尊厳と広大無辺の可能性を人々に教えていくのです。
 その人にしか救えない人が、必ずいるのです。その人にとっては、眼前の病気との闘いこそが、即「一生成仏」と「広宣流布」の崇高な使命の戦いなんです。
 今世の勝利は三世の勝利です。未来永遠に、色心ともに最高に頑健で幸福な境涯を築いていけることは、絶対に間違いありません。
 今、妙法を持《たも》った、若き医学者や薬学者、また医療技術者、さらに看護師の友も、立派に大活躍してくれています。
 創価の青年は、「生命の世紀」「健康の世紀」の先頭に立って、無限の智慧とバイタリティーで社会をリードしていただきたい。
        †
 ──現代社会は「ストレス社会」と言われます。職場の人間関係や労働環境などが原因で、心身ともに体調を崩す人が増えています。
 20代、30代の青年も例外ではありません。不況の影響もあって、雇用環境も不安定になっています。ギスギスした職場の雰囲気や成果へのプレッシャー、将来への不安等も、大きなストレスになっているのではないかと思います。

名誉会長 たしかに、難しい時代です。若い皆さん方は、今まで以上に、緻密に、また忍耐強く、人生の舵をとっていくことが要請されているといっても過言ではないでしょう。
 だからこそ、朗々たる勤行・唱題で負けじ魂の生命力を発揮していただきたい。また良き同志と、仲良く明るく励まし合い、支え合いながら、前進していただきたい。学会の世界は、幸福と希望の安全地帯ですから!
 カナダ・モントリオール大学のシマー博士、ブルジョ博士と発刊した鼎談集でも、このストレスのことを語り合いました。
 医学の分野で初めて「ストレス」という概念を確立したのが、このモントリオール大学で研究をしていたハンス・セリエ博士です。
 ブルジョ博士は言われました。
 「セリエの重要な業績は、ストレスのプラス面を指摘したことです。彼は『ストレスはそれ自体、病気でもないし、必ずしも病気の原因になるというわけでもない』と言っています。ストレスのプラス面は、自分自身を外部の脅威から守るために必要な活力を結集し、創造力を発揮する点にあります」と。
 セリエ博士自身は、ストレスを“人生のスパイス”とも呼んでいました。要するに、ストレス自体は、どうやっても避けることはできないし、それ自体は善でも悪でもない。むしろ、適度なストレスを生かすことによって、自分の能力を引き出し、高めていくことができるということでしょう。
 こうした考え方は、仏法の「煩悩即菩提」の哲理にも通じるところがあります。
 御書には、「鉄は鍛え打てば剣となる」(958ページ、通解)、また「難来るを以て安楽と意得可きなり」(同750ページ)等と記されています。
 悩みがあるから、成長できる。苦難があるから、強くなれる。よりいっそう大きな境涯を築いていけるのだと教えられています。

 ──はい。婦人部をはじめ、学会の多くの先輩方の姿から、そうした不屈の信心を学ぶことができます。大変な時こそ「よしきた!」と腹を決めて、祈り、生き生きと学会活動に挑戦していく。そうした姿から、いつも限りない勇気をいただきます。

名誉会長 セリエ博士は、がんと闘った自身の経験をもとに、“他者に尽くすことが、そのまま自分にもプラスになるような生き方をすること”が大切だと論じていました。
 これこそ、まさに仏法で説く菩薩道の生き方です。学会活動です。友の幸福を願い、妙法の偉大さを語っていく。それがそのまま、自分自身の福運となり、功徳になる。人間革命と宿命転換の原動力になります。
 自分が悩みながらも、人に尽くしていく。自分が苦しみながらも、法のため、友のため、広宣流布のために行動していくのです。その粘り強い積み重ねの中で、自分の仏の生命が湧現し、磨かれ、鍛えられる。環境も大きく変えていくことができます。これが仏法の「自行化他」の偉大な力用です。

 ──うつ病など心の病で、なかなか人に会うこともできない、という人もいます。

名誉会長 長い人生だし、決して焦る必要はありません。専門家に相談して、じっくりと適切な治療を行っていただきたい。
 皆、いろいろな状況がある。一律に「こうすればいい」という処方箋はありません。
 でも、一点。妙法を持《たも》った皆さんが不幸になることは絶対にないと、私は断言できます。
 周りの人は、病気で苦しむ本人を温かく、また長い目で見守りながら、ご家族に真心からの励ましを送っていただきたい。
 側で支えてくださっている方々は大変です。時には工夫して、休息をとっていただきたい。
 心の病を抱えた人を大切にすることは、本当に深い慈悲の境涯を開いていくことです。豊かな人間性の社会を築いていくことです。
 ともあれ、悩んだ人ほど偉大になれる。つらい思いをした人ほど、多くの人を救っていける。偉大な使命があるんです。これが仏法です。菩薩道の人生です。
 戸田先生は「時には、“貧乏菩薩”や“病気菩薩”のように見えるかもしれない。しかし、それは人生の劇を演じているんだよ。正真正銘の地涌の菩薩なんだ」と、よく言われていた。
 また「大病を患った人は人生の深さを知っている」と語っておられた。全部、意味があるのです。
 日蓮大聖人は「三千大千世界(大宇宙)に満ちる珍宝をもってしても、命に替えることはできない」(同1075ページ、通解)と仰せです。病気の姿を現していても、その生命の偉大さ、尊さ、素晴らしさには何の変わりもありません。皆さん全員が、一人も残らず、最高に尊貴な宝の存在なのです。
 法華経の涌出品では、「無量千万億」の地涌の菩薩が一斉に躍り出ます。その地涌の菩薩の一人一人は「身は皆な金色にして、三十二相・無量の光明あり」(創価学会版法華経452ページ)と形容されています。
 それは、現実から、かけ離れたおとぎ話の世界ではありません。
 妙法を唱え、勇気凛々と広宣流布に走りゆく皆さん方のありのままの若き生命の輝きこそが、世界を照らし、悪世末法の闇を打ち破る黄金の光明なのです。
 この創価の青年に躍動する妙法の色心の力を、家庭に、地域に、社会に、生き生きと蘇らせていってください。そこにこそ、現代の世界を蘇らせゆく「希望の原動力」があるからです。
 さあ、青年部伝統の「人材育成の夏」です! みんな元気で! 皆が元気であることが、私の喜びです。朗らかに健康・無事故で、共々に勝っていきましょう!

 ブルジョ博士の言葉は『健康と人生──生老病死を語る』(潮出版社)。
2012-08-13 : 若き君へ :
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未来対話  君と歩む勝利の道 第4回

第4回 夢は未来を開く“宝の鍵”  (2012.8.1付 未来ジャーナル)

望みは大きすぎるくらいでいい

女性初の宇宙飛行士 テレシコワさん

 未来のために闘い
 勇敢に困難に打ち勝つのです。
 それで初めて目的は達せられ
 最も大胆な夢でも、必ず叶うのです


 ──未来部は、「鍛えの夏」「飛躍の夏」を迎えました。
 「創価ファミリー月間」であり、家族の皆さんの応援もいただいて、みな、元気に頑張っています。

名誉会長
 夏は、若い生命がグングンと伸びゆく季節です。みんなの成長が本当に楽しみです。健康・無事故で、張り切って充実の夏を過ごせるよう、私も真剣に題目を送っています。
 夏になると、鮮やかによみがえる光景があります。
 恩師・戸田城聖先生に、故郷の北海道・厚田へ連れていっていただき、一緒に眺めた大海原です。
 当時、私は26歳。厚田の海は、夕日に赤く染まり、雄大でした。
 先生は力強く言われました。
 「この海の向こうには、大陸が広がっている。世界は広い。そこには苦悩にあえぐ民衆がいる。
 君は、世界の広宣流布の道を開くんだ。この私に代わって」
 地球上から「悲惨」の二字をなくし、人々が「生きる喜び」を味わいながら、幸福と平和を勝ち開いていく──この「世界広宣流布」という師匠の夢を、私の夢として受け継いだ語らいです。
 当時(1954年)、まだまだ小さな創価学会で、世界広布は「夢物語」でした。誰も想像できなかったでしょう。
 しかし、私は心に深く誓ったのです。必ず実現してみせる、と。その誓いが私の人生となりました。
        □■□
 ──かつて関西創価学園生との語らいの折、「池田先生の夢は何ですか」という質問に、先生は「私の夢は、戸田先生の夢を実現することです」と答えてくださいました。あの時の感動は忘れません。

名誉会長 戸田先生は、偉大な夢に生き抜かれました。先生の夢には、希望が輝いていました。青年と壮大な夢を分かち合いながら、進むべき正しい道を厳然と示してくださったのです。
 「新聞をつくろう。日本中の人に読ませよう」
 「大学をつくろう。世界一の大学にしよう」
 そう夢を語られたのは、先生の事業が一番苦しかった時です。
 この戸田先生の夢を、私は全て実現してきました。ありがたいことに、師匠の大きな夢に向かってまい進する中で、私自身が皆さんの年代のころに描いていた夢も、叶えることができました。
 「日本中に桜の木を植えたい」
 「人々の心に残る小説を書きたい」等々です。
 そして今、私には、新しい夢があります。それは、「未来部のみんなの夢が実現すること」です。
 君たちの描く夢に、私の夢は受け継がれていきます。あなたたちの夢への一歩が、私の夢の一歩です。一緒に夢見て、一緒に実現したい。そのために、祈り、見守り、応援したい。それが私の心です。
        □■□
 ──今の時代は、あらゆる分野に行き詰まり感があり、夢を持ちにくい時代だと言われています。

名誉会長 夢を持つことは、みんなの特権です。大人が決めるのでも、時代によって決められるものでもありません。こんな時だからこそ、若い皆さんには明るい夢を広げて、世界を変えていってほしい。
 何でもいい。今は、あいまいでもいい。小さくても構わない。叶うか叶わないか、わからないままでいい。まず心に思い描いてみることだ。そして決めたら、勇気を持って一歩踏み出すことだ。
 踏み出せば、歩むべき道が、どんどんはっきりしてくる。そこを、まっしぐらに前進していくのです。
 思い悩む時もあれば、壁にぶつかる時もある。どちらも成長の証しです。
 今の自分の限界という難所を乗り越えれば、新しい景色が広がっている。だからこそ、もう一歩の努力、あと一歩の粘りが大事なのです。
 戸田先生は、「青年は、望みが大きすぎるくらいで、ちょうどよいのだ」とおっしゃっていた。
 みんなには「祈りとして叶わざるなし」という偉大な妙法と絶対勝利の信心があるのだから!
 祈りは勝利の源泉です。真剣な祈りと、最高の努力が合致する中にこそ、夢は叶い始めるんだ。
        □■□
 ──「厚田の海」のお話を伺いました。海と言えば、50年前、ヨットで単独での太平洋横断という大きな夢に挑戦して成功した青年がいます。

名誉会長 堀江謙一さんだね。よく存じ上げています。その後も数々の冒険航海を成功させました。私も敬愛する友人です。
 2004年10月から翌年6月、単独で「無寄港世界1周」を成し遂げた時も、航海中、最大の難所である南米・南端のホーン岬に挑む前などに、メッセージを送らせていただきました。
 この冒険王は、皆さんに大きな期待を寄せてくださっています。
 「若い人は、夢を目標に変え、それに向かって、どんどん挑戦してほしい」「考えてばかりで行動しないと、何も変わりません。失敗してもいいじゃないですか。失敗こそが自分の本当の財産になるんですから」と──。
 どんな夢でも、挑戦を開始すれば、そこから冒険が始まります。
 現代経済学の最先端をリードしてこられたアメリカのサロー博士に、私は尋ねたことがあります。
 「人類にとって、『本当の意味での富』とは何でしょうか」
 博士は、即答されました。
 「冒険心、そして探求心だと思います」
 サロー博士ご自身も、7000m級のヒマラヤの山々に登り、サウジアラビアの広大な大地を自動車で走破する冒険家です。
 真の富とは「お金」よりも「冒険心」「探求心」である──。
 私も大賛成です。青年の心に「冒険心」「探求心」が燃えている限り、人類は新たなフロンティア(未開拓の分野)を切り開いていくことができます。

 ──「未知なる世界」は、まだまだあります。この前、17番目の素粒子(ヒッグス粒子)が、やっと見つかったばかりです。

名誉会長 そうだね。学問の世界でも、遠大な夢に向かい、日々、勇敢な冒険が続けられています。
 特に人間の内なる「生命」の探求は、いよいよ、これからです。仏法という「生命尊厳」の大哲学を、若くして探求し始めた皆さんは、偉大な開拓者なのです。
 皆さん一人一人の生命に、どれほど素晴らしい力が秘められているか。想像もできないほどです。それは、夢に挑戦して初めて見えてきます。こんな、わくわくする大冒険はありません。
        □■□
 ──「理想と現実のギャップに悩み、自分の無力さを感じます」というメンバーもいます。

名誉会長 素晴らしいことじゃないか。それだけ大きな夢を描いているということなのだから。
 夢と現実にギャップがあるのは当然です。すぐに叶えられるような夢では、つまらないよ。
 夢を実現するためには、“これをやり遂げてみせる!”という、強い一念を定めることです。
 「みんなの生活を便利にしたい」と強く思ったからこそ、劣等生と言われたエジソンは発明王になれた。
 「鳥のように空を飛びたい」という夢を抱き続けたからこそ、ライト兄弟は失敗の連続を超えて、動力飛行機を作ることができた。
 皆、苦難の中で、大きな夢を持ち続け、夢に向かって努力を重ねたんです。周りから、「無理だ」と言われようが、バカにされようが、夢を手ばなさなかった。
 インドの非暴力の大英雄マハトマ・ガンジーだって、アメリカ公民権運動の指導者・キング博士だって、私の親友で人種差別政策と戦った南アフリカのマンデラ元大統領だって、誰も20世紀中に実現できると思わなかった自由や平等という夢を、不屈の信念で勝ち取ったんです。
 私と妻の大切な友人であるワレンチナ・テレシコワさんも、積極果敢に夢への努力を貫いて、人類初の女性宇宙飛行士として歴史を飾りました。世界の平和のために、今も、大いに活躍されています。
 このテレシコワさんの言葉を、皆さんに贈りたい。
 「未来のために闘い、勇敢に困難に打《うち》かたなければならないのです。それではじめて目的は達せられ、もっとも大胆な夢でも、かならず、かなえられるのです」(『はてしない宇宙へ』岡田よし子訳、プログレス出版所刊)

 ──「将来、安定した職業に就くことが夢です」という人が多いという調査もありました。
 なりたい職業として、医師や看護師、弁護士、公務員、サラリーマン、家業を継ぐなどが挙げられています。スポーツ選手や歌手、最近はお笑い芸人も人気です。

名誉会長 みんな、いいね。全て、大切な夢です。あこがれの職業に就いて、その道でトップを目指す。それは素晴らしいことです。
 その上で、もう一歩深めて考えてほしいんだ。「何のために」自分の夢を目指すのだろうか、と。
 自分のためばかりではなく、人のためにもなる夢。共に、みんなと喜び合える夢。人類の幸福と平和を創り上げていく夢──これが広宣流布です。
 みんなの父や母、祖父や祖母の方々は、私と一緒に、広宣流布という最極の夢のために、自分らしく、それぞれの使命の地域で頑張ってくださっている。“自分さえ良ければ”という時代にあって、人のため、社会のために悩み、汗を流し、労苦を惜しまない──こんな尊い人生はありません。
 時には、忙しすぎて割に合わないように見えたり、地道すぎてさえないように見えたりすることもあるかもしれない。
 しかし、仏の眼から見れば、一番正しく、一番尊貴な人生なんです。
        □■□
 ──私たちは、池田先生と共に、世界の同志と共に、すでに大きな夢に生きているのですね!

名誉会長 日々の勉学の努力は着実に粘り強く、そして心には宇宙大のロマンを光らせ、誇り高い青春を朗らかに進んでください。
 日蓮大聖人は、若き弟子の南条時光に「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561ページ)と叫ばれました。大願に生きることは、「露を大海に入れ、塵を大地に埋めるようなものである」と教えられています。
 露のように儚くとも、大海に入れば、自分自身が大海と一体になって、大いなる命を得る。
 塵のように小さくとも、大地と一体になれば、皆から頼られ、万物を生み出せる力を得る。
 若くして妙法を持《たも》った皆さん自身が人類の希望であり、夢です。その皆さんが、「世界を平和にしよう」という夢に生き抜けば、必ず、世界は平和へ近づくのです。
 夢があれば、どこまでも成長できる。夢は、自らの可能性を最大限に発揮し、未来を開く“宝の鍵”なのです。
2012-08-13 : 未来対話 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.77/78 

随筆 我らの勝利の大道 No.77/78   
              (2012.8.7/8付)
青年は世界の宝

生命を磨き鍛え 希望の前進!
行動は勇敢たれ 心は温かく快活たれ


 鍛錬し
  偉大に育てや
     わが青年

 紀元前5世紀、古代オリンピック(オリンピア祭)の祝勝歌を多数作ったギリシャの詩人ピンダロスは、こう歌っている。
 「黄金が精錬される時
 ありとある光輝を放つ」
 労苦を惜しまず鍛え上げた人間の生命は、黄金に輝きわたるものだ。
 2500年という悠久の歳月を経て、今も変わらぬ、誉れ高き人生の真実の光がここにある。
 先月来、英国ロンドンで開催中の“若人の祭典”であるオリンピックも、はや終盤に入り、連日、生き生きと熱戦が繰り広げられている。引き続きパラリンピックも行われる。
 人類は、これほどまでに力を発揮できる存在だと、勝敗を超えて、勇気と希望を広げてくれるアスリート(競技者)たちに、私は喝采を贈りたい。その人知れぬ努力と、そして陰で支えておられる方々に敬意と感謝を捧げたい。
 わがスポーツ部の代表選手も奮闘してくれている。SGI(創価学会インタナショナル)の若き友も出場し、見事な勝利の歴史を飾ってくれ、嬉しい限りだ。

“五輪《オリンピック》の父”の願い
 近代五輪の父クーベルタン男爵が、「全世界の青少年のため、“人類の春”のために4年毎におこなわれる祭典」と述べたように、オリンピックの主役は、勇敢に新記録に挑戦し続ける若き生命であろう。
 クーベルタン自身、青春の大情熱を燃え上がらせて、国際オリンピック委員会の設立に奔走した。1896年、ついに第1回アテネ大会が開催された時は、33歳の若さであった。
 クーベルダンは叫んだ。
 「功績とは圧迫された人間が、自分自身に向い、または逆境に立ち向って戦い、自分自身の活力で勝利を得たとか、あるいは“運命を克服する”ことに成功した時、そこにあるのである」
 歴史の彼方に忘れられていた古代オリンピックを蘇らせたいと願った一青年の不屈の挑戦が、世界の青年を結集していったのだ。
        ◇
 “青年の精神を命ある限り保ち続けよ!”とは、わが敬愛する大歴史家トインビー博士が、若い世代へ「第一の助言」として語られていた言葉である。
 「青年の精神」とは何か。ここでは、博士が後輩たちに送ったアドバイスの一つを挙げたい。
 すなわち、「自分の精神が行動する用意ができたと感じたらすぐに、すばやく行動せよ」との言葉だ。
 立つべき時に立つ。これが若さの特権であろう。
 私は、19歳の夏、求めてやまなかった人生の師にお会いすることができた。殉教の先師・牧口常三郎先生にお供し、軍国主義と命を賭して戦い抜かれた恩師・戸田城聖先生から、「正しい人生の道」を教えていただいて、私は一人の青年として立った。
 以来、師から受け継いだ「広宣流布」即「世界平和」の大願のままに、65年間、走り抜いてきた。そして今、「従藍而青」の青年たちが、全世界で立ち上がってくれているのだ。

 広宣の
  創価の後継
   青年部
  いやまし鍛えよ
   わが身 惜しまず
        ◇
 ところで、日本の選手団がオリンピックに初参加したのは、100年前(1912年)の第5回ストックホルム大会であった。
 その時に出場した日本選手は陸上男子の2人。団長は、講道館柔道の創始者・嘉納治五郎氏である。
 教育者でもあった嘉納氏が創立した中国人留学生のための学校・弘文学院で、若き日の牧口先生が講義されたことは忘れ得ぬ歴史である。
 嘉納氏は訴えた。
 「百の空しい願望 百の空しい計画は一つの実行に及ばない。成功とは畢竟一つの目的に向かって力を用いた結果をいうのであって、力を用いれば用いるほど成功もまた大になって来るのである」
 まず思い切って、最初の一歩を踏み出す──この勇気ある実行こそ、青年の青年たる証しといってよい。
 夏は、その挑戦の季節だ。
 我ら創価の青年も、夏季折伏、夏季研修と、常に夏に金の汗を流して、新たな広宣流布の開拓を進めてきた。その折伏精神、学会精神は、今も脈々と流れ通っている。創価班、牙城会の大学校の若き精鋭たちが、真剣に拡大へ挑戦してくれている雄姿は、何と頼もしいことか。
 学生部の「ビクトリー・リーダー」の諸君も、はつらつと、英知の「対話」の波を起こしている。
 また、各地の要請に応えて、音楽隊、鼓笛隊の友がパレード等で大活躍してくれている。本当にご苦労様! ありがとう! と申し上げたい。
 熱中症などに呉々も注意しながら、明るく楽しく妙音を奏で、希望の行進を繰り広げていただきたい。

情熱の「種」を蒔け
 五輪公園を擁するロンドン東部では、地元イースト・エンド本部の友をはじめ、わが創価の同志たちが、オリンピックの成功を祈りながら、元気に社会貢献されている。
 19世紀後半、このイースト・エンドの地域で、貧困に苦しむ庶民のために心を砕いた一人の青年がいた。若き経済史家アーノルド・トインビーである。
 私が対談したアーノルド・J・トインビー博士は「甥」にあたり、この叔父の名を受け継がれていた。
 博士の叔父アーノルドは、「産業革命」という歴史概念を英国で最初に提示した気鋭の学者であった。と同時に、実際に貧しい庶民の中に飛び込んでいく人道主義の社会改革者であった。
 私には、わが創価の学術部の知勇兼備の献身と重なり合って迫ってくる。
 「快活で、人づきあいがよく、親切な人間の姿、自分の周囲の人間世界に強い関心をもち、恵まれない同胞の生活をよくしたい一心の理想主義者」とは、かのトインビー博士が叔父の姿を記した一文である。
 残念ながら病で30歳で逝去。しかし、遺志を継承した友人たちの手で、彼の名を冠した社会福祉の施設「トインビー・ホール」が設立されたのである。
 これは、民衆の生活向上を助ける社会事業(セツルメント=隣保事業)を行う、世界最初の施設となった。
 実は、クーベルタン男爵も、しばしばトインビー・ホールを訪れている。
 また、アメリカ女性として初のノーベル平和賞を受賞したジェーン・アダムズは、若き日、同ホールとの出あいが、その後の人生を決定づけた。彼女は帰国後、シカゴで自ら福祉施設をつくり、民衆の支援のために立ち上がったのである。
 人びとの幸福を願った青年の情熱は、時代も国境も超えて、一つまた一つと燃え広がっていったのだ。
 このトインビー・ホールの精神を伝える、次のような言葉がある。
 「鳥がついばむからといって、種を蒔くことを恐れるな」
 下種仏法を奉じて、友の心に、幸福と平和の種を蒔きゆく、わが創価の青年の心意気を思い起こさせる。

 ピンダロスの言葉は『祝勝歌集/断片選』内田次信訳(京都大学学術出版会)。クーベルタンは『ピエール・クペルタン オリンピックの回想』大島鎌吉訳(ベースボール・マガジン社)。トインビーは、『未来を生きる トインビーとの対話』(毎日新聞社)などを参照。「自分の……」との言葉は『回想録1』山口光朔・増田英夫訳(オックスフォード大学出版局)、「快活で……」は『交遊録』長谷川松治訳(社会思想社)によった。嘉納治五郎は『嘉納治五郎著作集第1巻』(五月書房)。「鳥が……」の言葉は、ブリッグス、マカトニー共著『トインビー・ホールの100年』阿部志郎監訳(全国社会福祉協議会)。

地涌の菩薩の底力を我らが証明
皆が青春勝利の「生命の金メダル」を!


  「ぼくたちは大きな力をもった存在なのだ」
 米国の哲人エマソンは、25歳の時、こう日記に記した。我らも、満々たる若き力を湧き出しながら生き抜いていきたい。
 スポーツの世界には、アスリート(競技者)たちの最高峰の舞台としてのオリンピックがある。
 中華文化促進会の高占祥主席は、私との対談で語られていた。
 スポーツと同様に、“世界芸術交流会”──いうなれば、“文化のオリンピック”が実現すれば、人類の調和と友情は、さらに深まるのではないか、と。
 とともに、自然災害が頻発し、経済不況が打ち続くなど、さまざまな難問に直面する地球社会にあって、人類貢献の人材群が互いにベストを尽くして尊き使命に乱舞しゆくならば、それは“平和と人道のオリンピック”といえまいか。
 牧口先生は若き日、人類史の歩みを俯瞰し、「軍事的競争」「政治的競争」「経済的競争」の時代から「人道的競争」の時代への転換を訴えられていた。
 今日的にいえば、自他共の幸福と平和をめざす“菩薩の生き方”が人類の行動規範となって、世界の青年たちが切磋琢磨しながら、思う存分に力を出し合っていく新時代を遠望されていたのではないか。
 今、地球上のあの地この地を舞台に、民衆のために奮闘する、若き「地涌の菩薩」が躍り出ている。
 「末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず」(御書1360㌻)
 「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや」(同㌻)
 日蓮大聖人の仰せ通りの一閻浮提広布の大ロマンが、眼前に広がっている。
 欧州でも、この夏、30カ国・480人の友が「可延定業書」「日女御前御返事」「撰時抄」を真剣に研鑽し合った教学研修会を起点として、各種の研修会が活発に行われている。これには1万人のリーダーたちが参加される。
 仏教発祥の天地インドからも、7月に「地涌」の陣列が6万人を突破したとの心躍る報告が届いた。
 北米も、中南米も、オセアニアも、アジアも、アフリカも、全世界の青年たちが、歓喜踊躍して、地涌の連帯を広げている。連日の聖教新聞の紙面に弾けるように報道されている通りだ。

負けじ魂の闘士
 伸びてゆけ
  題目あげて
    富士までも

 それぞれの誓願の国土においても、使命の人生においても、艱難があり、試練がある。しかし学会っ子は、大変であればあるほど、勇み立つ「負けじ魂」を持った闘士である。
 大聖人は、あらゆる大難を乗り越え、末法広宣流布を担う「地涌の菩薩」について、「よくよく心を鍛えられた菩薩なのであろう」(御書1186ページ、通解)と述べられている。
 苦難に負けないこと、屈しないこと、そして乗り越えること──それは言い換えれば、本来、鍛え抜かれた偉大な生命を持っているということなのである。
 地涌の生命の底力が、どれほど深く、どれほど強く、どれほど大きいか。
 御書には、ありとあらゆる大難の怒濤を勝ち越えていく力を、厳然と記し留めてくださっている。
 眼《まなこ》を開いて見れば、皆が大聖人に直結する、尊貴な地涌の菩薩なのである。
 あの凛々しい青年も!
 あの清々しい乙女も!
 いかに時代の混迷の闇が深くとも、胸中に希望の光を抱いて、創価の青年たちは粘り強く、前へ前へと歩みを進めていくのだ。
 御聖訓には仰せである。
 「きた(鍛)はぬ・かね(金)は・さかんなる火に入るればと(疾)くと(蕩)け候、冰をゆ(湯)に入るがごとし、剣なんどは大火に入るれども暫くはとけず是きたへる故なり」(同1169ページ)
 人生は長い。誰しも思いもよらぬ苦難や宿命の熱火が待ち受けている。その試練を乗り越えていく生命力を、若い時代に確固と鍛えていくことが、いかに大切か。青春の日々に、学会活動という生命の鍛錬の仏道修行に励んでおくことは、一生涯、そして永遠にわたる無上の財宝となる。
 健康第一で、挑戦の課題を明確に決めて、朗々と唱題を重ね、富士の如く揺るぎない、自分自身を創り上げていっていただきたい。
     ◇
 断固して
  負けぬ人生
    飾りゆけ
  父母 偲び
    同志《とも》を忘れず

 時に、懸命な努力が報われず、悔しい思いをすることがあるかもしれない。
 しかし、変毒為薬の妙法である。無駄なことは一切ない。全部、次の新たな勝利につながる。そう確信し、決意して、わが道を悠々と進んでいくことだ。華やかな脚光を浴びている人を羨む必要などない。
 自分は自分らしく、胸を張って朗らかに前進していくのだ。そして、最後に必ず勝つのだ。お世話になった父母や友人たちに喜んでもらえる歴史を残すのだ。
 学会の同志の励まし合いは、最高の支えである。

華陽の友が新出発
 今回、女子部は、これまでの「ヤング・リーダー」を新名称に改め、「華陽リーダー」として清新にスタートした。嬉しいことだ。女子地区リーダーと共に、第一線の希望の花と咲き薫ってもらいたい。
 北海道の女子部からも、早速、大空知《だいそらち》総県をはじめ全道で、新たな「華陽リーダー」がはつらつと前進している様子を伺った。
 北海道女子部といえば、もう半世紀以上前になるが、厳寒の1月、懐かしい小樽市公会堂で「日厳尼御前御返事」を学び合ったことが思い出される。
 この折、一人の女子部の友から「折伏が思うように進まないのですが」との質問があった。
 その悩みそれ自体が、仏の心に通ずる気高い悩みである。私は最大に讃えつつ、申し上げた。
 「折伏については、結局は相手を思う一念です。一人の不幸な人を救おうよ。
 一人の命は地球よりも重いのです」と。
 大聖人は「一人を手本として一切衆生平等」(同564ページ)と仰せであられる。
 「一人」の中に、尊極無比なる生命を見出すのが、仏法の慈悲の眼である。
 「一人」の生命には、人類へ広がり、大宇宙を包みゆく壮大な仏の力が秘められている。その力を一人一人、呼び覚まし、糾合し、広宣流布の大潮流を起こしゆく「仏事」こそが、我らの対話なのである。
 思えば、私の妻も、女子部の草創期、最前線の班長として頑張っていた。今でいえば、まさに華陽リーダー、地区リーダーと同じ使命を担い立って、あの蒲田支部の「二月闘争」も懸命に奔走したのである。
 だから、今回の発表を、とても喜んでいた。
 どうか、あの友も、この友も、明るく誠意をもって励まし、共々に生命の輝きを放ちながら、幸福と勝利の花園を伸び伸びと広げていっていただきたい。
        ◇
 法華経は、地涌の菩薩を「人中《にんちゅう》の宝」と説く。
 妙法の青年こそ、世界の宝だ。宝の中の宝だ。
 青年がいる限り、青年の生命が輝きゆく限り、絶対の希望が、私たちの前に光っているのだ。
 日蓮大聖人は、「地涌の菩薩が末法の衆生を利益《りやく》されることは、魚が水中を自由に泳ぎ、鳥が天空を自在に飛ぶようなものである」(同1033ページ、通解)と仰せになられた。
 妙法とともに、師弟して広宣流布に進む生命には、この地涌の菩薩の自由自在の力が尽きることなく湧き起こってくる。
 我らの栄光は、自分一人の栄光ではない。世界192力国・地域の友が喜び、末法万年に続く後輩たちに励ましの光を贈りゆく“生命の金メダル”だ。
 さあ、生き生きと前進だ。夏の青空に、青春勝利の旗を、高々と掲げゆこうではないか!

 偉大なる
  青春乱舞の
     勝利劇

 エマソンの言葉は『エマソン選集7 たましいの記録』小泉一郎訳(日本教文社)。
2012-08-13 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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