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未来対話  君と歩む勝利の道 第3回

第3回 友情は宝なり    (2012.7.1付 未来ジャーナル)

「良き友」がいれば負けない‼

古代ローマの哲学者 キケロ
友情は順境をいっそう輝かせ逆境を分かち担い合うことで軽減してくれる

 ──今、若き後継の友は、各地で「未来対話」を学び合い、皆で成長を誓い合っています。
 「池田先生のお話を、直接、聞いているような気持ちになりました」と、感想を寄せてくれたメンバーもいます。「師匠」と「弟子」の心は一つと、深く感動します。

名誉会長 未来部のみんなは、私の生命だもの。私も、みんなの声を聞いて、みんなの心を感じているよ。さまざまな悩みに、真っ正面から向き合っていることも、よく分かります。

 ──友情に関する質問や悩みが多いのには、本当に驚きました。
 「同級生との接し方が苦手で、自分から声をかけられません」「ケンカをして仲直りしたいけど、なかなか勇気が出ません」などなどです。

名誉会長 何とかしたいと悩むのは、一歩前進している証拠です。一生懸命だから、悩むんです。
 昔から文学作品にも、「友情」をテーマにした傑作が多い。太宰治の『走れメロス』や、ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』などが、時代が変わっても読み継がれているように、誰もが真剣に見つめてきた命題なんです。
 だから、みんなの友情の悩みも、自分だけで窮屈に抱えずに、偉大な文学や先人たちの「智慧の鏡」に照らしながら、大きな心で悠々と見つめていったらどうだろうか。
      □■□
 ──「友だちは増えても、親友がいません」という悩みも寄せられていました。

名誉会長 焦ることはありません。若い皆さんの友情の物語は、いよいよ始まったばかりです。
 皆さんの年代になれば、自分の個性も考え方も、はっきりしてくる。今まで仲良しだったのに、だんだん合わない感じがする友だちもいるでしょう。時には「孤独」を感じることもあるかもしれない。
 それは、みんなが成長しているからなんです。
 皆さんは、体も、心も、頭も、日々、発達している。友情だって成長し、発達していくんです。それは、自立した人間として、大人への階段を上っていくステップと言ってよいでしょう。
 その途上の孤独や葛藤に耐えてこそ、「自分が本当に必要としている人は誰か」を知ることもできます。
 私は、戸田先生と出会う直前の19歳の時、親友と真摯に人生を語り、哲学を語り合いました。友はキリスト教の信仰を選びました。私自身は詳しい教義を理解できないながらも友の決断を尊重し、それぞれの道を歩み始めたのです。
 「森ケ崎海岸」の詩に──

 友の求むる 遠き世に
 たがうも吾《わ》れは 己が道

 と詠んだ通りです。
 その友は、今も私の胸の中にいますし、仏法者として題目を送り続けています。
 「真実の正しい人生とは」──戦後、それまでの価値観が崩壊する中で、私は悩み抜きました。
 師匠と仰ぐ戸田城聖先生とお会いできたのは、まさにその時です。私が求めていたのは、この方だと思いました。
 そして数々の薫陶を受け、戸田先生の弟子として、世界中に友人をつくり、広げてきました。皆さんのお父さん、お母さん方とも、広宣流布という志のもとに、固い友情で結ばれています。
      □■□
 ──「嫌な人を避けてしまったり、仲の良い友だちにも、ちょっとしたことで怒ったり冷たくしたりしてしまう」「苦手な友だちとつき合うには、どうしたらいいでしょうか」という声もありました。

名誉会長 人間だから、“好き嫌い”があるのは、当たり前です。仲が良いからこそ、ケンカしたり、激しくぶつかったりすることもあるでしょう。また、「ちょっと苦手だから」と距離をとっていても、何かのきっかけで、心が通い合う場合だってあります。
 だから、ありのままでいいから、快活につき合ってみることだ。
 試行錯誤を繰り返しながら、みんなと仲良く聡明に協調できる人格を、自分らしく、だんだんと鍛えていけばいいんです。
 ある夕べ、私はイギリスと中国の敬愛する知性と、心ゆくまで語り合いました。その時、3人で確認し合った『論語』の一節があります。
 「文を以て友を会し
  友を以て仁を輔《たす》く」と。
 少し難しいかもしれませんが、「学問によって友人を集め、その友人によって自分の人格の成長を助けていく」という意義です。
 「友情」には、好き嫌いの感情に振り回されるのではなく、お互いを高めていくための二つの翼があります。
 一つが「向学」であり、一つが「錬磨」です。
 「学ぼう」「向上しよう」という人の周りに「良き友」は集うのです。その「良き友」の中で人間は「磨かれる」のです。高みを目指す真実の友情は、その努力の実りを、何倍にもしてくれます。
 とくに、学生時代の友情には、共に学び合い、共に切磋琢磨する素晴らしい触発の力がある。
 気が合う、気が合わないという次元を超えて、一緒に努力し、向上していく中で、自分の力が引き出される。相手の良さを引き出すこともできる。互いに「さすがだな」と尊敬し合うこともできる。
 皆さんには、ぜひ、この友情の深さをつかんでいただきたい。

 ──携帯電話を持つメンバーが教えてくれましたが、「メールの返信が遅れると関係が悪くなる」と言ってくる友だちがいるそうです。

名誉会長 便利な反面、慌ただしいこともあるんだね(笑い)。
 確かに、反応は速い方が気持ちいい。私も、伝言や礼状などスピードを大切にしてきた一人です。
 でも、中高生の皆さんが、もしメールのやりとりなどで神経をすり減らして、勉強や睡眠の生活のリズムを乱してしまったら、本末転倒だろうね。これは、お父さんやお母さんに心配をかけないように、賢くお願いします。
 本当に信頼できる友だちなら、メールの返信が遅れたことだってきっと分かってくれるはずだよ。
 私の世界の友人にも、お互いに多忙のゆえに、数回しかお会いしたことのない方が少なくありません。中には、手紙のやりとりだけで、一度もお会いできていない友人だっている。
 中国の「人民の父」と敬愛される周恩来総理とは、たった一度しかお会いしていません。
 それでも、私たちの友誼は、永遠だと確信しています。
 なぜか──それは、私が周総理を信じているからです。周総理の心を心としているからです。
 たとえ、総理がおられなくても、私の心が変わらなければ、友情は不滅なのです。

 ──池田先生は、不滅の「友情の物語」として『永遠の都』(ホール・ケイン著)について、これまで何度も語ってくださいました。

名誉会長 そうだ、『永遠の都』だね。戸田先生が「この本を君にあげよう」と手渡してくださった。信頼する同志と回し読みしたことも懐かしい思い出です。
 『永遠の都』には、青年革命家ロッシィと、無二の盟友ブルーノの同志愛が描かれています。
 西暦1900年のローマを舞台に、「人間共和」の世界を築くために立ち上がったロッシィ。その彼が、独裁者によって弾圧を受けます。ロッシィの盟友ブルーノもまた捕らえられ、拷問を受ける。
 ブルーノは「ロッシィがお前を裏切っている」との嘘の手紙を見せられます。
 しかしブルーノは、最後の最後までロッシィを裏切らなかった。そして、「ロッシィ万歳!」と叫びきって、死んでいく。
 その叫びは「自分に打ち勝った勝利の声」と讃えられています。友を信じ抜いた人の胸中には、勝利の栄冠が輝くのです。
 二人の友情の素晴らしさは、互いに信じ合い、共に正義の理想に生き抜いていく「強さ」にある。
 この究極の「人間の強さ」は、苦難によって磨かれます。
 盟友ブルーノの前で、ロッシィは語ります。
 「苦しみを甘んじて受け、耐え忍んで強くなってきた人間こそ、この世でいちばん強い人間なのだ」(新庄哲夫訳、潮出版社刊)
 自分が強くなれば、何があっても崩れない金の友情が築けます。
 友情は、いつも「自分から始まる」のです。誇り高い友情を築くには、自分自身が誇り高い信念を持つことです。誇り高い青春を生き抜いていくことです。
 たとえ相手に裏切られようと、自分は絶対に裏切らない。この信義を勇敢に誠実に貫き通した人生は、永遠に光る勝利の劇です。
 「友情の真髄は、わが創価の同志愛にあり」と、私は19歳から65年間の命を賭した大闘争を通して、断言することができます。

 ──私たちも、この尊い「友情の道」に必ず続いてまいります。

名誉会長
 日運大聖人は「立正安国論」で「蘭室の友」と仰せです。
 香り高い蘭の花のある部屋にいると、わが身まで香しくなる。それと同じように、自然のうちに良き感化をもたらしてくれる善友が「蘭室の友」です。こうした友情を広げていくことこそ、平和と正義の社会を築いていく力なのです。
 ともあれ、私が信じるのは友情です。今回は、古代ローマの哲学者・キケロの言葉を贈りたい。
 「友情は順境をいっそう輝かせ、逆境を分かち担い合うことで軽減してくれる」(『友情について』中務哲郎訳、岩波文庫)

 ──キケロは、戦争や権力の横暴に苦しむ人々を救うため、悪と戦った「正義の人」です。それゆえ悪人たちから、ねたまれました。

名誉会長
 そうです。その中で彼を勇気づけていたのは、真の友人でした。良き友がいたから、前進し続けることができたんです。
 一人で笑うよりも、友と一緒に笑う方が、楽しい。頑張ったことを喜んでくれる友がいれば、その喜びは倍になる。
 悩みを聞いてくれる友がいれば、どれだけ安心できるか。つらいことがあった時に、「大丈夫だよ」と声をかけてくれる友がいるだけで、心が温かくなる。豊かになる。苦悩と戦える。
 友は宝だ。輝く希望の太陽であり、苦難の冬空にきらめく星です。気持ちが安らぐ爽やかな風であり、心が潤う泉です。共に夢に向かって航海する勇気の大船であり、共に世界に雄飛する英知のジェットエンジンなのです。
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2012-06-29 : 未来対話 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.75/76

随筆 我らの勝利の大道 No.75/76   
              (2012.6.21/22付)
青春の華 幸福の太陽

「対話」と「励まし」こそ平和の光源


婦人部女子部“婦女一体”で朗らかに
紫陽花の如く! 「元気な女性」の乱舞を


 初めに、今回の大雨による、九州の熊本、鹿児島、大分、長崎等の被害、そして台風4号による兵庫、和歌山、静岡等の被害に心からお見舞いを申し上げます。
 梅雨に加え、台風にも要注意の昨今の気象であり、大切な皆様方の絶対の無事安穏を、私はさらに真剣に祈ってまいります。

希望の連帯を拡大
 「私は太陽の熱愛者なのです。太陽がすべての生命の根源であることを知っているからです」
 共に対談集を発刊した、アメリカの未来学者ヘイゼル・ヘンダーソン博士は、生命を守り、慈しむ女性ならではの視点で、「母なる太陽」に感謝されていた。
 この6月は、創価の太陽である女性たちが、いやまして光り輝く時だ!
 婦人部と女子部の“婦女一体”で、地域に大きな信頼の虹を懸けられている。
 女子部は、6・4「世界池田華陽会の日」を勝ち飾り、爛漫たる青春の華のように、希望の笑顔咲く、友情の連帯を拡大している。
 そして婦人部は、6・10「婦人部の日」を記念する月間である。颯爽と足取りも軽く、朗らかに、幸福勝利へ前進する。
 世界各国の婦人部・女子部の偉大な躍進も、本当に嬉しい限りだ。
        ◇
 6月は、女子部の「白樺グループ」「華冠グループ」の結成記念の月でもある。看護そして美容の世界で生命を守り、磨き、輝かせて、はつらつと活躍してくださっている。
 婦女一体で“女性の日”を祝賀する地域も、総東京の豊島、荒川、墨田、足立、世田谷、江東、江戸川をはじめ、長崎や福島、愛知など数多い。
 ちょうど、この季節、街角を彩る紫陽花《あじさい》のように、創価の女性たちの集いは、ひときわ皆の気分もパッと晴らしてくれる。
 紫陽花には“七変化”との異名がある。白、青、ピンク、紫……色の多彩さに加え、同じ花でも様々に色変わりをするからだ。
 あの友、この友の心に光を当て、多彩に励ましと希望の花々を贈る、創価の座談会のようでもある。
 紫陽花は多くの“市区町村の花”としても親しまれている。神戸市や福井市、神奈川・相模原市、群馬・渋川市もそうだ。
 また、昨年の大震災の被害を乗り越えてきた千葉・旭市をはじめ、各地に“あじさいロード”がある。
 岐阜・関市の板取街道には、7万本もの紫陽花が咲き誇る。宮崎・美郷町にも、埼玉・加須市にも、色鮮やかな花の道は広がる。横浜市の保土ケ谷区にある“滝ノ川あじさいロード”も名所の一つだ。
 紫陽花の花言葉には「元気な女性」とある。いずこにあっても、苦難に負けない女性たちの笑顔が輝いているに違いない。
 あの地、この地で、わが同志は地域を愛し、信頼と友情の花々を咲かせておられる。その尊い姿と重ね合わせつつ、私も折にふれ、敬愛を込めて紫陽花にカメラのレンズを向けてきた。

 快活な
  花の如くに
    朝日をば
  浴びて勝ちゆけ
    今日も明日も

使命も宿縁も深し
 日蓮大聖人は、こう仰せになられた。
 「過去に法華経の結縁強盛なる故に現在に此の経を受持す、未来に仏果を成就せん事疑有るべからず」(御書1337ページ)と。
 宿縁深く妙法で結ばれた家族や同志は、生死を超えて、永遠に一緒に仲良く「常楽我浄」の旅路を進んでいけるのだ。
 ──草創の女子部・婦人部の尊き使命のリーダーであった多田時子さんが、深い感謝を込めて、振り返っておられたことがある。
 経済苦や病気、父に続いて母を亡くした寂しさ……多田さんは、戦後、打ち続く宿命の嵐の中で座談会に出て、「必ず幸福になれる」との確信ある励ましに触れた。その3度目の座談会が終わって帰ろうとした時、片隅に座っていた一人の婦人が、ポンと肩をたたいて声をかけてくれた。
 「あら、まだ信心してなかったの。早くしないと損をしますよ」
 会合の一参加者までも、中心者と同じ確信を持ち、こんなに温かく、真剣に見守ってくれているのか! その庶民のお母さんの真心の一言が背中を押してくれ、多田さんは入会の決意が固まったというのだ。
 昭和26年夏、多田さんが御本尊を御安置する時には、女子部の班長だった私の妻も立ち会い、祝福した。以来、苦楽を分かち合ってきた不二の同志である。

人生勝利の価値論
 信心は最高の幸福の大道である。戦うべき時に臆病や迷いで戦わないのは、結局、自分が「損」をしてしまう。思い切って戦い抜けば一生涯の「得」になる。
 この大事な「価値論」を、最前線の母たちが完璧に会得し、実践している。ここに学会の強さがある。
 「美・利・善」の独創的な「価値論」を打ち立てられたのは、創価の父・牧口常三郎先生であられる。今月、生誕141周年を迎えられた先師も、今や世界中で、日々、偉大な幸福の価値を創造しゆく創価の女性たちの活躍を、心から喜ばれているであろう。

麗しき母娘《ははこ》の前進

 私と妻には、日本中、世界中に“忘れ得ぬ広布の母たち”がいる。
 そんな懐かしい一人として、かつて東京・北区に住んでおられた婦人を思い出す。私も、お宅にお邪魔したことがある。
 この婦人は、女子部時代の多田さんの折伏で入会した。清々しい乙女の確信が、母世代の人生の先輩の心を動かしたのである。続いて、この母の4人のお嬢さんも信心したことから、家には、多くの女子部員が訪れるようになった。
 面倒見のよい、この下町の母は、いつも乙女たちを温かく迎えた。時にはラーメンを作ってふるまったり、時には親身に悩みの相談も受けた。「人生、いろいろなことがあるけど、どんなことがあっても、学会についていけば、絶対に間違いないよ」と、励ますのが常であったそうだ。
 皆も“お母さん”と言って慕い、多くの人材が育っていった。
 この母の入会30周年の節目には、お世話になった女子部の“娘たち”が約20人も集い、楽しく広布と人生のロマンを、心ゆくまで語り合ったという。
 ともあれ、婦人部と女子部が麗しきスクラムで前進する時、そこには広宣流布の希望のハーモニーが、幾重にも広がりゆくのだ。

「生命尊重」の実践
 信濃町の民音音楽博物館には、スペインの大音楽家パブロ・カザルス愛用のピアノも展示されている。
 人間を苦しめ、文化を破壊する戦争と暴力に抗議し続けたカザルスは、世界の母たちに呼びかけた。
 「私は思うのだ。世界中の母親たちが息子たちに向かって、『お前は戦争で人を殺したり、人から殺されたりするために生まれたのではないのです。戦争はやめなさい』と言うなら、世界から戦争はなくなる、と」
 全く、その通りである。人類は、真実の賢者たる母たちの声に素直に耳を傾けて、世界不戦の段階へと進んでいかねばならない。
 生命を育む力。
 生命を尊ぶ心。
 本来、「命」そのものに国境も差別も格差もない。あってはならない。それを誰よりも実感し知悉しているのは、女性である。
 創価の女性たちは、生命尊厳の大哲学を掲げ、一人の人を大切にする実践をたゆみなく積み重ねている。それが、いかに重要な平和創出の意義を持っているか、計り知れない。
        ◇
 フランスの哲学者アランは、名著『幸福論』の中で、「正義をつくりだすことによってのみ、平和が存在するのだ」と喝破した。
 そのためには、「正しいものは正しい」と、正義を言い切っていく勇気が根本となろう。
 まさに創価の母たち、乙女たちは、庶民の賢く鋭い目線で正義を勇敢に語り抜いている。これこそ「立正安国」の最高の推進力だ。
 仏法においては、平和といっても、どこか遠くにあるものではない。
 日蓮大聖人が、「都《すべ》て一代八万の聖教《せいきょう》・三世十方の諸仏菩薩も我が心の外《ほか》に有りとは・ゆめゆめ思ふべからず」(御書383ページ)と仰せの通り、全て自分自身の中にある。
 ゆえに、自分から行動を起こすことだ。自分から周囲に語りかけることだ。
 「自らの生を汚しうる最大の不道徳、それは怠惰と無関心なのです」とは、フランスの作家ジョルジュ・サンドの指摘であった。怠惰と無関心は、結局、自身の人生を傷つける。
 残念ながら、現代社会には、自分さえよければいいといった利己主義や、人間関係を「煩わしい」といって避ける風潮がある。
 しかし、昨年の東日本大震災の苦難の中で、あらためで「支え合い」「励まし合い」の「心の絆」の大切さが見直されてきたといえようか。
 なればこそ、何ものにも壊されない「心の財」を積んできた、尊き地涌の同志たちの存在が光る。日々、積極的に人と関わり、生き生きと励ましの対話を広げゆく、わが創価の女性の団結こそ、正義と平和の光源なのである。

「まさに奇跡です」
 先月、中国の高名な研究者の方々が、宮城県の石巻文化会館や女川町の仮設住宅、さらに東松島の個人会場で行われた座談会を訪問された。いずれも大震災の甚大な被害を受けた地域である。
 そこで、最愛の家族を亡くした母や、大切な家を失った女性たちが、苦しみや悲しみを乗り越え、明るく強く人びとを励ましている姿に、皆、感涙されていた。
 「まさに奇跡です!」
 「皆さんこそ、母の中の偉大な母です!」
 「無名の庶民にこそ、本当の偉大さがあり、本当の強い心と力があると、感嘆しました」
 「皆さんの生き抜く姿を通し、『人間革命』の本当の意味がわかったような気がします」等々……。
 異口同音に、格別の感動を受けたと語られていた。
 世界の知性が、創価の女性の前進と連帯に、大いなる希望の光明を見出す時代に入っているのだ。その使命と誇りも高く、晴れ晴れと「平和の世紀」を開きゆく主役は、皆様なのである。

 崇高な
  使命に生き抜く
   貴女《あなた》こそ
  尊き仏の
    心なるかな

 カザルスの言葉はカーン編『パブロ・カザルス 喜びと悲しみ』吉田秀和・郷司敬吾訳(朝日新聞社)。アランは『幸福論』宗左近訳(社会思想社)。サンドは『スピリディオン』大野一道訳(藤原書店)。

創価の女性のスクラムは世界の希望

生命を燃焼した力は無限
皆が健康・長寿で! 勝利の人生を!


 この世をば
  力のかぎりの
      蛍光《ほたる》舞

 6月といえば、蛍が舞い飛ぶ季節である。
 大阪・交野市の関西創価学園では、今年も9日に、学園生たちが真剣に育てた蛍の観賞の夕べが、地域の方々と共に優雅に行われた。
 東京・八王子市の創価大学の蛍桜《けいおう》保存会による伝統の「ほたるの夕べ」も、本年で30回の佳節となる。
 蛍の光の芸術は「平和」と「共生」のロマンであるといってよい。
 「やみもなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。また、ただひとつふたつなど、ほのかにうちひかりて行くもをかし」──清少納言は『枕草子』の中で、蛍の美しさをこう讃えた。
 蛍の成虫の寿命は、わずか1、2週間。しかし、その間、自らの命を燃やして光り続ける。
 「蛍の光」の歌で知られる中国の「蛍窓《けいそう》」の故事は、苦学の青年・車胤《しゃいん》が夏の夜、蛍を集めて灯とし、勉強したと伝えている。
 たとえ小さくとも、生命を明々と燃焼させたところには、大事を為しゆく力が必ず生まれゆくものだ。
 日蓮大聖人は、「千里の野の枯れたる草に螢火の如くなる火を一つ付けぬれば須臾《しゅゆ》に一草・二草・十・百・千・万草につきわたりても(燃)ゆれば十町・二十町の草木・一時《いちじ》にやけつきぬ」(御書1435ページ)と仰せである。
 必死の一人がいれば、その情熱は、燎原の火の如く伝播する。
 とりわけ、御聖訓には、「竜女が成仏此れ一人にはあらず一切の女人の成仏をあらはす」(同223ページ)と示されている。
 家庭にあっても、地域にあっても、社会にあっても、女性の力ほど偉大なものは決してないのだ。
 今、わが関西創価学園の女子同窓生の集い「蛍会」の友も、あの地この地で、力の限り光り舞っている。
      ◇
 蛍といえば、満月輝く鳥取県の米子文化会館の思い出が蘇る。
 昭和53年の7月20日。友の笑顔と蛍の光に包まれながら、私も大好きな中国方面の歌「地涌の讃歌」は完成したのである。あの名画の光景は、終生、瞼から離れることはない。
 その名も「山光」と謳われる鳥取県と島根県は、日本の心の故郷として名高い。名曲「ふるさと」の調べを生み出した作曲家・岡野貞一氏も鳥取の出身である。
 いにしえより「花の王」と讃えられる牡丹の日本一の産地は、島根の中海に浮かぶ「大根《だいこん》島」である。
 東対岸の米子空港とは、目と鼻の先。私も機上から、島の同志に題目を送ったことが懐かしい。
 この島から学会本部へ、毎年、地域の広宣流布の前進の様子とともに、名産の牡丹の便りを送ってくださってきた母がいる。
 半世紀近く前に、この地に嫁がれた。いまだ学会への偏見も根強い時代から、一歩も退かずに、題目根本に頑張り抜いてこられた。
 高齢の家族・親族3人を抱え、娘さんと共に「うちは時代の最先端だ!」と、朗らかに介護を続けられた。
 見事に一家和楽の模範を築かれ、地域に信頼を勝ち取ってきた母の口癖は、「地域を歩くことが大事よ」であった。
 今は亡き母の「希望の哲学」は、女子部時代から一緒に広布に進み抜いてきた娘さんが立派に継承されている。
 牡丹の花言葉は「誠実」である。いかなる勝利も、誠実な一歩、また一歩の歩みから生まれる。
 共に行動し、共に成長する。“婦女一体”の「人間革命」の前進は、未来永遠に福徳と友情の花を、咲かせ広げゆくに違いない。

 可憐なる
  母と娘の
     牡丹かな

ありのままの姿で

 確固たる哲学を持って生きる女性には、苦難の烈風にも決して負けない強さがあり、明るさがある。
 世界文学の最高峰の一つと仰がれる『源氏物語』の作者である紫式部──。
 彼女もまた、同時代の清少納言らと共に「女人成仏」の法理を明かした法華経に深く親しんでいた。
 紫式部は、宮廷の人びとの悪口や嫉妬にも毅然としていた。
 「人はどういおうと あくまで自身を大切にして行こう」という意味の歌も、凛と詠じている。
 また『源氏物語』で有名になると、“傲慢で人を見下す人間だ”などと陰口を叩かれた。
 しかし、彼女は気取らず、和やかに、人の輪の中に打ち解けていった。
 その聡明な姿に接した人びとは、「実際つき合ってみると、不思議なほど鷹揚で、まるで別人かと思われるほどです」などと語り、周囲の偏見は吹き飛んだというのである。
 ともあれ、勇気と知恵をもって、ありのままの姿で人と会っていく。見栄を張ったり、無理に飾る必要はない。どこまでも自分らしく、わが信念を誠心誠意、語っていくのだ。
 これこそ、信頼拡大の方程式ではないだろうか。
 東京・小平市の創価学園の側《そば》を流れる玉川上水に沿った遊歩道には、「ムラサキシキブ」の木が植わり、小さな花も咲き始めた。
 「哲学者の道」の愛称で親しまれるこの道を通う、わが学園の乙女たちよ!
 一日一日を大切に、楽しく、伸び伸びと「女性の世紀」を担い立つリーダーに育ち、幸福と平和の絵巻を綴っていってほしいと、私はいつも見守っている。

苦労は幸福の土台
 女子部の皆さんも、仕事や勉学、学会活動に奮闘するなかで、思うようにいかない場合があるだろう。
 子育てや人間関係などの現実に悪戦苦闘している、ヤング・ミセスの皆さんもおられるかもしれない。
 しかし、若き日の苦労は、すべて幸福になるための土台作りである。
 名作『母』や『大地』で知られるアメリカの作家パール・バックは、今月で、生誕120周年を迎える。
 自ら母として、重い障がいを抱えた我が子を慈しみ育て上げながら、熱い正義の心で平和の行動を貫いた気高い女性である。
 彼女は語っている。
 「悲しみには錬金術に似たところがある」「悲しみが喜びをもたらすことはありませんが、その知恵は幸福をもたらすことができるのです」
 ましてや、苦労した人が一番、幸福になれる信心である。妙法を唱えながら貫いた努力と忍耐は、必ず未来の宝と輝くことを、明るく確信していただきたい。
        ◇
 大聖人は、義母の看病に真心を尽くし、自らも病気との闘いを続けていた富木常忍夫人に、繰り返し激励のお手紙を送られた。
 有名な「可延定業書」には、大聖人御自身が深き祈りで、母親の寿命を4年、延ばされたことを通されながら、こう仰せである。
 「今女人の御身として病を身にうけさせ給う・心みに法華経の信心を立てて御らむあるべし」(御書985ページ)と。
 そして、善医である四条金吾の治療を受けていくように、こまやかに促されている。
 さらに大聖人は「一日の命は三千界(=大宇宙)の財にもすぎて候なり」(同986ページ)とされた上で、「法華経にあわせ給いぬ一日もい(活)きてをはせば功徳つもるべし」(同ページ)と励ましておられる。
 題目を唱え、広宣流布を目指して、生き抜いていく一日また一日が、どれほど素晴らしいか。
 どうか、日本中、世界中の婦人部・女子部の皆様が日々、健康第一で生き生きと、そして一日でも長く幸福長寿であられるように──これが、私と妻の、ご祈念の第1項目である。

世々《せせ》代々に継承

 先月、日中国交正常化40周年を記念し、周恩来総理と穎超先生のご夫妻に光を当てた本が出版された(『周恩来・穎超と池田大作』)。
 心から人民を愛し、人民から敬愛された、偉大なご夫妻であられた。
 私が胸に刻む穎超先生の言葉がある。
 「次の世代は前の世代を超えなければなりません。一代ごとに優秀さを増してこそ革命は継続し、発展するのです」
 この信念のもと、先生は、どんなに多忙でも、若者たちと関わり続けた。ある時は、恋愛や仕事の悩みを聞き、ある時は、若者たちから学ぼうという姿勢で臨んでおられた。
 「人の意見や経験を聞くことはとても大事だと思うわ。でもね、それは人のものであくまでも参考よ、マネしてもだめ。自分で考え、自分で決めるのよ」
 先輩の考えを無理やり押しつけたりはしない。
 「もちろん失敗はしないほうがいい。でも失敗を恐れてはだめ、間違えば直せばいいの」
 そうやって、一人、また一人と地道に励ましを送り続けた。そんな人間味溢れる振る舞いがあったからこそ、後輩たちも自然と「姉さん」と慕っていった。
 このような温かく大らかな関係を、婦人部・女子部の皆様は、今まで以上に大切にしていただきたい。
 ある時は“母娘”の如く、またある時は“姉妹”の如く──大事なことは、なんでも話せる、なんでも相談できる、そして励まし合っていける、希望と和楽の園を築いていくことだ。
 大聖人は「日本国と申すは女人の国と申す国なり」(御書1188ページ)と仰せである。
 この模範の“婦女一体”の前進を地域に、そして全国・全世界に広げてこそ、広宣流布は着実に、重層的に伸展していくのだ。
        ◇
 50年前の昭和37年、学会が「勝利の年」と掲げて大前進していたこの年は、別名「婦人部の年」であった。
 その前年は、男子部の「精鋭十万結集」の達成など、男女青年部の躍進が目覚ましく、また翌年には新しい学会本部の完成を控えた重要な1年であった。
 この勢いを見事な勝利に仕上げるのは、婦人の力であり、女性の熱意である。
 ゆえに、この年、私は婦人部の代表に「総勘文抄」をはじめ、多くの御書を講義させていただいた。「御書根本」が、創価の永遠勝利の鉄則だからである。
 大仏法を学ぶ喜びは広布拡大の熱願と燃え上がり、11月には、恩師の7回忌までの目標であった300万世帯を、いち早く達成できたのだ。
 それから半世紀──。
 総本部完成を明年に控え、勝負を決する1年を前進中だ。不思議な妙法のリズムを感じてならない。
 創価の愛娘たる“華陽”の乙女は、勝利の鉄則のままに「御書三十編」を真剣に学んでいる。この波動は、アメリカやペルーなど海外の乙女たちにも広がり、今や世界同時進行で御書の研鑽が進んでいる。
 この御書30編の一つに「乙御前御消息」がある。
 「冰《こおり》は水より出でたれども水よりもすさ(凄冷)まじ、青き事は藍より出でたれども・かさ(重)ぬれば藍よりも色まさる」(同1221ページ)
 まさに今、女子部から、新しき世紀を担う信強き人材が陸続と育っている。
 「華陽の誓い」の大道を真っすぐに、朗らかに歩み抜く女子部、万歳!
 「幸福の太陽」「和楽の太陽」「勝利の太陽」の婦人部、万歳!
 世界の希望と輝く、創価の女性の花のスクラムから、新たな躍進の歴史が必ずや開かれゆくことを、私は確信してやまない。

 いざや立て
  いざや舞いゆけ
    広宣の
   天女の誇りを
     三世に飾りて

 清少納言の言葉は『枕草子』(岩波書店)。紫式部は『紫式部集』『紫式部日記』(岩波魯店)等を参照、訳文は今井源衛著『紫式部』(吉川弘文館)によった。バックは『母よ嘆くなかれ』伊藤隆二訳(法政大学出版局)。穎超は西園寺一晃著『穎超』(潮出版社)。
2012-06-23 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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アルメニア共和国での「自然との対話──池田大作写真展」へのメッセージ

アルメニア共和国での「自然との対話──池田大作写真展」へのメッセージ
                 (2012.6.15)

 アルメニア共和国の首都エレバンに立つ「アルメニア芸術家同盟ギャラリー」で15日午後4時(現地時間)、「自然との対話──池田大作写真展」が開幕した(主催=アルメニア芸術家同盟、エレバン国立芸術アカデミー、SGI〈創価学会インタナショナル〉、後援=アルメニア共和国文化省・外務省、エレバン市、駐日アルメニア大使館)。同国では初の開催で、アルメニアと日本の外交関係樹立20周年の記念行事である。開幕式には、アスミク・ポゴシャン文化大臣、セルゲイ・マナサリャン外務次官ら来賓が多数出席し、池田大作SGI会長がメッセージを寄せた。同展の模様は同国のテレビ、新聞などのメディアで報じられた。

SGI会長のメッセージ


平和を! 文化と教育の交流で

アルメニアの詩人
 闇を突き抜けて我らは歩む
 海のごとき古の思想の宝は
 民衆の心が創り出したもの


 一、心より尊敬申し上げるポゴシャン文化大臣はじめ、アルメニア各界を代表されるご来賓の皆様方!
 このたびは、貴国を代表する芸術の殿堂において、私の写真展を開催していただけますことは無上の喜びであり、名誉であります。
 写真展の開催に、ご尽力をいただきました「アルメニア芸術家同盟」のアガミャン総裁、「エレバン国立芸術アカデミー」のイサベキャン総長はじめご関係の諸先生方に、厚く御礼を申し上げます。
 さらに文化省、外務省、エレバン市、駐日アルメニア大使館のご後援も賜り、心から感謝にたえません。誠に、誠にありがとうございました(大拍手)。
 今年は、敬愛する貴国と日本の間に、外交関係が樹立してより、20周年にあたります。
 この佳節を迎えるにあたり、大変うれしいことに、先日、日本を訪問されたサルグシャン大統領に、私が創立した創価大学に来学いただき、「名誉博士号」をお贈りすることができましたことは光栄のかぎりです。
 大統領の記念のご講演を拝聴した教職員、学生から多くの感動の声が寄せられています。創価大学にとって、誠に大きな金の歴史を残していただくことができました。
 また、本年7月から、同じく、私が創立した民主音楽協会の招聘により、貴国のデルメニア・リトル・シンガーズ」の日本公演が全国16都市で開催されます。
 貴国の至宝として世界に名高い、美しい歌声が日本全国に響きわたることが待ち望まれております。

苦難に勝つ強さ
 一、さて、私が20世紀最大の歴史学者であるトインビー博士と対談をしたのは、今から40年前でした。
 トインビー博士は、貴アルメニアを、“苦難に負けない強さ”の象徴として注目していました。
 美しき高原の国アルメニアは、ヨーロッパとアジアを結ぶ「文明の十字路」であり、幾多の侵略や迫害にさらされてきました。
 しかし、いかなる災難にも断固として屈せず、世界中に陸続と人材を輩出し、“人類の宝”ともいうべき芸術を創出してこられたのです。
 これまで、私どもSGIは、一貫して、民衆次元における、教育交流、学術交流、そして、文化交流を推進してまいりました。
 ますます混迷を深める現代にあって、恒久平和の建設へ、民衆の心と心を結びゆく、具体的な行動が必要です。まさに、文化交流こそ、平和への波を起こし、平和への流れをつくりゆく、地道にして着実な実践であると確信いたします。
 「心を揺さぶられた瞬間や忘れ得ぬ光景を、友と分かち合いたい」──これが、私の率直な思いであります。まさに、写真こそ、「瞬間」を「永遠」へと高め、人と人とを結びゆく“民衆芸術”であり、“大衆文化”でありましょう。
 ありのままの自然の美しさと、気取らず飾らず向き合うことにより紡ぎ出された「自然との対話」の結晶が、この写真展であります。
 一枚の写真に収められた「自然との対話」を通して、心が通い合い、語らいの輪が広がっていく。今回の写真展が、かけがえのない、美しい地球に生きる一瞬一瞬の喜びを、豊かな自然に恵まれた貴国の皆様方とともに分かち合う、絶好の機会となりますことを、念願してやみません。
 一、「彼の詩は、アルメニアそのものである」と讃えられる貴国の民衆詩人トゥマニャンは、詩『アルメニアの山々の中に』で、民衆の希望を謳いあげています。
 「容易ならぬ我らの道、暗闇の道……
 だが我らは克服せり、
 悲しみと暗黒を突き抜けて。
 世紀を超えて歩まん、高嶺を望むために、
 アルメニアの山々の中を
 厳しき山々の中を。
 古より思想の宝を保たん。
 海のごとき、その宝は、心が創り出したもの、
 幾世紀もの道のりで、民衆の心が創り出した、
 アルメニアの山々の中に、
 高き山々の中に」
 このように、貴国に脈打つ「勇気」と「英知」に学びながら、私どもは、今後とも、文化と教育の交流を通じながら、“平和の大道”を勇敢に切り開くべく、より一層、尽力してまいる所存であります。
 結びに、ご列席の皆様のますますのご健勝を心よりお祈り申し上げ、御礼のメッセージとさせていただきます。
 ありがとうございました(大拍手)。
2012-06-19 : スピーチ・メッセージ等 :
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中国・渤海大学 「名誉教授」称号授与式への謝辞

中国・渤海大学 「名誉教授」称号授与式への謝辞          (2012.6.13 創価大学本部棟)

 中国・遼寧省錦州市に立つ渤海大学から、創価大学創立者の池田大作名誉会長に「名誉教授」称号が贈られた。長年にわたる日中友好への貢献、および世界平和への傑出した功績を讃えたもの。授与式は13日午前、東京・八王子市の創大本部棟で行われ、楊延東学長、李辛芸術・メディア学院教授、左興紅人事処処長、潘昌教務処処長が列席した。席上、名誉会長から楊学長に漢詩が贈られた。これで名誉会長に世界の大学・学術機関から贈られた名誉学術称号は「330」となった。

張学長の授与の辞


創価の価値創造の哲学はわが大学の信念と一致

 はじめに、きょうここに、池田大作先生にわが渤海大学の名誉教授にご就任いただき、心からのお祝いを申し上げます(大拍手)。
 池田先生は品徳が高く、厚い人望をお持ちです。
 とりわけ、長年にわたって、中日友好に多大なる貢献をなされており、私どもは、その姿を仰ぎ見てきたのであります。
 本日、このように創価大学にうかがいまして、貴大学に満ちている「創価精神」を強く感じるとともに、先進国における一流大学としての知恵と勇気に触れ、感動しております。
 今回の訪問を通して多くのことを学ぶ中、新たな発見がございました。
 それは、私どもが主張する「創意を凝らし、特色を求め、渤海大学の迅速な発展をはかる」という教育的な信念と、創価の「価値創造」の理念が、一致していることです。
 私は、創価大学と渤海大学が友好的な関係になることを希望するとともに、両大学のますますの発展を願うものです(大拍手)。
 渤海大学は中国の公立大学であり、60年の歴史があります。
 本年も、遼寧省に属する大学の総合実力評定では、ベスト10に入っております。
 潮海大学のキャンパスは、全国屈指の美しさで知られ、山海関の東に位置する港湾都市・錦州市にあります。錦州市は、“英雄の都市”と言われ、悠拶の歴史と文化を持ち、多くの名勝や古跡がある町です。
 これから、両大学間で高いレベルの学術交流が盛んになり、人材育成の質を高めていければと願ってやみません。
 最後になりますが、私たちの訪日に対して心を尽くした歓待をしていただき、深く感謝を申し上げます。
 ご列席の皆さまの健康と幸せをお祈りし、ごあいさつとさせていただきます。謝謝!(大拍手)

SGI会長の謝辞(代読)

時代を照らす人間教育の大航海を

楊学長の信念
理想を持て! 情熱を燃やせ 栄光は困難を打開した人に

周恩来総理
「素晴らしい現実を一緒に創造しよう」

 一、きょう私は、貴・渤海大学の先生方を、人生の師である戸田城聖先生と一緒に、お迎え申し上げている思いでおります。
 と申しますのも、貴大学が立つ錦州市は、恩師と私にとりまして、幾たびとなく、その歴史を語り合ってきた、師弟の憧憬の天地だからであります。そこには、まさしく天下の要衝として名高い、難攻不落の城郭都市「錦州城」が勝ち光っていたのであります。
 平和の信念の指導者である我が師は、戦後、愛する関西に、この「錦州城」の如く、何ものにも崩れぬ民衆の「幸福」と「平和」の大城を築きたいと願われました。師の心を心として、私は若き命を賭して関西を奔走しました。
 「錦州城」とは、私と、不二の関西の友との誉れの合言葉になっております。
 本日は、関西出身の創大生・短大生も参加してくれています。
 私は、貴大学から賜りました最高の栄誉を、謹んで恩師に捧げると共に、関西の錦州城の宝友たちと分かち合わせていただきたいのであります。
 先生方、誠に誠に、ありがとうございます(大拍手)。

渤海大学精神
たゆみなく自身を強めよ 厳しい試練に勇気で挑め

変化に打ち勝て

美しき未来へ
 一、貴大学が、その名を冠する渤海の地域は、現在、「環渤海湾経済圏」として刮目され、仰ぎ見る貴国の大発展を、一段と力強く牽引されております。
 その希望を放つ「知性の灯台」であり、英才を送り出す「人材の港」たる貴大学の校歌には、雄渾に詠い上げられています。
 「渤海の浪の花と共に 青春の豪放な歴史を創れ。
 波濤は海の愛情をもって 学識の船舶を載せている。
 我らは この船の帆を高く上げて 美しき未来へ出航しようではないか」
 なんと胸弾み、心広がる歌声でありましょうか。
 一昨年、創立60周年の佳節を飾られた貴大学のいよいよ前途洋々たる栄光の航路を、先頭に立って颯爽と切り開いておられるキャプテン(船長)こそ、楊学長であられます(大拍手)。
 その若々しい英邁なリーダーシップのもと、全国屈指の美しき「緑化先進」キャンパスを輝かせ、国際交流を活発に広げておられることも、有名であります。
 「責任は泰山よりも重し」とは、学長就任に際し披歴された、座右の銘でありました。
 深い尊い信条に、私は心からの共鳴を禁じ得ません。
 一、わが創価教育の創始者であり、貴国を蹂躙した日本の軍国主義と対決して、獄死した牧口常三郎先生も、「責任」を最重視しておりました。
 “百年の大計を立てんとする教育を、責任回避を本能とするような人間には、断じて任せてはならない”と師子吼していたのであります。
 楊学長は、新入生に呼びかけられました。
 「理想を持とう。理想を持った時点で情熱を点火できる。理想を持つことで、前へ進む力を持つことができる」と。素晴らしい励ましです。
 学長ご自身が、学生の中に飛び込んで、この情熱の点火の対話を重ねておられます。
 今年の正月、帰国また帰省しないで大学内で過ごしていた学生たちのもとへ足を運ばれ、共に食事をして激励されたことも感銘深くうかがいました。
 卒業生に対しても「人生は十中八、九が困難です。しかし、成功は困難を経験し、乗り越えた人に訪れる。それは、泥の道を歩くと、足跡が残っていくようなものです」とエールを送られております。そして、「たとえ、困難に挫折した時も、母校があることを忘れないでください。母校は最大に支持します。母校は、あなた方の事業の源です。給油する港です」とも、慈父の如く語りかけておられるのであります。
 わが創価大学も全く同じ心であると、尊敬と連帯の大拍手をお送りしようではありませんか(大拍手)。
 一、貴国で漢訳された大乗仏教の精髄である「法華経」には「慈眼もて衆生を視る 福聚の海は無量なり」と説かれております。
 「人間教育」の次元に敷衍すれば、青年を信じ、見守り、励まし抜いていく教育者の慈愛の眼《まなこ》のあるところに、福徳と智慧の無量の海が広がっていくことにも通ずるでありましょう。
 さらにまた、胸に響く楊学長の激励に、「生き残るのは、最も強い人間でもなければ、最も聡明な人間でもない。最も環境の変化に適応できる人間なのである」とあります。
 確かに、時代は、変化変化の連続であります。だからこそ、青年は、詰め込んだ知識を死蔵させるのではなくして、あらゆる変化に柔軟に即応しつつ、自在に勝利の活路を開拓していく価値創造の力を鍛え磨かなければなりません。創価教育の重要な意義も、ここにあります。
 一、いかなる変化にも打ち勝っていく力──その錬磨のための要諦として、私は、まさに二つの「渤海大学精神」に注目したいのであります。
 一つは、「自強して息《や》まず」。
 すなわち、時代がどうあれ、状況がどうあれ、一喜一憂したり、振り回されるのではなく、何よりも自分自身を、たゆみなく強くしていくことであります。
 そしてもう一つは、「堅さを攻め難に克つ」。
 つまり、どんな難しい局面になろうが、どんな厳しい試練が襲いかかろうとも、決して受け身にはならない。攻めの姿勢で積極果敢に打って出て、一切を勝ち越えていく勇気であります。
 創価精神と相通ずる、このたくましく闊達な渤海大学のスピリットに、私たちも深く学んでいこうではありませんか(大拍手)。

教育は幸福の光
 一、思えば、貴大学を擁する遼寧省は、人民の大指導者・周恩来総理が、少年時代を過ごされた天地であります。
 私たちは、貴大学の皆様方と共に前進しゆく決意を込めて、周総理の言葉を深く銘記したいのであります。
 「素晴らしい現実とは、我々が一緒に創造していくものである」
 錦州市は今、貴国の太陽エネルギーの研究開発の一大拠点であり、「光伏之都《こうふくのみやこ》」、すなわち「太陽エネルギーの都」と呼ばれております。
 この天地より、昇りゆく旭日の如く、「教育の世紀」「学術の世紀」の大光を放ちゆかれる貴・渤海大学の無窮の栄光を、心よりお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
 謝謝!(中国語で「ありがとうございました!」)(大拍手)

名誉会長が漢詩を贈る

楊柳青青城似錦
延延渤海日昇東
多学博見飛雛鳳
和而不同創新風

〈大意〉
貴・渤海大学の聳える錦州市は
 楊柳などの樹木が青々と茂る大学都市であり
 環境の美しさにおいて衆に抜きん出ています。
果てしなく広々とした渤海に
 旭日が昇る景色は壮麗そのものです。
多学博見という校訓のもと無数の鳳雛を育成し
和して同ぜず独特な新風を創出しています。

 ※文中に、校訓の「多学博見」「和而不同」と、楊延東学長の名前が織り込まれている。
2012-06-17 : スピーチ・メッセージ等 :
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高等部大会へのメッセージ

高等部大会へのメッセージ
                 (2012.6.10)

君は無限に強く賢くなれる

 明日を開く「正義の走者」である、わが愛する高等部の皆さん!
 きょうは、私も皆さんと一緒に歌い、一緒に舞い、一緒に笑い、一緒に心ゆくまで語り合う思いで、すべてを見守っています。
 担当者の方々も、いつもいつも、誠にありがとうございます。
 高等部は、広宣流布の夢と希望を託す、私の手作りの人材城です。ゆえに、皆さん一人一人が、私の宝です。創価の後継の柱です。人類の未来の光なのです。
 今、私は、フィリピンの教育界を代表するアブエバ博士と対談を行っています。アブエバ博士は16歳の時、最愛のご両親を日本との戦争によって奪われました。あまりにも残酷な悲劇でした。しかし、博士は、その悲しみも、怒りさえも乗り越え、気高い父母が貫き通した平和を愛する崇高な心を胸に、学びに学び抜いて、世界に平和の旭日を昇らせゆくため、奮闘してこられたのです。この博士が最大に信頼し、期待を寄せてくださっているのが、創価の青年である皆さん方です。
 博士は、私との対談で、こう語っておられました。
 「人間の精神は、何ものにも征服されず、何ものをもはね返すことができます。精神を破壊しようとする、いかなる力にも負けることはありません」と。
 皆さんの心には、断じて屈しない、そして宇宙の如く広大無辺の可能性があります。若くして妙法を持《たも》った皆さんは、一人の人間が、どれだけ強く賢く偉大になれるか、そして、どれだけ平和と正義の連帯を創り広げていけるか、この最も誇り高き「人間革命」の大道を、私のあとを継いで走り抜いていってください。
 ともあれ、日蓮大聖人は、「賢者はよろこび愚者は退く」(御書1091ページ)と仰せです。
 私の従藍而青の弟子である君たちよ、貴女《あなた》たちよ、いかなる試練にも、へこたれず、喜び勇んで前に進め! 朗らかに学び鍛えて、悔いなき栄光の青春を勝ち飾れ! と念願し、私のメッセージといたします。私の命そのものである皆さんに、毎日、真剣に題目を送っていきます。皆、体を大切に! 親孝行を頼みます。
 とくに、きょう6月10日は「婦人部の日」です。皆さんのお母さん、また学会のお母さん方に、真心込めて、感謝とお祝いの言葉をかけて差し上げてください。私と妻からも、どうか、くれぐれもよろしくお伝えください。
 高等部、万歳!

 大好きな「正義の走者」を口ずさみつつ。
2012-06-12 : スピーチ・メッセージ等 :
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台湾師範大学 「芸術学院名誉教授」称号授与式への謝辞

台湾師範大学 「芸術学院名誉教授」称号授与式への謝辞        (2012.6.5 台湾師範大学)

 台湾随一の教育と芸術の殿堂・台湾師範大学から、池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長に「芸術学院名誉教授」称号が贈られた。SGI会長の長年にわたる文化教育の推進および世界平和への貢献を讃えたもの。授与式は5日、台北市の同大学で盛大に挙行され、張国恩学長、芸術学院の李振明学院長、台湾芸術界の巨匠である王秀雄名誉教授をはじめ多くの教授陣、また各界の識者や学生が多数出席。万雷の拍手に包まれる中、証書が張学長から代理の池田博正SGI副会長に手渡された。

張学長の授与の辞

創立66周年の日の授与は本学の歴史に輝く出来事


 本日は、台湾師範大学の「名誉教授」称号を、池田SGI会長に授与することができ、大変光栄に思います。
 台湾SGIが基づいている教育理念は、わが台湾師範大学の理念と一致します。
 本学は台湾において66年にわたり、多くの教育者をはじめ10万人に及ぶ卒業生を輩出してきました。小・中学校の校長の50%、大学の学長の17%が本学の卒業生であります。
 台湾の一人一人の子どもに、より良い教育を受けさせることを、本学の理念としてきました。
 本学は設立から66年を迎えました。そして、歴史ある本学の芸術学院は、いわば台湾美術の歴史の証言者であるといえましょう。しかも、多彩な台湾の美術家を育成してきました。
 文化・芸術の促進は、台湾SGIの運動の非常に重要なポイントの一つです。また、これが本学との友好関係の重要な要素です。
 本学と台湾SGIは、協力して各地で芸術の展示会を行ってきました。その活動は、美術教育を重視するよう、台湾社会に促してきました。台湾SGI
と本学は、共同で一つの成果を出したのです。私も、そう考えています。
 本日、池田会長に名誉教授称号を授与できることは、本学の栄誉であります。
 これは、本学と台湾SGIの未来における協力関係、パートナーシップを象徴しています。加えて、台湾と日本の教育が、より一層、密接になることを象徴してもいるのです。
 本学は、本日をもちまして、66周年の創立記念日を迎えました。
 このような素晴らしい、意義深い日に授与できることは、輝かしい出来事であり、光栄に思っております。
 本学と日本の関係の一つとして、本学は、前身が戦前の台北《タイペイ》高校でありました。
 そこから起算すれば、今年で90年の歴史を有します。
 池田会長に最高の栄誉を贈るために本日の授与式の会場として、本学の校内で一番古い建物の一つである「文薈廳《ぶんかいちょう》」を選びました。この場所で挙行することで、最も崇高な意義をこめることができると確信しております。
 最後に、もう一度、私の真情をお伝えさせていただきたい。
 池田会長に、本学の名誉教授称号を授与することができました。これほどうれしいことはありません。この授与式こそ、本学と台湾SGIの歴史的な一瞬だと深く確信します。
 皆さまの健康と活躍をお祈りし、私のあいさつとさせていただきます。

李学院長の推挙の辞


池田会長の智慧と寛容の精神は英知の鍛錬に啓発与える

 台湾師範大学は設立より60年を超え、台湾にある12の師範大学の中で最も規模の大きい大学であり、教師育成の卓越した高等教育機関です。
 台湾師範大学の芸術学院は、文化建設と芸術教育者育成のため、視覚芸術の創作と研究を中心に、美術教師の揺藍として、美術、デザイン、舞台芸術の専門家などの人材を育てながら、人々の芸術鑑賞力と美意識の向上を目指しています。
 優良な伝統をもちつつ、海外とも積極的に交流し、国際芸術展、国際シンポジウムなどを開催し、国際的な世界屈指の大学、学院として注目されております。
 本日は、台湾師範大学より、「芸術学院名誉教授」称号が池田SGI会長に授与されることになり、大変光栄に存じます。
 この授与をもって、文化・教育・芸術の交流を国際的に促進し、世界平和に尽力してこられた池田会長の偉大なる功績を讃えることができるからであります。
 池田会長は、世界的な宗教指導者としての名声を博しておられます。著名な哲学者、教育者、詩人でもあります。
 そして写真芸術にも造詣が深く、探究を続けておられます。
 池田会長は、生涯を賭して、人類の平和の促進を、わが使命とされてきました。
 「人類の団結によって、平和の世紀を建設する」との理念を提唱し、生命の絶対的尊厳の哲学を実践し、世界がより人道的な新しい時代へと向かうように行動してこられた貢献は、実に甚大なものがあります。
 一方、台湾SGIは池田会長の「良き市民として社会貢献を」との教えに基づき実践してこられました。
 特に、会長の支援のもと、2003年より「文化のルーツを探り、台湾美術百年史を築く」をテーマに「創価文化芸術系列展覧」を企画し、80人近くの傑出した影響力を持つ芸術家の作品展を開催してきました。
 実はこれらの芸術家のうち、わが台湾師範大学で教鞭をとっていた人、そして卒業生が25人もいたのです。
 この企画展示によって、台湾の多様多彩な芸術に一本の明瞭かつ意義深い芸術の大河が構築されました。
 台湾SGIは、この活動を長年にわたり民間の力をもって、黙々と推進してこられましたが、これは決して容易なことではありません。
 美術教育を深く広く推進し、台湾全土にある9カ所の芸術文化センターを通し「芸術のコミュティー化、コミュニティーの芸術化」がなされ、芸術を民衆に普及させることによって、人々の美的涵養の向上に大きく貢献されたのです。
 台湾各界の先達は、池田会長のリーダーシップのもと、台湾SGIが人々を啓発する文化・芸術運動を推進してきたことに、一致した賞賛の声を上げています。
 池田会長が生涯を賭けて尽力してこられた文化、教育、平和の理念は、本学が努力を積み重ねてきた全民衆の美術教育向上の精神と全く一致するものであります。
 こうしたことを鑑み、池田会長に「芸術学院名誉教授」称号を授与させていただくことを願うものです。
 池田会長が示される自然の法則と芸術の智慧と深みのある寛容の精神は、本学の教師と学生に人生の新境地と生命の価値創造、英知の鍛錬に多大な啓発を与えてくださると、確信しております。
 今後とも台湾SGIと連携を取りながら、美術教育に尽力し、文化と芸術の薫りで人々の心の壁を取り払い、安楽と平和の社会を構築していくことを心から望んでおります。

王名誉教授の祝辞


台湾SGIの芸術展は美術教育に多大な貢献

 台湾SGIが主催する「創価文化芸術系列展覧」は、本年で10年の節目を迎えました。
 系列展覧は台北市のみならず、各地のSGIの芸術文化センターで開催され、台湾の傑出した画家の作品を広く紹介しています。とりわけ、公立美術館では成し得ない地方での開催は、美術教育に大きな役割を果たしています。
 これにより、各地方の民衆を優美な世界にいざなうと同時に、芸術家に輝かしい誉れを与えています。
 今後、画家の方々は台湾SGIが主催する展示会に大変大きな期待を寄せ、誰もがSGIの美術展覧会のリストに加わりたいと強く望んでいくといってもよいでしょう。
 「美」は、人に幸福感を与え、人々の生活を情趣豊かにし、人生における価値を創造します。
 このような「情操教育」は、東洋の美感教育において最大の機能を果たしています。したがって、台湾では「情操教育」を美感教育の最大の目標として掲げているのです。
 台湾SGIは誕生から50周年を迎えます。長年にわたって池田SGI会長の理念を堅持し、平和、文化、教育の推進に尽力され、芸術の情操教育を通して、地域の民衆の芸術的素養を高めるとともに、さらに積極的に地域社会との調和に努めてこられました。
 台湾SGI主催の芸術文化の展示会は池田会長の創設した日本の「東京富士美術館」による、豊富な経験の継承と協力のもとに行われています。
 また、座談会や学習会等が幅広く開かれ、創価学会の普遍的な人間主義の理念と教育が、継承されていくことを念願してやみません。
 こんにち、台湾師範大学出身の著名な画家の方々は、台湾SGIが池田会長の文化と教育の理念を継承していることに深い感謝の念を抱いております。
 ただ今、台湾師範大学の張国恩学長より特別に、池田会長に「名誉教授」称号が授与されました。
 これは台湾師範大学において第1号となる「芸術学院名誉教授」称号であります(大拍手)。
 謹んで池田会長にお祝い申し上げます。
 同時にまた、台湾SGIが、展示会を開催してくださることに厚く御礼申し上げるとともに、台湾の地に池田会長の美術教育が一層の光彩を放ってゆくものと確信しております。

SGI会長の謝辞(代読)

戦争の根絶へ 教育こそ平和創出の王道
青年の無限の力を信じ抜け


張学長
生ある限り学び続けよ

「青は藍より出でて、而も藍より青し」

師匠より弟子が 先輩より後輩が立派に成長し大業を成せ


 一、「新しきものを建設するには、まず最初に教育である」(外務省調査部編「孫文全集」中巻、原書房=現代表記に改めた)──これは、民衆の幸福を心から願い、命を賭して、新時代の夜明けを開かれた大指導者・孫文先生の確信でありました。
 まさしく、全ては人を育てることから始まります。
 人間を創り、文化を創り、平和と繁栄を創る教育は、人類最優先の聖業といってよいでありましょう。
 そして、1946年の設立以来、孫文先生の心を心として、教育の陽光を輝かせ、黄金の歴史を刻まれてきた殿堂こそ、貴・台湾師範大学であります。
 きょう6月5日、栄光燦たる貴大学の66周年の創立記念日に当たり、私は満腔の敬意と祝意を表させていただきたいのであります。誠におめでとうございます(大拍手)。
 この意義深き日に、光栄にも私は伝統ある貴大学より「名誉教授」の称号を拝受いたしました。
 貴大学の高邁なる校訓である「誠」「正」「勤」「樸《ぼく》」すなわち「誠実」にして「公明正大」、「勤勉」にして「質朴」という学風を、私は深く心に刻みつつ、10万人に広がる貴大学の名誉ある同窓に、謹んで連ならせていただきます。
 とともに、この何ものにも替え難い栄誉を、私は、半世紀にわたって、良き市民として台湾社会の「平和」と「文化」と「教育」に尽くしてこられた、敬愛する台湾SGI(創価学会インタナショナル)の友と分かち合わせていただきたいと願っております。
 心より厚く御礼を申し上げます。誠にありがとうございました(大拍手)。

教育に邁進した人が究極の勝利者
台湾師範教育の父・劉真先生
「慈愛」「忍耐」「熱誠」「懐の深さ」を持て

教育とは「奉仕」
 一、かねてより、私は、若き教育者の友に、「教育に邁進した人が窮極の勝利者なり」と、わが信条を語り、励ましを送ってきました。
 その不滅の模範を、世界の教育界に厳然と示し残してくださった、勝利者の中の大勝利者こそ、「教師の父」そして「台湾師範教育の父」と仰がれゆく、貴大学の第3代学長・劉真《りゅうしん》先生であられます。
 劉先生は、「教育とは奉仕である」との決定《けつじょう》した信念のもと、学生の幸福と成長のために心血を注がれ、貴大学の大発展の礎を揺るぎなく築き上げられました。劉先生が、祝日などにも、わざわざ学生食堂に駆けつけ、学生たちを抱きかかえるように激励され、一人一人を心から大切にされていたことも、よく伺っております。
 後継の教育者たちには、「慈母の如き慈しみの心」「庭師の如き忍耐強さ」「布教者の如き熱誠」さらに「聖哲の如き懐の深さ」を併せ持とうと、呼びかけられておりました。そして、教師自身が教育への喜びに満ち、自らの行動によって、学生を導いていくことを、教えてくださったのであります。
 劉先生の哲学と実践は、これからの「教育の世紀」にとって、かけがえのない宝の指針といってよいでありましょう。
 劉先生は、“戦争の惨禍は軍国主義教育がもたらしたものである。ゆえに戦争を根絶するには、平和の教育をなさねばならない”と喝破されました。
 わが「創価教育」の根幹の精神も、まさに、この一点にあります。
 創始者である牧口常三郎先生は、第2次世界大戦中、日本の軍国主義と勇敢に戦い抜いて、獄死いたしました。
 奇しくも、6月6日は、この牧口先生の生誕141年の誕生日であります。
 平和教育の真髄を体現される貴大学との友情を、牧口先生もさぞかしお喜びであろうと、私は感慨を禁じ得ないのであります。

張学長「失敗や挫折を恐れるな」
 一、貴大学は、現在、張国恩《ちょうこくおん》学長の卓越したリーダーシップのもと、「全人教育」を推進され、アジアの教育界を堂々とリードされております。
 張学長は、常に学生の輪の中に飛び込みながら、「生ある限り、学び続けてこそ、未来に待ち受ける挑戦に打ち勝つことができる」「大切なことは、プラス思考で、勇気をもって創造し、失敗や挫折を恐れないことである」等々、渾身のエールを送っておられます。
 張学長が、最優秀の英才を薫陶されると同時に、「いかなる学生も見捨ててはならない」との教育理念に立つて、「忍耐強く」「懐深く」、大器晩成型の青年たちにも広々とチャンスを開いておられることに、私は深く感嘆する一人であります。
 中国の教育哲学に、「従藍而青」(青は藍より出でて、而も藍より青し)とあります。
 どの青年の生命にも、計り知れない可能性が秘められております。その英知と力を信じ抜き、今日より明日へ、現在から未来へ、いよいよ伸ばしていく。これが、教育の間断なき戦いでありましょう。
 そして、師匠より弟子が、また先輩より後輩が、一段と立派に成長し、大業を成し遂げていく。ここに、教育の尽きることのないロマンがあります。

福島の子ども達に心のケアを
 一、ここで改めて、昨年3月の東日本大震災以来、貴大学をはじめ台湾の皆様方が寄せてくださったあまりにも深き真心に、心から感謝申し上げます。
 貴大学のキャンパスで、いち早く支援活動を開始してくださった様子も、日本で報道され、大きな感動を広げました。
 また、今年の3月にも、貴大学の皆様方は、福島県の子どもたちを招き、森林を一緒に散策し「心のケア」を行うなど、今なお、温かな支援活動を続けてくださっております。このご厚情を私たちは決して忘れることはありません。
 一、貴大学の校歌に、「教育相通ずれば、世界は大同へと進む」と謳われている通り、教育の交流こそ、世界に平和と人道を創出する王道であり、新たな人類の創造性を開拓しゆく大道でありましょう。
 「古典人文の風華《ふうか》」と共に、最先端の「現代科学技術の視野」を奥深く湛えられた貴大学を要として、「生命のルネサンス」へ、躍動する青年の連帯が広がりゆくことを、私は願ってやみません。
 古代ギリシャの哲学者プラトンは、「教育は勝利をもたらします」(森進一訳、『法律(上)」岩波文庫)と論じました。
 人間教育がもたらす、人類の永遠の勝利を目指して、尊敬する先生方とご一緒に、私も力の限り青年たちの希望の道を開いていくことを、ここに固くお誓い申し上げます。
 終わりに、貴・台湾師範大学の永遠無窮の発展と栄光を心よりお祈り申し上げ、私の御礼のごあいさっとさせていただきます。
 謝謝!(大拍手)
2012-06-12 : スピーチ・メッセージ等 :
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牧口初代会長生誕141周年記念提言  「持続可能な地球社会への大道」

牧口初代会長生誕141周年記念提言
「持続可能な地球社会への大道」
          (2012.6.5/6付 聖教新聞)

 きょう6月5日は「世界環境デー」。池田SGI(創価学会インタナショナル)会長は、ブラジルのリオデジャネイロで20日から本会合が始まる国連持続可能な開発会議(リオ+20)に寄せて、「持続可能な地球社会への大道」と題する提言を発表した。あす6日の牧口初代会長生誕141周年の意義も込められた提言では、“できること”の追求から“なすべきこと”の追求への転換を訴えたローマクラブの創始者ペッチェイ博士の警鐘に触れながら、牧口初代会長が提唱した「他のためにし、他を益しつつ自己も益する」人道的競争の現代的意義に言及。環境破壊や災害など、“かけがえのない尊厳”を脅かす危機を乗り越えるためには、一人一人が変革の主体者となって行動することが欠かせないとし、その足場となる「地域」の重要性を、ケニアのマータイ博士が取り組んできた植樹運動を通して浮き彫りにしている。その上で、リオ+20で合意を目指すべき課題を3つの角度から提示。第1に、ミレニアム開発目標に続く新たな共通目標の制定を通し、人道的競争の積極的な推進を呼びかけている。第2に、国連の環境部門と開発部門の統合で「持続可能な地球機構」(仮称)を設立し、市民社会の声を意思決定に反映させる制度の導入を提唱。第3に、「持続可能な開発のための教育の10年」を発展的に継承した枠組みを2015年から開始することを提案。教育の力で人間の可能性を開花させ、希望の未来を民衆の手でつくりあげることを訴えている。

一人一人が「変革」の主体者
希望と勇気の波動の拡大を‼


 ブラジルのリオデジャネイロで行われる国連持続可能な開発会議(リオ+20)に寄せて、世界192カ国・地域のSGIを代表し、所感と提案を述べたいと思います。

「リオ+20」の焦点
 世界では今、5万3000平方㌔(日本の面積の約7分の1に相当)の森林が毎年減っているほか、多くの国で帯水層の枯渇による水不足が生じ、砂漠化の影響も地球の陸地の25%に及んでいます。
 リオでの会議では、こうした目下の課題への対応を念頭に置くだけでなく、テーマに「私たちが望む未来」と掲げられているように、人類と地球のあるべき姿を展望した討議を行うことが大きな焦点となっています。
 同じ地球で暮らす“隣人意識”に根ざした確かなビジョンを打ち立てることが急務ですが、同時に重要になると思われるのが、ビジョンの実現に向けて行動する人々の裾野を着実に広げ、連帯を強めるための挑戦です。
 どれだけ優れたビジョンであっても、市民社会の強力な後押しが不可欠であり、より多くの人々が自分に関わる課題として“共有”し、日々の生き方に“反映”させ、行動の輪が社会に“定着”していってこそ、実効性は高まると思われるからです。
 会議での主要議題は、「持続可能な開発及び貧困根絶の文脈におけるグリーン経済」と「持続可能な開発のための制度的枠組み」となっていますが、どのような新しい経済を模索し、国際的な制度を検討するにせよ、その点を十分に踏まえておかなければ、画竜点睛を欠く恐れがあるのではないでしょうか。
 ゆえに、会議においては、“変革の担い手”となる一人一人をどのようにして育み、その行動を持続的なものにしていくかという点を視野に入れて、議論を深め合うことを呼びかけたい。
 「私たちが望む未来」は、「私たちがつくりあげる未来」との自覚が伴ってこそ、手に届くものにすることができるからです。
 そこで私は、一人一人に備わる無限の可能性を引き出すエンパワーメントの重要性に光を当てながら、「生命の尊厳」を第一とする持続可能な地球社会の建設を目指し、皆が主役となって地域へ社会へと変革の波動を広げていく「万人のリーダーシップ」を確立するための方途について論じたいと思います。

何のための成長か
 この課題を展望した時、私の胸に強く響いてきたのが、国連開発計画のヘレン・クラーク総裁が昨年、リオ+20の意義を踏まえつつ行っていた次の呼びかけです。
 「持続可能性とは、環境だけの問題ではなく、環境が主たる問題でもない。持続可能性とは要するに、私たちが取る行動のすべてが今日の地球上で生きる7億の人々、さらには今後何世紀にもわたって生きる多くの世代に影響を及ぼすという前提のもとに、どのような生き方を私たちが選択するのかという問題である」(横田洋三/秋月弘子/二宮正人監修『人間開発報告書 2011』阪急コミュニケーションズ)
 その意味で、今日叫ばれる「物質的拡大」から「持続可能性」へのパラダイム(思想の枠組み)転換は、経済や環境政策の見直しはもとより、社会や人間のあり方までも根底から問い直す文明論的課題としての性格を帯びています。
 いまだ多くの国で経済成長が優先目標であり続けていることは、考慮しなければならない点ではあります。ただしどの国においても、「何のための成長か」「他に配慮すべきことは何か」を、今回の会議を機に吟味する必要があると思えてなりません。
 その問いかけを、日本のみならず、世界の多くの人々に投げかけたのが、昨年3月の東日本大震災だったのではないでしょうか。
 そこで浮き彫りになったのは、どれだけ目覚ましい経済成長を遂げ、最先端の科学技術が浸透した国でも、被害の拡大を食い止めるのは容易ではないという現実でした。
 また、巨大化した科学技術は目的の如何にかかわらず、時として未曽有の被害──福島での原発事故の場合には、大勢の人々が避難を強いられたことをはじめ、放射能汚染の度合いが強かった地域の環境をどう回復していくかという課題とともに、人々の健康への晩発性の影響が懸念されるなど、取り返しのつかない事態を招くことがあらためて痛感されました。
 大切な人々の命が奪われ、尊厳が傷つけられ、住み慣れた地域の自然や生態系が損なわれる事態は、災害のみならず、環境破壊や紛争などによっても容赦なく引き起こされるものです。特に環境破壊は、温暖化がもたらす気候変動が象徴するように、長い目でみればリスクから無縁であり続けることができる場所は地球上のどこにもなく、将来の世代にまで危険の及ぶ恐れがあります。
 “かけがえのない尊厳”の重みに思いをはせ、社会にとって最も大切なものは何か、皆で力を合わせて守るべきものは何かを見つめ直す──。そうした営為を通じてこそ、「持続可能性」への転換という文明論的課題も、一人一人が生活実感に根ざした等身大のテーマに置き換えて考えることができるようになるのではないでしょうか。
 ゆえに「持続可能性」の追求も、可能な範囲で経済と環境のバランスをとることを模索するといった、政策的な調整にとどまるものであってはならないと強調したい。
 あくまでその核心は、現在から未来の世代にいたるまでのあらゆる人々の尊厳と、地球の生態系のかけがえのなさ──つまり、「生命の尊厳」を何よりも大切にしていく社会を築くために、皆で共に行動する挑戦にあらねばならないと訴えたいのです。

「生命の尊厳」守る生き方が未来の礎に


ペッチェイ博士が鳴らしていた警鐘
 そこで思い起こすのが、ローマクラブの創設を通じて、リオ+20の淵源である国連人間環境会議=注1=にも影響を与えたアウレリオ・ペッチェイ博士が、私との対談集で述べていた言葉です。
 「われわれは自らの力に魅惑され、“なすべきこと”ではなく“できること”をやっており、実際に“なすべきこと”や“なすべきでないこと”に対しても、あるいは人類の新しい状況に潜んでいると考えなければならない道徳的・倫理的規制に対してすらも、なんら配慮することなく、どんどん前進しています」(『二十一世紀への警鐘』、『池田大作全集第4巻』所収)
 このペッチェイ博士の警鐘は、私ども創価学会の牧口常三郎初代会長が『人生地理学』で提起していた問題意識とも通底したものだっただけに、深く共感したことを覚えています。
 牧口初代会長は、弱肉強食の論理のままに他の犠牲を顧みず、“できること”の追求が強行されていた20世紀初頭の世界の姿を、こう描写していました。
 「各々いやしくも利益のある所、すなわち経済的侵略の余地ある所、政治的権力の乗ずべき罅隙《かげき》(=すきま)ある所に向かって虎視眈々たり。さればあたかも気界における現象の低気圧の部分に向かって高気圧部より、空気の流動するが如き現象を国際勢力の上に生ぜり」(以下、『牧口常三郎全集第2巻』第三文明社、現代表記に改めた)
 それから110年近くの歳月を経た現在、どれだけ状況は変わったのか──。
 他国に脅威を与えることで威信を誇示し合う軍拡競争や、貧困や格差の拡大に目を背けた形でのグローバルな経済競争はやむことなく、現代文明の軸足は今なお、倫理的なブレーキが十分に働かないまま、“できること”をどこまでも追い求める思考の磁場から、容易に抜け出せない状態にあるといえましょう。
 最初は十分コントロールできると思い込んでいた欲望が、次々と現実となる中で肥大化し、気がついたら手に負えない状態に陥ってしまう──そんな欲望のスパイラル(連鎖)がもたらしたものこそ、非人道的兵器の最たる存在である核兵器であり、経済成長を最優先させるあまりに各地で急速に広がった環境破壊であり、投機の過熱によるマネーゲームが引き起こした昨今の経済金融危機ではなかったでしょうか。
 昨年3月の福島での原発事故も、災害が引き金になったものとはいえ、核分裂反応の制御による発電にエネルギーの一部を依存することが抱える重大な危険性が、安全神話が叫ばれる中で半ば見過ごされてきたことに問題があったのではないかと思われます。

「グリーン経済」の確立へ国際協力を
人道的競争で文明の基軸を転換


自他共の幸福を目指すビジョン
 もちろんその一方で、“できること”の追求が、人々の健康と福祉面における向上や、衣食住に関する状況の改善をもたらしたり、交通・通信技術の発達によって人やモノの交流が飛躍的な広がりをみせるなど、さまざまな恵みを社会にもたらし、発展の大きな原動力になってきたことも事実です。
 牧口初代会長も、そうした追求自体を否定してはおらず、むしろ競争を通じて人々が切磋琢磨し、活力を引き出し合う点に着目し、「競争の強大なる所これ進歩発達のある所、いやしくも天然、人為の事情によりて自由競争の阻礙せらるる所。これ沈滞、不動、退化の生ずる所なる」との認識を示していました。
 ただしその主眼は、利己主義に基づいて他の犠牲を顧みない軍事的、政治的、経済的競争から脱却し、「自己と共に他の生活をも保護し、増進せしめん」と願い、「他のためにし、他を益しつつ自己も益する」人道的競争へのシフトを促す点にありました。
 これは、欲望の源にある“自分の置かれた状況を何とかしたい”という思いが持つエネルギーを生かしつつ、それをより価値的な目的へと向け直すことで「自他共の幸福」につなげようとするビジョンであり、競争の質的転換を志向したものに他なりません。
 仏法では、その人間精神の内なる変革のダイナミズムについて、「煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり」(御書710ページ)と説いています。いわば、自分を取り巻く状況に対する怒りや悲しみを、他者を傷つけ、貶めるような破壊的な行動に向けるのではなく、自分を含めて多くの人々を苦しめている社会の悪弊や脅威に立ち向かう建設的な行動へと昇華させる中で、社会を「希望」と「勇気」の光明で照らしていく生き方を促しているのです。
 仏法の思想とも響き合う牧口初代会長のビジョンを現代に当てはめてみると、軍事的競争の転換については、「国家の安全保障」だけではなく「人間の安全保障」の理念に基づいて、防災や感染症対策のような分野でどう貢献していくか、切磋琢磨することが一つの例に挙げられましょう。
 “共通の脅威”の克服のために努力し合うことが、どの国にとっても望ましい“共通の利益”となっていくからです。 
 政治的競争についても、これを「ハードパワーによる覇権争い」ではなく、いかに創造的な政策を打ち出し、どれだけ共感を広げるかを競っていく「ソフトパワーの発揮競争」という次元に置き換えていけば、同じような構図が浮かび上がってきます。
 有志国とNGO(非政府組織)が触発し合い、力強い連帯を形づくる中で成立した「対人地雷禁止条約」や「クラスター爆弾禁止条約」などは、その象徴的な例といえましょう。
 これは、軍事目的を理由にした“できること”の追求よりも、人道的に“なすべきこと”を優先させるよう、各国に迫った運動に他ならず、その共感が国際社会に広がったからこそ実現をみたものなのです。
 では、経済的競争において、「他のためにし、他を益しつつ自己も益する」方式へと踏み出す契機となる挑戦は一体何か──。
 私は、リオ+20の主要議題となっている「持続可能な開発及び貧困根絶の文脈におけるグリーン経済」の確立が、まさにその鍵を握っていると訴えたい。
 温室効果ガスの発生を抑える低炭素で資源効率の高い「グリーン経済」への移行を、地球的規模で進めるための方法として、各国の成功体験や技術を蓄積し、他の国々がそれを応用するための支援を行う国際的な制度づくりを求める声が高まっています。
 私は、この制度を会議での合意を経て成立に導き、先駆的な実績を重ねてきた国々が「他のためにし、他を益しつつ自己も益する」行動、そしてさらには、人道的競争の理念を時間軸に開いた「未来のためにし、未来を益しつつ現在も益する」行動に、意欲的に踏み出すことを切に願ってやみません。
 「持続可能性」の追求というと、何かを制限されたり、抑制的な姿勢が求められるといったイメージで受け止められてしまうかもしれませんが、その段階にとどまっていては変革の波動は広がりません。
 資源は有限であっても、人間の可能性は無限であり、人間が創造することのできる価値にも限りがない。その価値の発揮を良い意味で競い合い、世界へ未来へと共に還元していくダイナミックな概念として位置付けてこそ、「持続可能性」の真価は輝くのではないでしょうか。
 「他の国々(人々)のために行動する中で、自国の姿(自分の人生)をより良いものに変えていく」、また、「より良い未来を目指す中で、現在の状況をさらに良いものに変えていく」──その往還作業の中で、「持続可能性」の追求は、互いの“かけがえのない尊厳”を大切にしながら、皆が平和で幸福に生きられる世界の構築へと着実につながっていくと、私は確信するのです。

無力感を乗り越え現実と向き合う
 ここで問われてくるのは、「同じ地球に生きる責任感」であり、「未来への責任感」に他なりません。
 しかし実際には、世界各地で起きている悲惨な出来事や、地球生態系への深刻な脅威をニュースなどで見聞きし、心を痛め、何とかしたいと思っても、次々と起こるそうした出来事を前に、むしろ無力感を募らせてしまう場合が少なくないという現実があります。
 ハーバード大学で文化人類学を共同研究してきたアーサー・クラインマン、ジョーン・クラインマン夫妻は、こう述べています。
 「われわれの時代に蔓延している意識──われわれは複雑な問題を理解することも解決することもできないという意識──は、苦しみの映像の大規模なグローバル化とともに、精神的疲労、共感の枯渇、政治的絶望を生みだしているのである」(坂川雅子訳『他者の苦しみへの責任』みすず書房)
 現代の高度情報社会の陥穽ともいうべき点を突いた鋭い指摘だと思います。
 そのような無力感に自分を埋没させないためには、自らの行動の一つ一つが「確かな手応え」をもって現実変革に向けての前進として感じられる「足場」を持つ以外にありません。
 私は、その足場となるものこそ、「地域」ではないかと考えるものです。
 「同じ地球に生きる責任感」や「未来への責任感」が大切といっても、日常の生活実感を離れて一足飛びに身につけられるものではありません。顔の見える関係や身近な場所で築くことのできないものが、世界や未来といった次元で築けるはずがないのです。
 責任感を意味する英語の「レスポンシビリティ」は、字義的な成り立ちを踏まえると「応答する力」という意味になります。
 今、自分が人生の錨を下ろしている地域での出来事に対し、「応答する力」を粘り強く鍛え上げていく先に、「同じ地球に生きる責任感」や「未来への責任感」を培う道も開けてくるのではないでしょうか。
 かつて私どもSGIが制作を支援し、10年前の南アフリカ共和国での国連環境開発サミットを機に発表された映画「静かなる革命」は、そのモデルともなる各地での民衆による活動に光を当てたものでした。
 地球評議会が制作し、国連環境計画と国連開発計画が協力したこの映画は、インドのニーミ村の水資源改革、スロバキアのゼンプリンスカ湖の汚染防止、ケニアの砂漠化を防ぐ植樹運動を取り上げ、愛する地域や子どもたちの未来を守るために立ち上がった人々の挑戦のドラマを紹介する内容となっています。
 SGIではこれまで55カ国・地域以上で上映を推進する中で、“一人の人間には、世界を変えていく無限の力がある”とのメッセージを発信してきました。


「地域」こそ課題に臨む意志と責任感育む足場

マータイ博士とイチジクの木
 そこで私は、映画でも取り上げられていた、ケニアの環境運動家ワンガリ・マータイ博士によるグリーンベルト運動を手がかりに、地域に根差した民衆の運動が、どのように「未来への責任感」を一人一人の心の中に育んでいったかを浮き彫りにしてみたい。
 昨年惜しくも逝去されたマータイ博士とお会いしたのは、2005年2月のことでした。
 長年の功績をたたえる意義を込め、アメリカ創価大学に博士の名を冠する「イチジクの木」の記念植樹を提案すると、太陽のような周りを包み込む笑顔で喜んでくださったことが、懐かしく思い起こされます。
 マータイ博士にとって「イチジクの木」は、故郷における“かけがえのない尊厳”を象徴するもので、植樹運動に身を投じる大きなきっかけとなったものでした。
 アメリカ留学から帰国した後、家族に会うために故郷に立ち寄った博士は、わずか数年で実家の周りの自然が大きく変貌してしまったことに胸を痛めました。経済優先の風潮が強まり、商業用の耕作地を広げるために森の木々が伐採される中で、幼い頃、母親から神聖な存在として大切にするよう教えられた「イチジクの木」までもが切り倒されていたのです。
 以来、周辺で地滑りが頻繁に起こるようになっただけでなく、きれいな飲み水の水源まで乏しくなった事実にも気づきました。
 その後、環境悪化が引き起こす問題にケニアの多くの女性が日々苦しんでいることを知った博士が、「私たちの課題の解決策は、私たち自身のなかにある」(アンゲリーカ・U・ロイッター/アンネ・リュッファー『ピース・ウーマン』松野泰子・上浦倫人訳、英治出版)との信念で、自分の暮らす地域から始めたのがグリーンベルト運動だったのです。

納得と手応えが参加の輪を広げる

 マータイ博士が「一人ひとりに環境史の流れを変える力があることを証明するもの」(福岡伸一訳『モッタイナイで地球は緑になる』木楽舎)と、誇りをもって語っていたこの運動を通し、特に重要だと思われる点を3つ挙げたいと思います。
 第1は、参加する人々の「納得」と「手応え」をどこまでも大切にしながら、活動の輪を着実に広げてきた点です。
 博士は運動を進めるにあたって行ったセミナーで、直面している問題を皆に次々と挙げてもらい、「こういった問題の原因はどこにあると思いますか?」と聞くと、ほとんどの人が「政府の責任」と答えたといいます(以下、小池百合子訳『UNBOWED へこたれない』小学館)
 それは正しいとしても、政府だけが悪いと考えているうちは、いつまでも状況は改善しない。ゆえに博士は呼びかけました。
 「これはあなたがたの土地なんですよ」
 「あなたがたのものなのに、あなたがたは大事にしていません。土壌の浸食が起こるままにしていますが、あなたがたにも何かできるはずです。木を植えられるじゃないですか」
 また、植樹をしていると、成長の遅さを理由に木を植えたくないと話しかけてくる人が少なからずいる。そんな時、博士は、こう諭してきたといいます。
 「今あなたが切っている木は、あなた自身が植えたのではなく、先人たちが植えたものでしょう」
 「だから、将来この地域に役立つように、私たちは木を植えなければならない。木の苗のように、太陽と良い土壌と豊富な雨があれば、私たちの未来の根っこは地中深くに根づき、希望の大樹は空高く伸びるでしょう」
 どれだけ目的が立派であろうと、納得が伴わなければ、人は動くものではありません。疑問を丁寧に受け止めながら、その一つ一つが氷解するまで心を配り、誠実に言葉をかけ続けてこそ、納得は芽生える。
 こうした粘り強い対話の末に得られた「納得」とともに、運動の成果が目に見える形ではっきりと表れ、参加した一人一人が確かな「手応え」を感じられたからこそ、多くの人々を次々と巻き込むことができたのではないでしょうか。
 博士は語っています。
 「植樹はシンプルで、十分実現でき、そう長くない期間内に確実な成果が得られる活動でもあります。これにより、人々の関心と貢献を維持しつづけることができるのです」
 「ですから私たちは、みんなで3000万本以上の木を植えることで、燃料、食料、集会所、そして子どもの教育費や家計を補う収入を提供してきました。同時にこの活動は、雇用を生み出し、土壌と河川流域を改善してきました」(以下、前掲『ピース・ウーマン』)
 私はここに、人々が無力感や悲愴感にとらわれることなく、むしろ自分の行動が現実の変革につながっている「喜び」と「誇り」をもって活動に連なることができた最大の要因があったと思えてなりません。

人間の可能性を開花させる鍵は自ら決めた「使命」を貫く中に

救われる側から救う側への転換
 続く第2の点は、一人一人の「エンパワーメント」に重点を置き、内在する無限の可能性を引き出す中で、より大きな使命に目覚めて生きることを人々に促してきたことです。
 グリーンベルト運動の成果は、これまで達成された植樹の本数もさることながら、本当の意義は、次の博士の言葉が物語っているように、人々のエンパワーメントにありました。
 「私はいつも、自分たちの活動はただ木を植えるだけのことじゃない、と思ってきました。これは、人々が自分たちの環境や政府、生活、そして未来について責任を持つように啓蒙する活動なんです。私は自分のためだけでなく、もっと大きなもののために働いているんだとわかりました。それを知ってから、私は強くなれたのです」
 つまり、運動に参加した人々、特に農村部の女性たちが、自らの手で植樹や育樹を進める中で、「環境を維持・再生させるか、それとも破壊するのか」という選択権を本当の意味で得ることができた。
 その上で、運動に参加するたびに行われてきた意識啓発の機会を通じて、植樹への取り組みや、森を伐採から守るために行動することが、「『民主主義や社会的良識を尊重し、法律と人権、女性の権利を遵守する社会を作る』という、もっと大きな使命の一部だということを自覚していった」というのです。
 こうして、最初は「薪と衛生的な飲み水がほしい」と博士のもとを訪れていた女性たちが経験を重ねて自信を深める中で、次々と地域のリーダーになり、苗床を管理し、雨水の貯蔵や食糧の確保といった共同体ぐるみのプロジェクトを担うまでになっていった。
 彼女たちの変化にみられる「エンパワーメント」から「リーダーシップの発揮」というプロセスを見るにつけ、仏法の真髄である「法華経」で説かれた、“救いを求める側”から“人々を苦しみから救うために行動する側”への目覚めのドラマが二重写しになって浮かんできます。
 苦しみを根本的に解決する力は、自分の外にあるのではない。内なる無限の可能性に目覚め、それを開花させる中で自身が変わり、周囲の人々をも「幸福」と「安心」の方向へ導いていく──その一人の偉大な蘇生のドラマの中に、自己の苦しみさえも“社会をより良くするための糧”にする道が開けてくると仏法では説くのです。
 仏典には、そうした誓いを固めた一人の女性の言葉が、こう記されています。
 「今後わたくしは、身よりのない者、牢につながれた者、捕縛された者、病気で苦しむ者、思い悩む者、貧しき者、困窮者、大厄にあった人々を見たならば、かれらを救恤(=救援)せずには一歩たりとも退きません」(『勝鬘経』、中村元『現代語訳 大乗仏典3』東京書籍)
 そして、彼女は自ら立てた誓願のままに、生涯、苦悩に沈む人々のための行動を貫き通したのです。
 マータイ博士も、この誓願的生き方と響き合う信念を語っていました。「私たちは、傷ついた地球が回復するのを助けるためにこの世に生を受けたのです」(以下、前掲『ピース・ウーマン』)と。
 つまり、法律のような形で外在的に決められているから行動するのでも、何かの便宜や報酬だけを求めて行動するのでもない。
 また、何かが起これば吹き飛んでしまうような決意でも、誰かの力を頼んで状況の変化を期待して待つような願望でもない。
 誓願的生き方とは、博士が「今後やらなければいけない仕事の膨大さを認識することで、力というより、エネルギーが湧いてくる」と述べているように、どんなに困難な課題でも、それが自分の使命である限り、勇んで前に進もうとする生き方に他なりません。
 地域を舞台にしたエンパワーメントで人々の勇気と智慧を涌現させていく中で、状況の改善のために自ら立ち上がること(リーダーシップの発揮)を促す。そして、皆で力を合わせて“小さな前進”を一つ一つ積み重ねながら、その生き方を自分たちの「誓い」や「使命」として踏み固めていくことが、持続可能性を追求する裾野を地球大に広げていく基盤になると、私は考えるのです。


次代を担う青年たちへ 精神の着実な継承を!

ロートブラット博士が託した思い
 最後に第3の点は、若い世代への励ましと教育を大切にしながら、運動を永続的なものにするために心を砕いてきたことです。
 あるインタビューで、マータイ博士が何かをやろうという時、「私は」ではなく「私たちは」との言い方を常にしてきたことを指摘された時、その理由について博士が語った言葉は、深く胸に残っています。
 「私は、一人では何事も成し遂げられないことを肝に銘じています。とにかくチームワークなんです。一人でやってたら、自分が抜けた後は誰も引き継いでくれない、ということになりかねないのですから」(前掲『モッタイナイで地球は緑になる』)
 確かに、運動を始めることは、一人でも可能かもしれない。しかし目標が大きければ大きいほど、それを成し遂げるためには、長い年月と多くの人々の協力が欠かせません。
 私がこれまで地球的問題群の解決に取り組む世界のリーダーと語り合う中で、避けて通れない課題として浮かび上がってきたのも、いかに運動の精神を世代から世代へと継承させていくかという点でした。
 核兵器と戦争の廃絶のために半生をささげた、パグウォッシュ会議のジョセフ・ロートブラット博士も、その一人です。
 東西冷戦対立の厳しい時代から、国境を超えた科学者グループの精神的連帯を築き上げるために奔走されてきた博士は、70歳になった頃(1979年)、未来を見据えて、若い世代の科学者を対象に、スチューデント・ヤング・パグウォッシュという組織を結成しました。
 かつて、「ラッセル=アインシュタイン宣言」=注2=が発表された時、最も若い署名者が博士でした。晩年、若い科学者たちが「私は、自分が受けた教育を、人類や環境を害すべく意図された、いかなる目的にも用いない」との宣誓の下に、運動の陣列に次々と加わっていく姿を目にした時、博士の胸に去来したものは何だったのか──。
 同じく、師である戸田城聖第2代会長が発表した「原水爆禁止宣言」を胸に、若き日から核兵器廃絶を求める民衆の連帯を広げる努力を重ねてきた私にとって、近年、青年たちが「核兵器禁止条約」の制定を求める227万人もの署名を集めて国連に提出するなど、意欲的な活動に取り組んでいる姿ほど、心強く感じるものはありません。


7本から始まった植樹は今125億本に
 マータイ博士も、各地の学校に育苗園をつくり、子どもたちが植樹に参加できるように働きかけたほか、グリーンベルト運動を通して若い世代が環境保護に取り組むことを支援していました。博士はそうした若い世代への期待を、未来への確信と重ね合わせるように、こう綴っています。
 「どんなに暗雲が垂れこめていようとも、必ずうっすらと差し込む希望の光があるもので、これこそ私たちが探し求めなければならないものだ。そう、私はずっと信じてきた。私たちの代でかなわなくとも、次世代、あるいはさらに次の世代に、希望の光が差してくることを。そしておそらくその世代になれば、もはや光はうっすらとしたものではなくなっているだろう」(前掲『UNBOWED へこたれない』)
 歴史を振り返れば、マータイ博士がグリーンベルト運動の淵源となる7本の木を、仲間たちと共にナイロビ郊外のカムクンジ公園に植えたのは、35年前のきょう6月5日でした。
 以来、植樹運動の輪がケニアの各地で広がり、アフリカ各国にも大きな波動を及ぼす中で、4000万本もの植樹へとつながった。そして2006年からは、国連環境計画などに協力する形で博士らが植樹キャンペーン=注3=を呼びかけた結果、現在まで世界全体で125億本を超える植樹が成し遂げられるまでにいたったのです。
 そして博士が逝去した後も、その数は増加の一途をたどっている……。
 これは、決して奇跡などではありません。“身の回りで起きている危機を何とかしたい”と立ち上がった博士たちの強い思いが、幅広い共感を得る中で、世界の大勢の人々の心を動かし、積み上げられてきた成果に他ならないのです。
 私たちは、こうしたマータイ博士の実践から学びつつ、あらゆる分野において持続可能な地球社会への大道を開く挑戦を、力を合わせて本格的に進めていこうではありませんか。


人類の新たな共通目標を制定

 ここで私は、今回のリオ+20の会議に寄せて、3つの角度から具体的な提案を行いたい。
 1、人類が今後目指すべきビジョンとなり、同じ地球に生きる人間としての行動規範の礎となる、持続可能な未来のための共通目標の制定に着手する。
 1、国連の環境部門と開発部門を統合した新たな国際機関を設立し、「市民社会との協働」を柱に、持続可能な地球社会に向けた取り組みを力強く進める体制の確立を目指す。
 1、一人一人が地域を足場に持続可能性を追求する担い手となれるよう、「エンパワーメント」から「リーダーシップの発揮」までの一貫した意識啓発を進めるための教育枠組みの制定を国連総会に勧告する。

未来のための行動で現在も変える


ミレニアム開発目標に続く挑戦

 第1の提案として、劣悪な環境下での生活を余儀なくされている人々の窮状の改善を求めた国連のミレニアム開発目標の精神を継承しつつ、持続可能な地球社会の建設のために互いにプラスの変化を起こし合うことを志向した、新しい目標の制定を目指すべきであると考えます。
 ミレニアム開発目標は、マクロ的な経済指標の改善に重点を置く旧来の国際的な取り組みと違って、人々の窮状の改善に焦点を当てながら、“2015年までに1日1㌦未満で生活する人々の割合を半減させる”といった形で、明確な期限と数値目標を掲げた点で画期的なものでした。
 現在のところ、極度の貧困に苦しむ人々の割合は2015年までに15%未満に低下し、目標達成が十分見込まれているほか、初等教育の普及が最貧国の間で前進してきたのをはじめ、より安全な水を18億人もの人々が新たに利用できるようになっています。
 ただしそれらの改善も、経済的に最も厳しい生活を送る人々や、性別、年齢、障がい、民族などを理由に社会的に不利な立場に置かれた人々には十分に行き届かない傾向がみられます。今まで以上にきめ細かく、緊急性をもって対処していくことが欠かせません。
 こうした中、2015年以降についても何らかの対応を求める声が高まっており、国連の潘基文事務総長の主導で設置された「地球の持続可能性に関するハイレベル・パネル」の報告書でも、新たに「持続可能な開発目標」を設ける必要性が強調されていました。
 そこでは、目標の方向性を検討する上で、「途上国にとどまらず、全ての国にとっての挑戦を網羅する」「気候変動、生物多様性の保全、災害に伴うリスク削減や復旧をはじめ、ミレニアム開発目標の対象外だった重要課題を組み込む」「各国政府とともに、地域共同体、市民社会、民間セクターを含む、持続可能な開発に関わる全ての人々を活動に取り込む」などの留意点を列挙しています。
 私は今年1月に発表した「SGIの日」記念提言で、リオ+20での合意に、新目標を検討する作業グループを立ち上げて討議を開始することを盛り込むよう提案しました。「持続可能な開発目標」の内容を検討するにあたっては、先ほどの留意点に加える形で、次の2つの理念を反映させていくことを呼びかけたい。
 1つは、より多くの国々や人々が、人道的な方式に基づく競争への質的転換に踏み出せるような、地球益や人類益に根差したビジョンを、目標の柱として位置付けていくことです。
 先に触れた「人間の安全保障」や「ソフトパワー」、また「グリーン経済」などは、その最有力の候補となるものと考えます。
 例えば、国連憲章には「世界の人的及び経済的資源を軍備のために転用することを最も少くして国際の平和及び安全の確立及び維持を促進する」(第26条)との目的が掲げられています。これは全ての国にとっての課題であると同時に、その取り組みが前進すれば、全ての国はおろか、地球上の全ての人々、そして未来の世代にとっても“最上の贈り物”になることは間違いありません。
 また、今年は国連の定めた「すべての人のための持続可能エネルギーの国際年」ですが、この分野で実績のある国々が良い意味で貢献を競い合っていけば、貧困に苦しむ国々も環境負荷を増すことなく、人々の生存・尊厳・生活を支える社会基盤の整備を進めることができる。
 それはそのまま、未来においての環境負荷の大きな軽減にも、必ずつながっていくはずです。
 同じような構造は、リデュース(廃棄物の発生抑制)、リユース(再使用)、リサイクル(再資源化)の「3R」を通じて、循環型社会への転換を目指す活動にも当てはまります。
 新目標の制定を機に、「他のためにし、他を益しつつ自己も益する」行動や「未来のためにし、未来を益しつつ現在も益する」行動のうねりが巻き起こるような項目を内容に反映すべきだと思うのです。

誰もが身近な場で実践できる項目を

 もう1つ、この「人道的競争」の要素と並んで呼びかけたいのは、「地域」を足場に、より多くの人々が自らの行動を通じてプラスの変化を生み出し、その貢献が持続可能な未来につながっていることが実感できる、身近な目を織り込んでいくことです。
 ある意味でミレニアム開発目標は、貧困などの苦しみをどう減らし、生命や尊厳を危険にさらす脅威をいかに取り除くかといった「社会や人々に及ぼすマイナスの影響を可能な限りなくすこと」に重きを置くと同時に、初等教育の普及や教育面での男女格差の解消のように「主として国家の役割が問われる分野」が中心であったといえます。
 こうした努力をさらに強力に進める一方で、「誰もが身近な場所で取り組むことができ、プラスの連鎖を社会に広げることのできる目標」を組み入れていくべきではないでしょうか。
 例えば、緑化や自然保護を地域ぐるみの活動として定着させたり、住民主導で防災や減災のための街づくりを軌道に乗せる取り組みや、周辺地域と連携して地産地消=注4=の割合を高めたり、ゴミの削減や廃棄物のリサイクルを皆で協力して習慣化していく。また、それぞれの風土に適した再生可能エネルギーの導入に積極的に取り組み、環境負荷を低減させていくような、“地域発”の主体的な取り組みです。
 そこで重要となるのは、地方自治体と地域社会の役割であり、とりわけ都市の果たす役割は大きな鍵を握っています。
 世界の都市の面積を合わせても地球の表面の2%にすぎませんが、その都市が地球の資源消費の75%を占め、大気や水の汚染物質と廃棄物の75%を排出しているだけに、世界の都市がどう行動するかが地球の命運を決めるとまで言われているのです。
 ゆえに私は、新目標において特に「都市」に関する項目を設け、いくつかの指標を掲げた上で、自分たちの都市が前年比でどれだけ状況を改善させたのかを確認し合う流れを定着させるとともに、成功事例のノウハウを蓄積し、共有する制度を設けてはどうかと提案したいと思います。
 こうした人々の生き方に則した目標を生み出すには、従来の政府間討議を中心としたアプローチだけでは困難が予想されます。
 ゆえにリオ+20では、市民社会の代表が討議のプロセスに加わることも十分に保障した上で、より多くの人々が「これこそが私たちが果たすべき共通目標である」と納得し、そのために協力したいと思えるような新目標が、会議を契機に打ち立てられることを、強く願うものです。

環境部門と開発部門を統合し21世紀型の国連へ体制を強化


人々の苦しみの解消を最優先に
 続く第2の提案は、リオ+20の中心議題の一つとなっている「持続可能な開発のための制度的枠組み」に関するものです。
 この議題が取り上げられた背景には、多くの国が「持続可能な開発」に関する国連の取り組みの遅れを懸念し、関係諸機関の活動の重複や断片化、資金不足や調整不足などの問題を何らかの形で克服しなければならないとの認識の高まりがあります。
 現状の課題を解消することは急務であるとしても、私は、改革の眼目がその点だけに置かれてはならないと考えます。むしろ今回の改革論議を通し、21世紀の世界の状況に即応した、新しい国連の運営のあり方を確立するために、その先駆的なモデルとなる国際機関の樹立を目指すべきではないかと訴えたいのです。
 具体的には、①国連環境計画や国連開発計画などの関連部門の統合②希望する全ての国の討議への参加③市民社会との協働④青年層の積極的参画、を柱とした大胆な質的転換を伴う改革を果たし、「持続可能な地球機構」(仮称)を設立することを提案したい。
 1つ目のポイントに関しては、国連が昨年、優先課題の筆頭に「インクルーシブで持続可能な開発」を掲げていたように、この問題を考える上で最も重視すべきことはインクルーシブ──全ての人々が参画し、その恩恵を受けることの追求にあります。
 特に恩恵の確保という面から言えば、地球的な課題を“脅威の様相”で区分けし、国連の組織がそれぞれ対策を講じるアプローチでは、個々の改善は図られたとしても、問題が複雑化し相互が関連して危機の連鎖を起こしている現代にあって、人々の苦しみを根本的に解消することは容易ではない。そうではなく、“苦しんでいる人々が何を求めているのか”を出発点にして、尊厳ある生活と人生を送るための基盤づくりを総合的に進める体制を整えることが大切になっていると思われるのです。
 次の2つ目のポイントは、希望する全ての国が意思決定のプロセスに参加できる枠組みづくりです。
 国連環境計画や国連開発計画では、理事会のメンバー国でなければ最終的な意思決定の場に加わることができないという状況があります。しかし、持続可能な開発というテーマの重要性と対象範囲の広さを考える時、希望する全ての国の討議への参加を最優先に考えることが、何よりも欠かせない要件になってくるのではないでしょうか。
 今、国際社会に求められている「行動の共有」は、そうした制度的基盤が保障されていてこそ、より堅固なものとなり、大きな力を発揮するものとなると思うのです。

市民社会との協働を制度に組み込む
 この2つのポイントに加えて、私が最も強調したい改革は、「市民社会との協働」を制度的に組み込み、地球の未来のために行動する「万人のリーダーシップ」の結集軸となる国連機関をつくりだすことです。
 これは、40年前にストックホルムで行われた国連人間環境会議を起点とし、一歩一歩重ねられてきた挑戦の延長線上に、明確な像として姿を結んでくる制度改革に他なりません。
 同会議では政府間会議に並行し、市民社会の代表らによる「NGO(非政府組織)フォーラム」が開催されたほか、政府代表団にNGOのメンバーを加える呼びかけが行われました。
 まさにそれは、主権国家の集合体としての性格が根強い国連の活動に、国連憲章前文の主語となっている“われら民衆”──すなわち、市民社会の声を反映させていく上で重要な一歩といえるものでした。そしてこの会議が、1970年代から80年代にかけて国連が人口や食糧といった地球的問題群をテーマに行った一連の国際会議の方向性を決定づけ、「市民社会の参画」という路線を敷く原点となったのです。
 その伝統の上に画期的な前進を果たしたのが、92年の地球サミットでした。
 国連の会議で初めてサミット(首脳会議)方式を採用したのと同時に、国連との協議資格を得ていないNGOにも一定の条件で参加の道が開かれたほか、科学界や産業界をはじめ、さまざまな人々が参加できる枠組みがつくられました。
 その結果、ストックホルム会議ではわずか2カ国だった首脳の参加が94カ国にまで拡大する一方で、参加するNGOの数も4倍以上に増え、途上国で草の根の活動に取り組むNGOがその半数以上にのぼるなど、「市民社会の参画」は量的にも質的にも大きな前進をみたのです。
 また、地球サミットを契機に、多くの国で政府代表団にNGOのメンバーを加える流れができました。
 私が現在、対談を進めているドイツの環境学者、エルンスト・フォン・ヴァイツゼッカー博士は、地球サミットが開催までのプロセスも含めて、世界の大勢の人々が関わる“巨大なプロジェクト”となったことで得られた成果について、こう評価していました。
 「もしこのようなNGOの推進力と一般市民の圧力がなかったら、すべては何カ国かの政府によって、おきまりの外交として安易にかたづけられ、その結果重要問題に関する『北』と『南』の深い溝は埋まることなく、会議は失敗に終わってしまっていたであろう」(宮本憲一・楠田貢典・佐々木建監訳『地球環境政策』有斐閣)
 このようにして営々と積み上げられてきた成果を基盤に、今回のリオ+20を、「国連と市民社会との協働」を新機構の制度的な柱に組み込む機会とすべきではないでしょうか。
 具体的には、国際労働機関で採用されてきた「三者構成」(各国代表を政府、労働者、使用者の三者で構成)の原則にならう形で、多様な行動主体からなる市民社会の広範な関与を保障する「四者構成」(各国代表を政府、NGO、企業、学術研究機関の四者で構成)の原則の導入を検討することを呼びかけたい。
 国連には現在、企業などビジネス界に関するグローバル・コンパクト=注5=の枠組みと、大学などの高等教育機関に関するアカデミック・インパクト=注6=の枠組みがあり、国連のパートナーとして活動を支援するプロジェクトが立ち上げられています。
 いずれも、それぞれの立場で“なすべきこと”の追求を目指した活動であり、私が先ほど新目標の制定に関して提起したような、地域や社会でプラスの価値を生み出し、世界にプラスの変化を広げることを志向した自発的な取り組みであるといえましょう。
 リオ+20に向けての最初の意見取りまとめの文書でも、「意思決定に広範な人々が参加することは、持続可能な開発の達成のための基本的な前提条件である」と強調されていましたが、まずはこの分野で「国連と市民社会との協働」を具体的な制度として確立させた上で、その実績をもとに他の地球的問題群についても同様の制度の導入を進める流れをつくりだすべきであると提唱したいのです。


世界の青年の力を結集した「未来世代委員会」を創設

将来の世代にまで課題を放置しない
 その上で4つ目のポイントとして提起したいのは、次代を担う若者たちが積極的に関与できる仕組みを設けることです。
 昨秋、国連環境計画が行った国際青年会議に118カ国の1400人の青年が集い、バンドン宣言が採択されました。そこには、「地球の将来──わたしたちの将来──は危機的状況にある。わたしたちは次の世代まで、すなわちリオ+40まで、何も行動せずに待つことはできない」と、自分たちの手で時代変革のための行動に立ち上がる決意が綴られています。
 この宣言に象徴されるような青年の情熱と力を注ぐことで、人類の未来を「希望」の方向へと大きく向けていく“アルキメデスの支点”(物事を動かす急所)となる場を、早急に設けなければなりません。
 そこで私は、世界の青年たちの代表が持続可能な未来のためのオルタナティブ(代替案)を検討し、新機構の毎年の活動方針への諮問などを行う「未来世代委員会」の発足を提案したい。そして、この委員会を軸に、世界各地での若い世代による活動のネットワークの強化を図るべきではないでしょうか。
 青年たちは、変革を求める意識が高いだけでなく、自らの行動で社会に力強い変革の波動を起こすことのできる潜在力を持っています。この青年たちの力を、国連の活動の大きな源泉にできるか──。その成否に人類の未来の一切はかかっていると、私は声を大にして訴えたいのです。
 以上、4つのポイントに基づく改革案を提示しましたが、未来への責任感を果たすためには抜本的改革も厭わないとの覚悟で各国の代表が討議に臨み、後世に輝く合意を実らせることを強く念願するものです。

現実変革に向けた行動を生み出す教育枠組みを2015年から開始

リーダーシップの発揮促す意識啓発
 リオ+20に向けて第3に提案したいのは、一人一人が地域を足場に“かけがえのない尊厳”を大切にする担い手として行動できるよう、「エンパワーメント」から「リーダーシップの発揮」までの一貫した意識啓発を進めるための教育的枠組みの制定です。
 具体的には、現在の「持続可能な開発のための教育の10年」(ESDの10年)を発展的に継承する形で、2015年からの「持続可能な地球社会のための教育プログラム」の開始を求める勧告を、国連総会に行うことを呼びかけたい。
 振り返れば10年前、私は南アフリカ共和国のヨハネスブルクで行われた国連環境開発サミットに寄せて、ESDの10年の制定を提唱する中で、「現状を知り、学ぶ」「生き方を見直す」「行動に踏み出すためのエンパワーメント」の3段階を念頭に置いた、総合的な意識啓発を進めることの重要性を強調しました。
 ESDの10年が2005年にスタートして以来、学校教育の場でも、NGOなどが進めてきた社会教育の場でも、「現状を知り、学ぶ」と「生き方を見直す」という面では、さまざまな工夫がなされ、意識啓発の方法の改善で歓迎すべき前進がみられました。
 しかし、そこから「エンパワーメント」へ、さらにその先の「リーダーシップの発揮」へとつなぐ流れをつくりださずして、現実を変革する力を大きく生み出すことはできません。
 ゆえにESDの10年の後継枠組みでは、特にこの部分のプロセスを重視し、生涯を通じて“変革の主体者”となり、“周囲に希望の波動を広げる存在”であり続けられる人々をどれだけ育てていくかに主眼を置くべきであると訴えたい。
 SGIが地球憲章委員会と共同制作し、2002年の国連環境開発サミットでの展示以来、27カ国・地域で開催してきた「変革の種子──地球憲章と人間の可能性」展や、その内容を改定して2010年から行ってきた「希望の種子──持続可能性のビジョンと変革へのステップ」展が、何より心がけてきたのも、意識の啓発だけに終わらせず、「エンパワーメント」の触媒となり、「リーダーシップの発揮」を促す一つの契機になることでした。

郷土で日々培う「共生の生命感覚」が世界市民意識を大きく育む源泉に

100年前に郷土科を提唱した牧口会長
 確かにそれは容易ならざる挑戦でしょう。しかし、挑戦を前に進ませる鍵は、先に触れたマータイ博士の実践が示す通り、「地域」を足場にした教育にあると、私は確信しています。
 博士は、こんな含蓄に富む言葉を残しています。
 「教育というものに意味があるとしたら、人を土地から引き離すのではなく、土地に対してより多くの敬意をもつように教え込むものであるべきだ。なぜならば、教育を受けた人は、失われつつあるものがわかる立場にあるのだから」(小池百合子訳『UNBOWED へこたれない』小学館)
 こうした自分たちが暮らす土地に根差した教育の大切さを、100年前に訴えていたのが、人間教育の実践と探究に生涯をささげた牧口初代会長でした。
 「地を離れて人無く人を離れて事無し」との思想を背景としながら、あらゆる学科の中心軸──いわゆるコア・カリキュラムに、子どもたちが実際に生活している地域の風土や営みを“生きた教材”として学ぶ「郷土科」を据えることを提唱したのであります。
 それは、山や川がもたらす地理的な影響や、森や海の生きものとの生態的なつながりを概論的に学び、自然一般についての知識を広げるような「博物科等の材料の如き、自由に一つ一つ持ち運びのできる孤立的のもの」(以下、『牧口常三郎全集第3巻』第三文明社、現代表記に改めた)を習得することを念頭に置いてはいません。
 「郷土における自然界、人事界の複雑多方面なる勢力、関係に影響せられて吾らが生長発育せしものなることを明瞭に自覚するように、四周の天然人為の森羅万象を観察せしめ、その各事物、相互間における美妙なる関係を認識」することで、土地と人間の切っても切れない絆を日々の生活に基づいて実感として学び、自己の存在基盤をなす“かけがえのないもの”として郷土を大切に思う心を育む中で、有形無形の恩に対する思いを自身の行動に還元していく生き方を促すことを目指したものです。
 牧口初代会長はすでに『人生地理学』の段階で、「慈愛、好意、友誼、親切、真摯、質朴等の高尚なる心情の涵養は郷里を外にして容易に得べからざることや」と指摘する一方で、「人間が他日大社会に出でて、開かるべき智徳の大要は実にこの小世界に網羅しつくせり。もし能く精細に周囲の事物を観察せんか、他日世界を了解すべき原理はここに確定せらるべし」(以下、『牧口常三郎全集第1巻』第三文明社、現代表記に改めた)と強調し、広く社会や世界を動かしているさまざまな原理が身近な姿を通して展開される集約的な場として、郷土を位置付けていました。
 この認識に基づいて提唱された郷土科は、郷土と自分との交わりを通じて培った「共生の生命感覚」を基礎に、良き郷土民として生きるだけでなく、その延長線上において、広く社会のため、国家のため、さらには人類のために貢献する生き方の萌芽を育むことまで射程に入れた教育に他ならなかったのです。
 牧口初代会長は郷土を、生まれ故郷としての概念に狭めることなく、自分が暮らし、歩き、さまざまな出来事を直接見聞きし、その一つ一つに胸が動かされる場所──いわば、今現在の生活の立脚点となっている「地域」の意味として幅広く捉えていました。
 この郷土民としての自覚が、「生命を世界に懸け、世界をわが家となし、万国を吾人の活動区域となしつつあることを知る」という世界市民意識の礎になると考えていたのです。


目覚めた民衆の力強い連帯こそ地球的課題を乗り越える原動力


「地域」を舞台に生涯学習を推進
 こうした牧口初代会長の洞察を踏まえ、私は、ESDの10年から新たな枠組みへと続く活動の中で、「地域」を足場にした教育を進めるために、今後ますます重要になると思われる3つの観点を提起したい。
 1、地域の風土や歴史を知識として学ぶだけでなく、そこで育まれてきた郷土を愛し大切に思う心を受け継ぐための教育。
 1、地域の人々の生産や経済活動を含め、自分を取り巻く環境がもたらす恩恵を胸に刻み、その感謝の思いを日々の行動に還元することを促す教育。
 1、これから生まれてくる世代のために何を守り、どんな社会を築けばよいのか、地域の課題として共に考え、自身の生き方の柱に据えていくための教育。
 この取り組みを学校教育の場で進めるだけでなく、あらゆる世代や立場の人たちを含める形で「地域を舞台に共に学び合う機会」を社会で積極的に設けることが必要でしょう。
 それがそのまま、地域全体を巻き込む形で、さまざまな人々の思いを共有し合う場となり、世代から世代へと思いを受け継がせていく「生涯学習」の場になっていくと思うのです。
 また、子どもたちが主役となって地域の自然環境を守り、持続可能な地域づくりを進める活動を定期的に行う中で、大人の目線では見過ごされがちな課題や問題点を洗い出し、率直な指摘や改善のための提案を行う場を設けることも有益ではないでしょうか。
 マータイ博士が、幼い頃から故郷のシンボルとして大事にしてきたイチジクの木が失われてしまったことを契機に、地域が直面している危機を鋭く感じ取ったように、さまざまな脅威が最悪の状況にいたる前の“わずかな変化の兆し”に気付くことができ、その進行を押しとどめるために人々が協力して立ち上がることのできる最前線が「地域」に他なりません。
 グローバルな危機も元をたどっていけば、各地で起こった問題が負の連鎖を起こし、深刻さを増す中で、いつのまにか手に負えない猛威と化してきた側面があります。その一方で、グローバルな危機を放置しておけば、新たな問題や脅威が地域にふりかかってくる恐れも十分にあるのです。
 であるならば、わずかな変化や問題の兆候が表れやすい地域で、一人一人がその意味を敏感に感じ取り、心の痛みを決意に変えて、できることから行動を始めていく。そして、共々に地域の“防風林”としての役割を担い、また、地域同士で横の連帯を広げてグローバルな脅威の拡大に歯止めをかけつつ、持続可能な地球社会の大道を開く地域づくりを、一つまた一つと堅実に推し進めていこうではありませんか。


未来を開くための比類なき世襲財産

 以上、リオ+20に向けて提案を行いましたが、「共通目標の制定」や「制度改革」に加えて、「教育枠組みの推進」をセットにしたのは、生涯を通じて“変革の主体者”となり、“周囲に希望の波動を広げる存在”となる人々の育成こそが、持続可能な地球社会を築く挑戦の生命線であると考えるからです。
 まさに人類と地球の未来がかかっている重要な会議を目前に控え、私の胸に再びよみがえってくるのは、ローマクラブのペッチェイ博士の言葉であります。
 「一人一人の人間には、これまで眠ったままに放置されてきた、しかし、この悪化しつつある人類の状態を是正するために発揮し、活用することのできる資質や能力が、本然的に備わっている」「この人類の潜在能力は、いざというときの切り札として、局面の逆転を助けてくれるはずです。われわれはまだこの能力を甚だしく浪費し、誤用していますが、最も有能で幸運な人々から最も貧しい底辺の人々にいたるあらゆる人間に本来備わっている、この生得の、活気に満ちた、豊かな資質と知性こそは、人類の比類なき世襲財産なのです」(『二十一世紀への警鐘』、『池田大作全集第4巻』所収)
 博士が着目していた、全ての人々の持つ無限の可能性という「人類の比類なき世襲財産」を、持続可能な地球社会の建設という未曽有の挑戦のために生かす最大の原動力となるのが、教育に他なりません。
 教育は、どんな場所でも、どんな集まりでも実践でき、あらゆる人々が主体的に関わることのできるものです。そして、すぐには目に見えた結果が表れなくても、じっくり社会に根を張り、世代から世代へと受け継がれるたびに輝きを増していく──。
 私どもSGIが、どのような地球的問題群の解決を目指す上でも、「民衆の民衆による民衆のためのエンパワーメント」を運動の根幹に据えてきた理由は、その点にあります。
 持続可能な未来を共に考えるための対話のフォーラムとして開催してきた展示会のタイトルを、「希望の種子」や「変革の種子」と名付けたのも、仏典に「物たね(種)と申すもの一なれども植えぬれば多くとなり」(御書971ページ)とあるように、一人一人の胸に種を植えていくことが時代変革の直道であると固く信じてきたからでした。
 また、多くの国々で環境を保全するための活動に取り組む際も教育的な観点を重視してきました。今年で開設20周年を迎えるブラジルSGIの「アマゾン自然環境保護センター」でも、熱帯雨林再生プロジェクトに取り組む一方、持続可能な社会づくりを住民主導で進めることを、教育の力で後押ししてきました。
 こうした活動などを通じて、私が友情を深めてきた一人に、ブラジルを代表する詩人のチアゴ・デ・メロ氏がいます。
 リオ+20に向けての提言を締めくくるにあたり、“地球の肺”と呼ばれるアマゾンの大切な自然を守るために戦い続けてこられたメロ氏の言葉をもって結びとしたい。その言葉とは、97年4月に再会した折に、メロ氏が私に贈ってくださった即興詩です。
 「私は、愛を武器として、謳いながら働く。あすの建設のために。
 愛は全てを与える。私は希望を分かち合い、新たな生命の光を植えていく。
 時には、炎が立ちのぼるアンデスの峰で、わが友愛の心の叫びが封じ込められようとした。だが私は、その炎を乗り越えて、今も謳い続ける。
 新しい道などないのだ。あるのは、ただ、新しい歩み方だけだ。
 不遇な人々の痛みをわが痛みとし、空腹で眠る子どもたちの悪夢に同苦しながら、私は学んだ。この地球は、自分だけのものではないということを。
 そして、私が学んだ最も大切なこと。それは、わが命が尽きる前に、変えるべきことを変えるために行動することである。
 一人一人が自分らしく、自分の立場で──」


語句の解説
注1 国連人間環境会議
 1972年6月にストックホルムで開催された国連の会議。「かけがえのない地球」を合言葉に、環境問題が初めて世界的規模で総合的に議論される場となり、人間環境宣言や国際環境協力に関する行動計画などが採択された。同年、これらの合意を実施に移すために「国連環境計画」が設立されたほか、会議が行われた6月5日が「世界環境デー」に定められた。

注2 ラッセル=アインシュタイン宣言
 哲学者のラッセルと物理学者のアインシュタインを中心に湯川秀樹など11人が1955年7月に署名した宣言。核兵器による人類の危機を克服するため、人間性に基づく新たな思考への転換を呼びかけている。その精神を踏まえて57年に結成されたのがパグウォッシュ会議で、科学者の良心の訴えを通じて核兵器と戦争のない世界を求めてきた運動は高く評価されている。

注3 植樹キャンペーン
 2006年11月、国連気候変動枠組条約の第12回締約国会議を契機に、国連環境計画などが始めた運動。当初の目標だった10億本の植樹は、5歳から80歳まで幅広い年齢層が参加する中、開始から1年を待たずに達成された。その後も運動は継続され、参加の輪が193カ国に拡大する中、125億本もの植樹が実現している。

注4 地産地消
 地元で生産されたものを地元で消費することを目指す取り組み。食料品の産地と消費地をつなぐ輸送距離が短縮されれば、その分、環境負荷の軽減も進むことから、地産地消の割合を高める重要性が叫ばれてきた。食に対する安全・安心志向の高まりを背景に、消費者と生産者の相互理解を深める活動としても期待されている。

注5 グローバル・コンパクト
 国連のアナン事務総長(当時)の提唱で、2000年7月に発足した国際的なイニシアチブ。人権、労働基準、環境、腐敗防止の4分野における10原則が定められ、賛同した企業や団体は自発的な取り組みを進める一方で、説明責任が求められるようになっている。これまで140カ国、1万以上に及ぶ企業や団体が参加している。

注6 アカデミック・インパクト
 国連と教育機関を結びつけることを目的に、国連の潘基文事務総長が提唱し、2009年から本格化したグローバルな取り組み。賛同した世界の高等教育機関(主に大学)には、人権、識字能力、持続可能性、紛争解決の4分野における10原則のうち、毎年少なくとも一つの原則を積極的に支持した活動を進めることが求められる。「知的分野の社会的責任」を確立するための試みとして注目されている。
2012-06-06 : 提言/寄稿/インタビュー等 :
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