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南米・ボリビア多民族国 私立サンタクルス工科大学「名誉博士号」授与式への謝辞

南米・ボリビア多民族国 私立サンタクルス工科大学「名誉博士号」授与式への謝辞
         (2012.3.28 創価大学本部棟)

 南米・ボリビア多民族国の「私立サンタクルス工科大学」から、創価大学創立者の池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長に、名誉博士号が贈られた。人間主義の思想を基にした、平和と教育への世界的貢献を讃えるもの。授与式は28日、東京・八王子市の創大本部棟で行われ、アントニオ・カルバロ総長、フアン・マルティネス教授(元教育大臣)、ボリビア多民族国大使館のルイス・マサハル・ヒガ・トミタ駐日大使夫妻らが出席した。

カルバロ総長の授与の辞

池田博士は人間の蘇生へ行動

友愛の絆を創出する指導者

 「南米大陸の心臓部」と呼ばれるボリビアの、私立サンタクルス工科大学の運営協議会、評議員会、理事会、教職員、学生を代表し、本学の最上位の学位である「名誉博士号」を池田大作博士に授与させていただきますことは、大変な栄誉であります。
 本学は17年の歴史を有し、経営学部、科学技術学部、法・社会学学部において、幅広い教養と科学技術の知識、確固たる価値観を兼ね備えたプロフェッショナルを育成するという崇高な事業を推進してまいりました。名誉博士号の性質と、それに要求されるレベルの厳格さに鑑み、本日の授与式は、わが大学の歴史において、特別な出来事なのであります(大拍手)。
 科学技術が進歩し、人々がより良い生活への機会を求め、我々の社会の大部分を物質主義が支配している21世紀において、新しい人間主義を目指した池田博士の不断のご尽力とリーダーシップは傑出しております。
 池田博士はご自身の活動と思想によって、万物の基軸たる人間の救済、蘇生、そして、人間の存在意義を見直すことを促進されています。博士の講演や著作に触れる時、私どもは非人間化し、個人主義化した社会に飲み込まれ、侮辱され、屈服させられた人々のために、具体的な行動を起こしたいとの思いに駆られます。
 さらに、そうした講演や著作は、知性と情緒を兼ね備え、かつ理性的で、とりわけ精神的な存在であるところの人間の尊厳を取り戻すように、私たちの意識を喚起し、それにふさわしい行動を起こさせてくれるのです。
 池田博士はご自身の考察を通して、男性にも女性にも、踏みにじられた人間性を取り戻すよう訴えています。一切差別がなく、基本的人権が認められ、社会に対する義務を有した市民であると感じる確かさと、至高の存在に対する信仰を持った新しい人間をつくり上げていくよう求めているのです。
 成功裏に自己実現を達成するためには、すべての個人に自由とチャンスを保障することが必要です。自己実現において決定的なことは、教育の権利を得ることであるのは疑いありません。
 教育は、池田博士が生涯にわたって追求されてきた改革運動の一つであり、もし博士が教育事業に成功を収めていなかったとしたら、本日、私たちは、その改革運動の成果の一つである創価大学に、このように集うことはできなかったでしょう。
 池田大作博士は、その模範の業績と人間主義によって、私立サンタクルス工科大学の使命と理念を体現されています。それらは、「進取と貢献の教育」という本学のモットーに要約されています。
 今日、私立サンタクルス工科大学は、思想、知識、人間主義、国内外の出来事の分析、開発途上国の青年の総合教育の殿堂として、増大する政治・経済・社会的な変化を前に、現在と未来の世代に恩恵を与えられるよう、私たちの環境を変える可能性が存在することを認識しています。その一つの模範が、人間が調和し平和に生きることを希求された池田博士の間断なきご闘争です。
 実際、平和と友愛の絆の創出を目指す世界的リーダーとしての池田大作博士の人生は、示唆に富み、私たちの学生・教職員・その他、大学に携わる人々や指導者にとっての行動の模範であります。向上心、努力、粘り強さ、真実性、卓越した奉仕に貫かれた博士のご行動は、まさに人類の歴史における偉業なのであります。
 これらの美徳は、博士の哲学的また教育的な著作や、博士の人間主義の思想と行動に表れており、それ故、創価学会インタナショナル会長という重要な立場を担われるようになり、創価大学を創立されるに至ったことは明らかであります。
 本日の荘厳な式典においても、山本学長をはじめとする教職員ならびに学生の皆さま方は、私どもを温かく迎え入れてくださいました。
 私立サンタクルス工科大学の学生・教職員一同を代表し、池田大作博士への「名誉博士」の学位記、ならびに学位記の盾、記念メダル、決議書を、山本学長に授与させていただきます。
 どうぞ、池田博士に、私どもが博士のご健勝をお祈り申し上げておりますことをお伝えください。
 また、博士が開始され、展開してこられた事業は何世代にもわたる人類の遺産であり、人類に対する計り知れない貴重な貢献であることをお伝えください。
 さらに、現在と未来の人類のため、そして正義と基本的人権のための池田博士の不断のご闘争の成果は、永久に賞讃されると確信しておりますことをお伝えください。
 本日は、誠にありがとうございました(大拍手)。

SGI会長の謝辞
(代読)

教育こそ共生の未来を育てる大地

サンタクルスの歴史家
「一人立て」「人々を助けよ」
進取と貢献が青年の生きる道

 一、私の憧れの都サンタクルスは、明るく陽気な人々の、伝説的なまでに温かな「ホスピタリティ(歓待)の心」が光る天地であります。
 それは、人間を慈しみ、人間を大切にする「ヒューマニズムの心」にほかなりません。
 文豪ルベロ・カルバロ翁は詠いました。
 「この地の人々の手には
 誠実で透明な慎ましさがあり
 友愛の温もりがある……
 私の愛するサンタクルスよ!」
 わが創価大学にも、世界からの賓客を真心込めてお迎えし、学び合い、磨き合い、高め合う「創価ホスピタリティ」が脈打っております。
 本来であれば、こちらから参上すべきところ、最も遠い南米から遠路をいとわずおいでくださった偉大な先生方を、私たちは満腔の感謝を込めて、熱烈に歓迎申し上げたいのであります(大拍手)。

「忍耐」と「粘り」
 一、貴国ボリビア、なかんずくサンタクルス地域は、日本から多くの先人が移住して、開拓の言い知れぬ辛労を重ねながら、両国友好の尊き道を切り開いてこられた縁《えにし》の地でもあります。
 私は、そのご苦労の一端を、小説『新・人間革命』にも書き留めさせていただきました。
 ボリビアの方々の二つの大きな特長として、「忍耐」と「粘り強さ」が挙げられますが、それはまた、日系移民の方々の心意気そのものでもありましょう。
 きょう、お迎え申し上げたヒガ大使のご両親も、オキナワ移住地に入られた誉れ高き開拓者であられます。その尊き父君・母君のお心を受け継ぎ、両国を結ぶ平和の翼として活躍される大使ご夫妻に、私の近しい沖縄の友人たちからも、「どうか、くれぐれもよろしくお伝えください」と伝言を託されております。
 本当に、ようこそ、お越しくださいました(大拍手)。
 一、明後2014年には、ボリビアと日本両国の外交関係樹立から、100周年の佳節を迎えます。
 本日は、わが敬愛するボリビアSGI(創価学会インタナショナル)の代表も出席してくれております。
 光栄にも、貴国の名門学府・私立サンタクルス工科大学より賜りました栄誉を、私は何にもまして、ボリビアでよき市民として貢献する創価の友と分かち合わせていただきたいのであります。
 そして、さらなる平和友好への決意をもって、謹んで受けさせていただきます。
 誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

花よりも根っこを見よ
ボリビアの大詩人
大空高く花は咲く。しかし木は黒い大地に根を張っている

青年よ、行動で明日を変えよ
 一、貴国の目覚ましい大発展を担い立つ、科学、とりわけ理工学の一大拠点たる貴大学は、創立以来、時代の要請に応え得る、力ある逸材を陸続と送り出してこられました。
 さらに今、最先端の技術を導入した教育環境を一段と整備され、国内外の大学との連携を強化され、国際性をますます高められております。
 この科学と教育の大城を築き上げるまで、創立者であられるハジャリご一家、そしてハジャリ理事長、カルバ口総長、マルティネス教授を先頭に、関係者の先生方が、どれほど厳しい試練を勝ち越えてこられたことか。
 私も大学を創立した人間として、命を賭した建学の戦いは、痛いほど胸に迫ります。
 私たちは、最大の尊敬を込めて、大拍手をお送りしたいのであります(大拍手)。
 一、貴大学に学ぶ若き英才たちが深く心に刻んできたのは、「進取」そして「貢献」という校訓であります。
 この人生勝利の両翼ともいうべき明快な理念に、私は、サンタクルスが生んだ高邁な歴史学者バスケス・マチカド兄弟の叫びを思い起こすのであります。
 「自立し、すべてを自ら勝ち取るのだ」
 「人々を助けながら、自らは一人立つのだ。そこにこそ、充実の人生があり、大きな視野で社会に豊かさをもたらす生き方がある」──と。
 一、昨日(27日)、ご訪問いただいた創価学園においても、校訓に「進取の気性に富み、栄光ある日本の指導者、世界の指導者に育て」と掲げてきました。
 この「進取」と「貢献」の模範を示され、「社会変革の使者」として、青年の道を切り開いておられるのが、カルバロ総長であられます。
 「今日、学んでいる青年たちが、その行動で明日の世界を変えるのだ」との信念の獅子吼は、私の胸に響いて離れません。
 総長の生き生きとした、はつらつたる指揮のもと、貴大学は卓越した専門教育とともに、総合的な人間教育にも力を注いでおられます。
 総長も、また私も敬愛してやまない貴国の大詩人フランツ・タマーヨは語っております。
 「時に金色と輝き、時に蒼穹と広がる大空に、どんなに高く花を咲かせても、樹木は必ず黒く謙虚な大地に根を張っている」
 人はともすれば、目に見える花に心を奪われます。
 しかし、見逃してはならないのは、それを支える根っこの力です。大地の存在です。
 「ルネサンスの巨人」レオナルド・ダ・ヴィンチが描き残した大樹の壁画においても、根っこの部分が最もすさまじい迫力で描かれております。
 教育こそ、多種多彩な花を万朶と咲かせゆく根っこであり、大地であります。
 真の教育者とは、喜び勇んで、その目に見えない根っことなり、大地となって青年を育てる覚悟を持つ人の異名とはいえないでしょうか。

ペッチェイ博士
人間の生命の大地にこそ地球最大の資源がある

希望の大国

 一、私は、世界の教育界の鑑であり宝であられるマルティネス教授の朗らかな確信に、強く共鳴する一人であります。
 それは、「教育の光を受けた学生には、明るさがあり、生命力があります。きっと私が120歳になっても、学生の明るさと生命力で25歳の精神のままでいられることでしょう」とのお言葉であります。
 教育は、まさしく永遠の生命力の源泉であり、無窮の創造力の光源なのであります。
 一、貴国ボリビアの大地には、世界含有量の半分とされる貴重なリチウムをはじめ、数々の地下資源が豊富に埋蔵されております。
 とともに、貴大学の優秀な学生を筆頭に、貴国には、学び伸びゆく青年群が躍動しております。
 きょうの式典にも、貴国をはじめ南米から留学されている、素晴らしい英才の皆さんが参加してくださっております。
 人類の共生の未来を共に展望した、ローマクラブの創設者ペッチェイ博士と私が、深く一致した信条があります。それは、「人間の生命の大地にこそ、再生も拡大も可能な地球最大の資源がある」という一点であります。
 雄大な自然に恵まれ、悠久の歴史を湛え、そして教育に力を注がれる貴国は、いよいよ輝きわたる21世紀の希望の大国なりと、私は声を大にして申し上げたいのであります(大拍手)。

友愛の旗を!
 一、貴大学の建学の精神には、「多様性における団結」との理念が流れ通っております。
 東洋の英知の哲学にも「異体同心」とあります。
 今、一体化と分断の両極に揺れる地球社会で、平和と共生の時代を断固と志向し、優れた世界市民をいやまして育成していかねばなりません。
 この貴大学との強き連帯の思いを、私は、サンタクルス出身の作家ペラルタ・ソルコの言葉に託させていただきます。
 「我々は、世界の人々が手に持つ、連帯の花飾りの花々に視線を置き、信仰、宗教、人種の違いなどない友愛の旗を掲げましょう」
 「そうすれば、兄弟となった人々は、太鼓とラッパの音色に呼応し、皆が団結をし、正義と自由、権利の目的に勝利するでありましょう!」
 一、美しきボリビア多民族国の永遠のご繁栄と、私立サンタクルス工科大学の無限のご発展、そしてご臨席いただいた全ての皆さま方のますますのご健勝を心よりお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
 ムーチャス・グラシアス!(大変にありがとうございました)(大拍手)。
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2012-03-31 : スピーチ・メッセージ等 :
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若き君へ 新時代の主役に語る 第3回

若き君へ 新時代の主役に語る

第3回 人間を結べ! つながりは力
             (2012.3.27/28/29付 聖教新聞)

これまで以上に幸福に!

最も苦しむ人の心に、寄り添い続けるのが仏

 ──東日本大震災から1年、被災地の同志は、池田先生が震災直後から贈り続けてくださった励ましを抱きしめ、苦難に耐えて、厳しい現実と戦ってきました。
 東北は、聖教新聞の拡大でも全国模範の拡大を成し遂げました。「師匠の大激励に、せめてもの恩返しを」との思いから、皆で頑張った結晶です。新入会の友も相次ぎ誕生し、東北から新たな広布のうねりが巻き起こっています。

名誉会長 東北の尊き同志の奮闘は、よく、伺っています。本当にありがたいことです。
 先日(3月18日)、宮城県、岩手県、福島県を中心に行われた「青年教学1級」の追加試験にも、真剣に取り組み、実に立派な歴史を残してくれました。これも、「行学の二道」の鑑として、必ずや光り輝いていくでしょう。
 日蓮大聖人は、「大難《だいなん》来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(御書1448ページ)と言われました。
 何ものも恐れない、何ものにも屈しない。どんな苦しみも喜びに変えられる──この信心こそ、究極の「心の財」です。
 東北の同志は、未曽有の苦難に、“今こそ信心だ”と歯を食いしばって、不屈の魂で立ち上がられた。この金剛不壊の信心という「心の財」に、黄金の如くダイヤモンドの如く、無量の輝きが備わっていくのです。負けない心、たくましい生命力、広々とした境涯、豊かな福運、みずみずしい智慧、温かな人間性……要するに、風雪を越えた堂々たる人格です。
 そうした人格に触れれば、皆がほっとする。安堵する。希望が湧いてくる。元気になる。
 人に希望を贈ると、自分の希望は減るだろうか。相手が明るくなった姿に、自分もまた力をもらうはずです。それは、「心の財」を分かち合っているからでしょう。「心の財」は、分かち合えば合うほど、増えるのです。
 南米チリの大詩人ネルーダは、「人間とのつながりは、私を豊かにしてくれる大地」と謳っています。大地震で苦しんだチリの同志も、火山灰の被害が広がった隣のアルゼンチンの同志も、皆で手を携えて乗り越えています。
 励まし合い、支え合い、分かち合うなかでこそ、「心の財」は、よりいっそう輝きを増すのです。
 東北の同志は「心の財」の大長者です。人と人のつながりを一段と強め、さらに広げて大偉業の歴史を残しておられる。
 大聖人が、どれほど誉め讃えてくださっていることか。
 私の胸には、「未来までの・ものがたりなに事か・これにすぎ候べき」(同1086ページ)との御文が、東北の団結への御賞讃として響いてきます。
 「信心は東北に学べ!」という時代が来ました。
 御聖訓には「蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり」「心の財をつませ給うべし」(同1173ページ)と仰せです。
 「心の財第一」で生き抜かれてきた東北家族の福徳は無量無辺です。
        †
 ──今月は、春季彼岸勤行法要が、全国の主要な会館、墓園・納骨堂などで厳粛に行われました。
 震災で犠牲になった全ての方への追善とともに、被害を受けた方々の安穏、被災地域の復興を真剣に祈念する会座となりました。

名誉会長 「常彼岸」「常盆」と言われるように、私たちは毎日の勤行・唱題で、朝な夕なに、亡き家族も先祖も追善しております。これほど深い孝養はありません。
 私と妻も、東北の同志の健康と長寿と勝利、そして1日も早い復興を強盛に祈り抜いています。
 大聖人は、家族を亡くした門下に、温かな励ましを贈り続けてくださいました。
 南条時光の弟である七郎五郎が16歳の若さで亡くなった時には、母の上野尼御前に真心の手紙を送り、共に悲しまれ、同苦された。
 亡くなってから1年以上、大聖人が、御自身の最期まで、一人の青年を追悼された御手紙は、分かっているだけで、10通近くになります。
 肉親を亡くした悲嘆、とりわけ、わが子を亡くした母の悲しみは、時とともに薄れたりはしないことを、ご存じだったと拝されてなりません。
 最も苦しんでいる人、最も苦労している人の心に、ずっと寄り添う。これが御本仏のお心です。学会精神であり、東北の心意気です。
 「上野殿母御前御返事」では「(七郎五郎殿は)南無妙法蓮華経と唱えて仏になられたのです」(同1570ページ、通解)と断言されるとともに、こう綴られています。
 「悲母であるあなたがわが子を恋しくお思いなら、南無妙法蓮華経とお唱えになって、亡き夫の南条兵衛七郎殿、亡き子の七郎五郎殿と同じ一所《ひとつところ》に生まれようと願っていってください。(中略)三人が顔をお揃えになる時の、そのお悦びは、どれほどか嬉しく思われることでしょう」(同ページ、通解)
 妙法に生き抜いていくならば、生前、苦楽を共にした家族と必ず会えるとの仰せです。死をもってしても、妙法の家族の絆は断ち切れない。たとえ先立たれることがあっても、生命はつながっています。三世永遠の妙法の絆で、親子一体、夫婦一体です。わが胸中に厳然と生きて、見守ってくれています。いつも一緒です。
 夫の高橋殿を亡くした妙心尼には「ご夫君は、誰も訪れない草葉《くさば》の陰で、この娑婆に残した幼子らの行方を聞きたがっているでしょう。しかし、あなたが唱えている題目の妙の文字が仏の使いとなり、娑婆のことを冥途に伝えているから大丈夫です」(同1483ページ、趣意)とも仰せになっています。
 ですから、御本尊を拝すれば、いつでも心の対話ができます。題目を唱えれば、“無線”のように生命は通じます。
 亡くなった家族や友人のためにも、広宣流布のために生きて、生き抜いて、これまで以上に自分が幸せになっていただきたい。それが、最高の追善となるからです。
        †
 ──今回の震災を通し、学会員の励ましの行動が、識者の方から、あらためて評価されています。仙台白百合女子大学の大坂純教授は、「学会には人と人とを『つなぐ力』があります。つながったとき、人は強くなるのです」「創価学会が活躍して、社会の中に温かな『つながりの力』を満たしていただきたい」と期待を寄せてくださっています。

名誉会長 温かな、また深い教授のご理解に心から感謝します。
 東北は、もともと地域で助け合う伝統が生きており、「人のつながり」が豊かな天地です。その地域のつながりが、復興の大きな推進力と光っています。
 一方で、従来の地縁や血縁を頼りにするだけでは乗り越えられない課題があることも、この未曽有の震災で浮き彫りになりました。公的な復興への取り組みが、なかなか進まないと指摘される中で、ボランティアの方々の活躍には目を見張るものがあります。全国各地から集まったボランティアの中には、その地に直接ゆかりのない方々も多くおられたでしょう。
 私たちも、会館での被災者の受け入れや、さまざまな救援活動をするに当たって、学会員であるか否かにかかわらず、目の前の困っている方、苦しんでいる方に手を差し伸べてきました。
 それまで、つながりのなかった人たちも、共に力を合わせて問題を解決していく。それでこそ、これまでにない力が発揮され、初めて問題が解決できる──そういう時代に入ってきたのではないかと、私は思います。
 識者の方々が私どもへ寄せてくださっている大きな期待も、従来の「つながり」を強めることはもとより、新たなつながりを広げていく。しかも、そのつながりが温かな励ましと希望に満ちたものであることに注目されているのではないでしょうか。
 17世紀、スペインを代表する思想家グラシアンは語りました。
 「友垣《ともがき》とは逆境からの唯一の救出策であり、魂の安らぎでもある」
 苦悩に沈む人が立ち上がれるまで祈り、励まし続ける。古い友情を大切に、新しい友情を結ぶ。そうした人のつながりから、また新たな価値を創造する──私たち「創価」の真骨頂です。

※グラシアンの言葉は東谷頴人訳『処世の智恵』(白水社)。

「人のため」に今、何ができるか


青年の連帯が時代を変え、新しい価値を創造する


 ──池田先生は、ハーバード大学の著名な宗教学者ハービー・コックス博士と、仏法とキリスト教を結ぶ対話を重ねられ、『21世紀の平和と宗教を語る』を刊行されています。
 博士は「宗教(レリジョン)とは、本来、『再び結び付けること』を意味します。人と人との絆を、もう一度、取り戻すこと。そこにこそ、現代における宗教の果たすべき役割もあると思います」と述べ、創価の運動に期待を寄せられています。

名誉会長 真の知性の方との忘れ得ぬ対話です。
 仏教は、社会の大きな転換期に、その歩みを開始しました。
 釈尊の時代は、いくつもの大国が林立し、それまでの地縁・血縁の濃い社会から、いわば、つながりの薄い、多種多様な人々が集まる社会が拡大していました。
 そこで、釈尊は「一切の生きとし生けるものどもに対しても、無量の(慈しみの)こころを起すべし。また全世界に対して無量の慈しみの意《こころ》を起すべし」と説いています。それは、一次元からいえば、“慈愛と信頼で結ばれた社会をつくろう”という呼びかけだったともいえるでしょう。
 新たな「人のつながり」が求められた時代──世界は文明の伝播とともに、こうした歴史の潮流に入っていきます。その要請に応え得る仏教は、世界へと広まっていく力を備えていたといえます。
 わが師・戸田城聖先生は、そうした仏教の世界性を踏まえつつ、私たち青年に「地球民族主義」の理念を提唱してくださいました。
 先生は、未来を託す少年少女の会合でも、こう語られています。
 「将来、誰もが幸せを噛みしめることができて、国境や民族の壁のない地球民族主義の平和な世界を築かねばならない」
 エゴイズムといった、生命に巣食う魔の働きは、人と人の間に「壁」をつくり、分断します。これに対し、生命尊厳、人間尊敬の内なる仏の働きは、分断の「壁」を取り払い、人と人を結びます。
 戸田先生は、冷戦という東西の巨大な障壁が立ちはだかる中で、青年が、まず身近なところから、人間を隔てる「壁」を破る対話に打って出ることを教えてくださったのです。
 現代の世界は、地球環境の問題をはじめ紛争、貧困、格差など、一人では当然のこと、一国でも解決できないし、国と国の政治・経済の次元だけでも解決できない問題が山積みです。今こそ、いかなる壁も破りゆく、民衆に根を張った「つながりの力」が必要です。これが世界を変える希望です。
 わが192力国・地域のSGIの平和の連帯、とりわけ次代を担う青年部の皆さんの「つなぐ力」に皆が感嘆しています。人類が、青年と青年の「連帯の力」を待望しているのです。そこから、時代を変革しゆく、新しい価値創造が始まるからです。
        †
 ──東北学生部が昨年夏、東北6県の学生を対象に行った震災意識調査の結果が反響を呼びました。それによると、「何のために働くのか」との問いに、震災前は「お金を得るため」「生活の安定のため」などと考えていた人が43%を超えていました。震災後では「人のため」「社会貢献のため」という答えの方が多くなり、約22%から35%超へと格段に増えています。

名誉会長 自分のことだけではなく、人のために、何か社会のためになるように働きたい──人や社会との「つながり」を大切にしていこうと、多くの青年が考えるようになったといえるでしょう。私は、新たな青年文化の台頭を予感します。
 それだけに、これまでにもまして、人間主義の仏法が求められる時代が到来していると思う。
 なぜ、東北の同志は、自分が大変なのに、人のために尽くせるのか──それは、日頃から「法のため」「人のため」「社会のため」という、立正安国の精神を心に刻み、実践してきたからです。
 「何のために生きるのか」──その問いに明確に答えて、「人間の絆」を蘇生させていけるのが、日蓮大聖人の仏法です。

 ──青年が今、陸続と学会に入会しているのも、「何のため」という問いに、確かな答えがあるからだと思います。

名誉会長 その通りだね。
 自分のことばかりに汲々としていると、何を、どうしたらいいかは、なかなか見えてこない。しかし発想を変えて、「人のために、社会のために、今、何ができるか」と考えれば、やるべきことがはっきり見えてくる。
 御書には、「人のために明かりを灯せば、自分の前も明るくなる」(1598㌻、通解)と示されています。
 目の前の苦しんでいる一人の人に手を差し伸べ、世の中で困っていることを解決するために、具体的な一歩を踏み出す。その中で、自分の夢も、進むべき人生の道も見えてくる。何より心が決まる。
 人は「他人を支えている」ようで、実は「支えられている」のです。「人を助ける」ことで「自分が助けられる」のです。これは、仏教が展開する縁起的な世界観に通じるものといえましょう。
 ロシアの文豪トルストイも、「この人生における疑う余地のないただひとつの幸福は、他人のために生きることである」と言っています。

 ──でも、何をどこから始めればいいのか、わからないという声もあります。

名誉会長
 難しく考える必要はありません。まず、青年らしく率直に語り合うことから、始めればいいんです。
 「はじめに対話ありき」です。一切の価値創造は、「対話」から始まります。
 大仏法を持《たも》った青年たちによる「対話」が、力ある行動を生み、慈愛と信頼のネットワークを広げる。「対話」こそ「人のつながり」の起点であり、結合力なのです。
 今月の座談会の拝読御書として研鑽した「諸法実相抄」の結論には、「力あらば一文一句なりともかた(談)らせ給うべし」(1361ページ)と仰せです。持てる力の限り、自分らしく誠実に対話をし、「一人」の心の変革を促すことです。目覚めた一人一人の連帯を結ぶところから、時代を変革する力が結集されます。

 ──東北に応援に行った青年たちからも、「少しでも役に立てばと行ったのに、かえって東北の方の温かさや強さに触れて多くを学び、自分の人生観が変わった」という声が寄せられています。

名誉会長 応援に駆けつけてくれている友に、私からも重ねて「尊い地涌の菩薩の行動、本当にありがとう! ご苦労さま」と申し上げたい。
 人を幸福にできる人が、真に幸福な人です。
 仏道の根幹は菩薩の実践です。
 菩薩の実践の全ての基本は、「あらゆる人を救いたい」との「衆生無辺誓願度」という誓いです。
 縁する人を全て幸せに。それが実現してこそ、自身の真の幸福、成仏もあるのだ──そう決めて智慧を尽くし、身を粉にして戦う。
 その最も優れた手本が、法華経に登場する不軽菩薩です。
 「あなたにも幸せになる力がある。一緒にその力を発揮していきましょう」と、あらゆる迫害や反発に耐え、訴え続けて仏となりました。不軽菩薩は、釈尊自身の過去の修行の姿です。
 大聖人も、この不軽菩薩の実践を、生涯、貫かれたのです。
 「他人だけが不幸」はありえない。と同時に「自分だけが幸福」もありえない。ならば「人を幸せにする」ことが「自分が幸福になる道」です。自他共に幸福を勝ち開いていく。ここに、法華経の真髄の行動があります。これが、我らの学会精神です。

※コックスの言葉は『21世紀の平和と宗教を語る』(潮出版社)。釈尊の言葉は中村元訳『ブッダのことば』(岩波書店)。トルストイの言葉は小沼文彦訳編『トルストイの言葉』(彌生書房)。

「話せばわかる」「話せば変わる」

祈り、動き、語る。その積み重ねの中で、強く賢く大きくなれる


 ──八王子の創価大学では、「法華経──平和と共生のメッセージ」展(東洋哲学研究所主催)が開幕しました。ぜひ友人にも見せたいと思います。

名誉会長 展示では、「法華経の七譬」も紹介されています。
 その一つ「衣裏珠の譬え」は、友情を根底とした譬喩です。
 すなわち、貧窮した友を見かねた親友が、その友が寝ている間に衣の裏に、価がつけられないほどの宝の珠を縫い付けて、所用のために立ち去った。貧窮の友は気づかないまま、その後も苦悩の流転を続けてしまう。
 やがて再会した時に、親友から、衣の裏にある宝の珠の存在を告げられ、初めて大歓喜するという物語です。
 この価がつけられないほどの宝の珠とは、仏性を賢えています。衣の裏とは、生命の奥底ということです。万人の胸中に、もともと尊極な仏性が具わっていることを象徴しています。
 その自らの仏の生命に目覚めて、「歓喜の中の大歓喜」の人生を生きゆくことを教えているのが法華経です。そして、その歓喜の自覚は、友情の対話によって呼び起こされていくのです。
 法華経展の会場である創大の記念講堂には、文豪トルストイの像も立っています。
 文豪は人類愛の精神の闘争で、人間と人間を結び、世界平和を実現しようとしました。だからこそ、もがいて苦しんだ。
 自分を含め、なぜ人は自己中心的でバラバラに生きているのか、と。
 そして、こう結論して、自分の大理想を貫き通しました。
 「彼等と私は一つである。現在生きて居り、嘗《かつ》て生き、また将来生きるであろう人々も一つなのだ、──私と一つなのだ。そして私は彼等によって生き、彼等は私によって生きているのだ」
 仏法に通じる人間観です。自分に縁ある人とは、三世にわたってつながっている。自他不二です。
 ゆえに互いに励まし合い、仏の生命という最高無上の宝を光らせながら、価値ある有意義な人生を生き抜いていくことです。
 他者の人生を輝かせれば、自分の人生も輝く。その「つながり」を実感するのが対話です。「対話の道」が、自他共の「歓喜の道」であり「幸福の道」なのです。
        †
 ──なかなか対話のきっかけがつかめない、という青年の声も聞きます。

名誉会長 あいさつは、それ自体、素晴らしい対話です。
 かの釈尊も「自分から語りかける人」だったと言われています。あせらず、臆さず、元気なあいさつから始めればいいのです。
 「おはようございます!」「こんにちは!」と、さわやかに声をかける。明るくはつらつと接する。それだけで声をかけられた人はうれしい。信頼関係も築かれる。
 気持ちのよい「あいさつ」──私自身、近所でも、職場でも、また学会活動の中でも、きちんとあいさつをしようと決めて、実践してきました。
 大田区山王のアパート「秀山荘」に引っ越した時も、「このたび越してまいりました池田です」「今後ともお世話になりますが、どうかよろしくお願い致します」と名刺を持って、近所へごあいさつに回りました。
 多くの来客がありましたので、近隣の迷惑にならないよう配慮しました。妻がよく、気を配ってくれました。そうして結んだご近所との信頼関係は、貴重な人生の財産となりました。
 友好拡大といっても、広宣流布といっても、すべて足もとから始まります。また、近隣の方々との交流というのは、自分の心を豊かにしてくれる。生活に温かみが出てくるし、何ともいえない安心感も生まれる。
 来月から新社会人としてスタートするメンバーもいるでしょう。次回あらためて語り合いたいと思いますが、職場や地域で信頼を勝ち得ていく上でも、さわやかな「あいさつ」が基本です。
 また、身近な人の行動などを見て、「素晴らしいな」と思うことがあるでしょう。その時に一言、声をかけることからも、対話は深まります。他人のいいところは、「素晴らしい!」「感動しました!」と率直に伝えることで、自分の心が相手の心に届いていきます。
 さらに、相手を尊重し、その人から学んでいこうと質問していくことからも、対話は弾みます。
 こちらが良い聞き手になれば、相手自身が気づいていない力まで引き出していけるものです。

 ──ただ、いろんな人がいますし、話が通じないことや、うまくいかないことも多いのですが。

名誉会長 今、対話の達人と言われる先輩たちも、最初はうまくいかなかったんだよ。大丈夫、心配はいりません(笑い)。
 大事なことは、失敗してもクヨクヨしないことです。すべて勉強だと思って、また明るく朗らかに対話していけば、いいんです。
 対話に限らず、何かしようとすれば失敗はあります。失敗は挑戦者の勲章です。恥ずかしく思う必要などありません。
 若いんだから、悔しいこともステップにして、題目をあげて前進してください。「これから、どれだけ成長できるか」──それが、勝負です。
 日蓮大聖人は「この法門を弘めてきたので、他の人とは比べものにならないほど多くの人と会ってきましたが、真にいとおしいという人は、千人に1人もいませんでした」(御書1418ページ、通解)とも仰せになられています。
 御本仏の大きな御境涯から御覧になっても、本当に尊敬できる、信頼できる立派な人は少ないものだと、達観なされているのです。
 いわんや、凡夫と凡夫の人間群の只中で、対話を進めていくことが、どれほどの難事か。一回一回が尊い尊い仏道修行です。
 祈り、動き、語る。また祈り、動き、語る。その積み重ねの中で、自分自身の生命が強く賢く大きくなっていくのです。やがて多くの人を包容し、正しく自在にリードしていける力が、必ず具わっていきます。
        †
 ──池田先生は、世界中の知性の方々と文明を結ぶ壮大な対話を繰り広げてこられました。
 発刊された対談集も、すでに60点を数えますね。今も、各界のリーダーと対談を重ねておられます。

名誉会長 すべて「戸田大学」の卒業生としての行動です。
 御書には、「言葉というのは心の思いを響かせて、声に表したものをいう」(563ページ、通解)と仰せです。声に心が表れる。勇気を出して声を惜しまず、対話を続けていくことです。
 『星の王子さま』で有名なサン=テグジュペリが味わい深い言葉を残しています。
 「真の贅沢というものは、ただ一つしかない、それは人間関係の贅沢だ」
 また、こうも言っています。
 「他人の心を発見することによって、人は自らを豊富にする。人はなごやかに笑いながら、おたがいに顔を見あう。そのとき、人は似ている、海の広大なのに驚く解放された囚人に」
 自分の世界に閉じこもっていれば、気楽かもしれないけれども、成長もない。孤立してしまえば、真の個性も光らない。
 人と交流してこそ、人生を豊かにしていける。広々と心を開いて、つながっていくことです。
 大聖人の生涯にわたる御化導は「立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」と言われます。その「立正安国論」は、主人と客の問答形式で書かれています。一対一の対話です。
 目の前の一人と胸襟を開いて語り合い、共々に生命尊厳の哲理に立って、より良き平和な社会の建設を目指す。この「一人」と「一人」のつながりの拡大によって、現実の世界を「仏国」「宝土」に変えていく。ここに「立正安国」の方程式があります。
 孤独地獄が憂慮される現代に、この真実の人間のつながりを結び広げているのが、創価学会です。
 敬愛する東北の同志を先頭に、青年の湧き立つ熱と力で、信頼のつながりを強めてください。
 若き皆さんが、共々に生きる喜びを漲らせて、勝利の青春道を歩み、希望の新時代を開いていただきたい──これが、私の願いです。

※トルストイの言葉は除村吉太郎訳『トルストイ日記抄』(岩波書店)、現代表記に改めた。サン=テグジュペリの言葉は堀口大學訳「人間の土地」、『世界文学全集77』所収(講談社)。
2012-03-30 : 若き君へ :
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東洋哲学研究所創立50周年記念第27回学術大会シンポジウムへのメッセージ

東洋哲学研究所創立50周年記念第27回学術大会シンポジウムへのメッセージ
            (2012.3.24 創価大学)

 東洋哲学研究所の創立50周年を記念する第27回学術大会が24、25の両日、東京・八王子市の創価大学で開催された。ここでは「地球文明と仏教の使命」を統一テーマに、シンポジウム、研究発表が行われた。創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長はメッセージを贈り、大乗仏教を貫く「生命の尊厳」を根本的視座として、人類を覆う暗闇を突き抜ける“英知の光”をと期待した。来賓である仏教文化研究の碩学、インド文化国際アカデミー理事長のロケッシュ・チャンドラ博士が特別講演を行った。

創立者のメッセージ


新しき人類意識の夜明けを

エゴや暴力を打ち破る「慈悲」「利他」の善なる心
平和と共生こそ現代の宗教の存在意義


 21世紀の現代世界は、情報・通信革命の時代を迎え、経済や科学技術のグローバリゼーションの進展の中で、人類は相互依存の度を一層深めております。
 イギリス歴史学協会会長を歴任したジェフリー・バラグラフは『世界歴史地図』を著し、人類史を7つの時期に分け、世界はヨーロッパ優位の時代から「全地球文明の時代」に至るとして、新しい時代区分を「地球文明」と命名しました。
 比較文明学者の吉澤五郎教授は、「バラグラフの『世界歴史地図』の構想は、当初、トインビーとともに練られたものである。新しい比較文明論の形成にとって、トインビーの知的遺産と先導性は特筆されるものであろう」(吉澤五郎『世界史の回廊』世界思想社)と述べております。それは、1973年頃のこととされていますので、私とトインビー博士との対談が続けられている最中のことになりましょう。
 翻って、今日の科学技術社会において、全人類的な「地球文明」への大きな課題は「持続可能性」であり、大別すれば次の3つの領域にわたる問題群として顕在化しております。
 まず、第1の領域は、地球温暖化現象に代表される地球環境問題群であります。オゾン層の破壊、海洋汚染、砂漠化の進行、熱帯雨林の破壊、絶滅が危惧される生物種が増えていることをはじめ、原子力発電を含むエネルギー問題が深く関わります。
 第2の領域は、政治・社会・経済の問題群であり、核拡散・生物化学兵器の問題から、民族・人種間等の紛争の続発であります。これは、国境を超えた紛争へと激化していく可能性があります。
 また、貧困・飢餓・人権・差別・難民問題と、グローバルなマモニズム(拝金主義)、いわゆる「強欲資本主義」がもたらす格差問題や金融危機も挙げられます。
 第3の領域として、これら2つの領域の問題群を生み出す、人間の精神性の危機、倫理性・道徳性の低下、暴力性・貪欲性・根源的エゴイズムの跋扈《ばっこ》があります。
 これらの山積する諸問題に直面する人類社会にとって、第1の領域として挙げた地球環境問題を乗り越えつつ「大自然との共生」を図ること、第2の領域の政治・社会・経済の諸問題を乗り越えながら「平和共存」を可能にすること、そして、その基盤となる第3の領域への取り組み、すなわち「人間の精神の変革」が、今ほど求められている時はありません。
 自然との共生や人類の平和共存を脅かしてきた人間自身のエゴイズム、暴力性等の悪心をとどめ、利他心・慈悲力等の善心を強化しつつ、新たな精神性の機軸を求め、倫理性の向上を目指さねばなりません。
 トインビー博士も、私との対談の中で「われわれの技術と倫理の格差は、かつてなかったほど大きく開いています」「人間の尊厳の確立がなされるのは、倫理の分野以外にありません」と述べ、それは、人間の行動が「貪欲性や侵略性に支配されず、慈悲と愛を基調」とすることによって決定づけられると強調されていました。
 そうした現代物質文明に、「人間の尊厳」「生命の尊厳」の思想を打ち立てゆく新しき精神文明の形成は、持続可能な「地球文明」の創出に不可欠になってきています。
 未来の「地球文明」において、宗教は、人類心を涵養し、善心を強化し、倫理性・精神性を高め、深める“主体的役割”を担うことが期待されています。第3の領域である「人間の精神の変革」を基盤として、第1の「大自然との共生」、第2の「人類の平和共存」の領域にも深く関与していくのが、現代における宗教の存在意義と言えるのであります。
 仏教の、現代における存在意義も、まさに「地球文明」の持続性と発展への貢献にかかっております。それゆえに、仏教の原点である釈尊の悟達を源流として、鳩摩羅什による「法華経」の翻訳、天台仏教、日蓮仏法へと仏教史を辿りながら、大乗仏教に一貫して流れる「生命の尊厳性」を根本的視座として、今日における世界宗教としての仏教の使命を鮮明にしゆく当シンポジウムに、私は深い期待を寄せております。
 ロケッシュ・チャンドラ博士は、かつて、「『法華経』と現代」と題する講演の中で、次のように述べられました。
 「漆黒の闇夜にあって、人々は光を探し求めている。
 もっとも強く求められているのは、人類の意識の夜明けである。人々は、永遠という源泉の中に存在するものを、今新たに世界のキャンバスに描きだすことを熱望している。
 未来の王国は、現実と想像から生まれる。未来の人類は、文化のダイナミックな担い手となるであろう」
 「法華経」(観世音菩薩普門品)には「無垢清浄《しょうじょう》の光あって 慧日は諸《もろもろ》の暗《やみ》を破し」とあります。当シンポジウムの真摯なディスカッションの中から、人類を覆う暗闇を突き抜けて、「地球文明」の創出のための“英知の光”を念願しております(大拍手)。
2012-03-26 : スピーチ・メッセージ等 :
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国際通信社IPSのウェブサイトへの寄稿

国際通信社IPSのウェブサイトへの寄稿
                (2012.3.23付)

 世界130カ国以上に取材・報道のネットワークをもつ国際通信社IPS(インタープレスサービス)に、池田大作SGI会長がコラムを寄稿した。
 タイトルは「中東地域の危機を乗り越えるために」。
 イランの核開発をめぐる緊張の高まりについて、各国の政治指導者に「自制する勇気」を求め、対話をあきらめることなく“核兵器のない地域を”という民衆の希望の実現へ努力するよう求めている。
 コラム記事は、IPSから各国メディアに配信される。


中東地域の危機を乗り越えるために

 今、イランの核開発問題をめぐって、中東地域で緊張が高まっている。その状況を前に私の胸に迫ってくるのは、核時代の下で世界が直面する課題について「ゴルディウスの結び目は剣で一刀両断に断ち切られる代りに辛抱強く指でほどかなければならない」との警鐘を鳴らした歴史家トインビー博士の言葉である。
 緊張が武力紛争に転化することへの懸念も叫ばれる中、関係国を含めて政治指導者が、今こそ「自制する勇気」をもって、事態打開に向けて互いに歩み寄ることを強く望むものである。
 軍事力などのハードパワーを行使して、根本的に解決できる問題など何もない。一時的に脅威を抑えつけることができたとしても、それ以上に大きな憎しみや怒りを生み出す禍根を残すだけだ。
 緊張が高まると、相手を強い調子で威嚇したり、激しい非難の応酬が行われることは、残念ながら国際政治の常となってきた。
 今から50年ほど前の「ベルリン危機」の際、ウィーンでケネディ大統領との会談に臨んだソ連のフルシチョフ首相が、「米国が戦争を望むならば、それは勝手だ。ソ連は受けて立つよりない。戦争の惨禍は同じように受けよう」と言い放ったことが思い出される。
 しかし忘れてはならないのは、ひとたび戦争が起これば、一番苦しめられるのは無数の市井の庶民であるという現実だ。20世紀の戦争の時代を生きた世代は皆、同じような体験を共有している。私も戦争で兄を失い、家を焼かれた。空襲の中、幼い弟の手を引いて逃げ惑った記憶は、今も鮮烈である。まして、大量破壊兵器を用いるような事態に発展した場合には、取り返しのつかない甚大な被害をもたらしかねない。その非人道性の最たる兵器こそ、核兵器である。
 1961年の「ベルリン危機」でも、その翌年に起こった「キューバ危機」でも、すんでのところで米ソ首脳は踏みとどまった。それはなぜか。一触即発の厳しい対峙が続く中で、両首脳が、その行き着く先にあるものを垣間見たからであろう。
 翻って現在、イランの核開発施設への攻撃があれば、どれだけ混乱が広がってしまうのか──。攻撃が報復を生むことは確実であろうし 、それが政治的に大きな変動が起きている中東地域にどのような事態を引き起こすかは、予測困難であろう。
 国際政治の次元では、不信が新たな脅威を呼ぶ負のスパイラル(連鎖)が続いているが、一方で、中東地域の一般市民のレベルでは「核兵器のない地域」の実現を望む声が少なくないことを、断じて見過ごしてはならないだろう。その一例として、昨年12月にブルッキングス研究所が発表した世論調査によると、イスラエル人の中では二対一の割合で、イランとイスラエルを含めた中東を非核地帯にする合意を支持する、という結果がでている。
 こうした人々の率直な思いを現実の形にするために、本年開催が予定されている「中東の非大量破壊兵器地帯化」に関する国際会議を何としても成功させなければならない。両国と中東地域全体にとっても、それこそが、共通の安全保障の新たなステージを切り開く選択肢だ。現在、ホスト役を務めるフィンランドが懸命の努力を重ねているが、被爆国の日本も、対話のための環境づくりの旗振り役となるべきだ。
 先の二つの危機を乗り越えたケネディ大統領は、「希望は歴史の慎重さによって鍛えられなければならない」との言葉を残した。
 この言葉通り、「核兵器のない世界」への希望も、それを求める人々が様々な試練と危機を忍耐強く乗り越える中で着実に育まれてきた。非核地帯条約の先駆けとなった中南米のトラテロルコ条約も、キューバ危機をきっかけに構想が一気に進展したものだったのである。
 “時間の無駄だよ。こんな条約は合意できるわけがない”との声もささやかれる中で、粘り強い交渉を重ねた人々の努力によってトラテロルコ条約は成立をみた。現在では、33カ国全てのラテンアメリカ及びカリブ諸国と5つの核兵器国全てが参加するに至っている。
 今、中東地域の危機を乗り越えるために、国際社会に求められているのは、まさにこの「対話をあきらめない精神」と「不可能を可能に変える信念」ではなかろうか。厳しい現実の中で、それがどれだけ険しい隘路だったとしても、「希望」は営々たる平和的努力を通じてしか育まれないことを忘れてはなるまい。
2012-03-24 : 提言/寄稿/インタビュー等 :
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創価大学=第38回/女子短大=第26回卒業式へのメッセージ

創価大学=第38回/女子短大=第26回卒業式へのメッセージ   (2012.3.21 創価大学記念講堂)

 創価大学の第38回、創価女子短期大学の第26回卒業式が21日、東京・八王子市の創大記念講堂で挙行された。これには、創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長がメッセージを贈り、卒業生の門出を祝福した。フィリピン共和国・イースト大学のエスター・A・ガルシア学長一行、国立バターン半島大学のデルフィン・O・マグパンタイ学長一行、中国・北京語言大学の郭鵬漢語学院院長、インド・ナーランダ大学のゴーパ・サブロワール副総長一行が列席した。


フィリピン共和国・イースト大学バタッド総長の祝辞(要旨)

池田先生と共に! 忍耐と努力で進め
生涯、学び続ける人に


 一、卒業生の皆さんの人格に影響を与え得るものが3つあります。それは、皆さんの「関わっている人たち(家族や恩師)」「読む本(教育)」「信念」です。
 いよいよ、卒業後の人生は、皆さんが自分自身でつくり上げるものとなります。これから、さまざまな課題、悩み、危機に直面し、勝利と敗北を経験するでしょう。
 ですから、その課題を乗り越える実力と精神力を身に付けていっていただきたい。
 そのためには、生涯学び続ける人、あらゆる状況から学ぶ人にならねばなりません。偉大な学者や先人など自身を啓発する人々から学んでいくのです。
 ここにいる皆さんは非常に幸せです。なぜなら、皆さんには、池田先生がおられるからです。
 池田先生は、教育、文化、芸術、平和のための活動に取り組まれています。そして、私を含む、世界中の何百万人もの青年を啓発してこられたのです。
 一、卒業生の皆さんが実り多い人生を送るために、私が考える重要なポイントをお伝えしたい。
 ①正しい姿勢で人生の難題に向かっていくこと──皆さんが人生で成功するか否かは、自身の姿勢や心構えで決まります。本気になり、前向きに進み続けていけば、世の中で不可能なことは、ほとんどありません。
 自分の心の持ち方、考え方をコントロールできれば、自身の行動、そして運命をもコントロールしていくことができるのです。
 ②卓越性を追求する信念──「最高でありたい」「ベストでありたい」との情熱を燃やしてください。平凡と非凡の違いは「あと、もう一歩の努力ができるかどうか」です。どんな時でも最高の結果を出すために、全力を尽くせる自分かどうかです。
 ③自制・自律力を発揮する──人間が、宇宙や海底を征服できても、人間自身を征服することができないとは何と皮肉なことでしょう。
 自制力は、人間がもてる素晴らしい財産の一つです。それは、自らの“心の師”となる「セルフ・リーダーシップ」の実践によって磨かれる特質です。
 ④忍耐力・粘り強さ──皆さんは、トーマス・エジソンが、どれだけの忍耐力と粘り強さを有していたか想像できますか?
 エジソンは、電球をはじめ1000を超える発明を成し遂げました。しかし、それ以上に、何千もの実験に失敗しているのです。成功とは、たまたま起こるものではありません。成功を信じ、懸命に努力をしなければならないのです。
 ⑤ビジョン(展望)をもつ──自分の未来への明快な考えをもってください。
 ヘレン・ケラーは「目が見えないことよりも、将来の展望がないことの方が大変だ」と言いました。将来への展望を描くことで、人も組織も、目的や理想を実現するために進むべき方向性、モチベーションが明確になり、スピード感が増すのです。
 展望なき人生は、同じところをグルグルと回っているようなもです。それでは、自分の本来の力を出しきることはできません。
 一、卒業とは、人生の新たな一章の始まりです。
 社会人として競争社会に踏み出す皆さんに、フィリピン大学のマレイ・バートレット初代総長の言葉を紹介させていただきたい。
 「教育は貴族を育むためにあるのではない。公共の利益のために無私の精神で働く人を育てるためにある。そして、いかなる職業であれ、その名誉は民衆にどれだけ奉仕したかによって決まるということを、すべての卒業生は知るべきである」
 私たちは常に「人格価値」を創造していかねばなりません。人生における幸福とは、順調な日々を過ごしたかどうかではありません。何度失敗しよう
が、チャンスはあります。
 たとえ高校や大学での成績や成果に満足していなくても、社会人として新出発する希望に満ちています。
 さあ皆さん、きょうこの瞬間から新たな出発を開始しましょう!
 一、最後に、池田先生の『生命を語る』の一節を皆さんに贈り、私のあいさつに代えさせていただきます。
 「(仏教の本質は)人生の苦を直視し、そこから逃避するのでなく、むしろ徹底的に取り組んだ末に到達した、生の歓喜の思想だといってもよい」
 「苦しみから逃避して、真実の喜びはない」「虚偽、虚構のうえに立った喜びは永続するものではなく、苦しくとも、真実を直視するところから、悟りは生まれる」
 皆さん、どうか、人生を学ぶ学生になってください!
 卒業生の皆さん、保護者の皆さま、そして教職員の皆さま、本日は大変におめでとうございます!(大拍手)

創立者のメッセージ

嵐にあっても負けない勇者が新たな世界を勝ち取るのだ

朗らかに 険しき時代の舵をとれ
困難が人間を偉大にする
創価同窓の連帯は10万人 友情と信頼を地球上へ


 一、栄光のご卒業、誠におめでとうございます! 全卒業生の健闘を、私は心から讃嘆したい。
 皆、私の創立した創大、短大に、よくぞ来てくれました。そして見事な価値創造の歴史と伝統を築き残してくれました。
 ありがとう!
 本当にありがとう!(大拍手)
 本日は、フィリピンからも、中国からも、インドからも、最高峰の知性の先生方が、祝福に駆けつけてくださっております。創立者として、最大に御礼を申し上げます。また、教員の先生方、職員の方々にも、心より感謝申し上げます。
 一、東日本大震災、また世界不況、さらに就職難等々、打ち続く試練の時代に、皆さん方がどれほど歯を食いしばって、学び抜き、戦い抜いてきたことか。
 私は、一人一人を労い、讃えながら、直接、誇り高き学位記を授与させていただく思いで、心は一緒に式典に臨んでおります。
 私がお願いしたいことは、この学位記を、大変ななか、大学へ送り出してくださった保護者の方に、後ほど皆さんから感謝を込めて捧げていただきたい。そして喜びを分かち合っていただきたいということであります。
 皆さんが一家で初めて学位を取得されるというご家族も少なくないでしょう。わが創価の学位記は、お父さん、お母さんに最高の親孝行をし、大学へ行けなかった方々の味方となって、一生涯、民衆の幸福と平和のために貢献しゆく人間指導者の記別なのであります。
 とともに、円高など幾つも厳しい条件が重なるなかで、真剣に頑張り通してくれた尊き留学生と、そのご家族の方々に、ここで賞讃と感謝の大拍手をお送りしたいと思いますが、皆さん、いかがでしょうか(大拍手)。

「じっとこらえて今に見ろ」と進め
 一、さて、きょうは、愛する卒業生の門出に、私は3点の指針を贈らせていただきたい。
 第1に、「自らの持ち場で不屈の旗を振れ」ということであります。
 あのアフリカの「人権の巌窟王」マンデラ元大統領も、わが創価大学の名誉博士の一人であり、創大に深い期待を寄せてくださっております。元大統領は、通信教育で大学を卒業された、わが「学光の友」の誉れの大先輩でもあります。
 この元大統領の忘れ得ぬ叫びがあります。
 すなわち──
 「新しい世界は、どのような人間によって勝ち取られるのか」
 「それは、腕組みをして離れた場所から傍観している者ではない。戦いの途上で、嵐に衣服を裂かれ、深手を負いながら、それでも闘技場に身を置いて、戦い続ける者である」と言われるのであります。
 これは、元大統領との語らいでも、強く一致した信念であります。
 元大統領は27年半もの獄中闘争を余儀なくされました。牢獄で、最愛の母や息子の死も告げられました。しかし、あまりに過酷な迫害で満身創痍となっても、一歩も退かずに、人類の正義と共生のために、新しい世界を勝ち取っていったのです。
 人生の行路にあっては、思うにまかせぬ境遇に立たされる時が幾たびもあります。
 その時が勝負です。嘆かず、腐らず、焦らず、「じっとこらえて今に見ろ」と不屈の旗を振り通していくことです。
 必ず、そこから反転攻勢の流れを起こせるからです。

東北出身の哲人・阿部次郎の信念
「自分のいる場所で最善を尽くす」
「自分の持ち場を本気で守り通す」


 一、東北出身の哲人・阿部次郎が大切にしてきた人生哲学も、辛抱強く「自分の持場を本気に守り通す」(『残照』羽田書店)、「自分の置かれた場所に於いて最善を尽す」(『秋窓記』岩波書店)ということでありました。
 ともあれ、いずこへ行っても、いずこにあろうとも、そこで自らの使命を見出し、そこで新たな価値を創造し、勝ち栄えさせ、発展させてみせる。ここに、我ら「創価」の心意気があると申し上げたいが、わが卒業生の皆さん、いかがでしょうか(大拍手)。

挑戦してこそ力と智慧がわく
 一、第2にお願いしたいことは、「困難を勝利の力に変えよ」ということであります。
 本日、私は光栄にも、フィリピンの名門・国立バターン半島大学の「名誉人文学博士号」を、尊敬するマグパンタイ学長から賜りました。まさしく、わが卒業生の皆さん方と一体不二で拝受した栄誉に他なりません。誠に誠に、ありがとうございます(大拍手)。
 この麗しきバターンの天地に伝えられてきた、素晴らしい英知の箴言があります。
 それは、「困難のあるところ、そこに勝利あり」という言葉であります。
 つまり、「何も困難がないから、勝利できるのではない。大きな困難に立ち向かうからこそ、より偉大な力が湧く。より偉大な智慧を出せる。より偉大な団結も生まれる。そこにこそ、真に偉大なる勝利がもたらされる」というのであります。
 何とたくましく、何と勇壮な、そして何と晴れがましい魂の宣言でありましょうか。
 卒業生の皆さんは、ますます険しい苦難の時代の舵を取りゆく大使命を帯びています。ゆえに私は、「困難のあるところ、そこに勝利あり」を合言葉に、徹して強気で、賢く朗らかに前進しよう!──と提案したいが、皆さんどうだろうか(大拍手)。

師と心で対話し悔いなき人生を
 一、最後に、「友情と信頼の道を世界に開きゆけ」と申し上げたい。
 きょうは、フィリピンの気高き教育の母であられる、イースト大学のガルシア学長が、お懐かしいバタッド総長とご一緒に温かく皆さんを見守ってくださっております。ガルシア学長はご自身が大学時代に培ってきた“多彩な人々と仲良く調和を創り上げていく力”を自在に発揮し、颯爽と全教育界をリードする指揮を執っておられます。
 母校で磨き鍛えたコミュニケーションカ、人間力の真髄を示されているのであります。
 わが創価同窓の連帯も、今や全世界の各地・各界で10万人を超えました。これからが、創価の生命尊厳の哲学と人間の信頼の絆を、乱世に赫々と光らせゆく時代です。
 中国の青年をはじめ、世界と深い友情を結んだインドの大詩人タゴールは、「ぼくは、道をひらくために生まれてきた」(芝山幹郎訳「自由の流れ」、『タゴール著作集第6巻』第三文明社)と謳っております。
 どうか卒業生の皆さんは、目先の毀誉褒貶を超え、いかなる悪戦苦闘も突き抜けて、世のため、人のために「私はこの道を勝ち開いた」「わが人生に悔いなし」と言い切れる勝利の劇を、一人ももれなく胸を張り、自分らしく飾っていただきたいのであります。
 一、私は今も戸田大学の卒業生として、恩師と心の対話を続けながら戦っています。
 皆さんと私も同じです。私の心には常に皆さんがいる。私はいつも皆さんの側にいます。
 皆さんの幸福が私の希望であり、皆さんの栄光が私の勝利です。
 私は人生を賭して、皆さんが躍り出る晴れ舞台を世界中に開いてきました。
 いよいよ未来永劫に崩れざる「友情」と「信頼」の道を、共々に楽しく愉快に創り広げようではありませんか!
 「わが愛する卒業生、万歳! 大切な大切な保護者の皆様、万歳! 尊きご来賓の先生方、万歳! そして人間教育の勝利、万歳!」と叫びつつ(大拍手)。
2012-03-24 : スピーチ・メッセージ等 :
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フィリピン共和国 国立バターン半島大学「名誉人文学博士号」授与式への謝辞

フィリピン共和国 国立バターン半島大学「名誉人文学博士号」授与式への謝辞
         (2012.3.21 創価大学本部棟)

 フィリピン共和国の「国立バターン半島大学」から創価大学創立者の池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長に「名誉人文学博士号」が贈られた。生命尊厳の擁護と教育を通じた平和建設への傑出した貢献を讃えるもの。授与式は21日、デルフィン・O・マグパンタイ学長、グレゴリオ・J・ロディス副学長、エマニュエル・C・マカレイグ学長室室長と、来賓である「イースト大学」のエスター・A・ガルシア学長、ゾシモ・M・バタッド総長らが出席し、創大本部棟で挙行された。
 晴れの卒業式を迎えた学生で賑わう早春の創大キャンパス。国立バターン半島大学のマグパンタイ学長一行が本部棟に到着した。
 学生の代表が歓迎。一行は池田SGI会長が世界から贈られた名誉学術称号の軌跡をたどる展示を見学した。
 ふと、学長の足が止まる。そこには、恩師・戸田第2代会長の個人教授で、若き日のSGI会長が使っていた教材の数々が。しばらく見つめた後、学長は力を込めて語った。
 「池田博士は、いかなる環境にあっても学び続けられたのですね。現在の世界的な平和運動の輝かしい原点を見る思いがします」


マグパンタイ学長の授与の辞

世界は池田博士の哲学の実践者を必要としている

 “時折、自分の光が消えてしまうことがあっても、他者との出会いによって炎の如き光が再びともされることがある。自分の内なる光を再びともしてくれたこれらの人々に、深く感謝せずにはいられない”
 これはアルバート・シュバイツァーの言葉です。
 池田大作博士の人生とその哲学について学ぶ中で、いかに博士が私を鼓舞し、私が人生で取り組んでいることに対する情熱を再び呼び起こしてくださったかを、的確に表現する言葉を探さずにはいられませんでした。
 世界は、池田博士の理念と哲学を意識的に取り入れ、生き方とするもっと多くの人を必要としています。私は、国立バターン半島大学の学長として、本学の教職員ならびに学生が、ひとたび池田博士の思想と信念を知るところとなれば、彼らの人生の旅路に力と導きを与えるであろうことを確信しています。
 池田博士の哲学には、私が心から大切にしてきた理念が含まれています。博士の哲学は、私が公私にわたり人生を乗り越えるための信念に力を与えてくださいました。
 博士の言葉は、博士がどのように人生を乗り越えてきたかを反映し、平凡さ、率直さ、誠実さ、謙虚さにあふれています。そのことだけをもってしても、博士は拍手喝采に値する存在であるのです。
 本日、この場に集うことができ、尊敬する池田大作博士への名誉学位授与の栄誉に、共に浴することができたことに、喜びの拍手を送り合おうではありませんか(大拍手)。
 また、ご列席の皆さまと共に、本日の授与を実現するために尽力された皆さまに対し、温かい拍手を送りたいと思います。彼らのような素晴らしい方々がいる創価学会は大変、幸運であります。
 池田博士の人生経験と国立バターン半島大学の歴史には、興味深い類似点があります。
 両者は共に、実につつましやかなスタートを切っており、貪欲な知識の探求のみを継続的な励みと原動力として、不屈の前進を続けてきたのであります。共に非常に困難で、失意にあふれ、打ちひしがれるような試練の時を経験しています。
 また、両者は共に、人間の精神力と崇高な理想から生まれる生命力を信じ、他者に奉仕することで変化を起こすことができると、確信し続けています。
 かつて池田博士は、“教育に課せられた責務とは、すべての青少年の生命に秘められた智慧を薫発し、解き放つことでなければならない。教育は、何か「鋳型」に入れるような抑圧的なものであってはならない。人間の内にある可能性を引き出していくのである”と語られました。
 これはまさに、国立バターン半島大学が学生に対して行おうとしている教育そのものであります。
 本学は、学生が自らの力を自覚することを助け、不安と弱さの克服に励む過程を、忍耐強く導いています。
 池田博士は、英知と平和の追求には対話が重要な役割を果たすと信じておられます。同様に、国立バターン半島大学も、互いの話に耳を傾ける術《すべ》が問題解決や、よりよい相互理解への原動力となると考え、多様な分野・団体間の対話を奨励しているのです。
 平和を求める心さえあれば、人間はどんなことでも成し遂げられるという、生きた証明の存在である池田博士は、平和建設者としての使命と情熱を揺るぐことなく保ち続けておられます。
 その偉業は見過ごされることはなく、すでに世界の多くの一流大学が、博士に名誉博士号を授与しています。
 また、池田博士は国際的な平和賞を多数、受賞され、700を超える都市・国家から名誉市民などの称号を授与されています。
 しかし池田博士は、現在の自分も、成し遂げた功績も、すべては戸田城聖氏のおかげであると、恩師に対する感謝の意を表明しなかったことは一度たりともないのです。
 私ども一行はご博士と深い関係のある皆さま方にお会いでき、親しくお話をさせていただけることを、実に大きな名誉と感じています。
 そして、さらに重要なことは、池田博士の足跡をたどることができることは、忠実な世界平和の闘士である私にとって、栄誉であるということです。
 私は池田博士と共に、次の世代が、博士が築いた土台から力と啓発を得て、平和と人間革命に挑み続けるよう祈ってまいります。
 池田大作博士は、世界で最も賞讃に値する平和の闘士であります。
 博士の非凡でありながら謙虚な姿勢は、その偉大さをより引き立てています。それこそが国立バターン半島大学が名誉学位の授章者として選んだ理由であり、これをもって博士を本学の同窓生としてもお迎えすることとなります。
 本日は、大変にありがとうございました(大拍手)。

SGI会長の謝辞(代読)

暴力に打ち勝つ教育の連帯を

バターンの伝統精神は「報恩感謝の心」
「思いやり」を文明の機軸に
若き世代の善性を呼び覚ませ


 一、勇気あるところ、常に前進が始まります。
 希望あるところ、常に人材が生まれます。
 貴・国立バターン半島大学は、最も身近な地域に大いなる貢献を果たされながら、貴国の大発展を勇敢にけん引してこられました。
 そして、グローバル時代の俊英を陸続と育成する希望の最高学府として、目覚ましい躍進を遂げてこられたのであります。
 本日、私は、この名門の誉れも高き貴大学より、最高に意義深い名誉人文学博士号を賜りました。これほどの光栄はございません。
 誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

「半島は新たな文化の起点」
 一、貴大学の名前には、「半島」という言葉が輝いております。
 独創的な地理学者でもあった、私たち創価教育の父・牧口常三郎先生は、大著『人生地理学』の中で、「半島」は「新たな文化・文明の起点」であり、「多くの改革の闘士」を生み出してきたと洞察しておりました。
 バターン半島の地域に伝わる英知の言葉には、「人間が乗り越えられない困難など、ありはしない」とあります。
 まさに、この苦難に負けない粘り強さと、誇り高き大志をもって、バターンは、新たな歴史の起点となり、傑出した人材群の揺藍となってきたのであります。
 第2次世界大戦において、バターンは、民主主義と自由を守るために奮然と戦い抜かれた、勇気あるフィリピン民衆の象徴の砦でもありました。
 今、いよいよ輝きを増す、アジア太平洋の新時代の要衝バターンにあって、貴大学は、マグパンタイ学長の雄渾なる指揮のもと、地球文明の未来を創造しゆく、力ある青年を薫陶されています。
 貴大学からの尊き栄誉を、私は、第2次世界大戦中、日本の軍国主義と戦い、獄死を遂げた牧口先生、そして、その後継として地球民族主義の理念を掲げ、民衆の平和の連帯を創り広げた、わが師・戸田城聖先生に、謹んで捧げさせていただきたいと思うのであります(大拍手)。

学長の指針
友に笑顔を贈り 苦しむ人を助けよ
他者に耳を傾け 希望を作る人に


崇高な母の願いを継承
 一、貴大学の建学の歴史を学ばせていただく時、私には、崇高なる「教育の母」の生涯が胸に迫ってまいります。
 その方こそ、貴大学の前身であるバターン芸術貿易学校の設立に奔走されたメディナ・ラクソン・デ・レオン先生であります。
 弁護士であったデ・レオン先生は、日本軍のフィリピン侵略に際して、負傷した住民や病人の避難キャンプを作り、厳然と守り抜かれました。
 1942年の4月、あの非道極まりない日本軍の蛮行「バターン死の行進」では、命を賭して多くの仲間を助け、生還された歴史を、私は血涙のしたたる思いで伺いました。
 私は、この「バターン死の行進」をはじめ、戦禍で犠牲になられた貴国の全ての方々に、仏法者として、いつも懇ろに追善回向をさせていただいております。
 横暴なる日本の圧政下を生き抜かれた、デ・レオン先生は、戦後、バターン州初の女性下院議員として活躍されました。貴国の教育の進展と福祉の充実のために、不朽の貢献を果たしていかれた指導者であります。
 デ・レオン先生は語られております。
 「真の思いやりとは、他者のために奉仕したい、役立ちたいと望む、人間の心に本来、備わっている願いなのです」と。
 そして、この偉大なる母の民衆奉仕の心を継承し、若き世代の内なる善性を永続的に解き放つ、人間教育の気高き挑戦に邁進されているのが、ここにお迎え申し上げたマグパンタイ学長なのであります(大拍手)。
 学長は、バターンの方々が最も大事にされてきた伝統の価値観「ウータン・ナ・ローブ」の精神、すなわち「報恩感謝の心」を体現された大教育者であられます。
 父上・母上をはじめ、自らを育んでくれた、全ての方々への恩返しの心を込めて、青年たちを慈しみ、励まされているのであります。
 一、学長が、学生の皆さんに繰り返し訴えておられる4つの指針があります。
 それは、要約して紹介させていただくならば──
 第1に、人を幸福にし、笑顔にする、自分となろう!
 第2に、他者に尽くし、他者の助けとなる人になろう!
 第3に、他の人の言葉に、真摯に耳を傾ける自分となろう!
 そして第4に、自らの行動によって、希望を作り、未来を開いていこう!──と。
 私は、この素晴らしき人生勝利の哲学を、わが創大生・短大生・留学生の皆さん方に、そのまま伝え贈らせていただきたいのであります(大拍手)。
 一、あの「バターン死の行進」から70年──。
 私は、栄えある貴大学の同窓とさせていただいた使命と責任を、厳粛にかみしめております。
 尊敬する先生方の信頼とご厚情にお応えするためにも、貴国の教育界の皆様方と、一層連携を深めさせていただく所存であります。
 そして、この地上に悲劇をもたらす人間の蛮性に、断固と打ち勝つ「教育の勝利」を目指して、青年交流の潮流をさらに強め、高めていくことを、固くお約束いたします。
 その決心を、大英雄ホセ・リサール博士の獅子吼に託させていただきます。
 「我々の大志の全ては、人々を教育すること以外にはない。教育であり、またさらなる教育である」と。
 結びに、ご出席くださった皆様方のますますのご健康を祈念するとともに、「マブハイ!(フィリピン語で「栄光あれ!」) バターン半島大学!」
 「マブハイ! フィリピン共和国!」と叫び、私の謝辞とさせていただきます。
 マラミン・サラマッポ(フィリピン語で「大変にありがとうございました」)(大拍手)。
2012-03-24 : スピーチ・メッセージ等 :
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創価学園(東京校=第42回 関西校=第37回)卒業式へのメッセージ

創価学園(東京校=第42回 関西校=第37回)卒業式へのメッセージ        (2012.3.16)

 「希望の大城」創価学園の卒業式が16日、東京・関西の各キャンパスで行われた。
 創立者の池田大作名誉会長はメッセージを贈り、晴れの門出を祝福。「英知の光」を磨きゆけ! 「友情の光」を広げよ! 「創造の光」を放ちゆけ! と新時代を開きゆく太陽の学園生に万感の期待を寄せた。


創立者のメッセージ

英知と平和の開拓者たれ

胸を張れ! 自分らしく輝け 不屈の君こそ新時代の太陽

逆境に挑め! 負けじ魂で

牢獄の中で学び抜いたマンデラ元大統領
「どんな困難にも くじけるな! 諦めるな」

教育の絆は不滅 友情の光を世界へ

 一、晴れの卒業、誠におめでとう!
 私の創立した学園で、皆、本当によく学び、よく頑張り抜いてくれました。
 勉学でも、クラブ活動でも、素晴らしい伝統を立派に築き上げてくれました。
 私はうれしい。本当にありがとう!

大切な家族に感謝の拍手を
 一、私は、卒業生全員の頭《こうべ》に、尊き努力を讃える冠をかぶせ、そして、皆さん方一人一人と未来の勝利を誓う握手を交わす思いで、一切を間近で見つめております。
 きょうまで育んでくださった先生方、職員の方々、また常日頃より学園を支えてくださっているご来賓の皆様方、いつもいつも、ありがとうございます!
 そして、世界的な不況、さらに、昨年の東日本大震災と、厳しい社会情勢の中で、保護者の皆様方が、どれほどのご苦労を重ねながら、最愛のお子さま方を、わが学園に送り出してくださっていることか。
 その有り難さは、学園生の皆さんも自分が親の年代になった時に、身に染みてわかるでしょう。
 卒業式とは、何にもまして、ご家族への尽きせぬ感謝を捧げる儀式であります。
 皆で、親孝行への決意を込め、真心の限りを響かせて、お父さん方、お母さん方に、万雷の大拍手をお送りしようではありませんか!(大拍手)

試練を勝ち越え
 一、きょうは、新時代を照らす希望の太陽と輝く皆さんへ、はなむけとして、第1に「負けじ魂で『英知の光』を磨きゆけ」と申し上げたい。
 先日、南アフリカのマンデラ元大統領から真心あふれるメッセージをいただきました。
 元大統領は、人間の尊厳を踏みにじる非道な人種隔離の撤廃に立ち上がり、27年半もの投獄にも屈しなかった正義の大英雄です。
 牢獄にあっても学び続け、通信教育の大学も誇り高く卒業しています。
 その学び抜いた「英知の光」で、肌の色など問わず、人間が人間として皆で手を携え、共に平和に生きゆく、新たな人類の進路を、明確に示されてきたのです。
 試練があればあるほど、いよいよ輝きを増すのが、真実の「英知の光」です。
 私は、マンデラ元大統領が、ご一家の最もつらい逆境の中でわが子を励ました言葉を、わが負けじ魂の学園生たちに、そのまま贈らせていただきたい。
 それは、「今まで以上に勉学に励み、困難や挫折にくじけず、絶望的なときでも闘うのを諦めてはならない」(長田雅子訳『ネルソン・マンデラ 私自身との対話』明石書店)との叫びであります。
 うれしいことに、学問の探究を貫き通して、見事に博士号を勝ち取った学園出身の英才も、今や300人を優に超えました。
 きょうは、その博士の代表の先輩も、皆さんの祝福に、東西の両校へ勇んで駆けつけてくれています(大拍手)。

語学の翼広げよ
 一、次に、「朗らかに『友情の光』を広げよ」と申し上げたい。
 私は、創価学園を開校した1968年の秋に、日中国交正常化の提言をしました。
 幾多の悪口も圧迫もありましたが、世界の青年たちの平和な未来のためには、お隣の中国とも絶対に友情を結び合わなければならないとの信念からであります。国交正常化が実現して、今年で40周年になります。
 きょう、皆さんの代表が、現代中国の「文学の母」謝冰心《しゃひょうしん》先生のお名前を冠した「冰心青少年文学賞」を受賞されました。
 私と妻の大切な友人であった、この冰心先生は言われております。
 「友誼は大海の燈臺であり、沙漠のオアシスです」(倉石武四郎訳『お冬さん』河出書房)と。
 皆さんも、学園で結んできた世界一の連帯を宝としながら、新しい生活の舞台でも、朗らかに誠実に、そして聡明に、良き友人をつくり、友情の光を広げていってください。
 学園時代に磨いてきた語学の翼を一段と鍛えて、私が開いてきた世界との対話の道を、さらに大きく開いていってもらいたいと思うが、皆さん、どうだろうか(大拍手)。

これからを問え
 一、第3に申し上げたいのは、「たくましく『創造の光』を放ちゆけ」ということであります。
 東西の創価学園に来校された、アメリカのデューイ協会の会長を務めたヒックマン博士が、味わい深い逸話を語ってくださったことがあります。
 アメリカのフロンティア──開拓の最前線の町に、旅人がたどり着くと、最初に聞かれる質問がありました。
 それは「どこから来たか?」ではありません。「これからどこへ行くのか? 何をするつもりなのか?」という一点だったというのです。
 大事なのは、「これからどうするのか」ということです。
 失敗しても、くよくよしない。思うようにいかなくとも、へこたれない。たくましく、辛抱強く、努力し、工夫し、苦労し、挑戦を続けることです。
 そこに、必ず必ず、これまでにはなかった新しい価値を創造していくことができるからです。
 わが学園生には汲めども尽きない創造力があり、開拓力があります。ヒックマン博士も、学園生の発する「創造の光」を誉め讃えてくださった一人であります。
 どうか、皆さんは胸を張って、自分にしか発揮できない、偉大な「創造の光」を、自分らしく思う存分に輝かせていってください。
 そして、苦しみ悩んでいる人々のために尽くし、この世界をより明るく前進させていっていただきたいのであります。
 一、ともあれ、教育で結ばれた人間の絆は、不滅です。
 なかんずく、創立者と学園生との絆は、いついかなる時も一体であり、未来永遠に不二であります。
 私は妻と共に、毎日毎日、大事な大事な学園生の皆さんが、健康で楽しく、幸福と栄光の凱歌をあげゆく人生であれと、真剣に祈り抜いています。
 ますます元気で、私の命であり、分身である学園生を、陰に陽に守り支えながら、一人一人の最高の大勝利のために、力の限り、エールを送り続けていく決心です。
 学園生は、勝つために躍り出てきました。私と共に、母校と共に、何ものも恐れず、断固として生き抜き、学び抜き、そして勝ち抜いていこうではありませんか!
 わが愛する誉れの学園生、万歳!
 心はいつも一緒の学園生、万歳!
 大切な大切なお父さん、お母さん、万歳!
 そして、偉大なる勝利の歴史を創りゆく卒業生、万歳!(大拍手)
2012-03-19 : スピーチ・メッセージ等 :
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中央アジア キルギス共和国 ビシュケク人文大学「名誉博士号」授与式への謝辞

中央アジア キルギス共和国 ビシュケク人文大学「名誉博士号」授与式への謝辞
              (2012.3.14 創価大学本部棟)

 中央アジア・キルギス共和国のK・カラサエフ記念ビシュケク人文大学から、創価大学創立者の池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長に「名誉博士号」が贈られた。これは、世界に平和と寛容の精神を広めることに大きく寄与してきたSGI会長の功績を讃えるもの。授与式は14日、東京・八王子市の創大本部棟で行われ、アブディルダ・ムサエフ総長、エルミラ・タシバルタエワ総長夫人、伊藤広宣総長顧問らが出席。ムサエフ総長から山本創大学長に「名誉博士号」の学位記などが託された。

ムサエフ総長の授与の辞


真実の人間はいかに生きるべきか?
人類の幸福へ不屈の精神で闘う池田博士こそ輝く模範


 本日は、キルギス共和国の人文系の大学をリードするK・カラサエフ記念ビシュケク人文大学より、20世紀・21世紀の世界的なヒューマニストである池田SGI会長に名誉博士号を授与させていただく栄誉に預かりました。
 池田博士は、日本のみならず、国外でも、人類の平和と幸福のた。めに永遠の普遍的価値を世界に広めるべく献身的に尽力される闘士として、その名を馳せておられます。
 文化交流を通じて民族間の調和と相互理解を進め、友好・協力関係を構築するために、池田博士は、創価学園や創価大学、民音、東京富士美術館など、数々の学術・文化機関を国内外に設立されました。
 博士が撮影された写真展の世界各国での開催、詩歌や文学作品の執筆、世界の名門大学での哲学をテーマにした講演など、池田博士の多角的な活動は、まさに、平和思想や寛容の精神、および友好の拡大に大きく寄与しています。
 私たちは皆、池田博士の深い思想に学ぶべきであると訴えたいのであります。
 博士は、著名な学者や哲学者、社会活動家、作家と多数の対談を編まれ、人類にとって重要な問題について論じ、その解決策を模索されています。
 わがキルギスを代表する大文豪・アイトマートフと編まれた対談集『大いなる魂の詩《うた》』の中でも、人類が何世紀にも渡って取り組んできたテーマを展開し、語り合われています。
 池田博士の卓越したご功績に対し、世界各国から栄えある顕彰が贈られています。
 これは、自身の行動を通して、地球の安穏を築こうと私たちを触発される方への感謝と尊敬の証しであります。
 私たちと同じ時代を生きる池田大作博士は、茨の人生の道を歩んでこられました。
 これまで、同志の裏切りや周囲からの悪意の嫉妬や中傷などに、深く心労を尽くしてこられました。
 しかし、博士は、高邁な精神と強き使命感をもって、決して負けることはありませんでした。
 そして、何と言っても、池田博士の心には、常に人を慈しむ大感情が脈打っています。
 この激動の世界にあって、人類の調和のために、真の人間がいかに生きるべきか、その輝かしい模範である池田博士に対し、本学の名誉博士号を授与させていただくことは、私にとり、大いなる喜びであり、誇りであります。
 最後に、親愛なる池田大作博士のご健勝と幸薫る人生をお祈り申し上げます!(大拍手)

SGI会長の謝辞(代読)

平和へ新しき精神性の確立を


英雄叙事詩「マナス」の魂

「民衆こそ第一」とせよ!

地球規模で考え、他者を尊敬する心持て


 一、人類の悠久なるロマンの道・シルクロードに輝く「歴史と文化の都」キルギス共和国のビシュケクより、偉大な人間教育の大指導者をお迎えでき、これほど嬉しいことはありません。
 千年の昔、この「文明の大十字路」で不滅の言葉を紡いだ大詩人バラサグンは詠いました。
 「ありとあらゆる人々と
 交流し 語り合い 集まり
 友好を深めよ!」
 この1月、貴国と日本は、外交関係の樹立より晴れて20周年を迎えました。
 私たちは、敬愛してやまぬ貴共和国とのさらなる平和友好への決意を込めて、宝の先生方を熱烈に歓迎申し上げたいのであります(大拍手)。
 一、貴ビシュケク人文大学は、20世紀の大言語学者クセイン・カラサエフ先生の名前を冠しておられます。
 いかなる悪口罵詈にも、微動だにしなかった、この信念の大碩学は獅子吼されました。
 「第1に、健康であれ!
 第2に、富み、豊かであれ!
 第3に、全人民よ、平安であれ!
 青年には深き知識と勤労を!」と。
 私は、貴大学に脈々と流れ通ってきた高邁なる精神性と人間性を心に強く刻みつつ、最大に意義深き栄誉を謹んで拝受させていただきます。
 誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

青年よ英知の松明を燃やせ

「智慧の炎」で闇を照らせ!

 一、貴大学が高らかに掲げておられる「人文」の価値は、今、青年をリードする確固たる哲学の不在が憂慮される世界にあって、さらに重要な使命を担い立つ時代を迎えております。
 人類の心を結び合う機軸となり、平和と共生への行動の規範となる文化や芸術など、幅広く「人文」の価値をめぐって、貴国の誇る文豪アイトマートフ先生と縦横に語り合ったことは、私の忘れ得ぬ歴史であります。
 アイトマートフ先生が強調されていました。
 ──それは、「地球規模で思考する」とともに、「それぞれの民族が生み出した文化や言語や芸術を心から尊敬する」ことであり、そして「未来を見つめる力を持つ」ことであります。
 先生は、「これを、現代人の新たな精神性として打ち立てることができれば、地球の平和を守る確かな砦を築くことができる」と展望されておりました。
 その揺るぎない人文と教育の「平和の砦」を、キルギスの大地に厳然と築き上げてこられたのが、ここにお迎えしたムサエフ総長なのであります(大拍手)。
 共に、教育こそを「人生の総仕上げの事業」と定めた一人として、私が深く感銘を受けた、ムサエフ総長の叫びがあります。
 「長い人生を燃え続け、いよいよ燦然と光を放ちゆくために、教育は、学生の英知の『松明』を燃やし続ける責務がある」と。
 そして、総長ご自身が、わが生命を完全燃焼させながら、人間教育の「松明」を明々と燃やし続けておられるのであります。
 東洋の生命哲学の真髄では、生命の智慧の働きを火に譬え、大きく二つの意義があると説いております。
 すなわち第1に、いかなる深い迷妄の闇も照らし晴らして、希望の進路を示す力であります。
 そして第2に、いかなる試練の苦悩も燃やして、新たな創造と前進のエネルギーに転ずる力であります。
 私たちの「創価教育」の「創価」とは、この智慧の炎を、一人一人の生命から発火させながら、幸福へ、平和へ、勝利へ、偉大な価値を創造していくことであります。
 まさに、貴大学の教育理念と一致しているのであります。

正義によって立つ人は強い

 一、いかにして、この智慧の炎を燃え上がらせていくか。
 世界の口承文学の至宝と光る貴国の英雄叙事詩『マナス』にも、その重大な示唆が宝の如く満ち満ちています。
 じつは、総長の父君は、この『マナス』の研究の大家であられました。
 父君が長年、所長を務められた「国立マナス文芸文化研究所」から2001年、尊き顕彰を賜りましたことも、私のこのうえない光栄であります。
 なぜ、主人公の英雄の「マナス」が、民衆をリードすることができたのか?
 父君は明確に結論なされました。
 「何よりも、自身の正義を深く確信し、民衆の幸福を第一義としてきたからである」と。
 私も心からの賛同を禁じ得ません。
 真の正義によって立つ人間は強い。何倍、何十倍、いな何百倍もの智慧の炎を燃え上がらせ、そこから発する大いなる光によって、闇を打ち破ることができるからであります。
 さらにまた、「民衆の幸福のために」という一点に徹し抜く時、智慧の炎を尽きることなく、燃やし続けることができるのではないでしょうか。
 時代の闇はますます深い。難問も山積です。だからこそ我ら創価大学も、貴国の知性の先生方と手を携え、いやまして智慧の光を放ち、智慧の炎を燃え上がらせていきたいのであります。

キルギスの詩人
母は太陽のごとく快活!

春のように麗しき母よ
 一、私は、青春時代から詩歌を愛する一人として、世界の多くの名詩を学び、口ずさんでまいりました。創大出身の英才が、自らが感動した詩を翻訳して、届けてくれることもあります。
 高名なキルギスの詩人ドゥイシェンブブ・ジャマンサルトワ先生の詩も愛誦してまいりました。
 現在、日本に赴任されているリスベク・モロドガジエフ大使の母君であられます。
 この先生は「春のように麗しき母たち」と題する詩の中で、高らかに謳い上げておられます。
 「母たちは太陽の力を得たように快活なり」
 「母の心は気丈なり
 智慧を育み喜びを広げゆく母に
 大いなる尊敬を捧げたい」と。
 私は、この詩を、崇高な「教育の母」として貢献してこられたタシバルタエワ令夫人に謹んで捧げさせていただきたいのであります(大拍手)。
 とともに、わが創大・短大・学園、さらに、アメリカ創大に、わが子を送り出してくださっている尊きお母様方にお贈りさせていただきます。
 なお、きょうは、貴大学で総長顧問として活躍する創大15期生の伊藤広宣君も、母校に凱旋してくれました。本当に嬉しい。ありがとう!(大拍手)

生まれたのは何のためか
 一、まもなく、凛々しき卒業生たちが巣立ちます。東日本大震災が起こり、揺れ動く社会の中、皆、本当によく頑張ってくれました。
 愛する卒業生の皆さんをはじめ、わが創価の青年たちと共に、私はキルギスの誇る『マナス』の一節を、命に轟かせたい。
 「父から生まれたのは、何のためか。
 それは、栄光の道を歩むためなり!
 母から生まれたのは、何のためか。
 それは、勇者の道を歩むためなり!」
 ムサエフ総長ご夫妻はじめ、ご列席の皆様の益々のご健勝を心よりお祈り申し上げます。
 偉大なる太陽の国キルギス共和国、万歳!。
 誉れの貴・国立ビシュケク人文大学に、永遠無窮の栄光勝利あれ!
 チョン・ラフマット!(キルギス語で「誠に、ありがとうございました!」)(大拍手)
2012-03-19 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.69/70

随筆 我らの勝利の大道 No.69/70   
              (2012.3.11/12付)
東北福光の春

被災者の皆様と共に祈り 共に生きる

「心の財」は試練の冬を耐えて輝く


今こそ「民衆の安穏」第一の時代を


 断固して
  この世の使命と
    東北に
  凱歌の道を
    いざや開けと

 苦難に耐え、前へ進み抜く青年の勇気が凛と光る。
 喜びも悲しみも分かち合い、共に乗り越えゆく励ましの絆が幾重にも広がる。
 そして試練の風雪にも、偉大なる信仰を貫き通す民衆の連帯が、未来を照らす希望の太陽と昇る──。
 これこそ、我らが誇りと仰ぐ“東北の凱歌の人びと”である。
 古代ローマの哲人セネカは不屈の人に感嘆した。
 「苛酷極まる不幸にも雄々しく立ち向かって、他の人ならば屈服されるような災いを打倒する人は、その苦難そのものを、あたかも名誉の記章のように身に帯びているのです」と。
 東北健児なればこそ、ここまで耐えられたのだ。
 東北家族なればこそ、ここまで復興できたのだ。
 真実の信心とは、何か。それは、難を越え、宿命を越え、さらに悠々と堂々と、広宣流布に前進しゆく負けじ魂のことである。
 その真髄を、東北の同志が示し切ってくれている。
 すべて御本仏・日蓮大聖人が、また三世十方の仏・菩薩が御照覧であることは絶対に間違いない。

希望の法理を証明
 厳寒の東北にも、まもなく春が来る。忍耐の冬を勝ち越え、満々たる「福光」の春が必ずやって来る。
 3月11日。東日本大震災から1年──。
 あの日、午後2時46分、マグニチュード9・0の大地震が起こり、大津波が続いた。東日本、特に東北の太平洋沿岸を中心に甚大な被害を受け、死者は1万5854人、行方不明者は3155人(10日現在)に上った。さらに深刻な原発事故を併発した。
 この震災で突然、愛する家族や友人を失った方々の苦衷はいかばかりか。生活基盤を奪われた方々、避難生活の方々、故郷を離れざるを得なかった方々の辛労はいかばかりか。筆舌に尽くすことはできない。
 だからこそ、私も妻も、被災者の皆様方のことを、いつも、心の一番真ん中に置き、どこまでも、共に共に生き抜く決心である。
 今、あらためて、亡くなられたすべての方々に哀悼の意を捧げるとともに、深く深く追善回向の題目を送らせていただきたい。
 そして、苦闘されている皆様の健康を案じない日はない。諸天よ諸仏よ、わが宝の友を守りに護れと、強盛に祈り抜いている。
 妙法の功徳は「生生《しょうじょう》に失《う》せじ世世《せぜ》にく(朽)ちざらむかし」(御書968ページ)と説かれる。
 「心の財」は不滅である。妙法流布に戦い抜いた歴史は、何があっても消えない。その福徳は一家眷属を包み、「冬は必ず春となる」との希望の法理が爛漫と証明されていくのだ。
 宮城県石巻市のある母は、最愛の娘さんを津波で亡くされた。遺品を整理するたび、あふれる涙を止めることができなかった。
 だが唱題を重ね、母は、やがてある結論に至った。
 ──自分は娘の「後継者」なのだ。人に勇気を贈れる明るい女性になりたいと語っていた娘の分まで、断じて生き抜くのだ、と。
 日蓮大聖人は、わが子を亡くした母に、「南無妙法蓮華経と申す女人の・をも(思)う子に・あわずという事はなし」(御書1576ページ)と約束してくださっている。

生死不二の旅路

 生命は永遠であり、生死は不二であるがゆえに、亡くなった家族は、わが胸に一体である。「後継者」として生きることは、亡き家族の志を、最も強く、最も尊き力に変えることである。そして広宣流布に邁進しゆく人の唱題こそが、故人への最大の追善回向となる。
 御書には「同じ妙法蓮華経の種を心に・はら(孕)ませ給いなば・同じ妙法蓮華経の国へ生れさせ給うべし」(1570ページ)とも仰せである。
 亡くなった我らの祖父母も父母も、我らの兄弟姉妹も、我らのいとし子も、そして大切な友人たちも、皆、生死を超えて、私たちと共に広宣流布の大陣列に連なっている。心と心で語り合いながら、常楽我浄の生命の旅を一緒に進めていけるのである。
        ◇
 福島出身の世界的な歴史学者・朝河貫一博士は、
 「われも世をてらす星とならむか」と詠じた。
 愛する東北の同志は、勇敢に深い苦悩の闇に飛び込みながら、友を照らす金星と光り、明星と輝いてきた。

総仕上げを頼む!

 すでに半世紀前、私は「広宣流布の総仕上げは東北健児の手で!」と呼びかけていた。誰よりも誠実な東北同志の底力に全幅の信頼を込めて、師弟のバトンを託していたのである。
 東北の皆様方は、あまりにも厳しき労苦の366日を、耐えて耐えて耐え抜いてこられた。誰もが、言い知れぬ艱難の昼と夜を一緒に歩んできた盟友であり、「負げでたまっか!」「頑張っぺ!」と励まし合ってきた仲間である。
 「東北人」──その名は“不屈の人びと”として、永遠に世界を鼓舞し続ける光源となるに違いない。
        ◇
 その厳たる事実として、「新時代の二月闘争」を勝ち飾る栄光の実証を、東北各県が打ち立ててくれた。
 なかでも、それは日本一の「聖教新聞」の拡大──勇気と希望の言論戦の広がりに顕著であった。
 先駆を切ってくれたのは、私と共に30年前に破邪顕正の勝利宣言を放った秋田の友である。
 さらに被災の激しかった宮城が、岩手が、福島が大躍進を遂げてくれた。広布の理想郷・山形も、人材の森・青森も、大勝利の勝鬨を轟かせてくれている。
 東北の友の尊き奮闘は、聖教紙上の連載「東北福光新聞」等の報道や同志の肉声を通し、多くの人びとに生き生きと伝わっている。
 その聖教を、自らも苦難に遭いながら、避難所へ、被災者のもとへと配達し続けてくださった多くの“無冠の友”がおられる。温かい励ましの声を、近隣・地域の方々に届けてきた“庶民の王者”がおられる。
 青年たちも立派に戦い、逞しく成長している。
 全国の友、全世界の地涌の同志たちが、各地の座談会や折伏の現場で、東北の友の大活躍を、わが誇りとして讃え、語っている。
 あれが本当の信心だ!
 あれが人間の強さだ!
 あれが師弟の戦いだ!
 苦悩に負けない被災地の皆様の日々の姿そのものが、信仰の偉大さを何より雄弁に実証する力なのだ。
 「一番つらいことを乗り越えた人こそが、皆を救っていけるのだ」との戸田城聖先生の言葉が蘇る。

 猛吹雪
  胸に耐えゆき
    御仏の
  使い尊き
    君に幸あれ

人間革命の連帯を
 日蓮大聖人は、「正嘉の大地震」を直接の契機に、「立正安国論」を著され、大難を覚悟の上で国主諫暁に打って出られた。大地震が起こった時、大聖人は御年36歳であられた。
 打ち続く災難に苦しみ悩む民衆を救うために、若き師子王として、国家の宿命転換を担い立たれたのだ。
 そして、この「立正安国」の大精神を現代に展開されたのが、我が恩師に他ならない。
 「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」
 私が綴る小説『人間革命』の主題は、師から魂に打ち込まれた大哲理である。
 世界が東西の冷戦に引き裂かれ、核戦争の危機さえ迫る中で、『人間革命』の執筆を開始した。とともに、戸田先生の不二の弟子として、民衆の幸福と人類の共生への誓願を込め、世界へ平和・文化・教育の連帯を広げていった。
 その行動を見つめてくださっていたのが、大歴史家トインビー博士である。
 博士は英語版『人間革命』に寄せて言われた。
 「宿業転換が可能であるとの信念は、不屈の精神的努力への励みとなり、社会的に重大な結果をもたらすのである」と。
 博士ご自身、戦争で多くの学友を失われている。最愛の子息にも先立たれた。
 その博士が、仏法の「宿命転換」の法理に強き賛同を寄せられ、文明史的・世界史的な観点から論じられた意義は、まことに深い。
 トインビー博士はかつて次のように示されていた。
 「社会はその生涯において、つぎつぎにいろいろの問題にぶつかる、そして各成員はそれぞれ最善の方法でそれらの問題を解決してゆかなければならない」
 東北の同志は一人ひとりが、いかなる難問にも屈しない、わが生命の智慧と力を発揮しながら、人間革命のスクラムを広げている。そして愛する郷土に襲いかかる「挑戦」に、真っ正面から「応戦」している。
 トインビー博士ならば、必ずや新たな文明の夜明けを、この東北の雄渾の魂に見出されるであろう。
 以前、東北青年部の有志たちが、トインビー博士の研究を重ね、素晴らしい展示を行ってくれたことも、感慨深く思い起こされる。

転換期を切り開け
 時代は大きな曲がり角にある。いな、現代の文明そのものの転換点に立っているといって過言ではない。
 何のための国家か。
 何のための政治か。
 何のための経済か。
 何のための科学か──。
 一切を根底から立て直すべき時が来ている。
 「人間の幸福」第一の励ましの社会へ!
 「民衆の安穏」第一の平和の世界へ!
 「生命の尊厳」第一の共生の世紀へ!
 そのために「立正安国」の不滅の大哲学を掲げて、東北の友と一緒に悩み、一緒に歩み、一緒に戦うのだ。

セネカの言葉は『セネカ 道徳論集(全)』茂手木元蔵訳(東海大学出版会)。朝河貫一は阿部善雄著『最期の「日本人」──朝河貫一の生涯──』(岩波書店)。トインビーの2つ目の言葉は『トインビー著作集1』所収「歴史の研究1」長谷川松治訳(社会思想社)。


「題目の光」は苦悩の闇を破る

不屈の青年と民衆こそ「希望」

「励ましの絆」を世界へ 未来へ!

 千仏が
  友を守らむ
    三世まで
  家族も護らむ
    幸福城へと

 この3月11日、東北6県の43会館での「福光勤行会」をはじめ、日本全国、全世界で、東日本大震災の全犠牲者の方々へ追善回向の祈りが捧げられた。
 「御義口伝」には明確に仰せになられている。
 「今日蓮等の類い聖霊《しょうりょう》を訪《とぶら》う時 法華経を読誦し南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光 無間《むけん》に至りて即身成仏せしむ」(御書712ページ)
 「題目の光」こそ、あらゆる人の生命を輝かせ、三世永遠に救いきっていく根源の「福光」である。
 私たちが真心込めて送る追善回向の題目は、いかなる悲嘆の闇も打ち破り、亡くなられた方々を、必ずや赫々たる光で黄金に照らしゆくに違いない。
 大聖人は、「悦ばしい哉一仏二仏に非ず百仏二百仏に非ず千仏まで来迎《らいごう》し手を取り給はん事・歓喜の感涙押え難し」(同1337ページ)ともお説きになっておられる。
 「千仏」に手を取られるとは、家族はもちろん、多くの同志の無数の題目に包まれ、守られる姿にも通じよう。

皆が勝利の大樹に
 戸田先生は言われた。
 ──我々が題目を唱える会座は、そのまま寂光土であり、亡き家族や同志の生命も、そこに厳然と連なっている。かりにも苦しみの業火を浴びていようと、必ず必ず成仏の仏果を得ることができるのだ──と。
 故人の成仏の証しは、目に見えて現れる。一つは、皆から惜しまれ偲ばれる。そして、もう一つは、後継の家族がますます明るく勝ち栄えていくことである。
 その意味において、「福光勤行会」の会場に満ちあふれた東北家族の新生の息吹を、私は何より有り難く、何より嬉しく伺った。
 復興の道のりは、まだまだ厳しい。今なお、避難者数は約34万人に上り、家族が離散して暮らす方々も数多くおられる。互いに支え合う人間の連帯が、今ほど求められる時はない。
 だからこそ、創価のスクラムがいや増して光る。避難中の友とも心一つにつながり、励まし合う同志の絆は、何よりも強く温かい。
 大震災の翌日(12日)未明、震度6強の地震に襲われた長野県北部・栄村《さかえむら》の友も、粘り強く、復興へ戦い続けておられる。
 「負けじ魂」は、創価の全同志を結ぶ大精神だ。
 今回、東北の被災地域の会館に、“福光桜”などが植樹された。未来部から多宝会まで、皆が勝利の大樹を育てゆく決意を託して、順々に土をかけ、水を注ぐ麗しい光景も見られた。
 ご自身も津波で最愛の家族を亡くされながら、同志の激励に奔走し続けてこられた宮城県のある壮年リーダーは、当日の天気を祈ってくださった婦人部・女子部への感謝を込めて、こう報告してくれた。
 ──1年前のこの日は、寒く暗く、雪でした。
 しかし、本日、雪から曇りになり、勤行会の時には晴れ、さらに植樹の時には陽光に包まれたのです。まさに「冬は必ず春となる」(同1253ページ)の御金言を実感できる集いとなりました。必ず福光勝利して、お応えしてまいります──と。

 とにかくも
  共に唱題
   ひとすじに
  冬は必ず
    春の旅かな

 日蓮大聖人は、けなげな女性門下に仰せである。
 「百千万年くら(闇)き所にも燈《ともしび》を入れぬればあか(明)くなる」(御書1403ページ)
 ひとたび妙法を唱えれば、どんなに長く無明の闇に覆われてきた生命であっても、仏界という太陽が豁然と輝きわたる。
 仏法者の対話と行動は、この太陽の光と熱を惜しみなく、わが友、わが郷土、わが世界に、降り注いでいくことに他ならない。

地域の友のために
 福島県のある女子部の友は、原発事故で散り散りになったメンバーと一人ずつ連絡を取り、希望の励ましを送り続けている。
 宮城県の男子部の友は、自宅が流された敷地に、地域社会の皆に大いなる勇気を送る看板を打ち立てた。
 “復興のシンボル”ともなった、この大看板の前に、3月11日の朝、決意も新たに青年たちが集った。その雄姿の写真を拝見し、私は胸を熱くした。
 震災の日、岩手県の病院で、研修医としての最終日を迎えていた青年もいる。わが創価学園に学んだ彼は、幼き日に弟を亡くした経験から医師を目指した。被災地での医療活動に献身し、今、県内で小児科医として活躍している。
 英語教師として東北に赴任していた、アメリカ創価大学(SUA)卒業の女性は、あえて被災地にとどまり、生徒を励ましながら、ボランティアとして尽力した。国際交流の仕事に携わる経験を生かし、通訳として在日外国人の支援に奔走した東北出身のSUAの同窓生もいる。
 震災直後、東北各地はもとより、信越や関西からも、さらに北海道、東京、関東などからも、真心の救援物資が届けられた。学会本部がその支援の中軸となり、会館を拠点として、多くの青年部の勇者たちが献身的に奮闘してくれた。
 かつて阪神・淡路大震災(1995年)や新潟県の中越地震(2004年)、中越沖地震(2007年)を乗り越えてきたからこその、迅速な行動であった。
 さらに、全国、全世界の友から寄せられた、言葉に尽くせぬ励ましも、断じて忘れることはできない。
 わが息子、わが愛娘である青年部の皆さんの不撓不屈の勇舞を、私は感涙とともに、最大の誇りをもって胸奥に刻みつけている。
        ◇
 青春に
  つみし福運
   生涯に
  薫るは たしかと
   今日も指揮とれ

 自分も苦しい。悲しい。辛い。その涙も涸れるような悲嘆の中で、自分だけではない、自分は一人ではないと、周りに目を向ける。
 「同苦」──それは、人間の最も強い生命の絆に気づかせ、蘇らせてくれる。苦しみを共にする。そこから、共に立ち上がる力が生まれるのだ。
 今、被災地では、多くの青年部の友が、個人の悲哀を「人を支える力」「人を救う力」に変えて戦っている。幾重にも襲う生活の辛苦を、新たな社会を構築する力に変えゆこうと心を合わせている。
 現実に向き合い、渾身の勇気で踏み出したその一歩こそが、新しい未来の道を開いていく。
 アルゼンチンの人権の闘士であるエスキベル博士は厳然と語ってくださった。
 「私は、この未曽有の危機のなかにあっても、こう強く叫びたいのです。
 『希望』はある──と。それは、いったい何か。創価学会です。そして、師の薫陶を受けた青年たちです」
 私は訴えたい。大震災を乗り越えゆくなかで、幾多の同志が地域の方々と共に紡いできた軌跡を、人類史、なかんずく、広宣流布の不滅の歴史に、断じて刻印すべきである、と。そして、永遠に語り継いでいくべきである、と。
 東北の激闘を、青年の力闘を、創価の底力を、日本中、世界中の友の真心の支援を、尊極の宝として残していかねばならない。
 この凛々しき青年たちが希望なのだ。この不撓不屈の民衆こそが希望なのだ。
 
音楽・芸術の力で
 わが東北音楽隊は、大震災の翌月から、各地で演奏会を開き、避難所の方々に勇気と希望の曲で励ましを送ってくれた。あまりにも健気な、この若き楽雄たちの妙音の演奏の響きは、私の胸からも離れない。
 「言葉が表現する力のなくなったところ、そこから音楽がはじまる。いうにいわれぬもののために、音楽が作られる」
 本年、生誕150周年となるフランスの作曲家ドビュッシーの信念である。
 苦難を前に絶望を希望に変える音楽の力、芸術の力は、まさしく偉大である。
 結成50周年を迎えた芸術部の友たちも、その真髄の大力《だいりき》を遺憾なく発揮して、被災地の支援にも先頭に立ってくれている。
 民衆と苦楽を分かち合う、誠実一路の励ましの芸術家たちに、諸仏も諸天も、万雷の大喝采を送っているに違いない。

共々に無上の道を

 我ら創価の絆は、今世を超えて、三世をもつなぐ金剛不壊の絆である。わが胸中に湧きあがる仏の生命は、無限にして無窮の力を秘めている。
 「負げでたまっか!」と不撓不屈の不死鳥の魂を持ちたる東北の友よ!
 愛する皆様方の勝利が、「妙とは蘇生の義」(同947ページ)の永遠に輝く証明であり、人類の希望の夜明けである。
 さあ、今日も、明日も、私と共に進もう!
 新生・東北の「福光」の春へ! 仲良く、共々に、勇み舞いゆくのだ!
 久遠の師弟の誉れを胸に、世界が仰ぎ見る人材爛漫たる民衆勝利の大城を築きゆこうではないか!
 これこそが、誰にもまして信頼する東北健児に、私が託した「広宣流布の総仕上げ」であるからだ。

 三世まで
  共に共にと
   この世をば
  常楽我浄の
   無上の道ゆけ

 ドビュッシーの言葉は平島正郎著『ドビュッシー 大音楽家/人と作品12』(音楽之友社)。
2012-03-18 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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第15回農漁村ルネサンス体験主張大会へのメッセージ

第15回農漁村ルネサンス体験主張大会へのメッセージ            (2012.2.25/26)


皆の「希望の太陽」と輝け 「私は絶対に負けない」と

 東北の復興、そして日本の新生へ、全国を結んで、希望と勇気の光を贈りゆかれる農漁村のルネサンス体験主張大会、誠におめでとうございます。
 寒い中、また御多忙のところ、各地の会場にお越しくださった御来賓の皆様、友人の皆様に、私からも心より感謝申し上げます。
 役員として支えてくださっている皆様も、本当にありがとうございます。
 発表される4人の方々の素晴らしい体験主張の内容を、私も心で感涙しながら伺いました。それぞれに、言葉に尽くせぬ試練に直面しながら、よくぞ戦い抜いてくださった。そして、よくぞ勝ち越えてくださった。
 この尊い体験の中に、今の時代に最も大切な勇気も智慧もある。さらに、忍耐も人間の絆も、一切が含まれていると感ずるのは、私一人ではないでありましょう。
 ロシアの大文豪トルストイは語りました。
 「農作業を困難だと思えば、それは苦しみとなる。しかし、喜びだと理解すれば、それは喜びとなり、人間か得ることのできる最高の栄誉が贈られるであろう」と。
 この4人の方々をはじめ、わが農漁光部の皆様が、あの地でもこの地でも、苦難に立ち向かって勝ち開いてこられた歓喜と信頼の実証こそ、まさしく、トルストイも讃える「人間の最高の栄誉」ではないでしょうか。
 仏典には「少しも恐れる心があってはなりません。夏と秋と冬と春の四季の変わり目には、必ず、それまでとは異なることがあります。凡夫が仏になる時もまた同じことです。必ず三障四魔という障害が出てくるので、賢者は喜び、愚者は退くとは、まさにこのことなのです」(御書1091ページ、趣意)と説かれております。
 「賢者は喜び、愚者は退く」であります。
 いかに分厚い壁が立ちはだかろうとも、喜び勇んで前へ進み、家族のため、友のため、地域のため、社会のため、未来のために、断固として打ち破ってみせる。
 そして、いかなる苦しみも楽しみに変えながら、皆を幸福と安穏へ、平和と共生へ、厳然とリードしていく。
 これが「賢者の中の大賢者」の生き方であります。
 この「生きる喜び」と「絶対勝利」の原動力こそ、正しき生命尊厳の信仰なのであります。
 デンマークの「復興の父」と讃えられる、教育者グルントヴィは詠いました。
 「太陽は農民とともに起きて昇る……太陽はつま先から頭のてっぺんまで最良に照らす/外で働く者をいちばんに」(小池直人訳『生の啓蒙』風媒社)
 誇り高き農漁光部の皆様の生命こそが、太陽そのものです。
 さあ、朗らかな「希望の太陽」「勇気の太陽」として、「私は負けない!」「我らは絶対に負けない!」と、愛する郷土の大地を照らし、大海原を照らし、人々の心を赫々と照らしながら、共々に前進していこうではありませんか!
 終わりに、出席くださった皆様の御健勝と御多幸を心からお祈り申し上げます。
 そして、東北の被災地の方々の一日も早い復興、さらに日本全国の豊作と豊漁を祈りに祈って、私のメッセージとさせていただきます(大拍手)。

       戦う「農漁光部」の一員 池田大作
2012-03-11 : スピーチ・メッセージ等 :
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新時代第56回本部幹部会/全国壮年部幹部会/全国青年部幹部会へのメッセージ

新時代第56回本部幹部会/全国壮年部幹部会/全国青年部幹部会へのメッセージ
         (2012.3.3 東京戸田記念講堂)

 さあ誓願の「3・16」から栄光輝く「5・3」へ前進!──「青年勝利の春」「華陽爛漫の春」の開幕を告げる「新時代第56回本部幹部会」が3日、「全国壮年部幹部会」「全国青年部幹部会」の意義を込め、巣鴨の東京戸田記念講堂で開催された。これには原田会長、正木理事長、杉本婦人部長をはじめ全国の代表が60カ国・地域、250人のSGI(創価学会インタナショナル)の友と出席。東日本大震災から1年を迎える中、〝福光の春〟を開く東北の同志の代表も参加した。池田名誉会長は記念のメッセージを贈り、「励ましの拡大」こそが広宣流布であり、「立正安国」の理想を実現する道であると強調。幸福と平和の社会を勝ち開く、希望の対話を広げようと呼びかけた。

妙法の師弟は永遠に一体不二

ようこそ! 海外の尊きリーダー
皆様ありてSGIは盤石
あの友この友に勇気の光を!


アフリカの人権の巌窟王・マンデラ元大統領
栄光は決して屈しない人に

 一、わが全同志の偉大な奮闘によって、明るい明るい、希望に燃えた「青年勝利の春」。そして「華陽爛漫の春」を迎えることができました。
 青年部、おめでとう!(大拍手)
 新時代の2月闘争を見事に飾ってくれました。ありがとう!
 海外の尊きリーダーの皆さん方も、寒い中、本当にようこそ、おいでくださいました。
 これからの世界広宣流布を担い立つ皆さん方のことは、一人一人、うかがっていますし、よく分かっております。
 皆さんありて、SGI(創価学会インタナショナル)の未来は盤石なりと、私は声を大にして叫びたいのであります。重ねて歓迎申し上げます(大拍手)。

万雷の大拍手を
 一、わが愛する東北家族の皆さん!
 大震災より1年。本当に、よくぞよくぞ戦い抜いてくださいました。
 最大の苦難にあって、最大の勇気を奮い起こして、人のため、地域のため、未来のために尽くし続けてこられた、あまりに崇高な皆さん方を、日蓮大聖人も、また三世十方の仏菩薩も、いかばかり讃嘆しておられることでありましょうか。
 そのお心を心として、私たちは、誉れの東北の全同志に、万雷の大拍手をお贈りしようではありませんか!(大拍手)
 一、私も元気で、皆さん方を守るために、祈り、戦っています。法華経の行者として、世界の広宣流布のために、悠然と指揮を執っています。
 昨日(2日)は、アフリカの人権の巌窟王・マンデラ元大統領からも、真心あふれるお便りをいただきました。
 今年、94歳になられる元大統領は、私より10歳先輩です。
 共々に全世界の青年たちのため、さらに大きく道を開き切っていこうと、連携を取り合っております。
 元大統領の獅子吼を、私は壮年部の戦友たちに伝えたい。
 「栄光とは、現実が暗く冷酷に見える時でさえ真実を貫き、何度も挑戦し続け、中傷や屈辱、そして敗北にも決して屈しない人々に備わるものである」と。
 わが壮年部に、栄光あれ! 勝利あれ! と祈ります。

この絆ある限り
 一、きょう、私は、皆さん方と一緒に宣言したいことがあります。それは、「幸福は励ましの絆から広がる」ということであります。
 大聖人は、最愛の家族を亡くして悲しむ一人の母に、「法華経をたも(持)ちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候ぞ」(御書1504㌻)と励まされました。
 いかに深い苦しみの暗闇も、幸福の光り輝く世界に変えることができる。これが妙法の大哲学です。
 この妙法を唱え弘めながら、一人一人に「どんな宿命も必ず転換できる」「どんな人も絶対に幸福になれる」と言い切って、励まし抜いてきたのが、我ら創価の師弟であります。
 この励ましの拡大こそが、大聖人から託された「立正安国」の理想を実現する道でもあります。
 民衆の励ましの絆がある限り、いかなる災難も共に乗り越え、共々に幸福と平和の社会を勝ち開いていけるからです。
 今、出口の見えない長いトンネルのような時代であるからこそ、私たちは、いよいよ、はつらつと、励ましの対話に打って出て、あの友にも、この友にも、仲良く朗らかに、勇気と希望の光を贈っていこうではありませんか!(大拍手)

芸術部結成50周年 おめでとう!

ベートーベン
人を幸福にする以上に立派で気高いことはない

 一、励ましの名優であり、大歓喜の笑顔を広げてくれる芸術部の皆さん、いつもいつも、ありがとう!
 晴れの結成50周年、誠におめでとう!
 心より感謝し、お祝い申し上げます(大拍手)。
 かつて、苦悩を突き抜けて魂の凱歌を奏でたベートーベンは、晩年、自らのもとを訪ねてきた一人の少年を、抱きかかえて励ましました。
 「ほかの人たちをたくさん幸福にしてやりなさい。これ以上に立派で気高いことはないのだよ」(佐々木斐夫・原田煕史訳、『ロマン・ロラン全集25』みすず書房)と。
 この少年は、やがて、大音楽家リストとして活躍し、ベートーベンの励ましに報い、応えていったのです。
 大好きな大好きな未来部の皆さんも、大いに学び鍛えて、お父さん、お母さんに親孝行し、大勢の人々を幸福にできる力をつけてください。
 未来部の皆さん、よろしくお願いします(大拍手)。
 一、ともあれ、いつでも、どこにあっても、永遠に師弟は一体であります。
 私も力の限り戦い続けていきます。不二である皆さん方も、一生成仏のため、広宣流布のために、悔いなく戦い抜いてください。そして、師弟の大勝利の歴史を、晴れ晴れと飾っていきましょう!
 大切な大切な皆様方、万歳!
 広宣流布の大闘士であられる皆様方、万歳!(大拍手)
2012-03-04 : スピーチ・メッセージ等 :
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わが教育者に贈る 2

わが教育者に贈る

第2回 教師こそ最大の教育環境なり
            (2012.3.2/3付 聖教新聞)

教育は子どもを信じ抜く戦い

青年教育者の誓願の祈り

全生徒から信頼される先生に
全教職員から信頼される先生に
全保護者から信頼される先生に


 「教師こそ最大の教育環境なり」──これは、私が教育本部の皆さん方と深く共有する信念です。
 まもなく卒業の季節を迎えます。若き命は、学校から巣立っても、お世話になった先生のことは、いつまでも忘れないものです。皆さんの中にも、そうした先生との出会いが教育者を志すきっかけとなった方がいるでしょう。
 私も、この年代になってなお、小学校で担任してくださった先生方のことを、尽きることのない感謝を込めて思い起こします。手島先生、日置先生、竹内先生……先生方が着ていた服の色合いまで、鮮やかに記憶に蘇ります。
 小学5、6年生の担任であった檜山浩平先生は、当時、25、6歳。今の皆さん方と同じく、情熱に溢れた青年教育者でした。
 ある日の授業中でした。私のすぐ後ろに座っていた同級生が突然、具合が悪くなって嘔吐してしまいました。皆、びっくりして、教室中が大騒ぎになりかけました。その時、先生は、すばやくその子のもとへ駆け寄り、介抱しながら、凛とした声で呼びかけました。
 「みんな静かに! 大丈夫だよ」
 その声に安心して、クラスは落ち着きを取り戻しました。さらに先生は、ぞうきんを使って手際よく掃除してくださったのです。
 先生は、とっさの出来事にも少しも慌てず毅然と、しかも、こまやかに、行動してくださいました。
 「先生はすごいな!」
 私の心に、深い感嘆とともに、リーダーの一つの手本が生き生きと刻みつけられました。
 現在、私は、中国教育学会の会長を務められる大教育者・顧明遠先生と対談を進め、中国と日本の教育の課題、また人間教育の理念と実践などを巡り、意見を交換しています。
 両国の教育交流に早くから尽力されてきた顧先生は、福島県にも度々訪問されており、東日本大震災にも心からのお見舞いを寄せてくださいました。
 「福島県の美しい風景、文化教育を今も印象深く覚えております」と振り返られ、参観された模範的な環境教育への感銘も語っておられました。
 私と同年代の顧先生は、戦争で苦しんだ少年時代に、厳として守り育んでくれた先生方への感謝を語られながら、「教育の大計は教師が根本です」と力説されておりました。
 教師の役割について、「子どもたちを愛し、正しい教育方法を常に探求し、知識と人格の両方を育てること」と指摘されるとともに、「教師の生徒への愛は、親子の血縁を超えて、民族への愛であり、人類の未来への愛の表現なのです」とも強調されています。
 顧先生が大震災の被災を案じておられた福島でも、教育本部の方々が、まさに、わが子にも勝る愛情をもって、子どもたちを厳然と守り、育まれています。昨年秋の「東北人間教育フォーラム」で、代表の方が行った素晴らしい実践報告の内容にも、私は感動に胸を熱くしました。
 東北をはじめ全国、全世界で、わが創価の若き人間教育のリーダーたちは、児童・生徒への慈愛を真剣な祈りに込めて、日々努力を重ねています。
 祈りから朝をスタートし、満々たる生命力を湛えて、使命の最前線に颯爽と躍り出る。ここに「仏法即社会」「信心即生活」という日々の充実と勝利を開く根本があります。
     ◇ ◆ ◇
 ある年の春、大学を卒業して教育者としてスタートする学生部の友に、私は、朝の勤行の時に3つの具体的な祈りを心がけるよう、アドバイスをしたことがあります。
 第1に「全生徒から信頼される先生にさせてください」
 第2に「全教職員から信頼される先生にさせてください」
 第3に「全保護者から信頼される先生にさせてください」
 ──以上の3点です。
 心は自在です。祈りも自在です。
 たとえ新任の教員であっても、祈りを通して、「生徒」「教職員」「保護者」という3つの次元から、学校全体のことを、わが一念に納めながら、力強く新風を起こしてもらいたい──そうした願いを託した指針です。
 今回は、この3点を敷衍しながら、今春から教壇に立つフレッシュマンをはじめ、青年教育者の皆さんの何らかの参考になればとの思いで、所感をつづらせていただきます。
 第1は「全生徒(全児童)からの信頼」です。
 子どもからの信頼を勝ち取るには、まず、自分が子どもを信頼することです。すなわち、一個の人格として尊敬し、その可能性を信じ抜くことです。どんな子どもに対しても、公平にこの姿勢を貫いていく時、「一人」の心と、信頼の絆が結ばれる。それが「全生徒からの信頼」に広がります。

どの子も公平に人間として尊重

 私が共に対談集(『明日をつくる“教育の聖業”』潮出版社刊)を刊行したデンマークの著名な教育者・ヘニングセン博士が、教師として心掛けるべきことの第一に挙げておられたことがあります。それは、「才能、能力、考え方に関係なく、あらゆる学生を人間として尊重しなければならない」という点です。
 現代社会は、効率が優先される社会です。いわゆる“優勝劣敗”の原理が働き、さまざまな格差が増幅されてしまう面があります。
 学校も、そうした現実社会の冷たい風波から免れることはできないかもしれません。
 しかし、教育者の慈愛が脈打つ教育現場には、一切を超克して、凍えた子どもたちの心を抱きかかえて、温める人間の情熱があります。
 それこそが「信頼」の力ではないでしょうか。
 創価教育の父・牧口常三郎先生は、若き日、辺地で貧困に苦しみ、恵まれない境遇の子らの教育に体当たりで取り組みました。
 当時、最も光の届かない家庭の子どもたちでした。
 だからこそ、若き熱血の教員・牧口青年は叫んだのであります。
 「等しく生徒なり、教育の眼《まなこ》より視て何の異なる所かある」
 「彼等の唯一の庇蔭《ひいん》(庇ってくれる存在)は教師あるのみ」
 世間の眼差しがどんなに冷酷であろうとも、「教育者の眼」は子どもの尊厳と可能性を信じ抜いていくのです。
 社会の烈風がどんなに荒れ狂おうとも、「教育者の慈愛」は子どもを断固として守り、未来への道を開き切っていくのです。
 自分のことを見捨てず、信じ抜いてくれる先生がいる──そう思えることが、子どもたちにとって、どれほど生きる勇気となり、伸びゆく力となるか、計り知れません。
 学校には、勉強の成績という大きな物差しがあります。もちろん学びの場である以上、大事な基準であることは間違いありません。
 ただし、未来への無限の創造力を秘めた若き生命の全体に光を当てるならば、それは、あくまでも現時点での一つの物差しに過ぎない。
 創価学園に1期生が入学した年の師走、私は成績が伸び悩んで、進級が危ぶまれる高校生たちと面談し、励ましを贈ったことがあります。
 当初、生徒たちは、叱られるのではないかと緊張してやってきました。私は、その心をほぐしながら、体調や通学時間のこと、家の状況など、具体的に尋ねていきました。何か勉強の妨げになっている問題があれば、できる限りの応援をしたかったからです。その中で、本人たちが自分から「勉強、頑張ります!」と決意を語ってくれました。
 私は、「成績が悪かったからといって、卑屈になってはいけない。今度こそ、今度こそと、挑戦していくんだよ」「得意科目をつくろう」「1ミリでも、2ミリでもいい。決してあきらめずに努力して、前進していくことが大事だよ」と勇気づけました。
 一人一人が、それを一つの転機として発奮してくれました。猛勉強を重ねて、やがて堂々たる大学教授となった友もいます。
 しかも、何より嬉しいことは、わが学園生たちが、そうした社会的な肩書に傲るのではなく、悩み苦しむ庶民の人間群に飛び込んで、世のため、人のために、泥まみれになって戦い続けてくれていることです。
 私は、学園生や創大生、また学園・創大を受験してくれたメンバーをはじめ、若き友を一人また一人と見守り、その成長と勝利を祈り抜いてきました。ゆえに、大確信をもって言い切れることがあります。
 それは、「どの子も必ず伸びる」「人間はみな成長できる」「生命はもっともっと光り輝かせることができる」ということです。そして、ここにこそ人間教育の希望があり、ロマンがあると、私は信じています。

「教育のための社会」の旭日に


牧口先生

劣等生なんていない 皆が優等生になれる

 学校全体の調和と発展を願う青年教育者の祈りは、児童・生徒を包み、さらに、その子どもたちに関わる教職員にも広がっていくものでしょう。
 祈りの第2の項目は、「全教職員からの信頼」です。
 教育現場は、教育という「総合芸術」の舞台です。共に働く教員の方はもちろん、とくに、学校を陰で支えてくださる職員の方を大切にすることを心がけていきたい。
 学校は、ともすれば教員が主、職員が従になりがちです。しかし、職員の方々の尊き陰徳の支えなくして、子どもたちの健やかな学校生活も、学校の確かなる運営もできません。陰の人を大切にする感謝の心こそ、学校という世界を信頼で結合し、麗しき人間教育の園とする力ではないでしょうか。
 2001年、カリフォルニア州オレンジ郡に開学したアメリカ創価大学(SUA)も、実に多くの方々の真心があればこそ、目覚ましい大発展を遂げることができました。
 学生生活の一切の原動力である食事を担当する学内食堂のスタッフも、食習慣の異なる世界の各国から集った学生たちのためにと、それはそれは真剣に心を配り、工夫を凝らしてくださっています。
 その中に、“SUAのお母さん”と慕われる調理スタッフの婦人がいました。「わが命である学生を、よろしくお願いします」との私の心に応えて、50代から大学の調理科で学び磨いた料理の技と、心づくしの“おふくろの味”で学生たちを力づけてくれたのです。体調を崩して寮で心細く寝込んでいる時、このお母さんの温かな差し入れに感涙した学生など、エピソードは枚挙に暇がありません。
 昨年、SUAの卒業生たちは、このお母さんの10年間の勤務に最大の尊敬と感謝を込めて、同窓生の総意として、真心からの賞を贈呈したと聞いています。
 最先端の学識への旺盛なる探究とともに、お世話になった方々の恩義に報いていこうとする豊かな人間性の涵養が、SUAの誇り高き伝統となって光っています。
 SUAを訪問した多くの世界の識者の方々も、この点に注目しておられました。連載の第1回でご紹介したデューイ協会のガリソン博士は、学生や教授陣が、大学の職員と親しく心を通わせ、対話を交わす姿を見て、「これだけでも私は、SUAが実に素晴らしい学舎《まなびや》だと感じました」と、私との対談で語っておられました。
 ともあれ、それぞれの学校に、目立たなくとも、なくてはならないスタッフがいます。そうした方々と共に手を携えていく中で、多くのことを学び、自らを省みることができます。
 とともに学校は、どの職場にもまして、朝が勝負です。「朝に勝つ」こと、そして「清々しい挨拶」から一日を出発していきたいものです。
 御書に「釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(1174ページ)とあるように、仏法では「人の振る舞い」を重視します。善き人間としての善き「振る舞い」ができてこそ、真実の人間教育は可能となりましょう。
 さらにまた、自らの教育技術の向上に徹して取り組むことです。
 牧口先生は「いわゆる劣等生とは、みんなが勝手にいっているにすぎない。子どもたちに、考える基本をしっかり教えたうえで、その能力を発揮させれば優等生になるのだ」と主張されました。教授法を徹底して研究し、発展させることを、教師の本分とされたのです。教師の努力と知恵によって、子どもたちの学力は大いに伸ばしていくことができるからです。
 現在、自分の夢だった新聞記者として活躍する青年の話を聞きました。
 転機は小学4年生の時です。当時は、勉強が大の苦手でした。担任の先生は、宿題の出来具合にそって、“花丸”の印を付けてくれたといいます。よくできたら1個、さらに3個、5個と。花丸が多い人の宿題は、みんなが見えるところに掲示されました。
 他人との比較ではなく、子ども一人一人の頑張りを受けとめて、讃えてくれたのです。掲示されるのがうれしく、誇らしくて、どんどん宿題をするようになり、気がつけは学力が伸び、勉強が好きになっていたといいます。
 本来、子どもたちは、皆、わかりたい、知りたいという向学の心を持っています。その思いを、どう引き出し、どう応えていくか──ここに、経験を積み、創意を重ねながら、鍛え上げていく教育技術があります。
 よき先輩教員からも大いに吸収し、よき同僚と大いに切磋琢磨していくことです。開かれた向上の姿勢があってこそ、周囲の教職員から信頼を勝ち取ることができるのです。
      ◇ ◆ ◇
第3に「全保護者からの信頼」です。
 御聖訓には「大悲とは母の子を思う慈悲の如し今日蓮等の慈悲なり」(御書721ページ)と仰せです。
 教育の起点が、子を育む母の慈愛にあることは、あらためて申し上げるまでもありません。
 子どもの幸福の大地は、家庭から広がります。子どもたちを学校へ送り出してくれる保護者の方々との信頼と連携は、誠に重要です。
 ある女性教育者の奮闘を伺いました。
 担当のクラスは荒れていました。一人の男子児童が中心となって乱していたのです。この子さえいなければと思いつめるまで、気持ちが追い込まれたこともあるといいます。
 しかし、祈りを重ねるなかで、問題を抱えた家庭に育ち、そのストレスのために学校で暴れていた、児童の心が痛いほど伝わってきました。
 一番苦しんでいるのは、その児童自身であることに気付いたのです。
 「よし! 私自身が、あの子の一番の安全地帯になろう。すべてを受け止めていこう」と決心し、毎朝、自分から声をかけ、できたことはすぐにほめるようにしたそうです。帰る際には、どんなことがあっても笑顔で見送ったといいます。
 また、その子の良い面を見つけては、一つ一つ、親御さんにも伝えるようにしました。当初、子育てに自信を失っていましたが、明るくなって、学校にも相談に来るようになりました。
 すると、その児童は目に見える形で変わっていきました。友だちに謝れるようになり、仲良く過ごせるようになっていきました。親御さんも、「息子はこの1年間で本当に変わりました。たくさんお手伝いしてくれ、笑顔が増えました。本当にありがとうございました」と、涙を流し語ってくれたそうです。
 教育は、学校制度の中だけで行うものではありません。
 家庭、地域、社会……子どもたちを取り巻く環境を、その子の教育のために、最善の環境にしていくこと──私は、それを「教育のための社会」の一側面として提言してきました。
 学校と家庭、学校と地域、それぞれが声を掛け合い、力を合わせて、子どもたちを守り、育んでいくこと。そのチームワークが、今ほど要請される時代はありません。良識豊かに学校と教師を支えていく保護者の協力も、ますます大事になっています。
 保護者から教師への信頼は、教師が安心して子どもたちのために尽くせる自信となります。
 一般社会に、いわゆるクレーム(苦情)が渦巻いている世相のなかで、学校に寄せられる声にも、さまざまなものがあることでしょう。
 教師の人知れぬ苦労を、保護者をはじめ社会全体が理解し、温かくサポートしていくことを、忘れてはならないと私は思います。
 そのうえで青年教育者の皆さん方に、お願いしたいのは、一つ一つが勉強であると心を定めて、誠実に、聡明に、毅然と、そして忍耐強く、「子どもの幸福」のため、家庭と共に前進していくことです。
 また、若い教育者である皆さんには、自分自身が一人の子どもとして親孝行をしていただきたい。その努力は、保護者の心の機微を理解し、汲み取ることにも通ずるはずです。「親を思う子の心」と「子を思う親の心」は響き合わないわけがないからです。
 ある時、第一線で苦労を重ねる先生方と、語り合ったことがあります。
 ──仏法の“永遠の生命観”から見れば、今世で出会う人は、すべて何らかの宿縁がある。うんと手のかかる子や、難しい保護者の方などは、自分がきっと過去世に何かでお世話になった方と思い、その恩返しと決めて、真心込めて接していこう。それくらい、大らかな悠々たる気持ちで、人間教育の聖業を断行していこうではないか、と。
 御書には、こう仰せであります。
 「一度妙法蓮華経と唱うれば一切の仏・一切の法・一切の菩薩・一切の声聞・一切の梵王・帝釈・閻魔・法王・日月・衆星・天神・地神・乃至地獄・餓鬼・畜生・修羅・人天・一切衆生の心中の仏性を唯一音に喚び顕し奉る功徳・無量無辺なり」(557ページ)
 私たちの唱える題目には、ありとあらゆる人の生命から、仏性という最極の善性を呼び覚ましていく響きがあります。朝の強盛なる祈りから、「子どもの幸福」という大目的に向かって、全生徒、全教職員、全保護者の力を引き出し、結集しゆく、希望の回転が着実に始まるのです。
 大事なことは、毎日毎日、太陽のように、たゆまず、我慢強く持続していくことでしょう。
 どうか、「祈りとして叶わざるなし」の信心を根本に、大仏法の「勇気の力」「忍辱(忍耐)の力」「随縁真如の智慧」を光らせ、一つ一つ“勝利の実践記録”を打ち立てていってください。
 青年教育者のはつらつたる挑戦が、みずみずしい教育環境を創造します。ここにこそ未来を照らす偉大なる旭日があると、私は確信してやみません。
2012-03-04 : わが教育者に贈る :
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