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若き君へ 新時代の主役に語る 第2回

若き君へ 新時代の主役に語る

第2回 悩みと向き合う   (2012.2.15/16/17付 聖教新聞)

苦悩は歓喜に変えられる

恩師の大闘争を思えばそんな苦難にも耐えられる。断じて勝ち越えてみせる

 ──先月、掲載された第1回の「若き君へ」には、全国の多くの読者から反響が寄せられました。青年の世代はもちろん、壮年・婦人の方々にも、大きな喜びと感動が広がっています。
 ある男子部員は「池田先生が私自身に語りかけてくれているように思い、感動しました」と綴っていました。
 一人の女子部員からは「家族のことで悩んでいますが、まずは自分自身が成長することの大切さを教えてくださったのだと感じました。きょうから、ここから、私らしく前進していこうと決意ができました」と声が寄せられています。

名誉会長 皆さんが喜んでくれ、私もうれしい。
 青年の喜びこそ、私の最大の喜びです。
 私は幸福にも、青春時代、毎日毎朝のように、恩師・戸田城聖先生から直々に薫陶を頂くことができました。「戸田大学」での一対一の真剣勝負の訓練です。
 できることならば、私も一人一人の青年と直接会って、皆の声に耳を傾け、語り合いたい。一緒に学び合っていきたい。そうした思いを込めて、私は日々、小説『新・人間革命』等を執筆しておりますし、この連載にも臨んでいます。

 ──読者から寄せられたメールには、仕事や職場の人間関係、自身の病気や家族の問題など、さまざまな悩みに直面しながらも、池田先生の励ましを胸に、信心根本に前進する決意が数多く綴られています。そこで、今回は「悩みと向き合う」とのテーマでお話を伺えればと思います。

名誉会長 青春は、誰もが悩みとの戦いです。悩みのない青年など、いない。なかんずく、大いなる希望と使命に生きる魂には、苦悩も大きい。
 悩むことは、強い向上心と責任感の表れです。人間の能力の一つともいえる。人のため、未来のために悩むのは、人間にしかできません。
 私が対談した大歴史学者のトインビー博士も「悩みを通して智は来《きた》る」という古代ギリシャの箴言を、大切にされていました。悩んでこそ、偉大な智慧が光る。
 そもそも仏も、衆生のために「悩む人」です。
 私たちの勤行の「自我偈」の結びには、「毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 速成就仏身』とあります。簡潔に言えば、仏は常に、いかにして衆生を無上の道に入らせ、速やかに成仏させるかを、念じ続けているという意義になる。
 どうすれば人々を救えるか。幸福にできるか。悩んで智慧を尽くし、行動を貫くのが「仏」です。

 ──今は、悩みを避けたい、また、真剣に悩む姿を見せるのは、カッコ悪いと考えるような風潮もあります。

名誉会長 それは誰だって、よけいな苦労はしたくない。好きこのんで悩む人はいません。
 ただ、苦労もなく、悩みもなければ、それで幸せか。そうではないでしょう。幸福の実体は、生命の充実です。その本当の充実感とは、悩みに立ち向かい、苦労して勝ち越えていくなかでこそ、得られる。この喜びは、皆が大なり小なり実感しているはずです。
 飛行機だって、翼に強い「向かい風」を受けることで、揚力という力を得て飛翔できる。若き日の苦難の烈風は、わが人生を大きく飛翔させてくれる力です。
 人生には、想像も絶する試練の嵐が襲いかかることがあります。しかし、真っすぐに向き合う勇気があれば、断じて乗り越えられる。その究極の勇気が、信仰です。
 戸田先生は、『巌窟王』の物語(『モンテークリスト伯』)を青年たちに読ませながら、勇気の真髄を教えてくださった。
 嫉妬の悪人たちに陥れられ、無実の罪で牢獄に囚われた青年エドモン・ダンテスの心の動きを通して、先生は言われました。
 「最初は、いつ牢獄から出られるかを問題にして、あくせくしていたが、やがて、一生出られないと分かってきた。
 難を受け、牢獄に入った場合、たとえ出られなくともかまわない。一生涯、戦い通してみせると、死ぬまで覚悟することだ。そうすれば強い。必ず勝っていくのだ」
 これは、戦争中、軍部政府による投獄を、牧口先生にお供して耐え抜いた、戸田先生ご自身の信念でした。この恩師の大闘争を思えば、どんな苦難にも耐えられるし、勝ち越えられないわけがないと、私は一念を定めてきました。
 悩みがあることは、カッコ悪いことではない。むしろ悩みと向き合うことは、人間として誇り高いことです。ゆえに悩みを隠したり、取り繕ったりする必要はありません。青年に見栄などいらない。ありのままでいいんです。

 ──悩んでいるとネクラ(根が暗い)などと言われたりします。

名誉会長 だったら、明るく朗らかに悩めばいいんだよ(笑い)。
 私も青年時代、体が弱かった。貧しかった。時代は荒れ、悩みは尽きなかった。ただ私は、悲観や感傷には決して流されたくありませんでした。
 何があっても、希望に燃えて朗らかに! 悩みがあればあるほど、歯を食いしばりながらも、笑顔で前進する──これが変毒為薬の妙法を持《たも》つ青年の特権です。
 戸田先生は、事業が最悪の苦境に陥った時も、悠然と言われた。
 「私は、かりに地獄に堕ちても平気だよ。なぜならば、地獄の衆生を折伏して、寂光土に変えてみせるからだ。信心とは、この確信だよ」
 私は、この師子王に鍛えられました。だから何も恐れません。
          ☆
 ──若き池田先生が、戸田先生から「人生は悩まねばならぬ。悩んではじめて信心もわかる、偉大な人になるのだ」と励まされたことは、小説『人間革命』第10巻で学びました。昭和31年の「大阪の戦い」の直前のことでした。

名誉会長 その通りです。
 あの戦いは、誰もが勝利は不可能と見ていました。しかし、絶対に負けるわけにはいかない。私は一人、深い苦悩に身をさらしていました。その私の悩みを、師匠は全部、ご存じでした。
 私は、悩んで悩んで、悩み抜きました。戸田先生の構想を実現するために、広宣流布の前進のために、愛する関西の友の幸福のために──何ができるのか。先生だったら今、どうされるのか。
 祈りに祈り、一歩も退かず戦い抜いた。そして関西の同志と共に勝った。
 「“まさか”が実現」です。それはそれは、壮絶な戦いだった。しかし、あれだけ悩んで戦い抜いたからこそ、病弱な私の生命から生き抜く力、勝ち抜く力を湧き立たせることができたともいえる。
 御義口伝には、「一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり」(御書790ページ)とあります。
 広布のために真剣に悩むことによって、わが身から仏の大生命力を出すことができるのです。
          ☆
 ──仏法では「煩悩即菩提」と説かれますね。

名誉会長 日蓮大聖人は「煩悩の薪を焼いて菩提の慧火《えか》現前するなり」(同710ページ)と仰せです。
 「煩悩」とは悩みの根源であり、「菩提」とは悟りのことです。悩みを消し去るのではなくて、逆にそれを「燃料」として燃やすことで悟りの智慧の炎が現れる。
 大きな悩みが、自分を大きく成長させるのです。また、悩みがあるから、同じように苦しむ人の気持ちが分かる。その人たちのために、尽くしていくこともできる。
 煩悩「即」菩提の「即」は、単純な「イコール」ではない。
 「即の一字は南無妙法蓮華経なり」(同732ページ)と示されている通り、「即」の一字は変革の原理です。
 御本尊に強盛に題目を唱え、広布のために粘り強く行動していく時、一切の苦悩は自身を荘厳する財宝に変わる。悩みが深ければ深いほど、苦悩に沈む友の心を照らす希望の光源となるのです。
 女子部国際部の優秀なリーダーたちが、自ら翻訳して届けてくれた手作りの箴言集に、アメリカの詩人フランシス・ハーパーの一節が記されていました。
 「暗闇の先には光がある。現在の苦悩を越えたところに歓喜がある」
 私たちの信心は、あらゆる「苦悩」を「歓喜」へ、「マイナス」を「プラス」へと転じゆく無限の力を持っている。どんな悩みであっても、唱えた題目は、すべて、自身の福運となる。そして自分が成長し、光った分だけ、広宣流布は進むのです。

学べ! 学べ! 苦闘の中からも

心を変えるのは心です。自分が変われば、相手も必ず変わります

 ──東日本大震災より、まもなく1年になります。被災地では、青年たちがさまざまな困難や悩みを抱えながら一歩一歩、復興の先頭に立って奮闘しています。

名誉会長 よく、伺っています。本当に尊いことです。
 私は毎日、亡くなられた方々の追善回向を懇ろに行わせていただいております。とともに、被災された皆様、復興支援に汗する方々の健康幸福、無事安穏、そして、前進勝利を祈っています。
 日本は、国全体の行き詰まりが指摘されて久しい。では、それを転じゆく力は、どこにあるか?
 その底力は、我らの東北にある! 「負げでたまっか」と立ち上がる一人一人の「人間革命」が、絶望から希望へ、苦悩から歓喜へ、一家を、地域を、一国を、未来を変えていく。それこそ、東北健児のスクラムです。
 「恐れや悲観にわれわれの希望を挫かせてはならぬ、われわれの勇気をそがせてはならぬ」
 これは、牧口先生の友人であった、東北出身の世界市民・新渡戸稲造博士の心意気でした。
 今、東北青年部の不屈の貢献に、日本の識者からも、世界の知性からも、深い賞讃の声が寄せられ始めています。
 やがて日本全国、いな全世界が、東北の友に感謝の大喝采を捧げる日がやってくるでしょう。
 「広宣流布の総仕上げは東北健児の手で!」とは、私の願いであり、決意であり、確信です。
 しかし激闘が続けば、疲れ果てることもある。体調が良くない時や気持ちが沈む時だってあるでしょう。今日できなかったことは、明日の元気な自分に託して、休める時は上手に休むことです。
 戦いは長い。焦ることはありません。価値的に行動することです。時には、ゆったりと大空を仰ぎ、大きく深呼吸をしてもらいたい。また良き友と互いの健闘を労《ねぎら》い、讃え合い、守り合うことです。
 苦楽を共にするのが同志です。
 東北の皆様方と、共に苦しみ、共に楽しみ、共々に勝ち栄える。これが、私の決心です。

 ──若い世代の話を聞くと、人間関係で悩んでいる人が多いです。職場や学校などで、周りの人と気が合わないとか、ぶつかってしまうとか……。

名誉会長 どんな悩みでも、本人にとっては、切実な悩みです。
 信頼されて相談を受けた人は、誠実に親身になって応じていただきたい。またプライバシーは、絶対に厳守することです。問題によっては、より経験豊かな、信頼できる先輩に一緒に指導を受けるべきです。
 まあ、どんな世界にも「あの人だけは……」と思うような苦手な人がいるものです。
 私にも、ずいぶん意地悪な先輩がいました。
 友人同士だって、いつもうまくいくわけではない。家庭の中でも悩む。学会の同志の間でも、気が合わない場合もある。
 「四苦八苦」とは、もともと仏法の言葉です。「生老病死」という四つの根本の苦しみに、さらに四つの苦しみが挙げられています。その一つが「怨憎会苦《おんぞうえく》」です。嫌な人に出会い、憎たらしいと思う人とも一緒にやっていかねばならない苦しみです。
 要するに「人間関係の悩み」は、誰でも生きる限り、必ず直面する。一生の課題です。ですから若い皆さんが、多少、人とうまくいかなくても、むしろ勉強だと思って、大きな心で悠々と乗り越えていけばいい。それが自身の成長の土台となるのです。
 「怨憎会苦」が「四苦八苦」の一つであるということは、見方を変えれば、8分の1の苦しみに過ぎない。だから、人間関係の悩みに振り回されて、若い時代に成すべき勉学や研鑽を怠ってしまえば、損をします。
 「人がどうあれ、周りがどうあれ、自分は学び鍛えて前進する」という毅然とした信念だけは、青年として手放してはなりません。
          ☆
 ──今、インターネットやメールなどが悪用されて、青少年が事件に巻き込まれる場合があります。時代は濁り、悪い人間もたくさんいます。

名誉会長 その通りです。
 御書には、「悪知識と申すは甘くかたらひ媚び言《ことば》を巧《たくみ》にして愚癡の人の心を取って善心を破る」(7ページ)と喝破されています。
 悪い人間に誑かされて、自分の善なる心を破られてしまえば、こんな不幸なことはありません。
 賢くならねばいけない。強くならねばいけない。正しき哲学と善き連帯が大事なのです。
 「悪」は「悪」と鋭く見破って、近づけてはならない。愚かなお人好しでは、正義は貫けないし、善の世界を守ることもできません。これが大前提です。

 ──よく、わかりました。そのうえで、家族や友人など、身近な人間関係でも、難しい現実がさまざまにあります。

名誉会長 お互いに凡夫だからね。自分が人間ドラマの名優になるんです。
 戸田先生のもと、女子部の「華陽会」で、『小公子』という小説を学んだことがあります。
 主人公は、アメリカ生まれの快活な少年セドリック。父を亡くし、英国にいる貴族の祖父と一緒に暮らすことになった。高慢で偏屈だった祖父が、純粋で心優しい孫に感化され、温かな気持ちを持つように変わっていくという物語です。
 祖父は皆から敬遠されていましたが、セドリックはその立派な人間性を疑いませんでした。そして、強い尊敬と愛情をもって、粘り強く、しかも明るく祖父と接していきました。その振る舞いが、氷のようだった祖父の心を、徐々に溶かしていったのです。
 戸田先生は、「小公子(セドリック)が祖父を絶対に信頼したことが、意地悪な心を良くし、あらゆる状態を変えていったんだよ」と洞察されました。
 心を変えるのは、心です。自分が変われば、必ず相手も変わります。御義口伝には「鏡に向って礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり」(御書769ページ)と仰せです。
 相手の生命の「仏性」を信じて、心から尊敬していく。大切にしていく。その時は、かりに反発したとしても、実は相手の仏性も、こちらを礼拝し返しているのです。
 人を軽んじる傲慢な人間は、結局、自分も軽んじられる。
 人を尊敬し、その人から何かを学ぼうとする。そうすれば、人生は楽しく豊かになります。そして鏡に映すように、人からも尊敬され、最後は必ず勝つのです。

 ──なかなか思うようにいかない人間関係の中で、つい自信を無くしてしまうこともあります。

名誉会長 だから、祈るのです。祈りは、自分の強き深き一念の力用で、周囲を調和させ、価値創造の働きへ変えゆく究極の力です。
 また、相手のことを祈ることは、仏の振る舞いです。これほど尊く高い生命の位はありません。
 戸田先生も、よく言われました。
 「法華経には『魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護る』と説かれる。どんな相手でも、自分の信心を強くしていけば、広宣流布という幸福と正義のために働く存在に変わっていきます。これは不思議なのです。ゆえに、祈れば勝ちだよ」と。
 祈りには、どんな人間関係も、幸福の「仏縁」へ、勝利の「善知識」へと変える力があるのです。

 ──陰で悪口を言う人間などもいますが……。

名誉会長 悪口なんか怖がってはいけない。平然と見下ろしていくのです。どんな偉人だって、さんざん悪口を言われています。
 日蓮大聖人は、御自身を迫害し抜いた権力者・平左衛門尉らのことを悠然と「日蓮が仏にならん第一のかたうど(=味方)」(同917ページ)とまで仰せです。
 戸田先生は、この大境涯を偲ばれながら、「敵など、断じて恐れるな! 全部、自分自身を完成させ、仏にしてくれる、闇の烈風に過ぎない」と叫ばれました。
 誰が何と言おうと、悩んでいる人のために、苦しんでいる人のために、断固として仏の使命を果たしていくのです。

※新渡戸稲造の言葉は佐藤全弘訳「編集余録」、『新渡戸稲造全集』第20巻所収(教文館)

何があっても生き生きと!

「苦楽ともに思い合わせて」題目を唱え、恐れずに前進していくことです


 ──若い女性の悩みで多いのは「人と比べて落ちこんでしまう」ことです。自分の容姿や性格など、「あの人はすごいけど、私はダメだ……」と自信が持てなくなってしまうのです。

名誉会長 それは男性も同じでしょう。男は見栄っ張りだから言わないだけです(笑い)。
 今、女子部の皆さんが学んでいる「一生成仏抄」には、「日夜に隣の財《たから》を計《かぞ》へたれども半銭の得分もなきが如し」(御書383ページ)という譬喩があります。
 自分自身の生命を離れて一生成仏の道を求めても、徒労に終わってしまうことを示されています。
 大事なことは、人と比べて落ち込むのではなく、「よし自分も!」
と発奮し、自らの心を明るく高めていくことです。
 あの豪放聶落な戸田先生も、“若い頃は自分の卑屈さを直すために努力したものだ”と、率直に教えてくださいました。
 そもそも「あの人はすごい」と、友人の長所を評価できること自体、偉い心根です。今度は、自分の良いところを自覚して大いに伸ばすんです。
 「桜梅桃李の己己《ここ》の当体を改めずして」(同784ページ)と仰せのように、桜は桜、梅は梅、桃は桃、李《すもも》は李の良さがある。背伸びなどしなくていい。ありのままの姿で、自分らしく思い切り、花を咲かせればいいんです。
 ヒルティというスイスの哲人は語りました。
 「すべての真の財宝は、われわれの力の中にあるものにあるのだから、嫉妬や羨望はおよそ意味をなさない」と。
 大切な自分を卑下して心を暗くしては、絶対になりません。
          ☆
 ──悪い出来事が重なると、「ついてない。運が悪い」などと、嘆いてしまうものですが……。

名誉会長 そういう時こそ、強気でいくんです。魔という働きは、こちらの命が「困ったな。まいったな」と弱気になると、どんどん付け込んでくる。
 題目を朗々と唱え、「さあ、かかってこい」と迎え撃てば、必ず退散していくんです。
 私は今、ドイツの世界的な学術機関ワイマール・ゲーテ協会顧問のオステン博士と対談を進めています(「人間ゲーテを語る」、月刊誌「潮」4月号から掲載)
 大文豪ゲーテも、若き日は恋に悩み、就職に悩み、仕事に悩みました。就職難や不安定な雇用などに悩み苦しむ今の青年世代と同じく、青春の課題に挑戦し、苦労したことは全く変わりません。
 そして、病気に悩み、5人の子ども全員を自分より早く亡くすなど、家庭のことでも苦悩しました。
 しかしゲーテは、何があっても「生き生きと」生きた。
 生きて生きて、生き抜いて、大文豪は、悩みさえも創造の源泉として、あれほどの壮大な偉業を成し遂げました。
 人間は、うんと悩みながらも、「生き生きと」生きられるのです。苦労の連続であっても、張り切って、今なすべきことに全力で取り組み、自分でなければできない、価値を創造していけるのです。
 ゲーテは言います。
 「快活さとまっすぐな心があれ 最終的にはうまくゆく」
 いわんや、皆さんは妙法という最高の「絶対勝利の信仰」を持《たも》つことができた。
 快活に生きることだ。真っすぐに生きることだ。青年ならば!

 ──池田先生は、「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとな(唱)へゐ(居)させ給へ」(同1143ページ)との御文を引かれ、題目に勝るものはないことを何度も教えてくださいました。

名誉会長 「苦をば苦とさとり」──なんと深い仰せでしょうか。生きている以上、苦しみは避けられないのだから、そう覚悟して、悩みを見下ろしていきなさいと励ましてくださっています。
 いかなる現象も、信心の眼《まなこ》から見れば、自身の成長の因にしていける。そして、一つ一つ眼前の壁を打ち破りながら、境涯を開き、福運を積んでいけるのです。
 「楽をば楽とひらき」とは、ありがたいな、うれしいなと喜びを見つけ、感謝していく心でもありましょう。
 どんな状況でも、そこに喜びを見出せる人、感謝できる人は、幸福です。人生の「楽」を自他共に広げていけるからです。
 青年は「苦楽ともに思い合せて」題目を唱えながら、何ものも恐れず、前進していくことです。
 敬愛してやまない不屈の人権の獅子である、南アフリカのマンデラ元大統領も語っておられた。
 「厳しい闘いが、私たちをはがね(鋼)のように強くしたのです」と。《()内は編集部注》
 わが創価の青年たちも、試練の闘争の中で、金剛不壊の生命を鍛え上げていただきたい。

 ──折伏していると、友人に「悩みがないから、信心する必要を感じない」と言われることがあります。「とりあえず今、生きていけるから悩む必要がない」と。
 青年の意識調査を見てみると、2割近くが「悩みや心配事はない」と答えています。

名誉会長 しかし、ひとたび目を転ずれば、社会には、悩みや心配事が渦巻いています。その苦悩を見つめながら、青年らしく真摯に胸襟を開いて、対話を深めていってもらいたいのです。これが「立正安国論」で示された対話の実践だからです。
 御書には、「今の乱れた世にあっては、これということがなくても仏道を求める心が起こることは当然である」(1083ページ、通解)と述べられ、社会の混乱を嘆く人々の姿が記されています。現代の様相にも通じます。
 最も鋭敏であるべき青年が「今さえよければ」と安住しているようでは、未来は暗い。
 だから折伏なんです。法華経では「動執生疑」という化導法が用いられています。それまでの執着を揺り動かして、より高い次元へとリードしていくことです。
 青年に希望と勇気を贈るのは、青年です。
 青年が青年に、哲学を、理想を、確信を語る。人間が持つ偉大な力を語り合う。これが折伏です。これこそ、人のためになり、自分のためになり、そして、共々に成長して、世の中に活力を漲らせていく、最も偉大な対話なのです。
          ☆
 ──昨年末、先生が私たちに贈ってくださった一首があります。
  「いやまして
    広布の山を
      登りゆけ
    自身の力は
     無限の仏力《ちから》と」
 いよいよ、無限の仏力を発揮しながら、各地での座談会や青年セミナー等を元気に進め、人材の連帯を大きく広げていきます。

名誉会長 うれしいね。皆、本当によく頑張ってくれている。
 御義口伝には、「始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(同788ページ)と説かれています。
 妙法を受持した青年の連帯こそ、この「歓喜の中の大歓喜」を躍動させながら、人類全体の悩みをも赫々と照らしゆく、希望と勇気の太陽なのです。
 愛する君たちに、命をかけて広布大願に生き抜かれた恩師の師子吼を贈ります。
 「私は天空に届くほど、広宣流布をしたいという大煩悩の炎を燃え上がらせている。
 青年もかくあれ!」

※ヒルティの言葉は氷上英廣訳「幸福論I」、『ヒルティ著作集1』所収(白水社)。ゲ一テの言葉は内藤道雄訳「格言風に」、『ゲーテ全集1』所収(潮出版社)。マンデラの言葉は浜谷喜美子訳『ネルソン・マンデラ 闘いはわが人生』(三一書房)。
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2012-02-17 : 若き君へ :
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高等部 部長交代式へのメッセージ

高等部 部長交代式へのメッセージ
        (2012.2.12 東京戸田記念講堂)

わが心に勇気の太陽を
ドイツの大文豪ゲーテは確信していた
“力を入れて学んだことは永遠に不滅”

 わが愛する高等部の皆さん! 寒いなか、よく集まってくれました。担当者の皆様方も、いつもいつも、ありがとうございます。
 高等部こそ、私の最大の希望です。
 日蓮大聖人は、厳然と宣言されました。
 「持たれる法さえ第一ならば、持つ人もまた第一なのである」(御書465ページ、通解)と仰せなのです。
 若くして大仏法を持った君たちが、どれほど偉大であるか。わが高等部こそ、いかなる富豪も、いかなる権力者も敵わない「第一の人」であります。
 世界一の生命尊厳の大哲学に生きゆく青春ほど、強く正しいものはない。
 たとえ、どんなに、つらく苦しいことがあっても、題目を朗々と唱えゆくところ、わが心に「希望の太陽」「勇気の太陽」を昇らせて、必ず必ず苦難の闇を打ち破っていくことができます。
 現在、私は、ドイツの著名なオステン博士と、大文豪ゲーテをめぐって対談を進めています。
 博士は、ゲーテの一生を貫いた一つの確信を語っておられました。それは、「力を入れて学んだことは、誰も奪い去ることができない。永遠に不滅である」という一点です。まったく、その通りです。
 高等部時代が、最重要の学びと鍛えの時です。どうか、わが誉れの君たちは、目の前の課題に一つ一つ勇気をもって挑みながら、学びに学び抜いて、良き友と使命の翼を強く朗らかに広げていってください。
 「学は黄金の剣《つるぎ》」「学は幸福の宝石」「学は勝利の大道」です。
 大切な大切な皆さん一人一人の健康と成長を、さらに真剣に祈り抜いてまいります。ご家族の皆様方にも、私からくれぐれもよろしくお伝えください。
 高等部、万歳!
 創価後継の師子たち、人類の希望の乙女たち、万歳!
2012-02-14 : スピーチ・メッセージ等 :
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戸田記念国際平和研究所設立16周年記念の国際会議「音楽、変革の力と自由」ヘのメッセージ

戸田記念国際平和研究所設立16周年記念の国際会議「音楽、変革の力と自由」ヘのメッセージ
                               (2012.2.3)

戸田記念国際平和研究所(オリビエ・ウルバン所長)の設立16周年を記念する国際会議「音楽、変革の力と自由」が2月3日から4日まで(現地時間)、フランス・パリ市内で行われた(共催=アメリカン大学パリ校グローバルコミュニケーションズ学科、エジプト文化センター、地球的不殺生センター)。これには、世界11カ国から学識者や専門家が出席。同研究所創立者の池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長はメッセージを寄せ、内なる善性を呼び覚まし、連帯の礎となる音楽の力を通し、戸田第2代会長の「地球民族主義」が志向していた「平和と人間の尊厳が輝く世界」の建設を、と呼びかけた。

池田SGI会長のメッセージ
(代読)

新時代を開く生命の凱歌を! 芸術の力は世界を変える


ロマン・ロランを支えたベートーベンの生涯
苦悩の中から不滅の作品が

 一、今回の会議には、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米、アジアと、さまざまな文化的・歴史背景を育んでこられた国々から、学識者や専門家の方々にご参集いただきました。
 その豊かな文化的多様性をベースに、音楽という“社会に希望と勇気の波動を広げゆく精神の光源”が果たす役割に注目しながら、人類が切望してやまない「人間の尊厳と民衆の幸福を第一とする世界」を築くための要件や課題について探る意義は、誠に大きいものがあると思います。
 一、音楽を、文明のはるか昔から息づく「人間精神のもっとも深い表現の一つ」(野田良之訳『ロマン・ロラン全集21』みすず書房)と位置付けたのは、パリで青春時代を過ごし、パリ大学で音楽史を教えた経験もあるフランスの文豪ロマン・ロランです。
 「音楽はいかなる定式にもとらわれない。それは諸諸の社会の歌であり、歴史の花である。それは人類の苦悩にもその歓喜にも声を挙げる」(同)と記し、通常の歴史書では埋もれがちな、“それぞれの時代において人々の心を揺り動かした音楽の重み”に着目していたロラン──。
 その彼が晩年、ナチスドイツの占領下にあったフランスで、いつ奪われるかもしれない残りの生涯の時間を傾注したのも、ベートーベンの音楽と人生に関する執筆でした。
 一、楽聖が生きた時代と、ほぼ100年の時を隔てる形で人生を送ったロランが、終《つい》のすみかとなったヴェズレーの地に、ナチスの侵攻軍による轟音が3日3晩も続いた時、何よりの支えとしたのは、自分の脳裏に湧き上がるようにして響いた楽聖のアダージョの調べたったといいます。
 その協奏曲のアダージョは、19世紀初頭にナポレオン軍がウィーンを占領し、町中が混乱に陥った時に、楽聖が作曲に取り組んだものに他なりませんでした。
 ロランはこの体験に言及した上で、こう綴っております。
 「困難や決断の時闇に、涸れることない力と信念との泉であるこの音楽から、どれほど、また別の使信が私たちのもとへ送られて来たことか!」
 「私のうちの最善のものは、ベートーヴェンに負うところのものである」(佐々木斐夫・原田煕史訳、『ロマン・ロラン全集25』みすず書房)
 試練にあって人間の心を鼓舞し、希望の未来への道を開く“内なる善性”を呼び覚ますもの──それが芸術、なかんずく音楽であります。

アメリカの公民権運動 南アの人権闘争
民衆の歌声も高らかに! 自由と平等の輝く社会へ

混迷から変革へ 人類を結ぶ調ベ
 一、私が以前(1989年6月)、フランス学士院での講演で自作の詩に託して強調したのも、そうした「生命の凱歌」が持つ無限の力でした。
 この点、公民権運動を率いたキング博士の盟友で歴史学者のビンセント・ハーディング博士が、私との対談において、当時、運動に参加した多くの人々の支えとなったのが歌であるとして述懐された言葉が忘れられません。
 「彼らは、『恐れていない』と歌っていたのではありません。実際、しばしば恐怖に身を震わせていたからです。しかし、彼らは『恐怖心に征服されない』『我々は克服しなければならない。恐怖に我々を止めさせはしない』と歌っていたのです。歌うことでお互いを励まし合ったことが、運動とその参加者にとって、大変に大きな力となりました」
 昨年、戸田記念国際平和研究所がモロッコで行った会議でも、ダーバン工科大学のエラ・ガンジー総長が、祖父マハトマ・ガンジーの遺志を継いで南アフリカで人権闘争を貫く中で、迫害を受けても歌を歌って勇気を奮い起こした体験を語っておられました。
 歌や音楽が不屈の闘志の源泉となり、“自由を勝ち取り、社会の変革を後押しする力”となることは、古くはフランス革命から、20世紀後半の中南米諸国の民主化運動や東欧革命にいたるまで通底する歴史の真実であるといえないでしょうか。昨今の各地での民主化運動でも、歌や音楽が重要な役割を果たしています。
 加えて音楽には、国境や文化の差異を超えて人間の心をつないでいく力があります。

師の遺訓を胸に希望の連帯!

 一、私の師の戸田城聖第2代会長は、どの民族も、どの国の人々も犠牲にしない世界を築くために、今から60年前に「地球民族主義」を提唱しました。
 その師が、新しい時代を切り開くための精神を人々が共有し、ともに連帯して前進する上で大切にしていたのも、歌を一緒に歌うことだったのです。
 昨年3月、日本が大震災に見舞われた時には、愛する家族を亡くし、家を流され、仕事を失った被災者の方々の心を励まし、沈む気持ちを癒やす上で、歌や演奏がもたらす力が改めて注目されました。
 私が思うに、音楽の放つ光は、どんなに状況が苦しくとも、「厳しい冬の後には必ず春が訪れる」との思いを人々に呼び覚まし、単に未来を明るく照らす力を持つだけでなく、“今生きているこの瞬間”に限りない希望をともしゆくものではないでしょうか。
 一、仏法の精髄である「法華経」には、現実社会で多くの悩みや苦しみに直面する人々を何としても救いたいとの慈悲の精神を燃やして、さまざまな姿を現じて行動する「妙音菩薩」が登場し、その行くところ、向かうところには、百千もの天の音楽が鳴り響いたとの話が説かれています。
 最近、対談したジャズ演奏家のウェイン・ショーター氏も、「音楽には、無気力や無関心の充満する今日の社会に眠っている偉大なものを目覚めさせ、揺り動かすことができる本源的な力がある。その力を引き出すのが、私自身も含めた音楽家の責務です」と語っていましたが、混迷を深める現代において、音楽の果たす役割にますます注目と期待が高まっているのです。
 その意味で、「音楽、変革の力と自由」をテーマにした今回の会議の大成功を、衷心よりお祈り申し上げるものです。
 最後に、ご列席の諸先生方のますますのご健勝と、共催団体の皆様方のますますのご発展を心から念願し、私のメッセージとさせていただきます(大拍手)。
2012-02-11 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.67

随筆 我らの勝利の大道 No.67 (2012.2.7/8付 聖教新聞)

新時代の二月闘争

風雪に負けず お元気で!

師弟共戦の魂に破れぬ壁はない
皆が人材! 祈り 励まし 語ろう


 吹雪にも
  胸はり 凛々しき
    無冠かな

 厳寒のなか、広宣流布のために行動される友の奮闘を、私は最大に讃えたい。
 なかんずく無冠の友の皆様方は、来る日も来る日も聖教新聞を配達くださり、心から感謝申し上げます。
 どうか悪天候の折など、決して無理をせず、また焦らずに、健康第一、絶対無事故で、偉大な使命の遂行をよろしくお願いします。
        ◇
 先日(1月23日)、首都圏も夜から大雪が降り、久方ぶりに積もった。
 翌朝、いまだ暗く凍てつく4時半頃から、創価学園の硬式野球部のグラウンドがある東大和市駅の駅前の道で、黙々と雪かきをする若人たちの姿があった。誓球寮で学び鍛える創価学園生たちである。
 誰に言われたのでもない。いつも温かく応援してくださる地元の方々のお役に立てばと、自発的に早起きをして、管理者の方と一面の銀世界に打って出た。路面に硬く凍りついた雪も、日頃から鍛錬した力を揮《ふる》って、はがしていった。そして、地域の方の出勤が本格的に始まる6時頃までに道を整えると、早朝の練習で一汗かいた如くに、ふだん通り学園へ登校していったのである。
 あとから学園生たちの雪かきを知った近隣の皆様方も、感銘されていたと伺った。東大和市のホームページでも、他校のメンバーの除雪ボランティアの献身とともに紹介されている。
 アフリカの環境の母ワンガリ・マータイ博士の言葉が蘇る。
 「人間は、様々な問題を、地球規模の大きな次元でとらえてしまうと、無力感を覚えてしまうものです。
 しかし、身近なところから行動を起こしていくことで、力を発揮していくことができるのです」
        ◇
 先般の雪の翌日、東京は晴天に恵まれた。
 妻は以前に、雪深い北陸出身の友人から、「東京は雪が降っても、翌日は晴れることが多いから、いいですね」と聞いたことを、折にふれ、思い出すという。
 私は妻と二人して、大雪が打ち続く日本をはじめ、世界の雪国の友のご苦労を偲び、無事安穏であられるようにと祈る日々である。

大功徳を積みゆけ
 御聖訓には「北国の習《ならい》なれば冬は殊《こと》に風はげしく雪ふかし」(御書1052㌻)との一節がある。
 日蓮大聖人の佐渡流罪の法難は、過酷な風雪との戦いでもあられた。
 さらにまた、晩年を過ごされた身延の庵室も、しばしば大雪に見舞われている。とくに弘安元年(1278年)は、ことのほか、厳しい冬であった。
 「ふる(古)きをきな(老)どもにと(問)ひ候へば八十・九十・一百になる者の物語り候は・すべて・いにしへ・これほどさむき事候はず」(同1098㌻)
 「きんぺん一町のほどは・ゆき(雪)一丈二丈五尺等なり」(同ページ)と、御手紙に記されている。
 「一丈」とは、約3メートル。100歳に及ぶ古老たちも驚くほどの寒さであり、大雪であった。
 大聖人御自身が、一年一年、厳冬を耐え忍ばれながら、令法久住の法戦を断行されていたのである。
 「冬は必ず春となる」(同1253㌻)との仰せには、あまりにも深く、断固たる不屈の魂の響きが込められている。
 大雪にも負けず、励まし合いながら、広宣流布のスクラムを組む雪国の友は、この御本仏の御心にまっすぐに連なっているのだ。
 その福徳は、計り知れないことを、私は確信する。

 大雪に
  さらに積もらむ
   功徳をば
  語りて暮らせや
    この世の使命と

 かつて、信越の同志に謹んで贈った一首である。

確信と情熱をもて
 試練の冬を勝ち越えて、戸田先生が第2代会長に就任されたのは、昭和26年の5月3日であった。
 その晴れの日、戸田先生は、生涯の願業として、75万世帯の本尊流布を大宣言なされた。
 だが、折伏は難事中の難事である。なかなか、思うようには成果があがらないのが、現実であった。
 「どうすれば、折伏が進むのだろうか」──当時のリーダーたちの率直な疑問であり、悩みでもあった。
 その思いに答えるように戸田先生は言われた。
 「組織をどう運営しようとか、組織をどう動かすとかいうことは、末《まつ》の末である」「組織を動かすのは、信仰に対する絶対の確信と情熱である。その信仰に対する確信と情熱を、組織のなかへ、エネルギーとしてみなぎらすことである」
 策や方法ではない。信心の原点に立ち返ることだ。
 確信と情熱で、行動を起こせ!
 「法華経の兵法」で拡大の道を開け!
 恩師は、そう明確に教えてくださったのだ。
        ◇
 師匠は、原理を示す。
 弟子が為すべきは、具体的に行動に移すことだ。
 私が男子部を代表し、全学会の総会で「青年の確信」を発表したことがある。弟子として、自ら突破口を開きたかったからだ。
 「大聖人の御言葉を虚妄にするか、しないかは、ひとえに創価学会の力であり、私たち青年の力であります」
 「あらゆる三類の強敵に打ち勝ち、世界の人びとの凝視の的となって、そして輝く闘争の完遂を期し、戸田先生のご期待に報いんことを固くお誓いして、青年の確信といたします」
 登壇した私を、恩師が嬉しそうに見つめてくださったことも思い起こされる。
 「報恩抄」の文段には、「一切の師の弟子を養育する、その志は大法をして弘宣することを得せしめんが為なり」と記されている。
 師匠の願いは、弟子が縦横無尽に活躍し、広宣流布を推し進めることだ。
 ゆえに弟子は、「若し法を伝えて衆生を利せば、畢竟、恩を報ずるなり」と結論されている。
 正法を弘め抜いて、一人でも多くの友を、幸福の人生へ導いていくことこそが、師恩に報いる最極の道なのである。
 私は戸田先生が喜んでくださる大折伏を心に期して、蒲田支部の「二月闘争」に突入していった。
 昭和27年の厳冬、私は24歳であった。

「報恩」の一念で
 「二月闘争」の発火点。それは、第一線のリーダーが集った緊急組長会であった。私は、寒風を突いて参加してくれた130人の同志と心一つに誓い合った。
 ──2月は、日蓮大聖人の御聖誕の月であり、戸田先生の誕生の月でもある。
 大聖人が御出現され、戸田先生が一人立たれたゆえに、私たちは妙法に巡りあうことができた。
 その御恩返しのために、2月を折伏の美事な勝利をもって飾ろう!──との一点であった。
 「報恩」の一念に徹する時、人間は人間として、最も美しく、強くなれる。
 いわんや仏法の世界で、報恩は一切の根幹である。
 大聖人は、「かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」(御書903㌻)と仰せである。
 私たちは一人ひとりが、報恩の心で、この御聖訓の通りに決然と立ち上がった。ゆえに姿は凡夫であっても、心は大聖人に直結し、仏の勇気と智慧と慈悲が生き生きと流れ通い始めたのである。
 皆、誇り高く頭《こうべ》を上げ、胸を張った。
 当時、どんなに頑張っても1支部で「月に100世帯」ほどの折伏が限界だと、皆が思い込んでいた。
 しかし、私たちは、今でいえば最前線のブロックに光を当て、「組で2世帯」という折伏目標を掲げた。
 そして、私は具体的に
 1、祈りから始めよう
 1、近隣を大切にしよう
 1、体験を語ろう
 と呼びかけた。
 ──いずれも、私自身が実践してきたことである。
 恩師の事業の絶体絶命の危機を、私は「湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に」(同1132㌻)祈り抜いて打開してきた。
 また、自らが住む「青葉荘」というアパートの方々に爽やかな挨拶を心がけるとともに、折々に仏法対話も重ねていた。そうした友と、小さな一間の部屋で、一緒に勤行をしたことも懐かしい。
 さらに私も、信心のおかげで病気を乗り越えた体験を大いに語ってきた──。

地涌の使命に立つ
 ともあれ、「何としても、戸田先生に喜んでもらいたい」との私の心に、皆が共に燃え立ってくれた。
 「誰か」ではない。
 「自分」がやるのだ!
 「いつか」ではない。
 「今」やるのだ!
 「不可能」ではない。
 「可能」にするのだ!
 自然のうちに、一人ひとりの心が戸田先生の大願と合致して、「師弟」の命のギアが深く噛み合った。
 師と共に広宣流布することを自ら願って出現したのが、地涌の菩薩だ。学会員は皆、偉大な菩薩である。
 ひとたび使命を自覚するならば、必ず第一級の広布の闘士として、本領を発揮できないわけがない。
 破れぬ壁など、断じてないのである。
 こうして戦いに踏み出した蒲田支部の私たちは、1カ月の限界とされてきた100世帯を悠然と超え、さらには200世帯という壁まで、突破したのだ。
        ◇
 創価の歴史に輝く「二月闘争」から60周年──。
 この佳節に、わが青年部は、みずみずしい息吹で、壮年・婦人と一体となって「創価青年セミナー」などを展開し、友情と確信の対話を大きく広げている。
 女子部は、「3・16」を記念し、新たなメンバーで「池田華陽会」第5期を発足すると伺った。
 この意義深き佳節を自他共の成長と勝利で飾ろう!
 一人ひとりの生涯の原点としよう!
 その深く尊き志が、私は何よりも頼もしい。
 壮年部、婦人部の皆様方も、私と同じ心で、青年学会の構築のために、わが地域の若き友を懸命に育ててくださっている。これほど有り難いことはない。 かの大音楽家モーツァル卜は、自ら作詞作曲して、友との絆を歌い上げた。

 ♪なんという喜びだ、
   気高い太陽よ、
  本当の友情に
    生きるとは

 我らは、この世で何よりも誇り高き友情を広げていくのだ。学会歌の歌声も朗らかに!

 師弟不二
  輝く伝統
    光りたり
  勝ちたり 燃えたり
     我らの誇りと

モーツァルトの詞は『モーツァルト全集15』所収、海老沢敏訳(小学館)。

一人から一人へ 勇気は連動

新しい力を! 新しい挑戦を!
創価の対話に「立正安国」の精神


 厳寒に
  耐え耐え 大樹と
    育ちゆけ
  吹雪に嵐に
     若き行者は

 「法華経」の法師品には明確に説かれている。
 「能く竊《ひそ》かに一人の為めにも、法華経の乃至一句を説かば、当に知るべし、是の人は則ち如来の使にして、如来に遣わされて、如来の事を行ず」(創価学会版法華経357㌻)と。
 仏法対話が実っても実らなくても、「如来の事」つまり「仏の仕事」を行った功徳は広大無辺である。
 わが師・戸田城聖先生はわかりやすく言われた。
 「この娑婆世界に、悩みのない人などいないのだ。
 ゆえに、仏は人を励まさずにはおれない。救わずにはおれない。
 これが折伏精神である」
 友を思い、友の幸福を祈って語る。そこに自《おの》ずから仏の生命が脈打つのだ。
 さらに、戸田先生はこうも語られた。
 「人びとの悩みの中心を打開し、人びとが求めているものを、この信心で完璧に示していけるんだよ。
 大事なのは、勇気と真心である。真心は必ず相手に伝わっていくのだ」と。
 この2月、戸田先生の故郷の北海道でも、伝統の「青年主張大会」が力強くスタートした。若い力が結集し、全道の200を超える会場で開催される。
 愛する郷土を活性化する連帯として、各界の識者からの期待も大きい。
 大震災からの復興を進める東北の宮城県でも、創価青年大会を目標に、皆が一丸となって前進している。
 戸田先生の生誕112周年のこの2月、後継の青年たちの健闘を、恩師もさぞかしお喜びであろう。

皆にダイヤの輝き
 60年前、「二月闘争」は、なぜ勝利できたのか。
 それは、目の前の一人を徹して誠実に励ましてきたことに尽きる。
 「広宣流布」は、一人の「人間革命」から始まる。
 決意した一人が、一人を立たせる。その一人が、さらにまた、もう一人を奮い立たせていく。勇気は勇気を呼ぶ。この「一対一」の決意の連鎖こそが、拡大の鉄則である。
 ゆえに、「誓いの一人」を多くつくっていくことが、爆発的な広布伸展の必要条件なのだ。
 戸田先生と同じ2月11日の生まれの発明王エジソンは語った。
 「あらゆるものには輝くダイヤが隠されている。磨けば光る」と。
 全員がダイヤの如き尊い人材である。同志は皆、信心の偉大さを証明する使命を持っているのだ。どれほど大切な方々か。
 そう思えば、最前線で苦労している皆様を励まさずにいられなかった。
 どうすれば皆が元気に戦えるか、思う存分に実力を発揮できるか、私は真剣に祈り、知恵を絞った。
 当時の蒲田の支部幹部では、私が一番若かった。人を集めて偉ぶって指導しても、誰が信用するか。自分が足を運び、顔を合わせ、寒風の中を一緒に歩く以外にない。
 1回の座談会、一軒の個人指導、一通の激励の手紙……すべてが私の主戦場と思って真剣に取り組んだ。
 折伏が進まないメンバーがいれば、私自身の対話の姿を見せた。また私一人で話さず、同席した友にも、どんどん体験や教学の基本を語ってもらった。その中で、皆が自信と確信を深めていったのだ。
 年上の同志の方々も、共に立ち上がってくださった。とりわけ、40代の壮年の先輩方も勇んで奮い立たれ、ありがたく頼もしい限りであった。
 皆、何らかの悩みを抱えながらも、折伏に打って出た。その勇気が、共に悩みを乗り越える雄々しき生命力を引き出していくのだ。
 これまで周囲に信心の話などしたことがないという人も、まだ信心が浅くて何も語れないと尻込みしていた人も、矢も盾もたまらぬ息吹の中で、勇気の一歩を踏み出してくれた。

共に動き 共に語る
 「一人」を大切にすることから生まれる「団結」も、「二月闘争」の勝利の原動力であったといってよい。
 「日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて・一定法華経ひろまりなんと覚へ候」(御書1463㌻)と仰せの通りである。
 私は、皆が持ち昧を発揮し、尊敬し合って団結できるよう、人知れず心を砕き、指揮を執っていった。
 とくに青年には、生活に根ざした体験を持つ壮年・婦人の先輩方と一緒に折伏に取り組むように訴えた。共に動き、共に走った。悩める友がいると聞けば、対話の輪ができた。抜苦与楽の座談会が毎日のように開かれたのである。
 ある時、入信まもない婦人部の方が意を決して知人の折伏に行くということで、私か付き添ったことがあった。道すがら緊張のあまり、足もすくんでいる様子であった。
 私は「学会歌を歌って、楽しく行きましょう!」と申し上げた。最初はか細い声であったが、何回も「同志の歌」を共に口ずさんでいくうちに、みるみる元気になっていった。
 結局、その日の対話は実らなかった。しかし、それを機に発奮し、地方の友人たちへの折伏を次々に結実させていったのである。
 この友人にも、あの知人にも語りたいと、支部中に「聞法下種」の歓喜の渦が巻き起こり、それが何百人に広がっていたか、もはや誰にもわからない。
 そして2月を戦い切り、201世帯という未曽有の弘教になったのである。
 一人ひとりが壁を破っていった。まさに新しい人が新しい力を出し、新しい団結で、新しい波を起こしてくれたのだ。

「やってみせる!」
 「二月闘争」では、東京はもちろん、多摩川を隔てた神奈川にも、広宣の炎は燃え上がり、中部、山梨、千葉へ、そして雪の東北・秋田にも拡大した。
 これ以降も、希望の春の足音は一段と高鳴り、四国、九州など全国へ広がった。我らの行進は、やがて北海道の釧路などにも及んでいったのである。
 当時、夫が信心に反対のなか、内職で家計を支えながら、折伏に奔走してくださった婦人もおられる。
 ささやかな昼と夕兼用のおにぎりを持って、懸命に歩き回っておられた。なかなか思うように折伏が進まない時も、皆で朗らかに声を掛け合い、励まし合い、「いまだこりず候」(同1056㌻)との一節を胸に不屈の前進を続けた。
 この婦人は“「できない」と悩む前に「やってみせる」と決めて祈り戦う”という「二月闘争」で掴んだ精神で、300世帯もの個人折伏を成し遂げてこられた。
 嬉しいことに、92歳の今も宝寿会(多宝会)の一員として、かくしゃくと活躍。創価大学の通信教育部で学ばれたことも、大きな誇りとされている。
 一緒に戦ってくださった同志のことは、一人も残らず、私の胸の奥に光り輝いている。亡くなられた方もおられる。しかし生死を超え、題目で結ばれている。また、お子さんやお孫さん方ともつながっている。
 アメリカSGI(創価学会インタナショナル)のナガシマ理事長の母上も「二月闘争」のうねりの中で、蒲田支部の拠点であった白木家に来て入会を決意した草創の宝友であられた。
 ナガシマ君は、先日も、懐かしいアラスカの同志が外気マイナス13度という酷寒にも怯まず、元気いっぱい仲良く前進されている様子を報告してくれた。

民衆革命の勝因は
 新しい力、すなわち庶民の力が台頭する時、「新しい時代」は開かれる。
 1986年の2月、フィリピンでは「ピープル・パワー(民衆の力)革命」が起こった。別名は「二月革命」──この戦いにより、21年続いた独裁政権が打倒されたのである。
 この劇的な無血革命で、フィリピン民主主義の新時代を開いた立役者の一人がラモス元大統領であった。本年も、真心の新年状をいただいた。
 4度目の会見の折、私は率直にお尋ねした。
 「革命は、なぜ成功したのでしょうか?」
 元大統領は、鋭い眼差しで答えてくださった。
 「民衆が、自分で自分を信じたからです。そして信仰があったからです」
 「『自由のためならば死をも辞さない!』『どのような犠牲を払おうとも!』。そういう覚悟があったから、革命は成し遂げられたのです」
 実は、この革命が成就するには、女性の力が大きかったといわれる。
 独裁政権が倒れる直接のきっかけは、数十万人の群衆がマニラの「エドサ通り」に集結し、政権に抗議する“人間バリケード”をつくったことであった。
 政権に反対すれば、命さえ奪われるかもしれない。そんな恐怖を前に、尻込みする夫や父、きょうだいや子どもたちを説得し、エドサ通りへ向かわせたのは、それぞれの家庭の無名の母たち、乙女たちであった。
 それは、平和を願う信念強き女性たちが開いた勝利であったのだ。
 学会にあっても、婦人部の確信の一言、春風の如き温かな一言が、どれほど友の心に響いていることか。
 女子部の爽やかな笑顔が、どれほど同志に希望を送っていることか。
 今、かのフィリピンをはじめ世界中で、創価の女性たちは、幸福勝利の対話を弾ませ、友情と平和のスクラムを広げてくれている。
 ますます仲良く健やかに、素晴らしき人生を勝ち開いていかれることを、私と妻は祈る日々である。

「時を知るべし」

 「仏教を弘めん人は必ず時を知るべし」(同439㌻)──日蓮大聖人が、この「教機時国抄」を著されたのは、弘長2年(1262年)の2月。750年前であった。
 今、世界には、さまざまな困難や課題を前にして、先行きの見えない茫漠とした不安が蔓延している。
 このような「時」だからこそ、今回の「SGIの日」の記念提言で申し上げたように、「全ての人間に等しく備わる無限の可能性」を信じ抜く立正安国の対話が重要である。
 そして「一人一人が互いの可能性を信じ、力を湧き立たせる中で、時代の閉塞感を打破していく」立正安国の連帯が不可欠なのだ。
 思えば「立正安国論」は、大聖人が御入滅を前に、今の大田区にあった池上邸で弟子たちに講義なされた重書である。
 私が戸田先生と初めてお会いした大田区の蒲田の座談会で、師が講義されていたのも、「立正安国論」であった。
 60年前の「二月闘争」は、この立正安国の対話と連帯を、奇しくもゆかりの大田から、庶民の力で巻き起こしていったのである。
 そして今再び、同じ閏月の一日一日、わが愛弟子たちが新たな「二月闘争」を繰り広げてくれている。
 今この時こそ、皆が青年の心で、青年と共に戦い、舞いゆく時である。
 さあ、「立正安国」の大願を高らかに掲げ、「創価青年の新時代」を、愉快に勝ち開こうではないか!

 天の時
  ついに来れり
   建設の
  地涌の勇者に
    旭日《きょくじつ》かがやけ

 エジソンの言葉は浜田和幸著『エジソンの言葉──ヒラメキのつくりかた』(大和書房)。
2012-02-08 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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わが教育者に贈る 1

わが教育者に贈る

第1回 青年から『共育』の新時代を
            (2012.2.1/2/3付 聖教新聞)

我らは永遠に「人間教育」が起点

 厳しい寒さが続いております。各地で大雪の被害が甚大になり、雪の事故も起きていると伺っています。心よりお見舞い申し上げます。
 また、こうした中、子どもたちの無事安全を、わが子以上に心配してくださっている教育本部の皆様方のご苦労が思われてなりません。
         ◇
 「『人間性を形成する』──これこそはわれわれの世紀の誉れだ」
 ドイツの大文豪ゲーテが若き日に師と仰いだ、文学界の指導者ヘルダーの叫びです。
 教育は、人から人へ、人間性の真髄を生命深く育み、伝えゆく聖業です。
 教育は、たゆまずに人間を創り、文化を創り、平和を創る力です。
 教育は、人生の黄金の柱、社会の黄金の柱、未来の黄金の柱です。
 学会は「創価教育学会」として、この教育から出発しました。いな、私たちは永遠に「人間教育」を起点とします。
 初代・牧口常三郎先生も、教育者でした。
 第2代・戸田城聖先生も、教育者でした。
 そして、第3代の私も、教育こそ人生の総仕上げの事業と定めてきました。
 牧口・戸田両先生の悲願であった、創価学園・創価大学、また、世界各地の創価幼稚園、さらにアメリカ創価大学を創立し、師の構想の通り、社会に人類に貢献しゆく英才を育成してまいりました。
 この3代にわたる大情熱を直接に受け継いで、最前線の現場で献身してくださっているのが、敬愛する教育本部の皆様方なのです。
 日夜、子どもたちのため、どれほど真剣に祈り、悩み、努力を重ねておられることか。人間教育の不二の盟友である皆様方のことは、私の胸奥から離れたことはありません。
 とりわけ、教育の危機が憂慮される現代にあって、幾多の難問に直面しながら、懸命に力闘されている、誉れの青年教育者の友に、私は少しでもエールを送りたいと常に思ってきました。
 これまでも折々に、教育への提言を発表してきました。今回は、青年教育者の方々と、わが創価大学のキャンパスで語り合うような思いで、教育に関する所感を綴らせていただきます。
        ◇
 「無上宝珠」──『創価教育学体系』では、子どもたちの生命が、この最大の尊称で呼ばれております。
 子どもたちの生命こそが、何ものにもかえ難い尊極の宝である。その生命に関わるがゆえに、教育こそが「人生の最高にして至難の技術であり、芸術である」と、厳粛に宣言されているのであります。
 牧口先生と若き戸田先生との師弟の結実である『創価教育学体系』が発刊されたのは、1930年(昭和5年)の11月18日です。
 それは、関東大震災から7年後でした。さらに前年から世界恐慌の嵐が吹き荒れ、直前には日本の首相が国粋主義者から狙撃されるという騒然とした時代でありました。
 そうした渦中に、「1千万の児童や生徒が修羅の巷に喘いでいる現代の悩みを、次代に持ち越させたくない」との断固たる決心をもって出版されたのであります。

マハトマ・ガンジーの信念
内なる灯火が輝くときそれは全世界を照らす

平和を実現するなら子どもから
 ──宝の中の宝である子どもたちの生命を、絶対に守り抜くのだ。子どもたちを、断じて不幸にしてなるものか。子どもたちの幸福こそを第一義とするのだ──。
 まさしく、乱世の真っ只中で、この師子吼をもって、創価教育は誕生したのであります。
 昨年3月の東日本大震災によって、あまりにも多くの尊き命が奪われました。御家族の悲しみは、いかばかりか。私は、毎日、懇ろに追善回向の題目を送らせていただいております。
 言語に絶する悲劇の中から、後世への教訓を留めることが、失われたかけがえのない命に報いることになるならば、「釜石の奇跡」と呼ばれる事例は、その一つでありましょう。教育界にも大切な大切な教訓を残してくれました。
 岩手県釜石市では、津波によって多くの犠牲者が出ました。
 この耐え難い被害に遭いながら、市内の小・中学校のほとんどの児童・生徒が、津波から逃れることができたのです。
 これは、学校にいた児童・生徒はもちろん、下校していた子どもたちも、多くが自分自身で判断して高台に避難したことによるものです。ここ数年、繰り返し行われてきた「防災教育」の賜でした。
 自らの力で自分たちの大切な命を守り、何があっても互いに信じ、助け合いながら生き抜いていく──この「人間への信頼」「自立の心」を育むところに、人間教育の根幹があるといえましょう。
 教育とは、大人が考える以上に子どもたちの心を錬磨していくものであると、「釜石の奇跡」は、あらためて気づかせてくれました。
 さらに今、復興へ刻苦奮闘されている被災地の方々の励みとなっているのもまた、健気な子どもたちの明るい姿であると伺っております。
 もとより、大震災が子どもたちにもたらした衝撃は、言い尽くせないでしょう。
 しかし、それでもなお、子どもたちは太陽の心を輝かせて、家庭に地域に、希望を贈ってくれています。
 「被災地の学校に、再び子どもたちの笑顔が戻り、楽しく賑やかな快活な声が響いている。その平凡な日常が、実は何よりも尊く、何よりも素晴らしいことであると、心新たに感動しました」
 こう東北の教育者の方が、語っておられました。
 子どもたちを慈しんでやまなかったインドの非暴力の英雄マハトマ・ガンジーは、明言しております。
 「もし私たちが、本当に世界の平和を実現したいと願うなら、それは子どもたちから始めなければならない」
 「内なる灯火《ともしび》が輝くとき、それは全世界を照らす」というのです。
 子どもたちの幸福の「内なる灯火」を一人一人、今日も明日も、ともしながら、世界の平和へ、希望の光を広げていく炎こそ、教育本部の皆様方の熱情でありましょう。

 ヘルダーの言葉は『世界の名著38』所収「人間性形成のための歴史哲学異説」小栗浩・七字慶紀訳(中央公論新社)。

教育は「子どもの幸福」のために

民衆詩人ホイットマンの教育者観
・初めは一歩一歩の導きを
・自立できるよう励ましを
・知を愛することを教えよ

 わが教育本部は、今、人間教育者モットーを掲げ、力強く前進しています。
 一、「子どもの幸福」第一の教育者たれ!
 一、人間革命の道を勝ち開く教育者たれ!
 一、生命の輝きで実証示す教育者たれ!
 牧口先生・戸田先生が体現された創価教育の精神は、ここに脈々と躍動しています。
 第1項目の「幸福」とは、人から与えられるものではありません。
 地位や財産を手にしても、それで幸福とは限らない。また、今、幸福のようであっても、それがいつまで続くかわからないのが現実です。真の幸福は、どのような境遇にあったとしても、「今から」「ここから」、自分で創り出していくものです。
 牧口先生は「子どもの幸福」を「価値創造の能力を涵養するにあり」と示されました。つまり、子ども自身に「如何なる方面にでも活路を開拓して進行することの出来る能力を持たせんとする」ことです。
 自身の関わる子どもたち一人一人から、日々、この「幸福を創る力」すなわち「価値創造の力」を引き出していく教育の営みは、何と誇り高さ挑戦でありましょうか。
 それはモットーの第2項目にあるように、教育者自身の「人間革命の道」でもあります。そして、第3項目にある通り、わが「生命の輝き」を生き生きと放ちながら、子どもたちと共に学び、共々に成長し続けていくことでありましょう。
 牧口先生は述べられました。
 「教授の目的は興味にあり。智識そのものを授けるよりは、これより生ずる愉快と奮励にあり」
 はじけるような学ぶ喜び、わくわくするような探求の楽しさを、子どもたちと分かち合う。そして新しい世界を広げながら、知恵と創造性を育んでいく学習の在り方が促されております。
 多くの大人が、残念ながら、いつしか学ぶことをやめ、成長を止めてしまう中で、学びの場、成長の場に身を置いて、自らを向上させていけることは、教育者の特権であるといっても過言ではありません。
 アメリカの民衆詩人ホイットマンは、理想の教育に関連して自身の教育者観を語りました。
 「初めは、良き導き手となって一歩一歩を先導し、ただ書籍から教えようとするのではなく、自分で考え行動できるように、その心の働きを磨き鼓舞してあげることである。そして“知を愛すること”を教え込むことだ」
 ホイットマンは、教師としての経験もありました。たしかに、優れた授業は、一編の詩のように、若き心を鼓舞してやまない芸術そのものです。
 とはいえ、現実は厳しいでしょう。特に、いまだ経験の浅い青年教育者の皆さんには、失敗や試行錯誤もあるに違いない。
 しかし、偉大な教育者であられた牧口先生も、若き日には授業で悪戦苦闘する、皆さんと同じ青年教育者の一人であったことを、思い起こしていただきたいのであります。
 牧口先生は、北海道尋常師範学校(現・北海道教育大学)に学ぶ21歳の時、教員の欠員が出たため、急遽、教生(教育実習生)として初めて教壇に立つことになりました。
 牧口先生は、当時の心境を、率直に回想されています。
 「生れて始めて教壇に上ったのであるから、その狼狽振りは思いやられる。それでもまあ子供等が云うことを聞いたものだ、と今でも冷や汗がでる」と。
 この折、牧口青年が一番、苦労したのが、綴り方(作文)の授業です。十分な知識や経験もなく、教科書もない中で、知恵を絞りながら、懸命に教案の作成に取り組みました。
 実は、この時、牧口先生が必死に考案した綴り方の指導方法は、子どもたちが自らの力で作文が書けるよう、段階的な誘導を目指した、きわめて優れたものだったのです。
 のちに牧口先生は、この指導教案こそ、『創価教育学体系』の全編を貫く思想の中核になったと位置づけられています。
 自ら「戦々恐々たる暗中模索の新米教師の初陣」と述べた、若き日の渾身の挑戦が、やがて創価教育学の土台となり、源泉となったのです。
 「創価教育の父」が、青年教育者の皆さんに、「今の苦労は必ず未来に花開くよ」と、限りない励ましを危ってくれていることを忘れないでください。
 いかなる道であれ、最初から名人、達人と言われる人などおりません。皆さんは若いのです。失敗を恐れず、明るく、たくましく、前へ前へ進んでいけばよいのです。
 法華経を実践する根本の魂は、「勇猛精進」です。

努力し抜く命に人の努力は映る

 社会事業の中で子どもの教育に携わった、アメリカの人権の母エレノア・ルーズベルトも語っています。
 「人生に勇敢に真正面から取り組む人は、経験とともに成長するものです。人格は、このようにして築かれていくのです」と。
 教育者自身が常に前向きに創意工夫を続けている息吹は、そのまま子どもや生徒たちの心を勇気づけ、無言のうちに励ましとなるものです。
 自分が努力し苦労している命には、人の努力や苦労も、鏡の如く映し出されます。わが生命の鏡を研ぎ澄まして、子どもたちの頑張りを見逃さず、ほめてあげられる教育者でありたいものです。
 子どもたちは、一生懸命に努力したことをほめられたり、喜ばれたりすることが、何よりも嬉しいものです。その時、子どもは幸福を実感するともいえましょう。
 被災地の子どもたちも、自分たちの笑顔によって、皆が元気を取り戻す姿を見ることが嬉しい。だからこそ、つらくとも笑顔を見せてくれる。何と、いじらしいことでしょうか。
 御書にも「ほめること」が持つ力について、「金はやけば弥《いよいよ》色まさり剣《つるぎ》はとげば弥利《と》くなる」(1241ページ)と譬えられています。
 子どもたちの生命に具わる、黄金のような善性も、宝剣のような才能も、大いにほめて伸ばしていきたい。
 その子ならではの「よい点」や「頑張っていること」を見つけ出して、時に応じて真心こめて讃えていただきたいのです。

共に学び共々に成長を


アメリカの教育者デューイ
一人の人間、一つのグループのなし遂げたことが次の土台に

 私は、牧口先生・戸田先生が敬愛してやまなかったアメリカの教育哲学者ジョン・デューイ博士をめぐって、デューイ協会の会長を務められた2人の碩学、ラリー・ヒックマン博士とジム・ガリソン博士と有意義な語らいを重ねてきました。
 デューイ博士の教育哲学の中心は、「成長」であります。
 お二人との鼎談では、その「成長」とは、人と人との関係を通し、社会の中で磨き深められていくものであり、個人の成長は自ずと他者の成長、社会の成長にも寄与するものであることを語り合いました。
 一人の「個人の成長」が「他者の成長」を促し、周囲や社会の成長をも促していく──まさに、偉大なる「人間革命」の原理です。
 ゆえに、教師自身が成長すれば、子どもたちも必ず成長します。また、教師自身が成長するためには、子どもたちの成長に学ぶことです。
 教育は「共育」──教師も生徒も共に育って、成長していくことなのです。
 自身も大教育者として、多くの青年を育ててこられたガリソン博士は、こう語られていました。
 「教師は、生徒たち一人一人を観察し、実験を試み、省察して、彼らのことを学びながら、あくまでも思いやりのある、深い共感を最も大切にしなければなりません。
 よき教師は、生徒たちと一緒に学ぶことを、また生徒たちについて学ぶことを、大いに楽しむものです」
 「子どもたちから学ぼう」「一緒に成長しよう」とすることは、一人一人の人格を最大に尊重することになる。その心は、必ず伝わります。
 「子どもを尊重せよ」「子どもの考え方にたいして、その仲間であり、子どものもつ友情にたいして、友であれ」
 これは、アメリカ・ルネサンスの哲人エマソンの呼びかけでした。
 一人の人間として、大切な友として、子どもたちに接する時、その子が自分でも気づいていない長所まで如実に見えてきます。
 教師の信頼と期待にあふれた一言一言こそ、子どもたちを大きな自信と安心感で包み、その可能性を伸びやかに開花させていく力となるでしょう。
 いわんや皆さんは、自他共の生命を最高に光り輝かせていける大哲学を持っています。
 女子部が学ぶ御書30編の一つ「一生成仏抄」に、こう仰せであります。1月度の座談会でも研鑽した一節です。
 「只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし、深く信心を発《おこ》して日夜朝暮に又懈《おこた》らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり」(御書384ページ)
 日々、妙法を朗々と唱えゆくことは、わが生命を明鏡の如く磨き上げていく力です。毎日、太陽が新鮮な陽光を放ちゆくように、信仰は、どんなに厳しい試練の時にも、決して負けない「生命の輝き」を発していく究極の光源なのであります。
 とともに、心がけていきたいことは、身近な存在である経験豊富な先輩をはじめ、良き教育者から学ぶことでしょう。
 若さ日の牧口先生が、綴り方の授業に挑戦した際、当時の北海道尋常師範学校附属小学校の主事(現在の校長職)であった岩谷英太郎先生が、高く評価してくれました。牧口先生の教案は、“子どもが作文の出来ない原因を巧みに見抜いている。これは、他のあらゆる学科にも通じる”とほめてくれたのです。
 それが、大きな励みになったことを、牧口先生は終生深く感謝されていました。
 かのデューイ博士も、シカゴ大学の実験学校(付属小学校)などで、現場の先生たちと苦楽を分かち合い、共に学び合った。その中で、大きな啓発を受け、自らの教育哲学を鍛え、発展させていったのです。だから深かった。
 昨今、教育現場は多忙を極め、職場の上司や同僚に相談したくても、互いに時間に追われて相談できず、孤立してしまう場合も少なくないと伺っています。その意味で、教育本部の先輩・同志は、何ものにも勝る、ありがたい存在です。
 長年、教育本部の皆様が積み重ねてこられた教育実践記録は5万事例を突破しました。さらに月刊誌「灯台」に連載されている実践記録集「『教育の世紀』の若き太陽」も教育界から注目されています。その一つ一つに、教育現場の生きた知恵が光り、困難を勝ち越えた尊いドラマが結晶しています。
 こうした先輩方の実証は、青年教育者の皆さんにとって得難い手本であり、励ましです。ぜひとも学んでいただきたい。また信頼できる「教育名誉会」(退職教育者の集い)の大先輩もおられます。遠慮なく相談していただきたいのであります。

何があっても強く朗らかに
 大事なことは、一人で悩みを抱えないことです。先輩たちも、皆、悩んだのです。皆さんは、一人ではありません。孤独になって、悩みに押し潰されてはならない。乗り越えられない壁など、絶対にないのです。
 何があっても、頭《こうべ》を上げ、胸を張って、強く朗らかに生きることです。自分のために! そして、愛する子どもたちのために!
 私は、宮城県の被災地で奮闘する一人の女性教育者の話を伺いました。彼女が勤務する中学校は、津波で甚大な被害を受け、大切な教え子も犠牲になりました。
 いったい、どうすればいいのか──悲嘆に暮れ、呆然とする彼女を支えてくれたのは、母校の創価大学・関西創価高校の旧友たちの励ましでした。日本中、さらに世界からも真心のエールが連日、届きました。
 懐かしい友の声に触れ、自身の胸のうちを聞いてもらうと心が落ち着き、勇気がわいてくるのを感じたそうです。「子どもたちのために、自分がまず立ち上がろう!」と。
 今、その彼女に続き、生徒たちもまた深い悲しみから立ち上がって、成長しているといいます。
 デューイ博士は語っています。
 「一人の人間が、或は、一群の人々がなし遂げたことが、それに続く人々にとっての、足場となり、出発点となる」
 わが教育本部の方々が、地道にして誠実な努力によって開いてこられた前進の歩みは、現代の暗き世相に大いなる希望を贈り、未来を開く不滅の足跡となるに違いありません。
 若き皆さん方は、この麗しき人間教育の連帯の輪を、さらに大きく広げながら、スクラムを組んで勇気凛々と進んでいっていただきたい。
 デューイ博士の名著『民主主義と教育』では、次のような視点が示されています。
 「社会的観点から見れば、依存性は弱さよりむしろ力を意味するのであり、それは相互依存を伴うのである」
 相互の関係性の中で人間の成長をとらえていたデューイ博士は、個人が自立して人から頼りにされることを重視していました。さらに、人を頼りにすることも「弱さ」ではない。むしろ独善を排して連帯を強める「力」であると考えたのです。
 支え合い、励まし合って生きるのが、人間です。そこに人間性の源泉もあります。
 御書には「されば仏になるみちは善知識にはすぎず、わが智慧なににかせん、ただあつ(温)きつめ(寒)たきばかりの智慧だにも候ならば善知識たいせち(大切)なり」(1468ページ)と説かれております。
 また、「麻の中のよもぎ(蓬)・つつ(筒)の中のくちなは(蛇)・よ(善)き人にむつ(睦)ぶもの・なにとなけれども心も・ふるまひ(振舞)も・言《ことば》も・なを(直)しくなるなり」(1591㌻)と仰せです。
 この世の希望であり、未来の宝である子どもたちのために悩む──何と尊く誇り高い悩みでありましょう。それ自体が、地涌の菩薩の悩みであります。「煩悩即菩提」の法理に照らし、悩みは智慧に変わります。子どもたちや、その家庭の幸福と安穏を祈ることは、仏の祈りであります。
 ゆえに、青年教育者の皆さんに、きょうも、希望あれ! 勇気あれ! 連帯あれ! 成長あれ! そして、皆さんこそ混迷の時代を照らす「教育の世紀の太陽」であれ! と願ってやまないのです。

 エマソンの言葉は『人間教育論』市村尚久訳(明治図書出版)。デューイは『誰れでもの信仰』岸本英夫訳(春秋社)、『民主主義と教育』松野安男訳(岩波文庫)。
2012-02-03 : わが教育者に贈る :
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