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第37回「SGIの日」記念提言

第37回「SGIの日」記念提言 「生命尊厳の絆 輝く世紀を」(下)


時代変革のビジョンを共有し地球的課題への挑戦を‼

 続いて、人々の生存・生活・尊厳に深刻な影響を及ぼすさまざまな脅威を克服するための具体策について言及したいと思います。
 その前に提起しておきたいのが、「平和の文化」の母と呼ばれたエリース・ボールディング博士が強調していた二つの観点です(以下、『「平和の文化」の輝く世紀へ!』、『池田大作全集第114巻』所収)
 一つは、人々が未来へのビジョンを共有した上で行動することの大切さであり、もう一つは、“200年の現在”という時間軸に立って生きていくことの大切さです。
 最初の点について、博士は次のようなエピソードを紹介してくれました。
 ──1960年代、軍縮の経済的側面について研究している学者の会議で、もし完全な軍縮が達成できたら世界はどうなるのかと、博士が尋ねた。すると返ってきたのは、「私たちにはわからない。私たちの仕事は、軍縮が可能であることを説くことにあると思う」といった、思いもよらない答えであった、と。
 その時の経験を踏まえて博士は、「ある運動が、具体的に、どのような結果をもたらすかを思い描くことができずして、どうしてその運動に心から献身できるでしょうか」と、疑問を呈していました。
 大事な問題提起だと思います。いくら平和や軍縮が必要であったとしても、運動の底流に具体的なビジョンが脈打っていなければ、厳しい現実の壁を打ち破る力を生み出すことは難しい。事態打開のために「心から献身」したいと願う人々を結集する紐帯になるものこそ、皆が心から納得して胸に抱くことのできる明確なビジョンであると博士は考えておられたのです。

“200年の現在”の時間軸と責任感
 もう一つの観点である“200年の現在”とは、今日を起点として過去100年と、未来への100年の範囲を、自分の人生の足場として捉えるものです。
 博士は、こう強調されていました。
 「人間は、現在のこの時点だけに生きる存在ではありません。もし自分をそういう存在だと考えるならば、今、起こっている事柄にたちまち打ちのめされてしまいます」
 しかし、“200年の現在”という、より大きな時間の中に存在すると考えれば、今年生まれた乳児から今年で100歳の誕生日を迎える高齢者にいたるまで、多くの人々の生きる時間に関わる可能性が大きく広がっていく。自分は、その「より大きな共同体」の一部を成す存在であるとの世界観をもって生きていくことが大切である、と。
 それは、脅威に苦しんできた人々に思いをはせると同時に、新しい世代が同じ悲劇に見舞われないよう、未来への道を切り開く責任感を促すものなのです。
 このボールディング博士の観点を踏まえつつ、私は「人道」「人権」「持続可能性」の三つの観点から、人類が共有すべきビジョンを提起したい。
 「どの場所で起こった悲劇も決して看過せず、連帯して脅威を乗り越えていく世界」
 「民衆のエンパワーメントを基盤に、地球上の全ての人々の尊厳と平和的に生きる権利の確保を第一とする世界」
 「過去の教訓を忘れず、人類史の負の遺産の克服に全力を注ぎ、これから生まれてくる世代にそのまま受け継がせない世界」
 私はこれまで30回にわたる提言を通じて、これらのビジョンを常に想起しながら具体的な提案を重ねてきました。どんなに複雑で困難な課題に取り組む上でも、ビジョンから逆算して考えるアプローチが、混迷深まる現実社会の袋小路から抜け出すための“アリアドネの糸”(道しるべ)となり、変革の波を巻き起こすための代替案の源となると信じるからです。
 そこで今回は、対応が遅れれば遅れるほど未来世代への負荷が大きくなる、「災害」「環境と開発」「核兵器の脅威」の三つの課題に焦点を当てて解決の方途を探ってみたい

災害に苦しむ人々を支え人権守る国際協力を強化

UNHCRの任務拡大し被災者支援

 まず災害に関して提案したいのは、被災者を支援する国際枠組みの整備です。
 現在、国連国際防災戦略を通じて、予防的な側面から災害による被害の拡大を防ぐためのさまざまな協力が進められています。
 しかし災害は、人智を超えたところで予期せぬ被害をもたらすもので、被災の苦しみにさいなまれている人々を実際にどう支えるかという点が同時に重要になります。この点を考慮して私が強く呼びかけたいのは、被災者への支援において緊急性に基づく人道的な対応に加えて、「被災者には“尊厳ある生活を営む権利”がある」との人権ベースに立ったアプローチを確立することです。
 そこで、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が、これまでケース・バイ・ケースで対応してきた「災害避難民への救援活動」を、正式な任務に盛り込むことを提案したい。
 これまでの歴史を通じてUNHCRは、本来の任務である難民保護に加えて、国内避難民や戦争被災民の救援、庇護希望者や無国籍者の保護といったように、援助の対象や活動の範囲を広げてきました。
 UNHCR規程では「国連総会の決定するその他の活動にも従事しなければならない」(第9条)とあり、数々の国連総会決議を経ることで法的根拠が与えられてきたのです。
 世界では毎年、約1億6000万人が被災し、10万人もの命が奪われる状況が生じており、災害の発生件数や被災者の数も、1970年代と比べて約3倍も増加しています。
 特に犠牲者の大半が途上国に集中しており、“災害と貧困との悪循環”が問題になっているのです。
 こうした中、UNHCRのアントニオ・グテーレス高等弁務官も、次のような認識を示しています。
 「2004年のインド洋津波や他の近年の災害から、被災者の人権への新たな脅威が発生していることが確認されたように、いかなる新しいアプローチも人権ベースでなければならないことは明らかである」
 この指摘通り、災害救援から復興の過程において、被災者の尊厳をいかに守るかが大きな焦点となってきています。
 ともすれば、被災者の健康状態や生活状況の悪化は、災害時にはある程度避けられないものと見なされがちですが、むしろ緊急時であればこそ、そうした一つ一つの権利の欠落が被災者にとっては命取りにもなりかねないのです。
 その改善のために、UNHCRが常に支援に関われる仕組みを確保した上で、他の国際組織と共に「人道主義」と「人権文化」に立脚した救援活動を展開し、人々の生命と尊厳を徹底して守る態勢を整えるべきだと思うのです。

人権教育に関する国連宣言が採択

 災害をはじめとする脅威や社会的弊害に苦しむ人々の尊厳を守る上でも「人権文化」の建設は喫緊の課題であり、先月の国連総会で「人権文化」を教育や研修を通じて育むための原則や達成目標を示した歴史的な宣言が採択されました。
 この「人権教育および研修に関する国連宣言」は、2007年の国連人権理事会で草案起草が決定して以来、検討作業が進められ、「人権教育学習NGO作業部会」をはじめ、さまざまなNGOが市民社会の声を反映させようとサポートを行ってきたものです。
 このNGO作業部会の議長を務めるSGIでは、現在、宣言の精神を踏まえて、人権教育アソシエイツ(HREA)や国連人権高等弁務官事務所と協力し、人権教育のためのDVDを制作しております。
 宣言に基づく取り組みが世界的に広がれば、災害が発生した国の政府や自治体が行う救援においても、人権ベースの活動の重要性に対する認識が深まっていくことが期待されます。
 「人権文化」の建設は21世紀の国際社会の中心課題であり、SGIとしても今後、市民社会の側からの取り組みをさらに強力に進めていきたいと思います。

防災から復興まで女性の役割を重視
 二つ目の提案は、防災から救援、復興にいたるまで災害に関する全てのプロセスで、女性の役割の重視を国際社会の取り組みとして徹底させることです。
 災害のような「突然襲いくる困窮の危険」に対処するには、一人一人の置かれた状況に向き合うのと同時に、人々が自らの力で事態を打開しようとする動きを支えることが重要です。
 その意識を社会に根づかせる上で欠かせないのは、女性の役割に光を当てることではないでしょうか。
 災害によって命を失うのは女性が男性より多く、大規模な災害ほど格差は大きくなるといいます。また、ひとたび災害が起こると、女性が生活上の不自由や過度な負担を強いられる状況が生じるだけでなく、人権や尊厳が脅かされる危険性が増すといわれます。
 しかしその一方で、女性が本来持っている「防災に貢献する力」や「復興に貢献する力」に、もっと着目して対策に反映させる必要があるとの認識も高まりをみせています。2005年の国連防災世界会議で採択された「兵庫行動枠組」では、「あらゆる災害リスク管理政策、計画、意思決定過程にジェンダーに基づいた考え方を取り入れることが必要」との項目が盛り込まれました。
 ただし残念なことに、実施状況を点検した昨年の報告書では進展が芳しくないことが指摘されています。この状況を変えるためにも、法的効力を持つ明確な原則として打ち出すことが重要ではないでしょうか。
 そこで私が想起するのが、平和と安全の維持および促進のあらゆる取り組みにおける女性の平等な参加と完全な関与の重要性を謳った、国連安全保障理事会による1325号決議=注4=です。
 2000年10月に採択されたこの決議は、国際社会に強力なメッセージを発信しました。10年余りを経てその履行には課題も残り、さらなる後押しが求められますが、さまざまな取り組みを各地で進めるにあたって常に念頭に置くべき指針として、決議の存在が顧みられるようになった意義は大きいと思います。
 当時、採択に尽力したアンワルル・チョウドリ元国連事務次長は、私との対談集でこう訴えていました。
 「女性が関わることによって、『平和の文化』はより強靱な根を張ることができる」
 「女性が取り残されるところに、本当の意味での“世界の平和”はないことを忘れてはいけない」(『新しき地球社会の創造へ』潮出版社)
 防災や復興という面においても、女性が担い、果たすことのできる役割は、同様の重みを持っているのではないでしょうか。
 こうした中、各地で平和維持活動に取り組んできた国連でも、2010年1月の大地震で深刻な被害が出た中米ハイチでの状況を踏まえて、1325号決議の対象範囲を自然災害にまで拡大させる必要があるとの見解を示しています。
 ゆえに私は、1325号決議が対象とする平和構築の概念を拡大させて防災や復興を含めた運用を図ること、もしくは、防災や復興における女性の役割に焦点を当てた新たな決議の採択の検討を呼びかけたい。
 そして、「兵庫行動枠組」を採択した時のホスト国であり、阪神・淡路大震災や東日本大震災を経験した日本が、その旗振り役を担うとともに、国内での環境整備を早急に進め、各国のモデルケースとなることを強く望むものです。
 2年前に創設された国連女性機関(UN Women)のミチェル・バチェレ事務局長は、こう語っています。
 「私は、女性たちは機会さえ与えられれば、過酷な状況にあっても自分たちの家族や社会のために多くのことを達成できることをこの目で見てきました。女性の強さ、勤勉さ、知恵はまさに人類最大の未開発資源といえます。この可能性を拓くのに、この先100年も待つわけには絶対いかないのです」(UN Women日本国内委員会事務局のホームページ)
 この言葉の通り、女性をいつまでも災害の最大の被害者のまま終わらせてはならない。紛争防止や平和構築の場合と同じく、女性が防災や復興においても事態を好転させる“最大の変革の主体者”として役割を発揮できる時代を今こそ築こうではありませんか。
 「平和の文化」に果たす女性の役割について意識啓発に取り組んできたSGIとしても、今後、災害に関する分野における女性の役割に焦点を当てた意識啓発を草の根レベルで広げていきたいと思います。

持続可能な未来に向けて人類共通の目標を設定

6月にブラジルで「リオ+20」の会議
 災害に続き、第2の柱として取り上げたいのが環境と開発をめぐる問題です。
 6月にブラジルで、国連持続可能な開発会議(リオ+20)が開催されます。
 1992年の地球サミットから20周年を迎える現在までの成果を再検討するもので、主要テーマは「持続可能な開発及び貧困根絶の文脈におけるグリーン経済」と、「持続可能な開発のための制度的枠組み」となっています。
 このうち前者のグリーン経済については、まだ定義が固まっていませんが、経済成長と環境保全の案分をめぐる調整的な概念として限定することはもとより、経済成長の新しいモデルづくりや雇用創出を図るための手段的な概念に狭めてはならないと訴えたい。
 国連環境計画が昨秋行った国際青年会議では、グリーン経済を「人々の幸福、社会的公正、環境保護を同等の重みをもってとらえる、真に持続可能な、唯一の一体的枠組」と位置付ける宣言を採択しました。
 世界の青年の代表たちによる未来への責任感に満ちた意欲的なビジョンとして私も強く共鳴します。
 そこで私は、国連のミレニアム開発目標=注5=に続く新たな取り組みとして、持続可能な未来を築くための共通目標の制定を強く呼びかけたい。
 先日、リオ+20に向けた最初の意見取りまとめの文書が発表され、そこでも「持続可能な開発目標」の必要性を提起する内容がありました。この機を逃さず、人類と地球が直面する課題を総合的に見据えた議論を深めていくことが求められます。
 これまで国際社会では、国連のミレニアム開発目標に基づいて、貧困や飢餓で苦しむ人々の削減などが目指されてきました。
 いわば、生まれた国や育った環境によって命の格差や尊厳の格差が生じている状態を、さまざまな角度から改善することを目指したもので、一定の成果を得てきましたが、目標期間が終了する2015年以降の新しい目標設定が必要との声が高まっています。
 ゆえに私は、貧困や格差がもたらす地球社会の歪みの改善を求めたミレニアム開発目標の精神を継承しつつ、どの国の人々も避けて通ることのできない「人間の安全保障」に関する諸問題への対応を視野に入れた、“21世紀の人類の共同作業”としての目標を掲げるべきだと訴えたい。そしてリオ+20で、新たな共通目標を検討する作業グループを設置し、対話プロセスを開始することを会議の合意事項に盛り込むべきだと考えるものです。
 その柱となる理念として、これまで論じてきた「人間の安全保障」に加えて、私が挙げたいのは「持続可能性」の理念です。
 では「持続可能性」の意味するところは何か──。私がこれまで論じてきた文脈に沿って表現するならば、それは「誰かの不幸の上に幸福を求めない」生き方であり、「故郷(地域)や地球が傷つけられたままで、次の世代に受け渡すことを良しとしない」精神であり、「現在の繁栄のために未来を踏み台にせず、子どもや孫たちのために最善の選択を重ねる」社会のあり方といえましょう。
 それは、何か義務感のような形で外から縛り付けるルールでもなく、重苦しさを伴った責任感のようなものでもない。むしろ、経済学者のジョン・ガルブレイス博士が私との対談集(『人間主義の大世紀を』潮出版社)で、21世紀の目指すべき姿として提起していた「人々が『この世界で生きていくのが楽しい』と言える時代」を築くために、皆で持ち寄り、分かち合う心ともいうべきものです。
 私がかつて、国連のミレニアム開発目標について、「目標の達成はもとより、悲劇に苦しむ一人一人が笑顔を取り戻すことを最優先の課題とすることを忘れてはなりません」と注意を促したのも、博士と同じような思いからでした。
 そのために必要となる倫理は、何もゼロから新しくつくりあげる必要はないでしょう。なぜなら、北米の先住民であるイロコイの人々が「すべての物事は、現代の世代だけでなく、地面の下からまだ顔を見せていないこれから生まれてくる世代にまで思いをはせて考えなければならない」との教えを伝承してきたように、さまざまな伝統文化や宗教に息づいていた生活実感──現代人の多くが見失ってきた精神の中に素地があるからです。
 仏典にも、「目に見えるものでも、見えないものでも、遠くに住むものでも、近くに住むものでも、すでに生まれたものでも、これから生まれようと欲するものでも、一切の生きとし生けるものは、幸せであれ」(中村元訳『ブッダのことば』岩波書店)との教えがあります。
 新たな目標の基盤となる倫理を規定する上では、外在的なルールとしてではなく、こうした生命観に根ざした“誓い”としての性格を、教育や意識啓発を通じて帯びさせることを目指す必要があるでしょう。
 具体的には、貧困や格差の問題をはじめ、災害のような突然襲いかかる脅威を真摯に考慮すると同時に、生態系の破壊を食い止め、生物の多様性を保護するための課題を掘り下げ、考察していく。そして議論を重ねる中で、地球上の人々の生存・生活・尊厳を未来にわたって守り抜くためには、どんな生き方が求められ、いかなる社会を築いていくべきなのかを、世界の英知を結集して探求すべきだと思うのです。

原発に依存しない社会へ 日本は早急に政策検討を

放射能汚染による現在進行形の脅威
 今年は、国連の定める「すべての人のための持続可能エネルギーの国際年」にあたりますが、世界のエネルギー問題を考える上でも「持続可能性」を重視することが欠かせません。
 これに関して触れておきたいのは、原子力発電の今後のあり方についてです。
 福島での原発事故は、アメリカのスリーマイル島での事故(1979年)や、旧ソ連のチェルノブイリでの事故(86年)に続いて、深刻な被害をもたらす事故となりました。
 今なお完全な収束への見通しは遠く、放射能によって汚染された土壌や廃棄物をどう除去し貯蔵するかという課題も不透明なままとなっており、“現在進行形の脅威”として多くの人々を苦しめています。
 事故のあった原発から核燃料や放射性物質を取り除き、施設を解体するまで最長で40年かかると試算されているほか、周辺地域や汚染の度合いが強かった地域の環境をどう回復させていくのかといった課題や、放射能が人体に及ぼす晩発性の影響を含めて、将来世代にまで取り返しのつかない負荷を及ぼすことが懸念されています。
 私は30年ほど前から、原発で深刻な事故が起こればどれだけ甚大な被害を及ぼすか計り知れないだけでなく、仮に事故が生じなくても放射性廃棄物の最終処分という一点において、何百年や何千年以上にもわたる負の遺産を積み残していくことの問題性について警鐘を鳴らしてきました。
 この最終処分問題については、いまだ根本的な解決方法がないことを決して忘れてはなりません。
 また、国連の潘基文事務総長が、原子力事故には国境はなく、「人の健康と環境に直接の脅威」となると述べた上で、「国境を越えた影響が及ぶことから、グローバルな議論も必要」(国連広報センターのホームページ)と指摘しているように、もはや自国のエネルギー政策の範疇だけにとどめて議論を進めて済むものではなくなってきています。
 日本は、地球全体の地震の約1割が発生する地帯にあり、津波による被害に何度も見舞われてきた歴史を顧みた上でなお、深刻な原発事故が再び起こらないと楽観視することは果たしてできるでしょうか。
 日本のとるべき道として、原子力発電に依存しないエネルギー政策への転換を早急に検討していくべきです。
 そして、再生可能エネルギーの導入に先駆的に取り組んでいる国々と協力し、コストを大幅に下げるための共同開発などを積極的に進め、エネルギー問題に苦しむ途上国でも導入しやすくなるような技術革新を果たすことを、日本の使命とすべきではないか。
 また、その転換を進めるにあたっては、社会や経済に与える影響を考慮し、これまで原発による電力供給を支えてきた地域に、他の産業基盤の育成を含めたさまざまな手立てを講じていくことなども必要になると思います。

IAEAを中心に取り組むべき課題
 国際社会の課題としても原発にはさまざまな課題があり、各国が協力して対応を図ることが急務となっています。
 国連の潘事務総長は、チェルノブイリの原発事故から25年を迎えた昨年4月に現地を訪れた直後の寄稿で、「今後、原子力の安全問題には、核兵器に対するのと同じ真剣さをもって取り組まねばならない」(「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」フランス版、昨年4月26日付)と、国際社会に注意を促しました。
 核兵器の使用はもとより、その開発や実験に伴う放射能汚染も、原発事故が引き起こす汚染も、被害を受ける人間の身においては変わるものではなく、もうこれ以上、事故が繰り返されてはならないのです。
 1954年にソ連で世界初の原発が稼働してから半世紀以上が経ち、寿命を迎える原子炉が多くなってくる一方で、世界の原発の稼働数に比例するように、放射性廃棄物の量も増加の一途をたどっています。
 これまで、国際原子力機関(IAEA)を通して、原子力の平和利用について研究開発や実用化、科学・技術情報の交換をはじめ、軍事的利用への転用防止などの面を中心に整備が進められてきました。
 しかし、原発の稼働から半世紀以上を経た現在の世界を取り巻く状況、そして福島での事故の教訓を踏まえて、従来の任務に加え、原子力の平和利用の“出口”を見据えた国際協力の整備を進めることが必要となってきているのではないでしょうか。
 私は、国際原子力機関を中心に早急に取り組むべき課題として、設立以来進められてきた「放射性廃棄物の管理における国際協力」のさらなる強化とともに、「事故発生に伴う緊急時対応の制度拡充」や「原子炉を廃炉する際の国際協力」について検討を進め、十分な対策を講じることを呼びかけたいと思います。

「原水爆禁止宣言」発表から55周年
核兵器禁止条約の締結を

軍事的必要性の論理を打ち破る

 次に最後の柱として、核兵器の禁止と廃絶に向けての提案を行いたい。
 昨年3月に起きた福島での原発事故は、ある面で、1950年代以降に核保有国が各地で繰り返し行った核実験による放射能汚染を想起させるものでした。
 今年で発表55周年を迎える戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」は、まさしくそうした核開発競争が激化した当時の時代情勢を踏まえて打ち出された宣言だったのです。
 戸田会長はその中で、「核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今、世界に起こっているが、私はその奥に隠されているところの爪をもぎ取りたいと思う」(『戸田城聖全集第4巻』)と述べ、核実験の禁止はもとより、多くの民衆の犠牲の上で成り立つ安全保障から完全に脱却しない限り、問題の本質的な解決はありえないと訴えました。
 以前から戸田会長は、どの国もどの民族も戦争の犠牲となることがあってはならないと「地球民族主義」を提唱し、民衆の連帯で戦争の根絶を目指すことを呼びかけていました。
 そして逝去の前年(57年9月)に、その前途に立ちはだかる“一凶”として核兵器に焦点を定め、「原水爆禁止宣言」を通じて、核兵器の禁止と廃絶を目指す運動を若い世代が受け継ぎ、行動の先頭に立つことを念願したのです。
 宣言が発表される3年前に起こった、アメリカの水爆実験によるビキニ環礁事件=注6=に象徴されるように、核兵器は攻撃に用いられなくても、開発の段階で人々や生態系に深刻な被害を及ぼすものでした。
 また実験をとりやめても、抑止の手段として核兵器を保有すること自体が、“多数の民衆や地球の生態系を犠牲にすることも厭わない”との非道な思想に安全保障を立脚させていることの表明に他なりません。
 つまり、そこには「軍事的必要性」の一点で全てを正当化しようとする思考がある。その究極の現れが、核兵器といってよい。
 仏法では、戦争などを引き起こす貪・瞋・癡の煩悩の根にあるものを「元品の無明」といい、他者への蔑視や憎悪、生命への軽視もそこから生じると洞察します。この生命軽視の根本的な衝動を打破することなくして、たとえ核兵器が使用されなくても、民衆の犠牲を厭わぬ悲惨な戦争が繰り返される土壌がいつまでも残るに違いありません。
 ここに、核兵器を“必要悪”として容認するのではなく、“絶対悪”として禁止し、廃絶する以外にないと訴えた「原水爆禁止宣言」を貫く最大の問題提起があったのです。
 実際、「軍事的必要性」の観点は、核兵器の使用と威嚇の違法性について問われた96年の国際司法裁判所の勧告的意見でも、突き崩されることのなかった大きな壁でした。
 つまり、国際人道法に一般的に違反するとしながらも、「国家の存立そのものが危険にさらされている自衛の極端な状況」においては違法にあたるかどうか確定的な決定を下すことができない、との見解が示されていたのです。

政策転換を求めるさまざまな動き
 しかし、この法的な隙間をふさぎ、核兵器の非合法化の地平を開く合意を含んだ文書が、2010年の核拡散防止条約(NPT)の再検討会議において全会一致で採択されました。
 「核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果をもたらすことに深い懸念を表明し、すべての加盟国がいかなる時も、国際人道法を含め、適用可能な国際法を遵守する必要性を再確認する」(梅林宏道監修『イアブック「核軍縮・平和2011」』ピースデポ)として、“どの国”でも、“どのような場合”でも、国際法を遵守しなければならないとの合意がなされたのです。
 私は3年前に発表した核廃絶提言で、2015年までに達成すべき目標の一つとして、核兵器の非合法化を求める世界の民衆の意思を結集し、「核兵器禁止条約(NWC)」の基礎となる国際規範を確立することを呼びかけました。
 NPT再検討会議での合意はその突破口となるもので、明確な条約の形へと昇華させる挑戦を今こそ開始しなければなりません。
 一般に、新しい国際規範は、次の3段階を経て確立するといわれます。
 ①既存の規範の限界が浮き彫りになり、新しい規範の必要性が主張される。
 ②その受容をはたらきかける中で同調の動きがみられ、勢いが加速するとカスケード現象(賛同国の雪崩的な拡大)が起こる。
 ③国際社会で広範に受容され、条約などの形で正式に制度化される。
 この図式に照らせば、現在の段階は②の前半にあたり、カスケード現象が起こる手前に位置しているといえましょう。
 私がなぜ、そう捉えるのか。それは、次のような世界の動きに基づきます。
 一、市民社会のイニシアチブ(主導)で1997年にNWCのモデル案が作成され、2007年に改訂版が出されるなど、核兵器の禁止から廃絶にいたるまでに必要となる法的措置の検討が進んでいること。
 一、96年以降、マレーシアなどを中心にNWCの交渉開始を求める決議が国連総会に毎年提出される中、昨年には、中国、インド、パキスタン、北朝鮮、イランを含む130カ国が賛成するまで支持が広がっていること。
 一、国連の潘基文事務総長が、“NWCあるいは相互に補強し合う別々の条約の枠組みによる核軍縮の推進”を提唱する中、2010年のNPT再検討会議において全会一致で同提唱への留意が示されたこと。
 一、159カ国が加盟する「列国議会同盟」が、潘事務総長の提案に、ロシア、イギリス、フランス、中国を含む全会一致で支持を表明し、5100以上の都市が加盟する「平和市長会議」がNWCの交渉開始を求めているほか、各国の首相・大統領経験者による「インターアクション・カウンシル(OBサミット)」もNWCの締結を呼びかけたこと。
 一、2009年の国連安全保障理事会の首脳会合で「核兵器のない世界」に向けた条件を構築することを誓約する1887号決議が採択されたこと。そして、昨今の経済危機に伴う財政悪化で核保有国の間でも軍事支出の見直しが叫ばれ、核兵器に関する予算にも、その議論が及ぶようになってきていること。

青年の情熱と信念を柱にグローバルな意思を結集

生命に対する権利への重大な侵害
 以上、それぞれの動きは単独で局面を打開するほどの力には達しないかもしれませんが、「核兵器のない世界」を求める声は、一歩また一歩と、押し戻せないところまで着実に前進してきたのであります。
 これまで市民社会の主導で条約のモデル案がつくられ、交渉を求める活動や署名がさまざまな形で行われてきたように、まさにNWCの規範の源泉となる精神は、民衆の中で脈打ってきたものに他なりません。
 ゆえに、「核兵器による悲劇は二度と繰り返されてはならない」「人類と核兵器は共存できない」といった、すでに民衆の間に存在し息づいている規範意識をベースに、条約という形をもって具体的な輪郭を帯びさせ、人類の共通規範として明確に打ち立てる作業こそが、今まさに求められているのです。
 大切なのは、NWCの実現に向けてカスケード現象を巻き起こすための、あともう一押しの力を結集していくことです。
 私はそのために、従来の国際人道法の精神に加えて、「人権」と「持続可能性」を、グローバルな民衆の意思を結集するための旗印に掲げ、青年たちを先頭に「核兵器のない世界」を求める声を力強く糾合することを呼びかけたい。
 なぜなら、「人権」と「持続可能性」の観点に立てば、核兵器使用の事態が生じるか否かにかかわらず、核兵器が存在し続け、核兵器に基づく安全保障政策が維持されることで、同じ地球で暮らす多くの人々や将来世代にもたらされる被害と負荷の問題が浮き彫りになり、関心を高めることができるからです。
 世界における人権保障の柱となっている条約の一つに「市民的及び政治的権利に関する国際規約」があります。1984年に、その実施を監視する規約人権委員会で、次のような一般的意見が表明されたことがありました。
 「核兵器の設計、実験、製造、保有および配備が、生命に対する権利にとって、こんにちの人類の直面する最大の脅威の中に入ることは明白である」
 「その存在自体と脅威の重大さにより、国家間に猜疑心と恐怖の雰囲気が醸成されるのであり、このこと自体が、国連憲章および国際人権規約に基づく人権と基本的自由に対する普遍的な尊重と遵守の促進に対して敵対するものなのである」(浦田賢治編著『核不拡散から核廃絶へ』憲法学舎/日本評論社)
 つまり、核兵器が存在する限り、相手を強大な軍事力で威嚇しようとする衝動が生き続け、それが多くの国々に不安や恐怖をもたらすということです。
 事実、その威嚇の悪循環が、どれだけの核兵器の拡散を招き、どれだけの軍備拡張をもたらし、世界をどれだけ不安定にさせてきたか計り知れません。
 脅威が不安を呼び、その不安が軍拡を招き、脅威がさらに増す──まさに負のスパイラル(連鎖)しか生まない核兵器や軍備拡張のために使われてきた膨大な予算や資源が、人々の生存・生活・尊厳を守るために使われるようになれば、どれほど世界で貧困の克服や教育の拡充が進んだかわからないのです。
 戦争と核兵器の廃絶を訴えた「ラッセル=アインシュタイン宣言」の起草者である哲学者のラッセルが、「私たちの世界は異様な安全保障の概念と歪んだモラルを生み出してしまった。兵器を財宝のように保護する一方で、子どもたちを戦火の危険にさらしている」と指弾した転倒が、いまだ世界で横行しています。
 こうした非道で冷酷というほかない状況を打破することの必要性は、私が2年前の提言で、国連憲章第26条の精神を具現化していく「人道的活動としての軍縮」を呼びかけた際に強調した点でもありました。
 加えて赤十字国際委員会のヤコブ・ケレンベルガー総裁が「破壊力、それがもたらす筆舌に尽くしがたい被害、その効果が時間的、空間的に制御不可能であり拡大してゆくこと、環境、将来の世代、そして人類の生存そのものへの脅威となること。それが核兵器の特質」(前掲『イアブック「核軍縮・平和2011」』)と述べ、非人道性と並んで持続可能性の面からも警告し、国際赤十字・赤新月運動の昨年の代表者会議でも核兵器の廃絶を求める決議を行ったことを、核保有国は真剣に受け止めるべきでしょう。
 世界には今なお2万発以上もの核兵器が存在していますが、地球上の全ての人々とその子孫に危害を及ぼし、地球上の生態系を破壊してなお何十倍、何百倍も余りある兵器を保有し続けてまで守ろうとするものは一体何なのか──。仮に自国民の一部が生き残ったとして、そこに“未来”という文字がないことは明らかではないでしょうか。

有志国とNGOで行動グループを!

 このように国際人道法の精神に加えて、「人権」や「持続可能性」という、同じ地球で暮らす以上は無関係では済まされない観点から問題提起することは、「核兵器のない世界」を目指す運動の裾野を大きく広げることになる。特に保有国や、その“核の傘”に依存してきた国の人々に対し、従来の政策を今後も続けることは「人権」と「持続可能性」に対する重大な侵害であるとの意識転換を促すことにつながることが期待されましょう。
 そのことを踏まえ、私がNWCを実現するための一つの方途として提案したいのは、基本条約と議定書をセットにする形で核兵器の禁止と廃絶を追求するアプローチです。
 つまり、「『核兵器のない世界』の建設は人類共同の事業であり、国際人道法と人権と持続可能性の精神に照らして、その建設に逆行する行為や、理念を損なう行為をしない」との合意を基本条約の柱とし、製造と開発の禁止や、使用と威嚇の禁止などの徹底、廃棄と検証に関する取り決めについては、それぞれの議定書の締結を通して段階的に進めていく方式です。
 その眼目は、全ての国が安心と安全を確保できるような“人類共同の事業”としての枠組みを打ち立てることにあります。
 こうした位置付けをすることで、条約を、各国が現在の立場の違いを超えて、「核兵器のない世界」という共通目標に向かって共に前進するための足場としていくことができるのではないか。また、条約に加盟した国々が共通目標に鑑みて、脅威を角突き合わせるのではなく、互いに脅威をなくしていこうとする道が開けましょう。
 そうした“脅威から安心への構造転換”を基本設計とする条約が成立すれば、次の段階となる議定書の発効が多少遅れたとしても、現在のような先行き不透明で脅威が野放図に拡散していく世界ではなく、明確な全体像に基づいた国際法によるモラトリアム(自発的停止)の状態が形成されていくのではないか。
 そのための準備を早急に開始することが必要であり、今年か来年のうちに、有志国とNGOが中心となって「核兵器禁止条約のための行動グループ」(仮称)を発足させることを呼びかけたい。SGIとしても、積極的に関わっていきたいと思います。
 そして、基本条約の原案や議定書の構造設計の検討を進める一方、青年たちの情熱と信念の力をエネルギーの源としながら国際世論を喚起し、グローバルな民衆の連帯を強め、賛同国の拡大の後押しをする中で、2015年までに核兵器の禁止と廃絶に向けた基本条約の調印、もしくは最終草案の発表を広島・長崎で行うことを提案したい。

各国首脳は広島・長崎を訪問し脅威が対峙する世界から脱却へ

被爆地に立って胸に刻まれるもの
 私は以前から、原爆投下から70年にあたる2015年に、各国の首脳や市民社会の代表が参加して、核時代に終止符を打つ意義を込めた「核廃絶サミット」を広島と長崎で行うことを提案してきました。
 また、その一つの方式として、NPT再検討会議の広島・長崎での開催も呼びかけてきました。
 NPT再検討会議は通常、ニューヨークやジュネーブで開催されてきただけに他の場所での開催は困難が伴うと思いますが、「核廃絶サミット」にせよ、NPT再検討会議にせよ、私が被爆地での開催を念願してきたのは、各国首脳をはじめとする会議の参加者が訪問を通じて「核兵器のない世界」への誓いを新たにすることが、核問題解決の取り組みを“不可逆で揺るぎないもの”にしていくと信じるからです。
 ここ数年、「核兵器のない世界」に向けた提言を、ヘンリー・キッシンジャー博士らとともに続けてきたウィリアム・ペリー元米国防長官は、広島の原爆ドームや平和記念資料館をつぶさに見て回った感想を、こう綴っております。
 「目の前に広がる被爆地の地獄絵図を見て、私の心は締めつけられた。もちろん、それまでにも核兵器の恐ろしさは十分理解していたつもりではいた。だが、それが実際にもたらした悲惨な現実を眼前に突きつけられ、私は改めて核爆弾が持つ強大なパワーを実感し、かつそれがとんでもない悲劇を引き起こすのだということを強く感じた。同時にこうした兵器が二度と地球上で使われるべきではないという思いを強く胸に焼きつけた」(春原剛訳『核なき世界を求めて』日本経済新聞出版社)
 もちろん、人それぞれに感想は違ってくると思います。しかし、それが何であろうと心に刻まれるものは必ずあるはずです。
 いずれにしても核兵器の拡散が進み、脅威が現実のものになりかねない状況を一刻も早く打開するには、同じ地球に暮らすより多くの人々が、自分たちの生命や尊厳、そして子どもや孫たちといった未来の世代に深く関わる問題として受け止め、声を強めていく以外に道はありません。
 SGIは、戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」の発表50周年にあたる2007年から「核兵器廃絶への民衆行動の10年」の運動を立ち上げ、民衆の声の結集に努めてきました。
 これまで世界220都市以上で開催してきた「核兵器廃絶への挑戦」展はその一環で、多くの市民の来場を得てきました。
 そのほか、核戦争防止国際医師会議が進める「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」に協力し、NWCの実現を求める民衆の輪を広げるとともに、国際通信社IPSと共同で核兵器に関する記事や論考を発信するプロジェクトを通じて「核兵器のない世界」に向けた課題や現実変革のための代替案を探る取り組みを続けてきました。
 「いやしくも私の弟子であるならば、私のきょうの声明を継いで、全世界にこの意味を浸透させてもらいたい」(前掲『戸田城聖全集第4巻』)との、55年前の師の遺訓は、今も耳朶を離れることがありません。
 SGIの青年たちとともに、師との誓いを果たし、「核兵器のない世界」への道を民衆自身の手で切り開くべく、志を同じくする団体や人々と手を取り合いながら、人類未到の挑戦を何としても成し遂げたいと決意するものです。
 また、私が創立した戸田記念国際平和研究所でも、「核兵器のない世界」を地域的な面から確保しようとする国際的な動きを支援するために、「非核兵器地帯の拡大」に焦点を当てた研究プロジェクトを今年から開始していきたいと考えております。

平和と人道の滔々たる流れを
世代から世代へ更に力強く‼


具体的提案と行動が人類守る屋根に
 以上、災害や環境と開発の問題に加えて、核兵器の問題について、それぞれ具体的提案を行いました。
 いずれの問題も容易ならざる困難を伴うものですが、無限の可能性を秘めている民衆一人一人の力を結集することで、解決への道は必ず開くことができると確信しています。
 今から60年前に「地球民族主義」を提唱し、55年前に「原水爆禁止宣言」を発表した師の戸田第2代会長の信念は、“常に100年先、200年先を見据えて行動せよ”でした。
 そして戸田会長が、不二の弟子である私に未来を託して師子吼された言葉は、生涯の誓いとなり、行動の原点となりました。
 「人類の平和のためには、“具体的”な提案をし、その実現に向けて自ら先頭に立って“行動”することが大切である」「たとえ、すぐには実現できなくとも、やがてそれが“火種”となり、平和の炎が広がっていく。空理空論はどこまでも虚しいが、具体的な提案は、実現への“柱”となり、人類を守る“屋根”ともなっていく」と。
 これまで30年間にわたって続けてきたこの提言は、師との誓いを果たす実践に他なりません。
 こうして地球的問題群の解決のための提案を重ねる一方、問題解決の最大の原動力となるグローバルな民衆の連帯を広げるために、192カ国・地域のSGIの同志とともに、来る日も来る日も、勇気と希望を人々の心にともす対話に取り組んできたのです。
 平和への戦いも、人権や人道のための戦いも、何か一つの山を乗り越えれば、終わりが見えてくるようなものでは決してない。
 一つの世代から新しい次の世代へ、誰にも断ち切ることのできない滔々たる流れをつくり、その流れを強く、また太くしていく挑戦の中で、地球の未来は盤石なものになると、私どもは確信し、ともに行動を積み重ねてきました。
 今後もその信念を燃やして、「民衆の民衆による民衆のためのエンパワーメント」を力強く推し進め、平和と共生の地球社会に向けた土壌を耕していきたいと決意するものです。

語句の解説
注4 1325号決議
 国連安全保障理事会が2000年10月に採択した画期的な決議。紛争の防止や解決、平和構築における女性の重要な役割を再確認した上で、武力紛争下のあらゆる形態の暴力から女性を保護する特別な方策をとることや、女性や少女への暴力を含む戦争犯罪の責任者を訴追することなどを求める内容となっている。

注5 ミレニアム開発目標
 2000年9月に採択された国連ミレニアム宣言等をもとにまとめられた国際目標。2015年を目標期限とし、極度の貧困や飢餓に苦しむ人々の半減をはじめ、初等教育の完全普及、乳幼児死亡率の削減、妊産婦の健康改善など、8分野21項目にわたる目標の達成が目指されている。

注6 ビキニ環礁事件
 1954年3月、太平洋中西部にあるビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験によって、近海で操業中だった日本の漁船「第五福竜丸」の乗組員が被ばくした事件。ビキニ環礁では46年から58年まで、アメリカによる核実験が繰り返し行われ、マーシャル諸島の周辺住民たちは長年にわたって放射能汚染による被害に苦しんできた。
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2012-01-28 : 提言 :
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第37回「SGIの日」記念提言

第37回「SGIの日」記念提言

「生命尊厳の絆 輝く世紀を」(上)

 きょう26日の第37回「SGI(創価学会インタナショナル)の日」に寄せて、池田SGI会長は「生命尊厳の絆輝く世紀を」と題する提言を発表した。
 提言ではまず、東日本大震災をはじめとする災害や世界的な経済危機などの脅威を乗り越えるための視座として「人間の安全保障」の理念に言及。災害が相次いだ13世紀の日本で著された「立正安国論」に脈打つ”民衆の幸福と安全を第一とする思想”を通しながら、苦難に直面した一人一人が「生きる希望」を取り戻せるよう、徹して励まし続けることの重要性を強調するとともに、「自他共の幸福」を願う対話こそ、時代の閉塞感を打ち破る力となると訴えている。続いて、災害に苦しむ人々の人権を守る国際枠組みの整備や、防災や復興において女性の役割を重視する原則の徹底を提唱。
 また環境問題に関連し、「持続可能な未来」を築くための新たな人類共通の目標の制定を提案する一方で、福島での原発事故を踏まえ、日本のとるべき道として、原発に依存しないエネルギー政策への転換を早急に検討することを呼びかけている。最後に、核兵器を絶対悪と指弾した戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」の現代的意義に触れた上で、有志国とNGO(非政府組織)が中心となった「核兵器禁止条約のための行動グループ」(仮称)の発足を提案。青年を先頭にしたグローバルな民衆の連帯を広げながら、「核兵器のない世界」の実現を呼びかけている。


人間の“無限の可能性”信じ
苦難を乗り越え、勇気の前進!


地球上から悲惨の二字をなくす

 平和と共生の地球社会への道を開くために、1983年1月に「SGIの日」を記念する提言の発表を開始してから、今回で30回目を迎えます。
 私どもSGIは1975年の発足以来、仏法の「生命尊厳の思想」を基調にした平和・文化・教育の運動を進め、全ての人々が自身の尊厳を輝かせながら、平和的に生きられる世界の建設を目指してきました。
 その大きな原動力となってきたのは、私の師である戸田城聖第2代会長の「地球上から悲惨の二字をなくしたい」との熱願です。

世界で相次ぐ災害
 今なお世界には、紛争や内戦、貧困や飢餓、環境破壊などの脅威によって生命や尊厳が危険にさらされている人々や、人権侵害と差別に苦しんでいる人々が大勢います。
 加えて、多くの尊い生命を一瞬にして奪い、生活の基盤を破壊し、社会に深刻な打撃を及ぼす災害が相次いでいることに、胸を痛めずにはいられません。
 ここ10年近くをみても、2004年のスマトラ沖大地震に伴うインド洋津波から、2010年の中米ハイチでの大地震にいたるまで、多数の犠牲者が出る災害が起こりました。
 昨年も3月に発生した東日本大震災をはじめ、ニュージーランドやトルコでの地震、タイやフィリピンでの水害、ソマリアを中心とした東アフリカ諸国での干ばつなど、世界各地で災害が続きました。
 亡くなられた方々にあらためて哀悼の意を表させていただくとともに、各地の被災者の方々のご心痛とその窮状を思うにつけ、一日も早い復興を心から祈るばかりです。
 災害は、かつて地震や津波対策への警鐘を鳴らした物理学者の寺田寅彦が指摘していたように、「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す」(『天災と国防』講談社)恐れのあるものです。
 東日本大震災によって発生した福島の原子力発電所の事故は、その象徴といえるものでした。放射能の汚染が国内外の広大な地域に及ぶ中で、大勢の人々が長期にわたる避難を余儀なくされるとともに、子どもたちの健康や、農作物や食品への影響に対する懸念も高まるなど、災害に伴う事故としては未曽有の被害をもたらしました。
 それはまた同時に、原子力にエネルギーを依存する現代社会のあり方や、巨大化する科学技術のあり方に対し、重大な問いを投げかけました。

セン博士が警告する突然の困窮
 こうした前触れもなく深刻な被害をもたらす脅威に留意を促してきたのが、経済学者のアマルティア・セン博士です。
 少年の頃、故郷ベンガルで起きた大飢饉を目の当たりにした体験を原点に、貧困や不平等の問題に強い関心を持って経済と社会のあり方を探究してきたセン博士は、人々の生存・生活・尊厳を守り抜くための「人間の安全保障」のアプローチ(方策)を、地球的な規模で進める必要性を訴え続けてきました。
 その博士が、「人間の安全保障」における重要課題として強調していたのが、「突然襲いくる困窮の危険」への対処です(以下、人間の安全保障委員会『安全保障の今日的課題』朝日新聞社)
 いわく、「人間の生存と日々の暮らしの安全を脅かし、男女が生まれながらに有する尊厳を冒し、人間を病気や疫病の不安にさらし、そして立場の弱い人々を経済状況の悪化に伴う急激な困窮に追いやる種々の要因に対処するためには、突然襲いくる困窮の危険にとくに注意する必要がある」と。
 つまり、「人間の生にとってかけがえのない中枢部分」を蝕む危険や不安を少しでも軽減し、取り除くための努力を払うことなくして、社会の真の安寧などありえないことを、博士は強く訴えているのです。
 この点は、博士が緒方貞子氏と共同議長を務めた「人間の安全保障委員会」の報告書でも、「人々が危機や予想できない災害に何度も見舞われ倒れそうになるとき(それが極度の貧困であれ、個人的な損害や倒産であれ、あるいは社会全体への衝撃や災害であれ)、『人間の安全保障』は、こうした人々を支える手がそこにあるべきだと考える」と、重ねて主張されていたものでした。

どの国にも等しく起こりうる脅威
 こうした予期せぬ脅威は、災害以外にも、突然の経済危機が引き起こす生活不安の拡大や、気候変動に伴う急激な環境悪化など、さまざまな形で人々に襲いかかるもので、先進国や途上国を問わず起こりうるものです。
 世界銀行のロバート・ゼーリック総裁が、世界経済は新たな危険地帯に入りつつあると警告したように、今、経済危機が各国で連鎖的に広がっています。
 リーマンショック=注1=以来の長引く経済不況に追い打ちをかけるように、ギリシャの財政危機に端を発するヨーロッパ諸国での信用不安の拡大や、アメリカ国債の史上初の格下げなどが、金融市場の混乱や景気の後退に一段と拍車をかけ、今や世界の失業者数は2億人近くに達するなど、多くの国で生活不安を訴える声が強まっています。
 なかでも若者の失業率は深刻で、他の年齢層の2倍から3倍にのぼる国もあり、職を得ても非正規で低賃金といった不安定な雇用が常態化しています。
 私はこれまでの提言で、本来あってはならない「命の格差」や「尊厳の格差」が生まれた国や育った環境などによって左右されてしまう、“地球社会の歪み”を是正するための提案を重ねてきました。現在、その課題と並んで緊急性を増しているのが、災害や経済危機のような「突然襲いくる困窮の危険」への対処であるといえましょう。
 そこで今回の提言では、人々の生存・生活・尊厳に深刻なダメージをもたらす「突然襲いくる困窮の危険」に、どう立ち向かっていけばよいのかについて考えてみたいと思います。
 災害は、人間の生にとってかけがえのないものを一瞬にして奪い去ります。
 何より、自分を生み育んでくれた父や母、苦楽をともにした夫や妻、最愛の子どもや孫たち、そして親友や地域の仲間など、自分の人生の大切な部分を成していた存在を失うことほどつらいものはありません。
 仏法でいう愛別離苦の胸を刺す苦しみは、どんな人でも耐え難いものです。
 私が若き日から愛読してきたアメリカの思想家エマソンをめぐる忘れられない逸話があります。
 エマソンは、5歳の愛児を病気で亡くした時、日記にこう記しました。
 「昨夜8時15分、私のかわいいウォルドーが逝ってしまった」
 青年時代から常に日記を書くことで、精神の足場を踏み固めてきたエマソンでしたが、何とか文字にすることができたのは、痛ましい現実を示す短いその一文だけだった。
 別の日にエマソンが再びペンを手にし、次の文章を記すまで、日記帳には4ページにわたる空白が続いていたのです。
 「まばゆいばかりの朝日が昇っても、ウォルドーのいない風景は色を失っていた。寝ても覚めても、私が思いをかけていたあの子。暁の星も、夕暮れの雲も、あの子がいたからこそ美しかったのだ」
 魂の懊悩から絞り出すように綴られた“どうしようもない喪失感”と、空白の4ページに込められた“言葉にできない胸の痛み”。そこに彼の底知れない悲しみがにじみ出ている気がしてなりません。
 仏法の出発点もこの「生死」の問題にありますが、夫に先立たれ、息子までも不慮の出来事で亡くした女性信徒に対し、日蓮大聖人が「どうして親と子を代えて、親を先立たせずに、この世にとどめおいて嘆かせるのであろうか」(御書929㌻、趣意)と、母親の胸中を代弁するような言葉を綴られた手紙があります。
 そこでは、「たとえ火の中に入ろうとも、頭をも割ろうとも、わが子の姿を見ることができるならば惜しくはないと、あなたが思われるであろうと、その心中が察せられて涙が止まらない」(同930㌻、趣意)と、母親の悲しみに寄り添い、どこまでも同苦する言葉が記されています。
 災害では、そうした家族や仲間を失う苦しみが前触れもなく一度に大勢の人々にもたらされるのであり、その人々を長い時間をかけて社会全体で支えていくことが欠かせません。

人生史の時間が断たれる悲しみ
 また災害は、人々の生きる足場となる家を破壊し、それまでの生活の営みや地域での絆を奪い去る悲劇を引き起こします。
 家は、単なる居住のための器ではなく、家族の歴史が刻まれ、日々の生活の息づかいが染み込んでいる場所です。そこには、家族の過去と現在と未来をつなぐ特別な時間が流れており、その喪失は人生史の時間を断たれることに等しい。
 加えて、東日本大震災に伴う巨大な津波がもたらした被害のように、地域一帯が壊滅的な打撃を被った場合、土地への愛着が強ければ強いほど、近隣の人々とのつながりや、心のよりどころが一瞬にして奪われた悲しみは深くなります。
 新しく住む場所が見つかっても、環境の異なる生活を強いられ、それまで築いてきた人間関係の多くを失うことになる。
 そうした被災者の方々の辛労や心痛を思う時、私の胸には、作家のサン=テグジュペリの言葉が切々と迫ってきます。
 「何ものも、死んだ僚友のかけがえには絶対になりえない、旧友をつくることは不可能だ。何ものも、あの多くの共通の思い出、ともに生きてきたあのおびただしい困難な時間、あのたびたびの仲違いや仲直りや、心のときめきの宝物の貴さにはおよばない。この種の友情は、二度とは得がたいものだ。樫の木を植えて、すぐその葉かげに憩おうとしてもそれは無理だ」(堀口大學訳『人間の土地』、『世界文学全集77』所収、講談社)
 これは親友との絆の尊さとそれを失った悲しみについて述べた文章ですが、「住み慣れた家」や「故郷」や「愛する地域」についても、同じような重みやかけがえのなさがあることを、決して看過してはならないのです。

一人一人が「生きる希望」取り戻せるよう社会全体で「人生の復興」を支援


生きがいの喪失
 さらに災害は、多くの人々の仕事や生きがいを奪い、“尊厳ある生”の土台を突き崩します。
 私は現在、シドニー平和財団のスチュアート・リース理事長と「正義に基づく平和」をテーマに連載対談を行っています。その中で、人間の尊厳を損なう脅威という面から見過ごすことのできないものとして、失業の問題が焦点となりました(「平和の哲学と詩心を語る」、「第三文明」2012年2月号)
 リース理事長は、失業は単なる経済的な問題にとどまらず、人々の目的観や自己実現の機会を奪い去るものであるとし、その理由を自著の言葉を通じて、こう強調していました。
 「労働から生じるそれ自体価値のある深遠な人間的感覚、すなわち何かを達成する満足を感じながら、もしくは社会に貢献しながら自身の生計を立てるという人間的感覚を否定」されることになる、と(川原紀美雄監訳『超市場化の時代』法律文化社)
 2年前に逝去した世界的な免疫学者の多田富雄氏は、67歳の時に突然の病気に襲われ、やりかけていた多くの仕事を断念しなければならなくなりました。
 その時の衝撃を、後に氏はこう述べています。
 「あの日を境にしてすべてが変わってしまった。私の人生も、生きる目的も、喜びも、悲しみも、みんなその前とは違ってしまった」「考えているうちにたまらない喪失感に襲われた。それは耐えられぬほど私の身をかんだ。もうすべてを諦めなければならない」(『寡黙なる巨人』集英社)
 人間にとって仕事とは本来、自分が社会から必要とされている証しであり、たとえ目立たなくても自分にしかできない役割を、日々、堅実に果たすことで得られる誇りや生きる充実感の源泉となるものです。
 まして、災害によって家や財産の多くを失い、過酷な避難生活を強いられた上に、仕事を失うことは、生活を再建するための経済的な命綱が断たれるのと同時に、前に進む力の源泉となる生きがいを失わせ、復興への精神的な足がかりまで突き崩される事態につながりかねません。
 だからこそ、被災した方々が少しでも生きる希望を取り戻せるよう、住む場所や仕事の変更を余儀なくされた人たちが“心の落ち着く場所”を新たに得られるよう、そして「心の復興」「人生の復興」を成し遂げることができるよう、支え続けていくことが、同じ社会に生きる私たちに求められているのです。

トインビー博士の透徹した歴史眼
 実のところ、こうした悲劇は災害に限らず、さまざまな地球的問題群によって多くの人々の身に押し寄せるものに他なりません。
 では、悲劇の拡大を食い止め、地球上から悲惨の二字をなくすためには、いかなるビジョンが求められ、いかなるアプローチが必要となってくるのか──。
 「手の届くところにあって、未来を照らしてくれる唯一の光は、過去の経験である」との言葉を残したのは、20世紀を代表する歴史家アーノルド・J・トインビー博士でした。
 博士の招聘を受けてロンドンのご自宅を訪問し、人類の未来を展望する対話を行ってから今年で40年になりますが、対話や著作を通じて博士がよく強調されていたのが「歴史の教訓」という言葉でした。
 博士が、その歴史観の基底部に流れる「すべての文明の哲学的同時性」(深瀬基寛訳『試練に立つ文明』社会思想社)について考察するようになったきっかけは、第1次世界大戦の勃発直後、紀元前5世紀のペロポネソス戦争=注2=について当時の歴史家ツキディデスが記した本を、学生に講釈している時に突然脳裏によぎった感覚に根ざすものだったといいます。
 博士は述懐しています。
 「わたくしたちの経験していることが古代ギリシアの内乱のはじめのころのツキュディデスの歴史そっくりだということに、急に気がついた。彼の時代と現代とが二千三百年もへだたっていることはすこしもさしつかえないのだ。彼の歴史はわたくしたちの目の前にくりかえされようとしているのだった」(蠟山政道責任編集『世界の名著73 トインビー』中央公論社)
 透徹した歴史眼をもって何千年もの歴史から教訓を汲み取り、現代世界への警告を怠らなかった博士が、私との対談集で、「人類の生存を脅かしている現代の諸悪に対して、われわれは敗北主義的あるいは受動的であってはならず、また超然と無関心を決めこんでいてもなりません」(『二十一世紀への対話』、『池田大作全集第3巻』所収)と語られた言葉が忘れられません。

「立正安国論」の根底に脈打つ民衆の幸福を第一とする思想

悲嘆に暮れる民衆を救うために執筆
 トインビー博士がそうであったように、私が今、世界で相次ぐ災害を前にして浮かんでくるのは、13世紀の日本で日蓮大聖人が著した「立正安国論」です。
 冒頭に「近年より近日に至るまで天変地夭・飢饉疫癘・遍く天下に満ち広く地上に迸る」(御書17㌻)とあるように、当時は災害が毎年のように続き、大勢の民衆が命を落とした悲惨きわまりない時代でした。そうした中、悲嘆に暮れる民衆を何としても救わねばならないと、鎌倉幕府の事実上の最高権力者だった北条時頼に提出されたのが「立正安国論」だったのです。
 そこで私は、現代の時代相と、人間の安全保障の理念に照らし合わせて、「立正安国論」から浮かび上がってくる視座を、以下3点にわたって提示したい。
 第1の視座は、国家が最優先で守るべきものは、民衆の幸福と安全であるとの思想哲学です。
 「立正安国論」は、日蓮大聖人の仏法の根幹を成し、生涯を通じて何度も自ら書写されたほど最重視されていたものですが、現存する書写をみると、特徴的な漢字の用い方がされていたことがわかります。
 そこでは、国家を言い表す言葉として通常使われる「国」(王の領地を意味する字)や「國」(武力によって治めた場所を意味する字)に代えて、「囻(囗の中に民)」という字が多用されており、割合にして8割近くを占めています。
 つまり、国家の中心概念に据えるべきは権力者でもなく軍事力でもない。あくまで、そこに暮らす民衆であるとの思想を明らかにされたものと拝されます。
 大聖人は別の御書でも、権力者に対して「万民の手足為り」(御書171㌻)と記し、権力を預かる者は民衆に奉仕し、その生活と幸福を守るためにこそ存在すると強調しています。
 その哲学を凝結したともいえる「囻」(囗の中に民)の字を用いた書を通じて、仏法思想の上から社会を覆う混迷の闇を打ち払う道を示し、封建時代の指導者を諫めることは、まさに命懸けの行為でした。その結果、「世間の失《とが》一分もなし」(同958㌻)にもかかわらず、大聖人は何度も命を狙われ、2度も流罪に遭われました。
 しかし750年余りの時を経て、大聖人が提起した視座は、今日叫ばれる人間の安全保障の基本理念にも通じる輝きをますます放っているように思われます。
 「人間の安全保障委員会」の報告書でも、次の留意が促されていました。
 「国家はいまでも人々に安全を提供する主要な立場にある。しかし今日、国家は往々にしてその責任を果たせないばかりか、自国民の安全を脅かす根源となっている場合さえある。だからこそ国家の安全から人々の安全、すなわち『人間の安全保障』に視点を移す必要がある」(前掲『安全保障の今日的課題』)と。
 その意味において、いくら経済成長を推し進め、軍備を増強しても、人々の苦しみを取り除く努力を払わず、尊厳ある生を支える役目を果たしていないならば、国家の存在理由は一体どこにあるのでしょうか。
 災害は、社会が抱える問題を断層のように浮き上がらせる側面があります。
 高齢者をはじめ、女性や子ども、障がいのある人々、経済格差に苦しむ人々といった、社会で厳しい状況に置かれてきた人に被害が集中する傾向が、東日本大震災でも見られました。
 そうした方々の苦しみや心中を思えば、政治の対応はあまりにも遅すぎると言わざるを得ません。

「同苦の心」「連帯の心」こそ人間の安全保障の精神的基盤

世界市民の自覚と持続可能性の視点
 次に、第2の視座として提起したいのは、「一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か」(御書31㌻)とあるように、“自分だけの幸福や安全もなければ、他人だけの不幸や危険もない”との生命感覚に基づいた世界観の確立を訴えていることです。
 地球温暖化の問題に象徴されるように、相互依存の深まる世界にあって、特定の地域に深刻な脅威を及ぼしている現象であっても、やがてグローバルな脅威として猛威を振るう危険性は大いにあります。
 また、現在直面している脅威の影響が比較的小さいからといって、手をこまねいたままでいると、これから生まれてくる世代にとって、取り返しのつかない事態を招きかねません。
 こうした脅威の空間的・時間的な連関性については、国連の潘基文《パンギムン》事務総長の報告書でも、「個人と共同体に対する、特異な一連の脅威が、広範な国内と国家間の安全保障の破壊へと移ることを理解することによって、人間の安全保障は将来の脅威の発生を予防し緩和しよう」とする、と記されています(国連広報センターのホームページ)
 ここに、「立正安国論」で示された、「四表の静謐」(社会全体の安穏)が訪れない限り、「一身の安堵」(個々人の安心)は本当の意味で得られないとの視座が重要となってくる所以がある。
 仏法の縁起思想に立脚したこの視座は、私が度々触れてきた哲学者オルテガ・イ・ガセットの「私は、私と私の環境である。そしてもしこの環境を救わないなら、私をも救えない」とのテーゼ(命題)と、同じ志向性を持つものです。
 そのオルテガがテーゼを示した後に記したのは、「現象を救え」「われわれの周囲にあるものの意味をさぐれ」との言葉でした(A・マタイス/佐々木孝共訳『ドン・キホーテに関する思索』現代思潮社)
 世界各地で災害が起こった時、多くの国から真心の支援や励ましの声が寄せられますが、こうした「同苦の心」「連帯の心」が、どれだけ被災者の心を明るくし、勇気づけるか計り知れません。
 「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(御書758㌻)と叫ばれた大聖人が、「立正安国論」を通して打ち出されたのも、現実社会で苦しみに直面している人々の心に共振して、わが身を震わせつつ、人々の苦しみが取り除かれることを願い、行動しようとする人間の生き方でした。
 そして、立正安国の「国」や、「四表」の意味するところも、大聖人の御書に「一閻浮提」や「尽未来際」といった言葉が何度も記されているように、広く“世界”を包含するものであると同時に、はるか“未来”をも志向していたものだったのです。
 その二つのベクトル(方向性)を今様に表現するならば、「世界のどの地で起こる悲劇も決して看過しない生き方」であり、「将来世代に負の遺産を断じて引き継がせない生き方」だといえましょう。前者には「世界市民としての自覚」、後者には「持続可能性に基づく責任感」に通じる精神が脈打っています。
 同じ地球に生き、環境を子どもたちに引き継いでいかねばならない私たちは、この横と縦に広がる二つの生命の連鎖を意識し、行動する必要があります。

時代の閉塞感を破る力は魂を揺さぶる対話の中に

憂いの共有から誓いの共有へ
 続いて述べたい第3の視座は、対話を通じて「憂いの共有」から「誓いの共有」への昇華を果たす中で広がる「エンパワーメント(内発的な力の開花)の連鎖」が、事態打開の鍵となるとの洞察です。
 仏教経典の多くが対話や問答によって成立しているように、「立正安国論」も、権力者と仏法者という立場の異なる両者が対話を通じて議論を深めていく形となっています。
 最初は、杖を携えて旅をする客人(権力者)が主人(仏法者)のもとを訪れ、天変地異が相次ぐ世相を嘆く場面から始まります。
 しかし二人は、災難をただ嘆き悲しんでいるのではない。災難が繰り返される状況を何としても食い止めたいとの「憂い」を共有しており、そこに立場の違いを超えての“対話の糸口”が生まれます。
 そして始まった対話では、両者が互いの信念に基づいた主張を真剣に交わしていく。その中で、客人が示す怒りや戸惑いに対して、主人がその疑念を一つずつ解きほぐしながら議論を深めるという、魂と魂とのぶつかり合いが織り成す生命のドラマを経て、最後は心からの納得を得た客人が、「唯我が信ずるのみに非ず又他の誤りをも誡めんのみ」(同33㌻)と決意を披歴する形で、主人と「誓いの共有」を果たす場面で終わっています。
 では、対話を通じて両者が見いだした結論は何か。それは、仏典の精髄である「法華経」で説かれた“全ての人間に等しく備わる無限の可能性”を信じ抜くことの大切さでした。
 つまり、人間は誰しも無限の可能性を内在しており、かけがえのない尊厳を自ら輝かすことのできる力が備わっている。その尊厳の光が苦悩に沈む人々の心に希望をともし、立ち上がった人がまた他の人に希望をともすといったように、蘇生から蘇生への展転が広がっていく中で、やがて社会を覆う混迷の闇を打ち払う力となっていく──との確信であります。
 こうした思想に響き合う内容が、「人間の安全保障委員会」による報告書でも提起されています。
 人間の安全保障は「人間に本来備わっている強さと希望」に拠って立つものであり、「自らのために、また自分以外の人間のために行動を起こす能力は、『人間の安全保障』実現の鍵となる重要な要素である」。ゆえに人間の安全保障を推進しようとするならば、「困難に直面する人々に対し外側から何ができるかということよりも、その人々自身の取り組みと潜在能力をいかに活かしていけるかということに、重点が置かれてしかるべきである」と(前掲『安全保障の今日的課題』)
 「立正安国論」が執筆された時代は、「当世は世みだれて民の力よわ(弱)し」(御書1595㌻)とあるように、相次ぐ災難を前に、多くの民衆が生きる気力をなくしかけていた。その上、現実の課題に挑むことを避けたり、自己の内面の静謐だけを保つことを促すような思想や風潮が社会に蔓延していました。
 そこで大聖人は、諦観や逃避が救いにつながるかのように説く思想は、無限の可能性を秘めた人々の生命を曇らせる“一凶”であり、一人一人が互いの可能性を信じ、力を湧き立たせる中で、時代の閉塞感を打破していく以外にないと主張されたのであります。

生きている限り絶対あきらめない

 この点に関して思い起こすのは、どんなに絶望の闇が深くても「自分が小さなろうそくの灯になることを恐れてはいけない」と呼びかけた思想家のイバン・イリイチ氏の言葉です。氏は『生きる意味』の中でこの信念に触れた箇所で、軍政下のブラジルで非人道的な行為と戦った友人のエルデル・カマラ氏の言葉をこう紹介しています。
 「けっしてあきらめてはいけない。人が生きているかぎり、灰の下のどこかにわずかな残り火が隠れている。それゆえ、われわれのすべきことは、ただ」「息を吹きかけなければいけない……慎重に、非常に慎重に……息を吹きかけ続けていく……そして、火がつくかどうか確かめるんだ。もはや火はつかないのではないかなんて気にしてはいけない。なすべきことはただ息を吹きかけることなんだ」(高島和哉訳、藤原書店)
 これは、後にブラジルで最も無慈悲な拷問者となる将軍との対話を試みたカマラ氏が、将軍との話を終えて、イリイチ氏の前で完全な沈黙にしばし陥った後、語った言葉でした。
 つまり、自己の信念と敵対する人物との対話が破談した後、“それでもなお、私はあきらめない!”と気力を奮い起こした言葉ですが、一方で私には、絶望の淵に沈みそうになっている人々に心を尽くして励まし続けることの大切さを示唆した言葉でもあるかのように胸に響いてきます。
 敵対者に対してであれ、仲間に対してであれ、一人一人の魂に眠る“残り火”に息を吹きかけていくエンパワーメントは、ガンジーやキング博士による人権闘争をはじめ、冷戦を終結に導いた民衆による東欧革命や、最近の“アラブの春”と呼ばれる民主化運動においても、大きなうねりを巻き起こす原動力になったものではないでしょうか。
 私どもが、冷戦時代から中国やソ連などの社会主義国を訪問し、緊張緩和と相互理解のための交流に努め、さまざまな文明や宗教的背景を持つ世界の人々と対話を重ねて、国境を超えた友情の輪を広げてきたのも、「平和と共生の地球社会」を築く基盤はあくまで一人一人の心の変革にあり、それは“互いの魂を触発し合う一対一の対話”からしか生まれないとの信念からだったのです。
 以上、「立正安国論」を貫く思想を通し、災害に象徴される「突然襲いくる困窮の危険」に立ち向かう上で重要になると思われる三つの視座を提起しました。
 このうち、最後の視座の柱となるエンパワーメントは、災害からの再建を目指す上で最も難しく時間を要する課題といわれる「心の復興」に関わるものです。
 先ほど私は、人間の安全保障は「人間に本来備わっている強さと希望」に拠って立つとの理念に言及しましたが、その挑戦は容易に一人で踏み出せるものではなく、たとえ踏み出せても、自らの人生を希望の光で照らすまでには、それ以上の困難が伴います。
 だからこそ、険しい峰を登り続けるためのザイル(綱)となる「心の絆」と、ハーケン(岩釘)となる「励ましの楔」が必要となってくる。
 冒頭で触れた思想家のエマソンも、愛息を病気で亡くす前に、妻や弟たちを相次いで失う悲哀に見舞われましたが、歳月を重ねる中で「導き手、あるいは守り神の相貌を帯びてくる」(酒本雅之訳『エマソン論文集 上』岩波書店)との思いを綴り、自身のその後の生き方に良い変化をもたらす力になったとも述べています。
 故郷を失うつらさに通じる言葉として挙げた作家のサン=テグジュペリも、その後の文章で、「人間に恐ろしいのは未知の事柄だけだ。だが未知も、それに向って挑みかかる者にとってはすでに未知ではない」「救いは一歩踏み出すことだ。さてもう一歩。そしてこの同じ一歩を繰返すことだ……」(前掲『世界文学全集77』)との気迫こもる言葉を記しています。
 また、突然の病気で仕事を続けられなくなった免疫学者の多田富雄氏も、ダンテの『神曲』にならうかのように、「今いる状態が地獄ならば、私の地獄篇を書こう」と述べ、「これからどうなるかわからないが、私が生きた証拠の一部になる」(前掲『寡黙なる巨人』)と執筆を再開し、生きがいを取り戻しました。
 そうした悲劇からの蘇生のドラマの一つ一つには、必ず、心の支えとなった人たちの存在があったに違いありません。
 1906年のサンフランシスコ大地震直後の人々の姿を調査した、哲学者のウィリアム・ジェイムズも、「体験を分かち合った場合には苦難や喪失は何か違ったものになる」との結論を導いています(レベッカ・ソルニット『災害ユートピア』高月園子訳、亜紀書房)
 この分かち合いこそが、「前に進もうとする気力」をすぐさま奮い起こすことができなくても、苦悩に沈む人々が「頭を上げよう」とする気持ちを抱くようになる契機となっていくのではないでしょうか。
 そのためには一方的に話をするのではなく、何よりもまず、じっと心の声に耳を傾けることが欠かせません。その中で相手の苦しみに心を震わせ、少しでも分かち合いたいとの思いから生まれる励ましであってこそ、相手の心の奧に沈む残り火に息を吹きかけることができるに違いない。

かけがえのない一人を徹して励まし「自他共の幸福」を目指す


仏法の智慧は相手を思う慈愛の結晶
 釈尊が説いた八万法蔵という膨大な教説も、その大半は、哲学者のカール・ヤスパースが「仏陀はひとりひとりに語り、小さなグループで語った」「一切の者にむかうとは、ひとりひとりの人にむかうことにほかならない」(峰島旭雄訳『佛陀と龍樹』理想社)と記したように、さまざまな悩みに直面する一人一人と向き合う中で説かれたものでした。「友よ」と呼びかけ、相手の心にどこまでも寄り添い、対話を通して苦しみの本質を浮かび上がらせながら、本人の気づきを促し、血肉化できるような諭しの言葉をかけたのです。
 仏法の智慧は、毒矢の譬え=注3=に象徴されるように、形而上学的な概念や哲学的な論争にふけるのではない。あくまで、目の前にいるかけがえのない一人を何としても救いたいとの思いがその源にあるからこそ尽きることなく顕現しゆくものに他なりません。
 日蓮大聖人の教えにおいても、弟子たちの苦難をわが事のように嘆き、抱きかかえるように励ましながら、試練に負けない人生を歩むことを願う“慈愛と祈りの結晶”として発せられた言々句々が、現代においても私どもの人生の重要な指針となっています。
 SGIでは、こうした仏法の精神に立って、192カ国・地域で「一対一の対話」を根本に励ましの輪を広げながら、心と心の絆を堅実に育んできました。
 そして、災害のような緊急時には、会館に地域の被災者を受け入れることをはじめ、救援物資の搬入や配布、被災地での片付けの応援など、さまざまな活動に取り組んできました。被災者でありながら、大変な状況にある人たちをそのままにしてはおけないと、やむにやまれぬ思いで行動し、悲しみや苦しみを一緒になって受け止め、励ましの対話を続けてきたメンバーも少なくありません。
 こうした取り組みはあくまで、人生の喜びや悲しみを分かち合い、ともに支え合う中で「自他共の幸福」を目指してきた、私どもの日常的な活動の延長線上にあるものでした。
 昨年6月にスイスで行われた国連難民高等弁務官事務所とNGO(非政府組織)との年次協議会で、「信仰を基盤とした団体の役割」に焦点が当てられた分科会が開催されたように、現実社会で起こる脅威に苦しむ人々に対して宗教団体の果たす役割が注視されるようになってきています。分科会では、私どもの代表が東日本大震災での経験を踏まえながら、“エンパワーメントは、被災者自らの手による救援活動をも可能にする。それにより、人道援助は効果的かつ持続的なものになる”との報告を行いました。

苦悩を分かち合う絆が希望の明日を開く源泉


子どもや孫たちのために私は歩く
 このテーマを考える時に浮かんでくるのは、かつてキング博士が自著で紹介していた、バス・ボイコット運動に参加した一人の年配の女性の話です。
 ──人種差別が横行するバスに乗車することを拒否し、懸命に歩き続ける女性の姿を見て、心配した自動車の運転手が車を止めて、「おばあさん、おのりなさい。歩くには及びません」と声をかけた。しかし彼女は手を振って、こう断ったというのです。
 「わたしはわたし自身のために歩いているのではありません」「わたしは子供や孫のために歩いているのです」(雪山慶正訳『自由への大いなる歩み』岩波書店)と。
 たとえ災害によって身も心も傷ついていたとしても、愛する家族や仲間のために、また目の前で苦しんでいる人たちのために、自分ができることをしたいと思い、行動しようとする人は少なくないはずです。
 仏法では、どんな状況に置かれた人であっても“他の人々を救う存在”になることができると強調するとともに、最も苦しんだ人こそが一番幸せになる権利があると説きます。
 仏典には、「宝塔即一切衆生」(御書797㌻)とあります。「法華経」に説かれる宇宙大にして荘厳なる宝塔とは、全ての人々の本来の姿に他ならないとの仰せです。その本有の尊厳に目覚めた人は「心を壊る能わず」(同65㌻)で、どんな脅威が襲いかかり、試練に見舞われようと尊厳を壊されることは絶対にない。
 この確信で立ち上がった一人が、苦しみに沈む人たちと手を取り合い、ともに再起を期して新たな一歩を踏み出す。その輪が一人また一人と広がり、尊い生命の宝塔が林立していく中で、地域の復興も本格的な軌道に乗っていく──と、私どもは信じ、実践しているのです。

マータイ博士が運動にかけた信念

 近年発生した世界各地の災害において、現地の行政機能が損なわれる中、大きな役割を果たしてきたのが、地域に根ざした“助け合いや支え合いの輪”であり、さまざまな立場の人たちが参加して行われたボランティア活動であり、多くの国々から寄せられた支援や励ましでした。
 「突然襲いくる困窮の危険」に対する社会のセーフティーネット(安全網)を強固にするためには、災害時に示されてきたような、苦しんでいる人々とともに歩もうとする気風を常日頃から社会全体で高めつつ、支え合いや助け合いの絆をどのように積み上げていくかが課題になります。
 災害とは分野が異なりますが、民衆自身の力で環境を守る運動を、ケニアをはじめアフリカ各地で広げ、昨年亡くなられたワンガリ・マータイ博士の言葉が忘れられません。
 植樹運動を進めていく中で何度も妨害され、せっかく植えた木を傷つけられても、「木々は、私たちと同じく生き抜いた。雨が降り、太陽が輝くと、木々はいつのまにか空に向かって若葉や新芽を伸ばすのだ」と、博士は不屈の心で立ち上がりました。
 そして、自らの運動を振り返り、「民衆のために何かしてあげたい」といった気持ちではなく、「民衆とともに汗する」ことに徹したからこそ、地域の人々の力を引き出すことができたと、信念を語られていたのです(福岡伸一訳『モッタイナイで地球は緑になる』木楽舎)
 ここに、民衆自身が巻き起こすエンパワーメントの連環が、どんな絶望の闇も打ち払い、希望の未来への旭日を立ち昇らせゆくための要諦があるのではないでしょうか。(下に続く)


語句の解説
注1 リーマンショック
 2008年9月、大手投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻が引き金となった世界的な金融危機。ほとんどの国の株式相場が暴落し、金融システム不安から国際的な金融収縮が起きた。アメリカのみならず、ヨーロッパ諸国や日本が、第2次世界大戦後初の同時マイナス成長に陥った。

注2 ペロポネソス戦争
 紀元前431年から前404年、古代ギリシャで繰り広げられた戦争。アテネを中心とする「デロス同盟」と、スパルタを中心とする「ペロポネソス同盟」との間で覇権が争われた。ペルシャの援助を受けたスパルタ側の勝利に終わったが、戦争の痛手は大きく、ギリシャ全体が衰退に向かう原因となった。

注3 毒矢の譬え
 観念的な議論にふける弟子を戒めるために釈尊が説いた譬え。“毒矢で射られて苦しんでいる人が、だれが矢を射たのか、矢はどんな材質だったのか判明しないうちは治療しないでほしいとこだわっているうちに、命を落としてしまった”との譬えを通し、人々の苦しみを取り除く現実の行動にこそ、仏教の本義があることを諭した。
2012-01-26 : 提言 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.66

随筆 我らの勝利の大道 No.66
              (2012.1.16付 聖教新聞)
師弟常勝の関西魂

築こう! 自他共の勝利の金字塔

真実と正義は勝った
いざや前進 新たな歴史を朗らかに


 巌窟王
  三世に勝ち抜け
     大関西

 「関西魂」とは──
 「負けじ魂」である。
 「不屈の魂」である。
 「師弟の魂」である。
 「団結の魂」である。
 「常勝の魂」である。
 ゆえに、脈々と受け継がれている「関西魂」こそ、学会永遠の宝なのだ。

無罪判決から50年
 それは、50年前(昭和37年)の1月25日。厳寒の日々にあって、希望の扉を開くように柔らかな光が差し込む朝であった。忘れもしない「大阪事件」の無罪判決の日である。
 「池田大作は無罪」──裁判長の凛然とした声は、今でも耳朶から消えない。
 法廷から関西本部に戻る車中、銀色に輝く堂島川を見ながら、師を偲び、勝利の報告をした記憶は、昨日のことのように鮮明である。
        ◇
 「大阪事件」は昭和32年に起こった。創価学会という新たな民衆の平和勢力の台頭を阻もうと、国家権力が牙を剝いたのだ。そして関西での大発展を指揮する私が標的となり、不当逮捕されたのである。
 もとより、私に着せられた選挙違反容疑など全く事実無根である。だが、担当の弁護士は、私に言った。
 「無実であっても、検察の主張を覆すことは難しい。有罪は覚悟してほしい」
 日本では、検察が起訴した刑事事件の有罪率は99パーセント以上だと言われてきたとはいえ、あまりに情けない弱腰であった。
 権力の横暴の前に、真実と正義が押しつぶされる。何の罪もなき人間が、闇に葬り去られる──そんな不当な壁、不条理の壁を、後世のために打ち破りゆく戦いでもあったのだ。
 「無実の事で罰せられる以上の不正はまさしくない」──これは、18世紀フランスの言論の闘士ボルテールの憤怒であった。
 彼は「人は正義を要求するときにきわめて強力」になると断言した。
 戸田先生の最晩年、私が裁判のため大阪に行くことをご挨拶すると、力強く病床から語ってくださった。
 「君は、私のため、学会のために、罪を一身に背負おうとしてくれた」
 「裁判は容易ならざる戦いになるだろう。しかし、最後は勝つ。金は金だ。真実は必ず明らかになる」
 先生の弟子として、断じて勝つ。絶対勝利の誓いを胸に、4年3カ月にわたる法廷での戦いに挑んだ。
 初公判は、昭和32年の10月18日。大阪入りしたのは、前日である。
 「関西の方々に、これからまた長い期間、お世話になりますので、ご挨拶を」と妻も同行した。この晩、4軒ほど同志のお宅を訪問させていただいた。
 初公判の夜には、神戸大会に出席し、大兵庫の友と新たな前進勝利を約し合ったことも、誠に懐かしい。
 無罪までの公判は実に84回。私の出廷は23回を数えた。
 だが、この法廷闘争のための一回一回の関西訪問もまた、大好きな関西の同志と私が共に綴った黄金不滅の共戦譜となった。
 さらにまた、この「大阪事件」の真実の歴史を、未来部時代に学んだことが契機となって、庶民を護り、正義を護り抜く力ある弁護士が多数、誕生していることも、嬉しい限りだ。
        ◇
 常勝の
  大関西の
    婦人部に
  幸福 燦たれ
    諸仏も護れと

 私の「無罪判決」を、誰よりも真剣に、そして一心不乱に祈り抜いてくれたのは、尊き婦人部の皆様であった。
 朝な夕な「正義」の勝利を、ひたぶるに御本尊に祈念し続けてくださった御恩を、私も妻も、終生、絶対に忘れない。
 母たちの不屈の祈りに、どれほど勇気づけられたことか。まさに「万の力」の励ましであった。
 日蓮大聖人は大難に直面した弟子に仰せである。
 「火にたきぎ(薪)を加える時はさかんなり、大風吹けば求羅《ぐら》(=風を得て大きくなる虫)は倍増するなり」(御書1136㌻)と。
 常勝の母たちは、逆境だからこそ、信心の底力を発揮し、「負けたらあかん」と共に戦ってくださった。
 後に、この1月25日は「関西婦人部の日」となり、今も光り輝いている。
 スイスの大教育者ペスタロッチは、すべての人の内奥にあり、開発せねばならないものを列挙している。
 それは「強い力」「明るい知恵」「崇高な善の可能性」「内面的諸力の確固とした力づよさ」「無邪気さの高き純粋さ」「こまやかな優しさにみちた善意」などである。
 偉大な「関西婦人部」そのままの心であり、姿ではないか。
 判決を翌日に控えた、昭和37年1月24日、私は関西の女子部幹部会、さらに男子部幹部会に出席した。真剣な共戦の心で、兵庫の尼崎市体育館を埋め尽くしてくれた若き丈夫《ますらお》たちに、私は申し上げた。
 「私たち地涌の菩薩は、日蓮大聖人の弟子として、その自覚と信念に立って、不幸な人びとの味方となっていくのです。
 そして本当に、全民衆が、すなわち日本国中の人びとが、安心して幸福に暮らしていける世の中を築き上げようではありませんか!」
 この私の心を心として、関西の不二の友は、いやまして負けじ魂を燃え上がらせ、何ものにも屈しない民衆の楽土の大建設に勇み立ってくれたのである。

戦いはこれからだ
 判決の日、関西本部に戻ると、私は待ってくれていた同志と仏間へ向かい、「大法興隆所願成就」の関西常住の御本尊に、勝訴の感謝の祈りを捧げた。
 居合わせた中に、今の “ヤング・ミセス” の世代のリーダーがいた。肋膜炎を患い闘病していると伺い、皆と共に、師子吼の如く彼女の宿命打開と健康を祈った。
 その友は決然と病魔を乗り越え、今も、はつらつと錦宝会(多宝会)のスクラム固く活躍されている。
 いついかなる時も「一人」の友を励まし、「一人」を立ち上がらせ、共々に新たな前進を開始する。その連続闘争に常勝関西がある。
 この日のうちに私は帰京した。私は友に語った。
 「むしろ、戦いはこれから始まるのだ。
 一つの段階を越えると同時に、次の段階へ向かってスタートする。これが本因妙の仏法のゆえんだよ」
        ◇
 この昭和37年、学会は「勝利の年」と定め、270万世帯達成を目標に掲げて出発した。
 その学会の勝利の突破口を勢いよく開いたもの、わが関西であった。
 関西の友は、一人も残らず、私の無罪を信じてくれていた。そして、それが現実になった時、爆発的な勢いで関西中に──すなわち大阪、京都、滋賀、福井、兵庫、奈良、和歌山の全土で折伏の渦が巻き起こったのだ。
 2月、3月、4月……。月を追うごとに関西は燃えに燃え上がり、5月には、全国の弘教の3割を推進するという、美事な拡大劇を満天下に示したのである。新入会の喜びが各地にあふれた。なかでも男女青年部の躍動は一際光っていたと記憶している。
 この年、学会は当初の目標を大きく超え、一気に300万世帯を達成した。まさに関西の師弟不二の戦いなくして、この拡大勝利はあり得なかったのである。

震災を不屈の心で
 私が共に対談集を発刊した、南米アルゼンチンの人権の獅子エスキベル博士は語ってくださった。
 「『創価』が意味する『価値の創造』は、戦う意欲をかきたててくれます。
 生命の尊厳のため、人間を人間たらしめる価値のため、私たちが創りたい社会に向かって進む闘志がわきます。この闘志は、信仰そして人生の信念から生まれるものです」と。
 明日で「阪神・淡路大震災」から17年となる。私も妻も、すべての犠牲者の冥福を祈り、一段と深く懇ろに追善の題目を送らせていただいている。
 この大震災に際しても、「創価」の闘志漲る関西の大連帯は、地域・社会の依怙依託となり、歴史的な使命を担い立った。
 言葉に尽くせぬ大苦難のなか、わが同志のあまりにも気高き善意の心と、強い団結の力、輝く英知が発揮されたことは、今、不滅の希望の鑑となっている。
 あの時、瓦礫に塞がれた道なき道を、救援物資を積んで走った青年部のバイク隊の雄姿に、皆が驚嘆した。いな感涙した。トラック等での輸送が難しい現実にあって、“なんとかできないか”“なんとかしたい” との真剣な願いが、勇気となり、智慧となって現れた尊き行動であった。
 ドクター部や看護師の白樺会・白樺グループの不眠不休の救護も、自発の役員の献身も崇高であった。
 兵庫の誉れの友は、甚大な試練を乗り越えられてきた。経済不況にも負けず、懸命に奮闘されている。
 さらに「東日本大震災」の復興のためにも、その不屈の心を携えて、被災地の方々に手を差し伸べ、勇気の光を送られているのだ。
 兵庫出身の信念の哲学者・三木清は語っている。
 「忍耐と根気、人間にとってこれが最高のものであるように考えられます」と。
 忍耐強い、根気強い祈りと行動で、共に宿命転換していくのだ。
 これが、学会の草創以来の伝統である。

共感力に希望あり
 御書には「人のために火を灯せば、自分の前も明るくなる」(1598㌻、通解)と記されている。
 最先端の脳科学の知見によれば、脳には共感を司る「ミラーニューロン」という神経細胞があり、目の前の人の喜怒哀楽を、自分の脳でも同じように感じる力が、人間には潜在的に具わっているという。
 「自分のことを思っている人がいる」「自分が人の役に立っている」──被災された方も、献身の行動を続ける方も、共に相手の姿が、生き抜く力を呼び覚まし、心に希望の明かりを灯してくれる。
 ボランティアとは、相手も自分も両方が元気になる尊き行動である。それはまた、相手のための行動が、そのまま自分のためにもなっている一つの証しともいえよう。
 昨年の「紀伊半島豪雨」の際も、和歌山県、奈良県、三重県を中心に、創価の友が死力を尽くして、救援活動に当たってくださった。
 甚大な災難のなか、人と人とが支え合い、助け合う絆の大切さが、あらためて浮き彫りになっている。
 だからこそ、わが創価の友の存在が光るのだ。
 「抜苦与楽(苦を抜き、楽を与える)」のために戦い抜く──この同苦と行動にこそ、人間主義の仏法の真髄があるからだ。
 ここに、慈悲の精神が脈打ち、自他共の幸福拡大運動、すなわち広宣流布のうねりが起こるのである。
        ◇
 「勝利の年」から半世紀を経て、わが大関西は、今再びの陣列を構築せんと戦いを起こしてくれている。それは、そのまま、全国の勝利、全学会の勝利に直結することは、火を見るより明らかである。
 中米ドミニカ共和国の青年リーダーが、憧れの関西を訪れた時、誇り高き常勝の友に、思い切って質問してみたという。
 「常勝関西では、目標を達成できなかったことはありますか?」
 答えは、きっぱりと──
 「ありません!」
 それは、なぜか?
 「目標は、達成するまで掲げ続けるからです!」
 この金剛不壊の関西魂は今や、全世界の青年学会の心意気となった。

永遠に共戦の道を
 本年は関西広布史に輝く一年だ。昭和27年、大阪支部が誕生するや、戸田先生と私が初めて大阪に赴き、西成の地を起点に折伏の烽火を上げて60周年。私が堺に第一歩を印したのも、この時であった。
 関西が常勝不敗を誓った「大阪大会」55周年。長居陸上競技場を舞台に、若き力で不滅の六段円塔を打ち立てた関西青年平和文化祭からは30周年……と幾重にも意義を刻む。
 この一年は、全同志にとっても、新しき「勝利の年」となるに違いない。
 君も、貴女《あなた》も、共に勝つのだ。民衆勝利の新たな金字塔を共に築き上げるのだ!
 「師は針、弟子は糸となつて、たへず稽古有るべき事也」とは、関西に縁《えにし》深き剣豪・宮本武蔵の『五輪書』の一節である。
 師も弟子も弛みなく進むのだ。前途を開くのだ。
 永遠に「師弟共戦」であり「師弟常勝」である。
 私と共に、正義の民衆が必ず勝つための大道を切り開いてくれた大関西の家族よ、わが地涌の同志よ!
 時は来た。勇み立とうではないか! あの晴れ渡る「常勝の空」を仰ぎながら、今日も朗らかに進もう!
 いざや前進、恐れなく!

 学会の
  原動力たる
   大関西
  勝利の模範を
    今年も頼まむ


ボルテールの言葉は 『ヴォルテール書簡集』橋安光編訳(法政大学出版局)。ペスタロッチは 『世界教育学選集35 政治と教育』梅根悟訳(明治図書出版)。三木清は 『三木清全集第19巻』(岩波書店)=現代表記に改めた。宮本武蔵は『五輪書』(岩波書店)。
2012-01-17 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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中国・中央財経大学「名誉教授」称号授与式への謝辞

中国・中央財経大学「名誉教授」称号授与式への謝辞
            (2012.1.12 北京市内)

日中国交正常化40周年を慶祝! 中国の名門「中央財経大学」(王広謙学長)から、池田名誉会長に「名誉教授」称号が贈られた。いち早く日中国交正常化を提言し、両国の友好を促進してきた功績を賞讃するものである。授与式は12日午前、北京市内の同大学「学術ホール」で挙行され、胡樹祥校務委員会主任、李俊生副学長をはじめ、創価学会訪中団の池田博正副理事長一行が列席した。

名誉会長の謝辞(代読)

万代の友好を 後継の若き世代へ!


大中国の前進を牽引する学府の精神

民衆の救済へ勇敢に進め
未来の発展へ責任を担え

 一、21世紀の世界経済を牽引しゆく大中国の知性と人材の大城・中央財経大学より、名誉教授の称号を賜りましたことは、私の最大の光栄とするところであります。
 先生方のご厚情に、心から感謝申し上げます(大拍手)。
 私の胸に、貴大学の李予昂《りよこう》初代学長の一詩が蘇ります。それは、先人たちが命懸けで開いてきた、中日両国の悠久の友誼の歴史に思いを馳せながら、日本の友に贈られた詩であります。
 「扶桑(日本)の旭日は海の東にて
 滄溟《そうめい》(海)浩《こうびょう》(広大)なりて路《みち》早くより通じたり」
 「佳話《かわ》千秋《せんしゅう》に史冊《しさつ》(歴史記録)を光《かがや》かせ
 歳寒《さいかん》の三友(松・竹・梅)、深き情を寄す。
 友誼の中日代々に伝え、
 手を携え、心を同じくする弟と兄」と。
 本年は、文化の大恩深き兄たる貴国と日本の国交正常化より40周年の佳節であります。
 その開幕の時に、貴大学から賜りました栄誉を、私は、万代の友好を後継の若き世代に託しゆく決意を込めて、謹んで拝受させていただきます。
 誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

混迷する世界に活路を切り開く
 一、今、混迷の度を増しゆく世界経済のなかで、確かな安定と共生、新たな創造と発展への活路を、いかにして切り開いていくか。そのための活力とビジョンが深く要請されております。
 私は、新中国における最初にして最高の財経の学府である貴大学の歴史と理念のなかに、その大いなる指標を見いだす一人であります。
 貴大学は、1949年に、新中国と共に誕生し、人民と共に試練を乗り越え、未来のために改革開放をリードし、今日の経済大国を築き上げてこられました。
 60星霜を超える貴大学の闘争、そして勝利に、私は満腔の敬意を表するものであります。
 貴大学の草創期、声高らかに歌われた歌には──
 「偉大なりしは人民の力、誰をか敢えて阻まんとせむ。
 新しき中国、万丈の光芒を放ち、経済建設の大業、我らの肩にかかれり。
 我らには鋼鉄の意志ありて、財政の重任を引き受けん」と。
 何と誇り高い「使命感」の鼓動であり、何と断固たる「決心」の響きでありましょうか。
 貴大学の精神として、「担当責任 勇往直前」(責任を担い立ち、勇敢にまっしぐらに前進する)と、力強く謳われていると伺いました。
 それは、自分さえよければいいという「無責任」とも、他者の犠牲の上に自らの利益を図る「利己主義」とも、決然と対峙しゆく精神であります。
 人民のため、社会のため、世界のため、そして未来のために、あえて労苦の多い、大きな使命と責任を担い立って、勇猛果敢に前進を続けていく。
 この人間指導者の真髄ともいうべき、崇高なる信念が、貴大学が堂々と冠する「中央」の2文字から、私は感じられてならないのであります(大拍手)。

他者との交流に新しい創造が
 一、私たちが敬愛してやまない「人民の父」周恩来総理が、貴大学に絶大なる信頼と期待を寄せておられたことも、よく存じ上げております。
 1974年12月、周総理は、30歳若い私に、21世紀を展望されながら、こう言われました。
 「すべての国が平等な立場で助け合わなければなりません」
 簡潔な一言のなかに、実に明快に、国際社会、また世界経済が絶対に見失ってはならない、根本の指針が示されております。
 そもそも、「経済」の本義も、貴国の先人たちが大切にされてきた「経世済民」すなわち「世の中を治め、民衆を救う」という魂であります。
 「行き詰まったら原点に戻れ」と言うごとく、人類は、今再び、この「経世済民」の心に立ち返って、衆知を結集し、力を合わせていくべきではないでしょうか。
 一、貴大学は、建学の理念として「求真《きゅうしん》求是《きゅうぜ》 追求卓越」(真・是〈道理〉を求め、卓越性を追求する)を掲げ、校歌にも毅然と歌い上げておられます。
 「卓越を求めし美徳、海の百川をも容《い》るるが如き度量。
 心を同じくして再び創らん。輝ける、偉大なるに相応《ふさわ》しき時代を」
 こうした「開かれた気風」と「進取の気性」を湛えつつ、貴大学は、グローバルな視野に立って、多元的文化を融合させ、人類の進歩に貢献しゆく、創造的な財経の人材を育成してこられました。
 しかも、貴大学におかれては、他者への思いやりと共生のエートス(道徳的気風)を育む人間教育を、現実に根差して具体的に推進されております。
 胡樹祥《こじゅしょう》校務委員会主任が「互いに助け合おうとする友愛は、身の回りから始めることが可能である」と明晰に論じておられる通りであります。
 私は心からの感嘆と賛同を禁じ得ないのであります。
 『荘子』には「両者交〻《こもごも》通じて和を成し、而して物生ず」(金谷治訳注『荘子』第三冊、岩波文庫)と説かれております。
 生命は孤立しては、その本来の輝きも発揮できません。
 さまざまな差異を超えて、語り合い、学び合い、支え合っていくなかにこそ、新しい創造の力が尽きることなく湧きいずる。
 このことを、私は、貴国の皆様方をはじめ世界との文化・教育次元における交流を通して、強く実感してまいりました。

小平副総理
「改革の鍵は人間にある」
教育で「人間の力」の開発を


困難があるほど智慧を発揮せよ
 一、改革開放を断行された小平副総理が、貴大学を大切にされた歴史も、学ばせていただいております。
 私自身、副総理とは、2度にわたって、忘れ得ぬ対話を重ねさせていただきました。
 副総理は、経済建設においても「鍵は人間にある」と強調されております。
 私も、まったく同感であります。
 経済を動かすのも、人間。平和を創出するのも、人間。すべては人間をつくることから始まります。
 一、わが創価教育の創始者である牧口常三郎先生も、1930年、あの世界大恐慌の渦中に、教育をもって「社会各方面の行詰りを打開する方策の根底を培わん」と宣言いたしました。
 そして、日本の国家主義の教育に対して、若き命の幸福のための教育を標榜し、勇気の精神闘争を貫いていったのであります。
 青年教育者の時代。貴国からの留学生とも交友を深め、貴国への侵略に憤怒する平和の闘士でありました。軍部政府に投獄され、最後は獄死を遂げております。私が、貴国との国交正常化をいち早く提唱した一つの源流も、ここにあります。
 「革命をやるにも、建設をやるにも、勇敢に思考し、勇敢に探索し、勇敢に創造する一群の闘将が必要なのだ」とは小平副総理の至言でありました(竹内実・吉田富夫監訳、中国研究会訳『小平は語る』上巻、風媒社)
 まさしく、貴大学が模範を示されているように、永続的な経済発展も、困難があればあるほど、無限の智慧と創造力を発揮して応戦していく、人間それ自身の力の開発にありましょう。
 一、貴大学のシンボルは「乾坤《けんこん》を担ぐ龍馬《りゅうめ》」です。
 本日より、名誉ある貴大学の一員とさせていただき、天を舞う昇龍、地を疾駆する駿馬のごとく、地球文明の未来を担い立つ力ある人材を、さらに育成していくことを、お約束申し上げ、私の御礼とさせていただきます。
 諸先生方のますますのご健勝、貴大学の無窮の発展と栄光、そして、敬愛してやまない貴国のさらなる大繁栄を心からお祈り申し上げます。
 謝謝!(中国語で「ありがとうございました」) (大拍手)
2012-01-15 : スピーチ・メッセージ等 :
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若き君へ 新時代の主役に語る 第1回

若き君へ 新時代の主役に語る
                (聞き手=「若き君へ」編集委員会)
第1回 「大人になる」とは(2012.1.9/10/11付 聖教新聞)


未来はすべて青年のものです

大きな願いを立てればそれだけ大きな人生が開けていく


 ──今、全国で続々と青年が入会しています。
 池田先生のお誕生日である1月2日も、各地で入会記念勤行会が行われ、多くの若き地涌の友が、創価家族の温かな祝福に包まれました。

池田名誉会長 うれしいね! 本当にうれしい! 青年部の奮闘の様子も、新入会の皆さん方の決意も、よく伺っています。
 日本中、世界中で、青年がぐんぐん伸び、スクラムを広げゆく素晴らしい時代が到来しました。
 今年は、ロンドンでオリンピックが開催されます。英国そして欧州の青年の前進も目覚ましい。
 近代オリンピックの創設者クーベルタンは、「人間の春は、若々しく成長した人の中に表現される」と語りました。
 学会は今、希望が躍動する「青年の時代」「人材の春」を迎えています。
 人材を見つけ、育てる。その労作業こそが、広宣流布という社会を変革しゆく偉大な民衆運動、世界的な平和運動の原動力です。
 だから、先輩は全力を挙げて、新しい友を一人ももれなく大人材に育ててください。心と心が通じ合い、何でも話し合える本当の同志として、共々に希望に燃えて進んでいただきたい。
 私も、皆さんのためなら何でもします。青年たちのために、語り残しておきたいことが、まだまだ、たくさんあります。

 ──ありがとうございます。新入会の友が、信心できた歓喜を胸に、さっそく弘教や教学に挑戦している頼もしい様子も、報告されています。
 また、昨年の創価青年大会などを通じて、これまで活動に参加できなかったメンバーも、次々と立ち上がっています。

名誉会長 新入会の友は、さまざまな悩みを乗り越えよう、大いに成長しようと、新たな決意で、この信心を始めました。
 法華経には、「若し法を聞くこと有らば 一《ひと》りとして成仏せざること無けん」と説かれています。
 すべての新入会の友が、初信の功徳を実感し、信心を始めてよかったと思えるように、そして成仏という絶対の幸福境涯ヘ一歩一歩、着実に前進できるよう、先輩の皆さんは真心からの励まし、アドバイスをお願いします。
 すぐには思うようにいかないこともあるでしょう。「焦らないで、いいんだよ」と、温かく声をかけていただきたい。あの大文豪ゲーテも、「いいものができるには時間がかかるよ」と記しています。
 とりわけ、家族が未入会の友には、こまやかに心を砕いて差し上げたい。私も入信したばかりの時、父が信心に反対でした。父と私の間に立って、母が苦心してくれたことを思い出します。
 家族と信心のことでケンカになったり、つらい思いをしたりしないよう、親身になって相談に乗っていただきたい。
          ☆
 ──以前、池田先生が一人の新入会の学生からの報告に対して、「素晴らしい仏法だから、安心してやっていきなさい。親孝行して、お父さん、お母さんに喜んでもらえるようになってね」と伝言してくださったことがありました。その学生は今、社会で立派に活躍し、ご両親も喜ばれています。

名誉会長 御書に「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(1174㌻)とあるように、仏法は「人の振る舞い」を教えています。親孝行こそ、最も基本の「人の振る舞い」です。
 大切なのは、まず自ら人間革命することです。自身が成長することです。そして、ご家族を安心させてあげることです。必ず分かってくれる日が来ます。
 日蓮大聖人は、「法華経を持《たも》つ人は父と母との恩を報ずるなり」(御書1528㌻)とも仰せです。家族の絆は、この信心を通し、未来永遠に強めていけるのです。
          ☆
 ──きょうは「成人の日」です。今年は、全国で122万人が大人の仲間入りをします。学会でも各地の会館で、新成人の集いが行われます。
 また、今回は先生のご提案で、カナダ・トロン卜近郊のカレドン教育文化センターに「新成人の木」として、大地に根を張って伸びる「白樺の木」を植樹していただいたことに、大きな喜びが広がっています。

名誉会長 苦労した人が、最後は勝利します。青年には、どんな苦難にも負けないでほしいと願って植樹したものです。
 成人の日は、新成人だけでなく、青年にとって「大人になる」とは、どういうことかをあらためて考える、いい機会です。
 20歳《はたち》になれば、自動的に「大人になる」というわけではありません(笑い)。他人や社会との関わりにも、責任が伴います。
 悪逆なナチスから、子どもたちを守るために、命をかけて戦ったポーランドの大教育者コルチャック先生も「成熟した大人とは、何のために生き、人々とどのように関わり、また、人類の歴史にどのように関わるのかということを知っており、そして、そのことに依拠して行動する人である」と明言している。
 要は一人の人間として、いかなる信念と哲学を持ち、いかなる行動をしていくかでしょう。
 激動の時代であり、変化が求められる時代です。大人たちの社会も、青年の正義感を信じ、青年の行動力を引き出していく社会に変わらねばなりません。
 青年を子ども扱いし、「近頃の若者は」などと見下す大人はずるい。私は断固、青年を信じます。
 未来は青年のものです。青年で決まります。だから私は青年に期待し、一個の人格として最大の敬意を払って接してきました。そして「早く生い立て」と願い、毎日、妻と共に祈り抜いています。青年部の皆さんのお父さん、お母さん方も、同じ気持ちだと思う。
          ☆
 ──最近は「大人」が一つのキーワードです。『大人の流儀』というベストセラーもあります。
 「大人になる」ということは、仏法の視点から見ると、どのように捉えられるでしょうか。

名誉会長 大聖人は、満20歳の南条時光に、こう呼びかけられました。
 「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(同1561㌻)と。
 熱原の法難という、入信間もない農民信徒たちが迫害された大難の渦中、大聖人が信頼し、奮闘に期待を寄せられたのは勇敢な青年でした。
 私の恩師・戸田城聖先生も、よく「南条時光を見習っていけ」と言われました。
 時光は今で言えば“学会2世”です。亡くなった父の信仰を受け継ぎ、16歳で、自ら駿河国(現在の静岡県中央部)から身延の大聖人のもとへ馳せ参じています。
 自発求道の青年でした。心に誓いが燃えていました。可愛い弟の不慮の死去に際しても、悲しみの母を支えました。自身の大病も厳然と乗り越え、仏法への確信を深めています。そして、日興上人と共に地域の中心的存在として、一生涯、戦い抜きました。
 私が時光を偉いと思うのは、彼は少年時代の誓いを、大人になっても忘れなかった。そして、迫害に立ち向かい、矢面に立って、同志を守り、師匠をお守りし抜いたことです。
 逆説的な言い方になるかもしれないが、若き日の誓いを、生涯、忘れなかったからこそ、信念の「大人」になったとも言える。ここに、大聖人が示された「大願」に生き抜く人生の強さがあり、深さがあります。
 大きな願いを立てるということは、それだけ大きな人生が開けるということです。広宣流布は、人類を幸福にし、世界を永遠に平和にしていこうとする、究極の大願なのです。

※クーベルタンの言葉はカール・ディーム編・大島鎌吉訳『オリンピックの回想』(ベースボール・マガジン社)。ゲーテは山下肇訳『ゲーテ全集』第6巻(人文書院)。コルチャックは塚本智宏著『子どもの権利の尊重』(子どもの未来社)、引用にあたり傍点を省略した。

さあ、戦いを開始しよう!

皆さんに絶望はない。なぜなら、青年自身が希望そのものだから


 ──池田先生から、素晴らしい詩「希望は人生の宝なり」を頂き、大感動の声が寄せられています。
 「希望」こそ、最も身近で、最も大切な宝であることに、あらためて気づかせていただきました。

名誉会長 「青春」の異名は「希望」です。希望と共に生きる限り、人間は永遠に若い。
 関西出身の歌人・与謝野晶子は綴りました。
 「『若さ』は尊い、怖ろしい。新しい奇蹟を沢山に生む力だ。孔子が『後生畏るべし』と云ったのは『若さ』に対する畏敬驚歎《いけいきょうたん》に外ならない」
 「大人になっても此の『若さ』を保有している人達にのみ、いつまでも新しい生活がある」と。
 この「若さ」とは、そのまま「希望」と言い換えてもいいでしょう。
 正しい信仰とは、何歳になろうとも、また、いかなる状況にあろうとも、わが心に赫々と「希望の太陽」を昇らせていける無窮の力です。
 ゆえに、若くして信仰を持った皆さんには、絶対に絶望などない。皆さん自身が、永遠に希望の当体だからです。
          ☆
 ──今、社会全体が不景気で、雇用の問題も深刻です。若者には、希望の持ちにくい時代です。

名誉会長 青年を大切にし、青年が希望を持てるように、社会をあげて応援していかなければ、未来はありません。
 そのうえで、申し上げたいことは、社会が暗いからこそ、青年はいよいよ希望を光らせてほしいということです。
 たしかに就職をとってみても、希望通りのコースへ進める人は少ないでしょう。
 ただ見方を変えれば、いつの時代でも、最初から自分の「やりたい仕事」ができるなどということは、ほとんどあり得ない。皆、「やらねばならない仕事」から始めるのです。そこで、うんと苦労し、歯を食いしばって努力する以外にない。すべてが勉強です。
 その悪戦苦闘の中で、自分を鍛え、大地を破って伸びる若竹のように、希望に向かい、たくましく突き進んでいく。そして、人のため、社会のため、「自分でなければできない使命」を忍耐強く果たしていくのです。
 ともあれ、若き日の希望を実現しよう、誓いを貫こうと決めたならば、幾多の困難と戦わねばなりません。だから「大人になる」とは、「戦いを開始すること」です。
 失敗したら、また次の希望を持てばよい。それも戦いです。へこたれずに戦い抜く人が偉大な人です。戦い続ける人こそが勝利の人なのです。
 日蓮大聖人が、20歳の南条時光へ「大願ををこせ」(同1561㌻)と仰せになられたのも、「戦いを起こせ」ということと拝されます。
 時光は、地頭という鎌倉幕府に仕える立場にありました。大聖人の門下として行動を貫けば、迫害を受けることは間違いありません。そうしたことをすべて御存じのうえで、大聖人は、あえて強く励まされているのです。
 大変な状況にもかかわらず、若き愛弟子は必ず立ち上がると信じてくださっている。これが御本仏の御心です。厳愛です。法華経の兵法をもって戦えば、必ず一切を変毒為薬して勝てるからです。
 時光も、大聖人の仰せの通りに戦い、立派に自分の使命を果たしました。
          ☆
 ──広宣流布という「大願」と、自身の希望との関係は、どう捉えられるでしょうか。

名誉会長 青年が、今、どんな希望を抱いて戦っていくのかで、未来は決まります。
 「未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」(同231㌻)です。
 戸田先生は「青年は望みが大きすぎるくらいで、ちょうどよいのだ。この人生で実現できるのは自分の考えの何分の一かだ。初めから望みが小さいようでは何もできないで終わる」と言われました。ですから、自分らしく伸び伸びと希望を広げてください。
 そもそも、恩師ご自身が、大いなる希望に生き切られたからこそ、あの偉大な戸田先生になったのだと私は思います。
 恩師は20歳の時の日記に、「国家の人材」「世界の指導者」としての大任を授かるように、心身を鍛錬し、その大任を果たせるように自己を磨かずにはおかないとの決意を記されています。そして「今日の人のそしり、笑い、眼中になし。最後の目的を達せんのみ」と。牧口先生と師弟の出会いを刻んで間もなくのことです。
 どんな時にも、希望を満々と漲らせた先生でした。そして、誰よりも努力された先生でした。
 大いなる希望があれば、どんな苦労も耐えられる。どんな努力も惜しくありません。自分の胸中にあって、自分を励まし続けてくれる宝、それが希望です。
 戸田先生は、牧口先生の弟子として広宣流布の大願に生き抜くことを決められました。その時、それまでの苦労も全部、生きてきたと言われています。そして、民衆に限りない希望と勇気を送っていかれたのです。
 私たちには「絶対勝利の信心」があります。この信心を根本に、広宣流布という平和と全人類の幸福を目指す「大願」に向かって進む時、自分の希望も必ず叶う。
 たとえ、願った通りにならなかった場合でも、その人にとって一番いい方向に進むことができるのです。長い目で見れば、それを必ず確信できます。

 ※与謝野晶子の言葉は『与謝野晶子全集』第13巻(文泉堂出版)、現代表記に改めた。

正義の批判力を手放すな!


私は今も、戸田先生と毎日、心で対話しています

 ──最近、若いメンバーと語り合った時に、「世の中を見ていると、尊敬できる大人、かっこいいと思える大人がいません」、反対に「あんな大人にはなりたくないと思えてしまう人が多い」と言っていました。

名誉会長  「大人」とは「大人《たいじん》」とも読みます。「大人《たいじん》」といった場合、徳の高い立派な大人物を指します。
 お隣の中国では古来、「大人《たいじん》は己《おのれ》なし」と言って、私利私欲のためではなく、人のため、世のために、自分自身をなげうって戦うリーダーこそが人々に尊敬されてきました。
 口先ではうまいことを言っても、結局、自分の保身しか考えていない、エゴの大人は鋭く見破られてしまう。
 青年は、正義の批判力を手放してはならない。
 青年は「悪い大人」に絶対、だまされてはいけません。
 そして、自分自身を、大海の如く、天空の如く、心広々とした「大人《たいじん》」へと創り上げていくのです。
 かつての戦争では、過った為政者たちによって、青年たちが犠牲にされました。わが家も、4人の兄が次々と戦争にとられ、長兄は戦死です。
 子どもは、お国のために死ぬことが誉れであり幸福であると教え込まれた。そんな狂った時代に、二度としてはならない。
 戦争が終わった時、私は17歳でした。私もまた、大人への失望がありました。きのうまで戦争遂行を叫んでいた人たちが、次の日から平和主義者に変わっていた。誰も何も信用できなかった。良書だけは、嘘をつかないと思い、むさぼるように読みました。
 いかに生きるか──私は、正しい人生とその手本を真剣に求めました。その中で友人に誘われた学会の座談会で出会ったのが、戸田先生でした。
 偉ぶったところは全くありませんでした。しかし、まさしく人間王者の風格がありました。
 軍部政府と戦って2年間、投獄されてもなお、信念を貫き通されたことも知りました。
 何とすごい方なのだろう! この人についていこう──あの時、私は19歳。成人を目前にして私の人生は決まりました。私はあの日から「大願」を起こし、「戦い」を起こしたのです。今年で、65年になります。
          ☆
 ──「哲学なき時代」「手本なき時代」と言われる中で、人生を開く力ある哲学、手本となるべき師と人生を求めて新たに入会してきたメンバーが、たくさんいます。

 名誉会長 尊い心です。人生も、仏法も、「求める心」で決まる。
 私たちが勤行で毎日読誦している如来寿量品に、「一心欲見仏 不自惜身命」(一心に仏を見たてまつらんと欲して 自ら身命を惜しまず)という経文があります。
 日蓮大聖人は、この「一心欲見仏」を「一心に仏を見る」、さらに「心を一《いつ》にして仏を見る」、そして「一心を見れば仏なり」と、三重に読み直されています(御書892㌻)。
 一心に仏を求め抜いていく。心を定めて、広宣流布の大願のために戦い抜いていく。その「不自惜身命」の心こそ、実は仏そのものなのであると、示してくださっているのです。
 私は今も、戸田先生を求め続けています。毎日、心で対話をしています。そして常に一緒に、世界広宣流布の指揮を厳然と、また悠然と執っています。ゆえに、何も恐れるものはありません。
 創価学会は、大聖人の仰せ通り、恩師の大願のままに築き上げてきた人間の大連帯です。
 無名の庶民の中に、どれほど偉大な人物が光っていることか。皆、悪口を言われながら、わが身を惜しまず、友のため、地域のために尽くしてこられた。何の見返りも求めず、「広宣流布」「立正安国」の理想に向かって行動し抜いておられる。
 東北の被災地では、厳寒のなか、きょうも、復興のために献身される同志たちがいます。
 皆さん方の父母、祖父母たちこそ、法華経に説かれる地涌の大菩薩であり、最敬礼して仰ぐべき尊極の仏なのです。
 フランスの哲学者ルソーは綴りました。
 「わたしたちは、いわば、二回この世に生まれる。一回目は存在するために、二回目は生きるために」
 悔いなき最高の人生を生き切るために、青年は創価の人間群を誇りとしながら、どこまでも自分らしく、強く朗らかに前進していっていただきたい。
 インド独立の父マハトマ・ガンジーは「決して希望を失わない者のみが指導者になることができる」と言った。
 愛する君たちが21世紀の人類へ希望の光を贈りゆく、偉大な人間指導者に育つことこそが、私の最大の希望なのです。

 ※ルソーの言葉は今野一雄訳『エミール』(岩波文庫)。
2012-01-11 : 若き君へ :
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「成人の日」記念勤行会へのメッセージ

「成人の日」記念勤行会へのメッセージ
                     (2012.1.9)

 「成人の日」記念勤行会が9日を中心に、東北の被災地をはじめ列島各地で行われた。
 これには、池田名誉会長が次のメッセージを贈り、新成人の門出を祝福した。


誓いの握手を固く

 晴れやかな新成人の皆さん、誠に誠に、おめでとうございます。
 皆さん方には、無限の希望がある。偉大な使命がある。栄光の未来がある。
 私は、大切な大切な皆さん一人一人と固い心の握手を交わし、肩を叩いて祝福する思いで見守っております。
 日蓮大聖人は、「持《たも》たるる法だに第一ならば
持つ人随って第一なるべし」(御書465㌻)と仰せになられました。
 若くして、正しい生命尊厳の大仏法を持ったことが、どれほど素晴らしいことか。どんな権力者よりも、どんな有名人よりも、どんな富豪よりも、皆さん方こそが「第一の人」なのです。
 その自覚と誇りを忘れず、頭《こうべ》を上げて胸を張り、祈り学び、挑み戦い、最高に充実した青春を生き抜いていってください。
 朗らかに勇気凛々と、友情と正義の連帯を広げていただきたいのであります。
 何よりもうれしい皆さんの新出発を記念して、今回、カナダのカレドン教育文化センターに「白樺の木」を植樹させていただきました。
 この白樺は、寒さにも暑さにも強く、厳しい大地に逞しく根を張る「パイオニア(開拓者)の木」です。愛する皆さんが、いかなる苦難にも負けず、勝利の大樹と伸びゆく象徴なのであります。
 皆さん方には、世界192カ国・地域の同志がついています。無量無辺の諸天善神がついています。私かついています。
 ご家族にも、くれぐれもよろしくお伝えください。親孝行を頼みます。
 君よ、貴女よ! 創価の負けじ魂で、この一生を勝ちまくれ!

 2012年「成人の日」を記念して。
    宝の皆さんの健康と幸福と栄光を祈りつつ。
2012-01-10 : スピーチ・メッセージ等 :
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新時代第55回本部幹部会/全国青年部幹部会/全国学生部幹部会へのメッセージ

新時代第55回本部幹部会/全国青年部幹部会/全国学生部幹部会へのメッセージ
         (2012.1.7 東京戸田記念講堂)

 さあ前進だ。わが勝利の春へ、スタートダッシュ!──「青年学会 拡大の年」の新春を飾る「新時代第55回本部幹部会」が7日、「全国青年部幹部会」「全国学生部幹部会」の意義を込め、巣鴨の東京戸田記念講堂で朗らかに開催された。これには、原田会長、正木理事長、杉本婦人部長をはじめ全国の代表が、18カ国・地域のSGI(創価学会インタナショナル)の友と出席。池田大作名誉会長は、記念のメッセージを贈り、苦難と戦う友に「勇気は勝利の力なり」と強調。師子王の心で壁を破れと励ましを送った。

名誉会長のメッセージ


希望は人生の宝なり 勇気は勝利の力なり


苦難に負けるな! 仏界の生命を開け!
正義の若人よ登場せよ


戸田先生
信心とは“必ず勝つ”と決めることだ

 一、日本全国、そして世界192カ国・地域の同志が一体となり、我ら創価家族は、大いなる希望に燃えて、元気はつらつと新年を出発することができました。
 まことに、ご苦労さまです。本年も、どうか、よろしくお願いします。
 とくに年頭から、一番、寒い時季においでくださった海外のリーダーの皆さん方、本当にありがとうございます。
 なかんずく、タイ創価学会の皆さん方!
 厳しい大洪水の災害を乗り越えて、よくぞ、お越しくださいました。
 私たちは、心から讃嘆の拍手を送ろうではありませんか!(大拍手)
 一、東北の被災地でも、厳寒のなか、わが誉れの同志は懸命に戦っておられます。
 牧口常三郎先生の友人で、東北が生んだ偉人・新渡戸稲造博士は、「新年を迎ふるに新なる勇気と決心を以てすべし」(『新渡戸稲造全集第8巻』教文館)と言われました。
 仏法は、常に「現当二世」──すなわち「現在」から「未来」へ、「今日」から「明日」へ、新たなる勇気と決心で、勇猛精進していく希望の大哲学であります。

後へ続く友へ!
 一、先日、私は敬愛する皆さんへ、「希望は人生の宝なり」との詩をお贈りしましたが、本日は、「勇気は勝利の力なり」と申し上げたい。
 幸福になるのも「勇気」。
 試練に打ち勝つのも「勇気」。
 人に尽くすのも「勇気」。
 平和と正義のために行動するのも「勇気」であります。
 先人が「勇気あるところ希望あり」と語った如く、苦難があればあるほど、ほとばしる勇気で立ち向かい、敢然と乗り切り、断じて勝ち越えてみせる。
 そして後に続く友に、限りない希望を贈る。
 これが、使命に生きゆく人生の究極であります。
 一、日蓮仏法の魂も、「勇気」であります。
 「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(御書1282㌻)と、明快に断言なされている通りであります。
 あの身命にも及ぶ佐渡流罪の大難の渦中、大聖人は厳然と仰せになられた。
 「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし」(同957㌻)と。
 「師子王の心」とは、どんな強敵《ごうてき》が、群れをなして襲いかかってこようとも、恐れない。
 どんな大難が山また山となって立ちはだかろうとも、断じて負けない。
 その最極にして無敵の勇気が、「師子王の心」であります。
 いざという苦難の時に、この勇気を奮い起こし、師匠と共に、思い切って戦い抜いた人が、仏になれる。
 勇気こそが、己心の無明を打ち破り、自他共に仏界の生命を開くのであります。

宇宙も動かす!
 一、戸田城聖先生のもとで、女子部の「華陽会」が学んだ、『トム・ソーヤーの冒険』の作者である、アメリカのマーク・トウェインは語っている。
 「どれだけ多くの人間が自分の力を知らないことか!
 人間には宇宙を動かす力が秘められている」のだと(ドロシー・クイック著、野川浩美訳『マーク・トウェインと私』ほんのしろ)
 人間生命に秘められた、この宇宙大の力を解き放つ鍵こそ、「勇気」であります。
 そして、その極致こそが「勇気ある信心」なのであります。
 戸田先生は「信心とは、要するに、どんなことがあっても必ず勝つと、心を決めることだ」と結論されました。
 無名にして無冠の庶民が、この勇気ある信心に立ち上がって、いかなる悪口にも、いかなる圧迫にも、いかなる陰謀にも屈せずに戦い切ってきたからこそ、世界の柱たる平和と文化と教育の創価の大連帯が築かれたのであります。
 一、けなげな女性門下・千日尼への励ましの仰せには──
 「一の師子王吼れば百子力を得て諸の禽獣皆頭七分にわ(破)る」(御書1316㌻)とあります。
 師子王たる師匠の師子吼に応え、弟子もまた、勇気ある自行化他の題目で広宣流布に邁進する。
 そして邪悪を打ち破り、正義の友を大いに増やしながら、無敵の師子の陣列を拡大する。
 ここに、永遠に勝ち栄えゆく創価の師弟の勝利の大道があります。
 凛々しい未来部の愛唱歌にある通り、私たちは、力強く「勇気の一歩」を、どこまでも貫いてまいりたい。

新成人を祝福!
 一、世界は、今、壁を打ち破る、創価の力ある若人の登場を待ち焦がれております。
 きょうは、新しい成人の友も、おめでとう!(大拍手)
 わが地涌の青年たちよ!
 わが普賢の学徒たちよ!
 そしてまた、永遠の青年の心に燃えたる、わが一生の同志たちよ!
 この一年も、「異体同心」の鉄の団結で、すべての戦いに勝利し、朗らかな楽しい人生を送りましょう!
 結びに──

 偉大なる
  勇気と希望の
     師子の道

と贈り、私のメッセージといたします。
 ともどもに元気で頑張り、勝ち抜こう!
 わが友に勝利あれ!
 わが同志に幸あれ!
 と祈りつつ(大拍手)。
2012-01-08 : スピーチ・メッセージ等 :
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希望は人生の宝なり

希望は人生の宝なり
          池田 大作

希望は
人生の宝なり。

常に
希望を持てる人は
幸いなり。

どんな財宝を持ち
どんな権勢を持ち
どんな名声を持とうとも
希望を見失った人生は
早々《そうそう》と挫折していくに
違いない。

古代ローマの哲人
キケロは言った。
「重要なのは、
 金銭よりも希望だ。
 希望が潰《つい》えれば、
 残りのものも、
 いくら積み上げても
 いずれ失われることに
 なるだろう」

希望の人を侮る傲慢は
やがて
後悔の落伍者として
落ちてしまうであろう。

希望に輝く
この一生を
台無しにしては
絶対にならない!

希望は
人生を励ます宝石である。
希望のある限り
人間には行き詰まりがない。

そこには
常に勝利が待ち
喜びの笑顔が広がっている。

私と妻の忘れ得ぬ友である
気高きアフリカの環境の母
マータイ博士は語った。
「希望は花のようである。
 どんな状況においても
 誰が見ていようがいまいが
 花は精一杯、咲き誇る。
 人間もまた同じである」と。

希望は
努力と忍耐に咲く花である。
希望は
陰徳を積みゆく人の
誇り高き陽報なのである。

希望に
生き抜く人には
堕落がない。
惰性がない。

悩める友に
希望を贈りゆく
貢献の日々には
成長がある。
充実がある。
向学がある。
創造がある。
連帯がある。

「闇が深いほど
 光が明るくなるように、
 苦しみが募るほど
 強くなるのが
 ほんとうの希望」とは
スペインの大作家
セルバンテスの叫びであった。

希望は何ものにも負けない
不屈の旗である。
人生は戦いだ。
来る年また来る年を
どのように強く朗らかに
生き抜くかである。

創価の父・
牧口常三郎先生と
交友を結んだ
東北の偉人・
新渡戸稲造博士が
断言した如く
最も暗い悲哀の中でさえ
希望は見出せる。

その希望は
「信仰」と「勇気」の
心眼によってこそ
見えるというのだ。

牧口先生は
法難の獄中にあっても
「心一つで地獄にも
 楽しみがあります」と
悠然と綴っておられた。

この殉教の師に対して
弟子である戸田城聖先生は
「あなたの慈悲の広大無辺は
 私を牢獄まで連れていって
 くださいました」と
感謝を捧げられたのである。

第三代の私は
あまりにも峻厳な
この不惜身命の
師弟の大道を
まっしぐらに
走り通してきた。

師匠が
思い抱かれた希望は
すべて
命を賭して実現した。
晴れ晴れと
一点の悔いもない。

御聖訓には仰せである。
「大闇をば日輪やぶる」と。
勇気ある信仰こそが
大いなる希望の太陽なのだ。

正義に徹する師弟は
試練の逆境を下に見て
生命の究極の光を
永遠に放ちゆくに違いない。

無限の希望!
これが妙法である。
無限の境涯!
これが信心である。

法華経には
心広々と説かれている。
「願わくは
 此の功徳を以て
 普く一切に及ぼし
 我れ等と衆生とは
 皆な共に仏道を成ぜん」と。

広宣流布こそ
全人類を
平和と幸福の大境涯に
高めゆかんとする
無上にして壮大なる
希望なのだ。

ああ
希望! 希望! 希望!
希望は人生の宝なり。

新しき一年も
新しき一日も
我らは
元初の太陽を胸に
明るい希望に燃えて
出発する!

いかに深き乱世の混迷も
決然と打ち破って
みずから希望を創りゆくのだ!

あの友にも
この友にも
絶対勝利の希望を贈りながら
我らは勝ち進むのだ!

フランスの行動する知性
ロマン・ロランは言った。
「今日《こんにち》の最後の希望は
 青年たちにある」

今 私は高らかに宣言したい。
「未来の最強の希望は
 創価の青年たちにある」と。

君よ
貴女《あなた》よ
決して負けるな!

いかなる
艱難辛苦があろうとも
金色に輝く希望の光を
断じて忘るるな!

おお 君たちよ
私が心から信頼し
愛する君たちよ
希望に生き抜くのだ!
断固と勝ち抜くのだ!

 2012年1月2日
     84歳の誕生日に
          世界平和詩人


キケロの言葉は根本和子訳。セルバンテスは荻内勝之訳。ロランは山口三夫訳。
2012-01-05 : 詩・句等 :
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新年メッセージ

新年メッセージ  (グラフSGI  2012.1月号)

希望の大光を 世界へ 未来へ!


 新生の息吹あふれる「青年学会 拡大の年」が開幕いたしました。
 尊き皆様方のおかげで、わが創価学会インタナショナル(SGI)は、一段と大発展を遂げ、若き地涌の人材群が、世界のあの地でも、この国でも澎湃と躍り出る、広宣流布の新時代を迎えるこどができました。
 世界192カ国・地域で活躍する尊き同志と共に、私たちは、この1年も、わが生命に元初の太陽を、日々、赫々と昇らせながら、地域へ、社会へ、そして未来へ、希望の大光を広げていこうではありませんか!

 思えば、60年前(1952年)、永遠の師匠・戸田城聖先生は、青年部の研究発表会で「地球民族主義」のビジョンを提唱されました。そして私たち青年に「広宣流布」即「世界平和」の大使命に「諸君は立つか!立つか!」と問いかけられたのです。
 「立ちます!」──私は、この師への誓いのままに偉大な同志と共に、世界広宣流布の基盤を築き上げてきました。
 そして今、無量の後継の若き友が、この大願を受け継いでくれております。これほど頼もしいことはありません。

 日蓮大聖人は、「法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊し」(御書1578㌻)と仰せであります。
 SGIが、なぜ、かくも尊貴な人材の花を咲かせ、世界のいずこにあっても、それぞれの国土の繁栄に尽くすことができたのか。
 それは、どこまでも、生命尊厳の叡智の経典である「御書」を根本に、仏法即社会の正道を進み抜いてきたからであります。
 本年は、戸田先生が願主となられて『日蓮大聖人御書全集』が発刊されてから60周年にも当たっております。
 この宝典が、「本朝の聖語も広宣の日は亦《また》仮字《かな》を訳して梵震に通ず可し」(同1613㌻)との日興上人の仰せの通り、今や、英語、中国語、スペイン語、フランス語などに翻訳されて、世界中で拝読される時代に入りました。
 大聖人、日興上人のお喜びは、いかばかりでありましょうか。

 スペイン語版御書の総合監修者であるカルロス・ルビオ博士は、13世紀の日本社会において、民衆の幸福のために、命を賭して立ち上がられた日蓮大聖人が、庶民の出身であることに注目されていました。そして、生涯にわたり“戦う魂の人”として、いかなる迫害にも屈することなく、その信念を貫き通された御姿を、心から賞讃しておられたのであります。
 さらにまた、フランス語版御書の総合監修者ドゥニ・ジラ博士も、「日蓮が何を語り、伝えようとしたのかに耳を傾ければ、そこには信仰の違いを超えて、万人に訴える深い共通基盤となり得る“精神闘争の歴史”があり、“人類の共有財産”ともいうべき貴重な思想があります」と洞察されています。
 民族や文化、言語など、ありとあらゆる差異を超えて、民衆の一人一人から「生きる力」を引き出さずにはおかない。そして、正義と人道のために「戦う魂」を強め、「開かれた心」を広げゆく源泉が、日蓮仏法であります。
 ここにこそ、現代世界が渇仰してやまない、人間の“蘇生”と“復興”の大哲学があると、私たちは声高らかに叫び抜いてまいりたいのであります。

 御聖訓には仰せであります。
 「法華経を持ち奉るより外《ほか》に遊楽はなし現世安穏・後生善処どは是なり、ただ世間の留難来《きた》るとも・とりあへ給うべからず、賢人・聖人も此の事はのがれず」(同1143㌻)
 「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとな《唱》へゐ《居》させ給へ」(同㌻)
 妙法に生き抜く人生に恐れるものはありません。
 わがSGIは、「変毒為薬」という希望の法理をもって、どんな苦難にも勇敢に立ち向かい、共々に一切を乗り越えゆく、金剛不壊なる善のスクラムであります。

 「善良な者は試練にあうと更に善良になる。苦しんだことのない者は軽い」どは、スイスの哲学者アミエルの慧眼でありました。
 近年、東日本の大震災、タイの洪水、アメリカのハリケーン等々、世界的に自然災害が打ち続き、経済不況も長引くなか、各地で人々が復興に立ち上がり、尊い黄金の労苦の汗を流しておられます。
 その真っ只中で、わが創価の友が、自らも苦難を引き受けながら、友のために、なくてはならない依怙依託として、奮闘していることは、なんと崇高な地涌の菩薩の振る舞いでありましょうか。

 大聖人は、「いよいよ道心堅固にして今度・仏になり給へ」(御書1184㌻)と示されております。
 いついかなる時も、一生成仏と広宣流布を目指しゆく仏道修行は、「今から」であり、「ここから」であります。
 この永遠に前進しゆく旭日の魂こそ、「創価」の心であります。
 アメリカの著名な教育者で、デューイ協会の元会長であるガリソン博士は語ってくださいました。
 「SGIは、まだ若く開花期にあります。その運動が開放的で、柔軟性をもち、“教える”と同時に“学ぶ”意欲に満ちているかぎり、SGIは必ずや成長し続けることでしょう」
 常に若々しい求道の生命で「行学の二道」に励み、真剣に学び、勇敢に行動へ打って出る──。そのたゆまぬ挑戦のなかで、わが境涯を拡大し、友情と信頼を拡大し、そして青年学会を拡大していきたいのであります。

 本年は、恩師の「原水爆禁止宣言」から55周年の節目でもあります。
 青年への遺訓として託された歴史的宣言を、私は恩師に代わって、世界中に広めてきました。「君の舞台は世界だ」との恩師の師子吼を胸に対話を繰り広げ、世界平和への連帯を築き上げてきました。
 私の心は、ただ一つ、「戸田先生のために! 先生に喜んでいただくために!」でありました。だから、何の惑いもない。何の悔いもありません。
 師弟の誓願の道に徹する時、自身の力は無限に渾々と湧き出でるのです。
 さあ、共々に、妙法を朗々と唱え抜き、「歓喜の中の大歓喜」(同788㌻)の生命を躍動させながら、人類の希望と光る「平和」と「文化」と「教育」の大連帯を勝ち開いていこうではありませんか!
 敬愛する皆様方の健康幸福と無事安穏、そして栄光勝利を、私と妻は、これまでにもまして強盛に祈り抜いてまいります。
 どうか、お元気で!

           2012年 元旦

新春メッセージ   (2012.1.1付 小学生文化新聞)

今の努力が偉大な自分をつくる

みんなは“師子の子”“負けない子”


 大好きな大好きな少年少女部の皆さんが、この新しい一年も、元気に明るく、強く大きく成長していけるよう、私は一生けんめいに祈っていきます。
 壮年部・婦人部の育成部長、さらに青年部の21世紀使命会の皆さま方、本年も大変にお世話になります。創価後継の宝である、少年少女部の一人一人を、くれぐれもよろしくお願いいたします。
 人類の「希望の太陽」こそ、わが少年少女部の皆さんです。
 あの東日本大震災を乗り越えて、今、東北の少年少女部の皆さんが、勇気凛々と頑張ってくれていることも、私はよくうかがっております。
 日本を代表する医学者である野口英世博士も、不屈の東北の出身です。
 1876年、自然ゆたかな福島県に生まれた野口博士は、おさないころに大やけどをして、左手が不自由になってしまいました。けれども、野口少年は、この苦難にも負けず、勉強に勉強を重ねて、医学の道へ進みました。
 それは、学校の恩師や友人たちのおかげで、左手の手術をして治すことができた恩返しがしたい。自分も苦しんでいる人たちの役に立ちたい、と心に決めたからです。
 やがて、念願の医者になった博士は、苦労をおしまず、南アメリカやアフリカにも飛んでいき、病気で苦しむ世界の人々を救っていきました。
 若き日の決意、若き日の努力は、偉人な自分をつくりゆく原動力なのです。
 その野口博士は、「希望」と「正義」をいつも大切にしていました。
 わが少年少女部は、全員が、はかり知れない使命を持つ人です。どうか、皆さんもまた、大いなる希望に燃えて、今日も明日も、ねばり強く学びに学んで、大勢の人を幸福にできる力をつけていってください。
 野口博士の生涯を通して、もう一つ皆さんと約束したいことがあります。それは、まわりの人を大切にしようということです。
 野口博士が研究をつづけることができたのも、家族の支えがあったからでした。博士は、そのことを何よりも感謝していました。
 皆さんも、お父さん、お母さんへの親孝行を忘れないでください。少年少女部の担当のお兄さんやお姉さん、地域の同志など多くの方々も、皆さんの成長を祈ってくれています。胸を張って、元気いっぱいに前進していってください。
 時には、つらいことや苦しいこと、いやなこともあるでしょう。しかし、若くして妙法をたもった皆さんです。
 御書には、「南無妙法蓮華経は師子吼の如し」(御書1124㌻)と仰せであります。題目は、どんな悩みにも打ち勝っていける師子吼です。題目を朗々と唱えて進んでいくならば、絶対に負けません。すべてを勝ち越えていけるのです。
 さあ、「師子の子」の皆さん! 私と一緒に、今年も、自分らしく、はつらつと勝ち進もう!
 大切な大切な皆さんの健康と無事故を、祈りに祈ります。
 わが愛する少年少女部、万歳! 皆さんの御家族、万歳!

     2012年 元旦


新春メッセージ   (2012.1.1付 中学生文化新聞)

信心のバトンを皆に託したい


今こそ力をつけるチャンス!

アメリカの詩人ホイットマン
「わたしたちの一人一人は無限だ」
君にしか果たせぬ使命の道がある!


 心から信頼し、期待する中等部の皆さん!
 新しい「創価青年学会」の朝が明けました。その天空に昇りゆく「希望の旭日」こそ、中等部の皆さんです。私の胸の奥に、最も明るく輝きわたる皆さんの成長を、私は心を弾ませながら、いつも見守っております。
 今年は「青年学会 拡大の年」です。
 それは、次代を担う青年、そして未来部の皆さんが、大きく心を広げ、思う存分、伸びゆく年です。皆さんが主役の年なのです。
 21世紀使命会、未来部育成部長をはじめ、各部の担当者の皆さま方、本年も、大切な大切な創価の宝である中等部員への温かな励ましを、よろしくお願いします。
 私が青年時代に愛読した一書に、アメリカの民衆詩人ホイットマンの詩集『草の葉』があります。そこには、生命の躍動があり、希望の讃歌がありました。
 ホイットマンは、こう詠っています。
 「わたしは未来の歴史の投影図をかくのである」
 未来は、皆さんのものです。皆さん自身で決まるのです。
 だから、今の努力も苦労も挑戦も、決して無駄にはなりません。すべてが将来の財産となり、糧となるのです。
 さらにホイットマンは、
 「君が君自身のためにそれを旅しなければならぬのである」「わたしたもの一人一人は非常に貴重だ、/わたしたちの一人一人は無限だ」と綴っています。
 君には、君にしか果たせない使命の道がある。あなたには、あなたこそが開き飾るべき使命の舞台がある。その大使命を自覚し、わが生命の可能性を限りなく広げていく原動力となるのが題目です。
 日蓮大聖人は、題目を唱える意義について──「譬えば、籠のなかの鳥が鳴けば、空を飛ぶ鳥が呼ばれて集まるようなものである。空を飛ぶ鳥が集まれば、籠のなかの鳥も出ようとするようなものである。口に妙法を呼び奉れば、わが身の仏性も呼ばれて必ず顕れる」(御書557㌻、通解)と仰せになられています。
 自分を最高に輝かせていく力が題目です。この絶対勝利の信心のバトンを、私は皆さんに託したいのであります。
 私の友人に、自らの才能を宇宙に羽ばたかせた人がいます。ロシアの宇宙飛行士・セレブロフ博士です。宇宙飛行を4回、船外活動を10回も経験しました。
 博士は、若き日に、夜空に光る世界初の人工衛星を見つけて感動し、宇宙への好奇心を抱きました。
 しかし、博士が生まれた時は、戦争の真っただ中でした。食べるものにも事欠き、5度も肺炎を患うなど、過酷な青春を余儀なくされたのです。
 その博士が、立派な宇宙飛行士になれたのはなぜか。それは、10代の日に、恩師に激励されて、勉学とともにスポーツに全力で打ち込んだからです。セレブロフ青年は、水泳やバスケットボール、スキーやスケート等に励みながら、頑健な心身を鍛え上げました。そして、やがて宇宙飛行士への厳しい健康診断や、100回を超える熾烈なテストを突破していったのです。
 大事なことは、眼前の課題に全力で取り組むことです。
 一歩また一歩と己を磨き上げた人には、誰も敵わない。
 博士は語っています。
 「一人ひとりの素質は粘土のようなもので、はじめは何の形もしていません。それを次第に形につくり上げていくのが『努力』です」「自分自身をつくっていく努力は自分でしかできません」と。
 ともあれ、今こそ、“これだけは誰にも負けない”という力をつける絶好のチャンスです。
 お父さん、お母さんに親孝行した。友だちと仲良くした。今までより5分長く唱題に挑戦した……等々、何でもいい。勉学や読書やクラブ活動などに、持てる力を出し切ってチャレンジしていくことが、強い心と強い体、そして強い頭脳をつくりあげるのです。
 この5月には、25年ぶりに、日本各地で「金環食」の観測が期待できます。月が太陽の中央を覆って“光のリング”が現れる「日食」のことです。
 その宇宙のドラマが再び見られるのは、2030年。つまり、皆さんが創価の青年リーダーとして雄飛している学会創立100周年です。新時代の指導者たる皆さんの頭上に“勝利と幸福の宝冠”が煌めく英姿を思い描さながら、私は、これまでにもまして、皆さんの健康と成長を祈りに祈ってまいります。
 わが愛する中等部、万歳! 万歳! 万歳!

           2012年 元旦


新春メッセージ   (2012.1.1 高校新報)

使命深き君よ 勇気の一歩を踏み出せ!

実力を大きく培う一年に

女性解放の先駆者 カルティニ
夢、使命を持つとは 何てすばらしいのでしょう!
人権の闘士 エスキベル博士
希望を忘れず、勇気、忍耐、努力で学び抜け!
古代ギリシャの哲学者アリストテレス
勇敢な行動をとれば 勇敢な人間になる

 力強く未来への大道を歩む、わが高等部の皆さん!
 2012年「青年学会 拡大の年」が開幕しました。
 皆さんは、一人も残らず、一番、大事な学会の若き後継者です。
 どうか、この一年、思う存分、自分自身の実力を大きく培っていただきたい。
 そのためにも、わが生命を磨く努力をはつらつと拡大していってください。
 インドネシアの女性解放の先駆者カルティニはある年の初めに厳然と「前進あるのみです!」と綴りました。
 「どの時代にも、またどんな場所でも、パイオニアは常に障碍《しょうげ》に出会うものです。それはよく承知しています。でも、ある夢、ある使命を持つということは、何てすばらしいのでしょう!」と。
 誰もが、自分の青春の道のパイオニア(開拓者)です。
 いわんや、人のため、社会のため、正義のために大きな夢に生きて、困難と戦い、乗り越え、新しい勝利の歴史を残していく。これほど素晴らしい青春はありません。まさに、皆さんの高校時代です。
 日蓮大聖人は「大願ををこせ」(御書1561㌻)と仰せになられました。
 このほど、南米アルゼンチンで、世界的な人権の闘士であるエスキベル博士と私の対談集(スペイン語版)が発刊されました。タイトルは「希望の力」であります、(日本語版のタイトルは「人権の世紀へのメッセージ」)
 エスキベル博士は、権力の横暴や迫害と命がけで戦いながら、苦しむ庶民を救うために、地域と世界を駆け巡ってきた平和の信念の指導者です。
 エスキベル博士は、創価後継の皆さん方を、世界の平和の希望として最大に期待を寄せておられます。ゆえに、博士は、創価の青年に「希望を忘れず、勇気、忍耐、努力で学び抜いてほしい」と強く念願されているのです。
 現代は、いやまして世界市民の時代です。この時代に、多種多様な人々と結び、協調していく。そして、自分も豊かになり、強くなっていく。そのための根本となるのが、開かれた心で、異なる人々や文化から学んでいく力です。
 これは、エスキベル博士と私が、深く一致する信条でもあります。
 さらに、アルゼンチンの諺には「知っているものが勝つ」とあります。
 社会の悪と鋭く戦うためにも、苦しむ人々を守るためにも、知識がなくてはならない。智慧がなくてはならない。徹して学び抜いていくことです。
 私は、民衆の幸福のために、命を賭して、創価の平和と文化と教育の連帯を築き、世界192カ国・地域に広げてきました。妙法という、正義のなかの正義の種子、希望のなかの希望の種子を、世界中に蒔いてきました。
 この種子を確かに受け継いで、大きく育てていくのは、皆さんであります。
 皆さんには、信心という、何にも負けない「希望の力」があります。この世界第一の力をもって、断じて、英知を鍛え抜いていってください。
 結びに、古代ギリシャの大哲学者アリストテレスの言葉を贈ります。
 「勇敢な行動をとれば勇敢な人間になる」
 才能や環境では、人生は決まらない。行動で決まる。
 まず勇敢に第一歩を踏み出すことです。それが新しい自分をつくるのです。
 だからこそ、自分らしく、朗らかに「一歩前進」の一日、「一歩前進」の一年、「一歩前進」の勇敢なる青春であっていただきたい。
 大聖人が仰せの通り、「小事つもりて大事となる」(同1595㌻)のです。
 21世紀使命会、末来部育成部長はじめ尊き担当者の皆様方、今年も、大切な大切な後継の高等部員の激励を、お願い申し上げます。
 偉人な使命ある、すべての高等部の君たちに、勝利あれ! 栄光あれ!

             2012年 元旦

 ※カルティニの言葉は、『民族意識の母カルティニ伝』舟知恵、松田まゆみ訳(勁草書房)から。アリストテレスの言葉は、『アレクサンドロス大王 その戦略と戦術』鈴木主税、東郷えりか訳(集英社)から。
2012-01-01 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.65

随筆 我らの勝利の大道 No.65
               (2012.1.1付 聖教新聞)

輝け「青年学会」の旭日

師弟不二の若き友よ 歴史を創れ!

強き自分へ! 皆が大成長の一年に


 「晴れやかな顔を上げよ、
 青年よ、きみがいま立っているところで。
 かがやくばかりに美しい
 きみの優雅な姿を示せ」
 フィリピン独立の英雄ホセ・リサールが、18歳の燃える魂で詠い上げた詩である。青年は青年であることだけで美しい。何の虚飾も、何の体裁もいらない。
 リサール青年は叫んだ。
 「おお青年よ、そこで重い鎖を破り 縛《いましめ》を解け。
 きみの精神を妨げるものはないのだ」
 いかなる悪世の鉄鎖も、宿命の束縛も断ち切って、若き無限の力を発揮する。その魂の宝剣こそが、正しき哲学なのである。
 今、創価の青年群が決然と立ち上がり、希望の旭日となって、人類の新時代を鮮烈に照らし始めた。
 現在、私は、フィリピンの教育界を代表するアブエバ博士と、青年に託しゆく「共生の世紀」を見つめ、新たな対談を進めている。博士も、創価の若き世界市民たちに、英雄リサールの精神の輝きを見出してくださっている一人である。
        ◇
 「青年学会 拡大の年」が開幕した。何と瑞々しい、心躍るテーマであろうか。創価の師弟の精神を壮大に広げ、万代までも刻みゆく一年の出発だ。
 広宣流布の実戦の中でこそ、人材は見出され、逸材は台頭してくる。原石の如き若き命を磨き、ダイヤの如く光り輝かせゆくのが、学会活動の偉大さでる。
 私は84歳を迎える。60歳で「還暦」すなわち「年が還る」ことを踏まえれば、「第2の24歳」のスタートとなる。
 60年前の2月、24歳の私は、新たな広宣の拡大へ、奮然と打って出た。
 当時、各支部では、月に100世帯の折伏が精一杯で、それが壁になっていた。
 師・戸田城聖先生が宣言された75万世帯の達成への道のりは、あまりに遠い。誰かが壁を破らなければならなかったのだ。
 御書には、「よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり」「師弟相違せばなに事も成《なす》べからず」(御書900㌻)と仰せである。
 「師弟」という一点に徹し抜く時、いかなる壁も打ち破る力が生まれる。
 「師恩にお応えしてみせる」「師匠に喜んでいただくのだ」──私はこの一心で、蒲田支部の支部幹事として指揮を執り、一支部で月に201世帯という過去最高の弘教を成し遂げた。
 皆、貧しく、誰もが多くの悩みを抱えていた。しかし、創価の師弟に連なり、崇高な地涌の菩薩と生まれ変わって、折伏行に邁進してくれたのである。功徳の花も爛漫と咲き薫った。
 これが、全学会の前進の突破口を開いた、誉れの「二月闘争」である。まさに「青年学会拡大」の原点といっでもよい。
 私の心には今も“24歳の青年”の大情熱が燃え盛っている。青年と共に、青年の心で壁を破り、広布拡大に生き抜くのが、青年学会の永遠の伝統である。

張り切って進もう

 「従藍而青」──青は藍より出でて、而も藍より青し。
 弟子は師匠以上に立派に育ちゆけとの意義である。
 日蓮大聖人が南条時光の母に送られた御聖訓には、「法華経はあいのごとし修行のふか(深)きは・いよいよあを(青)きがごとし」(御書1505㌻)とも綴られている。
 去年よりも今年、昨日よりも今日と、まず自分自身が、いよいよ生き生きと、いよいよ張り切って前進する──これが、妙法流布のリーダーの証しである。
 「たえず変化し、新しくなり、若返り、停滞しないようにするのが人間じゃないか」と、大文豪ゲーテは言い切った。“成長し続ける人”を「青年」と呼ぶのだ。
 「もし人、年をとりたくなかったならば よろしく大いに鵬大なる理想をいだくべきである」──本年、生誕150周年を迎える、東北の偉人・新渡戸稲造博士も、こう言っている。
 広宣流布という最高無上の理想へ向け、一日一日の着実な成長が、何より大切である。その一歩一歩が、黄金の足跡と輝くのだ。
 戸田先生は語られた。
 「理想は天下国家を救うにあり、身近なものは足もとを固めていく──こういう生活をする立派な青年であってほしい」

自他共の幸福を!
 今夏、ロンドン五輪が開催されるイギリスでも、わが友の活躍は目覚ましい。
 ロンドンといえば、偉大な歴史家トインビー博士のご自宅に伺い、1年越しの対談を開始したのは40年前の1972年であった。対話が“人間精神の進歩”に及ぶと、博士は力説された。
 「(人間にとって)最も重要な課題は、自らのカルマ(業)をどう好転させるかということです。そのための唯一の方法は、自己超克への努力を増すことです」
 人間は、今の自分自身を乗り越えて、より強い自分へ、何ものにも負けない自身へと必ず成長できる。
 だからこそ、不断の自己鍛錬が大切なのだ。胸中に揺るがぬ「心の師」を抱いて、試練に挑むのだ。
 大聖人は「今日蓮が唱る所の題目は前代に異り自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり」(同1022㌻)と仰せである。
 自行化他の実践に徹して、わが人生も、友の人生も、願い通りに未来を開いていく──これが、一貫して変わらぬ創価の哲学であり、幸福への歩みである。
 60年前に私が広布の第一歩を印した関西でも、唱題と折伏を貫き通した同志は皆、見事な境涯革命を成し遂げていった。
 あの大震災の被災地や避難地域でも、日頃、地道に友に尽くしてきた同志が、誠実一路に“福光”の先駆となって、信頼を広げておられる。「変毒為薬」の模範の実証がここにある。
 心が強く朗らかであることは、幸福と勝利の条件である。自分のみならず、周囲の人をも護っていける。それは、一歩深くいえば、信心が強いということだ。
 この「自他共の心を強く朗らかにする」哲学を持ち、「自他共の幸福を築く生き方」を、我らは世界に広げているのだ。地涌の使命は何と誇り高く、何と希望に満ちていることか!
 学会は永遠に「御書根本」で進む。
 大聖人の思想と闘争の精髄が刻まれた「御義口伝」を、学生部代表と研鑽した日々も懐かしい。
 「心無所畏《しんむしょい》とは今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と呼ばわる所の折伏なり」(同765㌻)と仰せだ。折伏精神に燃えた「心に畏るる所無し」の若鷲を、必ず鍛錬すると決意していた。以来50年。わが学生部の智勇の飛翔は頼もしい。

若さに不可能なし

 未来への鋭い見識をもって青年を大事にした先人の一人に、大阪出身の歌人・与謝野晶子がいる。
 有名な一首に──
 「地はひとつ 大白蓮の花と見ぬ 雪のなかより 日ののぼる時」
 一面の雪原に旭日が昇った時、大地がまるで大輪の白蓮の花のように輝いている様子が詠われている。社会や地域に「幸の光」を送る、華陽の乙女の姿を彷彿とさせる。
 与謝野晶子は「『若さ』の前に不可能も無ければ、陰翳も無い、それは一切を突破する力であり、一切を明るくする太陽である」との名言も残している。
 その通りだ。学会においても、はつらつたる信強き女子部が「一切を明るくする太陽」であり、また、師子王たる男子部が「一切を突破する力」である。
        ◇
 先日、NASA(米航空宇宙局)の宇宙望遠鏡ケプラーが、生命誕生の可能性がある気温の惑星や、地球サイズの惑星を確認したことが報道されていた。
 「この大宇宙には、地球のような星が幾つもある。私は、その星の広宣流布のために働かなければいけないんだ。地球の広布は、わが弟子に任すよ」と呵々大笑されていた恩師の笑顔が思い起こされる。
 遠大な地球の広宣流布のために、いよいよ、青年が思う存分に無限の力を発揮する好機到来である。飛躍的に拡大すべき本年だ。
 その青年を皆で励まし、育てていきたい。
 わが地域の伸びゆく青年に接し、先輩たちも力を伸ばし、仲間を広げ、味方を
つくり、皆が威光勢力を増していっていただきたい。
 今年は辰年──。この「辰」は、時刻でいえば「午前八時」に当たる。また「夜明け」や「スクスク伸びる」意義もある。旭日の如き青年の息吹に通じる。
 私も「辰年」の生まれである。いよいよ思索を重ね、先手を打ち、厳然と指揮を執っていく決意だ。
 わが同志よ、後継の青年たちよ! 全員が偉大なる地涌の正義の旗を掲げ抜いていってくれ給え!
 現実社会は厳しくとも、仏にも匹敵する勇気と智慧で、人生を切り開いていってくれ給え!
 日本中、世界中の同志と共に、胸張り、楽しく、朗らかに、異体同心の前進を開始しよう!

 リサールの言葉は『ホセ・リサールと日本』所収の詩、加瀬正治郎訳(アポロン社)。ゲーテはフリーデンタール著『ゲーテー──その生涯と時代』平野雅史・森良文・小松原千里・三木正之訳(講談社)。新渡戸稲造は『自警録』(講談社)。与謝野晶子は『與謝野晶子全集』(文泉堂出版)の第1巻、及び第13巻。
2012-01-01 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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新年の歌

新年の歌(2012.1.1付 聖教新聞)

 聳え立つ
  世界の希望と
      創価城
  天下一なる
     団結光れや

 新生の
  広布の力を
    出《いだ》しゆけ
  若き地涌は
    乱世に勇みて


 この一年
  君よ 勝利の
      旗を振れ
   いかなる山も
    師弟で勝ち越え

     2012年 元旦

新年の歌(2012.1.1付 創価新報)

 堂々と
  君の闘争
   攻勢に
  仏も祝さむ
   創価の凱歌を

 負けるなと
  父母ともに
   全力で
  叫びし姿を
    永遠《とわ》に忘れじ

 思い知れ
  正義の学会
   晴れわたる
  功徳と勝利の
   毎日なるかな

     2012年 元旦
2012-01-01 : 詩・句等 :
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