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魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

第14回 地球と人間の律動(2011.10.28/29付 聖教新聞)

万人の善性を引き出せ! 解き放て!

南アフリカの英知の言葉
忍耐の人に不幸はない

ジャズの魂の故郷、人類の命の故郷・アフリカ

ショーター氏
音楽は生きる喜びを讃える“言葉”
ハンコック氏
音楽は1000年の歴史を伝える“記憶”

池田 アフリカは、ジャズの魂の故郷であり、人類の命の故郷です。
 私は長年、「21世紀はアフリカの世紀」と主張し、交流を深めてきました。人類の発祥の天地が栄えずして、21世紀の繁栄はありません。
 アフリカは、いずこの大陸にもまして、苦難を余儀なくされてきました。
 一番苦労した人が、一番幸福にならねばならない──これが仏法の精神です。
 そしてまた、だからこそ、私は、大震災などの災害を乗り越え、復興に汗を流しておられる皆様方の幸福勝利を真剣に祈っています。
 「忍耐の人に不幸はない」──これは、南アフリカのマンデラ元大統領の故郷の格言です。この不屈の信念を、元大統領と語り合ったことも、忘れ得ぬ歴史です。
ハンコック マンデラ氏は、正義と人間主義の賢者として、驚くべき模範の存在です。(アパルトヘイト=人種隔離政策の)圧政に苦しんだにもかかわらず、自分の心の中に復讐心が入り込むことを決して許しませんでした。氏は、27年半の投獄という、実に最悪の状況下で、さらに進歩した人間へと成長しました。
 その出獄の勝利の年(1990年)に、マンデラ氏は日本を訪問し、池田先生とお会いされたのですね。
池田 その通りです。この正義の大英雄を、多くの青年たちと熱烈に歓迎させていただきました。
 獄中で学び続けておられたマンデラ氏は、雑誌に載った私の言葉にも目を止めてくださったようです。
 この年、マンデラ氏は72歳。
 今のショーターさんや、ハンコックさんと同じ年代でした。
 私は、釈尊が「一切衆生の平等」と「永遠の生命」を明かした「法華経」を説き始めたのが72歳とされることを紹介し、「いよいよ、これからですね」と申し上げました。
 大統領として再び来日された氏と、嬉しい再会を果たしたのは、5年後のことです。
ショーター 私たちも、「いよいよ、これから」という不屈の闘志で戦います。
 クリントン大統領の第2期の時、私はホワイトハウスでマンデラ氏を初めて見ました。
 氏は、決して変節しない人物でした。氏について思う時、いつも平和の特使・実践者として、マハトマ・ガンジー、マーチン・ルーサー・キング、そして池田先生のことが頭に浮かびます。
 マンデラ氏は若いころ、ボクシングをしていました。氏にとってボクシングは、互いにしのぎを削りながらも、その中で両者が対等の人間として学び合い、相対することであったといいます。氏は、実際の人生にあっても、まるで防具を身につけているかのように、確信をもって相手に立ち向かったのです。
池田 マンデラ氏との語らいは尽きず、一緒に歩きながら、「迫害を乗り切り、戦い勝ってこそ、偉大な人生です」とも語り合いました。
 あの「マンデラ・スマイル」は、「こんなに素晴らしい笑顔をもつ人を大統領にした国民は幸福だ」と世界から讃えられましたね。
ハンコック マンデラ氏が南アフリカ共和国の大統領になった時、その視座は、皆の期待も不安も超えて、はるかに壮大でした。南アフリカの中の黒人だけでなく、全国民の大統領であることを自覚していたのです。
 氏は、それまでのアパルトヘイト政府に従事した白人職員を排除するのではなく、移行策への力添えとして、彼らの多くをそのまま採用しました。全く予想外のことでした。氏は、そのようなビジョンをもって、いかにすれば国を堅持して崩壊を防ぐことができるかを考えながら決断を下していったのです。それは見事に成功しました。
        ♪
池田 マンデラ氏の大きさ、深さが、人種を超え、一人一人に脈打つ人間の善性を引き出し、開花させ、解き放っていったのです。偉大な人間教育者でもありました。
 最初の会見の折、私も、教員や留学生の相互交流、南アフリカの大学への図書贈呈、南アフリカの芸術家を招いての民音公演、アパルトヘイトの惨状を訴える写真展や人権展の開催を提案しました。一つ一つを、全力を挙げて実行してきました。
 信義の交流は、今も変わりません。
ハンコック 当時、ここまでの約束をし、それを果たした人がいるでしょうか。マンデラ氏にとっても、どれほど支えとなったか知れません。
 氏が命を賭して、まさに池田先生と語り合われた通りの道を進み抜いたからこそ、南アフリカは、非常に困難な移行期を勝ち越えることができたのでしょう。南アフリカは、昨年のサッカーのワールドカップでも大成功を収め、力強く発展を続けています。
池田 ともあれ、アフリカには大いなる魅力が満ち溢れています。
 先日のSGI(創価学会インタナショナル)の青年研修の折にも、アフリカの青年たちが披露してくれた、大地から湧き出でるような群舞に、世界の友が感嘆しました。
 民音では、アフリカの10を超える国の伝統音楽・芸術を日本に招聘してきました。毎回、会場では一緒に踊り出す人がいるほど、アフリカの音楽には“生命の根底”を突き動かすリズムがあります。こうした交流から、互いの文化の宝を発見できます。学び合うことは進歩と向上の力になります。
ショーター 私も、アフリカ大陸は、数100万年前の人類の発祥以来、存在してきた文化の営みへの自覚を常に持ちながら、発展していくであろうと期待しています。このような文化の営みは、彼らの食事、飲み物や考え方と関係します。また、遊んでいるように見える音楽であったとしても、実は文化的な儀式だったりします。
 そもそも音楽の役割とは、「生命」というもの、つまり「生きていることの不思議さ」を感じた時の高揚感や、喜びを祝うためにあるものだと思います。その喜びや驚きは、簡単に言葉で表すことはできない。だからこそ、音を使って喜びを表し、祝うのではないでしょうか。私は、その原点をアフリカの音楽に感じるのです。
ハンコック 音楽は、アフリカ人の生活の様々な面に溶け込んでいます。それが農耕であれ、労働や宗教にかかわることであれ、彼らの生活のさまざまな側面から音楽を切り離すことは不可能です。彼らの日常生活に深く溶け込んでいるからです。
池田 文字ではなくして、言葉、声という音の響きによって表現される口承文学も、アフリカの文化全体に通じる大きな特徴ですね。
 「声仏事を為す」(御書708㌻)、「声を聞いて心を知る」(同469㌻)等々、日蓮仏法においても「声」の重要性に繰り返し言及されています。ケニアの作家協会会長であるヘンリー・インダンガシ博士とも、アフリカの悠久の大地に、大河のごとく流れ通ってきた口承文学の伝統を語り合いました。
ハンコック 西アフリカ地域では、各民族の歴史は、伝統的に「グリオ」と呼ばれる語り部・吟遊詩人によって伝承されます。それは口承の歴史です。そこでは今もグリオの家系の家族があり、物語が世代から世代へと伝えられます。そうです! それはいまだに存在するのです。
 この口承の歴史は、音楽を通して伝承されます。グリオたちは、楽器を奏でて、音楽を使って、歴史の伝承のみならず、それを記憶するための手助けをするのです。ここで述べている歴史というのは、1000年にわたるような壮大な歴史の物語です。
池田 そうですね。アフリカのある地域では、言葉の代わりに楽器を使って遠距離などでの会話を行う“楽器ことば”があるとも聞きました。
 音楽にのせて、遠い過去から現在へ、そして遥かな未来へ、物語が伝えられ、歴史が継承され、精神が継承されていく──。世代から世代へ、魂の声の響きによって、心が結ばれ、文化が共有されています。この事実は、現代社会が失いつつある心の絆を、どう取り戻すかを、私たちに示唆してくれます。
 創価学会が、座談会という対話の広場を大切にし、歌声を大切にしてきたことも、アフリカの心と深く共鳴しています。
ハンコック 私もそう思います。そもそも歌うことは、大陸の中の全てのアフリカ人の生活にとって大事な部分です。そのことを、私は現地で知りました。
池田 歌は「うったう(訴う)」ことです。天に向かえば祈りとなり、人に向かえば心を伝えます。歌は生命を解放し、強め、清める力がある。古代エジプトでは、音楽は「魂の薬」とも呼ばれたという。アフリカの伝統歌謡には、そうした素朴な祈りと心が深く込められていると、私は感じとってきました。
 私自身、多くの学会歌を同志の励ましになればとの思いで作ってきました。「紅の歌」を、四国の青年たちと一緒に作ってから、30年になります。青年が徹夜して持ってきてくれた歌詞の原案から出発し、何度も何度も推敲しては口ずさみました。青年と一緒に納得できるまで、徹底して取り組み、完成させた歌です。
 今、世代を超え、国を超えて、歌い継がれており、嬉しい限りです。
ハンコック 「紅の歌」は、私も、ウェインも大好きです。
 アフリカ音楽の大部分は、まさに即興です。それはリズム音楽だけではありません。メロディーを奏でる楽器もあります。西洋人は、アフリカ音楽はハーモニックではなく、ほとんどがリズミックだと考える傾向がありますが、アフリカには、色々なホーン(管楽器)があります。声楽の種類も沢山あります。
        ♪
ショーター 私は中近東やブラジル、東洋の音楽だけでなく、アフリカの宗教儀式の音楽の要素を取り入れてきました。なぜなら、人間としての素朴さ、人間としての自然さの重要性を現代に訴えたかったからです。
 現在、多彩な楽器を持つ、完璧な陣容のオーケストラと共同作業しながら、その音楽的色彩の全てを使って、「新たな日」について語る音楽作品を作曲しています。
池田 「生命の讃歌」「創造の喜び」が、アフリカ音楽の根底に流れているとも言えますね。音楽や文化を通して、人間本来の感動を共有し、共に生き生きと人生を蘇生させていく意義はあまりにも大きい。
 アフリカの人々は、苦労に苦労を重ねてこられた。筆舌に尽くせぬ苦しみを乗り越えて、たくましく生き抜いてこられました。私は、歴史学者のトインビー博士とも、アフリカが人類の未来に果たす役割は計り知れないと語り合ってきました。
 21世紀──それは、世界がアフリカの心に学ぶ時であり、アフリカの力によって世界が新しく変わる時だと信じています。

「生命」こそ人類共通の大地

ショーター氏

異文化への尊敬は創造の目覚め
ハンコック氏
異文化との協調は人を結ぶ磁石

ショーター 池田先生、アフリカの名門ザンビア大学からの名誉法学博士号のご受章(2011年9月25日)、誠におめでとうございます!
 国境を超えた「平和」と「人権」への貢献に対する、最大の尊敬と感謝が込められています。
ハンコック 本当に嬉しいことです。アフリカの大学ということで、私たちにとっては、二重のお祝いの気持ちになります。
 ザンビア大学の初代総長は、アフリ力の賢人として名高いケネス・カウンダ元大統領です。元大統領からも、真心あふれるメッセージが寄せられていましたね。
池田 恐縮です。これも、ザンビアの同志がよき国民、よき市民として社会に貢献されているからです。
 とくに、ザンビア大学の教壇に立ち、ザンビアSGIの理事長であられた、亡きダーリントン・カラブラさんのことが偲ばれます。
 奥様のハツコさん、また後継の青年たちが、その尊き志を、立派に受け継いで、活躍してくれています。
 ザンビアをはじめ、40カ国に広がったアフリカSGIの同志と共に、私は今回の栄誉を拝受させていただきました。
 ザンビア大学のご一行を、わが高等部の正義合唱団は、ザンビアの「ティエンデ・パモジ(さあ! 心を一つに団結しよう!)」という歌を美事に歌い上げて、歓迎してくれました。それはそれは喜んでいただきました。
 その国の文化を、深い尊敬の心で学び、生き生きと弾む命で共鳴を奏でゆく──。これは、未来へ広がる希望の音律です。
ハンコック ここにも、池田先生が創ってくださった、すばらしい文化交流の潮流がありますね。
 一口にアフリカといっても、言語だけでも一説には800種類以上あると言われます。北アフリカ、南アフリカ、西アフリカ、中央アフリカなど、それぞれの地域によって大きく異なります。
 この多様性が大きな特徴であり、豊かな文化の源泉となっています。
池田 そもそも約3千万平方キロというアフリカ大陸の総面積は、アメリカ合衆国の3倍の広さになりますね。
 そこには、万年雪が輝くキリマンジャロのような山岳地帯もあれば、砂漠、熱帯雨林やサバンナ、多種多様な気候地帯が広がり、ヨハネスブルクやナイロビなどの大都市には高層ビルが林立しています。
 さらに民族間の交流、またキリスト教やイスラムの文化の影響も相俟って、多彩な文化や音楽が生み出されているのですね。
ショーター アフリカは、ともかく多種多様です。
 私か忘れられないのは、そのアフリカの26カ国の駐日大使館の総意で1991年、池田先生に「教育・文化・人道貢献賞」が贈られたことです。また昨年(2010年)も「在東京外交団」の総意で「アフリカ友好記念牌」が贈られました。
 特に1991年の顕彰は、あの邪宗門による学会への「破門通告書」が一方的に送りつけられた翌日だったのに、先生はいつもの通り変わらず、世界のSGIの同志にも大いなる勇気を贈ってくださいました。
 「池田先生はアフリカの心を、アフリカ人以上に知っている」と語った識者もいます。先生の平和思想と行動がどれほど卓越していたかを物語っていると思います。
        ♪
ハンコック その通りですね。
 アフリカ大陸は、人類発祥の地であると共に、人類共通の大地であると思います。
 私は、ケニアに初めて行った時のことを覚えています。サファリ・ツアーは最も感動的な体験でした。ナイロビから自然保護公園に向かって、1時間ぐらい行ったところで最初に見たのは、キリンの家族が道を渡っている姿でした。
 キリンは、何度も動物園で見たことがあります。それなのに、私は、自分が涙していることに気がつきました。
 「なぜ、私は泣いているのだろう?」
 「なぜ、こんなに心が揺さぶられたのだろう?」──キリンが自然の草地で「生」を営んでいる姿を見て、私は、初めて、実際にケニアの地を訪れたという実感を得ることができたのです。
 その後、ケニアでの自分の反応は、ただ単に私のアフリカの祖先の地を訪ねているという感覚より以上に、もっと深くて根源的なものとの一体感であったと感じました。このことを、ある日本人の友人に話すと、彼も同じ体験をしたと言うのです。
 それで私は、ケニアに行って、それほどにも感動するのは、「人間としてのルーツ(根)」ゆえだと感じました。
ショーター そうです。アフリカには、人間に人間としての自覚を促し続ける「栄養素」を運ぶ文化のルーツがあります。
池田 以前、アフリカのSGIリーダーに、「なぜアフリカ音楽が国境を超えて、世界の人々の心を打つと思いますか」と尋ねたことがあります。
 「アフリカが人類のルーツだからだと思います」と誇り高く答えてくれたことを思い起こします。
 根(ルーツ)が深いほど、枝は大きく茂ります。アフリカが湛える奥深い人間文化の根っこは、世界の宝です。
 ともあれ、人間には「生命」という共通の大地があります。その生命の大地から、人類は、まだまだ尽きることのない創造のエネルギー、発展の智慧を湧き上がらせていくことができます。法華経に説かれる「地涌の菩薩」とは、濁世の真っ只中で民衆の幸福のために、無限にして永遠なる大生命力を発揮して戦う勇者です。
 日蓮大聖人は、「上行菩薩の大地よりいで給いしには・をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」(御書1300㌻)と仰せになられました。
 わがアフリカにも、この地涌の生命を旭日のように輝かせて、青年たちが澎湃と踊り出ています。
ハンコック アフリカは我々を暗闇から救い出す潜在能力をもっています。アフリカは私たちに多くの面で影響を与えてきました。
 例えばピカソの絵画を取り上げても、彼は明らかにアフリカ芸術から影響を受けました。しかし、ピカソにひらめきを与えたアフリカ人たちが、その功績を認められることは、ほとんどありませんでした。
 同様に、西洋が発見し、創造したとされる多くの発想の中にも、アフリカからの影響を受けているものが数多くあります。その場合、発想をした人々は「生徒」であり、その「教師」はアフリカから来たと言えるのではないでしょうか?
 私は今後、さらに「アフリカ大陸発」のものが数多く存在することが分かり、それらが未来をより建設的に形成していくであろうと確信しています。
池田 「教師」と「生徒」というのは、的を射て分かりやすい例えです。
 私たちが交流を深めてきた、アルゼンチン・タンゴの巨匠マリアーノ・モーレス氏も、「タンゴの呼称はアフリカの打楽器を伴う踊りのリズムに由来しています」と語られていました。驚きました。そうした淵源の探求は、文化に一層の深みと新たな活力をもたらすことでしょう。
 翻って、日本も、中国や韓国の文化に大恩があります。
 日蓮大聖人は、「日本国は彼の二国の弟子なり」(同1272㌻)という表現もされています。ですから、「そうした国々の大恩を絶対に忘れてはならない。その恩義に報いていくことが人間の正しき道である。そこから未来へ共に勝ち栄えていく力が生まれる」と、私は青年たちに折あるごとに訴えてきました。
ショーター 自分たちの文化が発達する時には、他の文化からの恩恵を必ず受けています。その恩を知ること、その「感謝の心」は、私たちの智慧を成長させる“薪”です。
 何かを成し遂げた時に、何にも感謝せず、先人をさしおいて、まるで、すべて自分でやったかのように振る舞うことは恥ずべきことだと思います。
池田 その通りです。私たちは一人では存在しません。国もそうです。多くの国々と支え合いながら存続している。人種・民族や文化の差異を恐れたり、拒否したりするのではなく、尊重し、理解し、自他共の成長の糧とすることです。
 同時に、私たちは過去と切り離して存在できません。必ず先人たちの営為や文化の恩恵に浴しています。
 生命の連関性をそのように認識する智慧こそ現代に求められるものです。
 仏法の「縁起の思想」は、その智慧に目覚めていくことを促しています。
ハンコック よく分かります。かつて音楽監督を務めた「東京JAZZ」や、このたびの「イマジン・プロジェクト」のアルバム作りで体験したことですが、自分とは異なる文化をもった、さまざまな文化的背景の人々と一緒に仕事ができることは、私たちにとって、胸躍るようなことでした。
 このような取り組みへと私たちを動かした最大の理由は、そうしたグローバル・コラボレーション(地球規模の共同制作)が、私たちの好奇心を超えて、人間の魂を引きつける強力な磁力のような魅力を持っていたことにあったと思います。
 私は、どこで演奏しても、人々に語ります。「私は、自分たちの文化を開いて、他の文化を取り入れ、尊敬することによって、どんなことが達成できるか示したいのです。自分たちだけの文化のみでは達成できない、もっとたくさんのことが、どれだけ達成できるかを示したいのです」と。それは一緒に作業することによってのみ可能です。新しい発想であり、新しい物事の見方です。
ショーター 私はジャズとは創造性に「目覚める」ことだと思っています。
 以前、私か知り合った何人かのクラシック音楽の演奏家が、私たちのステージを見て、コラボレーションを申し出てきたことがありました。
 さらには、私たちのコンサート終了時に、一人のクラシック音楽のピアニストが私たちの楽屋を訪ねてきて、私の楽団の仲間の一人に語りかけてきたこともありました。「いやあ、君らの演奏は実に新鮮だね! 私には、本物の人間性から発せられる音楽と、現代的で巧みであるが、事前に準備された音楽との違いが分かるんだ」と。
 これに対して彼は答えました。「僕らが望むのは、よくデザインされた巧みな音楽ではなく、人間味のある音楽、生命を目覚めさせる音楽です」と。
池田 新しい創造への勇気、若々しい生命の冒険──それは、国境を超えて人々に愛される、ジャズの魅力ではないでしょうか。
ハンコック 音楽は、人々を結びつける極めて有効な方法です。この、人々を結束させるチームの一員でありたいと思っています。最近では、人々の間を引き裂く状況があまりにも多く、そこから紛争が起こり、多くの人々が犠牲になっています。人々を結束させる方法を見つけることが、ますます重要になっていると思います。その一つの方法が音楽だと信じています。
池田 そうです。一緒に音楽を演奏し、一緒に音楽を味わう。それは、明るく賑やかな友情の前進であり、平和の行進です。
 ジャズでは、よく互いに目配せし合ったり、驚いたような笑顔を交わしたりと、本当に楽しそうに演奏していますね。皆さんが折々の会合で披露してくださった記念演奏などで、特に感じてきました。
ショーター いつも温かく見守っていただき、ありがとうございます。
 大事なのは演奏者として、より陽気に、より笑顔でいることです。沈んだ重い心も、快活な心へ転換していくのです。
 そういえばハービーと一緒に、各国首脳の前で演奏したこともあったね。
ハンコック ああ、覚えているよ。さまざまな国の大統領や代表の種々の会議があり、最終日に、その演奏会がありました。私たちは、パフォーマンスのゲストに呼ばれたのです。
 ウェインと私と何人かの演奏家は、始まる前に題目を唱えました。舞台に上がり、演奏を始めると、すべてがうまくまとまりました。すべてがしっくりいきました。
 私は、演奏が始まる前の聴衆の様子を覚えています。異なる国のリーダーたちは、双方見合いながら、お互いに距離をおいていました。しかし、演奏が始まると、少しずつ、前の方へ移動してくるのが分かりました。組んでいた腕を開いて、笑顔になっていました。私たちは即興で演奏していたので、皆、演奏を楽しみ、私たちとの旅の一時を楽しみ、良い時間を過ごしていました。演奏が終わると、総立ちで、拍手喝采となりました。
池田 劇的な光景ですね。即興の名演奏に触れた心からの感動が、巧まずして人々に差異や隔たりを忘れさせ、「人間」という共通の大地に立たせていった──。まさしく平和を創造する音楽の力を象徴しています。
 20年ほど前、ロサンゼルスを訪問した折、アメリカの多様性を讃えて、一詩(「新生の天地に地涌の太陽」)を贈りました。

自らのルーツを索《もと》めて
社会は千々に分裂し
隣人と隣人が
袂《たもと》を分かちゆかんとするならば
さらに深く 我が生命の奥深く
自身のルーツを徹して索めよ
人間の“根源のルーツ”を索めよ
そのとき 君は見いだすにちがいない
我らが己心の奥底に
厳として広がりゆくは
「地涌」の大地──と!

その大地こそ
人間の根源的実在の故郷
国境もなく 人種・性別もない
ただ「人間」としてのみの
真実の証の世界だ
“根源のルーツ”をたどれば
すべては同胞《はらから》!
それに気づくを「地涌」という!

 いかなる差異も超えて、人間根源の大地に根ざした生命の連帯を広げゆくのが、創価の文化運動なのです。
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2011-10-29 : 音楽を語る :
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イギリス・バッキンガム大学「名誉文学博士号」授与式への謝辞

イギリス・バッキンガム大学「名誉文学博士号」授与式への謝辞          
        (2011.10.25 創価大学本部棟)

 イギリスの名門大学であるバッキンガム大学から、創価大学創立者の池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長に「名誉文学博士号」が贈られた。
 これは人間主義の教育を促進し、世界平和を推進した功績を讃えたもの。授与式は25日、東京・八王子市の創価大学本部棟で行われ、テレンス・キーリー副総長(学長)、リチャード・ラングホーン教授、ピーター・ソログッド元バッキンガム州長官夫妻、ジェリー・ロフタス英語学科長、アン・マツオカ行事運営・同窓会課長、カズヒロ・トビサワ国際関係室長らが出席。SGI会長の子息である池田博正氏に学位記が託された。
 また、バッキンガム大学総長のサイモン・タンロー卿から祝福のメッセージが寄せられた。


タンロー卿(総長)のメッセージ

人類の精神的進化を目指す池田博士
「青年の成長こそ最大の喜び」と


 池田大作博士の平和・文化・教育へのご貢献を讃えて、世界の高等教育機関から実に多くの名誉博士号、名誉教授の称号、そして国連平和賞が既に授与されていることは、よく存じ上げております。
 この50年、池田博士は、政治、教育、学術、科学、平和活動、経済界、芸術など、多岐にわたる分野の要人と、出会いを刻んでこられました。
 その中には、私どもの名誉総長であるサッチャー元英首相(女男爵)もいらっしゃいます。
 著作も数多く、教育におけるご功績も多大でいらっしゃいます。
 1981年には、世界芸術文化アカデミーから「桂冠詩人」の称号を、95年には世界詩歌協会から「世界桂冠詩人」賞を、同協会からは2007年に「世界民衆詩人」の称号も贈られています。
 池田博士はその幅広いご活動の中でも、リベラルで人間主義を基調とした教育の促進を「人生最後の事業」と述べてこられました。
 そしてこのことは、池田博士が常に青年を励まし、青年の成長を最大の喜びとされていることからも、明らかであります。
 池田博士の大学講演を収めた『21世紀文明と大乗仏教』にも書かれておりましたが、この不安定な時代にあって、人間主義という真の到達点を目指し、さらなる進化を遂げるための運動が必要不可欠です。
 おそらく、インドの哲学者で政治活動家であるオーロビンド・ゴーシュの著作を学ばれた折に既にお気づきになっていることかと思いますが、彼も池田博士と同様に、そのような運動を自ら展開していました。
 オーロビンドの著書『人間のサイクル』において、このように書かれていることを、池田博士は想起されるかもしれません。
 ──精神の時代の到来の前には、もはや通常の知識上や、生命維持の側面や、物質的な切り口での人間の存在に飽き足らない者の数が増えるに違いない。
 だが、より大きな進化が人類の真の目標であることに気づき、自分たちでそれを実行し、他の者を導くという試みを行って、それが人類の目標として認められるようにしなければならないのだ──
 池田博士は実に素晴らしい人物であります。それゆえに、教育を通し、世界平和に多大なご貢献をなされた池田博士にこの名誉学位を授与できますことは、バッキンガム大学総長である私にとりまして格別な喜びであります。
 この誠に池田博士にふさわしい名誉学位の授与にあたり、心からの祝意を申し述べさせていただきますとともに、池田博士のご多幸を心よりお祈り申し上げます。

キーリー副総長の授与の辞

創価大学に脈打つ「学生第一」の信念
教育で「より良き世界」を


 「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」(池田大作博士執筆の小説『人間革命』の「はじめに」より)
 この一節は、今日までの50年にわたる池田大作博士の人生、ご功績、哲学をもっとも明快にあらわすものであり、これらによって、世界がより良き場所として次代に継承されることを切に願っております。

文化の保護と平和のために
 池田大作博士は、高度な文化の保護と、教育の推進のため、高等教育・研究機関、世界的美術館、音楽協会(芸術を通して文化間の交流を促進する)を設立され、またさらに、ご自身の執筆活動を通し、世界平和のための精力的なご行動を重ねてこられました。
 そして、ハーバード大学をはじめ、世界第一級の学術機関において、ヒューマニズム、平和、哲学、文化、文学、教育、芸術についての数多くの講演をされております。

世界との対話
 また池田博士は、世界平和のため、世界的指導者や為政者と活発な対話を進めてこられました。
 バッキンガム大学の定礎式で石を据え付け、後にバッキンガム大学総長を務められ、現在、本大学の名誉総長であられるサッチャー女史もその一人です。

両大学に共通の私学教育の理念
 バッキンガム大学と創価大学は、独立した私学教育の理念と、学生が自ら選択した道において活躍しゆく、優秀な人材を育成する重要性について、共通の価値観をもっています。
 池田博士は1971年に創価大学を創立されました。博士は、人間主義に基づいた、学生第一の教育こそ、生命尊厳の平和な社会構築の基盤であるとの信念のもと、創価一貫教育を創立されました。
 創価一貫教育は、幼稚園から大学院までを擁し、日本、マレーシア、シンガポール、香港、韓国の幼稚園、ブラジルでは幼稚園、小学校、中学校、さらには、日本の東京・関西の男女共学の小学校、中学校、高校と、創価大学、創価女子短期大学、そしてアメリカ創価大学の陣容となっています。

2大学の学位の取得制度を開始
 2010年より、バッキンガム大学の「文学と文化を通して学ぶ英語」(EFL)の夏期コースに創大生の皆様が参加をされており、またさらに、大変にうれしいことに、来年度よりバッキンガム大学と創価大学は「デュアル・ディグリーコース」(2大学の学士号を取得できる制度)を開始いたします。
 本日、本学を代表して出席しております、英語の夏期コースの責任者であるジェリー・ロフタス氏、リチャード・ラングホーン教授(グローバル・スタディーズ研究センター所長)、ピーター・ソログッドご夫妻(大学の校友)、アン・マツオカ氏(行事運営・同窓会課長)、カズヒロ・トビサワ氏(国際関係室長)を代表し、「デュアル・ディグリーコース」の締結、ならびに、池田博士がバッキンガム大学の一員となられることを祝賀する本日の式典の準備に携わってくださった全ての創価大学関係者の方々に御礼申し上げます。

佳節を喜び合う
 本年、バッキンガム大学は創立35周年の佳節を迎えました。
 池田博士にとりましても2011年は、(1961年10月の)ヨーロッパとイギリスへの初訪問より50周年、創価大学の創立40周年、アメリカ創価大学の開学10周年を迎える佳節となります。
 本日、池田博士を顕彰させていただくことは、他でもないバッキンガム大学にとっての栄誉でもあります。
 なぜなら、世界的な偉人であられる池田博士に本学の名誉学位記をお受けいただくことは、教育を通して世界をより良き場所にしていく、との博士と本学が共有する取り組みを、池田博士に認めていただくことを意味するからであります(大拍手)。

SGI会長の謝辞(代読)

未来へ! 不屈の世界市民の連帯を

英国随一の私大・バッキンガム大学のモットー
自らの翼で羽ばたけ
青年は知性と人格を鍛えよ


 一、「自らの翼で羽ばたけ」──。
 これは、貴バッキンガム大学が掲げておられる、深く強く、美しいモットーであります。教育の根幹の魂が、何と雄渾に、そして何と詩的に表現されていることでありましょうか。
 わが創価大学も、校章に、世界の大空へ羽ばたく鳳凰の翼をデザインしております。
 教育とは、青年が「知性」と「人格」の翼を鍛え、いかなる烈風にも怯まず、善なる使命の飛翔を堂々と果たしゆく推進力でありましょう。
 その伝統豊かにして、しかも最先端の人材育成のモデルを、人類に力強く示されている英知の大城こそ、貴バッキンガム大学であります(大拍手)。
 貴大学からの何よりも意義深き名誉文学博士の学位を、私は最大の誇りと責任を噛みしめつつ、謹んで拝受させていただきます。
 誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

大学建設の闘争
 一、新しい大学を建設することは、新しい未来を創造することであります。
 ゆえに、反動の圧迫も当然ある。開拓の試練も待ち構えています。
 貴大学の創立に尽力なされた、サッチャー元首相の述懐が思い起こされます。
 すなわち「バッキンガム大学の先駆者たちは、自由に伴う責任を恐れませんでした。そして、その姿を通して、我々に真のリーダー・シップの模範を示してくれました。
 信念に基づいて行動計画を立て、揺るがぬ決意をもって、その構想を実現するまで、堅実な前進を続けたのです」と──。
 まさしく貴大学は、総長のタンロー卿、キーリー副総長をはじめとする方々の、断固たる勇気と信念のリーダーシップによって、英国随一の私立大学として、先駆と革新の歴史を切り開いてこられました。
 私たちは、満腔の敬意を表し、讃嘆申し上げたい(大拍手)。
 一、なかんずく、私たちが深く学んでいきたいことは、貴大学が、英国の学生満足度の調査において6年連続で第1位に輝いておられることに象徴されるように、「学生第一」の教育の伝統を築き上げてこられた点であります。
 「オックスブリッジ方式」と呼ばれる、少人数による指導方法など、一人一人の個性を尊重し、その学才を最大限に開花させゆく薫陶は、各界に光り輝く逸材を送り出してきました。
 キーリー副総長が、毎週、率先して、愛する学生たちの中に飛び込んで、社会の喫緊の課題について活発な討論を交わし、共に学び合われていることも、自由と進取の気性に富んだ校風を雄弁に物語っております。

啓発と学びの場
 一、「大学とは、“啓発”と“自由”と“学び”の場であらねばならない」と論じたのは、バッキンガム州にゆかりのディズレーリ宰相でありました。多くの先人たちが思い描いた理想の学舎《まなびや》が、貴大学に実現されているのであります。
 これは、貴大学で充実した黄金の研修を受けさせていただいた、わが創価大学生たちも、異口同音に感嘆しているところであります。
 私は、教育の世界でお受けする栄誉は、自らの大恩ある師匠に捧げる感謝の宝冠であるとともに、後継の世代へ託しゆく希望の松明であると思い定めてきた一人であります。
 創価教育の創始者である牧口常三郎先生と戸田城聖先生の師弟は、第2次世界大戦中、日本の狂った軍国主義と命を賭して戦い抜きました。
 国家権力の魔性によって、教育という聖業が踏みにじられる時、どれほどの悲劇が引き起こされるか。それを痛切に知悉するがゆえに、両先生は、いわゆる官立ではなくして私立、すなわち絶対の生命尊厳の思想に立脚した民衆立の大学の誕生を悲願としたのであります。
 一、今回、光栄にも、バッキンガムの繁栄に尽くされてきた大指導者であり、深き人間愛の社会実業家であられるソログッド元州長官ご夫妻もお迎え申し上げることができました。
 長官のご両親は、1942年のシンガポール陥落の際、日本軍によってチャンギ収容所に抑留され、大変なご苦労をされたことを、私は紅涙したたる思いで伺いました。
 わが創価大学は、残酷な戦争の歴史に断じて逆行させないとの烈々たる誓いを込めて、創立された「平和のフォートレス(要塞)」であります。
 貴大学の先生方から寄せていただいた信頼と友誼にお応えする意味からも、いやまして人類の共生と共栄のために、貢献してまいる決心であります(大拍手)。

「民衆立」の誇り胸に

州の紋章
我々は決して後退しない

「教育こそが人類連帯の源」
 一、教育こそ「人類の連帯性の意識と、国際協力の重要性についての感覚を生み出す」(鈴木祥蔵訳『世界教育学選集8 教育と社会体制』明治図書)ものであり、「新しい世界を開く鍵である」(安藤貞雄訳『教育諭』岩波文庫)──これは、偉大な哲学者であり、平和の闘士であったバートランド・ラッセル卿の洞察であります。
 このたび、貴大学と創価大学の間に、新たな学術交流および、「デュアル・ディグリーコース」(留学を通じて、2大学の学士号の取得が可能な制度)の協定が結ばれたことを、創立者として、何にもましてうれしく思い、感謝しております。
 きょうは、貴国をはじめ世界からお迎えしている留学生の代表も出席してくれております。
 貴大学の先生方、また英才たちと心を通わせながら、何ものにも崩れぬ世界市民の平和と文化と教育の連帯が、さらに強靭に広がりゆくことを、私は心から念願してやみません。
 一、バッキンガム州の象徴は、美しき白鳥であると伺いました。私も、テムズ川のほとりに優雅に舞う白鳥を見つめながら、青年たちと未来を展望したことが、懐かしく思い出されます。わが創価女子短大のシンボルも、白鳥であります。
 仏典には、白鳥が舞い来ったことは、リーダーが無限の活力と智慧を発揮して、社会を蘇生させゆく瑞相であると説かれております。
 今年、晴れの創立35周年を飾られた貴大学のいよいよの羽ばたきは、世界の希望と輝きわたることでありましょう。

新たな決意で

 一、バッキンガム州の紋章には「我々は決して後退しない」とのラテン語が刻まれております。
 本日よりは、私も名誉ある貴大学の一員として、世界の青年と共に、一歩も退くことなく、「教育の勝利の世紀」へ向かい、新たな決意で前進しゆくことを、固くお誓い申し上げます。
 貴バッキンガム大学の永遠の栄光、そして、ご出席くださった諸先生方、また学生の皆様方の益々のご健勝を心よりお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます(大拍手)。
2011-10-26 : スピーチ・メッセージ等 :
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中国 井岡山大学「名誉教授」称号授与式への謝辞

中国 井岡山大学「名誉教授」称号授与式への謝辞
        (2011.10.20 創価大学本部棟)

 中国・江西省の井岡山大学から、創価大学創立者の池田大作名誉会長に「名誉教授」称号が贈られた。長年にわたる日中友好への貢献と、世界平和への傑出した功績を讃えるもの。
 授与式は20日、来日した井岡山大学の張泰城学長、曽建平副学長ら一行が出席し、東京・八王子市の創価大学本部棟で挙行された。また、名誉会長が詠んだ友誼の漢詩が、張学長に贈られた。
 さわやかな秋風がそよぐ創大キャンパス。井岡山大学の一行を乗せたバスが到着すると、雲間から陽光が差し込んだ。  
 真っ先に「周桜」へ向かった張学長。学生の代表が熱烈歓迎する。学長は、力を込めて語った。 
 「池田先生は、中国人民の旧友です。特に、周恩来総理との友誼は、私の心に焼き付いております。池田先生は、私たちが最も敬愛する思想家の一人なのです」
 学生一人一人と親しく言葉を交わした後、張学長は、「青年の育成こそが、輝く未来を開くことです。素晴らしい青年たちを育てておられる池田先生のご行動に深く感銘しております」と話した。
 井岡山大学は、中国・江西省の吉安市に立つ。古くから廬陵文化が花開き、唐宋八大家の一人である欧陽脩らを輩出した、文学と学問の気風あふれる天地である。
 1958年に創立。 地域社会の教育・学術の水準を引き上げることを目指すとともに、国内外の教育研究機関と教育・学術交流を重ねてきた。現在は、教育、人文、医学、工学をはじめ、20学部63学科の総合大学に発展。全国から集った1万7000人の学生が学ぶ。

張学長の授与の辞

友誼と幸福の世紀を開くため
「池田思想」を世界に広めたい


 「西風酒旗市 細雨菊花天」(街は秋の西風に酒屋の旗がはためき、小雨が降るなかにあっても菊花が鮮やかに咲き広がる)と、中国の唐宋八大家の筆頭である欧陽脩《おうようしゅう》が謳った廬陵《ろりょう》は、著名な文人を多く輩出してきた地であり、民族の英雄・文天祥《ぶんてんしょう》の故郷です。
 私たち井岡山《せいこうざん》大学一行は、その廬陵から金秋の実りの季節に、池田大作先生に本学の名誉教授の称号を授与するため、創価大学を訪問いたしました。
 私はここで、井岡山大学一同の思いとして、池田先生に対し崇高なる敬意を表すとともに、皆さま方に心からの祝福を申し上げます。誠におめでとうございます(大拍手)。
 本年は、中日国交正常化39周年にあたります。池田先生は、中日国交正常化を早くから提唱されたお一人です。中国人民の古き友人であり、10回にもおよぶ訪中のなかで、周恩来総理をはじめ、中国の歴代の指導者と深き友情を築いてこられました。
 池田先生は、中日国交正常化に卓越した貢献をされ、中国の政府と人民から高い評価を受けておられます。その衆望があって、中国各機関から「人民友好の使者」称号、中国芸術貢献賞、文化交流貢献賞、教育貢献賞などを受賞されています。
 言うまでもなく、池田先生は世界的に著名な思想家、哲学者であり、また、教育者、作家、詩人、国際人道主義者であられます。
 師匠である戸田城聖先生の精神を受け継ぎ、仏法の慈悲の精神を広げられ、宗教思想家、改革者としての智慧と風格を備えておられます。
 そして、人類と地球を愛し、文化交流、環境保護、人権擁護などの崇高な事業を展開しておられます。
 池田先生は、平和、文化、教育に寄与することを自身の使命とされ、創価学会をリードして、幸福な社会の構築と価値創造に尽力し、世界平和を提唱してこられました。
 さらに、教育や多角的な文化交流を積極的に推進し、創価大学、創価学園、東洋哲学研究所などの機関を設立され、人間主義の教育によって、社会に有為な博学の人材を育成してこられたのです。
 池田先生の教育理念は、世界の教育機関が高く評価し、その卓越した成果を世界の人々がたたえております(大拍手)。
 井岡山大学は、一貫して池田先生のご高名を仰ぎ、創価大学の理念を評価してまいりました。
 本学は1958年に創立され、中国教育部が重点的に支援する大学です。
 建国の功労者たちの、「信念を打ち立て、艱難辛苦を乗り越え、事実を求め、新たな道を切り開き、民衆を依拠として、勇躍勝利する」との精神を受け継いでおります。
 この井岡山精神をもとに、「授業、研究、学生、教師」を中心に据え、地域の教育水準を牽引すべく、国内外の教育研究機関との幅広い協力を展開しております。
 本学の曽建平副学長は以前、貴大学を訪問しました。池田先生の環境思想の研究に従事し、一定の成果を収めております。
 井岡山大学は国内外の方々に支えられ、順調に発展しております。
 20の学部と63の学科、そして経済学、法学、教育学、文学、歴史学、理学、工学、農学、医学、管理学、芸術学の11の研究分野があります。現在985人の専任教員、学生1万7000人、成人教育学生1万人、国防生46人、留学生230人が在籍しております。
 池田先生の思想や論述、および世界平和、中日友好への卓越したご貢献に対し、井岡山大学の教員・学生一同は大変、敬服しております。
 池田思想を宣揚し、中国での影響を広げたい。また、創価大学と井岡山大学との交流を深め、中日友好をさらに発展させたい。この思いから、池田先生に対し、謹んで「名誉教授」称号を授与させていただきます。
 池田先生を名誉教授にお迎えできることは、本学の歴史における一つの慶事であり、最大の栄誉でもあります(大拍手)。
 本学は、池田大作思想研究所を設立し、関係学者と共同研究をするとともに、池田思想を宣揚し、広く浸透させてまいりたい。
 私たちは、ともに手を携えて、両国の世々代々の友好を実現し、中日友好、世界平和の新たな世紀を開きゆこうではありませんか(大拍手)。
 池田大作先生の詠まれた漢詩に「抜樹尋根踏旧路 歩歩満溢中日情」(中日友好の大樹を見るに、その根に思いを馳せ、先人たちの道を踏めば、一歩一歩に中日の情が溢れ満つ)とあります。
 井岡山大学の全教員および学生は、美しい景観と純朴な気風、そして豊かな文化を誇る江西省吉安の地で、皆さまのご来訪をお待ちしております。
 結びに、池田先生、香峯子夫人のご健勝を心よりお祈り申し上げます。創価学会、そして池田先生が創立された創価大学に素晴らしき明日があることをお祈りし、中日両国の友好が世々代々にわたり続きますことを願っております。
 誠にありがとうございました(大拍手)。

池田名誉会長の謝辞(代読)

青年に向学と正義の炎を
地球革命は教育革命から


心に不動の大山を抱け
中国の詩人
「天下の才は動乱の時にこそ生まれる」
知力と胆力の大人材よ出でよ


 一、「天下第一山」と謳われてきた井岡山を、その名に冠する「人間教育の殿堂」より、本日、私は「名誉教授」の称号を賜りました。心より御礼を申し上げます。
 誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。
 貴大学がそびえ立つ吉安市は、唐代・宋代より、数多の文化や芸術の巨星が躍り出た、中国最高峰と仰がれる「廬陵文化」の要衝であります。
 私の胸には、この「廬陵文化」を代表する大碩学・欧陽脩先生の一節が響いてまいります。
 「学すでに心に積めるは、なお木の敷栄《ふえい》するが如し」──すなわち、心に多くの学識を積み上げていることは、木が盛んに茂り、花開くようなものである、と。そして、根っこがしっかりしていれば、その枝葉はよく繁栄する、と言われるのです。
 まさに、大学こそ、「学問」と「教育」の勝利者を鍛え、「知性」と「人格」の勝利者を育てる城なり、と言ってよいでありましょう。
 ここにお迎え申し上げた信念の大教育者であられる張泰城《ちょうたいじょう》学長は、常々、貴大学の英才たちに呼びかけておられます。
 「学習こそが人類を変える」「社会への責任感と時代への使命感を持て!」
 そして「理想の帆を掲げ、勝利の岸へと到達し、社会に貢献する真の人材たれ!」と。
 私は、この学長のエールを、そのまま、わが創大生、短大生へ贈らせていただきたいのであります(大拍手)。

民衆のために
 一、かつて、大文豪・郭沫若先生は、「井岡山を登った後は、他のどの山にも登りたいと思わない」と述懐されました。
 天然の四季の大屏風たる井岡山は、春はツツジが咲き誇り、夏は「緑色の宝庫」と賞され、秋は名画の如き紅葉に彩られ、冬は白銀の世界に包まれます。
 この井岡山を「革命の揺籃」として、貴国が、今日の大発展の歴史を開かれたことは、あまりにも有名であります。
 胡錦濤国家主席も、幾たびとなく井岡山を訪問されております。
 胡主席は、「堅定信念(信念を打ち立てる)」「艱苦奮闘(艱難辛苦を乗り越える)」「実事求是(事実を求める)」「敢闖新路(新たな道を切り開く)」「依靠群衆(民衆を依拠とする)」、そして「勇于勝利(勇躍勝利する)」という「井岡山精神」を、新時代においても、いよいよ発揮していくことを凛然と訴えられたのであります。
 民衆と共に、民衆のために、いかなる艱難も断固と勝ち越え、新しき道を切り開く──。
 この「井岡山精神」の旗を高らかに掲げて、1958年に貴大学は開学されました。
 草創期には、経済的な試練に直面し、二度の移転を余儀なくされたと、うかがっております。
 創立に尽力なされた初代・朱継先《しゅけいせん》学長のもと、教員、職員、学生が一体となり、険しい山道も自分たちで機材を運び、皆で力を合わせて施設を作り上げていかれたのであります。
 大学の建設は、死闘であります。
 その苦労を知る一人として、私は感涙を禁じ得ません。
 今、貴大学の崇高な建学の歴史は、「吉安の人民の精神の宝」と讃嘆されているのであります。

胡錦濤主席が訴えた「井岡山精神」
民衆とともに 勇躍勝利する


感謝こそ原動力
 一、貴大学の1期生は、誇り高く回想しています。
 「大変でしたが、大学で学べる機会に感謝し、その感謝こそが原動力となりました。
 私には信念がありました。卒業後、どこの大学の出身者よりも立派な人材となって勝つ、と」
 何と気高い母校愛であり、何と力強い負けじ魂でありましょうか。
 わが創価大学においても、1期生をはじめ、草創の卒業生たちは、この心意気で、烈風吹きすさぶ社会へ勇敢に打って出て、愛する後輩たちのために、道なき道を踏み開いてくれました。
 今、各界の枢要なリーダーとなって、大活躍を果たしてくれております。そのうれしい健闘の様子が、私のもとには、世界中から、毎日のように届きます。創立者として、これほどの喜びはありません。
 私には、貴大学の尊き先人だちと、創価同窓の誉れの友の戦いが、重なり合って胸に迫ってならないのであります(大拍手)。

青年に希望を!
 一、「困《こん》に亨《こう》の理《り》有り」──つまり、困難には、発奮させて、偉業を成し遂げさせようという意義があるとは、私が青年時代から心に刻んできた、欧陽脩先生の透徹した教えであります。
 さらに、「天下の才は動なれば則ち生じ」──天下に轟く学才は動乱の時にこそ生まれる。これまた、「廬陵文化」の大詩人・楊万里《ようばんり》先生の達観でありました。
 今、時代は激しく揺れ動いております。だからこそ、心に不動の大山を抱いた、壮大な知力と不屈の胆力を併せ持った大人材が陸続と躍り出る時であると、私は期待してやみません。
 そのために、わが青年たちは、思わぬ障害や悪意の圧迫、また悔しい失敗などがあっても、断じてへこたれてはならない。
 負けたら次は勝つ。何があろうと、徹して朗らかに強く、前へ前へ進み抜いた人こそが、青春の勝利者なり、と申し上げたいのであります。
 貴大学の卓抜なる「校章」には、「心に希望を点す炎」が象《かたど》られているとされます。
 青年の心に、希望の炎を点す──。まさに、人間教育の真髄であります。
 文化大恩の貴国から学んだ仏法では──
 人間の生命には、どんな苦悩をも燃料として、偉大な前進と創造のエネルギーを生み出す智慧の炎がある。それはまた、どんな深い混迷の闇をも、照らし晴らして、人々を幸福へ、平和へ、繁栄へ導いていく英知の大光になると、明かされております。
 ともあれ、大学は、青年たちの向学と正義の魂に、大いなる智慧と大いなる勇気の炎をば、いやまして赫々と点火していくべき時を迎えております。

行き止まりでも絶対に退かない
 一、「源遠ければ流長し」であります。井岡山からは、この山系を源とする河川が、東西南北へ滔々と流れ広がっていると、うかがいました。
 20世紀、貴国の大詩人である魏巍先生は謳われました。
 「井岡山の水流は、たとえ行き止まりの絶路にあっても、絶対に退かない」
 「前途が険難であればあるほど、水飛沫《しぶき》はさらに美しく見える。
 道程が険難であればあるほど、流れる水音はさらに美しく聞こえる」
 本日、栄えある貴大学の一員とさせていただいた私も、先生方とご一緒に、この井岡山の清流の如く、「教育革命」「人材革命」から新たな「地球革命」へと進みゆく希望の奔流を、世界へ、未来へ一段と流れ通わせていく決心であります。
 終わりに、貴・井岡山大学の無窮のご興隆、そして張学長はじめ、ご臨席の皆様方の限りなきご健勝を心よりお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
 謝謝!(中国語で「ありがとうございました」)(大拍手)

名誉会長が漢詩を贈る

 気風伝続井岡山
 学城巍峨贛水辺
 白鷺泰然雲際舞
 巨船破浪向明天

〈大意〉
革命の息吹は
 一貫して井岡山の地に延々と伝え継がれ
高く聳え立つ学府は
 絶えず流れる贛水《かんすい》の辺《ほとり》に立っている。
列を成した白鷺は
 悠然と翼を広げて雲の間を飛翔し
巨大な船は
 風に乗り、浪を蹴って
 燦たる明日《あす》へと向かって航行している。

※文中に、張泰城学長の名前「泰城」が織り込まれている。
2011-10-22 : スピーチ・メッセージ等 :
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フィリピン・国立中央ルソン大学「終身名誉教授」称号授与式への謝辞

フィリピン・国立中央ルソン大学「終身名誉教授」称号授与式への謝辞
         (2011.10.13 創価大学本部棟)

 創立104年の伝統を誇るフィリピン共和国の名門「国立中央ルソン大学」から、創価大学創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に「終身名誉教授」称号が贈られた。平和と人道への傑出した貢献、国際的な理解と友好を間断なく追求する行動を讃えたもの。授与式は13日、同大学のルーベン・C・セビリェハ学長、ジゼラ・A・セビリェハ学長夫人らが出席し、東京・八王子市の創大本部棟で晴れやかに行われた。

セビリェハ学長のあいさつ

池田博士の人間革命の思想に共鳴
偉大な人物を迎える喜び


 私は、フィリピンの国立中央ルソン大学一同からの吉報と、心からの祝福の念を携えて来日しました。
 本日の式典が、誠に特別で意義深いのは、本学が初めてこのような顕彰を、世界的に著名な哲学者、平和建設者、教育者、作家、詩人であり、受章に最もふさわしい人物に授与させていただくからであります。
 この顕彰は、池田博士が提唱される理念、とりわけ、「生命の尊厳」を恒久平和と人類の幸福を実現するための鍵として掲げられる博士の信念に対する。本学の無条件の敬意、承認、支持を表しています。
 池田博士が、小説『人間革命』の中で雄弁に明言されている通り、〝一人の人間における内なる生命の変革〟こそが、全人類の宿命を転換し、やがて世界平和へと結実していくのであります。
 言うまでもなく、この過程において教育が極めて重要な役割を果たします。それは、まさに創価一貫教育が推進されている通りであり、池田博士がデイビッド・クリーガー博士との対談集『希望の選択』で、「人間に〝国益への忠誠〟を植え付けるのも教育であり、反対に、〝人類益への忠誠〟を育むのも、教育です」と言われている通りであります。
 この特別な機会をお借りして、国立中央ルソン大学一同を代表し、池田博士がこのような顕彰をお受けくださったことに深く感謝し、心から御礼申し上げます。
 池田博士のような高名な方が、名誉教授として教授陣に加わってくださることにより、本学にこの上ない栄誉を与えてくださいました。
 また本日、誠に意義深い式典を挙行してくださり、大変に温かい歓迎と歓待を賜りました。皆さまのご厚意に、心から御礼申し上げます。誠にありかとうございます。
 私にとって、この授与式を執り行わせていただくことは、光栄の至りであり、最高の栄誉であります。
 ここで、池田博士に対する「終身名誉教授」称号の決議書を読み上げさせていただきます。
 「国立中央ルソン大学学術評議会は、その学術的伝統の一端として、賞讃に値する人物の社会に対する重大な貢献を顕彰するため、名誉称号の授与を推奨するものである。
 当評議会は、192カ国・地域の1200万人を超える会員を有す、世界的な団体であるSGIを広める上での、池田大作博士が果たされた中心的役割と影響を評価するものである。
 当評議会は、池田博士のリーダーシップのもと、SGIの活動が、希望・勇気・利他の行動を生み出す、人間の内なる可能性を開発することに重点を置いていることを十分に理解するものである。
 また、創価教育の核をなす価値創造の教育理念は、アジアのみならず、世界における平和・文化・教育の推進に対する、池田博士の生涯にわたる献身に表れている。
 さらに、当評議会は、池田博士が創価教育システム、東洋哲学研究所、池田国際対話センター、戸田記念国際平和研究所などの創立者として、人類間の紛争の抜本的原因の根絶に多大な貢献をし、文化交流、対話、講演、出版物を通じた、積極的に平和を推進するための機構をもたらしたことを認識するものである。
 当評議会は、池田博士の優れた業績、また博士に授与された国連平和賞、ケニア口承文学賞、世界詩歌協会からの世界桂冠詩人、300を超える世界の大学・学術機関からの名誉博士号ならびに、教授称号等を含む顕彰を評価するものである。
 よって、国立中央ルソン大学学術評議会は、ここに、池田大作博士に本学の『終身名誉教授』称号の授与を推奨することを決議するものである」
 以上です。大変におめでとうございました(大拍手)。

SGI会長の謝辞(代読)

共生の新時代へ 人間教育の黄金の実りを!

生命育てる農業が根幹

スワミナサン博士
「農家の人々の笑顔が国の幸福を決める」
学長
他者に尽くす奉仕のリーダーたれ

 一、本日、私は、「平和と共生の世紀」へ、人類をリードされる貴・国立中央ルソン大学より、最高に栄えある「終身名誉教授」の称号を拝受いたしました。これほどの光栄はございません。
 激務の中、わざわざ日本で、かくも厳粛な式典を執り行ってくださった、セビリェハ学長夫妻のご厚情を、私は一生涯、忘れません。誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。
 貴国を代表する豊かな稲作の大地にあって、熟練した農業技術者を育成しゆく学舎として、貴大学の前身が創立されたのは1907年であります。
 わが創価教育の創始者であり、独創的な地理学者でもあった牧口常三郎先生が大著『人生地理学』を刊行したのも、そのほぼ同時期でありました。
 牧口先生は、〝生命を育む農業こそ国家の基礎〟であり、幾多の試練に屈せず農業を担い立つ人々こそ、「真摯」「朴直《ぼくちょく》」にして、郷土を愛する「平和の民」なりと讃えてやみませんでした。そして、貴国をはじめ東洋の「平和の民」を苦しめ抜いた日本の軍国主義と戦い、殉じていったのであります。
 100年を超えて教育の黄金の実りをもたらしてこられた気高き貴大学からの栄誉を、私は万感の思いを込めて、この殉教の先師に捧げさせていただきたいのであります。

地球環境を担う人材が陸続と
 一、貴大学の意義深き校章には、3つの稲の束が描かれています。それは、第1に「教育」。第2に「研究」。そして第3に、社会に開かれた「学外教育」を象徴しているとうかがいました。
 今、日本も稲穂がたわわに実り、農家の方々の一年のご苦労が結実する季節を迎えております。
 復旧までに長い時間がかかるといわれていた、東日本大震災の被災地の稲田でも、塩害などの困難を乗り越えて、見事に稲が実ったとのうれしいニュースが伝えられました。
 貴国からは3月の震災発生以来、被災地に対し、真心からのご支援と励ましを賜っており、この席をお借りし、あらためて心より感謝申し上げます。
 「農民の幸せな笑顔が、その国の幸福を決める」「農業を大切にしない社会は、生命を粗末にする野蛮な社会となり、全ての面で行き詰まる」──。
 これは、貴国に創設された国際稲作研究所の所長等を歴任され、持続可能な「緑の革命」を推進してこられたスワミナサン博士と私が、対談集で完璧に一致した農業哲学であります。
 私は、命の食を支え抜いてくださっている、貴国また日本の農漁村の敬愛する友人たちとの連帯の心を、一段と深め、強めながら、貴大学の名誉ある一員とさせていただきます。貴大学の一員となることは、その壮大なキャンパスに広がる豊饒な生態系に連ならせていただくことでもあると、私は受け止めております。
 貴大学の敷地は、緑豊かな農場、牧畜場をあわせると、わが家にとって第2の故郷ともいうべき東京都の新宿区全体の面積とほぼ同じ広さとうかがい、妻と共に驚いておりました。
 その構内には、樹齢100年以上の木々をはじめ、1万5000本のフルーツの木、5200本のマホガニーなども植樹されています。
 貴国屈指の「アグリツーリズム(農業体験・交流)のモデル拠点」として、生命を育む農業の魅力を体験できる開かれた貴大学には、連日のように幾多の市民が喜々として集われるのであります。この貴大学から、地球環境との共生の新時代を生き生きと創造する世界市民が、さらに陸続と育つことを、私は確信してやみません。

フィリピンの英雄リサール

私たちに必要なのは 団結 善意 思いやり

教育が世界をより良き場所に
 一、貴大学には、人々が目を見張る像があります。
 それは、私たちが尊敬してやまない貴国の大英雄ホセ・リサール博士の立像であります。
 貴国の伝統衣装バロン・タガログを身に纏って、帽子を左手に持ち、颯爽と前へ進まれる姿は、貴国の民衆のために尊き生命を捧げた、偉人の実像そのものといってよいでありましょう。
 この像は、半世紀前に、貴大学の卒業生から寄託された、貴大学に脈打つ美しき母校愛のシンボルでもあります。
 農業の分野でも不滅の足跡を残したリサール博士は叫びました。
 フィリピン人が最初に要求すること──それは『強い』ことである」
 さらに、「団結、善意、そして思いやり──私たちが必要なのは、これだけである」と。
 このリサール博士の精神を体現され、愛する母校の大建設のために心血を注いでこられた大教育者こそ、ここにお迎え申し上げたセビリェハ学長夫妻であられます(大拍手)。
 学長は、開発経済学や水産養殖経済学の第一人者として、大学農学協会の会長等の要職を歴任されてきました。そして、卓越した農業技術者であられる夫人とともに、献身的に地域のために行動され、身をもって「奉仕のリーダーシップ」を示されているのであります。
 学長は、教育は「偉大なイコライザー(等しくするもの。平衡装置)」と論じておられます。
 すなわち、「一人の人間が教育を受ければ、自身の人生を向上させる機会を得るだけではなく、その教育によって培ったものを、他者を助け、私たちが住む世界をより良き場所にするために使うことができる」との確固たる哲学であります。
 大乗仏教の最高峰である法華経にも「如我等無異(我が如く等しくして異なること無からしめん)」と説かれております。
 仏の誓いとは何か。すべての人間に内在する尊極の生命を開き、万人を平等に、仏と同じ境涯へと高めていくことであるというのであります。
 教育の真髄は、万人の生命から、最も輝かしい光を解き放つことであります。そして、その光を、人類の幸福と世界の平和のために結合しゆく挑戦ではないでしょうか。
 きょうは、うれしいことに、貴国からお迎えしている最優秀の留学生の代表も列席してくれております。
 先日の創大祭・白鳥祭でも、躍動する留学生の皆さん方の麗しいスクラムに、来賓の方々からも「ここに平和への希望の光がある」等々、讃嘆の声が寄せられました。
 素晴らしい留学生の皆さんの健闘に、私は心から感謝したいのであります。

英知と勇気の光で未来を照らせ
 一、貴大学の「大学讃歌」には歌われております。
 「汝が掲げる松明の光は 闇を破り 広い世界に励ましを広げる」
 私たちは、尊敬する学長夫妻とご一緒に、地球社会の未来を、いやまして「英知の光」「勇気の光」「共生の光」、そして「勝利の光」で照らしゆくことを、固く決意し合いたいのであります。
 結びに、貴大学の隆々たるご繁栄、ご臨席くださった皆様のますますのご健勝とご活躍をお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
 マブハイ!(フィリピン語で、「栄光あれ!」) 国立中央ルソン大学!
マブハイ! フィリピン共和国!
 マラミン・サラマッポ(フィリピン語で「大変にありがとうございました」)(大拍手)。
2011-10-16 : スピーチ・メッセージ等 :
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「平和の光」賞 授与式への謝辞

「平和の光」賞 授与式への謝辞(代読)(2011.10.10 ヴィラ・ザクセン総合文化センター)

世界50カ国に学術のネットワークを広げる知性の集団「ヨーロッパ科学芸術アカデミー」(本部=オーストリア・ザルツブルク)から、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に、第1号の「平和の光」賞が贈られた。授与式は10日、ドイツのビングン市にあるSGIのヴィラ・ザクセン総合文化センターで挙行され、同アカデミーのフェリックス・ウンガー会長、ビングン市のトーマス・フェザー副市長が出席。席上、証書と記念の虹のオブジェが、ウンガー会長から代理の池田SGI副会長に授与された。

「生命こそ宝」の思想を時代精神に


戦争ほど残酷なものはない
人類を分断する魔性と闘え


ウンガー博士
対話を推進する我々が地球の命運を担っている

 一、本日、ヨーロッパ科学芸術アカデミーより、第1号となる「平和の光」賞を授与いただきましたことは、私の無上の光栄であります。
 その厳粛なる意義を深く命に刻みつつ、ここ欧州をはじめ、世界192カ国・地域で平和に貢献しゆくSGI(創価学会インタナショナル)の同志を代表して、謹んで拝受させていただきます。
 誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。
 今、私も、心は翼となって、ヴィラ・ザクセン総合文化センターへ馳せ参じております。皆様方と悠久のライン川の流れを見つめながら、ご一緒に人類の平和の未来を展望する思いで、感謝のメッセージを送らせていただきます。

師弟不二で探究し抜いたテーマ
 一、「平和の光」とは、何と荘厳な、何と希望に満ちた響きでありましょうか。
 あの第2次世界大戦の最中に10代を過ごした私は、「戦争ほど残酷なものはない」と若き命に焼きつけました。
 だからこそ、日本の軍国主義と戦い、獄中闘争を貫き、地球民族主義を提唱した信念の闘士・戸田城聖先生を、人生の師と仰いだのであります。
 その弟子として世界を駆け巡るなかで、50年前の10月、築かれたばかりの「ベルリンの壁」の前に立ち、人類を分断する魔性との戦いを固く決意したことも、忘れ得ぬ歴史であります。
 私にとりまして、「平和の光」こそ、まさに師弟不二で探究し抜いてきた人生最大のテーマであるといっても、決して過言ではありません。
 「平和の光」は、いずこより生まれ出ずるか? それは「対話」から生まれ出ずる。
 この信条を、私は敬愛してやまぬウンガー会長と、世紀を超えて深く共有してまいりました。
 一、わが創価大学の名誉博士であられるウンガー会長は、14年前の大学での記念講演でも、青年たちに力強く呼びかけてくださいました。
 「地球の命運は、対話を推進しゆく我々の能力にかかっている」
 至言であります。
 人間であれ、文明であれ、絶えず自身の殻を打ち破り、開かれた心で他者と対話し、学び合う。この積極的な「寛容の精神」の躍動のなかに真の共生があり、平和があります。

「宗教間の対話」を共同して展開
 一、1997年より、ウンガー会長のご提案に賛同して、私たちは、貴アカデミーとの共同プロジェクトとして、2003年まで9度にわたるシンポジウムを開催してまいりました。キリスト教と仏教、さらにイスラムとユダヤ教を加えた「4大宗教間対話」を推進させていただいたのであります。
 そして2007年には、ウンガー会長と私の対談集『人間主義の旗を──寛容・慈悲・対話』を、日本で発刊させていただきました(東洋哲学研究所刊)。
 対談集で会長と深く一致したように、人類は山積する問題群解決のため、いやまして「対話のグローバル化」をより広く、より深く推し進めながら、「平和の光」を強めていく段階に入っています。

未来とは青年!
教育が万人の力を引き出す


悩める人々に慈愛の手を!

 一、では、「平和の光」を強めゆくために、人類が共に依って立つ根本の規範とは何でしょうか。
 ウンガー会長は「生命は最高の価値であり、生命は絶対的に不可侵なものである」と明言されました。私も全く同感であります。
 貴アカデミーと私たちが、「4大宗教間対話」の第1回を行ったのは、2001年の9月15日──。
 あの9・11「米国同時多発テロ事件」の4日後のことでありました。
 宗教間対話、文明間対話の根幹も、あらゆる暴力に屈することなく、「生命の尊厳」をグローバルな価値観として、確立していくことにあるといってよいでありましょう。
 一、歴史を振り返れば、このビンゲンの天地には生命を慈しみ、生命を護り抜かんとする慈愛と智慧が脈打ってきました。
 12世紀、「ビンゲンの宝石」と讃えられる「中世最大の知恵ある女性」ヒルデガルトは、悩める人々への慈愛を綴りました。
 「わたしはあらゆる苦難に心を配ります。くずおれた人を助け起こし、彼らを快癒させます。わたしはどんな痛みも癒す香油であり、わたしの言葉はよい働きをします」(熊田陽一郎・戸口日出夫訳『ビンゲンのヒルデガルト』教文館)と。
 これは、偉大な人間愛の大医学者であられるウンガー会長の行動にも通ずる言葉であると、私は思ってきました。
 生命は、他者の生命のために尽くす時、その崇高な輝きを最も鮮烈に放ちます。
 欧州をはじめ世界の皆様方から、真心あふれる励ましをいただいた東日本大震災に際しても、助け合い、励まし合い、支え合う人間の絆は、断じて揺らぎませんでした。
 民衆の一人一人が、生命の尊厳の哲学を掲げて、身近な現実の舞台で、他者のために手を差し伸べる。いかなる混迷の深い闇にあっても、その地道にして強靭なる人間主義の行動があるところ、希望の光明は必ず広がることを、私は確信してやみません(大拍手)。
 なかんずく、その「平和の光」を赫々と広げゆく旭日の存存こそ、青年でありましょう。
 ウンガー会長と私は、社会における生命軽視の風潮や暴力的な傾向に、決然と対抗していく力こそ、青年の教育であることでも一致しました。
 哲学者ライプニッツも「教育こそがすべてを克服する」(高田博行・渡辺学編訳『ライプニッツの国語論』法政大学出版局)と喝破しております。
 若い世代に、万人の生命に秘められた偉大な力を示し、その力を引き出すのは、教育であります。
 人間と人間、人間と自然、人間と精神という生命の妙なる連関に目覚めさせるのも、教育であります。

人材を育てよ

 一、ウンガー会長は、貴アカデミーを共に創始されたケーニッヒ枢機卿との一致した確信として、「我々には未来がある」という言葉を語ってくださいました。
 この英知の言葉に、私は教育にかける我が誓いを込めて、こう続けさせていただきたいのであります。
 「我々には未来がある。未来とは青年である」
 ウンガー会長のご高配にお応えするためにも、私は貴アカデミーの名誉評議員の一員として、永遠の「平和の光」たる青年たちを、さらに陸続と育ててまいる決心であります(大拍手)。
 一、結びに、美しきビンゲンの天地を愛した文豪ゲーテの詩の一節を申し上げ、私の謝辞といたします。
 「さあ、胸を張って生きよう/誠実なる友たちよ!/陽のあたる幸福の日も/わざわいの影さすときも/力をひとつに合わせ/しっかりと生きよう」「そして全世界の幸福こそ/私の目ざすところ」(松本道介訳「つどいの歌」、『ゲーテ全集1』所収、潮出版社)
 ウンガー会長はじめ、ご臨席の皆様方のますますのご健康とご活躍をお祈り申し上げるとともに、貴ヨーロッパ科学芸術アカデミーのさらなるご隆盛を心より念願いたします。
 本日は、誠にありがとうございました(大拍手)。
2011-10-16 : スピーチ・メッセージ等 :
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新時代第52回本部幹部会/中部総会へのメッセージ

新時代第52回本部幹部会/中部総会へのメッセージ
              (2011.10.9 名古屋市中部池田記念講堂)

 我らは進む! 「友情の道」「勝利の道」、そして永遠に輝く「師弟の道」を!──「新時代第52回本部幹部会」が9日午後、「中部総会」の意義を込め、名古屋市の中部池田記念講堂で開催された。これには原田会長、正木理事長、杉本婦人部長をはじめ、中部の代表が、ブラジル、マレーシア、台湾のSGI(創価学会インタナショナル)の友と出席。池田大作名誉会長は記念のメッセージを贈り、苦悩に負けない究極の力が信心であると述べ、社会を根底から蘇生させゆく、この秋の創価青年大会の大成功をと呼びかけた。席上、明2012年のテーマ「青年学会 拡大の年」が発表された。



名誉会長のメッセージ

社会に希望を! 活力を吹き込め

ブラジルの文豪の叫び
闇が深いほど輝く 母の心は ダイヤモンド
どんな悩みにも負けない 信心こそ幸福の土台


 一、愛する一番星の大中部から、新しい青年学会の夜明けを告げゆく本部幹部会、誠におめでとうございます!(大拍手)
 懐かしい中部の講堂を埋め尽くした同志の皆さんの勇気凛々たる大合唱が、私の胸に響いてきます。
 とともに、わが地域の宝の青年をこの会場へ温かく送り出し、本日の会合の成功を祈りながら、それぞれの使命の天地で広宣流布に奔走してくださっている多くの友がおられます。
 その顔も私の生命の鏡には神々しく映っております。特に婦人部の皆さん、いつもいつもありがとう!
 19世紀のブラジルの大文豪ジョゼ・デ・アレンカールは叫びました。
 「もし永久不変のダイヤモンドが存在するとすれば、それは母の心である。母の心は、闇が深ければ深いほど輝きを増すからである」
 全くその通りであります。
 「今日も元気で」の歌声も爽やかな中部、さらに、はるばるとお越しくださったブラジル、マレーシア、台湾をはじめ、全世界の偉大なる創価の母たちに、私は、あらためて感謝の最敬礼を捧げ、健康長寿と一家のご多幸を、心よりお祈り申し上げたいのであります。

皆の団結で! 勝利 勝利の歴史を
創価青年大会を大成功に


 一、悩みのない生活など、ありません。苦労のない人生など、あり得ません。
 一流の人ほど、見えないところで、人の何倍も悩み、苦労を重ねています。
 どんな悩みや苦労があっても、絶対に負けない。その究極の力が信心です。
 思えば、わが師・戸田先生は、健気な中部の弟子を励まして言われました。
 「人間を不幸にする魔の働きに、断じて打ち勝つのだ。この信心は、試練を乗り越えられるだけではない。一つ一つの勝利を通して、揺るぎない人生の幸福の土台を築ける。より大勢の人を幸福にする力を持てる。そして、皆が永遠の福徳を積むことができる」と教えてくださったのであります。
 ここに、「煩悩即菩提」「生死即涅槃」という生命の大哲学があります。
 この何よりも、生き甲斐と充実と誇りに満ちた人生の軌道を、私たちは、一人でも多くの青年に示しながら、一緒に晴れ晴れと進んでまいりたい。
 戸田先生は胸を張って言い切られました。
 「学会の青年部のたくましさ、この活力を吹き込まなければ、現代の青年層を本当に蘇らせることはできない」と。
 その意味において、いよいよ日本中で開催される「創価青年大会」は、混迷の社会を根底から蘇生させゆく希望の挑戦といってよいでありましょう。
 私も妻と共に真剣に祈っていきます。皆の団結で大成功させましょう!
 一、「仏になる道」とは、いかなる道か。今回の青年部教学試験1級で研鑽した「撰時抄」には、明快に仰せであります。
 日蓮が法華経を信じ姶めたことは、日本の国にとっては一滴の水、一粒の塵のようなものである。やがて、二人、三人、十人、百千万億人と、人々が法華経の題目を唱え伝えていくならば、妙覚の須弥山ともなり、大涅槃の大海ともなるであろう。仏になる道は、これよりほかに求めてはならない」(御書288ページ、通解)と。
 ゆえに、御本仏に直結する私たちが、一人また一人と、若き地涌の菩薩を呼び出していく。すなわち、わが「青年学会」を間断なく拡大していくことこそ、「仏になる道」なのであります。そして、それは人類を最高の幸福境涯へ高めゆく道であり、世界の平和の大海原を永遠に開きゆく道であります。
 大聖人は弘安2年(1279年)の10月、門下一同に師子吼されました。
 「月月・日日につよ(強)り給へ・すこしもたゆ(撓)む心あらば魔たよりをうべし」(同1190ページ)と。
 この御聖訓通り、我らは月月・日日に強く、たゆまず前進し、あらゆる障魔を打ち破りながら、勝利勝利の歴史を打ち立てていくことを誓い合いたい。
 共々に手を携えて、「この道」を朗らかに断固として勝ち進みましょう!
 大中部、万歳!
 世界の同志、万歳!
 青年学会の拡大そして勝利、万歳!
 どうか皆様、お元気で! 風邪などひかれませんように!
 題目を送ります(大拍手)。
2011-10-16 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.61/62

随筆 我らの勝利の大道 No.61/62
             (2011.10.8/9付)

未来を開く青年大会


君達よ! 正義と平和の大連隊を
決めて 祈って 勇んで行動だ!


 いざや勝て
  いざや勝ちゆけ
   偉大なる
  我らの青年
    諸天は讃えむ

 戦う青春は朗らかだ。
 どんな壁が立ちはだかろうと、勇敢なる青年の行く手を阻むことはできない。
 「壁を破る」──これこそが、青年の特権である。
 「できないことを心配するよりも、できることを考えるのだ」
 これは先月25日に、世界中から惜しまれつつ逝去されたケニアのワンガリ・マータイ博士が、自らを鼓舞していた言葉である。
 アフリカの大地に4千万本を超える木を植えた「グリーンベルト運動」──。この地球規模の大きな環境保護のうねりを生み出した活動は、心ない批判や中傷の連続であった。
 「苦悩はつねに偉大なる事業の母」という箴言が思い出される(情熱詩人バイロンの青春を評した言葉)。
 苦しまずして、悩まずして、なんで偉業が成し遂げられようか。
 博士は、自分でできることを考え、足元から一歩一歩、着実に運動を進めていった。その地道な積み重ねによって、幾多の壁を突き破り、新しい道を広々と切り開いていったのだ。
 私と妻は6年前の2月、多くの青年たちと共に、マータイ博士を聖教新聞本社にお迎えした。実に聡明な笑顔の女性であった。
 その折、青年たちへのメッセージを求めると、微笑みながら、こう語られた。
 「未来は、ずっと先にあるわけではありません。『未来』は、『今』にあるのです。将来、実現したい何かがあるなら、今、そのために行動しなければなりません」
 まさに、博士の崇高な信念そのものであった。
 偉大な人とは、「今」を生き抜き、困難に耐えて「未来」を開く人である。そこに、不滅の生命の価値が光るのだ。
        ◇
 わが師・戸田城聖先生は烈々と語られた。
 「八畳一間から始まった松下村塾の吉田松陰の門下の手で、明治維新は達成された。学会も、中核の青年がいれば、いな、一人の本物の弟子がいれば、広宣流布は断じてできる」
 歴史回天の舞台となった長州、すなわち山口県を、戸田先生は格別に注目されていた。この要衝で「広宣流布の拡大の旋風を起こせ」と、28歳の私に命ぜられたのである。それが「山口開拓闘争」である。
 昭和31年──松陰が松下村塾で講義を始めた安政3年(1856年)から100周年に当たっていた。
 この年、私は師匠の大誓願たる75万世帯の大法弘通の達成に向け、一瀉千里で走り続けていた。5月には大阪支部で、1カ月に弘教11,111世帯という金字塔を成し遂げた。
 9月初めの時点で、東京が10万、関西が6万という世帯に対し、山口県は430世帯に過ぎなかった。
 10月、そこに私は飛び込んだ。そして翌年1月には、約10倍の「4073世帯」へと大飛躍を遂げることができたのである。

山口闘争の要諦

 私は、この闘争で3つの点を重視した。
 第1は、「勝利への揺るぎなき一念」である。
 私が、この折伏闘争で、実際に山口を訪れることができたのは3度。のべ22日間という“短期決戦”である。恩師の事業と、学会の前進の一切を陰で支えながら、まさに時間との戦いであった。
 加えて古参の幹部には、この開拓の戦いの意義を理解せず、なかなか協力してくれない人もいた。
 お金もなかった。交通費も、わが家の電話債券を売って工面した。
 しかし私は、勝利を断固として決意した。
 「私は、広宣流布の拡大の師匠・戸田先生の直弟子である。ならば、拡大できないはずがないではないか!」──このように自らを奮い立たせ、戦いに臨んだ。負けてたまるか! 断じて勝ってみせる! と、戸田門下生の意地を燃え上がらせたのである。
 「御義口伝」には、「一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり」(御書790?)と仰せである。
 この日蓮大聖人の御指南のまま、「必ず勝つ」という師弟不二の一念で祈れば、無限の智慧が湧く。仏に等しい力が漲る。
 そこから迸る確信の対話は、一人ひとりの生命を揺り動かし、仏性を呼び覚まさずにはおかないのだ。
        ◇
 第2は、「祈りを合わせる」ことである。
 一緒に戦ってくれる山口の同志は、ほとんどが新入会であった。派遣隊のメンバーも、全国各地から集ってきていた。病苦や経済苦など、自らの厳しい宿命と戦う友も多かった。
 だからこそ、私は、この闘争に連なる方々が一人ももれなく、自他共に幸福の大境涯を開いていかれることを強盛に祈念した。機会を見つけては、共々に勤行し、唱題した。
 多彩な同志の集まりの中で、どう団結していくか。
 その要諦を、大聖人は、「自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして」(同1337?)、一緒に題目を唱えていくことであると教えてくださっているのだ。
 異体同心の「心」とは、「信心」である。
 「広宣流布」という大願に心を合わせていくことである。そこに、個々人の「宿命転換」の願いも、全部、包含される。
 深き同志愛で、苦楽を分かち合い、励まし合い、題目を送り合っていく──。明確なる広布の大目的に向かって、祈りを合わせた時、団結の力は、百倍、千倍、万倍にもなるのだ。

迅速に手を打て
 第3は、「電光石火のスピード」である。
 戸田先生から任を受けた後、私は即座に山口県という土地の情報収集、そして日程の調整に動いた。
 歴史は? 地理地勢は? 県民性は?
 あらゆる情報を自ら調べ、布教への糸口を模索した。そして1回1回の訪問に、明確な課題を定めて、真剣勝負で挑んだのだ。
 1回目で、現地の同志と心を一つに、闘争の火ぶたを切る。2回目で、拡大の突破口を開き、組織に勢いをつける。3回目で、拡大し抜く。そうやって勝利へ確実に布石した。
 スピードは「リーダー率先」の証しでもある。リーダーに、魔を寄せつけぬ生命の気迫があるからこそ、スピードが生まれるのだ。
 山口に滞在していない時も、私は悩んでいる友を思い浮かべ、電話や手紙で間断なく励ましを送った。
 どうすれば、あの友を勇気づけられるか。この友の奮起を促すことができるか。時を逃さず、迅速に手を打ち、行動することだ。
 大聖人は若き南条時光に「此の法華経を強く信じまいらせて余念なく一筋に信仰する者」を、釈迦・多宝をはじめ無量の仏菩薩や無数の諸天善神が「影の身にそふが如く」守護する(同1528?)と、厳然と約束してくださっている。
 広宣流布の師弟の道を「一筋」に徹し抜く青年ほど、この世で強い無敵の存在はないのである。
 ともあれ「決めて」「祈って」「行動する」──。
 この勝利のリズムを、今、私の手づくりの中国方面をはじめ、日本全国さらに全世界の青年が生き生きと受け継いでくれている。
 山口出身の青年詩人・中原中也は綴った。
 「価値は努力の中にだけある」「行へよ! その中に全てがある」
 君たちよ、正義と平和の大連帯を築け! わが愛弟子が繰り広げゆく、新たな広布の開拓闘争たる創価青年大会の有意義な大成功を、私は心から祈りたい。

 永遠に
  功徳と名誉で
   飾りゆけ
  広宣流布への
    燦たる歴史を

 マータイの言葉は『UNBOWED へこたれない ワンガリ・マータイ自伝』小池百合子訳(小学館)。バイロンへの評言は鶴見祐輔著『バイロン』(潮出版社)。中原中也の1番目は『新編中原中也全集』(角川書店)の第5巻「日記・書簡」、2番目は第4巻「評論・小説」。

若き「熱」と「力」で勝ちまくれ
友と語ろう! 誠実に 勇気をもって!


「一人立つ」弟子から拡大の万波

 晴れ晴れと
  使命も深く
   哲学を
  平和の為に
    戦う尊貴を

 先日の「青年部教学試験1級」では、多くの青年リーダーが真剣な研鑽の汗を流した。本当にご苦労様!
 その尊き挑戦に、私は心からの大拍手を送りたい。
 壮年部・婦人部の皆様をはじめ温かく応援してくださった先輩方にも、深く感謝申し上げます。

開目抄の師子吼
 今回の試験範囲となった「開目抄」に仰せである。
 「我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」(御書232?)
 創価の3代の師弟が心肝に染めてきた最重要の御文である。
 あの「国士訓」(青年よ国士たれ)でも、恩師・戸田先生は、この御文を拝し、こう師子吼された。
 「青年よ、一人立て! 二人は必ず立たん、三人はまた続くであろう。
 かくして、国に十万の国士あらば、苦悩の民衆を救いうること、火を見るよりも明らかである」
 発表された昭和29年当時、部員数は1万人ほどであった。10万人の陣列など夢のまた夢であった。
 しかし、私はただ一人立った。師の言葉を全身で受け止め、一人また一人とメンバーを鼓舞していった。
 そして、第3代会長就任の翌年──昭和36年の11月5日、“精鋭10万”の勝利の大結集を、現実のものとしたのだ。
 この時も、「教学」と「折伏」の両輪で大前進していた。
 御書を開き、学んだ歓喜を語り、拡大のうねりを起こしていったのだ。
 「行学の二道」──ここに学会の永遠の魂がある。
 50年の時を経て、今秋、「創価青年大会」が各地で行われる。私には、求道の心に燃え、生き生きと弘教の対話を広げゆく君たちの姿が、半世紀前の青年の群像と重なって見える。
 まさに、広宣の闘士が集う創価青年大会は、21世紀の「若き地涌の菩薩の雲集」である。
 会合を懸命に陰で支えてくれる運営のメンバーも多い。青年大会が無事故で開かれ、晴れ晴れとした意義深き“式典”とならんことを祈り、私は妻と共に、題目を送り続けている。

幸福への最高の道
 青春の
  鍛錬ありて
   一生の
  勝利と栄光
    君にぞ光らむ

 “人生の最大の楽しみ”とは何か。
 135年前に、福島で生まれた世界的な医学者・野口英世博士は述べた。
 「貧苦の好友となりて彼等を救ふに在り」
 目の前の悩める友と心を結び、同苦し、蘇生への道を共に歩んでいく。それこそ、最も充実した人生であると結論づけたのだ。
 仏法哲学の実践は、その最先端といってよい。
 野口博士の生家の近くには、今、我らの福島研修道場があり、尊き“福光”の宝城として、地域の方々からも広く親しまれている。
 わが師は、折伏とは──
 第1に、「自他共の幸福への最高手段」である。
 第2に、「国土を隆昌させる一大秘訣」である。
 そして第3に、「世界平和への最短距離」であると叫ばれた。
 この宣言のままに、わが青年部は、今こそ勇気凛々と正義を語り、友と一生涯の幸福と平和の道を開いていってもらいたい。
 折伏は「難事中の難事」である。なかなか、弘教が実らず、悩んでいる友もいるであろう。
 私自身、本当に苦労した。試行錯誤の連続であった。若き日の日記に、こう記したこともある。
 「(友への)折伏の手紙、全部送り返される。正法を求める人の少なきを悲しむ。戦いは、毎日激烈を極む。唯、勝つことを願い、前に前に進む以外の道なし」
 「(同志と)共に、大森に折伏にゆく。自分の折伏の下手くそに全く困る」
 一生懸命に話しても、なかなか相手に通じず、悲しく、悔しい思いをする。しかし、さらに祈り、学んで、次は対話を実らせていこうと努力する。
 上手くいかなかった佗しさなど、すぐに忘れ去って「次は断じて勝つ」と、たくましく挑戦を開始する。
 この「能忍(能く忍ぶ)」の心を持ったことが生命の勝利だ。そして必ず、わが決意の通り、一念の通りに花開いていくのが「一念三千」の法理である。
 その不屈の根性を誰よりもわかってくださっていたのが、戸田先生であった。
 師はよく言われた。
 「人に聞かしているだけで、それは折伏であり、聞法下種になるのです。すぐ功徳は出る」
 折伏は、実っても、実らなくても、功徳は厳然とある。自身の成長と人間革命に直結し、相手への仏縁と真実の友情が広がることは絶対に間違いない。
 幾多の先輩が、その実証を示してきた。折伏の実践のなかで、自らも境涯革命し、家庭革命し、職場にあっても勝利の結果を出して、信頼を広げてきたのである。
 ゆえに自分らしく、何があっても、朗らかに強く、身近な友から一人、また一人と、地道に誠実に語っていけばいいのだ。
 「雄弁は、言葉を選ぶところにもあるが、同時にまた、話す人の声の調子にも、目にも、顔の様子にもある」──フランスの文人ラ・ロシュフーコーの箴言である。
 自信なさそうに語れば、いくら正しいことを言っても伝わらない。題目を朗々と唱え、満々たる生命力で対話していくことが、何よりも重要なのだ。

「青年訓」60周年
 満天下
  創価の君らが
   立ちゆけば
  世紀の勝ち鬨
   天まで響かむ

 「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」
 戸田先生が発表された「青年訓」は、この鮮烈な言葉から始まっている。
 発表から60周年──。その言々句々は、今なお私の胸奥で輝き続けている。
 「熱」とは、友を思い、友を救おうとする「熱誠」であり、広宣流布への「熱願」である。
 「力」とは、信・行・学の実践でしか鍛えられない「行動力」であり、「突破力」である。
 御書には、「各各なにをかなげ(歎)かせ給うべき、迦葉尊者にあらずとも・まい(舞)をも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立ってをど(踊)りぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」(同1300?)と仰せである。
 私は関西で、この御文を深く拝しながら、若々しい「熱」と「力」を思う存分に結集し、皆で舞を舞うが如く、心伸びやかに、拡大の歴史を残した。
 ともあれ、後継の青年部の諸君が、名実ともに世界の最前線で縦横無尽に指揮を執る時が到来した。
 先駆の英雄・学生部よ、正義の旗を!
 秀麗なる女子学生部は、勝利の青春を!
 華陽の天女の女子部よ、使命の華と舞え!
 そして、不二の若獅子たる男子部よ、断固として勝ちまくれ!。
 私の後継者は、君たち一人ひとりだ。
 創価青年学会の永遠の発展は、一に今の君たちの世代の奮闘にかかっている。
 今再び、民衆の壮大なる平和と正義の連帯の拡大を宜しく頼む。断じて頼む。

 厳とした
  勇気と正義の
   信念の
  青年部《せいねん》ありせば
     未来は盤石


 野口英世の言葉は『野口英世』第2巻「書簡」丹実編(講談社)。ラ・ロシュフーコーは『ラ・ロシュフコオ箴言と考察』内藤濯訳(グラフ社)。
2011-10-16 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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「創価栄光の集い」へのメッセージ 

「創価栄光の集い」へのメッセージ   
               (2011.10.8 創大記念講堂)

創大開学50周年、短大開学30周年へ
君よ、今こそ学び抜け


 晴れ晴れと「創価栄光の集い」、誠におめでとうございます!
 私の心も、わが創大生、わが短大生と一緒です。尊き留学生をはじめ、皆さんの情熱あふれる演技も、英知光る展示や催しも、陰の労苦を惜しまぬ運営も、すべて生き生きと私の生命に映じております。
 皆さんが体現している、この開かれた心と心の啓発、そして、この信頼と尊敬に基づく切磋琢磨の連帯にこそ、新たな「対話の文明」の黄金の光があると、私は声を大にして申し上げたいのであります。
 ありがとう! 御苦労さま!(大拍手)
 青年たちの躍動を温かく見守ってくださっている、日本を代表する経済界のトップの方々をはじめ、多くの来賓の皆様に、心から最大の感謝を申し上げます。激務のなか、本当にようこそ、お越しくださいました(大拍手)。
 さらに、きょうは、中国とアメリカ、東洋と西洋を大きく結ばれる、世界的な知性であられるドゥ・ウェイミン博士を、わが創価大学の名誉博士としてお迎えすることができ、このうえない喜びであります。また、心からお祝い申し上げます(大拍手)。
 思えば、私がドゥ博士と初めてお会いしたのは、16年前の1月26日、ハワイの東西センターでの私の講演の時でありました。
 それは、あの阪神・淡路大震災の直後のことです。私自身、講演の前日ギリギリまで出発を延ばして日本に留まり、被災地への救援と激励を続けました。
 この折、「平和と人間のための安全保障」をテーマとした私の講演の講評に立ってくださったのが、ドゥ博士なのであります。
 その後、ドゥ博士と私が真剣な語らいを重ねて、対談集『対話の文明──平和の希望哲学を語る』(第三文明社刊)を発刊したことは、ご存じの通りであります。
 この対談での一つの重要な結論は何か。それは、「学ぶ文明、学ぶ人間は発展し成長する」。すなわち、「学びの心」こそが、人間と文明の勝ち栄えゆく原動力であるということであります。
 どんなに栄えていても、傲り高ぶって、学ぶことを止めてしまえば、そこから、人生も社会も衰退せざるを得ません。
 しかし、「学びの心」が太陽のように輝いていれば、決して行き詰まらない。必ず限りない成長と発展への活路を見いたしていけるのであります。
 世界は、いやまして幾多の難題に直面しています。
 だからこそ、恐れを知らず、疲れを知らぬ若き向学の君たちは「英知を磨くは何のため」との創大スピリットを胸中に響かせつつ、今こそ学んで学んで学び抜いて、人類の新たな価値の創造に挑んでいっていただきたいのであります。
 本日、お迎えした各界のトップの方々も、若き日より、言うに言われぬ風雪を勝ち越えながら、崩れざる勝利の城を築き上げてこられた人生と社会の大英雄であられます。
 ドゥ博士も、幼き日の乳母からの励ましを大切にされています。
 それは、「苦労のなかの最大の苦労を耐えぬいた者のみが、人々を導く人になる」という教えです。これが、偉大な人生の真髄の哲学であります。
 ゆえに、東北をはじめ、さまざまな試練に立ち向かう君たちも、「徹して強くあれ! 断じて負けるな!」と私は申し上げたい。
 一番、苦悩と戦った人が、一番、苦悩する民衆の真の味方となれる。大恩ある父母をはじめ、より多くの人を幸せにすることができる。何ものにも揺るがぬ大指導者となれるのです。
 さらにもう一点、崇高な師弟に生き抜いてこられたドゥ博士の叫びを、私はそのまま、わが最愛の弟子たる創大生・短大生に伝えさせていただきたい。
 「師の真実は、不屈の弟子の努力と実践によって実現される」──と。
 建設の槌音高き創大の新総合教育棟も、明後2013年には完成します。特色光る人間教育への取り組みも、一段と充実させていきます。私は創立者として、これからも一心不乱に、君たちの勝利の大道を開いていきます(大拍手)。
 終わりに、近代建築の巨匠であるル・コルビュジエの言葉を申し上げ、私のメッセージといたします。
 「今という時は建設のためにある」(吉阪隆正訳『建築をめぎして』SD選書)と。
 さあ、短大開学30周年、そして、創大開学50周年へ、新たな大建設を開始しよう! 一緒に手を携えて、前進しよう!。
 来賓の皆様に重ねて心より御礼を申し上げます。
 わが創大生、万歳!
 わが短大生、万歳!
2011-10-16 : スピーチ・メッセージ等 :
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「核兵器廃絶への挑戦」展へのメッセージ

「核兵器廃絶への挑戦」展へのメッセージ
      (2011.10.7 ベルリン「ウラニア」)

SGI(創価学会インタナショナル)が制作した「核兵器廃絶への挑戦」展が7日、GCC(国際協力評議会)とIPPNW(核戦争防止国際医師会議)ドイツ支部の共催のもと、ドイツの首都ベルリンの文化施設「ウラニア」で開幕した。同会場で行われた開幕式典には、ドイツ連邦議会のウータ・ツァップフ議員(軍縮・不拡散小委員会議長)から祝辞が贈られ、在ドイツ日本大使館の神余特命全権大使をはじめ3カ国の大使館関係者、NGO(非政府組織)関係者など多数の来賓が参加。池田大作SGI会長がメッセージを寄せ、池田博正SGI副会長、寺崎創価学会平和委員会議長らSGIドイツ訪問団が、ドイツSGIの代表とともに出席した。

「平和の文化」建設へ人類的挑戦

想像力と創造力で核廃絶を
文豪ゲーテ
実行する力は誰もが持っている

 一、東西冷戦の対立を乗り越えて、新たな歴史を刻み続けておられるベルリンにおいて、本日、「平和の文化」の建設をテーマとする「核兵器廃絶への挑戦」展が開催されますことに、私は格別の感慨を禁じえません。世界192カ国・地域のSGIメンバーを代表し、心からの感謝を申し上げます。

恩師の「原水爆禁止宣言」が原点
 一、「世界の政治的状況は、真の意味での平和維持の秩序が生じるために、根本的に変革されねばならない」(遠山義孝訳『心の病としての平和不在』南雲堂)──これは、冷戦時代に核兵器の脅威を訴え抜かれたカール・ヴァイツゼッカー博士の言葉であります。
 来年で、博士たちが中心となって推進された「ゲッティンゲン宣言」の発表から55周年の佳節を迎えます。
 この宣言が発表された1957年(昭和32年)は、私の師である戸田城聖第2代会長が、核兵器を「絶対悪」と断じ、その廃絶を訴えた「原水爆禁止宣言」を発表した年でもありました。
 以来、私どもは、この宣言を原点として、「核兵器のない世界」を目指す運動に取り組んでまいりました。
 2007年(平成19年)9月からは、新たに「核兵器廃絶への民衆行動の10年」の運動を立ち上げ、志を共にするさまざまな国際運動と協力しつつ活動を展開しております。
 「核兵器廃絶への挑戦」展はその一環であり、これまで世界220都市以上で開催され、多くの人々の来場を得てまいりました。ドイツは、28番目の開催国となります。

核を正当化する知的根拠は崩壊
 一、この積み重ねの中で、一層浮き彫りになってきたことがあります。
 それは、冷戦時代に構築された「核抑止論」というイデオロギーの正当性と有効性に対し、これまで当然視していた政治指導層の中からでさえ、疑問が投げかけられ始めているという事実であります。〈核抑止論とは、核兵器による“恐怖の均衡”が戦争を抑止するという考え〉
 すなわち、「核兵器は本当に必要なものなのか。なぜ持ち続けなければならないのか」という問いであります。
 著名なカナダのダグラス・ロウチ元軍縮大使は、最近、各国を歴訪するなかでの実感として、「核の抑止論を正当化する知的根拠は、もはや崩れつつある」と強調されております。
 時代の潮目は、大きく変わり始めていることを感じるのは、私一人ではないでありましょう。
 国連事務総長をはじめ多くの指導者や専門家の方々が指摘するように、テロリストによる核攻撃の危険性の一つをとってみても、「核抑止論」に依存する核兵器が、今日の安全保障に資さないことは、明々白々です。
 こうした変化にもかかわらず、「核抑止論」という一種のドグマにより、核兵器を保有することがすなわち安全保障であるという考え方が、「現実主義」の名のもとに正当化されてきました。
 しかし冷戦終結から20年余りを経て、なおもそうした硬直した姿勢を続けることは、
「現実主義」というより、むしろ危険な思考ではないでしょうか。
 一、さらに本年3月の福島における事故により、原発の安全性にも大きな不安が投げかけられています。今回の原発事故は、原子力エネルギーそのものに人類がどう向かい合うのかを厳しく問うていると言えましょう。
 私たちの眼前には、貧困や環境問題、また深刻な失業や金融危機など、各国が一致して立ち向かうべき「人類共通の課題」が山積しています。
 そのために必要な人的・経済的資源を犠牲にしてまで核兵器を維持することの愚かさが、今、一層明らかになっております。

市民の声を結集せよ
核兵器禁止条約の早期交渉開始を


 一、あくまで必要とされるのは、「安全保障」であって、「核兵器の保有」ではありません。
 21世紀の真の安全保障を考えるにあたり、私どもは変わりゆく現実を直視し、それを望ましい方向へと導くべく、さらに新しい現実を生み出す想像力を持たねばなりません。
 軍事力による「国家の安全保障」から「人間の安全保障」──この発想の転換のカギを握るのは、そうした「想像力」に裏打ちされた「創造力」であります。そしてこれこそが、この展示会の訴える主たるテーマの一つにほかなりません。
 核兵器の廃絶は、人類の創造力をいかんなく発揮することによって、大きく前進するものであります。
 もちろん、その道のりは、決して容易ではありません。
 しかし人類の歴史──なかんずく、ここベルリン市民の勇気の歴史は──人間には、どんな困難な状況をも打開し、より豊かで実りある価値創造を成し遂げる力が備わっていることを堂々と示してこられました。

連帯の絆を強め
 一、人類の宝であるドイツの文豪ゲーテは語りました。
 「確信したものを実行するだけの力は、かならず誰でも持っている」(大山定一訳「ゲーテ格言集」、『ゲーテ全集 第11巻』所収、人文書院)と。
 この偉大な力を、一人一人の人間が縦横に開花させながら、粘り強い対話を通じて人々の規範意識を変革し、連帯の絆を強めつつ、新たな現実をつくり出していく──ここに、「暴力の文化」から「平和の文化」を目指す人類史的挑戦があると、私は訴えたいのであります。
 この挑戦において、ヨーロッパの安定と平和的な統合の推進を担ってこられたドイツの果たされる役割は誠に大きいと信じます。

「不可能」の壁を取り払え
 一、思えば、ベルリンの壁の設置から2カ月後の1961年10月、私はブランデンブルク門を訪れました。兵士や戦車が居並ぶ冷戦最前線の寒々とした風景は、今も忘れることができません。
 しかし、撤去不可能と信じられていたあのベルリンの壁も、民衆の手によって決然と取り払われました。
 同じく、全廃不可能であると信じられている核兵器も、目覚めた民衆の力によって必ずや取り払われることを、私は強く確信してやまないものです。
 一、「核兵器のない世界」という偉大なる目標に向かって、心ある政治指導者ならびに市民社会は、今こそ連携を密にし、その総力を結集すべき時を迎えています。
 その里程標ともいうべきものが、核兵器禁止条約の実現です。その早期交渉開始を、ここベルリンの地で、私は改めて強く訴えるものです。そのために、私どもSGIも、皆さまと力を合わせつつ、更なる努力を重ねていく決意であります。
 一、結びに、ご臨席の皆さま方のご健勝とともに、関係諸団体の益々のご発展を心からお祈り申し上げ、私のメッセージとさせていただきます(大拍手)。
2011-10-16 : スピーチ・メッセージ等 :
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民衆こそ王者 池田大作とその時代 2 [励ましの城]篇

民衆こそ王者 池田大作とその時代 2[励ましの城]篇
  「池田大作とその時代」編纂委員会 著 潮出版社 2011.10.12刊 ¥1000(税込)

第1章 大宇宙と生命の詩(潮2010.12月号)
 「宇宙の不可思議を考えずにいられぬ」
 いずこより来たり いずこへ往かん
 「戸田大学」で学んだ天文学
 人間の「生死」が一番大事である
 「月影を仰いで詩を読む暇なし」
 父子を照らす月見の宴
 太陽の方へ! 希望の方へ!
 他の惑星に知的生命はいるか
 カール・セーガンとの対話
 科学の先にある宗教・哲学の領域
 「天文学で平和を愛する心を培う」
 アメリカの望遠鏡を日本でコントロール
 人類文明の寿命
 学園生が発した平和のメッセージ
 八王子の満月を見つめる師弟
 
第2章 伊勢湾台風と阪神・淡路大震災(1)(潮2011.1月号)
 「皆の安否を思うと夜も眠れなかった」
 「信心さえ壊れなければ 必ず変毒為薬できる」
 「ここはあなたの“家”です」
 「豊作であるように」「大地震がないように」
 裁判の準備より友の激励を優先
 「3日に1回、同志に会っていくことだ」
 雨の日比谷通り
 「マッカーサーがあそこにいるんだ」
 “お堀端”の誓い
 平成7年1月17日、午前5時46分
 「考えつく全てのことを」

第3章 伊勢湾台風と阪神・淡路大震災(2)(潮2011.2月号)
 「居ても立ってもいられへんかった」
 「一番大変なところへ行くのが関西魂や」
 「見も知らぬ人々を」
 艀で歌った「常勝の空」
 救急医療班
 「壮心不已」の人物
 「今再びの 陣列に」
 「悪象に踏まれても地獄に堕ちない」
 9カ月後の“希望”総会
 生命の橋を架けるために
 聴く力、待つ力
 前を向こうと決めた
 「まだまだ復興はこれからです」
 
第4章 真実の同志とともに──昭和54年・立川(潮2011.3月号)
 会長辞任の5日後に送った手紙
 「人身は受けがたし」
 「私は、いたって悠々と元気です」
 空白を埋めるキーワード
 山頂は 常に嵐なり
 「一年有半」の心
 「そうやって今日の創価学会はできたんだ」
 「共存共栄」の城
 「第2の本部」をゼロからつくる
 「寒風に 一人立ちたり」
 「歴史を創るは この船たしか」
 「どんな立場になろうと、私は私である」
 
第5章 今、再び創立する時──昭和54年・神奈川(潮2011.4月号)
 「底辺の人々に自信と誇りを」
 「小林町の、池田さんの所へ行きなさい」
 「七つの鐘」の問いかけ
 昭和54年の春を目指して
 「一人立つ精神」
 励ましの“声”をピアノの旋律に乗せて
 「今が一番幸せなんだよ」
 「はい、元気ですよ」
 「今、戦わなければだめなんだよ」
 10年後、20年後を
 「正義の旗」
 「これで勝ったぞ。21世紀が見えた」
 二つの光
 「天味 かをりの 女王かな」
 「立川の友 神奈川の友 この友情を生涯 忘れまい」
 
第6章 「冬は必ず春となる」(潮2011.5月号)
 「母さんを英国に連れて行くよ」
 「先生は一生わすれない」
 「おばあちゃん、勝ったね!」
 励ましの淵源──市ケ谷ビルの日々
 人生の診察室
 激流に抗して立つ
 「三代会長となるべき人を」
 「あなたを見て、人は学会の師弟を感じるのよ」
 50年前に行われていた「友人葬」
 谷川のおばあちゃん
 上春別の長者たれ
 “上げ潮の秘訣”
 
第7章 パリの地下鉄で生まれた詩(潮2011.9月号)
 「自分の樹を育てよ」
 「たった一言が生涯の光となる」
 「誰かが突破口を開くしかなかった」
 「君が飾りし 人形展かな」
 困っている時に手を指し伸べるのが友人
 「父との約束を守りました」
 「世の中に変化しないものはない」
 「3万人と会う予定」
 8年前の一言を歌に
 世界一、小さな本部
 フィレンツェの窓
 “生命の彫刻家”

第8章 ニューヨーク、「迫害と人生」、「紅の歌」(潮2011.10月号)
 「常に傷ついた人の側に立つ」
 「一番上は猊下。一番下は君たち」
 「今日は私が創価班、牙城会だからね」
 返礼の長編詩
 「あの訪米で“長い干ばつ”が終わったのです」
 継承される師弟の道
 講演「迫害と人生」
 「紅の歌」
 「私たちの師匠の歴史を知らない」
 仏を迎えるように
 「一行目が勝負だ」
 「私が弟子を仰ぎ見るのだ」
 万葉の詩
2011-10-04 : 池田大作理解のために :
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