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21世紀のナポレオン  歴史創造のエスプリ(精神)を語る

21世紀のナポレオン  歴史創造のエスプリ(精神)を語る
 対談者 シャルル・ナポレオン
単行本 第三文明社 2011.7.3刊 ¥1600(税込)

第1章 「人間の世紀」「共和の時代」へ
 ナポレオンの精神を未来へ
 ナポレオン家の誉れの気風
 「行動の人」──ナポレオン

第2章 人間精神のグローバル化を
 自由・平等・友愛の精神
 グローバリズムと「共和」の精神
 多様性こそ文化の源泉

第3章 新たな家族像を求めて
 「偉人を作るもの、それは母」
 人格教育における家庭の役割
 コルシカ島が生んだ進取の気性

第4章 未来を開く人材育成

 ナポレオンの教育事業
 青春時代の苦闘こそ人生の糧
 英雄を生んだ「思索と読書」

第5章 変革こそ青年の特権
 フランス革命の光と影
 革命児ナポレオンの登場
 革命の限界と「真の革命」

第6章 新時代のリーダーシップ
 文化を愛したナポレオン
 ナポレオンの指導力
 剣に打ち勝つ精神の光

第7章 世紀の先頭を駆ける

 「人民に尽くす」のがリーダー
 皇帝ナポレオンの光と影
 ナポレオン没落の要因とは

第8章 逆境に勝つ人間学
 ナポレオンと日本
 スピードが勝負を決する
 試練に屈せず、再びパリへ

第9章 ロマンの人生を生きる
 組織を生かす人材登用術
 ワーテルローで歴史は変わった
 戦い続けたナポレオン
 
第10章 文化の遺産こそ永遠の宝
 ナポレオンの文化的業績
 「文化の時代」への大志
 人間の可能性を開く

第11章 不滅のナポレオン法典
 時代に先駆けた法典
 世界に与えた大きな影響
 「21世紀のナポレオン」像

第12章 「ヨーロッパ統合」の精神的源流

 文豪ユゴーの理想
 「一つのヨーロッパ」へ
 人類史における壮大な実験
 
第13章 平和共生の「世界合衆国」を
 欧州統合への挑戦
 多様性を尊重した統合を
 民衆が築く世界の平和
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2011-06-26 : 人物を語る :
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随筆 我らの勝利の大道 No.49/50

随筆 我らの勝利の大道 No.49/50
             (2011.6.24/25付)
人間世紀の母の曲

婦人部万歳! 創価の太陽に感謝

今日も平和と幸福の種を蒔こう
「法華経の行者」の祈りは叶わぬ事なし


 崇高な
  元初の太陽
     貴女《あなた》たち
  慈愛で包めや
   あの人 この人

 新生の太陽が昇った。
 世界第一の平和と幸福のスクラムである、わが婦人部の結成60周年の6月。
 「年は・わか(若)うなり福はかさなり候べし」(御書1215㌻)との御聖訓の通り、創価の母たちは、いよいよ若々しく、ますます福運に満ち満ちて、前進している。
 全国、全世界で、婦人部総会が活発だ。毎日のように歓喜と決意に弾ける報告を頂戴している。
 東日本大震災の被災地域でも、母たちは健気に、また「負げでたまっか!」「負げでらんね」と励まし合って集っておられる。
 私と妻は合掌する思いで伺い、皆様のご多幸を懸命に祈っている。
 アフリカのケニアからも、婦人部の記念の大会が明るく有意義に行われた様子を伝えていただいた。
 会場は、名門ナイロビ大学の会議場である。多くの来賓や友人が賑やかに集われ、2人の婦人部の方の感動的な体験発表に続き、「母」の歌の合唱、ダンスが披露された。
 さらに、高名な国際弁護士が“アフリカにおける女性の人権”について講演され、SGI(創価学会インタナショナル)の草の根の運動に深い期待を寄せてくださった。
 いずこの天地でも、妙法の女性は確かな平和と幸福の調べを奏でつつ、「最善の喜び」を創り広げている。
 その生命の歓喜の光は、向こう三軒両隣の地域や、身近な市町村から、大きくは人類社会まで、生き生きと照らしていくのだ。

「白ゆり」の如く!
 婦人部結成の時、戸田城聖先生は詠まれた。

 白ゆりの
  香りも高き
    集いかな
  心の清き
   友どちなれぱ

 創価の「白ゆり」と咲き出《いで》た婦人部を、恩師は最大に慈しまれていた。
 55年前(昭和31年)の6月、歴史に燦たる“大阪の戦い”の大前進のなか、戸田先生と私は、中之島の中央公会堂で意気高く行われた大阪・堺支部合同の婦人部総会に出席した。
 戸田先生は、広宣流布という正義の前進には、大難の嵐のあることを示され、こう指導を結ばれた。
 「たとえどのような三障四魔が起ころうとも、われわれは断じて信仰をやりとげ、おたがいに助けあい、迷うことなく幸福な生活を一日一日と築きあげていこうではないか」
 どんな難が襲いかかってこようとも「負けたらあかん」という関西魂の炎を、恩師はいち早く婦人部の心に灯されていたのである。
 この日、私は申し上げた。
 「大阪中の市民からも慕われるような立派な信心を貫いて、花にも負けず、美しく咲き誇る活動を!」
 これが、恩師と私の2人で出席した、忘れ得ぬ婦人部総会となった。

♪母よ あなたは
 なんと不思議な
     豊富《ゆたか》な力を
 もっているのか……

 過日の婦人部幹部会(本部幹部会)の席上、男女青年部の「しなの合唱団」「富士合唱団」が、偉大な母たちへの感謝を込めて、美しいハーモニーで「母」の歌を捧げてくれた。
 婦人部「白ゆり合唱団」による、愛唱歌「今日も元気で」等のコーラスも本当に美事であった。
 来る日も来る日も、生き抜く力、負けない力を示して母たちは進んだ。民衆勝利の創価の大前進は、まさしく母の「不思議な豊富な力」のお陰であった。
 母よ! あまりにも尊き母たちよ、ありがとう!
 私が長編詩「母」を発表したのは、婦人部結成20周年にあたる昭和46年の10月4日、大阪市で行われた関西婦人部幹部会である。
 この長編詩から抜粋して、曲がつき、「母」の歌が誕生したのは、その5年後のことであった。
 このたび結成60周年を記念し、「母」の歌碑が創価世界女性会館に設置され、新たな、そして大きな喜びが広がっている。

ハーモニカの音色

 4月、東北の被災地でも、東日本大震災後初の創価家族の座談会が開催された。
 宮城県のある座談会──参加者が皆、ありったけの思いを語った最後に、壮年リーダーが、鞄からそっと小さな包みを取り出した。
 ハーモニカだった。
 「婦人部の皆さんのために感謝を込めて、演奏させていただきます」
 ハーモニカから流れ始めたのは「母」の曲であった。
 彼自身も、お母さんの吹くハーモニカに励まされてきたのだという。
 ハーモニカが奏でる「母」の清らかな調べは、優しく、懐かしく、座談会場を包んだ。
 頷きながら耳を傾ける友、小声で口ずさむ友、聴き入るうちに涙ぐむ友……やがて、何ものにも負けぬ尊き母の心を思い、皆の目が明るく輝いていった。
 「母の人生は苦労の多い人生だったけれど、とても勇敢で、喜んで他人のために尽くす人だった。いまわたしたちはその母のために生きなければならない」
 これは、『若草物語』で有名なアメリカの作家オルコットの言葉である。
        ◇
 日蓮大聖人は、千日尼に「此の度大願を立て後生を願はせ給へ」(御書1308㌻)と仰せになられた。
 荒れ狂う濁世にあって、地域の友を抱きかかえて悪戦苦闘する女性リーダーを励まされた御聖訓である。
 広宣流布の大願を立て、自他共に未来永遠の幸福境涯を勝ち開いていく──この御本仏が示された道を、婦人部は晴れ晴れと進んでいる。

絶対無事故を深く
 天までも
  轟きわたらむ
   母たちの
  祈りの深きは
    仏と等しく

 「祈りからすべては始まる」とは、婦人部「実践の5指針」の第1項である。
 今日も母は真剣に祈る。
 深き祈りから、今日一日を始める。決意の祈りを心に抱いて今日を走る。
 母は祈る。強盛に、また決然として祈る。夫の健康を祈り、子の成長を祈り、家族の幸福を祈る。地域の友の活躍と無事を祈る。「事故がないことが勝利!」と、絶対無事故を祈る。
 今日の安穏を祈り、明日の平和を祈る。
 「いつも祈っている母の姿が胸から離れません」と涙を浮かべる青年がいた。
 母の祈りには、限界がない。行き詰まりもない。臆病も弱々しい迷いもない。ひたぶるな祈りの底には、絶望やあきらめを追い払う勇気が燃えている。
 妙法の祈りは、断じて勝つという誓願だ。祈ったその時に、すでに未来の勝利を深く決するのである。
 「因果倶時・不思議の一法」(同513㌻)をこの身に行じゆくのだ。
 大聖人は、厳然と約束くださっている。
 「大地はささばはづ(外)るるとも虚空《おおぞら》をつなぐ者はありとも・潮のみ(満)ちひ(干)ぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかな(叶)はぬ事はあるべからず」(同1351㌻)
 これが「法華経の行者の祈り」である。
 大地や大空をも、また大海や太陽をも、わが友の如く励まし、動かしゆくような絶対勝利の力──その大功力を師弟不二で証明してきた信心の女王こそ、尊き創価の婦人部なのである。
 瞬時も止まることなく、大宇宙を回転する青き地球は、この偉大な母たちの題目に包まれているのだ。

善の価値の花々を
 私は、かねてより21世紀のビジョンを多次元から提唱してきた。
 「アフリカの世紀」
 「女性の世紀」
 「人権の世紀」
 「対話の世紀」
 「教育の世紀」
 「生命の世紀」……。
 冷笑する人も多かった。しかし私は、未来を見つめ、善の種を蒔いてきた。
 御金言には「物たね(種)と申すもの一なれども植えぬれば多くとなり」(同971㌻)と仰せである。
 祈りを込めて種を蒔き、大切に守り育む。それはそれは、想像を絶する労作業である。だが、この地道な努力の積み重ね以外に、広宣流布の大樹を育てることはできない。
 私と共に、喜び勇んで、来る日も来る日も、仏縁を広げ、一つ、また一つと種を蒔き続けてこられたのが、婦人部の皆様方である。
 どんなに悪口罵詈されようとも、挫けず、弛まず、そこに希望の種を、ここに友情の種を、あそこに平和の種を──と民衆の大地に蒔いてくださった。いな、粘り強く発芽を促し、育んでいかれたのである。
 あらゆる善の価値の花を咲かせながら、皆が幸福に輝く並木路を、私たちは全力で創り開いてきた。
 今、誰人も考えられなかった世界広布の大発展を遂げ、21世紀の平和と文化と教育のビジョンも実現し始めている。
 これからも、創価の母たちの「誠実」と「根性」と「賢さ」と「忍耐強さ」がある限り、いよいよ広宣流布の勝利の大輪が咲き薫っていくに違いない。
 「真剣」──この二字で、我らは勝っていくのだ。

 いついつも
  世界の果てまで
    喜びを
  走れ舞いゆけ
     種蒔く母よ

 ──豪雨災害のあった鹿児島、宮崎、熊本など九州の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。また、梅雨入りした東北の皆様、どうかくれぐれもお体を大切に!

 オルコットの言葉はマイヤースン&シーリー編『ルイーザ・メイ・オールコットの日記』宮木陽子訳(西村書店)の編者「注」から。

命を守る母の連帯から平和が!

地球に希望のコスモスの花園を
人材勝利の「青年学会」を共々に


 晴れ晴れと
  広布の夜明けを
     つくりたる
  偉大な母をば
     諸仏は守らむ

 「創価学会は永遠に民衆の側に立つ」──私たちが幾たびとなく確認してきた根本精神である。
 それを具体的な行動でいえぱ、「母を守る」「婦人部を大切にする」ということにほかならない。
        ◇
♪母よ わが母
 風雪に耐え
 悲しみの合掌《いのり》を
  繰り返した 母よ……

 先師・牧口常三郎先生と同時代を生き抜いた、ドイツの一人の母がいる。ケーテ・コルビッツ(1867~1945年)という画家である。

「同苦」の叫びから
 彼女は、第1次世界大戦で出征した最愛の子息を失った。第2次大戦では孫も戦死。彼女自身、晩年はナチスの弾圧を耐え抜きながら、創作活動に奮進した。
 子息の死後の制作では、「母と子」や「母たち」を表現した作品が多数ある。
 何ものかから我が子を守ろうと、大きな腕で抱きかかえる母。亡くなった子どもを抱きしめる母……。
 互いに身を寄せ合い、大きな腕を組んで守り合い、一つに団結した母たち。そのスクラムの間から子どもたちの顔も見える。
 女性が両腕の下に、いとけない子どもたちを守る絵には、「種子《たね》を粉にひくな」と題されている。
 わが子を守ってやりたかった! 残酷な戦争になど行かせたくなかった!。
 その叫びは、後継の種子《しゅし》である子どもたちを守り抜かんとする、すべての母たちの願いとなる。
 「共通の悲しみこそ、相互の理解を深めるものだ」と彼女は言った。「同苦」の心が、母たちの生命尊厳の連帯の根拠ともなるのだ。
 中国の大文豪・魯迅も、彼女の作品に「慈母の愛」による戦いを見、大変に尊敬していた。
 コルビッツの作品は、母の叫びを凝結し、平和の願いで人びとを結びつける、平和の芸術となったのである。
 ──私の母は、終戦から2年後、長兄の戦死を知らされた。その死亡通知を握りしめ、部屋の隅で小さな背中を震わせていた母の悲しみの姿は、決して忘れることはできない。
 私は思う。あの時、母はわが子を、その腕に抱きしめていたのだと。
 母の愛は、あまりにも深い。その母を苦しめ、悲しませ、子どもの未来を奪い去っていく、戦争をはじめ、あらゆる暴力に、私たちは断じて反対する。
 世界の平和、人類の幸福といっても、母を大切にし、心から感謝するところから始まると、私は叫ばずにはいられない。
 今、ドイツで、日本で、そして世界で、わが創価の女性たちが力強く平和のスクラムを広げている。その希望の大行進を、皆がまぶしく見つめている。

妙法の女性を讃う
 戦時中、特高警察に押収された牧口先生の「御義口伝」に、傍線が引かれた一節がある。
 「男女の中には別して女人を讃《ほ》めたり女人を指して者《しゃ》と云うなり」(御書778㌻)との仰せである。
 日蓮大聖人は、“法華の名《みな》を受持せん者を擁護《おうご》せんすら、福は量る可からず”の経文の「者」の一字について、これは、妙法を受持した女性を讃えて言われたものであると断言されたのであった。
 私は先師の魂と共に、厳粛に拝して心肝に染めた。
 今から半世紀ほど前、アメリカ黒人の差別撤廃と民主主義を拡大した公民権運動においても、どれほど女性の力が重要であったか。
 私か対談した歴史学者のハーディング博士が述懐しておられた。
 「解放運動」は「草の根レベルの地域活動を拠り所にしていたために、女性たちが運動の中心的な存在となっていたのです」と。
 最前線で献身的に動き、人びとに語りかけ、我慢強く一人また一人と糾合していった原動力こそ、女性であった。この女性たちの、地に足のついた行動がなかつたら、誰も集会や行進に集まらなかったし、何も進まなかったであろうと、博士は言われていた。

「体験」を語り共有
 さらにハーディング博士は、こう強調された。
 「新しい現実をもたらすためには“私たちにはできるのだ”と声を大にして励まし合うことが大切です」
 その一つの方法として、博士が具体的に提唱されていたのが「互いの体験に耳を傾けること」であった。
 それはなぜか。「体験を共有することによって、地域の中に励ましの輪を築くことができる」。さらに「自分の地域を超えた人びとにも、励まし、を贈ることができる」からである。
 創価の母たちが、地域に根差し、顔の見える「グループ」という小さな人の輪を基盤として、楽しく朗らかに、語らいを広げゆく意義は、まことに大きい。
 婦人部の5指針にも「地域と社会を大切に」「生き生きと体験を語る」とある。
 希望と確信の声を! 誠実と思いやりの行動を!
 「無縁社会」と憂慮される冷たい社会に、信頼と尊敬の暖かき太陽の光を燦々と注ぐのだ。それは「仏縁」を結び、「仏の種子」を蒔いていく、尊き「仏の仕事」といってよい。
        ◇
 婦人部の5指針の一つに「後継の人材を伸ばす」と謳われている。
 恩師が第2代会長就任の1カ月後に、婦人部を結成され、その直後に男女青年部を結成されたのも、不思議なリズムである。母の大地からこそ、後継の青年部、未来部が羽ばたくのだ。

母の翼の下から!
 先月、支部結成50周年を迎えた奈良で、記念の総会があった。嬉しいことに、98歳になられた、初代婦人部長の有馬のぶさんも元気に参加された。
 聖教新聞に掲載された、歴代の婦人部長と一緒の記念写真を、私も妻と心から懐かしく拝見した。
 この“奈良広布の母”の翼の下から、どれほど多くの後輩が巣立ってきたことか。今回、新女子部長に就任した吉井さんも奈良県の出身である。誇りは高い。
 支部結成の頃、有馬さんは自宅の塀に、心ない誹謗中傷の言葉をペンキで落書きされたことがあった。
 その時、私が送った手紙を、有馬さんは大切にしてくださっていたようだ。手紙には、大聖人が御自身の忍難弘通の足跡を記された報恩抄の御文を引いた。
 「いよいよ大難かさなる事・大風に大波の起るがごとし」(御書322㌻)
 たとえ嵐の黒雲《くろくも》が湧き起こるとも、創価の母が厳然としていれば、必ず勝利の夜明けがくる。
 その通りになった。
 世界でも「青年躍進」の方程式は同じである。
 大発展を続けるインドからも明るい話題が届いた。
 東部コルカタのある地区では、53人のメンバーの大半が婦人部であった。
 そこで、「わが地区を『青年学会』に!」と、皆で一大奮起。地域の青年を励まし、対話を重ねた。
 そして半年、実に21人もの男女青年部、20人の未来部員が誕生したというのである。
 青年を励まし育む、母の慈愛こそが、「青年学会」の未来を開く揺藍となる。

震災を耐えた写真
 3月11日、東日本大震災の大津波で、宮城県の気仙沼会館は2階まで浸水したが、館内に避難された方々は幸い守られた。
 震災から一週間、周囲を瓦礫に囲まれた会館の中に、水没を免れた1枚の写真額があったと伺った。
 それは、“東北婦人部の花”である、コスモスの写真であった。
 「コスモス」の語源は、「秩序」「飾り」「美しい」という意味のギリシャ語にあるという。花びらを行儀よく並べて凛と咲く様子から、そう呼ばれることになったようだ。
 想像を絶する被災のなかにあっても、世界中が驚く気高さと秩序を示して見せた、偉大な東北人の「心の美」を思わせる。
 一方で、コスモスは、台風などに見舞われても、倒された茎から根を出して、また立ち上がる強さを持つ花でもある。
 「負げでたまっか!」を合言葉に苦難を越えゆく、健気な東北婦人部の皆様の姿そのものではないか。
 どんな悲哀も胸中に包み込みながら、一切を笑顔に変えてきた「広布の母」の姿そのものではないか。
 満天の星が輝く宇宙のことも「コスモス」といい、同じ語源を持っている。
 私たちの生命も、また小宇宙(ミクロコスモス)である。一人ひとりが妙法という大宇宙(マクロコスモス)の妙なるリズムを響かせながら咲きゆく、希望のコスモスの花なのだ。
 その中で、世界に普遍の平和と幸福の象徴が、母の笑顔の花である。
 日蓮大聖人は、遠く離れた佐渡の千日尼に、こう仰せになられた。
 「我等は穢土に候へども心は霊山に住《すむ》べし、御面《おんかお》を見てはなにかせん心こそ大切に候へ」(同1316㌻)
 どんな穢土の現実にあろうと、妙法に生き抜く師弟は、最も美しく、最も正しい不二の心で、家庭に、地域に、社会に、希望の光を送り続けていける。
 創価の母たちは、この世で一番深い「異体同心」の仲で、わが足元から幸福の花を爛漫と咲かせゆくのだ。そして、宇宙(コスモス)の花である太陽の如く、人類の平和の未来を照らしていくのである。

♪母よ あなたの
 思想と聡明《かしこ》さで
 春を願う 地球の上に
 平安の楽符《しらべ》を
   奏でてほしい……

 今ほど、母の願いが、皆の心に深く響く時はない。
 今ほど、母の声が、皆に勇気を贈る時はない。
 母よ、強くあれ!
 尊き婦人部よ、幸あれ!
 和楽あれ! 健康あれ!
 偉大なる「人間世紀の母」たち、万歳!

 不滅なる
  無上宝珠を
    抱きしめて
  この一生を
    勝利で飾れや

 コルビッツの言葉は『種子を粉にひくな』鈴木マリオン訳(同光社磯部書房)。若桑みどり著『ケーテ・コルヴィッツ』(彩樹社)、『魯迅全集8』今村与志雄訳(学研)参照。
2011-06-26 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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「母」の歌 碑文

「母」の歌 碑文 (2011.6.3 創価世界女性会館)

 6月10日の婦人部結成60周年を記念し、池田名誉会長が作詞した「母」の歌碑の除幕式が3日午後、東京・信濃町の創価世界女性会館で晴れやかに行われた。歌碑には、名誉会長と、同会館名誉館長の香峯子夫人から碑文が贈られた。除幕式には原田会長、池田副理事長、杉本婦人部長が、東日本大震災の被災地から参加した友をはじめ、日本と海外の婦人部の代表、女子部の代表らとともに出席した。

 1971年(昭和46年)10月、池田名誉会長は長編詩「母」を発表。5年後の76年(同51年)8月、この詩に曲がつけられ、「母」の歌が完成した。
 名誉会長は当時の心情をこう綴っている。
 「長編詩『母』を歌にと考えたのも、けなげな庶民の母たちが、世界の人々の幸せと平和を祈り、日夜、献身的に行動しておられることへの感謝の思いからである」──と。
 除幕式には、当時、母の歌を作曲した岩渕真理子さん、松原眞美さんも参加した。岩渕さんは「発表から今年で35年。母を思う池田先生の一念に触れ、生涯の原点を築くことができました」と。
 晴れの式典。ロープが引かれると、鏡のような銘板の輝きがロビーに広がった。
 真鍮製の銘板には、名誉会長の雄渾の筆致で歌詞が刻まれ、庶民の健気な母たちを象徴し、野に咲く花々が描かれている。



    「母」の歌 碑文

ああ 母は大地なり。
惜しみなき慈愛で生命を育んでくれる。
ああ 母は太陽なり。
わが命を燃やして皆を照らしてくれる。
日蓮大聖人の宣《のたま》わく
「悲母の大恩ことに・ほう《報》じがたし」
母の恩に感謝し 母の幸福を祈る心から
正しき人生も平和な社会も生まれ出ずる。

婦人部結成20周年の1971年10月
尊き広宣流布の母を讃え長編詩を贈リぬ。
詩を抜粋し作曲を託せしは1976年夏
妙音の奏者なる心清き2人の乙女ありて
真心込めたる名曲「母」の歌は誕生す。
以来35星霜 この歌を口ずさみつつ
創価の女性は人生の幾山河を踏み越えて
民衆を睥睨《へいげい》する権力の魔性をも打ち破り
正義と和楽と歓喜の園を世界に広げたり。
母の心を心として後継の王子王女も育ち
「母」の歌は人間世紀の凱歌と轟けり。

おお 明るい母の声こそ勇気の響きなり。
母を思えば乗り越えられぬ試練はない。
おお 賢き母の微笑《ほほえ》みこそ希望の光なり。
母に最敬礼する心が人類の未来を開く。
茲《ここ》に偉大なる母たちの健康長寿を祈り
三世の福徳を念じて記念の歌碑を建立す。
この歌の調べとともに地球上の母たちに
「冬は必ず春となる」の勝利の劇あれ!


 2011年6月10日
 婦人部結成60周年の佳節に 池田大作
                香峯子
2011-06-14 : スピーチ・メッセージ等 :
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民衆こそ王者

民衆こそ王者 池田大作とその時代 1 「人間革命の奔流」篇
  「池田大作とその時代」編纂委員会 著 潮出版社 2011.6.6刊 ¥1000(税込)

第1章 小説『人間革命』と沖縄〔上〕

冷戦下の沖縄。北京など中国の主要都市を射程におさめる
核ミサイルが配備されていた。悲惨な地上戦の記憶も生々しい
同地を訪れた一人の青年。彼の胸中から、
祈りにも似た情熱が、ほとばしり出ようとしていた。


 初訪中の第1歩
 人間は、わかり合える
 「池田さんが切り札を出しましたね」
 敏腕記者の証言(朝日新聞社 元政治部長 桑田弘一郎)
 「並々ならぬ覚悟に基づいた勇断」
 「大阪の戦い」直後の取材
 「基地の跡は永遠に残そう」
 「この事実を忘れるな」
 執筆開始の日
 南部戦跡の海鳴り

第2章 小説『人間革命』と沖縄〔下〕

「四人に一人」が亡くなった地上戦。米軍占領下の混乱。
苦悩に続く沖縄の地で小説『人間革命』の執筆は開始された。
それは戦争という人類の宿命への挑戦であり、
「最も苦しんだ人を最も幸福に」との宣言でもあった。


 公害研究の闘士(大嶺哲雄)が読んだ『人間革命』
 「戦争を知らない世代へ」
 「沖縄から見ると『日本の正体』が、よく見える」
 「沖縄県民にとってありがたいこと」
 「ヤマト(=本土)から来た宗教」
 「人のためにと 君ら舞いゆけ」
 人間革命は可能か?
 「いい話じゃないですか」

第3章 連載始まる──聖教新聞の日刊化

高級ブランド「ダンヒル」の極東支配人。
胎内被爆の過去に苦しむ広島の青年。
小説『人間革命』は、どんな境遇の人にも
「一歩踏み出す」勇気を贈った。
聖教新聞の日刊化への飛躍も、
『人間革命』の連載開始とともに──


 「我々は、なんと愚かなことをしているのか」
 香港の教会にて
 51歳の決断
 避けたい過去と向き合う挑戦
 「胎内被爆」の過去
 痩せ細っていく母
 「この本を1週間貸してあげます」
 「全部、意味があった」
 最も弱い存在に光を当てる
 「核の問題は宗教の問題」
 聖教新聞「日刊化」へ
 金杉橋の“戦場”
 「工場のことは、全部お任せします」
 “最初の読者”
 埼玉の支部長の闘争

第4章 第10巻──「大阪の戦い」

「一人も残らず幸せに」と願う恩師。
“庶民の都”大阪を駆けめぐり、
一回一回の出会いを忘れない弟子。
「まさか」を実現した昭和31年の「大阪の戦い」
 翌年の「大阪事件」を勝ち越えて、
青年は小説『人間革命』の執筆を決意する。


 不可能を可能に! 「青いバラ」の開発
 「この部屋で先生が学会歌の指揮を」
 「今は小さいけど、すごい団体だよ」
 「大阪から、貧乏人と病人をなくす」
 「生涯を決定する一戦」
 砂漠から水を出す祈り
 「隣の人も、久しく逢わないあの親戚も」
 大阪地方区の36歳候補
 投票日の「大勝」
 1枚の名刺
 警察とマスコミの横暴
 一人を忘れない(多田時子)
 「私たちのために書かれた本です」
 「8月14日」に刻まれた歴史
 
第5章 「言論問題」の暴風を越えて

40度の高熱を押しても
会わねばならない「友」がいる
万年筆を持てないほど疲れていても
書き残したい「思い」がある。
師の遺志を継いで10年。試練の日々を弟子もまた、
民衆の幸福のため命を削るように生きる。


 「どうしても明日、和歌山へ」
 「会員あっての学会だ」
 原稿を口述しテープに吹き込む
 「認識せずして評価するなかれ」
 過熱報道の濁流
 前例のない民衆勢力の誕生
 ベルリンから届いた論文(加藤周一)
 「公明党への攻撃は、見当違いも甚だしい」
 「抵抗する精神」を守り抜け!
 「難題こそ千載一遇のチャンス」
 『随筆 人間革命』
 私が「留守中」の学会員のために
 「香峯子机」

第6章 2年の休載──「第一次宗門事件」

近代化を志向する創価学会と、
伝統の権威に縋る日蓮正宗。
「生ずべくして生じた対立」の責任を取る形で池田は会長を辞任。
この苦難こそが世界宗教への確かな道を開くことに──。
小説『人間革命』が連載されなかった
“空白の2年間”に迫る。


 初めての蛍に読んだ一句
 「実践」の創価学会 「権威」に縋る宗門
 「信友なる牧口常三郎」
 極貧の大石寺
 「学会の大恩を永久に忘れるな」(56世法主 日淳)
 総本山のお膝元の醜態
 「正本堂」の建立、そして世界へ
 「僧が上、俗が下」
 宗門の悪心を煽った山崎
 「学会の基盤は師弟」
 第10巻に込めたメッセージ
 週刊誌片手の「説法」
 「頼になむ 君の祈りで 安穏山」
 「随筆 人間革命」に綴られた胸中
 この歌とともに(「今日も元気で」)
 「チェンジ」こそ学会のキーワード
 
第7章 報道されなかった“獅子のドラマ”

池田の指導、動向が報じられない日々が続いていた1980年4月。
異例の予告記事が聖教新聞に掲載される。
「名誉会長は福岡、関西、中部の会員の激励に当る予定」。
会長辞任から1年。会員との絆を分断しようとする画策を打ち破り、
「獅子」の反転攻勢が始まった。


 「革命の闘士」の一言
 社会部記者の洞察
 「池田名誉会長を『先生』と呼ぶな」
 「私が動じなければ、それが私の勝利である」
 「獅子が来たんだ。もう心配するな」
 「福岡、関西、中部へ」──異例の予告記事
 列車の座席が“臨時本部”へ
 「信心の炎を消してはならない」
 九州平和会館を囲んだ人の波
 「皆さんがいたからこそ」
 「一生は夢、信心の炎のみが実」
 「私が会うまで、一人も帰してはならない」
 「私が矢面に立てば済むことだろう」

第8章 師に捧ぐ──12巻の完結

胸の中に今も生き続ける恩師。
その真実の姿を永遠に綴り残したい──
一人の弟子の決意は、28年の歳月を経て
全12巻の伝記小説に完結する。
その途上には、世界を舞台に「信頼」によって結ばれた、
人間と人間の交流のドラマがあった。


 米軍基地の祈りの場で
 「歴史に現れぬ人物を発掘し、学べ」
 響き合う平和思想
 トインビーの断言
 大乗仏教への関心
 「池田大作と会うべきだ」(松下幸之助・若泉敬)
 「平和への誓いを固めた世代」
 万感込めた「一献歌」(若泉敬)
 「消へざるものは ただ誠」
 「人間革命にはどれくらいの期間が必要か」(アウレリオ・ペッチェイ)
 「我々は池田の使命を手伝わなければならない」
 ブラジルの老雄(アウストレジェジロ・デ・アタイデ)
 「恩師に会う気持ちでまいりました」
2011-06-08 : 池田大作理解のために :
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新時代第49回本部幹部会へのメッセージ

新時代第49回本部幹部会/結成60周年記念 全国婦人部幹部会へのメッセージ
             (2011.6.4 創価国際友好会館)

 世界に広がる不屈の母の勝利劇! 「新時代第49回本部幹部会」が4日、「結成60周年記念 全国婦人部幹部会」の意義を込め、東京・千駄ケ谷の創価国際友好会館で開催された。これには、原田会長、正木理事長、杉本婦人部長をはじめ全国の代表が、13カ国・地域のSGI(創価学会インタナショナル)の友、東日本大震災で被災した宮城・岩手・福島の友らと出席。池田大作名誉会長はメッセージを寄せ、試練に負けずに信仰を貫き、勇気と希望の花を咲かせる創価の女性を賞讃。母たちの笑顔が輝く世界を築くために、後継の友は創価の民衆城を厳護し、勝ち栄えさせてほしいと呼びかけた。

池田名誉会長のメッセージ


結成60周年 婦人部は平和と幸福の太陽

新しい人材よ躍り出よ

東北婦人部の皆様に最敬礼
勇気と慈悲の偉大な奮闘


 一、新しい人材が躍り出る息吹に満ちて、前進また前進を続けゆく、わが創価家族の全同志のご健闘を心から讃えつつ、メッセージを贈らせていただきます。
 「平和」と「幸福」の太陽である婦人部の皆様方! 結成60周年、誠に誠に、おめでとうございます(大拍手)。
 あまりにも尊貴な皆様方に、私たちは最大の感謝と敬意を込めて、お祝い申し上げようではありませんか!(大拍手)
 尊き尊き「一閻浮提広宣流布」のリーダーの皆様方、本当にようこそ、お越しくださいました。
 南アジア婦人部の首脳の皆様方、ニュージーランドの皆様方、中米の皆様方、欧州の皆様方、そして韓国の皆様方!
 それぞれの誓願の天地で、「月月・日日につよ(強)り給へ」(御書1190㌻)との御聖訓のまま、どれほど力強く社会に貢献し、発展しておられるか。
 御本仏は、すべてを御照覧であられます。
 さらに、今日は、被災地で戦い続けておられる偉大なる東北婦人部の代表も出席してくださいました。
 仏様に等しい、毎日毎日の勇気と慈悲、智慧と忍耐の奮闘、本当に本当にご苦労さまでございます(大拍手)。
 一、日蓮大聖人は宣言なされました。
 「法華経の中には女人成仏第一なり」(同1311㌻)と。
 一切経の肝要たる法華経の教えの中にあっても、女人成仏を「第一」とされております。その通り、わが創価学会は、婦人部と女子部の皆様方の幸福勝利を、永遠に「第一」としていくのであります。
 女子部の皆様も、明るい明るい「世界池田華陽会の日」(6月4日)、おめでとうございます(大拍手)。
 わが女子部の清々しい新出発を、私も妻と共に、心から喜んでおります。

「悲母の恩を報ぜん」と弘教に歩いた牧口先生
迫害をも恐れず 正義を師子吼


二人・三人と拡大
 一、この6月6日は、私たちの「創立の父」であられる牧口常三郎先生の生誕140周年であります。
 この牧口先生が格別に大切にされていた御金言があります。
 それは──「悲母の恩を報ぜんために此の経の題目を一切の女人に唱えさせんと願す」(同1312㌻)という一節であります。
 牧口先生は、暗い戦乱の時代にあって、宿命に泣く母たちの幸を願われ、労苦をいとわず、ただ、ひたすらに妙法を弘め抜いていかれました。
 ご自身が遠路、足を運んで折伏された、ある地方の一粒種のお母さんには、「諸法実相抄」を拝読されながら、こう語りかけておられます。
 「あなたが一人、妙法を唱えて幸福になれば、地涌の義によって、この地方にも、必ず『二人・三人・百人』と妙法を持つ人が現れ、不幸から救われることになるのです」と。
 それは、人間の尊厳を残酷に踏みにじる権力の魔性に立ち向かう、師子王の戦いでもありました。
 牧口先生は、私の妻の実家での座談会にも来られました。その手を引いてご案内した幼き日の妻は、牧口先生が、特高警察の監視のもとでも、悠然と堂々と仏法の正義を師子吼されるお姿を生命に刻みつけております。
 一人一人の幸福のために恐れなく戦う、この初代の勇気ある学会精神、折伏精神は、今や全世界の婦人部にまで烈々と流れ通っているのであります。
 一、一人の人間が、どれだけ勇敢に忍耐強く、自分自身の生命の花を咲かせていけるか。
 そのために、正しき信仰があります。
 東北出身の青年詩人・宮沢賢治は、けなげに野に咲く花を、こよなく慈しんだ一人であります。
 彼は物語に描きました。それは、ある小さな野に咲く花が、たとえ誰が見なくとも、また、どんな嵐があっても、自らの命を自分らしく立派に咲かせていった。その強く美しき魂を貫き通したがゆえに、やがて「花の王」と讃えられる、最も光り輝く存在へ生まれ変わったというのであります(「ひのきとひなげし[初期形]」、『校本宮澤賢治全集第七巻』所収、筑摩書房)
 創価の女性たちは、いかなる試練にも負けず、今いるその場所で、皆に勇気と希望を贈る「野の花」を、凛として咲かせ切っておられる。
 この方々こそ、永遠に常楽我浄の「花の王」と仰がれゆくことは絶対に間違いないと、私は心から讃嘆したいのであります。

ブラジル婦人部の誓願の祈り
「きょうも誰かに喜びを」


勝利の扉を開く

 一、私と妻は、毎日、日本中、世界中の広布の母たちから、尊いお便りをいただきます。
 つい先日も、ブラジルのリオデジャネイロのお母様から、ありがたい報告をいただきました。
 35年前に、経済苦、家庭不和、さらに命に及ぶ難病に苦しみ悩んで、仏法に巡りあった母です。
 このブラジルの母は「病魔に必ず勝って、わが身を使い、命を捧げて広宣流布します」と誓願の祈りを重ねて、病を克服することができました。
 以来、「毎日、誰かに喜びを贈ろう」と決めて、80歳を超える今も、地区の最前線で仏法対話を繰り広げています。
 これまで、じつに「640世帯」を超える弘教を成し遂げてこられたのであります(大拍手)。
 「仏壇の扉を開けば、いかなる勝利の扉も開いていける」とは、この朗らかな題目第一の母の確信です。
 お子さん方も、お孫さん方も、皆、「母の信心」を喜々として継承しております。「今、わが家として千世帯の折伏を目標に、皆で対話を広げています」と決意の報告を寄せてくださいました。
 このお母さんは福運に満ちた笑顔で語っておられます。
 「本当の幸せは、妙法を弘める中にあります。誰かを幸せにすると全部、自分に返ってくるんですよ」と。
 ともあれ、女性の弟子への御聖訓には「法華経を耳にふれぬれば是を種として必ず仏になるなり」 (御書552㌻)と仰せであります。
 時代は、いよいよ正しく力ある哲学を求めています。
 「力あらば一文一句なりともかた(談)らせ給うべし」(同1361㌻)と仰せの通り、妙法を今こそ語り抜いて、新たな地涌の菩薩の陣列を「二人・三人・百人」と広げてまいりたい。

岩をも貫く一念
 一、ここで、勇躍の出陣をした、わが青年部の友に、四条金吾への御聖訓を贈りたい。
 「昔、中国の李広将軍という武将は、虎に母を殺されてしまった。その虎に似た石を、母の仇と思い定めて弓を射ると、矢は羽の部分まで石に突き刺さった」「あなた(四条金吾)のことを、敵は狙っているのだろうが、法華経の信心が強盛であるので、大難も、事の起こる前に消えたのであろうか。これにつけても、よくよく信心に励んでいきなさい」(同1186㌻、通解)
 人間にとって、母を思う一念がいかに強いか。母を思い、母のために立ち上がれば、人間は、最も強く、最も正しくなれるのであります。
 尊き母たちを断固として守り抜いてみせる。母たちを侮辱したり、いじめたりする者は断じて許さない。そして、母たちの幸福な笑顔が輝く平和の世界を絶対に築いてみせる──。これが、牧口先生、戸田先生のお心を心として、三類の強敵と戦い抜いてきた、私の19歳からの岩をも通す決心であります。
 今や、世界一なる創価の母の城が築かれました。
 この城を厳護し、さらに勝ち栄えさせていくことを、私は若き後継の君たちに託したいのであります。
 一、愛する東北をはじめ、全世界の大切な大切な同志が、一人ももれなく健康で、すべてを変毒為薬しながら、大勝利の人生を飾りゆかれることを、心からお祈り申し上げ、私のメッセージとさせていただきます。
 世界一の婦人部、万歳!
 世界一の青年学会、万歳!(大拍手)
2011-06-06 : スピーチ・メッセージ等 :
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全国総県長会議へのメッセージ

全国総県長会議へのメッセージ  (2011.6.3 本部第2別館内 常勝会館)

名誉会長のメッセージ

広布大願へ喜び勇んで前進!

 一、毎日また毎月、「日進月歩」の勢いで、広宣流布の道を堂々と開きゆかれる、大切な大切な総県長会議の皆様方に、私は、心からなる感謝を捧げ、真心込めて御礼申し上げる次第です。
 日蓮人聖人は仰せになられました。
 「総じて、日蓮の弟子といって法華経を修行する人々は、日蓮のようにしなさい。そうするならば、釈迦仏、多宝仏、十方分身の諸仏、十羅刹女も必ず守護されるであろう」(御書989㌻、通解)
 わが創価学会が、日本中、世界中が驚くほどの広宣流布の大発展を遂げ、心ある識者の方々が感動をもって賞讃してくださるのは、一体なぜか。
 それは、御聖訓の通り、尊き会員の皆様方が、仏の歩みと同じ歩みをもった日々の前進を続けているからであります。
 学会は勝ちました!
 大切な大切な皆様方は勝ちました!
 創価の師弟は、永遠の広宣流布のために断固として勝ちました!
 人聖人のお喜びは、いかばかりでありましょうか。
 この6月6日は、「殉教の父」である牧口常三郎先生の生誕140周年の記念日であります。
 また今年は、「大法弘通の師」であられる戸田城聖先生の第2代会長就任より、60周年の佳節であります。
 牧口・戸田両先生の大勝利の晴れ姿は、万代に輝きわたっていくことでありましょう。
 同志の皆様方、本当にありがとうございます! 私は感謝にたえません。
 なかんずく、創価の太陽である婦人部の皆様方に、あつくあつく、御礼を申し上げるものであります。
 きょうは「母」の歌碑の除幕、おめでとうございます!(人拍手)

リーダー率先で道を開け

一人一人が初心に帰り 仏法対話に挑戦
真心の声を凛々と響かせて


模範を示せ!
 一、「撰時抄」の一節には、こう仰せであります。
 「法華経を経の通りに持つ人は、梵天にも優れ、帝釈をも超えているのである。修羅を従えるので須弥山をも担げる。竜を使いこなして大海をも汲み干せる」(同291㌻、通解)
 創価の三代の師弟が、喧々囂々《けんけんごうごう》たる悪口罵詈のなかで、三類の強敵を打ち破り、壮大な一閻浮提広宣流布を切り開くことができたのも、大聖人の御精神を胸に、「法華経を経のごとくに持つ」(同291㌻)ゆえにほかなりません。如説修行の実践者は、まさに梵天・帝釈よりも偉大なのであります。
 リーダー一人一人が、もう一度、自分自身の大いなる地涌の使命を自覚し、学会精神の初心に立ち返って、率先垂範で仏法対話に挑んでまいりたい。
 私が忘れ得ぬ交友を結んだ、20世紀最高峰の音楽家であるメニューイン氏は語っておられました。
 「模範を示すことである。命令ではなく、立派な模範のみが人類を導き向上させることができる」(和田旦訳『音楽 人間 文明』白水社)
 一、今、創価文化センターの建設が進められている周辺は、日本の憲政史上に名高い犬養毅首相が住まわれていたゆかりの場所です。犬養首相は、牧口先生と親交を結び、「創価教育学支援会」の一員でありました。
 雄弁で知られる犬養首相でしたが、「精神が旺盛なれば言語は訥《とつ》でも(なめらかでなくても=編集部注)、聴衆は必ず感応する」(犬養毅・鵜崎熊吉著『犬養毅の世界』書肆心水)と語っておりました。
 広宣流布のリーダーにとっても、大事なことは、学会精神、折伏精神を旺盛に漲らせ、真心を込めて、祈りを込めて、明るく誠実に語ることです。
 皆が「そうだ! よし、やろう!」と心から納得して喜び勇んで、朗らかに前進していける力を贈ることです。
 古代ギリシャの劇作家アリストパネースも、「あなたは城壁を高く築き上げるように、声を高く発しなさい」(脇本由佳訳、「アリストパネース断片」、『ギリシア喜劇全集4』所収、岩波書店)と叫びました。
 声は力です。指導者は、声の力で戦うのです。どうか、勇気凛々たる励ましの声の力で、「人材の城」「福運の城」「勝利の城」を築き上げていただきたい。

中国の碩学
青年は玉の原石のようなもの
最大の誠意をもって磨くのだ

 一、おかげさまで、アメリカ創価大学(SUA)も、晴れ晴れと開学10周年を飾ることができました。創価の人間教育に、アメリカでも深い期待が寄せられております。
 アメリカの偉大な「教育の母」であるメアリー・ベスーン(1875~1955年)は、青年への真情をこう語りました。
 「世界は青年たちのものだ。青年たちが未来を担っていくのだから。わが青年たちは、よりよい世界を築く情熱をなくしてはならない。偉大な人になろうとする心を砕かれてはならない。若い人たちこそが、未来の指導者なのだから」
 わが青年部も希望に燃え、決意に燃えて新出発しました。これほど嬉しいことはない。皆で最大に応援し、激励し、育成してまいりたい。
 私が対談を重ねてきた、中国文化界の指導者・高占祥先生も、しみじみと言われていました。
 「青年は、“まだ磨かれていない玉《たま》の原石”のようなものです。ゆえに最大の誠意をもって彫刻し、磨かなければなりません」

ポーランドのワレサ元大統領

勝利とは友だちをたくさん作ること!

東北に人間主義の尊きスクラム
 一、きょうは、東北の皆様方も、本当にご苦労さまです。
 東北の同志を中心とする創価の人間主義のスクラムに、多くの方々が深い信頼を寄せ、「心の復興」への大いなる希望を託されております。
 「真の友を得た以上は、自分の幸福は かの百万の富にも比する事が出来ぬ」(『啄木全集第7巻』筑摩書房)とは、東北の青春詩人・石川啄木の言葉でありました。
 真の友情を広げゆく喜びに勝るものはありません。創価の友情の連帯は今、全世界に広がっておりょす。
 一、昨日(1日)、「文化功労勲章グロリア・アルティス金章」を授与くださったポーランドでも、わが同志が、良き国民、良き市民として社会貢献をされていょす。
 17年前、有意義な出会いを結んだワレサ大統領の言葉を、私は、わが青年部に贈りたい。
 「人間が人間に話す、これがいちばんだ」(グダンスク〔海洋出版所〕編・工藤幸雄監修『ワレサは叫ぶ』学習研究社)
 「勝利とは友だちをたくさん作ることです」(筑紫哲也・水谷驍訳『ワレサ自伝』社会思想社)
 終わりに、戸田先生のご指導を申し上げます。
 「広宣流布のための御本尊であられる。広宣流布に通ずる大願は、必ず何でも聞いてくださる」と。
 この大確信で、今再び、私たちは広宣流布の拡大を祈り、総決起しようではありませんか!
 大切な大切な全同志の健康とご多幸を心からお祈り申し上げて、私のメッセージとさせていただきます。
 皆様、お元気で! いつまでも、お元気で!(大拍手)
2011-06-05 : スピーチ・メッセージ等 :
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魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

第10回 永遠なる前進の曲(2011.6.3/4付 聖教新聞)

心は絶対に壊れない‼

ハンコック氏
大震災での励ましの行動を賞讃!
ショーター氏
愛する日本の皆様と新たな出発を

池田 このたびの東日本大震災に際して、ショーターさん、ハンコックさんから、万感こもるお見舞いのメッセージ(本紙4月11日付)を送っていただきました。
 被災地の皆様方からも、深い感謝の声が寄せられております。本当にありがとうございました。
ショーター あらためで、被災された方々に心からお見舞いを申し上げます。
 私たちは、今回の大災害に対して、たんなる傍観者でいることなど、決してできません。もちろん、部外者の立場で、今、日本の皆さんが経験している苦しみが分かるなどとは言えません。
 しかし、日本の皆さんが、直面する苦難を乗り越えようとして取られている勇気ある行動と勝利の姿は、よく知っています。心から賞讃したいと思います。愛する日本の皆さんと苦難を乗り越えるため、私自身、共に新たな出発をしようと決意しています。
ハンコック 私も、ウェインと全く同じ思いです。被災地の同志の方々が、自らも被害に遭いながら、地域の友を励まし、献身されていることに胸を打たれております。
 学会員が常日ごろから行っている励ましの行動、また信仰活動の中で語り合い、育んでいる慈悲の行動は、大震災の日本において、即座に、そして力の限り実行されたのです。
池田 自身は九死に一生を得るも、最愛のご家族を亡くされた方がおられる。大津波で家も職場も根こそぎ奪われた方も少なくありません。それでも、自分より大変な方々のためにと救援活動に奔走している青年たちに、私はこう伝えました。
 ──よく戦ってくださった。よく生き抜いてくださった。よく耐え抜いてくださった。
 そして、創価の精神を発揮して、人々の大救済に命を懸けて戦い続けてくださっている。感謝しても感謝しても感謝しきれない。
 君たちの体験こそが、学会精神の真髄であり、誉れである。
 君たちの献身こそが、師弟の魂の脈動であり、誇りである──と。
ショーター 池田先生のご指導のもと、私たちは、いつも人間の生命や尊厳と関わっています。非常時だけでなく、ふだんから、お互いに支え合い、より人間らしく進歩し、成長できるよう助け合っています。
 人類の歴史は一面、「分断の歴史」といえるかもしれません。しかし、私たち創価の連帯には、慈悲の行動を通して、「全人類を結びつける」使命があるのだと思います。
池田 その通りです。今回、世界中から、お見舞いのメッセージをいただきました。一つ一つが、尊き真心の宝の言葉です。
 エマソン協会のサーラ・ワイダー元会長も語ってくださいました。
 「体験を共有することで、人と人との、より深い結びつきも生まれます」「その体験は、必ずしも成功にあふれたものではなくともよいのです。人々が直面する困難や、それを乗り越えようとする挑戦の物語に、心から耳を傾け合うところに、癒やしの力が生まれるからです」
 厳しい試練の中だからこそ、互いに人間の善なる心を胸に深く光らせ、絆を強めることができます。世界の心ある識者も、被災地の方々の人間味あふれる励まし合いの姿に、人類の明日への希望を見出すことができたと、共感のエールを送ってくださっています。
ハンコック 本当に想像を絶する大災害でした。皆、「なぜ、こんなことが起こったのか」と問わずにはいられない心境と察します。しかし、何にもまして重要なことは、「私たちは、これから何をすべきか」と共に考えていくことではないでしょうか。
池田 そうですね。日蓮大聖人の「立正安国論」は、ご存じのように。鎌倉地方を襲った前代未聞といわれる“正嘉の大地震”(1257年)を機縁として執筆されました。
 冒頭は「旅客来りて嘆いて曰く近年より近日に至るまで天変地夭・飢饉疫癘・遍く天下に満ち広く地上に迸る」(御書17㌻)という客人の悲嘆から書き起こされています。それは、まさしく、当時の人々が抱いていた“なぜ、こんなことが”との思いであったことでしょう。
 その痛切な憤悱《ふんぴ》(言い表せぬ憤り)を分かち合いながら、大聖人は対話を進められていきます。そして経文に照らして邪見を正され、遂には客人が共に「速《すみやか》に対治を回《めぐらし》して早く泰平を致し」(同33㌻)との行動の決意に立ち上がるまで導いていかれるのです。
 とくに大聖人は、仏法の明鏡の上から、大地震などの天災、飢饉や疫病に続いて、さらに「他国侵逼の難」「自界叛逆の難」という戦争や内乱を起こすことがあっては断じてならぬと、為政者に厳しく警鐘を鳴らされました。
 とともに、苦難の時代を生きる健気な庶民には、「大悪をこれは大善きたる」「各各なにをかなげかせ給うべき」(同1300㌻)と絶対の希望と勇気を贈られたのです。
 大切なのは、対話を手放さないことです。正しき哲学を打ち立てるために、一歩、前へ踏み出すことです。自分につながる、すべての人々と共に! 今から広がる、明るい未来のために!
ショーター 本当にそう思います。被災地へのメッセージでも触れましたが、私が妻のアナ・マリアを飛行機事故で失ったのは、1996年の7月17日のことでした。すぐに、池田先生から励ましの言葉をいただきました。
 「奥様は、あなたの心に永遠に生き続けています。2人は永遠に一緒です」「ときには、深い孤独と悲しみを覚えるかも知れない。しかし、苦難が深いほど、人生の真価は輝くのです」と。
 この先生の激励を受けて、私は、ただひたすら題目を唱えました。
 悲しみのあまり自暴自棄になり、自分を破滅させることもあり得たでしょう。恐らく車を暴走させて崖から転落したり、酒に溺れてしまったりしていたかもしれません。
 しかし私は、もし自分が、「人間にとって音楽が意味するもの」を追求し続けなければ、妻は悲しむだろうと考えました。そして、作曲の仕事を続けることが、自分の使命なのだと思えるようになりました。
 先生が断言してくださった通り、妻は私の心の中に生き続けていました。
 「そうだ! 妻を失望させてはいけない。彼女は私かどう生きていくのかを、陰から見守っているはずだ」──そう思ったのです。
 こうして4、5週間後には仕事に復帰し、日本への巡業へと旅立ちました。
池田 家族を亡くされた方々に励ましを贈るため、あえてご自身の辛い体験を語ってくださいました。胸が強く揺さぶられます。心から感謝します。
 日蓮大聖人は、夫を失った南条時光のお母さんに、“ご主人はきっと霊山浄土でこの世界のご家族の様子も昼夜に見守っておられるでしょう”と励まされました。そして「いきてをはしき時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なり、即身成仏と申す大事の法門これなり」(同1504㌻)と仰せになられています。
 後継の家族が毅然と立ち上がり、勝ち栄えていかれることが、亡くなられた方の成仏の何よりの証明です。
        ♫
ハンコック よく分かります。
 あの時、ウェインが、ほとんどの時間を周囲への励ましに費やしていたことを覚えています。
 アナ・マリアさんは多くの人々にとって、大切な友人でした。ウェインは、その人々を慰めることに時間を使っていたのです。ウェインが慰められていたのではないのです。
 ウェインは、強さと勇気を兼ね備えていました。それらの特性は、仏法の実践を通して生命から発するものでした。じっと動かないのではなく、むしろ、この悲劇によって苦しんでいる友を積極的に助けようとしました。私は、その行動に脱帽します。
 ウェインは、自身の振る舞いを通して日蓮仏法の信仰者としての真髄を示してくれたのです。
ショーター ありがとう! ハービーが妹のジーンさんを飛行機事故で亡くした時も、立派な信仰者の振る舞いで、周りを勇気づけていたことを、私は忘れておりません。
池田 ジーンさんは、現金を自動で引き出せるATMのシステムを開発するなど、天才的な女性だったと伺っています。音楽にも造詣が深く、ハンコックさんと共に作曲された曲で、グラミー賞も受賞されていますね。兄妹で美しい生命の讃歌を綴り残してこられました。
ハンコック ありがとうございます。妹は、まさに驚異的な人間でした。学問にしろ、スポーツ、音楽にしろ、手を付けたことは何でも、極めてよくできました。旅行雑誌へ手記を寄稿したこともありました。しかし、1985年、飛行機事故で亡くなったのです。
 事故の知らせを聞いた瞬間、私は、何よりも、母のことが心配になりました。母親にとって、わが子に先立たれること以上に悲惨なことはありませんから……。
 しかし、駆けつけてみると、30人近くの人が集つていましたが、惨事で亡くなったにもかかわらず、明るい雰囲気で、皆が妹を偲び、その人生を讃えていました。母も一緒になって、妹のために題目をあげ、妹の生涯を讃嘆していたのです。妹が特別な存在だったことを、全員が確信していました。私には、これこそ彼女が望んでいたものだったと感じました。
池田 気高き妹さんの人生の大勝利の象徴ですね。
 多くの方々から惜しまれ、偲ばれることは、それ自体が「成仏」の目に見える証拠といえます。そのことは、自ずとご家族に感得されていくものでしょう。これは、学会の友人葬で感銘を広げる清々しい光景でもあります。
 ともあれ、人生の途上にはさまざまな試練があります。仏法で「八苦」の一つとして「愛別離苦」があげられているように、最愛の家族との死別は、ことのほか深い悲しみです。
 日蓮大聖人は、その悲嘆に寄り添っていかれました。武士のわが子を争いで亡くした母へのお手紙の中では、「たとえ火の中に入ろうとも、また自らの頭を割ってでも、わが子の姿を見ることができるならば、惜しくはないと思われることであろうと、心中が察せられて涙がとまりません」(同930㌻、通解)とも仰せになっています。
 さらに、南条時光の弟が16歳の若さで急死したとの訃報に対しては、「人は皆、生まれては必ず死ぬ定めであることは、万人が一同に承知していることですから、その時になって、はじめて嘆いたり、驚いたりするべきではないと自分も心得て、人にも教えてきました。しかし、実際にその時に巡りあってみると、夢か幻か、いまだに分からないのです」(同1567㌻、通解)とまで綴られています。
        ♫
ハンコック 胸に染み入る言葉です。妹が亡くなった後、私自身は、なぜか、しばらく涙が出ませんでした。
 私はそのことに不安を覚えていました。“なぜ、泣けないのだろう”と。
 妹ジーンの死からしばらくたって、彼女が好きだったハワイの海に、遺灰をまくことにしました。両親と私、そして私の娘でハワイに行き、遺灰の入っていた骨壷を抱えた時、私は、ついに初めて泣き崩れて、涙を流しました。
 まだ小さかった娘が、嗚咽している私を見て、「お父さん、お父さん、大丈夫?」と声をかけてくれました。私は「ああ、大丈夫だよ、いや、それ以上になったんだよ」と応えたことを思い出します。その時、やっと自分の思いを外に出すことができたのです。
池田 よく分かります。
 御聖訓にも、「故聖霊《しょうりょう》(亡きご家族)は法華経の行者でしたから、即身成仏は疑いありません。だから、嘆いてばかりいることはないのです。しかしまた嘆かれるのが、凡夫の道理でありましょう。ただし聖人の身の上にも、この嘆きはあるのです」(同1506㌻、通解)とあります。
 仏法は「本有無作」です。ありのままの人間性の発露でいいんです。悲しみが癒えるまで、時間がかかる場合もあるでしょう。しかし必ず、前を向いて、故人の分までも生命力を強くして進んでいくことができます。
 ともあれ仏法では、「悪象等は唯能く身を壊《やぶ》りて心を壊る能わず」(同65㌻)と明快に宣言されています。「悪象等」とは、現代的に言えば、飛行機事故や交通事故、また不慮の災害などに当たるでしょう。それらによって、心が壊られることは絶対にありません。
 妙法に照らされた生命は永遠に福徳に輝き、崩されることはないのです。

共に励まし 共々に征かなむ
創価家族の旅路は三世に常楽我浄


ハンコック 学会の清々しい「友人葬」のお話を、私は感銘深く伺いました。ジャズ発祥の地・ニューオーリンズに伝わる「セカンドライン」という風習が思い出されます。 それは、誰かが亡くなって葬儀が終わった後、主要な第一の行列「メーンライン」の後ろに友人や知人が行列を組んで、賑やかにジャズ演奏のパレードをして、死後の幸せを祝福するものです。こういう死者を喜んで送る風習は、西洋にはあまりありません。
池田 「美しい音楽といえば、一度ニューオリンズの葬式を見てほしい」(『聖地ニューオリンズ 聖者ルイ・アームストロング』外山喜雄・外山恵子著、冬青社)と、偉大なジャズ音楽家のルイ・アームストロングも語っていました。ジャズ発祥の天地ならではの伝統ですね。
 この芸術と文化の街に、私もかつて訪れました〈1974年〉。6年前のハリケーン「カトリーナ」で市の8割が水没し、今も困難に立ち向かっておられると伺っています。復興を深く祈り続けております。
ハンコック このニューオーリンズでも、SGIの青年部をはじめ多くの同志が、わが地域を希望の楽土に変革しようと、日々、戦っています。あのハリケーン発生直後にも、先生は心からの励ましを送ってくださいました。
 ジャズ音楽それ自体が、人間の精神にとって最も屈辱的な場所で生まれました。しかし、こうした苦悩と悲哀の状況下においても、音楽は、人々に安らぎを与え、苦悩を和らげ、心を和ませてきたのです。
ショーター 私は音楽には大きな役割があると思います。それは、問題を先送りしようとする傾向性を克服し、「いざ」という時に、声を発する勇気を与えることです。私たちの人間的成長を助けることです。
池田 大事な大事な使命です。「今」「ここで」「直ちに」人間の生命を励ますことができる。これが音楽の妙なる力です。
ハンコック 「ジャズ」という言葉には「活気づける」「賑やかにする」といった意味合いもあります。人類普遍の苦悩に対して、芸術や文化は今、何ができるか──この問いに対しては、ジャズこそは人間の苦悩と悲哀に一条の光を投げかける芸術である、といえると思います。
池田 誇り高い言葉です。人類普遍の苦悩──「生」「老」「病」「死」という四苦への対峙こそ、まさに仏法の出発点です。どんな権力や名声、財力があっても、この四苦という問題から逃れることはできません。だからこそ、正しい哲学に則って、自己の生命に「心の財」を積み、常楽我浄という幸福境涯を開いていくことを教えたのが仏法です。
 その臨終の境涯について、「天《そら》より四種の花ふり虚空に音楽聞え、諸仏・菩薩は皆常楽我浄の風にそよめき給へば・我れ等も必ず其の数に列《つら》ならん」(御書1383㌻)とも説かれております。
 これが広宣流布に戦い、信心をし抜いた悠々たる境涯です。
 私たちは生々流転する現実を見極めながら、与えられた生命を大切に、断じて悔いのない、価値ある一日一日を生き切っていくことです。
 ショーターさんも、ハンコックさんも、言語に絶する苦難を、雄々しく勝ち越えてこられましたね。
ショーター ありがとうございます。私は大惨事を見聞きする時も、それは永遠に続くものではなく、一瞬のまばたきのようなものと思うようにしています。不運な出来事も、また幸運なことも、短い、一過性のものに過ぎません。そしてまた、億万長者になって欲しいものをすべて手にしたとしても、所詮、はかなく過ぎ去るものです。富や財産も、同じく「一瞬のまばたき」のうちに、いつしか消えてしまうものとして捉えるべきです。
 一方、現実と真正面から向き合う「勇気」は、「一瞬のまばたき」のうちに消えてしまうものではなく、もっと本質的なものです。予期せぬ出来事に対しても応戦し、人と社会に価値を提供しながら、今この瞬間を生き切り、前進し、即興の行動をとる──それには勇気が必要です。
池田 その通りですね。
 悲劇の闇に屈しなかった人格こそが、永遠に輝く偉大な創造の太陽を昇らせることができる。お二人の奏でる魂の曲は、それ自体が生命の凱歌です。その妙なる歓喜の響きは、生死を超えて亡きご家族の生命をも包んでおられることと確信してやみません。
 苦しみや悲しみを超えてこそ、悩んでいる人の真の味方になれる。人の何倍も苦労した体験があるからこそ、より多くの人々を救う使命がある。それが「地涌の菩薩」の誓願でもあります。人の痛みが分かるからこそ、どんな苦悩の淵からも、共に手を携えて立ち上がることができるのです。
        ♫
ハンコック 私は、この仏法を実践して初めて、自分の使命が何なのかを知りました。仏法に巡りあって、人生とは何なのかを根底から見ることができるようになりました。これは素晴らしいことです。
 人間は、自覚するとしないとにかかわらず、自分を犠牲者と感じる場合が多いものです。とくに黒人社会では、まさに、そう言えます。
 この点、日蓮仏法では、私たちの主な関心事は、外的な要因からもたらされる好ましくないネガティブな影響をどう変換していくかにありますね。
 そのネガティブな影響をもたらした原因を捉え直して、わが人生を向上させる新たな原因につくりかえていくことが大切である──そう教えてくださったのが池田先生です。
池田 現代は「死を忘れた文明」とも言われます。私が対談したハーバード大学のヌール・ヤーマン博士など心ある識者も、“限りある生”すなわち、人は必ず死ぬという峻厳な現実を忘れ、享楽に流れゆく現代社会のあり方に警鐘を鳴らされていました。生命軽視の風潮の温床となっていくからです。
 仏法では、生命は生死不二であり、三世永遠であると説きます。
 御聖訓には、「自身法性の大地を生死生死と転《め》ぐり行くなり」(同724㌻)と仰せです。
 戸田先生は、人間にとっての「死」を、わかりやすく、よく「睡眠」に譬えておられました。
 ──法華経に「方便現涅槃」とある。朝起きて、一日価値ある仕事をして、夜は睡眠によって疲れを取り、また翌日、はつらつと働いていくように、人は死によって、生命のエネルギーを充満させ、若さを取り戻して、再び蘇生してくるのだと達観されていました。
 大宇宙のなかに溶け込んだ死後の生命は、再び現実世界へ、苦悩する人々を救うために、願って師匠と共に、同志と共に、家族と共に生まれてくることができるのです。私たちは、生死を超えて「共に」生き続けるのです。
ショーター 大聖人の仏法が贈る温かな励ましに、大いなる勇気と情熱が湧いてきます。私たちは、友に希望の音楽を届けていく決意です。
 私は、最愛の娘も病気で失いました。しかし、そのことから、本当に多くの貴重な、何物にも替え難い功徳を得たと確信しています。
 娘の死と妻の死──この二重の悲劇の後も、笑みを絶やさない私を見た人たちが、訝しがって尋ねました。「娘さんも奥さんも亡くなったのに、あなたの人生は幸せなのか」と。
 そこで私は折伏をするのです。「私はこれから、もっともっと生き抜いて、世界一の幸せ者になりますよ」と。
 私は、ますます元気です。それもみな、この仏法を実践しているおかげです。偉大な師匠に出会えたおかけです。
池田 学会には、肩を叩き、支え合っていける同志がいる。何があっても、励まし合って変毒為薬できる希望の哲学がある。心新たに、一緒にスクラムを組んで目指しゆくことのできる広宣流布の誓願があります。
 かつて私は、草創から広宣流布に戦い抜かれたご一家に、こう言葉を贈りました。
 「君が憂いに われは泣く
  君が喜びに われは舞う
  共に悲しみ 共に勇敢に
  生涯を 戦い進もう」──と。
 創価家族の人生の旅路は、三世永遠に共に進む「常楽我浄」の旅路です。
 広宣流布の大遠征を期して詠まれた戸田先生の和歌を心に刻みながら、いよいよ私たちは決然と行進していきたい。永遠なる前進の曲を奏でながら!

  妙法の
   広布の旅は
      遠けれど
    共に励まし
      共々に征かなむ
2011-06-05 : 音楽を語る :
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アメリカSGIの青年部総会へのメッセージ

アメリカSGIの青年部総会へのメッセージ 
      (2011.5.29 ロサンゼルス郡サンタモニカ市の世界平和池田講堂)

 アメリカSGI(創価学会インタナショナル)の青年部総会が5月29日午後1時半(現地時間)から、カリフォルニア州ロサンゼルス郡サンタモニカ市の「世界平和池田講堂」で盛大に行われた。
 これには池田SGI会長がメッセージを贈り、「最高に誇り高き、生命の探究と向上の軌道を」と期待を寄せた。
 席上、同青年部の新たな指針が発表。池田博正SGI副会長、アメリカのナガシマ理事長、ガウアー青年部長らをはじめ、全米から1100人の代表が出席した。


SGI会長のメッセージ(要旨)

 席上、紹介されたSGI会長のメッセージが、参加者一人一人の心に響く。
 その中でSGI会長は、大仏法は人間を限りなく正しく強くする「勇気」の源泉であると強調。
 御書の「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし」(957㌻)を拝し、偉大な使命と正義に生きる人生には試練もある。圧迫もある。しかし、いかなる苦難があっても恐れず、正々堂々と立ち向かい、勝ち越えてみせる──この師子王の勇気を取り出していけるのが、題目の力であると述べた。
 続いて、大仏法は人間を限りなく明るく善くする「ヒューマニズム」の光源であるとし、御書の「譬えば人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし」(1598㌻)を拝読。
 青春は誰もが悩みとの戦いである。しかし、自分だけの悩みにとらわれていると、あっという間に貴重な日々は過ぎ去る。かけがえのない青春に悔いを残してはならない。
 仏法では「煩悩即菩提」と説く。人のため、法のため、社会のために打って出て行動するのだ。より大きな悩みや苦労をあえて引き受けながら、自他共に、より大きな広々とした境涯を開き、より明るい未来を照らし出していくことだと訴えた。
 さらに大仏法は、人間を限りなく賢く朗らかにする「希望」のリズムであると力説。
 御金言には「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(御書1253㌻)と仰せである。
 人生も社会も厳しい冬の逆境の時がある。
 その時にこそ、むしろ青年は、たくましく人格を鍛え、智慧を磨くことができる。一切を変毒為薬しながら、賢く朗らかに勝利の春を呼び、その体験の劇を通して、後に続く苦悩の友に希望を贈っていく。これが、尽きることのない歓喜と充実と栄光に包まれた、君たちの「創価」の青春であると呼びかけた。
 そして、真に時代を動かす力は常に足元からの変革である。
 今日の192カ国・地域のSGIは、初の世界広布旅で結成されたアメリカの1地区から始まった。
 今再び、青年が地区を起点として、新時代の広宣流布の前進・拡大の潮流を起こしていることほど、うれしく、頼もしいことはない。
 「地区」こそ、人間共和の和楽城である。
 「地区」こそ、民衆勝利の幸福城である。
 「地区」こそ、地域信頼の平和城である。
 「地区」こそ、青年育成の人材城である。
 それぞれの使命の地区から、仲良く楽しく賑やかに、人間革命の花、価値創造の花を、咲き広げていっていただきたいと望んだ。
 また御義口伝の「日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は一同に皆共《かいぐ》至《し》宝処《ほうしょ》なり」(同734㌻)を拝読。
 広宣流布の師弟の道こそ、皆が共に最極の宝処に必ず到達できる「黄金の道」であると強調した。
 「私は、今も毎日、恩師・戸田先生と命で対話を重ねながら、この道を歩んでいます」「わが不二の命である、愛するアメリカ青年部の君たちと、どこまでも一緒に歩み続けていく決心であります」と述べ、大切な青年部が、一人も残らず健康で、福運に満ち満ちた大勝利の人生を飾りゆくことを真剣に祈っている心情を伝えた。
 終わりに大詩人ロングフェローの「行動せよ、生ける『現在』に行動せよ!」(大和資雄訳「詩集 夜の声」、『世界名詩集大成11』所収、平凡社)との一節を友に贈り、万感こめて呼びかけた。
 「アメリカ青年部、万歳! 愛する君たち、万歳!」
2011-06-02 : スピーチ・メッセージ等 :
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アメリカ創価大学第7回卒業式へのメッセージ

アメリカ創価大学第7回卒業式へのメッセージ
   (2011.5.27 現地時間 創価芸術センター)

アメリカ創価大学(SUA)の第7回卒業式が、27日午後2時(現地時間)から、カリフォルニア州オレンジ郡アリソビエホ市の同大学の「創価芸術センター」で晴れやかに挙行された。これには、創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長が記念のメッセージを贈り、新たな平和と人道の旗手たれと期待し、祝福した。式典には、アリソビエホ市のカルメン・ケーブ市長ら来賓、SUAの支援者、卒業生の家族ら約1100人が出席。池田博正創価大学理事が記念講演を行った。


創立者のメッセージ(代読)

努力 挑戦 創造で勝利の峰へ!

開学から10周年 輝く卒業生の連帯
大いなる建設の道を進め


人類の前途の試練に「教育」によって応戦を

 一、わが生命の大切な大切な宝である、アメリカ創価大学7期生の皆さん、最高に晴れやかな栄光の卒業式、誠におめでとうございます(大拍手)。
 この4年間、本当によく学び、よく鍛え、よく成長してくれました。皆さんの清々しい青春の勝利を、私は声高らかに讃えたい。君たちは、断固として勝ちました。そしてきょうは、一生涯、大勝利者として歴史を残しゆく新たな出発の日であります。
 ご家族の皆様方、ご友人の皆様方にも、心よりお慶び申し上げます。昼夜を分かたず、学生を温かく励まし、指導してくださった教員の先生方、またスタッフの皆様方、さらには、陰に陽にお世話になっている、ご来賓と支援者の皆様方に、私は創立者として最大に御礼を申しあげます。
 そして、世界の尊き使命の舞台で、SUA出身の旗を掲げて、新たな道を勇敢に切り開いている卒業生の皆さん! わが母校に、ようこそ帰ってきてくれました(大拍手)。
 一、アメリカ創価大学は、21世紀の開幕とともにスタートしました。この10年、世界は前世紀にもまして、波乱と激動の連続であったといっても過言ではありません。その中にあって、アメリカ創大は清新にして雄渾なる光を放ちながら、揺るぎなき平和と人間教育の最高学府とそびえ立ちました。
 アメリカの教育界からも「最も多様性ある大学」の代表として信頼を寄せられ、世界の多くの識者からも「世界市民教育の模範」として希望を託されております。
 誕生したばかりの大学を心から愛してやまない、すべての皆様方の真心と努力の結集によって、この開学10周年を、世界の民衆の大喝采に包まれながら、堂々と勝ち飾ることができました。私は満腔の感謝を捧げたいのであります。

人道の競争を
 一、本日は、待望の「創価芸術センター」での式典となりました。建設に際しご尽力いただいた関係者の皆様方に厚く御礼を申し上げます。在校生や役員の皆さんが、準備のため懸命に奔走してくれたことも全部、伺っております。本当にありがとう!(大拍手)
 わが7期生の勇躍の門出にあたり、私は「新たな平和と人道の旗手たれ!」と申し上げたい。
 人類は、今、貧富の格差や食糧問題、また自然災害、地球温暖化や地域紛争など、打ち続く難問に直面しております。そうした困難の時代であるからこそ、グローバルな視野と生命尊厳の哲学、そして平和創造への行動力を身につけた、真の世界市民の連帯が切実に希求されているのであります。
 今から半世紀前、若きケネディ大統領は、核戦争の脅威に晒された、東西冷戦の危機の中で、世界にこう呼びかけました。
 「科学によって解放された暗黒の破壊力が全人類を計画的にせよ偶発的にせよ自滅に巻き込む前に、東西双方で新しく平和への探求を始めようではないか」(坂西志保著『永遠の炎』時事通信社)
 さらにまた大統領は、「アイデア、生産、全人類への奉仕といった多くの平和的な分野で、競争しようという願望」が必要であるとし、「それは破壊ではなくて指導力、脅迫ではなくて成果での競争でなければならない」(同)と訴えたのであります。
 この「人類に奉仕する競争」という展望を、私たちは、改めて思い起こしたい。それは、帝国主義が世界を席巻しつつあった20世紀の初頭、「創価教育」の創始者である牧口常三郎先生が提唱された「人道的競争」とも、深く一致しております。
 ここに提起されている競争とは、いうまでもなく他者を打ち負かすことではありません。それは、皆が共に苦難に立ち向かい、平和と人道に貢献しゆく新たな力を、より多くの若き生命から、より強く豊かに開発して、共々に勝利しようという切磋琢磨であると言い換えてよいでありましょう。
 すなわち、人類の前途に立ちはだかる試練という歴史からの挑戦に対して、「人間教育」「平和教育」「世界市民教育」によって、断固として応戦していく競争であると、私は確信しております。その先頭を颯爽と進みゆく、平和と人道の旗手こそ、わがアメリカ創価大学の君たちであると、私は申し上げたいのであります(大拍手)。
 一、エマソン協会の会長を務められた詩人のサーラ・ワイダー博士も、私との対談で、アメリカ創価大学生の未来を楽しみにされながら語ってくださいました。
 「創価の学生たちは、ビジョンを持って学問を探究しています。彼らには“この世で重要な仕事をするのだ”という気概があります。青年がこうした気概や生きがいを自分のものとし、それを行動に移していく時、世界の活性化に不可欠の思想と行動をもって、『平和』と『正義』のための仕事を前進させることができるのです」

練習、練習!
 一、さて、今回、オープンした「創価芸術センター」は、多機能の文化施設として、地元の音楽ファンの方々からも、大きな期待が寄せられていると伺いました。
 アメリカでは、多くの由緒あるホールやセンターが、芸術・文化の発信拠点として、広く市民に親しまれてきた歴史が光っています。私も1996年の6月、コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジでの講演などでニューヨークを訪問した際、カーネギー・ホールで開催された、青年と文化の祭典にお招きをいただきました。
 このホールにまつわる古くからの言い伝えが、私の心に深く残っております。
 ──ある時、世界的に著名なピアニストがホールの近くで、道行く人から尋ねられた。
 「すみません。カーネギー・ホールには、どうやって行ったらいいのでしょうか?」
 ピアニストは答えた。「練習、練習、ともかく練習ですよ」──。
 道順を聞く人にまで、思わずそう答えてしまうほど、そこで演奏することは、世界の芸術家の憧れであり、目標であり、名誉であったのであります。
 思えば、このホールをニューヨークに創設したアンドリュー・カーネギーは、少年時代に一家でスコットランドからアメリカへ移住し、貧しい生活を家族で支え合って乗り越えてきた無類の努力家でありました。
 苦労に苦労を重ねた父母からの「お前が誇りだ」との励ましを胸に、世界的な鉄鋼王として成功を成し遂げ、教育・芸術の振興や労働者の保護など、壮大な社会事業に大情熱を注いでいったことは、ご存じの通りであります。
 その最初に手がけた一つが、今から120年前の「カーネギー・ホール」の建設でした。「カーネギー」の名それ自体が、多くの人々にとって「絶え間ない努力」の象徴でもあったのです。
 私が青春時代から好きだったカーネギーの言葉に、「いかなる分野においても、傑出した成功への真の道は、その分野の達人となることだ」とある通りです。
 とともに、カーネギーは「笑いのないところに成功はない」と、労苦に負けず、人生を明るく快活に生き抜いていくことの大切さを訴えていました。
 どうか、わが7期生は、これからの探究と仕事の現場にあって、地に足をつけて、一日一日を朗らかに、また丁寧に生き抜き、自らが歩みゆく使命の道で、なくてはならない第一人者と光り輝いていっていただきたいのであります(大拍手)。

わが人生の劇を

 一、この度、アリソビエホの丘に「創価」の名を冠した新しい文化の殿堂が誕生しました。しかし、建物が立派であるだけでは「未完成」であります。
 このセンターを起点として、「創価」すなわち「価値創造」の新しい息吹を広げ、一人一人が「人間の讃歌」「生命の讃歌」を謳い上げ、「平和の勝利の大交響曲」を轟かせていってこそ、本物となる。その意味において、10周年を迎えたアメリカ創価大学も、大いなる「完成」への途上であります。建設は、いよいよ始まったばかりです。
 カーネギー・ホールと聞けば「練習、練習、練習!」と闘志が燃えるように、アメリカ創価大学と聞けば、「努力、努力、努力!」「挑戦、挑戦、挑戦!」「創造、創造、創造!」と誰もが心を躍らせる、そういう時代を皆さんの力で築き上げていっていただきたい。
 「創価」の名に「いのち」を吹き込み、「アメリカ創価大学」を完成させていくのは、若き創立者たる皆さん一人一人の活躍であり、連帯であり、勝利であります。
 「創価」の生命には、行き詰まりがありません。どうか、このアメリカ創価大学で鍛え磨き上げた創造的生命を、生き生きと思う存分に躍動させながら、わが人生の劇を自分らしく演じ切っていってください。
 さあ、新たな出発です。一緒に前進を開始しよう!。
 「永遠の完成」への峰を、勝利、勝利と、登攀していこう!。
 わがアメリカ創価大学、万歳! わが栄光の7期生、万歳!(大拍手)
2011-06-01 : スピーチ・メッセージ等 :
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