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東日本大震災への励まし-28

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。

当サイトにおきましては、被災された方々、ならびに関係の方々への励ましになればとの思いから池田名誉会長の励ましの言葉・聖教新聞からの励ましをUPしてまいります。

東日本大震災復興祈念勤行会へのメッセージ
 (2011.4.29 東北各会館)

 東日本大震災の被災地の一日も早い復興を祈念する勤行会が29日、東北方面の宮城・岩手・青森・秋田・山形・福島の主要会館で厳粛に行われた。震災から四十九日の追善法要の意義が込められた勤行会には、池田大作名誉会長からメッセージが寄せられた。各地の勤行会には、原田会長、正木理事長、杉本婦人部長をはじめ各部のリーダーが参列した。

「妙法を唱える大善は三世に永遠」

 各地で営まれた復興祈念勤行会の会場では、名誉会長が東北の友に贈ったメッセージが読み上げられた。
 そのなかで名誉会長は、「皆様は一日また一日、断固として生き抜き、耐え抜いてこられました。君も勇敢であった。貴女《あなた》も偉大であった。東北だからこそ負けなかった。東北だからこそ屈しなかった」と、震災から50日、同志のため、地域のために尽くしてきた友を心から讃えた。
 そして、亡くなられた、尊き同志、最愛の家族、大切な友人の方々に、追善回向の題目を送り続けてきたことを語り、「法華経を信じまいらせし大善は我が身仏になるのみならず父母仏になり給う、上七代・下七代・上無量生《むりょうしょう》下無量生の父母等存外《ぞんがい》に仏となり給う」(御書1430㌻)の御聖訓を拝した。
 「皆様が、一人、厳然と立ち上がり、妙法を唱え抜いていくところ、一家一族にもつながり、皆、必ず必ず成仏できる。これは、御本仏の絶対の御約束であります」と述べ、妙法を唱え抜く大善が、三世にわたり、永遠に不滅であることを強調した。
 さらに名誉会長は、国土の復興も、「心の復興」から始まる。勇気ある信心と異体同心の団結が、東北新生の究極の力であると力説。
 この信心と団結で勇敢に苦難に立ち向かう東北の友こそが、一番なくてはならない、一番功徳を受ける人材の陣列であると強く語った。
 最後に、「この60年、皆様と私が命を懸けて築いた創価の青葉城は、永遠に崩れない。後継の青年部も本当に立派に戦ってくれています。わが東北家族が、この大難を勝ち越えゆくことこそ、世界広宣流布の最大の瑞相であり、全人類の希望の光である」と深き思いを込めた。


第2回未来部総会でのスピーチより(1989.8.10)
 一、南条時光の弟・七郎五郎は、16歳の若さで亡くなった。大聖人は、南条時光の母御前に、次のように仰せである。
 「かかるめでたき御経を故五郎殿(南条時光の弟)は御信用ありて仏にならせ給いて・今日は四十九日にならせ給へば・一切の諸仏・霊山浄土に集まらせ給いて・或は手にすへ・或は頂をなで・或はいだき・或は悦び・月の始めて出でたるが如く・花の始めてさけるが如く・いかに愛しまいらせ給うらん」(御書1570㌻)
 ──このようにありがたい法華経を故七郎五郎殿は信心されて仏になられました。今日は四十九日になられるので、 一切の諸仏が霊山浄土に集まられて、あるいは手にすえ、あるいは頭をなで、あるいは抱き、あるいは悦び、月が初めて出たように、花が初めて咲いたように、どんなにか(七郎五郎殿のことを)、愛されていることでしょう──。
 この御文は、信心を貫き通して亡くなった方の、死後の生命の境涯を示されている。生死にわたって、仏界の生命に包まれ、所願満足の幸福境涯に遊戯していけるのが妙法である(拍手)。
 そして、ひとたび仏界の境地に入れば、生々世々、自由自在に、自分の願う所と願った境涯に、生まれてくることができる。しかし、謗法の人、退転の人は、絶対に仏界に入ることはできない。苦悩の生命の連鎖を繰り返していかざるをえない。これが因果の法則である。


勇気の泉 18 小説「人間革命」「新・人間革命」から

わが人生を広宣流布に捧げん

〘1960年(昭和35年)4月19日、学会本部での全国代表幹部会で、山本伸一を第3代会長に推戴することが発表された。伸一は、恩師・戸田城聖が事業の失敗から理事長を辞任した苦闘の日々を思い起こす。〙

 伸一は誓った。
 「未来、生涯、いかなる苦難が打ち続くとも、此の師に学んだ栄誉を、私は最高、最大の、幸福とする」と。
 伸一は、必死に、戸田を守り、支え、仕えた。胸を病む彼は、熱にさいなまれ、時に血さえ吐きながらも、走り抜いた。
 彼は、死を覚悟していたのである。戸田に一身を捧げ、師とともに、偉大なる広宣流布の法戦を進め、戸田が生きているうちに、広布に散りゆこうと心に決めていた。
 そうしなければ、後世にまことの弟子の模範を残すことも、現代における真実の大聖人門下の鑑をつくることもできないと考えていたのである。
 伸一の悲壮なまでの心を見抜いた戸田は言った。
 「お前は死のうとしている。俺に、命をくれようとしている。それは困る。
 お前は生き抜け。断じて生き抜け! 俺の命と交換するんだ」
 伸一は、32歳の今日まで生きながらえ、これから、会長として広布の指揮を執っていく使命を思うと、恩師が自分に命を授け与えてくれたことが、実感されてならなかった。
 ──私を、鍛え、磨き抜いてくださった先生。信心という最高の宝を与えてくださった先生。広宣流布という最大の使命を教えてくださった先生。そして命さえも分け与えてくださった先生……。
 彼は、師のありがたさを思うと、込み上げる感涙を抑えることができなかった。
 ──私の人生は決まった。戸田先生の大恩に報い、先生の御遺志である広宣流布に一身をなけうとう。先生の子どもである同志を守りに守っていこう。わが命の燃え尽きる日まで。(『人間革命』第12巻「新・黎明」の章)

御書とともに 20 名誉会長が指針を贈る

創価学会は日本の柱

 我日本の柱とならむ我日本の眼目《がんもく》とならむ我日本の大船《たいせん》とならむ等とちかいし願《ねがい》やぶるべからず(開目抄、232㌻)

通解
 「私は日本の柱となろう。私は日本の眼目となろう。私は日本の大船となろう」と誓った願いは断じて破る事はない。

同志への指針
 立正安国の仏法が、いかに大切か。日蓮大聖人に直結する創価学会こそ、日本の柱であり、眼目であり、大船である。何ものにも揺るがない。激動の時代に、社会を平和と安定と繁栄へリードしていく力なのである。

御書とともに 21 名誉会長が指針を贈る

報恩こそ「人間の正道」

 知恩をもて最《さい》とし報恩をもて前《さき》とす 世に四恩あり 之を知るを人倫《じんりん》となづけ知らざるを畜生とす(聖愚問答抄、491㌻)

通解 
 (聖人は)恩を知ることを最高とし、恩に報じていくことを第一としてきた。世の中には四つの恩がある。これを知る者を人倫(人の道に適った人間)と名づけ、知らない者を畜生という。

同志への指針
 恩を知り、恩に報いていく。この人間の正道を教えられたのが日蓮大聖人の仏法である。戸田先生も、皆が「第一級の人格」を鍛え「第一級の社会人」に育つように薫陶された。
 青年は実力をつけよ! 誠実に礼儀正しく、どこまでも「報恩の人生」を進み抜くのだ。

わが友に贈る
(2011. 4.28付 聖教新聞)
さわやかな挨拶が 心と心を結ぶ! 誠実な振る舞いで 信頼の根を張ろう! 徹して一人を大切に。

わが友に贈る

(2011. 4.29付 聖教新聞)
一人の女性の 聡明な振る舞いで 環境は大きく変わる! 皆が新時代を開く 幸福博士なり!

わが友に贈る
(2011. 4.30付 聖教新聞)
勇気ある信心が 新生の究極の力! 不撓不屈の魂光る 東北の皆様と共に 希望の明日へ前進!

名字の言
(2011.4.28付 聖教新聞)
 建長5年(1253年)のきょう、日蓮大聖人は南無妙法蓮華経の題目を示され、民衆救済の大闘争を開始された。題目を弘めることで、万人の胸中に大いなる生命力を呼び起こし、永遠にわたる幸福の道を開く戦いである▼その誓願を創価学会の三代会長が受け継ぎ、題目は世界に流布された。題目を唱える実践によって一人一人の生命を変革し、ひいては生活、人生、家庭、社会を変えていく人間革命運動。それが今、世界で展開され、人々と社会に価値をもたらしている事実に触れる時、あらためて仏法の力を感じる▼一遍の題目でも、偉大な力を秘めている。その題目を唱えられる幸せは例えようがない。天空から投げた小さなけし粒が、大地に立てた一本の針の先に刺さることよりも、題目に巡りあうことの方が難しい、とまで大聖人は述べておられる(御書941㌻)。それほどの題目に巡りあえたのである▼御書には、題目を唱える福徳は計り知れず、信心をして一日でも生きれば積もるような功徳がある、とも▼仏法に出あい、題目を唱えて生涯を送った人は、一人も残らず永遠の幸福境涯を得ることは間違いない。自分のみならず、一家一族の幸福の道を開く題目を、きょうも朗々と唱えながら前進したい。

名字の言
(2011.4.29付 聖教新聞)
 5・3「創価学会の日」を記念する本部幹部会は、関西と東北を中継で結び、開かれた▼阪神・淡路大震災の折、バイク隊として救援に携わった青年の体験が感動を呼んだ。今では消防職員として活躍。“あの時、生き埋めになった人をもっと助けたかった……”。その思いを胸に、使命の道を突き進む▼インドの詩聖タゴールは謳った。「きびしい闘いは闘われなければならない。それが人生に価値を与える」(『タゴール著作集6』、芝山幹郎訳、第三文明社)。仏法の眼から見れば、どんな人生の苦難もすべて意味がある。池田名誉会長も「妙法を唱え、師弟の道に生き抜くならば、すべての労苦は、永遠の栄冠に変わる」と▼幹部会の席上、関西の歌「常勝の空」と、東北の歌「青葉の誓い」が披露された。どちらも名誉会長の作詞である。16年前、関西の友は「いざや前進恐れなく」との歌詞のまま、力強く立ち上がった。今、東北の同志も「風雪越えし我等こそ/地涌の正義の旗頭」と高らかに歌う。頬はぬれても心は一歩も引いていない▼「負けたらあかん!」「負げでたまっか!」。交わされた心のエールに、学会精神の真髄が輝いた。全世界の友の希望の光源──栄光の「5・3」は、もうすぐである。

名字の言
(2011.4.30付 聖教新聞)
 東日本大震災が起きて50日が過ぎた。物理的な時間の経過は万人に等しい。しかし、時の流れの感じ方は人によって、置かれた状況によって異なる。あっという間だったという人。長い年月のように感じた人。時計の針が止まった感覚の人。さまざまだ▼先日、亡くなった詩人・童話作家の岸田衿子さん。彼女の詩「南の絵本」の一節に「いそがなくてもいいんだよ/種をまく人のあるく速度で/あるいてゆけばいい」とあった(『いそがなくてもいいんだよ』童話屋)▼長い人生の途上では、じっと耐え忍ぶことが必要な時がある。大地をしっかりと踏んで、再び歩き出すために、立ち止まり、熟考することが大切な場合がある▼〝青年よ、心に思索の暇をつくれ〟とは、戸田第2代会長の遺訓の一つであった。広宣流布の勝利の要諦は「電光石火」。だが、「考える」ことを放棄した盲進になっては長続きしない。「こうでなくては」という自身の物差しに固執すれば、目の前で苦しんでいる友の〝時間の流れ〟を見失ってしまうかもしれない▼寄り添い、耳を傾け、苦楽を分かち合い、友と同じ時間の流れを共有する。この「一人のため」に徹し、心を通わせる語らいは、間違いなく、自他共の幸福の種をまいている。
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2011-04-30 : 震災への励まし :
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新時代第48回本部幹部会へのメッセージ

新時代第48回本部幹部会へのメッセージ
        (2011.4.28 関西池田記念会館)

 栄光の5月3日「創価学会の日」「創価学会母の日」を記念する「新時代第48回本部幹部会」が28日午後、大阪市天王寺区の関西池田記念会館で開催された。
 これには、原田会長、正木理事長、杉本婦人部長が、関西の代表らとともに出席。仙台市の東北文化会館と同時中継で結び、韮沢東北長、千田東北婦人部長らがあいさつした。
 池田大作名誉会長はメッセージを贈り、全同志の奮闘によって、恩師・戸田第2代会長の会長就任60周年の「5・3」を勝ち飾ることができたと強調。師弟の大勝利宣言をするとともに、希望輝く創立100周年へ、威風堂々と、新たな常勝の前進を開始しようと呼びかけた。

池田名誉会長のメッセージ


創立100周年へ 希望の前進

常勝の関西よ永遠なれ
苦しむ人に尽くすのが「仏」
民衆の連帯で人類史の不幸を大転換


 一、日本全国、そして全世界の尊き同志の真剣な「祈り」と「努力」と「団結」によって、創価学会の元旦である「5月3日」を、最高に意義深く迎えることができます。
 私は心から感謝申し上げます。本当にありがとう!
 とくに今年の5月3日は、わが師・戸田城聖先生が大難を乗り越えて、第2代会長に就任されてより、60周年となります。
 「60年」という佳節を、西洋では「ダイヤモンドの祝典」と呼んで寿ぎます。戸田先生と私たちの大誓願である「一閻浮提広宣流布」は、まさしく、今、ダイヤモンドの如く、最強にして無敵、金剛にして不壊の輝きを増しております。
 この会場に御安置されている、戸田先生願主の関西常住の御本尊は、「大法興隆 所願成就」と、お認《したた》めであられます。
 この御本尊の御前で、べ我ら創価の師弟は、すべてに勝った!」と大勝利宣言をしたいのであります(大拍手)。

開かれた人間宗
 一、なかんずく第1に讃えたいことは、「民衆の勝利」であります。
 建長5年(1253年)の4月28日に立宗宣言なされた御本仏・日蓮大聖人は、御自身が「民の家」(御書1407㌻)から出た「民が子」(同1332㌻)であられることを晴れ晴れと仰せになりました。
 日蓮仏法は、全人類に開かれた「人間宗」であり、この太陽の大仏法を、創価学会は世界192カ国・地域の民衆に開いてきたのであります。
 殉教の父・牧口常三郎先生が学んでおられた「御義口伝」は、戦時中、特高警察に押収されましたが、そこに、牧口先生が傍線を引かれていた一節があります。
 それは、「煩悩の淤泥《おでい》(どろ)の中に真如の仏あり」(同740㌻)という御文であります。
 悟り澄まして戦わない仏などおりません。
 妙法のため、人々のため、社会のため、現実の悩みや苦しみの真っ只中に飛び込んで、泥まみれ、汗まみれになって戦い抜く生命こそ、真実の仏であります。
 この仏の生命の真髄を発揮しゆく、何ものにも負けぬ民衆の正義の陣列──これが、創価学会であり、その模範こそ、私の手作りの「常勝大関西」なのであります。
 一、トルストイは叫びました。
 一般民衆は、まるで踏み付けにされてる。そんなことのないようにしなくちゃならん。それが、われわれの使命なんだ」(北御門二郎訳『復活』東海大学出版会)と。
 私たちは、人類史の不幸な宿命を転換しゆくために、いよいよ仲良く朗らかに、民衆の希望の大連帯を拡大していこうではありませんか!
 一、第2に讃嘆したいのは、「母たちの勝利」「女性の勝利」であります。
 牧口先生が傍線を引かれていた御聖訓の一つが、「女人と妙と釈尊との三 全く不同無きなり(全く同じなり)」(御書842㌻)でありました。女性の生命は、妙法そのものであり、尊極なる仏それ自体であります。
 今、私は、インドの「教育の母」ムカジー博士(大詩人タゴールゆかりの名門ラビンドラ・バラティ大学の前副総長)と新たな対談を進めています。この対談の重要なテーマも「女性こそ人間の文明の救済者なり」というタゴールの精神であります。
 生命を慈しみ、人間性を高め、友情と平和をもたらしゆく女性の力を、地域にも、社会にも、そして文明にも、いやまして満たしていくべき時代に入りました。
 「冬は必ず春となる」(同1253㌻)とは、最も苦労している健気な母へ贈られた御金言であります。学会の大発展は、冬を必ず春とする、母たちの勇気と忍耐の信心あればこそであります。
 尊き創価の女性に、幸福と健康と和楽の花よ、爛漫と咲き薫れと、私も妻も題目を送り続けております。

東北の大詩人・土井晩翠の一詩を贈る
「雨と嵐の荒れたあとに必ず晴れわたる日が来る」


変毒為薬の力

 一、第3に賞讃したいのは、「青年の勝利」であります。
 青年部、本当によく頑張ってくれている。立派に成長してくれている。私は何よりも頼もしい。「青年の勝利」こそ「未来の勝利」であり、「永遠の勝利」であるからだ。
 ある年の5月3日、大聖人は、若き南条時光に仰せになられました。
 「大きな難が来るであろう。その時、まさに諸天の守護が厳然と現れると確信し、いよいよ強盛に信心に励むべきである」(同1512㌻、趣意)
 なぜ、地涌の菩薩が大難に遭うのか?
 一次元から申し上げるならば、どんな苦難であっても、断固として変毒為薬し、勝ち越えゆく力が、人間そして青年の生命に具わっていることを、未来永遠の人類に示し切っていくためであります。
 今、東日本大震災に立ち向かい、わが誉れの青年部が、壮年部、婦人部の皆様方と一体になって、師子奮迅の力で戦ってくれています。
 この若き偉大な地涌の友に、私は、東北の生んだ大詩人、土井晩翠の一節を贈ります。
 「雨と嵐の
 あるるのち
 晴れたる日あり
 ゆるがざる
 望抱きて
 進むなり
 かんなん人を
 玉となす」(『晩翠先生校歌集』)と。
 一、世界中の知性と良識が、私たち創価の大行進を見守ってくれています。
 アフリカの人権の獅子マンデラ元大統領も、その一人です。
 最後に、彼の言葉を、わが同志に捧げます。
 「人は、大いなる山を登り終えると、そこに見出すことでしょう。さらに登るべき多くの山が待っていることを!」と。
 創立100周年へ、そして大聖人が仰せになられた遠大な未法万年尽未来際へ向かって、威風堂々と、新たな常勝の前進を開始しよう!(大拍手)
2011-04-30 : スピーチ・メッセージ等 :
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東日本大震災への励まし-27

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。

当サイトにおきましては、被災された方々、ならびに関係の方々への励ましになればとの思いから池田名誉会長の励ましの言葉・聖教新聞からの励ましをUPしてまいります。

勇気の泉 17 小説「人間革命」 「新・人間革命」から

師の大願を果たすのが弟子!


〘1963年(昭和38年)7月、静岡・伊豆で、男子部の代表で結成された「水滸会」の研修会が行われた。山本伸一を囲む指導会で、一人の青年が尋ねた。〙

 「私が担当しております組織は、男子部員も少ないうえに、実態は極めて厳しいものがあります。どうすれば、こうした事態を変えていくことができるでしょうか」
 即座に、伸一の大きな声が響いた。
 「君が立ち上がればいいんだ!
 事態が厳しければ、自分が一人立つ──常に、私はその精神でやってきた。
 蒲田支部の支部幹事として、折伏の指揮をとった時もそうだ。当時は、大支部といっても、折伏は100世帯そこそこだった。
 “これでは、戸田先生が掲げた75万世帯という大願を果たすことはできない”と、私は思った。
 では、誰がやるのか。弟子がやるしかない。ゆえに私は戦いを起こした。そして、1支部で201世帯という、当時としては未曾有の布教を成し遂げた。
 これは私が、24歳の時だ。支部には、もちろん壮年も、婦人もいた。ほとんどの幹部は、私よりも年上だ。しかし、最後は皆、私と心を合わせて動いてくれた。
 なぜか。私は真剣であったからだ。誰よりも、必死であったからだ。
 “自分たちには、あれほどの活動はできない。この人の言う通りにやれば、必ず壁を破ることもできるだろう”と、みんなが思ったからだ。そして、私は結果を出した。
 私の行くところは、事態、状況は、いつも最悪だった。そのなかで、勝って、戸田先生にお応えしてきた。
 それが弟子の道だ」(『新・人間革命』 第8巻「宝剣」の章)

わが友に贈る
(2011. 4.26付 聖教新聞)
広宣流布とは 無限の挑戦なり! 栄光の「5・3」へ 希望の歌声高く 朗らかに進もう!

わが友に贈る
(2011. 4.27付 聖教新聞)
先駆の青年部が 大きく道を開いた。 若き熱と力に喝采! 広宣流布の未来は 君たちに託す!

名字の言
(2011.4.26付 聖教新聞)
 「聖教の印刷に携わって、45年目になります」と語る、北海道の印刷会社の取締役。本紙創刊60周年に祝福の声を寄せてくださった。「45年、読んできました。気がつけば、毎日、心を動かされていました」▼毎夜、刷り出されたばかりの本紙を隅々までチェックしてきた、いわば“最初の読者”。「聖教には、人々の『絆』がある。逆境を乗り越える『力』がある。人への『慈愛』がある。私も、何度励まされたことか」と▼東北の被災地で、読者が語っていた。「私たちは被災者ですが、何より“復興者”です。そう前向きに感じられるようになったのは、聖教新聞があったからです」。本紙の使命の大きさを、逆に、教えられる思いがした▼60年前、戸田第2代会長の就任を目前にして生まれた本紙。恩師は、かつて述べた。「世の中が不幸であることはよくわかる。では、どうすれば幸福になれるか。誰も、何も答えていない」「しかし、聖教新聞には幸福への道が書かれている。こんな新聞はほかにはありません」と▼どんな時、どんな人にも「幸福への道」は必ずある。その希望を送り続けたことこそ、本紙の誇り。読者の皆さまに深く感謝しつつ、創刊70周年を目指し、一層の紙面の充実に努めたい。

名字の言
(2011.4.27付 聖教新聞)
 「踏まれても/踏まれても/なお咲く/タンポポの笑顔かな」。池田名誉会長が、胸に刻まれて離れない詩として、かつて紹介したことがある▼アスファルトで固めた道路のすき間から、タンポポが可憐な黄色い花を風になびかせている。“がんばれ”と心でつぶやきながら、通り過ぎた。都会に春を感じる瞬間である▼タンポポのたくましい生命力の秘密は、大地深く懸命に伸ばした根っこにある。中には、地下1メートルになるものもあるという。人の目に見えないところでの支えが“成長”の源になるのは、人間も同じだ▼花を咲かせた後、タンポポの茎は一度、地面に倒れる。種ができると、再び立ち上がる。種をつけた綿毛が風を受けて、より遠くに飛べるようにするためだ。自分が勝つために、そして次は、未来を託す世代のために、花は全力で生きている。人間もまた、こうありたい▼タンポポの英語名は「ダンデライオン」。“獅子の歯”の意味。ギザギザの葉が、それに似ていることから呼び名が付いた。晴れやかな広宣流布の勝利を永続的なものにするためには、後継の「師子」の成長こそ不可欠。「御信心のねのふかく」(御書1479㌻)、たくましい生命力を燃やして、新しい出発を切りたい。
2011-04-27 : 震災への励まし :
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平和の朝へ 教育の大光

平和の朝へ 教育の大光  ウクライナと日本の友情
  第三文明社 2011.5.3刊 ¥1600+税

  対談者 ミハイル・ズグロフスキー

第1章 文化の大地
1 人類の未来を潤す緑の沃野
 文化と芸術の大国ウクライナ
 人類が求める「人間主義の仏法」
 ウクライナと首都キエフの特徴
 両親から学んだ「四つの教え」
 ウクライナの文化
 ウクライナの中の日本文化
 農業国こそ未来の先進国
2 今日の日本とウクライナ──「文明の十字路の国」と「太平洋通りの桜の国」
 両国の「花」をめぐって
 自然を愛する心を守る
 「ルーシ」と「ロシア」
 「コサック」とは?
 日本の印象
 開かれた「寛容」の国へ
3 活字文化こそ人間興隆の大光
 青春の読書の思い出
 ウクライナの革命作家
 活字文化の衰退は人間性の衰退
 「心の国境線が取り払われた社会」
 「黄金の心」と「三草二木」の譬え
 メディアの使命と責任
 平和への「意志の力」
4 宗教の英知──平和と共生の社会へ
 コステンコ元駐日大使との語らい
 「ウクライナのソクラテス」スコヴォロダ
 宗教は人間文化の豊かな土壌
 宗教の社会的使命
 アインシュタイン博士の宗教観
 「人間のための宗教」との視座
 「宗教間対話」の三つのポイント
  ①「創始者の原点の心に返る」
  ②「共通性」を見出す
  ③「共通の目標」を持つ
 
第2章 核なき時代へ
1 生命尊厳の哲学こそ民主主義の光源
 忘れ得ぬ「8月24日」
 「全人類的視点」に立った核兵器の放棄
 「オレンジ革命」を支えた民衆と青年の力
 民主主義には「哲学」と「教育」が必要
 民主主義と仏法の「煩悩即菩提」の法理
 「教育権」と「四権分立」
 「人道的競争」で「平和の文化」の伝播を
2 核時代における「戦争の文化」と「平和の文化」
 チェルノブイリ原発事故の悲劇
 『少年日本』の短編小説「原子野の花」
 チェルノブイリ原発の閉鎖──人類へのメッセージ
 民衆の声こそ最も強力な平和の力
 核時代が生んだ「三つのグループ」
 「構造的暴力」という温床
 人類全体に対する忠誠心
 「平和の文化」は人間を信じ抜く文化
3 「地球文明」の輝く未来を
 新時代へ米ロ首脳会談が実現
 「核兵器のない世界」への挑戦
 「人類は今、平和な時代を生きているのか」
 「地球という美しい家」を守る
 イスラム文化の多様性
 民族や人種を「抽象化」して見る危険
 「帝釈天の網」とう譬喩
 「教える文明」から「学ぶ文明」へ

第3章 教育の聖業
1 「子どもの幸福のため」の教育
 中学校の恩師の思い出
 人間の能力は「遺伝子」で決まるのか?
 「子どものための教育」という不変の原点
 ウクライナの家庭教育環境の変化
 子どもを育てることは自分を育てること
 「仏知見」の「開示悟入」と教育
 子ども社会は大人社会を映す「鏡」 
2 世界を結ぶ学術・教育の交流
 「大学」の淵源の一つ──ボローニャ大学
 「模倣」では無く「創造」のための教育
 一生涯、教え子たちを見守り続ける
 「学校の数、学生数を減らさない」
 「貪欲」から満足を知る生き方へ
 「消費の文明」から「建設の文明」へ
 アメリカ創大から人類貢献の英才よ羽ばたけ
3 教育と科学のルネサンス
 「数学」の魅力とは?
 時代は変わっても「人間」は変わらない
 「科学技術」教育はどこへ向かうのか
 自分にしかできない使命を果たす人材に
 ルネサンスの「人文主義」と対話の教育
 仏法の「三智」と「教育の人間主義化」

第4章 人類的課題への挑戦
1 幸福の建設 文明の創造
 豊かさと人間の幸不幸とは
 「自他共の幸福」という指標
 激変の時代にこそ確たる「目的観」を
 「富める国」と「貧しい国」の格差の拡大
 仏法の「四弘誓願」──現代の菩薩道
 トインビー博士の仏教への期待
 仏法における精神性の進歩──善性の開発
2 高度情報社会の科学と人間
 “てぶくろ”という民話
 急速な「情報革命」の光と影
 「情報革命」と「人間教育」の進展は一体
 女性の「生命感覚」「人権感覚」の輝き
 科学はどこへ向かうのか
 仏法の倫理観──「十界論」
3 人類意識の変革と環境教育
 日本とウクライナの「正月」
 国連の挑戦①──「植樹キャンペーン」
 国連の挑戦②──「持続可能な開発のための教育の10年」
 ベルナツキーの「人智圏」の慧眼
 傲慢の克服──仏法が説く「縁起」「非常の仏性」の知見
4 地球温暖化を防ぐための挑戦
 「持続可能な開発」のモデル国とは
 「スマート・ソサエティー」と仏法の「三災」「七難」の克服
 ウクライナ学術界の「師弟のドラマ」
 民衆の手で制定された「地球憲章」
 青年と共に! 青年のために!
 
あとがき
2011-04-27 : 教育を語る :
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東日本大震災への励まし-26

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。

当サイトにおきましては、被災された方々、ならびに関係の方々への励ましになればとの思いから池田名誉会長の励ましの言葉・聖教新聞からの励ましをUPしてまいります。


御書とともに 19 名誉会長が指針を贈る

弟子の勝利を 断じて待つ

 何《いか》なる世の乱れにも各各《おのおの》をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し 乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり(呵責謗法滅罪抄,1132㌻)

通解
 どのように世の中が乱れていても、あなた方のことを「法華経や十羅刹女よ、助け給え」と、湿った木から火を出し、乾いた土から水を得ようとする思いで強盛に祈っている。

同志への指針
 “私が断固、わが門下を守る”と御本仏が宣言された。
 “門下よ、思う存分、戦い、すべてに勝ち抜くのだ!”
 ──この師匠の叫びに、勇猛精進して応えるのが、日蓮仏法の弟子の道である。

御書とともに 20 名誉会長が指針を贈る

創価学会は日本の柱

 我日本の柱とならむ 我日本の眼目《がんもく》とならむ 我日本の大船《たいせん》とならむ等《とう》とちかいし願《ねがい》やぶるべからず(開目抄、232㌻)

通解
 「私は日本の柱となろう。私は日本の眼目となろう。私は日本の大船となろう」と誓った願いは断じて破る事はない。

同志への指針
 立正安国の仏法が、いかに大切か。日蓮大聖人に直結する創価学会こそ、日本の柱であり、眼目であり、大船である。何ものにも揺るがない。激動の時代に、社会を平和と安定と繁栄へリードしていく力なのである。

勇気の泉 15 小説「人間革命」「新・人間革命」から

誠実に、粘り強い対話を!

〘1974年(昭和49年)1月、香港を訪問した山本伸一は、メンバーの質問に答え、外交、渉外の在り方を語る。〙

 「外交を行ううえで重要なことは、まず、第一に『勇気』です。
 難しそうだと思う相手であっても、勇気をもって会い、胸襟を開いて、率直に対話する。それが外交の第一歩です。
 臆病な人間は、直接、人と会って、対話することを避けようとするものです。そこからは、何も開けません。
 次に大事なことは、どこまでも『誠実』であるということです。
 外交といっても、相手に“この人なら人間として信じられる”と思わせることができるかどうかです。それは、社交上の小手先の技術などではなく、誠実さ、真剣さによって決まる。
 また、『根気』『粘り強さ』が大切です。
 こちらが対話を求めても、時には、拒絶されたり、たとえ会えても、誤解が解けずに終わることもあるでしょう。そうした場合には、根気強く挑戦を重ねていくことです。
 本来、外交というのは、一度や二度で思い通りの結果が出るほど、甘いものではない。
 壁が厚ければ、厚いほど、闘志を燃え上がらせて、粘り強く立ち向かっていくんです。心ある相手は、それを、じっと見ているものなんです」(『新・人間革命』第18巻「飛躍」の章)

勇気の泉 16 小説「人間革命」 「新・人間革命」から

一瞬一瞬を全力投球で奮闘!


〘1973年(昭和48年)5月5日、東京・豊島区のメンバーと山本伸一との記念撮影会が開かれた。同区の学生部員たちは、自発的に御書の索引集を作り、伸一に贈る。それを手にした伸一は、感嘆して言う。〙

 「これは新しい試みだね。
 青年の力はすごいな。青年が本気になれば、必ず新しい道が開かれる。若い世代が、どれだけ力を発揮していくかで、広宣流布は決まってしまう。
 青年ならば、自身の勝利のドラマをつくることだ。それが人生の軌道を決定づけるし、生涯の誇らかな財産となる」

〘学生部員たちは、不眠不休で索引集の編纂に当たってきた。作業が大詰めを迎えた時、彼らは語り合う。〙

 「これからが本当の戦いなんだ。不可能を可能にするんだよ。それが、学会の精神じやないか!
 あきらめの心をもつことこそが敗因なんだ。最後の最後まで、加速度をつけて頑張り抜けば、きっと完成する。
 疲れていようが、自分を燃やし尽くす思いで、大奮戦するんだ。最後の奮闘が、勝敗の分かれ目だと思う」
 もう一人のメンバーが頷きながら言った。
 「そうだな。最後の粘りを見せよう。
 これからは、最終の点検作業も大事になる。油断して、いい加減なチェックになってしまえば、ミスだらけの索引集になってしまうからね。それでは『九仞《きゅうじん》の功を一簣《いっき》に虧《か》く』ことになる。
 一瞬一瞬、全力投球、全力疾走だ。もし、間に合わないなんてことになれば、一生涯、後悔するぞ。
 限界を打ち破ってこそ本当の挑戦だ!」(『新・人間革命』 第17巻「民衆城」の章)

わが友に贈る

(2011. 4.22付 聖教新聞)
「仏法と申すは 勝負をさきとし」 執念で語れ! 師子吼で勝て! 異体同心で進め!

わが友に贈る
(2011. 4.23付 聖教新聞)
「今日」の勝利が 広布の未来を開く。 全員が師子となれ! 「法華経の兵法」で 断じて勝ちまくれ!

わが友に贈る
(2011. 4.24付 聖教新聞)
「いよいよ強盛に 大信力をいだし給へ」 不撓不屈の心で 愛する地域に 断じて栄光の旗を!

わが友に贈る
(2011. 4.25付 聖教新聞)
偉大な全同志の 不屈の闘争に感謝! 我ら青年学会は 勝ちに勝った! 新たな常勝劇を共々に!

今週のことば
(20011.4.25付 聖教新聞)
大勝利おめでとう! 諸仏も諸天も讃嘆。 百周年へ凱歌の開幕だ。 わが偉大なる友に 福徳と栄光あれ!

名字の言
(2011.4.22付 聖教新聞)
 この春、6年間の不登校を乗り越えて、大学合格を勝ち取った沖縄の女子学生部員が語ってくれた▼小学4年生の時、友人をいじめていた先輩を注意したことがきっかけで、矛先は彼女に向けられた。当時、周囲は、この状況を真剣に受け止めてくれず、次第に不登校に。中学進学後も、学校に行ったのは、わずか数回だけ▼しかし、人を信じられなくなった彼女のもとを、何度も訪ねた中学の教師がいた。何気ない会話の中で、“この先生は私の味方なんだ“と感じた。徐々に心を開いていった彼女は、中学卒業後、定時制高校に進学する。生徒会活動にも取り組み、人との関わりを大切にするように変わっていった。昼間は塾にも通い、大学受験を目指すようにもなった▼子どもは「愛されること」によって、初めて「愛すること」を知るという。刻まれた愛情は、心の中に生き続け、人生の支えとなっていく。彼女は「あの教師がいなかったら、今の私はありません」と、感謝の気持ちを忘れない▼「『思いやり』とは『思い遣る』、つまり思いを他の人まで差し向けることである」と池田名誉会長。口下手でもいい。悩み苦しむ友に、“思い“を届け続けたい。それはいつか、立ち上がり、前を向く力になるはずだ。

名字の言
(2011.4.23付 聖教新聞)
 ホテルに到着し、チェックインを済ませ、スタッフが部屋まで荷物を運ぶ。そのわずか数分間が、「そのホテルのすべての印象を決定する」。大手商社の創業者を祖父に持つ洋画家の益田義信氏が、自著『さよなら巴里』(三修社)に記していた▼ならば、ホテルに着いた客が最初に出会うドアマンは、ことのほか、その印象を左右することになろう▼創業120年余のある東京のホテルでは、ドアマンが30分ごとに白手袋を交換するという。客の荷物を汚さないため、などが理由のようだが、人は見ていないようで見ている。指先に宿った信念を。今日の伝統と信頼を築いたのは、この「30分への執念」の積み重ねでもあろう▼次々と訪れる客への対応に忙しい、などと、手袋交換の「マニュアル」をなし崩しにする理由はいくらでもある。だが、時々の判断で安易に変わるものを信念とは言わない。状況の変化を理由にしない「変わらないことへの誇り」こそが、偉大なものを作り上げる。これは、万般に共通する方程式であろう▼「今はできなくてもしかたない」と、ひるめば、そこで成長は止まってしまう。「ひとたび立ち上がったからには断じて勝つ」。この鋼鉄の信念が、広布と人生の勝利を切り開いていく。

名字の言
(2011.4.24付 聖教新聞)
 内村鑑三が『代表的日本人』の一人に挙げた江戸時代の米沢藩主・上杉鷹山。「民は国の宝」を信念とした彼は、藩政改革の方針を「三助」として示した▼(1)自ら助ける「自助」(2)(互いに近隣が助け合う「互助」(3)藩政府が手を伸ばす「扶助」である。この三位一体の改革を次々と断行し、窮乏に沈む藩を見事に再建した▼災害対応でも、「自助」「互助」「扶助」のいずれもが欠かせない。住居や生活手段など、すべてを奪われた中で、東日本大震災の被災者は、「自助」「互助」の力を見事に発揮し、奮闘している。問われるのは「扶助」──社会全体で、これからどう支えるか▼内村鑑三は、鷹山らとともに日蓮大聖人を『代表的日本人』に挙げた。そこには「所謂『佛敵』には極めて假借なかった彼は、貧しきもの悩めるものに接する時、人として最も柔和なる人であった」と▼時の権力者に、正しい思想を根本とした為政を求めた「立正安国論」。その「国」には、「国構え(囗)」に「民」の字を多く使われた。民衆一人一人の幸福を離れて、社会の繁栄はないという国家観、民への大慈大悲の表れである。「人間のために」「民衆のために」。この根本精神を訴える我らの運動が、今ほど必要な時はない。

名字の言
(2011.4.25付 聖教新聞)
 信心の大先輩を訪ねた。長年、浪曲の曲師(三味線奏者)として活躍された錦宝会(多宝会)の友である▼著名な浪曲師だった父の気風を受け継いだのか、自分にも他人にも厳しく、「鬼」と評された。知人の紹介で入会はしたものの、反発ばかり。寒い日にわざと薄着をした。風邪をひいて「信心しても病気になったやないか!」と、紹介者に食ってかかろうとした。が、「風邪をひくどころか、日に日に元気になり、10年と生きられないと診断された持病が治っていたんや」▼「命を守ってもらった。御本尊さま、すいまへん」。以来、「恩返しの人生」を歩む。唱題と折伏、そして三味線しかない毎日だったという。妙法の功力を命で感じたら、後は不平も理屈も言わず、「信心即生活」一直線。潔い信心の人と話すと、こちらの背筋もしゃんとする▼信心して一番の変化は、困った人を見ると、居ても立ってもいられなくなったこと。周囲からは「他人にそんなに親切せんでもいいのに、アホやなぁ」と言われるが、「『鬼』が『アホ』に変わった」と笑う▼御書に「無二に信ずる故によって・此の御本尊の宝塔の中へ入るべきなり」(1244㌻)と。ひたむきに「心の財」を積んだ人生には、あせない輝きがある。

『平和の朝へ 教育の大光』(第三文明社刊)へのあとがき

 本年の3月11日、午後2時46分──。
 日本の東北・関東地域を、マグニチュード9.0という世界最大級の大地震が襲った。それに伴う大津波による被害も甚大で、多くの方々が犠牲となられた。
 さらに、福島県の第一原子力発電所において重大な事故が発生した。世界中の人々が心を痛め、励ましのエールを送ってくださった。
 この大震災で亡くなられた方々のご冥福をあらためてお祈り申し上げますとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
 そして、皆様方が筆舌に尽くし難い困難を乗り越えられ、一日も早い復興を成し遂げられますよう、切にお祈り申し上げます。
          ◇
 ウクライナで、チェルノブイリ原子力発電所の大爆発事故が起こり、世界中に衝撃を与えたのは、この東日本大震災の四半世紀前──。
 1986年4月26日のことであった。
 この悲劇を乗り越えながら、ウクライナの人々は、今日まで平和への道を歩み続けてこられた。独立後の1994年、国内の核兵器全廃の道を選び、かつての「核ミサイル基地」には今、陽光に輝く「ひまわり畑」が広がる。
 どんな闇夜にも、必ず希望の朝は来る。
 日本は、第2次世界大戦で、世界最初の被爆国となった。広島、長崎の人々は、言葉に尽くせぬ苦しみの中、奇跡と言われた復興を成し遂げた。
 ウクライナと日本は遠く離れた国であるが、20世紀、同じような未曾有の苦難を経験してきた。
 両国の人々が厳然と示してきた人間の不屈の心、希望の心、同苦の心、連帯の心──。
 この心を幾重にも広げ、強固なものとしゆくかぎり、たとえ時間はかかったとしても、克服できない困難は断じてない、と私たち2人は確信してやまない。
 (中略)
 対談の中で、私たちが一際、強い関心をもって論じ合ったのは、やはり核兵器の廃絶の問題であった。
 本書の中で「自ら原子力の脅威を経験した日本とウクライナは、それを地球上のすべての人々が平和の大切さを理解するために役立てていく、という使命を与えられた国といえます」とズグロフスキーが表明したように、「核兵器のない世界」の建設は、ウクライナと日本の民衆の悲願だからである。
 それはまた、核兵器を“絶対悪”とし、廃絶を訴えた創価学会第2代会長・戸田城聖の「原水爆禁止宣言」を原点とする、世界192カ国・地域に広がるSGIの運動が共有するものである。
 新しい時代の主役は、いうまでもなく青年である。対談集でも、私たち2人は、青年を信頼し、青年を尊敬し、青年の育成を社会全体の最優先の目的としていくべきであると語り合った。
 青年の成長こそ、不滅の希望の太陽である。
 青年の連帯こそ、新しい平和の黎明である。
 こうした私たち2人の願いを込めて、対談集のタイトルを『平和の朝へ 教育の大光』とさせていただいた。


      2011年3月     ミハイル・Z・ズグロフスキー
                池田大作
2011-04-25 : 震災への励まし :
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東日本大震災への励まし-25

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。

当サイトにおきましては、被災された方々、ならびに関係の方々への励ましになればとの思いから池田名誉会長の励ましの言葉・聖教新聞からの励ましをUPしてまいります。

御書とともに 16 名誉会長が指針を贈る

晴れわたる5月3日へ


 日蓮も又此の天を恃《たの》みたてまつり日本国にたてあひて数年なり、既に日蓮かちぬべき心地す利生《りしょう》のあらたなる事・外《ほか》にもとむべきにあらず(四条金吾釈迦仏供養事、1146ページ)

通解
 日蓮もまた、この天(日天子)を頼みとして、日本国と戦って数年になる。
すでに日蓮は「勝った」という気持ちである。このように利生のはっきりしていることは、ほかに求められない。

同志への指針
 日本の国をあげての大迫害を、大聖人は厳然と勝ち越えられた。創価の我らも、赫々たる太陽の如く、すべてを勝ち切っている。
 今年も、晴れわたる5月3日の空に、栄光の勝鬨を轟かせよう!

御書とともに 17 名誉会長が指針を贈る

麗しき歓喜のスクラムを

 自他共に智慧と慈悲と有るを喜《き》とは云うなり(御義口伝、761㌻)

通解
自他共に智慧と慈悲があることを喜というのである。

同志への指針
 共に思いやり、共に励まし合い、共に学び、共に知慧を出し合いながら前進する。この仏法の本義に則った人間共和の世界が「創価」である。
 我らは、人間性の究極の光である麗しき団結で、歓喜の舞を舞いながら勝ち進んでいくのだ。

御書とともに 18 名誉会長が指針を贈る

幻の虚栄を悠々と見下ろせ

 或時《あるとき》は人に生まれて諸《もろもろ》の国王・大臣・公卿・殿上人《てんじょうびと》等の身と成って是れ程のたのしみなしと思ひ少《すくな》きを得て足りぬと思ひ悦びあへり、是を仏は夢の中のさかへ《栄》・まぼろしの・たのしみなり唯法華経を持ち奉り速《すみやか》に仏になるべしと説き給へり(主師親御書、386㌻)

通解
 ある時は、人間として生まれて、諸々の国王や大臣や公卿や殿上人などの身となって、「これほどの楽しみはない」と思い、わずかな果報を得て満足し、喜び合っている。こうした姿を、仏は「夢の中の栄華であり、幻の楽しみである。ただ法華経を持ち奉り、すみやかに仏になりなさい」と説かれたのである

同志への指針
 権力や富や名声が、いかに儚く、わびしく消え去るか。幻の虚栄など、悠々と見下ろすのだ。永遠不滅の妙法を流布する我らは、自他共に崩れざる常楽我浄の境涯を開き、絶対勝利の人生を歩みゆく。人間王者の誇りも高く!


勇気の泉 14 小説「人間革命」「新・人間革命」から

聖教には幸福への道が!

〘1957年(昭和32年)7月17日、大阪大会に出席した戸田城聖は、参加者の質問に答え、学会の真実を伝える聖教新聞への熱い思いを語る。〙

 「新聞は社会の鏡といわれるが、一般紙は悲惨な事件や事故の二ユースばかりだ。世の中が不幸であることはよくわかるが、では、どうすれば幸福になれるかは、なにも答えていない。
 しかし、聖教新聞には幸福への道が書かれている。
 仏法の眼から、社会の現象を、どうとらえていけばよいのかも書いてあります。こんな新聞はほかにはありません。
 私はね、この新聞を日本中、いや、世界中の人に読ませたいんです。それ自体が仏縁を結ぶことになるじやないか。つまり、折伏に通じていくんです」(『人間革命』第11巻「大阪」の章)

今週のことば
(20011.4.18付 聖教新聞)
「いよいよ はりあげて せむべし」 勝利を決するのは 攻め抜く執念だ。 正義は断じて勝て!

わが友に贈る
(2011. 4.18付 聖教新聞)
妙法と共に 同志と共に 一日一日、前進! 一日一日、勝利! 栄光へ舞いゆけ。

わが友に贈る
(2011. 4.19付 聖教新聞)
新しき時代を 開くのは「青年」! 強盛なる祈りと 執念の行動で 自身の新記録を!

わが友に贈る
(2011. 4.20付 聖教新聞)
我らの目的は 世界の平和と安穏! 全民衆の幸福なり! 偉大なる言葉の力で 希望の哲学を発信!

わが友に贈る
(2011. 4.21付 聖教新聞)
確信あふれる 真実の叫びが 人の心を動かす! 「声も惜まず」 強気で語り抜け!

名字の言
(2011.4.18付 聖教新聞)
 松の木は、その生命力の強さから、時代を超えて尊ばれてきた。武門の旗を松の木に立てた「旗立て松」の逸話が、今も各地に伝わっている▼関西では、楠木正成が嫡男・正行との別れの際、桜井の宿の松に旗を立てかけ、後継の誓いを促した。その南には、天王山がある。豊臣秀吉は、決戦の「山崎の戦い」を前に、山中の松に登って旗を掲げ、自軍を鼓舞した▼関東では、武田信玄の「三増峠の戦い」(神奈川・愛川町)が有名だ。信玄は、松に大将旗をはためかせ、勝利への士気を高めた▼今回の震災で甚大な被害を受けた岩手の陸前高田に、1本だけ、高さ12メートルの松が残った。大津波にも負けず、屹立する大樹の雄姿は、まさに“希望の松”。被災された方々に無限の勇気を与えている▼中国の古典に「千丈の松樹、常に風霜有り」(顔氏家訓)とある。天高くそびえ立つ松の木は、常に風や霜にさらされるが、断じて耐え抜く▼私たちも、友に「勇気の松明」を灯しながら、いかなる困難も乗り越え、どんな試練も勝ち越えていきたい。そして、正義の心根を胸にしっかりと張り、信心の幹をさらに太くし、地域に信頼の枝と葉を、いよいよ若々しく広げていこう。地涌の使命の旗を、心に翩翻と翻して。

名字の言
(2011.4.19付 聖教新聞)
 東京の72歳のブロック長。3月の大地震以来、「被災地の皆さんに届けたい」と毎日、真剣勝負で唱題を続ける。40年以上、信心してきて、今ほど題目があがっている時はないと言う▼一方、復興へと闘う東北各県のリーダーたちは、「全国の同志の広布の勝利こそが東北の希望です!」と、各地の奮闘を祈る心を口々に語っていた。被災地への祈りと、被災地からの祈りが今、列島を包む▼御書には「題目を唱え奉る音声は、十方の世界に届かない所はない。我々の小さな声でも、題目という『大音』に入れて唱え奉るゆえに、大宇宙の中で到達しない所はない」(808㌻、通解)と説かれる。一人の祈りも、宇宙の根本のリズムである「南無妙法蓮華経」の音声に込めれば、全宇宙に響いていく▼東北の中村女子部長が、被災地で頑張る〝華陽の友〟の思いを語っていた。「全国の祈り、師匠の祈りを、皆が感じています。大変な状況の中でも、不思議と、心に決意と誓いがみなぎっています」▼インド独立の父ガンジーは叫んだ。「祈る人間には退却というものはない」(保坂俊司訳)と。被災地の方々の不屈の姿から日々、「祈りの力」の偉大さを教えていただいている。きょうも強き祈りから出発したい。

名字の言
(2011.4.20付 聖教新聞)
 「一番うれしかったのは聖教新聞です」。被災地で、多くの友からこうした声を頂いた。道路が寸断され、ガソリンも底をついた場所では、救援物資と一緒に本紙が配られた。広大な地域を、何時間も歩いて配達した「無冠の友」の献身も、各地で伺った▼どんな励ましの文章も、届ける人がいてこそ伝えることができる。配達員をはじめ、支えるすべての人への感謝──聖教の根本精神を、あらためて教えられた▼1973年(昭和48年)の5月3日。池田名誉会長は通信員大会に出席し、聖教新聞の基本理念を示した。その最後に「永遠に世界の庶民の味方たれ」とある。ある時は記者に「たとえば、みんなのお母さんが見て、よくわかり、感動する文であるかどうかという尺度が大事なんです」と。文も写真も、表現を磨くのは当然。だが、読者の心に勇気と希望を届けてこそ、その意味がある。ここに「人間の機関紙」を標榜する本紙の基準がある▼被災地の奮闘を報じる中で、よかったと思えたこと。それは被災者からの「ありがとう」の声。〝行方が分からなかった親族、友人の姿を紙面にみつけた〟という全国の声だった▼本紙は、きょう創刊60周年。カラー12ページ建てに戻る。〝第2の創刊〟の決意で出発したい。

名字の言
(2011.4.21付 聖教新聞)
 NHKの連続テレビ小説が放送開始から50周年。84作目の「おひさま」は、長野県を舞台に、戦中・戦後の激動期を、強く明るく生き抜いた女性の半生を描く▼主人公の陽子は、尋常小学校5年で、最愛の母を病気で亡くす。生前、母は娘に教え諭した。「(太陽は)みんなを、世界を明るく照らすことができるのよ。だからね、陽子、どんなつらいことがあっても……笑うの。笑うのを忘れないで」(岡田惠和作『おひさま・上』NHK出版)▼仏法では法華経を、苦悩の闇を払い、あらゆる人を慈光で照らす〝太陽〟に譬える。その法を実践する人もまた太陽である。池田名誉会長は語った。「創価学会にも、偉大なる『太陽』がある。わが婦人部である。限りない平和の力を秘めた、世界第一の婦人部である」▼太陽は自ら燃えて、他の星を照らす。世相や運命に翻弄される存在から、自分が輝き、他の人をも幸せにする存在へ──この尊い人間革命の実証を、創価の女性は示してきた。大震災の被災地でも、気高く光り輝いている▼いかなる困難も、乗り越えられる。胸中の太陽を燃やしていくならば。すべての母に、女性に、幸福の笑顔よ咲けと祈らずにはいられない。来る5月3日は「創価学会母の日」である。
2011-04-22 : 震災への励まし :
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随筆 我らの勝利の大道 No.45

随筆 我らの勝利の大道 No.45
             (2011.4.20付 聖教新聞)

聖教は永遠に師子吼

皆の力で正義の城は厳然
創刊60周年 我らは信念の言論で勝つ
さあ今日も 民衆に勇気と希望の光を!


 「一日の命は三千界(=大宇宙)の財にもすぎて候なり」(御書986㌻)
 病魔と闘う健気な母を励まされた御聖訓である。
 日蓮大聖人は、さらに、「而して法華経にあわせ給いぬ 一日もい(活)きてをはせば功徳つもるべし」(同㌻)と強く仰せになられた。
 かけがえのない一日だ。我らは今日も妙法を唱え、信心即生活、仏法即社会という最も正しき生命の軌道を、真剣勝負で進み抜く。
 どんな苦難が立ちはだかろうと、我らは恐れない。一歩また一歩、勇敢に踏み越え、今日という一日に「極楽百年の修行」(同329㌻)に勝る宇宙大の「心の財」を、明朗に積んでいくのだ。
 この価値の日々に、弾む活力と息吹を贈り続けているのが、聖教新聞である。

 晴ればれと
  今日も生き抜け
   戦いて
  わが人生の
   誉れを残せや

師弟不二の大闘争
 おかげさまで、聖教新聞は、新たな決意を燃え上がらせて、輝く創刊60周年を迎えることができた。
 戸田先生の事業が窮地に陥った渦中、激しい攻防戦を続けていた恩師と私の師弟の間で着想され、全くのゼロから立ち上がった機関紙こそ、聖教新聞であった。
 仏法では、「師子吼」とは師弟不二の言論戦を意味する。まさしく聖教は、師弟共戦、異体同心で、正義の師子吼を広げ抜いてきた。
 1万7000号を遥かに超える脈々たる精神闘争の軌跡は、無数の友の熱誠で成し遂げられた。
 「少数の個人の力で時代が創造されるものではない」とは、大指導者・孫文を陰で支えたジャーナリスト、戴季陶《たいきとう》の言葉である。彼の筆名は「戴天仇《たいてんきゅう》」──旧王朝を不倶戴天の仇と定めて、言論の牙を研いだ。
 目覚めた民衆の力が大河のように合して、滔々と流れてこそ、時代は動き、社会は変わる。民衆の中で生まれ、民衆に育まれた聖教新聞は、永久に民衆と共に進む正義の言論城である。
 読者の皆様をはじめ、聖教を愛し、支え、育ててくださったすべての方々に、私は満腔の感謝を捧げたい。
        ◇
 広宣は
  無冠の友の
     足音に

 新聞は「総合力」の結晶である。団結の象徴だ。
 記事、見出し、写真、広告などの掲載情報はもちろん、紙面を組み上げて電送するシステム、紙やインクの調達、印刷、輸送、そして最前線の販売店、配達員、通信員の方々──いかに多くの皆様の努力と真心に支えられていることか!
 今回の大震災のなか、この偉大な総合力に深謝せずにはいられなかった。
 震災直後から、不眠不休で救援に当たるリーダーたちと共に、記者は被災者のもとへ走り続けてくれた。
 宮城、福島、岩手、青森、茨城等の印刷所の方々も、トラブルを復旧し、印刷の体制を整えてくださった。トラックでの配送も、悪路のなか、どれほど困難を極めたことであろうか。
 宮古市や石巻市などで、避難生活を送りながら、必死に配達に奔走してくれた販売店の友らもいた。
 道路は寸断されている。配達員の方々と決めていた新聞置き場も津波で流されて、どこか分からない。
 そんな状況でも、懸命に連携を取り合い、皆で協力して、避難所にいる友へ、一部また一部、丁寧に配ってくださったのだ。
 震災から数日、一般紙も配られていないなかで、聖教新聞だけが配られていた地域もあったようである。日頃、車やバイクを使って配達されていた方々も、ガソリン不足のために、自転車や徒歩で回ってくださった。家族あげての応援も、ありがたい限りだ。献身のリレーによって、聖教は届けられたのである。
 だが、街の大半が流されてしまった地域もある。被害はあまりにも甚大だ。
 私と妻は、犠牲になられた方々に、重ねて懇ろに追善の題目を送らせていただく毎日である。
 新聞の宅配が不可能な事態に陥った場所も少なくない。販売店、配達員の皆様が、どれほど辛く、悲しい経験をされたことか。その苦衷に、私も胸を衝かれる思いである。
 しかし、心は断じて負けてはならない。私たちは、いやまして強盛に「立正安国」を祈る。やがて再び手にした聖教新聞の周りに、希望の歓談の輪が広がる日々の蘇生を願う。
 全宇宙の仏天よ、尊き“無冠の友”を守りに護り給え! と祈り、叫ばずにはいられない。
 日蓮大聖人は「仏は文字に依って衆生を度し給うなり」(御書153㌻)と仰せである。
 文字の力によって民衆を救う──この蓮祖の大精神のままに、我ら学会は、聖教新聞と共に、世界広宣流布を進めてきた。
 民衆救済への大熱情が込められた聖教新聞を配り、誠実一路に広めゆかれる、配達員、新聞長をはじめ同志の皆様方の福徳は、折伏弘教の功徳にも劣らない。生々世々、燦然と輝きわたっていくのだ。

広宣流布の大旗を
 「信念とは何ぞや?」
 これは、戸田先生が聖教新聞の記念すべき創刊号、すなわち昭和26年4月20日付の1面に執筆された論説の大見出しである。
 先生は「われわれの出世の因縁は、広宣流布の大旗を掲げんがためである」と宣言され、今こそ「勇まなくてはならない」と訴えられたのであった。
 この世のありとあらゆる悲惨に挑んで、民衆の一人ひとりが絶対的な幸福を勝ち取るため、そして現実の社会に平和と安穏と繁栄を築きゆくため、我ら師弟は「広宣流布の大旗」を掲げて立ち上がったのだ。
 いかなる三障四魔の濁流が襲いかかろうとも、我らは正義の使命の旗を断じて手放さない。誉れ高き、その大信念の旗印こそ、聖教新聞である。
 御書には、「ついにをそれずして候へば、今は日本国の人人も道理かと申すへんもあるやらん」1138㌻)と記されている。
 圧迫に屈しない一貫した信念の言論には、時とともに必ず良識からの信頼を勝ち広げる力があるのだ。
        ◇
 戸田先生は、あの「大阪の戦い」に臨んだ昭和31年の年頭の聖教新聞には、「社会に信念の人を」と寄稿された。
 先生は、当時の日本の指導者順に蔓延する「頼りなさ」「底の浅さ」を憂慮されていた。ゆえに、民衆が賢明になり、力を持たねばならない。そして「生き生きとして、はちきれるような生命力」をもった“信念の人材”を育てなければならない。そのために「正しい宗教によって生命力を強める」のだと、その意義を力説された。
 現代の日本社会は、さらに確固たる“信念の人材”を渇望しているといっても過言ではあるまい。
 揺るがぬ「生命尊厳」の信念をもって、民衆のために満々たる生命力で貢献しゆく人間指導者を、私たちは胸を張って、地域へ社会へ送り出していくのだ。
        ◇
 東北が生んだ信念の偉人・新渡戸稲造博士は、「新聞の力はきわめて重大」と叫び、自ら健筆を揮った。私どもの先師・牧口常三郎先生とも交友が深く、創価教育に共感を寄せておられた博士は言われた。
 「『“黄金時代”』はわれわれが自ら作るものでる」「われわれ自身の思想と行為によって、金ともなれば鉛ともなる」と。

黄金時代の柱たれ
 日本は、この大震災を乗り越え、復興への坂を断固として登り切り、新たな人間共和の「黄金時代」を何としても作っていかねばならない。
 聖教新聞は、その言論の黄金柱として、いよいよ強く厳然と光っていくのだ。
 聖教新聞は、今や「セイキョウネット」を介して、全世界に発信されている。この5月3日からは、「セイキョウオンライン」としてリニューアル(一新)され、更に内容・サービスが充実するとも伺った。世界が聖教の動向を見つめる新時代が到来しているのだ。
 私が対談したアメリカの未来学者ヘンダーソン博士も語ってくださった。
 「民衆のスクラムを広げながら、一歩また一歩と道を切り開くこととともに、メディアを有効に活用しながら、メッセージを呼びかけていくことが重要だと思います。
 この点でも、『聖教新聞』は、成功を収めているのではないでしょうか」と。
 暗いニュースが打ち続く時代だからこそ、人間の善性に光を当て、民衆の結合を強め、よりよき人生と社会を築くために、励ましのエールを贈りたい。
 御手紙を通して、幾多の門下に生きる力を贈られた大聖人の御心を拝し、聖教新聞は、生きる勇気と希望を発信していくのだ。
 大聖人の御執筆は、迅速であられた。門下からの急な報告にも、使者を待たせぬよう即座に御返事を認めて託してくださることも、しばしばであられた。
 速さは慈悲であり、誠意である。勝利の力である。
 創価学会は、これからも万事にわたって“誠実なスピード”で勝ち進むのだ。

負げでたまっか!

 先日、聖教新聞の1面に、福島県の母たち、乙女たちが手に手を取って、婦人部の愛唱歌「今日も元気で」を大合唱する写真・記事が掲載された。その躍動の姿に、妻は胸を熱くしていた。
 「絶対に負げでたまっか!」──東北の母の命の叫びが、紙面から響いてくるように思えてならない。
 草創期、中米のドミニカ共和国へ、日本から農業移住した友は、故郷の母から送られてくる聖教新聞を握りしめ、荒れ地を開墾し、広布の開拓に走った。
 聖教は、“どんな苦労も必ず変毒為薬できる”という、母の祈りの便りでもあったのだ。
 今や、ドミニカ共和国SGI(創価学会インタナショナル)は大発展を遂げた。昨年の隣国ハイチの大震災に際しても、直ちに手を差し伸べ、共々に前進してこられた。

人間の底力を触発
 聡明な華陽の姉妹が決意を込めて届けてくれた箴言集に、アメリカの作家・ストウ夫人の言葉があった。
 「進退きわまって、すべてが思い通りにいかなくなり、もう、少しも耐えられないと思うようになっても、決してそこで諦めてはいけない。形勢が一変するのは、まさにその場所、その時からなのだ」
 その通りだ。これこそ、人間生命の底力である。
 「失望」を「希望」に!
 「落胆」を「勇気」に!
 「諦め」を「執念」に!
 何があってもへこたれず前へ前へ突き進んでいく。その究極の力こそ、「絶対勝利」の信心である。
 聖教新聞の最大の強みは何か。尊き母たち、女性たちが温かく支持し、愛読してくださっていることだ。
 聖教の創刊60年は、婦人部の結成60年と一体不二の歴史でもある。
 めぐり来《きた》る5月3日は、「創価学会母の日」である。目覚ましく伸びゆく青年と一緒に、偉大な母たちへ勝利の讃歌を捧げたい。
 さあ、聖教と共に──
 人びとに喜びと安心をもたらす「智慧の対話」を!
 庶民を苦しめる悪を打ち破る「正義の対話」を!
 新しい未来を断固と勝ち開く「信念の対話」を!

 勝ちまくれ
  師子となりて
     走りゆけ
  遂には笑顔の
      勝利の万歳


 戴季陶の言葉は『日本論』市川宏訳(社会思想社)。張玉萍著『戴季陶と近代日本』(法政大学出版局)を参照。新渡戸稲造は『新渡戸稲造全集』(教文館)の第22巻及び21巻。ストウは『オールドタウンの人々』(英文)。
2011-04-21 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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東日本大震災への励まし-24

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。

当サイトにおきましては、被災された方々、ならびに関係の方々への励ましになればとの思いから池田名誉会長の励ましの言葉・聖教新聞からの励ましをUPしてまいります。

福島・いわきが新生の勤行会 池田名誉会長がメッセージを贈る

                   (2011.4.15 いわき文化会館)

 名誉会長は、大災害へのお見舞いの後、「それぞれに、どれほどの苦労があり、辛労があることか。尊き大切な一人一人の命に届けと、私は強盛に題目を送り続けております」と真情を述べた。
 さらに「妙法を唱え、妙法と共に生きる皆様は、今、一日に百年にも勝る宇宙大の大功徳を積まれているのであります。これは御書に照らし、経文に照らして絶対に間違いありません」と。
 続けて、「これからも、一つ一つ越えねばならぬ山坂は多いでしょうが、『苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経』と題目を唱え抜き、勇気をもって立ち向かい、絶対に負けないでください」と心から念願した。

御書とともに 14 名誉会長が指針を贈る

一切の油断を排せ


 さきざき申すがごとく・さきざきよりも百千万億倍・御用心あるべし(四条金吾殿御返事、1169㌻)

通解
 以前にも申したように、以前よりも百千万億倍、用心していきなさい。

同志への指針
 油断大敵である。前進の勢いが増している時ほど、絶対に事故を起こしてはならない。無事故を祈り抜き、細心の注意を払い抜いていくことだ。「百千万億倍」との仰せを、よくよく心肝に染めて、「仏法勝負」の証しを立てるのだ。

御書とともに 15 名誉会長が指針を贈る

威風堂々と信念を叫べ

 がうじゃう《強盛》にはがみ《切歯》をして たゆ《弛》む心なかれ、例せば日蓮が平左衛門の尉がもとにて・うちふるまい・いゐしがごとく・すこしも・をづ《畏》る心なかれ(兄弟抄、1084ページ)

通解
 信心強盛に歯をくいしばって難に耐え、たゆむ心があってはならない。例えば、日蓮が平左衛門尉の所で、堂々と振る舞い、言い切ったように、少しも畏れる心があってはならない。

同志への指針
 この御聖訓通りに、初代・牧口先生も、2代・戸田先生も、そして3代の私も、相手が誰人であれ、正義の信念を叫び切ってきた。これが学会精神である。

勇気の泉 12 小説「人間革命」「新・人間革命」から

持続とは「日々挑戦」「日々発心」

〘1958年(昭和33年)7月、山本伸一は、念願であった佐渡を訪問し、全島から集ったメンバーに、持続の信心の大切さを語る。〙

 「人生の輝きは、自身の使命を自覚して、自ら勇んで広宣流布に邁進していくなかに生まれます。
 信心は義務ではありません。権利です。ところが、受け身になり、ただ人に言われたから動くというだけになってしまうと、どうしても義務感の信心になり、歓喜もわいてきません。
 反対に、自分から一人立ち、積極的に、果敢に行動していくところには、大歓喜があります。
 さらに、日々、自分を磨き鍛えていくことです。つまり、持続の信心です。持続というのは、ただ、昨日と同じことをしていればよいのではありません。『日々挑戦』『日々発心』ということです。信心とは、間断なき魔との闘争であり、仏とは戦い続ける人のことです。その戦いのなかにこそ、自身の生命の輝きがあり、黄金の人生があることを知っていただきたいのです」(『新・人間革命』第11巻「躍進」の章)

勇気の泉 13 小説「人間革命」「新・人間革命」から

今日も明日も勝ってみせる!

〘1972年(昭和47年)1月、新宿区のブロック幹部らとの撮影会に臨んだ山本伸一は、次代を託す男子部に、魂を打ち込む思いで訴えた〙

 「君たちのなかには、日の当たらないアパートの、小さな部屋に住んでいる人もいるでしょう。私も、青年時代は、同じような暮らしでした。
 戸田先生の事業は行き詰まり、学会は存亡の危機に瀕していた時代でした。へとへとになって部屋に帰っても、寒くて寒くて、しかも、食べる物も何もない。一杯のお茶さえない。
 しかし、私は、毅然として、阿修羅のごとく、戸田先生のもとで戦いました。
 日々、血を吐くような思いで、また、泣くような思いで、働きに働き、戦いに戦い、自分の限界に挑んだんです。
 “今日も必ず勝つ!” “明日も断じて勝ってみせる!”と、一日一日、確実に勝利を打ち立てていきました。それが私の、生涯にわたる財産となりました」
 青年が、自分を厳しい溶鉱炉のなかに置かずして、どうやって人格を鍛えるんですか!
 大聖人は『鉄は炎打てば剣となる』(御書958㌻)と仰せです。鍛えがなければ、いつか人生の試練に敗れてしまう。それでは不幸です。
 青年時代は短い。一瞬です。勇気をもって、広宣流布に、学会活動に、自分を投じ切ることです!」(『新・人間革命』第16巻「入魂」の章)

わが友に贈る
(2011. 4.14付 聖教新聞)
わが一念に 偉大な仏の力が。 題目から出発だ! 皆で心を合わせ 栄光の歴史を!

わが友に贈る
(2011. 4.15付 聖教新聞)
わが地区を 広布の理想郷に! 全員が宝の人材だ。 一人も もれなく 使命と勝利の道を!

わが友に贈る
(2011. 4.16付 聖教新聞)
広げた仏縁は わが人生の宝! 勇気、勇気で語ろう! 友の胸に響く 大誠実の対話を!

わが友に贈る
(2011. 4.17付 聖教新聞)
さあ勇気凜々と きょう一日を勝て! 深き祈りを込めた 「声の力」ほど 強いものはない!


名字の言
(2011.4.14付 聖教新聞)
 高校を卒業し、後は創価大学の入学式を待つだけだった。あの地震が起きるまでは▼宮城県で被災した2人の男女高等部員。震災後間もなく、避難所となっていた東北文化会館へ。自ら救援活動を願い出た。被災者の人々と接するなかで、あらためて自分に問うたことがある。「私たちは何のために学ぶのか」。そして、池田名誉会長の言葉を思い出した。「大学は、大学に行けなかった庶民のためにある。民衆の幸福に尽くし抜く指導者が、陸続と巣立っていってこそ、『創価教育』の勝利である」▼創大は学生の安全を優先し、授業開始を5月まで延期している。先の男子学生は今、宮城・東松島市の災害ボランティアセンターで責任者として奮闘中。女子学生は子どもの幸福に尽くす教師を目指し、仙台市太白区の実家で研鑽を重ねる。「皆さんの希望の存在になるためにも、今やるべきことに全力で挑みたい」と口を揃えた▼人間には、生きる意味が必要だ。「何のため」に学び、生きるのか。それを自覚した青年は大きく伸びていくことができるだろう▼被災地はもちろん首都圏にも「入学式のない入学」を迎えた学生が数多くいる。彼らがこの経験を糧に、自らの人生を一段と充実させゆくことを期待したい。

名字の言
(2011.4.15付 聖教新聞)
 「被災者の方、今は頑張らなくて結構です。私たちを頼ってください」。その男性は訴えた。救援活動のため九州から駆けつけ、避難所でボランティアに尽くす人だ▼被災地や避難先で、今も多くの方々が不自由な生活の中、耐え難いストレスと戦っている。自分では限界を感じつつも、周囲に心配をかけまいと、頑張り過ぎてしまう人もいる。そうした人々の心の機微を知り、支える「心のケア」が必要なのは、これからだ▼大震災から1カ月が過ぎた。復興への道は、長く険しいものになる。被災者の方々が前を向いて進んでいくための「心の復興」もまた、息の長い挑戦となろう。傷ついた心に寄り添うことが支援の第一歩。悲しみを乗り越えて、そこからさらに前進するためには、裏付けとなる哲学が必要だ▼御書には「自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」(761㌻)と仰せである。“自他共の幸せ”のために生きる智慧と慈悲を、すべての人が持っていると、仏は教えている。“どんな苦悩、運命をも乗り越えうる力が人間にはある”──これが、日蓮仏法の断固たる確信である▼人間の持つ無限の底力を信じ、その開花を祈り、共に生き抜いていく創価の連帯の拡大が、今まさに求められている。

名字の言
(2011.4.16付 聖教新聞)
 1984年2月、ブラジルを訪れていた池田名誉会長は、大統領との会談など過密スケジュールの合間を縫って、2歳の少女を励ました▼自作の童話『少年とさくら』を手に取り、本に「おおきくなったならば にほんのがっこうにいらっしゃいね」と、ひらがなで綴って贈った。少女はサンパウロの中学を卒業後、関西創価高校に進学した。“先生の期待に、どう応えればいいか”──模索するなかで、社会貢献の人材にと決意する。卒業後、京都で女子部本部長として学会活動に励みながら、今春、国際関係学の博士号を取得した。「博士号取得は出発点。先生との誓いを果たすため、日々、前進していきます」▼励ましとは、人の無限の力を引き出す魂の触発作業である。名誉会長が彼女の心に植えた“教育の種”は、27年の時を経て、花を咲かせた▼春に種を蒔き、秋に花と実をつける植物もある。咲くまでに、20年から30年という花もある。いつ花開くかは、花ごとに、人ごとに違う。違うけれども、励ましの滋養を送り続けてこそ、育つことができる▼自分らしい可能性の開花を譬えた御書の「桜梅桃李」。いずれも春に咲く花だ。時を待ち、厳しい冬を越え、咲く花こそ愛おしい。人生もまた同じである。

名字の言
(2011.4.17付 聖教新聞)
 「なくしたものは大きいけど、得たものもある。それは人のやさしさです」。大震災で被災した友の声が心に残る▼どの街にも、家族や家を失いながら、他者のために尽くす〝無名の英雄〟がいた。これは、マスコミが海外の声として引用するように、「日本人だから」できることなのか。略奪や暴動が起きるのが普通なのか▼そうではない。人間は大災害の時、助け合い、自分をなげうってでも人に尽くすようにできている。それを立証した本が、静かな注目を集めている。『災害ユートピア』(高月園子訳、亜紀書房)。1985年のメキシコ大地震、2001年の「9・11」テロ、05年のハリケーン「カトリーナ」──大災害を検証し、ふだんの秩序が失われた時、すばやく自然発生的に、相互扶助の共同体が立ち上がることを描き出した▼つまり、人間にとって、「自分だけは助かりたい」という利己心よりも、「人とつながりたい」という思いの方が、より本質的な欲求なのだ。そして、東日本大震災の被災者の方々は、この人間という存在の素晴らしさを身をもって示してくれた▼支え、励まし合う温かな社会を築きたい。それこそが、復興にあたって最も大切なこと。その先頭に立つのが創価の使命と信じる。
2011-04-17 : 震災への励まし :
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東日本大震災への励まし-23

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。

当サイトにおきましては、被災された方々、ならびに関係の方々への励ましになればとの思いから池田名誉会長の励ましの言葉・聖教新聞からの励ましをUPしてまいります。

御書とともに 12 名誉会長が指針を贈る

多宝会・宝寿会・錦宝会の友へ

 法華経は初《はじめ》は信ずる様なれども後《のち》遂《とぐ》る事かたし、譬へば水の風にうごき花の色の露に移るが如し、何として今までは持《たも》たせ給うぞ是《これ》・偏へに前生《ぜんしょう》の功力の上、釈迦仏の護り給うか、たのもしし・たのもしし(松野殿女房御返事、1395㌻)

通 解
 法華経は初めは信じるようであっても、最後まで貫き通すことは難しい。例えば、水が風によって動き、花の色が露によって変わるようなものです。すべて が移ろいやすいのに、あなたはどうして今まで持ち続けておられるのでしょうか。これは、ひとえに前生において積まれた功徳の上に、釈迦仏が護られているからでしょうか。まことにたのもしいことです。

同志への指針

 広布に尽くし抜いてこられた功労者の皆様方の大功徳は、絶対であり、無量である。三世十方の仏菩薩の守護と賞讃は厳然である。

御書とともに 13 名誉会長が指針を贈る

すべての人に変革の力が

通解
 浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり(一生成仏抄、384㌻)

通解
 浄土(仏の住む清浄な国土)といい、穢土(けがれた国土)といっても、土に二つの隔てがあるわけではない。ただ、われらの心の善悪によると説かれているのである。

同志への指針
 自分が変われば環境も変わる。一人の人間革命によって、わが地域、我が社会を浄土に変えていく実践こそ、広宣流布という大民衆運動なのである。


勇気の泉 10 小説「人間革命」「新・人間革命」から

常に心に師を! それが師弟

〘1949年(昭和24年)秋ごろから、戸田城聖の会社の経営は悪化し、窮地に陥っていった。山本伸一は、ただ一人、師を守り、師子奮迅の戦いで苦境を打開していく。〙

 伸一の心には、瞬時も離れず戸田がいた。彼の日々は、瞬間、瞬間、師匠である戸田との対話であった。
 彼は確信していた。
 “自分の一挙手一投足を、心の奥底を、常に先生はご覧になっておられる!”
 そして、“いかなる瞬間をとっても、常に胸を張って、先生にご報告できる自分であらねばならない”と心に決めていた。
 毎朝、唱題しながら、伸一は誓った。
 “先生! 今日もまた、全力で戦い抜きます。先生のために、必ず勝利いたします。まことの弟子の実践をご覧ください”
 戸田を思うと、勇気が出た。力がわいた。
 自分らしく戦い抜いた日には、伸一の胸には、会心の笑みを浮かべる戸田がいた。
 “よくやった、よくやったぞ!”
 師弟とは、形式ではない。常に心に師があってこそ、本当の師弟である。
 心に師がいてこそ、人間としての「自律」があり、また、真の「自立」があるのだ。
 (『新・人間革命』 第22巻「新世紀」の章)

勇気の泉 11 小説「人間革命」「新・人間革命」から

「真剣」こそ勝利の原動力

〘1967年(昭和42年)5月、アメリカを訪問した山本伸一に、現地の幹部が尋ねた。
 “どうすれば先生のように、相手にぴったりの激励の言葉をかけられるのでしょうか”
 答えは一言だった。
 「私は真剣なんです!」〙

 真剣──この二字のなかには、すべてが含まれる。真剣であれば、勇気も出る。力も湧く。知恵も回る。
 また、真剣の人には、ふざけも、油断も、怠惰もない。だから、負けないのである。
 そして、そこには、健気さが放つ、誠実なる人格の輝きがある。
 伸一が、一人ひとりに的確な励ましを送ることができるのも、“もうこの人と会うのは最後かもしれない”という、一期一会の思いで、瞬間、瞬間、魂を燃焼し尽くして、激励にあたっているからである。
 相手が“どういう気持ちでいるのか”“何を悩んでいるのか”“どんな生活をしているのか”など、一念を研ぎ澄まして洞察し、発心と成長を祈り念じて、魂の言葉を発しているのだ。(『新・人間革命』第12巻「新緑」の章)

わが友に贈る

(2011. 4.10付 聖教新聞)
満々たる生命力で 一日を出発しよう! 団結こそ勝利の力! 広布の大理想へ 異体同心の祈りを強く!

わが友に贈る
(2011. 4.11付 聖教新聞)
さあ太陽の心で 友好の花を 満開に咲かせよう! 勝利、勝利の 栄冠を高らかに!

わが友に贈る
(2011. 4.12付 聖教新聞)
全同志の偉大な 歴史に感謝合掌! 広布に尽くした福徳は 三世の生命に燦然! 5月3日へ勝ち進め。

わが友に贈る

(2011. 4.13付 聖教新聞)
苦労している友に 励ましの声を! 太陽の笑顔を! 大変な時にこそ 春風のごとく。

今週のことば
(2011. 4.11付 聖教新聞)
尊き皆様の大奮闘を 大聖人が御賞讃。 戦った功徳は永遠なり。 民衆の連続勝利 日本に希望の大光を!

名字の言
(2011.4.10付 聖教新聞)
 「大変でしたね」「津波が来なくてよかった」。7日深夜に起きた、宮城県沖を震源とする強い余震は、東日本大震災の被災地に、再び大規模な停電等をもたらした▼岩手県釜石市の一時避難所の一つ、釜石文化会館は、震度6弱の揺れだった。揺れの途中で電気が止まり、非常灯が点灯。外に飛び出すと、防災サイレンと共に「海岸付近の方は近くの高台に自主的に避難してください」とのアナウンスが響く。避難する車が猛スピードで駆け抜けていた。携帯電話は不通。やがて非常灯も消えた▼不安の一番の原因は「何がどうなるのか」が分からないことだと、あらためて思い知った。この時、力を発揮したのは、避難所の中心者の的確な指示。そして「大丈夫ですよ」と、皆を安心させる声だった▼本紙の連載「震災と子どもたち」で、原坂一郎さんが指摘していた。「子どもたちがもっとも安心感を得る言葉」は「だいじょうぶ!」と。「頑張れ」という言葉も大事だが、言い方によっては突き放したように受け取られる場合がある。相手に寄り添おうとする“励ましの声かけ”が必要だ▼被災者の苦悩、将来への不安は、むしろこれから。励ましを続けると共に、誰からも頼られる“安心の存在”を目指したい。

名字の言
(2011.4.11付 聖教新聞)
 東日本大震災の被災地では、瓦礫などを撤去する際、発見した写真やアルバムを極力残し、被災者に戻そうと努めている。こうした動きについて、精神病理学者の野田正彰氏は、被災者にとって「支えとして重要なのは過去の記憶」と指摘する(「サンデー毎日」)▼山田太一氏の小説『岸辺のアルバム』(光文社)には、暴風雨によって堤防から溢れた濁流が、主人公の家を押し流していく場面がある▼被災した一家の行く末には厳しい現実が待っている。しかし皆で手を取り合い、新たな一歩を踏み出そうとする。そんな家族に残された唯一のものが、倒壊する家の中から必死に持ち出したアルバムだった▼2000年の東海豪雨で、営んでいた総菜店が壊滅した一家を取材したことがある。泥まみれの手で悔し涙を拭いながらも、〝店は失ったけど、信心を失ったわけではない〟と奮起した。支えとなったのは、広布の庭で幾度も苦難を勝ち越えた思い出だった。今では店舗を拡充し、地域で評判を広げる▼師と、同志と、家族と共に広布に走った日々こそ「今生人界の思出」(御書467㌻)。命に刻まれた金の思い出は、何ものにも壊せない。必ず勇気の源泉となる。そこから、新たな人生勝利のドラマが始まる。

名字の言
(2011.4.12付 聖教新聞)
 本紙の「トーク2011」で沖縄大学学長の加藤彰彦氏が紹介した、「ファーカンダ(葉っぱと茎)」という沖縄の言葉が印象に残った。「祖父母と孫」を表す言葉だ▼氏は自著『沖縄・戦後子ども生活史』(現代書館)で、子どもをせかしがちな親に対して、「お年寄りと子どもはリズムも波調も合い、共に安心できる存在」と語る▼社会の第一線にいる親世代は忙しいが、お年寄りには、子どもと比較的似かよった時間がある。昔話を聞かせたり、子どもの話をじっくり聞く余裕がある。核家族化が進む現代、祖父母と孫が接する機会の多い家族はめっきり減った。そうした環境下で、親が子どものリズムに、どう上手に合わせるか、が大切だろう▼教育本部の友が語っていた。子は「ダメ、ダメ」とばかり言われて育つと、人との関わり方が身につかなくなる。反対に、肯定的な言葉かけをすれば、「気持ちが受け止められた」という安心感を抱き、人との関わりを受け入れられるようになる、と。まずは“聞いてあげる”ことが大事なのだ▼「すべては、子どもを『一個の人格』として尊重するところから始まる」と池田名誉会長。入学・進級で子どもたちが新しい一歩を踏み出す今、すべての大人が自覚したい。

名字の言
(2011.4.13付 聖教新聞)
 腹が立つ。言わずにはいられない。そんなとき作家のマーク・トウェインは、手紙を書いた。洗いざらい憤まんをぶちまける。それを暖炉の上に置く。3日たってから読み返し、投函すべきかどうかを判断した。手紙はほとんど、火の中に投じられることになったという▼詩人・高村光太郎の選集に「出さずにしまった手紙の一束」と題する文章が収められている。パリ滞在中の書簡である。投函されなかっただけに、そこには父への反抗心、青春の不安と本音などが赤裸々につづられている▼ここから学べることがある。まず、手紙を書く行為には、怒りや不安を鎮める効果があるということ。そして口にはしないけれど、当然ながら、人はいろいろな思いを抱えているということ。相手の“沈黙の声”にも真摯に耳を傾けたい▼池田SGI会長は、今年の「1・26」提言で「沈黙と言葉からなる真の対話」について語った。言葉はもちろん沈黙も、人との絆を育む上で欠かせない。言葉として表現する努力は大切である。とともに同苦して寄り添うことも、立派な対話に違いない▼時として人生には、言語に絶するほどの悲劇が襲う。再起の第一歩は、やはり人間的絆の再生から始まる。今こそ「真の対話」に努めたい。
2011-04-13 : 震災への励まし :
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東日本大震災への励まし-22

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。


当サイトにおきましては、被災された方々、ならびに関係の方々への励ましになればとの思いから池田名誉会長の励ましの言葉・聖教新聞からの励ましをUPしてまいります。

御書とともに 10 名誉会長が指針を贈る

わが地域を誉の寂光土に

 日蓮が難にあう所ごとに仏土なるべきか、娑婆世界の中には、日本国・日本国の中には相模の国・相模の国の中には片瀬・片瀬の国の中には竜口に日蓮が命を・とどめをく事は法華経の御故なれば寂光土ともいうべきか
(四条金吾殿御消息、1113㌻)

通解
 日蓮が難にあうところごとに仏国土となるであろう。娑婆世界の中では、日本国、日本国の中では相模の国(神奈川県)、相模の国の中では片瀬、片瀬の中では竜の口に、日蓮の命をとどめおくことは、法華経の故であるから、その地は寂光土ともいうべきであろう。

同志への指針
 日蓮大聖人の仰せのまま、最も尊き仏法のため、労苦を惜しまず、我らは戦う! わが使命の地域も必ず寂光土になる。勝利の旗を打ち立てるのだ!

御書とともに 11 名誉会長が指針を贈る

太陽と蓮華のごとく輝け!

明かなる事・日月にすぎんや浄き事・蓮華にまさるべきや、法華経は日月と蓮華となり故に妙法蓮華経と名く、日蓮又日月と蓮華との如くなり
(四条金吾女房殿御書、1109㌻)

通解
 明るいことでは、日月(太陽と月)に過ぎるものがあろうか。浄らかなことでは、蓮華に勝るものがあろうか。法華経は、日月と蓮華のようである。
ゆえに、妙法蓮華経と名づけるのである。日蓮もまた、日月と蓮華のようなものである。
 
同志への指針
 「華陽」とは、「日月」(陽)と「蓮華」(華)の両方を包んだ甚深の名前である。どんな逆境をもはね返す妙法の力が備わっている。
 女子部の皆さんは一人ももれなく自らの華陽の生命を輝かせて、幸福の勝利者になっていただきたい。

勇気の泉 9 小説「人間革命」 「新・人間革命」から

時は今、牡年よ、共に立とう!

〘1966年(昭和41年)3月5日に行われた壮年部結成式で山本伸一は、全壮年が、一生涯、信心を貫くことを願い、呼びかけた。〙

 「一生は早い。しかも、元気に動き回れる時代は、限られています。壮年になれば、人生は、あっという間に過ぎていきます。
 その壮年が、今、立たずして、いつ立ち上がるんですか!
 今、戦わずして、いつ戦うんですか!
 いったい、何十年後に立ち上がるというんですか。そのころには、どうなっているか、わからないではありませんか。
 今が黄金の時なんです。限りある命の時間ではないですか。悔いを残すようなことをさせたくないから、私は言うんです!
 私もまた、壮年部です。どうか、皆さんは、私とともに、学会精神を根本として雄々しく立ち上がり、創価の城を支えゆく、黄金柱になっていただきたいのであります。
 頼みとなるのは皆さんです。壮年部が大きく成長し、堅固な広宣流布の構えができるならば、わが創価学会は永久に盤石です。
 皆さん! 一緒に戦いましょう!
 新しい歴史をつくりましょう!
 同じ一生ならば、花の法戦に生きようではないですか!」(『新・人間革命』 第10巻「桂冠」の章)


わが友に贈る
(2011. 4.7付 聖教新聞)
「副役職」の友が 各地で大奮闘! 「私は やりきった」と 勝利の大宣言を ともどもに残そう!

わが友に贈る
(2011. 4.8付 聖教新聞)
「いよいよ強盛の 御志あるべし」 執念で壁を破れ! 絶対勝利の人生こそ わが信仰の真髄だ。

わが友に贈る
(2011. 4.9付 聖教新聞)
広布のために 自分が先頭に立て! 断じて道を開け! 戦いは勝つと 決めた者が必ず勝つ!


名字の言
(2011.4.7付 聖教新聞)
 約20カ国の紛争・災害地帯で難民や被災者の自立を支援してきた木山啓子さんは、”きょうからできる国際協力”として次のように呼びかける▼①問題を知る②何でもいいので行動③その行動を続ける④忘れないための習慣づくり⑤知った問題を周囲に伝える──東日本大震災からの再起を祈り、応援する私たちも銘記したい▼木山さんの言う「自立」とは、どんな向かい風にも仲間と支え合い、けれど自分の足で前進すること。自立は「孤立」とは違う(『誰かのためなら人はがんばれる』かんき出版)▼自立を支える”仲間”に誰もがなれる。被災者に思いを馳せることもそうだ。心に距離は関係ない。被災地で奮闘する友を思う心の連帯に、どれほどの力があるか。本紙の大震災関連記事を読んだ岩手・大槌町の被災者は「もう一度、立ち上がる勇気が出た」と語る▼阪神・淡路大震災の時も全国、全世界の友が懸命に応援した。その無私の献身を、池田名誉会長は「苦しんでいる方々の痛みを共にし、行動せずにはいられぬ『同苦の心』が、同志の胸に燃えていたからこそ、真心のネットワークがフル回転で働いたのだ」と▼友の心を励ますのは、友を思う心である。心を支え合う”協力”を、粘り強く進めたい。

名字の言
(2011.4.8付 聖教新聞)
 中国の名門・清華大学が今年、創立100周年を迎える。池田名誉会長は同大学の名誉教授である▼同大学に留学した創大卒業生の話。3年前、日本語学科の学生と知り合う。互いに母国語を教え合い、日中の未来を熱く語った。その友人が翌年、北京の日本語弁論大会に出場した。「私はある日本人と知り合い、“こんなに中日関係について真剣に考えている日本人がいたのか”と驚きました」「皆さん。日本人の中にも、心から友好を築けると信じる友人が、たくさんいます」▼審査員の一人が彼女に「友人はどこの学生ですか?」と尋ねた。彼女が「周桜のある大学です」と答えると納得の様子。審査員とは、名誉会長の日中友好への功労をよく知るジャーナリストの西園寺一晃氏だった▼名誉会長が初訪中した際、西園寺氏は聞いた。「いま日中関係で最も大事なことは?」。名誉会長は「若い世代の交流です」と。その信念を貫く名誉会長の行動によって、青年交流は大きな流れとなった▼今、未曽有の大震災の日本に、世界から心温まるエールが届いている。こうした心をしっかりと受け止め、交流を深めていくことのできる人材が求められている。周桜が咲き始めた。そのもとに集う若人への期待は大きい。

名字の言
(2011.4.9付 聖教新聞)
 今年は、J・F・ケネディが米大統領に就任して50年。大統領選出馬の際、彼は一つの政策ビジョンを掲げた。有名な「ニュー=フロンティア(新たな開拓)」である▼キューバ危機の打開、核実験の縮小、宇宙開発の推進、公民権法の制定──多くの実績を残したケネディ。しかし、これらは、大統領就任前は「まだ地図に記されていない」「まだ解答の出ていない」、まさに〝未開拓〟の難問ばかりだった(中屋健一訳『ケネディ・上』河出書房新社)▼誰もやったことがない。前例がない。「だから、やめておこう」ではなく、「それなら、自分が〝前例〟をつくってみせる」と奮起する。それが、青年指導者・ケネディの気概だった。彼は語る。「人間は自らが望むだけ偉大になれる。人間の運命の問題で人間の手がおよばないものはない」(同)▼30年前に誕生した学会歌「紅の歌」の冒頭に、「魁光りぬ」との一節がある。池田名誉会長が青年らと20数回にわたって歌詞の推敲を重ねるなか、最後まで残った言葉がこの「魁」だった▼「開拓」「先駆」──これこそ、永遠に変わらぬ学会精神の根幹だ。広宣流布は「永遠の歴史に残る戦い」。わが未開拓の原野に雄々しく挑み、光り輝く歴史を築きたい。
2011-04-09 : 震災への励まし :
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随筆 我らの勝利の大道 No.44

随筆 我らの勝利の大道 No.44
             (2011.4.7付 聖教新聞)

庶民の勝利が学会精神

「負けたらあかん!」
関西魂は世界の光なり


 温かく
  また絆も強き
    同志かな
  創価の家族は
      世界の柱と

 戸田城聖先生は、烈々と師子吼された。
 「ここに、ひとつの覚悟をもって会長になった以上には、つらいも悲しいもあるものか。私のからだは皆さまの前に投げ出して、広宣流布の大闘士として、私は戦います」
 昭和30年、懐かしき大阪・中之島の中央公会堂での宣言である。
 ただ苦しみ悩む民衆のために! これが立正安国を誓願する学会精神である。4月2日、恩師の祥月命日を迎え、いやまして創価の負けじ魂は燃え上がる。
 「負けじ魂」とは、そもそも日蓮大聖人が御聖訓に記されている言葉である。
 今回の大地震・大津波の後、学会では直ちに各地の会館を一時避難所として開放し、被災者の方々の救援に全力で当たってきた。懸命に助け合い、励まし合ってきた。現地での不眠不休の献身に、感謝は尽きない。
 学会本部の要請で寄せられた救援物資の中には、関西から届いた「負けたらあかん」と染め抜かれたタオルもあった。それを手に、勇気を湧き立たせた友も多かったと伺っている。
 16年前、あの阪神・淡路大震災を耐え抜き、不死鳥のように復興を遂げてきた関西である。この不屈の心こそ、関西魂だ。
 兵庫が生んだ哲人・三木清は「闇の中へ差し入る光は最も美しい」と叫んだ。
 深い闇に覆われた時代だからこそ、我らは手に手を取り合って立ち上がる!
 「人間の力がどれほど尊極であるか」を示し、そして「民衆の連帯には勝ち越えられぬ苦難はない」ことを実証し抜いて、世界に希望の大光を贈りゆくのだ。

一念に辛労尽くし
 昭和31年の「大阪の戦い」に臨むに当たって、私は日記に書き記した。
 「仏天の加護を信ずるのみ。いや、美名にかくれた言語でなく、全魂を傾け、全霊を尽くして、初めて、仏天の加護を願うことだ」
 師匠の広宣流布の構想を実現するために、何が何でも、断固として勝ってみせる! 滾《たぎ》り立つ闘魂の塊《かたまり》となって、青年の私は関西に突入した。
 常に生命に刻む御文は、御義口伝の「一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり」(御書790㌻)の一節であった。
 通途の仏教では「億劫」という長遠の修行を積み重ねて、初めて成仏できると説かれる。しかし日蓮仏法では、妙法を信受し、立正安国のため、すなわち人びとを幸福にし、社会を安穏にするために、苦難を恐れず勇猛精進することが、既に“億劫の辛労を尽くす”修行を行じているのである。ゆえに、その一念には、本来、わが生命に具わる仏の偉大な力が沸々と湧き上がってくるのだ。
 関西の友は、私の心を心として、広宣流布の勝利のため、どんな苦労も厭わぬという決心で、祈り動き、語り戦ってくれた。地面を這うが如き庶民の奮闘によって、いかなる障魔も打ち破る仏の勢力が大結集していったのである。
 「決意した民の行進の足を、何ものも押しとどめることはできない」──これは、同時代、アメリカで公民権運動を指揮していたキング博士の信念であった。

一人一人が建設者

 「やればできる」と皆が自信をもち始め、新しい人材が躍進し始めるなかで、重要な跳躍台があった。昭和31年の4月8日、難波の大阪球場で行われた大阪・堺の連合総会である。
 この日は雨であった。
 だが、皆、降りしきる雨など物ともせず、「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(同1448㌻)との御文を身で拝しつつ、意気軒昂の大総会を飾ったのである。この愛弟子たちの勇姿を、恩師も嬉しく見守ってくださった。
 「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ」(同1190㌻)と仰せの如く、関西の全闘士が「師子王の心」を奮い立たせていったのだ。
 大阪支部の弘教は3月が5005世帯、4月が9002世帯と躍進した。
 そして、戸田先生の会長就任5周年を迎えた5月、不滅の1万1111世帯の金字塔がそびえ立ったのである。
 その一世帯一世帯に、誠実と慈愛の人間ドラマがあった。その一人ひとりが、濁世末法に妙法を弘め、証明しゆく尊き地涌の菩薩である。
 折伏した人も、新たに入会した人も、全員が妙法の大功力を体得し、幸福になってもらいたい。地域と社会の依怙依託となってもらいたい──私は、そう祈り続け、励まし続けた。
 ともあれ、人生に迷い、苦悩に沈んでいた民衆が、今や生きる喜びと自信をもち、毅然として頭を上げたのだ。社会の谷間で孤立していた庶民が明日への希望のスクラムを組んで、新たな社会建設の主役として胸を張って躍り出たのだ。
 アメリカの仏教研究家クラーク・ストランド氏は、「学会における師弟の絆は、弟子に根底から自信を与え、成長させるものなのだ」と強調されていた。

執念・勇舞・団結

 なぜ関西で「“まさか”が実現」の民衆の勝利劇が成し遂げられたのか。当時を振り返って、草創の母は、こう語つておられた。
 「一つは最後までやり通す執念。もう一つは喜んで実践し抜く姿勢。それと、団結ですわ。みんなホンマに仲が良かったです」
 本当にその通りである。
 第1に、執念で勝つ。
 御書にも「今《いま》一日に成りて歩《あゆみ》をさしをきては何として都の月をば詠め候べき」(同1440㌻)と、最後まで歩み切る総仕上げの重要性を教えられている。
 第2に、喜び勇んで勝つ。
 「まい(舞)をも・まいぬべし」「立って をど(踊)りぬべし」(同1300㌻)との御金言のまま、皆が全生命を歓喜に躍動させ、底力を発揮していくのだ。
 第3に、団結で勝つ。
〽君が愁いに 我は泣き
 我が喜びに 君は舞う
 名曲「嗚呼黎明は近づけり」に謳われる通りの究極の人間の絆が、関西には結ばれている。創価の師弟は、この強靭な絆を広げ抜いてきた。だから強い。絶対に負けないのだ。
        ◇
 昭和31年の8月、大阪の大勝利を受け、新しい16支部が誕生した。
 京都をはじめ関西の4支部、札幌をはじめ北海道の4支部、さらに秋田、新潟、大宮、浜松、名古屋、岡山、高知、そして福岡──と直接、新生の支部旗を授与される戸田先生の会心の笑みが脳裏に蘇る。
 今年は恩師の第2代会長就任から60周年──。
 日本列島を埋め尽くす、勝利の旗の林立をもって、我らの5月3日を荘厳したいと私は祈っている。

民は強しの歴史を
 阪神・淡路大震災でも。創価の同志は必死に救援の最前線に立つとともに復興の牽引力となった。
 甚大な被害の神戸で、「まちづくり協議会」の中心者の一人として、安全で、美しく人情味あふれる郷土の再生に尽力されてきた、わが地域部の壮年は語る。
 「あれほどの被害にあっても『もういっぺん、やろやないか!』と団結し、震災に打ち勝った人間の素晴らしさを伝えていきたい」
 その負けじ魂は今、東北や関東の被災地に脈打つ。
 日蓮大聖人は、「当世は世みだれて民の力よわ(弱)し」(同1595㌻)と嘆いておられた。
 荒れ狂う乱世に屈しない正義にして堅固なる「民の力」のネットワークにこそ、蓮祖の願われた「立正安国」の一つの実像があるといっても過言ではない。
 大聖人に直結の我らは、「民の力強し」「民衆は強し」と、声を張り上げて宣言できる常勝の歴史を、断じて永遠に残していくのだ。

“威風堂々の誓い”
 関西の
  若き同志は
    立ちにけり
  威風堂々
    使命の道をば


 1998年の5月、大阪で行われた関西青年部総会で私は申し上げた。
 「若いのだ。できないはずがない。諸君は、戦い抜くべきである! 生き抜くべきである! 永遠不滅の歴史をつづるべきである!
 未来はすべて諸君に託すのだから」
 そして、後継の青年部のためにと、「威風堂々の歌」の指揮を執った。
 京都で誕生した庶民の手作りの名曲だ。
 “威風堂々の誓い”とは、「最後は絶対に勝つ!」ということである。ここに、学会精神の真髄がある。
 今再び、師弟不二の魂を燃え上がらせ、全同志が、威風堂々と前進しよう!

 何ものも
   恐れぬ
    創価の魂を
  天下に示さむ
    天下を正さむ


 三木清の言葉は西田幾多郎・三木清著『師弟問答 西田哲学』(書肆心水)。キングは『私には夢がある』梶原寿監訳(新教出版社)。ストランドは『SGIと世界宗教の誕生』今井真理子訳(第三文明社)。「嗚呼黎明は近づけり」は作詞=沼間昌教。JASRAC 出1104230-101
2011-04-09 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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創価学園入学式へのメッセージ

創価学園入学式へのメッセージ
        (2011.4.8 各校キャンパス)

創立者のメッセージ


英知の根を張れ!嵐に揺るがぬ大樹に育て
「私は勝った」と言える人生を


 若き最優秀の英才の皆さん! わが創価学園にようこそ!
 学園は、日本の未来をリードする名門校です。世界の知性も熱く注目し、新入生の皆さんに期待のエールが、多数、寄せられています。
 そのなかの一人は、『動物記』の作者として知られる、博物学者シートンの言葉を引いておられました。それは、「希望の泉は永遠にかれることがない」(藤原英司訳『シートン動物記別巻 シートン自叙伝』集英社)という言葉です。
 学園生こそ、これからの世界にとって、永遠にかれない「希望の泉」であると励ましてくださっているのです。
 勇んで学園を志願してくれた新入生の皆さんのことを、創立者の私は、よくわかっております。一人一人の成長を祈り、ずっと見守ってまいります。皆さんの教育環境も、さらに充実させていきます。
 ご家族の皆様方にも、心から感謝申し上げます。このたびの東日本大震災のさなか、また一段と厳しい経済状況のなか、宝のお子様方を学園に送り出してくださり、本当にありがとうございます。
 深く信頼する教員の先生方、職員の方々、本年度もまた、私と共に力の限り、「人間教育」の聖業に邁進していってください。
 今この時、偉大な使命を帯びて、学園に学びゆく皆さん方の洋々たる前途に思いを馳せながら、きようは3点、指針を贈りたい。

希望の泉は永遠に枯れない
語学で世界を広げよ! 良書で心を磨け


大地震に負けない東北の哲学者

 第1に、「嵐に揺るがぬ英知の大樹と育て!」と申し上げたい。
 私が若き日に愛読した一書に、『三太郎の日記』があります。著者は、東北出身の哲学者・阿部次郎であります。11歳の頃、故郷の村を襲った大地震を乗り越え、生き抜きました。
 そして、学び、力をつけ、一生涯、故郷の庶民の味方となっていったのであります。
 教育者でもあった彼は、新入生たちに「諸君の本領は勉強にあることを自覚せよ」と叫び、「不抜の根を確かに地中に張る」ことを呼びかけました(『阿部次郎選集Ⅵ 学生と語る』羽田書店)
 春に爛漫と咲き誇る桜の大樹も、目に見えない地中に、どっしりと根を張り巡らしています。今、皆さん方は、人知れず根っこを張りゆく時です。学びに学び抜いて、英知の大地に深く広く根を張るのです。それでこそ、どんな苦難の嵐にも揺るがぬ大樹と育つことができる。勝利の花を万朶と咲かせ、皆を幸福へ励ましていけるのであります。
 とくに、哲学者・阿部次郎は「語学」の力を強調しておりました。
 語学を学ぶことは、異なる考え方や文化を知り、自分自身の世界を、大きく豊かに広げることのできる心躍る旅でもあるのです。

苦しむ人のため戦う正義の道を
 第2に、「良書を読んで正義の心を磨け!」と申し上げたい。
 学園にお越しくださった平和と人権の大指導者に、アルゼンチンのエスキベル博士がおられます。博士が、苦しむ人のために戦う正義の道を進むと決めた原点は、何であったか。それは、青春時代の読書であります。エスキベル少年は、幼くして母を亡くし、苦学を重ねました。その時に出会った古本屋の方が、名作をプレゼントしてくれた。そして、読書の「こつ」を、こうアドバイスしてくれたのです。
 「まず、一章、読むんだ。もし、わからなかったら、一ページ読めばいい。それでも、理解できなければ、一段落か一つの文を読んで、それがわかるようになるまで考えるんだ。深く考えるんだよ」と。
 少しずつでもよい。皆さんも世界の良書、名著に挑んでもらいたい。そこには、風雪を勝ち越えた大いなる人格との対話があるからです。人類の最高峰の良識を友とし、わが心を高く強く磨き抜いてください。
 そして、最後に「負けじ魂で青春を勝て!」と申し上げたい。
 ニュージーランド出身の作家マンスフィールドは語りました。
 「何事かをなし遂げ、一廉《ひとかど》の人間になろうと思えば、人は全力を奮い起し、『信念を強固ならしめ』る必要がある」(橋本福夫訳『日記と感想』大観堂、現代表記に改めた)と。その通りです。
 彼女は、“苦悩は征服し得る”という自分の記録を残そうとしました。「今に見ているがいい」(橋本福夫訳『マンスフィールドの手紙』八潮出版社)と歯を食いしばって立ち上がったのです。
 皆さんも伝統光る学園の負けじ魂を燃え上がらせて、「自分は断じて勝った」と言い切れる青春の勝利の記録を打ち立ててください。
 お父さん、お母さんにも喜んでもらえる、悔いなき学園生活を、賢く明るく朗らかに、一日一日、飾っていっていただきたいのであります。
 先生方、また良き先輩、良き友人と共に、仲良く楽しき前進を!
 新入生、万歳! 新入生の勝利、万歳! 学園生よ、断固と学び、勝ちゆくことを忘れるなと申し上げ、私のメッセージといたします(大拍手)。
2011-04-09 : スピーチ・メッセージ等 :
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創価小学校入学式へのメッセージ

創価小学校入学式へのメッセージ
        (2011.4.8 創価小学校)

創立者のメッセージ

3つの約束
元気にあいさつしよう
勇気をもって挑戦を
本をたくさん読もう


 新1年生の皆さん、私のつくった創価小学校にようこそ!
 皆さんが元気に入学してくることを、私は心待ちにしていました。
 校庭の桜も、緑の木々や鳥たちも、皆さんを大歓迎しています。
 ご家族の皆さま方も、大切な大切なお子さまを送り出してくださり、本当にありがとうございます。
 先生方、職員の皆さま、世界の宝、未来の宝である新入生の皆さんを、どうか、よろしくお願いいたします。
 きょうは、新入生の皆さんと、3つの約束をしましょう。
 一つめは、「元気にあいさつをしよう」です。
 朝は「おはよう!」と、元気にあいさつして、一日をすがすがしくスタートしましょう。また、親切にしてもらったら、「ありがとう!」と、さわやかにお礼をいえる皆さんであってください。
 二つめは、「勇気をもって挑戦しよう」です。
 学校にかようことも、勉強にとりくむことも、すべてが挑戦です。毎日毎日、勇気をもって挑戦していく人が、太陽の子です。にがてなことがあっても、あきらめない。
ねばり強く努力を繰り返す人が、りっぱな勝利者となっていくのです。
 三つめは、「本をたくさん読もう」です。
 よい本は、皆さんの心と頭の栄養です。本を読みつづけていく人が、“豊かな心”と“かしこい知恵”を身につけていけるのです。
 さあ、これから楽しい学校生活が始まります。お父さんやお母さんが喜んでくれるように、明るく伸び伸びと成長していってください。
 わからないことや、こまったことがあったら、何でも先生に相談してください。私も大好きな皆さんと、いつも心は一緒です。健康で、無事故で、強く正しく育ってくれるように、これからずっと祈り、見守っていきます。きょうは本当におめでとう!
2011-04-09 : スピーチ・メッセージ等 :
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東日本大震災への励まし-21

東日本大震災への励まし-22

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。

当サイトにおきましては、被災された方々、ならびに関係の方々への励ましになればとの思いから池田名誉会長の励ましの言葉・聖教新聞からの励ましをUPしてまいります。

勇気の泉 8 小説「人間革命」 「新・人間革命」から

〘1967年」(昭和42年)5月、オランダで支部を結成した山本伸一は、新任のリーダーを全力で励ます〙

信心は持続! 闘魂を! 情熱を!


 「たとえ、どんな窮地に追い込まれても、絶対に弱気になってはいけないよ。
 一番怖いのは、自分に負けてしまうことだ。挑戦、挑戦、挑戦だ。最後まで希望をもって、勇気をもって、挑戦しぬくんだよ。それが学会精神だ。」
        ◇
 「それぞれが広布の一つ一つの課題に、全力で挑戦し、勝ち抜いていくことです。
 小さな勝利が集まってこそ、大勝利があるんです。
 さらに、広布の戦いは持続です。苦労に苦労を重ねて、あと一歩というところまで来ても、気が緩み、手を抜けば、そこから崩れてしまう。
 大聖人は、『始より終わりまで弥信心をいたすべし・さなくして後悔やあらんずらん』(御書1440㌻)と仰せです。
 だから、決して油断したり、あきらめたりするのではなく、闘魂を、情熱を、いや増して燃え上がらせ、一つ、また一つと、着実に勝利の旗を打ち立てていくことです」(『新・人間革命』第12巻「新緑」の章)


御書とともに 9 名誉会長が指針を贈る

友の仏性を呼び覚ます祈りを

 一度妙法蓮華経と唱うれば一切の仏・一切の法・一切の菩薩・一切の声聞・一切の梵王・帝釈・閻魔・法王・日月・衆星・天神・地神・乃至地獄・餓鬼・畜生・修羅・人天・一切衆生の心中の仏性を唯一音《ただひとこえ》に喚《よ》び顕し奉る功徳・無量無辺なり(法華初心成仏抄、557㌻)

通解
 ひとたび妙法蓮華経と唱えれば、あらゆる仏、あらゆる法、あらゆる菩薩、あらゆる声聞、あらゆる梵天・帝釈天・閻魔法王・日天・月天・星々・天神・地神、さらに地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天界の、あらゆる衆生の心中の仏性を、ただ一声に呼びあらわすのであって、その功徳は無量無辺である。

同志への指針
 題目を唱え抜きながら前進だ! 我らの広宣流布の戦いは、ありとあらゆる衆生の仏性を呼び覚ましゆく善の大闘争である。

わが友に贈る
(2011. 4.5付 聖教新聞)
きょうを全力で! 「未来の果」は 「現在の因」にあり。 わが使命の舞台で 粘り強く勝て!

わが友に贈る
(2011. 4.6付 聖教新聞)
苦難に打ち勝つ 創価の底力を 満天下に示す時! 団結と誠実の力で 偉大な歴史を創れ!

名字の言
(2011.4.5付 聖教新聞)
 公害の原点である「水俣病」が公式に確認され、今年で55年。先月27日、熊本の水俣文化会館の開館式が行われた▼式典の参加者には、水俣病で健康被害を受けた友の姿も。水俣圏の代表は語った。「“受難の地”で必死に生きた私たちは、草創の先輩から『寒さに震えた者ほど、太陽の暖かさを知る』と教えられました。この精神を胸に、ここから希望と勇気の南風を送り続けたい」▼学会の会館は、平和・文化・教育運動を発信する一大拠点であり、災害時は一時避難所としても使用される“地域の安心城”である。今回の大震災でも、被災地の会館は、行政などの要請を受け、被災者の避難所として開放。また、創価学会の救援活動の中心拠点となっている▼救援の指揮を執る、行政の中心者は語った。「被災直後は大変な物資不足でした。3日間で1回しか食事がとれない避難所もありました。そのなかで、会館を中心とする創価学会の救援活動に心から感謝しています」▼小説『新・人間革命』の「蘇生」の章に「これからも、さらに、強く、強く、強く、生きて、生きて、生き抜いてください」と。山本伸一が水俣の同志に贈った言葉である。広布と人生の“希望の春”へ、きょう一日、強く、強く進みたい。

名字の言
(2011.4.6付 聖教新聞)
 阪神・淡路大震災の取材で神戸に行き、帰京してしばらくは、首都高速道の下を通るたびに、落ち着かない気分だったのを思い出す。横倒しになった高速道やビルを神戸で目にしたからだ。地震への備えをと、その時は防災意識も高まったが、時を経て薄れてしまったことを反省する▼今回の地震で”これほどの揺れは生まれて初めて”と感じた人も多かっただろう。あらためて日本は地震国であり、自然災害の脅威と無縁ではいられない現実を感じ取ったのではないか▼この機会に、一人一人が再度、防災への意識を深め、具体的な対応を強化すべきだ。家具の転倒防止や非常用備品の点検、家族との連絡方法など、あいまいにしていたり、準備が中途半端だったりしていないか▼「経論に有る事と遠き事はおそるる心なし」(御書1190㌻)。普遍の真理として説かれていることも、自分とは関係ないことと思って恐れないという意味だが、人が陥りやすい点を指摘している。次元は異なるが、防災意識を堅持する難しさを考える上でも、共通していよう▼震災は人ごとではないし、どこか遠い所の話ではない。今日明日にでも起きないとは限らない災害を想定し、真剣に向き合う。その努力が今、求められている。
2011-04-06 : 震災への励まし :
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東日本大震災への励まし-20

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。


当サイトにおきましては、被災された方々、ならびに関係の方々への励ましになればとの思いから池田名誉会長の励ましの言葉・聖教新聞からの励ましをUPしてまいります。

御書とともに 8 名誉会長が指針を贈る

「勇気の剣」で勝利を開け

つるぎ《剣》なんども・すすま《不進》ざる人のためには用る事なし、法華経の剣は信心の けなげなる人こそ用る事なれ 鬼に・かなぼう《鉄棒》たるべし(経王殿御返事、1124㌻)

通解
剣《つるぎ》なども、進まない人のためには何の役にも立たない。法華経という剣は、信心の強い、勇気のある人が用いてこそ役に立つのであり、これこそ「鬼に金棒」なのである。

同志への指針
勇気ある信心にこそ、無敵の妙法の力が現れる。強盛なる祈りと、不撓不屈の「負けじ魂」で、断じて勝利を開きゆけ!

勇気の泉 7 小説「人間革命」 「新・人間革命」から

“先駆の人”が“後継の人”!

〘1960年(昭和35年)5月、山本伸一は、会長就任後、真っ先に関西を訪問し、関西の同志に、広宣流布の先駆けとなることを念願した。戸田城聖のもとにあって、常に先駆の道を開いてきたのは、伸一であった。〙

 戸田は、どこかの地域で、広布の歩みに停滞が生じ始めると、常に彼(伸一)を派遣し、突破口を開くように命じたのである。
 伸一は、本物の獅子に育て上げようとする師の厳愛と、全幅の信頼を感じていた。
 戸田の険しい目の奥に宿る、深い慈愛の光を、彼は知っていたのである。
 彼は、勇んで先駆の道をひた走った。それは、歓喜に包まれた誇り高き、青春の大道であった。
 先駆けの勇者のよって突破口ができれば、流れは開かれる。
 伸一は、戸田の手駒として、先駆の道を開き続けたことによって、まことの“後継の人”たりえたのである。
 “後継”と“後続”とは異なる。後方の安全地帯に身を置き、開拓の労苦も知らず、ただ後に続く“後続の人”に、“後継”の責任を果たすことなどできようはずがない。
 “後継の人”とは、勝利の旗を打ち立てる“先駆の人”でなければならない。(『新・人間革命』第2巻「先駆」の章)

今週のことば
(2011. 4.4付 聖教新聞)
「異体同心」こそ 最も強い勝利の力だ。 全同志の団結で 一切を勝ち越えよう! 広宣流布のために!

わが友に贈る
(2011. 4.3付 聖教新聞)
さあ友好の春! 勇気の一歩を 勢いよく踏み出そう! 心通う語らいで 地域に安心の光を!

わが友に贈る
(2011. 4.4付 聖教新聞)
学会家族は 励ましの集いだ。 苦楽をともに 祈り 動き 語り 皆で和楽の前進を!

名字の言
(2011.4.3付 聖教新聞)
 プロ野球・東北楽天ゴールデンイーグルスのファーム(2軍)で、スタッフとして尽力する男子部員がいる。震災時、チームは関東に遠征中だった。交通機関の影響もあり、本拠地の仙台に戻ることができないまま、先月19日、ファームは開幕した▼多くの選手と同様、彼自身、このまま野球を続けていいのか、と悩んだ。一方で、被災球団として、今こそ野球を通して東北に笑顔を取り戻したい、とも思った。相反する思いが交錯した▼シーズンの開幕後、彼が驚いたのはベテラン選手の姿勢だった。開幕に戸惑いを見せていたにもかかわらず、率先して黙々と練習に励んでいる。さまざまな葛藤の中、自分が今できることに全力で取り組んでいる。彼自身も自分の仕事に徹した▼災害対策本部から被災地に派遣され、救援活動を行った大阪の青年。救援物資を届ける先々で、自ら被災しているにもかかわらず、友を励ましながら1歩でも前へ前へと進む同志に会った。「自分のことだけでも大変なのに……」。その姿に、何よりも彼自身が励まされた▼“何かしたい”との思いは、皆、共通している。大切なことは、その思いを忘れないこと。そして、自分の今いる使命の場所で、勝利の旗を打ち立てることだと思った。

名字の言
(2011.4.4付 聖教新聞)
 「なぜ山に登るのか」「そこに山があるからだ」と、英国の登山家が語った話は有名。同じ問いに、日本の登山家の小西浩文氏は“人の思い”に気付けるから、と答えている▼険難の峰を登るには、周囲の励ましや支えがあってこそ。こうした“人の思い”は、普段はつい見過ごしがち。が、生死を分かつ極限状態に置かれると、ダイヤのように尊く輝いて見えるという。「その『宝物』があるからこそ、人は新たな困難に、次の限界に挑むことができる」(『生き残る技術』講談社+α新書)▼池田名誉会長が長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」を発表して30周年。約400行の詩は、友の勝利と幸福を願う魂のほとばしりだ。「いかなる苦衷の最中に入っても/希望を失うな!」「愛する同志が見ている!/その同志は世界中にいる!」。いつの日も、名誉会長の心は苦難と闘う友と共にある▼大震災で同志を亡くし、歯を食いしばる友の言葉に肺腑をつかれた。「負けません。一緒に戦った仲間の心を伝えたいから。勝利を待っておられる先生の笑顔が見たいから……」▼険しき広布の頂への道にあっても、師の思い、苦難と闘う友の思いを知れば、勇気は無限にわく。さあ断じて勝利の峰を登はんしよう。

SOKAnetムービー「おお! 偉大なる民衆の大行進」をぜひごらんください。
2011-04-04 : 震災への励まし :
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東日本大震災への励まし-19

3月11日、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録した三陸沖を震源とする東日本大震災が発生しました。
この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早い、一日も早い救出・救済・復旧・復興をお祈り申し上げます。


当サイトにおきましては、被災された方々、ならびに関係の方々への励ましになればとの思いから池田名誉会長の励ましの言葉・聖教新聞からの励ましをUPしてまいります。


御書とともに 7 名誉会長が指針を贈る

師弟の広布旅は三世永遠

過去の宿縁追い来つて今度日蓮が弟子と成り給うか・釈迦多宝こそ御存知候らめ、「在在諸仏土常与師倶生」よも虚事候はじ。(生死一大事血脈抄、1338㌻)

通解
あなたは、過去の宿縁によって、今度、日蓮の弟子となられたのであろうか。釈迦・多宝の二仏こそ御存知であろう。「在在の諸仏の土に、常に与師と倶に生ず」(化城喩品)の経文は、決して嘘とは思われない。

同志への指針
 仏法の師弟の絆は、三世永遠である。この絆は誰人も壊すことはできない。
 常に、師と共に使命の天地に生まれ、元初の誓願を果たしていくのだ。苦悩渦巻く娑婆世界を、常楽我浄の仏国土へと忍耐強く変革していくのだ。
 いつも、心は一緒である。広宣流布のため、共に戦い、断固として勝つのだ。


勇気の泉 6
 小説「人間革命」「新・人間革命」から

さあ、新しい希望の前進だ!


〘1967年(昭和42年)10月、長野県塩尻市での記念撮影会に臨んだ山本伸一は、力を込めて訴える。〙

 「広宣流布は、永遠の闘争です。ゆえに、なにがあっても、戦い続けていくことです。
 昨日しくじったならば、今日、勝てばよい。今日、負けたなら、明日は必ず勝つ。そして、昨日も勝ち、今日も勝ったならば、勝ち続けていくことです。
 人びとの幸福のために、勝ち抜いていくなかにこそ、仏の生命の脈動があるんです。そこにこそ、大歓喜があり、崩れざる幸福の大道が開かれていくんです。
 さあ、また今日から、戦いを起こしましょう!
 新しい希望の前進を開始しましょう!(『新・人間革命』第12巻「愛郷」の章)


わが友に贈る
(2011. 4.1付 聖教新聞)
さあ4月が到来! 希望に向かって 心一つに出発しよう! 対話の春風で わが地域を包め!

わが友に贈る
(2011. 4.2付 聖教新聞)
歴史を創るのは 青年の熱と力。 勇敢に立ち上がれ! 創価の若人こそ 日本と世界の柱だ。

名字の言

(2011.4.1付 聖教新聞)
 「四月一日」と書いて、「わたぬき」とも読ませる。着物の綿を抜き、衣替えをしたことに由来するという。きょうから新年度がスタート。衣服だけでなく、心も新たにして、前進を期したい▼古来、日本人は「春」に、草木の芽が「張る」、田畑を「墾る」、天が「晴る」などの意味を重ね合わせてきた。“冬”という暗く厳しい試練の時が終わり、明るく、豊かに、伸びやかに生を謳歌する“春”を迎える。そんなイメージがわき上がる▼人生は、苦難との闘い──それが実相だ。しかし、苦悩が深いのは、使命が深いからこそと心得たい。闇が暗いほど、暁を迎えた時の喜びも、また大きい▼池田名誉会長の詩「四月」に、こうあった。「四月/ホイットマンも ゲーテも/ミルトンも ダンテも/みな 心より歌い 戦い/悩み 進みしは/この四月」。大いなる人間は、大いなる悩みを人生の肥やしとして、勝利の果実を実らせてきた。“前進を阻む逆風”をも、“勝利への推進力”に変えてきたのだ▼春を意味する英語「スプリング」は、バネや弾力といった意味も持つ。負荷をはね返す大きな力を発揮すれば、より高く、より遠くへ跳ぶことができる。弾む心で、人生勝利への軌跡を刻みたい。

名字の言
(2011.4.2付 聖教新聞)
 ──その日は、自分が学年主任を務める中学3年生の卒業式だった。終了後の祝賀会。「みんな、最高の生徒たちでした」。そう語った瞬間、激しい揺れに襲われた▼宮城・名取市で奮闘する、教育本部の婦人から話を聞いた。校舎の1階が津波で破壊された。多くの大切なものを奪われた過酷な現実。何度も打ちのめされそうになった。支えてくれたのは「高校時代の友人たちでした」▼婦人は、関西創価高校の3期生。震災直後から、同窓生からの励ましの声がやまない。日本各地、アメリカからも。「真剣に祈っています」「いつも心は一緒だよ」「創立者との誓いを胸に、必ず乗り越えよう!」。自分は一人じゃない──そう思うと、力がわいてきた▼先日、各避難所に分かれていた生徒たちが、再会を果たした。「いろんなものを失っちゃったけど、友だちは一生の宝物だね」。そう笑顔で抱き合う彼らの姿に、婦人も再起への決意を新たにした▼哲学者のソクラテスは語った。「いかなる財寶とくらべようとも、良友にまさるものはないではないか」(佐々木理訳)。入学の季節。若き友に、友情の絆を強く、広く育んでほしいと願う。彼ら・彼女らこそ、ともに手を携え、新しい未来を築く主役なのだから。


全国総県長会議(2000.6.30)へのメッセージより

敗れたナポレオン
けっこうではないか! 我々は
「新しい道」を進むしかないのだから


再びの前進
 「ナイルの海戦」は、3日の朝まで続いたが、最後まで戦っていた2隻のフランス戦艦が、とうとう降伏し、イギリス軍の圧倒的勝利に終わったのである。
 ところで、「ナイルの海戦」の大敗を聞いたナポレオンは、一瞬、色を失ったものの、すぐに、こう叫んだという。
 「すると、われわれは、このエジプトで進路をまったく断たれてしまったことになる。けっこうではないか」「われわれは東方の地図を塗り替える以外に、道はないのだ。それがわれわれの運命でもあるのだ」(エミールミール・ルードウィッヒ『ナポレオン伝』金澤誠訳、東京創元社)
 ナポレオンは、一時の敗北に、いつまでも引きずられはしなかった。
 結果は結果として、冷静に受け止め、そこから、いかに新たな道を見いだすか。そして、いかに次の勝利に転じていくか。そうした不撓不屈のエネルギーをもって、再び、前進を開始していったのである。
 いわんや妙法は、「変毒為薬」の法理である。

SOKAnetムービー「人生の流転」を、ぜひご覧下さい。
2011-04-02 : 震災への励まし :
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