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未来への一歩 名誉会長の語らいから

未来への一歩
  名誉会長の語らいから

No.1(2011.2.21付 聖教新聞)
皆を幸福にしよう

 未来の勝利へ歩みゆく友に、池田名誉会長の語らいを紹介したい(随時掲載)。
        ◇
 後輩が、なかなか成長しない。そう嘆く人がいる。青年を育てる秘訣は?──名誉会長は語る。「『自分以上の人材なのだ』『自分以上に育てていくのだ』──この決心が人を育て、自分を育てる。『皆を幸福にしよう』 『皆を偉くしよう』『皆の力を発揮させよう』──指導者は、ここに心を砕くべきである。ただ漫然と活動しているだけでは、人は育たない。意識して、祈り、育てなければならない」
 どの人も、その中に「黄金の輝き」をもっている。その黄金の光を、どう輝かせていくか。ここに指導者の使命がある。

No.2(2011.2.24付 聖教新聞)
自分が希望をつくれ

 人生において、一番の宝とは?──それは「希望」。池田名誉会長は呼びかける。
 「どうか朗らかな人生を! 朗らかな出来事がなければ、自分でつくればよい。
 希望がなければ、自分で希望をつくればよい。心は自由自在だからである」
 妙法は永遠の宇宙の法則。それを持《たも》っているのだから「何かあっても困らない!」「絶対に負けない!」。この確信が信仰だ。
 「それなのに、すぐに悲観し、弱気になるのは、信仰ではない。そういう『弱い心』だから、苦しんでしまう。
 永遠の大法則であるゆえに、勝つに決まっている! 幸福になるに決まっている! 楽しい人生になるに決まっている! そう『決めて』胸を張って進んでいただきたい」

No.3(2011.2.28付 聖教新聞)
確信と体験を語れ

 同じ世代の友人たちに、仏法の素晴しさを伝えていく上での指針を──海外の女子部の質問に答えて、池田名誉会長は語った。
 「大切なのは、誠実に話すことです。相手の方は仏法を初めて聞く方でしょう。だから誠実に、誠実に、わかりやすく話していくことです。
 仏法の偉大さと信心の素晴らしさを自信満々と話していくことです。
 そして人生の確信ある生き方、未来への限りなき希望に雄々しく生き抜く、価値ある生活の実証を語っていくことです。
 結論して言えば、自分自身の確信と体験を堂々と語り抜いていくことです。
 それが相手の生命に、幸福と希望の種を植えることになるのです」

No.4(2011.3.3付 聖教新聞)
耐え抜いた人に栄冠

 思わぬ試練にぶつかったら──池田名誉会長は巌窟王の物語を通して、若き友に語る。
 「人生、耐え抜いた人に『栄冠』がある。最後は、その人が勝つ。その崩れざる信念を貫き通していくなかに、真実の『信用』も自然に残る」
 「作家・吉川英治氏は『苦徹成珠《くてつたまをなす》』と言った。
 “苦に徹すれば珠となる” ──有名な言葉である」
 「仏とは『能忍《のうにん》──能く忍ぶ』人をいう。青年は、波瀾万丈の人生でよいのである」
 「あせることはない。人をうらやむ必要もない。自分は自分らしく、仏道修行を貫き通していけばよい」
 途中で何があろうが、最後に勝つ。一生の総仕上げで見事に勝つ──ここに仏法の精髄がある。

No.5
(2011.3.7付 聖教新聞)
一人立つ勇者たれ

 師ソクラテスと弟子プラトン。西洋哲学の源流には師弟がある。
 スポーツや学問や芸術にも師弟がある。
 師弟ほど、強く、尊く、ありがたいものはない。
 師の薫陶ありて、今の自分がある。今日の学会の発展がある──池田名誉会長は力を込めて語る。
 「牧口先生のときは、戸田先生が一人、立ち上がった。戸田先生のときは、私一人であった。
 今、その一人が、どこから出てくるのか。私はじっと見ている。
 『私が広宣流布の全責任を担います!』
 『誰が何と言おうとも、私が一人、立ち上がります!』
 こう天に向かって叫び抜き、祈り抜き、戦い抜いていく。
 その『真剣の一人』が必要なのである。
 『本物の弟子』を育てたいのである」

No.6(2011.3.10付 聖教新聞)
必ず変毒為薬できる

 病気、経済苦、人間関係。どうして、こんなに悩むのか──。苦闘する友に池田名誉会長は、広布の人に競い起こる試練は全部、意味があると語る。
 「広宣流布の使命に生きゆく人生は『煩悩即菩提』であり、大きく悩んだ分だけ、大きく境涯が広がり、大きく福運が積まれる」
 「仏法は『変毒為薬』の大法である。
 何があろうとも、必ず乗り越えていくことができる。また一つずつ絶対に打開できるように試練が現れてくる」
 「宿命転換の戦いに、断じて負けてはならない」
 勝つための仏法だ。幸福になるための人生だ。
 信心強き人は厳として守護され、必ずや良い方向へ向かっていく。
 所願満足の幸福の軌道を歩んでいける。
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2011-02-24 : 未来への一歩 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.41/42

随筆 我らの勝利の大道 No.41/42
             (2011.2.18/19付 聖教新聞)
「仏法西還」の大光

恩師「地球の広布は君たちが」

アジア初訪問から50年──
「人間主義の太陽」は昇った!


一人立て! ガンジスの大河も一滴から

 羽ばたかむ
  我らの心は
    自由なり
  宇宙の幸福
     翼で つつみて

 今月初め、NASA(米航空宇宙局)が注目すべきニュースを発表した。
 それは、太陽系以外で約1200個の惑星を発見し、そのうち54個の惑星には、生命に不可欠の「水」が存在する可能性があるというのである。
 大宇宙にあって、地球は決して孤独な「生命の星」ではない、同様の条件の星はたくさんあると、最新の探査は示しているのだ。
 戸田先生がお聞きになられたら、「ますます仏法の先見が科学によって証明される時代に人ったな」と、呵々大笑されるであろう。
 「この大宇宙には、地球のような星が幾つもある。
 日蓮大聖人より、そっちに行って、また広宣流布をしてこいと言われたら、御命令のままに出かけるさ。地球の広宣流布は君たちに託すよ」と、壮大なロマンを語られる恩師であった。
 大聖人は、駿河国(静岡県中央部)の南条時光の母への御手紙に、仏法の宇宙観の一端を明かされている。
 「東西南北・八方・並びに三千大千世界の外・四百万億那由佗の国土に十方の諸仏ぞくぞくと充満せさせ給う、天には星の如く・地には稲麻のやうに並居《なみい》させ給ひ、法華経の行者を守護せさせ給ふ事、譬えば大王の太子を諸《もろもろ》の臣下の守護するが如し」(御書1570?)と仰せである。
 ともあれ、大宇宙には、衆生の住む世界が無数にある。これが仏法の洞察であった。そして、この悠久の大宇宙をも包みゆく、人間生命の深奥を徹して究明したのも、また仏法である。
 「外なる宇宙」と「内なる宇宙」の探究──そこには、インドに発する東洋の大英知が光っている。

師弟不二の誓願で

 前進の
  東洋広布に
    恩師あり

 新潟県の佐渡で記された「顕仏未来記」には、「月は西より出でて東を照し日は東より出でて西を照す仏法も又以て是《か》くの如し正像には西より東に向い末法には東より西に往く」(同508?)とある。
 月氏の国・インドから、釈尊の仏法は中国、さらに日本へと流れ伝わった。その光が消えんとする濁世末法において、世界の民衆を救う大白法が日本から興隆し、西を照らしていく、との大聖人の大宣言である。
 この御遺命の実現に立ち上がられた戸田先生は、私たち青年に「仏法西還」の夢を、幾たびとなく語ってくださった。
 すなわち、アジアの民衆の幸福と平和を開く「東洋広布」である。
 “一日も早く、仏教発祥の大恩あるインドヘ!”
 それは恩師の願いであるとともに、不二の弟子として私自身の誓願となった。
 その第一歩が、1961年(昭和36年)の1月・2月、私が敢行した最初のアジア歴訪の旅である。
 不惜身命の決意で、香港、セイロン(現スリランカ)、インド、ビルマ(現ミャンマー)、タイ、カンボジアの6カ国・地域を巡った、忘れ得ぬ18日間であった。
 当時は、第2次世界大戦が終わって15年余。アジアは、いまだ貧困と戦火、また分断の傷に苦しめられていた。日本の侵略に虐げられた国々も多かった。
 本来、豊かな自然に包まれ、明るく逞しき民衆が暮らす大地である。
 私は、仏が慈しむ「我此土安穏」の時代の建設を祈りに祈った。
 以来、50年を刻む。
 この佳節を記念し、香港で3万人の大文化祭が開催されたのをはじめ、アジア各地で多彩な行事が続いている。マカオ、台湾、韓国、フィリピン、タイ、カンボジア、マレーシア、シンガポール、インドネシア、スリランカ、ネパール、そしてインドで──。
 あの国でも、この地でも、地涌の同志が社会で活躍し、信頼を勝ち得て、生き生きと乱舞している。こんなに嬉しいことはない。
 「アジアの民に 日をぞ送らん」と、恩師が顕われた通りに、赫々たる新時代の夜明けが来た。
 いかなる苦難の群雲が湧き起こるとも、もはや絶対に消えることなき、希望と幸福と平和の大光はアジアに輝き始めた。
 「人間主義の太陽」は、燦然と昇ったのだ!

出でよ地涌の菩薩

 懐かしき
  あの日 あの時
    ガンジスの
  大河を見つめて
    広宣 誓わむ

 私がインド訪問の第一歩を印した当時、メンバーは一人もいなかった。
 夕闇迫るガンジス川のほとりに立ち、広布の展望に思いを凝らしながら「無数の地涌の菩薩を出現させてみせる」と深く決意した。そして大地に題目を染み込ませる思いで真剣に祈りながら、釈尊やアソカ大王などのゆかりの地を巡った。
 それから18年後(1979年)、私は尊き地涌の先駆者であるインドの皆様方と初めてお会いした。
 ニューデリーの私の宿舎に勇んで集われたのは、40人ほどであったか……。哲人の眼差しが輝く、一人ひとりの顔《かんばせ》を見つめながら、私は強く語った。
 「ガンジス川の悠久の流れも一滴から始まります。と同じく、今はメンバーは少なくとも、自身がその一滴であるとの自覚で、洋々たる未来を信じて前進していきましょう」
 この頃の人口は約7億。同志は本当に少なかった。
 しかし、法華経の涌出品には、「一一《いちいち》の菩薩は、皆な是れ大衆《だいしゅ》の唱導の首《しゅ》にして、各おの六万恒河沙等の眷属を将《ひき》いたり」(創価学会版法華経453?)と説かれる。
 地涌の友には、一人ひとりに、大きく賑やかに広宣流布の陣列を広げゆく力が具わっているのだ。一人の生命に無限の可能性を信じ抜く人間主義こそ、法華経の魂といってよい。
 インドの詩聖タゴールの小説に登場する女性は、毅然と語っている。
 「一人ででも闘うつもりですから。そして、胸をはって言いますわ、負けないわ、必ず勝ってみせるわ、とね」
 私には、朗らかな常勝の母たちの「負けたらあかん」の心意気と重なり合って響いてくる言葉である。思えばタゴールは、大阪、京都、兵庫、奈良と、関西にも足跡を留めていた。

母の連帯で平和へ
 インドのチェンナイ(旧マドラス)に、創価池田女子大学が誕生したのは、2000年のことである。チェンナイは、私がインドに最初に降り立った、思い出深き原点の天地だ。
 創立者のセトゥ・クマナン博士は、創価教育の最高の理解者である。博士と私を結んだ機縁は、「母」の詩であった。詩人でもある博士は語っておられた。
 「すべての人びとが、この詩のように母を思うことができれば、人類の抱えるあらゆる問題は解決できるはずです」
 そして「女性こそが生命と平和の守り手」との私の考えに賛同してくださり、女子大学の建設に着手されたのである。
 同校では、折々に、英訳の「母」が、凛々しき乙女たちの澄み渡る声で歌われている。


♪母よ あなたの
 思想と聡明《かしこ》さで
     春を願う
 地球の上に
 平安の楽符《しらべ》を
     奏でてほしい
 その時 あなたは
 人間世紀の母として
     生きる

 歴史を振り返れば、どれほど多く、母たちの悲しみの涙が流されてきたか。
 海よりも深い母の慈愛には、人びとを正しき軌道へと導く力がある。ゆえに、母たちの強く賢きスクラムによってこそ、揺るぎない平和の大道も開かれる。
 今、インド創価池田女子大学と、創価大学・創価女子短期大学との交流も深まっている。
        ◇
 タゴールが何度も足跡を残したのが神奈川の横浜であった。特に最初の訪日では、現在の中区本牧の三渓園に長期滞在した。
 「人間の歴史は、侮辱された人間が勝利する日を、辛抱づよく待っている」
 当時、タゴールが日本で詠んだこの詩は、私たちも深く胸に刻んできた不滅の師子吼である。
 思えば、私は“会長辞任”から3カ月後、同じ横浜の神奈川文化会館で、インドの大詩人スリニバス博士を歓迎した。人間勝利の世紀を展望し、詩心の復興を語り合ったことは、今も忘れることはできない。
 大聖人は、神奈川の地で健気に戦う日眼女(四条金吾夫人)に仰せである。
 「釈迦仏は母のごとし女人は幼子のごとし、二人たがひに思へば・すべてはなれず」(御書1114?)
 「釈迦仏・普賢菩薩・薬王菩薩・宿王華菩薩等の各各の御心中に入り給へるか」(同1115?)
 大聖人は、妙法に生き抜く女性に、釈尊と一体不二の仏の生命を見出しておられた。普く賢い智慧の力も、病苦などあらゆる苦悩に打ち勝つ力も、広宣流布のために働く女性の命にこそ脈打っているのだ。
 まさしく、婦人部の皆様の姿である。
 師弟一体、万歳!
 勝利の人生、万歳!
 この創価の母の心を受け継ぐ華陽の乙女たちが、世界中で生命尊厳と平和の讃歌を歌いながら、人類を調和へ導きゆく未来を、私も妻も信じてやまない。

 不滅なる
  宇宙に一点
   君が星
  偉大な曲で
    偉大な光を

 タゴールの最初の言葉は『タゴール著作集5』所収「実験室」大西正幸訳(第三文明社)、次は『タゴール著作集1』所収「迷える小鳥」藤原定訳(第三文明社)。

ガンジーの精神
「まず自分自身から変われ!」
「一人の人間であり続けよ!」


「世界平和」の悲願へ
民衆の中で人間尊敬の菩薩行を


インド新時代を創価の友が乱舞

 仏勅の
  妙法流布に
   励みゆく
  我らの功徳は
    千万億かな

 釈尊が成道し、仏教が勃興したインド。その源流の天地で、なぜ、仏教は衰退してしまったのか。
 インド文化関係評議会の会長であられるカラン・シン博士は、私との対談で、その理由を指摘された。
 武力侵略など外的な因子もあった。だが、シン博士がまず挙げたのは“僧尼の精神的・倫理的修養の順廃”“部派間の絶えない争い”
という2点であった。つまり「師子身中の虫」によって滅びた──ここに、重大な歴史の教訓がある。
 日蓮大聖人の平等大慧の大仏法を権威化し、僧俗差別の邪義を立てた日顕宗も全く同じであった。
 しかし、学会はその歪んだ本質を見抜き、日蓮仏法の正義を護り、民衆を守り抜いた。だからこそ、学会の前から、邪宗門は消え去らざるを得なかったのだ。
 その事実を証明するように、邪悪の鉄鎖を断ち切った学会は世界192カ国・地域で、旭日の如く大発展してきたのである。

“偉大な魂《マハトマ》”の生涯

 全世界
  あの地 この地に
   菩薩あり
  地涌の仏子の
      何と尊き

 1月30日は、独立の父マハトマ・ガンジーが凶弾に倒れ、信念に殉じた日である(1948年)。
 今年のこの日、インドを代表するガンジー研究家、B・R・ナンダ博士の評伝『ガンディー』の日本語版が、第三文明社から発刊された。邦訳が待ち望まれていた世界的名著である。
 私も、博士からご著作の原書を拝受した。その一冊が、この大著であった。
 訳者は、名古屋の名城大学名誉教授の森本達雄先生で、私も先生の名訳に学ばせていただいている。
 ナンダ博士は本書の最後に、マハトマ(偉大な魂)たる師ガンジーの心を代弁する如く、強く語られた。
 「われわれのほんとうの敵は、われわれ自身の恐怖心や、欲望や、自己本位である。われわれは他人を変えようとするように、自分自身を変革しなければならない」
 これ、まさに「人間革命」といってよいだろう。
 “精神の力”で社会悪に挑んだガンジー──その人生は、人間の内なる敵との戦いの連続でもあった。しかし、最後まで人びとの善性を信じ、非暴力で人間の変革を目指したのだ。
 さらに、この評伝で紹介されたガンジーの言葉に、「わたしは全人類との結合を感じずには、宗教生活を送ることはできません。したがって、政治に参加せずに、宗教生活を送ることなどできない相談です」ともある。ガンジーは、高邁な精神性と道徳性を掲げつつ、社会の活動万般に積極果敢に関わっていった。
 そうしたガンジーに対して、「聖者」なのか、「政治家」なのか、という疑問が投げかけられてきた。
 ナンダ博士の回答は明快である。いついかなる時も、マハトマは「一人の人間でありつづけることをやめなかった聖者であった」というのである。
 このガンジーの思想と行動が、釈尊の「法華経」、そして日蓮大聖人の「立正安国論」と深く連関していることは、インドの良識が鋭く指摘されるところだ。
 ガンジーの直系の弟子であったパンディ博士も、深く期待してくださった。
 「今、釈尊、そしてガンジーのメッセージを行動で世界に伝えているのはSGI(創価学会インタナショナル)です」
 今や、インドの悠久の大地には、5万人の「法華経の行者」たちが躍り出ている。メンバーは、教育者、医師、エンジニアなど、社会のあらゆる分野で縦横無尽に活躍している。
 なかんずく、青年部の比率が全体の4割を超す。優秀な未来部の英才も多い。世界の「青年学会」の先頭に立つ、と意気軒昂である。

「世界平和の碑」
 先日、インドの友が、創価菩提樹園で、晴れやかに「世界平和の碑」の除幕式を行った。
 この碑は、アジアの幸福を目指して進んできた師弟の闘争の結晶であり、月氏の国から世界広布を開いていく誓願の象徴ともいうべきものである。
 贈った碑文に、私は法華経の常不軽品の不滅の一節を入れさせていただいた。
 「我れは深く汝等《なんだち》を敬い、敢て軽慢せず。所以は何ん、汝等は皆な菩薩の道を行じて、当《まさ》に作仏することを得べし」(創価学会版法華経557?)
 人びとの胸中に、尊極の仏の生命を観じる。誰もがその仏性を開いていけることを信じて、力強く語りかけ、励まし続ける──この不軽菩薩の振る舞いこそ、大聖人が示された通り、仏法の究極であるからだ。
 この不軽品の「二十四文字の法華経」は、戸田先生が座右に置かれていた経典に印《しるし》を付され、深く拝しておられた一節でもある。
 経文には、不軽菩薩は、無理解な人びとからさまざまな迫害を受けても、一貫して、人間尊敬の行動を続けたと説かれる。たとえ何が起ころうと、不屈の祈りと誠実な行動を貫き通し、縁する人びとの心を大きく変えていくのだ。
 忘れ得ぬ1979年の2月の出会いから約30年で1000倍以上に大発展したインド創価学会──この拡大を成し遂げた原動力も、深き人間主義の実践にある。

「人の振舞」の輝き
 インドでは、メンバーの日常の振る舞いの変化に、まず家族の認識が変わり、そこから仏法への共感が広がるという。さらに自身の変化は、やがて地域や職場など身近な環境をも変えていくのである。
 仏法といっても、真髄は「人の振舞」(御書1174?)である。人格の輝きである。言葉遣い、表情、態度……それを周囲も見ているものだ。ゆえに自分から関わり、元気に清々しく挨拶し、声をかけるのだ。
 さらにまたインドでは、長年にわたり、社会貢献の活動が光っている。
 国内でサイクロン被害、地震や津波等が起こる度、救援物資の提供や教育支援などで、被災された方々に勇気と希望を送っている。
 また創価菩提樹園では、園内で育てた菜の花の種を、周辺の学校に寄贈している。菩提樹園を中心に菜の花が咲き誇り、地域の方々の心を潤しゆく光景も名画のように浮かんでくる。
 社会のために! 地域の友のために! その誠実な振る舞いに、信頼の輪は広がっていくのだ。
 日本も、そして世界も!

楽しき「座談」を
 1992年の2月16日、日蓮大聖人の御聖誕・満770年の日を、私はインドの同志と祝賀することができた。ニューデリーのインド文化会館で記念の勤行会を行い、久遠の家族の如く和やかに懇談した。
 まるで大聖人も、釈尊も、ご一緒に見守ってくださっているような、大歓喜のあふれる会座となった。
 私は一方的に話すのではなく、質問会として語らいを進めた。自由に何でも聞き合い、語り合っていく座談こそ、まさに釈尊以来の仏法の伝統であるからだ。
 質問の一つに──
 「SGIの指導として、『雄弁』や『知性』『慈愛』などが目標に挙げられていますが、自分はなかなか実行できません」という率直な問いもあった。
 私は申し上げた。
 「ありのままの自分でよいのです。題目をあげきりながら、自分らしく、伸び伸びと進んでいけばよいのです。自体顕照です。本来の自分自身を輝かせていくのが、大聖人の仏法です」
 「ありのままの『凡夫』そのもので進んでいく。題目根本に、少しずつでも向上していく。これが正しい姿であり、人間らしい生き方ではないでしょうか。仏法は無理のない、万人に開かれた大法なのです」
 ──私が答えると、友の笑顔が弾《はじ》け、輝き渡った。
 法華経の随喜功徳品には「随力演説」(力に随って演説せん)とある。
 窮屈に考える必要はない。大事なのは、素直に御本尊に祈ることだ。明るく誠実に語ることだ。その繰り返しの中で、友を自然と包み込める境涯になっていく。友のために尽くそうとの心が湧き起こってくる。
 ともあれ、勇気を出して祈り語った分だけ、自他共の幸福への仏縁が広がる。
 古代インドの詩人ティルバッルバルも語っている。
 「『これは難しい』と言って打ち萎れるべきではない。努めることが偉力をもたらす」
 この訪印の折、婦人部の方々から届けられたアルバムを、妻と拝見しながら、私は綴り贈った。
「負けない人は幸福
 恐れない人は幸福
 信つよき人は幸福
 皆さまは幸福の王女なり」
        ◇
 インドの哲人指導者として活躍された、今は亡きナラヤナン大統領とも、私は21世紀の展望を語り合った。それは、米国・中国と共にインドが中枢の軸となって、世界を調和させ、安定と平和の方向へもっていくビジョンである。
 現在約12億のインドの人口は、米国の国勢調査局によれば、2025年には中国を抜き、世界第1位になると予測されている。
 豊かな多様性と民主主義の伝統をもつインドは人材大国であり、無限の可能性がある。世界のIT(情報技術)企業が集まる国として発展し続けてもいる。
 一方で、人口爆発、水資源の枯渇などの地球規模の問題群を前に、インドをはじめ人類は、今こそ、相互協力を進めていかなければならない時を迎えている。
 米国の仏教研究の大家であるストランド博士は、これに関して、協力関係の基は一人ひとりが相互に信頼・献身の絆を築けるかどうかだと強調されている。
 博士は、その最も深き絆こそ、創価の「師弟」にあると期待されていた。
 この師弟という絆を柱にしながら、周囲の一人また一人と、対話を重ね、世界中に人間主義の連帯を広げてきたSGIの運動──。その闘争に、世界の識者が注目を寄せる時代なのだ。

空に勝利の讃歌が

 20年前の秋、私は愛する中部の名古屋で、インド文化国際アカデミー理事長のチャンドラ博士をお迎えした。傲慢なる宗教権威と戦う渦中の、忘れ難き中部文化友好祭の折である。
 あの最高に団結光る祭典の最後に、私は、詩聖タゴールの詩を紹介し、地涌の勇者たちを励ました。
 「おお 大いなる人間がやって来る──」
 「今日 暗き夜の要塞の門が
 こなごなに 打ち破られた。
 日の出の山頂に 新しい生命への希望をいだいて
 怖れるな 怖れるなと、呼ばわる声がする。
 人間の出現に勝利あれかしと、
 広大な空に 勝利の讃歌がこだまする」
 友よ、断じて負けるな!
 君たちこそが「大いなる人間」である。我らの決めた「この道」を朗らかに歩み抜き、民衆勝利の凱歌を堂々とあげるのだ!
        ◇
 大聖人は「顕仏未来記」で、インドの釈尊、中国の天台大師、日本の伝教大師の三師を相承される御自身を「安州の日蓮」と名乗っておられる(御書509?)。
 御聖誕された故郷の安州(現在の千葉県)を、いかに大切に思われていたかが、あらためて拝される。
 とともに、門下の次元においても、それぞれの使命の郷土、地域に拠って立つことが、どれほど重要か。
 一閻浮提の広宣流布は、遠くにあるのではない。地味に見えても、我らの地盤を一つ一つ躍進勝利させることこそ、御本仏の未来記を実現しゆく誉れの大闘争となることを忘れまい。
 大聖人は、「我等が弟子檀那とならん人は一歩を行かずして天竺の霊山を見・本有の寂光土へ昼夜に往復し給ふ事うれしとも申す計り無し」(同1343?)と仰せである。
 さあ、元初より誓い願って躍り出た宿縁の大地で、断固として勝利の旗を打ち立てよう!
 インド、アジア、そして世界の同志とも心を広々と通わせながら、異体同心で「地域広布」即「地球広布」の遠大な未来を、晴れ晴れと勝ち開こうではないか!

 壮大な
  正義の足並み
   揃いつつ
  哲学博士と
   胸張り勝ちゆけ

 ガンジー関連の引用は、B・R・ナンダ著『ガンディー』森本達雄訳(第三文明社)から。ティルバッルバルは『ティルックラル』高橋孝信訳(平凡社)。タゴールの詩は『タゴール著作集2』所収「最後のうた」森本達雄訳(第三文明社)。
2011-02-24 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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東洋哲学研究所の創立構想50周年記念シンポジウムへのメッセージ 

東洋哲学研究所の創立構想50周年記念シンポジウムへのメッセージ 
            (2011.2.6 インド・創価菩提樹園内 創価菩提樹講堂)

東洋哲学研究所の創立構想50周年記念シンポジウム「世界平和のためのニュー・ヒューマニズム」が2月6日、インド・ニューデリー近郊の創価菩提樹園内にある創価菩提樹講堂で行われた。創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長は祝賀のメッセージを贈り、共催団体であるインド文化国際アカデミーのロケッシュ・チャンドラ理事長、インディラ・ガンジー国立芸術センターのチンマヤ・ガレカーン会長らがスピーチ。同研究所の川田洋一所長が登壇した。学術者、報道関係者、インド創価学会の代表ら600人が出席した。

池田SGI会長のメッセージ
(代読)

「暴力と戦争のない世紀」へ 対話で結べ「人類の全なる連帯」を

分断を起こす「利己心の闇」
「仏教人間主義《ヒューマニズム》の光」を送れ


 一、50年前の1961年(昭和36年)2月4日、私は、菩提樹のもとで釈尊が成道した地、ブッダガヤにおいて、仏教を基盤にした、人類の幸福と世界平和のための研究所の設立を構想しました。
 その時、私は、研究所の目指すべき方針として、三つの柱を立てました。
 第1に、アジアと世界の宗教の研究、第2に、法華経の歴史的、学術的、思想的研究、第3に、仏教の「人間主義」 「平和主義」の理論的研究、ならびに人材の輩出です。
 東洋哲学研究所は、この指針のもと、構想から50年の歴史を刻んできました。その半世紀の間、インドをはじめとする世界有数の研究・学術機関との交流のなかで、人類への仏教精神と哲学の“発信源”として、大きく世界へと羽ばたくことができました。
 当研究所の創立者として、インドから全世界へと広がる学術者、有識者の方々の温かいご支援のたまものであると深く感謝しております(大拍手)。

自らの主《あるじ》たれ
 一、さて、本日のシンポジウムは、「世界平和のためのニュー・ヒューマニズム」とのテーマを掲げております。
 ロケッシュ・チャンドラ博士は、私との対談のなかで、次のように、「人間主義」に基づく世界平和への道を指し示してくださいました。
 「人間の本質は、精神の内面で作用します。精神の内面的広がりがなければ、また、利己心を超越した潜在的な生命への意識がなければ、外面的文明は精気を失ったものになってしまうでしょう。
 マハトマ・ガンジーは、『自身の内面を制御する力に気づかなければ、真に自立することはできない』と、強く主張しました」と。
 博士は仏教の視座から、「あらゆる生命に内在する『仏性』を呼び覚ますことができれば、環境、社会、精神のそれぞれの次元で、平和は確かなものとなります」と指摘されています。
 「利己心を超越した潜在的な生命」「自身の内面を制御する力」とは、仏教的に表現すれば、万物に内在する「仏性」といえるでよう。
 一、ガンジーと同じく、釈尊も、利己心や煩悩を制御して、自立する「自己」を説き明かしています。
 「ダンマパダ」では「自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか? 自己をよくととのえたならば、得難き主を得る」(中村元訳『ブッダの真理のことは・感興のことば』岩波文庫)と述べ、「ウダーナヴァルガ」でも「賢者は、自分の身をよくととのえて。明らかな知慧を獲得する」(同)と言いました。
 そして、入滅に際して、弟子に次のような指針の言葉を残しています。
 「この世で自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ」(中村元訳『ブッダ最後の旅──大パリニッバーナ経』岩波文庫)
 ここに示された「自己」とは、宇宙根源の「法」と一体となった「大我」であり、利己心や煩悩にとらわれた「小我」ではありません。
 宇宙生命と融合し、一体となった「自己」(大我)こそ、内面を制御する力であり、真に自立した「自己」です。
 このような「自己」(大我)によって、あらゆる煩悩・悪心を制御するところに、平和創出の原点があることを明らかにしたのです。

わが生命は宝塔
 一、釈尊の悟達の法を表現したとされる「法華経」では、見宝塔品において、生命の大地を割って巨大な「宝塔」が、この現象世界へと涌出してきます。金・銀・瑠璃等の七宝に飾られていたと記されています。
 「宝塔」は、「宇宙大の生命」の表現であり、「精神の内面的な広がり」の象徴です。
 この「宝塔」について、日蓮大聖人は、「我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり」(御書1304㌻)と仰せです。
 さらに、七宝については、「聞・信・戒・定・進・捨・慚の七宝」(同)と言われ、
 「仏性」を飾る七つの善心であると示されました。
 つまり、他者の言説に耳を傾け(聞)、根源的信頼心を確立し(信)、慈悲・不殺生等の倫理性を備え(戒)、身心が統一され(定)、努力精進に努め(進)、偏見・差別心にとらわれない平等心をもち(捨)、常に自他への反省を怠らない謙虚な精神(慚)を指しています。
 こうした善心に飾られた宇宙大の「宝塔」、すなわち「仏性」が、すべての人々に内在しており、しかも、顕在化することができるというのです。
 「仏教の人間主義」による世界平和の構築は、ロケッシュ・チャンドラ博士が指摘されるように、まず、エゴイズム、煩悩、無明を打ち破り、利他心、慈悲、智慧、信、勇気等の善心(菩提)を輝かせゆく「人間革命」を原点としています。心、精神の「シャンティ」(平和)の確立です。ここに、真に自立した「自己」が形成されるのです。
 その平和の心を確立した「自己」が、人間社会を動かし、戦争、紛争、人権抑圧、貧富の格差を超克しつつ、人類社会を積極的な平和への軌道へと導きゆくのです。
 「積極的平和」とは、「自己」から現れる“善心の連帯”が、直接的暴力のみならず、その基盤にある構造的暴力にも挑戦し、乗り越えていくところに創り出されゆくものです。
 さらには、宗教・文化の引き起こす文化的暴力にも挑戦し、文化共存の社会を築き上げていくのです。
 このような平和社会の構築は、地球生態系との共生への道と一体不二です。つまり、「人類社会」の平和は、その存続を可能にする「環境・生態系」の平和の創出とともに、輝きを放っていくのです。
 まさしく、仏教の人間主義は、「心の平和」の確立を原点として、“善心の連帯”をつくりあげつつ、「人類社会」と「地球生態系」の平和、すなわち、積極的な世界平和の建設に向かうのであります。
 「戦争と暴力の世紀」であった20世紀から「平和と非暴力の世紀」への転換を望んだ21世紀の文明も、未だに物質至上主義のなかにあります。残念ながら、平和と幸福への「精気」を失い、核の脅威、戦争、環境破壊が、人間性(善心)の衰退を引き起こし、人間の心、社会、自然生態系を分断しゆく煩悩(悪)のエネルギーのさらなる暗躍を許しています。
 このような人類文明の動向にあって、仏教の“人間主義”を掲げる本日のシンポジウムが、物質至上主義、グローバリズムの潮流のなかで失われゆく人間性、善心を蘇生させ、「心の平和」「社会の平和」「生態系の平和」をともに可能にする真実の「世界平和」を創造しゆく、希望と連帯の“新たなる船出”となることを、希求してやみません(大拍手)。

川田所長の講演(要旨)

創立の理念を永遠に継承
法華経の平和主義を世界へ


 釈尊の生きた時代のインドは、多くの小国が次第に大国に併合されていく変動期で、戦乱が絶えず、また人々の間でも論争や紛争がやまない社会の様相を呈していた。
 こうした時代状況のなかで、どうすれば、地球上に平和と共生の世界をもたらすことができるのか──釈尊の出家・成道への基点となった深層体験の一つは「衝撃」「恐怖」として語られている。
 釈尊は、6年間の苦行の後、菩提樹下の禅定に入っている。禅定は、“今、ここ”の自身の表層意識から深層意識へと深まっていく。そして、個人の次元を超えて、トランスパーソナル(超個)の領域へと入っていくのである。
 すなわち、家族や友人等の心と通底する次元があり、そこから、部族、民族、人類の次元へと入っていく。釈尊は、争いや生死や病の苦しみのない安住の世界を求めたが、そのような所はどこにも見出しえなかった。
 一体、何が、人々を衝突させ、闘争と戦乱に駆り立てるのであろうか。その瞬間、釈尊は、すべての人々の深層領域に“一本の煩悩の矢”が突き刺さっているのを洞察している。
 この、あらゆる人々の深層意識に突き刺さった“煩悩の矢”について、池田SGI会長はハーバード大学での講演(1993年9月)で“差異へのこだわり”であるとの見解を示している。
 釈尊の禅定は、さらに深まり、人類総体の深層意識から、地球という惑星、恒星の生死流転の次元をも突破して、宇宙それ自体──宇宙生命と一体となる禅定の最深部、究極の所まで深まっていった。そこに「宇宙根源の法」(ダルマ)を洞察している。
 釈尊の入滅後、教えが多くの経典としてまとめられていくが、そのなかに、初期大乗経典として位置づけられる「法華経」がある。
 「法華経」は、鳩摩羅什によって漢訳され、中国、朝鮮半島を経て、日本に伝えられ、日本民族の精神と文化の基盤となっていった。「法華経」に包含された釈尊の「平和の心」は、その深遠な哲理とともに、全アジアの民衆の精神に届けられたのである。
 そして13世紀、羅什訳の「法華経」、すなわち「妙法蓮華経」を、釈尊の悟達の心を正確に表現した経典であると高く評価した日蓮大聖人によって、人類を救済する民衆仏教が形成されていくのである。
 釈尊の平和の心と煩悩との対決によって開示された、「宇宙根源の法」。そこに根ざした大我としての「自己」の形成を目指す仏教ヒューマニズムが、インドから日本、東洋全域へと伝承されたのである。
 この仏教ヒューマニズムこそ、21世紀の人類文明を転換する新たな人間像を示しているのである。
 21世紀初頭の今日、地球の資源も、エネルギーも、自然生態系も、果てしない貪欲とエゴイズムによって、枯渇し、汚染され、人類の生存そのものが危惧されている。
 この21世紀の開幕に先立って、SGI会長は、すでに1961年(昭和36年)の2月4日、仏教ヒューマニズムの原点である釈尊成道の地・ブッダガヤに立ち、当研究所の設立を構想したのである。
 創価学会の牧口初代会長は、仏教の「平和主義」を貫いて殉教され、その後を受けた戸田第2代会長は、日本全土に、仏教の平和の心を広められた。SGI会長は、2人の恩師の誓願を引き継いで、全世界へと仏教ヒューマニズムに基づく平和創造の旅にたたれたのである。
 仏教を源泉として展開してゆく分野は「平和」「人権」、「女性」「地球環境」「経済」「社会」「現代科学」から「教育」「倫理」にまで及ぶ。
 それはすなわち「人類的課題」への対応であり、その超克のための理論の創出であり、「文明間対話」「宗教開対話」への理論的基盤の構築である。
 創立者の期待を、現実のものとするべく、当研究所は構想の発表からこれまで、50年の歴史を刻んできた。今後、さらなる発展を期していきたい。
2011-02-22 : スピーチ・メッセージ等 :
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戸田城聖第2代会長生誕111周年記念国際会議へのメッセージ

戸田城聖第2代会長生誕111周年記念国際会議へのメッセージ
          (2011.2.4/5 モロッコ・ラバト市内)

 2月11日は、「地球民族主義」を提唱した戸田城聖第2代会長の生誕111周年。戸田記念国際平和研究所では、戸田会長の生誕と創立15周年を記念する国際会議「共通の未来へのグローバル・ビジョン」を、モロッコのムスリム学術者連盟と共催し4・5の両日(現地時間)、同国の首都ラバト市内で行った。会議には、世界各地から著名な学識者や専門家が出席。創立者の池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長はメッセージを寄せ、人類的視野に立った精神の連帯を広げ、地球上から悲惨の二字をなくす挑戦を、と呼びかけた。

池田SGI会長のメッセージ(代読)

地球的危機を連帯の好機《チャンス》に

100年先を見すえ国連に「グローバル・ビジョン局」を

 尊敬するムスリム学術者連盟のアーメド・アバディ事務総長、ならびに、ご列席の諸先生方。
 人類がともに目指すべき地球社会の未来像を展望し、その実現のための方策を探る、誠に意義深き今回の国際会議の開催にあたり、戸田記念国際平和研究所の創立者として一言、メッセージを送らせていただきます。

人類共通の脅威
 「戦争と暴力の世紀」と呼ばれた20世紀が終わって、はや10年──。経済面を中心としたグローバル化が急速に進み、かつてないほど相互依存の度合いが深まる中で、世界の国々のつながりは、次の二つの面で“運命共同体”としての性格を日増しに強めているように思われます。
 一つは、気候変動の問題が象徴するように「国境を越えて共同で対処することが求められるグローバルな脅威が高まっていること」であり、もう一つは、近年の食糧危機や金融経済危機に見られるように「一つの地域で起きた危機が瞬時に他の地域に連鎖し、被害を拡大させていること」であります。
 こうした様相は、現代の世界に大きな影を落とし、対立や混迷を深める要因となっておりますが、一方で私は、この未曽有の危機を、「平和と共生の地球社会」の建設に進むための時代変革のチャンスとして捉え、人類がその挑戦に取り組む上での大きな糧に変えていくべきであると考えます。
 21世紀までの時代は、ともすれば“敵対する国にどう対峙するか”が、国家の外交方針を大きく左右してきたといえましょう。しかし現在の私たちが──どの国で生まれ、どの国で暮らそうと──直面しているのは、環境問題や貧困といったグローバルな脅威にほかならず、“いかに協力して共通の脅威に対処するか”に焦点を当てずして、世界の平和や安定はおろか、自国の安全や発展を継続的に確保することが難しくなっている状況にあります。
 私が2年前の「SGIの日」記念提言で、国連に「グローバル・ビジョン局」を設置する提案を行ったのは。そうした問題意識に基づいてのものでした。事態が悪化してから問題に対処するのではなく、常に人類的視野に基づくビジョンを掲げ、50年先、100年先を見据えた行動戦略を打ち立てるシンクタンク的機能を持つことが、これからの国連に絶対に欠かせない──と。
 もちろん、危機が眼前にあるからといって、国際協力の輪が自ずと広がるわけではありません。このことは、私が対談したトインビー博士が歴史家としての透徹した眼で、「危険というものは、たとえそれが今日のわれわれの危険のように極度に大きい時でも、決してそれ自体では、人間の救済に必要なことを人間にさせるに十分な刺戟にはならない」(『歴史の研究 第21巻』、「歴史の研究」刊行会)と危惧されていた点でした。

アフリカからアジアヘ探求の旅
 では、国連を中心とした人類共闘の挑戦を、各国が“単なる一つの選択肢”ではなく、“死活的な至上命題”として受け止めて、グローバル・ビジョンに基づく行動へ、ともに踏み出す流れをつくるには、何か必要となるのか。
 思うに、それは次の3つの精神的な土壌──「他者への共感」と「変革への希望」と「誓いの共有」がポイントとなるのではないでしょうか。
 第1の「他者への共感」については、さまざま論点がありますが、ここでは、過去における国際交流の教訓をくみ取ることを挙げたいと思います。
 今から700年ほど前、アフリカからアジアにまたがる広大な地域を訪れ、各地の知識人と交流し、世界を見つめる眼を磨いた人物がいました。ここモロッコの出身で希代の大旅行家と讃えられるイブン・バットゥータであります。
 その著『大旅行記』をひもとくと、イスラムに脈打つ「知識の探求(タラブ・アル=イルム)」の精神に基づき、遠くインドや中国にまで足を運んだ彼が、異なる文化的背景を持つ人々との交流や対話を通して、他者の心を知り、その存在の重みを深く胸に刻んでいった様子が伝わってきます。
 当時、その交流のダイナミズムを享受したのは何も彼一人に限らず、相互理解を深め合う気風は各地に根づいていたものでした。
 翻って、1日か2日あれば航空機でほとんどの国に訪れることができる現代にあって、その気風はどれだけ息づいているといえるでしょうか。私は、こうした気風を活発化させることこそ、人類が共通のビジョンを抱くための前提であると思うのです。
 第2の「変革への希望」については、私が尊敬してやまない人権運動の闘士、マーチン・ルーサー・キング博士の言葉に言及したいと思います。
 キング博士が取り組んだ公民権運動は苦難の連続でした。しかし、参加した人々の心には“自分たちの行動が、新しい社会を創造することにつながっている”との確信が脈打っていた。それが時代変革の渦を起こす源泉となりました。
 私たちは、「道徳的目標のないところでは、人間の作り出したものばかりが膨張してゆき、それにつれて人間自身は縮小してゆく」(中島和子訳『良心のトランペット』みすず書房)との博士の警告に今一度耳を傾け、グローバル化の激流に自らの運命を委ねるのではなく、皆が団結して“希望の未来”という岸へと渡る挑戦に取り組まなくてはなりません。

「悲惨」をなくせ
 第3の「誓いの共有」については、本日ご列席のエラ・ガンジー総長の祖父であられたマハトマ・ガンジーの愛読書に触れたいと思います。
 それは英国の思想家ラスキンの『この最後の者にも』で、ガンジーはこの書との出あいを機に、最も社会的に弱い立場に置かれた人々の存在を常に忘れず、誰一人として犠牲にしない社会の建設を目指すようになったと言われております。
 私の師である創価学会の戸田城聖第2代会長もまた、このガンジーの精神と響き合う。
 「地球上から悲惨の二字をなくしたい」との誓いをもって、平和を求め抜く民衆の善なる連帯の構築に半生をささげました。
 現代においても、かりに表現は異なっていたとしても同様の信念で行動されている方々は決して少なくなく、こうした「誓いの共有」の裾野を世界に大きく広げることが求められます。
 「共通の未来へのグローバル・ビジョン」をテーマに掲げる今回の会議が、その精神的連帯の偉大なる源流となりゆくことを願ってやみません。
 最後に、ムスリム学術者連盟の発展とご列席の諸先生方の益々のご健勝を心から念願し、私のメッセージとさせていただきます(大拍手)。

ムスリム学術者連盟 アバディ事務総長

宗教本来の目的は人々の幸福のため


 現代に生きる私たちには、宗教や文明の違いを乗り越えて「連帯して行動する義務」があります。
 つまり、「平和な世界」を建設することはもとより、「持続可能な未来」を築くために、一緒に力を合わせて義務を果たさなければならないのです。
 そのために宗教はどのような貢献を果たすことができるのか──私たちは、そのことを真剣に追求していく必要があります。
 宗教の目的は本来、“人々の幸福のため”にあることを忘れてはなりません。そして、その最終的な目的を常に心に留めて、ともに連帯し行動していくことが大事なのです。
 現代は、人間の内面的な調和に加えて、平和的な共存という外面的な調和を実現させようとする働きが弱まっている気がします。
 そのために、自分たちと異なる人々と向き合い、話を聞き、「対話」をしようとする気力がなくなってしまう傾向がみられるのです。
 ただし、単に会話をすれば済むというわけではありません。
 それが、他人の弱点を突いて自分の意のままに操作しようとする意図に基づくものや、自分の考えを一方的に押しつけて他人の考えを否定するようなものであっては断じてなりません。
 また学術的な話し合いや、紛争を解決するための話し合いも重要ですが、明確な結果を出そうとする目的意識が伴わなければ意味がなくなってしまうことを、銘記する必要があります。
 ゆえに現代に最も必要なのは、相互理解を深め、自己の尊厳に加えて他者の尊厳への思いを目覚めさせる対話です。その対話を通じて、人間は「一緒に生きること」を心の底から学び、体験することができるのです。

米 モアハウス大学キング国際チャペル カーター所長


いかなる不正義も見過ごすな


 マーチン・ルーサー・キング博士は、“世界の家”というイメージを通して、人々が民族や人種や文化の違いを乗り越えて、同じ地球に生きる隣人として生きていくことの重要性を訴えました。
 今回の会議でテーマに掲げられている「グローバル・ビジョン」について考える時、私は、こうしたキング博士が提示した“世界の家”の理念のような、国家の枠を超えた大きなスケールで発想することの大切さを感じずにはいられません。
 つまり、人々が同じ「世界市民」として、地球という一つの共同体で互いの存在を大切にしながら、ともに暮らしていく生き方が求められるのです。
 人間には、人種や民族や国籍によって、さまざまなアイデンティティーがありますが、それだけに縛られてしまうと、人間と人間との絆が分断され、切り離されていく結果を招いてしまいます。
 キング博士の有名な言葉に「不正義は、いかなる場所のものであろうと、すべての正義に対する脅威となる」とあるように、たとえ自分とは別の民族や人種に属する人々に対してであっても、不正義によって人間の尊厳が脅かされている時には、それを見過ごしたままでいるとは決して許されません。
 私どもモアハウス大学では、こうした人間と人間との連帯を強固なものにするための「共通の精神性」を探求し続けてきました。
 人間を隔てている壁を突き崩して、他者への尊敬と平等性を基盤とした“世界の家”でともに生きるための倫理を今こそ蘇らせねばなりません。
 その意味で、私たち一人一人が「地球に対する責任」を等しく持っているとの自覚に立って、ともに行動を起こしていくことが何よりも大切なのです。

南アフリカ ダーバン工科大学 エラ・ガンジー総長

戦争や暴力の根を断ち切れ

 ほとんどの人々が、平和を望んでいるにもかかわらず、いまだ世界では戦争や暴力的な破壊が絶えず、人間を傷つけ、殺すための、たくさんの兵器がつくられ続けています。
 軍需産業をはじめ、暴力や破壊を生み出す存在は、ますます巨大なものになり、残酷さを増しているだけに、私たちは、それに打ち勝つ智慧と勇気を持たねばなりません。
 多くの国では、軍事費のためにかなりの予算を割いていますが、これは国民にとって大きな負担となっていることにも、目を向ける必要があります。
 また戦争は大勢の人々の命を奪うだけでなく、最大の環境破壊をもたらすものです。
 マハトマ・ガンジーは、“人々の間の争いは、戦争によって終わらせることはできない”と強調していました。紛争が続く地域では、自分の家族や兄弟が殺された時、復讐を果たすことが声高に叫ばれます。しかしそれでは、いつまでも、戦火はやむことはありません。
 戦争や暴力に関わった人の責任を追及する以上に、戦争や暴力を引き起こす根源に何かあるのかを見つめ、その根を断つことが重要であると、ガンジーは促しました。
 では、戦争や暴力をどのように乗り越えていけばよいのか──。
 ガンジーは、そのカギとなるものとして、
 「平和的な抵抗」と「地域に根ざし、人々の力を引き出す経済の仕組み」とともに、
 「すべての人々に対し、一人も例外なく尊敬する心」を挙げています。そして、自己を統御し、より良き人生を歩むことこそ、真の意味での人間の「自由」であると強調しました。
 私たちは、この4つの点を踏まえつつ、平和な世界を築くためにともに行動しようではありませんか。

戸田平和研究所 ウルバン所長

人間の内なる変革から智慧・勇気・慈悲

 かつて軍国主義が社会を覆い、アジア諸国への侵略を進めていった戦時中の日本にあって、軍国主義と徹底的に対峙し、平和と人道のための闘争を貫いた人物がいました。
 その人物とは、創価学会の牧口常三郎初代会長と、戸田城聖第2代会長であります。
 私ども戸田記念国際平和研究所は、この戸田第2代会長の精神を受け継ぎ、世界平和のための行動を続けてきた池田SGI会長によって創立されました。
 私は昨年、この3代にわたる精神の系譜を掘り下げながら、平和と共生の地球社会を築き上げるための要件を探った、『池田大作平和哲学』と題する研究書を発刊しました。
 そこで私は、池田SGI会長が世界の識者との対談集や「SGIの日」記念提言をはじめとする多くの著作を通じて訴えると同時に、長年にわたって自ら実践されてきた平和哲学の核となるものとして3つの要素に着目しました。
 つまり、「人間の内なる変革」を根本としながら、粘り強い「対話」を通して「地球的視野に立った市民意識」を育み、人類が平和的に共存する新しい文明を創出していくという、ダイナミックな平和哲学であります。
 その底流には、自己の最高の善性を開花させることによって、他の人々の善性をも引き出し、ともに尊極な生命を輝かせていく挑戦の中で、社会に「平和の根」を力強く張ることができるとの信念が脈打っています。
 私は、こうした池田SGI会長の平和思想が、今回の会議のテーマである「グローバル・ビジョン」を展望する上でも非常に示唆に富む視点を提供することができるのではないかと考えています。
 第1は、「人間の内なる変革」によって、一人一人が智慧と勇気と慈悲を湧き出すことができるように促すアプローチです。
 第2は、開かれた「対話」に粘り強く取り組むことによって、人間性という共通の土台をともに見いだしながら、世界に対する人々の考え方を「変革へ
の希望」にあふれるものへと着実に転換させていくアプローチです。
 第3は、今回の会議のように、「地球的視野に立った市民意識」の涵養を追求し、精神の連帯を育む場を、あらゆる機会を通して設ける努力を続けながら、新しい人類の歴史を切り開くための挑戦の輪を広げていくアプローチであります。
 今後も戸田平和研究所では、こうした3つのアプローチに立脚しつつ、皆さま方のような志を同じくする方々と協力して「グローバル・ビジョン」に関する研究を進めていきたいと願っています。

会議の参加者

アーメド・アバディ(モロッコ、ムスリム学術者連盟事務総長)、アシア・アラウィ(モロッコ大使)、アブデリア・ペナラフア(モロッコ、イスラム教育科学文化機関「文化とコミュニケーション」部)、エラ・ガンジー(南アフリカ、ダーバンエ科大学総長)、ローレンス・カーター(アメリカ、モアハウス大学キング国際チャペル所長)、シモン・エルメス(フランス、エルメス平和財団会長)、ジョン・マークス(アメリカ、サーチ・フォー・コモングラウンド会長)、キャサリン・マーシャル(アメリカ、元世界銀行上級顧問)、ムハメド・ファンタル(チュニジア、考古学者)、ナスール・アリフ(アラブ首長国連邦、イスラム世界研究所所長)、高村忠成(日本、戸田平和研究所代表理事)、オリビエ・ウルバン(ベルギー、同所長)、サトコ・タカハシ(アメリカ、同研究第一部長)

2011-02-13 : スピーチ・メッセージ等 :
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魂の人間讃歌 第9回 平和への勇壮な響き

魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

第9回 平和への勇壮な響き (2011.2.11/12付 聖教新聞)

地球民族主義の大交響楽を

ショーター氏
音楽で太陽の輝きを世界へ
ハンコック氏
「人類への奉仕」から始めたい

ハンコック ブラジル、またポルトガル、ベルギー、スペイン、ドイツなど各国を訪問し、心を込めて演奏してきました。
 いずこの国にも、池田先生の平和旅の足跡が留められています。
 各地のSGIメンバーとも交流できました。皆さんが、この連載をとても楽しみにしていると言っておられました。先生は、私たち二人にしてくださっているように、世界の友へ惜しみなく励ましを贈り続けておられることを強く実感しました。
        ♫
池田 世界への旅は、戸田先生の夢でした。先生は会長として最初の誕生月となった2月(1952年)、壮大な「地球民族主義」のビジョンを掲げられたのです。その先生の生誕111周年の日を迎えました。
 仏法では、「一人を手本として一切衆生平等」(御書564㌻)と説かれます。戸田先生が展開された「人間革命」の哲学は、国を超え、民族を超え、世代を超えて、希望と勇気の連帯を広げています。その模範を示されている、お二人の世界的な活躍を、先生は、どれほど喜ばれることか。先生も音楽が大好きでした。
ショーター ありがとうございます。これまで新たな鼎談を重ねるたびに、私はいつも、深い感動を覚えてきました。
 池田先生のもと、繰り広げられる私たちの語らいには、真の平等の対話があり、民主主義の縮図があります。
 この鼎談には「ジャズと人生と仏法を語る」との表題が掲げられておりますが、私たちが仏法の口頭試問を受けるのでもありませんし(笑い)、あらたまって一方的にジャズを講義するものでもありません。あくまでも平等な人間同士の「開かれた対話」です。
 深い信頼と尊敬をもって、人間としての共通の基盤に立ち、それぞれの差異から学び合う──。ここに精神の民主主義の本質があります。
 私は、この鼎談が、常に「人間の振る舞い」という次元に立ち返り、対話が進められていることに深い意義を覚えます。この「振る舞い」の中にこそ、仏法の人間主義と、人間主義に根ざした芸術の真髄があると思います。
池田 まったく、その通りです。
 日蓮大聖人は、「不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(同1174㌻)と仰せです。
 仏法は、遠くにあるのではない。日々の私たち自身の行動にこそある。
 人間それ自体が偉大であり、尊貴なのです。ゆえに飾ったり、繕ったりする必要はない。ありのままの人間として、自他共の生命を最大に光り輝かせていくために、仏法はあります。
 相手を尊敬し、誠実に対話していくことが、その一歩です。そこから触発が生まれ、信頼が深まり、躍進の力が広がる。
 これは、人間力や対話力の衰退が憂慮される現代にあって、ますます重要な実践でしょう。
ショーター そう思います。演奏も対話です。私が演奏中に人々に伝えたいことは、「予期せぬことや未知のことに真正面から立ち向かおう」というメッセージです。
 演奏中には、あらゆる難問が出てきます。その時こそ、安易な道や慣れ親しんだ道に安住したり、予期せぬことや未知のことから逃げるのではなく、それらの問題とどう関わっていくべきか、真剣に考え、取り組むべきなのです。
 同時に私は、冒険の喜びを伝えるよう努めます。新たな冒険の喜びは、あらゆる恐れを一掃してくれるからです。
        ♫
池田 それこそ、歓喜の響きです。賢者の勇気の響きです。
 人生は、戦いを避けた瞬間から後退が始まっています。
 御聖訓には、「必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」(同1091㌻)と仰せです。
 試練が競い起こるほど、喜び勇んで迎え撃つ──これが賢者の魂です。
 深き使命に生き抜く人生は、ショーターさんが言われるように、偉大な「冒険」です。それは、艱難辛苦の連続かもしれません。
 しかし、その時はつらくとも、越えられない坂はない。一つまた一つ、苦難を乗り越えゆく生命には、何ものにも勝る充実がある。誇りがあります。
 御書には、「此れより後《のち》も・いかなる事ありとも・すこしもたゆ(弛)む事なかれ、いよいよ・はりあげてせむべし」(1090㌻)とも叱咤激励されています。
 大変な時こそ、まず突破すべき目標を明快に定めて、いよいよ明るく賑やかに希望の音楽を奏でながら、前進する。そして積極果敢に、未来への勝利の因を創り出していくのです。ここに、太陽の仏法に照らされた「本因妙」の生き方があります。
ショーター ええ。先生が語ってくださった「本因妙」の精神は、私が深く胸に刻んできた仏法の法理です。
 音楽の世界では、未知の事柄についての対話を、楽曲を通して行う場合、単純明快な形で行うことが大切だと思います。なぜなら、単純明快であることこそが、複雑な逆境の後に得られる最大の勝利であるからです。
 私は、音楽を、「逆境」のように、複雑なものにしておきたくありません。太陽のように輝きのある音楽の素晴らしさを聴衆と分かち合えるようにしたいのです。そして、高貴さに裏打ちされた演奏がどんなものであるかを、聴衆のみんなと分かち合いたいと思います。それは、しばしば営利的で欺瞞的な「易き道」を取る、旧来の芝居じみたメッセージとはまったく違うものです。
        ♫
池田 それは、時代が一番、渇望している生命の輝きでしょう。
 御書にも、「音の哀楽を以て国の盛衰を知る」(88㌻)と引かれています。希望の音楽の響きは、未来を開く活力です。
 この母なる地球そのものが、大海原の潮騒や天空に轟く雷鳴、渓流の迸りや森の風音、鳥の囀りや子どもたちの笑い声など、あらゆる音に満ち満ちています。それは、生命の喜びの鼓動、生き抜く力の響きをはらんでいます。
 その究極の「歓喜の中の大歓喜」(同788㌻)の音律が、南無妙法蓮華経なのです。
 大聖人は、仰せです。「法界の音声《おんじょう》・南無妙法蓮華経の音声に非ずと云う事なし」(同801㌻)と。
ハンコック はい。
 音楽は、実にすごい力を持っています。それは、生命から、人間からくる力です。
 今お話があったように、音楽は、人生の盛衰や、変化する生命のさまざまな側面を映し出す素晴らしい象徴です。同時に音楽は、人間が主役として奏でる「偉大な生命の交響楽団」の象徴と表現することもできるでしょう。
 その妙なる音楽の源泉である地球を、もっともっと大切にしていかなければなりませんね。
 私が若い時には思いもよらなかった危機に、今、人類は直面しています。それは、気候変動や生態学的・環境的な危機、地球温暖化、自然環境の劣悪化などの危機です。
 人類の破滅を助長している、飽くことを知らない地球資源の搾取を減速させるために、私たち自身が身を粉にして献身する必要があります。
 私たちの直面する地球的課題を共に解決していくためには、対話を通して「平和」を築き、文化鑑賞や文化交流を通して「人間性」の感覚を育まねばなりません。
池田 全面的に賛同します。母なる地球は、かけがえのない生命体です。
 地球的問題群は、科学技術の向上や経済手段だけでは、決して解決できない。人間一人一人の発想の転換が求められ、自らを内面から高める「人間革命」が不可欠である──。
 これは、地球資源の有限性に、いち早く警鐘を鳴らしていたローマクラブの創立者ペッチェイ博士との語らいで一致した点でもあります。
 博士は、ファシズムと戦い、投獄にも屈しなかった。その獄中闘争で、人間の極限の悪とともに、人間性の極限の崇高さも知ったと述懐されていました。博士は、この崇高さを信じて、地球環境の破壊に対し、立ち上がったのです。
        ♫
ハンコック ペッチェイ博士の世界観は、仏法の生命観に驚くほど近いですね。
 仏法の信仰を始める以前、私は、自分の行うさまざまな演奏活動や決断について、それらが及ぼす目先の影響にしか、注意を払っていませんでした。
 しかし仏法を通して、私の行動や意思決定の過程に影響を与える「縁」や、予想される結果など、より多くのさまざまな要因が、よく見えるようになりました。その結果、私のなす決断や、瞬間瞬間の行動が変わったのです。
 この信仰のおかげで、今、私が行動を起こす時に、最初に考えることは、「自分の行動が、どれだけ人類への奉仕という大目的に貢献するだろうか」ということです。

世界を競争から協調へ

ショーター氏
人類の挑戦を音楽で励ましたい
ハンコック氏
文化の結合力をあらゆる分野に

池田 仏法の縁起観から見れば、この世界では万物が互いに支え合っており、無関係な存在はありません。環境問題などの地球的問題群は、まさにその自覚を深めるよう、警鐘を鳴らしています。
 日蓮大聖人が、なぜ「立正安国論」を認《したため》められたのか。
 御書には、「但偏《ひとえ》に国の為法の為人の為にして身の為に之を申さず」(35㌻)と仰せです。これを現代的に敷衍して申し上げれば──
 「国の為」──民衆が生きる国土の平和と繁栄のためです。ここには、身近な地域社会から世界全体、さらには地球環境も含まれます。
 「法の為」──正しき精神世界の確立のためです。生命尊厳と万人平等の法理、さらにまた人間主義の文化芸術の次元にも通じます。
 「人の為」──どこまでも人間の幸福のためです。あらゆる差異を超えて、一人一人の人間を大切にし、生老病死の苦悩を打開していくための限りなき戦いです。
 どの次元も、それぞれに重要です。
 この3つを絶妙に調和させながら、皆が良き市民として、わが身を惜しまず、平和・文化・教育に貢献し、「立正安国」の連帯を広げているのが、私たちSGIです。
ハンコック 本当にその通りですね。私の最新のアルバム「イマジン・プロジェクト」も、平和創造の一助となることを願って作ったものです。人類という種の存続自体に影響を与える環境問題を解決するには、まず「平和」でなければならないと、長年、私は考えてきました。
 そのために自分は、何ができるか。文化の面で、どんな貢献ができるか。このグローバル化(地球一体化)が加速する世界で──。
 そして得た結論が、「グローバルな協力による」アルバム作りでした。
 「協力」という発想は、文化的にも音楽的にも新しいものではありません。しかし、「グローバルな協力」というテーマのもと制作されたアルバムは、あまり例がありません。
池田 素晴らしい、壮大な挑戦です。御聖訓にも、「自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして」(御書1337㌻)という、最も深く強い協力の心が示されています。
 人類が、平和と永続的な発展という大目的で心を合わせ、それぞれの智慧と力を結集していくならば、まだまだ偉大な創造性を開花させていくことができるでしょう。その時は来ています。
 一昨年、ゴルバチョフ氏(元ソ連統領)と語りあった折、氏も金融危機の教訓として「『競争』だけではなく、『協力』する世界をつくらねばならない」と強調されていました。
ハンコック 重要な教訓だと思います。近年の世界的な金融危機によって、初めて一般のアメリカ人は、「グローバリゼーション」の真の意味を実感として理解することができました。あの金融危機が、アメリカ人自らの懐(財布)や日常生活に影響を与えていることを、私は強く感じました。
 このことを念頭に、私は、直面する課題に向き合ったアルバムを目指しました。異文化への敬意があってこそ、自分の文化と他の文化を結び合わせることができる、ということを表現したかったのです。それが、「グローバルな協力」への足がかりとなります。そこで、まず頭に浮かんだことは「言語」でした。このアルバムには7つの異なる言語が使われていて、7つの異なる国でレコーディングしました。
ショーター 音楽界や演劇界、さらには映画界では常に、多様な人々の間で友情が芽生え、心の通い合う集いがなされています。ジャズの分野でも、世界中の音楽を融合させ、クラシックを含め、南米、ラテン、アフリカ、その他の音楽的伝統などを結集するという、創造的な作業が行われてきました。
 今、私も、妻のキャロライナと「キューバやアフリカやヨーロッパの音楽など、いろいろな音楽を演奏したいものだね」と語り合っています。現在、アメリカのフィラデルフィア美術館のための作曲に取り組んでおり、美術館側からは「アジア風の曲を」との要望が寄せられています。
池田 広く深く、人間の心を結びつける音楽の力は計り知れませんね。
 古代インドで仏教を基《もとい》として平和を築いた名指導者・アショカ大王は「伎楽(舞と音楽)の供養」を行ったと言われています。偉大な法に生きる喜びが文化として表現されていたのです。
 人間の善性を信じ、高めゆく文化が興るところ、平和は広がります。
 芸術や文化は、人間と人間を結び、心と心を結びつけることができる。
 政治や軍事力では、永遠の平和は築けない。経済力だけでも、エゴや欲望のぶつかり合いが避けられない。
 文化の力こそ、平和を築くための、最も豊かな源泉ではないでしょうか。
ショーター そう思います。
 その上で忘れてはならない音楽の側面の一つは、音楽が、しばしば戦争への道を煽動するために利用されてきたということです。人々は時には太鼓の響きなどの音楽に合わせて、戦場に赴いたのです。
ハンコック ウェインが言うように人々を操作するため、音楽が使われてきたこともあったと思います。音楽が常に、よい意味での「民衆の結束」のために使われてきたわけではありません。それほど、音には強い力があり、音楽には大きな影響力があります。
池田 それは、宗教も同じです。
 戦時中の日本にあっても、ほとんどの宗教が、軍部政府に迎合し、利用されてしまった。その中で、命を賭して「立正安国」の戦いを貫き通したのが、牧口先生であり、戸田先生でした。
 仏法では、仏や菩薩が法を説く声を「妙音」と言います。広い意味で言えば、人々に希望を贈り、気高い信念の生き方へと鼓舞する音律もまた、「妙音」と呼べるでしょう。
 人の心に、刹那的な快楽を志向させ、あきらめや虚無感をもたらすような「哀音」ではなくして、強く前向きな生き方へと人々をリードしゆく「妙音」の音声《おんじょう》を、いやまして高めていくべき時ではないでしょうか。
        ♫
ショーター 21世紀における音楽の役割とは、人々に、人生のあらゆる課題に挑戦し、自らが持つ生命の傾向性やネガティブ(否定的)な側面に真正面から立ち向かい、勇敢に、前に踏み出すよう励ますことであると思います。
 音楽には、日常生活での私たちの振る舞いを左右する力があります。
 音楽には、無気力や無関心の充満する今日の社会に眠っている偉大なものを目覚めさせ、揺り動かすことができる本源的な力があるのです。そうした力を引き出すのが、私自身も含めた音楽家の責務です。
 人々が、この素晴らしい音楽の響きと手を結び、偉大なことを成し遂げようとする時、本当の力が発揮されます。この音楽の共鳴の響きは、卑屈さではなく、偉大さの模範です。
 私たちが演奏を終えた後、聴衆が私たちのところへやって来て、「私も、あなたたちの戦いの渦中に一緒にいましたよ」と言うことがよくありました。彼らは、私たちの戦いを見て、私たちが、予期せぬ困難にも勇敢に挑戦していた姿に、とても励まさ
れたのです。彼らは私たちに、「ワオッ! あなたたちは恐れずに思いっ切りやっていましたね。私も自分の人生の課題に挑戦し、とにかく思い切ってやってみようという気持ちになりました」と言ってくれました。
ハンコック そうですね。私は「イマジン・プロジェクト」のレコードアルバムに、「さあ目覚めよ! そして、何かを始めよ!」という意義を込めました。その中心的なメッセージは、「愚痴や文句を言うのはやめよう! 我々自身や、子どもたち、そして孫たちのために、私たちが求めるグローバル化の作業を始めよう」です。
 一歩ずつ一歩ずつ、私たちは、その作業を進めました。これは、文化面での一例に過ぎません。しかし、他の分野でも、このようなモデルを示すことができたら、どんなことが起こるか、ちょっと想像してみてください。
 不透明で、急激に移り変わる現代を生き抜き、勝利するには、師子王のような勇気が必要だと思います。池田先生は、ご自身が尽力される姿と振る舞まいをもって、私たちにその完璧な模範を示してくださっています。
池田 私は、ただ戸田先生の弟子として戦い抜いてきました。これからも変わりません。
 御聖訓には、「浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり」(御書509㌻)と引かれております。
 勇気こそ、幸福の門です。
 勇気こそ、正義の銅鑼です。
 勇気こそ、勝者の旗です。
 一切の原点は、戸田先生が教えてくださった通り、「一人立つ勇気」にあります。そして、究極の勇気である「師子王の心」は、誰の胸中にも厳然とあるのです。
2011-02-12 : 音楽を語る :
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香港・マカオSGI代表者会議へのメッセージ

香港・マカオSGI代表者会議へのメッセージ
              (2011.1.30 香港)

 香港・マカオSGI(創価学会インタナショナル)代表者会議が1月30日、香港・九龍で開催され、池田SGI会長が祝賀のメッセージを寄せた(別掲)。会議では、SGI会長の香港初訪問50周年、マカオ初訪問20周年を祝福し、香港の呉楚《ンチョーヨッ》理事長、マカオの李莱徳《レイロイタッ》理事長が、人材の躍進で“創価青年学会”の構築をと力説。師弟不二の心で平和の港を築く誓いを込め、香港SGIからSGI会長に「感謝状」が贈られた。池田SGI副会長が、どこまでもSGIと共に大満足の人生をと励ました。

仏法西還50周年 輝く青年の連帯で世界広布の新たな夜明けを!

 一、心から信頼する、大好きな大好きな香港、マカオの同志の皆様方!
 「仏法西還」50周年を祝賀する歴史的な「香港・マカオSGI代表者会議」の開催、誠におめでとうございます(大拍手)。
 たとえ離れていても、私の心は、いつも皆様方と一緒であります。
 あまりにも宿縁深きあの友、この友の懐かしき明るい笑顔。そして、成長しゆく後継の若人たちの躍動する英姿を思い浮かべながら、毎日、私は妻と共に、皆様方の前途が洋々と広がり、限りなく輝きわたることを、さらにまた、愛する香港、マカオの地域社会が永遠に繁栄されゆくことを、真剣にご祈念しております。

地涌の友が躍動
 一、「アジアの民に 日《ひかり》をぞ送らん」とは、恩師・戸田城聖先生の大誓願でした。ご自身の苦境にあっても、常に仏法西還のロマンを語り、戦乱に苦しむアジアの民衆に心を痛めておられる恩師であったのであります。
 1961年(昭和36年)1月、この戸田先生の心を我が心として香港に降り立った私は、行く先々で、移動の車中で、どこにあっても大地に題目をしみ込ませる思いで唱題し、地涌の菩薩が躍り出ることを願いました。
 「末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり」(御書1360㌻)との仰せに寸分違わず、皆様方は妙法流布に立ち上がってくださいました。
 皆様方こそ、私にとって、久遠元初からの固い絆で結ばれた、かけがえのない地涌の兄弟姉妹だと思っております(大拍手)。
 日蓮大聖人は、早くから門下となり、不退の信仰を貫かれた弟子を讃えられ、「たと
え、これよりのちに信ずる男女があっても、あなたがたに替えて思うことはできません」(同1088㌻、通解)と仰せであります。
 いずこにもまして試練の多き道を切り開き、妙法の種を蒔いてこられた皆様が、どれほど尊いか。私は、その偉大な功労を決して忘れません。皆様方の尊貴なる絶対勝利の人生と異体同心の団結を、世界広宣流布の模範の中の模範として、私は万年までも宣揚していきたいのであります(大拍手)。
 一、初代会長・牧口常三郎先生は、若き日の大著『人生地理学』の中で、「現今世界に於て重要なる島嶼」として、ハワイやシンガポールなどとともに、香港の名を真っ先に挙げておられました。
 21世紀の「世界の平和」と「人類の幸福」の視点からも、香港、マカオはいやまして要衝の地であるといってよいでありましょう。
 香港、マカオは、東西文明を結ぶ「平和友好の港」であり、世界市民の航路を開く「希望幸福の港」だからであります。
 アジア、そして世界の広宣流布の原点の天地で舞いゆかれる、皆様方の使命と栄光と福運は、計り知れません(大拍手)。
 皆様方は、私の、そして世界の友の期待に見事に応えてくれました。SGIの平和・文化・教育運動の先駆を切ってくれました。
 「明朗第一」「団結第一」「信心第一」の模範の和合を示してくれました。
 海外初の香港創価幼稚園も、今や香港随一、世界の鑑の「幼児教育の城」として光っております。
 そして、このたびは「飛躍」をテーマにした大文化祭の大成功、本当におめでとう!(大拍手)
 青年たちが決然と勇み立ち、弘教に挑戦し、青春の舞台で練磨し合い、目を見張るような成長をしたドラマは、つぶさにうかがっております。これほどうれしい、胸弾む人材の躍進はありません。

人材の育成へ3つのポイント
 一、1974年(昭和49年)12月に、私がお会いした人民の宰相・周恩来総理は、青年を大切にされた指導者でありました。
 青年を、人材を、どう伸ばしていくか。
 周総理は、そのポイントを、3つ強調されております。
 第1に「青年を尊重する」こと。
 第2に「青年を抜擢する」こと。
 そして第3に「青年から学ぼうとする」こと、であります。
 思えば、周総理は、30歳も若い私を大事にしてくださいました。中国と日本の平和友好の未来を若い世代に託そうとされるお心を、私は痛いほど感じとりました。
 創価学会もまた、常に「創価青年学会」の心意気をもって、発展を続けています。今回の大文化祭を新たな起点として、その尽きることのない人材躍進のモデルを、香港、マカオが、世界の同志に示しゆかれることを、私は深く念願してやみません(大拍手)。
 一、私が4度の語らいを重ねた中国作家協会主席であられた文豪の巴金先生は、ある時、こう語っておられました。
 「青年は、自分で、戦って、戦って、戦い抜いて、勝ちとったものを自分のものとすべきです」と。
 これはまた、若き時代、戸田先生の不二の弟子として走り抜いた、私の実感でもあります。ゆえに、この言葉を、青年部の皆さんに贈りたい。
 一、御聖訓には、「必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退く」(御書1091㌻)と仰せであります。
 仏法とは、賢者の「勇気」の実践です。何ものも恐れない。いかなる苦難にも、喜び勇んで立ち向かい、断固として勝ち越えていく。その究極の勇気が信心です。
 拡大といっても、この勇気の対話の積み重ねです。
 ともあれ、明るく楽しいところに、人は集まってきます。弾む心から、新しき波が起こります。
 「力あらは一文一句なりともかた(談)らせ給うべし」(同1361㌻)との御金言のままに、どこまでも一人の人を大切に、明るく朗らかに正義の大仏法を、創価の希望の哲学を語り抜いていってください。語った分だけ、幸福の仏縁が結ばれ、常楽我浄のスクラムが広がります。
 さあ、いよいよです! 創価学会創立100周年(2030年)へ、アジア広布70周年(2031年)へ、新たな一閻浮提広宣流布の夜明けが来ました。
 愛する「心のふるさと」、香港、マカオの友よ!
 久遠より誓いし、共戦の同志よ!
 創価精神を継ぎゆく、不二の弟子よ!
 私と一緒に、黄金の広布と人生の歴史を綴りましょう!
 麗しき創価の励ましの世界を、勇気凛々と広げようではありませんか!
 どうか、一人ももれなく、健康長寿で所願満足の人生を!
 世界一大好きな香港、マカオの友に、栄光あれ! 大勝利あれ!(大拍手)
2011-02-09 : スピーチ・メッセージ等 :
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「2011香港SGI文化祭」へのメッセージ

「2011香港SGI文化祭」へのメッセージ
               (2011.1.29/30)

広布50周年を記念する「2011香港SGI(創価学会インタナショナル)文化祭」が1月29、30の両日、香港のアジア国際博覧館で開かれた。これには池田SGI会長が祝福のメッセージを贈った。
 2日間で3回の公演が行われ、中国学芸界の至宝で「国学大師」と仰がれる饒宗頤教授(香港中文大学終身主任教授)、中国・広州市人民代表大会常務委員会の楊武副主任をはじめ、香港並びに中国・広東省の各大学の首脳ら各界の来賓、またSGIメンバー、友人など合計3万人が参加した。そのうち30日には、池田SGI副会長が香港SGIの呉楚理事長らと出席。未来への希望輝く舞台を讃えた。


私の大好きな“心の故郷”
君よ“新たな50年”を頼む


 晴れやかな「2011香港SGI文化祭」の開催、誠におめでとうございます。
 自らの課題に真剣に挑戦しながら、懸命に時間をやりくりして練習に励んできた出演者の皆様方、本当にご苦労さまです。さらに、意義深き祭典を陰で支えてくださるスタッフをはじめご関係の皆様方に、私は心より感謝申し上げます。
 そして、この場をお借りいたしまして、常日ごろより、香港SGIを温かく見守ってくださっている皆様方に、厚く厚く御礼を申し上げます。
 香港は、私の大好きな「心の故郷」です。最初に訪問したのは、1961年(昭和36年)の1月でありました。まさに半世紀にわたって、苦楽を分かち合ってきた香港の皆様方は、私にとりまして、かけがえのない親友であり、家族なのであります(大拍手)。
 わが敬愛する香港は、激流の時代を乗り越えて、世界に冠たる平和と繁栄を築き上げてこられました。
 香港は、人類に創造の活力を贈りゆく「希望の港」であります。
 香港は、東西の文明を壮大に結びゆく「平和の港」であります。
 香港は、開かれた心の世界市民を育む「人材の港」であります。
 そして、その香港の未来を担い立つ立派な青年群が、かくも澎湃と成長し、絢爛たる文化の大旗《たいき》を掲げながら、新時代の大航路へ船出をしてくれました。これほどうれしいことはありません。これほど頼もしいことはありません。
 今、人類は、さまざまな行き詰まりを突破しゆく、新たな「飛躍」の智慧とエネルギーを渇望しております。その力は、いったい、どこに求めればよいか。
 それは、どこか遠くではない。人間自身の内なる胸奥にこそ、最高無上の生命が秘められている。このことを説き明かしたのが、中国で翻訳され、世界へ流伝していった法華経であります。
 法華経に説かれる「歓喜踊躍」「心大歓喜、踊躍無量」等の経文は、自分自身の尊極なる生命に目覚めた「歓喜の中の大歓喜」を表現しているのであります。
 なかんずく、青年と青年が、舞を舞いゆくがごとく、歓喜の連帯を広げて、人々のため、社会のため、未来のため、尊き使命に生き抜き、大いなる飛躍を遂げゆくことを、法華経は呼びかけております。
 まさしく、今回の文化祭の絵巻そのものといってよいでありましょう。
 妙楽大師は「(法華経を)一句でも心に染めるならば、それはすべて悟りの岸に至る助けとなる。さらに、それを思惟し修習するならば、生死の大海を舟で渡るのに永く支えとなるであろう」と記されました。
 「生命の尊厳」、そして「変毒為薬」という確固たる哲理の羅針盤を持った青年たちは、これからの地球社会の希望と光る大船の存在であります。
 私が深く信頼してやまない香港SGIの皆様は、生老病死の苦悩が渦巻く現実の大海原にあって、いかなる試練の荒波をも勝ち越えながら、勇気と誠実の対話を広げ、多くの友を幸福勝利の港へとリードしていってください。
 「それぞれの国・社会の良き市民として、社会の繁栄に貢献することを目指す」と謳い上げたSGI憲章の旗を高らかに掲げ、颯爽と世界の青年の先頭に立って、賢く仲良く朗らかに、模範の行動を広げていっていただきたいのであります。
 50年前、香港の大地に第一歩をしるした私は、33歳の青年でありました。
 ここに集われた若き偉大な使命のリーダーたちが、新たな50年へ、仲良く朗らかに手を携えながら、アジアヘ、世界へ、新たな「平和」と「文化」と「教育」の栄光の大航路を切り開きゆかれることを、私は深く強く信じてやみません。
 ご参加くださった皆様方のますますのご健勝と新たな一年の飛躍を、心からお祈り申し上げます。
 香港SGI、万歳!
 愛する香港の天地に、永遠の勝利あれ! 無窮の繁栄あれ!(大拍手)
2011-02-08 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.39/40

随筆 我らの勝利の大道 No.39/40
             (2011.2.1/3付 聖教新聞)

「仏法勝負」の師弟の絆

晴ればれと 勝利の人生 飾りゆけ
青年の心で 新しき「2月闘争」を!


 晴ればれと
   勝利の人生
     飾りゆけ

 御書に曰く──
 「夫れ仏法と申すは勝負をさきとし、王法と申すは賞罰を本《もと》とせり、故に仏をば世雄と号し王をば自在となづけたり」(御書1165㌻)
 仏法は、あくまでも「勝負」だ。仏とは「世雄」、すなわち堂々と社会で勝利しゆく英雄である。
 君よ、あなたよ!
 この御聖訓を、さらに深く命に刻んで生涯を送れ!
 私は、戸田先生の不二の弟子として、「悪口罵詈」「猶多怨嫉」のありとあらゆる中傷批判を受けながら、大盤石なる創価学会に仕上げた。
 いまだかつてない、無上光栄の民衆勝利の絆と絆を創り上げてきた。
 これこそ、「仏法勝負」の前進の姿だ。
 仏法者は断じて勝たねばならない。広宣流布のために、「不惜身命」と仰せの如く、わが身を惜しまず、断固と勝ち抜くのだ。
 永遠の生命から観れば、前世も生まれ合うたびに、我らは法のために戦い勝って、幾万もの福徳と強大な自身の栄えある殿堂を築き上げてきたのだ。
 そして今世もまた、一年ごとに堅固に強力に、わが身の荘厳なる勝利、勝利へと、共々に輝きわたっていくのだ。

障魔に負けるな!
 御本仏・日蓮大聖人は、喝破なされた。
 「法華経を持《たも》つ者は必ず成仏し候、故に第六天の魔王と申す三界の主 此の経を持つ人をば強《あながち》に嫉み候なり」(同925㌻)
 人の幸福を嫉み、人びとの和楽を嫉み、正義の前進を嫉み、妨げようとする。これが魔の本性だ。正しければ正しいほど、偉大であれば偉大であるほど、魔性の嫉妬の標的とされる。
 この魔の働きに負ければ、皆が不幸に引きずられるだけだ。「一生成仏」も「広宣流布」もできない。
 大聖人は、熾烈な攻防戦のなかで、若き南条時光に不退の魂を打ち込まれた。
 「殿もせめをとされさせ給うならば・するが(駿河)にせうせう信ずるやうなる者も・又信ぜんと・おも(思)ふらん人人も皆法華経をすつべし」(同1539㌻)
 いかに障魔の嵐が吹き荒れようとも、正義の青年が勇んで勝利の旗を打ち立てるならば、大切な同志を厳然と守ることができる。未来の希望の道を、洋々と開くことができるのだ。

先陣切って現場へ
 昭和27年(1952年)の1月のことである。
 満を持して、この時を待っていたように、戸田先生が宣言された。
 「いよいよ大作を出すか」
 先生の直々のお話で、私は蒲田支部の支部幹事の任命を受けた。
 わが師が会長就任式で「75万世帯の弘教」を誓願されてから約9カ月が経つものの、折伏は遅々として進まず、大きい支部でも、月に100世帯の拡大がやっとの有り様であった。
 “このままでは何万年もかかってしまう”と、先生の嘆きは深かった。沈滞した闇を破る、広宣流布の夜明けの光を、先生は24歳の青年に託されたのだ。
 青年は青年らしく、師弟共戦の旗を掲げ、勇猛果敢に、誠実一路で、先陣を切っていく行動以外にない。
 2月、私は、当時の組織の最前線である、小単位の「組」に突入した。それは、一軒また一軒と歩いて励ますことであり、一人また一人に会って語り合うことであった。大勢を集めて演説する必要などない。自分自身が一人のもとへ飛び込めばよい。そこが現場だ。
 私は東奔西走、自ら折伏し、皆の応援に入った。親身に悩みを聞き、個人指導を重ねた。大田区内はもちろん、多摩川を渡って、川崎にも通った。
 入会の新しい人や活動に馴染めぬ人もいた。しかし、誰もが偉大な使命を帯びた地涌の菩薩だと、信心の素晴らしさを訴え、「まず祈ろう、生き生きと体験を語ろう」と激励していった。

人材よ躍り立て!
 新しき友よ来れ!
 新しき人材よ躍り立て!
 自分が縁した一人また一人が、必ずや戸田門下となり、喜び勇んで妙法流布という聖業に加わることを祈り念じながら──。
 そこから、当時、100近くあったすべての組に、澎湃と人材が涌出していった。
 やがて、2月を戦い切った時、わが蒲田支部は、1支部で月間「201世帯」という未曾有の折伏を達成したのである。
 学会の歴史において、これこそ、青年が大先頭に躍り出て、壮年・婦人と一体で戦い、実質的に広布拡大を牽引した初陣であったといってよい。
 そして今再び、創立100周年へ向かって、本門の青年学会の初陣が始まった。
 皆で青年を励まし、皆が青年の心で、新たな一歩前進に挑みたい。
 昨秋、お会いしたマサチューセッツ大学ボストン校のモトリー学長は、ご自分のことを快活に「ヤング・マン──青年」と呼んでおられる。それはなぜか。
 「いつまでも、困難の大きさを考える前に挑戦するエネルギー、つまり青年のエネルギーを持《も》ち続けたいからです」と。

永遠の前進の軌道
 もしも、この「二月闘争」の目覚ましい勝利が、その時だけで終わっていれば、本当の意味で「壁を破った」とは言えなかった。
 しかし、蒲田支部は、その後も200世帯を突破し続けた。「三月闘争」も勝った。「四月闘争」も勝った。
 そして、戸田先生の会長就任1周年の5月には、大歓喜の勢いで初めて300世帯に到達し、11月には、2月から倍増となる400世帯を突破したのである。
 この蒲田の大躍進に負けじと、他の支部も次々に壁を破った。神奈川を地盤にした鶴見支部もやがて月間300世帯へ飛躍し、さらにほとんどの支部も悠々と100世帯、150世帯を超えるようになっていった。そこには、東北の仙台支部と関西の大阪支部も、新たな力として隆々と台頭してきたのである。
 なお、勢いに乗り遅れた文京支部が、支部長代理となった私と共に、「前進!」を合言葉に、最強の組織へと一変したのは、この翌年のことであった。
 ともあれ、青年の私は、「二月闘争」を起点として、全学会の前進・勝利の方程式を作った。
 表面的な方法論ではない。学会は「一人立つ信心」そして「師弟共戦の信心」で勝つ、という永遠の軌道を固めたのである。
        ◇
 今、世界の同志も、「二月闘争」の精神を源流として、広宣流布の拡大を勇み進めている。ブラジル、アルゼンチン、ペルー、ボリビアなど南米の友が、最前線のブロックに焦点を当てて、歓喜の連帯を広げている様子も嬉しい限りだ。
 つい先日、懐かしい北欧ノルウェーの婦入部のリーダーからも、意気軒昂の報告をいただいた。
 昨年の御本尊授与は過去最高だったという喜びに続き、「本年は倍以上の結果を出そうと皆で話し合っております」との力強い決意が綴られていた。
 私と妻は、厳寒の中、活躍される友の苦労を偲びつつ、即座に伝言を送った。
 「メンバーの方々がたくさんの功徳を受けられますよう、またメンバーが少しでも多くなりますよう、題目を送っております」と。

「辛抱強くあれ」
 日本中、世界中のいずこにあっても、広宣流布の拡大は、血の滲むような、わが友の忍耐と執念の奮闘によって勝ち取られてきた。
 思えば、ノルウェーの大彫刻家ビーゲランが、先達のロダンから学び、受け継いだ信条も「辛抱強くあれ」ということであった。
 かつて(1964年10月)、私がノルウェーを訪問した折、草創の同志と、彼の力作群が飾られたオスロ市内のフログネル公園を視察したことが思い出される。
 このビーゲランの信念は、さらに「唯々強い意志、聡明で決意深いこと」「唯々《ただただ》努力すること」「驕ることなくひたすらその道に尽くすこと」であった。
 学会精神と深く通ずる。
 油断なく、手を抜かず、愚直なまでに全力を尽くし抜いていく以外にない。そこにこそ、眼前の勝敗を超えて、深い永続的な勝利の基盤が築かれゆくのだ。
 戸田先生は言われた。
 「戦いの勝利の原理は『勇気』と『忍耐』と『智慧』である」と。

時は来ぬ 断固 勝ち抜け 不二の道
友に歓喜の波動を 勇気の励ましを!


 たゆまずに
  この道 歩め
    朗らかに

 ノルウェー出身の「平和の文化の母」エリース・ボールディング博士と、私は共に対談集を発刊した。
 今回の「SGIの日」を記念して、女子部国際部の最優秀の友が作成してくれた箴言集の中に、忘れ得ぬ博士の言葉が光っていた。
 「過去の偉大で人間性あふれるリーダーたちは、皆、いつも歩いてやってきた。王座や馬上におさまるのではなく、同じ目の高さに立って対話を行ってきた」
 この博士が自ら出席して「平和の文化」の最先端と讃えておられたのが、創価の座談会である。
 互いの顔を平等に見つめ、互いの話を誠実に聞きながら、足元の地域から、よりよき社会の建設へ力を合わせていく。このたゆみない草の根の対話の積み重ねこそ、民衆の幸福勝利の原動力であろう。
 「常に民と共にあれ。いかなる場所でも民に続け。
 王や貴族が何だというのだ。それよりも誠実な人びとを仲間にせよ!」
 これも、女子部国際部のメンバーが翻訳して届けてくれた、ウズベキスタンの著名な詩人のジリショド・バルノの言葉である。
 わが創価大学に立像がある大詩人ナワイーを学び、そのヒューマニズムを受け継いだ19世紀の女性だ。
 深い共感を禁じ得ない至言である。

勝ち戦の大功労者
 立派な甲冑を身に纏いながら、いざという時に退いて、敵の一陣さえ倒せない臆病者もいる。
 反対に、甲冑など纏わずとも、恐れなく突進して、敵の大陣を打ち破る勇者がいる。
 どちらが勝るか。いうまでもなく勝負は明らかだ。
 これは、御書に引かれた譬喩の一つである。(御書123㌻参照)
 私には、来る日も来る日も、ありのままの人間性の力で、広宣流布の法戦に挑みゆく第一線の同志の勇姿が胸に迫ってならない。
 破邪顕正の勝ち戦の最大の功労者は、この方々なのである。
 会長に就任して5年となる昭和40年、私は全国の班長・班担当員の皆様との記念撮影をスタートさせ、各地を訪問するたびに一緒にカメラに納まった。
 今の「ブロック長」「白ゆり長」、あるいは「地区部長」「地区婦人部長」の皆様方に当たるだろうか。
 誰が見ていなくとも、広布のため、地域のため、友の幸福のために、一番汗を流して奮闘してくださっている方々である。私は感謝と励ましを伝える思いで、全国を駆け回った。
        ◇
 2年後(昭和42年)の9月1日、学会本部が拡充され、創価文化会館が完成した。この前月、班長・班担当員の皆様は、勇んで弘教の先陣を切り、全国で“班1世帯”の折伏を成し遂げ、新時代の開幕を荘厳してくださった。
 法華経の法師品には、「若し是の善男子・善女人は、我が滅度の後、能く竊《ひそか》に一人の為めにも、法華経の乃至一句を説かば、当に知るべし、是の人は則ち如来の使にして、如来の事を行ず」(創価学会版法華経357㌻)と説かれている。
 この一節を通し、日蓮大聖人は「法華経を一字一句も唱え又 人にも語り申さんものは教主釈尊の御使なり」(御書1121㌻)と仰せである。
 わが同志が、勇気を出して、一人の友に語る。誠実に、一対一で対話する。それが、どれほど偉大なことか。どれほど尊いことか。
 「冥の照覧」は絶対に間違いないと信じつつ、私は私の立場で、何としても同志を励ましたいと思った。
 その共戦の証として、班長・班担当員の皆様の名前を、私が「色紙」に書いて贈ろうと決意し、全国から名前を寄せていただいたのである。いずこの地であれ、師弟は不二だ。いつも共に戦っているからだ。

色紙の山に向かい
 当時、創価文化会館の6階に設けられた私の執務室の机には、常に色紙が山積みされ、周囲の棚にもギッシリ収められていた。
 毎朝、本部で仕事を開始してすぐに、また、要人との会見等の後に、時には、すべての学会活動を終えた晩に、毛筆を手に、机にうずたかく重なっている色紙の山に向かった。
 中央に「福運」や「福智」等の文字を記した色紙に、一人ひとりの名前を認《したた》めていった。心で題目を唱え、ご健勝とご多幸を祈り、固く共に勝利の握手を交わす思いで──。
 日々、無理解な批判や悪口を浴びながら、広布の最前線で“仏の仕事”をしてくださっている、この尊極の方々を励まさずして、いったい誰を励ますのか!
 一日に書ける枚数は限られている。たとえ何十枚、何百枚と書いても、激励するべき友はあまりにも多かった。だが、それでも私は書く、精魂込めて書き続ける、と決めた。
 激務や疲労で、一枚書くのがやっと、という日もあるかもしれない。しかし、一枚書けば、一人を励ませる。いな、その一人から、新たな波動が起きる。それが必ず、2人、3人、100人へと広がる。
 この踊躍歓喜の連動が、諸法実相抄に仰せの「地涌の義」に通ずるのだ。
 地方を回るなかでも書いた。自宅に戻ってからも書いた。ひたすら寸暇を惜しんで、筆を執り続けた。傍らには、妻が手伝ってくれていた。そうやって、あの時代の大躍進の勢いをつくっていったのだ。
 「友に勇気の励ましを! 同志を仏の如く大切に!」──この私の心を、21世紀の広布のリーダーたちも、深く受け継いでもらいたい。ここにこそ、躍進勝利への秘伝があるからだ。
        ◇
 当時、私が懸命に同志への色紙を認めている渦中、創価文化会館にお迎えしたのが、「欧州統合の父」と名高いクーデンホーフ・カレルギー伯爵であった。伯爵との語らいは、私の対談集の「第一号」となった。
 広布の最前線に立つ皆様と心で握手を交わした宝城から、世界の知性との交流も始まったのだ。
 今、学会本部では、新しき「創価文化センター」。そして「総本部」建設に向けて、着々と準備が整えられている。関係の方々のご尽力に感謝したい。
 私は妻と共に新たな決意で、日本中、さらに全世界の愛する地区・ブロックの健気な同志に題目を送っている。一人も残らず健康で幸福で、いよいよ威光勢力を増して、断じて広布と人生の勝利を! と、ひたぶるに祈り抜く日々である。
 この冬は、日本海側を中心に、記録的な豪雪が続いている。また、鳥インフルエンザや霧島連山の新燃岳《しんもえだけ》の噴火なども起き、心配している。大変なご苦労をなさっている方々に、心からお見舞い申し上げたい。

痛快に陣列を拡大
 55年前、あの大阪の戦いのなかで、私が愛する関西の同志と深く心肝に染めた法華経の経文がある。
 「魔及び魔民有りと雖も、皆な仏法を護らん」(法華経㌻)との一節である。
 何人《なんびと》たりとも、広宣流布の味方に変えてみせる。この烈々たる祈りと勇気と勢いで、私たちは痛快に陣列を広げていった。
 今、ジャズと人生と仏法の語らいを進めているウェイン・ショーターさんも、この仏法の大きさに共鳴されながら、言われていた。
──私は毎朝、起きると、「さあ、今日も勝利の喜劇を演じよう」と思います。敵意や悪意など悪鬼の働きをも味方にするのが、仏法です。私たちがそれらと共存しながら打ち勝つ道は、一緒に笑わせることではないでしょうか。これは、ちょうど、飛行機が離陸する時、空気の抵抗を味方につけるのと同じです──と。
 味わい深い言葉である。
 正義の人生は、明るく朗らかである。その明朗さに満ちた民衆のスクラムほど、強いものはない。
 大聖人は、「日蓮一度もしりぞく心なし」(同1224㌻)と宣言なされている。
 私も、この御金言の如く一歩たりとも退かない。
 万代までも行き詰まらぬ創価の常勝の大道を開くために、人知れず手を打ち続けている。
 今月は、戸田先生の生誕の月である。二千十一年の二月十一日、このお誕生日で百十一周年──。幾重にも「一」が重なり、私たちを「一番幸福に!」「一番星と輝け!」と、先生が励ましてくださっているように思えてならない。
 友よ、立ち上がろう!
 「学会は、永遠に師弟を根幹にして異体同心の団結で勝っていくのだ」
 恩師の師子吼を胸に、全同志が一丸となって、勝利の大行進を開始したい。

 時は来ぬ
  断固 勝ち抜け
     不二の道


ビーゲランの言葉は古木俊雄著『ヴィーゲラン 人間愛の造形者』(アートデイズ)。エリース・ボールディングの言葉は『平和の文化 歴史のもう一つの顔』(英語版、邦題仮訳)。ジリショド・バルノは『叙情詩選集 ゼブニサ・リショド・アンバルアティン』(ロシア語版、邦題仮訳)。
2011-02-06 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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香港大学・饒宗頤学術館 名誉館長称号授与式

香港大学・饒宗頤学術館 名誉館長称号授与式
                 (2011.1.28)

【香港1月28日】アジア屈指の名門・香港大学の「饒宗頤学術館」から、創価大学創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に、「名誉館長」の称号が授与された。中国学芸界の至宝である饒宗頤教授(香港大学名誉博士、香港中文大学終身主任教授)とSGI会長の長年の友誼の歴史を留め、SGI会長の世界平和への貢献を讃えるものである。
 授与式は28日夜(現地時間)、香港・九龍で行われ、饒教授、同学術館の李焯芬館長(香港大学専業進修学院院長、元副学長)らが出席。代理の池田SGI副会長(創大理事)に名誉館長の証書が託され、各界の来賓、香港SGIの代表が祝福した。


龔敏《きょうびん》研究部副主任の授章の辞

池田先生は生涯にわたり戦争反対の活動を堅持

 池田大作先生は、日本の東京でお生まれになりました。SGI会長として、生涯にわたり戦争反対の活動を堅持し、世界平和の理念を擁護していらっしゃいます。
 池田先生はまた、『人間革命』『新・人間革命』などの小説や、トインビー氏、金庸氏、饒宗頤教授との対談集など、多くの著作を残していらっしゃいます。
 それは、仏教哲学、世界の偉人について綴られたエッセー集、詩集、創作童話や写真集など多岐にわたります。個人の全集もすでに100冊を超えています。
 池田先生は、1947年に創価学会に入会して戸田城聖先生に師事され、すでに60余年となられました。池田先生は、1960年に創価学会第3代会長に就任されて以降、ただちに世界を巡る平和旅を始められ、創価学会の組織を、各国・各都市に築かれました。
 1975年にはSGIを創立。会議の全参加者の総意として懇請され、初代会長に就任していらっしゃいます。SGIは現在、世界192の国と地域へと発展しています。
 同年、モスクワ大学は、池田先生の平和・教育・文化の交流などの分野における貢献を讃え、名誉博士号を授与しています。池田先生はその後、アジア、アメリカ、ヨーロッパの各大学の招聘を受けて講演され、平和の理念を広く訴えられました。
 2011年の今日、池田先生が受章された名誉学術称号は、すでに300を超えています。その中には、1996年3月の、香港大学名誉文学博士号も含まれます。
 また、平和思想を宣揚する先生のご著作は、アメリカやアルゼンチンなどの大学で教材として読まれており、その影響の大きさと深さが分かります。
 本日、私たちは池田大作先生に、香港大学饒宗頤学術館の「名誉館長」にご就任いただきたく、衷心よりお願い申し上げるものでございます。
 先生のご就任により、日本と香港の学術交流がさらに促進されると信ずるとともに、共に平和の理念を宣揚し、学術の真理を追い求め、21世紀の輝く文化を創り上げていきたいと願っております(大拍手)。

池田SGI会長の謝辞(代読)

一日一日が勝負! 不滅の闘争の歴史を刻め

50年前、香港に印したアジアへの第一歩
平和へ師弟一体の旅路
繁栄の波を! 未来の世代のために


 一、心から尊敬申し上げる饒宗頤先生、また季焯苓《りしゃくふん》館長ならびにご列席の先生方!
 今、私は、このうえない幸運を噛みしめております。それは、世界の学芸の最高峰を極められた饒宗頤先生と同時代を生き、その偉業を仰ぎ見ることのできる幸運であります。
 同時に今、私は、尽きせぬ喜びに包まれております。それは、人生の大先達と敬愛してやまない饒宗頤先生が、ますますご壮健で、たゆまず新たな創造と貢献を続けてくださっている喜びであります(大拍手)。
 そして今、私は、厳粛なる責任の自覚を深めております。それは、東洋のレオナルド・ダ・ヴィンチたる饒宗頤先生の英知と万能の才を、世界の青年に伝え、未来の世代に託しゆく責任であります。
 このたび、私は、饒宗頤先生の名を冠し、先生の崇高な精神を厳然と継承されゆく、香港大学の貴・学術館の栄えある一員とならせていただきました。
 奇しくも、本日1月28日は、50年前、私が愛する香港への第一歩を印した日であります。それは、アジアの平和と繁栄を願い、日本の軍国主義と戦い抜いた殉教の先師・牧口常三郎初代会長と、恩師・戸田城聖第2代会長の心を携えての師弟一体の旅でありました。
 その意味におきまして、本日、賜りました「名誉館長」の栄誉を、私は、謹んで二人の師匠に捧げさせていただきたい。とともに、半世紀にわたって苦楽を共にしてきた、良き市民の模範たる香港SGIの友と、深く分かち合わせていただきたいのであります。まことに、まことに、ありがとうございます(大拍手)。

黄金の日記文書
 一、貴・饒宗頤学術館が大切に守っておられるのは、稀代の大碩学が若き日から収集され、探究と創作の糧とされてきた、数万点もの貴重な書籍や文献、書画作品であります。
 その一点一点、一冊一冊に、どれほど透徹した学術の真剣勝負があったことか。それは、まさに饒先生の一日一日の不滅の精神闘争が刻まれた、黄金の「日記文書」といってよいでありましょう。
 饒先生が、この魂の宝を香港大学に寄贈されたのは、「お世話になった大学の恩に報いたい」という尊き心であられたと感銘深く伺っております。
 何と尊貴なる知性と人格の大城でありましょうか。
 一、光栄にも、私は、饒先生、また大切な宝の友人である孫立川博士とご一緒に、鼎談集『文化と芸術の旅路』を発刊させていただきました。〈日本語版は潮出版社刊〉
 その中で、饒宗頤先生の「書籍を養う」との精神が話題になりました。すなわち、書をただ所蔵しているだけではなく、研究などに大いに活用して、その書の価値を高めることであります。
 また饒先生は強調されておりました。
 「伝統を尊び、断絶させることなく継承する。とともに、いたずらに伝統にとどまらず、それを踏まえながら、さらに勇敢に新しいものを創っていく。これが芸術の発展の要なのです」と。
 この貴・学術館に集い来る若き俊英たちが、饒宗頤先生の「学芸雙携《そうけい》」にして「長流不意」という価値創造の真髄の息吹を呼吸しながら、新たなルネサンスの金波銀波を広げゆかれることを、私は確信してやみません。

創立100周年の香港大学 孫文先生も卒業生
「互いの文化に学べ」「新しき創造を」


勇猛精進を更に
 一、本年、世界最高峰の香港大学は、創立100周年を迎えられます。まことに、おめでとうございます。
 思えば、香港大学が誇る卒業生の孫文先生が主張されていたのは、『尚書』に込められた「協和万邦(世界各国の共存繁栄を願う)」という平和の大哲学でありました。饒先生は波乱の時代を越えて、「協和万邦」の精神を体現され、世界の各国・各民族が、互いの文化に学びながら新しき創造を続けゆく道を切り開いてくださったのであります。
 饒先生より11歳年下の私も、先生に続いて、さらに生き生きと、香港をはじめ世界192カ国・地域の創価の青年とともに、この平和の大道を勇猛精進しゆくことを、お約束申し上げます。
 一、饒宗頤先生は、中国の国宝であられることはもとより、東洋、そして全人類の至宝であられます。先生が卓絶した秀筆で認めて贈ってくださった書に、「法華経」寿量品の一節があります。
 「慧光照無量 寿命無数劫」──。
 この経文の如く、饒宗頤先生が、ますます寿命無数劫の生命力を発揮なされ、無量の慧光をもって、世界を、未来を照らしてくださることを、心よりお祈り申し上げ、私の御礼のごあいさつとさせていただきます(大拍手)。
2011-02-04 : スピーチ・メッセージ等 :
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マカオ理工学院 名誉教授称号授与式

マカオ・マカオ理工学院 名誉教授称号授与式
                 (2011.1.29)

【マカオ1月29日】東西文明の融合の都・マカオの発展をリードする「マカオ理工学院」から、創価大学創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に、「名誉教授」称号が授与された。中日友好と平和・文化・教育への貢献を讃えた栄誉。授与式は1月29日午前(現地時間)、同学院の講堂で挙行された。これには、マカオの崔世安行政長官の代理として社会文化庁の張裕長官が出席。さらに中国中央政府連絡弁公室文化教育部の劉暁航部長、中国外交部駐マカオ政策研究室の張武専主任、マカオ中華教育会の李沛霖会長、マカオ理工学院の李向玉学長らが参加した。代理の池田SGI副会長(創大理事)に、名誉教授称号の証書が手渡された。式典ではマカオSGIの代表らが祝福した。

李学長の授与の辞

 池田大作先生は、世界的に著名な仏教思想家であり、哲学者、教育者、社会運動家、作家、桂冠詩人、写真家、そして世界的な文化人、国際人道主義者として知られております。
 国連平和賞をはじめ、国連難民高等弁務官事務所の人道賞、アインシュタイン平和賞、中国文化部の中国芸術貢献賞、文化交流貢献賞、中日友好協会の「平和の使者」称号、中国人民対外友好協会の「人民友好の使者」称号が贈られているほか、インド国連協会からの平和・国際理解賞、ブラジル「南十字国家勲章」、フランス「芸術・文学勲章」、オーストリア「学術・芸術最高勲位栄誉章」等が各国から顕彰されております。
 さらにまた、周恩来総理、小平副総理、胡耀邦総書記、江沢民国家主席、胡錦濤国家主席、温家宝総理といった中国歴代の国家指導者と会見を重ね、高い評価を受けておられます。
 池田先生が指揮する創価学会インタナショナルは、今や、世界192の国・地域に広がり、池田先生ご自身が訪問された国々は50カ国を超え、1600回以上にわたり、各国の要人、識者と対話を繰り広げられ、人類の平和と未来の幸福について、探求してこられました。
 1991年、池田先生はマカオを初訪問され、当時のマカオ東亜大学で、「新しき人類意識を求めて」と題する卓越した講演をされました。
 東洋と西洋の異なる文明、文化が共存するマカオを讃えられ、「人類の調和を考える貴重な先例」と評価されました。
 また、仏法哲学をもとに、「仁、義、礼、智、信」の「五常」を捉え直し、啓発を与えてくださったのです。
 池田先生の講演が示したものは、先生が世界各地で訴えておられるように、まさに、“仏法を基調とした文化と教育の推進を通し、世界の恒久平和を勝ち取り、暴力と戦争に反対し、人類の幸福に貢献する”との創価精神であり、燦然と輝く理念であります。
 また、池田先生は、現在までに、中国の100を超える大学及び研究機構より、名誉学術称号をご受章されています。
 このような才知に富んだ方を、また、このように中日友好と世界平和を推進されている方を、そして、徳高き、衆望を担う方を、「名誉教授」として招聘できることは、マカオ理工学院にとりまして、何よりの栄誉でございます。そして、マカオの教育界、思想文化界にとりましても栄誉なことであり、これは、誰もが疑う余地もないところであります。
 私は昨年、幸運にも、日本の創価大学を訪問させていただきました。大学の荘厳なキャンパス、意気軒高で情熱あふれる教職員・学生の方々、厳粛にして活気あふれる学風に驚きと、尊敬の念を禁じえませんでした。
 特に、マカオ理工学院が目指す“東西文明の止揚”が、創価大学の建学理念のなかでも謳われ、すでに実践されていることを目の当たりにし、我々は深い啓発と、大いなる勇気を得たのであります。ここに、マカオ理工学院は、共通の基盤の上に立った、日本の創価大学との学術交流に期待を寄せるものです。
 マカオの400年余の歴史のなかで蓄積された、「論語」に示される「和して同ぜず」といった調和社会の理念。池田先生が20年前にマカオで提唱された、仏法理念から捉え直した「仁、義、礼、智、信」の概念。両者が互いに照らし合う、マカオと日本の文化交流の歴史の新たな1ページを綴ってまいりたいと存じます。まことに、ありがとうございました。

池田SGI会長の謝辞(代読)

文明と人間を結ぶ理想の都マカオから世界へ共生の光を

マカオ理工学院は世界の名門と連合
交流から新たな創造
建設は死闘! 人材の大城を築く


 一、今、世紀を超えて、私の心に響いてくる先哲の達見があります。それは、愛するマカオの天地で、民衆のために奉仕の青春を送った孫文先生の叫びであります。
 「蓋《けだ》し学問は立国《りっこく》の根本であり、東西各国の文明は皆学問によって発達したものである」(外務省調査部編『孫文全集』中巻、原書房=現代表記に改めた)と。
 孫文先生も、さぞかし喜び見守っておられるであろう最先端の学問の大城こそ、貴・マカオ理工学院であられます。
 本日、光輝満つる貴学院の誉れある一員とさせていただきましたことは、私の無上の誇りであります。誠に誠に、ありがとうございます(大拍手)。
 一、東西文明が融合する人類の宝の都・マカオを、私が初めて訪問させていただいたのは、1991年の1月30日のことでありました。
 私は多くの青年たちと語り合い、グローバル化の加速する世界にあって、マカオこそ、異文化の共存と人類の調和の貴重な先例として、ますます大きな光彩を放っていくであろうと展望したことを、昨日のように鮮やかに思い起こします。
 以来、20星霜──。今、颯爽と21世紀の世界の先頭に立つマカオの大発展ほど、うれしいことはありません。
 このマカオ躍進の原動力であられる貴学院からの栄誉を、私は、何よりもまず、尊き社会貢献に徹してこられたマカオSGIの同志と共に、分かち合わせていただきたいのであります(大拍手)。

牧口会長の慧眼
 一、孫文先生とほぼ同時代を生きた、「創価教育」の創始者である牧口常三郎先生は、今年が生誕140周年であります。
 独創の地理学者でもあった牧口先生は、それぞれの都市が持つ、人々を吸引する力に注目し、そこに繁栄の源泉があると洞察しておりました。その一つが、学術および教育の吸引力であります。
 私は、マカオには、小さな地域でありながら、実に大いなる学術・教育の吸引力が漲っていることに感嘆し、かねてより、マカオを「21世紀のアテネ」と譬え、「永遠の東洋の理想の都」と敬愛してきました。
 今、活力あふれるマカオの建設において、最も重視されているのも、崔世安《さいせいあん》行政長官が強調される通り、教育であり、人材育成であります。
 貴学院は、その模範を見事に示されております。今や、向学の俊英が陸続と志願してやまない、最難関の学府として聳え立っておられます。
 まことに、建設は死闘であります。
 李向玉《りこうぎょく》学長、そして先生方の建学のご苦労が、大学を創立した者として、私には痛いほど偲ばれてならないのであります(大拍手)。
 一、「マカオに根差し、祖国に依拠し、世界に目を向け、一流を争う」──この建学の理念のもと、貴学院は、カリキュラムの設置や学術研究においても、一貫してマカオ社会の発展と緊密に連携し、尽力されてきました。
 「長者書院」をはじめ、学長が陣頭指揮を執られる「生涯教育」は、長寿社会の希望と光っております。市民に開かれたセミナーも、毎年、約2万人が参加する自己啓発の場であります。「1国2制度研究センター」など、マカオを代表する研究機関の意義も、まことに大きい。
 2008年の四川大地震や、昨年の青海省の玉樹《ぎょくじゅ》県大地震に際して、貴学院の先生方や学生が率先して支援をされたことも、感銘深く伺っております。
 あらゆる次元において、貴学院は不断に卓越性を追究し、時代や社会の要請に一流の英知と人材力で応えてこられたのであります(大拍手)。

天下の大事業も小さな努力から
 一、たゆみなき努力の積み重ねほど、強いものはありません。
 マカオにゆかり深き近代中国の思想家・鄭観応《ていかんおう》の言葉は、私の青春時代からの信念と合致しております。
 「天下の事業・文章・学問・技芸は、かならず小さなことを積んでいって、高く大きくなるものであり、浅近《せんきん》なところからはじまって深遠なところに至るものである」(坂出祥伸訳「西学」、『中国古典文学大系58』所収、平凡社)と。
 なかんずく、学問・教育という永遠を見つめた聖業においては、心すべき要諦でありましょう。
 450年を超える営々たる人間の交流、文明の交流の歴史が刻まれてきた世界遺産マカオは、気宇壮大な世界市民を育む上でも、かけがえのない天地であります。
 貴学院は、「一般教養と専門知識の両方に長け、中国と西洋の両方に融通し、実用に長けた人材」を育成してこられました。
 北京大学やロンドン大学など、世界の名門と連合して、十有余の修士課程を開設するなど、ダイナミックな交流を通して、最高峰の水準の教育学術環境を創り広げておられることも、よく存じ上げております。
 この国際性に富んだ貴学院から、どれほどスケールの大きな逸材が育ちゆかれることか。
 その先駆の道を切り開いてこられた李学長の座右の銘を、私たちは、あらためて噛みしめたいと思います。
 それは、「海は百川《ひゃくせん》を納める。容《い》るる有《あ》るは乃ち大なり(すべてを納める大海原の如き大きな度量を持て)」との名言であります。これこそ、新たな人類の創造力を生み出す「学びの心」であり、地球社会の平和と共生を広げゆく「寛容の人格」ではないでしょうか(大拍手)。

「進取の心で」「絶対にあきらめない」
勇気で進め! 繁栄の航路を


 一、古来、マカオは「蓮華島」とも謳われてきました。
 蓮華は、「如蓮華在水」また「因果倶時」など、仏法思想においても、最も深遠なる意義を象徴する妙なる草木であります。
 「絶えず進取の心を持ち、絶対にあきらめない」──この不退にして不屈の負けじ魂を燃え上がらせた貴学院の英才たちが、蓮華の大輪のごとく、いやまして持続可能な人間開発の花を咲かせ、「調和社会」の豊かな繁栄の結実をもたらしゆかれることを、私は確信してやみません(大拍手)。
 一、貴学院の後方に広がる松山には、歴史に名高い「ギアの灯台」が立っております。
 いかに暗夜の荒れ狂う海であっても、一基の灯台が厳然と光を送りゆけば、無数の船が安全に進むことができます。
 私自身、貴学院の一員として、皆様と共にいやまして赫々と「勇気」の光、「英知」の光を、そして「平和」と「文化」と「教育」の大光を、未来へ贈りゆく決心であります(大拍手)。
 一、終わりに、貴学院の「発展の航路」、マカオと中国の「繁栄の航路」に、永遠の勝利あれ! 無窮の栄光あれ! と、心より念願し、私の謝辞とさせていただきます。
 謝謝!(中国語で「ありがとうございました」)(大拍手)

SGI会長 漢詩を贈る

植根蓮島向明天
才俊玉成意志堅
同是人間行教者
煙波相隔更相連


蓮華島と名高い
 澳門《マカオ》の天地に根差した貴学院は、
 積極的に「世紀の人材を培い育て、
 素晴らしい明日を建設せむ」との
 建学の方針を以て発展されている。
李向玉学長は、学生たちを
 美しき宝玉の如き人材に育てむ、との
 確固たる志を立てられた。
同じく教育推進の為に心を砕く人間として
果てしなく広大な海を隔ててはいても
 その心と心は互いに結ばれている。

※文中に、李学長の名前(向玉)が折り込まれている。
2011-02-02 : スピーチ・メッセージ等 :
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