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人間勝利の春秋  歴史と人生と教育を語る

人間勝利の春秋  歴史と人生と教育を語る
  第三文明社 2010.10.31刊 ¥1429+税

 対談者 章開沅

第1章 歴史との対話
1.「戦争の時代」と青春
 今こそ正しい歴史観を
 愛情深き母の言葉
 終戦、そして学究の青春へ
2.「歴史」とどう向き合うか
 使命の道との出あい
 歴史学とは時空を超えた「対話」
 真実を見極める「眼力」を
3.逆境でこそ輝く「師弟の絆」
 「尊師重道」こそ人間の道
 文化大革命の嵐を超えて
 師弟のドラマ、師弟の勝利

第2章 民衆教育への献身
1.青年こそ未来の希望
 受け継がれる信念の炎
 学生の成長が教師の喜び
2.「大学の使命」と「建学の精神」
 教師は最大の教育環境
 民衆のため、社会のために
 「創業は難し、守成はさらに難し」
3.教育は「価値創造」の聖業
 一流の人物との出会いは財産
 民衆教育の父──陶行知
 師匠を宣揚する弟子の戦い

第3章 日中友好の大河
1.文化交流で結ぶ友誼の心
 日中友好の悠久の歴史
 青年が結ぶ日中両国の絆
 アジアから信頼される日本へ
2.調和と友好のアジアへ
 未来の友好築く青年の交流
 平和世界の構築を目指した孫文
 「人道的競争」の時代へ
3.日中国交正常化提言から40年
 「新中国」と日本の民間外交
 国交正常化提言の歴史的意義
 「求同存異」の精神で共栄の道へ

第4章 東洋の英知の挑戦
1.青年とともに未来を開く
 長寿を寿ぐ「長寿社会」へ
 「青年の活力」と「年配者の知恵」
 尽くす人生に幸福がある
2.「人間革命」の大道を!
 万人が人生を謳歌する社会へ
 「分断と差別」を「共生と調和」へ
 人類史的な課題への挑戦
3.22世紀を見つめて 
 「地球民族主義」と国連への期待
 正しき歴史を残し、伝える
 青年とともに明るい未来へ
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2010-10-28 : 教育を語る :
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新時代第43回本部幹部会へのメッセージ

新時代第43回本部幹部会/全国ブロック長・白ゆり長大会への名誉会長のメッセージ              (2010.10.16 創価国際友好会館)

どんな困難にもへこたれるな!「師子王の心」で進め


尊きブロック長・白ゆり長に感謝
「一番 地道な人」が一番偉大
「一番 陰徳の人」が陽報に輝く


 一、わが愛する全同志の尊き健闘を讃えて、メッセージを贈ります。
 とくに、海外の皆さん方の偉大な求道の旅を、日蓮大聖人はいかばかり讃嘆しておられることでしょうか(大拍手)。
 御聖訓には、仏法のため“千里を通い”“万里を越える”功徳が繰り返し説かれております。皆さん方の福運は永遠であります。
 釈尊は「閻浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」(御書505㌻等)と厳命されました。
 大聖人は、「終には一閻浮提に広宣流布せん事一定なるべし」(同816㌻)と断言されています。
 「一閻浮提の広宣流布」こそ、釈尊、そして大聖人の悲願であられました。
 大聖人の御聖誕から700年──。
 悪世末法の極まった戦乱の世にあって、まさに断絶せんとしていた大仏法の命脈を蘇生させたのは、わが創価学会の初代・牧口常三郎先生であり、2代・戸田城聖先生であられます。
 このお二人の「死身弘法」「不惜身命」の大闘争に続き、直弟子たる私たちは、苦しみ悩む民衆のために戦い抜いてきました。
 どんなに悪口罵詈されようとも、どんなに猶多怨嫉の難を受けようとも、どんなに破和合僧の攪乱をされようとも、すべては御聖訓通りであり、創価の師弟は断じて負けなかった。
 迫害されればされるほど、圧迫されればされるほど、いやまして「師子王の心」を光らせました。
 そして今、世界192カ国・地域に広宣流布を推し進めました。
 創価学会は、揺るぎない人類の「平和の柱」「文化の大船」「教育の眼目」として、そびえ立っております。
 もはや、何ものにも絶対に崩されない金剛不壊の人材の大城が築き上げられたのであります。
 牧口先生、戸田先生は勝ちました。私は勝ちました。学会は勝ちました。全学会員が勝ちに勝ったのであります(大拍手)。

信心は幸福の力! 悩める友の味方に‼
一人一人を立ち上がらせよ


広布の大潮流を
 一、御書には、「此の人(上行菩薩)末法に出現して妙法蓮華経の五字を一閻浮提の中・国ごと人ごとに弘むべし」(同1239㌻)と仰せであります。
 この大聖人に直結する地涌の菩薩として、学会員は「国ごと」「人ごと」に、少しも「たゆむ心」なく、妙法を唱え、語り抜いてきました。
 なかんずく、その先頭に立つ、最も誇り高きリーダーこそ、わがブロック長の皆さんであり、わが白ゆり長の皆さんであると、私は宣言したいのであります(大拍手)。
 天も晴れ、地も晴れ、我らの心も晴れわたる、歴史的な「全国ブロック長・白ゆり長大会」、まことに、まことに、おめでとうございます。
 一番地道な人がで一番偉大です。一番陰徳の人が、一番の陽報に輝くのです。
 私も、戸田先生の会長就任と時を合わせて、実質のブロック長として、わが地区の前進に奔走しました。
 妻も現在の白ゆり長として、幼子を背中に負い、子どもの手を引きながら、第一線を走りました。
 今も、その心は変わりません。
 戸田先生は語られました。
 「大聖人の仏法は、逆境にある人が、必ず幸福になる宗教である。信心で、苦難に立ち向かえば、すごい仏の力が出る。その人こそ本当に皆を励ますことができ、悩める人の味方になれるのだよ」と。
 一人のために法を説き、一人の人材を立ち上がらせる。内外を問わず、一人一人に具わる尊極の仏の力を開いていく。その本舞台が、ブロックであります。
 この創立80周年、ブラジルでは約6000の全ブロックが“王者ブロック”として目標を達成しました。
 「学会の強さは、最前線から盛り上がる力にこそある」とは、恩師の大確信であります。
 私たちは今再び、仲良く朗らかに「わがブロックを見よ」「我らの地区に続け」と祈り、戦い、広宣流布の大潮流を起こしていこう!

人生とは挑戦
 一、本日、お集まりくださった海外メンバーの国々の箴言を紹介させていただきたい。
 まず、フィリピン独立の若き英雄であるホセ・リサール博士は叫びました。
 「善いことは、あらゆるものをつらぬいて進むものではないでしょうか?」(岩崎玄訳『ノリ・メ・タンヘレ─わが祖国に捧げる─』井村文化事業社)
 広宣流布は、絶対に行き詰まらない、究極の善と正義の前進であります。
 16世紀、韓国の女性の書画家・申師任堂《シンサイムダン》は綴っております。
 「すべてのことは、大いなる志を抱くことから始まるのです。大いなる志を抱いた人に成し遂げられないことはありません」
 広宣流布の大願に生き抜く創価の婦人部、華陽の女子部こそ、その模範です。
 また、アルゼンチンの大医学者ウサイ博士は明言しました。
 「大いなる力を秘めている青年の中に、偉大な人物や偉大な出来事の源がある」「一時的な障害を前に、へこたれてはならない」
 わが青年部よ、創立100周年へ勝ち抜いて、素晴らしい歴史を残してくれたまえ!
 さらに私が対談したインドネシアの哲人指導者アブドゥルラフマン・ワヒド元大統領は語られました。
 「青年たち一人一人が、21世紀の正しい軌道を、迷うことなく、まっすぐに進んでいけるように、道を開いていきたい。そのためにも、社会におけるさまざまな悪弊や不正に対し、声をあげ続けていかねばならないと決意しています」(『平和の哲学 寛容の智慧』潮出版社)
 壮年部よ、後輩のため、学会のため、未来のために、断固たる師子吼を頼む。
 そして、わが敬愛するブラジルの人権の闘士アタイデ博士は結論されました。
 “人生は、次から次へと挑戦の連続である。大事なことは、その挑戦に勝ち続けることだ”
 終わりに「広宣流布に躍進しゆく人材は三世の功徳が満々たり」と申し上げ、私のメッセージといたします。
 風邪など、ひかれませんように!
 お元気で! 大切な大切な全同志の健康と幸福と勝利を心より祈りつつ(大拍手)。

「人材・躍進の年」へ 名誉会長の指針

 創価学会の明2011年のテーマは「人材・躍進の年」。
 本部幹部会では、「人材」「躍進」に関する池田名誉会長のスピーチ(2006年3月9日)が紹介された。


人材の銀河を! 青年で躍進を


 一、日蓮大聖人は、法華経の虚空会の会座に、無数の菩薩が集い来る姿を「星の虚空に充満するが如し」(御書1127㌻)と仰せである。
 宇宙に充満する星のようだ──と。
 わが学会には、広宣流布の人材が、満天のきら星のごとく、いちだんとさえわたってきた。世界一の団体と光り輝いてきた。
 美しく渦巻く銀河にあっても、巨大な星たちが幾万、幾十万と、一気に集中して誕生する現象がある。
 それが「スターバースト」と天文学で呼ばれる、爆発的な星の形成である。
 銀河が鮮烈な輝きを放つ。壮大なる大宇宙のドラマである。
 広宣流布の大回転にあっても、新しい人材が爆発的に誕生すべき時がある。
 今、新しいその時が来た。
 今こそ、一人一人が「勇気」と「戦闘力」と「学会精神」を爆発させていくことである。
 嫉妬と悪口の輩にさえも「学会はすごい」「かなわない」「今までの何倍、何十、何百倍も人材が出てきた」と思わせるような戦いをしようではないか。
 その戦いの根本は何か。
 自分自身の人間革命である。
 組織をどう動かすか、ではない。
 自分を革命することだ。
 自分が生まれ変わっていくことだ。
 新しい自分の光、人間としての輝きを出していくことである。
 そして、その新しい輝きを、どこに向けていくべきか。
 後輩を育てること、広宣流布の人材を育てることに向けるのである。
 あの日あの時──仙台の青葉城址での戸田先生の勇姿を、私は、生涯、忘れることができない。(1954年〈昭和29年〉4月25日)
 「創価学会は、人材をもって城を築け!」
 これが恩師戸田先生の永遠の指針である。
 一、牧口先生が、九州に来るたびに語られていたことがある。
 それは「青年はいないか」という言葉である。
 青年を折伏しよう。青年を育てよう。将来の学会のために。広宣流布のために──そう深く心に期しておられたのである。
 今ふたたび、焦点は青年である。
 少子化の時代だ。一流の団体は、あらゆる手を尽くして、優秀な青年を集めている。
 学会も、後れをとってはいけない。
 時代は今、大きく変わっている。
 新しい躍進のためには、前途に希望をもつ無数の青年を、仲間に入れるしかない。
 婦人部・壮年部の皆さんも、青年の育成をどうか、よろしくお願いしたい。
 青年部こそ、日本、そして世界において、広宣流布の新しい原動力である。
 その意味で、先頭を走る青年部は、いわば“師匠”である。未来を頼む側の壮年部や婦人部は、“弟子”のようなものといっても、過言ではない。
 青年にすべてを託す以外にない。未来部に頼むしかない。
 この点を、あいまいにせず、きちっと明確にしなければいけない。
 そこに、誇り高き「正義の道」「師弟の道」「勝利の道」が、厳然と開かれていく。
 青年の糾合こそ、あらゆる団体の発展の方程式である。
 心広々とスクラムを広げていきたい。
 青年がいなければ、未来はない。
 師弟も、正義も、勝利も、すべて観念になってしまう。大切な広布の戦に負けてしまう。
 青年を仲間に!──学会は、これで未来を開こう!
 壮年部、男子部の皆さんは、女子部、婦人部の活躍を支え、守っていただきたい。同志として、おたがいに切磋琢磨し、一生涯、信心を貫いていくことである。
2010-10-27 : スピーチ・メッセージ等 :
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御書と青年 15/16 創価の連帯・人間の善性の結合

池田名誉会長が語る青春勝利の指針
御書と青年 15/16 創価の連帯・人間の善性の結合
  (2010.10.14/28付 聖教新聞)

堂々と語れ! 慈悲とは勇気
御義口伝「喜とは自他共に喜ぶ事なり」
我らは人間の結合を拡大


皆、希望の哲理を求めている。
真実の仏法に出あえた歓喜が
「青年学会」を築いたのです


棚野男子部長 この10月は、池田先生がニューヨークの国連本部で、「21世紀はアフリカの世紀」と展望されて満50年に当たります。
 その佳節に、コートジボワール共和国からの「コートジボワール功労勲章コマンドール章」の受勲、誠におめでとうございます。
 全学会員にとって、これほどの喜びはございません。
池田名誉会長 師弟は不二ですから、牧口先生、戸田先生に謹んで捧げる栄誉です。
 私が拝受する顕彰は、SGI(創価学会インタナショナル)の平和・文化・教育の運動が支持され、讃嘆されている証しでもある。
 ディアゾン理事長はじめコートジボワールの2万人を超える尊き同志は、模範の国民として活躍されています。特に青年部の奮闘が目覚ましい。私は、後継の君たち青年にすべての使命と栄光の大道を譲り、託す思いです。
 50年前、私が「アフリカの世紀」を確信したのは、なぜか。歴史上、最も苦労してきた大地に、独立国家が次々と誕生し、若きリーダーたちが勇んで立ち上がって、清新な息吹で希望の建設を開始していたからです。
 青年には無窮の力がある。いわんや、正しき信仰を持つ青春ほど強いものはない。
熊沢女子部長 今、アフリカは40カ国・地域でメンバーが生き生きと活躍しています。10年以上、内戦で苦しんできた西アフリカのシエラレオネでも、池田華陽会の女性リーダーを中心に活発に座談会を行い、平和へ対話の波を起こしています。

心の空白を越えて

名誉会長 「対話は、弱き者の武器に非ず。強き者の武器なり」──これは、アフリカの賢人と謳われた、コートジボワールのボワニ初代大統領の信念でした。
 君たちの勇気の対話が、いかに大きな力を持っているか。学会の歴史も常に青年が先駆を切ってきた。青年が青年を糾合し、新たな歴史の潮流を起こしていくのです。
 日本も、うかうかしていられないよ(笑い)。
棚野 はい。社会は、ますます先行きが不透明です。友人との人間関係も、携帯電話やメールなど、表面的なつながりはあっても、心を通わせる対話にまでは、なかなか深まりません。
 そのなかで、創価の青年には師が示してくださる未来への指標がある。心から信じられる同志がいる。これほど幸せなことはありません。
 今、日本でも仏法対話の波が広がり、新たに入会を希望する青年が続いています。
名誉会長 うれしいね。
 「二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや」 (御書1360㌻)との御断言に違わぬ姿です。大聖人が、どれほど喜んでくださることか。
 ともあれ、青年は本来、心の底で、汝自身を真に輝かせていける確かな哲理を欲しているのではないだろうか。
 私の青春時代、戦後の混乱期もそうでした。大人たちの態度は、戦前の戦争礼賛から180度、豹変し、青年の心には根深い人間不信が影を落としました。
 しかしそれでも、青年たちは信ずるに足る哲学を求めてやまなかった。
 幸いにも、私は戸田先生に巡りあい、生命尊厳の仏法を知ることができた。
 心の底で渇望していたから、本物に出あえた喜びも大きかった。この時代に入信した青年は多くがそうでした。その歓喜が、当時の「青年学会」を築いたのです。
棚野 戦後の荒野とも相通ずる、心の空白や孤独、精神の荒廃が、現代社会にもあります。雇用の問題も深刻であり、真の生き甲斐ある充実の人生を若者は望んでいます。
 だからこそ、青年部の仏法対話が、社会的にも深い意義を持っていると実感します。
名誉会長 そうだね。
 今ほど人々の心が分断され、人間の絆が弱まっている時代はないかもしれない。
 人間は一人では生きていけない。どんなに強がってみても、孤独な人生はわびしい。本当の幸福感を得ることはできません。孤立した青年が増えていけば、社会もまた、多くの問題に直面してしまうでしょう。
 一人一人が本当に豊かな人生を生きるために、今こそ人間の心を結ぶ哲学と対話が求められているのです。

わが身が「宝」の存在
熊沢 先日、ある女子部員から「私たちの創価の対話は、何を目指しているのでしょうか」との質問を受けました。今のお話にも通じる問いかけだと思います。
棚野 そう聞かれると、一言で「広宣流布です」と答えたくなりますが……。
名誉会長 正しいけれど、その女子部員が聞きたかったことは違うんじゃないかな(笑い)。
 大事な質問です。一つの角度から敷衍すれば、私たちの対話は、「人間の結合」を深め、広げていく運動であると言ってよい。それは「善性の連帯」の拡大とも表現できるでしょう。
 「御義口伝」には「喜とは自他共に喜ぶ事なり」「自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」(同761㌻)と仰せです。
 私たちの対話が目指しているものは、何か。自他ともの「仏性」の開発です。それは、智慧と慈悲が輝く生命の最高の善性の開放でもある。
熊沢 以前、先生に教えていただいた不軽菩薩の実践を思い出します。人間尊敬の哲学を復興し、万人が尊極な存在とされる時代を築くことですね。
名誉会長 その通りです。でもそれが簡単だったら、こんなに苦労しない(笑い)。
 「難信難解」というように多くの人は、自身に尊極の「仏の生命」が具わっていることが信じられません。我が身が、無限の可能性を持つ「宝の存在」であることに気がつかないのです。
 自分を卑下する人がいる一方で、「自分は特別だ」と傲って他人を見下し、万人が平等に尊貴だとは認められない人もいる。友人と仏法対話をしても、なかなか理解してもらえないという経験は、皆も多く持っているでしょう。
 究極的に言えば、私たちの対話は、不幸と分断を生み出す魔性との戦いであり、人間への不信と憎悪をもたらす無明との闘争といえる。
 御書には、その激しさについて「第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土《どうこえど》を・とられじ・うばはんと・あらそう」(同1224㌻)と記されています。
 折伏も、友好拡大も、家庭訪問も、すべて相手の仏性を敬うという哲学の実践です。エゴと不信が渦巻く社会の中で、これほど人間を信頼し、行動を重ねている団体が、どこにあるだろうか。

仏の種は必ず花開く
棚野 あのマハトマ・ガンジーの精神を受け継ぐ令孫のアルン・ガンジー氏(ガンジー非暴力研究所創設者)も、「人間を人間として尊敬できる自分になる。そうした一人一人の行動が徐々に広がっていくしか、社会を変え、世界を変えることはできません」と語られました。そして、創価の「人間革命」に、その希望を見出しておられました。
 普通だったら、これ以上は無理だとあきらめることも、学会の先輩方は粘り強く対話を続けて、道を開かれました。
名誉会長 御書には「仏をば能忍」(同935㌻)、「忍辱の心を釈迦牟尼仏」(同771㌻)と仰せです。この御金言を、悪世末法で体現してきたのが、わが同志です。
 たとえ反発されようとも、相手に仏性が具わることを信じるからこそ、折伏をするのです。それが友人に対する最高の尊敬の行動となる。
 仏法対話は、お互いを高め合う道です。語りかけた分だけ、相手の仏性が目覚めて動き始める。とともに、こちらの仏性もいよいよ強くなる。
 大聖人は「法華経を耳にふれぬれば是を種として必ず仏になるなり」(同552㌻)と仰せです。
 仏法を語り、「仏の種」を友の心に植えていくならば、それは必ず花開いていく。
棚野 私も、大阪の友人を折伏するために、半年間、毎週のように東京から彼の家に通ったことがあります。必死に祈り、対話したにもかかわらず、その友人は信心をするには至りませんでした。
 本当に落ち込みました。でも、驚いたことに、隣の部屋で友人の母親がじっと話を聞いていたのです。そして、以前からその方を折伏していた私の母に「信心をしたい」と言って入会しました。
 10年後には、長年の祈りが結実し、私の友人も御本尊をいただくことができたのです。この対話を通して、相手を信じ抜くことの大切さを学びました。友人との絆も、いっそう強くなったと思います。
名誉会長 いい話だね。
 なぜ、一人の男子部の真剣な叫びが相手の心に響くのか。なぜ、さわやかな女子部の笑顔が、固く閉ざされた心を開くのか。なぜ、英知の学生部の熱誠が、友の命を揺り動かすのか。それは、皆の生命に偉大な「対話の力」が備わっているからです。
 法華経には地涌の菩薩の特質として「難問答に巧みにして 其の心に畏るる所無く」と説かれている。若き地涌の君たちは、この悪世に広宣流布を実現する開拓力、突破力をもって出現しているのです。
 根本は勇気です。凡夫にとって、慈悲に代わるのが勇気だからです。「勇気の対話」が「慈悲の対話」に通ずる。
 最も地道な対話こそ、最も確実な「善の行動」です。「幸福の拡大」です。人間の心を結びながら、人類の境涯を変えゆく、壮大な「人間性の復興」でもある。

「火花」を散らして
熊沢 先生は「対話の力」「振る舞いの力」で、全世界に友情と平和の連帯を広げてこられました。36年前には、内外に反対の声が渦巻くなか、冷戦下、中国に続いてソ連も初訪問されました。
名誉会長 当時、日本では、ソ連に対して“怖い”というイメージが先行していました。私は「ソ連が怖いのではない。ソ連を知らないことが怖いのだ」との信念をもって、対話に踏み出しました。
棚野 池田先生は、ゴルバチョフ大統領とモスクワのクレムリンで初めてお会いされた時(1990年7月)、「きょうは、大統領と“けんか”をしに来ました!」と語られました。これには大統領側の通訳も一瞬、ドキッとしたようです(笑い)。
 先生は、「火花を散らしながら、何でも率直に語り合いましょう。人類のため、日ソのために!」と続けられました。胸襟を開いて、人間として対話を──その言葉から始まった会見で、大統領は訪日の意向を明言しました。翌春に、ソ連の最高指導者として初めて日本を訪れ、約束を果たされたのです。
熊沢 私たちは、先生と奥様に人間外交の究極の模範を学び、自分のいる使命の場所で、友情と希望の対話の波を広げていきます。
名誉会長 仏法の生命観に照らせば、国家や民族を超えて、人間は皆、十界互具、一念三千の当体です。同じ人間として、幸福を願い、平和を求める心に違いがあろうはずがない。
 これが、根本精神です。

苦境こそ成長の好機《チャンス》
深き祈りで全てを善知識に!


大風を前進の力に
棚野 今の青年層には、職場でも人間関係の悩みを抱えている人が多くいます。同僚との深い関わりを避けてしまい、円滑な関係がつくれなかったり、他方では、すぐに感情的になって衝突してしまったり……。
名誉会長 さまざまな見方はあると思うけれども、やはり根っこには、他者への不信や、その裏返しとしての自信のなさがあるのではないだろうか。時代状況とも無縁ではないでしょう。
 御書には「末代濁世の心の貪欲・瞋恚・愚癡のかしこさは・いかなる賢人・聖人も治めがたき事なり」(同1465㌻)とあります。
 人間の心が乱れ、濁ってしまうのが、末法という時代です。社会も不安定で、閉塞している。人間同士の葛藤も絶えない。だからこそ、確かな哲学が必要となるのです。
 大聖人の御在世でも、四条金吾は、主君を折伏したことや、同僚の嫉妬の讒言などによって、さまざまな圧迫を受けました。多くの人から目の敵にされました。
 苦境にあった金吾に対して、大聖人は仰せです。
 「火にたきぎを加える時はさかんなり、大風吹けば求羅は倍増するなり」(同1136㌻)と。
 求羅は、風に吹かれるほど体が大きくなるという伝説上の虫のことです。大風という苦難が吹き荒れるほど、自分自身を成長させ、信心を強固にしていけると教えられているのです。
 嘆いていても始まらない。自分が人間革命し、強く賢くなっていく力が、信心です。自分を苦しめる「悪知識」をも、必ず、成長の糧となる「善知識」へと変えていけるのが仏法なのです。

師弟不二の祈りで
棚野 大聖人は他方で、金吾に対して、「あなたは短気であるから火の燃えるようなところがある」(同1169㌻、通解)と、直情型の行動を戒められていますね。
名誉会長 金吾は実直だが、短気な側面もあったようだ。そうした行動で、同僚や周囲の人々と無用の軋轢を生んではならない、と御指導されているのです。
 御書を拝すると、大聖人が門下の性格や状況を熟知され、「ここまで」と思うほど、こまやかに激励されていたことがよくわかります。
 また大聖人は金吾に対し、どんな厳しい状況にあっても「すこしも・へつらはず振舞仰せあるべし」(同1164㌻)と言われています。
 正義の信念に生きる人生は、何があろうとも、徹して誇り高くあらねばならない。臆病になり、卑屈になれば、悪を増長させ、魔に付け入る隙を与えてしまうからです。
 それでは同志を護れない。師匠を貶めてしまう。ゆえに、弟子として胸を張って立ち上がるのです。師匠のため、同志のために勝ってみせると、一念を定めた時、師子奮迅の力が漲るからです。
熊沢 その後、金吾は、病気になった主君の看病などを通して再び厚い信頼を得て、以前の3倍の所領を勝ち取ることができました。
名誉会長 その原動力は、大聖人と心を合わせた「師弟不二」の祈りであり、勇気と誠実の振る舞いです。
 御書には「強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾・四条金吾と鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ」(同1118㌻)とあります。
 この御指導は、永遠の指標です。学会員は、この御金言を心肝に染め、歯を食いしばって戦ってきた。だから強いんです。
 確固たる哲学に根ざした青年の連帯が、いよいよ光り輝く時代です。君たちの人間革命の光が、地域を照らし、職場を照らし、社会を照らす。
 「創価の連帯」「人間の善性の結合」が国家の宿命を変え、人類の未来を変えていく。世界の人々が、胸をはずませ、君たちの躍進を見守っているのです。

御聖訓 災来るとも変じて幸と為らん
奄美の友よ負けるな!


名誉会長 はじめに、この度の奄美豪雨災害に、心からお見舞いを申し上げます。一日も早い復興を祈念してやみません。
棚野 九州青年部も、壮年部、婦人部の皆さんと共に、全力で救援活動、復旧作業に当たっています。
 奄美の方々も、先生からのご伝言を胸に、毅然と立ち上がっておられるとうかがいました。
名誉会長 わが奄美の誉れの同志は皆、師子です。筆舌に尽くせぬ苦難を、すべて「師子王の心」で変毒為薬してこられた。
 今度のことも、「災来るとも変じて幸と為らん」(御書979㌻)、「大悪をこれば大善きたる」(同1300㌻)との御聖訓の通り、奄美の宝土がいやまして勝ち栄えていかれることを、強く強く祈っております。
熊沢 奄美の広布の母たちは、何があっても「いぬちんかぎり、きばらんば(命の限り頑張らなければ)」を合言葉に乗り越えてこられました。名誉会長 日蓮大聖人は厳然と仰せになられています。
 「かかる御本尊を供養し奉り給ふ女人・現在には幸をまねぎ後生には此の御本尊左右前後に立ちそひて闇に燈の如く険難の処に強力を得たるが如く・彼こへまはり此へより・日女御前をかこみ・まほり給うべきなり」(同1244㌻)
 創価の母たちをはじめ大切な大切な奄美の友を、仏菩薩も、諸天善神も、守りに護れと、私は妻と共に真剣に題目を送っています。
棚野 先生が以前、奄美の友に贈られた和歌に、こうあります。

 我が人生
  断固と勝ちゆけ
    奄美から
   子孫末代
     栄ゆる戦と

 私たちも鹿児島の雄々しき同志と心一つに題目を送り、応援させていただきます。
熊沢 今回、全国ブロック長・白ゆり長大会(本部幹部会)では、同じく鹿児島県の屋久島と、池田先生の故郷である大田区の代表のお二人の活動報告に、大きな感動が広がりました。
名誉会長 こういう尊き方々が、学会を守り、支え、広げてくださっている。
 大聖人も、どれほど誉め讃えてくださるか。佐渡の阿仏房への御文には、「末法に入って法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり」(同1304㌻)と仰せです。
 広布に生きる学会員こそ、尊極の生命の宝塔なのです。

大聖人 法華経を持つ人は父母の恩を報ず
わが心に人間革命の太陽を
根本は自分! 家族を照らしゆけ


家庭は人間の「大地」
棚野 今回のお二人の体験では、最前線での拡大、身近な地域への貢献とともに、麗しい「一家和楽」の功徳の実証に大拍手が送られました。
 国民を対象に「あなたにとって一番大切なものは何か」を問う調査があります。最近では、半数が「家族」を挙げており、この答えは約50年で5倍にも増えています。
名誉会長 家族は人間にとって、常に返るべき「原点」であり「大地」といってよい。
 立派な大邸宅に住んで、何一つ不自由がないように見えても、家族の心がバラバラで侘しいという家庭もある。
 反対に、家は狭くとも(笑い)、仲良く温かな家庭は幸福です。どんなに苦労があっても、家族で互いに励まし合い、団結して勝利の城を築いていける。
 「一家和楽の信心」は、戸田先生が残された永遠の指針です。
熊沢 特に最近、社会では、家庭内の不和やトラブルが原因となる事件が目立つようになってきました。
名誉会長 「家が揺らぐところ、すべてが揺らぐ」とは、フランスの大歴史家ミシュレの洞察です。「家庭」を離れて、平和や幸福を論じても、抽象論になってしまう。
 学会は、一人一人の「人間革命」、そして一軒一軒の「家庭革命」という現実に光を当ててきました。地道といえば、これほど地道な、忍耐強い戦いはない。
 しかし、だからこそ、確固として揺るがないのです。
熊沢 わが家も、父は21歳で信心を始めて地域の青年部で薫陶を受け、母は結婚と同時に入会して、地元の婦人部の方に一つ一つ教えていただきました。本当に温かな励ましを受け、育てていただいたそうです。学会の庭に感謝は尽きません。
名誉会長 熊沢さんの活躍を、地域の皆さんも喜んで見守っておられるでしょう。これが学会家族の温かさです。
 伝教大師は、「家に讃教の勤めあれば七難必ず退散せん」(同1374㌻)と記している。
 妙法の音声が響く家庭が増え、地域に生命尊厳の思想が確立されていくことが、いかに重要か。励まし合い、守り合い、支え合う人間の連帯があるところ、どんな災難にも負けない「希望の安全地帯」が社会に広がります。
 ここに、家庭と地域を基盤とした「立正安国」の社会の建設があります。

言葉や振る舞いで、感謝と愛情を示すことです。
それが幸福を創る“音律”となる


親孝行の人たれ
棚野 男子部には、「親が信心に反対です」「妻がなかなか、学会のことを理解してくれない」といった悩みを持つ人がいます。皆、「何とか信心をしてもらいたい」と、祈り、頑張っています。
名誉会長 焦らなくていいんです。私も入信当時、父が信心に反対でした。父と私の間に立って、母がずいぶん苦心してくれたことを思い出します。
 大聖人は「末代の凡夫此の法門を聞かば唯我一人のみ成仏するに非ず父母も又即身成仏せん此れ第一の孝養なり」(同984㌻)と述べておられます。
 まず自分自身が人間革命して、仏の生命を輝かせていくことです。家族を大事にしていくことです。成長して、親を安心させていくことです。
 「一切は現証には如かず」(同1279㌻)です。「道理証文よりも現証にはすぎず」(同1468㌻)です。
棚野 家族ほど、自分の実像をよく知っている人はいません。どんなに取り繕っても、すぐ見破られてしまいます(笑い)。
熊沢 イタリアなど海外でも、入会した青年部員が、生まれ変わったように成長していく姿に驚き、続いて入会する家族が少なくないとうかがっています。
名誉会長 自分が変われば、やがて家族も変わる。根本は自分です。一家の幸福を真剣に祈っていけば、必ず通じていきます。
 恩師の有名な「青年訓」には「青年は、親をも愛さぬような者も多いのに、どうして他人を愛せようか。その無慈悲の自分を乗り越えて、仏の慈悲の境地を会得する、人間革命の戦いである」とあります。
 青年部の皆さんは、どうか、親孝行であってほしい。
 お金がなくても、できることは、いっぱいあるんだよ(笑い)。明るい笑顔。「ありがとう」の一言。一本の電話……。親というのは、それだけで幸せな気持ちになって、元気になるものです。
 不思議な縁で結ばれた家族に、ちょっとした言葉や振る舞いで、感謝と愛情を示していくことが、生きる喜びの名曲となり、人生の名画となる。幸福を創る音律となります。
 大聖人は若き南条時光に、こう仰せです。
 「如何ぞ此の経の力にて我が母の仏にならざるべき、されば法華経を持つ人は父と母との恩を報ずるなり」(御書1528㌻)
 我が父母を絶対に成仏させられるのが、妙法です。妙法を受持し、広宣流布しゆく青春は、それ自体、最高の親孝行の道を歩んでいることを確信していただきたい。
棚野 はい。池上兄弟も、父から猛反対されながら信心を貫き通して、最後は一家和楽の信心を勝ち取りました。

魔に紛動されるな
名誉会長 大聖人は、試練と戦う兄弟に仰せです。
 「第六天の魔王或は妻子の身に入って親や夫をたぼらかし或は国王の身に入って法華経の行者ををどし或は父母の身に入って孝養の子をせむる事あり」(同1082㌻)
 民衆を幸福にさせまい、仏にさせまいとする第六天の魔王の働きは、権力者などの生命に入って、正義の師弟に襲いかかってくる。この魔性に信心を破られてしまえば、一生成仏はできない。広宣流布も断絶してしまう。
 だから、強く賢く、魔を魔と見破って、絶対に紛動されてはならないのです。
 ある場合には、魔の働きは、親や妻子などの家族の身に入って、その人の最も「大切にしている部分」「弱い部分」を責めてくる。
 といっても、その家族の方が魔なのではありません。魔とは、あくまでも“働き”です。家族それ自体は、大切な宝です。
 ですから自分の信心を試してくれるのだと受け止め、勇気を奮い起こして祈り、境涯を開けば、必ず「善知識」に変わっていきます。
 これが妙法です。日蓮仏法では、一切を大きく包みながら、良い方向へと生かしきっていけるのです。
熊沢 池上兄弟は大聖人の御指導通り戦い抜き、父親も、ついに正法に帰依しました。
名誉会長 師弟不二の勝利です。師匠の仰せを根本とする、兄弟の団結が勝利をもたらしたのです。
 身近な人が仏法を理解するには、かえって時間がかかる場合がある。それも、自分の信心を鍛えてくれていると捉えていけばいいんです。
 また、信心をしないからといって「一家和楽」が実現できないなどと、窮屈に考える必要もありません。
 信心していなくたって、家族のため、子どものために一生懸命働いてくれるお父さんも、おられる。学会活動を理解して、応援してくれる家族もいる。ありがたいことじゃないか。まさに諸天善神です。心から感謝していかねばなりません。

必ず宿命転換できる
熊沢 友人の中には、両親の不和や暴力などの問題で悩んでいる人がいます。女子部員の中にも、同じような問題に直面してきたというメンバーがいます。
名誉会長 どうか、一人一人の状況をよく聞いて、心から励ましてあげてほしい。問題によっては、その方のプライバシーを十分に尊重した上で、経験豊かな婦人部の先輩方などにも、力になっていただくことです。
 大聖人は、南条時光のお母さんに仰せになりました。
 「法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候ぞ」(同1504㌻)
 家族の悩みは千差万別です。しかし、それこそ世界中の学会員が、どんな深刻な宿命をも打開して、幸福を勝ち取ってきたのが、わが創価学会の80年の功徳の実証です。
棚野 今から20年前、池田先生が台風の渦中に、鹿児島の研修道場を訪問された折、一人の役員の青年を激励してくださったお話を先日、うかがいました。
 青年が自分が養子であることなど、生い立ちをご報告すると、先生は、『新・平家物語』の逸話を語ってくださいました。
 ──実の父が誰かわからず煩悶していた若き平清盛に、“じじ”が言うのです。
 “真の父親が誰であろうと、あなたは間違いなく一人の男の児ではありませんか。心を太々とお持ちなさい。天地を父母と思いなさい”と。
 先生は「君が力をつけて偉くなれ! 君が偉くなれば、育ての親も生みの親も、みんな救っていけるんだよ」と励ましてくださいました。
名誉会長 仏法には感傷はありません。どんな境遇であれ、久遠元初の太陽を、わが生命に昇らせて、今世の使命を立派に果たしきっていけるのです。
棚野 今、その青年は世界を舞台に、重責を担い飛び回っています。ご両親も元気に頑張っておられるそうです。
名誉会長 うれしいね。本当によかった。
 ともあれ、御書には「法華経一部を色心二法共にあそばしたる御身なれば・父母・六親・一切衆生をも・たすけ給うべき御身なり」(同1213㌻)と仰せです。
 家族の中で「一人」が本気になって立ち上がれば、全員に妙法の偉大な功徳をめぐらしていくことができる。
 大空に太陽が輝けば、万物を照らしていけるのと同じなのです。
熊沢 女子部でも「一家和楽」を実現し、はつらつと前進するメンバーがたくさんいます。
名誉会長 真剣の一人がいれば、必ず「一家和楽」を実現できる。苦労した分だけ、皆を包容し、励ませる境涯になるのです。
 特に女子部は、青春時代に「幸福の土台」を築いてほしい。「信心の基盤」を確立してほしい。
 焦らずに、自分らしく賢く朗らかに進むのです。そこに一家一族の永遠の福徳と繁栄を開く道があるからです。
 皆、大聖人の子どもです。大聖人に直結する学会は、仏意仏勅の「妙法の家族」であるといってよい。
 今、その“家族”は世界192カ国・地域に広がった。人類の宝です。
 釈尊の教団は「不敗の集い」と讃えられた。君たち青年の熱と力で、「常勝不敗の集い」たる創価の連帯を、歓喜踊躍して、さらに光り輝かせてもらいたいのです。

任用試験の受験者、頑張れ!
行学二道の英雄に


21世紀の青年学会を
棚野 はい。断じて、新たな「人材・躍進」の連帯を広げてまいります。
 教学部任用試験まで、あと1カ月となり、青年部では活発な研さんを行っています。
名誉会長 人材の躍進といっても、根本は一人一人が「行学の二道」に徹し、信心を磨いていくことです。
 同世代の友に大きく「人間の善性の結合」を広げるとともに、自分が勇敢に戦い、成長していくことだ。
 大聖人は「願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ」(同1589㌻)と仰せです。そのために、真剣に教学を学んでもらいたい。
 受験する人は、仕事など多忙な中での研さん、本当にご苦労さま。一生の宝となります。一緒に勉強し、激励してくださる先輩方も、よろしくお願いします。
 栄光の創立80周年の「11・18」は目前です。
 君たち青年部が地涌の底力を発揮して、21世紀の新たな「青年学会」を築きゆくことを、私は心から期待し、祈り、待っています。  


 ミシュレの言葉は、長谷川光明訳「ルター」、大野一道責任編集『フランス史III』所収、藤原書店から。平清盛については、『吉川英治全集32 新・平家物語(1)』、講談社から。
2010-10-24 : 御書と青年 :
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魂の人間讃歌 第4回 失敗は終わりではない

魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

第4回 失敗は終わりではない(2010.10.23付 聖教新聞)

苦しみも楽しみに変えられる!

SGI会長
音楽は「若き心の戦友」「戦う魂の盟友」
ハンコック氏
人生は自他共のコラボレーション
ショーター氏
進歩、前進、向上の喜びを分かち合う


池田 20年前の10月、人権の大英雄マンデラ氏を、私は多くの青年たちの歌声とともに熱烈に歓迎しました。氏は、ご自身の長き獄中闘争が、この潑剌たる若人の熱唱で報われたとまで、喜んでくださいました。
 音楽は、若き心の戦友であり、戦う魂の盟友です。
 音楽を携えて前進しゆく青春は、皆に快活な勇気と希望を贈ります。
 音楽隊や鼓笛隊、また合唱団などで健闘す友も、この鼎談を楽しみにしてくれています。今回は、その若き読者から寄せられた質問「二人の音楽との出あい」からうかがいます。
ハンコック 「音楽との出あい」となると、いつのことでしたか……遠い昔なので、なかなか思い出せません(笑い)。ただ幼いころ、わが家では母が、子どもにクラシック音楽を聴かせることを決めていました。わが家には常に音楽がありました。これは、アフリカ系アメリカ人社会独特の文化的傾向であったと思います。
池田 音楽は、母からの贈り物だった──。ハービー少年にピアノを買ってくれたのも、お母さんのウィニーさんでしたね。ピアノが好きなことを見通して、大変な家計の中、お父さんを動かし(笑い)、7歳の誕生日にプレゼントしてくれた。
 お母さんは、ハービーさんをはじめ、3人のお子さん方を全員、大学へも進学させてくれましたね。
ハンコック そうです。どうして母に、そんな芸当ができたか、いまだにわかりません。奇跡としか言いようがないんです。母は、私たちのために、一生懸命に、やりくりしてくれました。
        ♫
池田 どんな貴婦人よりも尊い姿です。母たちの戦いは、まさしく「奇跡」の物語そのものですね。
 日蓮大聖人は、「母の御恩の事 殊に心肝に染みて貴くをぼへ候」(御書1398㌻)と仰せです。
 ハンコックさんやショーターさんたちが、世界の婦人部のために、「母」の曲を劇的に演奏してくださったことがありましたね(2002年5月)。
 私と妻は、皆さんの偉大な母上を偲びながら、聴かせていただきました。
 ショーターさんが誕生されたのは、1933年。大恐慌から立ち上がるアメリカ市民の息吹を体現したかのように、ジャズが人気を博し、世界的にも広がっていく時代に育ちましたね。
ショーター わが家でも、父が仕事から帰宅すると、いつもラジオから流れる音楽の演奏を聴いていました。私自身は小さいころから、絵を描くのは好きでしたが、音楽には、それほど興味はありませんでした。
池田 ウェイン少年の絵は、地元の美術コンテストで1位に輝き、新聞で紹介されたこともあったそうですね。高校でも、美術を専攻されたと聞きました。音楽の道を歩み始めたのは、いつ、どのように?
ショーター アメリカで一番古い芸術専門の公立高校に学びました。私が音楽に出あったと言えるのは、この高校の2年生の時です。15歳でした。
 当時、興味のない授業の時は、学校に行かないこともありました。なぜなら、映画館へ行くほうが面白くなっていたのです(笑い)。
 街には数軒の映画館がありました。そこでは毎日、映画の幕間《まくあい》にジャズ演奏などのステージショーを上演します。有名なジミー・ドーシー楽団やディジー・ガレスピー楽団も、この劇場で演奏していました。この音楽に私はすっかり魅了されてしまったのです。学校を休む言い訳に、ニセの診断書を作ったこともあります。実在しない医師の名を書き、両親の名前も使いました。
ハンコック 今の真面目なウェインからは想像できないね!(爆笑)
ショーター ある日、私が教室にいると校内放送が鳴り響きました。
 「ウェイン・ショーター、ただちに副校長室へ来なさい!」と。
 副校長室に一歩入ると驚きました。そこに父と母がいたからです。私は、恥ずかしくて真っ赤になりました。
 副校長のミズ・ハミルトンが「なぜ、ずる休みをしたの? 授業をサボってどこへ行っていたの?」と尋ねました。
 私は、ハミルトン先生と両親に、映画館に行っていたことを告白しました。「あそこでは、音楽ショーも上演していますね。あなたは、あのショーが好きなの?」と彼女は言いました。私がそうだと答えると、ハミルトン先生は受話器を取り、アキレス・ダミーコという先生を呼び出しました。
 ダミーコ先生が入ってくると、ハミルトン先生は「ダミーコ先生は、大変、規律に厳しい人で、わが校の音楽部長です。厳しい罰則を加える前に、訓練のために、あなたを、この先生のクラスに入れることにしました」と言うのです。そして「あなたのご両親はとても素晴らしいので、学校側としてはできるだけ、ご両親の意向に沿いたいのですよ」とつけ加えました。
        ♫
池田 両親は、ショーターさんを信じて、愛情深く見守っておられたのですね。その親心を察するとともに、両親に申し訳ないと反省するショーターさんの心を汲んで、学校の先生は新しいチャンスを開いてくださった。
 私も、創価学園の草創期、進級が危ぶまれていた何人かの高校生と面談したことがあります。彼らは“創立者が成績不振の生徒と会う”と聞かされていたようで、気まずそうな顔で部屋に入ってきました(笑い)。
 「緊張する必要はないよ。叱るために会ったんじゃないからね。ぼくは、君たちを勇気づけたいだけなんだ」
 私がこう語ると、皆、安堵の表情を浮かべました(笑い)。それから一人一人の状況を丁寧に聞いていったのです。「先生。勉強、頑張ります!」と決意する学園生もいました。若き生命は本来、伸びようとしている。その伸びゆく命を心から愛し、信じて応援するのが大人の役目です。後年、この生徒たちの中から大学教授も出た。皆、立派になりました。創立者として、これ以上、嬉しいことはありません。
ショーター 私も両親と先生方に本当に感謝しています。最初の授業で、ダミーコ先生はモーツァルトについて語り、交響曲第40番の1小節をピアノで弾きました。そして「どんな音楽にも主題があり、その主題への回答が続いていく。どの文章にも主語と述語があるように」と語りました。
 しかし、生徒が授業の秩序を乱すようなことがあると、彼は「今は私が話しているのだ!」と言い、手に持った黒板消しを投げつけるのです。私は内心、“これは楽しい授業だ!”と喜びました(笑い)。ダミーコ先生は生徒の間で評判の教師でした。
池田 私たちの先師である牧口常三郎先生は、“教育は、生命という無上の宝珠を対象とする最高至難の技術であり、芸術である”と言われました。人を育てることは、絶妙な心の芸術であり、究極の創造です。
 お2人のジャズの大先輩であるマイルス・デイビスさんも、多くの青年を実演の中で育てられましたね。
ハンコック ええ。マイルスとの共演中、私はミスとしか言いようのない音を出してしまったことがあります。すると、その瞬間、マイルスは、私のミスを何とも素晴らしい和音に変えてくれたのです。まさに魔術師の技でした。あまりの驚きに、私は数秒間、身動きもできませんでした。
 マイルスは、私の演奏を「批判」しなかったのです。「さて、このミスをどう利用してやろうか」と考えたのでした。こうした一瞬の機転もまた、仏法で説かれる「変毒為薬」に通ずるのではないでしょうか。
        ♫
池田 見事な手本ですね。アメリカの経済学者レスター・サロー博士と会談した折、博士は米国のベンチャー企業が幾度かの失敗を乗り越えて成功していることに触れ、日本再生の鍵として「もっと『失敗に寛容な社会』にならなくては」と提言されていました。挑戦しなければ、失敗もないかわりに創造もない。失敗こそ「創造の母」です。だから「勇気」が大切なのです。
 「勇気」の一念を炎と燃やせば、自他共に必ずすべてを活発な向上と創造のエネルギーヘ転じられます。
ハンコック 深く理解できます。
 ジャズにおいては、演奏者が、自分として限界まで才能を開発し尽くし、それ以上、前に進めないという試練に突き当たることがあります。その時、「信頼」の境地を開くことによって、突破口が開けるのです。マイルス・デイビスや、ウェイン・ショーターがそうです。その境地は、もはや「批判」など恐れない、超越した境地です。
 そこでは、演奏者は、自身を深く「信頼」し、他の演奏者を「信頼」します。仲間がミスを犯したと気づいても、それを逆手にとって、価値あるものに変えてみせるのです。この「信頼」に必要なものも「勇気」ですね。
池田 ハンコックさんご自身が、その達人の境地を勇敢に開いてこられたことも、よくわかります。
 ところで、ウェイン青年が、最初に手にした楽器は何でしたか?
ショーター クラリネットです。当時、父が聴き入っていた音楽の中で、有名なバンド・リーダーのベニー・グッドマンやアーティ・ショウは、クラリネット奏者でした。グレン・ミラー楽団も、後にクラリネットを加えました。どの楽団も、クラリネットが加わると、音色がすっかり変わって、ロマンチックな音になったのです。そこからあの有名な「イン・ザ・ムード」も生まれました。
 街の大きな楽器店の前を通りかかる時、いつも横目でクラリネットを眺めては、通り過ぎました。私はクラリネットを、あたかも「人間」のように感じていました。
池田 私が創価学会の音楽隊を手作りで結成したのは、1954年のことです。皆が反対でした。戸田城聖先生だけが、「大作がやるんだったら、やりたまえ!」と理解してくださった。私はお金を工面して楽器を贈りました。その時の楽器の中にも、クラリネットがあったと記憶します。
 名奏者だったべニー・グッドマンは、世界的に人気を博しましたね。文化大王として名高いタイのプーミポン国王が、若き日、グッドマンと共演された歴史もうかがっています。
 日本でクラリネットの名曲といえば、「鈴懸の径」が有名です。以前、横須賀の友が「文化音楽祭」で披露してくれたことも懐かしい。わが創価学園や創価大学の友も、クラリネットの名演奏を聴かせてくれます。
        ♫
ショーター そうでしたか。ダミーコ先生は、クラシック音楽の講義で、こう語ったことがありました。
 「クラリネットは、いわば木管楽器部門のバイオリンである。いや、さらに上空を飛翔する楽器なのだ」
 私にとってクラリネットは、スーパーマンのようでした(笑い)。
 私は母と祖母にねだり、ついにクラリネットを手に入れました。
 その楽器店の店主は、オーケストラの楽団長で、この方から楽譜の読み方や楽器への指の当て方など、演奏の初歩を教えてもらいました。
ハンコック ウェインのことだから、夢中で練習したのでしょう?
ショーター もちろん! 毎日、平均して6時間は練習したよ。
池田 やはり努力こそ力です。身近な先生を見つけ、その門を叩いて、基本を一歩一歩、学んでいったことも、大成への礎となりましたね。
 ところでショーターさんは、高校卒業後、まず、お父さんの勤めるミシン工場で働かれましたね。
ショーター ええ。もうこれ以上、学校に行く必要はないと考え、父の職場であるミシン工場で働きました。
 1年間働いて、お金を貯めました。
 1年経った年の暮れのこと、あることに気がつきました。“できあがったミシンは工場から出ていくのに、それを作る自分はいつまでも工場に居残っている。私もどう進んでいくかを真剣に考えないといけない”と。
 私は母に言いました。「ニューヨーク大学の入学試験を受けてみたい」
 入試を終えて、大学のホールを歩いていた時、自分が進むべき人生の方向が、いくつか思い浮かびました。
 高校の歴史の教師は「君は歴史を専攻しなさい」と勧めてくれましたし、ニューヨーク大学に入学した後も、哲学の教授が哲学専攻を勧めてくれたことがありました。しかし、大学では、何をするにせよ、決めるのは自分自身です。結局、私は、音楽の道を選んだのです。
        ♫
ハンコック 自分で自分の人生を決める。これは、ウェインの演奏スタイルを彷彿させます。
 音楽の道を選び。、大学に進学したことを、両親も喜ばれたでしょう。
ショーター ええ。私には両親を喜ばせたいという願いがありました。特に、母の喜ぶ顔を見たかった。
 当時、父も母も、昼と夜、二つの仕事をかけもちして働いていました。2人とも、夜はダウンタウンでビル清掃の仕事をしていたのです。
池田 苦労されているご両親を、何としても喜ばせたい──その心が、ショーターさん自身の人生を大きく開いたのではないでしょうか。
 御書には、「聖賢の二類《にるい》は孝の家よりいでたり何《いか》に況《いわん》や仏法を学せん人・知恩報恩なかるべしや」(同192㌻)と説かれております。とともに、「母を喜ばせたい」「人を喜ばせたい」という心──これこそ真の芸術の原点ではないでしょうか。芸術の道とは、最高の人間の道だからです。
ショーター ありがとうございます。私は親だけでなく、自分自身も「喜ばせる」必要がありました。それは進歩、前進、向上の喜びです。池田先生がおっしゃる通り、私はそれを親孝行を通じ実現できたのです。
 私は音楽の道を選択することで、単に生活のために働くのではなく、それ以上の目標へ向かいました。それは私にとって新しい挑戦でした。
        ♫
池田 若い時から、自分の希望通りの進路を歩める青年は少ない。とくに、今は雇用の問題も深刻です。思いもよらぬ仕事をしなければならないことも多々あるでしょう。
 しかし、戸田先生は青年によく言われました。「まず、自分の今の職場で全力をあげて頑張ることだ。『なくてはならない人』になることだ」と。そこから、必ず道は開かれるのです。
 仏法では、「人のために火をともせば・我がまへあき(明)らかなるがごとし」(御書1598㌻)という譬えがあります。自分だけのことを考えて悶々としていても、力は発揮できません。
 青年ならば、親孝行のため、職場の発展のため、友の幸福のため、そして、新しい平和と文化の創造のために、皆と力を合わせて、若き生命を思い切り燃焼させていくことです。そこに前途を照らす光が生まれます。
 ショーターさんは本年、ヤンキースタジアムに2万5千人が集って行われた母校ニューヨーク大学の卒業式で、晴れの名誉博士号を贈られました。
 受章に際し、後輩たちを励まされ、「失敗は終わりではない」と。この味わい深い言葉に、私は続けたい。「それは、次の勝利の始まりである」
ハンコック ウェインと私は、いつも仲間たちに、人生にはコラボレーション(共同作業)の機会がたくさんあると語っています。
 池田先生は、SGIのメンバーであると否とを問わず、世界中の人と対話を重ね、平和の連帯を広げてこられました。誰にも使命があり、どんな人も、その人にしかできない貢献をすることができるのです。私たちは、仏法を基調とする社会・文化運動である広宣流布にとって、一人残らず必要な存在です。人々がこの事実に目覚める時、真に平和で豊かな社会建設のプロセスが始まると思うのです。
2010-10-24 : 音楽を語る :
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「核兵器廃絶への挑戦と人間精神の変革」展へのメッセージ

「核兵器廃絶への挑戦と人間精神の変革」展へのメッセージ      (2010.10.4 国連ウィーン本部)
 オーストリアの国連ウィーン本部(ウィーン国際センター)で開催中のSGI(創価学会インタナショナル)が制作した「核兵器廃絶への挑戦と人間精神の変革」展が、好評を博している〈共催=ウィーンNGO(非政府組織)平和委員会〉。
 開幕式(4日)には、池田SGI会長がメッセージを寄せたほか、各界のリーダーが記念のスピーチを行った。
 展示の模様は、国際通信社IPS(インタープレスサービス)が提携しているIDN(インデプスニュース)が報道するなど、約20カ国の120を超えるメディアで取り上げられた。また、国際原子力機関(IAEA)や包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)準備奢貝会の公式ウェブサイトでも紹介されるなど、大きな反響を呼んでいる。
 同展は15日まで開催され、今後、オーストリアの教育機関で巡回展示される予定。


SGI会長のメッセージ

核兵器のない世界へ良心の連帯を


 一、平和と文化の薫り高きオーストリアの、国連ウィーン本部での「核兵器廃絶への挑戦と人間精神の変革」展の開催を、私はこの上ない喜びとするものです。世界192カ国・地域のSGIメンバーを代表し、心から感謝申し上げます(大拍手)。
 ご承知のように、本年5月に行われた核拡散防止条約(NPT)再検討会議は、決裂に終わった前回(2005年)の再検討会議のような轍を踏むことなく、具体的な行動計画を含んだ最終文書を採択する結果となりました。
 注目すべきは、その最終文書で「核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果を引き起こす」として、すべての国に国際人道法の遵守を求めている点です。これは、軍事と政治の論理が先行しがちな核兵器をめぐる議論に対し、そうした論理に優越すべき「人間性」や「人道」という価値に鑑みて警鐘を鳴らすものといえましょう。

人道の世紀へ
 一、私どもは、核兵器は人類の生存権と尊厳を根底から否定する“絶対悪”であると考えています。
 しかし、その核兵器は広島・長崎への原爆投下から65年が経った今日まで、廃絶はおろか使用が禁止されることもなく、世界の人々を脅威で覆いつくし続けてきました。
 核時代がこれだけ長く存続してきた背景には、核兵器を政治的な理由や安全保障の面などから“必要悪”とする考え方が、完全に払拭されておらず、いまだ根強いものがあるからにほかなりません。
 ゆえに私どもは、世界の人々の生存権を脅かす存在であるにもかかわらず、核兵器を──意識的にせよ、無意識的にせよ──“必要悪”として容認してきた人間の精神のあり方に焦点を当て、その変革こそが核兵器の廃絶への道を開くカギであると訴えてきました。その意味で、核兵器が「非人道的」であるとの一点が、核不拡散・核軍縮の最重要な討議の場であるNPTの再検討会議で確認された意味は、きわめて大きいと考えるものです。
 また、今回のNPT再検討会議の最終文書で、史上初めて、核兵器禁止条約への言及がなされました。これはまさに、同条約の実現を求めてきた市民社会と志を共にする各国の粘り強い取り組みの成果であり、これをさらなる“協働作業の足場”とし、その実現に向け一歩ずつ歩みを進めねばなりません。
 「核兵器のない世界」という課題は、全人類の生存がかかっている途方もなく大きなものです。ゆえにシュルツ元米国務長官も指摘するように、「地球的な取り組み」にしていくことが、どうしても必要となってきます。
 今、その大いなる挑戦に向かって、新しい兆しも見え始めています。それは、核廃絶を訴えてきた平和運動家に加えて、いわゆる安全保障の戦略家も、それぞれの立場から「核兵器のない世界」という共通の課題に向けて協力するという可能性です。
 その流れをさらに加速させ、時代の変革に挑む新しい運動のうねりを生み出そうではありませんか(大拍手)。
 顧みれば、大量破壊兵器である化学兵器や生物兵器については、使用はおろか、保有自体が国際的な不名誉であるとの認識から、全面的に禁止する条約が締結されております。
 それ以上に無差別に甚大な破壊と長期の苦悩をもたらす核兵器には、なぜ禁止する条約がないのでしょうか。
 この状態を打開するためには、まず交渉のテーブルをつくることが必要です。そして、交渉を軌道に乗せ、条約を実現するには、今回確認された「人道法の原則」を核兵器にも当てはめていくことが何より重要となるでしょう。私どもは他のNGO(非政府組織)と協力しながら、市民社会の側から、その呼びかけを力強くそして粘り強く行ってまいりたい。

具体的な行動を
 一、オーストリアの文豪・ツヴァイクは語っています。
 「真の思想は実践のうちにはじめて生命を得るのである」(大久保和郎訳『ロマン・ロラン(下)』慶友社)
 「核兵器のない世界」という壮大なるビジョンに生命を吹き込むのは、具体的な行動以外にありません。その偉大なる目標に向かって、政治指導者ならびに市民社会は、今こそ連携を密にし、その総力を結集すべき時を迎えています。
 私どもSGIも、今から53年前の9月、人類の平和と幸福を心から願い、「原水爆禁止宣言」を高らかに叫んだ、創価学会の戸田城聖第2代会長の精神を継ぎ、世界192カ国・地域に広がる草の根の連帯を広げてきました。
 核兵器の存在そのものを「絶対悪」と断じた、この「原水爆禁止宣言」こそ、「人間生命の尊厳」を否定し、蹂躙しようとする、あらゆる存在に対して勇敢に立ち上がり、戦いを挑みゆく師子吼であったのであります。
 私どもは、その遺訓を胸に、志を同じくするパグウォッシュ会議や核戦争防止国際医師の会(IPPNW)などと連携を深めるとともに、世界各地での核兵器廃絶のための展示会や署名運動など、さまざまな草の根の活動を通して、平和の連帯と共感の輪を幾重にも広げてきました。
 本年の5月には、ニューヨークでのNPTの再検討会議にあわせて、青年たちの手による「核兵器禁止条約」の制定を求める227万6167人の署名が、同会議と国連に提出されております。
 私どもは、さらに皆様方と力を合わせて、「核兵器のない世界」の実現のために貢献してまいりたい。
 そして、希望に輝く21世紀を共々に開きゆきたいと心から願っております(大拍手)。
2010-10-24 : スピーチ・メッセージ等 :
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魂の人間讃歌 第3回 生命尊厳の響き

魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

第3回 生命尊厳の響き(2010.10.9付 聖教新聞)

万人の心を太陽の方向へ!

SGI会長
文化は人間を絶望から救う闘争
ハンコック氏
精神の力は苦難をも歓喜の詩に
ショーター氏
諦めより意欲を蘇らせる演奏を


池田 音楽は心を結ぶ。命を開きます。音楽ほど、いかなる差異も瞬時に超えて、魂の一体感を生み出し、互いに高め合っていけるものはないでしょう。
 世界最高峰のバイオリニストのメニューイン氏とお会いした折、アフリカの大地での思い出が話題になりました。氏は、離れた丘と丘の間で、太鼓の音が交互にこだましているのを聞いた。それは、仲の良い友だち同士が交わす、夜のあいさつだったというのです。音楽に脈打つ「結合の力」は、なんとロマン豊かに、なんと自在闊達に、生命と生命の共鳴を広げていくものでしょうか。
 アメリカ生まれのメニューイン氏は、ジャズとの共演も行ってこられましたね。氏は言われておりました。
 「音楽はどんなにたいへんな時代でも、なんとか私たちを力づけようと、繰り返し繰り返し励ましの言葉をかけてくれる。深い根底から発した音楽であればなおさらである」
ハンコック 音楽は「生命の尊厳」を歌う活動です。歌は詩をともなう音楽です。人間の言葉は、自分の思いを表現する手段です。人々は、その手段を使って、人間の尊厳を守る働きができます。音楽は言葉よりも、さらに自由です。何ものにも妨げられませんから、言葉を超えた働きができます。言葉に国境があっても、音楽には国境がありません。
ショーター 私も、国境を超えた音楽の力を実感しています。
 昨年、国務省とロサンゼルス市長からの依頼で、メキシコのグアダラハラに行ったのです。当時、不安定な社会状況が続いており、多少の不安もありましたが、多くの聴衆が「君たちの演奏のおかけで、みんなが楽しい気持ちになったよ」と喜んでくれました。
 若い人が多く、アンコールは5回にも及びました。私たちを招待することを企画した女性の顔も誇らしげでした。「この文化交流の企画は正しく、素晴らしかった」という自負が、彼女の表情から、ありありとうかがえました。
池田 グアダラハラですか! 懐かしいです。私も1981年に訪問しました。グアダラハラ大学では、「メキシコの詩心」をテーマに講演をしました。メキシコは、わが師・戸田城聖先生が「行ってみたいな」と夢見ていた国なのです。
 ともあれ、ジャズを「国境も時の流れも知らない音楽」(ナット・ヘントフ著、藤永康政訳『アメリカ、自由の名のもとに』岩波書店)と表現した作家がいました。
 ジャズには国を超え、世代を超えて、魂を結び合い、奮い立たせずにはおかない大きさがあり、深さがあります。
ショーター 私は、時には人々の心の奥底に訴え、諦め失いかけた希望や意欲を取り戻させ、時には人々が抱く未知への恐れを取り除き、時には不測の事態に対処する方法を提示する──そんな演奏を挑戦目標にしています。
 この文化的な覚醒作業は、着実に進めていくべきものです。私が心に刻む格言は「急がば回れ」です(笑い)。一人一人にしっかりした認識を与えることが、やがて大衆を動かすことにも通じると思うのです。
 同じことは、文化間の交流にもいえます。他の文化に触れ合うことで、人々は、さまざまな異なる観点や生活様式が存在することを学ぶのです。それによって、今日の世界には通用しない、旧来の杓子定規で偏狭な文化観を克服でき、異文化間の理解がもたらされるのだと思います。
池田 実践者だからこその卓見です。文化交流は地道です。しかし、幅広く多元的に、粘り強く持続的に積み重ねていくなかで、平和と創造の大河が必ず流れ始める。このことを、民音(民主音楽協会)の活動を通じ、私も強く実感してきました。
 民音は、この10月で創立より47周年。交流は103力国・地域を数えるまでになりました。
 東京・信濃町の民音音楽博物館には、ハンコックさんが30年以上にわたり愛用されてきた、宝の中の宝のグランドピアノを展示させていただいております。苦楽を共にされ、数多の名曲を紡ぎ出してこられた、尊い尊い戦友ともいうべきピアノです。大好きな宝器を手元から放されることは、どれほど深い真心の決断であったか。私たちは、心で涙し拝受いたしました。
 今、ハンコックさんの分身の如く、世界中からの来館者の胸に、大いなる感動と喜びを奏でてくれています。永遠性の命を帯びた至宝です。
ハンコック 池田先生のご配慮に感謝します。このピアノの寄贈を通して、私自身、素晴らしい経験をさせていただきました。
 私も、公的な活動として、外交上の緊張関係にある国で演奏会を行う機会があります。しかし、目の前の聴衆の顔が見る見る変わって、国家間の緊張など、どこかへ吹き飛んでしまうのです。ジャズに聴き入る人たちの顔には、もはや疑念などありません。聴衆の気持ちの高ぶりが直《じか》に感じられるのは、まさにそんな時です。
池田 偉大な文化大使、平和大使の貢献です。お二人は、毀誉褒貶を超越して、信念の行動を貫き通してこられた。本物です。ゆえに、人々の魂を揺り動かす響きがあるのです。
 仏法では、「賢人は、八風といって八種の風に侵されない人を、賢人というのである。八風とは、利《うるおい》・衰《おとろえ》・毀《やぶれ》・誉《ほまれ》・称《たたえ》・譏《そしり》・苦《くるしみ》・楽《たのしみ》である。そのおおよその意味するところは、世間的利益があっても喜ばず、それを失っても嘆かないなどということである。この八風に侵されない人を、必ず諸天善神は守られるのである」(御書1151㌻、通解)と説かれております。不動の賢人こそが、最後に勝つのです。
ハンコック ありがとうございます。ジャズは、黒人が経験した苦難・苦悩から生まれた創造的な音楽です。
 奴隷として連れてこられたアフリカ系アメリカ人たちは、古来のさまざまな伝統から分断されました。その音楽は演奏を禁じられ、その宗教は信仰を禁じられ、その言語は会話を禁じられました。学校へ行くことも、学ぶことも許されなかったのです。ある黒人の少女──確かソジャーナ・トゥルース(注)だったと思います──が本を読もうとしたら殴られたという話もあります。
 子どものころ、父が私を一軒の家に連れて行き、一人の老人に会わせてくれました。「この人は昔、奴隷だったのだ」と。その折、かつて奴隷所有者から文法的に正しい英語を話すことさえ認められなかったこと、「お前たちは無知のままでいいのだ」と怒鳴りつけられたことを聞きました。
池田 お父さんの重大な教育でしたね。学ぶことは、人間の尊厳の証しです。かけがえのない権利です。それを踏みにじってきたところにも、奴隷制の残酷さが表れています。
 戦争も貧困も、子どもたちから学ぶ機会を奪い取ります。第2次世界大戦を経験した私たちの世代は、それを嫌というほど味わってきました。だからこそ、若い人たちが思う存分に学べる、平和で豊かな社会をと願い、私は教育の道を開いてきたのです。
 創価学会の「創価」とは「価値の創造」であり、「学会」は「学ぶ会」です。幸福の価値、平和の価値、文化の価値を創造しゆく「学の光」を、世界の民衆が共に輝かせていく連帯です。
        ♫
ハンコック アフリカ系アメリカ人は、奴隷制によって、身にまとった装飾品こそ、はぎ取られましたが、その心臓部は切り取られませんでした。これは、特筆すべきことです。そこからブルース、ゴスペルが生まれ、さらにジャズが生まれていきました。
 そして、このアフリカ系アメリカ人の経験から生まれたジャズは、すぐに白人によっても演奏され始めたのです。これはつまり、ジャズとは、人間の生命を詩的に表現する音楽であるということです。どんな苦難をも詩的に表現してしまう人間の精神力。ジャズのリズムは、あらゆる人間の心を揺さぶるリズムなのです。
ショーター そういう意味では、ジャズ発生のプロセスは、すでに奴隷制が現れる以前からあったのではないでしょうか。一民族の言語を奪うなど、あらゆる時代にあらゆる「奴隷化」がありました。
 私は、映画「ジュラシック・パーク」の「あらゆる生命は必ず生きる道を見出す」というセリフを思い起こします。どんな奴隷化に晒されようとも、創造のプロセスは、必ず別の表現の方法を見つけ出すものです。
池田 その通りです。それこそが、挑戦と応戦、また試練と成長、そして苦難と創造という、深遠にしてダイナミックな生命の法則です。
 生命は、安閑とした順境で飛躍するものではありません。個人であれ、団体であれ、民族であれ、文明であれ、極限の圧迫を耐え抜き、はね返していく戦いのなかで、真の生命の躍進が成し遂げられる。逆境に立ち向かい、苦難を乗り越えた負けじ魂には、誇り高き勝鬨が轟きます。その象徴の魂の讃歌が、ジャズではないでしょうか。
ショーター 先生がメニューイン氏と語り合われたように、奴隷であったアフリカ系アメリカ人たちもまた、リズムに合わせて拍子を取り、それを暗号にして、互いにニュースや出来事を知らせ合いました。
 とりわけ緊急時には、農場で働く仲間同士で暗号を送り、連絡を取り合いました。ダンスをしたり、娯楽に打ち興じたりしている時でも、彼らの間では、奴隷主たちが気づかないうちに、合図が送られていたのです。
 そうした技術が洗練されて、芸術的な技巧を生み出していきました。
 たとえば、タップ(軽い叩き)は複雑なドラムの技巧を生み出しました。また、教会で歌われるゴスペルの音律や構造に改訂が加えられ、やがて、教会を離れて一般の人々の間に浸透し、新しい音楽の一部となりました。
 アフリカ系アメリカ人のミュージシャンたちは、自分たちにも音楽の才能があることに気づきました。彼らは歌手となって歌い、楽器を手にとって演奏し、音符を書いて作曲をしました。そしてジャズが生まれたのです。
        ♫
池田 万人の心を打つジャズの即興性や独特のリズムは、まさに、戦って戦って戦い抜いてきた無名の英雄たちからの宝の贈り物ですね。
 日蓮大聖人は、命に及ぶ竜の口の法難の頸の座にあって、お供した愛弟子の四条金吾に、「これほどの悦びをば・わらへかし」(御書914㌻)と悠然と仰せになられました。
 何ものにも負けない。絶望しない。一切を変毒為薬しながら、歓喜の中の大歓喜の生命の讃歌を謳い上げていく。これが仏法の真髄です。
 ともあれ大切なのは、何があろうとも、心が善の方向へ、太陽の方向へ向かっていることです。希望の調べ、勇気の曲を奏でながら、前へ前へと進んでいくことです。その人こそ、偉大な精神の王者です。
 そして、人々の心を善の方向へ、太陽の方向へと向けていくことが、私たちの戦いです。
 半世紀前のアメリカの人権闘争においても、歌が人々の心に、勝利への太陽を昇らせました。「ウィ・シャル・オーバーカム(我らは勝利する)」も、その一曲ですね。公民権運動の母と呼ばれたローザ・パークスさんをアメリカ創価大学にお迎えした際には、皆で大合唱して歓迎しました(1993年1月)。
ハンコック ジャズ・ミュージシャンのなかには、公民権運動で活動した人も多くいます。また、公民権運動の心を謳い上げた曲も数多くあります。例えば、チャールズ・ミンガスは、「フォーバス知事の寓話」という曲を作曲しました。
ショーター 黒人女性歌手のビリー・ホリデイが歌った「奇妙な果実」もあります。あの有名な一節「ポプラの木に吊されている奇妙な果実」は、人々の記憶に残りました。
ハンコック これは、黒人へのむごいリンチを歌った歌です。
 私自身も「ザ・プリズナー(囚われ人)」という曲を作曲しました。この曲名には“公民権運動で囚われた人たち”と“人間の生命が虜にされること”という二重の意味を込めました。
池田 1969年、すなわち公民権運動の大指導者キング博士が暗殺の悲劇に遭われた翌年に発表された作品だそうですね。
 私も若き日、大阪で無実の罪で投獄されました。一切の矢面に立って恩師をお守りするとともに、人間の生命を虜にする権力の魔性との断固たる戦いを、獄中で決意しました。
 キング博士の葬儀で、ハンコックさんが演奏されているジャズの名曲が流れたことも、忘れ得ぬ歴史です。
ハンコック 公民権運動には、数多くのジャズ・ミュージシャンが、さまざまな形でメッセージを送っています。人種差別への抗議をあからさまに描いた作品もあります。差別なき未来への希望を描いた曲もあります。
 この運動への人々の励ましや支援を心から願い、それを表現した曲もあります。
 こうして、いわゆる公民権運動時代には、多種多様なジャズ音楽が生まれました。1960年代のジャズは、誰の心にも深い印象を残しています。
 私自身、演奏家としての道を進みながら、同時に公民権運動に進むべきかどうかを、思い悩みました。事実、各種の行進に参加した音楽家も数多くいます。けれども、私は演奏活動があまりにも多忙であったために、行進には参加できなかったのです。しかし、心はいつもそこにありました。
 実は最近、キング博士の盟友であったビンセント・ハーディング博士から著作を頂きました。博士も先生と対談されていますが、私たちのジャズ鼎談が開始されることを知り、大切な著作を贈ってくれたのです。先生との対談が結ぶ魂の交流に、感動を覚えます。
池田 ハーディング博士は、「公民権運動」を「民主主義を拡大する運動」との名称で呼びたいと主張されていました。その運動は、世代から世代へと受け継ぎ、拡大していくべきものだからです。
 また、ハーディング博士は、歌が人々に与える「励ましの力」が、いかに大きいかを語っておられました。
 「人々は、しばしば大変危険な状況にあって『私は恐れない』と歌いました。彼らは、『恐れていない』と歌っていたのではありません。実際、しばしば恐怖に身を震わせていたからです。しかし、彼らは『恐怖心に征服されない』『我々は克服しなければならない。恐怖に我々を止めさせはしない』と歌っていたのです」 「多くの人々にとって、歌なしには、運動で遭遇した多くの困難を耐え抜くことはできなかったでしょう」と。
 まさに今も変わらぬ心で、人々に勇気と希望を贈る二人の音楽活動こそ、この魂を継承する「民主主義の行進」であると確信しています。
ショーター ありがとうございます。以前、韓国のラジオ局からインタビューを受けた折、若いアナウンサーが驚いていました。「あなたは50年も世界中でジャズを演奏しています。さらに続けることは、肉体的に可能でしょうか」と(笑い)。
 私は答えました。「どこへでも行きますよ。人々の心にインスピレーションを与える使命があるかぎり、そして、私の生命の続くかぎり」と。
 これが、池田先生の弟子である私とハービーの魂です。
        ♫
池田 嬉しいですね。
 黒人文化を宣揚した大詩人ジェイムズ・ウェルドン・ジョンソンが1900年、戸田先生の生誕の年に発表した詩が、私は大好きです。
 「ことごとくの声をあげてうたえ
 天地が鳴りひびくまで
 自由の旋律にあわせて
       鳴りひびくまで」
 「生まれたばかりの
      新しいわれらの日の
 昇る太陽に顔をむけ
 勝利をこの手にするまで
       行進し続けよう」
 すべての人間が等しく尊厳を謳歌していく「生命の世紀」に向かって、共々に前進していきましょう! 自由の旋律を轟かせて! 


メニューインの言葉は『人間と音楽』別宮貞徳監訳(日本放送出版協会)。J・W・ジョンソンは『世界詩人選集4』嶋岡晨・松田忠徳訳(飯塚書店)。

(注)ソジャーナ・トゥルース(1797~1883年) 奴隷の子として生まれ、奴隷制廃止と女性解放に戦った黒人女性。ソジャーナは「自由への旅人」、トゥルースとは「真実」の意。火星のロボット探査車に、その名がつけられている。
2010-10-22 : 音楽を語る :
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ロシア「教授クラブ賞」授与式

ロシア「教授クラブ賞」授与式
         (2010.9.10 創価大学本部棟)

 ロシア・極東地域の最高峰の学術団体である「ユネスコ教授クラブ」から、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に、外国人として初の受賞となる「教授クラブ賞」が贈られた。これは、約40年にわたる両国の文化・学術・教育交流への功績を讃えたもの。授与式は10日、来日した同クラブのゲンナジー・トゥルモフ総裁が出席し、東京・八王子市の創価大学本部棟で行われ、総裁から代理の田代創大理事長に証書が託された。

トゥルモフ総裁の授与の辞

池田会長は偉大な哲学者、詩人

 このたび、ユネスコ教授クラブは、池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長の教育、文化および国際関係における多大なるご功績を讃え、「教授クラブ賞」を授与させていただくことを決定いたしました。
 教授クラブを代表し、また私個人からも、このご受賞を心よりお祝い申し上げます(大拍手)。
 外国人への同賞の授与は初であり、私たちにとって、非常に名誉なことであります。
 ロシアにおいて池田会長は、偉大な社会活動家、哲学者、作家、詩人、学者、そして数々の文化・教育機関の創立者として、有名であります。
 また、約40年にわたり、わが国との人道分野における交流を積極的に進められ、ロシアと日本の友好関係の強化に計り知れない貢献をされました。
 池田会長は、日ロの文化、学術、教育交流の発展に大きな役割を果たされ、それは、口シア・極東地域にとって、特に重要な意味をもっております。
 池田会長のリーダーシップにより、学生の交換留学、教員の派遣、展示会や図書の交換等、実り多い、さまざまな交流プログラムが実施されています。
 また池田会長は、極東国立工科大学の名誉教授、およびユネスコ教授クラブの会員でもあられます。
 私たちは、池田会長を、卓越した研究者、歴史や教育問題、地球規模の社会問題に関する数々の著書の作者として存じ上げております。
 会長の著作には、人間主義や教育論、そして反戦思想が鮮明に打ち出されています。
 私たちロシア国民は、特に、池田会長のロシア文化に対する深いご理解と、ロシア古典文学に対する造詣の深さに、大変感銘を受けております。
 さらに池田会長は、激務のなか、学術論文、文学作品、詩歌を執筆し、それらは30言語以上で出版されています。ロシア作家同盟の会員である私は、感嘆せずにはいられません。
 「国運平和賞」、国連難民高等弁務官事務所の「人道賞」、世界詩歌協会の「世界桂冠詩人」賞、そのほか多数の国際的な顕彰──それらはい池田会長の卓越したご功績に対する評価の一部にすぎません。
 また本年が、SGIと池田会長にとって3つの記念日を祝賀する非常に重要な年であることも存じ上げております。
 それは、池田会長の創価学会第3代会長ご就任50周年、創価学会創立80周年、そしてSGI発足35周年であります。
 これらの佳節をお祝いするとともに、今後のますますのご繁栄と会員の皆様のご多幸を、お祈り申し上げます。
 それでは、「教授クラブ賞」の証書を池田会長に授与するという栄えある使命を遂行させていただきます(大拍手)。

SGI会長の謝辞(代読)

教育と友情の虹の橋を
激動期に創立された教授クラブの歌
「すべての険難を越え、そびえ立つ!」


 一、心より尊敬するトゥルモフ総裁を、あの3年前の7月の忘れ得ぬ出会いに引き続いて、創価大学にお迎えでき、これほどの喜びはございません。
 「友情の心」深き貴国の格言は教えております。「木は根によって、人は友人によって支えられる」と。
 ロシア教育界の黄金の柱であられる総裁と結び得た友情こそ、私たちにとりまして、かけがえのない宝であります。
 極東の真珠ウラジオストクの天地にあって、貴国を、さらに世界を、赫々と照らしゆかれる「知性の灯台」から、まことに誉れある「教授クラブ賞」を賜りました。
 貴クラブが掲げておられる「教育・科学・文化・生産の伝統の保護と復活」という高邁なる理念を改めて胸に刻み、私は謹んで拝受させていただきます。
 光栄にも、私の創価学会会長就任50周年の祝賀を込めて、「5月3日」に授与を決定してくださったご厚情も、感謝に堪えません。まことに、まことに、ありがとうございました(大拍手)。

勇気に燃えて
 一、貴クラブの設立は、ソ連邦の崩壊から3年後の1994年とうかがっております。
 厳しい激動の時代にあって、創立者であられるトゥルモフ総裁の厳然たるリーダーシップのもと、青年を愛する教育者、学術者の方々が団結し、「高等教育」の灯を、断固として護り抜いてこられました。そして、若き世代の正しき「精神的基盤」の構築のために心血を注いでこられたとは、崇高なる不滅の歴史であります。
 文化・芸術の振興への一貫したご貢献も、なんと気高い光彩を放っていることでありましょうか。
 トゥルモフ総裁は語られました。
 「『教授』とは、豊かな教養と大きな視野、積極的な人生観を持つ人である。自身の信念を貫くことができる人である。そして、単に自分の専門分野を教えるだけではなく、人生を教えられる人である」と。
 私は感動いたしました。
 仏典には、一頭の師子王が吼えれば、その声を聞いた無数の師子の子は、皆、限りない力を得ることができるという譬喩があります。
 いかなる試練の時にあっても、一人の勇敢なる「教授」の師子吼があれば、幾多の青年たちが勇気に燃えて希望の活路を開いていくことができる。
 そのことを、総裁と貴クラブは、誇りも高く世界に示し切ってこられたのであります。
 あまりにも尊き精神の大闘争を、私たちは心から讃嘆申し上げたいのであります(大拍手)。

知性の種を蒔け
 一、本年は、貴国の大文豪チェーホフが、ウラジオストクを訪問してより、120周年であります。
 ウラジオストクを心から愛したチェーホフの戯曲の一節に、「君よ、知性の種を、善の種を、そして永遠の種を蒔くのだ! 蒔くのだ!」とあります。
 思えば、東西冷戦の渦中、私がロシアの大地に第一歩をしるしたのは、1974年の9月8日でありました。
 以来、36年──。敬愛する貴国の方々とご一緒に蒔いてきた、平和・文化・教育の交流の種は、今、大きな花を幾重にも咲かせております。
 うれしいことに、本日も、貴国からお迎えしている留学生をはじめ、多くの学生の代表が出席してくれております。さらに、ウラジオストクで活躍するわが創価大学の最優秀の卒業生も、総裁に同行されております。
 本当にありがとう!(大拍手)
 目覚ましい大発展を続けゆく貴ウラジオストクにとって、本年は、建都150周年の佳節にあたります。そして、2012年には、このユーラシアの宝たる港湾都市ウラジオストクで、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の開催も予定されております。
 わが創価の青年たちと共に、私は、敬愛するウラジオストクの未来の天空に、大いなる平和と繁栄の「虹の橋」が広がりゆくことを、心からお祈り申し上げるものです(大拍手)。
 一、総裁が作詞・作曲された貴クラブの歌の一節が、私は大好きであります。
 「かけがえのない
 この日!
 かけがえのない
 この瞬間!
 すべての険難を
 乗り越えて
 聳え立つ!
 悲哀を乗り越え
 あらゆる心の痛みを
 乗り越えて」
 偉大な貴クラブの一員として、私もこの雄渾なる魂を漲らせ、尊敬してやまぬ総裁とご一緒に、世界の青年が胸張り進みゆく新たな人類文明の創造の航路を、断固と切り開いていくことをお約束申し上げ、御礼のあいさつとさせていただき主す。
 スパシーバ!(ロシア語で「ありがとうございました!」)(大拍手)
2010-10-22 : スピーチ・メッセージ等 :
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「精神のシルクロード」を求めて

「精神のシルクロード」を求めて  「ロシア」が見た池田大作
  ウラジミール・イワーノヴィチ・トローピン著 潮出版社 2010.10.20刊 ¥1900+税    

日本の読者の皆様へ

プロローグ

第1章 事の始まり──池田大作とソ連の出合い
 不安と困難の中で実現したソ連初訪問
 「近くて遠い国」ソ連
 第1次訪ソの立役者たち
 モスクワ大学から「名誉博士号」授与
 「モスクワ大学には青少年を貴ぶ気風がある」
 「確固たる友情は曇らせることができない」
 池田とホフロフ総長の出会い
 人間味あふれるホフロフ総長
 合言葉は「ボリショイ 乾杯!」
 締めくくりに実現したコスイギン会見
 レニングラードの悲劇から学ぶ
 池田・コスイギン対談の現代的意義

第2章 平和を求めて
──池田大作の民間外交
 池田大作と「原水爆禁止宣言」
 民間外交こそ外交の真髄
 「ターニャの日記」の衝撃
 平和のために断固行動する人
 悪化する日ソ関係の中で実現した第3次訪ソ
 ミハイル・ゴルバチョフの登場
 「核兵器──現代世界の脅威」展の開催
 モスクワ大学が果たす民間外交
 そしてゴルバチョフ対談実現へ
 池田対談で、訪日を約束
 日ソ両国に開かれた新たなページ
 池田メッセージは今なお重要な響きを持つ
 
第3章 精神のシルクロード──東西文化交流の新しい道
 文化の力は政治や軍事をも超える
 東西・南北を結ぶ「シルクロード」建設へ
 文化交流にイデオロギーの壁は必要ない
 「対話」というソフト・パワー
 新たな道を拓いたログノフ会談
 立ち返るべきは人間の内面
 「寛容」と「尊敬」が人間の共同体の条件
 東西文化を包含する大地・ロシア
 「精神のシルクロード」が要請される時代
 ロシア文学が相互理解に果たした役割

第4章 人間教育の創造
──モスクワ大学と創価大学の交流
 牧口常三郎の精神と創価大学
 ソビエトにおける青少年教育
 エリューチン高等教育大臣
 モスクワ大学の父・ロモノーソフ
 モスクワ大学が果たした役割
 モスクワ大学と創価大学で学術文化交流協定が締結
 大学は国家の枠を超えた真理探究の場
 大学の未来について──ログノフとの語らい
 ログノフが推進した大学改革
 今こそ「心の教育」が重要
 人間の持つ可能性を引き出すのが教育

第5章 心の語らい──センセイとショーロフの出会い
 現代ロシアの文豪・ショーロフ
 ショーロフと池田の運命的な出会い
 「今日は人生で一番充実した日」
 池田青年と『人間の運命』
 ショーロフ文学は民衆とともに
 
第6章 世紀から世紀へ──新生ロシアとの対話
 ソ連崩壊という混乱の中で
 新たな一歩を踏み出したモスクワ大学
 21世紀における国家と大学の関係
 人間自身に内在する力
 出会いの30年──そしてさらなる未来へ

エピローグ
 「人間の叫び」に国境も体制もない
 比べることのできないスケールの大きさ
 友情に「さようなら」はない
2010-10-21 : 池田大作理解のために :
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フィリピン国立南ミンダナオ大学「名誉人文学博士号」授与式

フィリピン国立南ミンダナオ大学「名誉人文学博士号」授与式   (2010.10.9 創価大学記念講堂)

 フィリピンの国立大学「南ミンダナオ大学」から創価大学創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に「名誉人文学博士号」が贈られた。授与式は9日、東京・八王子市の創大記念講堂で行われ、南ミンダナオ大学のヘスス・アントニオ・デリヘ学長、同大学のビジネス開発センターのアリエル・ガルシア所長、国立パンパンガ農業大学のゾシモ・バタッド前学長夫妻、平和団体「アイルランド協会」のポーリーン・マーフィー前会長(アルスター大学名誉教授)らが列席。名誉学位記が創大の池田博正理事に託された。

授章の辞

50年以上にわたり全世界で平和・文化・教育を推進

 ムスリム・ミンダナオ自治区の青年の学問的自由と教育変革の拠点であります国立南ミンダナオ大学は、SGIの発展において、中心的な役割を担い、多大な影響を与えてこられた池田大作博士をここに顕彰いたします。
 博士のご構想、ご献身、ご貢献、そして50年以上にわたる啓発に富んだリーダーシップにより、SGIは世界192カ国・地域に1200万人以上のメンバーを擁する世界的な団体へと飛躍を遂げられました。
 私どもは、SGIがその活動の主軸を、人間が持つ善なる可能性を希望、勇気、人間性と文化の差異に対する尊重へと開花させることに置いていることをよく存じ上げております。
 創価一貫教育の中核である「価値を豊かにする教育」という創立の精神は、アジアのみならず全世界における、平和・文化・教育の促進にかけてこられた博士の生涯にわたるご献身を凝縮し表現したものであります。
 また、東京、関西、そしてアメリカなどにある、創価学園、創価女子短期大学、創価大学をはじめとする数々の創価教育機関、東洋哲学研究所、池田国際対話センター、戸田記念国際平和研究所、その他、さまざまな文化機関の創立者として、博士は人類社会の紛争の根本的原因の根絶のために、周到かつ活発に尽力されました。
 そして文化交流、対話、講演、出版、教育を通し、積極的に平和を促進する原動力となる機構作りに取り組んでこられました。
 さらに池田博士は、長年、世界を代表する多くの識者と対話を展開、また、50カ国以上で講演やスピーチをされ、SGIの国連支援を推し進め、平和や人間が今日、直面している多岐にわたる諸問題について、幅広い執筆活動を行ってこられました。
 また、1975年1月26日のSGI発足を記念して、毎年、平和提言を発表し、国連にも提出してこられました。
 池田博士には、教育、文化、文学、平和の推進への生涯をかけたご貢献とご功績を讃え、世界から298の名誉学術称号が贈られております。
 本学は、池田博士の生涯にわたる平和促進の信念とご行動が、ミンダナオ島のキリスト教徒の青年にも、イスラム教徒の青年にも等しく感動を与え、彼らを鼓舞してくださることを、また、幾世紀も紛争と人間同士の対立に苦しんできた私どもの島に、人道的で平和を愛する社会を築きゆくための民衆変革の方途を示してくださることを、切に願うものです。
 博士は、仏教哲学者、教育者、写真家、また、数多くの著作を出版してこられた文筆家として、フィリピン、なかでもミンダナオ島の人々をはじめ、世界中の何百万もの人々を驚嘆させ、彼らに啓発を与えてこられました。
 以上の理由から、国立南ミンダナオ大学は、池田博士に、本学の高き栄誉である「名誉人文学博士号」を、ここに授与いたします(大拍手)。

池田SGI会長の謝辞(代読)

君よ進め! わが心に不動の信念の山を抱け


創立の魂よ 永遠なれ
青年の交流で人間協和の世界を


 一、ただ今、「教育の大国」フィリピン屈指の名門・南ミンダナオ大学から、栄えある「名誉人文学博士」の学位を、わが創価の若き英才たちと一緒に拝受させていただきました。これほどの喜びはございません。まことに、ありがとうございました(大拍手)。
 南ミンダナオ大学のキャンパスが広がる美しき天地には、貴国が誇る最高峰のアポ山がそびえ立っています。創価大学から仰ぎ見る日本一の富士山にも比せられる、秀麗な名山であります。
 今、時代は目まぐるしく揺れ動いている。だからこそ、青年は富士の如く、またアポ山の如く、わが心に不動の信念の「王者の山」を抱いて、烈風に胸を張っていくことです。
 それが、貴国をはじめ、アジアを蹂躙した日本の軍国主義と対峙して、いかなる迫害にも微動だにしなかった創価教育の父・牧口常三郎先生、戸田城聖先生の偉大な闘争の人生でありました。
 「創価教育」80周年の記念日を目前に賜った貴大学からの宝冠を、ここに謹んで、牧口・戸田両先生に捧げさせていただきたいのであります(大拍手)。

民衆のために
 一、牧口先生は『創価教育学体系』の中で「母性は本来の教育者であり、未来に於ける理想社会の建設者」であると、厳かに宣言されております。
 残酷な戦争に苦しみ抜かれた貴国の大地にあって、60年前、一人の勇敢な女性教育者が立ち上がりました。
 そして“民衆のために、より意義ある貢献をするために、自らが理想とする学校を創立するのだ”と、戦争補償金の私財をなげうって奔走していかれました。さまざまな反対にも屈せず、あらゆる障害を忍耐強く乗り越えて、遂に夢を実現されました。
 その女性こそ、貴大学の偉大なる創立者バイ・ハジャ・マタバイ・プラン先生なのであります(大拍手)。
 開学当初、貴大学は教室が不足し、アカシアの木が茂る屋外で、向学の情熱光る“青空授業”を行われることもあったといいます。デリヘ学長の崇高な父上と母上も、そのような草創期に大学職員として、貴大学の発展に尽力されたとうかがっております。
 建設の死闘を越えて貴大学は、実力と人格を兼備する幾多の逸材を育成してこられた。
 それは、なぜか。学長をはじめ、「創立の魂」を、わが心とする青年が澎湃と続いたからでありましょう。
 大学に行けなかった庶民の希望を担い立って、学生が指すべき指標は何か。
 学長のモットーが、その答えを明快に示されています。
 すなわち、第1に「指導者」たれ! 第2に「友人」たれ! そして第3に「奉仕の人」たれ!──であります。
 わが創価教育の理念とも、見事に響き合っております。ここで、この3指針を確認し合いたい。

誠実な友情こそ 汝の黄金の宝

指導者たれ!
 一、第1に、「指導者たれ」であります。
 明年、生誕150周年を迎える、貴国の独立の英雄ホセ・リサール博士は、指導者の不滅の模範を示しました。その根幹は、「勇気」であります。
 リサール博士は叫びました。
 「決然と危機に挑むならば、危機の方から逃げ去るであろう」
 全く、その通りであります。
 どんな試練が襲いかかろうとも、若き指導者は臆してはならない。退いてはならない。勇気の太陽を心に昇らせて、猛然と立ち向かっていくのです。
 50年前、私も戸田先生の後継として、「詮ずるところは天もすて給え 諸難にもあえ 身命を期とせん」との覚悟で、指揮を執り始めました。

友人たれ!
 一、第2に、「友人たれ」であります。
 貴大学の創立者プラン先生が掲げられた目標は、“民族の多彩なミンダナオにあって、平和と発展に寄与すること”でありました。
 この心は、今、学長のリーダーシップのもと、人種や宗教等の差異を超えて、青年が友情を結び、学び合う、多文化共生の模範のキャンパスに漲っております。
 イスラム世界の哲人指導者アブドゥルラフマン・ワヒド元大統領と私の対談集でも話題になった、大医学者イブン・シーナーは語りました。
 「誠実な友情にこそ、汝の黄金の宝あり」
 国際社会にあって、政治や経済の次元は、どうしても摩擦や対立を避けられない。しかし、教育の次元で結び合った黄金の友情は、絶対に崩れません。
 地道であっても、対話を貫き、グローバルな友情を深めゆくことこそ、最も確かな未来の平和を創る道です。
 その意味において、世界市民の先頭に立つ27カ国・地域の留学生の皆さん方が力を合わせて見事な演技を披露してくれたことが、私は何よりもうれしい。本当にありがとう!(大拍手)
 皆、体を大切に!
 健康と健闘を祈ります。
 ミンダナオは、高貴な花「蘭」のふるさととしても有名であります。古来、香しき友情は「蘭室の交わり」と呼ばれます。
 創価大学は、貴大学をはじめ、世界の大学と、さらに香り高く「蘭室の交わり」を結びながら、「人間共和の世界」を朗らかに広げていきたいと思うのであります。

奉仕の人たれ!
 一、そして第3に、「奉仕の人たれ」であります。
 貴大学は、貴国の農業政策を大きくリードされるとともに、地域社会に誠実に奉仕され、地元の市民への学外教育も力強く推進されております。
 歴史学者トインビー博士は、かつて貴国に設置された「東南アジア高等農業教育機構」で貢献しゆく青年に教えておられました。
 「『学ぶ』とは何でしょう。それは、より多く人々に奉仕しようとする、人間が生まれながらに内質化しているヒューマニティーを、より高めていくことです」と。
 英知を磨くは何のためか。民衆への奉仕こそ学問の大目的です。人間の幸福のため、社会の繁栄のため、世界の平和のためにと、大情熱をもって学びゆく時に、真の英知は生命に輝くのであります。
 「前進をするためには、自身の血管の中に革命的精神が燃えていなければならない」とは、リサール博士の獅子吼です。
 創価の学友は、若き血潮に人間革命の精神を燃やして、正義の旗を高らかに掲げて、雄々しく前進していってもらいたいのであります。
 一、終わりに、壮麗なる貴大学の校歌の一節を、共々に生命に響かせ、私の謝辞とさせていただきます。
 「真理と美への愛輝く 勇敢で正しき学舎よ 永遠なれ!」
 「大切な我らが母校よ その精神によって我らは 人生最高のゴールヘと導かれん」
 「我らの啓発の源たれ 一人一人の胸に生き続けよ!」
 敬愛する貴大学の万代の発展、そして貴国の無窮の繁栄を心よりお祈り申し上げます。
 マラミン・サラマッポ!(フィリピン語で「本当にありがとうございました!」)(大拍手)
2010-10-11 : スピーチ・メッセージ等 :
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