魂の人間讃歌  第2回 出会いの共鳴

魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

第2回 出会いの共鳴
    (2010.9.18付 聖教新聞)

人生は「人間への信頼」の芸術

SGI会長
常に「いよいよ、これから」と前進を
ハンコック氏
「師のため」「友のため」が創造の源
ショーター氏
「民衆こそ偉大」の哲学から触発


池田 嬉しいことに、ショーターさん、ハンコックさんたちに続き、アメリカ青年部も立派に成長してくれています。この夏の全米各地での青年文化祭も大成功でした。思えば、ハンコックさんとの初めての出会いも、アメリカのサンディエゴで行われた文化祭の折でしたね。
ハンコック おっしゃる通りです。1974年のビューティフルな春4月、私は34歳になる直前でした。この時、先生は「また会おう」と再会を約してくださったのです。
池田 そうでした。涼やかな目に希望が光る青年でした。その後、ゆっくりとお会いできたのは、夏の東京でしたね。
ハンコック はい。同じ年の7月、わがバンド「ヘッド・ハンターズ」の訪日コンサートの折でした。先生が、学会本部の近くにある和食のお店に招待してくださったのです。私たちは、先生にお会いできることに、興奮し、緊張していました。実は皆、“堅苦しい会見”を予想していたのです(笑い)。ところが先生には少しも形式張ったところがなく、堅苦しさは微塵もありませんでした。
池田 いや、私は江戸っ子ですから、もともと堅苦しいのは大嫌いなんです。仏法は「本有無作《ほんぬむさ》」です。ありのままの人間性で光っていくことです。日本で、3カ月ぶりにお会いでき、バンドの皆さんやご家族とも、親しく懇談したことが懐かしい。
ハンコック 先生は、その場にいた私たち全員に、こまやかに心を配ってくださいました。心から歓迎し、一人残らず楽しい時間を過ごせるようにとの、深いご配慮を感じました。気が付くと先生は、エプロンを着けておられたのです。驚きました(笑い)。自らの手で料理を出してくださったのです。その振る舞いは本当に温かく、慈愛あふれるものでした。
        ♫
池田 よく覚えていますね(笑い)。皆さんは同志です。家族です。尊い仏様です。海外から日本に来ることが、どれほど大変か。私は常に一期一会の思いでお迎えしています。
 法華経には「当《まさ》に起《た》って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし」とあります。日蓮大聖人は、これこそ法華経の「最上第一の相伝」と教えておられます。
ハンコック あの日、お疲れのはずだったのに、先生は私たち全員に激励の言葉まで揮毫して贈ってくださいました! 今も大切に宝としています。そこには、こうありました。「世界中の人びとの友であり 私の兄弟であり そしてジャズ界の大勝利者に 生涯にわたって栄光あれと祈りつつ わが友ハービー・ハンコック様」。息ができなくなるほど感動し、強い力で、心がしっかりつかまれたように感じました。
池田 私の心にも、未来への大いなる希望が高鳴りました。
 法華経に登場する妙音菩薩は、行くところ、向かうところ、「百千の天楽《てんがく》は、鼓《く》せざるに自《おのずか》ら鳴る」と説かれています。
 お二人との語らいは、それ自体が妙なる調べのように、私の心に響いて離れません。ショーターさんとの忘れ得ぬ出会いも、同じく1974年の4月でしたね。
ショーター その通りです。池田先生が講演のために訪問された、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のキャンパスでした(「21世紀への提言」と題し、1時間15分にわたり講演)。
 先生は、講演を終えたばかりで、たくさんの人々の間を歩いてこられました。その時、アメリカSGIの友人と、今は亡き妻アナ・マリアが、人込みの中から私を先生の方に押し出してくれたのです。
池田 そうでしたね。アナ・マリアさんのことも、深く心に刻まれております。聡明な奥様でした。偉大な母であり、気高い女性でした。あのお姿は、私たち夫婦の胸に焼きついています。アナ・マリアさんも、この鼎談をきっと喜んでくださっていることでしょう。あらためて妻とともに、懇《ねんご》 ろに追善させていただきました。
ショーター ありがとうこざいます。妻を亡くした時、先生が「苦難が深いほど、人生の真価は輝くのです。どうか人間の王者として生き抜いてください」と励ましてくださったことを、私は一生涯忘れません。
池田 その通りに、「人間の王者」として堂々と勝ち抜いてこられました。一番深い悲しみに耐え抜かれたことが、一番深い奥様への愛情の証しです。
 苦しみ、悲しみを味わった人間でなければ、悩んでいる人の真の味方にはなれません。ショーターさんは試練を乗り越えて、世界中の人を勇気づける音楽を奏でてこられました。アナ・マリアさんに捧げる最高無上の勝利です。また、ショーターさんが、今、新しいご家族とともに、仲睦まじくお元気に活躍されていることも、本当に嬉しい限りです。
 1974年、UCLAでの講演は、海外での初めての大学講演でした。日本時間で4月2日、奇しくも戸田城聖先生の祥月命日です。生涯、海外に行かれなかった恩師に代わり、そして恩師に捧げる思いで講演しました。
この講演では、人類が抱える諸課題の解決には、戸田先生が一貫して弘められた「生命尊厳の思想」を全人類が等しく分かち持つことが急務と訴えました。さらに72年から2年越しに行ったトインビー博士との対談も踏まえつつ、仏法の生命論を展開しました。
「小我《しょうが》」に翻弄された文明から「大我《たいが》」に基づく文明への転換こそ時代の要請であると強調したのです。21世紀を「生命の世紀」にと提唱したのも、この時です。以来、モスクワ大学、北京大学、フランス学士院、そしてハーバード大学等、海外の大学・学術機関での講演は、32回を数えます。その原点は、ショーターさんとお会いした日なのです。
ショーター 私たちは外でお待ちしていて、講演は聴けなかったのですが、先生のお姿を拝見した瞬間、「ああ、この方が池田先生なのだ」という感覚が胸をよぎりました。それまで私の脳裏に刻まれていた名前と、実際の人物が一致した瞬間でした。
池田 ずいぶん長い時間、お待たせしてしまったことでしょう(笑い)。すみませんでしたね。あらためてお詫びします。
 初めての出会いから36年。お二人はいよいよ若々しく、みずみずしい。求道と創造の大情熱を燃え上がらせておられる。日蓮仏法は「本因妙」です。常に「今から」「これから」「いよいよ」と、未来へ勝ち上がっていくことです。
 ところで、UCLAといえば、ショーターさん、ハンコックさんは、「平和のための国際芸術家委員会(ICAP)」のメンバーとともに、コンサートを開かれましたね。大きな大きな感動が広がったと伺っています。(2007年12月。2000人の聴衆を魅了し、セッションには学生も参加。大学側も「大きな期待を超越する感動の演奏」と絶讃した)
 アメリカの芸術部の代表を中心に結成されたICAPは、芸術を通して平和の心を広げる団体です。崇高な行動に、私は心から敬意を表します。
 なお、このコンサートでは、光栄にも私の誕生日を記念して、ショーターさんが作られた交響曲を演奏してくださいました。さらにまた、ハンコックさんも、ご自身の曲を披露し、私に贈ってくださいました。重ねて御礼申し上げます。ハンコックさんは、コンサート当日の朝までかかって、曲を完成してくださったと聞きました。
        ♫
ハンコック 先生に捧げる曲「わが師匠への讃歌」を作りたいと決意した当初は、大変に重大な責務を担ったように感じたことを覚えています。
 その曲に託したいイメージは幾つもありました。「感謝」「勇気」「パイオニア精神」「会員への慈愛」「広宣流布のため、会員の幸せのため、人類のため、常に全魂込めて尽くす心」……。そして、同志であるメンバーにも「励まし」を送ることができればと望んでいました。
池田 この曲は、半年後の2008年の5月4日、創価教育同窓の集いが行われた創価大学でも演奏してくださいましたね(席上、SGI会長夫妻に中国の延安大学から終身教授称号が贈られた)。
 あの時、記念講堂を包み込んだ壮麗な音律は、今も蘇ります。来賓の延安大学の先生方も、創価教育の同窓生も、深く感動していました。青年部、未来部の友にとっても、芸術の真髄に触れられたことは、無限の心の啓発となったに違いありません。
ハンコック 先生の前で、そして意義深き式典で演奏することができ、光栄でした。
 正直に言えば、実際に楽譜を書き出したのは、UCLAでのコンサートのほんの1週間前でした。私は、作業に作業を重ねましたが、コンサート当日まで、最終版には至りませんでした。それで、私は自分に言い聞かせました。「これは、生きるか死ぬかだ」と。
 わが師への讃歌なのですから!
 私は徹夜して、最後の、本当に最後の瞬間まで戦いました。だから、最後の段階になって、さまざまな部分をつなぎ合わせ、曲の全体像が見えてきた時には、感動の涙が溢れ出てきました。その時、自分の進んでいる方向が正しいと分かったのです。私はメンバーの心に触れたいと、心から望んでいたのです。それが先生の心であり、先生が望まれることだからです。
 そして、その曲の演奏を終えた時、みんなが素晴らしい曲だと言ってくれました。本当に深い感動を覚え、「私は勝った」と実感しました。
ショーター 私も、「民衆こそ偉大!」との先生の哲学に触発され、交響曲「池田大作讃歌──鎖を解かれたプロメテウス」の作曲を開始しました。
 これまで池田先生にも一部を披露させていただきましたが、実は、先生の交響曲は、いまだに「制作中」なのです。人々の物語を表現する、オーケストラ的探究をしたいと考えています。
        ♫
池田 恐縮の限りです。また、壮大な創作のスケールに感嘆します。ギリシャ神話に登場するプロメテウスは、独裁者ゼウスの怒りを買い、岩に鎖で縛られる。
 なぜか──人類に「火」を与え、「言葉」を与え、「音楽」を与え、「文化」を与えたからです。民衆が賢く、強くなることを、権力者は嫌います。支配しにくくなるからです。
 日蓮大聖人は濁世の様相を「民の力よわ(弱)し」(御書1595㌻)と喝破されました。大事なことは民衆が強くなることです。
 力をもつことです。これが時代を変えていく鍵です。
 ジャズは魂の叫びです。勇気を呼び起こし、人間を強くします。生命を躍動させます。民衆を連帯させます。その次元で、仏法と深く響き合うのです。
ショーター 池田先生が、アメリカ芸術部のメンバーと語り合ってくださったことも、私は忘れません(2002年5月)。
 そこには、ハービーをはじめ、俳優のパトリック・ダフィー、フルート奏者のネスター・トーレス、ギタリストのラリー・コリエル、トランペッターのシュンゾウ・オオノ、スパニッシュダンサーのオリベラ夫妻など、皆、同席していました。
 あの時、先生は私たちに「信頼」の大切さを教えてくださったのです。
 「自分と一緒に仕事をする人たちを信頼し、互いを信頼し合うことが大切である」──そう言われました。
ハンコック そうです。ICAPはあの時、先生のもとから前進を開始したのです。
池田 仲の良い、呼吸の合った結合でしたね。皆、超一流の実力と人格を併せ持った方々です。創大記念講堂での本部幹部会の時でした。本当に美事な演奏をしてくれました。大病を乗り越え、夫人とともに再び舞台に立たれたオリベラさんの「勝利の舞」も、皆の命に鮮烈に刻まれています。
ショーター 先生は重ねて「皆、急ぐ必要はないんだよ。結果ばかり追わずに、『心こそ大切』で、信頼し合っていきなさい」と言われました。
ハンコック 先生が、その点を強調されたことを、私もよく覚えています。池田先生がおっしゃるように、自己を信頼し、他の人々を信頼できるようになることが大切だと思います。
 私は、ジャズの演奏の中でも、また即興の瞬間でも、この「信頼」が重要な役割を果たしていることを痛感しています。相手を「信頼」できなければ、とうてい、ステージに立つことなどできませんから(笑い)。
 あの時、先生は奥様に、「これで全部、必要なことは言ったかな? 言い残したことはないね」と念を押されました。奥様は「いいえ、何にもありません。もう十分言われましたよ」と微笑まれました(笑い)。
池田 皆、世界の最高峰の芸術家です。皆さんには、本当のことを言っておきたかった。私の大切な大切な友人ですから。宝の兄弟ですから。
ハンコック これまでの日本訪問の経験に照らして、私は、(本部幹部会での)先生との会見は一定の形式に沿ったものになるだろうと考えていました。しかし、勇気を奮ってあえて申し上げるならば、先生は、そうした形式には、まったくとらわれない方といえましょう。先生の自由闊達さ。人間的な温かみ。先生はどこか一国の文化には縛られません。そしてどんな挑戦目標も、全力で成し遂げておられます。その行動はパイオニア・スピリット(開拓者精神)に満ちています。
 そこで引き合いに出したいのが、形式にとらわれないアメリカ人の生き方です。時には度を過ぎた規則破りをすることもありますが……(笑い)。
これがアメリカ人の特質であり、パイオニア・スピリットです。
 その特質がどこから来るのか──アメリカには広大な国土があります。そして、もちろん先住民もおります。とともに国民のほとんどが、移民か移民の子孫たちです。私たちの祖先は、地球の全域からきているのです。
池田 私はアメリカの人々が大好きです。明るくて、自由で、陽気でユーモアがあり、親切で、よく働く。私は、「よきアメリカ人」即「よき世界市民」に、一つの理想的な人間像を見出しています。そして、自分自身もまた、そうありたいと願ってきました。
 初代会長の牧口常三郎先生も、いち早くアメリカに脈打つ人間主義に注目しておられた。
 1903年に発刊された『人生地理学』で、人類はもはや軍事や政治、経済の競争ではなく、「人道的竸争」へと進むべきであると展望されていました。個人にあっても、国際関係にあっても、“その目的を、利己主義にのみおかず、自己とともに他の生活をも保護し、増進させていく。他のために行動し、他を益しつつ、自己も益する方法を選ぶ”ことを提唱されたのです。
 そして牧口先生がその人道の競争の担い手として期待していたのは、アメリカでした。先生は“将来の文明の統合・結合の地は、アメリカ合衆国である”と展望したのです。
 そこで育まれたジャズは、まさしく偉大な世界市民の魂の音楽です。
 創立80周年の佳節を彩る、新たなアメリカ・ルネサンスの開拓者との語らいを、牧口先生も喜び見守ってくださっていることでしょう。
2010-09-20 : 音楽を語る :
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平和の哲学 寛容の智慧

平和の哲学 寛容の智慧 イスラムと仏教の語らい
  潮出版社 2010.9.5刊 ¥1333+税

対談者 アブドゥルラフマン・ワヒド インドネシア共和国元大統領

永遠なる平和を目指す対話 グミラル・ルスリワ・ソマントリ(インドネシア大学学長)

第1章 平和こそ宗教の使命
「宗教が共存する国」インドネシアの英知
苦難は前進の糧
異文化に親しむ喜び
軍国主義に対する命を賭けた戦い
多様性の尊重こそ繁栄の原動力

第2章 世界に架ける友情の橋
民族や宗教の枠を超えた普遍性の連帯
「信教の自由」こそ民主主義社会の根幹
人材の城をつくれ 人類の英知の遺産に学べ
平和友好という正義の事業
偉大なる精神の継承のドラマ

第3章 青春の苦闘と人生の探求
日本とインドネシアに共通する「人間の顔」
生命を育む農の営み 人間性を培う伝統文化
平和こそ人類の進むべき第一歩
身近にいる善良な人々から学ぶ
青春を支えた師との絆

第4章 人権の世紀への挑戦
夫婦はともに飛翔し、ともに向上していく戦友
真の「寛容」とは、生命を守り悪を許さない心
民衆のための不撓不屈の言論活動
幅広い社会貢献が宗教の生命線

第5章 文化交流は創造の源
経済金融危機を機に「多極化」へ向かう世界
創造的生命の開花こそ平和の証
文化と宗教を結んだ「シルクロード」
民主主義の理想が凝縮された「座談会」

第6章 寛容の原点と歴史
他者を尊重し、真実を見つめる
ムハンマドと釈尊
啓示と悟り
迫害を乗り越えて民衆の救済へ
受け継がれた非暴力の魂
良き活字文化は良き社会の創造力
医学と宗教的使命感
「文明の衝突」論をめぐって

第7章 教育は未来の黄金の柱
教育とは人間を創る偉大な事業
創立者から後継者へ 教育の崇高なる系譜
地域に根ざした文化が「生きた知恵」となる
教師こそ最大の教育環境
青年の交流と友情が世界平和の基盤

第8章 新時代を開く女性と青年
多様性と統一性を媒介する「寛容」の精神
民衆運動をリードした「青年の誓い」
女子教育の道を開いた先駆者たちの闘争
世界を照らすグローバルな対話の光
2010-09-13 : 文明間対話 :
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ペドロ・デ・バルディビア大学 名誉博士号授与式

南米チリのペドロ・デ・バルディビア大学 池田SGI会長夫妻への名誉博士号授与式
          (2010.9.8 創価大学本部棟)

 南米・チリ共和国の私立「ペドロ・デ・バルディビア大学」から、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長夫妻に、同大学初の「名誉博士号」が贈られた。授与式は8日、同大学創立者のアンヘル・マウレン・リオス総長、総長夫人のカンディス・ルドロフ・ボッソネイ医療学科長、総長の子息であるアンヘル・マウレン・ロドリゲス国際関係部長らが列席し、東京・八王子市の創価大学で行われた。これには、チリのエイルウィン元大統領から祝福のメッセージが寄せられた。

エイルウィン元大統領から祝福のメッセージ

世界平和に歴然たるご貢献

 創価学会インタナショナル会長の池田大作殿。
 このたびは、貴殿、ならびに貴殿が創設し、指揮してきた諸機関の業績、および世界平和への歴然たるご貢献に対する顕彰として、ペドロ・デ・バルディビア大学が名誉博士号を授与したことを、心よりお祝い申し上げます。
 このたびの顕彰は、平和への確かな貢献ができるのは教育であるという精神に立脚していると確信します。平和の価値観こそ、過去の傷を癒やし、人間の前進と成長を根本課題とする社会を構築する上で、必要不可欠な価値観であります。
 チリと、チリの国民は、寛容性、差異の尊重、人権の尊重が優先される共同生活を失う痛みを経験しました。そして、平和を取り戻すためには、代償と寛大な心が必要であることを知りました。
 多くの共通点を見いだした貴殿との会談が行われ、友誼を結ばせていただいたのは、ちょうど私がチリの民主主義の再生期の中、回復と構築の過程においてチリを導く役割を担っていた時期でした。
 一致し、共感したテーマのなかに、どのような事業を達成するにも平和は前提条件であり、平和がなければ何も実現することができないという、尊敬すべき貴殿の視点があったことを、私は記憶しております。
 貴殿に対するペドロ・デ・バルディビア大学の顕彰は、私にとって大きな喜びであります。
 このたびの公正な表現によって、私どもの国家間の友情の絆が強化され、貴殿とSGIの模範的な団結が示す、連帯の価値観が推進されることを願っております。

マウレン総長の授与の辞

ご夫妻への授与はわが大学の大いなる栄誉

 21世紀が開幕し、世界は新しい挑戦に満ちています。社会は複雑化する一方、文化また地理的な距離が縮まるなか、人類は相互に理解し合い、友好的な関係を築きたいとの共通の願いをもっています。しかし、世界には、いまだ暴力や圧政が横行する地域があり、人権が制度的・組織的に侵害されています。同様に、貧困が非常に根深く、飢餓や病気が住民の運命を決定する国々もあります。
 諸国間における生活の質の格差は非常に大きいため、最も困窮している地域に社会的・経済的発展をもたらし、この格差を縮める必要があります。
 チリでは、民主主義の復権以来、この20年間に安定した発展を成し遂げてきましたが、いまだ国民の大半が良好な医療サービスと良質の教育を受ける機会に恵まれていません。
 国民は、子どもたちのために、より良い未来を夢見ています。不自由な生活ではなく、新しい展望を見いだす喜び、自分の仕事に誇りを感じ喜びを味わう充実感、仕事が正しく評価されたという実感のもてる生活、そして、冬には寒い思いをせず、夏には休暇を楽しむという生活のできる未来です。
 この夢を実現させる唯一の方法は教育であると確信しています。30年以上前から今日まで、教育こそ社会正義を実現し、民主社会の基盤となるとの信念を貫いてまいりました。
 1978年、私は、大学の土木工学部の3年生の時に、学友のエンリケ・ロドリゲス氏と、チリの教育の質の向上と影響力の拡大のために働き始めることを決意しました。そして、進学塾を創設。その後、初等学校、中等学校を含む学園、ならびに英語学校を設立し、3年前に、私どもの教育ネットワークの中で最も象徴的で意義のある「ペドロ・デ・バルディビア大学」を開学しました。
 現在、私たちの学園と進学塾、英語学校、そして大学では、年間6万人以上の学生が学んでいます。自分たちの夢を私たちに託してくださった6万人の方々であり、彼らの期待を裏切るわけにはいきません。
 チリは発展途上国であり、社会の変化に来す教育の力は多大です。わが大学の約80%の学生は、両親が大学教育を受けていない家庭の出身です。チリでは学費が高額であるため、彼らの両親は、自分たちの子どもが大学で専門知識を身につけ、自分たちが人生で得たよりも、より多くの可能性と専門的な力を習得できるよう、多くの経済的努力を払っています。その意味で、大学関係者の責任は極めて重大であり、失敗は許されません。
 一人の学生を大学に受け入れることは、数年にわたって集中的な学術教育の扉を開くことです。と同時に、わが大学の価値観と社会的なビジョンに学生の身を置くことを意味します。なぜなら大学の役割は、単なる情報の提供だけではないからです。
 大学は教授から触発を受け、人生の大事な時期を過ごす環境であり、社会階級の違いを超えて、学友とのチームワークを学ぶ場所です。また、自らの義務を果たすためには努力が必要であること、期待している結果を得ることができない挫折感と戦うことを学ぶ場所です。言い換えれば、大学では、医師や弁護士などの資格を得るだけではなく、人生に太刀打ちするための術を学ぶ場なのです。
 こうした人間主義の教育観をもつゆえに、わが大学は池田SGI会長ご夫妻の信念に深く共鳴するのです。
 本日、創価大学の山本学長に託して、池田博士ご夫妻に名誉学位記を授与させていただけることは、大いなる栄誉です。この名誉称号は、創価学会の運動を世界に広めるお二人の業績に対する賞讃と尊敬の証しです。
 お二人は、私たちが共有する民主的価値観、すなわち、文化、芸術、とりわけ教育を推進する姿勢を多くの国々に広めてくださっています。
 今回の授与は、創価大学とペドロ・デ・バルディビア大学の実りある交流の始まりを象徴し、その交流は、双方の学生たち、さらには両国に、多大な恩恵を与えていけるものと確信します。すべての遠征も最初の一歩から始まると言われますが、私たちの一歩も、未曾有の発展へとつながるものと信じています。
 ペドロ・デ・バルディビア大学は、まだ若い大学であり、池田博士ご夫妻への名誉博士号の授与が、第1号であります。長年にわたる闘争によって、世界の隅々に重要なメッセージを伝え、世界五大陸におよぶ大学から顕彰を受けておられる池田博士ご夫妻以上に、この栄誉をお受けいただくにふさわしい人物はおりません。
 平和と教育のための闘争に捧げられた崇高な生き方をされ、ご功績を積まれたご夫妻に、学術界の最高の顕彰である名誉博士号の第1号をお受けいただき、わが大学の歴史の1ページを綴っていただけることに、大きな喜びを感じています。
 偉大なことは、ともに協力し合うことで成し遂げることができるのです。お互いに相手から学び、日本とチリ両国の相互協力の道を模索してまいりたいと思います。
 最後に、本日の式典に際し、池田博士の親しいご友人であり、私の友人でもあるエイルウィン元大統領からの祝福のメッセージを携えてまいりました。歴史上、重要な役割を果たしてこられたお二人の橋渡しをさせていただけることを、大変にうれしく思います。
 ペドロ・デ・バルディビア大学の扉は、に開かれています。今回を機に、平和と文化の花が咲く、より良い世界の構築へ、日々、協力しながら進んでいくことを念願してやみません。本日は、大変にありがとうございました(大拍手)。

池田SGI会長の謝辞(代読)

教育こそ「人間尊厳の旗」
教育の勝利こそ「生命の永遠の勝利」


エイルウィン元大統領
平和を実現するのは青年


軍政に抗議し、30歳で投獄されたマウレン総長の確信
非暴力の道が独裁を終わらせる!


 一、きょうは、私たちの親愛なる「太平洋の隣人」の国より、尊貴なる“教育の宝”のご一家をお迎えすることができました。こんなうれしいことはありません。
 私が荘厳なアンデス山脈を越えて、貴国チリの首都サンティアゴ市を訪問させていただいたのは、17年前の2月のことであります。
 白雪の峰々を夕陽が金色に染め上げ、空には三日月が光り、金星も煌めいておりました。永遠に忘れ得ぬ宝土の光景であります。
 明るい笑顔のチリの友は、私たちを美しき民謡「もしもチリに来られたら」の歌声で、わが家に迎えるように温かく歓迎してくれました。
 私たちもまた、同じ心で、大切な大切な先生方を大歓迎させていただきたい。「お帰りなきい!
 ここ創価大学は、あなたの家です!」と、心を込めて申し上げたいのであります(大拍手)。
 一、本日、私と妻は南米の「教育の大国」チリに輝く崇高なる理想と使命の学府から、何よりも意義深き魂の宝冠を賜りました。
 無上の光栄と厳粛なる責任を胸に刻み、謹んで拝受きせていただきます。まことに、まことに、ありがとうございました(大拍手)。
 マウレン総長におかれましては、敬愛してやまぬ哲人指導者・エイルウィン元大統領より、胸に染み入る祝福のメッセージまで携えて、錦上花を添えてくださいました。
 この顕彰を、チリSGI(創価学会インタナショナル)の心通う友と分かち合わせていただけることは、最良の喜びであります。
 幾重にも深い総長のご厚情に、心より御礼を申し上げるものであります。

核兵器は絶対悪
 一、エイルウィン先生のメッセージには、「平和の価値観こそ、過去の傷を癒やし、人間の前進と成長を根本課題とする社会を構築する上で必要不可欠な価値観であります」と重要な指標が記《しる》されております。
 実は、きょう9月8日は、1957年、私の人生の師である戸田城聖先生が、「原水爆禁止宣言」を厳然と発表した日であります。
 人類の生存の権利の上から、“核兵器は絶対悪なり”と喝破し、その廃絶を、青年に遺訓として託されたのであります。
 思えば、恩師の宣言より10年後、世界で最初に「非核兵器地帯条約」が署名されたのは、他のどこでもない、貴国チリをはじめとする中南米地域でありました。
 その天地にあって、揺るぎない「平和の価値観」を掲げられたフォートレスこそ、貴大学であります。
 現在、「核兵器禁止条約」の制定を求める世界の良識の声も高まっております。
 貴大学から、きょうこの日に授与いただきました栄誉を、私と妻は、後継の英才たちと「平和への誓い」も新たに、わが恩師へ捧げさせていただきたいのであります天拍言。
 一、エイルウィン先生と私の対談集『太平洋の旭日』の大きな焦点は、「教育」でありました。
 教育こそ「人間の尊厳の旗」であります。
 教育こそ「民衆の栄光の冠」であります。
 教育こそ「明日《あす》の平和の光」であります。
 ゆえに、教育の勝利こそが、生命の永遠の勝利ではないでしょうか。
 本日、お迎え申し上げたマウレン総長こそ、この教育の勝利を開きゆく大指導者なのであります(大拍手)。

チリの大詩人
人間はすべての災難より偉大


民衆の大連帯を
 一、私の大好きな貴国の大詩人ネルーダの獅子吼に、こうあります。
 「人間は、すべての災難より偉大である」
 「真っすぐな心のもの、ぐらつかないもの、服従しないもの、卓越したものだけが、善人と呼ばれるようになるであろう」
 貴大学には、まさしく、いかなる試練にも絶対に屈しない、偉大な人間の正義の誇りが貫かれております。
 総長が、教育の道の開拓を始められたのは1978年。軍政時代の真っただ中でありました。
 16年半にもわたる独裁政権のもと、2000人以上が銃殺され、1000人以上が行方不明となりました。
 さらに、幾万もの人々が誘拐され、拷問を受けたといわれております。
 その強大な権力に対して、貴国の勇敢なる市民たちは、「非暴力」の力で立ち向かっていきました。人間性を否定する魔性に、最も人間らしい「紙と鉛筆(投票)」の力で、「歌(音楽と詩歌)」「握手(立場を超えた民衆勢力の連帯)」の力で、挑んでいったのであります。
 エイルウィン先生の傑出したリーダーシップが発揮されるなか、貴国の市民の大連帯は、平和裏に軍政に終止符を打ち、民主化を実現しました。全世界が喝采を送った、人類史に輝く不滅の快挙であります。
 一、その無名の気高き勇者の陣列のなかに、19歳で文化の旗手として戦いを開始し、抗議運動のリーダーとして30歳で投獄されながらも、徹してチリの夜明けのために闘い抜いた、一人の青年がおりました。
 青年は、誇り高く述懐しております。
 「当時、自由思想を持つ者には、追放か牢獄か死が待っていました。しかし私には『非暴力の道こそ、独裁を終わらせる唯一の方法』との確信があったのです」と。
 その誉れある正義の大英雄こそ、ここにおられるマウレン総長なのであります(大拍手)。
 一、軍政下にあって、総長が着手された教育の事業が、どれほど厳しい逆風に晒されたことか。
 しかし、総長は「チリが成長し発展する唯一の道は教育である」との断固たる信念で、営々と若き世代に学びの場を提供していかれました。今日、国内5都市にキャンパスを持つ貴大学をはじめ、その教育システムは、初等・中等学校など、壮大な広がりを見せております。
 晴れの卒業生は、実に30万人を数えます。
 総長は勝ちました。教育の力で、「人間の尊厳の旗」を打ち立てられたのであります。
 私たちは全員で立ち上がって、総長ご一家に、賞讃の大拍手をお送りしようではありませんか!(大拍手)

サンホセ鉱山 落盤事故の無事救出を祈る

 一、なお、貴国では、本年2月の大地震で、800人を超える市民が犠牲となられました。
 この場をお借りして、ご冥福をお祈り申し上げるとともに、被災地の一日も早い復興を願ってやみません。
 さらに、現在、貴国北部のサンホセ鉱山での落盤事故に際し、地下700㍍で生存が確認された33人の方々の救助に、全世界が注目しております。
 全員が無事、救出されますことを、私たちも強く深く祈り続けてまいります。

皆が人材!
 一、南米で先駆的に公教育制度を制定されるなど、貴国は豊かな教育の伝統を有しておられます。
 詩心の母ミストラルが苦しみ悩む人々のなかへ飛び込んで、民衆教育に力を注いだ歴史も胸に迫ります。
 「レンガの学校を精神で作りたい! 貧しい校庭も裸の教室も、私の情熱の炎で包むのだ! 私の心よ、学校の柱となれ!」と歌い上げ、庶民の子どもたちを慈しみ育んでいったのであります。
 この人間教育、民衆教育の真髄の魂を、貴大学は強く受け継いでおられます。
 貴大学は、高らかに宣言されました。
 「私たちは、知的、人間的、および道徳的に感化されるならば、誰であろうと卓越した人材になれるということを証明したい」と。
 それは創価教育の父であり、平和の殉教者であった牧口常三郎先生の信念とも、深く響き合っております。
 大学には、大学へ行けなかった父母たちの深き期待に応え、けなげな民衆を誠実に守り、その一人一人の頭《こうべ》に「栄光の冠」を捧げゆく使命があり、責任があるのではないでしょうか。

若き力を伸ばせ
 一、今、人類は、かつてない地球規模の難問に直面しております。その打開の智慧と力は、どこにあるか。
 それは、人間自身の生命のなかにある。
 なかんずく、民衆の大地に育ちゆく逞しき青年たちから薫発していくものである。この大確信を、私は総長と深く共有する一人であります(大拍手)。
 16年前、エイルウィン先生は創価大学に来学され、学生たちに呼びかけてくださいました。
 「人類の間に平和という理想を実現することは可能でありましょうか?
 私は、可能であると確信しております。
 そして、その達成は、基本的に新しき世代、つまり今日《こんにち》の若い青年や少年が明日の平和を実現するのであります」と。
 本日、私と妻も名誉ある貴大学の一員とさせていただきました。
 教育という、普遍にして永遠なる「平和の光」を、太平洋の旭日の如く、貴大学とご一緒に輝かせゆくことを、ここに固く、お誓い申し上げます。
 愛する貴国の無窮の大発展と、気高き貴大学の益々のご隆昌を心からお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
 ムーチャス・グラシアス!(スペイン語で「大変にありがとうございました!」)(大拍手)
2010-09-10 : スピーチ・メッセージ等 :
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御書と師弟 3

御書と師弟 3
  聖教新聞社  2010.9.8刊 ¥476+税

第21回 正義の後継者
未来部の君よ 負けるな

御聖訓
法華経を持《たも》つ人は父と母との恩を報ずるなり
         (上野殿御消息、1528㌻)

勇気を貫いた門下
報恩は人間の根本
親に笑顔で向かう
両親を誇りとして
わが子に語る誉れの歴史を
世界一の親孝行を
弟子を思う師の心
“負けじ魂”で進め

第22回 三世の勝利劇(上)
師弟の宿縁は永遠なり
第23回 三世の勝利劇(下)
未来へ! 偉大な共戦譜を

御聖訓
過去の宿縁追い来つて今度《こんど》日蓮が弟子と成り給うか・釈迦多宝こそ御存知候らめ、「在在諸仏土常与師俱生」よも虚事候はじ
       (生死一大事血脈抄、御書1338㌻)

恩師と出会い62年
最蓮房への御金言
仏の「三周の説法」
仏法は庶民が主役
師と共に勝つ!

「君の師匠は僕だ」
終戦の日に寄せて
「当《まさ》に前進《すす》むべし」

第24回 動執生疑
“限界の壁”を痛快に破れ

御聖訓
上行菩薩の大地よりいで給いしには・をどり《踊》てこそ い《出》で給いしか

         (大悪大善御書、1300㌻)

踊り出た菩薩たち
思い切り楽しく!

第25回 普賢の英知
新世代の智慧で勝て!

御聖訓
此の経の広宣流布することは普賢菩薩の守護なるべきなり
              (御義口伝、780㌻)

8・31「学生部の日」
真の「知性」とは
民衆大学の誉れを

第26回 源遠流長
威風堂々と世界広布へ

御聖訓
日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外《ほか》・未来までもなが《流布》るべし
      (報恩抄、329㌻)

「源」ありて清流が
主師親の三徳の光

第27回 仏縁の拡大
皆が創価の大使たれ

御聖訓
其の国の仏法は貴辺にまか《任》せたてまつり候ぞ、仏種は縁に従って起る
    (高橋殿御返事、1467㌻)

仏勅の同志に感謝
結んだ縁は永遠に

第28回 仏法即社会
人生に勝つ信仰

御聖訓
天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか
             (観心本尊抄、254㌻)

広宣流布の大瑞相
「即」は変革の原理
創価は人類の太陽
教学試験 頑張れ!

第29回 妙の三義
わが生命は偉大なり!

御聖訓
妙と申す事は開と云う事なり(法華経題目抄、943㌻)
妙とは具の義なり具とは円満の義なり(法華経題目抄、944㌻)
妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり(法華経題目抄、947㌻)

モスクワ大学での講演から15年
「妙とは不可思議」
民衆を救ってこそ
念仏の哀音を破折
闇を打ち破る宗教
誠意、誠意、誠意で
「自らの主《あるじ》たれ!」

第30回 生命の勝利の王道
師子王の学会と歩め!

御聖訓
地走る者の王たり師子王のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲のごとし
      (千日尼御前御返事、1310㌻)

大難に奮い立て!
堂々と師弟を叫べ

第31回 妙法の陰徳陽報

師弟一体の労苦こそ必勝の力

御聖訓
此れ程の不思議は候はず此れ偏に陰徳あれば陽報ありとは此れなり
         (四条金吾殿御返事、1180㌻)

前へ前へ 永遠に前へ
仏法の内薫外護
祈りの宝刀で開け!
2010-09-08 : 教学著作 :
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御書と師弟 2

御書と師弟 2
  聖教新聞社  2010.9.8刊 ¥476+税

第11回 抜苦与楽の英雄
戸田先生「折伏は最高の『仏の仕事』」

御聖訓
日蓮云わく一切衆生の同一苦は悉く是日蓮一人の苦と申すべし
         (諌暁八幡抄、587㌻)

貪・瞋・癡への挑戦
“安同情《やすどうじょう》”ではない
師弟が生む大感情
苦難を勝ち越えよ
世界が我らに期待
宗教の力が不可欠
一緒に題目を唱え

第12回 日蓮が一門(上)
立宗の大精神は学会に厳然
第13回 日蓮が一門(下)
仏勅の「創価の一門」を護れ

御聖訓
願わくは我が弟子等《ら》は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ、過去遠遠劫より已来《このかた》日蓮がごとく身命をすてて強敵《ごうてき》の科《とが》を顕せ・師子は値いがたかるべし
          (閻浮提中御書、1589㌻)

大聖人門下の精神
師と共に 師の如く
①師弟不二
全生命を捧げて!
②不惜身命
世の深層に潜む敵
③破邪顕正
不思議なる宿縁
④報恩感謝
民衆の“屋根”となって

正義の人への嫉妬
「聞法下種」の拡大こそ弟子の誉れ
「分身」として戦う
「先生、先生」と叫び
師子は勝者の栄冠
師の名を世界に宣揚した誇り!
5・3元初の誓願

第14回 女人成仏の宝冠
創価の母に永遠の感謝

御聖訓
法華経の師子王を持つ女人は一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣に恐るる事なし
       (千日尼御前御返事、1316㌻)

佐渡の婦人を激励
「女性の勝利」の経典
命がけで師を護る
「夫を御使として」
後継者を立派に育成
わが胸に仏菩薩が
生命の宝器を強く

第15回 地涌の団結
最高唯一の目的は広宣流布

御聖訓
日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや
           (諸法実相抄、1360㌻)

「一人立つ」輝く闘士が無数の眷属と共に出現
後継・拡大・勝利の真の弟子たれ
人類の未来を開く使命あり!
戸田先生「地涌の菩薩の皆さん、やろうではないか!」

第16回 題目の大音

唱題の声は大宇宙に轟く

御聖訓
今日蓮等《ら》の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは大風の吹くが如くなり
           (御義口伝、742㌻)

仏が放った光と風
「十界同時」の変革
「幸福感は伝わる」
御本尊とわが生命
十方世界に届け!
師匠と心のギアを合わせて
必ずや変毒為薬と
諸天よ 弟子を護れ

第17回 末法流布の大陣列
青年よ続け 歴史を創れ

御聖訓
日蓮さきがけ《魁》したり、わたうども《和党共》二陣三陣つづきて迦葉・阿難にも勝ぐれ天台・伝教にもこへよかし     (種種御振舞御書、910㌻)

大闘争の“自叙伝”
偉大な師を持つ栄光
学会は仏勅の教団
「紅の歌」の心意気
上行菩薩の力用が
トップを目指せ!
3代の炎は青年に

第18回 不退転の信心
勝負は一歩も退くな

御聖訓
日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし
           (辧殿尼御前御書、1224㌻)

国土を変革する戦《いくさ》
「信の一字」で勝て
永遠の信念と正義
逆境の時にわかる
本物の弟子として
悪を抑えてこそ!
人類を勇気づける

第19回 立正安国の太陽(上)
世界に対話の大道は燦然
第20回 立正安国の太陽(下)
わが胸中に正義の大旗を

御聖訓
汝 須《すべから》く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐《せいひつ》を禱らん者か
           (立正安国論、31㌻)

民衆の幸福を願い
慈悲の“仏法対話”
「民の力」を強く!
「前代未聞の大法」
「生きた宗教」に驚嘆
「此の一凶」と戦え

宇宙が味方する!
安国論との出合い
不二の弟子の50年
「一人」から始まる
世界的な人材革命
「社会変革」の宗教
断固勝ちまくれ!
2010-09-08 : 教学著作 :
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世界池田華陽会大会へのメッセージ

世界池田華陽会大会への池田SGI会長夫妻からのメッセージ
                      (2010.9.2 創価国際友好会館)

 SGI(創価学会インタナショナル)青年研修会のために来日した五大州の女子部の代表、そして日本の各方面女子部長と首都圏女子部の友らが集い、朗らかに行われた「世界池田華陽会大会」(2日、東京・創価国際友好会館)。池田SGI会長夫妻は祝福のメッセージを贈った。

 晴れ晴れと世界池田華陽会の大会、誠におめでとうございます。
 1960年の10月2日、私が世界広宣流布へ第一歩を踏み出した時、海外に女子部のメンバーは、ほとんど皆無に等しかった。
 それから50年、これほど壮大な創価の乙女のスクラムが世界に広がりました。
 御聖訓には、「一代聖教の中には法華経第丁法華経の中には女人成仏第一なり」(御書1311㌻)と宣言されております。
 「女人成仏」は、生命の尊厳と平等の究極の法理であります。ゆえに各国・各地で、華陽の姉妹が幸福勝利に輝いていくことこそ、何よりも歓喜に満ちた妙法の功力の証明であり、世界広宣流布の実証なのであります。私は本当に嬉しい。
 今、乱れた時代にあって、まじめに青春を生きゆく女性たちの心は、確かな哲学を求め、信頼できる拠り所を真剣に探し始めています。
 日蓮大聖人は、女性の弟子に仰せになられました。
 「法華経を耳にふれぬれば是を種として必ず仏になるなり」(同552㌻)
 「とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし」(同)
 「何《いか》にとしても仏の種は法華経より外になきなり」(同)
 皆さんは若くして、自分自身の心に、そして、あらゆる友の心に、絶対にして永遠なる幸福の花を咲かせる「仏の種」を蒔きゆく人です。
 これほど尊貴な使命の青春はありません。皆さんが勇気をもって仏法を語った分だけ、仏縁が結ばれる。皆さんの一対一の対話から、世界を変えゆく最も確実な希望が生まれ、広がっていくのであります。
 皆さんは全員が、大聖人に直結の広宣流布の「天使」であります。
 師弟の「誓」に生き抜く人生ほど強く朗らかなものはありません。
 私の妻も誉れある華陽会の1期生として、何があっても負けない人生を生き抜いてきました。この私と妻の使命の旅路を、世界池田華陽会の皆さんが明るく受け継いでいってください。
 世界広宣流布の未来を、華陽の姉妹の祈りと行動、そして美しき団結で、断固として開きゆかれることを、心から祈り、確信して、私のメッセージといたします。
 華陽の天使、万歳!
 誓いの青春、万歳!
2010-09-08 : スピーチ・メッセージ等 :
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新時代第42回本部幹部会へのメッセージ

創立80周年記念 第6回全国青年部幹部会/新時代第42回本部幹部会への名誉会長のメッセージ                  (2010.9.4 創価国際友好会館)

名誉会長のメッセージ

君よ正義の師子たれ

さあ創立100周年へ勝ちゆけ
青年学会の未来は盤石


共に大歓喜の人生を
勇気の信心で進め


 一、信頼し、そして敬愛してやまぬ、若き地涌のリーダーの皆さん方!
 世界60カ国・地域から、本当にようこそ!
 全国の青年部幹部会も、誠におめでとう!
 学会の後を継ぐ正義の若師子が陸続と育ち、師弟勝利の門を開く華陽の天使たちも立派に成長している。
 私は何よりも、うれしい。わが創価青年学会の未来は、いよいよ明るく、希望に満ちているからであります。

師弟の魂の結合
 一、ある年の9月、日蓮大聖人は仰せになられました。
 「かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」(御書903㌻)
 今この時に、師弟として生まれ合わせ、あい難き大仏法に巡りあえたことが、どれほど深い宿縁であるか。どれほど大きな福運であるか。
 大聖人から、一閻浮提に広宣流布するこを託された仏の陣列こそが、創価学会であります。
 その通りに、世界192カ国・地域へ、妙法を弘めて、晴れ晴れと創立80周年を大勝利で飾ることができました。
 人のため、社会のために戦う、わが学会員は常に生き生きとしている。
 魂が最も光り、充実している。決して苦労には負けない。
 いな、どんな苦労も乗り越えて、多くの悩める人々に希望と勇気を贈ることができる。
 大宇宙の諸天善神をも友としながら、深い深い喜びの呼吸をしていける。「歓喜の中の大歓喜」(同788㌻)の人生を、必ず勝ち開いていけるのであります。

仏法は勝負!
 一、ともあれ、「仏法は勝負」である。
 大聖人御自身が、命に及ぶ竜の口の法難も、佐渡流罪も厳然と勝ち越えられました。
 そして鎌倉から身延に入られ、末法万年尽未来際へ令法久住の布石を打たれたのであります。
 大事なことは、この総仕上げの時、大聖人の薫陶にお応えして、弟子たちが一人一人、勇敢に勝利の実証を打ち立てていったことであります。
 四条金吾夫妻も、邪悪な嫉妬の讒言に打ち勝ちました。
 池上兄弟も、その夫人たちも、坊主の陰謀に団結の力で勝ちました。
 妙一尼も、「冬は必ず春となる」(同1253㌻)の功徳を毅然と示していきました。
 そして青年・南条時光も、熱原の法難の矢面に立ち、卑劣な反逆者らと戦い、師匠をお守りし、同志を守り抜いて堂々と勝ったのであります。

未来を開くのは弟子

人材の乱舞を
 一、この50年間、戸田先生の直弟子として、私も、ありとあらゆる三類の強敵、三障四魔と戦いながら、一切の難を勝ち越えました。
 師匠のごとく、弟子が勝って勝って、勝ち抜いてこそ、大仏法の正義と師弟の真実を、未来永遠に叫び切っていけるからであります。
 頼もしいことに、この誉れ高き破邪顕正の大闘争に、不二の君たちが、勇気ある信心で続いてくれています。
 壮大なる創価の人材の大勝利の乱舞を、私は楽しく見守りながら、ともどもに、栄光輝く創立100周年へ向かって、無窮にして無限なる広宣流布の拡大の道を、断固と開いていきたいのであります。
 人類は、皆、心の奥では妙法を求めているという、広々とした地涌の義を確信して、朗らかに人間革命の大哲学を語り抜いていきましょう!

世界一の婦人部 いつもありがとう!


 一、小説『新・人間革命』の連載も、おかげさまで第23巻まで終了しました。いよいよ来月の10月1日から、第24巻の連載を開始する運びとなりました(大拍手)。
 読者の皆様方へ感謝をこめて、ここで発表させていただきます。
 この第24巻の第1章のタイトルは、「母の詩《うた》」であります。
 日本、さらに全世界の尊極なる創価の母たちへの讃歌とさせていただきたい。
 世界一、福徳に満ちた、明るく、そして、優しき婦人部の皆さん! いつもいつも、本当にありがとう!
 お元気で! お達者で!
 一、結びに、申し上げたい。
 「君よ、立て! 君よ、舞え! 君よ、勝ちゆけ!」
 そして「わが弟子に、晴れの広宣流布の使命の旗を託し、永遠の勝利のバトンを渡さん。愛する君たちよ、偉大なる歴史を残しゆけ!」と。
 大切な大切な同志の皆様方の、ご健康とご多幸を、心から祈ります(大拍手)。
2010-09-05 : スピーチ・メッセージ等 :
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魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る

魂の人間讃歌  ジャズと人生と仏法を語る
No.1 文化は民衆の声      (2010.8.4付 聖教新聞)

鼎《てい》談者
創価学会インタナショナル 池田大作会長
ジャズサックス奏者 ウェイン・ショーター氏
ジャズピアニスト ハービー・ハンコック氏


ハービー・ハンコック氏
世界的ジャズピアニスト。作曲家。1940年生まれ。7歳からピアノを始め、11歳の時、シカゴ交響楽団と共演。 62年、「テイキン・オフ」でソロビュー。その中の1曲「ウォーターメロン・マン」が大ヒット。 63年から68年までマイルス・デイビスのバンドに参加。73年「ヘッド・ハンターズ」を結成。ジャズ・ファンクとダンス・ミュージックを融合させ、ジャズの新たな地平を切り開く。グラミー賞の受賞は12回。 2008年には、ジャズで43年ぶりとなる「最優秀アルバム賞」に輝く。 02年、03年の「東京JAZZ」では音楽監督を務めた。 1972年入会。SGI芸術部長。支部長。


ウェイン・ショーター氏

ジャズ史に輝くサックス奏者。作曲家。 1933年生まれ。高校時代にクラリネット、そしてサックスを始める。アート・ブレイキーのバンドに在籍。 59年へ「イントロデューシング・ウェイン・ショーター」でソロデビュー。64年、マイルス・デイビスのバンドに参加。中心的なメンバーとしてマイルスの黄金時代を支えた。 69年、マイルスのバンドでの「ビッヂェズ・ブリュー」、ソロでの「スーパー・ノヴァ」で卓越した音楽性を示す。 70年、「ウェザー・リポート」を結成し、フュージョン界をリードした。グラミー賞の受賞は9回。 73年入会。 SGI芸術部長。副支部長。


芸術は価値を創造する戦い

池田SGI会長 対話は、心と心が奏でる音楽です。世界最高峰の音楽家であるハービー・ハンコックさん、ウェイン・ショーターさんとの対話の「共演」を、私は心から楽しみにしておりました。
 お2人は芸術界の至宝です。音楽界の世界的な最高栄誉であるグラミー賞も、繰り返し受賞されています。
 また、世界を舞台にした音楽活動とともに、平和のために尽力し続けておられます。2人の信念の行動は、アメリカのみならず、世界192カ国・地域のSGIメンバーの誇りです。
ハービー・ハンコック ありがとうございます! この鼎談に参加できて、私は本当に幸せです。
 ショーターさんと私が、全身全霊をかけ、世界で創造してきた音楽、そして実践してきた仏法についての対話の機会をいただけたことは、私たち二人にとって大変光栄で、格別に意義深いことです。
ウェイン・ショーター 私は今、池田先生が新たな対話を世界へ開こうとされていることを感じます。このような形で新時代の鼎談を進めてくださる勇気は、多くの人々の目を覚ますでしょう。
        ♫
池田 ジャズはアメリカで生まれ、アメリカが誇る音楽文化です。現在、対話を重ねているデューイ協会のガリソン前会長が、アメリカの最も大切な精神の宝を、四つ挙げておられた。デューイの教育哲学、エマソンのアメリカ・ルネサンスの文学、キングの人権闘争、そして市民の大地から生まれたジャズ音楽です。
 このうちデューイ、エマソン、キングについては、すでに第一人者の方々と語り合つてきました。いよいよジャズです。この鼎談を、私はアメリカの皆さんとの50年来の交流の一つの集大成とも感じています。
 いまや、世界中で妙法の芸術家が活躍する時代になりました。SGIの芸術部長である2人との対話から、仏法を根底とする大文化運動の明るい未来を展望していきたい。
 また、広宣流布の最重要の拠点である「地区」「支部」を舞台に、地道に誠実に活動を続けてこられた2人との語らいは、多くの最前線の同志に大いなる励ましを贈るに違いありません。
 まず、「ジャズ」にあまり馴染みのない日本の読者もいるでしょうから、今回はジャズ誕生の歴史などにも触れていただきたい。私も若々しい青春の生命で、大いにジャズを学びたい。お2人から「特別講義」を受ける思いで臨みたいと思います。
        ♫
対話こそ心と心が奏でる音楽

SGI会長 人生は試練の挑戦に即興の応戦
ハンコック氏 文化の力は苦悩を希望に変える
ショーター氏 ジャズは人間と人間の真の触発


ハンコック 私たちこそ、先生から「特別講義」を受けさせていただく立場です。私たちは、これまで何度も池田先生にお会いすることができ、スピーチを伺う機会にも恵まれてきました。そこで、いつも痛感するのは、先生の当意即妙の「対話」は、なんとジャズの精神と合致しているのだろうということです。
ショーター 私は15歳の時、ジャズの即興演奏をラジオで初めて聴きました。ジャズマンたちは、リスク(危険)を覚悟で一瞬一瞬、その場で対応しながら、同時に完璧さを目指しているように感じられました。
 私も、初期のころ、同じように演奏しようと努力しましたが、いわゆる「ビバップ」や「モダン・ジャズ」と呼ばれるジャズの革新者たちがするような方法で「即興演奏」の準備をすることは、所詮、無理であることが分かりました。準備することそれ自体が、隠れた動機や巧みな操作から解き放たれた創造的表現に忠実であろうとする音楽家にとっては、本質的に、相いれないものであることに気づいたのです。
池田 重みのある言葉です。即興──すなわち一瞬の出あいから自在に価値を創造していく力は、真剣勝負の一念から生まれます。仏法では「命已に一念にすぎざれば仏は一念随喜の功徳と説き給へり」(御書466㌻)と説かれます。
 今この時を逃さず、歓喜あふれる智慧と力を発揮するのです。
 とともに、冴えわたる即興の力を鍛えるためには、人知れぬ基本の研鑚を重ねなければならない。私も対話の際は、相手のことをよく勉強して臨みます。それが礼儀であり、誠意と思うからです。
 そのうえで、「臨機応変」です。対話も演奏も、いざ始まったら、瞬間瞬間が勝負です。自在の「随縁真如の智」を働かせて、最大の価値を創造していく。ここに即興の妙があります。
 さらにまた、何より大切なのは、一国の大統領であっても、庶民であっても、いかなる国の人であっても、「同じ人間同士、分かり合えないはずはない」という信頼、共感です。その心で、平和と友好の橋を架けるために、私は「人間」に会いに行きました。「人間」と語り合いました。
 1974年、初めての中国訪問の折、可愛らしい1人の少女が私に尋ねました。「おじさんは、何をしに中国に来たのですか?」。私は答えました。「あなたに会いに来たのです」と。
ハンコック 池田先生の入魂の「対話」と、ジャズの演奏は相通ずるところがあるのです。
 ジャズは「対話」を基本にすえた音楽です。われわれが大切にするのは、まさにこの点です。ジャズは、きわめて“精神的な音楽”なのです。
 演奏中に即興で生まれる「対話」は、場当たり的でも、軽薄でもありません。ジャズは、陽気な側面がありながら、真剣さのある音楽です。生きる歓びを讃える、まっすぐな表現法なのです。人間の感情の奥底からの叫び──それがジャズです。
ショーター 1961年ごろのことですが、私が出演していたニューヨークの劇場で出会った、1人の老人の言葉が印象に残っています。「わしゃあ、イギリスの女王陛下の前でダンスを踊ったこともある。だが今じゃあ、おまえら若い衆が演奏する、あの音楽(ジャズ)に聴き入っとるよ。わしにゃあよく分からんが、聴いていて気持ちがいいのは確かじゃな」というものでした。
 「聴いていて気持ちがいい」──これはジャズの本質を突く言葉です。
 ジャズの本質は、楽器との「対話」にあります。そして、楽器抜きの「対話」もあります。欺瞞、見せかけ、ごまかし、下心など、すべて剥ぎ取って、自己を全面的にさらけ出し、心と心、本質と本質でぶつかり合う──それがジャズなのです。
ハンコック ジャズはアフリカから奴隷として連れてこられた人々に起源をもち、ブルースや黒人霊歌、ゴスペルなどを基盤にして発達してきた音楽です。アフリカの文化的な遺産も色濃く感じられますが、ジャズは特定の民族文化や民族精神をはるかに超越した、新しい表現法に立つ音楽です。
 その証拠に、ジャズファンは世界中にいます。アフリカやアメリカから、はるかに離れた日本にも、熱烈なジャズファンが大勢おられます。ジャズは、アフリカ系アメリカ人から、世界の人々への贈り物なのです。抑圧の苦悩の中から生まれましたが、今では、苦悩を表現することに限定されず、むしろ、それをはるかに超越した音楽として、広まっています。
 そして、ジャズのもう一つの特徴は、開放性です。他の文化の影響を熱心に取り入れ、逆に他の文化に強い影響を与えています。これらの特徴は、人間精神の核心をなすものです。
        ♫
池田 そこに私は、ジャズ、そして音楽文化がもつ「大いなる力」を感ぜずにいられません。何がそうさせるのか、その魅力や力の「源」はどこにあるのか。
 ジャズ文化を真摯に探究しゆく時、人間が誰でも自分自身の胸中に脈打つ、偉大な魂の発現に気づくのではないでしょうか。仏法は、その奥にある最極の尊厳なる生命を覚知したのです。
ショーター 私は仏法の実践を通し、誰人にも文化的な力、芸術的資質があることを実感してきました。その資質に皆が目覚めるよう、私たちは人々の生命をさらに覚醒させる必要があるのです。ところで池田先生は、どのようにジャズを知られたのでしょうか。
池田 私とジャズの出あいは、戦後まもない青春時代にさかのぼります。日本では戦争中、ジャズは敵性音楽ということで、演奏することも、聴くことも禁じられていたのです。
 しかし、日本の敗戦から1カ月後の9月(1945年=昭和20年)には、早くもラジオで日本人の奏者らによるジャズ演奏が放送されました。17歳の私は鮮烈な印象を受けました。
 ジャズの音色は、戦難の時代を生き抜いた私たち日本人にとって、自由な新しい時代の到来を告げる音でした。ちょうど、人々が力強く復興に立ち上がっていった時期であり、ジャズの演奏に大いに勇気づけられました。
 この同じころ、アメリカ主導による改革の流れの中で、日本でも事実の上で「信教の自由」が保障されていきました。戦時中、軍部政府から弾圧された創価学会も、思う存分、活動ができるようになったのです。恩師・戸田先生はその深い意義とアメリカの恩義をかみしめられていました。
 ともあれ、「文化の力」に勝るものはありません。文化が人間を、真に人間らしくする。文化は社会を照らし、明るく変えていく光です。私たちが一貫して「文化の力」に目を向けてきた理由もここにあります。
ハンコック 池田先生のお話を聞いて、文化は、ある意味で「民衆の声」ではないか、と思いました。
 文化とは、民衆一人一人の声であり、民衆の声の集積された表現ではないでしょうか。その声は、ある場合には最悪の状況に対して民衆が上げる抵抗の声であり、ある場合は、より良い明るい未来を求める民衆の、希望の表現といえるでしょう。
 ジャズとは、まさに「自由」を謳う音楽です。ジャズの自由奔放さは、どんな抑圧的な政権でも、押さえ込むことはできません。
ショーター ジャズは、独断的な教義や規定、命令といった表面上の制約を突き破ることのできる、即興の対話を生み出す創造的な過程なのです。
        ♫
池田 それは、人間の心の本源的な自由と通じています。
 ユネスコが世界の人権の名言を集大成した『語録 人間の権利』に、日蓮大聖人の撰時抄の一節が収録されています。「王地に生れたれば身をば随えられたてまつるやうなりとも心をば随えられたてまつるべからず」(御書287㌻)と。
 仏法では、何ものにも縛られない、何ものをも恐れない究極の生命の自由を明かしているのです。
 民衆一人一人が魂の自由を勝ち開いてきた創価学会の歴史でも、多くの歌が生まれてきました。
 戸田先生も、よく言われました。
 「民族の興隆には、歌が起こるのだ。どんどん新しい勢いのある歌が出るのは、学会の発展の姿だ」と。
 学会歌は、勇気と希望を奮い起こします。どんなつらいことがあっても胸を張り、学会歌を歌って、母たちも、青年たちも、再び困難に挑戦していきました。学会歌が生きる喜びの源になって、創価の友は大前進してきたのです。
ショーター 私は、共に戦うに値する民衆の願望を代弁する音楽を奏でたいと思っています。それは、音楽的に表現された「決してあきらめない」精神であり、また名声や成功に目がくらむ心の迷いに挑戦する新たな音楽です。それらは、一瞬の満足を売り物とするような今日の音楽界では、なかなか出あえないものです。
ハンコック そうです。重要なのは「何のため」です。私たちの真の目的は、自分が新たに発見したことを、そのまま聴衆と分かち合うことです。自分が感じるまま、聴衆に披露する勇気をもつことです。
        ♫
池田 正しい芸術の真髄です。仏法では「喜とは自他共に喜ぶ事なり」「自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」(同761㌻)と説かれます。真の喜びは分かち合うものです。分かち合えば、ますます増えるものなのです。
 芸術の世界も本来、触れた人が身構えるものではないでしょう。皆が「ほっ」とでき、喜びきえることが大事ではないでしょうか。お2人の気取らない「ありのままの情熱」が、聴衆の胸に響き、心を打つのでしょう。
ハンコック ジャズのルーツ(起源)はアフリカ系アメリカ人の経験にありますが、私の実感から言えば、その淵源は、さらに人間の心に、もともと具わる偉大な特質にあると思います。それは、最悪の環境もありのままに捉え、そこから大きな価値を生み出す能力です。これは仏法でいう「変毒為薬」に通じると思います。
 ジャズの心を私流に言えば、「仇討ち」です! もちろん世に言う「仇討ち」ではありません(笑い)。人間の生命に巣くう「魔性」に対する「仇討ち」です。「攻撃」です。ジャズが表現を求めるものは、この「攻撃精神」なのだと思います。
 巡りあった仏法の正しい実践を通して、私は初めて、ジャズの最大の特質がはっきりと感じられたのです。
池田 魂を揺さぶられる言葉です。ジャズは、不屈の生き方そのものですね。
 学会も草創期、「貧乏人と病人の集まり」と揶揄されました。その中で、生命尊厳の仏法哲理を掲げ、「この世から悲惨の二字をなくしたい」と、苦悩に喘ぐ民衆を一人一人、抱合かかえるように励まし、戦ったのが戸田先生でした。
 私も不二の弟子として立ち上がり、尊き庶民と共に、今日の学会を築き上げてきたのです。この草創の心を、青年には厳然と伝えていきたい。
 ともあれ仏法は「煩悩即菩提」「生死即涅槃」です。悩みや苦しみがあるからこそ、成長できる。偉大な境涯を開ける。「苦楽ともに思い合せて」題目を唱え、「歓喜の中の大歓喜」の人生を歩んでいけるのです。
 ジャズも、苦悩の大地から生まれ、鍛え上げられた音楽だからこそ、生命を鼓舞する強さをもっているのではないでしょうか。これこそ文化の究極の力です。
        ♫
ショーター 文化の創造には、責任が伴います。今の社会では、文化の向上は、人間のさまざまな努力のうちで、優先順位が最も低い位置に置かれています。残念なことです。
 しかし、私は、文化の向上のために、ジャズは何かできるか、何をすべきかを追求していきたいと思います。
ハンコック ジャズは今なお、改良と向上を続けています。興味深いのは、よい時代にも、不幸な時代にも、ジャズが常に生き延びてきたという事実です。私は個人的には、ジャズは永遠の生命をもつ音楽だと信じています。
ショーター ジャズの演奏は、私たちに深い人間性と、何が起こるか分からないという挑戦の機会を与えてくれます。そして、どんなことが起こるか分からないということが、即興的な演奏と関係してくるのです。これは、実に恐ろしいことです。尻込みすれば、恐れは怪物のようにいっそう大きくなります。ステージの上では、それまでレッスンしてきたことなど、どこかへ忘れてしまい、自分自身が傷つきやすい、弱い存在に感じられるものです。
 でも私たちは、それに打ち勝つ自分自身の戦いの瞬間、勝利の瞬間を、聴衆に見てもらいたいのです。その時、私は、無常の生命を超越した何ものかに到達したかのように感じます。人生において、悲劇は、いつまでも続くものではなく、わが使命は永遠なのですから──。
 ジャズの演奏は私たちに、どんな不測の事態が起きようとも、困難に挑戦し、勝利する勇気を与えます。
池田 素晴らしい。感動しました。人生も文化も戦いです。限りなく向上し、価値を創造するための戦いです。戦いは、勇気がなければ勝てない。お二人は勇敢に、幾多の試練を勝ち越えてこられました。ジャズという文化の武器で、「人間」そして「生命」の力の偉大さを証明してこられた。
 いま、時代は混迷を深めている。不測の試練の連続といっていいでしょう。時々刻々と待ったなしで、まさに「即興演奏」で応えなければならない。
 だからこそ私は、「芸術の王者」「人生の王者」の2人に続いて、勇気と正義を貫く勝利の価値創造の道を、青年に歩み抜いてもらいたいのです。
 ショーターさんは、この8月25日で77歳になられましたね。おめでとうございます!
 ハンコックさんは70歳。記念のコンサートを9月1日に開かれました。日本では「喜寿」「古希」といって、いずれもおめでたい年齢です。お2人のますます若々しいご活躍を念願します!
ショーター サンキュー・ソー・マッチ、センセイ!
ハンコック 私たちは壮年部の一員として、先生のご指導通り、“今の年齢マイナス30歳”の気概で戦います
2010-09-05 : 音楽を語る :
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SGI青年研修会へのメッセージ

SGI青年研修会へのメッセージ     (2010.9.2 創価国際友好会館)

青年の連帯こそ 平和を開く大道

 敬愛する世界広宣流布の若き偉大な指導者の皆さん、ようこそ!
 尊き皆さんが、それぞれの使命の国土で、どれほど真剣に広宣流布のために尽くし、どれほど模範のリーダーとして光っておられるか。私の心には、一人一人の青春の舞が、鏡のように映し出されております。
 日蓮大聖人は「皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり」(御書1360㌻)と仰せになられました。
 創立80周年を寿ぐ研修に集まられた皆さんの宿縁は、あまりにも深遠であります。一人ももれなく、一閻浮提の妙法広布を私と共に誓願し、今この時を期して躍り出てきた、妙なる地涌の師弟なのであります。
 自らの元初の誓願に目覚め立った青年ほど、強いものはない。その生命それ自体が、妙法蓮華経の当体と光り輝いていくのであります。
 60カ国・地域の英邁な青年が一堂に会して、生命尊厳の旗を高らかに掲げ、生老病死という根源の苦悩を打開する哲理を探究しゆく研修ほど、人類の未来に大事な集いはないと、私は確信してやみません。
 ここにこそ、地球社会の恒久平和を開く最も確かな道があるからであります。
 生死一大事血脈抄には「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か」(同1337㌻)と仰せです。
 この「生死一大事の血脈」が流れ通う異体同心の和合僧こそ、わがSGIであります。
 SGIを離れて、広宣流布の前進は、絶対にありません。どうか、ここにおられる各国の青年部の代表の皆さん方が、賢く仲良く連帯を深め合い、世界広宣流布の大願へ向かって、揺るぎない中核として、毅然と責任を担い立っていただきたいのであります。
 アメリカの歴史学者で、キング博士の盟友であるハーディング博士との対談で、私たちが深く一致したことがあります。
 それは、正義の民衆運動に「新鮮で生き生きとした、太陽のような活力」を吹き込むのは、常に勇気ある青年たちであるということであります。
 このたびの研修会を通し、皆さんの希望に燃えた勝利と栄光の人生が一段と輝きを増しゆくことを、そして皆さん方の愛する祖国の広宣流布の旭日が、いよいよ赫々と昇りゆくことを、私は真剣に祈ってまいります。
 師弟不二ですから、私たちの心は常に一緒です。共に朗らかに前進を!
2010-09-05 : スピーチ・メッセージ等 :
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「池田大作・香峯子研究シンポジウム」へのメッセージ

「池田大作・香峯子研究シンポジウム」へのメッセージ      
                    (2010.8.27 中国 陝西師範大学)

 池田名誉会長夫妻の思想と行動について意見を交わす「池田大作・香峯子研究シンポジウム」が8月27日、中国・西安市に立つ陝西師範大学で盛大に開催された。これには学会青年部の「日中友好青年交流団」が参加。席上、名誉会長の記念メッセージが紹介され、「池田大作・池田香峯子研究センター」の拜根興所長、創価大学の伊藤貴雄准教授の基調報告が行われた。ここでは、メッセージの全文と基調報告の要旨を掲載する。

陝西師範大学 池田大作・池田香峯子研究センター
拜根興《はいこんこう》所長


人類を平和に導夫妻の行動に感謝

 中国で池田大作博士が広く知られるようになったのは、1980年代である。
 きっかけは、北京大学や復旦大学などから池田博士に名誉教授称号が授与され、また、トインビー博士との対談集などが出版されていったことであった。
 今世紀に入ると、一連の国際的な大事件、また、社会の急速な発展に伴い、利益を求める人類の欲は限りなく広がり、戦争や環境破壊などが日増しに深刻な問題となってきた。
 平和と発展を求めるのか、それとも、自ら滅亡の道を選ぶのか。このような状況を背景に、池田大作研究が盛んに行われるようになったのは大きな意味がある。
 2001年、北京大学の日本研究センターに「池田大作研究会」が設置されたのを皮切りに、池田博士に関する研究所が相次ぎ誕生。また、池田思想の国際学術シンポジウムも、2005年に北京大学の池田大作研究会
と日本の創価大学との共催で行われたのを起点に、すでに5回、開催されている。
 外国人でありながら、年に1回、国際シンポジウムが開かれ、学識者や市民、マスコミに注目されているのは極めて稀であろう。
 その理由は何か。
 1点目に、その高尚な人格、学識、人間的な魅力、卓越したリーダーシップである。
 2点目に、平和・教育・文化の三つの面からわき出る思想内容。
 3点目には、中日の平和に先駆的、かつ持続的な努力を重ね、歴代の中国指導者と良好な関係を築いてきたことである。
 さらに中日関係が冷え込んだ時、平和を愛し永遠の友好を主張する人々と共に、両国の友好を持続させてきたこと等も挙げられる。
 わが陝西師範大学では2008年、「池田大作・池田香峯子研究センター」を設置。池田博士だけでなく、香峯子夫人の思想・哲学についても研究を進めている。
 今世紀に入り、ますます活況を呈する池田大作研究。これは、池田博士の世界、人類に対する貢献、そして、中日の文化交流における卓越した尽力の表れであると思う。
 この潮流は一過性のものではなく、持続しゆくものと確信する。
 なぜならば、美しき人間性と、平和・調和の発展を追求し、行動と言葉によって世界を善の方向に向かわせることは、人類社会を発展させる必須条件であり、社会共通の目標の一つであるからだ。
 これからも、引き続き研究に邁進したい。

創価大学
伊藤貴雄准教授


友好は100年に及ぶ創価三代の悲願

 牧口初代会長は『人生地理学』(1903年発刊)で、日本が中国から受けている恩恵として、しょうゆや味噌の原料である大豆、衣類や製油の原料となる綿や麻を挙げています。そのような事実を通し、子どもたちに中国をはじめ海外への理解と尊敬の心を教え、世界市民の育成に尽くしました。30年代に起きた日本と中国との戦争も、決して容認しませんでした。
 戸田第2代会長は戦時中、「あそこには四億の民がくらしているんですよ。その人たちの生活を破壊する聖戦などというものがあり得るでしょうか」と日本の中国侵略を批判。逝去の前年にも「東洋民族たる韓国の民衆も、中国の民衆も、皆われらと共に手をつないで、幸福にならねばならぬ」とつづっています。
 池田名誉会長も、若き日から中国と深い縁を結んでいます。41年には、中国の戦地から帰国した長兄の「日本は本当にひどいよ。あれでは中国の人が、あまりにもかわいそうだ」という言葉を胸に刻み、戦後は戸田会長による個人教授などを通して中国の思想・文化を研鑚したのです。
 68年9月には、学生部総会の席上で「日中国交正常化提言」を発表。以来42星霜、日中友好にたゆまず尽力し続けています。
 その行動には、四つの特徴があります。
 一つ目に一貫した信義。どんな時にも、中国の指導者、民衆との対話を持続しました。
 二つ目に精確な歴史認識。文化大恩の国である中国に、日本が戦争中、どれほどの非道を働いたかを、あらゆる機会に訴えました。
 三つ目に文化・芸術への尊敬。民音や東京富士美術館を通し、中国文化の紹介に努めてきました。
 四つ目に青年交流の重視。国交回復後、新中国から初の留学生を正式に創価大学で受け入れ、さらに全青連と青年部との交流を25年も重ねてきました。
 日中友好は、牧口会長、戸田会長、池田名誉会長という三代の師弟の100年にも及ぶ悲願です。私たち日本の青年はその精神を継承し、この「金の橋」を一層、堅固なものにしていく決意です。

池田名誉会長のメッセージ

日中の美しい未来へ 青年よ学び合い磨き合え!

西安は民族と文明を結ぶ都
永遠の友誼の道を
貴国の「文化の大恩」を忘れない!


 一、本日はご多忙のところ、わが青年部の訪中団を熱烈に歓迎してくださり、心から感謝申し上げます。
 まことに、まことに、ありがとうござい
ます(大拍手)。
 私の胸には、3年前の秋10月、英邁な信念の大教育者であられる房喩学長を、東京の創価大学にお迎えした折の語らいが鮮やかに蘇ります。
 私も世界中の総長や学長とお会いしてきましたが、教育に人生を捧げ、青年を慈しまれる房学長との出会いは、ひときわ深く命に刻まれて、離れることはありません。
 周恩来総理と私は、30歳の年の差がありました。房学長と私も、ほぼ同じ年齢の開きがあります。
 房学長のエネルギッシュな情熱と瑞々しい知性に、私は旭日の昇りゆくような中国教育界の希望を感じ取ったのであります。
 学長は語られました。「西安は、中日両国人民の交流史における歴史の証人の街でもあります」「西安の鐘の音から、日本の留学生の読書の声が聞こえてくるかのようです」と。
 西安は、私たちにとって絶対に忘れ得ぬ「文化大恩の都」であります。
 その西安にあって、「教育の世紀」を牽引されゆく貴・陝西師範大学で、両国の友好の新時代を開くシンポジウムを開催していただきました。
 これほど意義深く、これほど光栄なことはございません。ご尽力くださいました関係者の皆様方に厚く厚く御礼を申し上げます(大拍手)。

36年前の訪問
 一、私と妻が貴国へお招きをいただき、西安を訪れたのは、1974年のことであります。今回の訪中団の青年たちの多くも、まだ生まれる前でありましょう。
 この第一歩に際し、私は貴国の先生方に、訪中の目的を申し上げました。
 一つ目は、アジアと全世界の平和実現のカギとなる両国の友好に寄与したい。
 二つ目は、青年・学生交流の拡大に努めたい。
 三つ目は政治。経済を超え、永遠性につながる文化創造への軌道をつくり残したい──と。
 以来、36年確かなる「平和友好」と「青年交流」そして「文化創造」の揺るぎない“精神のシルクロード”が開かれました。
 その大いなる原点の都も、ここ西安なのであります。
 西安が築き上げてこられた歴史には、人類の未来へのかけがえのない指標が光っております。汲めども尽きぬ平和創出への智慧が輝いております。
 西安には、房学長も重視されている「ソフト・パワー」が奥行きも深く体現されているのではないでしょうか。

恩義に報いる
 一、きょうは、この西安の歴史に学びながら、偉大な使命を帯びた若き皆様方に託したい「三つの道」を簡潔に申し上げたいと思います。
 第1は、「恩義に報いていくことが平和の道である」ということです。
 かの大歴史家・司馬遷は、いにしえの西安すなわち長安において、“歓欣《かんきん》(=喜び)交通《こもごもつう》じて天下治まれり”と語ったといいます。
 東西を結ぶシルクロードの起点・西安では、人種も、民族も、文明も、国境も、ありとあらゆる相違を乗り越えて、人間の往来が重ねられてきました。世界に開かれた「友情の都」であり、人類の宝の「平和の都」であります。
 改めて申し上げるまでもなく、今年、遷都1300年の佳節を迎えた日本の古都・奈良も、長安を模範として建設されました。命を賭して海を往来して、日本は貴国に学び、貴国は日本に無数の英知を授けてくれたのであります。
 こうした文化の大恩を踏みにじり、貴国に非道の限りを尽くしてしまったのが、日本の軍国主義であります。
 私たち創価学会の牧口常三郎初代会長、戸田城聖第2代会長は、その悪逆と真っ向から戦い抜きました。初代は獄死であります。
 この精神を誇り高く受け継ぐ私たちは、万代にわたって貴国への「報恩」即「友好」の正道を、勇敢に誠実に歩み抜いていくことを、お約束申し上げるものであります(大拍手)。

青年を敬い、自分以上に立派にするのが人間教育

向学の魂を胸に
 一、第2は、「青年が学び抜くことが希望の道である」ということであります。
 人間も、社会も、文明も、学ぶことをやめた時、衰退が始まります。これは歴史の厳しき実相です。
 生き生きと学び続ける道には、行き詰まりはありません。必ず、新たな価値創造の活路が開かれるものであります。
 古来、幾多の青年が、どれほど勇気を燃え上がらせて、ここ西安を訪ね、真理を探究し抜いてきたことか。
 思えば、約2000年前、中国古代の学府である太学《たいがく》が創設されたのは、西安であったとうかがいました。まさに、「大学の源」も西安にありといってよいでありましょう。
 その悠久なる向学の魂を脈々と継承し、発展させておられるのが、貴・陝西師範大学なのであります。
 房学長は、高らかに宣言されました。
 「大学文化は、真理の文化を追究するべきである。大学文化は、真理を追究し、真理のために貢献する勇気と力と決意を育成するべきである」と。
 まったく同感であります。
 私と妻も、名誉ある貴・師範大学の一員とさせていただいております。一生涯、若き皆様と一緒に、貴校の校訓である「厚徳《こうとく》(人格者たれ、善き人間になれ)」「積学《せきがく》(学問を積み重ねよ)」「励志《れいし》(志を忘れず、励まし続けよ)」「敦行《とんこう》(行動を敦くせよ)」の4指針を貫いてまいる決心であります(大拍手)。

房学長
「大学」は真理を追究し、真理のために貢献しゆく勇気と力を育成すべき


法華経漢訳の地

 一、第3に、「生命を磨き合うことが栄光の道である」ということであります。
 人類の智慧の宝典である「法華経」が、稀有の翻訳者・鳩摩羅什によって漢訳されたのは、他のどこでもない、ここ西安でありました。
 なかんずく、歴史を画する「女人成仏」を明かした重要な提婆品は、長安(西安)の宮城に長らく秘蔵され、それが後世、流布されていったとも伝えられておりました。
 いずれにしても、女性の尊厳と人間生命の平等を謳い上げた法華経は、ここ西安から、世界へ、未来へ、普遍の大光を放ち始めたのであります。
 この法華経に、「如我等無異(我が如く等しくして異なること無からしめん)」という一節があります。師匠は、弟子たちを自らと全く等しい尊極の境涯に高めていくという深義であります。
 権力の魔性は、青年を見下し、犠牲にし、利用します。
 これに対し、人間教育の真髄は、青年を敬い、自らが犠牲となって、自分以上に立派に育て高めていくのであります。「創価教育」の精神も、ここにあります。
 ともあれ、生命は生命によってこそ磨かれます。孤立しては、光を失ってしまう。ゆえに、心を開いた対話による啓発が不可欠であります。
 多様性を尊重した、文化・教育のたゆみない交流のなかでこそ、人類の創造性は限りなく湧き出てくるのではないでしょうか。その人類の栄光の都こそ、西安でありましょう(大拍手)。
 一、25年前、全青連の若き指導者として来日された胡錦濤主席は、私に語ってくださいました。
 「創価学会青年部とともに、『中日の美しい未来』のために努力していきたいのです」と。
 この尊き両国の青年の絆は、永遠に不滅であります。
 ここ西安を、常に「平和友好の源流」として仰ぎ、皆で大切にしながら、両国そして人類の美しき未来のために、永久に語り継がれる友情と向上の歴史を開き留めていきたいと願ってやみません。
 結びに、私たちの「心のふるさと」である西安市の無窮の大発展、そして、房学長をはじめご列席の皆様方のご健勝とご活躍を、妻と共に心よりお祈り申し上げ、メッセージとさせていただきます。謝謝!(大拍手)
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