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「核なき世界」を民衆の力で

「核なき世界」を民衆の力で
  国際通信社IPSとIDN 池田SGI会長にインタビュー 
   (2010.6.23/24付聖教)

青年部が署名を国連に提出──
核兵器禁止条約の交渉開始を!


 池田SGI(創価学会インタナショナル)会長の核問題に関するインタビュー記事が、国際通信社IPS(インタープレスサービス)と、その提携メディアで国際ニュース分析で定評のあるIDN(インデプスニュース)のウェブサイトに掲載された。これは、5月にニューヨークの国連本部で行われたNPT(核拡散防止条約)再検討会議を踏まえ、核兵器廃絶に向けた今後の課題や市民社会の役割について、両メディアから寄せられた質問に答えたもの。記事は世界に配信され、包括的核実験禁止条約機関準備委員会の「日刊ニュース紹介」のコーナーや、アメリカ、オーストラリア、インドなど各国の主要紙のウェブサイトでも取り上げられた。ここで、IDNに英文で掲載されたインタビュー記事を紹介する。

最終文書を礎に着実な前進を!
──5月28日に閉幕したNPT再検討会議の結果について、どのようにお考えになりますか。核兵器の廃絶に向けて世界が前進するための道を、本当に開いたと言えるでしょうか。それとも、何人かの専門家が主張するように、空疎な約束と決まり文句の羅列にすぎないのでしょうか。

池田SGI会長 今回の会議の成果について、さまざまな評価があることは承知しております。
 残念ながら、核保有国と非保有国との意見の対立は容易に解消されず、当初の議長報告案で示されていた核軍縮の交渉期限の設定が見送られるなど、多くの課題が残されたことも事実です。
 しかし、決裂に終わった前回(2005年)の再検討会議のような轍を踏むことなく、具体的な行動計画を含んだ最終文書を採択することができた。
 その背景には、各国の立場や主張の隔たりはあったとしても、「核兵器のない世界」に向けての新たな取り組みの機会を無にしてはならないとの認識が広がりをみせていたことがあると思えてなりません。
 私が座右としてきた東洋の箴言に「もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」(魯迅「故郷」竹内好訳、『阿Q正伝・狂人日記』所収)という言葉があります。
 すべては、今回の最終文書を“協働作業の足場”とし、各国が力を合わせて道なき道を一歩ずつ踏み固めていけるかどうかにかかっています。
 と同時に、合意の遅滞なき履行を求める国際世論を高めていくことが欠かせません。
 その意味でも、各国の政策決定者と市民社会の建設的な対話の場を確保していくことが、重要な鍵となるでしょう。

──特筆すべき成果をあげるとすれば?

池田SGI会長 会議の成果として、私が特に注目したのは、次の3点です。
 すなわち、全会一致で採択された最終文書において、(1)「核兵器のない世界」の実現と維持のための枠組みを創設する特別な努力が必要とした上で、核兵器禁止条約に初めて言及したこと(2)核兵器の脅威に対する絶対的な保証は、その廃絶以外にないと確認したこと(3)核兵器の使用がもたらす壊滅的な結果を踏まえて、各国に国際人道法の遵守を求めたこと──です。
 なかでも核兵器の全面的禁止を求める核兵器禁止条約は、その重要性が非保有国やNGO(非政府組織)の間で叫ばれ続けながらも、時期尚早であるとか、国際社会の現実にそぐわないといった主張が根強く、これまで核問題に関する国際交渉の場では、議題として正面から取り上げられることのなかったものでした。
 それがついに今回、最終文書での言及という形で実現をみたのです。これはまさに、NPT再検討会議議長や、軍縮室など国連関係者の努力をはじめ、核廃絶を求める国々と市民社会の熱意と声が一体となる中で可能になったものといってよいでしょう。
 私ども創価学会の青年部も、今回の会議に寄せる形で、核兵器禁止条約の制定を求める227万人に及ぶ青年世代の署名を日本で集め、国連事務総長とNPT再検討会議議長に提出しました。

人間の尊厳を脅かす絶対悪
──これからの取り組みについてはいかがですか。

池田SGI会長 こうした新しい時代への胎動をステップボードに、広島と長崎への原爆投下から70年にあたり、次回の再検討会議が行われる2015年を一つの目標に、核兵器禁止条約の交渉開始を実現させることを、私は強く呼びかけたい。
 その挑戦は困難を伴うでしょうが、条約の制定が時代の要請であることは、私が着目した今回の最終文書における二つの理念に照らしても明らかです。
 最終文書では、「核兵器の完全廃絶が核兵器の使用とその威嚇に対する唯一の絶対的な保証である」とし、核問題の根本解決には、地球上からすべての核兵器をなくす以外にないとの認識を再確認しています。
 また、「核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果を引き起こす」として、すべての国に国際人道法の遵守を求めたことは、軍事と政治の論理が先行しがちな核兵器をめぐる議論に、そうした論理に優越すべき「人道性」や「生命の尊厳」の価値に鑑み、警鐘を鳴らすものといえましょう。

──特にどのような点で、核兵器は人道上の問題と言えるのでしょうか。

池田SGI会長 今回の会議の公式行事でも、広島・長崎の被爆者の代表が自らの体験を通し、一日も早い核廃絶の実現を訴えておられました。
 核兵器がひとたび使用されれば、被害はその時点だけにとどまりません。今なお、多くの人々が後遺症に苦しめられており、過去から現在、そして未来にいたるまで、世代を超えて人間の尊厳を蝕み続ける究極の非人道性──まさにここに、核兵器が“絶対悪”である所以があります。
 私の師である創価学会の戸田城聖第2代会長が力説していたように、従来の兵器の延長線上で捉えて、状況に応じて使用も可能な“必要悪”と考える余地を一切与えてはならないものなのです。
 この平和を脅かす「重大な危険性」と、人間の尊厳を脅かす「重大な非人道性」を断じて許さないことが、核兵器禁止条約の依って立つ基盤とされるべきであります。そして、国際人道法の精神と原則を核兵器に適用させることにこそ、核時代に終止符を打つための楔があると、私は考えます。

未来志向に基づく対話が重要
青年を先頭に平和の大連帯を


互いの努力で脅威を取り除く
──パグウォッシュ会議のジャヤンタ・ダナパラ会長は、1995年の中東に関する決議の実施についての合意が、今回のNPT(核拡散防止条約)再検討会議の最も重要な成果であるとしています。しかし専門家は、この合意が中東の非核地帯化に至るかどうかについて懐疑的です。アメリカとイスラエルがいくつかの重要な点について留保していることを考慮すると、こうした懐疑的な見方にも十分理由があると言えないでしょうか。

池田SGI会長 昨年、中央アジアとアフリカで非核兵器地帯条約が相次いで発効したことは、「核兵器のない世界」に向けての大きな希望の曙光となるものでした。いずれの地域も、かつては核兵器を開発・保有した国が存在していただけに意義は大きく、これで中南米、南太平洋、東南アジアに続く形で、世界で五つの非核兵器地帯が成立することになりました。
 残る他の地域でいかに非核化の道筋を描くかは大きな課題です。北東アジアや南アジアと並び、中東地域の前途は容易ならざるものがあります。
 こうした中、今回の再検討会議で、中東地域に核兵器を含むすべての大量破壊兵器のない地帯を設けるための国際会議を2012年に開催する合意がなされました。もちろん、一度の会議をもって展望が直ちに開けるほど、問題は単純なものではありません。
 特に中東では、幾度も戦火を交えた根深い対立が歴史的背景として横たわっているだけに、そもそも会議自体が成り立つかどうかさえ予断を許しません。しかし、一触即発の状態が続く状況を放置してよいはずはなく、何らかの形で緊張緩和の糸口を模索するための「対話」の回路を開く必要があることは、論をまたないのです。
 核時代の混迷を前に「ゴルディウスの結び目は剣で一刀両断に断ち切られる代りに辛抱強く指でほどかれなければならない」(『現代が受けている挑戦』吉田健一訳)と警告したのは、歴史家のトインビー博士でした。長い歳月の中で膠着化した対立構造を解消するには、まずは関係国が「対話」に臨み、互いの疑心暗鬼や不安でもつれた糸を根気強くほどいていく以外にありません。
 対立ゆえに対話ができないというのではなく、対立ゆえに対話が必要なのです。

──その点について具体的にお聞かせいただけますか。

池田SGI会長 「核兵器のない世界」を築くためには、互いが脅威を突き付け合うような関係ではなく、互いに脅威の削減に努力する中で信頼を醸成し深め合っていかねばならない。その「安心と安全の同心円」を地域や世界に広げていくアプローチへと、各国が舵を切ることが肝要でありましょう。
 中東に限らず、北東アジアや南アジアにおいても、地域の国々が未来志向に立った「対話」という新しい一歩を踏み出すことができれば、平和共存に向けた次のステップは何らかの形で浮かび上がってくるのではないでしょうか。
 いずれにしても、明後年の会議の前途には多くの困難が予想されるだけに、市民社会も含めた国際社会全体の後押しが不可欠です。最終文書に「会議は核保有国の全面的支持と関与を得て行われる」とありますが、保有国に加えて、被爆国である日本も他の多くの非保有国と連携しながら、会議の後も継続して対話の環境づくりを支援していくことを強く願うものです。

市民社会の声で時代変革の波を
──包括的核実験禁止条約(CTBT)、兵器用核分裂性物質生産禁止条約(カットオフ条約)、核兵器禁止条約といった点に関して、NPT再検討会議での約束が現実のものとなり、繰り返される言葉を拘束力ある約束にするために、市民社会は何をすべきであると思われますか。

池田SGI会長 これまで何度も重要性が提起されながら、CTBTは96年に採択されたものの、いまだ発効できず、カットオフ条約にいたっては交渉開始にさえたどりついていない状況があります。
 しかし、すべての光明が潰えたわけではありません。
 事実、CTBTは未発効ながらも、核保有5カ国に加えて、インドやパキスタンが99年以降、核実験の一時停止を続けているほか、CTBT機関準備委員会による国際監視制度の整備が進められてきました。
 今回の再検討会議で近く批准することを表明したインドネシアに加え、もしアメリカの批准も実現することになれば、発効に必要な批准は七つの要件国を残すだけになります。
 また、カットオフ条約についても、交渉開始前から核保有5カ国が生産を停止しているのです。

──これらの重要な条約を実現に導くためには、何が必要でしょうか。

池田SGI会長 私は、世界の民衆の圧倒的な意思を結集し、各国の指導者に断固たる行動を迫る国際世論を力強く喚起する中で、もはや誰にも無視できない状況を現出させる以外にないと考えています。
 残念ながら、この二つの条約に対する関心は、軍縮に熱心なNGO(非政府組織)を除いて市民社会でそれほど広がりをみせなかった面がありました。
 しかし、人類の運命と未来にかかわる問題を各国の政策決定者だけに任せたままで良いのかと言えば、答えは断じて「否」です。
 対人地雷やクラスター爆弾の禁止条約を成立させる原動力は、民衆の素朴な常識に反する兵器の非人道性への憤りと、被害の拡大を阻止しなければならないとの危機感の広がりでありました。
 それと同じように、核兵器の脅威をなくすためには“CTBTやカットオフ条約が防波堤として欠かせない”との認識を市民社会の間で幅広く根づかせ、国際世論を押し上げる力に結晶させていく必要があります。
 今年の1月から3月にかけて、私どもSGIの7カ国の青年部と日本の学生部が「核兵器に関する意識調査」を行った時、回答者から「なぜこんな調査を行うのか?」といった声が多く寄せられたといいます。
 その背景には、“核兵器の問題は、自分たちとは遠くかけ離れたもの”との意識が、少なからず横たわっていることがうかがえます。
 とはいえ、まったく無関心なのではありません。核兵器の使用は「いかなる場合にも認めない」と回答した人が7割近くにのぼり、半数以上の青年が核兵器に関する議論の活発化によって「核廃絶に向けての動きが生まれると思う」と答えているのです。
 その意味でも鍵となるのは、CTBTやカットオフ条約や核兵器禁止条約の重要性を含め、核問題に関する認識や関心を市民社会の間で粘り強く喚起していくことです。それが、現実の重い壁を突き崩す力となっていくからです。
 それゆえ、私どもSGIも、2007年から展開している「核兵器廃絶への民衆行動の10年」の運動を通して、そのための努力をこれからも重ねていく所存です。

国際社会の土壌を粘り強く耕す
──「教育」の果たす役割については、どうお考えですか。

池田SGI会長 今回のNPT再検討会議で、日本を含む42カ国が「軍縮・不拡散教育に関する共同声明」を発表しました。
 今後も、国連軍縮室などの国連の関連機関や、CTBT機関準備委員会などの関連条約機関をはじめ、こうした運動に熱心な国々、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)などの国際的な取り組みや、多くのNGOと協力しながら、私どもも「核兵器のない世界」に向けた国際社会の土壌を粘り強く耕していきたい。
 そして、青年を先頭に「平和を求める世界の民衆の大連帯」を築き上げる中で、その連帯の姿とパワーをもって、現実と理想との“ミッシングリンク(失われた環)”をつなぎ、CTBTの発効やカットオフ条約の成立はもとより、核兵器禁止条約の締結を目指していきたいと決意しております。
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2010-06-29 : 提言/寄稿/インタビュー等 :
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中国・浙江海洋学院「名誉教授」称号授与式

中国・浙江海洋学院「名誉教授」称号授与式             (2010.6.9 創価大学本部棟)

 中国・浙江省に立つ屈指の海洋大学「浙江海洋学院」(苗振清学長)から、創価大学創立者の池田名誉会長に「名誉教授」称号が贈られた。名誉会長の長年にわたる日中両国の文化・教育交流への卓越した貢献を讃えたもの。授与式は9日、東京・八王子市の創大本部棟で盛大に挙行され、同学院の宋富軍副学長、学生処の李霊萍副処長、外国語学院の張正華教師、同海洋学院の学生の代表30人が出席した。また、名誉会長の友誼の漢詩が同学院に贈られた。

宋副学長の授与の辞

称号の授与はわが学院の一大慶事
協力・交流のさらなる発展を


 初夏の季節に、私と二人の教員、そして30人の学生は日本を訪問し、名だたる最高学府である創価大学を訪問させていただきました。
 そして、創価大学の創立者である池田大作先生に対し、浙江海洋学院の名誉教授称号を授与する栄誉に浴しました。
 まず、浙江海洋学院の教職員、学生を代表しごの祝福を申し上げます。どうか、山本学長より、池田先生に対し、私どもの感謝の意を伝えていただきたいと存じます。
 また、ご列席の皆様に、心からの祝福を申し上げます。
 池田大作先生は、世界の平和を提唱しておられる著名な思想家、教育者、社会活動家であり、幼稚園から大学までの一貫した教育機関を創立されました。
 池田先生の思想と実践は広範な影響を与えております。幾度も中国を訪問され、中日友好のために傑出した貢献をしておられます。
 そして、周恩来総理ら国家の指導者と会見され、また世界的な栄誉を受けているだけでなく、世界各国の多くの著名な大学、研究機関から名誉博士号、名誉教授称号を受章されています。
 去年の5月、浙江海洋学院の苗振清《びょうしんせい》学長は、池田大作先生に名誉教授への就任の決定をお伝えし、先生は、わが大学の先生に対する敬意を快くお受けくださいました。
 本日は、このように授与式を行うことができ、心から喜んでおります。
 また、これは私ども浙江海洋学院の一大慶事であり、わが大学の栄誉でもあります。
 浙江海洋学院は、1958年、風光明媚な舟山《しゅうざん》群島に創立されました。上海市、寧波市、そして海の仏国土と称される「普陀山《ふださん》」に囲まれております。
 2008年11月、本学は創立50周年を迎え、祝賀の式典を大成功に終えることができました。これを契機に、大学発展の速度を速め、特色をもち、国内外に重要な影響を広げていける大学に成長したいと努力しております。
 わが大学は創価大学と、このたびの訪問を通して、さらに協力し合い、交流を広げてまいりたいと念願しております。
 この席をお借りして、池田大作先生、山本学長、そして創価大学の皆様方が、浙江海洋学院を訪問していただけるよう招請申し上げます。
 結びに、池田大作先生のご健康、ご長寿をお祈り申し上げます。
 また、創価大学がますます発展してゆくよう、念願してやみません。本日は誠にありがとうございました(大拍手)。

池田名誉会長の謝辞(代読)

学院創立50周年の「海洋宣言」
地球は一つの村 四方の海は一つの家


人類共生の大海原へ
教育と文化の金波を


 一、海洋は、生命を育む宝蔵であります。
 海洋は、人間を鍛える道場であります。
 海洋は、文化を創る舞台であります。
 そして海洋は、人類を結ぶ大道であります。
 なかんずく、貴国と日本は、海で結ばれた一衣帯水の隣国であります。そのなかにあって、古来、遣唐使をはじめ幾多の日本人を迎え入れてくれた文化の恩義も深き港こそ、貴大学がそびえ立つ舟山《しゅうざん》の天地であります。
 麗しき1000を超える舟山群島は、「海洋文化の名城」とも謳われております。
 この要衝にあって、「21世紀は海洋の世紀なり」とのビジョンを掲げ、地球文明が要請する「海洋研究」と「海洋教育」の最先端を切り開いておられる学府こそ、貴・浙江海洋学院なのであります。
 本日、私は、名門の誉れも高き貴学院より、最も栄えある名誉教授の称号を授与いただきました。
 貴学院の掲げられる「開拓務実《かいたくむじつ》 敢闘争先《かんとうそうせん》」(開拓し着実に実践し、勇敢に戦い先駆する)という高邁な精神を深く銘記しつつ、謹んで拝受させていただきます。まことに、まことに、ありがとうございました(大拍手)。
 一、一昨年、貴学院は威風も堂々と、創立50周年の佳節を飾られました。
 この折、貴学院が、海洋分野で最初の「国家国際科学技術協力基地」に指定されたことも、まことに晴れやかな慶事であります。
 私の胸には、この栄光の50周年に発表された歴史的な「海洋宣言」の一節が高らかに響いてまいります。
 「地球は一つの村であり、四方の海は一つの家である」
 「海洋の日進月歩は、人類の日進月歩である」
 「海洋を興すことは、人類を興すことである」
 地球社会の平和に、そして、人類連帯の前進に、絶大なる貢献を果たしゆかれる貴学院に、私たちは最大の敬意の喝采をお送りしたいのであります(大拍手)。

臆病になるな!
 一、きょうの式典を、私が真っ先に報告したい方がおります。それは創価教育の父であり、日本の軍国主義と戦い殉じた、牧口常三郎先生であります。
 牧口先生は若き日、浙江ゆかりの魯迅先生など貴国からの留学生か学んだ弘文学院で地理学を講義しておりました。先生は、独創の地理学者として、海洋が人類にもたらす普遍性、開明性、進取の気性等について鋭く洞察しております。
 すなわち、因循姑息な島国根性に陥って、蝸牛角上の争いを繰り返してはならない。開かれた海洋の民の心で、快活に良いものを取り入れ、悪いものは退けていくべきだと訴えたのであります。
 特に青年たちには、“卑屈になるな! 傲慢にもなるな! 臆病になるな! 勇敢に心広々と、無限の可能性が広がる人類共生の大海原へ打って出よ!”との励ましを贈る教育者でありました。
 この牧口先生が1903年に発刊した大著『人生地理学』には、貴大学が立つ「舟山」についての記述もあります。
 『人生地理学』は、出版の直後に抄訳され、中国語の月刊誌「浙江潮《せっこうちょう》」に掲載されております。「浙江潮」とは、浙江省出身の留学生たちの手作りの先進の雑誌であります。魯迅青年も執筆しております。日本で印刷され、北京、上海をはじめ中国の各都市で愛読されていました。
 貴国の留学生と牧口先生の人知れぬ心の交流は、百年の歳月を経ても不朽の光彩を放っているのであります。
 きょう、ここに結ばれた貴学院と創価の青年の交流は、地味であるかもしれません。
 しかし、若き心の大地に植えられた友情の種は、時とともに、大きな友好の花が咲き、豊かな平和の実りをもたらすことを、私は確信してやまないのであります(大拍手)。
 その希望と歓喜を込めて、漢詩を詠みましたので、ここで披露させていただきます。

 浙江ゆかりの人生地理学は
 創価教育の第一の潮なり。
 浩浩たる海洋は千島(舟山)を浮かぶ。
 友好の往来は一葦《いちい》の遙なり。

 青年の活発な往来に勝る、平和創造の力はありません。
 教育と文化の交流によって若き心の大海原が開かれれば、その希望の金波、銀波の上を。政治、経済の船も未来へ進むことができるからであります。

地域から全国へ
 一、真摯に正しき道を求め、進みゆく生命は、大海のごとく、大いなる智慧を具えることができる。これは、浙江の天地が誇る大先哲・天台大師の達見でありました。
 外なる地球の大海とともに、内なる生命の大海を探究し、開発していくこと──ここに人間教育の挑戦があるといっても、過言ではないでありましょう。
 貴学院は、そのモデルを見事に示されているのであります。
 「海納百川《かいのうひゃくせん》 自強不意《じきょうふそく》」(海が無数の川を受け入れるように、万般の知識や学術を吸収し、たゆみなく自身を高める)とは、貴学院の素晴らしき校訓であります。
 尊敬申し上げる貴学院の苗《びょう》学長は、「生命には創造力という潜在能力が満ちている」と喝破されました。
 そして、その潜在能力を「激発」、すなわち激しく呼び醒ましゆく「啓発教育」を重視され、これからの社会に求められる人材の条件として、「社会意識(連帯意識)」「開拓と創造の能力」とともに、「創業精神」を挙げておられるのであります。
 この理念のもとに、貴学院では「立足舟山《りっそくしゅうざん》 服務浙江《ふくむせっこう》 面向全国《めんこうぜんこく》」(舟山に立脚し、浙江に貢献し、全国を目指す)を合言葉に、地域から、広大な中国全土へ、そして世界へ、貢献の場を広げておられます。
 海洋分野での目覚ましいリーダーシップとともに、山間部の困難な地域に勇んで飛び込み、崇高な献身を果たされている卒業生の奮闘も、私は感銘深くうかがっております。
 とりわけ、私が感嘆するのは、貴学院に脈打つ「一切は学生のため」「一切の学生のため」「学生の一切のため」という学生第一の精神であります。
 今年の元日、学長は、新型インフルエンザにかかり、帰省できない学生たちのもとに駆けつけられ、自信をもって病気と闘うよう励まし、担当の教授や医師にも学生を守るように指示されました。
 学生に対してだけではありません。休日、広大なキャンパスの各所に足を運ばれ、雨の中、警備にあたる青年たちに心からの感謝を伝え、温かく激励された逸話も、存じ上げております。
 わが『創価教育学体系』でも、「被教育者それ自身の幸福と共に、社会全般の幸福の為めに、価値創造の能力を養成するのが教育の目的である」と論じられております。
 貴学院と創価の人間教育の精神は、ここでも深く通い合っているのであります。

試練を越えよ
 一、浙江・紹興を原籍とされる周恩来総理は言われました。
 「われわれ青年には、こんにちがあるばかりでなく、はてしない未来がある」(日本語版《周恩来選集》翻訳室訳『周恩来選集(1926年~1949年)』外文出版社)
 「青年は第一に勇気を持つことだ。第二に勇気を持てば、智慧が生まれる」
 今、わが創大工学部の俊英たちが開発した人工衛星「Negal☆"」が、地上約3000㌔の天空の軌道を回りながら、貴重なデータを地球に送っています。8000人の子どもたちの「夢」を載せての大成功を、日本中、世界中の友が喜び喝采しております。
 幾多の試練を乗り越えて、願いを実現した原動力も、あきらめない勇気であります。執念の努力であります。そして先輩も後輩も一体となり、皆で学び合い、支え合って、力を出し切っていくチームワークなのであります。
 私は、貴国と日本、そして世界の青年が手を携えて、人類の平和と繁栄へ新たな未来の軌道を開きゆかれることを念願してやみません。これこそ、周総理から託された希望であるからであります。
 一、法華経には「福聚《ふくじゅ》(福徳の集まり)の海無量なり」という経文があります。
 長江三角州に光る舟山の天地、そして上海経済圏に輝く貴学院の「福聚の海無量」の大発展を心よりお祈り申し上げます。
 貴学院の校門には、巨大な二つの青き「波」が重なり合うモニュメントが光り輝いております。
 誉れの貴学院より、21世紀の大海原へ「勝利」と「栄光」の大波が無限に広がりゆくことを胸に描きつつ、私の若き日からのモットーを、敬愛する青年にお贈りし、私の謝辞とさせていただきます。
 「波浪は障害にあうごとに、その頑固の度を増す」
 謝謝! まことに、まことに、ありがとうございました(大拍手)。

名誉会長 漢詩を贈る

浙江人生地理學
創價教育第一潮
浩浩海洋浮千島
友好往来一葦遙

〈大意〉

浙江は『人生地理学』の所縁《ゆかり》の地であり、
創価教育の海外交流の初の潮流となった。
広々とした大海原は、千の島(舟山群島)を浮かべている。
両国の友好交流は、葦の如く狭い海峡を越えれば実現できるのである。

※文中には、大学名の「浙江海洋」が織り込まれている。
2010-06-12 : スピーチ・メッセージ等 :
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中国・寧波大学「名誉教授」称号授与式 

中国・寧波大学「名誉教授」称号授与式               (2010.6.8 創価大学本部棟)

 中国浙江省の発展著しい総合学府「寧波大学」(聶秋華学長)から、創価大学創立者の池田名誉会長に「名誉教授」称号が、香峯子夫人に同大学女子学院の「名誉院長」称号が贈られた。名誉会長の世界平和と中日友好への傑出した尽力、及び女性を尊重し、早くから女性運動を支援してきた夫妻の功績を讃えるもの。授与式は8日、東京・八王子市の創大本部棟で挙行され、来日した寧波大学の馮志敏副学長から、代理の山本創大学長に証書が託された。これで名誉会長に授与された名誉学術称号は「290」となった。また、名誉会長から聶学長はじめ大学一行に友誼の漢詩が贈られた。

馮副学長の授与の辞

歴代の国家指導者と会見
中日関係の改善に尽力


 本学の学長である聶秋華《じょうしゅうか》教授の委託を受け、私は大学を代表し、池田大作先生を寧波大学の名誉教授として、香峯子夫人を寧波大学女子学院名誉院長として、真心を込めてご招聘申し上げるものであります(大拍手)。
 池田先生は、著名なる宗教活動家であり、思想家、世界平和活動家、中国人民の古き良き友人であります。
 先生は長きにわたり、中日両国人民の友好の増進に尽力し、中日国交正常化を提唱されました。中国の周恩来、小平、江沢民、胡錦濤ら国家指導者との関係が大変に深く、世界平和や中日関係の着実な発展をともに模索してこられました。そして中日関係の改善と発展、中日人民の友好のために大きく貢献してこられました。
 さらに世界平和の使者、中日友好の橋として、池田先生は、世界平和と人類の幸福の理念を叫び、実践し、世界各国の平和を愛する人々から尊敬と敬愛を受けておられます。
 また、池田先生は著名な教育者であり、作家、桂冠詩人、写真家、世界的な文化人であられます。これまで国際問題、文化、教育界の傑出した人物と対話を進め、アーノルド・トインビー博士、ブライアン・ウィルソン博士、金庸博士らとの対談集は、今日の世界に非常に大きな影響を与えています。
 先生はハーバード大学やモスクワ大学、北京大学等、世界で最も権威ある最高学府や研究機構で講演され、人類文化、教育、社会、生態、文明、持続可能な発展という重要な思想を論じられました。
 そして、世界の高等教育機関から、280以上もの名誉学術称号を受章されています。その中には北京大学、復旦大学、浙江大学、清華大学、中山大学などの中国の大学も名を連ねています。そしてわが寧波大学は、光栄にも290番目となる名誉学術称号を授与させていただくことになりました(大拍手)。
 先生は、アジアの文化、教育と文明の持続可能な発展に傑出した貢献をしてきた、希代の世界的な文化人であり、写真芸術の大家でもあります。
 また私たちは、心血を注いで女性と青年を育成される池田先生のお心に対しても、敬意を表しています。
 とりわけ「21世紀は女性の世紀」と訴えておられますが、先生は会長就任の時から、早くも女性の存在を重視し、女性運動を理念と行動の上から、ご支援されたのであります。
 また今回、香峯子夫人に本学女子学院の名誉院長の称号を授与するのは、夫人が妻として、母として、女性の生き方の範を示しつつ、池田先生の平和・文化・教育の活動をともに推進し、その優しいほほ笑みをもって、友好の懸け橋となってこられたからです。
 さらに、香峯子夫人を代表とする創価学会婦人部の皆様は、明るく、朗らかで、躍動的な草の根の平和運動に取り組み、「女性の世紀」の先駆を切っておられます。
 そして6月10日は、世界一の創価学会婦人部が結成された日だと伺っております。この場をお借りし、心からお祝い申し上げます(大拍手)。
 本学は1986年。世界の海運王である包玉剛《ほうぎょくこう》先生の支援によって創立され、小平副総理によって大学名の題字が認められた浙江省の重点建設大学であります。
 これまでに8万人以上の卒業生を輩出し、地域で働く21万人の人材を育成してきました。現在、大学には2万9千人以上の学生が学んでおり、19の学部を備え、3つの博士号と56の修士号の学位記授与権、72の本科専門コースがあります。
 国家重点実験室、教育部重点実験室、教育部工程技術センター、国家体育総局重点研究基地などの高度な科学研究の基盤を擁しており、本学は、まさに「頂天立地」(毅然と大地に立つように、何ものも恐れない)の戦略を推進し、国内一流の地方総合大学として発展を続けています。
 池田先生と香峯子夫人に、中国東岸にある本学にお越しいただき、ご指導、ご教示をいただきたく、心からご来臨を願うものであります。また、本学と創価大学との交流と協力が、より一層強まることを念願するものであります。
 私たちは、中日両国の青年や女性が、ともに手を携えて、池田先生の平和理念と思想を模範とし、この21世紀に美しき未来を創造しゆくことを、心から希望するものです。
 結びに、この盛大にして特別な式典において、寧波大学の聶秋華学長に代わり、池田大作先生に寧波大学名誉教授の証書を授与させていただきます。先生の人類文化、教育事業への傑出したご貢献を賞讃申し上げます。
 また池田香峯子夫人に対して、寧波大学女子学院名誉院長の証書を贈呈させていただき、先生ご夫妻の女性運動への支持と推進を讃えさせていただきたく存じます(大拍手)。

池田名誉会長の謝辞(代読)

教育こそ「人類の平和の大船」
創造と開拓の大航海を


創立に尽くした包先生
人材の育成を真っ先に手掛けよ


 一、壮大な「海のシルクロード」の起点である寧波の天地は、「書は古今を蔵し、港は天下に通ずる」と謳われております。
 悠久の歴史を誇り、世界に開かれた港・寧波は、人間を照らす「文化の港」であります。
 民衆を結ぶ「平和の港」であります。
 未来を開く「繁栄の港」であります。
 青年を高める「教育の港」であります。
 その寧波より、人間教育の鑑と光る馮志敏《ふうしびん》副学長ならびに諸先生方がご来学くださいました。
 私たちは、この上ない喜びをもって、熱烈に歓迎申し上げます。本当にようこそ、お越しくださいました(大拍手)。
 さらに本日は、中国からお迎えしている交換教員の先生方、また留学生の英才の代表も出席してくださっております。誠にありがとうございます(大拍手)。

学術の大城
 一、グローバルな大交流の時代にあって、貴・寧波は貨物取扱量で世界第一の港湾都市として、隆々たる大発展を続けておられます。その大前進を牽引する知性を澎湃と送り出されている「学術の大城」こそ貴大学なのであります。
 ゆえに貴大学から賜った英知の宝冠ほど、うれしいものはありません。尊貴なものはありません。
 妻とともに、心より厚く厚く感謝申し上げます(大拍手)。
 私も妻も、貴大学の精神である、「兼容並包《けんようへいほう》」(多くの事柄を包括・包容する)、「自強不息《じきょうふそく》」(自分を向上させる事を怠らない)、「務実創新《むじつそうしん》」(実務に励んで新たに創造する)、「与時偕行《よじかいこう》」(時代と共に歩む)を胸に深く刻んで、本日の栄誉を拝受させていただきます(大拍手)。
 一、寧波は、古来、遣隋使や遣唐使をはじめ、多くの日本人を迎え入れてくださった「文化大恩の都」でもあります。
 「法華経」の生命尊厳の哲理を、貴国の天台大師の正統として受け継いだ日本の伝教大師も、寧波(当時は明州)に足跡を留めております。天台山へ向かったのも、寧波からであります。
 この「大恩の港」に対し、日本の軍国主義がもたらした背恩の暴虐は、絶対に忘れてはならない歴史であります。
 創価教育の創始者である牧口常三郎先生は、日本の野蛮な軍部政府と戦い、獄死しました。私の妻は、幼き日に、この牧口先生との出会いを刻んだ一人であります。
 牧口先生は青年時代、貴国からの留学生への地理教育に情熱を燃やすとともに、先駆的な女性教育にも取り組んでおりました。
 その意味から、本日の栄誉を、私と妻は、この先師に万感の思いを込めて捧げさせていただきたいと思っております。
 先生方、誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

副総理と会見
 一、貴大学の校章に輝く「寧波大学」の文字は、あの改革開放の指導者・小平副総理が揮毫されたとうかがっております。副総理とは、私も、忘れ得ぬ出会いを重ねさせていただきました。
 最初の会談は1974年12月。私は、当時のソ連のコスイギン首相から引き出した、貴国との関係改善への意向を携えて、副総理との会見に臨みました。
 翌75年4月の再会では、貴国と日本の「平和友好条約」の早期締結へ、副総理から、日本の三木首相への伝言も託されたのであります。
 胸襟を開いた2度の対話では、両国の青年交流・女性交流の具体的な推進も語り合いました。とともに、国家も、団体も、永続的な発展のためには、後継の信念の人材の育成が不可欠であることにも、話題は及んだのであります。
 教育に大いなる力を注がれた副総理は、「人材が絶えず涌き出でてこそ、我々の事業は初めて希望が持てる」と言われておりました。
 まさしく、教育こそ「社会の黄金の柱」であり「人類の平和の大船」であります。
 そして、副総理の深い期待と尽力のもとで建設された大学こそ、貴・寧波大学であることに、私は深い感慨を禁じ得ないのであります。

「発奮向上せよ」
 一、副総理と心を通わせながら、故郷・寧波のために、貴大学の創立に尽くされたのが「世界の海運王」と謳われた大実業家・包玉剛《ほうぎょくこう》先生であられました。
 包先生は強調されております。
 「人材の育成には、一刻の猶予も許されない。教育こそ真っ先に手掛けるべき基本作業である」
 「寧波大学創立にかかわる機会を得て、とてもうれしい。それは文化・教育、そして故郷の発展という二つを共にやり遂げることになるからだ」と。
 郷土を思う包先生の心が、どれほど強かったか。大学を創立した私の胸には、その熱誠が伝わってくるのであります。
 郷土のためには、他の誰かではない。自分自身が走り回るのだと、包先生は決意されておりました。
 名声などいらない。ただ愛する故郷のため、未来を担う青年のために、尽くせればよい──何と崇高な無私の行動でありましょうか。
 また包先生と同じく、誠実、勤勉、創造に富み、愛郷心の絆で結ばれた寧波出身の同胞のネットワークが貴大学を力強く支えた功績も、決して忘れることはできません。
 包先生は、貴大学の学生たちに訴えておられました。
 「骨身を惜しまず、勉学に励み、発奮向上してもらいたい。祖国を愛し、郷土を愛し、能力を身につけ、将来、より立派に国家の建設のために、力を発揮してもらいたい。これが私の願いである」
 この悲願に、貴大学の英才たちは見事に応えられました。包先生が示された、地域に貢献する精神も脈々と受け継がれております。
 今、貴・寧波は、副総理、また包先生の希望にかなった「中国商業都市」として、さらに「環境優良都市」として、そして「中国で最も幸福感を有する都市」として仰がれております。
 世界最長の海上橋である「杭州湾海上大橋」も完成し、いやまして、21世紀に輝く経済の要衝として大興隆を遂げておられるのであります。

「誠信」で光れ
 一、貴大学の女子学院は、寧波市の婦女連合会と協力して、寧波のため、浙江省のため、模範の女性教育を展開されております。
 そもそも寧波は、貴国初の近代的女子学校が創設された女性教育の最先端の天地でもありました。
 また貴・浙江省に誕生した革命詩人・秋瑾《しゅうきん》女史も、学問の錬磨を通し、女性こそが文明の先導として光り輝く新時代を見つめて、命を賭して戦われたのであります。
 そして今、中国を代表する名門の貴・女子学院は、出産や育児の支援など、生命を育み守る、最も身近で最も重要な事業にも、生き生きと取り組まれております。生命を大切にする社会こそ、平和と調和の社会でありましょう。それを創る力は女性です。
 “未来の理想社会の建設者は女性なり”と、私たちの先師・牧口先生も、80年前に宣言しておりました。
 一、尊敬申し上げる聶秋華学長が喝破された通り、大学の価値は、卒業生が社会で何を成し遂げているかで決まります。
 貴大学からは、「頂天立地」(毅然と大地に立つように、何ものも恐れない)の屹立した勇気ある人材が社会へ打って出ておられます。
 わが創価の誉れの同窓生も、厳しい経済不況が続く中、それぞれの職場や地域で、勇敢に社会貢献の使命と勝利の道を切り開いております。
 わが創価同窓生に、世界で活躍される貴・寧波グループの方々の信条である「誠信(誠実と信用を重んじる心)」を伝えたい。
 さらにまた聶学長が学生を励まされた指針──「主体的に学び続ける態度は一生の宝である」「チームワークと協力を通して、はじめて新たな創造が成し遂げられる」を贈りたいのであります。

烈火から鋼が
 一、貴大学の校歌は、じつに素晴らしい。「時代の呼びかけに応え 知識の武装を強化せよ 我らは風雨に磨かれ玉となり 烈火に鍛えられて鋼となる」
 本日、私も妻も、貴大学の名誉ある一員とさせていただきました。
 馮志敏副学長はじめ先生方とご一緒に、この歌を高らかに胸に響かせながら、両国の青年の栄光の未来のために、「創造と開拓の凱歌」の航路を、さらに勇んで邁進していくことをお約束申し上げ、御礼のごあいさつといたします。
 巍々堂々たる貴大学の限りなきご隆盛を、私と妻は、心よりお祈り申し上げます。謝謝!(大拍手)

名誉会長 漢詩を贈る

大師燈傳自寧波
千年不熄照娑婆
巍巍學府燃火矩
創新開拓唱凱歌

 〈大意〉

伝教大師の明燈は寧波の地より日本に伝わり、
千年に亙って消える事無く娑婆世界を照らした。
巍巍たる学府は理想の松明を燃やして、
創新と開拓の凱歌を歌い上げている。

※文中に、校歌の一節「巍巍学府」「高挙理想火矩」「創新開拓凱歌瞭亮」が織り込まれている。
2010-06-12 : スピーチ・メッセージ等 :
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新時代第41回本部幹部会

創立80周年記念 第5回全国青年部幹部会/
新時代第41回本部幹部会/全国婦人部幹部会への名誉会長のメッセージ

        (2010.6.3 創価国際友好会館)

 今こそ未来を開く時! 「創立80周年記念 第5回全国青年部幹部会」「新時代第41回本部幹部会」「6・10『婦人部の日』記念 全国婦人部幹部会」が3日午後、東京・千駄ケ谷の創価国際友好会館で行われた。これには原田会長、正木理事長、杉本婦人部長、10カ国・地域のSGI(創価学会インタナショナル)代表が出席。池田名誉会長は記念のメッセージと和歌を贈り、正義と勇気の大行進を呼びかけた。

原田会長の指導(要旨)
 創価の城は 今日も晴ればれ──池田名誉会長の和歌のごとく、まばゆい陽光と新緑につつまれた幹部会。
 みずみずしい青年の心で、明るく楽しき大前進を誓い合う。
 原田会長は、開催を祝しつつ、次のように語った。


「地区」が広布の主戦場

全幹部が一人一人を励まし
今こそ池田門下が立ち上がれ


 一、立正安国の月・7月へ、大勝利を決する「創立80周年記念 第5回全国青年部幹部会」、ならびに「新時代第41回本部幹部会」「全国婦人部幹部会」の開催、大変におめでとうございます(拍手)。
 また10カ国・地域から参加されているSGI(創価学会インタナショナル)の同志も、ようこそお越しくださいました。心から歓迎申し上げます。
 一、昨夜、本日の本部幹部会について、池田先生から指導がありました。
 「明日の本部幹部会については、弟子の君たちが、団結して、しっかりやりなさい。皆が、創価学会のすべての責任を担って戦う時が来ているのである。学会の将来にとって、今が一番大事な時である。ゆえに、私を頼るのではなく、君たちが全責任をもって、やる時代である。私は、これからも君たちを見守っているから、安心して、総力を挙げて広宣流布を推進しなさい」とのことでした。
 本日、先生に出席いただけないことは残念ですが、先生の真情を伺うにつけても、もはや甘えは許されません。弟子が、今こそ決然と総立ちする時です。すでにこれまで、戦いのすべては、先生に教えていただきました。戸田先生にお仕えされた若き日の死闘を通しながら、弟子の奮闘が、どうあるべきかを、事細かに教えてくださいました。あとは本門の池田門下が、どう実践するかです。戦いと行動あるのみです。それぞれが死力を尽くして動きに動き、語りに語りきり、励ましに励まし抜いていこうてはありませんか(大拍手)。
 一、先月の本部幹部会、中国最高峰の名門・清華大学から名誉教授称号を受章した先生は、その折、清華大学が地域・社会に、どう貢献できるかを重視している点に触れて、このように指導くださいました。
 「わが地区の一人一人の力を高めゆくところから、勝利と真の発展の道は必ず広がっていくということを知ってください」
 ここにこそ全国完勝への最重要の鍵があると、私どもは深く銘記してまいりたい。
 思えば50年前、第3代会長に就任された先生は、戸田先生の7回忌までに300万世帯の弘教達成を師子吼されました。そして、その勝負を決する焦点は、「勢い」であり、「地区」でありました。
 先生は、第3代会長就任から2カ月間で、すでに、その行動は日本全国に及んでおります。すさまじい「勢い」であります。

正義の庶民の底力を満天下に
 その第一声となった関西幹部会で、“広布の主戦場は地区である”と強く訴えられ、“全幹部が地区へ打って出るならば、300万世帯は必ず達成できる”と断言された。
 続く男子部幹部会でも青年部に“各地区の推進力たれ”と期待を寄せるなど、先生が訴えられたのは一貫して「地区根本」でした。
 当時の聖教新聞には、会長就任以来の最前線の様子が「空気は一変した」「“生きている”という感じだ」等と報じられています。
 「わが地区の一人一人の力を高めゆくところから、勝利と真の発展の道は必ず広がっていく」───この一点に、私どもは焦点を絞り、勝利への総仕上げをしてまいりたい。
 地区員一人一人の80周年の勝利に向けて、壁にぶつかっている同志はいないか。もっとたたえるべき同志はいないか。まだ立ち上がれていない同志はいないか──。
 全幹部が「地区」に入りきり、先生の心をわが心とし、先生の分身となって、地区の一人一人に光を当て、励まし、たたえ、共に祈り、共に戦い、共に信心の確信と喜びをつかみ、共に勝利していく。
 縁の下に入って、地区部長・婦人部長を支え、地区の勢いを最高潮にもっていく。この戦いに全幹部が徹し抜いてまいりたい。
 つい先ほども、先生から、「最高幹部自らが、率先して地区の最前線に入り、しっかり励ましていくことが大事だよ」と、指導をいただきました。まさに「竹の節を一つ破《わり》ぬれば余の節亦破《わ》るるが如し」(御書1046㌻)との御聖訓の通りであります。
 地区の全メンバーが総立ちとなり、全地区が一丸となって前進してまいりたいと思います(拍手)。
 一、本日のメッセージにありました指導─
 第1に、「強盛なる祈りで勝て!」。
 第2に、「異体同心の団結で勝て!」。
 第3に、「勇気と執念の行動で勝て!」。
 この3指針のままに、一人一人が「絶対に勝つ」という一念を燃え上がらせ、最後まで執念で祈り抜き、断じて勝利をしてまいりたい。
 今こそ、大創価学会の底力、池田門下の底力、正義の庶民の底力を、満天下に示しきってまいろうではありませんか(大拍手)。

名誉会長の和歌とメッセージ

幾山河
 越えゆき激戦
  勝ちにけり
 創価の城は
  今日も晴ればれ

大切な
 また大切な
  広宣の
 同志の生命《いのち》は
   三世の仏か

断固たる
 正義の指揮 執る
  わが弟子が
 晴れて勝ち抜き
   歴史を残せや


さあ勇気と正義の大行進を
全地区よ立て! 創価の底力を満天下に


 一、皆さんご苦労さまです。
 おかげさまで、広宣流布は、いよいよ勢いを増して前進しております。
 これも、すべて、尊き学会員の皆さんの祈りが強いからであります。信心が深いからであります。
 わが創価学会は、日本一、否、世界一の盤石なる「平和」と「文化」と「教育」の大城となりました。
 うれしいことに、今、広布満開、人材満開の花盛りであります。
 きょうは、学会精神が燃え上がる全国青年部幹部会、おめでとう!(大拍手)
 男子部も、女子部も、そして男女学生部も、よく頑張ってくれている。
 また、晴れわたる全国婦人部幹部会、おめでとう!(大拍手)
 偉大な創価の母たちに、私も妻も心からの祝福と感謝を捧げたい。いつもいつも、ありがとう!(大拍手)
 そして、地球の一番遠くから、約40時間もかけて、はるばると駆けつけてくださったペルーの皆さん、本当にようこそ、いらっしゃいました(大拍手)。
 韓国の皆さん、希望あふれる記念講堂の建設の槌音とともに、躍動する青年部の大前進も、よくうかがっています。皆さんこそ、揺るぎない「平和の黄金の柱」です(大拍手)。
 人材光る香港、そしてマカオの皆さん、お懐かしいです(大拍手)。
 「世界の幼児教育の模範」と輝く香港創価幼稚園の大発展を、牧口先生も、どれほど喜ばれていることでしょうか。

花の婦人部幹部会 おめでとう!
偉大な母に心から感謝


出発しよう!
 一、日本全国、また全世界の皆さんの力で、第3代会長就任50周年の5月3日を、最高に晴れ晴れと勝ち飾ることができ、心より御礼を申し上げます(大拍手)。
 6月は「婦人部の月」「世界池田華陽会の月」「学生部の月」。
 そして7月は「青年の月」「師弟の月」「立正安国の月」であります。
 創立80周年という大きな佳節にあって、大事な戦いを決しゆく出発が、本日の本部幹部会であります。

弟子で決まる!
 一、法華経の会座において、幾度も繰り返される弟子の誓願があります。
 それは、“私たち弟子は、師匠の仰せ通りに広宣流布を成し遂げます。どうか、ご安心ください。心配なさらないでください”という誓願であります。
 弟子たちが、本気になり、一丸となって、不惜身命の祈りと行動を起こしてこそ、真実の勝利がある。
 これが、法華経の後継の真髄なのであります。
 ゆえに、私は、きょうは、あえて出席いたしません。
 厳然と一切を見守っておりますから、原田会長を中心に、皆で明るく元気いっぱいに行いなさい。

師の分身として
 一、戸田先生は、75万世帯の願業が一歩一歩、達成に近づいていくなかで、私たちに、一つ一つ、戦いの指揮を託していかれました。
 先生は「みんなも立派に育ってきたからな。君たちに任せるよ。自分たちで責任をもって考え、進めていきなさい」と言われ、時には本部幹部会等にも出られなかったのであります。
 それは、未来のために考え抜かれた師子王の訓練であることが、私にはよくわかりました。
 先生は、仏法において、何よりも大切な「時」というものを鋭く見極められて、弟子たちが永続的に前進し、勝利し、発展していける流れを創ってくださったのです。
 特に、私に対しては厳しかった。
 「大作、私が打てる手は全部、打っておいたぞ。あとは、おまえが思う存分、戦いまくれ! 勝ちまくれ!」と厳命されたのであります。
 今、私も、戸田先生とまったく同じ心です。君たちに万事を託していく総仕上げの「時」を迎えているからであります。
 創価学会は日蓮大聖人に直結して、末法万年尽未来際まで広宣流布を成し遂げていく仏意仏勅の教団であります。
 師匠の薫陶に応えて、弟子が今一重の深い自覚をもって立ち上がる時に、未来を開く新しい前進と勝利の息吹が生まれるのであります。
 戸田先生の愛弟子として、私は、行くところ向かうところ、「立正安国」の勝利の旗を打ち立ててきました。
 正法正義のために、師匠の分身として勇敢に激戦に飛び込んでいく弟子には、仏と同じ智慧と力が必ずわき上がってくる。これが妙法の絶対の功力であります。
 どうか、皆さん方は、今こそ、自らの使命の大舞台で、威風堂々と、広布と人生の勝利の歴史を断固として創り残してもらいたい。

強盛なる祈りで勝て
異体同心の団結で勝て
勇気と執念の行動で勝て


常に心は一体
 一、御聖訓を拝し、三つの勝利の要諦を確認したい。
 第1に、「強盛なる祈りで勝て!」。
 御聖訓に、「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(御書1192㌻)、「ふかく信心をとり給へ、あへて臆病にては叶うべからず候」(同1193㌻)と仰せの通りであります。
 第2に、「異体同心の団結で勝て!」。
 有名な「異体同心事」には、「日本国の人人は多人なれども体同異心なれば諸事成ぜん事かたし、日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて・一定法華経ひろまりなんと覚へ候、悪は多けれども一善にかつ事なし」(同1463㌻)と断言なされております。
 そして第3に、「勇気と執念の行動で勝て!」。
 大聖人は池上兄弟に「此れより後も・いかなる事ありとも・すこしもたゆ(弛)む事なかれ、いよいよ・はりあげてせむべし、設ひ命に及ぶともすこしも・ひるむ事なかれ」(同1090㌻)と仰せになられました。
 ともあれ、師弟は不二であります。ゆえに、どんな時でも常に師弟の心は一体です。師弟が不二であれば、何も恐れるものはない。
 皆、体を大切に! 正義の我らは、朗らかに前進しよう!。
 また、お会いしよう!(大拍手)

…………………………………………………………………………………………………………………………………
進め! 広布の旗高く 功徳満開の人生たれ

わが友よ「大山《たいざん》」「大桜《おおざくら》」の如く
 幹部会の席上、かつて池田名誉会長が認めた、二つの「書」が、池田副理事長から紹介された。
 墨痕鮮やかな「大山」の文字。
 脇書には「わが友よ 嵐に不動乃信心たれと祈りつつ」「五十四年五月三日 創大にて 式後 記す也」と。
 雄渾なる「大桜」の筆。
 脇書には「わが友乃功徳満開たれと祈りつつ」「五十四年五月三日 創大にて 合掌」と認《したた》めている。
 昭和54年(1979年)5月3日、名誉会長は“第3代会長辞任”の本部総会に出席した。場所は、創価大学の中央体育館である。
 終了後、渡り廊下を歩く名誉会長のもとへ、幼子を抱えた婦人部が「先生!」「先生!」と大きな声をあげながら、駆け寄ってきた。
 「ありがとう! お元気で!」──大きく手を振って応える名誉会長。
 その胸には“こういう尊い方々を、一体、誰が守っていくのか”との叫びが、こだましていた。
 その直後に、創大で認めたのが、この二つの書である。
 このあと、名誉会長は、学会本部には戻らず、そのまま、神奈川文化会館に向かった。
 この日の夜、神奈川文化会館で認めたのが「共戦」。
 2日後の5月5日には、「正義」の揮毫を。
 そして1年後の昭和55年に関西で記したのが「五月三日」の書である。〈本年4月の本部幹部会で紹介〉
 同志愛がほとばしる揮毫から、ただ一人、反転攻勢の戦いを開始して、30星霜──。
 名誉会長は、今日の世界192力国・地域に広がる創価学会の大発展を築き上げた。
 特に、ここに掲げられた二つの書には、全学会員に寄せる、深い心が託されている。
 つまり──
 「わが同志は、一人ももれなく『大山』のごとく、 『嵐に不動の信心』で、この一生を生き抜いてもらいたい」
 そして──
 「『大桜』のごとく、『功徳満開』の人生を勝ち取ってもらいたい」との、常に変わらざる師匠の心である。
 とともに、名誉会長は、「わが学会は、揺るぎない
精神界の王者として、大山のごとく、社会に、そびえ立っていくのだ」「幸福勝利の『創価桜の道』を、断じて、世界に開いていこう!」とも語っている。
 「大山」──「嵐に不動の信心たれ」
 「大桜」──「功徳満開の人生たれ」
 この精神を生命に刻み、我らは師弟完勝の最高峰へ挑みゆく!
2010-06-05 : スピーチ・メッセージ等 :
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アメリカ創価大学第6回卒業式へのメッセージ 

アメリカ創価大学第6回卒業式へのメッセージ                  (2010.5.28)

 平和連帯の世界市民を育成するアメリカ創価大学(SUA)の第6回卒業式が5月28日(現地時間)、カリフォルニア州オレンジ郡アリソビエホ市の同大学体育館で挙行された。これには、創立者・池田SGI(創価学会インタナショナル)会長が記念のメッセージを贈り、21世紀の大空へ飛翔しゆく84人の俊英たちを祝福した。式典では、来賓のバハマ国のポーレット・ベセル国連大使が記念講演。SUAのハブキ学長、ダナム理事長ら教職員、卒業生の家族、支援者、1期から5期の同窓生ら約1200人が出席した。

価値創造の青春に栄光あれ
ホイットマン
今日、この日から始めるのだ


 一、わが宝のアメリカ創価大学(SUA)の第6期生の皆さん!
 輝かしいご卒業、まことにおめでとう!
 この4年間、皆さんは、本当によく学び抜かれました! 立派に成長されました! 見事に勝利されました!
 今、私の胸には、21世紀の天空に、颯爽と飛翔しゆく、わが6期生の凛々しき英姿が、眩いばかりに迫ってまいります。これほど、うれしいことはありません。

不断の向上を
 一、はじめに、アメリカの誇る民衆詩人ウォルト・ホイットマンが、150年前(1860年)に発表した「一弟子に與う」と題する詩の一節を、皆さんに贈りたい。
 「今日この日から始めるのだ。君自らを剛毅と、現実と、矜持と、確固不動の精神と不断の向上を身につけて、
 君自身の『人格』を身をもって確立し、これを世に示すまで安んじてはならない」(長沼重隆訳『草の葉』三笠書房、現代表記に改めた)
 本日の卒業式は、4年間の努力の輝かしい到達点であると同時に、「今日この日から始める」新たな精神闘争の門出であります。
 常日ごろより、アメリカ創価大学を支えてくださっているご来賓の先生方には、本日も温かく見守っていただき、まことに、まことに、ありがとうございます。
 ご家族、ご友人の皆様方にも、心よりお喜び申し上げます。
 わが6期生の向学の青春を、懸命に護り励ましてくださった教員の先生方、職員の方々、深く御礼申し上げます。
 そして、卒業生の皆さん、在校生の皆さん、本当にありがとう!(大拍手)

勇気で語れば心は変わる!

 一、本日は、光栄にも、“カリブ海の楽園”と謳われるバハマ国のポーレット・ベセル国連大使がご多忙のなか、祝福に駆けつけてくださいました。
 ベセル大使は国連などを舞台に、多国間の協力を力強く推進してこられた、平和創出の卓越したリーダーであられます。
 私がニューヨークの国連本部を初めて訪問したのは、50年前(1960年)の10月でありました。国連総会の本会議等を傍聴しながら、独立まもないアフリカ諸国の若き代表たちが、はつらつと活躍している姿を目の当たりにして、「21世紀はアフリカの世紀」と展望したのも、この時のことであります。
 この折、私は、国連本部でも、世界各地の大舞台でも、やがて創価の平和哲学を抱いた青年たちが、威風も堂々と貢献する日が必ず来るであろうと、未来に思いを馳せました。
 今まさに、SUAの大いなる発展とともに、いよいよ、その本格的な時代が到来したのであります。
 先日も、日本の創価の青年の代表が、国連本部で開催の「核拡散防止条約(NPT)」の再検討会議にあわせて、「核兵器禁止条約」の制定を求める227万6167人の署名目録を届けました。
 核兵器による人類の破滅を防ぐためには、どうすればよいか──アインシュタイン博士は明晰に結論されました。
 それは「われわれ自身が心を入れ替え、勇気をもって語れば、人の心を変えられるだろう」と。そして「若者たちと行動するんだ。人の心を変えるという目標をあきらめてはいけない」と訴えたのであります。〈ウィリアム・ヘルマンス著、雑賀紀彦訳『アインシュタイン、神を語る』工作舎〉
 わがSUAで、学び、鍛え上げた若き英才の皆さんが、平和を願う全世界の青年の先頭に立って、人類に貢献しゆく大連帯を幾重にも広げゆかれんことを、心から願ってやみません。

忍耐と智慧で勝て

10年を目標に
 一、私は、これからの地球社会の若き指導者たる6期生の皆さんの出発にあたり、「忍耐と智慧で勝て!」と申し上げたい。
 大乗仏教の精髄である法華経には、生命の究極の力として、「忍辱(忍耐)の大力《だいりき》」「智慧の宝蔵」が挙げられております。
 今、私は、創価教育の創始者である牧口常三郎先生も敬愛した大哲学者デューイ博士の思想をめぐって、研究の泰斗であるピックマン博士、ガリソン博士と、てい談を重ねております。〈「人間教育への新しき潮流──デューイと創価教育」と題し、月刊誌「灯台」で連載中〉
 デューイ博士は、自らの人生を振り返って、こう語りました。
 「私の人生哲学は本質的には単純な言葉だが辛抱強く頑張るところにある」(G・ダイキューゼン著、三浦典郎・石田理訳『ジョン・デューイの生涯と思想』清水弘文堂)
 至言であります。
 大歴史学者のトインビー博士に青年に贈る指針を尋ねた時も、答えは「忍耐強くあれ」でありました。
 困難のない人生などない。いわんや、使命が大きければ大きいほど、困難も大きい。
 その困難の連続のなかで、それでも、辛抱強く、忍耐強く、一歩また一歩、前進し抜いていけるか、どうか。ここに大きな分岐点がある。
 どんな試練に直面しても、絶対に窮しない。あきらめない。いな試練があるほど、それを上回る智慧をたくましく発揮しながら、断固として乗り切っていく。この「忍耐」そして「智慧」にこそ、偉大な指導者としての勝利の翼があるのであります。
 特に卒業生の皆さんは、まず10年を目標に進んでいただきたい。
 私が対談集を発刊した「アメリカの良心」ノーマン・カズンズ氏が、20代の初めから30代半ばにかけての年代に「頭のなかに何を入れるか」が、人生の意義を大きく決定すると強調されていました。〈松田銃訳『ある編集者のオデッセイ サタデー・レビューとわたし』早川書房〉
 改めて申し上げるまでもなく、「創価」とは「価値創造」の意義であります。
 うれしいことに各界の識者の方々から、わがSUAの英才には「創造性」「独創性」が光っていると、高い評価を受けております。
 それぞれの使命の道で粘り強く努力を積み重ね、この創価の創造的生命を一段と磨き上げながら、新しい発展を創り開いていってください。

SUAの君達は未来の最大の宝
 一、晩年のホイットマンを支えたトローベルという青年がいます。彼は師の生誕100周年に歌いました。
 「ウォルト(ホイットマン)よ、どこにあなたがおられようと、確かにここにあなたはおられます」
 「そうです、大切なウォルトよ、あなたと一緒に、私は今も種を蒔いています。蒔いて、蒔いて、蒔き続けています」
 創価教育の創始者・牧口先生、そして戸田城聖先生が「創価教育」の正義の大旗を高く掲げて、今年で80年。
 民衆を幸福に! 世界を平和に!──との先師・恩師の熱願を受け継ぎ、私は弟子として、ありとあらゆる艱難を乗り越え、勝ち越えてきました。
 師弟に生き抜く人生は強い。何があろうと動じない。私は今も、心の師と対話しながら、一緒に「人材の種」「平和の種」を蒔き続けています。
 そして、私が未来へ残しゆく最大の宝は、君たちです。アメリカ創価大学生です。
 皆さんこそ「創価教育の勝利の大樹」であり、「生命輝く地球平和の大樹」なのであります。
 その大樹の林立を世界へ未来へと広げゆく崇高な労作業を、共々に、世界一麗しきSUAの学友との絆を、さらに強めながら、スクラムも固く、はつらつと開始していこう!
 一、終わりに、バハマ国の美しき海を愛してやまなかった、文豪ヘミングウェイの名作『老人と海』に、私の大好きな一節があります。
 それは「人間は負けるように造られてはいないんだ」(福田恆存訳『ヘミングウェイ全集7』三笠書房)という言葉であります。
 この叫びを、万感の思いを込めて、愛する君たちに贈り、私の祝福のメッセージといたします。
 使命深き「学びの青春」に勝利あれ! 栄光あれ!
 本日は、本当におめでとう! また、元気でお会いしよう!(大拍手)
2010-06-02 : スピーチ・メッセージ等 :
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御書と青年 8/9 御書根本の常勝

池田名誉会長が語る青春勝利の指針
御書と青年 8/9 御書根本の常勝
       (2010.5.26/30付 聖教新聞)

確信の講義が「大阪の戦い」の原動力に
不屈の関西魂を燃やせ


創価の師弟が大聖人の御遺命を実現
大難を越えて全世界に妙法流布


熊谷関西青年部長 このたびは、中国最高峰の名門・清華大学から「名誉教授」称号のご受章、誠におめでとうございます!
 平和友好の壮大なご貢献を讃嘆する歴史的な授与式に、関西青年部の代表も参加させていただきました。本当にありがとうございました!
池田名誉会長 ありがとう! わが創価の青年の意気軒高のスクラムを、清華大学の顧秉林学長はじめ先生方も、感嘆されておりました。
 すべて、戸田先生に捧げゆく栄誉です。私が今日あるのは、一切、「戸田大学」の薫陶のおかげだからです。
 戸田先生から私は、万般の学問と最高の人間学を学ばせていただいた。根本の哲学と究極の社会貢献の道を教えていただいた。
 こんなにありがたい師匠はおりません。私は、先生から教わった一切を、君たちに伝えたい。
川島関西女子部長 私たち関西女子部は昨年から、「御書で勝て! 関西池田華陽会」を合言葉に、先生の講義を学び、実践しています。この「行学の二道」の息吹の中から、新しい人材が陸続と育っています。
 関西は断じて勝利します!
名誉会長 関西はいいね! 何よりも、元気だ。
 関西は私の手づくりです。青春の大舞台です。関西と聞けば懐かしい。心が躍る。胸が熱くなります。
 常勝関西こそ、創価学会の心臓部であり、柱です。関西は、いかなる大難も私と共に乗り越え、勝ち越えてきた「師弟不二の錦州城」です。
古屋関西男子部長 はい! 先生が死身弘法で築き上げてくださった大関西を、私たちが断固として受け継いでまいります。
 関西男子部の一般講義も、関西約170会場で1万数千人の精鋭が参加する大行事になりました。また、部長、本部長などを対象に、人材グループとして「常勝教学大学校」を結成し、池田先生の教学著作を学んでいます。
熊谷 男女学生部も「教学大学校」などで仏法即社会の哲理を研さんしています。
 先生が教えてくださった最強無上の「法華経の兵法」で、関西青年部は、勝って、勝って、勝ちまくります!

わが力を千倍万倍に
名誉会長 昭和31年(1956年)も、関西の友は私と一緒に御書を拝し、御書のままに戦った。そして御書の通りに勝った。
 御書は、希望の源泉です。
 御書は、歓喜の音律です。
 御書は、勇気の宝剣です。
 御書は、正義の旗印です。
 御書は、平和の光源です。
 御書は、師弟が永遠に常勝しゆくための経典なのです。
 日蓮大聖人は、「信力の故に受け念力の故に持つ」(御書1136㌻)との天台大師の一文を引いておられる。正法正義を受持することこそが、人間として最極の信念なのです。
 民衆が正しき生命哲学を学べば、恐れるものはない。青年が立正安国の信念に立てば、無敵です。
 御書を心肝に染め、絶対の大確信に立って前進する民衆のスクラムは、誰も止めることはできない。
川島 錦宝会(多宝会)の先輩方から、先生の烈々たる御書講義の波動で、関西本部が軍艦のように揺れたとうかがっています。先生は、御書根本の闘争を、全関西に植え付けてくださいました。
名誉会長 戸田先生は、よく言われました。
 「御書には、一切の肝要が完璧に記されている。妙法という最高の価値観に立てば、何ごとであれ、どう進めばよいかがわかるのだ」と。
 御書の一文字一文字には、御本仏の燃え上がるような民衆救済の大情熱が脈打っています。
 御聖訓には、苦悩の底にある人々を蘇生させ、幸福へと立ち上がらせる大慈悲と大哲理が光り輝いている。
 御書には、人生と広宣流布の勝利への「方程式」が記されている。妙法の「将軍学」が厳然と留められている。
 「正義によって立て! 汝の力、二倍せん」とは、先哲の箴言である。
 御書を根本とすることは、人間として最も強く、最も深く、最も尊い正義の中の正義によって立つことです。
 汝自身の力を百倍にも、千倍、万倍にもすることができる。全人類の幸福と未来を開く広宣流布の闘争に勝利していくことができるのです。
 大聖人は法華経を身読なされました。
 その大聖人に直結して、御書を身で読まれたのが牧口先生であり、戸田先生です。これが創価の師弟の誉れです。

「不可能」を「可能」に
古屋 牧口先生は、妙法流布のゆえに、国家権力の弾圧を受け、投獄されました。獄中で、「立正安国の旗」を掲げて最後まで戦い抜かれ、殉教されました。
名誉会長 「開目抄」には「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」(同232㌻)との大聖人の烈々たる叫びが記されています。牧口先生は、この御書の一節に赤の傍線を引いておられた。
 まさに、大聖人の仰せのままに、身命をなげうって広宣流布に生き抜かれたのです。そして戸田先生は、この牧口先生に、最大の感謝の心でお供し、2年間の獄中闘争を戦い抜かれました。
熊谷 池田先生は、関西で法難を一身に受け切られ、戸田先生を守り通されました。あらゆる三類の強敵を打ち破って、今日の世界広宣流布の基盤を築いてくださいました。私たちは、いかに感謝しても、感謝しきれません。
名誉会長 「撰時抄」では、「法華経の大白法の日本国並びに一閻浮提に広宣流布せん事も疑うべからざるか」(同265㌻)と、末法における世界広布が断言されています。創価学会は、大聖人の仏法を世界192カ国・地域に流布し、この未来記を現実のものとしました。
 御聖訓に違わず、三障四魔に打ち勝って、世界広布を進めている仏意仏勅の団体は、創価学会しかありません。
 だから、功徳も大きい。
古屋 不可能を可能とした「大阪の戦い」は、まさしく「御書の偉大さ」「妙法の大功力」を現実社会に示しゆく戦いでした。
名誉会長 戸田先生は宣言されました。
 「妙法を持って努力してゆけば、必ず人間革命できる。広宣流布はできる。御書には、そのことが記されているのだ。あとは決意と実践だ」
 このことを、「大阪の戦い」に参加した同志が、一人一人、証明してくれました。

広布の母は人類の宝
名誉会長 「大阪の戦い」の時、みんなは、まだ生まれていないね(笑い)。家族の中で参加された方はいるかな?
川島 私の祖母は昭和30年に京都で入会し、「大阪の戦い」にも参加しました。一緒に入会した母は小学生でしたが、大闘争の熱気はよく覚えているといいます。
 じつは母は、入会前、耳が不自由だったんです。しかし、家族で学会活動に走り抜くなかで、耳がよく聞こえるようになりました。祖母も結核を克服するなど、大きな大きな功徳をいただきました。
 祖母と母は、私が小さいころから、先生と一緒に戦える喜びを私に語ってくれました。二人とも、今も元気に活動しています。
名誉会長 うれしいね。本当に立派なおばあちゃんであり、おかあさんです。
 大聖人は、けなげな女性の門下を讃え、こう仰せです。
 「日蓮よりも強盛の御志どもありと聞へ候は偏に只事にあらず、教主釈尊の各の御心に入り替らせ給うかと思へば感涙押え難し」(御書1126㌻)
 関西をはじめ、日本全国、そして世界中に、大聖人から讃嘆される偉大な「広布の母」たちがおられる。
 この方々こそ、学会の宝です。いな、人類の宝です。
古屋 私の祖父母も母も、草創の大阪支部の一員です。
 「先生のお役に立つ人材になりなさい」が口癖で、私を関西創価学園、創価大学に送り出してくれました。
 関西には、いずこにあっても、池田先生との原点を胸に、素晴らしい宿命転換の実証を示された先輩方がおられます。私たち青年を励ましてくださっています。
名誉会長 苦楽を共にしてきた関西の同志との絆は、三世永遠です。
 御書には、弟子の功労を「いつの世にか思い忘るべき」(1193㌻)と仰せです。
 関西が、どれほどの思いで「常勝の城」を築き、守ってくれたか。共に戦ってくれた全同志に、私と妻は毎日毎日、題目を送り続けています。

わが栄光の劇を!
熊谷 「大阪の戦い」に参加した先輩は、一様に「あの時は大変だったけど、本当に楽しかった」と言われます。「なんだか矛盾するような気もしますが、どういうことなんでしょうか」と、ヤング男子部の友が語っていました。
名誉会長 本来、「苦」と「楽」は一体なのです。
 真の「楽しさ」とは何か。それは「生命の充実」です。その充実とは、苦難と戦う中にこそある。
 労苦を厭わず、必死に祈って、壁を破る。勝利する。だから喜びも大きい。本当に楽しいのです。
 自分だけの小さな悩みで一喜一憂する青春では、あまりにも侘しい。
 広宣流布は、人類の幸福を勝ち取る大闘争です。ゆえに楽な戦いではない。しかし、「始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(同788㌻)と仰せです。
 大仏法を実践し、自他共の幸福のために尽くしゆく喜びに勝るものはない。これ以上の充実はありません。
古屋 昭和31年1月5日、「大阪の戦い」の出発の地区部長会の折、先生は、緊張して固くなっている皆の様子をご覧になって、歌を歌い、舞うことを提案されました。参加された方々も、びっくりしたそうですね。
名誉会長 そうだった。皆、即興で自由奔放というか(笑い)、一生懸命、踊りを披露してくれた。おかげで雰囲気が一気に明るく弾けた(爆笑)。
 御書には「迦葉尊者にあらずとも・まいをも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立ってをどりぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をどりてこそいで給いしか」(同1300㌻)と仰せです。
 学会歌の指揮も、この御書に則った在り方なのです。
 私は、大阪中、関西中の大地から、新たな地涌の菩薩を続々と誕生させてみせるとの一念で指揮を執りました。
 同じ戦うならば、地涌の菩薩としての誇りを胸に、悠然と舞うように戦うことです。創価という最極の青春の晴れ舞台で、栄光の劇を演じ切っていくのです。
 「一生成仏抄」には、「皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり」(同383㌻)とあります。
 広布の活動は、最後は全部、自分の福運となって返ってくる。必ず宿命転換ができる。これほど楽しく、これほど価値のある行動はない。
 とともに、笑いがあり、喜びがあり、感激の涙があるところに人は集まってくる。こういう機微が大事なのです。
 「戦いというのは、最後は『本当に楽しかった』と言えるまでやらなければいけない。そうでなければ、本当の戦いとはいえない」
 これも、恩師の指導です。

御聖訓 法華経の兵法をもちひ給うべし
御書は永遠の勝利の源泉
強き祈り 一念から無限の智慧が


目の前の一人に勇気を贈り、立ち上がらせる。そのための教学です

億劫の辛労を尽くし
川島 関西本部での早朝講義は、毎朝8時から行われたとうかがいました。参加者は大阪はもとより、関西各県から集われたといいます。
名誉会長 始発に乗って勇んで集ってくださった方もいた。皆、真剣だった。私も真剣勝負でした。だから「心」が一致し、無量の「力」が生まれたのです。
 いまだ信心をして日が浅い同志に、どうすれば、信心の偉大な功力を伝えられるか。億劫の辛労を尽くす思いで毎回の講義に臨みました。講義が終わると、皆、師子奮迅の力で飛び出していきました。
 朝の講義だけではない。あらゆる会合や個人指導で、御書を通して激励をしました。
 戦いのスタートにあたって、まず拝したのは、「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同1132㌻)との一節です。
 世間の常識から見れば不可能な戦いだったかもしれない。しかし「不可能を可能」にできるのが信心です。強盛な祈りです。題目です。皆の心に、その大確信を燃え上がらせたかったのです。
 「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(同1192㌻)
 これが大阪の大闘争において、私が一貫して訴え、そして自ら示したことです。
古屋 先生は御書を通し、「時に応じた指導」を自在にしてくださったと、先輩方は回想されています。
 メンバーの呼吸が合っていないと感じられた時には、「異体同心なれば万事を成し同体異心なれば諸事叶う事なし」(同1463㌻)の一節を拝して、団結を訴えられました。
 地域の中心者の一念が弱いと見抜かれた時には、「軍には大将軍を魂とす大将軍をく(臆)しぬれば歩兵臆病なり」(同1219㌻)の御金言を通して、リーダーを鼓舞していかれました。
名誉会長 学会の教学は「実践の教学」です。目の前の一人に、勇気を贈る。目下の課題を打開する智慧を湧き起こす。そして、仏の生命力を涌現させて、共に大勝利への道を開いていく。そのための御書であり、教学です。
 何としても、皆を奮い立たせ、勝たせたい。この強き一念で御書を拝し、率先して祈り、行動していく中で、「随縁真如の智」が滾々と湧き出てくるのです。
熊谷 先生は、それこそ大阪の全会員と会われたのではないかというくらい多くの方に、個人指導をされました。また夜中には手紙やハガキを書かれて、同志や拠点に送られています。
名誉会長 私は、できることは何でもやりました。
 戸田先生に断じて勝利のご報告をしたい。喜んでいただきたい。その一心で大阪中を駆けめぐった。
 師弟を根本に、御書を根幹に一人一人を励まし抜いた。だからこそ、勝利できた。それゆえに今の関西がある。
 若き君たちが、この道に続いてくれるかぎり、常勝関西の大発展は永遠です。
川島 以前、池田先生に私は、「どうすれば新入会の友に、師弟の精神を伝えることができるでしょうか」と質問させていただく機会がありました。
 その時、先生は「難しく考えることはないよ」と言われながら、「日ごろの触れ合いのなかで、一歩一歩、信心を教えていけばいい。先輩として、親しい友人として、ふつうに、ありのままに接していけばいいのです」と温かく語ってくださいました。
 「大切なのは、友の心を知り、時と場合に応じて語っていく、人間哲学者の直観の智慧である」とも教えてくださいました。私の原点となりました。
名誉会長 そうだったね。無理したり、背伸びをしたりする必要はないんだよ。
 大聖人の仏法では、成仏といっても特別な存在になるのではない。最も人間味あふれる人格が、仏の生命です。
 「九界即仏界」であり、「仏界即九界」です。信心したからといって、悩みや苦しみがなくなるわけではない。
 しかし、真剣に妙法を唱え、法のため、人のため、社会のために行動するなかで、「本有無作」のありのままの凡夫の身に、偉大な仏の境涯を現していける。久遠元初のわが生命を旭日のように光り輝かせていけるのです。
 「御義口伝」には、「久遠とははたらかさず・つくろわず・もとの儘と云う義なり」(御書759㌻)と説かれています。
 気取りや見栄など、いらない。人と比べて、自分を卑下してもいけません。
 最高に明るく伸び伸びと、自分らしさを発揮して、社会に貢献できるのが、正しき「自体顕照」の信仰です。
 ともあれ、女子部は一人も残らず、これ以上ないという幸せを勝ち取ってもらいたい。そのために教学がある。
 戸田先生は「女子部は教学で立て」と言われた。生命尊厳の哲理、平和と幸福の哲学に生きゆく青春ほど、気高く尊いものはありません。
 もちろん、男子部は手を抜いてもいいというわけではないよ(笑い)。男子部も「剣豪の修行」の如き錬磨を重ね、「実践の教学」で前進してもらいたい。
熊谷 はい! ヤング男子部も、学生部も、先生が教えてくださった「立正安国」の哲学を真剣に学び、社会をよりよい方向へ変革していこうと、若い世代に連帯を広げています。

共生の文明を創造
名誉会長 かつて戸田先生は東北のラジオ局のインタビューで、「創価学会に青年が多いのはなぜか」と質問されました。先生の回答は明快でした。「それは哲学が深いからである」と。
古屋 「哲学不在」の時代を開く学会の前進に、世界の識者も大きな期待を寄せてくださっています。5年前の春、池田先生に「名誉博士号」を授与されたパラグアイの国立イタプア大学のゴンサレス総長は語られました。
 「SGI(創価学会インタナショナル)の哲学は『世界の指針』といえます。より良い世界への変革は、池田博士の卓越した指導のもとに推進される『人間革命』によってのみ、実現可能です」と。
名誉会長 ゴンサレス総長は忘れ得ぬ信念の大教育者です。南米のパラグアイでも、わが同志は社会貢献に尊い汗を流しています。
 この大哲学の基盤こそ、御書です。御書は、人類の未来を開く智慧の宝庫です。戦争や暴力、差別や環境破壊といった、世界が直面する課題も突き詰めれば、人間自身、そして生命の問題に帰着する。
 大聖人の仏法は、その根本に光を当て、真の平和と共生の文明を創造しゆく英知を明かしているのです。
 「立正安国論」には、「若し先ず国土を安んじて現当(=現在と未来)を祈らんと欲せば速に情慮を回らしいそいで対治を加えよ」(御書31㌻)と仰せです。
 君たち青年には、この大哲学で社会を照らし、全世界を照らしていく重大な使命がある。権利がある。責任がある。大難を勝ち越えよ
古屋 立正安国といえば、関西の同志が命に刻みつけている歴史が、昭和32年(1957年)の7月3日、池田先生が事実無根の冤罪によって不当に逮捕された「大阪事件」です。
 「小失なくとも大難に度度値う人をこそ滅後の法華経の行者とはしり候はめ」(同297㌻)と御聖訓に仰せの通りの法難です。先生は敢然と戦われ、無罪判決を完璧に勝ち取られました。
名誉会長 学会が、なぜ御書根本で進むのか。それは、教学の利剣がなければ、難に打ち勝てないからです。
 戦時中の弾圧で、牧口先生、戸田先生以外の最高幹部は、ことごとく退転した。組織は壊滅状態になりました。教学がなかったからです。
 信心をすれば功徳がある。幸せになる。そう言われて信心を始めたのに、大変な目にあった。それで疑いを起こして退転してしまった。お世話になった牧口先生に悪口を言う恩知らずもいた。
 しかし、大聖人は御書で厳然と仰せです。
 「此の法門を申すには必ず魔出来すべし魔競はずは正法と知るべからず」(同1087㌻)
 「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(同1448㌻)
 正法を行ずれば、必ず大難がある。正しいがゆえに圧迫される。それを勝ち切ってこそ、永遠に崩れざる成仏の幸福境涯を築くことができる。
 大聖人は御書の中で、このことを繰り返し、教えてくださっています。
 戸田先生は、戦後、徹して教学に力を注がれた。御書全集の発刊も、先生の深き一念が結実したものといえます。
熊谷 大聖人は、青年門下の南条時光にも「難を乗り越える信心」を訴えられました。
 「自身が大事と思っている人たちが信心を制止し、また大きな難がくるであろう。その時、まさに諸天の守護が叶うに違いない、と確信して、いよいよ強盛に信心に励むべきである」「くれぐれも人の制止があったならば、心に嬉しく思いなさい」(同1512㌻、通解)と。
名誉会長 若き時光も、不当に多くの課税を強いられるなど、さまざまな迫害や中傷を受けました。その矢面に立って同志を守ったのです。
 大聖人は時光が青年だからこそ、甘やかされなかった。若き魂に「師子王の心」を打ち込まれた。
 「師子王の心」で戦えば、必ず一切に勝てることを示されました。
 学会は、この勝利の経典の真髄を行じているのです。
古屋 この御書を軽視し、違背したのが、邪宗門です。
 それは「御書」の収集や書写、なかんずく、御消息を含めた御書の講義に力を注がれた日興上人の御心を踏みにじる悪行であり、五老僧と同じです。
名誉会長 「日興遺誡置文」には「当門流に於ては御書を心肝に染め」(御書1618㌻)と仰せです。
 また「五人所破抄」には、「大聖人の御書も、広宣流布の時には、また仮名交じり文を外国語に翻訳して、広く世界に伝えるべきである」(同1613㌻、趣意)とも示されている。
 創価学会は、日興上人の御精神の通りに、御書を世界の諸言語に翻訳し、全世界に流布してきました。
 いまやアジアの各国でも、北中南米でも、欧州でも、アフリカでも、オセアニアでも、多くの同志が喜々として御書を拝し、行動している。これほど、すごい仏教研さんの運動はありません。
 ここにも、学会こそが大聖人・日興上人に直結した、仏意仏勅の広宣流布の団体である証しがあります。

激闘の中で学べ
熊谷 平成3年11月、邪宗門が学会に滑稽千万な「破門通告」なるものを送りつけてきた時も、御書の引用は全く一つもありませんでした。
 要するに衣の権威で、学会を服従させようとしただけでした。その邪義を、学会は御書を根本にして、ことごとく打ち破りました。
名誉会長 戸田先生は師子吼なされた。
 「創価学会の一つの誇りとするところは、世界最高の教学をもっていることだ」と。
 ともかく、一節でも、一文でもいい。御書を心肝に染め、実践していくことです。
 よく戸田先生は言われた。「仏法はあまりにも深いのだから、『ああ、そうですか』と簡単にわかるものではない(笑い)。そして、わかってから実践するよりも、最初に信じて実践して、後でわかったほうが得じゃないか」と。
川島 池田先生の若き日の日記には、御金言がたくさん書き込まれています。
 21歳の時の日記には、「御義口伝」の「妙法蓮華経を修行するに難来るを以て安楽と意得可きなり」(同750㌻)の一節とともに、「雄々しく進め。大胆に進め。若いのだ。若いのだ。常に、伸びるのだ。飛躍を忘れてはいけない」との決意が記されていることに感動しました。
名誉会長 どんなに忙しくても、いな忙しいからこそ、御書を声に出して拝読しました。大聖人は、社会から離れた安穏とした環境で、御書を執筆されたのではない。命にも及ぶ大難の中で、御書を認められたのです。
 ゆえに私は、渾身の激闘の中でこそ、御書を自身の血肉にできると定め、要文を書き留めました。
 諸君も、壁に突き当たった時こそ、御書を拝し、勇気を奮い起こすことです。
 「妙と申す事は開と云う事なり」(同943㌻)と仰せです。御書を開けば、わが生命から偉大な勝利の智慧を開くことができる。

「最前線」が大事
熊谷 「大阪の戦い」の時も、池田先生は、当時の大阪のあらゆる地区に、御書を通して激励を贈ってくださいました。
名誉会長 一番大事なのは、最前線の「地区」であり、「支部」です。御聖訓には、「其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ」(同1467㌻)と仰せです。
 日蓮大聖人から、直接、それぞれの地域の広宣流布を託されているのが、創価学会の支部長、支部婦人部長であり、地区部長、地区婦人部長です。
 そして、若き部長、地区リーダーの皆さん方です。どれほど深い宿縁であり、どれほど大きな福運であるか。
川島 昭和32年の7月17日、池田先生が冤罪による投獄から出獄された時、大阪拘置所の前には、関西の地区婦人部長(当時は地区担当員)をはじめ、多くの女性リーダーも集われたとうかがっています。
 そして「負けたらあかん」と、総決起されたのです。
名誉会長 御聖訓には、佐渡流罪の法難の渦中に、師のもとへ駆け付けた乙御前の母を讃えられ、「あなたの信心が、どれほど素晴らしいか──その素晴らしさが現れるために、私は佐渡に流されたのでしょう」(同1222㌻、趣意)とまで、仰せになられています。
 学会が一番大変な時に、一心不乱に祈り、戦ってくれたのが、関西の婦人部です。日本中、世界中の創価の母たちです。
川島 池田華陽会も、その心を受け継いでまいります。
 池田先生のもと、関西の先輩方が歩み抜いてきた御書根本の常勝の道を、まっしぐらに前進してまいります。
名誉会長 入信直後に、戸田先生から直接教えていただいた御文は、私の原点となっています。
 「一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり」(同790㌻)
 戸田先生は「学会の闘士は、この御文を生命に刻むのだ。絶対に忘れるな」と断言されました。
 「大阪の戦い」の時も、常に私の胸奥から離れなかった御文です。
 「一念に億劫の辛労」とは、一次元からいえば、自分が一切の責任を持つ「一人立つ信心」から始まる。
 勝利といっても、簡単に得られるものではありません。だれよりも真剣に祈り、真剣に思索し、真剣に行動し抜いた果てに、絶対に負けない大生命力と智慧が、わが胸中に泉の如く湧き上がる。
 私は、一日が一週間にも、一カ月が一年にも匹敵する歴史を、という決心でした。
 「法華初心成仏抄」には、「口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、梵王・帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ」(同557㌻)と仰せです。
 私たちの強き一念によって、一切の環境を必ず広宣流布の力へと揺り動かしていけるのです。
 私も大阪中を回りながら、全関西のあらゆる人々が、一人でも多く広宣流布の味方となることを、祈りに祈り抜きました。
 御書には「魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護る」(同1242㌻)との法華経の文も記されている。
熊谷 先生の祈りに、関西の同志も心を合わせて戦いました。当時の先輩方は、仏法対話をやりきって家に帰ると、今度は、会った人の顔を思い浮かべて、一人一人を信心に“糊付け”するような思いで題目をあげた(笑い)と、語っておられました。

今が「まことの時」
名誉会長 関西の友と一緒に拝した「乙御前御消息」の一節には「いよいよ強盛の御志あるべし」「同じ法華経にては・をはすれども志をかさぬれば・他人よりも色まさり利生もあるべきなり」(同1221㌻)とあります。
 「志をかさねる」──。戦いは粘りです。執念です。思うようにいかない時もある。しかし、少々のことで、へこたれない。勝つまで何度でも、粘り強く、辛抱強く、忍耐強く戦い続ける。
 「関西魂」とは究極の「負けじ魂」です。この不撓不屈の信力・行力に、仏天も応えて動くのです。厳たる仏力・法力の加護があるのです。
 また、御聖訓には「此の娑婆世界は耳根得道の国なり」「是を耳に触るる一切衆生は功徳を得る衆生なり」(同415㌻)と仰せです。
 勇気をもって正義を語りきることです。「声の力」が人々の心を変える。功徳の華を広げる。国土も大きく変革していくことができるのです。
 世界広布の未来は、現在の青年部の君たちで決まる。今が「まことの時」です。
 人生も勝負、青春も勝負です。その一切の勝負に勝ち抜くために、仏法はある。
 大聖人は、大事な戦いに臨む門下に仰せられた。
 「但偏に思い切るべし」「此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多を渡せし所よ・名を揚るか名をくだすかなり」(同1451㌻)
 正義は勝たねばならない。いな勝ってこそ正義である。
 御書を根本とした師弟の大闘争こそ「今生人界の思出」であり、三世の栄光です。
 断固と勝ちまくって、永遠に輝きわたる青春常勝の金字塔を、威風も堂々と残してもらいたい。関西、頼むよ!
2010-06-01 : 御書と青年 :
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