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新時代第39回本部幹部会

第3代会長就任50周年祝賀 創立80周年記念第4回全国青年部幹部会/新時代第39回本部幹部会での名誉会長のスピーチ   (2010.4.17 東京牧口記念会館)

民衆の勝鬨よ 大空に轟け

青年の勝利の世紀が来た‼

「五月三日」は学会原点の日
30年前関西で揮毫「心爽やかなり」と
万歳!全世界の同志と祝福


 一、「5・3」祝賀の幹部会、おめでとう!(大拍手)
 全国、全世界の同志に感謝を込めて、かつて私が認めた「書」を紹介させていただきたい。
 〈ここで、壇上に一幅の書が掲げられた。
 この書は、30年前の5月3日に記され、これまで学会の重宝として、大切に保管されてきたものである。
 書の中央には、墨痕鮮やかに「五月三日」の文字が躍る。
 揮毫した日付として、脇書に「昭和五十五年五月三日 記す」
 「心爽やかなり 合掌」と刻まれている。
 この昭和55年(1980年)の5月3日を、池田名誉会長は、関西の天地で迎えた。
 揮毫した場所は、関西牧口記念館。
 現在、ここは、大阪の豊中平和会館となっている。
 名誉会長と常勝関西の同志との師弟不二の歴史が、尊く深く、結晶した書でもある。
 さらに、脇書には、名誉会長にとっての節目の「五月三日」が挙げられている。
 「昭和二十六年五月三日」は、戸田先生の第2代会長就任の日。
 「昭和二十七年五月三日」は、名誉会長夫妻の結婚の日。
 「昭和三十五年五月三日」は、第3代会長就任の日。
 「昭和五十四年五月三日」は、前月の4月24日に第3代会長を辞任し、実質的な会長辞任式となった本部総会の日。
 続いて、執筆時からは3年先となる「昭和五十八年五月三日」、さらに「西暦二〇〇一年五月三日」の日付が記されている。
 そして、「此の日は わが学会乃原点也」と。
 雄渾の筆に込められた、崇高なる広宣流布の魂──。
 ここに、学会の原点がある。師弟の原点がある。
 代表して長谷川副理事長が「お元気な池田先生、奥様のもと、私たちは第3代会長就任50周年の『5月3日』を世界192カ国・地域の全同志と共に、最高に晴れ晴れと迎えさせていただきました。これほどの喜びと誉れと福運はありません。先生、奥様! 本当にありがとうございました。まことに、おめでとうございます!」とあいさつした〉

詩「希望に燃えて」
強く正しく わが途進め じっとこらえて 今に見ろ


苦難と戦う友へ
 一、皆さん、ありがとう!(大拍手)
 私が、恩師・戸田先生にお会いし、入信したのは19歳の時(1947年〈昭和22年〉8月24日)である。
 その直後に私が詠んだ詩「希望に燃えて」を、苦難に立ち向かう若き友のために、紹介させていただきたい。

 希望に燃えて
 怒濤に向い
 たとい貧しき
 身なりとも
 人が笑おが
 あざけよが
 じっとこらえて
 今に見ろ

 まずは働け
 若さの限り
 なかには
 侮る者もあろ
 されどニッコリ
 心は燃えて
 強く正しく
 わが途進め

 苦難の道を
 悠々と
 明るく微笑み
 大空仰ぎゃ
 見ゆる未来の
 希望峰
 ぼくは進むぞ
 また今日も

 妙法とは、永遠の希望の大法《だいほう》である。恐れるものなど何もない。
 「じっとこらえて、今に見ろ!」の心意気で、断じて勝ち進もう!(大拍手)
 〈名誉会長は、1960年(昭和35年)3月、群馬・高崎で青年に「希望に燃えて」の詩を贈り、激励している(小説『新・人間革命』第4巻「凱旋」の章)。また、この詩は、『創価学園建設の二年』『池田大作全集第39巻』等にも掲載されている〉

勇気の声が時代を動かす
行動だ! 行動から友情が! 連帯が!


燃え上がる誠実
 一、世界の歴史に刻まれた、信念の言葉に学びたい。
 韓国の独立の大指導者に、呂運亨《ヨウニョン》先生(1886~1947年)がいる。
 きょうは、韓国SGI(創価学会インタナショナル)の皆さんも見えている。韓国は、日本の文化の恩人の国です。
 ありがとう!
 〈韓国SGIのメンバーが立ち上がり、元気に応える〉
 呂先生は、若き友にこう呼びかけた。
 「青年たちよ!
 君たちは熱誠と勇気を持っている。一切の成功は、ただ君たちを待って出現しようとしているのだ」と。
 燃え上がる誠実と勇気があれば、必ず道は開かれる。
 青年部、万歳!(大拍手)
 一、次は、アフリカの賢者である。
 コートジボワールの建国の父は、ウフエ・ボワニ初代大統領。
 きょうは、同国のSGIの皆さんが、たくさんおいでくださった(大拍手)。
 〈コートジボワールのSGIメンバーが立ち、「イタイドウシン(異体同心)!」「ビクトワール(勝利)!」と力強い決意の声を響かせた〉
 大統領の訴えは、大変に有名だ。
 「『平和』──それは、言葉ではなく、行動である」と。
 行動から、友情が生まれる。
 行動によって、連帯が広がる。
 行動の人こそ、勝利者である。

民衆の師子吼は大砲よりも強い
 一、さらに、西アジアで、コーカサス地方南部に広がる歴史豊かな国・アルメニア。
 〈名誉会長は今月2日、アルメニア共和国の「エレバン国立芸術アカデミー」から名誉博士号、「アルメニア芸術家同盟」から名誉会員証を授与された〉
 その英知の言葉に、こうあった。
 「民衆の声は、大砲の轟く音よりも強い」
 本当に、そうだ。
 我ら民衆の声に勝る力はない。
 晴れわたる「5月3日」の大空に、民衆の勝鬨を高らかに轟かせながら、威風堂々と大前進していこうではないか!(大拍手)
 一、私は毎日、広宣流布を担い立つ皆さんのために、一生懸命、題目をあげている。
 ほかの誰でもない、皆さんこそが、偉大なのだ。誇りも高く進んでいただきたい。
 いい人を伸ばす。まじめな人を応援する。これが大事である。
 反対に、ずるい人間や威張る人間とは、断固として戦う。正義の声をあげるのだ。
 それでこそ、多くの友が、心晴れ晴れと前進していける。
 遠慮などいらない。黙っていてはいけない。恩知らずや増上慢と戦うのが、人間の道、仏法の道である。
 将来のために、申し上げておきたい。

師の言葉を胸に
 一、本部幹部会、そして青年部の幹部会、おめでとう!(大拍手)
 「青年の勝利の世紀」が来た!
 青年部の集いは、いいね! なかには“おじさん”に見える人もいるけれども(笑い)。みずみずしい心で、新時代を頼むよ!〈「ハイ!」と元気な返事が〉
 振り返れば、私が会長に就任したのは、32歳の時であった。
 同じ信濃町に住む池田勇人首相の家にも、あいさつにうかがった。ご夫妻で迎えてくださり、私が“青年会長”であることに、夫人が驚いていたことが印象深い。
 この若き力で、学会は50年、勝ち進んできた。
 立場の違いや、思想信条の壁を超え、私はこれまで、数多くの指導者と対話を重ねてきた。
 どんな相手であれ、誠実に、率直に語り合う。その姿勢を、青年時代から貫いてきた。
 戸田先生は晩年、日本中、世界中に創価の同志がたくさん誕生する日が来ることを楽しみにされ、こう語っておられた。
 「そういう時代が来たら、うれしいな。その時まで、私も頑張れたら、うれしいんだが……。大作、後を頼むよ」と。
 私は師弟不二の心で戦った。今やSGIは、192カ国・地域に平和と人道の連帯を広げている。
 これほど発展するとは、誰人も想像しなかったであろう。大変なことである。
 これからの50年も、わが青年部が勝ち開け!〈「ハイ!」と若き友が誓いを込めて返事を〉

師弟で築いた大文化運動
 一、音楽隊、鼓笛隊、また合唱団も、本当にご苦労さま!
 〈幹部会を記念して、「人間革命の歌」など祝賀演奏が披露された〉
 音楽隊も、鼓笛隊も、合唱団も、私が手づくりで育ててきた。
 最初は人数も少なく、楽器も足りなかった。反対する人も多かった。先を見る人はいなかった。
 しかし、私は「世界一の音楽隊、鼓笛隊に」と願い、自ら楽器を贈った。合唱団の友の成長を見守ってきた。全部、私と皆さんで、つくり上げてきた。
 そして、今や世界が絶讃する音楽隊、鼓笛隊、合唱団になった。
 有名です。上手です。
 その素晴らしい演奏と合唱を聴けば、皆、元気が出る。ありがとう!(大拍手)

健康と無事故を
 一、きょうは、聖教新聞の配達員大会でもある。
 配達員の皆さん、毎日、本当にありがとう!(大拍手)
 一番、朝早く、一番、誇り高い仏道修行である。私も少年時代、新聞配達をした。皆さんのご苦労はよくわかるつもりだ。
 広布のために歩く功徳は大きい。くれぐれも、お体を大切に! 無事故を祈ります。
 聖教の尊き通信員の皆さんも、本当にご苦労さまです。
 一、芸術部の皆さん! 文化の華薫る大活躍、うれしい!
 芸術部の姿を見れば、皆が喜ぶ。楽しくなる。心が躍る。
 芸術部の一人一人の活躍の様子は、いつも聞いている。創価文化の旗手として、どれほど頑張っておられるか。尊き奮闘は、全部、うかがっています。
 信心とは、生命の究極の勝利の芸術である。これからも、そして永遠に、「明るく、朗らかに、芸術部は勝ちまくれ!」と申し上げたい。〈芸術部の代表が「ハイ!」と朗らかに〉
 芸術部を皆で応援しよう!(大拍手)

復興と安穏を皆で祈念
チリの友 大地震乗り越え来日


 一、きょうは、海外の24カ国・地域から、尊き友が5月3日の祝賀にと参加されている。遠いところ、本当にようこそ!(大拍手)
 偉大な求道の研修会も、ご苦労さまです。
 アメリカ研修会の皆さん!
 青年部の見事な拡大、大変に素晴らしい! 7月の文化祭の大成功を祈ります。
 メキシコ、パナマ、そしてチリの中南米の皆さん! よく、お越しくださった。遠くから、ようこそ!。
 特にチリの皆さんは、大震災を乗り越えて、来日してくださった。本当に、ありがとう!
 「変毒為薬の妙法」である。愛するチリの復興と繁栄を、詣で心から祈っています。
 〈チリでは2月27日、マグニチュード8・8の大地震が発生。名誉会長は、連日のようにチリの同志に伝言を贈り、激励を。今月4日には、チリ文化会館に全土からメンバーが集い、震災後初となる勤行会を開催することができた〉
 イタリアの皆さん!
 威風堂々の大前進、本当にご苦労さま!うれしい!
 欧州(アイスランド)の火山の噴火も、
お見舞い申し上げます。題目を送ります。
 フィリピンの皆さん!
 初めての青年部研修会、まことにおめでとう! 私はうれしい!
 マレーシアの皆さん! 教育界・文化界からの最高峰の顕彰、最大に感謝申し上げます。
 〈今月1日、マレーシア全国作家協会連盟から名誉会長に、外国人初となる「世界の偉大な詩人賞」が贈られるなど、数々の顕彰が贈られている〉
 良き市民としての模範の活躍、本当にありがとう!
 韓国の皆さん! 婦人部の新出発も、おめでとうございます!
 〈本年3月、金殷瀾《キムウンラン》さんが婦人部長に就き、新たなスタートを切った〉
 コートジボワールの皆さん! あらためて、ようこそ!
 先ほど、ディアゾン理事長の活動報告も、うかがいました。目覚ましい大発展、何よりもうれしい!
 コートジボワール、万歳!
 アフリカの栄光の世紀、万歳!(大拍手)
 創価の地涌の菩薩が、世界中から集い合う、すごい時代になった。
 地球規模で広宣流布は進んでいる。
 求道の心に燃える海外の友に負けないように、日本の皆さんも、頑張ろう!〈「ハイ!」と決意に満ちた声が会場に響きわたった〉

一生涯、尊き同志と苦楽を共に

青年よ次の50年も勝ちまくれ

哲人エマソン
世界は、活力に満ちた人のものだ


 一、私は今、アメリカ・エマソン協会の前会長で、著名な女性詩人でもあるサーラ・ワイダー博士と語らいを進めている。
 〈月刊誌「パンプキン」で対談「母への讃歌──詩心と女性の時代を語る」を連載中〉
 アメリカの思想家エマソンは綴った。
 「勇気があれば、すべてのことは、なんと違って見えることか!
 断固たる決意の人は、その強靭な精神と力強い声によって、敗北に終止符を打つ。
 そして勝利へと転じていくことができるのだ」
 我らは、勇気で勝とう!〈会場から「ハイ!」と元気な返事が〉
 要領や、ずるさがあってはならない。そこから崩れてしまう。
 臆病では、何も成し遂げることはできない。
 信心は勇気である。
 そして、勇気こそ正義である。
 エマソンは、こうも教えている。
 「世界は、活力に満ちた人のものである。
 その強靭な意志は、新たな視点で物事を見ることを可能にし、他の人には見えないチャンスを見出す。
 誰もが、生命力の豊かな人の朗らかな声を喜んで聞くものだ」
 「声」である。
 「勇気」である。
 「勇気の声」が、善を拡大するのだ。
 「声仏事を為す」(御書708㌻)である。
 勇気を胸に、朗らかに、活力に満ちあふれた声で、友情の対話を広げていきたい。
 もちろん、時と場合によっては、静かに友に寄り添い、心の声に耳を傾けることも大切であろう。
 ともあれ、相手を思う深き祈りは、必ず通じていく。心が心を動かしていくのだ。

アメリカの詩人ホイットマン
世の中のすべては庶民から生まれる
“庶民こそ王者”と胸を張れ


庶民こそ国の宝
 一、アメリカの民衆詩人ホイットマンは高らかに叫んだ。
 「世の中のすべては、庶民から生まれる。平凡な庶民から生まれるのだ」
 全くその通りだ。
 庶民が一番、偉大である。
 創価学会も、庶民の中から生まれ、庶民の中に根ざし、庶民のために行動してきた。
 庶民こそ、本当の“人間”である。庶民こそ、本当の“国の宝”である。
 歴史を見れば、愚かな指導者たちに率いられた庶民が、どれほど苦しみを味わわされたことか。その行き着くところが、戦争の惨禍であった。
 こうした悲劇を断じて繰り返させないために、牧口先生、そして戸田先生は、日蓮大聖人の生命尊厳の大仏法を、命をかけて広められたのである。
 権勢の人ではなく、庶民が一番、偉い。
 平和を願う庶民の声が、一番、正しい。
 我らは永遠に、この精神で進もう!〈会場から「ハイ!」と力強い返事が〉
 口では立派なことを言っても、現実に人々の幸福のために尽くしているか。そこに指導者の真価は現れる。
 一人一人が、もっと賢明になることだ。
 よりよい世界を築くために、虚偽を鋭く見破っていかねばならない。
 一、50年前の昭和35年(1960年)5月6日。第3代会長に就任して、初めて関西へ向かう前、私は日記に書いた。
 「一人ひとりに、親しく接しよう。一人ひとりと語り、論じ、そして、生涯、苦楽を共にしてもらおう。これが私の信条だ。
 私は進む。私は戦う。私は苦しむ。
 如来の使い、大衆の味方の誉れ高き、無冠の勇者として」
 愛する同志を仏のごとく大切にし、自分が犠牲となって苦しんでいく。この一念で戦い続けたゆえに、この50年の、奇跡の大発展がある(大拍手)。
 恩師は厳しく教えてくださった。
 「世間でもてはやされている人間を偉いと思うのは、やめよう。これほど愚かなことはないからだ」と。
 少しばかりの立場を得た。力をもった。それだけで、すぐに有頂天になって、周囲を見下す人間がいる。
 反対に、「自分は平凡な人間だ」と自らを貶める人もいる。
 それは、おかしい。
 「心こそ大切」である。そう御書に仰せである(同1192㌻)
 心がどうかだ。
 外面を飾っていても心の卑しい人間もいる。そういう輩は、悠然と見おろしていけばいいのである。
 学会は、庶民の王者の集まりだ。
 広布へ戦う人こそが最も偉大である。
 その人を「軽んじてはならない」「蔑んではならない」と、大聖人は厳命された(御書342㌻)。
 誰に対しても、恐れる必要などない。皆、同じ人間である。我らは胸を張って正義を叫び、新しい時代を開きたい(大拍手)。

最高の哲学を持つ人が尊い
 一、晴れの5月3日を記念して、新たに、全国で15万人の教学部の「教授」が誕生した。本当におめでとう!(大拍手)
 御聖訓には「持《たも》たれる法さえ第一ならば、持《たも》つ人も同じく第一なのである」(御書465㌻、通解)と仰せである。
 人間の真の偉さは、その心に何を持っているかで決まる。
 財産でもなければ、肩書でもない。最高無二の哲学を持つ人が、最高に尊貴なのである。その人こそ、現実を勝ち抜く、限りない智慧と力を発揮していけるのだ。
 大仏法の「教授」、広宣流布の「教授」こそ、まさに、生命輝く「第一の教授」なのである(大拍手)。
 私も戸田先生から「当体義抄」などの御書を直々に教わった。講義が終わると、先生から修了の証書をいただいた。ささやかな証書であったが、私は無上の宝とした。
 それが因となって、今、世界一の名誉学術称号を拝受した。そう深く確信している。
 万般にわたる“戸田大学”の薫陶によって、私は世界中の指導者と平和への語らいを広げることができた。
 トインビー博士との対談を終えた際、偉大な歴史学者である博士から、最優等の「A」の評価をいただいたことも懐かしい。
 〈トインビー博士は対談の際、名誉会長に「あなたは私以上に、世界中から名誉博士号を受けることでしょう」と語った。
 この言葉の通り、世界の大学・学術機関から名誉会長に贈られた名誉学術称号は、4月27日現在で「286」を数える〉
 今回、教授になられた皆さんも、必ず大福運に包まれていくことは間違いない。おめでとう!(大拍手)

アルメニアの大詩人
正義であれ 誠実であれ
悩める友を全力で支えよ
常に皆に喜びを!


 一、幾多の苦難をくぐり抜けてきた不屈の信念の国・アルメニアの大詩人イサアキャンは謳った。
 「君よ、どこまでもまっすぐ進むがいい、正義であれ、誠実であれ」
 「自身の同志を愛せよ。常に、皆の喜びとなれ。悩める友のもとを去るな、全力で支えてあげるのだ」
 いい言葉である。正しい。あらゆる指導者が胸に刻むべきだ。
 広布のリーダーの皆さんも、この心で戦おう!〈「ハイ!」と力強い返事が〉

創価の母の活躍こそ広布発展の力
偉大なる婦人部に喝采!


マンデラ元大統領
闘争の揺るがぬ基盤は女性


激戦を越えて
 一、南アフリカの人権の大英雄・マンデラ元大統領の言葉を紹介したい。1990年2月11日、27年半の獄中闘争を勝ち越えて出獄した、その日に語られた言葉である。
 「わが国の母親、妻、姉妹たちにも賞賛の言葉を送ります。あなたがたは岩のように揺るがぬ基盤となって闘争を支えてくれました」(浜谷喜美子訳『ネルソン・マンデラ 闘いはわが人生』三一書房)
 5月3日は「創価学会母の日」でもある。広宣流布の前進は、すべて創価の母たちの力であるといっても過言ではない。
 学会は、どこまでも婦人部を大事にしていくことだ。婦人部の活躍があって、学会は発展したのである。婦人部こそ、学会の土台である。
 このことを、特に男性のリーダーは決して忘れてはならない。女性を見下し、軽んじるような団体は、いずこであれ、繁栄していくことはできない。これから、ますます厳しく、ふるいにかけられるであろう。
 私たちは、最も気高き勝利の大地である婦人部に、感謝と讃嘆の大拍手を捧げたい(大拍手)。
 一、悪と戦う強さがなければ、正義を貫き通すことはできない。
 マンデラ元大統領は、こうも語った。
 「厳しい闘いが、私たちをはがねのように強くしたのです」(同)
 創価の師弟も、広宣流布のために、あらゆる激戦を勝ち抜いてきた。だからこそ、金剛不壊の強さが鍛えられた。その創価の強さを、マンデラ元大統領も最大に信頼してくださったのである。
 元大統領は出獄した年の10月、私に会うために、わざわざ東京の聖教新聞本社を訪れてくださった。大勢の青年とともに歓迎した。その5年後も迎賓館で会談したが、私たちとの出会いを本当に大切にしてくださった。
 マンデラ元大統領をはじめ、多くの素晴らしい友人たちが待つアフリカ──私の心は、はるかなる大地を駆けめぐる。

壁を破れ! 強き信心で

大勝利宣言を
 一、戸田先生は語っておられた。
 「何のための信心か。魔を打ち破るための信心である、宿業を打ち破るための信心である。どのような障害物も堂々と乗り越えていく。この激流のような信心で勝ち進むのだ」   
 私たちも、この決意で進みたい。頼むよ!(大拍手)
 御書には、次のように仰せである。
 「(第六天の魔王自身が邪魔をしてきても)諸天善神等は日蓮に力を合わせてくださったゆえに、竜の口の法難さえも勝つことができた。そのほかの大難をも切り抜けることができた。今は魔王も、こりていることであろう」(御書843㌻、通解)
 この大聖人の直系として、学会創立以来80年、そして第3代会長就任以来50年、創価の三代の師弟は、すべての大難を勝ち越えてきた。ここに晴れ晴れと大勝利宣言をしたい。
 これからも断固、勝ちまくっていこう!(大拍手)
 以上でスピーチを終わりたい。ありがとう!(大拍手)
 〈ここで、名誉会長の導師で全員で題目を唱えた〉
 きょうは本当にご苦労さま! どうか、風邪をひかれませんように。一生懸命、皆さんにお題目を送ります。
 海外の皆さんも、ありがとう!
 皆、素晴らしい。
 皆、仏の存在です。永遠の幸福をつかみゆく方々です。お会いできて、本当にうれしい。
 どうか、お元気で! サンキュー!(大拍手)
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2010-04-28 : スピーチ・メッセージ等 :
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栄光の日々 15 三重

栄光の日々 名誉会長と我らの人生 15
                (2010.4.24付 聖教新聞)
師弟の凱旋曲よ轟け 三重

きょうも誓いの道を朗らかに

 学会歌「今日も元気で」は、朝、昼、晩、どんな時も、広布に颯爽と駆けゆく心意気を歌った曲だ。何より、「先生 先生」という歌詞から、師匠を求める心がストレートに伝わってくる。婦人部の愛唱歌だが、この歌は、三重の同志にとって、創価の正義を満天下に示した“師弟の凱旋曲”であった。
        ◇
 昭和53年(1978年)4月21日、第1回「三重文化合唱祭」が開催される2日前。松阪市の体育館でリハーサルが行われた。予定していた演目のなかで、婦人部の合唱「今日も元気で」だけが歌われなかった。
 本番の合唱祭には、僧俗和合を願って宗門の坊主も招待していた。第1次宗門事件の渦中である。創価の師弟の大前進を妬み、非難中傷に狂奔する悪侶らであった。あえて刺激しないよう自粛が決まった。婦人部幹部の胸には、落胆する友の顔が浮かんだ。
 この日、池田名誉会長は決然と中部入りした。
 「先生の前で『今日も元気で』を歌いたい!」。やむにやまれぬ婦人部の強い思いが状況を一変させた。
 “学会の会合で、学会の歌を歌って何か悪いのか!”
 名誉会長は厳然と語った。“一番、頑張っている婦人部に、かわいそうな思いをさせてはいけない”
 23日、白山《はくさん》町の三重研修道場で開かれた合唱祭。壮年部、男女青年部、未来部……皆、師を求めて、声を張り上げた。圧巻は、婦人部「青空合唱団」の歌声!
 ♪あかるい朝の
    陽をあびて…
  うれしい時も
    かなしい時も
  かわす言葉は
  先生 先生
    われらの先生…
 指揮をした杉野美代子さん感動で震えた。
 「指揮をする私の頭の上を、凄いエネルギーの固まりが『先生! 先生!』という歓喜の叫びとなって、ゴーッと音を立てて、池田先生のもとへ飛んでいくようでした!」
 終了後、名誉会長は、真心の合唱に応え、ピアノに向かい“大楠公”などを演奏。その音律は、山間《やまあい》に力強くこだました。
 「あの時の歌声は、いつも耳に聞こえてくるね。忘れられないね」と名誉会長が折々に語っていたことを、後年、香峯子夫人が三重の友に明かしている。
        ◇
 合唱祭は、約6000人が参加した大行事。翌日、名誉会長は、自ら近隣への挨拶に回った。「これからもお世話になります」と雑貨店の店主と話し込んだ。町民と顔を合わせるたび、声をかけ、心を通わせた。
 広布一筋の同志宅へも。地域の草分けである三浦かつみさん宅は、合唱祭の準備や待機場所に使われた。
 仕事や家庭のことを尋ねた。祖母・波多野光枝さんの旧習深い地域での苦労にも、じっと耳を傾け、「おばあちゃん、偉かったね。もう心配しなくていいよ。私が来たんだから」。50分があっという間たった。
 一度の出会い、一回の語らいに、全力を注ぐ。その真心が信頼を広げる。友に勇気をわき立たせる。
 平成2年(1990年)5月、三重研修道場のある同じ白山町内に、中部池田記念墓地公園が開園。名誉会長は3度にわたって訪問している。今、地域に開かれた“安らぎの園”として、友情の花盛りだ。
 名誉会長は詠んだ。

 三世まで
  同志の君と
    語らむと
  白山天地の
    幸の城かな

 三重の同志の心意気は、少しも変わることはない。「先生! 先生!」と、きようも朗らかに誓いの道、弟子の道を歩みゆく。
2010-04-24 : 栄光の日々 :
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希望の花束 2 婦人部指導集

希望の花束 2 婦人部指導集  
  聖教新聞社 2010.5.3刊 ¥762+税

第1章 長編詩
優しくして 賢き 勇気ある母に贈る 
偉大なる尊き母の交響楽

第2章 文学随想

小説「芙蓉の人」を語る
心美しき「芙蓉の人」に
 女性にすすめる小説『芙蓉の人』
 笑顔とこまやかな配慮が力に
 命がけの執念で使命に生きる
 「芙蓉」の花は「美しい人」の譬え
 未来を開く女性の力を証明
 負けないこと、そこから道が開かれる
 
第3章 スピーチ

婦人部代表者会議(06.2.1)
 前進! 合言葉は「希望」
  母をほめ讃えよう!
  全員が「広布の責任者」と立て
  伝統の二月は女性の勢いで勝った!
  「祈り」こそ勝利の源泉
  一つの出会い、一つの励ましを大切に
  一人ひとりが輝く時代に
  女性の声が未来を変える
  「人類のために創造の人生を」
  偉大だから嫉妬される
  未来部・青年部を全力で育成
  母に学んだ不屈の勇気
  世界一の幸福のスクラムを
婦人部代表幹部協議会(06.2.10)
 女性の力が世界を動かす
  今日という日は再び来ない
  女性を尊敬する人が真の教養人
  地域に社会に希望の春の花
  女性は「平和の文化」の建設者
  「平和」と「幸福」の種をまけ
  学会活動こそ若さの源泉
  米中に橋をかけたパール・バックの母
  世界の舞台で同志が勝利!
  永遠の発展のために幹部革命を
  行学に励み、新しい人材を育成
  冬は必ず春となる
女子部・婦人部合同協議会(06.2.14)
 師弟の人生に栄光
  「創価のジャンヌ・ダルク」多田時子さん
  「日ごとに発心せよ」を胸に刻んで
  生き生きと生涯青春!
  美しき感謝と永遠の闘争への決意
  嵐をつきぬけてこそ「喜び」が!
婦人部代表者会議(06.2.27)
 創価の女性は「微笑みの英雄」
  春風のような微笑みの力
  妙法を持つ女性は最も尊貴
  嫉妬は幸福を根こそぎにする
  勇気の母たちが青年を牽引
  「協力」と「尊敬」が力を倍加
  戦争ほど悲惨なものはない
  女性は「平和の文化」の構築に貢献
  女性教育の先駆者・津田梅子
  弟子が師の悲願を実現
  父トルストイの理想と信念に生きた娘
  朗らかなあいさつが心を開く
  師弟の魂を正しく継承
  今いるところが「幸福の都」に
  苦悩は、人間にとって偉大な師
第9回全国グループ長大会へのメッセージ(06.5.9)
 楽しく朗らかに友情の拡大を
婦人部代表協議会(07.2.27)
 わが生命に不滅の黄金譜を綴れ
  創価家族の宝の皆さまに感謝
  妙法に生きゆく福徳は無量
  信心で乗り越えられない悩みはない
  インドの発展する地区から喜びの便り
  世界に開く“平和と友情の花”
  行動の春をはつらつと
  “本物の弟子”よ、出でよ!
  樋口一葉「心のダイヤモンドを磨け」
  「中世最大の智恵の女性」に学ぶ
  道を開いた日本最初の女性医師
  皆さまには“自在の力”が湧現
  愉快に進もう!
婦人部最高協議会(07.11.24)
 女性の声で時代を動かせ
  満月に同志の勝利を讃えて
  「希望の対話」「確信の対話」を
  師を護る「本物の弟子」たれ
  誠実と勇気こそ人間革命への力
  仏法の世界は皆平等、皆尊貴
  後継の人材を育てよ
  与謝野晶子「若さは百難を排して福にする」
  「世界が仰ぎ見る師匠に」と誓う
  「創価の女性には希望という言葉がふさわしい」
  妙法に生きる女性は護られる
  リーダーの一念が全体を動かす
  モンゴルの「五本の矢」の逸話
  題目は勝利の源泉
婦人部最高協議会(08.2.27)
 偉大なる母が平和の力なり
  皆が勝利!喜びの春が来た!
  すべてが福徳に
  桜のごとく「人材の花」を爛漫と
  チョウドリ博士「女性が社会を一つに」
  婦人部は世界一の正義と和楽のスクラム
  人のために行動する、そこに生きがいが
  新しい息吹で、新しい飛躍を
  「幸福の種」を蒔こう、育てよう
  「女性の世紀」の模範の先駆
  師弟こそ正しき針路を示す羅針盤
  一家一族の幸せを願って
  どこまでも師を護りゆく弟子に
  女子部が輝けば未来が輝く
  青年の心に励ましの光を
  異体同心で朗らかに前進
婦人部・女子部最高協議会(09.2.18)
 母は勝利の太陽!
  今こそ広布の地盤を広げよ
  師弟の道をまっすぐに
  なぜ学会は発展したのか──『人生問答』から
  エマソンの母に学ぶ──ワイダー対談
  「母は熱意あふれる人」
  女子部よ、広布の華と咲け
  「無限に豊かな未来が若い皆さんの手に」
  広布に生きる人を諸天は必ず護る
  リーダーは自ら苦労を
  師弟こそ金剛不壊の“軸”
  母こそ尊貴な「人類の大英雄」
  青年のために!──人権の母の願い
  声で勝て! 声が力だ
  使命の舞に生きたバレリーナ・パブロワ
  世界中に真の同胞愛を!
2010-04-23 : 各部への指針集 :
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5・3祝賀協議会

5・3祝賀協議会での名誉会長のスピーチ
          (2010.4.20 新宿区内)

5・3祝賀協議会が20日夜、東京・新宿区内で行われ、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長が、大場同理事長、浅野同女性部長、杉本婦人部長、海外代表らと共に出席し、スピーチした。

師弟勝利の50年 世界広布の大潮流
一人立て! 師の志を継いで


 一、栄光の「5月3日」、本当におめでとう! また、ありがとう!(大拍手)
 日本全国、そして世界192カ国・地域の全同志と共に、最高に晴れやかな「5月3日」を迎えることができる。尊き友のご健闘に、心から感謝申し上げたい(大拍手)。
 きょうは、懐かしい海外の大功労の方々も、出席してくださっている。
 各国の同志の皆様に「一生涯、健康と幸福を祈ります」と、くれぐれもよろしく伝えていただきたい。
 誉れの友を心から労い、讃えながら、記念のスピーチを残させていただきたい(大拍手)。

「異体同心」の同志に最敬礼!
先駆の名は永遠に輝く


世界広宣流布は我らが実現
 一、御本仏であられる日蓮大聖人は、「末法当時・南無妙法蓮華経の七字を日本国に弘むる間恐れなし、終には一閻浮提(=全世界)に広宣流布せん事一定なるべし」(御書816㌻)と大宣言なされた。
 大聖人の示された「一閻浮提広宣流布」を実現するために出現したのが、わが創価学会である。
 御聖訓のままに、現実に「三類の強敵」と戦い、「三障四魔」の大難を乗り越えて、世界広宣流布を進めた教団は、ほかにどこにもない。
 この一切の指揮を担い立たれたのが、初代会長・牧口常三郎先生であり、第2代会長・戸田城聖先生であられた。
 牧口先生は、戦時中、弾圧の獄中で殉教なされた。
 戸田先生も2年間の投獄に耐え抜かれ、「不惜身命」「死身弘法」を貫き通された。
 そのあとを受け継いで、不二の弟子である私が第3代会長として立って50年。
 戸田先生の遺志を継いで、どんな困難があっても、一人、厳然と戦い抜いてきた。
 50年前、海外の同志は皆無に等しかった。大仏法の存在すら、世界はほとんど知らなかったといっても、決して過言ではない。
 しかし今や、本日、代表が出席されているアメリカにも、ブラジルにも、イタリアにも、ドイツにも、コートジボワールにも、そして全世界に、澎湃と広宣流布の歓喜の金波銀波が広がった。
 各大陸の教学研鑚の高まりも素晴らしい。いったい、誰が想像できたであろうか。
 破和合僧の日顕宗の、卑劣な広布破壊の謀略にも、ことごとく打ち勝った。本当におめでとう!(大拍手)
 〈この4月は、ブラジルの同志が、日顕宗による一乗寺 不法乗っ取りの陰謀に完全勝利してから10周年に当たる。
 日顕宗が「一乗寺」の不法な乗っ取りを狙った事件に対してブラジルSGI(BSGI)側が起こした裁判で、2000年4月、BSGI側完全勝訴の連邦最高裁判決が確定。BSGI側はその後も、一乗寺をめぐる裁判にすべて勝利し、現在、同寺は「ブラジル常勝会館」として、地域友好の城と輝いている〉
 私と苦楽を共にする「師弟不二」「異体同心」の同志によって、末法万年へ世界広宣流布を成し遂げゆく人類救済の和合の組織は、見事に築き上げられた。
 その大功労の方々のお名前は、広宣流布の歴史、そして世界の歴史に残ることは絶対に間違いない。
 将来、仏法を世界に弘めた「偉人」「先駆者」と謳われ、讃えられる時代が必ず来る。そう私は確信している。
 安心して、後ろを振り向かず、前へ前へと進んでいただきたい。
 創価の師弟は勝利した。完璧に勝利した。
 気高き同志に、私は「50年間、本当にありがとう!」と最敬礼して申し上げたい(大拍手)。
 一、世界の多くの識者の方々が、学会創立80周年、私の3代会長就任50周年を、真心から祝福してくださっている。
 仏法を基調とした平和・文化・教育の運動への期待と信頼は大きい。
 御聖訓には「此の経の広宣流布することは普賢菩薩の守護なるべきなり」(同780㌻)と仰せである。
 “普く賢い”──まさしく、普賢菩薩の力用にも通ずる、最高峰の知性の共感の広がりである。

「学会はこれからいよいよ成長」
 一、アメリカ実践哲学協会の会長であり、世界的なベストセラー作家としても著名なルー・マリノフ博士は、「創価学会」という名称の意義について、こう語ってくださった。
 「一人一人を『価値の創造者』として尊重しゆく創価の思想こそ、人類への最大の贈り物であると、私は思っております。
 創価学会は、『人々が持つ最大の価値を引き出す』運動を進めておられます。
 会員の一人一人が、自身の価値を開き、人々のために、価値を創造する。それによって、さらに幸福を増していく。その哲学を実践されるSGIの皆様の生命の境涯の高さを、私は深く認識しております」
 鋭く温かなご理解に、心から感謝したい。
 〈さらにマリノフ博士は語っている。
 「一般的に、世界宗教の発展の歴史は、100年単位で計られるものです。しかし驚くことに、創価学会は、数十年で、これだけの大発展を成し遂げられました。
 その偉大な発展を可能にされた池田会長に、私たちは最大の讃辞を贈るべきです」
 「通常、組織が成長するための条件は、指導者が、常に人々に励ましを与え、気を配り、慈愛深く接し、人々と共に歩むことです。そしてそれを、休みなく続けることです。
 池田会長は、長年にわたり、その挑戦を続けてこられたのです」〉
 マリノフ博士は、こうも語ってくださった。
 「世界には、未だに多くの紛争があります。そうした紛争を克服する思想として、今、仏教思想への関心が高まっています。
 ゆえに創価学会は、今後、ますます忙しくなることでしょう。
 すなわち、人々に奉仕し、貢献する機会が増えていくということです。
 それは、よりよい世界を築く機会が増大していくということであり、学会の成長の機会が、ますます増大するということです」
 これが、創価の「立正安国」の行動に寄せられる世界の良識の声である。
 私たちの前進を、人類が待っている。
 私たちの発展を、民衆が待っている。
 私たちの勝利を、未来が待っている。
 創価学会は、平和の聖業を成しているのである(大拍手)。

常楽我浄の道を
 一、この50年の間には、広宣流布の途上で亡くなられた同志もおられる。私は妻と共に、朝な夕な、追善回向の題目を送らせていただいている。
 ブラジルをはじめ各国にも、広布のために尽くしてくださった偉大な先駆者の方々がおられた。
 なかんずく、広布の道なき道を切り開かれ、立派に後継者を育てられた、「広布の母」というべき尊き婦人部の皆様のことを、私は永遠に忘れない。
 御聖訓には「須臾《しゅゆ》(=たちまち)の間に九界生死の夢の中に還り来って」(御書574㌻)と仰せである。
 仏法の三世永遠の生死観に照らして見れば、すでに広宣流布の庭に再び生まれて、活躍されている方々も多いに違いない。
 御義口伝には、「自身法性の大地を生死生死と転《めぐ》ぐり行くなり」(同724㌻)と述べられている。
 妙法を信受する私たちは、「法性の大地」即ち「仏界の大地」の上を、生の時も死の時も、悠然と進んでいくことができる。
 私たちの生命の軌道は、永遠に常楽我浄なのである。
 ともあれ、広宣流布の万年の大道を歩みゆく地涌の菩薩のスクラムは、一日また一日、一月《ひとつき》また一月、一年また一年、その水かさを増している。
 もはや、この世界広宣流布の大潮流を、誰人も止めることはできない(大拍手)。

人格光る励ましのリーダーたれ
アメリカの識者
創価の運動は人々の勝ちを引き出す
友の心に喜びを! 万の力を!


同志のために
 一、今回、集われた海外のリーダーには、大きな共通点がある。それは、人柄のいい「励まし」の指導者だということである。
 励ましのリーダーこそが、自分も勝ち、同志も勝ち栄えさせていくことができる。
 健闘されている同志には、「いつも、ありがとうございます」とお辞儀をし、お礼を言う。心から感謝していく。笑顔で接していく。そうすれば、一心不乱に活動してくださっている婦人部の方々も、どれほど喜ぶことか。
 どこまでも同志に尽くしていく。学会のため、広布のために労苦を惜しまない。これが本物の創価のリーダーである。

夫人の直言
 一、現在、私は、キング博士の盟友として、アメリカの人権運動を戦い抜いた、歴史学者のビンセント・ハーディング博士と対談を進めている。
 このハーディング博士が大切にされているエピソードがある。
 それは、ある研究会で、博士が発表を行った時のことであった。
 その会議には、夫人のローズマリーさんも一緒に参加しておられた。そして終了後、博士に、こうアドバイスしてくれたというのである。
 創価の婦人部を彷彿させるローズマリー夫人は、まず、博士の発表の際のスピーチを讃えた。
 「あなたが状況分析を得意としていることは、あなた自身が、よく知っているわね。それから人々に対して、今、さらに何をすべきか、何がうまくできていないかを指摘することも得意ね」と。
 その上で、夫人は「だけれども」と続けられたのである。
 「人々が何よりも必要としているのは“励まし”よ。
 もっと状況がよくなるように、人々を激励してあげることが大切だと思うの。
 そしてビンセント、あなたは、それを上手にできる人よ」
 この夫人の直言に、博士は目を覚ました。
 博士は「励まし」を通して、一人一人が持っている自らの偉大な力に気づかせていくことこそが、わが使命であると定めた。
 そして、その言葉を胸に、夫人が亡くなられた後も、あらゆる場所で、あらゆる方法を工夫しながら、人々を励ますことに、全力を尽くしてこられたのである。

調和の世界を
 一、この「励まし」について、私は、中国文化界の指導者である、中華文化促進会の高占祥《こうせんしょう》主席とも語り合った。
 中国と日本に共通する「漢字文化」を巡る語らいの中で、私は、この文化の巨人に尋ねてみた。
 「一番好きな漢字は何でしょうか」と。
 高主席は即座に答えてくださった。
 「それは『励』の一字です」と。
 そして高主席は、中国でも翻訳・出版された私の著書『人生の座標』に記された、「『励』ましという文字には『万』の『力』とある。まさに、人々に『万』の『力』をおくるものこそ、心からの『励まし』である」との一文への共感を語ってくださったのである。
 〈高占祥主席は、こう述べていた。
 「これ(SGI会長の“励ましは万の力”との文章)を読んで、私は深い感銘を受けました。それから直ちに『万の力』はすなわち、人の心をつなぐ文化力であり、調和世界を築く親和力だと連想しました」
 「私自身、数え切れない実体験を通じて、励ましは万の力ということを、“人生教室”の中で学んだ最も大切な真理と考えております」〉
 日夜、多くの友と対話し、励ましを贈りゆく皆様方の信念と誠実の行動こそ、「平和の文化」を創造し、「調和の世界」を建設しゆく崇高な力なのである。
 厳しい経済不況が続く時代である。
 だからこそ、私たちは「励まし」という、タダであって最も価値ある「万の力」をいよいよ発揮し、明るく、朗らかに前進していきたい。
 とくに、これからの青年を徹して励まし、大いに伸ばしていきたい(大拍手)。

栄光の未来へ後継の人材を育てよ
青年こそ発展の原動力
人類の幸福の推進力!


「世の中の空気を新しくせよ」
 一、埼玉県が生んだ「日本の近代経済の父」渋沢栄一氏は、戸田先生も敬愛されていた大実業家である。
 氏は語っている。
 「新人が出て絶えず世の中の空気を新しくし、向上進歩を計る処に国家社会の進歩発展があり、人類の幸福増進も亦此処に育くまるるのである」(『経済と道徳』渋沢翁頌徳会、現代表記に改めた)
 わが学会には、新しい息吹に満ちた青年が陸続と育っている。創価の青年こそ、社会の発展の原動力であり、人類の幸福の推進力なのである。後継の人材を立派に育て上げ、未来へ永続する発展の流れを開いてこそ、真の勝利の指導者である。
 このことを、決して忘れないでいただきたい(大拍手)。

人生も広布も歩いた人が勝つ

4.20本紙創刊59周年を祝賀
アタイデ総裁
新聞よ歴史の先頭を行け
恩師の願い
「聖教を日本中、世界中に人に」


無冠の友に心から感謝
友人の声
「配達する方々が素晴らしい‼
挨拶、笑顔、振る舞いが爽やか」


 一、昭和26年(1951年)の4月20日、「広布の言論城」たる、わが聖教新聞が創刊されてから59星霜。
 「日本中、世界中の人に読ませたい」との恩師・戸田先生の願いの通り、皆様方のおかげで、聖教新聞は、世界に冠たる大新聞へと発展することができた(大拍手)。
 その最大の功労者は誰か?
 猛暑の夏を越え、厳寒の冬を耐え抜いて、来る日も来る日も読者のもとへ“正義の声”“幸の便り”を届け続けてくださった「無冠の友」──配達員の皆様にほかならない。
 また、配達員のご家族の皆様、販売店、印刷・輸送に携わってくださる方々、そして全国の新聞長、通信員、さらに聖教を守り、支え、応援してくださるすべての皆様方に、心から御礼を申し上げたい(大拍手)。

庶民英雄 万歳!
 一、3年前(2007年)の9月、聖教新聞は創刊「1万6000号」を迎えた。
 その9月7日付は、新時代第10回の本部幹部会を報ずる紙面であった。
 「我らこそ生命の世紀の希望!」「本門の弟子よ 未来を頼む」との力強い見出しが躍る1面に、私はペンで綴った。
 「聖教新聞 広布勝利の新聞! 一万六千号 万歳! 万歳!」「尊き配達員の 庶民英雄 万歳!」と記させていただいた。
 仏の誉れのお使いとして、毎日毎朝、一軒、また一軒と希望の便りを届けてくださる皆様方である。
 その尊い姿を思い浮かべつつ、「絶対に無事故であれ!」「ますます健康幸福であれ!」と、私も妻も、皆様と一緒に歩き、一緒に配達させていただく思いで、懸命にお題目を送っている。
 聖教新聞は現在、1万6900号を超えた。
 今年の7月12日には、また一つ大きい山を登攀して、創刊「1万7000号」の金字塔となる予定である。そして明年は、創刊60周年の佳節を迎える。
 「聖教新聞の創始者・戸田先生の命そのものである正義の言論城よ、さらに偉大な民衆勝利の大城と輝け」と、私は叫びたい(大拍手)。

縁する全ての人を幸せに!
 一、私も少年時代、新聞配達を経験した。
 荘厳な朝の光に包まれ、新鮮な空気を吸いながらの配達は、何ともいえず爽快だった。
 時には、眠い日や体調が悪くて休みたいと思う朝もあった。特に雨や嵐の日は、つらかった。雪で滑って、新聞が地面に散らばってしまったこともある。
 だが、大変な時こそ、「自分は人が経験していない修行をしているんだ」とファイトがわいた。
 新聞配達は苦労も多いが、一方で、新鮮な発見と出会いに満ちている。
 配達をして初めて知る街の風景、春夏秋冬、移り変わってゆく自然、そして配達先や道行く人々との新しい出会いがある。
 私自身、配達をしていた時、温かく励ましていただいた、配達先の若いご夫婦との出会いは、今も忘れない。
 アメリカの民衆詩人ホイットマンは謳っている。
 「ぼくは思う この道の上で出会うものなら何であれ ぼくはきっと好きになり」「ぼくは思う ぼくと会う人は誰であれ きっと幸福になるにちがいないと」(酒本雅之訳『草の葉(上)』岩波文庫)
 縁するすべての人を幸せに──真心あふれる「無冠の友」の振る舞いには、友人読者からも、感動の声が寄せられている。
 「聖教新聞は中身もいいが、配達する方々が実に素晴らしい。あいさつ、笑顔、振る舞いが、とてもさわやかだ」と。
 海外からお迎えした高名な学者の先生が、若き日、日本に留学中、声をかけてくれた聖教配達員の方の振る舞いに感動した思い出を語ってくださったことも、忘れられない。
 一、配達や集金は、地道な陰の戦いに見えるかもしれない。
 だが、見る人は必ず見ているものだ。
 「無冠の友」こそ、実は「創価学会の顔」なのである。
 清々しいあいさつ、明るい笑顔から、学会理解、仏法理解の輪が広がっていくのだ。
 その意味で「配達即折伏」であり、「配達即広宣流布」である。
 また、人生は“快晴”の日ばかりではない。雨の日もあれば、嵐が吹き荒れることもあるだろう。
 しかし、無冠の友の皆様は、人々に「福徳」と「希望」と「勝利」を届けておられる。
 その皆様の人生が、因果の理法に照らして「福徳」に満ちあふれないわけがない。
 「希望」に輝かないわけがない。
 必ず「勝利」の人生を歩むことができる。
 日蓮大聖人は「陰徳あれば陽報あり」(御書1178㌻等)と記しておられる。
 尊き“折伏の行者”に、何よりも御本仏の「冥の照覧」は絶対に間違いない。

毎朝の配達距離は地球16周分!
 一、創刊前、新聞の名前をどうするか、検討した時のことである。
 戸田先生は「将来のことを考え、たとえば『宇宙新聞』なんてどうだい」と笑いながら言われていた。
 先生の心意気は気宇壮大であられた。
 それから18年後の1969年(昭和44年)。アポロ11号で人類初の月面着陸に成功し、歴史的な足跡をしるしたアームストロング船長は言った。
 「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては巨大な一つの飛躍だ」(『人類が月を歩いた アポロ11号の全記録』毎日新聞社)。あまりにも有名な言葉である。
 私たち個人の一歩の歩幅は、1㍍にも満たない。しかし、日本全国の無冠の友が毎朝、配達のために移動する距離は、合計すれば、およそ地球16周分にも及ぶとうかがった。
 さらには、販売店、輸送業者の皆様の移動距離も含めると、何と地球から月の間を往復できてしまう計算になるのである。
 これが毎日積み重なれば、皆様が弛みなく歩み通された「幸福の道」「栄光の道」「勝利の道」は太陽系の彼方にまで至るだろう。
 宇宙のリズムに則った皆様の活躍もまた、地球大、いな、宇宙大のスケールで展開されているのである(大拍手)。
 一、西アジアでコーカサス地方南部に広がる「文化の大国」アルメニアの箴言に、こうある。
 「多くを知るのは、より長く生きた人ではなく、より多く自分の足で歩いた人である」
 人生は、歩いた人が勝つ。いわんや広宣流布のために歩いた分だけ、生命の威光勢力が増す。境涯が広がる。福運が積まれる。
 今、全国の同志が、広宣流布の勝利のために、深く祈り、大きく動き、はつらつと歩んでくださっている。
 その歩みを、仏天は厳然と守り讃えておられる。

真実の師子吼を
 一、新聞の使命とは何か?
 生涯、ペンの勇者として、新聞を武器に正義の言論戦を展開した、ブラジル文学アカデミーのアタイデ総裁は語られた。
 「新聞は毎日、また常に、民衆の光輝ある力のために、現在と未来の間に立って、歴史の行進を先取りする。そして世界の地平線へ、鋭きまなざしを広げていく」
 ──常に民衆と共に、歴史の行進の先頭に立て。人々の鋭き眼《まなこ》を、世界へ大きく広げゆけ、と。
 アタイデ総裁は、民主主義を守るため、独裁政権にペンの力で立ち向かった。
 3度の投獄、3年間の国外追放にも屈せず、終戦後は「世界人権宣言」の起草にも尽力した“人道の闘士”であられた。
 私がお会いした時、総裁は、すでに94歳。
 それでもなお、現役で、連日、何本も記事を書き続けておられた。
 民衆を守るため、逝去されるまで、正義を叫び続け、断じてペンを離そうとはされなかったのである。「本物の獅子」であった。
 アタイデ総裁とほぼ同じ年代だった戸田先生も、聖教新聞の創刊以来、自ら先頭に立って、小説『人間革命』やコラムの「寸鉄」、論文などを執筆され、縦横無尽に言論戦を展開してくださった。
 そのもとで訓練を受けた私も、「学会の真実の歴史を残してみせる」「会員の皆さんが喜ぶならば」と、胸中で恩師と対話を重ねながら、今日まで休みなく、心血を注いで正義のペンを執り続けている。
 名曲「剣の舞」などで知られるアルメニアの大音楽家ハチャトゥリヤンは語った。
 「誠実さは、輝かしいものすべてを受入れ、賞賛すること、悪を激烈に否定し、悪と戦うことのうちにある」(ティグラノフG.G.著、宮下トモ子・菊池嘉人訳『ハチャトゥリヤン・その作品と生涯』新読書社)
 私たちの人生においても、また言論戦にあっても、善を宣揚し、邪悪を破折してこそ、真実の信頼が得られる。
 聖教は真実を師子吼する正義の新聞である(大拍手)。

大発展のアフリカ・コートジボワール
妙法の剣は無敵! 皆が勝利者に


友よ元気で!
 一、きょうは、アフリカ・コートジボワールSGI(創価学会インタナショナル)の代表も集まってくださった。
 連日の研修、本当にご苦労さまでした。
 皆、幸福に!
 一生涯、幸福に!
 毎日、私は、妻とともに、お題目を送っています。皆さんが勝つために!
 お会いできて、本当にうれしい。皆さん、お元気で! ありがとう!(大拍手)
 〈ここでコートジボワールの友が立ち上がり、広宣流布への決意を込めて、元気に掛け声を響かせた。
 「先生と共に、私たちコートジボワールSGIは、広布のために前進する準備ができています!」「私たちコートジボワールSGIは、真の友情を築く準備ができています!」
 「イタイドウシン(異体同心)!」「ビクトワール(勝利)!」〉
 一、ありがとう! 本当にありがとう! (大拍手)
 コートジボワールの有名な箴言に、「針の通ったところは糸も通っていく」(北村孝一編『世界ことわざ辞典』東京堂出版)とある。
 大事なのはリーダーの率先の行動である。
 さらに貴国の格言には、「雨が降っても降らなくても、井戸端はいつも濡れている」(鈴木裕之「コートジボワールのことわざ」、『世界ことわざ大事典』所収、大修館書店)とある。
 どんな困難な状態でも、必ず希望はあるという意味である。
 わがコートジボワールSGIの偉大な友も、勇気ある対話で、地域に「希望の泉」を、社会に「平和の道」を、国土に「繁栄の光」を広げておられる。妙法という無敵の宝剣を掲げて進んでおられる。
 あまりにも尊い使命の方々である。皆で讃嘆の拍手を贈りたい!(大拍手)

5・3「創価学会母の日」おめでとう
ワイダー博士
創価の女性こそ私の希望
助け合いの力が「平和の文化」を創る


 一、いよいよ、5月3日「創価学会母の日」が巡り来る。
 この日を祝福して、アメリカを代表する女性詩人のサーラ・ワイダー博士(米エマソン協会前会長)が、「大白蓮華」の5月号に「声」を寄せてくださった。
 ワイダー博士は、「創価学会の日」である5月3日を、創価の女性に最大の感謝を捧げる意義を込めて、「創価学会母の日」と定めたことに対し、こう語ってくださっている。
 「それは本当に、心揺さぶられる決定です。その決定は、すべての女性にとっての大いなる希望となるものです。いな人類にとっての希望と言ってもいいでしょう」
 さらに、ワイダー博士は語られている。
 「私は、創価学会の女性たちに無限の希望を抱いております。
 とりわけ、女性たちの助け合い、励まし合いに満ちた姿は印象的です。
 創価学会の女性たちには、世代を超え、また文化を超えた結びつきがあります。
 平和の文化の建設のためには、こうした深く、普遍的な次元での、心と心の結びつきが不可欠なのです。
 人生において、希望の灯が必要となった時、私は必ず、創価学会の女性たちの輝く姿を思い起こすことでしょう」
 まさに今い全国の婦人部が、さっそうと行動されている。
 「世界第一の創価の婦人部、万歳! 万歳! 万歳!」と、私たちは声を大にして叫びたい(大拍手)。

「困難の中にこそ理想への道が!」
 一、さて、イタリアの桂冠詩人ピエール・パオロ・ヴェルジェーリオ(1370~1444年)は、世界最古の総合大学・ボローニャ大学で教壇に立った一人である。
 私自身、ボローニャ大学にお招きいただき、講演した歴史は忘れがたい。
 イタリアの同志の大前進も、頼もしいかぎりだ。
 このヴェルジェーリオは雄々しく語った。
 「極端な困難のなかで理想への道がひらけるのが人間の本性」と(前之園幸一郎訳「子どものすぐれた諸習慣ならびに自由諸学芸について」、『イタリア・ルネッサンス期教育論』所収、明治図書出版)
 仏法では、「難来るを以て安楽」(御書750㌻)、「大悪を(起)これば大善きたる」(同1300㌻)等と説かれる。
 何があろうと、広布の山を不屈の負けじ魂で登りゆく、世界の全同志の無事・安穏を、私も妻も、真剣に祈り続けている。
 いやまして、「立正安国」の妙法の大光を、私たちは赫々と放ってまいりたい。
 一、きょうは、ドイツからも、尊き友がお越しくださっている。
 ドイツの信念の作家ルートヴィヒ・レン(1889~1979年)は、ファシズムなどとの戦いの中で、報道関係者から「諸君は勝つだろうか」と質問された。
 そのとき、彼はこう答えたのである。
 「勝つかって? 勝たねばならぬのだよ! 正義のために!」(佐藤晃一著「抵抗の歴史」、『ドイツ抵抗文学』所収、東京大学出版会)
 広宣流布は「正義の中の正義」である。
 ゆえに断固として勝ちまくるのだ。
 これが、「仏法勝負」の真髄である。
 終わりに、昭和35年(1960年)の5月3日、第3代会長就任の日を記念して詠んだ歌を、全同志にお贈りし、私のスピーチとしたい。

 晴れやかに
  仏の大軍
    進みゆく
  世界一なる
   創価 成るかな

 きょうは、お疲れのところ、ありがとう!
 皆さんのご健康を祈ります!(大拍手)
2010-04-23 : スピーチ・メッセージ等 :
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中国・紹興文理学院「名誉教授」称号授与式

中国・紹興文理学院「名誉教授」称号授与式          
               (2010.4.20 創価大学本部棟)

 中国・浙江省の名門学府「紹興文理学院」(葉飛帆学長)から、創価大学創立者の池田名誉会長に「名誉教授」称号が贈られた。日中友好及び世界の教育・文化事業への貢献を讃えたもの。授与式は20日、紹興文理学院の寿永明学長補佐一行が出席し、東京・八王子市の創大本部棟で挙行され、山本創大学長に名誉教授の証書が託された。また、名誉会長から同学院に友誼薫る漢詩が贈られた。

寿学長補佐の授与の辞

中日友好の尽力に敬意
池田先生はそびえ立つ秀峰


 草花が若々しく伸びゆき、ウグイスが舞い飛ぶ美しい季節に、池田大作先生に対し、紹興文理学院の「名誉教授」称号を授与させていただくことは、この上ない栄誉であります。
 これは、私ども紹興文理学院の歴史における一大慶事であり、中日友好史における素晴らしい出来事となるでありましょう。
 池田先生は、創価大学をはじめとする教育機関、戸田記念国際平和研究所、東洋哲学研究所などの学術・平和機関、東京富士美術館、民主音楽協会などの文化機関を設立され、世界の教育の発展と、文化の繁栄を推し進めてこられました。
 それは、後世のために恩恵をもたらすものであり、その輝きは万世にわたっていくことでしょう。
 また池田先生は、世界的に著名な仏教思想家であり、哲学者、教育者、社会活動家、作家、桂冠詩人、写真家であり、現代世界を代表する文化人、国際的な人道主義者であられます。
 その業績が高く評価され、「国連平和賞」や国連難民高等弁務官事務所の「人道賞」、「アインシュタイン平和賞」などを受賞しておられます。
 さらに、中日友好に傑出したご貢献をされ、中国政府と人民から広範な尊敬を集めています。
 中国からは1960年代より、「中国芸術貢献賞」「文化交流貢献賞」「平和の使者」称号、「人民友好の使者」称号など多くの栄誉を受けておられますが、このような顕彰の背景には、仏法者として、ひたすらに民衆の幸福を願い、数十年にわたって険難の道を勇敢に歩んでこられた池田先生への敬愛があるのです。
 人類が手を取り合う麗しい世界を築いてこられた先生は、そびえ立つ秀峰であり、まさに仰ぎ見る思いでおります(大拍手)。
 紹興文理学院は100年の歴史を有し、中国の偉大な文学者、思想家である魯迅先生が、1911年から学長を務めた最高峰の学府です。
 100年の間、魯迅先生が提唱された「開拓越学、俾其蔓延《ひきまんえん》、至於無疆《しおむきょう》」(紹興の学問を拓き、敷衍《ふえん》し、全世界にまで至らしめる)との精神で、伝統文化を受け継ぎ、現代文明に溶け込み、実力と高尚な人格を備えた、社会に有為な人材を輩出してまいりました。
 私どもの教育理念は、池田先生が語られている“人生、いかに生きるべきか──との命題こそ、人類の最も重要な問題であり、教育の根本命題も、人間の正しい生き方を指し示すことである”との精神に合致するものであります。
 池田先生の思想と哲学は、本学の100年の歴史を隔てて、魯迅先生の精神と相呼応していると強く感じます。
 そして、私どもの大学の青年たちが世界的に偉大な人格者であられる池田先生に接し、その徳を受け継いでゆくことは、本学の発展において、計り知れない力になるものと、心から信じるものであります。
 重ねて池田先生に対しての尊敬と感謝の意を表するとともに、私たちは先生と手を携えて、社会に貢献し、人材を育成し、文明の発展、人類の福祉に寄与してまいる所存です。
 また「天地のために志を立て、民のために命をかけ、先哲のために絶学を継ぎ、万世のために太平を開く」との気概で戦ってまいります。
 ここに、池田先生と令夫人の教育事業に対する多大なるご貢献に感謝申し上げ、私のあいさつといたします(大拍手)。

池田名誉会長の謝辞(代読)

民衆と共に 世界と共に
「平和の大河」を「人材の橋」を


魯迅
「花を育てるためなら朽ちる草となるもよし」
学生第一が人間教育の王道


周総理
青年とは黄金時代
学びに学べ! 努力し向上を


 一、力強く、前進また前進を続けられる長江デルタの文化都市・紹興から、高邁な知性と人格の先生方をお迎えできました。熱烈に歓迎申し上げます。本当にようこそ、お越しくださいました(大拍手)。
 一、はじめに、このたびの青海省の大地震に際し、重ねて心よりお見舞いを申し上げます。
 胡錦濤国家主席、温家宝総理の陣頭指揮のもと、高地の厳しい自然環境のなか、懸命に進めておられる尊き救援のご努力に、最大の敬意を表するものであります。
 わが創価学園出身の外科医も「国境なき医師団」の一員として、現地に駆けつけておりす。一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。
 一、紹興の天地が生んだ大文豪であり、貴・紹興文理学院の学長を務められた魯迅先生は叫ばれました。
 「一本の花を育てることができさえすれば、やがて朽ちはてる腐草となるもよかろう」(丸尾常喜著『中国の人と思想⑩魯迅』集英社)
 愛する青年たちが勝利の花を咲かせるためならば、わが身を投げ出して、自分が犠牲になる。
 この崇高なる青年育成の真髄の魂を体現され、数多《あまた》の逸材の大輪を咲き薫らせてこられた「教育の花城《かじょう》」こそ、貴・紹興文理学院なのであります。
 ただ今、私は、名門中の名門の貴学院から、「名誉教授」の称号を賜りました。これほどの栄誉はございません。貴学院の誉れの理念と精神を深く心に刻み、拝受させていただきます。
 誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

貴国と縁《えにし》深き先師に捧げる
 一、20世紀の初頭、日本に留学された若き魯迅先生は、最初、東京の弘文学院で学ばれました。
 その同時期、創価教育の父・牧口常三郎先生は地理学の教師として、この学院の教壇に立って、貴国からの留学生たちと心通い合う交流を結んでおりました。
 牧口先生は、貴国への敬愛と報恩の真情を、生涯、抱いておりました。貴国に忘恩非道な侵略を行った日本の軍部政府と対峙し、最後は獄死しております。
 縁も深き魯迅先生ゆかりの貴学院からの最高無上の栄冠を、私は、この正義の先師に謹んで捧げさせていただきたいのであります(大拍手)。

人材の宝都・紹興
 一、貴・紹興は、古来、「越《えつ》」の国の都として栄えた、2500年の歴史を誇る悠久の天地であります。
 「会稽《かいけい》の恥を雪《すす》ぐ」「臥薪嘗胆《がしんしょうたん》」「呉越同舟《ごえつどうしゅう》」など、若き日に、私たちが学んだ貴国の奥深い歴史の故事も、まさに紹興が舞台でありました。
 その紹興において、4世紀、東晋の書聖・王羲之《おうぎし》は謳い上げております。
 「あおぎみる みどり 天のきわ
 ふして のぞく きよき 水のなぎさ 寥闃《りょうげき》 無涯《むがい》の観」
 〈天をあおげば、みどりの晴れた空。地上をみれば、洲をひたしてながれる澄んだ水。からりとして雑念のない、無限の世界がここにある〉(竹内実編著『岩波漢詩紀行辞典』岩波書店)
 この壮麗なる調和の水の都は、王充《おうじゅう》(後漢の思想家)、陸游《りくゆう》(南宋の詩人)、さらに秋瑾《しゅうきん》先生(清末の女性革命詩人)、蔡元培《さいげんばい》先生(現代中国の大教育者)等々、錚々たる「名士」を世に送り出してきました。
 私たちが敬愛してやまぬ周恩来総理の原籍も、この紹興なのであります。
 一、この「人材の宝都」に、貴学院の前身である山会初級師範学堂が創立されたのは、1909年。
 2年後に学長となられた魯迅先生は、短い在任期間のなかで、厳しい財政難と戦いながら、不滅の人間教育の魂を打ち込まれたのであります。
 先生は足繁く、教室や運動場、さらに炊事場まで回られながら、教育環境を改善していかれました。
 多くの学生が風邪で寝込んだ折には、自ら温かく看病されてもおります。

獅子でなければ獅子は育たない
 一、私は、現在、中国教育学会の顧明遠《こめいえん》会長と対談をしております。〈「平和の架け橋──人間教育を語る」と題し、「東洋学術研究」誌上で連載中〉
 顧会長夫人の周藻《しゅうそう》氏は、魯迅先生の姪にあたられる方であります。
 魯迅先生の教育思想にも造詣の深い顧会長は、先生は「およそ青年の成長に役立つことのすべてをおこなっていた」と敬服されておりました。そして、それは、あたかも「病をなおし人を救う」という慈愛の名医のごとくであったと指摘されております(横山宏訳『魯迅―その教育思想と実践』同時代社)
 思えば、当時、魯迅先生も、この学堂も、傲慢な権力からの圧迫を受けておりました。そのなかを、魯迅先生は獅子のごとく堂々と、人民に貢献しゆく正義の若獅子を、心血を注いで薫陶していかれたのであります。
 獅子でなければ獅子を育てることはできません。
 一、ともあれ、魯迅先生の一貫した信念は「世代の上のものは下のものに対して……全力をあげて、かれら自身のために、かれらの成長を助けるべきである」(竹内好訳『魯迅文集第三巻』筑摩書房)という一点にありました。
 この学生第一の「人間教育の王道」を、貴学院の先生方は、気高く継承されているのであります。
 新入生に対しても、一人一人、新しい生活環境に慣れ、遠大な目標のもと勉学に邁進できるよう励ましておられます。貴国の春節(中国正月)の前日、葉学長はじめ先生方が、故郷に帰省せずに学院で勉強を続ける学生たちのもとへ赴き、懇談・激励されたことも、よく存じ上げております。
 じつは、創価大学の草創期、私も大晦日に大学に残っていた学生たちを招いて、深い思い出を刻んできました。皆、立派に成長して、母校の後輩のために、私と同じ心で尽くしてくれていることは、うれしい限りです。

教育の聖火を明々と未来ヘ
 一、貴学院は、「修徳求真《しゅうとくきゅうしん》」との校訓のもと、18学部へと大発展を遂げておられます。
 「生物科学」と「漢言語文学」は国家の専門分野に指定され、多くの学科が省の重点学科、重点分野に選定されております。
 100周年を期に、新たな「人民貢献」の最先端の科学研究も開始されました。
 あの北京オリンピックの際、浙江省の大学を代表して、貴学院のキャンパスを「聖火」が走り抜けたことも、うかがっております。
 幾多の試練の風雪を乗り越えて、「教育の聖火」を明々と燃え上がらせてこられた貴学院の栄光の100年に、私は最大の敬意を表したいのであります(大拍手)。
 葉学長は、「100周年」の卒業式の席上、変化の時代に立ち向かうにあたり、次の3点を呼びかけられました。
 第1に「弛みなく学び続け、無限の創造力を発揮せよ!」。
 第2に「父母、母校、恩師、社会への報恩を通して、自己を高めよ!」。
 第3に「何事も勇敢に引き受け、社会と時代が与える歴史的責任を果たしゆけ!」と教えられたのであります。
 創価教育の理念とも深く共鳴する指針であります。賛同の大拍手を送ろうではありませんか(大拍手)。

地域と共に発展する大学目指し
 一、さらに、貴学院は「地域に立脚し、地域に奉仕し、地域と共に発展する大学」を目指されています。この点も、創価大学の理念と一致します。
 牧口先生も「自他共に、個人と全体との、共存共栄を為し得る人格に引き上げんとするのが教育である」と明確に論じておりました。
 私も、名誉ある貴学院の一員とさせていただき、地域と共に、民衆と共に、隣国と共に、そして世界と共に、貴学院の校章に描かれた「川」のごとく、人類の平和と繁栄の「大河」を滔々と広げゆく決心であります(大拍手)。
 一、1939年3月、紹興を訪れた周総理は、郷里の若人に雄渾なる書を揮毫されました。
 その言葉を、本日、出席してくださった学生の皆さんをはじめ、世界の青年たちにお贈りしたい。
 「青年は黄金時代である。学べ、学べ、もっと学べ」
 「努力して学び、向上に向上を重ねゆけ」
 結びに、校章に刻まれた「橋」のごとく、貴・紹興文理学院から、次の100年へ「英知の橋」「人材の橋」そして「栄光の金の橋」が広がりゆくことを、心よりお祈り申し上げます。
 謝謝!(中国語で「ありがとうございました!」)(大拍手)

名誉会長 漢詩を贈る

書道千古序蘭亭
百年學府立紹興
修求真新文理
魯迅精神放光明


〈大意〉

 書道は千古に名だたる王羲之が紹興で書き記した蘭亭序がある。
 紹興を代表する名門学府といえば、百年の歴史を誇る貴・紹興文理学院である。
 「修徳求真」(徳を修め、真理を求める)を校訓に掲げて 新たな大発展を開始され、
 魯迅先生の精神が光明を放っておられる。

※文中に、大学名と校訓「修徳求真」が盛り込まれている。
2010-04-22 : スピーチ・メッセージ等 :
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特別寄稿 『創価の魂 地涌誓願の誉れ』

会長就任50周年記念特別寄稿
『創価の魂 地涌誓願の誉れ』 
       (大白蓮華 2010.5月号)

 弟子の勝利は、師匠の勝利である。
 私の50年は、ただただ、恩師・戸田城聖先生に捧げた闘争であった。
 この50年の創価の師弟の勝利は、何よりも、私とともに戦ってくださった全学会員の勝利である。
 それは、法華経に説かれる「地涌の菩薩」の勝利の劇にほかならない。

 「山に山をかさね波に波をたたみ難に難を加へ非に非をますべし」(御書202㌻)──この「開目抄」の御文のごとく、仏意仏勅の我らの前進は、荒れ狂う大難また大難のなかにあった。
 嵐のような迫害が続く50年であった。
 正義の旗を高く掲げた50年であった。
 庶民と苦楽を共にする50年であった。
 健気な母の幸福を祈る50年であった。
 同志の歓喜に包まれた50年であった。
 片時たりとも師を忘れぬ50年であった。
 ただ恩師のために! ただ恩師とともに! 勝利また勝利の広宣流布の大道を、全世界に切り開いた50年であった。
 私には一点の悔いもない。わが心は、友と一緒に仰いだ、あの5月3日の澄みきった天晴大のように、どこまでも広々と晴れわたっている。

殉教の師弟三代
 その日、私は日大講堂の壇上で宣言した。
 「若輩ではございますが、本日より、戸田門下生を代表して化儀の広宣流布をめざし、一歩前進への指揮をとらせていただきます」
 恩師の遺影の下、32歳の私は誓った。
 「化儀」とは、現実社会を変革する実践である。それは、人間を苦しめる一切の魔性と戦い、そして勝利する実践でもある。
 この日、私が心に刻んだ御聖訓がある。
 「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」(御書232㌻)
 「我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願《ねがい》やぶるべからず」(同㌻)
 御本仏・日蓮大聖人の不惜身命の大誓願を拝すれば、凛然たる決意に身が引き締まる。
 諸難よ、来るなら来るがよい! 身命をなげうとう! 私は、広宣流布の師子王から訓練された不二の弟子だ! 何を恐れようか!
 初代会長・牧口常三郎先生は、戦乱の世に「立正安国」の大精神を貫かれ、非道の投獄にも断じて屈せず殉教なされた。
 第2代会長・戸田城聖先生は2年間の獄中闘争を耐え抜かれ、戦後の荒野に「妙法流布」の大願を掲げて一人立たれた。
 戸田先生は、先師の三回忌に紅涙を滴らせて言われた。
 「あなたの慈悲の広大無辺は、私を牢獄まで連れていってくださいました」
 「その功徳で、地涌の菩薩の本事《ほんじ》を知り、法華経の意味をかすかながらも身読することができました。なんたる幸せでございましょうか」と。
 この峻厳にして崇高なる師弟の精神こそ、人生の究極であり、仏法の真髄である。
 創価学会は、この「師弟不二」の魂があるゆえに、日蓮仏法を現代に広宣流布することができたのである。

法華経は滅後のための経典
 もとより法華経も、日蓮大聖人の仏法も、「師弟」に、その魂がある。
 法華経は、全人類を最高の境涯に引き上げようという仏の誓願の結晶であ
 その法華経では、「況んや滅度の後をや」(法華経363㌻)等と、滅後に法華経を持《たも》つ者に襲いかかる大難が、繰り返し繰り返し説かれている。
 誰が、この大難を耐え忍んで、滅後の民衆を救うのか。真正の弟子は、いずこにいるのか──。
 この仏の命を受け、娑婆世界の大地を叩き破って登場した真実の弟子が、「地涌の菩薩」である。
 「上行菩薩の大地よりいで給いしには・をどり《踊》てこそいで《出》給いしか」(御書1300㌻)
 大聖人は、地涌の菩薩の上首、すなわち、リーダーの上行菩薩は、喜び勇んで踊りながら涌き出てきたと仰せである。
 「さあ、いよいよだ!」「師匠の命ずるままに戦う時が来たのだ!」と、全身に「歓喜の中の大歓喜」(同788㌻)を漲らせて、師匠のもとに馳せ参じたのである。

生死を超えて師匠と共に
 地涌の菩薩とは、久遠以来、師匠と「一体不二」の弟子である。
 千日尼への御返事には、こう仰せである。
 「上行菩薩等と申して四人の大菩薩まします、此の菩薩は釈迦如来・五百塵点劫よりこのかた御弟子とならせ給いて一念も仏を・わすれず・まします大菩薩を召し出して授けさせ給へり」(御書1306㌻)
 上行・無辺行・浄行・安立行という四菩薩は、久遠五百塵点劫の昔に、仏弟子になってから、瞬時たりとも師匠のことを忘れない大菩薩であったと言われるのである。釈尊は、その四菩薩を呼び出されて、自らが入滅した後の妙法広布を託された。
 「一念も仏を・わすれず」──常に師匠のことを忘れない。これが弟子の道である。
 私の心は、いついかなる時も戸田先生と共にあった。ただ、師匠のために身命を捧げて戦い抜き、真の弟子の模範を残して死ぬ覚悟でいた。
 先生は、私の心を見抜いて言われた。
 「お前は死のうとしている。俺に、命をくれようとしている。それは困る。お前は生き抜け。断じて生き抜け! 俺の命と交換するんだ」
 私の命は、先生から頂いた命である。
 御逝去の前、先生は語ってくださった。
 「大作、よくやってくれたな。これで学会は大丈夫だ。また永遠に一緒に行こうな」
 「いい弟子を持って、俺よ本当に幸せだ。牧口先生と一諸に牢獄に行ったことも幸せだったけれども、お前がいたおかげて学会の未来は開けた」
 戸田先生が亡くなられた後も、私は「先生ならば、どう言われるか、どう戦われるか」──そう師弟の対話を重ねながら、戦い生きる毎日であった。いかなる三障四魔が紛然と競い起ころうとも、師に思いをはせれば、勝利の太陽が昇る。未来への道は明々《あかあか》と照らし出される。師匠の慈愛は広大無辺である。

「民が子」との自負
 末法の御本仏であられる日蓮大聖人は、白法隠没の時代にあって、広宣流布の道を開く上行菩薩としての振る舞いを示された。
 上行とは、法華経の会座に集っていた弥勒菩薩はじめ並み居る大菩薩たちが、驚嘆して見つめた、最高に尊貴な存在である。「無辺にして窮まり有ること無けん」(法華経574㌻)という、宇宙大の功徳に包まれた至高の大指導者である。
 その上行菩薩が、どこに、どのような姿で出現されたのか。
 御書には「日蓮は中国・都の者にもあらず・辺国の将軍等の子息にもあらず・遠国の者・民が子」(御書1332㌻)と明言なされている。
 大聖人は「民が子」としてお生まれになられた。何の後ろ盾ももたないゆえに、増上慢の輩から「悪口罵詈」を浴び、「刀杖瓦石《じょうもくがしゃく》」を受け、いわれなき讒言によって「流罪・死罪」をも受けられた。
 「少少の難は・かずしらず大事の難・四度なり」(同200㌻)と仰せの通り、ありとあらゆる法難を堪え忍ばれながら、苦悩に喘ぐ民衆のために、妙法を弘めていかれたのだ。
 権力にもよらず、権威にもよらず、ただただ、真実の人格の力、生命の本然の力を発揮して、戦い勝たれた。傲慢な権力者を、「わづかの小島のぬしら《主等》」(同911㌻)とはるか高みから笑い飛ばしながら、悠然と万年の令法久住の流れを開いてくださったのである。
 これが日蓮仏法の魂である。ここに、地涌の菩薩の底力がある。
 わが創価学会は永遠に民衆の側に立つ。この一点は、学会不変の規範である。
 牧口先生は、御自身のことを「荒浜の一寒民」と毅然と言われた。戸田先生も「北海道の貧乏な漁師の倅《せがれ》」と胸を張って語られた。私も第3代会長の就任が決定した際、「一漁師の子、池田大作、遂に広布の陣頭に起つ。一大事の宿命を知覚するのみ」と記した。

衆生をいとおしむゆえに
 法華経法師品には、滅後に法華経を流布する菩薩の境涯について、こう明かされる。
 「自ら清浄の業報を捨てて、我が滅度の後に於いて、衆生を愍《あわれ》むが故に、悪世に生まれて、広く此の経を演ぶ」(法華経357㌻)
 過去に大願を成就して最高の境涯を得た大菩薩が、衆生をいとおしむゆえに、自ら清浄な業報を捨てて、悪世に生まれて、この法華経を弘める──と。
 さらに続けて、こうも説かれる。
 「能く竊《ひそ》かに一人の為めにも、法華経の乃至一句を説かば、当に知るべし、是の人は則ち如来の使にして、如来に遣わされて、如来の事を行ず」(同㌻)
 誰か一人のために一句でも法華経を説く人は、如来の使いであり、如来に遣わされて如来の聖業を行じている──と。
 ここには、末法に法華経を弘通する地涌の菩薩の実践が示されている。
 大聖人は、「日蓮賤《いやしき》身なれども教主釈尊の勅宣を頂戴して此の国に来れり」(御書1121㌻)と仰せになられている。
 地涌の菩薩は、民衆を慈しむがゆえに、あえて、一番大変なところ、一番必要とされているところに、自ら願って現れるのだ。
 これが、我ら学会員の大精神である。我らは、仏意仏勅の使命を行ずる「如来の使い」の大境涯なのである。

学会員は「如来の使い」
 戸田先生は叫ばれた。
 「自分をいやしんではなりませぬ。『仏の使い』であります。如来につかわされた身であります。大聖人の分身であります。凡夫のすがたこそしておれ、われら学会員の身分こそ、最尊、最高ではありませんか」
 草創期、学会は、心なき人々から「貧乏人と病人の集まり」と冷笑された。
 その悪口に対して、戸田先生はこう切り返すように教えられた。
 「それでは、あなたは、貧乏人と病人を、何人救ったのですか」と。
 苦悩の底に沈む人たちを根底から励まし、幸福ヘリードしてこそ、力ある宗教である。
 いわれなき悪口罵詈は、民衆仏法の実践にあって、最高に誉れある勲章である。
 だからこそ、罵られれば罵られるほど、笑われれば笑われるほど、我ら創価の誉れの友は、いよいよ闘志をみなぎらせて、苦悩の民衆の大海原に飛び込んでいったのだ。
 尊貴な地涌の菩薩である学会員の一人一人は、同じく苦しむ人々を立ち上がらせるために、あえて宿命との悪戦苦闘を、今世の人生に引き受けたのである。
 「我、地涌の菩薩なり」。この久遠元初の誓願に立ち返れば、宿命はすべて使命に変わる。昇りゆく太陽が暗雲を金色《こんじき》に染めるように、苦悩を突き抜けて歓喜の光を放つのだ。

「二人・三人・百人と」
 師弟不二の誓願に一人が立ち上がれば、二人、三人、百人と、必ず同志が続いていく。これは、広宣流布の不滅の方程式である。
 「日蓮一人《いちにん》はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人《ににん》・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや」(御書1360㌻)
 この「地涌の義」のままに、今や、創価の同志は、世界192カ国・地域に広がった。この地球全体を南無妙法蓮華経の音声《おんじょう》が包み始めている。
 「仏法西還」という大聖人の未来記は、全創価学会・SGIの師弟の力によって完璧に証明されたのである。
 戸田先生から「君は世界へ征くんだ」と命を受け、私が、先生の写真を胸に、世界広宣流布への第一歩を、愛するアメリカの天地に印してより今年で50年になる。
 そのころ、アメリカの数少ないメンバーのほとんどは、戦争花嫁として日本から渡った女性たちだった。「いったい何ができるのか」と陰で嘲笑する者もいた。しかし、私は、この女性たちこそが偉大な使命を帯びた地涌の菩薩であると信じていた。いな、必ずそうなっていただくのだと決めていた。
 事実、この方々が、アメリカ広布の勇敢なパイオニアとなった。誓願に目覚めた女性たちから、大いなる拡大のうねりが起こったのである。
 「地涌」の自覚とは、民族よりも、人種よりも、文化よりも、もっと奥深い、人間生命の根源の目覚めだ。そこには、あらゆる差異の壁を突き破って、最も美しく、最も深く、最も強い「心」と「心」の連帯が開かれる。
 だからこそ、私は、縁《えにし》ある一人を、この人こそ地涌のリーダーなりと信じて信じて信じ抜いて励ましを続けた。あの国でもこの国でも、その一人が立ち上がって、二人、三人、百人と地涌の友が涌出していったのである。

「賢王と成って愚王を誡責」
 一閻浮提の広宣流布とは、仏法を基調にした人類不滅の平和の大建設にほかならない。
 「此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成って愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成って正法を弘持す」(御書254㌻)とは、「観心本尊抄」の一節である。
 上行等の四菩薩は、時に応じて、ある時は賢王となり、ある時は聖僧となって出現する。時代社会の要請に応えて、自在の使命の姿をとって仏国土を築くために働いていく。
 戸田先生は叫ばれた。
 「今度の広宣流布は化儀の広宣流布と申しまして、もっとも重要な広宣流布であります。この時には上行菩薩、安立行菩薩、浄行菩薩、無辺行菩薩、その他もろもろの菩薩が出られる」「大聖人様の眷属が集まって広宣流布ができなかったら、なんのかんばせあって霊鷲山にまみえん。地涌の菩薩の皆さん、やろうではないか」
 現代にあって、地涌の菩薩は、現実の真っただ中で、賢王となって、破邪顕正の言論の闘争を通じて、民衆の連帯を広げ、平和と繁栄の国土のために前進する。
 「立正安国」が、我らの誓願であるからだ。

「三類の強敵」を打ち砕く
 民衆の幸福のために戦う以上、民衆を不幸に陥れる「無明の闇」との対決は必然である。「無明の闇」は、妙法の光でなければ破れない。勇気ある信心で打ち勝つのだ。
 法華経には「日月の光明の 能く諸の幽冥を除くが如く 斯の人は世間に行じて 能く衆生の闇を滅し」(法華経575㌻)と説かれる。
 ひとたび、日月が輝けば、闇は消え去る。上行菩薩は、世間の中で妙法を行じて、衆生を照らし、その無明の闇を滅していくのだ。
 末法は、命の濁った衆生の無明が重なり合って、暗雲のように、この世界全体を覆い尽くしてしまう時代である。
 「元品の無明は第六天の魔王と顕われたり」(御書997㌻)と、大聖人は喝破なされている。
 世界を覆う無明は、民衆を支配し不幸に引きずり込む「第六天の魔王」の働きとなって現れる。その「第六天」の魔性が身に入った「三類の強敵」が、勧持品で説かれる通り、一切衆生の成仏のために戦う「法華経の行者」を責め苛むのである。それは、「法華経の行者」の戦いを起こしたからには、絶対に避けて通ることのできぬ誉れの法戦である。
 「かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり、法華経の行者といはれぬる事はや不祥なりまぬかれがたき身なり(同903㌻)
 大聖人の仰せを信じて「法華経の行者」となった我らは、広宣流布のため、「三類の強敵」に立ち向かう覚悟を決めねばならない。
 創価学会のこの80年、また50年の歴史もまた、末法の無明の闇を破る連続闘争であった。「三類の強敵」を予言した勧持品を色読する歳月であったといってよい。
 御書に仰せ通りの「無尽《むじん》の讒言」(同1158㌻)があった。権力の魔性に魅入られた僭聖増上慢からの弾圧があった。嫉妬に狂った邪僧と忘恩背信の退転者による謀略もあった。「大難に度度値う人をこそ滅後の法華経の行者とはしり候はめ」(同297㌻)との仰せに照らし、最極の名誉の歴史である。
 私が若き日から魂に刻んできた言葉は、「波浪は障害にあうごとに、その頑固《がんこ》の度を増す」である。これはそのまま、私と共に歩んでくださる広宣の戦友の心境でもあるにちがいない。
 創価の同志は、「当に忍辱の鎧を著《き》るべし」(法華経419㌻)の経文のまま、耐えに耐えて「時」を待ち「時」を創ってきた。そして「三類の強敵」を堂々と打ち砕いて、世界広布の大発展の新たなる「時」を厳然と開いたのである。

永遠に広宣流布の前進を
 永遠に、民衆の真っただ中に生まれ出て、民衆のために、民衆とともに、前進する。
 もっと前へ! もっと高く! もっと力強く! と先頭に立って皆を引っ張っていく。
 ──これが地涌の菩薩の誓願である。宿願であり、悲願なのである。
 広宣流布は、御本仏から託された、一閻浮提へ、そして末法万年尽未来際への大事業である。正義の中の正義の大偉業である。
 「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外《ほか》・未来までもながる《流布》べし」(御書329㌻)
 万年へ! 未来永遠ヘ! 広宣流布の大河の流れを、更にいっそう盤石たらしめる。
 いよいよ、万年のための基盤をつくる総仕上げの時に入った。一切は、これからである。
 師弟に徹すれば、何も恐れるものはない。宇宙大の仏の智慧と仏の力が、わが胸中に涌現するからだ。師弟不二の地涌の誓願に生き抜くわが学会員に、すでに、永遠に崩れざる常楽我浄の境涯を、胸奥に会得していると、私は確信してやまない。
 地涌の菩薩が集い来た仏勅の創価学会は、永遠に、民衆を幸福にするために存在する。広宣流布のためにあるのだ。その一点が崩れない限り、あらゆる障魔が競い起こっても、学会は永久に発展する。
 熱原の法難の渦中、大聖人は青年門下の南条時光に仰せになられた。
 「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(同1561㌻)
 「をなじくは・かり《仮》にも法華経のゆへに命をすてよ、つゆ《露》を大海にあつらへ・ちり《塵》を大地にうづ《埋》むとをもへ」(同㌻)
 すべては青年で決まる。大願に生き抜く青年の勇気で決まる。
 「この地上から悲惨の二字をなくしたい」──恩師・戸田先生から受け継いできた不二の誓願を、今、若き地涌の友に託したい。
 民衆の凱歌の行進を、永遠に続けゆくために! 次の50年の栄光のたに! 創価の師弟の未来永劫の勝利ために!
2010-04-22 : 提言/寄稿/インタビュー等 :
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栄光の日々 14 山形

栄光の日々 名誉会長と我らの人生 14
                (2010.4.19付)
人間の理想郷《アルカディア》! 山形

天晴れて 地には桜と 笑顔あり

 「一日も早く、山形の友のもとへ行こう!」
 1983年(昭和58年)4月17日の午後、会長は新潟から山形へ。
 列車は、山形の県花の名を冠した急行「べにばな4号」。乗った時から、次々と懐かしい山形の同志の顔が浮かんだ。
 9年ぶりの訪問である。
 前年の82年(同57年)1月、名誉会長と秋田の友が勝利宣言した「雪の秋田指導」。その折、名誉会長は同行した山形の武田忠県長(当時)に約束していた。
 「山形にも必ず行くよ。その時、史上最高の勝利の儀式をやろう!」
        ◇
 午後7時40分に山形着。4時間に及ぶ旅の疲れも見せず、名誉会長は最高会議へ。そして強く語った。
 「この3日間、皆様のために、できうる限りの尽力をさせていただきます」
 会議の席上、一人の壮年が立ち上がった。米沢の中心者、佐藤忠美さん(現・山形明朗県議長)である。
 「先生、米沢に魂を打ち込んでください!」
 米沢は、第1次宗門事件で最も苦しめられた地域だった。狡猾な坊主に誑かされ、退転していく者も相次いだ。悔し涙を何回、流したことか。毎日が仏と魔の激しい攻防戦たった。
 翌日、米沢文化会館に大きな書が届けられた。名誉会長の墨痕鮮やかな「米沢建設」の四文字──。
 佐藤さんは固く誓った。
 「そうだ! 師弟不二の米沢を建設するのだ!」
 最高会議の翌18日は、山形広布23周年を祝う総会。
 この日は日本晴れ。初夏を思わせる、暖かな陽光が降り注いでいた。
 “山形の春”は、桜梅桃李の花の春。桜、桃、リンゴなどの花々が美しく咲き競っていた。
 総会では、新会館の建設や文化祭の開催などを満載した希望プランが発表された。歓呼が止まない。
 「もう一つ、嬉しい発表があります。
 下条《しもじょう》、上山《かみのやま》、湯野浜《ゆのはま》、寒河江《さがえ》、村山……。名誉会長が支部の名を揮毫した書が紹介された。その数「30」。到着以来、役員の激励等の合間を縫って、名誉会長が準備したものだった。
 誉れの支部長が“おらが支部”の名前を高々と掲げた。その時の、参加者の何という誇らしげな笑顔! 笑顔! 笑顔!
 最終日の19日は、記念の勤行会。この席でも多くの支部名の書、全国初となる本部名の書が贈られた。
 会合終了後も「皆さんの思い出になれば」とピアノ演奏。演奏が終わっても、会場を後にするまで、友と握手を交わし続けた。
 「もう嬉しくて、嬉しくて。“広布の春”がやってきました!」と参加者。
 名誉会長は詠んだ。

 天晴れて
  地には桜と
    笑顔あり
  山形広布の
    夜明けの如くに

 4年後の87年(同62年)7月、山形を再訪した名誉会長が示した指針「人間のアルカディア(理想郷)」。
 どこよりも師弟の絆強き「信心の王国」こそアルカディアである。仏法の根幹は「師弟」であるからだ。
 名誉会長は師子吼した。
 「誰人にも断ち切ることのできない師弟の生命の絆──そこに奥深き、偉大な信心の『心』がある」
 2002年(平成14年)5月、中華全国青年連合会による「中国青年代表団」が“果樹王国”山形へ。
 農村出身の李暁亮《りぎょうりょう》団長はサクランボを栽培する丹野勉さん(現・総県農村部書記長)の農園に、農業視察に訪れた。丹野さんは青春時代の原点──15年前、名誉会長が農園に足を運び、激励を受けた様子を、昨日のことのように語った。
 李団長は感動した。
 「池田先生は、一人一人に、農村地域の青年にまで希望を贈られている。
 ここに、指導者の模範の姿があります!」


おことわり:「栄光の日々」はSEIKYO NET で連載が始まりましたので、本サイトにおいては今回で掲載を終了致します。
2010-04-20 : 栄光の日々 :
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中国 新疆医科大学「名誉教授」称号授与式

中国 新疆医科大学「名誉教授」称号授与式
         (2010.4.15 創価大学本部棟)

 中国・新疆ウイグル自治区の新疆医科大学(ハムラディ学長)から、創価大学創立者の池田名誉会長に、世界平和への行動と中日友好への貢献を讃え、同大学第1号の「名誉教授」称号が贈られた。授与式は15日、東京・八王子市の創価大学本部棟で行われ、来日した新疆医科大学の李斌党委書記から、代理の山本創大学長に証書が託された。この日、名誉会長の真心の漢詩が李党委書記一行に贈られた。


李《こう》党委書記の授与の辞

広く深い平和哲学は世界の知恵の精髄‼

 百花繚乱の4月に、高名な創価大学を訪問し、貴大学の創立者である池田大作先生に対し、本学で第1号の名誉教授称号を授与できますことは、大変に光栄なことであります。
 池田大作先生は、著名な平和主義者であり、社会活動家、文学者、哲学者、教育者であります。
 先生は、ソフトパワーの対話の力を提唱され、世界平和と人類の幸福のために四方を駆け巡り、民族、文化、宗教を結び、人々の意思の疎通と相互理解のために尽力されました。
 また数多くの国家指導者と対話を重ね、対談集などの著作を出版してこられました。こうした著作は内容が大変に豊富で、広く、そして極めて深いものであり、まさに人類の知恵の精髄であります。
 先生の崇高なる精神とご行動を賞讃するため、世界中の国際機関が賞を贈り、20数カ国が国家勲章を授け、世界の600以上もの都市が名誉市民称号を授与しているのです。
 池田先生は、創価大学、創価学園、東洋哲学研究所などの教育・文化機関を設立されました。そして、社会に有為なる、人間性と実力を備えた人材の育成に、全力を傾注してこられました。先生の教育理念は、世界中の教育機関から大変に高い賛同を得られ、モスクワ大学、ボローニャ大学、中国社会科学院など、名だたる大学・学術機関から名誉学術称号を授与されておられます。
 また池田先生は多才な芸術家であり、詩歌にも精通されているのをはじめ、写真家としても優れ、世界の各地で写真展を開催しておられます。その作品は、自然界の美しさを写し出すなかで、平和の尊さを宣揚しており、そこに込められている意味は余りにも深く、人々を啓発するものです。
 池田先生は、中国人民の古き良き友人であり、中日国交正常化を早くに提唱された方です。訪中は10度。わが国の指導者、無数の人民から熱烈な歓迎を受けておられます。
 また創価大学は、日本で最初に新中国からの留学生を正式に受け入れた大学です。そして今、創価大学と中国の若き俊才たちが、互いに手を取り合い、中日両国そして世界の平和のために努力を重ねている姿は、私たちのような教育に携わる者たちに、どれほどの喜びとなり、励ましとなっていることでありましょうか(大拍手)。
 池田先生はまた、中日両国間の文化、芸術、教育などの分野の交流においても、多大な貢献をされました。
 中国政府や文化機関は、相次いで、「中国芸術貢献賞」「理解・友誼 国際文学賞」など、多数の顕彰を授与しています。
 北京大学や南開大学、マカオ大学、新疆大学などに代表される100もの中国の大学・学術機関もまた、先生に名誉教授・名誉博士・名誉学長の称号を贈っています。
 そこに池田先生への尊敬と信頼、また先生が指導される平和・教育・文化の理念の普遍的な価値と偉大な力を見ることができます。
 全人類の幸福のために、新疆医科大学は、1956年に創立されました。約1万9000人の学生がおり、6割近くが少数民族です。
 本学は、新疆の医学の人材育成を使命とする総合医科大学で、新疆の医療機関の中心的な人材のほとんどが、本学の出身です。
 本学は、長きにわたり徳と才を兼ね備え、徳育を先とし、人間の育成を本とする教育を根本の理念とし、学生たちは「大医精誠(偉大なる医師は大誠実なり)」、「医乃仁術《いだいじんじゅつ》(医は仁術なり)」、
 「大愛無窮《だいあいむきゅう》(大いなる愛はつきること無し)」との高い精神境涯を確立してまいりました。
 こうした教育の方向性は、池田先生が訴える理念、推進してこられた事業と全く同じであり、内包する哲学は相通ずるものがあります。
 本日、池田先生に本学の名誉教授にご就任いただき、本学が目指す「博愛」「平和」「奉仕」についてご指導くださるならば、必ずや大きな成果を生み出すことでしょう。
 そして、本学が美しき精神をもった人材を陸続と輩出し、医術で人々に健康を送りゆくことは、民衆に幸福をもたらし、無量の功徳を生ずる、善なる行為であると確信します。
 以上のことを鑑み、新疆医科大学の全教職員を代表し、池田先生に、本学の名誉教授称号を授与するものであります(大拍手)。
 結びに、池田先生、香峯子夫人のご健康とご多幸を心からお祈り申し上げます。そして創価大学の未来がさらに美しくありますよう、心から祈り、私の挨拶とさせていただきます(大拍手)。

池田名誉会長の謝辞(代読)

民衆のために大誠実で尽くせ

 一、はじめに、昨日(14日)の朝、貴・中国の青海省で起きました大地震に際し、心から、お見舞いを申し上げます。
 亡くなられた方々のご冥福を、深くお祈り申し上げます。とともに、一人でも多くの人命の救助と、一日も早い復興を果たされることを、強く願っております。

素晴らしき新疆
 一、本日は、わが心に輝く、はるかな新疆の天地より、英明な先生方をお迎えすることができました。
 今、私の胸には、周恩来総理も大切になされていた、新疆を讃える歌曲が響いてきます。
 「我らが新疆は
  素晴らしき所よ
 天山の南北は
  良き牧場
 ゴビの砂地は
  良き畑へと変わり
 積雪溶けて
  農場に灌《そそ》ぐ
 我らが
  美しさ田園
 我らが
  愛おしき故里よ」
 この愛する新疆の人民の健康と命を守り、大いなる活力を引き出し、理想の郷土の建設へ貢献しておられる学城こそ、貴・新疆医科大学なのであります(大拍手)。
 心より尊敬申し上げる李斌《りひん》党委書記、また楊文明《ようぶんめい》芸術総監ならびに貴大学の諸先生方。
 そして、お懐かしい新疆ウイグル自治区博物館の馮斐《ふうひ》教授。さらに、貴国からお迎え申し上げている交換教員の先生方、留学生の英才の皆様。
 本日、私は、文明を結ぶ要衝に立つ「医学の最高殿堂」より、栄えある知性の称号を賜りました。
 貴大学の崇高なる歴史と伝統を命に刻みつつ、厳粛に拝受させていただきます。誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

開拓者の大情熱を受け継ぐ学府
 一、貴大学は、7世紀の貴国の名医・孫思邈《そんしばく》の至言「大医精誠(偉大なる医師は大誠実なり)」を毅然と掲げておられます。
 そして大学の中心の広場には、貴国をはじめ、人類史に仰ぎ見る医学者たちの群像の彫刻が置かれているとうかがいました。
 それは、古代ギリシャの名医ヒポクラテス、高名なウイグル医薬学者ハツパイ、「神医」と讃えられた扁鵲《へんじゃく》、さらに近代看護の母ナイチンゲール等々であります。
 この先人たちが、それぞれに示してきた「大医精誠」の精神が、貴大学には烈々と貫かれているのであります(大拍手)。
 貴大学の前身が創立されたのは、1956年。開学の際には、新疆をはじめ、各地の教職員・学生たちが使命感に燃え、それまでの優位な環境も抛って、勇み集ってこられました。そして、自ら校舎の建築やキャンパスの整備にも奔走されたのであります。
 貴大学の教授は、草創の誉れの歴史を回想されておりました。
 「我々は血と汗を流して艱難辛苦の創業に取り組み、医学院の発展のため堅固な基礎を築いた」
 「我々の世代は、子孫たちのために生涯を捧げた開拓者であり、このことに無上の誇りを感じている」
 大学建設の同じ険難の道を歩んできた一人として、私には、その真情が熱く伝わってまいります。
 貴大学は、この開拓者の大情熱を受け継がれ、「団結奉献(団結して社会に貢献)」の道を邁進し、5万人もの力ある逸材を送り出してこられました。
 近年も「中華医学賞」の連続受賞に象徴されるように、李斌書記の卓抜なるリーダーシップのもと、目覚ましい大発展を続けておられます。
 私たちは、最大の敬意を表したいのであります(大拍手)。

命ある限り前ヘ
 一、貴大学の校訓には、高らかに「厚徳博学。篤志力行(徳厚き博学の人たれ。志篤き行動の人たれ)」と謳われております。
 人格と知性を併せ持って、正義の信念の行動に徹しゆくという生命の最も正しき軌道が示されているのです。
 思えば、1974年の12月5日、周恩来総理が私を招いてくださったのは、入院中の北京の305病院でありました。
 総理は、闘病中のお体でありながら、貴国と日本の平和友好の未来を、若い私に託してくださったのです。
 お目にかかった2カ月後、総理は4時間に及ぶ手術に臨まれました。その直後に総理は手術台の側に病院の責任者を呼ばれ、ある地方の錫鉱山の労働者に肺がん発病率が高いことを指摘され、早急に問題を解決することを依頼されたのです。
 「すぐ行ってほしい」(中国歴史博物館編、林芳訳『文物で語る周恩来』東方堂)
 周総理が身をもって示され、そして貴大学が体現されているのは、「一番、苦しんでいる人民のもとへ!」「命の限りを尽くして民衆のために!」という「篤志力行」の魂ではないでしょうか。
 私たち創価教育の創始者である牧口常三郎先生は、“「医学」と「教育」は、どちらも、かけがえのない「生命」を対象とする兄弟姉妹のような応用科学”と位置づけておりました。
 それだけに教育者も、医学と相通ずる普遍的な「科学性」「技術力」を高めていく努力と研鑚とともに、どこまでも学生のために尽くし抜いていく、誠心誠意の献身が要請されるのです。これは、わが創価大学の人間教育の精神でもあるのです(大拍手)。

英知と勇気こそ新時代を開く鍵
 一、30年前、新疆ウイグル自治区のトルファン郊外のベゼクリク干仏洞から、西暦559年に書写された、誠に貴重な鳩摩羅什訳の「法華経」観世音菩薩普門品が発見されました。
 この観音品に、こういう一節があります。
 「無垢清浄の光あって 慧日《えにち》は諸《もろもろ》の暗《やみ》を破し 能く災の風火を伏《ぶく》して 普《あまね》く明らかに世間を照らす」(妙法蓮華経並開結637㌻)
 現代世界を覆う混迷の闇は深く、災難の風波も荒い。だからこそ、人類はいよいよ力を合わせて、英知と勇気と慈愛の太陽を、赫々と光り輝かせていかねばなりません。
 貴・自治区から発見された法華経は、その挑戦を促しているといっても、決して過言ではないでしょう。
 貴大学は、人類一体化の世界にあって、医学の英知の結集にあっても最先端を歩まれております。
 そして、「中国漢方医学」「西洋医学」「ウイグル医学」の三つの融合を推進されていることも、有名であります。
 李斌書記は、この点に関して明快に宣言されております。
 「互いに尊重し合い、互いを鑑にし合い、互いに結合し合い、ともに発展する道を堅持しなければならない」
 「何を為すにも、人間が決定的な要素である。団結は力を生み、調和は隆盛を生み、奮闘は大きな成果をもたらす」
 それは、「調和の世界」を目指して、新たなシルクロードを開きゆく偉大な挑戦であると、私は讃えたいのであります(大拍手)。

健康長寿の生命
 一、貴大学は日本との共同研究で、世界的な長寿地域ホータンから、長寿の秘訣を探るプロジェクトも進めてこられました。
 この研究では、ウイグル族の人々の暮らしの共通点として、楽観的な性格、バランスのとれた栄養と低カロリーの食事、規則正しい生活、高齢者を大切にする慣習などが挙げられております。
 これからの高齢社会において、いかに生き生きと健康長寿の生命を生き抜いていくか。ここにも、「医学」と「教育」が手を携えて探究すべき重要なテーマがあるといってよいでしょう。
 貴大学のハムラディ・ウフル学長は、学生たちを激励して語られました。
 「志を高めて、人生を照らせ。自らを強めて、運命をも変えよ」
 私はこの励ましを、新学年を張り切ってスタートしたわが創大生・短大生に、そのまま伝えたいのであります(大拍手)。

民衆勝利の世紀へ若々しく前進
 一、新疆の天地を訪れ、讃えた大詩人・艾青《がいせい》先生は、勇壮に詠じました。
 「私は永遠に光を讃え歌う
 光は人民に属するものだ
 未来は人民に属するものだ
 すべての富が人民に属するものだ
 光と一緒に前進し
 光と一緒に勝利し
 勝利は人民に属するものだ
 人民と一緒にいれば、向かうところ敵なし」(山口昭・張乃恒・張淑芳訳『シルクロードの十字路 新疆概覧』文芸社)
 私も、貴大学の先生方とご一緒に、「生命尊厳の光の世紀」、そして、「民衆勝利の光の世紀」を創りゆくために、一段と若々しく前進していく決心であります。
 明年、創立55周年の佳節を迎えられる貴大学に、限りなき勝利あれ! 栄光あれ! と祈り叫んで、私の謝辞といたします。
 本日は、誠にありがとうございました。
 謝謝!(中国語で「ありがとうございました」)(大拍手)

名誉会長 漢詩を贈る

新交舊友賞周櫻
疆域遙遙友好行
醫大仁術輩桃李
文武兼備懸壺心

〈大意〉

新たな友人と旧友が桜の季節に来日し、
 共に周櫻を鑑賞される。
遠く新疆の地から、遥々と
 日本へ友好の旅に訪れてくださった。
医科大学は、仁心仁術を教えて
 数多の人材を輩出され。
先生方は、文武を兼ね備えた
 医術・人格共に優れた名医であられる。

※文中には、大学名と党委書記の名前(李斌)〈「斌」の字は文と武の字〉が盛り込まれている。
2010-04-20 : スピーチ・メッセージ等 :
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中国・広西芸術学院「終身名誉教授」称号授与式

中国・広西芸術学院「終身名誉教授」称号授与式                  (2010.4.15)

 中国・広西チワン族自治区南寧市の「広西芸術学院」から、池田名誉会長に「終身名誉教授」称号が授与された。名誉会長の文化・教育交流への尽力を讃えるもの。授与式は15日、同学院で行われた「自然との対話──池田大作写真展」の開幕式典の席上、挙行され、黄格勝学長から代理である香港SGI(創価学会インタナショナル)の李剛寿名誉理事長に証書が託された。また、池田名誉会長の真心の漢詩が黄学長に贈られた。

黄学長の授与の辞

池田先生は
世界に学術機関を設立 知行合一の理念を実践


 「自然との対話──池田大作写真展」の開幕式にご出席いただいた各界の皆様に、心からの歓迎と感謝の意を表します。
 池田先生は、創価学会名誉会長、SGI会長であり、作家、詩人、教育者として、平和・環境・教育などの問題に対して様々な提言をしておられます。
 また、多くの大学で講演され、数多《あまた》の国家指導者、文化人、学者などと対談。創価幼稚園、創価学園、創価大学などの教育機関、戸田記念国際平和研究所、東洋哲学研究所、アメリカの池田国際対話センターなどの学術・平和機関、東京富士美術館、民主音楽協会などの文化機関を設立されました。
 さらに、池田先生は、『人間革命』、『21世紀への対話』(トインビー対談)、『20世紀の精神の教訓』(ゴルバチョフ対談)、『旭日の世紀を求めて』(金庸対談)など多数の著書を発刊。そのうち、多くの著作が英語、中国語など各言語に翻訳され、出版されています。
 1983年には「国連平和賞」を受賞。北京大学など世界の著名な大学の名誉教授、名誉博士に就任しておられます。
 池田先生は、教育者として先進的で深遠な教育思想をお持ちです。また、“教育の目的は、「人類はどのような存在であるか」という問題を教えることにある”との考え方を提起し、人間主義、知行合一などの崇高なる教育理念を、自ら創立された教育機関において、実践してこられました。
 池田先生は、芸術家としても、写真芸術に対して深い造詣をお持ちです。
 この度の写真展を通し、私たちは池田先生が自然に対して注がれている愛情の大きさと、優れた撮影技術に深い感銘を受けました。この写真展によって、広西芸術学院と、日本の教育界・文化界との交流を、さらに一歩深め、本学のレベルを高めてくださいました。
 そうしたご貢献に鑑み、本学は池田先生に、「終身名誉教授」の称号を授与することを決定いたしました。
 私たちは、池田先生に広西芸術学院の発展に大きな関心を寄せていただくことを念願いたします。また、人間教育の精神や理念などについてご指導こ鞭撻を賜りたく存じます。本学8000人の学生、教職員の池田先生に対する真心を、ぜひお伝えください。
 結びに、池田先生のご健康、事業の益々の発展をお祈り申し上げます。本日は、大変にありがとうございました(大拍手)。

池田名誉会長の謝辞(代読)

教育は生命開拓の芸術
人材育成の滔々たる大河を!


創立者徐悲鴻先生
君よ一生をかけて後世に高尚で有益なものを残せ


師弟の精神みなぎる広西芸術学院


 一、最初に、広西地域をはじめ、このたびの干ばつの大規模な被害に、心よりお見舞い申し上げます。一日も早い回復、そして豊作を、私も真剣にお祈り申し上げております。
 本日は、私のつたない写真の展示会を、かくも盛大に開幕していただき、感謝に堪えません。
 ご多忙のところ、多くの来賓の先生方がご出席くださり、厚く御礼を申し上げます。
 もとより専門家でもない私の作品に、このように光を当てていただき、汗顔の至りでございます。
 ただ私の胸には、貴・広西芸術学院の創立者の一人であられた。現代中国絵画の大家・徐悲鴻《じょひこう》先生の叫びが強く刻まれております。
 それは──
 「世界の各民族が、お互いに尊重し、友好をはかろうとする感情は、まず文化交流から始まらなくてはならない」(寥静文著、伊藤遊香里・上田としみ・高階惇子訳『天翔る奔馬──画家・徐悲鴻の生涯──』武蔵野書房)との達見であります。
 とりわけ、歴史を誇る「文化の都」南寧市は、チワン族を中心に40近い民族が居住する「共生の都」であられます。
 「半城緑樹《はんじょうりょくじゅ》」との言葉が示す通り、市全体の半分近くを緑が覆うほどの美しい「緑城《りょくじょう》」とも讃えられています。
 民族と民族、人間と自然の調和社会のモデルと輝く南寧の天地で、写真という広く聞かれた民衆芸術を通して、貴国の多くの方々と心の交流を結ばせていただくことができました。これはどの喜びはございません。
 誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。
 この開幕式に際して、光栄にも、偉大な文化の大城であられる貴・広西芸術学院より、最高に意義深き終身名誉教授の称号を賜りました。
 心より深く深く御礼を申し上げます。
 一、今、私の心には30年前の春4月、憧れの広西の山河を訪問させていただいた思い出が、名画のように鮮明に蘇ってまいります。
 霧雨に煙る青山緑水の桂林に、ご案内いただきました。それは、まさに「桂林の山水は天下に甲たり」と謳われる絶景の絵巻でありました。
 とともに、智慧高く心清らかな広西の方々との幾多の語らいも、忘れ得ぬ歴史であります。
 著名な書画家・篆刻家で、貴学院の教授を務めておられた李駱公《りらくこう》先生とお会いしたのも、この時であります。貴国の豊饒なる芸術の創造と教育の息吹を、私は深く感じ取りました。
 聡明な二人の薬売りの少女ともお会いしました。
 私がユーモアを込め「すみませんが、頭の良くなる薬はありませんか」と尋ねると、笑顔でこう答えてくれました。「あ、それでしたら、たった今、売り切れたところです」。その洗練された機知に皆が感嘆し、明るい笑いが広がったのであります。
 この30年、広西の素晴らしき方々の人生行路に幸多かれと、私は妻と祈り続けてまいりました。

民衆に奉仕を
 一、貴学院のそびえ立つ南寧市は、私と妻が8度の出会いを重ねさせていただいた人民の母・穎超先生の故郷でもあります。
 先生は、ふるさと広西を「英雄輩出の地」と誇りとされ、郷土の人々を「革命精神に富んだ人民」と敬愛されておりました。
 まさに先生ご自身が、この広西の革命精神の体現者であられたといってよいでありましょう。
 先生は、私ども夫婦に慈母の如く語ってくださいました。
 「若き日、恩来同志と二人で約束したことがあります。それは、人民のために奉仕するということです。死んでもこのことは同じです」と。
 先生は、かつて、教壇にも立たれておりました。
 「教育は人づくりの仕事です。このことは片時も忘れたことはありません。もし再び職業を選択するように言われたら、私は何の躊躇もなく教師を選びます」(西園寺一晃著『穎超 妻として同志として』潮出版社)とも述懐なされております。
 この穎超先生、そして周恩来総理を偲んで、創価大学に植樹した「周桜」「周夫婦桜」は、この春も爛漫と咲き薫り、貴国と日本の万代の友好の心を、若き世代に伝えております(大拍手)。

勇んで輪の中へ
 一、ともあれ、広西の天と地と人に脈打つ「革命の魂」「創造の活力」「教育の大情熱」を烈々と継承されゆく誉れの大城こそ、貴学院であられます。
 源遠流長の創立の原点が光る貴学院は、「伝統によって立ち、現在に立ち向かい、吸収しながら蓄え、事実を求め創造する」との建学の理念を掲げて、人材育成の滔々たる大河の流れを創出してこられました。
 抜きん出た英邁なるリーダーシップで貴学院を率いておられる黄格勝《こうかくしょう》学長は、「国画大師」として世界に名声轟く漓江《りこう》画派の第一人者であられます。
 学長の傑作が貴国の宇宙船「神舟6号」とともに大宇宙へと旅立ったことは、なんとロマンあふれる慶事でありましょうか。
 黄学長は、世界的な大芸術家であられるとともに、全国政協の常務委員など国家の要職にも就かれ、激務の極みにあられます。
 その黄学長が、勇んで学生の輪の中に飛び込んでおられる姿に、私は心からの感銘を禁じ得ません。
 学生たちと、ある時は食事を共にし、ある時は一緒に旅をして絵を描き、そして、ある時は共々に展覧会を開かれる。一人一人をわが子の如く慈しまれながら、才能と人間性を薫陶されているのであります。
 日本の軍国主義と戦い獄死した私たち創価教育の創始者・牧口常三郎先生も宣言しておりました。
 教育は「生命といふ無上宝珠を対象とする」ゆえに、「最優最良の人材にあらざれば成功することの出来ぬ人生最高至難の技術であり芸術である」というのであります。〈『牧口常三郎全集6』第三文明社〉
 その模範を、私は黄学長の振る舞いに、仰ぎ見る思いがするのであります(大拍手)。

心こそ大切
 一、黄学長はご自身の美の探究と創造の壮絶な戦いを、後継の青年に示しながら語られました。
 「私の勉強は『努力』というより『命懸け』でした。『厳格』というより『残酷』なほどまでに、自らに要求を課しました」と。誠に胸に熱く迫ってくる獅子吼であります。
 貴学院が国家の「芸術修士号育成組織」や「中国山水画教学団体」に選ばれるなど、大発展を遂げられていることも、よく存じ上げております。
 「心は工なる画師の如し」──6世紀、貴国の大哲人・天台智は、この経文を引きながら、「心」が一切を創り、一切を決める力であると、明確に論じられました。
 芸術においても、人生においても、「心こそ大切なれ」であります。その「心」を、いかに強く、いかに賢く、いかに正しく、いかに深く磨き上げ、鍛え抜いていくか。
 ここに、重大な人間教育の要諦があるといっても決して過言ではないでありましょう。
 この点、黄学長が学生たちに「報恩感謝の心を何よりも大切にしてほしい」と強調されていることに、私は感動を込めて賛同する一人であります。
 学長は、自ら院生時代の師匠に対して、最大の感謝を示されております。
 国家教育名教師に選ばれたことも、師の教育姿勢を受け繕いだからであると、その栄光を捧げておられるのであります。
 師弟に生き抜く人生ほど、尊いものはありません。師弟の心に徹してこそ、人間はあらゆる可能性を開花させることができるのであります。
 気高き師弟の精神が漲る貴学院から、新しき文化創造の大芸術家が、さらに澎湃と薫陶されゆくことを、私は深く強く確信してやみません。
 一、貴学院の創立者の徐悲鴻先生は、言われました。
 「人は皆その一生をかけて、後世に高尚で有益なものを残さなければならない」(前掲『天翔る奔馬──画家・徐悲鴻の生涯──』)
 本日より、私も、貴学院の名誉ある一員とさせていただき、先生方と手を携え、若き青年とスクラムを組みながら、壮麗な「平和」と「文化」と「教育」の交流の心の絵巻を綴り残しゆくことを、固くお誓い申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
 愛する広西の鵬程万里《ほうていばんり》のご繁栄、そして、わが魂の母校と仰ぐ貴学院の旭日昇天のご発展を、心よりお祈り申し上げます。
 謝謝!(中国語で「ありがとうございました!」)(大拍手)

名誉会長 漢詩を贈る

廣西山水勝天工
漓江畫派勢如虹
對話自然愛藝術
甘當教師與君同

〈大意〉

広西の山水は天の工にも勝るほど秀麗だ。
黄学長が創始された漓江画派は、
虹の如き勢いで大発展を遂げられた。
自然と対話し、芸術を愛する。
そして何よりも教育者として
青年を未来の人材へ育てていきたい。
尊敬する黄学長と私は
この真情を分かち合っている。
2010-04-20 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.12

随筆 我らの勝利の大道 No.12
              (2010.4.15付 聖教新聞)

誓い燃ゆる4月

青年の大樹よ 師弟の大地に伸びゆけ!
広布一筋の人生こそ報恩の誉れ
真の弟子の道を我は行く!


 爛漫と
  広布と幸福
    咲かせゆけ

 わが師・戸田城聖先生はいつも語っておられた。
 「広宣流布の前進は当然として、私の望むことは、尊き学会員の皆さんが健康で和楽で裕福になってもらいたいということである。
 『私はこんなによくなりました』と言われる時の嬉しさ。『まだ悪いです』と言われる時は、胸をえぐられるような気がする」
 ただただ「民衆の幸福」を願い、創価の友が一人も漏れなく大功徳に包まれることを祈る先生であられた。そのために、あらゆる手を打ち、道を開いていかれた。
 今、福運光る「人間革命」の大連帯は世界192カ国・地域に広がった。先生は、どれほど喜んでくださるであろうか。
 いまだ、経済不況は深刻である。病と闘う友もおられる。わが友のご苦労を思えば、私は一段と深く強く祈らずにはいられない。
 日蓮大聖人は、「ただ世間の留難来るとも・とりあへ給うべからず、賢人・聖人も此の事はのがれず」
 「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとな(唱)へゐ(居)させ給へ」(御書1143㌻)と仰せであられる。

最後は必ず勝つ!

 途中にどんなことがあっても、最後は必ず勝てるのが「変毒為薬」の妙法である。「絶対勝利」の信心を燃え上がらせ、明るく朗らかな前進をお願いしたい。わが友が晴れ晴れと幸福を勝ち取っていくことが、恩師への報恩であるからだ。
        ◇
 忘れまじ
  無量の慈愛を
    胸に秘め
  広宣流布の
    宝剣《けん》を掲げて

 それは、昭和33年の4月3日。戸田先生のご逝去のまさに翌日であった。
 池袋の豊島公会堂で、本部幹部会が行われた。この開催は、先生の強い強いご意志であった。
 実は、3月1日から大講堂落成を祝す記念の行事が1カ月続くこともあって、理事長たちは本部幹部会を1回行わないことを、先生に具申した。
 ところが、先生は厳しく叱られた。何があろうが、本部幹部会を断行することを決定なさったのである。
 「創価学会」という偉大な慈悲と勇気の活動体を回転させる力は、絶対に滞らせてはならないとの、烈々たるご指導であった。
 もしも、本部幹部会が先送りされていたら、悲しみの会員を電光石火で励ますこともできなかった。
 諸葛孔明の如く、死してなお、戸田先生は峻厳なる指揮を執ってくださっていたのだ。
 この席上、私は、全青年部を代表し、「仏教をならはん者 父母・師匠・国恩をわするべしや」(同293㌻)との「報恩抄」の一節を心に抱いて登壇した。
 ──師匠・戸田先生から訓練を受け切った我ら青年部がある限り、何ものにも絶対に負けない!
 こう宣言したあと、「師恩に報ずることが弟子の道である」と訴えた。いな、師子吼したのである。
 「畜生すら恩を知る。いわんや人身においてをや。いわんや仏法を学せんものにおいてをや。弟子として恩を知らねばならない。
 ならば、今度は先生にどのようにご恩返しをしたらよいか──我々弟子としての問題は、そこに尽きる」

「感謝の人」は光る

 感謝を忘れず、報恩に徹すれば、自ずから為すべき行動は定まる。必ず無限の勇気と智慧が、滾々と湧き起こってくるのだ。
 感謝の人は光る。報恩の世界は栄える。
        ◇
 師恩に報いるとは、師の誓願である広宣流布を断じて成し遂げてみせるとの、強い責任感に立つことだ。
 師匠が「わが命より大切」と言われた学会の組織を厳然と護り抜くことだ。そして現実の上で、勝利の旗を美事に打ち立てることだ。
 当時、私は30歳。役職は青年部の室長、渉外部長である。理事長など、年長の先輩幹部は何人もいた。
 自分が正論を言っても、聞いてもらえない局面は、いくらでもあった。
 だが「広布の責任感」においては、立場や役職の上下は関係ない。平等だ。
 自分がいれば「先生!」「先生!」と叫び抜き、いずこであれ、師弟一体の勝利の息吹を満々とみなぎらせてみせる! 広宣流布の輝く大道を開いてみせる!
 この一人立つ勇気が、師恩に報いる第一の要件だ。
        ◇
 君たちの
  正義の前進
    あな嬉し
  偉大な弟子に
     未来は盤石

 恩師のご逝去直後、世間は学会に対し、“戸田会長時代とは違って積極的なものは出せまい。守りに入って停滞するだろう”“空中分解か”等と嘲笑した。
 私を中心に、恩師直系の青年部は奮い立った。
 悲嘆に暮れて、戦う学会精神を失い、破折精神を萎えさせてしまえば、恩師の心を忘れた姿である。
 “攻撃は最大の防御”だ。
 学会を護るとは、最大の折伏精神を燃え上がらせることにほかならない。
 青年が立つのだ。満天下を驚嘆させる、若き勢いを見せつけるのだ!
 わが青年部は、いついかなる時も、広宣流布の舵を握り、荒海を越えて、民衆の幸福の大船を運んでいく責任を担い立つのである。
        ◇
 非難中傷の嵐のなか、誰よりも悔し涙を流したのは、恩師の真実を肌身で知っている無名の庶民であった。誰よりも学会精神をみなぎらせ、勇敢に正義を叫び抜いてくれたのも、恩師の励ましを支えに境涯を開いてきた庶民である。
 第一線で健気に奮闘する婦人であり、壮年であり、男女青年であった。
 いつもは偉ぶったり、インテリぶったりして、威張っていた幹部が、一番おどおどしながら、狡猾に動揺を押し隠していた。
 英国の作家スコットの一節に、痛烈な叱咤があった。
 「きたない卑怯ものめが! 風が吹きつのると、奴め、ひるんで舵をとる手をはなすのか」
 そんな臆病な醜態を、戸田先生がご覧になったら、「二乗根性!」いな「畜生根性!」と叱責され、吹き飛ばされたであろう。

増上慢にはなるな
 「二乗」とは、十界の衆生の中の「声聞」と「縁覚」のことである。
 声聞とは「仏の声を聞く者」、縁覚とは「縁によって覚る」という意義である。元来、二乗の出発点は、正しき法を求め、身命を賭して、仏道修行を貫く仏弟子の実践にあった。
 したがって本来は、二乗それ自体が、「師弟求道の心」に燃え上がる存在であったといってよい。
 特に、法華経の会座に列なる声聞たちは、師匠と共に、他者のために、仏の声を説いて聞かせる行動に目覚めていくのである。
 さらに涅槃経には、「真の声聞とは、仏法を破壊する怨敵と断固として戦う我が弟子である」(御書236㌻など、趣意)とも説かれている。
 つまり、二乗といっても、そこには命懸けの師匠への求道があり、命懸けの師弟の共戦があることを知らねばならない。
 では、なぜ、爾前権経において、二乗が「永不成仏《ようふじょうぶつ》」などと弾呵されたのか。
 それは、小乗の教えに執着し、大乗を求める心を忘れてしまったからである。師匠を求め抜く姿勢を忘れた時に、慢心が強くなってしまったのだ。
 大聖人は、経文を引かれ、「恩を知り恩を報ずること能わず」「解脱の坑《あな》に堕して自ら利し及以《およ》び他を利すること能わず」(同191㌻)と示されている。
 要するに二乗には、我慢偏執の心が盛んで、根強い増上慢の命がある。利他の心がなく、自分の利益に執着する。そして師匠に恩を受けながら、恩に報いようとしない。
 その不知恩の命のゆえに、仏は繰り返し叱責された。仏法の師弟とは、それほど峻厳なのだ。法華経において、その二乗に初めて成仏の記別が与えられる。
 二乗の弟子の歓喜は、どれほど大きかったか! そして師匠への報恩の思いが、どれほど深かったか!
 「世尊は大恩まします」「一切もて供養すとも 皆な報ずること能わじ」〈世尊(師匠)には大恩がございます。我らがすべてを捧げ尽くしても十分に御恩返しできたとはいえません〉──二乗の弟子は、こう言って、永遠の報恩の戦いを誓願するのである(法華経信解品)。
        ◇

 虚栄なる
  侘しき人々
   下に見て
  ダイヤの如き
     我が身を磨けや

 社会が停滞し、官僚主義や形式主義がはびこってくると、とかく人間の実質よりも学歴や肩書が物を言う世相になりがちだ。
 しかし、社会的地位と人間の真の偉さは、全く別物である。いわんや、仏法の透徹した眼《まなこ》から見れば、世法上の肩書など、成仏とは全く関係ない。
 毎日毎日、真面目に、信・行・学の仏道修行を貫き通していく人が偉いのだ。
 自他共の幸福のため、広宣流布のため、一生懸命に戦い抜く庶民が偉いのだ。
 いかに悪口罵詈を浴びようが、師弟の真実を叫び抜き、創価の正義を広げ抜く学会員が偉大なのだ。
 それを、自分には学歴や肩書があるなどと鼻に掛け、お世話になった庶民を侮る心があれば、爾前経で呵責された、増上慢の二乗にも劣る。
 だからこそ、戸田先生は、幾度となく厳格に戒められていた。
 「いわゆる『二乗根性』で、自分は学者である、優秀である、誰よりも深い学識があると思い、増上慢となった者も、やがて退転するだろう」
 「他の人の幸福を考えない。自分一人の安心立命を、何よりも大事にする。悪を責めず、人を善に導こうともしない。
 すなわち、二乗根性とは──利己主義の小善人を意味する。菩薩界、仏界の衆生救済という大局観において、邪魔になる人物である」
 ともあれ、師弟共戦で広宣流布に我が身を投じてこそ、初めて二乗の増上慢を破り、自己の小さな境涯をも打開していけることを、絶対に忘れまい。

民衆と固い握手を

 世界一
  平和のスクラム
    堂々と
   私も君も
    歴史の主役と

 先月、フィリピン共和国の名門ラモン・マグサイサイ工科大学より、フェリシアノ・ロセテ学長ご夫妻、またゾシモ・バタッド客員教授をお迎えした。
 この大学が名前に冠するマグサイサイ大統領は、「民主主義の救い主」「大衆と共にある人」等と讃えられる。1953年に大統領に就任。戸田先生も敬愛してやまなかった。当時、大統領にも、聖教新聞をお送りしたことが懐かしい。
 マグサイサイ大統領は、徹底して民衆の中に飛び込み、民衆の声に耳を傾け、民衆に尽くしていった。
 “私は、土のついた手をした農民と、握手をするのが好きです。油のついた手をした機械技師と、握手をするのが好きなのです”と語り、一人一人と固く握手を交わした。
 気どって大言壮語するよりも、真面目に誠実に民衆に奉仕し、一つ一つ具体的な結果を出すことを重んじていくリーダーであった。
 「公職にいる我々全員が、民衆の召使である」とも、断言しておられた。
 この人間指導者の精神を受け継ぐ大学から拝受した名誉教授の称号を、私は、恩師・戸田先生に捧げるとともに、創価の誉れの庶民の英雄と分かち合わせていただきたいと思っている。
        ◇
  わが弟子と
   共に誉れの
     師弟不二
    邪悪を倒して
      勝ちまくれ

 思えば、私が戸田先生からいただいた、「追撃の手をゆるめるな!」との最後の指示を皆に伝えたのも、ご逝去翌日の本部幹部会であった。
 3月の末、総本山で、所化頭が、年少者をいじめていた。常々、学会を悪口している恩知らずであった。
 この人物と、青年部は敢然と戦った。悪を糾弾し、猛省を迫ったのである。
 その報告を戸田先生に申し上げたところ、先生は毅然と厳命されたのだ。
 「いいか、一歩も退いてはならんぞ、追撃の手をゆるめるな!」
 将来の先の先まで見通され、宗門内部に巣食う腐敗堕落とは断固戦えとの、甚深の指導であった。
 私は声を奮って訴えた。
 「この先生のご指示を、広宣流布の日まで、わが青年部の闘争の源泉としていくことを決意としたい」

師の精神を叫んで

 この人生
  師匠と共に
      幸福抄

 「恩師の精神を、ただ叫び続けて、この生涯を送ろう」──師の正義を叫び抜き、偉大な青年の大城を築き上げることが、私の人生のすべてとなった。
 恩師が亡くなり、厳しく注意する人がいないのをよいことに、私利私欲のために学会を意のままにしようとした悪人も出た。
 広布の大願を忘れ、臆病、怠惰になり、保身に汲々とする古参幹部もいた。
 横柄な態度で君臨し、新しい力の芽を摘み、前進の足を引っ張る者もいた。
 聡明な庶民は、そうした増上慢の輩を鋭く見破り、私と共に戦ってくれた。
 熱血の青年が、私の後に敢然と続いてくれた。
 新生の創価学会は、この若々しき正義の熱と力で築かれてきたのだ!
 恩師逝いた直後の「大白蓮華」に、私は“戸田先生と青年部”の宿縁を記した一文を寄せ、その末尾に誓いを込めて綴った。
 「大樹一度《ひとたび》倒れたが、大樹の根に連なる、若き青年部の樹木がすくすくと育ち、やがて大空を覆う日も間近であろう」──
 この誓いは、間断なき50年の大闘争を経て、今や全地球を包む、壮大な地涌の青年の森となった。
 わが後継の青年部は、恩師の「立正安国」の大願を受け継ぎ、平和と正義の人材の林立を、さらに潑剌と広げてくれている。
 創立80周年、第3代会長就任50周年の春、人類の希望と光りながら、創価桜は爛漫と咲き誇った。
 「花は根にかへり真味《しんみ》は土にとどまる」(同329㌻)とは、「報恩抄」の結びの御金言である。
 わが心の大地であられる戸田先生へ報恩を果たしゆく誇りに、弟子の生命は歓喜踊躍する。
 さあ、創価の弟子よ、青年たちよ! 私と共に、「万年の外・未来までも」(同㌻)、広宣流布へ威風堂々と前進しようではないか!

 師弟不二
  生死不二なる
   君なれば
  断固と勝ち抜け
   創価のためにと

 スコットの言葉は『アイヴァンホー』菊池武一訳(岩波書店)。


おことわり:「随筆 我らの勝利の大道」はSEIKYO NET で連載が始まりましたので、本サイトにおいては今回で掲載を終了致します。
2010-04-15 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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忘れ得ぬあの瞬間 第14回

忘れ得ぬあの瞬間
名誉会長と共に80周年へ
    (2010.4.13付 聖教新聞)

第14回 初の学生部総会

一日も悔いを残すな

 「私は、学生部の皆さんにお会いすると、希望がわいてくる。皆さんを信頼し、尊敬しています」
 快活な32歳の新会長。
 世田谷区民会館に詰めかけた若き学徒の顔が、ぱっと明るくなった。
 1960年(昭和35年)6月26日に行われた第3回学生部総会。
 池田名誉会長が第3代会長に就任してから初の総会である。
 開会前、「形式は抜きにしよう。学生諸君とは、あくまで実質的に話し合おう」と、自ら胸章をはずして臨んだ名誉会長。
 「私の青春時代は、貧しく、そのうえ病弱で、いつ死ぬかわからぬ体であり、十分に勉強することもできませんでした……」
 率直な言葉が、友の心にストレートに響く。
 「しかし」──名誉会長の声に力がこもった。
 「恩師・戸田城聖先生と巡りあい、訓練を受け、信心を全うし抜いてきたために、今は、『私は日本一の幸福者である』と確信をもっています!」
 嵐のような拍手がわき起こる。
        ◇
 名誉会長は、学生部結成の時から、恩師のもと、あらゆる手を尽くして、俊英たちを育てた。激励し、激励し、激励し抜いた。
 若き心に「大目的の柱」を打ち立てたい。どんな学生が信心しているのか、どんなことで悩んでいるのか、逐一、教えるようにと学生部の幹部に求めた。
 彼らは毎日、10人、20人と学生部員に会っては、名誉会長に伝えた。
 お腹をすかしている学生はいないか。心を砕く名誉会長。学業で挫折しそうな友がいれば、「皆で応援を」とアドバイス。
 「あの学生は、今どうしているか」と心配することも、たびたびだった。皆、宝の人材として、名誉会長は克明に覚えていた。
 個人指導に徹し、御書を通して励ました。一人また一人と感激して立ち上がり、英知光る「戦う学生部」の伝統がつくられた。
        ◇
 1960年、日米安全保障条約の改定への反対運動が大規模に広がった。
 4月、東京大学に入学した学生部員。一向に授業は始まらない。正門にもバリケードなどが築かれた。
 高まる反対運動の波。連日の街頭デモ。国会デモ。
 しかし6月23日、新安保条約が発効。その3日後が学生部総会であった。
 権力への、やり場のない怒り。矛盾をはらむ社会を変革する道は、どこにあるのか。煩悶する中、学生部総会に参加した──.
 歴史を顧みれば、学生部の誕生は、権力悪との対決の真っただ中であった。
 真実の平和と民主主義を勝ち取る闘争。それが学生部の使命なのである。
        ◇
 全国各地から総会に集った学生部員たち。名誉会長の叫びは、気迫に満ち、若き魂を揺さぶる。
 ──偉大なる宗教には、燃え上がる信仰が必要である。情熱あふれる信仰で、一切の文化建設に、自分自身の生活の勝利に、全力をあげていきたい。それが、正しい人生観であると、私は信ずるものです。
 人の何倍も勉強し、人の何倍も信行学を実践した人が、大勢の人を指導していける。今は、その実践期です。一日も悔いのないよう、信心を根本として進んでください。
 そして、皆さん自身が幸福になるとともに、人々を幸福にしていく社会のリーダーになっていただきたいのです──
 目を輝かせる参加者。
 そうだ、人間が変わらなければ、何も変わらない。民衆の力を、もっと強めよう。そのために学会の庭で思う存分、戦おう!
 名誉会長が会場を出る。一歩一歩、階段をおりる。待ちかまえる学徒の列。
 ありがとう──声をかけながら、名誉会長は、一人一人に慈眼を注ぐ。
 創価の英才が日本中、世界中で、民衆のために活躍する姿を胸に描きながら。
2010-04-15 : 忘れ得ぬあの瞬間 :
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創価学園/創価小学校入学式へのメッセージ

創価学園/創価小学校入学式へのメッセージ
   (2010.4.8 東西創価学園・東西創価小学校)

 教育界の「希望の太陽」と輝く、東京・関西の創価学園で8日、入学式が挙行された。映像と音声で両キャンパスを結び、東西一体となっての式典。創立者の池田名誉会長は祝福のメッセージを贈り、「わが愛する君たちよ、健康王たれ! 希望王たれ! 努力王たれ! 情熱王たれ!」と呼びかけた。また同日、東西の創価小学校の入学式、札幌創価幼稚園の入園式が開かれ、創立者が万感込もるメッセージを寄せた。

創価学園 東京校第43回/関西校第38回入学式への創立者のメッセージ

学べ!学べ!正義のために
勉学は青春の特権


良書に親しめ 語学に挑め
自分らしく大いなる使命の道を


 一、東京校43期、関西校38期の最優秀の英才の皆さん、希望に燃え立つ入学式、誠におめでとう!
 私が創立した創価学園へ、本当にようこそ!
 私の世界の友人たちからも、わが学園生への最大の祝福と期待のメッセージが、多数、寄せられております。
 保護者の皆様方におかれましては、先の見えない厳しい経済不況のさなか、大切な大切なお子様方を学園に送り出してくださり、心から感謝申し上げます。
 私も、学園のさらなる発展に、総力を挙げてまいります。

スペインの建築家
「英知は富であり、宝である」


絶対に「親孝行の勝利者」に!
 一、スペインのガウディという大建築家は「英知は富であり、宝である」(鳥居徳敏編・訳・注解『建築家ガウディ全語録』中央公論美術出版)という言葉を残しております。
 どんな財宝よりも、若き生命に積んだ英知のほうが尊いのであります。そこから無限の価値が生まれます。
 新入生の皆さんは、お父さん、お母さんの大恩を忘れず、この学園時代、思う存分に「英知の宝」を学び取って、絶対に「親孝行の勝利者」となってください。
 きょうは、このことを固く約束しよう!
 皆さん一人一人のことは、すでに私の心に深く入っております。全員とがっちり心の握手を交わす思いで、メッセージを贈ります。

ねばり強く頭脳を鍛えよ 負けじ魂を燃やせ

労苦の時こそ成長のチャンス
 一、まず申し上げたいことは、「勉学は青春の特権なり」という一点です。
 私は、創価学園の創立者として、世界中の指導者と対話を広げ、愛する学園生の躍り出る晴れ舞台を開いてきました。
 その中でも、格別に深い友情を結んだ一人が、南アフリカ共和国のマンデラ元大統領であります。
 卑劣な人種差別と戦い抜き、27年半、1万日もの間、不当に牢獄に入れられても断じて屈しなかった「人権の巌窟王」です。
 マンデラ氏は、その過酷な牢獄にあっても、真剣に学び続けました。
 語学の習得にも挑戦された。獄中にあっても大いに読書に励まれました。そこには、私の書いた文章も含まれていたのです。
 学ぶことは、何ものにもかえ難い人間の尊厳の証しです。
 学ぶことは、人間として最も誇り高い権利であり、特権なのです。
 学ぶことによって、わが生命に秘められた偉大な力を引き出せる。
 学ぶことによって、正義のために戦い、人々を幸福にできる。
 学は、「金宝《きんぽう》(金の宝)」にして、「金華《きんか》(金の華)」であります。
 もちろん勉強も難しくなり、思うように進まない時もあるでしょう。しかし、それは、より大きな英知を光らせていくチャンスなのです。
 私が往復書簡を交わした、脳科学者の茂木健一郎博士も「脳が苦しいと感じているときには、神経細胞が盛んに活動」していると指摘され、苦労した分だけ「確実に脳が鍛えられている」と言われています(『脳と創造性』PHP研究所)。
 ともあれ勉学は粘りです。粘り強く努力を続けた人が必ず勝っていくのです。

「読書は心の宇宙を広げる」
 一、世界の名著にも、大いに挑んでいただきたい。
 先月、学園に来校された、南米ベネズエラの大教育者グアリスマ総長(アラグア・ビセンテナリア大学)も強調されました。
 「本は、人間の頭脳にとって森の巨木のようなものである。早く植えれば植えるほど、時とともに大樹へと育ち、実がなる。森は成長し、快活な場所になる。読書をした分だけ、人間の中の宇宙が広がる」と。
 私も全く同感です。
 特に学園時代の良書との出あいは、一生を照らす光です。

歴史をつくれ!
 一、語学への挑戦もお願いします。
 私は、インド近代農業の父スワミナサン博士と、現代の情報社会にあっては、英語の果たす役割が一段と高まっていることを語り合いました。
 皆さんの大いなる使命を果たすため、勇んで英語に取り組んでください。それだけ、世界が広がります。
 結びに、インドネシアの女性解放の先駆者カルティニが胸に刻んでいた言葉を贈り、私のメッセージといたします。
 「闘いのあとに勝利が、苦難のあとに喜びがくる」(シケイスマンダリ・スロト著、舟知恵・松田まゆみ訳『民族意識の母 カルティニ伝』井村文化事業社)
 私の誇りであり、生き甲斐である学園生たちよ!
 人と比べて一喜一憂などするな!
 自分らしく胸を張って進め!
 失敗しても、くよくよするな!
 朗らかに勇気を奮い起こし、未来を見つめて強くなれ!
 わが愛する君たちよ、健康王たれ! 希望王たれ! 努力王たれ! 情熱王たれ!
 さあ、負けじ魂で、私と一緒に、大勝利の歴史をつくろう!


  「学園桜」爛漫の4月8日朝
             創立者 池田大作

創価小学校 東京校第33回/関西校第29回入学式への創立者のメッセージ

全員が勇気の子に

元気にあいさつする勇気!
たくさん本を読む勇気!
親孝行をする勇気!


 新一年生の皆さん、ご入学おめでとう。わが創価小学校へ、ようこそ!
 大事な大事な皆さん方が、きらきらと目を輝かせて入学してくることを、私は指おり数えて、待ちに待っていました。
 ご家族の皆さま方、大切なお子さまを送り出してくださり、本当にありがとうございます。心よりお祝い申し上げます。
 これから、楽しい楽しい学校生活が始まります。大切なのは、勇気の心、負けない心を持つことです。朝早く起きるのも勇気です。勉強をするのも、友だちに親切にするのも、すべて、勇気が必要です。
 皆さんは、全員が「勇気の子」になってください。
 きょうは、三つの約束をしましょう。
 一つめに、「元気にあいさつする勇気を持とう」。
 偉くなる人は皆、大きな声で、すがすがしいあいさつができる人です。
 二つめに、「たくさん本を読む勇気を持とう」。
 本を読む人は、世界中を冒険することができます。
 良い本は頭を強くし、心を大きくしてくれるのです。
 三つめに、「親孝行の勇気を持とう」。
 皆さんのことを誰よりも大切に思ってくれている、お父さん、お母さんに、親孝行のできる人になってください。
 そのためにも、元気に学校に通い、勉強に挑戦することです。
 皆さんは全員が、私の一番の宝です。これからの6年間、皆さんが健康で、無事故で、良い友だちがたくさんできるよう、そして立派に成長するように、私は、毎日祈り、見守っていきます。
 元気な皆さんにお会いできる日を、楽しみにしています。
 きょうは、本当におめでとう!
2010-04-10 : スピーチ・メッセージ等 :
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栄光の日々 13 新潟

栄光の日々 名誉会長と我らの人生 13
                (2010.4.10付)
勇気の旗高く 新潟

越後の旅路 われは忘れじ

 「さあ、12年分やるよ!」
 力強い第一声だった。
 昭和58年(1983年)4月14日。新幹線開通から半年の真新しい新潟駅に、池田名誉会長が降り立った。12年ぶりの訪問である。
 降りた瞬間から、祈って動いて書いて話して、友の心に勇気の炎を点す「黄金の4日間」が始まった。
 到着した夜の新潟県総会。早速、認められた和歌が、次々と紹介される。
 「勇気」──気迫みなぎる揮毫を染め抜いた「県旗」も発表された。
 翌15日の勤行会で、名誉会長は語った。
 「信仰者の第一条件は“勇気”です!」
 「勇気ある実践にこそ、生き甲斐がある。幸せのためにも、勇気がなくてはならない」
 勇気は、号令されて出せるものではない。人の真心を受け取った、心の温かみの中から、わき上がるものであろう。
 豪雪も、震災も乗り越え、創立80周年の「5月3日」へ晴れ晴れと前進しゆく「勇気の新潟」。その源泉は紛れもなく、名誉会長の励ましにある。
        ◇
 “白鳥の湖”として知られる瓢湖(阿賀野市水原《すいばら》)の畔は、春霞の中に、爛漫の桜が、ことのほか美しかった。
 4月16日午後。名誉会長が車から姿を現す。
 「先生! お待ちしておりました!」。弾む声がした。
 十数人の地元・水原の友が「その時」を信じて集まっていた。名誉会長が過去に2度、訪れたことがあったからだ。
 大きく手を広げ、名誉会長が歩み寄る。
 「記念撮影をしましょう!」「皆さん、いい顔で撮れていますよ」。温かな笑いと感激が広がった。
 今春、94歳の長寿を全うした高野リンさんもこの時、励ましを受けた一人。
 「健康でいるんだよ。僕も祈るから、おばあちゃんも祈るんだよ」。何度も両手で頬を撫でてもらった。出会いを宝として、生きて生き抜いた。
 名誉会長は、続々と集まってきた同志の一人一人に声をかけ、手を握り、写真に納まった。
 そして、この日に詠んだ。

 白鳥を
  見つめ しばしの
    語らいに
   友の真心
     胸に飛びたつ

 後日、名誉会長は、白鳥が羽を休めるための“休養島”や、傷ついた白鳥のための“保護収容舎”を寄贈している。
 水原白鳥本部の有志も、この出会いの前年から28年間、ゴミの回収等の環境保全活動を地道に続ける。
 瓢湖で白鳥が越冬するようになって、今年で60年。
 餌付けに成功し、その礎を築いた一人の吉川繁男さん(故人)は「池田先生に休養島をいただいた。白鳥たちが喜んでいるよ」と感謝を語っていた。
 島を“池田島″と呼んで讃えた町の有力者もいる。
        ◇
 名誉会長が、昭和58年の滞在中に認めた揮毫は計50枚。14日の県総会の後も、15、16、17日と連続で、新潟池田文化会館の勤行会に出席した。
 出発直前には「皆さんへの感謝のしるしに」とピアノ演奏もプレゼントした。
 しかも、それが終わりではなかった。山形へ向かう急行「べにばな4号」の車中から、新発田、坂町、越後下関と、列車が駅に止まるたびに、ホームの同志に手を振り続けた。
 文字通り、新潟駅から、山形との県境を列車が過ぎ去るまで続いた、激励また激励の4日間。
 名誉会長は、万感を込めて綴った。

 限りなく
  ああ満開の
    桜花
   越後の旅路
    われは忘れじ
2010-04-10 : 栄光の日々 :
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フィリピン キャピトル大学 ラウレアナ・ロサレス 教育・人道賞 授与式

4・11「ヤング・ミセスの日」記念大会/フィリピン キャピトル大学「ラウレアナ・ロサレス 教育・人道賞」「栄誉賞」授与式       (2010.4.7 創価世界女性会館)

 フィリピン共和国が誇る人間教育の最高学府キャピトル大学から、同大学創立者の名を冠した「ラウレアナ・ロサレス 教育・人道賞」が池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に、「栄誉賞」が香峯子SGI会長夫人に贈られた。平和への尽力と青年育成への貢献を讃えたものである。授与式は7日、4・11「ヤング・ミセスの日」記念大会に続いて、東京・信濃町の創価世界女性会館で行われ、キャピトル大学のカシミロ・フアレス学長、学長夫人のフェ・フアレス首席副学長が出席。証書と記念盾が池田博正SGI副会長に託された。

ラウレアナ・ロサレス 教育・人道賞の証書

生命尊厳の時代へ!
響き合う創立者の魂


 池田博士は、平和を展望して、人格形成や社会への貢献という哲学に生涯をかけて献身してこられ、今日、そのメッセージは世界中に広まりました。
 それは、キャピトル教育システムの創立者ラウレアナ・ロサレスに驚くほど類似する生き方であります。
 10代で経験した第2次世界大戦から、戦争がもたらす破壊的、そして無意味な惨事を目の当たりにした池田博士は、人間同士の争いの原因を取り除くべく、生涯を平和への戦いに捧げてこられました。
 池田博士の文化交流および平和と教育への貢献は、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校で講演をされた1974年を出発として、世界から多くの賞讃を集めることとなりました。
 1980年代と1990年代には、博士はアジア、ヨーロッパ、アメリカ大陸で、約30の大学・学術機関において、平和と教育をテーマに、その地域の文化と歴史に立脚した講演をされました。
 平和を築くための基礎として、常に「対話」の重要性を提唱される博士の基本理念は、「生命の尊厳こそ恒久平和と人類の調和の根本である」ということです。
 博士は教育を通して文化の対話を現実のものとされました。それは、キャピトル教育システムの創立者の生涯と行動を貫いたものと同じ道徳的価値観です。
 よって、ここに「ラウレアナ・ロサレス 教育・人道賞」の第1号を教育者、平和の建設者、哲学者であられる池田大作博士に贈らせていただきます。

キャピトル大学 栄誉賞の証書

明るく強い心と尊き他者への献身

 池田香峯子夫人の親しみやすさこそ、世界平和促進への貢献であります。
 少女時代から、夫人は模範の生徒でありました。詩人でもあられました。創価学会の74人の草創の女子部の1人でもありました。
 香峯子夫人のモットーは、夫・池田博士が平和運動に誠心誠意尽くせるように、自身が家庭の全責任を担うというものです。
 その明るさ、静かなる気品、そして困難に直面した時の信仰心の強さを通して、他者のことを気遣う夫人は、広く人々に知られております。
 池田博士はかつて、「妻に感謝状をあげるとしたら、『微笑み賞』でしょうか」と語っておられました。
 家庭人、母、そして妻として、世界平和の促進に貢献するべく、静かなる、しかし強い決意を貫かれる、池田香峯子夫人に対して、キャピトル大学の「栄誉賞」を贈呈させていただきます。

SGI会長の謝辞(代読)

平和こそ母たちの祈り
教育で幸福の世紀を!
聡明な女性の生き方が人類の未来を開く


青年に勝利の種を
ロサレス女史のモットー「決して夢を諦めるな」


 一、仏典には、「母の恩の深いことは、大海も、かえって浅いほどである」と説かれております。
 誠に、この世に母ほど尊いものはありません。
 私も、日本中、そして世界中の素晴らしいお母さま方と、忘れ得ぬ出会いを重ねてまいりました。一回一回が黄金の歴史と光っております。
 その中でも、私が最大の尊敬と感謝を込めて、「“世界第一”のお母さん!」と申し上げた母君がおられます。その方こそ、貴キャピトル大学の偉大な創立者、ラウレアナ・ロサレス先生なのであります(大拍手)。
 6年前、お迎えした折の語らいが、今も鮮やかに蘇ってまいります。まさに、貴国フィリピンの世界一美しい太陽のように、光り輝く笑顔のお母さまであられました。
 このロサレス先生のお名前を冠した栄誉ほど、尊く、ありがたく、胸に深く染み入る励ましはございません。
 この「“世界第一”のお母さん」から賜りました、あまりにも意義深き栄冠を、私と妻は、きょう、ここに集い合ったヤング・ミセスの代表をはじめ、世界192カ国・地域の婦人部の皆さま方とともに、謹んで拝受させていただきます(大拍手)。

戦争という蛮行を繰り返すな!
 一、ロサレス先生と私の世代は、10代の日々に、第2次世界大戦の残酷と悲惨を痛切に体験いたしました。
 なかんずく、ロサレス先生は、1942年、あの残虐きわまる日本車による「バターン死の行進」から生存された一人であられました。
 炎天下のもと、何の罪もない市民や捕虜が、100㌔もの道のりを歩かされ、2万人もの尊き命が奪われたといわれる悲劇であります。
 4月9日は、「バターン死の行進」で犠牲となられた人々を悼む「勇者の日」であります。
 私も妻も、仏法者として、全犠牲者の追善回向を懇ろに行わせていただいております。
 この「死の行進」を、母上とご一緒に生き抜かれたロサレス先生は、“人類は二度と、このような蛮行を繰り返してはならない。そのためには教育しかない”と心に定められました。
 先生は戦後、苦学に苦学を重ね、さらにまた、ご主人とともに、理想の実現のために、努力また努力を貫いていかれました。
 それは、20代、30代と、まさにヤング・ミセスの年代に刻まれた崇高な奮闘の歴史であります(大拍手)。
 一、人類の歴史を振り返れば、戦争のゆえに、どれほど多くの母たちの悲しみの涙が流されてきたことか、計り知れません。
 最愛の長男を戦争で失った私の母も、その一人でありました。
 ひたすらに平和を願ってやまぬ、無数の健気な母たちの祈りを、わが心として立ち上がられたのが、ロサレス先生であられます。
 先生は、貴キャピトル大学をはじめ、多くの教育機関を設立されました。その尊き生涯を、教育という究極の聖業のために捧げてこられたのであります。
 ロサレス先生は語っておられました。
 「私には、平和という『夢』があります。
 『死の行進』の生き証人である私は、たとえ小さな力であっても、平和の達成へ、人生を捧げることを誓いました」
 「不可能に見える壁もあります。しかし、私は決して負けません」
 「『平和の実現には教育しかない』──これが私の信念だからです」
 なんと気高き誓いでありましょうか。そして、なんと荘厳な人生でありましょうか。
 戦争は「生命」を奪い、「人間」を不幸に陥れ、「社会」を破壊する極悪の魔性であります。
 それに対し、教育こそ「生命」を輝かせ、「人間」を幸福へ高めて、よりよき「社会」を建設しゆく究極の正義であります。
 それゆえに、ロサレス先生は、人間の“善性”を薫発し、その無限の可能性を引き出しゆく「全体人間教育」を、貴大学の理念に掲げ、実践されたのであります(大拍手)。

一人を大切に! 一人を励ませ!
 一、「平和」といっても、遠くにあるのではない。 どんなに地道に見えても、一人を大切に、一人を励まし、一人を強く賢くしていくことであります。
 そこにのみ、平和の世界が確実につくられていくからであります。
 今、ヤング・ミセスの皆さんは、家事や仕事や子育てなど、さぞかし目まぐるしい現実生活でありましょう。
 しかし、その中で、一歩も引かず、友のため、社会のため、心を合わせて真剣に、大目的の達成へ、力の限りを尽くして行動しておられる。これこそ、最も価値ある平和の創造なのであります。
 貴国フィリピンの大英雄ホセ・リサール博士は、若い女性たちへの教育にも力を注がれました。
 それは、なぜでしょうか。
 「子どもたちを育む女性が、卑屈で無知である限り、その国民は、名誉も繁栄も、望むべくもない」からであります。
 人類の未来は、ひとえに、聡明にして誇り高き女性たちの活躍にかかっているのであります。
 ここ創価世界女性会館にもおいでいただいたロサレス先生は、語ってくださいました。
 「世界は今、さまざまな困難に直面しています。人々が分かち合い、助け合う世界を築かねばなりません。そのためには智慧が必要です。私は、これこそが、『創価』の使命であると思っております」と。

何かを植えれば必ず収穫できる
 一、フィリピンの英知の格言に「何かを植えれば、必ず、収穫できる」とあります。
 ロサレス先生は、未来に生きゆく青年の心に限りない希望と勇気と勝利の種を蒔いていかれました。
 出会う学生たちにも、慈母のごとく、「元気ですか?」「今、どうしていますか?」等々と、声も惜しまず語りかけていかれました。そこには、「たった一言でも、激励になりますから」という、一期一会の深き真情が結晶していたのであります。
 その心を継承されるフアレス学長も、「元気に活躍する教え子と会うときが、一番うれしい」と語られております。
 フアレス学長ご夫妻が、創価大学からの留学生を、わが子のように、温かく迎えてくださっていることも、感謝に堪えません。
 今、ロサレス先生の薫陶を受けた卒業生たちは、貴国はもとより、世界中で活躍されております。現在、海外で活躍される卒業生の一人も、先生を心から偲ばれておりました。
 ───美しい心が輝くロサレス先生とお会いできたことを、決して忘れません。新しい英雄をつくるために、先生が成し遂げてくださったことに、心からの感謝を捧げます──と。
 先生が命を賭して蒔き続けてこられた種は、これからも、どれほど美しい花を咲かせ、どれほど豊かな実を結ぶことでありましょうか。
 ロサレス先生は勝ちました。尊き教育の母は、永遠の勝利を飾られました。そして、その高邁な志は、学長ご一家に厳然と受け継がれております。
 私たちもまた、先生の歩まれた、「人」を育て、「人」を結びゆく大道に続いていこうではありませんか!(大拍手)

「挫折を味わうから強い人間に」
 一、「女性の世紀」の鑑たるロサレス先生が、若き世代を勇気づけていかれた言葉を、私は世界の友にお伝えしたい。
 「失敗を経験し、挫折を味わうからこそ、強い人間になれる」
 「決して自分の夢をあきらめないでください」
 「私の辞書に『敗北』という文字はない」
 「今日、為しうることを、明日まで延ばすな!」と。
 明年、貴キャピトル大学も、わが創価大学も、栄光の創立40周年を迎えます。
 尊敬する学長ご一家と共々に手を携え、ロサレス先生が掲げられた恒久平和の夢に向かって、さらに力強く、教育と人道の勝利の道を前進しゆくことを固くお誓い申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
 マラミン・サラマッポ!(フィリピン語で「本当にありがとうございました!」) (大拍手)
2010-04-08 : スピーチ・メッセージ等 :
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四川省社会科学院「名誉教授」称号授与式

中国・四川省社会科学院「名誉教授」称号授与式
        (2010.4.5 創価大学本部棟)

 中国・四川省社会科学院から池田名誉会長に「名誉教授」称号が贈られた。日中友好への傑出した貢献を讃えたもの。晴れの授与式は5日、東京・八王子市の創価大学で挙行され、同学院の侯水平《こうすいへい》院長から、代理の山本創大学長に証書が託された。また、名誉会長が詠んだ“友誼の漢詩”が、同学院に贈呈された。

侯《こう》院長の授与の辞

 桜花爛漫の美しきこの時、大いなる喜びを胸に、世界に名だたる創価大学を訪れることができました。四川省社会科学院を代表し、尊敬する池田大作先生を、名誉教授に招聘申し上げます。
 池田先生は世界的に著名な教育者であり、哲学者、文学者、そして平和の建設者です。人間教育と知的対話、世界平和を推進する行動は、世界中から高く評価されています。
 なかでも、先生が最も心血を注いでおられるのが教育です。
 先生は、“未来をつくる主体は人間であり、人間をつくる事業が教育である”と信じ、“教育は、人間に内在する無限の可能性を啓発、鍛錬し、価値創造へと向かわせる”との考えから、世界に創価教育の学校を創立しました。
 また、大学は才能を開発し人格を形成する最高学府であり、人類と社会への貢献、世界の平和と繁栄を担うものであるとの理念から、1971年、創価大学を開学されました。
 開学にあたり、創立者の池田先生は、大学の建学の指針として、「人間教育の最高学府だれ」「新しき大文化建設の揺藍たれ」「人類の平和を守るフォートレス(要塞)たれ」を掲げました。
 また、学生には「労苦と使命の中にのみ人生の価値は生まれる」との信念のもと、“世界の平和と民衆の幸福という使命を忘れず、真摯に学問に励む労苦の中で、創造的人間が生まれる”と指導してこられました。
 この教育理念は、世界中の人々から賛同を受け、広く知られています(大拍手)。
 創価大学は、池田先生の教育理念と建学の精神を原点とし、一貫して世界の大学と交流を推進し、今では、五大州の40カ国以上100を超える大学と関係を築いています。
 特に感銘を受けるのは、創価大学が日本でいち早く北京大学との学術交流を結んだ大学の一つであり、初めて新中国から正式に国費留学生を受け入れた大学であるということです。その後も、中国の30に及ぶ大学と交流を結び、中日の教育・文化に優れた貢献をしてきました。
 池田先生は、卓越した人間性、創価教育の理念と実践、ならびに深い学識と高尚な人格で、世界的に名声を博し、300近くの学術機関から名誉学術称号を受章しています。
 本日、先生が創立された創価大学を訪れ、40年以上にわたり中日友好のために奔走し、両国の教育交流に多大な貢献を果たした先生に名誉教授称号を授与させていただくことは、交流をより深めると共に、両国人民の友好にとって意義深いことであります。
 池田先生への名誉教授称号の授与は、誠に光栄であり、学院の全研究者と職員への励みでもあります。心からの敬意と感謝を申し上げます(大拍手)。
 中国南西部、長江が流れる四川の地は、山河秀麗にして、物産に恵まれ、著名人を多く輩出し、古《いにしえ》より「天府の国」と誉れ高い名で呼ばれています。
 四川省は、西部の経済・文化・資源・観光における優れた省であり、中国の改革開放と現代化建設の総指揮者であった小平閣下の故郷として知られ、西部の大開発と現代化建設に重要な役割を担っています。
 四川省社会科学院は、豊かな「巴蜀《はしょく》文化」に根差した歴史文化の都市・成都に位置しています。
 2008年5月、東京富士美術館で「大三国志展」が開催されましたが、成都はまさに三国時代の蜀の都なのです。先生が高く評価する諸葛亮も、蜀の丞相です。
 四川は古来より、非常に教育を重視しており、2000年以上前に中国で最初の地方政府により創立された官立学校「文翁石室《ぶんおうせきしつ》」も成都の地にあります。
 他にも、古蜀の「三星堆《さんせいたい》」や「金沙《きんさ》」の遺跡、世界遺産に登録をされた「都江堰《とこうえん》」や「青城山《せいじょうさん》」があります。
 池田先生は、四川が生んだ文豪である巴金先生や郭沫若先生と心通わせ、友誼を結んでおり、その言葉を青年に送ってきました。
 さらに、忘れることができないのは、四川大地震の際に、創価学会や創価大学の学生から非常にご心配をいただき、ご支援いただいたことです。2年の復興事業が完成しつつあることを、先生ならびに皆様に報告し、ご安心いただくとともに、感謝申し上げたいと思います(大拍手)。
 四川省社会科学院は1978年に創立されました。15の研究所とセンター、研究生の学院を有し、『社会科学研究』『経済体制改革』『農村経済』『毛沢東思想研究』『中華文化フォーラム』『中国西部』『現代人材』『経理日報』などの刊行物をもっています。
 数十年にわたる発展を経て、現在では「地域経済研究」「民商法学・経済法学の研究」「小平理論の研究」「農村経済」「中華伝統文化」「四川地方史」「巴蜀文化」「チベット地域の研究」「中国哲学の研究」「人力資源開発の研究」などの取り組みで、各省の社会科学院のなかでも、大きな影響力をもつ研究機構の一つになっています。四川省にあっては総合研究センターとして、経済社会発展の分野でリーダーシップをとっています。
 学術の自由を堅持し、理論を新たに生み出すことを奨励し、門戸を広げ、社会に貢献することこそ、私たちが長きにわたり掲げてきた教育と研究の指針です。
 また、国際教育交流を重視し、日本をはじめ、ベトナム、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、韓国、シンガポール、オランダなどの大学や研究機関と学術交流関係を結んでいます。
 池田先生には、四川省社会科学院に訪問いただき、講演を賜りたく、心からご招待申し上げます。そして、創価大学との交流が推進されることを心から念願します。
 結びに、池田先生・奥様のご健康とご長寿を心からお祈り申し上げるとともに、創価大学の益々の発展を心から念願し、挨拶といたします(大拍手)。

池田名誉会長の謝辞(代読)

民衆と共に! 民衆のために
諸葛孔明が愛した四川の王道の理想に学べ


三国志「大事を済すには必ず人を以て本となす」
不屈の英知の人材城を
時の流れ 人の心をつかむのが真の指導者


 一、わが憧れの四川は、古より、「天下の秀麗」「天下の雄大」「天下の深遠」等と謳われてきました。
 「三国志の大英雄」諸葛孔明も愛してやまなかった、この四川の都・成都から、輝きわたる英知の指導者の先生方をお迎えすることができました。
 「20世紀の諸葛孔明」と仰がれた周恩来総理と穎超先生のお心を継承しゆく「周桜」も、「周夫婦桜」も、長い冬を勝ち越えて、今、万朶と咲き誇っております。
 先生方、本当にようこそお越しくださいました。幾重にも意義深き「友誼の春」を飾らせていただくことができ、これほどの喜びはございません。
 本日、私は、中国の大発展の道を開いてこられた知性の大城、四川省社会科学院から、最高に栄えある名誉教授の称号を拝受いたしました。
 厚く厚く御礼を申し上げます。誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

豊かなる天府
 一、私たちは青年時代、恩師である戸田城聖先生のもとで、貴国の「三国志」の歴史と物語を教材として、「人間学」「指導者論」「教育論」「組織論」などを大いに学びました。なかでも、一つの焦点は現在の四川に当たる「蜀」でありました。
 『三国志』の蜀書には、「大事を済すには必ず人を以て本となす」(宮川尚志著『三国志』明徳出版社)と記されております。
 恩師は“蜀の王道の理想を受け継げ! 勝利を開く諸葛孔明の信念と知恵に学べ!”と力説されました。四川は、まさに私たちの仰ぐべき人間主義の都と光り輝いてきたのであります。
 1968年、日中国交正常化提言の中でも、私は、貴国と英国との先駆的な協力事業が進められていた四川の天地に触れさせていただきました。
 この豊かなる天府(天然の要衝)の地・四川にあって、「天納三才(天は天・地・人の三才を納む)」の大境地に立ち、そして「府興百学(府は百学を興す)」の大目標へ進みゆかれる知力の殿堂こそ、貴・社会科学院であります。
 本日の栄誉を、四川を敬愛し、また桜の大好きだった恩師に捧げさせていただけることは、私にとって、何よりの報恩の劇となりました。先生方、誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

大地震を越えて
 一、ともあれ、すべては「人材」で決まります。
 知恵の力を自在に発揮して、いかなる事態にも臨機応変に対処する。そして禍を転じて福となし、危機にあっても断じて勝利を収めていく──この逆境にも負けない不撓不屈の強さこそ、諸葛孔明の重視した英知の人材の真髄でありました。
 とともに、諸葛孔明が身をもって教えていた通り、一つは「時の流れを的確につかむ」鋭い知力。そして「人の心をつかんでいく」大誠実の力を、私たちは大事にしていきたいと思うのであります。
 こうした傑出した俊英を陸続と送り出してこられたのが、1978年に創立され、「改革・開放」を牽引されるとともに、年々、旭日のごとき隆昌の姿を示しゆかれる、貴・四川省社会科学院であります。
 英邁なる賈松青《かしょうせい》党委書記、ならびに侯水平院長のリーダーシップのもと、貴・社会科学院は「人間を根本とした思想」を掲げてこられました。
 そして、第1に「大衆の利益を守る」。
 第2に「大衆路線を歩む」。
 第3に「大衆の言葉を用いる」。
 この理念を堅持して、広範な人々と深くかかわりながら、偉大なる社会貢献を果たしてこられたのであります。私たちは、最大の共感と尊敬の大拍手をもって、貴・社会科学院の足跡を讃嘆申し上げたいのであります(大拍手)。
 なかんずく、あの未曾有の四川大地震から2年──。貴・社会科学院の先生方が、皆が一番苦しんでいる地域に飛び込んで、勇猛果敢に救援、復興に取り組んでこられたことも、よく存じ上げております。
 私たちが敬愛してやまない温家宝総理が提唱された通り、復興は当初の3年の目標から2年へと加速し、今、力強く成就の時を迎えております。昨年の経済成長率も、14・5%を収め、全国を大きく上回ったとうかがっております。
 温家宝総理は、復興に戦う四川の天地で宣言されました。
 「この大災難を前に、私たちは堅強、団結、友愛、互助という八字を表すことができた」と。
 なんと荘厳な、なんと世界の希望と光る、四川の人民の勝利の金字塔でありましょうか!
 温家宝総理が、何度も四川の被災地に足を運ばれる中で、一貫して強調されたことがありました。それは、「人民の生命と財産こそが何より大切」との一点であります。
 「私たちを支えるのは人民である」
 「いま人民が必要なものを、一番大切にするのだ」
 この精神を、先頭に立って体現してこられたのが、貴・社会科学院であります。
 「民衆のために」
 「民衆とともに」
 「民衆のなかに」
 ──ここにこそ、今、あらゆる指導者、そして、すべての学究が立ち返るべき普遍原点があるのではないでしか。

侯院長
団結と知恵の力で高い峰に勇敢に登り、輝かしい歴史を


未来を照らせ
 一、私が4度の出会いを結ばせていただいた大文豪の巴金先生も、四川出身の偉人であられます。
 巴金先生は、青年をこよなく愛される指導者でした。自分が犠牲になっても、青年たちの道を開く。これが、まことの人間教育者、人間指導者の生き方でありましょう。
 巴金先生は、故郷の四川人民出版社と深き信義を結ばれ、自らが20年の長きにわたって携わった出版事業を、「作家と読者との橋梁」と誇り高く語っておられました。
 私に対しても、「文学は人の魂を築き上げる」と強調され、貴国の出版界の発展を展望されながら、力ある若き作家が育ち、出版社が良書を取り上げていると、うれしそうに語られていました。
 巴金先生は言われました。
 「戦士は、永遠に光明を追い求めるものである。
 彼は、晴天のもとに横たわりながら、陽光を享受したりはしない。逆に暗闇の中で松明を点し、人々のために道を明るく照らして、彼らが黎明に向かって歩めるようにするのである」
 自分は脚光など浴びなくてもよい。
 愛する人民の黎明の未来を照らし出すためならば、いかなる労苦も惜しまない。
 この最も偉大な知性の戦士の道を、私たちは誇りも高く、これからの若きリーダーたちに示しきっていきたいと願うのであります。
 貴・社会科学院は、災害復興、そして西部大開発という「二つの加速」に力強く挑んでおられます。
 侯院長は声高らかに叫ばれました。
 「皆が団結し、知恵を出し合わせ、高い峰に勇敢に登り、再び輝かしい歴史を創りましょう!」
 私もまた、世界の民衆の平和と安穏のため、貴国との永遠の友誼のため、貴・社会科学院の名誉ある一員として、さらなる挑戦を開始してまいる所存であります。
 結びに、四川省の益々のご発展と、貴・社会科学院の万古長青《ばんこちょうせい》のご隆盛を心から祈りつつ、私の謝辞とさせていただきます。
 謝謝!(中国語で「ありがとうございました!」)(大拍手)

名誉会長 漢詩を贈る

天府之國武侯祠
山水如晝史如詩
國家泰平人稱頌
社科院當龍頭時

〈大意〉

天府の国と呼ばれる四川には
 武侯(諸葛亮)を偲ぶ遺跡があり
山水は画の如く美しく
 歴史は詩の如く豊かである。
国家が泰平である事を人々は讃え
四川省社会科学院は
 今まさに西部大開発の事業を
 牽引する龍頭の役割を担っておられる。

※文中には、侯水平院長の名が盛り込まれている。
2010-04-06 : スピーチ・メッセージ等 :
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御書と師弟 1

御書と師弟 1
  聖教新聞社 2010.4.2刊 ¥476+税

第1回 三変土田(上)
わが一念で仏の国土に!
第2回 三変土田(下)
信心の力で人生を勝ち開け

御聖訓
心の一法より国土世間も出来する事なり
          (総勘文抄、御書563㌻)
3回にわたる浄化
未来を担う人材群
人間革命のドラマ
人類を結ぶ大瑞相
満々たる生命力で
必ず打開できる!

第3回 「御義口伝」と青年

永遠を一瞬に凝結しゆく唱題行

御聖訓
一念に億劫の辛労を尽くせば
本来無作の三身念々に起こるなり
所謂南無妙法蓮華経は精進行なり

         (御義口伝、御書790㌻)

胸中の仏の大生命
今の「一念」が勝負
「素晴らしい悩み」
若師子の大法戦
戸田先生の講義
門下よ 戦い進め!

第4回 勝利の因果
仏法は未来を創る希望哲学

御聖訓
 過去の因を知らんと欲せば 其の現在の果を見よ
 未来の果を知らんと欲せば 其の現在の因を見よ

               (開目抄、御書231㌻)

戦後の闇の中から
正義の反転攻勢へ
「未来の果」を創れ
祈りとは生命の炎
人生は強気でいけ
「本因妙の仏法」
「師弟不二」の栄光

第5回 「凡夫即極」の人間学
「庶民こそ偉大!」の大宣言

御聖訓
 釈迦仏は我れ等衆生のためには
 主師親の三徳を備え給うと思いしに、
 さにては候はず 返つて
 仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり

            (諸法実相抄、御書1358㌻)

宗教革命の勝利劇
万人に仏の生命が
「民が子」の誇りで
虚栄の弟子を叱咤
青年よ 実力で勝て
「戸田大学」の卒業生
仏法の「賢人」に
受験生に栄光あれ

第6回 仏の未来記
大聖人の未来記を学会が実現

御聖訓
 仏記に順じて之を勘うるに
 既に後《のちの》五百歳の始に相当れり
 仏法 必ず東土の日本より
 出づべきなり

         (顕仏未来記、御書508㌻)

アジアの民に日《ひかり》を
太陽の仏法は赫々
師弟不二の大闘争
必ず未来の経典に
「団結の歓喜」で進め
末法万年の基盤が
永遠の勝利劇を!

第7回 不惜身命と現代
「死身弘法」が創価三代の魂

御聖訓
 されば我が弟子等
 心みに法華経のごとく
 身命もおしまず修行して
 此の度 仏法を心みよ

   (撰時抄、御書291ページ)

必ず勝利の現証が
現代文明への指標
生命尊厳のゆえに
小我から大我へ
真面目な人が勝つ
永遠性の光を放て!
わが同志こそ尊貴

第8回 如我等無異と報恩
「師弟不二」の最高峰へ登れ

御聖訓
 我等具縛《ぐばく》の凡夫
 忽《たちまち》に教主釈尊と功徳ひとし
 彼の功徳を全体うけとる故なり、
 経に云く「如我等無異」等云云

            (日妙聖人御書、御書1215㌻)

人類の希望の法理
健気な求道の旅路
師匠と苦楽を共に
感謝の弟子が勝利
「皆を勝者に!」
巡り来る「3・16」

第9回 法華経の兵法(上)
信心は絶対勝利の利剣
第10回 法華経の兵法(下)
“正義の将軍学”を若き命に

御聖訓
 なにの兵法よりも
 法華経の兵法をもちひ給うべし。
 「諸余怨敵・皆悉摧滅」の金言
 むなしかるべからず

       (四条金吾殿御返事、御書1192㌻)

不幸の悪因を催く
仏法証明の勝利劇
社会の根本の大法則
森羅万象は戦いだ
師弟不二で勝った
十界の衆生が歓喜
庶民の心の中ヘ!
「善の力を組織化」
御書根本の団結で
一心不乱の祈りを
君よ 青年室長たれ
2010-04-06 : 教学著作 :
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創価大学入学式

創価大学入学式/アルメニア 「エレバン国立芸術アカデミー」名誉博士号称号/アルメニア芸術家同盟  名誉会員証授与式               (2010.4.2 創価大学記念講堂)

 アジア、欧州、中東と交流し、コーカサス地方の南に広がる長き歴史の国――アルメニア共和国の芸術家育成の大殿堂「エレバン国立芸術アカデミー」から、創価大学創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に「名誉博士号」が授与された。また、同国の文化推進の原動力と光る「アルメニア芸術家同盟」から「名誉会員証」が贈られた。これらは、SGI会長の世界平和の建設と、文化の発展に対する多大な貢献を讃えたものである。授与式は2日、創価大学の第40回入学式、創価女子短期大学の第26回入学式に続き、東京・八王子市の創大記念講堂で行われた。式典には、同アカデミーのアラム・イサベキャン総長、芸術家同盟のカレン・アガミャン総裁が、マレーシア全国作家協会連盟のタン・スリ・イスマイル・フセイン会長夫妻ら多数の来賓と出席した。

エレバン国立芸術アカデミー
イサベキャン総長の授章の辞


人間主義の熱き闘士
素晴らしい教育・文化活動


 深く尊敬する池田大作SGI会長。ご列席の皆様、尊敬する学生の皆様。
 私たちは、山に囲まれた太陽の国アルメニアから、海に囲まれた素晴らしい日出ずる国・日本にやってまいりました。
 このたびは、エレバン国立芸術アカデミーの名誉博士号を池田会長に授与させていただくという名誉にあずかることができました。
 会長の芸術・学術・哲学・政治の分野に及ぶ多角的なご活動は、会長が、高い理想を希求する熱き闘士であられることを物語っております。
 そのような生き方は、5000年の歴史を持つアルメニア国民の精神と共鳴するものであります。その歴史は、アララト山に漂着したとされるノアと結びついており、その山はまた、貴国の富士山とよく似ております。
 わが国は、世界のキリスト教国家の中でも、キリスト教を国教として受け入れた最初の国であります。その教えは、仏教の教えと同様に、精神性と人間主義に基づいております。
 わが国の古代文化の高い精神性は、歴史上、悲劇的な運命の打撃を受けるたびに、私たちに乗り越える力を与えてくれました。
 わが芸術アカデミーは、全人類的な文化の価値によって磨かれた伝統芸術を守ることを目指しております。
 会長のご著書を読ませていただき、また、会長のとどまることのない創作活動とご行動を知り、私たちは、その規模の大きさと会長の学識の深さに心から感嘆いたしました。
 そこで、私たちは会長を、わがアカデミーの名誉博士にお迎えしたいとの思いに至りました。会長は、矛盾に満ちた世界の未来のために人間主義を打ち立てるべく、全力を尽くしておられます(大拍手)。
 特に、会長の素晴らしい教育・文化活動に共感しております。
 さらに、会長の現代の著名な識者との対談集のテーマや、哲学書、エッセーや詩集は、信仰心や思いやりの心が薄れている現代社会に会長が深く心を痛めておられることを物語っています。
 会長がエレバン国立芸術アカデミーの名誉博士にご就任いただくことは、わがアカデミーの青年教育に大きな触発となります。
 今後、アルメニアの若き芸術家たちは、会長の人生を模範とし、困難な現代にあっても、会長が妙《たえ》なる宝と名づける人間生命を守るためには、会長のごとく毅然と闘うべきであると決意を新たにすることができるのであります(大拍手)。
 本日は、新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。晴れやかな式典にお迎えいただき、心から感謝します(大拍手)。

アルメニア芸術家同盟
アガミャン総裁の授章の辞


両国の発展・友好の道を
池田博士の哲学に学びたい


 深く尊敬する創価大学創立者・池田大作SGI会長。尊敬する教職員の皆様。尊敬する学生の皆様。
 それぞれの人生に、生涯深く心に刻まれ、これまでの人生観をいっぺんに変えてしまうような出来事に直面することがあります。
 私にとって、まさにそうした出来事が、現代の偉大な行動者である深く尊敬する池田会長と、哲学と芸術を通して出会えたことでありました。
 そして、このたび、日本という遠く離れた、素晴らしい国を訪問することができ、これほどの喜びはございません。古い歴史を保ちながら、近代的な発展を遂げる貴国は、人類の文明にさまざまな分野で大きな役割を果たしてこられました。
 そして、本日は、私にとり、また、アルメニア芸術家同盟にとり、この非凡な方、天才的な思想家、芸術家である池田会長に、アルメニア芸術家同盟の名誉会員証を授与させていただくという、大いなる名誉にあずかることができました。
 わが同盟の理事会一同、このたびの授章を大歓喜のなか決定いたしました。この偉大な方がアルメニア芸術家同盟の名誉会員になっていただけることは、私たちにとり、この上ない名誉であります。
 アルメニアと日本の国民は、それぞれ古い歴史を持つ民族ですが、これまでお互いの接点は多くありませんでした。今回、敬愛する池田会長のような世界的に著名な思想家をわが同盟にお迎えすることができ、両国は素晴らしい絆で結ばれました。今後、両国民がお互いを知り、友好を築く道が開かれたと確信いたします(大拍手)。
 近年、アルメニアは再び独立を勝ち取りましたが、現在は地政学的に複雑な状況に置かれており、領土は、かつてのわずか10分の1に縮小されてしまいました。
 国民の多くが世界各地に散っておりますが、遠い幾千もの歴史に根を張り、独自の古代文化を礎としながら、多種多様な世界文明の中で、また、すべてを飲み込むようなグローバル化の中で、自己を見失わないよう、努力しております。
 私たちにとりまして、日本の歴史は、民族の維持のみならず、あらゆる分野で見事な発展を遂げるための輝かしい手本となります。
 また、日本の発展の陰には、池田会長のような偉大な人物の存在が大きかったと確信いたします。
 私たちアルメニア人にとって、貴国から学ぶべきことは、もちろん多々あると思いますが、特に、偉大な思想家・池田会長の哲学に学び、耳を傾け、吸収していくべきであると思っております。そうすることによって、両国の交流を幅広く拡大しながら、双方の文化をさらに高め合い、友好を深めることができるのであります(大拍手)。
 重ねて、偉大なる思想家・池田大作会長にアルメニア芸術家同盟「名誉会員証」を授与させていただくという栄えある機会を頂戴いたしましたことを、深く感謝申し上げます。
 大変にありがとうございました(大拍手)。

創立者のスピーチ

世界一誇り高き青春を飾れ!
わが黄金の歴史を今日から!


君よ英知の太陽と輝け

 一、新入生の皆さん、入学、おめでとう!(大拍手)
 新入生の諸君は、手を挙げてくれますか.〈「ハイ!」と元気のよい返事とともに新入生が挙手〉
 皆さん、親孝行を頼みます! 勉学を頼みます!
 またご来賓の諸先生方、遠方より、大変にありがとうございます(大拍手)

真心に感謝!
 一、昨日(4月1日)は、マレーシア全国作家協会連盟から、「世界の偉大な詩人賞」を拝受いたしました。
 本日、ここにお迎え申し上げたイスマイル会長が授与してくださったのです。
 謹んで感謝申し上げます。ありがとうございました(大拍手)。
 〈創立者・池田SGI会長の詩歌をはじめとする文化・芸術の功績に対して、これまで、世界芸術文化アカデミーから「桂冠詩人」称号(1981年)、世界詩歌協会から「世界桂冠詩人」賞(1995年)、同じく世界詩歌協会から「世界民衆詩人」称号(2007年)の栄誉が贈られている〉

わが子以上に!
 一、新入生の皆さんが、どれほど深く、強い心で、わが創価大学、創価女子短期大学に入学してくれたことか。
 最優秀の英才の皆さん方が、勇んで、私の創立した大学に来てくれたことは、よく分かっております。
 他の大学に合格していながら、そのうえで、わが創大を選んでくれた友もいます。本当にうれしい。
 皆さんの心を、私は永遠に忘れません。また、お父さん、お母さんにも、よろしくお伝えください。
 また教員の皆さんは、学生たちをよろしくお願いします。
 創大、短大の教員は、学生を「わが子以上」に大切にし、面倒を見てもらいたい。
 教員は学生を「下」に見るのではない。学生を「上」に見るのです。
 それが「学生中心」ということです。それを実行した大学が伸びるのです。
 学生のために大学がある。世界で一番、学生を大事にした大学が、世界で一番の大学になる。それが方程式です。
 私も東洋商業(当時)や大世学院(同)の時代に、先生方から本当に大事にしていただいた。そういう思い出は、生涯、忘れないものす。
 勉強のことや家庭のことなど、学生たちは、さまざまな悩みを抱えています。
 それをよく聞いてあげて、たとえ成績が悪くても、「君には力があるのだから、心配しないでいいんだよ」と肩を叩いて、温かく激励してあげてほしい。
 根本は愛情です。
 学生・生徒に、わが子以上の愛情を注いでいくことが、先師・牧口初代会長の精神であり、恩師・戸田第2代会長の精神です。
 それが創価教育の伝統なのです。
 私自身、創立者として、仏法者として、創大生、短大生が、健康で、幸福で、立派になって、親孝行してもらいたい、勝利の人生を歩んでもらいたいと、毎朝毎晩、祈りに祈ってきました。今もまた祈っています。
 それが私の使命であり、宿命であると思っています。
 創大、短大の柱である教員の皆さん、どうか、よろしくお願いします。永遠に、この心で進んでいただきたい。皆さんから「教員革命」の模範を示していってください。
 一、きょうは、アメリカ創価大学に入学する皆さんの代表も出席してくれています。皆、おめでとう!
 遠く地方からも、創大、短大に多くの新入生を迎えることができました。本当にうれしい。感謝しています。はるか北海道の天売島から来てくれた友もいます。ありがとう!
 「学は光」の通教生の皆さんも、おめでとう! 皆、体を大切に!
 尊き留学生の皆さん、ありがとう!
 今年からインドの創価池田女子大学からも留学生をお迎えすることになりました。本当にうれしい!
 日本の学生の諸君は、留学生を温かく、また熱烈に歓迎してあげてください。よろしくお願いします。
 そして、ご家族の皆様方、心から感謝申し上げます。教員の皆さんも、ご家族に最大の感謝を捧げていっていただきたい。

親孝行であれ!
 一、新入生の皆さんは、親孝行をお願いします。
 まずお父さん、お母さんに心配をかけないことです。そしてまた、お父さん、お母さんを大切にしよう、喜ばせてあげようという心が大事です。
 そして、いつかは偉くなって、日本中、世界中に連れていってあげようというくらいの大きな心で、自分自身を磨きに磨いていってください。
 創大生の私がいれば、お父さんは安心してくれる。お母さんは満足してくれる──そういう麗しい親子関係の創大生になってください。
 一、きょう、お迎えしたイサベキャン総長とアガミャン総裁は、ともに貴・エレバン国立芸術アカデミーの卒業生であり、母校のために尽くしてこられた尊い方々です。
 卒業生が愛する母校を守り、支え、発展させ、後輩のために尽くしていく──これほど美しい、人間世界の流れはない。
 創価大学にも、創大出身の学部長が新しく誕生しました。
 経済学部の神立学部長、法学部の加賀学部長、文学部の大梶学部長です。さらに法科大学院の尹《いん》研究科長、通信教育部の花見部長が就任された。
 「学生のために」
 「後輩のために」
 この良き伝統をさらに輝かせていっていただきたい。

強くなれ!
 一、ともあれ皆さん、入学、本当におめでとう!(大拍手)。
 徹して学んで、必ず偉くなって、ご両親を安心させてあげてください。
 私も青春時代、そうしてきました。
 戦争のために、わが家は、住む家を追われ、4人の兄を兵隊にとられ、長兄は戦死した。私は、懸命に一家を支えました。大変な苦労を味わった。
 故に私は、国家悪とは戦います。戦争には絶対に反対です。
 日本は中国に申し訳ないことをした。日本は心から反省し、中国と友好を結んでいくべきだ──この信念を日大講堂で発表しました。〈1968年9月8日、学生部総会での日中国交正常化提言〉
 後に周恩来総理とお会いした時、総理は、提言のことを高く評価してくださった。
 一、私は世界中の指導者と対話し、友情を結んできました。
 マンデラ氏(南アフリカ元大統領)と初めてお会いしたのは20年前。氏が獄中闘争を勝ち越えた年です。〈1990年10月31日、聖教新聞本社で会見〉
 氏が、通信教育で学び抜いたことは有名です。
 獄中で、私の文章も読んでおられた。迫害を乗り切り、戦い勝ってこそ偉大であると、二人で固い握手を交わしました。
 その5年後、大統領として来日された氏と、再会しました。〈95年7月5日〉
 友情と信頼を確かめ合い、私はうれしかった。今も交流があります。
 きょうは、正義と人権のために闘ってきたマンデラ氏の叫びを、皆さんに伝えたい。
 「我々自身が、より強くならなければならない」
 学ぶことが、すなわち強くなることです。
 親孝行も、強い人間である証拠なのです。

不屈の魂の国 アルメニア
人類の宝の芸術を創造


自分で決まる
 一、わが新入生の皆さんに、私の大好きなアルメニアの民衆詩人チャレンツ先生の詩をお贈りしたい。
 「君の春よ、勝利に輝け!
 君の道は、すでに花々に包まれている。
 これから、この道を黄金に輝かせていくのは君自身なのである」
 きょうから、一緒に黄金の歴史を刻んでいこう!(大拍手)。
 何があっても、落胆してはいけない。心こそ大切だ。
 人生は勝たなければ損である。その方向性は、青年時代に決まってしまう。だからこそ、この学生時代が重要なのです。
 本日、お越しくださったご来賓の先生方は皆、平和と人道のため、戦い抜いてこられた闘士であります。
 この最高峰の知性の先生方が、人類の未来の希望を創価の君たちに託してくださっているのです。
 牧口先生と同年代のアルメニアの大詩人、イサアキャン先生は歌いました。
 「何かあろうとも、人間よ、誇り高くあれ」と。
 君たちは世界一誇り高き青春を進んでいる。これからも、進んでいってもらいたい。
 私はかつて、20世紀最大の歴史学者であるトインビー博士と対談をしました。話の内容が難解で、通訳が苦心していました。語学の重要性を痛感したことを覚えています。
 このトインビー博士が、“苦難に負けない強さ”の象徴として注目していた民族が、貴アルメニアでした。
 ヨーロッパとアジアを結ぶ、美しき高原の国アルメニアは、文明の十字路にあって、数限りない侵略や迫害にさらされました。大変な苦しみを昧わってこられた。
 しかし、どんな災難にも、貴国は絶対に屈しない。常に世界へ人材を送り出し、人類の宝の芸術を見事に創造してこられたのです。
 この不屈の魂を烈々と受け継がれる先生方から、本日、私は何よりも尊い栄誉を賜りました。
 厚く厚く御礼を申し上げます。誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

イサベキャン総長の信念
「父母に応えゆく人生を!」


ダ・ヴィンチ
地球は成長する精神を持っている
一日一日、成長! 一歩一歩、挑戦!


民衆こそ大切
 一、エレバン国立芸術アカデミーは、第2次世界大戦後の荒廃の中、民衆と芸術家の力によって創立されました。民衆こそ大切です。芸術家こそ大切です。
 その創立の功労者の一人が、世界的な画家であり、哲学者であられたイサベキャン総長の父君であります。
 総長は、ご両親の信念をわが信念として、「父母に応えられる人生を生き抜こう」と学びに学び、努力を貫かれました。
 勉学は親孝行です。努力は親孝行です。君たちも、ご両親が心から喜んでくださる学生生活を頼みます。
 総長と同じく、アルメニア芸術家同盟のアガミャン総裁も、崇高な使命光る大芸術家として、親孝行を果たしてこられました。
 総裁が最も尊敬される偉人は、創価大学にも像が立つ、レオナルド・ダ・ヴィンチであります。
 新入生の皆さんはダ・ヴィンチのことは知っているでしょうか。ぜひ、自分で研究してみてください。一つ一つ、何でも学んでいく。これが本当の勉強です。
 私も青年時代、師匠である戸田先生のもとで、毎朝のように勉強した。日曜日も、徹底して学びました。
 このダ・ヴィンチの有名な言葉に「地球は成長しようとする精神をもっている」(チャールズ・ニコル著、越川倫明ほか訳『レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯』白水社)とあります。少し難しい言葉かもしれないが、よく思索してもらいたい。
 若き君たちの生命は、一日一日、毎日が成長である。一月一月、前進である。一年一年、創造なのです。
 全員が、勝利の人生を飾ってもらいたい。ご両親も、友人も、そして大学の先輩や後輩たちも喜ぶような、素晴らしい人生を送ってもらいたい。
 地味ではあっても、心が光る勉強と努力をし抜いてください。

学べ!平和と正義のために

挑戦の勇気を!
 一、アルメニアが生んだ大音楽家・ハチャトゥリヤン先生は、青年に訴えました。
 「怠惰は鉄がさびるように、人間の創造性をさびつかせてしまう」(寺原伸夫著『剣の舞 ハチャトゥリヤン──師の追憶と足跡──』東京音楽社)と。
 人生は怠けてはいけない。それでは人間は磨かれない。頑張ろう!
 残念ながら、今の時代は、安易な遊び半分の風潮が、蔓延しています。
 それに流されてしまえば、自分が後悔を残すだけであります。
 大事な君たちだ。思うようにいかない時も、一歩また一歩と、前へ踏み出す挑戦の勇気を燃やしていくことを、絶対に忘れないでいただきたい。
 風潮に流されて、遊び半分では、人生の最後に負けてしまう。本当の勝負は、最後の5年間がどうかである。
 私は、総長と総裁のお二人が大切にされるアルメニアの不滅の獅子吼を、君たちに伝えたい。
 それは、5世紀の貴国の哲人の叫びであります。
 「命を賭して戦う者こそが、永遠の生命を得る」
 まさに正義のため、恐れなく戦い抜く勇気です。
 勉強も正義です。そして勇気こそ、教育の根幹であります。
 創価教育の創始者である牧口先生と戸田先生も、また弟子の私も、平和と正義に命を捧げてきました。
 そのために私は勉強しました。
 『創価教育学体系』を発刊された牧口先生、『推理式指導算術』などを著した戸田先生という大教育者の英知を受け継いできました。
 この弟子のつながりがあったゆえに、私は勝ちました。
 平和と正義──そのための勉強です。そこに永遠の勝利がある。
 断固として、皆さん方も、正義と平和の道、そして親孝行の道に続いてください。
 頼みます!〈会場から「ハイ!」と元気な返事が〉

学ぶ時は今
良書を読め 語学を磨け


時を逃すな
 一、きょうは、偉大なマレー文学の父であられる、イスマイル会長ご夫妻と、再会を果たすことができました。
 本当にありがとうございます。うれしい!(大拍手)
 会長は人間のための芸術に尽力された。世界の民衆の心を結んでこられた。
 その原動力として、若き日、「学問探究のチャンスは今だ。時を逃すな」と決意して、学び抜かれたことは、あまりにも有名であります。
 君たちも、今が学ぶ時だ。
 本当に学んだ人間が偉くなる。中途半端では、乱世を勝ち抜くことはできません。
 語学も断じて習得してもらいたい。
 語学があれば、活躍の舞台が広がります。世界でさえ、狭く感じられる。
 人類の宝である良書も読破し抜いていただきたい。
 そして、お世話になった方々のためにも、成績優秀で卒業してください。

時代の要請は「コミュニケーションの力」
「他者との対話」が生命を開花


太陽の如くあれ 自身の道を貫け
 一、激動の社会で強く要請されている力は何か。
 それは、「コミュニケーション(他者との対話)の力」であります。
 この点については、先日、日本を代表する月刊誌「中央公論」に掲載された、私と、若き脳科学者・茂木健一郎博士との往復書簡でも、一つの焦点となりました。
 自分の中だけでは創造性は育たない。脳科学から見ても、異なる世界と触れ合うことで、脳は学習をすると指摘されております。
 要するに、他者と誠実な対話を重ねる人は、創造的な生命を常に光り輝かせることができるのです。
 君たちは、世界に開かれた、この創価の学舎から、大事な留学生の皆さんとともに、生き生きと朗らかに、平和と勝利の大連帯を広げ創っていってください。
 終わりに、太陽の国アルメニアの大文豪トゥマニャン先生の詩を、愛する大切な諸君に捧げたい。
 「太陽の如くあれ!
 自身の道を貫け!
 厚き暗雲を突き抜けて、常に威風堂々とあれ!
 君には、光明をもたらすために生き抜く使命があるのだ」
 貴国の永遠の栄光と平和を、心からお祈り申し上げます。
 ご来賓の先生方、また保護者の皆様方のご健勝をお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
 ありがとうございました(大拍手)。
2010-04-04 : スピーチ・メッセージ等 :
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栄光の日々 12 埼玉

栄光の日々 名誉会長と我らの人生 12
                (2010.4.2付 聖教新聞)
正義の人材の城 埼玉

時代を動かす確信の声を

 歴史は舞台を選ぶ。
 地と人と時を得て、革命はなる。
 降り続いた雨はあがった。緑濃き森を抜けると、フランスのロワール地方を彷彿させる、気品漂う庭が。舞台は、そこにあった。
 陽光に映える満開の桜。花びらが舞う中、ピアノに向かう池田名誉会長。
 「熱原の三烈士」と“大楠公”の力強い音律は1500人の大合唱と共に青空へ響き渡った。
 1978年(昭和53年)4月15日、大宮市内(現在のさいたま市)で行われた埼玉文化合唱祭。
 美しきハーモニー、躍動の太鼓──同志の熱演の数々に、名誉会長が演奏で応えたのである。
 鮮やかな桜色の舞台は、設営担当の男子部員らが、雨に打たれながら仕上げた。皆が会場の整備や草むしりに当たった。随所に友の真心が光っていた。
 「民衆運動が興隆する時には必ず歌がある。埼玉は、見事に先駆を切ったね!」と名誉会長。
 合唱祭は、埼玉から三重、長野、北海道、愛知、関西など全国へ。第1次宗門事件の烈風の中、民衆の底力を満天下に示していった。
 反転攻勢の82年(同57年)9月には、国内初の世界平和文化祭。91年(平成3年)12月には、魂の独立直後の本部幹部会。21世紀を開く99年(同11年)9月の文化大総会。埼玉は民衆運動の堂々たる本舞台である。
        ◇
 「ロワール」──その淵源を繙けば、埼玉の使命が見えてくる。
 ロワールとは、フランス・パリから150~200㌔ほど離れたロワール川流域を指す。豊穣な大地に絢爛の文化遺産が点在する。
 15~17世紀、不安定な政情から、パリが精神的退廃の危機に。この時、ロワールが文芸復興のみずみずしい息吹を送り、フランス・ルネサンスの原動力となったのである。
 名誉会長は73年(昭和48年)、欧州を歴訪。フランスでは、パリから列車で2時間をかけ、ロワールを訪れている。
 帰国後、名誉会長は埼玉の友に呼びかけた。「妙法のロワールたれ!」と。
 埼玉が、東京を、日本を、そして時代を動かすのだ。
        ◇
 御書講義に通った川越をはじめ、羽生、朝霞、志木、熊谷、川口、浦和・与野(現在のさいたま市)、上尾、所沢、三郷、戸田、日高等、名誉会長の埼玉訪問は実に66回。金の思い出は友の胸奥に輝く。
 師弟に生きる人はぶれない。その絆の真贋は“いざという時”にわかる。
 58年(同33年)4月2日、戸田第2代会長が逝去。名誉会長が第3代会長に就任したのは60年(同35年)5月3日。その間、約2年の“空白”がある。
 「学会は空中分解する」と騒ぐ世間。同志は憂いに沈んだ。
 その時、決然と声をあげたのが埼玉の青年部だ。
 「早く第3代の会長を推戴すべきである。学会の首脳たちは、何をしているのか! 第3代会長の推戴を急げ!」
 「偉大な第3代は、戸田会長以来、明確に決まっているではないか! 早く、手続きを開始せよ!」
 この大確信の声が学会首脳を突き動かし、広布の夜明けを開いたのである。
 本年は、名誉会長の会長就任50周年。それは、師弟に生き抜く埼玉の正義の50周年でもある。
 時代変革の大潮流は埼玉から! 新たな師弟の圧勝劇を世界が見つめている。
2010-04-02 : 栄光の日々 :
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