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御書と青年 4/5 勇気

池田名誉会長が語る青春勝利の指針
御書と青年 4/5 勇気 
              (2010.2.28/29付 聖教新聞)

師弟不二こそ無上の勇気の源泉

「はつらつたる女子部の振る舞いは地域の太陽です。皆に希望を贈る光です」

御聖訓
日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず
君よ師子王の心で立て


佐藤青年部長 この3月、青年部は弘教と友情の対話を全力で広げました。多くの新入会者も誕生しております。
 いよいよ、池田先生の第3代会長ご就任50周年の「5・3」へ、青年の正義の大連帯を最大に築き上げてまいります。
池田名誉会長 ありがとう! 若き君たちの熱と力で、水平線から朝日が昇るように、新しい時代が到来しました。
 日蓮大聖人が、どれほど、お喜びであられるか。
 御聖訓には、「一句をも人にかたらん人は如来の使と見えたり」(御書1448㌻)と仰せです。
 広宣流布のため、立正安国のため、声を惜しまず語る。これほど崇高な青春はない。
熊沢女子部長 先生の御指導の通り、祈って、動いて、語れば、必ず道が開けます。
 広島県のある部長は、常に明るいあいさつを心がけてきました。ある日、通勤のフェリー乗り場でいつも会う方から、「どうしてそんなに明るいのですか」と声をかけられました。そこで彼女は勇気を出して、「私は創価学会員です。だから、いつも元気なんです!」と堂々と答えました。するとその方は「私も、ぜひ、あなたみたいになりたい。学会について教えてほしい」と言ったそうです。
 これには彼女のほうが驚きました(笑い)。そこから対話が始まり、先月、この友人は晴れて入会しました。
名誉会長 素晴らしい。はつらつとした女子部の振る舞いは、地域の太陽であり、社会の太陽です。殺伐とした時代にあって、皆の心に明々と希望と勇気を贈る光です。
佐藤 今、新入会の友からも、「信心をして、明るく、前向きな自分に変わっていくのを日々、実感しています」等と、喜びの声がたくさん届いています。
名誉会長 うれしいね。それが「初信の功徳」です。温かく面倒を見てくれる先輩たちの功徳も、大きい。
 ともかく、信心は「勇気」です。かけがえのない青春を、悔いなく勝ち抜いていく原動力も、勇気である。その勇気を無限に発揮していけるのが、日蓮仏法なのです。
熊沢 はい。そこで今回は「勇気」をテーマに、御書に仰せの「師子王の心」、また「池田華陽会歌」で歌われている「太陽の心」について、お伺いしたいと思います。
名誉会長 大文豪ゲーテは綴った。
 「勇気を失ったのは──すべてを失ったことだ!」
 個人であれ、団体であれ、勇気がなければ、厳しい現実に勝てない。時代の濁流に呑み込まれてしまう。
 「師子王の心」「太陽の心」──これが学会精神です。この心で、学会は社会に勇気凛々と打って出てきた。だから勝ったのです。
 大聖人は、「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(同1282㌻)と断言なされています。
 臆病であれば、どんなに偉大な仏法を持っていても、何事も成就しないと、大聖人は厳しく戒めておられる。

御書の通りの大難
佐藤 対話に挑戦するヤング男子部のメンバーから、「勇気が大事だとわかってはいるんですが、なかなか勇気を出すことができません。どうしたらいいでしょうか」との質問がありました。
名誉会長 根本は題目です。「広布のために、勇気を出させてください。相手に真心が通じるように!」と真剣に祈ることです。
 そして大事なのは、先輩や同志と一緒に活動することです。一人では、なかなか勇気は出ない。それが人間です。
 大変な時は励まし合う。うれしいことがあれば共に讃え合い、前進していく。そのための学会の組織です。
 何でもいい。一歩を踏み出すことだ。苦手な人に、笑顔であいさつができた。これも勇気です。「面倒だな」と思うけれども、頑張って会合に参加した。これも勇気です。その一歩から、自身の人間革命も大きく進んでいく。
熊沢 「勇気」こそ一生成仏の根本要件であると、先生は教えてくださっています。
名誉会長 臆病では、三障四魔を破ることは絶対にできない。恐れる心、臆する心、退く心があれば、そこに魔は付け込み、攻め入ってくる。
 いざという時に「師子王の心」で戦い切る。それで初めて仏になれる。このことを、大聖人は命に及ぶ流罪の大難のなか、「佐渡御書」で宣言なされています。
佐藤 はい。その御文を拝読させていただきます。
 「悪王の正法を破るに邪法の僧等が方人をなして智者を失はん時は師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし」(同957㌻)との仰せです。
名誉会長 大聖人は迫害の構図を鋭く喝破されている。すなわち、僭聖増上慢である嫉妬の坊主らと権力の魔性の結託です。この魔の軍勢が、正義の智者を亡き者にせんと襲いかかってくるのです。
 その大難の時に、「師子王の心」で戦えるか、どうか。
 この一点で、成仏が決まると結論されています。
 勇気ある信心こそ「魔」を破る利剣です。
佐藤 これまで学会が受けてきた大難も、この御聖訓の通りだったと思います。
名誉会長 創価の師弟だけが大聖人に直結して、一閻浮提の広宣流布を進めてきました。だから、御書の通りの難を受けてきたのです。
 この佐渡御書の一節には、続いて「例せば日蓮が如し」とも仰せです。いかなる大難があろうと、大聖人の如く「広宣流布」「立正安国」に徹し抜く。
 師子となって走り、戦い、叫び、そして勝ちまくっていくのです。ここに学会活動の真髄があります。
 末法とは、貪・瞋・癡の三毒が一層強くなっていくとともに、「闘諍堅固」という争いが絶えない時代でもある。
 だからこそ、断じて強くならなければならない。意気地なしには、正義を実現することはできない。師子でなければ、大勢の善良な人を護ることもできません。

社会悪の元凶──「畜生の心」を打ち破れ
正義を叫ぶのが真の慈悲


増上慢の本質
佐藤 今の世の中には、自分より弱い者に対しては威張り、強い者にはへつらう人間が、あまりにも多いと感じます。
 私の大学時代の友人も「会社の上司が、上にはペコペコするのに、部下には威張りちらして大変だよ」と嘆いていました(笑い)。
 臆病な迎合や弱い者いじめが、社会の腐敗や不正などを生む元凶となっているのではないでしょうか。
名誉会長 その通りです。ですから、佐渡御書では、「師子王の心」と対比して、「畜生の心」を厳しく戒めておられるのです。
 「畜生の心は弱きをおどし強きをおそる 当世の学者等は畜生の如し」(同957㌻)とあります。
 本来、自らの学識や力を生かして人々に尽くす指導層が、権威をふりかざして威張り、正義の人を迫害する。
 それは卑劣な増上慢です。その本質は臆病なのです。
 大聖人はその悪逆と戦われました。絶大な権力を持つ為政者に対しても、敢然と「正義に目覚めよ」「真に民衆のために献身せよ」と身命を賭して諫暁なされたのです。
熊沢 なぜ、迫害を覚悟の上で正義を叫び抜いていかれたのでしょうか。
名誉会長 御書には「いはずば・慈悲なきに・にたり」(同200㌻)と仰せです。真実を言わなければ、かえって無慈悲になってしまう。多くの民衆を不幸のまま放置することになる。だから師子吼なされたのです。
 これこそ究極の正義です。真実の大慈悲です。勇気とは慈悲の異名です。学会は、この大聖人の御精神を真っ直ぐに受け継いできました。
 牧口先生と戸田先生は、軍部政府と戦って牢獄に入られた。牧口先生は獄死された。
 戸田先生は、2年間の過酷な獄中生活を耐え抜かれた。酷暑と極寒。看守から何度も殴られた。それでも、絶対に信念を曲げなかった。
 大偉人たる師匠を死に至らしめた魔性に対して、憤怒を燃えたぎらせて戦い抜いた。真正の師子王です。
 とともに、不幸の底で嘆き悲しむ庶民に対しては、大海のような深い慈愛で接しておられた。一人一人を心の底から慈しみ、何としても幸福にしてみせるとの強い一念で励まし続けていかれたのです。
佐藤 あの夕張炭労事件の時も、池田先生が急きょ、北海道に駆けつけてくださいました。
 先生は「夕張の友は、最も危険なところで働いている。その同志がいじめられているんだ。つらい思いをしている友を黙って見ていられるわけがないじゃないか」と激励してくださった。その感激を、草創の先輩が熱い思いを込めて語っておられました。

女性が幸福に!
熊沢 ところで、「師子王の心」というと、どうしても男性的なイメージがあるような気がします。
名誉会長 でも実際は「女性のほうが勇敢です」という声も多い(笑い)。私もそう思う(爆笑)。
 学会でも、一番、勇気があるのは婦人部です。
 大聖人は、女性のリーダーであった千日尼に仰せです。
 「法華経は師子王の如し一切の獣の頂きとす、法華経の師子王を持《たも》つ女人は一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣に恐るる事なし」(同1316㌻)と。
 最も健気に生きゆく女性たちが、何ものも恐れず幸福になっていくための信心です。そのために、リーダーは師子奮迅の力を出し切って、叫び抜くのです。戦い切るのです。
熊沢 誰よりも求道心に溢れた女性の千日尼に「師子王の心」を教えてくださったことに甚深の意義を拝します。「師子王の心」の根幹は「師弟不二」の信心ですね。
名誉会長 そうです。有名な「聖人御難事」には、「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ」(同1190㌻)とあります。
 「師子王の心」を「取り出して」と仰せです。
 もともとないものは出せません。誰人の胸中にも、「師子王の心」が必ずある。
 それを「取り出す」源泉が師弟不二の信心なのです。
 広宣流布のために、不惜身命で道を開いてこられた師匠の心が「師子王の心」です。
 その心と不二になれば、わが生命に「師子王の心」が涌現しないわけがない。
 私は、戸田先生にお仕えしながら、深く決意しました。
 師子王をお護りするため、弟子である自分が「師子王の心」を取り出して、一切の障魔を打ち破っていくのだと。

わが人生を勝ち開け
熊沢 昭和54年(1979年)、破和合僧の陰謀が渦巻く中、私たちの先輩である北陸女子部のリーダーは、ある会合で声高らかに叫びました。
 「何が変わろうとも、誰がどうあろうとも、私たちの師匠は、池田先生ただお一人ではないですか!」と。
 31年後の今、その方は社会においても、小学校の先生を勤め上げ、教職大学院の教授として、見事な勝利の実証を示されています。
名誉会長 よく知っています。後輩の道を立派に開いてくれました。皆さんも、断じて勇気を取り出して、わが人生を胸を張って勝ち開いてもらいたいのです。
佐藤 はい。先生は、「師子は怯まない。師子は負けない。師子は嘆かない。師子は速い。師子は敵を倒す」と教えてくださっています。その通り前進します。
名誉会長 御聖訓には、「師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、彼等は野干(=狐の類)のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり」(同1190㌻)とあります。
 今、わが創価の一門には、君たち青年がいる。君たちの若き生命に「師子王の心」が燃えている限り、広宣流布の未来は前途洋々なのです。

幸福の太陽はわが胸に

御聖訓
「闇なれども灯《ひ》入りぬれば明《あきら》かなり」
一人立つ精神で人々の心に春の光彩《ひかり》を


熊沢 私たちが大好きな歌「華陽の誓い」には、「今 師とともに 太陽の心で 厳しき冬にも 春の光彩《ひかり》を」という一節があります。
 いまだ経済不況の闇も深いです。それだけに、この「太陽の心」を、ますます明るく強く! と決意しています。
名誉会長 そうだね。家庭でも、職場でも、地域でも、乙女の朗らかな笑顔が光っていれば、皆が元気になっていく。
 「太陽の心」とは、無限の勇気です。希望です。冷えきった人々の魂を温め、蘇らせる「やさしさ」です。闇を照らす慈愛の光です。
 万人の生命に、この「太陽」は厳然と存在している。
 日蓮大聖人は、日眼女に、「大闇をば日輪(=太陽)やぶる」「法華経は日輪のごとし」(御書1114㌻)と仰せになられました。
 どんなに悩みがあっても、題目を唱えれば、因果倶時で、その瞬間から、わが胸中には妙法の太陽が昇る。仏の力が湧いてくる。
 ゆえに皆さん方は、絶対に不幸になど、なるわけがない。自分が、悩み祈り、苦労している分だけ、必ず成長できる。また、より強い光で皆を照らしていけるのです。
佐藤 先行きの見えない時代にあって、多感な青年の心は確かな光明を求めています。
 「冬は必ず春となる」(同1253㌻)──この希望の大哲学を語りに語り、広げてまいります。
名誉会長 頼むね。君たちが勇気を出して語った分だけ、仏縁が結ばれる。希望が広がる。「声」が闇を破る光となる。社会を明るく照らす。
熊沢 池田先生は、対話の大光を世界中に広げてこられました。私たちも続きます。
名誉会長 「太陽の心」といえば、モスクワ児童音楽劇場の創立者ナターリヤ・サーツさんが思い出されます。
 30代の時、夫をスターリンの非道な粛清で殺され、自身も「人民の敵の妻」として、極寒のシベリアに流された。
 しかし、絶対にへこたれなかった。過酷な強制収容所にあっても、「将来、必ず児童音楽劇場の建設を」と決意した。自分で自分の人生に「使命の太陽」を輝かせたのです。
 そして、苦難を耐え抜いて「夢」を実現し、一生涯、芸術の母として、生きる喜びの光を皆に贈っていかれました。
熊沢 サーツさんは、先生との出会いを宝にされ、わが華陽の先輩に言われました。
 「池田先生が初めてモスクワの児童音楽劇場を訪ねてくださった時、劇場に“太陽”が入ってきたようでした」と。
名誉会長 御聖訓には、こう仰せです。
 「闇なれども灯入りぬれば明かなり」「明かなる事・日月にすぎんや浄き事・蓮華にまさるべきや、法華経は日月と蓮華となり故に妙法蓮華経と名く」(同1109㌻)
 妙法を持ち、広宣流布に生きる皆さんは、全員が太陽です。清らかな妙法蓮華の当体です。これが「華陽」の生命《せいめい》なのです。
 ですから、胸を張って自信満々と進むことです。わが生命を遠慮せずに輝かせていくことです。
 地味な仕事や陰の舞台でも構わない。自分の仏の生命が光っていれば、そこが本有常住の「寂光土」となります。その歓喜の姿が、家庭や職場や地域の人々にとって希望の輝きとなるのです。

日本一のわが地域を創れ
使命の天地で舞いゆけ!


逆境こそチャンス
佐藤 過疎化や青年人口の減少する地域でも、青年部の友が懸命に活動しています。こうした地域で、心がけていくべきことは何でしょうか。
名誉会長 農漁村や離島などで奮闘する友の活躍は、本当に尊い。偉大な青春です。
 青年が少ないということは確かに大変だ。でも発想を変えれば、少ないからこそ一人が光るチャンスとも言える。地域の方々の注目度も高いんだよ(笑い)。実際に学会青年部には、大きな期待と信頼が寄せられている。
佐藤 はい。岩手県北部の軽米《かるまい》町では、圏男子部長が、7年前から地域のバスケットボール協会の会長を務めています。「町長杯バスケットボール大会」を企画して、小学生のチームを招きました。年々、競技人口も増加し、町の活性化の大きな力と感謝されています。
 各地の農漁村ルネサンス体験主張大会、北海道の青年主張大会などでも、「地域の発展を担い立つ存在」と反響は大きいです。
名誉会長 頼もしいね。「師子王の心」「太陽の心」とは「一人立つ勇気の心」です。
 地域に元気がないなら、自分が明るく変えていけばいい。青年ならば、日本一の「わが地域」をつくる気概で立ち上がってもらいたい。誰かではない。自分がやる。これが学会精神です。
 大聖人は、「其の国の仏法は貴辺(=あなた)にまかせたてまつり候ぞ」(同1467㌻)と仰せです。
 仏法の眼から見れば、皆、それぞれに、久遠から誓願して躍り出た使命の天地です。
 広宣流布といっても、自分の振る舞いにかかっている。
 一つ一つ、具体的に祈る。
 一人一人、大誠実で語る。
 一歩一歩、粘り強く進む。
 一日一日、思い切り戦う。
 その真剣な努力のなかで、広宣流布の大願に立つ地涌の友は必ず続く。地域は必ず変わる。未来は絶対に開けます。これが「地涌の義」です。

雨の日も嵐の日も、雲の上では太陽は厳然と輝いている。嵐が去れば、さらに明るく輝く

変毒為薬の妙法
熊沢 家庭においては、父親が信心をしていなかったり、学会活動に理解がなかったりする場合があります。
名誉会長 ご家族が信心していなくても、何の心配もいりません。その中で信心を貫いていること自体が全部、家族の大功徳に変わるのです。
 南米アルゼンチンの格言にも、「太陽は皆のために昇る」とあります。
 一人が信心に立ち上がれば、わが家に太陽が昇る。全員を幸福の方向へ、成仏の方向へ導いていけるのが、妙法の功力なのです。
 あせる必要は何一つありません。妙法には絶対の力があります。最後は必ず皆が大きく包まれていくのです。
熊沢 また皆が信心をしていても、さまざまな家族の問題で悩む同志もいます。
名誉会長 どこの家も、それぞれの課題がある。だから成長できる。一家の尊い信心の歴史を刻めるのです。
 お父さんやお母さんが病気の人もいるでしょう。
 大聖人は「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」(同1124㌻)と、お約束くださっています。
 信心で捉えれば、すべて深い意味がある。必ず「変毒為薬」できるのが、妙法です。
 天気だって雨の日もある。雪の日も、嵐の日もある。
 しかし雲の上では、太陽が厳然と輝いている。ひとたび嵐が去れば、いっそう明るく輝きわたります。
 妙法を持ち、広宣流布に生きゆく生命は太陽です。
 「太陽は毎日昇る」とは、わがアフリカの同志が大切にしている格言です。要は、自分が輝き続けることだ。
 どこまでも同志とともに、学会とともに、毎日、太陽が昇る如く、たゆまず前進すれば、何ものにも揺るがない常楽我浄の軌道を上昇していくことができるのです。

人間革命の連帯を
佐藤 先生から「師子は油断しない」とも教えていただきました。「師子王は前三後一と申して・ありの子を取らんとするにも又たけきものを取らんとする時も・いきをひを出《いだ》す事は・ただをなじき事なり」(同㌻)と仰せの如く、青年部は油断を排し、前進してまいります。
名誉会長 師子王には隙がない。勝ち抜いていく生命は、永遠に真剣勝負なのです。太陽が横着したら大変じゃないか(笑い)。
 師弟の道に徹し抜くとき、自分が師子となり、太陽となり、生命は永遠の勝利の次元に入っていくことができる。ここに、この世で最も尊貴な師弟の光があるのです。
熊沢 池田先生と対談集を発刊されたブラジル文学アカデミーのアタイデ総裁も、私たち青年に語られました。
 「青年は、偉大な師匠をもちなさい」「今の困難に動揺させられてはならない。自分の理想を邪魔しようとするものに対しては、一歩も退《しりぞ》いてはならない」と。
 世界の人権の獅子たちが、池田先生に薫陶をいただいている私たちに、人類の未来を託してくださっています。
名誉会長 青年部の使命はあまりにも大きい。
 だからこそ、君たちが世界の友と励まし合いながら、「人間革命」の光の連帯を、若い世代に広げていっていただきたい。
 スイスの大哲学者ヒルティは、「光の存在そのものがつねにやみへの攻撃である。やみは光とならんで存続することはできない」と言った。
 私は「わが創価の青年よ、正義の師子王たれ! 勝利の太陽たれ! 一人立つ勇者たれ!」と呼びかけたいのです。

ゲーテの言葉は、高橋健二訳編『人生の知恵4 ゲーテの言葉』彌生書房から。ヒルティの言葉は、小池辰雄・登張正実・小塩節訳『眠られぬ夜のために』白水社から
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2010-03-29 : 御書と青年 :
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マグサイサイ工科大学「創立100周年名誉教授」称号授与式

フィリピン ラモン・マグサイサイ工科大学「創立100周年名誉教授」称号授与式
                                    (2010.3.26 創価大学)

 フィリピン共和国の名門学府である「ラモン・マグサイサイ工科大学」から、創価大学創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に「創立100周年 名誉教授」称号が授与された。これは、本年2月に創立100周年を迎えた同大学が、SGI会長の平和促進と青年育成への貢献を讃えるもの。授与式は26日、フェリシアノ・ロセテ学長夫妻、ゾシモ・バタッド客員教授が出席し、東京・八王子市の創大本部棟で盛大に行われた。

名誉教授の証書
 ラモン・マグサイサイ工科大学は、創立100周年の佳節に当たり、本学学術評議会の推奨により理事会から付与された権限に基づき、創価学会インタナショナル会長・池田大作博士に「創立100周年 名誉教授」称号を授与いたします。
 これには、義務と責任に加え、すべての権利、栄誉、特権が付随するものです。
 この称号は、世界192カ国・地域に広がる創価学会インタナショナルの発展を通じて、「個々人が持つ可能性を、希望や勇気や利他主義の実践へと開花させる運動」の中心的な役割を池田大作博士が担ってこられたことを賞讃し、授与されるものです。
 創価一貫教育の中核を成す「価値向上」との創立の精神は、アジアのみならず、全世界における平和、文化、教育の促進への博士の献身のご生涯を凝縮し、表現したものです。
 また、東洋哲学研究所、池田国際対話センター、戸田記念国際平和研究所の創立者として、人類社会の紛争の根本的原因の根絶のために積極的に尽力してこられただけでなく、文化交流、対話、講演、出版、教育を通し、平和を大いに促進する原動力の仕組みをも提供してこられました。
 博士が写真家として、100以上もの著作をもつ作家として、そして何よりも仏法者として、生み出してこられたものは、世界中の幾百万もの人々、特に「私どもの未来」である青年を驚嘆させ、彼らに啓発を与えてきたということです。
 本学の紋章および理事会書記長と学長の署名をもって、名誉教授称号の授与を、ここに証します。

SGI会長の謝辞(代読)

青年の無限のエネルギーが時代を創る

学び動け!「大衆のために」
フィリピンの作家
民衆に蒔かれた種は育ち続ける
若き生命の大地に勝利の種を


 一、心から尊敬申し上げるフェリシアノ・ロセテ学長、エレデンシア令夫人、そして、懐かしきゾシモ・バタッド博士、さらに、フィリピンSGIの代表の皆様方。
 白く美しきサンパギータの花咲き薫るフィリピン共和国から、桜の季節を迎えた創価大学へ、本当にようこそ、おいでくださいました。心より熱烈に歓迎申し上げます(大拍手)。
 一、「最も重要で不可欠な、国家の歴史的資産」とは、いったい何でありましょうか。
 貴大学が、その名を冠せられた貴国の大英雄マグサイサイ第7代大統領の答えは、誠に明快でありました。
 それは「人材」であります。「人材」こそが、何ものにも替え難い宝であると言われるのであります。
 それゆえに、マグサイサイ大統領は断言されました。
 「人材」を育てゆく「教育」への愛情こそ、「人間として最も優れた特質」なり、と。
 この崇高なる信念に立脚して、人類貢献の幾多の逸材を育成してこられた教育の大殿堂こそ、貴ラモン・マグサイサイ工科大学なのであります(大拍手)。

栄えある称号をわが恩師に捧ぐ
 一、じつは、私の人生の師匠である戸田城聖先生は、マグサイサイ大統領に、格別に深い敬愛を寄せておりました。
 1956年、私たちは人間主義の機関紙・聖教新聞を、アジアの大指導者にお送りしたことがあります。
 その際、インドのネルー首相や中国の周恩来総理らとともに、恩師から直々に名前があがった方こそ、貴国のマグサイサイ大統領であったのです。大統領の逝去の前年のことであります。
 戦時中、2年間の投獄にも屈せず、日本の軍国主義と戦い抜いたわが恩師は、貴国をはじめアジアの平和と繁栄を、強く強く祈り続けてやみませんでした。アジアの人々と真の友情と信頼を結ばずして、日本の未来はないと言明されておりました。
 本日、マグサイサイ大統領の精神が脈打つ貴大学から、最高に栄えある名誉教授の称号を授与していただき、私は、この恩師と一緒に拝受しているような無量の感慨を禁じ得ません。
 誠に誠にありがとうございました(大拍手)。

民衆奉仕の伝統
 一、マグサイサイ大統領は、「大衆のために」と掲げ、行動を貫いてこられました。
 民衆を、いかに守り、いかに幸福にしていくか。自ら気どらない庶民の普段着の姿で、名も無き人間群の中へ勇んで飛び込んで、共に苦楽を分かち合っていかれたのであります。
 その「民衆奉仕」の魂を、貴大学は真っすぐに受け継いでこられました。
 農学校を淵源とされる貴大学が、何より大切な「食」を支える農漁業の振興に尽力してこられたことも、不滅の歴史であります。
 また、国内の各地に、マンゴーの苗木を供給され、その植樹の広がりは、農業の発展、また環境の保全に資するものとして高く評価されております。
 その尊い貢献を思う時、私の胸には、「王(=指導者)は民を親とし民は食を天とす」(御書1554㌻)との御金言が響いてくるのであります。
 さらに、貴大学は、地域社会と緊密に連携し、教育を満足に受けられなかった人々や少数民族を対象とした、多くの貴重な教育プログラムも提供されています。
 「社会の恵まれない人々の『玄関先』にまで高等教育を運ぶ」──このあまりにも崇高な貴大学の「民衆第一」の教育の理念と努力に、私は感涙を抑え難いのであります。
 一、この貴大学を、今日の見事なる大発展に導かれたのが、ロセテ学長であられます。
 学長は、ただただ「学生のために」と、知恵と勇気をもって学術・研究の水準の向上に努めてこられました。
 就任以来、それまで12あった学位プログラムは65に拡大。また奨学金の充実などにより、入学者数も、じつに4倍へと飛躍的な大発展を遂げられております。
 学長の傑出したリーダーシップのもと、サンバレス州に広かった七つのキャンパスは、それぞれの地域の特色と融合しながら、最先端の研究機関として、地域社会を照らす「知性の灯台」と光っています。そして、貴大学は、「持続可能な開発」のための英才の育成という、未来を照らしゆく聖業を果たし続けておられます。
 その英才たちの優れた技術と献身は、アジアのみならず、世界においても一段と重要になりゆくことは間違いありません。
 「リーダーシップとは、何をすべきかを知る智恵であり、それを最後まで徹底的にやり抜く勇気である」──この学長の断固たる信条を、私は世界の若きリーダーたちに広く伝えたいのであります(大拍手)。

正義の大情熱を「炎」のごとく!
 一、本年の2月、貴大学は「創立100周年」の記念行事を盛大に挙行されました。数多くの卒業生が晴れ晴れと凱旋され、深き母校愛に満ち溢れた、誠に荘厳なる式典であったと伺っております。
 貴大学は歴史の風雪を越えて、堂々と勝ちに勝ったのであります。
 青年を信じ、青年の持つ無限の力を引き出してこられた、偉大なる「人間教育」の100年の勝利の栄冠を、私たちは、最大の尊敬をもって祝福し、讃嘆申し上げたいのであります(大拍手)。
 一、思えば、マグサイサイ大統領も、青年を深く信じておられました。
 ──青年は、自身のエネルギーをどこかで役に立てたいという、待ちきれないほどの熱意を持っている。この青年のエネルギーこそ、国家や歴史を形成するリーダーを生み出す力となる──と。
 この青年の無限のエネルギーを、新時代の建設の力へ解き放っていくことこそ、教育の使命でありましょう。
 貴大学の素晴らしき校章に描かれた「炎」のごとく、私たちは、青年の正義の大情熱を、いよいよ明々と燃え上がらせていきたいと思うのであります。

智慧と勇気の種を世界に!
 一、貴国の作家ウィルフレッド・ヴィルトゥシオ先生は語られました。
 「民衆の胸の中に蒔かれた種はきっと育ち続ける」(寺見元恵編訳「マリア」、『フィリピン短編小説珠玉選(1)』所収、井村文化事業社)
 本日よりは、私も貴大学の一員として、先生方と手を携えて、一人一人の若き生命の大地に、「平和の種」「文化の種」「教育の種」を、そして「勇気の種」「智慧の種」「勝利の種」を蒔き広げゆく決心であります。

ホセ・リサール博士
恩師たちから受け継いだ英知の財産を次の世代へ


マグサイサイ元大統領
「教育」への愛情こそ「人間の最も優れた特質」


 一、きょうは、貴国からお迎えしている留学生をはじめ、多くの学生の代表が、春休みにもかかわらず、出席してくれました。
 感謝を込めて、私は、貴国の大偉人ホセ・リサール博士の言葉を捧げたい。
 「知恵が全人類の財産であるとすれば、その財産を相続できるのは、善の心を持った人々だけだということを忘れてはならない」
 「私は、恩師たちから受け継いだ英知の財産を、あなたに伝えようと努力してきた。次の世代に、譲るにあたって、私はできる限り、その財産を増やすようにした」「あなたは、さらに三倍にも増やしてほしい」(「メリ・メ・タンヘレ」)
 終わりに、愛するフィリピン共和国の無窮の栄光を、心よりお祈り申し上げます。
 そして、わが心の誉れの母校たる貴大学から、新たな百年、そして千年へ、「地域社会の勝利」即「人類世界の勝利」という希望の大光《たいこう》が、赫々と輝きわたることを念願し、私の謝辞とさせていただます。
 マラミン・サラマッポ!(フィリピン語で「本当にありがとうございました!」)(大拍手)
2010-03-27 : スピーチ・メッセージ等 :
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栄光の日々 11 関西青年部

栄光の日々 名誉会長と我らの人生 11
                (2010.3.26付 聖教新聞)
不屈の常勝魂 関西青年部

未来はすべて君たちに託す!

 池田名誉会長の胸には、恩師の声が響いていた。
 「青年が青年を呼ぶのだ」
 青年と青年の連帯──そこには常に、発展がある。希望がある。勝利がある。その理想の天地を、青年と共に「関西」につくった。
 だからこそ、関西の冠は「常勝」なのである。不屈の魂が脈打つのである。
        ◇
 「先生、文化祭をやらせてください!」
 名誉会長は、真剣に訴える青年部の顔をじっと見つめた。
 昭和56年(1981年)11月、関西文化会館のロビー。卑劣な陰謀による会長辞任から2年半。広布を阻む邪悪の暗雲を、青年の熱と力で打ち破りたい!
 「『学会ここにあり、師匠は健在なり!』と、満天下に示す舞台にします!」
 「10万の関西の青年がお待ちしています!」
 名誉会長の言葉に力がこもった。「青年が待っているのか!」
 翌年の3月22日、大阪・長居陸上競技場で行われた関西青年平和文化祭。
 バックスタンドを埋めた1万4000人による「人文字」。アニメーションのような動きに、誰もが釘付けになった。
 1万人の新入会の友による大行進。初練習の時には、ほとんど学会歌を歌えなかった。師の励ましのなか、友と学び合うことが成長の力に。胸張るその姿は、「躍動する創価学会」そのもの。
 圧巻は、男子部の「六段円塔」。一段一段、組み上げていく。練習で成功はたったの1回。同時刻、関西の全同志の必死の祈りがあった。
 最後の一人が体勢を立て直し、ゆっくりと立ち上がった!
 「関西魂の結晶、六段円塔の完成です!」。力強いアナウンス。この“青年の塔”は、創価の反転攻勢の突破口になった。
 文化祭の主役は出演者だけではない。衣装製作、整理役員、清掃役員……。
 昭和59年9月30日、阪神甲子園球場で開かれた第4回世界平和文化祭では、「すぐに激励にまわろう!」と、球場に到着するや名誉会長は、真っ先にグラウンドヘ。電飾で人文字を描く「ヒューマン・アーツ」の友に向かい両手を上げながら場内を一周。整理役員と音楽隊の友にレイを贈った。
 平成9年(1997年)11月18日、大阪ドームでの第17回世界青年平和文化祭では、大成功で終えた直後に、名誉会長から幹部に伝言が。「文化祭は、これからだよ。皆が片付け終わるまで一緒に!」
 黙々と舞台の解体作業を続ける青年たちがいた。
 名誉会長は、陰の人を片時も忘れない。大きな行事であればあるほど、裏方の存在を敬い激励する。名誉会長は友のため揮毫した。
 「この英雄ありて、常勝関西」
        ◇
 六段円塔の一番上に立った菊地文昭さん。現在、大阪・豊中王者県で支部長として活躍。今春、長男が創価大学に進学する。
 岡本功一さんは、全体を支える1段目の一人。高専卒業後に就職したが、文化祭で培った不可能を可能にする信心で実証を示し、働きながら大学院博士課程に。大阪・都島大城区の区長として奮闘する。
 「3・22」の時、関西総合女子部長だった山下以知子関西婦人部長。「婦人部員と懇談していると、当時、女子部として文化祭にかかわったことが原点になり、病苦や経済苦などの宿命を乗り越えることができたと誇りをもっておられます。関西魂とは、不屈の負けじ魂。先生と同じ心で、戦い抜くことです!」
        ◇
 名誉会長の関西青年部への期待は、いつの時代も変わらない。第3回関西青年部総会。雄渾の指揮を執りゆく名誉会長の眼差しは、後継の青年たちへの熱さ思いで漲っていた。
 「諸君は、戦い抜くべきである! 生き抜くべきである! 永遠不滅の歴史をつづるべきである! 未来はすべて諸君に託すのだから!」
2010-03-27 : 栄光の日々 :
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創価大学卒業式

創価大学卒業式/中国 西安交通大学「名誉教授」称号授与式     (2010.3.21 創価大学記念講堂)

 創価大学・創価女子短期大学創立者の池田名誉会長の日中友好と人類への貢献を讃え、世界の大学・学術機関から280番目となる名誉学術称号が、中国の名門・西安交通大学(鄭南寧学長)から授与された。授与式は21日、創大(第36回)、短大(第24回)の卒業式に続いて東京・八王子市の創大記念講堂で行われ、西安交通大学の校務委員会主任である王建華博士が「名誉教授」称号を手渡した。西安交通大学の栄命哲博士、梁莉国際合作交流処処長、耿英三博士、馬暁彬大学事務所副主任、国際合作交流処の劉筱女史、来賓のエルンスト・フォン・ヴァイツゼッカー博士らが出席。米エマソン協会のワイダー前会長から祝福のメッセージが寄せられた。

王博士の授章の辞

国交正常化に尽力 中日に民衆の架け橋
深い学識と高尚な人格 その名声は天下に轟く


 尊敬する池田大作先生、奥様、尊敬するご列席の皆様、こんにちは!(大拍手)
 本日、私どもは、大きな喜びを胸に抱きつつ、世界に名だたる創価大学を訪れることができました。
 ここに私は、西安交通大学を代表し、また鄭南寧《ていなんねい》学長に代わって、池田大作先生を本学の名誉教授にご招聘申し上げるものであります(大拍手)。
 皆様もご存じの通り、池田先生は創価学会名誉会長、SGI会長であるとともに、世界的に著名な思想家であり、哲学者、社会活動家であり、作家、詩人、写真家、さらには数多くの教育・文化機関の創立者でもあられます。
 教育について、池田先生は、“わが人生で最も重要な総仕上げの事業なり”とされ、世界各地に創価一貫教育の学校を創立し、創価の教育理念を堅持し、実践に結びつけることにより、創価教育の精神を世界中に広め、高めてこられました。
 池田先生はまた、その深い学識と教養、高尚なる人格をもって、卓越した業績を築かれてきました。
 そして、世界各国の名門大学からの名誉学術称号は、本日のわが西安交通大学の「名誉教授」称号をもって、280番目のご受章となったのであります(大拍手)。
 うれしいことに、私たちが昨日(20日)、創価学園を訪問した際、東西の創価学園からも、これまでにちょうど280人の博士が輩出されたことをうかがいました。
 この二つの数の不思議なる符合こそ、ひとえに池田先生の世界平和と教育への卓越したご貢献の証しであるとご賞讃申し上げたいのであります。
 池田先生、大変におめでとうございます!(大拍手)
 また、池田先生は、長きにわたり、中国と中国人民に対して、大変深い愛情を抱いてこられた中日友好の先駆者であり、生き証人であります。
 これまでに10回、中国を訪問され、中国の各世代の指導者と深い友情を結んでこられました。そして、中日国交正常化に尽力され、中日文化交流の非常に重要な橋渡しをしてこられました。
 池田先生への「平和の使者」「人民友好の使者」などの美しき名誉ある呼び名は、今や世界中に轟きわたっております。
 とりわけ、人類の文化、教育、社会にわたる重要な思想、生態系の持続可能な発展を、との訴えは、世界中に大きな影響を与えているのであります。
 従いまして、このたび池田先生が快く本学の名誉教授称号をお受けくださることは、本学にとりまして無上の光栄であり、本学の全教職員、全学生への何よりの励ましなのであります。ここに、西安交通大学の全教師、全学生を代表し、池田先生に対し、崇高なる敬意とともに、心から感謝申し上げるものであります(大拍手)。
 西安交通大学は、光り輝く中華文明の象徴たる、漢代・唐代の都として栄えた西安に位置しており、中国で最も長い歴史を有する大学の一つです。教育部直属の重点大学として、長きにわたり国家の各種重点建設計画の対象として支持を得てきました。
 その前身は1896年、上海に創立された南洋公学です。1921年に交通大学と名を改め、1956年に上海から西安に移転。2000年4月に、西安医科大学、陝西《せんせい》財経学院と合併し、理学、工学、医学、経済学、経営学、文学、法学、哲学、教育学の九つの学問分野を擁する総合的な大学となりました。とりわけ、理工系は非常に名高く、中国の西部地域で最重要の総合研究型の大学であります(大拍手)。
 西安交通大学は「興学強国、艱苦創業、崇徳尚実、厳謹治学(学問を興して国を強め、刻苦勉励して功績を為し、徳を崇めて実践を尊び、謹厳にして学問を修めん)」との、素晴らしき伝統を誇りとしてきました。また、西安交通大学の「素養が高く、基礎が厚く、要求は厳しく、実践を重んじる」との、建学以来変わらぬ特性は中国で広く賞讃されています。
 近年は、この素晴らしき校風・学風を宣揚し、教育の質を高め、科学精神の薫育と、人文的素養の育成に力を注ぎ、さらに高いレベルの素養を備える、第一級の人材を育成してきました。
 これまでに、国家に有為な20数万人以上の優秀な学生を輩出し、彼らは国家の政治、経済、文化の各分野で幅広く活躍しています。
 同時に、本学は国家の経済・工業、社会の発展の需要と密接に結びついており、「産・学・研」の協力を強化して科学研究と科学技術の成果を常に社会に還元し、知識、科学技術、文化の新たなる創造を全力で推進するなか、毎年、社会に向けて、重要な研究の成果を打ち出してきたのであります(大拍手)。
 また長きにわたり、国際交流の強化を重視し、これまでに、日本、アメリカ、イギリス、フランスなど25カ国・地域の125の高等教育機関や研究機関と交流関係を結び、50カ国から1000人以上の留学生を受け入れてきました。
 西安交通大学のある西安は、中国のかつての10を超える王朝の都であり、中日文化交流の歴史が最も長い都市です。西安には、かつて日本の学者が学び、生活をした遺跡が無数にあります。 池田先生におかれましては、ご都合のよろしき時に、ぜひともわが西安、そして、わが西安交通大学を訪問いただき、ご講演を賜りたく、ご招待申し上げるものであります。
 とともに、このたびの名誉教授のご受章を機に、創価大学との交流が推進するよう、私は心から念願するものであります(大拍手)。
 結びに、池田大作先生、奥様のご健康とご長寿を、心からお祈り申し上げるとともに、創価大学が、今後ますます、日の出の勢いで発展されんことを心から念願し、あいさつとさせていただきます。大変にありがとうございました(大拍手)。

アメリカ・エマソン協会 ワイダー前会長のメッセージ

 創価教育の推進者であり、体現者であられる池田SGI(創価学会インタナショナル)会長が、このたび280番目の名誉学術称号を受章されたことを、心より喜び、お祝い申し上げます。
 この栄誉は、とりもなおさず、世界が「価値創造の教育」の重要性を深く理解し、評価していることの何よりの証左です。
 すべての人間が、内包する創造性を、いかんなく発揮し、それを通して社会に貢献する──この価値創造の真髄を示されたSGI会長の思想を、これだけ多くの世界の人々が理解し、共感しているということは、実に素晴らしいことです。
 同時に、これによってSGI会長が、価値創造の教育を求める世界の人々の心を、一つに深く結ばれたことにもなります。
 私はさらに、詩人であられるSGI会長が、このように幅広い世界から賞讃を得ておられることにも深く勇気づけられます。
 詩人こそが、価値を創造し、人と人との心を深く結びゆく存在である──280の名誉学術称号の受章を通して、会長は、この事実をも見事に立証されたのです。
 SGI会長はまた、詩人こそが真に教育を復興できる存在であるとも語っておられます。この言葉こそ、教育者である私たち一人一人が、深く心に刻むべきものです。
 私は2006年7月、創価大学で行われた会長への名誉学位の授与式に出席する栄誉にあずかりました。〈タイ国立メージョー大学「名誉管理科学博士号」授与式〉
 それは、会長を顕彰する行事でありながら、同時に会長が学位記を授与した大学の功績を讃えるという、麗しき交歓に満ちた式典でした。
 私は、この相互の賞讃の中に、民族と文化の差異を超えた、深き心の交流を見る思いがしたのです。
 それは、ただ一人が光を浴びるだけの“孤高の式典”などではありませんでした。むしろ、栄誉を皆で分かち合おうとする、美しい共和の世界を、そこに見たのです。実に啓発的で勇気づけられる式典でした。
 私が心から敬愛する創価大学の皆様方とともに式典に参加し、喜びを分かち合う思いでお祝いのメッセージを送らせていただきます。誠におめでとうございました。

創立者のスピーチ

勇気で光れ!世界で光れ!
「私は勝った」と歴史を創れ


生涯正しき道を貫け
唐の大詩人
“正義に根ざす者は無敵なり”
「永遠の友情を」「親孝行を」


 一、晴れやかな卒業式、おめでとう!(大拍手)
 ご家族の皆様も、おめでとうございます。心からお喜び申し上げます(大拍手)。
 ご来賓の先生方も、本日はお休みのところ、ご遠方より、本当に、ようこそお越しくださいました(大拍手)。

君を見守る!
 一、誉れの母校を巣立ちゆく皆さんは、全員が創価の兄弟姉妹です。
 一生涯、尊き友情を忘れることなく、青春の誓いを貫いていってください。
 また、きょう帰宅したら、皆さんは、まず、ご両親に丁寧におじぎをして、心から感謝の言葉を伝えていただきたい。
 親元から離れて生活している人は、電話でもいいから、真心を込めて、「お父さん、お母さんのおかけで、卒業することができました」と連絡を入れてほしい。
 なかには、お父さんがいらっしゃらない人、お母さんがいらっしゃらない人もいると思います。その人も、わが胸中の父母に、
 「立派に卒業しました」と誇り高く報告していただきたい。
 みんな、本当によく頑張りました。
 創価大学、創価女子短期大学で学び育った人は、必ず幸福になっていく。強い人、正義の人、偉い人、勝利の人になっていく。
 私は、そう祈っています。皆さんを見守っています。
 これからも努力して、必ず立派になり、社会で成功して、一家の繁栄の力となってください。お世話になった両親や祖父母の皆さん方に、心から喜んでいただける親孝行の人になってください。
 よろしく頼みます!(大拍手)
 一、卒業生を代表して、今回の創立者賞のメンバーを紹介させていただきたい。
 創価大学・創立者賞の小島《おじま》健《たけし》君、おめでとう!(大拍手)
 小島君は、経済学理論同好会の一員として、経済学検定試験(日本経済学教育協会主催)の「大学対抗戦」で、創価大学の5回連続日本一に貢献してくれた。
 同じく創価大学・創立者賞の高橋有紀《あき》さん、おめでとう!(大拍手)
 高橋さんは、英語能力試験「TOEIC」で満点の990点を獲得。卒業後は、アメリカのコロンビア大学ティーチャーズ・カレッジヘ進学します。
 かつて私も、要請を受けて、そこで講演しました。
 〈創立者の池田名誉会長は1996年6月、ニューヨークのコロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで「『地球市民』教育への一考察」と題し講演した〉
 創価女子短期大学の創立者賞は、押金ひろ子さん。英語は最優秀の成績。全経簿記の1級の資格も取得している。学生会でも短大のために健闘してくれた。大変におめでとう!(大拍手)

強く! 賢く!
 一、成績が優秀なことは、もちろん大事である。
 そのうえで、皆さんは、どこまでも楽しく、愉快に、そして強く生きてもらいたい。
 どんなに優秀でも、人と衝突して、相手を困らせたり、自分や親をも苦しめてしまう生き方は、愚かである。
 上手に家族や友人と調和して、仲良く楽しく、成長の道を歩んでいく。その人が勝利の人である。
 一、また、創大の別科を卒業したレイチョンバン・イレンドロ・シン君は、このほど、ハーバード大学のケネディ政治大学院に合格しました。
 シン君は、アメリカ創価大学の出身です。昨年4月に創大別科に入学し、真剣に勉学に取り組んできた。本当におめでとう!(大拍手)
 〈名誉会長は1991年9月、ハーバード大学ケネディ政治大学院の招聘により、「ソフト・パワーの時代と哲学──新たな日米関係を開くために」と題して講演した〉
 一、山本創大学長をはじめとする教員の皆さんにも、心から感謝申し上げます。創大別科長の石川先生も、ありがとうございます(大拍手)。
 学生を幸福にしていく責任者こそ、教員であると思います。
 学業だけではない。何かで落ち込んでいれば、温かく心を癒やし、向上の道を開いてあげていただきたい。
 学生の「心」を育てる。「魂」の触発をしていく。
 それを創価の教員の根本としていただきたいのです。

「源」を忘れるな
 一、壮麗な西安交通大学の北の門には、4文字の言葉を刻んだ記念碑があるとごつかがいました。
 それは「飲水思源」。すなわち「水を飲む時には、その源を思い、感謝を忘れない」との戒めであります。
 常に「源」を思い、「原点」に立ち返る。そして、「恩ある人」に報いようと、さらに努力し、前進する。
 この最も深く強い心が流れ通う人材の大河こそ、偉大なる貴大学なのであります。
 私たち創価大学もまた、同じ精神で進んでまいりたい。
 心から尊敬申し上げる王建華《おうけんか》博士。
 また、西安交通大学の諸先生方。
 何よりも栄えある貴大学の名誉教授の称号を賜り、誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。
 私が瞬時も忘れず、常に思いを馳せる「源」は、創価教育の父である牧口先生であり、人生の師匠である戸田先生です。
 授与いただいた貴大学からの最高の栄誉を、私は、この先師と恩師に捧げたいのであります(大拍手)。
 師匠に報恩の報告ができる喜びが、どれほど大きいか。
 皆さんもお父さん、お母さんに感謝し、恩返しできるような人生を、青春時代を生き抜いてください。
 とともに、日本にとって、絶対に忘れてはならぬ、文化大恩の「源」こそ、中国であることを深く知っていただきたい。
 かつて日本は、この大恩ある国を侵略した。愚かな軍国主義の日本でした。
 牧口先生、戸田先生は、教育によってこの日本を改革しようとした。牧口先生は逮捕され、獄死された。戸田先生も投獄された。
 私も冤罪で牢獄に行きました。
 悪逆の国家権力は、必ず善人を嫌い、弾圧しようとする。
 それではいけない。本当の人間主義、本当の勝利は庶民の連帯にある。真の学問を身につけた人間にある。こういう社会をつくりたい。
 それが牧口先生、戸田先生、そして私の思いです。頑張ろう!〈「ハイ!」との元気な返事〉

西安交通大学の崇高なる精神
人々の幸福のために 一番大変な最前線へ


報恩の心で
 一、私は、愛する後継の卒業生の皆さん方とともに、中国との万代の友好へ、決意を新たにしたい。日中の友好がなければ日本の繁栄もない。真の平和もありません。
 卒業生の皆さん、できれば将来、ご両親を中国へ、西安交通大学の立つ西安へ、案内してあげてください。
 ともかく、お父さん、お母さんを明るくしてあげる。ホッとさせてあげることだ。
 例えば、たまにはお母さんに、「お掃除とご飯の支度は私かやりますので、あとはゆっくりしてください」と言う。感謝の気持ちを伝える。そうすれば、お母さんが、どれほど喜ぶか。親を悲しませてはいけない。嘆かせるようなことがあってはいけない。
 西安の誇る唐の大詩人・李白は、自らが立派に社会へ貢献することで「恩に報いて親の栄誉を輝かせる」(市川桃子・郁賢皓著『新編 李白の文』汲古書院、現代表記に改めた)との思いを述べました。
 皆さん方のお父さんや、お母さんは、厳しい経済不況の中、大切な大切な宝のわが子を、私の創立した大学に送り出してくださいました。
 親にとって、自分の子どもは宝です。どんな小さなことだって心配する。私はよく知っています。特に母親はそうです。
 しかし、子どもは親の気持ちがなかなかわからない。親の心がわかる人が、本当の教育を受けた人です。
 私は、皆さんのお父さん、お母さんのご健康、一家のご繁栄、そして栄光の人生を、妻と一緒に毎朝、毎晩、祈っています。創立者として、当然のことだと思っています。
 どうか、この最高の父母の慈愛に、皆さんは最高の真心の親孝行で応えてください!〈「ハイ!」と元気な返事〉
 それができれば、自分にとって、家族にとって、こんなにうれしい、幸せな、安心の人生はない。
 反対に、親を苦しませれば、不幸をつくりだしてしまう。それではいけない。
 本当の人間を育てるのが創価大学です。
 一、西安交通大学を心から大切にした文豪の郭沫若先生は、「青年教育には国境はない」(小野忍・丸山昇訳『郭沫若自伝6』平凡社)と語られました。
 私は特に、健気な留学生たちの奮闘を讃えたい。本当に偉い。よく頑張りました!(大拍手)
 創大の教員の皆さんは、留学生を最大に大切にしていただきたい。わが子以上に、教え子を大切にする──これが本当の教育者です。牧口先生、戸田先生の精神です。
 どうか、よろしくお願いします。
 100年ほど前、牧口先生は、中国からの留学生のための弘文学院で、地理学を講義しておりました。
 その学院に学んだ英才の中から、後に貴大学の英邁な学長が、二人も誕生しております。
 わが留学生たちも、輝く勝利の歴史を飾ってください!〈「ハイ!」と元気な返事〉

真の「創価」とは
 一、きょうは、この5月に卒業する、わが愛するアメリカ創価大学6期生の代表も勇んで参加してくれた。
 ありがとう。うれしい!(大拍手)
 皆、これからも、偉大な学問の伝統を築き上げていただきたい。
 価値ある人生だ。一度しかない人生だ。
 「本当によかった」「楽しかった」「私は成し遂げた」と言える一人一人であってください。
 お父さん、お母さんを頼みます。
 そして、「社会をよくしよう」「不幸の人を幸せにしよう」──こう思って戦ってください。生き抜いてください。
 一人だけ満足し、あとは皆、不満ばかり。それでは不幸だ。
 自分だけでなく、皆の境涯も開き、幸福の道を開く。これが本当の「創価」です。
 アメリカ創価大学のハブキ学長からも、うれしい報告を受けました。卒業生の皆さんが見事に活躍し、堂々たる世界的な大学へと、大発展を遂げております。
 年々、志願者も増え、今年は中国、ロシア、ベトナム、中米のエルサルバドルからも合格者が誕生した。おめでとう!(大拍手)
 若き世界市民のネットワークは、いよいよ50カ国に及ぼうとしている。
 明年、開学10周年には、新しい講堂と教室棟も晴れ晴れと完成する予定です。おめでとう!(大拍手)

周総理
青年は風雪に耐え 苦難を乗り越えよ


青年を愛した周恩来総理
 一、さて、貴・西安交通大学は1956年(昭和31年)、西安へ移られました。
 それは、厳しい環境のなか、西部地域の開発を推進するという、重大な挑戦でした。
 その貴大学を励ましたのが、周恩来総理でありました。
 「あまりに快適すぎては、青年を鍛え育てることはできません。
 風雪に耐えられるよう、鍛えあげねばならないのです。
 苦難を乗り越えるよう青年を導くには、(西安交通大学の立つ中国西北部は)願ってもない場所です」
 周総理は確信を持ち、希望に燃えながら、語っておられた。
 青年を信じ、青年を心から愛し、期待しておられた。
 私も周総理と語り合いました。たくさんの思い出があります。
 この崇高なる貴大学の足跡に学ぶべき精神は、あまりにも多い。
 なかでも学ぶべきは、人々の幸福のため、一番大変な最前線へ飛び込む「勇気」であります。
 要領がいい。頭もいい。策も上手。しかし、“正義を貫く勇気”が欠落していれば、それは根本的な欠陥となってしまう。
 正義を貫く勇気──これが、わが創価のキャンパスにはあると思うが、どうだろうか(大拍手)。
 「学ぶ」こと自体、正しい道である。だからこそ、学び抜くためには勇気がいる。
 親孝行も、人間としての正義です。だから勇気がいるのです。
 また、先生方が学生を大切にするのも、勇気です。
 「勇気」は「正義」につながる。「勇気ある人」「正義の人」として、人生を歩んでいかなければならない。

負けじ魂で乱世を生き抜け

「どんな仕事もやり遂げよう」
 一、昨年、尊敬する温家宝総理は、貴大学を訪れ、就職難の時代に巣立つ卒業生を、ご自分の体験を通して激励されました。
 温総理も若き日、卒業して困難な地方へ赴任された。若き総理は決心した。
 「断じて後ろを振り返らず、最後までやり抜き、たとえどんな仕事をしようとも、それを立派にやり遂げよう」と。
 「自分自身に勝ってみせる!」という心意気です。
 これこそ、大事な人生の一点であると思います。君たちも、この「負けじ魂」で断固、乱世を勝ち抜いてほしい。
 父も母も、自分自身も、晴れやかに楽しく「私は勝った」「親孝行ができた」と言える人になってください!〈「ハイ!」と卒業生から元気な返事が〉
 人生において勇気を忘れてはいけない。小手先のずるさで生きてはいけない。何度でも申し上げておきます。

信頼のシルクロードを広げよ

語学力を磨け
 一、36年前(1974年)、私は厳しい冷戦の時代に、貴国を訪問し、シルクロードの都である西安市も訪れました。
 その旅を一つの起点として、私は、中国と日本、ロシアと日本、中国とロシア、アジアと欧州など、世界を結ぶ平和の対話を勇敢に繰り広げてきました。
 最高峰の“人類の頭脳”ローマクラブの創始者であられるペッチェイ博士とも、地球環境の未来を守るために、持続可能な社会に向けて、大いに語り合いました。
 思えば、無名の一青年だった私が、世界の識者と語り合う力を磨いたのも、恩師・戸田先生のお陰でした。19歳で先生と出会い、万般の学問を授けていただいたのです。
 ただ、天才的な知性の持ち主であった戸田先生も、語学だけは不得手であった。私の青春時代も“英語は敵国語”。語学の先生に恵まれませんでした。
 ともあれ、若い時には、何でも頭に入る。どんどん吸収できる。学んだ分だけ、自分の財産になる。
 どうか諸君は、英語を勉強してください。また、中国語を学んでください。語学力を磨き抜いてください。

未来を創りゆけ
 一、本日は、ローマクラブの偉大な知性であられるヴァイツゼッカー博士が、ご臨席くださいました。
 博士が鋭く提唱されているように、大切なのは、人間の「協力やチームワークの開発」であります。
 洋々たる平和の未来を生きゆく皆さん、そして未来を創りゆく皆さん! ここ創価大学・創価女子短期大学で磨いた誠実な人格の力をもって、わが足もとから、あらゆる方々との友情と信頼のシルクロードを広げ抜いていってください!。
 一、古《いにしえ》の西安の天地で歴史を刻んだ唐の大詩人・白楽天は「無敵の者は正義に根ざし」(岡村繁著『新釈漢文大系104』明治書院)と記した。民衆の幸福のため──ここに正義がある。
 同じく、西安に生きた詩人の杜牧《とぼく》も、「正しい道は堂々と構える宮殿のようなもの」(稻垣裕史訳「唐故平盧軍節度巡官隴西李府君墓誌銘」、京都大学中国文学研究室編『唐代の文論』所収、研文出版)と綴りました。
 「永遠の都」西安にそびえ立つ「永遠の知性の大宮殿」たる貴大学の無限の栄光を、私たちは心からお祈り申し上げます(大拍手)。
 一、貴大学の勇壮な校歌には、「世界の光とならむ」という誇り高き一節があります。
 わが愛する卒業生よ、正義の生命を炎と燃やし、いずこにあっても光れ! 健康で朗らかに光れ! 燦々と輝き光ってゆけ!
 頼むよ!〈卒業生が「ハイ!」と元気に返事を〉
 そして、21世紀を悠然と照らしゆく勝利の人生たれ!──と叫びに叫んで、私の謝辞といたします。
 謝謝! 誠にありがとうございました(大拍手)。
2010-03-25 : スピーチ・メッセージ等 :
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創価学園卒業式

創価学園卒業式/南米ベネズエラ・ボリバル共和国アラグア・ビセンテナリア大学「名誉教育学博士号」「名誉教授称号」称号授与式     (2010.3.16 創価学園)

 南米ベネズエラ・ボリバル共和国の最高学府「アラグア・ビセンテナリア大学」から、創価学園創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長と香峯子夫人に、それぞれ、「名誉教育学博士号」と「名誉教授称号」が授与された。これはSGI会長の人類の平和と学術発展への多大な功績と、SGI会長とともに人間主義の哲学を世界に普及する香峯子夫人の尽力を讃えたもの。授与式は16日、東京・小平市の創価学園卒業式の席上で行われ、東京・関西の各キャンパスを映像と音声でつなぐ式典に、同大学のヘラルド・グアリスマ総長、ベルタ総長夫人が出席した。この日、札幌創価幼稚園でも卒園式が行われた。

学園創立者への決議書(抜粋)

 本年は池田大作博士の創価学会会長ご就任50周年、ならびにSGI(創価学会インタナショナル)発足およびSGI会長ご就任35周年の佳節にあたります。池田博士は長年にわたり、平和の実現と人々の啓発に尽力され、世界各地に文化・教育・平和研究機関を創立されました。
 ご高名な池田博士は、普遍的な哲学を基調に、価値創造を目指す運動を展開され、平和の種子を全世界に植えてこられました。
 また、深遠なる東洋哲学を西洋に伝えるとともに、西洋の傑出した思想家・学者の英知を用いて平和を推進され、歴史上いまだかつてない、世界的な視野に立つ思想と科学技術の新たな発展をもたらしました。
 全人類の繁栄のために、今、世界の大学ならびに教育機関は総力をあげて、あらゆる文化、知識の統合を可能とする哲学を探求するべきであります。
 この大いなる目的の実現のためには、世界の青年の育成が不可欠であり、池田博士の思想にはそのための道が示されているのであります。
 アラグア・ビセンテナリア大学は、「実験的義務論」という独自の研究方法を展開し、個人や組織の成長・発展を実現するうえで、
「対話」「合意」「建設的なものの見方」を重視してきました。
 以上のことに鑑み、大学法第26条14項が定める権限を行使し、アラグア・ビセンテナリア大学のグアリスマ総長および大学評議会は、以下のことを決議します。
 教育者、哲学者、詩人、作家、平和の偉大なる師匠であり、新たなるヒューマニズムの創設者としての卓越したご功績に対し、世界的な教育者であられる池田大作博士に、アラグア・ビセンテナリア大学の名誉博士号、ならびに名誉教授称号を授与いたします。

香峯子夫人への決議書(抜粋)

 池田大作博士は長年にわたり、人間の可能性を開く団体の会長を務めてこられました。その池田博士の傍らには常に、池田香峯子夫人がおられました。
 1952年に芽生えた、お二人の絆は、世界190を超える国々の平和を推進しゆく“重要な鍵”となりました。
 池田博士ご夫妻は、「英知」によって全世界に平和を促進する文化・教育・研究機関を創設され、「協調」と「人間的価値」をひたすらに、そして生き生きと広めてこられました。
 SGIの女性リーダーである池田香峯子博士は、高潔な心で、人間愛に満ちた社会をつくるために、崇高で模範的な努力を重ねてこられました。
 自ら創価学会の活動の重要な推進力となられ、「調和のとれた社会」を実現する鍵となる、心身が美しく調和した個人の成長を目指す運動に女性の参加を促してこられました。
 この「調和のとれた社会」においては、自他共の幸福という価値観が、常にダイナミックな活力にあふれて存在し、人格の形成と新しい人類の価値観にとって不可欠な「安定した平和」を実現する力となるのです。
 池田香峯子博士は、池田大作博士とともに国連が提唱する人間開発の環境パラダイム(枠組み)の推進に大いなる貢献をしてこられました。
 国連と学術界との懸け橋となられ、地球上のすべての民族に恩恵を与える環境開発の「概念」を「目に見える現実」へと転換してこられました。
 アラグア・ビセンテナリア大学の「環境・天然資源・生活の質研究センターでは、本学独自の「エコと持続可能な発展」に関する研究をすすめております。同研究センターは、人間と環境の共生を基調とし、物心共の豊かさを享受できる真の「社会的幸福」、すなわち個人と社会の発展と成長を可能にすることを目指しています。
 以上のことに鑑み、大学法第26条14項の定める権限により、グアリスマ総長ならびにアラグア・ビセンテナリア大学評議会は以下のことを決議します。
 新たなるヒューマニズムの創設者として、また世界平和の旗手としての優れたご功績に対し、世界的な教育者であられる池田香峯子博士に、アラグア・ビセンテナリア大学の名誉博士号、ならびに名誉教授称号を授与いたします。

学園創立者のスピーチ

進め! 勇気の旗高らかに
君の可能性は宇宙大‼


 一、皆さんご苦労さまです。
 晴れの卒業、おめでとう!(大拍手)

すべては今から
 一、卒業生の皆さんは、若い。
 若さこそ宝です。
 何ものにも替えがたい無上の宝です。
 ゆえに、今がどうあれ、決して焦る必要はない。自分を卑下することもない。
 すべては、これからです。一切は、今からです。
 断じて、勝っていきなさい。幸福になっていきなさい。
 今、世界に、素晴らしい創価の城ができあがりました。
 アメリカ・オレンジ郡には、アメリカ創価大学が堂々と発展しています。
 ここに出席されたグアリスマ総長夫妻は、来日前、わざわざ、アメリカ創価大学を訪問し、学生だちと懇談もしてくださったと、うかがいました。
 ありがとうございます。
 皆さん方も、どうか、世界に羽はたいてもらいたい。
 皆さん方のために、世界に「道」は開いておきました。創価の城は、各国に立派にそびえ立っています。
 ロシアの西シベリアには、私の名前を冠した友好庭園が広がっています。
 ロマンにあふれた壮大なスケールの庭園です。
 〈「池田大作記念友好庭園」は、西シベリアのオムスク州・カルブザ村出身の著名な社会活動家セルゲイ・フィル氏から「池田SGI会長の露日交流への貢献を讃えて命名させていただきい」と懇請があり、2002年7月に誕生した〉
 卒業生の皆さんは、ぜひ、世界を舞台に活躍していただきたい。
 また、いつの日か、お父さん、お母さんも連れていってあげてください。
 将来、社会に出て、うんと働いて、ご両親に、世界中、ゆっくりと旅をさせてあげられるくらいの力をつけてもらいたいのです。立派になってもらいたいのです。よろしく頼みます!

教員の伝統
 一、きょうは、東京校が「第40回」、関西校が「第35回」という大きな歴史を刻む卒業式となりました。おめでとうございます!
 東西の創価小学校の皆さんも、6年間、よく立派に通い抜きました。うれしい!
 札幌創価幼稚園も、春を呼ぶ卒園式、まことに、おめでとうございます!
 また、いつも学園を守ってくださり、学園生がお世話になっている皆様方、本当にありがとうございます!(大拍手)
 教員の皆さんにも、大変にお世話になりました。
 児童・生徒を心から大事にし、成長させていくことができるならば、それが世界で最も偉大な力です。人間の王者です。
 これが創価学園の教員の伝統なのです。

真心の言葉で
 一、ともあれ、卒業生の諸君は、親孝行であってください。
 そのために、身近なこと、小さなことを大事にしてもらいたい。
 たとえば、お父さん、お母さんへの言葉遣いです。
 皆さんが、きょうここで返事をしてくれているように、「ハイ」という気持ちのよい返事を、家に帰ってもしていってください。
 そして、お父さん、お母さんに感謝の言葉を忘れないことです。
 「お母さん、いつも、ごはんをつくってくれてありがとう」
 「お父さん、いつもお仕事をしてくれてありがとう」と真心の言葉をかけていける人になってもらいたい。
 皆さんの言葉一つで、両親は、喜び、安心する。皆さんの心がけ一つで、家族は、仲良く楽しく円満に過ごしていける。
 皆さん自身が聡明になるのです。
 そして、一家の「心棒」となって、思いやりにあふれた、喜びに満ちた家庭をつくっていく。それが価値創造です。
 人間が生きるうえで、一番大事なことです。それができる人をつくるのが創価教育です。
 この人間の道に学問の本質があるといってもいいくらいです。

師弟一体の証し
 一、東西の創価学園の卒業生は、皆、日本中、世界中の使命の舞台で、大活躍しています。
 きょうまでに、博士号を取得した英才は、280人となりました(大拍手)。
 じつは、きょうの二つの栄誉によって、私が世界の大学・学術機関から授与していただいた名誉学術称号の数は、不思議にも、学園生全体の博士号の数と、ほぼ一致しました。
 これが師弟一体の一つの証しです。
 優秀な学生を育ててくださった教員の先生方にも感謝します。本当にありがとうございます。
 さらに、卒業生は、法曹界、経済界、医学界、教育界、政界、スポーツ界、芸術界など各界で活躍しています。
 世界的な業績をあげゆく立派な科学者も育っています。
 きょうは、卒業生の代表も、後輩のお祝いに駆けつけてくれています。本当にありがとう!(大拍手)

お父さん、お母さん、万歳‼
親孝行の偉大な指導者に


負けじ魂を!
 一、ベネズエラの大文豪・バラルド先生は謳った。
 「嵐を越えると、大空は一層、輝きを増す」
 「試練や苦難を乗り越えてこそ、心は感謝にあふれ、より鮮烈に幸せを感じることができる」
 皆さん、改めて卒業、おめでとう!(大拍手)
 皆、負けじ魂で、よく頑張った。
 これからも頑張れ!
 2年前、世界は、金融危機に見舞われました。
 深刻な経済不況が打ち続くなか、お父さんやお母さんは、皆さんを学園へ送り出してくださったのです。
 どれほど、ご苦労があったことか。
 ここで、最大の感謝を込めて、全員で、「お父さん、お母さん万歳」と叫ぼう!〈卒業生の合図で、高らかに万歳三唱した〉
 おめでとう! お父さんも、お母さんも、皆さんも、断じて勝ちました。また、勝つ道を進んでいるのです。それをきょうは、確信してください(大拍手)。
 本日、お迎えした総長ご夫妻も、ご両親への感謝を忘れず、学びに学んでこられた大秀才です。
 そして、尊き父母の誠実な心を受け継いで、信念の社会貢献を果たしてこられたのです。
 貴国の歴史学者、アリスティデス・ロハス先生は語った。
 「たゆみない学びの努力が、精神を豊かにし、強くする」と。
 わが学園生も「勉学第一」「健康第一」で、親孝行の偉大なる指導者になってください!〈「ハイ」と誓いの声〉
 うれしいね。約束しよう!

毎日が挑戦だ 自分らしく誓いの道を

学園生こそ誇り
 一、気高き教育哲学者であられる総長が命を賭して創立された貴大学は、「創造の力を育む大学」として輝きわたる名門校であります。
 この貴大学から賜った最大の栄誉を、私と妻は、恩師である牧口先生、戸田先生に捧げさせていただきたい。
 そして、愛する学園生が「創造の力」を未来に発揮しゆく象徴として拝受させていただきます。総長、誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。
 大学、学園をつくり、発展させることが、いかに困難の連続であるか。総長は、その道を歩んでこられました。
 この苦労は、創立者でなければ分からないでしょう。まさに死闘です。
 創立者でもあられる総長が、最も誇りとしておられることは、いったい何か。
 それは、卒業生が、社会の発展のため、大活躍していることです。
 私の最高の誇りも学園生です。君たちが勝利するためならば、私は、いかなる労苦も惜しみません。
 どうか、立派になってもらいたい。ご両親を喜ばせ、そして日本中をびっくりさせるくらいに、偉くなってもらいたい。
 きょうの誓いを一生、忘れてはいけない。頼むよ!〈「ハイ」と決意の声〉

ベネズエラの平和指導者
未来を築くのは自分自身


努力と一念で
 一、グアリスマ総長が尊敬してやまない、貴国の平和の指導者ウスラル・ピエトリ先生は、言われました。
 「人生は、無限の可能性に満ちている」
 「未来は、待つべきものではなく、自分自身が選びとり、建設するものなのである」と。
 若き君たちの生命には、宇宙大の可能性がある。人を羨んだり妬んだりする必要など、まったくない。
 努力です。一念です。絶対に勝てないわけがない。まずは勉強で立派な成績を残して、お父さん、お母さんに喜んでもらうことだ。
 自分らしく、これからの挑戦で、未来の勝利を必ず創っていくのです。その心で進むのが真の勝利者です。幸福者です。頑張ってください!〈「ハイ!」と元気な返事〉
 君たちが打って出る社会は、激しく揺れ動いている。嘘つきや傲慢な人間もいる。それが現実だ。
 時には、いやになることも、たじろぐこともあるかもしれない。しかし、ヨーロッパで学んだグアリスマ総長が尊敬する、ドイツの大哲学者カントは叫びました。
 「人間の内には、あらゆる禍いに立ち向かう心の能力がある」(御子柴善之訳「コリンズ道徳哲学」、『カント全集20』所収、岩波書店)
 「困難な取り組みに対しても決然として力強くなくてはならない」(同)
 この言葉を、きょうは皆さんに贈りたい。
 牧口先生が平和のために投獄された獄中で、最後まで学んでおられたのも、このカントです。
 価値創造のために一番、大切なものは何か。それは「勇気」です。悪と戦い、正しいことをやり抜く「勇気」です。幸福をつかみ取る「勇気」です。
 意気地なしでは幸福にはなれない。人生に勝つことはできない。
 臆病者には何も創造できません。どんなに口がうまくても、嘘つきであったり、行動しない人は、何も価値を創造することはできない。
 貴大学が立つアラグア州の人々は“我らの美しき旗は勇気なり”と胸を張ってこられました。
 勇気でいこう!
 朗らかに進もう!
 勇気ある人が一人立てば、皆が喜ぶ。周りをも明るく変えていける。

師匠への報恩
 一、私も、どんなに迫害されようとも、師匠である戸田先生から託された「勇気の旗」を高らかに掲げて、一切を勝ち抜いてきました。
 世界中で勝利の証しを打ち立ててきました。私は一庶民です。一人の平凡な青年として立ち上がり、すべてに勝ってきました。
 この勇気の三色旗を、私はきょう、学園生の一人一人に託し、差し上げたいのです。
 今は経済的に大変でも、苦しくても、最後の最後に勝てばいい。
 いずれは偉くなって、お父さん、お母さんに恩返しをしてもらいたい。楽をさせてあげてほしい。
 「将来は、大きい家を建てて、住んでもらうからね」──そう言えるくらいの皆さんになってもらいたい。
 私も親孝行をしました。実家は海苔の製造業を営んでおり、真冬の朝早くから起きて、仕事を手伝ったこともある。
 大人になってからも、親を大事にしました。何の悔いもありません。
 また私は師匠である戸田先生に対しても尽くし抜きました。先生の事業が破綻した時は、朝から晩まで働きました。夜遅くなってしまい、先生のお宅に泊めていただいたこともある。
 大変な日々でした。でも、師匠がいるということが、どれほど幸せなことか。私は、そのことを深く感じていました。
 体が弱く、30歳まで生きられないといわれた私が、師匠の後を継ぎ、世界を舞台に歴史を残すことができた。
 私は師匠への報恩という点でも、何の悔いもない。
 皆さんも、こういう人生を歩んでもらいたいのです。

厳しい冬を耐えてこそ桜は咲き薫る
「今に見よ!」勝利の根を張れ


人間革命の歴史を綴れ
 一、関西校には、中国・冰心文学館の、お懐かしい王館長先生ご夫妻がお越しくださいました。
 誠にありがとうございます(大拍手)。
 私と妻も敬愛してやまぬ「中国文学の母」謝冰心先生は、言われました。
 「咲き誇る花に対して、人々はただ、その鮮やかな姿に感嘆するだけだ。
 しかし、その花の芽は、奮闘の涙の泉に浸って育ったのだ」と。
 君たちも今は焦る必要はありません。
 若いのです。
 少しぐらい、成績が悪い時があっても、大丈夫だ。
 忍耐強く、わが道を歩み、親孝行していけばいいのです。
 そして、根を深く張って、幸福と勝利へ、自らの人間革命の歴史を綴っていくのです。
 いいですね!〈「ハイ!」と元気な返事が〉
 皆さんの時代です。
 桜も厳しい冬を耐え、時を待って咲き薫る。
 青春時代も同じです。勉強し、苦労し、時を待って偉くなる。幸福になる。
 君たちも「今に見よ!」と一日また一日、成長し、自分自身を革命しながら、勝利の“学園桜”を断固として咲かせていってください。
 皆さんの勝利を、私は祈り信じています。
 頑張ってください!

「永遠の平和を」それが創価の道

粘り勝て!
 一、11年前、私は皆さん方の創立者として、貴国ベネズエラから、栄えある「アンドレス・ベージョ最高位勲章」を叙勲いただきました(大拍手)。
 この文化の勲章に、その名前が冠された大教育者ベージョ先生の獅子吼を、愛する君たちに贈りたい。
 ベージョ先生は叫ばれました。
 「自分自身が向上すれば、より良き社会に貢献できる。
 人々の幸福に貢献すれば、自分自身も幸福になれる」
 その通りの人生を歩んでこられた、英知光る総長ご夫妻に、ここで、全員で大拍手を贈りましょう!(大拍手)
 総長ご夫妻はじめ世界の知性が、学園生に絶大なる期待を寄せてくださっております。
 人類の幸福のため、永遠の平和のため、大きな大きな強く明るい心で、使命と栄光の青春を、勝ち進んでいってください。
 皆、一度しかない人生です。勝利して、お父さん、お母さんに喜んでもらうのです。
 中国の謝冰心先生は“真の友は、わが心の空を彩る、かけがえのない星である”と言われました。
 君たちは、世界一の学園の友情を誇りとしながら、21世紀の天空に「希望」と「正義」と「勝利」の金の星を堂々と輝かせていってください!
 勝ちましょう!
 粘り勝ちましょう!
 そして、人生を楽しんで、愉快に、お父さん、お母さん、きょうだいを包んでいってください。
 一人、立派な人が立てば、皆が幸福になります。
 頼むよ!〈「ハイ!」と元気な返事が〉
 結びに、敬愛する貴大学の限りない大発展をお祈り申し上げ、私と妻の御礼とさせていただきます。
 ベネズエラ、万歳!
 学園生、万歳!(大拍手)
2010-03-23 : スピーチ・メッセージ等 :
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栄光の日々 10 創価大学

栄光の日々 名誉会長と我らの人生 10
                (2010.3.20付 聖教新聞)
創立者との絆は永遠 創価大学

築け! 広宣流布の人材の城を
創大生の勝利が創立者の勝利


 「私のつくった大学に来てくれて、ありがとう!」
 創価大学創立者の池田名誉会長は、いつも、そう皆に語りかける。
 学生のためなら、どんなことでもしたい。その保護者や家族のことも、健康を、繁栄を、真剣に祈っている。それが、永遠に変わらぬ「創立者の心」だ──と。
        ◇
 1979年(昭和54年)7月17日。創大の第8回「滝山祭」が、創価学園の第12回「栄光祭」と合同開催された。
 この年の4月、創立者は第3代会長を辞任。私利私欲と嫉妬の輩の謀略があった。ただ一人、創立者が盾となり、屋根となり、迫害も一身に受けたことを、学生たちは後から知った。
 創立者に会いたい!──沸騰する心を抑えて、皆、創大第1グラウンドに集まってきた。記念集会が始まるのだ。
 夕刻の丹木の丘には清風《せいふう》がそよぎ、若人の頬をなでていた。創大生、学園生がいる。東京創価小学校、関西の創価女子学園(現在の関西創価学園)の代表も参加した。通教生、卒業生、保護者、教職員、地元市民も出席した。
 「教育は私の最後の事業」と、命を削る思いでつくった創大や学園。いかなる嵐があろうとも、創立者と創大生、学園生との絆は変わらない。
 この師弟の絆こそ、教育の根本であり、変わらぬ真理である。
 公の場に出席することを控えていた創立者。集会には、初め、その姿はなかった。師に届けと、愛唱歌の歌声や舞踊に一段と力を込めた。
 終盤にさしかかった時である。創立者が姿を現し、皆が待つグラウンドヘ駆け下りた。
 大歓喜の渦の中心で創立者がマイクをとった。
 「諸君が成長し、力を持ち、社会の立派な人材と育っていくこと、それが私の念願です!」
 そして、学園生たちと肩を組み、何度も何度も「創大学生歌」を歌った。
 この日、体育館では、上位リーグに昇格した卓球部の勝利報告を聞き、「不撓山」と揮毫した。
 記念集会の後も、「古典の家」で茶会を催す学生に「何でもしてあげるよ。大きく成長してよ」「学は力だよ。しっかり勉強してください」と述べ、茶道部に「大桜」、筝曲部に「不撓桜」と認め、贈った。
 不撓──それは、心が固く、困難に屈しないこと。
 何があろうと、創立者は永遠に創立者。毀誉褒貶に右往左往するのは、むしろ弟子の側だ。ゆえに、弟子が強くあればよい。
 揺るがぬ信念の人生を!
 断じて負けるな! 師子王の姿に、創大生は不撓不屈の「負けじ魂」を胸中に刻んだ。
        ◇
 1984年(昭和59年)6月26日夕のことである。
 創立者は、創大の寮生との懇親会に出席した。
 「私は大学のために、一生懸命に働きます。来年は開学15周年だ。寮もきれいにして住みやすくします。もっと勉強しやすい環境もつくります。みんなは卒業してしまうかもしれないが、必ずそうします」
 その直後には、東京富士美術館を訪れ、文化を愛で、職員を激励。さらに──。
 午後9時24分、創立者の姿は、静まりかえった文系校舎A棟にあった。ロビーには、シルクロード研究会の展示が。「先生おかえりなさい」と書かれた張り紙に、そっと言葉を記した。
 「ありがとう。研究の大成功を祈ります。私も応援いたします」と。
 翌日には教室に足を運び、学問の友を励ました。
 その翌年には創価女子短期大学が開学。創立者は、体調を崩した直後の12月、短大1期生の授業参観に訪れている。
 女子短大は、本年4月、25周年を迎える。
 明年は創大の開学40周年。新総合教育棟の建設も進み、「学生第一」の城は一段と発展を遂げている。
 創立者の期待に応えんと、社会で奮闘する創価同窓生は、今や約8万人に。
 創大生の勝利が創立者の勝利──創立者に勝利の報告ができることこそ、創大生・短大生の最大の喜びである。
2010-03-20 : 栄光の日々 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.10/11

随筆 我らの勝利の大道 No.10/11
              (2010.3.18/19付 聖教新聞)

厳たれ!丈夫・壮年部㊤㊦

師と共に 男らしい戦いを!

広布の船長は 荒波越えて皆を勝利へ

 丈夫は
  波瀾万丈
    歴史かな

 英国の桂冠詩人テニスンは、力強く呼びかけた。
 「さあ友よ、更に新しい世界を求めるのに遅すぎはしない。押し出でよ、整然と持ち場につき、波の響く大海原を打って進もう」
 現実社会の荒波は高い。経済不況の烈風も厳しい。
 その中を、広宣流布の誉れの船長たる、わが壮年部の友は、それぞれの使命の船団を率いて、断固と前進し奮闘してくれている。
 日蓮大聖人は、「生死の大海を渡らんことは妙法蓮華経の船にあらずんば・かなふべからず」(御書1448㌻)と断言なされた。
 我らには、いかなる怒濤も勝ち越え、大歓喜の人生航路を開く妙法がある。
 過日の全国壮年部幹部会(本部幹部会)で、私は遠来のアフリカの友に、最後の万歳三唱をお願いした。
 代表として登壇してくれたのは、コートジボワールの壮年支部長である。
 皆から「キャプテン(船長)」と慕われている彼は、もともと商船の船長であった。
 しかし、勤める船会社が閉鎖された。再就職の活動を始めるが、なかなか決まらない。いやまして懸命に題目を唱え抜いて8カ月。遂に石油会社への就職が決まった。今、営業所の所長として、堂々と「変毒為薬」の実証を示している。
 コートジボワールの同志は2万人を超え、大発展している。合言葉は──
 「先生と共に戦おう!」
 「本当の友情を!」
 「常に悪と戦おう!」
 雄々しき「アフリカ広布の英雄」と、私は固い固い握手を交わし、尊き同志への伝言を託した。
        ◇
 恩師・戸田城聖先生の事業が窮地の渦中に、私は一心不乱に支え抜いた。
 その苦境を乗り切り、先生に第2代会長に就任していただくと、師の願業である折伏75万世帯を実現するため、死身弘法で戦った。「立正安国」の闘争にも勝利また勝利を開いた。
 病弱な私は、戸田先生をお護りし、先生のご構想を実現するために「今日、死んでも悔いがない」という決心で、師子奮迅の力で、一日一日を戦い切った。
 そうした激戦が打ち続く昭和30年の3月のある日、先生は私に言われた。
 「俺も、お前も、男らしい戦いをやり抜いて来たなあ」。何より有り難い勲章を拝受した思いであった。
 戸田先生が私に語ってくださったように、私は壮年部の盟友に申し上げたい。
 「共に、男らしい戦いをやり抜こうではないか!」

豚汁を青年達に!
 それは、52年前(昭和33年)の3月16日の早朝であった。
 不滅の師弟の儀式となる「広宣流布の記念式典」に参加するために、6000人の青年が、続々と富士の麓に勇み集って来た。
 春3月とはいえ、明け方は寒かった。皆が吐く息も白い。その青年たちから、歓声が上がった。
 思いがけず迎えてくれたのは、湯気の立つ「豚汁」であった。朝早く到着する皆を気遣われ、「青年に必要なのは体温だよ」と、戸田先生が直々に手配なされたのである。
 準備にあたる中心者は、蒲田の重鎮の二人の壮年であった。青年のためにと頑張る姿が誇り高かった。煮え立つ四つの大釜の傍らで、汗だくになりながら豚汁を桶に分けていった。
 青年たちは、それを銘々が持参した椀に受け取り、フウフウ言いながら掻き込んだ。豚汁の熱が、冷えた体に染み渡った。そしてそれにもまして、師匠の真心が熱く熱く胸に染みた。
 “恩師の豚汁”は、青年たちの金の思い出の一つとなったのである。
 先生は、父親が子どもの苦労を気遣い、陰でそっと支えてやるように、細かく配慮されていた。
 寒い時、小腹に何か入れるだけでも、体が温まって風邪をひかないものだ。
 私は今でも、先生の振る舞いを想起しつつ、北国で戦う創価班や牙城会、白蓮グループの友をはじめ、大切な同志の健康と勝利を祈り、心を配る日々である。
 また、尊き王城会、創価宝城会、無冠の友の皆様にも、感謝を申し上げたい。
 ともあれ壮年部は、勇んで戦いの先頭に立つとともに、同志の心のわかる温かい人間指導者に熟練してほしい。それが、王者の風格を築いていくのだ。
        ◇
 盤石な
  柱となりて
   永遠の
  金剛不壊なる
   生命 勝ちとれ

 壮年部が誕生したのは、昭和41年の3月5日である。晴天であった。
 学会本部に、750人の精鋭が集って結成式を行った。私もこの嬉しい門出を祝した。
 「軍《いくさ》には大将軍を魂とす大将軍をく(臆)しぬれば歩兵《つわもの》臆病なり」(同1219㌻)とは、あまりにも有名な御金言である。
 一家においても、職場においても、地域においても、重鎮である壮年世代に覇気が横溢していることが、発展と勝利の要件だ。
 壮年部が健在であってこそ、婦人部も、男女青年部も、安心して戦える。
 大切な、大切な学会家族を護り抜く黄金柱よ、威風堂々たれ!──これが、自ら壮年として指揮を執られた牧口、戸田両先生の願いであったといってよい。この心を実現するため、私は壮年部をつくったのだ。
 その結成式の翌日、私は同志の激励のため、北南米へ旅立った。
 ロス、ニューヨークを回って、3月10日、ブラジル ヘ向かう機中であった。
 窓を覗くと、地平線は明るみ、眼下には雄大なアマゾンの大河が見えた。
 この大河の如く、世界広宣流布の悠久の流れを開いてみせる──そのための重大な“画竜点睛”こそ、壮年部の結成であったのだ。
 後年、アマゾンの「守り人」と敬愛される詩人メロ氏は、私との会見の折、即興詩を詠まれた。
 「私は、愛情をもって、謳いながら仕事をする。
 あすの建設へ向かって」
 「ただ生きるだけでなく、変革に貢献することが、何よりも大切。
 それぞれが自分の立場で、自分の地域で──」
 わが壮年部の心意気にも通ずる至言であろう。

気さくに誠実に!
 かつて私は、平日の昼間から使命感に燃えて地域広布に奮闘される「太陽会」「敢闘会」の友に、御聖訓をお贈りした。「百千万年くら(闇)き所にも燈《ともしび》を入れぬればあか(明)くなる」(同1403㌻)と。
 壮年には、数多《あまた》の修羅場をくぐり抜けてきた経験がある。度胸がある。実践知がある。友を照らし、後輩を良い方向へ導いていく灯台のような発光がある。
 人間同士の交流が希薄な現代だ。だからこそ今は、いぶし銀のように“黙して語らず”よりも、気さくな「おじさん」の励ましの一言の方が、金の光を放つ。
 壮年は皆、それぞれ風雪に鍛えられた顔《かんばせ》を持っている。だが、そこに醸し出される威厳と“威張る”ことは違う。気難しくなったり気取ったりせず、周囲に心を配り、声をかけ、何か手を差し伸べていくことだ。
 その誠実な振る舞いが、一家和楽、さらに地域広布への確かな一歩となる。
 「壮年革命」の鍵は、身近にある。
 大文豪トルストイは、含蓄深い言葉を残している。
 「人生の意義は、ただ団結のうちにのみある。
 そう信ずるならば、人は自らが携わっている仕事に全身を捧げずにはいられない。そして、触れ合うすべての人々に対して、配慮、思いやり、愛情を持たずに接することは、もはやできないのだ」
 無名でよい。いな無名であって、「あの人のおかげで」と、幾多の庶民から感謝される人生ほど、尊く、気高い劇はない。
 時代は、空前の高齢社会に入っている。「生老病死」という人生の局面は、誰人にも、さらに切実に迫ってくる。その根本的な苦悩を、「常楽我浄」へ打開しゆく大哲理が日蓮仏法である。
 壮年門下・四条金吾への御指南に、「真実一切衆生・色心の留難を止《とど》むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり」(同1170㌻)と明確に仰せの通りである。
 この偉大な妙法の探究者であり、実践者である壮年部こそが、地域社会の依怙依託と仰がれる「時」が到来している。
 立つ時は今だ。打って出る時は今だ。勇気凛々と、自信満々と!

 明確な
  目的 持ちたる
   嬉しさよ
  これぞ希望の
    王者なるかな

祈ろう! 動こう! 妙法の名将よ

我こそ幸福と勝利の責任者
生涯「情熱」と「報恩」の炎を燃やせ


 いざや起て
   信心の将
    富士 仰ぎ

 私は、広布の大将軍たる戸田先生の一番側にお仕えしながら、将の将たる壮年の実践項目を学んだ。
 壮年部結成に寄せた『大白蓮華』の巻頭言も、「妙法の名将」と題した。
 創立80周年の勝利へ、大事な名将の要件は何か。
 それは、いかなる難事をも断固と成し遂げゆく、わが壮年の不屈の実行力と闘争力であろう。
 では、その原動力は何か。
 それは「法華経の兵法」である。そして、「題目の師子吼」である。
 なかんずく、大事なポイントは、「具体的に祈る」ということだ。
 御聖訓には、「大地はささばはづ(外)るるとも」
 「法華経の行者の祈りのかな(叶)はぬ事はあるべからず」(御書1351,2㌻)とまで断言なされている。
 それゆえに、漠然とした曖昧な祈りではなく、「的」を明確に定めることだ。つまり「必ず」と腹を決めた誓願である。
 そこに牧口先生が、常に言われていた「百発百中」の実証も現れるのだ。
 わが同志が、一人ももれなく、幸福で健康で、無事安穏で裕福であるように!
 わが地域の広宣流布が、前進し、拡大するように!
 学会の勝利の道が、無限に開けるように!
 毎朝毎晩、朗々たる音声で、明快に強盛に祈り抜き、祈り切っていくのである。
 そして、あの友の幸福を、わが後輩の成長を──すべて一つ一つ深く祈念しながら、足取り軽く最前線へと飛び込む。
 この「祈り即実行」の繰り返しを、それこそ「せめ返し・せめをとし」(同502㌻)と仰せの如く、弛まず貫いていくことだ。
 壮年部は、職場でも、学会の組織においても、師子王の心で、信頼厚き「幸福責任者」「勝利責任者」となるのだ。
 一個の男として、何があろうが、自分は逃げない、責任を果たしてみせると、勇気を奮い起こす時、汝の本当の力が現れる。
 私が大事にしてきた詩人シラーの言葉「一人立てる時に強きものは、真正の勇者なり」──これはまた、壮年部の気概でもある。
 そして、その自分の周りに、心通う連帯の「輪」を、一人また一人と、着実に広げゆくことだ。

男達が立ち上がった

 この人生
  悔いなく 強く
    朗らかに
  正義の大道
     厳と歩めや

 未曾有の経済危機にあって、わが壮年部は、地道な訪問激励を重ね、互いに励まし合いながら、雄々しく、全国各地で宿命転換のドラマを綴っている。
 本年「小樽問答」から55年の佳節を刻んだ創価の三代城・北海道では、厳寒に挑むが如く、この1月に、730もの会場で、壮年部、男子部による「男の体験談大会」が堂々と行われた。
 ──75歳にして嘱託社員の歩みを開始した「前進勝利長」(ブロック長)の壮年がいた。リストラの憂き目を敢然と乗り越え、再就職先のグループ会社の社長となった友もいた。
 難病と闘いながら、弘教拡大に励んだある地区部長は、「病気のおかげで、この信心の素晴らしさに気づきました!」と胸を張った。
 さらに、広布の人材城・東北の宮城でも、“男の体験主張大会”が意気軒昂に繰り広げられた。
 あの地この地で、創意工夫し、“男の”と銘打ったセミナー等も楽しく賑やかに行われているようだ。
 また各地で壮年が、聖教新聞の拡大にも先陣を切ってくれたと、感謝の声が聞こえている。壮年の人脈は、奥行きが深い。
 戦う壮年部の姿を見て、どんなに共感と安心と勇気のスクラムが広がっていることか。
 いよいよ、男たちが立ち上がった! 獅子は雄々しく立ったのだ!

忍辱の心に仏の力
 御義口伝には、「忍辱は寂光土なり此の忍辱の心を釈迦牟尼仏と云えり」(同771㌻)との甚深の教えがある。
 仏の真髄の強さは、ありとあらゆる苦難を堪え忍ぶ「忍辱の心」にあるとの仰せである。
 苦労知らずの意気地なしに、仏の力が出せるわけがない。仏を「世雄(社会の英雄)」ともいう。社会の苦しみを知らずして、何で世雄となれようか。
 忍辱の心とは、いかなる娑婆世界の嵐に晒されようと、心が負けないことだ。心が恐れぬことだ。心が揺るがぬことだ。この忍辱の心にこそ、仏の力、仏の智慧、仏の生命が脈動する。
 「九界即仏界」である。ゆえに「九界」という現実の苦に挑んでこそ、「仏界」は滾々と湧き出ずる。
 ともあれ、仏法は勝負だ。断じて勝たねばならない。その偉大な父の背に、青年が陸続と続くのだ。
 大詩人リルケは歌った。
 「私は父だ。しかし息子は父以上の者だ。父親があったところの一切であり、父の成り得なかったものが彼の内で偉大になる」
 「黄金柱ここにあり」との実証を、子どもや後輩たちに示し切れ! その雄姿を皆が誇らしげに見つめ、頼もしく待っている。
 壮年には偉大な力がある。乱世を勝ち抜く豊かな智慧がある。社会に築いてきた信用がある。
 その大長者の宝蔵をば、「勇気」ある信心で、断固と開ききっていくのだ。
        ◇
 誰もが「絶対に不可能だ」と諦め、悲壮感が社会を暗く覆う時──その時こそ、壮年が奮い立つのだ。
 18世紀後半、イギリスの植民地だった当時のアメリカ。不満は高まっていたものの、宗主国には従うしかない──そんな「常識」がはびこっていた。
 その閉塞感を打ち破り、「独立」と「自由」こそが、新しい、そして正しい「常識」だと喝破したのがトマス・ペインであった。
 1776年、1冊のパンフレット『コモン・センス』で、闘争の烽火《のろし》をあげる。
 「これまでの王冠をかぶった悪党全部よりも、一人の正直な人間のほうが社会にとってずっと尊いのだ」
 「おお! 人類を愛する諸君! 暴政ばかりか暴君に対しても決然と反抗する諸君、決起せよ!」
 その叫びは、市民の魂に火をつけ、勝利への息吹を呼び覚ました。独立への道を大きく開いていった。
 当時、彼は不惑(40歳)を迎えようとしていた。今、同年代の“ヤング壮年”も大勢おられよう。
 ペインは、生涯を正義と自由の闘争に捧げ、不当に投獄もされた。その強さは何であったか。それは、無名の庶民であったことだ。
 職人の家に生まれ、妻に先立たれ、事業も失敗。社会の底辺を生きた。それだけに、大衆の思いや感情を敏感に呼吸していた。
 そして自ら義勇兵に志願し、一兵卒として、独立の戦いに加わった。真の丈夫《ますらお》は、周りを鼓舞するだけではなく、勇んで窮地の中に飛び込み、誰よりも苦労するのだ。彼は綴った。
 「われわれの偉大な力は数にあるのではなく、団結にある」
 一人が立ち、年配の友も、若き青年も続いた。「常識」の壁を打ち破り、「不可能」を「可能」へと変えていった。
 完勝への結束は、常に壮年の勇気と行動力によって完成へと導かれるのだ。

富士の如く堂々と
 明治維新の大功労者で、勝海舟らと共に“幕末の三舟”と讃えられた山岡鉄舟は、埼玉にも縁《えにし》が深い。
 西郷隆盛に直談判し、江戸の無血開城の道を開いた英傑である。
 10代で両親と死別、社会の激動、心の葛藤──人生の春夏秋冬を越えた鉄舟は、壮年期、白雪を頂いた富士の峰を仰ぎ、詠んだ。
 「晴れてよし
   曇りてもよし
    不二の山
   元の姿は
     変わらざりけり」
 世間の毀誉褒貶が何だ。あの揺るがぬ富士の如く、わが使命の道を、堂々と進むのだ──。
 そう決めた鉄舟の心は、何事にも微動だにしない。後進の指導者の育成を、自己の研鑽と修行を、死ぬ間際まで怠らなかった。
 西郷隆盛は、鉄舟を念頭に語ったという。「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人」と。
 名聞名利をかなぐり捨てる人。自ら決めた使命に、真っ直ぐに生き抜く人生。「心の財《たから》第一なり」(御書1173㌻)との信念の生き方は、永遠に色褪せぬ、黄金の輝きを放つのだ。
 青年の情熱は尊い。しかしまた、40歳、50歳、60歳、70歳、さらに80歳と年輪を刻みながら、なお消えることなき情熱こそ、本物である。
 絶対に、勝利の先駆を切ってみせる! 私自身が創価学会なのだ!──そう決意し、行動する一人がいる限り、学会は盤石だ。
 今も忘れぬ光景がある。第3代会長に就任して間もない頃の嵐の日であった。吹き飛びそうな大田区小林町の私の家に、一人の丈夫が駆けつけてくれた。
 「先生、大丈夫ですか! 私がお守りします!」と。
 なんと埼玉からの長い道のりを、自転車を走らせて来てくださった。今も、戦う壮年部の精兵として、あの時と同じように、目を輝かせ、広布の最前線を駆け回っておられる。
      ◇
 健康で
  長寿の光道《こうどう》
   共々に
  生きなむ 開かむ
   智慧の長者は

 かつて、わが大阪の壮年部に贈った一首である。
 師匠が開いた道がある。共に歩む仲間がいる。最高の充実がこの道にある。
 フランスの作家サン=テグジュペリは言った。
 「みんながわたしを信頼している。歩かなければ、わたしは卑怯者だ」
 師と共に、また真友と共に進む人生には、「報恩」という、決して曲がらぬ心の芯が通《とお》っている。
 広宣流布とは、全人類を幸福にし、平和を築きゆく大偉業だ。人生を懸けて悔いなき、最高にして名誉ある大目的ではないか。
 進もう! 師弟不二の王道を! 登ろう! 未踏の広布の王者の山を!
 日興上人は大聖人の不二の弟子として、ただ一人、師の教えを寸分違わず語り、叫び、弘め抜かれた。「日興遺誡置文」を遺されたのは、88歳の時であられた。
 求道の阿仏房は、高齢を押して、はるばる佐渡から身延の大聖人を訪れた。
 老いるほどに若々しく、「仏法は勝負」の気概で戦い抜いた。
 わが多宝会、宝寿会、錦宝会の皆様方の姿と、美事なまでに重なる。

真価はこれからだ
 中国の大詩人・杜甫は、詠じた。
 「男児 功名遂ぐるは
 亦た老大《ろうだい》の時に在り」
 (男の仕事の完遂は
 やはり年とってからだ)
 人生の真価は、最晩年をどう仕上げたか、何を成し遂げたかで決まるのだ。
 大聖人は57歳の御述作に、「此の大法のみ一閻浮提に流布すべし」(同1489㌻)と宣言なされた。
 牧口先生が入信されたのも57歳の時であった。その無上の喜びを、「言語に絶する歓喜を以て殆ど60年の生活法を一新するに至った」と記された。
 戸田先生が牧口先生に出会ったのは19歳。そして獄中で師の逝去を知らされたのは、45歳になる時であった。
 この時、地涌の菩薩の使命を胸に秘め、「妙法の巌窟王」となって、必ず師の正義の仇討ちをすると誓われた。ここから、本当の戦いが始まったのである。
        ◇
 私も、19歳で師と出会って激闘を勝ち抜き、82歳の今が一番、元気だ。婦人部の皆様方の真剣な祈りのおかげである。いかなる青年にも負けぬ、雄渾の生命が湧いてくる。
 それは、戸田先生という偉大な師匠を持っているからだ。不二の弟子という、永遠に若々しき本因の生命で戦えるからだ。
 そして、妙法という不老不死の大法を弘めゆく大闘争に、後継の弟子の陣頭で生き抜いているからだ。
 「生死一大事血脈抄」の有名な一節に、「金は大火にも焼けず大水にも漂わず朽ちず」「貴辺豈真金《しんきん》に非ずや」(同1337㌻)と仰せである。
 私と最も長く、今世の人生を共にしてきた、わが戦友の壮年部よ!
 宿縁深く、共戦譜を綴りゆく真金の君たちよ!
 金《こがね》が朽ちないように、何があろうが、厳然と庶民を愛し、護り、輝かせゆく「黄金柱」たれ!
 その尊き生涯を、これからも私と共に、同志と共に、広宣流布の大願の実現に尽くそうではないか!
 そこにこそ、最極無上の喜びと栄光と大満足の人生があるからだ。

 今日もまた
  三世のためにと
   立ちゆけや
  愉快に耐えぬき
   断固と勝ちたれ


テニスンは『対訳テニスン詩集 イギリス詩人選5』西前美巳編(岩波書店)。トルストイは1886年の書簡(ロシア語)から。リルケの言葉は『リルケ全集1』所収[時禱集]尾崎喜八訳(彌生書房)。ペインは『コモン・センス』小松春雄訳(岩波書店)。サン=テグジュペリは『サン=テグジュペリ著作集1』所収「人間の大地」山崎庸一郎訳(みすず書房)。杜甫は吉川幸次郎著『杜甫詩注1』(筑摩書房)。山岡鉄舟の話は牛山栄治著『定本 山岡鉄舟』 (新人物往来社)、佐藤寛著『山岡鉄舟 幕末・維新の仕事人』(光文社)、神渡良平著『春風を斬る 小説・山岡鉄舟』(PHP研究所)、山田済斎編『西郷南洲遺訓』(岩波書店)など参照。
2010-03-20 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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新時代第38回本部幹部会

新時代第38回本部幹部会/全国壮年部幹部会での名誉会長のスピーチ
         (2010.3.6 東京牧口記念会館)

いざ前進! 青年を先頭に 昇りゆく太陽の勢いで

厳しい不況の中 壮年部が躍進!
「丈夫の心」で勝ちまくれ
歴史を綴れ「私の姿を見よ!」と


 一、全国、全世界の同志の皆さん、ありがとう!
 私の願いは、全同志が健康で、幸せになっていただきたいということである。
 何があっても、楽しく進もう!
 妙法に生き抜いて、辛いことも、みんな、楽しく変えていくのである。
 ともどもに素晴らしい人生を送ろう!
 「全同志、万歳!」と声高く叫びたい(大拍手)。
 また全国の音楽隊、合唱団の皆さん、いつも、広宣流布の勝利のメロディーを奏でてくださり、本当にありがとう!(大拍手)
 全国の創価班、牙城会、王城会、さらに会館や会合などで警備にあたってくださる皆さん方にも、心から感謝申し上げたい。
 雄々しき創価の英雄に栄光あれ!(大拍手)

海外の皆様ようこそ!
 一、SGI(創価学会インタナショナル)の研修会の皆様、本当に、ようこそ、お越しくださいました!(大拍手)
 北米、そしてオセアニアの皆さん、堂々たる広宣流布の拡大、本当にうれしい! ありがとう!(大拍手)
 中南米の皆さん、大地震の尊い救援活動、本当にご苦労さまです。
 復興に戦うハイチとチリの同志にも、どうか、くれぐれもよろしくお伝えください。
 欧州の皆さん、希望あふれる大行進、おめでとう!(大拍手)
 アジアの皆さん、世界の模範の団結、いつもありがとう!(大拍手)
 そしてアフリカの皆さん、9カ国からの参加、本当に素晴らしい! 「アフリカの勝利の世紀、万歳!」と申し上げたい(大拍手)。
 一、花の芸術部、戦う芸術部の皆さん、3月8日の「芸術部の日」、おめでとう!(大拍手)
 各地のセミナーも、皆が感謝している。最前線での奮闘も、よくうかがっています。
 芸術部が活躍すれば、同志は皆、喜ぶ。
 芸術部が発展すれば、その分、広宣流布は進む。
 偉大な創価の「妙音菩薩」を、皆で讃え、応援しよう!(大拍手)

時は「今」!
 一、意気軒高の壮年部幹部会、おめでとう!(大拍手)
 全国の各地で、壮年部が元気であり、婦人部も喜び、青年部も驚いている。
 厳しい不況の中、本当にご苦労さまです(大拍手)。
 黄金柱の壮年部であるならば、今までの経験を生かして、女子部や婦人部を守り、青年部を本当に慈しみ育てていってもらいたい。
 とりわけ、青年部時代に訓練を受けた人は、今こそ、その力を発揮する時である。
 青年にあれこれ言うのではなく、率先して模範の姿を示していこう。
 大事なのは「今」である。壮年が立ち上がるのだ。
 どこまでも自分らしく、変わらぬ情熱で、若々しい心で、広布に進んでいけば、後輩も自然とついてくる。
 壮年部が、青年に対する本当の真心の激励をするのだ。
 広布のため、同志のために、たとえ自分はどうなっでも、「この私の姿を見てくれ!」という戦いを、青年の胸に残していくのである。
 私は、その決心で、50年間、すべてをなげうって広布に戦ってきた。恩師の戸田先生を護って護って護り抜いてきた。
 今、何一つ悔いはない。御本尊に誓って、そう申し上げることができる。

恩師「力ある人間になれ!」
 一、学会の草創期、戸田先生のもとに、べテランの幹部は大勢いた。
 しかし、戸田先生は、遅々として進まぬ広宣流布の状況を打開するために、その一切を青年に託していかれた。
 当時、私は20代であった。
 「大作、立ち上がってくれるか」「やります!」──私は、「ただただ、先生のために」との心で、折伏にも、先生の事業の再建にも、死力を尽くして戦った。
 そこから、ぐんぐんと太陽が昇るがごとく、学会の大前進が始まった。ものすごい勢いであった。
 それで今日まで進んできたのである。
 いつの時代にも、大事なのは青年だ。師弟の心が光る青年だ。
 戸田先生は強く語られた。
 「男が怯めば、男ではない。男は、師子王のような貫禄をつくれ!
 人のため、社会のためにも、力ある人間となれ! そうでなければ、皆が不幸である」
 青年部は、誰に遠慮する必要もない。思い切って、師子奮迅の闘争を頼むよ!
 そして壮年は、青年を励ますのだ。
 自分は「青年のために犠牲になっていこう」というくらいの謙虚な姿勢で、尊き仏道修行に励んでいく。
 そこに偉大な功徳が生まれる。すべての労苦は宝となる。
 牧口先生も壮年部、戸田先生も壮年部、私も今は壮年部である(大拍手)。
 日蓮大聖人は「軍《いくさ》には大将軍を魂とす」(御書1219㌻)と仰せである。ともに「丈夫《じょうぶ》の心」で、断固と戦い、勝とうではないか!(大拍手)
 一、戸田先生の指導が、今も、私の胸に響いている。
 「悪人との戦いに、は、必ず勝て!
 信じ合える、良き同志の輪を、一日ごとに、広げゆけ!
 一年ごとに、拡大しゆけ!」
 後継の君たちも、わが心に刻みつけてもらいたい。
 増上慢が仏法を破壊する。人間を軽賤し、名利を貪り、権力の魔性と結託して正義の人を迫害する。これほどの悪はない。
 不惜身命で、増上慢と戦い、勝ってこそ、仏となることができる。
 悪人たちは、すぐに野心で手を握る。だからこそ、善が勝つために、正義の連帯を広げていくのだ。

「芸術部の日」おめでとう
創価の「妙音菩薩」を皆で応援


陰で戦う同志を励ませ
広布の労苦はすべてが宝に 人生は60歳からが勝負


陰徳あれば必ず「陽報」が
 一、きょうは、アメリカ芸術部の代表として、大野俊三君も出席してくれている。
 うれしいね。ありがとう!(大拍手)
 大野君は、2度のグラミー賞に輝いた世界的なジャズトランペットの奏者である。
 大野君が届けてくれた、見事な演奏の録音を、私は、毎日のように聴いている。
 アメリカの友、そして世界の同志の幸福を祈りながら、何度も何度も聴いている。
 世界的な芸術家としての活躍が、本当にうれしい。芸術部を代表して、きょうは、大野君の功労を深く讃えたい(大拍手)。
 私は、共戦の同志の真心を、何よりも大切にしている。
 広宣流布のために、陰で懸命に戦っている人。真剣に動いている人。その方々に、私は最大の敬意を表する。
 大野君に、心からの感謝の言葉を伝えたい。ありがとう!
 〈大野さんが、「きょうを原点に、命をかけて実証を示して、広宣流布のために頑張ってまいります!」と決意を披歴した〉
 ありがたいね!(大拍手)
 大野君は、堅塁・中部の出身である。
 そして、音楽隊で訓練を受け切ってきた。創価班としても、勇敢に戦い抜いた、正義の闘士である。アメリカの天地で支部長として、昨年、支部で10世帯の弘教を成し遂げている。
 大野君は、これまでに幾度も大きな苦難を経験してきた。
 交通事故で前歯を折り、トランペット奏者としては致命的な怪我を負ったこともあった。扁桃がんの大手術を受け、音楽家生命が断たれかねないような危機もあった。
 それでも大野君は、信心を根本に、すべてを勝ち越えてきたのである。手術から14年、がんも見事に克服したとの報告をうかがった。本当にうれしい!(大拍手)
 昨年、渡米35周年を記念して行われた日本のコンサートツアーも大成功を収めた。“世界のシュンゾウ・オオノ”として、ますます音楽界で高い評価を受けている。
 大野君は、「陰徳あれば陽報あり」(御書1178㌻等)の模範の勝利者である。
 人生は60歳からだ!
 ますます元気で、さらなる前進勝利を祈っています!〈大野さんが「はい! 頑張ります」と元気に答えると、大拍手に包まれた〉

戸田先生
我らは精神界の王者


創価の師弟に「世界一の知性の宝冠」
誇り高く大確信の対話を


強敵に打ち勝て
 一、昭和33年(1958年)の3月16日。
 広布後継の式典で、恩師・戸田先生は宣言なされた。
 「創価学会は宗教界の王者なり」と──。
 この戸田先生の直弟子として、私は、あらゆる悪口罵詈・猶多怨嫉の難を受け、「三類の強敵」と戦い抜いてきた。
 そして厳然と、「平和」と「文化」と「教育」の大連帯を築き上げたのである。
 今やSGIは、世界192カ国・地域に広がった。全世界から、創価の師弟への栄誉をいただいている。
 世界第一の知性と良識の栄冠であり、精神界・哲学界の王者の証しと言ってよい。
 (これまで名誉会長に授与された、国家勲章は28。大学・学術機関からの名誉学術称号は277(3月15日現在)。世界の都市からの名誉市民称号は660を超え、五大州からの顕彰は、じつに4000を数える〉
 私は青年時代から、恩師・戸田先生の偉業を、必ず満天下に知らしめてみせる。そう誓って生きてきた。
 「精神界の最高峰の指導者」は、戸田先生である──。
 この確信で、わが師匠の偉大さを、生涯をかけて宣揚してきた。
 私がこれまで拝受したすべての栄誉も、牧口・戸田両先生に捧げるとともに、全世界の同志と分かち合いたいのである(大拍手)。
 〈メキシコのメトロポリタン自治大学アスカポツァルコ校のガブリエラ・パロマ・イバニェス・ヴィジャロボス総長は述べている。
 「池田博士は、いかなる逆境にあっても必ず勝利できることを、自身の人生をかけて証明されました。
 平和に尽くし抜いてきた生涯に学ぶことは、あまりにも多い。
 博士こそ、全人類が最も手本とすべき英雄なのです!」〉
 たとえ、一人でも、二人でもいい。本当の広宣流布の立派な指導者を育てたい。これが私の真情である。
 師匠を手本として、師匠のごとく立ち上がる。これが弟子だ。
 大闘争心に燃え、満々たる意欲をもって、広布の山に立ち向かうのだ。みなぎる気迫で、増上慢と戦い、尊き和合を護るのだ。
 私は、世界中の同志のことに、いつも心を巡らせてきた。真剣に広布のために戦っているのは、無名の青年部の諸君である。私は、よく知っている。
 わが青年部は、一閻浮提(全世界)第一の創価の師弟の誇りを持って勝ちまくろう!
 そして、輝かしい勝利、勝利の歴史を残しゆこう!〈青年部の参加者から「ハイ!」と力強い返事が〉
 一、きょうは、欧州の代表60人も参加している。いつも、本当にご苦労さま!
 うれしい! よく来たね!(大拍手)
 欧州だけでも、こだけの方々が集う、すごい時代になった。
 だからこそ、リーダーは、これまで以上謙虚に、尊き仏子に最敬礼していくことだ。師弟の道、広宣流布の道に、生きて生きてき抜くのだ。
 心から、人々の幸福を祈り、社会の繁栄世界の平和を考えていく──これが仏法の指導者の使命である。
 この一点を、絶対忘れてはならない。

会って語れ!
 一、私はこれまでヨーロッパを駆けめぐり、各国の指導者とも、第一級の識者とも、対話を重ね、道を開いてきた。人間主義を広げるために、世界中を回りに回った。
 例えば──
 英国のチャールズ皇太子には、私邸にお招きいただいた。胸襟を開いて、縦横に語り合ったことは懐かしい思い出だ。
 同じく英国のアン王女、スペインのカルロス国王、スウェーデンのグスタフ国王とも、お会いした。
 統一ドイツのヴァイツゼッカー初代大統領も、固く強く、握手を交わした、大切な友人である。
 さらには、チェコのハベル大統領、ポーランドのワレサ大統領、英国のサッチャー首相、メージャー首相など、数多くの国家元首や首相と、人類の未来のために、率直に意見を交わしてきた。
 私は、若き日から、先駆を切って、対話の大道を歩んできた。何の位もない、民衆の代表として──。
 相手が一国の指導者であっても、市井の一庶民であっても、大誠実を貫き、強き信頼の種を植えてきた。
 どうか、皆さんも、誰とでも分け隔てなく接し、わが舞台で、人間共和の花を爛漫と咲かせていっていただきたい。
 ともあれ、わが壮年部は、生き生きと広宣流布に戦うことだ。そこに、人生の総仕上げが光る。頑張ろう!(大拍手)

師の薫陶を胸に
 一、ロシア(ソ連)のゴルバチョフ大統領とは、これまで10度にわたって親しく語り合った。
 最初の出会いは1990年7月、モスクワのクレムリン。
 平和について、両国友好の未来について、意見交換した。私が多忙な大統領を気遣い、おいとましようとしても、大統領は押しとどめられる。会見は約1時間10分にわたった。
 忘れ得ぬ出会いを、一つ一つ、積み重ねてきた。これが私の人生である。
 〈名誉会長とゴルバチョフ大統領が初会見した当時、日本の外交の焦点の一つは、“ゴルバチョフ大統領の訪日がいつ実現するか”であった。
 名誉会長が「桜の咲くころか、秋のもみじの季節に」と訪日を要請すると、大統領は「訪日は絶対に実現させます」「できれば、春に日本を訪れたい」と応じたのである。
 昨年12月、来日したゴルバチョフ氏は、名誉会長と都内で再会。
 その際、氏は(1991年4月には)池田会長のおかけで日本にも初めて訪れることができました」と感慨深く振り返った〉
 一、ただただ私は、「創価学会」の誇りと確信を胸に、一民間人として、世界中の指導者と対話を重ねてきた。
 これが、信心の力である。
 私には、戸田先生の直々の薫陶があった。
戸田先生もまた、牧口先生から直接、訓練を受けてきた。
 本当の仏法の生き方、人生のあり方、人間革命の真髄──これらをすべて私は教わってきた。だから、相手が誰であろうと、胸を張って語り合える。
 これが、師弟に生きゆく「創価精神」である。
 若き諸君も頑張れ!
 歴史をつくるのは民衆である。わが信念を、堂々と叫びきっていただきたい。
 〈名誉会長は、欧州統合の父クーデンホーフ・カレルギー伯爵、歴史学者のアーノルド・トインビー博士、文化の闘士アンドレ・マルロー氏、美術史家ルネ・ユイグ氏、平和の大科学者ジョセフ・ロートブラット博士をはじめ、世界的な知性と対談集を発刊。
 また、フランス学士院、ボローニャ大学、ソフィア大学など、欧州の大学・学術機関に招かれて講演を。
 英国のグラスゴー大学、クイーンズ大学ベルファスト、イタリアのパレルモ大学、デンマーク・南大学などから名誉学術称号を贈られている〉

輝く5月3日へ
 一、ともあれ、全欧州に、SGIへの信頼の連帯が築かれた。
 各国から贈られた最高峰の栄誉も、知性の宝冠も、すべて同志の皆さんと分かち合う、精神の宝である。
 欧州の皆さん、ありがとう!(大拍手)
 皆、素晴らしい人たちばかりだ。
 リーダーは、広布の同志に対して、“家族以上に大切に”という思いで尽くしていくのだ。身を粉にして、最前線の隅々まで回り、師弟の精神を伝えていってもらいたい。
 欧州広布の発展の姿は、本当に明るい。
 「5月3日」を目指し、史上最高のスクラムヘと、大拡大している。
 30カ国・7200会場での大座談会運動も、立派である。
 新たな決意に燃えて進む欧州の皆さん、おめでとう! ありがとう!(大拍手)

新しき民衆の時代の夜明けを

若々しい生命力で進め!

カンボジアの英知の言葉
使わないと古くなる
よく使うと新しくなる


後継を育てよ 人材を伸ばせ
 一、きょうの幹部会では、カンボジアのソク・ソチェツト青年部長が、SGI(創価学会インタナショナル)の友を代表して、素晴らしいあいさつをしてくださった。
 本当にありがとう!(大拍手)
 彼女は、わがアメリカ創価大学の出身である。
 母国に舞い戻っての活躍がうれしい。
 カンボジアの英知の言葉に、こうあった。
 「使わないと古くなる、よく使うと新しくなる」(坂本恭章訳「カンボジアのことわざ」、『世界ことわざ大事典』所収、大修館書店)
 どんどん頭を使うのだ。友のため、勝利のため、平和のために。使えば使うほど、新鮮な智慧がわく。
 使命とは、「命」を「使う」と書く。
 広宣流布のために命を使えば、若々しい生命力がわき上がる。永遠の大功徳に包まれる。

民衆の幸福こそ広布の大目的
 一、戸田先生は、女子部の「華陽会」の席上、こう語られた。
 「将来、必ず、世界各地から、同志が集ってくる時代が来るよ。
 夢のように聞こえるかもしれないが、決して夢ではないのだ。
 ゆえに、今はしっかりと、広宣流布に戦って、無量の功徳を開くのだ!」
 先生が言われた通り、今、世界広宣流布の時代が来た。あの国この国に、華陽のスクラムが広がっている。
 世界の池田華陽会、頑張れ!(大拍手)
 戸田先生は民衆の真っただ中へ飛び込んでいかれた。
 病苦や経済苦、厳しき宿命の嵐と戦う同志に、先生は、誇らかに、こう叫ばれた。
 「大聖人の御遺命は、世界の広宣流布にある。世界の民衆の幸福にある。これを、絶対に忘れてはならない。
 創価学会の闘いは、あくまでも、世界、そして人類の救済にあるのだ」
 この世界広宣流布の大使命を果たしているのが、わがSGIの友である。
 皆様は妙法の種を蒔いている。自身の人間革命が、一家を変え、社会を変え、やがては世界を希望の方向へと変えていけるのだ。
 日蓮大聖人の御賞讃は、いかばかりか。
 本当にありがとう!(大拍手)

ベートーヴェン
勇気はあなたを正しい道に導く


勇者の名は永遠
 一、芸術部の皆さんに、ドイツの大音楽家ベートーベンの言葉を贈りたい。
 彼はノートに、こう書き記した。
 「勇気は汝を正しい道に導くであろう」(阿部謙太郎訳『ベートーヴェン 心の手記及伝記』平原社、現代表記に改めた)
 芸術部の皆さん、勇気で勝とう!
 いつもありがとう!(大拍手)
 芸術部を、今までの何十倍も、皆で応援していきたい。
 一人一人の芸術部の名前が、広布の歴史に燦然と光っていくことは、間違いない。偉大な功労を永遠に留めたい。
 芸術部が輝けば、百人力、千人力である。芸術部、頑張れ!(大拍手)

世界に開いた平和への対話
 一、トインビー博士の歴史観の一つの結論は、「挑戦と応戦」の理論であった。
 博士は述べている。
 「文明というものは、つぎつぎに間断なく襲いきたる挑戦に対応することに成功することによって誕生し、成長するものである」(深瀬基寛訳『試練に立つ文明』社会思想社)
 広宣流布と人間革命の前進もまた、幾多の挑戦や試練に応戦し、打ち勝ってこそ、力を増すのである。
 トインビー博士と私の対話は、花薫る5月のロンドンで行われた。
 1972年と73年のことであった。
 かねて博士から手紙をいただいていた。
 “人類が直面している諸問題に関して、ぜひ意見交換したい”と。
 高齢の博士の身を思い、私のほうから、妻とともに、イギリスに向かったのである。
 博士の自宅で、対話が始まった。
 連日のように続いた語らいは、のべ40時間ほどになった。
 人間とは何か。
 平和の道は。
 生命とは何か──。
 20世紀を代表する歴史学者の、いわば遺言である。超一級の思索の結晶であった。
 しかし、通訳が難航した。緻密な論理や仏法用語を、スラスラと訳せる優秀な通訳が、当時は、まだいなかった。この時ほど、通訳・翻訳陣の重要性を痛感したことはない。
 ともあれ、私は、トインビー博士との対話を深き原点として、平和への対話の道を、全世界に開いていったのである。
 〈名誉会長とトインビー博士の対談集『21世紀への対話』は、今や28言語に翻訳され、世界の指導者、識者が愛読する“枕頭《ちんとう》の書”ともなっている〉

コンゴの格言
美しいものはは茨の中に育つ
試練を越えて人間は偉大に


勝利の指揮を!
 一、アフリカのコンゴの格言に、こうあった。
 「美しい物はイバラの中に育つ」(矢崎源九郎編著『世界のことわざ』社会思想社)
 苦難の茨を乗り越えてこそ、心美しく、強き人間となるのだ。
 我々は、この精神で進もう!〈「ハイ!」と元気な返事が〉
 ここで、もう少々、戸田先生の言葉を語り残しておきたい。
 先生のおっしゃったことは、全部、大切にしてきた。時には深夜までかかって、妻とともに記録してきた。
 師の言葉を、一言一句たりとも、漏らすまい。断じて、おろそかにはしない──これが弟子であるからだ。
 戸田先生は言われていた。
 「吐を据えるのだ。
 人は人、自分は自分である。
 何があっても、私は戦うんだ!──この精神が一番、大事なのだ」
 大難を一身に受けて戦う師を護り、師と同じ心で、“不可能”の壁を打ち破る。
 自分が師弟の魂を護り抜く!
 これが弟子の誓いであり、祈りであり、戦いである。
 後継の皆さん、頼むよ!〈「ハイ!」と力強い返事が〉

皆、仏子! 皆、「使命」の人!
広布の大願に生き抜け


悩み苦しむ友のもとへ
 一、戸田先生は、苦難に立ち向かう友を励まして、こう語られた。
 「人生は、トンネルに入ったような時もある。しかし、トンネルを抜ければ、また、きれいな景色が見えるではないか。
 途中で止まってはいけない。
 信心で最後まで戦い、進むのだ」
 不況の中で奮闘する同志も、長きにわたって病気と闘う同志も、断じて負けるな!
 私も一生懸命、題目を送っている。
 リーダーは、真っ先に、悩んでいる人、苦しんでいる人のもとへ駆けつけて、温かい励ましの声をかけていくのだ。
 ともに祈り、あらゆる手を打っていくのである。
 学会の役職は、同志に尽くすためにある。威張るためではない。
 広布の友は皆、仏子である。自分は、ひとつも偉くない──そういう思いで、頭を下げる。謙虚な心を忘れない。その人が、本当に偉い人である。
 すっきりとした心で、広宣流布の志願兵として戦う。新しい人を伸ばしていく。そのリーダーの一念の中に、さらなる地域の発展があるのだ。

「青年の陣列をかならず築きます」
 一、昭和33年(1958年)1月、私は戸田先生に、男子部が10万人の陣列への拡大を間もなく達成できるとお伝えした。
 先生は、大変に喜ばれて、こうおっしゃった。
 「青年部の陣容は揃った。
 これだけの数の青年がいれば、何でもできる。
 民衆のための、新しい時代の夜明けが来る!」
 戸田先生が第2代会長に就任された時、会員は実質、約3000人だった。青年部も少なかった。その後も、折伏はなかなか進まなかった。
 私は先生に申し上げた。
 “私が指揮を執ります。先生、心配しないでください。青年部も必ず10万人の陣列を築きます”──と。
 そして、各地で拡大の突破口を開いていった。
 私は、戸田先生の事業が挫折した時から、すべてをなげうって先生を支えてきた。
 先生は私の体を心配して、「大作は体が弱い。今のままでいくと、30歳までもたないかもしれない。俺も一生懸命祈る。お前も祈って、学会を大きくしてくれ」と語られたこともあった。
 私は先生に約束申し上げたことは、全部その通りに実現した。どんな組織も、見事な拡大の結果が出せるような、生き生きとした組織へと変えた。
 先生は「大作は有言実行だ。何一つ、嘘がない」とおっしゃってくださった。

師弟こそ異体同心の要
創価三代の魂を永遠に


師の精神を具現
 一、先生は亡くなられる前に言われた。
 「いい弟子を持って、俺は本当に幸せだ。
 牧口先生と一緒に牢獄に行ったことも幸せだったけれども、お前がいたおかけで創価学会の未来は開けた」
 私は先生の言葉の通りに、学会を日本中、世界中に発展させてきた。
 先生が逝去された後、各界の指導者とお会いする機会があった。その際に「池田さんのことは、戸田先生から聞いています」と言われたこともあった。
 本当に弟子のことを心から考えてくださる慈愛深き師匠だった。
 私は戸田先生の後を継ぎ、尊き同志の皆様とともに、先生の精神を具現して現在の世界的な創価学会を築いてきた。
 牧口先生、戸田先生、そして私の、三代会長の死身弘法の闘争によって、学会は構築されたのである。このことを夢寐にも忘れてはならない。
 この一点をゆるがせにすれば、学会は道を誤ってしまう。異体同心の団結ができなくってしまう。

生き生きと戦え
 一、ともあれ、青年部の時代である。若き諸君の時代である。
 新しい人材をどんどん伸ばし、新しいリーダーが生き生きと戦っていけば、学会はまた一段と若返って前進していける。
 戸田先生は、こうも言われた。
 「大聖人の弟子ならば、大聖人の仰せ通りに戦うのだ。大聖人の御心を心として、広宣流布を本当に誓い、行動するならば、もったいなくも、大聖人と同じ戦いができるのである」
 大聖人と同じ大願に立って戦う同志を増やしていく。それが広宣流布である。

すべてが福徳に
 一、全世界の同志の皆さん、きょうはありがとう! 皆さんの勝利、勝利の前進を祝して、万歳をしたい。
 アフリカから来られた方、どうぞ前に来てください!
 〈コートジボワールの壮年部、クアディオ=ダブラ・ボッソン=マチュ支部長が壇上に上がり、全員で万歳を三唱。
 同支部長は「先生のために戦えることを、広宣流布のために働けることを、心から光栄に思います」と述べた〉
 本当に、よく来てくださった。
 日本から遠く離れたアフリカの地で、喜び勇んで戦ってくれている。何とうれしいことか。何とありがたいことか。
 アフリカの友人の皆さんに、どうか、くれぐれも、よろしくお伝えください。
 ありがとう!。
 メルシー!(フランス語で、ありがとう)
 一、戸田先生は指導しておられた。
 「団結せよ! 皆で祈り、智慧を出し合えば、どんな問題も、それだけ早く解決することができるのだ」
 それぞれの地域、それぞれの国にあって、異体同心の祈りと団結で、何があっても変毒為薬しながら、仲良く朗らかに前進していっていただきたい。
 友のため、社会のための学会活動は、結局はすべて自分の福運となる。このことを深く確信していくことだ。
 戦いは負ければ皆が苦しむ。だから断じて勝つことだ。自分のため、そして健気な同志のために、リーダーは勝ち戦の指揮を執っていただきたい。
 〈ここで、名誉会長の導師で、全員で題目を唱えた〉
 きょうは、ご苦労さま! 海外の同志、ありがとう! 心から御礼を申し上げます。
 友の幸福のために行動しゆく皆様は、仏の使いです。
 どうか、お元気で!
 サンキュー!。
 また、何回もお会いしよう!(大拍手)
2010-03-20 : スピーチ・メッセージ等 :
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中国の程大使と会見

池田名誉会長 中国の程大使と会見
           (2010.3.9 聖教新聞本社)

 池田名誉会長は9日午後2時半、新任のあいさつに訪れた中国の程永華《ていえいか》駐日大使を東京・信濃町の聖教新聞本社に歓迎。民音や東京富士美術館を中心とした文化交流、青年部による青年交流の推進など日中両国のさらなる平和友好を展望し、約1時間半にわたり和やかに語り合った。会見には、駐日中国大使館の張成慶参事官、張向東1等書記官、張社平大使秘書官、学会の池田副理事長、谷川・萩本副会長、創価大学の山本学長、田代理事長が出席。民音の小林代表理事、東京富士美術館の原島理事長、青年部の代表らが歓迎した。

周総理
友情よ永遠に! 長江の如く 富士山の如く


名誉会長
歴史を開くのは誠実と勇気
程大使
名誉会長が築いた金の橋を青年が往来


大使のモットー
いつもベストを尽くす!
冷静に判断し迅速に行動


 程永華《ていえいか》大使が本社に到着すると、出迎えた約200人の青年部、海外のメンバーの代表から、「熱烈歓迎」の拍手がわき起こった。
 程大使は、満面に笑みを浮かべ、「4年ぶりに日本に戻ってきました。皆さんにお会いできて、本当にうれしいです!」と流暢な日本語で。親しみ深い、温厚な人柄が一言一言から伝わってくる。
 程大使は55歳。新中国から日本への国費留学生の1期生として、創価大学に学んだ。
 卒業後、中国外交部に勤務。アジア局副局長等を経て、2003年から日本で公使を務め、2006年にマレーシア大使、2008年に韓国大使に就任。先月末、第11代駐日大使として着任した。
 池田名誉会長は、新大使の誕生を心から祝福。多忙な中での来訪に深く感謝し、「今後も、さらなる貴国との平和友好を決意しております」と一層の尽力を約した。
 程大使の在日期間は創大留学時代を含め、約20年に。有数の知日派として知られ、日本の各界から幅広い期待が寄せられている。
 会見で程大使は、中国と日本が国交回復以前の不正常な状態にあった時から、名誉会長が両国の友好を主張し、国交回復後も中国の歴代指導者と友誼の語らいを深め、率先の行動を起こしてきたことに深く感動していると強調。
 自らも大使として責任の重大さを感じ、両国友好を一層堅固にするために尽くしていきたいと語った。
 また程大使は、自身のモットーを問われ、「いつもベストを尽くすことを目指しています。そして、何事に対しても、冷静に見て判断し、迅速に行動することを心がけています」と。また、趣味として、読書とスポーツをあげた。
 ここで話題は、「周桜」をめぐって。
 35年前、程大使が留学生時代、創価大学に植えた「周桜」は今、大きく育っている。
 名誉会長は、各界の来賓が讃嘆し、多くの後輩が仰ぎ見る周桜は、両国の友情の象徴となっていると紹介。
 大使も、「本当に中日友好のシンボルになっていますね」と喜びを込めて語った。
 桜といえば、日本の俳聖・松尾芭蕉は、桜の咲く春に再会した若き友に詠い捧げている。
 「命二ッの中に生《いき》たる桜哉」と(井本農一・堀信夫注解『松尾芭蕉集①』小学館)
 何と深い縁で結ばれた、あなたと私の二つの命であることよ。
 私たちの前には、心と心を結ぶ桜が、何と生き生きと、咲き薫っていることか──。
 名誉会長はこの句に触れつつ、「周桜は、今年も、“周総理と私たち”そして“中国と日本”という、二つの命を結び、まもなく咲き誇ります」と、程大使に語りかけた。
 そして、文化・青年交流の各分野で、新たな友好の歴史を築いていきたいと力説。
 今、民音の招へいによる「中国雑技団」の公演が各地で反響を広げている。中国文化を紹介する民音公演は、これまで250万人以上が鑑賞した。
 明年は、シルクロードの都・西安が誇る「陝西省歌舞劇院」を招く予定であることが話題になると、程大使は「国民の相互理解が友情の増進につながります」と述べた。
 また、東京富士美術館では、明年に向けて「女性たちの故宮」展(仮称)の企画も進んでいる。
 中国・明の時代から歴代の皇帝が居住した紫禁城(故宮)。同展は、その故宮に所蔵されている王朝ゆかりの絵画や工芸、宝飾などの名品を通し、中国の宮廷文化を展覧する。
 さらに名誉会長は、程大使を最初の留学生として迎えて35年になる本年、8月には、学会青年部の「日中友好青年交流団」が中国に派遣される計画であることを紹介。
 程大使は、名誉会長が築いた 「金の橋」を多くの青年たちが往来し、互いに友人となっていることに感謝を述べた。
 名誉会長は、同行の張参事官、張1等書記官、張大使秘書官にも声を。「日本語が上手ですね!」と讃える一幕に笑顔が広がった。

忘れ得ぬ出会い
 次いで名誉会長は、1974年12月5日の厳寒の夜、北京の305病院で、逝去約1年前の周恩来総理と会見した事実を「世界の指導者との数々の出会いの中でも、忘れがたい思い出です」と述懐。
 周総理が「どうしてもお会いしたいと思っていました」と固く手を握りつつ、本来は同年6月、初訪中の折に会見を望んだが、体調のため果たせなかったと述べたこと、1万数千人の学生を前に発表した「国交正常化提言」(68年)をはじめ、若き名誉会長の日中友好への努力を高く評価していたこと等、語らいの一端を紹介した。
 そして、次の周総理の言葉に言及。
 「世界で最も聡明な人間とは、最も誠実な人間のことである。なぜなら、最も誠実な人間であってこそ、はじめて歴史の試練に耐え得るからだ」(『大智周恩来』)
 「今は人民の時代ではありませんか? 人民なしでは何事も完結しません」(毛里和子・増田弘監訳『周恩来 キッシンジャー機密会談録』岩波書店)
 総理の言葉のごとく「誠実」に、日本の民衆の中に飛び込み、交流を広げてきた程大使の足跡を讃えた。
 さらに語らいは、周総理の人格と外交哲学をめぐって──。
 名誉会長は、“勇猛こそ最極の心である”との杜甫の言葉、“障害は智慧の灯りで焼き払え”との白楽天の言葉を体現した「勇気」と「智慧」の指導者こそ、周総理であったと論じた。
 程大使は、日本留学前、人民大会堂での、外国の賓客をもてなす観劇の席で、周総理の姿を見たと紹介。
 名誉会長の回顧録をはじめ多くの書物や、外交部の先輩の思い出話を通じて、じつにこまやかで思いやりの深い周総理の偉大な人格に学んできた。なかんずく、文化大革命の混乱期に、死力を尽くして国家を舵取りした努力に感動を禁じ得ないと語った。
 名誉会長は、「お互いに信頼し尊敬する、この二つが核心です」(前掲『周恩来 キッシンジャー機密会談録』)との総理の外交哲学に触れつつ、74年の会見の際も、日中友好について、同じ信念を語ってくださったと紹介。
 さらに「両国の伝統的な友情が、流れ続ける長江のように、滔々と絶えることなく、高くそびえる富士山のように、永遠に存在し続けることを、心から願っております」──この周総理の心を心として、程大使とともに、さらに一段と21世紀の両国の友好に尽くしていきたいと、強く語った。

若き力で世代を超えた友好を

胡錦濤主席と3度の語らい
 また、名誉会長は、胡錦濤国家主席と、これまで3度にわたり会見を重ねていることに触れ、思い出深き歴史を振り返った。
 ──胡主席を聖教新聞本社に迎え、最初の語らいが行われたのは25年前(85年)の3月6日。
 当時、胡主席は「中華全国青年連合会」(全青連)の主席であり、中国青年代表団の団長として一行とともに来訪した。
 名誉会長は、42歳の若き胡主席を迎えるため、予定を変更して地方から舞い戻った。
 この折、全青連と創価学会青年部の交流協定が結ばれたのである。
 胡主席は、「ともに中日の美しい将来のため、さらに努力したい」と力説。名誉会長は、いかなる試練の時も、毅然と人々のために行動しゆく、指導者の心を語った。
 2度目の語らい(98年4月22日)。
 胡主席は、程大使をはじめとする創価大学留学生の健闘を讃えた。
 「創価大学の留学生は皆、中日友好事業の中堅として活躍しています。きょうの機会にあらためて、池田先生に感謝を申し上げます」
 さらに、中国と韓国の平和友好を展望して対話は弾んだ。
 胡主席との3度目の語らい(2008年5月8日)では、「人間を一番、大事にし、調和を促進する」との胡主席が提唱する「調和世界(和諧世界)」の哲学が話題に。
 「青年時代に蒔いた友好の種は永遠である」「青春の力で、世代を超えた友好を!」との胡主席の叫びに、名誉会長は深く胸を打たれた──。
 胡主席と名誉会長の25年にわたる友誼の歴史。程大使は笑顔をたたえ、感慨深く、懐かしそうに耳を傾ける。

よき隣人として
 さらに大使は、外交官を志した原点について、創価大学に留学していた時点で、将来、外交の道に進もうと決めていたと述懐。
 当時、中国は苦しい状況にあったが、長い伝統と文化を有する母国が、いずれは必ず発展することを確信して日本での勉強に励んだと述べた。
 また名誉会長は「学生時代、大使が得意だった科目は何でしょうか?」と質問を。
 大使は当時を振り返つて、「日本語や日本の文化に関する科目を多く取りました。よい先生に恵まれたおかげで、いい点数を取ることができました」と語り、和やかな笑いが広がった。
 さらに、創大在学中に、ルース・ベネディクトの『菊と刀』など、日本人の考え方を論じた書籍を読み、多くを学んだ。中国の古典である『論語』や『三国志』『水滸伝』なども、これまでの読書の中で感銘を受けた本であると語った。
 また、中日両国は、よき隣人として、よきパートナーとして、互いに誠意をもって関係を深めていきたいとの思いを述べた。
 友誼の心薫る語らい──。席上、名誉会長から程大使に、自作の漢詩が贈られた。
 名残を惜しみつつ、会談を終えた程大使は芳名録に、「為中日世代友好(世々代々にわたる中日友好のために)」との言葉を綴った。
 名誉会長の案内で1階ロビーに降りると、創価大学の出身者をはじめ、青年部の代表が盛大に見送りを。
 永遠の友好を担いゆく若き人材群の大きな拍手に包まれて、大使は車中の人となった。
2010-03-14 : スピーチ・メッセージ等 :
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広東商学院「名誉教授」称号授与式

中国 広東商学院「名誉教授」称号、「名誉図書館長」称号授与式     (2010.3.10 創価大学)

 中国の広東商学院から創価大学創立者の池田名誉会長に「名誉教授」称号、香峯子夫人に「名誉図書館長」称号が贈られた。名誉会長夫妻の日中友好、世界平和への傑出した貢献を讃えるもの。いずれも外国人初の栄誉である。授与式は10日、広東商学院の王華学長一行が東京・八王子市の創価大学を訪れ、晴れやかに挙行された。また、名誉会長の詠んだ“友誼の漢詩”が広東商学院に贈呈された。

王学長の授与の辞

友好の足跡は勇気の証し
先見性に富む智慧に学べ


 1968年(昭和43年)9月8日、池田先生は、未来を担う学生たちの前で講演されました。
 それは、深い哲学的な智慧と神聖な使命感、そして崇高なる正義感から、中日両国の関係正常化を提起し、中国の国連における合法的地位の確立を訴える提言でした。
 その提言は、世界を覆っていた暗雲を打ち払い、中日関係の歴史において、一つの“ターニングポイント″となりました。
 そして72年、中日国交正常化がついに実現し、74年には、周恩来総理と池田先生との歴史的な会見が行われたのです。
 提言からすでに40数年が経過し、私たちは、万柔の花開く季節に日本を訪れ、一人一人の心は、池田先生の春風のような温かさに満たされています。
 池田先生は、中日の交流を推進されたのみならず、世界の進歩を促進した平和の使者であります。
 世界各地を奔走し、各国のリーダーや政治家、文化・学術界の代表的人物と、世界の平和や人類の進歩など、重要な課題について対話を繰り広げ、その精神は世界の市民に大きな影響を与えてこられました。
 旧ソ連のコスイギン首相は「平和に関する、また人間のためのよりよき生活を望む理想は、われわれとまったく同じである」と述べ、米国のキッシンジヤー元国務長官は「今後も友人として意見を交換していきたい」と語りました。
 また、英国のトインビー博士とは、“人類は過去500年に技術面での統一を果たした。将来は、政治と精神の分野の融合を成し遂げるだろう”との展望を論じています。
 世界平和に対するご貢献から、池田先生は「国連平和賞」「国連栄誉表彰」、国連難民高等弁務官事務所の「人道賞」、「アインシュタイン平和賞」を受章され、「中日友好の使者」称号、「人民友好の使者」称号、ブラジルの「南十字国家勲章」など、ご実績にふさわしい顕彰を受けておられます。
 『詩経』の大序には「詩は志の之く所なり。心に在るを志と為し、言に発するを詩と為す」とあります。
 池田先生の「志」「言葉」「行動」はすべて、壮麗なる詩といえましょう。
 池田先生は、著名な思想家、哲学者、世界的な人道主義者、社会活動家、教育者、文学者、桂冠詩人、そして写真家であります。その学識は人文科学のほとんどの領域に及び、その思想は奥深く、知識は豊かにして、精緻な理論を多くの著作に著しています。
 そのリーダーシップは、生命尊厳の思想を根本に、国や民族の強固な壁を打ち砕き、中日友好と世界平和を推進しています。
 さらに、創価幼稚園から創価大学までの教育機関を創立し、国際的な教育と文化の事業を促進してこられました。
 古代ギリシャの数学者アルキメデスは、“長いてこが与えられれば地球を動かしてみせよう”と言いました。
 池田先生が進める偉大な事業は、強靭で無窮の精神を“てこ”とし、世界の恒久平和と持続的発展を推し進めておられるのです。
 中日友好と世界平和を推進するための池田先生の偉大なる勇気──その実践には、仏教思想と人間学に基づく、壮大にして先見性に富む大いなる智慧があります。
 先生は、「法華経」をもとにした生命哲学をもって現実社会で戦っておられます。
 そして、人類社会を鋭く洞察し、人間の平等を唱え、人々に楽を与え苦を除き、大慈大悲の行動を続けておられます。
 それらは、中国の儒教が説く「仁愛《じんあい》」「大同《だいどう》」、墨子の「兼愛《けんあい》」「非攻《ひこう》」、道教の「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」と相通ずるものです。
 偉大な思想家は、偉大な教育者でもあります。池田先生は、哲学者がもつ鋭い眼差しで、全人類の共通の利益から発想し、創価大学などの教育機関や、戸田記念国際平和研究所などの学術・平和機関、さらに東京富士美術館、民主音楽協会などの文化機関を創立されました。
 そして、青年たちの国際性と慈悲の心を育んでおられます。それら多くの成果は、世界の注目を集め、特に中日両国の教育界の模範となっています。
 広州の白雲山の麓、珠江の畔に立つ広東商学院は、自らを鍛え、進歩を求める談論風発の学舎です。崇高な志と健全な人格を備える優れた人材の育成を目標としています。
 これは、池田先生が語られた“教育の根本的課題は、人間がどのような存在であり、人間はどのように生きるべきかという最重要の問題に明確に答えることにある”という指針と共通するものであります(大拍手)。
 このたび、池田先生が、広東商学院の名誉教授称号をお受けいただきましたことは、本学の学生の成長に対し、また本学のより一層の発展に対し、そして中日友好関係の強化・深化に対し、計り知れない恩恵をもたらすものと信じています。
 「陽春 徳沢《とくたく》を布《し》き、万物 光輝を生ず」
 池田先生の人徳の風は、高き山と長き流れに吹き渡り、先生の言動に、天地は感動の色を浮かべます。
 今この時、私は大きな喜びとともに、池田大作先生を広東商学院の名誉教授に、香峯子夫人を広東商学院の名誉図書館長にお迎え申し上げます。
 とともに、ご夫妻の、教育事業に対する卓越したご貢献に、心から感謝申し上げます(大拍手)。

名誉会長の謝辞(代読)

青年よ! 新たな友情の航路を

千年の商都広州に立つ人材の学府

王学長「高く遠大な志を持て」
戦い続ける人が勝つ


 一、貴・中国の偉大な文豪であられ、広東に縁深き郭沫若《かくまつじゃく》先生は、名山・白雲山の朝を壮麗に詠い上げておられます。
 「旭日・朝の霞に
   紅雨《こうう》 乱れ
  天風・海水に
    白雲 閑なり」
 私も、1974年の5月、貴国への最初の一歩を印した折、白雲山の英姿を心に刻みつけた一人であります。
 この白雲山から昇りゆく旭日のごとく、隆々たる大発展を遂げておられる人材の光の城こそ、貴・広東商学院なのであります(大拍手)。
 本日、貴学院から名誉教授の称号を賜りましたことは、私の最大の誇りであり、喜びであります。誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。
 さらにまた、妻にも「名誉図書館長」の称号を賜りました。
 貴学院の図書館が、どれほど貴重な蔵書を擁しておられるか。私たちはよく存じ上げております。
 妻は、この栄誉を、広東と交流の深い香港で社会貢献を重ねる、古くからの大切な友人の方々と、ぜひ分かち合わせていただきたいと申しております。
 心より、厚く厚く御礼を申し上げます(大拍手)。

若き俊英が乱舞
 一、広東省の省都・広州の天地は、いにしえより、海のシルクロードの起点として栄え、世界の交易の一大拠点として発展した“千年の商都”として、あまりにも有名であります。
 とともに、中国革命の父・孫文先生が決起した天地であり、今日の貴国の経済発展の原動力となった「改革・開放」政策の電源地でもあるのです。
 私たちが尊敬してやまない周恩来総理と、穎超先生のご夫妻も、広州をこよなく愛しておられました。
 お二人は不二の同志として、新たな人生を広州から開始されたのであります。
 世界的に名高い「広州交易会」(貿易展示会)の名称も、周総理のご提案によるものとうかがっております。
 その意義深き天地に、堂々と聳える英知の殿堂として、貴学院は貴国の繁栄を牽引してこられました。
 キャンパスに隣接する「広州交易会」での実習を取り入れた画期的なカリキュラムも、今、大きな注目を集めております。
 さらにまた、専門性の強化と独創的な研究を目指した教育プロジェクトも、高い評価を受けておられます。
 そして、学生の就職率は、実に99パーセントを誇られるなど、幾多の優秀な俊英を、澎湃と社会に送り出してこられました。
 各分野での卒業生の活躍も、誠に目覚ましいものがあります。
 尊敬申し上げる程飈《ていひょう》党委書記、そして王華学長の雄渾のリーダーシップに、私たちは最大の敬意と賞讃をお贈りしたいのであります(大拍手)。

激動の社会に断じて負けるな
 一、貴学院は掲げておられます。
 「人材立校」(人材で大学を立てる)
 「学術強校」(学術で大学を強くする)
 「服務興校」(奉仕で大学を興す)
 そして、「特色優校」(特色で大学を優れさせる)という教育理念を体現してこられました。
 大学を創立し、建設してきた人間として、心からの賛同と共鳴を禁じ得ない指標であります。
 特に私は、王学長が、この思想を踏まえ、常々、若き学才たちに訴えておられる信念に、深く胸打たれるのです。
 それは「高く遠大な志を持て」との一点であります。
 学長は、昨年の卒業式でも、こう励ましを贈っておられました。
 「苦境を持ちこたえ、堅忍不抜の“志”を持ち、何度負けても戦いを止めない勇気さえあれば、必ず成功の彼岸に辿り着くことができる」
 激動の社会の荒波に立ち向かう愛弟子たちへの何と力強い、何と温かな励ましでありましょうか。
 学長の大海原のように深い深いお心が、私に痛いほど迫ってまいります。
 日本は、今、深刻な就職難に直面しております。
 さまざまな試練に挑む日本の学生たちにも、私は、学長のこの激励を、そのまま伝えていきたいのであります(大拍手)。
 あの孫文先生も、「挫ければ挫けるほど奮い立ち、事あれば事あるほど勇み立ち」(伊藤秀一訳「心理建設」、『孫文選集 第2巻』所収、社会思想社)という不撓不屈の志を燃え上がらせて、大業を成し遂げられたことを、私たちは決して、忘れてはならないでありましょう。

価値創造を担う信念の前進を!
 一、貴国の『礼記』の一節には、こう綴られています。
 「善く歌う者は、人をして其の声を継がしむ。善く教うる者は、人をして其の志を継がしむ」(竹内照夫著『新釈漢文大系28』明治書院。現代表記に改めた)
 教育の真髄は、いったい、どこにあるか。
 それは、王学長が示してこられたように、何ものにも怯まない「高く遠大な志」の継承にこそあるのではないでしょうか。
 私の人生の師である戸田城聖先生は、数学の天才の教育者であるとともに、卓抜した実業家でもありました。
 先生は、「経済」の本義である「経世済民」の志を高々と掲げ、社会に信念の青年を送り出したいと語っておりました。
 そして、民衆の幸福と社会の繁栄のために、時代の動きを鋭敏に察知しながら、新たな価値を創造せよと、教えられたのです。
 この点、王学長が、学生たちに「広い視野と大きな度量で時代の求めるものを把握すること」を促され、「創造に勇気ある開拓者たれ」と呼びかけておられることと、重なり合うのです。
 高邁なる精神性を涵養し、かつ実学に徹しておられる貴学院と、わが創価の理念とが、深く響き合っていることを、私は心からうれしく、光栄に思っております(大拍手)。

周総理
“真の友と行動せよ 実践で英知を磨け”


自らを鼓舞せよ
 一、本日、私も妻も、誉れ高き貴学院の一員とさせていただきました。
 先生方と手を携えて、21世紀の中国と日本、そして世界の青年たちが、心を結び合って進みゆく、平和と創造の新たな友情の航路を開いてまいる決心であります。
 その真情を、周総理が若き日、自らを鼓舞して書き記した言葉に託したいと思います。
 「肝胆を有する人と事を共にし、無学の句《く》処《しょ》より書を読まむ」(真に心通い合う友と勇敢に行動し、実践の中で英知を光り輝かせていく)
 結びに、王学長をはじめ、ご列席の皆さま方のご健勝、そして貴・広東商学院の無窮の大発展を、心よりお祈り申し上げ、私と妻からの謝辞とさせていただきます。
 本日は、誠に誠に、ありがとうございました。謝謝!(中国語で「ありがとうございました!」)(大拍手)

名誉会長 漢詩を贈る

廣招英才勤勵學
商宜明辨重篤行
王道和諧兼厚
華南學子勇拓新

〈大意〉
広く英才を募り、その英才は学問に勤《いそ》しみ、
商いを学ぶには是非を弁え、
学んだことを実践に移す事が大事である。
王道を行けば、調和が得られ、
人間的にも厚徳になるのであり、
華南の学生たちは、
勇んで新たな時代を切り拓いている。

※漢詩には、学長名(王華)と大学名、そして校訓の「厚徳・励学・篤行・拓新」が入っている。
2010-03-14 : スピーチ・メッセージ等 :
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栄光の日々 9 山梨

栄光の日々 名誉会長と我らの人生 9
                (2010.3.12付 聖教新聞)

師弟有縁の天地 山梨

築け!広宣流布の人材の城を

 山梨に
  功徳の太陽
    昇りゆけ
   春爛漫の
      心踊りで

 池田名誉会長はかつて、山梨の友に贈った。
 「春爛漫」が、もうすぐ甲斐の里にやってくる。
 陽光が富士の白雪を照らし、桃の絨毯が里を彩る。その名もゆかしい笛吹川は、雪解けの潤いを湛え、小鳥が遊び、舞い来る。
 名誉会長は、幾たびも山梨に足を運び、ここから世界平和への采配を振るってきた。
 「『地の利』は大事だ」
 「山梨は、首都圏を見渡す重要な場所だよ。だから私は、この場所で指揮を執る」と。
        ◇
 山梨は師弟有縁の天地。
 日蓮大聖人は、ここで、広宣流布の総仕上げをなされた。日興上人は、山梨の鰍沢に生を受けられた。
 牧口初代会長は道志村を踏査している。
 戸田第2代会長は55年前、河口湖と山中湖の畔《ほとり》で青年を訓練した。その中心に、27歳の名誉会長がいた。
 「この山紫水明の天地に、広宣流布の人材の城を築きたいな」
 師の願いを、弟子は断じて忘れなかった。
 甲府市をはじめ富士吉田市、大月市、都留市、山梨研修道場のある山中湖村、山梨市、甲州市、そして笛吹市──あの街この道に、励ましの光跡を刻んだ。
 昭和53年(1978年)3月26日、富士吉田での「山梨文化祭」。時すでに全国で、第1次宗門事件の謀略の嵐が吹き荒れていた。
 「皆さんが幸せな人生を生き抜いていくために会長がいるのです。一人として犠牲にはしない。それが代々の会長の精神であることを知ってください」
 3年半後の昭和56年(81年)8月9日。山梨研修道場での「野外文化集会」には、嵐を勝ち越えた友の、喜びの顔また顔。
 その視線の先に、変わらぬ名誉会長の姿があった。
 「尊い仏子である皆さんを守るための屋根となって死んでいく。これが私の念願であったし、また、そうしてきたつもりです」
 名誉会長は山梨を、本陣と一体で栄えゆく「東京の西の砦」と定めていた。「激動の時代を勝ち抜いていく電源地」と期待し続けた。
 「人は石垣」「人は城」
 師の激励ありて、今、東京と首都圏を押し上げる、武田軍の如き人材の大城ができあがった。
        ◇
 世界が変わる。歴史が動き出す。その時、名誉会長は山梨にいた。
 「アメリカにケネディ大統領誕生」の報を聞いたのは、50年前の昭和35年(60年)11月9日。甲府支部結成の日。
 「ソ連にゴルバチョフ書記長誕生」の報を聞いたのは、25年前の昭和60年(85年)3月11日。「ニュー山梨」を合言葉に出発した県支部長会の日だった。
 山梨よ、全国に、世界に打って出よ! どうせ戦うならば、新しい挑戦を! 新しい歴史を!──
 いついつも、山梨の友に勇気を贈った名誉会長。
 その限りない励ましに応える時は、「今」である。
2010-03-14 : 栄光の日々 :
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SGI代表研修会

SGI代表研修会での名誉会長のスピーチ
     (2010.3.8 創価文化会館内 金舞会館)

 世界平和を誓い合うSGI(創価学会インタナショナル)の代表研修会が8日午後3時前、東京・新宿区の創価文化会館内の金舞会館で行われ、池田SGI会長が、大場同理事長、浅野同女性部長、60カ国・地域のSGIの代表らと出席した。
 SGI会長は参加者とともに、永遠の平和と全同志の健康・幸福・勝利を深く祈念。
 さらに、恩師・戸田第2代会長が大好きだった、父子の決意の曲“大楠公”、日本情緒あふれる「さくら」をピアノで演奏。求道の友をねぎらった。
 そして、未来永遠にわたって、SGI各国の指導者は、絶対に道を踏み外すことなく、師弟不二を貫いていくことを、全員の総意で決議した。
 また、SGI会長は、大要、次のようにスピーチした。


信念 勇気 努力の名指導者たれ
永遠に師弟不二で勝利
全世界に「生命尊厳」の光を!


 一、私の大切な全世界の同志が、遠方から、はるばる来てくださり、こんなうれしいことはない。こんな楽しいことはない。
 ここ金舞会館に集った方々は、全員が、妙法の金の人である。栄光と勝利の黄金の人生を、舞いに舞いゆく人である。
 皆様、本当にご苦労さまです!(大拍手)

通訳の皆さんありがとう!
 一、通訳の皆様も、毎日毎日、フル回転、ご苦労さま! ありがとう!(大拍手)
 連日の研修会の様子は、詳細に報告を受けています。
 何の事故もなく、SGIの皆さんが、勇んで広宣流布のためにスクラムを組みながら進んでくださって、有意義な研修になりました。
 天候も不順ななか、毎日ご苦労さまでした。
 昨日(7日)の関東各県との交流も、日本のメンバーは皆、心から感動し、喜んでおりました。
 本当に、ありがとうございます(大拍手)。
 一、偉大な使命を帯びた各国の尊きリーダーの皆様にお願いしたい。
 全世界の模範たれ!
 師弟不二を忘れるな!
 全会員の幸福のために、「信念」と「情熱」と「勇気」と「努力」と「包容力」、そして「責任感」を持ちゆく名指導者たれ!
 きょうは、このことを強く申し上げておきたい。
 会員の皆さんは、日蓮大聖人のお使いとして、役職の上下なく、広宣流布のために、尽くしてくださっている。
 最大に大事にすることだ。
 絶対に護り抜くことだ。
 一人ももれなく、楽しく力強く活躍できるように、温かい愛情をもって励ますことだ。
 自分の家族を大切に思うのと同じ心で、否、それ以上の真心で、わが同志を大切にしていくのが、仏法の指導者の姿である。
 私自身、若き日から、大聖人の御遺命である世界広布に、すべてを捧げて指揮を執ってきたつもりだ。
 それが恩師・戸田城聖先生から受け継いだ「師弟の魂」であるからだ。

学会と共に 同志と共に 大満足の一生を飾れ!

同志愛の心で
 一、御聖訓には、「異体同心なれば万事を成し同体異心なれば諸事叶う事なし」(御書1463㌻)と仰せである。
 異体同心でなければ、勝てない。
 異体同心とは、信心の心と心を合致させていくことだ。その「美しい心」「同志愛の心」、そして「勝利の心」を、決して忘れずに行動する精神のことだ。
 ゆえに、断じて威張ってはならない。
 同志を見下してはならない。軽んじてはならない。
 あくまでも平等な心で、尊敬し合っていくことだ。学び合っていくことだ。
 たとえ、結果が出ないことがあっても、優しく忍耐強く、同志として、後輩として、どこまでも慈しみ護っていくことだ。
 何でも語り合える、和気あいあいとした仲良き集いこそ、真実の仏法の世界である。
 一、その異体同心の団結の根幹が、師弟である。
 「華果成就御書」には断言なされている。
 「よき弟子をもつときんば師弟・仏果にいたり・あしき弟子をたくはひぬれば師弟・地獄にをつといへり、師弟相違せばなに事も成べからず」(同900㌻)
 ともあれ、師弟不二の心がなくなったら、勝利はない。派閥ができ、団結が崩れる。もはや力は出ない。そうなれば、我見と増上慢で仏罰を受けてしまう。
 大聖人は、「一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ」(同970㌻)と仰せになられている。
 「異体同心」そして「師弟不二」の信心で、晴れ晴れと一生を送ることだ。
 勝ち抜いて一生を送ることだ。
 仏になって、最高の満足の一生を送ることだ。
 一、私が入信したのは、昭和22年(1947年)8月24日。19歳の時である。
 当時、戦後の日本社会はまだまだ太陽が昇らず、陰湿な夜明け前のような時代だった。
 正しき大仏法を弘めるのは、民衆の幸福のため、社会の繁栄のため、生命の尊厳を護るため、そして、慈愛に満ちた平和の世界を創るためである。
 第2次世界大戦中、軍部権力と戦った先師・牧口常三郎先生は牢獄に入れられ、1年4カ月後に、獄死なされた。
 荘厳な殉教のその日、11月18日は、創価学会創立の記念の日であった。
 その牧口先生に勇んでお供した戸田先生は、2年間の獄中闘争の後、出獄されて、学会の再建のため、妙法の巌窟王となって立ち上がられたのである。
 戸田先生は、牧口先生を偲んで、「あなたの慈悲の広大無辺は、わたくしを牢獄まで連れていってくださいました」と感謝された。
 これが弟子である。
 私もまた、師匠である戸田先生に、それはそれは、諸天も驚くほど、忠実にご奉公申し上げた。
 先生の事業が失敗し、給料は何カ月も遅配。真冬でもオーバーもない。
 新しい靴が買えず、高下駄を履いて出かけたこともある。
 そのなかで私は、働きに働いて、借金を返済していった。一切の苦境を勝ち越えて、先生の第2代会長への就任の道を開いたのである。
 学会を護り、師弟の道に生き抜けば、永遠の大功徳に包まれる。
 皆さんにも、この道に続いていってもらいたい。
 一、私が入会した当時の学会は、理事長であられた戸田先生を中心として、学会員は実質、5~600人であったと記憶している。
 戸田先生が会長に就任される前も、折伏は、月に100世帯に満たなかった。
 「このままでは、広宣流布に5万年かかってしまう」と嘆かれる先生に、私は「断じて私がやります!」と1人立ち上がった。
 そして、私が蒲田支部の支部幹事に就任して、2月闘争で陣頭指揮を執り始めてからは、学会は大回転して、毎月、何千、何万世帯もの弘教の上げ潮へと変わっていったのである(大拍手)。

旭日のごとく新しき同志が
 一、私もまた無実の罪で、関西の地で牢に入った。
 戸田先生が出獄された12年後(1957年)の同じ7月3日である。その後、4年半の法廷闘争によって、当然ながら、無罪判決を勝ち取った。
 私は、昭和35年(1960年)の5月3日、32歳で第3代会長に就任し、全身全霊で走り抜き、迫害の嵐のなかを、青年会長として勇敢に戦い、世界広布のうねりを巻き起こしてきた。
 そして、戸田先生のお心のままに、師弟不二の仏法を体現して、理想の創価学会を構築してきた。
 偉大なる同志の皆様とともに戦い、192カ国・地域に人間主義のスクラムを築き上げたのである。
 今、全世界に太陽が昇りゆくがごとく、新たな同志が誕生していることは、皆様がご存じの通りだ。
 私は、世界中の指導者や識者とも会い、平和と文化の語らいを重ねてきた。あの国でも、この国でも、一級の知性と友情を結び、信頼と共感を勝ち取ってきた。
 一つ一つが忘れ得ぬ思い出である。一つ一つが黄金の輝きを放つ歴史である。
 私は、ヨーロッパ広布の道も開いてきた。
 当初、ヨーロッパ広布は遅々として進まなかった。私は、初代の欧州議長で医学博士でもあった山崎鋭一さんを中心に、あらゆる角度から手を打ち、メンバーヘの激励を重ね、私自身も各国を飛び回って、ヨーロッパ広布の基盤をつくった。
 山崎博士の奥様・良子さんもお元気であるとうかがっている。うれしい限りである。
 私は「ヨーロッパ、頑張れ! 師弟不二で新たな広布前進の歴史を!」と強く申し上げたい(大拍手)。
 創価学会は、地球に輝く民衆の大連帯となった。
 平和と社会に貢献する模範の団体として、各国・地域からの顕彰も相次いでいる。
 事実の上で、全世界が讃える希望の団体となった(大拍手)。

広布に尽くす福徳は無量

使命に生き抜け
 一、御聖訓には、こう仰せである。
 「あなたが仏になろうと思うならば、慢心のはたほこ(軍の指揮に用いる旗)を倒し、忿《いか》りの杖を捨てて、ひとえに一乗の法華経に帰依しなさい。名聞名利は今生だけの飾りであり、我慢(我を傲《おご》り他を軽んずる)や偏執は後世《ごせ》の成仏を妨げる足かせである」(同463㌻、通解)
 リーダーは、どこまでも、誠実な、純粋な心で、同志のため、学会のために尽くしていくのだ。
 そして、偉大な仏の境涯を開いていっていただきたい。
 「仏」とは幸福の極致、勝利の極致の生命であり、慈愛と喜びに満ちた極致の生命である。
 悔いのない人生を送っていただきたい。
 喜びに満ちた自分をつくりながら、「立正安国」の精神を胸に、自身の一族と国家の安穏・繁栄を祈り、行動していくことだ。弘教に走っていくのだ。
 弘教は、仏の使いの尊き実践である。その福徳は無量である。
 永遠にわたる、その誉れ、その崇高な使命、仏になりゆく喜びの生命をつくるために今世があるのだ。今があるのだ。
 同志、万歳!
 北米、万歳!
 オセアニア、万歳!
 中南米、万歳!
 ヨーロッパ、万歳!
 アジア、万歳!
 アフリカ、万歳!
 世界、万歳!
 お帰りになったら、各国、各地の大事な大事な同志の皆様方に、くれぐれもよろしくお伝えください。
 どうか、体を大切にしてください。
 私と妻は、毎日、皆さんの健康と無事故と長寿を一生懸命に祈っています。
 きょうは、本当にありがとう!
 サンキュー!(大拍手)
2010-03-09 : スピーチ・メッセージ等 :
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教育と文化の王道

教育と文化の王道 張鏡湖対談
  第三文明社 2010.3.1刊 ¥1429+税


第1章 父母の思い出と「麗しの島」
1. 父を語る
「父子一体」の教育の勝利
「人生地理学」の理念を評価
黙々と仕事に励んだ父の姿
「平和の文化」の創造へ
中国文明に流れる「共生のエートス」
ガンジーに通ずる人間性への信頼

2. 母と故郷を語る
子を思う母の深き心
歴史上の二人の母を模範に
「孝」を重んじる中国文化
苦難を糧に勝利の人生を飾った母
母なる故郷――人材の揺籃・寧波
文化交流にかける燃え上がる魂

3. 「癒しの島」台湾の自然と魅力
憧れの名峰「玉山」
注目される台湾のヒノキ
火山活動で盆地が山脈に
「台風」と「地震」の脅威
「花」と「蝶」の王国
海を越えた人間の交流
多民族共生の文化的伝統

4. 台湾の歴史と多彩な人間文化
「国姓爺」鄭成功の活躍
後継者が未来の一切を決める
植民地統治に反旗を翻した人々
文化の「土台」は悠久の中国大陸に
台湾の発展と現代の生活文化
健康を支える「医食同源」の伝統
民衆の心をとらえた観世音菩薩
アジア共通の文化を学ぶ意義

第2章 精神の遺産と地球環境
1. アジアを結ぶ人間哲学の交流
王陽明の広範な思想的影響
苦難を乗り越えて誕生した陽明学
「志」に生きることの大切さ
東アジアに平和・文化・教育のネットワークを

2. 孫文先生の不屈の楽観主義
中国文化の真髄は「王道の文化」
民衆に尽くした孫文先生
十度の失敗を経て成功した革命
「人民こそ皇帝なり」
ソフト・パワーは王道 ハード・パワーは覇道
教育・文化交流は民衆を結ぶ懸け橋

3. 輝く地球の未来へ
人類生存のカギを握る環境問題
世界的規模の水不足
アマゾンでの植林計画を推進するSGI
経済発展と公害問題
急がれる温暖化防止対策
人々の意識と行動の変革を

4. 世界市民と環境教育
環境問題への先駆的な取り組み
環境教育は地球市民への必須条件
「地球憲章」の理念と哲学
人間と環境は本来、一体不二
「もったいない」の精神と自己変革
「小我」から「大我」への転換

第3章 教育の大道
1. 大学創立の精神と歴史
「知性の聖火」のリレー
「奉仕をもって指導と為す」
卒業生の勝利が大学の勝利
苦難を乗り越え発展する中国文化大学
教育に全生涯を捧げた張其博士
池田大作研究センターがオープン

2. 21世紀を教育の世紀に
東西の知性融合を目指す挑戦
「教育」と「宗教」は両輪の関係
真理探究に不可欠な「学問の自由」
「大学の自治」は学生が根本
人々の心を結ぶ文化・芸術の交流

3. 未来を開く教育の力
台湾各地で反響を呼んだ「世界児童平和文化展」
国際社会では政治・経済分野でも女性が目覚ましく活躍
中国社会における女性の地位の変遷
女性教育を重視した牧口初代会長
周総理夫妻の「八互の原則」
家庭教育こそ未来を築く基盤
大人が子どもの模範に

4. 人間生命の光彩輝く世紀を
卒業生の活躍が創立者の最大の喜び
近代ヨーロッパ哲学に衝撃を与えた中国文化
中国文化の中心的思想=「仁」
「文明の差異」を認め合い「文明の共生」する社会へ
民主主義と自由の扉を開いたゴルバチョフ
人間の中へ、人間とともに
2010-03-08 : 教育を語る :
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栄光の日々 8 沖縄

栄光の日々 名誉会長と我らの人生 8
                (2010.3.6付 聖教新聞)
広宣流布の最初の地帯 沖縄

永遠平和の象徴の天地たれ

 突然、大粒の雨がフィールドをたたき始めた。雨脚は次第に強くなる。
 昭和58年(1983年)3月21日、3万人の沖縄平和文化祭。
 演技する友の顔が激しい雨で霞む。衣装はぬれ、袖口から水滴が落ちる。地面には無数の水たまり。動くたびに泥がはねる。それでも熱演は止まらない。むしろ、勢いづいている。
 場外で出番を待つ1000人の婦人部員。身に纏う伝統の紅型《びんがた》衣装は、一針一針に平和の心を込めて縫い上げた”宝の衣”。それにも、雨は容赦なく染みこんだ。
 この時、一人が叫んだ。
 「みんなキレイよー」。皆の心に太陽が昇った。「もう腹が据わったよ」。雨を笑い飛ばす声が広がった。
 約20分間の豪雨──それは、いかなる困難をもはね返す、沖縄の友の心意気を満天下に宣言するための、自然の“大演出”だった。
 国連広報センターのエクスレイ所長は言った。「皆さんの文化祭を、雨も止めることはできなかった」
 池田名誉会長は讃えた。

  天も地も
   沖縄健児を
    ためさむと
   あゝ歴史に残さむ
      雨の祭典
        ◇
 文化祭の前日、関西から空路、沖縄入りした名誉会長は、恩納《おんな》村の沖縄研修道場を初訪問した。
 記念の植樹を終えると、黒ずんだ“コンクリートの巨大な塊《かたまり》”の前へ。
 長さ約100㍍。八つの発射口を持つ、ミサイルの発射台が廃虚となって残っていた。
 研修道場の敷地内には、かつて、核弾頭が装備できる、中距離弾道ミサイル「メースB」を配備した、米軍のミサイル基地があった。ミサイル本体は、すでに撤去されていたが、厚さ1・5㍍ものコンクリートで造られた発射台は、その無機質な姿を残していた。
 「核ミサイルの発射基地です。照準は中国でした」
 「基地は沖縄に4カ所ありましたが、残っているのは、ここだけです」
 資料を手に、友の説明を聞く名誉会長。ミサイルの格納庫の内部も、丹念に視察した。
 すべて取り壊し、研修施設に変わる計画だった。
 「永遠に残そう!」──名誉会長は提案した。
 「『人類は、かつて戦争という愚かなことをした』との一つの証しとして」
 「『戦争を二度と起こさない』との誓いを込めて」
 戦争の悲劇を忘れない、忘れさせない戦いのなかにしか、平和は築けない。
 名誉会長は続けた。
 「発射台の上には、平和の象徴になるようなブロンズ像を立てよう!」
 「この場所を『世界平和の碑』にしよう!」
 友の顔が、はじけるように輝いた。
 発射台は、翌・昭和59年(84年)に「世界平和の碑」として生まれ変わった。
 世界の友が喜々として集うこの場所は、「軍事施設の跡地利用のモデル中のモデル」と評価は高い。
 人々を分断する“戦争の要塞”は、人々を結ぶ“平和の要塞”となったのだ。
 そうだ! 私たちも変わることができる‼
 この転換の象徴こそ「世界平和の碑」であった。
        ◇
 文化祭から2日後の23日は、沖縄広布第2幕を告げる第1回記念総会。
 名誉会長は師子吼した。
 ──信心の連帯の輪を広げ、世界模範の「永遠平和の象徴の天地」たれ、と。
 正義の拡大の先頭を走る沖縄は今、「世界最初の広宣流布の地帯」と輝く。
 本年は、「沖縄の心」を誰よりも知り、誰よりも大切にする、名誉会長の沖縄初訪問50周年である。
2010-03-07 : 栄光の日々 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.8/9

随筆 我らの勝利の大道 No.8/9
              (2010.3.4/5付)

創価家族は永遠に前進㊤㊦

春だ! 新しき力を 新しき人材を
信心は年数ではない 「勇気」で決まる!


 偉大なる
  若き後継
    登場の
  世紀の舞台は
   遂に来たれり

 それは1789年。あの名高き「フランス大革命」の開幕を告げて、一人の革命家は高らかに叫んだ。
 「時はきた。
 錨綱《いかいずな》を切れ!」
 この言葉を引きながら、歴史家ミシュレは綴った。
 「革命の船は、この日以後、嵐にも雨にもかかわりなく」「けっしてとどまることなく、未来に向かって進む」
 我らは未曾有の広宣流布の大航海に船出した。わが「創価の大船」も、嵐があろうが、怒濤があろうが、民衆の栄光勝利をめざして邁進する。
 「日蓮一度もしりぞく心なし」(御書1224㌻)。この師子王の御心を拝し、「前進!」の勇気を掲げて進むのだ。
 その先頭を駆けるのは、男子部、女子部、男女学生部の青年たちである。今や“学会3世” “学会4世”も草創の精神を学び、尊き父母の心を受け継いで、伸び伸びと活躍している。
 さらにまた、わが“創価家族”には、あの地この地で、希望に輝きながら、新たな会員が生まれ、新たな人材が台頭している。
 「二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし」(同1360㌻)と仰せの通りだ。
 若々しき「地涌」の生命の息吹に触れることは、最も心躍る喜びである。
 親から子や孫の世代へ、脈々と、信心後継の「タテの拡大」は続いている。
 さらに友から友への「ヨコの拡大」も、歓喜のスクラムを広げている。
 この迸る信心の連動にこそ、我ら“創価家族”の永遠の前進の実像がある。
        ◇
 この人生
  この一生を
    幾世代
  価値ある日々と
    広布に生き抜け

 創立80周年。学会は今再び大躍進の春を迎えた。
 それは、わが組織の最前線に、「新しい力」「新しい人材」が生き生きと躍動するということだ。
 生命は、瞬時も立ち止まらず変化する。新陳代謝を繰り返し、自らを革新していく。このダイナミックに変わる力そのものが、生命の本質といってよい。
 常緑の高木《こうぼく》「ユズリハ(譲葉)」は、新しい葉が出るまで、古い葉が待っている。新しい世代の成長を温かく見守るように!
 組織を一つの生命体とみるならば、「新しい力」「新しい人材」の台頭は、本然の正しき法則なのだ。
 「あとからつづく者たちも、ほら、そこに、我らのうしろに胚芽の姿で控えている」と、民衆詩人ホイットマンも歌った通りだ。
 凍てついた大地の中で、じっと力を蓄えた新芽は、時を逃さずに頭《こうべ》を上げる。そして、勢いよく大地を破って現れる。ゆえに私は、懸命に祈り続けてきた。
 新しき人よ、はつらつたる青年よ、湧き出でよ!
 全同志の胸から、新しき力よ、燃え上がれ!

新時代を創るもの
 世界を変えてきたあらゆる変革は、誰かが一人で成し遂げたものではない。
 一人が立ち上がる。呼応した一人が続く。その波動が広範な民衆を糾合し、新たな力と声のうねりが、歴史を変えてきたのである。
 フランス大革命もそうであった。モンテスキューやルソーやボルテールらの啓蒙思想が民衆の一人一人を鼓舞し、時代を動かしていったのは、有名な史実だ。
 “新しい力の台頭”が、“新しい時代”を創る。
 これが歴史の常である。
 日蓮大聖人の御在世である弘安2年(1279年)、権力と結託した坊主どもの陰謀によって、何の罪もない農民の門下が囚われた。「熱原の法難」である。
 正義の大仏法に目覚めた民衆はいかなる脅しにも屈することなく、題目を唱え抜いていった。リーダーである神四郎、弥五郎、弥六郎の三兄弟は壮絶な殉教を遂げたのである。
 この「熱原の三烈士」が仏法に巡りあったのはいつであったか。前年の弘安元年頃である。すなわち入信1年ほどにして、永遠に謳われゆく不惜身命の鑑を留めたのである。
 わが師・戸田城聖先生は、この史実を通して、
 「信心は、年数ではない。勇気である。勇気ある信心の人こそが一番、偉大なのである」と教えられた。
        ◇
 戦後の創価学会の隆々たる大発展を見るがよい。
 それは、日本を驚嘆させた「新しき大民衆運動」であった。
 昭和26年5月3日。戸田先生は会長推戴式で、烈々と師子吼された。
 「75万世帯の折伏が達成できなければ、私の屍は品川沖に投げ捨てよ!」
 当時の会員数は、約3千人にすぎなかった。75万世帯へは、実に250倍の拡大となる。
 大半の会員は、いったい、いつまでかかるのかと呆然とした。しかし私たち青年部が突破口を開き、結果から振り返れば、6年と半年で達成したのだ。
 年末ごとの世帯数は──
 5700世帯(26年)
 2万2000世帯(27年)
 7万4000世帯(28年)
 17万世帯(29年)
 30万7000世帯(30年)
 50万世帯(31年)
 そして76万5000世帯(32年)──である。
 75万世帯の目標が完遂された時点で、学会員の約8割が入会して3年以内のメンバーであった。
 今日の世界的な創価学会の基盤を創った大拡大は、誰によって実現したのか。それは、師弟共戦の大行進に勇んで連なった「新しき人材」の力で遂行されたといっても過言ではない。
 昭和27年の蒲田支部の「二月闘争」も、翌年の文京支部の「大前進」も、新会員と共に、新たに発心した方々と共に、そして慈愛の婦人部と共に、情熱たぎる青年と共に、私は勝ち開いたのである。

埼玉から勝鬨が!
 昭和28年の年頭、師・戸田先生より直々に、私は男子部の第1部隊長の任を拝した。25歳。今のヤング男子部の年代だ。
 「年末までに各部隊1000人への拡大」──これが師から示された目標であった。
 出発時点の第1部隊の勢力は337人。つまり、3倍の拡大となる。
 その新たな拡大の“決定打”を放ってくれたのが、埼玉のメンバーであった。
 拡大戦の締めくくりとなる、年末の第2回男子部総会が迫るなか、埼玉の羽生方面に点在していた並木班の友が大奮闘した。班長は週末、東京から泊まりがけで何度も通い、1カ月余りの間に、爆発的な拡大を成し遂げたのだ。
 埼玉の若き英雄たちは総会当日、バスを貸し切り、群馬との県境から50人の隊列を組み、勇んで集い来た。第1部隊1000人の結集という大勝利が、これで決まったのである。
 「見事だ。よくぞ、ここまで戦ったな!」──私はメンバーが乗ったバスを、会場の入り口まで誘導し、大拍手で迎えた。
 私は、嬉しかった。埼玉から勝鬨が上がったのだ。新しき天地から、新しい人材が躍り出たのだ!
 当時の埼玉には、まだまだ男子部員は少なかった。それだけに、学会歌を意気高く歌い、次々とバスから降りてくる青年の姿に、幹部たちは驚いた。
 たとえ、一進一退の膠着状態に見えるところでも、絶壁に食らいついて、必死に戦っている友がいる。それを、目立つところだけ見て、健気な同志の陰の奮闘を見なければ、あまりにも傲慢な幹部だ。
 いずこであれ、一人立つ勇者が現れれば、必ず広布の火蓋は切れる。いかに困難であっても、そこに奮闘する友がいる限り、一人を誠実に励まし抜く。これが壁を破る鉄則だ。
 この勝利の日は「羽生県青年部の日」として、後継の若き師子が栄光の共戦譜を綴り続けてくれている。

 青春を
  我は勝ちたり
     君も勝て

 ミシュレは『世界の名著37』所収フランス革命史」桑原武夫・多田道太郎・樋口謹一訳(中央公論社)。ホイットマンは『草の葉』酒本雅之訳(岩波書店)。

清新な息吹で全員が勝ちまくれ!
共に祈り 共に語り 共に動こう


 学会の
  後継あずかる
     君なれば
  断固と宝剣
   抜きゆけ 勝ちゆけ

 昭和31年の「大阪の戦い」──その焦点は新しい力の躍動であった。
 当時、約3万世帯に発展していた大阪は、最も古い入会者でも、やっと信心5年目。大半が入会1、2年のメンバーであった。
 広布史に厳然と輝く、不滅の常勝城もまた、入会間もないメンバーとの共戦で築き上げたものだ。
 急速な拡大は、人材の飛躍的な育成を要する。その一点を見据えて、私は同志の中へ飛び込んだ。
 御書の早朝講義。確信と歓喜の座談会。真剣勝負の個人指導。葉書などを送っての真心の激励──。
 そして、いかなる時も、師匠・戸田先生に仕え抜いていく、弟子としての真剣な一念と振る舞いを、ありのままに同志に示していった。そこから、関西の友は「師弟の道」を知り、続いてくれたのである。
 これが学会精神だ!
 これが信心の真髄だ!
 これが創価のリーダーの戦いなのだ!──と。
 入会から日の浅い関西の同志たちは、その「歓喜」と「勇気」と「確信」を胸に刻み、自分らしく友に語り、勇敢に叫んでいった。
 信心の歓喜と広布の息吹が、まさに奔流となって、関西の民衆の大地に溢れていったのだ。
 私は、組織を動かしたのではない。徹して一人また一人と会い、その心に炎を点していったのである。
 それが、1カ月で1万1111世帯という折伏の金字塔となり、不撓不屈の大関西の民衆城の土台となったのだ。
        ◇
 関西が生んだ大実業家・松下幸之助氏は語られた。
 「新入社員を迎えると、会社にも個々の職場にも新鮮な雰囲気が生まれてくる。先輩の人びとも、自分の初心を改めて思い起こし、そこにみずから心機一転の思いを持つ」
 学会の組織も同じだ。
 新会員や新しい人材の台頭は、新鮮な息吹を組織に送り込み、“信心の先輩”方も、自身の「初心」を思い起こす好機となる。
 日蓮仏法は、初めて妙法を信受した“名字即”の位で即身成仏すると説く。いうなれば、常に「初心」に立ち返り、はつらつと広宣流布の師弟の誓願に生き抜いていくことが、成仏の要諦なのだ。
 松下氏は、更に、新入社員に対する先輩の態度について指摘している。
 「いかに優秀な素質を持った人でも、仕事についてはまったく経験がないのだから、先輩が一から教えなければならない」
 つまり、新しい力の発揮も、すべて先輩たちの振る舞いにかかっている、と。
 一から教える──信心においても、それは、時間がかかり、遠回りに思えるかもしれない。しかし、誰でも最初はそうだった。
 私だって、入信当時、何もわからなかった。
 それを、戸田先生に教えていただき、また先輩同志に学びながら、自分自身を人間革命していったのだ。
 今度は、恩返しである。親切にしてあげれば、自分が守られる。新しい息吹を受けて自分が学べる。自分が元気になる。向上する。

自分以上のの人材に
 学会の人材育成の伝統は、後輩を、新会員を、新しい同志を、「自分以上の人材に」と願い、心を砕いていくことである。
 我ら“創価家族”は励まし合い、心を磨きながら、幸福への直道を歩む強き絆で結ばれているのだ。
        ◇
 新会員の友が、信心の功徳と確信をつかみ、一緒に広宣流布の同志として歩めるようになって、折伏は完結するといえる。
 御書には「仏になるみちは善知識にはすぎず」(1468㌻)と説かれている。
 善知識とは、善き師匠であり、更には仏道修行を貫く上で支えとなる「善友」である。創価学会が善知識の集まりといってよい。
 そのために、先輩として心掛けたいことは「共に」という一点である。
 共に祈る。共に学ぶ。
 共に語る。共に歩く。
 「共に」という心と行動のなかに、日蓮仏法の真髄の精神がある。
 蓮祖は「喜とは自他共に喜ぶ事なり」(御書761㌻)と仰せだ。
 自分一人だけの喜びは、まだ本当の喜びではない。人も自分も共に喜び、讃え合えることが、最高の喜びになるのだ。
 さらにまた「共《ぐ》の一字は日蓮に共《ぐ》する時は宝処に至る可し」(同734㌻)と示されている。
 同志と共に進み、師弟して共に生き抜くところに、人生の究極の勝利がある。

親孝行の人生を!
 学会本部の一角に、3枚の美しい水彩画が飾られている。4年前に入会した東京の池田華陽会の友が描いてくれた絵である。
 最初の1枚が届けられたのは2年前。美術系大学で陶芸を学び、人物画の経験のなかった彼女が、一生懸命に挑戦して、私と妻を描いてくださったものだ。
 親孝行の人生を誓い、友のためにとひた走る立派な姿に、ご両親も大変喜ばれていると伺っている。
 御聖訓には、「法華経を持つ人は父と母との恩を報ずるなり」(同1528㌻)と仰せである。
 妙法に生きゆく人生は、最高無上の親孝行の軌道を歩むことができる。
 ゆえに、新会員の友は、信仰のことで、ご家族と争ったりせず、自らの成長する姿を見せて、安心させてあげていただきたい。私も、そうであった。

持続の人が幸福に
 ともあれ、新会員の友の功徳の実証を聞くたびに、私の胸は躍る。
 「受くるは・やすく持《たも》つはかたし・さる間・成仏は持つにあり」(同1136㌻)とは、大聖人の御指南である。
 忍耐強く「持《たも》つ」なかに成長がある。勝利がある。
 この信心を貫く人、持続する人は、絶対に「幸福」になる。広布のために、努力し、動いて、苦労することは、すべて「福運」となって自身に返ってくる。
 世界五大陸の友が、勇気凛々と、広布の大道を歩み、人間革命している姿こそ、その証左にほかならない。
 大詩人ホイットマンは“人間の可能性”を歌った。
 「他人にそなわるどんな勇気も忍耐も、同様に君の内部にそなわらぬはなく」と。
 いわんや仏法は、「万人成仏」の法であり、「一生成仏」の法なのだ。
        ◇
 春風の如きフレッシュな息吹は、組織に生き生きとした活力を与える。勝利の原因をつくってくれる。
 先輩たちは、この新しい息吹を、心から大事にしていくのだ。新しい人に学んでいくのだ。新しい人と共に勇猛精進していくのだ。
 「これまで」に安住してはならない。「これから」を切り開く、清新なる決意に立つことである。

“今一重”の決意で
 大聖人は、強盛な女性の弟子を励まして言われた。
 「あなたの昔からの立派な信心のお志はいうまでもありません。しかし、それよりも今一重、強盛な信仰に立っていきなさい」(同1220㌻、通解)
 自分自身を「新しい人材」に革命する決心で、「新しい力」を出すのだ。 
 「月月・日日につよ(強)り給へ・すこしもたゆ(撓)む心あらば魔たよりをうべし」(同1190㌻)との御聖訓を、断じて他人事と思ってはならない。
 慢心になり、挑戦の心を忘れれば、信心は濁る。「強る心」を失い、「たゆむ心」に負ければ、惰性になる。戦いがなく、前進もないことを隠すため、保身に走り、権威主義になる。
 草創以来、同志に迷惑をかけ、裏切っていった背信者たちは、自分は特別だと威張る人間だった。
 創価学会は、最極の生き甲斐と充実に満ち溢れた、幸福の安全地帯である。
 この和合の世界にいられなくなった末路ほど、侘しく哀れなものはない。
        ◇
 「仏法は勝負」だ。人生も勝負だ。
 この人生に勝利しゆくための信心である。その指標として、学会では、永遠の五指針を掲げている。
 一、一家和楽の信心
 一、幸福をつかむ信心
 一、難を乗り越える信心
 一、健康長寿の信心
 一、絶対勝利の信心
 信心で勝つのだ! わが同志は、一人も残らず、偉大な信心で、偉大な人生を勝ち飾っていただきたい。
 希望の春が来た。君も、私も、新たな前進だ!
 「出かけよう、道はぼくらの前にある」
 ホイットマンの晴朗なる歌声とともに、さあ、勝利の大道を歩み抜こう!

 三世まで
  不滅 不朽の
    城ありき
  その名 広布の
     人材城かな


 松下幸之助は『松下幸之助「一日一話」』PHP総合研究所編(PHP研究所)。ホイットマンは『草の葉』(岩波書店)で、最初が鍋島能弘・酒本雅之訳、次が杉木喬・鍋島・酒本訳。
2010-03-07 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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全国代表者会議

全国代表者会議での名誉会長のスピーチ
         (2010.2.23 創価文化会館)

君よ80周年のわが栄冠をつかめ
逆境をチャンスに変える名指揮を


 一、きょうは、各地の広宣流布のリーダーの代表が集《つど》った。本当に、ご苦労さま!
 今年は、栄光の創価学会創立80周年。
 今、この時に巡り合わせた皆さんが、一人も残らず、わが栄冠を勝ち飾ってもらいたい。
 そして皆さんのご家族が健康で、最高に幸福な人生を歩まれることを、私と妻は毎日、真剣に祈っている。
 新しい人材を、どんどん伸ばしたい。年配の幹部も、若々しく進んでいただきたい。
 生き生きと戦い、生き生きと勝つのだ。
 偉い人間とは、「正義の人」であり、「勝利を開く人」である。
 「信念の行動者」であり、「皆を朗らかに喜ばせる人」である。
 君よ、「必勝」の指導者たれ!──私は心から願っている(大拍手)。

日の出の勢い!
 一、おかげさまで、全世界の同志の皆様の力によって、学会は、大きく発展した。
 幾多の団体が、時代の変化の波に衰退を余儀なくされる中、わが学会は、民衆の平和の柱として、揺るぎない存在となった。
 本当にありがとう!
 あらゆる嫉妬や偏見も、すべて、学会の前進によって、厳然と打ち破った。
 まさに日の出の勢いである。広布へ進む友の、勝ち戦の万歳が轟いている。これほど、うれしいことはない。
 正義に生きる皆様の福徳は、無量無辺である(大拍手)。
 一、きょうは、北海道の代表も参加し、今年にかける意気込みを伝えてくれた。
 広大な山河を縦横に駆けるその胸には、「よいか! 友よ、負けるな!」「どこからでも、どんとこい! 一緒に勝利だ!」との不屈の息吹があふれている。
 万年に崩れぬ土台を築きゆく今、皆が朗らかに声をかけ合い、力を合わせて大前進したい(大拍手)。

威風堂々と! 信心のスクラム
 一、「経の王」である法華経は、一体、何のために説かれたのか。
 それは、万人を仏にするためである。
 広宣流布こそ法華経の魂なのである。
 法華経の宝塔品で、釈迦・多宝・十方分身の諸仏が来集した。それは「令法久住(法をして久しく住せしめん)」のためであり、「未来に法華経を弘めて未来の一切の仏子にあたえんと」(御書236㌻)されたゆえである──。
 そのように、「開目抄」で仰せである。
 広宣流布の闘士が集い、大仏法を学び弘めゆく会合も、一面からいえば、現代における法華経の会座であるといってよい。
 法華経は、峻厳なる師弟の儀式である。
 日蓮大聖人の御心のままに、我らも誉れの弟子として、濁悪の世に、広宣流布の前進と勝利を開いてまいりたい(大拍手)。
 一、師のもとから勇んで打って出る。そこに、発展と勝利のリズムが生まれる。
 この根本の軌道を、戸田先生は教えてくださった。
 先生は、重要な広布の会議について、その精神を、厳しく打ち込まれた。
 「全員が責任者の覚悟で参加し、意見を述べよ! 決まったことは、何があっても実行し、実践せよ!
 そして、断じて戦い、勝って、次にまた集まるのだ!」
 師弟不二の、この呼吸、この息吹、この祈り、この決意、この勢いで、学会は威光勢力を増し、勝ち進んできたのである。
 上も下もなく、皆が自分らしい持ち味を生かし、同じ責任感に立って、威風堂々と進んでいく。ここに学会の強さがある。
 師とともに、同志とともに、心を合わせていけば、信心の軌道から外れることはない。
 正々堂々と、皆でスクラムを組んで、広宣流布のために戦おう!〈会場から「ハイ!」と力強い返事が〉

世紀を担う秀才
 一、きょうは、アメリカ創価大学出身の男子部、女子部、男女学生部、そして未来部のリーダーも出席している。
 いい青年が育っている。「核兵器のない世界」へ向けて、学友に対話を広げる学生部員の活躍も、よくうかがっている。恩師・戸田先生が、どれほどお喜びであろうか。
 思えば、学生部の結成は、昭和32年(1957年)の6月30日のことだった。
 私は北海道・夕張の天地から、「新しき世紀を担う秀才の集いたる学生部結成大会おめでとう。会長先生のもとに勇んで巣立ちゆけ」と祝電を送った。
 あの嵐の「夕張炭労事件」の最中に学生部は誕生したのである。
 私が夕張を初めて訪れたのは、雪の舞う、昭和32年の冬1月のことであった。
 文京支部であった夕張地区の大会に出席するためである。
 夕張の鹿ノ谷《しかのたに》駅に降り立つと、とても寒かったことを、今でも鮮明に覚えている。
 夕張地区の大会には、1300人の同志が集い、意気天を衝く勢いであった。
 私は文京支部長代理として、“逆境をも追い風にしていく生命力で、師子王のごとく前進を”と激励した。
 この年の5月、理不尽にも炭労は、公然と、人権蹂躙の暴挙に出たのである。
 〈当時、絶大な勢力を誇っていた炭労(日本炭鉱労働組合)が。学会の躍進に警戒感を抱き、組合員である学会員を不当に弾圧した。信心をやめよと脅されたり、仲間はずれや嫌がらせなど、陰険にいじめられた。
 “泣く子も黙る天下の炭労”と恐れられたほど、強大な組織であった。炭労と創価学会の対決に、世間やマスコミも、“大事件”として注目した〉

「皆がかわいそうだ」「私が行きます」
難と戦う勇気を持て
師弟で勝った夕張炭労事件


信教の自由を守り抜く戦い
 一、北海道は戸田先生の故郷である。
 横暴な圧迫に、幾干の学会員が苦しんでいる。
 同志がかわいそうではないか──。
 戸田先生は自ら北海道へ行こうとされた。
 私は戸田先生の身を案じた。いかなる危険があるかもわからなかった。
 「先生! 私が行きます」「私が戦いますから、どうぞご安心ください」──。
 私は6月28日、北海道へ乗り込んだ。
 学会員が二度といじめられないように、機先を制し、次々と手を打った。
 7月1日は「札幌大会」に出席した。記者会見でも学会の主張を堂々と訴えた。
 翌2日は「夕張大会」である。「信教の自由」を守り抜く、正義の言論戦を、果敢に展開した。この大会に参加した、炭労の幹部の数人は、途中で逃げ去っていった。
 大会終了後、一人の真谷地炭労の副委員長が、私のもとに、丁重にあいさつに訪れた。
 「学会の主張は、よくわかりました。我々は浅はかな行動はとりません」
 一つの勝利の決着を見たのである。
 7月3日、私は空路、羽田空港へ舞い戻る。空港で戸田先生にご報告をし、そのまま大阪に向かった。
 そしてこの日、「大阪事件」で、私は不当にも逮捕された。
 これが、まったくの冤罪(無実の罪)であったことは、後に、裁判で、明確に証明された。不二の師弟は、勝ったのである。
 一、私は戸田先生のために、あらゆるところで戦った。当時、20代の青年であった。
 青年は、邪悪と戦う勇気を持たねばならない。どんな相手であろうと、正義を叫び抜くのだ。屋根となって、庶民を護るのだ。
 私はこれまで、さまざまな思想・宗教・イデオロギーの指導者とも対話を重ねてきた。
 世の中を平和にしたい──その思いは共通しているはずだ。
 同じ人間として、率直に、腹を割って対話した。心を通わせていったのである。
 広布のため、恩師のために、わが身がどうなろうと本望だ──。この精神で、今日まで来た。だからこそ、諸天善神が守ったのである。
 目先の欲にとらわれ、虚栄を追っても、仏法の眼《まなこ》から見れば、あまりにも小さい。
 師匠のため、学会のため、同志のために尽くす。悔いなき人生を生ききる。これが何より大切なのだ。
 今、懐かしき夕張の地では、地元・夕張正義圏の同志が、町内会や商工会、また伝統の映画祭の応援など、地域の先頭に立って活躍している。勇敢なる夕張の友に、心からエール(声援)を送りたい(大拍手)。

堅塁中部よ立て
 一、戸田先生はまず、中核となる地域に手を打たれた。
 東京を盤石に固めた。そして関西に私を派遣された。
 本陣・東京と常勝・関西は、わが青春の法戦場である。いよいよ堅塁・中部の出番だ。
 中部が強くなり、関西・中部・東京がガッチリとスクラムを組めば、未来の創価城は一段と盤石である。難攻不落である。
 張り切って進め!
 戦って強くなれ!
 愛知、そして中部の同志、頑張れ!(大拍手)

心が心を動かす
 一、私は今、世界のジャズの王者ハービー・ハンコックさんとも対談を進めている。
 SGI(創価学会インタナショナル)のメンバーであるハンコックさんは、「仏法では『心こそ大切』と教えられています。演奏家にとって大切なことも、自らの心をどう表現できるかです」とも語っておられた。
 心が心を揺さぶる。
 心を磨き、心を豊かにする──そのための信心である。
 〈ハンコック氏は、こうも述べている。
 「池田先生はスピーチや、ピアノの演奏をされる前に、まず“いかにして自分の心を人々に伝えるか”真剣に祈つておられると、私は確信します。
 スピーチを伺っても、演奏を聴いても、そこに、池田先生の題目が染みこんでいることを、強く感じてならないからです」〉
 上手な話をするよりも、もっと大事なのは、まず、同志の幸福を祈り、広宣流布の勝利を祈りきることだ。
 その深き祈りを込めた声の響きが、皆の胸を打ち、歓喜の渦を巻き起こすのである。

時を創れ! 信念を貫け
 一、インドネシアの元大統領、アブドゥルラフマン・ワヒド博士とは、「平和の哲学」「寛容の智慧」をめぐって語り合った。
 博士は、多様な文化を尊び、民主主義の道を開いた哲人指導者である。
 イスラムの大賢人でもあり、民族や宗教間の融和に尽くされた。
 SGIの平和・文化・教育運動に対して、博士は、「物質主義が強まりゆく社会において、人間主義に溢れる仏教的な哲学を蘇らせておられます」と正視眼で評価された。
 「友情を育み、関係をさらに発展させ続けていきたい」──こう語り、温かい理解を寄せてくださった。
 〈ワヒド博士は「池田会長は、偉大な方です。『文化の力』で人類の高みに立っておられる。人間を探究し、人間のレベルを引き上げておられます」とも述べている〉
 ワヒド博士は、私との「イスラムと仏教の語らい」を終え、昨年末、逝去された。
 まさしく生涯をかけて、対話に打ち込まれた博士。私は、心からの哀悼を捧げた。
 インドネシアでは、国葬をもって、「改革の闘士」としての功績を歴史に刻んだ。
 〈ワヒド博士への名誉会長の弔電が伝えられた際、シンタ・ヌリヤ夫人は目頭を熱くしていた。
 そして「池田博士との対談集は、夫の最後の仕事です。多くの人が待ち望んでいます」と、その出版への期待を述べた〉
 苦闘を越え、共生の道を開いたワヒド博士の人生が、青年に残した教訓は大きい。
 中傷され、悪口されようが、わが理想を手放さない。時を待ち、時を創り、いい方向へ変えていく。
 一番困難な事態でさえも、一番やりやすい状況へと大転換していくのだ。
 人生も、社会も、すべては戦いである。
 抜本的に時流を変えていく──そういう戦いができる、強き信念の指導者が出なければならない。
 自らが奮い立ち、使命の天地で、大勝利の旗を打ち立てるのだ。
 皆と仲良く、はつらつと、あらゆる人を生かしていくのだ。
 正義と真実を語り抜く、対話の道を突き進むのだ。
 未来を開く後継の諸君、頼むよ!〈会場から「ハイ!」と元気な返事が〉

創価の魂は勇気
 一、ワヒド博士は私との対談で、インドネシアの女性解放の先駆者カルティニの信条を語ってくださった。
 人々の心に光を送ったカルティニの言葉を皆さんに贈りたい。
 「『勇気を持たない者に、どうして勝つことが出来よう』というのが私の座右銘なのです。
 ですから、さあ、進もうではありませんか。心を引き締め、何事も試してみましょう!
 勇気を持って行えば、失うものよりは得るものの方がずっと大きいのです」(シティスマンダリ・スロト著、舟知恵・松田まゆみ訳『民族意識の母 カルティニ伝』井村文化事業社)
 勇気──この魂を、牧口先生も、戸田先生も、何度となく訴えておられた。
 「もうだめだ」と思う心の壁を打ち破るのも、「勇気」だ。
 新たな一歩を踏み出すのも「勇気」だ。
 この一点を、皆さんは絶対に忘れてはならない。
 私は勇気で、世界中に道を開いた。
 分厚い不信の氷を溶かし、敵意の火も鎮めた。勇気で心の橋を懸けた。
 信心とは、勇気の異名なのである。
 女子部も、勇気をもって朗らかに前進を!
 壮年部も、真剣に、賢明に、勇気をもって進むのだ。

正義が勝つ社会を築け
 一、西洋文明の源流であるギリシャでも、創価の友は、生き生きと活躍している。
 〈これまで「ギリシャ国際作家・芸術家協会」から、名誉会長に数々の顕彰が贈られている。名誉会長の『私の釈尊観』のギリシャ語版も発刊された〉
 古代ギリシャを代表する劇作家の一人に、メナンドロスがいる。
 彼の戯曲に、こういう台詞《せりふ》があった。
 「どんな時にも、どこであっても、正義が勝たねばなりません」(吉武純夫訳「辻裁判」、『ギリシア喜劇全集5』所収、岩波書店)
 正義が勝つ社会を築かねばならない。
 また、こういう言葉も残っている。
 「人生行路の路銀としては、度胸以上のものはない」(中務哲郎・脇本由佳・荒井直訳『ギリシア喜劇全集6』岩波書店)
 八方ふさがりでも、降参しない。当たって砕けろ──この心意気が人生を開くものだ。
 いわんや我らには、妙法という無敵の宝剣がある。何も恐れるものはない。

誠実に、大胆に!
 一、さらに、恩師・戸田先生の指導を心に刻んでいきたい。
 私は、戸田先生の一言一句を、すべて遺言と思って、大切に記し残してきた。
 先生は、声の響きや、振る舞いからでも、その人物の心根を、鋭く見抜いた。
 「上が、もっと真剣に戦うのだ! 皆と一緒に動くのだ。そして、必ず勝利の結果を出せ!」とも叫ばれた。
 無責任な、ずるい人間になってはならない。
 私は、同志とともに動き、走った。全部、先陣を切ってきた。
 新しい天地へ飛び込んだ。新しい友と友情を結んだ。出会いの劇は、数知れない。
 どうか皆さんも、愛する地域で、誠実に、また大胆に、人間としての信頼を大きく広げていただきたい。
 戸田先生は、決して愛弟子を甘やかさなかった。あえて私に、厳しい試練を課した。
 しかし、主要な幹部に対して、「大作を見習え! 強さ、勇気、勤勉、努力を学べ! 大作のように、大胆に戦い、勝て!」と言われたこともあった。
 先生は、私をそばから離さなかった。私の姿が見えないと、「大作はいるか」 「大作を呼べ」。亡くなられる前も、何度も私を枕元に呼んだ。「大作、大作」と。先生の手を、私は握りしめた。
 波瀾万丈であった。何もかも勝ち越えた。
 そういう弟子に、君たちも、なってもらいたいのだ。
 先生は、後継の若き指導者に、こう教えてくださった。
 「自分が行ったところで、自分の力を示すのだ! 最も大変なところでこそ、断じて勝つのだ!」
 皆さんも、頼むよ!
 恵まれた、いいところにばかり行けば、楽かもしれないが、常勝の剣は磨かれない。
 一番、状況の悪いところで勝つ。それが本当の勝利者である。功徳も大きい。
 皆さんの中には、新しい人事の任命を受けた人、新しい立場で戦う人もいるだろう。
 健闘を祈りたい。
 仏法は「本有常住」「常寂光土」と説く。
 どこへ行っても、広布へ戦うその場に、最高の使命の本舞台がある。そこで、最高の自分を築いていける。
 今いる場所で、堂々と、勝利の金字塔を打ち立てていただきたい(大拍手)。

春へ! 一日一日前進だ!
今日を新しい出発の日に


 一、私の願いは、わが後継の諸君が、一人も残らず、人生を勝利しゆくことである。
 戸田先生は、青年に期待を寄せ、次のように語っておられた。
 「青年ならば、その立場立場で、喜んで生きることだ。
 自分の使命に生き切ることが大切だ。生活に苦しいことがあっても、明朗であれ!
 自分が託された使命の舞台で、日本一を目指せ!
 これが青年らしい生き方だ」
 私も、この通りに戦ってきた。先生の指導通りに進んできた。
 青春時代から、一点の曇りもなく、わが使命の大道を、まっすぐに歩み抜いてきた。
 皆さんも頑張れ!
 何でもいい、何かで一番に!
 自分らしく、わが舞台で、日本一、世界一を目指すのだ。
 今の苦労が一生の宝になる。苦労しなければ、人間はできない。悩んだ分だけ、苦しんだ分だけ、どんな嵐にも負けない、金剛不壊の自分になるのだ。

戸田先生
学会を良くするために
青年はどんなことでも
勇気をもって上に言え


建設的な声を!
 一、牧口先生は、鋭く教えられた。
 「下から上を動かせ! 下から上を変えていけ!」
 いいですね!〈「ハイ!」と力強い返事が〉
 青年が強くなり、賢明になっていくことである。
 そして、青年が全体を動かしていくのだ。
 戸田先生は実に厳しかった。
 「上の人間が戦わない。自分は動かない。それで、号令ばかりかけている。
 それでは、全体が澱んでしまう。勢いが出ないのは当然である。あまりにも、会員がかわいそうではないか。
 そうした、ずる賢い上の人間は、厳しく叱り飛ばせ!」と。
 全くその通りだ。
 リーダーは、常に、わが身を省みて、肝に銘じてもらいたい。
 自分自身が率先して祈り動く。恩返しの戦いを貫き、後輩を立派に育てていく。
 そうでなければ、後悔を残すだけである。
 また先生は、「学会を良くするために、そして、学会が勝つために、青年は、どんなことでも勇気をもって、上に言い切っていきなさい」とも語っておられた。
 どんどん建設的な声をあげるのだ。広宣流布の責任感の上から、皆、遠慮なく意見を言っていくのである。
 意気地のない、弱々しい青年であってはならない。また、年配の同志も、勝利のために、どんどん声を発していくのだ。
 頼むよ!〈「ハイ!」と元気な返事が〉

「勝つためにうんと悩め」

 一、広宣流布の前進において、リーダーの責任は、あまりにも大きい。
 戸田先生は、厳として言われた。
 「勝つために、うんと悩むのだ!
 祈り抜くのだ!
 油断を排して、思い切って戦うのだ!」
 思えば、昔の学会において、未来を見すえ、新たな布石を打っていったのは、実質的に、先生と私の二人だけであった。
 財政的な基盤もない。組織も整っていない。折伏も進まない。
 その中で私は、先生に満足して喜んでもらえるよう、祈りに祈り、戦いに戦った。
 「先生は、ゆっくり見ていてください」と
申し上げ、先生の事業を支えながら、広布の活路を決然と開いていった。
 一、ここで、アフリカのギニア独立の指導者、セク・トゥーレ初代大統領の信念を紹介したい。
 「われわれの途上にあるすべての障害にいっそう強力にたちむかうため、団結をさらにかためよう。国民的な責任の自覚のみが生む不敗の力で武装しよう」(小出峻・野沢協訳『アフリカの未来像』理論社)
 西アフリカ全域の解放に立ち上がった闘士の、幸福建設への熱情あふれる言葉だ。
 わが学会の使命──それは「立正安国」である。社会の繁栄と民衆の幸福を、断じて実現しゆくことだ。
 時代の闇は深い。
 だからこそ、正しい思想の確立が必要である。
 私たちは今こそ、団結固く、わが地域に、人間革命の希望の大哲学を語り広げてまいりたい(大拍手)。
 一、ともあれ、師匠のため、学会のために、私は一心不乱に戦った。
 そんな私に、戸田先生は、「大作が俺の弟子でうれしいよ」「本当に俺は幸せだよ」と何度も言われた。
 厳しい先生であった。天才中の天才の指導者であった。
 しかし、師匠である牧口先生には、弟子として、徹して仕え抜かれた。
 その先生が、「大作は、私が牧口先生に仕えた以上に、私に仕えてくれたな」と言ってくださった。
 弟子にとって、これ以上の誉れはない。
 次は、いよいよ、若き諸君の出番である。
 君たちが成長し、偉くなって、学会の全責任を担っていくのだ。
 決して威張ってはならない。高飛車になってはならない。
 大勢の前で大号令をかけるだけ──それがリーダーなのではない。人を動かそう、従わせようとするのではない。
 そうではなく、全身全霊を捧げて同志のために──その思いと祈りがにじみ出るような、心優しい声で語りかけていくのだ。
 青年部、頑張れ!
 断固と勝ちまくれ!(大拍手)

味方をつくれ
 一、近代日本の哲学者・西田幾多郎博士は、戸田先生と同じ北陸の出身である。『善の研究』などの著作で知られている。
 博士は手紙にこう綴っている。
 「人間は如何なる場合にも強く生きるという精神を失わぬ事肝要と存じます」(『西田幾多郎全集第19巻』岩波書店、現代表記に改めた)
 戸田先生も「人生は強気でいけ」と、よく語っておられた。
 最高の勇気の源泉である妙法を持《たも》った私たちである。どこまでも、強い心で進むことだ。勇気をわき出していくことだ。
 強い人は幸福だ。人生を楽しんでいける。
 勢いがなければ、何事も成し遂げることはできない。たとえ思うようにいかないことがあっても、「最後は必ず勝つ」との大確信で、前を向いて、強気で前進するのだ。
 西田博士は、こうも書いている。
 「人生健気なる決心より美しきものはなし」(同)
 婦人部・女子部をはじめ、尊き学会員は、健気なる決心で生き抜いてこられた。世界広布の大道を堂々と開いてこられた。
 私も深き決心で世界中の指導者、識者と会い、語らいを重ねてきた。そして、あらゆる人を学会の味方へと変えてきた。
 「学会はすごいですね!」「あなたのためなら協力します!」──こう言ってもらえるくらい、誠意を尽くして語り、友情を結んでいくことである。
 インドネシアの女性解放の先駆者カルティニは叫んだ。女子部の皆さんと同じ年代での言葉である。
 「愚痴をこぼすだけでは何の足しにもなりません。行動しなければ!
 ですから、さあ、老いも若きも、すべての女性は立ち上ろうではありませんか!
 手を取り合ってこの耐え難い状況を変えるために、共に働きましよう!」(シティスマンダリ・スロト著、舟知恵・松田まゆみ訳『民族意識の母 カルティニ伝』井村文化事業社)
 勇敢なる決意で戦おう! 断じて勝とう!〈「ハイ!」と元気な返事〉
 大事なのは「声」だ。生命力のある声、張りのある声、真剣な声で、皆に元気を与えていくことだ。一念を変えていくことだ。

フランスの詩人
友情を育て 信用される人になれ


創価の人間主義の哲学を世界ヘ
 一、フランスの大詩人ボワローは綴った。
 「友情を育て、信用される人になりたまえ」(小場瀬卓三訳「詩法」、『世界大思想全集 哲学・文芸思想篇21』所収、河出書房新社)
 私たちも、自身の使命の場で友情を広げ、信用を勝ち取る一人一人でありたい。
 このボワローは、ヨーロッパを代表する知性の殿堂であるフランス学士院の会員であった。
 1989年、私はフランス学士院で、「東西における芸術と精神性」とのテーマで講演を行った。最後に自作の詩を読み上げて講演を結んだ。万雷の共鳴の拍手をいただいたことが忘れられない。
 「声仏事を為す」(御書708㌻)である。私は、ヨーロッパをはじめ中国やアメリカなど、世界の最高学府で、仏法の哲学を根幹として講演を行ってきた。
 創価の人間主義を世界に広げるために、青年時代から、一つ一つ手を打つてきた。
 政治家ではない。一人の庶民として、堂々と行動してきた。歴史を切り開いてきた。戦ってきた。
 皆さんも、そうあってください!〈「ハイ!」と元気な返事〉
 一、社会的に偉くなったり、立場を得ると傲慢になり、堕落する人間がいる。
 悪い人間とは戦う。悪い人間には強く言う。これが本当の正義である。傲慢な人間というのは、他人から厳しく言われると、案外、小さくなってしまうものだ。
 御書に「修羅のおごり帝釈にせ(責)められて無熱池《むねっち》の蓮《はちす》の中に小身と成で隠れしが如し」(957㌻)と仰せの通りである。
 不正な人間というのは、最後は自分で身を滅ぼしていく。これが歴史の常である。どな世界にあってもそうだ。
 大事なのは、真実を見抜く眼をもつことだ。特にリーダーが、しっかりしなければいけない。油断があってはならない。
 妙法の世界においては、なおさらである。この尊き創価の世界を断じて守り抜いていかねばならない。後世のために、あえて申し上げておきたい。

強くあれ! 正義は我にあり

今いる地域・職場こそ使命の大舞台
ノルウェーの劇作家
「私はここで戦い ここで勝つ!」


全同志に感謝!

 一、このほど、シルクロードの要衝の地である中央アジア・ウズベキスタン共和国の科学アカデミー芸術学研究所から、栄えある「名誉博士号」を授与していただく運びとなった(2月24日に授与)。
 さらに、中国・西安外事学院から「名誉教授」称号を拝受することになっている(同27日に授与)。
 平和と友好に尽くしておられる全同志の皆様を代表してお受けするものであり、ありのままに、ご報告申し上げたい(大拍手)。
 すべては、同志の方々の子孫末代へと流れ通っていく栄誉である。それを確信していただきたい。〈これで、名誉会長に世界の大学・学術機関等から授与された名誉学術称号は「276」となった〉
 こうした学術・教育の栄誉を、誰よりも喜び、讃えてくださっているのは、戸田先生であろう。先生の薫陶ありて、今の私かある。

ブラジルに「白ゆり」の記念碑が
創価の女性をを世界が喝采!


 一、2月27日は、「ブラジル婦人部の日」である。そのブラジルから、喜びの報告が届いた。
 それは、美しい環境都市・ロンドリーナ市に「池田香峯子夫人環境広場」が開設されたというニュースである(大拍手)。
 〈同市には2000年に「池田大作博士環境公園」がオープン。今回の「池田香峯子夫人環境広場」の開園式は2月20日に行われ、バルボザ・ネット市長をはじめ、各界の識者や市民約600人が参加し、ブラジル有数のテレビ局など多数が取材に訪れた〉
 この広場には、婦人部のシンボルである「白ゆり」のマークを模した、素晴らしい記念碑もつくられた。創価の婦人部の前進を世界中が讃えている。
 おめでとう!(大拍手)

戦争から平和へ 対立から調和へ

 一、さらにSGI発足の地・グアムでは、年頭からSGI誕生35周年を記念して、さまざまな祝賀の行事が行われてきた。
 2月24日は、「アメリカ婦人部の日」でもある。その翌28日には、SGI発足の場所である国際貿易センターの前に広がる公園内に、記念の平和パビリオン(多目的施設)が除幕されることも決まっている。
 活発に市民が集い合い、対話と連帯を広げる交流の広場になるとうかがった。本当におめでとう!(大拍手)
 〈このパビリオンは、名誉会長夫妻の世界平和への貢献を讃え、「池田大作・香峯子 平和パビリオン」と命名された。
 これは公園を有するグアムの中心都市タムニンの決定によるものである〉
 かつての戦乱の地・グアム──。
 ここから私は、戦争から平和へ、対立から調和へ、不信から信頼へ、人類史を転換する人間革命の波を起こしていこうと誓った。
 今、原点の地・グアムは、SGIとともに、創価とともに、平和と共生の楽土へと大発展されている。これほど、うれしいことはない。誇り高いことはない。
 地元・グアムの友の尽力に、そして全アメリカ、全世界の同志の偉大なる前進に、心から感謝申し上げたい!(大拍手)
 一、今年は、学会創立80周年であると同時に、創価教育の出発から80周年でもある。
 〈牧口初代会長の『創価教育学体系』第1巻の発刊(1930年)から今年で満80年となる〉
 今、創価の青年教育者の奮闘に、各界から絶大なる信頼が寄せられている。
 〈2月28日には、首都圏の青年教育者の代表が東京戸田記念講堂に集い、盛大に大会が開催された〉
 また、このほど青年教育者の有志の方々
が、19世紀から20世紀初頭にかけて活躍したノルウェーの劇作家イプセンの「全集」を届けてくださった。
 イプセンと言えば、私たちが若き日、戸田先生のもとで学んだ作家の一人である。
 若さ「人間教育のリーダー」の皆さんへ、エール(声援)を贈る意味も込めて、わが心に刻むイプセンの箴言を紹介したい(大拍手)。
 最初に、有名な戯曲のなかで、苦難に直面しつつも、わが地域の変革のために立ち上がっていく主人公の言葉である。
 「わたしには正義がある!」 「戦場はここだ。戦うのはここだ。わたしはあくまでここで勝つ気だ!」(竹山道雄訳『民衆の敵』岩波文庫、現代表記に改めた)
 仏法もまた、「今いる場所」で勝ち、幸福をつかむことを教えている。
 現実の苦難から逃げるのではない。ほかの「どこか」に行くのでもない。「此を去って彼《かしこ》に行くには非ざるなり」(御書781㌻)である。
 自分の今いる地域や職場こそ、勝利の「使命の舞台」であることを忘れてはならない。
 またイプセンは、友への手紙にこう記した。
 「僕はきっと攻撃されるよ」「僕は自分が正しいから、彼らが何と言おうとへこたれないさ」(原千代海編『イプセンの手紙』未来社)
 正義の人生に圧迫はつきものだが、正義を貫いている限り、心はいつも晴れやかで、すがすがしい。
 何があろうと、堂々と正義を叫び切るのだ。

自分白身の行動で勝て
 一、さらに彼の戯曲で、若き女性がこう呼びかける場面がある。
 「今日という日をあなたにとって新しいはじまりにするのよ」(原十代海訳『原典によるイプセン戯曲全集2』末来社)
 一日一日、前進だ。新たな決意で前進だ。
 本陣のリーダーならば、あらゆる広布の戦いを、自分自身の行動で勝つのである。
 「自分は戦ってきたから、もういいだろう」という怠惰や慢心、「誰かがやるだろう」という人まかせの態度は、断じて排していかねばならない。
 リーダーが自ら「もう一度、戦おう!」と心の底から決意し、祈り、行動を起こしていくのだ。真っ先に、まっすぐに、最前線へ飛び込んでいくのである。
 リーダーの生き生きとした信心の息吹に触れて、同志も元気になる。若返っていく。
 「私も、もう一度、頑張ろう!」と立ち上がってくださるのである。

幸福の鍵は、わが胸中に
妙法の生きれば「歓喜の中の大歓喜」


清浄潔白であれ
 一、結びに19世紀アメリカの思想家エマソンの言葉を皆様に贈りたい。
 「自分自身にとってみずからを清浄潔白なものとすることである。そうすればその人は世界の賛同を得るであろう」(入江勇起男訳『エマソン選集2』日本教文社)
 「自分の仕事をすることだ、すると自分の力も強化される」(同)
 さらにエマソンは語った。
 「幸運の鍵はわが手中に歓喜のあることである」(同)
 大聖人は「南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(御書788㌻)と仰せになられた。
 題目こそ、究極の幸運を開く鍵なのである。
 幸福の鍵は、わが胸中にあり!──この心で、今再び立ち上がり、難攻不落の創価城を、晴れ晴れと築いていこう!
 よろしく頼みます!
 風邪など、ひかないように。
 長時間、本当にありがとう!(大拍手)
2010-03-05 : スピーチ・メッセージ等 :
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