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全国各部協議会

全国各部協議会での名誉会長のスピーチ
          (2010.1.19 創価文化会館)

我らは心の王者なり

戸田先生
信心を強くせよ!
法華経
“魔及び魔民有りと雖も皆《みな》仏法を護らん”
米国の女子育成運動の先駆者
今日の努力が明日の歴史に!


キング博士
我々には前進への誇りがある
「勝つぞ」という確信がある


 一、きょうは、広宣流布の指導者が集まってくださった。
 遠方からも、本当にご苦労さま!
 皆様方が、どれほど大切な方々か。
 御聖訓に「法自ら弘まらず人・法を弘むる故に人法ともに尊し」(御書856㌻)と仰せの通りである。
 リーダーが、自らの「使命」と「責任」を、どこまで自覚できるのか。
 広布に戦うことを、喜びとし、誇りとし、福徳と感じて、本気になって、勇猛精進していけるのかどうか。
 この一点が大事だ。この一点を訴えたい。
 全人類の幸福を目指しゆく、広宣流布の人生こそ、最高峰の人生である。
 信心のリーダーには、苦労も多い。その分、喜びも成長も大きい。
 その境涯は、どんな富豪や帝王も、かなわない。何百倍、何千倍も上である。
 皆様こそ、心の王者なのである。
 アメリカ公民権運動の英雄キング博士は語っている。
 「(われわれの運動の内部に、かもし出されていた雰囲気は)前進への誇りであり、われわれは勝つぞという確信であった」(クレイボーン・カーソン編・梶原寿訳『マーティン・ルーサー・キング自伝』日本基督教団出版局)
 キング博士は、いつも行進の先頭に立った。あらゆる攻撃の矢面に立った。
 リーダーの一人立つ姿に、皆が奮い立ち、前へ前へ進んだ。
 わが身も顧みず、喜び勇んで、自由のための闘争に飛び込んでいった。
 その率先の行動によって、時代は、音を立てて変わっていったのである。
 まず自分が戦う。まず自分が見本を示す──私も青年部時代から、その決心でやってきた。
 当時は、学会員も少なかった。自分がやるしかなかった。
 その中で歴史をつくってきた。
 今は人数もたくさんいる。だが、「一人立つ精神」は断じて変わってはならない。
 それが勝利を開くリーダーの鉄則だからである。

不滅の創価城を
 一、50年先、100年先のために、私は「永遠不滅の創価城」を完璧につくっていく決心だ。
 各地の会館の整備も一段と進めていきたい(大拍手)。
 皆さん方も、健康で、長生きをして、私とともに「世界一の創価学会」を断固として築いていこう! 断じて勝とう!〈「ハイ!」と会場から勢いよく返事が〉
 19世紀から20世紀にかけて活躍した、アメリカの女子育成運動の先駆者ジュリエット・ゴードン・ローの言葉を皆様に贈りたい。
 「今日の努力が明日の歴史となります。私たちは、その歴史をつくっているのです」

活字文化の興隆のため
 一、さて、今年は、「国民読書年」である。
 「活字文化」の衰退が叫ばれる時代にあって、わが創価の人間主義の言論活動に寄せられる期待は、ますます大きい。
 関係者の皆様の尊い努力にも、心から感謝申し上げたい。
 〈これまで、名誉会長の「活字文化」への一貫した貢献に、出版界、言論界、教育界など、各界から高い評価が寄せられている。また全国各地の書店商業組合や書店などから、名誉会長に贈られた感謝状・貢献賞は「26」を数えている〉
 戸田先生は、良書を読むことによって、ますます教学の理解が深まり、仏法の一分が分かるようになるとも語っておられた。
 きょうは、東西の文学作品を通して、少々、語らせていただきたい。
 なかなか読書の時間がとれない人のためにも(笑い)、なるべく分かりやすく簡潔に紹介したい。

戸田先生
「男らしくやろうじゃないか!」


ゲーテ『若きウェルテルの悩み』
自分を奮起させるのだ本当の喜びは活動の中に


ナポレオンが7回も読破!
 一、ドイツの大文豪ゲーテが25歳の時に発表した小説『若きウェルテルの悩み』は、彼の名を一躍、世に知らしめた名作である。
 かの英雄ナポレオンが陣中に携えて、一説には、7回も読み返したと言われる。
 青年ウェルテルの悲劇は、当時の若者に強い影響を及ぼした。
 そのため、ゲーテは、改版の際、若い男性読者へのメッセージとして、「男であれ」と書き添えたという研究も残されている。〈高橋健二著『ヴァイマルのゲーテ 評伝』河出書房新社〉
 戸田先生も、よく壮年部や男子部を激励された。
 「男じゃないか!」「男らしくやろうじゃないか!」と。
 私も若き日、苦境に陥った戸田先生の事業を支えながら、学会の活路を敢然と開いていった。
 早朝から深夜まで、いつ眠り、いつ起きたのか、分からないくらい、働きに働いた。
 先生は、どんな時でも、何があっても、「大作に聞け」「大作に相談しろ」と言われたものだ。それほどの信頼で結ばれた師弟であった。
 後年、苦難を越えて、先生がニッコリとして、こう言われたことがある。
 「俺も、大作も、男らしい戦いをやり抜いてきたなあ」と。
 本当に懐かしい。わが青春の栄光の劇である。

苦労は自分が友には感謝を
 一、ゲーテは、ある時、友への手紙にこう綴った。
 「君が とかく苦労しまいとする事は、悪いことである」(木村謹治訳『ゲーテ全集第29巻』改造社)
 苦労は、自分が背負う。後輩は、ほめて伸ばしていく。それが妙法のリーダーだ。
 誠実にやるのだ。
 自らが打って出て、人と会い、人と語り、熱い握手を交わし、心を通わせていく。
 陰で苦労を惜しまぬ友、最前線で真剣に戦う友に、最敬礼して心から感謝していくのだ。
 ゲーテは『若きウェルテルの悩み』の中で、こう綴っている。
 「人間がお互いに苦しめあうほど、いやなことはない」
 「自分をも身近の者をも傷つけるようなことは、当然悪徳と呼ばるべきですよ」(竹山道雄訳、岩波文庫)
 その通りである。
 ましてや、信心の世界は、全員が尊敬し合い、幸福になるためにある。
 幹部の傲慢さや無責任によって、大切な同志が苦しむようなことは、絶対にあってはならない。
 それは信心の世界ではないからだ。
 仏法の因果は厳格である。
 同志をいじめた人間は、必ず諸天善神に叱られる。
 同志を大事にした分だけ、必ず諸天善神から護られる。
 先輩幹部は、たとえ自分が犠牲になってで
も、後輩が楽しく、伸び伸びと広布に戦える舞台をつくってあげることだ。それが先輩の役目である。

前進する人はすがすがしい
 一、さらにゲーテは『若きウェルテルの悩み』の中で記している。
 「不機嫌は怠惰と似たものです」(同)
 確かに、怠け者の人間にかぎって、何かあるとすぐに不機嫌になるものだ。
 反対に、常に前進している人は、すがすがしい。
 快活である。弾むような勢いがある。
 ゲーテは、こうも言う。
 「いったん自分の気持をひきたてて奮起する力をもちさえすれば、仕事もさっさとはかどるし、活動がほんとうの喜びにもなります」(同)
 私たちは、自分の気持ちを奮起させる「力」を持っている。絶対勝利の題目がある。
 ゆえに、何があっても生き生きと、仲良く、賢く、迅速に、団結第一で進もう!
 「活動」の中にこそ、「喜び」がある。
 学会活動には、最高の充実があり、無量の福徳が輝くのである。
 一、ここで戸田先生の指導を紹介したい。
 私の心には、いつも先生がいる。
 弱い立場の人、正直な人、苦しんでいる人には、優しく温かく、大慈悲をもって励ましてくださった。慈父のような先生であった。
 強い立場の者、傲慢な者、闘魂を忘れた者、庶民を見下すような者には、師子が吼えるがごとく叱咤の声を発せられた。周りも震え上がるほどであった。
 戦時中、師匠の牧口先生にお供して牢獄に捕らわれた戸田先生は、出獄後、獄死された牧口先生を偲ばれ、「あなたの慈悲の広大無辺は、わたくしを牢獄まで連れていってくださいました」と感謝を捧げられた。
 どれほど「崇高な師弟」であったか。
 その方に、早朝から夜中まで365日、お仕えしたことは、私の誉れである。

勝つために祈れ
 一、戸田先生は、婦人部の友に指導された。
 「あなたが信心に立ち上がれば、必ず、すべてが軌道に乗ります。信心が強ければ、周囲が、あなたの幸福の力となる。本当に不思議なものだ。
 法華経には『魔及び魔民有りと雖も、皆《み》な仏法を護らん』とさえある。
 周りの人が信心をしていなくとも、広宣流布のために驚くほど働いてくれるのである。
 ゆえに自分自身の信心を強くしなさい」
 要するに、「自分」である。わが一念で決まる。
 状況を嘆いたり、人のせいにしても、何も変わらない。
 自分が変わることだ。自分自身の信心を強くすることだ。
 その人を、諸天・諸仏も護り支えるのである。
 仏典に「必ず心の固きに仮《よ》って神の守り則ち強し」(御書1186㌻)と記されている通りだ。
 さらに戸田先生は語っている。
 「魔が強いからこそ、勝てるのだ。信心が毅然として、そのうえで、魔が強いということは、必ず勝てるという証拠なのである。要は自分自身の信心の決心にかかっている」
 魔が競い起こったときこそ、もう一歩も二歩も、大きく成長していくチャンスなのである。
 大聖人は、大事な破邪顕正の戦いに挑む弟子に言われた。
 「但《ただ》偏《ひとえ》に思い切るべし」(同1451㌻)と。
 そして、「『釈迦・多宝・十方の仏よ! 来り集《あつ》まって、わが身に入りかわり、我を助け給え!』と祈念しなさい」(同㌻、通解)と。
 大事なのは「勝つための祈り」だ。真剣勝負の強盛なる祈りだ。
 今こそ一人一人が、わが生命に、仏菩薩も、梵天・帝釈も、「入其身(其の身に入る)」させるのだ。そして仏の力、仏の智慧を思う存分に発揮していくのだ。

君よ一人立て! 千波万波を起こせ

戸田先生
「下種」にこそ「大功徳」が
ありのままに真実を語れ


「私は絶対にひるまない!」
 一、戸田先生は言われた。
 「相手が聞いても聞かなくても、ともに仏縁を結んでいることは、絶対に間違いない。
 この『下種』にこそ大功徳があるというのが、大聖人の絶対の保証なのである。
 我々は、最も正しい実践をしている。ありのままに、真実を語っていけばよいのだ」
 一人のために祈り、一人のために語る。
 この「一人」から始まり、やがては千波、万波の幸福と共感の波動を広げていく。
 それが広宣流布の方程式である。
 やろう! 頭を使い、口を使い、手を使い、足を使い、すべてをフル回転させよう。
 皆、戦い勝つ指導者たれ!
 ひとたび戦いを起こしたならば、断じて勝たねばならない。
 真剣に活動してくれた同志が勝って喜び、「どうだ!」と胸を張れるようにしてあげるのが、幹部の責務である。
 自分が戦って勝つ。自分が動かずして、「人を使おう」「人を動かそう」という考えは卑怯だ。
 自分が動いてこそ、周りも動いてくれる。自分が動けば、周りは10倍、20倍の力を発揮してくれるものだ。
 19・20世紀のポーランド出身の女性革命家ローザ・ルクセンブルクの言葉を贈りたい。
 「なすべき闘い、なすべき仕事が、たくさんたくさんあることでしょう。けれども私は絶対にひるみません」(伊藤成彦訳『友への手紙』論創社)
 我らにも、「なすべき闘い」がたくさんある。
 何があっても恐れなく、「師子王の心」を取り出して、勇気、勇気で前進しよう!(大拍手)

友のもとへ 最前線へ! 後世の模範と光れ

夏目漱石
大胆に!勇猛心を起して進め
『吾輩は猫である』の鋭い人間洞察
自分自身に生ききれ


 一、明治の文豪・夏目漱石の長編小説『吾輩は猫である』といえば、懐かしい人も多いと思う。
 少し気分を変えて、この有名な作品について若干お話ししたい。
 難しい話ばかり、固い話ばかりでは、聞いているほうも疲れてしまう。一服の清涼剤となるような、皆がホッとする話をすることも大切だ。
 同志が心軽やかに前進できるように、智慧を使い、力を尽くしていく。それが真のリーダーの道である。
 『吾輩は猫である』の書き出しは、有名な一節「吾輩は猫である。名前はまだない」から始まる。
 〈引用は岩波文庫版から。以下同じ〉
 「猫」が語り手となって、猫の視点から、人間社会の様子が観察され、描かれている。
 肩の凝らない軽妙な語り口でありながら、含蓄ある批評が随所に織り込まれ、読者をうならせる。
 江戸っ子の漱石らしいユーモアに富んでおり、「高等落語」とも言われる。
 漱石が38歳になる1905年(明治38年)から約1年半、雑誌『ホトトギス』に掲載された。単行本も、またたく間に大ベストセラーとなった。
 当時、漱石は東京帝国大学などで教師をしていた。この作品で小説家としての地歩を確立し、朝日新聞社に入社している。
 その後、『坊っちゃん』『三四郎』『門』『こころ』など数多くの名作を残し、日本を代表する文豪となった。

宇宙も己の中に
 一、この「猫」が住む家の主人は、東京の中学校で英語教師をする珍野《ちんの》苦沙弥《くしゃみ》先生。家族からは勉強家と見られているが、自分の部屋では、居眠りばかりしている。
 苦沙弥先生や周囲を取り巻く人間たちは、負けず劣らずの変わり者ぞろい。次々と苦沙弥の家を訪れては、滑稽な話を取り交わす。
 たたみかけるようなやりとりのなかで、世情を風刺し、権威を笑い飛ばし、文明のあり方まで自在に論じる。
 猫は言う。
 「元来人間というものは自己の力量に慢じて皆んな増長している。少し人間より強いものが出て来て窘《いじ》めてやらなくてはこの先どこまで増長するか分らない」
 人間の本質の一端を鋭くえぐった言葉といえよう。
 人間は、誰からも厳しく言われなくなると、増上慢になって、駄目になる。堕落してしまう。だからこそ、謙虚に自分を律していかねばならない。
 また猫は、主人の様子を観察しながら、こう語る。
 「熱心は成効の度に応じて鼓舞せられるものである」
 一つの真理である。
 何かを成し遂げ、人々から賞讃されれば、喜びは何倍にもなる。
 「よかったな」「もっと頑張ろう」と思う。
 私たちも学会活動において、同志の健闘に対しては最大の賞讃を送りたい。「すごいですね!」「頑張りましたね!」と声も惜しまずに、ほめ、讃えていくことだ。
 そういう温かな心が脈打っている組織は、生き生きと前進できる。どんどん発展していける。
 一、漱石は猫に次のように語らせている。
 「凡《すべ》て人間の研究というものは自己を研究するのである。天地といい山川《さんせん》といい日月《じつげつ》といい星辰というも皆自己の異名に過ぎぬ」
 自分自身を知ることから、すべては始まる。また、さまざまな研究も、結局は人間自身の探究へと帰着していくといえる。
 御書には「日月《にちがつ》・衆星《しゅうせい》も己心にあり」(御書1473㌻)と仰せである。
 わが生命に全宇宙が収まっている。この自己の生命を、あますところなく説き明かしているのが妙法である。
 妙法を持った人こそ、最高の大哲学者なのである。

信心で決まる
 一、世をごまかし、うまく立ち回る者について、「人から珍重される人間ほど怪しいものはない。試して見ればすぐ分る」と、猫が言う。
 皆さんも、ありのままの実像で、偉い人物となるのだ。
 仏法の眼から見れば、どんな立派な大学を出た人よりも、広布のため、妙法のために行動しゆく人のほうが、何千倍も尊い。
 学会においては、学歴があるからといって特別扱いしたり、威張らせるようなことがあってはならない。
 大学で学ぶのは、社会に尽くし、人々に尽くすためである。
 庶民を護り、正しい人を護っていく。そのための学問である。それができる人が、本当に偉い人だ。
 学歴や地位ではない。その人の本当の偉さを決めるのは、信心だ。行動だ。人格だ。
 学会は、不屈の信心をもった庶民の力で、ここまで発展してきた。このことを決して忘れてはならない。
 一、小説の最後のほうで、猫は言う。
 「呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする」
 他人には分からない悲しみもある。気楽な暮らしも、いつまでも続かない。
 人生は変化の連続だ。人間は、やがて年を取る。病気にもなる。そして最後は死んでいく──。
 それが人生の実相である。だからこそ確固たる哲学を持ち、真に価値ある日々を築いていかねばならない。

明治の文豪・夏目漱石が若き友に
君が生涯はこれからだ! あらん限りの力を尽くせ


後輩に励ましを
 一、夏目漱石は、文筆家を志す青年に宛てた手紙で綴っている。
 「自分で自分の価値は容易に分るものではない」
 「君抔《など》も死ぬ迄進歩する積りでやればいいではないか。作《さく》に対したら一生懸命に自分の有らん限りの力をつくしてやればいいではないか」(『漱石人生論集』講談社)
 私だって、君くらいの年齢の時は、たいした作品は書けなかったよ。自分を信じて頑張り抜くのだ──。
 手紙には、漱石の後輩に対する温かな励ましの心が光っている。
 別の青年には、こう綴っている。
 「余は君にもっと大胆なれと勧む。世の中を恐るるなとすすむ」(同)
 「大《おおい》に勇猛心を起して進まなければならない」「世の中は苦にすると何でも苦になる苦にせぬと大概な事は平気で居られる」(同)
 また、別の手紙では、こう励ました。
 「男子堂々たり」「君が生涯は是《これ》からである。功業は百歳の後に価値が定まる」(同)
 今の苦悩は、小さなことにすぎない。大業をなした後には、かえって君に光彩をもたらすだろう──。
 漱石自身の経験に基づいた言葉であろう。
 青年には無限の力がある。可能性がある。
 青年よ大胆に進め!
 何ものも恐れるな!
 そして、わが勝利の歴史を綴りゆけ!──私は、そう申し上げたい。
 また漱石が、俳人で小説家の高浜虚子に宛てた手紙には、こう綴られている。
 「機会は何でも避けないで、其儘《そのまま》に自分の力量を試験するのが一番かと存候《ぞんじそうろう》」(同)
 大事なのは挑戦だ。行動だ。私たちは、この気概で壁を破りたい(大拍手)。
 一、私は青年時代、苦境にあった戸田先生を護り抜いた。先生や学会を中傷する人間がいれば、断固として抗議した。誠意を尽くして対話し、認識を改めさせた。
 最後には「学会には、こんな立派な青年がいるのか」と感心してくれる相手もいた。
 私は、嘘や不正義は許さなかった。師匠に仇をなす人間とは戦い抜いた。
 悪い人間と戦えない。悪を見て見ぬふりをする。そんな意気地なしの弟子であってはならない。私は、この信念で戦ってきた。そして勝ってきた。
 これが私の最大の誇りである。

きょうも歴史を
 一、私は、学会が未来に伸びるように、ありとあらゆる手を打ってきた。今、創価の平和・文化・教育の大城は、日本中、世界中に、そびえ立っている。
 日本でも、各地の研修道場など自然豊かな施設が光っている。
 北中南米にも、欧州にも、アジアにも、さらにオセアニアにも、アフリカにも、素晴らしき希望と友情の園が広がっている。
 万年の大発展の土台を、完璧に築きたい。いよいよ、これからが本当の勝負である。
 今、この時に戦わずして、いつ戦うのか。
 栄光のゴールを目指して走ろう!
 飛び出そう! きょうも最前線へ! きょうも友のもとへ!
 「昔の先輩たちは、このように歴史を綴ってきたのか」と、後世の人々から仰がれゆく、模範の金字塔を打ち立ててもらいたい。
 信心の世界は「真実の心の世界」である。嘘偽りは最後に敗北する。どこまでも誠実に戦い抜くのだ。
 皆さんには、広宣流布の血脈を流れ通わせ、師弟の大精神を脈々と伝えていく使命がある。
 頼むよ!〈「ハイ!」と力強い返事が〉

広布の女性に最敬礼!
 一、インドネシアの女性解放の先駆者カルティニは述べている。
 「真に文化を向上せしめようとするならば、知識と教養とが共々啓発せらるべきだ、と考えます。
 では一体誰が何者にもまして、教養をたかめ得るのに力があったのでしょうか──それこそ他でもない、婦人であり母であると思います。母の下《もと》に於て人間はその最初の教育を受けるからです」(牛江名訳『暗黒を越えて』日新書院。現代表記に改めた)
 全くその通りだ。
 学会の前進においても、婦人部の力が、どれだけ大きいか。
 男性のリーダーは、女性の皆さんが喜んで、安心して活動に励めるよう、心を砕いてもらいたい。
 婦人部や女子部の尊き奮闘に対して、うわべのお世辞ではなく、真心込めて、最大に賞讃していくのだ。
 一、アメリカの作家パール・バックは、日本の関西の人々とも交流を結んだ。彼女は、自らの母を讃え、こう記している。
 「母は何でも勇敢な、度胸のいいことを愛した」
 「ケアリ(母=編集部注)はいつでも難関にぶつかると奮い立つのだった」(ともに村岡花子訳「母の肖像」、『ノーベル賞文学全集7』所収、主婦の友社)
 「(母は)人生の経験によって何が来ようとも、断固として立ち向かえるだけの強さを身につけていた」(佐藤亮一訳『母の肖像』芙蓉書房)
 まさに、創価の母たちであり、常勝関西の母たちの姿に重なる。
 母の祈りに勝るものはない。
 大難の嵐が吹き荒れた時、「尊き学会の世界が護られ、断じて邪悪が去るように」と祈って祈って祈り抜き、一切を勝ち開いたのは、心美しき母であった。
 偉大なる広布の女性の皆様方に、最敬礼して感謝を捧げたい(大拍手)。

師弟に生き抜け
 一、日蓮大聖人は厳然と仰せである.
 「日蓮が末法の初めの五百年に生を日本に受け、如来の予言の通り、三類の強敵による迫害を受け、種々の災難にあって、身命を惜しまずに南無妙法蓮華経と唱えているのは、正師であるか邪師であるか、よくよくお考えいただきたい」(御書1341㌻、通解)
 法のために大難を受けているのは誰か。
 三類の強敵と戦っている人は誰なのか。
 その人こそを、正しき師と仰げ!──
 これが仏法の教えである。
 どんなに偉ぶって見せても、難を避け、虚栄を貪る人間は、真実の仏法者ではない。
 正しい法を広め、難と戦う人こそが、偉大なのである。
 正義に生きる我らには、難こそ誉れだ。最高の勲章である。
 思えば、恩師・戸田先生と私は、28歳の開きがあった。
 大難と戦う師匠を護る。それが大仏法をお護りすることに通じていく──そう決心し、私は恩師・戸田先生に仕え抜いた。
 広布の大将軍は、戸田先生しかいない。断じて指揮を執っていただきたい──そう確信し、逆境の中、第2代会長就任への道を、命がけで開いた。
 「先生! 時が来ました。舞台は整いました!」。そう申し上げた時の、恩師のうれしそうな笑顔。私は忘れることができない。
 信心とは、役職や立場ではない。師弟に生き抜く人に、無量の功徳と栄光が輝くのだ。
 そのことを知り、学会を護り、同志を護り抜く人間が、本当の指導者なのである。
 一、御聖訓には、こうも仰せである。
 「世の中には、四つの恩がある。これを知る者を人倫(人の道に適った人間)と名づけ、知らない者を畜生というのである」(同491㌻、通解)
 人の心は恐ろしい。
 いざとなると、臆病になり、保身に走る。手のひらを返して、傲慢になる。卑劣にも、裏切る。そうした者たちが、どれほど多くの民衆を苦しめたか。ここに、重大なる歴史の教訓がある。
 恩を知る。恩に報いる。これが人間の道である。
 いかなる時代になろうとも、たとえ誰一人、立ち上がらなくとも、自分は戦う。師匠が見ていないところでこそ、命がけで歴史を開く。正義を叫び抜く。
 それが真正の弟子だ。
 皆さんは、そうした一人一人であっていただきたいのだ。

勇敢に一歩を踏み出せ
文豪ヘッセ
大切なのは始めることだ


楽しく前進!
 一、信心で乗り越えられない山はない。
 “絶対に勝てない”と言われた、あの大阪の戦いで、私は「まさか」を実現した。
 戸田先生に勝利をご報告し、「先生のおかげです。学会員の力です」と申し上げると、先生は、にっこりと微笑まれた。忘れ得ぬ思い出だ。
 「大切なのは始めることであり、目を開くことなのだ」とは、ドイツの文豪ヘッセの言葉である(高橋修訳「小さな喜び」、『ヘルマン・ヘッセ エッセイ全集第4巻』所収、臨川書店)
 まず祈る。そして、勇敢なる一歩を踏み出すことだ。必ずや、勝利の未来は開かれる。
 我らの信心は「不可能を可能にする」原動力である。
 皆が勇気凛々と前へ進めるよう、リーダーは賢明な指揮をお願いしたい。
 きょうは、全国の青年部の代表も参加している。
 私たちの友人であった、アメリカの人権の母、ローザ・パークスさんは「若者たちが、自分の持っている最高の可能性に目覚められるように」手助けしたい。そう願って、青年の育成に力を注がれた(高橋朋子訳『ローザ・パークス自伝』潮出版社)
 私と妻もまた、同じ思いである。
 青年の時代だ。青年部、頑張れ!
 最後に、皆さんと一緒に「広宣流布の大勝利、万歳!」と声を大にして叫びたい。
 長時間ありがとう!
 またお会いしよう!
 楽しく前進しよう!
 遠くから来られた皆さんも、本当にありがとう!
 お帰りになりましたら、大切な同志に、くれぐれもよろしくお伝えください。
 皆、お元気で!(大拍手)
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2010-01-26 : スピーチ・メッセージ等 :
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御書と青年 1

池田名誉会長が語る 青春勝利の指針
御書と青年 1 師弟誓願の祈り (2010.1.25付 聖教新聞)

世界一の大哲学を胸に進め!
御書は希望 勇気 智慧の泉


池田名誉会長 時代は、大きく動いている。激動の時こそ、青年の出番だ。
 青年には勇気がある。
 青年には活力がある。
 青年にはビジョンがある。
 いよいよ青年が、壮大な「世界広宣流布」の一切を担い立つ時が到来しました。だからこそ、私は御書を根幹に、若き大切な君たちへ、「青春勝利の指針」を語っておきたいのです。
佐藤青年部長 先生! 私たち青年のために、このような機会をもってくださり、本当にありがとうございます。青年部は、先生のご期待にお応えして「行学の二道」に励み、断固と戦い勝ちます。
熊沢女子部長 先生のもと、「世界一の生命哲学」を学び実践できる。これほど充実した青春はありません。
 同世代の多くの友が、確かな人生の目的も指標も見出せずにいます。大仏法を今こそ語っていきます。
名誉会長 そうだ。頑張ってもらいたい。君たちには、最高無上の青春の舞台が広がっている。喜び勇んで躍り出なければ、自分が損をする。
 日蓮大聖人は「始めて我心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(御書788㌻)と仰せになられました。
 自分が思っている以上に、わが生命は尊い。無量の宝を秘めている。「勇気ある信心」があれば、自らの可能性をもっともっと解き放ち、輝かせていくことができる。
佐藤 ありがとうございます。社会には、青年の夢を奪う暗いニュースがあふれています。その中で私たちは、常に人生の師の励ましをいただき、何があっても希望に燃えて前進することができます。この栄光の道を、一人でも多くの若き友に訴え、仲間を増やします。
名誉会長 「持たるる法だに第一ならば持つ人随って第一なるべし」(同465㌻)と大聖人は断言なされた。
 人間の価値は、何で決まるのか。どういう哲学を持って行動しているかで決まる。
 君たちは若くして「第一の法」を持ち、社会に貢献している。ゆえに人間として「第一に尊貴」なのです。この誇りを忘れてはいけない。

法華経に勝る兵法なし
信心の「歓喜のスクラム」で新時代を


一頁でも一節でもいい。御書を真剣に拝せば絶対の確信が湧き上がる

「生老病死」の根本問題を解決

熊沢 はい。池田先生と対談集を発刊された、女性の未来学者ヘンダーソン博士も、「創価学会は、一人一人がもつ可能性を深く自覚し、その可能性の開発を常に教えてきました。人間の可能性を認識し、開発していく作業は、人間として最も幸福な生き方ではありませんか!」と語っておられました。
 創価の青春は、世界の知性も讃嘆する最先端です。
名誉会長 正しき人間主義の哲学、生命尊厳の法理を人類は渇望しています。私も青年時代、常に御書を携えて奔走した。移動の列車の中でも寸暇を惜しんで御書を繙きました。
佐藤 昭和32年(1957年)の冬、列車で、たまたま先生と向かい合わせに座った母子《ははこ》が、その時の心温まる励ましを胸に入会しました。その方も、先生が「黒革の分厚い本」を真剣に学ばれていたことを、鮮烈に記憶されていました。
熊沢 御書ですね(笑い)。
名誉会長 ともかく、勉強していなかったら、戸田先生の前には行けない。自分の信心も深まらないし、大勢の同志を励ますこともできない。だから真剣でした。
 ある冬の日、戸田先生のもとへ伺うと、大変お疲れのご様子でした。それなのに「何でも聞きなさい」と言われる。
 本当に申し訳なかったが、研鑽中だった「百六箇抄」についてお尋ねすると、笑みを浮かべられて甚深の講義をしてくださった。忘れられません。青年の真摯な求道心には、大情熱で応えてくださる先生でした。
熊沢 今、海外の池田華陽会の友も、直接、受講する思いで、先生の御書講義の研鑽を重ねています。
名誉会長 私たちには、御書がある。これほど強いことはない。「法華経に勝る兵法なし」です。一頁でも一節でもいい。大聖人の御精神を求め抜いていくのです。
 戸田先生はよく、「行き詰まった時こそ、御書を開け」「疲れた時こそ、御文を心肝に染めよ」と語られた。
 御書を開けば、「希望」も「勇気」も「智慧」も、いくらでも湧いてくる。絶対の確信が生まれる。決して尽きない「泉」のようなものです。
熊沢 婦人部の先輩が、女子部の私たちに、「どんな人生の悩みも、御書に解決の道が記されています。『冬は必ず春となる』ですよ」と励ましてくれたことがあります。
名誉会長 本当にその通りだ。いかなる大学者も、大富豪も、「生老病死」という人生の根本問題だけは、いかんとも解決しがたい。
 大聖人は仰せになられた。「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(御書758㌻)と。そして、あらゆる苦悩を必ず勝ち越えていける解答を、御書に留めてくださったのです。
 その力を一人一人が現実の生活の中で発揮し、日本中、世界中で「常楽我浄」の人生を歩んできた。そして「立正安国」に尽くしている。これが創価の誇り高き80年です。
佐藤 私たち青年部は、学会精神を受け継ぎ、新たな大勝利の歴史を開きます。
 その意味で、第1回は、戦いの原動力となる「祈り」について、ぜひ、おうかがいしたいと思います。

万人の「仏の生命」開く大闘争を!

唱題は大宇宙と小宇宙の交流

熊沢 今、本部幹部会などで、先生と一緒に唱題させていただく機会に恵まれています。「満々たる生命力と勇気がみなぎります」等と、各地の友から感謝と決意の声が寄せられています。
名誉会長 題目が一切の原動力です。私も、戸田先生とよく一緒に唱題をさせていただいた。学会本部でも、先生の御自宅でも、地方の拠点でも。一回一回が宝でした。
 先生の事業が一番、大変な時も、「生命力が弱っていては戦《いくさ》はできないぞ」と厳しく叱咤されて、弟子のために導師をして、祈ってくださった。
 「御義口伝」には「師子吼」の意義について「師弟共に唱うる所の音声なり」(同748㌻)とあります。先生と唱える題目は、まさに宇宙をも揺さぶるような「師子吼」でした。勝ち戦への轟きです。
 ともあれ、「祈り」は宗教の根源です。祈りは人間にしかできない崇高な行為です。
 何を、どう、祈っているのか。祈りにその人の一念が如実に現れる。私たちの祈りは、いわば、大宇宙と人間生命の小宇宙との深遠《じんのん》なる交流の儀式です。南無妙法蓮華経は、宇宙と生命を貫く根本の大法則だからです。
佐藤 人間とかけ離れた超越的な存在に、何かをしてもらおうという心根とは、まったく違いますね。
名誉会長 そう。ただ拝めば叶うなどという、安直な次元ではない。
 「仏法と申すは道理なり」(同1169㌻)です。スポーツ部の友にも語ったことがあるけれども、真の祈りは、これ以上ないという「努力」と直結しているのです。
 仏法は、人間の生命に限りない尊厳性を認めている。その生命の偉大な力を実際に開いていく仏道修行が、唱題行です。
 南無妙法蓮華経の題目は、人類の潜在力を開く無限大の力を持っているのです。
熊沢 新しく活動を始めた友から、「どのように祈ったらいいのでしょうか?」と質問されることがあります。
名誉会長 そんなに、難しく考えなくていいんだよ(笑い)。自分らしく、ありのままの姿で御本尊の前に端座すればいいのです。そして苦しいことも、つらいことも、そのまま祈っていけばいい。
 「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ」 (同1143㌻)と教えてくださっている通りです。
佐藤 よくわかりました。今、各地で新入会の友も信心の体験をつかみ、確信を深めています。
名誉会長 うれしいね。「諸法実相抄」では、「皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり」(同1360㌻)と言われています。題目を唱えられるということ、それ自体が、いかに深い宿縁であるか。
 大聖人は「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」(同㌻)とも仰せです。広宣流布に生き、題目を唱えゆく青年は、皆、最も尊極な地涌の菩薩なのです。
佐藤 学会とともに、広布に進む決意をもって唱える題目が、地涌の菩薩の「誓願の題目」なのですね。
 池田先生は「本当の決意を込めた題目をあげよ! 題目は利剣である。題目は宝刀である。題目で勝つのだ!」との戸田先生のご指導を教えてくださいました。
名誉会長 友の幸福を願い、広宣流布を願って題目をあげていく。学会活動をし、折伏に挑戦していく。それ自体が、立派な「誓願の祈り」であり、「誓願の実践」なのです。
 地涌の菩薩は、法華経の涌出品で大地の底から現れ、末法における広宣流布を誓願した。私たちは、その誓願のままに創価学会員として生まれ、戦っているのです。
 「いえ、そんなことを誓った覚えはありません」と言うかもしれない(笑い)。でも仏法の眼《まなこ》から見れば、また生命の因果から見れば、厳粛なる真実なのです。
佐藤 現代において、この「地涌の誓願」を実践しているのは、いったい誰か。創価の師弟しかありません。
名誉会長 大地震に襲われた中米のハイチと先日、連絡が取れました。本当に甚大な被害でした。被災者の方々に、心からのお見舞いを申し上げたい。一日も早い復興を朝な夕な祈っています。
 大変な状況の中で、ピエール・ニオー支部長が送ってくれた報告には、こう綴られていました。
 「私たちには御本尊があり、師匠がいます。創価学会の気高い同志がいます。すべてを乗り越えて、前進をする勇気が湧いてきます。池田先生! 私たちハイチのSGIメンバーは、何があっても勝ち進んでいきます!」と。
 隣のドミニカ共和国の尊き同志も救援に尽力してくれ、復興を目指して第1回の座談会が力強く行われます。
 私たちは、誓願の祈りで、深く強く結ばれている。
 創価学会は「我、地涌の菩薩なり」との自覚で立ち上がった仏勅の団体です。どれほど尊いか。この「地涌の菩薩」の覚悟がなければ、三類の強敵をはね返して、悪世末法に広宣流布を進めることはできません。
熊沢 この誓願の人生を教えてくださったのが、創価学会の牧口先生、戸田先生、そして池田先生の三代会長です。

経典は自身の日記

名誉会長 戸田先生は「広宣流布へ戦う私たちは、皆、虚空会の儀式に連なっていたんだよ」と言われました。
 要するに、折伏にせよ、広宣流布にせよ、「人から言われたから」やるのではない。私たちは皆、「自分で誓い願って」、地涌の菩薩として生まれてきた。
 そう決めて拝読すれば、御書の内容も何重にも深く生命に響きます。法華経も同じです。「八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり」(御書563㌻)とある通りだ。
 御書を一切、自分の生命のことを説き明かした経典と拝しているから、学会は強いのです。負けないのです。
熊沢 地涌の菩薩は、厚い大地を打ち破って、歓喜踊躍して出現しました。
 私たちもまた、現実の悩みに負けずに、朗らかに、自分の使命に生き抜いていかねばならないと決意しています。
名誉会長 地涌の菩薩は、最も大変な時に、最も大変な場所に勇み立って出現する。みんなも、そうなんだよ。
 今、直面している困難は、信心の眼《まなこ》で見れば、自ら願った使命です。そう確信して前進することが、「誓願の祈り」の証しです。
 仕事のこと、経済苦、人間関係の悩み、病気の克服など、目下の課題に打ち勝つために、猛然と祈ることです。
 自分自身が、断固として勝利の実証を示していくことが、同じような苦しみに直面する友を励ます光となる。
 「宿命」を「使命」に変える。これが「願兼於業」の祈りです。勇気を奮い起こして、自他共の幸福を祈ることだ。そこに深い慈悲がある。自分だけでない。人の幸福を祈る中で、自分の悩みを悠々と見下ろせる境涯が開かれていくのです。
 自らの悩みを抱えながら、それに押しつぶされない。「難来るを以て安楽」(同750㌻)と、広宣流布のため真剣に祈り、勇敢に学会活動に打って出る。広布の祈りは、仏・菩薩の祈りです。
 大きな悩みを引き受け、大きく祈った分だけ、大きな境涯を開くことができる。気がついたら、小さな悩みは全部、包まれ、乗り越えられている。
 ここに「煩悩即菩提」の極理があります。

関西の母の祈り

佐藤 先生は、「一生成仏」という自転と「広宣流布」という公転の絶妙な関係を教えてくださいました。
名誉会長 自分の人生の課題を祈ることと、人々の幸福を願う広宣流布への祈りとは、一体です。共に前進の力です。
 自分の勝利が、広宣流布の実証になる。広宣流布を進める創価学会の大発展を強盛に祈っている人は、どんなことにも負けない自分自身になる。王者のような境涯を必ず開けるのです。
熊沢 この誓願の祈りで、三代の会長と共に、学会を守り抜いてこられたのが、婦人部の先輩方です。
名誉会長 その通りです。私が無実の罪で逮捕された、あの大阪事件の時もそうでした。弁護士さえ「有罪を覚悟」と言う厳しい裁判であった。しかし、関西の母たちは「負けたらあかん」と一心不乱に祈り抜いてくれたのです。
 昭和37年(1962年)の1月25日、裁判は正義の大勝利の判決で終わりました。今、この日は「関西婦人部の日」として光り輝いています。
熊沢 この常勝の母の祈りに、池田華陽会は続きます。
名誉会長 地涌の菩薩は、いかなる時も「其の心に畏るる所無し」である。常に「随喜の心」を発し、舞を舞うが如く戦う。
 師匠のためにと、一念に億劫の辛労を尽くして勇猛精進するのです。
 地涌の使命に目覚めることは、汝自身の生命の本源を知ることだ。
 なぜ生まれてきたのか。なぜ生きゆくのか。その究極の意義を知ることです。自分の永遠の使命に目覚める以上の歓喜はない。これほどの充実はない。これに勝る誇りはありません。
 大聖人は、流罪の佐渡の地で、愛弟子と共に「喜悦はかりなし」(同1360㌻)と宣言されました。
 地涌の生命を現すことは、人間の無窮の内発性を開花させることです。これは人類の意識を根底から変革し、至上の高みへ飛翔させ、結合させゆく平和の大偉業なのです。

地涌の菩薩の誇りも高く
創価の青年は苦難に打ち勝つ庶民の英雄


「内発性を開発」

佐藤 米デラウェア大学のノートン博士が、池田先生の薫陶を受けた青年への期待を語っておられました。
 「人間の内発性を開発していくのが宗教と教育の本来の使命です。その証しを私は、喜々として未来への情熱をたぎらせゆく学会の青年部員の瞳の中に見ました」と。
名誉会長 大聖人の仏法の偉大さが、世界中で証明される時代に入っています。
 地涌の菩薩とは、外見は現実のなかで苦闘する菩薩です。しかし、内証は仏と同じ境地に立っている。
 同じように、外見は市井《しせい》の平凡な一青年であっても、偉大な仏の智慧と慈悲と勇気を必ず現すことができる。
 この「地涌の底力」を出し切っていくのが、わが創価の青年です。これ以上の「庶民の英雄」「人間の王者」は他にいません。だから君たちは、絶対に負けてはいけない。

御聖訓 願くは我が弟子等 大願を起こせ
広宣流布へ師弟の誓願に生き抜け


一遍の題目にも偉大な功徳が

熊沢 はい。昨年の6月に先生と奥様を、創価女子会館にお迎えできました。この折、一緒に唱題してくださり、「師弟不二の祈り」の大切さについて教えていただきました。
名誉会長 大聖人は「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561㌻)と、青年に呼びかけられました。「大願とは法華弘通なり」(同736㌻)とも仰せです。
 広宣流布の誓願とは、そもそもが「師弟の誓願」です。師弟の一念が合致して、祈り切っていくところに、計り知れない力が出る。
 「祈り」は即「行動」だ。ゆえに広布と人生の勝利のため、一つ一つ祈り、真剣勝負で行動していくのです。
佐藤 仕事が忙しくて、思うように題目をあげる時間がとれないといった悩みを抱えるメンバーもいます。
名誉会長 心配いらないよ。窮屈に考える必要は、まったくありません。
 一遍の題目にも、どれほどの力があるか。御書には、「一遍此の首題(題目)を唱へ奉れば一切衆生の仏性が皆よばれて爰《ここ》に集まる」(同498㌻)と説かれる。
 真剣に、心を込めて題目を一遍、唱えるだけでも、大功力がある。それほど、すごい妙法なのです。
 ただ、だからといって、ずる賢くサボろうという一念では、駄目だよ(笑い)。
 「心こそ大切なれ」です。今は歯を食いしばって、人の何倍も苦労しながら、堂々と信心即生活、仏法即社会の実証を示していくのです。
 青年部は声高らかに題目を唱え、思う存分に走り回ることだ。そして、正義を叫んで、断じて勝ちなさい。
 君たち創価の青年の躍進勝利こそが、21世紀の人類の未来を開くからです。
2010-01-26 : 御書と青年 :
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新時代第36回本部幹部会

新時代第36回本部幹部会/全国婦人部グループ長大会での名誉会長のスピーチ
         (2010.1.9 東京牧口記念会館)

君も私も幸福 勝利の一年に

人生は劇! 仏法は勝負!
断じて戦い勝つ自分たれ


 一、新年、おめでとう!
 戸田先生は、よく言われた。
 「断じて、戦い勝つ自分たれ!
 戦い勝つ創価学会たれ!
 大勝利のために、前進、前進の創価学会たれ!」
 人生は戦いである。
 戦い勝つ人は幸福だ。晴れ晴れとして、朗らかだ。
 ゆえに、この一年も、断じて戦い勝つ、一人一人であってください!〈会場から「ハイ!」と返事が〉
 日蓮大聖人は「仏法と申すは勝負をさきとし」(御書1165㌻)と結論された。
 立派な経典があっても、負けて不幸であれば何にもならない。真実の仏法の実践者は、三世を貫く絶対の力を発揮していくのだ。
 戦って勝つ人間。そこから仏法は始まる。最後も、そこに帰着する。
 この創立80周年。
 君も幸福勝利を!
 我も前進勝利を!
 君も我も、ともどもに断固と勝ち続け、笑顔の毎日であれ!──と申し上げたい。
 そして、広宣流布の達成のため、「1千万の鉄の団結の創価学会」でいこう!
 頼むね、青年部!〈「ハイ!」と、元気みなぎる返事が〉
 いいね。青年部がいるから、安心だ。
 今、広布の戦いを、若い皆さんが担い、頑張ってくれている。皆さんの奮闘は全部、知っています。
 いかなる団体も、リーダーが気取りを捨てて、真剣に戦ってこそ、皆も奮い立つ。要領や口先だけで、厳しい現実を勝ち抜けるはずがない。
 死にものぐるいで、皆のために働く。皆に喜んでもらう。そのための指導者だ。
 私自身、そうやって戸田先生のもとで戦い、常勝の歴史を築いてきたのである。

求道の友を心から讃えよ
 一、偉大な海外の皆さん、寒い中、本当にようこそ!(大拍手)
 仕事を持ちながら、はるばる海を越えて、会合に、広布のために来てくださる。偉いではないか。
 求道の魂を燃やし。喜び勇んで、遠い道のりも駆けつける。
 この心があるから、学会は強いのだ。断じて当たり前と思ってはいけない。温かくねぎらい、最大にほめ讃えていくのが、真の仏法である。
 「ありがとう、ありがとう」と、真心こめて握手をする。「力の限り、何でも応援します」──そういう心で迎えていくのだ。
 皆で海外の友に拍手を贈ろう!(大拍手)
 アメリカの皆さん、ありがとう! 社会からの尊き顕彰は、すべて皆さんに、そして子々孫々に輝く栄誉です。アメリカ創価大学の大発展も、本当にうれしい(大拍手)。
 ブラジルの皆さん! 青年部が先頭に立って、全国6200ブロックが「王者の大前進」、見事です。おめでとう!(大拍手)
 イタリア、イギリス、ドイツなど、ヨーロッパも、元気いっぱいに人間主義を拡大している。本当に素晴らしい。ありがとう!(大拍手)
 香港、マカオの皆さん! 「女性の世紀」を開く、初の婦人部・女子部の研修会、おめでとう! ご苦労さまです(大拍手)。
 微笑みの国・タイなど、東南アジアの皆さんも、異体同心の仲良き行進、本当にありがとう!(大拍手)
 韓国の皆さん、本当にいつもありがとう!
 今年は「記念講堂」も完成する。幸福幼稚園の皆さんにも、どうか、よろしくお伝えください!(大拍手)
 さあ、海外の全同志とともに、朗らかに勝ち進もうではないか!(大拍手)

全国の婦人部大会 おめでとう
歓喜 功徳 友情の花


常に寄り合って励ましの対話を
 一、きょうは、全国婦人部グループ長大会、本当にご苦労さま!(大拍手)
 全国各地で、グループごとの婦人部大会が、明るく朗らかに行われている。
 地域に根を張った、少人数での心通う語らい──これほど尊く、強い、平和の原点はない。
 ドイツの文豪ヘッセは、何事も「その土地になくてはならず、根づいており、だからこそ美しい」ものと知れと述べている(高橋修訳「旅について」、『ヘルマン・ヘッセ エッセイ全集第4巻』所収、臨川書店)
 地域に根づいた、なくてはならない人こそ神々しい。まさに婦人部の皆様である。
 尊き女性の門下たちに対して、日蓮大聖人は、仏法の真髄を明快に示していかれた。
 ある時は、千日尼と国府尼に対して、「同心」の二人であるから、一緒に──との言葉を添えて、大激励の手紙を贈られた(御書1324㌻)。
 またある時は、同志と“常に寄り合って”この手紙をご覧なさい、と綴られている(同1114㌻)。
 大聖人は、身近な友と仏法を語り合い、常に励まし合っていく大切さを教えられた。
 この御心に完璧にかなっているのが、婦人部大会である。
 ここに「歓喜」があり、「功徳」がある。
 ここに「幸福」があり、「正義」がある。
 ここに「友情」があり、「希望」がある。
 皆で、婦人部大会の大成功を祈って、大拍手を贈りたい(大拍手)。
 一、花の芸術部の皆さん、いつもありがとう! 今年も、よろしくお願いします!
 聖教の拡大も、折伏も、本当にご苦労さま!(大拍手)
 信心においても、わが舞台でも、芸術部は頑張っている。見事な栄冠を飾っている。
 本当におめでとう!
 一人一人の活躍を、私は心から讃えたい。
 〈芸術部の友から名誉会長に「お誕生日、おめでとうございます!」と祝福の声があがった〉
 ありがとう!
 戸田先生が、こう語っておられた。
 「偉大な芸術家は、まことに心が若い。まるで青年のような、乙女のような、若々しい生命力をもっている。
 皆、人生の名優たれ!」
 創価の宝の芸術部は、皆、生き生きと若々しい、最高峰の生命の名優である。学会の誇りだ。
 太陽のごとく明るく、富士のごとく悠然と、わが人生の劇で勝利していただきたい。
 芸術部が立てば、十人力、百人力、いな、それ以上である。
 芸術部の皆さんが、懸命に頑張っているおかげで、学会は一段と伸びている。
 「あの人も 大変な中、勇敢に信心に励んでいる。私も、負けずに頑張ろう!」──そのように見つめている同志は多い。
 芸術部は、偉大な創価の「妙音菩薩」である。芸術部の栄光輝く一年にと、私たちは皆で祈りたい(大拍手)。
 一、今や、世界が創価の人間主義に熱い期待を寄せている。
 ロシアの大地には、光栄にも、私の名を冠した、雄大な自然の大庭園が広がっている。
 〈オムスク州・カルブザ村の池田大作記念友好庭園。名誉会長の「露日交流への貢献を讃えて」命名された〉
 どうか皆様も、わが胸に、限りない青空を抱き、果てしない大庭園が広がるような、大いなる心で進んでいただきたい。

富士のごとく悠然と 太陽のごとく明るく 希望の声を友に


「同志を護る!」その一念に栄光
 一、声は力だ。
 勇気の声、希望の声が勝ち戦を開く。
 声も響かない。光る決意もない。それでは勝利の風を巻き起こすことなどできない。
 若き指導者として戦うならば、本気になって題目をあげ、“一人立って学会を護る”という覚悟をもつのだ。
 わが信念を叫んで叫んで叫び抜く。
 皆が目を見張る、見事な実証を示す。
 「さすが!」と言われる人間になるのだ。
 題目をあげているのだから、堂々と!
 題目をあげている人は、最高の力を持っているのだ。頑張れ!
 大切なのは「心」だ。心がどうかは、行動に出る。あらゆる結果に峻厳に現れる。「一念三干」である。
 広布のために、同志のために尽くし抜く。その一念で戦うのだ。
 いよいよ、青年部が立ち上がってきた。本当にうれしい。
 中国の文豪・巴金先生は言われていた。
 「青年も、すでに力をつけ育ってきた。現在も未来も、すべて青年のものだ。活躍するのは、青年でなければならない」
 全員が「青年の心」で進もう! 新しき常勝の陣列を、今こそ築いてまいりたい。

祈りと努力で最後に勝て!
 一、スポーツ部の健闘、本当にうれしい!
 〈「ありがとうございます!」と代表が立ち上がった〉
 立ち方がスッとしていて立派だね!
 真剣勝負の青年は、美しい。挑戦の汗は高貴だ。
 野球の皆さん! サツカーの皆さん! アメリカンフットボールの皆さん! ほかにも、さまざまな競技で日本一、世界一の活躍、おめでとう!(大拍手)
 格闘技の皆さん、ご苦労さま! 格闘技界では、スポーツ部が結成されてから、すでに幾人もの世界チャンピオン、日本チャンピオンが誕生しました。おめでとう!(大拍手)
 また、創価大学陸上部の皆さん!
 箱根駅伝、本当によく頑張りました!(大拍手)
 〈1月2・3日に行われた第86回「東京箱根間往復大学駅伝競走」に、創大陸上部の尾関誠選手(4年)と福島法明選手(3年)が、関東学連選抜メンバーとして出場した〉
 これからも「負けじ魂」の力走を祈っています。
 スポーツ部の皆さんは、心も体も、日ごろの鍛錬が光っている。堂々たる勇姿だ。皆さんの健闘は、よくうかがっている。
 勝負の世界だから、勝つことも、負けることもある。たとえ敗北しても、「負けるが勝ち」で前へ進むのだ。
 そして、最後の最後には、断じて勝つ! そう心に決めて頑張ってください!〈スポーツ部の友から「ハイ! 頑張ります!」と返事が〉
 ともあれ、「法華経に勝る兵法なし」である。
 君たちは、勝つために生まれてきた。
 「絶対に勝つ」ための究極の力が、信心である。
 強盛な「祈り」と、これ以上ないという「努力」で、今年も勝ちまくっていただきたい。皆で応援しよう! 頑張れ!(大拍手)

戸田大学の誉れ
 一、わが恩師・戸田先生は、何であれ、負けるような人間に対しては厳しかった。
 「折伏ができない幹部は、幹部をやめよ」とまで言われた。あの厳愛の指導ありて信心の土台が築かれ、いかなる難をも勝ち越えることができたのだ。
 断じて勝ちゆけ!
 そう若き皆さんに申し上げたい。
 私は戸田先生を守りに護った。先生の理想を全世界に広げた。私ほど、師匠を大事にした弟子はいない。そう自負している。永遠に誇り高い。
 それほど師匠を護り抜き、学会を築いていった。
 夜学を断念して先生を支えた。その私に先生は、学問の真髄を打ち込んでくださった。まさに「戸田大学」であった。
 私は、先生を追い落とそうとした野心家を打ち破り、先生に会長になっていただいた。
 広布の戦いが進まなければ、「私がやります!」と打って出た。
 あの豪毅な戸田先生が「ありがとう、ありがとう」と言ってくださった。
 先生は亡くなられる時も、「大作、よくやってくれたな。大作、大作……」と言われて霊山に旅立たれた。最後まで「ありがとう、ありがとう」と。
 これが師弟である。これが創価の人生だ。
 若き皆さんも、頑張れ!
 かつて対談したイギリスの歴史家トインビー博士は、若い私の前途に期待し、「あなたの師匠は、あなたがいたから、幸せだったと思う」と深い理解を寄せてくださった。
 わが青春は権力悪に踏みにじられた。戦争で兄を奪われ、苦しみ抜いた私が、創価学会の第3代会長として立ち上がって50年。
 我らの人間主義の連帯を、世界が支持している。絶讃している。
 師弟に生き抜けば、どれほど偉大な栄光に包まれるか。若き皆さんは、心に深く刻みつけていただきたい。
 妙法は、永遠の、ただ一つの、平和と幸福の法である。
 それを広めている学会を護っていただきたい。そのために力をつけてもらいたいのだ。
 頼むよ!〈会場から「ハイ!」と力強い返事が〉

新成人の君よ親孝行を!
 一、今年20歳の新成人の皆さん、本当におめでとう!(大拍手)
 皆、しっかり学び、努力して、立派になっていただきたい。
 お父さんやお母さんに喜んでもらえる人生を歩んでほしい。
 青年部の皆さんは、必ず親孝行をしてください!〈「ハイ!」と元気な返事が〉
 ドイツの文豪ゲーテは小説に綴っている。
 「運命は ぼくに きびしい試練を課したのだ。しかし勇気を出すことだ!」
 「忍耐だ。忍耐だ! そうすればよくなっていくだろう」(手塚富雄訳「若いウェルテルの悩み」、『世界文学全集第3巻』所収、河出書房新社)
 順風満帆に見える人よりも、厳しき試練に勇敢に挑み、粘り強く悪戦苦闘した青年のほうが、後になって光る。強くなる。はるかに偉大な歴史を残していけるのだ。
 思えば、日蓮大聖人の時代、「熱原の法難」に敢然と立ち向かった若き弟子に、20歳の南条時光がいた。
 大聖人は時光に有名な御聖訓を贈られた。
 「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561㌻)
 人間として、最も崇高な大願とは「広宣流布」である。絶対に悔いのない、最高に充実した、価値ある青春が、ここにある。
 新成人、万歳!
 青年部、勝ちまくれ!(大拍手)

大宇宙を味方に! 強き祈りで進め!

歴史をつくってこそ青年
生まれ変わった決意で行動だ


 一、創価学会の80年の誉れ──。
 それは、法華経と御書の通りに行動し、難を受け、そして勝ち越えてきたことである。
 日蓮大聖人は「開目抄」に仰せである。
 「この法門を説いてきたが、日々、月々、年々に、難が重なり起こってきた。
 小さな難は数えきれない。重大な難は4度である」(御書200㌻、通解)
 最も正しい御本仏が、大難の連続であられた。
 さらに大聖人は、こうも仰せである。
 「ある時は寺を追い出され、ある時は住処を追い出され、ある時は親類を苦しめられ、ある時は夜討ちにあい、ある時は合戦にあい、あるいは悪口を数知れず言われ、ある時は打たれ、ある時は傷を負い、ある時は弟子を殺され、ある時は首を切られようとし、あるいは2度も流罪に処せられた。この二十余年の間は、一時片時も心安らかなことはなかったのである」(同1514㌻、通解)
 一番、正義であるゆえに、一番、難が競い起こるのである。
 そして大聖人は、厳然と宣言なされた。
 「いまだ日蓮ほど、法華経の味方をして、国土に強敵《ごうてき》を多く呼び起こした者はいない。
 まず、この眼前の事実をもって、『日蓮は一閻浮提(全世界)第一の者である』と知るべきである」(同283㌻、通解)
 この大聖人に直結して、強敵と戦い続け、世界192力国・地域に、日蓮仏法を弘めてきたのは、一体、誰か。
 初代の牧口先生であり、2代の戸田先生である。
 そして、不二の心で進む、3代の私であり、皆様方である。
 創価の師弟こそ、「一閻浮提第一」の広宣流布の闘士なのである。
 その功徳と歴史は、永遠であることを忘れまい(大拍手)。

師子王の心で!
 一、牧口先生は叫ばれた。
 「悪口罵詈、猶多怨嫉の難は法華経の実践者の誉れなのである」
 戸田先生は断言された。
 「大難に立ち向かわれる、大聖人の師子王の大精神──
 この志を継承する者こそ、われわれ創価学会である!」
 これが、創価の師弟の誇りである。
 有名な「諸法実相抄」には、こう明確に記されている。
 「(三類の強敵による大難に)耐えて、妙法を弘める人を、釈迦仏は必ずや衣で覆い守ってくださるであろう。諸天は必ず、その人に供養するであろう。また肩にかけ、背中に負って守るであろう」(同1359㌻、通解)
 今、世界各国から、我らの平和・文化・教育運動に最大級の賞讃が寄せられている。
 これらの栄誉は、創価の師弟が御聖訓の通りの大難と戦い、すべてを勝ち越えた証しなのである(大拍手)。
 〈池田名誉会長に贈られた、五大州からの4000を超える顕彰は、文字通り、「世界第一」である〉
 一、ともあれ、御聖訓には「難来るを以て安楽」(同750㌻)との大信念で生き抜けと教えられている。
 戸田先生も、こう力強く叫ばれた。
 「難が来たら喜べ! その時が信心のしどころであり、宿命転換のチャンスなのだ。
 その嵐を乗り越えれば、永遠にわたる大福運をつかんでいけるのだ」
 経済の不況も深刻である。しかし、今こそ人間革命できるのだと大確信し、すべてを変毒為薬していっていただきたい。
 頑張ろう!(大拍手)

絶対勝利の題目
 一、大聖人は仰せである。
 「日月天の四天下をめぐり給うは仏法の力なり」(同1146㌻)と。
 地球が動いているのは、何の力によるのか──。その力を、究極の次元から説き明かしたのが仏法である。
 太陽や月が巡るのも、自然の力によるとか、いろいろな言い方があるだろうが、根本は、仏法の法則に則っている。大宇宙の天体が運行しゆく根源の力が、南無妙法蓮華経である。
 どれほど、すごい力であるか。我らは、この偉大なる妙法を持っている。最も正しく、最も力強い妙法の音律を唱えている。
 これほど強いものはないのだ。絶対勝利の唱題である。負けるわけがない。
 大聖人の仰せの通りに実践すれば、わが生命に満々たるエネルギーが湧いてくる。勇気が湧き上がってくる。
 我らは、一日また一日、一年また一年、妙法のリズムに則り、宇宙も全部、味方にしながら、一切を勝ち開いていこう!(大拍手)

戸田先生
難が来たら喜べ! 宿命転換の好機《チャンス》だ
嵐を乗り越えれば 永遠の大福運が!


リーダーが率先の対話を
広宣流布へ戦う心を


自分が先頭に!
 一、戸田先生は遺言のように言われた。
 「青年部は、へこたれるな! うんと戦って、歴史を残せ!
 戦う精神なくして信心はない」
 青年ならば、自分の歴史を残すのだ。
 広宣流布のために、これほどまでに語ったことはないというくらい、人と会い、人と語り、心と心を通い合わせていくのだ。明るく伸び伸びと対話を重ねていくのだ。
 私も青年時代から、語りに語った。
 青年らしく、弟子らしく、広宣流布を語り、戸田先生を語り、多くの人に学会の理解を広げていった。
 誰よりも、自分が先頭に立って、語って、語って、語り抜いていく。そうすれば、もっともっと輝いて、魅力あふれるリーダーになっていくものだ。
 「率先の行動」なくして、勝利はない。
 「戦う精神」なくして、信心はない。
 何があっても、臆するな! 勇気をもって、前へ進むのだ。叫ぶのだ。思い切り戦って、勝利、勝利の歴史を残すのだ。

戸田先生
世の中に仏法の大確信を叫び抜け


壁を破れ!
 一、戸田先生は、こうも叫ばれた。
 「わが青年部は、妙法蓮華経の偉大な力を持っているではないか。その青年部が立ち上がった以上、広宣流布の大革命ができないわけがない。
 世の中に、仏法の大確信を叫び抜いて、堂々と伝え切っていくのだ!」と。
 学会全体として、折伏がなかなか進まない状況にあったとき、戸田先生から「大作、頼む」と言われて、私は立ち上がった。
 当時、1カ月に100世帯前後が、支部の折伏成果の限界とされていた。そのなかで、私は蒲田支部の支部幹事として指揮を執り、月200世帯を突破する結果を出して、戸田先生にお応えした。
 文京支部の支部長代理の任命を受けたときは、誠実と団結のスクラムを築きながら、小さな文京支部を日本一へと押し上げた。
 先生は、「うれしいな。不思議だな。君はどんな指導をしているのか」「大作がいれば心配ないな」と、にっこりとされた。
 学会が勝って喜ばれる先生のお顔が、今も胸に鮮やかに残っている。
 一、「絶対に勝てない」と言われた昭和31年(1956年)の大阪の戦い──。
 私は責任者として、関西の同志とともに戦った。当時の新聞が「“まさか”が実現」と大々的に報じたほどの劇的な勝利を飾ったことは、皆さんがご存じの通りだ。
 大阪の隅から隅まで、よく自転車で走った。よくパンクもした(笑い)。行くところ行くところで、対話の渦を巻き起こした。本当に大変だったが、本当に楽しかった。

関西に刻んだ不敗の誓い
 一、ただ一度だけ、昭和32年の大阪で、苦杯を喫した。
 このときの戸田先生の苦しみ、悲しみ、嘆きは、いかばかりであったか。とても言葉で言い表すことはできない。
 この時、私は誓った──「戦いは断じて勝たねばならない」と。
 その不敗の誓いがあったればこそ、今日の私があり、今日の学会の大発展がある。
 その深き歴史を皆さんは知っておいていただきたい。
 一、学会は、広宣流布の団体である。ゆえに、広布に戦う人が一番尊いのである。
 組織であるから、役職とか立場の違いはあるけれども、大事なことは、どれだけ広布のために尽くしたかである。
 祈った分だけ、動いた分だけ、語った分だけ、御本尊から功徳がいただける。
 皆さんは、思う存分に広布に働いて、無量無辺の功徳を受け切っていってほしい。必ず受けられる。私が証人である。戦ってきたゆえに、私は、確信をもって言い切ることができる。
 ともあれ、今こそ、本当の戦う弟子が躍り出てきてもらいたい。それを青年部に期待したいのだ。

すべては「これから」だ
日々新たに完勝の山へ


一念で決まる
 一、最後に、もう一度、勝利の要諦を確認しておきたい。
 アメリカの公民権運動の指導者キング博士は語った。
 「今まで以上に、立ち上がって、前進する気持ちになろうではないか。私たちの志を継続し、あらためてもっと大きな決意で立ち上がろうではないか」(クレイボーン・カーソン、クリス・シェパード編・梶原寿監訳『私には夢がある M・L・キング説教・講演集』新教出版社)
 大事なのは「今から」の決意だ。「これから」の行動だ。その連続闘争が、大きな歴史を築く原動力となる。
 私たちの信心は本因妙である。「今から」「これから」が勝負である。 「何とかなるだろう」という油断や慢心は、結局、大きな敗北をもたらしてしまう。中心者が本当の真剣さを失い、「うまくやっていこう」「楽をしよう」などという気持ちを持つようになったら大変だ。
 50年以上、広宣流布のために戦い抜いてきた私である。
 戸田先生が「先を見る眼、行動力、鋭敏さは第一級だ」と讃えてくださった直弟子である。
 現実は決して生やさしいものではない。人まかせで、漫然と進めば、どうなるか。手に取るようにわかる。
 未来のため、若い人たちのため、多くの健気な同志のために、私は語っているのである。
 広宣流布のために真剣に戦えば、すべてが自身の福運となる。子孫末代まで、偉大な福徳に包まれていく。
 すべて自分の一念で決まる。

永遠に成長し発展する学会を
 一、戸田先生は訴えられた。
 「時の到来とともに、戦いの雄叫びを上げて進むのだ!
 私とともに、あらゆる難に打ち勝って、一人ももれる事なく、出世の本懐を遂げていこうではないか!」
 誰一人、犠牲にはしない。また、絶対に、させてはならない。皆が、わが人生の大目的に向かって、敢然と前進していきたい。
 全リーダーが、心新たに出発することだ。
 戦おう! 民衆のために! 邪悪や傲慢をはねのけて!
 未来永遠にわたって、さらに成長し、さらに発展し、大勝利していける学会を、私は今、つくっている。どうか心を合わせて進んでもらいたい。
 言葉ではなく、大事なのは行動だ。生まれ変わった決意で戦うことだ。
 順調な時はいい。吹雪の時、逆境の時こそ耐え抜いて、友に勇気と希望を贈っていくのだ。
 そのための根本の力は信心しかない。
 師匠のために、わが身をなげうって悔いない覚悟で、私は一切を勝ち開いた。
 師弟不二の信心でしか、三類の強敵を打ち破ることはできない。
 この一点を忘れないでいただきたいのだ。

健康で、幸福で!
 一、遠くから来られた同志の皆さん、本当にありがとう!
 お会いできてうれしいです。いつまでも、お元気で!(大拍手)
 私も妻も、一生懸命、皆さんにお題目を送っています。
 皆さんが健康で、幸福で、素晴らしい家庭を築かれゆくことを、そして皆さんの国や地域が平和であることを祈っています。1年365日、50年間、祈り続けています。
 海外の皆さんに、もう一度、拍手を送ろう!(大拍手)
 きょうは、ありがとう! サンキュー! よい一年を!(大拍手)
2010-01-25 : スピーチ・メッセージ等 :
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栄光の日々 1 四国

栄光の日々 名誉会長と我らの人生 1
               (2010.1.15付 聖教新聞)
正義と求道の大航海 四国

創価の21世紀は見えた!

 水平線に光る白亜の船。太平洋の荒波を蹴立てて、遂に横浜港にやってきた。
 香川、高知、愛媛、徳島の友1000人を乗せた客船「さんふらわあ7」号。
 桟橋に近づくと、神奈川文化会館がはっきりと見えた。天を衝く楽隊の演奏も聞こえる。
 接岸間近。デッキに出ていた友が叫んだ。
 「池田先生だ! 先生が桟橋に来ておられます!」
 黒いコートを纏った池田名誉会長が待っていた。代表に花束を贈り、がっちりと握手を交わして言った。
 「よく来たね。これで勝った!21世紀が見えた!まさか海から来るとは!」
 第3代会長辞任から8カ月余の昭和55年(1980年)1月14日。第1次宗門事件のさなかだった。
 事件の根は、名誉会長と会員の絆を分断しようとした謀略にある。この嵐が、全国でもいち早く吹き荒れたのが四国だった。
 閉塞感を打ち破るために「そうだ! 私たちが先生のもとへ行こう!」。
 こう決めた時、友は心の闇を突き破っていた。“さんふらわあ”の船体に描かれている真っ赤な太陽は、友の胸中に昇っていた。
 待ちに待った人生の師との出会い──。
 師は何も変わっていなかった。富士の如く堂々としていた。にもかかわらず、弟子が周りの変化に紛動されて、どうするのか。
 四国男子部は宣言した。
 「池田先生! 私たちの師匠は池田先生です! いつまでも、どこまでも、共に戦つてまいります!」
 皆の真情だった。
 名誉会長は、決戦に臨む父子の決意の曲“大楠公”をピアノで力強く奏でた。
        ◇
 四国の友1000人を乗せた“さんふらわあ”は、この年、名誉会長のいる神奈川へ、3度訪れている。
 その黄金のドラマの一端を紹介すると──
 【1回目】午後7時。船上の人となった友は、全館消灯した神奈川文化会館に小さな光を見た。名誉会長夫妻が懐中電灯を振り、見送っていたのである。その光は“希望の光”となって今も友の胸の中に輝く。
 【2回目】5月17曰、徳島の友が駆けつけた。名誉会長を囲んでの懇談的な語らい。「本当に温かい、家族的な雰囲気でした。池田先生をあんなに身近に感じたことはありません」 (参加者)。そのぬくもりを、友は今も忘れない。
 【3回目】5月20日には愛媛の友がやってきた。午後5時。見送りの桟橋には名誉会長がいた。両手には船出を祝う五色の紙テープが巻かれていた。名誉会長とつなかった紙テープ──心と心は、今も一段と強くつながっている。
 名誉会長は、当時を述懐し、青年に強く語った。
 「一番大変な時に、まっ先に私のもとに来てくださったのが四国の方だった」
 「あの光景を一生涯、忘れることはない」
 仏法の根幹は「師弟」である。師と弟子の心のギアが完璧に噛みあった時、新しい時代の扉は開かれる。
 “さんふらわあ”は、名誉会長と会員を切り離そうとした画策を打ち破った、「師弟共戦」の“魂の大宣言”であった。この潮流は四国から全国へ、全世界へと大きく広がった。
 正義と求道の大航海から30年──。名誉会長のもとに集った3000人も、留守を守り、成功を祈った同志も、四国広布の中核を担うリーダーに大成長した。
 ある母は、子と孫に語り遺した。「あの師弟旅に参加させていただいたことが、人生の最高の誇り。一生という限られた時間を、師のために使っていきなさい」
 名誉会長と我らの「共戦の旅路」は続く。今日も。明日も。これからも。
2010-01-25 : 栄光の日々 :
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グアム・コミュニティーカレッジ「名誉教授」称号授与式 

グアム・コミュニティーカレッジ「名誉教授」称号授与式          (2010.1.15 現地時間)

発展するグアムの未来を担う民衆教育の揺籃「グアム・コミュニティーカレッジ」から、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に、第1号となる「名誉教授」の称号が贈られた。SGI会長に就任して35年、一貫して世界中に平和・文化・教育を推進し、国と国を結んできた功績を讃えたもの。授与式は15日午後(現地時間)、マンギラオの同カレッジで厳粛に挙行され、同カレッジの教員のほか、グアム大学のロバート・アンダーウッド学長ら来賓など約130人が参加した。

ラモス理事長の授与の辞

平和と調和を促進青年を啓発

 本日、ご参集された皆さまと、この慶事を分かちあえること以上に喜ばしいことはありません。歓喜あふれる集いというのは、私たちの文化の一部であります。
 特に私たちは、本日のような卒業や学位授与といった学業成就の時、また功績が顕彰される機会を祝賀することによって、自らのゴールを達成した方々が映し出す壮麗な輝きに浴する喜びを得るのです。
 さらに、そうした方々の姿を通して、私たちは、人には何かを成し遂げる傑出した力があることを再確認し、自ら掲げた夢に向かって進んでいこうと励まされるのです。
 本日の式典は、そうした祝賀の一例であります。名誉教授称号の授与は、学問の一分野への顕著な貢献を讃えさせていただく慶事であります。よって、名誉学術称号という顕彰は、その人物の貢献が、その学術機関の学位記を取得し卒業した者によってなされた貢献と同等のものであるということを認める意味をもっています。
 名誉教授称号ならびに名誉学位記の授与の慣例は、中世までさかのぼり、高等教育機関が、さまざまな理由によって、教授という資格や学位記授与の要件のいくつか、もしくはすべてを免除するに足る人物がいると確信したことに始まります。
 名誉学位の歴史は、1470年代後半に、オックスフォード大学からライオネル・ウッドヴィルに対して授与されたことにさかのぼります。
 名誉教授称号や名誉学位記を授与するにあたり、大学は、社会における知識の牙城としての大学の使命、ならびにその大学に連なる人々に学問の追究を奨励し、研究や活動の推進を担う責任をあらためて確認します。
 また、わが地域のような島嶼社会においては、教育の価値と水準を示す取り組みを社会に掲げる役割も果たしております。
 本日、グアム・コミュニティーカレッジは、数多くの著作、講演によって、世界の平和と調和に関する対話を推進し、平和行動主義と持続可能な開発・発展への取り組みによって多くの老若男女に等しく啓発を与えてきた傑出した人物に名誉教授称号を授与させていただくことにより、学術の伝統を継承するものであります。
 グアム・コミュニテイーカレッジは、全世界の272の名誉学術称号を贈った最高学府の範に続きます。
 1975年5月に、第1号が授与されて以来、ロシアから南アフリカ、アルゼンチンから中国、ボリビアからモンゴルに至るまで、さまざまな学術機関が池田博士に名誉学位記、名誉教授称号を授与してこられました。
 グアム・コミュニティーカレッジは、本日の式典において、世界で273番目の栄誉を贈る学術機関として、池田博士に名誉教授称号を授与させていただけますことを心から誇りに思います。
 最後に、この名誉教授称号によって、池田博士の重要なご活動、ご著作が一段と際立ち、グアム・コミュニティーカレヅジの学生・教職員をはじめ、本日参集された各界の皆さまが、わが地域において、同じく平和の文化建設という尊い目標に向かって前進する励みとなることを念願するものです。
 本日は、誠にありがとうございました(大拍手)。

オカダ学長のあいさつ


わが大学は創価の哲理を共有


 本日は、池田博士を顕彰する意義深き式典にご参列いただくため、ここグアム・コミュニティーカレッジに創価学会の代表の皆さまとご来賓の方々をお迎えできましたことを、誠にうれしく思います。
 池田博士が身を挺して掲げてこられた“教育は人類にとって最重要の事業である”“教育は学生の成長を促し、幸福にするものでなければならない”との教育理念は、本学の掲げる「ミクロネシアにおいて最高水準の教育と職業訓練の機会を提供し、専門的職業と技術的労働力開発のリーダー校たらん」との理念と、ある意味で類似性を持つものであります。
 一見しただけでは、池田博士と本学の理念の間にはあまり類似性がないように思われます。しかし、教育が、生活や家族を支えるための手段を人々に与えるものであることを考えると、それらが人々の人生に具体的な満足や幸福感をもたらしてくれるものであることにも気付かされます。
 自分で生きる手段を持ち、他人にも寛容になれるということは、すなわち、自身の平穏を実現し、その平和の波動を周りの人々にも広げていけることだと思います。
 この道理は、皆さまにとっても慣れ親しみのあるものではないでしょうか。なぜならば、創価の哲理は、教育をもって人々を育成し、その人々がより平和な世界の実現に向け貢献することを目指しているからです。
 教育とはエンパワーメント(能力開発)である──池田博士はその生涯を懸けて、この哲理を推進してこられましたが、わがグアム・コミュニティーカレッジも同じです。
 グアムは今、この60年余で最大の変革期と成長期を迎えようとしていますが、本学は、そうした状況に備えようとするこの島の労働力を育成・訓練するための重要な役割を担うこととなります。
 本学は、グアムの住民が、これからこの島にもたらされるであろうさまざまな職業を確保し、それにより家族を支え、平和で幸福な生活を享受できるよう技能や知識という力を与えていかなければいけません。
 我々はここグアムにおいて、これから何年にもわたり多くの変化を目撃することになるでしょう。
 しかし、人々が自立し、成功を収め、幸福となりゆくために、教育が人生における最重要事であることは、これからも永遠に変わることはありません。
 そして、池田博士こそがこの規範を示してくださった方なのであり、我々はそのことに対し感謝をするものであります。
 池田博士はかつて“創価教育は各個人の無限の可能性への確信に根差すものである”と記されました。
 ここグアム・コミュニティーカレッジでは学生たちに、自身の成功物語を綴ることは可能であると教え、学業で成功を収めるよう励ましています。
 教育における成功は、人生における成功にも通じていくことを我々は知っておりますし、自身の人生のために価値を生むことを行っていけば、それはすなわち地域社会への建設的な貢献にも繋がると信じております。
 建設的な社会は、平和な社会へと通じます。そして、どこにいようと我々全員が等しく目指すものは平和なのであります。
 ありがとうございました(大拍手)。

SGI会長の謝辞(代読)

環太平洋の世紀が到来
平和の大海原へ! 人材の万波を広げよ!


「生命の故郷《ふるさと》」「永遠の都」グアムから人類共生の哲学を発信

「開かれた民衆のための大学」の信念
挑戦また挑戦で栄光築け


 一、ハフア・アデイ(チャモロ語で「こんにちは」)!
 本日、私は、人類の平和の大海原へ、人材の波を、万波と広げゆかれる民衆教育の大殿堂、貴グアム・コミュニティーカレッジより、最高に栄えある「名誉教授」の称号を賜りました。
 これ以上の喜びはございません。先生方のご厚情に、厚く厚く御礼を申し上げます。
 誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。
 一、「報恩」を主題とした仏法の重書には、「根ふかければ枝しげし源遠ければ流ながし」(御書329㌻)という一節があります。
 あらゆる運動の歴史において、その起点はいずこにあるのか。その原点をいずこに定めているのかという一点は、最重要のテーマであります。
 仏法の人間主義を基調とする、私たち創価の平和と文化と教育の民衆運動の「起点」、そして「原点」は、ほかのどこでもありません。
 それは「地球上の楽園」と謳われる、ここグアムの天地なのであります(大拍手)。

SGI発足の地
 一、1975年(昭和50年)の1月26日、グアムに、世界51力国・地域の代表が集まり、SGIは、はるか万年の未来を見つめつつ、新たな一歩を踏み出しました。
 太平洋戦争の激戦地として、あまりにも深い悲劇を刻んだグアムを、二度と戦場にさせてはならない。そして、このグアムから、平和創造への新たな希望のメッセージを、人類に発信していくのだ──これが、私たちの断固たる決意であり、真剣な祈りであったのであります。
 SGI発足の会場に用意された署名簿には、国籍の欄が設けられておりました。
 私は、そこに「世界」と書き記しました。
 まさに、この時、グアムは、平和を願う私たちの「生命の故郷」となり、「永遠の都」となったのであります(大拍手)。
 あの日から35星霜。最大に意義深き、貴力レッジからの栄誉を、私はグアムを心から敬愛してやまぬ世界192力国・地域の全同志とともに、謹んで拝受させていただきたいのであります(大拍手)。

「学びの人生」を
「勝利の人生」を

 一、貴カレッジは、オカダ学長の高邁なるリーダーシップのもと、「地域に開かれた民衆のための大学」「地域からの教育的・文化的な人材育成の要請に応える大学」として、見事な大発展を遂げてこられました。
 そして、使命の各分野で活躍し、地域社会に貢献しゆく優れた人材を、澎湃と育成してこられたのであります。
 それは、まさしく、世界の心ある教育者が目を見張る、尊き模範の歴史であります。
 「もし最初に成功しなかったとしても、再び挑戦せよ! そしてまた挑戦せよ!」
 学長は、この崇高なモットーのままに、不撓不屈の努力また努力を重ね、貴カレッジの栄光の城を築き上げてこられたのであります(大拍手)。
 一、学長は、愛する学生たちに、常に力強い励ましを贈ってこられました。
 「教育とは、一生涯にわたる挑戦である」
 「社会において、新しいアイデアは、常に発展している。革新も進んでいる。ゆえに私たちは、常に学んでいかなくてはならない」と。
 学長は、自らが先頭に躍り出て、青年たちが誇り高く歩みゆく「学びの人生」「挑戦の人生」、そして「勝利の人生」の道を切り開いてこられました。
 その偉大な足跡に。私たちは満腔の敬意を表したいのであります(大拍手)。

不断の成長に教育の目的が
 一、今、私は、アメリカを代表する偉大な教育哲学者ジョン・デューイ博士の後継の先生方と、てい談を重ねております。〈月刊誌「灯台」に連載中〉
 デューイ博士は「教育はすなわち生長である。教育がなければ生長はない。教育が進歩しなければ社会もまた進歩し得ない」(永野芳夫訳・大浦猛編『デューイ;倫理・社会・教育 北京大学哲学講義』飯塚書房)と語り、「不断の成長」の中にこそ、「教育の目的」があると結論しておりました。
 オカダ学長の信念とも、見事に響き合っております。
 それはまた、「月月・日日につより給へ」(御書1190㌻)を合言葉に、「平和」と「幸福」の間断なき価値創造を目指しゆく、私ども創価の運動とも深く一致するものであります(大拍手)。

人類を結ぶチャモロの心
 一、私たちは、SGIの「原点」の天地が、貴カレッジのそびえるグアムであることを、心から誇りと思い、幸福と思っております。
 古来、グアムには、多種多様な人類を融合させゆく大いなる共生の精神、すなわち豊饒なるチャモロの伝統と文化が、生き生きと脈打ってきました。
 その根幹には「イナフア・マオレク」という理念があります。
 それは「調和への努力」という意義をもち、「他者への寛容なる慈愛の心」、そして「相互に助け合う利他の精神」を表すとされているのであります。
 仏典にも「鏡に向って礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり」(御書769㌻)、さらに「人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし」(同1598㌻)という美しい譬喩が説かれております。
 チャモロの先人が体現してこられたように、他者の生命を尊重し、その幸福のために尽くしゆく「調和への努力」こそ、憎悪と分断に苦しむ現代世界が、最も必要としている思想ではないでしょうか(大拍手)。
 一、私が対談した、20世紀を代表する歴史学者のアーノルド・トインビー博士も、欧州統合の父クーデンホーフ・カレルギー伯爵も、フランスの行動する作家アンドレ・マルロー氏も、そして南米チリの民主化の指導者エイルウィン元大統領も、それぞれに“未来の文明の中心は太平洋へと移動する”と展望されておりました。
 その通りに、今、現実に「環太平洋の世紀」が到来しております。
 今こそ、かつての「紛争の海」を、真の「平和の海」として輝かせていかねばなりません。
 チャモロの共生の知恵を生き生きと継承され、そして心広々と世界市民の精神を涵養されゆく貴カレッジは、まさしく、その希望の旭日の存在であると申し上げたいのであります(大拍手)。

明るい未来は必ず開ける!
 一、35年前のグアムでのSGI発足の折、祝福のメッセージを寄せてくださった一人が、人類の未来に警鐘を打ち鳴らした、「ローマクラブ」の創立者ペッチェイ博士でありました。
 このローマクラブが、環境問題をはじめ、人類の危機に立ち向かうにあたり掲げたモットーこそ、有名な「シンク・グローバリー、アクト・ローカリー(地球規模で考え、地域で行動する)」でありました。
 その名に「コミュニティー」との言葉を冠された貴カレッジは、壮大な地球規模のビジョンを広げつつ、「地域」を基盤とし、「学生第一」の理念を掲げて、一人一人の青年、また市民を育んでおられます。
 教育の光によって、一人一人の無限の可能性を開いていく──まさに「民衆のエンパワーメント(能力開花)」、そして「世界市民教育」のモデルを、貴カレッジは示されているのであります。
 ここにこそ、最も地道にして、最も確実な「人間教育」即「平和創造」の王道があるといってよいでありましょう(大拍手)。
 いまだ世界的な経済危機の傷も深く、21世紀の前途は、決して平坦ではありません。
 しかし、チャモロの伝統の言葉には「意志あるところ、常に道あり」とあります。
 信念の道を、信じ合える友と手を携えて、一歩また一歩、進み続ければ、明るい未来は必ず開けます。
 本日より、私も、誉れ高き貴カレッジの一員として、グアムに脈打つ「人と人を結ぶ共生の哲学」の旗を高らかに掲げて、いよいよ世界市民の連帯を広げ、平和社会の建設のために尽力していく決心であります。
 終わりに、わが心の母校たる貴カレッジの無窮の栄光勝利、そして、わが魂の故郷たるグアムの永遠の平和繁栄を、心からお祈り申し上げ、私の御礼のスピーチとさせていただきます。
 ヒユッス・マッセ(チャモロ語で「ありがとうございました」)!
 サンキュー・ベリー・マッチ!(大拍手)
2010-01-25 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.3

随筆 我らの勝利の大道 No.3 (2010.1.21付 聖教新聞)

創価文化の輝き

希望の大音声を響かせ 朗らかに!
音楽隊・鼓笛隊 正義と平和の旗手に感謝


 絶え間なく
  戦い生き抜く
   我らには
  三世にわたりて
    名曲 響かむ

 創立80周年の新春を飾る本部幹部会も、わが創価の楽雄・音楽隊の名演奏で開幕した。創価ルネサンスバンガードのファンファーレも、創価グロリア吹奏楽団も素晴らしかった。
 そして、白ゆり合唱団の「今日も元気で」も、富士中学生合唱団の「母」の歌声も、誠に美事であった。
 御書には「音の哀楽を以て国の盛衰を知る」(御書88㌻)と引かれている。希望の音楽には未来を開く活力がある。
 勝ち栄えゆく創価の世界には、常に明るく力強い音声《おんじょう》が轟いているのだ。
 何よりも、我らは「妙法」という大宇宙を動かす根源のリズムに則り、無限の希望の音律を響かせながら、朗らかに前進できる。この幸福勝利の道に、絶対に間違いはない。
 大文豪ゲーテは、ある年の新年に詠じた。
 「われらふたたび集い 晴れやかなる歌によりて 胸も強まる心地す」と。
 よき友と心をはずませ、よき文化を共に織りなしゆく人生の春夏秋冬は、なんと楽しく清々《すがすが》しいことか。
 本部幹部会には、芸術部の代表の同志も、嬉々として出席してくれた。
 新しい1年、広宣流布という最極《さいごく》の平和と文化の舞を、弾けるような生命力で繰り広げていきたい。

竪琴は剣より強し
 八王子の東京富士美術館での「華麗なるオーストリア大宮殿展」も、20万人を超える方が鑑賞された。
 「竪琴は剣よりも強し」とは、ヨーロッパ文化の繁栄を担ったハプスブルク家の家訓の一つという。その荘厳な「文化力」に光を当てた展示会である。
 絵画や彫刻とともに、家具や衣装、食器など、王室の日常を彩った「生活に輝く美」に、多くの感嘆の声が寄せられている。
 今月の26日からは、岡山県立美術館で盛大に開催される。関係者の方々のご尽力に感謝したい。
 私の胸には、懐かしき思い出が去来する。
 それは、半世紀以上前、恩師・戸田先生が、わざわざ機会を作り、青年たちに本格的なテーブル・マナーを学ばせてくださったことである。
 先生は、ナイフやフォークの使い方も分からない青年たちを微笑み見つめられつつ、丁寧に礼儀作法を教えられていた。
 また、先生は、婦人部の代表50人と共に、東京・上野で開かれていた「フランス美術展」に足を運ばれたこともある。
 そうした経験を踏ませながら、「美」の価値創造は私たちの日常のなかにあることを示してくださった。
 当時は、ウィーンの王宮やパリの美術館などに、とても行ける時代ではない。敗戦後の困窮のなか、無我夢中で人間革命の前進を続ける私たちであった。
 しかし偉大な師と共に歩む人生には、どんな王国の貴族よりも誇り高く、幸福の心の宮殿が輝いていた。
        ◇
 創価城
  花あり 華あり
   勝利あり

 「文学にしろ、音楽にしろ、一流のものに触れよ」
 これが、将来を見据えた戸田先生の指導であった。
 先師・牧口先生も、幸福に直結する「美」の価値を貴《たっと》び、野蛮がはびこる戦時下にも、「文化」を徹して大事にしていかれた。
 世の中に、いかに憎悪や嫉妬や堕落や裏切り等々、「醜悪」なるものが溢れていようが、創価の勇者は、昂然と胸を張って、世界を美しくしていくのだ。
 そのために、友情を広げよう! 誠実を尽くそう! 正義を貫こう! 汝自身の生命の宝を最高に光り輝かせて、生き抜くのだ! その人生に勝る美はない。
 文化は、豊饒なる人間性の大地の開拓であり、智慧の開花である。
 1961年(昭和36年)の10月、私はヨーロッパを初訪問した。各国の主要都市を回り、点在する同志を全力で励ます間に、パリのルーブル美術館、ロンドンの大英博物館、ローマの遺跡やバチカン宮殿、さらにオーストリアのウィーンにも足跡《そくせき》を刻んだ。
 行く先々で文化の宝を目に焼き付けながら、私は美術館の設立構想を、同行の友に語ったのである。
 ――新たな人間主義の芸術の創造のためにも、世界の民衆を結ぶ文化交流のためにも、美術館を創りたい。いつか全同志が誇れるような、世界中の美の宝を展示していこう――と。
 それから半世紀近くを経て、今日《こんにち》、私が創立した東京富士美術館には、世界中から名宝が結集する。
 “人類の宝が集まる美術館”“世界が出会う美術館”“無限のエネルギーを秘めた、若い力の漲る美術館”等々、識者からも、高い賞讃が寄せられている。
        ◇
 民主音楽協会(民音)も1963年(昭和38年)の創立以来、100カ国・地域を超える国々と交流を重ね、音楽の力で世界の民衆を結んできた。
 海外からの招聘公演は、大都市圏だけでなく、全国の地方都市を巡回する。
 最高の音楽と舞台芸術を、より多くの方に楽しんでいただきたい。これが、民音の原点であるからだ。
 民音推進委員の方々をはじめ、皆様の尊き真心が結晶した文化運動である。
 昨年、新中国の建国60周年を記念して来日された、中国国家京劇院の新作「水滸伝」の公演も大成功であった。周恩来総理が大切に育んでこられた芸術の至宝である。
 団長の王秀雲《おうしゅううん》先生は、私と妻の大切な友人である。穎超先生(周総理夫人)との会見の際も、名通訳を務めてくださった。
 今も、時を超えて、周総理ご夫妻のお心を受け継ぎ、両国の民衆を結ぶ文化交流を、私たちは積み重ねている。
 芸術は、理解と尊重の精神を育む。地道に耕された信頼と友誼の大地にこそ、いかなる嵐にも揺るがぬ平和の大樹が林立するのだ。
        ◇
 妙法の
  光かがやく
   音楽隊
  凛々しき君等の
   功徳は いかにと

 英国の青年詩人キーツははつらつと歌った。
 「闊《ひろ》き河越え 巨《おお》き山越え 吾らは進む」「歌いつ舞いつ……」
 昨年の10月、創価グロリア吹奏楽団と関西吹奏楽団が、全国大会でそろって「金賞」を勝ちとり、共に日本一の栄冠に輝いた。
 それは「信心即勝利」「鍛錬即成長」、そして「労苦即栄光」の青春の勝鬨であったといってよい。
 “病床の父に勝利を届けたい”と、多忙な仕事をやり切りながら、人一倍練習に、学会活動に、懸命に励んだ友がいる。
 「金賞」の朗報を笑顔で聞かれた父上は数日後、美しき成仏の相で霊山に旅立たれた。私も妻と追善の題目を送らせていただいた。
 正義の魂を呼び覚まさずにはおかぬ迫力の音律! 悩める友の背中を力強く押す勇気のメロディー!
 それは、「戦う生命」こそが奏でることのできる、大宇宙のリズムなのだ。
 しなの合唱団も、関西男声合唱団も、全国大会で大活躍している。創価ルネサンスバンガードも、堂々の日本一を幾度となく勝ち飾ってきた。
 みな我らの誉れである。
 御聖訓には「かく(隠)れての信あれば・あらは(顕)れての徳あるなり」(御書1527㌻)と仰せである。
 誰も知らぬ、喝采のない舞台で、どれほど祈りを込め、どれほど苦労を惜しまず、どれほど努力の限りを尽くしてくれているか。
 戸田先生と私の「手作り」の音楽隊は、常に真剣勝負だ。一心不乱である。
 だからこそ、その渾身の演奏は万人の胸を打つ。諸天も揺り動かし、勝利へ勝利へ、仏の陣列の威光勢力を、いやましていくのだ。
        ◇
 あな嬉し
  平和の天使の
   前進に
  広布の道は
    幸が爛漫

 平和の天使・鼓笛隊も、晴れやかに新出発した。
 法華経の妙音菩薩品には高らかに謳われている。
 「(妙音菩薩が)経《ふ》る所の諸国は、六種に震動して、皆悉《み》な七宝の蓮華を雨《ふ》らし、百千の天楽は、鼓せざるに自《おのずか》ら鳴る」(創価学会版法華経610㌻)
 全国、全世界で、まさに「天楽」を奏で、希望と勇気の行進を続ける愛娘たちの勝利と幸福を、私と妻は常に見守り、祈っている。
 いつもいつも、各地でのパレードや演奏会、本当に、本当にありがとう!
 鼓笛隊の平和のスクラムは、今や世界の約30に及ぶ国や地域に広がる。
 あの地この地で、乙女たちは、若き良き世界市民と光りながら、創価の妙音を奏でている。
 「力強い演技で人びとを勇気づける姿は、平和の天使そのものです」と、敬愛する南米ボリビアの女性リーダーも最大の讃辞を送ってくださった。
 広宣流布という、世界で一番、崇高な目的をもつ鼓笛隊である。その使命と目的を自覚した時、思ってもみなかった力が生まれる。
 世界的なバイオリン奏者であるメニューイン氏は、「偉大な曲は、“それぞれの偉大さ”を備えています」と語っておられた。
 味わい深い言葉である。
 「桜梅桃李の己己の当体を改めずして」(御書784㌻)と、御金言には仰せである。
 それぞれが尊貴な使命をもつ。鼓笛隊で自身を鍛えた友は強い。一人ひとりが自分らしく胸を張って、社会と広布の最前線で、聡明に希望と幸福の名曲を奏でていくのだ。
 ハリウッド女優として活躍するアメリカのショー女子部長も、ブラジルを代表する企業で信頼を勝ち得てきたナカヤマ女子部長も、誉れの鼓笛隊の出身だ。
 本年、世界各国で、創立80周年を祝賀する文化祭や友好祭も行われる予定と伺っている。

生命歓喜の勝鬨で人生を飾れ!
「美」の価値の光を広げる大民衆運動


充実と向上の劇を!
 一日一日、自分自身を励まし、そして友と励まし合いながら、青春の晴れ舞台でも、広布の大舞台でも、伸びやかに充実と向上の劇を乱舞していただきたい。
 「芸術はわれわれに立ちどまってはならないと命じているのだ」とは、ベートーベンの至言である。
        ◇
 わが生命を、一生懸命に咲かせ切って生きる。それ自体が芸術の傑作となる。
 岡山県出身の詩人・薄田《すすきだ》泣菫《きゅうきん》は、生命の「力」と「美しさ」と「輝き」を讃えてやまなかった。
 この泣菫が、ひときわ好んだものがある。それは、雑草だ。そこには「踏まれても、引きちぎられても、伸びずにはおかない」という生命の真髄の力が現れているからである。
 泣菫は見つめていた。
 ──あらゆる草木が枯れはてる冬に凛と咲く花がある。水仙の花である。水仙は、ぼろぼろに荒れた土のなかから咲き出で、その金と銀の香りで、自らを育んだ土を浄めている、と。
 厳寒の冬のような逆境にあっても絶対に負けない。朗らかに逞しく、家族のため、友のため、地域のため、社会のため、祈り、活動を続けているのが、わが創価の女性たちである。
 あの阪神・淡路大震災の惨禍から15年。健気に前進されゆく兵庫、大阪をはじめ、今、全国各地で、婦人部大会が花盛りだ。それは、「冬は必ず春となる」(御書1253㌻)との御金言を主題とする、希望の劇場であるといってもよい。一人ひとりが常楽我浄のドラマの主役である。特に、中心となるグループ長、副グループ長の皆様のご健闘を労《ねぎら》い、讃えたい。

 幸福の
  交響楽を
   ともどもに
  弾かなん 歌わむ
     錦州城にて

 ある日ある時、愛する関西の友に贈った歌である。
        ◇
 1935年6月、ナチスによる文学者や文化人への弾圧が吹き荒れるなか、パリで行われた国際作家大会で、一人のデンマークの作家が烈々と叫んだ。
 「文化とは責任のことだ。最高の文化は未来にたいする責任である」
 多くの文学者が粛清され、膨大な量の詩や作品が焚《た》かれた。
 それでも亡命や投獄の烈風に怯まず、未来への「責任」を担い立ち、死をも覚悟して正義を貫き通した勇者がいたのだ。
 「責任」即「勇気」だ。ここに、蛮性と戦い、文化を永続させゆく力がある。

 この道を
  歓喜のスクラム
     友どちと
  進む嬉しさ
    文化の世界と

 文化は、一部の特権階級のためのものではない。全人類に共通の宝である。
 フランスの美術史家ルネ・ユイグ氏も、ナチスの侵略の渦中、一人、危険を顧みず、ルーブルの所蔵品を護り抜いたエスプリ(精神)の闘士である。
 1989年の6月、このユイグ氏ゆかりのフランス学士院から招聘をいただき、「東西における芸術と精神性」と題し講演を行ったことも懐かしい。
 その際、私は「大悪大善御書」の一節を拝した。
 「迦葉尊者にあらずとも・まい(舞)をも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立ってをど(踊)りぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をど(踊)りてこそい(出)で給いしか」 (同1300㌻)
 宇宙の本源の法則に則って、芸術の「結合の力」を発揮しゆく創造的生命は、「歓喜の中の大歓喜」に躍動していくことを申し上げたのである。
 しばし鳴りやまぬ賛同の大拍手をいただいた。
 ともあれ、広宣流布は、万年の彼方まで人類の未来に「責任」を果たしゆく聖業である。
 わが友よ、この尊極の使命の舞に、喜び勇んで打って出ようではないか!
        ◇
 堂々と
  文化と平和の
   道 開く
  ああ勇敢な
    創価の君らよ

 皆の生命が勝利に輝く、文化と平和の世紀を、いかにして築くのか。そこに、「創価ルネサンス」の一次元の眼目もある。
 私が対話を重ねた7000人に及ぶ識者・指導者のなかには、多くの文化の闘士、芸術の王者、言論の獅子がおられた。
 その精神の戦人《いくさびと》たちは、自ら生命を注いだ芸術を誰に捧げてきたのか。
 語り合った私の実感は、それは「民衆のために」という一点である。
 民衆を強く! もっと強く! そう願い祈る心に溢れていた。
 平和を願う人は、誰よりも文化を愛する人だ。
 人間を共感と感動で結ぶ文化の擁護と復興こそが、平和への大道なのである。
 苦悩を勝ち越えたベートーベンも、わが音楽は民衆のためにあると信じていた。彼は自らに語った。
 「お前は、お前自身のための人間であってはならない。ただ、他の人のための人間なのだ」
 そのベートーベンの“歓喜の歌”を、わが同志が歌ったことに、「外道礼賛」と愚劣に悪口してきたのが邪宗門である。
 庶民の尊き真心を裏切った、恩知らずの文化破壊の輩の哀れな末路は、ご存じの通りだ。
        ◇
 日本画壇の巨匠・平山郁夫画伯と、海を見つめる神奈川文化会館で語り合って30年となる。
 私の著作の装画や挿絵などでも、大変にお世話になった。昨年、訃報に接して、忘れ得ぬ出会いが蘇ってきてならなかった。謹んで哀悼の意を捧げたい。
 「仏教伝来」が代表作の一つである平山画伯は、命を賭して、仏教を西から東へと伝えた先達への思いを通し、ご自身の画家としての真情を述懐された。
 「命がけで求めないと先人の苦闘の本当の心境が分からない」 「一切の根源にあるものをつかみたい」
 仏法の「不惜身命」にも通ずる気迫であられた。
 求道心みなぎる芸術、そして戦いの心が脈打つ文化こそが、何ものにも朽ちない不滅の輝きを放つのだ。
 芸術部、学術部、ドクター部、文芸部をはじめ、「創価文化」を担い立つ栄光の旗手たちよ!
 君たちのたゆまぬ挑戦の勇姿が、私たちの何よりの誉れである。
 そしてまた、広宣流布という文化興隆の歴史を開いてこられた父母の誇らしげな顔は、どんな芸術家のそれにも増して美しい。
 ゲーテは詠んだ。
 「われらの上には
  真の友情が輝く。
  ごらん、
   新たなる年がきて
  われらもまた
  新しくなっている」
 さあ、妙法の芸術家よ、大文化の英雄たちよ!
 色褪せることなき、人生の大勝利の絵巻を!
 民衆の栄光の讃歌を全世界の友と歌い上げるのだ!
 そしてまた、使命も深き「創価」の宝冠を戴く偉大な同志たちよ! 生命歓喜の勝鬨で、至高の芸術と輝く人生を飾れ!
 おお! いかなる苦難にも負けず、生き生きと戦い勝ちゆく生命は美しい!

 人生も
  また青春も
   悔いはなき
  魂《こころ》の舞の
    君の勝利を


 ゲーテの言葉は最初が『ゲーテ全集1』「新年に」片山敏彦訳(改造社)=現代表記に改めた。二番目は「新年に」の別訳で、『ゲーテ全集1』松本道介訳(潮出版社)。キーツは『対訳キーツ詩集』宮崎雄行訳(岩波書店)。薄田泣菫は『泣菫随筆』谷沢永一・山野博史編(冨山房)。ベートーベンは『ベートーヴェンの言葉』津守健二訳(朝日新聞社)。デンマークの作家の言葉は『文化の擁護 1935年パリ国際作家大会』相磯佳正他編訳(法政大学出版局)。
2010-01-24 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.2

随筆 我らの勝利の大道 No.2 (2010.1.9付 聖教新聞)

今日も元気で!

旭日の如く勢いよく前進!
満月の如く完勝の一年に!


創価の母に幸福と平和の花を!
女性の勇気とこそ世界を変える力だ


 母ありて
  婦人部ありて
   広布かな

 2010年──我らの 「創立80周年」の元朝は、神々しき天空の劇とともに明けた。
 快晴に恵まれた東京の「日の出」は午前6時50分であった。「月の入り」は午前7時3分である。
 東天に、初日の出の黄金の光が走った時、西の空には、白銀の満月が笑顔を浮かべていた。
 すでに、元日の新年勤行会の尊き役員のメンバーが行動を開始してくれている時間だ。北日本や日本海側などでは大雪に見舞われており、私と妻は、絶対の無事故を懸命に祈らずにはいられなかった。
 信濃町の学会本部にも、創立80周年を祝賀して、多くの方々がお越しくださった。皆様の真心に感謝は尽きない。
 有名な「十字御書」には、深き信心で正月を祝う女性の功徳について、仰せである。
 「月の西より東をさしてみつがごとく・日の東より西へわたりてあきらかなるがごとく・とく(徳)もまさり人にもあい(愛)せられ候なり」(御書1491㌻)
 全世界の創価の母たちが、元初の旭日が昇りゆく勢いで、「健康前進」の一年であっていただきたい。
 そして、満月の光が充ちあふれてゆくような「幸福勝利」の一年であれ!

美しき蘭のしおり


 今日もまた
 今日もまたと
  歴史かな

 創価家族の先頭に立って、わが婦人部大会(グループ総会)が、地域の友人の方々もお招きして、にぎやかに、意気高らかに行われている。
 グループ総会といえば、25年前(昭和60年)の1月、妻が東京・新宿区内で行われていた総会に出席させていただいたことがあった。
 当時、全国で開催された総会では、「蘭」の写真を印刷した記念のしおりが、参加者に配られた。
 妻は挨拶の中で、しおりの写真を話題にした。
 蘭は絶壁の高所など極限の地にも咲く。その生命の美に迫り、対話し、命懸けの思いで撮影してきた写真家の努力があるからこそ、皆が感動するのですね、と語っていったのである。
 「私たちの活動も同じです。一人の人を思って、足しげく通う。その真心は絶対に通じます。だから、自分自身の生命が、この蘭の花のようにみずみずしく輝くんですね。一緒に頑張りましょう」
 「蘭」といえば、かつて妻と立ち寄った夜店で、何株か「折鶴蘭」を買ったことがある。
 50年ほど前で、確か180円だったと記憶するが、当時、住んでいた大田区小林町の自宅の小さな庭に植えてみると、増えること増えること──。
 そこで、この折鶴蘭を株分けして、地域の同志や友人にお配りしたのである。
 折鶴蘭が各家庭に根を張る様子を思い浮かべつつ、「そのご家庭に幸福が根づくように」との願いを託した。そして、実際、あの家にも、この家にも、大福運が広がっていくことが、私たち夫婦の何よりの喜びであった。
 時移り、今回の婦人部大会では、私と妻の名前がつけられた「ダイサク・イケダ・カトレア」と“香峯子蘭”の写真が印刷されたしおりが配られている。
 御書にも「蘭室の友」(同31㌻等)と記されているように、蘭は最も高貴な友情の花である。
 刷り上がったばかりのしおりを手にした私は、妻と共に早速、御宝前にお供えして、題目を唱えた。
 このしおりを受け取られた方々が、一人ももれなく、大功徳の花を爛漫と咲かせゆかれるように、真剣に御祈念したのである。
        ◇
 世界中
  この歌 歌いて
   広布あり
  皆様方を
    仏天 護らむ

 「創価の母」たちには、いかなる嵐も困難も朗らかに乗り越えてきた、力強い歌がある。
 婦人部の愛唱歌「今日も元気で」である。
 私の妻と姉妹の如く歩んできた多田時子さんが、全国の婦人部長の時に生まれた歌だ。
 それは、昭和43年の8月、東京・両国の旧・日大講堂で行われた婦人部幹部会の席上であった。披露してくれた創価の妙音菩薩たる「白ゆり合唱団」の澄んだ歌声は、今なお私の胸に響いている。
 誕生から40年以上の歳月を経ても、この歌の弾けるような生命力は、まったく変わらない。
 偉大なる庶民の母、平和の母たちは、この歌とともに、崇高なる広宣流布の大道を歩んできた。そして、世界第一の「女性の平和スクラム」と光る婦人部を築き上げてくれたのである。
 歌声に国境はない。今や広布の母たちが歌い続けた「今日も元気で」のメロディーは、海を越えて、アメリカ、ブラジル、パナマ、韓国など、世界中に広がっている。
        ◇
 満足の
  今日も明日《あす》もと
    師弟不二

 邪悪な法盗人《ほうぬすびと》の“衣の権力”の暴風が吹き荒れた昭和54年、嫉妬に狂った宗門は、師弟の絆に狙いを付け、私と同志の間を引き裂こうとした。
 自由に会合に参加できない私に代わって、可能な限り、妻にはさまざまな集いに出席してもらった。5月27日、横浜市神奈川区で行われた大ブロック(地区)の婦人部総会も、その一つであった。
 その会場でも、「今日も元気で」を、皆が意気軒昂に歌っておられたと妻から聞いた。
 参加者の中には、父親が脳梗塞で倒れ、医師から死の宣告を受けたばかりのご婦人もおられたようだ。
 妻は、「負けないで頑張ってくださいね」と、お見舞いに袱紗を託した。その話を伺い、私も妻と一緒に題目を送り、何があっても創価学会から離れなければ必ず幸せになれる、と激励させていただいた。
 嬉しいことに、このお父さんは、2年後に職場復帰を果たされ、17年余、「更賜寿命」の実証を美事に示されたとお聞きしている。創価とともに、健気な父娘は常楽我浄の勝利の劇を飾られたのだ。
 ともあれ、「常勝関西」をはじめ、全国のあの地でもこの地でも、尊き仏である婦人部の皆様方は、誰が何を言おうが、この歌を声高らかに歌いながら前進してくれた。
 私の姿が見えようが見えまいが、歌を通して、いつも不二の心で戦い続けてくれたのだ。
 暗雲を払いゆく学会の反転攻勢の戦いも、「創価の母」たちの大合唱とともに始まったのである。
 無冠の母の歌声は、なんと強く、なんと正しく、なんと朗らかなことか!
 この民衆の希望と正義の音律を一段と晴れがましく轟かせていくところに、広宣流布の実像もあるのだ。

闘う我らの心意気

 ♪あかるい朝の
    陽をあびて
  今日も元気に
    スクラムくんで
  闘うわれらの
    心意気……

 歌詞の1番には「闘うわれら」とある。「私」一人でなく「われら」である。
 そこには「同志と共に」「師と共に」という心意気が脈打っている。
 それは、共々に、人類を幸福と平和へ導く、広宣流布の大願に生き抜くことである。
 その具体的な実践とは、目の前の「一人」を励ますことだ。誠実に、「一対一」の対話と友情を広げることだ。
 「広宣流布は婦人の手で」──これが、恩師・戸田城聖先生の心であったし、私の願いである。
 この師弟の一念に呼応し、婦人部は勇気凛々と、立ち上がった。そして、広宣流布の花のヒロインとして、妙法を全世界へ弘めてくださった。
 この方々こそ、真の生命の貴婦人であられる。私は若き日に、万感を込めて記した。
 「庶民の中に生き、数多くの折伏をしぬいている婦人の方が、幾百倍も偉きことよ」
 水の如き信心で、こうと腹を決めたら一歩も退かない。これが「信心第一」のわが婦人部の強さだ。
 勇気ある女性の声こそが、地域も社会も、変革していくのだ。
 それは、未来永劫に変わらないと確信している。

幸せ求める幾山河

 ♪真昼の太陽
    身に受けて
  汗にまみれて
     ペダルもかるく
  幸せ求める
    幾山河……

 歌詞の2番には、「幸せ求める幾山河」とある。
 「一家和楽」といっても、実際は、山あり谷ありの「幾山河」である。
 あの池上兄弟は、悪坊主にたぶらかされた父親から勘当などの迫害を受けた。
 その兄弟の夫人たちに、日蓮大聖人は、いざという時こそ、勇気を奮い起こして、「末代悪世の女人の成仏の手本」(御書1088㌻)を示しなさいと、大激励なされている。
 夫や同居家族が信心反対で、苦労されている方もいらっしゃるだろう。
 「父だけは、まだ信心が出来ないのです……」
 ある時、思い詰めたように一人の婦人が言われた。
 私は即座に答えた。
 「いいよ、いいんだよ。
 慈悲だよ。それはお父さんの慈悲だ。あなたを慈悲深い人にするためにね」
 身近な人ほど、信頼を勝ち得るまでに長い時間を要する場合がある。しかし、信心に反対だからと、喧嘩したり、対立したりする必要はまったくない。
 灯台は、たとえ一本でも、無数の船を安全な航路に導くではないか。
 勇気ある信心に立ち上がった人が一人いれば、家族も眷属も、必ず前進勝利の生命の軌道へ、リードしていくことができるのだ。
 この人だけは、どうせ信心しないだろうなどと、決めつけてもならない。
 相手ではない。自分である。親子として、夫婦として、自らが思いやりの深い、信頼される存在となることだ。
 人は人間の関わりのなかで成長する。それは、家族であっても変わらない。人との関わりが、生命錬磨の修行だからである。
 人生に平坦な道のりなどない。しかし苦しんだ分だけ、自分が幸せになれ、人を幸せにできるのが、仏法である。
 家族の理解を深めるため、どれだけの母たちが悩み、必死の努力を重ねておられるか。私の心から離れることはない。このいじらしき母たちが胸を張って誇れる創価の城を、私は築き上げてきた。

あすへの希望広げ


 ♪きらめく星を
    あおぎみて
  心に誓う
    世紀のいくさ
  あすへの希望を
    かぎりなく……

 もう一点、強調したいのは「後継の育成」という観点である。「あすへの希望」を広げゆくなかに、未来を担う後継者の育成が含まれてくるからだ。
 そこでカギとなるのが、各家庭における「信心の継承」である。その意味で、一家の太陽である婦人部の皆様が、どれほど重要か。
 昭和38年の2月、私は「婦人部に与う」と題して綴った。
 「広布達成まで、陰の婦人の不退転の信心が、夫を、子らを支えていく、盤石なる信心であっていただきたい」
 母は一家の船長であり、操縦士である。
 婦人が勇敢にして聡明な信心を貫けば、家庭は必ず変わる。家庭が変われば、近隣が変わり、地域が変わる。社会が変わり、ひいては人類も必ず変わっていく──これが「人間革命」の方程式である。
 一人暮らしの婦人部の方も、子どもや夫がいない婦人部の方々もおられる。しかし、皆が「広布の母」であり、「人類の太陽」なのである。
 このたび、少年少女部を壮年部、婦人部の皆様方に担当していただくことになった。なかんずく、婦人部の皆様方は、家庭そして地域の“信心の母”として、後継の育成をくれぐれも宜しくお願いします。
        ◇
 昇りゆく
  朝日の幸を
    身に受けて
  君よ舞いゆけ
    劇の如くに

 本年、結成30年を迎える女性平和委員会の代表から、先日、アメリカの人権の母エレノア・ルーズベルトのサインが記された貴重な本『生きる姿勢について』をいただいた。
 その本に、素晴らしい言葉があった。
 「もっともありそうもない状況のもとでも、人にやる気さえあれば、自分を作り変えることも、自分の世界を作り変えることも、できる」
 「生命の尊厳」「平和の文化」を育む女性の役割が、いかに大きいか。
 一人の女性の前進は、新たな歴史を開く力である。
 ましてや、私利私欲を求める自己中心主義が世界に蔓延する時代である。そのなかで堂々と、他者に尽くしゆく人生を歩む、わが婦人部の皆様の存在が、どれほど世界の尊貴な希望と輝きわたっていることか。
 地域部や団地部、農漁村部や離島部でも、婦人部の皆様の健闘が光っている。
 東京の荒川文化会館の地元でも、「地域友好の模範を」との私の期待に応えて、皆が生き生きと貢献を重ねてこられた。
 鼓笛隊出身の婦人リーダーの方は、町会の役員をはじめ、地元の青少年対策地区委員会、更生保護女性会の理事、保護司など、7つの役職を担い立って、元気いっぱいの笑顔で、地域を駆け回っておられる。
 この創価の賢者たちの合言葉は、「わが地域を大切に! わが地域の友を大事に! 仲良くすれば仏縁は広がる」である。
        ◇
 以前、フィリピンの名門キャピトル大学の創立者であられる、偉大な母ラウレアナ・ロサレスさんが語ってくださった。
 「創価の女性が人類の女性の半分を占めれば、世界は平和になるでしょう」
 わが創価の婦人部が毅然として健在である限り、21世紀の未来は盤石なのである。

“最後まで徹して”

 創価女子短期大学には、大科学者マリー・キュリーの像が、向学の乙女たちを見守っている。
 このキュリー家の人びとに深い影響を受けた一人が、日本女性初の物理学者として知られる湯浅年子さんである。
 湯浅さんが生まれたのは100年ほど前の明治42年(1902年)。
 まだ、男性が女性を従属させているような時代において、「勇気」をもって勉学の道を切り開いた。そして「自分自身のためでなく、科学の進歩のために」と「希望」を掲げ、生涯を研究に捧げたのである。
 その彼女の座右の銘は、「最後まで徹底的に」──という「執念」であった。
 勝敗を決するのは、最後の最後の仕上げまで戦い抜く、勝利への一念である。
 毎朝、太陽とともに、「今日」の一日は始まる。
 創価の創立80周年は、尊き「太陽の母たち」と一緒に、一日一日を断固と勝ち開いていくのだ。
 大切な大切な母よ、今日も朗らかに!
 宝の中の宝の創価の婦人部よ、今日も元気で!

 地道なる
  労苦の日々も
   妙法に
  生きゆく貴女《あなた》の
    功徳は無量と


ルーズベルトの言葉は『生きる姿勢について』佐藤佐智子・伊藤ゆり子訳(大和書房)。湯浅年子は山崎美和恵著『パリに生きた科学者 湯浅年子』(岩波書店)。
2010-01-10 : 随筆 我らの勝利の大道 :
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池田大作 名言100選

池田大作 名言100選
  中央公論新社 2010.1.10刊 ¥1155(税込)

第1章 希望の明日へ


 希望/幸福/勇気/偉大な人/青年/信義を貫く/滝の如く/友情/努力/忍耐/自分が変わる/励まし/人生の賢者/思いやり/恩と感謝/あいさつ/言葉への気遣い/ユーモア/賢い食生活/何のため/仲良く/美しく老いる/笑顔

第2章 人生と社会

 使命/まず自分/信用こそ財産/正義/人を育てる/人事/勝利/信念の力/建設は死闘/仕事/負けない/桜梅桃李/苦難/優秀な人/謙虚/師弟/リーダーと私心/人間の価値/読書/歴史

第3章 女性と教育

 女性の力/女性の生き方/恋愛と結婚/夫婦/母/無限の財宝/本来の美しさ/親子と家庭/教育の使命/教師の役割/「いじめ」を考える/大学/現代社会と教育

第4章 生命と哲学

 生命の尊厳と死生観/思想と哲学/指導者の哲学/善悪の基準/宗教の原点/宗教の使命/信仰と知性/信教の自由/国家主義は宗教/宗教間対話/仏法の知見と人間革命

第5章 平和と文化

 芸術/詩人/文学/音楽/写真/宇宙との語らい/文化/文化交流/対話/活字文化/差別/人権/戦争は絶対悪/平和を考える

第6章 現代と世界

 欲望の克服/科学万能主義の限界/現代文明の欠陥/拝金主義/知識と智恵/無力感、無関心/環境問題/テロと暴力/核兵器の廃絶へ/人類の議会「国連」/農業を考える/政治と権力/高齢化社会/死刑を考える/アジアのなかの日本/マスコミと言論/民主主義/世界市民/平和憲法
2010-01-07 : 箴言・短文指針 :
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新年の歌・メッセージ

新年の歌

三代の
 師弟の法戦
    八十年
 人類平和の
   黄金《きん》の柱と

千万の
 同志と叫ばむ
  勝鬨を
 福智は無量の
   座談の力で

全世界
 踊り出でたる
   若人と
 創価の未来を
  断固と勝ちゆけ

     2010年元旦(2010.1.1付 聖教新聞)

金剛の
 仏の生命《いのち》を
  開きゆけ
 誓いの闘争
  師子と走りて

世界一
 華陽のスクラム
   朗らかに
 勇気と智慧の
  金声《きんせい》ひびかせ

師弟不二
 無敵の記別を
  いま君に
 断固 勝ち抜け
   常勝創価と
 
   2010年 元旦(2010.1.1付 創価新報)

大聖人
 仰せのままの
   行学に
 励み 出《いだ》せや
   仏の力を

妙法の
 当体蓮華の
   わが生命《いのち》
 濁世に光りて
   勝利の大花《たいか》と

世界まで
 広宣流布の
   誓願を
 共に果たさむ
  師弟の歓喜よ

   2010年 元旦(2010.1月号 大白蓮華)


新年メッセージ (2010.1月号 グラフSGI)

生命の世紀へ 平和の世紀へ

 新年、誠におめでとうございます。世界192力国・地域の友と友が、新しい一年も、元初の生命を光り輝かせながら、心を一致させて人類の平和を祈り、わが社会へ貢献の行動を開始されております。
 まさに、釈尊が、そして日蓮大聖人が御遺命された一閻浮提広宣流布の基盤は、完璧に出来上がりました。すべて、あらゆる三障四魔を乗り越えながら、戦い抜いてこられた尊き地涌の宝友のお陰です。
          ◇
 本年は、広宣流布の歴史上、幾重にも大きな意義を刻む一年であります。
 「地球上から悲惨の二字をなくしたい」と叫ばれた、恩師・戸田城聖先生の生誕110周年にあたります。
 そして創価学会の創立80周年であり、さらにまた、わがSGI(創価学会インタナショナル)の結成から35周年の佳節でもあります。
 御聖訓には「うれしきかな末法流布に生れあへる我等」(御書1439㌻)と仰せであります。
 「今この時に巡りあえたことは、なんと嬉しきことか」と、一段と喜び合い、励まし合いながら、無上の誓願の人生を共々に張り切って勇猛精進していこうではありませんか!
          ◇
 大聖人は、「法華経の大白法の日本国並びに一閻浮提に広宣流布せん事も疑うべからざるか」(同265㌻)と宣言なされました。
 この大偉業を実現するために、勇気の一歩を踏み出し、信念の対話に徹し抜いてきたのが、創価の師弟であります。
 世界広布といっても、具体的には目の前の一人を励ますことから始まります。
 一人一人が、自らの尊極の生命に目覚め、仏の智慧と仏の力を生き生きと開き切つていく──ここに法華経の根本精神があるからです。
 50年前(1960年)の10月、初めて訪問したアメリカには、第2次世界大戦後に結婚し、日本から渡ってきた多くの女性がいました。多くの方が異国での生活に疲れ果て、「故郷に帰りたい」と嘆いていました。私はその苦悩に耳を傾け、一人また一人と、全精魂を込めて激励を重ねました。
 「人を羨み、自分を卑下してはいけない。皆さんには偉大な使命がある。仏法の眼から見れば、一国の女王にも勝る尊貴な存在なのです。信心で、わが胸中に赫々たる“幸福の太陽”を昇らせていくのです」と。
 わが友は真剣に応えてくださった。そして、誇り高き使命に目覚め、毅然と立ち上がっていかれたのであります。
 「二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり」(同1360㌻)と御書に仰せの通り、宿縁深き地涌の菩薩たちが、世界広布の崇高なパイオニアとなっていったのです。
 この24日間に及んだアメリカ、カナダ、ブラジルの3力国への訪問で17地区が結成され、ブラジルとロサンゼルスに支部、南北アメリカに総支部が誕生しました。それは、世間の耳目を集めることもない、いわば大海原に投じられた小さな一石であったかもしれません。
 けれども、日蓮仏法を根底とした世界平和への万波は、確かに、この一波から起こされたのであります。
         ◇
 それから半世紀──。一人また一人と、「不軽菩薩」の実践そのままに粘り強く重ねてきた励ましと対話のネットワークは国境を超え、民族を超え、あらゆる民衆を結びました。
 なかでも、男女青年部の目覚ましい成長と、凛々しき躍動の姿は、世界のSGIメンバーにとって、大いなる喜びであり、希望の太陽であります。
 女子部の「池田華陽会」の花のスクラムも、じつに朗らかで美しい。
 アジアで、アフリカで、ヨーロッパで、南北アメリカで、オセアニアで──あらゆる地域で、創価の若人が活躍し、師弟の大道を晴れ晴れと前進しています。
 私が対談集を発刊した、ブラジルの大天文学者モウラン博士は語られました。
 「人間が生まれもつ能力は、師弟の関係において、最も強く、崩れない花を咲かせます。師弟こそ、人間の最も正しい軌道であると思います」
 師弟という「人間の絆」「生命の鍛錬」があればこそ、人は自身の小さな殻を破り、成長していくことができる。わが宿命を転換し、地域においても、社会においても、偉大なる勝利と栄光の花を咲かせていくことができるのです。
 私は、恩師の遺言であり悲願であった、核兵器の廃絶を、長年にわたり、「SGIの日」の記念提言などを通して、繰り返し、世界に訴えてきました。
 国際社会が、今、「核兵器なき世界」に向けて、地球平和の創造へ、新たなー歩を踏み出したことは、世界の潮流が、いよいよSGIの志向する「生命の世紀」「平和の世紀」へ、大きく動き出した兆しであると、私は確信しております。
 世界には、いまだ多くの難題が山積しております。しかし、平和の実現にせよ、環境や経済の問題にせよ、一切のカギとなるのは、「これは不可能だ」「仕方ない」という“あきらめ”や“既成概念”を打破していくことにあります。
 人間が生み出した問題を、人間が解決できないわけはないのです。
 人間の持つ無限の可能性を、いかに引き出し、開花させ、人類の幸福のために、生かしていくか。 SGIの哲学は、それを可能にしゆく「希望の哲学」であり、「勇気の哲学」であり、世界の民衆を救済しゆく「慈悲の哲学」であります。
         ◇
 焦点は「青年の育成」です。新しき人材の育成に全力を注ぎながら、皆が若々しき「青年の魂」で、すべての戦いに挑戦しながら、所願満足の悠々たる大境涯を勝ち開いていこうではありませんか。
 この一年、全世界の敬愛する同志の皆様が、諸天の加護と無量の福徳に包まれ、無事故・安穏な日々を送りゆかれんことを、妻と共に心からお祈り申し上げます。そして、「創価の大使命は、世界の平和、広宣流布なり。一日一日、躍進を! 一日一日、完勝を!」と申し上げて、私の新年のメッセージとさせていただきます。

           2010年 元旦
2010-01-01 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 我らの勝利の大道 No.1

随筆 我らの勝利の大道 No.1 (2010.1.1付 聖教新聞)

私の創立80周年

共々に偉大な「人間革命」の一年を!
「大願」は広宣流布! さあ前進だ‼


 元日や
  師弟の道は
    晴ればれと

 学会創立80周年の青空に、栄光の旭日が昇った!
 元朝の光に照らされ、彼方には、白雪の富士が王者の如く輝きわたる。
 民衆詩人ホイットマンの力強い歌が聞こえてくる。
 「徒歩で、陽気に、わたしは大道を歩き出す」
 「さあ、出発しよう! 君が誰であろうと来てわたしと一緒に旅をするのだ!」
 歩いた分、前進できる。
 進んだ分、道が広がる。
 学会は永遠に前進する。世界に、幸福と平和と勝利の大道を広げていくのだ!
        ◇
 「新春の御慶賀 自他幸甚幸甚」(御書1002㌻)
 日蓮大聖人は、ある年の正月、身延の地で、門下への御手紙に記された。
 新春を明るく寿ぎ、自他共に喜び勇んで、張り切って出発する。この御文通りの姿が、創価の新年勤行会である。
 御聖訓は、さらに続いて、「そもそも、俗諦(世間の道理)の中においても、真諦(究極の真理)の中においても、勝負をもって要《かなめ》とする」(通解)と仰せである。
 世間法はもちろんのこと、仏法においても、その肝要は「勝負」にある。
 仏法も、人生も勝負だ。一日一日が勝負であり一年一年が勝負である。断じて勝たねばならない。断固として勝ち抜くことだ。必ず勝つための信心である。
 創立80周年──この1年の勝負も、我らは「法華経の兵法」で勝つのだ。
        ◇
 「八十」といえば、仏法では、仏・菩薩は「八十種好」という優れた相好《そうごう》を持つと説かれる。大聖人は、この荘厳な姿とは、凡夫の肉身なりと洞察された。
 「父母果縛《かばく》の肉身の外に別に三十二相・八十種好の相好之れ無し即身成仏是なり」(同814㌻)と仰せの通り、本有の我が生命が即、仏の尊極の威光を具える。これが、日蓮仏法の極意である。
 この本義に立てば、八十種好とは、広宣流布に戦う皆様方の生命の輝きにほかならない。
 たとえば、八十種好の姿として「身は潤沢なり」「一切の悪心ある衆生も見る者は和悦《わえつ》す」とある。これは、無作の高貴な姿で、あらゆる人びとを味方に糾合しゆく、創価の太陽・婦人部の形容とも拝される。
 「光、身を照らして行く」は、わが地域・社会を厳然と照らして闊歩する「黄金柱」の壮年部であろうか。
 「身は浄潔なり」とは、法華経の「如蓮華在水」の経文の如く、濁世のいかなる悪にも染まらず、“華陽”の花を咲かせゆく清新の女子部である。
 「牙は利《するど》し」は、破邪顕正の言論の牙を鋭く磨いた男子部・学生部の若き師子の象徴といえようか。
 ともあれ、妙法を唱え、広宣流布に励みゆく汝自身の生命が、どれほど尊貴であるか。まだまだ出し切れていない仏の力がある。もっともっと発揮できる仏の智慧がある。
 我らの創立80周年は、一人ひとりが、本有の仏の生命を思う存分に開きゆく年である。なんの遠慮もいらない。自らの八十種好の人格の光彩を、生き生きと輝かせ切っていくのだ。
        ◇
 初日の出
   若き心に
     黎明を

 50年前(昭和35年)の元朝、小さな小さな我が家で、家族そろって勤行をしながら、私は妻と共に、新たな一年の勝利を深く誓った。全学会員の「いよいよの信心」と「幸福」と「躍進」を懸命に祈った。全日本、全世界に大地震等がないよう、平和と安寧を祈りに祈った。
 一切は「誓願の祈り」から始まる。その元初の祈りを、一日一日と、自分の行動に血脈として通わせていくのだ。
 日蓮仏法は「因果一念」である。生命の奥底に固く決定した一念自体が、すでに「勝利」であり「完勝」なのだ。
 この昭和35年の聖教新聞の新年号に、私は「年頭のことば」を寄せた。
 “本年12月31日の勤行の際、一人ひとりが御本尊に、かく向上し、成長しましたと、ご報告でき得る一年の修行でありたい”と。
 この年の5月3日に、戸田城聖先生の不二の直弟子として、私は第3代会長に就任した。そして新たな世界広宣流布の道を開き、勝って迎えた年末、師匠への報恩感謝を胸に、ご報告申し上げた。
 「会長就任の年を完勝しました! 明年もさらに飛躍してまいります!」
 あれから半世紀──今、猛然と若き弟子たちが立ち上がってくれている。
 「戸田先生! わが創価の後継の陣列は、創立80周年を美事な完勝で飾りました。広宣流布の未来は盤石です!」
 私は、会長就任50周年の年の最後に、こう晴れ晴れと、ご報告申し上げる決心である。
        ◇
 昭和40年の元日付の聖教新聞から、私は平和への決意を込め、小説『人間革命』の連載を開始した。おかげさまで、この正月で45周年となった。読者の皆様の温かなご支援に心から感謝申し上げたい。
 現在の『新・人間革命』まで変わらぬ主題は、「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」である。
 思えば、恩師・戸田先生は新春を迎えるたび、「今年こそ、今年こそ」と、新たな山に挑んでいかれた。一年一年が、偉大なる人間革命の勝利の劇であられた。
 私も一段と深く、「今年こそ!」と心に期している。
 それでこそ、日蓮大聖人が「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり」(御書1451㌻)と教えられた覚悟に、連なっていけるからだ。
 「師弟不二」とは、師匠の大境涯を仰ぎつつ、「月月・日日に」(同1190㌻)自分自身を人間革命することだ。弟子の「人間革命」によって、地域・社会をも動かし、人類の幸福と平和に寄与していけるのだ。
 イギリスの詩人ポウプは、「個々が強力となることが、全体にとって必要であり、個々が幸福であるに応じて、全体もまた幸福である」と言った。
 その通りである。「一人」が強くならねばならない。君自身が強くなり、人生を勝つのだ。他人ではない。自分がどうかである。
 ゆえに私は、わが同志《どうし》に、「この一年、汝自身の偉大な『人間革命』の歴史を!」と強く祈り、叫びたい。
        ◇
 偉大な「人間革命」を成し遂げる要件は、何か。
 それは、第1に「師弟」の原点に立つことだ。
 「師匠は大地の如し」(御書900㌻)だ。小さな種が、天にも届く大樹へと革命的に成長する。それは、原点の大地にしっかりと根ざすからこそだ。
 第2に、勇気に燃えて「大願」を起こすことである。
 蓮祖は「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(同1561㌻)と仰せだ。
 どんなに現実が厳しくとも、負けじ魂を燃やして、大きく祈るのだ。広宣流布の「大願」に立つのだ。
 その勇気が、小さな自分の殻を必ず破る。
 そして第3に、たゆみなき執念の「前進」だ。
 御文には「いよいよ強盛に大信力をいだし給へ」(同1192㌻)とある。いよいよ「師子王の心」を取り出して、惰性と戦い、諦めと戦い、三障四魔を一つ一つ打ち破っていくのだ。
 “常勝関西”の功労深き90歳のお母様からいただいたお手紙を、妻は大切にしている。そこには、こう綴られていた。
 ──地域で出会う方々から「お元気ですね」と驚かれるたびに、申し上げています。
 「私は、信心のおかげで元気です。学会には師弟があります。ですから向上できます。若い青年部、女子部がおり、みな私の友だちです。世界にも、多くの学会員がおります。世界中の方々の体験を聞かせてもらえるので、年をとっても、私の心は青春です」
 そう会う人ごとに語りながら、楽しく仏縁を広げております──と。
 創価の母は、あまりにも気高い。この母たちが最高の笑顔で喜んでくださる「常勝」の花の冠を、我らは捧げたい。
        ◇
 堂々と
  青春乱舞の
     勝利道

 あの源義経が歴史の表舞台に登場したのは830年前(1180年)。義経は22歳であった。
 彼の名将たる所以は、人が不可能と諦めた“先入観の壁”を打ち破る勇気と妙策、そして一歩も退かずに攻め抜く“超攻撃型”の戦い方であったと言われる。
 今、私には、妙法の名将の後継たる、男子部・学生部がいる! 世界に友情を広げゆく“華陽”の乙女たちがいる!
 わが師・戸田先生が生誕された110年前、自由を求める乙女が毅然と叫んだ。
 「闘わないで、どうして打ち勝てるというのでしょう。求めずしてどうして得られるというのでしょう」──インドネシアの女性解放の先駆者カルティニの言葉だ。彼女は、どんな苦難でも乗り越える力を持っていると胸を張った。
 若き友よ、乙女たちよ!
 君たちの時代だ。躍り上がる勢いで、自身の偉大な闘争を開始するのだ!
        ◇
 この1月が生誕150周年となる、ロシアの作家チェーホフは呼びかけた。
 「進め! ほらあの遠くに輝く明るい星をめざしてまっしぐらに進むんだ!」
 完勝の一番星は青年だ。
 大文豪ゲーテは、「若い人を私は欲しい」と語り、弟子たちに英雄ナポレオンの金言を示した。「人材に道をひらけ!」と。
 私も、心から訴えたい。
 「青年に道を開け!」
 そして、「青年よ、勝利の大道を開きゆけ!」と。
 我らの威風堂々の前進とともに、無限に道は広がっていくのだ。創価完勝の広宣流布の大道が!
 進もう、わが同志《どうし》よ!
 断じて勝とう!
 わが愛する弟子たちよ!

 元旦に
  勝利 勝利の
      道 開け


 ホイットマンの言葉は『詩集草の葉』富田砕花訳(第三文明社)。ポウプは『人間論』上田勤訳(岩波書店)=現代表記に改めた。カルティニは『暗黒を越えて』牛江清名訳(日新書院)=同。チェーホフは『チェーホフ全集11』所収「桜の園」松下裕訳(筑摩書房)。ゲーテはエッカーマン著『ゲーテとの対話』山下肇訳(岩波書店)。
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