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随筆 人間世紀の光 No.213=完

随筆 人間世紀の光 No.213=完  (2009.12.29付 聖教新聞)

創価の正義のスクラム

「異体同心」の信心に 勝利あり
勇んで民衆の中へ! 「対話」の花また華を‼


 断固して
  健康長寿を
   祈り 勝て
  仏天までも
    必ず護らむ

 それは50年前(昭和34年)の師走。
 「人生は、生き抜くことだ」と、私は日記に記した。
 「その原動力は題目だ」
 「妙法より頂戴した寿命──大切にして、生き、戦おう──」と。
 医師から「30歳まで生きられない」と宣告された私であった。しかし、恩師・戸田城聖先生のご逝去後の学会を担い、31歳の1年間を渾身の力で走り抜くことができた。師が「俺の分も生きよ」と、くださった命である。
 そして、さらに半世紀。全世界の同志の真心の唱題に包まれながら、私は、いよいよ壮健で、広宣流布の指揮を執っている。
 創価の師弟には、「更賜寿命」「宿命転換」の大功力が漲っているのだ。
 今、病気と闘う健気な友に広大無辺の生命力あれ! 病魔よ立ち去れ! と、私と妻は祈り続けている。
 日蓮大聖人は、病魔との闘争が続いていた富木尼御前に仰せになられた。
 「一日の命は三千界(=大宇宙)の財にもすぎて候なり」「而して法華経にあわせ給いぬ一日もい(活)きてをはせば功徳つもるべし」(御書986㌻)
 人生は生き抜くことだ。一日一日、断じて戦い抜くことだ。そして一年一年、断固と勝ち抜くことだ。
        ◇
 新たなる
  道を開けや
   広宣の
  使命の自覚を
     深く忘れず

 この一年、わが同志の皆様方の偉大な奮闘に、心から感謝申し上げたい。
 秋以来、中心者が新任になった組織も多い。新しい一歩が踏み出されている。
 組織は、生命体である。前進するか、停滞するか。人の心、とくに中心者の一念で大きく変わっていく。
 ゆえに、男女青年部はもとより、壮年も婦人も、フレッシュな「新人」の心意気で、新たな城の建設へ、祈り、行動しゆくことだ。
 英国の詩人ブラウニングの詩に、こうあった。
 「出来上がったものの上に安住するよりも 自ら造り上げることを期して、未熟な技に励むことこそ、青年には ふさわしい」
 「真剣」に勝る力はない。果敢に困難に挑め! これが若さだ。創価の青年だ。

「一は万が母」なり

 維新の大教育者・吉田松陰は、弟子に語っている。
 「一身一家より手を下し、一村一郷より同志同志
と語り伝えて、この志を同じゅうする者 日々盛んにならば、一人より十人、十人より百人、百人より千人、千人より万人」──と。
 いかなる運動も、一人が次の一人と同志の絆を結ぶことから始まる。その真の同志の輪が、歴史を変える潮流を起こしていくのだ。
 創価の人間主義の拡大も、この方程式である。
 「一は万が母」(御書498㌻)である。
 まず、誠実な対話で一人の友をつくることだ。その一人の先に、二人、三人、さらに十人、ひいては千万の友の笑顔の花また華が広がっていくのである。
 戸田先生は言われた。
 「仏法の英雄が集まった! 人間革命の英雄が集まった! 社会変革の英雄が集まった! 広宣流布の英雄が集まった!
 一緒に連戦連勝の人生を生き抜こう!」
        ◇
 インドの初代首相ネルーは師匠ガンジーを「すべての人たちを一つにつなぐ人」と讃え仰いだ。
 偉大な師弟を根幹とすれば、偉大な団結が広がる。
 17年前、インドを訪れた折、お隣ネパールから12人の友が駆けつけてくれた。
 この時、私は尊き使命の友に、「第一に仲良く、第二に仲良く、第三にも仲良く」と指針を贈った。忘れることはできない。
 嬉しいことに、ネパールもインドも、釈尊ゆかりの天地で、わが友は仏法の真髄たる異体同心の前進を、仲良く続けてくれている。
 「異体同心」とは、個人的な感情や好き嫌いなどに左右されるものではない。
 御聖訓に、同志は「仏の如く互に敬うべし」(御書1383㌻)と仰せだ。その姿は、法華経の宝塔品で、多宝如来が釈尊に半座を分かって並び座るように、あまりにも麗しい。この通りの尊極の仏の会座が、創価学会なのである。
 わが恩師は「戸田の命よりも大事な広布の組織」と言われた。学会は妙法流布を遂行する同志の結合だ。仏意仏勅の和合僧である。
 世間の上下関係や、親分子分の関係ではないのだ。
 もちろん、ありのままの人間の集まりである。なかには付き合いにくい人もいよう。それでも、「仲良くしていこう」というのが、日蓮仏法の精神である。
 大聖人は、短気で一本気な四条金吾が、同志と思われる夜回り(警備)の人たちと協調できないことを心配し、「いかに心にあはぬ事有りとも・かたらひ給へ」(同1172㌻)と御指導されている。
 「異体同心」を祈って、努力していくこと自体が、尊き仏道修行となる。互いに尊敬し合い、仲良く前進していく──そこに、妙法が脈打っていくからだ。
 「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して 異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か」(同1337㌻)
 異体同心の団結、そして師弟不二の結合のなかに、「万人成仏」の妙法も顕れ、赫々たる広宣流布の勝利が輝くのである。
        ◇
 副役職の方々をはじめ、中心者を支える先輩・同志は、「異体同心」の要だ。
 私は、蒲田支部の「二月闘争」の時も、さらに文京支部の「大前進」の折も、正役職ではなかった。副役職の支部幹事であり、支部長代理であった。しかし、「必ず日本一の支部長にします!」と、真剣に守り抜き、誠実に支え切った。
 心臓部は目に見えない。それでいて皆に力を送る。自分は脚光を浴びなくとも、友を盛り立てて、目覚ましい躍進を成し遂げていく人は、最も気高き陰徳を積んでいるのである。
 55年前の新春、恩師・戸田先生は不滅の一首を詠まれた。永遠に忘れてはならない学会精神である。

 妙法の
  広布の旅は
     遠けれど
  共に励まし
    共々に征かなむ

「地涌」の大力《だいりき》を!
 経文には、地涌の菩薩を讃えて、「日月の光明の 能く諸《もろもろ》の幽冥を除くが如く 斯の人は世間に行じて 能く衆生の闇を滅し」と説かれる。
 一切の闇を打ち破る地涌の大光で、今こそ社会と時代を照らすのだ。
 地涌の大使命を果たしゆく、創価の集いを見よ!
 ここに、上行・浄行・無辺行・安立行の四菩薩の大力も厳然と顕れている。
 群雲《むらくも》を見下ろし、先頭に立って道を開いていく──これが「上行」に通ずる。
 最高に清らかな創価の集いは「浄行」だ。
 この清浄なる集いが無限に広がる──それが「無辺行」である。
 そして、何ものにも揺るがぬ、威風堂々の前進は、「安立行」であろう。
 あらゆる壁を打ち破れ!
 本気で民衆の勝利を願った地涌の「行動」に、行き詰まりはないのだ。
        ◇
 創価の女性のスクラムは、人類の希望である。
 アメリカの未来学者ヘンダーソン博士も言われた。
 「社会を根底から変える力を持つのは“草の根”の力です。しかし、哲学を持たない運動は、情況の変化に左右されて、“根なし草”のように浮遊してしまいます。だから私は、哲学を持った創価の運動、とりわけ婦人の運動に注目しているのです」
 創立80周年も、世界一の婦人部がトップランナーとして、グループ単位で婦人部大会を開催される。常日頃の感謝を込めて、皆で成功を祈り応援したい。
        ◇
 インドネシアの信念の文豪プラムディヤは叫んだ。
 「みんなの気持ちがひとつになれば、なんだって可能なのだ。なんだって!」
 喜びは心を結ぶ。結ばれた心は、新たな力を得て、勢いよく弾ける。
 明年もまた、歓喜に溢れた「一閻浮提第一」の新年勤行会から出発しよう! そして痛快なる師弟の勝利劇を、断固と打ち立てていこうではないか!

 新しき
  正義と勝利の
     スクラムで
  完勝 飾れや
     偉大な同志《どうし》よ

 ブラウニングは『対訳ブラウニング詩集』富士川義之訳(岩波書店)。吉田松陰は『講孟余話』(岩波書店)=現代表記に改めた。ネルーはメンデ著『ネールは主張する』大山聰訳(紀伊國屋書店)。プラムディヤは『プラムディヤ選集6 足跡』押川典昭訳(めこん)。
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2009-12-29 : 随筆 人間世紀の光 :
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全国代表協議会

全国代表協議会      (2009.12.22 創価文化会館)

全同志に感謝! 広宣の大英雄 万歳‼

わが生命を赤々と燃やせ 心に響く熱い対話を
創立80周年へ 希望を持て 忍耐で進め
前進の人に勝利の栄冠


 一、本年も、わが学会は、仏意仏勅の広宣流布を敢然と成し遂げてきた。
 全国の同志の皆様に心から感謝申し上げたい(大拍手)。
 一年間、本当にご苦労さま! ありがとう!
 来年もまた、勝利を頼みます!〈「ハイ!」と会場から勢いよく返事が〉
 本年、生誕260周年を迎えた大文豪ゲーテは言う。
 「感謝しなければならぬ人と出あいながら、感謝をわすれていることが、どんなにしばしばだろう」 (大山定一訳「ゲーテ格言集」、『ゲーテ全集第11巻』所収、人文書院)
 その通りである。
 この一年、よく戦ってくれた同志、陰で支えてくれた方々に、心から感謝の声をかけていくことだ。決して当たり前と思ってはならない。
 声一つ、言葉一つで、人間の心は動く。その心が一切を決める根本だ。
 「心こそ大切」(御書1192㌻)である。「声仏事を為す」(同708㌻)である。
 一、最初に、恩師・戸田第2代会長の忘れ得ぬ指導を学び合いたい。
 恩師が晩年に、こうおっしゃった。
 「人生において大事なのは、希望だ。
 希望があれば、前進できる。何があっても戦える。生き抜いていける。
 そして、忍耐だ。
 忍耐なき人は、愚痴に負ける。
 前進している人は、息吹がある。朗らかだ。
 前進していない人は、暗い。侘しい。
 不退転の心で、朗らかに前進すれば、必ず勝利できるのである」
 この恩師が示した「希望」「忍耐」「前進」、そして「勝利」を合言葉に、晴れ晴れと、全員が、明年を勝ち飾っていこう!(大拍手)

戸田先生
「最も大変な所で活路を開け」


会員が中心!
 一、さらに恩師の指導を紹介したい。
 先生は最高幹部に対して叫ばれた。
 「大変なところ、人が嫌がるようなところで、うんと戦うのだ。そこに自分の勝利がある。そこで、広宣流布の勝利を開いていくのだ」と。
 大変な中で、勝利の活路を開いてこそ、リーダーである。同志の期待に応えていくのである。
 もしも幹部に気取りや威張りがあれば、真剣な同志の戦いの邪魔になるだけだ。
 また、幹部だからと思い上がって、信心を忘れ、道を踏み外して、真面目な会員を失望させるようなことは、絶対にあってはならない。くれぐれも心していただきたい。
 戸田先生は、こうも言われた。
 「負けるということは、恥である。どんな戦いも、絶対に負けるな! 御本尊に祈り抜いてみよ!
 今の20倍、そして、100倍の結果が必ず得られるのである」
 私も戸田先生のもとで、あらゆる戦いを勝ってきた。
 先生のおっしゃる通り、御本尊に祈り抜いて勝ってきた。
 私は一人立った。常に先頭を走った。
 真剣に語った。誠実を貫いた。
 行くところ、行くところで、「あなたなら信頼できる」「あなたなら応援したい」と言われ、多くの人を味方に変えていった。
 どうか、わが生命を赤々と燃え上がらせて、聞く人の胸が熱くなるような、心に響く対話を広げていってもらいたい。
 また、会合で話す際も、「きょうの話は聞いていて疲れなかった」「きょうの話は心に染みたな」と皆に喜んでもらうには、どうすればいいのかを真剣に考えることだ。それが自分自身の成長につながっていく。
 独りよがりではない、また「幹部中心」ではない、本当の「会員中心」の学会を、皆さんがつくっていくのである。

明年SGI発足35周年
太平洋戦争の激戦地・グアムで


冷戦の渦中に各国の首脳と
 一、さて、学会創立80周年の明年は、SGI(創価学会インタナショナル)の発足35周年でもある。
 この佳節を祝賀して、SGI発足の地であるグアム、そしてハワイで、盛大に祝賀行事が開催されることになっている。
 すべては、ナガシマ理事長を中心としたアメリカの同志のおかげであり、また世界広布に奮闘しゆく全世界の同志のおかげである。
 「本当にありがとう! ご苦労さま!」と深く深く感謝申し上げたい(大拍手)。
 太平洋戦争の激戦地・グアムの地でSGIが発足したのは、1975年(昭和50年)の1月26日。
 当時、東西冷戦、中ソ対立の渦中にあり、国際情勢は緊迫していた。その中を、私は、仏法者として、世界の平和と友好のために、各国の首脳と真摯に語らいを重ねた。
 こうした行動に込められた私の心を、誰も知る由はなかったであろう。しかし今、世界に対話の潮流は広がり、平和と文化と教育の連帯を築くことができたのである(大拍手)。
 〈SGI発足前年の1974年、名誉会長は中国を2度にわたり訪問。同年、ソ連にも足を運び、厳しく対立していた中ソ両国の間に「対話の橋」を懸けていった。
 続く75年の1月、ニューヨークの国連本部で、当時のワルトハイム国連事務総長と会談。青年部の手による核廃絶の1千万人の署名簿を手渡した。
 さらに同月、首都ワシントンDCでキッシンジャー国務長官と会見。こうして、国連及び米中ソの3力国の首脳に世界平和と軍縮を強く訴えていったのである〉
 一、大事なのは行動である。
 誰が見ていなくとも、地道に友と語り、友を励ましていくのだ。
 派手さはなくとも、地位とか肩書などなくても、尊き庶民の同志から慕われる、偉大な心の王者の人生を歩んでいくことだ。
 メキシコの20世紀の詩人オクタビオ・パスは歌った。
 「私は目の前の一人一人を信ずる。どの命も、一見、素朴に見えても、大英雄に劣ることはない」
 いわんや学会員は、一人一人が地涌の菩薩である。一人一人が広宣流布の大英雄である。
 全力で励まし、その力を引き出していくことだ。それがリーダーの責務なのである。

恩師との出会い

 一、「戸田大学」の卒業生──それが私の誇りである。
 青春時代、私は戦争のため、満足に学校に行けない状況だった。
 4人の兄は次々と戦地へ送られ、残った私は肺病で苦しんだ。
 戦後も混乱は続いていた。
 そんな時、19歳で戸田先生と出会った。
 1947年(昭和22年)の8月14日、座談会で初めて先生とお会いした。
 「池田です」──私の紹介を受けて、先生は言われた。
 「池田君は、幾つになったね?」
 初対面とは思えない、なんともいえない親しみを込めて、私に話をしてくださった。
 仏法の深遠な哲学は、まだわからなかった。しかし私は、戸田先生の人間性と、その率直な振る舞いに深い感銘を受けた。何より2年間、軍部政府と戦って牢獄に入った事実は決定的であった。
 この人についていこう!──そう心に決めたのである。
 その10日後に入信。やがて「私のところに来なさい」と言われて、21歳の時から戸田先生の会社で働くようになった。
 当時、先生は日本正学館という出版社を経営されていた。事務所は東京の西神田にあった。
 小さな建物で、3階建てだった。今、振り返れば、「戸田先生は、あんな狭いところで大号令を発していたのか」と驚くほど、質素な建物であった。

荒波を越えて
 一、ドイツの文豪ゲーテは、戯曲の中で、こう記している。
 「人格を磨くには世の荒波に揉まれねばなりませぬ」(成瀬無極訳「トルクヮートー・タッソオ」、『ゲーテ全集第13巻』所収、改造社)
 私の青春もまた、荒波の中での闘争の連続であった。
 戸田先生のもとで働き始めてからしばらくすると、経済の混乱にのまれ、先生の事業は破綻してしまった。多額の負債を抱えた。
 先生は大実業家だったが、長い獄中生活で、それまでの会社は皆、駄目になってしまった。
 戦後、新たな事業を起こされたが、時代の荒波には抗しがたかった。明日をも知れぬ状況だった。
 戸田先生は言われた。
 「広宣流布のために、“男の生きざまとはこうだ!”というものを、俺と大作の二人で、この世に残そうじゃないか!」と。
 先生をお護りするため、私はすべてをなげうって戦った。病をかかえ、弱い体だったが、先生を支え抜いた。先生の奥様も、私に「そばにいてやってください」と言われていた。
 戸田先生は私のことを心配され、「大作は30歳まで生きられない。私が無理をさせてしまった」と言って、慟哭された。
 どんな権力者も、どんな権威の人も恐れない先生だった。誰に対しても変わらぬ態度であった。
 不条理に対しては激怒された。
 そのすさまじさに、邪悪な人間は震えあがった。
 戦時中の軍部の弾圧にさえ屈しなかった先生である。
 肩書ではない。人間の中身を、まっすぐに見ておられた。地位や立場など、表面的なものに過ぎないと考えておられた。
 まさに正義の巌窟王であった。
 その剛毅な先生が、私の体を案じ泣いてくださったのである。私は、この偉大な師匠に仕えきってきた。
 牧口先生、戸田先生、そして私の三代で、完璧な師弟の土台はできあがった。
 このことを強く申し上げておきたい(大拍手)。

全同志を代表しての栄誉
 一、私は学業を断念せざるを得なかったが、戸田先生は「私が責任をもって教えてあげよう」と言ってくださった。「戸田大学」であった。
 今、私は全世界の大学等から名誉学術称号を受章している。
 これも仏法の眼から見れば、若き日に一切をなげうって師匠のため、広宣流布のために戦い抜いた一つの結果である。私は、そう確信している。
 また、かつてイギリスの歴史家であるトインビー博士と対談をした際、最後に博士がこう言われた。
 「あなたは私以上に、世界中から名誉博士号を受けることでしょう」
 本当に、その通りになった。博士も心から喜んでくださっていると思う。
 〈これまで名誉会長に世界の大学・学術機関から贈られた名誉学術称号は272。世界一の栄誉である。
 また、平和・文化・教育への多大な貢献を讃えて各国から28の国家勲章が授与されている。各都市から贈られた名誉市民の称号は660を超える。
 さらに国連平和賞や桂冠詩人・世界民衆詩人の称号、世界桂冠詩人賞のほか、ワイマール・ゲーテ協会の特別顕彰、「トルストイの時代」賞、タゴール平和賞など、偉人の名を冠した栄誉が贈られている。
 こうした顕彰の総数は4000を超える〉
 一、世界の各都市から贈られた名誉市民の称号をはじめ、数多くの栄誉は、すべて全同志を代表して頂戴したものである。
 すべて皆さんの子々孫々までの福徳となり、栄誉となっていくことは、絶対に間違いない。
 各国で、各地域で、模範の市民として平和と文化、教育の発展に尽くしゆくSGIの友の姿に、深い信頼と賞讃が寄せられているのである。一つ一つに、本当に大きな意味がある。
 日蓮大聖人は「法華宗の四条金吾、四条金吾と鎌倉中の上下万人、さらには日本国の一切衆生の口にうたわれていきなさい」(御書1118㌻、通解)と仰せである。
 仏法者として、また一人の市民として、「あの人は立派だ」「さすが学会員だ」と讃えられるようになっていかねばならない。
 世界から寄せられるSGIへの賞讃は、この御聖訓に示される通りの姿であると思うが、どうだろうか(大拍手)。

正義を叫び抜け 臆病者になるな
 一、私は青年時代、戸田先生や学会を中傷する者がいれば、即座に飛んでいって、厳重に抗議した。
 栃木などにも足を運び、学会の正義、師匠の偉大さを正々堂々と訴えた。
 そして最後には、認識を改めさせた。
 御聖訓には仰せである。
 「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(同1282㌻)
 大事なのは勇気だ。
 相手が誰であろうと、堂々と正しいことを言い切っていく。仏法の偉大さ、学会の正義を叫び切っていく。
 皆さんは、そうしたリーダーであってもらいたい。
 特に大切なのは青年だ。いよいよ青年を薫陶して、伸ばしていく時である。
 新時代を開きゆく、広宣流布の闘士の陣列を築いてまいりたい(大拍手)。

平和の大道を共々に
師弟不二の行動を世界が喝采


心を開けば友情が生まれる

 一、恩師の心をわが心として、私はこれまで、五大陸の54力国・地域を駆けた。「平和の種」「妙法の種」を蒔いてきた。
 明年は、世界への平和旅を開始してから、ちょうど50年。
 SGIの連帯は、192力国・地域にまで大発展した(大拍手)。
 海外の大学・学術機関から招聘され、記念講演を行ったことも懐かしい。〈講演はハーバード大学、モスクワ大学、北京大学、ボローニヤ大学、フランス学士院など、最高峰の知性の殿堂で行われ、計32回を数える〉
 会見した世界の指導者、識者は7000人を超えた。
 タイでは、国民から広く敬愛されているプーミポン国王と3度、お会いした。国王と私は同い年であり、思い出が深い。
 語らいの途中、私が「ご多忙であられることは、よく存じ上げております」と辞去しようとすると、国王は「いや」と押しとどめられる。会見は毎回、長時間に及んだ。
 ほかにも、大統領や元首級の多くの方々と交友を重ねてきた。
 〈今月9日、再会したゴルバチョフ元ソ連大統領は語っていた。
 「池田会長との友情を本当に大切に思っています。私たちの協力関係において、会長はエネルギッシュに、すべてを前へと引っ張ってくれています。これからも創造の才を発揮してください。会長の平和・文化へのリーダーシップに、私もついていきたいと思います」〉
 私は一対一の対話を重ね、人間主義の新世紀を建設してきた。
 若き皆さんもまた、この「対話と友情の大道」に、勇敢に続いていただきたい。
 心を開いて、人と会って語れば、必ず何かが生まれる。
 出会いが結実して、トインビー博士との『21世紀への対話』が生まれた。現在、世界の知性との対談集は50点を超えている。

活字文化は「精神の泉」「社会の光」
 一、明年は「国民読書年」である。
 わが国でも活字離れが進み、心ある人々は「活字文化の振興」を強く願っている。
 人間らしい社会を。胸躍るロマンを。危機を乗り越える英知を。人類を結ぶ哲学を──そのために私たちは出版活動に力を注いできた。
 この場をお借りして、関係者の皆様のご尽力に、心から感謝申し上げたい(大拍手)。
 〈トインビー対談は28言語で発刊された。本年の名誉会長の海外出版は12言語85点に及ぶ。総数は40言語1140点となった。
 なお、10月に発刊された小説『新・人間革命』の第20巻は、「単行本・ノンフィクション他」の年間第2位のベストセラー。『池田大作全集』は、「全集」部門で21年連続で年間第1位に輝いた(トーハン調べ)。
 また、国内外の新聞や雑誌からの要請に応えて寄稿。数多くの提言やコラム、インタビュー等を寄せている。
 名誉会長の活字文化振興への功績に対し、今月21日には出版取次大手の「株式会社 大阪屋」から「感謝状」が贈られた〉
 「哲学なき時代」にあって、活字文化こそ「精神の泉」である。「社会の光」である。
 ゲーテが望み、ユゴーが夢見た調和と共生の世界を、我らは、民衆の心の革命によって開いていきたい。

悪には強く 友には慈愛を 君よ勇気の指揮を執れ

歴史的な年が開幕
永遠の民衆城の大建設を


 一、なぜ、創価学会が世界中に広まったのか。
 哲学が深いからである。この仏法に絶対の力があるからだ。
 愚かな争いに翻弄される、人間自身を変革し、全人類の宿命をも転換させる。
 そのための根本の哲理を、心ある人は真剣に求めている。
 日蓮大聖人は、宗教を判別する基準について「道理証文よりも現証にはすぎず」(御書1468㌻)と仰せである。
 牧口先生は、この御聖訓を拝して、次のように語られた。
 「道理も証文ももちろん大事だが、論より証拠で、生活の中に功徳の実証を示すことが、それ以上に大事である」
 勝利の実証にまさる雄弁はないのである。
 まず、自らの臆病の心に勝つのだ。
 策ではなく、祈って祈って祈り抜く。そして、見事な結果を出すのだ。
 現実には困難の壁もある。障魔も競う。それを突き破るには、師弟が大事だ。よき先輩をもつのだ。信心の指導を求める心を忘れてはならない。
 私は毎日、胸中の戸田先生と対話しながら前進している。先生の厳愛の訓練があったゆえに、どんな嵐にも微動だにしない。

祈りから出発!
 一、事実の上で、「さすがだ」と言われる模範を示すのが、リーダーである。
 強き祈りから出発し、満々たる生命力をわきたたせ、新しき人材のスクラムを広げていくことだ。
 わが舞台で、使命の天地で、断じて勝利の実証を打ち立てるのだ。
 「常勝」こそ、広宣流布の指導者の誓願だ。天命である。
 わが後継の青年部は、この崇高なる魂を受け継ぎ、立派に成長してもらいたい。
 すべて、君たち青年に託しゆく時代に入った。
 頼むよ!〈会場から「ハイ!」と元気な返事が〉

題目の利剣は無敵‼

師子王の心で
 一、戸田先生は、よく教えられた。
 「本当の決意を込めた題目をあげよ!
 題目は利剣である。
 題目は宝刀である。
 題目で勝つのだ!」
 何と力強い言葉か。題目こそ、最極の勝利の利剣である。
 私は妻とともに、題目をあげ抜いて、学会を護り、戸田先生を護りに護った。ただただ、師匠のこと、広宣流布の前進を祈り抜いた。
 ゆえに、今日の学会ができあがったのである。
 正義を護れない。
 難と戦えない。
 そんな情けない弟子であってはならない。
 敢然と、師子王の心で立ち上がるのだ。

ゲーテ
“自分の精神の宝がいつどこで得られたか”その恩を忘れるな


感謝の人は豊か
 一、決して恩を忘れるな。感謝の念を失うな──ドイツの文豪ゲーテは、いつも自身に、そう言い聞かせた。
 「自分のより高貴な精神の宝がいつ、どこからえられたものかを、好んで反復し、追想するのである」とゲーテは自伝に綴っている(河原忠彦訳「詩と真実 第2部第10章」、『ゲーテ全集9』所収、潮出版社)
 時を経ても、精神の恩を忘れてはならない──賢人ゲーテでさえ、そう自戒した。ここに深き人生の教訓がある。
 なかんずく「師匠の恩」を、仏法は重んずる。不知恩を戒める。
 恩に報いる人生は美しく、豊かである。
 わが精神の原点を忘れない人は強い。

よし、戦うぞ!
 一、戸田先生は、厳として言われた。
 「よし、戦うぞ!
 何ものにも、広宣流布の邪魔を断じてさせてなるものか!」
 この大師子吼を、わが心に刻みつけるのだ。
 時代が変わろうと、どんな立場になろうとも、我らは永遠に、この心意気で進もう!
 広布を阻む悪には強く。同志には慈愛を。誰よりもリーダーが先頭を切って戦い抜くのだ。
 先生は、こうもおっしゃっていた。
 「師匠は、日蓮仏法への絶対の確信を持っている。ゆえに、弟子は、師匠の言う通りに戦うのだ。
 広宣流布のために、戦い勝てる弟子になれ!」
 最高幹部は、この深き決意に立って、栄光の道を開くのだ。
 いよいよ創立80周年。永遠に輝く創価城を築くのは、今をおいて、ほかにない。
 歴史的な戦いの開幕である。
 人まかせでは、勝利は開けない。
 自分が誓願するのだ。その深き一念に立ってこそ、すべてが勝利へ、勝利へと大回転を始める。
 そして師弟不二の祈りこそ、広宣流布の大いなる原動力である。

民の苦労を知れ 同志に最敬礼を
 一、日蓮大聖人は、お米やお酒など、真心の御供養を捧げた門下に対し、「民の骨をくだいてつくったような貴い白米」(御書1390㌻、通解)等と、最大の礼を尽くして感謝を述べられた。
 戸田先生は、この御聖訓を引いて、次のように力説された。
 「何と人民の苦労をわかってくださる崇高な大慈悲の御精神であろうか。この精神で、我らも、同志を最大に大切にするのだ」
 広布へ進む尊き同志に、最敬礼する思いで尽くしていくことだ。
 全同志が功徳を受けて裕福になるよう、一切無事故で前進できるよう、リーダーは真剣に祈ってまいりたい。
 頼むよ!〈「ハイ!」と力強い返事が〉
 この心で進んできたから、学会はここまで大発展したのだ。それを絶対に忘れてはならない。

「毅然たる信心」で進め!

師弟の城を護れ
 一、戸田先生は、婦人部、女子部に語っておられた。
 「毅然たる信心、そして、厳然たる信心に立ちなさい。
 どんな困難があっても、絶対に、一歩も退いてはなりません。強い強い信心を貫いて、創価学会を守り抜いていきなさい」
 創価学会は民衆の柱である。師弟の大城である。幸福の安全地帯である。この尊き和合を、断じて護り抜かねばならない。
 信心さえ不動であれば、いかなる苦難も乗り越えられる。
 大切な同志を護っていける強い自分になれるのだ。
 また、戸田先生は、こうも言われていた。
 「信心とは、要するに、どんなことがあっても、必ず勝つと、ハラが決まっていればよいのだ。十人前の戦いをせよ! そして、断じて勝て!」
 その通りだ。「必ず勝つ!」「断じて勝つ!」と腹を決めて、指導者が率先して動きに動くのだ。
 手を抜いて要領よく立ち回ったり、人に苦労を押しつけるのは、卑怯である。
 すべて自分の責任で勝つ!──こう決意して指揮を執れば、必ず道は開けるのだ。

尊き同志に健康と和楽あれ


青年よ伸びゆけ
 一、戸田先生は、青年部に限りない期待を寄せておられた。
 「創価学会には、いかなる世界の思想もリードできる大仏法がある。そして、大仏法の師匠がいる。ゆえに、学会の青年部こそが、偉大な指導者となって勝ち進め!」
 いよいよ青年部が立ち上がってきた。青年部が伸びれば、創価の未来は盤石だ。
 永遠の広布の基盤を完成させるため、各地の法城の建設・整備も進んでいる。
 これもすべて、同志の皆様のためである。
 皆様が、ゆったりとした気持ちで、時には詩歌や俳句を作って(笑い)、心豊かに友と語り、「本当に来てよかった!」と思えるように、一歩一歩、整備を進めている。楽しみに待っていていただきたい(大拍手)。
 私と妻は、いつも同志の皆様のことを祈っている。ご家族に病気の方がいるとの報告を聞けば、心からお見舞いし、真剣に平癒をご祈念する。そういう日々である。
 尊き同志のご一家に、健康と和楽あれ!
 これが広布の指導者の心である。どうか、一人も残らず、最高に幸福な人生を送っていただきたい。

勝つことは楽しい! 勝つための仏法


大胆に、迅速に
 一、ゲーテが書き留めた言葉がある。
 「躊躇逡巡は頼りにならない人間を作るだけだ」(山崎章甫訳『詩と真実 第三部』岩波文庫)
 臆病になって逡巡するのが、一番、よくない。逡巡するのは、ずるい。
 大胆に! スピードをもって戦うのだ。
 ゲーテは叫んだ。
 「すぐに勇気を出したまえ。君は青春の血を持っている。君の齢なら力があろう。希望を果たす勇気があろう」(片山敏彦訳「涙の中にある慰め」、『ゲーテ全集第1巻』所収、改造社。現代表記に改めた)
 勝利の鍵は勇気だ!
 勇気の指揮を執るのだ。青年部、頑張れ!
 後継の君よ、負けるな!
 〈ここで名誉会長の導師で全員で唱題した〉
 一年間、本当にありがとう! また来年も勇敢に戦おう! すべてに勝とう!
 勝たなければ、わびしい。さびしい。
 勝てば楽しい。うれしい。皆が大歓喜に包まれる。
 「仏法は勝負」である。勝つための仏法だ。正義は断じて勝たねばならない。
 新しい一年を晴れやかに勝利しよう!
 皆さん、ありがとう!(大拍手)
2009-12-27 : スピーチ・メッセージ等 :
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西安培華学院「名誉教授」称号授与式

中国・西安培華学院「名誉教授」称号授与式(2009.12.23 創価大学本部棟)

 中国・陝西省の名門私立大学「西安培華学院」から創価大学創立者の池田名誉会長に、日本人初となる「名誉教授」の称号が贈られた。中日文化交流への卓越した貢献と、国際社会における人道的活動への尽力を讃えたもの。授与式は23日、東京・八王子市の創価大学本部棟で行われ、来日した同学院の姜波理事長らが出席。代理の山本創大学長に証書が託された。また、名誉会長の友誼の漢詩が姜理事長に手渡された。

姜波《きょうは》理事長の授与の辞

世界平和、中日友好に比類なき貢献
学院の図書館に「池田大作文庫」を設置


 中国・西安培華学院のすべての教職員・学生を代表し、池田大作先生、香峯子夫人、またご列席の皆様に、親愛なるご挨拶を申し上げると共に、創価大学の皆様の真心こもる歓迎に心から感謝申し上げます。
 私は、日本に10年間留学しておりました。
 帰国の後、私の祖父であり、教育者の姜維之《きょういし》先生から託された、中国の教育事業に従事する道を選び、私立の高等教育機関の建設と発展の重責を担ってま
いりました。
 今回、このような形で再び日本を訪れることができ、格別の親しみを感じております。
 池田先生は、中国人民の古き良き友人であり、先生と香峯子夫人は、半世紀前から一貫して、中日友好事業や国際社会での人道的活動に尽力をされ、世界平和、中日両国の友好・文化交流に、比類なき貢献をされてきました。
 これまでに先生は国連から「国連平和賞」、中日友好協会から「平和の使者」の称号を受けておられます。
 さらに、長きにわたり世界文化交流事業に尽力され、国際社会において大変に高く評価されております。
 ここに改めまして、池田先生に対して崇高なる敬意を表するものであります(大拍手)。
 わが学院は、図書館に、特別に「池田大作文庫」を設置しました(大拍手)。
 池田先生のご著作は教員と学生たちに深く愛されると共に、世界に著名な教育者である先生の教育思想への理解を促進し、先生の世界平和、中日友好、国際人道援助における多大なご貢献を、本学の教職員・学生は、さらに深く理解するに至りました。また、学生の日本語の学習、日本文化の理解も促進されたのであります。
 このようなことを鑑み、本日、ここに、私は西安培華学院を代表し、池田先生を「名誉教授」に招聘させていただきます(大拍手)。
 また、この場をお借りし、香峯子夫人に対しても、本学の女子学院の「名誉院長」へのご就任を要請させていただきたいと思います(大拍手)。
 これらのことは、私どもにとって、この上ない光栄なことです。
 私たちの友情が、地より久しく、天より長くあらんことを願うと共に、中日両国の人民の友情が世々代々にわたって続くよう、共に努力をしていきたいと願うものであります。
 そして、池田先生の卓越した思想を、より多くの中国の学生が理解することで、中日の世々代々の友好と世界平和のために、より多くの平和の使者を輩出していくことができると確信します。
 本日、創価大学を訪れ、貴大学の卓越した教育理念は、私を深く深く惹きつけるだけでなく、今後、必ず、わが学院の文化形成と未来の発展に、深い影響を与えてくれるものと確信しました。
 西安培華学院は1928年に創立された、中国で最も古い歴史を有する私立大学の一つで、中国西部では最初に本科学部を持ち、学位授与権を得た私立大学であります。
 現在、60余の本科、専科があり、3万4000人以上の学生が学んでいます。
 経済学、経営学を中心に、文学、法学、工学、医学、建築学、女性教育学など多彩な学科が連携しあって発展する特色をもち、中国の私立大学において、常に先駆的な地位を占めてきました。
 また、本学は中国で最も早い時期から日本と学術文化交流を展開し、留学生を派遣してきました。
 このたびの創価大学への訪問は、両校の友誼と学術文化交流を必ずや強めるに違いありません。両国がこれまでに築いてきた友好関係と相互間の信頼をより強固にし、世界平和と社会の進歩に繋がるものと確信します。
 最後に、池田先生、香峯子夫人のご健康、創価大学の益々のご発展、そして創価大学と西安培華学院の交流と協力が永遠に栄えんことを、心からお祈り申し上げます。本日は、誠にありがとうございました(大拍手)。

SGI会長の謝辞(代読)

最高峰へ! 創造の精神を燃やせ

創立者の姜維之《きょういし》先生
「教育事業はわが生命にも勝る」
後継者の活躍が永遠の勝利
大鵬の如く飛翔し 志を成し遂げよ


 一、本日、私は、大中国の人間教育を威風も堂々とリードされゆく、私学の最高峰の名門・西安培華学院から、何よりも栄えある「名誉教授」の称号を賜りました。
 貴学院の創設の崇高な淵源は、1928年とうかがっております。じつは、私も、その1928年の生まれであります。
 80星霜余にわたって、「自強不息《じきょうふそく》(たゆまぬ向上)」 「開拓前進」の校訓のままに、渭水《いすい》(ウェイ河)の滔々たる流れの如く、人材の大河をつくり上げてこられた、貴学院の歴史を生命に刻みつけ、謹んで拝受させていただきます。
 誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

創立者の陣頭指揮で発展
 一、私の人生の師匠である戸田城聖先生は、文化の大恩ある貴国の歴史と文学を、徹底して私たち青年に学ばせました。
 ですから、いにしえの長安、そして西安は、青春時代から、私の心に輝いて離れない文化の光の都だったのであります。
 35年前、初めて西安市を訪問できた喜びは、あまりにも鮮烈でありました。光栄にも私は、名誉ある貴市の一員とさせていただいております。
 〈1999年10月、名誉会長は西安市から「名誉市民」の称号を受章している〉
 縁も深き愛する西安の繁栄を、妻と共に、いつも祈っております。
 かつて私は、西安ゆかりの大詩人・李白の詩を、恩師に詠じてお聞かせしました。
 その一節が「常に九萬の期を結ぶべし、中途に、先づ退く莫れ」(久保天隨訳註『李白全詩集第2巻』日本図書センター)であります。“大鵬が九万里を飛翔する如く、わが志を成し遂げる、その日まで努力を貫け! 途中で退くな!”というのであります。
 そして今、私が深い深い敬愛をもって思いを馳せる方こそ、西安において、まさしく大鵬の如く翼を広げて、人間教育の大志を実現された貴学院の創立者・姜維之先生なのであります(大拍手)。
 姜維之先生が、貴学院の前身として創立された西安培華女子大学は、新中国で初めての女子大学でありました。
 開学にあたって創立者は、校舎の建設から最優秀の教師の招聘、カリキュラムの検討に至るまで、陣頭指揮で取り組まれました。
 さらに、教育事業の経済基盤を揺るぎなく確立していかれたのであります。
 そして、学生に対しては一人一人、わが子の如く、守り励まし、育てていかれました。
 苦学生や病気の学生に対しても、それはそれはこまやかな心づかいをしておられます。
 まさしく創立者は、高邁な建学の理念である「人を以て本となし、徳を以て先とする」の模範を、身命を賭して示し抜いていかれたのであります。
 どれほど筆舌に尽くせぬ労苦があったことか。どれほどの苦難を乗り越えねばならなかったか。同じ創立者として、痛いほど胸に迫ってまいります。

青年の心に情熱の炎を
 一、創立者・姜維之先生は、激務によって左眼が失明し、右眼の視力も著しく弱めてしまわれた。
 それでもなお、わが身をなげうって働き続ける創立者に、ある人が思いあまって尋ねました。「これほどまでに体調も良くないのに、先生は何を為そうとしておられるのですか?」と。
 創立者は笑みを浮かべつつ、答えられました。「教育事業は、わが生命にも勝るものですから、私は離れられないのです」と。
 この黄金の師子吼に、私は感涙を抑え難いのであります。
 私学には、創立者が、命を賭けて高く掲げた、建学の旗印があります。
 ゆえに私学には、何よりも、創立者が開いた道を厳然と受け継ぎ、発展させゆく後継者が続かなければなりません。
 私の胸には、創立者・姜維之先生の会心の笑顔が浮かんでくるのであります。
 それは、なぜでしょうか。英邁な若き分身たる姜波理事長が、おられるからです。
 先覚者にとって、一体不二の後継者を得ることこそ、真の幸福です。無上の栄光です。永遠の勝利なのであります(大拍手)。
 「生命第一」の理念を高らかに掲げられる姜波理事長は、真の教育は若き生命に火を点すなりと明言されております。
 創立者から薪火相伝された「真理の探究」「社会への貢献」、そして「創造の精神」の炎は、理事長の雄渾の指揮のもと、金波の如く、貴学院の俊英の生命に明々と燃え広がっております。
 そこには、創立者が体現されていた「前人が為し得なかった事に挑みゆく勇気」が脈々と流れ通っているのであります(大拍手)。

真理を求め社会に貢献を
師子の勇気で使命の大道を


恐れなき地涌の菩薩の群像

 一、西安で漢訳された大乗仏教の精髄たる「法華経」には、「生命尊厳」の大哲学が、女性差別を打ち破る画期的な「女人成仏」の法理とともに説き明かされています。
 そこには、大地から躍り出る「地涌の菩薩」の群像が描かれております。
 この「地涌の菩薩」の生命の大いなる特質は、何か。「志固くして怯弱《こうにゃく》無し」「其の心に畏るる所無く」とあるように、何ものも恐れぬ「勇気」であります。
 私たち創価教育の創始者である牧口常三郎先生も、この「地涌の勇気」をたぎらせて、日本の軍国主義と戦い抜いた師子でありました。
 創価教育は、試練の時代にこそ、断固として活路を切り開きながら、価値を創造していく勇者を育てる教育であります。
 ここにも「培華」と「創価」の深き一致点があるのではないでしょうか(大拍手)。

「命ある限り戦い続ける」
 一、本日、お迎え申し上げた馬樹茂《ばじゅも》教授は、「敦煌の護り人」である常書鴻先生を師匠と仰がれています。私も永遠に忘れ得ぬ偉人であります。
 常先生ご夫妻は、不滅の名画「チョモランマ峰」を、私たちに贈ってくださいました。
 ご夫妻は、この絵に託された真情を語ってくださいました。
 “どんなに苦しくとも、世界の最高峰を目指し、すべての艱難を踏み越えて進もう!”と。
 私たちは、貴学院の先生方と深く心を通わせながら、「教育の世紀」の最高峰を共々に目指して登攀していきたいと思うのであります(大拍手)。
 先日、貴学院ゆかりの習仲勲《しゅうちゅうくん》先生(新中国の建国に尽力し、副総理などの要職を歴任)の後継であられる習近平《しゅうきんぺい》国家副主席を、日本にお迎えしました。
 習副主席は、この11月にも、西安を訪問され、ユーラシア大陸の要衝として、アジアと欧州を結びゆく貴市の洋々たる前途を展望しておられます。
 その西安、そして大中国の未来を晴れ晴れと担い立たれる貴学院の限りなき栄光を、私たちは心よりお祈り申し上げます(大拍手)。
 私自身、光栄にも誉れの母校・貴学院と同じ年輪を刻む一人として、「理想」と「責任」と「使命」の大道を歩み抜いていく決心であります。その決意を込めて、創立者・姜維之先生の言葉を申し上げ、謝辞とさせていただきます。
 「命ある限り、闘いを止めず。それが、私の信念である」
 本日は、誠に誠に、ありがとうございました。謝謝!(大拍手)

名誉会長が漢詩を贈る

西來細雨東去風
安寧世界共繁榮
培植林木深根抵
華果成就福無窮


西から来た小雨と 東からゆく風、
中日友好が世界に繁栄と安穏をもたらし、
植えて培った木々が、深く根を張り、
花を咲かせ、実を結び、
  後世に無窮の福をもたらすであろう。

※行頭の文字を連ねると「西安培華」となる。
2009-12-25 : スピーチ・メッセージ等 :
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新時代第35回本部幹部会

ドイツ・「ワイマール・ゲーテ協会」特別顕彰授与式/創立80周年記念第2回全国青年部幹部会/新時代第35回本部幹部会での名誉会長のスピーチ                     (2009.12.12 東京牧口記念会館)

 世界文学の最高峰ゲーテ。その精神を探究し、未来へ宣揚しゆく、伝統あるドイツの学術団体「ワイマール・ゲーテ協会」(ヨヘン・ゴルツ会長)から、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に「特別顕彰」が贈られた。授与式は12日、「創立80周年記念 第2回全国青年部幹部会」「新時代第35回本部幹部会」に続いて、八王子市の東京牧口記念会館で開催された。これには、同協会顧問のマンフレット・オステン博士、ウテ・オステン夫人が出席。席上、ゲーテの依頼で1816年に制作された貴重な「ゲーテ・メダル」が、“ゲーテの最大の理解者であり、平和と人道に尽くしてきた池田会長に”と贈呈された。謝辞に立ったSGI会長は、ゲーテの英知の言葉を引きながら、若き友の幸福と勝利を願ってスピーチした。

オステン顧問の授章の辞

たゆみなき活動から永遠性が!
明年の創価学会「創立80周年」を祝福


 親愛なる池田先生、ご出席の皆様。
 (日本語で)残念ながら、私の日本語はとても下手です(笑い)。だからちょっと今、英語で話したいのです(笑い、大拍手)。
 ゲーテはその戯曲、「トルクヴァート・タッソー」の中で、「親しい友こそが世界であると思わぬ者は 世界に知られる値打がございません」(小栗浩訳)と述べております。
 ワイマール・ゲーテ協会は、池田先生がゲーテの最大の理解者であることを存じております。貴殿はご自身の人生の中で、幾多の行動と言論を通して、常にそのことを証明してこられました。
 ワイマールおよび世界のゲーテ協会の友人ならびに会員は、貴殿の生涯を通じてのゲーテヘの理解に対し、衷心より感謝申し上げます(大拍手)。
 この感謝の思いを表す意味で、ワイマール・ゲーテ協会会長、ヨヘン・ゴルツ博士に代わり、ゲーテと同時代を生きた偉大な彫刻家、ヨハン・ゴットフリート・シャドウが制作したゲーテ・メダルを授与させていただけることを大変に光栄に存じます(大拍手)。
 このメダルを制作した彫刻家について、一言ご説明させてだきます。
 ヨハン・ゴットフリート・シャドウは、世界的にも有名な、べルリンのブランデンブルク門の上に設置されている馬車の像を制作した彫刻家です。
 シャドウは1816年にワイマールにゲーテを訪門し、ゲーテから直接、依頼を受けて、ゲーテの肖像入りのメダルを12個制作しました。本日、授与させていただくメダルは、その一つです(大拍手)。
 ゲーテ自身も12のメダルの中の二つを所有していました。
 また本日のこのゲーテ特別顕彰式典への讃辞として、ワイマール・ゲーテ協会会長より、池田先生に証書を授与させていただきたいとのお話がございました。
 ゲーテの信奉者であり、ワイマール・ゲーテ協会顧問として満腔の謝意を込めて、私からこの証書を池田先生に進呈させていただきます。大変におめでとうございます(大拍手)。
 ゲーテの指針が示すとおり、私自身も池田先生同様「だゆみない活動……それが永遠性につながる」と確信しております。
 ゲーテの言う平和と人道のために尽力されてこられた池田先生へ、最大の感謝を込めて、本日ここに顕彰させていただきます(大拍手)。
 ゲーテは、「先生」──世界の偉大なる師匠なのです。
 最後に、1930年に創立された創価学会が、明年80周年の佳節を迎えられることに対し、心からの祝福を申し上げ、加えて、ますますのご発展をお祈り申し上げます。
 大変におめでとうございます(大拍手)。

ゴルツ会長の顕彰状

ゲーテの精神を多くの青年に
人間革命の力で世界を改善


 “冠を編むのは、たやすい。しかし、それにふさわしい頭《こうべ》(人物)を見出すのは難しい”というゲーテの箴言があります。この言葉は、ドイツの高名な彫刻家・画家であるヨハン・ゴットフリート・シャドウの手がけたゲーテ・メダルが池田大作会長に贈呈されることによって、くつがえされました。
 すなわち、かつてシャドウがワイマールにおいてゲーテを訪ねた際に創作したゲーテ・メダルの彫刻にふさわしい“頭”、すなわち人物として池田会長を見出すことは、たやすいことだったからです。
 メダルの裏面には、ギリシャ文字で「行動せよ。翼を待ったわが友、ペガサス」と刻まれています。まさに、ゲーテ自身も池田会長と同様に、“死後の生の確信は、私にあっては、活動という概念の中から生じてくる”と確信していたのです。
 池田会長は、他者の幸福のため、人間主義そして自身の人間革命によって世界を改善するという精神を掲げ、先に述べたゲーテの中心的思想と同じように、たゆむことなく献身的に行動を続けておられます。
 会長が生涯にわたってゲーテを模範とされていることは、会長ご自身のご著作に印象深く記されております。また、さまざまな執筆物や、とりわけ高校生・大学生などの青少年を対象に行われたゲーテに関する講演において、人間の精神と人格の形成に資するものとして、ゲーテの生涯や著作から、数多くの事例を引用しておられます。
 それだけにとどまらず、ゲーテの精神を抱いた池田会長の行動は、日本の枠を超えて展開されています。その一例として、かつてゲーテがビンゲン市のロフスベルクを訪れたことを記念し、ライン川沿いの街ビンゲン市に設立されたヴィラ・ザクセン総合文化センターがあげられます。
 1999年、ヴィラ・ザクセンではゲーテ生誕250周年を祝賀し、1週間にわたって様々な祭典が執り行われました。また、その後もヴィラ・ザクセンで幾度となく、ゲーテに関する講演会が行われているのは、ごく自然なことのように思われます。
 このように、ゲーテに関する意義深い功績を讃え、本日2009年12月12日、ヨハン・ゴットフリート・シャドウ作のゲーテ・メダルを、池田会長に贈呈していただくよう、ワイマール・ゲーテ協会顧問のマンフレット・オステン博士にお願いいたします。
 この場をお借りし、全世界のゲーテ協会会員を代表して深く御礼を申し上げるとともに、池田会長のご健勝、そしてゲーテの精神にもとづくさらなるご行動とご活躍を、心からお祈り申し上げます。

SGI会長のスピーチ


青年よ平和の世紀を開け!

ゲーテ「正しいことを たゆまず行《おこな》え!」


勇気を出せ 強気でいけ
胸を張って正義を語れ


 一、遠くドイツからお越しくださった文化の使節を、私たちは最高の礼をもってお迎えしたい(大拍手)。
 〈ワイマール・ゲーテ協会の特別顕彰授与式が12日行われ、貴重な「ゲーテ・メダル」が池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に贈られた〉
 ドイツが世界に誇る大文豪ゲーテ。
 彼は、1749年の8月28日、フランクフルトで生まれた。本年は生誕260周年の佳節にあたります。
 かつて私は、ゲーテの生家を、妻とともに訪れました。1981年(昭和56年)5月のことです。
 案内を受け、ゆっくりと見学した。往時を偲んで、ある時は感動し、ある時は心で涙しながら、長い時間、見て回った。
 黄金の思い出であります。
 今も世界で愛読されている『若きウェルテルの悩み』。世界文学の最高峰の一つである
 『ファウスト』。ゲーテの作品は数多い。
 さらにワイマールに招かれ、大臣となり、政治、教育、文化、芸術などの発展にも貢献しています。
 ゲーテは自然科学の分野でも、動物学、植物学、地質学、光学など、さまざまな研究を進め、業績を残しました。幾多の指導者が敬愛してやまない“精神の巨人”なのです。
 ドイツの大詩人・シラーと親友であったことも有名です。
 よき人は、よき人とつきあっている。偉大な人は、偉大な人を離さないものです。
 ゲーテとシラーは、ともに、名門モスクワ大学から名誉称号を贈られています。
 〈池田SGI会長はモスクワ大学から「名誉博士号」(1975年)と「名誉教授」称号(2002年)を受章している〉

一流に学ベ!
 一、ここで、本日ご出席いただいた、ワイマール・ゲーテ協会顧問のオステン博士についてご紹介したい。
 博士は、ドイツのケルン大学で法学博士号を取得された後、外交官として活躍された。
 その間、1986年から92年まで、在日本ドイツ大使館にも勤務されています。その時代から、私についても研究してくださったとうかがいました。
 きょうの出会いを、本当にうれしく思います(大拍手)。
 博士は、父君の影響で、幼少のころからゲーテの作品に親しんでこられた。素晴らしい教育です。
 一、どんな分野であれ、「一流」に触れさせる意味は大きい。
 きょうのこの会場にも、お子さんをもつ親の方々がおられるでしょう。
 子どもにゲーテのことを語れば、「お父さん、すごいな!」(笑い)と尊敬される。
 頭ごなしに「こうしなさい」「ああしなさい」というだけでは、子どもも嫌になる。それよりも、よき刺激を与えることだ。偉大なものに触れてこそ、目が開かれるのです。
 本来、仏法は普遍の英知を説いている。ゲーテに学ぶことが、最も価値ある人間の道に通じていくのです。

欧州の文化首都
 一、かつてオステン博士は、ドイツSGIのヴィラ・ザクセン総合文化センターで、素晴らしい講演をしてくださった。この場を借りて、感謝申し上げます(大拍手)。
 博士が顧問を務める「ワイマール・ゲーテ協会」は1885年、ドイツ中部の都市ワイマールに、ゲーテ研究の推進を目的として設立されました。
 ワイマールは、ゲーテが政治、文化、芸術の活動の拠点として、長年にわたって住んだ天地です。
 現在も、ヨーロッパを代表する歴史と文化の都市として知られ、1999年には「欧州文化首都」に選ばれています。
 ワイマール・ゲーテ協会は、ヨヘン・ゴルツ会長のもと、世界50力国に約3500人の会員を擁します。
 欧州のみならず、南米やアジアにも研究者のネットワークを広げています。

一人の友を励ませ
ゲーテ「行動せよ」「進んで人を助けよ」


気高くあれ!
 一、それは1777年、ドイツの寒い冬のことでありました。
 北風に向かって、勇んで28歳の若き指導者が馬に乗り、旅を続けておりました。
 冷たい雹が降っても、青年は、ひるまない。ワイマールの都から遠く離れた、悩める無名の友のもとへ、青年は森を抜け、山を越えていきました。
 一人を励ますために走った、この若き指導者こそ、私たちの敬愛するゲーテなのであります(大拍手)。
 大変な中を、ただ友のためにと行動する。学会の活動、仏法の修行も同じです。
 こういう人が偉くなるのです。このことを忘れないでいただきたい。
 自分は苦労を避けて、楽ばかりしている人が、偉大になるわけがない。
 一番貧しい中で、一番大変な中で、一番陰で戦った人こそが、本当に偉大な人間になるのです。
 ゲーテは叫んだ。
 「人間よ気高くあれ」(星野慎一訳『ゲーテ詩集』潮文庫)
 ちょっとしたことで落ちこんだり、すぐにくたびれて、だらけたり、意気地なしになったりしてはいけない。
 “気高くあれ! グッと胸を張れ!”──これがゲーテの心でありました。
 彼は、こうも言う。
 「進んで人を助け善であれ!」(山口四郎訳「くさぐさの歌」、『ゲーテ全集1』所収、潮出版社)
 学会活動、仏法の精神にも通じる言葉です。
 そして、「正しいことを つねに倦むことを知らずおこなえ」(高安国世訳「神性」、『ゲーテ全集第1巻』所収、人文書院)と。
 ゲーテの訴えは、仏法者の行動とも、深く響き合っている。
 私は若き日に、戸田先生から、「ゲーテを読んだか」「どこまで読んだか、内容を言ってみなさい」と厳しく鍛えられた。
 「ゲーテのように生きなさい! 戦いなさい!」と、何度も何度も言われました。
 戸田先生も私も、ゲーテが好きでした。世界に輝く大文豪です。一生懸命、読み、研究しました。
 青年時代に住んでいたアパートの本棚には、ゲーテの著書がたくさん並んでいた。
 また、妻もゲーテが好きで、一緒に、ゲーテについて語り合つたことを思い出します。
 ともあれ、ゲーテの文学を読む人は多い。しかし、その精神を受け継いで行動を起こす人は、どれだけいるだろうか。
 ここにお迎えしたオステン博士をはじめ、貴協会の方々こそ、高貴なる「ゲーテ精神」の体現者であります(大拍手)。
 きょうの出会いを、私は心から楽しみにしておりました。
 尊きご夫妻に、万雷の拍手をもう一度、送りましょう!(大拍手)。

勇気と信念の翼を広げよ!
 一、オステン博士が、意義深き「ゲーテ・メダル」を、どれほど深いお心でお持ちくださったか。
 連絡をいただいた時も、今も、私は心の中で涙を流しました。誠に、ありがとうございました(大拍手)。
 大文豪の命が光る、この人類の宝のメダルには、「行動せよ。翼を持ったわが友、ペガサス」と刻まれている。
 このメダルが、いかに貴重なものか。私は、よく存じ上げています。
 ゲーテが依頼し、12個しか作られなかったうちの一つである。〈1816年制作〉
 まさに“宝の中の宝”である。
 私は、貴協会のご厚情に、世界192力国・地域の青年とともに、ゲーテの心を携え、勇気と信念の翼を広げて、お応えしていく決心であります(大拍手)。

感謝の心を忘れるな!
 一、オステン博士は、ゲーテの報恩の心を通して、「感謝の念をもって生きるとき、はじめて生命は意義深いものになる」と強調しておられます。
 仏法でも報恩を説きます。まさしく博士の主張は人生の法則に則っておられます。
 人間の道に背く恩知らずを許してはならない──それがゲーテの心でありました。
 ここで私たちは、大変に母思いであり、母を大切にしたゲーテを見習って、世界の偉大な母たちに敬意を表し、「婦人部の皆様、ありがとう!」と心からの感謝を捧げてまいりたい。〈参加者が立ち上がって、婦人部に感謝の言葉を贈り、最敬礼した〉

人間を苦しめる戦争は絶対反対

仇を討つ!
 一、お母さんを大事にするのです。それを忘れてはいけない。
 特に若い皆さんに、そう申し上げておきたい。
 終戦のとき(1945年〈昭和20年〉8月15日)、私は17歳。
 わが家もまた、例に漏れず、あの戦争に苦しめられた一家でした。
 戦時中、私の4人の兄は次々と戦地に召集された。
 一家の柱の父も病気がちで、母の苦労は並大抵ではなかった。
 その母を助けたいと思い、私は小学校6年生の時から3年間、新聞配達もしました。
 昭和20年に入ると、わが家は強制疎開で取り壊され、新しい家も空襲で直撃を受け、灰燼に帰した。どん底の中のどん底でした。本当に苦しみました。
 だから私は、戦争反対です。戦争が憎い。
 初代会長の牧口先生は、誤った思想を奉じて戦争を遂行した軍部政府に、真っ向から反対して投獄され、獄死されました。
 第2代会長の戸田先生も、牧口先生にお供して、2年間の獄中生活を強いられました。
 この獄中で、牧口先生の死を知らされた戸田先生は、独房の中で、ただ一人、涙にかきくれました。
 そして、「必ずや牧口先生の仇を討つ!」と心に誓い、出獄後、平和への大闘争に立ち上がっていかれたのです。
 ここに創価学会の師弟の原点があります。
 戸田先生のもとで、「平和の世紀」を開くために戦った私もまた、正義の民衆の団体を弾圧せんとする権力の横暴によって、無実の罪を着せられ、牢獄に入りました。

戸田先生
一番大事なのは民衆


いかなる行動をしているか
 一、こうした生死を越えた経験を通して、恩師の戸田先生が、弟子の私に何度も教えてくださったことがあります。それは、次のようなことでした。
 「どんなに立派な肩書を持った人であろうとも、人間は人間である。相手の立場や地位を見て、ペコペコと頭を下げたりしてはならない」
 「人間にとって大切なのは、いかなる思想を持ち、いかなる行動をしているかだ。
 ゆえに人類最高の思想を学び、人々の幸福のために行動している創価の青年は、どんな人に対しても、胸を張って、堂々と、わが信念を語っていくのだ」
 「一番大事なのは民衆である。創価学会は民衆の団体だ。青年が主体である。
 ゆえに、どんな時も強くいけ! 勇気! 勇気だ!」と。
 民衆こそ王者です。若き皆さんには、恐れるものなど何もない。
 勇気をもって、希望をもって、朗らかに、また堂々と、わが胸中の正義を叫び抜いていただきたい。
 それがゲーテの生き方でした。よろしく頼みます!(大拍手)

親孝行で光れ! 偉大な母に感謝!

言葉が大事! 態度が大事!
 一、きょうは未来部の代表も参加している。本当にうれしい!(大拍手)
 未来部の皆さんは、学びに学んで、親孝行をしてください。
 親に苦労させたり、苦しめたり、悲しい思いをさせてはいけない。
 いろいろあるだろうけれど、どんな親であっても、心の中では子どものことが心配でならない。皆さんのことが一番大切なのです。その心が分からないといけない。
 親に喜んでもらうのです。ほっとさせ、安心させてあげるのです。
 そのためにも、皆さん方は、言葉を大切にしていただきたい。はっきりと言葉に表してこそ、心の思いは相手に伝わっていく。皆さんの言葉と態度が大事です。それは、何よりも価値があるのです。
 親の言うことには、
 「ハイ!」と返事をする。それができるのが、大きな心の人だ。
 時には、「お母さん、きょうは私がお手伝いするから休んでいてください」と優しい言葉をかけてあげるのです。一言、そう言えば、どれほど、親はうれしいか。きっと陰で涙を流して、喜んでくれるでしょう。
 未来部、そして青年部の皆さん、親孝行を頼みます!(大拍手)

臆せず進め! 太陽と共に勝て
君よ 創価のゲーテたれ


「人間は必ず変われる!」と教えたゲーテ
対話で全世界を結べ
インドネシアの大作家
友情は炎の敵意にまさる


 一、ゲーテは、わが青春の魂の友であります。
 私は、読んで読んで読みまくりました。
 ゲーテというと、やはり戸田先生のことを思い出す。一流の教育者であり、何もかもご存じの天才的な指導者であられた。
 軍国主義に抵抗し、断じて信念を曲げなかった先生は、「牢獄で2年間、勉強したよ」ともおっしゃっていた。
 どんな場所でも勉強できる、大境涯を開いていける──そのことを身をもって示された。立派な、不世出の先生でした。虚偽を見破る鋭さは、怖いほどでした。
 ゲーテは“優れた師に学び、さらに発展させよ”と教えた。ゲーテ自身も、そうでした。
 彼は“偉大な師匠を見つけよ。その人に学ぶことが、一番大事なのだ”と示唆しております。
 この賢人ゲーテの励まし通り、私は師弟の道を走り抜いてまいりました。そして広宣流布を進め、世界中に仏法を広めました。世界の各地に、未来への“第一歩”を印したのです。
 きょうは海外の同志の皆様、本当にご苦労さま! ありがとう!
 本当に、本当にありがたい方々である。
 皆で拍手を送りましょう!(大拍手)
 はるばる遠くから、大変な苦労をして来てくださったのである。
 尊い志の同志に対して、幹部が「よくお越しくださいましたね!」と心を込めて迎えるのは当然のことです。

人を活気づけるものは「対話」
 一、戸田先生と私は、ゲーテをめぐって何回も何回も語り合いました。偉大な師匠だった。あらゆることを教わりました。
 社会変革への燃える心を、まだ若い20代の私に対して、深く深く打ち込まれた。
 そして私もまた戸田先生に、民衆のための闘争を誓ったのである。
 きょうは懐かしき語らいを思い起こしつつ、ゲーテから学ぶ指針を3点、お話ししておきたい。
 第1は、「対話」であり、「友情」であります。私たちでいえば、友の幸せを願い、正義と真実を語り抜く「折伏」に通じるでしょう。
 ゲーテは、こんなやりとりを記している。
 ──金よりも素晴らしいものは何か?
 それは光である。
 光よりも活気づけるものは何か?
 それは会話である、と(国松孝二訳「ドイツ亡命者の談話」から。『ゲーテ全集第8巻』所収、人文書院)
 学会は「対話」で勝ちました。「折伏精神」で勝ちました。これからも大いにやろう!〈会場から「ハイ!」と勢いよく返事が〉
 勇敢なる「対話」の人こそ、創価のリーダーである。
 そして、リーダーならば、同志が本当に喜び、心から安心できる、そういう展望を示していくことです。

「抜苦与楽」の心
 一、ゲーテは、この世から苦しみを少しでも減らしたい、皆に喜びを贈りたいと願って、一生を過ごした。
 仏法の「抜苦与楽」の実践にも通ずる。
 そのゲーテの武器こそ、「対話」だったのであります。
 私も「対話」で世界に「友情」を結んできました。今や192力国・地域に、たくさんの学会の同志がおられる。
 日本だけではない。世界中の民衆と「対話」を広げてきたのです。

世界の指導者と深めた「友情」
 一、各国の大統領や首相とも、私は、胸襟を開いて語り合ってきました。
 そのなかには、生涯にわたる友情を結んだ方々も少なくありません。
 統一ドイツのヴァイツゼッカー初代大統領も、私の大切な友人です。二人で、いつまでも語り合いました。
 オステン博士の王者の風格は、この哲人大統領と実によく似ておられると申し上げておきたい(大拍手)。

知性と行動光る人間王者たれ!
 一、きょうは、大切な宝の友人である、インドネシア大学の先生方も出席してくださった。誠にありがとうございます。
 インドネシアの信念の大作家プラムディヤ先生は、「素晴らしい友情は炎の敵意にまさる」(押川典昭訳『プうムディヤ選集5』めこん)と綴られた。
 権力でもなく、利害でもない、大誠実で築かれた心の友情ほど強いものはありません。
 どうか、偉大なる創価の青年部の君たちもまた、世界一の「平和と人道の大連帯」を、さらに強め、開いて、若き創造者としての出発をお願いしたい。
 「若き創価のゲーテたれ!」と私は叫びたい。いいですね!〈青年部から「ハイ!」と力強い返事が〉
 ゲーテは、実践も強い。頭もいい。知性と行動、その両方が優れている。これが本当の人間王者です。

人間革命の前進
 一、ゲーテに学ぶ第2は、「人間革命の前進」であります。
 ゲーテは、人間形成の物語の中で、「世の中のいちばん役立たずに見えた」女性が、人々とともに、地道に、そして立派に活躍しゆく挿話を描く。「人間とはどんなに変りうるものか」とも記しています(登張正實訳「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」、『ゲーテ全集8』所収、潮出版社)
 人間は限りなく向上できる──これこそ、仏法とゲーテが目指しゆく「人間革命」の軌道にほかならない。
 大事な一点です。
 わが胸中の太陽を輝かせながら、どこまでも強く、明るく、晴れやかに、喜びの光を広げていくのです。
 この希望と充実の花の道を、“華陽の乙女”女子部の皆さんは、朗らかに進んでください! 愉快な前進をお願いします!
 〈「ハイ!」と女子部の友の快活な返事が〉
 一人ももれなく、幸福になるのです。
 大切なことは、悩みにぶつかった時に、相談できる人、信頼できる人をもつことです。
 愚かであってはならない。つまらないことで、苦しんではいけない。何でも、ご両親や先輩、友人に相談しながら、賢明なる青春を送ってほしい。
 私と妻は、心から、そう祈っています。

ゲーテは別離、病、誹謗にも負けなかった
我が胸中に大哲学の光


永遠に勝利の大生命を開け
 一、ゲーテに学ぶ第3は、「永遠に勝利の大生命を開きゆくこと」であります。
 人間らしく、自分らしく、大いに羽はたいていける土台をつくらなければならない。
 ゲーテは大病に苦しんだ。最愛の家族にも先立たれた。最も高貴な行動を貫いて、最も卑劣な誹謗を浴びた。
 しかし、断じて負けずに、わが生命を威風も堂々と燃え上がらせて戦いました。
 「日のある限り、活動せよ!」(末村謹治訳『ゲーテ全集第32巻』改造社)と。
 そしてゲーテは、死をも悠然と見つめながら、“生命は永遠に活動を続けるものだ”と確信していた。
 〈ゲーテは、「われわれの精神は、絶対に滅びることのない存在であり、永遠から永遠にむかってたえず活動していくものだ」と語っている(エッカーマン著、山下肇訳『ゲーテとの対話』岩波文庫)
 生命は永遠である。
 ゲーテの洞察は、仏法に近かった。
 ともあれ、わが壮年部の皆さん!
 ゲーテのごとく、師子となって戦ってもらいたい!
 若々しく、はつらつと!
 90歳になっても「まだ20歳ですか?」(笑い)と言われるくらいの気概でいこう!
 青年たちのために、心を尽くすのだ。婦人部・女子部に最大に感謝していくのです。
 威張る人は、誰からも尊敬されないものだ。
 感激もなく、挑戦もなく、うまく立ち回る、要領だけの人間になってはいけない。
 皆のために働けば、気持ちがいい。健康にもいい(笑い)。
 私はまだ、81歳で青年の心意気です。あらゆる勝利への手を打ち、前進しています。
 どうか皆さんも、最前線の友の意見によく耳を傾けながら、一段と頼りにされ、信頼される名指導者になっていただきたい。

ハーバード大学で仏法の真髄を語る
「生も歓喜、死も歓喜」


悩みに負けるな自分らしく光れ
 一、かつてゲーテが自らの全集を寄贈したアメリカのハーバード大学で、私は2度、講演いたしました。
 そこで私は、仏法の生死観の真髄を「生も歓喜、死も歓喜」と論じました。
 〈SGI会長は2度目の講演「21世紀文明と大乗仏教」で、生死の苦の解決こそ、哲学・宗教の出発点であったと指摘。大乗仏教で説く「大我」とは二切衆生の苦を我が苦となしゆく『開かれた人格』の異名」であるとし、「大いなる人間性の連帯にこそ、いわゆる『近代的自我』の閉塞を突き抜けて、新たな文明が志向すべき地平があるといえないでしょうか」と展望。そして「『生も歓喜であり、死も歓喜である』という生死観は、このダイナミックな大我の脈動の中に、確立されゆくことでありましょう」と述べている〉
 終了後、万雷の拍手を送っていただいたことは、今もって忘れることができません。
 また、フランス学士院、中国社会科学院や北京大学など、世界各地の学術機関で講演を行ったことも、懐かしい思い出です。
 ともあれ、いかなる苦難があろうとも、大宇宙の法則に則って、正義の道を開き、人々の幸福を祈り、今を真剣に生ききっていく。その生命は、生死を超えて、歓喜に躍動するのです。
 太陽が輝いて全世界を照らすように、永遠の大歓喜に生命が包まれる。その原動力が仏法です。
 その反対に、悩んで、悩みに負けて、いつも不満ばかり。自暴自棄になって、人の幸福を妬む。人を蹴落としても、自分さえよければいい──そうした醜い心に支配されてしまえば、結局は不幸である。愚かです。
 大歓喜の人生を生きよう!
 戦おう、大いなる希望のために!
 そこに人生の醍醐味がある。
 自分らしく、自分の夢のために生ききって、素晴らしい毎日を送るための信仰です。
 これを実行しよう!〈「ハイ!」と元気な返事が〉

生き生きと!
 一、ゲーテが生涯をかけて挑戦し続けた、教育の発展も、文化芸術の興隆も、福祉の政治も、そして人類の平和と幸福も、その根幹には、正しき生命観・生死観の確立がなければならない。
 これが21世紀の焦点であります。私がお会いした世界の識者も、この点に深く共鳴しておりました。
 私たちは、「常楽我浄」の生命哲学の旗を高く掲げたい。
 生き生きと、若々しく進もうではないか!──そう呼びかけるゲーテの声が、私の胸に響いてならない。
 ゲーテが願い求めた「人間の尊厳」のために、我らは、学会創立80周年の明年も前進しよう! 断固として、自分自身が勝ちまくっていこう! いいね!〈「ハイ!」と力強い返事が〉
 わが使命の戦野に躍り出たならば、勝たなければ損である。
 何のために生きているのか。何のために仏法があるか。
 それを胸に刻んで、「断じて負けるな!」と申し上げたい。
 一、私の青春時代、師匠である戸田先生にゲーテの詩をお聞かせ申し上げた光景は、今も心に鮮やかです。
 先生の日々の薫陶は、正義が勝ち栄える社会を築きゆくためでありました。
 結びに、懐かしいゲーテの詩の一節を朗読して、御礼のあいさつといたします。
 「わたしはいつも人間のよろこびを謳う
 ただしい道をそれぬかぎり/人間は実にうつくしく/永遠に人間は偉大である」(大山定一訳「しろがねの真昼は…『ゲーテ全集第1巻』所収、人文書院)
 悲しみの道ではなく、喜びの道を、そして正しい道を、まっすぐに進むのだ。
 そしてまた──
 「臆することなく起って進め、/世の人々はためらい惑うとも。/気高い者が明知と勇気をもって事にあたれば、/すべてのことは成就するのだ」(手塚富雄訳『ファウスト』中公文庫)
 ダンケ! ダンケ!(ドイツ語で「ありがとうございました!」)
 誠にありがとうございました(大拍手)。
 きょうの式典のことは、ゲーテの詩歌とともに、皆、一生涯、忘れないでしょう。
 海外の友も、未来部の皆さんも、本当によく来られた。ありがとう!(大拍手)
2009-12-22 : スピーチ・メッセージ等 :
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エンリケ・ディアス・デ・レオン大学「名誉博士号」授与式

メキシコ・エンリケ・ディアス・デ・レオン大学「名誉博士号」授与式(2009.12.15 創価大学本部棟)

 メキシコのエンリケ・ディアス・デ・レオン大学から池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に「名誉博士号」が贈られた。「教育者」「人間主義者」「平和の推進者」としての広範囲にわたる傑出した貢献を讃えるもの。同大学として「第1号の栄誉」である。授与式は15日、同大学のロブレス・イバリア学長の令嬢であるロブレス・モラレス副学長らが列席し、東京・八王子市の創価大学で行われた

ロブレス副学長の授与の辞(要旨)

恒久平和と人類共和への間断なき闘争を讃えたい


 一、「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」
 池田大作博士のこの言葉を、まず読み上げさせていただきます。
 尊敬する池田博士。
 本学のエクトル・マヌエル・ロブレス・イバリア学長の衷心からのご挨拶をお伝えし、大学一同からの感謝の意を表します。
 重ねて、皆様の歓迎に深く御礼申し上げま
す。皆様の温かさこそ日本の美徳であり、貴国を偉大な国たらしめるものです(大拍手)。
 一、グローバリゼーションは、経済・技術のみならず、文化的にも、また知的にも影響を及ぼしています。
 激しい変化とグローバリゼーションは、我々を競争の世界へ、多種多様な専門分野、職務上の最新知識の習得とその実践へと駆り立てます。
 一定期間、学び直したり、職務のために再び研修を受け、新しい知識や様式を取り入れることが必要不可欠になってきております。
 この新たな傾向は、専門家の養成と、最新知識の習得過程に変化をもたらしました。
 すなわち、高等教育機関による使命と目標、戦略、相互関係、学生に提供される教育内容、学術的基準の見直しです。
 高等教育機関には、学生たちが卒業後もなお、学び続けられるよう努める義務があります。
 この教育機関の取り組みにより、卒業生が現代社会の視点に立ち、高い資質を備え、効率的かつ適切に、現代のグローバル化した課題に立ち向かうことができるのです。
 一、しかし今日の専門家は、時代の要望に応えるためには、国際規範に適った専門家としての資質と技能を身につけるだけでなく、同時に、平等性、なかんずく安全性を求める社会に対応していくことを忘れてはなりません。
 学ぶという行為は、大学を卒業することで一切終わるというものではありません。学生としての身分は教室で過ごす年月のみを指すのではなく、それ以上に何年にもわたって続くものです。
 わが大学は、日々、新世紀の社会が求める卓越したレベルを備えた能力ある専門家を養成する責任を負っています。
 いわば、自己形成と職業訓練に心を砕きつつ、自らが育った社会の土台を成す価値観を身につけた専門家の養成にあたっています(大拍手)。
 一、以上述べたように、エンリケ・ディアス・デ・レオン大学は、知識、能力、熟練した技能、価値観に基づいた全人教育を提供する社会的責任を担っています。
 わが大学は、知識の伝達等の確固たる使命を帯びていますが、それ以上に、人間の尊厳を信じ尊ぶという強い信念を堅持しています。それゆえ、平和の文化、倫理、貢献、社会的責任、連帯、グローバル意識を信奉し実践していると確信しています。
 わが大学は、より良い世界の構築のためにともに心を砕き、恒久的な平和の文化と人類の幸福を促進するための事業を根気よく続けてきた人々の、見返りを求めぬ弛みない闘争を高く評価するものであります。
 なかでも池田大作博士は、これまで述べたような資質を十二分に満たすのみならず、まさにそれを大きく超越した、弛みなき行動を成し遂げてこられた方であると確信しております。
 池田博士は、社会や政治といった構造的な変革よりも、個人における内面の変革を重視され、生命の尊厳に支えられた恒久平和の世界を実現するために、間断なき戦いを貫いてこられました(大拍手)。
 たとえば第34回「SGIの日」記念提言「人道的競争へ 新たな潮流」の中で、博士は“現代の日本で「勝ち組」「負け組」との言葉が飛び交っているが、その勝ち負けは永遠に続くものではない”と述べ、“これは経済至上主義的価値観を通して判断することが前提となっており、人間としての全体像を
反映するものではない”と主張されております。
 一、エンリケ・ディアス・デ・レオン大学は池田大作博士に対して、わが大学の最高顕彰である名誉博士号を授与し、世界平和と人類の連帯に対する博士の多大なご貢献を宣揚するものであります(大拍手)。
 池田博士、わが大学の最大の敬意として授与させていただく名誉博士号の受章を承諾いただき、大変にありがとうございます。
 博士の思想と感性、そして、その生き方を共有させていただけることに、衷心より感謝申し上げます。
 また、自尊心の種子を植える作業に携わるわが大学にご尽力いただき、心より御礼申し上げます。
 この努力は必ずや、学生一人一人の内面に大いなる変革をもたらし、社会全体を変えていくと確信しております。
 「青年に正しき道を示さん」と謳うわが大学のモットーを掲げ、青少年教育を通して、これからも、さらに平和と人類共和のために尽くしてまいる所存です。
 (日本語で)ありがとうございました!(大拍手)

SGI会長の謝辞(代読)

気高くあれ! 正義であれ! 勝利あれ!

無知を明知へ 臆病を勇気へ 諦めを希望へ
惰性を創造へ エゴを貢献へ 戦争を平和へ

教育は変革への究極の力


 一、ビエンベニードス!(スペイン語で「ようこそ!」)
 本当に、ようこそ、おいでくださいました。
 今、私の胸には、1981年の3月、青年が躍動する「未来都市」グアダラハラを訪問した折の心温まる歓迎が蘇ってきます。
 開かれた「アミーゴ(友人)の精神」、すなわち「世界市民の心」あふれる貴メキシコ合衆国の方々は、わが家に友をお迎えする際、「この家は、また、あなたのお住まいでもあります」と、もてなされます。
 その大海原のように大きく深い友情の心を、私も命に刻みつけた一人であります。
 尊敬してやまぬロブレス・モラレス副学長、そしてベラスコ・ベラ渉外部長を、私たちは貴国の心にならい、「わが創価大学は、また、先生方の大学でもあります」と、熱烈に歓迎申し上げたいのであります(大拍手)。
 一、本日は、貴エンリケ・ディアス・デ・レオン大学より、最高に栄えある英知の称号を賜りました。
 私は、この上なき感謝と厳粛なる責任をもって、謹んで拝受させていただきます。誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。
 心から尊敬申し上げるロブレス・イバリア学長にも、どうか、くれぐれも宜しく御礼をお伝えください。

恩師の憧れの国
 一、 「青年に正しき道を示さん」──これは、貴大学の壮麗な校章にラテン語で刻まれたモットーです。教育の根幹を結晶させた、何と素晴らしい言葉でありましょうか。
 1947年、第2次世界大戦の終戦から2年目の夏、19歳の私は、平和の信念の闘士であった戸田城聖先生にお会いしました。その最初の出会いの時に、私が戸田先生に質問したことも、「人生の正しき道とは」という一点でした。
 以来、この師匠が示してくださった「正しき道」を、まっしぐらに歩み通してきたのが私の青春であり、人生であります。
 この師匠が、逝去の直前まで訪ねたいと願つていた国こそ、貴国メキシコでした。
 その意味におきまして、貴大学からの栄誉を、私は万感の思いを込めて、わが師に捧げさせていただきたいのであります(大拍手)。

日墨交流400年
 一、本年は、貴国と日本との交流400年という大きな佳節に当たっています。
 なかんずく、近代において、世界で最初に日本と平等条約(1888年の日墨修好通商条約)を結び、そしてラテンアメリカの中でも、いち早く日本人移住者を温かく迎え入れてくださった大恩の国こそ、貴国なのであります。
 1923年、関東大震災の折、貴国が即座に真心の援助と励ましを届けてくださった歴史も、忘れることはできません。
 今日の式典には、うれしいことに、貴国からお迎えしている大切な大切な未来の指導者たる留学生の代表も出席してくれています。
 教育の交流は、100年の大計です。
 太陽のように「寛容」の慈光が輝きわたる貴国と、私たちは交流500年の未来を遠望しながら、さらにさらに友情と信頼を深めていきたいと願ってやみません(大拍手)。

「メキシコの詩心に思うこと」
 一、さて、28年前のグアダラハラ市訪問の折、私は、副学長と渉外部長お二人の愛する母校であるグアダラハラ大学で、記念の講演を行わせていただきました。
 この「メキシコの詩心に思うこと」と題する講演の会場こそ、貴大学がその名を冠する大教育者エンリケ・ディアス・デ・レオン先生の功績を讃える講堂でありました。
 青年の育成に崇高な生涯を捧げられた、ディアス・デ・レオン先生は、教育を万人に開きゆかんとされた金剛の信念の先覚者であられました。
 すなわち、「教育はすべての人の権利であり、数人の特権ではない。教育はすべての人に与えられるものであり、思想の自由を与えるものである」と──。
 この大精神を生き生きと体現し、そして学びの門戸を広々と青年に開かれた向学の大城こそ、貴校の一貫教育のシステムなのであります(大拍手)。
 その第一歩となったのは、1969年、高校の開設でありました。それは、私が創価学園、創価大学を創立した、ほぼ同時期に当たっており、不思議な縁を感じるものであります。
 新たな教育機関を創設し、発展させゆく血と涙の労苦も、そしてまた、わが命を注いで育てた青年の勝利を目の当たりにする喜びと誇りも、味わったものにしか、わからないでありましょう。
 本年、貴校は栄光の創立40周年を、晴れ晴れと飾られました。
 幼稚園から大学までの一貫教育の殿堂として、今日の興隆の指揮を執ってこられたロブレス・イバリア学長ご一家をはじめ先生方のご尽力に、私たちは満腔の敬意を表するものであります(大拍手)。
 副学長のお母様も、お祖母様も、尊き人生のすべてを教育に捧げてこられたことを、私は妻とともに、熱い涙が出る思いでうかがいました。
 仏法では、「根ふかければ枝しばし源遠ければ流ながし」と説かれます。
 建学の原点を厳然と護り、そして創立の精神を滔々と受け継がれゆく貴大学が、いよいよ社会の繁栄を築かれ、人材の大河の流れを強め、広げゆかれることを、私は確信してやまないのであります(大拍手)。

学生第一の伝統
 一、貴国の近代教育の創始者であるホセ・バスコンセロス先生は、幾多の艱難辛苦を雄々しく乗り越えてきた民衆を偲びながら、洞察されました。
 “最も辛酸を味わった民衆こそが最高の母体となって、民衆を救済する新しい世代が登場するのだ”と。
 誠に胸に迫る歴史観であります。また、断じて、そうあらねばなりません。その大転換の基軸こそ教育であると、私は信じてまいりました。
 教育こそが、無知を明知に変える。
 教育こそが、臆病を勇気に変える。
 教育こそが、諦めを希望に変える。
 教育こそが、惰性を創造に変える。
 教育こそが、エゴを貢献に変える。
 そして教育こそが、戦争を平和へと転じていく究極の力ではないでしょうか(大拍手)。
 ともあれ、民衆の大地こそ、正義の人材の揺藍であります。
 ディアス・デ・レオン先生が志向されたのも、民衆の側に立ち、民衆のために勇敢に戦う人材の育成でした。
 この精神を継承して、貴大学は民衆の基盤に根ざしながら、法曹界をはじめ各界に、平和と人道の力ある逸材を送り出してこられました。
 貴大学は「学生こそ大学の真髄なり」の理念のもと、一人一人の青年を宝のごとく育んでおられます。
 貴大学に学んだことを最大の誉れとしながら、正義の旗を高らかに掲げて活躍している若き熱血の弁護士を、私も存じ上げています。
 わが創価大学も、貴大学に学びながら、一段と「学生第一」の伝統を光り輝かせていくことを、深く決意し合いたいと思うのであります(大拍手)。
 一、明年、貴国は、独立の父イダルゴが正義の第一声を轟かせてより、200年の節目を迎えられます。
 「自治」「民主」「連帯」「尊敬」「責任」、そして「真理の探究」という高邁な価値を掲げられた貴大学が、いやまして貴国、そして人類の「教育の世紀」を照らしゆかれることを、心よりお祈り申し上げます。
 私も本日より、栄えある貴大学の一員として、「教育は我らの天命。限界を超えゆくことは我らの使命」との指針を胸に、行動することを、お誓いいたします。
 貴大学のスクール・カラーの「勝利の赤」「正義の青」「気品の金」という三色の意義に寄せ、両国の愛する青年たちに、「気高くあれ!」「正義であれ!」、そして「勝利あれ!」と叫んで、私の謝辞とさせていただきます。
 ムーチャス・グラシアス!(スペイン語で「大変にありがとうございました!」)(大拍手)
2009-12-19 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 栄光の朝

随筆 栄光の朝
  聖教新聞社 2010.1.2刊 ¥1300(税込)

まえがき

勝利の行進

創価の母に万歳を!(上) 「太陽の婦人部」は世界第一の輝き(2009.6.12)
創価の母に万歳を!(下) 進もう!「賢者はよろこび愚者は退く」(2009.6.13)
広布の賢者の壮年部(上) 厳たれ! 師弟不二の黄金柱(2008.12.17)
広布の賢者の壮年部(下) 師子の勇気を 不死鳥の大生命力を(2008.12.18)
対話こそ わが人生 「立正安国」は語らいから始まる(2009.6.28)
広宣流布の原点!我らの座談会運動 心を結べ!「偉大なる 庶民の力は 大波と」(2009.2.22)

共戦の歌声

わが師の思い出の歌――“五丈原”と“大楠公” 共に歌え 共に舞え 師弟の曲(2008.5.18)
わが尊き同志に贈る歌(上) 雄々しき歌声で 新時代を勝ち開け(2008.9.21)
わが尊き同志に贈る歌(下) 創価の妙音を響かせ 朗らかに!(2008.9.22)

青春の誓い

青年よ 広布の革命児たれ(上) 師匠の「志」を行動で受け継げ!(2007.12.19)
青年よ 広布の革命児たれ(下) 威風堂々 民衆の底力で勝て(2007.12.2)
師弟の宝冠「3・16」 大法戦で受け継げ! 広宣流布の闘志の魂(2009.3.16)
フレッシュマンの輝き 社会の大海原で 自己を鍛え抜け(2009.4.21)
世界の希望の宝・未来部(上) 強くなれ 嵐を越えて断じて勝て(2008.2.16)
世界の希望の宝・未来部(下) 師子の子よ 偉大な師子となれ!(2008.2.17)
2009-12-18 : 随筆集 :
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御書と師弟 第31回 妙法の陰徳陽報

池田名誉会長講義 御書と師弟 
              (2009.12.18付 聖教新聞)

第31回 妙法の陰徳陽報

我らは願って広布に尽くす!
師弟一体の労苦こそ必勝の力


御聖訓
 「此れ程の不思議は候はず此れ偏に
 陰徳あれば陽報ありとは此れなり」
         (四条金吾殿御返事、1180㌻)

 陰徳の
  労苦に励みし
   皆様は
  必ず幸《さち》の
   陽報あるかな

 朝、手にする聖教新聞から伝わってくるのは、寒風を突いて配達してくださっている「無冠の友」の真心の温もりです。
 いつ、いずこにあっても、私と妻の一念から、広布のために陰で戦われる尊き同志への感謝が離れることはありません。
 個人会場のご家庭の方々、いつもありがとうございます。
 創価班、牙城会、王城会、白蓮グループ、香城会、白樺会・白樺グループ、会館守る会、創価宝城会、サテライトグループ、設営グループなど、青年部、壮年・婦人部の皆様のご尽力にも、心より感謝申し上げます。また、各種会合の役員の方々には、この一年も本当にお世話になりました。
 さらに新聞長、教宣部、書籍長、文化長、統監部、民音推進委員等、広宣流布を大きく開拓してくださっている皆様方。そして儀典長、儀典委員の皆様、本当にご苦労様でございます。
 未来部育成部長、21世紀使命会をはじめ、大切な大切な人材を育む皆様方が、厳しい社会情勢のなか、どれほど奮闘してくださっていることか。
 私は、各地の誉れの一人一人に、直接お会いして、御礼をお伝えする思いで、今回の御文を拝してまいります。
 「此れ程の不思議は候はず此れ偏に陰徳あれば陽報ありとは此れなり」(御書1180㌻)──これほど不思議なことはない。まったく陰徳あれば陽報ありとは、このことである──
 これは、四条金吾に贈られた御聖訓です。金吾は、正しき信仰ゆえに、讒言をされ、主君である江間氏の不興をかい、所領を没収されかけるなど、長期にわたって苦境が続きました。
 しかし、ついには、主君の信頼を再び勝ち得て、以前より所領も加増された。坊主の謀略も、同僚の妬みもはね返し、威風堂々たる大勝利を飾りました。その弟子の実証を、日蓮大聖人は「陰徳あれば陽報あり」と喜ばれ、讃えてくださったのです。
 もともとは、中国の古典『淮南子《えなんじ》』に出てくる言葉です。
 「陰徳」とは、人の知らないところで積んだ徳をいいます。
 「陽報」は、目に見える具体的な結果を表しています。
 「陰徳」を積まずして「陽報」のみを追い求める。それは人生の正道ではない。そこには、因果律を弁えない愚かさがあり、努力を怠り、苦労を避けようとする弱さがあるからです。私たちにとって「陰徳」とは、人が見ていようがいまいが、勇気ある信心を貫き、真剣に誠実に智慧と力の限りを尽くしていくことです。「陽報」は、自ずとついてくるのです。
 いつ現れるか。それは、わからない。けれども絶対に、陰徳は陽報となって現れる。これが、「冬は必ず春となる」という仏法の法理です。
 四条金吾の過酷な逆境の冬は、5年の長きに及びました。普通であれば、へこたれ、つぶれてしまったかもしれない。
 しかし金吾には、自らの「陰徳」の一切を、見守り導いてくださる大聖人がおられた。
 御書には一貫して、金吾の「心」「心ざし」「一念」が深く強く固まるよう激励されております。
 「此の経を持たん人は難に値うべしと心得て持《たも》つなり」
 「心ざし人にすぐれて・をはする」
 「心の財第一なり」
 「心の財をつませ給うべし」
 「いよいよ道心堅固にして今度・仏になり給へ」
 「されば能く能く心をきたはせ給うにや」
 仏法の陰徳は「心」で決まる。「心」で耐え抜く。「心」で開く。そして「心」で勝つのです。まさに「心こそ大切なれ」です。
 ただ、その心というものは、すぐ縁に紛動され、揺れ動いてしまう。だからこそ、師の言われる通り仏道修行に励み、師の心にわが心を合致させていく。この不二の結合から、金剛不壊の仏の力が生まれるのです。

前へ前へ永遠に前へ
 私は、戸田城聖先生が最も苦難に立たれた時、師子奮迅の力でお仕えし、お護りしました。それは死闘でありました。当時の日記にこう記しております。
 「毎日、地味な、誰人にも知られぬ仕事。これが大事だ。自分の振る舞いを、満天下に示すのは、時代が決定するものだ」
 「私は再び、次の建設に、先生と共に進む。唯これだけだ。前へ、前へ、永遠に前へ」
 師弟の労苦に、少しも無駄はありません。全部、不滅の宝となり、栄光となっていきます。
 大変であればあるほど、自分が率先して祈り動く。誰よりも苦労して、勝利を開いてみせる。その決定《けつじょう》した「不惜身命」の信力・行力に、偉大な仏力・法力が現れるのです。
 広布も人生も真剣勝負です。油断や逡巡、要領や狡さがあれば、戦いは勝てません。
 昭和31年の大阪の戦いの折、私は早朝から全身全霊の指揮を執りました。
 一人一人の友を誠心誠意、励まし、大阪中を隅から隅まで駆けずり回りました。そして深夜は、ただ一人、丑寅勤行を続けました。
 もともと「絶対に不可能」と言われた戦いです。しかし「戸田先生のために断じて勝たせてください」と、私は祈って祈って祈り抜きました。打てる手は、すべて打ち尽くしました。
 丑寅勤行のことも誰も気づかなかった。だが御本尊は御照覧です。その陰徳に無量無数の仏天も応えて「“まさか”が実現」の陽報が厳然と現れたのです。
 学会活動に徹し抜いた功徳は絶大です。その功徳は、足し算ではなくて、いわば掛け算のように溢れ出てくる。これが一念の力であり、妙法の法則であり、勝利の方程式です。広布の責任を担い立つ行動は計り知れない威光勢力を広げます。

アメリカの良心カズンズ博士
「希望こそ私の秘密兵器」


祈りの宝刀で開け!
 古来、「陰徳陽報」とは、真面目に生きゆく人々の切実な願望であったといってよい。現実は複雑であり、健気な努力が報われない場合があまりにも多いからです。まして、人々の生命が濁った時代は、むしろ正義の行動が反発される。陽報が現れない。ここに人間社会の宿命的な矛盾がある。
 これに対して、妙法を根底とした「陰徳」は必ず「陽報」となって輝きます。仏法には「内薫外護」の法理があるからです。これも、戦う四条金吾に示された深義であります。
 「仏法の中に内薫外護と申す大《おおい》なる大事ありて宗論《しゅうろん》にて候」(御書1170㌻)、「かくれたる事のあらはれたる徳となり候なり」 (同1171㌻)。
 「内薫外護」とは、私たちの生命に内在する仏性が内から薫発し、外から自分を守り助ける働きとなることをいいます。つまり「陰徳」によって自身の仏性を輝かせることで、必ず外護の働きを招き、「陽報」を現していくことができるのです。
 妙法の「陰徳陽報」とは、自らの内なる一念の力で、外界の状況も揺り動かして勝っていく「生命の法則」なのです。
 戸田先生は言われました。
 「妙法の功徳は目に見えないうちに大きくなってくる。胸に植えた仏の種は必ず大樹になる。いったん、そうなってしまえば、その時には“もう功徳はいらない”と言っても、どんどん出てくるんだ」
 私のもとには、この厳しい不況と戦いながら、崇高なる「陰徳」を積まれゆく同志の報告が次々と届きます。
 「必ず勝ちます!」「見ていてください!」。私は妻とともに懸命に題目を送り続ける日々です。断固として「陽報」を勝ち取ることを祈っています。
 私が対談した、アメリカのカズンズ博士は「希望こそ私の秘密兵器」と語られました。
 「陰徳陽報」の妙法は、究極の希望の力です。勝利の力です。
 「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ」(同1143㌻)
 何があっても題目を唱え抜きながら、永遠に崩れざる幸福の大境涯を開き切っていく。祈りは「宝刀」です。これに優る陰徳はありません。これが、妙法の「陰徳陽報」です。
 大聖人は、絶え間なく金吾に励ましを贈り続けられた。これが仏の振る舞いであられる。
 トインビー博士は、北海道の青年教育者に言われました。
 「人々が『ありがとう』という言葉を、昨日よりもきょう、 一回でも多く交わすような人間社会の創造に努力してほしい」
 陰で苦労する人に、最敬礼して感謝と労いの声をかける。喜びが広がり、力は倍加する。ここに、創価の世界があります。
 さあ創立80周年へ! 共々に励まし合い、偉大な「陰徳陽報」の勝利の金字塔を、痛快に打ち立てようではありませんか!

 晴ればれと
  この世 勝ち抜き
   三世まで
  我らの生命《いのち》は
   不滅の功徳と
2009-12-18 : 御書と師弟 :
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明日をつくる“教育の聖業”

明日をつくる“教育の聖業” デンマークと日本 友情の語らい
ハンス・ヘニングセン 対談
  潮出版社 2009.12.21刊 ¥1500(税込)

第1章 “生の啓発”の教育
 教育・福祉・環境──世界をリードするデンマーク
 出会いと共感──初訪問の思い出
 「国民高等学校」──民衆教育の原点
 「生涯教育」の伝統
 「対話」と「啓発」

第2章 不戦の世紀と民主主義の力
 多くの島々からなるデンマーク
 民衆を鼓舞する歌の力
 7000人のユダヤ人を救出
 民主主義こそ戦争をなくす最善の手段

第3章 よりよい社会へ 福祉大国の挑戦
 アスコー国民高等学校の「池田池」
 エスター・グレース博士の詩
 世界トップレベルの福祉
 仏法の福祉の思想
 環境・政治・平和
 少子化社会の問題点

第4章 義務教育の現在、そして未来
 「読み聞かせ」の大切さ
 デンマークの公立の小中学校
 生徒も学校理事会の「理事」に
 「就学の義務」ではない
 「試験」「成績」がない
 「仏知見」の「開示悟入」
 「試験のない国」の揺らぎ

第5章 義務教育と生涯教育
 ヘニングセン先生の恩師の本
 「継続教育学校」とは
 「常不軽菩薩」の心で
 「フリースコーレ」とは
 「素晴らしい世界に生きている」
 「高等教育機関」の概観
 人間は何歳まで学べるか

第6章 世界へ広がった国民高等学校
 「国民高等学校」との名前は適切か
 グルントヴィ思想の外国への普及
 ローザ・パークスさんも国民高等学校に
 「寄宿学校」から生まれる人間的交流
 国民高等学校は農村から生まれた

第7章 女性の美質が尊重されゆく社会へ
 「女性教育」の希望の光
 アスコー校のモットー
 「生のための学校」
 アスコー校の特徴

第8章 世界に開かれた学校
 学生の思い出
 首脳が教育現場の最前線に
 留学生は友好の使者
 「生きた言葉」と「死んだ言葉」
 政治家が学ぶべきこと
 アメリカ創価大学の「教養教育」

第9章 宗教と社会
 グルントヴィと宗教
 「人間のための宗教」
 アインシュタイン博士の宗教観
 ①創始者の「原点の心」に回帰
 ②「共通項」を見出す
 ③「共通の目的」をもつ
 ④「教育で連帯」する

第10章 教育における「師弟」
 師グルントヴィと弟子コル
 「師弟」とは「徒弟」「主従」と異なる
 「弟子の勝利」が「師弟の勝利」
 「妙の三義」と啓発教育

第11章 教師像をめぐって
 最大の教育環境は教育者
 3万事例に迫る「教育実践記録」
 ヘニングセン氏の「座右の銘」
 菩薩の「四弘誓願」と教育者
 「間接伝達」と「自分で考える力」
 女性教師の特質とは

第12章 いじめ・人権・平和の文化
 「平和の文化と子ども展」
 いじめ──「安心と成長の大地」の崩壊
 人権──「他者を尊敬する」ことを学ぶ
 「三草二木の譬え」と「桜梅桃李」
 大人が「手本」を示す
 「いじめの傍観」も「いじめ」
 地球規模の「構造的暴力」にも目を

第13章 いじめ・人権・環境教育
 「人生とは関わること」
 利他の「競争」社会へ
 「教育権」の独立
 環境教育をめぐって

第14章 環境教育と宗教・恩師・詩心
 環境保全への取り組み
 人間・自然・環境総体が「生命」
 仏法で説く「五種類」の物事の見方
 問われているのは「大人の心の眼」
 恩師ハンセン先生の思い出
 教育に詩心を!

第15章 平和教育と対話の大光
 戦争の惨禍のなかで
 すべては「互いにつながっている」
 地球市民の要件とは
 「一念三千」の希望の哲学
 「平和の対話」の旗を高く!
2009-12-17 : 教育を語る :
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ゴルバチョフ元ソ連大統領と会談

池田SGI会長 ゴルバチョフ元ソ連大統領と会談    (2009.12.9 渋谷区・東京国際友好会館)

SGI会長
歴史を創るのは民衆 人間主義しか道はない
ゴルバチョフ総裁
貧困を見捨てぬ世界へ再構築
ライサ夫人
私は希望を手放さない!
あきらめない人が最後の勝者


 池田SGI(創価学会インタナショナル)会長は9日午後1時半前から、明治大学等の招聘で来日中の元ソ連大統領であるゴルバチョフ氏(ノーベル平和賞受賞者)と渋谷区の東京国際友好会館で再会し、約1時間にわたり親しく語り合った。両者の語らいは、2年6カ月ぶり10度目。氏は現在、「社会・経済・政治研究国際財団(ゴルバチョフ財団)」総裁として世界を奔走。平和・核軍縮等に尽力する。席上、逝去から10年を迎えたライサ夫人の思い出をめぐり、語らいが広かった。さらに「ベルリンの壁」崩壊20年にあたり、今後の情勢を展望。世界を襲った経済危機の原因に迫るなど、話題は縦横に。約1時間にわたった会見は、人類が歩むべき21世紀の道を照らして──。会見には、総裁の令孫のアナスタシアさん、同財団のパラシチェンコ国際交流・広報部長、ポリャコフ補佐官、学会の原田会長、江藤・池田(尊)副会長が同席した。

池田SGI会長 ようこそ、お越しくださいました! お会いできてうれしいです!
ゴルバチョフ総裁 私も本当にうれしいです!
 ──出会いの瞬間、トレードマークの“ゴルビー・スマイル”を満面に浮かべた総裁。
 さらに総裁は、一段と笑顔をほころばせながら、「孫娘のアナスタシアです」と同行の令孫を紹介した。
 「お会いできて、うれしいです! 以前にもお会いしました。お久しぶりです!」──あいさつする令孫のアナスタシアさん。そのはつらつとした声が、出会いの劇に、みずみずしい彩りを添える。
 「ようこそ! ようこそ! お元気でうれしい、うれしい」と会長も何度も喜びを。

追悼文集の最初に真心の一文が
 2年6ヵ月ぶり、10度目の出会い。
 この日も麗しい家族の語らいが花開いた。
 多忙な総裁を気遣いながら、「きょうは、わが家に帰ってきたと思って、ゆっくりしてください」と語る会長。
 さらに会長は、総裁の胸に手をあて、逝去から今年で10年を迎えたライサ夫人を偲びながら、こう語った。
 「私の妻も、きょうは朝から、奥様(ライサ夫人)との思い出を懐かしそうに話しておりました。
 本当に奥様のことが大好きでした。心から尊敬していました。
 きょうは、本来ならば妻も出席したかったのです。
 しかし、総裁とお会いすれば(ライサ夫人のことを思い出して)涙が出てしまうからと、参加を控えさせていただいたことを、ご了解ください」と。
 その瞬間、込み上げる思いを抑え切れない様子で、目頭を熱くした総裁。周囲にも深い感動が広がった。
 席上、総裁は大切に持っていた1冊の本を取り出した。それは、ライサ夫人の逝去10年に寄せて発刊された「追悼文集」であった。
 総裁は、澄んだ眼で、まっすぐに会長を見つめながら語った。
 「この追悼文集は、娘のイリーナが、親しい友人だちと一緒につくったものです。この本には多くの人の文章が載っていますが、一番最初に収められているのが、池田会長の文章なのです」
 そして総裁は、その場で、本の扉のページに、次のように感謝の言葉を綴った。
 「親愛なる池田大作会長、香峯子夫人」
 「温かい友情と、深い追悼文を寄せてくださったこと、すべてに感謝します」
 その文集を手渡すと、会長は「光栄です。うれしいです。素晴らしい“宝”です」と深い感謝を。
 追悼文集を開くと、最初のページを飾っているのが、総裁夫妻と会長夫妻の写真──。
 1997年に関西創価学園を訪れ、学園生に笑顔で手を振る場面である。
 その写真とともに、SGI会長の一文(『人生は素晴らしい』〈中央公論新社刊〉に収録されたライサ夫人の人物エッセー)が掲載されている。
 追悼文集には、ほかにも、フランスのミッテラン元大統領夫人、イギリスのサッチャー元首相、統一ドイツのヴァイツゼッカー初代大統領など、総裁夫妻と深い親交のあった著名な人物の寄稿が収められている。

一家の勝利は夫人の勝利!
会長 ライサ夫人は、世界中の女性に愛された方でした。
総裁 その通りです。私よりも、彼女のほうが、愛されていたと思います(笑い)。
会長 本当に、聡明で、美しい女性でした。博学で、謙虚な指導者でした。優しく、そして強い母でした。
 ライサ夫人は、綴っておられました。
 「私がいつも願うことは、主人が知り合った若い頃のままでいてほしいということです。勇敢で、たくましく、かつ心優しく。そして、好きな歌をまた歌えるように、好きな詩を朗読できるように、今までのように屈託なく笑えるように、願っています」と。
 このライサ夫人の願い通り、総裁は、元気で、お嬢さん、お孫さんと行動を続けておられます。
 ご一家の勝利は、ライサ夫人の勝利です!
総裁 ありがとうございます。ご紹介してくださった言葉はごライサが生前の手記の中に書いた言葉です。
 私たちの人生には、劇的なことがありました。ロシアにも、たくさんの辛いことがありました。
 そのすべてを彼女は、わが事のように一緒に苦しみ、乗り越えてきたと思います。
 ──ライサ夫人には『私は希望をもつ』と題する著作がある。
 総裁は、さらに夫人が生前、新たに本を書きたいと願い、たくさんの資料を収集し、すでに各章の名前まで決めていたことを紹介。ライサ夫人が一枚の紙に赤い字で「何のために心が動いたか」との言葉を残していたことに触れ、これを本のタイトルにしたかったのではないかと思うと語った。そして、彼女の代わりに、私か長生きをして、後世に本を書き残したいと述べた。
 かつて錦秋の関西創価学園を訪れたライサ夫人は、学園生にこう呼びかけた。
 「人生には、さまざまな痛手を受けることがあります」
 「しかし『達成できる何か』はあります! 何か『実現できる夢』は必ずあるのです! だから、最後に勝利する人とは、たとえ転んでも、立ち上がり、再び前に進む人です」
 この夫人の言葉は、創価の友への希望のメッセージとなって、今も光り輝いている。

「部屋にある富士山が一番」
総裁 一昨日、(東京から)大阪に行く途中、富士山が見えました。その時、私は周りの人たちに、こう言ったのです。
 「自分の部屋にある富士山が一番だ」と。その富士山とは、池田会長からいただいた富士山の写真です。
パラシチェンコ国際交流・広報部長 池田会長もご存じと思いますが、(モスクワにある)ゴルバチョフ財団の賓客を迎える部屋に、富士山の写真が飾られているのです。
総裁 私は、この写真のことを会う方たちに話しています。
会長 光栄です。
総裁 ところで、“ゴルバチョフ夫婦桜”は育っていますでしょうか。
 〈1993年4月、ゴルバチョフ夫妻が創価大学を訪問した際に、大学の構内に“夫婦桜”を植樹した。関西創価学園にも97年11月、夫妻が訪れた折に、枝垂れ桜が植樹されている〉
会長 立派に育っています。
総裁 私はまだまだ元気で、長生きしますから(笑い)、ぜひ次回の来日の際には見せてください。
会長 もちろんです。桜は一番いい場所に立っています。大事にしています。
総裁 桜は私と池田会長の友情のシンボルだと思っています。
会長 ありがとうございます。
総裁 来年は、創価学会の創立80周年であり、学会は幾重にも大きな佳節を迎えられます。ぜひ、そのお祝いにうかがえればと思っています。
 ただ、最近は以前に比べれば、長時間、飛行機に乗ることは少なくなってきました。
 池田会長も私も、生涯を通して世界中を駆け巡ってきましたね。
会長 本当に、その通りです。
 総裁は世界一です!
 歴史に輝く偉大な指導者です。
 私も世界の各地で、忘れ得ぬ思い出を幾つも刻んできました。平和のため、人類の未来のために、各国のリーダーや識者と胸襟を開いて対話を重ねてきました。
 お忙しい総裁に、きょうはゆっくりしていただきたいのです。
総裁 ありがとうございます。
 ──ここで、ゴルバチョフ総裁は関西創価学園を訪れた時の思い出を述懐。
 総裁は「生徒たちが、制服の上着をいっせいに投げ上げた光景が忘れられません」と、懐かしそうに語った。
総裁 世界で、少しずつ変革の波が高まり、さまざまな変化が起こっています。
 アメリカにオバマ大統領が誕生したのは、意味のあることだと思います。
会長 同感です。そうした変化を、歴史を開く跳躍台にしていかねばなりません。
総裁 私たちの対談集も、新たな言語で発刊されました。
 互いに喜びあいたい。よき書物を残すことができ、うれしく思います。
 〈『20世紀の精神の教訓』のスロバキア語版が11月末に発刊された。これで10言語目となる〉
会長 各国の学術界や教育界から、“未来への教科書”として、大きな反響が寄せられています。
総裁 教科書というのも、わかります。対談を行いながら、私は池田会長から、たくさんのことを学ばせていただいた。
 ですから、私が“最初の生徒”なのです(笑い)。
会長 偉大な人は、ご謙虚です。
 ──次いで、SGI会長と総裁の新たな対談が本年、月刊誌「潮」に3回にわたって掲載されたことも話題に(2~4月号)。
 総裁は「21世紀の朝《あした》のために、池田会長と、さらに対話を続けたい」と心情を語った。

「崩すべき壁はたくさんある」
会長 本年は「ベルリンの壁」の崩壊から20年。
 私は、この“分断の壁”がつくられ始めた2カ月後に、西ドイツへ渡りました。今から48年前のことです。〈1961年10月〉
 冷たい壁を前に、私は、同行の友に、こう語りました。
 「この壮大にして強固な壁は、30年後には、なくなっているだろう」と。
 その際、将来、必ず壁が破られる日が来ることを願い、深き祈りを捧げたことは忘れられません。
 そして、28年後の89年11月、壁は崩壊したのです。
 先月、ゴルバチョフ総裁は、英国の「タイムズ」紙に論考を寄せられました。「この壁を破ろう! そして地球を救おう!」と。
 その中で、総裁は、「今、我々が崩すべき壁は、一つではなく、たくさんある」と指摘されました。
 それは“発展を手にした先進国と、発展を遅らせたくない途上国との壁”“気候変動を起こした国と、気候変動に苦しむ国との壁”“自らの行動も変え、地球規模の大胆な行動を求める民衆と、民衆を置き去りにしようとする指導者との壁”などであると。
 そして「今再び『壁を破ろう!』との叫びが響く……これは、歴史の声である」と力強く呼びかけておられます。
 思えば、かつて冷戦の時代、人々の心を閉ざしていた「あきらめの壁」「無力感の壁」を破ったのは、総裁でありました。
 今再び、「どんな壁も必ず打ち破れるのだ」という勇気を、私は総裁とともに、世界の青年に贈りたい。
総裁 光栄です。
 このように私の発言に目を通してくださり、ありがたく思います。
会長 また先月、総裁は「ベルリンの壁」崩壊20年を記念して、ドイツの首都ベルリンを訪問されました。
 多くのそうそうたる指導者が居並ぶ中で、総裁の発言は、ひときわ光っていました。
 ──東西のドイツ統合の主役は「民衆」であった。
 第一に「ドイツの民衆」である。そして、新たなドイツヘの信頼を表明した「ロシアの民衆」である──と。
 歴史を動かす力は何か。それを、ロシアの大文豪トルストイは一人一人の民衆の中に見出し、名作『戦争と平和』に綴りました。
 創価の民衆の連帯は今、世界192力国・地域に広がりました。たくさんの同志が、総裁を敬愛し、支持しています。これからも、ともに「平和と教育」の大叙事詩を綴り残しましょう!

SGI会長
創価大学 関西創価学園に“ゴルバチョフ夫婦桜”
日露友好の桜花よ薫れ
ゴルバチョフ総裁
SGI会長のお陰で桜の季節に初来日
友情と協力の道を共に


世界中が“創価”
 ──ここで話題は、創価同窓生の活躍に。
 ゴルバチョフ総裁夫妻は、幾たびとなく、創大生・学園生に熱い声援を贈ってきた。
会長 創価大学の学生から「総裁にくれぐれもよろしくお伝えください」との伝言を預かってまいりました。
 総裁は、創価大学の「名誉教授」「名誉博士」であられるので、敬意を表して、創大をはじめ、創価教育の現状をご報告します。
 また、アメリカ創大へも、開学式などに、度々、メッセージをいただき、感謝に堪えません。
 総裁をはじめ、世界からの期待に応えて、創価同窓生は、各界で力強く活躍しております。
 例えば──
 司法試験合格者は約230人。
 公認会計士・税理士は約350人。
 博士号取得者は約400人。
 国会議員は10人。地方議員は約400人。
 医師は、医学生を含め約370人。
 教員採用試験合格者は約6000人です。
 世界に羽はたく約8万人もの創価の同窓生は、総裁と私の対談集も学び、総裁の平和の信念と理想を受け継いでいます。
総裁 世界中が“創価”ですね!。
 これほど、若い、素晴らしい専門家が育っているというのは、すごいことです。
会長 うれしい言葉です。
総裁 池田会長が毎年決まって、卒業生と会われていることも、うかがっております。
会長 ありがとうございます。尊いお話、感謝します。皆に伝えます。
総裁 お願いします。必ず、創価教育の皆さんによろしくお伝えください。
会長 責任を持って伝えます。きっと喜ぶでしょう。

ペレストロイカの苦闘
 ──会見は佳境に。昨年から広がった世界的な経済危機が話題にのばった。
会長 今回の経済危機が引き起こされた最大の要因は何であったと思われますか。
総裁 1980年代、ソ連の内部で起こった「ペレストロイカ」(改革)、「グラスノスチ」(情報公開)が、世界的な潮流を生み出し、東欧の自由化にも波及しました。
 ソ連とアメリカの関係、ソ連と中国の関係も改善し、国際関係の良い流れがつくられていたのです。
 (1991年4月には)池田会長のおかけで日本にも初めて訪れることができました。首相の海部さんとは何度も会談し、非常に深い話し合いができました。
 ──答えを探し求めるように、総裁の回顧は続いた。
 極端なリベラリズム(自由主義)の弊害を取り除くと同時に、極端な共産主義の弊害をも取り除こうと努力したペレストロイカの苦闘。
 その渦中の90年7月、総裁はSGI会長と出会った。
 そして初会見の場で「ペレストロイカの『新思考』も、池田会長の哲学の樹の一つの枝のようなものです」と語ったのである。
 当時を振り返って総裁は「新しい秩序が世界に築かれるチャンスでした」と強調した。
 冷戦は終わった。しかし、衝撃的なクーデター未遂事件などを経て、ペレストロイカの試みは挫折した。

独裁権力を捨てた権力者
 ──SGI会長とゴルバチョフ総裁。二人が語り合う部屋には、ライサ夫人の追悼文集が置かれている。
 そこに掲載されたSGI会長の文章には、次のような一節が刻まれている。
 「私は、いつも思っていた。
 『なぜ、これほどの平和の功労者が迫害されなければならないのか! ご夫妻のおかけで冷戦も終わったのではないか。人類みなが感謝し、大切にするべきではないか!』」
 「考えてもみよう。かつて氏には『万能』ともいうべき独裁権力があった。その権力を使って、氏がやったことは何だったか?
 独裁体制を捨てて民主化を進め、民衆の自由を回復することだったのである!
 ひとたび『自由の水門』を開けば、批判や攻撃の奔流は氏自身にも容赦なく襲いかかってくるかもしれない。その危険を覚悟の上で! 他のだれに、そんなことができただろうか?」
総裁 西側諸国は、“自分たちは勝利した”と思い込み、自分たちのシステムを変える必要はないと考えました。
 一方、旧ソ連の人々は、“国の指導者が独裁者だったから事態が悪化したのだ。ゴルバチョフに責任がある”と批判しました。
 ──SGI会長の追悼文にも分析されている。
 「(ゴルバチョフ夫妻は)国内のみならず、人類が『戦争の恐怖なしで暮らせる』よう、東西冷戦を終わらせた。ある人々は、それを『西側の勝利』と呼んだが、はたしてそうだったろうか」
 冷戦の終結は、「全人類が平和に暮らしていける道」を開こうとした人々の願いの結実ではなかったか。SGI会長は続ける。
 「その本質を各国の指導者が理解し、学ばなければ、冷戦後の21世紀も、『戦争なき世界』は創れないであろう。
 ライサさんは明快であった。
 『主人は苦しみや、裏切りを味わいました。しかし、世界のために戦い続けました。自分のためではないことは、そばにいて、私が証明できます。裏切った人たちは、結果的に悪くなっています』と」

新たな規範を
 ──無理解と中傷の嵐の中を生きた総裁は、SGI会長の前で真情を吐露した。
 「権力闘争が激化して、ヨーロッパでも紛争が起こりました。本当に心が痛みました。
 中央アジアは分断され、“世界の民主化を進める”
というスローガンのもと、中東への攻撃が始まりました。
 アメリカは“あの国々を近代化する”と言いながら、まったく違う方向に事態は進んだのです」
 ──さらに総裁は訴えた。
 「本当にすべきだったのは、『発展』のモデルそのものを、違う方向へと転換することでした。
 それまで、どんな犠牲を払ってでも利益を大きくすることが『発展』であるとし、貧しい人々を置き去りにしてきた。その“考え方そのもの”を変えねばならなかったのです。
 この失敗から様々な悲劇が起こり、昨年来の経済危機も生じたのだと私は考えます」
会長 危機を打開するために、今できることは何だと総裁は考えますか。
総裁 危機を乗り越えるカギはどこにあるでしょうか。現在の政治の世界にも、現状に目を開き始めた人々がいます。
 金融危機から、一つの現実が見えてきました。私たち人類は、今までの生き方を変え、新たな規範、新秩序をつくらねばならない、という現実です。
 「競争」だけではなく、「協力」する世界をつくらねばならない。軍事力の世界も「競争」です。この競争を止めなければなりません。
会長 まったくその通りです。人間主義しか道はありません。
 ──さらにSGI会長は、総裁が推し進めている、各分野で貢献した女性を顕彰する「世界女性賞」の活動に触れた。

あらゆる分野に生かせ女性たちの声を!
会長 もしご存命なら、ライサ夫人こそ「世界女性賞」にふさわしい方だったでしょう。
 今年は、私の友人でもあるベティ・ウィリアムズさん(ノーベル平和賞)も受賞されました。
 平和の原動力は女性です。社会で活躍する女性たちの姿から学ぶことは何でしょうか。
総裁 ライサが生きていた時、「ライサ・マクシーモブナ・クラブ」と呼ばれる女性の集まりをつくりました。
 その趣旨は、「女性の声を、国のなかでしっかり聞こえるものしなければならない」というものでした。
 女性たちは喜んで加わりました。さまざまな女性の声を集め、一国の指導者に送るのです。
 現在では女性のほうが男性よりも活発で、信頼性も高い。政治の世界でも、そのように感じます。
 社会生活の全般にわたって、もっと女性の声が反映されれば、おそらく世界は今よりずっとよくなり、失敗も少なくなるのではないでしょうか。
会長 素晴らしいお考えです。

人道主義の温かさを!
 ──語らいの時は瞬く間に過ぎる。
総裁 私は、池田会長との友情を本当に大切に思っています。私たちの協力関係において、会長はエネルギッシュに、すべてを前へと引っ張ってくれています。
 これからも創造の才を発揮してください。会長の平和・文化へのリーダーシップに、私もついていきたいと思います。
会長 ご謙遜です。しかし、そのお気持ちがうれしい。二人の友情を、さらに強く! 今、私は固く決意しました。
総裁 池田会長の力は、権力でもなく、腕力でもありません。会長は詩人であり、哲学者です。
 その会長の力は、人格であり、哲学の深さであり、人間性の大きさです。それを心から尊敬しています。
 その人道主義の温かさがなければ、政治も経済もすべて、冷たいものになってしまう。ゆえに、池田会長の影響力が、世界に、いやまして浸透していかなければいけないと思っています。
 ──出口に向かいながら、「ぜひ、お互いに、お元気で」と快活に語る総裁。
 SGI会長は、「お元気で。きょうの対話は一生忘れません」と応え、アナスタシアさんにも温かく声をかける。
 総裁と令孫を乗せた車が動き出し、大きく手を振るSGI会長。
 積み重ねられた10度の出会い。
 時代は転変した。しかし、日露友好の大きな扉を開けた二人の友情は、いささかも変わらず、さらに深みを増して──。
 芳名録には、次のように綴られていた。
 「私たちは貴殿のもとを訪れることができ、大変に幸せでした。友情に心から感謝します。またお会いできる日を楽しみにしております。 M・ゴルバチョフ アナスタシア」
2009-12-12 : 世界との語らい :
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随筆 人間世紀の光 No.212

随筆 人間世紀の光 No.212  (2009.12.11付 聖教新聞)

我らの「大座談会運動」

ここに人間共和の故郷が!
“仏を敬うが如く”一人一人を大切に


共に語ろう!共に進もう
励ましの“座談の園”こそ広布前進の原動力



 君もまた
   そして私も
    晴ればれと
  元初の同志か
    勝利の王者と

 「もっとも快適な集会とは、各員の相互に対する畏敬の念がみなぎっている集会である」
 今から200年前の1809年、ゲーテが小説『親和力』に記した言葉である。
 ──ここで「畏敬の念」とされた個所は、「明るい尊敬」や「晴やかな気分で敬意を払いあう」などとも邦訳されている。
 かの大文豪も、創価の座談会に参加したならば、驚嘆の声をあげるであろう。
 友と友が相互に尊敬の眼差しを交わす麗しき集い。それが、私たちの誇り高き学会伝統の座談会である。
        ◇ 
 「他人の心を発見することによって、人は自らを豊富にする。人は和やかに笑いながら、お互いに顔を見合う」
 フランスの作家サン=テグジュペリの洞察である。
 「それでは、“ザダンカイ”を始めましょう!」
 地球の東西南北、いずこの地でも、その一言とともに笑顔がはじける。
 北極圏の島々でも、南米エクアドルやアフリカのウガンダなどの赤道直下の国々でも、大陸の南端の地域でも、さらに仏教発祥の天地インドでも、民主主義の源流のギリシャ・アテネでも、世界の大都市・ニューヨーク、ロンドンでも、モスクワや香港、マカオでも、“ザダンカイ”は朗らかに開催されている。
 “心の砂漠化”が憂慮される世界にあって、創価の歓喜の語らいが弾む“民衆のオアシス”は、地球上を潤しながら広がっている。今や“ザダンカイ”は世界の友の共通語なのだ。
 この国境を超えた共感の理由は、座談会には「当如敬仏」(当に仏を敬うが如く)と、法華経に説かれた人間主義の精神が脈打っているからだ。
        ◇
 万年の
  創価の道は
    多宝なる
  歓喜と幸《さち》の
   世界の家族と

 日蓮大聖人は「立正安国論」の初めに、「屢《しばしば》談話を致さん」(御書17㌻)と、胸襟を開いた座談の対話を宣言された。
 この大聖人の御心に直結した座談会には、他者を冷笑する無慈悲はない。人を抑圧する権威主義もない。差別もない。感傷もない。
 いかなる苦悩があろうとも、“誰もが幸せになる権利がある”“絶対に幸福になれる”と確かめ合う、温かい「人間尊敬」の励ましと信頼が光っている。
 だから垣根がない。南太平洋の楽園の島フィジーでは、座談会にキリスト教やイスラムなど宗教各界の関係者も加わり、友情の花が咲き広がる。
 座談会は、人種や民族、宗教の差異、社会的立場の相違を超え、苦しみも楽しみも、皆が分かち合う、人間共和の故郷なのだ。
 インドネシアのイスラム指導者でもあられるワヒド元大統領も、座談会の意義に共感して語られた。
 「お互いに良いところを学び合い、お互いに良いところを与え合う──そうしたプロセスこそ人間性をともに高め合う道にほかなりません」
 また、「苦しい時、辛い時にこそ、励まし合い、支え合う。友情は、まさに人生の宝ですね」と。
        ◇
 戦雲が日本を覆う昭和17年の4月、東京は初の空襲を受けた。その恐怖も覚めぬ翌5月、初代会長・牧口常三郎先生は、勇んで中野支部の座談会に出席されている。そして御書を踏まえ、集った40人に大確信の激励をなされた。
 「魔の出るのが法則」、そして、「魔を恐れてはならない、従ってはならない」と。
 広宣流布と宿命転換の戦いには、必ず三障四魔が競い起こることを厳然と教えていかれたのである。
 無差別爆撃の危険に晒されるとともに、軍部政府の民衆統制が強まり、座談会を開くだけでも大変だった。当時、会員に配布された資料の注意事項には、座談会は「警戒警報発令中は中止」とある。特高警察が座談会に来ることも多かった。
 牧口先生が、蒲田にあった私の妻の実家での座談会に出席してくださった時も、特高が監視していた。
 妻は先生のお側についていた。妻の母は、幼い少女が一緒ならば、特高の監視も少しは和らぐと考えたのだ。創価の母は強く賢い。
 牧口先生は、狂気のファシズムなどには断じて屈しなかった。
 逮捕の直前まで、敢然と座談会を、そして確信の対話を続けられたのである。

創価興隆の原点!
 いかなる時代、いかなる社会になろうとも、学会は座談会を根幹に邁進する!
 これが、創立の父の烈々たる信念であった。
 この先師の心を、恩師・戸田城聖先生が寸分違わず受け継がれたのである。
 軍部政府の弾圧で、信心弱く臆病な幹部たちは退転した。だが、尊極の師弟不二の魂は、国家権力の暴圧にも微動だにしなかった。
 「学会の再建にあたっては、座談会の復活が根本である」──昭和20年7月の出獄後、先師・牧口先生の御遺命を継ぎ、復興に立たれた戸田先生は決意なされたのである。
 そして先生は、敗戦から9カ月と経ない昭和21年の5月5日、自ら率先して蒲田の座談会場に赴き、友を励まされた。
 その年の9月には、戦後初の地方指導で栃木を訪問し、座談会に出席された。いな、自ら最高に楽しき座談会を推進されたのだ!
 今、その源流の天地である那須の栃木研修道場には、「座談会の碑」が建立されている。
 私は、両先生を偲び、碑文を贈った。
 「学会再建と発展の軌道は この座談会の地道なそして粘り強い開催をもって描かれた」
 座談会は、「創価興隆の原点」である。生気潑剌たる座談会の勢いがあるからこそ、我らの前進も、拡大も、勝利も生まれるのだ。
 あの「二月闘争」も、「大阪の戦い」も、座談会が大拡大の舞台となった。

自ら歯車を回せ!
 座談会があるから、学会は強い。絶対に崩れない。
 戸田先生は叫ばれた。
 「百万言の耳当たりの良い理論よりも、一つの座談会の実践のほうが、はるかに広宣流布の歯車を回すことになる」
        ◇
 卑劣なる
  迫害 破りて
   決然と
  創価の家族は
   スクラム愉快に

 昭和53年の5月18日──この日、中国方面の最高協議会を終え、私が向かったのは、山口県の大歳《おおとし》支部の座談会であった。
 急遽の出席で、私が会場のお宅の縁側から顔を出すと、驚きの歓声が起こった。家に上がらせてもらうと、皆、緊張気味である。そこで、私が司会を買って出た。“集って良かったと心から思える盛会に”と座談会を進めた。元気いっぱいの未来部も大勢いた。
 嬉しいことに、中国方面では、座談会を通して未来部を育む良き伝統がある。
 笑いが渦巻く家族団欒の温かさのなか、自然に質問会となり、私は友の声に耳を傾け、誠心誠意の励ましを贈ったのである。
 「まじめで愉快な会話がわれわれの力を倍加することは、きわめて確実である」とは、アメリカ・ルネサンスの思想家エマソンの達見であった。
 ともあれ、各人の幸福のための信仰であり、座談会も、その一人の信心を触発するためにある。参加した全員が主役なのだ。
 ゆえに担当幹部と中心者の一念が大切になる。
 真剣に友の幸福を祈り抜いて集うのだ。事前の準備も大事である。一人ひとりに敬意と感謝の心遣いをしていきたい。
 特に、陰で健闘する同志を真心から讃えることだ。
 フランスの思想家モンテーニュは記した。
 「私は他人に立派な点があるのを見れば、それを心から誉めたたえる」「友人たちに見いだした美点は彼らのために喜んで証言する」
 限られた時間では、皆が話せぬ場合も多い。だが、勇気と決意に漲り、和気あいあいと心の通った座談会ならば、誰でも「次もまた来よう!」と満足していけるものである。

幸福勝利のリズムを
 座談会は「地域に開かれた広場」である。
 私は、山口の大歳支部の友に呼びかけた。「参加者は、共々に信心の向上と地域の発展のために尽くすことを忘れてはなりません」
 座談会から、どう社会で勝利を開いていくことができるのか。一人の信仰者として、次の座談会までに、どれだけ前進と勝利の実証を示していけるのか。
 「月月・日日につよ(強)り給へ・すこしもたゆ(撓)む心あらば魔たよりをうべし」(御書1190㌻)とは、日蓮大聖人の厳命であられる。
 リーダーも、副役職の方も、担当幹部も、座談会を軸に据えて、個人の日々の戦い、同志の家庭指導に力を注いでいくことが肝要となる。わが後継の男子部、女子部、学生部の皆さんも、大いに活躍してもらいたい。
 会合の成功だけでなく、当日までの地道な実践が勝負である。
 個人指導、対話の拡大、地域・社会での実証、当日の座談会の充実──座談会に連動したダイナミックな“幸福勝利のリズム”が「大座談会運動」の本質ともいえよう。
 この生命錬磨の連続作業のなかに、学会永遠の指針に示された、「各人が幸福をつかむ信心」も、「難を乗り越える信心」も、「絶対勝利の信心」も、厳然と一人ひとりの胸中に打ち立てられていくのである。
 そして、座談会に集えなかった友には、より懇切な励ましを尽くす。座談会場を提供してくださる同志には、心から感謝の言葉をかけていく──こうした誠実一路の振る舞いも、新時代の「大座談会運動」の要諦であることを忘れまい。
 もう一点、近隣への丁寧な心遣いをお願いしたい。社会の中の座談会だ。自己満足ではいけない。
 駐輪・駐車や、屋外での無遠慮な私語などで、周囲に迷惑をおかけしては、なんのための座談会か。
 戸田先生は教えられた。
 「座談会は、慈愛に満ちあふれた、この世で一番、楽しい会合にしたいものだ」
 「社会が不安で殺伐であればあるほど、絶対に明るい、自信と勇気に充ち満ちた座談会にするのだ」
        ◇
 はるばると
  友好城に
   集い来し
  皆様 守らむ
    梵天 帝釈

 現在、全国各地で本部幹部会の「インターネット中継」が開催されている。
 日本の最西端の与那国島などの離島や、山間部、交通が不便で会館が近くにない地域等々、今まで衛星中継を見られなかった場所で、直結の集いが行われるようになった。終了後、寄せられる喜びの報告を、私と妻は、いつも胸を熱くして拝見している。
 どんなに遠く離れていても、心と心は通い合う。
 私が、あの伊勢湾台風の被災直後に駆けつけてから50年を迎えた三重でも、師弟の思い出を刻んだ写真を大切に飾りながら、会場を提供してくださる友がおられる。
 健気な同志の姿に、ただただ合掌する思いである。
 法華経には、正法が説かれる場で「(人に)勧めて坐して聴かしめ、若しは座を分って坐しめば」、その功徳で梵天・帝釈・転輪聖王の座を得るとある(随喜功徳品第18)。
 会場提供の大功徳が子々孫々まで流れ通うことは、絶対の生命の因果律だ。
 地域に根を張った同志への信頼から、地域の有力者や新来者の方が、衛星中継に喜んで参加してくださっている所も多い。
 「百聞は一見に如かず」
 友人の方からは、映像を通し、仏法の理解が深まったという感想が届く。
 創価の青年のパワーに感動し、最後に一緒に唱題をされる参加者もおられるようだ。

小単位の対話から!

 あの地にも
  また この天地も
   勝ち戦
  地涌の凛々しき
    正義の若武者《きみたち》

 「小さな集い」には人の心を変える力がある。
 以前お会いしたアメリカの女性木版画家・スモックさんが、人権の闘士・キング博士の思い出を語ってくださった。
 「キング氏とは、氏の亡くなる数週間前に、少人数のミーティングに参加したことがあります」
 それは、極めて啓発的な場となったという。
 「彼との対話によって、私の考えは発展し、脱国家、多文化といった、新たな文化のパラダイム(基調の考え)が必要であると考えるようになったのです」
 スモックさんは、このミーティングを節に、「文化の橋渡し」を自身のライフワークと定め、大活躍されるようになるのである。
 第2次世界大戦下、ナチスの侵略をはね返したフランスのレジスタンス(抵抗)運動もまた、“小さな強き集団”による戦いであった。血の通った小さな集まりが冷酷な独裁組織に打ち勝った、重大なる歴史である。
 私が対談したミッテラン元大統領をはじめ、アンドレ・マルロー氏、ルネ・ユイグ氏も、レジスタンスの闘士であった。
 ある研究者の方は、このレジスタンス運動の“団結の要”として、「唯一つ奪うことの出来ない手段があった、それは会話である」と分析されている。
 そして、同志間の自由で率直な会話の結果として、小グループが生まれ、共同目標が設定されていったと考察しているのだ。
 「小単位発」──これが最も地味にして、最も強力な勝利の源流なのである。
 私の平和の大闘争も、座談会から始まった。
 昭和22年、終戦記念日を迎える前夜の8月14日、蒲田の座談会で、初めて師・戸田先生にお会いできたのである。
 今、新たな「大座談会運動」のうねりが頼もしい。
 50年先、60年先まで、広宣流布を担い立つ地涌の若人が欣喜雀躍と広がりゆくことを、私は妻と共に強く深く祈る日々だ。
        ◇
 釈尊は、5人との語らいから説法をスタートした。
 大聖人も「少少の大衆にこれを申しはじめて」(御書894㌻)と仰せの通り、少人数の法座から、末法万年尽未来際への広宣流布の波を起こされたのである。
 「座談」の「談」の字には「炎」が躍っている。
 心が燃えてこそ、座談も熱をもつ。
 さあ、広布への情熱に燃えた「大座談会運動」の勢いで、自らが「人間革命」しながら、「創価完勝」の突破口を開こう!
 青年部よ立ち上がれ!
 婦人部よ朗らかに!
 壮年部よ勇んで集え!
 混迷の社会の暗雲を振り払い、勝利の凱歌を響かせていくのだ!
 輝ける創立80周年は、座談会とともに勝つ!

 千万の
  創価の友を
    讃えなむ
  元初の誓い
   果たしゆくまで


 ゲーテの言葉は『親和力』実吉捷郎訳(岩波書店)。また、言及された別訳は吹田順助訳、浜川祥枝訳。サン=テグジュペリは『世界文学全集40』所収「人間の土地」堀口大学訳(集英社)。エマソンは『エマソン選集4 個人と社会』原島善衛訳(日本教文社)。モンテーニュは『エセー』原二郎訳(岩波書店)。レジスタンスに関する論評は、淡徳三郎著『抵抗』(創藝社)=現代表記に改めた。
2009-12-12 : 随筆 人間世紀の光 :
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台湾・育達商業科技大学「名誉教授」称号授与式

台湾・育達商業科技大学「名誉教授」称号称号授与式       (2009.12.8 創価大学本部棟)

 台湾・苗栗県造橋郷の育達商業科技大学から、創価大学創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に同大学初の「名誉教授」称号が贈られた。生涯をかけて人類の平和に取り組み、生命尊厳の哲学を実践した功績を讃えたもの。
 授与式は8日、東京・八王子市の創価大学で行われ、育達商業科技大学の創立者・王広亜博士、唐彦博《げんぱく》学長らが出席。唐学長から代理の山本創大学長に証書が手渡された。SGI会長に世界の大学・学術機関から贈られた名誉学術称号は「270」となった。


唐《とう》学長の授与の辞

高尚な人格を持って文化・教育交流に偉大な功績

 本日は、育達商業科技大学を代表し、本学の創立以来、第1号となる「名誉教授」称号を授与させていただくことができ、大変に光栄です。
 この授与をもって、池田先生の高尚なる人格を讃え、文化・教育・芸術の交流を国際的に促進し、世界平和に尽力をされてきた池田先生の偉大なる功績を讃えるものであります。
 育達商業科技大学の前身である「育達商業技術学院」は、1999年に設立されました。
 これは創立者の王広亜《おうこうあ》博士が、台湾の商業・管理・語学における優れた人材を育成するため、“育達”の最初の教育機関を49年に創立して以来の、実に半世紀にわたる経験と心血が結実したものであります。
 「育達商業技術学院」は、優れた人物を育成するにふさわしい美しき自然に包まれた、苗栗《びょうりつ》県造橋《ぞうきょう》の地に創立されました。
 本学は。「倫理・革新・品質・実績」を建学の理念に、創立より10年来、既に数多くの素晴らしき成果を打ち立て、日々、発展を重ねてきました。
 そして、経営管理学院、財経学院、人文社会学院の3学部15学科と3つの研究所を有し、合わせて8000人の学生が学ぶ、学習と研究の環境が整備された総合商業学校となりました。
 さらに、大変うれしいことに、全校の教職員・学生が力を合わせて努力した結果、教育部の正式な認可を受け、大学に昇格し、本年8月1日より、「育達商業科技大学」となったのであります。
 これは、本学の教育界への貢献に対し、台湾社会から一致した高い評価を勝ちとることができたということを意味し、育達商業科技大学は、ここに歴史の新たな1ページを綴ることができたのであります。
 池田先生は、1928年1月2日に日本の東京で誕生され、現在、SGI会長、創価学会名誉会長として活躍されています。先生は今や、世界的な宗教指導者としての名声を博しておられ、著名な哲学者、教育者、そして詩人でもあります。
 池田先生は、一生涯を賭して、人類の平和の促進を、わが使命とされてきました。
 「人類の団結によって、平和の世紀を建設する」との理念を提唱され、生命の絶対的尊厳の哲学を実践し、世界がより人道的な新たな世紀へと向かうように行動してきた貢献は、実に甚大なものであります。
 また、83年に「国連平和賞」を、そして、89年には「平和貢献・国連事務総長表彰」を受賞されております。
 池田先生は、教育、文化、芸術の推進に力を惜しまず、創価大学、民音、東京富士美術館、東洋哲学研究所、戸田記念国際平和研究所などを次々に創立されました。
 故に、今日に至るまで、600を超す都市から名誉市民称号が授与されたばかりではなく、モスクワ大学をはじめ、ボローニャ大学、北京大学、グラスゴー大学、ナイロビ大学、ニューヨーク市立大学クイーンズ・カレッジ、デリー大学、ヨルダン大学、パナマ大学、シドニー大学等、40力国200以上もの大学が、池田先生を名誉教授として招聘、または、名誉博士の学位を授与するに至っております。
 そして、この他に、20以上もの国が、国家勲章を先生に授与し、その卓越した貢献を讃えているのです。
 本学は、99年の創立以来、「名誉教授招聘法」を定めております。特に、その第二条の第三項において、世界的な声望を有し、長きにわたり、教育事業、社会公益に多大な貢献をしている人物に対して、名誉教授称号を授与することを規定しております。
 この規定に則り、池田先生の高尚なる人格、及び、文化交流と世界平和の促進に対する貢献を賞讃申し上げるべく、教師評審委員会での決議を経て、ここに、池田先生に対し、本学初の名誉教授称号を授与させていただきます(拍手)。
 ここで、池田先生に対する私の深い尊敬の念を託した漢詩を、先生にお贈りいたします(拍手)。

 池榭春風蘇草木
 田園深重福清根
 大言鼎重天下法
 作育英才萬世恩

 〈意味は、「池の畔を吹き抜ける春風が草木を蘇らせ、田園では、福徳が深く重なりあい、草花の根を清めている。先生の重みのある言葉に天下が倣い、また先生が英才を育んだことに万世の人々が恩を感じるであろう」〉
 本日、私は、育達商業科技大学の創立者である王広亜博士、理事の王育文《いくぶん》博士と共に、創価大学を訪問し、池田先生に対し、名誉教授称号を授与することができ、大変にうれしく思います。
 最後に、池田先生、そして山本学長ならびに、ご列席の皆様のご健康、貴校の益々のご発展を心からお祈り申し上げ、ご挨拶とさせていただきます(大拍手)。

創立者 王博士がSGI会長に漢詩

池福廣被萬民仰
田間悠然見佛性
大立言傳世芳
作功立社稷福

 〈大意〉
 池の恩恵は、広く世界を包み、それを万民が仰ぎ見る。
 娑婆世間に、悠然として仏性を見る。
 大徳の具わる言葉は、世々代々に伝え継がれる。
 先生が成した功とその徳により、国は幸福となる。

SGI会長の謝辞(代読)

教育こそ時代の闇を破る勝利の力
人材を育て至善の境地へ
創立者王広亜先生
人生はマラソンだ。諦めず最後まで走り抜いた人間 こそが勝者となる


 一、貴・育達商業科技大学が聳え立つ苗栗の地は、古来、山並みを天然の垣根となし、名月を心の隣人とする、妙なる理想郷と謳われてきました。
 その天地より、台湾が誇り、世界が讃える偉大な人間教育者の先生方をお迎えでき、これに勝る光栄はございません。本日は、わが創価大学にとりまして、歴史に輝く一日となりました。
 心から厚く厚く御礼を申し上げます。
 「平和」を創るのも「人間」であります。
 「文化」を創るのも「人間」であります。
 「繁栄」を創るのも「人間」であります。
 その「人間」を創り育てゆく聖業こそ、「教育」であります。ゆえに、「教育」に邁進した人こそが究極の勝利者なりと、私は思ってまいりました。
 まさしく王広亜先生は、世界の教育界にあって模範の中の模範と仰がれゆく「究極の大勝利者」であられます。この王先生が心血を注いで築き上げられた尊き尊き英知の大殿堂こそ、貴大学なのであります(大拍手)。
 貴大学から拝受する「名誉教授」の称号はど、厳粛な栄誉はございません。私は満腔の敬意と感謝を込めて、拝受させていただきます。
 誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

「戦争の世紀」を「平和の世紀」ヘ
 一、尊敬する人生の先達である王先生と私は、同じく戦乱の20世紀前半に生を受けました。
 戦争ほど残酷なものはありません。なかんずく、その戦争の最大の犠牲となるのが、母たちであり、子どもたちであります。
 王先生も私も、自分たちが味わった戦争の苦しみを、絶対に二度と、若い世代には味わわせてはならないとの断固たる決意を共有しております。
 そして王先生と私は「戦争と破壊の世紀」から「平和と建設の世紀」への大転換は、教育によってこそ成し遂げられるとの金剛の信念を分かち合ってきたのであります。
 若き王先生は、戦後の混迷の時代にあって、学校を興して、教育を進め、民衆の知性を高めることによって、社会の命運を変えていこうと決然と立ち上がられました。それは、「幾多の学校を創設し、天下をして、不学の人、不学の地を無からしめん」と叫んだ、あの大指導者・孫文先生の悲願に、まさに呼応するものであったのであります。
 1949年──数え年28歳にして、王先生は、最初の教育機関を創立されました。学校を創立するという事業が、いかに至難であるか。創立者の真情は、創立者でなければわからないものでありましょう。
 王先生が自らの学校に冠せられた「育達」の二文字には、“人材を育て、至善(最高善)の境地に到達せしめん”との一念が込められていると伺いました。何と明確な、そして何と崇高な教育の大志であり、理念でありましょうか。私は感嘆いたしました。いな感服いたしました。
 王先生の黄金の第一歩より本年で60周年。
 今や「育達」の理想は、壮大なる人材の大城となってアジアに広がりました。
 世界266の学術機関等と教育交流を結ばれ、平和友好の花を咲かせてこられたことも有名であります。
 2006年度、教育部の評価鑑定で全国一の成績を収められたことも、慶賀に堪えません。
 栄光に輝く「育達」の勝利の60年に、私たちは万雷の大拍手をもって祝福申し上げたいのであります。誠に誠に、おめでとうございます(大拍手)。

創価教育の父・牧口初代会長の信念
いかなる社会の波瀾にも打ち勝っていける人間を創る


「育達教育」
 一、王先生が青年を見つめる眼差しは、陽光の如く温かく、大海の如く大らかであります。
 ──かりに成績が悪かったり、試験が苦手であったりしても、どの若き生命にも格別の資質が備わっている。優れた教育で導いていくならば、必ず、その天賦の才能を開花させることができる──
 この確信に立って、王先生は一人一人の学生を真心から励ましてこられました。どの若人も、未来に希望を抱き、自信に満ちた足取りで、至善(最高善)に向かって、正しく歩んでいけるようにと、リードしてこられたのであります。
 ダイヤモンドは、ダイヤモンドでしか磨くことはできません。人間は、人間によって鍛えられ光を放ちます。教育とは、生命の尊極の“原石”を、最高に錬磨しゆく真剣勝負といってよいでありましょう。その真髄を「育達教育」は体現されております。
 それは、わが「創価教育」の理想と、あまりにも深く響き合っているのであります。
 教育とは、勝利の力を漲らせゆく源泉であります。
 王先生は創立者として、学生、卒業生はもとより、教員・職員にも、さらには父母たちにまで、人生の勝利への勇気と智慧を贈ってこられました。とくに苦難に直面した時、先生の激励が、いかに大きな支えとなっていることか。
 「苦しんだ人間こそ、他者を思いやることができる」
 「人生はマラソンだ。諦めず最後まで走り抜いた人間こそが勝者となる」
 「失敗の言い訳を探すのではなく、次に成功するための道を見出していくのだ」等々、人間学の達人である王先生の哲学は、誠に深く強い。
 わが創価教育の創始者である牧口常三郎先生は、日本の軍国主義の弾圧で捕らわれた獄中でも怯むことなく、生命尊厳の哲理を主張し抜いた師子でありました。
 この牧口先生の願望は、「いかなる社会の波瀾にも打ち勝っていける人間を創りたい」ということであったのであります。
 ともあれ、乱世であるほど、何ものにも屈せず、断固として価値創造していく人格の教育が要請されます。
 王先生が宣言なされたように、教育の真価は「社会のために、どれだけ優秀な人材を培い育てたか」にあるのではないでしょうか。
 台湾の偉大な思想家であり教育者であられた、于右任《うゆうにん》先生の言葉が、私は好きであります。
 「利を計るならば、天下の利を計るべし。名を求めるならば、万年の名を求めるべし」
 教育は、民衆の幸福のため、時代の闇を打ち破り、万年の未来を照らしゆく大事業であります。
 この挑戦に、偉大な兄と仰ぐ王先生とご一緒に、私もさらに溌剌と挑みゆく決心であります。

40万人の同窓生
 一、いにしえの孔子と弟子たちは、理想の指導者像をめぐって、「北辰《ほくしん》の其の所に居て衆星のこれに共《むか》うがごとし」との名句を残しました。不動に輝く北極星を、満天の星が仰ぎ慕いながら回転し、地上に光を注いでいく姿であります。
 その天座の如く、荘厳なる育達の40万人におよぶ同窓の人材群が、創立者の王先生を中心として、燦然と大光を放ちゆかれることを、私は確信してやみません。
 結びに、尊敬してやまぬ王先生はじめ、諸先生方が「寿比南山 福如東海」(寿《じゅ》は南山にならび、福は東海の如し)であられることを、心からお祈り申し上げ、私の御礼のご挨拶とさせていただきます。
 誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

SGI会長が漢詩を贈る

廣播知識瀝心血
亞洲十校卓然成
育才無數畢生樂
達人風範永留名

 〈大意〉
 知識を広めることに心血を注ぎ、アジアに、ひときわ優れた十校の学舎が創立された。
 無数の英才を育てることは終生の楽しみであり、学校創立の達人は、その風格をもって永遠に歴史に名を留めるであろう。

※漢詩の頭文字をつなぐと、「廣亞」(大学創立者の王広亜博士の名前)、「育達」(大学名)となる。
2009-12-10 : 最近の指導・スピーチ・随筆 :
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代表幹部協議会

代表幹部協議会
         (2009.11.27 創価文化会館)

自分自身の幸福と勝利、万歳!
共々に明年を最高峰の一年に


 一、きょうは、新時代を担う若きリーダーをはじめ、各部の代表が集われた。長い将来のために、懇談的に語り合いたい。
 いよいよ、学会創立80周年の開幕である。
 ともどもに、明年の栄光の峰を目指して、皆さんのご家族の、そして自分自身の「幸福と勝利、万歳!」と高らかに叫びたい。
 恩師・戸田城聖先生が、私たちに、よく指導された言葉がある。
 「人生の正しい、勝利の軌道は一体、何か。
 それは、まず『勇気』である。次に『努力』だ。それから『勝利』である」
 これを、いつも青年たちに言われた。私の頭から離れない。
 勇気があったから今の創価学会があるのだ。信心の根本は、勇気である。
 入信以来62年、私は、あらゆる広布の戦《いくさ》を、勇気で勝ってきた。
 かつて、東京の福生《ふっさ》で、他宗の寺が不法な行為を繰り返した時にも、直ちに現地へ飛んで、厳重抗議した。
 何か事が起これば、青年が果敢に叫び、動き、勝利を決した。
 勇気と智慧と同志愛で、新たな道を開いてきたのである。

我々は勝った!
 一、わが同志は皆、本当によく戦ってくださった。
 日本だけではない。アメリカも隆々と発展している。あの国でも、この大陸でも、同志が活躍している。
 平和・文化・教育の光を広げゆく、我ら創価の大行進は、全世界で目覚ましい。
 創価学会は勝ちました。日本においても、学会ほどの民衆の大連帯はない。仏法史に輝く壮挙である(大拍手)。
 すべての勝利は、真剣な同志のおかげである。功徳は大きい。広布のために戦った福運が、子孫末代まで輝きわたることは、御聖訓に照らして絶対に間違いない。仏法は実証主義なのである。

師弟の心が一致すれば無敵だ
 一、皆を安心させる振る舞いは、指導者にとって大切だ。
 とともに、同志を守るためには、切れ味鋭く、頭脳が回転していなければならない。
 戸田先生は、古参の幹部もいるなかで、青年である私を、深く信頼してくださった。
 「私は口先の人間は信じない。大作は、広宣流布のために、日本中を駆けずり回っているではないか。大作を見習え!」と言われたこともあった。
 私は常に、先生のそばで仕えた。先生は、最も困難な戦いを、いつも私に託された。
 昭和26年(1951年)、戸田先生が第2代会長に就任された。同志は喜びにわき返ったが、折伏がなかなか進まない。
 「このままでは、広宣流布には5万年もかかってしまう」と先生は深く嘆かれた。
 「大作、やってくれるか」──先生の命を受け、私は昭和27年、蒲田で2月闘争の大拡大の波を起こした。
 さらに、翌昭和28年には、文京の支部長代理となった。心を合わせた祈りから出発し、全魂こめて友を励ました。当時、住んでいた大田から何度も通った。低迷していた文京は、第一級の支部へと飛躍した。
 戸田先生に全生命を捧げた私である。広布のために、ひとたび師から託されたことは、何があろうと断固として成し遂げる──これが弟子だ。この道を私は貫き通した。
 師弟の心が完璧に一致していれば、何も恐れるものはない。
 私は先生に、連戦連勝の結果をもって、お応えした。
 “肩書ではなく、自分が苦労して真の実力を磨け”“一番、大変なところで道を開け”
──これが恩師の厳愛の鍛錬であった。それが私の宝となった。すべて、 「将の将」を育てるための、先生の布石であった。
 今日の学会の世界的な大発展を先生が見られたらこくださるであろう。
 不二の決意で立ち上がる、真の弟子がいるかどうか。それが未来永遠の栄光を決する。
 青年ならば、いかなる壁をも打ち破る大勇気を持つべきだ。
 一人立つ勇気を持つのだ。
 勇気と努力で、新たな勝利の突破口を開くのだ。誰かではなく自分が、誉れの弟子として生きて生き抜いていただきたい。〈会場から「ハイ!」と力強い返事が〉
 一、今、全国各地で新しいリーダーが続々と躍り出ている。うれしい限りだ。
 いかなる組織にあっても、要となる人間が賢明であれば、一切無事故で悠々と前進していける。
 反対に、要の人間が愚かであれば、虚偽や無責任がはびこり、人材も伸びない。将来にわたって心すべき急所が、ここにある。
 組織の伸長をはかる「基準」は、「リーダーが成長しているかどうか」──この一点にあるのだ。
 どうか、誇りある使命を深く自覚し、頑張っていただきたい。

御聖訓
“妙法を唱える以外の遊楽はない”
唱題の人こそ世界一の富者


どこまでも信心根本で
 一、偉大なる広布の道を開きゆく同志のために、できることなら何でもして差し上げたい。
 これが仏法の指導者の心である。
 一つの写真、一つの詩歌でも、愛する同志が喜んでくれるならば──そう思い、祈りをこめて、私は日々、励ましを贈っている。
 法のため、人のために尽くしゆく人生は、それだけ辛労も多い。しかし全部、意味がある。
 今ある環境、限られた条件の中から、一生懸命、智慧を出し合って、広布を進めていくのだ。
 そうやって信心で苦労すれば、苦労した分だけ、諸君の子孫にも必ず功徳が集まっていくのである。
 このように申し上げるのも、多くの人生を見てきた体験の上からだ。まるで“お伽話”のように聞こえるかもしれないが、生命の次元で見れば、仏法の因果の理法は、すべて真実なのである。
 ゆえに、目の前の苦難に、断じて、へこたれてはいけない。
 「南無妙法蓮華経と唱うるより外の遊楽なきなり」(御書1143㌻)である。
 私たちは、南無妙法蓮華経の題目を、思う存分に唱えることができる。実はこのこと自体が、世界一、富める者であることを意味しているのだ。
 今、題目を唱えられるという現実そのものが、最高に幸福な境涯なのである。
 さまざまな悩みがあり、経済的に大変であっても、真剣に祈り、信心に徹すれば、いかなる宿命をも転換していける。
 たとえ、お金持ちになったとしても、見栄を張り、遊ぶのに夢中になってしまえばかえって不幸になってしまう場合もある。
 大切なのは、どこまでも信心根本で生き抜くことだ。

油断は大敵! 賢者たれ!
同志愛光る名将に


「大願」に生きよ
 一、きょうは3点、確認しておきたい。
 第1に、「リーダーの本分に徹し抜く」。
 第2に、「広宣流布の大願に生ききる」。
 第3に、「広布の戦には、断じて勝つ」。
 明年は、断じて勝利の一年にしてまいりたい。〈会場から「ハイ!」と勢いよく返事が〉

“あの人がいれば学会は発展する″
 一、ドイツの文豪ゲーテは綴った。
 「ぼくに課せられた日々の仕事は、日ごとにたやすくもなり困難にもなるが、これが寝てもさめても一瞬の油断をも許さない」(小栗浩訳「書簡」、『ゲーテ全集15』所収、潮出版社)
 すでに文名赫々たる31歳のゲーテは、国の要職を担い、政務に打ち込みながら、わが生涯をかけた創作活動に思いを馳せていた。その最中での自戒であった。
 現実の社会には、嫉妬もある。敵もいる。悪意もある。寸分たりとも隙があれば、大事業は為し得ない。
 「油断大敵」とは、万事にわたる戒めだ。特に、リーダーが気を抜けば、悪影響は全体に及ぶ。
 ともあれ、まず幹部が動くのだ。自分が動きもしないくせに“他人にやらせよう”という心は、“畜生の心”である。諸君は、そんなずるいリーダーになってはならない。
 私は常に、先駆けとなる戦いで、勝利をもぎとった。不敗の原点を胸に刻み、あらゆる戦いを勝ち抜いてきた。
 若き諸君も、そうなってもらいたい。
 名将になるのだ。青年期に訓練を受けることだ。青春時代に悔いなく戦った人は、どこまでも伸びていける。
 “あの人がいれば学会は必ず発展する”と言われる一人一人になってほしいのである。

若いのだ! やろうと思えば何でもできる
青年よ大勇気を持て
いかなる壁も打ち破れ


嵐の日にも吹雪の時も
 一、師を守る。この一点に私は徹した。戸田先生は、私の健康を心配してくださった。
 戦争中、肺病で苦しみ、東京・蒲田の新潟鉄工所で倒れたこと、鹿島の療養所での治療を勧められたことなどを、今も思い出す。
 学会の会長になってからも、激務が続き、無理を重ねた。妻は先日も、「あなたが健康な体になったのは、本当につい最近のことですね」と、しみじみ言っていた。
 嵐の日も、吹雪の時も、変わらず指揮を執り、戦いきってきた。
 「30歳までは生きられない」と言われながら、戸田先生を守り抜き、先生の心を継いで、世界平和の潮流を広げてきたのだ。
 ゆえに私は、青年部の皆さんに「君は、やろうと思えば何でもできるんだよ!」と語りかけたいのである。
 広布のために尽くした私の人生だ。何の後悔もない。
 思えば、学会の草創期には、思うように学校に通えず、苦労した人も多かった。そうした皆さんが、誇りに思えるように──こうした願いも込めて、私は創価一貫教育の学府をつくった。庶民のための指導者を育てたいのだ。
 組織の上の人間が、威張ることなく、皆に尽くす。私は、この方針を、がっちりと貫いてきた。今後も永遠に貫かねばならない。

アメリカの作家
真に偉大なものは飾り気がない


楽しき行進を
 一、幹部自身が気取りを捨てて、どこまでも真剣に戦うことである。師匠に心のギアを合わせていくのだ。人も組織も、しっかりと指導を受けたところが伸びていくものだ。
 19世紀から20世紀初頭を生きたアメリカの作家マーク・トウェインは洞察している。
 「真に偉大であるものには飾り気がない」(ドロシー・クイック著、野川浩美訳『マーク・トウェインと私』ほんのしろ)
 日蓮仏法では「無作三身」と説く。本来ありのままの仏の境涯を、「信」によって得ることができるのだ。
 見せかけの虚飾などいらない。偉そうに、ツンとすまして話していては、友の心に響かない。特に、青年の前では、そうだ。
 皆が楽しくなり、「よし! やろう」と喜んで決意できるよう、心を砕いていくのがリーダーの務めである。
 格好ではない。自分らしく、戦い抜くのだ。そして、わが使命の地域を世界一の幸福の仏国土へと変えていくのである。
 一、インドネシアの大作家モフタル・ルビスの言葉を贈りたい。
 現在、私が進めているワヒド元大統領との対談でも話題となった言論人である。
 ルビスの小説のなかで、名もなき庶民を守ろうとして亡くなった勇者の遺志を継ぎ、一人の若き女性が決然と叫んだ。
 「今こそ、民衆の幸せに対して責任を感じる人は、すべて立ち上がって行動すべき時なのよ」(粕谷俊樹訳『ジャカルタの黄昏』井村文化事業社)
 指導者は皆を守るためにいる。広宣流布のためのリーダーである。偉くなったように錯覚をしてはいけない。
 人を“使う”のではない。尊き仏子に“仕える”のだ。
 同志のために、全幹部が師子となって立ち上がっていただきたい!(大拍手)

忘れ得ぬ出会い
 一、今年の12月5日は、周恩来総理との忘れ得ぬ出会いから35周年を迎える。
 1974年(昭和49年)12月5日、第2次訪中の最後の夜に、私と妻は北京の病院を訪れた。周総理は重い病を患い、入院されていたのである。
 「池田先生とは、どうしても、お会いしたいと思っていました」
 周総理がこう言って、私の手を固く握られたことを、今も鮮明に覚えている。
 すでに私の初訪中の際、総理は、真心の限りを尽くして準備をしてくださっていた。しかし、ちょうど入院して手術をされ、お会いできなかった。
 そして闘病が続くなか、一期一会の出会いとなったのである。
 私は、周総理の世界平和への思いを胸に、今日まで中国との友好を強く結んできた。
 〈12月1日には、名誉会長に中国・天津の「周恩来 穎超記念館」から「名誉館員」の称号が贈られた〉
 一、ともあれ、全世界が創価の80周年を祝福してくださっている。牧口先生、戸田先生も、どれほど、お喜びくださることか。
 数多くの顕彰をもって讃えられた、世界一の学会である。すべて皆様の力である。
 こうした栄誉は、すべて同志の皆様方に、世々代々に流れ伝わっていく栄光である。これが仏法の光彩である。師弟の誉れである。尊極無上の人生を歩んでいることを深く確信していただきたい(大拍手)。

青年の黄金の舞台は全世界
朗らかに! 気宇壮大に進め


いよいよ勝負の時
御聖訓「うれしきかな末法流布に生まれあえる我等」
喜び勇んで80周年へ出発


 一、現在、全世界で新たな会館などの建設が進められている。
 私は若き日から、世界広布の未来を展望して、さまざまな構想を練り、一つ一つ手を打ち、実現をしてきた。
 どこまでも気宇壮大に! 堂々たる世界広布の大河を築くのだ!──この気概で前進してきた。
 欧州でも、南米でも、未来への布石を次々に打ってきた。
 今、創価の宝の城は、世界の各地で燦然と光り輝いている。

平和と文化の城
 一、ブラジルのサンパウロ郊外には、光と緑の大庭園であるブラジルSGI(創価学会インタナショナル)自然文化センターがある。
 またインドのニューデリー近郊には創価菩提樹園がある。クジャクが舞いゆく“現代の霊鷲山”である。
 イギリスのロンドン郊外にはタプロー・コート総合文化センターがある。かつてチャーチルなど歴代首相が訪れ、タイの国王も滞在した「名士の城」である。国家遺産省から「歴史的建造物」に指定されている。
 また、フランス・シャルトレット市にあるフランス総合文化センターは、500年の歴史が薫る「文化の城」である。
 「花の都」フィレンツェにあるイタリア文化会館は、古代ローマ時代の1、2世紀の建造物が淵源といわれる。16世紀には、ルネサンスの最大の後援者であったメディチ家ゆかりの人々が所有した。
 ドイツのヴィラ・ザクセン総合文化センターは150年の歴史を誇る建造物で、地元ビンゲン市の重要文化財となっている。文豪ゲーテが、「ここから見るライン川が一番美しい」と讃えた、景勝の地に立つ。
 ウィーンのオーストリア文化センターは、ハプスブルク家の最後の皇女ゆかりの館である。〈現在、ハプスブルク家の美の遺産を公開する「華麗なるオーストリア大宮殿展」が東京富士美術館で行われている(明年1月17日まで)〉
 また、香港総合文化センターなど、アジアの各地にも市民に聞かれた“平和と文化の大城”が築かれている。
 世界の人々があこがれる一流の場所に、素晴らしい建物が立っている。
 さらに“世界広布の電源地”アメリカでも、胸躍る建設計画が各地で進展している。ナガシマ理事長が、その様子を、深い決意とともに報告してくれた。
 こうした一級の建築物は、学会の文化性、精神性の高さを示す、一つの象徴でもある。
 「ああ、創価学会は文化に深い理解があるな」「学会は、歴史的な建物を本当に大切にしているな」──こういうところから、人々の共感が広がる場合がある。友情と理解も広がっていく。
 どこまでも地域に根差し、地域の人々と協力して、地域の繁栄と発展に尽力していく。これが学会のいき方である。

最高に価値ある青春を
 一、皆さんのおかげで今、学会は世界的な大発展を遂げた。
 若き諸君が活躍する創価の舞台が、どれほどすごい世界か。福徳輝く偉大な世界か。
 私が第3代会長に就任した時には、まだ会館も少なかった。立派な設備など整っていなかった。
 戸田先生の時代も、苦闘の連続だった。
 私は19歳で先生の弟子となった。戦後の混乱もあり、先生は事業で失敗し、多額の負債を抱えてしまった。
 多くの債権者が押し寄せた。事態を察知して新聞記者もやってきた。
 明日をも知れぬ、絶体絶命の状況。その中で私は「どうかご安心ください!」「必ず先生をお護りします!」とお誓い申し上げ、戦い抜いた。
 師匠を護って護って、護り抜いた。そして、あらゆる苦闘を越えて隆々たる学会を築いてきたのである。
 インドネシアの大文豪プラムディヤは記している。
 「若いというのは尊いものだ」
 「若さは大切にするんだ。決して粗末にしてはいけない」
 「有益なことだけ、目的のあることだけを考えろ。頭とエネルギーは、おまえたちの理想の実現のために使うんだ」(押川典昭訳『プラムディヤ選集1』めこん)
 抑圧的な政治体制のもとで、長く獄中生活を強いられたプラムディヤは、ワヒド元大統領の友人であった。
 青年が大事だ。青年の活躍で未来が決まる。どうか、悔いのない、最高に価値ある青春時代を送っていただきたい。断じて広布の理想に生き抜いてもらいたい。

不屈の闘争で
 一、事業の苦境の中で、戸田先生は学会理事長の辞任を突然発表された。その折私は戸田先生にうかがった。
 “先生が理事長を辞められたら、新しい理事長が私の師匠になるのでしょうか”──。
 戸田先生は「それは違う」と言下に否定された。そして、「苦労ばかりかけるけれど、君の師匠は私だよ」と厳然とおっしゃってくださった。
 先生に断じて会長になっていただきます! そのために私が奮闘いたします!──私は、その決意を申し上げた。
 場所は、西神田の小さな旧学会本部。二人きりの語らいだった。
 本当に大変な時代だった。戸田先生をおとしめ、自分たちが学会を牛耳ろうとする人間たちもいた。
 しかし私は、師弟不二の不屈の闘争で、一切の困難を打ち破った。師弟の勝利の歴史を打ち立てた。
 プラムディヤは、物語の中で、一人の母の言葉を記している。
 「思い上がりが、あなたを苦しめ、不幸にしてきたのです」「たったいまから、感謝の心を忘れない人間になるよう訓練なさい」(押川典昭訳『プラムディヤ選集6』めこん)
 傲慢な人間、恩知らずの人間には決してなってはならない。
 青年時代、私は師匠・戸田先生を命懸けで支えた。一番、正しい人、一番、広宣流布のために戦う人を護り抜いた。
 これが本当の弟子である。これが真実の仏法の実践である。
 正義の人を苦しめ、いじめれば最後は無残だ。惨めな人生の末路をたどることは皆様がご存じの通りである。
 ともあれ、大事なことは、「将の将」たるリーダーが、もう一度、本当の学会精神に立ち返って戦うことだ。自分自身が変わことだ。
 どこまでも「上」に立つリーダーが本気になって立ち上がることだ。そうすれば、学会はもう一歩、大きな前進を遂げることができる。

世界250大学の672講座で教材に
 一、きょうは、アメリカのボストン近郊に立つ「池田国際対話センター」のリーダーの皆さんも参加されている。
 前身の「ボストン21世紀センター」の時代から、大変に尽力してくださっている方々である。「ご苦労さま!」と最大に感謝申し上げたい(大拍手)。
 これまで、同センターが編集・出版した研究書は、ハーバード大学をはじめ、世界の250を超える大学の672講座(累計)で教材として使われ、高く評価されている。
 私も、要請に応じて、こうした研究書に論文や序文を寄稿してきた。
 今回、19世紀アメリカの思想家ソローをめぐる私の「てい談」の英語版が出版の運びとなり、同センターで発刊記念の講演会が開催された(9月24日)。
 〈てい談の相手は、アメリカ・ルネサンス研究の大家である、ソロー協会のボスコ元会長とマイアソン元事務総長。
 日本語版のタイトルは、『美しき生命 地球と生きる』(毎日新聞社刊)。英語版は『クリエーティング・ウォールデンズ──アメリカ・ルネサンスをめぐる東西の対話』(ダイアログパス・プレス刊)である〉
 さっそく、地元の高校などから、ぜひ、学校の教材として使いたいとの要請が寄せられていると、うかがった(大拍手)。
 お世話になったボスコ博士、マイアソン博士をはじめ、関係者の皆様方に心から感謝申し上げたい。

目を開け!
 一、世界の識者との対話──それは、恩師の遺言であった。
 私は対話に走った。世界へ道を開いた。
 青年部も、目を世界に開いてもらいたい。
 また壮年部の諸君も、私とともに奮い立って一緒に進むのだ。
 私に比べれば、皆さんは、まだまだ若い。老け込むには早い(笑い)。
 どこまでも学会とともに生き抜くのだ。
 そして、「あの人の励ましによって救われた!」「あの人のおかけで成長できた!」と皆から尊敬され、感謝される一人一人であっていただきたい。
 一、今、創価の民衆のスクラムは地球規模で広がった。
 その根本の土台を、わが身を削って築き、護ってきたのは誰か。
 広宣流布に戦い抜いて、御書に仰せの通りの「三障四魔」「三類の強敵」の大難を受けてきたのは誰か。
 初代の牧口先生であり、第2代の戸田先生であり、第3代の私である。
 そこに、どれだけの祈りがあり、どれだけの熟慮があり、どれだけの戦いがあったか。
 自分のことになってしまうが、青年部の皆さん方には、学会の指導者の真実の心を、真実の歴史を知っておいていただきたいのである。

日蓮とデューイ 人間主義の共鳴
 一、また先日(11月14日)は、この「池田国際対話センター」で、アメリカの教育哲学者デューイの生誕150周年記念フォーラムが開催された。
 〈テーマは「ジョン・デューイと池田大作──新しきヒューマニズムの探究」〉
 席上、「地球憲章」起草の中心者として世界的に著名なロックフェラー博士(ミドルベリー大学名誉教授)が、こう語っておられた。
 ──“万人が仏である”と説く日蓮仏法の思想は、デューイが提唱した「誰でもの信仰」の概念と深く共鳴しています──と。
 見ている人は、真実を正しく見ている。
 また仏法の生命論の真髄を、世界の識者が真剣に探究する時代に入っていると言える。
 我々は時代の最先端を進んでいる。その誇りと使命を忘れてはならない。
 一、現在、私は、アメリカを代表する知性の方々との対談を進めている。
 〈月刊誌「パンプキン」では、エマソン協会前会長のワイダー博士との連載対談「母への讃歌──詩心と女性の時代を語る」を掲載。
 月刊誌「灯台」では、デューイ協会の会長を務めたヒックマン博士、ガリソン博士との連載「人間教育への新しき潮流──デューイと創価教育」が反響を広げている。
 デューイ協会のガリソン前会長は、こうした対談の意義を次のように評価している。
 「池田会長は、デューイ博士の哲学をはじめ、エマソンのアメリカ・ルネサンスの思想、そしてキング博士の人権思想など、アメリカにとって最も大切な精神に光をあて、対談を行ってくださっております。
 まさに池田会長の対談は、アメリカの誇る“精神の民主主義”を世界に開き、復興するものと感じております」〉
 トインビー博士との対談集をはじめとして、私の世界の知性との対談集は、50点を超えた。
 仏法の人間主義を根底としながら、平和のため、人類の幸福のため、世界を結びゆく「開かれた心」の対話を、今後も一段と広げてまいる決心である(大拍手)。

戸田先生
指導者は、皆にに仕えるのだ
率先して打って出るのだ
二百倍、三百倍の労力で
完璧な勝利の道を開け!


フランスの社会事業家
事態の流れを変えるのは行動である


トルストイ
「真実を知り得たなら人に伝え実行せよ」


正義を叫べ! 声の力は偉大

富士のごとく!
 一、スペイン最高峰の劇作家の一人、カルデロンは、登場人物にこう語らせている。
 「およそ戦いというものは、勝てば官軍、負ければ逆賊」(高橋正武訳『人の世は夢・サラメアの村長』岩波文庫)と。
 人生も、社会も、勝負は厳しい。
 しかし、勝たなければ、後に続く世代の道も閉ざされてしまう。懸命に戦う最前線の闘士に、悔しい思いをさせるだけだ。最後に勝つための仏法である。
 今こそ、青年が勇敢な声をあげ、一切を勝利させていくのだ。
 頼むよ!〈「ハイ!」と力強い返事が〉
 「事態の流れを変える」ために、必要なことは、一体、何か。
 欧州統合という構想を現実に推し進めた、20世紀のフランスの社会事業家、ジャン・モネは述べている。
 「必要なのは、時局の求めや単なる形式的な文言ではなく、今もってそう信じるのだが、行動である」(近藤健彦訳『ジャン・モネ─回想録─』日本関税協会)
 重みのある言葉だ。
 モネについては、私とフランスのシャルル・ナポレオン公との対談でも話題になった。
 時を待つのではない。
 動きに動いて、勝利の時を創るのだ。
 広宣流布の前進において、本陣のリーダーの責任は、あまりにも大きい。
 戸田先生は、厳として言われた。
 「最高幹部は、全会員に仕えるのだ。率先して打って出るのだ。
 二百倍、三百倍の労力を費やして、完璧な勝利の道を開くのだ。
 それが、創価の師弟の精神だ」
 頑張ろう!
 仏法は勝負である。
 健気な女子部や、後輩たちのために、先頭に立って道を切り開く──それが、将たる者の使命である。
 先生は、こうも叫んでおられた。
 「臆病な幹部はいらない。
 本当に、一緒に広宣流布をしよう、大聖人の仏法を広めよう、不幸の人を救おうという心を失った幹部は、学会から出ていってもらいたい。こういう人間には、いてもらっては困る。邪魔になる。不潔になる。学会が濁ってしまう」
 厳しいようだが、後世のために、あえて伝え残させていただく。
 ともあれ、リーダーは、いかなる状況にあっても、富士のごとく雄大な心で、晴れ晴れと胸を張って、同志を包み、励ましていってもらいたい。
 話し方ひとつとっても、若々しく、歌を歌うような、生き生きとした声で語るのだ。心のこもった声は必ず、相手の胸に入る。
 「言《ことば》と云うは心の思いを響かして声を顕す」(御書563㌻)と仰せの通りである。
 決して、一方的であってはならない。
 「いい話が聞けてよかったな」と、皆が満足し、清新な決意で出発できるような工夫をお願いしたい。
 ロシアの大文豪トルストイの言葉に、こうあった。
 「真実を知り得た人々がなすべきことは、その真実を人々に伝えることだ。そして、実行することである」
 真実は、伝わってこそ価値を生む。実行してこそ、よりよき世界をつくっていける。
 大聖人は「うれしきかな末法流布に生れあへる我等」(御書1439㌻)、「悦ばしいかな経文に任せて五五百歳・広宣流布をまつ」(同1525㌻)等と仰せである。
 広宣流布という偉大な使命を果たしゆく人生が、どれほど素晴らしいか。
 いよいよ、勝負の時である。
 喜び勇んで、前進しよう!(大拍手)
 一、私は今、学会の将来のために、着々と手を打っている。
 全国各地には、創価の友が喜び集う、数多くの会館がある。
 研修道場や墓地公園も、別海の北海道研修道場、厚田の戸田記念墓地公園、兵庫の関西池田記念墓地公園、そして、“平和の要塞”と親しまれる沖縄研修道場など、日本列島のすみずみまで、実に壮大な広がりとなった。
 青年部の諸君!
 君たちの黄金の舞台は、日本中、そして全世界に開かれている。
 「世界第一の使命と栄光の青春を、誇り高く、勝ち進め!」──こう強く申し上げておきたい(大拍手)。
 一、「日興遺誠置文」には仰せである。
 「未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事」(同1618㌻)
 これは、師・日蓮大聖人の「立宗宣言」から80年の時に叫ばれた、弟子・日興上人の師子吼であられる。
 日興上人は、大聖人の御心に、寸分違わず行動し、ただ一人、師弟の正道を貫いてこられた。
 広宣流布の大願へ、身命を借しまず、正義を叫ぶ。ただただ、師の仰せの通りに戦い抜く──。これが、学会の永遠の魂である。

アメリカの作家
誉めること自体が芸術


最後に勝て!
 一、アメリカの作家マーク・トウェインは語った。
 「誉めるということはそれ自体で芸術」(ドロシー・クイック著、野川浩美訳『マーク・トウェインと私』ほんのしろ)と。
 その通りである。
 真剣に戦う同志を、ほめ讃えながら、明るく、朗らかに、そして、どこまでも仲良く進んでいこう!
 長時間、ありがとう!
 最後に恩師がお好きたった“大楠公”の曲を皆様に贈りたい(大拍手)。
 〈名誉会長がピアノに向かい、“大楠公”を演奏。師弟の魂が共鳴した。さらに「荒城の月」「さくら」を奏でた〉
 皆さん、お元気で!
 勇気、正義、そして忍耐で進むのだ。
 朗らかに! また朗らかに!
 たとえ折伏がなかなかできなくても、朗らかにいくのだ。楽しく生き抜くのだ。
 自分自身を、また家族、兄弟、親戚を、幸福へと引っ張っていくために戦おう!
 戦いというのは、得てして、「勝利」の中に「敗北」の因があり、「敗北」の中に次の「勝利」の因があるものだ。
 ゆえに、小さく考えないで、勝っても負けても、朗らかに前進しよう!
 そして最後に断固として勝つのだ。
 最後まで信心し切った人は、生々世々、大功徳に包まれ、子孫未代まで栄えていくのである。
 これが大聖人の仰せである。絶対に御書に間違いはない。
 皆さん方とご家族の「勝利」と「幸福」を祈ります!
 風邪などひかないように。またお会いしましょう!(大拍手)
2009-12-06 : スピーチ・メッセージ等 :
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周恩来 穎超記念館の「名誉館員」称号授与式

中国・「周恩来 穎超記念館」の「名誉館員」称号授与式
         (2009.12.1 聖教新聞本社)

 中国・天津市にある「周恩来穎超記念館」から池田名誉会長に、日本人初の「名誉館員」称号が贈られた。これは、周恩来総理と名誉会長の会見35周年を記念するとともに、名誉会長の周総理夫妻に対する厚情、日中友好への比類なき尽力を讃えたもの。授与式は1日、東京・信濃町の聖教新聞本社で挙行され、同記念館の康金鳳館長、天津社会科学院の易明副院長、平力群副研究員が出席。名誉会長の代理である池田博正副理事長に証書が託された。また、名誉会長の友誼の漢詩が康館長に手渡された。

康《こう》館長の授与の辞

周総理の夫妻の中日友好事業を発展
平和の提唱者として広範な尊敬


 池田大作先生に「周恩来 穎超記念館」の「名誉館員」称号を授与するにあたり、私は謹んで当館を代表して、中国人民の古き良き友人であり、心から尊敬申し上げる池田先生と香峯子夫人に、衷心よりお祝いを申し上げます(大拍手)。
 また、ご列席の皆様、友人の皆様に、心から感謝を申し上げます。
 今年は、周恩来総理が池田先生と歴史的な会見をされてから35年になります。
 当館は、うれしいことに、中日友好のために長年にわたり力を尽くし、重要な貢献をしてこられた池田先生に「名誉館員」称号を授与することができました(大拍手)。
 今回の授与は、私たち双方が、より一層、協力と交流を強化し、中日両国人民の友好往来の促進をしていく契機であります。また、中日両国人民が、中日友好の大事業に対して卓越した貢献を成し遂げてこられた周恩来・穎超夫妻を心に刻むことに対し、重要な意義と深き影響を持っていることを確信するものであります。
 池田先生は、かねてから世界平和の提唱者、思想家、教育家として名高く、中国人民に対し深い友情の心を抱かれ、中国人民から広範な尊敬を受けておられます。
 中国と日本がまだ国交を結んでいなかった時、先生は、中国と日本は友好関係を樹立して、アジアと世界の平和的な発展と安定を促進していくことを提唱されました。
 先生は、東京において、かの有名な「日中国交正常化提言」を発表し、大変な反響を呼び起こしたのであります(大拍手)。
 それから40年余り過ぎた今日まで、先生は中日友好事業のために努力に努力を重ね、心血を注いでこられました。中国の国家指導者と何度も親しく会見し、深い友情を結んでこられ、小平、胡耀邦、江沢民、胡錦濤、温家宝などの国家指導者は、先生が長年にわたり、中日友好に力を尽くしてこられたことに対し、高く評価しております。
 胡国家主席が訪日された2008年5月、池田先生と親しく会見された際、主席は「1968年に、先生は率先して、中日国交正常化を一日も早く実現しようと、提唱されました。そして数年前、中日関係が困難な状況にある中で、先生は歴史的な高みに立って、友好関係の政治的な難局を打開するために、素晴らしい、重要な役割を果たしてくださいました。私は、先生の政治的な遠見、そして博識と勇気に対して、心からの敬意を表します」と発言されました。
 2007年4月、温総理が日本を訪問した際にも、池田先生と親しく会見し、先生に「慈航創新路 和諧結良縁」(慈悲の航海で新たな道を創造し、調和は良縁を結ぶ)という漢詩を贈られました。
 この漢詩は、中国政府と人民が抱いている先生への尊敬と期待を象徴するものであり、中日友好の歴史において新たな1ページを開くものとなりました。これはまた、私どもにとって心からの喜びであります。
 「周恩来 穎超記念館」は、中国共産党天津市委員会、天津市人民政府が決定し、中国共産党中央に許可を受けたうえで、1998年2月28日、周総理の生誕100周年の記念日を前に開館しました。オープンして約12年、すでに国内外からの来館者数は、のべ580万人以上を数え、社会の各界の人々から広範な賞讃を受け、好評を博しております。
 周総理と女史は生前、中日関係の発展を非常に重視され、中日関係の歩みの一歩一歩は、すべて周総理が心をこめて指導し、育成してこられました。
 池田先生は、中日国交正常化、中日友好に重要な貢献をされました。周総理は生前、中国の関係部門に創価学会を重視することを指示し、病床の身を顧みず、先生と歴史的な会見を行われました。
 また、女史は生前に8回、先生と会見されました。周総理と先生は、共に中日の世々代々にわたる友好に着目され、世界平和と発展を願ってこられましたが、これは歴史発展の必然的な趨勢でもあったのです。
 池田先生は長年にわたり中日友好に力を注がれ、遠くを見通す先見性、勇気、そして比類なき中日友好に対する貢献のみならず、周総理夫妻に対して深い感情を抱いておられることに鑑み、当館は、池田先生に対し「名誉館員」称号を授与いたします(大拍手)。
 この決定は、当館において討議を経た後、上級の関連部門に許可を得て授与するものであり、当館が日本の方に初めて授与する栄誉称号であります。
 私たちが池田先生の歴史的な功績に対する賞讃と尊敬を表しているものであります。
 それはまた、中日両国人民が世々代々にわたって友好を貫いていく決心と意志を表すものでもあります。
 来年は、創価学会の創立80周年、池田先生の会長ご就任50周年の佳節にあたります。
 私どもは、創価学会のますますのご発展ををお祈りするとともに、先生と香峯子夫人がご健康で、ご長寿で、幸多からんことを、お祈り申し上げます。
 ご来賓の皆様と、友人の皆様のご健勝、そして、中日両国人民の世々代々の友好と協力と発展をお祈り申し上げ、私の授与の辞といたします。
 本日は、誠にありがとうございました(大拍手)。

池田名誉会長の謝辞(代読)

強き「太陽の心」で我らは人民と共に勝利の春へ
若き俊英たちよ 正義の大道に続け
人類を結ぶ智慧の対話を
周総理
大切なのは心が通じあうことだ


 一、大中国は本年、晴れ晴れと建国60周年を飾られました。
 それはまた、私たちが敬愛してやまぬ人民の大指導者・周恩来総理の就任60周年にも当たっております。
 この大いなる佳節に、周総理と穎超先生の偉大な精神を生き生きと受け継がれゆく先生方を、お迎えすることができました。
 これ以上の喜びはございません。私たちは最大の祝賀と敬意をもって、熱烈に歓迎申し上げます(大拍手)。
 私はよく、海外の報道機関からのインタビューなどで、「これまでお会いしてきた世界の多くの指導者の中で、格別に心に残る方は、どなたですか」と尋ねられます。
 その折、私が筆頭に挙げさせていただくのは、周恩来総理と穎超先生のご夫妻であります。お二人の崇高な信念と人格を、日本はもとより、全世界の21世紀を生きゆく青年リーダーの心に刻み残したいと願い、スピーチや執筆も重ねてまいりました。
 その意味におきまして、本日、人類の宝の殿堂たる「周恩来 穎超記念館」から賜りました「名誉館員」の称号ほど、私の魂が鼓舞される栄誉はございません(大拍手)。
 渤海の「真珠の都」天津に輝きわたる貴・記念館は、中日友好を啓発し、促進する殿堂でもあられます。
 今年は、創価学園の若き訪中団の一行も、先生方に、それはそれは温かく歓待していただきました。
 きょうは、日中友好青年交流団として、記念館を訪問させていただいた青年部の代表も、勇んで出席しております。
 私は、世界192力国・地域の青年たちと共に、貴国との永遠の平和友好の断固たる決意を込めて、名誉ある記念館の一員とさせていただきます。誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

覚悟の光る青春は朗らか
 一、貴・記念館が万代の未来へ発信されゆく、周総理ご夫妻の尽きせぬ精神遺産の中から、私は3点のメッセージを確認させていただきたいと思います。
 第1は、正義に燃え立つ「青春の勇気」です。
 それは、今から90年前の1919年のことでした。
 列強諸国や日本の侵略の嵐が吹き荒れるなか、若き日のお二人は愛する祖国と民衆を断じて守り抜くため、天津の大地に決然と立ち上がられました。
 時に、周青年は21歳。女史は15歳の乙女でありました。お二人は、青年の陣列たる「覚悟社」の先頭に立って、生涯にわたる大闘争を、天津から開始されたのです。
 投獄など、いかなる試練が立ちはだかっても、正義の旗を掲げた青春は朗らかでした。
 周青年は、常に自信満々と断言した。
 「大丈夫、勝利はわれわれのものだ」(胡華著『周恩来の青少年時代』外文出版社)
 若き聡明な女史もまた、「実践の灯を掲げ、自らの前途を照らし、一歩一歩前進するのだ!」(高橋強・水上弘子・周恩来穎超研究会編著『人民の母──穎超』白帝社)と同志を明るく励ましながら、率先して奔走されました。
 「天津の小さき明星」とも讃えられた、この少人数の青年の連帯には、大きな大きな「勇気の炎」が燃えたぎっておりました。その炎が、やがて大中国そして世界の民衆勝利の新時代を明々と照らしていったのです。
 私も19歳で恩師にお会いしてより、使命の青春を悔いなく生き抜いてまいりました。妻も同じであります。
 私と妻が穎超先生にお目にかかると、先生はいつも家族のように、周総理と戦ってこられた真情を語ってくださいました。まるで、お二人の「革命精神」を、息子と娘に託してくださっているようでありました。
 周恩来総理が天津の南開大学の講演で、母校の英才に語られた激励を、私はわが後継の青年たちに伝えさせていただきたい。
 それは、「青年は、建設を重んじよ! 積み重ねを重んじよ! そして貢献を重んじよ!」との叫びであります。

青年労働者の手作りの外套
 一、ご夫妻に学ぶ第2は、人民と苦楽を共にする「奉仕の行動」です。
 「全身全意、人民のために」──この一点に徹し抜く人生には、無限の力と智慧が湧いてきます。
  「人民の総理は
    人民を愛し
  人民の総理を
    人民は愛す
  総理は人民と
    甘苦を共に
  人民は総理と
    心ひとつに」(林芳訳『寥天──周総理若き日の詩十四首』サントク・エンタープライス出版部)
 民衆から生まれ、愛唱されてきた、この周総理の讃歌には、リーダーが模範と仰ぐべき永遠の人間指導者像が謳い上げられているのではないでしょうか。
 貴・記念館に展示されている一着の綿入れの外套(=コート)の物語を、私と妻は深い感動をもってうかがいました。
 それは、周総理が逝去されて間もない1976年の冬、穎超先生に天津の青年労働者たちから贈られた手作りの外套です。
 そこには、「全中国の青年たちはみんなあなたのそばにおります。あなたとともに、敬愛する周総理の事業を受け継ぎ、戦い抜いて参ります」との決意の手紙が添えられていました。
 当時は、四人組が総理の追悼会を邪魔するなど、陰謀が渦巻いていました。
 穎超先生は真心に深謝され、丁重に返礼されました。
 「みなさんが、一針一針縫い上げたこの外套は、本当に温かさが心にまで伝わります」と。
 その後、穎超先生は、重要な会議に出る時も、外国からの賓客を出迎える時も、いつも、この外套を身につけて臨まれたのであります。
 「人民と共に試練の冬を乗り越え、そして、人民と共に勝利の春を迎える」──これが、ご夫妻の一念でした。
 日本に留学されていた周総理の心を携えて、穎超先生が来日されたのは、30年前の春4月でした。
 東京の迎賓館でお会いした際、先生から悲母のごとく、「人民の支持があるかぎり、一歩も引いてはいけません」と語っていただいたことが、今でも、懐かしく思い起こされます。

生涯、忘れ得ぬ慈父のごとき姿

 一、そして第3は、人類を結び合う「智慧の対話」です。
 「もっとも大切なのは心が通じあうことだ」「共通の目的がありさえすれば、心はひとつに結ばれて、どんなことでも討議のすえに話がまとまる」(『周恩来総理の思い出』外文出版社)
 これは、世界を舞台に、智慧光る人間外交を繰り広げられた周総理の信念であります。
 1974年の12月5日、病身をおして30歳も若い私を、慈父のごとく迎えてくださった、あの大誠実のお姿は、私の生命に焼き付いて決して離れることはありません。
 周総理は、私との語らいでも中国と日本の揺るぎなき平和友好を願われ、そして、すべての国が平等に助け合う時代を展望されておりました。
 一人の民間人として、文明を結び、人類を結ぶ対話の波を起こしてきた私の胸奥には、常にこの周総理の心が光っていたのであります。
 この12月5日、光栄にも総理との会見35周年を記念し、天津の南関大学では「周恩来・池田大作思想青年学術シンポジウム」が開催されるとうかがっております。
 総理と共に開かせていただいた青年友好の大道に、両国の俊英が続いてくれている。本当にうれしいことです(大拍手)。
 一、30年前の春、穎超先生が関西の地を訪れた時のことでありました。
 降り続いていた小雨もやみ、総理にゆかりの京都の嵐山で、先生があいさつを進められると、雲間から陽光が差し込みました。
 先生は当意即妙に、こう語られました。
 「いましがた太陽が出てきて、私たちを照らしています。これは、中日両国人民の友好が限りなく光り輝くことを象徴しています」
 このご夫妻の太陽の心を継承されゆく貴・記念館こそ、かけがえのない平和友好、そして教育・文化の光の宮殿であります。
 その希望の大光が、いやまして赫々と千秋万歳の輝きを放ちゆかれることを、私たちは心からお祈り申し上げます(大拍手)。

報恩を行動に
 一、今、私どもの民音の招聘で、周総理が愛し育まれた中国国家京劇院の新作「水滸伝」の日本公演が大きな感動を広げております。
 そのテーマは、「報恩」の心を現実の「行動」に移すことであります。
 私も、誉れある貴・記念館の一員として、「報恩」の心をさらなる「行動」に移していくことを、固くお約束申し上げ、御礼のごあいさつとさせていただきます。
 周恩来総理・穎超先生が魂魄を留められた天津に、永遠の繁栄あれ! そして人民の栄光あれ!
 謝謝!(中国語で「ありがとうございました!」)(大拍手)

友誼の詩を贈る

天津周紀念館
創大連理夫婦櫻
三十五年守信義
遥望最憶西花廳


天津には周恩来 穎超記念館が有り、
創価大学には連理の周夫婦桜が有る。
三十五年にわたって信義を守り、
遥か中国を望むに、
  最も偲ばれるのが西花庁である。

※ 北京市内の周総理・女史の住まい「西花庁」と同形の建物が、現在、天津の当記念館に立っている。(池田名誉会長夫妻は、北京の「西花庁」を2度訪問している)

「周恩来 穎超記念館」康館長へのインタビュー
           (2009.12.5付 聖教新聞)

池田先生は周総理との「一期一会の出会い」を刻み、
総理の信頼に応え、中日友好のために挺身されました


 ──「周恩来 穎超記念館」から池田名誉会長に「名誉館員」称号が贈られました。
 康館長 はい。ほかの顕彰も含め、当館が日本人に初めて授与する名誉称号です。
 周恩来総理が交友を結んだ日本人は百数十人に及ぶでしょう。そのなかで、池田先生が特別なのは、周総理夫妻を宣揚し、広く民衆間に、そして若い世代に継承してこられたことです。
 これは、ほかの方が成し得ていない、傑出した偉業といえるのではないでしょうか。
 当館の目的は、周総理夫妻の業績と精神を広く、末長く伝えることですので、池田先生は「名誉館員」に最もふさわしい方です。
 ──周総理と名誉会長が会見されて、35周年という佳節での授章となりました。
 康館長 お二人の歴史的な会見の場は、北京の305病院。重い病を顧みず、周総理が池田先生と会われたことは極めて重要です。
 今回、当館に池田先生より漢詩を賜りましたが、その一節に「三十五年守信義」とありました。まさに先生は「一期一会の出会い」を胸に刻み、周総理の信頼と期待に応え、中日友好のために挺身されました。
 中日間が良好な時には誰もが握手し、乾杯をする。先生は両国の関係が厳しく、嵐の日にも、信義を貫かれました。そこに敬意を表したいのです。
 ──名誉会長はスピーチ等で周総理の言葉を引用し、さらには実際の行動をもって、中日友好がいかに大切かを、後継の青年たちに教えられています。
 康館長 創価学園、創価大学での交流で、多くの生徒や学生と触れ合いましたが、キャンパスには、中日友好の思いがあふれていました。皆、心から周総理夫妻を尊敬していました。彼らが周総理を偲んで歌う「桜花縁」を聴き、熱いものが込み上げてきました。
 創価学園生から「周総理の偉大な点を教えてください」との質問がありました。私は総理が少年時代に書いた「為了中華之崛起(中華の復興のために)」を紹介しました。小さいころの夢や志を生涯堅持し、艱難辛苦を乗り越えた生き方に学んでもらいたいからです。
 創価の学舎では、池田先生の人間教育の理念のもと、友誼に厚い、知勇兼備の人材が育まれています。世々代々にわたる中日友好を思う時、彼らこそ、次代の「友好使者」といえましょう。
 ──周総理と女史は、互いに「戦友」「同志」として、美しく強い絆で結ばれていました。お二人の名前を冠した殿堂の女性館長として、最後に、女史に関するエピソードをご紹介ください。
 康館長 私は周総理夫妻には直接、お会いしておりません。だからこそ、お二人の精神が形骸化しないよう、私自身が「全身全意」で人民に尽くす生き方を常に学び、実践するよう努力しています。
 池田先生も紹介されましたが、周総理が逝去して間もなく、青年労働者たちが総理の事業を継ぐ決意を込めて「外套」を縫い上げ、女史に贈りました。これは1級文物として当館に保管されていますが、本当に擦り切れるまで身につけたもので、展示に当たっては布をあてなくてはならないほどでした。「人民とともに」とのお心に胸が打たれます。
 その意味でも、「人民のために奉仕する」心こそ最第一と決め、責務を全うしていきたいと思います。
2009-12-06 : 最近の指導・スピーチ・随筆 :
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忘れ得ぬあの瞬間 第12回

忘れ得ぬあの瞬間
名誉会長と共に80周年へ
    (2009.12.1付 聖教新聞)

第12回 北海道で幹部会

君が幸福に! それが広宣流布

 “先生だ!”──池田会長を乗せた車が着いた。拍手が鳴り、歓声がわき上がる。
 札幌の中島スポーツセンターの近く。ドアが開いて、姿を現した慈顔の新会長。すぐそばを、函館支部や、女子部の代表らが囲む。一人一人に温かな眼差しを注吉、手を振り、握手を交わしながら、ゆっくりと会場へ向かった。
 1960年(昭和35年)5月22日。新会長を迎えて第1回の北海道総支部幹部会。
 正午からの開始予定にもかかわらず、午前10時過ぎには、人波で埋まった。
 入場整理券は発行されていたものの、列車で、バスで、全道から、とめどなく押し寄せる友また友。その数、1万6000余人。場外にも、大勢あふれている。
  皆、この日を、どれだけ待ちわびていたか。どの顔も、歓喜と興奮で上気している。
        ◇
 第3代会長就任後、300万世帯の達成へ、地方指導を開始した池田新会長。関西に続き、その舞台に選んだ天地こそ、恩師・戸田第2代会長の故郷・北海道であった。
 仏法の正義を明らかにした「小樽問答」(昭和30年)。
 75万世帯の試金石となった、「札幌・夏の陣」(同年)。
 横暴な権力から同志を守り抜いた「夕張炭労事件」(同32年)。
 広布史に輝く北海道の「三大闘争」である。
 それは、若き池田会長が恩師と不二の心で、開拓の同志と築き上げた“師弟勝利の金字塔”にほかならなかった。
 「先生、北の守りはお引き受けします!」
 出陣の大会は、北海道幹部の大宣言で幕を開けた。
 支部旗・部隊旗の授与。
 「支部旗・部隊旗は、折伏の旗印です」──一人一人にしっかと手渡す池田新会長。息をのむ迫力。峻厳な空気が会場いっぱいに流れる。
 北海道の5月、外はまだ肌寒い。しかし、あふれる熱気で、参加者の顔には、うっすらと汗がにじんでいる。
 式次第は進み、新会長が登壇した。諸天も寿ぐかのような日差しが、天井ガラスから壇上に、キラキラと差し込んでいる。
 「北海道の皆様、大変しばらくでございました!」
 場内を揺るがす大喝采。皆、あまりの喜びで、顔がくしゃくしゃである。
 席上、新会長は、「豆腐とおから」の例を用いた戸田会長の指導を紹介した。
 ──広宣流布といっても、あくまで大切なのは、一人一人が幸福になることだ。
 学会員の幸福を「豆腐」に例えるならば、広宣流布は「おから」で、つまり、その副産物で、自然のうちに成し遂げられるのだ──と。
 一人一人の幸福の中に、広宣流布がある!
 ゆえに君よ、わが人生の勝利を断固と開きゆけ!
 烈々たる気迫の新会長。
 「師弟の三代城」に、今再びの“共戦”の炎が、赤々と燃え上がった。
        ◇
 終了後、池田会長は、場外でたたずむ大勢の同志にも声をかけ、激励を重ねた。
 そして、北海道本部へ。女子部「北海道華陽会」の集いに出席し、初代の北海道女子部長を務めた嵐慧子さんら若き乙女たちに、万感の期待を込めて語った。
 「広宣流布は、女子部がしっかりしていれば、大丈夫です!」
 「明るく美しく清らかであることが折伏であり、慈悲です。信心から迸る美しさ、清らかさが大事なのです」
 あれから明年で50年──。
 麗しき“華陽のスクラム”は今、「池田華陽会」となって、全世界を希望の光で照らしている。
2009-12-01 : 忘れ得ぬあの瞬間 :
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