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新時代第34回本部幹部会㊦

新時代第34回本部幹部会/第34回SGI総会での名誉会長のスピーチ
              (2009.11.14 東京牧口記念会館)

後輩を伸ばせ 自分らしく光れ
後世に輝く模範を残しゆけ


正義の大城を永遠に崩すな
戸田先生
「勇気と智慧を」「意気地なしになるな」
走れ! 使命の天地を隅々ま


192カ国地域に「平和」「文化」「教育」の大潮流

 一、戸田先生のご指導を、私は後世のためにと思い、書き取っておいた。
 ここで、いくつか紹介させていただきたい。
 「誰が何と言おうが、創価学会は、日本の潮流に成長した。
 この潮流を全世界の潮流として、やがては、この地球上に、理想の社会をつくるのだ」
 戸田先生のご構想通りに、今や、創価の平和と文化と教育の潮流は、世界192力国・地域へ広かった。
 牧口先生も、戸田先生も、どれほどお喜びであろうか。
 一、また、戸田先生は学会の草創期に、こうも言われていた。
 「今は、学会員がまだまだ少ない。しかし、20年、30年後には、ビックリするぞ。
 日本のどこへ行つでも学会員がいる時代が来る。そして、世界中に、地涌の菩薩が地からわき上がるように出てくるのだ」
 今、その通りの時代になった。日本中で同志が大活躍しておられる。世界の津々浦々で、SGIの友が“良き市民”として社会貢献に励んでいる。
 万年にわたる世界広布の礎は、盤石に築かれたのである。

一番、大変な所へ
 一、ありがたいことに、戸田先生は、弟子の苦闘を、すべてわかってくださっていた。
 「一番、大変なのは、『大阪の戦い』であった。
 しかし、大作は、『なんとしても、私がやります。先生のために勝ちます!』と言った。だから、大作に任せたのだ。
 そして、勝ってくれたのだ」
 昭和31年の戦いは、学会にとっても、私にとっても、広く社会に打って出る、歴史的な“初陣”であった。
 新たな戦野に飛び込んで、私が活路を切り開いた。関西の同志とともに、勝利の金字塔を打ち立てた。
 〈昭和31年(1956年)、若きSGI会長の指揮のもと、大阪支部は1カ月で1万1111世帯の弘教を成し遂げた。関西の同志が証言している。
 「昭和31年の戦いが忘れられません。
 池田先生は、たった今、燃えるような大情熱で指導をされたかと思えば、次の瞬間には、もう大阪中を飛び回っておられたのです」
 「池田先生は、関西のすみずみまで、何度も何度も回ってくださり、激励し抜いてくださったのです」
 同年の参院選大阪地方区では、学会の支援した候補が、予想を覆して勝利。「“まさか”が実現」と朝日新聞は大きな見出しで報じ、日本中が驚いた〉
 ともかく、大阪中を回った。当時、私は自転車で動いた。あまりに動きすぎて、タイヤがパンクしてしまうと、もう乗れない。仕方なく、自転車を引きずって歩いた。そうして、大阪のすみずみまで回ったのだ。
 決戦の当日。戸田先生は東京、私は大阪。朝5時ごろ、電話が鳴った。“戸田先生からだ!“──私は、ぱっと受話器をとった。まさしく先生からだった。
 「大作、起きていたのか」「はい」「関西は、どうだい?」「こちらは、勝ちます!」「そうか、本当か!」──あの時の先生のうれしそうな声。東京が厳しい情勢であっただけに、先生の喜びは大きかった。
 リーダーに手抜きや甘えがあれば、激戦は勝ち抜けない。私は心底、戸田先生のために、真剣に戦った。戦って戦って戦い抜いた。

「先生、関西は勝ちます!」
若き弟子は「誓い」を果たした


「師弟共戦」の不滅の歴史を
 一、若き日の私は、恩師のもとで、「先生、関西は勝ちます!」と叫んで戦い、不滅の歴史を築き残した。
 それと同じ決意で、わが後継の友が毅然と立ち上がっていくならば、学会は負けない。常勝城は崩れない。
 今再びの前進を開始するのだ。よき人材を伸ばすのだ。後輩たちが自分らしく輝き、新しい人材群が、思う存分、力を発揮していけるように、全力で応援してまいりたい。
 一、烈風の社会の中で、創価の同志の皆さんは、人類の希望の道を開くため、ただひたむきに、真剣に、戦ってくださっている。
 広宣流布の大将軍として指揮を執る者は、懸命な同志に応えて、その何倍も戦わなければいけない。このことを、よく覚えておいていただきたい。的確に、迅速に、あらゆる手を打つのだ。
 戸田先生の指導が、わが胸に響いている。
 「学会の青年部は、意気地なしでは絶対にだめである。“自分には力がある。闘争には負けないぞ”と頑張るのだ。
 一人一人が学会精神を受け継いで、本物の人材と育て!」
 皆、頼むよ!
 思うにまかせぬ現実にぶつかることもあるだろう。そのなかで、建設的な声をあげる。堂々と信条を述べる。そして立派な人、真面目な人を尊敬し、威張る者とは、断固戦う。それでこそ青年だ。
 年をとって自分勝手になる人もいる。立場が上になり、注意や指導をしてくれる人がいなくなって、堕落する場合もある。リーダーは人一倍、自己を律しなければならない。

生きて生き抜く
 一、戸田先生は、あえて厳しく言われた。
 「闘争に負けるようでは、創価学会の青年部ではない。広宣流布は、よほどの信心と勇気と智慧がなければ遂行できない大事業なのだ」
 私も、戸田先生のもとで徹底的に鍛えられた。“先生が広布の戦《いくさ》を進めやすいように”と終始考え、万般にわたって、人知れず準備を重ねた。
 先生は、弟子のそうした努力を、すべて、ご存じであられた。しかし、大てい、知らないふりをして、黙って見守っておられた。あの厳愛の鍛錬ありて、今の私がある。
 また一方で、先生は深く憂えておられた。
 「大作は、これだけ戦ったから、もう長生きはできないだろう。俺が大作の身代わりになってあげたい」──そこまで言われた師の祈りが、私を長生きさせてくださったと信ずる。何とありがたい師匠か。
 私は、先生の弟子して、生きて生きて生き抜いてきた。これまでの人生に一点の後悔もない。これが偽らざる心境である。“この私ほど師匠を護った人はいない”と、御本尊に堂々と申し上げることができる。

「皆が幸福になるように」
 一、私は毎日、御祈念している。学会員の皆さんに事故がないように。皆、幸福になるように。広宣流布のために、楽しく戦えるように──。
 その心と行動が、これからのリーダーにあるかどうかだ。嵐に負けない常勝の指揮は、小手先の“策”とは、天地雲泥なのである。
 なぜ、このように申し上げるのか。私も80代である。いよいよ、これからが本当の総仕上げだ。
 今、広宣流布の舞台は大きく開かれてきた。未来のために、世界中に堂々たる基盤が築かれた。
 万代にわたる勝利は、すべて後継の皆さんにかかっている。
 この世界には、想像を超えた、卑劣な人間や、傲慢な人間もいる。そういう者たちに、将来、大切な同志が、騙されたり、威張られたりしたら、あまりにもかわいそうだ。そうならないために今、言っておくのである。
 私は今、未来の展望を真剣に考えている。
 広布の戦は長い。難は必定だ。それを乗り越え、勝利しゆく民衆こそ王者だ。
 勝利の手柄は、その栄光は、ほかの誰でもない、同志の皆さんに輝く。これを、きょうは宣言しておきたい。

師弟不二の仏法
 一、どこまでも師弟不二の仏法である。
 思えば、戦時中、軍国主義の時流と戦い、戸田先生は、師匠・牧口先生とともに、牢獄に入られた。
 のちに戸田先生は、牧口先生を偲んで、「あなたの慈悲の広大無辺は、わたくしを牢獄まで連れていってくださいました」と感謝された。
 これが弟子である。
 この戸田先生の心を、私は、よく知っている。
 私自身、どれだけ、先生に尽くしたか。何一つ、悔いはない。最後に先生は、「大作、ありがとう。大作、ありがとう」と言つてくださった。
 師弟不二とは、こういうものである。

戸田先生
「広宣流布は私がやる!」この大確信で対話せよ


座談会が大事
 一、戸田先生は叫ばれた。
 「広宣流布は私かやる!──この大確信で折伏をするのだ。自分が行ったところで自分の力を示すのだ」
 この意気で、来年も戦おう!
 真面目な女子部の皆さんは、むしろ、ゆったりとした気持ちで進んでいただきたい。婦人部は、すでに走っている。今、心新たに立ち上がるべきは、男子部であり、壮年部であり、幹部であろう。
 「広宣流布は私かやる!」──この魂を失えば、もはやリーダーの資格はない。
 苦労を避けようとして、自分のことしか考えない。それでは、信心の本当の喜びを味わうことはできない。
 自覚した一人一人が、わが師のために立ち上がるのだ。そうやって、広布の大道は開かれてきた。
 今、集い合った皆さんこそが、新しい勝利の指導者なのだ。
 「大きい会合に出れば、心は躍動するが、それだけではいけない。小単位の座談会こそ、真の指導の根本である」
 これも、重要な戸田先生の教えである。座談会を最も重視して進むのだ。
 また、婦人部、女子部に対し、戸田先生は次のように示された。
 「これからの女性は、明るく、はつらつと、周囲へ、地域へ自分自身を開いていかなくてはなりません」
 創価の尊き婦人部に最敬礼するとともに、「女子部の池田華陽会万歳!」と申し上げたい(大拍手)。
 一、次の御聖訓は、戦時中の弾圧の際、当局に押収された戸田先生の御書に、先生が線を引いておられた一節である。
 「日蓮は世間には日本第一の貧しき者なれども仏法を以て論ずれば一閻浮提第一の富《とめ》る者なり」(御書988㌻)
 この御境涯に連なる永遠の福徳の大長者こそ、創価の友なのである。
 戸田先生がお好きであられた『巌窟王』や『三銃士』などで有名なフランスの文豪デュマの小説に、こうある。
 「いつも勇敢に振る舞うと、どれほど威厳が出てくるか、よく目にとめておくがいい」(鈴水力衛訳『ダルタニャン物語第4巻』ブッキング)
 “臆病は恥なり”との快男児の心意気を示した一言である。
 威厳とは、人徳であり、生命の力であり、勝利のための力でもあろう。きょう集い合った男子部の諸君の中からも、必ずやこの力が出てくると私は思う。
 さらにデュマの言。
 「裏切ったという永遠の恥辱はかれらの上に落ちるのだ」(同)
 その通りだ。ましてや仏法の因果は厳しい。自らの信念を裏切り、同志の信望を裏切った人間の末路は哀れだ。皆様がよく知っている通りである。
 戸田先生はおっしゃった。
 「戦っているような格好をしていても、戦っていない人間は、すぐわかる。10人前の信心の戦いをせよ」
 大きな責任を担う幹部への戒めとして、心すべき指導である。

教学試験に挑む友の健闘を祈る
 一、さらにドイツの大詩人ゲーテの言葉から。
 「なお強いて迫り来らば/われら奮いて戦うあるのみ」(相良守峯訳『ファウスト』岩波文庫)
 これでいこう!〈会場から「ハイ!」と勢いよく返事が〉
 私が戸田先生とお会いしたのは、戦後間もないころである。
 戦争によって、わが家は、さんざん苦しめられた。一家も、また時代も、最悪の状況のなかで、私は戸田先生とお会いすることができた。
 先生は「俺が全部、教えよう」と万学を授けてくださり、難に打ち勝つ信心を打ち込んでくださった。ありがたい師匠であった。
 ゲーテであれ、誰であれ、青春時代、戸田先生から、どのような読書をしているのか、たずねられた。
 「その本の、どこを読んでいるか」「それはどういう意味か」等々、毎日毎日、365日が勉強だった。
 皆さんも忙しいなかではあるが、御書を拝し、一流の書物をひもとく時間をつくっていただきたい。
 今、教学部初級試験、青年部教学試験3級に向かって、尊い研鑽に励んでおられる皆様のご健闘を心から祈ります!

南アのマンデラ元大統領
世界の苦悩を取り除くのは青年
自らの運命と未来の作者となれ


フランスの哲人指導者
人生には「道」が必要
確かな宗教をもつ人は生き抜く力を得る


後継を育て抜く真のリーダーに
 一、きょうは、アフリカから、ナミビア共和国をはじめ4力国の友が、はるばると、お見えになった。本当にうれしい! 私は心から讃えたい。
 遠路、来日するのも大変なことだ。皆で応援したい。本当に、よく来られた。ありがとう!(大拍手)
 そのナミビアの諺に、こうある。
 「時間と世界は、どんどん前へ進んでいく」
 遅れてはならない。
 時代から時代へ、世代から世代へ、バトンタッチしていくことが大事である。
 我らも、後継の人材を育てよう!
 私は、ありとあらゆる機会をとらえて、青年を育てるために手を打ってきた。
 人材を育て、伸ばしゆく以外に、真の勝利はない。
 人材を出さなければ、真のリーダーではないのである。
 一、南アフリカの人権の闘士、マンデラ元大統領との出会いは、今も心に鮮烈だ。
 初の来日で、わざわざ聖教新聞社へ、足を運んでくださった。あなたに会いたい──その真情に、私は強く心を打たれた。
 元大統領は言われている。
 「世界の苦悩を取り除く力は、まさに、君たち青年の世代の手中にあるのです」
 「より輝く未来に向けて道を示す星のごとく、青年こそが、自らの運命と未来の作者となれ!」
 青年部よ、輝かしき創価の勝利を頼む!
 〈会場から「ハイ!」と元気な返事が〉
 一、私の敬愛する友人に、フランスの哲人指導者であるポエール上院議長がいた。
 お会いした際、こう述べておられた。
 「人生には、生きていく上での基本の軌道、『道』が必要です。心のままに振るまうだけではいけない。人生の不変の知恵を伝える宗教の必要性もそこにあります。
 確かな宗教をもつ人は、ドラマに富んだ人生を生き抜く上で、他の人にはない力を得るのです」
 〈ポエール議長は、反ナチ・レジスタンスの闘士で、臨時大統領を2度も務めた政界の重鎮。1996年に世を去るまでSGI会長と交友を重ねた。「私とSGI会長は、平和のために戦うという点で一致しています」とも語っている〉
 ポエール議長とは、フランスを訪れるたびに友情を深めた。大変な人物である。公邸に何度も招かれ、文豪ユゴーをめぐり、平和を見つめて語り合ったことが懐かしい。
 一、戸田先生は、こう鋭く言われた。
 「難が来たら喜ぶのだ。その時が、信心の踏ん張りどころであり、チャンスであるからだ。
 その嵐を乗り越えれば、永遠にわたる大福運をつかむことができるのだ」
 信念の人は最後に光る。驕れる者は久しからず──これが歴史の教訓である。
 ドイツの詩人ヘルダーリンは、栄枯盛衰を見つめて叫ぶ。
 「おお怠るな! いましめ 罰をくだし 勝利をかちえよ!」(川村二郎訳「敢為の霊に」、『ヘルダーリン全集1』所収、河出書房新社)
 真実と偽りは、最後には明らかになると詩人はうたう。真実に生き抜かなければ、損をする。結局、苦しむだけである。

自分の時代に立派な人材城を
 一、中国の大詩人・蘇軾《そしょく》(蘇東坡《そとうば》)は詠んでいる。
 「りっぱな手本を後世に示した功《いさお》はとこしえに滅びない」(小川環樹・山本和義著『蘇東坡詩集第二冊』筑摩書房)
 各国各地のリーダーも、自分の時代に戦い切って、立派な手本を残しゆくことだ。そして、たくさんの後輩を育てゆくことだ。
 その功績と功徳は、三世永遠に不滅である。
 きょうは長時間、本当にありがとう! ご苦労さま!
 もうひと踏ん張り、本年を戦いきって、来年も勝利しよう!
 楽しく生きよう!
 〈ここでSGI会長の導師で、全員で題目を唱えた〉
 ご苦労さまでした。ありがとう! お元気で!
 海外の皆様も、遠いところ、本当にご苦労さまです。これから広布の法城も、一段と整備していく。学会は隆々と発展している。世界広布の開拓者である皆様のお名前は、永遠に輝きわたります。
 お体をお大事に!
 奥様によろしく!
 お父様によろしく!
 ご家族の皆様に、どうか、くれぐれもよろしくお伝えください。
 健康第一で!
 よく睡眠をとることです。無理をしすぎて、寝不足になってはいけない。仏法は道理である。皆さんが健康であることを、仏は一番、喜ばれるのです。
 〈ここでブラジル青年部の代表が「私たちに広宣流布をおまかせください。私たちは戦ってまいります。誓願を果たしてまいります!」と力強く決意を述べた〉
 偉い! うれしい!
 素晴らしい決意、ありがとう! ありがとう! ありがとう!(大拍手)
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2009-11-29 : スピーチ・メッセージ等 :
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詩集 勝利の舞

詩集 勝利の舞  
  聖教新聞社 2009.11.18刊 ¥3000(税込)

はじめに

平和の舞

忘れ得ぬ戦時の青春 我らは戦う! 人権と平和と幸福のために(2009.2.13)
平和と文化と教育の光 君よ 常楽我浄の勝利王たれ!(2004.7.14)
魂輝く芸術部の皆様へ 天の舞 人生の舞 芸術の舞 天晴れ 地晴れ 人生も!(2003.11.30)
平和を! 平和を! そこに幸福が生まれる(2006.10.22)

師弟の誓い

わが勇気ある永遠の同志に贈る 青春は前進だ! 人生は勝利だ!(2009.2.18)
わが同志とは三世永遠! 完勝の歴史を刻まむ(2007.12.8)
君に広宣の旗を託す 青年よ 未来の勝利を!豪快な圧勝を!(西武ドームで行われた青年部結成53周年記念総会に寄せて)(2004.4.2)
第2総東京を讃う 広布完勝の都よ 永遠なれ!(2007.5.12)

笑顔の貴女たちに

優しくして 賢き 勇気ある母に贈る 偉大なる尊き母の交響楽(2009.2.9)
清き瞳の王女よ 晴ればれと幸福の城を築け!(2004.6.26)
わが英知の女子学生部を詩う 幸福と平和の追求の勝利者たれ!(2004.7.23)
白衣の天使 生命尊厳への戦い(2003.3.11)
おお白樺よ! 生命の幸福の博士よ(2004.2.14)
友よ! 勇敢に正義の大道を(2005.7.19)

誉れの友へ

我らの5月3日を祝賀して友に贈る 君も同志だ 共に戦え!(2005.4.2)
尊き同志の健闘を讃えつつ わが広布の勇者に贈る(2003.3.2)
我らの自由と平和と幸福を(2002.3.16)
わが広布の同志の連帯と勝利を祈りつつ 正義の君よ立て!正義の君に勝利を!(2006.12.16)
栄光の城を共に守り勝ちゆけ! わが友よ 強くあれ!(2002.7.21)
わが同志《とも》に捧げる詩(2001.7.11/2001.7.19記念)

人生の王者

わが道をゆけ(2005.6.3)
我らは栄光燦たる広宣流布のために!(2005.8.29)
広布多宝の方々を讃う 長寿の人間王者(2003.3.8)
勝利の誓い 多宝の使命(2003.9.15)
敬愛する同志のご多幸を祈りつつ 我らの新春を謳う(2004.1.1)

正義の大道

わが友よ 正義は前進せよ!(2009.6.3)
わが共戦の友のために 真実と虚偽の人生を詠う(2003.3.20)
誇り高き使命の友に贈る 巨大な翼よ! 偉大なる天地へ(2001.6.18)
おお 正義の陣列! 我らは幸福への前進(2001.9.15)
広宣流布! これは人類の願望(2002.7.17)
偉大なる広布の都・京都の同志に贈る  威風も堂々と生命の勝利の冠を!(2003.3.6)

波濤を越えて

8月24日「壮年部の日」を記念して 轟きわたる 勝鬨の大城(2001.8.14)
常勝の詩 大兵庫に勝鬨を!(2003.2.3)
先駆の火の国 九州の連戦連勝の詩(2003.1.5)
「第九の怒濤」を観て(2003.11.5)

青年の君たちよ

若き哲学の英雄――君よ 断固と指揮を執れ!(2002.12.23)
若き君よ 人生の大舞台で勝ちゆけ!(2002.11.30)
青年よ! 正義のために戦え(2004.8.12)
「青年・拡大の年」を記念して若き後継の尊き弟子たちに贈る(2005.1.16)
広宣流布の柱 わが若き創価班に贈る(2003.9.15)
牙城の輝き(2003.9.1)

栄光の翼

舞いゆけ!青春 勝利と栄光の人生たれ!(2001.9.20)
「常楽我浄の世紀」へ 悠久の勝利を!(2001.6.10)
わが友に希望を! わが同志に賞讃を!(2006.12.21)
勝利と栄光の大埼玉を詩う(2002.4.23)
広宣の合衆国 常勝栄光の大関西!(2003.1.6)

友誼――中国の友に贈る

中国 胡錦涛主席に贈る(2008.5.8)
中国 温家宝総理への返詩(2007.4.12)
中華全国青年連合会に贈る(2009.4.2)
世界華文文学連合会に贈る(2009.4.25)
北京大学 讃歌 敬愛する北京大学の学生に贈る(2007.9.22)
新疆頌(新疆を頌える)(2008.11.19)
廣州頌(広州を頌える)(2008.11.28)

未来の大樹へ

英知と正義の星たれ! わが学園生に贈る(2008.12.6)
大切な そして優秀な 創価学園栄光寮の英才に贈る(2008.10.1)
わが学園生に贈る父子の詩 君たちよ! 21世紀の勝利者たれ(2003.2.24)
若き創価の学友に贈る 建学の魂 永遠の勝利の正道(2003.2.27)
2009-11-29 : 詩集 :
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中国・寧夏大学「終身名誉教授」称号授与式

中国・寧夏大学「終身名誉教授」称号授与式  (2009.11.23 創価大学本部棟)

 中国・寧夏回族自治区の名門「寧夏大学」から、池田名誉会長に「終身名誉教授」の称号が贈られた。名誉会長の世界平和と日中友好交流への貢献を讃えるもの。授与式は23日、東京・八王子市の創価大学本部棟で行われ、寧夏大学の何建国《かけんこく》学長、趙維素《ちょういそ》副学長らが出席。何学長から代理の山本創大学長に、証書が託された。また、名誉会長の友誼の漢詩が何学長に手渡された。

何学長の授与の辞

中日を結ぶ先生の功績は美しき明日を創造する力

 創価大学は、1971年に池田先生が創立された大学であります。「人間教育の最高学府たれ」「新しき大文化建設の揺藍たれ」「人類の平和を守るフォートレス(要塞)たれ」との建学の精神をもっておられます。
 “大学教育は一つの探求であり、青年に人生の意義と目的を理解させ、社会に果たすべき役割と生き方を示す”との教育理念を持つ創価大学は、類まれなる発展を遂げ、世界の中で高い評価を得ておられます。
 寧夏大学は、寧夏回族自治区政府と中国教育部が共同で建設した総合大学であり、「211工程」の重点大学でもあります。寧夏における科学技術の重要な研究機関、シンクタンクであり、地域の経済社会の発展の重要な責務を担い、50年にわたり、9万人の各分野の人材を育成してまいりました。また近年、本学は時代に即応し。一致団結しながら、大きな進歩を遂げてまいりました。
 現在、本学は「211工程」になったのを契機に、教学条件の改善、教育水準の向上、科学研究、科学開発に力を注いでおります。さらに、新しい人材の
育成、高いレベルの科学研究、研究における効率の良い社会への還元と、社会へ良質なサービスの発信基地として機能しております。
 池田大作先生は、世界的に著名な詩人であられ、哲学者、思想家、教育家、社会活動家であられます。長年にわたり、文化・教育事業と世界平和運動に挺身され、世界平和のため、中日友好のため、中日両国の文化交流に卓越したご貢献をしてこられました。
 また、池田先生は、中国人民の古き良き友人であられ、中国を幾度となく訪問し、周恩来総理など歴代の国家指導者と交流を重ねてこられました。そして、中日友好の「平和の使者」として中国人民から仰がれております。早くも1960年代、周総理が“創価学会は民衆の中から発展した団体であるから、創価学会と交流の道筋をつけ、彼らと友人になりなさい”と指示したことは、有名な話です(大拍手)。
 池田先生は、世界平和と文化交流を促進され、卓越した成果を残してこられました。池田先生が本学の「終身名誉教授」に就任されることにより、本学の学生・教員たちに、自らの知識と能力と資質をもって、人類の科学と文明の進歩に寄与し、美しき明日を創造し、より多くの業績を残せるよう、激励してくださるものと、期待します。
 中日友好の松明は、源が遠ければ流れが長いように、永遠に伝えられてゆくでありましょう。
 池田先生と各界の名士の努力のもと、中日の間の学術・文化交流は必ずや不断に強くなってゆくと確信します。そして、私たちは、ともに努力して平和と発展の道を絶え間なく前進していこうではありませんか!(大拍手)
 私は、初めて日本を訪問しました。今回の訪問を通じて多くの方々と友人になり、理解を深め合い、寧夏大学と創価大学との相互協力によって、中日両国の人民の友好に寄与してまいりたいと存じます。
 結びに、私は本学を代表し、池田先生ならびに、山本学長と創価大学の皆さまに、正式にわが大学にご招請いたします。ぜひ、寧夏および本学をご訪問いただきたく、存じます。本日は、大変にありがとうございました(大拍手)。

名誉会長の謝辞(代読)

大黄河の如く!「民衆に尽くす」人材の大河を

教育とは「心の砂漠化」との闘争
“人間の奉仕”が人格を鍛える


 一、唐の時代、寧夏の天地に足跡を刻んだ大詩人・王維は「早朝(早《あした》に朝《ちょう》す)」と題する詩を詠じました。
 「皎潔《こうけつ》として 明星高く/蒼茫として 遠天《えんてん》曙なり」
 (明けの明星はきらきらと高くかがやき、くろぐろとした遠くの空に曙が生まれている)〈小川環樹・都留春雄・入谷仙介選訳『王維詩集』岩波文庫〉
 青春時代、わが師・戸田城聖先生に朗読してお聞かせした、懐かしき一詩であります。
 まさしく、この半世紀にわたって明星の如き鮮烈な英知を放ち、そして「教育の新世紀」の曙を告げゆく旭日の人材を育成してこられた殿堂こそ、貴・寧夏大学であられます。
 本日、私は、大中国の誇る貴大学より、あまりにも光栄な終身名誉教授の称号を拝受いたしました。
 誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。
 一、古来、「天下の黄河は寧夏を富ます」と謳われてきました。「寧夏」の名は、中華文明の揺藍である黄河とともに、世界史に轟いております。
 1958年の秋、中国全土から勇み集った50人余の若き俊英たちが、大西北地方の建設に黄金の汗を流しながら、貴大学の礎を築かれました。
 以来、寧夏の都・銀川《ぎんせん》に立つ貴大学が、各界に送り出した逸材は実に9万人──。
 母なる黄河が寧夏の大地を潤してきたように、貴大学は滔々たる人材の大河を創り起こし、貴国の偉大なる発展に寄与してこられたのであります(大拍手)。

建学の大精神
 一、「困難を恐れない。寒風を畏れない。根を深く張れば、枝か茂る。根元を固めれば枝が栄える」とは、貴大学が建学より堅持されてきた大精神であります。
 これは、耐乾性や耐塩性に優れた、強い強い沙棗《すななつめ》の木の特徴に由来する言葉とうかがいました。
 寧夏では、豊かな農作を営まれるとともに、黄土高原の深刻な砂漠化と格闘してこられました。
 押し寄せる砂漠化との戦いが、いかに苛烈であるか。
 かつて冬の間は、黄河の氷を運んで、大地に穴を掘って埋め、その上に土をかぶせて苗木を植えておられたというご苦労も、私は涙する思いでうかがいました。
 間断なき植林、そして防砂林の造成等と、まさに、「建設は死闘」であります。その労苦によって近年、貴・寧夏回族自治区は、全国に先駆けて、砂漠化面積の減少を成し遂げられました。
 この寧夏の勝利の牽引力こそ、貴大学であります(大拍手)。

世界の先駆的な「希望のモデル」

 一、「苦難の中に創業し、重責を担い、必死に戦い、進取を敬う」。貴大学は、この「寧大人《ねいだいじん》精神」を発揮しながら、大中国の重点研究の一翼を担い立ち、高名な西部発展研究センターを設置されるなど、英知の粋を結集し、国土の繁栄を開いてこられました。
 今や、貴大学を中心とする寧夏の「砂漠の緑化」また「環境保全」、林業や重工業をはじめとする「経済社会の発展」には、深刻な水不足に悩む世界の先駆的な「希望のモデル」と、限りない期待が寄せられているのであります(大拍手)。

西夏文化の研究
 一、教育とは、一次元からいうならば、「心の砂漠化」との間断なき精神闘争でありましょう。その汲めどもつきぬ智慧の源泉を、私たちは、文化大恩の貴国から伝来した大乗仏典に見出してきました。
 貴大学は、銀川一帯を都とする、いにしえのシルクロードの王国・西夏王朝と西夏文字の世界随一の文化研究でも名高い。
 西夏文字の研究は、周恩来総理も生前、重視しておられました。
 この西夏文字の仏典の中で、最初に翻訳されたとされる「法華経」には、「開示悟入」という法理が明かされております。
 現代的に敷衍すれば、万人の生命に内在する宇宙大の善なる智慧(仏知見)を、一人一人に開き示し、悟らせ、最極の幸福と貢献の人生に入らしめていく──という意義であります。
 一、私どもの創価教育の創始者であり、日本の野蛮な軍国主義と戦い殉じた牧口常三郎先生は、この究極の生命啓発の原理を教育学に展開しました。
 『創価教育学体系』においては、「被教育者それ自身の幸福と共に、社会全般の幸福の為めに、価値創造の能力を養成するのが教育の目的である」等と論じられております。
 それは、貴国にみなぎる人間主義、そして貴大学の教育理念と、深く強く響き合っているのであります(大拍手)。

寧夏大学の卒業生「苦難も財富なり」
烈風に揺るがぬ青年を育てよ


民衆への報恩と献身の行動を!
 一、思えば、貴大学に大いなる希望を寄せておられる温家宝総理は語られました。
 「私は人民の子である。我々が成し遂げた一切は人民のおかげである」
 温総理は昨年、貴・自治区を視察された際にも、民家を一軒一軒、家庭訪問されました。当初の予定を変更して、山奥にまで足を運ばれ、庶民の声に耳を傾けながら、心温まる励ましを贈られたのであります。
 人民への報恩、民衆への献身、青年への激励──このみずみずしい信念の行動こそ、心の砂漠化に打ち勝つ道ではないでしょうか。
 一、貴大学の躍動する「校章」のデザインには、「人間への奉仕」との崇高なる意義が込められていると、うかがいました。
 この精神を生き生きと体現されている若き指導者こそ、何学長であられます。学長は、愛する卒業生たちに語りかけられました。
 「母校のために光を勝ち取り、社会のために力を出し、国家のために貢献してほしい。試練に耐えて、新しい道、新しい環境で、新しい力を発揮し、地道に一歩一歩、輝く人生の歴史を綴ってください」と。
 なんと力強いエールでありましょうか。
 貴大学の卒業生の青春の闘争の手記を収めた一書『苦難も財富《ざいふ》なり』が、全中国の青年に感動を広げ、勇気と希望を贈っていることも、誠に誇り高い人間教育の勝利の劇であります。
 一、貴大学から仰ぎ見る寧夏の賀蘭《がらん》山は「東西南北より、いかなる風が吹こうとも不動である」と讃えられております。
 教育の真髄は、いかなる烈風にも揺るがぬ人格を鍛え上げることでありましょう。
 今日より、私も名誉ある貴大学の教授の心を光らせ、先生方とご一緒に、後継の青年たちを一人また一人、寧夏の名峰の如き勝利者に育てゆくことを、お誓い申し上げます。
 その決意を、尊敬申し上げる貴大学の斉岳《せいがく》書記の名スピーチに託させていただきます。
 「我々に必要なのは、向上、昂揚をたもち、艱難を畏れず、勇敢に新しいものを創造し、開拓進取の精神を持つことなり」
 一、「平和の文化」薫る21世紀の沃野を開かれゆく貴大学が、その卓越なる創造性と先駆性を遺憾なく発揮され、ますます発展されんことを、心よりお祈り申し上げます。
 本日は、誠に誠にありがとうございました(大拍手)。

名誉会長が友誼の漢詩

寧靜致遠以求是
夏雨春風常創新
建校育人首尚
國運在肩向學勤


心を落ち着かせて、一心不乱に真実を求め、
一年四季を通して、常に新しいものを創造する。
その建学と人材育成は、何よりも先ず徳を重んじ、
国の命運を双肩に担いつつ、学問に勤《いそ》しんでいる。

※行頭の文字を連ねると、「寧夏」、何学長の名前の「建国」となる。最後には、寧夏大学の四校訓である、「求是」「創新」「尚徳」「勤学」が織り込まれている。
2009-11-24 : スピーチ・メッセージ等 :
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人権の世紀へのメッセージ

人権の世紀へのメッセージ “第三の千年”に何が必要か 
アドルフォ・ペレス=エスキベル対談
  東洋学術研究所 2009.11.18刊 ¥1800+税

第1章 人権闘争──壮大なる勝利のドラマ
民衆の“苦悩の歴史”に終止符を
抵抗運動の長い道のり
「国家に上るテロ」が横行
「暴力は獣類の法」「非暴力は人類の法」
暴力は「嘘」を武器にする
あえて波瀾の闘争生活へ
夫の逮捕!そのとき夫人の勇気が
過酷な獄中闘争
日本の軍事政権との戦い
入獄で いよいよ強くなる
飛行機から投げ落とす──死のフライト
民衆を代表して受けた“草の根の平和賞”
絶体絶命の危機をはね返す
運命は変えられるか
「心」を変えよ「行い」を変えよ

第2章 地球を結ぶ民衆のカ
ラテンアメリカから見た世界
権力は「民衆の台頭」を抑える
緊急対応と構造改革──どちらを優先
抑圧の闇を払った「民衆勝利の太陽」
民衆連帯には「組織」が必要
「悲劇を繰り返さない」ためには
「精神の空洞化」から全体主義が
「商品」ではなく「命」を基準に
「統一されたラテンアメリカ」への夢と課題
文化の継承と学び合い
古代文明人はエコロジスト
日本とアルゼンチンは”地球を背にした隣人”
「最高のトウモロコシ」の秘密とは

第3章 非暴力の精神の継承
「平和の闘士」を心に抱いて
わが人生に「特別の意味」をもつ人
「大地の声を聴きなさい」──祖母の教え
ラテンアメリカに非暴力を広げた先人
バラモンの少年に「トイレ掃除」をさせたガンジー
指導者の多くは言葉」と「行い」が分離
「精神性の道」を行けば 平和にたどり着く

第4章 女性──“生命の世紀”の担い手
「個人主義の社会」に「連帯の文化」を
女性の果す役割に期待したガンジー
正義の闘いに身を投じた女性たち
母の祈りが平和行動の原点
「人間性の光」で社会を照らした女性たち
差別と抑圧の「力の文明」を超えて
勝鬘夫人とマザー・テレサ
法華経に「女性の人権宣言」が
女性教育を重視した牧口初代会長
女性は「対話の力」で人類を文明化
「人類の良心を呼び起こす戦い」

第5章 青年──「平和の文化」の大建設を
核兵器は絶対悪──広島への思い
平和のために「指導者革命」を
世界的な「非核地帯」の拡大を
「原水爆禁止宣言」の精神を実行
「暴力」は「自己正当化」と表裏一体
「人間の安全保障」を最優先せよ
地球時代へ 人類の「内的宇宙」を拡大
「見えないものを見る力」から平和が
「暴力の文化」を わが心から追放
平和を創る青年の使命
言行一致の人生は世界の模範
2009-11-23 : 文明間対話 :
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新時代第34回本部幹部会㊤

新時代第34回本部幹部会/第34回SGI総会での名誉会長のスピーチ
              (2009.11.14 東京牧口記念会館)

逆境に学べ! より強くなれ
最後は我らが必ず勝利する


健康であれ 長寿であれ 幸福であれ
創価の同志を諸天が喝采
恩師が夢見た世界広布の旅路を共に


 一、まず音楽隊の演奏に感謝したい。
 とても上手だった。
 皆さんは、時間をやりくりして、練習してこられた。私は、よく知っている。
 何と尊い努力か。本当に見事だった(大拍手)。
 〈スピーチの前に、会場で音楽隊の創価グロリア吹奏楽団が学会歌「人間革命の歌」「広布に走れ」を力強く演奏した〉
 音楽や歌のあるところは発展する。
 それが歴史の一つの鉄則である。
 学会は、その通りに進んでいる。
 音楽隊、ありがとう!(大拍手)

冥益が根本
 一、伝統光る創立記念の「本部幹部会」、おめでとう、ありがとう!(大拍手)
 そして歴史に輝く「SGI(創価学会インタナショナル)総会」、本当におめでとう、ありがとう、ご苦労さま!(大拍手)
 60カ国・地域の偉大な広宣流布の指導者の方々、ようこそお越しくださった!
 皆様は、遠く海外から仏法を求めて、ここに来られた。
 その功徳は大きいことを確信していただきたい。
 仏法の功徳は、「末法」においては「冥益」が中心である。
 今は、はっきり見えなくても、後になって出る。しかも、思いもよらないほどの大きな福徳に包まれる。
 それが仏法の法則である。
 一、創立の父・牧口常三郎先生は、すでに当時、宣言されていた。
 「大聖人の仏法は全世界に流布されるものである」と。
 そして恩師・戸田城聖先生も叫ばれた。
 「仏法の生命尊厳の法理と慈悲の精神こそ、人類を救済しゆく大哲学である。この創価の思想を全世界に弘めよ!」と。
 戸田先生は、何度も何度も、「真の生命尊厳の思想は、この仏法しかない。これを世界に弘めることは、何よりも偉大である」と述べておられた。
 その遺訓の通りに、私たちは、世界192力国・地域に妙法を弘めた。ありがとう!
 仏法史上、かつてない偉業である。
 すべては、皆さん方が弘めたのである。
 皆さん方の同志が弘めたのである。
 誰よりも、御本仏が、諸天善神が、十方の諸仏が、妙法を持《たも》ち弘める皆さん方に大喝采を贈っている。万雷の拍手を贈っている。これを忘れてはいけない。
 御書に、「日蓮が讃嘆申し上げることは、ものの数ではありません。“諸仏がおほめである”と法華経に説かれているのだから、まことに頼もしいことである」(御書1112㌻、通解)等と仰せの通りである。
 日蓮大聖人が御遺命され、恩師が夢見た世界広宣流布は、私たちが厳然と成し遂げたのである(大拍手)。
 どうか、いつまでも、いつまでも、生命力をたくましく、元気で、勝利、勝利の人生を送っていってください。
 人生に負け戦は必要ない。勝ちましょう!
 〈「ハイ!」と元気よく返事が〉
 お帰りになったら、
各国の大切な同志に、くれぐれもよろしくお伝えください。

無事安穏を祈り合え! 
 一、また、全同志の皆さん方の「健康」と「長寿」と「幸福」を、私も妻も毎日、真剣に祈っている。
 特に「100年に一度」といわれる、この不景気に、絶対に負けることなく勝利することを、強く祈っている。頑張ってください!
 全世界の一人一人の学会員が、無事安穏で、絶対の幸福に包まれて、大勝利の発展をしていくことを、皆で互いに祈り合っていきたいと思うが、どうだろうか。〈「ハイ!」と賛同の返事が〉
 ともあれ、絶対に敗北者を出してはならない。臆病や恩知らずになって、退転していくような人間だけは出してはいけない。
 途中で、どんなことがあっても、最後は必ず勝てるのが、変毒為薬の“妙法蓮華”なのである。
 今は、どんなに苦しくとも、どんな病気でも、どんなにいじめられていても、最後は必ず勝てる。絶対に勝利者になる。
 これが仏法だ。これが信心だ。
 反対に、いじめた人間、悪鬼、魔民は、最後は全部、滅びる。
 これが、“仏法は勝負”の現証である。
 ゆえに頑張るのだ。素晴らしい人生を生きよう!

信心から離れてはならない
 一、若い皆さんは、どんなに今、お父さん、お母さんが大変でも、またどんなに今、家が貧しくても、「いつかは私が頑張って、うんと稼いであげるから」と明るく励ましていくのだ。
 また、独り暮らしの方や、結婚していない方もいるだろうが、所詮、人生は一人から出発して、一人で終わるのである。
 ゆえに何も心配することはない。信心を根本に、自分らしく進んでいけばいいのだ。
 その人を諸天善神が守りに護る。安心して信心していってもらいたい。
 ともあれ、濁世ゆえに、互いに声を掛け合い、励まし合い、支え合っていくことだ。何度も言うけれども、絶対に敗北者になってはならない。信心から離れてはならない。
 みじめである。あわれである。まったく御書の通りである。
 半世紀にわたり、広布の指揮を執ってきて、すべてを見てきた私の確信である。
 変毒為薬の妙法を信じながら、全員が「信心の勝利者」になっていただきたい!(大拍手)

最前線の友を大切に
現場の声を聴け すばやい対応を


壮年部に捧げるガンジーの言葉
男らしさとは戦うことだ
倒れても再び立ち上がり
戦いを開始するのだ!


女子部国際部からの報告
 一、第一線で真剣に戦う人を大切にすることだ。そうした方々の中にこそ真実があり、正義がある。
 それをまっすぐに、正しく見て、その声を真摯に聴き、すばやく対応していくのが、仏法の指導者の役目である。
 牧口先生は、“上が偉いのではない。下が偉くなっていくために、上がいるんだ”と教えられたが、本当にその通りである。
 先日、女子部の国際部の方から報告があった。
 一人の女子部の友からの報告にも、偉大な指導が含まれている場合がある。役職とか肩書だけで見ていたら、大事なことを見逃してしまうものだ。
 この女子部の国際部の方の報告によると、「わが地域でも壮年部が奮闘しています。ぜひ、先生から、この箴言をお伝えください」とのことであった。
 それは、インドの非暴力の大英雄マハトマ・ガンジーの言葉であった。
 「男らしさとは、戦うことにある。戦いが、我らを作り上げてくれる。だから、恐れずに戦い続けるのだ。くじけるな。たとえ死力を尽くして戦った結果、倒れることがあっても、少しも落胆するな。再び立ち上がり、戦いを開始するのだ」
 私は、この言葉を探してくれた女子部の友の真心に感動した。また本当によく勉強しておられると感嘆した。
 また、ガンジーの言葉にこうある。
 「私たちは皆、恐れなき心、誠実さ、不屈の精神、正義感、正直さ、確固たる目的観という徳を高めて、国のために尽くすことができる。これこそ、真の宗教のあり方である」
 まさに“良き市民”として、社会のため、国土のために貢献する、わがSGIにこそ、真実の宗教の姿があるのだ。
 さらにガンジーの言葉である。
 「逆境から学ぶべき教訓をつかむのだ。そうすれば、逆境は無意味にはならない。
 私たちは、この試練を経て、より豊かな社会的価値と、より強い正義感を持つ民衆として立ち上がることができるのだ」
 何の苦難もなく、ただ笑って、楽しんでばかり。そこから得られるものなど、大したものはない。逆境こそが人間を偉大にするのだ。
 我ら壮年部も、あらゆる試練をバネとして、今再び、立ち上がろうではないか!(大拍手)
 一、いよいよ創立80周年の開幕である。おめでとう! ありがとう!(大拍手)
 今、これほど世界的に発展を続けている宗教団体は、学会以外にない。本当にすごい学会となった。
 仏法では“八とは開く義”と説いている。
 私たちは、ここで、明年の創立80周年へ、次の3点を決意し合いたい。
 第1に、「境涯を開く」ことである。
 リーダーが大きく境涯を開けば、それだけ多くの友を幸福にできる。人材も育つ。組織も発展する。
 その原動力は何か。それは、師弟不二の祈りである。
 第2に、「友情を開く」ことである。
 友情の拡大が、広宣流布である。何でも語り合える友人、心から信頼できる友人を増やしていくことだ。
 私は人間外交で、無理解の人や偏見の人をも味方に変えて、広布を進めてきた。「声仏事を為す」(御書708㌻)である。確信の声で仏縁を広げていくことだ。
 そして第3に、「勝利を開く」ことである。
 仏法は勝負──すべてに勝つための仏法である。
 信心は勇猛精進だ。勇気に燃えて前進するのだ。
 創立80周年を、晴れ晴れと大勝利で飾ろう! 断じて広布と人生の永遠の栄光を勝ち開こう!(大拍手)

最前線の友を大切に
現場の声を聴け すばやい対応を


「一人が10人を」
 一、先日、アメリカのオハイオ州・デイトン市に新たな会館が誕生した。本当におめでとう!(大拍手)
 〈デイトン市から、SGI会長夫妻に「名誉市民」の称号が贈られた〉
 デイトン市といえば、飛行機を発明した、あの「ライト兄弟」の故郷である。
 〈ライト兄弟は1903年12月17曰、人類で初めて動力(エンジン)付き飛行機による有人飛行に成功した〉
 ライト兄弟の兄ウィルバーの言葉を紹介したい。
 「一人の人間が、直接できることには限りがある。しかし、一人が10人を奮い立たせ、共に行動してくれるようになれば、それは、すでに偉大なことを成し遂げたことになる」
 「一人が10人の友を!」──私たちは、これを合言葉にして、楽しく対話を広げてまいりたい。
 学会は、これまでも一人一人と友情を結び、信頼を広げてきた。だからこそ、世界的になったのである(大拍手)。

『負けじ魂』で栄冠をつかめ
 一、日本、そして世界の芸術部の皆さん、いつもいつも、本当にありがとう!(大拍手)
 ドイツの大詩人ハイネは謳った。
  「剣はひかる 凛々しくも! 旗はひらめく 清しくも」(井上正蔵訳『歌の本〈下〉』岩波文庫)
 芸術部の皆様方こそ、「勇気の剣」を掲げた文化の英雄である。
 そして、芸術部の皆様方こそ、「勝利の旗」を掲げた希望の旗手である。
 「芸術部」と聞くと、多くの同志は安心する。喜ぶ。「ああ、顔を見たいな」となる(笑い)。
 芸術部の皆様は、それぞれの特性を生かして、先頭に立って戦ってくださっている。
 仕事においては、華々しく活躍する時もあれば、そうでない時もあるかもしれない。
 しかし、皆さんは何があろうと、どこまでも信心根本に歩んでいただきたい。地道な学会活動に挑戦していただきたい。そして、わが「芸の道」を進んでほしい。
 皆で芸術部の栄光を祈り、応援していきたいと思うが、どうだろうか(大拍手)。
 一、今、スポーツ部の活躍が目覚ましい(大拍手)。
 きょうも、代表が勇んで参加してくれている。ありがとう!(大拍手)
 スポーツ部のメンバーの中には、悔しいケガや病気を信心根本に乗り越えて、猛練習の末に栄冠を勝ち取った人もいる。
 私は、不屈の「負けじ魂」で進む友の活躍を心から讃えたい。皆さんにお会いできて、本当にうれしい。
 どうか、体を大切にして、ますます頑張っていただきたい。
 フランスの思想家モンテーニュは綴った。
 「武勇とは腕や すねの強さではなくて、魂の強さだ」(関根秀雄訳『新選モンテーニュ随想録』白水社)
 スポーツ部は、色心不二の妙法を持っている。魂の究極の強さで、断固と勝ちまくれ! 負けても次に勝て! 皆で祈り、応援しています!(大拍手)

下から支えるリーダーたれ
 一、先日、アメリカの友から報告が寄せられた。
 それは、私と対談を行ったアメリカ実践哲学協会のマリノフ会長が、次のように語っておられたというものであった。
 「リーダーには、二つのタイプがあります。一つは、ピラミッドの頂点に立つ存在です。
 そしてもう一つは、逆の形をしたピラミッドの底辺に立ち、民衆を下から支える存在です。支配するのではなく、奉仕しながら、人々の精神を高めていくのです」
 〈マリノフ会長は、こうも述べている。
 「池田SGI会長は、すべての人々を高めようと、下から支えておられます。創価学会の発展と繁栄の秘けつは、この一点にあると、私は見ております」〉
 世界の知性の目は鋭い。
 学会のリーダーは、どこまでも広布の同志を支え、同志に尽くしていく存在である。リーダーが一人一人を本当に大切にすれば、世界広布の前進は、もっ
と勢いを増していくことができる。
 皆様は、どうか、この一点を深く心に刻んでいただきたい。

御聖訓「わが弟子よ このたび仏法を試みよ」
学会創立80周年は、皆が大功徳を開く時
“初心に立ちかえって思う存分、戦ってみよ”


誠実に、真剣に
 一、日蓮大聖人は、「撰時抄」で弟子一同に対して仰せである。
 「法華経の通り身命も惜しまず修行し、このたび仏法を試みなさい」(御書291㌻、通解)
 大聖人の門下には、長年にわたって信心してきた人も多くいた。しかし打ち続く大難の中で、疑いを起こして退転する弟子も出た。
 仏法の真髄は、あまりに深い。妙法の功力は、あまりに大きい。
 ゆえに、わが門下よ、断じて退いてはならない。妙法流布に生き抜くならば、必ず最高の幸福境涯を築くことができる──。
 御書には、御本仏の大確信が脈打っている。
 リーダーは惰性を排し、どこまでも誠実に、真剣に、広布のため、同志のために行動し抜くことだ。
 増上慢になり、油断し、横着になれば、自分が損をする。大福運を逃《のが》してしまう。特に、役職が上になり、自分が偉くなったように錯覚し、会員を下に見て、威張るようなことがあれば大変だ。
 これまでも、そうやって堕落し、ついには退転していった人間がいたのは、皆様がご存じの通りだ。
 今こそ、全リーダーが初心に立ちかえって、命を惜しまず、労苦をいとわず、思う存分、戦うことだ。
 題目を唱え抜いて、悔いなく戦いきることだ。
 必ず、永遠の成仏という大果報を勝ち取っていくことができる。
 創立80周年は、皆が大功徳を開く時なのである(大拍手)。

戸田先生
婦人部、女子部は帰宅時間の厳守を
絶対無事故で賢者の前進


「用心を厳しく」
一、大聖人は、弟子の四条金吾に対して、その安全と無事故を祈られ、繰り返し、注意しておられた。
 「以前より百千万億倍、用心していかれなさい」(同1169㌻、通解)
 「夜は用心を厳しくして」(同1164㌻、通解)
 「帰る時には、いっそう心に深く用心しなさい」(同1176㌻、通解)
 戸田先生も、婦人部、女子部に何度も言われた。
 「帰宅する時開が絶対に遅くなってはいけない」
 「暗い道を一人で歩いてはいけない」
 婦人部・女子部は会合などで、夜の帰宅が遅くなることはあってはならない。このことは、何度でも申し上げておきたい。
 全員が、絶対に事故を起こさず、健康と幸福の「賢者」の前進をお願いしたい。よろしく頼みます!〈会場から「ハイ!」と返事〉
 また男性のリーダーは、女性のために、こまやかな配慮と注意をお願いしたい。

全て意味がある

 一、大聖人は、大病と闘う南条時光に対して述べておられる。
 「(あなたは)上下万人から諫められたり、脅されたりしながらも、ついに信仰を捨てる心がなく、もはや成仏しそうになったので、天魔・外道が病気にさせて脅そうとしているのであろう。命にはかぎりがあるものだから、少しも驚いてはならない」(同1587㌻、通解)
 病気には深い意味がある。信心を試されているのである。ゆえに、諸天善神が護らないわけがない。
 勇気ある信心を奮い起こして、断固として祈り抜き、病魔に打ち勝つことだ。何かあっても、大聖人は厳然と見守ってくださっている。
 そのことを深く確信していただきたい(大拍手)。
2009-11-23 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 人間世紀の光 No.211

随筆 人間世紀の光 No.211  (2009.11.14付 聖教新聞)

師弟こそ「創価の魂」

創立日 万歳叫ばむ 師弟かな
一日一日 我らは新たな出発だ!


一切は弟子の誓願と戦いで決まる
さあ80周年! 勝利の山へ晴れ晴れと


 創立日
  万歳 叫ばむ
     師弟かな

 「一日一日、進歩する人が青年である」
 これは初代会長・牧口常三郎先生の信念であった。
 わが創価学会は、昭和5年(1930年)の11月18日──牧口先生の教育思想を集大成した『創価教育学体系』第1巻の発刊日をもって創立とする。
 民衆のため、青年のため人間教育の希望の光を贈る──この新しき言論戦が学会の出発点であったことを、我ら末弟は忘れまい。
 一日一日、新たな出発だ。
 一日一日、新たな前進だ。
 一日一日、新たな言論戦を起こすのだ。
 一日一日、新たな出会いを結び、人を育てるのだ。
 一日一日が、新たな学会の創立なのだ。
 これが、「月月・日日につよ(強)り給へ」(御書1190㌻)との御金言のままに、勇猛精進する創価の師弟の息吹である。
        ◇
 偉大なる
  師匠に仕えて
    悔いもなく
  創価の城をば
     厳と築けり

 法華経は「師弟不二」の経典である。師匠と巡り合えたことで、わが尊極の仏の生命に目覚めた弟子が、大歓喜に踊躍する。そして深き報恩の心で、いかなる強敵《ごうてき》も打ち倒して、一閻浮提に広宣流布しゆくことを断固として誓願するのだ。
 「在在諸仏土常与師倶生」──至るところの諸仏の国土に常に師とともに生まれ、妙法を弘通する、とは化城喩品の一節である。
 創価学会の誕生の根源も深遠なる師弟にあった。

不二の呼吸で誕生
 牧口先生は、32歳の若さにして、大著『人生地理学』を発刊した大学者であられた。それは中国からの留学生たちも即座に翻訳に取り組む名著であった。
 だが、大正5年(1916年)に『地理教授の方法及内容の研究』を出された後は、牧口先生が十余年にわたって研究書を出版されたことはなかった。
 東盛、大正、西町、三笠、そして白金──と各小学校の校長を歴任され、教育現場の最前線での激務が、本を執筆する時間を奪っていたのであろう。
 しかし、寸暇を惜しんで先生が書きためた、珠玉の思索のメモは、優に数巻の教育書を成す、膨大な量となっていたのである。
 ある寒い冬の晩であった。師・牧口先生は愛弟子・戸田先生の家で、火鉢を囲んで語り合われていた。
 教育の混迷を憂う師は、「現場の小学校長として、自らの教育学を世に問いたい」と願望を口にされた。けれども、資金の当てはなかった。躊躇する師に、若き弟子は声を強めた。
 「先生、やりましょう。お金のことは、私が全部、投げ出しますから、やりましょう!」
 師匠の願いを実現するためなら、何も惜しくない。いかなる労も厭わない。
 弟子は真剣だった。
 「牧口先生の教育学は、何が目的ですか」
 「それは、価値を創造することだ」
 「では先生、創価教育、と決めましょう」
 「創価」とは、この師弟の不二の呼吸から、燦然と誕生したのである。
 このお話を、戸田先生は幾たびとなく、私に聞かせてくださった。
 「俺とおまえも同じだな」との笑顔であった。

弟子の自発能動で
 師弟不二
  ありて歴史は
      輝けり

 『創価教育学体系』の出版に向け、牧口先生は原稿の整理・編集を、当初、戸田先生ではなく、別の一人の弟子に頼まれた。事業で多忙を極める戸田先生を案じられたゆえである。
 ところが、数カ月もかけながら、その弟子の編集には思想的な統一性も体系もない。まるで教育漫談で、とても偉大な師匠の思想を伝えるものではなかった。
 「これでは駄目だ……」
 困り果てた師匠を見かね、戸田先生は勇み立って「全部、自分がやります。やらせてください!」と申し出たのである。
 若き戸田先生は反古紙や広告の裏に書かれた草稿を一枚一枚、部屋に並べ、重複を除きながら、体系的に整理された。この原稿を、牧口先生が徹底的に推敲していかれたのである。
 出版資金は戸田先生のべストセラー『推理式指導算術』等の収益をあて、本の編集作業も戸田先生が支えられたのだ。完成した『創価教育学体系』の表紙の題字と著者の牧口先生のお名前は、金文字で飾られた。
 牧口先生は「緒言」で、戸田先生に最大の感謝を捧げられた。
 「戸田城外君は、多年の親交から、最も早い(創価教育学説の)理解者の一人として、その自由な立場で経営する時習学館で実験して小成功を収め、その価値を認め、確信を得た。
 それで私の苦悶の境遇に同情し、自らの資財をなげうって本学説の完成と普及に全力を捧げようと決心してくれたばかりか、今や、主客転倒、かえって私が彼に引きずられる有り様となったのである」(現代文に改めた)
 師匠が「主客転倒」とまで言ってくださる。その一言の背後に、どれほど弟子の粉骨砕身の激闘があったことか。どれほど師は安心されていたことか。
 師から命じられて動いたのではない。師の悲願の実現を誓った弟子が、進んで戦いを起こしたのである。
 自発能動である。「弟子の道」は、弟子自身が断固として決定していくのだ。
 私自身、戸田先生の事業が破綻し、忘恩の弟子たちが裏切り去っていく中で、ただ一人「われ戸田先生の弟子なり」と声を上げた。
 戸田先生こそ、この濁悪の世において、人類救済の広宣流布を遂行する、現代における「法華経の行者」であり、世界第一の師匠である。私は、弟子として、勇んで、その聖業を実現させていただくのだ、と。

「最も正しい軌道」
 ブラジルの大天文学者モウラン博士は、私との対談の中で、弟子の道の意義に注目されながら、「人間が生まれもつ能力は、師弟の関係において、最も強く、崩れない花を咲かせます。師弟こそ、人間の最も正しい軌道であると思います」と語ってくださった。
 “私には師匠がある”と一生涯、胸を張って、堂々と言い切れる自分自身であることが、自分を無限に成長させるのだ。
 ともあれ、師弟不二とは、弟子の側の決意、誓願によって決まる。
 創価学会は、師が創って弟子が続いたのではない。その最初から、師弟不二の尊き結晶なのである。
 この師弟の道に徹する生命には、誉れ高き大勝利者の力が湧き起こってくる。最高に愉快な充実の青春、そして最大に満足の人生を送っていけるのだ。
        ◇
 三類の
  嵐に勝ちゆく
      師弟山

 牢獄で殉教される2年前(昭和17年)の11月、牧口先生は、創価教育学会の総会で師子吼なされた。
 「自分ばかり御利益を得て、他人に施さぬような個人主義の仏はないはずである。菩薩行をせねば仏にはなられぬのである」
 「自分の一個のために信仰している小善生活の人には決して魔は起らない。之に反して菩薩行という大善生活をやれば必ず魔が起る。起ることを以って行者と知るべきである」
 仏法は、永遠に「仏」と「魔」との大闘争である。釈尊、そして日蓮大聖人の広宣流布の大願を、末法濁悪の世に実現するために、創立の父は決然と立ち上がられた。
 経文通り、御書の通りに三障四魔、三類の強敵を呼び起こされた牧口先生は、何ものも恐れることなく、「師子王の心」で戦い抜くことを示してくださった。
 そして昭和19年(1944年)の11月18日、奇しくも創立の記念のその日に、巣鴨の東京拘置所で荘厳な殉教を遂げられた。
 創価のすべての門弟が、広宣流布への「不惜身命」「死身弘法」の魂を、わが生命に厳粛に燃え上がらせゆく原点の日──それが、11月18日である。

 偉大なる
   君も私も
      巌窟王

 牧口先生が、過酷極まる獄中からご家族に送られた書簡には、「何の煩悶もない」「何の不安もない」、また“何の不足もない”等々、書き記されている。
 いずれの書簡からも、牧口先生の澄み切った安心立命のご境涯が拝される。
 それは、法華経と御聖訓を身で読み切られた大確信とともに、法難の獄中まで共に戦う不二の弟子・戸田先生がいたからである。
 牧口先生は、たとえ獄に倒れようとも、遺志を継ぐ戸田先生が必ず広宣流布を断行してくれることを、固く信じておられたのだ。
 その師の心を、戸田先生は知悉されていた。

戸田先生の御書
 弾圧の際、当局に押収された戸田先生の御書に、厳然と朱線が引かれた一節がある。それは、大聖人が流罪の渦中に認められた「四恩抄」の仰せである。
 「法華経の故にかかる身となりて候へば行住坐臥に法華経を読み行ずるにてこそ候へ、人間に生を受けて是れ程の悦びは何事か候べき」(御書937㌻)
 戸田先生は、牢獄にまで連れてきてくださった師に命の底から感謝し、報恩を誓われていた。
 獄中にあって、戸田先生が一心不乱に祈り抜かれたことは、難が自分の一身にのみ集まり、高齢の牧口先生は一日も早く釈放されることであった。
 だがしかし、昭和20年の1月8日、戸田先生は、牧口先生の獄死を告げられた。戸田先生は憤怒に慟哭しながら誓われた。
 「日本は、この正義の大偉人を殺したのだ! 私は必ず仇を討つ!」
 ──それ以後、戸田先生が獄中から家族や知人に送られた書簡からは、事業の再建への細かい指示などが増えてくる。
 牧口先生の分身として、断固として生き抜く決意を固められ、獄中にあって、広宣流布のための新たな戦いを、人知れず開始されていたのである。
 「いかなる困難に際しても勇者は勇気を失わず」
 『巌窟王』の作者デュマの本に記された言葉だ。

師の思想を世界に
 師を護り
   嵐も怒濤も
     恐れずに
  今日も広布の
    英雄 君たれ

 昭和28年(1953年)の11月17日、戸田先生は、先師・牧口常三郎先生の10回忌法要で、こう烈々と宣言された。
 「私は弟子として、この先生の残された大哲学を、世界に認めさせる!」
 これこそ、学会本部が東京・西神田から信濃町に移転した直後、最初の公式行事で、戸田先生が放たれた師子吼であった。
 戸田先生は、牧口先生の『創価教育学体系』第2巻に収められた『価値論』を校訂増補し、装いも新たに発刊されたのである。
 一つ、また一つと、戸田先生は、師の宣揚を具体的に積み重ねていかれた。
 観念論でも、口先だけの大言壮語でもない。現実に何をしたか。広宣流布をどれだけ進めたかだ。
 「一歩も退かず、大折伏をして、牧口先生の仇を討っていくのである」とは、青年に語られた戸田先生のご指導である。
 『価値論』の再版を果たした戸田先生は、世界への宣揚を私たちに託された。
 「もしも私の代にできなければ、君らがやっていただきたい。頼みます!」

“三代”の勝利こそ
 この一生
  尊き勝利の
    歴史たれ
  師弟は不二との
     人生 飾れや

 第2代の悲願を、第3代の私は実現してきた。
 第3代が勝ってこそ、初代・2代を正しく宣揚できるからだ。
 「先人のあとを嗣ぐ者には、先人の敷いた道を正しく承けつぎ、それを大きく発展させて、立派な業績として成しとげることが、なによりも求められるのです」
 恩師が好きであられた『三国志』の名言である。
 初代会長・牧口先生、第2代・戸田先生のお名前とともに、創価の教育思想、平和思想を、私は世界に広め抜いてきた。
 日本中、世界中から賞讃される「人間教育」の道を開き、「創価教育」の城を堂々と建設した。
 そして、全世界192力国・地域にまで、妙法の大音声を響かせ、平和と人道の連帯を築き上げた。
 ブラジル・サンパウロ州のジャボチカバウ市の議会では、こう忘れ得ぬ宣言をしてくださった。
 「牧口会長は平和の信念を貫き獄死しました。続く戸田会長、そして池田会長は『仏法を基調とした教育・文化運動こそ世界に平和を実現する』との信念で行動されています。
 三人の行動は、『人間には、使命のため、理想のために戦う勇気がある』ことを教えてくれました」
 弟子として、ありがたい限りだ。私の心を心として、地域に、社会に貢献を積み重ね、信頼を勝ち広げてくださる同志のおかげと、感謝に堪えない。
 現在、民音主催で、中国国家京劇院の新作「水滸伝」が全国公演中である。
 恩師のもとでも学んだ、その『水滸伝』の一節には、「御大恩《ごだいおん》のかたじけなさ、それを思えば命も惜しからず」とある。命を賭して、師恩に報じてきた私には、一点の悔いもない。

“大楠公”の歌声
 君たちの
  子孫末代
   長者たれ
  大楠公の
    誓い嬉しく

 「皆で歌を歌おう!」
 先月の本部幹部会で、私の提案に勢いよく応えて、立ち上がってくれたのは、仏教発祥の天地インドの青年リーダーであった。
 12年前、私がインドを訪問した時に、陰の運営役員として迎えてくれた青年である。見事に成長し、今、世界的な企業で立派に活躍しながら、インド男子部長として指揮を執っている。
 そして、必死に覚えた“大楠公”の歌を、日本語で凛々しく披露してくれたのである。

 ♪此 正行は年こそは
  未だ若けれ諸共に
  御供仕えん死出の旅

 私は心で泣いた。青年時代、私もこの“大楠公”を戸田先生の前で、何度お聞かせしたことであろうか。
 その命の響きを、世界の青年リーダーが、そのままに受け継いでくれている。牧口先生、戸田先生も、どれほど、お喜びくださっていることか。
 この11月も、世界60カ国・地域からSGIの指導者が来日し、尊き研修会を行っている。
 「終《つい》には一閻浮提に広宣流布せん事一定なるべし」(御書816㌻)
 この御聖訓を、創価の我らは晴れ晴れと遂行したのである。
        ◇
 創立の
  この日を祝さむ
   千万の
  苦楽を刻みし
    尊き 同志と

 「創立」の闘魂が脈打つ今月、歓喜と決意と和楽の「大座談会運動」が、全国津々浦々で、朗らかに、生き生きと行われている。
 この創価の平和と人道の大連帯を見よ!
 この尊き民衆の真実と正義の声を聞け!
 創立80周年の壮大なる勝利と栄光の尾根は、今、堂々たる姿を現してきた。
 それは、「師弟」の勝利の山であり、「人間」の勝利の山である。
 大聖人も敬愛されていた中国の大詩人・白楽天は詠み歌った。 
 「千里は足下より始まり、
 高山《こうざん》は微塵より起こる。
 吾が道も亦た此くの如く、
 之を行いて 日々に
 新たならんことを貴《たっと》ぶ」
 新たな一歩を踏み出さなければ、決して目的地は近づいてこない。
 さあ、明日を見つめて、意気高く出発だ。青年を先頭に、民衆の勝鬨が轟く、輝く創価の新時代へ!

 共々に
  常勝の馬
   跨りて
  勝利の道を
   断固 開かむ

 デュマの言葉は『ダルタニャン物語4 謎の修道僧』鈴木力衛訳(ブッキング)。また、『完訳 水滸伝2』吉川幸次郎・清水茂訳(岩波書店)、陳寿著『正史 三国志6』小南一郎訳(筑摩書房)から引用。白楽天は岡村繁著『新釈漢文大系101 白氏文集5』(明治書院)。“大楠公” (青葉茂れる桜井の)の歌は落合直文作詞。
2009-11-18 : 随筆 人間世紀の光 :
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御書と師弟 第30回 生命の勝利の王道

池田名誉会長講義 御書と師弟 
              (2009.11.8付 聖教新聞)

第30回 生命の勝利の王道

師子王の学会と歩め!
我らは思想界の王者


御聖訓
 「地走る者の王たり師子王のごとし
 空飛ぶ者の王たり鷲のごとし」
      (千日尼御前御返事、1310㌻)

 恩師・戸田城聖先生は、私に語られました。
 「創価学会は、間違いなく、思想界の王者になる。
 妙法の大地から、社会のあらゆる分野に、真に優れた人物を送り出すことができる。
 その一人一人の偉大な人間革命が、新しい世紀における人類社会に偉大な貢献をすることになる」
 まさしく創価学会は、哲学界の王者であり、思想界の王者であります。哲学界・思想界の王者であるとは、試練の時代であればあるほど、偉大な希望の光を放って、社会を照らしゆく人材を送り出すということです。
 本当に、この通りの創価学会になりました。自他共の幸福を願い、「人間のための社会」を築きゆく学会員の活躍が、世界の各界から賞讃されております。
 日蓮大聖人は、一切経の王である法華経について、「地走る者の王たり師子王のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲のごとし」(御書1310㌻)と仰せになられました。
 ──法華経は、地を走る者の王である師子王の如くである。また、空を飛ぶ者の王である鷲の如くである。
 なんと力強い、妙法最第一の御確信でありましょうか。
 この御文は、弘安元年(1278年)の7月、佐渡の女性リーダーである千日尼に宛てて記された御返事の一節です。
 法華経は「経王」──諸経の中の王者であると言われます。それはなぜか。一切経の中でも、法華経のみが全民衆の成仏を完璧に説き切っているからです。
 「皆成仏道」が明かされた法華経こそ、万人の生命から無上の可能性を開き、幸福へリードする「希望の経典」です。
 「広宣流布」が示された法華経こそ、生命の尊厳を確立し、理想の世界の建設へ民衆を結合する「平和の経典」です。
 「師弟不二」が説かれた法華経こそ、青年を地涌の使命に目覚めさせ、人類を永遠に繁栄させゆく「勝利の経典」です。
 法華経には、師子王である仏の慈悲と智慧の大境涯が、そのまま留められているのです。
 この妙法を持ち行ずる人は、師子王が大地を駆けめぐる如く、人生と社会の王道を、威風も堂々と前進できる。大鷲が天空を舞う如く、一切を見下ろしながら、正義と栄光の軌道を悠然と上昇していけるのです。
 人間の偉大さは、何によって決まるか。権力でもなければ、名声でもない。財産でもなければ、肩書でもない。
 戸田先生は言われました。
 「広宣流布の闘士は、人間の大王である。この気概と誉れを持ち続けるのだ」
 創価学会は、妙法を世界192カ国・地域に広宣流布してきました。
 大聖人の大慈大悲に直結して、人類救済の大目的に進んでいる仏意仏勅の不思議なる団体が、学会です。地涌の菩薩の教団であり、仏そのものの陣列であります。
 ゆえに戸田先生は、こうも叫ばれました。
 「自分自身を卑しめていくことは、絶対にあってはならない。もったいなくも、御本仏と同じ生命を抱いている自分自身に誇りを持ちなさい。気高い心で人生を勝ち抜くことです」
 仏は、万人が頭《こうべ》を上げて胸を張って生きる道を開き示されました。仏に等しい自分を卑下することは、仏を卑下することにも通じてしまう。
 大聖人は、「久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり」(同1337㌻)とも教えてくださっております。
 この題目を唱え弘めゆく自分自身の生命が、いかに尊極であるか。その大歓喜の自覚をもって、わが使命の人生を断固として強く強く生き抜いていくことです。少々のことがあろうとも、「いまだこりず候」(同1056㌻)との御聖訓を拝し、いやまして勇猛精進していくのです。

大難に奮い立て!
 古来、法華経を読んだ人は多かった。
 しかし、大聖人ほど、法華経に説かれている通りに、大難を受けられた方はおりません。
 御書には、「法華経を持《たも》ち実践しているといっても、実際に敵が出現していないのであれば、仏の言葉は虚妄になってしまう」(386㌻、趣意)とも綴られています。
 仏法を語れば必ず難にあう。悪世の中で、真実を語り抜くほどの難事はありません。
 大聖人は、千日尼を励まされました。
 「仏法の道理を人に語らむ者をば男女僧尼必ずにくむべし、よしにく(憎)まばにくめ」(御書1308㌻)
 正法を語って悪口罵詈されることは、最高の名誉である。
 仏法のために、嫌な思いをした分だけ、すべて功徳に変わる。勇気をもって正義を語り抜くことこそ、「如説修行」の実践であると示されているのです。
 生命は永遠であり、妙法の力用は宇宙大です。この世の非難中傷など、あまりにも小さな波にすぎない。そう心に決めた大勇の信心が、無量無辺の大福運となって、わが生命を、一家眷属を、三世永遠の幸福と栄光で包んでいく。これが仏法の因果の理法であります。
 戸田先生も、「何があろうと、広宣流布のためには、びくともしない人間となれ!」と教えられました。

 師子王の
  雄叫び聞いて
     奮い起つ
  広布の旅の
    子等ぞ勇まし

 昭和30年(1955年)の11月、恩師は私にこの和歌を贈ってくださいました。
 「師子王の子は師子王となる」(同1216㌻)と仰せの如く、師の雄叫びを聞くや、弟子は瞬時にして奮い立つ。この師弟の大精神が貫かれてこそ、広宣流布は永遠なる大河の流れとなるのです。

堂々と師弟を叫べ
 威風堂々と王者の風格で進む。これが、草創以来、変わらない、学会精神の真髄です。
 戸田先生は、こう語られた。
 「日本国を救おうというわれわれなのだから、われわれの精神は師子王の如く誇りをもっていてもいいのです。そうしたら仏になれる」
 信心の世界は、世間の評価でも、役職でもありません。他人と比較するものでもありません。「ただ心こそ大切なれ」
(御書1192㌻)であります。
 昭和26年の3月31日、私は日記に記しました。
 「信念も、基準もなく、批判のみしている人が、賢明に見える社会である。信念、基準を持てる人は、一往、受け身になるようなれど、結局は強く、幸福であることを忘れてはいけぬ。
 理念を持し、進む者は強し。王者の帆に打ちあたる風波は、一番強烈なのだ。恐るるな。恐るるな」
 当時は、断崖絶壁の事業の苦境を、戸田先生とともに勝ち越えた頃です。この時、私は戸田先生の会長推戴へ、着実に一つ一つ手を打っておりました。
 長い人生です。思うようにいかない時もあるかもしれません。しかし、その苦難に負けない「勝利への執念」があれば、必ず、明るい未来が待っているのです。私たちには、世界最高の哲学と、一切を「変毒為薬」できる信心があるからです。
 強き祈りと行動は、すべて御本尊に通じ、諸天善神を揺り動かしていきます。なかんずく、リーダーは勇気凛々と声を挙げていくことです。師子王の心で語り切った分だけ、叫び抜いた分だけ、仏の陣営の威光勢力が増し、魔軍は退散するのです。
 「私は、世界に二人とない大指導者・戸田城聖先生の弟子だ」
 私は、師匠の偉大さ、真実の姿を、広宣流布のために言い切ってきました。何度も何度も繰り返し、繰り返し語り抜いてきました。それが折伏精神であり、広宣流布だからです。
 「声仏事を為す」(同708㌻)ゆえに、どんどん言っていくのです。沈黙を始めれば、正義は闇の中に入ってしまう。真実を叫び切っていく勇気が、勝利の波動を起こしていくのです。
 恩師は、よく言われました。
 「我々は、自分で仏法を体験し、真実の学会を知っているんだから、誰よりも強いに決まっている」と。
 その確信の対話の原点が、座談会であります。今、世界中の心ある識者が、創価の大座談会運動に注目し、讃嘆してくださっております。この座談会を軸として、我らは、戸田先生が宣言なされた「宗教界の王者」として、生命の勝利の王道を、一段と晴れ晴れと大行進してまいりたい。
 わが創価の友よ、今こそ、地走る者の王たる師子王の如く、空飛ぶ者の王たる鷲の如く、勝ち進もうではないか!

 君たちも
  私も同じく
   師子奮迅
  栄光大道
    歩む嬉しさ
2009-11-08 : 御書と師弟 :
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中国・西安理工大学「名誉教授」称号授与式

中国・西安理工大学「名誉教授」称号授与式           (2009.11.6 創価大学本部棟)

中国・陝西省の名門・西安理工大学から6日、池田名誉会長に「名誉教授」称号が授与された。これは、名誉会長の日中友好と世界平和への貢献を讃えるもの。授与式は東京・八王子市の創価大学本部棟で挙行され、西安理工大学の劉丁学長、田嘉寧国際合作・交流処処長、李慶明人文・外国語学院院長、伊丸岡秀蔵客員教授が出席。劉学長から代理の創大・山本学長に、証書が託された。また、名誉会長の真心の漢詩が劉学長一行に贈られた。

劉学長の授与の辞

世界各国に平和貢献の足跡
両国人民の友好交流を更に


 本日、私は中国・西安理工大学を代表し、本学の学術委員会の厳正なる検討を経た結果、池田大作先生に対し、正式に西安理工大学の「名誉教授」に招請することを、ここに大いなる喜びをもって、宣言するものであります(大拍手)。
 池田先生は、中国人民の古き良き友人であり、「国交正常化」を提唱され、長年にわたり、中日両国人民の友好往来を促進され、中日人民の友好関係を築くにあたって、実に多大なるご貢献をなされました。
 その中でも、とりわけ賞讃に値することは、かの有名な1968年9月8日の「日中国交正常化提言」であります。
 池田先生は、この講演の中で、極めて卓越した先見性と見識、正確な判断力をもって、“正式に中国政府の存在を認め、国連に中国の正当な席を設けることが肝要である”と主張されました。
 さらに経済と文化の交流を広く推進し、日中国交正常化を実現するべきであると訴えられました。
 やがて、中日両国の各界が共に力を合わせた結果、池田先生が提言された通り、1972年9月、国交正常化が実現したのであります(大拍手)。
 池田先生は、過去数十年の間、幾度となく中国をご訪問され、周恩来総理、小平氏、江沢民国家主席、胡錦濤国家主席など、中国の国家指導者と会見されました。
 また、中国から「中国芸術貢献賞」「文化交流貢献賞」「平和の使者」称号、「人民友好の使者」称号なども受けられています。
 国際間の相互理解と、世界平和を積極的に推し進めるための先生の足跡は、世界各国を遍く渡り、非常に大きな影響を与えてこられたのであります。
 その証左として、「国連平和賞」、国連難民高等弁務官事務所からの「人道賞」、「アインシュタイン平和賞」など、多くの賞が贈られています。
 さらには、翻訳された池田先生の著作は、40言語にのぼり、これまで、世界各国の延べ250以上の大学・学術機関から、名誉博士や名誉教授などを受章しておられるのであります。
 西安理工大学は、中国の古都・西安にあり、60年の歴史を有する大学です。これまで世界の26の大学・研究機関と学術交流協定を結び、26人の海外の著名な専門家の方々を、名誉教授・客員教授に招聘してきました。
 理系を中心に、整った教育環境と、多様な学部と専門性を備える本学は、博士、修士、学士の全ての学位記の授与権をもっています。13の学部、24の実験センターがあり、2万5000人の学生が学んでおります。
 1985年からは、日本の四つの大学と学術交流を結んでおります。
 わが校はこれまで200人以上の教員と学生を日本の教育機関に派遣し、また、日本の教育機関からも400人以上の教員・学生が、わが大学を訪問し、交流を重ねてきました。
 そして今回、池田先生を本学の名誉教授に招聘することは、このうえなく光栄なことです。
 池田先生を本学に迎え入れることによって、創価大学、および関連する教育、文化、学術機関との交流と協力が実現されれば、本学の教育・研究の向上につながるものと確信します(大拍手)。
 それはまた、本学の教職員と学生の国際的視野を広げ、未来にわたる中日人民の友好往来をさらに推進させていくことであり、幾重にも重要な意義をもつのであります。
 今後、私たちの交流が、必ず新たな発展と実り多い成果をあげることを、信じてやみません。
 本日は、誠にありがとうございました(大拍手)。

池田名誉会長の謝辞(代読)

青年が輝く永遠の都を
国際都市・長安は若き英知と情熱で建設
劉学長が卒業生に
「力強く羽を広げ 天高く飛翔せよ」


 一、先月の1日、大中国は晴れ晴れと建国60周年を飾られました。
 そして本年、貴・西安理工大学も、栄光の建学60周年を刻まれました。忘れ得ぬ創立の日は、建国に先立つこと5カ月前の1949年の5月1日であります。
 以来、60星霜──。貴大学は、「艱苦奮闘《かんくふんとう》。自強不息《じきょうふそく》(艱難をものともせず奮闘し、たえまなく努力し向上する)」という建学の精神を脈動させながら、10万人に及ぶ社会貢献の力ある逸材を育成してこられました。
 その荘厳なる歴史と伝統に思いを馳せつつ、私は、何ものにも代え難い貴大学からの栄誉を謹んで拝受いたします。
 劉学長はじめ先生方、誠に誠にありがとうございました(大拍手)。
 改めて申し上げるまでもなく、貴大学が屹立する西安は、いにしえよりシルクロードの中心地となってきた国際都市であります。日本の遣唐使なども勇み訪れました。
 日本に最先端の文化の光をもたらしてくださった「文化大恩の都」こそ、西安なのであります。
 若き日からの念願叶って、私が憧れの西安を訪問できたのは、35年前の6月、初の訪中の折でありました。
 建国の歴史に輝く「八路軍西安弁事処紀念館」を案内していただいた際、責任者の方が誇り高き秘話を語ってくださいました。
 それは、建国前、約300㌔離れた革命の本拠地・延安と、ここ西安の闘士たちを結ぶための無線受信機の「手動モーター」を、この地下室で護り抜き、回し続けたとの逸話であります。
 その手回しの労作業は、厳しい監視をかいくぐって、地上の電気を使えないなか、深夜から夜明け前まで、汗まみれになって断行されました。
 ただただ中国の未来を信じ、人民の幸福を願う青年の人知れぬ使命の闘争であります。今もって、私の生命に焼き付いて離れることはありません。

人民に奉仕する教育を
 一、この西安は、私たちが敬愛する周恩来総理が、歴史回天の指揮を執られた「人民勝利の都」でもあります。
 周総理は、貴大学の建学の翌年に開催された全国高等教育会議で、「われわれの教育は大衆的なもの、人民に奉仕するもの」(中共中央文献編集委員会編・中共中央ML著作編訳局訳『周恩来選集1949年~1975年』外文出版社)と宣言されました。
 この周総理の心を心とされ、「育人為本《いくじんいほん》。知行統一《ちこうとういつ》(人材育成を本とし、知識と行動を統一する)」を理念とし、「祖国・栄誉・責任」の校訓を高らかに掲げてこられた学府こそ、貴大学であられます。
 不撓不屈の挑戦を貫き、「国家科学技術進歩賞」等の栄光に輝く幾多の先進的な研究成果を打ち立ててこられたことも、よく知られております。
 貴大学ありて、西安は「人材繁栄の都」として光彩をいやまして強めておられることを、私たちは最大の敬意を込めて讃嘆申し上げたいのであります(大拍手)。

一人一人の人格を尊重

 一、誉れの卒業生であられる劉学長は、自ら、貴大学の精神を誰よりも深く強く体現してこられました。
 「学生第一」の精神で寸暇を惜しんで人間教育に尽力されると共に、週末には貴大学と北京の実験現場を往復されて、国家の重点科学技術項目などに当たる研究を積み重ね、世界水準の業績を次々と成し遂げてこられました。
 そしてまた、最新の研究を講義に導入し、高水準の教育を実現されているのであります(大拍手)。
 今年の7月、晴れの卒業式において、劉学長は、巣立ちゆく俊英たちに、三つのことを望まれました。
 第1に、平凡な仕事から手掛け、地道にして勤勉かつ誠実な流儀を保持すること。
 第2に、高く遠大なる志を持ち、卓越性を追求すること。
 第3に、学舎を愛し、母校を誇りとすること。
 そして最後に劉学長は、愛する母校の後輩でもある卒業生たちに呼びかけられました。
 「風雨に揉まれて、大鵬へと育て! 力強く羽を広げ、天高く飛翔せよ!」と。
 私は感銘しました。いな、感服しました。簡潔な中に、人生の栄光を勝ち取るための哲学が、すべて凝縮しているからであります。
 学長は、「学生一人一人の人格」を尊重し、「学生一人一人の個性」を伸ばし、そして「学生一人一人が理想を実現し、事業を成就させるチャンスと能力」を育むことに心血を注がれております。
 私もまったく同じ信念であります。

真剣の二字で人材を育成
 一、思えば、大乗仏典の真髄である法華経は、他のどこでもない西安の天地で、世界市民・鳩摩羅什によって漢訳されました。
 その法華経においては、一人の生命こそが大宇宙をも包含する尊極の宝塔である。ゆえに、一人を励まし、正しき道にリードしていくことこそ、仏の使命の遂行であると説き明かされております。
 これは、一人一人の青年に最大の光を当てる人間教育の究極の精神とも一致すると、私は思ってまいりました。
 往古の西安、すなわち長安の都は、西は遠くローマに通じ、多彩な民族が行き交う、世界第一の100万都市でありました。
 この礎となった都城が築かれたのは6世紀、隋の時代であります。
 その大建設を託されたのは、宇文《うぶんがい》という20代の建築学者でありました。
 この若き英邁なる知性が渾身のリーダーシップを発揮して、当時の技術の粋を尽くし、西域からの文化も取り入れ、見事なる”中華文明の中心都市”が創り上げられたのであります。
 それは、首都の象徴性や治安維持の機能。さらには環境美化や給排水にも配慮した、比類のない模範と仰がれる大事業でありました。
 若き生命から、英知と情熱を最大に引き出していく時、どれほど偉大な創造が成し遂げられるか。その一つの象徴とはいえないでしょうか。
 ゆえに、リーダーは、「真剣」の二字で、わが全生命を賭して、青年を育てゆくことであります。その教育の大河が流れゆくところにこそ、世々代々に勝ち栄えゆく「永遠の都」が建設されることを、私は確信してやみません(大拍手)。

未来の発騨へ遠大な視野を
 一、今年の6月、西安を視察された温家宝総理は、厳然と語られました。
 「最も重要なのは、遠大な視野を持つ事である。目先の困難を乗り越えるだけでなく、未来の発展に着眼すべきである」と。
 校章に記されている如く、貴大学は大中国の誇りも高き新星として、一段と勇壮に「科学教育」の最前線を開拓されゆくことでありましょう。
 現代世界が要請する「以人為本」「調和社会」の実現の最先端に立たれる、貴大学の人間教育の聖業に、私もまた名誉ある一員として、勇んで連ならせていただきます。
 結びに、劉学長をはじめ先生方の万事如意のご繁栄を心からお祈り申し上げます。
 そして、わが心の母校たる西安理工大学と、わが心のふるさと西安に、「長しえの平和と栄光あれ」と叫んで、私の謝辞とさせていただきます。
 謝謝!(大拍手)
2009-11-07 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 人間世紀の光 No.210

随筆 人間世紀の光 No.210  (2009.11.6付 聖教新聞)

崇高なる信心の継承

青年を伸ばせ 青年が立ち上がれ
わが多宝会よ! 堂々と仏法証明の勝鬨を


 後継の
   若き指導者
     育ちけり
  世紀の舞台に
    踊り立ちたり

 「青春とは、すばらしいものだ。つねに私を鼓舞してくれる源泉である」
 中国・四川省の成都に誕生された文豪・巴金先生の言葉である。私も、4度の出会いの劇を重ねた。
 青年をこよなく愛し、信ずる指導者であられた。
 「我々には清い純白な心がある。激しく燃える切なる願いがある。腹に満々とたぎる血潮がある。そして眼にはこぼれんばかりの同情の涙がある。我々は青年なのだ」とも綴られた。
 この11月の1日、巴金先生の故郷である成都から、西南交通大学の先生方をお迎えし、青年部の大会、そして全国の学生部総会が意気軒昂に行われた。
 巴金先生がおられれば、どれほど喜んでくださったかと、私の胸は高鳴る。
 会場の東京牧口記念会館には、輝く生命の高等部、中等部の笑顔も弾けていた。
 この日は、地元の第2総東京の各地域でも、未来部総会が元気に開催された。どの会場でも、新たに誕生した愛唱歌「平和の太陽」が力強く歌われた。

♪自分が変われば
     未来も変わる
 未来を変えゆく
     平和の太陽

 「平和の太陽」を育んでおられる未来部の担当者の方々に、私と妻は、いつも感謝の題目を送っている。
        ◇
 今この時、希望の未来部も、英知の学生部も、師子の男子部も、華陽の女子部も、新体制で出発した。
 11・5「男子部の日」、11・12「女子部の日」が光る今月は、後継の若き友の姿が、いやましてまぶしい。
 学会創立80周年へ、我らは生まれ変わった勢いで前進を開始したのだ!
 スコットランドの国民詩人バーンズは喝破した。
 「たとい損と苦難とは、/真に辛い教訓であろうとも、/其処にこそ智慧があり、其処でこそ得られる、/他処には何処にもない」
 青年時代に悩み、望んで苦労するのだ。その分だけ、人を大切にでき、自らを誇れる境涯が開ける。
 忘恩の背信者は必ず滅び、正義の人を迫害する輩には厳然と鉄槌が下る。
 真実は、歴史が必ず証明するのだ。
 その正邪の勝負の決定打を放つのは青年だ。いな、青年しかいない。
 君たちの団結と勇気で、勝利への不滅の青春を飾りゆくのだ!
        ◇
 この一生
  広宣流布に
    捧げたる
  尊き その名は
    多宝なるかな

 7月、サンフランシスコの芸術の殿堂「ハーブスト劇場」で、アメリカSGI(創価学会インタナショナル)の多宝会の総会が行われた。サンフランシスコは、私が海外指導で真っ先に訪れた地の一つである。

人生の“金の舞台《ゴールデン・ステージ》”

 参加者の多くは、アメリカ広布の草創を築いたパイオニアの方々であった。
 準備に携わったメンバーには、80代の友もおり、片道2時間の距離を通いながら、総会の大成功に尽力してくださったという。
 アメリカでは、多宝会を「ゴールデン・ステージ・グループ」と呼ぶ。“金の舞台”──何と誉れ高き響きであろうか。
 信心に引退はない。第三の人生とは、「一生成仏」の信心の総仕上げの時期だ。ゆえに、荘厳な夕陽に照らされた全山紅葉の勝利山の如く、最も輝く黄金の晴れ舞台となるのである。
 多宝会の総会に出席した全米のリンダ・ジョンソン婦人部長は、万感を込めて参加者に呼びかけた。
 「アメリカの大英雄の皆様!」
 私たち夫婦も、全く同じ真情である。
 病苦も経済苦も、非難中傷も勝ち越え、慈折広布の大道を切り開いてこられた多宝会の友こそ、最も尊貴な魂の王者、女王である。
 総会を終えると、皆、口々に誓い合ったという。
 「人生の最後の一瞬まで、広宣流布に戦い抜こうじゃないか!」
 私は、その心意気が嬉しかった。誇りに思った。心から最敬礼して、合掌を捧げた。
 あの「大阪の戦い」をはじめ、私と共に勝利の金字塔を打ち立てた歴戦の勇者の皆様も、今や70代、80代だ。本年も元気に、美事に活躍してくださった。
 共に広布に戦った同志は、永遠に私の胸から離れない。君も私も、人生のゴールデン・ステージを、常楽我浄の妙法と共に、朗らかに勝ち進んでゆこう!
        ◇
 「多宝」とは、法華経の宝塔品に説かれる「多宝如来」に由来する。釈尊が法華経を説く会座に、宝塔とともに出現し、「皆な是れ真実なり」と宣言する法華経の大証明者であられる。
 多宝会の皆様方は、経文通りの悪口罵詈等をはね返して、仏道修行を貫き、堂々と勝利の実証を打ち立ててこられた。
 その人生の黄金の足跡それ自体が、学会の正義の証明であるといってよい。そして、不老長寿の生命をもって、妙法の偉大さを、次の世代へ伝えゆく、大切な令法久住の大使命を担い立っておられるのだ。
 「宝寿会(東京)」「錦宝会(関西)」という名前にも、尊き「宝」の同志を讃える、あまりにも深き意義が込められている。

若い人に心を注げ
 私がこれまで対談を重ねてきた皆様も、私より高齢の方々、学会でいう多宝会の世代が多かった。
 皆、若々しい心の持ち主であられた。生きる喜びにあふれていた。それは、自らの使命を強く深く自覚されていたからに違いない。
 なかでも忘れ得ぬ一人が、生涯を核兵器廃絶の推進に捧げられた、パグウォッシュ会議名誉会長のロートブラット博士である。
 「これまでの世界より、ずっと良い世界を築いていけるよう、若い人々を、私たちの持てるすべてを注いで育んでいかねばなりません」と博士は言われた。
 このやむにやまれぬ大情熱から、博士は若い科学者の集まりである「スチューデント・ヤング・パグウォッシュ」を結成された。
 博士を敬慕する彼らは、後の研究プロジェクトにロートブラット博士の名を冠することを決定した。
 未来を語る博士の顔は真剣であった。輝いていた。
 未来は、青年に託す以外にない。青年を伸ばし、育てるのだ!──この信念と誓願に生きる最晩年の姿は、何ものにも増して美しかった。
        ◇
 師弟不二
  親子一体
    最高の
  人生勝ち抜く
    広布城かな

 思えば、日蓮大聖人をお護りした門下の中核の一家は、信心の継承においても模範の存在であった。
 「破邪顕正」の行動も、「一家和楽」が力となる。
 青年門下・南条時光の母である上野尼御前は、夫や最愛の末子の死など幾多の難や悲しみに遭った。
 だが、師匠であられる大聖人の励ましを希望の源泉とし、立派に妙法広布の母として生き抜いていったのである。
 この母に続いて、時光も純真な信心を貫いた。蓮祖の御入滅に至るまで、母と共にお仕え申し上げた。のみならず、不二の弟子・日興上人を真っ直ぐにお護り申し上げたのである。
 「水のごとくと申すは・いつも・たい(退)せず信ずるなり、此れはいかなる時も・つねは・たいせずとわせ給えば水のごとく信ぜさせ給へるか たう(尊)とし・たうとし」(御書1544㌻)
 大聖人が時光に与えられた真心の御手紙である。
 他にも阿仏房・千日尼夫婦とその子・藤九郎守綱など、親子一体で信心の道を貫いた求道の門下を、大聖人は心から讃嘆された。

後継の君ありて 広宣流布は永遠
世々代々 若々しく 創価家族の座談会へ!


断固して わが人生を 勝ちまくれ 父母思い 同志を思いて

 先祖をも
  また子孫まで
    末代に
  大福運の
   妙法受持かな

 ここで、家庭における「信心の継承」について、幾つか確認しておきたい。
 まず、親は子に「やりなさい」と押しつけるのではなく、「一緒に信心を実践していく」ことである。
 親の背中を見ながら、子は育ち、信心という「志」を受け継いでいくからだ。
 我が家でも、できる限り、家族で一緒に勤行をすることを大切にしてきた。私が留守の時は、妻が導師で子どもたちが唱和した。
 時には子どもが朝寝坊をして、勤行できずに学校に出かけたこともある。そんな時、妻は叱るのではなく、「しっかり祈っておくから、大丈夫よ!」と、笑顔で気持ちよく送り出すことを心がけた。
 妻はまた、「会合は教育の場」と常々語っていた。これは、草創の個人会場の家に育ち、牧口先生を我が家での座談会にお迎えした妻の大確信であった。
 会合に参加すること自体が、偉大な仏縁を結んでいるのだ。気づかぬうちに、子の生命の大地には信心の種が芽生えている。
 お子さんを連れて会合に参加する婦人部、ヤング・ミセスの方々の奮闘には、妻も私も、いつも頭が下がる思いである。
 その姿は、幼子を連れて佐渡の日蓮大聖人の元へ馳せ参じたと伝えられる日妙聖人の如く、健気で美しい。
 そして、親はどこまでも、子どもの可能性を信じていくべきだ。祈り続けていけばよい。たとえ今は発心していなくとも、立派な「広宣流布の闘士」へ成長する時は、必ず来るからだ。
 偉大な妙法である。信仰は一生涯のものであり、三世永遠である。大切なのは、信心を持《たも》ち抜くことである。大らかな気概に立って、長い目で子どもの成長を祈り抜くことだ。
 信心継承の美事な模範として、忘れられないご家族がある。東京・調布総区の功労者のご一家だ。
 邪宗門の卑劣な裏切りに真っ先に声を張り上げた、正義の一家でもある。
 私も、30年前(昭和54年)の9月15日──当時の「敬老の日」に訪問し、懇談させていただいた。
 今、お子さん、お孫さん、ひ孫さんまで、皆が信心を立派にされている。
 今年の9月にも、丁重なお便りとアルバムを頂戴し、世々代々のご一家がそろってのお元気な様子を嬉しく拝見した。
        ◇
 久遠より
  家族か 同志か
   妙法と
  諸天に護られ
    この世 愉快に

 創立80周年へ、学会は大座談会運動を開始した。
 家庭の絆が「タテ」であれば、地区を舞台とする学会活動は「ヨコ」の継承である。

麗しき交流の歌声
 1991年の12月、私は懐かしき大田文化会館での第1回川崎文化音楽祭に出席した。晴れやかな希望の祭典であった。
 数ある演目のなか、ひときわ大きな喝采が送られたのが、今の多宝会である指導部のメンバーと、少年少女部が一緒になっての「お月さまの願い」の合唱であった。本当にほほ笑ましい学会家族の和楽の姿に、感動が広がった。
 勉学、仕事、学会活動の最前線で戦いながら、世代を超えて、皆が集って練習を重ねるのは大変だ。
 しかし、若々しい多宝会の方々に励まされながら、少年少女は温かな学会の世界の心を呼吸していった。
 そして伸びゆく未来部の姿は、壮年・婦人の方々に「さあ、頑張ろう」と生命の息吹を送ったのである。
 信心の大先輩と、その後継の友が、一つの目的に向かっていく歌声は、あまりにも偉大な信心継承の行進曲であった。
 座談会もまた、世代を超えて、人と人を結ぶ。
 親がいない青年もいる。子を持たない壮年、婦人もいる。しかし、座談会で学会家族に会える喜びが、一人ひとりを元気にする。
 日蓮大聖人は、子どものいなかった佐渡の年輩の国府入道・尼御前に、書き送っておられる。
 「『その中の衆生は、悉く是れ吾が子なり』との経文の通りであるならば、教主釈尊は入道殿と尼御前の慈父であられる。
 日蓮はまた、あなた方の子であるはずである」(御書1323㌻、通解)と。
 この大聖人の大慈大悲に連なって、少年少女部、中・高等部、そして男女青年部から、多宝会の壮年・婦人まで、老若男女が生命の家族として集い合う世界が、学会であり、座談会である。温かく楽しい、活気に満ちた仏の会座そのものの座談会こそ、永遠に広布発展の要である。
        ◇
 「父祖に負けない気持ちになって、いま、ぼくははるかかなためざして行く。父祖の栄誉を、ぼくはけっして忘れえぬのだ」
 イギリスの青年詩人バイロンは高らかに歌った。
 壮大な事業を達成するためには、青年が先駆者の魂を受け継ぎ、次世代に伝えていかねばならない。

若さには勇気が!
 米国の黒人(アフリカ系アメリカ人)が自由を求めた闘争も、世紀を超え、世々代々に継承されてきた。
 1860年代の南北戦争を境に、黒人奴隷制度撤廃の声が広く唱えられる。第16代リンカーン大統領の
 「奴隷解放宣言」は解放運動の烽火を上げたが、人種差別は公然と続けられた。
 1955年暮れ、公営バスでの非道な人種差別に、私たちの敬愛する人権の母ローザ・パークスさんは、一人、「ノー!」と声を上げ、毅然と抗議した。
 彼女の不当な逮捕を機に、目覚めた市民は団結し、バス・ボイコットなど、非暴力抵抗運動を開始した。アラバマ州モントゴメリーを拠点として、正義の声は燎原の火の如く全土に広がっていったのである。
 先頭に立った、若きキング博士が訴えた信念とは何か。それは“青年の糾合なくして、戦いの勝利はない”との確信であった。
 その熱情は、私も痛いほどわかる。海の向こうで、キング博士たちが戦っているその時、私も関西の天地で、青年を糾合し、新しき同志をもり立て、正義の大民衆運動を指揮していたからである。
 経験の浅い若い人間を加えることを、嫌がる人もいる。しかし、キング博士は微動だにしなかった。
 「若いひとたちは、われわれの呼びかけに応じる勇気をもっている」
 次々に青年が立ち上がった。体の不自由な若者も勇んで運動に参加した。キング博士は「若さ」を偉大な徳と信じ、戦いの原動力と見たのである。
 若いということは、何でもできるということだ。
 ボイコットに協力する人の中に、高齢の婦人がいた。「なぜ、あなたまでも」──問われて、婦人は答えた。
 「私は、私の子や孫のために歩いているのです」
 その願いに応えて、この人権闘争で最も活躍したのは、老婦人の子や孫にあたる世代たちであった。
 1964年、「公民権法」の制定により、黒人差別は法の力のもと、ついに撤廃される。
 青年の可能性を信じ、その育成に全力を注ぐ先人たち。そして人生の大先輩から学び、その薫陶に感謝し、戦いの先頭に勇み立つ青年たち──。
 世代を超えた者たちが一つになり、総立ちになった時、新しき歴史の扉は、勢いよく開かれるのだ。
 「青少年を手助けする活動は、仕事でなく、責任だと思っています。私は、青少年と一緒に何かをすることの必要性をいつも感じてきました」──微笑みの勝利の母ローザ・パークスさんの忘れ得ぬ一言である。
        ◇
 広宣流布の闘争においても道なき道を切り開いた先輩たちの功績を絶対に忘れてはならない。その深い感謝を胸に、今度は青年が立ち上がるのだ。
 南条時光への御聖訓には、こう仰せである。
 「とにかくに法華経に身をまかせ信ぜさせ給へ、殿一人にかぎるべからず・信心をすすめ給いて過去の父母等をすく(救)わせ給へ」(御書1557㌻)
 妙法弘通の大願に生き切る青春のなかに、父母への孝養も、お世話になった方々への報恩も、そして自他共の未来の幸福の創造も、一切が包含されている。
 詩人バイロンは叫んだ。
 「ああ、私に、物語のうちの偉大な人の名など語るな/われわれの青春の日々こそ栄光の日々だ」
 今いる場所で勝利を!
 そう誓い、祈り、走り、戦い、勝つのが青年だ。
 私が信頼する若き友よ!
 偉大なる信力を奮い起こし、永遠不滅の勝利の城を築きゆくのだ!
 青年よ、勝ちまくれ!
 母たち、父たちの願った民衆勝利の朝を、威風も堂々と開きゆけ!

 断固して
  わが人生を
   勝ちまくれ
  父母《ちちはは》 思い
     同志を思いて

 巴金の言葉は『巴金回想録』 『巴金選集』=中国語版。バーンズは『バーンズ詩集』中村為治訳(岩波書店)=表記は新字に改めた。バイロンは順に『世界の詩集4 バイロン詩集』斎藤正二訳(角川書店)、『世界の詩7 バイロン詩集』阿部知二訳(彌生書房)。キングは『黒人はなぜ待てないか』中島和子・古川博巳訳(みすず書房)。ほかに『自由への大いなる歩み』雪山慶正訳(岩波書店)などを参照。パークスは『勇気と希望』高橋朋子訳(サイマル出版会)。
2009-11-07 : 随筆 人間世紀の光 :
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新時代第33回本部幹部会

新時代第33回本部幹部会/創立80周年記念第1回全国青年部幹部会での名誉会長のスピーチ
                      (2009.10.24 創価国際友好会館)

平和と広布に捧げた50年
今度は君が人間革命の劇を


「創価完勝・青年躍進の年」へ出発
希望と安心と喜びを
同志に尽くし抜くリーダーに


マダガスカルの言葉
人と会う一日は百日の価値がある
今日も勇んで友のもとへ!


 一、きょうはまず、海外から来られた皆さん方に、全員で大拍手を送りたい。
 本当にご苦労さま! ありがとう! ありがとう!(大拍手)
 特にアフリカから来られた皆さん、お会いできて、本当にうれしいです!(大拍手)
 〈アフリカからの参加者が、壇上に招かれた〉
 一、アフリカ大陸の東に浮かぶ島、マダガスカル共和国の英知の言葉に、「人と出会える一日は百日分の価値がある」とある(山口洋一著『マダガスカル』サイマル出版会)
 一人の友と会い、語り合うことが、どれほど価値あることか。
 いわんや広宣流布のために、人と会う。友人に仏法を語り、励ましを贈っていく。その一日一日に、偉大な功徳が薫ることは、絶対に間違いない。
 きょうは、このマダガスカルからも青年部の代表が参加している。本当に、ようこそ!
 今回、参加できなかった同志の皆様に、どうか、くれぐれもよろしくお伝えください!(大拍手)

「会員第一」が永遠の精神 
 一、先日、ブラジルにある誇り高き建築大学、シルバ・エ・ソウザ統合大学から、私は皆様方を代表して「名誉建築学・都市工学博士号」を拝受した。
 平和と調和の未来のために、建物を造ることは、本当に素晴らしい、偉大なことである。
 学会は、広宣流布のために、各地で会館の建設を行ってきた。建築を通しても、地域社会の発展に、都市の繁栄に貢献してきた。
 この9月には、本部第二別館(地上7階・地下1階)で、晴れ晴れと開館式が行われた(大拍手)。
 今、学会創立80周年に向けて、全国各地で、また世界各国で、新しい会館の建設、整備が進んでいることは、皆さんがご存じの通りだ。
 学会の会館には、多くの会員の方が集ってこられる。さまざま大変な中、広宣流布ヘ一生懸命に戦ってくださっている尊き方々である。
 こうした会員の皆様を一番、大事にする。学会は、この方針を永遠に貫いていかねばならない。最高幹部は、この精神を絶対に忘れてはならない。
 民衆が「上」なのだ。リーダーは「下」で、皆を支えていくのである。
 “いつも、本当にありがとうございます。遠くから、本当によく来てくださいました。どうか、ゆっくりしていってください”──そう言って皆さんに心から感謝し、仕えていくのが、真実のリーダーの姿である。
 そして「本当に来てよかった」と喜んでいただく。ほっとして、安心して、くつろいでいただく。それが学会の会館でなければならない。
 多くの方々が勤行・唱題を行い、思う存分、行学を磨き、創価の師弟の精神を学んでいける。友人や家族の方々を呼んで、ゆったりと懇談できる。そうした施設を、さらに充実させる計画が各地で進んでいる。

堂々たる「文化の城」「平和の城」を
 一、御書には「法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊し」(1578㌻)と記されている。
 日蓮大聖人に連なり、妙法に生きゆく尊き同志が集う会館は、まさに広布の“法城”である。これほど尊い建物はない。
 伝持の人を育て、拠点を盤石に築く。それは、法を永遠ならしめる聖業なのである。
 すべて皆様のため、未来のための建設である。皆が胸を張って、前進できる。一切に勝利していける。そのための土台を、完璧につくりたい。
 これが私の決心である。皆様へのご恩返しである。
 友人が、学会の建物を見て、「ああ、学会ってすごいね! もっと早く信心すればよかった」(笑い)と目を見張る。「我らの会館を見よ!」と誇り高く叫んでいける。そういう立派な「文化の城」「平和の殿堂」を築くことが、民衆の時代を一段と開いていく。
 これまで近くに会館がなくて、ご苦労やご不便をおかけした方々もいるかもしれない。
 大変な中を、広布のため、地域のため、同志のために頑張ってこられた皆様のことを、私はよく存じ上げているつもりである。
 しかし、広宣流布のために苦労した人は、必ず最後に勝つ。厳然たる功徳が現れる。これが仏法である。
 そのことを、深く確信していただきたい(大拍手)。
 一、15年前の思い出であるが、私は英国のチャールズ皇太子の私邸に、お招きをいただいた。約1時間にわたる会見では、自ら建築学院を創立された皇太子と「建築」について語り合った。
 皇太子は“精神を高揚させる建築”、そして“皆に喜びを贈る建築”を志向しておられた。
 ともあれ、各地の会館をはじめとするわが創価学会の建築は、「21世紀の建築」「新しい1000年の建築」の理想を実現しゆく戦いである──。
 それぐらいの自負と誇りを持って、堂々と進んでまいりたい(大拍手)。

関西よ 今再びの陣列を
戸田先生
「関西が発展すれば日本中が発展」


大関西城を築け
 一、戸田先生は言われた。──1000万人が信心する時代がきたら、それは日本の広宣流布の確立に通ずる──と。
 先生は、その日が来るのを、本当に楽しみにされていた。
 さらに先生は、「世界で信心している人が住む国が増えれば、それだけ一閻浮提の広宣流布が進む」と言われた。
 今、世界192力国・地域にまで、妙法が弘まっている。恩師の大いなる願いを、我らは現実の上で開花させてきた。
 またある時、戸田先生は「大阪の同志が信心に立ち上がれば、そして関西が発展すれば、日本中が発展する」と語られた。
 私は、これもその通りに成し遂げてきた。
 師の言葉を、まっすぐに受けとめ、祈り抜き、悩み抜き、あらゆる苦難を突き抜けて、師の夢を実現する。これほど崇高な人生の劇はない。皆さんもまた、同じ心で進んでいただきたい。
 きょう私は、「関西よ、立ち上がれ!」とエールを送りたい。
 日本一は当然のこと、“世界一の関西”になるのだ。
 関西が、学会全体を背負って立つ。そのために戸田先生は、若き日の私を関西に行かせたのである。
 そして関西は、広宣流布の拡大において、大人数の東京を圧倒する見事な結果を残したのである。
 どうか、悔いなく戦ってほしい。頼むよ、関西!〈関西からの参加者が「ハイ!」と元気に返事を〉
 青春時代、“関西が元気なら、学会は大丈夫だ”との思いで、私は関西の城を築き上げてきた。
 関西と聞けば、あの“中之島の公会堂”で開かれた「大阪大会」を思い出す。青春の苦闘の歴史を刻んだ、懐かしい場所である。
 理不尽な権力の横暴にも、わが愛する同志は一歩も退かず、真っ向から戦い抜いた。
 関西よ、今再びの陣列を組もう! 大前進を開始しよう!
 そして、皆で一緒に“民衆勝利の大会”をにぎやかに開こう!
 誰もが讃える「大関西城」を築こう!(大拍手)

「戸田大学」開始から60年
 一、「大事な『時』に巡り合い、歴史を残せることは、人間として最大の名誉だ」と、戸田先生は教えてくださった。
 明年は、いよいよ学会創立80周年を迎える。「八」には「開く」という意義がある。広宣流布の未来を無限に「開く」時である。
 まず自分自身が、生まれ変わった命で、新たな行動を起こし、勝利の道を開くのだ。
 さらに明年は、戸田先生の生誕110周年、「戸田大学」の薫陶の開始から60周年である。
 昭和25年(1950年)、戸田先生は事業難のなかで、私に対して一対一の授業を始めてくださった。
 戸田先生が“校長”で、私が“学生”である。「戸田大学」という名前は、先生ご自身が付けられた。
 毎朝のように続いた勉強。日曜には、戸田先生のご自宅で授業を行った。先生ご自身が食事を用意してくださることもあった。
 戸田先生の薫陶は、それはそれは厳しかった。先生は天才中の天才であった。あのような指導者を、私は、ほかに知らない。どんな高位の人間に対しても、実に堂々と相対しておられた。
 この「戸田大学」の誉れの卒業生として、私は世界各地からの名誉学術称号を拝受してきた。
 第1号のモスクワ大学名誉博士号から35年。明日(10月25日)には、中国の発展の推進力・大連工業大学から名誉教授称号をいただく予定になっている(大拍手)。

国家主義に対する怒り
 一、「仏法は勝負」である。広宣流布とは、ある意味で、勝利の“動かぬ証し”を残す挑戦である。
 私の少年時代は苦難、多難であった。戦争中、4人の兄はすべて兵隊にとられた。家は強制疎開させられ、空襲で焼かれた。父はリウマチで苦しんでいた。
 敗戦の年に、私は17歳。やがて、19歳でこの信心を始めたのである。
 国家主義の暴力、戦争の暴力に対して、私は今も、深い怒りを胸に抱いている。
 市民、庶民の生活が一番大事なのだ。
 明年は、私の第3代会長就任から50周年にもあたる。
 同志の皆さんのおかげで、半世紀の節目を迎えることができた。本当にありがとう!(大拍手)
 肺病で、いつ倒れてもおかしくない私であったが、体を張って、戸田先生をお守り申し上げた。
 軍国主義と戦い、牢に入られた先生は、出獄後、経済闘争で苦しまれた。
 弘教も、仕事も、何もかも、「先生、私がいたします!」と引き受けた。そして今日の学会を築いたのである。
 誰でもない、この私が築いた──ここに、私の永遠の誇りがある。
 学会は、宗教界の王者としての心意気を胸に、ここまでの隆盛を成し遂げた。だからこそ、三類の強敵も競い起こる。あとは、ただただ、後継の皆さんに立派に育ってほしいのである。

カメラを手に自然との対話
 一、私は、恩師の心を胸に、新たな時代を切り開くため、方々《ほうぼう》の地へ行った。
 行く先々で、自然の風景をカメラに収めてきたが、何も写真ばかり撮っているわけではない(笑い)。
 写真といえば、いつも頑張ってくれている聖教新聞のカメラマンも、ありがとう!
 広布の歴史を永遠に残しゆく尊い労作業である。活躍が光っている。ご苦労さま!
 思えば、私が、折に触れて写真を撮るようになったのは、創価学会の会長になった後のことである。
 過労から体調を崩した時、心配してくださったある知人の方から、健康のためにと、カメラをいただいた。
 “たまには、写真機を持って、ちょっと奥さんを撮ってあげたり、景色を撮って、気分転換をしたほうがいいですよ”という真心が伝わってきた。
 せっかくいただいたのだから、撮った写真をお贈りしなくては──それが“宿題”となって、心に残った。何事も、真面目に受け止めすぎるのも、損な場合がある(笑い)。
 それで写真を撮るようになった。初めは、なかなか思うようにいかなかったが、時間を見つけて、ともかく撮影し、現像して、心からの御礼にと、お届けしたのである。
 ある方が、私の撮った写真を、ほめてくださった。“どんどん、撮ってください”“世界的にも、写真芸術の先駆として、きっと大きな反応があるでしょう”
 そうした励ましの言葉の通り、ありがたいことに、今、各国で写真への評価をいただいている(大拍手)。
 〈名誉会長撮影の写真作品は、「自然との対話」写真展などで紹介され、世界中で大きな反響を呼んでいる。
 海外初の写真展は1988年、美術史家のルネ・ユイグ氏の強い要望により、パリのジャックマール・アンドレ美術館で開かれた。
 名誉会長はフランスの「ヴァル・ド・ビエーブル写真クラブ」の「名誉写真芸術会員」に選ばれたほか、シンガポール、ネパールなど各国の写真家協会から終身名誉会員証等を贈られている〉

宝の未来部を皆で応援

妙法流布は世界五大州に
 一、明年に迎える佳節は数多い。
 私の初の海外指導(1960年=昭和35年10月2日)から50周年。SGI(創価学会インタナショナル)発足(1975年=昭和50年1月26日)から35周年。妙法流布の大道は、今や世界五大州に広がった。
 先日も、あるヨーロッパの知性が、「生命尊厳の哲学にのっとった創価学会の運動こそ、まさに21世紀の人類の希望です」との声を寄せてくださった。
 私の手づくりである中等部と少年少女部も、結成45周年の佳節を迎える。
 未来部の担当者の皆さん、いつもありがとう!
 皆で、若き後継の宝を大いに育て、伸ばしていこうではないか!(大拍手)
 一、なお、創価女子短期大学も、明年で開学25周年になる。
 卒業生の集まりである短大白鳥会は8000人を超えた。卒業生の方はおられるだろうか。〈女子短大出身者が元気に返事を〉
 おめでとう!(大拍手)

司会の第一声で勝負を決した
 一、さらに明年は、「小樽問答」と、「札幌・夏の陣」の日本一の大拡大からも55周年となる。
 「小樽問答」が行われたのは、昭和30年(1955年)の3月11日。学会と日蓮宗身延派の法論である。
 その発端は、一人の婦人部の勇気ある行動であった。
 本来ならば、日蓮正宗の僧侶たちが先頭を切って戦うべきであったが、彼らに戦う気概はなかった。私をはじめ学会青年部が、多忙な合間を縫って真剣に作戦を練り、法論に臨んだ。
 いねば、「躍進している民衆宗教の勢力」と、「既成仏教の代表」が、公の場で対決することになったのである。
 当時、私は青年部の室長。戸田先生の命を受け、学会側の司会を務めた。
 そして、第一声から事実をもとに正邪を明らかにし、完璧に打ち破ったのである。

歴史を開く戦いを青年の手で!
 一、明年は、東京の大田と横浜の鶴見で、学会が初めて社会に打って出て、大勝利を収めてから、55周年の佳節でもある。
 〈1955年(昭和30年)4月、大田区(東京都議選)と鶴見区(横浜市議選)で支援活動を行った〉
 私は、戸田先生から「民衆の幸福のために頼む」と厳命を受け、両方の指揮を執った。
 先生は、何の前例もない、一番大変な、歴史を開く戦いを、すべて私に託された。
 あの人に任せれば、大丈夫──そういう人間に、若き皆さんも、なっていただきたい。
 私は庶民の中へ飛び込んだ。最前線を駆けた。弁舌を振るえば、雰囲気を一変させた。
 「あなたが言うなら」と皆を味方に変えた。
 状況は厳しかった。しかも気の回らない、要領を得ない人も多かった。頼る人はいない。それをはねのけて、最高の結果を出した。
 戸田先生は、「どうだ! 我らの力は!」と胸を張られた。それを陰で見ながら、私は、うれしかった。
 ──私の名前は出なくていい。先生が喜んでくれさえすれば──
 これが師弟だ。
 先生は、弟子の戦いを、すべてご存じであられた。
 師の命を受け、私は関西でも、“まさかが実現”の大勝利。世間は大騒ぎだった。
 大阪の戦いの時、私は28歳。小樽問答は27歳。弘教においても、20代で全国制覇した。
 本末究竟して等しく、学会が未来永遠に勝ちゆく本因を、20代の私は刻みつけた。
 悪条件が重なり、たとえ不可能のように見えても、師匠のために、全部、勝った。これが学会精神だ。
 頼むよ!〈「ハイ」と元気な返事が〉

「新・人間革命」の連載を再開
 一、おかげさまで、小説『新・人間革命』も、第20巻が発刊の運びとなった。
 多くの書店、また出版界の方々からも、早速、喜びの声をいただき、感謝にたえない。
 〈名誉会長の「活字文化振興」への貢献を讃え、各地の書店商業組合などから顕彰も相次いでいる〉
 私は、『新・人間革命』の冒頭に綴った。
 「平和ほど、尊きものはない。
 平和ほど、幸福なものはない。
 平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」
 アメリカ、モンゴル等の各国で、この一節が刻まれた碑や銘板が設置されている。
 〈アメリカ・コロラド州のデンバー市は、市議会の決議を経て、小説『新・人間革命』の冒頭の一節を刻んだ銘板を設置している。
 モンゴルでは、ハルハ河戦争(ノモンハン事件)の舞台となったドルノド県の「池田平和記念公園」に記念碑が立っている〉
 9月には、韓国北部の華川《ファチョン》郡に開園した。「世界平和の鐘公園」で、この一節の記念碑が除幕された。
 これは、すべて“良き市民”として活躍するSGIメンバーの社会貢献の賜である。
 韓国の皆さん、ありがとう!〈韓国SGIの友が立ち上がり、手を振った〉
 一、ここで読者の皆様への感謝を込め、発表させていただく。
 聖教新聞の『新・人間革命』の連載を、来る学会創立記念日の11月18日付から再開したい(大拍手)。
 第23巻の第1章となる、新しい章のタイトルは「未来」。
 舞台は、昭和51年(1976年)4月に開園した札幌創価幼稚園である。 創価幼稚園の卒園生は、今や6000人を超え、世界中で活躍している。博士も弁護士も、正義のリーダーも誕生した。
 本日は、卒園生の代表が出席してくださっている。ありがとう!。
 〈代表が立ち上がり、拍手が送られた〉

苦労の大地に勝利と幸福の花は咲く

創価の行進曲を
 一、音楽隊、日本一おめでとう! 万歳だ!(大拍手)
 〈10月の「全日本吹奏楽コンクール」で、音楽隊の「創価グロリア吹奏楽団」「関西吹奏楽団」が「金賞」を受賞。そろって“日本一”に輝いた〉
 鼓笛隊も、各地のパレード、本当にありがとう!(大拍手)
 音楽隊・鼓笛隊の皆さんが、どれほど苦労しながら、仕事や勉強、活動や練習も、やり抜いているか。
 私は全部、わかっているつもりだ。
 本当に偉い!
 一生懸命に頑張った人には、必ず福運がつく。これが仏法の因果の理法である。
 音楽隊・鼓笛隊が思う存分、活躍できる舞台を、私は盤石に用意しておきたい。
 創価の友を鼓舞する行進曲を、さらに力強く奏でていただきたい! おめでとう!(大拍手)

さあ前進だ! 昇りゆく太陽のように

まっすぐに妙法に生き抜け
戦う人に永遠の福運 永遠の宝 永遠の力


 一、創立80周年へ、歴史的な第1回の全国青年部幹部会、まことに、おめでとう!(大拍手)
 日蓮大聖人は、若き南条時光に仰せになられた。
 時光が数え年で21歳の時である。
 「願くは我が弟子等《ら》・大願ををこせ」(御書1561㌻)と。
 「我が弟子等」との呼びかけは、まさに、青年部への呼びかけである。
 「大願」とは、広宣流布の実現である。
 広宣流布とは、人類を幸福にし、世界を平和にする大偉業だ。
 自分自身も最高に充実し、永遠に仏となれる。
 父母への親孝行にもなり、一家眷属も皆、救っていける。ここにこそ、究極の正義と勝利の人生がある。
 戸田先生はおっしゃった。
 「どんなことも、遠慮なく祈るのだ。広宣流布への願いは、大きければ、大きいほどよい。行き詰まっても、そこから本当の力が出るのだ!」
 さあ、わが愛する青年部よ! いよいよ、君たちの出番である。
 明年のテーマは「創価完勝・青年躍進の年」と決まった。
 今こそ、広宣流布の大願を起こしていこう。広宣流布という世界平和の大建設に、勇気をもって、皆で立ち上がろうではないか!(大拍手)
 広宣流布の「道」はできた。「城」もできた。あとは、「人」である。
 未来は、若き君たちにかかっている。
 今、本気でやらなければ、後悔の人生となる。結局は、自分が損をするだけだ。
 広布の労苦は、すべて、自分自身のためになる。
 妙法に生き抜く人は、永遠の「福運」を積み、永遠の「宝」と「力」を持つことができるのである。
 ゆえに、つらくとも、歯を食いしばって耐えるのだ。断じて戦うことだ。
 青年の時代だ。青年部、頑張れ!(大拍手)

忘れ得ぬ青春の闘争
 一、私も青年時代、本当に悔いなく戦った。
 戸田先生のもとでの訓練は、皆さんが想像もつかないほどの厳しさであった。
 真夜中でも、かまわずに電話で呼び出される。そんな時は、決まって妻が、どこかでタクシーを拾ってきてくれた。
 それに飛び乗って、隼のように戸田先生のご自宅に向かった。
 二人きりの緊急の会議。先生の矢継ぎ早のご指示を、私が全部、メモに書き取っていく。終わると、もう明け方である。
 「先生、ありがとうございました。おやすみなさい」と申し上げると、先生は「ご苦労さん」とニッコリとされた。
 その慈顔が今も忘れられない。
 私は体が弱かった。医者から「30歳までは生きられない」と言われた身であった。
 その私が、今日まで元気に指揮を執ることができたのも、広宣流布の大師匠をお護りし、仏意仏勅の学会を護りに護った功徳にほかならない。
 戸田先生の事業が挫折した時は、必死で働いて、借金を返済していった。
 折伏が思うように進まない時も、先生に「大作、なんとかならないか」と言われ、猛然と立ち上がった。
 そして、故郷《ふるさと》・大田で、大折伏戦の指揮を執り、拡大の突破口を開いたのである。
 大聖人の弟子である四条金吾のごとく、先生をお護りした。先生にお仕えして、広布に戦い抜いた。
 先生のご構想は、すべて実現してきた。
 この師弟不二の闘争があったればこそ、現在の世界的な学会の基盤ができ上がったのである(大拍手)。
 我々は、ちっぽけな日本など、悠々と見おろしていくのだ。
 創価の舞台は、全世界である。
 未来に大きく広がっている。
 今こそ、青年が立ち上がる時だ。君たちに託すしかないのだ。
 真実の人材が陸続と現れることを、私は祈り、待っている。

自分の力で歴史を創れ
 一、きょうは、海外50力国・地域から、200人もの偉大な青年指導者が馳せ参じてくれた。
 私は、うれしい。本当に、ようこそ!(大拍手)
 また先ほどは、ブラジル女子部長のプリシラ・ナカヤマさん、素晴らしい代表あいさつ、ありがとう!
 ブラジルの歴史学者セルジオ・ブアルケ・デ・オランダの言葉にこうある。      
 「歴史は『変化』であり、『行動』であり、『変革』である」
 でき上がったものの上で、あぐらをかくのではない。
 青年は、自らの行動で変化を起こし、歴史を創るのだ。
 インドをはじめ、アジアのリーダーも、ご苦労さま!
 今回、海外の皆さんが訪問した創価大学には、タゴール像が立っている。
 このインドの詩聖タゴールは謳った
 「乙女よ、あなたの気取りのなさは、湖水の青さのように、あなたの真実の深さをあらわす」
 「女性よ、あなたの笑い声のなかに、いのちの泉の妙なる響きがある」(川名澄訳『迷い鳥』風媒社)
 まさに、各国の「池田華陽会」の友の姿である。
 私は、女子部の「池田華陽会」の皆さんに、「朗らかに友情の拡大を!」「わが人生の幸福を広宣流布で飾れ!」と強く申し上げたい。

不退の誓いの記念撮影を!
 一、きょう、ここに集った海外の友を顕彰する意義を込めて、SGI(創価学会インタナショナル)の皆さんで集合写真を撮影して、良き場所を選んで展示させていただきたいと思うが、どうだろうか(大拍手)。
 この写真に写った皆さんは、絶対に信心から離れたり、退転したりしてはいけない。そのことを、きょうは皆で約束しよう。
 ともあれ、海外から来日するには、交通費一つとっても、どんなに大変であったか──海外の皆様の苦労を思えば、日本の我々は、恵まれ過ぎるほど、恵まれている。
 私たちは、SGIの友の求道の姿から、真剣に学んでいかなければいけない。そうでないと、日本のほうが、海外におくれをとってしまうことになる。
 御聖訓には、仏法西還の様相を、「朝日の東天より出ずるに似たり」(御書1038㌻)と仰せである。
 世界の広宣流布は、朝日がぐんぐんと昇りゆくような勢いで、勝ち進んでいくのだ。
 その力は青年である。その光は君たちである。
 君たちの生命こそが、太陽である。人類を照らす、創価の朝日を昇らせていこうではないか!(大拍手)

「日蓮と同じく」
 一、今、各地で新しいリーダーが続々と誕生している。おめでとう!
 これまでのリーダーも、本当にご苦労さまです。  さらに御聖訓を拝したい。
 「このような者(=日本第一の法華経の行者である日蓮大聖人)の弟子檀那となる人々は、宿縁が深いと思って、日蓮と同じく法華経を弘めるべきである」(同903㌻、通解)
 大聖人の弟子であるならば、堂々と、胸を張って、大聖人の仰せの通りに進むのである。御書の通りにやれば、必ず折伏はできる。私は、そうしてきた。
 創立80周年の不思議なるこの時、戦う我らの宿縁は、あまりにも深い。そして、広布への責任を担い立つ使命は、あまりにも尊い。
 新しいリーダーの紹介の意義を込め、聖教新聞紙上で、「創立80周年へ 私の決意」と題して連載することを、ここで提案したい。皆さん、楽しみにしていただきたい(大拍手)。

凛とした声で皆を鼓舞せよ
 一、もう少し、スピーチを続けても、いいだろうか(大拍手)。
 世界が待っている。
 日本中の同志が待っているから──。
 ここで、アメリカの指導者、ケネディ兄弟の言葉を紹介したい。
 ケネディ大統領からは、会見の要請があった。しかし、さまざまな事情で実現しないうちに、大統領が亡くなられてしまった。本当に残念であった。
 後に、末弟のエドワード・ケネディ上院議員が、亡き大統領に代わって、わざわざ聖教新聞社に会いに来てくださった(1978年1月)。
 兄君のことをしのびながら、人類の未来を見つめて真剣に語り合ったことは、忘れ得ぬ思い出である。
 その大統領の、もう一人の弟で、元司法長官のロバート・ケネディ氏の演説を、皆さんに贈りたい。
 「世界は、青年の力を、必要としている。その“青年”とは、人生の時期ではない。若々しい心のあり方であり、意志の強さであり、発想の豊かさのことである。
 そして、それは、臆病を乗り越える勇気のことである。安逸ではなく、勇敢なる挑戦への意欲に満ちていることである」
 壮年部も、この若々しい勇気の心で進もうではないか!(大拍手)
 特にリーダーは、話し方一つとっても、覇気のない、弱々しい声ではいけない。青年の心みなぎる、凛とした声で、皆を鼓舞していくことだ。
 一、私はこれまで、世界中の指導者や識者とお会いしてきた。
 現在、対談を進めている、インドネシアのワヒド元大統領も、その一人である。
 そのワヒド氏の友人で、インドネシア最高峰の文豪プラムディヤ氏は綴っている。
 「この世界には想像もつかないすさまじい力があって、あるときは大洋の海底から吹き上げ、火山となって爆発し、またあるときは人生の目的を真に理解した個人にそれは宿る」(押川典昭訳『プうムディヤ選集7』めこん)
 これが革命児だ。
 真に、信心に立ち上がった人間ほど、強いものはない。

苦労した分だけすべて君の力に
 一、私は、戸田先生の大事な言々句々を、すべて記録し、残してきた。
 戦後の混乱の中、先生は、苦難と闘う同志を一人一人、奮い立たせていかれた。座談会について、先生は、こう言われた。
 「座談会での指導は、激しい渦の中で一人、旗を持って立っているようなものだ。
 強い強い生命力で、一人一人を励ましていくのだ」
 座談会が、一番大事である。
 多様な人々が集い、学び、語り合う座談会は「民主主義の縮図」なのである。
 創立の父・牧口先生は、青年の登場を待ちこがれておられた。
 「まだまだ青年が少ない。妙法流布を自覚した青年が増えていかなければ、広宣流布は成就できないのである」
 牧口先生の時代は、青年が少なかった。学会員も少なく、建物もなかった。
 しかし今は、青年が大勢いる。いよいよ、これからだ。
 また、かつて青年だった皆さんもおられるが(笑い)、心まで老けてはいけない。たとえ、年をとっても、皆が青年らしく進めば、未来は盤石だ。
 日本中、世界中に、青年リーダーが躍り出ているこの姿を、牧口先生は、どれほどお喜びであるか。
 青年を増やすことが広宣流布である。
 戸田先生も、青年に心からの期待を寄せられていた。
 「まことの広宣流布の戦いは、青年がやるのだ。
 師匠のあとを継いで広宣流布を成し遂げるのは、青年しかいない。
 青年よ、立ち上がれ!」
 青年部、頼むよ!〈「ハイ!」と元気な返事が〉
  最後にもう一つ、戸田先生の言葉を贈り、スピーチを結びたい。
 「青年は、困難から逃げてはいけない。
 挑戦し、苦労して、結果を出した分、すべて君の力となるのだ」
 一、ここで、皆で万歳をしよう!
 一つは、皆さんのお父さん、お母さんのために。
 一つは、創価学会のために。
 そして、もう一つは、広宣流布のために。
 〈正木理事長の音頭で、参加者が元気に万歳三唱した〉
 では次に、皆で歌を歌おう!
 何かいいだろうか?
 〈海外の参加者から“大楠公”等の声が〉
 オーケー! “大楠公”にしよう!
 〈名誉会長の呼びかけに応え、インド創価学会のマニーシユ・カプール男子部長が壇上に。「上手かどうか、わかりませんが、精一杯、歌わせていただきます」と、“大楠公”の歌を日本語で熱唱。歌い終えた後、「必ず人生最後まで戦ってまいります!」と誓いを述べた〉
 ありがとう! うまかった! すごい! 忘れないよ!(大拍手)
 〈ここで名誉会長の導師で、全員で唱題した〉
 長時間、ご苦労さまでした。
 皆さんの大切なご家族の健康と長寿を御祈念しました。
 また、海外の皆さんの帰りの飛行機が揺れずに、楽しく帰れるよう心から祈りました。
 きょうは、ありがとう!(大拍手)
2009-11-06 : スピーチ・メッセージ等 :
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中国・西南交通大学「名誉教授」称号授与式

「創立80周年開幕記念 青年部大会」/「全国学生部総会」/中国・西南交通大学「名誉教授」称号授与式      (2009.11.1 東京牧口記念会館)

中国の近代産業化を力強くリードしてきた名門「西南交通大学」(顧利亜書記、陳春陽学長)から1日、池田名誉会長に「名誉教授」称号が授与された。あわせて香峯子夫人に同大学政治学院の「名誉教授」称号が贈られた。これは、名誉会長を平和と中日友好の先駆者と賞讃し、名誉会長を支えてきた香峯子夫人を21世紀の女性の模範と讃えるものである。授与式は、八王子市の東京牧口記念会館で開かれた「創立80周年開幕記念 青年部大会」「全国学生部総会」の席上、盛大に挙行され、何雲庵副学長(同大学政治学院院長)が授章の辞を述べた。鮮于浩政治学院教授(政治学院前院長)、張雪永社会科学学科主任、田雪梅政治学院准教授が同席した。

何副学長の名誉会長への授章の辞

高潔な人格の科学者育成へ
名誉会長の思想に学びたい!


 尊敬する池田大作先生、尊敬するご臨席の皆様、こんにちは。
 私は、大いなる喜びを胸に、本日、ここに、西南交通大学を代表する顧利亜《こりあ》書記、陳春陽《ちんしゅんよう》学長に代わって、池田大作先生に本学の名誉教授の称号を授与させていただきます(大拍手)。
 創価学会名誉会長ならびにSGI(創価学会インタナショナル)会長であられる池田大作先生は、世界的に著名な仏教思想家、哲学者、社会活動家、作家、詩人、写真家であられ、数多くの教育文化機関の創立者でもあられます。
 先生は、長年にわたり、世界平和のために尽力され、世界各国の政治、文化、教育界の識者と対話を重ねてこられました。さらに、著作、写真芸術、詩歌、講演等を通じて、ご自身の思想と理念を広く世界に表明し、その多大な影響力をもって、世界平和の推進、文化・教育事業に卓越したご貢献を果たしてこられました。
 池田大作先生は、その豊かな学識と高潔なるご人格をもって、すでに世界の260を超える著名な大学、研究機関の名誉博士号、名誉教授の称号を受けられております。
 池田先生は、一貫して中国と中国人民に深い友情を抱く中日友好の先駆者であり、その歴史の証人でもあられます。中国を10回訪問し、わが国の党および国家の歴代指導者と深い友誼を結ばれ、中日の友好と文化交流の促進のために、極めて重要な懸け橋となってこられました。
 中国におきましても、池田先生の影響は大きく、すでに数多くの池田大作研究所が設立され、多くの研究成果が発表されております。
 こうした池田先生の高潔なご人格と卓越したご功績に対し、深い敬意を表し、本日私は、西南交通大学の全教職員、学生を代表し、本学の名誉教授の称号を、深い感謝をもって授与させていただきます(大拍手)。
 本学は中国の天府《てんぷ》の国・四川省成都市に位置し、113年の歴史を持ち、この間、戦争により10回以上、学校の移転を余儀なくされました。それゆえ、本日、平和活動家であられる池田先生に名誉教授の称号を授与することは、私どもの世界の友好と平和を推進しゆく信念の表れでもあるのです。
 1世紀にわたり、わが大学は教育で国の発展に尽くそうと、科学教育をリードし、中国の工学の発展を使命とし、卓越した成果を収めてきました。工学から医学・農学へと発展し、また、自然科学から人文・社会科学へと裾野を広げてまいりました。
 東洋と西洋の思想を融合し、文系と理系の相互交流をはかり、総合的研究型の国際的大学を築いてまいりました。
 これまで本学が送り出した20万人の卒業生は、社会の各界で活躍し、経済、社会の発展、特に鉄道交通事業の推進に重要な貢献をしてまいりました。
 21世紀は、深い人文学的素養を身につけた科学者、科学的精神と視野を持つ人文学者、さらに、社会的責任感をもつ政界のリーダー、そして実業界のエリートを必要としています。新たな時代は、教育理念を変革しつつ、古き良き伝統を守ることが求められています。
 常に新鮮な疑問と探究心をもち、実践を重んじ、新たなる創造に挑む科学的精神をもち、人を育てることを根本とし、徳育に取り組み、高潔な人格と科学技術をともに重視するという大学の教育理念を守らなければなりません。
 大いなる理想を求め、志を忘れず、学問全般を広く究め、革新的なものを追求する姿勢が求められています。
 池田先生に本学の名誉教授の称号を授与させていただくことにより、本学と創価大学との教育交流をさらに推進し、新たなる世紀が高等教育にもたらすチャンスと試練に、ともに手を携えて立ち向かっていくことを願い、私のごあいさつとさせていただきます。
 本日は、大変にありがとうございました(大拍手)。

何副学長の香峯子夫人への授章の辞

香峯子夫人の信念は若き学生の貴重な指針

 尊敬する池田香峯子夫人、尊敬するご臨席の皆様、こんにちは。
 私どもは、先ほど池田大作先生の偉大なる思想ならびにご行動を振り返りつつ、池田先生に対する敬意を表させていただきました。
 ここに、私どもはさらに、長年にわたり、池田先生とともに歩んでこられた池田香峯子夫人に対しましても、同じく敬意を表し、謹んで西南交通大学政治学院を代表し、池田香峯子夫人に本学院の名誉教授の称号を授与させていただきます(大拍手)。
 世界的に著名な女性平和活動家であられる池田香峯子夫人は、美徳を備え、社会に関心を寄せ、より良き社会の建設のために献身なされ、池田先生とともに、世界平和の推進と各国・各地域の文化交流の促進に傑出した貢献を果たしてこられました。
 『香峯子抄』を拝し、私どもは池田香峯子夫人が苦難にあっても楽観的精神で乗り越え、賢明なる家庭を築き、池田先生を真心で支えてこられたことを知りました。
 とりわけ、私どもが深く感銘を受けたのは、香峯子夫人が綴られた池田家の“家訓”であります。すなわち、「人のために、社会のために生きる」「すべての人に誠実に」「信念は、一生涯、貫き通す」「勝つことよりも負けないこと」と。
 まさに、ある研究者が評価しておられる通り、香峯子夫人は「21世紀の現代女性の模範」と呼ぶにふさわしい女性です。
 本学政治学院の重要な使命は、学生の徳育であります。科学技術の目覚ましい発展に伴い、人類は生活条件を改善する力を持つようになりました。
 しかし同時に、科学技術の発展は、人類自らを破滅させるに充分なほど強大な力となり、脅威ともなっております。こうした時代に生きる社会人にとって、道徳的人格が、いやまして必要とされているのです。
 現在、中国はまさに社会の転換期にあり、経済、政治、文化、社会等のさまざまな面で、日増しに開放化が進み、急速な変化が起こり、青年世代の価値観や道徳観も多様化しております。
 こうした背景のもと、青年たちに正しい道徳観を教える教育が強く求められております。香峯子夫人の“人のために生き、誠実に人に接する”という信念は、若き学生の育成のための貴重な指針であると確信いたします。
 私どもは、香峯子夫人に名誉教授にご就任いただき、こうした分野での精神的な交流を促進し、中国の青年の人格の向上に貢献していただけますことを切望しております。
 ここに、改めまして、池田香峯子夫人に対し、心からの敬意と感謝を込めて、私どもの名誉教授の称号を授与させていただきます。
 ありがとうございました(大拍手)。

池田名誉会長のスピーチ

挑戦の青春に勝利の栄冠!
大胆に語れ 勇気で築け 友情と平和の金の橋


「建学の精神」光る西南交通大学
人材育成こそ焦点!
君よ若き諸葛孔明と育ちゆけ


 一、未来部、青年部の皆さん、ご苦労さま。
 勉強している人?〈「ハイ!」と会場から元気な返事が〉
 学校で成績が一番の人?〈「ハイ!」と大勢の人が挙手を〉
 ずいぶん多いね(笑い)。うれしいね。
 親孝行している人?〈「ハイ!」と元気な返事が〉
 中国へ行ったことのある人?〈同〉
 みんな、中国へ行っていただきたい。日本にとって、大切な大恩の国です。
 私は報恩の心で、中国と日本の「友好の道」を開きました。皆さんが後に続いてください。頼むよ!〈同〉

乱世に立つ英雄
 一、「正しい道を思ったなら幸福である」(中林史朗著『諸葛孔明語録』明徳出版社)
 これは、中国の歴史に薫る諸葛孔明の信念でした。
 1800年前の乱世に、大変に苦しい時代に、民の幸せを願って立ち上がった、「三国志」の大英雄であります。
 「三国志」は、読んだことのある人も多いと思います。
 私の恩師も、「青年ならば、諸葛孔明のごとく頭を使え! 智慧を出せ! 民衆のために勝ちまくれ」と遺言のように語りました。
 きょうは、若き創価の諸葛孔明が集まった記念大会、本当におめでとう!
 全員が諸葛孔明になって、一生涯、勝ちまくって、最高の親孝行をしていただきたい!〈「ハイ!」と勢いよく返事が〉
 一、この諸葛孔明ゆかりの天地にそびえ立ち、人民の幸福と繁栄の道を切り開いてこられた尊き名門こそ、西南交通大学であられます。
 ただ今、私と妻は、栄光輝く貴大学から、最高に意義深き名誉教授の称号を賜りました。この栄誉を、私たち夫婦は、何よりもまず、永遠の師匠である戸田城聖先生に捧げさせていただきます。
 西南交通大学の先生方、まことに、まことに、ありがとうございました!(大拍手)
 〈ここで名誉会長が立ち上がって最敬礼した〉
 貴大学は、建学の精神に「人材を立派に育て、光彩をあらわす(竢実揚華《しじつようか》)」と掲げておられます。
 世界が仰ぎ見る中国の大発展も、人材の力で成し遂げられてきました。
 私の信念と焦点も、若き人材の育成にあります。人材を育てる以外に未来の発展はないと確信してきました。

華陽の輝き!
 一、きょうは、わが学生部の英才たちの記念総会でもあります。本当にうれしい!
 大切な大切な高等部と中等部の皆さんも、よく来てくれました。本当にありがとう!
 女子部の「池田華陽会」の皆さんも、いつもいつも、ありがとう!
 実は、貴大学を擁する四川省は、歴史上、「華陽」の国と呼ばれていました。
 華陽会と同じ文字です(大拍手)。
 古来、人材の「華の都」として名高く、太陽のような女性たちの活躍も光ってきました。
 光栄にも、華陽の天地から拝受した本日の栄誉を、妻は、ぜひ、世界192力国・地域の華陽の愛娘たちと分かち合わせていただきたいと祈っておりました。
 華陽会の皆さん、美しき心のスクラムを、今後も永遠に頼むよ!

女性に親切に
 一、きょうは、男性の皆さんに、徹して「女性に親切に」と申し上げたい。
 例えば、会合が終わったら、我先にと帰るのではなく、「どうぞ、どうぞ」と頭を下げて、道をあけてあげるのです。
 男性には広々とした心をもってほしい。女性に対して、威張る男性は最低です。
 本日、お見えになった中国の先生方を模範として、心から女性を尊敬できる人になってください。〈ここで会場の男性が立ち上がって、女性の参加者に最敬礼した〉
 そして、いつも心の中に、「女性を大切にする気持ち」を忘れないでいただきたいのです。
 男性には「親孝行」と「女性尊重」を訴えておきます。
 また女性には、何かあれば、お父さん、お母さんに相談することを提案したい。
 皆さんはまだ経験が少ないのだから、悩みが多くて当然です。
 そんなとき、一人で悩むのではなく、お父さん、お母さんに相談できる人になってもらいたいのです。

「最も丈夫な橋を造るのだ」
橋建設の第一人者
橋の崩落事故から猛勉強を決意
学んだ分だけ人々を救える力に


「勉学の橋」を
 一、さて、大中国が誇る「橋の建設の第一人者」であられる茅《ぼう》以昇《いしょう》先生も、貴大学の誉れの卒業生でありました。
 私も訪中の折、この茅先生が建設された、世界的に有名な武漢長江大橋を渡ったことは、一生涯、忘れ得ぬ思い出となっております。
 さようは、貴大学の気高き伝統に深く学びつつ、「わが青年たちよ、『四つの橋』を懸けよう!」と申し上げたい。
 すなわち──
 第1に「勉学の橋」。
 第2に「親孝行の橋」。
 第3に「友情の橋」。
 そして、第4に「勝利の橋」であります。
 まず、第1に「勉学の橋」であります。
 “橋づくりの大博士”である茅先生は、少年時代、悲しい悔しい出来事に奮起して、猛勉強を開始しました。
 それは、故郷の行事で、たくさんの人が乗ったために橋が崩れ落ちた大事故であります。多くの犠牲者が出ました。
 茅少年は「将来、必ず最も丈夫な橋を造ってみせる」と深く決意していったのであります。
 勉学は自分自身を強く賢くする。努力した分だけ、多くの人々を救える智慧となり、力となります。
 貴大学の校友であった大中国の「鉄道の父」天佑《せんてんゆう》先生が、「鏡を磨けば、明るくなる。鉄も鍛えれば、強くなる」と訴えておられた通りであります。

親に“喜び”を贈れる人に

「親孝行の橋」を
 一、この第1の「勉学の橋」は、そのまま、第2の「親孝行の橋」にも、つながっています。
 今は、家にお金がなかったとしても、朗らかに学ぶことです。
 お金がたくさんあっても、お金の奴隷になってしまう場合もある。
 お金がなくても、いな、ないからこそ勉強できる。私の青年時代もそうでした。
 学ぶことは権利です。義務ではない。自分が得をするのです。
 智慧こそ無量の財宝です。
 「勉強しなさい」「テレビを消しなさい」などと、お母さんに言われるのが、皆さんの日常かもしれない。
 帰ったら、靴を脱ぎ捨て、ドカッと横になる(笑い)。
 いつもそうではなくて、「何でもお手伝いするよ」とか、温かい声をかけてほしい。ご両親を喜ばせてあげていただきたい。
 たまには「今はお金がないけど、いつか必ず、“億万長者”になって、お母さんにあげるから」「そんなお金、持って歩けないわよ」(笑い)などと、希望に満ちた対話を交わしていく。こういう心の広さを持っていただきたい。
 そして、いつの日か、お父さんやお母さんを、中国に、世界に連れて行ってあげてください。
 未来部、学生部の皆さん、親孝行を頼むよ!〈「ハイ!」と決意の声〉

「友情の橋」を
 一、中国は、近くて、深いつながり、大恩のある国です。
 その中国に、帝国主義の日本は威張りちらし、非道な侵略で苦しめ抜いた。
 自国の国民にも犠牲を強いた。私の4人の兄も、中国へ戦争に行かされました。長兄は(最後はビルマで)戦死し、残りの3人も、やつれ果てた姿で帰ってきた。中国から一時、帰国した長兄が“こんなに悪い日本はない”と本心を明かしたことが、今でも忘れられません。
 苦難また苦難の青春だった。戦争だけは、絶対に許してはなりません。
 一、皆さんには、第3に「友情の橋」を築いてもらいたいのです。
 私が敬愛してやまぬ周恩来総理は、語っておられました。
  「自分を閉ざしてはならない。
 幾千幾万の人々の中で交流し、語り、教え、学び、最も広い範囲の人々と団結して共に戦うのだ。それでこそ、勇気があると言える。
 青年は勇気ある生き方を培うのだ」
 青年ならば、大胆に対話に打って出ることだ。そして、立派な指導者になってもらいたい。
 私も幾多の圧迫が渦巻く中、わが師・戸田先生の勇気ある弟子として、中国との友好の橋を結びました。ロシアとも、アメリ力とも、キューバとも、東南アジアとも、ヨーロッパとも、世界中に平和と文化と教育の橋を築きました。
 それが、先生との約束でした。
 師匠は、何かあれば「大作はいるか」と私を呼んで、戦いを任された。どんなに厳しい戦いであれ、私ならやり遂げることを知っておられたからです。
 名もない、貧しい、小さい小さい教団だった創価学会を、世界192力国・地域、1千万の大連帯に築き上げました。
 戸田先生が事業の失敗で苦しまれた時も、「私がやります!」と一人立ち上がり、先生を支え、乗り越えました。
 これが青年の力です。青年には計り知れない力があるのです。

やればできる!
 一、私が中国と「友好の橋」を懸ける時、どれほど非難されたことか。しかし、今、中国と日本の間には「金の橋」が光り輝いています。
 「橋」をつくる力は何か。勇気です。
 いろんな人々と会い、味方にしていくには勇気が必要です。
 親孝行だって、勇気が必要です。
 勇気こそ、すべての源泉なのです。
 私のあとを継ぐ君たちは、自信満々と、勇気凛々と正義を語り、青年の大連帯を拡大していただきたい。
 192力国・地域に同志がいます。世界が君たちを待っています。
 やればできる!
 私と一緒にやろう!〈「ハイ!」と決意の声〉

「勝利の橋」を
 一、第4は「勝利の橋」です。
 昨年の四川大地震の際、貴大学の教員と学生は、勇敢に救援活動に奔走されました。その英知を生かし、5日間も生き埋めになっていた人命を救助した、感動的なニュースもありました。
 貴国から学んだ仏法には、真の指導者とは揺るぎない「橋」の存在であると説かれています。
 皆さんも、怒濤の逆巻く社会にあって、民衆を厳然と護り、幸福へ、幸福へとリードしゆく「勝利の橋」になってください。そのための“第一歩”が親孝行です。
 貴大学の“橋の博士”茅先生は、高らかに述べられました。
 「(人生の旅は)険しいでこぼこ道の方が、平坦な道よりも多く、突如、深い谷があるかと思えば、大波に見舞われることもあった。
 だが、幸いにも、橋を頼りにそれを渡ることができた。その橋は何という名前だったのかと問われれば、私はこう答えるであろう。
 それは『戦い』であったと」
 人生は戦いだ。自分自身のゴールを目指して、戦い、勝つことだ。
 苦しみ悩む人々のため、激動の社会のために真剣に戦う青年ほど強く尊いものはない。
 誰が見ていなくとも、諸天善神は正しく見ています。青春の金の汗が、勝利の「金の橋」に変わるのです。
 今は大変であっても、洋々たる未来を見つめて、周囲の人を励ましながら、大きな心で進んでください。

茅先生
不屈の前進を! 必ず栄光が輝く


最前線に立て
 一、貴大学には「開拓」「創新」の精神がみなぎっております。新しく開拓する、創造する──青春とは挑戦の異名です。
 貴大学を訪問された周総理も、英邁な学生たちに。“世界の最先端の研究を”と温かく励まされました。
 その期待に貴大学は見事に応えました。高温超伝導「リニアモーターカー」による、世界初の有人実験も成功されました。知性の最前線を開かれる、貴大学の雄渾なる大前進を、私たちは心からお祈り申し上げます。
 かつて、ある海外の方が、“日本人には、約束したことを、すぐ忘れてしまう人が多い”と嘆いていたことが胸に残っている。私たちは、生涯、まっすぐに信義の大道を歩み通してまいりたい。
 結びに“橋の博士”茅先生の言葉を皆さんにお贈りしたい。
 「我々には刻苦奮闘の伝統がある。強大な団結力がある。不撓不屈の生命力がある。
 皆が確固たる信念を持って、一致団結し、勇気を奮い立たせて前進すれば、我々は必ず栄えます」と。
 私もまた、わが青年たちに、信念と団結、そして勇気をもって断じて勝ち進め!──こう申し上げ、御礼のスピーチといたします。
 ありがとう!(大拍手)
2009-11-03 : スピーチ・メッセージ等 :
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