スペイン・ローマクラブ「名誉会員証」授与式

スペイン・ローマクラブ「名誉会員証」授与式
                     (2009.4.21 スペイン・マドリード)

 スペインが誇る英知の連帯「スペイン・ローマクラブ」 (イシドロ・ファイネ会長)の名誉会員に、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長が選出された。これは外国人初の栄誉である。首都マドリードで21日(現地時間)に行われた「名誉会員証」の授与式には、同団体の創設者であるリカルド・ディエス=ホフライトネル博士らが出席。名誉会員証の盾が代理の池田博正SGI副会長に託された。式典は、ホフライトネル博士とSGI会長のスペイン語版の対談集『東と西の対話──人間革命を目指して』(邦題『見つめあう西と東』)の出版記念会の意義も込めて開かれ、各界の識者150人が祝福した。

スペイン・ローマクラブ創設者ホフライトネル博士の祝辞

人間よ目覚めよ
すべての人の中に変革の可能性がある
そこに人類貢献 平和建設の力が


 私の師匠であるローマクラブ創立者のアウレリオ・ペッチェイ博士と、池田大作博士による対談集『手遅れにならないうちに』(邦題『二十一世紀への警鐘』)が発刊されて、今年でちょうど25年となります。
 ペッチェイ博士は池田博士を深く信頼し、尊敬すべき偉大な人物であると常々語っていました。池田博士への親愛の情は、ペッチェイ博士の心の奥深くに刻まれていました。
 以来、四半世紀を経て、今度は私が池田博士と、スペイン語版対談集『東と西の対話』を発刊できたことは、言葉に尽くせぬ喜びであり、光栄であります。
 今日、誰もが当然のこととして認識している環境破壊、地球温暖化等の深刻な危機は、ローマクラブが警鐘を鳴らすまでは、決して真剣に論じられることはなかったのです。
 そのような時代に、池田博士がトインビー博士ら世界的識者と対談を重ね、いち早くそれらの諸問題に着目し、行動されていることを知り、驚きを覚えました。博士の数々の著作を読み、出会いを重ねるにつれ、私は、その英知と力量に圧倒されました。
 そして、ペッチェイ博士の後を受けて、この人と、いつの日か対談集を発刊したいと心に決めたのです。
 池田博士との対話は、増大する今日の地球的問題群の克服のため、未来のために、人類の希望の源泉となる精神のルネサンスを、との共通の動機を分かち合って行われたものです。
 宗教や文化的背景の違いは、二人の対話に何の障壁にもなりませんでした。
 それは、平和への行動と連帯のための対話であり、人間と人間、心と心の対話であったからです。
 何よりも私たちは、精神的、倫理的価値こそ至上の価値であり、人間の内なる変革、即ち「人間革命」こそ、人類と自然の調和と共生、すべての変革の根本であるという考えで一致しました。
 私たちは、一個の人間の中に、例外なく変革の可能性があり、そのことに深く目覚めた時に、偉大なる人類貢献の、平和建設への力が生まれるという信念で結ばれています。それは、創価学会とローマクラブが共鳴し合う最大の理由でもあります。
 人間の尊厳も、様々な問題の解決も、知識や情報の蓄積のみによってもたらされるものではありません。
 あらゆる分野の人々が「生命」という、深い次元における自己変革を出発点とし、誠実な対話、智慧、愛、慈悲をもって戦いを開始すべきです。そこにこそ、平和への希望が生まれると訴えたいのです。
 スペイン・ローマクラブの名誉会員に就任された池田博士への賛辞は、自己と他者の幸福のために、精神的価値を求め高める、社会的地位や学歴とも無縁の、一貫して平等な、最も親しい友人たちによる祝福なのです。

池田SGI会長の謝辞(代読)

今こそ「人間革命」への挑戦を
対話で民衆連帯の道を開け


 このたび私は、スペイン・ローマクラブの「名誉会員」就任という栄誉を授かりました。
 その会員証の授与式とともに、リカルド・ディエス=ホフライトネル博士との対談集『東と西の対話』のスペイン語版の発刊を、貴国の知性と良識を代表する方々に祝福していただき、深く感謝申し上げます。
 一、私がホフライトネル博士と初めてお会いしたのは、博士がローマクラブの会長に就任された1991年の6月、フランスのユゴー文学記念館の開館式でありました。
 私たちは対談集を語り残すことを約し合い、書簡や原稿のやりとりを含め、互いに時間をこじ開けるようにして、対談を進めていきました。
 博士は、「地球が病んでいるといっても、根本の問題は、人間自身が病んでいるということです」と喝破されました。
 地球と人類の存続を脅かす複合的な問題群の解決の第一歩として、人間生命の奥深くに潜むエゴイズムの克服に着手しなければならない。すなわち「人間革命」への挑戦から開始しなければならない──これが、当初から、博士と私の共通の認識として一致しており、この対談集の特筆すべき視点でありました。
 それはまさしく、四半世紀前に対談した、ローマクラブ創立者のアウレリオ・ペッチェイ博士と私が、共に到達した結論でもあったのです。
 ペッチェイ博士は述べられました。
 「人類は、これまでに産業革命、科学革命、テクノロジー革命と『三つの革命』を経験してきました。これらは、どれも『人間の外側の革命』でした。……技術は進歩しても、文化的には化石のように進歩が止まっている。そのギャップを埋めるために必要なのは『人間精神のルネサンス』です。『人間自身の革命』です」
 ホフライトネル博士は、このペッチェイ博士の信念を自らの信念とし、そのままに行動される“不二の後継者”として、私の眼前に登場されたのです。
 対談のテーマは、「地球的問題群」「指導者革命とグローバル・ガバナンス」「宗教と精神のルネサンス」等々、多岐にわたりました。
 対談が進むにつれて、私はより一層、博士の言々句々に、人類の未来のために語り、動き、戦い抜かれたペツチェイ博士の崇高なる精神と気迫が、一体となって脈動していることを感じました。
 ホフライトネル博士は、ペッチェイ博士がそうであられたように、人類のために遠い将来までを展望する「長期的ビジョン」と、広範な衆知を結集する「全体観」を持っておられます。
 現実を直視する「勇気」と、信念を実行に移す「行動力」に満ちあふれておられます。
 そしてその根底に、熱い「人間愛」と人類への「責任感」を燃えたぎらせておられます。
 一、博士と私が共有する、もう一つの重要な観点は、「生命の尊厳」という価値観を一切の根底に置いて、そのうえで、経済、技術、文化、社会的価値を共存させるための対話を進めるという点です。
 生命の尊厳に目覚めた民衆の連帯によってこそ、21世紀に真の平和と繁栄を築く道が開かれることを、私は確信しております。
 その意味で、この対談集が、今、世界各地で平和のために、使命の舞台で行動する方々にとって“励まし”と“共戦”のメッセージとなりゆくことを、私は願ってやみません。
 一、それは、2005年秋、対談集が日本語版の単行本として発刊された時のことです。
 ホフライトネル博士は、その単行本を手にされ、立ち上がって、「これで、わが師匠ペッチェイ博士との約束を果たすことができました」と語られました。その光景をうかがい、私は深く感動いたしました。
 民衆のため、社会のため、平和のために、自ら立てた「誓い」を貫き、生き抜く人生ほど、充実した人生はありません。
 その理想を分かち合い、行動をともにする同志を持つことほど幸せなことはないのであります。
 ローマクラブ、さらにスペイン・ローマクラブの皆様には、現代社会に失われがちな心と心の絆、人間と人間の深い信頼がみなぎっております。
 この美しい友情の星座にあって、ホフライトネル博士、そしてスペイン・ローマクラブの皆様は光り輝いておられます。
 ローマクラブ創立以来の、「地球を救え」「人類を救え」との熱き理想の松明は受け継がれ、その炎は赤々と燃え盛っております。
 ローマクラブもSGIも、ともに人類貢献の深い使命感に目覚めた先覚者の思想と行動を手本として、真心と行動をもって、民衆の幸福と社会の繁栄のために、誠実に努力を積み重ねてきました。
 どのような山でも、正しい道を登っていけば、同じ頂上へと到達できるように、私たちの出会いは必然であったといえましょう。
 大乗仏教の精髄である「法華経」は、「自他共の幸福」という願望に人々を目覚めさせます。そして、人間の善性を触発しゆく大乗菩薩の誓願と行動が示されています。
 私は、貴スペイン・ローマクラブより賜った栄誉を、大乗菩薩の精神のままに、平和のために殉じた創価学会初代会長・牧口常三郎先生、そして恩師である第2代会長・戸田城聖先生に捧げたく存じます。
 そして、スペイン・ローマクラブの一員として、本日ご参集いただいた皆様方とともに手を携えて、世界平和への新たなる行動と挑戦を開始していく決意をもって、謝辞に代えさせていただきます。
 誠にありがとうございました。
2009-04-30 : スピーチ・メッセージ等 :
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新時代第28回本部幹部会

5・3「創価学会の日」「創価学会母の日」記念新時代第28回本部幹部会/聖教新聞創刊記念配達員大会/シドニー平和財団「金メダル」授与式
                       (2009.4.22 東京牧口記念会館)

5・3「創価学会の日」「創価学会母の日」を記念する新時代第28回本部幹部会が22日、聖教新聞創刊記念配達員大会の意義を込めて八王子市の東京牧口記念会館で開催され、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長が原田会長、正木理事長、23力国・地域のSGIの代表らとともに出席した。席上、オーストラリアのシドニー平和財団(アラン・キャメロン会長)の「金メダル」がSGI会長に授与された。これには同財団のスチュアート・リース理事長一行が列席。非暴力・人権・教育へのSGI会長の国際貢献を讃えた。 SGI会長は、今こそ、平和への世界市民の声を一段と高めたいと力強く語った。

リース理事長の授章の辞

平和へ希望の前進を
正義とは人間主義の哲学の拡大
詩心こそ我らに共通の友情の基盤


 最初に、皆様から素晴らしい歓待を受けましたことに、心より御礼を申し上げます。
 とりわけ創価学会の皆様、創価学園、創価大学の学生・教職員の皆様にも感謝いたします。
 池田SGI会長もよくご存じの通り、このような温かさ、寛容の精神は、平和への交渉の場で、最も重要な要素であります。
 シドニー平和財団は設立から10年以上になります。これまで希にではありますが、国的に著名な貢献をされた方を顕彰してきました。2000年に、南アフリカ元大統領のネルソン・マンデラ氏が、シドニーを訪問しました。そしてシドニー平和財団を訪れ、「私が、とても快適に感じられるのは、唯一この平和財団だ」と語っておられた。
 その時に、ネルソン・マンデラ元大統領に、平和財団から特別な顕彰を行いました。
 その2年後の2002年に、ダライ・ラマ14世に、金メダルを授与いたしました。
 本日、SGI会長に平和の金メダルを授与させていただきますので、これまで平和財団が顕彰してきた人物の一端を、ご紹介させていただきました。
 私どもの平和財団が、創価大学ならびにSGIと共通すると認識している三つの要素があります。これこそが今回、SGI会長に平和の金メダルを授与させていただく理由となります。
 まず1点目は、非暴力を尊重し、そして非暴力を実践してきたということです。
 そして2点目が普遍的人権、3点目が人類共通の教育という点です。ここには、さまざまな形態の芸術に対して、熱意を持つということも含まれます。
 例えば音楽、陶芸、絵画、舞踊、あるいは偉大な建築もそうですし、素晴らしい詩作もそうです。そして、この詩歌こそが、まさにSGI会長と私の共通の友情の基盤となっているのです。
 ここで、SGI会長の詩歌から、引用させていただきたいと思います。本来であれば、日本語で詩の朗読をさせていただきたいのですが、残念ながら、日本語の力が、私にはありません。次回は日本語で明読いたします(笑い、大拍手)。
 1945年、終戦を迎えた東京に思いを馳せて、SGI会長が記された長編詩。そこには、「哀れな孤独の人々が/巷に右往左往している/時代であった」と詠まれています。
 このような戦後の荒廃の困難のなかでも「正義の人と生き抜け!」と挑戦を促し、すべての人が正義を掲げゆく時代を築くことができるのだと希望を示しておられます。
 SGI会長の詩は、英語よりも日本語で朗読した方がはるかに素晴らしいと思います。
 詩の中でSGI会長は、正義とは「皆 人間として平等である」という人間主義の哲学を広げることだとおっしゃっているのです。
 今、朗読した詩歌の中にこそ、今回、SGI会長に顕彰を捧げる私どもの熱意が込められています。
 それでは、まずはじめに、シドニー平和財団からの証書と決議書を池田SGI会長に差し上げたいと思います。
 続いて、オーストラリアでは男女平等が実践されていることの証しに(笑い)、私の同僚のマリー・ワイボーン執行委員から、平和の金メダルをSGI会長に授与させていただきます(大拍手)。
 その後に、私の大変に近しい同僚でありますシドニー大学「平和・紛争研究センター」のケン・マクナブ代表(シドニー平和財団執行委員)より、シドニー大学の創立150周年を記念する芸術コレクションの図録を贈らせていただきます。
 そして、最後にSGI会長からのスピーチをお願い申し上げ、私のあいさつとさせていただきます(大拍手)。

SGI会長のスピーチ

王者の師子よ勝ちまくれ!

人生に引退なし! 今いる場所でホームランを

 一、きょう出席してくださった、シドニー平和財団のスチュアート・リース理事長は、偉大な平和主義者であり、著名な学者であり、優れた詩人でもあられます。
 そしてまた、皆様もお分かりの通り、とてもユーモアにあふれた素晴らしい人格の持ち主であられます(笑い、大拍手)。
 〈リース理事長は、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長のスピーチの前に登壇。ユーモアを交えで、「授章の辞」を述べた〉
 私がともに対談集を発刊したアメリカのガルブレイス博士(世界的な経済学者)にも、どこか似ていらっしゃる。リース理事長をはじめ、オーストラリア・シドニー平和財団の諸先生方、本日は、ご多忙のなか、大変にありがとうございます(大拍手)。
 一、「戦争の英雄」などではなく、「平和の英雄」にこそ最高の勲章を贈るべきだと言った人がいました。
 私は、リース理事長のような「平和の行動者」こそが、最高に讃えられるべきだと思います。
 その意味で、私たちは、心からの大拍手をもって、平和に尽力される先生方を讃嘆申し上げようではありませんか!(大拍手)

日本一に万歳!
 一、きょうは、まず、わが創価学園、創価大学出身の合唱グループ「bam B Crew(バンビークルー」の日本一、おめでとう!──と申し上げたい(大拍手)。
 〈21日に放送されたテレビ番組「青春アカペラ甲子園 全国ハモネプリーグ7」で同グループが優勝した〉
 私たちは、皆で、君たちを応援していました。創立者として、本当にうれしい! 頑張れ!(大拍手)
 また、花の芸術部の皆さん方、お忙しいところ、ありがとう!
 日本の最優秀の芸術家の誇りで進んでください。
 さらに、わがスポーツ部も、オリンピックをはじめ、世界的な舞台で大活躍する時代に入りました。本当に見事です。
 皆、体を大切に!
 この中には、すでに、現役を退いた人もいるだろうけれど、たとえ選手として「引退」はあっても、人生に「引退」はない。
 今いる場所で、必ず何かで成功し、“ホームラン”を打っていただきたい。頼むよ!
 一、求道の心光る海外の研修もご苦労さま(大拍手)。
 アメリカの皆さん!
 オーストラリアの皆さん! 中米各国の皆さん! 欧州の青年部の皆さん! 香港、フィリピン、インドの皆さん! そして、韓国の皆さん!
 きょうは、海外23力国・地域の同志が、この会場にお見えになりました。ようこそ、ようこそ! 皆さん、ありがとう!
 全員で、「正義と勝利の我らの5月3日、万歳!」、そして「偉大なる詩心の先生方、万歳!」と声高く叫びたい。
 海外の尊い同志の方々には、「皆様方の本家である、ここ東京牧口記念会館に、よくお帰りくださいましたと重ねて感謝申し上げたい。本当にご苦労さまです(大拍手)。

世界一の婦人部に喝采
オーストラリアの詩人
私は母たちの“不屈の魂”を讚える


自然と詩心の国オーストラリア
 一、私は、「桂冠詩人」「世界桂冠詩人」、そして「世界民衆詩人」の称号という三つの栄誉を世界から頂戴しております。
 〈これまで、国際的な詩人団体「世界詩歌協会」のパドマナーバン会長が、「民衆詩人・池田博士の行動によって、人類に友情と愛がもたらされています!」と語るなど、SGI会長の功績に対し、多大な賞讃が寄せられている〉
 豊かな自然と詩心の大国・オーストラリアの文学にも、かねてから注目してきました。
 思えば、いつも私は、恩師の戸田先生から「今、何の本を読んでいるのか」「それなら、その内容を言いなさい」と矢継ぎ早に追及されました。
 ゆえに、読まないではいられなかった。まさに、本を読んで読んで読みまくった青春時代でした。
 皆さんも良書を読んでいってほしい。低俗な雑誌などを読んでいる者は、先生から叱り飛ばされたものです。
 貴国の詩人ジェフリー・ペイジの「不屈の魂」という有名な詩があります。それは“母を讃えた一詩”です。
 「母たちの生きた一日また一日を、一夜また一夜を、私は讃える。来る年も来る年も、『不屈』の二字に彩られた、苦しくも実り豊かな母たちの人生を、私は讃える」という詩であります。
 私は、この詩を読んで胸を熱くしました。心から感動しました。
 一、世界一とも言われる、「平和」と「正義」のスクラムで進みゆく、尊き婦人部の皆様方!
 杉本婦人部長、川原書記長とともに、新しい出発、本当におめでとう!(大拍手)
 婦人部の方は、いらっしゃいますか?〈場内から「ハイ!」と元気な返事が〉
 女子部のように若々しいね(笑い)。
 世界一の婦人部、頼むよ!(大拍手)

大切な宝の無冠の友
“この道”は健康・勝利の大道


平和と文化の旗手に感謝を
 一、さらに、きょうは、大切な宝ともいうべき「無冠の友」──聖教新聞の配達員の皆様方も参加されている。毎日毎朝、本当に、ありがとうございます!
 どうぞ、立ってください。皆で拍手を送ろう!〈無冠の友の代表が立ち上がり、盛大な拍手が寄せられた〉
 学会のリーダーは、この尊き方々を、仏のごとく敬っていくのです。
 いつも、平和と文化の機関紙を届けていただいている。最大に感謝を捧げていくのは、当然のことです。
 使命深き無冠の友の皆さん! どうか、体を大切に。ご家族の方にもよろしくお伝えください。
 私も少年時代、約3年間にわたって新闇達をしました。11歳の時からです。
 もっと眠りたいと思う時もあったけれども、一軒一軒、丁寧に配っていった。
 ある配達先のご夫妻は、いつも私に親切にしてくださった。
 田舎の秋田から之てきたという香ばし乾燥イモを新聞紙に包んで、両手がいっぱいになるほどいただいこともあった。
 「池田君、頑張ってるね!」と温かな声をかけてくださった。私の大切な青春時代の思い出です。
 だからこそ、皆さん方のご苦労は、よくわかっているつもりです。大変でしょうが、どうか、誇り高く進んでください。
 私は、新聞配達をしたおかげで、丈夫になりました。長生きすることができました。多くの社会の変動を察知する力を持ちました。
 広布を担う新聞配達は、健康と社会勉強の道でもある。すべてにわたって、自身を磨き、勝利しゆく道であると確信していただきたい(大拍手)。

友に家族に「ありがとう!」
感謝の心から価値が生まれる


苦楽を共に
 一、感謝の心を表すことは、価値を創造しゆく重要な人間学ともいえましょう。
 本日、お迎え申し上げたシドニー平和財団のリース理事長は、この「感謝」という人間性の真髄の心をもって、一人一人の生命の尊厳と幸福のために、戦い抜いてこられた、高名な指導者なのであります(大拍手)。
 私も、博士のことをよく知る一人であると自負しております。
 偉くなると傲慢になったり、威張ったりする人もおりますが、リース理事長は「感謝の心」を忘れず、大切にしてこられた。
 そのリース理事長が、最も苦楽を共にしてこられたランヒル夫人に対して、最大の感謝の念を抱いておられることを、私は友人として、よく存じ上げております。
 偉大な歴史を刻んでこられた麗しきご夫妻に、もう一回、新しい気持ちで大拍手を送らせていただきましょう(大拍手)。

シドニー平和財団の尊き信念
正義に基づく平和を
シドニー大学出身の法律家
すべての国のすべての人々を幸福にする平和を我々は望む


民衆こそ偉大
 一、ただ今、私か拝受いたしました、荘厳に輝く黄金のメダルには、「正義に基づく平和」という、深遠なる大哲学が厳然と刻まれております。
 シドニー大学に学び「世界人権宣言」の制定などにも尽力した、貴国の法律家であり政治家のエバット博士は、こう述べられた。
 すなわち、「我々が望む平和とは“正義に基づく平和”である。すべての国のすべての人に、充実した幸福な人生を可能にする平和を、我々は望む」と。
 私たちの「立正安国」、そして「世界広宣流布」の大願とも響き合う言葉であると言えましょう。
 真実の「平和」とは、「正義」と一体でなければならない。
 ゆえに、正義を阻み、人々を不幸にする邪悪とは、断固、戦わねばなりません。
 日本には、見栄っ張りや臆病のために、権力の悪と戦えない風潮がある。そう指摘する人もいます。
 社会的に光の当たる指導者が偉いのか──断じて違います。彼らよりも、彼らを支える民衆のほうが、はるかに偉大なのです。
 その民衆が悪を黙認すれば、悪は、ますます増長する。狡猾な悪人に騙されてはならない。許してはならない。
 断じて正義が勝ち抜く──私は、そういう時代を開いてほしいのです。
 不正を糾し、正義が打ち勝ってこそ、晴れ晴れと、人々の幸福を護り、真の平和を実現できる可能性が生まれる。
 我らは戦おう! 師子となって!〈会場から「ハイ!」と勢いよく返事が〉

師子は「負けない生命」の異名
 一、大切なのは、民衆の一人一人が「師子」になることだ。
 君たちが師子となるのです。
 戸田先生も牧口先生も、何度もおっしゃっていたことです。
 「一生、臆病な羊でありたくはない。それより、ただ一日でも勇敢な師子として生きたい」──。
 これは、小児麻痺の治療などに貢献した、貴国の有名な看護師エリザベス・ケニーの毅然たる決心であります。
 シドニー大学の紋章には、悠然と前進しゆく「王者の師子」が描かれている。素晴しい最高学府です。
 私たちも師子として進もう!
 師子は、仏法における「師匠と弟子」に通ずる。
 師匠と弟子が一体の、偉大な「師子」を目指す。これが仏法です。人生の大きな目的であり、「人間革命」です。
 また、女性に対し傲然たる態度をとるは、“畜生”の師子だ。女性を尊重してこそ、わが師に教わった
 ”師子”の姿となるのです。
 弱い立場の人を苦しめたり、いじめたりるのは、最低の人間ある。そういう傲慢とは戦うのです。
 師子とは、「何もも恐れない」生命、そして「絶対に負けい」生命の異名です
 師子とは、勝利者の誇り高き栄冠の象徴なのであります。

語れ!語れ!我らの真価を見せるのは今

師子は吼える! 師子は負けない!
わが友よ 師子奮迅の大生命力を


 一、リース理事長の亡き父上も、気高き「文化の師子」であられた。「芸術の師子」であられました。
 私は、よくうかがっています。
 お客様をお迎えする場合には、その方のことを事前に深く学んでおく──私はそのことを心がけてきました。
 私は世界一の師匠である戸田先生にお仕えしましたすべて戸田先生に訓練していただきました。
 長年にわたって、どんなことでも、一つ一つ細かな点にまで気をつかい、手を尽くしてきました。
 だから、皆さんの顔を見れば、例えば「早く会合が終わってほしいな。ご飯を食べたいな」とか、考えていることが大体わかります(笑い)。

「青年の心」で
 一、きょうは関西の代表が元気に参加している。中部、九州などの代表もいる。〈最高幹部が立ち上がった〉
 皆、頑張ってほしい。年を取って、気持ちまで老けてしまってはいけない。
 いつまでも若々しく「青年の心」で戦うのです。師子のごとく前進するのだ。
 一、リース理事長の父上は、第2次世界大戦で日本軍の魚雷の攻撃を受けて、両手の自由を奪われました。
 日本がかつて戦争で、どれほど非道な行為をしてきたか。どれほど多くの人々を苦しめたか。
 私は日本の傲慢さが大嫌いでした。
 私は、傲慢な人間、ずる賢い人間、人の不幸を喜ぶ人間、健気な庶民を馬鹿にする人間とは、断固として戦ってきました。民衆を見下す権力悪とは、戦い抜いてきました。
 だからこそ、幾多の迫害を受けました。誹謗され、中傷されました。
 しかし、そうした圧迫の中でも、学会をここまで発展させた。偉大な存在にしました。
 これからの時代を担うのは、青年の皆さんです。皆、世界的学者や指導者に育ちゆく尊き方々です。
 皆さんには、素晴らしい日本を築いていってもらいたい。かつての日本の過ちを繰り返させては、絶対にならない。

戦火を越えて
 一、戦争は、あまりにも残酷だ。
 私の家族は立派な家に住んでいました。父が余生を悠々と送るために建てた家です。
 しかし、戦争のために強制疎開で壊されてしまった。今度は、親威がいた馬込に家を建てました。しかし完成して間もなく、焼夷弾の直撃を受けて焼けてしまった。
 終戦を迎えたのは17歳の時です。すべてをめちゃくちゃにされました。
 4人の兄は、皆、兵隊にとられました。長兄はビルマ(現ミャンマーで戦死。ほかの3人は中国から、命からがら帰ってきた。
 父は病気。私も肺病で、明日をも知れぬ身でした。とても学校に通えるような状況ではなかった。
 ともあれ、リース理事長の亡き父上は、憎い戦争のせいで、大好きなピアノも弾けなくなってしまった。
 しかし、ピアノの代わりに、美しい声で朗らかに歌い、地域の友を勇気づけ、励ましていかれました。
 そして、優しく人々に尽くす母上と手を携えながら、素晴らしき社会貢献の勝利者として、師子のごとく堂々と戦っていかれたのです。
 師子は怯まない。
 師子は負けない。
 師子は嘆かない。
 師子は速い。
 師子は吼える。
 師子は走る。
 そして、師子は必ず勝つのであります(大拍手)。

権力悪を許すな! 勇気ある団結で勝ち進め

「俺も師子だ。お前も師子だ」
 一、権威を振りかざす人間にも強いのが、本当の師子です。
 戸田先生が、そうであられた。
 激しき人権闘争の中で、私は「すぐ来てくれ」と呼ばれれば、真夜中でも先生のもとへ駆けつけた。厳愛の薫陶が、私を鍛え上げてくれました。
 強大な軍国主義と戦い、牢獄から出られた先生は、深く体を痛めつけられていた。しかし心は燃えていた。
 苦難の中で、先生は言われました。
 「俺も師子だ。大作、お前も師子だ。
 師子とは、師弟不二だ。師も弟子も、勇猛に勝ちまくるのだ」
 今も、私の頭から離れない、胸から消えない一言です。
 私は、その通りに戦ってきました。そして勝ちました。
 若き皆さんも、師子の心で戦い、すべてに勝利してもらいたい。
 頼むよ!〈「ハイ!」と力強い返事が〉
 一、今、経済の不況は厳しい。
 だからこそ、世界の全同志が、師子奮迅の生命力で、一切を乗り切り、勝ち越えていくのです。皆、師子なのだから!
 私と妻は、一心不乱に、学会の前進を祈りきってきました。朝な夕な、また夜中にも、ずっと一生懸命、祈り続けてきた。
 これも、恩師・戸田先生に、わが同志の皆さんが勝っている姿をご報告したい。そう決意しているからです。
 わが壮年部、そして青年部の戦友たちよ!
 ともに無敵の師子となり、大勝利を勝ち取って、人生を永遠に飾っていってもらいたい。勝ちなさい!〈「ハイ!」と返事が〉

革命をやめるな
 一、男性は、女子部や婦人部に対しては、「紳士」であっていただきたい。絶対に威張ってはならない。
 創価の女性は、本当に偉大だ。広宣流布のために、一番真剣に戦ってくださっている。
 それを軽んじたり、ふざけ半分の態度で接するならば、とんでもないことだ。男性として“下の下”の姿だ。
 レディーファーストが紳士の常識である。それに反するのは、真の学会ではない。
 一、現実の社会には卑劣な人間や、悪意の人間もいる。その中で我らは精神革命の戦いを進めている。
 時には「大変だな」「嫌だな」と思うことがあるかもしれない。
 よくわかります。しかし、戦いをやめてしまってはいけない。
 ぐっと我慢して、苦難を乗り越えていく。そこにこそ、「わが心の勝利」があるのです。これを決して忘れないでいただきたい。

「誤りを正すには誠実に語ること」
 一、学会は師子の団体です。師子なればこそ、叫ぶことです。
 叫ばない師子はいない。師子吼しなければ、もはや師子とは言えない。
 リース理事長と私の共通の友人である、あの人権の師子・マンデラ元大統領(南アフリカ共和国)も述べておられました。
 「中傷の誤りを正す最良の手立ては、自分のしてきたことをただ素直に、誠実に語ること」である、と(東江一紀訳『自由への長い道 ネルソン・マンデラ自伝(下)』日本放送出版協会)
 語りきっていく。虚言を打ち破る。正義を打ち立てるには、それが一番大事だ。
 真実を、生き生きと自信満々に語る人が、本当の英雄である。丈夫である。師子である。
 これをマンデラ氏は教えてくださった。
 頑張ろう!

不可能を可能にした「金」の歴史
 一、女性の幸福、子どもたちの幸福のために立ち上がった、貴国オーストラリアのエディス・コーワンは、大変に有名です。
 88年前、貴国で初めて、女性として議員に立候補して戦いました。
 彼女は勇気をもって、「民衆の声」「女性の声」で道を開き、社会を変えていこうとしたのであります。
 偏見や差別が渦巻く時代にあって、絶対に勝つはずがないと思われた選挙でした。
 そのなかで彼女は、見事に勝ったのです。世間も驚くような勝利でありました。
 創価の新時代を開く女性の皆さんも、よろしく頼みます!
 彼女には、常に心に定めた信念がありました。
 それは「私たちの真の価値を、行動で示そうではないか」というモットーであります。
 皆さんも、一人一人、信念のモットーをもっていただきたい。
 彼女は、粘り強く、執念の行動を貫き通し、「不可能が可能になった」と驚嘆される勝利を打ち立てました。まさに、“まさかが実現”です。その歴史は、今でも賞讃されています。
 努力と苦労を重ねて築き上げた歴史、勝利した歴史、逆境を乗り越えた歴史のみが、消えることのない「金」の輝きを放つものであります。
 きょう拝受した貴財団の「金メダル」に、私は深い意義を感じております。重ねて、心から感謝申し上げます。
 青年部の諸君も、平和のために頑張っていただきたい。偉くなっていただきたい。強くなっていただきたい。〈「ハイ!」と力強い返事が〉

「戦争のない世界」「核兵器のない未来」へ世界市民の声を高めよ

「正義の完勝の旗」高く!
 一、貴国の女性詩人ジュディス・ライトは、声高らかに謳いました。
 「仲良く信頼し合い、共に生き、共に働くことは、深い暗闇の中で、尊き光の価値を示すことになるのです」
 今、人類は再び、力を合わせて、「戦争のない世界」「核兵器のない世界」へ前進しゆく、大きなチャンスを迎えつつあります。
 大事な大事な時代です。平和への流れを逆行させることがないよう、民衆が厳しく監視しなければなりません。
 敬愛するシドニー平和財団の先生方とご一緒に、私たちは、平和を願う世界市民の声を、さらに強く、高めていこうではありませんか(大拍手)。
 皆で、シドニー平和財団の崇高な理念を、世界に宣揚してまいりたい。
 そして、一つまた一つ、勇気ある団結と行動で、「正義の完勝の旗」「正義の大勝利の旗」を掲げながら。皆、健康で朗らかに、勝ち進んでいく青春時代であってください。
 このことを全員で決議して、本日の“シドニー会議”を終了します!
 ありがとう!(大拍手)
2009-04-27 : スピーチ・メッセージ等 :
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河南師範大学「名誉教授」称号授与式

中国 河南師範大学「名誉教授」称号授与式  (2009.4.24 創価大学本部棟)

 中国・河南省の発展を牽引する名門「河南師範大学」(焦留成《しょうりゅうせい》学長)から、創価大学創立者の池田名誉会長に「名誉教授」称号が贈られた。世界平和と日中友好、文化・教育事業への多大な貢献を讃えたもの。授与式は24日、河南師範大学の張亜偉《ちょうあい》校務委員会主任ら大学首脳が出席し、東京・八王子市の創大本部棟で挙行された。山本創大学長に名誉教授の証書が託された。


張校務委員会主任の授与の辞

世界を建設する青年の育成と
中日友好のために共に努力を


 花が咲く、春うららかな日に、私たちは喜んで、美しい創価大学を訪問いたしました。池田大作先生に、河南師範大学の「名誉教授」称号を授与させていただきます(大拍手)。
 まず私は、河南師範大学の2万6000人余の教師、学生一同を代表し、池田先生に真心の敬意を表したいと存じます。ご臨席の創価大学の先生方とご友人の皆様に、温かくご挨拶をさせていただきます。
 池田先生は、中日友好事業の先駆者です。長きにわたり、中日両国人民の友好往来を促進され、中日国交正常化を実現させるために、早くから主張されました。中日両国人民の友好と文化交流のために、大きく貢献してくださいました。
 また新中国の歴代の指導者たちと深厚な友情を結んでおられます。私たちは、池田先生を心から尊敬いたしております(大拍手)。
 池田先生は、世界でも著名な優れた詩人、哲学者、思想家、教育家、社会活動家であり、公明党、創価大学の創立者です。数十年来、たゆみなく文化教育事業と世界平和運動に携わり、著しい成果を収めてこられました。世界平和のために、優れた貢献をされ、世界各国の人民に尊敬されております。
 河南師範大学は1923年に創立された学校です。中華文明の揺藍──黄河流域の、歴史に由緒ある街・新郷《しんごう》市にあります。
 いま本学は、53の専攻があり78の修士課程と4つの博士課程があります。80余年来、本学は知識の伝承、科学の発展、人材の育成、社会への奉仕を任務として、すでに12万人以上の卒業生を育ててまいりました。
 地方の経済・文化・社会の発展と、国家の現代化に積極的に貢献してまいりました。とくに経済改革・対外開放の政策が実行されて以来、本学は、教育の国際化の目標に向けて、積極的に、国外、とりわけアジアの各大学との学術交流を推進しております。国際的視野をもつ人材を育成し、異なる文化背景をもつ各国人民の間の相互理解のために、奉仕しております。
 池田先生を、本学の名誉教授に招聘させていただくことは、わが大学の歴史上の一大盛事であります。本学の教師、学生一同にとって、身にあまる光栄でございます。本学の未来の国際交流のために、新しい基礎となり、私たちの原動力となることでしょう。
 本日、池田先生が自ら創立された創価大学を訪れ、親しみを感じています。私たちは、本日を機会に、創価大学、日本の教育界、社会各界との提携をもっと緊密にし、交流合作を強め、世界の美しい未来を築き上げる青年の人材を育成し、中日友好を促進するために積極的に貢献していきたいと決心しました。
 河南省は、中華文明の発祥地・黄河流域にあります。悠久なる歴史をもち、人文・景観が数多く集まっています。河南省の人民は、もてなしの心をもっています。中華民族の始祖・軒轅黄帝《けんえんこうてい》の故郷、中国史上はじめての仏教寺院・白馬寺、中国の三大石窟の一つ・龍門石窟、天下の名刹・少林寺などは、河南省内にございます。
 私はこの場をお借りして、皆様の河南省のご訪問、観光、交流へとご招待いたします。河南省で再会することを、心から期待しております。
 最後に、中日友好がいつまでも盛んになるよう、お祈りいたします。創価大学のますますのご発展をお祈りいたします。大変にありがとうございました(大拍手)。

池田名誉会長の謝辞(代読)

全体人間として社会に尽くせ!
民衆勝利を若き指導者に託したい


 一、河南──それは、母なる黄河の流れとともに、悠久5000年の歴史を刻んでこられた、中華文明の発祥の天地であります。
 その深遠なる文化と精神性を脈動させながら、大中国の教育界をリードされゆく誉れの貴・河南師範大学より、ただ今、私は最高の栄誉を拝受いたしました。これほどの光栄はございません。
 満腔の敬意と謝意をもって、厚く厚く御礼申し上げます。誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

師に捧ぐ栄誉
 一、今、私の胸には、35年前、貴・河南省で結んだ、忘れ得ぬ友誼の一夜の情景が蘇ってまいります。
 それは1974年の6月、初めて貴国にお招きいただいた折のことでありました。
 西安市から上海市へ飛行機で移動する途次、中継地の悪天候のため、急きょ予定が変更となり、貴・河南省の省都である鄭州市に滞在させていただくことになったのであります。
 突然の訪問にもかかわらず、貴・河南省の先生方は、それはそれは温かく歓待してくださいました。
 青春時代からの憧れであった歴史の大舞台に、思いがけず立ち寄ることができ、そして、新しき友情を結ぶことのできた、あの時の感動と感謝は、今もって胸に熱く刻まれております。
 その懇談の折、古来、河南の大地が、洪水や干ばつ、蝗《いなご》の大群など、幾多の厳しい試練に立ち向かいなだら、中国の大穀倉地帯として文明を育んでこられた不屈の誉れもうかがいました。
 恩師・戸田城聖先生が愛読され、私たち青年に徹底して学ばせた貴国の古典『十八史略』や『水滸伝』 『三国志』も、「中原《ちゅうげん》」すなわち河南を軸に繰り広げられた大絵巻であります。
 なかんずく、巍々堂々たる太行《たいこう》山脈に抱かれた、貴大学の立つ景勝の新郷市は、「古代第一の忠臣」と讃えられる比干《ひかん》が眠る天地でもあります。
 祖国のため、民衆のために、迫害を恐れず、命を賭して、正義を叫び切った、その崇高なる人生の劇は、私どもの信奉する日蓮仏法においても、「賢人」「報恩」の手本として、繰り返し賞讃されております。
 わが恩師も、日本の軍国主義と戦い抜いて獄死した、創価教育の父・牧口常三郎先生と重ね合わせて、私たちに語ってくださっておりました。
 「誠実と素朴を尊び、学問に勤め、団結を重んじ、健全な品格を養う」との学風を誇る貴大学には、比干をはじめ古代の大英雄たちから流れ通う、尊極の知性と正義の魂が脈打っております。
 その意味からも、貴大学から賜った栄誉を、わが先師・恩師も、どれほど喜んでくださることか。私は感慨無量なのであります(大拍手)。

大学教育の真髄
 一、貴大学は、建学より86年、力ある12万余人の俊才、逸材を育成してこられました。
 尊敬申し上げる張亜偉校務委員会主任は、厳然と宣言しておられます。
 「わが大学は、創建以来、民衆に満足していただく大学であることを責務としてきました」と。
 なんと崇高に、大学教育の真髄が示されていることでありましょうか。私は感動しました。いな、感涙いたしました。
 私も、「大学は、大学に行けなかった方々のために尽くすことが責務である」との信念をもって、創価大学を創立したからであります。
 今、世界経済の不況と混沌の波のなかで、真に民衆の依伯依託となり得る人材を、大学が、どのように薫陶していくか。これは、人類全体の重大な課題であります。
 その確かなるビジョンを、張主任のもと、貴大学は明確に掲げておられます。
 昨年、焦留成学長が新入生に贈られた指針も、私は感銘深くうかがいました。
 「自らが考えることを身につけ、『創新精神』を養え」
 そして、「優れた『徳』『智』『体』をもった全体人間として、社会の発展のために尽くせ」と。
 わが創価大学の目標とも完璧に一致しております(大拍手)。

平和友好の偉業を次世代に継承

 一、それは、1958年のきょう、4月24日の出来事であります。
 私たちが敬愛してやまぬ周恩来総理は、貴・河南省に向かわれました。黄河の治水の難事業のために、現場へ足を運ばれ、担当者と真剣な討議を重ねられながら、こう語られたのであります。
 「直面する問題のうち、解決できることは、私たちが解決していこう。しかし、解決できないものは、後世の人々に解決してもらおうではないか。なんと言っても、次の世代は今の世代に勝《まさ》っていくのです」と。
 偉大な事業は、安直に成し得るものではありません。民衆が勝ち栄えゆく時代を建設するためには、世代から世代へ継承しゆく、持続的にして多角的な建設が必要であります。
 ゆえに、周総理は常に青年を信じ、青年を励まし、青年に希望と勇気を贈りながら、未来を託されていたのであります。
 私も、貴国と日本の平和友好を、周総理から直接、託された一人であります。その大事業が、今、陸続と両国の若き指導者たちに受け継がれていることは、私の何よりの誇りであり、喜びであります。

河南師範大学の校歌
青春の松明を灯せ 智慧の宝蔵を開け


 一、貴大学の校歌は、誠に素晴らしい。
 「青春の松明を灯せ 智慧の宝蔵を開け 民族の希望を担って 人生の輝かしいページを綴りゆけ」と。
 本日より、私も誉れある貴大学の同窓とさせていただき、先生方とご一緒に若々しき教育の太陽を、いやまして輝かせゆく決心であります。
 終わりに、滔々たる大黄河の流れのごとく、貴・河南師範大学の限りなき人材の大河が、21世紀の大中国を、そして世界を潤しゆくことを心よりお祈り申し上げ、謝辞とさせていただきます。
 謝謝!(中国語で「ありがとうございました!」)(大拍手)

名誉会長が漢詩を贈る

永遠の友誼の心を託して

伸張正義人為本
厚徳博學止至善
河南師範譽亞太
豐功偉績震中華

〈大意〉人間主義の正義を広く訴え、厚徳、博学にして至善を目指す校訓を持つ。
河南師範大学の名声は、アジア・太平洋地域にまで響きわたり、その偉大なる功績は、全中国に名を轟かせている。
2009-04-25 : スピーチ・メッセージ等 :
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御書と師弟 日蓮が一門

池田名誉会長講義 御書と師弟 (2009.4.22/23付 聖教新聞)

第12/13回 日蓮が一門

立宗の大精神は学会に燦然
遭い難き師と共に戦う栄光


御聖訓
 願わくは我が弟子等《ら》は
 師子王の子となりて
 群狐に笑わるる事なかれ
 過去遠遠劫より已来《このかた》
 日蓮がごとく身命をすてて
 強敵《ごうてき》の科《とが》を顕せ
 師子は値いがたかるべし
      (閻浮提中御書、1589㌻)

 ある時、戸田城聖先生は学生たちに語られました。
 「一緒に仏法の真の探究者になるというのならば、私の本当の弟子になれ! よそから来て聴いているような態度は、実によくない」
 師匠の教えを、まっすぐに実行してこそ真の弟子です。
 御本仏・日蓮大聖人の仏法を、現代に勇敢に実践し、世界に広げゆく仏意仏勅の正義の教団──それが創価学会であります。

末法万年の大法戦
 4月28日は、日蓮大聖人の「立宗の日」です。
 建長5年(1253年)のこの日、大聖人は安房国(現・千葉県)の清澄寺で南無妙法蓮華経と唱え出され、末法万年の一切衆生を救いゆく広宣流布の大法戦を開始されました。
 その時から即座に、諸宗の僧俗や権力者らが怨嫉と迫害の牙を剥いてきたのです。
 大聖人は諸御抄で、御自身とともに戦う弟子たちによる和合を「日蓮が一門」と呼ばれております。
 立宗以来、大聖人の大慈悲と正義の御人格をお慕いする門下が、各地で立ち上がりました。
 妙法を護持した師弟は、四条金吾ら鎌倉の門下、富木常忍ら千葉方面の門下、さらに日興上人に有縁の富士一帯の門下の広がりとなり、遠く佐渡の地にも使命の人材が育っていったのです。
 「一門」とは、師匠のもと、大勢の同志がともに励まし合い、守り合い、信心を根本に戦う広布の大連帯であります。現代的に言えば、妙法流布の「教団」であり「組織」でありましょう。
 今日、創価の師弟によって、192カ国・地域に広がった「日蓮が一門」の大海原を御覧になったならば、大聖人はどれほどお喜びになられることでしょうか。

大聖人門下の精神
 今回、拝読するのは「閻浮提中御書」の一節です。
 「願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ、過去遠遠劫より已来日蓮がごとく身命をすてて強敵の科を顕せ・師子は値いがたかるべし」(御書1589㌻)
 本抄は断簡(部分的に残された文書)であるため、対告衆などの詳細は不明ですが、この御聖訓は、大聖人門下としての根本精神を示されています。
 「師子王」とは仏のことです。大聖人御自身の王者の御境涯を表現されています。
 師匠は「師子王」である。ゆえに弟子たちも「師子王の子」となって戦え! 群れなす狐らなどに、断じて笑われてはならぬ、との御遺誡であります。群れなす狐とは、ずる賢く正法を妬み誹謗し、広宣流布を阻もうとする者たちです。
 人生は戦闘。仕事も戦闘です。大聖人は“仏法は勝負”と言われています。どう勝つか。青年は勝ち抜く力を持たなければいけない。誰にも馬鹿にされない常勝の実力をつけることです。その根本が絶対勝利の信心です。
 戸田先生は言われました。
 「大聖人の一門は師子王の子だ。師子王の子であるならば、鍛えれば鍛えるほど、たくましくなる」
 そのためには、どんな小さな事でも、油断せず、一つ一つ勝ち切っていくことが大事です。
 師子王は「あり(蟻)の子を取らんとするにも(中略)いきを(勢)ひを出す事は・ただをな(同)じき事なり」(同1124㌻)と仰せの通りであります。
 敗北は不幸、勝利は幸福です。途中はどうあれ、最後は断じて勝つことです。
 師子王に続け! 断固勝ち抜け! 邪悪に負けるな! 勝って勝って勝ちまくれ! これが大聖人の御心であられます。
 そして御文の後半では、大聖人の“正義の一門”として歩む弟子たちの生き方を、端的に教えてくださっています。

君よ「師子王の心」たれ
①師弟不二 ②不惜身命 ③破邪顕正 ④報恩感謝


師と共に 師の如く
 その生き方とは──
 第1に、「日蓮がごとく」すなわち「師弟不二」の信心です。大聖人の広宣流布の御闘争に連なり、妙法を唱えに唱え、弘めに弘め抜く姿勢です。
 別の御書でも、大聖人は強調されています。
 「日蓮が弟子と云って法華経を修行せん人人は日蓮が如くにし候へ」(御書989㌻)
 「かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」(同903㌻)
 このほか、「日蓮が弟子等」「我が弟子等」「日蓮が一類」「各各我が弟子」等と、繰り返し門下に呼びかけておられます。
 1人ももれなく、恐れなく師弟不二の大道を歩み抜くように、強く打ち込んでくださっているのです。
 大聖人ほど、御自身の御名を高らかに叫ばれ、「私と共に!」「私の如く!」と弟子たちを高めていかれた薫陶は、古今東西の宗教史にあっても希有ではないでしょうか。
 それは、御自身が矢面に立たれ、三類の敵人による怨嫉と迫害の嵐を一身に受けられるという御覚悟の上から、あえて師子吼された正義の大音声でもあられました。
 そのことによって、弟子たちを、強く賢く鍛え上げ、正義と勝利の人生を飾らせてあげたいとの大慈悲であられたと拝されます。
 譬えて言えば、師は“針”です。弟子は“糸”です。針に続いた糸によって、完全なる総仕上げができるのです。師弟の栄光を、厳然と後世に残しゆくことは、弟子の使命であり、責任なのです。
 師匠と共に! 師匠の如く!
 この一点こそ、広宣流布を成し遂げる根本であります。この「師弟不二」の精神を失えば、正義が勝ち栄えていくことはできない。また、未来への継承も成し得ません。
 師の御構想を、どう実現していくか。常に祈り、求め、思索し、師匠の心をわが心として戦っていく信心こそ、まことの師弟不二であります。

全生命を捧げて!
 第2に、「身命をすてて」つまり「不惜身命」の勇気です。
 正法のために、命も惜しまず戦い抜く決然たる覚悟こそ、真正の弟子の証しです。
 永遠不滅の妙法に生き切れば、わが生命も永遠不滅に輝きわたる。
 大聖人御自身が「死身弘法」「忍難弘通」を貫かれました。師匠とは、常に弟子の模範となって先頭を走ってくださる存在です。
 その師匠に、無我夢中でつき切っていこうと精進するのが、弟子の道であります。
 格好主義ではいけない。たとえ自分が傷を受けても、師匠だけは絶対に傷つけてはならない。自分が難を受けて立ち、師匠を厳護しよう。師匠が命がけで創ってくださった「一門」を栄えさせる礎になろう。この弟子の決定した祈りと行動にこそ、厳粛な師弟の血脈が流れ通うのです。
 逆に、恩知らずに踏みにじったならば、仏法の報いは峻厳です。
 戸田先生は、「広宣流布は一人の青年が命を捨てれば必ずできる」と叫ばれました。ゆえに、私はその「一人の青年」になりました。
 昭和25年の夏8月、戸田先生の会社の業務が停止する危機の中、私は日記に記した。
 「万難 来るとも 恐るること勿れ 地涌の菩薩なれば 汝よ」
 「吹かば吹け 起つならたてよ 荒波よ 汝の力と 吾れと試さん」
 戸田先生ほどの偉大な師匠にお仕えできた私の喜びと誇りは、言葉には尽くせません。私はやりました。それはそれは、全生命・全財産を捧げる思いで尽くし抜きました。自分のことも、わが家のことも、すべてを犠牲にする決心でした。その一念で、今日の世界的な大創価学会とすることができたのです。

世の深層に潜む敵
 第3に、「強敵の科を顕せ」とは「破邪顕正」の闘争です。仏法と民衆の怨敵に対して、敢然と破折する言論闘争です。
 「強敵」とは、本抄では天台密教等を指すと拝されますが、広く大聖人一門を妬み、迫害を企てていた諸宗や権力者ととらえてよいでありましょう。
 大聖人は、「此れをせめずば大日経・法華経の勝劣やぶれなんと存じていのち(命)をまと(的)に・かけてせめ候なり」(御書308㌻)とも仰せです。
 何と甚深の御心でしょうか。当時の宗教界の誤った権威に対して、御自身の御命を“的”に懸けて責め抜かれました。
 そして、世の中の深層に潜んで民衆の心を支配し狂わせていた強敵たちの科(罪悪)を鋭く暴き出され、打ち破っていかれたのです。
 戸田先生は語られました。
 「大事なときに、強敵を打ち倒す歴史を築いていくのだ。そのために、責任ある闘争をしていかなければいけない。邪悪を糾して正義の師匠をお護りすることは、すごい福運がつくんだよ。そこに、次の学会の発展の因が刻まれるのだ」と。
 広宣流布を妨げる、いかなる悪も断じて放置しない。「まぎらはしくば実教より之を責む可し」(同503㌻)とも仰せです。この勇気ある破邪顕正の戦いによってこそ、真実の味方が広がっていくのです。このたゆみなき進歩と前進なくして、立正安国はできません。

不思議なる宿縁
 第4に、「師子は値いがたかるべし」。これは「報恩感謝」への指標と拝されます。
 「師子」とは、すなわち日蓮大聖人の御事にほかなりません。
 何ものにも負けない、何ものをも勝ち越えていく師子王の真髄の境地を、全人類に示してくださったのが大聖人であられます。
 この大聖人の仰せ通りに、創価の父・牧口先生と戸田先生は立ち上がられました。これが我らの師匠です。
 偉大な師匠と同じ時代に生まれ、同じ理想を目指し、同じ祈りで邁進しゆく人生ほど、素晴らしいものはない。ありがたいものはありません。私は、戸田先生にめぐり会い、心からそう感じました。
 師匠との不思議なる宿縁に対する「報恩感謝」は、今もって尽きることはないのであります。
 ──以上の4つが、一閻浮提第一の妙法を広宣流布しゆく「日蓮が一門」の誉れある大精神です。「過去遠遠劫より已来」の我らの正道であります。

民衆の屋根となり
 大聖人は、御自らの身命を賭して、正義の師弟の一門を守りに護り通されました。
 門下に宛てた御手紙の数々には、大聖人の深い慈悲の御心があふれております。
 師匠が、弟子たちの健康・長寿・成長・幸福・勝利を、どれほど深く祈ってくださっているか。1人1人の性格、長所と短所、健康や生活の状態……弟子たちが思っている以上に深く見通されている。そして、すべてを一念に納め、絶対勝利の道を開かせるよう祈り励まし、導いていかれるのです。それこそが仏法の「師の徳」です。
 戸田先生はよく、佐渡流罪の折の大聖人の御心を偲ばれておりました。
 「必ず門下を勝たせなければならない。一人も残らず弟子を幸福にしなければならない」──この炎のように燃え立つ御心であられたと拝察されていたのです。
 師匠の大恩は、弟子たちの想像も及びません。
 「日蓮が一門」には、御本仏の慈悲と正義の大生命が、すみずみにまで漲っている。その和合僧団そのものが、主師親の三徳を具えた御本仏の人法一箇の大生命なのです。
 広宣流布を実現しゆく「日蓮が一門」──その正統中の正統こそが、学会であります。
 この尊極の学会を守り、同志を護るため、私は生命をたたきつける思いで、一心不乱に戦ってまいりました。
 恩師が「戸田の命よりも大事」と言われた学会の組織を、厳護し抜いてきました。一千万の民衆の“屋根”となり“傘”となって、私は創価の大城を守りに護り抜いてきました。
 「師弟不二」の分身として!
 「不惜身命」の闘士として!
 「破邪顕正」の旗手として!
 「報恩感謝」の弟子として!
 今回の「閻浮提中御書」の御金言に寸分も違わず、創価の師弟は日蓮仏法を行じ抜き、世界に広宣流布してきたのです。これからも、我らは「師子王の心」で勝ち進みましょう!

「正義」の30年の大勝利宣言
仏勅の「創価の一門」を護れ


 「正義」──。
 「われ一人正義の旗持つ也」
 昭和54年(1979年)の5月5日。世界に開かれた横浜港を望む神奈川文化会館の一室で、私はこう認《したた》めました。
 当時、東京、神奈川はもとより、関西、四国をはじめ全国各地から幾多の同志が“一目でも”と、横浜の私のもとへ駆けつけてくれました。
 以来30年。私は今、全国そして世界の同志とともに、「正義の大勝利宣言」を高らかに響かせたいのであります。我らは勝ちました。

正義の人への嫉妬
 日蓮大聖人が立宗されてより、「日蓮が一門」の旭日の大興隆を目の当たりにした、鎌倉幕府を中心とする日本社会の反応はどうだったでしょうか。
 法華経は尊い経典だ。かりにそう認めても、大聖人は妬ましい! 当時の諸宗の邪僧らは、こう怨嫉しました。
 法華経最第一という「正義の法」には敵わない。それならば、大聖人という「正義の大師匠」を陰謀によって陥れ、抑え込もう。これが当時の日本の宗教界と幕府権力の結託のどす黒い心理だったのです。
 戸田先生もよく慨嘆されていました。
 「人間は嫉妬で狂う動物だ。歴史上、嫉妬の讒言が、いかに多くの正義の人を苦しめ抜いてきたことか。これが現実だ」
 大聖人は、正法迫害の構図を鋭く見抜かれ、達観されていました。
 ますます大難が競い起こることを覚悟された上で、あえて御自身の名を高々と名乗られながら、「権門をかっぱと破り」(御書502㌻)、「諸宗の人法共に折伏して」(同504㌻)、邪義に染まった日本社会の精神土壌を揺り動かしていかれたのです。

弟子の「聞法下種」
 この大聖人の御名を語り広げることは、そのまま南無妙法蓮華経の大白法を広げる「聞法下種」の拡大となる。師匠の名を叫び切っていくことこそ、弟子の誉れある闘争なのです。
 師匠の烈々たる慈悲の炎にふれて、四条金吾や富木常忍、南条時光をはじめ、求道の血潮に燃える門下たちは「私は日蓮大聖人の弟子である!」と力強く叫びながら、正義の法戦に奮い立っていきました。
 反対に、師匠の名を叫び切れない弱い姿は、弟子としての敗北です。いな、師弟の魂を失った姿です。
 「日蓮が一門」においても、大聖人滅後、臆病にも師匠の名を叫び切れない堕落の弟子たちが正体を現しました。日興上人以外の五老僧は、師匠が亡くなると、たちまちに惰弱な本性をさらけ出した。
 「天台沙門」(天台の弟子)と名乗り、大聖人の御書をすきかえしにして、大事な教えを捨て去っていった。
 「日蓮が一門」の命脈を自ら断ち切り、師弟の道から転落していったのです。
 戸田先生は喝破されました。
 「五老僧も、大聖人が生きておられた時には南無妙法蓮華経を弘めなければならないと思っていたけれども、大聖人滅後においての大圧迫の時には、おっかなくなってしまった。そして『われわれは天台沙門だ』といったのだ」
 その中で、日興上人ただお一人が「日蓮聖人の弟子日興」(武家や公家への申状)と高らかに宣言し、堂々と師匠の正義を訴え抜かれました。そして、師匠に違背した「強敵の科」を猛然と呵責されたのです。
 この日興上人の大闘争こそ、真正の弟子の鑑であります。
 どこまでも師匠を求め抜き、師匠の名を叫び、師匠の真実を訴え抜いていく以外に、仏法正義の命脈を広げゆくことはできない。
 師匠に打ち込んでいただいた折伏精神を失い、世間に迎合して、広宣流布の和合を破壊するような五老僧の末流とは、断固として戦い抜くのです。

「分身」として戦う
 この日蓮大聖人・日興上人の師弟の血脈を、現代にまっすぐ継承し、世界へ広げてきたのが創価3代の師弟であります。
 『創価教育学体系』の初版本の表紙には、題字とともに、牧口常三郎先生の御名前が燦然と輝く金文字で刻印されておりました。これも、発刊の一切を支え抜いた戸田先生の赤誠の発露だったのです。
 獄中で殉教された牧口先生の分身として、戸田先生は「よし、いまにみよ!(牧口)先生が正しいか、正しくないか、証明してやる。もし自分が別名を使ったなら、巌窟王の名を使って、なにか大仕事をして、先生にお返ししよう」と、戦後の焼け野原にただお一人、立ち上がられました。
 牧口先生の御逝去10年を期して、先生の『価値論』を、戸田先生と御一緒に、約50カ国・420を超える世界の大学・学術機関に寄贈していったことも忘れ得ぬ歴史であります。
 戸田先生は「牧口先生の御著作を世界の名著として宣揚していかねばならぬ。これでも読まぬか! これでも学ばぬか! と戦っていくのだよ」と語られていました。

「先生、先生」と叫び
 その戸田先生の事業が蹉跌したとき、学会は最も苦しい厳冬の時代にありました。
 昭和25年(1950年)8月、戸田先生は突然、学会の理事長を辞任された。信用組合の業務停止命令によって、学会と学会員に迷惑をかけられないとの御心からでした。
 私は、戸田先生の多額の負債の返済を一身に背負い、破綻した事業の清算に、一切をなげうって東奔西走しました。真剣勝負以外の何ものでもなかった。
 戸田先生に対して批判・中傷の嵐が吹き荒れるなか、私自身も「今こそ御書を色読する時である」「いよいよ、これで本物の信心ができる」と心から確信しました。
 私の師匠は戸田先生以外におられない。先生をお守りし、創価学会の会長になっていただくことが弟子の道である──。こう決めきって、文字通り、死に物狂いでした。師匠と生死をともにする覚悟でお仕え申し上げたのです。
 昨日まで先生を尊敬するように振る舞っていた者たちが、手のひらを返すように先生を罵倒し去っていきました。「いざという時に、その人間の本当の姿が如実に出る」と先生が言われていた通りでした。
 先生は、「おれには大作しかいなくなったな」とつぶやいておられました。
 この時、私はただ一人「戸田先生、戸田先生」と叫び続けた。師匠の名前を呼ぶ。叫ぶ。それが根本の大事だからです。
 やがて、一人また一人と、真実の同志が私の声に呼応し、「戸田門下生」としての自覚が会内に高まっていきました。その皆の心の高まりによって、昭和26年(1951年)5月3日、戸田先生は晴れて第2代会長に推戴されたのです。
 私は日記に綴りました。
 「先生を護ろう、力の限り。先生を護ろう、吾が生命のある限り。理由は唯一つ、先生を護ることが、大御本尊流布を護ることに通ずるからである」(昭和27年12月18日)
 この真情のままに、私は恩師の分身として、妙法の巌窟王として戦いました。真の師弟不二でした。
 戸田先生は、「お前がいて幸せだった。素晴らしい弟子をもって嬉しい。忘れないよ。おかげで今日がある」と言われていました。
 誰が何と言おうが、学会は師弟の団体です。私は、世界中どこへ行っても、戸田先生、牧口先生のことを誇り高く宣揚してきました。それができない心は、臆病です。卑怯です。忘恩です。

師の名を世界に宣揚した誇り!

師子は勝者の栄冠
 今や、北南米をはじめ世界の随所に、牧口先生、戸田先生の名を冠した通りや橋、公園なども誕生しています。両先生は、平和と人道のために戦った20世紀の偉人として、市民からこよなく尊敬されております。
 これも、私と心を合わせて創価の師弟の大道を晴れやかに歩まれる、敬愛するSGI(創価学会インタナショナル)各国の同志の、光り輝く社会貢献のおかげであります。
 「牧口常三郎」「戸田城聖」という創価の大師匠の名を、全世界に向かって堂々と叫び、人々の心に語り広げてきたことは、私の永遠不滅の誉れであります。
 私は“盾”となり“防波堤”となって、恩師をお護り申し上げました。そして、この60余年間、仏様の連帯である「創価の一門」を厳護し抜いてきました。
 創価の師弟は、あらゆる誹謗・攻撃の矢面に立ち、内外の魔性を抑えながら、功徳と友情と平和の大城を、世界192カ国・地域に広げてきたのです。
 この正義の大闘争と勝利の大実証こそ、「日蓮がごとく」「日蓮が一門」と叫ばれた大聖人の正統の証しであると確信しております。
 「願くは我が弟子等は師子王の子となりて群狐に笑わるる事なかれ」。この御聖訓を、私は我が後継の青年たちに、万感の期待をこめて贈りたい。
 仏法は「師子王の哲学」です。
 牧口先生は師子でした。戸田先生も師子でした。私も師子として戦い、勝ってきました。
 師子は絶対に負けない。小賢しく策を弄して動くのではない。師子とは、堂々たる「勝者の栄冠」なのであります。
 ゆえに若き皆さんも、畏れなく、群狐を打ち破る強力な師子と育ってほしい。
 青年らしく、正義を師子吼していくことです。創価の真実を、命の底から叫んでいくのです。「学会青年部の力を見よ!」と、信仰の偉大さを満天下に示し切っていくのです。
 「一の師子王吼《ほゆ》れば百子力を得て諸々の禽獣皆頭七分にわ(破)る」(御書1316㌻)と仰せの通り、一人が師子吼すれば、善人の励みとなり、悪人は恐れおののくのです。
 とにかく語ることである。「声仏事を為す」(同708㌻)だからです。言論戦です。語った分だけ、言い切った分だけ、叫び抜いた分だけ、仏縁は結ばれ、正義は拡大する。
 戦った人ほど、強く聡明になれる。これが仏法です。
 まず自分自身が変わることです。師弟の正義を叫びに叫べば、その一点からすべてが変わる。日々、自分が変わり、周囲をも変えていくことができる。
 「師子は値いがたかるべし」であります。
 値い難き師子王の師匠と、不思議にも今世で巡り会い、広宣流布という人類救済の大聖業へともに進むことができる。これが、どれほど崇高な人生であることか。この学会とともに歩んでいることは、決して偶然ではありません。
 皆様方は、深い深い使命を帯びて、この娑婆世界に出現された、尊貴にして宿縁深厚なる地涌の菩薩であられます。
 「日蓮が一門は師子の吼るなり」(同1190㌻)
 我らこそ、この御金言を体現した仏意仏勅の一門なのです。

米ガイヤ博士
「SGIの民衆運動に人間主義の開花を見た」


5・3元初の誓願
 戸田先生は語られました。
 「私は、信心には自信がある。不肖な私だけれども、日蓮大聖人様のお使いとして、700年後の今日きたのでありますから、創価学会なんてインチキだ、でたらめだというなら、言わせてやろうではありませんか。どんな結果になるか。断じて負けません」(昭和32年2月、東京・豊島公会堂での本部幹部会)と。
 さあ、若き君たちよ、新しい時代を開こう! 新しい人材を見つけよう! 断固勝って、正義の勝鬨を、天高く轟かせてくれ給え!
 今や、世界の超一級の知性が、我ら「創価の一門」を賞讃されております。米・アイダホ大学のガイヤ博士は、こう讃えてくださっています。
 「個人の善を社会の善へと発展させるためには、指導者の存在が不可欠です。師匠の姿に学び、自身を開き高めゆく民衆の連帯があって、はじめてそれが達成されるのです。
 これを人類が共有する価値観としていかねばなりません。この人類意識を持って私たちは“ヒューマニズム(人間主義)の文化”ともいうべき新たな文化を、未来へ創造していくことが可能となるのです。創価の師弟の交流に、その確かな開花を私は見ました」──。
 まもなく、晴れやかな師弟栄光の「5月3日」。今再び「元初の誓願」を胸に燃え上がらせ、私とともに、新しき勝利の大前進を開始しようではありませんか。

 師子王の
  心と心の
   スクラムは
  三世に悠然
   恐るものなし
2009-04-25 : 御書と師弟 :
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随筆 人間世紀の光 No.187

随筆 人間世紀の光 No.187  (2009.4.21付聖教新聞)

フレッシュマンの輝き

新社会人に贈る指針
①清々しい挨拶を!
②朝に勝とう!
③愚痴をこぼさず前ヘ!


社会の大海原で自己を鍛え抜け!
「信用第一」の誠実王たれ! 人生の勝利者たれ!


 人生の
  勝利の戦士は
     朗らかに
  いかなる障害
    悠々 乗り越え

 アメリカの民衆詩人ホイットマンは、春を詠った。
 「幾億万もの、幾兆万もの待ち受けている芽また芽の群」「ゆっくり追い迫り、着実に前へ進み、果《はて》しもなく現れ出てきて……」
 この春、社会に躍り出た若きフレッシュマン(新社会人)たちも、希望の若葉を広げ、個性豊かな花を爛漫と咲かせゆくことだろう。
 どんな植物も「自然」の法則を離れては育だない。人もまた「社会」の中で成長する。「人間=人の間」というように、人との関わりによって磨かれて、使命を大きく結実させゆくのだ。
 御聖訓には「世間の治世の法を能く能く心へて候を智者とは申すなり」(御書1466㌻)と仰せである。社会を離れて仏法はない。社会を学び究め、社会に貢献し、社会で勝利できる人こそ、真の「智者」なのだ。
        ◇
 晴ればれと
  今日も耐え抜け
   わが人生
  王冠 勝ちとる
    修行と 愉快に

 フレッシュマンの時代は、文字通り「フレッシュ」な生命を発揮して、新鮮な旋風を起こしていく時だ。
 イタリアで発達した壁画技法「フレスコ」も、もとは「フレッシュ」と同義のイタリア語に由来する。
 いわゆる「フレスコ画」は、石灰漆喰の壁が乾かないうちに、つまり、新鮮なうちに、水に溶かした顔料で描いていく画法である。
 壁が乾くとともに顔料が定着し、退色しにくい壁画となる。さらには、年月とともに格調ある味わい深い輝きを放つようになり、永続性をもつ絵画となっていくのである。
 バチカンのシスティナ礼拝堂の天井画は、芸術の獅子ミケランジェロが4年をかけて完成させたフレスコ画であった。渾身の魂の力作は、不朽の光彩を放つ。
 「心は工《たくみ》なる画師《えし》の如し」と、仏法では説かれる。
 心は、偉大な画家の如く、自在に自身の人生を描き切っていくことができる。その心の根っこを、若き日にこそ、鍛え磨いていくのだ。
 まさに“鉄は熱いうちに打て!”である。
        ◇
 「信用があれば前途がある」とは、中国の周恩来総理の人生訓であった。
 現実の社会は、矛盾と葛藤の混沌でありながら、しかも秩序と倫理を保っている。この社会を成り立たせている根幹は、「信用」「信頼」といってよい。
 それは、交わした「約束」を守る、「約束」を一つ一つ誠実に遂行する、その行動でしか築き得ない。
 顧客と約束した期日を守る。上長と約束した業務を適切に処理する。
 自分自身と約束した目標を完遂する──仕事には、すべて「約束」という行為が含まれる。
 たかが5分、たかが紙1枚、たかが数字一つであっても、そこに約束があれば、決しておろそかにできない。これが仕事である。
 戸田先生は「青年の一番の宝は、信頼である」と言われた。嘘つきやインチキは許されなかった。「お前は、キツネになったのか! お前の言うことは、金輪際、信じぬ!」と、怒鳴りつける先生であった。
 「青年は、財産や名誉などなくとも、信用されることが、最大の誇りであり、勝利であると思っていきなさい」と教えてくださった。
 たとえ失敗しても、ごまかしたりはしない。誠意を尽くして対処する。
 そして、反省は反省として、決して気を落とさず、同じ失敗を繰り返さぬように努力して、必ず挽回してみせるのだ。
 「いては困る人」ではなく、「いても、いなくても、よい人」でもない。
 青年は、「いなくてはならない人」へと、自分を価値あらしめていくのだ。
        ◇
 美しき
  王者の信頼
    結びたる
  創価の友の
    晴れの姿よ

 日本、そして世界の未来を担いゆく、若きフレッシュマンに、何点か、具体的なアドバイスを贈りたい。
 それは新しい年度の開始に当たり、先輩も初心に立ち返って一緒に確認し合いたい、社会人の基本でもある。
 その第一は、「清々しい挨拶」である。
 一流の証は、端的に、振る舞いに表れるものだ。
 私かお会いした世界の指導者たちも、皆、挨拶・礼儀という人間的教養が洗練されていた。
 1968年(昭和43年)の9月、私の日中国交正常化の提言を、光明《こうみょう》日報の特派員として即座に北京に打電されたのは、劉徳有《りゅうとくゆう》先生(中国対外文化交流協会・副会長)である。この劉先生も、信義の大指導者・周恩来総理の誠実な振る舞いを偲ばれていた。
 「握手の時は、必ず相手の目を見ておられました」
 「挨拶の仕方も、相手の方の習慣に合わせておられました」
 ともあれ、挨拶は、明快な声で、はっきりと!
 お辞儀は、頭を下げ、腰を曲げて、しっかりと!
 名刺の受け渡しは、先方がこちらの名前を読み取れるよう、きっちりと!
 そして身だしなみは清潔に──新人の時にこそ、確かな作法を身につけたい。
 国際的なマナーも大事だ。それは特別なことではない。相手を敬う気持ちを姿勢として表すこと、言葉に出して明快に伝えていくことだ。
 世界の多くの人びとと交流を結び広げたドイツの大文豪ゲーテも、語っている。
 「最初の挨拶は何千のそれの値うちをもつ、だから、友情こめて応えたまえ、君に挨拶する相手には」
 「人に何かの世話になったら 何でもいいからすぐ礼をすることだ」
 私も若き日より、どんな人と会う時も、礼を尽くし、真心の挨拶を心がけてきた。それは、「仏を敬うが如く」という法華経の真髄の実践でもあるからだ。
 海外の方との会見にあたっても、相手の著作等に目を通すことは当然である。
 さらに、先方の文化や習慣を学んでおくことなど、事前の準備は今もって怠らない。一回一回が真剣勝負である。
 御聖訓には、「小事つもりて大事となる」(同1595㌻)と仰せだ。
        ◇
 東天に
  朝日の昇る
   姿して
  君も香れよ
    幸《さち》の蓮華と

 社会で勝ちゆく起点は 「朝に勝つこと」である。
 もちろん、夜間の仕事の人もいる。要は「一日のスタートを勝つこと」だ。
 戸田先生が厳しく教えられたのも、この点だ。
 「青年は、朝寝坊では負ける。朝が勝負だ。朝の生き生きとした息吹のなかで、活力を沸き立たせていけ! そこに大きな成長がある」
 私も、戸田先生のもと。毎日毎朝、勇んで職場に馳せ参じたことが、懐かしい。
 日本正学館への初出勤は、21歳。1月3日の寒い日、喜びに燃え、朝、誰よりも早く出社した。
 職場に着いて、早速、窓や机を拭いた。
 「わが職場を日本一に!」
 掃除に励むなかで、使命の職場への愛着は、ますます深くなっていった。
 「朝の時刻こそ運命の針が事を決する」とは、ゲーテの『ファウスト』の一節だ。
 尊き「無冠の友」の皆様方が、来る日も来る日も、体現してくださっているように、朝の決意が、一日の勝利につながる。朝の勢いが、社会の開拓となる。
 「月月・日日につよ(強)り給へ」(同1190㌻)の仏法を行ずる我々は、白馬が嘶くように、朗々たる朝の勤行・唱題を響かせながら、今日も勝ち戦の行進を開始するのだ。
 朝の陽光の如く燦々と!
 そして、朝の大気の如く爽やかに!
 朝を大切にする。それは、時間を大切にすることだ。
 スイスの哲人ヒルティは論じた。
 「一分か二分のほんのわずかな時間でも、なにか善い事や有益な事に使うことができるものだ。最も大きな決心や行為をするのでさえ、ごく短い時間しか要しないことが少なくない」
 まったく、その通りだ。
 信心の「一念」とは、限りある時間の中で、生命を凝結させて、最大の価値を創造しゆく力なのである。
        ◇
 辛くとも
  笑顔で叫べや
   人生の
  賢者の君よ
    使命忘れず

 新社会人に贈る、もう一つのエールは「愚痴をこぼさず、前へ前ヘ!」である。
 思い描いた理想と違う職場で、働く友もあろう。人が羨ましく見える時もある。
 しかし、大事なことは、今いる場所で勝つことだ。眼前の仕事を、忍耐強く成し遂げていくことである。
 「偉大な仕事を生み出す根源の力である忍耐」とは、フランスの文豪バルザックの結論であった。
 派遣や契約社員として、働き始めるフレッシュマンもいる。リストラや失業の試練と戦う友もいる。
 思えば、人類の世界観を大転換した、大科学者アインシュタイン博士も、20代の前半、失業が続き、就職活動を何回も失敗した。
 「人間としての真の偉大さにいたる道はひとつしかない。何度もひどい目にあうという試練の道だ」とは、博士の不屈の信念であった。
 苦労知らずで偉くなった青年は不幸だ。真の人生の深さがわからないからだ。
 苦しみ抜いてこそ、本物が育つ。ゆえに、思うようにいかない時も、くさってはならない。上手くいかない時も、自分らしくベストを尽くしていけばここから次の道が開かれる。
 戸田先生も言われた。
 「青年は、いくら踏みつけられても、伸びていくのだ。それが、青年じゃないか」
 誰かに愚痴をこぼしても、何も生まれない。
 題目を唱えて御本尊に悩みを訴えれば、勇気と力が湧いてくる。智慧が光る。諸天善神が厳然と現れる。
 日蓮仏法の真髄は「煩悩即菩提」である。
 その根幹は、祈りである。
 「湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(御書1132㌻)と仰せの通り、祈り抜き、祈り切っていくことだ。
        ◇
 16世紀、中国の哲人指導者であった呂新吾《りょしんご》は、その高潔さのゆえに嫉まれ、疎まれて左遷された。しかし、カラッと語っている。
 「世の中には、どこへ行っても自分の思いどおりになるようなことはないし、また、一日として思いどおりになるような時もない。
 そういうなかにあって、こちらが大きい度量をもって対処すれば、なにかとプラスになる」
 すべてが勉強だ。
 どんなことも、自分の成長の力に変えてみせる! そう肚を決めた青年は、無敵である。いかに意地悪な人間も、その誇り高さ魂だけは、絶対に侵すことはできないのだ。
 この中国の賢人・呂新吾は「仕事の四つの要諦」を留め残した。すなわち──
 「一、好機と見たら、断固決断することが望まれる。弱気になってはならない。
 一、辛抱すべきときには、あくまで我慢に徹することが望まれる。腰くだけになってはならない。
 一、ものごとの処理は、思慮深く沈着であることが望まれる。浅はかであってはならない。
 一、変化への対応は、機敏であることが望まれる。手遅れになってはならない」──。
 400年以上の歳月を越えて、現代にも通ずる大事なポイントだ。
 そして、こうした勝利の鉄則も、すべて御聖訓に示された「法華経の兵法」に包含されていることを、大確信していくことだ。
        ◇
 新しき
  君の職場で
    勝利せむ
  晴れの人生
   師弟は不二かと

 わが創価学会は、荒れ狂う時代の怒濤に、雄々しく立ち向かって創立された。
 学会創立の1930年(昭和5年)は、前年の10月、アメリカのウォール街の株価の大暴落を契機とした、世界恐慌の渦中であった。
 先師・牧口常三郎先生は、民衆が苦悩する動乱の世だからこそ、「創価教育」の旗を打ち立てて、「子どもたちの幸福」の道を開きゆくことを願われたのだ。
 実は、この時、戸田先生の「時習学館」も、大恐慌の影響下で、厳しい試練に直面していた。さらにまた、設立まもない戸田先生の出販社・城文堂も、深刻な資金難に陥っていたのである。
 しかし戸田先生は、牧口先生の真情を知ると、むしろ師を励ますように、笑顔で申し上げた。
 「先生、やりましょう! 偉大な先生の学説を、今こそ、書物として発刊しましょう! 私の持てる財産も、全部、捧げます。裸一貫で北海道から出てきた私です。失うものなど、何もありません」
 そして、自らの事業の苦境も奮然と打開しながら、編集のみならず、資金面でも全面的に責任を担われ、
 『創価教育学体系』を出版していかれたのである。
 この弟子としての奮闘の歴史を、師は無上の誉れと、私に語ってくださった。
 「俺も大作と同じだよ」
 1949年(昭和24年)、緊縮財政政策「ドッジ・ライン」が実施された。
 インフレには歯止めがかけられたが、非情な「金融引き締め(貸し渋り)」によって、中小企業の倒産が続出した。
 戸田先生が経営され、その師にお仕えして、私が働く日本正学館も、不況の直撃を受けた。出版は一切、休刊である。
 加えて、状況打開のために、着手された「信用組合」も経営が悪化し、当局から、業務停止命令を出される最悪の事態となった。
 翌年夏のことである。
 その絶体絶命の危機の中で、私は、ただ一人、命を賭けて、戸田先生をお護りし抜いた。師子奮迅の戦いで、事業の苦境を打開していった。
 烈風も、秋霜も、吹雪も、すべてを乗り越え、あの晴れわたる先生の第5代会長就任の5月3日を迎えたのである。
 「師弟不二なれば、何事も成就す」──この究極の勝利の劇を、永遠に刻み残してきたのが、創価の3代の師弟である。
 そして、この魂を、今、わが社会部、わが専門部の同志をはじめ、あらゆる職場、あらゆる仕事の現場で、創価の英雄たちが受け継いでくれている。なんと頼もしい晴れ姿か!

その道の達人に!
 社会部で生き生きと活躍する、創価同窓の女性から、嬉しい便りをいただいたことがある。
 世界規模の事業展開をしているメーカーに入社した。最初は、遣り手のベテラン社員にまじって会議に出ても、聞いたこともない専門用語が飛び交い、呆然とするばかり。悪戦苦闘の毎日が続いた。
 しかし、創価の「負けじ魂」で発奮した。毎朝5時に起きて、唱題そして猛勉強を重ねた。朝は一番乗りで出社し、職場の雰囲気を盛り上げていった。
 そして入社2年目にして、実に、年間2億円という全国トップの営業成績を収めたのである。
 その仕事ぶりをじっと見ていた上司は、「あなたはいつも元気で、前向きで、周りの人を幸せにしてくれる。だから、創価学会は善だと思う」と語り、自ら希望して学会へ入会された。
 信心を根本に、師弟の結合を力として、多くの友が、荒波を勝ち越え、社会に厳たる実証を示してくれている。
 誉れの共戦の盟友に、健康あれ! 栄光あれ!
 私は、妻と夫婦して祈り続ける日々だ。
 「鉄鋼王」と謳われたアメリカの実業家カーネギーは、青年を励まして語った。
 いかなる道であれ、「その道の達人になろう」と決めることだ、と。
 自分のいる場所で、プロになれ! 一流と輝け!
 若き新社会人の皆さんは、未来の「達人」を目指して、今日も明日も、フレッシュな息吹で、走り進むことだ。
 私は待っている。君たち、あなたたちが、人生と社会の「勝利の達人」と飛翔しゆく、その時を!
 それが、私と皆さんとの「約束」だ!
 頑張れ、創価のフレッシュマンだちよ!

 君もまた
  尊き創価の
     勇者なば
  誠実一路で
    この世かざれや

 ホイットマンは『対訳ホイットマン詩集』木島始編(岩波書店)。周恩来は『周恩来選集㊤』森下修一編訳(中国経済研究所)。ゲーテは順に「西東詩集」 (『ゲーテ全集2』所収)生野幸吉訳(潮出版社)、「格言風に」(『ゲーテ全集1』所収)内藤道雄訳(潮出版社)、『ファウスト』相良守峯訳(岩波書店)。ヒルティは『眠られぬ夜のために』草間平作・大和邦太郎訳(岩波書店)。バルザックは「田舎医者」 (『バルザック全集4』所収)新庄嘉章・平岡篤頼訳(東京創元社)。アインシュタインは『アインシュタインは語る』林一訳(大月書店)。呂新吾は『呻吟語』守屋洋編訳(徳間書店)。カーネギーは『鉄鋼王カーネギー自伝』坂西志保訳(角川書店)。
2009-04-21 : 随筆 人間世紀の光 :
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全国代表協議会

全国代表協議会でのスピーチ    (2009.4.14 創価文化会館)

正義と勝利の名指導者に
道を開け 師弟を貫け 慈愛で包め

大文豪「人には いつも励ましが必要です」

 一、全国代表協議会の開催、ご苦労さまです(大拍手)。
 新しき太陽が昇るがごとく、我らは、満々たる生命力で、日に日に新たに前進してまいりたい。

自らを磨け!
 一、リーダーの話に気取りはいらない。
 事務的なことばかりであったり、味気ない話では、皆の心に響かない。
 また必要以上に大声を出したり、怒鳴ったりするのは、時代遅れの指導者である。
 学会員は人柄がいいから、どんな話でも、皆、拍手をしてくれるかもしれない。
 しかし、それで、いい気になっていては、幹部の成長はない。
 幹部は、しっかりと勉強し、広布の最前線で戦って、同志と心を結んでいくのだ。
 そうした努力を真剣に重ねたうえで、あとは、“真実の自分の心を友に語っていこう”と思っていけばいいのである。
 気取らず、真心と勇気をもって!
 皆を包み込む、慈愛と温かさをもって!
 ある時は情熱的に。
 ある時は心静かに。
 聞く人の胸に、すーっと染み入るように。
 ともあれ、学会ほど話をする機会が多いところもないだろう。
 だからこそ、絶えず自らを磨き、高めて、「きょうは清々しい話を聞けたな」といわれるような聡明な指導をお願いしたい。
 そこに学会が一段と発展しゆくかどうかの鍵があるからだ。

行動の中にこそ師弟の魂は光る
 一、「師弟」を語ることは大切だ。
 そのうえで、大事なのは、「師匠の教えを守り、実践する」ことである。
 「師弟」という言葉を単なる掛け声にしてはならない。
 また、師匠の近くにいるから師弟不二であるというのも間違いである。
 師弟は“距離”ではない。師匠の教えを実行する人が真実の弟子なのである。
 戸田先生は厳然と語られた。
 「牧口先生といえば戸田、戸田といえば牧口先生といわれた。師弟不二の仲であった」
 「師匠の教えを素直に守り、素直に実行することだ。そして、自身の生活のうえに、師匠の教えを顕現しなければならない」と。
 一人一人の日々の生活のなかに、誓願の「祈り」と「行動」が光っているかどうか。
 私は、いつも恩師を心の中心に置いて生きてきた。
 我々の生命に真実の師弟が脈動していなければ、学会は衰退していくしか道はない。
 だからこそ「断じて師弟に生き抜け!」と叫びたいのだ。
 戸田先生は指導された。
 「地涌の菩薩である一人一人が祈り抜き、邪悪を打ち破っていくことだ。この大乱戦の日々が今の広宣流布の姿なのである」
 広宣流布に戦う、わが同志こそ地涌の菩薩である。
 その正義の大行進の先頭に立つのが皆さん方である。
 いかなる状況にあっても、敢然と勝利の活路を開きゆく、名指揮のリーダーであっていただきたい。

平和は女性の力で拡大
婦人部・女子部に尊敬と賞讃を


女性に最敬礼!
 一、男性は、どんなことがあっても、婦人部・女子部を叱ってはいけない。
 たとえば、本人の信心の成長のために、指導や注意が必要なことはあるだろう。
 しかし、感情的に叱るとか、威張るのは間違いである。
 また、女性を叱るような幹部を、周囲は許してはならない。
 婦人部・女子部の皆さん方が懸命に広布に尽力してくださることを、仮にも、当たり前などと思ったら、とんでもないことだ。常に賞讃していくのだ。尊敬していくのだ。
 そして、もしも、何か足りない点があれば・男性が代わりに努力していくのだ。それでこそ男である。
 婦人部・女子部の尊き奮闘に、より一層、感謝できる「美しき心の創価学会」になっていこう!(大拍手)
 一、ドイツの大文豪ゲーテは、「勇気」と題した詩のなかで、こう歌った。
 「最も大胆な先達の手で/路の開かれて居ない所は/汝みづから それをひらけ」(三浦吉兵衛訳『ゲーテ全集第1巻 詩集』大東出版社。現代表記に改めた)
 広宣流布の指導者ならば、死にものぐるいで道を開くことだ。
 私は戸田先生の弟子となり、先生に命懸けでお仕えした。
 お金もなかった。批判ばかりであった。
 その苦闘の日々は、皆さんには想像もつかないだろう。
 先生亡き後も、正義ゆえの難を一身に受けながら、ただ恩師の構想の実現のために戦った。そして、恩師を世界に知らしめてきた。
 真剣でなければ、道は開けない。新しい歴史をつくるのは、必死の一人である。
 皆さんは、決然と一人立つ勇者であっていただきたいのだ。
 一、今月の20日、聖教新聞は創刊58周年を迎える。
 写真も文字も、一段と鮮やかで見やすく、読みやすい紙面に生まれ変わった。
 戸田先生は、「(広宣流布の)使命完遂のために聖教新聞は働くのである」「聖教新聞が、どれほどすごい新聞か、認識させ、理解させていくんだよ」と訴えておられた。
 「会員第一」の信念をもち、広布の機関紙として、さらなる正義の前進を期待したい。

アフリカの友も意気軒高!
 一、私と妻のもとには、日本中、世界中の健気な同志からの報告が、間断なく届く。
 先日、西アフリカのシエラレオネ共和国からも、意気軒高なメンバーのアルバムをいただいた。
 シエラレオネは、わが北海道とほぼ同じ面積と人口の国で、国の名前は「獅子の山」という意味である。
 10年以上にわたる内戦に苦しんだシエラレオネでも、創価の友が「自身の宿命転換を通して、家庭、地域、国家の宿命転換を!」と、行学の二道に励んでいる。本当にすごいことだ。
 また、創価同窓の女性リーダーも元気に活躍している。世界中で、創価同窓生、そして池田華陽会の友が、平和と文化の推進力となってくれている。本当にありがとう!(大拍手)

栃木の天地で
 一、栃木・日光総県の婦人部長からは、広大な山間部で活躍する同志の報告が届いた。
 それは、福島県との県境に位置する、川治《かわじ》地区である。
 同地区の所属する川治支部は、東京23区が入ってしまう広さ。地区の家々を一回りすると、ゆうに100㌔を超える。冬は深い雪に包まれる。聖教新聞の購読料も、郵送費がかかる分、高くなる。
 この川治地区では、地区部長、地区婦人部長のご夫妻を中心に、一軒また一軒と対話を重ねながら、聖教新聞の購読世帯を大きく拡大。3月も、目覚ましい友人への購読を達成されたのである(大拍手)。
 その陰では本部新聞長が、「共に勝って、池田先生へ勝利の報告を」との思いで、激励に次ぐ激励を、真剣に続けてくださったとうかがっている。
 これまでも私は、さまざまな報告に対して、即座に応え、一人一人に細かく激励の手を差し伸べてきた。
 文豪ゲーテは、「ひとにはいつもはげましが必要なのです」(ビーダーマン編・菊池栄一訳『ゲーテ対話録Ⅱ』白水社)と述べている。ゲーテ自身も、小さなことでもほめ讃え、元気づけ、励ます名人だったといわれる。
 あまりにも健気な、尊き同志の奮闘を、広布のリーダーであるならば、ゆめゆめ忘れてはならない。
 「大変な環境のなかで、これほどまでに!」と皆が感嘆せずにはいられない、偉大な歴史を開いている友が、たくさんおられる。
 日本と世界の、そうした友の勇姿を、私は、これまで以上に宣揚し、大きく光を当てて差し上げたい。いまだ知られていない、師弟の勝利の物語が、無数にある。

油断を排せ!
 一、戸田先生はおっしゃった。
 「こっちには信心があるからといって、手をこまねいていると、そこに油断がおきるのだ。戦いには必ず相手があるのだから、慎重に万全の対策を立てなければならない」と。
 どんな小さな報告にも、私はすべて手を打ってきた。真夜中に及ぶことも、たびたびである。
 懸命な報告を見逃す指導者は、卑怯であり、無慈悲である。私は絶対に見逃さなかった。きちっと対応した。御聖訓に「億劫の辛労」(御書790㌻)と仰せの通り、祈りに祈り、全身全霊を捧げてきた。
 ゆえに今日の学会ができあがった。世界に広がる、創価の連帯が築かれたのである。
 これまで私は微塵も悔いを残さず、学会に尽くし抜いてきた。この真実を、御本尊の前で明確に申し上げておきたい(大拍手)。

嵐の昭和54年5月3日
神奈川文化会館で揮毫
共戦の弟子よ立ち上がれ!
「生涯にわたり われ広布を 不動の心で」


 一、ゲーテは語った。
 「何度もひどくののしられたものだ。これは、最も高貴な行為をした時が一番ひどかった。しかし、私は人々の叫び声などには少しも気をかけなかった」(ビーダーマン編・国松孝二訳『ゲーテ対話録Ⅲ』白水社)
 ゲーテの偉大な境涯が偲ばれる言葉だ。
 今から30年前の昭和54年(1979年)5月3日──。
 私は、八王子の創価大学で“会長辞任の本部総会”を終えた後、学会本部へは戻らずに、そのまま神奈川文化会館へと向かった。
 当時、学会は隆々たる発展を遂げていた。いわば“絶頂期”であり、これからが本当の総仕上げという大事な時期であった。
 その時に、非道な迫害の嵐の中で、第3代会長を辞めざるを得なくなったのである。
 〈この日、読売新聞の朝刊に、日米の国民の意識調査の結果が掲載されていた。そこには、日本人が「最も尊敬する」日本人の名前が載っており、第6位に池田名誉会長の名前が挙げられていた。
 1位から順に吉田茂、野口英世、二宮尊徳、福沢諭吉、昭和天皇、その次が名誉会長であった〉
 私が第3代会長を辞任した背景には、学会の発展を妬み、私を陥れんとする宗門や反逆者たちの醜い謀略があった。
 ゲーテは「多くのひとは、私欲で落伍をする」(前掲『ゲーテ話録Ⅱ』)と述べたが、卑劣な反逆者の姿は、まさにこの言葉通りであった。
 本気になって学会のため、正義のために戦う人間はいないのか。真実の味方はいないのか──。
 あまりにも情けない無残な姿であった。本当に、人間の心ほど恐ろしいものはない。
 思えば、その少し前の4月24日、私が会長辞任を発表し、信濃町の自宅に戻ると、妻がいつもと変わらぬ様子で迎えてくれた。
 「本当にご苦労さまでした。健康でよかったです。
 これでまた、大勢の同志に会えますね」
 そう言って、微笑んでくれた。今でも忘れ得ぬ一コマである。

真実の歴史を
 一、私は、会長として指揮を執ることはできなくなった。
 しかし私は、牧口先生、そして戸田先生が命を懸けてつくられた学会だけは絶対に守らねばならないと、深く決意をしていた。私とともに戦ってくださった、多くの真実の同志を守り抜こうと心に決めていた。
 少しでも長生きをして、もう一度、本当の学会をつくり、未来に残すのだ。その思いで立ち上がり、ここまで頑張ってきた。
 あの会長辞任から30年。私が陰で、友のため、世界の広宣流布のために、どれほど心を砕き、手を尽くしてきたか。学会をここまで発展させるのに、どれほど壮絶な戦いをしてきたか。
 皆さんには、真実の歴史を知っておいてもらいたいのだ。
 私の心を知り、私と同じ心で、戦ってもらいたいのだ。

世界が舞台だ
 一、八王子での本部総会の後、なぜ、私か神奈川へ向かったのか。
 神奈川には、世界につながる海があるからだ。もう一度、世界を舞台に戦うのだ!──これが私の決心であった。神奈川の友も、変わらぬ心で迎えてくれた。
 神奈川文化会館に着いた5月3日の夜、私は筆を執った。その時の揮毫を30年を経て、ここで披露したい。
 それは「共戦」という二字である。脇書には次のように記した。
 「五十四年
    五月三日夜
 生涯にわたり
  われ広布を
   不動の心にて
     決意あり
 真実の同志あるを
    信じつつ
       合掌」
 真実の同志──それは、私と心一つに、広宣流布へ戦う皆様方である。
 これまで、どれほど多くの忘恩の輩が出たことか。
 私は戸田先生を守りに守った。先生亡き後は、先生のご家族にも最大に心を尽くした。一切を犠牲にして、妻とともに弟子の道を貫いた。
 師匠が罵られ、中傷されても何の反論もできない。戦えない。そんな情けない弟子であってはならない。
 その思いで生き抜いてきた。
 未来に生きる皆さんは、私との「共戦」の人生を歩み抜いてほしい。頼むよ!〈参加者から「ハイ!」との力強い返事〉

常に積極的に! 常に新しく!
自分自身を建設せよ


勇気と誠実で同志に希望を
 一、戸田先生は指導しておられた。
 「中心者がしっかりせよ!
 なんといっても、まず責任を持つ自分自身が、どう戦うか。
 それが何よりも大切だということを、自覚しなければならない」
 どんな戦いも、中心者で決まる。
 リーダーは、皆を激励するにしても、真実の勇気が光る話をしなければならない。表面だけ飾ったような、つくったような話では、友の心を動かすことはできない。
 またゲーテは、こう訴えていた。
 「人間、つねに積極的にふるまわなければならない、つねに新しく建築し、他人をおとしめることにかかずらってはならない」(同)
 どこまでも明るく、前へ、前へと進む。新たな建設へ挑みゆく。
 皆様は、勇気と誠実の振る舞いで、多くの人々に希望を贈る存在であっていただきたい(大拍手)。

生き生きと! 世界の知性が味方だ
戸田先生
恐れるな!青年よ団結せよ


 一、法華経は、数々の胸打つドラマに彩られている。
 その一つに「化城宝処の譬え」がある。
 ──宝のある場所(宝処)を目指して、険しい遠路を隊商が進む。途中で人々は疲れ果て、「もう進めない」と言う。しかし、引き返せば、これまでの苦労が無駄になる。
 導師は神通力によって城(都市)をつくり、「あの城に入れば安穏になれる」と励ます。歓喜した人々は、前進して城に入る。
 十分に休息をとったことを確認した導師は、その城を消し去る。そして、城は幻であり、真の目標である宝処は近いと説く──
 こういうあらすじである。

「嫉妬」「虚偽」の“堤婆達多”と戦え
増上慢を破って創価は前進


共に宝処へ!
 一、この譬えについて、御義口伝では、次のように教えられている。
 「南無妙法蓮華経と唱える日蓮の一門は、一同に『皆、共に宝処に至る』のである。この『共』の一字は、日蓮と『共』に進む時は必ず宝処に至る。『共』に進まないならば阿鼻大城(無間地獄)に堕ちるということである」(御書734㌻、通解)
 わが師と共に──この一念で、広宣流布へ進む人は、すでに胸中で勝っているのだ。
 仏法は厳しい。
 大難が襲いかかってきた時に、師匠の恩を忘れ、裏切るならば、峻厳な報いを受ける。
 反対に、広布の師弟共戦は、晴れ晴れとした、永遠の幸福勝利の道なのである。
 戸田先生は厳しく言われていた。
 「師匠の戦いに後れをとるようでは、大聖人の仏法の真髄はわからないぞ!」
 「師匠を師匠として認識できないような、失敗の人生にだけはなるな!」
 この恩師の叫びを、未来を担うリーダーは、深く魂に刻みつけていただきたい。
 一、真の信仰者には“難こそ誉れ”である。
 仏法は、いかなる宿命をも転換できる、幸福の大法である。生命を根底から変革する力がある。民衆のための仏法である。
 ゆえに、人々を意のままに操り、欲望を恣にしようとする「権力の魔性」からは、激しい反発を受ける。
 正義の人が立てば、それを妬む邪悪な人間が出る。御書に「仏と提婆とは身と影とのごとし」(230㌻)と仰せの通り、釈尊の時代には悪逆の提婆達多がいた。
 麗しい和合を壊し、尊き仏子を苦しめ、五逆罪を犯した。最後は無間地獄に堕ちた。
 提婆達多は、教団の実力者であった。釈尊の声望を妬み、追い落とそうと、陰謀をめぐらしたのである。
 広宣流布を阻む最大の仏敵は、教団の外ではなく、中に現れる。邪宗門と結託した反逆者も、そうであった。
 日蓮大聖人は、提婆達多は「虚言」「虚誑罪」「大妄語」であると指弾され、「妬む心が深く」(御書1349㌻、通解)、「名聞名利が深い」(同1348㌻、通解)と喝破されている。
 広布を破壊する、提婆のごとき増上慢の人間とは、断じて永遠に戦い抜くのだ。
 イギリスの哲学者、J・S・ミルは「だれが責任をとるのかを、だれも知らないときには、責任は存在しない」(水田洋訳『代議制統治論』岩波文庫)と論じている。
 万事において、責任を明確にして前進していくことだ。
 誰かがやるだろう。何とかなるだろう──そんな無責任で、臆病な人間になってはならない。
 民衆がいじめられ、正義が踏みにじられているのに、何も言わない。叫ばない──そんな卑怯な人間に、絶対になってはならない。

すべてを恩師に
 一、私は先日(10日)、全同志の皆様を代表して、中央アジア・キルギス共和国のイシク・クル国立大学から「名誉教授」の称号を拝受した(大拍手)。〈世界からの名誉学術称号は253。決定通知を含めると、274になる〉
 戸田先生はよく、「わが愛弟子には世界的英雄になってもらいたい」と言われた。
 ありがたい師匠であった。
 私自身は、「私への栄誉は、すべて戸田先生への栄誉」との心で、あらゆる顕彰をお受けしてきた。
 戸田先生という偉大な指導者を、日本中、世界中の人々に認めさせたい。最高最大に宣揚したい。それが私の誓いであり、人生であった。
 体が弱く、無冠の青年であった私が、日本のため、世界のため、そして広布のため、学会のために、命を削って働いてきた。
 疲労困憊の日もあった。満身創痍の時もあった。働いて働き抜いて、今日を迎えた。
 同志の皆様の深き祈りのおかけで、私は、ますます健康である(大拍手)。
 一、学会は今、世界が注目し、讃嘆する偉大な教団となった。
 〈たとえば、名誉会長の名誉学術称号が250に達したことに対し、次のような祝福の声が寄せられている。
 「全世界の満場一致の賞讃」(ローマクラブのホフライトネル名誉会長)
 「進歩を続ける全人類にとっての慶事」(ウクライナ・キエフ国立貿易経済大学のマザラキ総長)
 「世界中の『庶民』と会ってこられたそのご尽力が形になったもの」(アメリカ・モアハウス大学キング国際チャペルのカーター所長)
 「三つの柱(=平和・文化・教育運動)が世界的な大潮流となったことへの世界からの賞讃と感謝の証し」(お茶の水女子大学の遠山益《すすむ》名誉教授)
 「池田会長は、『流芳百世』(百代の後まで伝わる名声)であると確信します」(韓国・昌原《チャンウォン》大学の李寿陽《イスオ》前総長)
 「地球は、会長のまぶしき光の中で、感動にうち震えています」(インド文化国際アカデミーのロケッシュ・チャンドラ理事長)〉
 この創価の運動の大隆盛を、当たり前と思ってはならない。
 広宣流布は、難事中の難事である。簡単な戦いなど一つもない。
 人類初の宇宙飛行士ガガーリンが「人間は障害との戦いの中で、その真価が問われる」と述べている通りだ。
 厳しい戦いに立ち向かい、一つ一つ勝ち抜いてきたからこそ、学会は偉大な栄光を築いてきた。これからも、方程式は同じである。

「私は幸せだ」
 一、私がどれほど師匠を大事にし、弟子を大事にし、学会を大事にし、大聖人の仏法を世界に広げてきたか。
 青春時代からの言語に尽くせぬ闘争は、そばにいた妻が、一番よく知っている。
 師匠に「大作、立ち上がってくれ」と言われれば、即座に戦いを起こした。あらゆる難局を切り開き、学会を大前進させてきた。
 そういう私に、先生は、毎朝のように「戸田大学」をき、万般の学問を、自ら授てくださった。
 偉大な先生であった。怖い先生であった。先生が怒る時は、天地がひっくり返るほのすさまじさであった。
 その先生が、亡くなる間際、私にこう言ってくださった。
 「いい弟子を持って、俺は満足だ。本当に幸せだ。大作、ありがとう」
 これが、美しく尊き創価の師弟の世界なのである。
 戸田先生の言葉を、青年に贈りたい。
 「青年は嵐のごとく団結せよ! そして、一つの目的に対して、嵐のごとく拍手の応援をせよ! 広宣流布の勝利は、この青年の力に期待をかける以外にない」

本物よ出でよ!
 一、遠大な広布の未来を展望する時、本当の勝負は、いよいよこれからである。
 私は戸田先生の弟子として、「不二の心」で生きてきた。何があろうと、平気である。
 誓いを貫き、同志を護り、正義を打ち立てる「師弟不二の弟子」がいるかどうか。一切は、それで決まる。
 ドイツの大詩人ゲーテは謳った。
 「若き日々を大切に活用しなさい。早く賢明になれるよう学んでいきなさい」「君は、上に向かって登るのか、下に向かって沈むかだ。強大な勢力を得て勝利するか、服従して敗北するかだ。苦しみ悩むか、凱歌をあげるかだ」
 仏法は勝負だ。仏と魔の闘争である。勝つか負けるか、どちらかしかない。
 ゆえに青年は、心を磨き、頭を鍛え、勝ち抜く力をつけるのだ。
 「本物の弟子よ、出でよ!」
 こう私は声を大にして叫びたい。
 頼むよ!〈「ハイ!」と力強い返事が〉
 一、誰が上とか下とかではない。皆が同じ責任感に立ち、戦う心を燃やして、広宣流布へ前進する。だから学会は強い。それが、戸田先生以来の伝統である。
 劇作家としても知られるゲーテは、ある時、劇の出演者にこう呼びかけた。
 「どんな小さな役だって重要なんだよ」「厳密な意味でのわき役なんてものはない。どんな役も、ある一個の全体にとって、なくてはならない部分だ」(ビーダーマン編・菊池栄一訳『ゲーテ対話録Ⅱ』白水社)
 全員が、広宣流布の勝利の劇の「主役」の誇りに燃えて戦おう!(大拍手)

文豪トーマス・マン
最後に勝利が確定するまで油断は禁物


正義を満天下に
 一、民衆の前進を阻もうとする権力の圧迫に対して、私は敢然と立ち向かい、すべてに打ち勝ってきた。
 不当逮捕された「大阪事件」は、無罪で全面勝利。
 判決の前、担当の弁護士は、まったくの無実と知りながら、敗北を覚悟するよう言い出すありさまであった。
 しかし私は、「断じて無罪を勝ち取ってみせます!」と言い切った。法廷で、検察側の巧妙な主張も、次々と打ち破っていった。
 そして判決の日、昭和37年の1月25日。
 裁判長は「無罪」を宣言したのである。
 その後、公判を担当した一人の検察官が「これで、当然です」と語りかけてきたことも忘れがたい。
 この裁判の行方を、恩師・戸田先生は最後まで心配されていた。
 関西婦入部をはじめ多くの同志が祈り続けてくれた。
 あの勝利の日──先生は、すでに逝去されていた。報告を聞かれたら、どれほどお喜びくださったことか。
 ともあれ、我らの正義と真実は、司法の場においても、厳然と立証されてきた。
 戸田先生は言われた。
 「仏法のうえから論じ、国法のうえから論じ、世法のうえから論じて、堂々たる行動を行うのだから、創価学会は、なにびとたりとも恐れない会である」
 この確信でいこう!
 創立80周年へ、連戦連勝で進もう!
 ファシズムに反対したドイツの文豪トーマス・マンは「最後に勝利が確定するまで油断は禁物です」(森川俊夫ほか訳『トーマス・マン 日記 1944-1946』紀伊國屋書店)と叫んだ。
 油断は大敵である。慢心を許してはいけない。特に幹部は心していかねばならない。策や要領ではなく、真実の仏法に生きるのだ。
 今こそ、万代に崩れざる創価城を、晴れ晴れと築いてまいりたい(大拍手)。
 一、ゲーテは『ファウスト』に、次のように記している。
 「功労と幸福とは一つにつながる」(相良守峯訳『ファウスト』岩波文庫)
 仏法に通じる、味わい深い言葉である。
 広宣流布の労苦──特に陰の努力と功績にこそ、不滅の福徳が光る。
 戸田先生は婦人部に強く言われた。
 「信心を貫いていけば、功徳は厳然と現れる。その功徳とは、中途半端なものではないよ。目に見える絶大な功徳なのだ」
 戦後間もないころ、戸田先生は事業に失敗され、莫大な借金を抱えられた。
 私は、ただ一人、すべてをなげうって、先生をお護りした。
 給料は何力月も遅配。真冬でもオーバーもなかった。靴が買えず、足駄《あしだ》(高下駄)を履いたこともある。
 「カランコロン」と音を鳴らして歩いていると、かつて勤めていた会社の上司と、ばったり出くわした。
 昔はよく、雨の日、道が悪いので、足駄を履いたものだ。しかし、その日は晴れていた(笑い)。
 「池田君、きょうは天気なのに、何で足駄を履いているの?」
 私は朗らかに、「背が高くなるよう足駄を……」と答えた(大笑い)。
 その上司が、「池田君は、必ず将来、偉くなるよ」と期待を寄せてくださったことも、懐かしい。
 思い出深き、わが青春の一ページである。
 私の人生は、恩師に捧げた人生である。
 恩師ありて、今の自分がある。本当に幸せだ。
 この師弟の道を、まっすぐに走り抜いてきたゆえに、すべての労苦は今、世界一の栄誉となって、満開の桜のごとく花開いている。

ゲーテ
「功労」と「幸福」は一つにつながる
広布の労苦は大功徳に


宝は自分の中に
 一、ゲーテは、こうも綴っている。
 「私の中には、高貴な宝が豊富にある。それは、人のためになる宝なのです」
 この宝を引き出す究極の力が、「信心」であり、「師弟」なのである。
 さらに、私か青春時代から好きだったゲーテの言葉を贈りたい。
 「生きているあいだは、いきいきとしていなさい」(手塚富雄著『いきいきと生きよ──ゲーテに学ぶ』講談社現代新書)
 いい言葉だ。簡単なようで深い哲学が込められている。
 いくら健康であっても、何の目標もなく、張り合いもない。挑戦もなければ、喜びもない。ただ漫然と、むなしい日々を送るだけ。そんな“生ける屍”になってはいけない。
 「生き生きと」進むのだ!
 たとえ病気になっても、心は生き生きと!──絶対に負けてはいけない。戦う心まで病魔に食い破られてはならない。
 勝っても負けても、生き生きと!──人生の勝敗は途中では決まらない。最後に勝つ人が、真の勝利者なのである。

強く! 強く! 折伏精神で!
 一、広宣流布の戦《いくさ》は断じて勝つことだ。
 勝ってこそ正義である。自身のため、一家のため、わが愛する地域のために、勝ちまくっていただきたい。
 戸田先生は呼びかけられた。
 「しっかりと信心で立ち上がることだ。
 いかなる戦いも、折伏精神を大いに盛り上げて断じて勝つことだ」
 「引っ込み思案は大きな欠点である。
 強く強く前に出なさい!」
 折伏精神で、強き信心で進もう!
 きょうは長時間、ご苦労さま!
 ありがとう!
 どうか風邪をひかれませんように。皆、元気で活躍していただきたい。
 勝利の名指揮を頼みます!(大拍手)
2009-04-19 : スピーチ・メッセージ等 :
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福建農林大学名誉教授称号授与式

中国 福建農林大学「名誉教授」称号授与式
         (2009.4.17 創価大学本部棟)

 中国の福建省の省都・福州市にある名門「福建農林大学」(鄭伝芳《ていでんほう》・校務委員会主任、鄭金貴《ていきんき》学長)から、創価大学創立者の池田名誉会長に「名誉教授」の称号が贈られた。これは、日中友好と世界平和への貢献を讃えたもの。授与式は17日、福建農林大学の翁善波《おうぜんは》副学長らが出席し、東京・八王子市の創大本部棟で開催された。

翁副学長の授与の辞

池田先生の中日友好の偉業を中国人民は永遠に忘れない!

 草花が香り始める春4月、万物が躍動し始める希望の季節に、私どもは、福建農林大学4万人の教職員・学生の友好の心を携えて、池田大作先生に対する本学の名誉教授の称号を授与するため、美しき創価大学を訪れることができました。
 感激の心抑えがたく、私は、福建農林大学の鄭伝芳・校務委員会主任、および鄭金貴学長の代理として、池田先生に対し、崇高なる敬意と感謝とともに、衷心より祝福を申し上げるものです。
 池田先生は、世界的な詩人であり、哲学者、思想家、教育者、社会活動家、創価大学の創立者であられます。半世紀にわたり、文化・教育活動、そして世界平和のために寄与され、人類の平和と進歩、文化教育交流卓越したご貢献をされました。先生は、一員して中国と中国人民に深い理解を示され、中国人民の古き友人として、中国を数多く訪問されました。
 また池田先生は、中日友好のために奔走され、周恩来総理など中国の4世代にわたる指導者と深き友情を育まれ、中日友好の平和の使者として仰がれ、中国人民から深く尊敬されています。
 池田先生が、中日両国人民の友好のために果たされた貢献を、中国人民は永遠に忘れません。
 福建農林大学は、1936年に創立され、農林学を主体としながらも、工学、経済学、理学、経営学、文学、法学など多くの学部を有している福建省の重点大学であり、中国教育部が認定した学部教育が最も優れている優秀大学でもあります。
 本学は、風光明媚な福建省の省都である福州市に位置し、キャンパスの広さは233・64㌶あり、博士課程の専門学科は45課程、修士課程の専門学科は78課程、学部の専門学科は66課程あり、様々な形態の学生を含めて学生総数4万人、教職員は2400人にのぼります。
 創立から73年、「明徳、誠智、博学、創新」の校訓のもと、建学の特色を明確にし、高水準の学問的成果を収め、経済発展と社会の進歩に寄与しながら、8万人の優秀な人材を輩出してきました。
 池田先生を福建農林大学の名誉教授に招聘したことは、本学の4万人の教職員および学生、8万人の同窓の友の、池田先生の高尚な人格に対する尊敬の思いのみならず、私どもの中日友好、そして平和の信念に対する決心の表れでもあります。
 私どもは、これを契機に、池田先生とともに、創価大学と深き友好関係を結んでゆきたいと念願しております。そして、中国と日本の大学間交流のために、そして中日両国人民の友好往来のために尽力してまいりたいと思います。
 中国には“親友に遠い近いは関係ない。千里は、なお近隣のようなものだ”との故事があります。
 海に面した福建は中国の南東地域に位置し、「孔子・孟子の故郷のような文化が繁栄している場所」と言われ、人々は飾らない純朴な人柄を持ち、風光明媚な山水の風景を有しております。
 本日、私は、この機会をお借りし、また本学を代表し、皆様方に本学、そして福建省に来ていただきたく、招請申し上げます。
 本学のキャンパスは、優れた景観を有しており、73年の歴史が醸し出す豊かな気風が脈打っております。人々を楽しませる気風、豊かな文化、優れた民俗、繁栄した社会を有する福建は、皆様に美しい印象を与えるでしょう。
 結びに、皆様方の心温まる歓迎に心から感謝甲し上げるとともに、池田先生のご健康、創価大学のますますのご発展を心よりお祈り申し上げます。そして、中日の友好が末永く続いてゆくことを念願し、私の授与の辞とさせていただきます(大拍手)。

池田名誉会長の謝辞

共生の世紀へ 英知と情熱の開拓を

福州の木・榕樹は厳しき土地に大樹と育つ
生命の無限の創造性を開け
福建農林大学の校歌 困難を畏れず山の頂に直立す

 一、本日は、わが憧れの「海のシルクロード」の起点・福州より、光り輝く平和と友情の善なる金波を携えられた、英邁なる先生方をお迎えすることができ、これほどの喜びはございません。
 今、私は、「五つの品格」を壮麗に詠い上げられた貴・福建農林大学の校歌を胸に轟かせながら、貴校の73年の歴史に思いを馳せております。

 蜜蜂の勤勉に学びて
 書物の花叢《かそう》(群れ咲く花)にて採集に勤《いそ》しむ。
 かの黄牛《こうぎゅう》の開拓の耕耘(農作)に学びて
 知識の領域にて勇敢に新機軸を打ち出す。
 小さき草の無私の奉献に学びて
 キャンパスを青春の馨しさで満たす。

 駿馬の栄光を勝ち取らむとするに学びて
 人生の戦いの途《みち》を奮い立ちて前進す。
 かの青き松の頑強さに学びて
 大地に根ざし、風霜を懼《おそ》れず、困難と危険を畏れず、誇らかに山の頂に直立す。

 ここには、なんと敬虔な、自然との共生の心が光っていることでありましょうか。
 また、なんと誠実な、真理の探究の情熱があふれ、そして、なんと尊貴な、正義の行動の勇気が漲っていることでありましょうか。
 この理想の品格を体した逸材の壮大なる林立を築き上げてこられた貴大学の伝統に、私は最大の敬意を表するものであります。
 その一員に連なる誉れ高き使命と重大な責任を命に刻みつつ、私は、栄えある貴大学の名誉教授の称号を謹んで拝受させていただきます。
 先生方、誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

命を育む聖業
 一、6世紀に編纂された世界最大の農業の古典たる『斉民《せいみん》要術』などには、「食は民の本、民は国の本」(西山武一、熊代幸雄訳『斉民要術』上、農業総合研究所)と論及されております。
 一切の根本は、民衆です。ゆえに、民衆を尊敬し、貢献していく力ある人材を育成しゆく人間教育こそ、社会を繁栄させる大地であります。
 その最先端の模範を示されているのが、まさしく貴大学なのであります(大拍手)。
 とともに、古来、「食は命」であります。「食」を育む農林業が、どれほど重要であるか。この生命を育み、支えゆく人類普遍の聖業を、貴大学は、その名に冠しておられます。
 かねてより、21世紀を「生命の世紀」「環境の世紀」そして「農林業ルネサンスの世紀」と展望してきた私たちにとって、貴大学との連帯は、誠に深い意義を持っているのであります。
 歴史を振り返れば、農林業においても、貴国は日本の計り知れない大恩の国です。改めて申し上げるまでもなく、貴国の農の恩恵を、日本は幾重にも受けてまいりました。稲作も、そして、お茶も、そうであります。
 福建は、茶の栽培で千年以上の歴史を誇り、貴大学の天地・福州は、中国三大茶市として繁栄してきました。近年、日本でも多くの人々に愛飲されているウーロン茶は、福建が原産地であることは、あまりにも有名であります。

農業を大切にする社会は発展
 一、昨年、東京でお迎えした折にも話題となりましたが、胡錦濤国家主席は「調和社会」の建設を掲げられ、「生態文明」を志向されております。
 特に、「農業」「農村」そして「農民」という「三農」を最重要のテーマとして、前進の指揮を執られていることも、よく存じ上げております。
 私自身、1960年、創価学会の第3代会長に就任してより、一貫して祈り続けてきたことは、日本においても、世界においても「飢饉がないように! 豊作であるように!」という一点です。
 さらに「農業を大切にしない社会は、生命を粗末にする野蛮な社会となり、すべての面で行き詰まる」との信念を、トインビー博士をはじめ、世界の識者と強く深く語り合ってまいりました。
 1974年の国連の会議を機に、いわゆる「世界食糧銀行」すなわち「世界の食糧安全保障、食糧配分機構の体制の確立」等の提言も重ねてまいりましまいりました。「食糧の安全保障」こそ、「平和と人間の安全保障」の根幹だからであります。
 昨年の「北海道・洞爺湖サミット」でも、このテーマが語り合われ、具体的な一歩が踏み出されたことを、私は強い期待を込めて見つめていた一人です。
 今日、胡国家主席の指導のもと、貴大学は、長年、民族紛争に苦しんできたアフリカのルワンダ共和国に対しても、貴重な農業支援を行い、その柱となっておられます。
 そこにも私は、貴大学を希望の港として、新たな「生命尊厳のシルクロード」が開かれゆく光彩を感じてならないのであります。

調和のモデル

 一、貴・福州は、「榕城《ようじょう》」つまり「榕樹《ようじゅ》(ガジュマル)の天地」と呼ばれてきました。すでに宋代の張伯玉《ちょうはくぎょく》先生によって「榕樹」の植樹が進められてきた足跡も、よく知られるところであります。
 そして現代においては、貴大学が緑化運動の先頭に立たれております。鄭伝芳主任が標榜されるように、貴大学のキャンパスが、「四季折々に到る所で花が咲き、その花の香に鳥が囀り、その果実が香を漂わせる」という人間と自然の調和のモデルを見事に示されていることに、世界の教育界も注目しています。
 貴・福州の木「榕樹」は、いかなる風雨にも耐え抜き、やせた土地でも、たくましく根を張って大樹と育ちゆく木であります。
 仏典では、この「榕樹」が小さな小さな種から、大きな大きな巨木に育ちゆく姿を通して、生命の不可思議な力を教えております。
 いかに険しい試練の時代にあっても、一人一人の青年の生命には、大宇宙をも包みゆく無限の可能性が秘められているのであります。
 教育とは、その「成長する力」を信じ、「苦難を勝ち越えゆく創造の力」を引き出す挑戦でありましょう。
 そしてまた教育とは、貴国の思想書 『淮南子《えなんじ》』に「天地宇宙は一人《いちにん》の身なり」(楠山春樹著『新釈漢文大系54』明治書院)とある通り、一人の人間と大自然・大宇宙が分かち難く結び合っている、大いなる生命の連関に目覚めていくことではないでしょうか。ここにこそ、人類の万古長青の発展の活路が、前途洋々と開かれゆくことを、私は確信してやみません(大拍手)。
 一、私と妻が忘れ得ぬ出会いを刻んだ中国文学の母・謝冰心先生は、福州のご出身であられました。
 私の胸には、滞日中、謝先生が、私たちの文化講演会で語ってくださった信念の呼びかけが蘇ってまいります。それは、“進む道は困難な曲がりくねったものであれ、未来は明るいと考えて前進しよう”との人生観です。

人材の花よ薫れ
 一、19世紀に活躍した、福州生まれの大英雄・林則徐《りんそくじょ》先生が、自らの書斎に掲げていた座右の銘が、私は青春時代から好きでした。
 それは「海は百川を納め、容るること有るは、すなわち大なり」という名句であります。誠に、スケールの大きな福州スピリットと言えましょう。
 私も本日より、名誉ある貴大学の一員として、さらに広々と大海原のような心で人材を育て、一段と世界に友好交流を結びながら、教育と農林業の勝利の大航路を、切り開いていく決心です。
 終わりに、諸先生方のますますの万事如意のご健勝を、深く祈念申し上げます。
 そして明後年に、栄光の創立75周年を迎えられる貴大学に、いやまして千紫万紅の人材の花が咲き薫りゆくことを、心からお祈り申し上げ、私の謝辞とさせていただきます。
 謝謝!(中国語で「ありがとうございました!」)(大拍手)

名誉会長 福建農林大学に漢詩を贈る

福田牛耕芳草
建家築園伴青松
農忙恰似蜂採蜜
林無靜樹馬如風

〈大意〉
 福田(仏典に説かれる福徳を生ずる田)では牛が耕し、芳しい草が青々と茂り、
 民は家を建て、庭を造り、青松の樹を植える。
 農繁期の忙しさは、蜜蜂が舞い飛ぶ姿にも似て、
 林では、駿馬が駆け抜けるたびに木々が風に揺れる。

漢詩の各行の頭の文字をつなぐと「福建農林」となる。詩には同大学の校歌の歌詞が織り込まれている。
2009-04-19 : スピーチ・メッセージ等 :
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天文学と仏法を語る

天文学と仏法を語る
  第三文明社 2009.5.3刊 ¥1500(税込)

対談者 ロナウド・モウラン

はじめに    池田大作

第1章 大宇宙との語らい
 1 ロマンの天空を仰いで
  輝ける金星の如く
  星々を友として
  父母の恩、社会の恩
  詩人が捉えた宇宙のロマン
  星の等級
 2 詩心の天文学──宇宙と人間の共鳴
  ハレー彗星の思い出
  母のギター、父の哲学
  ロマン豊かな「星の文化」
  「外なる大宇宙」と「内なる小宇宙」
 3 南十字星の輝き
  ブラジル最高峰の勲章に南十字星
  新しい星を生み出す「暗黒星雲」
  星の宝石箱、星のシャワー
  宇宙は「生命の海」
  天文学が哲学的・宗教的思索を触発
 
第2章 地球環境と宇宙の探求
 1 天文学と国際協力
  シリウスの輝きとプレアデス星団
  人間の可能性を開く天文学
  世界観の転換──天動説から地動説へ
  宇宙探究の国際協力が拡大
  「人間の安全保障」から「地球生命の安全保障」へ
 2 宇宙時代の地球に生きる
  ゲーテとシラーの天体観測
  天文学が可能にした鄭和とエンリケ王子の大航海
  ホイル博士の「銀河図書館」のアイデア
  宇宙から見た地球的環境汚染
 3 「地球観革命」「生命観革命」を
  水をもたらす「ミニ彗星」の発見
  「生命の起源」の探求に「智慧の眼」を
  多様性の尊重が発展をもたらす
  「宇宙の一員」として創造への行動を
 4 アマゾンの魅力とは
  生命の宝庫アマゾン
  アマゾン自然環境保護センターの取り組み
  アマゾンの天空の輝き
  「月」と「睡蓮」の伝説
  インディオの文化は英知の結晶

第3章 宇宙の不可思議に迫る
 1 宇宙に「水の惑星」はあるのか
  地球型惑星を探す試み
  惑星探査機によるタイタン観測
  木星に生命が存在する可能性
  「環境」と「生命」は一体不二の存在
  挑戦の心と勇気が環境を変える
 2 超新星と大宇宙のドラマ
  1054年の超新星爆発
  星が発する電波の発見
  超新星の爆発が重い元素を生む
  宇宙を見よ、人間を知れ
 3 宇宙は今、どこまでわかっているのか
  深い洞察がもたらす宇宙観の発展
  「グレート・ウォール」と「ボイド」から成る宇宙の“大規模構造”
  アインシュタイン博士の「宇宙項」
  「ビッグバン理論」の確立と「ダークマター」の発見
  大宇宙の壮大なる慈悲の働き
 4 宇宙へのまなざし、人間へのまなざし
  宇宙の未来はどうなるか
  古代世界の宇宙観の英知
  仏教の説く「須弥山宇宙説」
  「多宇宙」仮説と「三千大千世界説」

第4章 人類の「心の宇宙」の開拓を

 1 子どもを幸福にする教育を求めて
  慈愛の励ましで青少年を育成
  ブラジルに広がる「牧口プロジェクト」
  小学校時代の恩師の思い出
  困難に負けない力が「幸福」の源泉
  「知識」と「知恵」と「慈愛」の調和を
 2 活字文化の復興で人間愛の世界を
  若き日の読書
  「人間へのまなざし」「社会の関わり」が文学の真髄
  「内なる宇宙」を探索したユゴー
  天文学の分野で女性が活躍
 3 暴力の洪水に打ち勝つ精神の力を
  「核兵器廃絶」の信念の継承
  冥王星に学ぶ「使命の軌道」
  平和創造へ生命の「宝石」の開発を
  人間の可能性を開花させる「師弟」
  「弟子の自覚」が無限の力と知恵を生む
 4 共生と調和の世界へ
  木星とその衛星が示唆する「組織の要諦」
  太陽エネルギーの開発で地球環境を保護
  「地球家族」の一員としての自覚を育む
  「共生の世界」創出へ「善の連帯」の拡大を
  
あとがき    ロナウド・モウラン 
2009-04-12 : 科学との対話 :
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イシク・クル国立大学名誉教授称号授与式

キルギス イシク・クル国立大学名誉教授称号授与式                            (2009.4.10)

 中央アジア・キルギス共和国の「K・ティニスタノフ記念イシク・クル国立大学」から、創価大学創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に、「名誉教授」称号が贈られた。日本とキルギスの教育・文化交流への多大な貢献を讃えるもの。授与式は10日、東京・八王子市の創価大学本部棟で行われ、来日したイシク・クル国立大学のアルィムバイ・トクトソピエフ総長、同大学の元講師で、現在、市民イニシアチブセンター「リーグ」の理事長を務めるバヌル・アブディエワ氏、総長令嬢のナジラ・アルバノワさんが出席した。

トクトソピエフ総長の授与の辞

池田会長の対談集は人類の心を覚醒させる

平和の「人間教育」に深く賛同
我々には創価の思想を広げゆく責任が


 池田大作SGI会長の人間主義思想を継承される、創価大学の親愛なる教職員、学生の皆様!
 キルギスのカシム・ティニスタノフ記念イシク・クル国立大学の教授ならびに7000人の学生を代表し、深い敬意をお伝えすることができ、これ以上の喜びはありません。
 本日は、私の人生にとって素晴らしい原点の一つとなりました。桜花爛漫の日本において、創価の精神と人間主義の発展という高い理想を掲げ行動しておられる方々の心に触れることができたからです。
 皆様の前で、世界の偉人であり、人間主義の指導者である池田大作先生に、本学の名誉教授の証書とローブを授与させていただけることは、私の人生において、最も崇高な使命の一つであり、最高の栄誉であります。
 池田先生の著作は、本学にとって最高の財産です。
 著名なイギリスの歴史家トインビー博士をはじめ、キルギス出身の作家アイトマートフ氏、モスクワ大学のサドーヴニチィ総長、ロシアの児童文学者リハーノフ氏等、さまざまな信条・宗教を代表す
る世界の多くの識者と語り合われた、池田先生の対談集を、私自身、また、本学の教職員、学生たちは読ませていただきました。
 私は、その言葉の数々に深い感動を覚えました。それらは、常に身近で、率直であり、すべての人々にとって分かりやすく、納得できる言葉であります。
 これらの対談集は、人生の意味に満ちあふれ、人間の尊厳を傷つけるようなことは決してありまん。
 池田先生の著作は、氏の人格、精神性、寛大さを映し出しております。また、独断を捨て、謙虚にどこまでも探求する心を教え、浮き足立つ人々や傲慢な人たちの目を覚醒させます。
 そして、すべての人々に、普通の暮らしや良識、机上の空論ではない真の価値と伝統との結びつきを実感させてくださいます。
 驚くべき簡明さと正視眼、生き生きとしたユーモアこそ、池田先生が持ち合わせておられる真の偉大な英知の表れです。
 また、それは、どのような状況にあろうとも、自分らしくあり続ける才能と、氏が交流されるすべての人々に示される、驚くべき民主主義の精神の表れに、ほかなりません。
 偉大な人間主義者であり、指導者、教育者、詩人、作家、世界の多くの大学の名誉博士、仏教団体「創価学会インタナショナル」会長であられる、深く尊敬する池田先生との出会いを、胸高鳴る思いと緊張の思いでお待ちしておりました。
 このように無事、本日を迎えられ、安堵するとともに、今後、価値を創造する「創価の思想」を多くの人々に伝え、広げゆく責任を実感しております。
 K・ティニスタノフ記念イシク・クル国立大学学術評議会は、池田大作先生に対して、本学の名誉教授称号の授与を満場一致で決定いたしました。
 “人々により多くの善をなせ、なぜならば善は進歩の基礎であるからだ”とは、池田先生の信念であり、ご生涯そのものであります。この言葉は、私たちに、もっと楽観主義で、自信を持って生きること、そして、技術と効率を優先し拝金主義がはびこる時代にあって、“人間の顔”を失ってはならないことを教えてくださっています。
 敬愛する池田先生の著作を通して、私たちは、最高の人間性と無限の精神世界、偉大なる信仰という輝き渡る新しい宝物を発見することができました。
 私は、平和の人間教育は、未来へと伸びゆく将来性あるものであり、新しい人材の輩出を求める現代社会の期待に応えるものであると、深く賛同するものです。
 創価の運動に巡り合って1年。私たちは、池田先生が全生涯を捧げてこられた運動について書かれたご著作を通して、自然と宇宙の無限性、人類の使命、地球における人間の存在といった問題について、思索する機会を得ることができました。
 また私自身、「法華経」の教えに触れ、崇高な精神性を実感することができ、池田先生に感謝申し上げるとともに、池田先生の理念がイシク・クル地域に広まりゆくことを強く確信しております。
 この一つの大きな“ダイヤモンド”から放たれる光は、その周りを縁取る小さな宝石の光によって、さらに美しく輝いていくことでしょう。
 深く尊敬する池田大作先生は、日本のみならず、全世界の知性を代表する、青年たちの師であり、精神的指導者の模範です。
 尊敬するご列席の皆様、K・ティニスタノフ記念イシク・クル国立大学を代表し、池田大作氏に対する本学の名誉教授称号の証書とローブを、ご名代である山本学長に託させていただきます。
 池田先生、香峯子夫人のますますのご健勝、ご長寿、そして、創価の理念が拡大し、地球上のすべての人々に、新たな価値を開きゆかれんことを心よりお祈り申し上げ、私の授与の辞とさせていただきます(大拍手)。

池田SGI会長の謝辞(代読)

青年の熱情こそ最大の希望

近代キルギスの創始者の一人
「民衆を輝く智慧へ導け!」


 一、杏の花が咲き誇りゆく憧れのキルギスの天地より、桜花爛漫の日本へ、はるばると、本当にようこそ、お越しくださいました。
 私の大好きな、貴国の格言は教えております。
 「友情は偉大なる幸福である」
 「真の友は永遠の友である」
 本日は、天山山脈のごとく、壮大なる人材の山脈を築き上げてこられた伝統輝く貴大学と、新たな「英知と友好のシルクロード」を開くことができました。これほどの名誉と喜びはございません。
 誠に誠に、ありがとうございました(大拍手)。

崇高な民衆貢献
 一、悠久なる人類と文明の営みを、その碧く深く澄み渡った水面《みなも》に映してきた「中央アジアの真珠」こそ、イシク・クル湖であります。
 貴大学が、その名前を冠される、貴国の教育大臣を務められたティニスタノフ先生は、20世紀の最初の年である1901年に、このイシク・クル地方に誕生されました。
 奇しくも、1900年生まれの私の恩師・戸田城聖先生と同世代であります。
 のみならず、戦乱と圧制の20世紀前半にあって、両先生は共に、偉大な二頭の獅子のごとく、正義の信念を貫き通されました。
 ティニスタノフ先生は、独裁権力の激しい弾圧と戦われながら、貴国の教育・文化・学術の大興隆に尽くし抜かれ、そして殉じられたのであります。
 この魂の巨人は、人々の心に勇気と希望の力を贈りながら、「民衆を輝く智慧へ導きゆけ!」と、繰り返し叫んでやみませんでした。
 この崇高なる民衆貢献の精神を、厳然と継承してこられた使命の大殿堂こそ、貴イシク・クル国立大学であります。
 深遠なる湖水のごとく、深き意義を帯びた本日の栄誉を、私は最大の誇りを込めて、わが師匠に捧げさせていただきたいのであります(大拍手)。

青年育成の情熱
 一、貴大学から、貴国の科学アカデミーの総裁をはじめ、各界の第一級の知性や最高峰の大教育者等々、数多《あまた》の逸材が限りなく躍り出てこられました。
 本日、お迎え申し上げた総長が、母校が誇りとする最優秀の英才であられることも、私たちはよく存じ上げております。
 その総長のもと、若き俊英たちが手を携えて、「学生のための教育」に大情熱を燃え上がらせておられることも、世界の大学建設の模範と光っております(大拍手)。
 イシク・クル湖は、その神秘的な姿から、大宇宙を見つめる「地球の瞳」とも謳われております。
 今、深刻な経済危機に揺れ動く世界にあって、大切なことは何か。
 それは、いたずらに時流に翻弄されるのではなくして、透徹した「慧眼」で未来を見据えながら、一人一人の青年を励まし、育てていくことではないでしようか。
 その意味において、総長が標榜される「人間主義」の教育の指標は、まさに、これからの人類の進むべき道を的確に示されております。
 それは第一に、「人間を強くし、自身の内にある最良のものを引き出す教育」。
 第二に、「対立する者同士であったとしても、互いの尊厳と最良のものを開花させゆく人間の育成」。
 そして第三に、「いかなる変化にも負けない、人間社会の中心軸となる偉大な精神性、偉大な創造者の育成」なのであります。私は感銘いたしました。いな、感嘆いたしました。

人類を潤す交流
 一、「イシク・クル」という湖の名前は、「熱き海」という意義であるとうかがっております。
 今、精神の凍えゆく世界にあって、最大の希望は、人間生命の熱情にこそあります。総長が見事に指摘されているように、青年の熱と力を、いかに引き出
し、結集していくかであります。
 「エンパワーメント(能力開花)」という「人間教育」の主眼も、ここにあるといってよいでありましょう。
 世界屈指の透明度を誇るイシク・クル湖には、100以上とも言われる清流が、間断なく流れ注いでおります。
 さまざまな河川の流れを受け止めゆくイシク・クル湖は、常に新鮮で、多様な生態系が息づく、豊潤な水質を保持しているのであります。これは、世界との開かれた教育交流、青年交流の意義にも通じていくと、私は思ってまいりました。
 本日は、うれしいことに、総長の聡明なるご令嬢も列席してくださっております。
 貴国と日本、さらには、世界の青年が、一段と心の対話と交流を結び、広げながら、みずみずしく創造性を触発し合い、寛容や融合の力を深め合っていく。そこに、人類を潤しゆく、新たな“平和と繁栄の宝の湖”が広がりゆくのではないでしょうか(大拍手)。

キルギスの大詩人
英雄の雄姿に学べ!
喜びの日も悲しみの日も
友と仲良く進みたまえ


平和の道を共に
 一、今年の3月、貴国をはじめとする中央アジアの5力国で、北半球初の「非核兵器地帯条約」が発効したとの朗報が世界を走りました。貴国より、「核兵器なき世界」を照らしゆく、新しき平和の旭光が輝き始めております。
 11世紀、貴国で活躍した大学者カーシュガリー先生は、大著『チュルク諸語集成』の中で、イシク・クル周辺を中心とする「世界地図」を描かれました。
 今、新しき千年紀に、貴大学から、英邁なる世界市民が陸続と羽ばたき、“恒久平和の世界地図”が荘厳されゆく未来を、私は心躍らせながら、思い描く一人であります。
 明年、晴れ晴れと「創立70周年」を飾られる貴大学の永遠不滅の栄光を、私たちは心よりお祈り申し上げます。
 そして私が敬愛する貴国の大詩人サティルガノフ先生の一詩を朗読し、私の謝辞とさせていただきます。
 「青年よ、英雄の雄姿に学びたまえ!
 そして、いずこの地にあっても友を助け
 喜びの日も悲しみの日も
 友と仲良く進んでいってくれたまえ!」
 チョン・ラフマット!〈キルギス語で「本当に、ありがとうございます」〉(大拍手)
2009-04-11 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 人間世紀の光 No.186

随筆 人間世紀の光 No.186  (2009.4.8付聖教新聞)

桜花の誓い

「あとはお前だ 頼むぞ!」
前進!第二幕を開く「百日闘争」だ


師匠との約束は 断じて果たす!
我は勝ちたり 誉れの弟子の道を貫けり



 わが弟子に
  広布を叫びし
    師匠かな
  師弟は不二と
     勝ちに勝ちたり

 ある日ある時、戸田城聖先生は、私に言われた。
 「『一切の法は皆是れ仏法』である。
 ゆえに、世界のいかなる大学者、大指導者とも、いかなる問題であれ、自由自在に論じられる力を鍛えておくからな」
 一対一の個人教授「戸田大学」の一コマである。
 この春、世界の大学・学術機関から拝受した英知の宝冠は250を超えた。すべては戸田大学の薫陶の賜物だ。
 師に捧げ、世界の友と分かち合う栄誉である。
 恩師逝いて51年──創価の旗は、人類の希望の光風に翻る時代となった。
        ◇
 師が今世の大使命を果たされ、おごそかな笑みを湛えて霊山へ帰られたのは、昭和33年(1958年)、桜花の4月であった。
 戸田先生は、「広布」即「平和」の総帥であられた。
 戦火で荒廃しきった敗戦の日本に一人立たれ、民衆の間から不幸と悲惨を絶滅させゆく、崇高な戦いに死身弘法された。
 生命の絶対的尊厳性の次元から、核兵器の魔性を喝破する大音声を残された。
 75万世帯の弘教をはじめ、一切の願業を成就し、日本の広宣流布の基盤を築き上げ、人類に地球民族主義のビジョンを示された。
 恩師は、私に言われた。
 「さあ、これで、私の仕事は全部、終わった。あとは、お前だ。頼むぞ!」
 広布の大英雄の亡き後、「学会は空中分解する」等と、世間は堰を切ったように騒ぎ立てた。
 その悪口中傷のなか、4月8日の師の告別式には12万人、4月20日の学会葬には25万人の同志が、全国から参列された。師を慕う方々の慟哭に、私の心は燃え盛った。
 この尊き同志を、断じて護り抜かねばならない! 仏意仏勅の創価学会には、瞬時の停滞も許されぬ!
 広宣流布を、断固として前進させゆくのだ!
 競い起こる障魔も三類の強敵も、必ず打ち破ってみせる!
 夜を日に継ぐ思索と祈りで、師亡き後、最初の5月3日を迎えた。
 総会で壇上に立った私は、「七つの鐘」の未来構想を発表した。創立から7年ごとに発展の節を刻んできた、学会の前進と勝利のリズムである。
 私は、悲嘆に沈む同志を、希望の松明で照らしたかった。新たな太陽が昇りゆく姿を示したかったのだ。

まっすぐに生きよ
 大文豪ゲーテは言った。
 「他の人が動揺しようとも、君は、物事を正確な眼で見極め給え! 他の人が嘆こうとも、君は、物事を快活に聡明に進め給え!
 栄光と正義の道を貫き、すべてにおいて、まっすぐに生き給え!」
 私は、恩師の百箇日を目指し、わが同志と共に、師弟の第二幕を開きゆく“百日闘争”に突入していったのである。
        ◇
 君もまた
  巌窟王と
   仇をうて
  同志のために
   恩師のためにと

 私は本陣・東京を死守しながら、関西へ、九州へ、東海道へ、北海道へ飛んだ。
 九州健児には、「全青年部の先駆を!」と訴えた。
 北海道の札幌では、夕張から来ていた女子部を見つけて、私は声をかけた。
 「必ず夕張に行くよ!」
 生前の戸田先生から、2月1日に、激励された女子部だったのである。
 ──その日、恩師は衰弱された体で、大勢の青年を激励されながら、3人の女子部に声をかけられた。
 「どこだい?」
 師のお側で、影の如く支えていた私は、即座に「夕張の女子部です」と紹介申し上げた。
 すると先生は、夕張炭労事件を想起されて、激しい口調で語られた。
 「学会員をいじめる権力は、許さない! 戸田が、夕張に行ってあげる。夕張は青年が立ちなさい。青年が立て! 青年が立て!」
 私が師の心を抱いて夕張に降り立ったのは、その翌年、厳冬の1月であった。
 「戸田先生のお約束を果たすために、ここ夕張へ、まいりました!」
 私は、戸田先生が同志と結ばれた、どんな小さな約束も実現し抜いていく決心であった。
 とともに、この“百日闘争”で、私は時間の許す限り、個人指導に力を注いだ。
 一切は一人から始まる。一人の友を、真心込めて、温かく親切に激励することだ。そこに喜びが生まれる。誇りと自信が広がる。その波動のなかでこそ、一人また一人と、広宣流布の闘士が誕生していくのだ。
        ◇
 強くなれ
  幸せなれよと
    いついつも
  励ます恩師の
    あの声 忘るな


 思えば、戸田先生ほど、戦争の最大の犠牲者であった母たちを励まし、そして女性の偉大な力を鼓舞された指導者はいない。
 ある母は、先生の「必ず幸福になれるよ」との大確信に触れて、悲哀の涙を拭った。
 ある疲れ果てた婦人は、恩師の「絶対に宿命転換できる」との師子吼に、頭《こうべ》を上げて、不幸の鉄鎖を断ち切っていった。
 自分の悩みで精いっぱいだった女性たちが、先生の指導で、仏法の真髄を知り、胸を張って立ち上がった。
 そして、人びとの幸福のため、より良き社会のため、欣喜雀躍と行動するように生まれ変わっていったのだ。
 戸田先生が『大白蓮華』に発表された最後の巻頭言は、昭和33年の4月1日の日付──つまりご逝去の前日であった。
 その中で、先生は「知識」と「智慧」の混同等を鋭く指摘し、こう結論された。
 「要するに、根本は強き生命力と、たくましき智慧とによって、わが人生を支配していかなくては、ほんとうの幸福は得られないことを知らねばならぬ」
 この遺言の通り、「強き生命力」と「たくましき智慧」によって、ありとあらゆる苦難を切り開き、乗り越え、勝ち越えてきた大賢者こそ、わが婦人部の皆様方にほかならない。
 恩師は宣言なされた。
 「広宣流布は女性の力で成し遂げられる!」

百倍千倍叫び抜け
 恩師の逝去を機に、「猶多怨嫉」「悪口罵詈」の経文に違わず、聞くに耐えない下劣な罵詈雑言が多々、浴びせられたことは、御存じの通りだ。
 そのなかで、私は深く決意していた。
 ──今こそ、これまでの百倍千倍と師の偉大さを語り抜くのだ。声も惜しまず、師の正義を叫び切るのだ。
 婦人部は、その私と心を合わせて戦ってくれた。
 「我らの師匠・戸田先生の偉大さを知れ!」
 「恩師が教えてくれた信心の偉大さを見よ!」
 私が突き進んだ「報恩の弟子の道」に、婦人部が勇敢に続いてくれたのだ。
 その誠実にして清らかな声は、全国津々浦々に凛々と響き渡っていった。
 世間が「学会は壊滅」等と、ほくそ笑んでいた、その4月も、学会の勢いは止《とど》まることを知らなかった。
 3月の弘教より、さらに5000世帯も多い2万9000人世帯を推進したのである。
 そして5月の月間折伏は、実に3万3035世帯に達した。
 続く6月も、3万2000世帯を超えて、学会は総世帯90万へと、大いなる拡大を遂げたのである。
 悪意の世評など、堂々とはね返して、圧倒的な大勝利と大躍進で、社会を驚嘆させた。その原動力もまた、わが婦人部の勇気と行動であったのだ。
        ◇
 “百日闘争最終盤の昭和33年の7月6日、私は日記に綴った。
 「私の一生は、戸田先生の遺言ともいうべき構想を、叫び、戦い、達成することだ。これだけが、私のこの世の使命だ」
 「師匠の精神の拡大」をもって、戸田先生の百箇日の法要を厳粛に終えたのは、7月10日であった。
 一つの戦いの決着は、常に次の戦闘の開幕である。勝利は、さらに次の勝利だ。
 “常在戦場”こそ、若き革命児の誉れでる。
 7月の12日。私は横浜駅から、縁も深き関西へ向かった。翌日、大阪で、関西青年部総会が控えていた。
 男子は7600人、女子は6800人の意気軒昂な関西の若人が勇み集った。
 私は力を込めて叫んだ。
 「日本の勇気の源泉は、創価学会である。この学会の源泉は青年部である!」
 わが最愛の青年部と共に“百日闘争”を飾り、私は
青春の故郷・関西の天地で新たな常勝の鐘を打ち鳴らしたのである。

 三類の
  強敵倒して
   勝ちにけり
  恩師と共に
    笑顔の創価よ

 先日、豊島区の同志が、桜花に包まれた豊島公会堂の写真を届けてくださり、懐かしく拝見した。
 戸田先生のご逝去の翌日(4月3日)も、豊島公会堂で本部幹部会が行われた。恩師が生前、開催を厳命されていたのであった。
 私は、恩師が亡くなる数日前に叫ばれた師子吼を、全同志に伝えた。
 「追撃の手を緩めるな!」
 「破邪顕正」の闘魂を失えば、嫉妬や忘恩の輩に、和合の世界は破壊される。
 「月月・日日につよ(強)り給へ・すこしもたゆ(撓)む心あらは魔たよりをうべし」(御書1190㌻)と戒められている通りである。
 だからこそ、我らは師の遺訓を永遠に忘れず、邪悪への追撃を続けるのだ。
        ◇
 偉大なる
  恩師の形見を
   胸に秘め
  世界を旅せる
     師弟は不二かな

 「可延定業書」に曰く、
 「一代の聖教は皆如来の金言・無量劫より已来不妄語の言なり、就中《なかんずく》 此の法華経は仏の正直捨方便と申して真実が中の真実なり」(同985㌻)と。
 師の真実の教えを留めることは、弟子の責任である。
 先生が永眠なされた後、ご指導や講義を、一言一句漏らすまいと、私は整理を重ねていった。
 師弟不二の「如是我聞」に徹し、学会の“水遠の指針”たる遺訓を、残さず結集していったのである。
 恩師の御書講義をレコードにも収めた。その第一巻となったのが、「可延定業書」である。同抄には、 「一日の命は三千界の財《たから》にもすぎて候なり」 (同986㌻)と仰せである。
 今日という「一日」が、どれほど大切であるか。
 少年時代から肺病に苦しみ、医者からも「30歳まで生きられない」と言われた私である。
 その30歳にして恩師を失い、実質的に戸田先生の後を継いだ。以来、わが命は、先生から頂戴したものと感謝し、広宣流布のため、一日に1カ月分、また一年分の仕事をと戦ってきた。
 恩師は、不世出の英知の軍師・諸葛孔明がお好きであられた。
 正史『三国志』に詳細な注釈を加えた歴史家・裴《はい》松之《しょうし》は、諸葛孔明を中心とする人間の結合を「生死をともにという間柄」と讃えた。
 いわんや、仏法では「生死不二」と説かれる。
 師の生命は、生死を超えて、弟子の生命と一体である。この一点を自覚すれば、無量の力が漲るのだ。
 これは、家族においても同じ方程式であろう。
 御聖訓には「父母の遺体は子の色心なり」 (同1434㌻)と説かれる。ゆえに、子の成仏が、そのまま父母の成仏となる。
 三世永遠の絆で結ばれた妙法の世界である。亡くなられた故人にとって、家族は“遺族”というよりも “後継者”なのである。
 寿命も、福運も、受け継いで、不二の生命で偉大な使命を果たしていくのだ。
 後ろを振り向く必要はない。妙法を朗々と唱えながら、前へ前へ、わが命を燃やし、今日一日、宇宙に輝きわたるような価値を創造していくのだ。そこに、真の報恩の道、孝養の道がある。
        ◇
 この4月2日、私は、名門・韓国海洋大学から碩座教授の称号を拝受した。
 式典に来日してくださったのは、閣僚等を歴任してこられた、高名な呉巨敦《オコドン》総長ご夫妻一行である。
 ──4月2日は、アジアの平和のため、軍国主義と戦い抜いた戸田第2代会長の祥月命日である。この日に、戸田会長が最も苦しい時、一切を拠って護り抜いた直弟子を顕彰したい──
 呉総長は、あまりにも深い御心を、この最高の栄誉に託してくださっていた。
 韓国海洋大学の雄大なキャンパスは、東洋を代表する国際港湾都市・釜山《プサン》広城市に広がる。
 釜山といえば、あの昭和26年(1951年)の婦人部結成の折の劇的な出会いが思い起こされる。
 当時は朝鮮戦争(韓国戦争)の渦中であった。会合の席上、釜山生まれの健気な婦人部の方が毅然と立った。愛する祖国の平和と繁栄のため、広宣流布に邁進する決意を、戸田先生に涙ながらに語ったのである。
 嬉しいことに、今回の式典には、目覚ましい大発展を遂げる釜山をはじめ、韓国SGIの同志も、晴れ晴れと出席してくださった。
 また韓国から、創価大学へ留学してくれた幾多の英才とも、大韓民国の荘厳な国歌が流れるなか、共に太極旗《テグツキ》(国旗)を仰いだ。
 敬愛してやまぬ韓国の友と一緒に、わが師へ報恩の栄冠を捧げることができ、私は感謝に堪えない。
        ◇
 このほど、「世界第一の婦人部」が新体制に発展して、躍動の春さながらに、新たなスタートを朗らかに切った。
 私も、そして妻も、わが大切な婦人部に幸福あれ! 健康あれ! と、真剣に題目を送り続けている。
 今回、「実践の五指針」が発表された。
◎祈りからすべては始まる
◎わが家は和楽の前進
◎後継の人材を伸ばす
◎地域と社会を大切に
◎生き生きと体験を語る

誓願の祈りを!
 根本は祈りだ。
 大聖人は「法華経の行者の祈りのかな(叶)はぬ事はあるべからず」 (同1352㌻)と御断言である。
 祈りは淡い夢ではない。漠然とした願望でもない。
 「必ずこうしてみせる!」
 「絶対に勝つ!」という誓いである。
 その深さ誓願の祈りは、因果倶時なるゆえに、磁石に鉄が吸い寄せられる如く、明確に結果が出るのだ。
 御聖訓には、「只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪やあるべき来らぬ福《さいわい》や有るべき」(同497㌻)とも記されている。
 わが婦人部は、絶対勝利の「法華経の兵法」を持《たも》った究極の幸福博士である。
 ともあれ、北アイルラド紛争の解決へ不朽の功績を残された、ベティ・ウィリアムズさん(ノーベル平和賞受賞者)は、しみじみと語ってくださった。
 「創価学会は、女性のパワーを知っています。
 創価の女性たちは、平和のために献身する世界の女性たちとも、精神的な連帯で結ばれています。それは、生命を育む『母』であるがゆえに、わかり合える連帯であるといえましょう!
 私は女性が世界を変えると、心の底から信じています。その動きは、すでに始まっているのです」
 師弟一体で、広宣流布という平和と幸福の建設に生き抜く、尊き女性のスクラムは、全世界に広がった。
        ◇
 日本列島を南から北へ、創価の会館が「桜の城」と光り輝く季節である。
 師の故郷である北海道・厚田の戸田記念墓地公園では、5月3日の「創価学会の日」を飾った頃から、丹精込められた8000本もの桜が万朶と咲き誇る。地元の名所として親しまれ、多くの名士も、友人も集われる。
 戸田先生が、眼鏡の奥に笑みを湛えられ、どんなにお喜びであろうか。
 今も水滸会で受けた師の声が蘇ってくる。
 「覇道ではなく、王道の人たれ!」
 「200年後を見つめて進みゆけ!」
 「同志が全世界に打って出て、全人類を結べ! 青年を連帯させよ!」
 師の師子吼のままに、弟子の私は行動し、一年また一年、勝利の証をもって、恩師の命日を荘厳してきた。
 「4・2」から「5・3」へ──それは、弟子の勝利を師に捧げる時である。
 そして、新たな大勝利を、師に誓って出発する時なのである。

 この人生
  共に攻めゆけ
    勝ちゆけと
  恩師の叫びを
    愉快に歩まむ



ゲーテの言葉は『ゲーテ著作集1』(アウフバウ出版社ベルリン・ワイマール』=ドイツ語版。裴松之の言葉は『正史 三国志 英傑伝3』 「中国の思想」刊行委員会編訳(徳間書店)。

2009-04-09 : 随筆 人間世紀の光 :
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御書と師弟 抜苦与楽の英雄

池田名誉会長講義 御書と師弟 
              (2009.4.2付 聖教新聞)

第11回 抜苦与楽の英雄

創価は人類を救う大慈悲の連帯《すくらむ》
偉大な「一人」が歴史を創る!

御聖訓
 日蓮云わく一切衆生の同一苦は
 悉く是日蓮一人の苦と申すべし
         (諌暁八幡抄、587㌻)

戸田先生 折伏は最高の「仏の仕事」

 今年も、学会本部前の「青年桜」が馥郁と咲き薫る季節になりました。創立80周年へ進みゆくわが学会と、ほぼ同じ年輪を刻んできた大樹です。
 八王子市の東京牧口記念会館や、わが故郷・大田の文化会館をはじめ全国の多くの宝城も、そしてまた創価大学、東京・関西の創価学園も、爛漫たる桜の花に包まれます。
 桜花とともに巡り来た「4月2日」は、戸田城聖先生の御命日です。恩師逝いて51星霜──私は、常住不滅なる師弟の対話を重ねながら、生死を超克した弟子の闘争を貫いてきました。
 「我らが信心をなす目的は、永遠の生命のなかに、幸福に生きんがためである」
 ある時、先生は、こう語られました。
 「この大宇宙の運行それ自体が、慈悲の行そのものである。我らが折伏を行ずるは、慈悲の行である。慈悲の行は、仏の仕事であり、真に尊いことである。なんとなれば、自己が永遠の幸福をつかむと同時に、他の貧窮の衆生にも、その幸福を分かち合おうとするのであるから、これ以上尊い仕事はない」
 生老病死の苦悩に沈む友に、妙法の世界を指し示して導きゆく信念の対話は、最高に尊い「慈悲の行」であります。
 御本仏・日蓮大聖人のお遣いとして、声の力で「仏事(仏の仕事)」を行う尊極の振る舞いです。

貪・瞋・癡への挑戦

 大聖人は「諌暁八幡抄」で、「涅槃経に云く『一切衆生異の苦を受くるは悉く是如来一人の苦なり』等云云、日蓮云く一切衆生の同一苦は悉く是日蓮一人の苦と申すべし」(御書587㌻)と仰せです。
 ここで引かれた涅槃経の文は、苦悩を受けている人々を見て、わがこととして苦悩する如来(仏)の慈悲の大いなる力を讃えた一節です。
 「一切衆生異の苦」とは、人々が受ける種々の異なった苦しみのことです。仏は、多種多様な「異の苦」を、すべて自身の問題として背負い、その解決を願われたのです。
 これを踏まえられつつ、大聖人は、あえて「同一苦」と仰せになられました。これは、一切衆生のさまざまな苦悩が、同一の原因によって起こることを明快に示され、その一切を担い立たれた大宣言と拝されます。
 末法の人々が等しく苦しむ「同一苦」とは、謗法による本源的な苦しみのことです。
 貪(貪り)・瞋(瞋り)・癡(癡か)という生命の「三毒」が盛んになる末法にあって、この「同一苦」に立ち向かい、自他共の幸福の道を開く実践が、我らの折伏行です。
 大聖人は仰せであります。
 「飢渇は大貪《だいとん》よりをこり・やくびやうは・ぐちよりをこり・合戦は瞋恚よりをこる、今日本国の人人四十九億九万四千八百二十八人の男女人人ことなれども同じく一の三毒なり」(同1064㌻)
 人間生命と社会現象の深き関連性を、ダイナミックに把握された御文です。飢饉や疫病や戦争は、「三毒」が強盛なゆえに起きるのだと喝破されています。
 人類の歴史は、一次元から見れば、この「三毒」によって憎み合い、傷つけ合ってきた業因・業火の流転の劇であったと言わざるを得ません。
 この悲劇に終止符を打ち、地球を平和と共生の楽土としゆくためには、「生命」そのものを変革する大哲理が絶対に不可欠です。それこそが、私たちの唱える南無妙法蓮華経の大白法なのであります。
 「如来一人の苦」
 「日蓮一人の苦」
 釈尊も、日蓮大聖人も、徹頭徹尾、ただ御一人で一切衆生の苦悩を受け止められ、その打開のための大法を弘め抜かれました。
 ただ「一人」です。偉大な歴史は、常に偉大な一人から創られます。そして、その一人に続く不二の弟子によって受け継がれ、広がっていくのです。
 「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」。この小説『人間革命』の主題も、大聖人の御聖訓を現代に実践しゆく師弟の誓願にほかなりません。

“安同情《やすどうじょう》”ではない
 そもそも、仏の「慈悲」とは何か。
 「大智度論」では、一切衆生に楽を与えること(=与楽)が「慈」であり、一切衆生の苦を抜くこと(=抜苦)が「悲」であるとされています。万人の救済のために「抜苦」そして「与楽」の道を開くことこそが仏の慈悲なのです。
 “同苦”とは“同情”ではありません。苦しみを乗り越えるには、その人自身が生命の底力を湧き起こして、自ら強く立ち上がる以外ない。
 戸田先生は語っておられました。
 「かわいそうだ、だけでは、人は救えませんぞ。信心の指導、励ましのできるリーダーになりなさい。言うべきことはきちっと指導し、御本尊に共に祈っていくことです」
 仏法で説く真の慈悲は、感傷や安同情とは無縁です。それは結局、人生の勝利に価値を生まない。根本の「同一苦」を破れず、抜苦与楽になりません。
 先生は「慈悲があるということは、即智慧につながっていく。その人のためにどうしてあげたらいいか。その慈悲から、一つ一つ具体的な智慧が生まれる」とも教えてくださった。
 仏法は勝負です。人生も社会も勝負である。大聖人は、門下が仏の力を奮い起こして、断じて幸福を勝ち取るよう、厳愛をもって励まされたのです。

師弟が生む大感情
 仏の慈悲とは、人々の魂を揺さぶり、“絶対勝利の生命”を湧現させずにはおかない、燃え上がる大感情と言ってよい。
 ただ御一人から破邪顕正の大法戦を開始された大聖人は、日本国中の諸人に怨まれ、妬まれながら、あらゆる大難を忍び人類救済の大道を開かれました。
 「大悲とは母の子を思う慈悲の如し今日蓮等の慈悲なり」(御書721㌻)と仰せです。大慈悲の師に心を合わせるから抜苦与楽の力が湧く。「師弟」こそ慈悲の原動力なのです。
 戸田先生は言われました。
 「大聖人ほどの大慈悲の仏様は、断じてほかにおられません。この大聖人の大慈大悲を、全世界に宣揚しなければならない」
 この使命の直道こそ、日々、皆様が生き生きと行じている正義の対話であります。
 草創以来、わが学会の同志は、悩める友に同苦し、成長と幸福を祈り、大確信で仏法を語り抜き、大勢の人々を救い切ってきました。
 どんなに冷笑され、罵倒されても、一歩も引かず、悩める人のもとへ飛んでいって面倒を見てきました。
 「この信心で幸せになりましょう!」「絶対に乗り越えられますよ!」と、力強い励ましを送り続けてきたのです。それが、どれほど勇敢で忍耐強い仏の振る舞いであることか。
 戸田先生は語られました。
 「凡夫には慈悲など、なかなか出るものではない。だから慈悲に代わるものは『勇気』です。『勇気』をもって、正しいものは正しいと語っていくことが『慈悲』に通じる。表裏一体なのです。表は勇気です」
 「その心に満ちて、相手を折伏するならば、相手がきかないわけがない。どんなきかない子でも、母親の愛情には、かないません」
 この「勇気」即「慈悲」の連帯は、今や世界192カ国・地域に広がりました。こんなにも、人々を温かく励まし、希望を送ってきた神々しい団体が、どこにあるでしょうか。
 私が対話を重ねてきたインドの哲人ラダクリシュナン博士が、SGIの青年たちに語ってくださいました。
 「皆さんが他人の苦しみと悲しみを取り除き、喜びを与える──すなわち『抜苦与楽』の戦いができた時、そこから『人間革命』は始まる」

苦難を勝ち越えよ
 青春時代は、自分自身も苦しみや悩みの連続です。しかし、大きな苦難を勝ち越えてこそ。強くなれる。
 順風満帆に甘えてしまえば、確固たる人生の土台はできない。苦しんだ分だけ、人の苦しみがわかり、慈悲が深くなる。広宣流布の使命の戦いの中で、人の何倍も苦労することは、それ自体が「同一苦」に挑む誉れある格闘なのです。
 自分自身の勝利が多くの友の励ましとなり、あとに続く後輩たちの希望となる。リーダーが難に遭い、そして難に打ち勝っていく姿を示すことは、「慈悲の行」そのものです。
 折伏精神で進む、わが創価の青年こそ、全人類の「同一苦」に挑戦しゆく、「抜苦与楽の大英雄」なのであります。
 牧口先生は厳然と戒めておられました。
 「法律にふれさえしなければ不善《ふぜん》(善をしないこと)でもかまわないと誤解しているところに、現代の病根があり、独善偽善者が横行する結果となっている」
 自分さえよければ、他の人がどうなってもかまわない。見つからなければ、何をやってもかまわない……。こうしたエゴや不正が渦巻く社会にあって、創価の友の仏菩薩にも等しい行動は、想像もつかないほど崇高なのです。だからこそ嫉妬され、中傷されるのです。
 戸田先生は厳命されました。
 「わが学会は宇宙最極の和楽の世界である。決して魔に崩されてはならない」
 戸田先生が御自身の命より大切とされた創価学会は、今や、日本、そして世界の心ある識者・指導者から、全幅の信頼と期待を寄せられております。時代は大きく変わりました。

世界が我らに期待
 ロシア科学アカデミー哲学研究所・東洋哲学センターのM・ステパニャンツ・センター長は、語っておられました。
 「仏教は、暴力や軍事力を一切使わずに地球上に思想を広め、世界宗教となって唯一の例です。広める方法は2つだけでした──言葉(仏の教え)と行動(仏教者の振る舞い)です」
 まことに鋭い洞察です。「言葉」と「行動」というソフト・パワーを武器とした仏教興隆の歴史は、人間精神の輝かしい勝利の軌跡なのです。
 武力に対する対話の勝利!
 権力に対する民衆の勝利!
 不信に対する信念の勝利!
 憎悪に対する慈悲の勝利!
 邪知に対する智慧の勝利!
 その最先端を行くのが、日蓮仏法であります。
 私たちが進めている、平和と文化と教育の世界的な大運動は、仏法の「大慈悲」と「大英知」の結晶にほかなりません。

宗教の力が不可欠
 この生命哲学を根幹にしているという一点で、我らの運動は、過去のさまざまな運動とは、まったく次元の違う深さを湛えているのです。
 いかに高邁な理想を掲げた運動も、確たる生命観や生死観がなければ、人間不信や嫉妬・憎悪などの感情に足を取られ、結局は分裂し、衰亡せざるを得ない。これは、古今の歴史の痛切な教訓でありましょう。
 仏法は、人間の「一念」に光を当てます。相手の「境涯」を見つめます。人種や民族、学歴や肩書など、あらゆる差異を超え、「生命」という最も不変的な大地に拠って立ちます。
 それゆえに、狭い通念や偏見に囚われず、大胆かつ率直に、心と心、生命と生命を結び合いながら、人類の新たな価値創造の活路を開いていけるのです。
 「仏法に国境はない」──これが恩師の叫びでした。私はその直弟子として、世界を舞台に、人間主義の対話のうねりを起こしてきました。
 動くことです。語ることです。たゆみなき一波また一波が、「分断」から「結合」へ、「対立」から「融和」へ、「戦争」から「平和」へ、人類史を転換しゆく潮流となることを信じて、私は戦ってきました。
 著名な経済学者であり、晩年には創価大学で青年を薫陶してくださった故・大熊信行教授は、こう結論されていました。
 「平和国家においては、政治万能の思想は存在せず、すでに政治を越えたものが、政治を指導する関係にある」
 「およそ平和主義の原点といえば、東洋でも、西洋でも、実は宗教なのであった」
 平和な国家を築くためには、人間のあらゆる営みの基底部にあって、精神性を開花させゆく「哲学」「宗教」の力が絶対に不可欠である。ゆえに大熊教授も、創価の前進に未来の希望を託してくださったのです。
 戸田先生は、青年部にこう呼びかけられました。
 「根本の哲学は、生命哲学である。われわれは、この大哲学によって、世界をリードするのである。諸君は、すでに世界的な指導者なのです」
 若くしてこの最高哲学を実践しゆく、わが青年部・未来部の友は、民衆のため、広布のため、強力な指導者に陸続と育ってもらいたい。

一緒に題目を唱え
 大事なことは、広宣流布を前進させることです。広宣流布を邪魔したり、足を引っ張ったりする魔の蠢動を断じて許してはいけない。
 戸田先生は「仏道修行をやりぬけば、あらゆる衆生から信頼され、あらゆる衆生を堂々と導いていける大境涯になる」と言われました。
 リーダーは、皆の苦しみをわが苦しみとし、皆の喜びをわが喜びとして、親身になって尽くしていくことです。一緒に勤行をし、一緒に題目を唱えていくことが大切です。
 そして、師の如く自分自身が先頭に立って、勝利の道を断固として切り開いていくことです。ここにこそ、真実の人間指導者の王道があります。
 日蓮大聖人の御心のままに、「一切衆生の同一苦」に打ち勝ちゆく創価のスクラム。この学会を護り、学会と共に歩む人生こそ「慈悲の中の大慈悲」(御書1467㌻)の前進です。
 尊極無上の正義の大連帯を一段と強め広げながら、朗らかに勝ち進みましょう!
 歓喜と幸福の「師弟桜」「勝利桜」を悠然と咲かせゆこうではありませんか!

 新世紀
  我らの舞台と
    晴れやかに
   右手《めて》に哲学
     左手《ゆんで》に慈悲もて


2009-04-02 : 御書と師弟 :
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