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随筆 人間世紀の光 No.185

随筆 人間世紀の光 No.185  (2009.3.28付聖教新聞)

我らの誉れの母校

そびえ立て 栄光の人材城
東京富士大学創立者・高田勇道先生の叫び
「人間性を開発せよ!」


君たちよ 創立の生命を受け継げ!
青春の故郷は「創価」――わが使命の旗を高らかに!


 わが母校
  見つめて勝ちゆけ
    わが友と 

 卒業は、希望の始まりだ。
 この春も、私たちの創価大学、また創価女子短大、そして創価学園は、幾多の優秀な英才を、世に送り出すことができた。創立者として、これほど誇り高い喜びはない。
 はるばる祝福に駆けつけてくださった、デンマーク・南大学のラスムセン総長が真剣に語られたように、卒業は“人間の知性とヒューマニズムが新たな世界で試される出発点”である。
 創価同窓の友をはじめ、新社会人の颯爽たるスタートを祈りたい。初めが肝心だ。すべては勉強である。張り切って学び、たくましく前進していただきたい。
        ◇
 大学会
   黄金 輝く
     広宣の
  柱と光れや
    創価の城にて

 ひろびろと大海原を望む神奈川文化会館に隣接し、恩師の「原水爆禁止宣言」の魂を継承しゆく戸田平和記念館の脇に、桜の木が植樹されている。
 その名は「富士短桜」。
 1979年(昭和54年)の秋10月、私の母校である富士短期大学(現・東京富士大学短期大学部)の大学会総会が行われた。わが高校の母校・東洋高校(前身は東洋商業)の高校会総会と合同であった。
 「富士短桜」は、この折に植樹したものである。
 台風一過の青空のもと、私は縁深き同窓の後輩たちに語った。
 「我らは人材で勝負だ!」
 ずる賢い老兵などいらぬ。去る者は去ればよい。
 私は人知れず、強靱なる青年の薫陶に力を注いでいた。新たなる人材群の育成に、一切の焦点を定めていたのである。
 名誉会長になって、半年が過ぎようとしていた。当時、嫉妬の邪宗門と結託した一派の陰謀によって、聖教新聞に、私の名前が出ることはほとんどなかった。
 しかし連日、求道と共戦の友は続々と集ってきた。
 「大学会」――出身大学を同じくするメンバーの姿も多かった。この年、私が指揮を執る神奈川の城で行われた大学会総会の集いは、実に20を数えた。最愛の創大生、学園生も訪れた。
 「先生! 先生!」と叫ぶ直結の友を、止められるものなど、何もなかった。
 この世に、師弟という結合ほど尊貴なものはない。
 それは、いかなる障魔に遭っても微塵も揺らぐことはないのだ。いな、試練の激流に遭うごとに、その絆は、いやまして強くなる。
 英国の首相アディントンは、敬愛する大学者アダム・スミスに寄せて謳った。
 「進め、偉大なる魂よ、
 誤謬の闇を蹴散らせ。
 栄光に満ちた企てを
 完成し実施せよ。
 汝の視界を
 宇宙の如く広く伸ばし、人と人を分かつ
 全ての障害を粉砕せよ」
        ◇
 「富士短桜」は、この三十星霜、戸田平和記念館を守るようにして、力強く幹を伸ばし、勝利の花を咲かせてきた。それは、山下公園に沿った銀杏並木の緑とコントラストを成して、ひときわ美しく輝くのだ。
 青春の誓いを深く交わした大学会は、現在、日本にとどまらず、世界の400大学の出身者で結成された。
 日蓮大聖人は、「仏をば世雄と号し」(御書1165㌻)と仰せである。
 「世雄」とは、荒れ狂う現実の社会の真っ只中で、先頭に立って、民衆のために戦い抜き、そして断固と勝ち抜く英雄の生命だ。
 「先駆の英雄」たれ!
 「勝利の英雄」たれ!
 「正義の青春」たれ!
 「勝利の青春」たれ!
 わが大学会、そして学生部、女子学生部の使命は、ここにある。
        ◇
 東京富士大学の創立者であられる高田勇道《ゆうみち》先生は、本年2月28日で生誕100周年を迎えた。幸運にも、私は、同大学の前身である大世学院で、高田先生の謦咳に接した1人である。
 私の入学は、1948年(昭和23年)の春4月。
 山手線の高田馬場駅で、西武線に乗り換え、2つめの中井駅へ。息を切らして坂を駆け上った。
 眺望の広がる高台にあった校舎は、戦時中は米穀の配給所として使われていた建物と聞いた。
 「いよーっ」という甲高い声とともに、高田先生は現れる。寒々とした教室が、パッと明るくなった。
 昼間、働きつめて疲れていても、居眠りする学生など1人もいない。
 「理想なき民は必ず滅ぶ」
 「人間性の開発が大事だ」
 「人類の福祉を考えよ!」
 ――高田先生の担当は政治学や政治思想史。熱情あふれる講義を聴くのが、一番の楽しみだった。
 ある時、高田先生は私に語りかけてくださった。
 「池田君は哲学や文学に、深い造詣をもっているようだな。昼は勤め、夜は学校。その中での君の努力に、わしは敬服しているのだよ」
 一学生への温かな一言に、胸が熱くなった。
 校舎の中に寄宿されていた高田先生と、夜遅くまで膝を交えて語り合った充実の一時も、忘れられない。
 資本主義と労働者の権利、民主主義と政治参加の権利等々――知識を渇仰する学生に、時代の思潮を明晰に語ってくださった。
 「時務《じむ》を識るは、俊傑《しゅんけつ》に在り」(時代を的確に認識し、行動するのは、俊敏な英傑のみだ)とは、『三国志』の一節である。
 小さな学院であった。しかし創立者の生命には、大建設への炎が、赤々と燃え上がっていたのである。
        ◇
 わが師・戸田城聖先生が生誕されたのは、1900年(明治33年)の2月、石川県であった。

苦難に負けるな!
 高田先生は9年後の2月、富山県に生を受けられた。奇しくも、ともに北陸のご出身である。相通ずる信念と不屈の光りがあった。
 高田先生は、幼くして父を失った。苦境のなか、母は毅然と、家業の農業と薬売りを続けた。その母を支え、護り、苦学を貫いていかれたのである。
 商船学校に合格するが、母を一人にはできないと、入学を断念。そして、親孝行しながら農学校に学び、農事試験場で働いた時期もあった。
 若き日の刻苦勉励の中から、人生を賭けて悔いなき偉大な理想と、世界を見据える英知と、鋼の如き人格が鍛え上げられるのだ。
        ◇
 思えば、創価教育の父である牧口・戸田両先生も、苦学と苦闘の青春であった。私も同じである。
 恩師の事業の立て直しのために、私は進学も断念して、東奔西走した。創価大学の設立構想を、戸田先生と約し合ったのも、この最中のことである。
 当時、私は、心に定めていた3点の「大事」を日記に記した。それは――
 一、意志。
 どんな難局も、必ず勝ち越える金剛の信念である。
 二、勇気。
 どんな難題にも、恐れず挑みゆく師子の魂である。
 三、誠実。
 心を尽くして、全ての人を味方にする行動である。
 若き日の私は、青年の特権である、この3つを武器を持って、一人、師をお護りし、活路を切り開いていったのである。
 ――今、100年に1度の経済危機にあると言われる。
 わが創大35期生、創価女子短大23期生、さらに創価の学生部の卒業生たちは、その荒ぶる社会に打って出ることになる。
 また、冷え切る就職戦線に挑む現役生の諸君も、悪戦苦闘の連続であろう。
 しかし、思うにまかせぬ逆境にあっても、断じて負けてはいけない。決して、へこたれてはならない。
 青春の労苦こそ宝である。現実社会での修行ありてこそ、人生勝利の基盤を深く固く築くことができる。たとえ途中で躓こうとも、その場から立ち上がり、強く大地を蹴って、さらに高く跳躍すればよい。
 中国の智者の言葉に、「人の地に倒れて還って地より起つが如し」(同1586㌻)とある通りだ。
 今のフレッシュマンたちは、2030年、創価学会創立100周年を、40代前後の働き盛りで迎える。その時が、本当の勝負だ。
 スタート地点の順位など関係ない。いかなる苦難も、人生の本舞台で勝つためのバネに他ならない。
 今に見よ!――この「負けじ魂」をたぎらせて、勝利をもぎとっていくのが、創価の誇りなのである。
 大聖人は、迫害の嵐を耐え抜き、勝ち越えた弟子・四条金吾夫妻を讃えられて仰せである。
 「何よりも爽快なのは、勝利の報告である」(同1175㌻、趣意)と。
 最後に断じて勝つ!
 これが「法華経の兵法」を持った人生の劇なのだ。
        ◇
 「真理を求める勇気、精神の力への信頼が哲学の第一の要件である」
 「人間の精神の偉大さと力とは、果てしなく大きいと考えてよいのだ」
 こう青年たちに叫んだのは、ドイツの大哲学者ヘーゲルである。
 高田先生が「東亜学院」を創立されたのは、戦時中の1943年(昭和18年)、34歳の時であった。
 高田先生は、その開校式で烈々と宣言された。
 “暴力をもって人を導くことはできない。学問の光をもって道標《みちしるべ》とせよ”
 ずる賢い権力者たちは、戦争によって多くの青年を犠牲にしていた。
 その中にあって、高田先生は、自らを犠牲にして、青年を育てゆく、教育の正道を突き進まれたのだ。
 辛苦が重なって肺病を病み、療養を余儀なくされた。さらに空襲のため校舎は焼失した。しかし、終戦後、療養先の岐阜県から上京して、病院から再建途上の学院に通い、復興への指揮を執られた。
 この頃、学校の名称を「大世学院」と改めておられる。「大世」とは“大いなる世を拓く”意義である。
 さらに「建学の趣旨」を発表され、「人道世界の建設」の理想の柱として、「大愛」「正義」「文化」を高らかに謳い上げられた。
 私が高田先生のもとで学び始めたのは、この「建学の趣旨」を発表された翌年のことであった。
 1950年(昭和25年)から短期大学の設置が可能になると、時を得た高田先生は一気呵成に手を打っていった。
 一流の人の仕事は、決まってスピードが速い。
 だが、認可への道のりは熾烈を極めた。
 学院の卒業生が、高田先生の病床で指示を受け、文部省に行っては、折衝を繰り返す日々だったという。
 同年11月に、当局の実地審査を迎えるが、結果は「ひとまず保留」。
 事実上の却下であった。
 しかし、高田先生は退かない。電光石火で7回もの改定追補の書類を提出し、早くも翌年2月、2度目の審査にこぎつけた。
 高田先生は、病床から起き上がる練習をして、この日に臨む。羽織袴で役人を応対し、血を吐くことも辞さない覚悟で、自ら校内を案内されたのである。
 その執念の姿には、文部省の委員も涙した。
 まさに、魂を燃焼し尽くしての死闘であった。高田先生は強く語られていた。
 “大学名は富士短期大学。富士の霊峰は世界における名山と称えられている。不二《ふじ》のような最良の学園と仰がれる大いなる将来を開きたい”
 1951年(同26年)3月、ついに認可が下り、5月、富士短期大学の授業が開始される。
 それを見届け、高田先生は喜びを噛みしめられながら、5月の17日、愛する校内の一室で永眠なされた。享年は42歳。
 人生の勝負は、その長さでは決まらない。
 高田先生は、使命を果たし尽くされた大勝利の証しを断固として刻まれたのである。
        ◇
 2002年、わが母校・富士短期大学は、4年生の東京富士大学の開学を迎えた。昨年には、大学院がスタートするなど、隆々たる大発展を遂げている。
 亡くなられた二上仁三郎学園長、さらに、二上貞夫理事長をはじめ、高田先生の後継の先生方の尽力の結晶である。
 「必ず大学へ」との創立者の魂は、半世紀を経て、見事に結実したのだ。
 大学を創るという挑戦と、それに伴う艱難の数々は、大学を創立した者にしか、決してわかるまい。
 高田先生は、逝去の1カ月ほど前に、こう綴られた。
 「教育とは 学生に生命をあたへてゆくことである」
 この偉大な創立者と、偉大な母校に学び得たことを、私は最大の誇りとする。幾重にも感謝は尽きない。
        ◇
 創価一貫教育の起点となった創価学園の創立から、本年で42年――。
 私と妻が、学園生、創大生、短大生、アメリカ創価大学生、世界の創価幼稚園生の無事安穏と、前途洋々たる人生の栄光を念じない日は、一日としてない。真剣勝負で一人ひとりの学生を励まし、見守り続けてきた。
 教育は、人間を創る。それが未来を創ることだ。
 ゆえに、教育こそ、最も尊き聖業である。
 これが、永劫に変わらざる私の信念である。
        ◇
 教育の結合は、国境を超え、時代を超える。
 今回、私が名誉博士の称号を拝受したデンマーク・南大学には、18・19世紀の大教育者グルントヴィ先生の教育理念が生き生きと脈打っている。
 このグルントヴィ先生の思想は、後継者たちによって、海を越えて全世界へ広がった。
 その生涯教育の理想を、アメリカで実践する学校(ハイランダー・フォーク・スクール)では、あの「人道の母」ローザ・パークスさんも学ばれた。
 世界史に輝く「バス・ボイコット運動」に立ち上がった年の夏、この学校に通われていたのである。
 パークスさんは、母校に心からの感謝を捧げておられる。「この学校で、私は自由のため、それも黒人のためだけでなく、すべての抑圧された人びとのために、仕事を続ける力を蓄えたのです」
 母校の絆こそ、あらゆる差異を超え、人間を正義と平和へ高め、そして結び合ってくれるのだ。
 恩師・戸田先生の訓練を受けきった、師弟不二の「戸田大学」の卒業生として、私が世界から拝受した名誉学術称号は、光栄にも250を数える。
 最高の信頼を託してくださった一つ一つの大学が、私にとっては、かけがえのない生命の母校でもある。
 一生涯、いな永遠に、この母校の発展と隆昌を、祈り抜いていく決心である。
 とともに、私には、大学に行かずとも、胸を張って、わが創価学会という無上の民衆大学を「心の母校」とされる、健気な同志の方々がいる。
 その使命の同窓の友と、世界からの栄誉を分かち合わせていただきたいと、いつも妻と語り合っている。
        ◇
 昨春、アメリカ創価大学(SUA)の卒業生のグループ「創宝会」の友から、記念の冊子が届けられた。
 表紙に描かれたシンボルマークは、「鳳雛の羽とペン」という創価教育伝統の校章と、その後ろに「三角形」をあしらったものだ。
 この三角形は、創立者と大学と卒業生が三者一体となり、母校を建設する意義を込めたものだという。
 私と同じ心で、愛する後輩の道を切り開かんという“若き創立者”の心意気が、何より嬉しかった。
 今、創友会、短大白鳥会、鳳友会、香友会、蛍会、金星会、創栄会、創光会、創陽会、創誓会など、創価同窓の麗しきネットワークも、地球大に広がった。
 君と私の舞台は世界だ!
 創価の青年の躍進と拡大を胸に、私は、世界を結びゆくのだ。
 君たちよ、健康であれ!
 富士の如く、勝ち誇れ!
 君たちの勝利こそ、私の勝利である。
 青年の勝利こそ、創価の師弟の勝利なのだ。

 正義なる
  わが弟子なれば
    断固 勝て
  万朶の桜の
    数のごとくに

アディントンの詩は松原慶子訳で、ロス著『アダム・スミス伝』(シュプリンガー・フェアラーク東京)から。『三国志』は「蜀書」諸葛亮伝・注から。ヘーゲルの言葉はヴィートマン著『ヘーゲル』中埜肇・加藤耀子訳(理想社)。高田勇道氏に関しては『学園創立者 高田勇道先生』(「高田勇道先生」編集委員会)、『校友会50年史』(富士短期大学校友会)、『学園20年史』(富士短期大学)等を参照。
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2009-03-28 : 随筆 人間世紀の光 :
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デンマーク・南大学名誉博士号授与式

創価大学(第35回)創価女子短期大学(第23回)卒業式/デンマーク・南大学名誉博士号授与式                           (2009.3.21 創価大学記念講堂)

 創価大学・創価女子短期大学の創立者である池田SGI(創価学会インタナショナル)会長の人間教育の推進と、国際社会の相互理解への傑出した貢献を讃え、世界の大学・学術機関から250番目となる名誉学術称号が、北欧のデンマーク・南大学から授与された。同大学第1号となる名誉博士号の授与式は21日午後、創大(第35回)、短大(第23回)の卒業式に続き、東京・八王子市の創大記念講堂で行われた。これにはデンマーク・南大学のソーレン・ヴァング・ラスムセン総長、アレキサンダー・フォン・オッティンゲン教育開発センター長、イーベン・ヴァレンティン・イェンセン准教授が出席。デンマーク大使館からフランツ=ミカエル・スキョル・メルビン駐日大使の代理としてベンツ・リンドブラッド参事官が列席した。また各界から祝賀の声が寄せられた。

ラスムセン総長の授章の辞

生命に「成長の種」を
創価の哲学はわが国の思想と共鳴

 尊敬する池田SGI会長、奥様。
 親愛なる創価大学の教職員の皆様。学生の皆様。ご来賓の皆様、ご父母の皆様。
 そして卒業生の皆様、このたびはご卒業、誠におめでとうございます(大拍手)。
 学生たちが卒業しゆく姿は美しい光景であり、素晴らしい伝統を象徴しています。
 その姿は大学の誇るべき功績でもあり、新たな知識と啓発を得た新世代の青年たちが世界へと巣立ちゆく証明です。
 卒業式は感動的な瞬間です。一つの教育課程の正式な修了を意味し、その意義と重要性を留め、ともに祝う。それは新たな時代の幕開けでもあり、人間の知性とヒューマニズムが新たな教育の現場、新たな世界で試される出発点でもあります。
 教育は現実に結果をもたらす力がある。そして人間に内なる永遠の価値を残す作業でもあります。
 その意味で、教育とは種子のようなものです。成長と生命の実りであり、ひとたびまかれた種は、人生の過程において成長し続けるからであります。
 これはデンマークの教育思想の根幹をなす考え方です。そして、私が理解する限り、創価大学の教育の本義でもありましょう。
 池田博士が書かれた創価学会の創立者・牧口初代会長の歴史を興味深く読ませていただきました。この偉大な人物の人生に私は深い感銘を覚えました。世界の人道主義が最大の脅威にさらされた戦時中の牧口会長の静かなる闘争と、平和ならびに人間に対する確固たる信念に心から感動しました。
 第2次世界大戦後、ユダヤ系ドイツ人の哲学者アドルノは、アウシュビッツのような悲劇を二度と繰り返さないためには、抑圧的ではない自由な教育文化をしっかり構築することだと結論づけています。創造的かつ普遍的な教育の実現、これこそ創価教育の根本思想にも通じます。
 創価教育運動のように、デンマークにも教育の伝統とそのあり方に大きな影響を与えた偉大な人物が多数おります。特にグルントヴィ、アンデルセン、キルケゴールはそれぞれデンマークの教育と文化に貢献した人物として挙げられましょう。
 わが国の偉大な教育改革者グルントヴィは、学校で学ぶ目的は机上の学問のためではなく、生徒一人一人の人生のためであると主張しました。学校とは生徒たちが生きることについて、人生について学び、生命の多様性について学ぶ「生のための学校」であると。
 従って、学校とは皆が自由に語り合い、社会や人生について多くを学び、覚醒する、躍動する環境でなくてはなりません。学校とは本来、人間の精神が培われる場所であり、民主主義のための教育の場です。
 この生命尊厳の理念を胸に、グルントヴィはデンマーク「国民高等学校運動」を創始しました。池田博士は、アスコー国民高等学校のヘニングセン元校長と対談されたので、グルントヴィの考え方についてはよくご存じかと思います。
 アンデルセンもデンマークの教育と文化に貢献した、もう一人の偉大な人物です。彼が書いた童話は世界中の子どもたちの心をつかみました。アンデルセンは子どもの眼《まなこ》で世界を見ていました。童話「みにくいアヒルの子」では、彼は人間の中にある弱さについて教えたかったのです。
 「みにくいアヒルの子」は数々のつらい困難に直面しますが、強い心で立ち向かう姿を美しい詩心で表現しています。童話を通じてアンデルセンは人間の本然的な価値観と人間性を伝えたかったのでしょう。デンマークでは教育の価値はこうした物語を通じても伝わっています。池田博士は子どもたちのために多くの創作童話を書き残されているので、きっと共感してくださる点だと思います。
 最後に、哲学者キルケゴールはデンマークの文化とアイデンティティー構築に大きく貢献した人物です。彼の哲学は西洋文明に多大な影響を色濃く残しています。我々が人間として、他者と共生する世界において、自身の存在と役割を覚知することが重要であると強調しました。そして、池田博士もまたキルケゴール同様、人生の哲学者であることも、よく存じ上げています。
 これら3人の偉人はそれぞれの立場でデンマークの教育の伝統に影響を与えました。彼らの実存的、哲学的、詩的な思想と理念は、デンマーク社会全体、そして「生のための教育」思想の源流です。このように教育とは、単なる経済力、合理的な生産性の向上ではなく、さらに人間を高みへと触発することに目的があります。
 しかし、実りある豊かな教育は、社会や経済の発展と関係しているともいえましょう。
 今日のわが国の教育の伝統がつくられた背景には、当時のデンマークの政治経済が国内外において困難に直面していたことが挙げられます。その時に、生涯教育という新たな視点での教育運動が国をあげて推進されたのです。そして、基本的な人間主義、利他主義、いい意味での愛国心も反映され、この新たな教育運動は、労働力の質の向上のみならず、人々の連帯感を促し、後の福祉国家デンマークの精神的、物質的な基盤となったのです。
 世界は今、同じような苦境に直面しております。数年間続いた好景気が終わり、いまだかつてない経済危機に直面しています。多くの人々の生活が脅かされ、国家も国際社会も不安定な状況に陥っています。他者を思いやる価値観が個人主義、目先の物質主義、偏狭な国家主義にとって代わられる危険性が深刻になっています。
 この経済危機を考えたとき、今こそ、近代の福祉社会の基盤となっている価値観にもう一度焦点をあてる必要がありましょう。正しい価値観の崩壊を防ぐため、「生のための教育」、個々の覚醒を促す実りある教育の実現が、未来のための重要不可欠な課題なのではないでしょうか。この点は教育が果たすべき最大の責務の一つであると思います。
 池田博士の行動にはまさに3人の偉大な哲学者の価値観が生きています。この人道的な課題をご自身の責務として、また確固たる信念として、一貫して推進してこられました。この信念は博士のご研究、幅広い教育活動、創価大学を国内外で一流の大学、人間覚醒の学舎として発展させていったご功績に具現されています。
 この機会を祝し、わが国のベアテル・ホーダー教育・北欧協力担当大臣から「池田博士に心からのお祝いと喜びの念を表し、今後ますますのご活躍をお祈りします」との伝言をあずかってまいりましたので、謹んでお伝えします(大拍手)。
 デンマーク・南大学は稀有な人物を讃えるため、第1号の名誉博士号を授与することを決定しました。教育の目的を深く理解し、国際的な視野に立ち、人間主義と国境を超えた相互理解を推進し、福祉の発展に貢献した人物を讃えるためです。
 池田博士は先駆者として、先師・牧口初代会長、恩師・戸田2代会長のご構想を継ぎ、すべてを実現されました。博士そして創価大学を生んだ両師の偉大なご功績は、日本にとどまらず、世界で大きく宣揚されています。
 わが大学は池田博士に名誉博士号を授与できることを大変光栄に思います。そして博士が1961年、欧州訪問の第一歩をしるしたデンマークからの受章が、記念すべき250番目の名誉学術称号となることを心よりうれしく思います。ますますのご活躍を祈り、両大学が今後、パートナーとして、共通の目的である教育と文化の推進を通じて平和に貢献しゆくことを心から願い、ここに名誉博士の学位記を授与いたします(大拍手)。

創立者のスピーチ

250の宝冠をわが師に捧ぐ
牧口先生戸田先生「教育の連帯で世界を結べ」
創価大学は永遠平和の要塞《フォートレス》たれ

 一、卒業、おめでとう!(大拍手)
 皆さんは親孝行の人であってください。
 女性は、お父さんに心配をかけない人に!
 男性は、お母さんに心配をかけない人に!
 これを教えるのが教育の根本です。
 本日、創立者賞を受けた3人のうち、長谷川智徳さんはいますか。
 〈「ハイ」と会場の最前列にいた長谷川さんが返事を〉
 創立者賞、おめでとう!(大拍手)
 長谷川さんは、創大工学部の最優秀の英才。とくに語学力が抜群。幅広い教養も身につけている。
 将来は、人類貢献の大科学者になっていくにちがいないと、学生や教員も期待している。頑張っていただきたい。
 〈長谷川さんから「ありがとうございます」と感謝の声が〉
 卒業生の皆さんのことは、毎日のように報告を聞いています。
 良いこともあれば、悪いこともある。
 手紙も数多くいただいています。そのなかには教員について、学生からの鋭い指摘が書かれていることもあります。学生は、よく見ている。
 教員の皆さん、よろしく頼みます。
 ともあれ、創立者として私は、いつも大学のことを真剣に考え、緻密に手を打っています。
 真剣でなければ偉大なものは築けない。世界的にはなれない。なにごとも同じです。

悲しみを越えて
 一、長谷川さんは、じつは、お父さんのいないなか、病弱なお母さんを守りながら、真剣に勉強を貫いてきた。
 そして2年前には、お母さんを亡くした。
 その悲しみを乗り越えながら、「努力しよう!」「断じて勝とう!」「親は自分の胸の中にいるんだ!」と思って、きょうの日を勝利で迎えたのです。
 お母さんも、本当に喜んでいると思います。おめでとう!(大拍手)
 また長谷川さんは、。「大学者となって、創立者を世界に宣揚したい。後世に歴史を残したい」との思いで、大学院に進学したと聞きました。
 君の心が、私は、本当にうれしかった。
 ありがとう!(大拍手)
 一、ともあれ、重ねて「親を大事に」「心配をかけてはいけない」と申し上げたい。
 これまで親にお世話になって、大学まで出してもらって、親孝行をしないならば、人間とはいえない。畜生です。
 親に対して、威張ったり、偉ぶったり、心配をかけたり──それでは、何のための親子か。
 親と子は、世界も世代も違うのだから、意見が合わない場合があるのは当然です。
 そこを上手に、聡明に調和して、いい親子、いい家庭、いい人生をつくろうとするのが知恵です。
 その知恵を引き出すのが教育です。
 教育のもとは、知恵がなければいけない。
 「親が喜んでくれるような人生」を生きなさい。そうでないと悲しい。
 皆さんは、親に対して「産んでくれとお願いしたわけではない」と言うかもしれないが、産んでもらったこと自体、どれほど感謝してもしきれないほど大きい恩があるのです。
 たとえ、親がどんな姿であっても、親は親です(笑い)。
 ご父母の皆様には申し訳ありませんが、親というのは一面、子どもに笑われながら好かれていくものです。
 ともあれ、卒業生は親孝行をしなさい。
 それが人生の根本であり、教育の根本です。
 社会で勝っていく模範の姿の根本です。
 これが分かれば、きょうの私の話は終わってもいいのです。

親孝行の報恩の劇を
デンマークの民衆教育の父
「母の声こそ喜びと励ましの泉」

「一人たりとも不幸にさせぬ」
 一、人類史に輝きわたる最高峰の大教育者、デンマークのグルントヴィ先生は宣言されました。
 「青年こそ、民衆にとって、ただ一つの希望である」と。
 わが卒業生の門出を、日本中、世界中の先輩、後輩も、未来の希望、勝利の希望として見つめ、祝福しております。
 皆さん、よく頑張った。卒業の日を迎えて、本当によかった。
 教員の皆さんも、本当にありがとうございます。学校は、教員がいいか悪いかで決まるといってよい。学生をわが子のごとく愛する──この一心が、あるかないかである。
 学生を心から愛し、大事にして、優秀な人を育てよう! 一人たりとも不幸にはさせない!──この気迫の人が本当の教育者であると、私は思う。
 私は、創価教育に携わる教育者の方々を、最大に讃嘆したい。
 留学生の皆さんも、アメリカ創価大学の皆さんも、きょうは本当にご苦労さま! ありがとう! そしておめでとう!(大拍手)
 「民衆教育の父」グルントヴィ先生は、母を讃える感謝の詩を高らかに歌い残された。
 その一節には、「母の声は喜びと励ましの泉」(山室静訳「母の貢果」、『世界詩人全集 第2巻』所収、河出書房。現代表記に改めた)とあります。
 父母の恩は、海よりも深い。
 卒業生の皆さん! 全員が、立派に成長して、勝利者となって、恩返しの親孝行を頼むよ!〈卒業生から「ハイ!」と力強い返事が〉
 一、今年は、創価教育の創始者・牧口先生が、日本の軍国主義と戦い、獄死してより、65年となります。
 私は、ただの一日たりとも、牧口先生、戸田先生のことを忘れない。「きょうも、これだけ戦いました」と、心の中で師に報告する毎日です。
 牧口先生は一生涯、“教育だ。教育が重要なのだ”と叫び抜き、逝去されました。
 ご自身も独房で、最後までカントの哲学を悠然と学び抜かれた。有名な話です。これが私たちの先師であります。
 牧口先生と、その弟子である戸田先生は、厳しく鋭く、喝破しておられました。
 ──戦争は人を不幸にし、教育は人を幸福にする。
 戦争は生命を蹂躙し、教育は生命を荘厳する。
 戦争は人類を分断し、教育は人類を結合する。
 そして、戦争は青年の未来を奪い、教育は青年の未来を無限に開く──と。
 ──だからこそ、揺るきない人間教育の城を打ち立ててゆけ!
 教育の連帯によって、世界の青年を結びたまえ!
 そうすれば、戦争も必ずなくせる。
 教育の勝利こそが、人類の永遠の勝利である──と。
 これこそ牧口先生、戸田先生が、創価大学の創立を厳然と託された、その魂であることを伝えておきます(大拍手)。
 ただ今、ヨーロッパの「教育の懸け橋」として異なる文化を結んでこられた尊き貴大学から、私は無上の栄誉を拝受いたしました。
 貴国を敬愛してやまなかった私の先師と恩師も、どれほど喜ばれることでありましょうか。
 250の宝冠を、私の永遠に尊敬する師匠、牧口先生、戸田先生に捧げさせていただき、これほどの報恩の劇はないと確信し、ラスムセン総長に謹んで御礼申し上げます(大拍手)。

民衆教育の黄金時代を
 一、心より尊敬申し上げる総長はじめ貴大学の先生方に、最大の御礼を申し上げます。
 ご恩は一生、忘れません。恩を忘れるのは最低である。私は、すべてにわたって、受けた恩は返してまいりました。わが父、わが母に対しても、恩返しをしてきました。
 各国、各界を代表なされるご来賓の先生方も、ご多忙のところ、まことにまことに、ありがとうございました。
 今、私の胸に迫る歴史があります。
 1864年、貴国デンマークは戦争の渦中にあり、危機に直面しておりました。
 この年、大教育者グルントヴィ先生は81歳。人生の総仕上げを飾りゆく、この師匠の心をわが心として、若き弟子が決然と立ち上がりました。敢然と打って出ました。戦いを開始しました。
 弟子たちは、師・グルントヴィ先生の高邁な教育理念に敵対する勢力とは、断固として戦い抜いた。
 そして師の構想を、わが使命の天地で実現して、“民衆教育の黄金時代”を築いていったのであります。
 当時の20代の弟子シュクレーダーは、この「混沌の時代」にあって、力強く綴りました。
 「創造は混沌の中から生まれてくるものだ。だから、この時代は創造の時代といってよい」「何かを成し遂げることのできる時代だ」(佐々木正治著『デンマーク国民大学成立史の研究』風間書房)と。強い強い決意をして戦いきったのであります。
 〈創価大学、創価学園は、シュクレーダーが創立したアスコー国民高等学校と教育交流を続けている〉
 貴国の歴史には、なんと勇敢な、自立した創造の魂が貫かれていることでありましょうか。
 そして、この精神の真髄を、誇りも高く現代に継承される大教育者こそ、ここにお迎えした総長その人なのであります(大拍手)。

逆境に強くあれ
 一、今、デンマーク王国は、「国民の幸福度」が世界で一番高い国とされております。
 力強い経済の競争力を誇りながら、しかも、所得格差が世界で一番、少ない。
 「汚職指数」も世界で一番少ない、高潔な国であります。
 生命を尊重し、人道に貢献しゆく国民の精神も、抜きん出て光り輝いておられる。
 貴国は教育で立ち上がり、教育で勝った、世界の模範の国です(大拍手)。
 貴国の大哲学者キルケゴールは叫びました。「私の考えでは、“勝利”とは、単に、私が勝つことではな
い。それは、たとえ自らが犠牲になろうとも、私の戦いを通して、私の掲げた理念が、勝利することである」と。
 私も同じ覚悟で、革命児として、幾多の難を受け切ってきました。師匠がおっしゃった正義を胸に秘めながら、世界を舞台にして勝利してきました。
 一切は、歴史が証明する。弟子たちを偉くするのが師匠です。君たちの勝利こそが、私の勝利であることを知ってください。また、お父さん、お母さんへの最高の親孝行であることを知ってください。
 わが創大・短大からも、一級の教育者が育っている。
 教員採用試験の合格者は、のべ5400人。校長も誕生しております。大学教員は190人。世界的な研究者も活躍している。
 司法試験合格者は172人、公認会計士は176人、税理士は132人。
 政財界も含め、世界のあらゆる舞台で、創価の学友は、逆境に強く、価値創造の実力を、どんどん発揮しております。
 卒業する皆さんも、周囲から「ああ、いい人だな」と思われる、そういう人になっていただきたい。
 “宝の心”を持つ人になってほしい。心の底から「勝った!」といえる人生を生きてほしい。社会的な成功などは、その次の話です。
 親孝行が根本だ。そして、いい友人を持ち、いい後輩、いい先輩を持って、悪人にだまされないことである。

今こそ平和の潮流を高めよ
核兵器廃絶のための政府間パネル《機構》創設を

どこにいても生き生きと!

 一、今回、総長ご一行は、過密な日程の中で、広島を訪問されます。そのお心が、尊く深い。
 私は、今年の1月の平和提言で「核軍縮のための米口首脳会談の早期開催」を提案しました。
 うれしいことに、アメリカとロシアの、どちらも40代の若い二人の大統領の対話は、この4月初旬に実現する予定となりました。
 この平和の潮流を一段と高めゆくために、今、私は新たな国際機構の創設を提唱したいのであります。
 それは、世界の科学者や専門家の英知を結集して、軍縮をリードしゆく「核兵器廃絶のための政府間パネル(機構)」の設置です。皆さん、どうでしょうか(大拍手)。
 すでに地球温暖化の問題では、同様の組織である
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)」が、国際世論を高める上で大きな役割を果たしてきました。
 今こそ「核兵器のない世界」を実現するために、新しいネットワークを構築し、平和を願う民衆の声、そして未来を担う青年の声を広範に糾合していくべき時であると、私は強く強く訴えておきたいのであります。
 あのグルントヴィ先生は教えられました。
 教育の力、対話の力で、いずこにあっても、明るく生き生きと、快活な世界を広げゆけ──と。
 わが大事な大事な卒業生の皆さんも、自らが今いる場所で、春の太陽のごとく人間性の光を放ちながら、強固な信念を持って、力強く勝利者となっていってください。
 そのことを、私は祈ります。待っています。いいでしょうか!〈「ハイ!」と元気な返事〉
 断じて勝利者になりなさい。「幸福になる人」が勝利者です。負けてはいけない。
 一、何度も言うけれども、お父さんを大切に。お母さんは、もっと大切に。
 「僕はお母さんの健康を、いつも願っているよ。僕のことは心配しなくていいからね」──たまには、こういう優しい言葉をかけてあげてほしい。そういう心づかいがあれば、家族はもっと楽しく生活していける。
 もちろん、本当にそう思って言っているかは、目を見ればわかる(笑い)。お母さんは、すぐに見破ってしまうでしょう(笑い)。
 ともあれ、私は卒業生の健康と栄光と勝利を、ずっと祈り続けてまいります。

アンデルセン
「人間を磨くには艱難が必要だ!」
苦闘を越えて栄冠をつかめ

いばらの道を!
 一、最後に、私が大好きなデンマークの童話王・アンデルセンが綴った一節を、皆さんに贈ります。
 「〈いばら《ベール》の道を切り開い《アスペラ》て勝利《アド》に至る《アストラ》!〉だ。磨かれるためには艱難が必要なんだよ」(デンマーク王立国語国文学会編集・鈴木徹郎訳『アンデルセン小説・紀行文学全集4』東京書籍)
 その通りです。
 私も苦難を乗り越えてきました。大変な青春時代でした。戦争中、わが家は4人の兄を兵隊にとられました。皆、中国などへ出征していった。長兄はビルマで戦死です。
 長兄は一度、中国から帰ってきて、再び戦争に行きました。ほかの兄たちも出征していきました。そのたびに、小さな母親が、さらに小さくなっていくような気がしました。
 しかし、当時は息子を戦争に送り出すことが「軍国の母」と讃えられた時代です。母は、「行ってらっしやい!」と表向きは気丈な姿を見せていた。
 近所の方も「おめでとうございます!」
 「またですね!」と。
 母は陰で泣いていました。
 また、立派だったわが家は強制疎開で取り壊された。別の場所に新たに家を建てました。しかし、完成した直後に、空襲で焼けてしまった。
 昭和20年の8月15日に終戦を迎えました。その時、私は17歳。肺病を患っていました。
 戦争が終わったら、日本はがらっと変わった。それまで正しいと思っていたことは、ことごとく否定されました。
 終戦時、日本にとどまっていた兵隊の中には、たくさんの荷物を抱えて帰ってくる人もいました。しかし私の兄は、外地に行っていた。兄たちは戦争が終わっても、なかなか帰ってこない。ようやく帰ってきたと思ったら、本当にみすぼらしい、惨めな姿であった。
 どれほど戦争が憎いか。当時の権力者たちが僧いか。私は一生忘れません。全部、戦争の犠牲になりました。
 だから私は、戦争には絶対に反対です。
 一、ともあれ、憧れの貴大学の麗しいキャンパスには、北欧の大詩人エーレンスレーアーの像が堂々と立っているとうかがっています。
 この大詩人の作品には、次のような一節があります。
 「しかして勇気は断じて死なず/われらのダンマルク=編集部註)は永遠に生きん」(山室静訳「デンマーク人の祖国の歌」、前掲『世界詩人全集 第2巻』所収)
 私たちも「絶対に負けない」「勝ちゆく」──こういう人生でいこう。頑張ろう!
 敬愛する貴大学と貴国の永遠の前進、ご繁栄を、私たちは心からお祈り申し上げます。
 そして、「我ら創価の勇気も不滅であれ」と申し上げ、私の御礼と祝福のスピーチを終わります。
 ありがとう! ツーザン・タック!(デンマーク語で「誠にありがとうございました」)
 卒業生、おめでとう!(大拍手)
2009-03-22 : スピーチ・メッセージ等 :
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御書と師弟 第9/10回 法華経の兵法

池田名誉会長講義 御書と師弟 (2009.3.19/20付 聖教新聞)

第9/10回 法華経の兵法

青年部の室長就任55周年──
信心は絶対勝利の利剣


御聖訓
 なにの兵法よりも
 法華経の兵法をもちひ給うべし
 「諸余怨敵・皆悉摧滅」の金言
 むなしかるべからず
       (四条金吾殿御返事、1192㌻)

一遍の題目にも偉大な功力が

 「広宣流布のために、いかなる戦いも断じて勝ち取れ! 何をおいても絶対に勝つのだ」
 戸田先生は常々、厳しく語られました。
 自身に勝ち、人生に勝ち、邪悪に勝って、幸福と正義の大道を歩む──そのための「勝利の哲学」が仏法です。戦いは、断じて勝たなくてはならない。負けるのは創価ではありません。
 昭和29年(1954年)の春3月30日、私は青年部の室長の任を拝しました。26歳。今のヤング男子部の皆さんと同じ年代です。
 広宣流布の一切の企画・立案・遂行を大胆に進め、全学会の勝利のスクリュー(推進力)として戦ったのです。
 民衆救済の「折伏戦」へ!
 誠実一路の「渉外戦」へ!
 破邪顕正の「攻防戦」へ!
 戸田先生より「青年部は、私の旗本である」と言っていただいた誉れに、わが命は燃えました。
 以来55年──。私は学会の発展と全同志の幸福のため、青年の心意気のまま、まっしぐらに戦い、「連戦連勝」の歴史を勝ち築いてまいりました。
 信心を根本にした絶対勝利の兵法──これが「法華経の兵法」です。一人も残らず全員が幸福・勝利の人生を! ここに法華経の結論があり、日蓮大聖人の願いがあられました。
 なかでも、四条金吾に送られた本抄は、短い御手紙ですが、「絶対勝利の信心」を深く御指南された重要な御書です。
 人生に勝ち、成功を収める最強の「兵法」とは何か。武士であった金吾の心に入る譬喩を用いられての御指導であります。
 ──武門を誇った平将門も、結局は敗れた。中国の樊噲《はんかい》、張良といった名将も、兵法だけでは力が及ばなかった。ただ心こそが大切なのである──。
 大聖人は、こうした史実を挙げられた後、「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(御書1192㌻)と結論されています。
 「法華経に勝る兵法なし」であります。ただ一遍の題目にも、いかに大きな力用が含まれていることか。いかなる広布の戦いも、「信心」こそが絶対勝利のための無敵の「兵法」である。まず、こう決めきることです。

不幸の悪因を催く
 この法華経の兵法で挑むならば、「諸余怨敵・皆悉摧滅」──もろもろの怨敵を、悉く摧《くだ》き、滅した──との仏の金言が現実のものとなることは間違いないと断言なされています。
 この経文は、法華経薬王品第23の文です。あらゆる「怨敵」──一切の障魔を破ることができるという法華経の功力が示されている。
 怨敵とは、個人の生活・生命に即して言えば、病魔・死魔など、自分を不幸にする働きです。社会で言えば、妙法を持つ人を嫉み、迫害する三類の強敵にほかなりません。
 そうした悪因を、ことごとく摧き滅していく。そして生命の根底から悠々たる幸福・勝利の境涯を開いていけるのが、「法華経の兵法」すなわち信心である。

戸田先生 「広宣の闘士は人間の王者」

仏法証明の勝利劇
 この「法華経の兵法」の偉大な力用を体験し、証明してきたのが、わが創価の同志であります。
 重い病気や事故、災害との闘い。経済苦や仕事での格闘。人間関係の苦労……。厳しい現実に直面し、「よし、今こそ祈って切り開くのだ!」と決意して、一歩一歩、努力を重ね、人生の風雪を勝ち越えていく。それがどれほど偉大な、仏法証明の勝利劇であることか。
 戸田先生は、微笑されながら言われました。
 「我々の姿は、貧乏菩薩や病気菩薩に見えるが、それは人生の劇を演じているんだよ。正真正銘の地涌の菩薩なんだ。人生の劇ならば、思い切って楽しく演じ、妙法の偉大さを証明していこうではないか」
 牧口先生、戸田先生が命をかけてつくられた創価学会です。この学会とともに生ききるならば、生老病死の苦悩にあっても妙法の力用を発揮して、宿命を使命へ転じながら、荘厳な常楽我浄の生命の旅となるのです。
 「広宣流布の闘士は、人間の王者である。この気概と誇りを持ち続けるのだ」
 これが、戸田先生の師子吼でありました。
 役職や立場ではありません。妙法のために戦った人が偉い。私も20代で、学会の全責任を担い、戦い、周囲を圧倒する勝利の結果をもって師匠にお応えしました。

社会の根本の大法則
 学会は、最高に尊い仏の団体です。
 戸田先生は、よく青年部に「創価学会は大聖人に召し出だされたのである。君たちの想像をはるかに超えた仏意仏勅の教団なのだ」と言われました。
 広宣流布を現実に推進する学会という和合僧の連帯を、甘く見てはならない。学会を甘く見ることは、御本尊を甘く見ることです。大聖人を甘く見ることです。学会を大事にすることこそが、仏法を護り抜くことにほかなりません。ゆえに、諸天から護られるのです。
 今、私は次の50年のため、真剣勝負で青年を薫陶しています。創価の師弟の魂を受け継ぎ、破邪顕正の「闘争力」のある青年門下が陸続と育たなければ、学会の未来永遠の興隆はないからです。
 大聖人は、「兵法剣形の大事も此の妙法より出でたり、ふかく信心をとり給へ、あへて臆病にては叶うべからず候」(御書1193㌻)と仰せになり、本抄を結ばれています。
 「兵法剣形の大事」──あらゆる兵法や剣術なども、その根源は妙法から出ている。丈夫である四条金吾に「妙法こそ、一切に勝つ根本なのだ」と教えておられるのです。
 仏法は即社会です。信心は即生活です。世間のあらゆる道は、妙法という大法則と相通じていると言ってよい。
 健康になるための法則。
 仕事で勝つための法則。
 幸福に生きるための法則。
 平和に仲良く調和し、繁栄していくための法則。
 ──すべての究極が「妙法」である。唱題によって、仏の大生命力を涌現させれば、前進する「勇気」が出る。勝ちゆく「智慧」が漲る。友を励ます「慈悲」が溢れてくるのです。
 「日々、題目を唱え、信心強盛に生き抜くことは、毎日、生命をダイヤモンドにする注射を打っているようなものだよ」と、戸田先生はわかりやすい譬喩を用いられました。

森羅万象は戦いだ
 人生は、一切が戦いです。個人も、会社も、家庭も、全部、戦いです。お母さんが子どもを育てることも、大変な戦いである。自分自身の健康・長寿も、絶え間なき病気との戦いによって、勝ちとっていくものです。
 太陽が輝く。雲が湧き起こり、風が吹きわたる。清流が迸る。こうした現象も、すべて大宇宙と連動した自然界の戦いであると言ってよいでしょう。
 要するに、森羅万象は戦いによって成り立っているのです。
 ゆえに、大聖人は「仏法は勝負」と厳命なされました。勝たなければ、幸福はない。勝たなければ、仏界の涌現もない。勝たなければ、「一生成仏」「広宣流布」もありません。
 大聖人から本抄を賜った当時、四条金吾は長い苦闘の日々を乗り越え、ようやく勝利の春を迎えようとしていました。
 金吾は信心を理由に、主君の江間氏の不興《ふきょう》を買い、嫉妬の同僚からも幾多の讒言を受け、ついには「所領没収」の危機に直面しました。
 その裏には、大聖人に敵対する極楽寺良観らの卑劣な陰謀がありました。
 しかし、金吾は一歩も退《ひ》かなかった。大聖人に御指導を仰ぎながら、不退転の信心を貫き、ついには主君の信頼を回復し、新たな所領まで賜りました。
 なぜ、金吾は勝つことができたのか。
 この御書の冒頭には、金吾がある強敵《ごうてき》にねらわれ、見事に撃退したことが記されています。
 大聖人は、金吾が無事であった勝利の要因を「前前《さきざき》の用心といひ又けなげといひ又法華経の信心つよき故」(御書1192㌻)と教えておられます。
 すなわち、①普段からの用心②けなげ(勇気)、そして③強き信心です。なかでも「強き信心」が根本であることは言うまでもありません。
 祈りとは、わが己心の「臆病」「油断」「慢心」を叩き出す修行であるとも言ってよい。どんな苦難にも負けない、いな、環境が厳しければ厳しいほど燃え上がる「金剛の勇気」を発揮して、戦い進むのです。

師弟不二で勝った
 「人間はたたかうように創られている」「人にとってたたかうことは、永遠に避けられないものである」(上田和夫訳)とは、イギリスの歴史家力ーライルの言葉です。
  「立ち上がれ、そして断固たる心をもって戦うのだ」「全力をふりしぼって戦うのだ」(山口三夫訳)。これは、フランスの行動する作家ロマン・ロランの叫びです。
 人生は闘争です。本当の勝負は、一生の最終章で決まる。ゆえに「勝って驕らず」「負けて腐らず」です。大いなる目的に向かって弛まず、忍耐強く戦い続ける人が最後は必ず勝つ。
 「勝つことは明るく楽しい。笑顔が美しい。負けることは暗く、苦しい。ゆえに人生は断じて勝たねばならない。勝ちゆくための信心であり、仏法だ」
 恩師の忘れ得ぬ御指導です。
 広宣流布のため、師と共に戦わせていただきたい。何としても、師に勝利を捧げたい。私は、そう祈り抜いてきました。この師弟不二の「心」で勝ちました。
 そして今、尊き全同志が、健康で、長生きをされ、師弟勝利の人生を謳歌して歩み抜いていかれるよう、私は祈りに祈っております。

“正義の将軍学”を若き命に

人間を主役に!──法華経は大逆転の劇
信心の随喜の万波を起こせ


 私は若き日より、師弟相伝の「法華経の兵法」を生命に刻み、あらゆる激戦に挑んできました。
 なかでも昭和31年(1956年)の「大阪の戦い」は、誰もが「絶対に勝でない」と思っていた。しかし、私は「断じて勝つ」と一念を定めていました。勝利こそ、師から託された使命だからです。
 戦いに臨む年頭、唱題に唱題を重ねる私の胸中に、鮮烈な思念が浮かびました。
 「法華経とは将軍学なり」
 御本尊と、師弟不二の信心に一切がかかっている。いかなる時代、いかなる事態に遭遇しようと、妙法の指導者の資格は、「法華経の兵法」を将軍学とするかしないかにあるのだ──と。
 私は関西の友に、勝利の要諦は第1に最高の祈り、第2に最高の作戦と最高の行動である、と語りました。
 そして、この「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(御書1192㌻)の御聖訓を拝して訴えたのです。
 「どんな作戦、行動よりも法華経の兵法、つまり信心から出た作戦、行動を用いる以外にない。それが最高の作戦であり、最高の行動となるということです。右往左往する必要はありません」
 戸田先生の元を離れて執る指揮です。その状況のなかで、何をもって前進の原動力とすればいいのか──。私は関西の同志とともに、毎朝、御書を拝し始めました。
 この御書講義が、全軍の息吹となり、爆発的な「随喜の万波」となって、日本中を驚嘆させる関西の大勝利が成し遂げられていったのです。

十界の衆生が歓喜
 法華経は、一切衆生の成仏を説き明かした最高の経典です。あらゆる境涯の衆生に、仏と同じ大生命が厳然と具わっていることを教え、その仏性を開く道を説いています。
 法華経の会座には、それまで成仏はできないと言われていた女性たちも一堂に会しました。さらに、さまざまな境涯の人たち、すなわち十界の衆生が喜々として連なりました。
 この会座に集い来った人々が、“こんなことは、未だかつてなかった!”と歓喜踊躍するなかで、万人成仏の道が燦然と開かれていくのです。
 いわば、法華経の会座自体が、それまでの常識を力強く打ち破る逆転のドラマとなっている。
 あらゆる人々が、仏の偉大な人格にふれ、仏の深遠な教えを聞いて、生命の奥底から無限の力と可能性を湧き上がらせていく。いわば、万波と広がる「人間革命」の大叙事詩──こが法華経なのです。
 この法華経の兵法を「将軍学」とすることは、現実社会のまっただ中で、すべての人々の心を揺さぶり、自身の命からも、相手の命からも「仏性」、すなわち幸福・勝利をつかむ絶対無限のエネルギーを引き出していくことにほかなりません。
 苦悩の淵に沈む人。
 差別されてきた人。
 虐げられてきた人。
 誠実に生き抜く人。
 こうした人々をこそ、全身全霊で励まし、生きる力を送り、最強の仏の境涯を開かせゆくのが法華経です。日蓮仏法であります。

庶民の心の中ヘ!
 世界的な仏教研究者である、ロケッシュ・チャンドラ博士が語っておられました。
 「釈尊は、人間を世界の中心に位置づけた、人類の精神の先駆者である」と。
 あらゆる人間を最高に輝かせ強く賢くするのが、仏法の将軍学です。
 庶民の心の中に飛び込んで、「ともに幸福になろう!」「ともに勝とう!」という渾身の励ましを送る。そして、偏見や旧習の壁を打ち破って、民衆の栄光を勝ち開く。これが「法華経の兵法」であります。
 戸田先生に初めてお会いした62年前。私自身、戦争で兄を亡くし、家を焼かれ、病魔に侵されていました。それまで信じていた価値観が崩れ去り、誰もが深い精神の闇に沈んでいた時代です。
 先生は、19歳の私をご覧になり、暗雲に包まれた私の心を瞬時に変えてくださいました。
 「一家のことを、一国のことを、さらに動乱の世界を考えた時、私は、この世から、一切の不幸と悲惨をなくしたい。これを広宣流布という。どうだ、一緒にやるか!」
 私の体中に電撃が走りました。これほど明快に、人生と社会の正道を示してくださる指導者はいませんでした。私は「この人ならついていける」と直感しました。いな、心から魅了されたのであります。

「善の力を組織化」
 戸田先生は、希有の大師匠であられました。また、本当に鋭い人間学の大家であられた。どんな人に会っても、たちまち相手の生命の奥底まで見抜かれるのが常でした。
 先生は、まるで精密機械のように、その人の生命の癖を正確に喝破されたのです。
 「歩き方、肩の怒らし方、また声で、その人がわかるものだ。ドアの開け方ひとつで、その人の悩みがわかるものだ」と、鋭く話されたこともあります。
 特に、嘘やごまかしを言う人間には、本当に厳しかった。
 「あの男の心には二心《にしん》がある」「これは嘘だ」「この話は、うますぎる」と。
 私は、その偉大な先生から、破邪顕正の将軍学を教わりました。先生の「法華経の兵法」を、わが生命に徹底的に叩き込んでいただいたのであります。
 アメリカ公民権運動の指導者・キング博士の盟友で、米国のキング記念センターの初代所長を務められたハーディング博士が話されていました。
 「希望とは、人間が、よりよき社会を築く可能性を持っていることへの確信です。しかしそれは、一人の人間が単独でできるものではありません。創造のための力を合わせていかねばなりません。キングはいつも語っていました“善の力を組織化せよ”と」
 「善の力を組織化」──重大な視点です。その最大の力である、仏の大生命力を引き出し、結合し、連帯させゆく運動が、私たちの広宣流布です。「法華経の兵法」です。友に励ましを送る学会の同志こそ、この兵法の偉大な実践者であられます。

御書根本の団結で
 私は、大阪の戦いで“妙法の善の力”を大拡大すべく、この法華経の将軍学をまっすぐに実行しました。
 それこそ、一念に億劫の辛労を尽くす祈りと行動を貫き、人々の心を揺り動かし、一変させていった。そこには、「悪鬼魔民をも味方にする」勢いがありました。
 そして、関西中の庶民の心に「我らの力で社会を変えられる!」「必ず幸福の道を開いていける!」という勇気と希望の炎が燃え広がって、「まさかが実現」の金字塔が打ち立てられたのです。
 大阪の戦いでは、ほとんどの友が入信まもない“新会員”でした。戸田先生から勝利を託された若き闘将の私に、健気なる関西の同志は、ガッチリと心のギアを合わせてくれました。
 御書根本──そこにおのずと「最高の団結」「最高の勇気」が生まれ、不可能を可能とする必勝のリズムができ上がったのです。
 大聖人は「謀を帷帳の中に回らし勝つことを千里の外に決せし者なり」(御書183㌻)との言葉を引かれています。これは、中国の『史記』に記された名将・張良の故事です。
 陣中にいながら、はるか千里の向こうにいる敵に勝つ作戦を立てる──。これが戦乱の世を勝ち抜く王道とされてきました。
 我らの兵法は「信心」です。最高の祈り・作戦・行動、そして団結・勇気! すべてを生かし、勝利の方向ヘダイナミックに回転させていく原動力が「法華経の兵法」なのです。
 小樽問答、山口広布開拓、夕張炭労事件──戸田先生が今世の指揮を執られた最後の数年間、私は先生と二人であらゆる作戦を立て、一切を圧勝で飾りました。常に先生と私、二人きりの語らいから、「千里の外に」勝利を決する創価の大進軍は始まったのです。

一心不乱の祈りを
 我らの信心の次元で言えば、「謀を帷帳の中に回らし」とは、同志が緻密に連携を取り合い、隙のないよう呼吸を合わせていくことです。その根本は、真剣な祈りです。
 大阪の戦いの間も、私は関西本部で、戸田先生が願主である「大法興隆所願成就」の御本尊に、深夜、一人で丑寅勤行を続けていました。
 誰が知らなくとも、師匠のため、広宣流布のため、一心不乱に祈り抜き、祈り切ることです。誰が見ていなくとも、大聖人が御照覧です。自分自身の仏界が見ています。そこに、諸天善神が必ず動き始めるのです。
 そして、「勝つことを千里の外に決せし者なり」とは、勇気と団結の行動です。これほど心強い、絶対の兵法はありません。
 御書は、大聖人が遺してくださった人類救済の「法華経の兵法」の指南書です。広宣流布と人生行路の一切の壁を突破しゆく「勝利の経典」であります。
 御聖訓を心肝に染め、正しく行じていくならば、わが生涯も「まさかが実現」の大勝の劇で悔いなく勝ち誇っていけることは絶対に間違いない。
 本抄を頂いた四条金吾が逆境をはね返し、勝利の実証を示したのも、師匠である大聖人の仰せ通りに「苦楽ともに思い合せて」題目を唱え抜いたからです。そして聡明に身を律し、勇気で戦い切ったからにほかならない。師匠の深き一念に心を合わせて戦えば、勝でない戦などありません。
 「創価の師弟に一生を賭けてごらん。後悔は絶対にない。勝利の笑顔で、この人生を必ず飾っていけるよ」
 戸田先生の大確信です。

君よ青年室長たれ
 私は、恩師から学んだ「法華経の兵法」で戦ってきました。法華経の兵法は、通途の兵法と比較にならぬほど優れている。いな、その根底においては、孫子の兵法なども、法華経の兵法から来ているのです。
 この「法華経の兵法」は真剣勝負で戦わなければ相伝できません。真剣勝負で師匠に続かなければ継承できない「広宣流布の相伝」であります。
 若き日以来、私はすべての戦いを「先手必勝」「電光石火」の指揮で勝ってきました。「先んずれば人を制す」──言葉は簡単ですが、勝敗を決する大事な一点です。
 あの小樽問答の勝利を喜ばれて、戸田先生は言われました。
 「敵が攻めかかってきたが、守勢に回らないで、攻勢に転じて、先手先手と攻め抜いたから勝ったのだ。攻めることが肝心なのだ」
 戦いが後手に回った場合、手間が2倍かかり、効果は少ない。先手を打つならば、皆も元気に進んでいけるし、効果は2倍になる。わずかな差でも、効果・影響はまったく違ってきます。スピードが勝負です。
 法華経は、勇猛果敢にすべてに勝ちゆく法則です。
 ともあれ、師弟不二の闘魂を燃え上がらせ、異体同心のスクラムで前進するならば、いかなる障魔が競い起ころうとも「『諸余怨敵・皆悉摧滅』の金言むなしかるべからず」(御書1193㌻)であります。
 我らは妙法の革命児です。学会は学会らしく、鍛錬し抜いた生命力で進んでいくのです。
 「師子王の心」で勝つのです。
 なかんずく、広布第二幕の勝利を決する青年部の諸君に、私は万感の思いで叫びたい。
 君よ、今こそ「法華経の兵法」で立ち上がれ! 不惜の精神で戦おうではないか! 一人一人が、私の分身の青年室長となって、痛快に勝ちまくれ!

 法華経に
  勝る兵法
    これ無しと
  縦横無尽に
    勝ちゆく人たれ

2009-03-20 : 御書と師弟 :
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ボリビア・アキーノ大学名誉博士号授与式

ボリビア・アキーノ大学名誉博士号授与式
       (2009.3.16 東京・創価学園講堂)

 南米ボリビア共和国の最大規模の私立大学である、「ボリビア・アキーノ大学」から、創価学園創立者の池田SGI(創価学会インタナショナル)会長に、東洋人初の「名誉博士号」が授与された。平和のため、民衆のために、人間主義を全世界へ広げゆく貢献を讃えたもの。授与式は16日、東京・小平市の創価学園卒業式の席上行われ、東京・関西の各キャンパスを映像と音声でつなぐ式典に、同大学のアントニオ・サアベドラ総長、ホセ・アントニオ・デチャサール理事が出席した。
 人間主義を標榜し、経済学、人文学、政治学、医学、工学、農学などの学問を通して社会奉仕の人材を輩出。中南米をはじめアメリカ、スペインなどの学術機関と交流。大学院も擁する、同国最大規模の私立大学である。
 今回、サアベドラ総長と、前総長のデチャサール理事が来日。
 総長は1994年、SGI平和行動展を見て、世界平和への闘争に共感。創価の平和・文化・教育運動に深い理解を寄せてきた。
 来日前、総長は語った。「今回は重要な使命を果たす旅です。池田博士を讃えることで、世界を結ぶ博士の偉大な軌跡に連なることができるからです」
 同国の法曹界をリードするデチャサール理事は1999年、東京でSGI会長との出会いを刻んでいる。
 「ビエンベニードス!」 (スペイン語で「ようこそ!」)
 「素晴らしい式典に参加でき、幸せです。心を揺さぶられました。すべてが報われた思いです」──総長は満面の笑みで語った。
 式典には、来賓として、ナポリ東洋大学のフランチェスカ・コッラーオ教授、ピッツバーグ大学のクラーク・チルソン准教授、ボリビアSGIのタケノ理事長、ササキ婦人部長ら代表も同席した。


サアベドラ総長の授章の辞

青年よ時代を変えゆけ
あらゆる壁を乗り越えて

 本日は栄えある創価学園の卒業式において教職員をはじめ生徒、ご家族の皆様のご列席のもと、わがボリビア・アキーノ大学のドックウェイレル理事長、学生・教職員を代表し、デチャサール前総長とともに、池田大作博士に、わが大学の最高学術称号を授与させていただき、大変に光栄です(大拍手)。
 新しい世紀が始まり、人類は、いまだかつてないダイナミックな価値を創り出しています。科学と技術が新しいライフスタイルをもたらし、国と国はあらゆる次元で緊密さを増し、グローバル化したと言えるでしょう。
 しかし資本主義の時代が終わりを告げた今、人類は実に多様で複雑な課題に直面し、解決策を見いだせないままでいます。
 例えば人口の問題、生態系の急激な破壊、市場の規制、世界経済の危機的状況、エネルギーと環境の問題などです。
 また、生物工学、遺伝学、ナノテクノロジー、新素材・材料学、宇宙開発といった最先端科学は、人類に、かつてない期待をもたらしましたが、課題も少なくありません。
 しかし、本日ここにいる学園生の皆様のような新世代の青年を目の前にし、現代のあらゆる課題は必ず解決されると確信します。皆様の使命を実感するものです。
 本日は、池田博士が歩んでこられた師弟の道を継承する日でもあるとうかがっております。学園生の皆様は、池田博士のような、教育哲学を具現化してこられた素晴らしい指導者に恵まれています。池田博士が一貫して、生涯を教育に捧げると述べられたことは、多くの人々を感化したに違いありません。その信念は本日、皆様の姿を拝見し、見事な結果をもたらしていると確信します(大拍手)。
 私は、平和と感謝という素晴らしい人生哲学をもってご卒業される皆様を心より祝福申し上げます。
 この生き方が世界に広がっていくよう、どうか皆様には、社会・経済・宗教・物理的距離の壁を乗り越え、世界の国々と、また民衆と、力を合わせていただきたいと念願します(大拍手)。
 世界が新たな局面を迎えている今、日本とボリビアは長年の間、素晴らしい協力関係を結んできたことの重要性を強調しなければなりません。それを象徴するのが、約100年前からボリビアに移住された日系移民の方々、またボリビアSGI(創価学会インタナショナル)の皆様の活動なのであります。私は1994年にサンアンドレス大学の総長の任にあった時、学内で開催された池田SGI会長の平和の行動展をきっかけにSGIの存在を知りました。この展示は1万5000人以上が見学に訪れました。
 ゆえに私どもは本日、ボリビアの国民を代表し皆様に感謝をお伝えしたい。南米の中心に位置するボリビアの国民は、皆様と距離的に遠くにあっても、その心は近くにあると申し上げたいのです。
 さて、ボリビアの国土面積は109万8581平方㌔あります。44万平方㌔が熱帯林であり、世界有数の森林地域を保有する国です。西部のボリビア最高峰サハマ山は6542㍍あり、アマゾン地方には平原地帯があり、東部には渓谷地帯が広がっています。
 自然はボリビアに豊富な天然資源の恵みをもたらしましたが、現状は以前同様の無加工原料の輸出国であり、近隣国と比べても国勢はよくありません。
 しかしボリビアにおいても、大学は国家の発展の要となる役割を担う存在であります。
 現在、ボリビアには12の国立大学、42の私立大学があり、国内各地にキャンパスを有する大学もあります。国の大学生の総数は60万人。40万人が国立校、20万人が私立校に通っています。
 ボリビア・アキーノ大学は学校法人ボリビア・アキーノ・コーポレーションの監督のもと、現在、ラパス、オルーロ、コチャバンバ、サンタクルスの四つのキャンパスがあり、2万6000人以上の学生を有します。数多くの協定の調印により、文化交流と地域統合を促進しつつ、建学の精神を支えています。
 わが大学の建学の精神は、13世紀の哲学者トマス・デ・アキーノの思想に基づき、多元的共存、尊重、融和、献身、公益、正義、自由等の価値を掲げる人材を育成することです。
 同時に知識創出と変革、そしてあらゆる分野において真実を探求し、高等教育と文化の恩恵を社会に還元することです。
 わが大学は、その最高教育と学習の場となることを追求し、技術の進歩と知識を取り入れ、人間の頭脳・身体・精神を鍛えるための人間主義的な一貫教育を目指しております。
 また、わが大学の大学審議会は首脳で構成された最高機構であり、あらゆる分野において人類に顕著な功績のある研究者、学者、団体に対し学術顕彰を行っております。
 日本の大哲学者であられる池田大作博士のご経歴と多大なるご貢献をふまえ、わが大学の最高学術称号である「名誉博士号」を授与することを推薦し、決議されました。池田博士は卓越した人格で平和の推進に身を捧げ、平和と不戦の精神に基づき、いくつもの団体を創設されています。
 池田博士は、若き日より断固たる信念と哲学で民衆のために尽力してこられました。この人間主義の行動によって、約250もの学術称号を受章され、国内外の機関より顕彰されております。
 池田博士の教育・文化への献身は、国際交流を推進する様々な団体の創設として実を結び、ボリビアのSGIのように、サンタクルス州やボリビア全土に価値を創造されています。また博士は、お若いころよりご執筆、ご詩作、そして哲学に対し大変な情熱を傾けてこられ、仏法思想の分野において顕著な活躍をしておられます。
 池田大作博士、本日、わが大学に新しい歴史が刻まれます。ここに、貴殿が人類のため、人々のために、人間主義とその文化の普及にご尽力されていることに対し、ボリビア・アキーノ大学より感謝の意を込め、謹んで顕彰させていただきます。本日は大変にありがとうございました(大拍手)。

創立者のスピーチ

一生涯「負けじ魂」で光れ!
わが使命の道を勝ち開け!

偉大になれ 幸福になれ
全員が親孝行の人に!

 一、晴れやかな卒業式、おめでとう!(大拍手)
 また、海外から来日してくださった諸先生方、本当にありがとうございます。
 心から御礼申し上げます(大拍手)。
 最初に卒業生に質問します。
 親孝行している人?〈「ハイ」と皆が挙手を〉
 では、成績優秀な人?〈「ハイ」と元気いっぱいに挙手を〉
 ボリビアの大学の先生方! これが、わが創価学園の生徒の姿であります(大拍手)。
 もう一度、成績優秀な人!〈「ハイ」と返事が〉
 あとで、“通信簿”を見せてもらおうかな(爆笑)。
 ともあれ、本当によく頑張りました。大健闘を心から讃えたい!(大拍手)
  一、じつは、私のもとには、「3・16」の意義深き卒業式を祝福する声が、数多く寄せられています。
 今朝も、海外の大舞台で活躍したスポーツ選手から祝電が届けられました。
 謹んで、皆さんに、ご報告させていただきます(大拍手)。

世界の大学で32回の講演
 一、私は、これまで、世界の大学・学術機関から要請を受けて、32回の講演を行ってきました。
 アメリカのハーバード大学では2回(1991年と93年)。今も、その講演の内容をテーマに、学術会議が開催されています。
 ロシアを代表するモスクワ大学でも2回(75年と94年)。
 中国を代表する北京大学では3回(80年と84年と90年)。
 さらに、世界最古の総合大学であるイタリアのボローニャ大学(94年)、そしてフランス学士院での講演(89年)も、万雷の拍手が鳴りやみませんでした。
 どの講演にも、一流の学者が顔をそろえます。
 そのなかで、参加者を納得させ、その期待に応えていくというのは、本当に至難の業であり、体も疲れます。
 しかし、私は、皆さん方の創立者として、世界への道を開くために、身を削る思いで、講演を行ってきました。
 また、創価の師弟の偉大さを、創価の哲学の卓越性を、満天下に示していくチャンスとも思って取り組んでまいりました。
 私は、これからも学び続けていきます。
 将来は、諸君が、この道に続いていってもらいたい。よろしく頼みます!〈「ハイ」と返事が〉
 一、キューバのハバナ大学では、講演の際に、激しい雷鳴が響きました(96年)。
 皆が心配し、不安な空気が広がった。
 その時、私は即座に、“なんと素晴らしい天の音楽でしょうか。人類の平和の大行進を、天が祝福してくれている響きです”と申し上げました。
 皆が笑顔になり、大喝采が広がったことは、懐かしい歴史のひとこまです。
 こうして、臨機応変に、人の心をつかんでいくことも大事です。そのためにも、うんと勉強してください。
 創価学園は、最優秀の生徒の集まりです。
 学問、芸術、スポーツなど各分野で、今や、日本屈指のレベルを誇る学園になりました。卒業生の皆さんのおかけです。また教員の皆さんのおかけです。
 教員の皆さん、おめでとう。また、ありがとうございます!(大拍手)

君は宝の中の宝
 一、創価学園生は、私の「宝の中の宝」です。私は堂々と、そう叫んでいます。
 きょうは、春の光が輝く卒業式、本当におめでとう!(大拍手)
 諸君には偉くなってもらいたい。経済的にも、うんと成功して親孝行してもらいたい。社会に尽くし、平和に尽くして、「私はこのようになりました」と、胸を張って言える人になってもらいたい。
 そのために創価学園はあるのです。
 私も青春時代、ただ「恩師に喜んでもらいたい」との思いで、戸田先生に尽くし抜いてきました。
 一、私はかつて、大歴史学者のトインビー博士から要請を受け、対談しました。のべ40時間にもなります。〈1972年、73年〉
 その時に、3人の通訳でも博士の話に追いつかず、苦労したことがあります。
 また、博士のご招待で、一流の紳士しか入れない(会員制の)クラブに行った時のことです。通訳なしで、長時間過ごすことになり、英語のあまりできない私は、本当に困りました。「ああ、もっと英語を勉強しておけばよかった」と心から悔やみました。
 戦争中に10代を過ごした私は、国家によって「英語を学んではならない」と言われてきた世代でした。
 ゆえに学園生の皆さんは、学ぶことに貪欲であってもらいたい。
学ぶチャンスを逃してはなりません。

心こもる一言を
 一、対談の際、私はトインビー博士に「少年時代、心に決めていたことは何でしょうか」と質問しました。
 博士の答えは、簡明にして、明快でした。
 微笑みながら、こう言われたのです。
 「父母の恩に報いたいと願っていました。そのためには、しっかり勉強し、世に出て、両親を安心させることだと考えていました」
 あの大学者が「父母の大恩に報いる」 「両親を安心させる」そのために、学び、人々に貢献することを決意したというのです。
 恩に報いる──人間として偉いか、偉くないのかは、この一点で決まります。
 諸君は、お父さん、お母さんを大事にし、守ってあげなさい。喜んでもらいなさい。
 「今回はちょっと成績が悪かったけれど、心配いらないよ」とか、女性なら「お父さんが一番好き。恋愛なんてしないから」とか(笑い)、心のこもった言葉をかけて、安心させてあげることです。
 皆さんが、朗らかに、和気あいあいとした家庭をつくっていくのです。
 言葉が大事です。思っていても、言わないと伝わらないものです。
 そういうことも、大事な勉強です。
 ここで、「お母さん万歳」「お父さん万歳」を贈ってはどうだろうか(大拍手)。〈創立者の提案により、学園生全員で「万歳」を行った〉
 「親孝行」は、世界の偉人に共通する哲学です。
 学園生は、必ず親孝行をする。
 親孝行をして、必ず偉い人になる。
 これをきょうは、決議しよう!(大拍手)

学ぶ人が幸福
 一、トインビー博士は、ボリビアの天地への訪問を希望されていました。ボリビアの民衆の繁栄と勝利を見つめておられました。
 今回、そのボリビアから、わが創価学園に来ていただき、トインビー博士も、どんなに喜んでおられるか。
 ボリビアの未来を開く名門である貴大学は、13世紀の大哲学者トマス・デ・アキーノ(トマス・アクィナス)の名前を掲げておられます。
 私も世界の大学者との対談や講演で、その哲学に光を当ててきました。
 トマス・デ・アキーノは述べた。
 「人間のすべての営みの中で知恵の探求はより完全、より高貴、より有益であって、より大きな喜びをもたらす」(稲垣良典著『トマス・アクィナス』講談社学術文庫)
 真剣に学び抜く青年こそ、どんな大富豪よりも、有名人よりも、権力者よりも、絶対に幸福です。
 この日本一の学園で学びきった諸君こそ、最も誇り高い。青春の勝利者である誉れを胸にもって、生き抜いていただきたい。
 きょう私は、学園生と一緒に、最高の栄誉を受けさせていただくことができました。これほどの喜びと光栄はありません。両先生、まことにまことに、ありがとうございました(大拍手)。
 ー、ここにお迎え申し上げたサアベドラ総長は、資源の豊かな国ボリビアを代表する、一流の地質学者です。
 ボリビアの国土は、金、銀、錫、そして石油、天然ガスなどの資源に満ちています。
 そのなかに、リチウムという、電気自動車などに用いられている希少金属があります。
 この金属は、世界の埋蔵量のうち、じつに約半分がボリビアの大地にあるといわれております。
 こうした素晴らしい自然の宝が発見された陰には、2世紀にわたる、地質学者たちの尊い努力がありました。
 偉大な事業は、執念の挑戦、そして努力によって成し遂げられることを、見逃してはならない。いいですね?〈会場から「ハイ!」と元気な返事が〉
 総長は、厳然と語っておられます。
 「勝利とは、さまざまな失敗を経て、最後に得られるものである」
 深い深い言葉であり、真理であります。
 思うようにいかない時も、へこたれない。あきらめない。朗らかに前へ進み続けた人生が、最後は必ず勝つ。
 まさしく不屈の「負けじ魂」こそ、真の生命の宝であり、底力であります。

学園出身の博士は260人に!
 一、皆さんの先輩方も、「負けじ魂」で、偉大な使命の道を勇敢に切り開いてきた。
 創立40年を経て、博士号を勝ち取った学園出身の英才も、260人を超えます(大拍手)。
 世界的に注目される大研究者も出始めました。社会の指導者としても活躍している。私はうれしい。ありとあらゆる分野で、わが学園生は光っています。
 昨日も学園出身の2人の女性から、それぞれ、「物理学博士」「文学博士」になりました──という手紙をいただいた(大拍手)。これらの報告は、大事にとってあります。
 そして、この文学博士からは、自らの決意を込めて、大文豪トルストイの箴言が一緒に届けられた。
 それは、私も大好きなトルストイの言葉であります。
 「私の内面には、善と真実に対する愛と、悪と虚偽に対する怒りが秘められている」
 「わが人生の一歩一歩が、悪との闘いなのである」──こう書いてありました。
 一、ここに同席してくださっている、私の大切な友人であるデチャサール理事(前総長)は、正義の獅子であられます(大拍手)。
 理事の青春時代、高潔な建築家の父上は、正しいがゆえに、悪辣な権力から、不当に仕事を取り上げられて、迫害されました。どれほど悔しかったことでありましょうか。
 正しい者がいじめられる。私も何度、卑劣な中傷を受けてきたことか。迫害されてきたことか。しかし、正邪は今、すべて明らかになっています。
 若き理事は歯を食いしばって、正義の父を苦しめた社会の悪への怒りを燃え上がらせました。
 そして「断じて正義が勝つ社会にしてみせる」と固く誓った。そのために力をつける以外ないと、学んで学んで学び抜かれた。「巌窟王」の心です。
 理事は遂に、貴国の最高裁判所の判事となり、正しい社会の大建設の名指揮を堂々と執られてきたのであります。最高の親孝行の歴史です(大拍手)。
 ボリビアの詩人であり、作家のディエス・デ・メディナは叫びました。
 「人間は、高みから落ちるか、それとも、つらい坂を登って成長するか、そのどちらかしかない」
 「落胆と、すべての靄を振り払え。
 生きることは美しい。行動することは、さらに美しいのだ」

師の後を継いで
 一、51年前の3月16日、わが師匠である戸田先生は、創価の未来の一切を私に託されました。
 当時、私より年上の幹部も大勢いた。しかし先生は若い私に、すべてを明確に、厳格に託してくださった。
 だれが真実の弟子なのか。師匠は、すべてをきちっと見ているものです。
 私は戸田先生の後を継ぎ、あらゆる難をー身に受け切りながら、全世界に平和と文化と教育の道を開いてきました。世界からの名誉学術称号も、250に及ばんとしています。「世界一」の知性の栄誉となりました。
 戸田先生の不二の弟子は、断固として勝ちました。
 そして今、この「師弟の勝利の大城《しろ》」を、わが学園生の君たちに託します。偉くなって、勝って、そして親孝行をしてもらいたい。
 その「心」と「魂」を、受け取っていただきたいのだ。頼むよ!〈会場から「ハイ!」と元気な返事〉
 世界で活躍する人、正義の人、民衆に尽くす知性の人が陸続と出てもらいたい。
 立派になって、お父さんやお母さん、健気な庶民をバカにしてきた人間を見返すのだ。仇を討つのだ──それくらいの決意で頑張ってもらいたい。
 一、お父さん、お母さんに何かを言われたら、まずは返事をすることです。
 「テレビばっかり見ちゃだめだよ」 「ハイ!」(笑い)
 「勉強しなさい」「ハイ!」(笑い)
 こうやって、うまく「頭」を使うのです(笑い)。もちろん、返事だけで実行しないと、そのうちに怒られる(大笑い)。
 嘘は絶対にいけません。嘘をつく人間は、最後は自分自身が「心の牢獄」に捕らわれてしまう。
 お父さん、お母さんを悲しませない。少しでも喜んでもらう。いくら成績が良くても、こうしたことがわからなければ、本当の「勉強」をしたことにはなりません。

荒波を越えゆけ
 一、ともあれ、わが学園生は、断じて負けるな!
 負ければ、みじめです。バカにされる。
 私は、あらゆる苦難を越え、すべてに勝ってきました。
 皆さんも一生涯、すべてを勝ち越えていくのだ。これが創価です。究極の人生の結論です。
 いかなる嵐や荒波があっても、一生涯、負けるな!
 もし、ー時《いっとき》は負けたとしても、「負けるが勝ち」という方程式もある。最後に勝てばいいのです。
 悠々と青春時代を、この人生を生きなさい。そして、全員が、親孝行してください。
 自分が変われば、お父さん、お母さんも喜ぶし、やがて変わっていく。
 全員が、偉くなっていくのです。
 全員が、幸福の博士になるのです。
 これはまだ先の話だけども(笑い)、結婚する場合は、素晴らしい人と一緒になってもらいたい。
 結婚する時は、親に相談し、学園時代の先生や友人など、信頼できる人にも相談することだ。
 単なる「好き」「きらい」だけでは、幸福にはなれません。結婚で、不幸になってしまう場合もある。このことも、大切な皆さんのために申し上げておきたい。
 そして、きょう集まった全員が、「私の人生は勝ち抜いた!」と言い切って、誇り高く、「万歳!」を叫んでいただきたい。
 卒業生の健康と成長を、私は妻と一生懸命、祈り抜きます。君たちを護り、勝利の道を開き続けてまいります。
 そして、「偉大なるボリビア・アキーノ大学に無限の栄光あれ!」
 「敬愛する、憧れのボリビア共和国に永遠の繁栄あれ!」とお祈り申し上げ、私の御礼のスピーチといたします。
 ムーチャス・グラシアス!(スペイン語で「大変にありがとうございました!」)
 ありがとう! おめでとう!(大拍手)
2009-03-17 : スピーチ・メッセージ等 :
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随筆 人間世紀の光 No.184

随筆 人間世紀の光 No.184  (2009.3.16付聖教新聞)

師弟の宝冠「3・16」

大法戦で受け継げ! 広宣流布の闘士の魂
師弟とは何と壮大なロマンであることか!

青年・勝利へ「まことの時」は今だ!
競うて来たれ! 旗持つ若人よ

 嵐にも
  怒濤の日々も
   欣然と
  君よ 勝ち抜け
     青春長者と

 韓国の信念の大指導者、呂運亨《ヨウニヨン》先生は語った。
 「青年だけが、常に計り知れない遠大な理想を持っている。そして青年だけが、大きな理想を憚りなく、大胆かつ勇敢に実現していく真に躍動する力がある」
 韓国を代表する総合誌『月刊朝鮮』のインタビューにお答えして申し上げた、私の好きな箴言である。
 ともあれ「青年」である。いな、「青年」しかいない。
 フロンティア・スピリット(開拓精神)に燃えゆく青年の勇気と行動こそが、時代を動かし、希望の太陽を燃え昇らせる。
 新たな歴史の幕開けは、いかなる時代にあっても、常に、若い世代の手によって成し遂げられるのだ。
        ◇
 今月、世界60力国・地域から、尊き地涌の英雄たちが、3・16「広宣流布記念の日」を祝賀するSGI(創価学会インタナショナル)総会に勇み集った。
 「一閻浮提広宣流布」の御遺命の通り、仏法の人間主義の旗は世界中に翻る。
 「旗持つ若人 何処にか
 富士の高嶺を 知らざるか
 競うて来たれ 速やかに」──と、わが師・戸田城聖先生は、「同志の歌」に歌われた。
 「世界広布の旗」を高く高く掲げ抜く、真正の若き弟子の出現を、どれほど喜んでおられることか。
       ◇

 大聖人
   広宣流布を
     命じたり
  創価の一類
    正しく符合と

 それは、51年前(昭和33年)の3月上旬。先生は私に、友人である当時の首相が3月16日に来訪することを告げられた。そして、男女青年部で歓迎式典を行うように命じられたのである。
 「青年部の力で、将来のために、広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典をしようじゃないか!」
 先生は、国家の最高指導者層に、自らが手塩にかけて育成した、新時代を担う青年たちの勇姿を見せておきたいと願われていた。
 とともに、青年たちに対して、広宣流布とは決して狭い宗教次元にとどまらない。大きく堂々と、社会の平和と繁栄に関わることを示されようとしたのだ。
 そして最重要の一点は、「地涌の菩薩」として、師は、全生命を懸けてきた広宣流布の印綬を、後継の青年に託そうと、深く決意なされていた。
 未来は、青年で決まる。ゆえに真実の青年を育て、一切を託す以外にない。
 師の声が厳然と響いた。
 「この式典の全責任は、君がもつのだ。思い通りに力いっぱいやり給え」
 「はい。見事な後継の誓いの集いにいたします!」
 一瞬の呼吸だった。
 10年に亘る師匠の厳しき訓練と弟子の常随給仕は、重大な結実を迎えていた。
 「3・16」は、先生と私、第2代と第3代の師弟不二の大儀式であった。
 法華経に説かれる付嘱の儀式に通ずる深義を、私は深く心中に期していた。
 そして私と共に、愛する青年たちが、永遠に同じ決意で、広宣流布の誓願に立ち上がりゆく日となった。
       ◇
 新世紀
  若き指導者
   立ち上がれ
  広布の後継
    使命 深しと

 「後継」とは、広宣流布の血脈を受け継ぐことだ。
 他の「誰か」ではない。「わが身」に広布の誓願を打ち立てることだ。
 命ある限り、断固として、絶対勝利の正義の旗を打ち立て続けることだ。
 私は、3月6日に「大阪事件」の公判に出廷したばかりであった。
 師と学会の防波堤となって、魔性の権力との大闘争を、一段と勇猛に開始した時であった。
 破邪顕正の剣で、三類の魔軍を打ち破るのだ!
 「戸田の命よりも大事な広布の組織」と言われた学会を、命に代えても護り抜かねばならぬ!
 わが使命を、ひしひしと感じてならなかった。
 アメリカの知性の砦・デューイ協会のガリソン会長は語ってくださった。
 「教育とは、世代から世代へ受け継がれ、伝えられていくものです。青年の役割は、とても大事です。
 誰よりも池田会長は、後継──受け継ぐという決心の重さを、よくご存じです」
       ◇
 集え、師のもとヘ──
 「3・16」の連絡は緊急を要した。今のように携帯電話はない。まだ電話それ自体が少ない時代だった。それでも、電光石火、あらゆる会合や家庭訪問や電報で、瞬く間に伝えられた。
 とても大事な行事であること以外には、「椀と箸を持参せよ」とだけ聞いて、貸し切りバスや夜行列車に飛び乗った友もいた。青年のために、戸田先生が心づくしの「豚汁」を用意してくださっていたのである。
 首都圏と静岡の男子部、女子部のメンバーを中心に、広宣流布の使命に燃える若き弟子たちは、晴れやかに走り来たった。関西など各地からも駆けつけた。
 「競うて来たれ 速やかに」との歌詞の如く、正義の大将軍のもとへ馳せ参じた青年男女は6000人──。
 法華経の涌出品に記された「六万恒河沙」にも通ずる陣列となった。吐く息も白い、早朝7時には、全員が勢揃いしたのである。
 師弟共戦こそ、皆の願いであり、喜びであった。
       ◇
 「いざ」という時、どう動くのか。いかに師と共に、立ち上がるのか。いかなる一念で、祈り、戦うのか。
 仏法は勝負だ。その究極は、今この時の「人の振舞」だ。勝つか負けるか、人生の正念場はそこにある。
 この「いざ」という時に、臆病と慢心ゆえに師を裏切り、同志を裏切った忘恩の所業は、永劫に消すことのできぬ汚点と刻印される。
 「つた(拙)なき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし」(御書234㌻)と、御聖訓に仰せの通りだ。
 大聖人の呵責は過去の話ではない。現在も未来をも映す、信心の明鏡である。
 昭和25年、戸田先生の事業が窮地に陥った時もそうであった。日頃、偉ぶっていた人間が唾を吐き、我先に逃げ出していった。
 正しき師弟の道、すなわち広宣流布の命脈が閉ざされるかどうかの、この学会存亡の危機にあって、私は、戸田先生を必死にお護りした。歴史上、類例がないくらい、死に物狂いで師匠を護って護って護り抜いた。
 弟子の道を、師弟不二という絶対勝利の黄金道を、未来永遠に、荘厳なまでに残し得たと自負している。
 ともあれ、今も同じだ。真実の青年であるならば、苦難が大きい時ほど、広宣流布の大願を高々と掲げることだ!
 建治2年(1276年)の3月18日、日蓮大聖人は、師匠を御護り申し上げようと、真心の御供養を尽くす若さ南条時光を、こう讃えられた。
 「法華経の命をつ(継)ぐにあらずや」 (同1530㌻)
 法華経の真の行者であられる師匠にお仕えすることは、そのまま法華経の命である「万人成仏」の正道に入ることだ。それが、「一閻浮提広布」の大道を広々と開いていくのである。
       ◇
 3月16日、青年たちが勢揃いした約2時間後のことである。
 静岡県内で、貨物列車の脱線転覆事故が発生した。
 じつは、同じ時間帯、青年部の流れとは別に、記念の登出会に向かう各地の同志もおられた。
 ダイヤが乱れたため、足立支部のメンバーや、小樽、仙台、一関、山形からの同志も、不便を強いられた。
 復路にも影響が残って、九州の熊本、大牟田の友の帰着が遅くなってしまった。だが、幸いにも、わが同志は無事であった。皆、少々の苦労など笑い飛ばし、「いい思い出だよ」と悠然としていた。
 一切の運営の責任を担い、諸行事の無事故を祈りに祈り続けていた私も、心から安堵した。
 私は、総責任者として、来賓の歓迎に万全を期するとともに、こうした突発的な事態にも、時々刻々と対処していったのである。
 あらゆる魔の跳梁をはね返し、同志に安心を与え、勝利の指揮をとるのだ!
 これが、師弟直結の青年の使命である。
 こうした一切無事故の運営を、私と不二の呼吸で支え抜いてくれたのが、輸送班であった。これこそ、皆が若き広布の大樹と仰ぐ、わが創価班の前身である。

「創価班」の精神
 嵐があろうが、雪が降ろうが、いついかなる時も、厳然として全会員の無事故を祈り、護り抜く。断じて護り抜いてみせる!
 これが「輸送班」即「創価班」の決意であり、誇りであった。
 この歴史に輝く「3・16」の無事故・大成功も、わが輸送班の不眠不休の奮闘の栄光であり、勝利であった。
 青年部の室長である私のもとで、鍛えに鍛え抜いてきた、その底力をいかんなく発揮してくれた。
 私自身、草創の輸送班の仕事を、全部、やってきた。輸送班に「学会厳護」「師弟厳護」の魂を打ち込んできたのは、私である。戸田先生をお護りする弟子の戦いを、そのまま輸送班に伝え抜いてきたからだ。
 第1に、師弟直結の信心
 第2に、会員厳護の誓い
 第3に、迅速な行動
 第4に、緊密な連携と団結
 第5に、障魔を打ち破る言論戦
 この学会精神の真髄を、まっすぐに受け継ぐのが輸送班であり、誉れの創価班だ。私が創価班の「先駆者」であり、「育ての親」である。つまり、創価班は、わが直系の後継者であり、不二の弟子なのだ。

 わが誇り
  世界一の
    創価班
  君らに頼まむ
   世界の創価を
      ◇
 あの日、首相の来訪は、周囲からの横やりに振り回されて、実現しなかった。
 首相から直接の謝罪の電話が入ると、それまで横になっておられた戸田先生は、起き上がられて受話器をとられた。そして衰弱し切っていたお体のどこから出るのかと思われるほど、烈々たる声を発せられた。
 「青年を騙すことになるではないか!」
 「私に詫びよといっているのではない。詫びるのは、青年たちにだ!」
 まさに師子吼であった。
 今、世界中からの元首や最高指導者を、青年と共にお迎えする私の心には、常に戸田先生の会心の笑顔が光っている。
 首相の名代として出席されたご家族を、戸田先生と共に、最大の礼を尽くしてお迎えさせていただいたことも、忘れ得ぬ劇である。
 ともあれ先生は、6000の青年に叫ばれた。
 「創価学会は、宗教界の王者なり!」
 恩師の大宣言は、雷鳴の如く、青年たちの胸にこだました。師を見つめる乙女たちの瞳は、何と涼やかに光っていたことか。どの顔も、崇高な誇りに輝いた。
 その師弟を、白雪の王者の富士が見守っていた。
       ◇
 広宣の
   尊き戦友
    創価かな
   一人も もれなく
     勝利の王者と

 「われわれの王、それは心です」と、古代ローマの哲人セネカは言った。
 内なる心の玉座に、邪悪が居座れば人間は不幸だ。
 その「心」を正義と勝利へ指導する根本が、宗教であり、思想である。
 わが胸中に、正しき大善の信念を打ち立ててこそ、人間を幸福に、世界を安穏に変えゆく「立正安国」の大道が開かれる。
 全人類を救済する「一切経の大王」たる法華経を、創価の師弟は、正しく如説修行しているのだ。
 それは、世俗の権力などには、いささかも翻弄されない。大宇宙の究極の法則に合致して、「九識心王真如の都」の妙法を行ずる師子王なのだ。
 「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし」(御書957㌻)とは、大聖人の御断言であられる。
 青年よ、胸を張れ!
 何ものも恐れるな!
 君たちは、若き師子だ。
 創価の師子王の後を継ぐ「戦い人」なのだ。
       ◇
 「広宣流布の模擬試験」を経て、いよいよ世界広布の本舞台へ船出した若人たち、乙女たちは、第3代会長に就任した私と心を合わせ、一心不乱に慈折広布の戦野を切り開いてくれた。
 威風も堂々、20世紀後半の学会大興隆の中核を担い立った。「世雄」の境涯を開き、社会の第一線にも躍り出ていった。
 21世紀の今や、その子や孫たちが、社会の大空に羽ばたいている時代である。創価学園・創価大学の出身者の活躍も嬉しい。

不惜身命で勝った
 若き南条時光への御文に「をなじくは・かり(仮)にも法華経のゆへに命をすてよ、つゆ(露)を大海にあつらへ・ちり(塵)を大地にうづ(埋)むとをもへ」 (同1561㌻)と仰せである。
 広宣流布に共に生きゆく同志は、誰もが永遠不滅の福徳の大海原へ融合して、自在の大境涯を開くことができる。微動だにせぬ大地の如く、いかなる風雪にも負けず、勝利の花を爛漫と咲かせゆく自分を築き上げることができる。
 不惜身命だから、創価の師弟は勝った。
 死身弘法だから、学会は王者となった。
 この一点を見失っては、絶対にならない。
 創価の「師弟の道」を歩み抜く時、最後には「所願満足」の勝利の人生をつかみ取ることができるのだ。
       ◇
 偉大なる
   難攻不落の
      広宣城
  師弟一体
     永遠《とわ》に光りぬ

 今月、また先月の本部幹部会で披露された女子部の池田華陽会、そして男女学生部の清新な歌声が、今も私の胸にこだましている。
 15年前の3月16日、学生部の精鋭によって結成された「21世紀伸一会」の友も、立派に成長した。今も新たな結成は続く。
 先輩格の「伸一会」は、私が“将の将たれ”と期待し薫陶を重ねてきた人材育成グループであった。
 新世紀に躍り出た幾多の若き「伸一」が、後継の陣列を広げてくれている。
 51年前、広布後継の「3・16」を終えた、ある日の朝、戸田先生は病床から私に語られた。
 「昨日は、メキシコに行った夢を見たよ」「世界が相手だ。君のほんとうの舞台は世界だよ……」
 その遺言通りに不二の弟子は、大鵬《おおとり》の使命の翼を全世界に広げ、192力国・地域で、後継の弟子が乱舞する時代となった。
 師弟とは、何と壮大なるロマンであることか!
 師弟とは、何と不滅なる歓喜の劇であることか!
 あのメキシコでは若き奮闘が光り、アルゼンチンも最高の青年連帯を広げる。中南米も、北米・オセアニアも、アジアも、アフリカも、「青年サミット」が新出発した欧州も、美事に勝利の「3・16」を飾った。
 弟子の栄光が、師匠の栄光である。青年の勝利が、未来の勝利である。
       ◇
 現在、私は、ナポレオン家の当主であるシャルル・ナポレオン公との連載対談を続けている(「第三文明」誌上で)。
 かの“世紀の英雄”ナポレオンは叫んだ。
 「旺盛に行動せよ、他の模範たらんことを心掛けよ。因循姑息なること勿れ。怯懦《きょうだ》なること勿れ、大胆に前進せよ。一切の事物に対して果断なれ」
 君だちよ、偉大な正義の闘争を勝ち切って、堂々と、誇らしく掲げゆくのだ。
 君の青春の勝利の旗を!
 師弟の栄光の大旗《たいき》を!

 激流も
  険しき山々
    敢然と
  乗り越え 勝ち越え
      広布の旗 持ち

 呂運亨の言葉は『夢陽呂運亨全集1』(図書出版ハヌル)゠韓国語。セネカは『道徳書簡集(全)』茂手木元蔵訳(東海大学出版会)。ナポレオンは『奈翁全伝7 ナポレオン史話』著作代表・長瀬鳳輔(隆文館書店)。


2009-03-17 : 随筆 人間世紀の光 :
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御書と師弟 如我等無異と報恩

池田名誉会長講義 御書と師弟   (2009.3.7付 聖教新聞)

第8回 如我等無異と報恩

「師弟不二」の最高峰へ登れ

御聖訓
 「我等具縛《ぐばく》の凡夫
 忽《たちまち》に教主釈尊と功徳ひとし
 彼の功徳を全体うけとる故なり
 経に云く「如我等無異」等云云」
            (日妙聖人御書、1215㌻)

「報恩」の一念に仏と等しい大功徳

 「私が牧口先生のことを話すと、止まらないのです」
 恩師・戸田城聖先生は、よく言われました。
 「私と牧口先生の仲は、親子といおうか、師弟といおうか、汲みきれないものがあるのです。私は先生の本当の境地を知っていた。他の者たちは知らなかった。私は『今に牧口先生と会っていたことが、自慢になる時期がくるんだ』と言っていた。そして今、その通り、門下生の誇りになっている」
 牧口先生と戸田先生は、三類の強敵と戦い抜かれ、広宣流布の指揮を執られるご境涯において、一体不二であられました。
 弟子を自分と同じ境涯に、いな、自分以上の立派な人間に育てたい──。これが師の願いです。弟子を思う師の慈悲は、天空よりも高く、大海よりも深い。弟子が思っている以上に、幾千万倍も高く深いものです。
 その師の期待に、何としてもお応えするのだ──そう一念を定めて、祈り戦う弟子の生命には、師と等しい力が湧き出てきます。この「師弟不二」こそ、仏法の根幹です。
 日蓮大聖人は、女性の弟子への御聖訓に仰せになられました(「日妙聖人御書」)。
 「我等具縛の凡夫忽に教主釈尊と功徳ひとし 彼の功徳を全体うけとる故なり、経に云く『如我等無異』等云云」(御書1215㌻)
 ──煩悩に縛られた我ら凡夫は、たちまちのうちに教主釈尊と等しい功徳を受けることができるのです。それは、釈尊の功徳の全体を受け取るからです。経文に「如我等無異」とある通りです──。
 あまりにも深遠《じんのん》な御聖訓です。苦悩多き凡夫である私たちが、妙法の功力によって、そのまま仏の大生命を我が身に輝かせていける。最高にありがたい、御本仏の大慈悲の法門です。

仏の境涯に高める
 ここに仰せの「如我等無異」とは、法華経方便品第2の経文です。「我が如く等しくして異なること無からしめん」(法華経130㌻)と読みます。
 釈尊が、弟子たちを自身と全く等しい仏の境涯に高めるという誓願を果たされた、という金言であります。
 大聖人は“この経文にある通り、教主釈尊と同じ功徳を受けられるのですよ、だから安心しきって信心に励んでいきなさい”と日妙聖人を力強く励ましておられるのです。
 法難の獄中で仏法の真髄を悟達された戸田先生は、ある会合で、信心の功徳に満ちあふれた体験発表を喜ばれながら、愉快そうにこう話されました。
 「さきほどの体験にあるような功徳は、まだ功徳の内に入りません。私の受けた功徳をこの講堂一杯とすれば、ほんの指一本ぐらいにしか当たりません」
 もっともっと大功徳を受けられるんだよ、とのお心でした。ご自身が仏法を行じ抜いて得た無量無辺の大功徳を、全学会員に一人残らず、等しく実感させたい──これが先生の祈りであられたのです。
 「如我等無異」という思想は、古今東西の思想・宗教の中でも、まことに革命的な人間主義の大哲理です。万人を皆、仏と等しい存在に高めていく──そう宣言しきれる教えが、他にどこにあるでしょうか。
 大事なのは、民衆です。民衆は目的です。手段ではない。その民衆を手段にして利用しようとするのが、権力の魔性です。そうではなく、民衆を目的とし、すべてを、民衆の幸福のために、民衆奉仕の方向へ持っていくのが、仏法の心です。そのための究極の力が「如我等無異」の妙法なのです。

人類の希望の法理
 「如我等無異」の根本には、「師弟不二」の精神があります。この師弟の精神が忘れ去られてしまえば、仏は民衆と隔絶した特別な存在へと権威化されてしまう。インドから中国、日本へ流伝するうちに、真の仏教が衰退していった一因もここにあります。
 法華経の真髄を行ずる日蓮仏法は、こうした宗教史の宿命を打破する希望の法理であります。
 「彼の功徳を全体うけとる故なり」。すなわち、仏が長遠の時間を経ながら、無量の修行によって得た大功徳、その大境涯の全体を、妙法を持つ私たちはわが生命に「忽に」受け取ることができるのです。
 戸田先生は言われました。
 「御本尊と大聖人と自分自身とが区別がないと信じて、そのありがたさを心にしみて感謝申し上げながら、題目を唱えゆくことです。その時、宇宙のリズムと我がリズムは調和し、宇宙の大生命が我が生命と連なり、偉大な生命力が涌現してくるのです」
 ゆえに、いかなる人生の苦難にも打ち勝てないわけがない。幸福にならないわけがないのです。戸田先生は「強盛に信行学に励めば、いつまでも悩める凡夫でいるわけがない」とも指導されておりました。創価の友は、必ず仏に等しい生命の光を放っていけるのです。
 ところで、この「如我等無異」という極理の中の極理の法門が、日妙聖人という女性門下に説かれた意義は誠に大きい。
 当時の日本では、女性は宿業深い身とされていました。その女性の弟子に対して、大聖人は「日妙聖人」と最上の称号を贈られ、そして、“あなたは偉大な仏と同じ境涯を開けるのです”と説かれたのです。この御金言は、先駆的な女性尊重・女性解放の人権宣言とも拝せましょう。
 私が対談集を発刊した、ブラジル文学アカデミーのアタイデ総裁も、日蓮仏法の先見性とSGIの実践への感銘を語ってくださいました。
 「自由と平等を求め、差別と闘いゆく努力が、全人類の守るべき義務として刻印されたのは、仏教のおかげです。仏教は理想主義の活力となっています」
 これは「世界人権宣言」の起草者の一人でもある総裁の重要な証言です。

女性の勇気に勝るものなし!

健気な求道の旅路
 日妙聖人は、「乙御前の母」と同一人物であると考えられています。夫と離別しながらも、信仰を貫き通した女性です。幼子の乙御前を連れて、鎌倉からはるばる佐渡の地まで大聖人を訪ねたとも伝えられています。
 乱世で治安もままならないなか、身の危険も顧みず師匠のもとへ──それが、どれほど勇気のいる旅路であったことか。
 大聖人は本抄で、この母の求道心をめでられ、「日本第一の法華経の行者の女人なり」(御書1217㌻)と讃嘆されています。
 この御聖訓に照らしても、海外から尊い求道の広宣流布の研修会に参加されるSGIの友を、大聖人がどれほど誉め讃えておられるか。その功徳は計り知れないのであります。
 ともあれ、健気なる女性の勇気に勝るものはありません。
 戸田先生も「一番信頼できるのは健気な学会員である。なかんずく女性の方《ほう》が、いざという時、肚が座っている。勇気があって恐れない」と結論されておりました。

師匠と苦楽を共に
 「御義口伝」には、「共《ぐ》とは如我等無異なり」(御書734㌻)と説かれています。“師と共に”戦う中に、「如我等無異」の境涯が実現します。
 師匠と「功徳ひとし」の大境涯に至るためには、師匠と苦楽を共にし、あらゆる艱難を勝ち越えゆくことです。
 牧口先生は言われました。
 「私の言ったことが心でわかれば、口にも出るし、筆記もできる。行動にも出る。身・口・意の三業でわかることが、本当にわかったということになるのだ」
 その通りに戸田先生は、牧口先生の教えを「死身弘法」の大精神で実行し抜いておられた。「弟子は弟子の道を守らねばならぬ。ことばも、実行も、先生の教えを、身に顕現しなければならない」と語っておられました。これが本当の師弟です。
 私もまた、戸田先生の事業が最悪の苦境にあった時、一身をなげうって先生をお護り申し上げました。ただただ、先生に、全人類のための指揮を悠然と執っていただきたい! その一心で、阿修羅の如く祈り、戦い抜いたのであります。
 戸田先生は、日蓮仏法を身で読まれ、体現された行者であられる。ゆえに、先生に命を捧げる覚悟で戦うことこそ、仏法の奥義を極めゆく正道である。私はこう決めきって、若き生命を完全燃焼させました。
 今日に至る広宣流布の多くの重要な構想を広げていったのも、苦闘の中での二人の語らいでした。
 艱難辛苦を共にした師弟不二の一日、また一日、私は先生の境涯の奥の奥まで教えていただいたのです。この大恩に感謝は尽きません。
 反対に、多くの弟子たちは、先生が苦境に陥るや、先生を裏切って退転していきました。それまで忠義ぶっていたにもかかわらず、態度を豹変させて「戸田の野郎」と罵って去った恩知らずもいた。
 法華経では、「如我等無異」の教えが説かれる直前に、象徴的な場面が描かれています。
 それは、思い上がった5000人の増上慢の弟子たちが、いよいよ最極の真理を説き明かそうとする釈尊の前で、会座から立ち去っていくのです。
 この傲慢な弟子たちは、「未だ得ざるを得たりと謂《おも》い」、師の説法を軽んじてしまった。その本質は、恩を知ることのない無明の生命であります。
 しかし、釈尊はこれら不知恩の人間たちを引きとめようとはしませんでした。去る者は去るがよい──。「今、ここに集まっている者たちからは、枝や葉はいなくなった。正しく誠実な人間だけになった」と語り、悠然と説法を続けるのです。
 そして、一切衆生の成仏の道を聞き、釈尊の真正の弟子たちは生命の底から踊躍歓喜する。これが法華経の重大なドラマの流れです。

感謝の弟子が勝利

 仏法の命脈は「師弟」の精神にある。
 「如我等無異」という誓願は、仏一人では完成しないのです。師の教えを聞いた弟子たちが、どれだけ深い感謝と決意をもって、師恩に報いる行動を開始しゆくか。ここで決まる。弟子の心に「報恩」の炎なくして、「師弟」の道は絶対に成就しません。
 「師弟感応して受け取る時如我等無異と悟るを悟仏知見と云うなり」(御書717㌻)とも仰せです。
 「弟子の勝利」こそ「師匠の勝利」です。創価の師弟が、「仏と等しい」智慧と力で戦ってきたからこそ、日本、そして世界の広宣流布を成し遂げてくることができたのです。
 大聖人は「恩を知るのを人間と名づけ、知らないのを畜生とする」(同491㌻、趣意)と厳しく戒めておられます。
 戸田先生の恩を忘れ、口汚く罵って裏切っていった畜生道の輩の末路が、どれほど無惨なものであったか。
 また、近年も、学会の大恩を踏みにじった反逆者たちが、どれほど侘しい姿を見せて滅んでいったか。正邪の現証は明確です。皆様がよくご存知の通りであります。
 師恩を深く知る人ほど、深い力が出る。弟子が師恩に報いようと心に固く決めた瞬間から、生命の次元で「師弟不二」の勝利の大行進は始まる。
 そして、その弟子こそが、「如我等無異」という師弟栄光の境涯を、三世永遠に満喫しきっていけるのです。

「皆を勝者に!」
 今、世界中が不況です。どこの国も大変であり、日本も同様です。その中で、学会の同志は真剣に奮闘されています。厳寒の天地でも、離島や山間部でも、妙法流布に懸命に進んでくださっている。災害に見舞われた地で、友を励ましながら、歯を食いしばって社会に貢献してきた方々も大勢おられます。
 わが同志の皆様方は、仏の「如我等無異」の慈悲を万人に伝えゆく大闘争を繰り広げておられる。それは、いわば「皆を勝利者に」という社会を築いているのです。断じて負けてはいけない。必ず「変毒為薬」していける信心です。「仏法は勝負」です。断固として勝ち越えていただきたいのです。
 インドの初代首相ネルーは強調しました。
 「仏陀が言ったように、真の勝利とは、敗北というもののない、すべてのものの勝利なのだ」(黒田和雄、斎藤春樹訳)
 女性未来学者のヘンダーソン博士も、「皆が勝者となる世界」というビジョンを提唱されています。私との対談集(『地球対談 輝く女性の世紀へ』)でも、この目標について語り合いました。
 弱肉強食を繰り返してきた人類の歴史を転換し、皆が勝者となる21世紀を! と──。
 そのためには、庶民が力を持つことです。庶民が向上することです。庶民が希望に燃えることです。そして、庶民が団結することです。
 仏の称号の一つが、まさにこの「勝者」であります。ヒマラヤの如き最高峰の大勝利者の境涯に、万人を導くことこそ、釈尊、日蓮大聖人が貫かれた「如我等無異」という仏法の大理想です。そして、これこそが創価の師弟の精神なのです。
 今や、この仏法の師弟の道に、世界の知性が確かな光明を見出される時代に入りました。
 南米の名門コルンビア・デル・パラグアイ大学のエリーアス総長は語っておられます。
 「仏法は、人間の精神を蘇生させ、一人の人間がもっている『極善の力』を引き出します。また、仏法の弟子は、師匠から『高い精神性と智慧』を学び、それらを他の多くの人々に伝える力を与えられるのです」
 深いご理解です。万人の生命にある「極善の力」──最強の正義の力を、わが胸中から湧き上がらせる源泉が、師弟です。
 また、私が「名誉郡民証」を拝受した韓国・清道《チョンド》郡の金相淳《キムサンスン》郡守は、創価の師弟を賞讃してくださり、こう語られました。
 「人間を最も人間らしくするのは、『恩を知るゆえ』です。そして、その恩に報いるために、『今、自身の人生を、どのような方向に生きているのか』、さらに『恩を受けた師匠を、どのように宣揚していくのか』という悩みに生きていくのではないかと思います」と。

「3・16」次の50年へ
 戸田先生のご逝去から51年。私の胸奥には、今も「大作、大作」と呼ばれる先生の大きな声が聞こえてきます。
 師匠からいただいた私の命です。恩師の血脈は、私の生命に厳然と流れ通っています。
 巡り来る3月16日「広宣流布記念の日」。恩師から、私をはじめ後継の青年門下が正義の印綬をお受けした久遠の儀式の日です。
 昭和33年(1958年)のこの日、戸田先生は来賓方の前で「創価学会は宗教界の王者である」と、誇り高く師子吼なされました。これこそ、万代に輝く学会の永遠不滅の魂であります。この大正義と大確信を、私は一人、まっすぐに受け継ぎ、世界へ堂々と宣揚し、証明してまいりました。
 さあ、次の50年へ、新しき広宣流布の大舞台の開幕です。
 わが頼もしき門下たちよ!
 元初の生命を燃え上がらせながら、師弟勝利の大旗を高らかに掲げゆこう!

  我も師子
   君も師子たれ
    師弟不二
2009-03-07 : 御書と師弟 :
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