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随筆 永遠なれ創価の大城 14 寒風に胸張り前進!

随筆 永遠なれ創価の大城 14   (2016・12・27付 聖教新聞)

寒風に胸張り前進!                   

青年と共に「希望」の大山へ!
心通う「対話」と「交流」で境涯を拡大
仲良く朗らかに新年をスタートしよう


 年の瀬、いよいよ本格的な冬が到来しました。札幌で50年ぶりの大雪となった北海道など、北国の同志の無事安穏を祈らずにはいられません。
 また尊き使命を胸に、誰よりも朝早く、広布拡大の一歩をしるしてくださる「無冠の友」の皆様には、いつにも増してご苦労をお掛けします。
 毎朝、皆様の「絶対無事故」「健康長寿」を妻と共に、ひたぶるに祈っております。配達員の皆様の無事故・健康こそ、私たち創価家族の願いであり、喜びであります。
 どうか悪天候の時など、決して無理をせず、焦らず、偉大な福徳の道の歩みをお願いします。

「冬は必ず春」と
 「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(御書1253㌻)――今、世界中の同志が拝する日蓮大聖人の御聖訓である。
 厳しい冬を越え、春に咲く花は愛おしい。「桜梅桃李」と説かれる通り、試練の冬を経てこそ、〝自分らしい花〟〝可能性の花〟は開花する。
 創価学会の誕生からこれまで、幾たび試練の嵐が吹き荒れたことであろうか。だが、いかなる時にも、創価の師弟は正義の旗を高々と掲げ、共々に励まし合い、一切を勝ち越えてきた。
 スイスの哲学者ヒルティは述べている。
 「苦しみは人間を強くするか、それともうち砕くかである。その人が自分のうちに持っている素質に応じて、どちらかになる」と。
 苦しみのたび、我らは強くなる。試練のたび、我らの絆は強固になる。そして今、全世界同時に地涌の勇者たちが躍動する「世界広布新時代」となった。牧口先生、戸田先生が、どれほど喜んでくださっていることか。
 我らの前進は止まらない。世界には、限りなく多くの、この仏法を求めている人がいる。いよいよ共に境涯を開いていくべき人がいる。
 御書には、仏法とは、あらゆる差異を超えて、「共に離苦得楽・現当二世の為なり」(143㌻)と示されている。
 この精神を体現した、最も尊貴な創価学会を、皆で、共々に、断じて発展させ、栄えさせていこうではないか。
 主役は、次代を担う青年たちだ。青年と一緒に、青年とスクラムを組んで、青年の心で、朗らかに拡大の年を勝ち飾っていきたい。

「壁を破ろう!」
 今月10日、わが愛する大分の地で、意気高く九州総会が行われた。
 席上、懐かしき共戦の父母たちが、そして新しき共進の青年たちが、堂々と歌い上げてくれたのは、「青年よ広布の山を登れ」であった。
 この「12月10日」は1981年(昭和56年)、私が大分の青年部2500人の前で、長編詩「青年よ 21世紀の広布の山を登れ」を発表した日である。
 この日を記念して、全九州の青年部代表1000人も広宣流布大誓堂での誓願勤行会に勇み集ってくれた。師弟正義の魂が厳然と継承されていることを、「先駆の大九州」の後継の友たちは満天下に示したのだ。私は快哉を叫び、喝采を送った。
 35年前、私は大分で一つの提案をした。
 ――私が秋田に行く時に、大分から代表が参加してはどうか、と。
 私が決めていた翌年の戦いの助走は、既に始まっていたのである。
 「民衆を安んずるより大いなる道はなく、民衆を利するよりすぐれたる功はありません」とは、江戸時代の大分の哲人・三浦梅園の言葉だ。
 大分も、秋田も、邪知謗法の僧らの人権蹂躙によって、愛する健気な同志たちが最も苦しめられた地域であった。
 その両県が手を携え、距離の遠さや県民性の違いを超えて双方が互いに学び合うならば、「創価の新時代」を開く新たな活力が生まれるはずだと私は確信していた。
 大晦日も近づいた頃、私は信濃町の聖教新聞社で、秋田の代表に会い、宣言した。「秋田に行くよ!」。友の目が輝いた。いよいよ戦闘開始だ。
 そして年明け早々、同じく悪僧らと勇敢に戦ってくれた東京・目黒区を訪れて「壁を破ろう!」と訴え、翌日、寒風の秋田へ飛んだのである。
 〝こんな真冬に行かなくても〟との声もあったが、今、行かずしていつ行くのか! 厳寒に耐え抜く同志たちがいる。ならば自らが希望の春風となり、「冬を必ず春にする」との確信と勇気と希望を送る。これが広布のリーダーの責務ではないか!
 こうして、わが同志と共に、「吹雪に胸はり いざや征け」と声高らかに歌い、共に勝鬨を上げた、あの「雪の秋田指導」が生まれたのだ。

勇者の大連帯を
 この訪問中に、秋田と大分の第一歩の交流も実現した。列島の北と南で、苦難に負けず戦った勇者たちの連帯が、共戦の炎を広げたのである。
 「交流」は、わが創価家族の良き伝統である。
 60年前、私が指揮を執った「山口開拓指導」も、東京・関西・中国・九州など全国の同志が応援しての大交流であった。
 現在、それは地球規模に広がり、SGIの友を迎えた日本各地の交流交歓会は、爆発的な歓喜の波動を生んでいる。
 ダイナミックな交流は新たな創造を生む。新たな勢いと拡大の力となる。自分の持ち場を死守しつつ、心広々と打って出て、励まし合い、触発し合って、共に成長し、皆が勝利していくのだ。
 文豪・森鷗外は福岡の小倉(現・北九州市)で足かけ3年を暮らした思い出として、ある青年と結んだ友情を印象深く書き残した。胸臆から溢れる青年の言葉は時に無遠慮でさえあったが、その噓のない真実は「却って面白く感じた」と、鷗外は綴っている。
 胸襟を開いた対話は愉快である。そして世代や地域を超えた交流は生命を豊かにし、自身の境涯を拡大してくれるのだ。
 まして我らには、いかなる力にも勝る、偉大な妙法がある。どこよりも強く温かな異体同心の団結がある。
 「最も勇気ある人」とは誰か。ヒルティは言う。「この世のあらゆる力にまさる偉大な力を、ゆるぎない拠点としている人間のことである」と。
 この創価学会を〝揺るぎない心の拠点〟とする限り、障魔の烈風に立ち向かう最強の勇気と団結が無限に広がっていく。ゆえに、我らが試練に負けるはずなど、断じてないのだ。

生きる力の言葉
 先月、諸天が喜び寿ぐ大晴天のもと、宮城の仙台で、新・東北文化会館が最高に晴れやかにオープンした。
 この日を迎えた東北の参加者一人ひとりの歩みの尊さを思えば、私もまた決意を深くする。
 この5年8カ月、大地に膝をつきながら、自らの力で立ち上がったその負けじ魂の手を、強く強く握って讃えたい。私と妻の心は、いつも大東北と共にある。
 新会館の一角に、生きる力となった言葉を、思い思いに付箋に書いて壁に貼るコーナーが設けられていると伺った。
 とりわけ多かった言葉は「希望」――。
 希望は、与えられるものではない。絶望の底からも、自ら生み出せるものだ。不屈の祈りで、創り出すものだ。そこにこそ、仏法の真髄がある。
 「法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし」(御書1492㌻)と仰せの通り、何があろうと信心に励む人は、万里の彼方から、幸せを集め、わが身を荘厳できる。紛れもない、御本仏のお約束である。
 不撓不屈のみちのくの友は、いかなる寒風にも希望と友情を手放さずに、生き抜いてこられた。
 その強さ、その懐の深さ。「青葉の誓い」を堂々と歌いながら、復興への歩みを一歩、また一歩と進め行く。その一歩が世界の模範となり、未来の指標となるのである。
 壁に貼られた「希望」という文字に込めたのは、金剛不壊の確信であり、信念であり、決意でもあると、私は思う。

本因妙の生命で
 思えば、あの秋田訪問の1982年(昭和57年)、学会は「青年の年」と掲げて出発した。その年頭に私は詠んだ。
  
 妙法の
  広布の彼方に
   山みえむ
  金剛かがやき
    旭日光りて
  
 九州の天地で、青年たちと共に21世紀の広布の山を展望し、雪の東北で一緒に歴史を刻んだ青年たちから、創価勝利の旭日は燦然と輝き昇ったのである。
 今年2016年の掉尾を飾る会合では、シンガポールやインドネシア、ポルトガルをはじめ各国でも、英語などに訳された「青年よ広布の山を登れ」の歌声が轟いた。
 そして、いざ、迎える「世界広布新時代 青年拡大の年」――我らが登攀すべき広布の大山は、眼前に見えている。
 さあ、出発しよう!
 わが胸に広布の誓いを燃やせば、誰もが永遠の青年だ。その本因妙の生命で戦おうではないか。
 皆で〝歓喜の凱歌〟を高らかに歌いながら、金色に染まる新たな希望の大山に向かって!
     
 ――この一年も、日本中、世界中の同志の祈りと勇気の行動で、偉大な広布拡大の勝利の歴史を飾ることができました。心より感謝申し上げます。本当にありがとう!
 新しい年も、学会は、仲良く、朗らかに笑顔満開でスタートしよう!
 どうか、よいお正月をお迎えください。

 ヒルティは『幸福論』草間平作・大和邦太郎訳(岩波書店)、三浦梅園は『三浦梅園自然哲学論集』尾形純男・島田虔次編注訳(岩波書店)、森鷗外は「二人の友」『鷗外全集16』所収(岩波書店)=現代表記に改めた。
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2016-12-30 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 13 創価の大誓願

随筆 永遠なれ創価の大城 13   (2016・11・22付 聖教新聞)

創価の大誓願                   

世界広布のロマンに生き抜け!
皆が「青年の心」で平和の大航海の指揮を


 我らの「創立の父」は、正義の中の大正義の師子王であられた。
 戦時下の法難で囚われた獄中の訊問にあっても、牧口先生は「世界広宣流布」の大確信を悠然と語られていた。
 当時の調書を繙けば、日蓮仏法は「全世界の人類が即身成仏」を遂げるためにあると、明確に宣言されているのだ。
 私は、この先師の師子吼を偲びつつ、今月14日は広宣流布大誓堂で、殉教の日であり学会創立の日である18日は恩師記念会館で、報恩謝徳の祈りを捧げた。
 そして、先師に連なる共戦の全同志の健康と幸福と勝利を御祈念した。
        ◇
 また16日には、牧口先生を顕彰する八王子市の東京牧口記念会館を訪問するとともに、紅葉もまばゆい創価大学キャンパスを視察した。
 この日は、1950年(昭和25年)に、恩師・戸田先生から、創価大学の構想を受け継いだ忘れ得ぬ原点の日である。
 先生の事業が最も厳しい激浪の時代であった。西神田の会社の近くにある、日本大学の学生食堂で安価な昼食をとりながら、先生は言われた。
 「牧口先生の偉大な教育思想を、このまま埋もれさせるようなことがあっては、絶対にならない。人類の未来のために、必ず、創価大学をつくらねばならない。
 大作、頼むよ」と。
 あれから66年――両先生の遠大な夢の学舎は、輝き光っていた。
 行き交う学生も、向学の息吹にあふれ、嬉しかった。明春、第1期生を送り出す看護学部のスタッフの方々に感謝を伝えることもできた。
 わが創価教育の大城には、人類の希望の未来が幾重にも育っている。

新時代へ共々に
 先日、SGI(創価学会インタナショナル)の秋季研修で来日された世界60カ国・地域のリーダーが、わが埼玉の宝友と県下33カ所で、麗しい交流交歓会を行った。
 心躍り、歓喜あふれる座談の中で、入会を決意されたご友人も大勢おられたと伺っている。
 思えば65年前の秋から、戸田先生の名代として私は埼玉の川越など各地へ激励に走った。
 まさに、〝村八分〟の圧迫を受けながら、健気に信心に励んでいる同志もいた。私たちは共に御書を拝し、約し合った。
 ――必ず素晴らしい世界広布の時代が来る。その時を目指して、励まし合い、断じて退転せずに走り抜こう、と。
 苦楽を分かち合い、広布の道なき道を開いてくれた草創の友のことは、わが胸奥から離れない。
 先駆の父母たちが夢に見て、歯を食いしばって祈り抜いてきた「創価の世紀」が、遂に始まっているのだ。
        ◇
 「嵐は誉れ」――これが創価の負けじ魂である。
 牧口先生は、日本海に臨む新潟県の荒浜(現在の柏崎市内)で生まれ、13歳にして単身、北海道に渡られた。苦労を重ね、真金の人格を鍛え上げられたのである。
 学会創立から3年後(1933年)、牧口先生は戸田先生を伴って故郷の荒浜を訪れ、知人を折伏されている。
 牧口先生を生んだ柏崎の地には、先生のお名前を冠した記念墓地公園の建設が始まり、地元の方々も温かな期待の声を寄せてくださっている。
 戸田先生は、荒浜への師弟旅の9年後、生地の石川県・塩屋(現在の加賀市内)を訪れている。
 2歳の時、一家で北海道に渡って以来の帰郷だったようだ。軍部政府の弾圧で投獄される前年であり、法難の嵐を覚悟しつつ、日本海を見つめられたのかもしれない。
 恩師生誕の地・北陸では、誓願の友が来月の総会に向けて、寒風にも負けず意気軒昂に広布拡大へ奮闘してくれている。

一人立つ柱たれ
 日蓮大聖人は、流罪の佐渡の地で、「開目抄」に厳然と認められた。
 「我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず」(御書232㌻)
 この御本仏の民衆救済の大誓願を受け継ぎ、一閻浮提へ慈折広布の大道を開いてきたのが、我ら創価学会である。
 戸田先生が「地球民族主義」を提唱されたのは1952年(昭和27年)――あの〝二月闘争〟の最中の、男女青年部の研究発表会であった。
 人類は〝地球を故郷とする一つの民族〟との視座に立てば、あらゆる差異を超えて、共生していける。生命という共通の基盤に立つことこそが、平和の礎であろう。
 御聖訓には、「末法に入って法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり」(同1304㌻)と仰せである。
 妙法を持つ人は皆、尊極の生命の宝塔であり、人間主義の柱である。
 それぞれの地域にあって、広布の使命に一人立つ同志は、まさしく希望の柱だ。苦難に負けない強さ、人のために尽くす生き方、その姿そのものが平和の柱なのである。
 東日本大震災から5年8カ月――。東北の尊き同志は、一人ひとりが「福光の宝塔」と輝き、「地域の信頼の柱」と屹立している。
 その不撓不屈の勝利の象徴たる新・東北文化会館が晴れ晴れとオープンした。わが東北家族は、妙法の「変毒為薬」「三変土田」という現実変革の希望の力を、試練と戦う全世界の人びとに示し切っているのだ。
 未曽有の災害を乗り越える中で、何とたくましく、何と慈愛深い、何と英知光る若人が育ってくれていることか。
 恩師が願われた人材の城は、我らの東北天地にありと、私は叫びたい。
 世界的課題である防災の取り組みでも、創価の青年たちの挑戦は、高く評価されている。
 多事多難な人類の前途にあって、我らの「青年拡大」は、「地球民族の平和の柱」を打ち立てゆくことに他ならない。

生命尊厳の眼目
 「創立の日」からの新出発を、私たちは教学部任用試験(仏法入門)で勢いよくスタートした。
 新入会や会友の方々をはじめ、11万人もの受験者の皆様方、そして共に学び支えてくださった先輩の皆様方を、心から讃えたい。
 受験者には、伸びゆく未来部もいる。ご高齢の多宝の方々もおられる。〝生涯勉強〟と、最高の幸福学たる仏法を研鑽し、人生の錦繡を一段と鮮やかに深められている。
 御書には、「法華経の功力を思ひやり候へば不老不死・目前にあり」(1125㌻)という甚深の一節がある。
 永遠不滅の妙法と共に生きゆくならば、自らの仏の生命も永遠不滅の当体となる。若々しく自他共に「常楽我浄」の軌道を進むことができる。
 創価の師弟は、この正道を歩み抜いてきた。
 仏法を学べば、勇気が湧く。信念が深まる。皆が生まれ変わった息吹で、「生命尊厳の哲理の眼目」となり、社会に蘇生の光を放ちゆくのだ。

この船で未来へ
 私は、23歳の時、一詩を日記に綴った。
 ――信仰あるが故に、大波にも、微動だにもせじ、永久の大船に乗りし故に――と。
 1951年(昭和26年)1月、障魔の怒濤が襲いかかる中、戸田先生が青年の私に、「一切の後事を頼む」と託された直後である。
 学会には「生死の大海を渡るべき船」(御書1448㌻)たる、民衆救済の使命がある。10年後、20年後を見よ! 「永久の大船」たる学会の、未来の世界的発展を見よ!
 この確信で、私は戸田先生をお守りし抜いた。師匠の誓願を我が誓願とし、一閻浮提広宣流布を目指して船出したのだ。
 それは、一人ひとりと心を通わせ、仏性という無限に広がりゆく「心の財」を共に開きながら、全人類を平和と文化と教育で結ぶ大航海である。
 その全てを託しゆく後継ぎの船長が、不二の弟子である青年たちだ。
 若き創価の世界市民による友情の拡大は即、人道の連帯の拡大だ。いかなる逆流にも流されず、地球社会を平和と共生へ前進させるのだ。
 「人道勝利の希望の大船」が、ここにある。
        ◇
 我らは、「歓喜の中の大歓喜」の仏の生命を説き切った大仏法と、正義の師弟という確かな羅針盤を持っている。乱世の航海にあって、三障四魔という驕れる波浪に断固と打ち勝ち、平和と幸福の大陸へ確かな舵を取るキャプテンなのだ。
 愛する青年たちよ!
 青年の魂を持てる地涌の同志たちよ!
 「大願とは法華弘通なり」(同736㌻)との仰せのごとく、たゆまず朗らかに、広布拡大の大誓願に勇んで躍り立て!
 不思議なる縁に結ばれた我らは、「世界広布」即「世界平和」という人類のロマンに生き抜く旅を決意新たに始めよう。
 栄光輝く創立100周年の大海原を目指して!
2016-12-30 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 12 広がる地涌の確信

随筆 永遠なれ創価の大城 12   (2016年10月13日付 聖教新聞)

広がる地涌の確信

「創価の哲学」を全世界が希求
不滅の妙法を学ぶ感激に燃えて前進!


 冴え光る
  宇宙の英知か
   名月を
  心に抱けや
   御書とともに
    
 ひときわ月光の美しい季節となった。
 「法華経は闇夜の月のごとし」(御書1501㌻)と、日蓮大聖人は仰せである。
 ことに、「深く信ずる者は満月の闇夜を照すが如し」(同㌻)と示されている。
 妙法を持つ我らは、皓々たる満月のように、末法悪世の闇を勇気と希望の光で照らし、友を励ましながら生きるのだ。
 御聖訓には、「秋の時に至りて月光の縁に値いぬれば草木皆悉く実成熟して一切の有情を養育し寿命を続き長養し終に成仏の徳用を顕す」(同574㌻)とも説かれている。
 秋の月光という縁に触れ、草木が豊かな実を結び、万物を育んでいく。それと同じように、この仏法の真髄を学ぶ我らもまた、妙法に則って、「一生成仏」という実を結びながら、自他共の幸福を築き、平和の道を広げていくのだ。

教学研鑽の喜び
 今、世界中から、教学研鑽の報告が絶え間なく届く時代となった。
 欧州でも、北米・オセアニアでも、中南米、アジアでも、教学研修会や教学試験が行われ、御書を拝し、仏法の人間主義を学ぶ喜びが広がっている。
 21世紀の希望大陸アフリカでも、待望の第一回の教学実力試験が行われる運びである。
 さらに日本では、青年部が先日、教学試験2級で「開目抄」等の重書に取り組み、立派な成果を示してくれた。
 合否を超えて、尊い求道の努力を讃えたい。
 先輩から情熱を込めて勧められ、多忙な中、受験に挑戦した青年が笑顔で語っていたという。
 「父母たちが、なぜ学会活動に一生懸命に励むのか。その意義があらためて深く分かりました」
 創価家族のエールに包まれて、教学を研鑽する成長と歓喜のドラマは、今や日本中、世界中で織り成されているのだ。
 11月には伝統の教学部任用試験(仏法入門)も行われる。
 世の中には多くの試験がある。しかし、皆が人類最高峰の生命哲学の門に入り、幸福と平和の博士となっていく試験はわが学会にしかない。
 そしてまた、学会の教学試験ほど、学歴や肩書や年齢など、あらゆる違いを超えて、万人に開かれた「学びのチャンス」はあるまい。
 大聖人は、仏法の質問をした女性に、「三千大千世界(大宇宙)を鞠のように蹴り上げる人よりも有り難く、尊い大善根である」(同1402㌻、趣意)とまで讃えられた。
 どうか、受験それ自体が、誇り高く福徳を広げゆく大善根であることを、挑戦される方も、応援される方も、共々に確信していただきたい。

なぜ学会は発展
 「人生とは自己を向上させる不断の努力です」とは、世界的バイオリニスト、メニューイン氏の言葉であった。
 氏は、イギリスSGIの一婦人から教わった「南無妙法蓮華経」の音律に深く感動され、晩年、散歩の折などに口ずさんでおられたそうだ。
 四半世紀ほど前にお会いした際、氏は、真摯に問われた。「なぜ、創価学会は、これほどまでに、驚嘆すべき大発展をしたのでしょうか」と。
 私は、その理由に、学会は「人間のための宗教」であり、「法を厳格に守り、教えの通りに行動してきた」こと等を挙げた。
 自己を向上させるために、何を為すべきか。世界を平和へと導くには、どうすればよいのか――。
 全人類が切実に求め続けてきた問いに対して、我らには、明確な指標があり、実践の規範があり、則るべき大法がある!
 学会は、この「法」を厳格に守り、「御書根本」を貫いてきたのである。

御本仏の大境涯
 任用試験では「日蓮大聖人の御生涯」を学ぶ。
 大聖人は、あの竜の口の法難で命を賭してお供した四条金吾へ、流刑の地となった佐渡から、お手紙を送られた。
 「法華経の行者として・かかる大難にあひ候は・くやしくおもひ候はず、いかほど生をうけ死にあひ候とも是ほどの果報の生死は候はじ」(御書1116㌻)
 死を覚悟する大難も、極寒の流罪地の境遇も、「これほど幸せな生死はない」と、喜ばれておられる。これが、死魔や天子魔(権力の魔性)に断固として打ち勝たれた、究極の「仏界の生死」の大境涯であられる。
 この絶対に崩れぬ三世の幸福の大道を、私たちは学び進んでいるのだ。
 御書には、病苦や生活苦、家族の看病や介護、愛する人と別れる悲しみ、親子の葛藤、仕事・職場の圧迫等々、千差万別の試練に直面した門下への励ましが満ち溢れている。
 御書を開けば、御本仏の大生命の赫々たる陽光を浴びることができる。どんな不幸も、どんな宿命も勝ち越えていける勇気が、智慧が、希望が限りなく湧いてくるのだ。

人類の宿命転換
 戸田先生は常々、「真の永遠の生命が分かれば、人類の境涯を高めることができる」と鋭く語られていた。
 永遠の生命観に立って「生老病死」の苦悩を打開し、「立正安国」の平和世界を築きゆく人類の宿命転換の鍵が、御書には明かされている。
 大聖人は、「実に己心と仏心と一心なりと悟れば臨終を礙わる可き悪業も有らず生死に留まる可き妄念も有らず」(同569㌻)とも仰せである。
 要するに、自分の心と仏の心が一体であると悟り切れば、臨終を妨げる悪業にも負けないのだ。
 苦悩の人びとを救わずにおくものかという仏と同じ誓いに立ち、「人間革命」即「広宣流布」の大願に生き抜いていく。この我が一念の変革から、厳しき現実も一つ一つ変えていけるのだ。

民衆救済の誓い
 広宣流布の拡大とは、「地涌の菩薩」としての使命を自覚する人材の拡大にほかならない。
 全ての菩薩が立てる誓いの第一は、全人類を幸福にしていくとの「衆生無辺誓願度」である。
 今、自他共の幸福のため、題目を唱え、学会活動に励む世界中の同志も、信心を始めた時は、それぞれの苦悩の打開を願ってのスタートだったかもしれない。だが、弘教や励ましに歩く中で、信心の喜びを覚え、使命を自覚して、誓いに生きる最極の充実感を知る。
 SGIの教学部リーダーがインドの教学研修会を担当した際に、とても感動した光景があった。
 それは、「人類の幸福に尽くしたいとの思いで信心をされている方は?」と質問した時、会場を埋めた4000人の受講者が勢いよく挙手したことだった。一人ひとりが「私こそ地涌の菩薩である」との大確信に漲っていたというのである。

師弟して未来へ
 仏法を学ぶ中で、自分が地涌の闘士だと確信し、命の底から我が使命に向き合う。この自覚こそ「実践の教学」だ。
 苦難に挑む師子王の心を奮い起こして「地涌の誓願に生きる」と決めた時、人間は最も偉大に、その生を燃焼させることができる。この歓喜の中の大歓喜の伝播こそ、世界広布の実相であろう。
 法華経の肝心・南無妙法蓮華経の御本尊を根本として、〝全民衆を幸福に!〟との地涌の誓願を現代に蘇らせたのは、まぎれもなく我ら学会だ。
 「地涌の義」(同1360㌻)を厳然と証明しながら、創価の師弟は進む。民衆の凱歌の未来へ!
 さあ、我らの思想を、勇気の行動を、人類が待っている。永遠不滅の妙法を学び実践する感激に燃え、希望の大哲学を、一人また一人と伝え弘めていこうではないか!
 若人を先頭に、求道の息吹で、「世界広布新時代 青年拡大の年」へ、威風も堂々と!

 メニューインの言葉はダニエルズ編『出会いへの旅』和田旦訳(みすず書房)。
2016-12-30 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 11 わが誓いを永久に

随筆 永遠なれ創価の大城 11     (2016年9月15日付 聖教新聞)

わが誓いを永久に

青年と共に前へ! 青年の心で語れ!
人類共生の希望の大哲理を広げよ


 母たちの
  労苦を忘れず
    広布かな
  今日も発心
     生涯発心
  
 全国各地で婦人部総会が明るく、にぎやかに開催されている。
 日蓮大聖人は、門下がよく連携し励まし合うよう願われ、「志有らん諸人は一処に聚集して御聴聞有るべきか」(御書970㌻)と仰せである。
 求道の心で集い、仏法の話を聴き、語り合う。この通りに、妙法で結ばれた創価の女性たちの集いを、御本仏もいかばかりお喜びであろうか。
 楽しき語らいに、私と妻も一緒に連なる思いで題目を送っている。

母の恩を報ぜん
 大聖人は「女人成仏」を明かした法華経のみが「悲母の恩を報ずる実の報恩経」(同1312㌻)と位置づけられた。そして、「悲母の恩を報ぜんために此の経の題目を一切の女人に唱えさせんと願ず」(同㌻)との御真情を記されている。
 まさしく、このお心に直結した婦人部総会であり、創価家族の草の根の対話といってよい。
 学生時代に信心を始めたある男子部の友は、深き報恩の祈りを込めて、未入会の母親と仏法対話を重ねてきた。会合にも一緒に足を運ぶようになり、やがて朝晩の勤行が二人の日課となった。
 ある時、母は言った。「この日に入会したい」
 〝この日〟とは、息子である男子部員の誕生日であった。母は、宝である我が子を産んだ大切な日を、自身の新たな出発の日に選んでくれたのだ。
 今、彼は今月の青年部教学試験2級に向けて、挑戦中である。お母さんとも共に御書を開き、学び合っていると伺った。
 ともあれ、わが男女青年部の皆さんは、仮に今、ご家族が信心に理解を示されなくとも、決して焦ることはない。まず、自分が立派に成長する姿を見せて、安心してもらうことだ。そして誠実に真心込めて親孝行をして頂きたい。
 ――無慈悲の自分を乗り越えて「人間革命」の戦いを、との「青年訓」の叫びを、今再び思い起こしてくれ給え!

師弟共戦の誓願
 恩師・戸田先生が「青年訓」を執筆されたのは、昭和26年(1951年)の9月であった。
 当初、青年部班長への「告示」として創刊5カ月の聖教新聞に発表され、次いで「大白蓮華」巻頭言に掲載されたのである。
 「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」――当時、私はまさに男子部の班長であった。師の一言一言に、若き生命は燃え上がった。
 この秋に行われた学会の総会で、私は「青年の確信」と題し、永久に師弟共戦で広宣流布に生き抜くことを誓願したのである。「青年訓」に込められた師匠のご期待への報恩の決心であった。
        ◇
 「人間は自己の人格をとおして、他人にできるかぎりの影響をあたえるのであり、青年は青年にたいしてもっとも強く働きかける」
 これは、大文豪ゲーテの信頼であった。青年と青年の触発こそ、最も純粋な作用をもたらし、世界に活気を与え、蘇生させゆく力である――と。
 今月、世界55カ国・地域から250人の青年リーダーが来日し、SGI青年研修会が晴れやかに行われた。
 皆、言葉も違う。文化も違う。だが「広宣流布」という最大のロマンを共有し、「人間革命」という人格錬磨の実践を貫く同志ゆえ、心は瞬時に垣根を越える。
 東海道の各地で、また九州でも、麗しい交流が繰り広げられた。
 友人も参加された会合では、SGIメンバーの躍動の姿と体験にふれ、入会を決意する方も多くおられた。その感動の場に立ち会ったアフリカの華陽姉妹は、粘り強く友の幸福を祈り、対話を重ねてきた紹介者の努力を讃えつつ、自国の広布拡大への更なる情熱を綴り、報告してくれた。
 ゲーテならずとも、創価の世界市民の連帯に接したならば、誰の胸にも未来への希望が滾々と湧き上がるに違いない。

信心は勇気だ!
 来日した青年たちの中には、入会して2、3年という友も少なくない。来日に至るまでの苦労、さらに先輩や同志の励ましと支えを思えば、合掌せずにはいられない。
 顧みれば、あの「熱原の法難」の折、命に及ぶ迫害に屈せず、民衆仏法の凱歌を轟かせた三烈士たちも、入信間もなかったと推察される。
 「信心は、年数ではない。勇気である」とは、戸田先生の指導である。
 信仰は最極の勇気だ。変革の原動力となる。
 先師・牧口先生は57歳で仏法と巡り合い、「言語に絶する歓喜を以て殆ど60年の生活法を一新するに至った」と喜びを綴られた。
 私自身も戸田先生とお会いして、地涌の陣列に連なった生命の喜悦は、今もって胸に鮮やかだ。
 この初代・二代会長に発した信心の歓喜と勇気の波動が、今や世界の友の心に広がっている。
 広宣流布大誓堂の完成五周年となる2018年の11月18日へ!
 我ら創価家族は、青年と共に、青年の心で、いよいよ勢いを増し、栄光の前進を開始したのだ。

我らに歓喜あり
 なぜ、我らの実践には喜びと感動があるのか。
 トルストイは書いた。
 「人間の世界は絶えず完成に向かっている。そしてその完成の意識が人間にとっての最良の喜びとなっており、またその完成に参加しうることによって、その喜びはますます増大するのである」
 全人類の平和と幸福のために、勇んで自らの現実の課題に挑みつつ、人間共和の大理想を目指して進む。この広布の歩みこそ、トルストイが願った人間の世界の「完成」の実像ではないか。ゆえに最高に充実した勝利の笑顔があふれているのだ。
 法華経の「万人成仏」の法理という無上の宝を知った仏弟子は、身も心も大歓喜に包まれた。
 その意義を、御義口伝には、「此の歓喜の内には三世諸仏の歓喜納まるなり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉れば我則歓喜とて釈尊歓喜し給うなり」(御書735㌻)と仰せである。
 妙法を唱え、広布に戦う中で、いかなる苦難も変毒為薬し、幸福の財宝にできる! この実証に勝る歓喜の連鎖はない。
 妙法の功力を語り伝える歩みは黄金不滅の足跡となり、流した汗は無量の福徳となって一家眷属を荘厳するのである。

生き抜く勝利者
 今、ブラジルのリオデジャネイロでは、パラリンピックの熱戦が続いている。出場したわが同志の健闘も目覚ましい。
 パラリンピックのシンボルマークは、青・赤・緑の三色の曲線が躍動する「スリー・アギトス」。このアギトスには、ラテン語で「私は動く」との意義が込められている。
 生きる希望を奪い取るような病や障がいにも、断じて屈しない、人間の偉大さが輝く生命凱歌の祭典である。
 骨肉腫のため12歳で片足を失うも、スキー選手として活躍し、パラリンピック(冬季)でも金メダルを獲得した米国のダイアナ・ゴールデン氏は語った。「人間は誰もが生きたしるしを刻んでいく」「私たちの傷跡は、私たちが生き、人生から逃げなかったことの証なのである」――。
 平等大慧の広布の行進にあっても、肢体、聴覚、視覚に障がいのある方々の集い、「自由グループ」「妙音会」「自在会」等のあまりにも気高き友の奮闘が輝き光っている。
 苦しみを遙かに見下ろし、希望の大境涯の連帯で、人類の宿命転換を成し遂げゆく最極の生命の宝塔の方々である。
 教学試験でも、点字の教材なども用意して研鑽に挑む宝友に、私は最敬礼する思いだ。この尊き地涌の菩薩たちを、仏天よ最大に守り讃え給え! と祈り抜いている。
        ◇
 核兵器の廃絶に献身した、英国の哲学者ラッセルは言った。「私は、どんなに前途が多難であろうとも、新しい世界が要求する新しい知恵は早かれ遅かれ学びとられることを確信する」と。
 今、人類を結ぶ共生の智慧が求められている。万人が自分らしく輝きながら、共に支え合う世界こそが待望されている。
 我らは確信する。この日蓮仏法の生命哲学こそ、世界の未来を開く希望の哲理であることを!
 ゆえに君よ、貴女よ、大いに学べ! そして、「青年の確信」を堂々と語れ! 地涌の誓願のままに、「平和の地球」を朗らかに、断固として築きゆこうではないか!


 ゲーテの言葉は『ゲーテ全集9』所収「詩と真実」山崎章甫・河原忠彦訳(潮出版社)、トルストイは『文読む月日』北御門二郎訳(筑摩書房)、ゴールデンは『こころのチキンスープ6』キャンフィールド、ハンセン他編著、福岡佐智子訳(ダイヤモンド社)、ラッセルは『自伝的回想』中村秀吉訳(みすず書房)。
2016-12-30 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 10 被爆71年に誓う

随筆 永遠なれ創価の大城 10    (2016年7月11日付 聖教新聞)

被爆71年に誓う

平和の一歩を今日も共々に!
生命尊厳の若き旗手を世界が待望


 いずこの地を訪れても、私が祈りを込めて拝してきた御聖訓がある。
 「法妙なるが故に人貴し・人貴きが故に所尊し」(御書1578㌻)との一節である。
 たとえ今、どんな苦境にあろうと、妙法を受持した創価の友が献身する国土が、平和に勝ち栄えていかないわけがない。草創以来、この確信で同志を励まし続けてきた。
 1966年3月、ブラジルのリオデジャネイロを初めて訪問した折には、軍事政権下にあって、わが友は険悪な敵意と圧迫に晒されていた。しかし、歯を食いしばって、自行化他の題目を唱え抜き、良き市民として、大誠実の貢献を貫き通してくれたのである。
 半世紀の歳月を経て、リオの創価のスクラムは〝南米の常勝関西〟と仰がれる大発展を果たした。社会に広がる信頼も絶大である。
 この愛するリオの天地で、「平和の祭典」オリンピックが開催中である。
 オリンピックの憲章には、「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会を奨励することを目指し」と謳われる。
 戦争の悲惨を経験してきた民衆の平和への願いが託されているのだ。
 人間生命の無限の可能性を鮮烈に示しながら、人類融合の先進地・ブラジルでの祭典が大成功し、地球民族の連帯が一段と深まりゆくことを、私たちは祈りたい。

原爆許すまじ!
 創立の父・牧口常三郎先生は、獄中での尋問で「立正安国論」を引かれつつ、戦争の元凶について「謗法国である処から起きて居る」と鋭く喝破された。社会に生命尊厳の深い哲理がないゆえと、断じられたのだ。
 師と共に入獄した不二の弟子・戸田城聖先生は独房で法華経を身読し、「仏とは生命なり」「われ地涌の菩薩なり」と覚知された。
 戸田先生は〝地上から悲惨をなくすことこそ、信念の殉教を遂げた師の仇討ちだ。世界戦争を二度と起こさせない〟と、敗戦の焦土に一人立たれた。そして地涌の菩薩を民衆の大地より呼び出していかれたのだ。
 60年前、私が「大阪の戦い」に突進していた渦中の6月、先生は福岡県を訪れ、八幡市(現・北九州市)で叫ばれた。
 「原爆を使う人間は最大の悪人だ!」
 さらに福岡市でも核使用を弾劾し、「二度と同じ愚を繰り返すな!」と強く訴えられている。
 福岡県の小倉市(現・北九州市)は原爆投下の第1目標であった。8月9日、原爆を搭載した米軍機は、小倉上空の視界が悪く、第2目標の長崎に向かったのである。
 九州の大地を踏んで、長崎の悲劇に思いを馳せ、戸田先生の胸には、原爆許すまじの憤怒が燃え盛っていた。
 この正義の師子吼が、翌1957年の9月、横浜・三ツ沢の競技場における「原水爆禁止宣言」の原型となったのだ。
 この「宣言」の要点を書き留めた戸田先生の手帳の「11月22日」の予定欄には、「広島行」とあった。平和記念館――現在の広島平和記念資料館(東館)で行われる、わが同志の大会への出席を決めておられた。
 何としても、自ら被爆の地に赴き、恒久平和を目指す地涌の闘士たちを励ましたいとの固い一念であったのだ。
 されど、先生のご体調を案じ、私は広島行きをお止めせざるを得なかった。なればこそ、広島、長崎の友と手を携えて核兵器の廃絶に邁進することは、分身の弟子としての生涯にわたる天命であると、心に定めてきた。

祈り込めた植樹
 広島平和記念公園に、「SGI世界平和の樹」と名付けられたクスノキがある。1995年、「世界青年平和文化祭」で広島を訪れた55カ国・地域のSGIメンバーが植樹したものだ。
 この植樹の淵源は、その19年前、広島の高等部がまとめた反戦文集が出版されたことに遡る。
 被爆体験の聞書の編纂に携わり、高等部員らは平和への誓いを深めた。その原稿料の寄付を広島市に相談する中で、植樹の話が持ち上がり、皆でヒマラヤ杉を購入。平和記念公園での植樹が実現したのだ。市の担当者も〝皆さんの反戦平和への熱意は、必ず共感を呼ぶでしょう〟と称えた。
 その後、ヒマラヤ杉は枯れてしまうが、後継のリーダーに成長した若人たちは、被爆50年に開催する平和文化祭に寄せて、ぜひ核廃絶と平和への祈りを込めた植樹を――との思いで、再び広島市に掛け合った。
 青年の情熱が、SGIの友によるクスノキの植樹と結実したのである。
 つい先日も、広島に長崎と沖縄の若人も一堂に会し、「青年不戦サミット」が開催された。
 創価の若き平和の人材たちは、年々歳々、たくましき〝大樹〟と育ち、揺るぎない連帯の〝森〟を広げてくれている。

悲願を受け継ぎ
 本年4月、日本・アメリカ・ロシア3カ国の高校生による、核兵器廃絶問題に関する国際会議が米カリフォルニア州で開かれ、東西の創価高校の俊英4人も出席した。
 席上、わが学園生は、有識者も見守る中、核戦争を回避するには、核兵器を「必要悪」ではなく、非人道兵器として「絶対悪」とする価値転換が重要だと力説。そして「他人の不幸のうえに自分の幸福を築かない」との信条を示し、人間の善性を信じ抜く「対話」の大切さを堂々と訴えたのだ。
 東西の創価高校では、平和や環境などを深く学ぶため、フィールドワーク(現地調査)も行っている。広島を訪れた関西校の生徒は「原爆の日」の平和式典に参列し、核廃絶への思いを強くした。沖縄を訪問中の東京校の生徒たちも、平和への決意を新たにしている。
 凜々しき若人の姿は、未来から勇気と希望の風を運んでくれるようだ。
        ◇
 本年5月、オバマ米大統領の広島訪問は、核廃絶へ一条の光を投じた。その日は、ある広島の婦人にとっても、「亡き母に伝えたい日」となった。
 婦人の母は爆心地から800メートルで被爆した。目の前で妹を亡くし、その後、両親も原爆症で失った。母自身も放射能を浴び、市内の病院を7軒も渡り歩き、命懸けで娘を産んだ。わが子の前では気丈な様子でも、毎年8月6日になると、身を震わせて泣かれていたという。
 晩年はがんと闘いながら、平和の語り部として、修学旅行生に原爆の残酷さを訴え、4年前、命の灯が消えゆく瞬間まで、平和を叫び抜かれた。
 この母の人生を無駄にしてなるものかと、婦人は「核兵器なき世界」へ、仏法に学んだ生命尊厳の信念を語り続ける。
 日蓮大聖人は、「一日の命は三千界の財にもすぎて候なり」(御書986㌻)と仰せである。
 今日という一日、妙法と共に、同志と共に、生きる喜びに燃えて広布に走ることが、母娘一体の偉大な平和闘争なのだ。
        ◇
 広島に縁が深く、私も対談した思想家カズンズ博士は「戦争は人間の心の発明したものである。その人間の心は平和を発明することもできる」と指摘されていた。
 今、平和創造の心をいやまして強く! 父母たちの悲願を、創価後継の若き世代が厳然と受け継いでくれている。
 この夏も、未来部の研修会やファミリー大会が活発だ。男女の青年部、学生部は、教学試験に向け、行学錬磨の汗を流す。
 世界の友も熱い求道心に燃えている。欧州ではイタリアに31カ国の友が集った伝統の教学研修会で、「立正安国」の法理を研鑽した。また、インドからは代表200人が来日し、仏法の人間主義の拡大を誓い合った。
 「生命尊厳」を掲げる若き旗手の英知と勇気がある限り、平和の連帯は広がる。核兵器なき世界、戦争なき地球の明日へ、断固と進むのだ。

人間革命の挑戦
 1993年8月6日、師との思い出を刻む長野の天地で、私は『新・人間革命』を書き始めた。
 「平和ほど、尊きものはない。
 平和ほど、幸福なものはない」と。
 以来、23年――。今も日々、世界中の後継の友と、心で対話する思いで執筆を重ねている。
 お陰様で、次の章で第29巻が終了となる。「清新」に続く章は「源流」と題して綴っていく予定である。
 ともあれ、一人の声に耳を傾け、一人の友を励まし、一対一の対話を広げる。この最も地道な菩薩道こそ、新たな平和の潮流を起こす第一歩だ。
 我らの人間革命の前進が、戦争と決別し、生命尊厳の世紀を開く確かな光明だ。この大情熱で、「地涌の陣列」即「平和の陣列」を幾重にも拡大していこうではないか!

 師弟して
  人間革命
   挑みゆく
  我らの一歩が
    平和の光と

オリンピック憲章は日本オリンピック委員会訳。カズンズの言葉は『人間の選択』松田銑訳(角川書店)。
2016-08-15 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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