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随筆 永遠なれ創価の大城 26 黄金輝く一年に感謝

随筆 永遠なれ創価の大城 26   (2017年12月29日付 聖教新聞)

黄金輝く一年に感謝

「栄光の年」へ「師弟共戦」の心で!
宿縁深き同志と「地涌の義」を証明


 年の瀬になると、胸に染み入る御聖訓がある。門下の女性の真心を賞でられた一節である。
 「三千大千世界に七日間、降る雨の数は、数え尽くせるかもしれない。十方世界にある大地の塵の数を、数え知っている人はいるかもしれない。
 しかし法華経の一文字を供養する功徳は計り知ることは難しいと、仏は説いておられます」(御書1483㌻、通解)と。
 尊き婦人部をはじめ、わが創価家族の計り知れない奮闘を賛嘆してくださっている御文と、私には拝されてならない。
 この黄金の一年も、我らは、広宣流布と立正安国へ、一人ひとりが無量無辺の「心の財」を積みながら、力の限り前進を果たすことができた。

陰徳陽報の栄冠
 とくに、この本年最終号に至るまで聖教新聞を配達してくださる“無冠の友”の皆様方に、あらためて感謝申し上げたい。
 日蓮大聖人は、「雨ふり・かぜ(風)ふき・人のせい(制)するにこそ心ざしはあらわれ候へ」(同1548㌻)と仰せである。
 寒風や降雪の日、冷え込む日も多い。その中を、かじかむ手に白い息を吹きかけながら、一軒、また一軒と言論の光を届けゆく、強盛な「心ざし」の栄光の走者に、全同志で大喝采を贈ろうではないか!
 座談会など、友が集う会場を提供してくださっているご家庭への感謝も尽きない。
 御書には「家に讃教の勤めあれば七難必ず退散せん」(1374㌻)と示されている。
 妙法の音声に満ちた個人会場があってこそ、地域の広布は伸展し、郷土の安穏も築かれる。庶民の和楽の集いこそ〝世界平和の縮図〟なのである。
 明年、完成5周年となる「広宣流布大誓堂」では、日本中、世界中の友を迎えて、誓願勤行会が行われている。これまでに参加された海外の求道の友は、123カ国・地域に及ぶ。無事故で清々しく運営に当たってくれている役員の方々にも深謝したい。
 仏法では、「俱生神」すなわち人が生まれた時から左右の肩には同生天・同名天がいて、全ての行為を交互に天へ報告していると説かれる。
 大聖人は、この譬えを通して、夫の四条金吾を佐渡まではるばる送り出した、日眼女の支えを賞讃されている(御書1115㌻)。
 誰が知らなくとも、誰が誉めなくとも、仏天は全てお見通しである。陰の献身は、一切合切が自らの福徳となり、命の輝きとなる。
 「陰徳陽報」という、生命の究極の栄光がここにあるのだ。

若人よ進め戦え
 「熱原の法難」の渦中、師弟共戦の勇気ある信念で、新年を出発した若き南条時光に、大聖人は仰せられた。
 「花は開いて果となり・月は出でて必ずみち・燈は油をさせば光を増し・草木は雨ふればさか(栄)う・人は善根をなせば必ずさかう」(同1562㌻)と。
 妙法流布に勇敢に生き抜くことこそ、最極の大善根であり、自他共の生命を栄え光らせゆく道といってよい。
 この道を私たち青年に教えてくださったのが、戸田城聖先生である。
 私は入会から一年が過ぎた頃、先生の法華経講義を受講できた感激を記した(1948年9月)。
 「若人よ、大慈悲を抱きて進め。
 若人よ、大哲理を抱きて戦え。
 吾れ、弱冠20にして、最高に栄光ある青春の生きゆく道を知る」
 この「栄光ある青春」に、地涌の若人を一人また一人と呼び出して、師弟の道を邁進しゆくことが、私の戦いとなった。
 そして10年――。後継たる男女青年が先駆し、戸田先生が生涯の願業と定められた75万世帯の大折伏を成就できた。
 恩師のもとで行われた歴史的な3・16〝広宣流布の記念式典〟は、その集大成であったのだ。

青春勝利の舞を
 思えば、この「3・16」の大儀式と時を同じくして、信濃町の近くに完成したのが、旧・国立競技場であった(1958年3月)。
 アジア競技大会(1958年)、東京オリンピック(1964年)をはじめ、幾多の大規模なスポーツや文化の祭典が開催され、青春勝利の感動のドラマが繰り広げられてきた舞台である。
 〝民衆を救い、社会を救いゆく人材十万を結集せよ!〟との恩師の遺命を果たさんと、この国立競技場に創価の若き精鋭10万が集ったのは、1961年(昭和36年)の11月であった。
 若人が戦い切り、栄光の勝ち鬨を上げた姿を象徴するように、スタンド上には、「勝利」の二字が掲げられた。
 ――戸田先生! この日本の潮、世界の希望となりゆく地涌の若人を、どうぞご覧ください!
 あの日、恩師の笑顔を思い浮かべ、報告した心の叫びは、不二の弟子として最高の喜びである。
 そして今日、師弟の誓いの劇は、大きく晴ればれと世界に広がった。
 インドでは本年、青年部10万人という大拡大を見事に成し遂げてくれた。あの国でも、あの地域でも、新しき地涌の力の台頭は嬉しい限りだ。
 先日(今月2日)、建設が進む新・国立競技場の側を車で通った。
 2020年、東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場である。青空には、巨大なクレーンが林立し、新たな創造の息吹が感じられた。
 奇しくも今、世界聖教会館の建設工事が進められ、総本部の総合案内センターや創価宝光会館も着工される。
 創価の世界市民がいやまして胸を張り、人類社会に、平和と栄光の大連帯を広げゆく新時代が始まっているのだ。

わが新しき決意
 愛する沖縄の天地で、私が小説『人間革命』を書き始めたのは、1964年(昭和39年)の12月であった。
 いずこにもまして苦しんでこられた沖縄が、いずこにもまして幸福に栄えていただきたい。この思いで、「沖縄を『東洋のハワイ』に」とのビジョンも語り合ってきた。
 今、沖縄の観光客数は、ハワイにも勝るとも劣らぬ勢いで増加していると伺った。
 「命どぅ宝(命こそ宝)」の沖縄も、平和と調和が光る「アロハの心」のハワイも、人類を照らす不屈の勝利島として、ますます繁栄されゆくことが、私の悲願である。
 恩師とゆかりの長野で『新・人間革命』の執筆を開始してからは、今年で25年目となり、全30巻の総仕上げに入っている。全同志一人ひとりに「人間革命」の栄光譜あれとの祈りを込めて!
 さらに70歳を迎えた時には、小説に加えて「随筆」の連載という、新たな〝ペンの闘争〟に挑み始めた。
 第1回には、80歳までに「世界広布の基盤完成なる哉」との展望を記し、「このあとは、妙法に説く不老不死のままに、永遠に広宣流布の指揮をとることを決意する」と綴り残した。
 90歳になる今、一層、熱い思いが湧き上がる。
 「不思議なる霊山一会の愛弟子たちと共に、末法万年尽未来際までの地涌の義を決定づける」――これが、新しい一年に臨む私の決意である。

世界青年部総会
 現在、私が心から楽しみにしていることがある。それは、明年3月に予定されている「世界青年部総会」だ。
 全国で〝紅の朝〟の如く若き生命を光らせた男女青年部が、21世紀の広布後継と前進を誓い合う。さらに全世界でも、地涌の若人たちが、希望と友情の総会を開催するというのである。
 まさに物理的な距離を超えて結合した、世界同時の3・16「師弟共戦の誓いの会座」となるに違いない。法華経に説かれた壮大な会座を仰ぐ思いで、私は青年たちの挑戦を見つめている。
 そして、この若き英雄たちのスクラムを見守り、全力で応援してくれる父母や同志たちに、尽きせぬ感謝を捧げたい。
 私たちは、この青き地球に生まれ合わせ、苦悩多き現実世界の中から「立正安国」の誓願に燃えて立ち上がった。
 万人の生命の故郷たる地球を、勇気と慈悲の妙音で包みながら、桜梅桃李の人材が乱舞しゆく時代を創っているのだ。
 その誇り高き魁として躍り出て、生命尊厳の大法を弘めゆく哲人こそ、創価の青年なのである。
 御書には仰せである。「我等が居住して一乗を修行せんの処は何れの処にても候へ常寂光の都為るべし」(1343㌻)
 君たち、貴女たちよ!
 自らが地涌の勇者の「一人」と立ち上がり、壁を破って成長しよう!
 自らが大切な「一人」の友を見つけ、心から励ましていこう!
 自らがいる場所から、対話と友情の種を蒔き、信頼と安心の花園を広げようではないか!
 皆、体を大切に! 
 仲良く、朗らかに、さあ「栄光の年」へ出発だ。
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2017-12-29 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 25 師弟凱歌の物語

随筆 永遠なれ創価の大城 25   (2017年12月1日付 聖教新聞)

師弟凱歌の物語

人間革命の「勝ち鬨」を高らかに!
「今」を燃えて生きよ! そこに栄光の「未来」が


 錦繡の丘に立つ師弟の大城は、いつ訪れても、荘厳である。
 八王子の東京牧口記念会館は、紅と黄金の千葉万葉に包まれ、柔らかな陽光に照らされていた。
 広宣流布と立正安国の大闘争に殉じていかれた先師の崇高なご生涯を偲び、「初代会長牧口常三郎先生顕彰室」で、私は妻と勤行・唱題を行った(11月16日)。
 日本の軍部政府による弾圧で、牢獄に囚われてもなお一歩も退かず、看守とも信念の対話を重ねられた牧口先生である。
 獄中からの最後の便りに、「三障四魔ガ紛起スルノハ当然デ、経文通リデス」と記されていた。
 当時、73歳。寒く狭い独房にあっても、その命には、まさしく「師子王の心」が明々と燃え上がっていたのである。
 妻は幼き日、実家での座談会にお迎えした牧口先生とご一緒に題目を唱えた。先生の威風も堂々たる音律は、命に刻みついて離れないという。
 「御義口伝」には、師子吼の意義について、「師弟共に唱うる所の音声なり」(御書748㌻)と説かれる。
 我ら創価の師弟は、常に初代会長の広布への「不惜身命」「死身弘法」の大精神に連なって、勤行・唱題の会座に臨む。ゆえに、いかなる三障四魔も断じて恐れることはないのだ。

命の限り前へ!

 学会家族の前進の大目的は、全人類の幸福と、地球の平和という遠大にしてロマンあふれるドラマの実現だ。これは、師から弟子へ、親から子へ、世代から世代へと語り継がれ、受け継がれていく大叙事詩である。
 命の限り、前へ前へ! 日蓮大聖人は、「身の力・心のはかり事・先先には百千万ばい(倍)こへたり」(同1062㌻)とも表現されている。
 妙法に生き抜く色心に、停滞はない。胸中の生命力はいや増し、無量無辺の福智を発揮していけるのである。
 尊き広布の幾春秋を重ね、唯一無二の人間革命の物語を綴っておられる全国・全世界の同志に、ますますの健康あれ! 幸福あれ! 栄光あれ!と、今日も私は妻と祈りを重ねている。

牧口先生の御書
 東京牧口記念会館の顕彰室には、牧口先生が使われた「御書」が展示されている。至る所に剣豪の如き研鑽の跡がある。
 「開目抄」のページを開くと、「大願を立てん」(同232㌻)の個所には二重線が引かれ、欄外にも大きく赤い文字で「大願」と記されている。
 「誓願の心」こそ、法華経の行者の心であり、日蓮仏法の魂であり、仏教の根幹なのである。
 釈尊は、「最上の幸福」とは何かと問われ、自ら「正しい誓願」を起こすことこそが、「こよなき幸せである」と答えた。
 確固たる誓願を立てた人は強い。負けない。状況がどうであろうと、他人から何を言われようとも、動じることはない。
 「開目抄」に「其の外の大難・風の前の塵なるべし」(同㌻)と仰せの通り、大いなる確信と喜びを人生に与えてくれる揺るぎない力こそ、正しい誓願なのである。

誓願の道を70年
 では、最も正しい誓願とは何か。それは、最も正しい人生の道を貫き通すことだ。
 大田区蒲田の座談会で初めて恩師・戸田城聖先生とお会いした時、19歳の私は質問した。
 「正しい人生とは、いったい、どういう人生をいうのでしょうか」
 戸田先生は、初対面の一青年に、懇切丁寧に答えてくださった。
 日蓮大聖人が人生の最重要の難問題、すなわち「生老病死」の打開と生命の尊厳を解き明かされていることを力説され、こう私を力強く励まされたのである。
 「実践してごらんなさい。青年じゃありませんか」と。
 師を信じ、誓願の道を走り始めて70星霜――こよなく正しい人生の物語を、師と共に、同志と共に示し広げてこられたことに感謝は尽きない。
 小説『人間革命』も、「正しい仏法とは何か」「正しい人生とは何か」を、創価の師弟を通して後世に伝えたいと願い、愛する沖縄の天地で執筆を開始した。「黎明」の章を書き起こして、あす2日で53年となる。沖縄では、その意義を踏まえ、希望の声弾む、記念の「地区ファミリー総会」を県内全土で開催されると伺っている。
 小説『新・人間革命』第30巻は、いよいよ「勝ち鬨」の章へと入る。ここまで続けてこられたのも、ひとえに読者の皆様の温かなご支援ありてこそである。

ドラマは続く!
 かつて、聖教新聞で小説『高杉晋作』を連載してくださった山岡荘八氏も、幾度となく「人間革命」と語られていた。
 唯一の戦争被爆国である日本に生きる一人として、戦争の残酷さを痛感されていたのであろう。1950年(昭和25年)から新聞連載が開始された名作『徳川家康』第一巻の「あとがき」には、こう綴られている。
 「新しい哲学によって人間革命がなしとげられ、その革命された人間によって社会や政治や経済が、改められたときにはじめて原子科学は『平和』な次代の人類の文化財に変ってゆく――」
 そして、この夢を自著『徳川家康』に託して、「人間革命の可能」を限界まで描こうとする気概を述べられていたのだ。
 ゆえに今、世界192カ国・地域に広がった、創価の「人間革命」の大連帯を、きっと喜んでくださるに違いない。
 ともあれ私も、毎朝、聖教新聞を配達してくださる「無冠の友」の方々をはじめ、不二の言論の同志との「共戦」の思いを込めて、力の限り執筆を続けていきたい。
 「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」――この命題を託して、幾百万の庶民の蘇生のドラマと、師弟の凱歌の物語を描き留めていくのみである。

「心の一法」から
 本年、日中国交正常化の45周年を記念し、ご一緒に対談集を発刊した中国の王蒙元文化相が強く訴えられていた。
 ――現代人が科学技術などの物質的な価値ばかりを追求してきた結果、世界は今、「人間の心」の問題に直面している。これからは一層、精神的な価値を生み出すことが重要である、と。
 仏法では「心の一法より国土世間も出来する事なり」(御書563㌻)と説かれている。
 戦争も飢餓も、地球環境の問題も、詰まるところ、全て人間の「心の一法」に帰着すると言って決して過言ではない。
 不可思議にして、つかみがたい心を、聡明に、また豊かに広げながら、善へ、正義へ、平和へと力強くリードする法こそ、我らの信奉する日蓮仏法に他ならない。
 この大確信と誇りの炎を燃やしながら、わが心の輝きをもって、今いる家庭を、地域を、職場を、そして社会を、国土を、希望の大光で照らしていこうではないか!

英知・情熱・勝利
 明2018年、わが学会は「世界広布新時代 栄光の年」と掲げた。
 学会の年間テーマに初めて「栄光」の二字が輝いたのは、半世紀前の、1968年(昭和43年)である。
 発表したのは、前年(1967年)の11月、青年部総会の席上である。
 この折、私は若人たちに三つの指針を贈った。「英知」「情熱」そして「勝利」と。「栄光の年」の主体者は青年を措いて他にないと固く信じ、託したのである。
 広宣流布大誓堂の完成5周年を迎える明年は、新たな世界広布の50年を開く一年となる。
 栄光への門出に当たり、信ずる地涌の青年たちに、そして全国・全世界の宿縁深き同志たちに、私は今再び捧げたい。
 「英知」――徹して御書を学び、英知を磨け! ここに人類の未来を照らす直道があるからだ。
 「情熱」――折伏への情熱を忘るな! 自他共の幸福に生きよ! 学会は永遠に折伏の団体だ。
 「勝利」――他の誰でもない、自分に勝て! 今日を勝て! その源泉こそ、勤行・唱題のたゆみなき実践なり。 
 「生きているあいだ何事も先へのばすな、きみの生は行為また行為であれ」とは、ドイツの文豪ゲーテの叫びである。
 限りある人生だ。同じ生きるなら、わが生命を最大に充実させたい。
 「今」を完全燃焼して生きることが、一つまた一つと栄光の「未来」を開くことになる。
 御本仏は宣言された。「所詮誓願と云うは題目弘通の誓願なり」(御書846㌻)と。
 さあ、「広宣流布」の大誓願を掲げ、世界の友と出発しよう! 共々に人間革命の「勝ち鬨」を高らかに上げるのだ! 
 わが広布の足跡も、我らの地域の前進も、全て「未来までの栄光の物語」になると確信して!


 釈尊の言葉は『ブッダのことば』中村元訳(岩波書店)、山岡荘八は『山岡荘八全集1 徳川家康 第1巻』(講談社)、ゲーテは「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」(『ゲーテ全集8』所収)登張正實訳、潮出版社。
2017-12-01 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 24 「行学の闘士」の誉れ

随筆 永遠なれ創価の大城 24   (2017年9月23日付 聖教新聞)

「行学の闘士」の誉れ

「天晴れぬれば地明かなり」
自信満々と学べ 語れ! 太陽の哲理を


 御本仏・日蓮大聖人は高らかに宣言なされた。
 「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか」(御書254㌻)と。
 我らには「太陽の哲理」がある。「仏法」即「社会」という赫々たる英知の大光がある。
 ゆえに、いかなる混沌の闇にも惑わない。
 いかなる変化の乱気流にも怯まないのだ。
 夕張炭労事件の渦中、苦難をものともせぬ北海道の朗らかな同志と、この御文を心肝に染めて、意気天を衝く気迫で邁進したことも懐かしい。
 今年は、恩師・戸田城聖先生の熱誠によって、『日蓮大聖人御書全集』が出版されて65周年の佳節である。
 先生は「発刊の辞」に、我ら学会は「大聖人の御書を敬い之に親しむこと天日(=太陽)を拝するが如く」と綴られた。
 草創以来、創価家族は常に御書を開き、無限の生命の陽光を浴びて、確信の対話を広げながら一切を勝ち越えてきた。
 まさに、「御書根本で勝つ」ところに、学会精神の真髄がある。
 後半戦の出発に、わが愛する求道の同志は、教学部初級試験・青年部教学試験三級に取り組み、「行学の二道」の金の汗を流してきてくれた。
 合否を超えて、一人ももれなく信心の勝利者に――これが、私の偽らざる念願である。
 受験する宝友を支えてくれた先輩方に、満腔の感謝を捧げるとともに、この尊き研鑽を通して、実りの秋に〝勝ち戦〟の確かなリズムが刻まれたことを讃えたいのだ。

立正安国へ立つ
 この21日、私は妻と共に、3年ぶりに神奈川文化会館を訪問した。彼岸にあたり、追善回向をさせていただき、そして日本全国、全世界の同志に届けと真剣に勤行・唱題を行った。
 また、九州はじめ日本各地の台風の被災、カリブ海地域・米国南部を襲うハリケーンやメキシコの大地震等々、大規模な災害も続いている。
 「立正安国」を願われた大聖人の御心を拝しつつ、大切な宝友の無事安穏、速やかな復興、救援に当たる方々の健勝を強盛に祈る日々である。
 「正義」の神奈川は、まさしく大聖人が「立正安国」の大闘争を起こされた天地に他ならない。
 「立正安国論」には、「言わずんばある可からず」(同17㌻)とある。一宗一派のためではない。民衆の幸福と安穏のため、「今、真実を語らずして、いつ叫ぶのか!」との炎の仰せであられる。
 1957年(昭和32年)の9月、核兵器の脅威が高まる中で、戸田先生は「原水爆禁止宣言」を、ここ神奈川から放たれた。それは、大聖人に直結する「立正安国」即「世界平和」への師子吼であったといってよい。
 この宣言の草稿を書き留められた先生の手帳も、懐かしく拝見した。
 60周年の本年、神奈川の友は、世界の若人と共に、宣言の大精神を力強く響かせてくれた。
 折しも、国連本部で「核兵器禁止条約」の署名式が行われ、各国の署名も進む今、平和を願う市民社会の声をさらに結集し、強めてまいりたい。
 神奈川文化会館からの帰路、車窓から鶴見の記念講堂を眺めた。草創の鶴見支部の同志たちと「立正安国論」を学び合ったことも蘇る。
 「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か」(同31㌻)――今、お隣の韓国をはじめ世界中の同志も、「立正安国の対話」を誠実に繰り広げてくれている。
 わが一念の変革から、人生も、環境も、やがて世界も変えていける。その人間革命の哲理が、どれほど勇気と希望の光源となることか。
 「自他共の幸福」を祈り、友情の対話と社会への貢献を積み重ねることこそが、最も地道でありながら、最も確実な世界平和への直道なのだ。
 「立正安国論」の結論の段には、「汝早く信仰の寸心を改めて速に実乗の一善に帰せよ、然れば則ち三界は皆仏国なり」(同32㌻)と呼び掛けられている。
 「決意」は即「行動」である。
 立つべき時に立つ!
 時を逃さずに戦う!
 電光石火の共戦こそ、創価の師弟の心であり、楽土を築きゆく地涌の闘争なることを忘れまい。

カッシナの戦い
 人生も社会も「いざ」という時が勝負である。
 芸術の秋、広島県立美術館で開催中の「レオナルド・ダ・ヴィンチと『アンギアーリの戦い』展」(東京富士美術館企画)で展示されている、誠に示唆深い名画がある。
 巨匠ミケランジェロが描いた「カッシナの戦い」の下絵の模写である。
 その戦いは、1364年、フィレンツェ軍が勝利した史実である。しかし、周到に準備して臨めた戦いではなかった。
 暑さをしのぐため、軍が休憩をとり、アルノ川で水浴びをしている最中に、突如、敵軍の襲撃の報せを受けたのである。
 さぞかし驚いたに違いない。だが、フィレンツェ軍の兵士たちは直ちに川から上がり、身支度を整え、郷土のための戦いに渾身の力で挑んでいった。その逞しい勇者たちの群像を、ミケランジェロは描いたのである。
 現実は、思いも寄らぬ事態に遭う時がある。
 しかし、逡巡せず決然と行動を開始するのだ。そして自らのなし得る限りを、信ずる仲間と共に一気呵成に果たしていくのだ。この「やらんかな」の心意気に、逆転勝利の道は必ず開かれる。
 「わたしは自分の今あるもろもろの条件の下で最善をつくすだけだ」とは、ミケランジェロの信条であった。

わが境涯を開け
 広宣流布、立正安国の大闘争は、そのまま一人ひとりが宿命転換を加速し、一生成仏の大境涯を開く戦いに他ならない。
 竜の口の法難、佐渡流罪という大難の中で、勇気ある信心を貫き通してきた一人の鎌倉の女性門下がいた。夫に先立たれ、幼子たちを抱えて懸命に生きる母であった。
 大聖人は、亡き功労の夫君のことも追善されつつ、心を尽くして一家を励まされた。そして仰せになられたのである。
 「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(御書1253㌻)
 試練の厳冬の中にある誰もが、一人残らず幸福勝利の大歓喜の春を迎えられるように!――この御本仏の大慈大悲が胸に迫ってならない。
 戸田先生は、こうした御聖訓を通されながら、「大聖人が、功徳の出ない、境涯の開けない戦いをさせるわけがないんだよ」と言われていた。
 御書には、一人にここまでも心を配られるのかという、大誠実の「人の振舞」が随所に示されている。その究極の人間主義を深く学びながら、私たちも、一人ひとりを大切にし、一人ひとりと仏縁を結んでいくのだ。
 「御義口伝」には、「日蓮に共する時は宝処に至る可し」(同734㌻)ともお約束である。
 我らは、どこまでも、大聖人と「共に」、広宣流布へ、立正安国へ、仲良く賑やかに大行進していく。そして周囲も、いな自分さえも、あっと驚くほどの実証と功徳を現していただきたい。そう私は祈り続けている。

異体同心で前進
 熱原の法難に屈しなかった烈士たちのことを、御書には「御勘気を蒙るの時・南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経と唱え奉ると云云、偏に只事に非ず」(同1455㌻)と讃嘆されている。
 あの60年前の雷雨の大阪大会の後、戸田先生は、この御聖訓を私にそっと示された。そして、「御本仏は、大作と関西の同志たちをさぞかし褒めておられるよ。学会は、この民衆の正義の声と不二の団結で、これからも、あらゆる戦いを勝ち切っていくのだ」と。
 2カ月後の9月25日、私は東京・葛飾の総ブロック長として、模範の地域の建設へ、熱き心の同志と共に出陣した。
 それは恩師の生涯の願業たる「75万世帯」達成へ、弟子の総仕上げの挑戦であった。
 私たちは第1に、勤行・唱題の「誓願の祈り」の呼吸を深く合わせた。
 第2に、どこまでも、「御書根本」の「法華経の兵法」で、智慧と勇気を湧き出して戦った。
 第3に、「異体同心の団結」をがっちりと固めながら前進した。
 この鉄壁の大東京のスクラムは、威風も堂々と「75万世帯」成就の原動力となり、師弟凱歌の栄光を飾ったのである。
 「日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて・一定法華経ひろまりなんと覚へ候、悪は多けれども一善にかつ事なし」(同1463㌻)
 創価の「一善」の陣列に恐れるものはない。
 我ら「行学の闘士」は、正義の勝利の太陽を、断固と勝ち昇らせようではないか!
 ――神奈川文化会館からは青い海を望んだ。かつて船上の四国の友を、懐中電灯を振って見送ったことも思い出される。
 館内に、私が揮毫した「ああ陽は昇る」(神奈川の歌)の歌詞も掲げてあった。それを見ながら、妻と一緒に口ずさんだ。

 この世悔いなく 暁鐘を 
 広布の友は 雲と涌く
 このリズムをば 誰人も
 讃え仰がん 限りなく
 ああ陽は昇る
    我等の同志にも


 ミケランジェロの言葉は杉浦明平訳『ミケランジェロの手紙』(岩波書店)。
2017-09-23 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 23 民衆勝利の七十年

随筆 永遠なれ創価の大城 23   (2017年8月25日付 聖教新聞)

民衆勝利の七十年

師弟誓願は時空超え 未来へ厳然
「対話」から人間革命も一切の変革も始まる


 その1枚の絵は、70年前の出会いを鮮烈に蘇らせてくれた。
 1947年(昭和22年)の8月14日、私が師匠・戸田城聖先生に初めてお会いした座談会の光景を、小説『新・人間革命』の挿絵でお世話になっている内田健一郎画伯が描いてくれた油彩画である。
 総本部の恩師記念会館で、師恩への感謝の勤行を行った折、妻と感慨深く鑑賞させていただいた。(今月22日)
 あの日あの時、戸田先生の声は、慈父の如く温かくも懐かしかった。
 「池田君は、幾つになったね?」
 「なんでも聞いてあげるよ」
 それは、久遠から約束されていた、必然の邂逅であったに違いない。
 「正しい人生」の道を求めてやまない19歳の私を、先生は「どうだ一緒にやるか」と導いてくださった。
 〝この人ならば信じられる!〟と、師にお仕えし、共に進みゆくことを、一人、心に深く決めた。出会いから10日後の8月24日、私は入信したのである。

「師子吼」を共に
 御本仏・日蓮大聖人は法華経に説かれる「師子吼」の意義について、「師とは師匠授くる所の妙法 子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり」(御書748㌻)と仰せになられた。私が常に立ち返ってきた「御義口伝」の一節である。
 わが師匠には、全民衆を救い切っていくのだとの「地涌の菩薩」の大生命が漲っている。
 ゆえに弟子である自分も、この師と心を一つに祈り、戦い抜くならば、同じ勇気と智慧が湧いてこないわけがない。
 私はそう定めて、広布の最前線を走り、拡大の突破口を開いていった。誰もが不可能と尻込みする激戦にも、〝これは広宣流布の大師匠の構想だ。ゆえに、勝てないわけがない。いな、断じて勝たねばならない〟と、一念に億劫の辛労を尽くしつつ、勝利の旗を一つ一つ打ち立ててきたのだ。
 そして、わが同志は、難を恐れず、労苦も惜しまず、地涌の底力を現して、私と共に勇敢に戦い勝ってくださった。ただただ感謝を捧げたい。

生涯かけた信念
 思えば、歴史を変えた先人たちも、青春の誓いを生涯の主題とし、試練を越える力としていた。
 ――古代ギリシャの大哲学者プラトンは、若き日にソクラテスの門下となった。師が処刑されたのは、彼が28歳の頃だ。以来、真正の弟子として、一生を懸けて師の正義を宣揚していった。
 ――マハトマ・ガンジーは20代前半に渡った南アフリカで人権闘争に立ち上がり、インド帰国後は、民衆の自立と祖国独立のため命を捧げ、非暴力の大闘争を貫いた。
 私が戸田先生にお会いした1947年の8月14日は、奇しくもインド独立の前夜であった。
 ガンジーの直弟子だったパンディ博士とも、私は親交を重ねた。博士は14歳でガンジーの弟子となった。90歳を超えても、〝私は師の教えを叫び続けます〟と闘魂を燃やされていた。
 私が共に対談集を発刊したラダクリシュナン博士は年代的に、師匠と仰ぐガンジーと直接、会う機会はなかったが、師弟の道を突き進まれている。師弟とは、時空を超えた絆なのである。
 ――中国の周恩来総理と鄧穎超先生のご夫妻も忘れることはできない。「5・4運動」の渦中、若くして革命に身を投じたお2人であった。生涯「生命不息、戦闘不止(命ある限り、闘いを止めない)」との信念に徹し抜かれた。
 ――南アフリカのマンデラ大統領は20代で人種差別の撤廃運動に飛び込んだ。27年半の投獄にも屈せず、巌窟王の如く「闘いはわが人生」と屹立されていた。
 「誓い」を果たし抜く人生は、何と爽快であろうか。なかんずく、師弟共戦に生き抜いて、弟子として師匠に勝利と報恩の誠を捧げられることは、何と誇り高き栄光であろうか。
 8月24日は「壮年部の日」。「誓い」に生きる、広布の盟友たちに栄光あれ、健康長寿であれと、私は祈っている。

弟子が躍り出よ
 御書には「師匠は大地の如し」(900㌻)と譬えられている。
 豊饒な大地から多種多様な草木が、自在に枝葉を伸ばし、万花を咲かせていく。同じように、師弟が広布の「誓い」を共有する大地からは、文化・教育・平和の価値創造を担う多彩な人華が咲き、人間主義の花園が絢爛と広がっていくのだ。
 広布の使命と責任を分け合う縁ゆえに、戸田先生と私は、あらゆることを語り合い、たゆまず手を打ってきた。
 「聖教新聞」発刊の淵源も、戸田先生の事業が窮地に陥った一番苦しい時に、師弟の対話で着想されたものであった。奇しくも私の入信3周年(1950年)の8月24日のことである。
 「創価大学」の創立の構想は、同じ年の晩秋、神田の日本大学の食堂で、戸田先生と食事をとっている折に伺った。
 60年前(1957年)の9月8日、恩師が発表した「原水爆禁止宣言」の精神を、私たちは叫び抜き、展開してきた。核兵器なき世界を願う声の高まりは本年、遂に国連での「核兵器禁止条約」の採択に結実した。
 恩師が遠大な広宣流布の未来像を語ってくださったことも蘇る。
 ――創価学会は将来、必ずや世界の平和と文化を担う、中核的な存在としての使命を持つに至るだろう。そのための人材を育てる教育的母体となっていくに違いない。この「人間革命」の運動が人類の宿命をも変えていくのだ、と。
 「立正安国」即「世界平和」を築きゆく創価学会の大使命を、明快に示してくださったのだ。
 先生は、「レールは敷いておくからな。後は、君たちが思う存分に戦って広げよ」と語られた。
 私は不二の分身として、日本中、世界中を回って種を蒔いてきた。あの地にも、この国にも、地涌の菩薩よ、涌出せよと、大地に題目を染み込ませる思いで、一心不乱に祈り動いてきた。

人を宝として
 地涌の拡大は、出会った一人また一人を輝く希望の宝として、心から励まし、結んだ縁を、一つ、また一つと大切に育む積み重ねに他ならない。
 焦点は、常に目の前の「一人」である。
 この夏も、多くの同志が、私の心を心として、宝の未来部の一人ひとりを激励してくれている。その尊き「未来までの物語」に感謝は尽きない。
 ともあれ、我らの行進は、常に伸びゆく若人と一緒にある。
 先日、私は創価文化センターを訪れ、創価学園創立50周年の記念展示をじっくり見学した。(今月13日)
 わが70年の平和と文化と教育の使命旅の実に50年が、学園生と共にあったことを振り返りつつ、これからも未来永遠に若き後継の友が続いてくれることを、うれしく展望する一時となった。

天の時に暁鐘を
 大文豪・魯迅の言葉に、「もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」とあった。
 私が歩み始めた「師弟の道」も、最初は、誰も気づかない小さな一本の道だった。しかし今や、日本中、さらに全地球にまで伸び広がって、創価の民衆が誇り高く闊歩しゆく大道となったのだ。
 御書には、「涌出とは広宣流布の時一閻浮提の一切衆生・法華経の行者となるべきを涌出とは云うなり」(834㌻)と示されている。
 この夏も、インドから、またブラジルから、地涌の青年たちが誓願に燃えて来日してくれた。
 今月末には、55カ国・地域から280人の若人が集い、SGI青年研修会が開催される。
 各地での青年大会も、今月、大成功を収めた岩手、石川、富山に続き、来月も宮城、山形、青森で意気軒昂に行われる。
 創価の師弟の道に行き詰まりは絶対にないことを勇んで証明しゆく、若き愛弟子たちの躍進は、頼もしい限りだ。
 さあ、人間革命の拡大へ、対話をいやまして広げていこうではないか!
 「いよいよ」「これから」の本因妙の生命で!
  
 よからんは
  不思議と 覚悟の
    七十年
  師弟は勝ちたり 
    閻浮に広布を
   
 朗らかに
  民衆の心田へ
   仏種 植え
  平和の花園
   地球に広げて
   
 天の時
  創価の世紀の
   暁鐘を
  地涌の勇気で
   いざ打ち鳴らせ
    

魯迅の言葉は『魯迅文集1』所収「故郷」竹内好訳(筑摩書房)。
2017-09-01 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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随筆 永遠なれ創価の大城 22 未来部と共に成長

随筆 永遠なれ創価の大城 22   (2017年8月1日付 聖教新聞)

未来部と共に成長

広布のバトンを「正義の走者」へ!
「従藍而青」を信じ 師子を育てゆこう


 新たな生命が、この世に生まれることは、何という希望であろうか。
 門下の子どもの誕生を喜ばれた御聖訓が、私の胸にこだまする。
 「法華経流布あるべきたね(種)をつぐ所の玉の子出で生れん目出度覚え候ぞ」(御書1109㌻)
 わが未来部は一人ひとりが妙法の宝塔であり、広宣流布を担い立つ「玉の子」として、今この時に躍り出てくれた。
        ◇
 恩師・戸田城聖先生の出版社で私が働き始めたのは、21歳の時である。大変な毎日だったが、楽しくて嬉しくて仕方がない仕事があった。
 少年誌の編集である。
 〝全ての子らが、正義を愛し、平和を愛する、よき人生を〟と願った。
 よき言葉、よき物語を、子どもたちに届けようと、日本を代表する作家たちのもとを勇んで訪れ、誠心誠意、思いを伝えて、執筆や連載を快諾してもらった。
 依頼した作家の原稿が締め切りに間に合わず、自ら「山本伸一郎」のペンネームで、大教育者・ペスタロッチの伝記を書いたことも懐かしい。
 ペスタロッチは叫ぶ。
 「少年・少女が成長して、花咲いてゆくのをみることは名状し難い喜びではないか」と。
 私も同じ思いだった。ありがたくも今、「未来ジャーナル」や「少年少女きぼう新聞」を通して、若き宝友と心の対話を続けることができている。
 使命の花を咲き開かせていく未来部の友の姿に接する時、私の胸は、はち切れんばかりの喜びに満たされるのだ。

歌声に誓い込め
 7月の本部幹部会で、少年少女部、中等部、高等部の代表メンバーが、力強い演奏と共に、創価の希望の歌声を爽やかに響かせてくれた。
 一人ひとりが、勉強に、クラブ活動に、親孝行にと、挑戦を重ねて迎えた、感動のステージであった。家族の病や、学校でのいじめなどに負けず、祈りと勇気で勝ち越えた友もいると伺った。
 合唱してくれた歌は未来部歌「正義の走者」。
 第一次宗門事件の渦中の1978年(昭和53年)7月、私が岡山の地で作詞した歌だ。
   
 〽君も負けるな いつの日か
 共々誓いし この道を
 嵐も吹雪も いざや征け……
   
 「君よ」ではなく、「君も」と綴った。
 若きメロスよ! 君には、同じ志を抱き、嵐に挑む友がいる。
 君たちが進む道を開きゆかんと、苦難の道を走る創価の父母がいる。
 君たちの成長と勝利を厳然と見守り、楽しみに祈り待つ人がいる。
 ゆえに絶対に負けない。負けてはならない。同志と共に、父母と共に、「君も」また、断じて正義の道を踏破するのだ!
 私は、この万感の思いを歌詞に託した。
 誓いのバトンを受け取ってくれた当時の未来部の友は今、広布と社会のリーダーと光っている。
 未来部躍進月間――。「学会の永遠性の確立」の急所は、まぎれもなく、未来部の育成にある。
 伝統となった「E-1グランプリ」をはじめ、読書感想文や作文のコンクール、また「少年少女希望絵画展」も、皆で最大に応援していきたい。
        ◇
 人間教育において大事なポイントに、一方的に教えるのではなく、「共に学び、共に成長する」ということがある。これは、創価教育の父・牧口常三郎先生が先駆的に示されていた点でもある。
 学会の庭には、先輩も後輩も一体となって前進するなかで、人づくりの智慧が蓄積されてきた。
 各地の創価ファミリー大会なども、子どもたちと一緒に学会の歴史や活動の意義を学び、信心を深められるようにと、多彩に工夫されている。
 特に、壮年・婦人部の未来本部長、青年部の21世紀使命会、学生部の進学推進部長をはじめ、育成に尽力してくださる方々には、心からの敬意と御礼を申し上げたい。教育本部や国際本部等の尊いサポートにも、いつも感謝している。

「将棋」の思い出
 今、世界中で未来部世代の活躍が目覚ましい。
 2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、奮闘する10代のアスリート(競技者)たちの姿も眩いばかりだ。
 将棋界でも、中学生棋士の連勝記録が日本中の話題となった。
 実は、戸田先生も将棋がお好きだった。折々に、私も相手をさせていただいたものである。
 思い出深いのは、戦後の混乱の不況下で、戸田先生の事業が暗礁に乗り上げ、私が編集長を務めていた少年誌などの休刊が決まった日のことだ。
 先生は、いつものように、親しい来客に「一局どうだ」と、愉快そうに将棋を指しておられた。
 その泰然自若とされた王者の雄姿に、私も「何があろうと変わるまい。自分の今なすべきことを、なすまでだ」と、腹を決めたものである。
        ◇
 将棋の駒の「歩」は、じっと動かなければ、「歩」のままだ。しかし、一歩また一歩と、前へ進み、ひとたび敵陣に突入すると「と金」に成り、「金」と同じ働きをする。
 「桂馬」の動きは、面白い。いざという時まで動かないことで、敵の攻めを封ずることもある。
 駒それぞれに特性がある。一つとして意味のない駒はない。戦い続けていくならば、本来備わっている偉大な力を発揮することができる。
 人間も同じであろう。
 仏法は、桜梅桃李すなわち、一人ひとりが己の個性を伸ばし、開花させていく生き方である。
 未来部時代、また青春時代は、鋭敏であるゆえに、人と比べ、一喜一憂してしまうこともあるだろう。だが、決して悲観などすることはない。
 妙法と共に、広宣流布という偉大な誓願の人生に生き抜く時、誰もが、自分にしかない無限の可能性の花を、必ずや悔いなく咲かせ切っていくことができるからだ。

理想の人華の園
 将棋の起源は、古代インドの「チャトランガ」という盤上ゲームにあったとされる。それが中国をはじめ東アジアに伝わる中で、日本では「将棋」へと姿を変えていった。
 「仏法東漸」――インド発祥の仏教が東へ伝来してきた歴史と重なるようで、興味深い。
 先日、大発展するインドの地涌の若人200人が、「先駆」の誉れも高き九州を訪れた。
 各地での交流交歓会で、歓迎の歌声や笑顔を広げてくれたのは、凜々しき未来部であった。
 国を超え、民族を超えて、同じ志を分かち合い、励まし合って進む、桜梅桃李の人華の園よ! 人類が願ってやまない理想の人間共和の縮図が、ここにこそあるのだ。
 この歓喜を、崇高さを、希望を、私たちは、自信満々と若き世界市民に伝えていきたい。

親子の心は感応
 御書には、「譬えば鳥の卵の内より卵をつつく時・母又同じくつつきあくるに・同じき所をつつきあくるが如し、是れ即ち念慮の感応する故なり」(810㌻)と仰せだ。
 親が懸命に力を尽くし抜いた時、子も、その祈りに応えようとして、硬い卵の殻を割ることができる。生命の次元で、心と心は感応し合う。
 親の信心は、必ず子に伝わる。たとえ、時間がかかっても、回り道を重ねても、絶対に伝わる。
 飾る必要はない。失敗を恐れなくてよい。信念を曲げず、自ら決めた道を朗らかに進む。その親の生き方こそ、子に贈る「最上の宝」なのだ。
        ◇
 植物の「藍」から生まれ出る「青」は、重ねて染め抜くことで、藍にも増して色鮮やかに光る。同様に、後継の友を、自分以上に立派に、そして陸続と成長させるのだ。
 この「従藍而青(青は藍より出でて而も藍より青し)」の法理を、関わる側が信じ抜くことだ。
 「師子」を育てられるのは「師子」だけだ。
 「子どもを育てること、それ自体が平和のための仕事である」
 これは、忘れ得ぬ平和研究の母・ボールディング博士の信条であった。
 一人の未来部の生命を輝かせゆくことは、地球社会を希望で照らす平和の大事業なのである。
 いよいよ「未来部夏季研修会」が、八王子市の創価大学で始まる。
 世界各国でも未来部員が一堂に会し、有意義な研修会が行われている。 
 イタリアの研修会では、皆で御書を学んだ。教材は、かつて私が高等部に講義した「生死一大事血脈抄」。講師は、当時、講義を受けた高等部第1期生のリーダーである。半世紀を経て、滔々たる人材育成の大河は全世界に広がり、その伸展は世界同時進行である。
 さあ、創価の宝、人類の希望の未来部を励まそう! 共に成長しよう!
 広宣流布の永遠の流れを確立する聖業に連なる誇りを胸に前進し、充実と鍛えの夏を、健康第一で送ろうではないか!
    
 地涌の義は
  未来部にあり
   世界まで
  誉れの人材
    育つ嬉しさ
 
ペスタロッチの言葉は『ペスタロッチー全集1』長田新訳(平凡社)。
2017-08-14 : 随筆 永遠なれ 創価の大城 :
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