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未来対話 第22/23回 師弟に勝るものはなし!

第22/23回=最終回 師弟に勝るものはなし!
                        (2014.2.1/3.1付 未来ジャーナル)

最高の「人間向上の道」を共に

 ──こよみの上では2月4日が「立春」、春が立つ日です.
 まだまだ寒い日が続きますが、未来部メンバーは、「希望の春」「勝利の春」へ挑戦しています。

名誉会長 「冬は必ず春となる」(御書1253㌻)──世界中の友が心に刻んで、それぞれの試練に挑んでいる御聖訓です。
 冬が厳しいからこそ、春の喜びは大きい。受験生の皆さんの奮闘も、よく伺っています。
 厳寒の2月生まれ(11日)である私の恩師・戸田城聖先生は、大教育者でした。
 先生は、ある冬の受験の当日、会場の前で、一人の教え子を温かく励まされました。
 「落ち着いて、よく考えて問題に取り組むんだぞ。大丈夫だ!」
 その受験生は、ずっと戸田先生が見守ってくれているようで、勇気をもって全力を出し切ることができたと言います。
 私も、受験生の一人一人が、ベストを尽くして、新たな希望の道を勝ち開いていけるよう、真剣に題目を送り続けています。
 みんな、風邪などひかないようにね。
 しっかり食事と睡眠をとって、努力の成果を度胸よく発揮していくんだよ!
      □■□
 ──戸田先生は1900年の生まれです。
 今の中等部の皆さんとは、ちょうど100歳ちがいです。

名誉会長 そうだね。戸田先生は20世紀の開幕に誕生されて、20世紀を照らされました。
 そして皆さんは、21世紀の開幕に躍り出て、これから21世紀を明々と照らしていくんだよ。
 戸田先生が、どんな贈り物よりも喜ばれたのは、弟子の成長であり、弟子の勝利の報告でした。
 ゆえに、私は青年時代から師匠の誕生の月を、弟子の成長、弟子の勝利で荘厳するのだと、常に新たな戦いを起こしてきました。

 ──池田先生から、戸田先生のことを伺うたびに、「師弟の道」の崇高さに感動します。
 メンバーからは「師弟の道とは」「なぜ師弟が大事なのですか」という質問が寄せられています。

名誉会長 「師弟の道」と言っても、特別なことではありません。
 空には、鳥の飛ぶ道があります。
 海には、魚の泳ぐ道があります。
 人には、人の歩む道があります。
 人間が、最も人間らしく、価値ある人生を歩み、向上していくための道が、「師弟の道」なのです。
 学問でも、芸術でも、スポーツでも、それぞれに「道」を教えてくれる師匠の存在があります。
      □■□
 ──学校の先生も、「教師」。「教える師」と書きますね。

名誉会長 そうです。
 私にとって、仏法の道、正しい人生の道を教えてくださった師が、戸田先生なのです。
 残酷な戦争が終わった時、私は17歳でした。高等部の皆さんと同じ年代です。
 きのうまで「国のために命を捨てよ」と言っていた大人たちが、一変しました。
 世の中には、突然、「平和」「自由」「平等」「民主主義」「個人の幸福」「豊かな生活」など、いろんな考え方や価値観が語られ始めたのです。
 何か正しいのか。誰が信じられるのか。進むべき道が、まったく見えてこない時代でした。一面から言えば、インターネット等によって、情報が洪水のようにあふれている現代と相通じるかもしれません。
 私は、自分なりに懸命に本を読み、友人だちとも学び、語り合いながら、「正しい人生とは」という問いに明確に答えてくれる師匠を、ずっと求めていました。
 戸田先生と初めてお会いした日、先生は19歳の私の質問に、慈愛をもって誠実に答えてくださった。そして、青年らしく仏法の道を歩み始めることを勧めてくださったのです。
 心から感動しました。仏法の難しいことは分かりませんでしたが、先生のお人柄を、いっぺんに大好きになりました。
 戦争中、迫害されて牢獄に2年間もとらわれながら、正義と平和の信念を貫き通された勇気に、私は、この方なら信じられると直感したのです。
 今でも、先生のことを思えば、心が明るくなります。力が湧いてきます。どんなに大変なことがあっても「私は戸田先生の弟子だ。さあ、かかってこい」と心が燃え上がるのです。

 ──師匠を持つことは、青年が最も強くなれる道なんてすね。

名誉会長 うれしい、悲しい、楽しいつらい……心は常に揺れ動きます。青春時代は、なおさらだ。
 御書に「心の師とはなっても、自分の心を師としてはならない」1088㌻、通解)とあります。
 自分の心を中心に、わがまま放題に生きれば楽しいかもしれない。しかし、結局、心がいつも揺れ動いて迷走してしまう。
 だから、揺るぎなき「心の師」をもつことが大切です。私の心には、常に戸田先生がおられます。今でも、毎日、対話しています。
 先生なら、どうされるか、どうすれば、先生に喜んでいただけるか──。
 心に、この原点があるから何も迷わない。何も怖くありません。
 「師弟の道」とは、最高の「人間の道」です。正義の道であり、希望の道です。幸福の道であり、勝利の道です。
      □■□
 ──歴史を見ても、偉大な人物には必ず、偉大な師がいました。

インドの大詩人 タゴール
人は偉大な人を見ることで自分自身も偉大であることを知る

名誉会長 古代ギリシャの大哲学者プラトンには、ソクラテスという師匠がいた。日本の明治維新の道を開いた高杉晋作には、吉田松陰がいた。その松陰には佐久間象山という師がいた。アメリカの人権の闘士キング博士にはメイズ学長という師がいた。
 私が出会ってきた世界の指導者たちにも、必ず「師匠」がいました。そして皆、自分を育ててくれた師に感謝を忘れない、偉大な人物でした。
 「師匠」は、弟子を自分以上の人材にしようと育んでくれます。良い師匠につけば、弟子は自分が持っている本来の力に目覚め、その力を思う存分に発揮していくことができるのです。
 「人は偉大な人を見ることで、自分自身も偉大であることを知る」
 これは、インドの大詩人タゴールの格言です。タゴールにも、学生時代に、師の存在がありました。
 今回は、みんなに、この言葉を贈ります。
      □■□
 ──タゴールは、アジアで初のノーベル文学賞を受賞しました。
 池田先生には、タゴールの精神を継承する二つの大学から「名誉文学博士号」が贈られています。
 タゴールの生家を土台に築かれたラビンドラ・バラティ大学のムカジー元副総長とは、タゴールをめぐって対談もされました。

名誉会長 ムカジー博士は、若くして夫を亡くしながらも一人娘を育て、タゴールの教えを探究して生き抜かれた立派な女性です。
 インド最高峰の教育者であり、政治哲学者でもありました。
 このムカジー博士も敬愛してやまなかったタゴールは、意外なことに、青春時代は、あまり勉強が好きではなかったようです。裕福な家庭だったので、家で教育を受けました。厳しい教育が合わなかったのです。
 教師がやってきて勉強が始まると、いつも、襲ってくる眠気との戦いになった(笑い)。起きていても、どこからか聞こえてくる音楽に耳を傾けていた。仮病を使って、サボったこともあった(大笑い)。
 しかし、タゴールには、詩作の才能がありました。それを知った学校の先生は、ある日、彼を呼び出しました。
 “怒られるんじゃないか”と思いつつ、恐る恐る部屋に入ると、先生は親しげに、「君は詩を書くんだね!」と語りかけ、その詩を褒めてくれたのです。
 先生は、最上級のクラスに、タゴール少年を連れて行き、皆の前に立たせて、「さあ朗読してごらん」と告げました。
 タゴールは高らかに読み上げました。あまりの素晴らしさに、“この小さな少年に、ここまでの詩を創れるはずがない”と、皆、信じてくれないほどでした。
 自分の力を認めてくれた先生の存在が、タゴールの才能を開花させました。
 そして、その後も努力に努力を重ねて、世界から「詩聖」と仰がれる人になったのです。
 タゴール自身、教育にも力を注ぎ、学園を創立しています。そこから、優秀な人材が陸続と巣立っていきました。人間と人間の人格の錬磨が、何よりも重要だと信じていたのです。
 良き師は良き弟子を育みます。
 良き弟子は、いつか良き師となって、また良き弟子を育んでいく。
 真の「師弟」には、永遠性があるのです。

 ──未来部員にもよく読まれている作家の井上靖氏が、池田先生との対談(『四季の雁書』)の中で「もし恩師がなかったとしたら、今日の自分は無にひとしい存在であったに違いないといったことを(池田先生が)お書きになっているのを記憶しております。本当の師弟の関係というものは、そういうものであろうと思います」と深い感動をもってつづっています。

名誉会長
 私は、小さい時から体が弱かった。戦争のせいで、思うように学校にも通えなかった。
 父はリウマチに苦しみ、兵隊にとられていた4人の兄たちも、な
かなか戦地から戻らなかったので、肺病の私が懸命に働いて一家を支えていました。
 その私が、戸田先生のおかけで仏法を知り、正しい人生を教わり、ここまで生きることができました。恩師によって、自分の持てる力を最高最大に開花できたのです。
 師匠の大恩に報いるため、生きておられる時には、恩師に命をささげる思いで守り抜きました。そして恩師の亡き後は、先生が一番大事にされた学会と同志に尽くし抜きました。
 師匠とは、ありがたいもので、そうした弟子の心を、すべて分かってくださるものです。
 戸田先生が最大の苦境にあられた時のことです。私は弟子の誓いを和歌に託し、先生に贈りました。

 古《いにしえ》の
  奇しき縁に
     仕へしを
  人は変れど
    われは変らし

 師弟は、今この時代に決まったのではない。ずっと昔から決まっていたのだから、私の心は変わらない──「永遠に、先生と共に!」との真情を託しました。周りには、身は仕えているようでも心が崩れ、裏切っていった人間もいました。
 この歌に、先生は返歌を詠んでくださいました。

 幾度《いくたび》か
  戦の庭に
    起てる身の
  捨てず持つは
     君の太刀ぞよ

 君がいてくれれば、それでよい──歌に込められた戸田先生の心が、私の全身を電流のように貫きました。一生涯、先生の太刀となって戦おう!──こう深く心に誓いました。
 そして私は先生とお約束したことを全部、成し遂げてきました。
 創価の師弟は勝ちました!
 厳然と未来に、勝利また勝利の歴史を残しました。
 今の私には、未来部の皆さんがいます。私が、学園生に詠んだ和歌を、今回、あらためて愛弟子の君たちに贈ります。

 この世にて
  師弟に勝る
    ものはなし
  君よ 忘るな
      勝利の絆を

 タゴールの言葉は「瞑想録」(『タゴール著作集』第七巻所収、蛯原徳夫訳、第三文明社刊)。「わが回想(『タゴール著作集』第十巻所収、山室静訳、第三文明社刊)を参照した。

どこまでも「共に」進もう!

アメリカの教育哲学者 デューイ博士 
私たちには、先人から受け継いだ遺産を、よりよく、大きくする責任がある。そして、後に続く人たちが、豊かに分かち合えるようにするのだ

 ──万物が躍動する春3月が到来しました。未来部員も元気に新たなステージヘ進んでいきます。

名誉会長 卒業生の皆さん、晴れの門出、おめでとう!
 みんな、よく頑張ったね。一緒に、自分自身の万歳をして、希望あふれる未来を見つめていこう!
 進級する皆さんも、新しい決意に燃えて、模範の先輩と光っていってください。
 日蓮大聖人は、苦難にも負けず心も新たに前進を開始した門下の知らせを聞いて、「春の初めの喜びは、花のように開き、月のように満ちている」(御書1575㌻、趣意)と讃えてくださっています。年の初めに送られたお手紙ですが、新出発をする門下への励ましに満ちています。
 受験で思うような結果が出ず、悔しい思いをしている友もいるでしょう。でも、一生懸命に学んだという“努力の歴史”は誇り高く残ります。“挑戦王の宝冠”として、わが生命に輝きます。
 頑張ったけれども、思うようにいかないことがある。それでも、くよくよしないで、次の戦いを目指して挑んでいく。その人が真の勝利者です。最後に勝つのです。
 悲しいことや苦しいことを経て、人間は鍛えられる。偉大になれる。いつまでも、落ち込んでいてはいけない。
 さあ、胸を張って、明るく前向きに、勇気の一歩を踏みだそう!
      □■□
 ──前回の「未来対話」では、「師弟」について語っていただきました。全国のメンバーから感想や決意が続々と寄せられています。
 「今まで、『師弟』は難しいものだと思っていました。しかし、『師弟』は身近にあるのだと感じました」
 「池田先生は、私たちのことを『愛弟子』とおっしゃってくださ
っています。私は、ここまで信じてくださるのかと思い、とても感動しました」
 「つらい時でも、池田先生を思えば挑戦できるのは、先生と自分の間に『師弟の絆』が存在するからなのだと気づきました。何もこわくはありません。どんな困難にも打ち勝ってみせます」

名誉会長 うれしい。本当にうれしい。
 私も毎日、皆さんと心で語り合っています。皆さんのことを思い浮かべて題目を送っています。
 未来部は私の命だもの。離れていても、会わなくても、生命と生命は、強く固く、結ばれています。
 法華経には、「在在諸仏土 常与師倶生(在在《いたるところ》の諸仏の土に常に師と倶に生ず)」──至るところの諸仏の国土に常に師と共に生まれる──と説かれています。広宣流布の誓願で結ばれた師弟は、永遠に一緒に生き抜き、一緒に戦い抜いていくと約束されているのです。
 創価教育の父・牧口常三郎先生と戸田城聖先生の師弟が、深く敬愛し、学んでおられた人物に、アメリカの偉大な教育哲学者であるジョン・デューイ博士がいます。博士は、教育の目的は絶えざる
「成長」であり、それ自体が幸福であると考えました。教師と生徒が共に学び、共に成長していく──教育の根幹も「師弟」なのです。
 私も、デューイ博士の人生と思想をめぐって、その精神を継承するヒックマン博士、ガリソン博士と語り合いました。お二人との対話でも、「師弟」が大きなテーマとなりました。
      □■□
 ──お二人ともデューイ協会の会長を務められた大学者ですね。
 ガリソン博士は、「ともに探究の道を歩む──創価学会の表現で言えば『師弟の共戦』がきわめて重要になります。師が遙か先を歩んでいても、師弟はともに強い絆で結ばれています」と述べられています。
 ヒックマン博士も、「いかなる危機に直面してもなお貫き通し、さらに強まり成長するような“良き師弟関係”を呼び起こし、称揚する(褒めたたえる)ことがとりわけ重要」と語られています。

名誉会長 師弟は、人間生命の真髄の道です。
 仏法において、師匠と弟子は、一対一の関係でありながら、別々の存在ではない。上も下もない。それを「不二」といいます。
 「師弟」は「不二」なのです。
 ゆえに、どこまでも「共に」進むのです。
 私の恩師・戸田先生も、青年の意見を最大に尊重してくださった。こまかなことにも耳を傾け、青年の真剣な求道心を、心から愛してくださいました。
 私は、折あるごとに、「大作は、どう思う?」「大作の考えを聞かせてくれ」と、意見を求められました。
 “一青年にすぎない私のことを、ここまで信じてくださるのか!”──感動の日々でした。ありがたい師匠でした。
 デューイ博士は記しています。
 「私たちの責任は、受け継いだ遺産としての価値を守り、伝え、改善し、大きくすることである。そして、あとに続く人たちが、私たちが受け継いだときよりも、さらに確かなかたちで、その価値を受け継ぎ、さらに多くの人びとのあいだで、豊かに分かち合えるようにすることである」
 これは、博士の墓標にも刻まれている言葉です。今回は、後継の愛弟子である皆さんに、このデューイ博士の言葉を贈ります。
 ガリソン博士は、「この精神を完全に成し遂げているのが、創価学会なのです」と評価してくださっています。
 少し難しい表現になりますが、「師匠は原理」であり、「弟子は応用」です。師匠に学んだことを、弟子が自身の行動で、何倍にも、何十倍にも広げていく。これが、勝負です。
 私は青春時代、戸田先生から教わったことを生命に刻みつけました。冗談で言われたようなことでも、絶対にいいかげんにしませんでした。
 そして、同志を励まし、日本中、世界中に、恩師の偉大な構想を、具体的に一つ一つ、実現し抜いてきました。

 ──師弟といえば、デューイ博士にも師匠がいたそうですね。
 デューイは、15歳で当時の高等学校を卒業。大学、さらに大学院へ進学し、哲学を専攻しました。この時、モリス教授という師匠と出会います。

名誉会長 モリス教授は、博学の人でした。しかも、それを鼻にかけることなど決してなかった。授業では誠実に、情感を込めて、分かりやすく教えてくれた。
 デューイ青年は、モリス教授の純粋さ、一生懸命さ、常に快活な人柄に魅了され、いっそう勉学に励んでいった。そして、教授に教わった哲学をもとに、さらに偉大な思想を形成していったのです。
 デューイ博士は、自分の子どもに「モリス」という名を付けました。恩師をどれだけ敬愛していたか、伝わってくるエピソードです。
 みんなは「従藍而青《じゅうらんにしょう》」(藍より青し)という言葉を聞いたことがあるかな。大聖人も御書で用いられています。
 青色は、藍という植物の色素から染められますが、もとの藍よりもさらに鮮やかな青になります。
 「弟子は、師匠以上に立派に成長していくべきである」という意味です。
 私にとっては、未来部の皆さんが「従藍而青」の直弟子です。
 ゆえに、君たちよ!
 偉くなれ! 断じて偉くなれ!
 強くなれ! 徹して強くなれ!
 そして羽ばたけ、広い世界へ!
 「師弟不二」なるがゆえに、君も必ずなれる。あなたも絶対にできる。
 創価の師弟に、不可能などありません。わが未来部に、あきらめなどない。断じて、勝利できる!
 私は、永遠に、こう叫び抜いていきます。

 ──「まだ師弟について深く理解できたわけではありませんが、くじけそうな時、池田先生の本を読み、題目をあげると、“今できることをしよう!”と思えます。これが今の私の『師弟の道』だと思います」と、素直な決意を語ってくれたメンバーもいます。

名誉会長 ありがとう。その心こそ、私の喜びであり、大いなる希望です。
 みんなにとって「師弟」の行動は、一日一日の生活の中にたくさんあるんです。
 困難を恐れずに学ぶ。
 父母を大切にする。
 一生涯の友情を築いていく。
 読書に挑戦していく。
 語学を習得していく。
 クラブ活動などで心と体を鍛え抜く。
 いじめを絶対に許さない。
 題目根本で、一つ一つ、目の前の課題に立ち向かっていくことが、自身の勝利となる。
 それが、やがて、民衆の幸福を開く力となり、世界平和を確立する智慧の源泉ともなるのです。
      □■□
 ──「私たち師弟が“題目で固く強く結ばれている”ということは、どういうことでしょうか」という質問がありました。

名誉会長 今、若田光一さんが船長として乗り組んでいる国際宇宙ステーションが、はるかな天空の軌道を回っています。
 遠く離れていても、地球の基地とのやりとりは、電波を使って見事に行われます。発信機が出す強力な電波を、受信機で受けます。受ける側がスイッチを切らなければ、確実に届きます。目には見えないけれど、間違いなくつなかっているのです。
 心と心、生命と生命も同じです。私は、未来部のみんなの大成長を信じ、大勝利を信じて、毎日毎日、題目を送り続けています。
 御書には「題目を唱える声は、十方世界(=宇宙)で届かぬところはない」(808㌻、通解)と説かれるように、最も強い生命の波動です。
 だから、みんなも、自分自身の大成長と大勝利を確信して、題目を唱えてください。
 師弟一体の祈りです。間違いなく、つながります。
 たとえ今、自信が持てなくても何も心配する必要はありません。努力の人には、必ず「自信の太陽」が昇ります。
 大聖人は、「師匠」と「弟子」の心が一致すれば、何事でも成し遂げることができるという方程式を示してくださっています。
 戸田先生は、私を信じてくださいました。
 私も、「戸田先生の弟子なんだから、不可能はない!」と、自らに言い聞かせ、戦ってきました。
 当時は「不治の病」といわれていた結核も乗り越えることができた。どんな迫害にも屈することなく、あらゆる場所で、戸田先生の弟子として、厳然と勝利の歴史を残しました。
 もちろん、若い時代は、常に心が揺れ動きます。自分のことがイヤになる時や、可能性を信じられない時だって、あるでしょう。それでもいい。
 私が、その分、いや、それ以上に、みんなのことを信じている。見守っている。祈り抜いている。
 元気に、明るく堂々と、前進してもらいたい。
 私たちは、いつでも、どこでも、心で対話ができる。一緒に悩んで、一緒に前を向いて、一緒に勝ち進んでいこう!
 みんなには、断じて朗らかな大勝利の青春を進んでほしい。喜びあふれる幸福の人生を飾ってほしい。これが師匠の心です。
 みんなが歩んだ一歩が、そのまま、黄金の師弟の道になる。
 さあ、出発しよう!
 共に歩む勝利の道へ!

 デューイ博士については、教育月刊誌「灯台」の2009年12月号から11年7月号に連載された池田先生とガリソン博士、ヒックマン博士の語らい「人間教育への新しき潮流──デューイと創価教育」を参考にしました。近く、本が発刊されます。
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2014-03-09 : 未来対話 :
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未来対話 第20回 御書があれば負けない

第20回 御書があれば負けない   (2013.12.1付 未来ジャーナル)

「心に刻む御文」を持とう!

20世紀ロシアを代表する文豪 ショーロフ氏
大事なのは、その人の信念です。ある目的へ向かって、その人が目指していく力です。信念のない人は、何もできやしません。

 ──11月24日に「教学部任用試験」が行われました。多くの高等部員も真剣に挑みました。

名誉会長 ご苦労さま! 勉強やクラブ活動など、忙しい中、本当によく頑張ったね。何よりも尊く、誇り高い挑戦です。
 世界第一の生命哲学を学んだこと、それ自体が、自身の光り輝く歴史です。
 これからも、「行学の二道をはげみ候べし」 (御書1361㌻)の仰せを胸に、共々に、祈り、学び、実践していこう。全員が「信心の勝利者」になり、「幸福と平和の博士」になっていこうよ!
 受験者を励まし、応援し、教学を教えてくれた担当者の皆さん、本当にありがとうございました。
      □■□
 ──未来部には、地域の座談会などで、「大白蓮華」の「巻頭言」や、「少年少女きぼう新聞」の「師子王《ライオンキング》御書」を拝読してくれるメンバーが多くいます。ある友からは、「学会の会合では、なぜ、いつも御書を学ぶのですか」という質問が届きました。

名誉会長 よく気がついたね!
 学会は常に「御書根本」で前進しています。御書には、人生を切り開く勝利の哲学があります。最高の智慧の泉があり、不屈の勇気を呼び覚ます力があるんです。
 私の恩師・戸田城聖先生は、数学の天才でした。その先生がよく“「信」は「理」を求め、「理」は「信」を深める”と指導されていました。
 「信心」に励んでいくと、「なぜ願いはかなうのか」「どうして題目を唱えるのか」という疑問がわき、「理論」が知りたくなる。その時に御書を学べば、「なるほど、そういうことか」と納得が生まれる。その「理論」が、「信心」をさらに深めてくれるんです。
 日蓮大聖人は、「法華経の文字は一字一字が全て仏です。しかし、私たちの肉眼には、ただの文字と見えるのです」(同1025㌻、趣意)と教えてくださっています。
 題目を唱えつつ御書を拝していけば、全ての文字が「仏の力用《りきゆう》」となって、皆さんの若き生命にグングンと吸収されていくんです。
 御書には、断固として正義を貫き通す「信念」が光っています。どんな苦難も必ず乗り越えられるとの「確信」が満ちています。そして、生きていること自体が楽しいと感じられる「絶対的幸福」の道が示されています。
 ゆえに、御書を学べば、断じて負けない師子王になれる。友に希望を贈る太陽になれる。世界平和を創る賢者になれるのです。
      □■□
 ──「御書は古文だし、内容も難しい」という声もあります。

名誉会長 そうだね。私も、若き日の日記に「御書を拝読。全く難しい」「教学の度に思うことは、勉強不足である。勉学の必要を、深く深く感ずる」と書いた思い出があります。
 それでも、戸田先生のもとで、必死に学んだ。先生の名代として、御書講義を何度も行いました。疲れ切った体で家に帰った後も、必ず御書を開き、心に残った一節を、日記に認《したた》める習慣も身につけました。
 不思議なもので、若い時に生命に刻みつけた御書は、生涯、忘れません。最初は意味が分からなくても、だんだん分かってきます。
 今、世界中の友が求道心に燃えて教学に挑戦しています。
 たしかに古文は難しいけれど、海外のメンバーから見ると、御書を日本語で声に出して拝読できる皆さんは恵まれているのです。
 みんなは、学校でも古文に触れる機会があるからね。それは、御書を学ぶ力にもなる。また御書を学ぶことが、古文を勉強する際の力にもなる。
 そのうえで、大切なことがあります。頭で法理を理解し、納得することは、もちろん大事です。それ以上に重要なこと──それは、御書を「心に刻む」「身で拝する」ことです。

 ──これは、メンバーのご家族や、地域の創価家族の方々が実践していることですね。

名誉会長 その通りだね。みんなのお父さん、お母さん方は、御書の通りに実践し、大聖人の御精神を現代によみがえらせているんです。
 試練にぶつかった時には、「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(同1192㌻)との一節を思い出し、“そうだ、策ではない。今こそ唱題だ!”と勇気を奮い起こして、勝ち越えてきた同志の方々がたくさんいる。
 “自分なんて”と弱気になっていた時に、「成仏の『成』とは開く義である」(同㌻、通解)という一節を教わり、自身の無限の可能性を開き、成長していった人も、いっぱいいる。
 一節でもいい。その一節を抱きしめながら、必死に祈り、努力を重ねていけば、青春も人生も、絶対に開ける。
 そして、「御書の通りにすれば、必ず勝てる」「この信心は、すごい」と心から確信できる。それが「心に刻む」「身で拝する」ということです。
 その一節が、君の信念になる。
 その一節が、あなたの生き方になる。
 「大好きな御書の一節」を持つ人は強いんです。苦難にあっても、無敵になるんです。
 いい機会だから、家族や先輩に、「好きな一節は何?」と質問してみてはどうかな。きっと、体験をまじえて、教えてくれるよ。
      □■□
 ──それは、一人一人の人生の誉れある信念の御聖訓ですね。

名誉会長 私が初めてロシアを訪問した折(1974年)、作家のミハイル・ショーロホフ氏(1905~84年)と語り合いました。その折の氏の言葉が忘れられない。
 「大事なのは、その人の信念です。ある目的へ向かって、その人が目指していく力です。信念のない人は、何もできやしません」
 今回は、この言葉を贈ります。
 人は名誉や地位で偉いのではない。偉大な信念を持った人が、真に偉大な人です。妙法の信仰は「究極の信念」の道なんです。

 ──ショーロホフ氏は、ノーベル文学賞を受賞した、20世紀ロシアを代表する文豪です。代表作は『静かなドン』『人間の運命』。
 池田先生は、お孫さんとも麗しい交流を結ばれ、氏の生誕100周年を慶祝する「記念メダル」が贈られています。

名誉会長 庶民の中に入り、歴史の大河を描き続けた偉大な文豪でした。いかなる中傷も、苦難も、信念で乗り越えてこられた獅子です。
 ロシア南部のドン地方のさびれた村で生まれ育ち、激しい戦争のゆえに中学を卒業できませんでした。戦争が終わり、17歳になった氏は、勉強するためにモスクワに行きます。ところが、学校に入ることができず、厳しい労働で生活費を工面しました。
 それでも、氏は負けませんでした。独学で学び、作品を書き、同じ夢を持つ友と語り合いました。そして、18歳で、自分の書いた作品が初めて活字になり、世に出たのです。
 氏の向学心や創作意欲を高めてくれたのは、偉大な作家の作品でした。トルストイやチェーホフ、プーシキン、ゴーリキー、ゴーゴリなど、先人の言葉が逆境の氏を励まし、燃え上がらせたのです。
 いかにつらい環境でも、学び抜き、希望の光を見いだし、成長の活力に変えていく──まさに、「学は光」です。
      □■□
 ──ある男子部のリーダーは、幼いころから両親のけんかが絶えず、生活も苦しかったといいます。高校生のころから荒れて、遊び回る毎日を送るようになりました。
 高校3年生の時、未来部の担当者が家にやってきます。彼は拒否しますが、何度も何度もやってくる(笑い)。
 その時に教わったのが、「冬は必ず春となる」(同1253㌻)の一節でした。心に希望の火がともりました。
 その後、真剣に信心に取り組んでいきます。そして、自分の宿命を、友を励ます使命に変えながら、社会で実証を示してきました。今は一家の和楽も勝ち取り、喜びの「春」を実感しています。

名誉会長 うれしいね。担当者の方の決してあきらめない真心の激励も、本当にありがたい。
 いかなる不幸の闇も照らす希望の光こそ、御書です。全国の学会員、そして全世界のSGI(創価学会インタナショナル)メンバーの躍動する姿が、それを証明しています。
 みんなも、これから先、さまざまな悩みの壁に突き当たることでしょう。「祈っているのに、なぜ?」「どうして願いがかなわないの?」と、疑問に思ってしまうことも、あるかもしれない。
 その時こそ、御書を開くんです。御書を拝し、学ぶことは、日運大聖人の大生命に触れることです。勇気がわかないはずがない。無限に智慧がわき、大いなる希望がわく。
 そして、誓いも新たに、題目を唱え、現実に立ち向かっていくんです。
      □■□
 ──「池田先生の好きな御書は何ですか」という質問も寄せられています。

名誉会長 たくさん、あります。「座右の御書」の一つに、戸田先生から、「この御書は、絶対に命に刻んでおけ。学会の闘士は、この一節を忘れるな!」と教わった「御義口伝」の一節があります。
 「一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり」(同790㌻)
 「本来無作の三身」とは、自身にもともと具わっている仏の生命です。その生命を、瞬間、瞬間、開き現していくためには、一念に「億劫の辛労」(無限ともいうべき長い間にわたる辛労)を尽くすしかない。私たちが題目を唱えて戦うことは、その「億劫の辛労」に匹敵する勇気と智慧を尽くしていることになるのです。
 私は、どんな戦いであっても、この御文を支えにしてきました。一瞬に永遠を凝縮するような思いで唱題し、全てを乗り越え、勝ち越えてきました。
 また、あの地、この地で、皆さんのご家族と共に拝してきた、「開目抄」の一節も大好きです。
 「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然《じねん》に仏界にいたるべし」(同234㌻)
 正しいからこそ難にあう。ゆえに何があっても疑わず、いよいよ信心を燃え上がらせて、前進し抜いていけば、必ず変毒為薬できる。
 我並びに我が弟子──師弟です。師弟が同じ誓いに立てば、突き抜けられない悩みなどない。確実に栄光のゴールにたどり着くことができる。
 この御文を根本に、学会は大発展してきました。創価の師弟は、一切に勝利しました。
 これからも、ますます大勝利していくんです。
 さあ、世界広布の新時代がやってきました。
 次代を開く、未来の主役であるみんなが、御書という最強の哲学を携えて、世界平和の舞台へ躍り出て大活躍することを、私は祈り、待っています!

 『ショーロホフ短編集』(小野理子訳、光和堂刊)、『筑摩世界文學大系76 ショーロホフ1』(江川卓訳、筑摩書房刊)、『ショーロホフと現代』(F・ビリュコーフ編、秋山勝弘訳、横田瑞穂監修、プログレス出版所刊)を参照した。
2013-12-04 : 未来対話 :
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未来対話 第19回 希望の未来を描こう!

第19回 希望の未来を描こう!
                         (2013.11.1付 未来ジャーナル)
毎日が君と私の「夢の出発点」

アフリカの環境の母 ワンガリ・マータイ博士
「未来」は、「今」にあるのです。将来、実現したい何かがあるなら、今、そのために行動しなければなりません

 ──いよいよ全世界の同志が待ち望んでいた総本部が完成し「世界広宣流布」の新時代が開幕しました。おめでとうございます!

名誉会長 おめでとう! ありがとう! この新時代の主役こそ、未来部の皆さんです。
 総本部も、未来部の皆さんに贈りゆく宝の城です。これから、創価の城を担い立って、人類を希望の光で照らしゆくのは、まぎれもなく、皆さんだからです。
      □■□
 ──総本部が竣工し、引き渡しの式典が行われたのは、10月2日「世界平和の日」でした。
 池田先生が53年前(1960年10月2日)に、世界平和の旅に出発された記念日です。
 天空には、大きな大きな美しい虹が出ました。

名誉会長 諸天も喜んでいるようだったね。
 私の心には、みんなの未来を象徴する虹と映りました。世界中に平和と希望の「虹の橋」をかけゆく、君たちの晴れの姿です。
 学会が創立100周年を迎える2030年──。その時、みんなは、どんなに立派な広宣流布の指導者に育っているだろうか。
 世界を飛び回る仕事で奮闘している人もいるでしょう。未知の研究分野に挑む博士かもしれない。人材を育む教育者も、経済をリードする実業家も、生命を守る医師や看護師も、躍り出ているに違いない。偉大な芸術家もいれば、皆に勇気を送るアスリートもいる。
 地域に社会に貢献する民衆リーダーも光っているでしょう。
 私は、ただただ楽しみなんです。
 私は、君たちの未来を信じています。信じ抜いています。どうか皆さんも、自分の力、自分の未来を信じて夢に挑戦してください。
 皆さんの未来が限りなく開かれ、輝いていくよう、私も懸命に題目を送ります。
      □■□
 ──1969年(昭和44年)の聖教新聞の新年号に、50年後を想像する紙面が掲載されました。
 火星に創価学園の建設予定地があったり、「創価海底大学」があったり……夢は大きいです(笑い)。
 その一方で、「本部幹部会のテレビ中継」 「外国人が仏法を語るために来日」 「翻訳機器を使いながらの国際座談会」など、今では実現しているものも多くあります。当時は夢物語だった未来構想を、池田先生が一つ一つ現実にしてくださったのだと感動します。

名誉会長 社会は、どんどんスピードを増して発展している。今は「おとぎ話」であっても、50年後には、当たり前のように現実となっていることもあるでしょう。
 むしろ、今、みんなが心に描く“想像図”が、将来の現実になるのです。広布の未来になるのです。
 日蓮大聖人は、「未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」(御書231㌻)と教えてくださいました。
 これまでがどうであっても、「今」から変えられる。「今」から未来へ、いくらでも新しい波を起こしていくことができる。
 どんな困難も悠々と乗り越えていく力は、もともと、みんなの生命の中にある。湧き立たせることができるんです。
 だからこそ、たとえ落胆することがあっても、不屈の勇気を燃やして、未来を思い描いてほしい。未来を見つめれば、視界が広がる。希望の未来を見つめれば、今やるべきことも見えでくるのです。
 アフリカの“緑の大地の母”ワンガリ・マータイ博士は、8年前に詰り合った際、青年へのメッセージとして、こう言われました。
 「未来は、ずっと先にあるわけではありません。『未来』は『今』にあるのです。将来、実現したい何かがあるなら、今、そのために行動しなければなりません」
 今回は、博士の人生を貫いたこの言葉を、皆さんに贈ります。
      □■□
 ──マータイ博士は、ケニア共和国出身の環境学者です。祖国の森林破壊に胸を痛め、NGO(非政府組織)「グリーンベルト運動」を創設しました。アフリカ各地に植えた苗木は実に4000万本に及びます。2004年には、ノーベル平和賞を受賞されました。

名誉会長 創価大学にもお迎えしました。創価の青年に限りない期待を寄せておられた一人です。
 博士は、ケニア山を望む大自然の中で育ちました。アフリカ最高峰のナイロビ大学に学んで博士号を取得し、大学で女性初の教授職となった努力の人です。

 ──博士の環境保護の行動は、無理解からの偏見、中傷を浴び、何度も逮捕され、投獄されました。意識不明になるまでこん棒で殴られた経験もされています。

名誉会長 正義であるからこそ、偉大であるからこそ、迫害される。いかなる迫害にも屈せず、博士は戦い抜かれました。
 どんなにつらくでも、何があっても、「未来」を見つめ、「希望」を手放さなかったのです。
 博士は高校生の時、素晴らしい先生方と出会いました。いろんなことを話し合い、若き博士を応援してくれた。心の交流は、卒業後も続いたそうです。
 そしてこの人間教育を通し、「どんな状況でも、他人を信頼すること、人生や他人に対して肯定的であること」という信念を持って成長できたと、振り返っておられます。博士は、未来に対して、人間に対して、社会に対して、希望なきところにも希望を見いだしていくことを心に刻みました。
 みんなも、後ろを振り向いてクヨクヨしたり、人と比べて焦ったり、できないことばかり考えて悲観したりすることはないんです。
 後ろではなく「前」を向き、人をうらやまずに「自分らしく」、できないことではなく「今できること」から始めればいい。
 持てる力を全部、出し切る人が真の勝利者です。もうダメだと思うような時でもベストは尽くせる。誰にでも努力はできる。
 「未来」には、必ず希望がある。
 「中等部」「高等部」も、学会の洋々たる未来を思い描きながら、私が結成したんだよ。

 ──高等部を結成していただいたのは1964年6月、中等部は翌65年の1月でした。

名誉会長 来年、再来年は、それぞれ50周年を迎えるね。
 64年と言えば、東京オリンピックが開催された年です。この年の12月、私は沖縄の地で小説『人間革命』の執筆を開始しました。
 高等部を結成する際には、さまざまな意見があった。「未来のための布石も大切ですが、もっと優先すべきことがたくさんあるのではないか」と言う幹部もいた。
 しかし、私は断言しました。
 「30年後、40年後の学会をどうするのか。その時、学会の中核になっているのが、今の高校生です」
 未来部メンバーを育てない限り、広宣流布の未来はない──これは、ずっと変わらない私の信念です。
 うれしいことに、未来部メンバーは、広布と社会をリードする大人材に成長してくれた。そして、私と共に学会を盤石につくりあげてくれました。
 今も、未来部への私の思いは全く変わりません。
 いわば総本部の完成は、君と私の夢の出発点です。これからの毎日が、あなたと私の勝利のスタートラインです。
 みんなと未来を見つめ、共に夢を描いていきたい。総本部からみんなが世界へ羽ばたいていく晴れ姿を見っていきたい──それが私の“未来像”なのです。
 そのために、さらに道を開き、さらに手を打っていく決心です。
      □■□
 ──「11月は、学会の創立の月です。どのような意義があるのでしょうか」と質問を寄せてくれた高等部の部長がいます。

名誉会長 真剣な求道の心がうれしいね。
 1930年(昭和5年)のこの日、偉大な教育者であられた創価の父・牧口常三郎先生は、ご自身の教育理念をまとめた『創価教育学体系』の第1巻を発刊されました。軍国主義の時代に、教育の目的は国家ではなく「子どもの幸福」にあると宣言したのです。
 そして、この日が、学会の創立の日となりました。
 牧口先生を陰で支えて発刊に力を尽くしたのが、わが恩師・戸田城聖先生です。戸田先生は、牧口先生の原稿の整理から、出版に必要な多額の費用まで工面し、師匠のために全てを注いだのです。
 第2次世界大戦の真っただ中、牧口先生は信念を貫き、国家神道を強要する軍部政府に不当逮捕されました。
 獄中でも正義を叫び抜き、44年(同19年)の11月18日、獄死されました。法のため、人のために尽くし抜かれた、あまりにも尊い生涯でした。
 牧口先生と共に投獄された戸田先生は、終戦の直前である45年(同20年)7月3日に出獄しました。そして、牧口先生の思いを継いで、学会の再建に着手されたのです。
 牧口先生が牢に入ると、それまで慕っていた弟子たちが、悪口を言って次々と去っていきました。
 しかし、真の弟子である戸田先生だけは、「あなたの慈悲の広大無辺は、私を牢獄まで連れていってくださいました」と感謝したんです。
 この、あまりにも崇高にして峻厳な不惜身命の師弟の大道を、私もまた、断固として走り抜いてきました。
 日蓮大聖人は、「師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし」(御書1190㌻)仰せです。
 何があっても恐れず、惑わず、師匠と共に戦い抜いていく──これが創価の師弟の魂であり、根本です。
 この「師弟の魂」で、学会は発展してきました。これからも、永遠に変わりません。
 総本部は、「師弟の魂」を受け継ぎ、世界広宣流布を誓う“大城”です。
 未来部の皆さんが、ここから出発する英姿を、牧口先生、戸田先生も、会心の笑顔で見守ってくださることでしょう。
      □■□
 ──創立の月、未来部担当者として、「師弟の魂」を、さらにメンバーに伝えていきたいと決意しています。

名誉会長 担当者の皆さんには、本当に、いつもいつも、お世話になっています。感謝してもしきれません。
 皆さんの心の中に燃えている「師弟の魂」が、そのまま末来部の友に自然と伝わっていきます。
 心から心に通じていくのです。魂が魂と共鳴するのです。
 仕事で忙しい中でも、疲れている時にも、学会精神を燃やして、メンバーを激励するために足を運ぶ。自分が悩みを乗り越えながら、メンバーの相談にのり、共に祈る。これ以上、尊い人材育成の実践が、どこにあるだろうか。
 その行動が、その祈りが、「師弟の魂」あふれる戦いです。若き生命に伝わらないわけがない。
 創価学会の未来を、私と共に、常に私と同じ心で見つめてくれているのが、未来部の担当者の皆様方です。
 さあ、栄光の「11・18」です。
 創立の“魂のバトン”を受け継ぐのは、他の誰でもない。私が最も期待する、「世界広布の新時代」の主役である、わが未来部の皆さんです。
 皆さん一人一人が、創価の明るい未来そのものなのです。

 『INBOWED へこたれない ワンガリ・マータイ自伝』(小池百合子訳、小学館刊)を参照した。
2013-10-28 : 未来対話 :
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未来対話 第18回 感動とともに心は豊かに

未来対話  君と歩む勝利の道

第18回 感動とともに心は豊かに
     (2013.10.1付 未来ジャーナル)

みんなは「幸福を創る大芸術家」

 ──2020年、東京でのオリンピックとパラリンピックの開催が決定しました。7年後ですので、まさしく今の未来部員の世代が主役となる祭典です。

名誉会長 夢が広がるね。
 先月、60カ国・地域から来日した、海外の広宣流布の青年リーダーたちも、未来部の皆さんとの出会いを心から喜んでいました。
 わが未来部の凜々しき成長こそ、世界の大いなる希望なのです。

 ──未来部員も、それぞれの「秋」に挑戦しています。「勉学の秋」「読書の秋」、そして「スポーツの秋」「親孝行の秋」「芸術の秋」……。

名誉会長 秋は、稲穂も黄金に輝く、一年の実りの季節です。
 近代オリンピックを提唱した、クーベルタン男爵は言いました。
 「努力は最上の喜びである」と。
 皆さんも、自分らしく努力を積み重ね、すがすがしい「実りの秋」としていってください。
 高き天空を仰いで、のびのびと大きく深呼吸しながら!
      □■□
 ──未来部員と語り合って思うのは、「忙しい」と感じているメンバーが多いということです。
 「やることがありすぎて、目が回りそうです」という声も寄せられています。

名誉会長 そうか、今はみんな大変なんだね。たしかに、学校に行って、部活をして、勉強をして……。塾や習い事に通う人もいる。そして、未来部の活動への挑戦──。
 みんな、よく頑張っているね。本当に偉い。誰がほめなくても、私は最大にほめ讃えたい。
 忙しくて忙しくて、大変だろうけれども、青年がたくましく成長するのは、そういう時です。
 何にもすることがなくて、ただ、のんきにだらだらと過ごす。たまにはいいかもしれないけど、そういう日ばっかりだと、退屈で、あきてしまうし、充実もない。
 人間だけじゃない、すべての生命は常に成長する。命あるものは一瞬たりとも立ち止まらない。
 だから「忙しい」ということは「生きている」ということなんだ。その「忙しい」中で、どうやって、自分自身を励まし、元気づけながら、日々、新たに前進していくか。
 ここに人生の勝負がある。
 忙しいからこそ、賢く、ムダな時間をなくして、特に睡眠は十分にとるように心がけよう!
 睡眠不足では長続きしません。
 無理をしないで、あくまでも
 「健康第一」で!
      □■□
フランスの大文豪 ビクトル・ユゴー
海洋よりも壮大なる光景、それは天空である。
天空よりも壮大なる光景、それは実に人の魂の内奥である。


 ──「時間を使え、時間に使われるな」と言われますが、心に余裕がないと、どんどん時間に追い込まれた感じになります。

名誉会長 そうだね。だからこそ、生命力が大事なんだ。
 その源泉が、勤行・唱題です。
 御書には、「日月天の四天下をめぐり給うは仏法の力なり」(1146㌻)とあります。
 大宇宙がたゆまずに運行する究極の力も妙法です。題目を唱える人は、その限りない力を、わが生命に漲らせていけるのです。
 忙しい朝は、三唱だけでもいい。心をこめて朗々と題目を唱えれば必ず通じます。
 みんなは、題目という最強無敵の武器を持っている。忙しい時こそ、題目を忘れず、太陽が昇るような満々たる生命力で、一日を出発してください。

 ──メンバーから、「忙しい中で、豊かな心を持つには、どうすればいいですか」という質問がありました。

名誉会長 向上しようと頑張っている生命には、あらゆるものを吸収していく力がある。縁するものから、より深い価値をつかむことができます。
 ゆえに、忙しいからこそ、良いものにふれる機会、美しいものを見るチャンスを大切にしてほしいんです。そこから、感動が生まれます。その感動が“心の栄養”になる。そうすれば、心がどんどん大きく豊かになります。
 私が、30年前、創価大学の隣に東京富士美術館をつくったのも、創大生をはじめ多くの若い人たちに、一流の芸術品を鑑賞してもらいたいという願いをこめてです。
 戸田先生は、よく「文学も、音楽も、絵画も、求めて一流にふれよ!」と言われました。
 先生は、私たち青年を、あらゆる角度から、「第一級の社会人」へ、「心豊かな民衆指導者」へと薫陶してくださったのです。
 時には、レストランで食事のマナーを教えてくださることもありました。
 「水滸会」や「華陽会」という人材グループでは、戸田先生のもとで、世界の名著を掘り下げて学び、指導者論や哲学論、歴史観などを教わりました。
 フランスの大文豪ビクトル・ユゴーの作品も、その教材の一つです。先生は常々、「ユゴーを読め」とおっしゃっていたんです。
      □■□
 ──ユゴーと言えば、歴史的名作『レ・ミゼラブル』が有名ですミュージカルや映画にもなり、その歌は未来部の合唱団のメンバーも力強く歌っています。

名誉会長 私が初めて『レ・ミゼラブル』を読んだのは、たしか14歳か15歳の時、未来部の皆さんの年代でした。何度も読み返してきた一書です。
 創価大学には、ユゴーが闊歩しゆく姿のブロンズ像があります。その台座には、『レ・ミゼラブル』の有名な一節が刻まれている。
 すなわち、「海洋よりも壮大なる光景、それは天空である。天空よりも壮大なる光景、それは実に人の魂の内奥である」と。
 今回は、この言葉を皆さんに贈ります。
 自分自身の心こそ、大海よりも、大空よりも壮大な可能性を発揮していく原動力なのです。

 ──ユゴーは、激動の19世紀に、民衆へ魂の光を送り続けた偉大な闘士です。権力の迫害に屈せず、勇敢な闘争を貫きました。

名誉会長 そのユゴーも、幼少のころは体が弱かった。また何度も引っ越しせねばならない、なかなか落ち着かない暮らしでした。
 その中で、母はユゴー兄弟ににたくさんの本を読ませました。この読書が大きな力になったのです。
 私塾を開いていた老人からも、、多くのことを学びました。ラテン語やギリシャ語も教えてくれました。ユゴーは、後に、「幼年時代の三人の教師」として、母とこの老人と、そして美しい庭(自然)をあげています。
 また9歳の時、スペインを旅行して、そこで見た建築物や彫刻に感勤し、芸術の心が目覚めました。
 さまざまな良き人との出会いや書物との格闘、美しい自然や芸術との語らいが、ユゴーの心を深く、大きく、豊かに育んでいった。その心が、ペンからほとばしり、民衆への愛情あふれる世界文学へと結晶していったのです。
 ユゴーのように、青春時代に、素晴らしいものや、優れた人物にふれておくことが、どれほど大事か。自分自身の感動の体験が、やがて、多くの人を感動させ、喜ばせていく力をつけることにも、つながるのです。
      □■□
 ──池田先生の『若き日の日記』を拝読すると、多忙を極める激闘の中で、心豊かに芸術にふれておられたことが記されています。

名誉会長 「一流にふれよ!」との戸田先生の教えの通り、努力しました。先生の事業を必死に支える一日一日だったから、それも真剣勝負の戦いでした。
 小さなアパートの一室では、よくレコードを聴いたものです。ベートーベンの交響曲第五番「運命」や第九番が流れると、その時だけは、狭い部屋が、荘厳な大殿堂に変わった(笑い)。後輩たちが来た時には、スッペの「軽騎兵」序曲などを一緒に聴いて、共に胸を高鳴らせた。
 時間のない中だからこそ、一曲の名曲も、一冊の名著も、一枚の名画も、若き生命に鮮烈に刻みこまれたのです。
 しかし、何と言ってもいって最高の「一流」とのふれあいは、戸田先生との対話でした。
 戸田先生は、天才的な大学者であり、青年をこよなく愛する大教育者でした。何ものも恐れない信念の師子王であり、庶民の母たちをこよなく大切にされる慈愛の人間指導者でした。その恩師に徹底して薫陶していただいたことが、私の最大の誉れです。
      □■□
 ──「大きな心を持ちたいのですが、結局、自分のことばかり考えてしまって、親や友達に優しくすることができません。そんな自分が嫌になります」という悩みを語ってくれたメンバーがいます。

名誉会長 心配ないよ。誰だって、そうです。だからこそ、祈って、人間革命するんです。
 題目をあげて、祈れるということは、本当にすごいことなんだ。みんなは、自分の幸福を祈れる。と同時に、ご両親や兄弟、友達をはじめ、周囲の人々の幸せも、みな祈っていけるんだよ。
 心の大きさとは、何だろうか。
 それは、「一人の人のことを、どれだけ思いやれるか」、そのように思いやれる相手が「どれだけいるか」と言っでも良いでしょう。
 友のこと、みんなのことを深く広く祈っていけばいくほど、心は、どんどん広がっていくのです。
 私が出会った世界の一流の識者からは、必ずと言っていいほど、こうした心の大きさを感じました。世界平和を願い、人類のために行動する人は、その心もまた、世界を包み、人類を友とする広がりを持つのです。
 仏法では、「心は工《たくみ》なる画師《えし》の如し」と説かれます。心は素晴らしい画家のように、自在にあらゆるものを描き出すことができる、という意味です。
 若くして妙法を持《たも》った皆さんは、「希望の天才画家」であり、「幸福を創る大芸術家」です。思い描いた通りの自分になれないわけがありません。この心の力を自覚すれば、同じ一日であっても、計り知れない価値を創造し、偉大な未来を創造していけるんです。
      □■□
 ──世界の識者が異口同音に感動されているのは、池田先生のもと、使命に目覚めた創価の友が、自身の力を最大限に発揮して、それぞれの地で“良き市民”として活躍していることです。

名誉会長 みんなのご家族の人間革命の姿は、世界の模範です。
 皆さんも、自身の大いなる夢に向かって思い切り挑戦してほしい。挑戦してみて初めて、自分の心の大きさも、偉大さも分かる。
 日蓮大聖人は、「心」の不思議さを“ケシ粒のような小さな中に入っても縮まることもなければ、虚空(大宇宙)の中に満たしても心が狭すぎるということもない”と御書に仰せです(563㌻)
 どんなに窮屈な環境にいても、わが心は広々として縮こまることはない。反対に、見知らぬ広大な世界に飛び込んでも、心は自由に駆け巡ることができる。
 「心」は自由自在であいり、無限の力がある。その偉大な力を引き出すのが「信心」です。最高の自分自身を引き出す挑戦が「祈り」です。海洋よりも、天空よりも壮大な、無限の力と可能性を開きゆくために、仏法があるんです。
 君よ、大きな心を持つ、世界の指導者たれ!
 あなたよ、豊かな心で友を包む、幸福博土たれ!

 クーベルタンの言葉は鈴木良徳著『続・オリンピック外史』(ベースボール・マガジン社刊)。ユゴーの言葉は『レ・ミゼラブル(1)』 (豊島与志雄訳、岩波文庫刊)。辻昶著『ヴィクトル・ユゴーの生涯』(潮出版社刊)を参考にした。
2013-10-05 : 未来対話 :
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未来対話 第17回 「平和の種」を蒔く人に(下)

未来対話  君と歩む勝利の道

第17回 「平和の種」を蒔く人に(下)  (2013.9.1付 未来ジャーナル)
「勇気の一歩」で世界は変わる

平和の文化の母 エリース・ボールディング博士
平和は、お互いが日常的に助け合うなかにあります。家庭、そして地域社会こそが、きわめて重要な平和の出発点なのです

 ──前回の「未来対話」を読んだ未来部員から、決意の声がたくさん寄せられています。
 「戦争で、不幸になる人はいても、幸せになる人は1人もいないことを、あらためて学びました。
 自分の生命も、他者の生命も大切にするという、当たり前だけど一番重要なことから、行動していきます」ともありました。

名誉会長 うれしいね。みんながいるから、世界は絶対に良くなる。これが私の確信です。
 君の誠実な決意の中に、平和の炎が燃えている。あなたの真剣な祈りに、人類の未来が輝いている。若くして生命尊厳の仏法を持《たも》ち、平和を目指して学び続ける、みなさんこそ、何よりも尊い世界の希望です。
      □■□
 ──「ポーリング博士(ノーベル化学賞・平和賞を受けた科学者)」の姿を知り、平和のために戦う人が迫害されることに、憤りを感じました。池田先生も同じです。先生は、なぜ、迫害の連続の中、世界平和の闘争を続けることができたのでしょうか」という質問がありました。

名誉会長 君の憤りは、まさに「正義の怒り」です。
 日蓮大聖人は「瞋恚《しんに》(怒り)は善にも悪にも通ずる」(御書584㌻、通解)とご指南されています。
 前回、自己中心的な「怒り」が戦争の原因であることを、御書を拝して学びました。こうした悪に通ずる「怒り」がある一方、「怒り」は善にも通ずると仰せです。
 それは、生命という最も尊厳な「宝」を傷つける魔性への「正義の怒り」です。これこそ、平和の出発点と言えるでしょう。
 私の恩師・戸田城聖先生は、悪に対しては、それはそれは激しく憤怒された。なかんずく、最も正しく、最も偉大な師匠・牧口常三郎先生を獄死させた軍国主義への怒りは、烈々たるものでした。
 この正義の怒りに貫かれた「原水爆禁止宣言」が、私たちの平和運動の大いなる原点です。
 1957年(昭和32年)9月8日、神奈川で開催された青年部の体育大会で、戸田先生は不滅の宣言を発表されたのです。
 先生は断言されました。「われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。その権利をおびやかすものは、これ魔ものであり、サタンであり、怪物であります」
 あらゆる戦争や核兵器は、人間の心の中に潜む魔性の現れであると、先生は見抜いておられました。その魔性を打ち砕いて、民衆の生命を守り抜くために、ご自身の命をかけて師子吼されたのです。
 そして、この「核兵器を使用した者は魔物である」という思想を世界に広めゆく大使命を、青年に託されました。
      □■□
 ──核兵器廃絶を目指す科学者の連帯「パグウォッシュ会議」の創設者・ロートブラット博士は、戸田先生を「平和の英雄」「平和の殉教者」と讃えておられました。そして池田先生に、「今、私たちは、非常に厳しい状況にあります。この状況をなんとか抜け出さなければなりません。池田先生に、そのためのリーダーシップをとってもらいたいのです」と語られました。

名誉会長 ロートブラット博士は、世界的に有名な「ラッセル=アインシュタイン宣言」(核兵器と戦争の廃絶を訴える世界的科学者たちの共同宣言)に、ポーリング博士たちと一緒に署名した偉大な科学者でした。宣言には、こうあります。「私たちは、人類として、人類に向かって訴える──あなたがたの人間性を心に止め、そしてその他のことを忘れよ、と」
 人間性に焦点を当てた宣言は、戸田先生の「原水爆禁止宣言」の精神と深く響き合うものです。
 恒久平和は、制度や法の整備だけでは築けない。どこまでも、人間自身の心に「平和の砦」を築き上げることが、一切の根本です。
 戸田先生は、民衆をこよなく愛した偉大な指導者でした。地上から「悲惨」の二字をなくすために立ち上がった平和の師子王でした。邪悪を断じて許さない正義の大英雄でした。ゆえに、一人を徹して励まし、尊い使命を教えていかれたのです。
 「原水爆禁止宣言」を聞いたあの日、私の心は燃えました。先生の弟子として、師の信念を一生涯、世界中に広め抜いていくのだ、と。
 以来、私は世界中を駆け巡り、人類を結ぶ対話を繰り広げてきました。各国の指導者と語り合い、核兵器の悲惨さを訴える展示も行っています。平和と幸福の社会を築くため、恩師の精神を広めるため、無理解の中傷を浴びようが、行動し続けてきました。
 海も前に進めば、荒波が立つ。山も高く登れば、烈風が吹く。
 「正しいこと」をしようとすれば、反対や圧迫があるのは、当然です。全部、分かっていました。しかし、恩師との誓いを断固と果たす。これが私の人生ですから。
      □■□
 ──1975年(昭和50年)1月26曰、SGI(創価学会インタナショナル)が発足しました。その際、池田先生は、51カ国・地域の代表に「皆さん方は、どうか、自分自身が花を咲かせようという気持でなくして、全世界に妙法という平和の種を蒔いて、その尊い一生を終わってください。私もそうします」と述べられました。

名誉会長 今、その「平和の種」は、世界192カ国・地域で、花となって開き始めました。
 いよいよ爛漫と咲き薫らせていくのが、未来部のみなさんです。
 種は小さい。華やかさはない。誰も見向きもしないかもしれない。でも、夏の暑さや冬の寒さにも、じっと耐え、時を待って、芽を出し、大輪を咲かせる。平和の行動だって、同じです。
 その意味から、私の大切な友人で、「“平和の文化”の母」と讃えられたエリース・ボールディング博士の言葉を贈りたい。
 「平和は、たんに危機に対処するだけではなく、お互いが日常的に助け合うなかにあります。家庭、そして地域社会こそが、きわめて重要な平和の出発点なのです」

 ──博士は、国際平和研究学会事務局長、国連大学理事などを務め、第2次世界大戦の中でも、平和の闘争に走り抜かれました。5人のお子さんを立派に育てられながら、平和運動の推進に尽力された“平和の母”です。
 先生と対談集『平和の文化」の輝く世紀へ!』を残されました。

名誉会長 この偉大な博士が手本とされたのも、ご自身のお母さんでした。
 博上が幼いころ、近所に老人ホームがあり、博士のお母さんは、そこの方々をいつも気遣っていた。時には、幼い博士を連れて行き、皆の前で歌を歌わせたり、ダンスを踊らせたりしました。
 そうした母の振る舞いから、“人々に尽くし、幸せにすることが、私の使命だ”と、博士は心に刻んだのです。
 平和の舞台は、何か特別な場所にあるのではない。家庭や学校、地域社会のどこにだってある。
 そう、みんながいる場所が、即、平和の本舞台です。日々の生活の中にこそ、平和の種が芽を吹き、花開く土壌があるのです。
      □■□
 ──未来部のメンバーからも、「平和を求めることは、世界中の誰でもできることだと思います。私もその一人として、平和を願い、少しでも、できることから行動したい」「今、私にできることは少ないけど、題目をいっぱいあげて、世界平和を祈り、元気なあいさつで、みんなを笑顔にしたいです」等々、“今いる場所で頑張る”という決意が届いています。

名誉会長 素晴らしいね。
 みんなが今、できることは、決して「少し」なんかじゃありません。むしろ、貴重な青春時代だからこそ、直接、たくさんの平和を築くことができる。
 それは、、なぜか──。
 「友情」が平和の力だからです。
 「親孝行」が平和の源だからです。
 「勉学」が平和の光だからです。
 君が友達と励まし合い、良い友情を築いた分、平和は前進します。
 あなたが成長しご両親に喜んでもらった分、平和は広がります。
 みんなが徹して学び、民衆を守る力をつけていった分、世界を平和で照らしていけるのです。
 何より、みなさんは、題目を唱えて、白身に秘められた生命の無限のエネルギーを取り出せる。
 「『魂の力』は原子爆弾よりも強い」とは、インド独立の父・ガンジーの信念でした。みなさんの生命の力は、核爆発の巨大なエネルギーを表した方程式「E=mc²」(Hはエネルギー、mは質量、cは光速)でも測れないくらい、はるかに大きいのです。
 だから、今は一生懸命、題目を唱え、みんなの周りにいる人を大切にしてほしい。学びに学び、心身を鍛え、大きく成長してほしい。それが、全部、「平和の種」となっていくんです。
      □■□
 ──空襲で家が焼かれても、家族のために明るく振る舞われた池田先生のお母さまのエピソードに感動した未来部員が数多くいました。「どんな時でも明るく周囲を照らせるお母さんに尊敬の心が湧きました。私も、支えて励ますことができるよう、努力します」と語っていました。

名誉会長 あなたが、お母さんを尊敬する美しい心こそ、平和の原点です。
 大聖人は、「悲母の恩を報ぜんために」(御書1312㌻)、すなわち “母への恩返しのために”と述べられて、民衆救済の大闘争を起こされました。
 ボールディング博士も、学会の婦人部の座談会に出席されて、「本当の人間の精神を感じたように思いました。家族と過ごしているような温かさを感じたのです」と感動を語っておられました。
 母は偉大です。母は強く、たくましく、優しい。人を慈しむ「母の心」を人類が忘れなければ、戦争は決して起こりません。母を大切にする時、みなさんの平和の心は大きく育まれていくんです。
 みんなも、お母さんのために、成長の日々を送っていこう。
 たまには家事も手伝って差し上げてください。急にお手伝いを始めたら「何かあったの?」と心配されるかもしれないけど、そうしたら「これが私の平和の第一歩です」と答えてごらん(笑い)。「うちの子は平和の天使かしら」と、きっと喜んでくれるよ。もちろん、少しは「お父さんのため」にも頑張ってね(大笑い)!
      □■□
 ──池田先生は、今からちょうど20年前の8月6日、小説『新・人間革命』の執筆を開始されました。この日は1945年(昭和20年)、広島に原子爆弾が投下された日です。

 平和ほど、尊きものはない。
 平和ほど、幸福なものはない。
 平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない。

 この冒頭の一節が刻まれた碑が、戸田先生の故郷である北海道の厚田や、池日先生が平和旅の第一歩をしるされたハワイ、SGI発足の地・グアム、モンゴルなどに建立されています。

名誉会長 20世紀は「戦争の世紀」でした。21世紀は、断じて「平和の世紀」「生命尊厳の世紀」にしなければならない。ゆえに、私は戦い、語り、書き続けます。
 何より、私には、21世紀の本命中の本命である、後継の末来部がいます。
 さあ、君の「勇気の一歩」で、世界を変えていこう!
 あなたが「正義の走者」となって、平和を創り、広げていこう!
 きょうも、何ものにも負けない若き生命のエネルギーを、満々と発揮しながら!

 ボールディング博士の言葉は池田先生との対談集『「平和の文化」の輝く世紀へ!』(潮出版社)
2013-09-01 : 未来対話 :
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