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勝利の人間学 94〜97

第94回 正義の大言論戦を   (2016.4.20付 創価新報)

言葉の力で時代を動かせ
 御聖訓には、「仏は文字《もんじ》に依って衆生を度し給うなり」(御書 153㌻)と記されている。
 希望の言葉が人を動かし、時代を動かす。
 戸田先生は、「言論戦で広宣流布を切り開こう」と語り、聖教新聞を創刊された。この4月20日で、満65年である。「日本中、世界中の人に読ませたい」との恩師の願いもまた、後継の君たちが受け継いでもらいたい。
 「建設を また建設と 若人が
   人のためにと 平和のためにと」
 わが青年部の機関紙「創価新報」の創刊号に寄せて、私が贈った一首である。
 青年が「非暴力の武器」「文化の武器」である言論を勇敢に放ち、人のために献身しゆく日々こそ、平和の建設に直結するのだ。

勇気の対話が信頼を広げる
 日蓮大聖人は、女性の門下に、「法華経をいくら謗ろうとも、宝石が石にならないように、法華経の偉大さは少しも損ずることはない」(同1114㌻、趣意)と仰せである。
 真実は真実だ。正義は正義だ。誰が何と言おうと、恐れることはない。
 誤った認識や偏見は、聡明に正して、善に目覚めさせていくことが、本当の慈悲である。
 悪や嘘がまかり通れば、人の心は濁り、社会は乱れる。惑わされてはならない。
 青年ならば、鋭く見破ることだ。胸を張って正義を言い切ることだ。その勇気が真の信頼を広げることを忘れまい。

前進! 破邪顕正の精神で
 「立正安国論」は、客と主人が、相次ぐ災害や飢饉、疫病に苦しむ人々を目の当たりにして、共に憂慮するところから始まる。
 途中、客は顔色を変えて反発し、席を立とうとするが、主人は「咲《え》みを止《とど》めて」(同24㌻)──笑顔をたたえて悠然と対話を続ける。
 破邪顕正の精神は、朗らかにして粘り強い確信の対話となって表れる。納得と共感を勝ち取る語らいは、こちらの一念にかかっている。強盛な祈りで生命力を満々と漲らせ、一人一人を味方にする対話に打って出よう!

第95回 成長と向上の青春たれ   (2016.5.4付 創価新報)

試練と苦闘に栄光の未来が

 熊本・大分の地震に際し、被災された方々にあらためてお見舞いを申し上げるとともに、支援に尽力してくれている九州をはじめ青年部の尊き献身に、心から感謝申し上げたい。
 思えば、阪神・淡路大震災の折・青年部として奮闘してくれた同志が、その労苦の体験をカに転じ、21年を経た今、見事なる広布と社会の指導者群として大活躍している。
 5年前の東日本大震災を乗り越えてきた東北の青年部・未来部のメンバーたちも、何と立派に成長していることか。
 愛する九州の若き地涌の友も、この試練を断じて変毒為薬しながら、必ずや栄光の未来を勝ち築いてくれることを、私は信じている。

「信」の一字で明日を開け!
 御義口伝には、「一念三千も信の一字より起り三世の諸仏の成道も信の一字より起るなり、此の信の字元品の無明を切る利剣なり」(御書725㌻)と仰せである。
 正しき「信」こそ、仏道修行の根本である。
 強き「信」こそ、一切の魔を破るカである。
 大宇宙の究極の法則である妙法を信受し、広宣流布のため、立正安国のため、行動したことは、全部、自分の生命に返ってくる。
 すべてが、仏になるための労苦なのだ。御本尊を信じ、自分を信じ、未来を信じて、恐れなく勇敢に戦い、大きく境涯を開こう!

きょうも一歩前進の指揮を
 「日に日に向上して、心に笑《え》む可《べ》きのみ」と、戸田先生は、若き日の日記に記された。師と仰ぐ牧ロ先生にお会いした頃である。
 「日々向上」が、創価の青年の特権だ。
 その爽快なる推進力が信心である。きょうも勝つために、強盛な祈りから出発するのだ。
 「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとな《唱》へゐ《居》させ給へ」(同1143㌻)との仰せの如く、題目を唱え抜いて前へ進むのだ。
 一番大変な時に、一番偉大な歴史を創れる。
 わが不二の愛弟子よ、師弟誓願の五月三日より、朗らかに一歩前進の指揮を頼む!

第96回 新たな金字塔を君たちが   (2016.5.18付 創価新報)

みずみずしい学びの心で
 新社会人の友が、生き生きと使命の場で活躍する姿は、まことに清々しい。
 失敗することもあるだろう。だが、失敗から学ぶことは多い。若いのだから、臆さず怯まず、何があっても朗らかに学んでいくのだ。良き先輩から、どんどん吸収していくのだ。
 戸田先生は、「自分の勤めに楽しみと研究を持ち、そして、自らの持ち場をがっちりと守れ」とよく語られていた。
 みずみずしい学びの心と、不屈の挑戦の根性がある限り、決して行き詰まらない。知性の探求と行動があるか否かで、青年は決まる。
 疲れをためず健康第一で! 健闘を祈る!

青春の勇戦を思い切り
 御聖訓には、「師子王は前三後一と申して・あり《蟻》の子を取らんとするにも又たけ《猛》きものを取らんとする時も・いきをひ《勢》を出す事は・ただをな《同》じき事なり」(御書1124㌻)と説かれる。
 いかなる試練も、この「師子奮迅のカ」で挑んでいくのが、創価の青年である。
 60年前の「大阪の戦い」も、不可能を可能としゆく、私と不二の若人の勇戦であった。
 大関西では、愛する男女青年部を先頭に、〝今再び〟の拡大に力走してくれている。
 自身のため、社会のため、立正安国の闘争ほど、意義ある青春の晴れ舞台はない。思い切りぶつかった分、必ず勝利の劇は開かれる。

皆のためのリーダーたれ
 「大阪の戦い」で、私が青年リーダーと確認し合った一点は、「一人一人のことを思い浮かべて真剣に祈ろう! それが〝百人が一歩前進する〟力となる」ということだ。
 皆のために自分がいる!──そう決めて祈り、戦っていけば、自分の殻が破れる。
 日蓮大聖人は、「異体同心なればかち《勝》ぬ」(同1463㌻)と仰せである。
 大事な一人一人の個性や持てる力を尊重し、生かしていこう! そして、皆が輝き光る異体同心の団結で勝ち進んでいくのだ。
 新たな60年を開く、広宣流布の不滅の金字塔を、君たちが打ち立ててくれ給え!

第97回 華陽の青春を朗らかに!  (2016.6.1付 創価新報)

一人も残らず幸福の勝利劇を
 戸田先生は、女子部を励まされた。
 「もったいなくも、御本仏と同じ生命を持っている自分自身に誇りをもちなさい。気高い心で、人生を勝ち抜くことです」と。
 最極の生命哲学を学び、実践する青春が、どれほど尊貴であるか。ゆえに、他人の言動に振り回されて、自信をなくす必要などない。自分は自分らしく、妙法と共に、同志と共に、朗らかに広宣流布に走りゆくのだ。
 正しき信仰によって福運をつけた女性には、誰も敵わない。今はたとえ大変な境遇にあっても、この信心に生きる乙女は、一人も残らず、幸福の勝利劇を飾りゆくのだ。

福智の光で周囲を照らせ
 日蓮大聖人は、健気な信心を貫く女性に、「百千万年くらき《闇》所にも燈を入れぬればあか《明》くなる」 (御書1403㌻)と教えられた。
 わが創価の乙女こそ、福智の太陽である。
 いかに時代が暗くとも、聡明な女子部がいれば、希望の智慧で照らしていける。
 殺伐とした社会でも、華陽姉妹のスクラムがあれば、慈愛の温もりを広げていけるのだ。
 太陽は何があっても弛まない。いかなる闇にも怯まない。何ものにも光を惜しまない。
 毎朝の勤行・唱題で、久遠元初の太陽をわが生命に赫々と昇らせて、家庭も、職場も、地域も、常寂光土へと輝かせていこ!

励ましの種を友の心へ!
 一番苦しんできた人が、一番幸福になる。どんな宿命も、絶対に転換できる。そう言い切って、悩める友に手を差し伸べ、一緒に乗り越えてきた。これが永遠の学会精神である。
 心田に植えられた「励ましの種」は、やがて芽を出し、大きく花開く時が必ず来る。御聖訓には、題目の力用について、「一切衆生の心中の仏性を唯一音《ひとこえ》に喚び顕し奉る功徳・無量無辺なり」(同557㌻)と仰せである。
 一人また一人に題目を送りながら、仏性を呼び覚まし、蘇生のドラマを創りゆくのだ。
 華陽の友よ、楽しく賑やかに生きよ!
 女子部の青春勝利を、私は祈り待っている。
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2016-06-01 : 勝利の人間学 :
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池田名誉会長が贈る 勝利の人間学 68〜89

第68回 陰の労苦が幸福の礎に   (2015.2.18付 創価新報)

人知れぬところで努力を
 人間として光っている人——その人たちに共通する点がある。それは、人知れぬ努力を重ねていることだ。また、苦労をいとわず、人のために尽くしていることだ。
 創価の尊き同志は、目に見えないところで、友の幸福を祈り、どんなに悪口を言われようとも、社会の繁栄と平和に尽くし抜いてきた。だからこそ、世界を照らしゆく、今日の学会の大発展があるのだ。
 「陰徳あれば陽報あり」(御書1178・1180㌻)である。わが青年部の皆さんは、日々、誇り高く偉大な信念の陰徳を積み、未来に偉大な勝利の陽報を輝き光らせていただきたい。

青春時代にうんと苦労せよ

 日本を代表する経済人・松下幸之助さんは、しみじみ言われた。「やっぱり、若い時の苦労は、買ってでもせな、あきまへんなぁ」と。
 仕事でも、芸術でも、スポーツでも、一流の次元に到達するためには、修行の道がある。良き師、良き先輩について、無我夢中で努力するなかで、本物の力が鍛えられる。
 人生は戦いである。鍛錬である。それを知った人間が勝つ。なかんずく、仏道修行は、仏の生命を鍛え上げる大道である。
 何があっても、「苦楽ともに思い合せて」(同1143㌻)題目を唱え抜き、友と励まし合い、朗らかに乗り越えゆくのだ。

人生の土台を今、築きゆけ

 青年にとって、失敗は、全て次の勝利への出発である。ゆえに、失敗を恐れるなかれ! 挑戦しない臆病こそを恐れよ!
 厳しく叱られたことも、クヨクヨしないで、前向きに自分の成長につなげればよい。
 私も、戸田先生に、どれだけ叱られたことか。全部、かけがえのない訓練であった。
 青春は、人生の土台作りの時だ。それは、地味であり、地道である。しかし、土台さえ盤石であれば、いくらでも大きな建物が建てられる。何事にも揺るがぬ自分になれる。
 学会活動の中で、究極の人間学を学びながら、人生勝利の土台を築いてくれ給え!

第69回 悩んだ分だけ強くなれる!  (2015.3.4付 創価新報)

妙とは蘇生の羲なり
 東日本大震災から4年——。
 被災地にあって、わが創価の若人たちは、不屈の魂で戦い抜いてくれた。
 それは、最大の試練に挑んで、「人間の力はかくも偉大なり」と、世界に示してきた誇り高き光跡である。
 私は、一人一人の手を取り、高く掲げて、その尊き青春勝利の劇を労い、讃えたい思いでいっぱいである。
 御聖訓には、「妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがえる義なり」(御書947㌻)と仰せである。妙法は、一切を蘇らせゆく源泉だ。
 これからも、「心の復興」への若き旗頭の皆さんが、題目を根本に、蘇生の力を、郷土に、社会に漲らせていっていただきたい。

同苦の祈りが友の希望
 悩みは千差万別である。相談を受けても、十分に答えられない時もあろう。大切なことは、悩みを分かち合い、共に祈ることだ。
 掛ける言葉が見つからなくとも、誠実に話を聞くだけでも力となる。信頼できる先輩を紹介して、アドバイスを求めても良い。
 そして、その人が立ち上がるまで、題目を送っていくことだ。
 「同苦」の祈りが、友の希望となり、勇気となることを忘れまい。

苦難と戦えば仏の力が
 我が恩師・戸田先生は言われた。
 「大聖人の仏法は、逆境にある人が、必ず幸福になる宗教である。信心で、苦難に立ち向かえば、すごい仏の力が出る。その人こそ、本当に皆を励ますことができ、悩める人の味方になれるのだよ」と。
 ゆえに、宿命との闘争を恐れてはならない。
 自分自身が苦難と戦っているからこそ、苦しんでいる人の心が分かる。
 朗々と妙法を唱えに唱えて、友の中へ、人間の中へ、勇んで飛び込み、励ましの声を響かせていくのだ。
 「冬は必ず春となる」(同1253㌻)との御金言を抱きしめて!

第70回 妙法のリズムで偉大な前進を  (2015.3.18付 創価新報)

一切は朗々たる題目から
 日蓮大聖人は、「我等が頭《こうべ》は妙なり喉《のど》は法なり胸は蓮《れん》なり胎《はら》は華なり足は経なり」(御書716㌻)と明快に仰せになられている。
 この私たちの身体そのものが、最も尊貴な妙法蓮華経の当体なのである。
 妙法は、大宇宙を貫く大法であり、同時に小宇宙である我が身の法でもある。ゆえに、私たちが妙法を唱え、広宣流布に生きゆくとき、生命が大宇宙の根本のリズムと合致し、自在の大境涯を開いていくことができる。
 さあ、朗々たる題目から出発しよう! 生き生きと躍動する生命力で、頭を使い、足を運んで、今日も勝利の劇を綴りゆくのだ。

「時」を逃《のが》がすな、勝ち取れ
 仏法では、まず「時」を知り、その「時」にかなった実践をすることを重んずる。
 日興遺誠置文には「ああ、仏法にめぐりあうことはまれである。例えば優曇華の花が三千年に一度咲くようなものであり、一眼の亀が願いどおりの浮木を見つけ、その穴に入ることが極めて難しいようなものである。それよりもなお、正法にはあいがたい」(同1617㌻、通解)と記されている。
 あいがたい仏法に出あい、あいがたい広布の「時」を、善き同志と共に生きることが、どんなに素晴らしいことか。 「時」を逃してはならない。自らの使命の最前線で、人間革命の「時」をつかみ、勝ち取るのだ。

王者の魂で「5·3」へ
 わが師·戸田城聖先生は「3·16 」の式典で、「創価学会は宗教界の王者なり」と宣言なされた。青年部が受け継ぐ師弟の魂とは「王者の誇り」であり「師子王の心」である。
 「王」とは、その字の如く「天」と「地」と「人」を貫いて少しも傾かない存在をいう。
 いかなる苦難の烈風にも微動だにしない。胸を張り、立ち向かう人間王者をつくる——ここに信仰の真髄がある。
 学会は「3·16」から「5·3」 へ、連続勝利のリズムで前進する。その勝ち戦の先陣として、若き師子王よ、颯爽と走りゆけ!

第71回 日に日に新たに  (2015.4.1付 創価新報)

朝に勝ち、一日を勝つ
 何事も大事なのは、基本に徹することだ。仏道修行の基本は、勤行・唱題である。
 御書に「朝朝《ちょうちょう》・仏と共に起き」(御書737㌻)とある。私たちは 朗々たる朝の勤行で、胸中に「元初の太陽」を昇らせよう! 今日も、凱歌のファンファーレを奏でゆくのだ!
 わが師・戸田先生は、朝に厳しかった。「朝の出勤で人物がわかる」と言われ、遅刻は厳重に戒められた。
もちろん、仕事や勤務の形態は多様だろう。要は、1日のスタートダッシュの勢いである。
 とくに新社会人は、皆に先んじて出社し、元気に声を出して、挨拶をしていくことだ。

「目標への執念」で決まる
 戸田先生は、「まず “こうするのだ” と決める。 “必ず勝つのだ” と決める。一念を定めるかどうかで、勝敗は決まる。これが勝負の哲学である」と教えてくださった。
 明確な「目標」を掲げ、「断じて勝つ」と誓願を立て、そして猛然と祈っていくのだ。
 日蓮大聖人は、「法華経の行者の祈りのかな《叶》はぬ事はあるべからず」(同1352㌻)と、断言されている。いかなる状況であれ、決定《けつじょう》した祈りに、諸天が動かないわけがない。祈り抜き、戦い抜き、最後は必ず勝つのだ。
 青年よ、「目標への執念」を忘るるな!

戦いは慣れと油断を排せ
 生命は間断なき戦いである。ゆえに、「慣れ」と「油断」を排さねばならない。
「これぐらいでいいだろう」「自分は大丈夫」と思う慢心に、魔はつけ込んでくる。
 常に題目を忘れずに、傲らず、弛まず、怯まずに勇猛精進していくのだ。
 創価の父・牧口先生は、「荀《まこと》に日に新たに、日日に新たに、又《ま》た日に新たなり」(中国の古典 『大学』 )を座右の銘にされていた。
 日々挑戦、日々向上、日々人間革命——これが仏法の魂だ。ここに信心の勝利がある。
青春とは躍進する生命だ。はち切れんばかりの息吹で、希望満開、勇気満開の春を!

第72回 動き、語り、大境涯の人に  (2015.4.15付 創価新報)

自分から声を掛けよう
 新年度が始まり、職場や学校など、新たな環境で出発した友も多い。新しい出会いは、新しい自分をつくるチャンスだ。
 釈尊は「自分から声を掛ける人」であったと伝えられる。気取りなどいらない。青年は誰に対しても臆してはならない。
 御書には、「言葉というのは心の思いを響かせて、声に表したものをいうのである」(563ページ、通解)と仰せである。
 自らの思いを込めて、誠実に、率直に、そして礼儀正しく、言葉を発していくのだ。
 世代間や価値観の断絶が指摘される時代だ。だからこそ、君たちの勇敢にして聡明な「声の力」を響かせて、殺伐とした社会を蘇生させてもらいたい。

行動した分、友情が広がる
 広宣流布のために、動いた分、走った分、語った分、真の友情の道が開ける。自他共の幸福の地図が広がる。これ以上、充実した、悔いなき歴史はない。
 向かい風であっても、泥沼であっても、友と手を携え、前へ前へ進み抜いていけば、崩れざる「異体同心」のスクラムができあがる。
 地元から離れた組織を担当して頑張っている人もいる。苦労も大きい分、境涯も大きく豊かになっていくことは間違いない。
 強盛の大信力で、全てを前進の力に変えて、かけがえのない青春を、挑み舞いゆけ!

眼前の課題を勝ち切れ!
 「ローマは一日にして成らず」だ。何事であれ、建設は死闘である。
 ましてや、広宣流布という、人類の境涯を最高に高め、希望と平和の「永遠の都」を築きゆく大偉業は、一朝一夕にはできない。
 着実にして、たゆみない一日また一日の積み重ねを要する。世代から世代へ、後継の人材の流れをつくっていく以外にない。
 なかんずく、今この時、自ら誓い願って躍り出てくれた地涌の青年に、私は一切を託す。
 眼前の課題を、一つ一つ勇んで戦い切り、勝ち切ってくれ給え!
 今の勝利こそが未来の栄光を開く——と

第73回 青年の可能性は無限大  (2015.5.6付 創価新報)

若さ自体が「財宝」
 若さは、それ自体が、無上の「財宝」 だ。
 どんな富豪よりも、どんな帝王よりも、伸びゆく若人の生命が美しく、豊かなのである。
 その青春の生命を最大に光輝あらしめていくのが 、正しき信仰の実践だ。
 「深く信心を発《おこ》して日夜朝暮にまた懈らず磨くべし」(御書384㌻)と仰せの通りである。
 自行化他の題目で生命を磨こう!
 対話に打って出て人格を磨こう!
 仏法は「現当二世」だ。後ろを振り向く必要はない。前へ前へと進んでいけばよいのだ。
 君たちは、「無限の可能性の宝」なのだから。

新しい力を引き出せ
 わが青年部の大奮闘によって、学会は「5・3」を大勝利で飾ることができた。
 さらなる躍進のために、新しいリーダーを抜擢し、大切に励まし、伸ばしていこう。
  新しい息吹と力、新しい考え方と智慧を、どんどん引き出して、生かしてもらいたい。
 先輩は、後輩を下に見るのではなく、自分以上に使命深き地涌の菩薩として、尊重する。賢く大きな心で、桜梅桃李の人材が伸び伸びと長所を開花できる希望の園をつくるのだ。
  自分の時代に、共に広布へ走る中で、どれだけの人材を糾合し、育てることができるか。その明確な祈りと挑戦を忘れまい。

歓喜の一波を万波へ
 御書には、「とてもかくても法華経を強いて説き聞かすべし」「何《いか》にとしても仏の種は法華経より外になきなり」(同552㌻)とある。
 相手が聞いても聞かなくても、仏法の対話は、心の大地に「仏の種」を蒔くことだ。ゆえに、勇気を出して語り切っていけばいい。
 真剣な唱題と激励を積み重ね、妙法を持《たも》つ新たな同志が誕生する瞬間ほど、歓喜踊躍《ゆやく》する時はない。まさしく「今生人界の思出」(同467㌻)となるのだ。
 信心の歓喜を、自分から周囲へ、一波から万波へ起こしゆくことが、広宣流布の実像だ。
 さあ、五月の薫風が吹き渡るように「喜び勇んで、若き地涌の連帯を広げゆけ!

第74回 折伏の目的は自他共の幸福  (2015.5.20付 創価新報)

相手を思う心こそ大切
 皆で御書を学び合った折、 一人の女子部の友から、「折伏が思うように進まないのですが」と質問されたことがある。
 折伏のことで悩む。その心それ自体が、仏の心である。仏の悩みである。
 私は最大に讃えつつ、申し上げた。
 「折伏については、結局は相手を思う一念です。 一人の不幸な人を救おうよ。一人の命は地球よりも重いのです」と。
 報恩抄には「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の他未来までもながるべし」(御書329㌻)と仰せである。
 折伏は、この御本仏に連なる最極の慈悲の行動である。友の幸せを祈り、友を思う真心からの対話は、互いの未来を開いていくのだ。

まず「できる」と決めて
 若き日、私も折伏が進まず、大いに悩んだ。
 その中で私は、「戸田先生は末法の折伏の師匠である。私はその弟子である。ならば、折伏ができないはずがない」と心を定めた。
 折伏は、まず「できる」と決めることだ。
 その人の生命を、永遠の幸福の軌道ヘリードしていく、人間として最高に尊い振る舞いである。ゆえに、題目を根本にして、朗らかに自信満々と、仏法を語り、体験を語り、創価の世界を語り切っていけばよいのだ。

随力弘通、力の限り語れ
 戸田先生は、確信を込めて言われた。「人に聞かせているだけで、それは折伏であり、聞法下種になるのです。すぐ功徳は出る」と。
 折伏は、実っても、実らなくても、功徳は厳然とある。計身の成長と人間革命に直結し、希望の仏縁と真実の友情が広がる。
 諸君の先輩たちも、折伏の実践のなかで、境涯を革命し、家庭を革命し、職場にあって勝利の実証を示し、信頼を築いてきた。
 日興遺誡置文には、「未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事」(同1618㌻)と仰せである。
 「随力弘通」こそ学会精神だ。自分が持てる力を青年らしく出し切って、戦おう!

第75回 心に太陽を! 朗らかに進め(2015.6.3付 創価新報)

リーダーは笑顔で励ませ

 笑顔には、不思議な力がある。
 日蓮大聖人は、日に二、三度、親に笑顔を見せるだけでも親孝行になるのだと、青年に教えられた(御書1527㌻、趣意)。
 笑顔は笑顔を生む。聡明な振る舞いが幸福を広げるのだ。
 御書には、「笑う」ことを「咲《わら》う」とも書かれている。自分らしく前進し向上する精神の充実が、笑顔の花と咲き表れるのだ。
 もちろん、無理をする必要はない。苦しい時は苦しいままに、題目を唱えながら、ありのままの生命を輝かせていけばよい。
 リーダーの皆さんは、行くところ向かうところで、皆がそれぞれの希望の花を咲かせていける励ましをお願いしたい。

自分も、周囲も、元気に
 大変だからこそ、「朗らかにいこう!」と決めることだ。その人は、すでに勝利しているからだ。
 うまくいかない時は、原点に戻ればよい。
 たとえ、職場の雰囲気が暗くギスギスしていたとしても、「自分がもっといい職場にしよう」と思えばよいのだ。自分が太陽になれば、やがて暗い影は消え去っていく。
 若き日に詠んだ私の一詩を贈りたい。
 「青年は/真剣に 目的に進む時/最も尊く 最も気高い/——されど 決して/微笑《ほほえみ》を忘れてはならぬ/常に快活であれ/中天の太陽のように——」

君よ嘆くな、強くあれ
 真剣と深刻とは違う。勇敢と悲壮とは違う。勇気の人は明朗である。確信の人は冷静である。知性の人は余裕がある。
 大聖人は、竜の口の法難にお供する四条金吾を、「これほどの悦《よろこ》びをば・わらへかし」(同914㌻)と励まされた。
 仏法は、誰もが強く明るく生き抜くためにある。君よ、嘆かず、恐れず、仏の頑健な生命力を発揮して、一日一日を勝ち切ろう!

第76回 青年の行動が“時”を創る         (2015.6.17付 創価新報)

広布拡大の先駆者たれ
 御聖訓には、「一闇浮提にひろまらせ給うべき瑞相に日蓮さき《魁》がけしたり、わたう《和党》ども《共》二陣三陣つづきて」(御書910㌻)と仰せである。
 日蓮仏法の魂は、「さきがけ」の勇気だ。
 この勇気に燃えて、「二陣三陣」と、創価の青年が立ち上がったからこそ、日本中、世界中に、大法弘通の波動が広がってきた。
 これが、変わらざる拡大の方程式である。
 まず自分が、決然と一人立つことだ。思い切って行動を起こすことだ。
 先陣の苦労は大きい。しかし、その分、大きく人間革命できる。必ず諸天に守られる。
 「我、広布拡大の先駆者なり!」と誇りに胸張り、人材の流れを開いていってくれ給え。

社会の平和と安穏のため
 平和な社会、安穏な地域を築くためには、生命尊厳の正しき思想を打ち立てることだ。
 大聖人は、絶え間ない三災七難を深く憂い、「結句は勝負を決せざらん外《ほか》は此の災難止み難《がた》かるべし」(同998㌻)と断言なされた。
 正義が勝ち栄え、正法が興隆することが、民衆の幸福と、国土の繁栄に連動していく。    
 その推進力が「立正安国」の対話である。伸び伸びと信仰の歓喜を語ればよい。信心していて良かったことを伝えればよい。
 確信に満ちた朗らかな声は、相手の生命の奥底に、必ず響いていくものである。

創価の哲学を時代精神に
 創価の父・牧ロ常三郎先生は、人類の歴史が、軍事的、政治的、経済的競争の時代から、人道的競争の時代へ移行すると展望された。それは、国や文化の違いを超え、触発し合い、人類への貢献を競い合う時代といえる。
 キーワードは「友情」である。主役は「青年」である。「仲良くしよう」という心を広げ、新たな“時”を創るのだ。
 青年が自らの行動で、青年を糾合するのだ。
 目の前の友と語らい、友情を結ぶ。最も地道で最も確実な平和の王道が、ここにある。

第77回 白蓮華の如く強く清らかに
       (2015.7.1付 創価新報)

希望の花は現実の泥中で咲く
 御聖訓には、「妙法蓮華経と申すは蓮に譬えられて候」(御書1580㌻)と仰せである。
 その蓮華の名を冠する白蓮グループとは、なんと尊貴な使命と福徳の集いであるか。
 「如蓮華在水」——蓮華が泥沼にあって清浄無比の大輪を開花させるように、白蓮の乙女たちは、どんな環境でも、強く清らかに希望の花、歓喜の花を咲かせ広げていけるのだ。
 また、蓮華は花と実が同時に成長するゆえに、仏の生命を開く原因も結果も同時に具わる「因果倶時」の法理を表している。
 この妙法に則って決意し、祈り、行動する白蓮のリーダーは、最高に充実した青春の劇を飾りながら、長い一生の幸福勝利の果実も育んでいるのだ。その誇りと確信を忘れまい。

悩みに「負けない心」で
 悩みは、心が成長しゆく証《あか》しといってよい。悩みがあるからこそ、境涯を深められる。リーダーが悩みと戦うからこそ、皆を励ませる。
 御書には、「煩悩の淤泥《おでい》の中に真如の仏あり」(740㌻)と説かれている。
 苦悩する人々の中へ分け入って、抜苦与楽の対話を貫く生命こそが、仏なのである。
 いかなる悩みの淵にあっても、心が負けなければよい。「負けない心」が未来を創る。
 同志と共に、創価家族と共に、題目を唱え抜いて、この現実社会で、わが生命を“妙法蓮華の当体”と輝かせ切っていくのだ。

「さわやかな声」で幸の連帯を
 白蓮グループの愛唱歌「星は光りて」は、私の妻も大好きな歌である。
  「疲れたる友に さわやかな声」
  「涙の人をも 喜びゆかんと
  晴れの姿を 見おくる姫《ひめ》らは」
 一回一回の着任、一つ一つの振る舞いが、最も気高く、最も偉大な仏道修行である。
 「法のため」「人のため」に尽くしゆく日々は、無上の「心の財《たから》」を積んでいるのだ。
 白蓮の皆さんの「さわやかな声」が響くところ、幸の連帯が広がる。諸天善神も集まり、創価の行進を讃え、護りゆくに違いない。

第78回 わが生命を磨く向上の夏
         (2015.7.15付 創価新報)

信心即生活のリズムで
 まず祈りから出発だ。そして祈った通りに行動する。これが「信心即生活」である。日蓮大聖人は、「此(こ)の妙法蓮華経を信仰し奉る一行(いちぎょう)に功徳として来(きた)らざる事なく善根として動かざる事なし」(御書500㌻、「聖愚問答抄」)と仰せになられた。
 妙法という大宇宙の根本の大法則に合致した一日一日が、どれほど大きな功徳と善根を積み広げていけるか、計り知れない。
 朝晩の勤行・唱題は、究極の健康と勝利のリズムだ。暑い夏だからこそ、白馬が大草原を駆けゆくような清々(すがすが)しい題目で、生命力満々と、きょうも価値創造の行動を!
 
心を結ぶ友好の深化を
 友との良き連帯は、何ものにも勝る宝だ。
 夏は、懐かしい旧友との再会や、新しい友人との出会いの機会も多い。青年らしく伸び伸びと交流し、友好を広げゆくことだ。
 法華経の修行の真髄は、不軽菩薩の「人を敬う」振る舞いにあることを忘れまい。
 誠実に、闊達(かったつ)に、聡明に友情を育むことが、そのまま大事な仏縁を結ぶことになる。
 直接会えずとも、連携を取る。声を掛ける。「お元気ですか?」――その心のつながりが、人は嬉しいものだ。相手に即して、家族のこと、仕事のこと、近況などを気づかいながら語らえば、心と心はよリ深く通い合う。
 仏法とは、最極の人間学の実践である。

眼前の課題に勇んで挑戦
 人間革命の舞台は、どこにあるのか?
 「今ここ」である。目の前の課題に勇んで挑戦するなかに、常に青年の成長はある。
 わが恩師・戸田先生は教えてくださった。
 「鉄は熱いうちに打て! 人間も若いうちに自らを鍛えねばならない」
 尊い使命ある君たちだ。希望の未来へ、心も体も頭も、磨き鍛え上げていただきたい。
 人知れずに努力を重ね、忍耐強く、苦労し抜いた人が、青春の勝利者である。
 この夏、力強くダイナミックな行動力で、一回り大きく成長していってくれ給え。

第79回 学会活動は日々、平和の創造       (2015.8.5付 創価新報)

信心は生命を根底から変革
 仏法は、人の心も、また社会の精神性も、深く鋭く映し出す英知の鏡である。
 日蓮大聖人は、その明鏡に照らして、時代の混迷の元凶は人間の生命に巣くう「貪瞋癡」の三毒にあり、「戦争は瞋り(怒り)から起こる」(御書1064㌻、趣意、)と喝破されている。
 「貪瞋癡」の生命を根底から変革する力が、我らの信心である。命の奥底から泉を湧き立たせて、三毒の炎を消していくのだ。
 この生命尊厳の大哲理を学び、語ろう!
 自他共の生命を変える智慧が、ここにある。学会活動は、日々、偉大な平和の創造なのだ。

座談会は心を結ぶ広場
 戸田城聖先生は、戦後の混乱の世にあって、座談会から学会の再建を始められた。
 一人の悩める友を励まし、幸福へと蘇生させる。この最も地道な対話を、希望の武器として、渦巻く暴力の魔性に挑んだのだ。
 戦後2年目の夏に、私が入信した起点も、戸田先生が出席された座談会であった。
 恩師は、「青年が座談会に飛び込み、若き力で広宣流布の組織を盛り上げるのだ」と叫ばれた。心と心を結ぶ少人数の座談で築き上げた民衆の連帯こそが、平和の土台となることを確信されたい。

足元から歓喜と和楽の波を
 人間社会は複雑で、矛盾や対立が絶えない。
 その不幸な流転に負けずに、万人の幸福と平和の道を、いかにして切り開いていくか。
 日蓮仏法には、人類の根本的な宿命転換の方途が厳然と示されている。それは、常楽我浄と所願満足への明確なる軌道である。
 被爆・終戦70年の今、広島、長崎、沖縄をはじめ日本全国、さらに世界各地で、創価の青年が平和運動の旗手となり、歌声も高らかに、新たなスクラムを広げてくれている。
 「立正安国論」には、「汝《なんじ》須《すべから》く一身の安堵を思わば先《ま》ず四表の静謐《せいひつ》を禱《いの》らん者か」(同31㌻)と仰せである。
 今日も、世界平和を祈り、自らの足元から、歓喜と和楽の波を創り起こしてくれ給え!


第80回 先手を打ったところが勝つ
      (2015.8.19付 創価新報)

最高の作戦から最高の行動へ
 一つ一つの課題について、皆で真剣に協議し、智慧を出し合い、先手、先手を打っていく。これが学会の強さである。
 御聖訓には、「謀《はかりごと》を帷帳《いちょう》の中に回《めぐ》らし勝つことを千里の外《そと》に決せし者なり」(御書183㌻)と仰せである。万事において、最高の作戦を練り、勝利を決することを教えておられる。
 どうすれば同志が喜ぶか、広宣流布が進むか、人材が育つか――常に祈り、思索し、中心者で心を合わせ、打ち合わせていくのだ。
 そして、皆で一致したら、すばやく「最高の行動」に出る。ここに常勝の要諦がある。

新任リーダーは百日が勝負
 各地で新たなリーダーが誕生している。
 地涌の青年の躍動は、何よりも頼もしい。
 任命を受けたら、「最初の百日が勝負」である。初心のままに、走り抜くのだ。
 リーダーにとって大事なことは、「責任」である。責任をもって友の幸福を祈り、責任をもって、広布のために地域を駆けるのだ。
 自ら激励に歩き、一人一人と会い、語り合う。これこそ、尊い仏道修行である。
 メンバーのために汗を流した分、組織は発展していく。それが、永遠に朽ちない自身の福運となる。全部、自分に還ってくるのだ。
 「我は勝ちたり!」という歴史を頼む。

賢く大きな心で同志を大切に
 リーダーは、大鷲《おおわし》が飛ぶような、悠々たる境涯で名指揮をお願いしたい。賢く大きな心で友を包み、皆を人材に育ててほしい。
 日蓮大聖人は、四条金吾のことを「極めて負けじ魂の人であり、同志を大切にする人である」(同986㌻、通解)と讃えられた。
 「尊き同志のために」との一念に立つ時、限りない勇気と活力が湧いてくる。
 もちろん、一人で全てを抱え込む必要などない。「共に戦おう!」という心で、皆を尊敬し、皆の力を引き出していくのだ。
 その中で、「あの人も人材だ」「この人も人材だ」と見えてくる。そこから、共戦の陣列が必ず陸続と生まれていくのだ。

第81回 確信と情熱を胸に進もう      (2015.9.2付 創価新報)

最高峰の思想を学べ
 どうすれば、人は幸福になれるのか。世界を平和にできるのか──これが、人生の根本命題であり、人類の永遠の課題である。
 仏法には、その究極の指標が示されている。ゆえに青年ならば、求めて研鑽すべきである。
 戸田城聖先生は言われた。
 「最も高き思想から学べ! 御書を拝していけば、あとのことは、全部、分かってくるものだ」
 高い山の頂に登れば、すべてを見下ろしていける。遠くまで見わたせる。
 日蓮大聖人の仏法を深く学び、行ずれば、大きく境涯を開き、自分に勝ち、社会で勝つ「賢者の道」を歩むことができるのだ。

御文を声に出して拝しゆけ
 御書を拝せば聡明になる。心が美しくなる。
 その一文字一文字は、大聖人の師子吼であられる。無限の勇気と慈悲が込められている。
 毎日、一文でも、一節でもいい。声に出して拝読し、生命に刻みつけていくことだ。
 そして、「我もいたし人をも教化候へ」(御書1361㌻)と仰せの如く実践していくことだ。
 私も青年部時代の激闘の中で、日々、御書を開き、日記などにも要文を抜き書きした。
 御書には、魂の滋養が満ちている。
 御聖訓を若き心肝に染め、人格も知性も、本物に鍛え上げていただきたい。

学んだ歓喜を語り広げよう
 恩師は、教学の姿勢について、「求道の心で大聖人の御精神に触れ、感動していくことだ。そうすれば、昔、習ったことを思い出すように、生命で会得していける」と教えられた。
 この秋、青年部教学試験1級、また任用試験が行われる。教える側も、教わる側も、希望に燃えて、行学の二道に励んでいこう!
 たとえ初めは分からなくても、真剣に学んでいけば、「ああ、そうだったのか!」と必ず納得できる。心に大きな歓喜が漲る。「法自ら弘まらず人・法を弘むる故に人法ともに尊し」(同856㌻)である。
 学んだ喜びを、勇んで語り、広げよう!

第82回 節目、節目を勝ち飾れ      (2015.9.16付 創価新報)

目標を明確にして一点突破
 「広宣流布」は、人類史の希望である。
 それは、確固たる信念の人材を幾重にも育て、あらゆる活動の根幹に、生命尊厳と人間主義の哲学を浸透させゆく運動だ。
 壮大な遠征であるからこそ、一つ一つ、戦いのホシを明確にし、一歩一歩、前進するのだ。
 御聖訓には、「竹の節を一つ破《わり》ぬれば余の節亦《また》破《わ》るる」(御書1046㌻)と説かれている。
 破竹の勢いといっても、「一点突破」の挑戦から生まれる。その主役は青年だ。
 学会は、記念日や節目を目指して一人一人が明確な目標を定めて祈り、勝ち取ってきた。だから、今日の常勝の学会となった。この偉大な伝統を断固、受け継いでくれ給え!

広布の歓喜にあふれて!
 日蓮大聖人は、「うれしきかな末法流布に生れあへる我等」(同1439㌻)と仰せである。
 大いなる広布のロマンを抱き、不思議な縁《えにし》の同志と共に「うれしきかな」と、いよいよ喜び勇んで、楽しく仲良く進みゆくのだ。
 「ただ心こそ大切なれ」(同1192㌻)である。心で決まる。何があっても、まず題目だ。そして、目の前の課題に、「よし、また福運をつけよう!」と、張り切って取り組むのだ。
 生き生きと、はつらつと広布に走る若人を、諸天善神が護らないわけがない。勝利の道は必ず開かれる。

地道な努力こそ王道なり
 何事も、地道な人には、かなわない。地道に戦い抜いている青年は、最も神々しい。
 題目また題目、折伏また折伏、激励また激励に徹し抜くことだ。基本を倦《う》まず撓《たゆ》まず繰り返していく。その人が一番、強いのだ。
 わが師・戸田先生も、豪放磊落でありながら、緻密で正確な努力を大切にされた。
 「激動の時代である。勝負の世紀である。自分の足元を固めた人が勝者となる。これが鉄則である」と強調された。
 100年先、200年先の礎を、私たちは築いている。無量の大福徳を確信し、自らが担う創価の組織を盤石に創り広げよう!

第83回 地域、社会の希望の柱に      (2015.10.7付 創価新報)

スピードに人間性が光る
 戦いは「スピード」と「確実性」で決まる。学会は、この早さと真心で勝ってきた。
 友への激励も、時を失してはならない。迅速に声をかけ、手を打っていくのだ。そこに、リーダーの人間性が光る。
 もちろん、慌てて雑になってはならない。一人一人に、誠心誠意、接していくことだ。それができるリーダーでありたい。「軍《いくさ》には大将軍を魂とす」(御書 1219㌻)である。
 リーダーの真剣と献身から、新たな大回転が始まる。どうすれば、やりがいをもって友が活動できるか、常に心を砕くことだ。打てば響く反応を忘れず、元気な声で、どんどん励ましを送ってくれ給え。

今いるところを寂光土に
 地域に根差していくことが大事である。
 地域に根を張らない人生は、儚くわびしい。
 御義口伝には「今《いま》日蓮等《ら》の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住処は山谷曠野皆寂光土なり」(同781㌻)と仰せである。
 今いるところを「寂光土」に輝かせていく究極の力が妙法である。
 愚痴や文句からは、価値は生まれない。
 自分の地域を「よきところ・よきところ」(同1183㌻)と讃え、感謝していくなかに、福運が増し、自他共の幸福の地盤が広がる。

最後に勝つ負けじ魂を
 誰人にも、思いがけない試練が競い起こる。
 そこで負けない土台を築くために、青年部時代の訓練がある。創価班、牙城会、白蓮グループ等の薫陶を受けた人は強い。
 戸田先生は、私に贈ってくださった。
 「勝ち負けは 人の生命《いのち》の 常なれど
      最後の勝《かち》をば 仏にぞ祈らむ」
 濁世では、ずる賢く要領のいい人間が、一時、もてはやされることがあるかもしれない。
 しかし、最後に勝つのは、真面目で粘り強く努力を貫く人である。否、誠実の人が断じて勝たねばならない。
 そうした世の中を創るために、我らの広宣流布があることを忘れまい。

第84回 異体同心の本領発揮を      (2015.10.21付 創価新報)

納得と共感から前進の力が
 創価の友は、全員がかけがえのない人材だ。
 御聖訓に「皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱えがたき題目なり」(御書1360㌻)と仰せではないか。ゆえに、リーダーは一人一人が地涌の自覚に立てるよう、励ますことだ。
 大切なのは、納得と共感である。
 「鏡に向かって礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり」(同769㌻)と説かれる。
 友の生命の仏性を尊敬して、誠実を尽くす振る舞いから、納得と共感は生まれていく。
 人に応じ、心に応じ、時に応じ、所に応じた、きめ細やかな激励に、人の心は動くものだ。
 その積み重ねこそが前進の力となる。

「仲良く」が仏法の根本精神
 わが学会は、一閻浮提広宣流布を遂行しゆく、ただ一つの和合僧団である。
 「どこまでも仲良く」──ここに限りなく功徳があふれ、拡大が進み、人材が育つ。
 大目的を忘れ、小さな感情にとらわれて、皆と団結できなければ、自分が損をする。
 戸田先生は語っておられた。
 「信心が同じであるがゆえに、互いに嫉《そね》むことなく、憎むことなく、相和《あいわ》して御本尊に仕えまつる。この精神を、和合僧の精神というのである」
 我らは「自他彼此の心なく」(同1337㌻)進む同志だ。「心を合わせよう」「皆の心を一つにしていこう」と、異体同心の祈りから出発して、和楽と歓喜の絆を強めゆくのだ。

平和を創る人間主義の連帯を
 一人一人が勇気をもって立ち上がり、大きく力を合わせれば、世界を変えられる。民衆のスクラムには、いかなる権力も敵わない。
 恩師の「地球民族主義」とは、あらゆる差異を超えた、生命という共通の基盤に立って、民衆と民衆が心を結んでいくことだ。
 私たちは、人類が夢に見た世界市民の結合を、192カ国・地域に築き上げてきた。
 権威主義でもなければ、形式主義でもない。麗しい人間主義の大連帯を、全世界の創価の若人が、いよいよ広げゆく時代である。

第85回 声を惜しまず語れ     (2015.10.21付 創価新報)

功徳を広げる仏法対話
 真実の言葉ほど、胸に響くものはない。
 体験が大切である。悩みと戦い、苦労して勝ち取った体験以上の真実はないからだ。
 飾らず、繕わず、ありのままの信心の喜びを伝えれば、相手の生命に仏種が蒔かれる。
 御聖訓には「この娑婆世界は、耳で仏法を聞いて、成仏する国土である」「この法門を耳にする、すべての衆生は、功徳を得ていくのである」(御書415㌻、通解) と仰せである。
 難しい話をする必要はない。明るく誠実に語り切れば、それでよいのだ。
 妙法の種は、必ず必ず、花開く時が来る。

「言葉の力」が心を結ぶ
 言葉には、色があり、熱がある。景色があり、音楽がある。言葉一つで、希望の太陽を昇らせ、勇気の曲を奏でることができる。
 戸田先生は「心と心の交流、友情の拡大、異なる文化の理解を育む“人間主義の対話”が大事である」と教えてくださった。
 「一切の法は皆是れ仏法なり」(同564㌻)である。仏法の世界は大きい。その智慧は、すべてに通ずる。
 文学でも、芸術でも、スポーツでも、また、お互いの好きなものなど、何でも語り合い、ロマン豊かに友好を深めていくことだ。
 声を惜しまず語った分だけ、仏縁が結ばれる。言葉の力で、人間の連帯の門を開くのだ。

生き生きと弾む声で
 人生は、生き生きと動き、戦う人が勝つ。これが鉄則である。
 その勝ちゆく息吹は「声」に現れる。
 一言の元気な挨拶で、自分も相手も清々しい命に変えることができる。若いのだから、臆さず、どんどん声を出していくのだ。
 原動力は、朗々たる題目である。
 日蓮大聖人は「白馬のなくは我等が南無妙法蓮華経のこえなり」(同1065㌻)と示された。大変であればあるほど、白馬が嘶《いなな》くような張りのある勤行で、一日を出発しよう!
 妙法という大宇宙の最極の音声《おんじょう》で、満々と生命力を漲らせ、今日も勝ち進め!

第86回 師弟の息吹で広布は進む     (2015.11.18付 創価新報)

「随縁真如の智」を発揮せよ
 社会は変化の連続である。変化に即応するとともに、時代の動きを先取りして、価値を創造していくのが、創価の青年の本領である。
 その源泉が、妙法から湧き出ずる智慧だ。
 題目の「南無」とは「帰命」の意義であり、御義口伝には「命《みょう》とは本門随縁真如の智に命《もとづ》くなり」(御書 708㌻)と示されている。
 正しき信仰は、硬直した教条主義とは無縁である。いかなる現実にも、生き生きと自在に英智を発揮しと、活路を開きゆく原動力なのである。ゆえに、決して行き詰まらない。

使命に生きて生き抜け
 戸田先生は、期待を込めて語られた。
 「青年ならば、その立場立場で、喜んで生きることだ。自らの使命に生き切るのだ。
 苦しいことがあっても明朗であれ!
 わが舞台で、日本一、天下一を目指せ! これが青年らしい生き方だ」
 自分の心がどうかである。他人が決めるのでも環境で決まるものでもない。愚痴や文句を言う前に、一歩踏み出してみよう。
 「自分は、これでいく」と腹を決めるのだ。そして、強く朗らかに進むのだ。最高峰を目指してベストを尽くし「これでよし」と悔いなく叫ぶのだ。
 師弟不二とは、師匠も弟子も師子王となって戦い、断固と勝ちまくることである。

心を合わせて勝利劇を
 我らの創立の日は、師弟不二の出発《たびだち》の日だ。
 『創価教育学体系』の発刊も、若き弟子・戸田先生の陰の奮闘あればこそ、実現した。
 「師弟相違せばなに事も成《なす》べからず」(同900㌻)である。
 広宣流布を誓願する師弟の心が一致すれば、万事を成ずることができる。
 私も、いとまあらば唱題に励み「戸田先生だったら、どうされるだろうか」と常に考えて、一心不乱に行動してきた。
 だから、力が出た。必ず道が開けたのだ。
 わが愛弟子《まなでし》たちも、師弟の息吹を漲らせて、敢然と勝利劇を綴ってもらいたい。

第87回 一年の総仕上げから 希望に燃えて明年へ
  (2015.12.2付 創価新報)

青年は悩んでこそ成長
 60年前の師走、戸田城聖先生は、翌年の“大阪の戦い”に挑みゆく私に言われた。
 「大ちゃん、人生は悩ねばならぬ。悩んで初めて信心も分かるんだよ。それで偉大な人になるんだ」と。
 全てを見守ってくださっている師匠の励ましに、命の底から勇気が漲ってきた。
 青春は悩みとの戦いだ。成長しているから悩む。悩みがあるからこそ、より成長できる。
 いわんや、広宣流布の大闘争の中で悩む。それは、仏の悩みに通ずる。「煩悩即菩提」という法理の上から、大きく悩んだ分だけ、大きな境涯が開かれていくことを忘れまい。

今こそ自身の発迹顕本を
 今いる所の発展は、自身の向上から始まる。自分が率先して行動し、労苦を惜しまない。その中でこそ、自分自身を革命できる。
 日蓮大聖人は「花は咲いて木の実となり、月は出て必ず満ち、灯火《ともしび》は油をさせば光を増し、草木は雨が降れば茂っていく。(それと同じように)人は善根を積めば、必ず栄える」(御書1562㌻、通解)と断言なされている。
 人のため、皆のためにと苦労したことは、全部、自らの福運となり、実力となる。その人が、周囲をも栄えさせていける。大変な時にこそ題目を唱え、体当たりでぶつかって、わが生命の発迹顕本を果たすのだ。

常勝の総仕上げと出発を
 何ごとも、総仕上げが肝心だ。一年もまた同じである。終わり良ければ、全て良しだ。
 慌ただしい年末だからこそ、決して油断せず、無事故で、健康第一に、充実の一日一日を悔いなく勝ち取っていただきたい。
 ともあれ、戸田先生は若き友に言われた。
 「創価の師弟に、一生をかけていけ! 後悔は絶対ない。勝利の笑顔で、勝利と幸福で、人生を必ず飾っていけるよ!」と。
 さあ「拡大」の年へ、私と一緒に、希望と勇気の翼を大きく広げてくれ給え! 友と広布のロマンを朗らかに語り合いながら、常勝幸福の連帯を拡大しようではないか!

第88回 常勝の方程式に学べ  (2016.1.20付 創価新報)

一切の根本は強き祈りから
 日蓮大聖人は、「法華経の行者の祈る祈りは響《ひびき》の音に応ずるが如し・影の体にそえ《添》るがごとし」(御書1347㌻)と仰せである。
 新たな戦いを始めるには、まず祈ることだ。
 状況が厳しいと嘆く前に、まず祈ることだ。
 自分には力がないなどと、卑下することはない。題目三唱も、朗々と唱えれば、滾々と勇気が湧いてくる。力が漲ってくるではないか。
 60年前、あの「大阪の戦い」に臨んで、私は「一人でも多く、このたびの大法興隆の戦列に加わって味方となること」を祈った。
 わが関西の同志は、この私の一念と心を合わせ、祈って、動いて「〝まさか〟が実現」と驚かれる栄光の歴史を残してくれた。
 我らは、「広宣流布」「立正安国」という最高の目的へ、最高の祈りから出発するのだ。

拡大の突破口は最前線にあり
 「自らが動け! 一番、苦労している最前線の尊き同志を励ませ!」──これが、わが恩師・戸田城聖先生の一貫した御指導であった。
 この師の叫びのままに、私は青年らしく、大坂中を駆け巡った。一人また一人と会い、語り、誠実に励ましていった。そこから突破口を開き、波動を起こしていったのである。
 リーダーが動いた分、勇気は広がる。
 リーダーが尽くした分、人材は育つ
 リーダーが心と心を結んだ分、団結は強まり、地涌のスクラムが築かれるのだ。

今日を負けるな、明日《あす》も勝て!
 「命已《すで》に一念にすぎざれば仏は一念随喜の功徳と説き給へり」(同466㌻)と説かれる。
 大事なのは今の一念であり、今この時だ。これまでがどうか、ではなく、これからをどうするかだ。未来は、いくらでも変えられる。
 ゆえに、朝の勤行・唱題から出発して、今日一日を戦いきることだ。壁が立ちはだかっても、「当たって砕けろ」の心意気で、思い切って挑むことだ。若いのだ。失敗しても前を向いて、明日《あす》また挑戦すればよい。
 たくましく、朗らかな「負けじ魂」の一日一日が、自分自身を不敗にする。
 わが後継の青年よ、常勝の青春を進め!

第89回 師子王と立て! 創価班よ 牙城会よ  (2016.2.3付 創価新報)

厳護の誇りに生き抜け
 正しい仏法を行ずる人々を断固として護り抜く──これが法華経を貫く誓願である。
 日蓮大聖人は、熱原の法難の渦中、同志を護るため、矢面に立って奔走した若き南条時光に感謝なされ、「賢人」とまで讃えられた。
 この賢人の行動を、現代に受け継いでいるのが、わが創価班であり、わが牙城会である。
 それは、御義口伝に「最上第一の相伝」(御書 781㌻)と仰せの「当起遠迎《とうきおんごう》、当如敬仏《とうにょきょうぶつ》」(当《まさ》に起《た》って遠く迎うべきこと、当に仏を敬うが如くすべし)の実践である。これほど誇り高き仏道修行はない。
 日夜、仏意仏勅の学会を厳護する君たちを、御本仏は最大に讃嘆してくださっている。

陰の労苦ありて人間は偉大に
 一回一回、どれほど苦労し、やりくりしての着任であるか。自らが悪戦苦闘しながら、同志のため、地域のため、使命に徹してくれていることも、私はよく分かっている。
 戸田先生の訓練も厳しかった。「全体観に立って、陰で万全を尽くして手を打つ人間がいてこそ、戦いは勝利できるのだ」と。
 ここに、常勝の人間指導者の薫陶がある。
 創価班・牙城会で自らを鍛えた青年は、本物だ。社会のいずこでも勝ち光る、真生の実力を磨いていることを、自負してもらいたい。
 君たちの偉大な「陰徳」の行動が、必ずや無量の「陽報」となって輝きわたることを、わが人生の勝利劇をもって証明するのだ。

世界広布の最強の連帯を
 御聖訓には、「各各《おのおの》師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし」(同1190㌻)と仰せである。
 師子王は、いかなる強敵も断じて恐れない。
 師子王は、いかなる邪悪も勇敢に打ち破る。
 どんな宿命の嵐が吹き荒れようと、題目の師子吼を唱え抜き、楽観主義で進むのだ。
 今、世界中で、創価班・牙城会の友が、社会の第一級のリーダーと育ち活躍している。この仲間と最強の連帯を組み、破邪顕正の言論を広げ、民衆の凱歌を轟かせるのだ!
2016-02-01 : 勝利の人間学 :
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池田名誉会長が贈る 勝利の人間学 51〜60

第51回 わが地域を「幸福の楽土」に  (2014.5.7付 創価新報)

近隣こそ広布の最前線
 日蓮大聖人は、信頼する門下に、「其の国の仏法は貴辺にまか(任)せたてまつり候ぞ」(御書1467㌻)と励まされている。
 「其の国」とは、どこか──それは、まず自分たちの住む地域から始まる。わが近隣こそ、御本仏から任された広布の最前線である。私も若き日から、自らのアパートをはじめ、地元の方々を大切にしてきた。顔を合わせるたびに声を掛け、心を通わせた。
 元気な挨拶一つでも、「いい青年がいるな」「感じのいいお嬢さんだな」と、安心してもらえるものだ。皆さんは、誠実な振る舞いで心を開き、使命の地域に「信頼と希望の絆」を織り成していただきたい。

誠実に聡明に善友の連帯を
 大聖人は南条時光に「友達の一日に十度・二十度来《きた》れる人なりとも千里・二千里・来れる人の如く思ふて礼儀いささ(聊)か・をろ(疎)かに思うべからず」(同1527㌻)と仰せになられた。親しい間柄であっても、遠来の友を迎えるような礼儀と真心で、誠実に接していくことを教えられている。
 とともに、「悪知識を捨てて善友に親近せよ」(同1244㌻)とも戒めておられる。仏法は最高の人間学である。真実の友情を結び、崩れざる連帯を聡明に広げる道である。

地区が広宣勝利の起点
 広宣流布の前進の鍵は「地区」にある。
 一歩また一歩、活力あふれ、人材光る「地区」を築いていく──最も尊い闘争である。
 わが後継の青年部も、自身の「地区」から勝利のドラマを創っていくのだ。
 仕事が忙しくて、地区の活動に間に合わない時も、参加できない時もあるだろう。
 しかし、その場に行けなくても、報告・連絡はできる。智慧を使い、連携を取り合っていく。その呼吸の一致から、波動は生まれる。
 力ある人材とは、責任をもつ人のことだ。
 君が、貴女《あなた》が、「わが地区の広布の主役なり。太陽なり」との自覚と誇りをもって、颯爽と、広布の新風を起こしてくれ給え!

第52回 平和と正義の若き連帯を  (2014.5.21付 創価新報)

周囲に希望を送る存在に
 互いに尊敬し、成長を競い合って、健闘を讃えていくのが、我ら創価のスクラムである。
 妬んだり、責め立て合ったりするような陰湿な世界は、まったく無縁なのである。
 大変であればあるほど、温かな励ましの言葉、勇気の出る言葉をかけていくのだ。
 日蓮大聖人は、「人のために火をともせば・我がまへあき《明》らかなるがごとし」(御書1598㌻)と仰せである。
 友を元気にすれば、自分も元気になる。皆に希望を送れば、共々に希望の明るい未来が開かれる。どこまでも仲良く朗らかに、平和と正義の青年の連帯を広げていただきたい。

新たな広布の開拓闘争を
 青年の心の力は無限である。それを解き放っていくカギが、「一念三千」の法理である。
 わが師・戸田城聖先生は言われた。
 「信心を、一言でいうならば、『心』を決めることである。同じ決めるのであれば、『勝つ!』と決めなさい」と。
 断じて勝ってみせると決める。真剣に祈る。そして勇敢に行動する。やり切ったことが、すべて永遠の財産となる。
 「決めて」「祈って」「行動する」──この勝利のリズムで、新たな広布の開拓闘争を勝ちまくれ!

若き熱と力が新時代を創る
 「新しき世紀をつくるものは、青年の熱と力である」と恩師は叫ばれた。
 この師子吼を、私は自分への呼びかけと受け止めた。「君の熱と力で時代を変えよ」と。
 今また、新時代を創るのは青年しかない。それは青年に託された特権なのだ。
 ゆえに、君たちよ! 何の遠慮もいらない。決然と挑むのだ。大胆に進むのだ。理想も高く、情熱を燃やし、不屈の魂で挑戦するのだ。
 いよいよ「創価青年大会」が始まった。
 やるからには、「これだけ成功させた」という自身の最高の勝利の歴史を創ろう! 君たちの勇戦で、万年に輝く「青年学会」を築いてくれ給え! 歌声も高らかに!

第53回 世界に広がる 華陽のスクラム  (2014.6.4付 創価新報)

賢く聡明に使命の道を
 女子部は「学会の宝」である。「広布の門」である。女子部員が一人いれば、周囲の皆がパッと明るくなる。希望が大きく開かれる。
 女子部の皆さん方が一人も残らず、絶対に幸福になること。これが私の祈りである。
 皆、自分を大事にしていただきたい。価値的に行動し、夜は帰宅が遅くならないよう、無事故で健康第一の前進をお願いします。
 ともあれ、「聡明」であることが「幸福」の条件である。悪縁に振り回されることなく、賢く毅然と、尊き使命の道を歩み抜くのだ。

自分らしく あなたらしく
 「御義口伝」には、「自身の内なる妙法を悟って、自身の宮殿に入るのである。南無妙法蓮華経と唱えていくことは、自身の宮殿に入っていくのである」(御書787㌻、通解)と仰せである。
 広宣流布に生きゆく皆さん自身の心に、幸福の大宮殿が晴れ晴れと広がっている。
 人と比べて落ち込む必要など全くない。心ない悪口を言われようと、一喜一憂せず、自分らしく凜として生きることだ。  「桜梅桃李」ゆえに、人は人、自分は自分である。どこまでも信心で、わが生命を磨き、あなたらしく輝きを敦っていくことだ。

仲良きところに幸福がある
 戸田先生は、女子部の友に語られた。
 「鎖の輪は、一つ一つガッチリと組み合って、切れることがない。人間も同じだ。心強き一人ひとりが、固く手を結べば、広宣流布は必ず進む。人と人との輪を作りなさい」と。
 一人は気ままなようで、わびしい。境涯も深まらないし、可能性も閉ざされてしまう。
 人を幸福にする人が、幸福である。
 人を喜ばせゆく人が、喜びに包まれる。
 だからこそ、伸び伸びと心を開いて、善き友人、善き同志、善き先輩に触れ、深き友情のスクラムを築いていこう!
  華陽姉妹の皆さんは、お父さん、お母さんを大切に! 友と友との仲良き人華《にんげ》の花園を、地域へ職場へ、社会へ世界へと、朗らかに咲き薫らせていっていただきたい。

第54回 先駆の使命の学生部  (2014.6.18付 創価新報)

力ある人間指導者に
 夕張事件、大阪事件――「三類の強敵」が競い起こる中、わが学生部は誕生した。
 恩師・戸田城聖先生は、「ただ嬉しいという言葉以外にない」と喜ばれた。
 正義の力ある人間指導者よ、踊り出でよ!
 権力の魔性と戦う矢面にあって、私は北海天地から祈りを込めてメッセージを送った。
 日蓮大聖人は、「智者とは世間の法より外《ほか》に仏法を行《おこなわ》ず、世間の治世の法を能《よ》く能く心へて候を智者とは申すなり」(御書1466㌻)と仰せである。
 男女学生部の皆さんは、どこまでも民衆を守り抜き、社会に勝利の旗を打ち立てる英知と勇気のリーダーに成長していただきたい。

苦労と挑戦の日々を
 苦労即鍛錬である。悩みを恐れず、労苦をいとわず、黄金の青春の劇を創造するのだ。その中でこそ、心も頭も体も鍛え上げられる。全てが自分のかけがえのない財産となる。
 挑戦即勝利である。あえて高い目標に挑むのだ。自らの無限の可能性を開拓するのだ。
 祈って、動いて、戦い抜いて、失敗してもなお挑戦し続けた人が、最後は必ず勝つ。
 私も働きながら夜学で学んだ。師匠の事業を支える悪戦苦闘の渦中も、研鑚を止《や》めなかった。大変だったからこそ、今の私がある。
 「鉄《くろがね》は炎《きたい》打てば剣《つるぎ》となる」(同958㌻)との御聖訓を、若き宝剣の皆さんに贈りたい。

大目的を胸に学び抜け
 牧口常三郎先生は、軍部政府の弾圧によって投獄された独房で「青年時代からあこがれて居た本が読めるので、却《かえ》つて幸《さいわ》ひである」(獄中書簡)と悠然と学ばれていた。
 学ぶことは、人間の最高の権利である。
 人は学び続ける限り、行き詰まらない。幸福勝利の軌道を向上していける。
 ゆえに君よ、貴女《あなた》よ、今日も学びゆけ!
 我ら創価の人間革命の運動は、100年先、200年先の人類が進む平和の大道を開いているのである。その偉大な大目的に向かって、「先駆」の誇りに燃え、学び勝ちゆけ!

第55回 師子の誉れ 男子部よ勝て  (2014.7.2付 創価新報)

冥の照覧の大確信を
 信心は格好ではない。「戦う心」で決まる。
 男子がひとたび立つならば、「戦う心」を燃やして、「これだけ道を開いた」「これだけ拡大した」という歴史を創るのだ。
 誰が見ていなくとも、誰が褒めなくとも、誇り高く、わが使命の劇を演じていくのだ。
 私たちの一念と行動は、御本仏が全て御覧になってくださっている。全宇宙の諸天・諸仏が見守っている。この「冥の照覧」を大確信して戦うのだ。見栄や気取りなど、いらない。勇敢に大胆に、眼前の壁を突破せよ!

苦難こそ成長の好機《チャンス》
 日蓮大聖人は、父親から信心を猛反対されていた池上兄弟に、「いよいよ・をづる心ねすがた・をはすべからず」(御書1084㌻)と、仰せになられた。
 広宣流布のために進めば、必ず三障四魔が競い起こる。その時こそ、成長できる。「人間革命」「宿命転換」のチャンスである。
 臆病の心に負けてはならない。怯んでしまえば、そこに魔は増長して付け込んでくる。
 「師子王の心」を取り出《いだ》して、恐れなく迎え打てば、魔は退散するのだ。全ての苦難は、偉大な指導者になるための試練である。

青年城を築く時は今
 御書には「未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」(同231㌻)と記されている。
 「未来」を決するのは、「今」である。
 ゆえに今こそ、新たな人材を、一人また一人と、励まし、育てるのだ。その地道にして忍耐強い労作業以外に、学会の永遠の発展も、広宣流布の万代の伸展もない。
 一人の「本物の人材」がいれば、全体が栄える。
 要領では、人は育たない。わが身をなげうつ真剣勝負の「魂」と「魂」の触発で、「本物の人材」は育つのだ。そのなかで、自分もまた、本物に成長していけるのだ。
 さあ、わが信ずる男子部の諸君! 君たちの満々たるエネルギーで、日本そして世界の未来を開く金剛の青年城を築いてくれ給え!

第56回 未来部を励ます夏
  (2014.7.16付 創価新報)

よき友だちとして
 さあ、この夏、宝の未来部を育てよう!
 わが未来部の一人一人が「学会の未来」であり、「世界の希望」であり、「人類の明日」である。未来部を育てる以上の聖業はない。
 とりわけ、青年部の皆さんが、よき兄、よき姉、よき友として、元気で誠実に、温かく接してくれることが、いかに重要か。
 「仏になるみちは善知識にはすぎず」(御書1468㌻)である。「善知識」すなわち「よき友」の存在が、若き生命を強く正しく育む。
 何でも話を聞いてくれる、親身に相談にのってくれる、一緒に真剣に祈ってくれる ─ その真心の励ましこそ、未来部の成長の力だ。

まず一人を育てよう
 まず「一人」を育てることから始まる。
 少子化の時代だからこそ、ますます一人が大事になる。また、丁寧に心を配って、長い目で見守リ、伸ばしていくことができる。
 御聖訓には、「一人を手本として一切衆生平等」(同564㌻)と仰せである。
 一人の信心が、家族や眷属など、周囲の皆の成仏の道を広々と開いていくのだ。
 一つの太陽が昇れば、一切が明るくなる。
 未来部の太陽が昇れば、一家も、地域も、世界まで、希望の光で照らしていける。

人材育成の勝負の時
 恩師・戸田城聖先生は「後生畏るべし」という『論語』の言葉がお好きだった。そして、私たちに「君たちは『後生』だから、先生である私より偉くなれ! 弟子が偉くなることこそが、師匠の勝利なのである」と励ましてくださった。
 「青年畏るべし」「未来部畏るべし」である。
 あとに続く人を自分以上の人材にしていく。自分が先輩から激励してもらった以上に、後輩を大切に激励していく— この最も尊い魂の触発が、学会の人材育成の伝統である。
 今、どれだけ新しい人材を見つけ、新しい人材を育てるかで、広布の未来は決まる。今が勝負の時である。青年部の皆さんは、私に代わって、未来部を励ましていただきたい。

第57回 一人から平和の大潮流を    (2014.8.6付 創価新報)

民衆の声を力に
 絶対に平和であらねばならない。
 戦争だけはしない、させないということを、人類の共通の理念にしていくべきである。
 ラテン語の格言には「平和を願うならば、戦争の準備をせよ」とあった。
 しかし、断じてそうではない。「平和を願うならば、平和の準備をせよ」である。
 「平和の準備」とは何か。それは、平和を願う民衆の声を結集していくことだ。なかんずく、青年の大情熱の声こそが力だ。
 日蓮大聖人は、「輪宝とは我等が吐く所の言語音声なり」(御書733㌻)と仰せである。
 「声」こそ「輪宝(車輪をかたどった宝器)」である。この「非暴力の武器」「文化の武器」を使って、我らは21世紀を「平和の世紀」「生命尊厳の世紀」としていくのだ。

鍵は全て人間にあり

 平和を壊すのも人間、平和を創るのも人間である。解決の鍵は、全て人間にある。
 ゆえに、我らは人間の「内なる悪」と戦い、仏という極善の生命を開発する道を選ぶ。この人間革命の道が即、平和の道であるからだ。
 平和は違い彼方にあるものではない。
 自分が今いる場所で、友と会い、誠実に対話を重ねる。どこまでも、一人を大切にする。そこから、平和の大潮流は生まれるのだ。
 特に、聡明な女性たちの“草の根の語らい”こそ、その最も確かな原動力である。

自他共の喜びの青春
 御本仏は、「すべての衆生が受ける、それぞれ異なる苦しみは、ことごとく日蓮一人の苦しみである」(同758㌻、通解)と仰せになられた。
 なんという大慈大悲であろうか。仏法とは、究極の「慈悲」の法である。御本尊に祈り、勇気をもって広宣流布に励むなかで、人を深く思いやる境涯を開くことができる。
 人の不幸の上に、自分の幸福を築かない。自他共に喜びあふれる青春を進みゆくのだ。
 生命尊厳の哲理を持《たも》つ青年よ、悩める友へ、苦しむ友へ、励ましと希望の光を送ろう! 君たちの友情で、平和の地球を輝かせるのだ。

第58回 新入会の友よ 朗らかに!   (2014.8.20付 創価新報)

焦らずに粘り強く
 新入会の皆さんは、不思議にも、今この時に躍り出てきた地涌の菩薩である。どれほど深遠な宿縁と、偉大な使命を帯びた方々か。
 67年前、私も新入会の一青年であった。戸惑うこともあった。家族の反対もあった。
 しかし、戸田城聖先生の「青年らしく勉強し、実践してごらん」との言葉を信じて、勤行も、教学も、折伏も、一つ一つ先輩に教えてもらいながら挑戦していった。
 その体験から、皆さんに申し上げたいことは、ともかく「焦らないで」「粘り強く」ということである。
 すぐに祈りが叶う場合もあれば、すぐには叶わない場合もある。しかし「冥益」といって、時が経てば経つほど、すべて良い方向に進んできたことが、必ず実感できるものだ。
 ゆえに、御書の通り、何があっても題目を忘れず、学会と共に前進していただきたい。
 希望に燃えて、人生に勝つための信心である。自分自身が勝利者となり、一家眷属も幸福に栄えさせていくための仏法である。
 新入会の皆さんが、自分に勝ち、社会で勝ち、人生を勝ち切って、「信心してよかった」と思えるよう、私も毎日、祈っている。

善き友、善き同志と共に
 御書に「たすくる者強ければたうれず」(1468㌻)と仰せの通り、信心を続けていく上で大切なのは、同志とのつながりである。
 分からないことがあれば、何でも率直に、周囲の同志や先輩に聞いていただきたい。
 また、忙しくて、なかなか会合に出られない時や、思うように題目があげられない時こそ、気後れしたり、遠慮したりしないで、同志と連絡を取り合っていくことである。
 少しでもつながっていこう! その心をもって、同志という善縁にふれていくなかで、生命力が増す。ここに、何ものにも負けずに、成長と向上の青春を謳歌しゆく道がある。
 新入会の友のニューパワーで、広宣流布、すなわち世界の平和と人類の幸福へ、朗らかにニューウェーブを起こしてくれ給え!

第59回 教学は最高の勝利の武器!   (2014.9.3付 創価新報)

御書を繙き自分を磨け
 御書の一文字、一文字には、日蓮大聖人の民衆救済への大情熱が漲り、正義の師子吼が刻まれている。御書を繙けば、わが胸中に、仏の大生命が脈打ち、仏の声が轟き渡る。
 毎日、一行でもよいから、拝読していこう。
 「日興遺誠置文」には「当門流に於ては御書を心肝に染め」(御書1918㌻)と仰せである。
 人間の心は、縁に触れて揺れ動くものだ。だからこそ、御書を「心の師」(同1088㌻)と定めて、最高無上の正道を進むのだ。
 日蓮仏法は、世界一の生命哲学である。
 この仏法を根本に生きれば、世界一の生命の哲人、幸福の博士に必ずなっていける。

共に成長の教学試験に
 教学は、最高の勝利の武器である。
 戸田先生は『御書全集』の「発刊の辞」で、その研鑽の姿勢を剣豪の修行に譬えて、「厳格なる鍛錬は、学会の伝統・名誉ある特徴」と断言された。
 いよいよ教学試験の秋の到来である。
 御聖訓に「法門を身につけていく人を頼りに法門を聴聞するようにしなさい」(同1224㌻、通解)と仰せの通り、求道の心で学び合う若人の姿ほど、美しく気高いものはない。
 どうか、試験を受ける側も、教える側も、“共に主役なり”との自覚で切磋琢磨し、大いに学び、成長してもらいたい。
 そして、皆が「信心の勝利者」即「青春の勝利者」となっていただきたい。

哲学なき時代に光を
 わが恩師は、「信は理を求め、求めたる理は信を深からしむ」と言われた。教学によって信心が深まる。実践の力が強まる。「行学の二道」は人間革命の直道なのである。
 「わかる」ことは「かわる」ことだ。
 今は「哲学なき時代」である。人類の宿命を転換する「新しい思想」「力ある哲学」が渇仰される。心ある人は、真剣に求めている。
 「平和と幸福の大哲理」を持《たも》った、君たち、貴女《あなた》たちこそ、世界の希望の光だ。その自覚と誇りに燃えて、きょうも御書を開こう!

第60回 「誓い」は貫いてこそ   (2014.9.17付 創価新報)

新たな決意で生き生きと
 青年は、常に新たな出発だ! 共に生き生きと躍進だ! この勢いが青年の生命だ。
 日蓮仏法は「本因妙」の仏法である。
 今この時に、妙法を唱え、現在そして未来の勝利の「因」を直ちに刻むことができる。
 ゆえに過去に囚われる必要はない。現状に安住してもならない。常に「これから」だ。新たな決意で「これから」を創り開くのだ。
 師弟の誓いに生き抜く青春に、停滞はない。みずみずしい求道の息吹が、惰性や慢心を打ち破るからだ。
 誓いは貫いてこそ、誓いである。そこから、尽きることのない「躍進」の力が生まれる。

広布の大願に「仏力」が

 日蓮大聖人は、青年門下に「我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561㌻)と叫ばれた。
 広宣流布こそ、御本仏の誓願である。
 この仏と同じ誓願に立って、祈り、行動する時、わが生命に「仏の勇気」「仏の智慧」「仏の力」が無限に湧いてくる。
 これこそが、不可能を可能にする源泉だ。
 これほど価値ある誇り高い生き方はない。
 自分で決めて、勇んで勝利の道を開くのだ。すべてを御本仏が御照覧である。胸を張って、友の幸福のために動くのだ。
 「自発能動」こそ、青年の特権である。

師子の人材城を築こう
 勝利、勝利、また勝利の前進――これが、学会青年部の誓いである。永遠に勝ち進むためには、何よりも人材の流れを築くのだ。
 今、日本中、世界中で新たな希望に燃えた若人が躍り出ている。この若き地涌の友が、一人ももれなく、正義の師子に、平和の天使に、強く明るく伸び伸びと育ってほしい。
 恩師は、「人間をつくることだ。指導者をつくることだ」と、常々、語っておられた。
 創価家族の温かい励ましの中で、人は育つ。
 一段と、題目を大地に響かせて、地涌の菩薩を呼び出そう! そして、わが地域から、人材拡大のうねりを起こそうではないか!
2014-09-23 : 勝利の人間学 :
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勝利の人間学 31〜50

池田名誉会長が贈る 勝利の人間学

第31回 創価の全権大使たれ     (2013.6.5付 創価新報)

勇気こそ青年の特権
 青年の魂は勇気である。鋭敏さも、大胆さも、快活さも、すべて青春の特権だ。
 戸田先生は、26歳の青年の私を、学会の初代の渉外部長に任命された。重要な人物との交渉も「大作、行ってこい」と託された。
 私は、恩師の名代として、多くの人と会い、信頼を広げた。
 先生や学会を誹謗・中傷する者に対しては、徹して言論で戦った。そして、堂々と、先生の正義、学会の真実を満天下に示しきった。
 これが、私の誇り高き歴史である。
 動いた分だけ、語った分だけ、全部、自分の力となる。福運となって、わが身を飾る。
 今、私が一切を託すのも、青年部である。「私が創価学会だ」との気概で歴史を創り、広布のフロンティアを開拓してもらいたい。

出会いは仏縁の拡大
 日蓮大聖人は「あなたの国の広宣流布は、あなたにお任せする」(御書1467㌻、通解)と仰せである。その地、その場所に根ざした人が、仏縁を結び、幸福の種を蒔くのである。
 仏の使いである私たちの声が、仏の仕事をするのだ。「立正安国」も対話が肝心である。
 さまざまな人間群の中に飛び込んで対話し、打ち合うからこそ、自分の小さな境涯からも脱皮していける。
 うまく話せないことがあっても、クヨクヨせず、朗らかに挑戦を重ねていけばよい。
 人と語ることが、人間革命の直道である。

第32回 青年の熱と力が時代を開く   (2013.6.19付 創価新報)

青年こそ変革の原動力
 いつの時代をみても、常に青年の熱と力とが、時代を動かし、新しい歴史を創ってきた。
 戸田先生は、戦後の荒廃の中、平和社会の建設を決意され、共に戦い、先駆を切ってくれる「旗持つ若人」を呼び出された。
 広宣流布は、地涌の青年が続々と躍り出て、成し遂げていくのだ。これほど価値ある青春の晴れ舞台はない。わが使命の天地で、「自分の時代にここまでやった」という後世に輝く歴史を、悔いなく楽しく残してもらいたい。
 不思議にも、全世界で、誓願の青年が立ち上がる時代が来た。わが青年部の出番だ!

諸天を動かす強情な信心
 信心とは、幸福へのエンジンである。
 強盛な信心があれば、生命力を強くし、何があっても崩れない幸福をつかめる。断固として人生の勝利を開くことができる。子々孫々、皆を幸福に導いていける。
 「湿れる木より火を出《いだ》し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に」(御書1132㌻)、祈り抜くのだ。
 「釈迦・多宝・十方の仏・来集して我が身に入《い》りかはり我を助け給へ」(同1451㌻)と祈り切っていくのである。
 わが生命に、仏菩薩も、梵天・帝釈も「入其身(其の身に入《い》る)」させ、仏の力、仏の智慧を発揮していく。これが信心の極意だ。

弟子の戦いで“時”を創れ
 芸術でも、学問でも、師弟は弟子の自覚で決まる。いずこにあろうと、弟子の自覚をもって、師匠の心をわが心として立ち上がる。そこに師弟不二の勇気が湧き起こってくる。
 全ては弟子で決まる。新たな広宣流布の拡大の“時”を創るのは、弟子の戦いである。
 今こそ、自らの最極の大使命を自覚し、若き正義の陣列を誇り高く広げてくれ給え!
 永遠に勝ち栄えゆく、常勝不敗の創価の大城を、君たち、貴女《あなた》たちの熱と力で築きゆくのだ。

第33回 師子王のごとく! 大鷲のごとく!    (2013.7.3付 創価新報)

青年の魂を打つ言論戦を
 「哲学なき時代」である。「信念なき世相」である。人生いかに生きるべきか、社会はどうあるべきか、真に正しい思想とは何か──確信をもって語れる人は、どこにいるのか。
 日蓮大聖人は、「此の経文(法華経)は一切経に勝れたり地走る者の王たり師子王のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲のごとし」(御書1310㌻)と仰せである。
 この「思想界の王者」の誇りをもって、創価学会は生命尊厳の哲理の光を送ってきた。
 広宣流布は言論戦だ。わが青年部は、いかなる虚偽にも邪義にも、屈してはならない。平和と正義と幸福の対話を展開し、一人一人の青年の魂を打ち、呼び覚ましていくのだ。

信心は最極《さいごく》の勇気
 我らは「勇気」また「勇気」で進もう!
 御書には、「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし」(957㌻)とある。
 「師子王の心」とは、何ものも恐れない最極の勇気である。
 人生は戦いだ。だからこそ、決然と題目を唱え、「自分はこうする」と断固たる勇気の一歩を踏み出すのだ。「師子王の心」が苦悩に負けるはずがない。必ず乗り越えられる。乗り越えるたびに、大きな自分になれる。
 戦いを避ければ、自分が小さくなってしまう。青年は大胆に快活に、苦しみをも楽しみに、困難をも成長の糧に転じていくのだ。

わが信念を正々堂々と語れ
 わが信念を、臆さず勇敢に叫べ! 正々堂々と語る青年の姿ほど清々しいものはない。粗削りでもいいではないか。真実は強いのだ。
 御義口伝には「師とは師匠授《さず》くる所の妙法 子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり」(御書748㌻)と説かれる。
 師と弟子が、共に心を合わせ、広宣流布の拡大へ、正義の声を上げていく──これが「師子吼」の真髄である。「師子吼」なればこそ、創価三代の師弟は全てに勝ってきた。
 さあ、青年の晴れ舞台だ。勇気凜々と叫び、勝利と栄光の旗を打ち立ててくれ給え!

第34回 走り抜け! 師子奮迅の青春を
   (2013.7.17付 創価新報)

題目に勝る力なし
 仏意仏勅の我ら学会には、無敵の「信心の宝剣」がある。いかなる戦いも、一切の勝利は、強き誓願の題目から開かれる。御本尊に祈るほどに勇気が湧き、元気になる。
 その満々たる生命力で、随縁真如の智慧を縦横無尽に発揮し、具体的な行動に打って出るのだ。
 日蓮大聖人は「よき師」と「よき弟子」と「よき法」の三つが合致すれば、必ず祈りを成就し、立正安国を実現できると仰せである。師弟不二、異体同心の祈りに勝るものはない。
 絶対に何ものにも負けない大勝利の人生を、一緒に生き抜いていこうではないか!

今日も一歩前へ 挑戦を!
 大事は小事の積み重ねである。
 一日一日、目の前の課題に真剣勝負で挑み、一つ一つ、断固として勝っていくことだ。
 それが「師子奮迅」の勢いである。
 御書には「水のごとくと申すは・いっも・たい(退)せず信ずるなり」(1544㌻)と仰せである。
 たゆまぬ努力と持続こそ、力だ。「二の手」「三の手」を打ち続けていくことである。
 苦しい時も、我らには共戦の同志がいる。険しい坂道であればあるほど、“もうひと踏ん張り”と声を掛けあっていくのだ。皆で励ましあい、決勝点へ走り切っていこう!

労苦の中で自身をつくれ
 わが師・戸田城聖先生は、確信を込めて教えてくださった。
 「広宣流布のための苦労は、必ず生きてくる。何ひとつ、塵も残さず、無駄はない」と。
 思うようにいかないからこそ、偉大な自分自身を建設できる。無量の福徳と輝いていく。生命を貫く「因果の理法」は間違いない。
 真心こめて対話をしても、相手が反発する場合もあろう。しかし、それもまた深い仏縁となって、いつか花開く時がくる。
 ゆえに、何があっても勇敢に誠実に、また明るく朗らかに信念を語りゆくことである。あとになれば、深い強い信頼が結ばれるのだ。

第35回 “未来の宝”と成長を    (2013.8.7付 創価新報)

「一人」を徹して大切にする
 みんなで、わが未来部を大きく育てよう!
 恩師も「子どもは未来の宝だ。未来からの使者として大事にしなさい」と言われた。
 学会の将来も、世界の広宣流布も、すべて未来部に託す以外にない。どれほど、偉大な宿縁と使命を持つ方々であるか。ゆえに、徹して一人一人に光を当てていくのだ。
 どう励まし、伸ばしていくか。まず祈り、子どもたちの笑顔を思い浮かべて題目を送っていくことから、すべては始まる。
 大きな温かな心で、未来部の友を弟や妹のように、かわいがっていくことだ。
 “あの子を、この子を守っていこう!”
 “悔いのない青春を共に前進しよう!”
 その一念は、若き生命に必ず通ずる。

「偉大な指導者を育てる」気概で
 私は「本物の人間をつくりたい」「正義の師子を鍛えたい」「偉大な指導者を育てたい」と祈り、未来部を育んできた。みんなと交わした約束は、一つ一つ果たしてきた。
 本気で人を育てようと思えば、悩みも多い。
 しかし、悩むからこそ、自身も成長できる。
 「ここまでしてくれるのか」と言われるくらい心を砕く」──その真心に応えて、人は育つ。学会精神は受け継がれる。
 ともあれ、人材育成は、真剣勝負である。魂を注いで、「法華経の命を継ぐ人」(御書169㌻)を育てていこうではないか!

親孝行の心を伝えよう
 自分を生み育んでくれた親の労苦を知り、心から感謝できる人が偉い人である。
 「親孝行しよう」という心があるかぎり、いかなる苦難にも負けない。まっすぐに生きることができる。未来を担う子どもたちの心に、この親孝行の心を示していくことだ。
 青年部の皆さんは、まず自分から親孝行に挑戦していただきたい。自分白身が立派に成長して、親を安心させ、喜んでもらう──その体験を未来部のみんなに伝えてほしい。
 創価学会は、親孝行をする団体である。

第36回 「世界平和」貢献の人材たれ    (2013.8.21付 創価新報)

「生命尊厳」を時代精神に
 日蓮大聖人は、「一日の命は三千界の財《たから》にもすぎて候なり」(御書986㌻)と仰せである。
 全宇宙で生命より尊い宝はない。ゆえに、いかなる理由があろうと、他人の命も、自分の命も、断じて傷つけてはならない。最大に尊重していかねばならない──仏法の説く「生命尊厳の哲学」を、万人が共有する時代精神として、我らは打ち立てていくのだ。
 人類は、戦争と暴力の流転に、どれほど苦しんできたことか。この宿命の大転換に挑戦していくのが、現代における「立正安国」の対話であり、創価の平和運動である。
 世界の識者の期待も、いよいよ大きい。今こそ、わが青年部が誇り高く躍り出る時だ。

地球規模で考え、地域で行動する
 どんな高邁な観念論よりも、具体的な実践が大事である。
 平和は、どこか遠くにあるのではない。身近な地域に根差して、「一人」の人を大切に励ましていくことから始まる。今いる場所で、心を開いて、仲良く賢く、人間と人間の心の絆を結ぶことが、確実な平和の創造となる。
 現代は、地球一体化の時代である。青年のスクラムで、わが地域に「人間共和」の希望のモデルを創り上げれば、そこから世界へ、千波万波を起こしていくこともできるのだ。

「人間革命」の大連帯を
 戦争が、いかに残酷に青年を犠牲にし、青春を蹂躙するか。この悲劇だけは、絶対に次の世代に味わわせてはならないと決めて、私は戸田先生の弟子として戦ってきた。
 戦争の魔性を打ち破るためには、一人一人が「人間革命」をして、心に揺るぎない“平和の砦”を築く以外にない。そして、青年の熱と力を結集して、平和と文化と教育の大連帯を広げていくことだ。
 人間の生命には、核兵器にも屈しない、偉大な正義の力が秘められている。若き生命を自他共に輝かせ合い、足元から友情と信頼のネットワークを拡大してもらいたい。

第37回 世界一の生命哲学で幸福と勝利の人生を    (2013.9.4付 創価新報)

勝つために学び抜け
 日蓮大聖人は、「行学たへなば仏法はあるべからず」(御書1361㌻)と仰せである。
 「行動」と「教学」なくして、仏法はない。なかんずく青年時代に、あらゆる工夫をして「行学の二道」に励むことが、学会の伝統だ。
 御書を学べば、無量の智慧が湧き、不屈の勇気が漲る。生命の活力が満々と蘇る。
 大聖人の教学は、自分に勝ち、宿命に勝ち、人生に勝ち、社会で勝つための力である。
 日々、一節でも、一文でもいい。御書を心肝に染め、実践していくことだ。

教学の明鏡を磨こう
 戸田先生から「よく拝しておきなさい」と言われた「種種御振舞御書」には、竜の口の法難に際して、大聖人が放たれた烈々たる師子吼が認められている。
 「なんと面白いことか、平左衛門尉がものに狂った姿を見よ。おのおのがた、ただ今、日本国の柱を倒すのであるぞ」(同912㌻、通解)
 何ものにも負けない、この「師子王の心」を生命に燃え立たせて、広宣流布に戦い進んでいくのが、創価の師弟の教学である。
 真実の教学を身につければ、いざという時に紛動されない。競い起こる障魔も、仏法の明鏡に照らして、全て明快に見破っていける。教学で生涯不退転の骨格をつくるのだ。

学会こそ世界の希望
 人間の本当の偉さは、どこにあるのか。
 それは、地位でも名声でもない。いかなる思想・哲学を持ち、実践しているかどうかだ。
 御聖訓には、「持たるる法だに第一ならば持つ人随って第一なるべし」(同465㌻)とある。
 万人の生命の尊厳を明かし、人類の永遠の幸福と平和の道を示した仏法こそ、最高峰の思想であり、「第一の哲学」である。そして、それを学び広めゆく青年こそ、最高峰の宝冠を頭上にいただく「第一の人」である。
 時代は哲学を求めている。創価の君たちが、偉大な幸福と勝利の賢者となって、友の心に希望の哲理の光を赫々と送ってくれ給え!

第38回 大法弘通こそ永遠の学会魂    (2013.9.18付 創価新報)

「地涌の使命」の自覚
 御聖訓には「かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり」(御書903㌻)と仰せである。
 我らは、共に広宣流布に戦うことを願って、今この時に生まれてきた地涌の菩薩である。この使命と宿縁を自覚して題目を唱えれば、わが生命から無限の力と智慧が湧いてくる。
 折伏は、最高の仏の行動である。
 ゆえに、明るく楽しく挑戦していくことだ。

下種に無量無辺の生命の宝が
 折伏とは、どこまでも一人を大切にし、誠実に励ましを送る尊極の振る舞いである。
 相手を思って一生懸命に話しても、通じない時もある。悔しい思いをすることもある。しかし、その苦労は全部、生命の宝に変わる。
 日蓮仏法は下種仏法である。
 一言でも語れば、その人の生命の大地に、仏の種が植えられる。種を植えれば、必ず、いつか芽が出て、花が咲き、実る時が来る。
 創価の友が、あの地この地で、何回も何回も、たゆまず種を植え続けてきたからこそ、広宣流布の大森林が世界に広がったのだ。
 今、社会は深く仏法を求めている。青年の信念の対話を、勇気凜々と進めてもらいたい。

宿命転換の劇を綴ろう
 信心は「生きる力」「幸福の源泉」である。自行化他の実践である学会活動に励む人は、生き生きとしている。不幸になるわけがない。
 折伏は大変だけれども、これ以上の成長の因はない。煩悩即菩提である。悩んで挑戦した分だけ、幸福になる。そもそも、折伏で悩むこと、それ自体が仏の悩みである。折伏する人は、すでに仏の境涯の人なのである。
 戸田先生の小説『人間革命』は、法難の獄中での「この尊い法華経を流布して、生涯を終わるのだ!」という断固たる決意で結ばれていた。これが、学会精神の真髄である。
 後継の君たちよ、「わが生命が仏なり」「わが生命が妙法の当体なり」との大確信をもって、声も惜しまず、大仏法を語りゆけ!

第39回 「変毒為薬」の信心    (2013.10.2付 創価新報)

試練を境涯開く好機《チャンス》に
 人生の道は平坦ではない。深い悲しみの日もある。大きな苦しみの時もある。いわんや偉大な使命に挑む青年に、難は必然である。
 しかし、悲しみが深ければ深いほど、苦しみが大きければ大きいほど、それを勝ち越えた時の喜びは、何ものにも勝る。
 私たちには、「変毒為薬(毒を変じて薬と為す)」の信心があるではないか。
 日蓮大聖人は、「わざはひ(禍)も転じて幸《さいわい》となるべし」(御書1124㌻)と仰せである。
 悩んだこと、苦労したことも、全部、いい方向へ転じることができる。必ず必ず幸福の方向へ、人間革命の方向へ、成仏の方向へと、もっていけるのだ。あとになれば、分かる。
 仏法には、何一つ無駄はない。試練の時こそ、境涯を開き、功徳を積むチャンスなのだ。

困難な時こそ題目第一で
 困難な時こそ、強き楽観主義で進むのだ。嘆いていても何も変わらない。後ろを振り返っても何も進まない。まず題目だ。題目の中に一切が含まれている。
 人生は、どこまでいっても戦いである。
 ゆえに「絶対に勝つ」と決めて祈るのだ。
 信心は限りない希望であり、自信である。たとえ地獄のような苦悩の渦中にあっても、寂光土へ変えていけるのが題目の力である。何があっても信心で立ち上がっていくのだ。

総本部と共に人材の城を
 今の苦闘は、君たち自身の生命を、金剛不壊の城と鍛え上げる盤石な土台となる。
 策や要領ではなく、すべてを御本尊に任せ、勇敢に粘り強く戦い抜いていただきたい。
 世界の同志が待ちに待っていた総本部が、今秋、威風堂々と完成する。
 一閻浮提広宣流布の未来のために、わが青年部に贈りゆく宝城である。世界の青年学会の新時代が、いよいよ始まった。
 わが学会は、永遠に人材を育て、人材で勝ち、人材で平和と幸福の道を開くのだ。
 君たちが一切の主役である。それぞれの誓願の天地に、堂々たる「人材の城」を築いてくれ給え!

第40回 かつてない 新しい道を開け     (2013.10.16付 創価新報)

信心光るリーダーたれ
 広宣流布のために戦っている人が、一番偉い人である。役職の上下ではない。一番大変な中で、一番苦労して、頑張っている人が、一番尊い人であることを忘れまい。
 御書にも、法華経にも、その人への讃嘆が満ち溢れているではないか。リーダーは、戦う人を大事にし、最敬礼していくのだ。その誠実な振る舞いに、信心は光る。
 学歴でもなければ、肩書でもない。リーダーに信心があれば、広宣流布の組織は必ず栄えさせていける。自らが懸命に戦う姿を見て、皆がついてくる。

自らの成長が前進の力
 リーダーの成長こそが組織の前進となる。
 ゆえにリーダーは、どこまでもがも率先垂範の行動の人であっていただきたい。
 行動の中に、喜びがある。
 戦いの中に、人間革命がある。
 勇んで勤行・唱題に励み、一つ一つ課題に挑んで、一歩一歩、自身を革命していくのだ。
 「月月・日日につよ(強)り給ヘ」(御書1190㌻)との御聖訓を拝し、かつてない新しい道を、張り切って、切り開いてもらいたい。

わが地域から新時代を
 わが地域の広宣流布をどうするか、どう発展させるか──これ以上に尊い悩みはない。そこを離れては、空論である。観念である。
 結論から言えば、祈って工夫することだ。自分が責任をもち、皆と力を合わせながら、執念をもって戦い続けることだ。
 「自分の戦場で勝ってみせる」と決めて、題目を唱え、悩み、苦しみながらも、わが地域の広宣流布を前進させていく──その人が英雄である。その人を諸天は厳然と守る。
 全世界で青年が生き生きと前進している。すごい時代が来た。青年部は、皆、明るく朗らかに、地域を、社会を照らしていくのだ。
 栄光の創立記念日、そして「世界広布新時代 開幕の年」へ、わが地域から「希望の旭日」を、勝ち昇らせよ!

第41回 会合は信心錬磨の集い   (2013.11.6付 創価新報)

参加者の喜びが勝利
 学会の会合は、法華経の会座に等しい集いである。広宣流布を遂行しゆく、最も尊貴な異体同心の世界である。
 私たちが朝晩、読誦している方便品には「言辞《ごんじ》は柔軟《にゅうなん》にして、衆《しゅ》の心を悦可《えっか》せしめ(言葉柔らかに人々の心を喜ばせる)」とある。
 リーダーは、会合に参加される方々を最大の誠実で迎え、皆を真心の言葉で労い、疲れを癒やし、安心と喜びを贈りゆくことである。共々に、勇気と希望を湧き立たせていくのだ。
 それには題目である。事前に題目を唱え、満々たる生命力で臨んでいく。生まれ変わったような命で、元気いっぱい友を迎えるのだ。

新しい息吹を送ろう
 会合は、新鮮さがポイントだ。集った人に、新しい前進の息吹を広げていくのである。
 令法久住のために、後輩を育てよう!
 広宣流布のために、波動を起こそう!
 こう一念を定めて、祈り、打ち合わせをし、創意工夫をしていくことだ。学会精神をたぎらせながら、楽しく、賢く、良識豊かに、皆が勝利する方向にもっていくことだ。
 皆が「今日は来てよかった!」と清々しく決意できる会合を開けば、その分、広宣流布の威光勢力は倍増する。
 ゆえに、終了時間は厳守し、絶対無事故の運営をお願いしたい。一回一回の会合から、新たな成長と団結の行進を開始しよう!

御書根本に励ましを
 日蓮大聖人は、「此文を心ざしあらん人人は寄合て御覧じ料簡候て心なぐさませ給へ」(御書961㌻)と仰せになられた。この仰せ通り、御書を根本に、学び合い、励まし合う切磋琢磨の集まりは、わが学会の会合にしかない。
 私も若き日より、折々の会合や一対一の対話の場で、常に御書を拝し、語り合ってきた。同世代の友と、世界第一の生命哲理を探究し、実践することは、青春の無上の喜びである。
 共に御書を開き、共に御書の中から、不撓不屈の勝利の進路を見出していくのだ。

第42回 わが青春の新たな船出を  (2013.11.20付 創価新報)

大聖人直結の自覚で
 日蓮大聖人に直結して、広宣流布の誓願に生き抜く仏意仏勅の団体が、創価学会である。
 「自行化他」の題目を唱えゆく私たちには、大聖人の御生命が脈々と湧現してくる。
 日寛上人が、「我等、妙法の力用に依って即蓮祖大聖人と顕るるなり」(当体義抄文段)と断言なされている通りだ。
 すなわち、皆が大聖人の直弟子なのである。自他共に幸福になるための究極の法を持っている。一人ももれなく尊貴な使命がある。
 ゆえに、我らこそ、全人類の最高峰の青年なりと、胸を張ってもらいたい。

日々向上! 日々前進!
 妙法とは、「蘇生」つまり生命を蘇らせていく本源の力である。
 したがって、妙法とともに生きる私たちは、毎日が久遠元初である。毎日が「いよいよ、これから」なのだ。日々向上、日々前進、日々価値創造の青春を生き切っていくのだ。
 わが師・戸田城聖先生は語られた。
 「行き詰まりを感じたならば、大信力を奮い起こして、自分の弱い心に挑み、それを乗り越え、境涯を開いていくことだ。それが我々の月々日々の『発迹顕本』である」と。
 たとえ、すぐに結果が出なくとも、思うようにいかないことが続いても、くじけてはいけない。我慢強く、朗らかに今日も船出するのだ。そこに真の希望がある。充実がある。

弟子よ立て、力をつけよ
 私は、戸田先生から、すべてを教わった。
 恩師が言われたことを全部、実現しよう!
 師匠からお預かりした大切な大切な組織を厳然と守り抜き、断固と発展させてみせる!
 これが、私の青年時代であった。
 若き君たちよ、断じて偉くなれ! 久遠の誓いの同志と、明るく励まし合って進め! そして黄金の新時代を開いてくれ給え!

第43回 善縁の拡大が新時代を開く  (2013.12.4付 創価新報)

新しい友情を広げよう
 正しい人生を歩むためには、「善き友」の存在が何より大切である。「善き友」と一緒に進むところに成長も充実もあるからだ。
 それには、まず自分が相手にとって「善き友」になることである。
 誠実第一に、一人の友を大切に、そして、二人、三人、十人と、新しい友情を楽しく築いていただきたい。
 わが恩師は言われた。
 「青年が青年を呼ぶのだ。そうすれば広宣流布はできる!」と。
 心を大きく開いて、人間の中へ飛び込み、未来を照らす青年の連帯を創っていこう!

信心のよき先輩は宝
 身近に一人でもよい、何でも語り合える善き友人、また何かあった時に相談できる善き先輩をつくっておくことだ。
 善き友人、善き先輩をもてば、必ず幸福の方向へ、平和の方向へと進んでいける。
 御聖訓には、「悪知識を捨てて善友に親近《しんごん》せよ」(御書1244㌻)と記されている。
 悪人に近づいてはならない。近づけてもいけない。悪い時代だから、悪知識に紛動されたり、利用されたりしてはならない。
 信頼し合える善友と共に、勝利また勝利の道を、真っ直ぐ朗らかに歩んでくれ給え!

古い友人を大切にしよう
 年末年始は、日頃、なかなか会えない古い友人と再会するチャンスである。年賀状でも心の交流ができる。
 「人間」が先である。人間として爽やかな好感を広げていくことだ。そこから、対話がはずみ、友情が生まれ、仏縁が結ばれる。
 御本尊に「皆と仲良くできる自分、信頼される自分に成長させてください」と祈るのだ。
 祈りを根本に、人間対人間の温かな交流を深め、味方を増やしていくのだ。
 広宣流布は善縁を拡大する戦いである。
 どこまでも賢く聡明に、また、どこまでも勇敢かつ大胆に、青年部は日本中、世界中で友情の劇を繰り広げていっていただきたい。

第44回 新時代の2月闘争へ 座談会から出発  (2014.1.4付 創価新報)

皆で前進、共に新たな時代を

 「世界広宣流布」の新時代が到来した。
 我らは、学会伝統の座談会から船出だ!
 1952年(昭和27年)、蒲田支部の2月闘争も、座談会で戦い、座談会で勝った。
 そして、その勝利の推進力は青年であった。
 座談会は「皆で!」 「共に!」という心が大事だ。この心が広がった分、勢いを増す。
 会合の成功を、一回一回、真剣に祈り、準備に当たろう。幹部率先で、どんどん会って参加を呼びかけるのだ。終了後も、来られた友をねぎらい讃え、見送っていくのだ。
 会場を提供してくださる御家族には、最大の礼儀と感謝を忘れまい。

会合は“一人”の成長のために

 誠実な振る舞いこそ、一切の勝利の源泉だ。
 ゆえに会合にあっても、どこまでも一人を大切にする心で、集ってくる友を迎えるのだ。たとえ、参加者が少なくとも、落胆する必要などない。むしろ、顔が見える少人数の会座で、一人一人と心を通わせ、じっくり語り合っていけばよいのだ。
 法華経には、たとえ一人のために一句を説くだけでも、その人は「如来(仏)の使」として仏の仕事をしているのだと記されている。
 一人を励まし、一人を立ち上がらせていく。
 この草創からの執念の学会精神を、今こそ後継の青年部が継承していってもらいたい。

自身の壁を破り最高峰へ
 日蓮大聖人は、命に及ぶ佐渡流罪の只中で、「大願を立てん」(御書232㌻)と厳然と仰せになられた。
 創価の青年ならば、大願を立てて「日本一、世界一の戦いを」と奮起することだ。
 心の壁を破るから成長がある。大変だから祈りが深まる。その勇気が友の生命に響かないはずがない。諸天が動かないわけがない。
 どうか、「今のわが戦いが世界の広宣流布を開いていくのだ」と確信してもらいたい。誇り高く一日一日を祈り、動き、勝つのだ。
 さあ、新時代の2月闘争へ、君の新たな歴史を創れ! 貴女の青春の光跡を残しゆけ!

第45回 さあ、新たな会合革命を
  (2014.2.5付 創価新報)

司会の「声」で決まる
 会合の雰囲気は、司会の「声」で決まる。
 はつらつとした声、すがすがしい声──その響きが参加者の心を打つ。会場の空気を明るく一変させられる。
 学会の会合は“法華経の会座”といえる。集われた方々が、生き生きと異体同心で勝ち戦に出発できるよう、祈りを込めて臨むのだ。
 “絶対に成功させてみせる!”との一念は、必ず通ずる。私も、小樽問答や「3・16」の式典など、勇んで司会を担い立ってきた。
 信念に生きる青年の「声」に勝る力はない。歓喜あふれる前進の息吹を起こそう!

納得が挑戦の活力に
 御書に、「信心の志のある人たちは一つの場所に集まって」(951㌻、通解)と仰せである。
 皆で集えば、元気になる。前進のエンジンが点火され、生命のリズムが躍動する。
 一方通行ではなく、聞きたいことや分からない点を、気軽に質問し、相談できる語らいを大切にしてもらいたい。
 戸田先生は、皆が聞きたいと思っている的確な質問や、深い法理を語る契機となる質問が出ると、「よく聞いてくれた。ありがとう!」と讃えられた。
 求道の座談は納得をもたらす。その納得が信仰の活力となり、新たな挑戦を生む。

会合の価値創造を!

 「創価」とは価値創造である。会合も価値的に開催していこう! 中心者が知恵を絞り、効果的に開き、皆が広布の拡大へ打って出ていけるようにするのだ。
 仕事の形態も多様化し、全員が一度に集うことも難しい時代である。無理をして集めて、疲れさせてはいけない。
 皆を守り、幸福に導くためのリーダーである。自らが、絶えず一人一人のもとへ足を運ぶことだ。家庭訪問、個人指導が根本である。そして率先して、仏法対話に走るのだ。
 さあ今日も、張り切って友のもとへ!

第46回 学びゆく人が勝ち抜く人  (2014.2.19付 創価新報)

学は人間完成の土台なり!
 人生は、学び続けた人が勝つ。「学ぼう」「知ろう」という心があれば、常に進歩できるからだ。その人間完成の土台を、青春時代に築いてもらいたい。
 恩師・戸田先生は、私に万般の学問を授けてくださりながら、ご自身も一緒に学んでおられた。「今度は、君が私に教えてくれ! 若い生命に、いろんなものを吸収しているのだから」ともおっしやられた。
 勉強は力、努力は力である。環境や立場がどうあれ、心一つで、今いる場所を“学びの場”にできる。御書の拝読や良書への挑戦など、自分で決めて探求を貫いていくことだ。

確たる人生航路の羅針盤を
 哲学は、人生航路の羅針盤である。私たちには、妙法という最高に正確な羅針盤がある。だから、いかなる嵐にも、信念と朗らかさを持って、勝利の針路を進んでいけるのだ。
 学会の機関紙誌には、珠玉の体験や希望の指針が詰まっている。毎日毎日、最新の幸福への海図を手にしているようなものである。地道に研鑽を重ねていけば、5年、10年と経った時に、必ず大境涯が開かれている。
 私も、皆と共に学び、青年に語り残していく思いで筆を執る日々である。世界の知性と友情を結び、対談も重ねている。師弟一体の「向学の道」「対話の道」が、ここにある。

青年は“学び即行動”が生命
 仏道修行の根本は、「行学の二道」──「学ぶこと」そして「行動すること」である。
 御書には「法華経の法門をきくにっけて・なをなを信心をはげ(励)むを・まこと(真)の道心者とは申すなり」(1505㌻)と仰せだ。
 学び深めた感動を胸に、率直に仏法を語り、大きく友情を広げ、友に励ましを送るのだ。
 実践の中で壁にぶつかり、悩み、苦しむ。そこでまた、不屈の求道心を燃え立たせる。
 学びながら行動し、行動しながら学ぶ──。「行学」の持続こそ、人生勝利の根幹である。

第47回 学会歌を高らかに  (2014.3.5付 創価新報)

朗らかに共戦の歌声を
 歌は希望である。歌を歌えば元気になる。勢いが出る。嬉しい時も、辛い時も、我らは学会歌を歌いながら進んでいくのだ。
 歌は力である。皆で歌えば心が一つになる。
 戸田城聖先生も、歌がお好きだった。私たちは、師の前で、師と共に、何度も歌を歌ってきた。そして歩調を合わせて、一切の戦いに勝ち、師弟の黄金の共戦譜を綴ってきた。
 この響き合う師弟の魂をもって、同志に励ましを贈りたいと、私も学会歌を作ってきた。
 青年部の皆さんが、あの地この地で、学会歌を歌い、創価の心を受け継いでくれている。力強い師子の歌声、清々《すがすが》しい華陽の歌声を、ますます朗らかに響かせていただきたい。

指揮で友に勇気を送れ
 御聖訓には「ま(舞)いをも・まいぬべし」「立ってをど(踊)りぬべし」(御書1300㌻)と仰せである。
 学会歌の指揮も、地涌の菩薩の歓喜の舞である。決意の舞である。団結の舞である。
 気取ることはない。自分らしく伸び伸びと皆を勇気づけられるように、元気に張り切って指揮を執ることだ。私も、少しでも友の励ましになればと、折々に学会歌の指揮を執ってきた。
 わが後継の君たちよ、躍動する若き生命で、青春の勝利の舞を、楽しく、はつらつと舞ってくれ給え!

新しい時代を歌と共に
 古今東西、民衆の興隆には必ず歌があった。
 あのアメリカ公民権運動も、「ウィ・シャル・オーバーカム(私たちは勝利する)」と若人が歌を歌って行進し、歴史を回転させた。
 青年の歌声は、悩みも悲哀も、吹き飛ばしながら、社会へ希望と活力を広げゆくのだ。
 学会歌を歌えば、新しい力が湧く。新しい息吹がみなぎる。新しい人材が立ち上がる。
 我ら青年学会は、学会歌を高らかに歌いながら、広宣流布へ大行進するのだ。
 世界広布新時代を、明るく、にぎやかに、喜びあふれる歌声で、勝ち開こう!

第48回 「一対一」が学会発展の生命線  (2014.3.19付 創価新報)

率先して訪問・激励へ
 対話は、生命と生命の触発である。
 こちらの生命が躍動すれば、相手の生命も躍動していく。対話に臨む、こちらの祈りと息吹で決まる。題目を朗々と唱え、弾む心で元気に飛び出すのだ。
 創価の父・牧口先生も、大きい会合で話すだけでは駄目だと教えられ、ただ一人の同志のためにも遠路をいとわず、足を運ばれた。
 戦時中、法難に遭われたのも、伊豆の下田で同志を激励し、折伏を進める只中であった。
 広宣流布のために、一軒一軒、歩き、会って語ることは何よりも尊い仏道修行である。
 一日に一人でも、一年では365人を励ませる。歩いた分だけ功徳は広がる。リーダーが率先して、目標を決めて挑むのだ。

新入会の友を大人材に
 今、全国各地で新入会の友が誕生している。
 一人ももれなく大人材に育つよう、「信心してよかった」「こんなに幸せになった」と言えるよう、皆で心を砕いていただきたい。
 それにはまず、共に語り、共に祈ることだ。そして、共に動き、共に戦っていくことだ。
 日蓮大聖人は、門下の悩みを「我身一身《わがみいっしん》」のこととされ、試練に打ち勝つ励ましを贈ってくださった。 “ここまでやってくださるのか” と、こまやかに具体的に手を打たれた。
 この仏法の真髄の人間主義を、そのまま受け継いでいるのが、創価の世界である。
 どうか先輩は、後輩が「よし、やろう!」と立ち上がるまで、面倒をみていただきたい。

歓喜が友の心を動かす
 信心の歓喜は、百万言の理論に勝る。
 大聖人は、「随喜する声を聞いて随喜し」(御書1199㌻)と仰せである。
 経文にも、法華経を聞いて歓喜した人が次々と語り伝えて、50番目に聞いて喜ぶ人の功徳でさえ、無量無辺と説かれる。妙法を「語る功徳」も「聞く功徳」も絶大である。
 歓喜の連鎖こそ、広宣流布の実像なのだ。
 さあ、後継の友よ、「3・16」から「4・2」「5・3」へ、創価の勝利のリズムで欣喜雀躍と、希望の連帯を拡大してくれ給え!

第49回 社会で聡明に輝く人たれ
  (2014.4.5付 創価新報)

元気に朝を勝ちゆこう
 戸田先生は、新社会人を励まされた。
 「青年は、朝寝坊では負ける。朝が勝負だ。朝の生き生きとした息吹のなかで、活力を沸き立たせていけ! そこに成長がある」と。
 私も、先生の会社に勤め始めて、毎朝、始業の30分前には出勤し、職場を掃除して、元気いっぱいの挨拶で先輩たちを迎えた。
 もちろん、仕事によって一律には言えない。ただ夜は工夫して、なるべく早く休み、朗々たる朝の勤行・唱題でスタートすることだ。
 朝に勝て! そして生命力を満々と漲らせ、職場で光り、周囲を明るく照らしていこう。

職場は人間修行の道場
 御聖訓には「御みやづかい(仕官)を法華経とをぼしめせ」(御書1295㌻)と仰せである。
 信仰は観念ではない。人間が生き生きと働き、生活を豊かにし、職場を発展させていく。その営みのすべてが、仏法である。
 「信心」は即「生活」であり、「仏法」は即「社会」なのである。
 「信心は一人前、仕事は三人前」-皆さんの先輩方は、この心意気で仕事に挑み、歯を食いしばって、職場で実証を示してきた。だからこそ、今日の創価学会がある。
 職場は、自分自身を磨き鍛える人間修行の道場なりと決め、「三倍の努力」を心がけていただきたい。

信用を築け、青年ならば
 青年が勝ち取るべき第一のものは、信用だ。
 青春時代は、未完成が当然である。見栄を張ったり、取り繕ったりする必要はない。
 自分らしく眼前の仕事に全力で取り組む。約束をしたことは誠実に守る。失敗しても、そこから学び、また挑戦する。地道であっても、忍耐強く創意工夫を重ねていくことだ。
 そうした姿に、信用は必ず築かれる。
 仏法は「人の振舞」である。明るい挨拶、清々しい礼儀、賢い体調管理など、基本が大事だ。聡明にチームワークを創り広げながら、「さすが」と言われる一流の次元へ、日々、若き黄金の生命を高めていってくれ給え!

第50回 報恩こそ勝利の源泉  (2014.4.16付 創価新報)

親孝行は人間性の真髄
 今の自分があるのは、誰のおかげか。その恩を知り、恩に報いようと生きることこそ、正しき生命の道である。勝利の人生の道だ。
 知恩・報恩の根本は、「親孝行」である。
 御聖訓には、「先づ此の父と母との恩を報ずべし」 (御書1527㌻)と仰せである。
 戸田先生は、青年に訴えられた。
 「衆生を愛さなくてはならぬ戦いである。しかるに、青年は、親をも愛さぬような者も多いのに、どうして他人を愛せようか。その無慈悲の自分を乗り越えて、仏の慈悲の境地を会得する、人間革命の戦いである」
 ゆえに、先生は親不孝を許されなかった。
 難しいことではない。笑顔を見せるだけでもいい。親を喜ばせ、安心させてあげるのだ。その優しく温かな心を、友に広げ、全人類へと広げていく──この「人間革命」の振る舞いから、世界広宣流布の新時代も、大きく清々しく開かれゆくことを銘記されたい。

恩を知れば無限の力が
 わが恩師・戸田先生は「不知恩になるな」と言われ、厳しく戒められた。忘恩の人間の末路は、どんなに正当化しようが哀れである。恩師は、愛する弟子を、だれ一人も不幸な敗北者にはしたくなかったからだ。
 戸田先生は、戦時中、師匠である牧口先生とご一緒に、正義なるがゆえに、軍部政府の弾圧を受け投獄された。そのことを振り返り“牧口先生の慈悲の広大無辺は、牢獄まで連れていってくださった”と感謝されている。
 この崇高なる創価の師弟の真髄に、私は感動し、あとに続いた。
 いかなる苦難にも負けず、勇敢に大法を弘通することこそ、師恩に報いる究極である。
 報恩の一念に徹する時、人間は最も尊く、最も強くなる。最も偉大な力を発揮できる。
 「報恩に生き抜く」という学会精神を、諸君も厳然と受け継いでいってもらいたい。
2014-04-15 : 勝利の人間学 :
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勝利の人間学 1~30

池田名誉会長が贈る 勝利の人間学

第1回 声仏事を為す      (2012.2.1付 創価新報)

妙法の音律が力に
 信心の根本は題目である。
 白馬が大草原を颯爽と駆けていくような、清々しい唱題を心がけたい。
 その題目の声が、行動となる。力となり、エネルギーとなる。そこから勢いも生まれる。
 たとえ一遍の題目であっても、全宇宙に響き渡る。妙法の音律は、諸天を揺り動かさずにはおかない。

心が声に表れる
 ある時、皆で題目三唱したが声が揃わない。戦いに臨む皆の呼吸が、合っていなかった。心がバラバラでは、皆の力も、結果も出ない。
 私は、何度もやり直した。声が揃うまで題目を唱えた。そして「前進」という合言葉を皆で何回も繰り返して叫んだ。最初は弱々しい声が、だんだん勇気凛々と力強くなっていった。皆の心に「前進する決意と自信」が漲っていった。
 心が声に表れる。声が壁を破る。声が出るようになった時、勝利へ怒濤の前進が始まったのである。

会合は声で決まる

 会合も声で決まる。張りのある声、確信に満ちあふれた声が響く会合をお願いしたい。
 役員の皆さんは、「仏を敬うが如く」、参加者を温かく迎え、送り出していただきたい。爽やかなあいさつの声が、時間をやりくりして会合に駆けつけた友の心を明るく満たす。
 体調のつらそうな人がいたら声をかける。帰宅の際に無事故を呼びかける──こまやかな心配りの一声が命を守る。同志を守り抜かんとする一念の音声《おんじょう》が、魔を退散させる。
 「声仏事を為す」である。声で仏の仕事をするのだ。

第2回 朗らかに仏法を語れ  (2012.2.14付 創価新報)

心の大地に幸福の種を
 折伏は、勇気である。仏法の偉大さと信心の素晴らしさを、自信満々と語り抜いていくことだ。
 日蓮大聖人は、「法華経を耳にふれぬれば是を種として必ず仏になるなり」(御書552ページ)と仰せであられる。
 自分の確信と体験を、伸び伸びと語ればいい。相手が聞いても聞かなくても、生命に幸福と希望の種を植えることになる。その種は、いつか必ず根を張り、芽を出し、花を咲かせる時が来るのだ。

できなくても朗らかに
 一人の人を折伏することが、どれほど大変なことか。妙法は「難信難解」とある通りです。だからこそ、これ以上に尊い、偉大な行動はない。
 私も、なかなか、できなくて苦労した。でも、同志と「今、一人の人が入会せずとも、幾百千万の人々が、我らを待っている」と励まし合いながら、悠々と対話を進めてきた。
 折伏は、できても、できなくても朗らかにやりなさい。皆に最高の希望と勇気を贈る対話なのだから。
 そもそも、人を救おうとして悩むなんて、すごいことではないか。
 それ自体、地涌の菩薩の悩みであり、仏の悩みである。
 御本尊を持《たも》たせることは、その人の家に大聖人を御案内することにも等しい。

折伏は信用が残る
 戸田先生は「折伏に方法などない。ただひたぶるに、御本尊を拝む以外にない」と言われていた。
 折伏は「相手を幸せにしたい」との祈りから始めることだ。その真心が伝わらないわけがない。心を打つのは心だ。心を動かすのも心だ。
 真実を真心込めて語るからこそ、「信用」が残る。青年の一番の宝は「信用」だ。
 折伏すればするほど、自他共に仏性が強くなり、永遠に崩れない生命の宝が積み上がるのだ。

第3回 法華経の兵法──祈って勝つ!(2012.3.5付 創価新報)

祈りから始めよ
 まず祈ることだ。真剣に祈ることから始めるのだ。なぜ祈るのか。自分を最も強くし、自身の力を最大に出すためである。
 日蓮大聖人は「法華経の剣は信心のけなげ(勇)なる人こそ用る事なれ鬼に・かなぼう(鉄棒)たるべし」(御書1124ページ)と仰せである。
 手を抜いて楽をしようという油断や、自分の小手先で何とかなると思う慢心を排し、自らの壁を破って、一心不乱に戦う。「広宣流布のために必ず勝つ」という誓願の祈りほど、強いものはないのだ。
 祈る青年には、後退はない。祈れば、勝利への前進が始まる。
 最後は、祈って戦った者が勝つ!

一番いい方向にいく
 祈りの力用について、「顕祈顕応《けんきけんのう》」「顕祈冥応《けんきみょうおう》」「冥祈冥応《みょうきみょうおう》」「冥祈顕応《みょうきけんのう》」と説かれる(同1242ページ)。直ちに祈りが叶う場合もあれば、はっきり見えない場合もあるだろう。どうであれ、疑うことなく題目を唱え抜いていくことだ。真剣に祈り抜き、祈り切ることだ。
 たとえ叶わないように見えても、最後には、自身にとって、一番いい方向にいく。「頑張り抜いてよかった!」と、自らが叫べる大歓喜の人生を築くことができる。これが妙法の偉大なる力である。

祈りは具体的に

 弓矢だって、的を定めなければ当たらない。祈りも同じである。目標を明確にして、懸命に努力する──その延長上に祈りは叶う。
 ただ拝んで、目先の幸運を欲するという浅い次元の信仰ではない。祈って努力し、努力して祈る──その時に、諸天善神は動くのだ。
 戸田先生は言われた。
 「一丈の堀を越えられないものが、二丈、三丈の堀を越えられるわけがない。一つ一つ、やりきっていくんだよ」と。
 目標を忘れた時に空転は始まる。
 今日の目標を具体的に祈るのだ。
 そして、青年らしく、思う存分、ベストを尽くして行動するのだ!

第4回 学会は永遠に御書根本 (2012.3.19付 創価新報)

青年時代に教学を学べ
 「行学の二道をはげみ候べし」(御書1361ページ)である。大切なのは、学び続けることだ。学んだ通りに実践することだ。
 たとえ、学んだことを忘れてしまっても、必ず何かが残る。命が忘れない。それが、いざという時、信心の底力になるんだ。
 根本の一書を持つ人間は強い。一切の勝利の源泉は御書にある。だから青年部は、今のうちに、しっかり御書を学んでもらいたい。
 それが一生の幸福の土台となり、常勝の力となる。

「その通りだ」と拝そう
 一行でも一節でもいい。日々の生活と広布の戦いの中で、御書を拝していくことだ。御書を「わかろう、わかりたい」と一生懸命、努力することだ。真剣であれば、毛穴からでも入っていく。
 戸田先生は「一行一行、御書を拝しながら、『その通りです。まったく、その通りです』と深く拝読していくんだ」と言われていた。
 頭でわかるのと、信心でわかるのとは違う。
 自らの身に当ててみて、「ああ、このことだったのか」と、わかる時が必ず来るのだ。

講義担当者は師匠の代わり
 御書を講義する際は、師匠の名代として、誠実に、堂々と臨んでもらいたい。私も、常に、戸田先生の名代という決意でやってきた。
 御書には、何ものも恐れぬ師子王の心と、人々を救わずにはおかないという仏の大慈悲が脈打っている。
 御本仏が直接、私たちを励ましてくださっているのだ。御書は励ましに満ちている。その励ましに、生命が感応しないはずがない。
 御書から頂いた感動、勇気を、率直に語ることだ。話のうまい下手は関係ない。「断じて、この御書で友を励ますのだ」という一念で決まる。
 学会がここまで発展したのは、なぜか。
 それは、深い哲理に基づいた、力強い「励まし」があったからだ。これからも皆で、学んでは語り、語っては、また学ぶのだ。

第5回 広布前進の大目標  (2012.4.4付 創価新報)

すべては広宣流布のため
 創価学会が目指す根本の目的は何か。
 それは、人類の幸福と平和である。自他共に生きていること自体が愉快で、楽しいという境涯を開いていくことだ。
 これが広宣流布であり、我らの大目的だ。
 戸田先生は「この世から悲惨の二字をなくしたい」と叫ばれた。
 「広宣流布のため」という最も偉大な目標に向かって進めば、その人自身が偉大になる。
 大きな目標が、大きな希望となる。
 生き生きと大願に生きよう! 仕事で、地域で、学会活動で、張り切って戦おう!
 広布のために、友のために、自分自身のために!

どれだけの人を幸福にできたか
 自分たちの時代に、広宣流布をどれだけ前進させていけるか。そのことを真剣に祈り、挑戦していくのだ。
 戸田先生は、こう指導してくださった。
 「創価学会は、地球上で最も尊厳な生命を守り、どれだけの人に妙法を受持せしめ、幸せにしたかということを数えるのである」
 「数」は単なる数字ではない。かけがえのない「一人の生命」なのだ。そこに「一人の人生の幸福」が凝縮されているのである。
 だからこそ、目標を掲げ、どこまでも「一人」を大切にして、一人また一人と仏縁を結んでいく。その「一人」から平和と幸福の大連帯を広げゆくのだ。

一番を目指そう
 仏法は勝負である。人生も勝負である。ゆえに、戦うことである。そして勝つことである。
 何かで一番を目指すのだ。
 初めから二番でも三番でもいいと思えば、本当の力は出ない。
 たとえ今は振るわなくても、断じて、一番になろう!──そう決めて努力する心に無量の功徳が具わっていく。崇高な人生になる。
 「自分は一番を目指して、一生懸命に戦い切った」という不滅の歴史を残しなさい。
 その人が真の勝利者であるからだ。

第6回 団結は勝利の力  (2012.4.18付 創価新報)

一人立つ真の勇者たれ
 団結は力である。勝つために団結するのだ。
 どうすれば、皆が団結できるのか。まず、リーダー自らが「一人立つ」ことだ。誰かではない。自分が毅然と立ち上がることである。
 戸田先生は、「青年よ、一人立て! 二人は必ず立たん、三人はまた続くであろう」と叫ばれた。これが、勝利の方程式である。
 口先で「団結、団結」と言うだけで、心が一つになるわけではない。リーダーが真剣に祈り、同志を心から讃えることだ。
 同志を尊敬し、自分は何と素晴らしい友と一緒に戦えるのかと感謝できるようになってこそ、勝利への歓喜の団結が生まれる。

異体同心で前進
 団結といっても、決して、一つの型に窮屈にはめるものではない。
 「異体同心なれば万事を成《じょう》し同体異心なれば諸事叶う事なし」(御書1463ページ)
 「同体」ではなくして「異体」と仰せのように、一人一人の個性を尊重し合いながら、皆で仲良く助け合い、支え合って、それぞれの持ち味を最大限に生かしていくことだ。
 「同心」の「心」とは、「信心」である。
 戸田先生は、「この心が強ければ強いほど青年は敗れることはない」と言われた。青年学会は、永遠に「異体同心」で勝ち進もう!

心を合わせる祈り

 心を合わせた祈りから出発だ。私は、どんな戦いも、広宣流布のため、師匠のために断じて勝つと決めて、祈った。共に戦う同志に題目を送り続けた。皆で題目三唱する時も、呼吸を合わせ真剣に臨んだ。
 「1+《プラス》1=《イコール》2」という “足し算” ではなく、合わせた力が「10」にも「100」にもなる。この希望の “掛け算” が、信心の団結の妙である。信頼と励ましのチームワークから、勢いがグングンと増していくのだ。
 組織にはいろんな人がいる。皆、尊い使命の人だ。皆、大切な仏である。自分の感情で決めつけるのではなく、まず御本尊に祈り、大きな心で包容しながら、前進するのだ。

第7回 人材を育てたところが勝つ
                (2012.5.2付 創価新報)

まず自らが人材に
 「学会は、人材をもって城となすのだ」とは、恩師の師子吼である。
 「人」で決まる。本物の「人材」がいれば、そこから勝利は広げられる。
 「人がいない」と嘆く必要はない。
 まず、自分が人材になればいい。
 一人立てば、二人、三人と続く。これが「地涌の義」である。
 「わが地域に必ず人材はいる」と決めて祈り、自ら成長していけば、人が見えてくる。人材を見つけ、会って語り、真心から成長を祈り、広宣流布の大舞台で、どんどん育ててぃこう。人を育てる人が、真の人材である。

後輩を自分以上に
 後輩を大事にするんだ。同志を大切にしていくんだよ。私は青年部の友を、「水魚の思を成して」(御書1337ページ)との御聖訓のままに大事にしてきた。皆、学会を担う方々だもの、成長する姿が嬉しくて仕方がなかった。
 良いところを誉めて伸ばしていく。注意すべき時は、上手に指導する。威張って叱ってはいけない。真心の励ましが一番強い。
 「後輩を自分以上の人材にしていこう!」という祈りと責任感が、学会の伝統だ。
 広宣流布のために、この一人を人材に──その一念は必ず通ずる。

一緒に動き、一緒に戦う

 「一緒に!」──これが、人材育成の合言葉である。
 一緒に祈る。一緒に学ぶ。一緒に語る。一緒に歩く。時には食事をしたり、お茶を飲んだり、そうやって楽しく前進していくことも大切であろう。
 日蓮大聖人は「喜とは自他共に喜ぶ事なり」(同761ページ)と仰せだ。友の成長を喜び、讃え合うなかにこそ、最高の歓喜と充実がある。
 後輩を育てる心が団結を生む。
 さあ、同志と一緒に勝利の一歩を!

第8回 座談会は拡大の推進軸
               (2012.5.14付 創価新報)

座談会から出発
 座談会は、創価の前進の生命線である。
 私が戸田先生にお会いできたのも、座談会のおかげである。
 広布発展の原動力は、一にも二にも、互いの顔が見える小単位の集いである。心と心を通わせる対話である。この一対一の絆を強固にしたから、学会は勝利してきた。
 戸田先生は座談会を大切にされた。参加者が少なくても、逆に「じっくりと話ができる」と真剣であられた。嬉しそうでもあった。
 地道な活動ほど強いものはない。
 座談会から出発し、次の座談会を目指して挑戦する。その粘り強い繰り返しが、学会伝統の「勝利のリズム」である。
 戸田先生は「座談会で広宣流布はできる」と断言なされた。

青年が主体者
 青年が一人いるだけで、座談会は変わる。
 駆けつけてくるだけで、空気が一変する。
 いわんや、青年が主体となった、にぎやかな座談会ほど、明るく楽しいものはない。
 私も青年部時代から、皆が「本当に来てよかった」と思える会合にするために、参加者の顔を思い浮かべて祈り、準備して臨んだ。
 青年部の振る舞いから、会合革命は起こる。
 学会の新しい前進も、そこから始まるのだ。

哲学を学べ 体験を語れ
 座談会には人生勝利の哲学がある。他者の人生に学ぶ触発がある。最も民衆に根ざした人間学の学校だ。勇んで求めてもらいたい。
 御聖訓にも「心ざしあらん諸人は一処にあつまりて御聴聞あるべし」(御書951ページ)と仰せではないか。
 皆で体験を語り合い、教学を学び合う。
 これが一番正しい仏道修行の実践である。
 座談会では「声を惜しまず」語ろう。
 青年の声ほど、偉大な力はない。
 青年が話せば、周りを元気にすることができる。声を出せば、自分も元気になる。皆に希望と勇気と活力を贈る集いを、一回一回、青年の力で勝ち取っていただきたい。

第9回 女子部は全員が幸福に
               (2012.6.6付 創価新報)

正しい人生の軌道を
 女子部は、全員が幸福になってもらいたい。
 これは、戸田先生と私の、師弟一体の祈りであり、願いである。
 日蓮大聖人は「法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし」(御書1492ページ)と仰せである。若くして妙法を受持した乙女が、絶対に幸せにならないわけがない。
 現実は厳しい。人生は長い。だからこそ、哲学が大事だ。信心が大事だ。
 青春時代の今この時に、教学という確固たる生命の羅針盤を持つならば、正しい人生の軌道を歩み、真の幸福を必ずつかんで、勝利の花を咲かせることができるのである。

仏天が見守っている
 信頼できる人、頼れる人、何でも相談できる人──そういう人を持とう。そして、自分もそういう人になると決意するのだ。
 戸田先生は「一人でもよい、心から話せる友、また、いざという時に信心を教えてもらえる人をつくりなさい」と言われた。
 青春は、悩みとの戦いだ。しかし、悩みがあるから成長できる。偉大な人間になれる。
 貴女《あなた》の生命の中に、妙法という最高の宝がある。だから、何も恐れることはない。誰が見ていなくとも御本尊が分かってくださっている。そして、仏天がいつも見守っている。
 大丈夫です。安心して頑張りなさい。

にぎやかに朗らかに
 学会の未来は女子部で決まる。
 1人の立派な女子部の存在は、10人、100人に匹敵する力を発揮していく。女子部が明るく伸びれば、学会も勝ち栄えていくのだ。
 同世代の女性のスクラムを広げよう!
 にぎやかで、朗らかで、楽しい雰囲気のところに、人は集まってくる。
 自分らしく、華陽の生命を光らせながら、「これだけはやりきった」「信心の体験を積んだ」との歴史を創ってもらいたい。

第10回 男女学生部よ 使命の青春を舞え
               (2012.6.18付 創価新報)

世界広宣流布の先頭に
 戸田先生と私の師弟でつくった学生部である。恩師は、その誕生を、それは喜ばれた。庶民の嘆きをわが嘆きとし、権力の魔性と真っ向から闘った恩師だからこそ、真の知勇兼備の指導者を待ち望んでおられたのである。
 御聖訓には、世界広宣流布は「普賢菩薩の威神の力に依る」(御書780ページ)と仰せである。
 普く賢い英知の青年が先頭に躍り出て、人材の流れを広げてこそ、広宣流布はできる。
 苦労知らずでは、民衆を護れない。誇り高い使命の労苦の中で、知性と人格を磨き抜いて、新時代を開くリーダーに成長してほしい。

学び抜く人は勝ちゆく人

 人を幸福にするための学問である。
 民衆に貢献するための学問である。
 父母に親孝行するための学問である。
 未来を勝ち開きゆくための学問である。
 学びゆく人は、断じて負けない。
 私も、恩師にお仕えする激闘の中で、学ぶことを絶対にやめなかった。世界の指導者と語り、文明を結んできた対談集も、「戸田大学」で学び抜いた勝利の証しである。
 妙法は、一切を生かし切っていける智慧の源泉である。若くして「信心即勉学」「仏法即社会」の正道を進む君たちは、最高に充実した向学と錬磨の青春を送ってもらいたい。

使命を忘るな 偉くなれ
 太陽の如き情熱。月光の如き知性。
 師子王の如き勇気。竹林の如き連帯──。
 わが男女学生部こそ、輝く希望である。
 平和と正義と勝利の道を開く人である。
 「信用できるのは、青年である。
 期待できるのは、青年しかない」
 これが戸田先生の信念であった。学生部には、自分が思っている以上の使命がある。皆、必ず偉くなると信じ、励ましてくださった。
 私も君たちを信ずるゆえに申し上げたい。
 大胆たれ! 勇敢たれ! 不屈たれ!
 愛する君たちに、創価と広布の未来を託す。万事、頼むと。

第11回 破邪顕正こそ学会精神
               (2012.7.2付 創価新報)

正義によって立て
 日蓮仏法の魂は、「立正安国」である。
 大聖人は、人間を不幸にし、民衆を苦しめる魔性と真っ向から戦い抜かれた。
 邪義を破ってこそ、正義を打ち立てることができる。この御本仏に直結する「破邪顕正」の大精神を、青年は燃え上がらせることだ。
 「正しさ」は「強さ」である。その「強さ」を、勇気凛々と響かせていかねばならない。
 戸田先生は「強気でいけ」とよく言われた。
 悩める友には優しく、邪悪な人間には強く、どこまでも折伏精神で戦うのだ。その正義の前進に、功徳は必ずついてくる。

青年が師子吼せよ
 破邪顕正とは「声」の戦いである。
 声が真剣であればこそ、魔を断ち切れる。声が清新であればこそ、心を一新していける。
 わが信念を率直に勇敢に訴えきるのだ。真実の声こそが、皆の心の起爆剤だ。それが青年の特権じゃないか。「彼等は野干(狐の類)のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり」(御書1190㌻)である。
 師と同じ心で叫ぶ。この師弟不二の叫びが「師子吼」なのである。

言論の力を磨け
 戸田先生は、青年に言われた。「ひとたび戸田の弟子となったならば、いかなる邪論、暴論にも屈してはならぬ。断じて破折し、打ち破っていくのだ」と。この仰せの通りに、戦い勝ったことが、私の青春の誉れである。
 末法は「闘諍言訟」──すなわち言論の暴力が渦巻く時代であり、正と邪が転倒する世界である。ゆえに、正義の陣列が弱くなれば、民衆は嘆き、社会が乱れてしまうだけだ。
 青年は、正邪を鋭く見破る力をつけるのだ。正しい人を陥れ、善なる民衆の和合を撹乱せんとする卑劣な中傷には、痛烈に反論するのだ。臆病ではいけない。
 青年が先頭に立って、正義の対話、信頼の絆を大いに広げていこうではないか!

第12回 君よ一人立て! 人材城の柱となれ!
               (2012.7.16付 創価新報)

全ての戦いの先頭に
 「学会は人材をもって城となすのだ」とは、恩師・戸田城聖先生の不滅の叫びである。
 我らの城は、人材が学び鍛えて、育ち伸びゆく城である。人材が人材をつくり、平和と文化と教育の陣列を広げゆく城である。
 そして、人材が打って出て、「立正安国」の使命の闘争を勝ち戦で飾りゆく城である。
 それは、師匠と弟子が「同じ目的」に向かって、「同じ責任」をもち、「同じ心」で戦い勝って、栄えさせゆく城なのである。
 創価班、牙城会、白蓮グループをはじめ、学会の人材育成グループは、広布の人材城の柱である。音楽隊や鼓笛隊などで訓練を受けた人も、皆、立派に成長し、活躍している。全員が私の直系である。
 誇りも高く胸を張って、誠実に、真剣に、大胆に、戦いの先頭に立っていただきたい。

自らを鍛え抜け
 青年は一人立つ時、真に光る。他人任せでなく、自らが広布の責任を担って戦うのだ。学会は、その鍛錬の場だ。今は、うんと苦労してもらいたい。苦労した分、生命が鍛えられ、磨かれる。最後は必ず勝利する。
 私も、全てを一手に引き受けて、悩み、考え、祈った。愚痴を言っている暇もなかった。広宣流布の組織の責任を担えることは、最も偉大な青春ではないか。永遠の歴史を残せる。

徹して会員を大切に

 戸田先生が「命よりも大事」と言われた学会の組織である。麗しい異体同心の組織に、清らかな信心の血脈は流れ通うのである。
 ゆえに、どこまでも学会は「会員第一」で進む。それしかない。同志は互いに仏の如く尊敬し合い、励まし合っていくのだ。
 徹して「一人」を大切にする。
 断じて「一人」を勇者にする。
 そこから、広布の「万波」を広げる──ここに、学会の誉れ高き使命と栄光がある。

第13回 大確信のリーダーたれ (2012.7.30付 創価新報)

強盛なる祈りから出発
 リーダーは、妙法への大確信に立つのだ。「祈りとして叶わざるなし」の御本尊である。長として、まず自らが祈り切っていこう! 戦い切っていこう! そして、同志のため、広宣流布のため、断じて勝ち切っていこう!
 御聖訓に「此の御本尊も只信心の二字にをさまれり」(御書1244㌻)と仰せである。
 一切は「信心」の二字で決まる。
 自身の燃え立つような「信力」「行力」によって、御本尊の広大無辺の「仏力」「法力」を、限りなく引き出していくのだ。
 ゆえに、いかなる魔も打ち破り、多くの同志を厳然と守っていくことができる。

リーダーとは「勇敢に戦う人」

 リーダーとは、「勇敢に戦う人」の異名である。その人には、強力な“精神の電流”が走り、光っている。磁石のような一念の力で人々を引きつけ、奮い立たせることができる。心を一つに結び合わせることができる。
 策や方法ではない。真剣に責任を担い立っていく信心に、無限の智慧が湧くのだ。
 広宣流布の役職をいただき、多くの人の中に飛び込んで苦労していくことは、三世永遠に大指導者として活躍できるということである。これが、仏法の因果の理法である。

学会は指導主義
 創価学会は、永遠に「指導主義」である。
 指導とは、“御本尊を拝もうではないか”と、御本尊を指し示していくことである。
 悩みの相談を受けたら、親身になって話を聞く。わからないことがあれば、わかる人の所ヘ一緒に行くことも、大事な指導である。
 戸田先生は言われた。
 「指導である以上、相手に納得のいくように、リードしていかなくてはならぬ」と。
 人は納得すれば、自ら進んで行動する。
 命令主義や組織主義では、行き詰まる。
 一人が心から納得し、立ち上がれば、新しい波動を広げられる。青年部のリーダーには、それぞれの使命の天地で、勇気と誠実と勝利の名指揮をお願いしたい。

第14回 平和とは勝ち取るものだ (2012.8.15付 創価新報)

「生命尊厳」の哲理を語れ
 平和は、遠くにあるのではない。それは、わが足元から生まれる。一人の友と友情を結ぶところから始まる。
 戦争の犠牲になってきたのは、常に青年である。ゆえに、青年が断固と平和への戦いを起こすのだ。若き平和の連帯を広げるのだ。残酷な戦争がない、そして誰もが、この世に生まれて良かったと思える社会、幸福を満喫できる世界を、青年の力で作ってもらいたい。
 平和とは、戦い、勝ち取るものだ。平和の究極は広宣流布である。
 御書には「一切衆生には皆、仏性がある」(1382ページ、趣旨)と説かれる。
 皆が尊極の仏の生命をもっている。互いが互いを尊重していくことが、最も正しい平和への道なのである。だからこそ、この「生命尊厳」の大仏法を、青年が青年に語るのだ。

創価の師弟の魂に続け
 戦時中、軍部政府と戦った初代会長の牧口先生は、獄死なされた。生きて獄を出られた戸田先生は師の仇を討つと決めて、戦後の廃墟に一人立ち、平和への大闘争を開始された。
 私は、この師の心を継ぎ、権力の魔性と戦い抜いた。世界に友情の橋を架け、人類を結ぶ平和と文化と教育の連帯を広げてきた。
 徹して一人を大切にし、人間を不幸に陥れる魔性とは断固として戦い抜く──これが、平和を誓った創価の師弟の魂である。

「民衆の力」を強めよ
 日蓮大聖人は、戦乱や人々の苦悩が打ち続く乱世の本質を「民衆の力が弱まっている」(御書1595ページ、趣旨)と喝破なされた。
 戦争をなくすためには、民衆が強く、賢くなる以外にない。そして世界の民衆が、心と心をがっちりと結び合わせていくことだ。
 ゆえに青年よ、良き友と仲良く強くあれ!
 正しき哲学と共に鋭く賢くあれ!
 目の前の課題に勇敢に取り組みながら、自身の「人間革命」に粘り強く挑戦しよう!
 自分と友の幸福のため、社会と国土の繁栄のため、地球全体の平和のため、祈り、学び、語り、動き、戦い、勝ち進んでいくのだ。

第15回 新たな拡大の歴史を築け
 (2012.9.5付 創価新報)

戦いは「先手」を打て
 青春も人生も戦いである。いかなる戦いに臨んでも、大事なことは先手を打つことだ。「先んずれば人を制す」である。
 手を打つべき時に打たないことを、後手という。後手は敗北だ。先手必勝である。
 たとえ小さなことでも、決して手を抜かない。何かあれば、すぐに的確な手を打つ。
 友のため、勝利のため、鋭敏に、真剣に、一つ一つ手を打つことが、喜びを広げていく。
 リーダーの「情熱」「励まし」「スピード」から、広宣流布の前進の勢いが生まれる。

「必ず勝つ!」との一念で
 戸田先生に私は、いかなる戦いも「心配ありません。必ずやります! 必ず勝ちます!」と申し上げ、その通り、全てに勝ってきた。
 戦いは、「必ず勝つ」と決めた方が勝つ。
 「断じて勝つ」と、わが一念を定めることだ。そう決めて祈れば、勇気と智慧が湧いてくる。明るく生き生きと、生命が光ってくる。
 日蓮大聖人は、「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(御書1192ページ)と仰せである。
 何があっても、題目を朗々と唱え、勇敢に、粘り強く、へこたれずに前進していくことだ。
 いい気になって、油断すれば、失敗する。
 最後は、まじめに執念をもって戦い切った方が勝つのだ。これが鉄則である。

青年らしく「未踏の原野」に挑め
 人は、誰でも「未踏の原野」をもっている。
 青年らしく、勇んで行動に打って出れば、その分だけ新たな開拓ができる。
 何も歴史を残さず、過ぎ去ってしまう青春ほど、はかないものはない。
 広宣流布のために、一歩、踏み出すのだ。
 今、戦うことが、君たちの新時代を開く。誇り高く「この勝利を私は切り開いた!」と言える歴史を、断固として創るのだ。
 創価の青年に破れぬ壁はない。朗らかに、勝って、勝って、勝ちまくろう!

第16回 継続は力 わが信念を貫け (2012.9.5付 創価新報)

「誠実」は強し
 友情は、人生の宝である。
 友情ほど、美しいものはない。
 友情の心は、仏法の人間主義と一致する。
 自分から心を開いて明るく挨拶をし、誠実に接していくことだ。自らの聡明な振る舞いで、友情を深め、信頼を広げることができる。
 真に人の心をつかみ、人の心を打つものは、「誠実」の二字しかない。礼儀正しく、言葉は明快に、そして約束は必ず守る。ささいなことが勝利につながる。
 善友との絆を大切に! 戸田先生は「相手が苦難の時こそ、友情の手を差し伸べよ」と言われた。誇り高く信義を貫いていくのだ。

陰の努力が成長の糧に
 一日、一人でもよい。誰かと会う。3年続けたら、1000人を超える。一日一日、持続する。一つ一つ、努力を積み重ねる。まことに「継続は力なり」だ。
 努力は必ず、成長の糧になる。ましてや、広宣流布のため、陰で尽くした労苦は、全部、自分のためになる。無駄がない。「陰徳」は必ず「陽報」と光り輝いていくのだ。
 日蓮大聖人は「水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり」(御書1544ページ)と仰せである。
 自ら決めた使命の道を、着実に、粘り強く進む。その人が、最後は必ず勝利する。

人材を励まし 育てよ
 人材育成の要諦は「励まし」である。
 人は、励ましがなければ、なかなか前に踏み出せない。一人一人を真心から励まし、皆の心を軽くして、明るく楽しく前進するのだ。
 「人材とは、特別な人間ではない。要は、その磨き方にある」とは、恩師の指導である。
 辛い時、苦しい時こそ、支えていくのだ。
 「ここまで自分を知ってくれているのか」との思いが力となる。麗しい連帯を築く。
 御聖訓には、「一は万が母」(同498ページ)と仰せである。
 目の前の一人を、全魂込めて激励することは、万人の力を引き出すことに通ずるのだ。

第17回 仏法は振る舞いの中に (2012.10.3付 創価新報)

リーダーは率先垂範
 新しい風を起こそう! まず自分が勢いよく動くのだ。自分は「こう動いた」「こう挑戦した」という姿を示す。青年の率先垂範が、皆の心を軽くし、勇気の息吹を贈る。
 とともに、リーダーは、サーチライトで照らすように、尊い学会員を、ねざらい、讃えていくのだ。一番戦ってくださっている人を、一番大切にする。励ましの手を打つ。そこに、何十倍もの喜びがわく。
 会場を提供してくださっている御家族に対しても、心から感謝し、礼儀正しく、常識豊かに使わせていただくことだ。
 御聖訓には「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(御書1174ページ)と仰せである。誠実にして聡明な行動の中に、仏法者の真価は光ることを忘れまい。

信頼は爽やかな挨拶から
 「おはようございます!」「ありがとうございます!」──青年の元気で気持ちのよい挨拶ほど、清々しいものはない。
 戸田先生は、“青年に大切なものは、名誉でも地位でも財産でもない。信用である”と教えられた。その信用を勝ち取る第一歩も、爽やかな挨拶である。
 私も若き日、職場で明るく挨拶することを心がけた。その声から仕事に勢いが生まれる。同じアパートに住んでいる方や近隣の方にも、積極的に挨拶していった。
 生き生きと、はつらつとした挨拶の響きこそ、地域に、社会に、信頼と友情の輪を広げゆく力なのである。

新しい力に光を
 あの「大阪の戦い」も「山口開拓指導」も私と共に戦って、勝利の金字塔を打ち立ててくれたのは、入会間もないメンバーであった。
 今、各地で新入会の友や躍動する新たな人材が陸続と誕生している。本当に嬉しい。
 時代は混迷を深めている。「新しい人材」を育て、「新しい力」すなわち「ニューパワー」を糾合したところが勝つ。青年は一人ももれなく、尊い使命の大舞台で、新たな黄金の勝利塔を堂々と打ち立ててもらいたい。

第18回 創価と共に栄光の人生を (2012.10.17付 創価新報)

何があっても勝てる力
 人間の生命には、いかなる苦難にも断じて屈しない力、断固と乗り越える底力がある。
 日蓮大聖人は、そのことを御自身のお姿を通して教えてくださった。この仰せの通りに一切を勝ち越えてきたのが、創価学会である。
 御義口伝には、「日蓮に共《ぐ》する時は宝処に至る可し」(御書734ページ)と仰せである。
 大聖人直結の学会と共に進めば、何があっても勝っていける。どんな宿命も転換しながら、広宣流布の大願を成就していくのだ。

善き集いに信心の血脈が
 善友に近づけば仏になる。よき同志を持つことは、なにものにも代え難い喜びである。“あの人は誠実だ”“あの人といると元気になる”──そういう先輩、同志とつながっていく。そして自らも、周囲の人に勇気と希望を贈る“善き友”に成長していくのだ。
 同志とは「志」を「同じくする」人である。学会は、互いに地涌の菩薩として「志」を「同じくする」究極の同志の集まりである。
 妙法流布のため、立正安国のため、苦楽を分かち合い、仲良く励まし合いながら、生き抜いていく──この正しき生命の軌道を前進しゆく異体同心の組織にこそ、信心の血脈は流れることを忘れまい。

責任感は祈りとなる
 学会の役職は尊い「責任職」である。一人一人の同志を大切にし、一つ一つの広布の活動を勝ち取るために心を砕いていくことだ。
 深き責任感は、深き祈りとなる。責任者は、題目の師子吼で魔を打ち破リ、わが友を護り抜くことだ。
 広布の前進が勢いを増していく時こそ、強盛な祈りと細心の注意で、絶対無事故の指揮を執るのだ。「祈り」と「行動」が合致するところに、勝利の突破口は開かれる。
 「戸田の命よりも大切」と叫ばれた学会の組織を、後継の諸君が厳護し、さらに勝ち栄えさせていただきたい。
 さあ、妙法と共に、学会と共に、同志と共に、栄光勝利の青春を勝ち飾っていこう!

第19回 皆が元気に! 一歩前進の会合を (2012.11.7付 創価新報)

中心者は満々たる生命力で
 創価学会の会合は、広宣流布を推進する仏の会座であり、地涌の菩薩の集いである。
 恩師・戸田先生は、どんな小さな会合も、いいかげんにしなかった。常に真剣だった。
 「この会合に集った人から、すべて始まるのである。この会合から勝っていくのである」と、全身全霊を注がれた。
 「来てよかった!」と参加者が喜べるように、中心者は真剣に祈り、万全の準備で臨むのだ。「さあ、戦おう!」と、皆が奮い立つように、満々たる生命力で励ますのだ。
 それが、一歩前進の力になる。
 新しい時代を開く勢いとなる。

ありのまま誠実に語ろう
 人前で話すのが苦手という人もいるだろう。でも、無理をして、言葉巧みに、うまく話そうとする必要はない。
 御書には「言《ことば》と云うは心の思いを響かして声を顕す」(563ページ)と仰せである。
 大事なことは、相手に伝えたい「心の思い」を、誠心誠意、響かせていくことだ。
 気取りなどいらない。ありのままでいい。自分らしく誠実に、広布への大情熱を語る。飾らず率直に、自らの体験を語るのだ。
 そして皆の心を軽くし、勇気を贈るのだ。
 「それなら、自分にもできる」と思えれば、一人一人が自信を持って力を発揮できる。

「納得」が行動を生む
 創立の父・牧口先生以来、学会は「皆が納得できる」対話で、団結を築いてきた。
 押しつけや無理強いでは、人は動かない。
 「そうだ! その通りだ!」という心の共鳴から、自発の行動が生まれる。
 リーダーは、皆がすっきりと戦えるよう、「分かりやすく」「明確に」、かつ「具体的に」対話を進めていただきたい。
 そのためには、題目を唱えて「以信代慧(信を以って慧に代う)」の智慧を出すことだ。皆の英知を引き出し、結集していくことだ。
 自発能動の連帯を、どれだけつくれるか──ここで決まる。広布の勝利の要諦がある。

第20回 今こそ人材の流れを (2012.11.21付 創価新報)

人の長所を見つける
 人材とは、見つけて、育てるものである。励まして、伸ばすものである。
 皆、尊い地涌の菩薩である。その人の長所を見つけ、褒めていくのだ。その人の持ち味を、広宣流布のために生かしてもらうのだ。
 リーダーは、自分の小さな尺度で人を評価してはならない。まして、好き嫌いなどの感情に左右されてはならない。自分と気の合う人間だけを大事にしていたら、本当に力ある人材は育たないからだ。
 牧口先生は、人材を育てることは「砂の中から金を探すようなもの」と言われていた。
 学会は、戦いの中で黄金の人材の流れを創ってきた。実戦こそ、最高の人材の育成だ。

副役職の友に光を
 副役職の友は、「異体同心」の要である。
 大事なのは、「何をなすべきか」との使命を明確にすることだ。副役職の友が具体的に責任を果たし、元気いっぱいに活躍してくれれば、組織はいくらでも伸びていく。
 後輩が正役職に就く場合もあろう。その時は、後輩である中心者を、大きな深い「信心」の心でしっかりと支えていただきたい。
 正と副が心を合わせて、「広宣流布の力を与えてください」と御本尊に祈っていくのだ。尊敬し合い、協力し合えば、勝利の歯車は力強く回転する。喜びも功徳も広がる。

指導は相手の側に立って
 日蓮大聖人は、青年・南条時光に「人がものを教えるというのは、車が重かったとしても油を塗ることによって回り、船を水に浮かべて行きやすくするように教えるのである」(御書1574ページ、通解)と語られた。
 リーダーは、この人には今、どう励まし、何をしてあげれば希望と勇気をもって前進できるのかと考え、手を打っていくのだ。
 一方的に指導しても、価値を生まない。耳を傾け、一緒に祈り、心を開き、心をつかむ。
 皆が最大に力を出し切っていけるように、誇りと大確信をもって朗らかに進めるように、心を砕いていくのが仏法の指導者である。

第21回 執念で勝ちまくれ
 (2012.12.5付 創価新報)

朝の祈りで勝つ
 朝が勝負である。昇りゆく旭日の勢いで、きょうをスタートするのだ。勤行・唱題は、生命を蘇らせる暁鐘である。忙しくなるほど、戦いが厳しくなるほど、朝に勝つのだ。朝の勝利から、青春の勝利の歴史を創ろう!
 あの大阪の戦いも、朝の祈りから出発した。だから不可能を可能にできた。永遠に輝く「勝利の金字塔」を打ち立てることができた。
 戦えば、三障四魔も競い起こる。毎日が真剣勝負である。だから、強盛に祈るのだ。
 「法華経の兵法」で、敵をも味方に変えていくのだ。

勢いを加速せよ
 いかなる戦いも「勢い」で決まる。その勢いを加速していく力が、リーダーの一念だ。
 第1に「勝利への執念の勢い」があるか。
 「断じて勝つ」という不屈の執念を漲らせるのだ。
 第2に「破邪顕正の正義の勢い」があるか。
 邪悪を許さぬ正義の炎を、わが生命に赤々と燃やすのだ。
 第3に「師子奮迅の師弟の勢い」があるか。
 師弟が心を合わせ、師子吼を轟かせて前進するのだ。
 第4に「常勝破竹の団結の勢い」があるか。
 異体同心の団結で、創価の底力を満天下に示しゆくのだ。

三変土田の大闘争を
 あらゆるものが変化、変化の連続である。
 その変化を、善の方向へ、幸福の方向へと変えていくのが私たちの信心である。
 ゆえに、人は必ず善く変わることができる。
 環境もまた、必ず善く変えることができる。
 法華経には“仏が国土を三度変じて浄土とした”と説かれる。広宣流布とは、この裟婆世界を仏国土に変えていく「三変土田の大闘争」である。ゆえに、今おかれた環境を嘆いてはならない。いよいよ闘志を燃やすのだ。
 仏国土を開く儀式は、二度、三度と繰り返されて成就した。
 祈りに祈り、粘り強く挑戦を重ねてこそ、わが地域の「三変土田」は成し遂げられることを忘れまい。

第22回 はずむ心で打って出よう! (2013.1.16付 創価新報)

一人また一人と善の連帯を
 さあ、「青年学会勝利の年」が開幕した。新たな自分自身の人間革命へ、はずむ心で打って出よう! 若人の熱と力で新時代を築くのだ。広宣流布のために共に戦おう!
 民衆の中へ。人と人との出会いの中へ──このたゆまぬ行動が仏法である。心と心を結んでこそ、社会は平和と幸福の方向に向かう。
 そのために、日頃から新しい出会いを心掛けていくことだ。どんどん人と会っていく。
 「会う」ことが自分の殻を破る、人間革命の挑戦だ。人間は人間の中で磨かれ鍛えられる。
 一人の真の友人ができれば、すごいことだ。その向こうには、何人もの友がいる。誠実に一人また一人と、「善の連帯」を広げるのだ。そこに実質的な広宣流布の拡大がある。

胸襟を開いて語り合う
 日蓮大聖人は、どんな人とも分け隔てなく胸襟を開かれ語られた。これが御本仏の御振る舞いである。究極の人間主義である。
 御聖訓には、「他人なれどもかたらひぬれば命にも替るぞかし」(御書1132ページ)とある。
 たとえ他人であっても、心を通わせて語り合えば、お互いが命にもかわる、かけがえのない存在になっていくのである。
 私も若き日に住んでいた青葉荘の皆さんとあいさつを交わし、交流を結んだ。仏法を語り、入会された方もいる。宝の同志である。
 ともあれ、青年らしく、人間らしく、垣根をつくらず、縁する人を大切にしていくのだ。

地域こそ広布の本舞台
 わが地域を大事にしていこう!
 地域こそ広宣流布の本舞台である。
 自分らしく、地域に尽くしていくことだ。地域貢献といっても、あいさつから始まる。焦らず着実に信頼を積み上げていくことだ。
 「ああ、この地域には、いい青年がいる」。そう思われるようになれば、勝ちである。
 自分自身を「人間革命」する。そして自分の地域を「広宣流布」する。これほど充実した青春はない。ここにこそ、何ものにも揺るがない幸福と勝利の基盤が築かれるのだ。

第23回 私の懐刀 創価班・牙城会 (2013.2.6付 創価新報)

世界の若人の先陣を切れ
 民衆の幸福のため、人類の未来のため、わが身をなげうって戦うリーダーを、どれだけ育成できるか。ここに、時代の焦点はある。
 どこまでも一人一人を大切にする。誰が見ていなくとも、陰の労苦を惜しまない。そうした人間主義の真髄の実践者こそ、私が最も信頼する創価班・牙城会の勇将たちである。
 尊き同志を守り、広布の宝城を厳護する、その一挙手一投足が、地域に社会に、安心と信頼と友情を広げる。冥の照覧は間違いない。
 君たちの成長こそが、学会の希望である。世界の若人の先陣を切る君たちの勝利こそ、私の人生の総仕上げの勝利である。

学会は実践の中で人間を錬磨
 わが生命の無限の仏の力を開き、自分自身を強くしていくための仏道修行である。
 信心しているからこそ、よりよい仕事を成し遂げていくことだ。そして、職場で信頼される“なくてはならない人”になるのだ。
 私は、青年の「行動」こそを信ずる。行動こそ、青年の証しであり、誉れといってよい。
 大切なのは、実践の中で訓練していくことだ。岩盤に爪を立てる思いで、壁を乗り越え、一つ一つ結果を出していく。その積み重ねの中で、人間が磨かれ、信心が鍛えられるのだ。

信心の確信は弘教にあり
 私は、若き日の蒲田の「二月闘争」を忘れない。戸田先生から願業達成への“懐刀”として命ぜられた、私の実質の初陣である。
 師匠への報恩の一念で、私は、一人でも多くの地涌の菩薩を呼び起こすのだと折伏に邁進した。祈っては語り、語っては祈った。その戦いが、金剛の自分自身をつくった。
 折伏は難事中の難事だ。折伏行に、勇気も智慧も、慈愛も根性も、一切が含まれている。相手がどうあれ、究極の正義を愉快に堂々と語っていくのだ。その功徳は無量無辺である。
 日蓮大聖人は、「力あらば一文一句なりともかた《談》らせ給うべし」(御書1361ページ)と厳命された。
 私の懐刀たる創価班・牙城会の君たちよ!
 「新時代の二月闘争」を勝ち開け!

第24回 「後継の道」を真っすぐに (2013.2.20付 創価新報)

誓いと戦いを受け継げ
 「後継」とは、単なる継承ではない。
 それは、「誓い」を受け継ぎ、「戦い」を受け継ぐことである。
 私は、恩師・戸田城聖先生の誓いと戦いを、すべて受け継ぎ、一人立ち上がった。
 どんな広宣流布の闘争でも、常に先陣を切った。大変なところや、皆が避けるところに、勇んで飛び込んで、勝利の実証を示してきた。ゆえに、何も恐れるものはない。後悔もない。
 青年部の諸君は、この誇り高き後継の道を、胸を張って晴れ晴れと進んでいただきたい。そして、「私は勝った! 我らは勝った!」と満天下に言い切れる青春を、勇敢に走り切っていただきたいのだ。

徹して一剣を磨き抜け
 眼前の課題に挑み、一剣を磨き抜くことだ。
 それぞれの道で、最高峰を目指すことだ。
 創価の君たちは、使命が大きいゆえに、苦労もまた大きいに違いない。しかし、「鉄《くろがね》は炎打てば剣《つるぎ》となる」(御書958ページ)と仰せである。今の持てる力を、思い切り出し切るのだ。
 その労苦の中でこそ、人間が磨かれ、信心の確信もつかんでいける。自分自身を宝剣の如く鍛え上げることができる。
 昨日の自分を超えよ。一歩前進するのだ。今日突破できなければ、明日また戦えばよい。
 波瀾万丈の激戦の中で、歯を食いしばって、勝利と栄光の土台を築き上げるのだ。

今こそ歴史を残せ
 師匠の一番の喜びは、弟子が勝利の証しを打ち立ててくれることだ。
 「従藍而青(青は藍より出でて、而も藍より青し)」である。弟子が自分以上に立派に育つことが、師の願いであり、祈りである。
 戸田先生は「大作は、私が言ったことは、すべて実現してきたな。冗談さえも本気になって実現してしまった」と喜んでくださった。
 青春の「今」が、勝負の時である。
 私は、愛する君たちの前進を見守っている。わが後継の友よ、悩みの嵐さえも、雄々しき喜びに変え、不滅の歴史を残してくれ給え!

第26回 人間革命の劇を綴れ (2013.3.20付 創価新報)

仏法は「幸福になる源泉」
 青春は、悩みとの連続闘争だ。
 前進しているからこそ、悩みがある。
 悩みがあるからこそ、成長できる。
 御義口伝には、「煩悩の薪を焼いて菩提の慧火《えか》現前するなり」(御書710ページ)と説かれる。
 すなわち、悩みを消し去るのではない。むしろ、悩みをエネルギーとして、「人間革命」の智慧の炎を明々と燃え上がらせていくのだ。その一切の原動力が、題目なのである。
 妙法は「生き抜く力」であり、「幸福になる源泉」である。「何があっても勝っていける力」である。ゆえに、御本尊に祈り切り、希望をもって勇敢に立ち向かっていくのだ。

青年は光り輝く存在に
 若き日、私は恩師の事業の苦境を打開するため、朝から夜中まで阿修羅の如く働いた。疲れ果ててアパートに戻り、靴も脱げずに、そのまま倒れ込んでしまったこともあった。
 しかし、戦い続けたからこそ、道が開けた。今の自分がある。健康にもなった。
 日蓮大聖人は、「賢者はよろこび愚者は退く」(同1091ページ)と仰せである。
 大目的に向かって喜び勇んで戦う青年の命は、光っている。忙しいかもしれない。苦労も絶えないだろう。だが、どんな悪戦苦闘の姿であろうとも、その魂は誇り高く輝いていくのだ。そこに、真の青春の勝利がある。

「社会で人々に尽くす使命」に生きよ
 我らは広宣流布のため、この世に出現した尊い地涌の菩薩である。現実の悪世の中で、生命尊厳の仏法を弘め、人々の幸福と平和に尽くすという、最も偉大な使命をもっている。
 使命とは「命」を「使う」と書く。大切な若き命を何に使うか。妙法を唱え、人のため、地域のため、社会のため、わが命を使う一日一日は、大宇宙のリズムと合致して、究極の正しい生命の軌道に入っていくのである。
 いかなる試練が襲いかかってきても、必ず変毒為薬して、自分自身が人間革命できる。そして「宿命」をも「使命」に転じて、多くの人々を励まし、リードしていけるのだ。

第27回 自分らしく輝け (2013.4.3付 創価新報)

今いる場所が使命の舞台
 春4月──就職や進学、転居など、新たな環境で出発する人も多いだろう。どうか希望に燃えて、健康第一で前進していただきたい。
 変化にとまどったり、期待と異なって落胆したり、人が羨ましく思えたりすることがあるかもしれない。しかし、若いのだから、どんな変化も、逆境も、成長の好機《チャンス》にできる。
 人は人だ。自分自身が光っていけばよい。ダイヤは、どこにあってもダイヤである。
 御義口伝には、「此を去って彼《かしこ》に行くには非ざるなり」(御書781ページ)仰せである。
 「今いる場所」こそ「使命の舞台」である。眼前の課題に、一つ一つ粘り強く取り組んでいけば、そこから必ず開けるのだ。

桜梅桃李で人生を勝ち飾れ
 時には、自信をなくしたり、自分が欠点だらけに思えてしまうこともあるだろう。
 しかし、戸田先生は、よく言われていた。
 「自分の性格を卑下する必要はない。また、無理に直そうとする必要もない。信心を貫いていけば、それはやがて美点に変わっていく。自信をもって、自分らしく生き抜いていきなさい」と。
 自分らしく! これが仏法の「桜梅桃李」の法理である。桜は桜、梅は梅……自らの命の限りに燃えて咲く花は、何と美しいことか。
 早く咲く人もいれば、ゆっくり咲く人もいる。君は君らしく咲け! 遠慮などいらない。

周囲に希望送る「太陽」に
 日蓮大聖人は、「太陽が東の空に昇ったならば、すべての星の光は跡形もなく消え去る」(同1393ページ、通解)と仰せである。
 妙法を持《たも》つ青年は、一人ももれなく「幸福の太陽」だ。朗々と題目を唱え、若々しい生命の光で、周囲を明るく照らしていくのだ。
 希望も喜びも、与えられるものではない。自分が創り出し、皆に広げていくものである。
 苦労している父母に、自分から親孝行する。悩んでいる友に、自分から励ましを送る──その率先の行動に、青春の価値創造があり、広宣流布の前進があることを忘れまい。

第28回 社会を変えゆく正義の大潮流を (2013.4.17付 創価新報)

立正安国の大精神で
 日蓮大聖人は、「立正安国論」をお認めになられた、やむにやまれぬ御心境を、「但偏に国の為 法の為 人の為にして身の為に之を申さず」(御書35㌻)と記されている。
 自分だけの幸福などない。ゆえに社会の安穏を願い、正しい哲学を広め、民衆一人一人の幸福を確立していくのだ。ここに立正安国の大精神があり、我らの活動の目的がある。
 わが恩師・戸田先生は、師子吼なされた。
 「民衆は、悩みに悩んでいる。学会は当然、立たなければならない」と。
 苦しんでいる人を放っておかない。励ましの声をかけ、手を差し伸べる──この勇気の祈りと行動が、無慈悲な社会を変えるのだ。

対話こそ平和への大道
 「立正安国論」には「屢《しばしば》談話を致さん」(同17㌻)と仰せである。じっくり語り合いましょうと呼びかけられ、対話が始まっている。
 一対一の対話こそ、地道なようで最も確かな平和への大道である。究極の正義である。
 だからこそ、臆さずに対話していくのだ。
 朗らかに自信満々と言い切っていくのだ。
 たとえ上手に話せなくとも、かまわない。
 自分の確信を真心こめて話していけば、相手の心に“友情の種”“信頼の種”が残る。その種は、必ず芽を出し、いっか花開く。
 大事なことは、勇気であり、誠実である。そして、あきらめず語り抜いていく忍耐だ。

共に悩み、共に行動を
 友から相談されて、どう答えたらよいのか分からないこともあるだろう。そんな時は、共に悩み、共に祈っていくのだ。話を聞くことで、友の心が軽くなる場合だってある。
 「自分としては、今はこう思う」と言うだけでもいい。理詰めでなくても、励ましの心は通ずる。また、信頼できる先輩のところに一緒に行ってもいい。その人を思う慈悲があれば、智慧はいくらでも出てくる。
 ともあれ、一人を大切に励ますことだ。そこから二人、三人、百人と、希望のスクラムは必ず広がる。これが、地涌の義である。

第29回 青年は信用が宝 誠実が力
               (2013.5.1付 創価新報)

約束を守り果たす
 信用のある人間が、勝ちである。青年は、何も持たなくとも、信用が財産である。
 戸田先生は言われた。「信用を得る根本は、約束を守ることである。できないことは断る。そのかわり、いったん引き受けた約束は、何を犠牲にしても絶対に守ることだ」と。
 私も恩師の教え通り、たとえ小さなことであっても、そこに約束があれば、一つ一つ、決して、おろそかにしなかった。
 ゆえに、信頼が芽生え、友情が世界中に花開き、平和の連帯が実を結んできたのだ。
 「世界広布」といっても、人間対人間の心の結合によって進んでいくことを、忘れまい。

相談する勇気を持とう
 「相談する勇気」を持とう。一人で悩みを抱えず、相談することが大事な場合がある。
 相談することは恥ずかしいことではない。むしろ、その「開かれた心」が強みになる。
 仕事も、信心も、自分一人の判断では、往々にして我見になり、縁に紛動されるからだ。
 恩師は「本当のことを話せる人、相談できる人、教えてもらう人を、一人でもいいからつくっておくことだ」と語られていた。それが何よりの支えになり、人間としての力になる。
 聞きたいことは何でも聞ける、率直に悩みや疑問を相談できる──この麗しく温かい家族の絆が、学会の誉れであり、伝統である。

最後は誠実な人が勝つ
 勇気と忍耐と誠実に勝る人間外交はない。
 勇気を持って人と会い、どこまでも誠実に粘り強く語る言葉が、相手の胸に響いていく。
 法華経は、「地涌の菩薩」の姿を「難問答に巧みにして 其の心に畏るる所無く 忍辱《にんにく》の心は決定《けつじょう》し 端正《たんしょう》にして威徳有り」と説く。
 地涌の君たちよ! 貴女《あなた》たちよ!
 わが生命には、この偉大なる「対話の力」が具わっている。うまく話せなくても、心配ない。全部、対話の名手になるための訓練だ。
 大胆に伸び伸びと人間外交の道を行こう!
 最後には、誠実な人が必ず勝つ。それを、自ら実証することが、広宣流布なのだ。

第30回 友を励まし 共々に前進!
               (2013.5.15付 創価新報)

相手の話を聞くことから
 対話で大切なのは、「よく聞く」ことだ。
 「聞くこと」は「学ぶこと」であり、それだけ世界が広がる。尊敬の心をもって、誠実に接していけば、対話は自然に弾む。
 心を通わしていくために対話はあるのだ。
 いにしえの哲人が言ったように、耳が二つあることは、話す二倍、聞くためである。
 聞いてもらうだけで、悩みが晴れる場合もある。話しているうちに答えが見えてくることもある。お互いに、新たな高みへと向上していけるのが、対話の不思議な力である。
 ゆえに、「熱心に聞くこと」それ自体が、大きな「励まし」になっていくのだ。

良い点を見つけてほめる
 広宣流布に尽くす人を、仏のごとく敬う。これが法華経の「最上第一の相伝」である。
 広布へ戦う人をほめれば、功徳が広がる。
 御書には「あまりに人が自分をほめる時は、『どんなふうにでもなろう』という心が出てくるものである。これは、『ほめる言葉』から起こるのである」(1359㌻通解)と説かれる。
 リーダーは、陰で地道に努力する人を見逃さない。たとえ小さな前進でも、鋭敏にとらえて賞讃する。希望と張り合いを贈るのだ。
 一人一人の持ち味を引き出し、生かし合う──このチームワークが、確かな波動を生む。

共に祈り、共に勝つ!
 悩める友がいれば、共に御書を拝し、共に御本尊に祈って、共に前ヘー歩踏み出すのだ。
 友の悩みに同苦し祈る行動は、自分の悩みをも乗り越える力になっていく。
 「励まし合う人生」は、共に栄え、共に勝利の道を開くことができる。
 日蓮大聖人は、植物の共生の姿を通して、「友の喜び友の歎き一つなり」(御書934㌻)とも教えてくださっている。
 大変であればあるほど、明るく朗らかに励まし合っていこう! 試練の時こそ、一緒に勇んで立ち向かっていく。そして、力を合わせて、一つ一つ勝ち越えていくのだ。そのための同志である。そのための信心である。
2013-05-15 : 勝利の人間学 :
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