御書とともに Ⅱ 43〜74(完)

御書とともに Ⅱ 43 名誉会長が指針を贈る   (2015・1・6付 聖教新聞)

今を、悔いなく生き切れ!


 命限り有り惜む可からず遂に願う可きは仏国也(富木入道殿御返事、955㌻)

通解 命は限りあるものである。これを惜しんではならない。ついに願うべきは仏国土である。

同志への指針
 同じ一生ならば、断じて悔いなく、価値ある幸福勝利の劇を飾りゆくことだ。
 広宣流布こそ、わが使命なり。この一点に立った人生ほど、強く尊く深いものはない。
 限りある命だからこそ、今この時を真剣勝負で生き切ることだ。目の前の一人を大切に、仏国土を目指し、声も惜しまず語ろう! ここに、永遠に崩れざる所願満足の大境涯が築かれることを忘れまい。

御書とともに Ⅱ 44 名誉会長が指針を贈る   (2015・1・16付 聖教新聞)

妙法流布の人は世界の宝

 妙法の五字を弘め給はん智者をばいかに賤《いやし》くとも上行菩薩の化身か又釈迦如来の御使かと思うべし(法華初心成仏抄、550㌻)

通解 妙法蓮華経の五字を弘められる智者に対しては、いかに賎しくても、上行菩薩の化身か、または釈迦如来の御使いかと思うべきである。

同志への指針
 どんなに財宝を贈っても、その人の宿命を転換し、永遠に幸福にすることはできない。妙法を持《たも》たせることは、その人の生命を永遠なる幸福の軌道へとリードすることだ。これほどの善はない。
 大聖人に直結し、広布に生き抜く弘教の人こそ、最も尊貴な「世界の宝」の存在だ。
 今この時に躍り出た「地涌の誇り」を胸に、大仏法を生き生きと語り、弘めゆこう!

御書とともに Ⅱ 45 名誉会長が指針を贈る   (2015・1・23付 聖教新聞)

まず強き祈りから始めよ

 祈禱に於ては顕祈顕応《けんきけんのう》・顕祈冥応《けんきみょうおう》・冥祈冥応《みょうきみょうおう》・冥祈顕応《みょうきけんのう》の祈禱有りと雖も只肝要は此の経の信心を致し給い候はば現当の所願満足有る可く候(道妙禅門御書、1242㌻)

通解 祈りとその結果には、顕祈顕応、顕祈冥応、冥祈冥応、冥祈顕応の四種があるが、ただ肝心なことは、この法華経の信心をされるならば、現在および未来の所願は満たされるであろうということである。

同志への指針
 「祈りとして叶わざるなし」の妙法である。
 信心の功徳には、はっきりと顕れる「顕益《けんやく》」と、目に見えない大利益《りやく》が生命に積まれる「冥益《みょうやく》」がある。根本の冥益は絶対であり、大事な時の顕益もまた厳然である。
 現在、そして未来の「所願満足」を確信して、まず祈りから始めよう! 祈り抜く、祈り切る──ここにこそ、常勝の方程式があるからだ。

御書とともに Ⅱ 46 名誉会長が指針を贈る   (2015・2・4付 聖教新聞)

社会で勝利の実証を

 強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾・四条金吾と鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ(四条金吾殿御返事、1118㌻)

通解 強盛な大信力を出して、法華宗の四条金吾、四条金吾と、鎌倉中の上下万人をはじめとして日本国の全ての人の口に褒めたたえられていきなさい。

同志への指針
 職場や地域で信頼されてこそ、真の「信心即生活」「仏法即社会」である。信心を根本に真心と智慧を尽くし、どこまでも誠実な「人の振る舞い」に徹していくことだ。
 激動の社会、変化の時代である。だからこそ「強盛の大信力」を奮い起こし、わが使命の舞台で、断じて勝利の実証を打ち立てよう!
 「うたはれ給へ」──これが、広宣流布の希望の劇だ。

御書とともに Ⅱ 47 名誉会長が指針を贈る   (2015・2・12付 聖教新聞)

同志の絆こそ勝利の源泉

 心ざしあらん諸人は一処にあつまりて御聴聞あるべし(寺泊御書、951㌻)

通解 志のある人々は、同じ場所に集まって、この文(=本抄)を聴聞しなさい。

同志への指針

 文永8年(1271年)、大難の渦中、越後の寺泊(現・新潟県長岡市)で認《したた》められた御聖訓である。佐渡流罪から満600年後、新潟に誕生された牧口常三郎先生はこの仰せ通り、乱世に忍難弘通の座談の波を起こしていかれた。
 同志が集まって共に祈り、御書を拝して励まし合う。この会座から、我ら創価家族は尽きることのない勇気と活力を発揮して勝ち進むのだ!

御書とともに Ⅱ 48 名誉会長が指針を贈る   (2015・2・20付 聖教新聞)

一切の労苦が功徳と輝く

 功徳とは即身成仏なり又六根清浄なり、法華経の説文の如く修行するを六根清浄と得意可《こころうべ》きなり(御義口伝、762㌻)

通解 功徳とは即身成仏であり、また六根清浄である。 法華経の経文に説かれているように修行することが六根清浄であると、心得ていきなさい。

同志への指針
 仏道修行の苦労に無駄はない。全てが、わが生命を根源から清らかに輝かせる光明とのなる。どんな苦難も悠々と乗り越える力が湧いてくる。大宇宙を闊歩できるような自在の大境涯が開かれてくる。
 これが「六根清浄」の功徳であり、「人間革命」の実証である。泥沼に薫る清浄無比の蓮華の如く、我らは現実社会の只中で、幸福と勝利の大輪を咲かせ切っていくのだ。

御書とともに Ⅱ 49 名誉会長が指針を贈る   (2015・2・24付 聖教新聞)

理想の寂光土を今ここに

 法華涅槃を信ずる行者は余処《よそ》に求む可《べ》きに非《あら》ず此《こ》の経を信ずる人の所在の処は即ち浄土なり(守護国家論、72㌻)

通解 法華経・涅槃経を信じる行者は、他の所に浄土(清浄な国土)を求めるべきではない。この経を信じる人のいる所がそのまま浄土なのである。

同志への指針
 理想と幸福の寂光土はどこか遠くにあるのではない。「今ここ」に築くものである。
 環境を嘆いても変わらない。妙法を実践する人は、家庭も地域も職場も、必ず希望と幸福の方向へ輝かせていくことができる。
 我らは「立正安国」の旗高く、誓いの天地に「友情の花」「福徳の花」を爛漫と咲かせていきたい。そこに浄土があり、仏国土があるからだ。

御書とともに Ⅱ 50 名誉会長が指針を贈る   (2015・3・5付 聖教新聞)

不動の自分を築きゆけ

 法華経の行者として・かかる大難にあひ候《そうろう》は・くやしくおもひ候《そうら》はず、いかほど生《しょう》をうけ死にあひ候とも是ほどの果報の生死《しょうじ》は候はじ(四条金吾殿御返事、1116㌻)

通解 法華経の行者として、このような大難にあったことを、悔しいとは思わない。どれほど多く、この世に生を受け、死に出あったとしても、これほどの幸せな生死はないであろう。

同志への指針
 日蓮大聖人は、いかなる迫害にも「喜悦はかりなし」の大境涯であられた。
 仏法の眼《まなこ》で見れば、苦難には全部、意味がある。全てが永遠に崩れざる幸福境涯を築くための試練なのだ。
 苦しみがないから幸福なのではない。何ものにも負けない自分を毅然と築く中に、真の幸福と安穏がある。戦う心に、三世を貫く大満足の果報が約束されるのだ。

御書とともに Ⅱ 51 名誉会長が指針を贈る   (2015・3・13付 聖教新聞)

喜び勇んで前へ! 前へ!

 各各《おのおの》なにをかなげ《歎》かせ給うべき、迦葉尊者にあらずとも・まい《舞》をも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立ってをど《踊》りぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をど《踊》りてこそい《出》で給いしか(大悪大善御書、1300㌻)

通解 あなた方は何を嘆《なげ》くことがあろうか。(必ず大善がくるとの喜びに)迦葉尊者でなくても、舞を舞うべきところである。舎利弗でなくても、立って踊るべきところである。上行菩薩が大地から現れた時には、まさに踊り出られたのである。

同志への指針
 あの「大阪の戦い」で関西の不二の同志と心に刻んだ御聖訓である。どんな大悪も大善に変えてみせると、勇気と団結の舞を舞いながら、未曽有の拡大と勝利を飾った。
 我らは広宣流布を誓願して躍り出た地涌の菩薩である。一人一人が、かけがえのない主役だ。この歓喜の躍動の生命は誰人《たれびと》にも止められない。地涌の底力を使命の大地に漲らせて、いざや前進だ!

御書とともに Ⅱ 52 名誉会長が指針を贈る   (2015・3・26付 聖教新聞)

病に負けない妙法の力

 設《たと》い業病なりとも法華経の御力《おんちから》たのもし、阿闍世王は法華経を持《たも》ちて四十年の命をのべ陳臣《ちんしん》は十五年の命をのべたり(富木尼御前御返事、975㌻)

通解 たとえ業病であっても、法華経の御力は頼もしい。阿闍世王は法華経を受持して40年も寿命を延ばし、天台大師の兄の陳臣も15年も寿命を延ばした。

同志への指針
 牧口先生が大切にし、病の友を励まされた一節である。病気は誰人《たれびと》も避けられない。しかし、「法華経の御力たのもし」である。嘆いてはならない。負けてはならない。師子吼の題目で病魔を打ち破っていくのだ。
 仏の大境涯を勝ち開くための病である。毅然と「更賜寿命」の功力を顕していくのだ。
 私も妻と、全同志の健康長寿を祈りに祈り抜いている。

御書とともに Ⅱ 53 名誉会長が指針を贈る   (2015・3・30付 聖教新聞)

創価とは勇者の集いなり

 御いのりの叶い候《そうら》はざらんは弓のつよ《強》くしてつる《弦》よはく・太刀《たち》つるぎ《剣》にて・つかう人の臆病なるやうにて候べし、あへて法華経の御とがにては候べからず(王舎城事、1138㌻)

通解 祈りが叶わないのは、弓が強いのに弦《つる》が弱く、太刀や剣《つるぎ》があっても使う人が臆病なようなものである。決して法華経の失《とが》によるものではない。

同志への指針
 勇気ある信心に勝る力はない。弓を引き絞って的を射るように、強盛に祈るのだ。宝剣を堂々と掲げて魔を断ち切り、勇敢に動くのだ。
 創価とは勇者の集いなり。わが誉れの同志が「勇気」の二字で妙法の絶対の功徳力を湧現してきたゆえに、今日の世界広布の大発展がある。
 臆さず、惑わず、祈りきり、語り抜こう! 不屈の実践に諸天の守護は厳然である。

御書とともに Ⅱ 54 名誉会長が指針を贈る   (2015・4・14付 聖教新聞)

威風堂々と正義の道を

 敢えて日蓮が私曲《しきょく》に非ず只偏《ひとえ》に大忠《だいちゅう》を懐《いだ》く故に身の為に之を申さず神の為・君の為・国の為・一切衆生の為に言上《ごんじょう》せしむる所なり(北条時宗への御状、170㌻)

通解 これは日蓮の身勝手な邪見ではない。ただひとえに大忠を懐くゆえであって、自身のために申すのではない。神のため、君のため、国のため、一切衆生のために申し上げるのである。

同志への指針
 日蓮大聖人は、ただただ、世界の平和と一切衆生の幸福を願われ、「立正安国」の大闘争を貫かれた。
 私たちの社会への貢献は、この大聖哲の御精神をそのまま受け継ぐものだ。ゆえに、仏の力が出ないわけがない。諸天が守らないわけがない。
 万人が求めてやまない、人間共和の世界を築く挑戦だ。威風も堂々と、誇り高く正義を語り抜こう!

御書とともに Ⅱ 55 名誉会長が指針を贈る   (2015・4・21付 聖教新聞)

満々たる仏の力で凱歌を

 釈迦・多宝・十方《じっぽう》の仏・来集《らいしゅう》して我が身に入《い》りかはり我を助け給へと観念せさせ給うべし(弥三郎殿御返事、1451㌻)

通解 〝釈迦仏・多宝仏・十方の仏よ、集い来《きた》って、わが身に入りかわり、我を助けたまえ〟と祈念しなさい。

同志への指針
 広宣流布の言論戦に臨む門下への御聖訓である。              
 〝わが身に、諸仏よ入り給え〟と決然たる一念で祈り切ることを教えておられる。
 広布の誓願を貫く生命にはありとあらゆる仏が入其身《にゅうごしん》する。それほど、尊貴な我らである。ゆえに、諸天善神が守りに護らないわけがない。
 大宇宙の善の働きを、全て味方にしながら、満々たる仏の力で堂々と進みゆくのだ。

御書とともに Ⅱ 56 名誉会長が指針を贈る   (2015・4・23付 聖教新聞)

強き一念で不可能を可能に

 李広将軍と申せし・つはものは虎に母を食われて虎に似たる石を射しかば其の矢羽《は》ぶくらまでせめぬ、後に石と見ては立つ事なし(四条金吾殿御返事、1186㌻)

通解 昔、中国の李広将軍という武将は、虎に母を食い殺されて、虎に似た石を射たところ、矢は羽ぶくら(矢の先と反対側についている羽根形の部分)まで石に突き刺さった。しかし、あとで、それが石と知ってからは、射ても矢は石に立つことがなかったという。

同志への指針
 強き一念の力は、岩をも貫く。人間生命の持つ底力を引き出すための妙法であり、信仰である。
 不可能を可能にするのは、「断じて成し遂げるのだ」との決定《けつじょう》した祈りである。勝利への執念である。
 断じて諦めない! 最後に必ず勝ってみせる!──この強き心が諸天善神を動かす。
 一切を味方に変える。信心こそ、壁を破る最極の力だ。

御書とともに Ⅱ 57 名誉会長が指針を贈る   (2015・4・29付 聖教新聞)

広布の信心に偉大な功力が

 曼陀羅と云うは天竺の名なり此には輪円具足とも功徳聚とも名《なづ》くるなり、此《こ》の御本尊も只信心の二字にをさまれり以信得入とは是なり(日女御前御返事、1244㌻)

通解 曼陀羅というのはインドの言葉であり、訳すと輪円具足とも功徳聚ともいうのである。この御本尊も、ただ信心の二字に納まっている。「信によってこそ入ることができる(以信得入)」とはこのことである。

同志への指針
 我らの御本尊には汲めども尽きぬ功徳が具わっている。「祈りとして叶わざるなし」の偉大な御本尊であられる。
 大事なのは、私たちの「信心」である。「智慧第一」の舎利弗も、ただ「信」によって初めて成仏の道に入ることができた。広宣流布を誓い、祈り、行動する——その自行化他の信力・行力によってこそ、無量の仏力・法力が自在に顕れ出るのである。

御書とともに Ⅱ 58 名誉会長が指針を贈る   (2015・5・12付 聖教新聞)

心一つに広布へ!

 修利槃特《すりはんどく》と申すは兄弟二人なり、一人もありしかば・すりはんどくと申すなり、各各《おのおの》三人は又かくのごとし一人も来《きた》らせ給へば三人と存じ候なり(転乗軽受法門、1000㌻)

通解 (釈尊の弟子の)修利槃特《すりはんどく》というのは、兄弟二人の名前である。(兄弟のうち)1人だけいても、『すりはんどく』と呼ばれたのである。あなた方3人(大田左衛門尉、曾谷入道、金原法橋《かなはらほっきょう》)もまた、これと同じである。1人でも来られたならば、3人(一緒に)来られたと思うのである。

同志への指針
 日蓮大聖人は、3人の門下が心一つに進む姿を、こよなく称賛された。兄弟姉妹の如く、皆で支え合い、励まし合う。これが、我ら創価家族の和楽の世界である。仲良く、どこまでも仲良く! ここに無量無辺の功徳は輝き渡る。
 広宣流布の前進は、異体を同心とする「団結」から生まれるのだ。共々に力を合わせ、新たな凱歌の歴史を綴りゆこうではないか!

御書とともに Ⅱ 59 名誉会長が指針を贈る   (2015・6・4付 聖教新聞)

友の幸福を祈り抜く

 人是を用ひず機に叶はずと云へども強いて法華経の五字の題名を聞かすべきなり、是ならでは仏になる道はなきが故なり(法華初心成仏抄、552㌻)

通解 人が用いず、機根に合わないといっても、強いて法華経の五字の題名を聞かせるべきである。これでなくては、仏になる道はないからである。

同志への指針
 ただ一筋に、友の幸福を祈り、仏法の素晴らしさを語る。「誰もが皆、仏なり」とは、我らの揺るぎなき哲学であり、信念である。一人一人の生命の可能性を信じ、開いていく、その心こそが「仏の心」なのである。
 その時は反発したとしても必ず友の仏性を薫発する「縁」となる。この最も地道で、最も忍耐強い実践の中にこそ、仏への大直道があるのだ。

御書とともに Ⅱ 60 名誉会長が指針を贈る   (2015・7・8付 聖教新聞)

人間革命のドラマを語り抜け
 法華経の即身成仏の法門は竜女を証拠とすべし、提婆品に云く「須臾の頃《あいだ》に於て便ち正覚を成ず」等云云(妙一女御返事、1261㌻)

通解 法華経の即身成仏の法門は、竜女の現証を証拠とすべきである。法華経提婆品には 「瞬間のうちに、正覚を成ずる(成仏する)」 とある。

同志への指針
 即身成仏という素晴らしい法理も、 一人の竜女の姿が証明となった。
 体験に勝る力はない。苦難に負けず、 広宣流布のため、学会活動に励んでいること自体が、偉大な勝利の体験だ。一生成仏の実像である。
 ありのまま、自信満々と、誠実に、わが人間革命の挑戦のドラマを伝える。それこそが、友の心に幸福と希望をか輝かせゆく種となるのだ。

御書とともに Ⅱ 61 名誉会長が指針を贈る   (2015・7・11付 聖教新聞)

決然と一人立て!
 日蓮が法華経を信じ始めしは日本国には一渧《たい》・一微塵のごとし、法華経を二人・三人・十人・百千万億人・唱え伝うるほどならば妙覚の須弥山ともなり大涅槃の大海ともなるべし(撰時抄、288㌻)

通解 日蓮が法華経を信じ始めたのは、日本国にとっては、一滴の水、一粒の塵のようなものである。やがて、二人、三人、十人、百千万億人と、人々が法華経の題目を唱え伝えていくようになると、妙覚の須弥山ともなり、大涅槃の大海ともなるに違いない。

同志への指針
 いかなる大事業も、決然と立つ一人から始まる。大海原が一滴の水から始まり、最高峰も一つ一つの微麈で構成されるように、一人から一人への対話によって人間主義の大連帯も築かれる。
 「誰か」ではない。「自分」である。地涌の若人が師子王の心で立ち上がる時、拡大の突破口は必ず開かれる。
 広宣流布の未来を、君よ、君たちよ、断じて頼む。

御書とともに Ⅱ 62 名誉会長が指針を贈る   (2015・7・30付 聖教新聞)

一遍の題目に無量の福徳が
 無一不成仏《むいちふじょうぶつ》と申して南無妙法蓮華経を只一度申せる人・一人《いちにん》として仏にならざるはなしと・と《説》かせ給いて候(南条殿御返事、1573㌻)

通解 (無量劫の間、一度もうそをつかなかった功徳で仏になった釈尊が)「一人として成仏しない者はない」といわれ、南無妙法蓮華経をただ一度でも唱える人は、一人として仏にならないものはない、と説かれているのである。

同志への指針
 一人ももれなく幸福に──ここに諸仏の願いがある。この大慈悲の結晶が題目にほかならない。一遍の題目にも無量無辺の功徳力《くどくりき》がある。題目三唱でも、心を込めて行えば、無限の力が湧く。
 広宣流布の誓願を掲げ、御本仏直伝の題目を唱える我らだ。病魔にも、不幸にも負けるわけがない。大確信の唱題行に挑み、自行化他の実践に励みゆこう!

御書とともに Ⅱ 63 名誉会長が指針を贈る   (2015・8・19付 聖教新聞)

満月が輝きわたるように
 三つのつな《綱》は今生に切れぬ五つのさわ《障》りはすで《既》にはれぬらむ、心の月くもりなく身のあか《垢》きへはてぬ、即身の仏なり・たうとし・たうとし(光日尼御返事、934㌻)

通解 三つの綱は今生《こんじょう》において切れた。五つの障《さわ》りもすでに晴れたであろう。心の仏性の月は曇りがなく、身に付いた罪障の垢は消え果てた。あなたは即身の仏である。まことに尊いことである。

同志への指針
 日蓮大聖人は、理不尽な差別や束縛に苦しむ女性たちに平等と自在の「生命尊厳」の法理を明かされた。わが子を失いながらも毅然と信心を貫く光日尼を「即身の仏なり」と最大に讃嘆なされている。
 いかに深い悲しみがあろうと、妙法とともに生き抜く女性は、満月が輝きわたるように、晴れ晴れと幸福境涯を勝ち開くことができる。これこそ平等大慧の仏法なのだ。

御書とともに Ⅱ 64 名誉会長が指針を贈る   (2015・8・27付 聖教新聞)

大歓喜の生老病死の人生を
 四面とは生老病死なり四相《しそう》を以て我等が一身の塔を荘厳するなり、我等が生老病死に南無妙法蓮華経と唱え奉るは併《しかしなが》ら四徳の香《か》を吹くなり(御義口伝、740㌻)

通解 (宝塔の)四つの面とは生老病死のことである。この四つの相をもって、我らの一身の生命の宝塔を荘厳するのである。我らが生老病死に当たって、南無妙法蓮華経と唱え奉ることは、そのまま常楽我浄の四つの徳の香りを吹き薫らせているのである。

同志への指針
 「生老病死」は誰人《たれびと》も避けられない人生の実相である。その打開のために仏法は説かれた。万人が「常楽我浄」の境涯を開きゆける道である。
 妙法と共に生きる人生に恐れるものはない。題目を唱える我らには、老いも病も死も生命の宝塔を荘厳する尊い宝となり、歓喜の劇となる。
 この人類を包む究極の希望の香風《こうふう》を、いやまして広げゆこうではないか!

御書とともに Ⅱ 65 名誉会長が指針を贈る   (2015・9・11付 聖教新聞)

尊極の生命を引き出す
 末代の凡夫出生《しゅっしょう》して法華経を信ずるは人界に仏界を具足する故なり(観心本尊抄、241㌻)

通解 末代の凡夫が人間と生まれてきて、法華経を信ずるのは、人界に、もともと仏界を具足しているからである。

同志への指針

 誰人《たれびと》も仏界を具えているからこそ、妙法を信じられる。無上の生命の輝きを求めゆく万人の奥底《おうてい》の願いに応えるのが、我らの仏法対話だ。
 ゆえに身構えたり、気負ったりする必要などない。ありのままの人間性で、相手の幸福を祈り、生命の無限の可能性を「信ずる」心を呼び覚ましていく。この語らいが、自他共の仏界を引き出す尊極な行為である。

御書とともに Ⅱ 66 名誉会長が指針を贈る   (2015・10・15付 聖教新聞)

確信の体験を語りゆけ
 法華経の行者は信心に退転無く身に詐親《さしん》無く・一切法華経に其《そ》の身を任せて金言の如く修行せば、慥《たしか》に後生《ごしょう》は申すに及ばず今生《こんじょう》も息災延命にして勝妙《しょうみょう》の大果報を得《え》・広宣流布大願をも成就す可きなり(祈禱経送状、1357㌻)

通解 法華経の行者は信心において退転なく、身において詐《いつわ》り親しむことなく、一切、法華経に身を任せて金言の通り修行するならば、確かに後生《ごしょう》はいうまでもなく、今生《こんじょう》においても息災延命ですぐれた大果報を得、広宣流布の大願をも成就することができよう。

同志への指針

 妙法は究極の正義の法則である。この大法に則って仏道修行に励むならば、絶対に勝利の果報をつかむことができる。これが御本仏の大確信であられる。
 一人の信仰体験が友の心に勇気と希望の火を灯《とも》す。そこから新たな体験が生まれ、幸と平和の花が咲き広がる。
 一人一人が幸福を勝ち取っていく希望の連鎖こそ、「慈折広宣流布」の実証なのだ。

御書とともに Ⅱ 67 名誉会長が指針を贈る   (2015・10・22付 聖教新聞)

青年の宝は「信頼」
 いかにわろくとも・わろきよし人にも又上《かみ》へも申しさせ給うべからず候、よきところ・よきところと申し給はば又かさねて給はらせ給うべし(四条金吾殿御返事、1183㌻)

通解 たとえどんなに悪い土地であっても、悪いということを、他人やまた主君に言ってはならない。良い所、良い所と言っていれば、また重ねてたまわることもあろう。

同志への指針
 青春は、思うようにいかない境遇との戦いだ。嘆かず、怯まず、その境遇を勝ち開いていく力が創価である。
 戸田先生は「青年の一番の宝は信頼である」と言われた。それには、愚痴を排し、一つ一つ約束と責任を誠実に果たすことだ。「よきところ・よきところ」と信心の眼《まなこ》で捉え、祈り切り、戦い抜くことが、必ず人間革命の光となることを忘れまい。

御書とともに Ⅱ 68 名誉会長が指針を贈る   (2015・10・29付 聖教新聞)

勇気こそ仏法の真髄
 日蓮が法華経の智解《ちげ》は天台・伝教には千万が一分《いちぶん》も及ぶ事なけれども難を忍び慈悲のすぐれたる事は・をそれをも・いだきぬべし(開目抄、202㌻)

通解 日蓮が法華経の法理を理解する智慧は天台大師や伝教大師には千万分の一にも及ばないけれども、難を耐え忍び、慈悲が優れていることについては、実に恐縮するほどである。

同志への指針
 日蓮大聖人は、幾多《いくた》の大難を乗り越えられ、末法の全民衆のために大慈悲の闘争を貫かれた。「忍難《にんなん》」と「慈悲」が、日蓮仏法の真髄である。
 私たちにとっては「勇気」が「慈悲」に通ずる。苦難を恐れず広布に邁進することも、宿命と戦う友に妙法を下種していくことも、全て「勇気」の二字から始まる。
 大聖人に直結する学会精神は勇気、そして忍耐にあり!

御書とともに Ⅱ 69 名誉会長が指針を贈る   (2015・11・6付 聖教新聞)

根本は幸福を願う真心
 過去の不軽菩薩は一切衆生に仏性あり法華経を持《たも》たば必ず成仏すべし、彼れを軽んじては仏を軽んずるになるべしとて礼拝の行をば立てさ給いしなり(松野殿御返事、1382㌻)

通解 過去の不軽菩薩は〝一切衆生に仏性がある。法華経を持《たも》ったならば、必ず成仏する。その一切衆生を軽蔑することは、仏を軽んずることになる〟といって、一切衆生に向かって礼拝の行を立てたのである。

同志への指針
 不軽菩薩は〝いかなる衆生にも仏性がある〟と信じて、出会う人を礼拝し続けた。
 この無上の菩薩行を現代に展開しているのが、私たちの対話だ。究極の人間尊敬の実践である。万人の幸福を願い、一人一人の仏の生命を呼び覚ましていくのだ。
 ゆえに、不軽の如く、勇敢であれ! 聡明であれ! 不屈であれ!

御書とともに Ⅱ 70 名誉会長が指針を贈る   (2015・11・12付 聖教新聞)

庶民に尽くすリーダーたれ
 孔子は九思一言《きゅうしいちげん》・周公旦《しゅうこうたん》は浴《ゆあみ》する時は三度《みたび》にぎり食する時はかせ給う、古《いにしえ》の賢人なり今の人のかがみなり(四条金吾御書、1175㌻)

通解 孔子は九つの思いを重ねた上で一言をいだした。周公旦は客人が来れば沐浴して髪を洗っている時でも三度、水を絞り落とした。また食事中でも三度、吐いて食事を中断した(客人を待たせなかった)。それが古の賢人であり、今の人の鑑である。

同志への指針

 リーダーは、礼儀正しく、思慮深く、どこまでも温かくあれ! 御書には、最高の人間学が示されている。
 この世で最も尊く、偉いのは誰か。それは、民衆の幸福のために尽くす人である。創価の友である。
 ゆえに、一人一人を最大に敬い、讃え、大切にしながら、現実社会に最極の賢人のスクラムを広げていくのだ。

御書とともに Ⅱ 71 名誉会長が指針を贈る   (2015・12・11付 聖教新聞)

学会を守る功徳は無量

 釈迦仏は・我を無量の珍宝を以て億劫の間・供養せんよりは・末代の法華経の行者を一日なりとも供養せん功徳は百千万億倍・過ぐべしとこそ説かせ給いて候(南条殿御返事、1578㌻)

通解 釈尊は「私を、無量の珍宝をもって、億劫という果てしなく長い間、供養するよりも、末法の法華経の行者を、たとえ一日でも供養する功徳のほうが、百千万億倍も勝れている」と説いておられる。

同志への指針
 妙法は、あらゆる仏を仏たらしめる根源の法である。妙法を悪世末法に弘める「法華経の行者」ほど崇高な存在はない。創価学会は「法華経の行者」が結集《けつじゅう》した仏勅の教団である。ゆえに、学会を守り、学会のために行動しゆく功徳は、無量無辺である。
 全世界の尊きわが同志に、汲めども尽きぬ福徳あれ! 所願満足の人生であれ! と、私は真剣に祈り抜いている。

御書とともに Ⅱ 72 名誉会長が指針を贈る
   (2015・12・17付 聖教新聞)

常に励ましあって前へ
 常にかた《語》りあわ《合》せて出離生死《しゅつりしょうじ》して同心に霊山浄土にてうな《頷》づきかたり給へ(華果成就御書、900㌻)

通解 常に語り合って生死の苦しみを離れ、同心に霊山浄土においてうなずき合って語らいなさい。

同志への指針

 我らは、三世永遠の使命の絆で結ばれた同志である。
 学会は、御聖訓通りの麗しい和楽の世界だ。皆が支え合い、希望と幸福を築く。創価家族は「常に」語り合い、励まし合っていくのだ。
 共に祈り、学び、行動していく中で、団結は一層深まっていく。苦楽を分かち合い、広宣流布に挑む連帯こそ、生死の苦悩を乗り越え、勝ち越えゆく原動力なのだ。

御書とともに Ⅱ 73 名誉会長が指針を贈る   (2015・12・23付 聖教新聞)

「自分」が立ち上がれ
 日蓮をば日本国の上一人より下万民に至るまで一人もなくあや《失》またんと・せしかども・今までかう《斯》て候事は一人なれども心のつよき故なるべしと・おぼすべし(乙御前御消息、1220㌻)

通解 日蓮のことを、日本国の上一人より下万民に至るまで、一人ももれなく亡き者にしようとしたが、今までこうして無事に生きてこられたことは、日蓮は一人であっても法華経を信じる心が強いから、諸天が守護されたと思いなさい。

同志への指針

 いずこの地、いつの時代にも、大聖人直結の「一人」が立ち上がれば、必ず妙法は広まる。世界192カ国・地域への慈折広宣流布も、師弟を根本にした一人立つ勇者たちの不屈の大闘争で築かれた。
 「誰か」ではない。「自分」である。「いつか」ではない。「今」である。
 「強き心」「燃え上がる信心」で、わが地域の広布新時代を大きく勝ち開こう!

御書とともに Ⅱ 74 名誉会長が指針を贈る   (2015・12・28付 聖教新聞)

「冥の照覧」は厳然
 人の身には同生同名と申す二《ふたり》のつかひを天《てん》生《うま》る時よりつけさせ給いて影の身に・したがふがごとく須臾《しゅゆ》も・はなれず(同生同名御書、1115㌻)

通解 人の身には同生同名《どうしょうどうみょう》という二人の使いを天はその人が生まれた時からつけられており、この二人の使いは影が身に従うように、寸時も離れない。

同志への指針
 大聖人がおられる佐渡まで夫(四条金吾)を送り出した日眼女《にちげんにょ》への御賞讃である。
 婦人部の皆様をはじめ全同志の奮闘ありて、この一年、世界広宣流布は大いなる躍進を遂げた。人知れず重ねる尊き友の労苦を、諸天も大喝采しているに違いない。
 「冥の照覧」は絶対である。学会活動に無駄はない。必ずや福徳と薫り、感謝と讃嘆の声に包まれるのだ。
2015-12-29 : 御書とともに :
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御書とともに Ⅱ 18〜42

御書とともに Ⅱ 18 名誉会長が指針を贈る   (2014.1.10付 聖教新聞)

すべては「一」から始まる

 夫れ須弥山の始《はじめ》を尋ぬれば一塵なり・大海の初は一露なり・一を重《かさ》ぬれば二となり・二を重ぬれば三・乃至十・百・千・万・億・阿僧祇の母は唯・一なるべし(妙密上入御消息、1237㌻)

通解 そもそも、須弥山の始めを尋ねれば一つの塵であり、大海の初めは一滴の露である。一を重ねれば二となり、二を重ねれば三となり、このようにして十、百、千、万、億、阿僧祗となっても、その生みの母はただ一なのである。

同志への指針
 壮大な世界広宣流布の新時代も、一人一人の「一歩」から始まる。一家でも一人が信心に立ち上がれば、未入会の家族も皆、必ず妙法の光で包んでいける。
 地域にあっても、自分自身が、わが眷属の一粒種となって、そこから広宣流布が具体的に広がる。この「誉れの一人」として、きょうも地道にして偉大な一歩を踏み出そう!

御書とともに Ⅱ 19 名誉会長が指針を贈る     (2014.7.21付 聖教新聞)

地涌の青年の陣列は無限

 地涌の菩薩のさきがけ日蓮一人なり、地涌の菩薩の数にもや入りなまし、若《も》し日蓮地涌の菩薩の数に入らば豈《あ》に日蓮が弟子檀那・地涌の流類《るるい》に非ずや(諸法実相抄、1359㌻)

通解 地涌の菩薩の先駆けは日蓮一人である。地涌の菩薩の数にも入っているかもしれない。もし、日蓮が地涌の菩薩の数に入っているならば、どうして日蓮の弟子檀那が地涌の流類でないことかあろうか。

同志への指針
 わが愛する青年部の力闘が、何よりも頼もしい。
 一番大事な時に、一番大変な所へ、苦難をものともせず、喜び勇んで躍り出る。これこそ、大聖人直系の誉れの地涌の若人にほかならない。
 皆、久遠からの誓いと宿縁がある。強盛な祈りと確信の対話で、君たちに連なる地涌の菩薩を一人また一人と呼び起こすのだ。この希望の陣列は未来に尽きることはない。

御書とともに Ⅱ 20 名誉会長が指針を贈る    (2014.7.25付 聖教新聞)

自他共に幸福の大輪を

 末法に入《いり》て今日蓮が唱る所の題目は前代に異り自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり(三大秘法抄、1022㌻)

通解 末法に入《はい》って、今、日蓮が唱えている(南無妙法蓮華経の) 題目は、末法に入る前の時代とは異なって、自行と化他の両方にわたる南無妙法蓮華経である。

同志への指針
 真に幸福の人とは、人を幸福にできる人だ。題目は、その究極の力である。
 広宣流布に挑みゆく我ら学会員の唱題行こそ、御書に仰せ通りの「自行化他にわたる」実践にほかならない。
 自他共の仏性を信じる。自他共の生命の可能性を開く。自他共に幸福の大輪を咲かせる。私たちの実践は、御本仏の大願を実現する最高の仏道修行なのだ。

御書とともに Ⅱ 21 名誉会長が指針を贈る     (2014.8.2付 聖教新聞)

行学錬磨の有意義な夏を

 然れども此等の人人には・ゆづり給はずして地涌の菩薩に譲り給へり、されば能く能く心をきた《鍛》はせ給うにや(四条金吾殿御返事、1186㌻)

通解 しかしながら、仏はこれらの人々(舎利弗や迦葉、観音や妙音等の菩薩)には妙法を譲られないで、地涌の菩薩に譲られたのである。ゆえに、これら地涌の菩薩は、よくよく心を鍛えておられたのであろう。

同志への指針
 大聖人は断言なされた。
 なぜ釈尊は、地涌の菩薩に付嘱したのか。それは、地涌の菩薩が心を強く鍛えていたからである、と。心を鍛えずして、悪世末法の広宣流布を成就することはできない。
 創価学会も、この精神のままに行学錬磨に励んできた。とりわけ夏の鍛錬は牧口先生以来の伝統である。
 張りのある勤行からスタートし、有意義な成長の夏に!

御書とともに Ⅱ 22 名誉会長が指針を贈る
   (2014.8.6付 聖教新聞)

油断排し、絶対無事故で

 家へかへらんにはさき《前》に人を入れてと《戸》のわき《側》はし《橋》のした《下》むまや《厩》のしり・たかどの《高殿》一切くらきところを・みせて入るべし(四条金吾殿御返事、1175㌻)

通解 家に帰る時には、先に人を館《やかた》に入れて戸の脇、橋の下、馬小屋の後ろ、高楼《こうろう》など、いっさい暗い所を見させてから入りなさい。

同志への指針
 大聖人は、敵に付け狙われている四条金吾に、幾度も繰り返し注意なされた。
 その御注意は一つ一つ具体的であり、これほどまでにというほど、こまやかである。これが「百千万億倍・御用心」という信心の姿勢である。
 「このぐらい」とか、「いつもこうだから」などの、心の隙や慢心を排したい。
 絶対無事故で、悔いなき価値の日々であれ!

御書とともに Ⅱ 23 名誉会長が指針を贈る    (2014.8.8付 聖教新聞)

「孝養第一」の振る舞い

 今年は又七月《ふづき》一日《ついたち》身延山に登りて慈父のはかを拝見す、子にすぎたる財《たから》なし・子にすぎたる財なし(千日尼御返事、1322㌻)

通解 (あなたの子息・藤九郎守綱《もりつな》が)今年もまた7月1日に身延山に登って、慈父(阿仏房)の墓参りをしていました。子ども以上の宝はありません。子ども以上の宝はありません。

同志への指針
 大聖人は千日尼に仰せである。 “あなたの子息・藤九郎守綱が、昨年に引き続き今年も、遠く佐渡から身延へ、亡くなった慈父・阿仏房の墓前に弔いに来られました” と。そして、この立派な孝養の子息と母を賞讃されている。
 孝養第一こそ仏法者の振る舞いである。妙法は、父母をはじめ自分に縁した全ての人に最高の善根を送り、三世の安穏を約束する大法なのだ。

御書とともに Ⅱ 24 名誉会長が指針を贈る    (2014.8.16付 聖教新聞)

正法伝持の人は「国宝」

 伝持の人無れば猶木石《もくせき》の衣鉢《えはつ》を帯持《たいじ》せるが如し(顕仏未来記、508㌻)

通解 (経典があっても)仏法を持《たも》ち、伝えていく人がいないので、それはちょうど木像や石像が法衣を着て、鉢を持っているようなもので、何の役にも立っていない。

同志への指針
 後継を育てることは、未来を創ることだ。
 学会の後継育成は、世界平和の種を植えることだ。
 広布の人材が増えれば、地球上の悲惨を減らせる。
 未来部の使命は、あまりにも大きい。
 正法を伝持し、皆を照らす人は「国宝」ともいえる。
 ならば、伝持の人を育てる人も「国宝」なり。いな。「世界第一の宝」である。

御書とともに Ⅱ 25 名誉会長が指針を贈る
   (2014.8.21付 聖教新聞)

師弟共戦の人生に誉れ

 法華経は末法の始め五百年に弘まり給ふべきと聴聞《ちょうもん》仕《つかまつ》り御弟子《みでし》となると仰せ候事、師壇《しだん》となる事は三世の契り種熟脱の三益《さんやく》別に人を求めんや(秋元殿御返事、1070㌻)

通解 (お手紙の中に) “法華経は末法の始めの五百年に弘まると承って御弟子になりました” とあるが、師匠となり、弟子となることは三世にわたる契りである。(法華経に説かれる)下種益《げしゅやく》・熟益《じゅくやく》・脱益《だっちゃく》の三益の法理も別の人に求めてはならない。

同志への指針
 大聖人の法門を聴き、弟子になると決意した門下に、師弟は「三世の契り」であり、正しき師匠を離れて成仏はありえないと仰せである。
 仏法は師弟の宗教である。師にめぐりあい、師と共に誓願の人生を歩む以上の福徳はない。戸田先生とお会いして67年。不二の心で生き抜いた広布の人生は晴れやかだ。そして、後継の弟子が二陣・三陣と続いてくれている。

御書とともに Ⅱ 26 名誉会長が指針を贈る   (2014.8.27付 聖教新聞)

世界は哲学のリーダーを待望

 南無妙法蓮華経の南無とは梵語・妙法蓮華経は漢語なり梵漢共時《ぐじ》に南無妙法蓮華経と云《い》うなり(御義口伝、708㌻)

通解 南無妙法蓮華経の南無とは梵語(古代インドの言葉)であり、妙法蓮華経は漢語である。梵語と漢語があわさって南無妙法蓮華経というのである。

同志への指針
 学生部の友と学び合った一節である。日蓮大聖人の仏法は「梵漢共時」であり、全世界の文化を尊重する。これが一閻浮提を照らす創価の道である──こう決意した俊英たちが皆、立派な指導者と育ってくれた。
 今、世界広布新時代に集った、宿縁深い男女学生部の英才たちよ! 次の50年を頼む。人間主義の力あるリーダーを世界が待っている。

御書とともに Ⅱ 27 名誉会長が指針を贈る   (2014.9.2付 聖教新聞)

中心者の一念で決まる

 大将軍よは(弱)ければ・したがうものも・かひなし、弓よはければ絃《つる》ゆるし・風ゆるければ波ちゐさきは自然の道理なり(四条金吾殿女房御返事、1135㌻)

通解 大将軍の心が弱ければ従う兵卒もふがいない。弓が弱ければ絃もゆるい。風がゆるければ波も小さいのは自然の道理である。

同志への指針
 広宣流布の前進はリーダーの「一念」で決まる。
 「断じて勝つのだ」との強固な決意があるか。「何とかなる」という甘えや油断はないか。一念の微妙な差が、大きな結果となって現われる。
 勇気は決意を生む。行動を生む。君よ、題目の師子吼を轟かせて、広宣流布の名指揮を頼む。一切の勝利は「大将軍」の心から始まる。

御書とともに Ⅱ 28 名誉会長が指針を贈る
    (2014.9.4付 聖教新聞)

一切の根本は「信心」

 一念三千も信の一字より起《おこ》り三世の諸仏の成道も信の一時より起こるなり、此の信の字《じ》元品《がんぽん》の無明を切る利剣なり(御義口伝、725㌻)

通解 一念三千も信の一字から起きる。三世の諸仏の成道も信の一字によるのである。この信の字は元品の無明を切る利剣である。

同志への指針
一念三千の法理も「信の一字」を起こしてこそ、はじめて成仏への法門となる。三世の諸仏も皆「信の一字」を起こして成仏したのである。
 元品の無明は「信」の利剣によってしか断ち切ることはできない。「信の一字」は智慧の因であり、宇宙大の価値創造の源泉である。一切は「信心」より起こる。体験と道理に基づく「信」こそ、信仰の王道である。

御書とともに Ⅱ 29 名誉会長が指針を贈る   (2014.9.12付 聖教新聞)

三世を照らす明鏡

 法華経は人の形《かたち》を浮《うか》ぶるのみならず・心をも浮べ給へり、 心を浮ぶるのみならず・先業をも未来をも鑒《かんが》み給う事くもりなし(御義口伝、725㌻)

通解 法華経は、人の容姿を映すだけでなく、心をも映すのである。しかも、現在の心だけでなく、過去世の業や未来の果報までも、ありありと照らし見ることができるのである。

同志への指針
確固たる哲学は人生の明鏡である。法華経は我らの色心のみならず、三世まで映し出しす最極の明鏡である。
 御本尊を信じ、唱題していけば、現在の自信の生命を正しく見つめることができる。生命の因果を知り、過去からのいかなる宿命をも転換することができる。そして、未来に向かって最高無上の福徳の軌道を、真っすぐに歩んでいけるのだ。

御書とともに Ⅱ 30 名誉会長が指針を贈る   (2014.9.24付 聖教新聞)

病は信心を深めるチャンス

 まこと《実》やらむ・いえ《家》の内に・わづらひの候なるは・よも鬼神のそゐ《所為》には候はじ、十らせち《羅刹》女の信心のぶんざい《分際》を御心《おんこころ》みぞ候らむ(上野殿御返事、1544㌻)

通解 あなたの家の内に病人があるということはまことであろうか。もし、そうだとしても、よもや鬼神のせいではないだろう。十羅刹女があなたの信心のほどを試されているのであろう。

同志への指針
家族の病気や介護など、現実の生活はさまざまな困難や辛労との戦いである。不安や心配も絶えない。
 しかし、仏法の眼《まなこ》で捉えれば、必ず深い意味がある。一つ一つ、永遠に幸福になるための信心の試練である。
 「大難」即「成仏」──。絶対に変毒為薬できるのだ。一切を幸福へと転じゆく強盛な信心で、ご一家の福徳の大境涯を開いていただきたい。

御書とともに Ⅱ 31 名誉会長が指針を贈る    (2014.10.1付 聖教新聞)

学会が仏法西還を証明

 月は西より東に向へり月氏の仏法の東へ流るべき相なり、日は東より出づ日本の仏法の月氏へかへるべき瑞相なり(諫暁八幡抄、588㌻)

通解 月は西から東へ向かう。それは月氏の仏法が東へ流布する相である。日は東から出る。日本の仏法が、月氏国へ還るという瑞相である。

同志への指針
 仏法西還を予言された、日蓮大聖人の未来記である。
 インドをはじめ世界192カ国・地域に躍り出たSGIメンバーの英姿に、この未来記の厳然たる証明がある。
 若き地涌の友の活躍は民衆の希望である。
 さあ、誓いの青年《きみ》よ! 信ずる後継《きみ》よ! 新時代のバトンは、すでに託されているのだ。太陽の仏法で、人類を照らしゆけ!

御書とともに Ⅱ 32 名誉会長が指針を贈る    (2014.10.1付 聖教新聞)

共々に教学研鑽の汗を

 各各互《たがい》に読《よみ》聞《き》けまいらせさせ給え、かかる濁世には互につねに・いゐあわせてひまもなく後世《ごせ》ねがわせ給い候へ(法華行者逢難事、965㌻)

通解 (わが門下たちは)おのおの互いに読み、聞かせてさしあげなさい。このような濁世には、互いに常に話し合って、ひまなく後世を願うようにしなさい。

同志への指針
 御書は生老病死の苦悩を乗り越え、常楽我浄の道を開く大哲理の一書である。
 皆で共に御書を拝し、学び、語る。学会の教学は、民衆による未曽有の大研鑽運動だ。
 「幸福の博士」「励ましの博士」「人間学の博士」「生命の博士」「平和の博士」を無数に生み出している。
 教えてくれる方々への感謝も忘れず、さらに共々に「行学の二道」に励みたい。

御書とともに Ⅱ 33 名誉会長が指針を贈る   (2014.10.16付 聖教新聞)

平和の使命を果たし抜け

 玄義に云く「若し此の法に依れば即ち天下泰平」と、此の法とは法華経なり法華経を信仰せば天下安全たらむ事疑有る可《べ》からざるなり(御義口伝、786㌻)

通解 天台大師は法華玄義に「もし、この法を根幹としていくならば、天下は泰平となる」と述べている。天台のいう「この法」とは妙法蓮華経である。この妙法蓮華経を信仰するならば、世界は平和になっていくことは疑いないのである。

同志への指針
 平和は万人の願いだ。その希求に応えゆく確固たる大哲学こそ、仏法なのである。
 この御文に先立って、妙法は「一切衆生をたぼらかさぬ秘法なり」とも仰せだ。
 我ら創価の使命は、「立正安国」即「恒久平和」の実現である。生命尊厳の思想を世界に弘め、人類の生存の権利を守り抜け!──この恩師の遺訓を、後継の青年たちと断じて実現しゆくのだ。

御書とともに Ⅱ 34 名誉会長が指針を贈る   (2014・11・5付 聖教新聞)

今いる場所こそ寂光土

 今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住処は山谷曠野《せんごくこうや》皆寂光土なり(御義口伝、781㌻)

通解 いま南無妙法蓮華経と唱える日蓮とその門下の住む所は、それが山であり、谷であり、広野であっても、全て寂光土(仏国土)である。

同志への指針
 現実を離れて仏法はない。自身の生活の中で、人間革命し、宿命転換し、幸福になっていくための信心である。一切の労苦に無駄はない。
 家庭や地域で、そして社会の荒波の中で、歯を食いしばって奮闘する婦人部・壮年部の皆様に、私は最敬礼し、心からのエールを送りたい。
 皆様こそ、「娑婆即寂光」の尊き実践者であり、仏国土建設の勇者なのである。


御書とともに Ⅱ 35 名誉会長が指針を贈る   (2014・11・14付 聖教新聞)

師弟の絆は三世に輝く

 過去無量劫より已来《このかた》師弟の契約有りしか、我等末法濁世に於て生《しょう》を南閻浮提大日本国にうけ・忝《かたじけな》くも諸仏出世の本懐たる南無妙法蓮華経を口に唱へ心に信じ身に持《たも》ち手に翫《もてあそ》ぶ事・是《こ》れ偏《ひとえ》に過去の宿習《しゅくじゅう》なるか(最蓮房御返事、1340㌻)

通解 過去世の計り知れない昔から今日に至るまで、師弟の約束があったのであろうか。私たちが末法濁世において、生を南閻浮提の大日本国に受け、ありがたくも諸仏出世の本懐である南無妙法蓮華経を口に唱え、心に信じ、身に持《たも》ち、手に大切に持《も》つことができるのは、ひとえに過去の宿習であろうか。

同志への指針
 広宣流布の師弟は、三世の約束である。いかなる魔軍も絶対に破ることはできない。
大聖人に直結する師弟であればこそ、創価学会は一切の三障四魔、三類の強敵に打ち勝ち、世界広宣流布を開くことができた。84年の大闘争は師弟勝利の歴史である。
 これからも永遠に、師弟という人間性の尊極の魂の結合によって、民衆の凱歌の叙事詩を綴りゆくのだ。

御書とともに Ⅱ 36 名誉会長が指針を贈る   (2014・11・21付 聖教新聞)

無上の哲学を学ぶ誇り

 予少量為《な》りと雖《いえど》も忝《かたじけな》くも大乗を学す蒼蠅《そうよう》驥尾《きび》に附して万里を渡り碧蘿《へきら》松頭《しょうとう》に懸《かか》りて千尋《せんじん》を延ぶ(立正安国論、26㌻)

通解 私はとるに足らない身ではあるけれども、かたじけなくも大乗の教えを学んでいる。青バエは、驥(一日に千里を走るという名馬)の尾に止まっていれば万里を渡り、緑のつたかずらは、松の枝先にかかっていれば千尋の高さにまで伸びることができる。

同志への指針
 かの大歴史学者トインビー博士も「大乗仏教」の英知を真摯に探究されていた。
 大乗の真髄を学ぶことは、どれほど深き宿縁であるか。
 永遠の生命尊厳の哲理とともに、永遠の幸福の大境涯を開くことができる。究極の立正安国の法理とともに、究極の平和の大連帯を築くことができる。
 我らは無上の哲学を実践し、万里を悠然と進むのだ。

御書とともに Ⅱ 37 名誉会長が指針を贈る   (2014・11・26付 聖教新聞)

苦難をはね返す生命の力

 先業《せんごう》の重き今生《こんじょう》につきずして未来に地獄の苦を受くべきが今生にかかる重苦に値《あ》い候へば地獄の苦《くるし》みぱっときへて(転重軽受法門、1000㌻)

通解 過去世の重い業が今生では尽きずに、来世に地獄の苦しみを受けるところを、今生にこのような重い苦しみにあえば、地獄の苦しみがぱっと消えて……。

同志への指針
 どんな苦悩にも断じて負けない。絶対に克服できる。究極の正義に生き抜く生命が、不幸になどなるわけがない。
 「転重軽受」は、苦難を跳ね返す真髄の力を明かした希望の法理だ。
 太陽が昇れば、闇は消え去る。強盛なる信心を貫く中で、苦悩が「ぱっ」と消える時が必ずある。一番、自らを悩ませる難問が、一番、境涯を躍進させゆく転機となるのだ。

御書とともに Ⅱ 38 名誉会長が指針を贈る   (2014・12・3付 聖教新聞)

日々の「発迹顕本」を

 日蓮といゐし者は去年《こぞ》九月十二日子丑《ねうし》の時に頸《くび》はねられぬ、此れは魂魄・佐土の国にいたりて返年《かえるとし》の二月・雪中《せっちゅう》にしるして有縁《うえん》の弟子へをく《贈》ればをそ《畏》ろしくて・をそろしからず(開目抄、223㌻)

通解 日蓮と名乗った者は、去年(文永8年)9月12日の深夜、子丑の時に頸《くび》をはねられた。これは、その魂魄が佐渡の国に至って、年が改まって2月、雪深い中で記《しる》して、有縁の弟子に贈るのであるから、難は恐ろしいようであるが、法華経の行者にとっては、恐ろしいものではない。

同志への指針
 「発迹顕本」とは、凡夫の身に久遠の仏界の境地を顕すことである。仏法は「人間」が主役だ。戸田先生は「久遠の凡夫」とも言われた。ありのままの人間の生命に、いかなる大難をも乗り越える無限の力が具わっている。
 1日1日、題目を朗々と唱え、わが胸中に「勇気の炎」を燃やし、何ものも恐れずに進む。ここに、我らの発迹顕本の道がある

御書とともに Ⅱ 39 名誉会長が指針を贈る
   (2014・12・9付 聖教新聞)

いよいよ強盛に前進!

 いよいよ強盛の御志あるべし、冰《こおり》は水より出でたれども水よりもすさ《凄冷》まじ、青き事は藍より出《い》たれども・かさ《重》ぬれば藍よりも色まさる(乙御前御消息、1221㌻)

通解 いよいよ強盛な信心を、起こしていきなさい。氷は水からできるが、水よりも冷たい。青い色は、藍という草から生まれるが、重ねて染めれば、藍よりも色が鮮やかになる。

同志への指針
 信心の極意は「いよいよ」の実践だ。大聖人は、門下のそれまでの健闘を讃えられつつ、「今一重強盛に」と励ましを贈られている。
 〝さあ、ここからだ〟と祈りを深め、挑みゆく一念が壁を破る。
 本因妙の仏法である。新たな一日を、新たな勇気で、いよいよ強盛に前進していくのだ。あなたも、皆も、我ら創価家族は、藍より青く!

御書とともに Ⅱ 40 名誉会長が指針を贈る   (2014・12・11付 聖教新聞)

わが声が広宣の歴史築く

 言《ことば》と云《い》うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり(三世諸仏総勘文教相廃立、563㌻)

通解 言葉というのは心の思いを響かせて、声に表したものをいうのである。

同志への指針
 私たちの肉声が広宣流布を開拓する。
 友を励ます慈愛の声、正義を訴え切る信念の声、無明の迷いを晴らす確信の声――我らの日々の対話こそ、魔を打ち破り、妙法の力を社会に漲らせていく、偉大な「仏事」すなわち「仏の仕事」なのだ。
 真剣と真心から発する誠実な言葉の響きは、必ず相手の生命に届く。勇気凜々と、広布と人生の凱歌を轟かせよう!

御書とともに Ⅱ 41 名誉会長が指針を贈る   (2014・12・26付 聖教新聞)

真心の供養に無量の功徳が

 ひとつ《一領》のかたびら・なれども法華経の一切の文字《もんじ》の仏にたてまつるべし。この功徳は父母・祖父母・乃至無辺の衆生にも・をよぼしてん(さじき女房御返事、1231㌻)

通解 1枚の帷子《かたびら》ではあるが、法華経の一切の文字の仏に供養したことになるのである。この功徳は、あなたの父母、祖父母、さらに、実に多くの衆生にも及ぶことは間違いない。

同志への指針
 真心には、必ず真心で応える。これが仏法の人間主義である。
 日蓮大聖人は、女性門下の尊き志を最大に賞讃なされ、その功徳が限りない福徳の門を開くことを示されている。
 妙法を弘める「仏の世界」を守り、支える功徳は、父母はもちろん、無量無辺の眷属にも伝わる。
 一人の信心の志が、万人の幸福へと広がるのである。

御書とともに Ⅱ 42 名誉会長が指針を贈る   (2014・12・25付 聖教新聞)

多宝の先輩方に感謝

 法華経と申すは手に取れば其の手やがて仏に成り・口に唱ふれば其の口即《すなわち》仏なり(上野尼御前御返事、1580㌻)

通解 法華経というのは、手に取ればその手がただちに仏に成り、口に唱えればその口がそのまま仏である。

同志への指針
 妙法を唱え、広宣流布に生きる学会員こそ、仏である。法のため、人のために尽くしゆく功徳は、そのまま自身の生命を荘厳する。
 多宝会、宝寿会、錦宝会の皆様方が、友人に後輩に、子に孫に、体験を語り、我らの広布史を誇らしく伝える。その姿が、妙法に生きる偉大な勝利の人生を、何よりも雄弁に物語っているのだ。
 健康長寿を深く祈ります。
2014-12-25 : 御書とともに :
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御書とともに Ⅱ 1〜17

御書とともに Ⅱ 1 名誉会長が指針を贈る    (2013.5.21付 聖教新聞)

日本第一の富者の誇り

 当世・日本国に第一に富める者は日蓮なるべし命は法華経にたてまつり名をば後代に留《とどむ》べし(開目抄、223㌻)

通解
 今の世の中において、日本国で第一に富んでいる者は、日蓮なのである。命は法華経にたてまつり、名を後代に必ずとどめるであろう。

同志への指針
 佐渡での大宣言であられる。
 日蓮大聖人は、流罪という大難のなかで、大宇宙をも包みゆかれる赫々たる御境涯を、悠然と示してくださっている。
 我らは大聖人の正統である。ゆえに、いかなる苦難も恐れない。妙法を根本に、「心の財《たから》」第一の誇りも高く、未来永遠に輝く勝利の旗を打ち立てていくのだ。

御書とともに Ⅱ 2 名誉会長が指針を贈る    (2013.5.29付 聖教新聞)

社会の勝利者と光れ

 天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか(観心本尊抄、254㌻)

通解
 天が晴れるならば、地はおのずから明らかとなる。同様に、法華経を知る者は世間の法をも、おのずから得るであろう。

同志への指針
 妙法は太陽である。社会の大地を明るく照らす、本源の智慧の光である。我らは生命尊厳の正しき法理の上から、世間の事象の本質を鋭く見極め、自在にリードしていくのだ。
 現実の荒波の中で奮闘する友よ、断じて負けるな! 題目に勝る力はない。勇気凜々と断じて社会で勝ち光れ!

御書とともに Ⅱ 3 名誉会長が指針を贈る   (2013.6.9付 聖教新聞)

「負けじ魂」で断じて進め

 此法門を日蓮申す故に忠言耳に逆う道理なるが故に流罪せられ命にも及びしなり、然《しかれ》どもいまだこりず候(曾谷殿御返事、1056㌻)

通解
 この法門を日蓮が説くので、「忠言は耳に逆らう」というのが道理であるから、流罪にされ、命の危険にも及んだのである。しかしながら、いまだ懲りてはいない。

同志への指針
 正しいからこそ、魔は競い起こる。
 日蓮大聖人は、命に及ぶ迫害の中で一切を耐え忍び、全民衆の幸福と平和のために「立正安国」の大闘争を貫き通してくださった。
 「いまだこりず候」——これこそ学会精神の真髄である。我らは何ものにも屈しない。魔の方が音を上げるほどの「負けじ魂」で、戦って戦って戦い抜くのだ。

御書とともに Ⅱ 4 名誉会長が指針を贈る    (2013.6.17付 聖教新聞)

颯爽とわが使命の道を

 日蓮生れし時より・いまに一日片時も・こころやすき事はなし、此の法華経の題目を弘めんと思うばかりなり(上野殿御返事、1558㌻)

通解
 日蓮は、生まれた時から今に至るまで、一日片時も心の安まることはなかった。ただ、この法華経の題目を弘めようと思うばかりであった。

同志への指針
 青年・南条時光に、打ち続く大難を忍ばれた御真情を綴られた一節である。この大闘争に連なる覚悟が、我らの学会精神である。
 きょう「一日」を、今「この時」を、真剣勝負で戦い切ることだ。そこに“仏の勇気”も“仏の力”も“仏の智慧”も、満々と湧き起こってくる。さあ! 友のため、社会のため、わが使命の道を颯爽と前進だ!

御書とともに Ⅱ 5 名誉会長が指針を贈る    (2013.6.21付 聖教新聞)

師弟は永遠に一体

 法華経を信じ候事は一閻浮提第一の聖人なり、其の名は十方の浄土にきこえぬ、定めて天地もしりぬらん・日蓮が弟子となのらせ給はば・いかなる悪鬼なりともよもしらぬよしは申さじとおぼすべし(妙心尼御前御返事、1480㌻)

通解
 (日蓮は)法華経を信じ奉ることは一閻浮提第一の聖人である。その名は十方の浄土にも聞こえている。さだめし天地も知っていることであろう。日蓮の弟子であると名乗られるなら、どのような悪鬼でもよもや(日蓮の名を)知らないとはいわないはずである。

同志への指針
 妙法は、宇宙と生命を貫く根本法則である。この妙法に生き抜いた勇者の名は、十方の仏土にまで轟きわたっていくのだ。
 「我は大聖人の弟子なり。創価の闘士なり」と名乗れば、悪鬼さえも従う。広布に戦う師弟は、三世永遠に「常楽我浄」の軌道を進むことができる。最後は、真面目に信心しきった人間が絶対に勝つのだ。

御書とともに Ⅱ 6 名誉会長が指針を贈る      (2013.6.27付 聖教新聞)

妙法の人は最高に尊貴

 当起遠迎《とうきおんごう》とは必ず仏の如くに法華経の行者を敬う可しと云う経文なり(御義口伝、781㌻)

通解 (法華経の普賢菩薩勧発品の)「当起遠迎(当《まさ》に起《た》って遠く迎うべきこと)」とは、法華経の行者を必ず仏の如く敬っていきなさいとの経文である。

同志への指針
 日蓮大聖人の仰せのままに広宣流布に戦う学会員ほど、尊貴な存在はない。真実の法華経の行者である。まさに仏の如くに敬っていくことだ。
 互いに健闘を讃え励まし合う心から、前進の勢いが増す。歓喜と功徳が広がる。
 さあ、我らの「生命の光」「信念の光」「団結の光」を、一段と強く地域に社会に送っていこう。立正安国のために!

御書とともに Ⅱ 7 名誉会長が指針を贈る    (2013.7.4付 聖教新聞)

学会活動は最高の善

 花は開いて果《このみ》となり・月は出でて必ずみち・燈《ともしび》は油をさせば光を増し・草木は雨ふればさかう《栄》・人は善根をなせば必ずさかう(上野殿御返事、1562㌻)

通解 花は咲いて果となり、月は出て必ず満ち、燈は油をさせば光を増し、草木は雨が降れば茂る。(と同じように)人は善根を積めば必ず栄える。

同志への指針
 広宣流布という、最高の大善根を積みゆく人は、「必ず」無量無辺の大福徳に包まれる。これが、生命の因果の理法である。
 一日また一日、友の幸福のため、社会の平和と繁栄のため、たゆまず行動する。何と尊い金の汗か! そこに人生勝利の花が咲き薫ることは、絶対に間違いない。

御書とともに Ⅱ 8 名誉会長が指針を贈る   (2013.7.15付 聖教新聞)

不屈の折伏精神を燃やせ

 弥《いよいよ》信心をはげみ給うべし、仏法の道理を人に語らむ者をば男女僧尼必ずにくむべし、よしにく《憎》まばにくめ法華経・釈迦仏・天台・妙楽・伝教・章安等の金言に身をまかすべし、如説修行の人とは是《こ》れなり(阿仏房尼御前御返事、1308㌻)

通解 ますます信心に励んでいきなさい。仏法の道理を人に語っていく者を、男女僧尼が必ず憎むであろう。よし、憎むなら憎むがよい。法華経・釈迦仏・天台・妙楽・伝教・章安等の金言に身を任せるべきである。如説修行の人とは、こういう人をいうのである。

同志への指針
 「にくまばにくめ」──わが多宝の友はこの御聖訓を抱きしめ、悪口罵詈《あっくめり》さえも、誉れとしながら、戦い抜いてこられた。
 「如説修行」に徹してきた、偉大な庶民の一人一人の尊きドラマは、仏天が莞爾と照覧されているに違いない。
 後継の友よ! この不屈の折伏精神で、新しい時代の扉を断固と開いてくれ給え!

御書とともに Ⅱ 9 名誉会長が指針を贈る   (2013.7.23付 聖教新聞)

世界広布は学会が実現

 大集経《だいじっきょう》の白法隠没《びゃくほうおんもつ》の時に次いで法華経の大白法の日本国並びに一閻浮提に広宣流布せん事も疑うべからざるか(撰時抄、265㌻)

通解 大集経で説く白法隠没の時に続いて、法華経の大白法が、日本の国並びに一閻浮提に広宣流布することも、疑いないことではないか。

同志への指針
 一閻浮提(全世界)への広宣流布という仏意仏勅を実現したのは、創価学会である。不惜身命・死身弘法の師弟の闘争あればこそ、世界192カ国・地域の大連帯となった。
 いよいよ、本格的な世界広布の飛躍の時だ。いずこにも、地涌の人材が躍り出ている。
 「異体同心」のスクラム楽しく、伸びゆく青年部・未来部の友と、さあ平和の前進だ!

御書とともに Ⅱ 10 名誉会長が指針を贈る       (2013.8.9付 聖教新聞)

平和こそ創価学会の魂

 国土泰平・天下安穏は一人より万民に至るまで好む所なり楽う所なり(立正安国論、31㌻)

通解 国土泰平、天下安穏は、上一人から万人に至るまで一切の人々があげて好むところであり、願うところである。

同志への指針
 平和は民衆の悲願、人類の宿願である。
 「立正安国」の対話は、同じ人間として、この平和への願いを分かち合うことから出発する。ゆえに、いかなる差異も超えて、必ず理解と共感を広げることができるのだ。
 平和こそ創価学会の魂だ。創立の父は平和の信念に命を捧げられた。我らも生命尊厳の哲学を語り、平和の連帯を結んでいこう!

御書とともに Ⅱ 11 名誉会長が指針を贈る        (2013.8.19付 聖教新聞)

若き友に徹して励ましを

 されば余りに人の我をほむる時は如何様にもなりたき意《こころ》の出来《しゅったい》し候なり、是ほむる処の言よりをこり候ぞ(諸法実相抄、1359㌻)

通解 人から自分が、大変によく褒められるならば、どのようになっても構わないとする心が生じてくるものである。これは、褒める言葉から起きてくるものである。

同志への指針
 人を勇気づけるのは、励ましの言葉である。褒められたら誰でも力が漲る。歓喜が湧き、心が軽くなり、明るくなる。
 皆、本来、宇宙大の仏と等しい生命がある。その力を最大に引き出すのが、仏法だ。
 互いに讃え合い、共々に勇んで前進する。特に、青年部・未来部には温かい言葉を贈り、新しい創価の人材城を築いていこう! 一丸となって希望の未来を創るのだ。

御書とともに Ⅱ 12 名誉会長が指針を贈る      (2013.9.28付 聖教新聞)

師弟不二の祈りで勝て

 だんな《檀那》と師とをもひあわぬいの《祈》りは水の上に火をたく《焚》がごとし(四条金吾殿御返事、1151㌻)

通解 檀那(弟子)と師匠とが心を同じくしない祈りは、水の上で火を焚くようなものであり、叶うわけがない。

同志への指針
 この世で、師弟の絆ほど美しいものはない。強いものはない。
 私の心には、いつも広布に戦う恩師がいる。瞬時も離れず師匠と対話している。後継の青年が、人生と社会で勝利することこそ、師の最大の喜びである。
 広宣流布の大願は、師弟の祈りで成就する。学会は、永遠に師弟不二に徹して、広布の大道を断固と勝ち開いていくのだ。

御書とともに Ⅱ 13 名誉会長が指針を贈る      (2013.10.11付 聖教新聞)

広布の大願と確信に生きよ

 法華経と申すは随自意と申して仏の御心《みこころ》をとかせ給う、仏の御心はよき心なるゆへに・たとい《仮令》・し《知》らざる人も此の経をよみたてまつれば利益《りやく》はかりなし。(衆生身心御書 、1591㌻)

通解 法華経という経は、随自意といって仏の御心を説かれたのである。仏の御心は素晴らしい心であるから、たとえよく知らない人であっても、この経(法華経)を読み奉れば利益は計り知れないないのである。

同志への指針
 法華経には、万人を成仏させゆく大願と確信がそのまま説き明かされている。
 妙法の素晴らしさをありのままに語る「随自意」こそ、法華経の魂であり、学会精神である。友の幸福を願う私たちの真心が通じないわけがない。
 時代は「希望の哲学」「生命尊厳の哲学」を求めている。いよいよ胸を張って、朗らかに堂々と大仏法を語り切っていこう!

御書とともに Ⅱ 14 名誉会長が指針を贈る      (2013.10.25付 聖教新聞)

現実に勝つための信仰

 智者とは世間の法より外《ほか》に仏法を行《おこなわ》ず、世間の治世の法を能く能く心へて候を智者とは申すなり(減劫御書 、1466㌻)

通解 智者とは世間の法以外において仏法を行ずることはない。世間の治世の法を十分に心得ているのを智者とはいうのである。

同志への指針
 「仏法即社会」であり「信心即生活」である。現実を離れて仏法はない。
 真実の智者とは、社会の真っただ中で戦い、社会で勝つ人である。
 妙法は、一人一人の人生を開く「根本の軌道」だ。いかなる試練も、題目を唱え智慧を出していけば、絶対に打開できる。必ず勝利の大輪が咲くのだ。

御書とともに Ⅱ 15 名誉会長が指針を贈る   (2013.11.13付 聖教新聞)

率先垂範の名指揮を

 兵者《へいしゃ》を打つ刻《きざみ》に弱兵《じゃくへい》を先《さき》んずれば強敵《ごうてき》倍《ますます》力を得《う》る(守護国家論 、37㌻)

通解 兵を討つ時、弱い兵を先に向かわせると、強い敵は、ますます力を得る。

同志への指針
  日蓮大聖人は勝利の鉄則を教えてくださった。すなわち「リーダー率先」である。
 戸田先生は、常に最も大変なところへ、若い、私を派遣され、突破口を開かせた。これが、青年学会の誉れの伝統だ。
 とりわけ新任のリーダーは、「同志を必ず幸福に」「いかなる魔も打ち破る」「広布の新時代を創る」との一念を燃やし、率先の足跡を残していただきたい。

御書とともに Ⅱ 16 名誉会長が指針を贈る
   (2013.11.30付 聖教新聞)

妙法の功徳は広大無辺

 問う其の義を知らざる人唯南無妙法蓮華経と唱うるに解義《げぎ》の功徳を具するや否や、答う小児乳を含むに其の味を知らざれども自然に身を益《やく》す(四信五品抄 、341㌻)

通解 問う、(妙法蓮華経の五字に法華経の道理が納まっているという)意義を知らず、ただ南無妙法蓮華経と唱える人が、一念三千の道理をわきまえる人と同じ功徳を得られるであろうか。答える、子どもが母の乳を飲むのに、その味を知らないけれども自ずから育っていくようなものである。

同志への指針
 妙法の功徳は広大無辺である。たとえ深き意義を知らなくても、母の慈愛に抱かれた幼子のように、自然と無量の福徳に包まれる。
 「信」の一宇で、真っすぐに御本尊に向かうことだ。いかなる権勢の人も、題目を唱える人にはかなわない。これが、日蓮大聖人に直結する我らの誉れなのである。

御書とともに Ⅱ 17 名誉会長が指針を贈る     (2013.12.28付 聖教新聞)

信心の根をどこまでも深く

 ね《根》ふかければは《葉》かれず・いづみ《泉》に玉あれば水たえずと申《もう》すやうに・御信心のねのふかく・いさぎよき玉の心のうちに・わたらせ給うか(窪尼御前御返事 、1479㌻)

通解 根が深ければ葉は枯れず、泉に玉があれば水が絶えないと言うように、あなたは信心の根が深く心中に潔い玉が輝いておられるのであろう。

同志への指針

 大風が草をなびかし、雷が人を驚かせるような乱世に、毅然と信仰を貫いている女性を讃嘆された御聖訓である。
 大聖人は全てを御照覧くださっている。
 信心は、断じて負けない幸福の根であり、決して行き詰まらない福徳の泉である。
 「信心一筋」の人が必ず勝つ──この希望光る生命の勝利の舞を、明年も共々に!
2013-12-28 : 御書とともに :
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御書とともに 91〜100(完)

御書とともに 91 名誉会長が指針を贈る

「健康」「長寿」を祈りに祈れ

 尼ごぜん又法華経の行者なり御信心月のまさるがごとく・しを《潮》のみつがごとし、いかでか病も失せ寿《いのち》ものびざるべきと強盛にをぼしめし身を持《じ》し心に物をなげかざれ(富木尼御前御返事、975ページ)

通解
尼御前もまた法華経の行者である。御信心は月が満ち、潮が満ちるようである。どうして病も癒えず、寿命も延びないことがあろうかと強く確信し、御身を大切にし、心の中で嘆いてはならない。

同志への指針
 法華経の行者は断じて病に負けない。これが信仰の大確信であり、決心である。闘病生活が長くなっても、決して弱気になってはならない。すべて御本仏が御照覧だ。絶対に守られないわけがない。
 「なげかざれ」との御聖訓を胸に、題目を唱えるのだ。勇敢に病魔を打ち破っていくのだ。今日も強く賢く朗らかに、健康長寿の生命を勝ち開いていこう!

御書とともに 92 名誉会長が指針を贈る

 各各師子王の心を取り出《いだ》して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、彼等は野干《やかん》のほう《吼》るなり日蓮が一門は師子の吼るなり(聖人御難事、1190ページ)

通解
 あなたがた一人一人が師子王の心を取り出して、どのように人が脅そうとも、決して恐れてはならない。師子王は百獣を恐れない。師子の子もまた同じである。彼ら(正法を誹謗する人々)は野干(狐などのような、よく吠える小型の獣)が吼えているのと同じである。日蓮の一門は師子が吼えているのである。

同志への指針
 正しい信仰とは、人間を限りなく強くすることだ。
 「師子王の心」は、この自分自身の生命の中にある。題目を唱える人は、誰でも必ず「取り出して」いけるのだ。
 師子王の心を取り出せば、狐が吠えるような悪口など恐れることはない。いかなる試練にも、断じて屈することなく、誇り高く悠々と生き抜いていくのだ。

御書とともに 93 名誉会長が指針を贈る

全国の功労者に感謝

 阿仏房しかしながら北国《ほっこく》の導師とも申しつべし、浄行菩薩う《生》まれかわり給いてや・日蓮を御とふらい給うか不思議なり不思議なり(阿仏房御書、1304ページ)

通解
 阿仏房、あなたはまさしく北国の導師ともいうべきであろう。浄行菩薩が生まれ変わって日蓮を訪ねられたのであろうか。まことに不思議なことである。

同志への指針
 創価学会には、なんと多くの阿仏房・千日尼がおられることか。幾多の大難の渦中にも、まさに浄行菩薩となって、尊き広布の法城を護り支えてきてくださった。
 大聖人が「不思議なり不思議なり」と賞讃される大功績であられる。その功徳は無量であり、不滅である。
 共々に永遠の闘争を! そして勝利を!
 偉大な多宝の皆さまのご健康・ご長寿を祈ります。いついつまでも、お元気で!

御書とともに 94 名誉会長が指針を贈る

一切を包み込む大境涯

 願くは我を損ずる国主等をば最初に之を導かん、我を扶《たす》くる弟子等をば釈尊に之を申さん、我を生める父母等には未だ死せざる已前に此の大善を進めん(顕仏未来記、509ページ)

通解
 願わくは自分を迫害する国主等を最初に化導してあげよう。自分を助ける弟子等のことを釈尊に申しあげよう。また自分を生んでくださった父母等には、今生《こんじょう》のうちにこの南無妙法蓮華経の大善をすすめよう。

同志への指針
 佐渡流罪の只中の御聖訓である。
 身は命に及ぶ迫害を受けようとも、心は一切衆生を慈しみ、全世界をも包み込む。これが御本仏の大境涯であられる。
 我らも仏弟子として、いかなる境遇にあろうとも、心は絶対に負けない。どんなに苦しくとも、妙法を唱え抜き、広布に進み抜くのだ。
 その大功徳は、わが父母や縁ある人々に必ず伝わり広がる。地域・社会も厳然と正しくリードしていくのだ。

御書とともに 95 名誉会長が指針を贈る

信心根本に道を開け

 なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし、「諸余怨敵・皆悉摧滅」の金言むなしかるべからず、兵法剣形の大事も此の妙法より出でたり、ふかく信心をとり給へ、あへて臆病にては叶うべからず候(四条金吾殿御返事、1192ページ)

通解
 どのような兵法よりも、法華経の兵法を用いていきなさい。「あらゆる怨敵は、皆ことごとく滅びる」(法華経薬王品第23)との金言は、決して空しいはずがない。兵法や剣術の真髄も、この妙法から出たものである。深く信心を起こしなさい。決して臆病であっては叶わないのである。

同志への指針
 いついかなる時も、勇敢に「法華経の兵法」で道を開く。これが、大聖人直結の学会精神である。ゆえに、どんな戦いも強盛なる祈りから始めるのだ。
 妙法には、一切の魔を打ち破る大功力がある。諸天善神を揺り動かし、十界のあらゆる衆生を味方に変えていくことができる。
 この最高の兵法も、臆病では役に立たない。どこまでも「勇気」だ。我らは勇気ある信心で、すべてを勝ち開いていくのだ。

御書とともに 96 名誉会長が指針を贈る

日々の積み重ねが大事

 つゆ《露》つ《積》もりて河となる・河つもりて大海となる・塵つもりて山となる・山かさ《重》なりて須弥山となれり・小事つもりて大事となる(衆生心身御書、1595ページ)

通解
 露が集まって河となり、河が集まって大海となるように、塵が積もって山となり、山が重なって須弥山となるように、小事が積もって大事となるのである。

同志への指針
 地球を包む母なる大海原も、小さな滴の集まりである。万人が仰ぎ見る王者の大山《たいざん》もまた、塵の集まりである。一日一日の積み重ねが、大事業を成す王道だ。
 人が見ようが見まいが、一歩また一歩と前進する。一人また一人と対話する。その結集が時代を変える。たゆまぬ民衆の行進こそが、歴史を動かすのだ。

御書とともに 97 名誉会長が指針を贈る

異体同心の団結で前進

 総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思《おもい》を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か(生死一大事血脈抄、1337ページ)

通解
 総じて日蓮の弟子檀那らが、自分と他人、彼《かれ》と此《これ》という分け隔ての心をもたず、水と魚のように親密な思いを抱き、異体同心で南無妙法蓮華経と唱えたてまつるところを生死一大事の血脈というのである。しかも今、日蓮が弘通する所詮はこれである。もし、この通りになるならば、広宣流布の大願も成就するであろう。

同志への指針
 団結に勝る力はない。妙法で結ばれた連帯は、この世で最極の人間共和の世界である。「イタイドウシン(異体同心)」そして「ビクトワール(勝利)」は、今や世界の同志の合言葉だ。あらゆる国で、創価の友が心を一つに青年学会の勝利を祈ってくれている。
 心を合わせ、スクラムも固く、広宣流布の大願へ、いよいよ前進しよう!

御書とともに 98 名誉会長が指針を贈る

たゆまぬ挑戦で大果報を

 されば我が弟子等心みに法華経のごとく身命もおしまず修行して此の度仏法を心みよ(撰時抄、291ページ)

通解
 されば、わが弟子らよ、試みに法華経の通り身命も惜しまず修行し、このたび仏法を試みなさい。

同志への指針
 妙法は、宇宙と生命と社会を貫く究極の大法則である。その功力は広大無辺である。人生を賭して絶対に悔いのない幸福と勝利の道が、ここにある。
 ゆえに、思い切って仏法を実践せよ! と、御本仏が仰せなのである。中途半端では、自分が損をする。たゆまぬ挑戦で、わが人生の大果報を開くのだ。

御書とともに 99 名誉会長が指針を贈る

悔いなき今日一日に

 始《はじめ》より終りまで弥《いよいよ》信心をいたすべし・さなくして後悔やあらんずらん、譬えば鎌倉より京へは十二日の道なり、それを十一日余り歩《あゆみ》をはこ《運》びて今一日に成りて歩をさしをきては何として都の月をば詠《なが》め候べき(新池御書、1440ページ)

通解
 始めから終わりまで、いよいよ信心をすべきである。そうでなければ後悔するであろう。例えば、鎌倉から京都までは十二日の道のりである。それを十一日余り歩いて、あと一日となった時に歩くのをやめたのでは、どうして都の月を詠《えい》ずることができようか。

同志への指針

 あの「大阪の戦い」で、関西の不二の同志と命に刻んだ御文《ごもん》である。
 いかなる戦いも、「勝つ」と決めて、最後の最後まで進み抜いた方が勝つ。いざという時に戦い切れば、永遠に崩れない常楽我浄の軌道を開くことができる。
 題目の師子吼を響かせながら、今日一日、断固として勇猛精進を!

御書とともに 100 名誉会長が指針を贈る

大歓喜の人生を飾れ

 始めて我《わが》心本来の仏なりと知るを即ち大歓喜と名《なづ》く所謂南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり(御義口伝、588ページ)

通解
 初めて自分の心が本来の仏であると知ることを、すなわち大歓喜と名づける。いわゆる南無妙法蓮華経は、歓喜の中の大歓喜である。

同志への指針
 偉大な挑戦の人生は、苦労も苦難も突き抜けて、偉大な歓喜の境涯に到達する。妙法を唱え、広宣流布の大願に生き抜く生命は、最高無上の大歓喜に包まれるのだ。
 この一年も、我らは勇敢に戦い勝った。我らの歓喜は、いかなる試練にも絶対に負けない仏の力を、思う存分、発揮していくことだ。民衆のため、社会のために尽くしながら、自他共に崩れざる永遠の幸福を勝ち開いていくことだ。
 新たな一年、新たな大勝利へ、新たな挑戦を強く朗らかに開始しよう!
2012-12-27 : 御書とともに :
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御書とともに 1~90

御書とともに 90 名誉会長が指針を贈る

仏法を弘める誇りに燃えよ

 日蓮は世間には日本第一の貧しき者なれども仏法を以て論ずれば一閻浮提第一の富る者なり、是れ時の然らしむる故なりと思へば喜び身にあまり感涙押へ難く教主釈尊の御恩報じ奉り難し(四菩薩造立抄、988ページ)

通解
 日蓮は世間的にみれば日本第一の貧しい者であるけれども、仏法の上から論ずるならば、一閻浮提第一の富める者である。これは(末法という)時のしからしむるゆえであると思うと、喜びは身にあまり、感涙をおさえがたく、教主釈尊の御恩は報じ奉りがたい。

同志への指針
 人間の本当の豊かさとは、財力でも地位でもなく、心の境涯で決まる。
 日蓮大聖人に連なり、妙法を持《たも》ち行じる我らもまた、「第一の富る者」なのだ。この喜びに燃える庶民が築いてきたのが、金剛不壊の創価学会である。
 「世界第一の魂の長者」の誇りも高く、胸を張って大仏法を弘めゆこう!

御書とともに 89 名誉会長が指針を贈る

行学の二道を励みゆけ

 行学の二道をはげみ候べし、行学たへ《絶》なば仏法はあるべからず、我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかた《談》らせ給うべし(諸法実相抄、1361ページ)

通解
 行学の二道を励んでいきなさい。行学が絶えてしまえば仏法はない。自分も行い、人をも教化していきなさい。行学は信心から起こる。力があるならば一文一句であっても人に語っていきなさい。

同志への指針
 御書は「希望の経典」である。御書を開き題目を唱えれば、生命の光が広がる。勇気が漲る。妙法の智慧が湧く。仏の力が脈打ってくる。
 さあ、「かたらせ給うべし」だ。はずむ命で対話に打って出よう! 語った分だけ、仏縁が結ばれ、功徳が積まれる。
 「行学の二道」に勇みゆくなかに、広布と人生の勝利が築かれるのだ。

御書とともに 88 名誉会長が指針を贈る

一家の幸福境涯を開け

 一つ種は一つ種・別の種は別の種・同じ妙法蓮華経の種を心に・はらま《孕》せ給いなば・同じ妙法蓮華経の国へ生れさせ給うべし、三人面《おもて》をならべさせ給はん時・御悦びいかが・うれし《嬉》くおぼしめすべきや(上野殿母御前御返事、1570ページ)

通解
 同じ種からは同じ果実が実り、別の種からは別の果実が実ります。同じ妙法蓮華経の種を心に孕まれるなら、同じ妙法蓮華経の国へお生まれになるでしょう。あなたがた親子三人が顔をお揃えになる時のそのお悦びは、どれほどか嬉しく思われることでしょう。

同志への指針
 妙法で結ばれた人は、必ずまた同じ妙法の国に共に生まれる。心は瞬時も離れることなく、いつも一緒に生き抜いていける。
 後継の家族が毅然と前進していくことが、故人が一番、喜んでくれる。追善の題目を心ゆくまで唱えながら、共々に常楽我浄の境涯を悠々と開きゆくのだ。

御書とともに 87 名誉会長が指針を贈る

「生命の世紀」を築け


 一切衆生のみならず十界の依正の二法・非情の草木・一微塵にいたるまで皆十界を具足せり(小乗大乗分別抄、522ページ)

通解
 一切衆生だけではなく十界の依報・正報の二法も、非情の草木や一微塵に至るまで、みな十界を具足している。

同志への指針

 仏法の真髄に照らせば、人間はもとより、全宇宙の一切に尊極なる仏性を見出すことができる。生命の尊厳を確立し、人間と人間、人間と自然、人間と宇宙が、調和しながら共生していくための智慧が、妙法なのである。
 この最高峰の哲理を、世界は深く求め始めている。私たちが仏法を語り広げる草の根の対話運動は即、21世紀を「生命の世紀」と輝かせる偉大な事業なのだ。

御書とともに 86 名誉会長が指針を贈る

宝の後継者を育てよ

 日蓮は少《わかき》より今生《こんじょう》のいのりなし只仏にならんとをもふ計りなり、されども殿の御事をば・ひまなく法華経・釈迦仏・日天に申すなり其の故は法華経の命を継ぐ人なればと思うなり(四条金吾殿御返事、1169ページ)

通解
 日蓮は若い時から今生の栄えを祈ったことはない。ただ仏になろうと思い願うだけである。しかし、あなたのことは、絶えず法華経、釈迦仏、日天子に祈っているのである。それは、あなたが法華経の命を継ぐ人だと思うからである。

同志への指針
 広宣流布に励むわが同志こそ、妙法の命を継ぐ、かけがえのない宝の存在である。ゆえに断じて守り抜くのだ!
 ──これが日蓮大聖人の深い御慈愛であられた。
 そのお心のままに戦えば、学会は永遠に勝ち進んでいくのだ。一番大切な「法華経の命を継ぐ人」である青年部・未来部を、さらに皆で励まし、育てていこう!

御書とともに 85 名誉会長が指針を贈る

強敵を迎え撃て

 釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一の善知識なれ、今の世間を見るに人をよくな《成》すものはかたうど《方人》よりも強敵が人をば・よくなしけるなり(種種御振舞御書、917ページ)

通解
 釈迦如来にとっては(迫害を加えてきた)提婆達多こそ第一の善知識ではなかったか。今の世間を見ると、人をよくするものは、味方よりも強敵《ごうてき》が人をよくしているのである。

同志への指針
 青年よ、喜び勇んで「強敵《ごうてき》」を迎え撃て!
 試練に臆し、苦難を避ける心に、魔は増長し付け入ってくる。
 「さあ、来い!」と、あえて強敵に挑んでこそ、わが生命は鍛えられ、磨かれる。そこに人間革命があり、一生成仏がある。
 日蓮大聖人に直結する我らは「師子王の心」を取り出して、何ものも恐れず、堂々と悠々と一切を勝ち越えていくのだ!

御書とともに 84 名誉会長が指針を贈る

今一重の「心ざし」を

 人の心かたければ神のまほり必ずつよしとこそ候へ、是は御ために申すぞ古《いにし》への御心ざし申す計りなし・其よりも今一重強盛に御志あるべし(乙御前御消息、1220ページ)

通解
 心の堅固な者には、諸天善神の守りが必ず強いというのである。このように言うのは、あなたのために言うのである。あなたの昔からの信心の深さは言い尽くせない。だが、それよりもなお一層、強盛に信心をされるべきである。

同志への指針
 心は不思議である。いくらでも強くなる。深くなる。その最も強く深い心が、信心である。
 堅固な信心があれば、いかなる状況であろうと、必ず厳然と守られる。
 信心は常に「いよいよ」「これから」だ。「今一重強盛」の信心で、日に日に新たな出発を期すのだ。それが、誉れ高き我らの「常勝の魂」である。

御書とともに 83 名誉会長が指針を贈る

妙法を持《たも》つことが最高の親孝行


 法華経を持ち奉るを以て一切の孝養の最頂とせり(御義口伝、774ページ)

通解
 妙法蓮華経を持ちたてまつることを、一切の孝養のなかで最高としたのである。

同志への指針
 妙法を受持することは、自身と両親の生命を無量の福徳で包み、最上の親孝行になる。
 たとえ親が信心をしていなくても、わが子が唱える題目の力によって、必ず成仏へと導き、根本の孝養を果たせる。また、亡くなられた親にも、最高の追善回向ができる。
 自分が太陽と輝いていけば、家族も眷属も社会も照らしていけるのだ。
 ともあれ、学会っ子は親孝行であれ! 父母に笑顔を忘れずに!

御書とともに 82 名誉会長が指針を贈る

「決意即行動」で挑め

 夫れ人身《じんしん》をうくる事はまれなるなり、已にまれなる人身をうけたり又あひがたきは仏法・是も又あヘり、同じ仏法の中にも法華経の題目にあひたてまつる結句題目の行者となれり、まことにまことに過去十万億の諸仏を供養する者なり(寂日房御書、902ページ)

通解
 およそ人間の身を受けることはまれである。すでにまれな人身を受けている。また、あいがたきは仏法であるが、これもあうことができた。同じ仏法の中でも法華経の題目にあいたてまつり、結局、南無妙法蓮華経の題目の行者となった。まことにまことに過去世で十万億の諸仏を供養した者であろう。

同志への指針
 深き宿縁によって、人間として生まれ、あいがたき仏法に巡りあえた我らである。この人生が、いかに尊いことか。空しく過ごして、断じて悔いを残してはならない。
 一つ一つの苦労が「今生人界の思出」となり、金剛不壊の「心の財」となる。仏法の世界に無駄はない。「決意」を即「行動」として、わが人生を“勝ち戦”で飾りゆけ!

御書とともに 81 名誉会長が指針を贈る

師子吼の題目で病魔に勝て

 南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはり《障》をなすべきや、鬼子母神・十羅刹女・法華経の題目を持《たも》つものを守護すべしと見えたり(経王殿御返事、1124ページ)

通解
 南無妙法蓮華経は師子吼のようなものである。どのような病が、障りをなすことができようか。鬼子母神、十羅刹女は、法華経の題目を持つものを守護すると経文に見えている。

同志への指針
 誰人も病気との闘いは避けられない。しかし、題目の師子吼は無敵だ。わが色心から師子王の大生命力を奮い起こす究極の力である。いかなる病魔も、広宣流布に進み抜く闘士を絶対に不幸にすることなどできない。
 ゆえに、題目を勇猛に唱え、全てを「変毒為薬」しながら、断固と勝ち越えていただきたい。わが宝の同志を仏天よ守りに護れと、私も祈りに祈り抜いている。

御書とともに 80 名誉会長が指針を贈る

勇気をもって仏縁の拡大を

 「以何令衆生・得入無上道」の御心のそこ順縁・逆縁の御ことのは已《すで》に本懐なれば暫くも持《たも》つ者も又本意にかないぬ又本意に叶はば仏の恩を報ずるなり(持妙法華問答抄、467ページ)

通解
 「なんとしても、衆生を無上道に入らしめ(速やかに仏身を成就させたい)」との御心の底、順縁・逆縁の者も共に救おうという御言葉は、まさに仏の本懐であるから、少しの間受持する者もまた本意にかなうのである。また本意にかなうならば、仏の恩を報ずることになる。

同志への指針
 仏の願いは、一切衆生の救済である。素直に仏法を信じる順縁の人はもちろん、反発する逆縁の人であろうと、仏縁によって、最後はその人が幸福になる。それが、仏の最大の喜びである。
 ゆえに、友のために勇気をもって語り、仏縁を拡大することこそが、仏の本意に叶う、大慈悲の行動となるのだ。

御書とともに 79 名誉会長が指針を贈る

仏とは戦い続ける人

 夫れ浄土と云うも地獄と云うも外には候はず・ただ我等がむねの間にあり、これをさとるを仏といふ・これにまよふを凡夫と云う、これをさとるは法華経なり、もししからば法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候ぞ(上野殿後家尼御返事、1504ページ)

通解
 さて、浄土といっても地獄といってもほかにあるのではない。ただ我らの胸中にあるのである。これを悟るのを仏といい、これに迷うのを凡夫という。これを悟ることができるのが法華経である。したがって、法華経を受持する者は地獄即寂光と悟ることができるのである。

同志への指針
 「仏」とは、自分を離れた特別な存在ではない。自他共の生命が尊極であることを信じて、この現実社会のなかで「戦い続ける人」のことである。
 「仏」と「凡夫」との違いは、自身の胸中に宇宙大の可能性があることを、確信できるかどうかである。その一点に目覚めれば、どんな厳しい環境でも屈しない。今いる場所を寂光土と輝かせていけるのだ。

御書とともに 78 名誉会長が指針を贈る

信心こそ一切の根本

 南無妙法蓮華経とばかり唱へて仏になるべき事尤《もっと》も大切なり、信心の厚薄によるべきなり仏法の根本は信を以て源とす(日女御前御返事、1244ページ)

通解
 「南無妙法蓮華経」とだけ唱えて、成仏することが最も大切である。ひとえに信心の厚薄によるのである。仏法の根本は、信をもって源とする。


同志への指針

 正しい信心こそ、勝利の根本である。妙法を唱え抜く人が一番尊く、一番強い。強盛に「信力」「行力」を奮い起こせば、無量無辺の「仏力」「法力」を、わが生命にあらわすことができる。
 どんな時も、まず題目だ。題目こそ、いかなる苦悩にも負けず、一切を打開していける究極の原動力なのである。

御書とともに 77 名誉会長が指針を贈る

仏法は万人を照らす光

 法華経は闇夜《あんや》の月のごとし法華経を信ずれども深く信ぜざる者は半月の闇夜を照すが如し深く信ずる者は満月の闇夜を照すが如し(薬王品得意抄、1501ページ)

通解
 法華経は闇夜の月のようなものである。法華経を信じたとしても深く信じない者は半月が闇夜を照らすようなものであり、深く信じる者は満月が闇夜を照らすようなものである。

同志への指針
 時代の闇は深い。だからこそ、仏法の慈悲が光る。仏法の智慧が冴える。
 万人の成仏を説ききった仏法の力を思う存分に引き出すのが、私たちの信心である。強盛な信心があるところ、必ず自他の生命を蘇生させることができる。
 創価の青年の英知と情熱こそが、満月の如く皓々と万人を照らす光源なのだ。

御書とともに 76 名誉会長が指針を贈る

揺るがぬ自己を築け

 賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり、利《うるおい》・衰《おとろえ》・毀《やぶれ》・誉《ほまれ》・称《たたえ》・譏《そしり》・苦《くるしみ》・楽《たのしみ》なり(四条金吾殿御返事、1151㌻)

通解
 賢人は八風といって八種の風に侵されないのを
賢人というのである。八風とは利《うるおい》・衰《おとろえ》・毀《やぶれ》・誉《ほまれ》・称《たたえ》・譏《そしり》・苦《くるしみ》・楽《たのしみ》である。

同志への指針
 信仰とは、何ものにも揺るがぬ、堂々たる自分を創り上げる力だ。目先の利害や毀誉褒貶に一喜一憂して、紛動される人生は儚い。人々のため、社会のため、広宣流布の大願に生き抜く人こそ、大賢人なのである。
 八風に侵されず、わが使命の道を断固として歩み通すことだ。そこに、諸天善神が動く。誇り高き「人間革命」の凱歌の劇が光る。悔いなき大勝利の歴史が残る。

御書とともに 75 名誉会長が指針を贈る

励ましは「万」の「力」

 夫《そ》れ木をうえ候には大風《おおかぜ》吹き候へどもつよ《強》きすけ《扶》をかひ《介》ぬれば・たうれず、本《もと》より生《お》いて候木なれども根の弱きは・たうれぬ(三三蔵祈雨事、1468ページ)

通解
 植えた木であっても、強い支柱で支えれば、大風が吹いても倒れない。もともと生えていた木であっても、根が弱いものは倒れてしまう。

同志への指針
 「支え」のある人間は強い。負けない。「善知識」という強い支えがあれば、いかなる試練の嵐も乗り越え、幸福と勝利の花を咲かせていける。
 「励まし」は、「万」の「力」を友に贈る。真心の対話こそ、最も地道でありながら、最も強く心を結び、最も深く信頼の根を広げるのだ。

御書とともに 74 名誉会長が指針を贈る

平凡にして偉大な幸福の太陽たれ!


 夫《それ》信心と申すは別《べち》にはこれなく候、妻のをとこ《夫》をおしむが如くをとこの妻に命をすつるが如く、親の子をすてざるが如く・子の母にはなれざるが如くに、法華経釈迦多宝・十方の諸仏菩薩・諸天善神等に信を入れ奉りて南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを信心とは申し候なり(妙一尼御前御返事、1255ページ)

通解
 そもそも信心というのは特別なものではない。妻が夫を大切にするように、夫が妻のために命を捨てるように、また親が子を捨てないように、子が母から離れないように、法華経・釈迦・多宝・十方の諸仏・菩薩・諸天善神等を信じて、南無妙法蓮華経と唱え奉ることを信心というのである。

同志への指針
 信心とは、最も人間らしい心の発露である。家族を慈しみ、わが子を守り抜く。そうした心のまま御本尊に向かえばよいのだ。
 ヤング・ミセスの皆様は日々、現実の中で奮闘されている。身近な生活こそ人間革命の劇場である。今日も、賢く、朗らかに「幸福の太陽」を輝かせゆかれんことを!

御書とともに 73 名誉会長が指針を贈る

病魔に打ち勝つ信心を


 すでに仏になるべしと見へ候へば・天魔・外道が病をつけてをど《威》さんと心み候か、命はかぎりある事なり・すこしも・をどろく事なかれ、又鬼神め《奴》らめ此の人をなやますは剣《つるぎ》をさかさ《逆》まに・のむか又大火をいだくか、三世十方の仏の大怨敵となるか(法華証明抄、1587ページ)

通 解 
(南条時光が)もはや成仏しそうになったので、天魔・外道が病気にさせて脅そうと試みているのであろうか。人の命には限りがあることであり、少しも 驚いてはならない。また、鬼神どもよ。この人(時光)を悩ますとは、剣《つるぎ》を逆さまにのむのか。自ら、大火を抱《いだ》くのか。三世十方の仏の大怨敵となるのか。

同志への指針
 日蓮大聖人は、門下に襲いかかる病魔を烈々と叱り飛ばしてくださっている。
 御本仏がついてくださっているのだ。師も同志も祈っている。断じて病気に負けてはならない。一切は成仏するための試練である。強盛に祈ろう。題目の師子吼には病魔も逃げ去る。
 広布のために生き抜いてみせるとの一念で、仏の大生命を涌現させるのだ。

御書とともに 72 名誉会長が指針を贈る

永遠に学会員として誇り高く

 もし・さきにたたせ給はば梵天・帝釈・四大天王・閻魔大王等にも申させ給うべし、日本第一の法華経の行者・日蓮房の弟子なりとなのらせ給へ、よもはうしん《芳心》なき事は候はじ(南条兵衛七郎殿御書、1498ページ)

通解
 もし(兵衛七郎殿が日蓮より)先に亡くなられたならば、梵天・帝釈天・四大天王・閻魔大王等にも「日本第一の法華経の行者・日蓮房の弟子である」と名乗りなさい。よもや粗略な扱いはされないであろう。

同志への指針
 妙法を弘め、広宣流布の大願に生き抜く人生は、なんと誉れ高く、なんと勝ち光ることか。
 その福徳は、三世永遠に不滅である。生々世々、厳として守られる。御本仏直結の学会の信心には、無量無辺の功徳が燦然と輝くのだ。

御書とともに 71 名誉会長が指針を贈る

従藍而青《じゅうらんにしょう》の人材の大河を

 こ《故》うへのどの《上野殿》をこそ・いろ《色》あるをとこ《男》と人は申せしに・其《そ》の御子《おんこ》なればくれない《紅》のこ《濃》きよしをつたへ給えるか、あい《藍》よりもあを《青》く・水よりもつめ《冷》たき冰《こおり》かなと・ありがたし・ありがたし(上野殿御返事、1554ページ)

通 解
 亡くなられた上野殿(兵衛七郎)こそ、情けに厚い人と言われていたが、(南条時光は)そのご子息であるから、父のすぐれた素質を受け継がれたのであ ろう。
 青は藍より出でて藍より青く、氷は水より出でて水より冷たいようであると感嘆している。ありがたいことである。ありがたいことである。

同志への指針
 わが青年部の成長と奮闘を、大聖人はどれほどお喜びくださるであろうか。みな功徳は大きい。名誉ある「従藍而青」の弟子として、使命の道でさらに思う存分、活躍してくれたまえ!
 恩師・戸田先生が「宗教界の王者なり」と宣言された学会を担い、威風も堂々と陣列を広げゆくのは、後継の諸君以外にない。

御書とともに 70 名誉会長が指針を贈る

学会は「生命の安全地帯」

 松栄《さかゆ》れば柏悦ぶ芝か《枯》るれば蘭なく情《こころ》無き草木すら友の喜び友の歎き一つなり(光日上人御返事、934ページ)

通解
 松が栄えれば柏は悦ぶ。芝が枯れれば蘭は泣く、といわれる。非情の草木すら、友の喜び、友の嘆きは一体である。

同志への指針
 友の喜びに我は舞い、友の嘆きに我は祈る。最も麗しく、最も強き生命の共生の絆こそ、信心で結ばれた「異体同心」の世界である。
 いかなる苦境の時も、一緒に悩み、題目を送ってくれる同志がいる。どんな試練も励まし合いながら乗り越えていける。
 学会は、どこよりも温かな人間性に満ちた「生命の安全地帯」である。この人類の宝を永遠に光り輝かせていくために、皆で「青年学会」を拡大するのだ。

御書とともに 69 名誉会長が指針を贈る

広布の実践は全て善根に

 此の妙法蓮華経を信仰し奉る一行《いちぎょう》に功徳として来《きた》らざる事なく善根として動かざる事なし(聖愚問答抄、500ページ)

通解
 この妙法蓮華経を信仰し奉るという一つの行に、いかなる功徳も集まってこないものはなく、いかなる善根も動かないものはない。

同志への指針
 妙法を唱え弘めゆく実践から、ありとあらゆる功徳・善根が生まれる。そして、広宣流布を祈り、目指す連帯から、無量無辺に功徳・善根が広がっていくのだ。学会活動には一切、無駄がない。
 ゆえに、苦難の時、悩める時こそ、勇んで前へ進むのだ。
「今」「ここ」で行動を起こす勇気から、勝利の活路が開けることを忘れまい。

御書とともに 68 名誉会長が指針を贈る

堂々と真実を語れ

 諸経は随他意なり仏一切衆生の心に随ひ給ふ故に、法華経は随自意なり一切衆生を仏の心に随へたり、諸経は仏説なれども是を信ずれば衆生の心にて永く仏にならず、法華経は仏説なり仏智なり一字一点も是を深く信ずれば我が身即仏となる(新池殿御消息、1437ページ)

通解
 諸経は随他意である。仏が一切衆生の心に随って説かれたからである。法華経は随自意である。一切衆生を仏の心に随わせて説かれたからである。ゆえに、諸経は仏説ではあるけれども、これを信ずるならば、衆生の心に随ったものであるから、永久に仏にはなれない。法華経は仏説であり仏智であるから、一字一点でもこれを深く信ずるならば、我が身は即、仏となる。

同志への指針
 法華経は、万人の無限の可能性を信じ抜き、開き切っていく、随自意の教えだ。「我が身は即仏なり」「万人が皆仏なり」との大歓喜の表現である。
 威風堂々と真実の言葉を語り抜こう。創価の随自意の大対話運動を、諸仏が賞讃し、諸天が守ることは絶対に間違いない。

御書とともに 67 名誉会長が指針を贈る

皆が尊極なる使命の人

 請う国中の諸人我が末弟等を軽ずる事勿《なか》れ進んで過去を尋ぬれば八十万億劫に供養せし大菩薩なり豈煕連一恒《きれんいちごう》の者に非ずや退いて未来を論ずれば八十年の布施に超過して五十の功徳を備う可し天子の襁褓に纒《まとわ》れ大竜の始めて生ずるが如し蔑如すること勿れ蔑如すること勿れ(四信五品抄、342ページ)

通解
  国中の人々よ、私の弟子を軽んじてはならない。進んで過去を尋ねれば、八十万億劫の間、仏に供養した大菩薩である。これこそ煕連河《きれんが》や恒河《ごうが》など大河の砂ほど 無数の仏に仕えた者にあたる。退いて未来を論じれば、80年間の布施行《ふせぎょう》の功徳にも勝り、五十展転の功徳を備えるであろう。これは、産着《うぶぎ》に包まれた天子、生まれたばかりの大竜と同じである。決して蔑《さげす》んではならない。

同志への指針

 妙法を唱える人の位は尊極《そんごく》であり、絶対に蔑《さげす》んではならない、との御本仏の仰せである。
 関西、山口をはじめ各地の友と拝した共戦の御文である。この確信に燃えて、学会は偉大な弘通を成し遂げてきた。
 我らの誉れを、どうか、尊き新入会の友、宝の未来部員にも伝えていただきたい。同志を最大に敬い、仲良く胸張り大前進を!

御書とともに 66 名誉会長が指針を贈る

ありのままの自分で

 法華経の心は当位即妙・不改本位と申して罪業を捨てずして仏道を成ずるなり(波木井三郎殿御返事、1373ページ)


通解
 法華経の本意は、「当体即妙(当位、即ち妙なり)」「不改本位(本位を改めず)」といって、罪業を捨てずに、その身のまま成仏することができるのである。

同志への指針
 人間が人間として、最高に人間らしく光り輝くための仏法である。自分を離れた何か特別な存在になるのではない。
 法華経は「その身のまま」「ありのまま」でよいのである。「ありのままの自分」が、真剣に仏法を行じ抜いた時に、仏に等しい智慧と力が湧き上がるのである。

御書とともに 65 名誉会長が指針を贈る

人類を照らす太陽の仏法

 此の法門出現せば正法・像法に論師・人師の申せし法門は皆日出《ひい》でて後の星の光・功匠《たくみ》の後に拙を知るなるべし、此の時には正像の寺堂の仏像・僧等《ら》の霊験《れいげん》は皆き《消》へう《失》せて但此の大法のみ一閻浮提に流布すべしとみへて候、各各はかかる法門にちぎり有る人なれば・たのもしと・をぼすべし(三沢抄、1489ページ)

通解
 この法門が出現するならば、正法時代や像法時代に論師や人師が説いた法門は、みな太陽が出たのちの星の光のようなものであり、名匠が出たのちに拙さが分かるようなものとなろう。この時には正法時代や像法時代の寺堂の仏像や僧等の利益はみな消え失せて、ただこの大法だけが全世界に流布するであろうと説かれている。あなた方は、このような法門に宿縁ある人なのだから、頼もしく思われるがよい。

同志への指針
 日蓮大聖人の仏法は、全世界を尽未来際まで照らしゆく「太陽の仏法」である。いかなる時代の困難をも乗り越える無限の希望の力がある。
 我らは、この大仏法に「ちぎり有る」深き宿縁と使命を持って生まれた。広布の「法旗」を握りしめ、堂々と、賑やかに勝利の道を歩み抜こう。世界の友と!

御書とともに 64 名誉会長が指針を贈る

健康長寿の宝の一日を

 法華経と申す御経は身心の諸病の良薬なり、されば経に云く「此の経は則ち為閻浮提の人の病の良薬なり若し人病有らんに是の経を聞くことを得ば病即消滅して不老不死ならん」等云云(太田左衛門尉御返事、1015ページ)

通解
 法華経という御経は、心身の諸病の良薬である。それゆえに法華経薬王品には「この経は全世界の人々の病の良薬である。もし人が病んだ時、この経を聞くことができれば、病はただちに治って不老不死になる」等と説かれている。

同志への指針
 妙法という大良薬を持った人生はなんと健やかで頼もしいことか。信仰の年輪とともに、ますます生命力を増し、心は生き生きと若返るのである。
 いかなる魔性にも負けず、永遠の仏の生命に生ききる、三世の健康長寿の道が開かれているのだ。さあ、きょうも、はつらつと使命の道を!

御書とともに 63 名誉会長が指針を贈る 

学会は「師子王の団体」

 師子王は前三後一と申して・あり《蟻》の子を取らんとするにも又たけき《猛》ものを取らんとする時も・いきをひ《勢》を出す事は・ただをなじ《同》き事なり、日蓮守護たる処の御本尊を・したため参らせ候事も師子王に・をとるべからず、経に云く「師子奮迅之力《しりき》」とは是なり(経王殿御返事、1124ページ)

通解
 師子王は前三後一といって、蟻を捕ろうとする時にも、また猛々しいものを捕ろうとする時も、勢いを出すことは全く同じである。日蓮が、守護の御本尊を認めてさしあげるのも、この師子王の姿に劣るものではない。法華経に「師子奮迅の力」(涌出品第十五)とあるのはこのことである。

同志への指針
 どんなに小さなことにも、手を抜かない。決して油断をしない。真剣勝負で臨む。そして、すべてを勝ち抜いていく──ここに師子王の真髄がある。
 学会は「師子王の団体」だ。我らの題目の音声こそ、一切の障魔を打ち破る師子吼である。智慧と勇気を湧き出す、絶対勝利の源泉なのだ。

御書とともに 62 名誉会長が指針を贈る

すべての民衆を幸福に 
 
 今日蓮は去《い》ぬる建長五年癸丑《みずのとうし》四月二十八日より今年弘安三年太歳庚辰《たいさいかのえたつ》十二月にいたるまで二十八年が間又他事なし、只妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生のロに入れんとはげむ計《ばか》りなり (諌暁八幡抄、585ページ)

通解
 今、日蓮は、去る建長5年4月28日から今年弘安3年12月に至るまで、28年の間、他事は一切ない。
 ただ妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れようと励んできただけである。

同志への指針
 日蓮大聖人が死身弘法の大闘争を貫かれたのは、ただただ民衆の幸福を願われてのことであった。この崇高な使命を受け継ぐ我らは、皆が尊き「地涌の菩薩」である。皆が宿福深厚なる「御本仏の使い」である。
 今この時、若き地涌の勇者が続々と躍り出ている。さあ、新たな広布の山を登りゆこう! あの友にも、この友にも、妙法を語り広めながら!

御書とともに 61 名誉会長が指針を贈る

黄金の人生日記を

 此の心の一法より国土世間も出来する事なり、一代聖教とは此の事を説きたるなり此れを八万四千の法蔵とは云うなり是れ皆悉く一人の身中の法門にて有るなり、然れば八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり(三世諸仏総勘文教相廃立、563ページ)

通解
 この心という一法から国土の違いも出てくるのである。一代聖教(釈尊が一生の間に説いた聖なる教え)とはこのことを説いたのであり、これを八万四千の法蔵というのである。これは皆ことごとく釈尊一人の身中の法門である。したがって八万四千の法蔵は我が身一人の日記の文書なのである。

同志への指針

 すべては、わが一念から出発する。
 いかに時代の闇が深くとも、自分の心に元初の太陽が昇れば、環境も変えられる。何があっても嘆かない。諦めない。断じて負けない。
 創価の誉れの友は、黄金の生命の日記を晴れ晴れと綴っていくのだ。

御書とともに 60 名誉会長が指針を贈る

現証に勝る力なし

 現在に眼前の証拠あらんずる人・此の経を説かん時は信ずる人もありやせん(法蓮抄、1045ページ)

通解
 今世に眼前の証拠を現した人がこの法華経を説かれる時には、信じる人もいるであろう。

同志への指針
 「現証」ほど、雄弁な力はない。だからこそ、現実社会で一つ一つ、実証を勝ち開いていくのだ。
 その体験を語っていくことが、広宣流布を進めゆく、何よりの力となる。

御書とともに 59 名誉会長が指針を贈る

対話は友の幸福のため

 なにしにか仏は強《し》いて法華経を説いて謗ずるも信ずるも利益《りやく》あるべしと説き我不愛身命とは仰せらるべきや、よくよく此等を道心ましまさん人は御心得あるべきなり(法華初心成仏抄、552ページ)

通解
 (もし権教によって仏になれるのであれば)どうして仏は、強いて法華経を説いて、謗《そし》るも信ずるも利益があると説き、経文には「我身命を愛せず」と説かれたのであろうか。
 仏の悟りを求める心がある人は、よくよくこれらのことを心得なければならない。

同志への指針
 仏法の対話は、万人が幸福になる種を植える行動である。ゆえに、臆さず堂々と、明るく自信をもって語り切るのだ。友の幸福を祈る真心は、いつか必ず通ずる。
 勇気凛々と確信の声を響かせ、楽しく有意義な対話を広げよう!

御書とともに 58 名誉会長が指針を贈る

使命の本舞台で舞いゆけ

 我等が居住して一乗を修行せんの処は何れの処にても候へ常寂光の都為《た》るべし(最蓮房御返事、1343ページ)

通解
 私たちが住んで法華経を修行する所は、いずれの所であっても、常寂光の都となるであろう。

同志への指針
 流罪の大難の中での仰せである。寂光土とは、どこか遠くの理想郷なのではない。広宣流布のために、師と同じ心で戦い抜く、「今」「ここ」にこそあるのだ。
 どんなに厳しい苦難があっても、奥底の信心の一念が揺るがなければ、必ず勝ち越えることができる。そこに、常寂光の都が輝くことを忘れまい。

御書とともに 57 名誉会長が指針を贈る

「信」の一字を貫け

すりはむどく《須梨槃特》は三箇年に十四字を暗《そら》にせざりしかども仏に成りぬ提婆は六万蔵を暗にして無間《むけん》に堕ちぬ・是れ偏《ひとえ》に末代の今の世を表するなり、敢て人の上と思《おぼし》し食《め》すべからず(三三蔵祈雨事、1472ページ)

通解
 釈尊の弟子の須梨槃特《すりはんどく》は、3年間に14文字の仏の教えすら暗唱できなかったけれども、仏になれた。しかし、提婆達多は六万蔵の経典を暗唱したけれども、無間地獄に堕ちた。このことは、ひとえに末代の今の世のことを表しているのである。決して他人のことと思ってはならない。

同志への指針
 誠実一路の人が、最後には必ず勝つ。これが仏法の世界である。
 真面目に、地道に、真剣に広宣流布に生き抜く人が、幸福になれないわけがない。わが誉れの同志の勝利の姿が、その何よりの証明である。名聞名利の忘恩の増上慢の末路は厳しい。
 一生成仏の根本は「信」の一字だ。

御書とともに 56 名誉会長が指針を贈る

われ本来、仏なり!

 我等凡夫はまつげ《睫》のちかきと虚空のとをきとは見候事なし、我等が心の内に仏はをはしましけるを知り候はざりけるぞ(十字御書、1491ページ)

通解
私たち凡夫は、まつげが近くにあるのと虚空が遠くにあるのとは見ることができない。私たちの心の中に仏がおられるのを知らないでいたのである。

同志への指針
 汝自身を知れ──人類のこの大命題に、仏法は明快な回答を示している。
 たとえ過酷な宿業に直面し、自信を失いかけようとも、我らは胸を張り、何度でも立ち上がる。最極の仏の生命が、わが心にあることを覚知しているからだ。
 一切が、わが一念で決まる。「われ本来、仏なり」と妙法を唱え抜き、朗らかに! 強く! 自分自身に生き切るのだ。

御書とともに 55 名誉会長が指針を贈る

試練ありて最高の力が

 末法には法華経の行者必ず出来すべし、但し大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし、火に薪をくわへんにさかんなる事なかるべしや(椎地四郎殿御書、1448ページ)

通解
末法には法華経の行者が必ず出現する。ただし大難が起こったならば、強盛の信心で、いよいよ喜んでいくのである。火に薪を加えれば、燃え盛らないことがあろうか。

同志への指針
 苦難と戦うからこそ、最高の仏の力が出せる。すべては、仏になるための試練である。
 大聖人は、悩みや困難があれば、むしろ喜び勇んで立ち向かえと仰せである。環境を嘆いても何も変わらない。
 難を乗り越えて成仏が決定する。これが法華経の行者の実践である。強盛なる信心で、宿命転換の歓喜の劇を! 人間革命の偉大な歴史を!

御書とともに 54 名誉会長が指針を贈る

“嫉妬”は正義の誉れ

 石は玉をふくむ故にくだかれ・鹿は皮肉《ひにく》の故に・殺され・魚《うお》はあぢはひある故に・とらる・すい《翠》は羽ある故にやぶらる・女人は・みめかたちよ《美》ければ必ずねたまる・此の意《こころ》なるべきか、日蓮は法華経の行者なる故に三種の強敵あって種種の大難にあへり(弥源太殿御返事、1226ページ)

通解
 石はその中に玉を含むゆえに砕かれる。鹿は皮や肉のゆえに殺される。魚は美味のゆえに捕らえられる。翡翠《かわせみ》は美しい羽があるゆえに殺される。女性は容姿が美しければ必ずねたまれる。これらと同じことであろうか。日蓮は法華経の行者であるゆえに、三類の強敵があって種々の大難にあったのである。

同志への指針
 いつの世も正義は妬まれ、迫害される。偉大だからこそ嫉妬されるのだ。
 大聖人の直系の誉れ高く、創価の三代の師弟は、猶多怨嫉の大難を勝ち越えてきた。全世界に信頼と友情の道を開いてきた。
 我らは進む! 御聖訓通りの悪口罵詈を悠然と見下ろして。永遠の勝利の証しを打ち立てるために!

御書とともに 53 名誉会長が指針を贈る

透徹した楽観主義


 しばらくの苦こそ候とも・ついには・たのし《楽》かるべし、国王一人の太子のごとし・いかでか位につかざらんと・おぼしめし候へ(上野殿御返事、1565ページ)

通解
 しばらく苦しみが続いたとしても、最後には必ず楽しい境涯になるのである。たとえば、国王のたった一人の太子のようなものである。どうして、最後には(国王の)位につかないことかあるだろうか、あるはずがないと確信されるがよい。

同志への指針

 師の心のままに、熱原の法難を戦い抜く若き後継の弟子・南条時光に、大聖人は渾身の激励を贈られた。
 今がどんなに苦しくとも、必ず勝利する。仏にならないはずがない──揺るぎない大確信が「宿命」を「使命」に変える。勇気ある信心が「苦難」を「歓喜」に変える。ここにこそ、仏法の透徹した楽観主義があるのだ。

御書とともに 52 名誉会長が指針を贈る

男女共に如来なり

 法華の行者は男女《なんにょ》共に如来なり(御義口伝、737ページ)

通解
 法華経の行者は、男女ともに如来である。

同志への指針
 日蓮仏法の男女平等の大宣言には一点の曇りもない。妙法に生き抜く勇者は、皆が最も尊い如来であり、仏である。同志が互いに尊敬しあうなかで、和楽と充実の前進が実現するのだ。
 なかんずく、男性は女性に、礼儀正しく接することだ。最高に麗しい人間尊敬の連帯を創り広げていく。それが創価の人間主義である。

御書とともに 51 名誉会長が指針を贈る

親の姿で信心の継承を


 御心ざしのあらわれて候事申すばかりなし、せん《詮》するところ《所》は・こなんでうどの《故南条殿》の法華経の御しんよう《信用》のふか《深》かりし事のあらわるるか、王の心ざしをば臣の《宣》べ・をや《親》の心ざしをば子の申しのぶるとはこれなり、あわれことの《故殿》の・うれし《嬉》と・をぼすらん(南条殿御返事、1531ページ)

通解
 (南条時光の供養に)表れている志は、言葉では言い尽くせない。結局は、故南条殿(時光の父)の法華経への御信用が深かったことの表れであろうか。王の志を臣が述べ、親の志を子が申し述べるとはこのことである。本当に故殿はうれしく思っておられるであろう。

同志への指針
 親から子への信心の確かな継承を、日蓮大聖人は心から賞讃なされた。広宣流布の深き志が受け継がれることは、一家一族の繁栄の基盤であり、地域社会の希望となる。
 わが家の広布の歴史を創ろう。困難に負けない勇気や、人への思いやりなど、人間として最高の「心の財」は、親の姿によって伝わる。

御書とともに 50 名誉会長が指針を贈る

峻厳なる師弟の絆


 日蓮は法華経の行者なる故に三種の強敵あって種種の大難にあへり然るにかかる者の弟子檀那とならせ給う事不思議なり定めて子細候らん相構えて能能《よくよく》御信心候て霊山浄土へまいリ給へ(弥源太殿御返事、1226ページ)

通解
 日蓮は法華経の行者であるがゆえに、三類の強敵があって、種々の大難にあったのである。しかるに、このような者(法華経の行者である日蓮大聖人)の弟子檀那となられたことは不思議である。きっと子細(深い意味)があるのであろう。よくよく信心を強盛にして霊山浄土(仏国土)にまいってください。

同志への指針
 仏法の師弟の絆が、どれほど峻厳であり、深遠であるか。師と共に難に遭い、師と共に勝ち越える。師弟不二に徹したゆえに、学会は大発展したのである。
 「誇り高く師弟に生き抜く」──この学会魂を、新時代の主役である青年部・未来部に託したい。ここに広宣流布の永遠の勝利の道があるからだ。

御書とともに 49 名誉会長が指針を贈る

追善回向の本義

 過去の仏は凡夫にて・おはしまし候いし時・五濁乱漫の世にかかる飢えたる法華経の行者をやしなひて・仏にはならせ給うぞとみえて候へば・法華経まことならば此の功徳によりて過去の慈父は成仏疑なし (春初御消息、1585ページ)

通解
 過去に仏が凡夫であられた時、五濁が盛んな世の中に、このように飢えている法華経の行者を供養して仏になられたと説かれている。法華経が真実ならば、この(南条時光が日蓮大聖人に供養した)功徳によって、亡くなった慈父の成仏は疑いない。

同志への指針
 濁世にあって広宣流布に尽くす功徳は、燦然と輝きを放つ。先祖、そして子孫まで、厳然と照らしていくのだ。
 ゆえに、学会と共に生きる私たちの題目は、最高の追善となる。故人の成仏は絶対に間違いない。
 これが、仏教の本義にかなった真の追善回向である。

御書とともに 48 名誉会長が指針を贈る

絶対無事故は「深き用心」から


 かへらむには第一・心にふかき・えうじん《用心》あるべし、ここをば・かならず・かたきの・うかがうところなり(四条金吾御書、1176ページ)

通解
 帰る時には、いっそう、心に深く用心しなさい。この帰宅の機会を必ず敵が狙うからである。

同志への指針

 無事故は即、勝利である。油断しないことが、
事故を起こさない根本だ。「深き用心」を忘れ
てはいけない。行きよりも帰り、いい調子にな
った時が危ない。
 強き祈りと細心の注意で、最高に充実した有
意義な夏を!

御書とともに 47 名誉会長が指針を贈る

師のごとく戦い抜け


 相構へ相構へて心の師とはなるとも心を師とすべからずと仏は記し給ひしなり、法華経の御為に身をも捨て命をも惜まざれと強盛に申せしは是なり(義浄房御書、892ページ)

通解
 必ず心の師とはなっても、心を師としてはならないと釈尊は経文に記されている。法華経のためには身をも捨て、命をも惜しまないようにと強盛に言ってきたのは、このことである。

同志への指針

 凡夫の心は縁に紛動され、揺れ動いてしまう。だから徹して師匠を求めることが必要である。
 広宣流布のために師のごとく戦い抜く──その時、不動の信念の山が胸中にそびえ立つのだ。
 これが師弟に生き抜く人間王者の誇りである。

御書とともに 46 名誉会長が指針を贈る

「礼」とは「文化の力」


 友達の一日に十度・二十度来《きた》れる人なりとも千里・二千里・来れる人の如く思ふて礼儀いささか《聊》・をろ《疎》かに思うべからず(上野殿御消息、1527ページ)

通解
 友達で一日に十回、二十回と訪ねてくる人であっても、千里、二千里と離れた遠くから訪ねてきた人のように思って、礼儀をいささかもおろそかに思ってはならない。

同志への指針
 友好を大きく広げる夏だ。友を迎える時も、訪ねる時も、礼儀を重んじ、真心で交流する。これが仏法者の生き方である。
 「礼」とは「文化の力」なり。傲慢は覇道。誠実は王道である。我らはどこまでも人間主義で勝ち進むのだ!

御書とともに 45 名誉会長が指針を贈る

不惜身命の勇気で立て

 御勘気を二度まで・かほり・すでに頸となりしかども・ついにをそれずして候へば、今は日本国の人人も道理かと申すへんもあるやらん(王舎城事、1138ページ)

通解
 流罪の咎めを二度までもこうむり、すでに頸の座にもついたけれども、少しも恐れず信仰を貫いたので、今では日本国の人々も、日蓮の言うことが道理かもしれないと言う人もあることであろう。

同志への指針
 日蓮大聖人の正統であるゆえに、創価三代の師弟は、命にも及ぶ大難の連続であった。しかし、少しも恐れなかった。一貫して正義の道を歩み通した。
 今や、世界の知性と良識が創価の味方である。青年部よ、この不惜身命の勇気に続きゆけ!

御書とともに 44 名誉会長が指針を贈る

最高の準備に勝利あり

 彼の太公が殷の国に入りしは西伯の礼に依り張良が秦朝を量りしは漢王の誠を感ずればなり、是れ皆時に当つて賞を得・謀《はかりごと》を帷帳の中に回らし勝つことを千里の外《そと》に決せし者なり(一昨日御書、183ページ)

通解
 かの太公望が殷の国に攻め入ったのは、西伯(文王)が礼をもって迎えたからであり、張良が謀をめぐらして秦の国を滅ぼしたのは、漢の高祖(劉邦)の誠意に感じたからである。これらの人は皆、その当時にあって賞を得ている。謀を帷帳(幕を張り作戦計画を練る場所)の中にめぐらし、千里の外に勝利を決した者である。

同志への指針
 各地の新出発おめでとう! 「先んずれば人を制す」。最初の100日が勝負だ。リーダーの要件は、第1に「誠実」である。そして、「誓願の祈り」と「入念な協議」と「率先の行動」こそが勝利を決するのだ。
 新任リーダーは全員が私の「名代」として、広布前進の名指揮を!

御書とともに 43 名誉会長が指針を贈る

我らの肉体が妙法の当体

 我等が頭《こうべ》は妙なり喉は法なり胸は蓮なり胎《はら》は華《け》なり足は経なり此の五尺の身 妙法蓮華経の五字なり(御義口伝、716ページ)

通解
 我々の頭は妙であり、喉は法であり、胸は蓮であり、胎は華であり、足は経である。この五尺の身が妙法蓮華経の五字の当体である。

同志への指針
 広宣流布のために頭を使い、体を動かすことが、どれほど偉大なことか。
 法のため、人のため、社会のために真剣に祈り、動く時、仏の広大無辺の智慧が湧かないわけがない。仏の頑健な生命力が漲らないわけがない。仏の師子王の勇気が脈打たないわけがない。この大確信で、今日も、勇躍の行動を!

御書とともに 42 名誉会長が指針を贈る

最後に勝つのが仏法

 法華経の行者は如説修行せば必ず一生の中に一人も残らず成仏す可し、譬えば春夏田を作るに早晩《わせおく》あれども一年の中には必ず之を納む、法華の行者も上中下根あれども必ず一生の中に証得す(一念三千法門、416ページ)

通解
 法華経の行者は如説修行するならば、必ず一生のうちに一人も残らず成仏することができる。例えば、春、夏に田を作るのに、早稲《わせ》、晩稲《おくて》の違いがあっても、一年のうちには必ず収穫するようなものである。法華経の行者も上根・中根・下根があっても必ず一生のうちに証得する。

同志への指針
 いかなる人も必ず成仏が約束されている。「一人も残らず」と仰せである。時として、直ちに結果が出なくても、絶対に人生を勝ち開いていけるのだ。
 一切が修行だ。すべては、いっそう強い人間となり、深い人生を歩むための御仏意《ごぶっち》といってよい。永遠の勝利を仏に祈り、晴れ晴れと凱歌の総仕上げを飾る。これが仏法である。

御書とともに 41 名誉会長が指針を贈る

桜梅桃李の劇を舞いゆけ


 桜梅桃李《おうばいとうり》の己己《ここ》の当体を改めずして無作三身と開見すれば是れ即ち量の義なり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は無作三身の本主なり(御義口伝、784ページ)

通解
 桜は桜、梅は梅、桃は桃、李は李と、おのおのの当体を改めず、そのままの姿で無作三身(本来ありのままの仏)と開きあらわしていくのである。これが一切を摂《おさ》めることであり、(無量義の)「量」の義である。今、日蓮およびその門下として南無妙法蓮華経と唱え奉る者は、すべて無作三身の本主なのである。

同志への指針
 あなたには、あなたにしか咲かせることのできない使命の花が必ずある。一人一人がもつ個性を、一番良い方向へ発揮させていけるのが信心である。
 飾らず、ありのままでよい。「自分自身に生きよ」とは、戸田先生の教えだ。遠慮したり、卑下してはならない。
 広宣流布の劇は、皆が主役である。全員が「桜梅桃李」の名優たれ!

御書とともに 40 名誉会長が指針を贈る

励ましの灯台たれ

 人に物をほどこせば我が身のたすけとなる、譬えば人のために火をともせば・我がまへあきら《明》かなるがごとし(食物三徳御書、1598ページ)

通解
 人に物を施せばわが身を助けることになる。
 例えば、人のために灯をともしてあげれば、自分の前も明るくなるようなものである。

同志への指針
 青年よ、強くあれ! 賢くあれ! 朗らかであれ! 平和のため、正義のため、幸福のために、情熱の炎を明々と燃え上がらせて、新たな価値を創造するのだ。
 “あの人のために”と深く祈り、“この人のために”と真心で対話する「励ましの灯台」たれ! 青年の真剣な一挙手一投足から、前途洋々たる希望と勇気の光は生まれる。

御書とともに 39 名誉会長が指針を贈る

誠実の心に功徳が輝く


 わどのの正直の心に主の後生をたすけたてまつらむとをもう心がうじゃう《強盛》にしてすれん《修練》をすす《修》れば・かかるりしゃう《利生》にも・あづからせ給うぞかし・此は物のはしなリ大果報は又来《きた》るべしとおぼしめせ(陰徳陽報御書、1178ページ)

通解
 あなた(四条金吾)が正直な心で、主君(江間氏)の後生をお救いしたいと思う真心が強盛であり、修練も進んだので、このような利益をも受けることができたのである。しかし、これはまだ始まりであって、大果報は、また来ると思っていきなさい。

同志への指針
 人が見ていようといまいと、友の幸福を真剣に祈り、行動する。どこまでも誠実な「陰徳」には、必ず勝利の「陽報」が輝く。学会は、この妙法の因果に完璧に則っている。ゆえに、すべてを勝ち越えてきた。
 広布の労苦には、一切の無駄がない。誠実一路が勝ち栄える。これが仏法の世界なのである。

御書とともに 38 名誉会長が指針を贈る

世界平和と普賢菩薩の力

 此の法華経を閻浮提に行ずることは普賢菩薩の威神《いじん》の力に依るなり、此の経の広宣流布することは普賢菩薩の守護なるべきなり(御義口伝、780ページ)

通解
 この法華経を全世界に行ずるということは、普賢菩薩の威神の力によるのである。この経が広宣流布するのは普賢菩薩の守護によるのである。

同志への指針

 「普《あまね》く賢《かしこ》い」智慧の力による対話で平和を創り出すのだ。これが私たちの信念である。今、世界の一級の学識者が、創価の哲学に共鳴する時代となった。
 真の知性とは、傲れる知識ではない。民衆を守りゆく誓願と正義の行動のなかにこそ、普賢の生命は躍動するのだ。
 男女学生部よ、今こそ徹して学べ! 勇敢に語れ! 「戦う知性」の大光で、人類の未来を明るく照らしてくれ給え!

御書とともに 37 名誉会長が指針を贈る

蓮華の如く使命の大輪を

 経に云く「世間の法に染まらざること蓮華の水に在るが如し地より而も涌出す」云云、地涌の菩薩の当体蓮華なり(当体義抄送状、519ページ)

通解
 法華経従地涌出品に「地涌の菩薩は、世間の法に染まらないこと、あたかも蓮華が泥水の中にありながら、清浄であるのと同じである。しかも、この菩薩は大地から涌き出た」と説かれている。これは、まさしく地涌の菩薩が当体蓮華であることを示している。

同志への指針
 人生は悩みや宿命との戦いである。しかし、蓮華が泥沼の中から尊貴な花を薫らせるように、必ず自他共に、幸福と勝利の大輪を咲き誇らせていける。それが、「如蓮華在水」の法理に生きる地涌の菩薩にほかならない。
 現実社会の真っただ中で、真剣に妙法を唱え弘めゆく命に即、仏菩薩の大生命が躍動する。尊き同志の皆さま一人一人が、妙法蓮華経の当体である。いずこにあっても、そこが久遠よりの使命の舞台であることを忘れまい。

御書とともに 36 名誉会長が指針を贈る

自分が変われば周りが変わる

 不軽菩薩の四衆を礼拝《らいはい》すれば上慢の四衆所具の仏性又不軽菩薩を礼拝するなり、鏡に向って礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり(御義口伝、769ページ)

通解
 不軽菩薩が四衆を礼拝すれば、増上慢の四衆の仏性もまた同時に不軽菩薩を礼拝するのである。これはちょうど鏡に向かって礼拝をする時、そこに映っている自分の影もまた、自分を礼拝するのと同じ原理である。

同志への指針
 仏法の真髄である題目を唱え抜いた人には誰もかなわない。相手の幸福を祈る。これほど尊く強いことはない。人の幸福を祈れること自体、仏の境涯に通ずる。
 自分が変われば、必ず相手が変わる。仏法の対話は、自分の仏性と相手の仏性を、生き生きと呼び覚ましていく最極の語らいだ。

御書とともに 35 名誉会長が指針を贈る

一閻浮提第一の福徳

 一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給へ、あひかまへて・あひかまへて・信心つよく候て三仏の守護をかうむらせ給うべし(諸法実相抄、1361ページ)

通解
 全世界第一の御本尊を信じていきなさい。あいかまえてあいかまえて信心を強くして釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏の三仏の守護を受けていきなさい。

同志への指針
 戸田先生は悠然と言われた。
 「われわれは仏法を弘めるためにわざわざ貧乏や病気の姿をとって生まれてきたんだよ」
 今の境遇は、すべて人々を救うために誓願した「使命」の舞台なのだ。私たちは一閻浮提第一の御本尊を信受している。断じて乗り越えられないわけがない。仏天をも揺り動かして、絶対に勝つのだ!

御書とともに 34 名誉会長が指針を贈る 

断じて病魔に負けるな

 このやまひは仏の御はからひか・そのゆへは浄名経・涅槃経には病ある人仏になるべきよしとかれ候、病によりて道心はをこり候なり(妙心尼御前御返事、1480ページ)

通解
 この病は仏の御計《おんはか》らいであろうか。そのわけは、浄名《じょうみょう》経、涅槃経には、病がある人は仏になると説かれている。病によって仏道を求める心は起こるものである。

同志への指針
 病気だから不幸なのではない。病気だからこそ境涯を深め、偉大な宿命転換ができる。一生成仏の信心だ。ゆえに、心は一歩も退いてはならない。
 「病ある人は仏になる」と御断言である。必ず変毒為薬できる。題目の師子吼で病魔に打ち勝つのだ。
 全同志の健康長寿を、私も、ひたぶるに祈り抜いている。

御書とともに 33 名誉会長が指針を贈る

安穏なる三世の旅路


 悦ばしい哉一仏二仏に非ず百仏二百仏に非ず千仏まで来迎《らいごう》して手を取り給はん事・歓喜の感涙押え難し(生死一大事血脈抄、1337ページ)

通解
 なんと喜ばしいことか。一仏二仏ではなく、また百仏二百仏でなく千仏までも来迎し、手を取ってくださるとは、歓喜の感涙をおさえがたいことである。

同志への指針
 我らの三世の旅路は、なんと安穏で賑やかな軌道であろうか。生死は不二にして福徳は永遠である。ゆえに瞬間瞬間、生命を磨き、人のために尽くし抜くのだ。
 その尊き一生は、全世界の同志の題目に包まれ、感謝と敬愛で飾られることは間違いない。

御書とともに 32 名誉会長が指針を贈る

福運の灯を明々と

 仏は真に尊くして物によらず、昔の得勝童子は沙《いさご》の餅《もちい》を仏に供養し奉りて阿育大王と生れて一閻浮提の主《しゅ》たりき、貧女の我がかしら《頭》をおろし《剃》て油と成せしが須弥山を吹きぬきし風も此の火をけさず(王日女殿御返事、1263ページ)

通解
 仏はまことに尊く、供養の品物で真心を測ることはない。
 昔、得勝童子は砂の餅を仏に供養して阿育大王と生まれ、全世界の王となった。ある貧しい女性が自分の髪を剃って、その代価で油を求め、灯を供養したところ、須弥山を吹き抜いた強い風も、この灯を消すことはできなかった。

同志への指針
 あの真心の貧女の灯《あか》りは、どんな強風にも消えなかった。ただただ皆の幸福を願う健気な行動が、永遠の勝利を開くのである。
 生命にともした福運の灯は、いかなる苦難の烈風でも消すことはできない。社会にともした偉大な妙法の灯も、決して消えないのだ。
 婦人部、万歳! 心から感謝申し上げます。

御書とともに 31 名誉会長が指針を贈る

創価の全権大使たれ

 転輪聖王《てんりんじょうおう》出現の時の輪宝とは我等が吐く所の言語音声なり此の音声の輪宝とは南無妙法蓮華経なり(御義口伝、733ページ)

通解
 転輪聖王が具《そな》えている輪宝(車輪をかたどった宝器)とは、我らが発するところの言語音声である。この音声の輪宝とは、南無妙法蓮華経のことである。

同志への指針
 「声」が「人」を動かす。
 「友よ、見てくれたまえ。これが地球の平和の縮図だ」といえる、人間の連帯をつくりゆこう!
 勇んで人と会い、誠実に人と語る。友情と仏縁を結ぶ地道な歩みこそ尊い。あなたこそ、生命尊厳の「パイオニア」であり、人間外交の「全権大使」なのだ。

御書とともに 30 名誉会長が指針を贈る

今日も前へ、明日《あす》も前へ

 貴辺又日蓮にしたがひて法華経の行者として諸人にかたり給う 是れ豈流通にあらずや、法華経の信心を・とをし給へ・火をきるに・やすみぬれば火をえず(四条金吾殿御返事、1117ページ)

通解
 あなたもまた、日蓮に従い、法華経の行者として多くの人に仏法を語られている。これこそ、法華経流通の義ではないか。法華経の信心を貫き通しなさい。火を起こすのに、途中で休んでしまえば火は得られないのである。

同志への指針
 一歩でもよい。今日も明日も、前へ前へ進むのだ。くじけず! へこたれず! 眼前の課題を、一つまた一つと仕上げよう。わが信念を断固として語りゆくことだ。そこにこそ、師弟勝利の栄冠が輝くことを忘れまい。

御書とともに 29 名誉会長が指針を贈る

妙法の種が功徳の花実《かじつ》に

 物たね《種》と申すもの一なれども植えぬれば多くとなり(御衣並単衣《おんころもならびにひとえ》御書、971ページ)

通解
 物の種は、たとえ一つであっても植えれば多数となる。

同志への指針
 仏法を語れば、友と自分の心に幸福の種を植え、育てることができる。労苦を惜しまず、一人また一人と語り抜こう!
 勇気と誠実で心の大地に植えた種は、思いもよらない功徳の花と咲き、実を結び、自他ともに生命を輝かせるのだ。

御書とともに 28 名誉会長が指針を贈る

万年にわたる幸福の大道を


 今日蓮が唱うる所の南妙法蓮華経は末法一万年の衆生まで成仏せしむるなり(御義口伝、720ページ)

通解
 今、日蓮が唱える南妙法蓮華経は末法一万年の衆生まで成仏させるのである。

同志への指針
 一万年先まで見つめた、遠大な思想と実践が広宣流布である。 ゆえに、今の真剣な一歩が、万年先までの民衆の幸福の大道を開いていくのだ!
 青年部、よろしく頼みます。大事業の成就は君たちの双肩にかかっている。

御書とともに 27 名誉会長が指針を贈る

正法を広める人が尊貴


 持たるる法だに第一ならば持つ人 随って第一なるべし、然《しか》らば則《すなわ》ち其の人を毀《そし》るは其の法を毀るなり(持妙法華問答抄、465ページ)

通解
 持《たも》たれる法さえ第一ならば、持つ人もまた第一なのである。そうであれば、その人を毀るのはその法を毀ることである。

同志への指針
 人間の真の偉さは何で決まるのか。心に最高無二の哲学を持《も》つ人こそ、最高に尊貴なのである。
 ゆえに、いかなる権勢の人間も恐れることはない。広宣流布のために行動し抜く人は、現実を勝ち抜く、限りない智慧と力を発揮できるのだ。

御書とともに 26 名誉会長が指針を贈る

我らは人間革命の善友


 わが智慧なににかせん、ただあつ《温》きつめ《寒》たきばかりの智慧だにも候ならば善知識たいせち《大切》なり(三三蔵祈雨事、1468ページ)

通解
 わが智慧は何の役に立とう。ただ暑さや寒さを知るだけの智慧でもあるならば、善知識が大切なのである。

同志への指針
 学会は最高の「善知識」の集いである。年齢も立場も超えて、皆が平等に励まし合う座談会を、大聖人がどれほど御賞讃されるであろうか。我ら「人間革命の善友」が団結して進めば、仏の力が湧いてこないわけがない。どんな困難も必ず乗り越えていける。

御書とともに 25 名誉会長が指針を贈る 

「同苦」こそ学会精神

 人のものををし《教》ふると申すは車のおも《重》けれども油をぬりてまわり・ふね《船》を水にうかべてゆき《往》やすきやうにをしへ候なり(上野殿御返事、1574ページ)

通解
 人がものを教えるというのは、車が重かったとしても油を塗ることによって回り、船を水に浮かべて行きやすくするように教えるのである。

同志への指針
 悩みは千差万別である。その人の心に響く励ましの言葉が大切だ。共に悩み、共に祈り、共に立ち上がっていく。この「同苦」の心こそ学会の根幹の精神である。
 誠実に耳を傾けることだ。真心の智慧の一言は、相手を思う深き祈りから紡ぎ出される。共に前進の勇気を奮い起こすのだ。

御書とともに 24
 名誉会長が指針を贈る 

妙法の家族の絆は永遠

 大月輪《だいげつりん》の中か大日輪《だいにちりん》の中か天鏡《てんきょう》をもって妻子の身を浮べて十二時に御らんあるらん(妙一尼御前御消息、1254ページ)

通解
 (亡くなったご主人は)大月輪(月)の中か、大日輪(太陽)の中か、天の鏡にあなた方、妻子の姿を浮かべて一日中、見守っておられることでしょう。

同志への指針
 妙法の家族の絆は永遠である。生々《しょうじょう》世々、常に一緒である。
 ゆえに、故人の家族は“後継者”として、寿命も福運も受け継いで、不二の生命で、今世における偉大な使命を果たしていくのだ。

御書とともに 23
 名誉会長が指針を贈る

親孝行の人たれ


 親によき物を与へんと思いて せめてする事なくば一日に二三度えみ《笑》て向《むか》へとなり(上野殿御消息、1527ページ)

通解
 (父母に孝行であれということは)親に良い物を贈ろうと思うことであり、とりたてて何もする事がない時は、日に2、3度、親に向かって笑顔を見せるようにしなさい、ということである。
同志への指針
 後継の未来部の友よ、勉学第一、健康第一で朗らかに進め! 君たちの明るい元気な笑顔を見れば、親は安心する。疲れがとれる。
 難しいことではない。心遣い一つで、「親孝行」という最極の人間学を実践できる。「心こそ大切」なのだ。

御書とともに 22
 名誉会長が指針を贈る

母は尊極の生命

 宝浄世界とは我等が母の胎内なり(御義口伝、740ページ)

通解 
 (多宝如来の住む)宝浄世界とは、母親の胎内のことである。

同志への指針
 人間という生命の宝塔は、みな、どこから現れたのか。母からである。母こそが尊極なる宝浄世界なのである
 母を悲しませない母に喜んでもらおう──この心にこそ、正しき人生を生きる起点がある。平和な生命尊極の社会を創る原点がある。

御書とともに 21 名誉会長が指針を贈る

報恩こそ「人間の正道」


 知恩をもて最《さい》とし報恩をもて前《さき》とす 世に四恩あり 之を知るを人倫《じんりん》となづけ知らざるを畜生とす(聖愚問答抄、491ページ)

通解 
 (聖人は)恩を知ることを最高とし、恩に報じていくことを第一としてきた。世の中には四つの恩がある。これを知る者を人倫(人の道に適った人間)と名づけ、知らない者を畜生という。

同志への指針
 恩を知り、恩に報いていく。この人間の正道を教えられたのが日蓮大聖人の仏法である。戸田先生も、皆が「第一級の人格」を鍛え「第一級の社会人」に育つように薫陶された。
 青年は実力をつけよ! 誠実に礼儀正しく、どこまでも「報恩の人生」を進み抜くのだ。

御書とともに 20 名誉会長が指針を贈る

創価学会は日本の柱

 我日本の柱とならむ 我日本の眼目《がんもく》とならむ 我日本の大船《たいせん》とならむ等《とう》とちかいし願《ねがい》やぶるべからず(開目抄、232ページ)

通解
 「私は日本の柱となろう。私は日本の眼目となろう。私は日本の大船となろう」と誓った願いは断じて破る事はない。

同志への指針
 立正安国の仏法が、いかに大切か。日蓮大聖人に直結する創価学会こそ、日本の柱であり、眼目であり、大船である。何ものにも揺るがない。激動の時代に、社会を平和と安定と繁栄へリードしていく力なのである。

御書とともに 19 名誉会長が指針を贈る

弟子の勝利を 断じて待つ

 何《いか》なる世の乱れにも各各《おのおの》をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し 乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり(呵責謗法滅罪抄、1132ページ)

通解
 どのように世の中が乱れていても、あなた方のことを「法華経や十羅刹女よ、助け給え」と、湿った木から火を出し、乾いた土から水を得ようとする思いで強盛に祈っている。

同志への指針
 “私が断固、わが門下を守る”と御本仏が宣言された。
 “門下よ、思う存分、戦い、すべてに勝ち抜くのだ!”
 ──この師匠の叫びに、勇猛精進して応えるのが、日蓮仏法の弟子の道である。

御書とともに 18
 名誉会長が指針を贈る

幻の虚栄を悠々と見下ろせ

 或時《あるとき》は人に生まれて諸《もろもろ》の国王・大臣・公卿・殿上人《てんじょうびと》等の身と成って是れ程のたのしみなしと思ひ少《すくな》きを得て足りぬと思ひ悦びあへり、是を仏は夢の中のさかへ《栄》・まぼろしの・たのしみなり唯法華経を持ち奉り速《すみやか》に仏になるべしと説き給へり(主師親御書、386ページ)

通解
 ある時は、人間として生まれて、諸々の国王や大臣や公卿や殿上人などの身となって、「これほどの楽しみはない」と思い、わずかな果報を得て満足し、喜び合っている。こうした姿を、仏は「夢の中の栄華であり、幻の楽しみである。ただ法華経を持ち奉り、すみやかに仏になりなさい」と説かれたのである

同志への指針
 権力や富や名声が、いかに儚く、わびしく消え去るか。幻の虚栄など、悠々と見下ろすのだ。永遠不滅の妙法を流布する我らは、自他共に崩れざる常楽我浄の境涯を開き、絶対勝利の人生を歩みゆく。人間王者の誇りも高く!

御書とともに 17 名誉会長が指針を贈る

麗しき歓喜のスクラムを

 自他共に智慧と慈悲と有るを喜《き》とは云うなり(御義口伝、761ページ)

通解
 自他共に智慧と慈悲があることを喜というのである。

同志への指針
 共に思いやり、共に励まし合い、共に学び、共に知慧を出し合いながら前進する。この仏法の本義に則った人間共和の世界が「創価」である。
 我らは、人間性の究極の光である麗しき団結で、歓喜の舞を舞いながら勝ち進んでいくのだ。

御書とともに 16 名誉会長が指針を贈る

晴れわたる5月3日へ

 日蓮も又此の天を恃《たの》みたてまつり日本国にたてあひて数年なり、既に日蓮かちぬべき心地す利生《りしょう》のあらたなる事・外《ほか》にもとむべきにあらず(四条金吾釈迦仏供養事、1146ページ)

通解
 日蓮もまた、この天(日天子)を頼みとして、日本国と戦って数年になる。
すでに日蓮は「勝った」という気持ちである。このように利生のはっきりしていることは、ほかに求められない。

同志への指針
 日本の国をあげての大迫害を、大聖人は厳然と勝ち越えられた。創価の我らも、赫々たる太陽の如く、すべてを勝ち切っている。
 今年も、晴れわたる5月3日の空に、栄光の勝鬨を轟かせよう!

御書とともに 15 名誉会長が指針を贈る

威風堂々と信念を叫べ

 がうじゃう《強盛》にはがみ《切歯》をして たゆ《弛》む心なかれ、例せば日蓮が平左衛門の尉がもとにて・うちふるまい・いゐしがごとく・すこしも・をづ《畏》る心なかれ(兄弟抄、1084ページ)

通解
 信心強盛に歯をくいしばって難に耐え、たゆむ心があってはならない。例えば、日蓮が平左衛門尉の所で、堂々と振る舞い、言い切ったように、少しも畏れる心があってはならない。

同志への指針
 この御聖訓通りに、初代・牧口先生も、2代・戸田先生も、そして3代の私も、相手が誰人であれ、正義の信念を叫び切ってきた。これが学会精神である。

御書とともに 14 名誉会長が指針を贈る

一切の油断を排せ

 さきざき申すがごとく・さきざきよりも百千万億倍・御用心あるべし(四条金吾殿御返事、1169ページ)

通解
 以前にも申したように、以前よりも百千万億倍、用心していきなさい。

同志への指針
 油断大敵である。前進の勢いが増している時ほど、絶対に事故を起こしてはならない。無事故を祈り抜き、細心の注意を払い抜いていくことだ。「百千万億倍」との仰せを、よくよく心肝に染めて、「仏法勝負」の証しを立てるのだ。

御書とともに 13 名誉会長が指針を贈る

すべての人に変革の力が

 浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり(一生成仏抄、384ページ)

通解
 浄土(仏の住む清浄な国土)といい、穢土(けがれた国土)といっても、土に二つの隔てがあるわけではない。ただ、われらの心の善悪によると説かれているのである。

同志への指針
 自分が変われば環境も変わる。一人の人間革命によって、わが地域、我が社会を浄土に変えていく実践こそ、広宣流布という大民衆運動なのである。

御書とともに 12
 名誉会長が指針を贈る

多宝会・宝寿会・錦宝会の友へ

 法華経は初《はじめ》は信ずる様なれども後《のち》遂《とぐ》る事かたし、譬へば水の風にうごき花の色の露に移るが如し、何として今までは持《たも》たせ給うぞ是《これ》・偏へに前生《ぜんしょう》の功力の上、釈迦仏の護り給うか、たのもしし・たのもしし(松野殿女房御返事、1395ページ)

通 解
 法華経は初めは信じるようであっても、最後まで貫き通すことは難しい。例えば、水が風によって動き、花の色が露によって変わるようなものです。すべて が移ろいやすいのに、あなたはどうして今まで持ち続けておられるのでしょうか。これは、ひとえに前生において積まれた功徳の上に、釈迦仏が護られているからでしょうか。まことにたのもしいことです。

同志への指針
 広布に尽くし抜いてこられた功労者の皆様方の大功徳は、絶対であり、無量である。三世十方の仏菩薩の守護と賞讃は厳然である。

御書とともに 11
 名誉会長が指針を贈る

太陽と蓮華のごとく輝け!

 明かなる事・日月にすぎんや浄き事・蓮華にまさるべきや、法華経は日月と蓮華となり故に妙法蓮華経と名く、日蓮又日月と蓮華との如くなり(四条金吾女房殿御書、1109ページ)

通解
 明るいことでは、日月(太陽と月)に過ぎるものがあろうか。浄らかなことでは、蓮華に勝るものがあろうか。法華経は、日月と蓮華のようである。
ゆえに、妙法蓮華経と名づけるのである。日蓮もまた、日月と蓮華のようなものである。
 
同志への指針
 「華陽」とは、「日月」(陽)と「蓮華」(華)の両方を包んだ甚深の名前である。どんな逆境をもはね返す妙法の力が備わっている。
 女子部の皆さんは一人ももれなく自らの華陽の生命を輝かせて、幸福の勝利者になっていただきたい。

御書とともに 10 名誉会長が指針を贈る

わが地域を誉の寂光土に


 日蓮が難にあう所ごとに仏土なるべきか、娑婆世界の中には、日本国・日本国の中には相模の国・相模の国の中には片瀬・片瀬の国の中には竜口に日蓮が命を・とどめをく事は法華経の御故なれば寂光土ともいうべきか(四条金吾殿御消息、1113ページ)

通解
 日蓮が難にあうところごとに仏国土となるであろう。娑婆世界の中では、日本国、日本国の中では相模の国(神奈川県)、相模の国の中では片瀬、片瀬の中では竜の口に、日蓮の命をとどめおくことは、法華経の故であるから、その地は寂光土ともいうべきであろう。

同志への指針
 日蓮大聖人の仰せのまま、最も尊き仏法のため、労苦を惜しまず、我らは戦う! わが使命の地域も必ず寂光土になる。勝利の旗を打ち立てるのだ!

御書とともに 9 名誉会長が指針を贈る

友の仏性を呼び覚ます祈りを


 一度妙法蓮華経と唱うれば一切の仏・一切の法・一切の菩薩・一切の声聞・一切の梵王・帝釈・閻魔・法王・日月・衆星・天神・地神・乃至地獄・餓鬼・畜生・修羅・人天・一切衆生の心中の仏性を唯一音《ただひとこえ》に喚《よ》び顕し奉る功徳・無量無辺なり(法華初心成仏抄、557ページ)

通解
 ひとたび妙法蓮華経と唱えれば、あらゆる仏、あらゆる法、あらゆる菩薩、あらゆる声聞、あらゆる梵天・帝釈天・閻魔法王・日天・月天・星々・天神・地神、さらに地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天界の、あらゆる衆生の心中の仏性を、ただ一声に呼びあらわすのであって、その功徳は無量無辺である。

同志への指針
 題目を唱え抜きながら前進だ! 我らの広宣流布の戦いは、ありとあらゆる衆生の仏性を呼び覚ましゆく善の大闘争である。

御書とともに 8 名誉会長が指針を贈る

「勇気の剣」で勝利を開け

 つるぎ《剣》なんども・すすま《不進》ざる人のためには用る事なし、法華経の剣は信心の けなげなる人こそ用る事なれ 鬼に・かなぼう《鉄棒》たるべし(経王殿御返事、1124ページ)

通解
 剣なども、進まない人のためには何の役にも立たない。法華経という剣は、信心の強い、勇気のある人が用いてこそ役に立つのであり、これこそ「鬼に金棒」なのである。
同志への指針
 勇気ある信心にこそ、無敵の妙法の力が現れる。強盛なる祈りと、不撓不屈の「負けじ魂」で、断じて勝利を開きゆけ!

御書とともに 7 名誉会長が指針を贈る

師弟の広布旅は三世永遠

 過去の宿縁追い来つて今度日蓮が弟子と成り給うか・釈迦多宝こそ御存知候らめ、「在在諸仏土常与師倶生」よも虚事候はじ。(生死一大事血脈抄、1338ページ)

通解
 あなたは、過去の宿縁によって、今度、日蓮の弟子となられたのであろうか。釈迦・多宝の二仏こそ御存知であろう。「在在の諸仏の土に、常に与師と倶に生ず」(化城喩品)の経文は、決して嘘とは思われない。

同志への指針
 仏法の師弟の絆は、三世永遠である。この絆は誰人も壊すことはできない。
 常に、師と共に使命の天地に生まれ、元初の誓願を果たしていくのだ。苦悩渦巻く娑婆世界を、常楽我浄の仏国土へと忍耐強く変革していくのだ。
 いつも、心は一緒である。広宣流布のため、共に戦い、断固として勝つのだ。

御書とともに 6 名誉会長が指針を贈る

冬は必ず春となる

 法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を(妙一尼御前御消息、1253ページ)

通解
 法華経を信じる人は冬のようである。冬は必ず春となる。昔より今まで、聞いたことも見たこともない。冬が秋に戻るということを。また、今まで聞いたこともない。法華経を信じる人が仏になれず凡夫のままでいることを。

同志への指針
 どんなに厳しい風雪であっても、必ず春は到来する。法華経を信ずる人は、一人ももれなく仏となる。もっとも苦しんだ人が、幸福を勝ち取るための仏法である。
 そして、民衆がいかなる苦難をも乗り越え、希望と勝利の人生の春を開くために、我らは行動するのである。

御書とともに 5 名誉会長が指針を贈る

師弟不二の師子吼を

 師とは師匠授くる所の妙法子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声《おんじょう》なり(御義口伝、748ページ)

通解
 (法華経の勧持品に説かれる「師子吼」の)「師」とは師匠が授《さず》ける妙法、「子」とは弟子が受ける妙法であり、「吼」とは師弟ともに唱える音声《おんじょう》をいう。

同志への指針
 師匠の心を心として、不二なる正義の音声を轟かせゆくのだ。
 妙法の師弟の師子吼こそ、あらゆる逆境をはね返し、濁世を変えゆく無敵の力である。

御書とともに 4 名誉会長が指針を贈る

御本尊は わが胸中に厳然と

 此の御本尊全く余所《よそ》に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持《たも》ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり(日女御前御返事、1244ページ)

通解
 この御本尊を決して、よそに求めてはならない。ただ、我れら衆生が法華経を持って、南無妙法蓮華経と唱える胸中の肉団にいらっしゃるのである

同志への指針
 御本尊は、わが胸中に厳然とある。尊極なる仏の生命は、広宣流布に生きゆく、わが心にこそ輝くのである。
 ゆえに、なにがあっても、強き信心があれば大丈夫だ。何も心配はない。
大切なのは仏法を持《たも》ち、行じゆく人間である。

御書とともに 3 名誉会長が指針を贈る

わが生命の宮殿は不滅

 自身の仏乗《ぶつじょう》を悟って自身の宮殿に入るなり所謂《いわゆる》南無妙法蓮華経と唱え奉るは自身の宮殿に入るなり(御義口伝、787ページ)

通解
 自身の内なる妙法を悟って、自身の宮殿に入るのである。南無妙法蓮華経と唱えていくことは自身の宮殿に入っていくのである。

同志への指針
 妙法を唱えゆく生命それ自体が仏である。心には大宮殿が広がっている。この宮殿は誰人にも壊せない。何ものにも侵されない。
 わが心を光らせ、愛する地域に、幸福と安穏の都を建設していく。これが立正安国の不屈の魂である

御書とともに 2
 名誉会長が指針を贈る

強盛な祈りで変毒為薬を


 わざはひは転じて幸《さいわい》となるべし、あひかまへて御信心を出《いだ》し此の御本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就せざるべき(経王殿御返事、1124ページ)

通解
 災《わざわ》いも転じて幸《さいわ》いとなるであろう。心して信心を奮い起こし、この御本尊に祈念していきなさい。何事か成就しないことがあろうか。

同志への指針
 変毒為薬、宿命転換の仏法である。断じて乗り越えられぬ苦難などない。打ち破れない闇などない。今こそ無量広大な仏力・法力を現す時である。
 大変であればあるほど、まず、強盛なる祈りから一歩を踏み出すことだ。勇気ある信心こそ日蓮仏法の真髄だ。

御書とともに 1 名誉会長が指針を贈る(2011.3.19付 聖教新聞)

信心は無限の希望の力

 妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがえる義なり(法華経題目抄、947ページ)

通解
 妙とは蘇生の意味である。蘇生とは蘇るということである。

同志への指針
 信心を根本に生きる人は、どんな状況、どんな場所にあっても、「ここ」から「新たな出発」を切っていける。「いま」から無限の「希望の未来」を開いていける。
 わが心、わが地域を蘇生させ、必ず自他ともに幸福の人生を飾っていくことができる。そのための仏法である。
2012-08-28 : 御書とともに :
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